text
stringlengths 1
302k
| description
stringlengths 0
5.83k
| title
stringlengths 1
100
| url
stringlengths 48
50
| is_success
bool 1
class |
---|---|---|---|---|
「長谷部ってさぁ」
ふと隣から漏れた声に反応し、鷹揚にそちらに視線を向ければ、真っ直ぐ自分の手元から目を逸らさないまま微かに唇を尖らせた状態の加州清光がいた。数多く並べられた小皿にほうれん草のおひたしを均等に分配しているようだ。大きな器から箸で一摘みした固まりをあるべき場所へ配置するその手つきは慣れており、迅速に、かつ的確に動いている。
前日からある程度の下拵えはしてあるとはいえ、この大所帯で朝餉の支度をするのは少々骨が折れる。
長谷部は壁に掛かった時計に一瞬視線を滑らせた後、加州と同様に自分の分担である塩鮭を四角皿に盛り付ける作業を再開させた。
時間にはまだ十分余裕がある。焦るほどはない。
そう分かってはいても、すべき事を優先させるのは長谷部にとって息をするのと同じように自然なことだ。怠慢は許されない。
長谷部と、加州と、そして今大広間の方へ配膳に向かっている大和守安定の三振りが本日の朝餉当番となっていた。
そんな中、珍しく向こうから話し掛けてきた加州の言葉に耳を澄ませる。
お互いに手は止めない。それでも一応はと聞く体勢に入った長谷部の静観に気付いているのかいないのか、加州は気にする様子もなく口を開いた。
「なんか、意外だよね」
「意外、とは?」
「うーん、なんていうか、印象が変わったって言えば良いのかな。初めの頃は、うわーこいつ頭固そう、とか、神経質そうだし絶対仲良くなれないわーとか思ってた」
何故こんな早朝から暴言を吐かれなければならないのかと理不尽を噛み締める。つい横に向けた視線は、知らず知らずのうちに鋭くなってしまった。その一瞬だけで長谷部の双眸に帯びたものを全て汲み取ったのか、加州は「だから、初めの頃はって話じゃん」と付け足す。大して慌てた様子もなく、あっけらかんと口にしてくる辺りはある意味男らしいと言えなくもなかった。
「なんか、頑固親父? いや小姑? そんな感じでいちいち口煩く説教してくるような奴かとずっと思ってたんだけど、意外と怒らないよね、あんた」
「そうか?」
意外だと加州は長谷部を今しがた評価したが、それこそまさに長谷部にとっては意外なものだ。怒らない、という点も長谷部には特に思い当たる節がなかった。主命を賜っておきながら思い通りに事が進まなければ他の刀剣たちを叱咤することもあるし、常に呑んだくれている槍に説教することだって少なくない。神経質そうな見目だとか小姑のように口煩いとまでは流石によく分からないが、自分の言動を振り返ってみればそう思われても仕方がないような気もしてくる。
「長谷部って短気そうだし、いっつもカリカリしてて何かあればすぐ怒鳴りつけてくるものかと」
「……あのな、悪口なら本人の居ないところでしてもらえないか」
「そういう意味じゃなくって! 最後まで聞けって」
最後までも何も、散々ここまで貶しておきながら悪口ではないと言われても俄かに信じがたいのだが。
長谷部は内心で溜息を吐きながら、「じゃあどういう意味なんだ」と一先ず相手の話を聞いてやることにした。水を向ければ加州は一つ頷いて、「だから、長谷部は意外とそうじゃないんだよなぁってこと」と相変わらず要領の得ない内容ばかりを断片的に放り投げてくる。
どうやら人数分の盛り付けを終えたらしい加州が小皿を配膳用の盆の上に乗せるべく長谷部の背後にある台の近くにやって来た。その際に、両手を掲げる格好で手の甲を見せ付けてくる。
「ほら、これ見て。どう思う?」
男にしては綺麗に整えられた爪先が鮮やかな紅を纏っている。細長い指の先端が視界に入るたびに、ゆらゆらと揺れる赤はふとした時に目を奪われることもしばしばだ。
どう思う、と唐突に訊かれても思い当たることなど所詮その程度だ。特に違和感はなく、何を尋ねられているのか見当もつかない長谷部は眉根を寄せるだけだった。
「別に、どうも。いつものお前の手だろう」
素直に口にする長谷部は、なにそれちゃんと答えろよ、と眦を吊り上げられることを半ば覚悟していたが、意外にも加州は朗らかな笑みを浮かべ「やっぱりね」と一人納得したように頷く。
「まあ、俺の勝手な偏見なんだけどさ。食事当番なんだから爪紅は取れ、とか頭ごなしに叱ってくるタイプだとずっと思ってたんだよね。でも長谷部って結構そういうところ寛容じゃん? むしろ、歌仙とか堀川とかがそこら辺わりと厳しかった。一期とか燭台切にも時と場合は選んだ方が良いって苦笑されたこともあったし」
「……そういうものなのか」
「みたいだね。一応口に入るものを扱うってことで、俺なりに気を遣って問題のない香料を選んだりしてるんだけどなぁ」
あの同田貫にすらゲッて顔されたときは流石に心にきた、と話す加州は諦観の色を滲ませていた。
そう言われてみれば、確かに食材を取り扱う際に爪紅を塗ったままの指では些か不適切かもしれない。今までそんなことは全く気にしていなかったのは、長谷部自身が食事に関して「食べられればそれで良い」という考えが中心になっていたからだ。生真面目な面々からしてみれば加州の拘りはあまり宜しくない類のものなのだろう。
「だから僕はいつも当番のときは剥がせば、って言ってるのに」
そのとき、いつの間にか厨に戻って来ていた大和守が口を挟んだ。先程までは眠そうに目を擦っていたものの、配膳のために何度も往復しているうちにすっかり冴えてしまったらしい。
「……せっかく塗ったのにわざわざ剥がしてまた塗れって?」
「色々言われるのが面倒なら、最初からそうした方が楽だろって話でしょ。もう何度目だよ、この話題」
「えぇー……だってさぁ……」
「はいはい、聞き飽きたよ」
どうやら幾度となく交わされてきた話題のようで、呆れた声音の大和守に対して加州は口を尖らせて文句を言っている。
「長谷部だってそう思うでしょ?」
加州を適当にあしらいながら盆を受け取った大和守が不意に長谷部の方を向いて意見を促した。恐らく、というか。大和守の指摘が尤もなのだろう。それが加州の拘りと折り合いがつく最善の提案のように思えた。
「自分のしていることに責任が持てるなら、それを貫けば良いんじゃないか」
けれど、長谷部は否定の言葉を口にしなかった。確かに衛生的にどうかと問われたならば、周囲の声は正論だろうと思う。だが他の刀ならともかく、現時点でそれを問題視していなかった長谷部が今更糾弾するのは可笑しい気がした。加州を庇う訳ではないけれど、主がそれを嫌だと感じない限り長谷部もまた爪紅を非難することはないだろう。
「まあ、俺は特に気にならないからそう言えるんだが……ただ他の奴らが否と言うのならある程度妥協する必要があると思うぞ」
塩鮭を乗せた皿を、大和守が持つ盆の上にそっと置く。
すると、僅かに目を見開いた二人がこちらを凝視したかと思えば、すぐ互いに顔を見合わせて小さく笑んだ。
「なぜ笑う」
「はは、いや……やっぱり長谷部は意外性があるよ」
「うん。長谷部はそのままで良いと思うよ」
「意味が分からない」
くすくすと笑いながら、颯爽と大広間へ配膳に行ってしまった大和守の背中を呆然と見送りながら隣で肩を震わせている加州の方へ視線を流す。
長谷部は自身が笑われた理由が分からないと首を傾げるが、その様子を視界に入れているはずの加州は明確な解答を提示するつもりはないようだ。
どん、と身体全体で軽く小突かれその場でたたらを踏む。一体なんの真似だ、と睥睨する長谷部の眸をものともせず、加州は「うん。うん、やっぱり、あんたって面白いね」と笑った。
あらかた朝餉の準備が終わった頃、徐々に他の刀たちが場に集まり始める気配がした。
自分もそろそろ席に着こうかと長谷部が足を踏み出す前に、腕を引かれる感覚に従い長谷部は背後を振り返った。
「お疲れ」
そこに居たのは当然とでも言うべきか、先程まで共に厨に居た加州と大和守だ。
「お前たちもな」
「そうだね。もう僕お腹すいちゃったよ」
「俺もー」
そう軽やかに労った後、加州は擦れ違いざまに長谷部の胸元に何かを押し付けてきた。
「なんだ、これは」
尋ねる前に加州はさっさと先へ行ってしまい、「良いもの!」とだけ言い捨ててひらひらと手を鷹揚に振って見せる。
突っ立ったままの長谷部に微かに笑った大和守は、「まあ、受け取ってあげれば? 一緒に食べなよ」と妙に含みを持たせた言い方をして、同じように先に食卓へ向かってしまった。
*
朝餉を終え、各々が自分の部屋へ戻った頃。
長谷部もまた自室へ戻って本日の仕事内容を確認すべく廊下を闊歩していると、両脇から手元を覗き込む者がいた。
「やあ」
「貴方、なにか持ってたりします?」
それは、にやりと怪しげな笑みを浮かべる青江と、憂い気な表情をしつつも目だけはしっかりと長谷部の持ち物を捉えている宗三だった。
ちょうど加州から貰ったものに気を取られていたため気配に気付くのは少しばかり遅れてしまったと後悔する。
青江はともかく、宗三に関してはその痩身に反してなかなかの健啖家ぶりを発揮しているものだから、どこから嗅ぎつけてくるのか食べ物を所持しているときに限って現れる。そうして常日頃からなにかと長谷部にたかりに来るのだった。
「これは……」
「マシュマロじゃないですか。ください」
「なんというか早いね、君。行動のことだよ?」
長谷部の手の中にあったのは大きめの袋だ。色鮮やかな包装の透明な部分から、中に更に幾つもの小袋に包まれた白く柔いものがあるのが見える。長谷部がそれをマシュマロだと認識する前に、既に食べ物と判断していた宗三が遠慮もなく手を出していた。
「これは貰い物なんだ。一つだけだぞ」
「ありがとうございます長谷部」
「ほら、青江も」
「僕も良いのかい?」
二人の手の上に、ころんと小さな袋を転がす。直接手で触らずともマシュマロを渡せる辺りに繊細な配慮が窺えた。
「それにしても、朝餉を終えたばかりなのにもう食うつもりか」
「甘味はまた別ですよ」
「……おい、行儀悪いぞ」
「此処には貴方たちしか居ないんだから良いじゃないですか」
早速とばかりに包装を開け、口の中にマシュマロを放り込んだ宗三がもぐもぐと咀嚼していた。そしてもう用はないとでも言うかのように廊下の奥へ突き進んで行ってしまった。
なんとも気紛れな奴だと思いながら溜息を吐く。だが、それもいつものことなので今更目くじらを立てることもない。
そんな長谷部の肩をぽんと叩いた青江は、「君も案外、人が良いよねぇ」と言った。
「そうか?」
柳眉を顰めて首を傾げれば青江はますます笑みを深くする。
郷に入っては郷に従えとあるように、本丸に遅れて顕現された長谷部は周囲の環境に追従してきた。主の役に立ちたいと願う長谷部にとって、既に本丸の体制が完全に出来上がっていた中に埋没するのは胸が焼けるほどの焦燥を伴ったが、いつしかそれも自然と緩やかなものになっていった。
自分の世話役となっていた一振りの刀をぼんやりと思い描いていると、「それに、顔に滲み出るくらい素直みたいだし」と青江が長谷部の顔を覗き込んだのち意味深に笑う。
「それじゃあ、お菓子ありがとう」
こんなに舌を甘く溶けさせるものなんて蜜月くらいじゃないかい、ねぇ長谷部くん。
最後まで飄々とした顔を崩さないまま、青江は最後に流し目を送ってその場を後にした。
それぞれ去っていった二振りの背中を見送る長谷部は、乱雑に開けてしまった沢山の白が溢れる包装袋を見下ろし、さてどうしようかと声に出さずに呟いた。
*
実は長谷部はマシュマロを食べたことがない。
いや、それが甘味であることはなんとなく知識では知っていたものの、八つ時に出された場合にはやはり優先されるのは短刀だったり、好奇心旺盛な刀が我先にと手を出したりであっという間に無くなってしまうので、基本的に静観していることが多い部類の長谷部はありつけないこともしばしばあった。
気を利かせた審神者が現代の菓子を差し入れとして用意してくれることも度々あるが、この人数だ。ファミリーパックといった量を重視したものが自然と多くなる。それはそれで美味しく頂くのだが、その中にマシュマロが含まれていたことは今までなかった。
なんでも、食べた刀の間で「甘くて柔らくてとても美味しい」と相好を崩す者もいれば「あまったるくてふにゃふにゃしててあまり好きじゃない」と渋い顔をする者と意見が真っ二つになったようで、あまりに好みがはっきり分かれるものは消費量も減るため購入は控えがちになることもあり、長谷部がマシュマロを食べる機会はとうとう失われてしまったのだった。
しかし、別段それを気にしたことはなかったし、食べてみたいと誰かに漏らしたことすらなかったというのに、何故加州はわざわざこれを長谷部に手渡したのか分からない。単純に自分が食べる用として買ったのかもしれないが、それこそ長谷部にやる義理はないはずだ。
まあ、貰えるものならありがたく貰うが、と長谷部は自室へ繋がる庭に面した縁側を通過しようとする。
暦の上ではもう春の季節だとはいえ、本丸を吹き抜ける風は冬の名残が色濃く滲んでいる。けれど、そのひんやりとした空気を打ち消すほどの陽気が温かく包み込んでいた。
「あ、長谷部」
縁側に並んで腰かけていた二振りがふと長谷部の姿に気付き、麗らかな日差しを思わせる眼差しを浮かべた。
「厚に、小夜か。どうしたんだ、日向ぼっこか」
「へへ、そんなとこ」
「……長谷部も座る?」
露わになっている膝小僧がなんだか白く眩しい。
ぶらぶらと縁側の外で揺れ動いている四つの脚を見て、長谷部は「少し待っていろ」と告げて自分の部屋に急いで向かう。
目的のものを手にし、再び彼らの元へ行けば、きょとんとしていた顔が俄かに明るくなった。
「この陽気だから日向ぼっこをしたくなる気持ちも分かるが、風はまだ冷たいからな。脚を冷やすな。ほら、これを使え」
「これ、長谷部の膝掛け……? いいの?」
「ああ」
「ありがとな」
「気にするな。まあ、必要なくなったらその時に返しに来てくれればいい」
「分かった」
長谷部から膝掛け用の毛布を受け取った小夜は、大きめのそれを広げて自分と厚の脚の上に掛ける。はみ出ないようにと少しだけ距離を詰める二振りの姿が微笑ましかった。
厚が「さんきゅー小夜」と笑えば、小夜もまた「ううん」と柔らかく答える。その傍には湯気の立った湯呑と、隙間の目立つ茶請けの入った器がある。
長谷部はそれを見下ろし、小さく嘆息した。
「お前たち、マシュマロは好きか」
「うん? なんで?」
突然の長谷部の問いに厚は首を傾げるが、その手の中にあるものに気付くとニカッと笑みを浮かべた。
「お、もしかしてくれるのか?」
「それはお前たちの返答次第だな」
「俺は結構好きだぜ! 小夜は?」
「僕も、食べたい」
「そうか」
短刀たちの台詞に安堵した長谷部は、ごそごそと袋の中からマシュマロを四つほど取り出す。
そして茶請けの中に加え、「他の奴らには内緒だからな」と悪戯っぽく囁いた。それを受けた二振りは同じような色を眸に光らせ、口端を緩めながら「了解」と潜めた声で返した。
「それで、長谷部はゆっくりしていかないのか?」
「悪い、今日は仕事がある」
「そっか、じゃあ仕方ないな」
「またね、長谷部」
「ああ。身体が冷える前にちゃんと部屋に戻れよ」
忠告しながら長谷部がゆっくりとその場を通り過ぎようとすると、「長谷部って結構面倒見良いよな」「だね」という、くすくすとした笑い声が背後から聞こえてくるような気がした。
*
「はっ、せ、べぇえええ~~!」
「うおっ」
部屋であらかた書類仕事を終えた後、がちがちに強張った身体を解すべく伸びをしていたところ、盛大に障子が開け放たれ思わずびくりと肩を震わせてしまった。
丸くした目をそちらに向ければなにやら上機嫌な様子の陸奥守と獅子王が出入口に居て、「入ってもええがか?」と登場時の騒がしさに反した殊勝な伺いを立ててくる。
「……なんだ突然。お前ら今日は手合せしているんじゃなかったのか」
「まあまあ、そのことでちょっと長谷部に頼みがあるんだよ」
「頼み?」
とりあえず部屋に入ってくるように合図すれば、二振りは朗らかな笑顔で礼を言った。そしてすたすたと長谷部の前まで近付き、無駄のない動作で腰を下ろした。初めからその態度で来れば良いものを、と思うが時にはその豪快だったり快活だったりする様子に本丸の空気が和らぐことを知っているため長谷部は溜息だけで済ませた。
「それで、頼みとは?」
「ああ、うん、そんな仰々しいものじゃねえんだけどさ、手合せのときに審判役でもやってくれねえかなって」
「わしらも最近めっきり出陣が減って退屈でのう。偶には鬱憤を晴らさにゃあいかんぜよ」
「という訳で、ちょっと趣向を凝らして本格的な手合せをやろうと思うんだ」
「はあ」
「名付けて、サバイバルゲームっちゅうんじゃけど」
既に嫌な予感しかしない。
顔を引き攣らせる長谷部を気にする様子もなく、陸奥守は晴れやかな笑顔でこちらに親指を立てて見せる。
「そんで、長谷部は鬼じゃ!」
「待て、さっきは審判役と言っていただろう。鬼とはどういう意味だ」
「えーと、まあ簡単に言えば鬼事を真似た感じか? 迫ってくる相手に対して応戦したり、逃げたり、本丸中を駆け回ることを前提とした模擬対戦って形にして、偵察や隠蔽、機動の特訓とかしてみたら楽しそうだよなって話になってさ」
それはもはや手合せの範疇を超えているような気がしなくもないのだが、と長谷部は俄かに考え込む。
しかし、例え遊びの一環だとしても話を聞いていく限りでは理にかなっているように思えた。戦場に迎える部隊は限られているし、本丸で待機している刀は多い。長谷部とて、遅くに本丸に顕現された所為で今の錬度に到達するまでかなりの期間を要したほどだ。その間、本丸でただ当番をこなすだけの日々はなかなかの焦燥感を催した。
ただの手合せより、いっそ暇している面子を募って大掛かりな訓練にしてみた方が良さそうな気がしてくる。
「……面白そうだな」
「だよな!」
「さっすが長谷部! おまんならそう言ってくれると思っちょった!」
悔しいことに、考えれば考えるほど二振りの意見に乗ってしまう自分に気付き、長谷部は苦笑する。
「だが、そういうことは俺ではなくまず主に許可を取る方が良いだろう。怪我をしたら手入れしなくてはならないのだから、主にだって少なからず負担が行ってしまうし、そもそも危険だ」
「まあそうだよなぁ」
尤もな指摘に獅子王が深く頷いた。人当たりが良いのは、他の者の意見を受け入れる柔軟なその言動も一因なのだろう。獅子王といい、陸奥守といい、長谷部にはないその器の広さは見習わなければならない気がした。
「主はそう意固地な考えの方ではないからきっと検討して下さるだろう。俺からもそれとなく伝えてみる」
「良いのか!?」
こうなっては仕方ないだろう。それに、長谷部とて偶には思い切り動き回りたい気持ちはあった。戦場ではなく本丸となるとまた勝手は違うだろうが、それもまた訓練になる。
「はは、お前らはなんというか、本当に面白いことを考えるな」
いつだって本丸の中に新しい風を吹かせてくれるのは、彼らのような新鮮な意見をぽんぽんと口に出して実行しようとする性格の刀たちだ。保守的な思考ばかりでは進化は望めないのだと思い知らせてくれる。
「きっと俺では到底考え付かなかっただろう。うん。俺も少しばかり楽しみだ」
「長谷部……!」
感極まったように、二振りが長谷部の肩に寄り掛かってくる。「もし許可が下りなかったとしても文句は言うなよ」と釘を刺しておくことは忘れない。しかし陸奥守も獅子王もそんなことはどうでも良いと言うかのように、ありがとな長谷部と笑った。
用件は済んだからか、すっくと立ち上がって早速審神者の部屋へ向かおうとする二振りを呼び止めて、長谷部はそれを投げた。
「餞別だ。いらなかったら他の奴にやれ」
「お、これマシュマロか?」
「ありがたく貰っとくぜよ!」
嵐のようにやって来て、そして去って行った二振りを見送り、長谷部はくつくつと喉の奥で笑った。
こんな風に楽しいと思える日常を送れるのも、顕現したばかりの当初、余裕のなかった自分を穏やかに見守っていてくれた刀のおかげだ。
長谷部は温かな日差しが差し込む部屋の中で、淡い白を放つマシュマロを見下ろしながら小さく微笑んだ。
*
すっかり日も高くなった。
障子を閉め切っている部屋は冷たい風の侵入もないため、ぽかぽかとした陽気だけが居座っている。淡々と事務仕事を行うばかりではそのうち睡魔に負けてしまいそうだと弛んだことを思ってしまう。
夕餉の仕込みまでまだ余裕はあるし、ここいらで一先ず休憩を入れようと長谷部は部屋を出ようとした。
昼を過ぎると内番を任されている連中もほとんど仕事を終え、各々がのんびりと過ごしている。その所為か、穏やかな空気が本丸に流れているようだった。
ふと喉の渇きを覚えた長谷部は厨に向かおうかと後ろ手に障子を閉めると、「おや、長谷部殿、ご休憩ですか?」と高い声が近くから聞こえた。
「鳴狐か、どうした」
「ちょうど長谷部殿へお茶を差し入れに行こうかと思っていたのですよぉ!」
廊下の突き当たりの位置に、こちらに向かって来ていたらしい鳴狐が立っていた。
正確には鳴狐ではなくお供の狐が口を開いていた訳だが、長谷部は鳴狐が持つ盆の上に湯呑が置かれているのを確認すると、「良いのか?」とつい食い気味に尋ねてしまう。相変わらず鳴狐の表情に変化らしい変化は見られず淡々としたものだったが、この刀が存外気遣い屋であることを長谷部は十分に知っていた。
「長谷部に、持って来た」
「そうか……喉が渇いていたから厨に行こうとしていたところだったんだ。ありがとう」
「いえいえ、なんのこれしき! 長谷部殿はいつも根を詰めております故、少しでも力になりたいと鳴狐は申しております」
「うん、長谷部、頑張ってるから」
如実に伝えられる言葉はなんとも気恥ずかしいものだったが、長谷部が茶を飲み干した後こほんと咳払いをすると、「少し待っていろ」と再度部屋の中に引っ込んだ。
文机の横に置いていたものを取り上げ、がさごそと袋の中に手を突っ込み、強引に掴み取る。
そして廊下に出れば、律儀にも大人しくそこで待っていた鳴狐とお供の狐の興味津々に輝く眸がこちらの動きを見守っていた。
「大したものはやれないが、食べてくれ。ささやかな礼だ」
「いいの?」
「好きじゃなかったらすまない」
「ううん、マシュマロは好きだよ。ありがとう」
「おや、私めにもくださるのですか! 長谷部殿、お気遣いありがとうございまする!」
「それは俺の台詞だろう」
「いえいえ、こちらも好きでやったことです。長谷部殿のお役に立てたのならなによりですよぅ!」
器用に前足をあげて見せるお供の狐に、長谷部は小さく笑う。それに、いつになく鳴狐の口数が多いのもなんだか嬉しく感じた。たかが茶汲み、と言ってしまえばそれまでだが、たったそれだけの行為だろうと自分を気に掛けてくれたその気持ちが、形容し難いほどの感情を長谷部に与える。
気付こうとしなければ恐らく簡単に見逃してしまうであろうその想いの数々を、見落とすことなく拾い上げることが出来ている自分に誇りが持てるような気がした。
「本当は二人分のお茶を淹れてくるべきかどうか迷ったのですが……むぐっ」
「ん? 何か言ったか?」
「……なにも」
何事かを呟いたらしいお供の狐の口を塞いだ鳴狐がふるふると首を横に振る。その顔があまりにもいつも通りの無表情だったものだから、長谷部は疑問を抱きながらも受け流してしまう。
「他に何か用事などはあるか?」
「ない。お茶持って来ただけ」
「そうか……ありがとうな、鳴狐」
「……ん」
本当にただそれだけの用事でわざわざ足を運んだらしい鳴狐の白銀の頭をわしゃわしゃと撫でる。どことなく、気持ち良さげな表情で目を伏せている様子に内心安堵しながら、長谷部はもう一度「ありがとう」と告げた。
まるで温かな日差しが胸の内をとろとろに溶かしているような、そんな仄かな熱が内側と灯しているかのようだ。
「あ、そうだ! 大倶利伽羅殿が先程、長谷部殿を探しておられたようですぞ!」
「え? なにか、問題でも起こったか?」
「いえいえ、そうではなく、単純に長谷部殿の顔を見……むぐぐ」
「分からないけど……早く行ってあげた方が良いと思う」
目にも留まらぬ速さでお供の狐の口を再度塞ぎに掛かる鳴狐に首を傾げながら、長谷部は「そうか、助かる」と口にして大倶利伽羅を探しに向かうことにした。
その後ろ姿を、鳴狐は穏やかな眼差しで見つめていた。
*
大倶利伽羅は、長谷部がこの本丸に顕現した際の世話係だった。
とはいえ、本人は慣れ合いを拒んでいたようだったし、長谷部の前でもそれを口にしていた。最低限の生活の仕方を教わるくらいの接触だったが、長谷部にとっては余計なものが含まれていない端的なその説明が酷く有難かった。
けれど、徐々に本丸の生活に居心地の悪さを感じ始めた。
既に完成されつつあった体制の中に今更長谷部が介入していく余地はなく、何かしら主のために役立つことをしたいと願っていても、大抵の仕事は他の刀で十分賄えるものばかりであった。なにより、長谷部は錬度も低かった。人の器に戸惑うことも多く、思うように行かないことばかりで、次第に心が荒んでいく自分が一番情けなかった。
そんな余裕のない長谷部の目を覚まさせてくれたのが、大倶利伽羅だ。
付かず離れずの距離を保っている癖に、あれでいて周囲をよく見ている刀だった。
こちらの調子の悪さを一目で看破しては、鋭い口調に似合わない優しげな色を帯びた眸を向けられ、矜持を傷付けないギリギリの範囲を見極めた言葉を掛けられ、気付けば宥めすかされていた。不器用そうな見目をしていながら、なんとも巧みな術を持っている。
それ以来、長谷部は大倶利伽羅に対して一目置くようになっていた。初期の頃の頑な態度は鳴りを潜め、比較的周囲の忠告を受け入れられるようになったのも、大倶利伽羅に一度本気で沈められた経験があったからだ。
なんだかんだと、あの龍の刀の持つ飴と鞭に上手く躾けられてしまった。長谷部のように扱いが厄介な刀には、一筋縄ではいかない相手を宛がうのが効果的なのかもしれないと自分でも納得してしまうほどに。
懐かしい記憶が蘇り、長谷部は内心で苦笑する。
あちこち本丸の中を見て回ったものの、大倶利伽羅の姿はどこにもなかった。部屋も覗いてみたが、生憎ともぬけの殻だった。
他の刀と会うたびに大倶利伽羅の居場所を聞き、その方向に向かってはみるものの悉く外れを引いてしまう。
鳴狐の話によれば長谷部に用事がある風であったようだし、向こうもまた長谷部を探して擦れ違っているのかもしれない。
一度、自分の部屋に戻って大人しく待機していようと自室に戻った長谷部は、その中心に腰を据えていた探し人の姿に驚きを隠せなかった。
「大倶利伽羅? お前、ここに居たのか」
「ああ。勝手に入らせてもらった」
「いや、それは構わないが……」
どうりでどこを探しても見つからないと思った。
長谷部は、時間を潰していたのか、なにやら本を読んでいたらしい大倶利伽羅の前に座り込む。
「それで、何かあったのか?」
「どういう意味だ」
「え、いや、鳴狐にお前が俺を探していると聞いたんだが、違うのか?」
口火を切った長谷部に対して、相手の反応は予想外に希薄だった。
何か問題が起こったのなら手を貸すつもりだったのだが、この様子だとそんな必要はないのかもしれない。けれど、何か別件があるのだろうか。
長谷部は大倶利伽羅の眉がきゅっと顰められたのを見つめながら、ぼんやりと思う。
「……あいつ……」
「どうした?」
「いや……なんでもない」
苦々しい声音が目の前から出たような気がしたが、大倶利伽羅は軽く首を振っていなしてしまった。
大倶利伽羅は、偶にこうして長谷部の部屋に来ては寛いでいく。世話係だった頃の名残のようで、自然と長谷部の様子を確認しに足を運んでは、問題なさそうならしばらく居座り、疲労度が限界に近付いているようだと感じたら問答無用で長谷部を寝かしつけていくのだ。
それはもはや、世話係というよりお目付け役のようだと鶴丸国永や燭台切光忠が以前笑っていた。自分の限界を把握し切れず、焦りのままに行動して倒れた経験のある長谷部に大倶利伽羅のその行動を咎めることなど出来る訳もなく、ずるずると今に至る。
「色々と、疲れただけだ」
「……やはり何かあったんじゃないのか。大丈夫か」
大きく息を吐いた大倶利伽羅は、ふと長谷部の背後に回ったかと思うと、そこに自分の背をぴたりと合わせた。俄かにずっしりとした負荷が掛かる背中にしかし長谷部は何も言わず、大人しく貸し出した。
「いい加減、周りが煩くてな」
寄りかかったまま大倶利伽羅がぽつりと呟く。その声音は確かに疲労が滲み出ていたが、大して不快な色は見られない。
大倶利伽羅は、そういう男だった。
「早く蹴りをつけろだの、物にしろだの、鬱陶しくてかなわない」
「はあ」
珍しく要領の得ないことを言い出す、と長谷部は内心訝しげに思いながらも、軽い相槌だけに留めておく。滅多にない相手の愚痴に付き合うのがここは得策だと思ったのだ。
「そんなことは俺が決める。指図される謂れはない」
「はは、そうだろうなお前は」
昔から変わらない、一貫して貫くその態度はいっそ清々しい。
そんなことを言いながらも結局はある程度の慣れ合いを許してくれるのだから始末が悪い。
「お前のその気質に、俺はなんだかんだと救われているよ」
一見冷たく見せるそれに、恐る恐る触れてみた日。思いがけず温かく柔らかく包み込んでくる熱に全てを溶かされてしまったのだと長谷部は心の中で呟いた。
大倶利伽羅からの返事はなく、しばらく沈黙が続く。
よく分からないがどうやら大倶利伽羅は疲れているようだし、このまま昼寝させてやるべきだろうか。せめて膝掛けくらいは掛けてやりたいのだが、厚と小夜に貸してしまったのだと思い直す。律儀な性格をしている二振りのことだからそろそろ返しに来ると思うのだが、生憎その気配は見られない。
「長谷部」
「ん?」
考え事に没頭していたとき、背後から声を掛けられて首だけを後方に向ける。さらさらと流れる、黒とも茶ともつかない髪の先が赤く染まってるのが視界に入り、長谷部はふと息を吐いた。
ああ、大倶利伽羅なのだなぁ、と。
ぽかぽかとした陽気と、背中から伝わる温もりに長谷部の思考は次第に溶けていく。
「口を開けろ」
「?」
唐突な要求に戸惑いつつも、言われた通りに「あ」と口を開く。途端に放り込まれたのは、一瞬だけ見えた白い物体だった。
「な、なんだこれは……あま、い?」
というより、柔らかい。
歯を立てるたびに、くにゃりと口内で形を変えているらしい感触に長谷部は不思議な心地になる。
「マシュマロだ」
「マシュマロ? ああ、これが」
なんだかんだと今日一日食べていなかったそれを、今初めてようやく理解する。
美味しい、と言うには些か心許ない味であったが、素朴なそれは嫌いになれなかった。
「もしかして、部屋にあったのを食べていたのか?」
「? いや、あんたのところに来る前に擦れ違った奴らに渡されたんだ」
長谷部の問いに不思議そうな表情で返される。
暇を持て余した大倶利伽羅が、長谷部の部屋にあったマシュマロを手に取ったのかと思って言ったのだがどうやら違うらしい。
それよりも、他の刀もマシュマロを持っていたということは一体どういうことなのだろう。長谷部だけが知らなかっただけで、今はマシュマロがブームになっているのだろうか。
もぐもぐと咀嚼しながら、それなら加州が自分に分けてくれた理由も納得すると長谷部は考える。
「ちっ……本当に、お節介な奴らだ」
背後で小さく舌打ちする大倶利伽羅は、どこか拗ねたような声で言う。
それに気付かないまま、長谷部は口の中で溶けていったマシュマロの不可思議な感触にくすくすと笑った。
「ふふ、結構いけるぞ、これ」
「気に入ったのか」
「癖になる感じだな。お前も食べたか?」
「まだだ」
「なら、食べてみろ。ほら」
文机に置かれていた袋からマシュマロを取り出し、剥き出しにしたそれを大倶利伽羅の口元へ持って行く。
一瞬、それに戸惑ったかのように動きを止めたが、すぐに口を開いて長谷部の手からそれを受け取った。
もぐもぐと微かに動く大倶利伽羅の口元の様子に、気付けば視線が釘付けになる。
「どうだ」
「ん……まあ、悪くないんじゃないか」
「芳しくない反応だな」
「あんたは好きなんだろう」
間近から覗き込んでくる金の双眸に思わずきょとんとする。
その言葉の意味はいまいち汲み取れなかったが、少なからず自分を思ってのことらしいということだけは分かってしまった。
「あんたが好きなものは、きっと俺も好きだ」
熱の籠ったその声に長谷部はふにゃりと顔を和らげる。
こうやって、この刀は時々思わせぶりなことを言ってくるのだ。けれど、それがとても嬉しくて、優しい気持ちになる。
真っ直ぐ見つめるその眸を、長谷部もまた真っ直ぐ見返した。
「俺も好きだ」
じんわりと触れ合う身体の温もりに包まれてしまえば、相好はあっさりと崩れていく。
「なかなか後を引く味だよな、マシュマロ」
「…………」
ふふと笑う長谷部を、なんだか微妙そうな表情で見ていた大倶利伽羅は大きく溜息を吐いて、「…先は長いな」と漏らしたのだった。
|
マシュマロがつなぐ本丸の輪。<br />くりへし前提ですが圧倒的ほのぼの話です。<br />長谷部が他の刀と喋るだけ。<br />みんな仲良し。
|
その甘さは今に始まったものでなく
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6543551#1
| true |
僕の名前は 燭台切忠光。
一般的なサラリーマンとサラリウーマンの間に生まれた 小学4年生の男の子だよ。
成績 運動神経 体格はそこそこいい方じゃないかな。
ついでに自分でいうのもなんだけど顔の作りもいい方・・・かなって 自慢じゃないけど自慢かな?
だってまわりがそう言うんだから 自分じゃそう思わなくても そうなのかなって思っちゃうよね。
あと 父さんが言うには 父さんの弟の光忠おじさんの子供のころと僕がそっくりでたまにびっくりするっていうけど どうなんだろう。
いきなり話は変わるけど僕の父さんの弟 光忠おじさんの家族は男の人で大倶利伽羅さんっていうんだ。
結婚って日本では異性同士でしかできないけど よその国では同性同士でもできるところもあるんだって。
僕のおじさんも同性同士だけど大倶利伽羅さんと結婚のようなもので家族になったらしい。
その大倶利伽羅さんは 僕らより肌の色が濃ゆくてちょっと不思議な感じだけど普段は静かで笑ったらものすごくきれいな人なんだ。
左腕に竜のような痣もあってそれがすごくかっこよくてたまに見せてもらうんだけどなぜか 光忠おじさんが邪魔をして すぐ打ちきられてしまう。
今度二人きりの時じっくり見せてもらおうって思ってる。
うちは両親とも働いているけど 保育環境とか なんとかがいい場所に住んでるせいで不自由はなかった。
でも日曜日 両親揃って出かける時は近所の光忠おじさんの家にたまに預けられてた。
つまり日曜日で仕事がお休みの二人によく面倒を見てもらえていたんだ。
当然大倶利伽羅さんにも遊んでもらっていたんだけど 父さんがいうには僕のファーストキスは大倶利伽羅さんなんだって。
3歳のころ抱っこしてもらえて喜んでいた僕は 何の前触れもなく大倶利伽羅さんの唇にむちゅ~って口をつけて大喜びしていたって光忠おじさんが怒りながら報告しにきたって笑い話みたいに教えてくれた。
そのせいかわからないけど大人げない光忠おじさんは僕が大倶利伽羅さんに近づくといやに警戒してくる。
確かに大倶利伽羅さんの首筋とか 手首の細いとことか 腰のくびれとかみるとドキドキするけどそれって普通だよね。
とにかく大倶利伽羅さんは僕とキャッチボールとかハンドベースボールとかで遊んでくれて ゲームとかよりそっちのほうが楽しくて仕方なかった。
その影響か僕は 一年生のころから野球を始めた。
みんなサッカーサッカー言ってるんだけど たまたま近所に硬式野球の少年団の練習場があって 覗いてみたら面白そうだったし いろいろ条件を調べて親に相談したら 保護者負担がないならって了解をもらえた。
ちなみに父さんは 運動神経はそこそこで キャッチボールしようっていっても腰が痛いとか足がつったとか言って逃げる。
だから ますますキャッチボールしたり素ぶりのこととか教えてもらいに よくおじさんちに遊びにいってたんだけど・・・。
ある日曜日 グローブ持って おじさんちに朝から遊びにいったら 連絡せずにいったのがまずかったのか チャイムを押して 僕ですってインターホンで伝えてからさんざん時間を置いて玄関をあけてくれた光忠おじさんは いかにも今服を着ましたというような格好な上にものすごく不機嫌な顔だった。
そして
「わるいけど 今日は帰ってくれるかな?ちょっと用事があるんだ。」
とばっさり断られた。
僕はがっかりしたけど もしかしたらと思って
「大倶利伽羅さん!!僕お邪魔ですか?!!」
って 大声出してみたんだ。
すると 光忠おじさんの後ろ廊下の奥から声が返ってきた。
「忠光君か?」
大倶利伽羅さんに呼ばれたから うれしくて
「はい!昨日の試合2本ヒット打てたから 大倶利伽羅さんに報告したくて!」
玄関で叫んだら 奥の開いたドアの下の方からゆっくりと這うような感じで顔だけを見せてくれて
「そうか がんばったな」
僕に笑いかけてくれた。
その瞬間背筋にゾワリとなにかが走った。
僕は息をのんで動きが完全に止まり返事ひとつもできない状態に陥る。
だって本当にその時の大倶利伽羅さんはいつもの笑みじゃなかったんだ。
たまにTVである お色気シーンを見た時のようなゾワゾワした感覚が僕の腰のあたりから広がってそれがそのまま背中を這いあがっていくような感じ。
なんでだろう ふわりとした笑みなんていつも見てるのに 同じ笑みのはずなのに 腰のあたりがむずむずするしざわざわするし胸の奥がドキドキしはじめるし 目のあたりがチカチカして瞬きが激しくなるし。
しかもよくみたらドアの中央すりガラスの部分から見える身体の色は裸の色だ。
つまり大倶利伽羅さん服きてない。
肩まで隙間から見えるけど 服着てない。
たぶんそんな格好だから 部屋のドアからこっちに出てきてくれないんだろうけど なんだろうこのゾワゾワした感じ。
わからない。
わからないけど このまま大倶利伽羅さんに抱きつきたい衝動にかられて思わず一歩前に出ようとした。
だけど 光忠おじさんの無駄に長い脚が僕の前にぬっとあらわれて 僕はそれ以上進めなくなる。
むかっとして 光忠おじさんを見上げると たった一つしかないおじさんの瞳が僕を睨みつけた。
「今日は だめだって言ったよね。」
「でもちょっと大倶利伽羅さんに昨日の試合の報告ぐらいいいよね。」
「駄目だ。」
僕はかまわず奥の大倶利伽羅さんに向かって
「大倶利伽羅さん 僕そっちにいっちゃだめですか?!」
って聞いてみた。
誤解されそうな見た目だけど大倶利伽羅さんはやさしい。
なんだかんだいつも僕のお願いをきいてくれるから当然いいぞって返事が来ると思ってた。
でも・・・今日は違った。
返事はすぐ返ってこなかったうえに
「あ・・・悪いが 今 風邪気味でうつすと悪いから 部屋には入ってこない方がいい。」
確かに声がちょっとおかしい。
「大倶利伽羅さん 風邪なの?!だったらなんで服着てないの?!」
言った瞬間大倶利伽羅さんは表情を変えて奥に引っ込んでしまった。
僕は思わず 部屋に入ろうとしたけど 今度は光忠おじさんに身体全体でブロックされてやっぱり一歩も進めない。
「光忠おじさん!大倶利伽羅さん風邪ひいてるんだからあったかくしないと!」
「忠光・・・・。」
「なに?!」
光忠おじさんは 僕の脇に両手をさしこんで ぐっと持ち上げた。
足が床を離れ僕は宙ぶらりんな状態になるとそのままドアから外へと数歩進んで降ろされた。
突然のことに声をなくしている僕に光忠おじさんは
「忠光・・・大倶利伽羅は風邪なんかひいてない。」
「え?」
「ならどうしてそんなことを言ったかなんて大人の事情は知らなくていい。僕と大倶利伽羅が今この部屋で何をしていたかなんて時がくればわかる。だから今日はこのまま帰るんだ。いいね。」
光忠おじさんの声は本気で怒った母さんより金縛り効果があって トイレの前で早くしろって叫ぶ父さんより切羽詰まっていた。
正直に言うと 頭が真っ白になるくらいの迫力があった。
僕はうんうんとうなずくしかなくて光忠おじさんは少しも笑ってない笑顔で
「気をつけて帰るんだよ。兄さんと義姉さんによろしくね。」
それだけいうとバタンとドアを閉めてしまう。
呆然としたまま僕はその場に立ちつくしていた。
しばらくして 僕の中にじわじわと悔しさがわき上がる。
どこかでまだ大倶利伽羅さんが僕を呼んで部屋にいれてくれるんじゃないかって思ってた。
でも ドアは開かない。
僕はそれまで 大倶利伽羅さんの一番は僕なんじゃないかって思ってた。
僕に野球を教えてくれて 疲れたって言えばおんぶしてくれて 一緒にお風呂に入りたいって言えば一緒に入ってくれて 光忠おじさんより僕に優しくしてれて だから大倶利伽羅さんは絶対僕のことを優先してくれるって思いこんでた。
でも違った。
大倶利伽羅さんの一番は光忠おじさんだった。
当たり前だ。
二人は僕の父さんと母さんのような関係なんだから。
父さんが母さんの手を取る時すごくうれしそうに笑うのや母さんが父さんの帰りをそわそわしながら待つように 光忠おじさんと大倶利伽羅さんもそんな家族だったんだ。
胸の奥がずきずきと痛む。
なんだろう なんだろう わかりきった答えがそこにあるのに 見せつけられた出来事に
ひどくショックをうけてる。
ただ 今日は帰れって言われただけなのに。
僕は何も考えられなくなって 肩を落としながら家へと帰った。
家に帰りついて 父さんがどうしたぁって声をかけてくれたけど 僕は返事なんてできなかった。
だって気がついた。
今さら気がついたんだ。
僕 大倶利伽羅さんが好きなんだ。
父さんが母さんにいうような好きなんだ。
気がついたと同時に泣きそうになった。
追い打ちみたいに大倶利伽羅さんは光忠おじさんのことが好きなんだっていう現実を叩き突きつけられて 僕は部屋のベットで枕に顔を押しつけて声を殺すことしかできなかった。
「忠光 ごめん 今度の日曜日 光忠君のところにいってくれる?こっちから連絡しておくから!」
ある日 母さんが手を合わせて僕に伝えてきた。
いつものやつだなって思って僕はいいよって答えた。
母さんの大事な趣味の用事に父さんも付き合っていつも二人一緒にでかけている。
毎日のお仕事で疲れてるんだから 趣味で疲れが吹き飛ぶならそれはとてもいいことだと思う。
ちなみに父さんの趣味は楽しそうな母さんを見ることなんだって言ってた。
僕は僕でおじさんちで大倶利伽羅さんと野球できるからいいんだけど いつもと違って今回はちょっとつらいな。
大倶利伽羅さんが好きだって自覚した状態で光忠おじさんのことが好きな大倶利伽羅さんに会うんだから。
・・・・でも やっぱり会えるのはうれしい。
一緒に練習して お風呂入ろう。
それぐらいはいいよね。
[newpage]
「あれ?光忠おじさんは?」
日曜日の朝 僕がおじさんの家にいくと大倶利伽羅さんだけが出迎えてくれた。
いつもなら玄関先で二人が出迎えてくれるんだけど どうしたんだろう?
「今朝 急に休日出勤が入って明日代休もらえるみたいなんだが ぶつぶつ言いながら出勤していった。」
大倶利伽羅さんは何かを思い出したようで少し笑いながら僕を部屋の中へといれてくれた。きっと光忠おじさんが子供みたいにぶぅぶぅいいながら出て行ったのを思い出しているんだと思う。
大倶利伽羅さんがこんなにやわらかい笑顔をみせてくせるのは いつも光忠おじさんがらみだからわかる。
正直 胸の奥がむかむかした。
ぼくはわりと物わかりのいい性格だとおもっていたんだけど ちがったらしい。
欲しいものが手に入らない幼稚園児みたいに やだやだって気持ちが止まらない。
大倶利伽羅さんは 僕用のクッションをだしてくれながら
「宿題おわったのか?午前中は宿題終わらせて昼ごはん食べてから 運動公園にいこうか?」
「うん!」
いろんな思いはあるけれど今日は僕と大倶利伽羅さんの二人きりなんだって思ったら 急にわくわくしてきた。
光忠おじさんありがとう!
がんばってお仕事してください!
ついでに残業めいっぱいしてくれてもいいよ!
大倶利伽羅さんは僕が夜までお世話してあげるから!
お昼ごはんは大倶利伽羅さんお手製の餃子にチャーハンにサラダに中華スープ。
男の料理って言われるかもだけど 餃子だけは母さんより大倶利伽羅さんのほうがおいしい。
言わないけど。
それから近くの運動公園にいってキャッチボールしたり体力づくりしたり。
大倶利伽羅さん30過ぎてるのに全然筋力落ちてないし スタイルいいし 細い腕から ものすごい球投げるし なんなんだろう!
黒いジャージもかっこいいし 飛びついて頭をぐりぐり押し付けたい!!
しないけど。
いい汗かいたらまた部屋に戻って今度はシャワー。
僕が一緒に入っていい?って聞けば大倶利伽羅さんは絶対だめだって言わない。
子供でよかった!
もう自分で頭を洗えるけど ちょっと甘えると洗ってくれるし 身体も洗ってくれる。
大事なところは自分であらったけど。
たぶんそれをしてもらったら いろいろ終わるような気がする。
よくわからないけど。
二人でさっぱりして出てくると 大倶利伽羅さんはアイスを手渡してくれた。
ぼくのすきなジョリジョリ君。
あぁ 汗を流した後のアイスは最高だな!
それからちょうどTVでやってたオープン戦の試合を二人で眺めてた。
僕はとなりでシャンプーのにおいを漂わせてる大倶利伽羅さんをちらりと盗み見た。
まだ肌寒い3月だけど 長袖Tシャツの襟ぐりはひろくて 胸と首の間にポコリと盛り上がった骨が見える。
なんっていったけ あそこの骨。
骨が皮膚のしたにあるだけなのに なんでこんなにドキドキするんだろう。
ちょっとテーブルの上に目をやれば あんな強い球を投げるとは思えない細い指が コップの傍にある。
あの指が光忠おじさんに触れてるんだと思うと どうしようもなくむかむかした。
僕は口をへの字にしてまたテレビに目を向けたけど すぐ大倶利伽羅さんを盗み見る。
それをしばらく繰り返していると ふいに大倶利伽羅さんが時計をみた。
そしてちょっとさびしそうな顔になる。
・・・・・・・・・・しってる これ 母さんが父さんの帰りを待ってる時の表情だ。
はやく帰ってきてほしい、はやく無事を確かめたい、はやく声を聞きたい、さびしい。
そんな気持ちになるんだって母さんはいってた。
僕がいるのに 大倶利伽羅さんはそんな気持ちになってるんだ。
僕はなんだかいろいろ我慢できなくなった。
「ねぇ 大倶利伽羅さん 光忠おじさんがいなくてさびしいの?」
思わずきくと 大倶利伽羅さんは面白いくらいにびっくりした表情になって僕の方を振り返る。
「?!さっさびしいって・・・。」
「僕がここにいるのにさびしいの?」
僕は思ったより真面目な表情になってたみたいだ。
大倶利伽羅さんは僕を見ると 同じように表情を引き締めて 冗談でかわさないでくれた。
「少し・・・さびしいのかもな・・・。ここのところちょっとお互いすれ違いの生活だったから・・・。」
二人は違うお仕事についてるから いろいろ時間が合わなかったりするのかな?
うちもそんな時あるし。
もしかしたら今日は久しぶりに二人一緒の休日だったのかもしれない。
大倶利伽羅さんは少し笑っていたけど 僕には悲しそうにしか見えなくて 突然 大倶利伽羅さんにこんな表情をさせた光忠おじさんが許せなくなった。
もしかしたら光忠おじさんは今までも大倶利伽羅さんを傷つけたり悲しませたりしてきたのかもしれない!
絶対そうだ。
「大倶利伽羅さんは 光忠おじさんのせいで泣いたり傷ついたりしたことがあるの?!」
僕が言うと大倶利伽羅さんはまた突拍子もない質問に驚いたみたいだったけど少し何かを思い出すように目をつぶって
「10年以上一緒にいるんだ。なにもないほうがおかしい。」
いいながら口元に笑みを浮かべた。
笑ってるけど 光忠おじさんのせいで泣いたり傷ついたりしたんだよね!
許せない!
それでも 光忠おじさんがすきなの?
おかしいよ。
傷つけられたり泣かされたりしたなら嫌いになるよね。
本当は嫌いなんじゃないかな 光忠おじさんのこと。
だったら
「僕 大倶利伽羅さんが好き!」
僕を好きになって!
「大好きなんだ!ただの好きじゃないよ!キスして結婚して一緒のお墓に入ろうって意味の好きだよ!!」
「?!」
面白いぐらいに大倶利伽羅さんの目が見開かれた。
本当に思ってもいなかったんだね。
あたりまえだ。
20歳以上年の離れた義理の甥っ子から告白なんて普通考えもしない。
でも ただの甥がこんなにべたべたとくっついてくるかな?
一緒にお風呂に入ろうっていうかな?
つまり 僕の本気 いまこそ伝える時なんだ
「大倶利伽羅さんは光忠おじさんのことが好きなんだってしってる!でも僕を好きになったほうがいいよ!」
「は?」
「顔はそっくりだっていうし あと10年もすれば光忠おじさんよりかっこよくなるよ!若いし大倶利伽羅さんより先に死なないし 絶対さみしい思いなんてさせないし 毎日好きっていうし 毎日キスするし 毎日ご飯つくるし 毎日洗濯するし 毎日一緒にいて さみしいなんて思う暇がないくらい一緒にいるよ!」
せっかくのお休みに大倶利伽羅さんより仕事を大事にする光忠おじさんなんかやめた方がいい。
ぼくならはっきり断るな うん 絶対こんな日にお仕事なんていかない!
「・・・・やさしいな 忠光君は」
大倶利伽羅さんは笑って言ってくれた。
「やさしいよ!だから僕を好きになってよ、僕の方が絶対いい男になるし 大倶利伽羅さんのこと幸せにするよ!」
「そうだな あと10年もしたら極上のいい男になるだろうな。」
「でしょ!」
「だが 俺の唯一は光忠しかいない」
はっきりと僕の目をみて大倶利伽羅さんは言った。
僕はなにも言い返せなくなる。
いつものやさしい瞳じゃなかった。
覆すことなんてできない強い気持ちが見える瞳だった。
「無限の可能性の中で俺達は出会って 心が通じた。それから互いが唯一と信じられる毎日を過ごしてきた。」
「それが事実で変えることはできない現実だ。」
「忠光君は最初から現実がわかって好意を伝えてくれた。それはすごく勇気がいることだったと思う。ありがとう。」
「・・・。」
「だから俺の返事もわかっているはずだな。」
僕は 唇を噛んで頷いた。
頷いたけれど認めたくなかった。
「でも でも好きだよ・・・僕はおじさんみたいに傷つけたり泣かせたりしないよ・・・」
「傷つくのも泣くのも光忠相手だからだ。」
「僕のこと・・・好きになってよ・・・。」
「俺から同じ気持ちは返せない。」
「そんなの・・・。」
声が震えて最後まで言えない。
負け試合なんだって初めからわかってる。
でも 胸の奥で爆発した僕の気持ちを大倶利伽羅さんは知っておくべきなんだ。
伝えたことに後悔はない。
後悔はないけど 小学生相手に現実を容赦なくぶつけてくる大倶利伽羅さんもどうなんだろう。
そうだ 僕はまだ小学生なんだから わがままいわせてよ。
「わかってるよ!僕が光忠おじさんに勝てないことぐらい でも 将来はわからない!大倶利伽羅さんが僕の方をすきになるかもしれないじゃないか!」
「本当にそう思うか?」
無茶苦茶な僕の物言いに大倶利伽羅さんは静かに答えた。
つよい拒絶じゃなくて 僕がわかりきったことをいってるってことを やさしく問いただしてくれる。
わかってるよ。
大倶利伽羅さんの気持ちが一生変わらないってことぐらい。
「じゃぁ僕のこの気持ちはどうすればいいの?」
「どうすればなくなってくれるの?」
「だって 今 こんなに大倶利伽羅さんが好きで好きでたまらない。」
「僕のことを好きになってほしくてたまらない!」
「僕だけの大倶利伽羅さんになってほしくてたまらない!」
僕は思い切り叫ぶとテーブルを叩いて大倶利伽羅さんを睨みつけた
大倶利伽羅さんは黙ったまま 僕の目を見つめてくれた。
こんな時は怒ったり 慰めてくれたりするんじゃないのかな?
まだ子供だから思い込んでるだけだとか すぐ忘れるとか ませたこと言うなとか。
でも大倶利伽羅さんはちゃんと全部受け止めてくれていた。
無茶苦茶なこと言う僕の声をちゃんと聞いて でも なにも返せないのがわかってるから 僕がそれを理解できるまで待ってくれてる。
大倶利伽羅さんの瞳はすごくきれいだ。
頭に血が昇ってる僕の頭を冷やしてくれるには充分だった。
「だったら・・・・一度だけ 僕にキスして・・・お願い・・・一度でいいんだ。光忠おじさんとするようなキス。」
大倶利伽羅さんは軽く目を見開いてそれからすぐ
「それはできない。」
と きっぱり言った。
本当 子供相手に容赦ないよね大倶利伽羅さん。
「だが 大事な甥にするキスならできる。」
いいながら 大倶利伽羅さんはテーブル沿いに移動してきてくれて膝立ちしている格好の僕の顔に目線を合わせてくれた。
そのまま僕の頬を両手で優しく包んで・・・・おでこに軽く唇を触れさせてくれた。
瞬間 音が消えた。
まるで夢の世界にいるようだった。
でも 柔らかい唇の感触が現実だって教えてくれる。
僕は 今すぐ時が止まればいいと願った。
だって僕に触れてる大倶利伽羅さんはその時だけ僕のものだったから。
とまれ とまれ 時間よ 止まれ
好き 好き 大倶利伽羅さんが 好き
このまま ずっと触れていて・・・お願いだから・・・・
でも すぐ唇の感触は離れていった
同時に目の奥があつくなって そのまま湧きあがってくる涙を止めることなんてできなかった。
喉の奥から へんな声が出て 気がつくと僕は泣き声をあげていた。
みっともない顔でみっともない声をあげながら いつものかっこいい僕からは想像できないほどの勢いで濡れた顔を大倶利伽羅さんの胸に押しつけて僕は泣いた。
大倶利伽羅さんはそんな僕の身体をぎゅうと抱きしめてくれた。
わかってる。
これは大事な甥を抱きしめてくれてるだけだ。
そして 好きになってやれなくて唯一にしてやれなくてすまないっていう思いで抱きしめてくれているだけ。
僕の本気の告白を笑いもしないで ちゃんと受け止めてくれて 返事をくれた。
わかってるから その優しさが 悲しくて辛くて痛くて ますます泣けてくる。
大倶利伽羅さんが ずるくて卑怯な大人だったら嫌いになれたのに。
相手は子供なんだから適当にごまかして 真面目に向き合う必要なんてないってほっとく大人だったら嫌いになれたのに。
いつでも正面から僕の話をきいてくれて 僕と対等に向き合ってくれて まっすぐ いつもまっすぐに見てくれる大倶利伽羅さんだから好きになったのに そんな馬鹿なこと考えてる。
僕の痛みをちゃんとわかってくれて同じようにつらそうな顔してるのがわかるから もっと苦しくなってくる
だから 涙が止まらない
「子供を泣かせるなんてひどいよ!」
「大人なんだからもっとうまく僕をだましてよ!」
「まじめに返事なんてしないで 適当に好きだっていってよ!」
僕はここぞとばかりに子供の特権をつかって 理不尽なことを叫び 大倶利伽羅さんの胸でさんざん泣きわめく。
大倶利伽羅さんはなにもいわずにただ ずっと抱きしめてくれた。
すまないって小さく聞こえたけど聞こえないふりをして最後かもしれない暖かさを感じながら泣きわめいた。
虐待を疑われるかもしれないのに大倶利伽羅さんは泣きやめともいわず わめき散らす僕を黙って抱きしめてくれた。
いつの間にか夕方だった。
僕は少し眠ったみたいで ラグの上で横になっていて並ぶように大倶利伽羅さんも添い寝をしてくれていた。
大倶利伽羅さんは眠ってなくて僕が目を開けると
「まぶた 腫れると思う。ちゃんと御両親には謝るから 安心しろ。」
「ぼ 僕が泣いた理由言うの?!」
大倶利伽羅さんは小さく笑いながら
「俺とキャッチボールして顔面にボールが当たって泣いたことにしておく。」
「なにそれかっこ悪い!!!」
僕はまだ仰向けに寝っ転がっている大倶利伽羅さんの太ももに乗っかって額をお腹にグリグリと押しつけながら
「僕にも唯一の人が現れるかなぁ・・・。」
しょんぼりと言ってみた。
まだ慰めてほしい気分だったから 僕だけのだれかが現れるっていってほしかった。
「出会いはどこにでも転がってる。要はその中から唯一を探しあてる運があるかないかだ。」
それは欲しい答えじゃない!
「そこは 絶対出会えるって言うところだよね!!」
大倶利伽羅さんは僕を下半身に乗せたまま
「出会えない人たちだってたくさんいる。俺は本当に運がよかっただけだ。」
天井を見ながら断言した。
「望みのないこと言わないでよ・・・。」
「だから今やれることをやっておけ。どんなにさびしくても辛くても 歩くのをやめるな。」
大倶利伽羅さんは僕に言ってるようで言ってない感じだった。
どこか遠くを見てだれかに言い聞かせてるような・・・
「うん・・・・。」
「歩いて景色がかわれば見るものが変わる 周りが変わる。あとは運にまかせろ。」
「結局 運なんだね。」
「そうだ。試合結果も出会いも生きるも死ぬも 運だ。だからどんな結末でも受け入れろ、そこからまた歩けばいい。」
大倶利伽羅さんは小さい頃いろいろ苦労したんだってお父さんから聞いたことがある。
だからかな 素直にその言葉は僕の胸にストンと 入ってきた。
なんとなくわかるよ、どんなにがんばっても試合に負けるときは負けるし どうして?!って思うことの方が多いことも。
「うん・・・できることはやる・・・後は・・・運に任せるよ。」
僕がそう言った瞬間 リビングのドアが開いた。
「お・・・・大倶利伽羅・・・・忠光と・・・なにやってんの・・・・」
光忠おじさんが休日出勤から帰ってきたようで ドアのところで呆然と僕らを見ていた。
仰向けに寝転ぶ大倶利伽羅さんの上に僕が乗っかってるだけなんだけど どうしてか ブルブルと震えていた。
「なにもしてないぞ」
大倶利伽羅さんが平然と答えてくれたんだけど
「あたりまえだよ!!!でもなにその体勢!!!どうみても事案だよ!!」
「やましいこと考えるな。」
「君はそういうけど10歳だって雄だよ!!雄!!」
雄とか言われて僕はなんとなく意地悪な気分になって大倶利伽羅さんの身体の上をずり上がり顔を近づけ
「また キスしてほしいなぁ。」
っていってみた。
瞬間 大倶利伽羅さんの顔色が変わった。
この世の終わりのような表情も奇麗だなって見とれていたら後ろからドカドカっと足音がした。
と 思ったら 脇の下に手がズボッと入って 僕はまたこの前みたいに身体が宙に浮いて大倶利伽羅さんの上から降ろされた。
入れ替わるように 大倶利伽羅さんの上には光忠おじさんがまさに定位置という威厳で乗っかっていた。
「キスってなに?」
大倶利伽羅さんは全身を光忠おじさんに抑えつけられて 問い詰められていた。
「ちっ ちがっ・・・」
「キスってなに?」
だんだん光忠おじさんの声が重く低くなっていく。
突然光忠おじさんは身体を反転させて大倶利伽羅さんの両足首を両手で掴んで立ち上がった。
大倶利伽羅さんは両足先を高く持ち上げられて仰向けのまま背中を床につけた状態でずりずりと寝室の方へと引きずられていく。
それでも必死にテーブルの脚を掴んだり 部屋の角を握ったりして抵抗してるけど 容赦なく引きずられていく。
僕は あ あ あ と声を吐き出すも ひきとめることもできなくて 見送るしかできない。
光忠おじさんは寝室へのドアを開ける直前くるっと僕の方へと振り返った。
それはもう真っ黒全開な笑顔で振り返った。
「忠光 にいさんが迎えにくるまでここにいていいけど このドアだけはどんな物音がしても どんな叫び声がきこえても開けてはいけないよ。」
「!」
「み 光忠!!せめて忠光君が帰るまで待て!!」
「待つ?なにそれ?おいしいの?」
光忠おじさんが冷たく言い放った。
「だから!うわっっ」
抵抗むなしく 大倶利伽羅さんの身体は寝室へと引きずり込まれていく。
でも 消えようとした大倶利伽羅さんの掌は最後の抵抗とばかりに壁のドア枠を掴んだ。
手はプルプルと震えながらも枠を掴んでいたけど 壁の向こうからゴソゴソとうごめく音となにか濡れたものが動いているような音が聞こえてくると掴んでいた指が一本また一本と力をなくしていった。
気がつくと壁から離れた掌だけがドアの隙間から見えた。
明らかにすぐそこで何かをしているんだ。
手の甲を床につけボールを掴むように軽く丸まった掌は 濡れた音が響くたびに小刻みに震えていた。
でも 床に何かがぶつかる音がした瞬間ギュッと握りしめられて そのまま壁の向こうへと消えてしまった。
なんの音かわからないけれどなにか物音が聞こえてくる中で寝室から光忠おじさんが
「忠光!!目をつぶったままでここの部屋のドアしめてくれないか!」
と僕を呼んだ。
思わず息をのむ。
ドアをしめるということはそこまで行かなければならない。
目をつぶってとかいうけど そんなことをいわれて目をつぶっていけるほど僕は大人じゃなかった。
薄眼をしながらドアの近くにいくと やっぱり ドタバタとなにかが動く音がする。
ドアは寝室の中へと入り込んでいるから どうあっても 部屋の中をみてしまうことになる。
僕はそっと身体を部屋に入り込ませて ドアノブを掴んだ。
レースのカーテンだけが閉まっている部屋は薄暗かった。
僕は一瞬だけと思って 薄眼のまま 物音のする方に顔を向けた。
「忠光!」
瞬間 大倶利伽羅さんに名前を呼ばれて僕はとっさに顔をそむけて 一気にドアを閉めた。
頭が爆発しそうだ。
心臓がバクバクするってマンガだけの表現だと思ってたけど 本当にバクバクしてる。
だって ほんの一瞬だけど見てしまった。
見えてしまった。
求め合う というキスを。
名前を呼ばれる一瞬 薄ぼんやりした視界の中で・・・僕は見た。
また 涙がこみ上げてくる。
でもそれは悲しいものじゃなくて きれいで きれいで そんな言い方でしかできないなにかを見た不思議な涙だった。
それから10分もしないうちに二人は寝室から出てきてくれて 一緒に夕飯を食べた。
光忠おじさんは さっきのお怒りモードがすっかり治まっていて 大倶利伽羅さんは少し疲れたような感じだった。
でも僕はなんとなくわかった。
二人滅茶苦茶キスしてきたんだなって。
大倶利伽羅さんから もうさびしそうな感じはしない。
疲れたような感じでも すごく満たされている空気がわかった。
小学生にもわかるんだから相当だと思う。
僕じゃ絶対できないことを光忠おじさんは簡単にやってのける。
負けたとは思いたくないけれど 同じ大倶利伽羅さんを好きなもの同士での戦いは敗北したんだといやでもわかる。
まだまだ大倶利伽羅さんのことは好きだけど 大倶利伽羅さんを好きだった僕の気持ちはきれいなキスを見たせいで だんだんと静かなものに代わっていった。
おかげで僕はその日すっきりした気持ちで父さんと家に帰れた。
そのうち 大倶利伽羅さんが笑ってくれるなら 世の中全部それでいいような気持ちになっていったんだ。
大倶利伽羅さん 大好き でも光忠おじさんと幸せそうな大倶利伽羅さんはもっと好き。
バイバイ 僕の初恋。
END
余計な本当に余計な後日談
「へぇ 長谷部君の甥っこ君も野球やってるんだ。」
「あぁ 今度の日曜が試合だっていってたな。」
「偶然だね 僕の甥っこも今度の日曜が試合っていってたよ。」
「応援に行くのか?」
「うん たしか決勝リーグだから 大倶利伽羅が行こうって」
「なら 会うかもしれんな。」
「ちなみに甥っこ君の名前は?」
「広光 相州広光。」
「へぇ。」
「・・・・・・そういえば・・・・似てるな・・・。」
「似てる?」
「いや なんでもない。」
この同僚の伴侶に 自分の甥っこがにているなんて言おうものなら どんな難癖をつけられるかわからないからなと 長谷部国重は口をつぐんだ。
ほんとにEND
閲覧ありがとうございました
誤字脱字はがんばって減らしていきます
[newpage]
もしかしたらあるかもしれない未来のお話を勝手に妄想
(なので文体バラバラです)
リトルリーグの試合で互いに敵チームとして出会う燭台切忠光君6年と相州広光君5年
強打者 燭台切忠光君と期待のピッチャー相州広光君
「なんて生意気なんだ 5年のくせに」
「6年のくせに俺の球をうてなかったのはどこのどなたでしょうか。」
「デッドボールすれすれで何を言ってるんだ」
「でも 入りましたよね ストライク」
「審判が甘かったんだよ。」
「インコース苦手なら苦手と言ってください。」
「苦手なコースなんてない。」
「じゃぁ またインコースですね。」
「何度もうまくいくと思うな。」
「何度でも打ちとってみせます。」
「だが 試合は僕達が勝ったんだ。それは認めたらどうだい。」
「ぐっ。」
「優勝は僕のチーム 君のチームは準優勝 中学に上がってまた試合をする機会があったらリベンジでもなんでもがんばればいいよ。」
「そうですね 先輩には打ちとれなかったって汚点が残るだけですし気分もいいでしょうね。」
「ぐぬ・・・。」
「ふん。」
そんな二人は同じ甲子園常連高校に進学して野球部所属になる。
部活や学校では敬語で話す広光なんだけど 忠光と二人になると敬語がなくなる。
それでいいって忠光が言ってくれたので甘えることにしてるといい。
ある日調子の悪い広光にどうしたんだろうかと思ったら どうやら好きな人が遠くにいくみたいだから最後にバレンタインのチョコを渡そうかどうか悩んでいることを偶然知る。
しかもその相手は光忠叔父の同僚の長谷部さんで知らない人じゃない。
長谷部さんが遠くへ旅立つ日はくしくもバレンタイン 思い切って行って来いって背中を押す忠光先輩。
意を決して長谷部さんの元へ向かう広光。
その日の夕方 忠光が部室で一人グローブの手入れをしていると 無言で部室に入ってくる広光。
忠光の座る背もたれのない椅子の真後ろに同じ背もたれのない椅子を移動させてきて背中合わせにドカッと座る広光。
背中越しに忠光は
「長谷部さんに会えたのかい?」
と尋ねる。
「・・・・さい。」
「渡したんだろ?チョコ。」
「うるさい!!」
「もしかして・・・渡す以前に別の人からチョコもらっていてうれしそうにしてたとか・・かな」
「うるさい!!」
激しく声を上げる広光にも動じず忠光は言葉を続けた。
「・・・・長谷部さんは長谷部さんの幸せがあった。そうだろ。ならそれでいいじゃないか。」
「・・・・・・・・・・・でも・・・好きなんだ・・・。」
一転 弱弱しい広光の返事が返ってきた。
「うん。止められないよね 好きって気持ち。」
「好き・・・・。」
「うん。」
「おじさんが・・・好きで・・・。」
「うん。」
「ずっと・・・好きで・・・・。」
「・・・うん・・・。」
「っ っ・・・・」
互いに背中合わせだから顔は見えない。
広光はうつむいて嗚咽を堪えながら部室の床を濡らした。
忠光は天井をみあげ 大倶利伽羅を思い出す。
恋心が報われないと自覚した瞬間 それは失恋になる。
だれにも受け止められない気持ちは自分の心を斬り裂く凶器にかわり されるがまま心を傷つける。
忠光も じわじわと目の奥が熱くなり あの時の感情がよみがえってくる。
「あぁちくしょう 僕まで思い出してしまったじゃないか!」
広光は突然叫んだ忠光に思わず顔あげて振り返る。
「は・・・?」
「僕の初恋が破れた時のことだよ!!10歳なのに コテンパンに振られて泣きわめいたからね!仕方ないじゃないか 好きになってしまったんだ!」
「10歳・・?」
「そうだよ!今の君よりもっとみっともなく泣きわめいたからね 僕は。」
「あんたが・・・?」
「そう!相手の胸に抱きついてわんわんとね」
「はは・・ふは・・・・。」
「だから いいんだよ 君もわんわん泣いてさ。」
「はは・・・ふぅ・・・うぅ・・・う・・・・。」
広光は泣き笑いの顔で再びうつむい膝に額をつける。
「泣いたからって何も解決しないんだけどね 泣き終わる頃にはまた 歩こうって思えるよ。」
広光はもう我慢しなかった。
声こそあげなかったが 湧きあがるだけ湧きあがる雫で膝を濡らし肩を震わせた。
忠光は背中越しに震える身体を抱きしめたい衝動にかられたが、まだその時ではないこともしっていたから 窓から見える薄紫から黒にかわっていく空をただ眺めていた。
「僕の初恋もそれはひどいもんだったよ。」
「・・・・初恋は実ってそうだけどな あんたは。」
「人妻好きになっちゃってね。」
「・・・・・人妻・・・」
「それはもう盛大に振られてさ。」
「人妻ならな・・・。」
「でもそのおかげで ふっきれた。その人は僕じゃないだれかと幸せなんだなって思ったら僕は僕で幸せ見つけようって。」
「・・・そうだな・・・。」
「だから 広光も良かったと思うよ。事実は事実でまた先に進めるだろ。」
「・・・確かに もたもたはしてられないな。」
「選抜目前だしね。」
「あぁ」
「春夏連覇が目標なんだ。ここで気持ち入れ替えてくれよ エース君。」
「不動の4番に言われるまでもない・・・。」
そんな二人が いつも傍にいてくれる互いの存在に何かを感じ始めるのは数年後。
だったらいいな というお話
|
現パロ 決め球はストレートの番外編です。<br />光忠さんの甥っこである忠光君の大倶梨伽羅さん観察<br /><br />留意点<br />●前作を読んでいないとまったく内容がわからない不親切仕様です。<br />決め球はストレート <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5894930">novel/5894930</a></strong><br />決め球はストレート2 <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6310400">novel/6310400</a></strong><br />●光忠さんの甥の忠光君という存在を捏造してます<br />そのような設定が納得できない方はクイックターンをお願いします。<br />●性的なものをにおわす表現がありますがキスどまりですので全年齢にしてあります。腐向けという点でいろいろなことを見逃していただけると幸いです。<br />●あれ?と思う点はセルフ妄想システムを採用しておりますので 各自補完をお願いしております。すいません<br /><br />【お礼】<br />閲覧 評価 ブクマ タグ いただきまして本当にありがとうございます!<br />大変特殊な設定だったので 闇に葬ろうと思っていたのですが 上げてよかったです!<br />自分の萌えに忠実ですいません!!<br />うれしいので みつくり音頭~春3番を拝むまで生きる!編を倒れるまで踊ります!<br /><br /><span style="color:#bfbfbf;">毎度私だけが楽しいお話を書きなぐって申し訳ないです!!<br />ホワイトデーとかみつくりの日とかいろいろなイベント完全無視です。<br />でもみつくりの日は本気で楽しませてもらってます。<br />皆さまの作品に生かされてます!<br />(どの作品を拝見しても涙を流しつつみつくり音頭を歌いながら水色の傘を振り回しております!!ありがとうございます!)<br />~余談<br />いきなりですが春の3番様はいよいよ展示が可能になってきたんですか?<br />展示がかなっても私はとうてい見に行くことはできないのですが<br />仏像にしても刀にしても時を経たものを見ると背筋が震えるほど感動します。<br />その時代に生きた人たちのことを妄想したり 便利なものがない時代に<br />これだけのものをつくる人の執念というか妄執というか<br />神や仏に対する人の純粋な思いというか・・・<br />倶利伽羅竜をどんな思いで彫ったんだろうとか・・・<br />本物を見たらそういうのが こうズシンとくるんじゃないかなぁ<br />あぁ・・見に行きたいなぁ・・・ ただそれだけです。</span>
|
【腐】決め球はストレート番外編 忠光君の親類事情【みつくり】
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6543595#1
| true |
春。
柴崎麻子は先日の試験・面接で合格し採用され、関東図書基地の門をくぐった。
入隊式はまだ先だが、無事今日―入寮式を迎えた。
ふと、桜並木に目をやると、一人の女性が一本の木の下でたたずんでいた。
スラリと背が高く、ショートカットの髪は陽の光を反射して、キラキラと栗色に輝いている。
それが同室者—――のちの親友になる、笠原郁との出会いだった。
[chapter:【柴崎の宝物】]
3階302号室。寮官室で鍵を受け取り、柴崎は部屋へとたどり着いた。
名札を確認すると、同室者の名前は『笠原郁』となっていた。
荷ほどきをしながら足りない物を確認していく。
「こたつが欲しいわねー、あとテレビも必要ね」
同室者が来たら、相談して買おうっと。
その日の夕方。
ガチャリ、と部屋のドアが開いた。
入ってきた人物を見て、とっさに声を上げなかった自分を褒めたい。
同室者となる人は、桜の木の下にいた、あの女性だったから。
「あ、はじめまして。柴崎麻子さん?」
「そういうあなたが笠原郁さんね。はじめまして」
柴崎は入ってきた郁をじーっと観察する。
身長は高めで、多分あたしより10センチは上だろう。
明るめの栗色の髪に、くりくりとした髪色と同色の目。
小顔でわりと色白。細い腰。
一番驚いたのは、足。……なんでこんなに細いのよ……モデル並?
「柴崎さんって美人ですねっ」
あ、やっぱり、来ると思ったわ。
顔には出さずに心の中で顔をしかめた。
あたしの顔を見ると絶対そう言うのよね…もううんざり。
どうせこの後は 彼氏いるの? とか、 羨ましい だとか。
こっちとらその顔でどんだけ面倒くさい目にあったか知らないから言えるのよ。
でも一応返しはする。
「ありがとう。よく言われますね」
好きでこの容姿になったわけじゃないのに。
次に彼女が発した言葉にあたしは衝撃を受けた。
「そうなんだ」
次いで、
「あ、敬語じゃなくていいよ。笠原って呼んで。んで、柴崎って呼んでもいい?」
「え?……あ、ああいいわよ」
構えていたのに予想した言葉はこなかった。
それで気が抜けたらしい。あたしは疑問を口にした。
「あなた、さっき、桜の木の下にいたでしょう?今までどうしていたのよ」
尋ねると、笠原は、
「え!?見たのーーっ?うわ……恥ずかしい…」
呟いた後、
「実はあの後ずーっとそこにいてさぁ。終いには居眠りしちゃったの」
「……は?」
「で、起きたら夕方で。慌てたよーーー」
……この子、案外バカなのかも。でも悪い感じはしなかった。
* * *
翌日、テレビとこたつ、その他必需品の買い出しに出かけた。
「……こたつで食事、アリでしょ?」
「ええええええそうなのーーーっ?」
……意思疎通に時間はかかったが。
素直で真っすぐ、顔に出やすく、駄々漏れで。乙女で可愛いもの好き。
男勝りの性格で、直球熱血バカ。
ギヤップがある子ねえ…面白い。
その日は一緒に晩御飯まで食べに行って。行儀が良いことも知った。
――――――初めて『楽しい』って思えたの。
部屋のみもした。笠原は酒に弱かった。
入隊の日まで楽しい時間を過ごした。
計算も打算もない子……あたしとは全然違うタイプなのに、昔付き合ったどの人とも違う。
こんな子、はじめて。
* * *
「……き、柴崎っ」
「…あ、なあに、笠原」
いつの間にか回想にふけっていたらしい。
あの日がまるで昨日のように感じていた。入隊前のあの日々が懐かしいなんて…
明日、笠原は寮を出る。
正直、すごく寂しい。手塚に愚痴ってしまうほど…あたしはこの気持ちを持て余していた。
でもそれとは裏腹に笠原には幸せになってほしい…そうも思っているものだから、困る。
「笠原のせいだからねぇ……どうしてくれるのよぉ……」
「な、なにがあたしのせいなのよっ!てか理不尽じゃないいいいーー?」
取り敢えず笠原はスルーした。
「ねぇ笠原ぁ」
「なぁに柴崎」
「……あら、言いたいこと忘れちゃった」
「どしたの柴崎ー、珍しいね。言いたいこと何でもいいからぶちまけたらぁー?」
「笠原みたいなことしないわよう」
「な、なにぃ!?」
笠原は反論したかったみたいだが、考えなおして無理だと思ったらしい。
ああ、やっぱり可愛いあたしの親友。ほんっとに教官にくれてやるのが勿体無いわぁ…
「…いっそあたしと結婚しないー、笠原?教官やめてさぁ…」
「……ほんと、どしたの大丈夫柴崎!?」
笠原みたいに駄々漏れていたらしい。
「…大丈夫よ、笠原。ねぇ、今までいろいろありがとう。楽しかったわ、あんたとこの部屋で過ごして…明日からあんたここに帰ってこないでしょう?そのこと考えてたらね、どうしようもなく………」
「…うん」
「…寂しいの。寂しいのよ…笠原ぁ…」
「うんあたしも…さ、寂しいよぉしばさきぃ…っ。―-でもこれが今生の別れじゃないし。すぐ近くにいるよ。それに…あたしも遊びに行くから!だから、柴崎も遊びに来てね」
「……っ」
抱き締められて、あやすように頭まで撫でられた。びっくりするほど暖かくて安心して。
かえって涙が止まらなくなった。
いつもはあたしがしていたのに
しゃっくり上げながら零すと、たまにはいいでしょー と返ってきた。
あたしが泣き止むまで、笠原はいつまでもそうしてくれていた。
* * *
「……綺麗」
ドレス選びに一緒に付き合って選んだにもかかわらず、思わず見惚れてしまうほど、笠原は綺麗だった。
「…そ、そう?ありがとう、柴崎」
はにかんで笠原が笑うので、可愛さ倍増!!くぅ、この子可愛さで人殺せるわよ!?
この、無防備天然タラシ!!でも可愛いから許す!笠原天使だわぁ…♡
この子は今日、教官と結婚しちゃう…本当ほんーーーとーに勿体ないずるいわ!!!!
ま、いいけど。教官といるときの笠原も可愛いし愛らしいしぃ。
そんな笠原も好きだから妥協しよう…
ただ泣かせたり傷つけたりしたら承知しないんだからねぇ!首根っこ洗って待ってなさい、朴念仁!
「ね、柴崎。お願いがあるの」
「何よ、改まって」
尋ねると恥ずかしそうに顔を赤らめて—―――。うう、お持ち帰りしたい!持って帰っていい?
「まだ先か、それとももうすぐかも分からないけど。柴崎が結婚したら、名前で呼んでもいいかなって。苗字で呼ぶのもいいけど、結婚したらお互い苗字変わっちゃうでしょ?だったら名前で呼びたい。柴崎のこと『麻子』って呼びたい。そして、あたしも『郁』って呼んでほしいの。……ダメ、かなぁ?」
なんて可愛いお願いかしら。結婚後と言わず、今からでも呼んであげるわよ!!
…それは笠原のお願いに反するから、言わないけど。
「…いつになるか、わからないわよ」
「うん。…いつまでも待つから。―-約束、ね?」
指切り、と2人は小指を絡ませあった。
――――――その一年半後、『郁』、『麻子』と名前を呼びあう2人がいて、堂上教官とプチ堂上教官が眉間に皺寄せ合うことになるとは誰も予想していなかったのだった。
fin.
*******
ここまで読んでいただき有難うございました。
初めて書いたので下手ですみませんっ。
私は郁ちゃん大好きな柴崎が大好きなので、書いててとても楽しかったです(*'▽')
|
入隊時の柴郁と郁ちゃん結婚前の一コマ。柴崎目線<br /><br />どうも初めまして、聡未と申します。<br />図書館戦争二次創作では初めましてになります(以前別のを書いていました)<br />色々おかしな点はあるかと思われますが、目を瞑って下さい。
|
柴崎の宝物
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6543735#1
| true |
1.
──ああ、今日も疲れた。
吐いた溜息は霧に覆われた夜空と同じく重い。
古い街灯にぼんやりと照らされる道を、スティーブン・A・スターフェイズは革靴の音を響かせながら一人で歩いていた。
時刻はとうに天辺を過ぎている。
大通りの方からはまだ車の音が聞こえてくるが、日中でも人気が少ないこの道は、今はスティーブン以外に誰もいない。
(帰ったら、すぐにシャワー浴びて寝ないと……。明日は午前中に先日の震災召喚の演算結果を纏めてデータ化して二回目の演算プログラムを組まなきゃならないし、午後には西地区第三支部まで行って最新のドラッグマフィアリストを回収、後にミスターグレムレッヅとの会食。あのタコ頭は大事なパトロンだから食後のビリヤードには付き合わんとな……。解放されるのが午後9時として、それから──)
今日がまだ終わっていないにも関わらず、スティーブンの思考は明日の朝にまで飛んでいた。
どんなに疲れていても、この乱雑な大都市ヘルサレムズ・ロットを守る秘密結社「ライブラ」の副官であるスティーブンの脳味噌は休むことをしない。
最近は夢にまで仕事の内容が出てくる。お陰で眠っている最中ですら働いているような気になって、ここ数ヶ月でスティーブンは随分と精神を削られていた。
(……やっぱりこの間のはキツかったな。ギャンブル中毒者とアルコール依存症の奴らが互いに派閥を組んで、街を巻き込んでのドンパチ騒ぎ。どっちがよりクレイジーで反社会的かって、そんなもん張り合うだけあって容赦無しだったもんなぁ。あれのお陰でライブラも大分動けるメンバーが減っちまったし、そのくせ後処理は未だ尾を引いてやがる)
考えれば考えるほどに苛立ち、ストレスが膨らんでいくのが分かるが、どうしたって考えられるのは止められない。
「っ、いてて……」
不意に胃がキリキリと痛んだ。顔を顰めたスティーブンは立ち止まり、腹より少し上を押さえる。
こうして胃痛に悩まされて随分経つが、医者に行く暇も無いまま今に至る。そのお陰で食欲も沸かない。
(まあ、腹が減らないなら食事の時間をその分仕事に回せるから、別に良いんだけどさ……)
そんな事をぼんやりと思っているうちに胃痛は落ち着いた。
ふうと息を吐いたスティーブンは再び歩き出そうと一歩踏み出すも、ふと視界の端に見えた物が気になって首を傾げた。
(随分とデカい段ボールだな)
スティーブンは自分が両手で抱えて漸く持ち上げられる程の大きさをした段ボールを見下ろす。犬猫を入れるには大きすぎる。
しかし、空箱にしたってこんな道端に捨ててあるのは不自然だ。かといって、周囲に飲食店の類も見当たらず、わざと置いてあるわけでも無さそうだった。
(変なものでも入ってないだろうな?)
すぐに疑いに掛かるのは最早職業病に近い。何でもありなこの街では「もしかして」の考えを常に持っていないと、次の瞬間には人食いエイリアン相手に商売をする人攫いに瞬間密封されたりするのだから。
(……ま、見なかった事にしておくか)
そう判断したスティーブンは段ボールの横を通り過ぎる。
「……ん?」
すると、僅かにだが、確かに段ボールが動いた。
それを見逃さなかったスティーブンは怪訝そうな顔で振り返る。まさか、と思ってそうっと近付くと段ボールは再び揺れ動いた。
「おいおい……まさか変な生物が入ってたりしないだろうな?」
もしも異界の生物が中にいたりして、それが凶暴な生物だったりしたら、後に厄介な問題を起こす可能性が強い。それが巡り巡って自分の仕事を増やすのは容易に想像がついた。
「……仕方ない」
一応中身を確認しておこう。犬猫の類だったらもう少し人目に付くところに移動してやればいいし、危険物なら警察に連絡して立ち去ればいい。そう思ったスティーブンは段ボールの蓋を開けてみた。
段ボールの中には、少年がいた。
予想外過ぎる中身にスティーブンの思考が停止する。
「……、……えっ?」
咄嗟に少年の口元に掌を寄せた。微かに吐息が掛かって、スティーブンはひとまず胸を撫で下ろす。一瞬死んでいるのかと思ったが、どうやら体を丸めて眠っているだけのようだ。
しかし、何故こんな所で眠っているのか。年齢的には家出と言ったところだろうか。
(あー……やっぱり開けなきゃ良かったなぁ。これ、放っておいたら流石にマズいよなー……)
部下からは仕事の鬼だと囁かれる事もあるスティーブンだが、路上で段ボールに入っている子供を見捨ることが出来る程に冷血でもない。あどけない寝顔を眺めながら悩むこと暫く、スティーブンは溜息を吐いて、少年の肩を軽く揺らした。
「おい君、起きろ。ほら」
「んー……?」
小さく身動ぎした少年は長い睫毛を震わせて、ゆっくりと目を開ける。それは卵から雛鳥が孵化するようだった。
そして、持ち上がっていく目蓋の裏から蒼色の光が漏れる。
暗闇の中に輝く深海の灯り。
その神秘的な光景にスティーブンは思わずどきりとした。
(何だ、この子の目は? ただの碧眼じゃないぞ?)
今まで数々の超常現象に出会してきたスティーブンはすぐに察する。しかし、危機感を覚えるよりも先に見とれてしまった。
そうこうしている間に少年が完全に目を覚まして、のっそりと起き上がった。但し、目は何故か眠っている時と同じくらい細くなっている。チョコレーティの髪は寝癖ではなく元から癖があるらしく、あちこちがぴょこんと跳ねていた。
「えーと、……どちらさま、ですか?」
寝起きだからか、緩い口調で少年はスティーブンに問いかけた。幼さが残るボーイソプラノが耳に心地よい。着ているトレーナーは少し大きめで、目元を擦る手は半分ほど袖口に覆われている。
全体的に無防備な子だな、とスティーブンは内心で苦笑しつつ、怯えられると面倒だからと極力柔らかな表情で口を開いた。
「通りすがりの会社員さ。君は家出少年かな?」
「家出? ……ああ、違いますよ。これは僕の家です」
「……は?」
「金が無くてアパート追い出されちゃって。バイトも良いのが見つからないんで、新しい所を借りる余裕が無いんですよ。でも、段ボールも慣れると割とあったかいんです。移動するときも楽だし……」
でも、湿気に弱いのが難点ですね。
そんなことを暢気に語る少年に、スティーブンは呆気に取られる。
てっきり家出だとばかり思っていたから、適当に説得して家に帰すか、警察に保護してもらおうとばかり考えていた。しかし、帰る場所が無いとなると話が違う。
(ああ……開けなきゃ良かった……!)
覚悟していた以上に厄介な事態だったとスティーブンは頭を抱える。
すると、肩をぽんぽんと叩かれた。
それに釣られて顔を上げると、意を決したような表情をした少年が小さな拳を握り締めていた。
「あの、僕を拾ってくれませんか?」
普段では冷静さを欠かないスティーブンだったが、その言葉には流石に動揺を隠せなかった。レッドブラウンの瞳を丸めて少年を見つめる。
その反応に嫌悪感や否定的なものが無いと感じ取った少年は、段ボールから身を乗り出し気味に言葉を続けた。
「絶対得をさせる……とまでは言えませんけど、でも、損もさせませんから!」
「ぶふっ」
弱気なような強気なような、微妙なセールストークにスティーブンは思わず噴き出してしまった。口元に手の甲を当ててくつくつと笑う。
「そうか、得をさせてはくれないのか」
「うっ……で、でも損もさせません!」
段ボールを揺らしながら必死に自分を売り込もうとする少年を、スティーブンは笑いすぎて目尻に滲んだ涙を拭ってから改めて見る。
(まあ、害は無いだろうな。もしも何処ぞの誰かが僕に向けた刺客なら、もっと確実に懐に潜り込んでこようとする筈だ)
笑うのが落ち着いた頃には警戒心は無くなっていた。スティーブンは屈んでいた腰を伸ばす。
高くなった目線を追いかけて見上げる少年の表情は不安そうで、それを見下ろすスティーブンはふっと小さく笑った。
「どうした?」
「へっ?」
「拾われたいんだろう? おいで、少年」
「……!!」
ほら、と片手を伸ばしてやると、きょとんとしていた少年は徐々に笑顔になって、その片手をしっかりと掴み取った。
(うわ、小さい手だな)
白くて柔らかい手を握ったスティーブンは、自分の手と比べて少し後ろめたいような、申し訳ない気持ちになる。
(きっとこの手は血も硝煙も知らないんだろう)
HLが出来る前から裏社会に生きてきて、今は秘密結社の副官として前線に出ることもある。他人に言えないような非人道的な行為もしてきた。そんな自分が、こんな屈託の無い少年の手を安易に取っていいものか。
「か、会社員さん!」
「……! ああ、何だい?」
思考の海に沈みかけていたところに呼ばれてスティーブンは振り返る。呼ばれ慣れない、しかも、世間で通している嘘の職業で呼ばれて一瞬反応が遅れたが、少年は特に気にする様子もなく返事をする。
「その、名前を教えてもらってもいいですか?」
「そうか。そう言えば名乗ってなかったな」
うっかり忘れていたとスティーブンは笑う。
「僕は、スティーブン・A・スターフェイズだ」
「スティーブンさん。僕はレオナルド・ウォッチです。これからよろしくお願いします」
にへっと笑ったレオナルドに、目を細めたスティーブンは「こちらこそ」と返して繋いだ手を軽く引っ張る。
段ボールからレオナルドの足が一歩、二歩と出た。
それを見るとスティーブンは手を離して歩き始めた。その隣をレオナルドは小走りで追いかける。
「スティーブンさん、僕、貴方の得になれるよう頑張りますね」
「へえ、それはそれは。大いに期待しておこうかな」
「う、……あまり期待値を大きくしないで頂けると嬉しいです」
「おいおい、今からそんな弱気でどうする? 頑張り給え、少年」
「うぐっ」
気合いを入れるように背中を叩いてやると、レオナルドは猫背気味だった背筋をぴゃっと伸ばした。
バネが仕込まれた玩具のような反応にスティーブンは喉を鳴らして笑う。
あれだけ疲れを感じていたのに、今はそこまで辛くないことにスティーブンが気付くのは、大通りに出てタクシーを拾ってからだった。
***
「ほら、起きろー」
「ん……んん?」
「着いたぞ。下りるから起きなさい」
ぼんやりとしているレオナルドの肩を叩き、スティーブンはタクシーの運転手にチップ込みの代金を適当に払って下車する。
少し遅れてから、目が覚めたらしいレオナルドが「あっ!」と声を上げて、慌てて飛び出してきた。
「……っ、そこまで必死にならんでも」
堪らず笑うと、レオナルドは唇を尖らせた。
「そんな笑わんでもいーじゃないっすか」
「悪い悪い」
「大体、もっと早く起こしてくれて良かったのに……」
「いやあ、あんまりにも気持ち良さそうに寝てたからさ」
本音だった。涎を垂らして心底幸せそうな寝顔を晒されては起こす気になれなかった。全ては伝えずともそう言えば、レオナルドはうぐっと言葉を詰まらせた。そして、バツが悪そうな顔をして目を逸らす。
「……だって、久々だったんですもん。あんなにふかふかなの」
タクシーの後部座席の事を言っているのだと理解するのに、スティーブンは数秒を要した。何故なら、自分達が乗ってきたタクシーは別に高級志向の物ではなく、ごく普通の一般車だった。シートも普通の物で、少し硬いくらいだった筈だが──この少年はついさっきまで、段ボールを寝床に暮らしていたのだから、それと比べれば当然の反応だろう。
「じゃあ、ウチのベッドで寝たら、君は気絶するかな」
「そんなにですか!?」
「うん、……と、まあ冗談はこのくらいにして、早く帰ろう」
そう言ってスティーブンはマンションのロビーに入って行き、その後にレオナルドも恐縮しながら続いた。
スティーブンはHL屈指の高級マンションに暮らしている。部屋の広さや設備は勿論だが、セキュリティが万全なのが選んだ決め手だった。秘密結社の副官に就く身としては、自分自身と自分が持つ情報が漏洩する事が一番恐ろしい。
(そんな俺がどこの馬の骨かも分からない子供を自宅に連れ込む日が来るなんてなぁ……)
正直、自分でも何故レオナルドの手を引いたか分からない。拾ってくれと懇願された時にきっぱりと断って立ち去ってしまえば、契約不成立だったということで、後ろめたさも無かっただろうに。
若干の迷いがスティーブンの胸に渦巻く。
しかし、そんな事を知る由も無いレオナルドは、大理石の床が輝く広いロビーに感動しながら、スティーブンのスーツの裾を軽く引いた。
「スゲー……! スティーブンさんって、エリート会社員ってやつですか!? 普通ならこんなマンション住めませんよ!」
「男一人で金を使う暇も理由も無いだけさ。ほら、あんまりキョロキョロすると不審人物として監視カメラに引っかかるぞ」
「えっ、嘘ですよね!?」
「うん、嘘だよ」
さらりと息をするように嘘を吐いたスティーブンを、レオナルドはこれでもかと眉間を寄せて険しい顔で見上げる。
「……スティーブンさんって、結構意地が悪かったりします?」
「さあ、どうだろう?」
そんな視線を受けてもスティーブンは一切悪びれず、笑って誤魔化しながらセキュリティーロックを開け、エレベーターへと乗り込んだ。レオナルドも乗ったのを確認して階層を選ぶ。
長い指がボタンを選ぶ様子を何気なく眺めていたレオナルドだったが、選択された階層を見ると、糸のように細い目を大きく見開いた。
「ちょっ、60階って最上階じゃないっすか!?」
「そうだよ。あ、耳がつーんってしたら唾飲むようにな」
「あ、はい……じゃなくて!」
レオナルドが騒いでいる間にエレベーターは動き出す。音も揺れも無くて本当に動いているのか疑わしい程だったが、ドアの上に並ぶ階層表示のランプは物凄い速度で上がっている事を示していた。
それをレオナルドがあんぐりと見上げていれば、あっという間に60階に到着した。ベルの音が鳴ってドアが開く。
「ほら、おいで」
「は、はい……」
エレベーターから降りた先には、赤い絨毯が敷き詰められた廊下と突き当たりにドアが一つだけ。普通に歩いていくスティーブンの後を、レオナルドは何となくつま先立ちになりながら追いかける。
ドアの前に着いたスティーブンは指紋認証と虹彩認証、顔認証を潜り抜けて、最後にパスワードを打ち込んで鍵を開けた。
「はい、ようこそ我が家へ。……なんてね」
分厚いドアを開けたスティーブンは振り返り、背後でぽかんとしていたレオナルドに笑いかける。その笑みを受けたレオナルドは我に返って、自然と丸くなっていた背中をぴしっと伸ばした。
「お、お邪魔します!」
少し声が裏返ったが仕方ないとレオナルドは思った。何せ室内は新居かと思うほどに綺麗で、置いてある家具はどれも上質な物だと一目で分かる。万が一傷つけたりして弁償などとなったら──考えるだけでも恐ろしい。
まるで子犬のように震えて落ち着かないレオナルドに、スティーブンは軽く苦笑すると、まずはと此処に来るまでに考えていたことを伝える事にした。
「さて、レオナルド。君が本格的にウチで暮らすなら、幾つか約束事を決めなきゃいけないと思う」
「は、はい!」
レオナルドの背筋が再び伸びる。
一体どんな決まり事を言い渡されるのか。
(出来る限りの事ならやるけど、あんまり無理難題は……)
家事全般を任せられるくらいだったら良いな、とレオナルドが不安げに思って身構えていると、スティーブンは至極真面目な顔でレオナルドを指さした。
「取り敢えず、シャワーだ」
「……はい?」
「出会ったときから思ってたが、君、薄汚れてるぞ。臭いが無いだけマシだが、ウチに住む以上は清潔にしてもらわないとな」
着替えとタオルは用意しておく。脱いだ物は脱衣所にある洗濯カゴに入れておいてくれ。バスルームにある物は好きに使って良いから。
そんな事をつらつらと言ったスティーブンは、返事を聞かずにレオナルドを脱衣所へと放り込んだ。
「……はっ!」
ドアが閉められて数秒後、レオナルドは漸く我に返る。ふと洗面所の鏡を見ると、確かに全体的に薄汚れている自分の姿が映っていた。
「パークの水道で髪は洗えてたけど……」
やっぱり無理があったか、とレオナルドは溜息を吐く。そして、もぞもぞと服を脱ぐと言われた通りに洗濯カゴへと入れた。
「よーし、隅々まで綺麗になるぞー!」
居候の身として、せめて清潔感くらいは欠けていたくない。
生まれたままの姿になったレオナルドは勇ましい仁王立ちで拳を突き上げると、意気込んでバスルームへと入っていった。
一方その頃、スティーブンはベッドルームでスーツを脱いで、シャツとズボンという自宅スタイルになっていた。戦闘衣とも言えるスーツから解放されて、やっと気が抜けたスティーブンはベッドに仰向けに転がる。
「あー……」
呻くように息を吐くと、疲れがドッと押し寄せてきた。今さっきまでは忘れていたが、一人になった途端、思い出したかのように体が怠くなる。遠くから聞こえるシャワーの音に耳を傾けているうちに、眠気がとろとろとやってきた。
(レオが出たら、俺もシャワーを……浴びなきゃ……)
そこでスティーブンの思考は一瞬途切れた。
「──ブンさん、スティーブンさん」
次に気が付いた時には、バスルームにいる筈のレオナルドがいた。腰にタオルを巻いただけの無防備な姿で、心配そうにスティーブンの顔を覗き込んでいる。
「……!」
スティーブンは数秒ほど反応出来なかったが、数分眠っていた頭が働き始めると慌てて起き上がった。
「す、すまん! 今、着替えを用意するから!」
勢い良く起きた所為で軽く眩暈がしたが、スティーブンはそれに構わずクローゼットを漁る。どうしたってサイズが合わないのは諦めてもらおう。スティーブンはスウェットと新品の下着を取り出すと、それをレオナルドに押し付けるように渡した。
「取り敢えずこれを着てくれ。袖やら裾やらは捲って調節を頼む」
「わあ、ありがとうございます!」
「何か食うだろ? 着替え終わったらキッチンにおいで」
そう言ってスティーブンはキッチンへと向かう。自分は相変わらず食欲が無いから、夕飯を抜いたって支障は無いが、食べ盛りだろうレオナルドはそうも行かない筈だ。
(タクシーの中で寝てた時も腹が鳴ってたしなぁ)
静かな車内で響く腹の音を聞いたときは、耐えきれずに小さく噴き出してしまったのを思い出す。スティーブンは冷蔵庫を開けると、ラップが掛けられたグラタンとサラダを取り出した。
「スティーブンさん、何か手伝う事はありますか?」
冷えたグラタンを温め直すべくオーブンに突っ込んだところで、着替え終わったレオナルドがキッチンに入ってきた。
「いや、特には……って、これまた随分とユニークな格好になったな」
「し、仕方ないでしょう! スティーブンさんが足長すぎるんです!」
明らかに笑いを耐えているスティーブンに訴えるレオナルドは、袖はともかく、ズボンの裾はかなり捲り上げていて不格好だった。
これは早急に着替えを揃えてやらないと、と思いながらスティーブンは、膨れっ面のレオナルドの肩をぽんぽんと叩いた。
「そんな顔するなって。美味いグラタン食べさせてやるから」
「グラタン!」
レオナルドの表情がパッと明るくなる。
スティーブンが「好き嫌いはないか?」と問えば、レオナルドは良い笑顔で「人が喰える物なら大抵喰えます!」と頼もしい答えが返ってきた。
(今までどんな食生活を送っていたんだか……)
自分の事は棚に上げてスティーブンはそんな事を考えながら、ベルが鳴ったオーブンからグラタンを取り出した。
美味しそうな焼き色が付いたホワイトソースの中には、カボチャにジャガイモ、ニンジンやブロッコリーと言った緑黄色野菜がごろごろと入っている。ふんわりと香るチーズの匂いを嗅いで、レオナルドはまだ食べてもいないのに幸せそうな顔をした。
「うわー……美味そう! これ、スティーブンさんが作ったんですか?」
「いや、これは家政婦が作って置いといてくれたんだ。僕に合わせた味付けだろうから、少し辛めかもしれんが……」
「全然平気ですよー。……つーか、それならそのグラタンってスティーブンさんの夕飯ですよね? 僕が食べてもいいんですか?」
心配そうに見上げてくるレオナルドに、スティーブンは冷蔵庫から出したフレンチドレッシングをサラダに回しがけながら笑った。
「大丈夫、寧ろ食べてくれ。どうせ僕は食べられないから」
「食べられ……?」
「ここ最近、食欲が無くってね。サラダにすら手が伸びないんだ」
そう言いながらスティーブンは料理をトレイに乗せて、綺麗に拭かれたダイニングテーブルへと運ぶ。
後に続いてきたレオナルドに席に着くよう目で促せば、料理をテーブルにさっさと並べていく。
「食べ終わったら食器は水に浸けといてくれ。洗わなくていいから」
「わ、分かりました」
「それじゃ、僕はシャワーしたら寝るから。君はゲストルームのベッドを使ってくれ。……おやすみ」
スティーブンは最後にトレイを置くと、片手をひらりと上げてバスルームへと向かった。
「……おやすみなさい」
その背中を見送ったレオナルドは一人で食卓に向かう。
両手を合わせてきちんと「いただきます」を告げてから、ピカピカに磨かれたシルバーのフォークを掴んで、まずはグラタンに手をつける。
香ばしい焼き色の表面からフォークを差し入れて掬えば、チーズがとろりと伸びて、一緒に湯気が立ち上った。
レオナルドはふうふうと息を吹きかけてから、熱さに気を付けながらゆっくりと口に運んだ。
「ん、うま……!」
良く火の通ったニンジンの甘さとベーコンの塩気を、溶けたチーズが見事に包み込んでまろやかに仕上げている。大きめに切られた緑黄色野菜がこれでもかと入っているのに、青臭さも苦みも一切無い。軽く振られた黒コショウも良い風味を醸し出していた。
とても美味しい。洋食店で出されてもおかしくないくらいに美味しい──けれど。レオナルドは食べる手を静かに止めた。
「……スティーブンさん」
どうしても気になってしまう。実は出会った時から細いと思っていたが、そこに食欲不振が加わっていると知った今は心配だった。しかし、出会ったばかりの自分に何が出来るだろうか。
取り敢えず目の前の食事を片付けなければ、とレオナルドは再び食べ始める。
濃厚なホワイトソースが絡んだマカロニは食べ応えがあり、途中で瑞々しいサラダを食べれば口の中がさっぱりした。シャキシャキとしたレタスに果物のように甘いプチトマト。程良い酸味のフレンチドレッシングが舌を飽きさせない。
そうして、あっという間に食べ終わったレオナルドは食器をキッチンに運んで、水が溜めてある大きめのボウルに浸け置いた。
(うーん、食欲が無い時でも美味しく食べられるもの……って言っても、今の僕には金が無いから買いに行くとか出来ないし)
静かなキッチンでレオナルドは一人考える。と、ふとコンロの上に置かれたままの鍋に視線が向いた。
(──鍋、煮込む、スープ、……!)
脳内で電球がピコーン!と光った。レオナルドはすぐに冷蔵庫の中を覗き込んで、冷蔵室から野菜室まで全てを確認する。そして、よしと頷くと、拳を握って意気込んだ。
(明日の朝、やってみるか!)
そうと決まれば今夜は早く寝よう。スティーブンが何時頃に起きるのか分からない以上、早起きを心がけるに越した事は無いはずだ。レオナルドは鼻歌交じりにキッチンを後にして、宛がわれたゲストルームへと向かった。
[newpage]
2.
スティーブンが気が付いた時には、霧の街を薄い朝日が照らし始めていた。
天井を見つめてぼんやりすること暫く、一人で寝るには大きすぎるベッドから起き上がり、寝癖もそのままに昨夜の記憶を辿っていく。
(……昨日は何かあったような)
何だったっけ、とシーツを見つめて考える。何だか大きな事があったような。いかんせん寝起きだからか頭が働かな
い。サイドテーブルにある置き時計が示す時刻は、まだ起きるには随分と早かった。
(二度寝……は出来ないんだよなぁ)
スティーブンは重い溜息を吐く。疲れて眠くなるくせに睡眠は浅く、朝早くに起きてしまって、疲労が取れた気はあまりしない。酷い時は胃痛で起きることもある。仕方がないから水でも飲みに行こうか、とスティーブンは怠い体を引きずってベッドルームを出た。
「……ん?」
すると、何処かから食物の匂いが漂ってきた。
スティーブンは一瞬「ウェデットか?」と家政婦の姿を思い出すが、彼女との契約時間は昼過ぎからなので、それは無いとすぐに思い直す。
「……!!」
そして、次に脳裏に浮かんだ姿に引きずられるようにして、スティーブンは昨日の記憶を全て思い出した。
そうなると、この匂いを発生させている大本は──。スティーブンが匂いが漂ってくる方に足を進めると、予想した通りキッチンに着いた。
「あ、スティーブンさん。おはようございます!」
ふわふわのチョコレーティが嬉しそうに揺れる。スウェット姿でキッチンに立つレオナルドを見て、スティーブンは昨夜の自分の言動を思い出す。そして、表向きでは「おはよう」と笑いつつ、内心で頭を抱えた。
(何で軽率に他人を家に上げてるんだ、僕は!?)
疲れていたとは言えど、これは無いだろう。脳内で昨夜の自分の尻を勢い良く蹴り飛ばしていると、コンロの火を止めたレオナルドが笑顔で近付いてきた。
「スティーブンさん、朝飯食べましょう」
「え? いや僕は食欲が……」
「いいからいいから。さ、座ってて下さい」
そう言いながらレオナルドはスティーブンを回れ右させる。そして、背中をぐいぐいと押していき、強引に食卓へと着かせると、自分はさっさとキッチンに戻っていった。
(……面倒な拾い物しちまったなぁ)
スティーブンは溜息を吐いた。拾ってやった事に対する恩義か、ただの世話焼きかは知らないが、正直なところ有り難迷惑だった。あんまり懐かれると、適当な稼ぎ先を見つけて追い出しづらくなる。
それに食欲に至っては、料理上手な家政婦の作る料理すら喉を通らないのだ。彼女お手製のローストビーフでも、三口目から厚紙を食べているような気がした時は、自分はもう物が喰えないのではと戦慄した。それでも毎回「もしかしたら食べられるかもしれませんから」と、夕飯を作り置きしてくれる彼女には頭が上がらない。
「はい、お待たせしました!」
そんな事を考えていたスティーブンの前に、レオナルドが両手でトレイを持って戻ってきた。トレイにはスープ皿が乗っている。
果たして何を食べさせられるのかと、目の前のテーブルに置かれたそれを不安げに覗き込んだスティーブンだったが、中身を確認すると「へえ」と感心したように声を漏らした。
「チキンスープか」
ふわりと鼻先を擽る湯気は塩気を含んだ良い香りがした。黄金色のスープには旨味を含んだ脂と色とりどりの野菜、鶏肉が浮いている。見た目と匂いは思っていたよりも良い。
「はい! スープなら喉を通りやすいし、これなら野菜も肉もバランス良く喰えるから、食欲が無くても食べられるかなって思って……」
レオナルドははにかみながら答える。
(参ったな……)
裏表のない好意がスティーブンにはむず痒かった。普段他人とはビジネスとして接する事が殆どな為に、好意のやり取りの裏には常に貸し借りがついて回る。故に、こうやって無防備に好意的な姿勢をとられると、自分はどう反応したら良いのか迷ってしまう。
数秒の間に思考を巡らせたスティーブンは置かれたスプーンを握った。この場合は一口でも食べるのが、ギブアンドテイクとして一番成り立つと判断したからだ。
温かなチキンスープを掬って口元に運ぶ。スティーブンの口が小さく動いて、やがて喉仏が上下したのを見届けたレオナルドはおずおずと窺う。
「……どうですか?」
「……、……うん」
「ま。不味かったです、か?」
「いや、……普通に美味くて少し驚いた」
スティーブンは呆気に取られた表情でチキンスープを見つめる。もちろん家政婦や店の味には劣るものの、一般人の、それも料理と縁が無さそうな少年が作ったにしては美味しかった。
「マジっすか!? やったー!」
万歳をしそうな勢いで喜んだレオナルドは、ぱたぱたとキッチンに戻っていく。そして、すぐに自分の分らしいチキンスープをよそって戻ってきた。スティーブンの向かい側に座り、早速スプーンを手に取る。
「味見はしてたんですけど、やっぱり不安だったんですよねー。スティーブンさんって舌肥えてそうだし」
「そう? そんな事無いと思うけど」
「いやー、だったら冷蔵庫にあんなに高級そうな食材入ってませんって。見たこともない調味料とかもあったし。……うん、美味い!」
チキンスープを口に運んだレオナルドは満足げな笑顔を浮かべる。屈託の無い笑みで食事をする様は、それを見ているスティーブンの気持ちを和ませるのに充分だった。もう一口くらい行けるか、とチキンスープで唇を濡らしながらスティーブンは答える。
「食材に関してはウェデットが良い物を選んでくれてるだけだよ」
「ウェデット?」
「ああ、ウチで雇ってる家政婦だ」
「昨日言ってた人ですか」
「うん、もう随分と長いこと世話になってる。僕よりもこの家の事を知っているんじゃないかな」
「えー……普段どんだけ家にいないんですか」
「仕事が詰まってると家に帰るのも惜しくてね。外に持ち出せない仕事も多いし」
「重要書類ってやつですか。スティーブンさん、やっぱり結構な重鎮だったりします?」
「やっぱりって何だ、やっぱりって」
「だって、見た目からして一般人じゃねーですもん。会社員ってよりも俳優とかモデルの方が個人的にはしっくりきますけど」
「……それは褒められてるのか?」
「褒めてますよー」
「ならいいけど、……あっ」
はたと気付いてスティーブンは手を止める。
視線の先には、随分と減ったチキンスープ。他愛のない会話を交わしている間に、いつの間にかこんなにも食べ進めていたのか。あれだけ辛かった咀嚼も嚥下も全く気にならなかった。
「あ、スティーブンさん、結構喰ってくれましたね!」
良かったー、と同じく気付いたレオナルドが笑う。
その混じりっけのない好意100%の笑顔に、スティーブンは擽ったいような、何とも言えない気持ちになった。とくとくと胸が高鳴って、其処から心地良い暖かさが広がっていくのを感じる。
「……? スティーブンさん、何笑ってるんですか?」
「え、そう? 笑ってた?」
レオナルドに言われて、スティーブンは思わず自分の頬を触る。ぺたぺたと触って確かめる姿は幼い子のようで、レオナルドは微笑ましく思うよりも先につい噴き出してしまった。
「おい今、笑ったろ」
「……何のことですか?」
「ほう、しらを切るか。へえ、ふーん」
「ちょっ、澄ました顔で足蹴らんで下さいよ!」
「勝手にぶつかっちゃうんだよ。悪いなぁ、長い足で」
「うっわ! 嫌味かよ、くっそー……!」
どうせ身長が低いですよ、と不満げに呟きながらも食べる手を止めないレオナルドに、スティーブンはくつくつと喉で笑う。
「そう膨れるなって。ほら、肉やるから」
スティーブンはスープ皿の隅に残っていた大きめの鶏肉をスプーンで掬って、レオナルドの皿に入れてやろうとする。
「え、いいんですか? ……って、駄目ですよ!」
「あれ、肉は嫌いかい?」
咄嗟に制止されたスティーブンが首を傾げると、レオナルドは肉の塊を凝視しながら非常に複雑そうな顔をした。
「好きですけど……スティーブンさんの為に作りましたから」
「……君、割と狡いなぁ」
「へっ?」
「いんや、何でもないよ」
きょとんとするレオナルドに軽く返して、スティーブンはスプーンに乗ったままの鶏肉を口に運ぶ。そのまま残っていたスープも飲み干して、皿を空にすると、久々に胃に重量を感じながら息を吐いた。
「はー……ご馳走様」
「大丈夫ですか? そんなに一気に食べて……」
「うん、まあ少し苦しいけど。職場には遅刻して行くよ」
そう言ってスティーブンはへらりと笑う。遅刻するなんて最近の自分には思いつかなかった事だが、今はもう少し、この満足感に浸っていたい気がした。
レオナルドもスティーブンがそう言うならと追求する事もせず、スープの残りを食べながら、ふと思い出したように顔を上げた。
「そう言えば昨日、約束事を決めるって話してましたけど」
「あ? あー……そうだったな」
「家事とかならやりますよ。ただ生活費は……ちょっとバイト見つかるまで待ってて頂けると助かります」
「いや、金の事は気にしなくていい。君一人養うくらいの甲斐性はあるつもりだからね。家事もウェデットが来てくれるからなぁ……」
「うっ……」
レオナルドは言葉を詰まらせる。確かに金銭面は自分が心配する必要は確実に無いだろう。家事も自分がやるより、熟練の家政婦がやった方がずっと良いに決まっている。
だからと言って、何もせずに堂々と居候出来るほどレオナルドの神経は図太くなかった。険しい顔をして唸るレオナルドに、スティーブンは頬杖をついて小さく笑う。
「ま、僕が帰るまでに何か考えておいてくれよ」
「うー……分かりました」
「よし。まあ、後は自由にしてて良いよ。腹が減ったら冷蔵庫にある物を好きに食べていいし、暇なら本でもテレビでも……あ、ただ僕の部屋とベッドルームにだけは入らないでくれ。君の部屋はゲストルームを使ってもらえるかい?」
「了解です。あ、片付けますね」
スティーブンの言葉に頷いたレオナルドは席を立ち、空になった二枚のスープ皿を重ねてキッチンへと片付ける。
「悪いな、頼んだよ」
それに甘える事にしたスティーブンも腰を上げると、出勤の支度をするべく、まずは洗面所へと向かった。
身支度を整えてスーツ姿になったスティーブンがリビングに戻ると、ソファに座ってテレビを見ているレオナルドがいた。大画面の薄型テレビからは事務的に原稿を読み上げる声が聞こえる。
「スティーブンさん、今日は一日晴れだそうですよ。道も今のところは何処も封鎖してないみたいです」
「お、チェックしててくれたのか。有り難う」
日夜騒がしいこの街では、突然の事故で道路が封鎖される、なんていう事もよくある事だ。その為ニュースやラジオ、携帯端末での交通情報のチェックは欠かせない。
スティーブンは素直に礼を告げると、腕時計で時刻を確認してから玄関へと向かう。その後を小さな足音が追ってくる。
玄関に着いて振り返ると、にこにこと笑っているレオナルドが此方を見上げていた。
「行ってらっしゃい、スティーブンさん」
小さな手を振りながら笑顔で見送られて、スティーブンの胸の奥がきゅんと甘く詰まる。気付けば片手はレオナルドの頭に置いて、柔らかい癖毛をわしゃわしゃと乱すように撫で回した。
「うん、行ってきます」
「へへ……お昼もしっかり食べて下さいねー」
朗らかな声を受けて、スティーブンは玄関を出た。オートロックが掛かる音がする。
エレベーターに乗り込んだスティーブンは下へ降りるボタンを押すと、ポケットに入れたスマホが着信を知らせる音を鳴らした。スマホを取り出して耳に当てる。
「ウィ、スティーブン」
『スティーブン、大丈夫かね?』
聞こえてきた重低の声は迫力があり、しかし、心配そうな色をハッキリと含んでいた。
スティーブンは今頃、通話の向こう側で汗を飛ばしているであろう、リーダーであり唯一の親友──クラウス・V・ラインヘルツを思い浮かべて苦笑する。
「クラウス。大丈夫だよ、どうしたんだい?」
『む……それなら良いのだが。いや、君が遅刻してくるなど珍しいから、もしや具合が悪いのかと心配になって……』
お人好しの彼らしい理由だとスティーブンは目尻を下げる。
「そうか、心配かけて悪いな。大丈夫だよ」
『そのようだな。声が普段よりも元気そうだ』
「お、そう聞こえる?」
『うむ、……何はともあれ、息災ならばそれで良いのだ。今日は今のところ大きな騒ぎも無い。焦らず無事に来てくれ給え』
「うん、ありがとう。それじゃまた後で」
通話を終える頃にはスティーブンはロビーに着いていた。自動ドアを潜って外に出れば、いつも通りの霧の空と騒がしい喧噪が出迎える。しかし、普段なら鬱陶しい其れらも、今日はすんなりと受け入れられた。
「……さーて、頑張りますか」
事務所に着いたら遅刻した分、早急に仕事に取りかからねばならない。スティーブンは脳内で作業の順序を組み立てながら、それでも、何処か晴れ晴れとした表情で歩き出した。
|
「愛情は大さじで、」<br /><br />スティレオがご飯食べているのが本当に好きなので、だったらいっそ二人がひたすらご飯食べて両思いになる話を書こう!と思ったんですけど、二万字書いたくらいから内容が緩すぎてマジで誰得になったので、供養の意味も込めて途中まで公開。このあとも二人で一緒に食べに行ったり、一緒に料理したり、そこからスティーブンさんが生きる意味を見出していったり、レオ君がいなくなったりする予定でした。(表紙はフリー素材をお借りしました!)
|
僕と君で幸せになるためのレシピ
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6543827#1
| true |
あれっ、と思ったら自分が横たわっているのが見えた。
布団に寝ているわけではない。道路のど真ん中にパジャマ姿で頭からだくだくと血を流しながら寝かされているのだ。自分と同じ顔はこの世に五つあるが、どう見たってそれは松野カラ松だった。そう、自分である。何度か瞬きしても手で目を擦っても目に映る光景は変わらなかった。鏡はないが自分は松野カラ松であると認識しているし、目の前に倒れている男も自分だとわかる。はてさてどういうことか?
うーん、と記憶を掘り起こす。今日は何があったんだったか。あ、そうそう、古馴染みにツケの制裁だと誘拐されたが自分にかけられた身代金百万はまぁ自分にかけられるにしては大きすぎる額で当然ニートの兄弟達に払えるはずがなく、しかも梨に気をとられた兄弟にすっかり存在を忘れられた。梨食べたかったと誘拐犯の前で泣いたらどういう回路を辿ったのか兄弟を見返すとかいう話になり家の前で何故か火炙りにされて、兄弟から色々投げられたのだ。はっきりと覚えてはいないが、少なくとも倫理的人道的に鑑みて人間に投げちゃいけませんよと言われるようなものだったと思う。端的に言えば鈍器に値するものだ。正直三つ目あたりから覚えていないが全て自分の頭にクリーンヒットしたんだろう。兄弟に投擲の技術があるとは知らなかった。一瞬隣で拡声器片手に叫んでいたチビ太を狙った可能性を考えたが即否定する。だってチビ太を気絶させたとしたら自分の足元で燃え盛っていた火を消すために降りてこなければならないし、安眠妨害された兄弟がそんなことをしようとするはずもない。火を消してくれたチビ太に感謝しよう。おかげで家が燃えずに済んだ。多分その時ついでに自分を道路に寝せて行ってくれたんだろう。なるほどわかった。
どうやら自分は兄弟に殺されたらしい。
グッドキル! 思わずトド松が連れて行ってくれたサバイバルゲームで飛び交っていた掛け声を出してしまった。あの時と違ってリスポーンもできないしリスポーン地点があるとすれば目の前の自分の家だろうがそこは今重要ではない。松野カラ松は兄弟の手によって劇的な最期を迎えたのだ! 魔女狩りのごとき火炙りもなかなか乙だと冷静になった今なら思えるが、そんなもの兄弟の手によって殺されるという死に方と比べるまでもない。あと火炙りは尋常じゃなく熱かったし苦しかったので二度と御免だ。
ぱちぱちと手を叩いたが音は鳴らなかった。当然だ、今の自分は実体がない。所謂霊体と呼ばれるものだろう。状況は理解できた。自分の死の過程としては申し分ない。もう一度兄弟に向けて拍手する。グッドキル! やっぱり音は鳴らなかったが気持ちの問題だ。死んでおいて気持ちも何もないが。
世が世なら家督相続だとかで兄弟間の殺し合いも珍しくないかもしれないが、今平成の世になって兄弟全員から平等に殺意を向けられ平等に殺されるというのはとんでもなく特別なんじゃないだろうか。いや、遺産相続も骨肉の争いを生むというしカラ松だって遺産は貰えるものなら欲しいが、父母の蓄えは絶賛ニート生活をしている自分達が食い荒らしているし物として残るのもこの木造何年かもわからない家だけだろう。この家の為に兄弟と争うのは非常に面倒くさいし、遺産相続のあれやこれやの手続きだって面倒にも程があるのでその手間が省けたと喜ぶべき場面な気がする。言うまでもないがカラ松に遺産なんて呼べるほど大した財産はないし、ここで死んでおいてよかったのではないだろうか。流石愛するブラザー、俺のことをわかってくれている。
うん、と頷いてやっとまじまじと自分の死体を見る。頭部の血は止まりかけていて自分の頭を中心になかなかの大きさの血だまりを作っていた。アスファルトについた血液って落ちるんだろうか。雨でも降ってくれれば綺麗に洗われたかもしれないが、空を見ても綺麗な星空が広がっているだけだ。天恵には期待できそうにない。もしも血液の跡が残ったら見る度ちょっと嫌な思いをさせてしまうかもしれないが、残念ながら自分の死体に触れないので今のうちに謝っておく。すまない、ファミリー。
しかし、と眉をひそめた。兄弟に殺されるという悲劇的な死に方は非常にドラマチックで自分好みだが、この死に顔はどうなのだ。頭には鈍器五連打の痕だろう大きなタンコブができているし、顔面に当たったのもあるらしく目鼻の辺りは青く痣になっている。足を見れば火傷で水ぶくれになっていた。火傷には目をつむるとしてもこの顔。顔だ。勿論カラ松は兄弟そっくりの自分の顔は好きだが、世間一般的に見て昭和顔に分類される自分の顔は評価するとしたなら中の中の下あたりを彷徨っていることはわかっている。少し盛った、実際は下の上くらいだ。ただでさえお世辞にもイケメンと呼ばれることのない顔だというのにこんな大きな傷ができてしまって大丈夫なのだろうか。死に化粧で隠せるレベルなのか? 機能が停止している身体で頭の腫れは引くのだろうか。両親がいい葬儀屋を知っていることを祈るしかない。最後まで迷惑をかけてしまうなぁ、と思って血の気が引いた。
ブラザーが殺人の罪に問われてしまうのでは?
気づくのが遅いがカラ松はポンコツである。だが世間一般の常識はそれなりに踏まえている。人を傷つけるのが犯罪なように、人を殺すのも犯罪だ。法律で定められているしテレビで流れるニュースでも連日どこかしらで殺人があったと報道している。しかも近親者を殺すとさらに罪が重かった気がする。いやそれはなくなったんだっけ? 昔法律がわかっていればかっこいいのではと六法全書を立ち読みし目が滑ると五分で諦めたツケがここで回ってきた。ガッデム。
いやでも殺人は罪だ。五人で一人を殺したとなれば実刑年数も五で割ってくれないかと思うがそんな融通は利かないだろう。むしろ残虐性とかなんとかで年数が増えるかもしれない。既にニートで社会不適合者ロードまっしぐらの兄弟ではあるが、それに前科者なんて称号のついた日には社会復帰どころの話じゃない。前科ありかつ高校卒業以来まともな職に就いていない人間を誰が雇うというのか。履歴書に前科って書かなきゃいけないんだったか。残念ながら働く気ゼロのカラ松にとって履歴書は程遠い存在すぎて、トド松がバイトで必要なんだと面倒くさそうに揺らしていた紙の空欄にどんなことを書くべきかもわからないのだ。
なんてことだ。一人自分の死体の横で頭を抱える。気合を入れたら身体を動かせないだろうかと手を伸ばして念じたが全く触れない。これならいっそあの火で燃やしてほしかった。そうしたならとりあえず隠しやすくはなっただろう。兄弟はちゃんと自分の死体を隠してくれるだろうか。というかチビ太も死体遺棄の罪に問われてしまうのではないだろうか。それは流石に忍びない。まず起きてくるのが兄弟の誰かであってほしい、じゃないと詰みだ。出勤するダディにこの死体が発見されたらおしまいである。いやその前に誰かしらまともな良心のある人間が通りかかったなら道路のど真ん中に倒れているパジャマ姿の血まみれの男を見て絶叫するだろうし救急車を呼ばれてしまうだろう。今自分に必要なのは霊柩車だ。
参った。自分の死体を見ながら溜息を吐く。死んでまでブラザーに迷惑をかけてしまう。せっかく殺したのに畜生が、と罵ってくる兄弟達が脳裏によぎって感覚がないはずの頭が痛む。頑張れば身体に戻れないかと自分の身体にぴったり重なってみたがどうにもならず空が白み始めていることしかわからなかった。せめて死因が頭部挫傷による出血多量でない何かしらにこじつけられればよかったのだが秋の初めの今じゃ凍死なんかできやしない。オーマイゴット、まさに八方塞がり。エイトシャットアウツ。
兄弟に霊感がある奴はいただろうか。十四松なら今の自分でも見つけてくれる気がする。今から十四松を叩き起こして自分の死体を早く隠せと訴えるべきか。というか霊体になって何時間経ったか知らないがお迎えってものはないんだろうか。天使が舞い降りてくる気配もなければ目の前に川も見えない。自分から出向くべきなのかもしれないがどこに行けばいいのかもわからない。まさか俺は地縛霊とかそういうものになってしまったのだろうか。なんてことだ。天国に行けるほど真っ当な人生送ってきたつもりはないがせめてあの世ってものを見てみたかった。
なんてことを考えていたら自分が吹き飛んだ。
自分とは言わずもがなカラ松の身体である。キキィと高いブレーキ音と風が吹きぬけて、ドンだかボンだかいう効果音と共に横たわっていた身体が跳ね飛ばされて電柱にぶち当たった。あれ、腕が妙な方向にひしゃげているけれど折れてるよな。もう死んでるからどうでもいいが。
数十m行きすぎて止まった白のワゴンから三十代にはいるくらいだろうか、好青年然としたスーツを着た男が顔を真っ青にして降りてきた。左手に持ったスマホから電話かなにかをしていて前をよく見ていなかったのだと思われる。男は呆然としていたがハッとしてカラ松の身体に近づいていく。
この時カラ松はガッツポーツした。ラッキー! そのまま死体とわかったら自分が殺したと勘違いしてくれ! そして俺の身体を山に埋めるか海に沈めるかしてくれたら最高だ! 自分の愛するブラザーに犯罪歴がつくよりも赤の他人に罪を擦り付ける方がカラ松の良心は痛まないのだ。さぁそのままそのワゴンに俺の身体を運び込んで捨てに行こう! 俺もついていける範囲までついていくから!
しかしこの好青年然とした男はその通り好青年らしく、がたがたと震えながらも救急車に連絡しているようだった。おいマジかよ、もうその身体冷たくなってるんじゃないか? 触れないからわからないけども。頭部挫傷も車に轢かれたせいにできるだろうか。可哀想なくらい真っ青になって電話を終えた男はそのままスマホの画面を見つめている。自分の死体を見るのにも飽きたので男の視線を追うと、可愛らしい赤ん坊が待ち受けに映っていた。
「ごめん……ごめんなぁ、とうちゃん……っ、うっ、」
男が急に可哀想になってきた。この待ち受けの赤ん坊はこの男の子供なのだろう。見たところまだ一歳にもいっていないように見える。この先子供のためにも頑張らねばと気合をいれて仕事に向かうところを自分が見事に邪魔をした形になるのだろう。大丈夫だお前の責任じゃないぞと言ってやりたいし声に出したが、当然霊体の自分の声は空気を震わせることはなかった。慰めるように肩を叩いてもすり抜けた。逃げてもいいんだぞと思っても伝わらない。霊体とはかくも不便なものなのか。
喧しい救急車のサイレンが近づいてきてぴたりと止まった。担架に乗せられて救急車に運ばれる自分を追いかけながら男を振り返る。事故だなんだ、警察にと話が聞こえてきてそんな大事にしないでくれと思う。警察に話がいったら間違いなく兄弟にも話がいくだろう。死んでまで迷惑をかけたくないんだ。というか、兄弟が殺したと気づかれたらマズイ。ブラザーは上手く嘘をついてくれるだろうか。チョロ松あたりに聞かれたら即終了だな、と思った時。
身体を激痛が襲った。
なんだ、と思う間もなく叫んでいた。さっきまで自分の死体を横で見ていたはずだが今見える光景は看護師らしい人達が自分を覗き込んでいる状態で、その背景は救急車の天井のようだった。意識戻りましたとかお名前わかりますかとか何か言われている気がするが、とりあえずブラザーに殺人罪がかからなくなったようだと思ってすぐに意識を手放した。尋常じゃなく痛かったので。
これが最初の生き返りの記憶だ。
生き返り、というか、息を吹き返した、というか。実は心臓は微細動? だかなんとかで一応は動いていて、電気ショックで再び動かしたらしい。詳しいことはわからない。とにかく松野カラ松は死ぬことなく今生を再び歩むことになったのだ。よかった。兄弟に殺されるというのは自分好みだがブラザーに罪を背負わせるわけにはいかないし、なによりあの死に顔はない。できればもっと綺麗に死にたい。自殺はクールじゃないが選ぶなら満杯の百合の花に囲まれて眠るように逝きたい。ただ自殺できるほどの百合の花は金がかかるので用意できるとすれば練炭である。
閑話休題。
検査入院だとかで三日程病院に拘束され、その間にあの男が見舞い金を持ってきたが腕の骨折と足の酷い捻挫の分だけ貰って後は丁重にお返しした。示談にまでしてもらって申し訳ないと男は渋ったが、自分の不注意もあるのでと言いお子さんもいらっしゃるでしょうと付け足せば驚いたように目を瞠ってそれから深々と頭を下げた。せめてもと貰ったカステラは美味かった。
その後やっと退院になって松葉杖を頼りに帰り道についたら夕陽に滲む兄弟を見て扱いの違いに嘆き、なんだかんだと六つ子の輪に戻った。胸の奥が痛んでもブラザーが幸せそうならいいかなぁと思う程度にはカラ松は兄弟を愛している。
次に息を吹き返したのはすっかり怪我も完治して、ハタ坊の誕生日会に招待された時だ。多々ツッコミ所のある誕生日会を終え、金を得るべくハタ坊の所で働こうという話になりハタにかけて言葉を発したら衝撃音と共に黒焦げになった自分を見ることになった。言わずもがな自分はまたもや霊体と呼ばれる状態で、目の前の自分はニヒルな笑みを保ったまま肌を焦がしてプスプスと煙を上げている。少し顔をずらせば一松があのハタ坊の部下が使っていたバズーカを肩から降ろしているのが見えた。なるほど今度は一松にあのバズーカで殺されたらしい。
死に顔としては申し分ない。肌が黒く焦げてしまっているがこの笑みは自分の死に顔としてここまでふさわしいものもないだろう。少なくとも前の血まみれでどでかいタンコブを作っていたのに比べれば最上と言っていい。死に方もブラザーに殺されるという点は前回と変わりない。前は兄弟皆から殺されたが一松一人に殺されるというのもなかなか恨み深い感じがあって悪くないと思う。兄弟皆あいつはいつかやると思ってたよと言いそうだ。あの居酒屋の時みたいに。
しかし一松だけ殺人の罪を背負うのは気の毒だ。前は兄弟皆平等に殺人犯になれたが今回は言い逃れのしようがない。加害者は松野一松しかいない。なんとか身体に戻れないかと前と同じように重なったりしたが全く効果がない。十四松に気付かれないかと思ったが全く見向きされなかった。なんてことだ兄弟は皆零感らしい。ジーザス。元に戻れないぞどうしよう。
まぁどうしようもないよなと皆の行方を見守っていたらなにやら移動するらしくぞろぞろと連れ立って大きな扉へ向かっていく。ぽつねんと残された自分の身体が寂しい。動けないのでどうしようもないが。今もまた救急車を呼ばれれば電気ショックで生き返れるかもしれないが、金で頭がいっぱいの兄弟には期待できそうにない。ハタ坊は金を持っているし上手に俺を何かしらのこう、裏ルート的なもので処理してくれるだろう。友達の一松を警察に突き出すなんてことはしないと信じたい。
「カラ松ー? なに突っ立ってんのお前」
「ぶべらっ」
うんうんと唸っていたら顔面から床に叩きつけられた。あれ、さっきまで俺は扉に背を預けていたはずなのになんで部屋の中心にいるんだ? 目を白黒させながら振り返るとぽかんとした顔のおそ松がいて、数秒見つめ合って噴きだした。膝かっくんしただけでそこまでいく!? ぼーっとしすぎじゃね? げらげらと腹を抱えて笑う長男にやっと思考が追いつく。どうやら自分は身体に戻れたらしい。
自分の頑丈さに流石に感服した。いや、先の鈍器五連打でも車に跳ね飛ばされても死んでいなかった時点で我ながら自分は頑丈にできているなぁありがとうマミーとは思っていたが、まさかこれほどとは。とりあえず一松を犯罪者にすることは避けられたのでありがとうおそ松と言うときょとんとした後熱を測られた。確かに膝かっくんされてお礼はおかしいなと思い直して頭突きをかましておいた。
三回目はトド松がバイトをしているスタバァだった。我ながら完璧な注文をしたと思ったら頭にメニュー表の突き刺さった自分がぶっ倒れていた。何故だ。少なくともたこ焼きだのフランクフルトだのサービスエリアのような注文よりは場にふさわしい注文だったはずなのに。何がいけなかったのかと首を捻っているうちに頭を抉っていたメニュー表は回収され、壁にもたれかかる形で俺の身体は放り投げられた。
死に顔としてはまぁ、最初よりはマシといったところだろうか。血まみれだが傷そのものは大きくないし隠せるだろう。だけどバズーカで殺された時は笑みを浮かべられていたしあっちの方がよかった。死に方は割愛。ここ数か月で何回死ねばいいんだと思うがそれも毎回ブラザーの手にかかっている事実が嬉しくもあり悲しくもあり。兄弟に殺されるというこれ以上ないほど悲劇的かつドラマチックな最期は俺にふさわしいと思うし兄弟もそれをわかったうえでやっているんだろうが、残念ながらそれだと兄弟に殺人罪がついてしまうのだ。殺人罪くらいなんてことないさとばかりに殺してくれる兄弟には非常に申し訳ないのだけれど、カラ松だって兄弟に前科が付くのは嫌なのだ。申し訳ないとかではなく、世の中にはそういった前科者というレッテルだけで愛するブラザーを色眼鏡で見る輩は悲しいことに存在してしまうのだ。それはとても嫌だ。たかが俺を殺した程度でブラザーを知ったつもりにならないでほしい。
なお、殺虫剤の刺激で無事生還した。殺して生き返らせるまで一人で行うとは流石トッティ、天上人の集うスタバァでバイトをしているだけはある。ただ最初は電気ショックで次は顔面強打、今回は殺虫剤と生き返る刺激がどんどん弱まっている気がする。己の頑強さが恐ろしい……まさにギルドガイ。天はまだ俺に生きろと囁いているらしい。少なくとも兄弟に殺されるという最期は回避してみせよう。見ていてくれ、まだ見ぬゼウスよ。心の中で誓ったらアイタぁ! と急におそ松が蹲った。なんなんだ。
四回目は十四松だった。パチンコに行く約束をしていて、その日は新台ではなかったが狙っている台があったので急かしていたら間に合う間に合うと言われ、何故か投げ飛ばされた挙句乗り物扱いされてアスファルトに顔面が埋まった。確かに歩いてくるよりも走ってくるよりもずっと早く着いた。なんとか十四松に返事をして、再び霊体になった俺はパチンコ屋に入って行く十四松の背中を見送った。オーマイリル十四松、せめて乗り物にした兄を起こしていってくれないか。
アスファルトに顔面強打どころか埋まっているので顔は確認できないが、間違いなく最初と同じくらいにはアレな状態だろう。このまま死ぬのはない。絶対ない。兄弟に殺されるのは死に方としては最高だがそれが原因で罪を着せたくないのだと何度思えばいいのだろうか。というか皆もなかなか諦めないなと思う。まぁ殺そうと思っているのだから当たり前だけれど、三度目の正直が二度あることは三度あるになり仏の顔も三度まで、ということで今回は顔すら見れない殺され方なのだろうか。俺を殺す時は俺の顔面に何かしらの危害を加えないといけない決まりでもあるのか。いっそナイフで心臓を一突きとか、そういう方確実性があっていいと思う。考えただけで痛そうだからできれば寝てる間とか、または痛みを感じないくらい一瞬で終わらせてほしい。
まぁ、俺の意見を聞くつもりはないだろうな、と動かすこともできない身体の横でぼうっと空を眺めていたら通りがかったデカパン博士が埋まっている俺のパーカーを掴んで引っ張り、アスファルトから抜けた勢いのまま投げ飛ばされパチ屋の正面の塀に背中を強かに打った衝撃で身体に戻れた。サンキュードクターデカパン。狙ってた台は残ってたしなかなかいい当たりがでたし、兄弟に勝ったのがばれて食べ放題の焼き肉を奢る羽目になったがとりあえず死ななくてよかった。[newpage]
「それで今回が五回目だな。今日は橋じゃなく公園の、ほらちょっとした高台があるだろう? あそこの手摺に寄り掛かってカラ松ガールズを待っていたんだが、急におそ松に脅かされて手摺乗り越えて落ちて、まぁ打ち所が悪かったんだろうな。霊体になってあぁなんだかこうなるのも慣れたなと思っていたら半笑いのおそ松が一応様子見に来てくれて、あらカラ松気絶しちゃったの? とか言いながら俺の身体見下ろして、ほら、頭血でてたろ? 頭は出血が多いっておそ松ならわかってるだろうが流石にちょっとした血だまりができそうなのには焦ったみたいで名前呼ばれながらがくがく身体揺すられて、それで戻ったんだ。で、血に汚れたままじゃガールも話しかけにくいだろうからおそ松に拳骨一発くれてから帰ってきた」
「……はぁ」
撮り溜めしているアニメを流しているテレビをとりあえず消した。帰ってきてから青パーカーに着替えた、目の前でさっきから話し続けていた男はきょとんとした顔をテレビに、そして消した張本人に向けてアニメ見ないのか、と首を傾げる。いやその予定だった。確かにその予定だったが少し待ってくれ。あと、この深夜アニメは三話くらいまでは面白かったが一度日常回が入ってからなんだかダレてしまったので見ないまま消してもいい。ああ違う今考えるのはそういうことじゃない。
落ち着くために最初から考えよう。なんでこんな話になったんだっけ? 今日はアニメを消化しようと思ってだらだらとテレビを占領してアニメを見ていた。ら、ガラリと玄関が鳴いて、兄弟が帰ってくるには早いなと一応顔を上げておかえりと言ったら頭から血を流している次男がいたのだ。このカラ松はよく怪我をするくせにその手当はおざなりなもので、放っておいても治るの精神がある。というか血を垂れ流してても平然とした顔で鏡なんぞを見ていたりするので、床に血が落ちる前にティッシュを渡し押さえておけと指示し、その通りにしたのを見届けて救急箱を棚から降ろし未だ血の流れている傷に消毒液をぶっかけてガーゼを当て包帯を巻いた。勿論アニメを見ながら。ありがとうと言った次兄にどういたしましてとおざなりな返事をして、今日はもう家にいるつもりらしく服を着替えに行った気配を感じながら黙々とアニメを消化していた。ここまではまぁ、普通だ。
そして青パーカーになって戻ってきたカラ松は自分と一緒にぼんやりとアニメを流し見し始めたのだ。これもよくある。見たい番組がなければテレビのチャンネル権は割と自由で、特にこの次男はあまり口を出さない。帰ってきたのがカラ松でよかったなぁと思いながら順調に容量を食っているアニメを見ては消しを繰り返していた。手当たり次第録画しているせいでなかなかとっちらかっていたが、三話までを見て視聴継続するかどうかを決めるという手段をとっているのでとりあえず今ある分の三話まで見てしまおうとリモコンを操作して。その中の一つに幽霊が見える女子高生が様々な怪異事件に巻き込まれるという、まぁ設定だけみればありがちのアニメがあって、そこでカラ松が不意に言った。
チョロ松、幽霊になったことはあるか。
ハァ? と言った。目に見えないものは信じない性質だ。しかもその言い方だとお前はなったことがあるみたいだぞ。そう返すと俺はあるぞと返ってきて、こいつ格好つけのベクトルが今度はオカルト方面に向いたのかと今更次男の方向転換にツッコむ気にもなれずへぇそう、と流そうとしたらあれはな、と話し始めたのだ。最初こそアニメの方に意識を向けていたが淡々と続く話と無視できない内容に少しずつテレビからカラ松に視線が移っていき、最終的には真顔でカラ松を見つめてしまっていた。あぁ長い話をして疲れた、とでも言いたげな顔をしている次男を見つめる。
「……なるほど」
「……ちょ、チョロ松? あの、そんなに見つめられると居心地が悪いんだが」
「あぁ、ごめん、うん。……うん、わかった」
居心地が悪そうに身動ぎしたカラ松から視線を外す。電灯に釣り下がっている金魚を見上げてあー、と声をだし、畳に目を落としてうー、と声を出した。わかったと言いはしたが全くわかってない。わかったのはこいつが嘘を吐いていないことくらいだ。作り話でないならリアルすぎる。本当にあったことなら、信じたくない。だがこのカラ松はこういう嘘を吐いてこちらの反応を見て楽しむという長男のような意地の悪いことは絶対にしないし、逆にそれの何が楽しいんだと首を傾げる方にいる。つまりこれは嘘じゃないのだ。
どうしろというんだ、と言いたい。いや、どうもしなくていいんだろう。カラ松はこのことを大して気にしている訳でもなく、ちょっと不思議なことが起こるんだ程度の世間話の領域を出ない話として聞かせたのだということくらいわかる。伊達に二十数年兄弟をやっていない。こちらを責めようだとか、そういう恨みがましいものとは無縁の、ただアニメを見てふと思いついたというような話。カラ松にとってはその程度の話。
だがこちらとしては、はぁそうですかと流すわけにはいかないのだ。兄弟に殺されかけているとか、どう考えても普通じゃあないだろう。しかも全員だ。フルコース。さらに自分以外は二回もときた。何もしないでいるのも嫌で、かといって何ができるわけでもなく。俯いたまま視線だけ上げれば、次兄は眉を下げながら何か妙なことを言っただろうかと思案するように顎に手をあてている。妙なことしか言ってねぇよ、と心の中で毒づいて、でもここで責めたてるのはお門違いだと押しこめた。
「……カラ松、」
「ん、どうした?」
「腹、減ってない?」
「……そういや昼飯食ってないな。何か作ろうか」
「いや、食いに行こうよ。ラーメン屋、美味いの知ってるからさ。奢るよ」
「え……は!? ど、どうした? チョロ松お前、昨日金ないって言ってなかったか?」
ないとも。今週は即売会の予定があるから出費がかさむなぁと、ハタ坊に割のいい短期バイトを紹介してもらわないとなぁと思っていたところだとも。だけれどそれを込みで考えても、それこそ即売会で目当てのグッズ一つ減らしてでも。
「……今ちょっとお前に優しくしたい気分なんだよ。いらないならいいけど」
「いや行く! 行きます!」
びしっと手を上げたカラ松に苦笑する。他の奴らに見つかる前に行こうと腰を上げると、わかりやすく音符と小さな花をぽんぽん飛ばしている次男がついてきてまるでどちらが兄なのかわからない。まぁ、この境界の薄さが自分たちの距離なのだけれど。独りよがりな罪滅ぼしとも知らずスキップでも始めるんじゃないかってくらいご機嫌なカラ松があ、と言ってチョロ松を見た。ちょうど二人並んでスニーカーに足を通していて、存外近い距離で目があった。
「そうだチョロ松に聞こうと思ってたんだが」
「え、なに?」
「生まれてきた意味ってなんだ?」
はい?
急に何の話だと訝しげに顔を歪めれば、ほら前に皆でハロワに行った時、帰りの居酒屋で、と思い出すように視線を上の方に彷徨わせながら続ける。皆でハロワ、居酒屋。思い出した会話に崩れ落ちそうになって、なんとか堪えた。
確かに言った、言ったとも。この次男に、なんで生まれてきた、と。酒がはいってて、ハロワで自分はしっかりしたアジェンダを作って行ったのにうざいの一言で突き返された苛つきと六つ子全員追い返された腹立たしさも相まって、お先真っ暗なんてふざけたことぬかしたカラ松になんで生まれてきたと思ったし、言った。八つ当たりの対象にした。自分の悪癖だ、苛つくと手近なところにぶつけて発散する。言ったことすら忘れていた。だってそれ、もう、数か月前の話だよな? え、ずっと気にしてたの?
ひゅ、と喉が狭まってうまく息ができない。口の中が酷く渇いて誤魔化すように唇を舐めた。これは世間話かどうか。スニーカーの紐が緩くなっているのを理由にして框に腰掛ける。立って待つかと思いきや同じように隣に座って、同じように紐に手を掛けたカラ松を横目で盗み見ても表情はあっけらかんとしていて頭の中は食べに行くラーメンのことくらいしか考えていないんじゃないかと思う。世間話だ。さっきのと同じような。声が震えないように、手の震えに気付かれないように右足の蝶々結びをきつく引っ張った。
「生まれてきた意味って、カラ松の?」
「うん、俺の。お前がなんでって言ったんだろ?」
きょとんとした顔でこちらを見ながら器用に靴ひもを整えたカラ松と視線を合わせられない。言ったね、と場つなぎに頷けば俺も自分で考えたんだが思いつかなくてな、と腕組みしながら神妙な顔をするので逃げ出したくなる。そんなのどうでもいいじゃんと言って、早く行こうよとこの話を打ち切ってしまいたくなる。だけれどこの優しい馬鹿にそんな答えのないようなことを考えさせてしまったのは自分だと思うと、長い間常識人として形だけを整えてきた頭の中の自分が逃げるなと影を踏むのだ。お前はこの責任をとらなきゃいけないと銃口を突き付けてくるのだ。
所詮カラ松にとっては世間話の一つでしかないんだから適当に答えたっていいんじゃないのと悪童の自分が顔を出す。だけど、もしも間違えてしまったら。カラ松の首元にひたりとナイフをあてているんじゃないかと錯覚する。その柄を持っているのは自分とカラ松だ。自分の何気ない一言でこの刃は簡単に薄い皮膚を裂いて奥へ奥へと突き刺さってしまうんじゃないか?
それこそもう、取り返しのつかないくらいに。
「ブラザーに殺されるためってのは俺はお断りしたいんだが」
「それだけは絶対ないから。殺されるために生まれるとかないから」
「そうか! それはよかったが……じゃあ、俺の生まれてきた意味ってなんなんだ?」
心底わからないと首を傾げる次男を見る。ねえ、それって必要なの。いや、必要なのだ。居ても居なくてもいい存在より、居てほしいと言われる方が嬉しい。お前は必要とされているんだよと、望まれて生まれてきたのだと言われる方が絶対に嬉しい。多分それはどんな人間でも共通してることなはずで。カラ松だって例外じゃないはず、で。
仄かに青い深淵に映る自分の顔が、普段のような困り顔であればいいと思う。
「僕達って六つ子だろ。おそ松兄さんは長男で、お前は次男で、僕は三男」
「あぁ」
「でももしお前がいなかったら僕が次男になっちゃう。今僕には兄が二人いるけど、カラ松がいなくなったら兄はおそ松兄さんだけになる。嫌だよあんなちゃらんぽらんな兄だけとか」
「俺にはあれしか兄貴がいないんだが」
「次男だからね。……生まれてきた意味さ、これでいいでしょ」
「うん?」
「カラ松は松野家次男で、一人の兄と四人の弟がいてさ。おそ松兄さんとか弟五人いるけど一人でもいなくなったら絶対泣くよあいつ。俺もさ、カラ松いなくなったら泣くから」
ぱちぱちと意外と長い睫毛が上下する。次兄の頭はポンコツで理解するのに時間がかかるから、できる限り簡潔に噛み砕いて言ってやる方が伝わるのだ。間違えてはいないかと今でも不安だけど、不思議とさっきまでの緊張はなくなっていた。生まれてきた意味なんてそれこそこじつけたっていい。だけど自分達にはどうしようもないくらいに強い繋がりがある。
「兄弟の為に生まれてきた、でいいんじゃないかなと俺は思うんだけど」
そうかと頷いてくれ。確かになと格好つけて前髪を流したっていい。これが却下されたら答えなんかもう思いつかない。半ば祈るように見つめるとカラ松は困ったように眉を下げた。そのまま頬を掻いて、呟く。
「……いいんだろうか、それで」
「いいだろ」
間髪入れずに差し込んだ。ここでこいつの手を放しちゃいけないと思った。
「だって俺達もともと同じ受精卵からできてんだよ? なら生まれた理由とか、兄弟に押し付けたっていいだろ。おそ松兄さんに聞いてみる? あいつ、お前らの兄ちゃんになるためとか堂々と言うよ。俺だってお前ら上二人の馬鹿の弟で、下の三人の兄でそれが生まれてきた意味だって言ってやる。なぁ、なにかダメなとこある?」
「え、いや、……ない、な、うん」
「よし」
捲し立てて無理矢理頷かせたみたいな形になったけれど、カラ松が首を縦に振った瞬間急に力が抜けた。そっか、と何度か繰り返しながら口をもごもごさせて、へらりと眉を下げて笑ったカラ松にやっと安心した。俺は間違えなかったらしい。手早く左の靴ひもを整えて立ち上がる。ぼやぼやしていたら勘のいい兄弟に俺にも奢れとたかられかねない。
空は抜けるような晴天で、少し気分が浮上する。行くよ、と振り返ればするりと人を通り越して車道側を歩こうとするから、この次男はと眉間に皺を寄せた。
「カラ松さぁ、そういうのは女の子にやってあげろよ。弟にやるもんじゃねえだろ」
「えっ? 何の話だ?」
「いや今やったよね? わざわざ僕のこと通り越してまで車道側歩いてるよね?」
数回瞬きしてカラ松はきょろきょろと辺りを見渡した。道路を見、白線で区切られた歩道を見、そして僕を見た。それからあぁ、と合点がいったと手を叩く。
「皆に物投げられたとき当たり所が悪かったらしくてな、右側がよく見えないんだ。だからお前の顔を見ようと思うと車道側になったんだな、うん」
とうとうチョロ松は膝から崩れ落ちた。
|
新たなカラ松の可能性を探るべくアマゾンの奥地へと向かったがなんということでしょう見つかったのはいつもの次男でした。犠牲者チョロ。こういう役割パーカーが多いと思うんだけど、口撃だけの傍観者も罰受けないとね。<br />カラ松事変マジで死んでるとは(DVD二巻ブックレット)いや鈍器五コンボ死なない方どうなのって感じだけど公式から明言されるとは。生き残った世界線がエスニャンで死んだ世界線も存在するんだ。つまりカラ松事変からエスニャンでカラ松が出てくるまでの間はシュレーディンガーのカラ松ってことだ生きてるか死んだかの世界線が存在していて最後カラ松が出てくるまでわからない…しかも六つ子誰もどうせチビ太だしいーじゃんとか言ってないんだよね。相手がチビ太と気づいてない可能性もあるとか本当にカラ松が何をしたというんだって思うんだけどもし他の兄弟が攫われたらヒーローになれるチャンスをカラ松が逃すわけないので誘拐されるのカラ松じゃなきゃ話始まらないの。カラ松事変で笑えないけれど美味しいと思える程度には元気です。この先どれだけカラ松の扱いがよくても※一度兄弟に殺されていますってのが付くんだよヤバイ…カラ松だけのスペシャルステータス!おそ松は兄弟にジェノサイドされたけど死因はイヤミだしトド松は社会的に兄弟に殺されたけどただいまって兄弟の中に帰ってきてるしチョロは自意識で発狂一松は自爆十四松は兄弟が原因で死ぬことはしてない!カラ松だけ兄弟に殺された!<br /><br /><span style="color:#7f7f7f;">十七話十四松考察と一人称<br />十四松にとっておそ松は同じくらい馬鹿になって遊んでくれる相手でありなおかつ尊敬できる相手。透明人間になれる十四松と一瞬で服脱ぐおそ松ただの早脱ぎなだけだけど流石!って言える十四松のペースについてきて兄の立場を崩さない感じ。水陸は遊び相手十四松が振り回して引きずられるカラ松とツッコむチョロ。ショートフィルムとかデリコンみたいにチョロが悪ノリしたらすごい相性いい。CRただいまのあたり完全に遊んでるし玄関に兄弟の靴なかったろ。ただ十四松って真逆のことを言われ続けるとキャパオーバー起こす。どっちに従えばいいのかがわからなくなる。十四松ってどーすんの!?って問いかけることが多くて自分の中で答えがあっても相手の提案に乗る。どーすんのって言ってる間考えてないわけじゃなく相手に聞き返されたらちゃんと自分の意見を答えられる(面接)けど相手の意見があるならそれをやるよ!さぁ言って!みたいな…選択肢がいくつか存在してる時にどーすんのって言うからそれなりに規則性はありそう。十四松パンもトト子ちゃんはどこかへ連れていってほしいであってじゃあ僕の夢のような場所に連れて行くよこの夢のような場所がトト子ちゃんの思う夢のような場所とイコールじゃなくたっていい、だって彼女は具体的な地名は言ってないから。連れていってほしいとは言ったけど帰りたいとは言ってないから帰さないで放置。卍固めを注文した相手にやるとこから思ってたけどある意味機械じみてる話の流れとかは一切関係ない。動かし方にプログラムがありそう。というかコミケ…結構種類あるし初めてじゃないだろうしオリジナルだよな野球だし…いや生もの?同担拒否なのに同人誌作ってるとか意味わからない。同担拒否なら作らないだろ同人誌は同好の士が集うためのものなんだから。身内限定?他人になら売れる?領布しないならスペースとる意味ないし。わかんね。数字は言葉がなくてもわかりあえる関係と思ってたけど違った、言葉がないしわかりあってないけど落ち着く関係だった。概念で一松逃げたけど。ただ+と-になってる時自我とか自己認識とかどうでもいいやーって周りの人をどんどん小さくしていって見えなくなったのに一松だけ存在してるのは、十四松が存在するためには認識する他者が必要でそれが一松だったんだよなと思うとやっぱり十四松から見ても一松は特別なんだよな。トド松とメインであったの手術と爆弾処理くらいなんだけど手術的にトド松には十四松は全然理解できないし怖いしわけわかんねーから帰って!お前がいなくならないなら僕から離れたい!だし爆弾処理はなんか意味わからない人きたし急に銃向けてきたしハァ!?とか思ってるうちに爆発して吹き飛ばされた意味わかんねー!だしトド松って十四松が他人だったら絶対関わり合おうとしねぇわ…家族だから一緒に遊んでるんだ。十四松もトド松が弟だから遊んでるんだ(十四松がトド松に合わせてあげてるとも言える)コイツ将棋のルール理解しようとしてないだけだぞ麻雀わかって将棋わからないわけねえ。十三話でおそ松が十四松の闇のところ遮ったの何かしら知ってるからだと思ってたけど違ったチョロからかうこと優先させただけだ。ただ高校一年生から急にアレなの?赤ちゃんの時にあれだったけど義務教育終わった好きにしていいって!ってことなの?義務教育中は普通の六つ子の一人でいたの?こえーよ。というかずっと一緒に暮らしてて誰一人その変化におかしいな?と思わなかったのがやべぇ。昔はこんなんじゃなかったとは思っててもじゃあいつから変わったのか?と言われるとわからないしまぁいっかでほっといていい変化じゃないと思うんですけど…。または高1で皆一気に個性開花したのか?そっちの方こえーよなんだよ個性が開花するって。徐々に変わっていくもんだろそういうのはさ…こわいよぉ…。あとデカパン博士は成功しても失敗しても責任は一切負わないダイジョーブ博士ポジなんだな。ドーピングしたい!にいいダスって言った時点でおおうって感じだけど失敗しても元に戻してあげないし失敗ダスなホエホエ~治らないダスよ~ってことだと思うとむやみにデカパン使うのは危険。十話でも薬渡してから理由聞くし詰めが甘いというか理由教えなくても薬用意するし強行突破で目当ての薬奪うこともできるけどその薬に対する責任は一切負いませんよって闇医者かな?イヤメタル的に科学者としての知名度はそれなりにあるぽい(でもあの時イヤミのこと檻に閉じ込めて宙吊りだからね)けど薬への責任負わないし失敗した時のリスクも話さないって闇科学者で間違いないのでは?人間性は負の方向ほんわか雰囲気だしてるけど信用しちゃいけない大人<br />待って十四松一人称僕?待って?確かに俺だった時期あるよね???OAWで俺十四松だけどって言ってたじゃん?アンケでも半々なの俺僕ぴったり半々で使い分け派が一番おおいんだけどさ?四話でも俺のセールスポイントはって言ったじゃん!俺と僕の使い分けしてんなーって思ってたからね???EDは僕だし他人の前に居る時僕なのかなって思ったけど十七話!僕じゃん!!!マジでやめろ!!!ちょっと待ってなんでなん…なんでお前そういうさ…ここにきて一人称を僕に固定する一派になってしまうん…?ほぼ俺固定長兄(四話で一回僕って言ってた)俺僕混同年中(チョロは外面時僕、テンションあがる&怒り時俺。一松は弱気時僕それ以外俺(一松が僕って言ったのエスニャンの胸中だけ)ほぼ僕固定末(トッティは安牌の癒し)ってこと…?年中と違ってマジで俺僕使い分けする理由がわからん外面でもないしテンションでもない。緊張してるかどうか?緊張して俺になるとか新しいな</span>
|
カラ松の臨死体験記
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6543909#1
| true |
学校の帰り道、自分の匂いを他の人に嗅がせないように気を付けながら俺は家に帰った。と、いったものだができる事なんて自転車で全力で帰る事しか出来ないんだがな…これ以上この匂いのせいで気を惹いてしまい俺の為に人生を無駄にさせないようにしないとな。
家に帰った俺はすぐに部屋に入りとりあえず、この匂いについて分かっている事を整理する。
まずは何故か妹の小町には効果は無い。身近にいる女性程に効果が高い。(雪ノ下、由比ヶ浜)普段あまり接してない女性でも効果が徐々に効いてくる…(川崎、相模、三浦)年齢は特に関係ない。(鶴見留美、雪ノ下陽乃)
「さて、どうしたものか…」
ダメだ…自分でも原因が分かってないのに解決策も出るわけもなくいたずらに時間だけが過ぎていた。
その時、俺の枕元に置いてあった携帯が振動した…この時間このタイミングで掛けてくる人何て一人しかいない。俺はすぐに携帯を手に取って相手を確認する。
″雪ノ下陽乃″
名前を確認するや否や俺は携帯のタッチをスライドさせる。
「ひゃっはろー!比企谷くん」
「うっす…」
電話を取るなり高いテンションで話す陽乃さんだったが今の俺にはどうでもよかった。電話を折り返してくるという事は俺の頼んでいた匂いの専門家見つかった可能性が高いというわけだ…
「相変わらずつれないな~比企谷くん」
「…ボッチなんで」
「も~そこが君の良いところでもあるんだけどね~あ、例の件のだけど見つかったよ。明日検査可能だって」
「本当ですか!?ありがとうございます」
予想通りビンゴだ。流石陽乃さんだ味方につけるとこれほど頼りになる人はいないな。思ったより早い仕事に俺は素直に礼を言うと早速連絡先を陽乃さんから聞こうとすると陽乃さんの方から先に声を掛けてきた。
「比企谷く~ん。私は今回頑張りました!」
「あ…はい…」
「だから私は比企谷くんからの御褒美が欲しいな~」
「御褒美ですか?えっと…雪ノ下さんが喜びそうなもの何てないですよ?」
「ん~じゃあこれから私の事は陽乃と呼ぶとか?」
「却下で…」
「変わりに私も比企谷くんの事を八幡って呼ぶけど?」
「何の変わりですか?却下ですよ…」
「じゃあ、はるのんとか?あっ何なら奥さんでもいいかも~」
「ほんと冗談でも勘弁してください…」
「冗談じゃないんだけどな…」
まずい…もしやと思ってはいたが陽乃さんも俺の匂いに感化されているのか…どうしようこのままだと陽乃さんのペースだ。何か何か彼女が喜びそうな御褒美を考えないと…
「わがままだね比企谷くんは。じゃあ今度デートするってのはどうかな?」
デート…陽乃さんの事を名前呼びするよりましかもな。これは今の現地点での妥協点か…だが俺にはこの約束を白紙にできる方法も浮かんでいる。
そう!明日の匂いの原因さえ分かれば対策案もできるはずだ。そうすれば雪ノ下や由比ヶ浜達の偽りの好意も消えて陽乃さんも今の気持ちが偽りだったと分かるだろう。ふふふ…完璧だ。
「わかりました…その…デートで手を打ちますよ」
「ほんとに!?約束だからね!比企谷くんとデート…コレデキセイジジツヲツクレバ」
おい何か怖いこと言ったような気がするぞ…これは何としてもこの匂いの原因を突き止めないと俺の大事なものが奪われてしまうぞ。渋々約束を了承した俺は陽乃さんから相手の連絡先を聞いて通話を終了する。
彼女が最後に「おやすみダーリン」とか言ってたが俺は聞こえない振りをしといた…ハチマンナニモシラナイ
次の日俺は午後からは出席のしたかったので制服のまま朝一で陽乃さんから聞き出した場所へ向かう。
到着したその場所は大学の研究室らしいところで、恐る恐るノックをすると「どうぞ~」と男性の声が聞こえて来たので扉を開けて部屋と入るとそこに広がった光景は難しい本やら山のように積んであったり、研究レポートが乱雑に置いてあったりとまるで怪しい研究をしてる悪のアジトのようなところだった。
そしてその混沌の真ん中に顔立ちの整った若い男性が一人突っ立っていた。男は俺を見るなり笑顔で近づいてきて俺の手をいきなり握ってきた!おいおい初対面なのに馴れ馴れしくないですかね…海老名さんだったら鼻血だして倒れちゃうからね!?
「やあ…君が雪ノ下くんが言っていた比企谷くんだね?私は…まぁ先生とでも呼んでくれ」
「うっす…比企谷八幡です」
できるだけ手短に挨拶をすませる…早く検査を終えて学校に行きたい。だって何かこの人怖いんだもん…後、手は早く離してくださいね。
「雪ノ下くんから話は聞いているよ!さあさあ早速君のデータを取りたい!」
先生は言い終わるや否や俺に更に接近してくる。近い近いから!それやって喜ぶのは海老名さんだけだから!この人あれだ!顔は整っていて、もてそうな感じするけどこの人は変人だ絶対!
握っていた手を無理矢理振り払い検査を始める…だってこの人こうでもしないとずーっと手を握っていそうだし。
先生に言われて身体の体液を取らされた。俺は専門でもないし先生が何をやってるか何一つ分からないがそれでも傍目で俺の想像を越えた事をやっている事は分かった。先生は取った体液をよく分からない機械に入れて算出されたデータを一心不乱に見ている。
しかし…数式見てるだけでも眠たいのにこんなのよく見ていら…れる…な…
「解析が終わったよ!比企谷くん!」
「ん…うぉ!?」
いつの間にか眠りに落ちてしまい目が覚めると先生の顔が目の前にあった…だから近いっての!この人俺が寝てる間に何かしてないよな…大丈夫だよね?
「あの…近いですから…」
「おぉ、すまない。それで君の身体からでる匂いについてなんだが…成分を調べた結果性フェロモンが多く出てる事が判明したよ!これは昆虫やダニ類に多くみられて求愛行動を誘引、促進させる効果があるみたいだね。」
虫って…しかもダニかよこれから比企ダニくんとか言われちゃうよ…
「それだけじゃない!更に君からは集合ホルモンも検出されている!これはカメムシやゴキブリなどが発していている!本来は雄雌共に誘引、定着させる集団(コロニー)を形成する為に使われるんだがこれに性ホルモンと合わさって女だけが君の虜となりハーレムができるってわけだ!」
やっぱ虫じゃねーか!俺はゴキブリと同等かよ!せめて蟻とか蜜蜂にしてくれよ!これじゃあ雪ノ下に比企ダニゴキ幡とか言われちゃうからね!?
説明を聞いていると一つの疑問が生まれたので先生に質問してみる。
「それだと疑問があるんですけど…妹は何の効果もなくいつも道理に接しているんですけど?」
「ふむ…いい質問だ。DNAが近い程、近親相姦を避ける為に遺伝子的に判別するフェロモンを出しているという説もある。もしかしたらそれが君の妹が正常にいられる証拠なのかもしれないな」
「そっすか…で、この匂い何とかならないんですか?」
「結論的に言えば無理だね。身体から無意識に出しているものだからね。あ、特に脇とか性器の周辺とかフェロモンを発しやすいから注意してね。発生原因も不明だからもしかしたら明日にも直るかも知れないし。いやまずなぜそのような現象が起こったのかを探らないと…でもいいじゃないか!これで女の子も選びたい放題だしハーレムだって夢じゃないぞ!」
その言葉に怒りを覚えた俺は先生がまだ何か言ってたみたいだが無視して研究所を後にする。ふざけるな!何がフェロモンだ!ハーレムだ!そんな偽りのもので受けた愛情なんて俺は信じないぞ!プロのボッチ舐めんなよ俺はそんなものには屈しないからな!
何て思ってた時期もありました…午後から学校に行くと教室に着くなり由比ヶ浜が話しかけてきたと思ったら俺との距離ものすごい近いし、うまく回避したと思ったら今度は川崎と相模が顔を赤くさせて弁当を出して「食べて」と上目使いで言って来るし…何故か対抗してきた由比ヶ浜「私も明日お弁当作ってくる!」と言った時は全力で止めたな…俺はまだ死にたくない。
弁当?ええ食べましたとも二つ…きつかったです。
それだけではなく休憩時間も今度は三浦と海老名さんと絡んでくる始末。「ヒキオ…相談があんだけど…」とか言って力無く袖掴むの可愛いからやめてください!
海老名さん耳元で「愚腐腐~私も内緒の話があるんだけど」とか言うのやめてください!戸部さんが白目向いちゃってるよ!
放課後部活に行くときなんてこれまたきつい!匂いの事もあるし部活をサボろうとしたら人目を気にせず由比ヶ浜は俺の腕を取って「ヒッキー部活行こ!」とか行って一緒に歩くから夢と希望の双丘が当たること当たること…さらに部室に着いてからは地獄のような時間だった…
「比企谷くん…」
「ヒッキー…」
二人が俺の席の両脇に座りその身体を密着させてくる…本来なら美少女二人に挟まれて嬉しいはずなのだが偽りの感情で行動してるものだから只の拷問に過ぎない…過ぎないはずなのに!柔らかいです!いい匂いです。
「ヒッキーの膝を撫でてると気持ちいいんだよね…」サスサス
「何だか猫を撫でているみたいに落ち着くわ…」サスサス
二人共やめてー!そんなところ優しく撫でないでー!二人の繊細な手付きで八幡座ってるけど立ってしまうから!(意味深)
「ヒッキーのここ凄い匂い…」スンスン
やめてー!脇の匂いなんてかがないでー!犬ヶ浜さん!何か中毒性が増してないか?俺の身近にいればいるほど効果が高い?いや…なら教室の人間はどうだ?ここまではなってないはずだ!
そんな事考えている余裕等無く由比ヶ浜を脇から離すべく手で押し退けながら隣の雪ノ下を見ると彼女は俺のある一部分を黙って見つめていた…おい…そこはもしかして…
「比企谷くんの…ここから凄くいい匂いがするのだけど…」
雪ノ下が見つめていた先は八幡の大事な部分…確かに先生がそこの部分の辺はフェロモンが出やすいと言ってたけど…
「いや待て待て落ち着け雪ノ下!」
「ん…まるで獣のような匂いね…でもこの匂い…好き…」スンスン
俺の制止も虚しく雪ノ下は俺の大事な部位へ顔を近づけると猫のように匂いを確かめる。それはまるで動物がマーキングをするように。雪ノ下よ…本体じゃなく匂いが好きって言われても全然嬉しくないんだけど!?
「ゆきのんズルいよ!あ…あたしも!」
犬ヶ浜さんも顔を紅潮させながら雪ノ下と同じ位置に顔を寄せる、二人の息が大事の部位にかかってさらに蕩けた顔…まじエロいです。でも!それ以上はらめー!八幡から九幡になっちゃうから!
「あ…んん…比企谷くん」
「はぁんん…ヒッキ~」
艶かしい声をあげてマーキングする彼女達…その手が制服のチャックに掛かったその時、彼女らにわずかに残った羞恥心がその動きを一瞬だけ止めた!俺はその隙を見逃さない!
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
俺は雄叫びを上げると勢いよく立ち上がり猛ダッシュで部室を後にする。これはヤバい!今日だけでこんなに迫られたら次の日にはどうなっちゃうの?
このままだと陽乃さんのデートしたときに起こる恐ろしい事の前に八幡大人になっちゃう!俺がこれからどうしようと頭を捻っていると携帯が振動した。着信先は知らない電話番号…だれだ?
「はい…比企谷ですけど」
「おぉ~比企谷くん!」
「げっ…先生…」
「僕の扱い酷いな~さっきはいきなり出ていっちゃうからビックリしたよ」
当然でしょ…この人は材木座と同じ匂いがする。いや材木座よりメンタルが強い分、奴以上の変人だ…怖いな~関わりたくないな~
「で…なんすか?」
「さっき匂いを止める方法は無いと言ったけど。ようは相手にフェロモンを相手に嗅がせなければいいんだよ。」
「どうゆう事っすか?」
「ほら、香水とか他の香りで誤魔化せばいいんだよ」
なるほど!その手があったか!匂いによって引き起こされている現象なら匂いで解決すればいい!なんでそんな事が浮かばなかったんだ?そこに気づくとは…やはり天才か…
「どうもっす…」
「お礼なんていいよ~その変わりいっては何だけど…香水など色々送るからそれらを試してデータを取らせてくれないか?」
「どういうことっすか?」
「いや~正直香水ぐらいでフェロモンがどうなるか分からなくてね~だからデータが欲しいんだ!」
おぃー!それって俺がモルモットみたいじゃねーか!さっきの俺のお礼を返せよ!でも何もしないよりましか…癪だがここは大人しく従おう。
「わかりました」
俺はそういうと通話を終了する。明日から色んな匂いを試してみよう…何としても陽乃さんのデートの前にいや明日からの俺のボッチ生活の為にも俺はこの匂いと戦う!
[newpage]
おまけ
「~♪」
いつも何も考えずに作っている弁当の料理が楽しく感じる。あたしが作った料理をあいつが…比企谷八幡が食べてくれる!それだけで何故か心が踊るのだ。
昨日は弁当を渡すときに相模が邪魔してきたけど優しいあいつは両方うまそうに食べてくれた!それがまた私の心を満たしてくれた気がする。
まだこの気持ちが好意かはわからないけど…今日からは由比ヶ浜、相模にも負けないぐらい美味しい弁当を作ってあいつの胃袋を掴みたい!料理を作っているあたしに気合いが入っていく。
「あいつ…今日も美味しいって言ってくれるかな…」
「さーちゃん、なんかうれしそうだね!」
「えっ…うん。けーちゃんは、はーちゃん好き?」
「はーちゃん?うん!だいすき!」
「そっか…じゃあ今度、はーちゃんを家に呼ぶね」
「ほんと!?わーい!はーちゃんが来てくれる~」
横で喜ぶけーちゃんの頭の優しく撫でながらあたしは考える。あいつの胃袋を掴めば家に呼ぶ口実もできるし…そうすればもっとあいつと距離を詰めれるかも…何言ってるの?あたしはただ、けーちゃんが喜ぶ顔が見たいだけで!あいつなんて…比企谷…なんて…う~
自分の気持ちに正直になれず悶々と考え込む川崎沙希であった。
[newpage]
おまけ2
「今日は初めて比企谷に弁当作って来たけど…美味しいって言ってくれた」
普段作る事が少ない為になれない料理だったが精一杯作って…弁当を昼に登校してきた比企谷にいざ渡そうとしたら川崎さんが同時に来て…彼女に睨まれて怖かったけど勇気を出して弁当を渡したら比企谷は食べてくれた…それで彼が「…美味いぞ」の一言それがすごく嬉しくて。
でも川崎さんの感想も同じ感想なのが少し残念だったな~まぁ比企谷は優しいからうちに気を使ってくれたんだよね…じゃないと普段あまり料理してないうちが川崎さんに勝てるわけないから。
「南ちゃ~ん」
「南~」
うちが比企谷の幸福の余韻に浸っていると後ろから遥とよっこが話しかけてきた。
「二人とも今から部活?」
「うん、そんな感じ。南~どうしたのそんな嬉しそうな顔して?」
「え?うちそんなに嬉しそうだった?」
そんなにうち顔に出てた?う~すごく恥ずかしい!比企谷がたまに本読んでいたときニヤけてた事あったけどあれが他人に見つかるとこんな気分になるのか…反省しないと。
「南ちゃん好きな人でもできた?」
「好きな人というかまだ気持ちに分かんないけど…あっちも気がついてないというか…」
「言っちゃいなよ~南~」
「ひ…比企谷」
「ひきがや?あの?」
「う…うん」
「でも南あいつに酷いこと言われたじゃん」
「うん…でもそれは…うちを庇う為で…」
二人がうちの話を信じてもらえるか分からなかったが自分が知ってる比企谷のことを全て話した。二人は黙ってうちの話を聞き終わると口を開いた。
「なんか南の話聞いてるとヒキガヤって凄くいい奴に見えてくるじゃん」
「だね~ちょっとうちら気になってきたかも~そうだ!今度比企谷と一緒に四人で遊びに行こうよ!?」
「はぇ?えー!?でも…」
うー比企谷の誤解は解けたかもしれないけど何かうち余計なフラグ立てたかも…でも二人きりのデートよりは比企谷を誘いやすいかも…よし!うち勇気出してがんばる!他の女の子に負けないから!
「うん…一回話してみるね」
「流石、南ちゃん!」
「期待してるよ!」
このデート?が彼に新たな波紋を広げ、彼女に更なる試練を与える事になるのだがそれはまた別の話である…
[newpage]
あとがき
最終章入りました。けどまだ終わらないんですけどね。後1回書きたい事あるからそれを書いたらネタ次第で終わるという感じで。
おまけは健気な川崎さん、相模さん登場してもらいました。お二人はもっと出番増やしたいけど中々上手く書けないものですね…おまけが段々長くなって本編になりそうです。
次回 迫り来る比企谷ガールズとの比企谷八幡、孤独の戦いが始まる…というタイトル詐欺で。
|
鋼鉄の理性持つ男!その名をアイアンヒッキー!<br /><br />誤字脱字は連絡もらえると助かります。<br /><br />小町「小町…がんばったよ…お兄ちゃん…高ランクイン取れたよ…」<br /><br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2016年03月14日付の[小説] 男子に人気ランキング 9 位に入りました!<br />ぜひご確認ください。<br />あなたの作品が2016年03月08日~2016年03月14日付の[小説] ルーキーランキング 33 位に入りました!<br />ぜひご確認ください。<br /><br />作品ID:6537549<br />八幡「ラグナロク?」
|
八幡「いい匂いに屈しない!」
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6544243#1
| true |
一月も半ばを過ぎ、艦隊からようやく正月気分が抜けた頃。
艦娘達が寝食を共にする”艦娘寮”、その共用設備である大食堂の前に一つの箱が設置された。
寮の出入口に置かれた”目安箱”…無記名で提督に意見具申できる箱…と同様の、つまり投票箱だった。
しかし、目安箱がまさにそれ以上でもそれ以下でも無い、その目的のみを果たすために設計された外見であるのに対し、その箱は奇妙にアンバランスであった。
目安箱と違う点があるとすれば、投函口の上に可愛らしい丸文字で、
『[[rb:二月作戦 > バレンタインデー]]向け、関連資材その他の申請書はこちら なのです!』
と書かれている事と、その蓋となる部分は三つの南京錠でがっちりと封印がされている事だった。しかも錠前は破壊するのに専用の工具を使っても一手間かかりそうなほど頑丈そうなモノで、書き添えられた文字とは全く噛み合わない、いかめしさがあった。
そんな箱の前に立つ艦娘が[[rb:一隻 > ひとり]]。
軽空母の艦娘・鳳翔だった。
昼下がりと言うには遅く、夕方と言うには少し早い時間であるとはいえ、共用の食堂前である。通りかかる他の艦娘もいるのだが、すれ違いざまに見ればなんのことはない。鳳翔も申請書を投函しようとしているのだと、その程度の認識で通過していく。
だが、彼女により近しい、例えば空母の艦娘であれば、間違いなく訝し気な視線を向けただろう。
とても珍しいことに、彼女は躊躇っていた。
実際、彼女は先ほどから、ちらちらと手元を見ては手にした紙を差し出しかけ、それを引っ込めるという動作を繰り返している。
その箱が何の目的で設置され、その上これ程までに頑丈に封をされている理由を、古参に数えられる艦娘の一隻である彼女はもちろん知っている。
知っていて、実は彼女は今までこの箱を使ったことが無かった。
その理由はと言えば、今までの彼女に課せられていた任務が『忙しすぎる』という、それに尽きた。
艦隊の立ち上げの頃は秘書艦として、艦娘が揃い陣容が整ってきた頃には彼女達の生活全般を取り仕切る母親役として、正規空母の艦娘達が揃っていく中では機動部隊の中核を担う艦の範として。
時節の催し物でも殆ど裏方にまわるばかりで、楽しむ余裕があったかというと、怪しいところがあった。
しかしそれでもかまわなかった。
そんな事など無くとも、彼女はこの艦隊の中で提督と”一歩踏み込んだ関係”を築く事に成功している数少ない艦娘なのだから。
それに、他ならぬ提督がこのイベントをあまり快く思っていないことも知っている。
『[[rb:鎮守府 > ウチ]]の財政を破錠させる気か』
艦娘の数が揃い、艦隊としても戦力が充実してきたある年、手元に届いた食材…主にチョコレートの調達費用を見て、提督はげんなりした顔で呟いたものだった。
そもそも、原料となるカカオ豆の主な産地は南米など熱帯地方である。深海棲艦により輸送航路が絶たれているこの時代、それは非常に高価なものとなっていた。
リンガ、ブルネイ、タウイタウイといった西方泊地が確立したことで南西諸島方面を産地とするカカオ豆が流通を再開し、ようやく多少の緩和は見たものの、入手にそれなりのツテと費用と時間がかかるものであることは違いない。それこそ、給糧艦の艦娘・間宮や伊良湖が寄港したときくらいにしか口にすることが出来ないものなのだ。
そんなわけでこの時期のチョコレートは、提督の特命により厳格な配給制となっていた。
となれば、貴重な甘味である。艦娘の多くはそれを姉妹艦や、仲の良い艦娘と贈り合い、交換するという形でこのイベントを楽しむようになっていた。
そして勿論、『だからこそ』と考える艦娘もいるのである。
――そんな[[rb:艦娘 > こ]]が、今年は例年に無く増えている。
鳳翔はそんな気がしてならない。
全く根拠の無い、確証のないことではある。だが、得も知れぬ不安感というか焦燥感というか、なんだか分からないもやもやした感覚……一言で言ってしまえばつまり、危機感があった。
今までは、ある意味で同じ立ち位置にいる艦娘…例えば工作艦の艦娘・明石…だけを気にしていれば良かった。だが、どうやら”戦況”が変化しつつある事を、この艦隊に所属する艦娘の多くと接する機会がある鳳翔は、より直肌に感じ取っていた。
それに……自らと提督との”関係”も、現在以上に進展を得るには何かしなければならないのではない、かという気持ちもあった。
――どうせ、時間はあるのだし……。
鳳翔はそんなことを考えた。
艦隊が拡充し、戦闘艦以外の特務艦娘達が増えるに連れ、鳳翔の業務は減ってきていた。
例えば、今まで鳳翔が一手に担っていた衣食住に関する業務のうち、食に関する部分は給油艦の艦娘・速吸が徐々に引き継ぎつつあった。普段は船渠の管理をしている水上機母艦の艦娘・秋津洲や瑞穂らも、時間のあるうちは交代で鳳翔の仕事を補佐するようになっている。
そのおかげで、鳳翔は艦隊設立以来の激務から開放されつつあるのだが、それで暇な時間が増えても、何をして良いのか分からない。
性分もあり実益もあり、鉢植の世話や衣服の取り繕い、掃除といった日常の生活の様々な所作そのものが一種の趣味となっていた彼女は、本当に何もしなくて良いと言われると、逆に困ってしまうのだった。
駆逐艦の艦娘達ほど気楽に執務室へ”遊び”に行けるほど無邪気ではないし、自らの暇を潰すために誰かの時間を奪うこともできない。或いは、彼女が符術式の発艦方法を取る空母艦娘であったなら、術書を紐解き、そちらの方面へ知識を深めるという趣味を持つことができたかもしれないが、この国最初の空母である鳳翔の発艦方式は、後の正規空母娘達の礎となった弓術式である。
そうすると、後は訓練場で弓を引くらいしか思いつかないのだが、今以って艦隊で最高練度を誇る彼女が下手に顔を覗かせてしまうと、訓練中の他の空母達が恐縮してしまい、それはそれで気が詰まる。
鳳翔としても、正規空母の艦娘・葛城など見かけようものなら、構ってやりたくなる気持ちを抑えるのが一苦労だ。
その辺りの理由が諸々に積み重なった結果が、今現在、彼女をこの場に立たせているのだった。
だが、それでいざ、艦種毎に配布されていた菓子材料の冊子を見ながら適当なものを選び、申請書を書き、投函の段になってみると、手が動かない。
――わたしが、提督に……?
業務や生活の上で、提督と何かを受け渡しやり取りするということは、それこそ数えきれないほどあるし、仕事に追われる提督がまかりなりにも清潔で健全な生活を送れているのは、鳳翔が世話を焼いている部分が大きい。
だが、何かを贈るという”それ自体”を目的とした事が、今まであっただろうか…。
そう思うと、鳳翔の頬がほんのりと熱くなる。
想いを込めて、提督にチョコレートを贈る。
その光景を想像するだけで、何故だかとても、気恥ずかしい気がしてならないのだった。
……それこそ、同僚であり気の置けない友人でもある軽空母の艦娘・龍驤からすれば『今更、何をゆうとんねん』と、心底呆れた顔で言われることは間違いないのだが。
しかし、思えばその辺りを全てすっ飛ばして”身体の隅々まで知っている間柄”になってしまったのだのだから、仕方がない。
かつんかつん、とやや音の高い足音が鳳翔の傍へやってきて、止まった。
「ホウショウ、いいだろうか」
正規空母の艦娘・グラーフ・ツェッペリンだった。
「あっ…す、すいません…わたしったら…」
物思いから我に返った鳳翔は、自分が箱を占拠するように立ち尽くしていた事に気がつくと、慌てて…これも彼女には珍しく、飛びのくように場所を譲った。
G・ツェッペリンは軽く会釈をすると、ポケットから紙を取り出し、投函箱に入れた。
鳳翔の胸中で、何かがどきんと跳ねた。
「グラーフさんも…?」
「ん?……ああ…」
鳳翔の問いにG・ツェッペリンは頷いた。
「バレンタインにチョコレートを渡す文化とは、興味深い。流石は礼に篤い国だ。事ある毎に贈り物をするのだな」
「…いえ、別に、そこまで深い理由があるわけではないのですが……」
感心するように言うG・ツェッペリンにどう説明したものか、鳳翔は迷ってしまった。
バレンタインに関する鳳翔の認識は他の艦娘達と同様の、ごく一般的な範囲のものであったから、礼だなんだと言われると、逆に違和感を感じてしまう。
しかし、見た目とは裏腹に素直な性格をしているG・ツェッペリンである。同じく独逸の重巡洋艦娘・プリンツ・オイゲン辺りから微妙にずれた日本文化の事を教えられ、今回もそれを信じ込んでいるのかもしれない。
――誰に、渡すのだろう。
ごく自然に、鳳翔はそれが気になった。
だが今ここでそんな話をするのは、憚られるものがあった。
日本の空母娘達となら正規空母だろうと軽空母だろうと、誰とでも気軽に話ができるが、考えてみれば独製の、しかも正規空母であるG・ツェッペリンとは驚くほど接点がなかった事に、鳳翔は今の今、気がついた。
何方とも無い沈黙のうちに[[rb:二隻 > ふたり]]は箱の前に佇んでいたが、
「それでは、失礼する」
「あ、はい…」
目礼をすると、G・ツェッペリンは元来た道を戻っていった。
すらりと伸びた上背が規則正しい足音と共に歩いて行くその後姿は、日本の正規空母娘とはまた違った力強さがあった。
そしてそれは、今の鳳翔の目にはひどく羨ましく映ったのだった。
……ところでこの時、鳳翔は気が付かなかった。
いや、知らなかった。
独逸のバレンタインはこの国のそれとは全く異なるものであり、実のところG・ツェッペリン以外の独逸艦娘達は誰[[rb:一隻 > ひとり]]として申請書を出していなかったし、出さなかったのだ。
その事実が鳳翔の耳に届くのは、バレンタインを過ぎた後のことであった。
[newpage]
ともあれ。
鳳翔は結局、申請書を投函することが出来なかった。
迷いに迷った挙句、殆ど握りつぶした用紙を持ったままその場を離れ、結局は訓練場へ行くことにした。
訓練中の空母娘達の邪魔をせず、なるべく片隅で目立たぬように弓を引けば、いや、引かなくとも道具の手入れをしてやるだけでも、少しは気分が晴れるかもしれない。
そんな事を考えながら通路の角を曲がったところ、
「きゃぁ!」
どしん、というよりは、ぽよんという柔らかい感触で、誰かとぶつかった。
鳳翔は咄嗟にバランスを取ったが、相手の方は尻もちを付いてしまっている。
「た、大鯨さん!」
相手に気がついた鳳翔は慌てて手を差し出した。
「ご、ごめんなさい…!」
「いえ、わたしこそ……すいません…」
潜水母艦の艦娘・大鯨は胸元に抱えていた小さな用紙を見てホッとすると、鳳翔の手を取って立ち上がる。
「申し訳ありませんでした。わたしがよく前を見てなかったので…」
大鯨は立ち上がると頭を下げる。
鳳翔はそれよりも、彼女の手の中のものが気になった。
「大鯨さんも、あの、申請箱ですか?」
「え?…はい!今年は潜水艦達もチョコを提督に贈るんだって、大張り切りなんです!」
「……えっ?」
鳳翔は硬直した。
全く予想外の展開だった。
大鯨は両手に持った申請書をトランプのように広げてみせる。
その数”六枚”。
つまり六隻。
五隻の伊号潜と一隻の呂号潜であることは、疑いの余地が無い。この時の鳳翔にはそうとしか考えられなかった。
「[[rb:潜水艦 > あの子]]たちがみんなでお菓子作りなんて……うふふ、ちょっと想像できないですよね?」
鳳翔の内心を知らず、大鯨は嬉しそうに語る。恐らく彼女の脳裏には、鳳翔が慣れない駆逐艦娘達に料理を指導する時のように、潜水艦娘達にチョコレート作りを教える自分の姿が見えているのだろう。
潜水艦の支援は潜水母艦の本懐である。嬉しくて堪らないというのが透けて見えていた。
「鳳翔さんは、今年はどうされるんですか?」と大鯨。
「わたし?わたしですか……?」
半ば呆然と、鳳翔は呟いた。
そんな彼女の心中で、この案件は極めて重大だ、と艦娘としての部分がそう囁いた。いや、叫んだ。
時節の催し物に関して潜水艦娘達は脅威度は低い。今まではそうだった。
特に潜水艦の艦娘・伊四〇一については、伊号潜の中でもその度合は最も低いはずだった。
彼女はどちらかと言えば色気よりも食気の、元気一杯の艦娘であって、この手のコトに興味を示した事は、これまで無かったからだ。
――それが。
……となれば迷っている余裕はない。
鳳翔の中で艦娘という戦闘知性体の部分と、提督を慕う女性の部分ががっちりと握手を交わした瞬間、
「ええ、きな粉と和三盆を使って……ちょっと和風のモノを作ってみようかと思っているの」
すらすらと、そんな台詞が口から流れ出ていた。
「まぁ、素敵ですね!」
大鯨は素直に感嘆の声を上げる。
「鳳翔さんらしいです!あのっ、もし良ければですけど、出来上がったら少し、味見をさせていただけませんか?」
大鯨にとって、鳳翔は艦隊の味を仕込んだ師匠であるとも言える。その師匠がちょっと変わったことに挑戦するとなれば、弟子としては興味をもたざるを得ない。
「あっ、でも皆さん興味を持たれるでしょうから、私までお願いしたら、お渡しする分が少なくなっちゃいますね。すいません…」
「いえ、いいですよ」と、鳳翔は微笑んだ。
「それくらいの余裕はあるでしょうし、なんなら別の機会に同じものを作ってもいいですから…」
言いながら、鳳翔は大鯨の横に並ぶと元来た廊下を戻っていった。
ためらう事は、何もなかった。
|
ある年ある艦隊における2月14日…の前日の事情。そんな話。<br /><br /> ホワイトデーのお返しボイスも実装されたというのに今からバレンタインネタかよ…という気もしますが、まあ、気にしない方向で。<br /> しかし、和風のチョコレートってあまり想像できないんですが、一体どんなものだったのか。<br /> 観艦式とかのイベントで販売してもらえませんかね…。<br /><br />※作中では艦娘は人間ではなく「人間のカタチをした何か」的な扱いになっています。<br /><br /> コメントやブックマーク、アンケート回答などレスポンスをいただけると喜びます。<br /> よろしくお願いいたします。
|
ある軽空母娘のバレンタイン事情
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6544442#1
| true |
act1.「神父と神」
町はずれの小さな村にある教会の鐘の音が、離れた町へと朝を告げる。
鐘を鳴らし終わったシスターは地下の操作室から階段を駆け上がって外に出た。
庭の花に水やりを終えた神父を見つけると、右手を挙げて名を呼ぶ。
「カラ松にいさーん!」
どんよりと空を陰らせる雲の下、シスターに呼ばれて顔を上げたカラ松は向けられている笑顔に表情を和らげた。
「十四松」
黒のカソックに腰帯を巻き、胸の前でクロスさせた濃い紫のストラを邪魔にならない様にと腰帯に差し込んでいるカラ松は、焦げ茶の革靴で乾いた地面を歩き、十四松の元へと向かった。
カラ松は双子の弟である十四松と二人きりで教会に住んでいる。神父とシスターであった両親を早くに病で亡くし、その跡を引き継いだ二人は生まれ育った教会の管理と神への祈りを毎日欠かさずに行っている。
町には人望の厚い神父が住まう大きな教会がある為に、彼らの小さな教会へ訪れる人は村の住人の内の極僅かだ。しかしカラ松はそれでも構わないと思っている。両親から教わった神の導きともたらしてくれる平和。何より十四松という最愛の弟をこの世に授けてくれた事に、絶対的な感謝と信仰心を抱いているからだ。
頼りにされていなかったとしても、神を信仰し祈る人々や、十四松がいてくれるだけでカラ松は心満たされていた。
二人並んで祈りを捧げ、カラ松は目を開ける。
右隣を見ると、十四松はまだ手を組み目を閉じて祈っていた。自分よりも神を信仰している様子の十四松は、天使と言っても過言では無い程の清らかな弟だった。
料理は唯一苦手だが、それ以外ならば率先して家事を手伝いカラ松を支えてくれている。少々頑張りすぎる点が心配だが、カラ松はそんな十四松を愛していた。兄弟愛を超える愛情だと自覚する程に。
「あっ」
見つめすぎてしまったようだ。気付くと十四松はチラリと横目でカラ松を見ており、にっこりと目を細めた。
「兄さん、そんなに見つめられたら照れちゃうっすよ」
「いやっ……、毎日熱心に長く祈っていると思ってな」
「兄さんは熱心にお祈りしてないの?」
「そうじゃないが、随分長く祈るから、何か願い事でもあるのかとな」
控えめに白いレースがあしらわれた黒チョーカーを着けた首を掻きながら、目を逸らした十四松は言葉にならない声をあげながら立ち上がった。
それから胸の前で手を組むと、眉尻を下げてはぐらかす様に笑う。
「兄さんには秘密っす」
「私にも言えないような願いなのか?」
「ん~っと……、まぁ、ね」
笑った十四松の願いは何なのだろうか。考えてもカラ松には分からないが、きっとその清純な心から願う内容は優しい想いなのだろう。
「そうだ、今日の昼食の買い出しがまだだったな」
礼拝堂の中、横並びに列を作って置かれている長椅子の中央、真っ直ぐに扉へと続いている通路を歩き出すカラ松の隣に駆け寄って並んだ十四松は首を傾げた。
「僕が買って来るよ?」
「買い出しついでに用事を済ませてくるから、今日は私が行こう」
いつもお前にばかり買い出しを頼みたくはないんだ。
黒のベール越しに頭をぽんぽんと撫でるカラ松。
「分かった!それじゃあ今日は僕が教会をお守りしてるね!」
「ああ。頼んだぞ、十四松」
礼拝堂を出て私室に入ったカラ松は紫紺のトレンチコートを着ると、荷物を入れる為のバッグパックを手に教会の正門へと向かう。
「カラ松兄さん」
門を開けたままカラ松は振り返る。
修道服の胸の真ん中に金の糸で縫われた十字架に両手で触れた十四松は「兄さんが帰って来るまで、ちゃんと待ってるからね」と笑う。
「早めに帰って来るから、いい子で留守番してるんだぞ」
わざと茶化す様に言ってみると、十四松は頬を膨らませて「子供じゃないから留守番くらいできるもん」と言い、すぐに頬に溜めた空気を吹き出して「いってらっしゃい」とカラ松を見送った。
町までは徒歩で約一時間かかってしまうが、二人が育てている馬で向かえば三十分程で行くことが出来た。
愛馬の栗色の毛並みを靡かせながら、急ぐ必要も無いためにカラ松は考え事をしながら町への林道を駆けて行く。
用事というのは、注文していた十四松に渡すペンダントを受け取りに行くというものだった。先日オーダーメイド出来るアクセサリーショップの前を通り過ぎる時に見つけた、金色のペンダント。丸い輪っかの飾りの中には好きな色の宝石を入れる事が出来ると聞き、カラ松は宝石の中でも一番に目を惹かれたラピスラズリを頼んだ。
カラ松より三十程歳が離れているであろう店主は、「ご注文ありがとうございます、神父様」と、恭しく礼を言った。
青色の美しい宝石を十四松に持っていて欲しいと思ったのだ。その理由はカラ松にもよく分かっていない。
辿り着いた町はいつもと同じく賑わっている。
「行こう」
正門前で馬から降りたカラ松は手綱を引いて、人や荷車が行き交う通りを歩き出した。
最近は米や麺類が多かった。今日はパンにしよう。
カラ松は決まったルートでよく買い物をする店をまわった。紙袋で包んだパンや野菜をビニール袋に入れ、バッグパックに収めていく。
荷物を縄で馬の胴体に乗せて固定させたカラ松は、最後にアクセサリーショップを訪れた。
代金は既に支払っているため、受け取るだけだ。
「すいません」
声をかけると、レジで優しい表情の淑女と談笑していた店主がカラ松に気付いて「おや、神父様。注文の品は出来上がっていますよ」と言いながら立ち上がった。
眼鏡をかけ直して開いたファイルを指でなぞる店主は、番号を呟きながらレジ裏の五つの並んでいる戸棚から紺色のケースを取り出した。
「お気に召して頂ければ良いですが」
カウンターの上に置いたケースの蓋を開いた店主。カラ松はそのペンダントの出来を見て表情を和らげた。
「あらまぁ、とっても綺麗なペンダントだわ」
隣にいた淑女も笑みを零す。
「ありがとうございます。神父様、お相手の方には喜んで頂けるでしょうか」
「勿論ですよ。ありがとうございました」
ケースを受け取ったカラ松は、ペンダントをつけて笑う十四松を思い浮かべながら大切にコートの内ポケットにしまった。
「そういえば神父様、何か知っていらっしゃるかしら?」
「はい?」
淑女は眉を下げて声を潜める。
「神隠しの噂なのだけれど」
「神隠し?」
初耳の話にカラ松は首を傾げた。店主が言う。
「近頃、無垢な魂を持つ者の神隠しが増えていると噂が広がっているんですよ」
「誘拐、という事ではなく?」
「犯人の姿を見た者は一人もおらず、忽然と姿を消すのです。まるで神によって存在を消されてしまったかの様に」
「無垢な魂、というのは?」
「消えている人は皆、欲が無く純粋な、神を信じ、神に祈りを捧げている人ばかりなんです」
「え?」
カラ松の脳裏に十四松の姿が過ぎる。
「そうなの。だから町では皆、神に気に入られて天に迎え入れられて行ってしまったんじゃないかって言っているのよ」
「天に……」
「神父様?顔色が悪いようですが……」
そんな訳はない。
そう思うが、カラ松は嫌な胸騒ぎを感じた。
「大丈夫です。それでは私はこれで、ペンダント、ありがとうございました」
「え、えぇ。お気をつけて」
店を出たカラ松は馬の背からバッグパックを外して背負うと、急いで跨り町を出た。
「急いでくれ!」
馬の手綱を操り走らせる速度を上げていく。
もしも神隠しの被害が村にまで既に及んでいたとしたら。
カラ松は眉を寄せて唇を噛む。
ちゃんと待っているからと、十四松はそう言って見送ってくれた。
大丈夫だ。待っているに決まっている。
カラ松は自らを落ち着かせようとするが、胸騒ぎは消えなかった。
馬から降りたカラ松は走り、教会の扉を開ける。
「十四松!」
呼び掛けても返事は無く、教会の中は異様に静かだ。
カラ松は自室に入り見回しながらバッグパックを置いた。十四松はいない。
「十四松どこにいる!」
地下の操作室にも、他の部屋にもいない十四松を探してカラ松は礼拝堂の扉に手を伸ばし、動きを止める。
この扉の向こうに、何かいる。
漠然とした感覚だが、カラ松はその感覚に息が詰まりそうになった。
けれど、この向こうに十四松がいる筈だ。
確信にも似た考えに、カラ松は扉を開けた。
胸騒ぎは消える。しかしそれと同時にカラ松の頭は真っ白になった。
今朝もいつもと同じように祈りを捧げていたその場所に、純白のベールで顔を隠し、純白の大きなローブで身を隠し、何者かがそこに立っていた。
目を閉じて動かない十四松を抱えて。
「十四松!」
カラ松の声が礼拝堂に響く。
しかし十四松は目覚める気配も無く抱かれている。
何者かが顔をカラ松に向ける。だがその姿にカラ松は足が竦みそうになり、動くことが出来なくなった、
「神、なのか」
何故、どうして、そんな疑問は無かった。
神隠しの話を聞いて、カラ松はここに神が姿を現している理由を察していた。
「人間。十四松は私の元へと迎え入れるのだ」
脳の奥にまで痺れをもたらすかのような声。これが、神。
逃げ出したくなる恐怖感を地にしっかりと足を着ける事で抑え込むカラ松は、しかし声は出せないままに神から目を逸らさない。
「私は兄弟として天に迎え入れる為の無垢な魂を探し続けていた。幾人もの人間を見つけては手招いたのだが、どの人間も私の手を取るとなると、欲望の影を潜ませていった」
ゆっくりと頭を振る。呆れたものだ。呟く神にカラ松は口を開くが、声は出ない。
「だが十四松は違った。毎日私への祈りを捧げては、たった一人の兄の為に健気に生きるその魂は、穢れの無い、感嘆する程の美しさを帯びている。私の兄弟となるに相応しい魂だ」
十四松を見下ろす神に、カラ松はぐっと体に力を入れて話した。
「消された人々は、どうされたのですか」
「魂を消し、器は捨てた」
冷淡に言い放った神に、カラ松は背筋を凍らせた。
「神である貴方が、何故その様な惨い事を」
「神を信じ祈る者が欲望を持つ事は許されないのだ」
「だからと言って人間を消す事が許されるはずが無いのではないですか!」
「許されるのだ。神の前では人間など……」
これ以上無駄な話はしたくない。言葉にせずともそう言っている事がカラ松には分かった。
十四松を通路に寝かせた神は、カラ松を見据えて右手を挙げかけた。瞬間。
「かみさま」
か細い声。目を薄らと開けた十四松が、神を見上げていた。
「じゅうし、」
「カラ松にーさんには……なにも、しないで……」
零れ出た言葉は、カラ松の胸を締め付けた。
「あの人間を愛しているのだな。十四松」
右手を下げた神に、十四松はカラ松を見る。
唇を戦慄かせるカラ松へと微笑みかけた十四松は再び目を閉じる。
「愛は偉大だ。崇高だ。愛を捧げても愛を求めないお前の心の何と美しい事か」
神は膝をつき十四松の胸に手を当てる。
十四松が連れて行かれてしまう。
「こ、光栄な事ですが、十四松を渡す訳にはいきません」
「何故だ」
「私の、たった一人の弟なのです」
「貴様の言い分等私にはどうでも良いのだ、脆き神父よ」
神が手を当てた十四松の胸から淡い黄色い光が零れ出す。カラ松は声をあげる。
「ならば私も共に!」
手を離して立ち上がった神は、首を横に振った。
「貴様には欲望の影が見える」
「……っ」
零れだす光の中、一際強く輝く光が十四松の胸から球体となって浮き出て、神の胸の前で変形すると弾け消えた光の中から純白のワンピースに身を包んだ十四松が現れた。
十四松の魂だと分かったカラ松は、無我夢中で駆け寄る。
「さらばだ、人間」
十四松の魂を抱えた神は、カラ松が伸ばした手をすり抜けて消え去った。
十四松の肉体だけを残して。
「……十四松……」
通路の上で眠る十四松は、魂の無い器。
膝から崩れ落ちたカラ松は、十四松の背に手を差し入れて抱き起こす。
頬に触れると、まだ温もりの残るその体温が少しずつ冷たくなっていくのだと感じ、カラ松は十四松の頬に涙を零した。
十四松を留守番させなければ良かった。
もっと早く帰ってくれば良かった。
どんなに悔いても、天に迎え入れられた十四松は戻ってこない。
もう二度と、笑顔の十四松には会えない。
「うああぁあぁぁああああああああ!!」
十四松を強く抱き締め、カラ松は号哭する。
最愛の弟を失ったカラ松の胸は空っぽになっていく。十四松がいない世界など、カラ松には耐えられない。
「神よ!何故、唯一人の私の家族を奪うのですか!」
天を仰ぎ吠えても答えは返ってこない。
信じていた神は、カラ松を無惨にも地獄の苦しみの中へと突き落としたのだ。
何度十四松の名を呼ぼうとも、十四松は返ってこない。神によって天に、連れ去られたのだから。
カラ松の空っぽだった胸の中に、黒い欲望の影が広がって行く。
十四松への愛は愛欲となり、神への信仰心は反逆へと変わる。
涙で濡れた十四松の頬を撫でたカラ松は、奥底から湧き上がる怒りに声を震わせた。
「私は…っ、俺は、神よ!お前を憎む!俺の十四松は、必ず、奪い返す!」
to be continue
|
「掴めない星を見つめながら」<br /><br />フォロワーのプロトさんとの合作、宗教パロです。<br />・神父カラ松とシスター十四松<br />・シリアスアクションファンタジー風<br />・BL要素は徐々に強くなっていきます<br />・後々流血暴力表現が増えます<br />・趣味全開な内容<br /><br />スパダリカラニキが愛しい。<br /><br />act2 → <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6596437">novel/6596437</a></strong><br /><br />表紙作:プロトさん<br />本文作:玲都 <br /><br />3/10~3/16付け ルーキーランキング44位<br />ありがとうございます!
|
Recapture of another heaven
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6544480#1
| true |
前回書いていなかった設定を一応載せておきます。
「そんなの興味ないぜ!」とか「読んでいくうちにわかるだろ?」という方は次のページへレッツゴー!
八幡と響と奏は幼馴染トリオです。友達のいなかった八幡にかまいまくった響と一緒にいた奏を八幡は受け入れていったためです。ただ、中学では基本的には一人を貫いている八幡とケンカしている二人というところからスタートしました。響はたびたび八幡と一緒にいることはありますが、プリキュアになる前の奏は響とケンカしていたことや他の友達と基本的に行動しているなどの様々な要因で話せずにいた、みたいな感じです。もちろん両方の両親とも面識があり、奏太には兄のように慕われていてたびたび相談事を受けています。
ちなみに今作の八幡はバイオリンを習っている設定です。その師匠が響のお母さんです。今は時々響の父に聞いてもらってアドバイスをもらっていますが、基本的には自力で練習しています。その実力はかなり高く、その腕を見込まれて王子から何度も一緒に演奏しないかと勧誘されています。が、彼がバイオリンを選んだのが「この楽器ひとつで音楽として完結できる楽器だから」と「なんか孤高のイメージがあるから」という理由であるため毎回断っている感じです。(メタな話をするとギターとバイオリンで悩んだらギターってなんか歌がないと演奏としてはさみしい気がするな~とか考えてこれにしました。八幡は歌うのあんまり好きじゃない設定です)そんな八幡ですが、響と奏は彼が演奏しているのを聞いたことがありません。これは響の「音楽嫌い」が影響している感じで、八幡が彼女には絶対に聞かれない練習場所を探し出してそこで練習しているからです。ただ、どこでどうやってこの部分を生かすかは一応考えてありますがしばらくはあんまり関係ないかもしれません。
それから八幡は響の家のすぐ近くにある家で一人暮らししています。一応保護者として響の両親が学校側には提出されています。なので基本的な食事だとかは北条家で一緒に食べています。特に響の母親には愛弟子ということもありかなり気に入られていて、響と同じくらい大切に思われている。八幡の家族は父母の仕事の転勤みたいなのがあった上に小町、およびカマクラがそれについていったことにしています。理由としては家族を登場させるにも絡ませ方が思いつかないからという理由がありますが、もう一つ別の理由があります。こっちはちゃんとストーリーと絡めるつもりなのでまぁ深く考えずにあぁ、こいつ家に帰ってもボッチなんだなとか思いながら読んでください。ちなみにおかげで家事スキルは原作よりも高めで、北条家の料理担当は基本的に八幡がしているほど。
当然ながら、彼はメイジャーランドともマイナーランドとも一切関係のない一般人です。が、このころから達観した考え方や一般的な中学生と比べるとかなりの量の読書をしているために知識も豊富です。なので時々ふつうそんなのわかる?みたいなことに気付いたり、歳不相応な意見を言ってしまったりするかもしれません。それと幼いころから響と一緒にいろいろとしてきたことや彼女の日課のトレーニング?にもつきあわされていることもあって 身体能力もそこそこ高めになっていて目以外が本当に割と完璧なイケメンになってしまっていますがスルーで!スルーでお願いします!
あ、恋愛要素はありますけどハーレム展開には今のところするつもりはないです。恋愛要素にしてもうまくかけなかったら途中からフェードアウトするかもしれませんがその時はすみません。
長々と申し訳ないです。では次のページから本編でございます。どーぞー!
[newpage]
前回までのあらすじ、空から降ってきた白猫が喋った、まる。いやうん、まる、じゃねぇわこれ。世界ふしぎ発見しちゃったよこれ。
ハミ「ハミィだにゃ」
「怪しいものじゃないにゃ」
八幡「どう見ても怪しいだろ」
「しかも自分で怪しくないとか余計に怪しくなったわ」
「しかもなんか周りに浮いてるし」
その猫と一緒に降ってきた色とりどりの宝石のような生き物を見渡す。こんな生き物がこの世にいてたまるか。どう見ても新種の生物だよこれ。これを図鑑とかに登録することになったらおれが第一発見者として後世に名前を残せるまである。あれ、それって意外と金儲けられたりするのだろうか・・・
ハミ「ハミィの大事な友達にゃ」
「フェアリートーンっていうにゃ」
妖精「よろしくだドド(レレミミファファソソララシシ)」
ハミ「さっきは助けてくれてありがとうにゃ」
八幡「あ~、まぁ気にすんな。たまたま偶然だったわけだしな」
「というか、一つ聞いていいか?」
ハミ「にゃ?」
八幡「お前、何者なんだ?」
「ただの猫じゃねぇことはわかったけどよ」
ハミ「ハミィはメィジャーランドの妖精にゃ」
「この世界に散らかった音符を探してるにゃ」
八幡「妖精?音符?」
駄目だ。話の内容が理解できない。え?猫と話している時点で十分不思議だって?まぁそれはそうなんだが、こうも普通にしゃべられると突っ込むことが間違っているように思えてくる。というか普通にめんどくさい。
ハミ「そうにゃ。音符は、にゃ!?」
八幡「どうした?」
ハミ「あっちに何か感じるにゃ!」
そう言ってハミィは真っ先にその方向へ向かって行った。流石にここまできて置いてけぼりは勘弁だ。何より、今の方向には俺や響、奏の三人にとって重要な場所があるのだ。そこになにかあったら・・・俺も急いで後を追った。
[newpage]
響「なんなの、も~!」
北条響、只今絶賛大ピンチです!奏と今日も仲直りできなかった私は、またこうして思い出の場所に来てみたんだけどそこに現れたのは謎の女の子。しかも一瞬で猫になっちゃった!?
ト音記号がどうこう言ってたけどよくわからなくなって逃げようとしたら、
??「「「通さな~~い」」」
なんだか怪しげな三人組に逃げ道をふさがれてしまった!どうすればいいのこれ?
セイ「大丈夫、ちょっと胸がチクってするだけだから」
「貰うよ、そのしるし!」
??「ダメだにゃー!」
そこへ謎のネコと私の間に割り込んできたのは白い子猫?だった。
セイ「ハミィ!?」
響 「猫が空から?」
ハミ「ハミィだにゃ、怪しいものじゃないにゃ」
響 「思いっきり怪しいんですけど!」
「なんか変なのくっついてきてるし!」
ハミ「フェアリートーンたちにゃ」
「ハミィの大事なお友達にゃ」
妖精「こんにちはドド(レレミミファファソソララシシ)」
ハミ「それにしても、さっきの人と同じ反応にゃ」
響 「さっきの人?」
セイ「何しに来たのハミィ?」
「音楽会でモタモタしてて私たちに大事な楽譜を奪われたくせに」
ハミ「そんな悲しいことは忘れたにゃ」
セイ「どんだけ前向きなのよ!?」
猫が喋ってコント?みたいなのしてる。何これどういう状況なの?あれ?でもなんだか既視感があるような
セイ「どうでもいいから邪魔しないで」
「猫はこたつで丸くなってな」
ハミ「そういうセイレーンも猫にゃ」
セイ「やかましいわ!」
なんだかこの二匹
響「私と奏みたい、かも」
[newpage]
「響?」
突然名前を呼ぶその声に私は驚いた。そこに立っていたのはついさっき激しい喧嘩をしたばかりの相手だったのだから。
響 「奏!?なんでここに」
奏 「響こそ、何をしてるの?」
響 「私は別に」
「!そのレコード」
奏が手にしていたレコード、それに私は見覚えがあった。もう大分前のことのように思える、小さい頃のこと。
奏 「時々ここへ聞きに来てるの私の家じゃ聞けないから」
「響はもう、覚えてないだろうけど」
忘れるわけがないでしょ!そう言えたらきっとまた昔のように仲良くできた。でも
響 「何それ!」
「そんなレコード知らない!」
口から出たのは全く逆の言葉。なんでうまく話せないんだろう。もう一度、あの頃みたいに三人でいたいのに
ハミ「喧嘩はよくないにゃ」
セイ「いいんだよ、もっと喧嘩しな」
奏 「猫が喋った!?」
ハミ「ハミィだにゃ、怪しいものじゃないにゃ」
奏 「思いっきり怪しいんだけど!」
ハミ「同じ反応にゃ、二人は仲良しにゃ?」
響奏「「よくない!」」
あぁまた言っちゃった~。私のバカバカバカ!
ハミ「ハモったにゃ」
セイ「どうでもいいから、っ!」
「あっちの方にもト音記号?」
「丁度いい、二つともいただくわ」
「トリオザマイナー、そっちは任せたよ」
そう言ってセイレーンと呼ばれた黒い猫は私に向かって飛びかかってきた。奥では怪しい三人組の一人が奏に手を伸ばしていた。
ハミ「やめるにゃー!」
|
いやぁ、スイートもいいな~<br />個人的には変身時のバンクが一番気合入ってるように思えますね<br />特に二人変身のときのあの布っぽい感じとか背景とか
|
二人と一人の新しい日常の幕開け
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6544764#1
| true |
武P「あの比企谷さん。今神崎さんの仕事でトラブルがあり撮影に影響があるとのことなので、私はそちらの方に行かなければならないのですが…………」
八幡「あ、了解です」
凛(お、プロデューサーが蘭子のところに行く!ちひろさんも今日は風邪でお休みらしいからね。最近美波とかが八幡に興味持ってるらしいからね。誰が八幡の彼女かを思い知らせてあげる!!)
凛「みんな飲み物いる?」
八幡「おう。頼む」
凛(今日仕事でいないのは、デコレーション。蘭子、杏の5人。だからこの場にいるのは私、卯月、未央、美波、アーニャ、智恵理、かなこ、李衣菜、みく、そして雪乃と結衣と八幡。私以外のコップ11個にずいぶん前に屑に使った自白剤を一滴。これで私が質問すれば終わり)
凛「はい、みんな」
凛(みんな…………………飲んだね。私も一応飲んでッと)
凛「そういえば美波って八幡の事どう思ってるの?好きとか嫌いとか」
美波「ええええ!?凛ちゃん?ええとね、八幡はカッコよくて一目惚れしちゃったかな?だから、好きだよ」
凛以外「……………………………………」
美波「わ、私何言ってるの!?」
雪乃「八幡、どうゆうことかしら?」
結衣「ヒッキー。どうゆうこと?」
八幡「凛。説明」
凛「これは志希からもらった自白剤をさっきの飲み物に入れたからね」
卯月「凛ちゃんなんでそんなことを……」
凛「あれ!?なんで私まで、本当のことを!?」
八幡「凛。甘いよ。俺をそれで出し抜けるわけないだろう。お前が俺の考えをわかるように俺もお前の考えもわかるんだ。お前と俺のコップを飲む前に入れ替えさせてもらった」
凛「しまった!!」
未央(この2人の感覚がすごすぎるんだけど…………)
美波(お互いの考えてることがほとんどわかるの?)
アーニャ(凛も八幡もスゴイですね)
八幡「まあ、俺はいつもの部屋で仕事するから女子だけで本音で話しといてくれ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
凛「八幡もああ言ってるし話す?」
卯月「凛ちゃん?なんでこんなことしたのかな?」ニッコリ
凛「い、いや。みんなの気持ちを知りたくて…………」
結衣「しぶりん酷い」
雪乃「ふふ。結衣、凛も飲んだことだしおあいこでいいじゃない?」
未央「何話すの?」
みく「じゃあ、八幡のこと好きな人!!」
凛「ノノ」
卯月「ノ」
未央「ノ」
美波「ノ」
アーニャ「ノ」
智恵理「ノ」
かな子「ノ」
李衣菜「ノ」
結衣「ノ」
雪乃「ノ」
みく「あれ?みんな?」
卯月「みくちゃんはどうなんですか?」
みく「もちろん大好きにゃ!」
凛「はあ。みく。聞き方が悪いんだよ。八幡のこと異性として好きな人は?」
卯月「ノ」
美波「ノ」
アーニャ「ノ」
李衣菜「ノ」
みく「ノ」
雪乃「ノ」
結衣「ノ」
未央「私は友達として好きだよ」
智恵理「私はお兄さんみたいなところがいいなぁ」
かな子「八幡さんはいい人ですから」
雪乃「あの男ここでも……………」
結衣「ヒッキーフラグ立てすぎ。しかも相手がアイドルって……………」
卯月「八幡さん。向こうでも?」
雪乃「ええ。すでに私たち以外に2.3人ほどね」
みく「にゃー!八幡君の女たらし」
凛「まあ、誰にも八幡は渡さないよ!!」
美波「凛ちゃんこれで諦めると思ってるんですか?」ニコ
アーニャ「八幡のこと。諦めませんよ?」ニコ
李衣菜「私は八幡とならロックに生きれると思うんだよね。ここは負けられないよ!」ニコ
みく「ふん!みくも負けられないにゃ!」ニコ
雪乃「凛の次に会った女として負けるわけにはいかないわ」ニコ
結衣「ヒッキーのことなんか諦められるわけないよ!」ニコ
未央(みんな目が笑ってないよ!)
かな子(怖いです!智恵理ちゃん。八幡さん呼んできて!)
智恵理(了解です!!)
未央(うわ!みんなの目からビームが!光線が!!みんな怖いよ!)
八幡「お前らそろそろレッスンだろ?」
凛「あ。本当だ。八幡行ってくるね」
美波「私も行ってきます!」
八幡「あ、結衣と雪乃もレッスン見学させてもらえるってさ。俺はまだやることあるから、終わり次第行くわ」
結衣「え、いいの?やったー!!」
雪乃「わかったわ。それにしても八幡が仕事をしっかりしてるなんて………なんで専業主夫なんて言ってたのかしら」
結衣「ほら!ゆきのん!早く行こうよ!」
続く
[newpage]
あとがき
アンケートで、次にやりたい話を募集します!!
コメントでお願いします!
本編でも番外編でも構いません!
よろしくお願いします!
|
修羅場?なのか?内容が薄いなこの回。もはやギャグ回。つーかこの職業体験編いるかな?やばいな。案が湧いてこない。ということでかなりつまらないかもですができたら読んでください。<br />あとがきにてアンケートの説明がありますので是非お願いします
|
13 職場体験 その2
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6544768#1
| true |
触れると酷く熱い体だった。
(言わないことじゃない)
バーナビーは分かりやすく舌打ちをしたが、いつもなら宥めるように困り顔の笑みを浮かべて見てくる琥珀は伏せられたままだ。
相当苦しいのだろう、吐息も熱を持っている。全裸で抱き合っているわけでもないのにそれが伝わってくること自体、熱が高い証拠だ。
「……悪い。大丈夫」
「あんた馬鹿でしょう」
大丈夫なわけはないのに呟くような声が「大丈夫」と言う。苛々とバーナビーは斬り捨てた。
そもそもパーティの初めから男の頬は熱っぽかった。虎徹は肌の色が濃いから紅く逆上せたりはしないが、近づけば耳朶と首筋の火照りがわかる。琥珀色の目は潤んで金色が濃くなる一方だったし、宴もたけなわになった頃には後れ毛の辺りがしっとりと汗に滲んでいた。
それなのに、とバーナビーはやり場の無い苛つきに溜息を付く。笑っていたのだ、この男は。グラスを持って、平気な顔で。
何でも無い時は食べるだけ食べて悪びれもせずにカーテンの影に引っ込んだりするくせに、こんな時に限って真面目に輪の中で仕事をしていたりする。
もっとも、今日のパーティはタイガー&バーナビーのメインスポンサーが開いた祝賀会だから、疎かに出来なかったのは事実だ。虎徹もバーナビーもゲストとして招待されていたが、手っ取り早く言えば企業が招いた招待客への接待をしてくれという依頼だ。引っ込んでいては話にならない。
それでも一応、スポンサーの窓口からはワイルドタイガーの体調を慮る打診があった。企業だって鬼では無い。昨日のワイルドタイガーの負傷は名誉なものだった。私服だったためスポンサーロゴがTVに映ることはなかったが、そんなことは問題にならないくらい、明確にワイルドタイガーの株はあがり、引き連れでスポンサー企業の株価も上がった。
企業としては、充分広告塔としての役を果たしてくれたお抱えヒーローの体を気遣うのに否はない。何なら今日のパーティは欠席し、休養して貰って構わないとのことだった。
(それをこの人は笑って大丈夫ですよと返したんだ)
せめて一緒に乾杯をさせてください、と電話口で虎徹は笑った。最初の一時間ほどの間はお伺いいたします。その後はすみませんがお言葉に甘えておいとまさせていただきます。ええありがとうございます。
隣で聞いていたバーナビーは、ベン氏曰く「鬼の形相だった」らしい。電話を切ったあと虎徹はへらりと笑って手を振った。「顔がこえーよバニー」
そうでしょうとも!
バーナビーは怒鳴った。ええそうでしょうとも! 怖い顔をしてみせてるんですから当たり前だ!
けれど言っても聞かないのは分かっている。再々結成後の虎徹は時々妙に頑固で、意地っ張りで必死でタチが悪い。
必死なのは理解出来る。バーナビーだって必死だからだ。株価が思うように戻らないアポロンメディアの復活の鍵はタイガー&バーナビーが担っている。ここが踏ん張り時なのだ。
意地をはっているのは多分、アポロンメディアの企画部の社員達に泣かれたからだろう。彼らは戻ってきたタイガーを前にやつれきった顔で涙を零した。大声で泣くのでは無く、疲れたように涙をただ落としながら「ごめんなさい抵抗しきれなかったんです」と呟く姿が、彼らの受けた心的負担を物語っていて痛ましく、胸が詰まった。彼らは今、社内カウンセラーの世話になっている。虎徹は衝撃を受けたようだった。
その後、彼らが前CEOに立てさせられた俗悪な企画の内容を聞き、虎徹が何とも言えない表情をしているのを見た。「どうしたんです」とバーナビーが尋ねると、「いやあ時代が逆行するとこだったんなあって思って」と苦笑いしていた。
それはつまり、昔はああした――つまり猛獣とNEXTを闘わせるという風な――趣味の悪い番組もあったということなのだろうか。バーナビーは不快さに眉を顰めたが、事実がどうだったかを確かめる気にならなかった。
いずれにしても、虎徹が「気を引き締めてがんばらねえとな」と口にし始めたのは、社員達の悔恨を耳にしてからだ。二十四時間ヒーローの虎徹にとっては、社員も守るべき市民だ。だから、多少の意地を張ってでも、ヒーローの株をあげるために頑張ろうとしているのだろう。
(だからって)
これはない、とバーナビーは思う。横で見ていなくてはいけないこっちの身にもなって欲しい。フンコツサイシンとかいう言葉がオリエンタルにはあるらしいが、虎徹と一部に戻りたいと願ったのは、こんな姿を見たかったからではない。(ちなみに、その言葉の文字の解説を折紙から受けたバーナビーは字面にどん引きした)
企業からの好意で、タイガー&バーナビーはパーティを途中で辞した。招待客達は残念がったが、皆、ワイルドタイガーの負傷を知っている。誰も引き留めるような無体な真似はしなかった。
会場となっている会員制ホテルの離れのロッジを宿泊用にと用意されていたので、バーナビーは虎徹を半ば引き摺るようにしてそこへ連れ込んだ。
ドアを開け、上着を脱いだ途端に気が抜けたのか、虎徹はふらついてバーナビーの肩口に寄りかかった。
彼は「あー、悪い」としか言わなかった。辛いとも、痛いとも苦しいとも言わなかった。
(強がるのも大概にしろ)
口の中で呪詛の言葉を吐き、バーナビーは虎徹の体を向かい合わせにして自分に凭れかけさせる。抵抗はない。肩口に額を預けてくる素直さが今は腹立たしかった。いつもなら例え二人きりだってこんなにあっさりと体を預けて来たりはしないのだ、この意地っ張りな虎は。
「外しますよ」
一応声を掛け、カマーバンドの留め金に指をかける。
背には触れない。そこには今、大きな火傷がある。
ワイルドタイガーの背を焼いたのは、火が燻る廃材だった。
出動時ならばスーツを着ていただろうし、着ていればこんな怪我は避けられたかも知れないが、生憎その日、虎徹は司法局に出向いていて、その帰りに火事の現場に行き当たった。
当初、火の勢いこそ大したものでは無かったが、近くにルーパーのラインが走っていたために事は急を要した。主要なルーパーの駅近くには大抵保育所がある。案の定、そこにも大きめの保育園があり、裏庭から流れ込んでくる真っ黒な煙に怯えた子供達の悲鳴が響き渡っていた。虎徹が聞きつけたのはこの子供達の騒ぎだ。
保育園の裏手には揚げ物を扱う食品工場があり、火が入ったのはこの食用油だった。炭素をたっぷりと含んだ黒煙は呼吸器系を襲う。体の小さい子供達にいい影響があるはずがない。風向きも最悪だった。大したことはないと思われた火はどんどん大きくなっていく。
サイレンが聞こえてきていたから、程なく消防車両が到着するだろうと虎徹は踏んだ。火元の工場のほうはプロに任せることにして、走りながらアイパッチを片手で着けた虎徹は迷い無く保育園へと飛び込んだ。
パニックを治め、保育士たちを励ましながら避難路の確保を手伝って子供達を次々に逃がす。自分で動ける子達は保育士に任せて、虎徹はベビールームへ上がった。
「来たぞワイルドタイガーだ!」
声がした時どれだけ嬉しかったか。そうインタビューに答え、黒く頬に汚れを残したまま若い新米保育士はしゃくり上げた。
救急車と消防車が次々乗り付けた時には、付近は煙で惨憺たる騒ぎになっていた。回収待ちの廃油が大量に残っていたせいで激しく火が回ったらしい。工場の従業員達は全員避難できたが、消火は難航していた。その間に、園児と保育士の頭数を数えていた者達から悲鳴が上がった。
――人数が足りない。
互いの顔を確かめ合い、保育士一人と三歳児二人が見当たらないと分かった。彼らはどこにいた? 工場側に隣接しているプレイルームだ!
声があがると同時に、虎徹は再び煙のなかに飛び込んだ。迷わず発動して声を聞き取る。小さな咳と、必死で助けを請う保育士の悲鳴を頼りに発見し、駆け寄った。二人の子をしっかり抱きかかえて煙と炎熱から庇い床を這いずり逃げる保育士を、子供ごと抱え上げる。
ワイルドタイガーのハンドレッドパワーは1分が限界だ。
工場側から出るのは不可能だった。かといって、保育所玄関からでるには時間が足りない。子供達は呼吸もほぼ止まり、咳き込むこともできずにぐったりしている。
虎徹は躊躇無く保育園の二階の横壁を蹴り破ると、庭に転げ出た。そこは裏庭の柔らかい芝の上だ。
煙は切れた。外の空気が甘い。
が、次の瞬間、虎徹が出て来た階で爆発的な火の手があがった。どこかで火種が燻っていたのだろう。それが新鮮な空気が入ったことで一気に燃え上がったのだ。
むろん、虎徹は予測していた。転げ出た時に潰さぬよう庇っていた三人の要救助者をそのまま体の下へと庇い、落ちてくる火の粉や破片を背に受けながら救急車の待つほうへと走った。
辿り着く何十秒か前には、もう能力は切れていた。
虎徹の背の有り様に気付いたのは救急隊員だ。服は焼け焦げ、化繊が溶けて張り付いて酷い状態だったという。彼はそのままメディカルセンターに運び込まれた。
虎徹はまったく気付いていなかったが、火事の現場にはTVクルーが駆けつけ遠巻きにして中継しており、報道用の静音ヘリも規定エリア外から望遠カメラで一部始終を映していた。
したがって、偶々近くにいたスーツ無しのワイルドタイガーが現場で八面六臂の活躍をし、そのおかげでたくさんの幼い命が救われたというニュースは大きな話題になった。ワイルドタイガーが紆余曲折の末、一部復帰したばかりだったことも大きかっただろう。
だからバーナビーはその場に不在だったにも係わらず、夕方のニュースでワイルドタイガーがどんな風に活躍したのかを随分詳しく知ることが出来た。――誇らしさの反面、ギリギリと痛む胃を抑えながらだが。
バーナビーがメディカルセンターに駆け込んだ時、虎徹は治療中だった。
手慣れたもので、虎徹が処置室で火傷を負った皮膚の処置などを施されている間、別の医師がバーナビーを手招きし、カウンセリングルームに引っ張り込んでインフォームド・コンセントを始めた。
通常ならありえない。治療説明の義務なんて本人に対して行うものだからだ。百歩譲って家族ならともかく、バーナビーは他人だ。いや他人ではないが、法律上は他人だ。キスを交わす仲でも、ベッドで裸で愛し合ったり甘い時間を過ごしたりする仲でも、他人は他人なのだ、悲しいことに。
青年は、出来たら虎徹とは他人じゃない関係になりたいと真剣に希望しているし、シュテルンビルトは同性婚が認められているからやろうと思って出来ないことはないのだが、いかんせんそれには虎徹の同意が必要だ。その虎徹はといえば今ひとつ踏ん切れないでいるらしい。娘もいる身では当然だろう。
ともあれ、バーナビーと虎徹はまだ他人だ。だから本当はダメなんだけどね、とドクターは肩を竦めた。分かってるんじゃないかドクター。
「でもほら、タイガーさんは絶対にこういうの聞いてないし、ほっとくと逃げるし、大人しくしてないし、入院も通院もろくにしてくれないくせに治療もおざなりにするでしょ」
その言葉に、バーナビーは何一つ反論出来なかった。
「あと今回は背中だから、さすがに薬塗ったりするのは自分じゃ無理じゃない? そうなると面倒がって絶対、彼、ほっといちゃうと思うんだよね。悪いけどバーナビーさん見張っててよ。薬と包帯、強制的に変えて。今晩は麻酔と点滴使ってるし、どうせ強制入院コースだから、明日からね」
青年は、さばさばと言ってのけるドクターの逞しさに遠い目になった。一体、ここまでになるのにワイルドタイガーとセンターの医者達の間にどんな攻防があったのか。
「あと、一週間以内に必ず検査に連れてきて。それと熱が101度超えるようなら問答無用のお姫様抱っこで担ぎ込んでね。昼なら通常外来、夜ならER」
OK? と聞かれてバーナビーは頷いた。
その時、薬の受け取りを待ちながら、(明日のパーティは欠席だな)などと悠長に考えていたのだ。
結果はご覧のありさまだったが。
抱きかかえるようにしてホックを外し、そっとカマーバンドを取り去る。取ったものをソファに放ろうと身動ぐと、腕の中の虎徹が安堵したように深く吐息をついた。その無防備さが青年の心を震わせる。髪に口づけると、男の肩の辺りが緊張を解いて緩んだ。
背に触れぬよう腰に手をかけるとくすぐったがって虎徹がひそりと笑う。逃がさないとばかりに首筋に噛みつくと、喉を鳴らして身を震わせた。
「……食うなよ。生焼けだぞ」
「その冗談は笑えません」
吐息で笑い声を上げた男の首を、一層しつこく食んだ。食べられるものなら食べてしまいたい。がぶがぶと甘噛みを繰り返してから弾力のある肌に歯を立てる。やはり熱は高そうだ。
「怒ってんのか?」
ふざけたことを言う。怒ってるというのならバーナビーは確かに怒っているが、何に怒っているか虎徹は理解しているのだろうか。
「自覚が?」
噛み痕に舌を這わせながら聞くと、虎徹は肩口に面を伏せたまま首を横に振った。
「ある、ような無いような。でもお前怒ってるだろ」
「そうですね」
そこで初めて虎徹が顔を上げた。灯りの点いていない室内は暗い。が、離れにあるこの部屋は周囲が庭になっているので、庭園灯のぼんやりとした光が窓から入って、それなりに薄明るかった。僅かな光量を集めて虎徹の瞳が金色に見える。
男は少しばかり情けない表情をしていた。
「……なんで怒ってるんだよ」
俺なんかしたか? と唇を尖らせる虎徹から体を離し、彼のタイに指をかける。
「まあ」
襟元を緩めてやり、タイもソファへ放った。
「あえていうなら、せっかく休めって言ってくれてるのに、わざわざ辛い思いしてまでパーティに出席したことでしょうか」
虎徹が持ったままだった上着も受けとってソファへ。それからシャツのボタンを外していく。
「いや、だって、最初の一時間くらいなら保つと思ったんだよ」
「保つとかそういうレベルの話ですか? 普通は大丈夫っていったら『平気』って意味です。1時間立ってにこにこした後で熱出してふらふらになったりしないことを言うんです。あなた、しまいにはグラスもしっかり持てていなかったでしょうが」
手厳しいなあバニー。そう言って虎徹は苦笑いした。
「いや本当にもうちょっと保つと思ったんだ。やせ我慢して引き受けたわけじゃねえんだって」
そうですかといなしながら虎徹のシャツを脱がせる。撒かれた包帯が目に白く、痛々しかった。ほら、と促してベッドに俯せに寝かせる。
冷たくさらりとしたシーツの肌触りが気持ち良かったのか、虎徹の体が弛緩したように沈み込んだ。
バーナビーは鞄を開け、替えの熱傷用パッドや塗り薬、飲み薬など一式を手早く取り出した。体温計を出して虎徹に渡す。
男はそれを咥え、「若い頃ならこの程度、ちゃんと保ったんだけどな」とどこか自嘲気味に笑った。
「……水を取ってきます」
バーナビーは居たたまれない気持ちで踵を返した。
逃げるように隣室のミニキッチンまで退避してから、こんなタイミングで出て来たことを後悔する。この場合冗談めかして「そうですよ! もう若くないんだから無茶しないでくださいご老体」とでも返すのが正解だったのだ。彼に「若い頃は」などと言わせたいわけじゃなかったという理由で腰を引いてしまったが、それは虎徹を慮ったからではない。
(お前が聞きたくなかったんだろうが、バーナビー)
これだから自分は若造だというのだ。
奥歯を噛みしめてグラスを出し、ミネラルウォーターの瓶を開ける。
そもそも「三十も半ばを過ぎれば体力は落ちる一方だ」なんていうのは世間一般にありふれた認識だ。年が行けば、日常の挨拶のように交わされる枕言葉だ。それが証拠にロイズもベンも斎藤も始終そんな風なことを口にする。
虎徹は世間一般の同年代から比べれば遙かに鍛えていて基礎体力も高い。見た目も若いし、弛んだ所などどこにもない。それでも虎徹が年齢を重ねていっているのは事実なのだ。人間なのだから当たり前で、ごく自然なことだ。虎徹が「若い頃なら保ったのに」と言ったら、バーナビーは笑い飛ばすか、呆れたように認めてやるかすればいい。どうせ年齢差があるから共感してやることは出来ないのだし、虎徹だってそれを分かっている。
なのにバーナビーは逃げた。
(うまく返せなかった)
自分が聞きたくないからだ。
シンクを握りしめて自己嫌悪になる。
なんていう馬鹿な若造だろう。本人はとっくに認めて開き直って、現実と向き合いながらうまく『ヒーロー』という仕事を続けていこうとしているのに、肝心の相棒であるバーナビーのほうが現実を見たくなくて狼狽えるなんて。
(出会った頃は、散々言いたい放題彼の年齢をあげつらってたっていうのに)
青年は片手で顔を覆って溜息を付いた。
(今さら、彼が大切な相棒になって大切な恋人になった途端、それが出来なくなるなんて)
そういうものかもしれないが、とんだお笑いぐさである。
(けどこんなことじゃ、彼と背中を合わせて闘うことなんかできやしない)
トレイにミネラルウォーターとグラスを乗せてベッドルームに戻ると、虎徹は先程と同じ格好で俯せに横たわっていた。
サイドテーブルにトレイを置き、そっと髪を撫でる。後頭部に口づけて、もう一度髪を梳いた。計り終わったらしい体温計の数値は100度を少し超える程度で、判断が微妙なところだなと思う。取り敢えず、薬を飲ませてパッドを取り替えても熱が下がらないようなら、病院も考えよう。
「起きて下さい。薬を飲まないと」
「……ん。起きてるよ」
枕に顔を埋めていた男が、顔をバーナビーに向けて笑んだ。
「起き上がれますか?」
「おう」
よっこらせ、と声を掛けながら虎徹が身をおこした。それだけで疲れたようにベッドに座る。足を折ってぺたりと座り込む虎徹はいつも少しだけ幼く見える。バーナビーはベッドに上がり込むと虎徹の頬を引き寄せ、ミネラルウォーターを口に含んでから口づけた。ちゅ、と音を立てて唇を解くと、虎徹がむすりと抗議するような視線を寄越す。
「これあんまり好きじゃねえんだけど」
「ひどいな」
青年は大して酷いと思っていない顔で邪気無く笑んでみせた。
「僕は好きですよ」
「飲み物がぬるくなるだろ」
「そこがいいんでしょ」
もう一度口づける。眉を顰め、「好きじゃない」と口にしながらも、虎徹は拒まない。ぬるい水を口移しに虎徹の喉に送り込みながら、バーナビーは熱の高い男の喉を撫で擦った。
拒まないのは虎徹がバーナビーを愛しているからだ。ぬるい水を飲むのは好きじゃなくても、青年とキスをするのは好きなんだろう。
虎徹の腫れぼったい口のなかを充分に湿らせてから、バーナビーは薬を握らせた。
「これも口移しでっていうのはどうです?」と片目を瞑ると、「ばぁか」と虎徹が笑う。
虎徹に水を渡し、引き出しをあけてナイトウェアを取り出す。シルクの物とコットンの物が入っていたのでコットンのほうを二つ取る。薬を飲み終わったらしい虎徹にナイトウェアを掲げて見せると、男は心得たようにベッドに腰掛けた。
こういうことの息も合って来た気がする。
まったく出し抜けにバーナビーの胸に疼くような愛情がこみあげ、男の怪我も構わず掻き抱いてしまいたい欲求に駆られた。
虎徹が素直に従ってくれることが嬉しかった。
従順さを喜んでいるのではない。信頼が嬉しいのだ。
ここまで来たら変な我を通さず、大人しく世話をされたほうが結果的に治るのが早くなる。自明の事だが、これまでの虎徹は相当手遅れ気味にならないとバーナビーを頼っては来なかった。だが今では「このほうがいい」と判断した時点で、バーナビーに身を委ねてくれる。手間取らない分、手当てがスムーズだ。
「いつでも介護できますね」
スラックスを脱がせながら道化た声で言うと、虎徹が裸足の足を上げて指先でバーナビーの膝を押した。
「まだそこまでの歳じゃねーよ」
ちぇ、と笑う。お互い、介護が必要になるもう一つの可能性については言及しなかった。
バーナビーは虎徹の足を取って踝に口づける。
「安心して歳を取って下さい」
虎徹の背は生々しいピンクのケロイドになっていて、バーナビーは胸をざわめかせた。
(いや、これは新しく出来ようとしている若い皮膚の色だ)
分かっている。最先端の再生医療は素晴らしい。日進月歩の勢いだから、虎徹がよく感心している。
だが、分かっていてもワイルドタイガーのこうした怪我の痕には焦燥感を掻き立てられてしまう。体の中心の奥底がぎゅうと引き絞られる感じがする。決して気持ちの良い感覚じゃない。それなのに――。
(ああ貝の色だ)
つるりとした質感は虎徹の背に奇妙な艶を添えていた。そんな場合ではないというのに欲情しそうになる。きっと脳がショートして反応する回路を取り違えているんだろうと思う。
「少し堪えていてください」
体は脳の怪しからん誤作動から切り離され、冷静に動く。洗面器で手を冷やしてから手順を一つも飛ばすことなく素早く薬を塗り、熱傷用のパッドを貼り替えた。即効性の鎮静成分が含まれているためか、虎徹はすぐに気持ちよさそうな吐息をつき頬を緩めた。
「あー……楽になった。サンキュー」
「良かったですね」
道具を片付け、手際よく虎徹の汗を拭いて上半身にもナイトウェアを着せかける。
シャワーを浴びてから、虎徹と揃いのホテルのロゴが入ったナイトウェアを身に着けて男の隣に潜り込むと、少し顔色が戻ってきた虎徹が照れたように口元を綻ばせた。ベッドヘッドにもたれ掛かって座るバーナビーに身を寄せるような仕草をする。
普段、バーナビーがナイトウェアを着ることは滅多に無い。それをこうやって着るのは虎徹の為だ。身を寄せたときに触れる肌の熱が直接、男に障ることがないように。わざわざコットンを撰んだのも、虎徹がその肌触りが好きだからだ。
分かっているから、男は擽ったそうな顔で笑んだ。バーナビーのこうした気遣いは虎徹を幸せな気持ちにさせる。
同時に、バーナビー自身もまた嬉しそうに笑む恋人の様子に満ち足りた気分になれた。自分が誰かを幸せにしているという実感は青年にとって大きな意味を持っている。
「至れり尽くせりだなあ」
「もっと至れり尽くせりにしてあげますよ」
バーナビーはひょいとタブレット端末を取り上げて片目を瞑って見せた。
「そいつなに」
お前のじゃねえよな、と興味津々の顔で見上げてきた虎徹に「さっき気付いたここのホテルの付属品なんですけど」と青年は言った。
「なんと、これでコンシェルジュに買い物を頼むことが出来るんですよ」
操作しながらどうだと言わんばかりの顔でバーナビーが指を振った。
「ここキッチンが付いてるでしょう。そのためらしくて、野菜とかパンとか卵とかオーダー出来るんです」
「おおおおお」
「普通のモーニングサービスも頼めますけど、せっかくなので、この、バーナビーブルックスJr.が! 腕を振るって差し上げようというわけです」
どうだと言わんばかりの顔で、シュテルンビルトの王子は笑顔を決めた。虎徹が声を立てて笑う。
「すげえな! 完璧だ」
「でしょう」
「うんうん」
やっといつもの元気が出て来たのか、虎徹は身をおこして青年が弄っているタブレットを覗き込んだ。
「おおすげえ。調味料もこんなにあるぜ」
「これだけあったらチャーハンもいけますね」
「いやあさすがに明日の朝は別のもんがいい」
顔を見合わせて笑う。
「何にします? エッグベネディクトも作れますよ。あれ気に入ってたでしょう」
ううん、と虎徹はタブレットの画面を見て、そこに並んだ画像リストに感心する。ちょっとしたスーパーマーケットだ。というか、まさにどこかの店と提携しているのだろう。
「ポトフでもいいですし、パンケーキでも」
バーナビーの料理のレパートリーは日々着実に増えている。最初は目玉焼きすら面倒がって焼かなかったのに、随分な進歩だ。虎徹はしみじみと感慨深く青年の顔を見た。
「……ほんとに至れり尽くせりだなバニー」
「そりゃあ」
タブレットから目を上げて青年が笑んだ。
「まあ、これはつまり殊勲賞です。バーナビーから、大活躍した相棒のタイガーさんへ」
虎徹が目を瞠る。
「僕が腹を立てていたのは、本当は自分にです。腹を立てるというか、悔しかったというか。別行動だったせいで、あなたと一緒に事件にあたれませんでしたから」
バーナビーは肩を竦めた。
「まあそんなこと言ったって仕方がないんですけどね。だから気にしないでください虎徹さん」
「……おう」
照れ臭そうに虎徹は鼻先を掻いた。
タブレットに目を戻したバーナビーは「あ」と指さした。
「これ。虎徹さんの好きなメーカーのソーセージがありますよ。これ食べませんか」
「お、いいね」
カートに入れながら、青年が言った。
「焼きますか?」
いやあ、と虎徹が笑って片手をあげる。
「ボイル希望で!」
バーナビーは噴き出した。
「なるほど」
じゃあ明日は全部茹でるメニューで揃えておきますと楽しそうに言う青年に、虎徹は目を細めた。
視線が合う。
バーナビーが眼鏡を外したのを合図に、二人は柔らかく啄むようなキスを交わした。
end.
|
春コミの無配でした。<br />南田さんのカマーバンドバディ絵+「口移し」「手料理を振舞う」「メガネを外す」「後頭部にキス」の4つのお題から出来たお話。<br />出来上がってる兎虎です。
|
【兎虎】コンクパール
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6544896#1
| true |
次男が手をあげる、ということは。
松野家次男、松野カラ松は弟たちに決して暴力を振るうことはない。
けれど、それが長男、唯一の兄に対してならば拳骨も辞さないという。
それが年の変わる兄弟ならともかく、同じ年の6つ子でも適応されているというのだから、長男であるおそ松は不公平を感じないわけでもない。
しかしそれが次男の次男たる意識の元で無意識かどうかはともかく、真っ当に作用しているからこそ、だとすれば邪魔するわけにもいかないというのだから、長男というものはなんとまあ損な生き物だろうか。
だが上に他に兄のいない次男が甘える一つの方法だと理解していると悪い気もしないかな、なんていう気持ちになることも含めて、長男の長男たる意識というのも都合がいいものである。
四男の一松をはじめカラ松がどれど理不尽な暴力をふるわれても、笑って許せるのはやはりきっと兄に対する暴力は甘えの一つとして考えてるからこそ、なんではないかなーたぶんそうだよなあ。なんておそ松は確信に近くそう思っていた。
そんな長男であるおそ松に関しては、そのところ特に気にしてなんていたらやられ放題だなんて、ある意味平等に弟たちに手をあげることについては抵抗がない。次男と比べると不思議とクズみが出るが、そうはいっても同じ年の6つ子である。
次男の甘え(兄弟暴力事情)について頭の中でまとめていたおそ松は、とりあえず読んでいた雑誌を床に放った。少し前までソファで雑誌を仰向けになって読んでいたおそ松は、目をそろりと上に向ける。
「……カラ松ー? 結構怖いんだけど……なんなの?」
現在の状況は、ソファの上でおそ松が横になって雑誌を読んでいたところに、カラ松が影を作った、簡単に言えばそれだけだ。
ただ、カラ松が無言でしかも見たこともないような表情で、ソファの背もたれに置いた片手を軸に結構近くまで近づいてきているというのだから、おそ松は平静を装いながらも心で怯えた。お前今人殺せそうな眼力だよ? 頼むからせめていつものクソグラサンしてよ! なんて茶化せもできない顔だ。
常にないカラ松の状態に、おそ松は次男は今、キレていると結論付けていた。だからこその冒頭である。
だが殴ってくる、というのが次男の甘えだろうとなんだろうと、痛いものは痛い。カラ松は力がほかの兄弟よりも強いから尚更である。
しかもカラ松はイタさはともかくとして怒る内容は真っ当であるからして、それを避けるのも難しい。これが心当たりがないなら良いが、おそ松は構ってもらいたい系ニート長男クズである。しかも誰もが認めるトラブルメーカーであり迷惑製造機だ。心当たりならある。むしろないことが無い。
カラ松が怒り心頭なのはあれかこれかそれか全部か。もうここまで来れば拳骨といわず首を差し出せなんて言われても仕方のないほどには心当たりがあるものだから、この逃げられない状態に恐怖している。
マウントとられんのはやっぱこええよ! せめてさらっと殴るか不意打ちにしてくれ! なんて思うも、カラ松はいまだ喋らない。
これは、もう爆発寸前かそれとも爆発中なのか。ここまでため込む前に少しずつ小爆発しといてくれよなんて心で責任を転嫁する。ここまできても反省という文字がないのがクズたる所以か。
このままでいるのは地獄すぎる。おそ松は腹をくくった。せめて、早く済ませてもらおう。
ちゃんと理由を聞いて、ちゃんと謝れば、多少は手加減をしてもらえるかもしれない。座れれば良かったが、カラ松の爆発フェイスが怖すぎて動くというアクションがとれない。兄として情けないがホントに怖かったのである。多少の涙目と震えは許してほしい。
「なあ、カラ松……ちゃんと、ちゃんと言ってくれなきゃさ、俺わかんねぇよ」
ピクリと、カラ松が反応したのがわかる。カラ松の目が揺れた。
おそ松は腹をくくったなんて考えていたが、正直殴られたいかと問われればそんなわけがない。理由を聞いて説得でも謝罪でも弟たちへ罪の擦り付けでも、何かできることがないかを必死に探す。
そんなクソニート(クズ長男)は、目の前のクソニート(イタ次男)に懇願するように目を向ける。
「おっ、お前がこんな、追いつめられるまで、我慢させて悪かったと思ってる! 俺、ちゃんと応えたいって思ってるから! だから、ちゃんと、言ってほしい」
その言葉に次男が動いた。びくりと体がはねたおそ松は、その動く手(恐怖)を受け入れるしかない。
ソファを握っていた手を、腕を握られる。その手が、熱くて痛かった。いだだだだだっ!! 力入れすぎいっ!! なんて思うも罪人にできることは断罪を待つのみである。断罪者は叫んだ。
「応えるなんて、思ってもいないくせにっ! 俺の気持ちなんて、おそ松は何もわかってないだろう!? 適当なことを言うな!!」
うわあああ、カラ松、イタさ抜けてるよおおお!! これ俺死んだ、死ぬ、たぶん絶対的に死ぬっ!!
応えようと思っていないのも、気持ちがわかってないのも、適当なことを言っているのも、真実すべてそのままその通りである。にべもない。土下座? いやでももう土下座でも許される気がしない。
もうこれは、ひたすら真摯に、……原因はわからないけど本気で反省しているフリを貫き通すことにした。すでに真摯という言葉からほど遠いが、まだ死にたくない。ここで仰る通りで、なんて言えればクズでニートなんかしていない。
「カラ松。カラ松。ごめんなあ。俺がバカだから………悪い。ちゃんと応える。ちゃんと、お前にここまでさせたことを償うからさぁ。頼む。ちゃんと言ってくれ」
ちゃんと謝罪で応えて償うから勘弁して!! もーほんとうちの次男怖い!! 俺そろそろ腕折れちゃうって! アバラじゃなくて今度は腕折られる!!
恐怖に常に涙目だが、おそ松はひたすら懺悔する。カラ松は歯を食いしばったかと思うとさらにおそ松との距離を縮めて、叫んだ。
「駄目なんだっ! 俺、もう限界でっ!! ずっと隠していけるって思ってたのに! ……どうしたら、どうすればいいんだ。俺、こんな、おそ松にぶつける気なんか無かったのに!」
うわああなんか年月の長そうな恨みきたーーー! 最近じゃないんだね? 学生んとき?
お前のふりしてガチ(男)なヤツに気のある素振りを見せたことか!? お前のふりしてお前の後輩(女の子)に「男にしか興味がないんだ」って言ったこと!? お前のふりして屋上からソッチの噂がある教師に愛を叫んだヤツか!? 今更バレたの!? 掘られかけたのまだ根にもってる!?
でも年月長く恨まれてそうなのはこの辺だよな!? よしこれに違いない!!
おそ松は普段使わない脳ミソをフル活用してアタリをつけた。これは、謝っても許してもらえないやつ!! 判断は早く、おそ松は謝って許してもらうことをあきらめた。
「うん……分かったよ、カラ松。お前の言いたいこと。ぶつけりゃいいじゃん、我慢しなくて、いいよ」
頷いて、カラ松に笑いかける。お前ホントに優しいな。今更でもそんなんされてたって知ったら俺だったら兄弟関わらず魚の餌にするけど、お前は恨みをちゃんと我慢してくれてたんだな。
仕方ない! お前の恨み、俺が受け止めてやんよ! おそ松は常にないお兄ちゃんパワーを心の内に溜め、広い心でカラ松を受け止めることを決意した。だが仕方ないわけもない。自業自得である。
カラ松は信じられないような目で、おそ松を見た。少しだけ弱まった手の力に、おそ松はふっと息を吐く。ちょっと捕まれたとこから手の色変わってんだけど!? 血止めるのやめてえー!
「本当に、おそ松は本当にいいのか。俺は、今にもお前に、お前に手を出してしまいそうなんだぞ! 嫌だろう!? なら、逃げろよ!」
逃げてえよ! なんて言わない。明日の朝まで逃げて許されるなら逃げるわ! でも寝たらお前がちょっと落ち着いてくれるのかも知れないけど、またこんなことあるんだよね!? もうここで爆発されてた方がましだよ! 手を出したいなんて暴力予告なんてわざわざ言われなくてもわかってるから! こえぇよ!
おそ松は捕まれていなかった方の手を、痛いほどに力を入れられているカラ松の手に当てた。
「逃げねえよ。ほんとお前は優しいよね。でも、これ以上お前に我慢して欲しくないからさ。それに俺も……このままはやだなって、思ってる」
へらりとおそ松は笑って見せた。カラ松の手が、
「ただいまー」
バッといいそうな勢いで離れた。
女神か悪魔か判断はつかないが、カラ松はマジギレの一方的な暴力を弟に見せる気はないらしい。おそ松はそう思って、とりあえず今殴られないという目先の救いに安堵する。やっぱり、どれだけ覚悟しようが殴られたくはない。
「あれ、カラ松とおそ松兄さんいたんだ。うわっ、カラ松なにその顔!! 3人くらい殺してきた後みたいだけど!?」
「……なんでもないぜ、ブラザー」
カラ松は先ほどの会話をほかの兄弟に見せるつもりはないようだ。だが会話は打ち切られたが、カラ松の凶悪な顔はそのままだった。
「いやいやいや、あるだろ! おそ松兄さん、なにやらかしたんだよ!!」
犯人は決定しているらしい。慧眼である。
「なんでもねえよ。チョロ松。それよりさあーお兄ちゃん暇なんだよねえー遊んでくれるだろ?」
帰ってきた弟、女神だか悪魔だかの三男チョロ松が、心底嫌そうな顔をする。
とりあえず無理をすることの少ないストレスフリーなニートという環境において、カラ松からの恐怖はおそ松に多大な負担をもたらしたらしい。日常が恋しくて、つい普段通りのチョロ松に絡みたくなる。
「カラ松にっ、いや、なんでもない。僕仕事情報誌読むから、やめてくれる?」
カラ松に遊んでもらえよ! と続けるつもりだったかチョロ松は、かの顔を思いだし、やめた。チョロ松の空気を読むスキルは間違っていない。カラ松はすでに鏡を手にしていた。
「ええー、構えよおーチョロちゃーん。お兄ちゃん寂しくて死んじゃうよ!!」
「死んでくれた方が世の中のためだわ!! やめろって邪魔すんなクソ長男!!」
「ケチかよチョロシコ自家発電スキー!!」
「殺すぞ!! 抱きつくなクソうぜえ!!」
恐怖から一瞬でも解放されたおそ松は、ただ人肌を求めた。座って雑誌を開こうとするチョロ松の他より細い腰に後ろから抱きつく。しかし、恐怖は続くものらしい。
ガンッ、と。音が響いた。
次男が壁を叩いた音。チョロ松とおそ松は震え上がった。
「あ、あの、カラ、カラ松、さん?」
「ど、どどどうしたの、カラ松兄さん! あ、僕ら下降りとこうか? 機嫌、悪そうだ、し」
いつもあまりつけない兄さんという敬称をつけるチョロ松は、尻すぼみな声でカラ松を伺った。こんなカラ松見たことない、というのを後日チョロ松は語る。
「いや、いい。俺が降りるよ。仲良くしてろよ、な? おそ松」
指名されたのは間違いなく長男だった。やっぱりお前のせいかおそ松ぅーーーー!!! なんてのを今ここで叫ぶことを、とても空気の読めるチョロ松はしない。ただ、カラ松が襖をドォンなんて音をさせて閉めた後には、もちろん叫んだ。
おそ松は、やっぱり涙目で、
「チョロ松……やっぱ俺、殺されるかも知れない」
「頼むから僕に迷惑かけずに殺されてくれよ!!!」
なんて弟だ!!!
おそ松六つ子でクズな兄弟というのに、心から嫌気がさした。チョロ松もしかし、同じ気持ちである。ああ、六つ子の神秘。
それから夜にかけるまで。おそ松は震えながらカラ松を見ていた。カラ松はひたすら鏡を見ていて、晩御飯も無言で食べた。普段なら弄られ役の多いカラ松は家族カーストでは下に位置するが、このときばかりは違う。なんせ目付きが悪すぎた。
その剣呑さに一松すら触れず、来てくれるなと思ってカタチだけ誘った銭湯にこないとカラ松が返答するまでの時間はそれはそれは各々に長く感じさせた。
銭湯では、全員がおそ松に洗面器を投げつけた。おそ松は世界を恨んだ。誰も味方がいない。
全員が殺されてこい、とおそ松に言った。おそ松は生まれ変わりたいと真剣に望んだ。次はどれだけクズでもかわいがられるような存在になりたい。レッサーパンダとか、いいね。遠い目をして来世を考える。
とにかく、あの爆発物を取り除け。肩を揺さぶられ、川辺と手をふる人影を見た気のするおそ松は、それだけ約束させられた。
1人千円ずつ、このクソな弟たちからカンパが出たとき全員の本気と、生け贄となる自分の深刻さを思い知らされた。なんだこの地獄。
次男を怒らせるべきでない、というのを真剣に学んだ、20代。
そうして、家に戻ると、素早く弟たちが次男の位置を確認する。次男が居間にいるとわかると、おそ松を置いて素早く二階に上がっていった。居間におそ松を蹴りだすことも忘れずに。兄弟とは、兄とは、弟とは。絆って、家族って。そろそろ悟りが開けそうだ。
だが、おそ松も一度くくった腹だ。多少くくり方が弛いが、なんせもう後がない。逃げたところで今度は弟たちから縛り首にされる未来しか見えない。
前と後ろの2面どころか5面囲まれているのだ。これだから六つ子は5人の敵だってんだ。おそ松は自分の身の上に涙する。
「カ、カラ松」
カラ松の背中に、声をかける。返答はない。ああ、昼のうちに怒られておけば。悔やんでも遅い。やっぱりあのときのチョロ松は、女神でもなんでもなく悪魔だったのだ。
「カラ松ぅ、お願い! 俺と一緒に……きて、ほしい」
ちょっと涙声じゃなかった自信がない。足が震えている。
おそ松のプライドをかなぐり捨てた声にカラ松は低い声を出した。
「……どこに」
どこ。とりあえずお前(爆発物)を出せって言われてるから外だよ! それ以上考えてなかったよ! どこ、どこ、どこ!!?
「…………ふたりに、なれるとこ」
ゴン! と、カラ松の頭が机とぶつかる音がしておそ松は今日のカラ松の異常性を再認識する。今日のカラ松怖すぎる! 確信したおそ松は今からの長い時間を想像して、自分の肩を抱いた。
居酒屋、は二人になれない。多分殴られる(しかも一方的に)ことを思うと通報されるかもしれないからアウト。カラオケも考えたが、それもきっと防犯カメラで通報される。この寒いのに外なんかにしたら俺はきっと間違いなく殺される。そうでなくても殺されそうなのに!
このときのおそ松は、とにかく恐怖でいっぱいだった。だから、というわけではないが。
「……ここでも、いい?」
指したのは、ラブホ。
防音で二人になれて、なおかつ興味という意識に反らされてカラ松の怒りが薄くなるかもしれないという算段もあった。新品の自分も興味がある、とはいっても、弟と入るなんて、それなんて罰ゲーム? という感じではあるが。
カンパを越える出費に財布と心は痛むが、今日ばかりは仕方がないと意を決した。
「……何を考えてるんだ、おそ松! いいわけないだろう!?」
ですよね! 次男の叫びに心から同意する。
そりゃそうだ。兄弟で誘われて意気揚々と入るわけがない。が、しかし。だが、しかし。
代替案が浮かぶか? 浮かばないね! じゃあ仕方ないじゃん!! 頭のなかでおそ松は逆ギレする。でも表にはださない。こわいもん。
すがるように、カラ松の手首を握った。
「……だって」
ミジンコみたいな声が出た。だってなんだ!! 俺なんて続けんの!?
なんて続けたらラブホいこ(はーと)ってなんの!? 俺だって狂ってるって思ってるよ!! お前に殴られるならここが良いかなって思ってって!? 病院行きだわ!!
「昼の、続き、あるじゃん」
カラ松の手首を少しだけ引っ張る。頼むよ! ほんと、もう終わらせよ!? お前のその大爆発、終わらせよ!?
「……わかっ、た」
え!? いいの!? お前ほんとサイコパス!!(誉め言葉)
予想外の言葉に、カラ松を見つめる。顔を真っ赤にしたカラ松は、おそ松に握られた 手首をほどき、手を繋ぐようにした。あ、そりゃお前ピュアだもんな。イタいいつもの仮面脱いだらピュアだもんな。恥ずかしいからお兄ちゃんと手を繋いで中入りたいよねこわいよね、新品だもの。きっといまのおそ松の心のヒットポイントは3かそこらだ。瀕死。
受付の部屋選びが自動販売機みたいな感じの無人タイプで心底安心して部屋に向かう。だが途中カップルと入れ違って、ヒェッ!? と小さく声を上げられた。そうだよね。おんなじ顔の同性でここにいるとか、幽霊よりよっぽど怖いよね!! ごめんね! 爆発しろ!
謝罪と呪いを同時にかけて、部屋(死刑場)に入った。安いだけあって、あまり感動もない、そこそこな部屋だった。しいていうならこんな部屋AVで見たことあるーみたいなくらいだ。
人生初のラブホを、こんな気持ちで入るなんて、昔の俺はどう思うだろうか。いつかボンキュッボンなお姉様に、なんて希望に満ちた夢は、夢でしかなかったのか。隣の顔を見る。はい、夢夢。夢でしたー。
え、こっからどうしよう。これが男女の事なら話は早いが、まず相手は弟だし目的は殴られるためである。話は早いどころか迷走している。
恐ろしいことにまだ手は繋がれている。なんだこれ、どうしてこうなった。
「……カラ松。まだ、怒ってる?」
まあ怒ってないわけないよね! なんて思うもキレたカラ松の顔が怖すぎたので、二人というだけで震えられる。おそ松としてはできることならいつもの優しいカラ松に戻ってほしいという気持ちであった。
「怒って……はいた。だって、昼にあんなことを言っておきながら、おそ松はすぐいつも通りでチョロ松に抱き着いたじゃないか。情けないとは思うさ。だがやはりああいうのは、嫌だった」
そうだよね、ちゃんと話終わってないキレているのに、キレさせている張本人がヘラヘラして弟に絡みにいくなんて怒ってるお前からしたらそりゃあむかつくよね! 確かに俺が悪い。でもさ!
「悪いとは思ってんよ? でもちょっとはしょうがなくね? 俺もういっぱいいっぱいだったんだもん! 心臓だってバクバクで――」
静かに反省した風を装えばいいものを、クズの頂点たる長男は反抗する。
だがそのささやかな反抗は、やはりカラ松の鋭い目つきと行動であえなく鎮火させられた。
「おそ松! おそ松は、俺はお前のハートを撃ち抜けているのか……? 俺は、お前のハートがほしい」
肩を抱かれ、カラ松が真っ直ぐにおそ松を見つめた。常にはまだ程遠いが多少イタさが戻ったカラ松に安心、できない! なに、お前俺の心臓狙ってんの!? こわい! 怖いよお! そんなに怒り狂ってんの!? 頼むから落ち着いて! 殴られるくらいなら耐えるからお願いだから殺すまではしないで!!
「……カラ松」
頼む、殺さないで! そんな切実な願いを目に込める。
強く肩をつかまれている。またしても死ぬほど痛い。すこし後ずさりすれば、そんなに広さのない部屋でのことだ、柔らかいベッドがあって、体制を崩してそこにゆっくりと倒れこんでしまった。
「おそ松……」
肩もげるぅぅぅ!! もうここまでキレられてるなら俺はすべてを受け入れよう。カラ松の甘えである暴力を受けれるよ俺! 甘えの暴力ってなんだよ! もう意味わかんねえ!!
「カラ松……いいよ?」
殴って。もういいよ! 殴れよ! もったいぶってるからこんなことになってんだよ! 一思いに殴ってくれ!
「なっ!? お、おおおそ松! 身体は大事にしろ!」
今になってもそんなことをいうカラ松におそ松は思わず笑ってしまった。
お前がそれをいうか! 優しさなのドSなの!? もう、お前だって殴るのを止めれないだろ!
「お前にずっと、我慢させてきたって、知ってんだよ。俺だって、もうすっげえ覚悟してきてんだよ。俺だってもう、引き下がれないからね! だから」
マウントポジションで殴られるのなんて何年ぶりだろうなあ……怖いけど、いつもと違うカラ松の目つきと態度のほうが数倍怖い!
それに前に誘拐されたときとか、コイツもぼろぼろにされたからなあ。いや俺も主犯の一人だけどね! そのあたりの報復もかねてるのだろうし我慢もしてただろうから、お兄ちゃんは次男の甘え(暴力)を、受け入れてやろう。
「俺の事、好きにしていいよ?」
いだああああっ! お前これ以上握力あがんの!? 化け物かよゴリラかよ! 俺の弟は人間じゃなかった!
カラ松は何かを決意したような顔でおそ松を見る。憑き物が落ちたかのようなその顔は、ただ赤さを残している。カラ松の目には、もうおそ松しか見えていない。
「俺の気持ちは、重いぞ」
うん! 知ってる!! 長く積もった怒りだもんな!!
「痛いもやめても、きっと聞けない」
わかってたけど、それお兄ちゃん聞きたくなかったなあ!!
「いいよ。聞かないで。カラ松がいいなら、俺もいいんだよ」
また握力が上がった。もうこれ俺の手動かなくなんない? 実はもう報復は始まってんの!?
「あ、でも、ほんとに勝手だとは思うよ? 無視してくれていいよ。でも、けどさ、」
願ってみるだけならいいかな!? いいよね!?
渾身の願いを込めて、気持ちをこめて、おそ松はカラ松にお願いをした。
「優しく、してね?」
さよなら俺のハンサムフェイス!
おんなじ顔が、すぐ目の前で大きく喉を鳴らした。
|
カラおそ(付き合ってない)の長男が、<br />言う気のなかった次男の本音を無理やり言わせて、<br />嫉妬もさせて、<br />ついにはラブホにまで連れ込む話。<br /><br />※カラ松が痛い言葉をほぼ喋りません<br /> 長男がとても、バカ<br /><br />―――3/18追記―――<br /><br />誤字修正しました。<br /><br />閲覧、ブックマーク、タグ付け、コメント本当にありがとうございます。<br />笑って頂けたなら本当に嬉しいです。<br />完全に一発ネタのつもりだったので、続きなんて一切考えていなかったのですが、望んで頂けたので無い頭ひねろうと思います。<br />閲覧頂き、本当にありがとうございました。
|
魔性の兄(笑)
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6545718#1
| true |
こちらは
・刀剣乱舞二次創作
・[[jumpuri:敗因:≫≫圧倒的情報不足≪≪ > http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6538810]]の続き
・鶴丸国永成り代わり(刀剣男士の知識無し)
・中身女性(男になった事?全く気にしてません)
・SAN値を削っていきたいだけの小説
・しかしシリアス。完全なるシリアス。むしろ私がシリアスってることに驚いて欲しい
とりあえず何でも許せる方は>>>自己責任<<<の元、お進み下さい
[newpage]
[chapter:其の四:孤独]
平野君は「主様に報告に行かなければなりません……少々席を外しますね」と部屋を出ていってしまった。話し相手は他に頼みますから、と言っていたので暫く待っていると、
「こんにちは〜!」
と、高い声がして一人部屋に入ってきた。ふわっと甘色の髪が風に揺れる。
「え……」
「乱藤四郎だよ!初めまして!!平野にお相手頼まれちゃった!暫くよろしくね」
「乱、藤四郎……?」
「ふふふ、そぉですっ!!あっ、薬研や平野と兄弟だよ?」
何人彼ら兄弟はいるのだろう。それよりも、確認しなければ気が済まない事がある。
「そう、か。ところで君は……男、だよな?」
キョトンとした少女めいた顔立ちの相手はくすくす笑いながら頷いた。
「もっちろん!ボクは刀剣男士。当然、男の子だよ」
付喪神である刀剣男士。男のみだと平野君から聞いてはいたものの、目の前の乱藤四郎は格好や顔立ち、また仕草も全て少女にしか見えない。だが、そうでないというならそうなのだろう。
「それは失礼した。あまりにも愛らしい顔立ちだから、判断に迷ってしまった」
返すと、パッと頬に赤が差す。
「えへへっ、有難う。鶴丸さんもすっごく綺麗だね」
照れて笑う姿も可愛らしい。少しばかり和む。だが褒め言葉には曖昧に笑うだけで済ませた。
この姿になってから一度も顔を見たことはない。会う人会う人皆、整った顔立ちばかりのため、綺麗と言われてもお世辞として受け取る事が精一杯だ。
「一週間もすまんな。こんな男一人、寝たきりで面倒だったろう」
「……そんなことないよ!むしろボクら、すっごく心配してたんだよ!!主さんもみーんな!」
「……主さん、か」
感謝を伝える必要がある。折れたら死ぬことと同じ。なら、こうして彼らと言葉を交わしているのは怪我をした私を連れて帰り、また手入れをここの審神者さんがしてくれたからだ。
「……っ、鶴丸さん」
「ん?どうかしたか?」
「…………その、ね。ボク、鶴丸さんのお話が聞きたいなって!あ、勿論嫌なら言わなくていいよ!」
慌てた様子で言う乱君は伺うようにこちらを見る。
だが返せる言葉が見つからない。何を話したらいいのだろうか。
ここまで誰かと話した経験は片手で足りる程しかない。話題が見つからなかった。
「すまん、何を話せばいい?話すのはあまり得意じゃないんだが」
平野君とは話したというより、情報収集だ。普通の会話は久しくしていない。
「あっ、えっと……あ、そうだ!鶴丸さんの元の本丸には誰がいたの?いち兄いた?」
「いちにい?」
「あっ、その反応だといなかったんだね!いち兄っていうのは、ボクらの兄!藤四郎の唯一の太刀で、一期一振って名前でね」
藤四郎兄弟がまた一人増えた。多い。覚えられるのだろうか。だが、楽しげに他の一期一振の話をする乱は微笑ましい。他の兄弟の話も乱君は非常に楽しげだ。
「…………乱君は兄弟が好きなんだな」
「……!う、うん!大好きだよ」
「俺は一人だから分かるが……兄弟の事、大切にしろよ」
パチパチと大きな瞳が瞬きを繰り返す。
前世───もう前世ということにした───で、私は一人だった。お手伝いさん以外、私と接するのは親や教師のみ。妹や弟、もしくは兄や姉が欲しいと思ったことは幾度もある。
この世界でもまた、私は一人だ。今世の私には両親などいない。だから当然、兄弟もおらず……一人だ。
「君はそれだけ兄弟が沢山いるから分からないだろうが、一人は中々寂しい」
ここに来て、久し振りに誰かと言葉を交わして思う。
「兄弟が多いのは良いものさ。全員がそれぞれ違っていても切れない縁がある。どれ程自分が変わっていても、受け入れて貰える安心感は何よりも代え難いからなあ……怯えなくてすむ」
足が動かない、というのは非常に分かりやすい相違点だった。家族も教師もお手伝いさんも皆優しい。だが彼らから貰っていたのは、春雨のような鈍色の優しさ。
可哀想、気の毒にというもの。
両親に愛されていたとは自信を持って言えるが、息苦しかったのも事実だ。
(下の兄弟は弟だったのでしょうか。妹だったのでしょうか)
幾つか年下の兄弟がいることを私は知っていた。誰にも知らされず、けれど何気無く交わされる会話の中で私はそのことを察していた。健康体で何の不自由なく、走り回る兄弟がいる事を。出来れば教えて欲しかったが、それを言うには自分の状況が許さなかった。無邪気に聞くには、大人になり過ぎていた。
優しさと残酷さは同じだと何処かの本に書いてあった。そしてそれは事実だ。
いつ非生産的な私の世話をする面倒さが家族の愛に勝るのかと思うことも多かった。金ばかり食うのだから。
だが乱君はそんな家族愛を築いていない。僅かな話だけでもよく分かる。優しさに溢れた彼らは、見ず知らずの私の世話を一週間もしてしまう彼らは、一般的な人間の家族のように、大切な家族を当たり前だと思って蔑ろにする心配などないだろう。
それは分かっている。それでも、言いたくなったのは。
私が彼らの関係を羨んだからかもしれない。
「俺はずっと一人だからそうでもないが、あったものが無くなるのは辛いぞ」
大切にな、と言うと乱君は俯いて小さく「……うん」と頷いた。
[newpage]
[chapter:其の五:会話]
乱君はそれからあまり話さず、そして私もどう会話を続けたらいいか分からず、結局前田藤四郎という新たな藤四郎兄弟が呼びに来るまで二人してずっと無言でいた。
「前田藤四郎と申します。そこの乱と兄弟です」
「君も藤四郎か。どんだけ兄弟がいるんだ、君達」
「中々多いですよ。粟田口は。かなりの数をお作りになりましたから。けれど、この本丸にはいち兄もいませんし、他にもいない物も多いですから全員が揃うにはまだまだ時間がかかりますね」
まだいるのか、と驚く。覚えられるのか益々不安になってくる。だが近々出て行かなければならないだろう私だ。部外者の私がいつまでもここにいるわけにもいかない。ならば出会った者達のみ、覚えていればいいのか。それでも多いが、まだいない者達を覚える必要がないだけよい。
「藤四郎は短刀が多いと聞いたぜ?なら君らの様に小さな子供が多いのかい?」
これだけしっかりした子供ばかりだと大人に値する私は立つ瀬がない。大人に数えられる"いち兄"さんも、まさかしっかり者なのだろうか。
もしそうならば、粟田口を作った者は素晴らしい刀工だったのだろう。
「はい!そうですよ。短刀は皆この姿ですね」
「……そうか」
しっかりと前を向いて案内をしてくれる前田君は微笑ましく、また頼りになる。平野君と似た物を感じる頼もしさだ。そこで、はたと思い出す。彼らとは違った意味で非常に頼もしそうな薬研さんと学ランとスーツの青年達はどうなったのだろうか。
「そういえば、薬研君と他に二人ほど俺の元に来たが彼らはどうなったか知っているか?」
「えっ、誰?短刀?」
ずっと黙っていた乱君が会話に入ってきた。余程驚いたらしく、目が落ちそうな程に見開かれている。
「いや、短刀じゃないな。確か……くりから、と呼んでいたか」
と、思い出していえば乱君は眉を寄せて何か小さく呟いた。だがかなり小さく聞こえなかった。
「?どうかしたか?」
「ううん!なーんでもないっ!!それより、その二振りに何かされなかった?怖い思いとか……嫌なこと、されなかった?大丈夫だった?」
「少し驚いただけだ。むしろ、傷つけたのは俺の方だろうなあ」
平野君や乱君の話を聞いていて気づいたことがある。先程言った"いち兄"もそうだが、顕現されていない刀にも兄弟としての自覚があるようだということ。つまり刀剣としての記憶を彼らは持っている。しかし私は人としての記憶はあれど、腰に差している刀剣としての記憶は全くない。
話を聞いて納得した。
彼ら二人は多分この白き刀剣―――"鶴丸国永"の知己なのだろう。ただその記憶は私に受け継がれていない。この状況がどうしてなのか、それは全く分からない。魂にどういった過程か私の記憶が移ってしまったのか。はたまた、鶴丸国永本刀もまた心の何処かに眠っているだけという可能性もある。
どちらにせよ、今の私は私でしかない。
「鶴丸様が?」
「俺には刀剣時代の記憶がないのさ。あの二人は刀剣時代の知り合いなんだろう。それを知らずに自己紹介をしてしまった。だから、傷つけたのは俺の方なのさ」
刀剣の記憶があるのは当然のようだった。つまり、彼らは当然私にも記憶がある、親しく出来ると考えていた筈だ。それがあの態度となると、仕方なかったとはいえ酷い対応をしてしまったと後悔する。
「……っ、えっと、あっ、そうだ!前田、何か用事があったんじゃないの?」
「……っ、あ、そうです!!あの、病み上がりで申し訳ないのですが……主君に会って頂けませんか?」
「主君、というと……君らの主殿か」
緊張の面持ちで前田君は私を見る。
「はあ!?話ってそれ!?早過ぎるよ!だって、鶴丸さんは今日目覚めたばっかりなんだよ!!?今はゆっくり休むべきだよ!!」
え、と間に入って来た乱君に視線を向ける。そこまで大事にされずとも、この身体は丈夫だ。今から会うくらいでも問題ない。
「もちろんです、乱。今日という訳ではありません。……けれど鶴丸様には心構えをして頂きたいのです。いつかは、会って頂かなければなりませんので」
性急で申し訳ありません、と頭を下げる前田君に戸惑う。
審神者さんには会おうと思っていた。感謝を伝える必要があるし、今後の話もしなければならないだろう。
「謝罪はいらないさ、前田君。勿論、君達の主殿には会おう。都合の良い日があればこちらから……といっても、足が動かないからなあ」
「「えっ?」」
「え?」
こちらから会いに行くには車椅子がなければ無理だろう。だが、それを一時的にお世話になっているだけの身分で用意してもらうわけにはいかない。
そういった意味で続けたのだが、何故か前田君と乱君が泣きそうな顔になっている。視線が私の足に向かっている事に気づき、ああ、と合点がいった。
「足の事を平野君から聞かなかったのか?」
「……足、動かない、の?」
「手入れの不備でしょうか。主君は無事に終わったと仰られていましたが、気づかなかったのやも……」
「ああ、いやいや。顕現した時からだ。君らの主殿はきちんと対応してくれているし、不備もない。あれ程汚かった俺がこれ程綺麗になっているのだからな。安心するといい」
「「えっ」」
「え?」
またしても聞きかえされ、私は心底困った。彼らの主さんは悪くない、という意図を伝えたはずなのだが、この二人の顔色は悪いままである。むしろ悪化している気がするのは日が傾きかけてきたからだと思いたい。
「すまん、言葉が足りなかったな。いざとなれば俺も動く方法はある。何、そんなに心配するな。どうとでもなるさ」
───申し訳ありません。主さんのお手を煩わせることない方法は幾らでもありますから、お気になさらないでください
匍匐前進で朝から進めば夕方には主さんの元に行けるだろう。
二人は互いに顔を見合わせた。私はというと、それをどきどきしながら見ているだけ。役に立たない。
「……大丈夫です、鶴丸さん。そう不安そうな顔をしないでください」
「大丈夫!太郎さんなら運んでくれるし!主さんを呼んでもいいし!ね!!」
太郎さん?
新たな名前に困惑したが、それより主さん本人に来てもらうのはあまりにも迷惑をかけすぎだ。
「え、いや、だが……ここまで世話になっているんだ。そう迷惑をかけるわけにはいかな」
「「そんなことないよ(ありません)!!!!」」
大丈夫大丈夫むしろ土下座するくらい主さんならやっちゃうし太郎さん優しいし力持ちだしそんなの気にしないでだからうん大丈夫大丈夫大丈夫ですからー!!と言うような事を矢継ぎ早に息継ぎなしで言われた。
だが、食事も必要なくお手洗いも必要ないという利点はあるが足が動かないために出陣する事は出来ない。つまり私の為に使用された大量の資源を補充出来ないのだ。更に部屋を悪戯に埋め、看病のために人員を割いている。なんと役立たずか。それなのに、移動手段に誰かを使ったり、また部屋に一番この空間で偉い主さんを呼びつけるのは失礼にも程があるだろう。
「審神者殿は忙しい身の上なのだろう?世話になっている身で呼びつけるようなことは……」
「問題ありません!会って頂けるなら、こちらで主君や他の皆とも相談して日程を調節致します」
キリッとした顔で前田君が言う。
「そうだよ〜!!主さん、足の悪い鶴丸さんに無理させるような酷い人じゃないからっっ!!!……って、鶴丸さんは人間嫌いだったりする?もしくは男の人とか……だったら、ボクも強く言わないけど……」
初めに主さんがいい人だと主張し、次に私の心配をする乱君。しかも、しゅんとしながら上目遣いである。成る程、私理解した。これが"あざとい"と言うことか。
とりあえず、乱君を安心させよう。
「人間や男が嫌いということはないな。むしろ、今までこれだけ誰かと話した事がないからなあ。ははっ、だから今日は目覚めてからずっと中々に刺激的で楽しいぜ」
「「…………っっ!!!」」
自分の気持ちを話す。確かに初対面の相手と話をするのはそれなりに気疲れはする。しかし誰かと相対することさえ久々なのだ。元々話す事が嫌いではなく、交流するのも好きだった。一人が嫌いな訳ではないが、目覚めてからずっと誰かと話をする楽しさはまた格別だ。
そこで、人の気配がして顔を上げる。
「……やあ、少しいいかい?」
障子の向こうに影が差した。
用事がある、と声をかけて来た人物は障子を開けることなく前田君と乱君を呼んだ。二人は顔を見合わせ「あの、何かあれば叫んで下さい」「すぐ駆けつけるからね!!!」と真剣な顔で私に言い聞かせて出て行った。
ちらりと開いた障子から見えた相手は派手な衣装を着ていた。
(私もまたあまり人の事は言えませんが……)
自身の服装を見て、自嘲する。今日聞いたところでは同位体という私とそっくりそのまま同じ姿の物が数多くいるのだそうだ。世界に三人そっくりな自分がいる、そんなレベルではない。
本霊と呼ばれる本刀の分霊を非常にそっくりな特殊な模造刀に審神者が降霊する。その一振りが私。
そして、私のこの姿の元となった本霊が"鶴丸国永"である。
真っ白い装束が特徴で楽しいことが好きな性格だと平野君から聞いていた。この白い姿が何人もいるというのは中々にホラーではないだろうか。何処にも紛れられない衣装だと思うが、違うのだろうか。白過ぎてむしろ目立たない現象が起きているのかもしれない。
そこまで考えた時、ぐらんと視界が暗くなる。
「…………ん」
眠い。
落ちるように布団へ横になる。もぞもぞと腕を使って布団に入り込んだ。あまりにも久しぶりに大量に話したから疲れたのかもしれない。
食事や風呂に入らなくてもいいのなら、以前より相手へ負担をかける量は少ない。その点は素晴らしいですね、と思いながら意識は暗闇へ誘われた。
[newpage]
[chapter:其の六:御膳]
「貴方に対して人間がしたこと、本当に恥ずかしく憤りを感じる。私の謝罪でどうにかなるわけではないが代表として謝らせて頂きたい。───申し訳なかった」
「───」
目の前にいるのは主さんだ。そして彼は何故か土下座をしている。誰にかといえば、私にだ。
(……な、何故?)
初めから思い出してみよう。
・
・
・
・
まず、今朝目が覚めた後の事だ。目が覚めて一瞬「ここは何所だったか」と記憶が混乱するものの、私はすぐに思い出して落ち着きを取り戻した。
「やあ、起きたんだね。おはよう」
すると部屋には既に別の刀剣男士がいた。薄紫色の髪を後ろに長く垂らした派手な美人だ。柔らかい声に私も驚いたものの、普通に返した。
「……こいつは驚いた。いつの間に入って来たんだ?」
───おはようございます。全く気付きませんでした
何故おはようが驚いたになるのか。欠点だろう。謎の翻訳に困惑した。
「さっきね。勝手に入られて気持ち悪かったかな。声はかけたんだけどまだ寝ていたからね」
「いや、構わない。知らない内に部屋の中に誰かが入っているのは慣れてるからな」
「……慣れてる?乱達からずっと一人だったと聞いたけど。違うのかい?」
不思議そうに首を傾げられたが、その切れ長の瞳は油断なくこちらを見ていた。
探られている、と感じる。
当然だろう。私は不審者だ。こんなにもここは優しい空気に満ちているが戦時中らしい。彼らの主に不確定要素を近づけたくない事は理解していた。
「ああ、今みたいに会っていたわけじゃない。俺が庭を散歩して帰ってきたら布団が整えられている、そんな具合さ。だから誰かが入ってくるのは慣れてる、そう言ったんだ」
掃除やベットメイキングは全て私がいない間に行われる。部屋にある間に庭の手入れや他の部屋の掃除。書庫の本や空気の入れ替え。
だから、部屋にプライバシーはあまりなかった。
「だが起きてすぐに誰かにおはようと言われるのは覚えてる限りじゃ初めてだ。ははっ、中々嬉しいものだな。驚きだ」
この翻訳。驚きだ、を言いすぎではないだろうか。私としては「ですが起きてすぐにおはようと挨拶されるというのはとても嬉しいですね」と言ったつもりだったのだが、余計な言葉がつき過ぎである。確かに覚えてる限り、殆ど初めてに近いがそれを言うと相手も気を遣うだろう。
「……そうか。それは光栄な初めてを俺は頂いたんだね。明日も挨拶に来よう」
「え……いや、それは迷惑だろう。いつ起きるかも分からないじゃないか」
「真作の俺には造作もないことさ。気にしないでくれよ」
朝日が差し込んだ室内でフッと笑った青年は非常に様になっていた。
「真作?」
「……これは失礼した。自己紹介が遅れてしまってすまない。俺は蜂須賀虎徹。君の足が動かないと聞いていたのでね。短刀だけでは君の補助が務まらないだろうと俺も今日、看病を担当することになったんだ」
といっても午前中までだが、と笑いかけられる。爽やかな笑顔は好感が持てる。だが内容は素直に喜べるものではなかった。
「そう、か。……それは申し訳ないな。蜂須賀君も予定があったんじゃないか?動く予定もない。予定があったならそっちを優先してくれていいんだぜ?ただの居候にここまで心を砕くなんて君らの主殿は本当に優しいな……君からでも伝えといてくれないか、感謝していた、と」
足が悪いという情報を聞いて直ぐに補助をつける優しさに申し訳なさが募る。出陣や遠征など昨日平野君に聞いただけだが大変そうだし、予定がある。急に予定変更になったのだろうから、不具合も起きそうだ。
「気にしなくていい。俺は畑当番をせずにすんだからね。むしろ感謝してるくらいだよ。歌仙なんか悔しがっていたくらいだからね」
「かせん?」
畑当番は嫌いなのだろうか。私はガーデニングを楽しんでいたのでむしろ興味がある。ただこの身体では畑仕事など出来るわけもなく、経験したことはない。
「───おや、僕の話かい?」
「あっ、起きたのか!おはよう!!」
二人、部屋に入ってきた。髪を短く刈り込んだ少年と派手な衣装の青年だ。青年には見覚えがあった。正確にはその衣装に、だ。眠る前に部屋に来た彼だ。
二人とも二つずつ、膳を運んでいた。少年の方は明るく挨拶をし、どっかと左側へ腰を降ろした。
「オレは厚藤四郎だ。よろしく!で!気分悪かったりしねぇか?」
藤四郎兄弟は優しいしっかり者。その仮説がまた一つ証明された。真っ先に体調を心配する気概と真っ直ぐさに感動すら覚える。
「ああ、問題ないさ。おはよう……ははっ、これは中々擽ったいものだなあ」
「え?」
きょとんとする厚君に首を振る。照れ隠しに笑ってしまったのが悪かった。だが先の事情を知る蜂須賀さんがフォローしてくれる。
「……彼は今まで誰かと挨拶を交わしたことがないそうだ。詳しくはまた後だ。さ、歌仙。君からも挨拶をしてくれよ」
「……そう。そういうことなら。おはよう、そして初めましてだね。僕は歌仙兼定。風流を愛する文系名刀さ。一応、ここでは一番の古参でね」
「歌仙は大将の初期刀なんだぜ!」
初期刀の話は聞いていた。初めて貰う刀のことだという。ならば本当に最古参、それも(会ったことはないが)温かく優しい気遣いの出来る主さんと二人三脚で支え合って来た刀ということだ。
「ああ。おはよう。こちらこそ、初めまして、鶴丸……国永という、らしい。すまん、俺の名前が分からなくてなあ。呼ばれていた名はあるんだが」
やはり自分の名前だという気がせず、曖昧な自己紹介となってしまった。三人の顔が顰められたので慌てて説明する。刀剣男士だとはすんなりと納得したというのに、不思議なことだ。
「呼ばれていた名?どんなのなんだい?良かったら教えて欲しいな」
蜂須賀さんが尋ねてきた。しかしそれは、まあまあと割って入った厚君に遮られる。
「それは食べながら聞こうぜ!オレ、お腹空いて仕方ねぇよー」
え、と驚きが口から漏れた。だが誰かに聞き咎められることはなく、持っていた膳を厚君から渡される。
膳にはご飯、味噌汁に焼き魚、更に和え物という典型的な和食が並べられていた。
「お茶のお代わりならばここにあるからね。僕に言ってくれよ」
「今日も美味しそうだ。今朝は誰が朝餉を準備したのかな?」
「あーっと、確か薬研と大倶利伽羅に燭台切だった筈!!なんか美味しい物食べさせてあげたいからーって当番代わってもらったらしいぜ」
三人ともなんの躊躇いもなく、膳に手を付ける。確かに美味しそうな匂いだがどうしていいか分からず、食べ初める事が出来ない。
そんな私に気づいたのは歌仙さんだった。
「……?おや、どうしたんだい?全然箸をつけていないじゃないか。もしかして魚は嫌いだったのかな。言ってくれれば僕が好みの物を作ってしんぜよう」
嫋やかな笑みを浮かべる彼に困惑したまま、なんというか、と口火を切った。
「その、刀剣男士に食事は必要ないんだろう?だから、居候の俺には必要な……っ!?」
ガシャン!!と何かが大きな音を立てた為に驚いて途中で口を閉じてしまった。そしてすぐに音の正体は知れる。厚君が持っていた茶碗を落としたのだ。幸い茶碗は横に倒れはしたがご飯が落ちるまではなかったし、割れた様子もなかった。
「厚君、大丈夫か?!こりゃあ、驚いたなあ。中身は零れなかったし割れてもないようだが気をつけろよ」
「っ、や、え、うん、いや」
慌てて食べ過ぎたのかもしれない。私は微笑ましく思いながら、他二人に視線を向けた。えっ、と声を出さなかった事が奇跡だった。
「「―――……」」
私の視線を追った厚君は「えっ」と声を出した。ですよね、そうなりますよね。厚君の反応に共感した。
───二人の箸が手の中で真っ二つにされていた。
視線があった瞬間、歌仙さんも蜂須賀さんもどこか無機質な澄んだ笑みを向けてきた。
「───ははは……僕としたことが。文系だからねぇ、時々力加減がわからないんだよ。人型にも慣れてきたと思っていたんだが」
「───……ああ、君もか?歌仙。俺もだよ。真作としたことが、力加減を失敗してしまった。やはり中々慣れないな」
文系や真作は関係があるのだろうか。そんなツッコミが出来る空気ではない。明らかに何かに憤慨している。
「ふふふ、鶴丸さん。刀剣男士も食事は必要だよ。肉の器を保つ為の霊力の補助をしてくれるからね……それにこれは、貴方の為に、用意、したんだ。食べてくれないと、困る」
歌仙さんが物凄く綺麗な笑みを浮かべ、一言一言強調するように食事を勧めてくる。
「だが……食費が」
とはいえ、そうすんなりと納得する訳にもいかない。懸念事項を口にすると、右側からプレッシャーを感じた。見れば、歌仙さんと同じように綺麗な笑みを浮かべた蜂須賀さんがいる。
「はははは、食費………へぇ、食費……。大丈夫だよ、鶴丸殿。俺達のところはそこそこ数がいるからね。普段は大量に作ったものを自分で取り分けてるんだ。それをこちらで食べるように一人分だけ取り分けただけだからね」
「そんな手間をかけ」
「だーいじょうぶだって!!むしろ、好きなように取る方が大量に取る奴とかいて新たに追加とかになるから面倒なんだぜー!そんくらいの量、全然かかってないから!野菜は畑から取ってるし!調味料とか限度超さなきゃ政府支給だし!な!蜂須賀!歌仙!」
厚君からの振りに二人が大きく頷き、肯定を返す。
じー……と見つめてくる三人の視線。六つの目。そのプレッシャーに耐えきれず、私は箸を取って「頂きます」と口にしたのだった。
そして食事終了後、主さんが尋ねてきて私は冒頭の土下座をされた。
何故だ。やっぱりさっぱり分からなかった。とりあえず頭を上げて貰おう。私はぐっと腹に力を入れた。
[newpage]
[chapter:御膳:裏]
「主!!」
「…………え、何お前誰の首を斬るの?」
俺は我が初期刀様の顔に思わず正座して聞いた。はあ?と眉を釣り上げる初期刀様マジ怖い。
大広間で朝餉中だった他の者達も、初期刀様の怒りにしんと静まり返っている。
「え、何?俺、ちゃんと仕事やってんだけど?朝も自分で起きてランニングしたし……そもそもお前……え?……まさか」
数年前にふと自分を見直し初めてから真面目に自己矯正を行った俺である。あの時の騒動はともかく今はそれなりに彼らといい関係を築いている。が、あまりに怒気が凄かったので重要な事を抜かし自分を省みてしまった。
「鶴丸、か?」
確認する為に現在本丸内注目度ナンバーワンの刀剣男士、鶴丸国永の名前を出せば更に初期刀様の眉間に皺が寄った。悔しげに拳を握るところからして只事ではない。
やはり、彼が原因か。
だがおかしい。歌仙に頼んだのは朝餉を共にすることだけだった。一番信頼している初期刀である歌仙に鶴丸の様子を見てもらい、彼に会いに行っても問題ないかどうかを判断してもらおうとしたのだ。
ブラック本丸では食事を出さない事も多いと聞き、そこもきちんと考慮した。
そして食事が抜かれている可能性はないと昨日の報告から判断した。薬研達の報告まではその可能性を考えていたが、乱と平野、前田の報告からは記憶操作や情報操作の可能性はあれど生活面での不自由はなかったように思えた。
乱が独断で人間が怖いか、男が怖いかと尋ねて否定が返るどころか全肯定が返ってきたらしい事からも、問題ないと判断したのだ。
それが間違っていたのかと歌仙を見る。
「……主」
「こっ、ここで話して下さい!」
歌仙が俺を何処か別のところに連れて行こうとするのを平野が立ち上がり止めた。
「お願いします!話を聞きたい!!鶴丸さんのこと、仲間のことをちゃんと知っておきたいんです……!」
昨日から鶴丸に対して何かを目覚めさせたらしい平野の言葉に、歌仙は足を止めて俺を見てくる。助言はすれど最後の判断は主がする。そういうスタンスだ。どうする、と視線が問いかけてくる。
だが、決まっている。
「そうだな。どうせ報告する。ここで話せ、歌仙」
「そう。分かったよ」
人間関係の八割は意思疎通不全から出るものだ、という信条だ。基本情報や自分の考えは言葉にして出す。それがこの本丸の基本方針だ。
その方針の元、俺は歌仙から話を聞いた。
†††
「いやあ、僕も蜂須賀も怒りのあまり箸を折っちゃってね」
と口端をあげる歌仙の目は笑っていない。だが俺も、この本丸の刀剣男士達も皆怒りで震えていた。
「食べさせはしたが……あの御膳で半分も残したんだよ、彼。苦しそうなのに無理に詰め込もうとするから止めたけどね」
御膳で!?とどよめきが起こる。御膳の量では誰も満足しないからセルフ志向に切り替えたのだ。それを半分残すとはどれ程少食なのか。
「しかもね、箸は上手に使えるんだよ。おかしいだろう?だから何故かと尋ねたら困った顔で"礼儀作法は習った"って言うんだ」
礼儀作法は教えても、食事をさせないとはどういうことだ。
「鶴丸さん、どんな所にいたんだ……!!」
「鶴丸……!」
伊達組として知り合いだった彼らは、前田達から鶴丸が自分を責めていたと聞いてから相当気にしていた。昨日酷い態度を取ったからと、せめてもの罪滅ぼしに厨房に立ったというのにこの仕打ちはあまりにも可哀想だった。
自分の名前も刀剣男士についても分からず、刀剣時代の記憶もない。だが手入れをされたことはないと断言し、また前本丸の記憶もあるようだ。人間や男に対して苦手意識や恐怖するということもない。ある程度は普通の関係だったのかと食事を出せば食事を取ったことはない。
(一体どんな環境だったんだよ!クソ……ッ!しかも手入れじゃ治らない足だぁ?ふざけんな!!食事を食費ケチって嘘教えてんじゃねーよ!!……ん?)
刀剣男士の存在を知らない鶴丸が何故食事を取る必要がないと考えていたのか、と疑問に思う。歌仙に尋ねるが「怒りでそこまで気づかなかった」との答えだった。人間だと思っていたにしろ、そうでないと思っていたにしろ、嬉しい発言は貰えそうにない。嫌な予感しかしない。
鶴丸がいた本丸はブラック本丸だと思うが、それにしては不可解なのが鶴丸の態度や発言だ。一般常識的なブラック本丸とは違うのだけは確か。一般的なブラック本丸と照らし合わせた結果がこれである。
足の件は伝を頼って連絡してある。一週間後に診に来てくれるらしい。さっさとしろよ馬鹿政府!と思わないでもないが仕方ない。まだ早い方だろう。
「……会ってみるわ、俺」
え、と全員から返ってくる。
「人間も男も怖くねぇんなら、ありっしょ。俺、会ってみる。つーか、今すぐ行くから。歌仙、着いて来て」
よし、と立ち上がった。
何人かは止めてきたが、打開策は会って話す、取り敢えずそこからだろ、と言って説き伏せた。話を聞かない限り、どう対応するべきか分からない。
───そして俺は漸く起きて動く鶴丸国永を目の前に非常に動揺していた。
(うおおおおいいいい!!?何この雰囲気!!?超儚い!!触ったら折れそう!!!)
現在、鶴丸は本丸に存在しない。だからこそ、明らかに厄介事といえる鶴丸国永を長谷部が反対しなかったのだからある意味幸いといえた。もし先にいたのなら長谷部は俺に報告される前に彼を折ったかもしれない。
とにかく、と俺は目の前の鶴丸を見る。色々と薬研並みにギャップの酷い鶴丸だ。噂は知ってる。演練でも見たから性格も見た目通りじゃないこと知ってる。審神者知ってる!!!!知ってるよ!!?どっちかっていうと爽やか系お兄さんかびっくりジジイだって知ってる!!!審神者!!!知ってる!!!!
「……主」
「!!」
初期刀の声にはっとした。衝撃を受けている場合ではない。居住まいを正し、頭を下げた。
「貴方に対して人間がしたこと、本当に恥ずかしく憤りを感じる。私の謝罪でどうにかなるわけではないが代表として謝らせて頂きたい。───申し訳なかった」
「───」
人間がこの神様にした行いは仁義に悖る。食事も記憶も大切だ。好奇心の塊と称される彼がいつも一人ぼっちで挨拶を交わした事もなかったなど、本当に一体何をしたかったのか。
「───顔を上げて下さいませ」
「「「「えっ」」」」
その場にいた全員が声を上げた。というか、俺も衝撃受け過ぎて顔を上げてしまった。
するとまさかの相手も正座。
動揺一択である。
「何故謝罪をなさっているのか、分かりません。むしろお……わたくしが感謝を述べなければならない立場だ、でしょう。怪我の手入れや一週間も寝たきりのお……わたくしの面倒を見てく……頂き、どれ程感謝しても足らな……足りません。また貴重な人材や食事までお……わたくしの為に割いてくれ、い、頂きました。感謝こそすれ謝罪をされるいわれはな……ございません」
時折言い直しながら鶴丸は柔く微笑んだ。そして俺は衝撃を受けた。
(何だこの儚さぁぁああああ!!!顔と似合い過ぎだろふざけんな!!!守りたくなるわちくしょおおおお!!!!後何だよそのくちょぉおおおおブラック野郎に仕込まれたのかよマジブラック絶許だわぶっ殺す)
正にその微笑み。深層の姫君。布団に入っていることからもそうとしか取れない。えええお前そんなキャラじゃねぇよな!?という衝撃とブラック野郎への怒りで反応が出来ない。何も言えない。
「だ、だから……」
不安そうな表情で視線がうろつく。それに漸くハッと反応した。
「そんなに硬くなる必要はないから!!っていうか、怪我の手当てとか当たり前だし!!食事も当たり前だから!!!出来れば気軽に喋って欲しい。俺もそうするからさっ!ねっ!!!」
反応は出来たが落ち着くのは無理だった。審神者、一般人だからね。仕方ないね!!
「……そう、か?」
ホッと息を吐いた鶴丸がまた美しい。え、何こいつ亜種?亜種なの??違うわブラック産だわと歌仙に視線を送れば軽蔑の眼差しを頂いた。すいやせん、だって鶴丸可愛い……。
「あ゛〜……その、だな。実は一週間後に君の足を診てくれる人を呼ぶんだよね。だからそれまではちょっとここで不自由を強いると思うんだけど……」
「えっ……俺の足の事まで気にかけてくれるとは驚きだな……だが、俺は何も出来ない。そこまでされても、何も恩を返せないのだが」
心底申し訳なさそうに告げる鶴丸に俺はもう涙が溢れちゃいそうである。
(足のこと気にするのなんか当たり前だから!!!何か返すとか考える必要ないからね!!?鯰尾とか投石投げる練習とか言って馬糞投げ合ってて書類汚したり襖汚したりで全然反省しないやつだよマジブラック氏ねよ!!!こんな尊い鶴丸に何やらかしてくれちゃったんだよ!!!逆なの!?ブラックだったからこの鶴丸なの!!?だったらやっぱりブラック氏ね!!!!)
色々と切な過ぎた。格好よく威厳ある態度でとか吹っ飛んだ。
「君の!足のことは!!ちゃんと!!するから!!!」
「!!?え、ああ、そうか」
「そうだよ!!!!」
うるさい、と歌仙が頭を叩いて来た。うう、と涙目でみれば厚だけ「分かる、分かるぜ大将」という視線を送ってくれた。優しい。
「仕事はこちらで見つけよう。色々と手伝って貰いたいし、貴方の話も聞きたいからね。それと……」
ほら言えよ、と歌仙に視線で促される。くそ、うちの初期刀様はやっぱ厳しいぜ。
俺は再び居住まいを正し、出来る限り真剣な表情をする。鶴丸国永、と名を呼ぶ。ん?と首を傾げる相手も俺の空気を察して居住まいを正した。
「───俺の刀剣にならないか」
大きく金色の瞳が開く。
「貴方と前の審神者との縁は切れているとうちの霊刀が確認している。だから俺が貴方と契約すれば貴方は俺の刀剣男士になる。うちにはまだ鶴丸はいないし、もしどこかに行く当てや今後何かしたいと思うことがないなら……俺の刀剣になって欲しい。恩を返すっていうならそれから返してくれたらいい」
返事は一週間後まで待つ、と告げて部屋から立ち去った。
部屋を出てから気づく。
「しまった。何で刀剣男士の事知らなかったのに食事しないでいいって思ってたかって聞いてなかった!」
「君は本当に馬鹿だね」
煩い!お前も忘れてただろ、歌仙!
もう本当絶対あの鶴丸何とかする……!!
[newpage]
[chapter:【人物紹介】]
[chapter:前回SAN値削った探索者]
・薬研藤四郎
医師として寝たきりだった鶴丸の面倒を見る。汗を拭いたりしてくれていた。刀向けられてそれ謝罪されてないのに、まあ当たり前だよなで気にしてない流石の男前。きゃー!柄まで通してー!(※作者は柄ラー)
他人行儀なのは刀の時もそう接触がなかったからかと思っていたら、まさかの伊達組に関して"知らない"発言。更に自分の名前が分からない発言に容赦なくSAN値チェック。
それまで受け答えはしっかりしているし、普通だったからブラックじゃないかもと思っていた為に奇襲成功された感が半端ない。がっつりSANは減った。
・燭台切光忠
鶴丸拾った一軍メンバーにいたので、初めからSAN値はマッハだったが取り決め無視して駆け寄った先で言われた"初めまして"発言+名前知らない発言に発狂一歩手前な伊達男である。可哀想。
今回、お詫びに食事作ったら食事してなかったと知って内心ヤバイ事になっている。発狂してないのは単に主いるから。最後の一線は主が握ってるのが刀剣男士。鶴丸セコム予備軍。
・大倶利伽羅
一軍メンバーにはいなかったが鶴丸の姿は見ていたのでやっぱりSAN値はマッハ。そして以下略。だが光忠と違い胸倉掴んでしまった事に罪悪感を感じている。今回、以下略。鶴丸セコム予備軍。
・平野藤四郎
沢山聞かれたからどうしてかなと尋ねてしまってSAN値チェック。手入れは記憶ないからかな、と思ったらまさかの足が動かない発言にあえなくSAN値チェック。自分を気遣って(と思っている)足の話を軽く言ってくれたと勘違いしている。一緒にいなきゃと思ってる。
[newpage]
[chapter:今回SAN値を削った探索者]
・乱藤四郎
主と会って貰えるか聞こうとして取りやめて兄弟について楽しく語ったら鶴丸がずっと一人ぼっちだった事を知って若干のSAN値減少。更に記憶なし足動かない発言にSAN値チェック。出来るだけ騒いで一人とか感じさせない!と密やかに決意してる。
・前田藤四郎
初鍛刀。記憶なし発言にSAN値減少して決死の覚悟で主君と会ってください発言したら予想外に和かに了承されてあれ?と思ったら、足が生まれた時から動かない発言にSAN値チェック。平野と乱から一人発言聞いて側にいようと決意。
・蜂須賀虎徹
挨拶交わしたことがない発言に朝から容赦無くSAN値減少。更に食事は取っていたと思っていたら食費ケチって取らせてなかったことに怒りと共にSAN値減少。怒りが上回ってるのでだいじょうぶ。さすがしんさく。
・歌仙兼定
初期刀。主と会っても会わせても大丈夫かの判断を任され食事を共にしたらまさかのSAN値減少で怒り心頭。儚げ雅鶴丸を気に入る。礼儀作法が綺麗なところが(ブラック審神者影響なので)気に入らない。
・厚藤四郎
次から次へ弟達が会いに行っているのでと立候補。食事は取ってると聞かされていたらまさかの違ってSAN値減少。ショックで茶碗を落としたら、心配してくれてほわっと微笑まれて(´;ω;`)ブワッてなった。
・本丸審神者
初期刀歌仙、初鍛刀前田。初太刀は燭台切。怖いね。駄目審神者製造機メンバーだよ。
数年前にお陰様で無事に駄目駄目審神者だったのを自己振りかえって見直しスレ立てた。その時に何でも喋るというルール作ったのでかなり深いとこまで刀剣男士に話してる中。喧嘩は止めない主義で仲裁するなら相手の言い分を最後まで完璧に理解してから自分の主張を言うルールを作った。刀剣男士との仲が深まった。
ブラック産だと思いながら、かなり不可思議な行動(人間大丈夫、刀にも怯えない諸々)を取る鶴丸に翻弄されている。足診てくれる人を手配。いい奴。特殊案件だと今回確信している(ある意味正解)。一生懸命考えているし、立場的に見ればかなり正しい思考回路だが如何せん根本(ブラック本丸産)から違うので勘違いは解けない。鶴丸の儚さに心臓鷲掴みにされた(ホモではない)。だが俺に対する口調は頂けないぞ♡ブラック審神者絶許(#^ω^)
[newpage]
[chapter:本作主人公:鶴丸国永]
いつの間にか鶴丸国永になってしまった元お嬢様育ちな女の子。現在状況把握が一端終了したが既にあちらこちらに勘違いの種を振りまいている。
見た目通りの儚げ美人。もう微笑みが消えそうな美しさを放っていて、何処か放っておけない雰囲気。あの顔であの笑み浮かべられたら守らなきゃって思うだろう?つまりそう、そういうことだ。大体ぼっち貫いていた為に対応で困って浮かべた曖昧な笑みが原因。
【鶴丸国永の口調になる翻訳機搭載】
性能:喋りたい意図はあってるが如何せん翻訳機の為、正確な内容を伝える事が出来なかったり若干間違っていたりする(勘違いの種になること多し)。※こちらは書き言葉にも反映される高性能な仕様です
前:生まれも育ちもお嬢様。突然足の感覚を失い歩けなくなった。西洋のお屋敷で一人過ごす。親もあまり訪ねてくることもなく、お手伝いさんは事務的で私語はなし。本当にただっぴろい屋敷で一人ぼっちだった。初めは恨む事もあったが、最終的に一人で恨む事に疲れてしまった。何を言おうと叫ぼうと屋敷には一人だし、虚しさが増すだけだったので。
一人で楽しむ事にかけては右に出る者はいない。親もやりたいことがあれば全部先生も用意してくれたりやらせてくれたので不自由はなかった。多趣味。
現在:お嬢様育ちが内から漏れている見た目詐欺ではない鶴丸国永。足の感覚はあるが動かし方が分からず、動かないまま。でもリハビリすれば動くようになるので主人公には是非頑張って貰いたい。ただ、本人はまだ動かないと思っている。
前回、折れかけた姿で意識ないまま一軍メンバーのSAN値をチェックし、一週間寝たきりだった為本丸中の刀剣男士の胃をキリキリさせ、目覚めたら目覚めたで薬研達のSAN値を無知ゆえにチェックし、平野のSAN値を情報収集ついでにチェックした。順調に周囲のSAN値を削っている模様。
とはいえ、本人は頑張ってる。ちゃんと持てる知識を総動員して話をしている。ただ残念ながら情報不足が否めず色々対応をミスっている。倶利伽羅達が何故傷ついたのか、また平野の顔色が変わった理由を手入れ放置だと思ったのだろうと気づいていることからして別に鈍くもないしある程度の観察力もある。だが残念ながら圧倒的に情報が不足しているので対応をミスっている(※重要なことなのでry)。
この度、マジで気合入れたら素の口調で話せる事が発覚して嬉しがってるけどおーっと残念!!それでますます勘違い加速してるよ!ワーオ☆\(^o^)/
この小説の傾向:みんな違ってみんないい
|
んんんん……みんな違ってみんな(正し)いい!(真顔)<br />鶴丸成り代わりシリアス~仄かなる勘違いを添えて~でお送りしています第二弾。<br /><br />前回、評価・マイリス・コメント・ランキング入り本当に嬉しいですありがとうございます!!!!<br /><br />凄い沢山続き所望タグ……!嬉しい……(*/∇\*)悶<br />ありがとうございます……。<br /><br />・女子ランキング2位(3/16)!?(´;ω;`)ありがとうございます!うれしいよぉ……(´;ω;`)
|
敗因2:≫≫圧倒的情報不足≪≪
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6546016#1
| true |
近頃は雨が続いている。雨粒がぱたぱたと音を立て、窓ガラスを叩いていた。その向こうで、ずっしりとした雨雲が空一面を覆っている。それはまさに己の晴れない気分を表していた。遂にため息が漏れる。堪えていたそれにつられて、憂鬱な気分までもが関をきって押し寄せた。 気分を滅入らせている原因の同室者の姿が浮かんで消える。二度目のため息。先ほどよりも大きかった。
きっかけは分からない。もしかしたらないのかもしれないし、あるのかもしれない。純粋に思い至らなかった。しかし何らかの契機は確実に彼に訪れ、ある日を境に突然距離をおかれるようになった。はじめは気のせいだと思い込んだ。それから彼の気をひこうと何かと絡んで見たものの、あまりの反応の薄さに虚しさばかりが胸に溜まった。それは徐々に自身を蝕み、戸惑いが怒りへ、そして恐怖へと姿を変えた。無視されている事への怒りが、嫌われたのかもしれないと言う恐怖に塗りつぶしされる。そうすると触れることも見ることも出来なくなり、依然と二人の距離は遠いままだ。
(なに、しちゃったんだろ俺)
幾度も繰り返した自問自答は、相変わらず答えが出ない。
雲の合間を縫って稲光が走る。少し遅れて聞こえた雷鳴が鼓膜を震わせた。同時に何人かの女子が声を上げて騒ぎ始める。その声は、一気に雨脚を強めた雨が地面や建物を叩く音にかききえた。
突如、目の前で星がひらめく。ぼんやりとした意識が一気に目覚めた。はっと、眼前の星を見ると、それは星ではなく大きな手であった。ぱちり、と瞬きを一つ。その間に那月がおれを覗きこむ。心配の色が目に滲んでいた。彼は困ったように眉根を寄せて、
「音也くん、最近何かあったんですか? なんだか落ち込んでるように見えるんですが」
「ん、大丈夫大丈夫」
にこりと、口角を上げる。無理に動かしている頬を感じた。それでも那月にこれ以上心配をかけるわけにもいかず、ひきつってでも笑みを浮かべなくてはならなかった。しかし優しい友人はそんな俺の気持ちを見透かし、さらに苦々し気に口を引き結んだ。逆効果であった事に気付き、慌てて取り繕うように那月の名前を呼ぶ。すると、少しの間をあけて彼はようやく柔らかな笑みを浮かべた。そして左手をずいと俺に突きつける。真っ白な手と那月の笑顔を交互に見て、
「那月?」
「心理テストしましょう。どれか指を一本握ってください」
「えっと」
脈絡のない提案に戸惑う。しかし那月は動じぬ笑顔で俺を見つめていて。もしかしたら少しでも俺を慰めようと言う那月の気遣いなのかもしれない。少しの躊躇いの後、俺は那月の人差し指を恐る恐る握った。彼は笑みを深め、ありがとうございます、などとおれに礼まで言う始末である。
困惑する俺に向かって、ふふ、と小さく声を立てて笑う。それから小さな秘密を打ち明けるように、少しだけ顔を寄せた。その間、湖畔のように穏やかな瞳をただ眺めている。
「これはですね、握った指によって相手が自分をどう思っているのかが分かるテストなんです」
「指で?」
「はい。親指だったら尊敬、人差し指は仲間意識、中指は無関心、といったように指によって意味が違うんです。音也くんは僕の人差し指を掴んだので、僕に対して仲間意識を持ってくれているってことですね」
だからありがとうなんです、と那月が屈託なく笑う。俺はなんだか照れ臭くなった。頬が熱を持って温かくなったのを感じながらはにかむ。胸の奥がくすぐったくて、しかしぽかぽかと暖かさに満ちている。久々に高揚感があった。
チャイムが鳴り、そこで話しは中断となった。しかし授業中も俺の頭は那月の教えてくれた心理テストのことが占めていて、林檎ちゃんの言葉は耳から流れ出ていくばかりである。
左手に視線を落とす。例えばこれをトキヤに試せば、彼の気持ちが分かるのだろうか。淡い期待が頭をもたげる。と、唐突に那月が心理テストを教えた理由に思い当たり、思わず大きく顔を上げた。黒板の前の林檎ちゃんが目を大きくしてい驚いている。視線がかち合った。それをへらりと笑ってかわす。 那月は、トキヤと俺の微妙な関係の変化を感じとったのだろう。そこで解決の糸口になれば、と心理テストを何気なく俺に教えた。それはとても那月らしいやり方だと思った。聡い友人に、素直に感心する。これは一生頭が上がらないだろう、と友人の笑顔を思い出す。自然と笑みがこぼれた。
トキヤが部屋に戻ったのは今日と明日の境目だった。暗闇の中でも文字盤が光る時計をちらりと見て、ため息を殺す。相変わらず帰宅は遅い。ここ連日の行動に、そこまで一緒にいたくないのかと思うと胸に痛みが走った。ベッドに潜り混んだまま背後の気配を探る。トキヤに背を向けてはいても彼へと意識を集中させた。
衣擦れの音、落ち着いた足音、そしてため息。小さな音なのに静寂の中で響くには十分であった。トキヤはそのままバスルームへ行く。それを見送り、扉が閉まると同時に身体を起こした。シャワーの音が僅かに漏れ聞こえる。壁に頭を預けてそれを聞く。逸る心臓に手を当てて、そっと息を吐いた。
(大丈夫、結果が悪くても俺は笑って受け止められる)
自己暗示をかけながら、シャワーと心音に包まれて、彼が戻るのを待った。
しばらくすると扉が開く。タオルで髪を拭きながらベッドへと向かう足がぴたりと止まる。その目は俺をとらえ、驚きに見張られていた。しばしの沈黙を破るようにトキヤの結ばれた口唇が震え、
「起きて、いたんですか」
「ん」
「早く寝ないと明日に差し支えますよ」
さっさと視線を外したトキヤに、慌ててベッドから降り立つ。それから踵を返したトキヤの腕を捕まえる。無理矢理、俺と向き合わせた。
「トキヤさ、俺に何か言いたい事、ある?」
例えば文句だったり、あるいは嫌悪だったり。それを思うとやはり胸が痛むが、その痛みに耐えてでもトキヤの言葉が欲しかった。腫れ物に触れるように接されるよりもずっと良い。それでもトキヤは俺から視線を外して、「特にありません」と無機質な声で言う。それが悲しくて目の奥が痛かった。 不意に那月の笑顔を思い出す。大きな左手、綺麗な人差し指を握った。那月の笑顔に心が凪ぐ。大丈夫、と己に言い聞かせ、もう一度挑むようにトキヤを見る。トキヤは一度も俺を正面から見ようとしない。その顔を覗き込んで、那月がしたように左手をずい、と眼前に差し出した。トキヤの眉が訝しげに寄せられる。
「心理テスト。俺の指を一本、握って」
トキヤは俺と俺の手を交互に見やる。長い沈黙が続いた。トキヤはじっと俺の手を注視し、身動きを取らない。視線と沈黙に息を飲み、もしトキヤが俺の手にさわるのすら嫌がっていたらどうしようか、などと今さらどうにもならないことばかり浮かんで消えた。
そんな俺の心配は杞憂に終わる。トキヤの手がゆっくりと動く。その指が戸惑うように揺れた果てに中指に向かって伸びた。思わず眉根が寄る。すると指が止まり中指から離れていく。それから薬指へと近づくので息を飲んだ。薬指は恋愛を意味する。那月の説明を思い出し、鼓動が高鳴る。くすりと頭上でトキヤが笑う。何事かと仰げば、「あなたは顔に出すぎる」と困ったように笑った。
「トキヤ?」
「これでは心理テストになりませんよ」
ふ、と力を抜いて綻ぶ口許にぎゅっと胸が締められた。苦しい。しかし、久しぶりに見た笑顔は泣きたくなる位に俺に安堵を与えた。
ぼんやりとトキヤを見ていると、彼は再び手を動かす。動きにひかれて、意識が細くて長い指に向く。トキヤの手は、俺の手を握り占めた。え、と声が意図せず飛び出る。トキヤを見れば、穏やかな目が俺を凝視していた。トキヤの手は熱く、そして強い力で握り込んでいる。その熱に浮かされてか、頭の中はただただ熱いと連呼している。何も言えずにいると、トキヤがゆっくりと口を開いた。
「私はあなたの望む指を握る事が出来ます。親指も小指も、人差し指も中指も」
話しながら、トキヤの手は俺の手を握りながらも器用に動き、示した指を撫でていく。そっと息を吐くように「薬指だって」と呟かれ、薬指を撫でられると一気に顔が熱くなった。心臓が早鐘うち、耳の奥でどくどくと力強い拍動が聞こえる。その音とトキヤの手の熱に煽られて息苦しさを感じた。
トキヤがぎゅっと手を握り直し、どれがいいですか、と小首を傾げる。しかし、トキヤの問いかけよりも顔が赤面していることがばれていないかが気がかりだった。いくら夜の暗さがあると言っても、光源がないわけではない。射し込む月明かりを頼りにばれてしまう事を恐れ、俺は無理に話題を転換しようと渇いた口を開いた。
「それ、心理テストじゃないじゃん」
「仕方ないでしょう。私はこの心理テストの結果を知ってしまっている」
「え」
トキヤを見返すと、くすりと彼は笑う。
「四ノ宮さんから聞きました」
俺は声が出なかった。ぽかんと口を開けてにこにこ笑う友人を思う。やられた、と臍を噛む。同時にやはり頭が上がらないと感心もしてしまった。はは、と渇いた笑いを浮かべる。それから脱力して大きく息を吐いた。
「一本取られましたね」
トキヤが他人事のように笑う。
「トキヤは悔しくないの?」
「私は、音也が私にやってくれるだろうと教えられていたので」
あまりの手回しのよさに頭痛がした。丸々見透かされていた己の行動を恥じるべきか、友人の用意周到ぶりに怖がるべきか。こめかみを抑えて悩んでいると、
「それに、音也のまっかな顔もみれたので」
ふと緩く広角を上げたトキヤに、俺は一瞬の間を開けて再度頬に熱が溜まるのを感じた。やはりばれていたのか。羞恥やら友人らにやり込められた悔しさやらで、もう何も言えずに俯いた。一気に疲労感が襲う。しかしトキヤが左手を握る手に力を込めるので思わず顔を上げた。
「答え、聞いていませんが」
「まだ、やるの?」
何と答えるべきか分からずに弱った声をあげる。するとトキヤはあっさりと手を引いた。
「まあ大体答えは分かったので、今日のところは許してあげます」
にこりと笑われ、俺はやはり呆然と同室者をみていることしか出来なかった。答えが分かったとは一体どう言う意味かも聞けず、トキヤが踵を返すのを見届ける。
トキヤはここ数日の態度などなかったように俺に接している。ではあの態度はなんだったのか、原因はなんだったのか、と言う怒りがないわけではない。しかし今こうして触れて、笑いあえるならまあ良いか、などと諦め半分に現状を受け入れていた。友人にはめられた訳だが結果としてトキヤとの関係が修復されたのだから良しとしよう。
と、トキヤの背中を見ているうちに、なんとなく思いついた疑問があった。
「トキヤなら、俺にどの指を握って欲しいの」
自分ばかり問われて不公平だという思いと興味が混じりあう。トキヤは自分が聞かれるなどと思ってもいなかったようで驚いた表情を見せた。それからトキヤの手が俺の腕を捕まえ、力任せに引かれる。倒れ込んだのはトキヤの胸だった。背中に回された腕がすがるように俺に触れる。何が起きたのか頭が理解するよりも早く、心臓がまた忙しく動き始める。今日何度めかの拍動を聞き、死にそうだと息を飲んだ。
トキヤの顔が俺の首筋に埋まる。熱い吐息にびくりと身体が跳ねた。すると、身動ぎすら抑えるように抱きしめられ、しばらく俺はトキヤの匂いを嗅いでいた。
(シャンプーの匂いだ)
自分も同じものを使っている筈なのにトキヤが使うとずっと良い香りに感じる。
「トキヤ?」
俺の声に反応し、ようやく抱きしめる力が緩まる。身体を僅かに話して、至近距離で見つめられた。
「指とは言わずこれ位は、して頂きたいものですね」
からかうように笑うと、トキヤの身体が離れていく。寒さを感じて身体が震えた。既にベッドに入り込んだトキヤに「おやすみなさい」と言われて反射で返すも、俺はしばらく困惑と鳴り止まない心臓に悩まされることになった。 元に戻ったように見せかけて、確実に何かが変わったのを感じながら、今は忘れようと眠りについた。
(指に込めた意味)
|
トキ音で友情以上恋愛未満気味。なっちゃん可愛いよなっちゃんprprprpr ■12/5 閲覧・評価・ブクマありがとうございます。そういえば書かなかったんですが、小指を握られた場合は、握った相手に自分より立場が下だと思われているそうです。
|
【腐】指一本選ぶだけの話【トキ音】
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=654604#1
| true |
第一印象・何だこいつ。
松野一松という男の人生は、三つ子の長男という少し珍しい一点を除けば比較的何処にでも転がっている様なものだった。やや卑屈屋で、人と話すのが極端に苦手である事など、瑣末に過ぎない。それ以外においては、比較的真面目な、ごく普通の高校生だった。
そんな彼が、明らかに普通じゃない男と出逢ったのは、何時からあるのか分からない古い空き地だった。適当に放られた土管に背を預けて、いつも通り猫じゃらしを手に《友達》と遊んでいた。彼にとって、《友達》とは即ち猫であり、人間ではない。
猫は裏切らない。だって、喋らないから。口を利けないのだから、酷い事を言われて傷付く事もない。逆に、此方が傷付ける事もない。それが良い。
何も考えずに傍に居れる奴なんて、猫か兄弟くらいしかない。
「Buon giorno、少年」
流暢な異国の言葉が降って来て、一松は顔を上げた。振り返れば、土管を挟んだ向かい側に黒いスーツを着た男が、冗談みたいな葉巻を口に咥えて立っていた。土管に背を預け、煙を燻らせながら、男がくるりと振り返る。
サングラスを掛けた男は、昔のドラマに出て来る様なヤクザに見えた。詰まる所、堅気に見えなかったのだ。一松はぎょっと目を開くと、土管の陰に身を潜める様にぎゅっと膝を抱えた。
「フッ‥‥そうあからさまに怯えないでくれ」
「‥‥‥えっと‥‥なん、ですか」
もしかして、今から此処で白い粉でも売り捌くつもりなのだろうか。だから邪魔だと言いたいのかもしれない。そうだ。そうに違いない。ならば大人しく退けば済む筈だ。別に此処でどうしても猫と戯れなければならない訳じゃない。
うん、と納得してそろりと腰を上げる。だが、完全に立ちきらない内に「ああ、気を遣わなくて良い」と制されてしまった。ふざけるな、気を遣わせてくれ。僕は帰りたいんだよ。
‥‥でも、此処で逃げたら、後ろからなんか撃たれそう。大人しく、するすると定位置に戻った。もし生きて此処を脱出出来れば、二度と此処には寄らないでおこうと固く誓う。
無性に、弟達に会いたくなった。
「食後のpasseggiataをして、偶々立ち寄っただけさ」
「え、‥パ‥?」
「passeggiata‥‥イタリア語だ。日本語だと、散歩、と言うな」
律儀に解説を入れられた。だが、成る程。言われてみれば、最初の挨拶も何処と無くイタリア語っぽく聞こえた。一松にとって、ヨーロッパの言葉なんて全て似た様な言語にしか聞こえないが、何となく一松が考えていたイタリア語はこんな感じかな、というイントネーションと合致したというだけの話だ。
となると、この男はイタリア人なのだろうか。見た所、どう見ても日本人にしか見えないのだが。いや、サングラスを掛けているせいで目元は分からないのだけれど、肌の色や髪の色は日本人だ。
単にかぶれているのか。ヤクザが?イタリアに?
それじゃあ、まるで、マフィアみたいじゃないか。
「そこのBellaは、少年のinnamoratoか?」
一松が抱えている猫を指差して、男が聞く。だが、一松にはこの男がさっきから何を言っているのかもうさっぱり分からない。完全にお手上げだった。日本人なら日本語を貫いて欲しい。中途半端にイタリア語らしきものを混ぜて来られても、高校生の一松に分かる訳がない。だが、下手に聞き返したら懐に隠し持っているかもしれない銃で撃たれそうな気がして身が竦んだ。
どうしよう。泣きたくなってきた。
「‥‥困ったな。俺は君を怖がらせるつもりは無いんだが‥‥そうだな、質問を変えようか。その子の名前を、教えてはくれないか?」
サングラスを外し、胸ポケットにしまい込みながら男が優しい声音で問い掛ける。今度は、きちんと日本語だった。
名前‥‥名前、猫の名前。緊張し、麻痺してしまった脳を必死に動かす。にゃあ、と腕の中の猫が鳴いた。
「‥‥名前、は、知らない‥‥ただ、何となく、一緒に居る、だけ‥‥」
ぼそぼそと答える。
飼い猫ならきっと名前もあるのだろうけど、多分こいつは野良猫だ。自由気儘に生きているこいつに、人間が好き勝手に名前で縛り付けるのはどうも気が進まなかった。
そうなのか、と男が意外そうに返す。趣味の悪い指輪を付けた大きな手が伸びてきて、びくりと体が震えた。
「名前を呼ぶ時、不便じゃないか?」
「‥名前とか‥‥別に。呼びませんから」
「そうか‥‥じゃあ、少年。君の名前は?」
は?と目を丸くして顔を上げる。土管に片腕を乗せて一松を覗き込んでいた男が、ニヤッと笑う。格好付けている様なその笑い方に、一松はぱちりと目を瞬かせた。
「え‥‥僕、の?何で‥」
「‥‥まあ、白状すると、俺は初めから君に興味があったんだ」
「はあ‥‥は?」
反射的に返事をしてから、その言葉の意味を考えて素っ頓狂な声を上げる。
突然、視界が真っ赤に染まる。驚いて慌てて後ろに退けば、ふわりと甘い香りが鼻を掠めた。
ゆっくりと浅く息を吐きながら落ち着いて赤いものの正体を見れば、薔薇の花束だった。
恐る恐る見上げれば、花束を一松に突き付けた男が微笑んだ。
「一目見た時から、俺の心はお前に奪われちまったみたいだ」
第一印象、なんだこいつ。
現在の印象。
なんだ、これ。
◇◇◇
男の名前は松野カラ松。なんと、ヤクザではなく本当にマフィアなるものであった様だ。奇しくも名字が同じ、名前が酷似、顔も似ているときた。まさかこいつ、僕の知らない兄弟とかじゃないよな、と思って家に帰ってそれとなく両親に探りを入れてみたが、別にそういう訳ではなかった様だ。
だとしたら、気持ち悪いことこの上ない偶然である。そんな男に、突然一目惚れした!と花束を押し付けられる事態に陥ったなんて、ちょっとした‥‥否、かなりのオカルトである。あの日は大変だった。
『嘘でしょ、何そのイッタイ花束!誰!?誰から貰ったの闇松兄さん!』
怒涛の様な末弟の質問責めに、どう答えて良いか分からなくて、結局
『拾った』
という、もう少しまともな嘘は無かったのかと頭を抱えたくなる様な答えしか返せなかった。勿論、そんな答えに満足する末弟では無かったのだが、ほとほと困り果てている兄を見て渋々追求をやめてくれた。
だが、たちの悪い冗談か、悪い夢だと思ったその次の日の事である。
放課後、次男は野球、末弟はデートに勤しんでいる最中、特にこれといった用事もなかった一松は家路を急いでいた。今日は友達に会いに行く元気もない。昨日の出来事に対する疲れが、今日になってドッと体にのし掛かって来たのである。
(今日はさっさと帰って寝よ)
背を丸め、マスクをつけ直したその時だった。
「あんたが、松野一松か」
ドスの効いた声に、一松が振り返る。
だが、首筋に鈍い衝撃を受けて一松の視界がぐらりと揺れた。意識が、強制的に暗闇に叩き落される。
どさりとコンクリートの上に倒れ込んだ一松は、霞んだ視界の先に無数の革靴が此方に歩み寄ってくるのを見た。
目を覚ますと、真っ暗だった。目を開けても閉じても暗いなんてあんまりだ。起き上がろうとしても、体が思うように動かなかった。そもそも、後ろ手に縛られている様だった。口も、ガムテープの様なもので塞がれている。鼻を塞がれていなくて助かった。塞がれていたら死んでいた。つまり、まだ生かすつもりはあるらしい。
体が重い。‥‥そうだ、確か誰かに名前を呼ばれて。これから、どうなるのだろう。此処は何処だろう。
(‥‥十四松‥‥トド松)
あいつらが無事ならば良いのだが。
「見て下さいカラ松さん!俺たち、カラ松さんにプレゼントを用意して来たんすよ!」
‥‥何処かで聞いたことのある声と、何処かで聞いたことのある名前。それが何かを確認するよりも先に、突然視界が明るくなった。くらりと目が眩む。一瞬、目が潰れたかと思った。
四角く切り取られた視界。どうやら自分は箱のようなものに入れられていたらしいと気付いたのと、此方を覗き込んで目を見開く男の顔を見たのは同時だった。
「え‥‥‥な!?一松!?」
ガバッと箱の淵に手を掛けて身を乗り出した男は、そうだ。あのサイコパス野郎じゃないか。サングラスを乱暴に外して胸ポケットにしまったカラ松は、青ざめた表情で一松に向かって手を伸ばした。
ガムテープを剥がされる。一気に酸素が口から入り、盛大に噎せた。
「急に息を吸い込むな!ゆっくり、ゆっくり呼吸をするんだ」
険しい表情を浮かべながら、カラ松が懐からナイフを取り出した。慣れた手つきで一松を縛り上げていたロープを切る。
漸く解放されたというのに、暫く体が動かなかった。虚ろな瞳でカラ松を見上げれば、舌打ちを一つしてひょいと一松を抱き上げた。
「おい‥‥まさか、薬ぶち込んで無いだろうな?」
「や、流石にそれやったら兄貴に殺されちまうんで」
「十二分に殺したい気分なんだがな‥‥」
ひくりと、カラ松の口端が引き攣る。視界が光に慣れて焦点が合ってくると、カラ松の後ろにずらりとスーツ姿の男達が並んでいた。
ゾッとする光景だった。ハァ、と重い息を吐いたカラ松が、悪い一松、と耳元で囁いた。
「大方、俺が幹部になった記念日にサプライズでもしようと思ったんだろうな」
「‥‥‥まさか俺、プレゼントにされてたのかよ」
冗談じゃない。ふざけるな。
カラ松さん?と心配そうに名を呼んでいる男が、恐らく一松を拉致した張本人だろう。声に聞き覚えがあった。
カラ松はじろりと男達を振り返り睨め付けると、ついと目を細めた。その圧倒的な冷たさに、背筋が凍る。それは男達も同じだった様で、強面の大の男達が揃って縮こまった。
「お前達の善意は有難く受け取る。‥‥だが、一松を巻き込むな。こいつは此方側の人間じゃないし、此れからも関わらせるつもりはない」
「で、ですが‥‥」
「不用意に」
男の言葉を遮る様に、カラ松が言葉を重ねる。一松の体を抱く手に力を込めて、感情を押し殺したような声音で続けた。
「ボスの目に、一松を触れさせるな」
悪かった、とカラ松が漸く固い口を開いたのは、近づく事すら躊躇う程の高級車に押し込められてから暫くの事だった。運転席には、やはりスーツ姿の男が乗ってステアリングを切っている。縮こまって扉に引っ付く形で座っている一松の隣に足を組んで座り、腕を組んだまま目を伏せていたカラ松は、徐に腕を解いて一松の首筋に触れた。
びくっとして、カラ松を見る。彼は険しい表情で一松を見返していた。
「体の具合はどうだ」
「別に‥‥平気。だから、その」
「ん?」
「‥‥あの人達、殺すのはやめてあげなよ。別に俺、びっくりしただけ、だし。その‥‥あの人達も、多分、あんたを喜ばせたかっただけ‥‥なんじゃないの」
まあ、それでプレゼントが一松というのも大分ぶっ飛んだ話ではあるのだが。辿々しく言いながらちらっとカラ松を盗み見る。彼は一瞬ぽかんと口を開けた後、クッ、と喉の奥で笑った。
「‥‥おい」
「フッ‥‥安心しろ。あいつらの気持ちはちゃんと分かってる。殺しはしないさ。あれでも、可愛い俺の部下なんでな」
「‥‥あ、そう」
なら、良かった。一松が安堵して小さく笑うと、カラ松の目が丸く開かれる。
何だ、と見返せば、カラ松が苦笑した。
「いや‥‥やはりお前の笑顔は愛らしいと思ってな」
「‥‥何それ」
「‥‥お前がBella達‥あー、猫、だな。猫と遊んでいる時に、今みたいに小さく笑う時があるだろう?」
「‥‥知らない」
「あるんだよ。俺はその笑顔が気に入ってるんだ、一松。だが、ますますお前が好きになったぜ。‥‥お前は酷い目にあったんだ、あいつらを恨んだって良いのに、あいつらを心配するんだもんな」
「‥‥いや、別に。心配とかじゃないし。やめてくんない、気持ち悪いから」
急に気恥ずかしくなって、つい憎まれ口を叩いてしまう。ムッと眉を顰めて車の扉に凭れながら、一松は飛んでいく景色を眺めた。
「‥‥‥あんただって、人の事言えない癖に」
ぼそりと呟く。
怖い癖に、優しくて。一松を本気で好きだと言ってくる癖に、自分の居る世界には引きずり込まない。
「?何か言ったか?」
「何も言ってねえよ」
胸がちりっと痛んだこの感情に、名前なんて付けるものか。一松は目を閉じた。
「一松兄さん、また薔薇拾った?」
リビングの花瓶に活けられた薔薇の束を見て、十四松が首を捻りながら一松の腰に纏わり付いて聞いた。ぐしゃりとその頭を撫でながら、まあね、と答える。
「ふうん‥‥薔薇好き?」
「別に」
「でもすっげー嬉しそう」
「気のせいちゃいまっか」
「気のせいですかい」
ひらりと、花弁が一枚落ちる。
『こいつは此方側の人間じゃないし、此れからも関わらせるつもりはない』
「‥‥好きなら好きで、もっと強引に来いよ、クソが」
「何か言った?兄さん」
「気のせいちゃいまっか」
「気のせいですかい」
そして今日も、僕と違う世界を生きている男に出逢う事を期待している。
「Buon giorno、一松!」
|
<span style="color:#bfbfbf;">「お前の居る世界に僕も逝きたい」</span><br />マフィアカラ松(2X)×高校生一松の話を仕事の合間に妄想するのが楽しくて気が付いたら書いてました。最早六つ子じゃないです。マフィアに一目ぼれされた一松少年の災難。<br />表紙お借りしました(<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/48509575">illust/48509575</a></strong>)<br /><span style="color:#bfbfbf;">マフィ班も大好きで、ひっそりとプライベッターにしたためてはしゃいでます。マフィア次男はとてもいいと思います。大好きです。</span><br /><span style="color:#bfbfbf;">Twitter垢【<strong><a href="https://twitter.com/kanna_bl629" target="_blank">twitter/kanna_bl629</a></strong>】</span>
|
その感情に名前は付けない
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6546146#1
| true |
俺様は松野カラ松。この赤塚学園に通いつつ、F6っつーアイドルグループに所属してんだ。あん?F6メンバーを紹介してほしいって?めんどくせえな。
……しゃーねえ、お前トロそうだしな。しっかりついて来いよ?
[newpage]
このデカいベッドでぐっすり寝てやがるのが、一応、俺らのリーダー『爽やかジャスティス』松野おそ松。
「……一応、って。酷いなあ、カラ松」
寝起きのくせに、いつものように爽やかな笑顔で身体を起こしたおそ松が素っ裸にガウンを羽織ってベッドから降りる。
「おはよう、ハニー」
隙の無い動きで俺の手を取ったおそ松にチュッと頬に口づけられる。
「誰がハニーだ!女みたいな扱いすんじゃねえ!!」
手を振り払うと、おそ松が目を細めて笑う。
「ああ、ごめんごめん。つい寝ぼけて」
「寝ぼけすぎだ、この俺が女に見えんのか!?ったく」
「昨日の夜の続きをしに来たのかと思っちゃったんだよ。女の子みたいに可愛かったからね」
「はっ、ばっ、てめ、ななな、何言ってやがんだ!!寝ぼけるのも大概にしろ!!」
「ふわぁ。寝ぼけてるのは、カラ松のせいだよ?最初は乗り気じゃない、みたいなこと言ってたくせに、終いには自分から何度も」
「だあああー!!!何言ってんだ!!!てめー、客の姿が見えねえのかよ!!案内中なんだよ、俺は!!」
「おっと、口が滑っちゃった。今のは、聞かなかったことにしてくれるよね?」
人差し指を口に当て、いつもの人を誑し込む笑顔で囁いてやがる。大抵の女は、あれで言いなりだからなあ。まあ、今回は助かったけどな。
[newpage]
あん?笑顔が素敵な王子様だった?バカ、アイツの笑顔は、性質がワリィんだよ。気が付いたらアイツの良いように……って、何でもねえよ!!おら、次行くぞ!!
[newpage]
あの窓辺に座ってワケわかんねえ小難しそうな本を読んでやがるのが、『ビューティージーニアス』松野チョロ松だ。俺らのマネージャーみたいなこともやってんだけど、そのせいか細けえし口うるせえんだ。
「誰が口煩いんですか?」
「げ。聞こえてた」
パタンと本を閉じたチョロ松が眼鏡のフレームを指で押し上げながら近づいてきた。
「まったく、貴方はいつもいつも。何ですか、その服装は」
「あん?どうだ、インドア派インテリのお前にゃ着こなせねえだろー。羨ましいか?」
「はぁ。私は口を酸っぱくして、何度も言いましたよね?過度な露出を控えるように、と」
「俺様の肉体美に映えるのはこういう服なんだよ!」
「……そんなことだから、良いようにされるのですよ貴方は。こんなに腹部を露出した格好は感心しませんね」
「ひぃやっ!」
つー、っと指で腹をなぞられて変な声が出ちまった。聞かれてねえよな。
「て、てめえ、何すんだ!!」
「腹横筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹直筋。ご立派な肉体を誇りたい気持ちはわかりますが」
「な、や、ばか、やめ、ひんっ!!」
さわさわと撫でるように触られて、また妙な声が出た。慌てて口を閉じる。ヤバい、客の前で何やってんだ俺は。
「や、てめえ、ふざけんな!!」
これ以上変な声が出ないように、慌ててチョロ松の手を掴む。
「おや、私に触れてほしくてこんな服装をしていたのでは無いのですか?」
「んなワケねーだろ、バカ野郎!!つーか、客の前だってのにひゃぁっ!!」
「冗談ですよ。触れられてそんな声を出すくらいなら、露出を控えなさいと忠告しているのですよ、私は」
この野郎!力じゃ絶対俺に勝てないくせに、素早すぎんだよ!チョロ松がスッと眼鏡を外して微笑んだ。
「ああ、申し訳ありません。人の忠告を聞かずに客人の前でこのような失態を演じた彼を許してあげてくださいね?二度とこのようなことが無いよう、私が責任をもって露出過多の服を着られないようにしておきますので。では、また」
[newpage]
あ?賢くて優しそう?賢いのは否定しねえけどよ。……何されんだ、俺……逃げるか?いや、後が怖い……。あ!?何でもねえよ!何も言ってねえ!!ほら、さっさと行くぞ!!
[newpage]
この部屋が、『ミステリアスクール』松野一松の部屋だ。相変わらず、真っ暗で部屋ん中がよく見えねえ。一松のヤツ、いねえのか?え?俺がホッとしてるように見える?別に、んなこと……あー……、まあ。お前にだけ言うぞ?実は、少し苦手なんだよな。
「……聞こえているぞ」
「ひっ!」
「はぁ……貴様が、俺のことを苦手としていることは知っている」
暗闇の中から一松の声がする。気のせいか、息が上がっているように聞こえたな。
「……はぁ……貴様にとっては不本意だろうが、助けてほしい……」
「なっ……ど、どうしたんだ、一松!!てめえはここにいろ、俺が戻ってくるまで動くんじゃねえぞ!」
慌てて一松の声のする方へ駆け寄る。
真っ暗な部屋の隅にあるベッドに、鎖を巻き付けられた一松が裸で縛り上げられていた。
「な、何だこれ、どうしたんだ!!」
「……くっ……帝王なんとかにやられた……」
「ひでえ真似しやがって!!すぐ解いてやるからな!!」
くっ……俺の力でも引き千切れないなんて、何か特殊な鎖なのか?
「…………この鎖は、帝王なんとかが俺の力を封印するために作ったもの。破壊は出来ない。根気よく解いていくしかない」
「くそっ、俺は知恵の輪は苦手なんだよ!待ってろ、チョロ松を呼んできてやるからな!」
「待て!!」
低い声で呼び止められ、ビクリとした。
「大丈夫だ、その端を持って俺の右足の輪にくぐらせろ」
「こ、こうか?」
「そうだ。そして、その鎖をこっちに持ってきて、こう……そうだ、いいぞ」
「こうか!」
「そして、思い切り引っ張ってみろ」
「こうだな!!」
渾身の力を込めて鎖を引っ張ると、何故か俺の身体に鎖が巻き付きベッドに縛り付けられた。
「……ふっ。助かったぞ」
「え。な、何だこれ」
裸の一松に圧し掛かられ息が詰まった。
「ふふ。俺の封印を解いてくれた礼に、貴様に俺の聖気を分けてやろう。不浄の穴から注入するしかないというのがいただけないが、致し方ない」
耳元でささやかれ、ぞわぞわと背中が震える。
「まままま、待て!!俺は今、客の案内中なんだよ!!」
「そうか。……大丈夫だ、貴様が声を出さなければ問題ない」
「ばっ、問題しかねえ!!待たせてんだよ!!礼はいらねえから!!」
「そういうわけにはいかん。王家の末裔として、そのような不躾な真似は出来ない。礼は絶対に受け取ってもらう」
「わわわ、わかった、後で!後で礼を貰いに来る!!だから、解いてくれ!!」
「いいだろう」
一松が鎖を引くと、ジャラリと簡単に解けた。信じられねえ、あれだけ暴れて解けなかったのに、どうなってんだ。
「……必ず来いよ?王家の末裔と交わした約束を破ることは死と同義だと知れ」
わりい、待たせたな。あ?いや、一松は大丈夫だったが、その、ちょっと出てこられる状態じゃねえんだ。ヤツの顔を見るのはまた今度の楽しみにしといてくれ。
[newpage]
暗闇から声しか聞こえなかったけど、素敵な声だった?……あの声がクセモノなんだよ。あの声で命令されると、逆らえないっつーかゾクゾクするっつーか……。ああ!?何も言ってねーよ、俺はアイツが苦手だっつー話だ!!ほら、トロトロすんな!次だ、次!!
[newpage]
あそこで泳いでんのが、『いちまんにn……』じゃなかった、『スイートプリンス』松野十四松だ。俺ほどじゃねえけど、なかなかパワフルなヤツだ。でも優しくていいヤツだぞ。
「わあ~、嬉しいなあ。カラ松兄さんがそんな風に言ってくれるなんて」
プールから上がった十四松がポタポタと水滴の垂れる髪をかき上げて笑う。
子供みたいに純真な笑顔はコイツの最大の武器だよなあ。
「カラ松兄さん!体育会系同士、一緒に泳ごうか」
「ん?いや、俺は案内中なんだ。今度にするぜ」
「ん~、でも泳いでほしいなあ。カラ松兄さん、身体中からおそ松兄さんの匂いがするよ。……あれ?チョロ松兄さんと一松兄さんの匂いもする」
「え、あ?い、いや、さっきアイツらのトコを案内してきたからな!」
「へえ~。でも、そんなレベルの匂いの付き方じゃない気がするんだ」
ニコニコと笑った十四松に手首を掴まれて、袖がジワリと湿る。
「特に、おそ松兄さんの匂いが強すぎてカラ松兄さんの匂いと混ざってすっごく嫌だな、僕。ねえ、一緒に泳ごうよ?プールで泳げば匂いも取れて、カラ松兄さんの匂いだけになるから」
ね?と十四松がキラキラした笑顔を向けてくる。
「あ、いや、泳いでる間、待たせるわけにはいかねえしな。お前以外のヤツには、匂いなんてわかんねえだろうから大丈夫だろ」
「うん、だから、僕が嫌なんだ。泳がないんだったら、僕の匂いで上書きさせてよ!今すぐ……ね?」
目を細めた十四松にグイと腰を押し付けられ、ジーンズが濡れてしまう。
「ま、待て!言ってるだろ?客を待たせてんだって!んなこと出来ねえし、泳いでる暇もねえ!」
十四松が口を尖らせて俺から離れてくれた。叱ればわかる十四松は、良いヤツだ。
「ちぇ~……。あっ!だったら、今夜一緒にお風呂入ろうよー。匂いが消えるまで僕が綺麗にしてあげる!」
さっきまで口を尖らせていた十四松が、良い考えが浮かんだとパアッと表情を輝かせる。
「んあ?しゃーねえなあ。しっかり背中流してくれよ?」
「まっかせてよ!……その後、しっかり染み込むまで僕の匂いを付けてあげるから……」
「何か言ったか?」
「ううん!じゃあね、キミもあんまり遅くならないうちに帰らなきゃダメだよ?カラ松兄さんは、こう見えても忙しいんだから、ね?」
[newpage]
な?優しくていいヤツだっただろ?ちょっと強引なところがあるけど、理性があるうちはちゃんと言う事を聞いてくれるしな。は?理性が無くなった時?ばっ、バカ!んなこと聞いてんじゃねえ!!チッ、いや、今のは俺の失言か。くそ。だー、もう、忘れろ!次で最後だから、さっさと行くぞ!
[newpage]
あそこで甘いもんばっかり食ってんのが、『キューティーフェアリー』松野トド松だ。ま、俺とは正反対のタイプっつーか、ルックスの通りの可愛いヤツだ。
「あっ。カラ松兄さん、今ボクのこと可愛いって言った?」
「ああ、言ったぜ?」
「もう!こう見えても、ボクだって男なんだからね!!」
トド松が、ぷぅ~っと頬を膨らませる。
「わりぃわりぃ!客の前で『可愛い』なんて言われたくねえよな。ま、こんな表情してちゃ説得力ねえけどな、ははは」
頭を撫でると、トド松に手首を掴まれた。
「もう怒ったからね、ボク!」
「おいおい、悪かったって」
「兄さんも説得力無いカワイイ表情にしてあげる♡」
「は?おい、何言ってぅひゃっ!」
いきなり耳を舐められて高い声が出た。
「なな、なに」
「ふふ。兄さんってホント美味しい♡耳たぶもマシュマロみたいだし、首筋もキャンディーみたいに甘いし♡」
「あ、甘いわけあるか!!んっ!ばか、やめろ!」
ゆっくりと菓子を味わうように耳や首を舐められて力が抜けそうになる。
「唇のギモーヴは、何味かな……」
トド松の唇が近づきそうになって慌てて顔を反らして押し返す。
「わわわ、悪かった!!謝る、もうやめてくれ!客の目の前だろ」
「……ふふ、良いよ許してあげる♡これ以上兄さんのカワイイ表情を見るのはボクだけで良いもんね♡」
「トド松……!ホントに悪かったな」
「反省してる?」
「ああ、十分に」
「だったら、お詫びとして今夜はお腹いっぱいスイーツが食べたいな♡」
「任せろ、そんなことで許してくれるなら用意するぜ」
「ギモーヴも棒キャンディーもマシュマロもドーナツも、一晩中ゆっくり味わいたいからよろしくね♡」
……まさか、スイーツってのは……いや、気のせいだよな。うん。
[newpage]
あ?妖精みたいにカワイイ?……まあな、妖精は悪戯好きだって相場が決まってるからな。アイツの悪戯は……まあ、うん、可愛いもん……だ。あ?悪戯の内容?んなもんに興味持ってんじゃねえ!
[newpage]
ほら、これで案内は終わりだ。あん?メンバーが皆『肉食系』?『肉食獣』?なーに言ってんだ。メンバーの中での肉食系は、この俺!肉食系『肉』松野カラ松ただ一人だぜ!!
|
※ご注意※<br />・夢と見せかけてBLです。<br />・F6次男総受けです。<br />・キャラがいまいち掴めていません。<br /><br />最終回カウントダウンで毎日テンションが異常です。<br />六つ子、中でも次男の可愛さが天井知らず過ぎて恐ろしくなって気が付いたら書いていた、などと供述しており。
|
【F6】肉食系肉によるメンバー紹介
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6546208#1
| true |
時に皆さんは「地下アイドル」というものをご存じだろうか。え?普通のアイドルと何が違うかって?有り体に言えば、ライブや物販を主軸に活動しているアイドルのこと。まぁ、そういう風に理解してくれればそれで良い。通称「地下ドル」。全国津々浦々にそれは存在し、その規模は数千はたまた数万と言われている。そんな数ある「地下ドル」の中で、最近人気沸騰中の「地下ドル」がいる。彼女――いや、[[rb:彼 > 、]]の名は「ちょろりん」と言う。何故、「彼」なのかと言えば、「ちょろりん」は稀に見る「『女装』地下アイドル」なのである。しかしながら、彼が男性であるということ以外その素顔は誰も知らない――。
◇
「ねぇ~~、おそ松さんはぁ~~、休日ぅなにされてるんですかぁ~~?」
鼻にかかるような甘ったるい声。その声と同じようにつんと鼻につく甘ったるい匂いを漂わせた彼女は、するりと腕をおそ松に絡めた。その様子を目の前で見せつけられた僕――チョロ松は心の中でチッと盛大な舌打ちをした
「あはっ、そうだね~~。ライブとかかな――?」
へらへらとだらしなく笑みをたれ、おそ松が彼女の質問に応える。チョロ松は殺意を覚えると共に、一刻も早くこの空間から立ち去りたいという衝動に駆られた。しかし、そこはぐっと拳を握りしめそれに耐える。
「やっだぁ~~、おそ松さん、かっこいい~~!!」
語尾にハートマークを付け、黄色い声で彼女が言った。思わず彼女の口を縫いつけたくなったのを必死で押し留める。いっそそれをしなかった僕を褒め称えて欲しい。何て耳障りな声なんだ。こんな馬鹿女と同じ空間にいるということ自体に吐き気がする。ああ、さっさと終わってくれ。
ところで。今チョロ松たちがいるのは大人数が収容可能なお座敷であった。そこでは、社内合同の飲み会が開かれていた。社員はよほどの事情がない限り強制参加で、それはチョロ松も例外ではなかった。だが親睦を深めるという理由で開催されたそれは、チョロ松にとって地獄の饗宴以外の何物でもなかった。
「…えーっと、チョロ松さん、でしたっけ…?チョロ松さんは…?」
彼女はすうっと表情をかき消し、申し訳ない程度にチョロ松の方を振り返った。あからさまにワントーン下がった声。彼女がその質問の答えに毛ほども興味ないのはその声から明白であった。
「……カラオケですかね……」
チョロ松はぼそっと彼女の顔を[[rb:全く顧みることなく > 、、、、、、、、、]]そう言い放った。むしろ、きちんと答えてやっただけマシだと思って欲しい。それくらいに、チョロ松は彼女に対して嫌悪の感情しか抱いていなかった。
案の定、チョロ松の応答が気に入らなかったのであろう。彼女が眦をつりあげて何か言おうとしたのを、別の言葉がそれを遮った。
「いっやぁ、ごめんね~~。こいつ、コミュ障だからさ~、許してやって、な?」
「もちろんですぅ…!」
勘弁とおそ松が片手を上げれば、ころりと彼女が態度を豹変させた。ぱちぱちといっそ賞賛を送りたくなるほどの変わり身の早さである。だが、そんなことより。
「おい、おそ松。この手を離せ」
「えー、いいじゃん。俺たち仲の良い同僚だろ~」
「お前と同僚であることに間違いはないけど、仲良くしたことなんて只の一度も記憶にない」
「唯一の同期に対してひっどい言い草だなぁ。チョロ松冷たい~」
するりと何気なしに回されたもう片方の腕をチョロ松は猫のようにつまむ。そして小蠅を叩き落とすようにその手を乱暴に振り落とした。そうすれば、「やんっ」とおそ松がふざけて品をつくった。ぴきぴきとチョロ松の顔に青筋が浮かび上がる。
このくそったれが。本当に―――僕はこの唯一の同期にして同僚であるこいつのことが死ぬほど嫌いだ―――。
おそ松は俗に言う「リア充」と言う奴だ。コミュニケーション能力が高く、要領も良く仕事もできる。見目もそれほど悪くなく、好奇心旺盛な瞳と人懐っこさを感じさせる笑顔に女性陣は骨抜きだ(母性本能を刺激されるとかなんとか)そんな彼の周りには当然のように多くの人が集まってきた。
対してチョロ松は可もなく不可もなく、平凡を絵に書いたような青年だ。要領も悪く、口下手のコミュ障。唯一彼と似ていることと言えば顔の造りくらい。何故か驚くほどに、おそ松とチョロ松は容貌が似通っていた。だがチョロ松はそれが死ぬほど嫌であったので、前髪を下ろしさらに眼鏡をかけてそれをカモフラージュした。それ故、チョロ松が大抵人から受ける印象は「暗い」の一言に尽きる。要するにチョロ松とおそ松とではまるで何もかも正反対なのである――。
「はーい。じゃあここらへんでお開きザ~ンスっ!二次会行く人はここに集まるザンス~~」
やっと地獄のような時間が終わった。チョロ松は張りつめていた空気をふうっと解放させる。もちろん二次会に行くという選択肢はない。
さっさと帰ろう。明日も早いのだから。
さてとと、チョロ松は早々に帰り支度を整えた。そして真っ先に帰ろうとした矢先に、ぐいっと裾を掴まれる。
「チョロ松ぅ、お前、帰っちゃうの~?」
おそ松が酔いが覚めやらぬ瞳でぼうっとチョロ松を見つめた。
「…当たり前だろ。おい、離せよ。僕はもう帰るんだから」
「…ふぅん、じゃあ、俺も帰る~~」
よほど酔っているのか、すりすりとチョロ松の方におそ松が身体を寄せてきた。チョロ松はどうして良いか分からずぴきっと身を硬直させる。
「あれ~~、おそ松さん帰っちゃうんですか~~」
「あー、おそ松、大分酔ってんなぁ。おい、チョロ松。お前送ってってやれよ~」
「ハイっ!?」
今日一番の声が出た。何故僕が。こいつを家に送り届けなければならないのか。
「ふへへっ~~」
当の本人はどうしようもなくだらしない顔で呑気に笑っている。へらへらと笑ってんじゃねぇ!!
そんな自身のつっこみも虚しく、何故かおそ松を送るという役目をチョロ松は負わされてしまったのであった。
タクシーで走ること三十分。閑静な住宅街にひっそりと佇むマンション。どうやらそこがおそ松の家らしかった。
「…おい、着いたぞ。部屋の番号は?」
「んーっ、313号室~、むにゃ…っ」
半分寝ているのか、覚束ない口調でおそ松が言った。彼の足取りはまさしく酔っ払いのそれ。チョロ松は仕方なくおそ松の腕を肩に回して、彼をぐいぐいと引っ張る。どんだけ、飲んだんだこいつは…っ!!
内心の苛立ちを押さえながら、エレベーターのボタンを押す。しばらくしてやってきたエレベーターに乗り込み、ひとまず3階へ。
チーンっ。3階のフロアに辿り着いた。きょろきょろと「313」号室を探す。
あっ、あった。ここか。
「おい、鍵」
「んー、かばん…」
どうやら自分でする気はないらしい。チョロ松は諦めてごそごそとおそ松のかばんを勝手に漁った。ちゃりっと金属の音がして、それらしいキーケースを見つける。
かちゃり。鍵を回せばあっさりとドアが開いた。ずるずるとおそ松を中に引っ張る。玄関の廊下から開きっぱなしだったドアが見えた。中はどうやら寝室のようだ。ひとまず、こいつを寝かせるか。
つかつかと無遠慮に足を踏み入れる。半開きだったドアを開ければ予想通りダブルベットサイズのベットが中央に置かれてあった。その横にはシックなテーブルとイス。チョロ松はひとまずそのダブルベットにぼふんっとおそ松を投げ捨てる。
「…ったく、世話の焼ける…っ!!」
パンパンとチョロ松は両手を叩いた。
全く何故僕がこんなことをしなければいけないのか。だがもう僕は用済みだ。今度こそ帰らせてもらうことにしよう。
チョロ松が踵を返して帰ろうとしたその時、予想だにしない強い力でぐいっとベットへ手繰り寄せられた。
「うわ――っ!!」
ぼふっと音がして、くるりと視界が反転する。ぱちぱちと目を見開けば、寝惚けてなどいない、正気を保ったおそ松と目があった。もしかして、こいつ――。
「…お前っ…もしかしてっ、酔ったフリ…っ!?」
「大正解~!だって、こうでもしないとお前と二人きりで話せねぇじゃん?」
おそ松は楽しそうに口角を上げた。その瞳に悪戯っぽい光が宿る。
「…っ、なにっ…僕、お前と話すことなんて…っ」
「…残念ながら、俺はあるんだよね~、チョロ松ぅ。あ、じゃなくてこう言った方が良いか――」
「―――ねぇ、『[[rb:ちょろりん > 、、、、]]』?」
「―――――っ」
その瞬間、チョロ松は呼吸の仕方を忘れた。
今、こいつ、何て、言っ、た、ん、だ――。
「…何でって顔してんね?…ほら、これ」
そう言ってがさがさととおそ松が取りだしたのは、一通の手紙。ひらひらとチョロ松に見せつけるようにそれを振る。
「大事なものなんでしょ、これ?」
おそ松の言う通り、それはチョロ松――いや「[[rb:ちょろりん > 、、、、]]」にとってとても大切なものだった。
それは「ちょろりん」が初めてもらったファンレター。仕事で落ち込んだ時。失敗した時。僕はいつもそれを眺めて自身をなぐさめていた。
差出人の名前はどこにも書かれていなくて、手紙にはあまり綺麗とは言えない字でほんの数行――「ちょろりんさんへ 頑張ってください 応援しています」――それだけ添えられていた。いつしかなくしてしまったと思っていたのに――。
「……っ、なに、が、、望み、なの……」
掠れ掠れに、ようやくチョロ松は声を絞り出す。どう足掻いてもこの状況において取り繕えるはずもなかった。ならば、いっそのこと彼の要求に従うしかない。
その言葉を聞いたおそ松は何故だか悲しげに顔を歪ませた。そしてぽつりと声を震わせて一言。
「……ねぇ、俺と付き合ってよ、チョロ松…」
それが俺の望み。彼はそう言葉を続けた。
「―――っ、『嫌』だと言ったら――」
「……ばらされたくないんでしょ…?」
それは明確な脅しであった。それを裏付けるように、おそ松の目はこわいほどに真剣だ。彼が嘘偽りなく本気で言っているのだとチョロ松は悟る。そして――。
「…っ、分かった…」
それ以外の返答がチョロ松には思い浮かばなかった。
|
ホンマにタイトルのまんま。やけど、全然「ちょろりん」出されへんかった上に、たぶんそんなにコメディしてへんのであんまり期待しぃひんで下さい。一応チョロ松ライジングを若干意識して書いてます。何故彼が「ちょろりん」になったのかは頭の中でうすぼんやりとあるんですが、続きを書くかは未定…。あとリーマンパロつけときますが、おそらく異色中の異色なのでまずかったら消して下さい。おそ松とチョロ松は全くの他人同士で同僚という設定です。<br /><br />評価、ブクマ、タグほんまありがとうございます!!<br />続きは断片的に頭の中にあるのですが、如何せんまだ点と点な状態でして……;;<br />(線になるかは自分でも分からへん…ほんまどうしようもないくずやな…)<br />あんま期待せんとお待ち頂ければええなぁと思います…。<br /><br />ところで。<br />皆さん最新話見はりました?めっちゃチョロ松可愛くないですか…っ。え、ホンマ何なんあの子、可愛すぎて、、、うち死亡( ˘ω˘ ) <br />あとチョロ松の後をおそ松にいさんが探しに行くのが、、、いや、ホンマ、おそチョロぉと思わずにはいられへんかった…ありがとうございます…なんで他でもなくおそ松にいさんがチョロ松を探しに行ったのか、にいさんに小一時間ばかし問い詰めたい次第。<br />それからチョロ松の頬っぺをぎゅむーとおそ松にいさんが掴むのが…っ!!勝手な見解なんですけど、絶対チョロ松の頬っぺって餅みたいに柔らかそうやなぁと思いました…。なんであんな伸びるん、可愛い、かわいい、カワイイ。<br />はぁ、おそチョロ尊い…チョロ松尊い…( ˘ω˘ )
|
地下ドル(女装)をやってることが同僚にバレまして
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6546259#1
| true |
季節は巡って春になり今では二年生になったわたしはそろそろ学校に行かなきゃいけないと思い目を覚ました。今日も先輩に会えると思うだけで自然と意識が覚醒する。あぁ、わたしってばほんとに先輩のことが好きだなぁ。
いい加減起きないと学校に遅れてちゃう、それは生徒会長としてダメだと思い布団から起き上がる。
「あれ?」
部屋をキョロキョロと見渡す。あれ、ここわたしの部屋じゃない。
「ここ、どこ?」
総武高校二年生生徒会長一色いろは、朝気がついたら知らない場所にいました。……どうなってるのこれ?
とりあえず現状を把握しようと思い今自分が来ているものを確認する。これ昨日の夜にわたしが着たやつじゃない……。それになんだかサイズも大きい。もしかして誘拐とか!?急激な不安にかられわたしは服の下を確認する。よかった、とりあえず下着はつけてた。これでもしなかったらわたしは一生立ち直れなかっただろう。わたしの初めては先輩にあげるって決めてるんです///
じゃあなんでわたしはこんなところにいるのだろう。まずは行動あるのみと思い立ち上がりドアを開けようと思った瞬間、先にドアが開いた。
や、やばいもしかしたらわたしを誘拐した犯人がきたのかもしれない。
まだ誘拐とは決まったわけではないけど。
とりあえず隠れようとしたけれどそれは間に合わず部屋の中に誘拐犯(仮)が入ってきた。
「なんだもう起きてたのか。今日休みって言ってたからまだ寝てるのかと思った」
「ふぇ?」
「あん、なんだよ。お前まだ寝ぼけてるのか?」
「せ、先輩?」
「先輩ってまた。そう呼ばれるのも久しぶりだな。ってお、お前いろは、なのか?」
なんと部屋に入ってきたのはわたしが大好きな先輩でした。でも何かが違う。あぁ、いつもより先輩が成長してるんだ。
…………やっぱりダメだ、さっぱりついてけないです。
######
「それじゃあここは先輩の家と。それでわたしはここで先輩と同棲しているわけで」
「ああ。まあ実際は家じゃなくてアパートだけど」
「そんな細かいことはいいんです。話を戻しますと、信じられないことですがここは未来の世界と」
「俺からしたらここは現在でお前が過去の人間だけどな。見た感じいろはは高校時代って感じか」
「え、ええ。正解です」
先輩の予想通りで少し驚くが、案外分かるものなのかもしれない。まあわたしはタイムリープした訳ではなくて体がそのまま未来へと飛ばされたわけなのです。どおりで服がぶかぶかなわけですね。
は!ということはこのまま行けばわたしはこの年になればこれだけ体が成長しているというわけで、高校生である現在のわたしの悩み事の一つであるお胸さまがこれだけ大きくなるというわけで…………。やばい、顔がにやけてきました。
「いろはお前顔がにやけててきもいぞ」
「女の子にきもいとか言う方がきもいですよ先輩。と、というか先輩わたしのこといろはって呼んでるんですね」
「ん?ああそういえばいろはが高校の時はまだ名前で呼んでなかったか。んじゃあ一色って呼んだ方がいいか?」
「い、いいえ!全然おっけーです!むしろもっと名前で呼んでください」
「俺からしても今更感があるからそっちの方が助かる。今さらいろはのことを一色って呼ぶのはな」
「えへへ」
先輩に名前を呼ばれるだけで笑顔が、もといにやにやが止まらない。ああ、わたしが元いた時代の先輩も名前で呼んでくれたらいいのに。
あれ?そういえば今更だけどなんで先輩はわたしのことをいろはって呼んでくれているのだろう?そもそも先輩と同棲してる意味もよくわからない。
「ねえ先輩」
「なんだよ後輩」
「いろはって呼ばないと怒りますよ。それでですね、どうしてわたしと先輩って同棲してるいるんですか?それになんか先輩がわたしのことをいろはって呼ぶのも考えられないですし」
「いやなんでって俺とお前って付き合ってるし。それと俺と同じ大学だからそっちの方が楽だからってお前が越してきた」
「えっ、先輩とわたしって付き合ってるんですか!?」
マジですかマジですか!?先輩とわたしが付き合ってるってそんな幸せな未来でいいんですかここ。そして先輩と同棲とかもう天国すぎるじゃないですか。
だってあの先輩ですよ。高校時代とか全然わたしに振り向いてくれなかった先輩がですよ。
「ちなみに先輩とわたしっていつ頃から付き合っているんですかー?」
「俺が大学入学して少したったくらいからか、それで偶然いろはと会ってそれからまあ少ししてから付き合い始めた」
「そ、そうですか……」
なるほど、とりあえず高校生のうちは先輩と付き合うことはできていないと。むぅ、ちょっと悲しいですね。
「あーなんだ、いやだったか?」
「へ?」
ちょっとだけ悲しみにくれていると先輩が申し訳なさそうに聞いてきた。一体何のことでしょうか?
「ほら、俺とお前が付き合ってるってことが。俺から告白したけど、今ここにいるいろはって葉山のことが好きないろはだろ?だから……」
そこまで言って先輩は顔を少し伏せる。先輩の申し訳ないというよりも悲しそうな顔を見るのは初めてかもしれない。
そんなことよりもどうやら先輩は誤解しているようなのでそれはといておかなければ。
「先輩、わたしは全然いやじゃないですよ。むしろ嬉しいです。だって大好きな先輩と付き合ってるんですよ。こんなに嬉しいことはないですよ」
「ならいいんだか。……というか大好きなって今のいろはって高校生だよな?その頃って葉山のことが好きじゃなかったっか?」
「わたしは高校の時から先輩のことが好きでしたよ。どうやらこの時代のわたしは先輩にそのこと言ってなかったみたいですけどねー。それよりも先輩から告白とか意外です。高校の時は全然振り向いてくれなかったのに」
「振り向いてくれなかったって実際は違うぞ?実際は振り向いてたし」
「どういうことですか?だって先輩全然そんな素振り見せなかったじゃないですか」
「そりゃあお前は葉山のことが好きだと思ってたから。結構気持ちを抑えるの大変だったんだぞ」
「な、なんで告白してくれなかったんですか!?」
「振られるくらいならそのままのほうがいいじゃねーか。結構気持ち抑えるの大変だったんだぞ」
その後「卒業後に会ってから気持ちが抑えられなくなったけどな」と先輩は続ける。
た、確かに両想いってのは気付いてませんでした。これが世に言う両片想いってやつですかね。
「なんというかその、ごめんなさい。素直になれなくて」
「今さらだから気にするな。そういえば高校時代は付き合ってないもんな」
「はい……」
「まあなんだ、元の時代に戻れたらいろはももう少し素直になってくれ。そうすればきっと俺もその分素直になれるだろうから」
「はい、……はい!分かりました。戻ったらもう先輩に甘えまくりますね♪」
「そいつは大変そうだな」
そう言って先輩は笑う。その笑い方は高校時代から変わらないニヒルっぽい笑い方でこっちも笑えてきた。
あぁ、やっぱり先輩はどの時代でも先輩なんだなぁ。
もっといろいろとこの時代のわたしたちについて聞こうと思ったところで体の力が抜けてきた。
「ありゃりゃー。先輩もうお別れみたいですね」
わたしの勘だけど多分元の時代に戻るんだろう。
「ん?ああそういうことか」
「はい。それでは先輩、この時代のわたしをよろしくです!」
「おう。いろはもそっちの時代の俺をよろしくな」
「それじゃあまたすぐに!」
その言葉を最後にわたしの意識は途切れた。[newpage]
季節は巡って春になり今では二年生になったわたしはそろそろ学校に行かなきゃいけないと思い目を覚ました。
ふと自分の服装を確認する。よかった、昨日の夜に着たパジャマだ。今いる場所だってちゃんと自分の部屋だし。
今日は面白い夢を見た。わたしと先輩が付き合っている未来にタイムスリップする夢。結構リアル感があってほんとに夢だったのかなと思ってしまう。
「夢じゃなかったらな」
もしあの夢の通りならばわたしと先輩は両想い、今の時点では両片想いってやつ。夢じゃなかったらどれだけ幸せか。
「ふぅ、…………よし!」
わたし決めました。今日はとことん先輩に甘えることにします。夢の中の先輩にお願いされちゃいましたしね、俺をよろしくって。
とりあえず夢の通りに先輩にはいろはって呼んでもらうことから始めますかね。
あんな夢を見た責任とってくださいね、先輩♪
######
「あれ、ここって……」
「ん、起きたかいろは」
「あー、八幡くんおはよー」
「なんだよまだ寝ぼけてんのか」
「んー大丈夫。それより変な夢見たんだー。わたしが過去にタイムスリップする夢。その過去ではまだ八幡くんと付き合ってなくて悲しかったなー」
「てことは高校時代か。俺も面白い夢を見たぞ」
「ふぇー。どんな?」
「高校生のお前がタイムスリップしてきてなーー
|
どうもです、鴉子です。<br /><br />タイムスリップってよくあるネタかもです。なんかぐだぐたになっちゃったし。<br />とりあえず書いたので読んでみてくださいです!
|
タイムスリップしちゃいました。
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6546658#1
| true |
誤字脱字は見逃して。
あてんそん!!!
・本科山姥切転生成り代わり
・成り代わりの際、女性から男性への性転換表記があります
・実装されていない刀剣男士が存在します
・刀剣の経歴を妄想で補っています
・刀剣男士の口調はゲーム中のセリフから妄想
・作者の知識はさくっと漁ったざっくり知識
・妄想捏造ばっちこーい☆地雷なし、なんでもモグモグおいしいわという方向け
以上、あかんわーと思ったらそっとブラウザバックプリーズ。
苦情は受け付けておりません。
初心者故、お手柔らかにお願い致します。
タグ付けもこっちの方がいいよというのがあればご教授ください。
大砲ぅとか、装備できんかの?
刀装の準備はOK?心の準備はできましたね、さぁ、出陣だ。
[newpage]
デイリーを消化するために近侍の山姥切国広を連れて今日も鍛刀部屋で資材を融かす。最近検非違使狩りを始めたし、資材は手入れ用に溜め込みたい。でも新顔ほしい。悩みどころだ。政府がキャンペーンだと虎徹兄弟や明石国行が鍛刀できるとか抜かしおるから尚更だ。
ドロップ運がないオレはこの期間に賭ける!
今いる刀剣?ほぼ鍛刀でお呼びしましたが、なにか?
泣いてない、泣いてないぞ!
「切国ー、何がいいと思う?」
「それを決めるのもあんたの仕事だろ。・・・検非違使狩りに太刀が入ったから資材が心許ない・・・あまり大きく回さないでくれ」
「りょーかーい。それじゃまぁココは無難にAll350でドン!」
妖精さん、お願いしまーっす!
任せろ!とサムズアップした妖精にほっこりしながらえっちらおっちら運び込んだ資材を投下していく。いつも思うが資材さえ突っ込めば刀が出来上がるというこの不思議鍛刀場はどういう仕組みなんだろう。
【02:80:00】
んんん?妖精を二度見したが、鍛刀に夢中でそれどころではないようだ。
「二時間八十分?三時間二十分の間違い?それか二時間時半・・・バグ?新顔?」
「だが、事実こうして表示されているぞ。かうんとも続行中だ」
山姥切国広と二人で首をかしげたが、事態が変わるわけもない。ここはひとつ、審神者の御供サポート式神の出番だ。
「こんのすけー、鍛刀タイマー壊れたんだけど、こういう時ってどうすりゃいいの?」
こーんーのーすーけー、こんちゃーん、ヘルプミー。
ぼふんと軽い煙と共に宙返りをして虚空から現れた隈取した時の政府の管狐、審神者のサポーターことこんのすけだ。
「お呼びですか、主さまー」
「こんちゃん、これ、この鍛刀タイマー見てくれよ。どうも壊れたっぽいんだけど、どーすればいいの?」
「これは・・・・・・いえ!新たな刀の参陣やもしれません!至急政府に確認して参ります!」
現れた時と同様に唐突に消えたこんのすけを見送って山姥切国広がオレに声をかける。
「それで、どうするんだ?」
「とりあえず、待つか」
鍛刀は時間いっぱい待つ派だ。手伝い札は手入れ用以外用いない。必要ないって手入れ部屋に籠られることもあるけどな。やっぱ見てて痛そうなのはいやじゃん。救急大事!
「そろそろ遠征連中が帰ってくる」
「出迎えして報告上げて夕刻、明日の朝でもいっかな」
「そのすぐ後回しにする癖を辞めたらどうだ。あんた、この間の報告もぎりぎりだったじゃないか」
「う、報告書苦手なんだよぉ・・・切国君、手伝ってくれー」
本丸運営の相談をしながら、目の前の仕事に意識をシフトした。
ひとしきり政府への報告書も仕上げて夕刻前。ちょっとのんびりするかと広間でお茶をしていた刀剣男士に混ぜてもらって茶菓子をつまんで夕飯に響かないようにねと釘を刺されたところにこんのすけが飛び込んできた。
あー、すっかり忘れてた。ごめんごめん。
「政府より主さまへ、こちらをと申し付けられました」
どうぞと渡された資料は巻物である。刀帳と似たものであるようだが、データを開示したそこには見たこともない刀剣男士の姿があった。
「政府は日々戦いに赴く新たな刀剣男士の強化に努めております。この度以前よりお話を勧めておりましたこのお方に試験実装の御言葉をいただけたようで、そのお方ではないかとの回答でございます」
「今度の刀は写しじゃない、の・・・か・・・・・・・・・」
三次元表示された小さなモデルはよくできた人形のようでもある。羽織の桜が印象的な美人なのは間違いないが、パッと見ただけで刀派と分類ができる程詳しいわけではない。
「どうした?切国の知り合いか?」
やけに重たい沈黙を不思議に思いつつ近侍に声を掛ける。
「・・・・・・山姥切」
呟いたのは誰だったか。理解していない審神者に居合わせた鯰尾藤四郎が答える。
「山姥切さん、えーっと本作長義って言ったら主さんにはわかります?」
「わからないなー、ちょっとうぃきる」
「・・・俺の、本科、だ・・・」
「って、本科ぁ?!」
これって波乱の予感???
[newpage]
山姥切国広の強い希望により、近侍は彼のまま鍛刀場に足を運んだ。うちの切国は他の本丸に比べて比較的写し写しと言わないが、それでも彼がオリジナルでないことを気にしているというのは短くない付き合いで理解している。メンタル的に大丈夫なのか?両者を合わせていいものか?散々悩んだが、山姥切国広の断固固持の一点張りに負けた。うちの初期刀はなんだかんだで押しが強い。個体差という奴だろう。
新しい神様を呼ぶこの瞬間はいつだって緊張する。
その依代となる刀剣に触れてそのものに込められた想いを励起する、審神者となるものがまず教え込まれる技だ。
おいでませ、おいでませ。
匠の技と精神をもってその身を賜り、物語のようないにしえの使い手の想いと、すべてを抱えて長き時を越え、今目醒めませ。
祝詞が終わり、ひらりと薄紅色の花弁が散る。
さぁ、神の目醒めだ。
[newpage]
俺が唯々諾々と大人しく従順に従うと思ったか!そら、これでいいんだろ!
炉に向けて分霊の本体を振りかぶる。国広に逢ったら決心が鈍るからな。
紅蓮の業火で焼き尽くせ!俺の末路などこれが似合いよ!はははははと高らかに笑おうとして失敗した。
がつん☆と腰にダイレクトアタックされて横に吹っ飛んだ。
な、なんだ???
不覚を取ったその塊を見て俺は瞬時に受け身をとる。視界に入った裾が擦り切れぼろぼろになったその布は・・・まさかっ!山姥切国広じゃあありませんか!!!
腰へのダメージが大きいとかそんなことない。国広が抱きついてきたんだぞ。もんどりを打っても受け止めるのが俺の役目だ!勢いに負けて押し倒されてしまったが、これが練度差・・・なんという無慈悲な現実。むしろご褒美です!!!齢千年越えの化け物刀を相手取った俺へのご褒美ですね!今まで感じなかった重みも温かさも全部愛しい。KU・NI・HI・ROまじとうとい・・・。でも本丸顕現しちゃって主を持たないといけない現実。まさしく天国と地獄。駆け出したくなる楽曲だ。
そっとそのベールを外すと・・・天使でした。ありがとうございます!!!ここは天国ですね!!!どうする、俺?ここで華麗にライフカード!!!
1.国広を愛でるwith審神者。
2.国広といっしょwith審神者。
3.神域に引き籠もる。
4.童子切安綱を殴る。
5.国広と本丸生活with審神者。
一に国広、二に国広、三四がなくて、五に国広。俺の負けだ。ツーアウト満塁さよならホームラン試合終了ー。チャンスがあれば時が許す限り国広と共にある。それでこそ国広クラスタというものだ。それにしても審神者が邪魔だなぁ・・・あ、でも国広といられなくなるのか。そうか、それはダメだな。・・・残念だ。
国広と出逢った時点で俺に選択肢はない。そっと手を引かれて立ち上がる。王子か!ふわりと鼻孔をくすぐったのは花の香りか。いいにおいがした。・・・・・・・・・せうと!ふぅ、先が思いやられる。
「調子はどうですか?顕現したばかりだとみんな体に慣れないみたいなんですけど」
調子。多少重いが分霊と本霊の違いというやつだろう。それにしても、これが本丸用分霊か。神気はこの濃さでいいのか?よくわからん。うーん、仮想空間に作った仮想ボディに薄めた意識を落としたみたいな・・・なんて言ったらいいんだ?この体が折れても本霊に意識を戻すだけっていう・・・いまいち該当する表現が見つからないな。パソコンのウィンドウをたくさん開いてそれぞれで処理を動かすみたいな。HD俺。あれ、これうまくすれば同位体で分霊ネットワークできんじゃね?ブラックでも対処できんじゃね?ちょっと希望出てきた。国広に逢うために本丸実装の考えてみようかな?
・・・・・・・・・本霊?本霊さん?本霊やーい???
・・・・・・返事がない。ただのしかばねのようだ・・・って死なないよ。折れるだけだもん。
・・・おい、ちょっと、これ本霊寝てないか?どうやったら分霊と同時に動かせるんだ?同位体は降ろせそうだが、まったくわからん。刀剣用の神域の守護は・・・問題なく機能してるな。
まぁ、俺一振り抜けても連中が後れを取るわけないか。これくらいは想定範囲だろ。精々働け、じじいども。
「体は問題ない・・・それより口上だったな。山姥切という。化け物切りの刀というが、どうだかな・・・なんだ?何か気になることでも?」
しっかりと俺の左側をキープした国広と俺にうっとうしいほどの視線を忙しなく交互させる審神者はやはりどこかおかしいんじゃないのか?顔色もよくない気がする。
比べたがるのはヒトの性というものだ。目を瞑るさ。だが、貶すというのなら俺の霊力が黙っちゃいない。歯痛頭痛悪夢に不運どれがお望みだ?大丈夫だ、死にはしない。
「えっと、世話係は」「俺がやる」
「・・・切国、近侍」「俺だ」
国広が俺の世話を買って出たってことでいいんだよな?ちょっと押し気味だけど、どういうことなの?国広が傍にいるのは御褒美だけど、これは折れるなっていう俺に対する念押しかな?
はっ、しかし国広が俺の世話につくなら情けないところは見せられないぞ!刀剣男士の体はヒトに近いようだし、ここは前世知識の見せどころ!俺の九百年前の前世の記憶よ!今こそ力を発揮するのだ!国広を愛でるのは当時から標準装備だ、問題ない。
俺がフードを外したままのキャストオフ国広、カワイイ。これが個体差というやつか?
その黄金飴を溶かしたような金髪も煌めく翠色の瞳も白いきめ細かな肌もうつくしぃいいいい。きれいだ。かわいい。てれっと笑みが零れるよ。はっとしたようにまたフードを被ってしまわれた。あああ、また見せてくれるかな?いいともー!何度だってチャレンジする!
本丸顕現というか分霊をいっぱい作るのは怖いけど、国広といられるのか。あぁああああ、守護神域もあるからあんまり手は広げられないけど、これは揺らぐ!付喪神として格は上なのに刀剣男士として主に従うという歪さが怖いんだよなぁ。間違えてコロっとしちゃいそう。・・・なにを?まぁ、戦争してみればわかるさ。
「・・・・・・・・・わかった、わかったよ。おまえに任せるって。残りは長谷部にでも頼むかな」
「よし!」
審神者が大きくため息をつく。ん?何が決まったんだ?
「山姥切、俺がこの本丸を案内する。当面の世話も俺を頼ってくれ・・・・・・こっちだ」
国広の手に引かれて、鍛刀場を後にする。
あれ?審神者はいいのか?
「こっちが母屋、入口は此処だ。靴を脱いで、右手側に引き戸があるだろう。そこにしまう・・・わからなければ、また聞いてくれ」
「大丈夫だ」
「・・・そうか?」
こっちが広間、あっちが道場、そっちが厩、ここが作戦会議室、刀剣の私室に審神者の執務部屋。畑庭厨厠等の生活区もある。本丸広い。城並みに広い。ただでさえ自由に動かないものの付喪神たちである。これはヒトの身になったばかりの刀剣男士に理解しろというのは無理がありますわ。
ちらと天井を見れば囁きのような小さな小さな笑い声が響く。この本丸はいい場所のようだ。家鳴りがいる。迷子になれば彼らに聞けば一発だ。本丸ナビゲートがいるなら迷う心配はない。
ひとしきり広い本丸を案内されてあっという間に日暮れ時。手を引かれてデートみたいで嬉しい。何振りかの刀剣男士ともすれ違ったが、二度見された。なにか珍しいものでもあったかな?
そして現在、刀剣男士の集まる夕食前の広間。審神者と合流した俺は相変わらず国広に手を引かれながら顔を合わせることになった。
上座に座る審神者の左に座すのは国広だ。促されて俺は右隣に座っている。その前方に集まっているのは刀剣男士だが、学校一クラス分ぐらいいる。おぉー、こうして並ぶと圧巻だ。これだけの名刀が並ぶとなると保管庫や展示会を彷彿とさせる。この本丸には現在42振りが揃っているらしい。
これでもいろんな付喪神や精霊、妖などを見て来たから美人には耐性がついてるんだ。顔見知りも結構いるぞ。展覧会で見た顔もある。
「今日は新顔が来たので飯の前に紹介な。山姥切、本作長義、えーと・・・」
データを見ながら刀派や刀種などの情報を述べていく。
「刀種は打刀、備前長船派・・・しょっくんと同じ長船派に分類されるのかな?最後に長義から一言」
クラスの転校生の紹介か。
「山姥切だ。こうして顕現したが試験実装中だ、まぁ適当によくしてくれ。俺も自由にさせてもらう。あぁ、山姥切が二振りというのはわかりにくいか?なら、長義とでも呼んでくれ。兄弟もいないようだしな」
「以上かな?んじゃ、飯にしよ」
わっとみな立ち上がって膳の用意を始める。ほんと学校の給食風景みたいだ。
そこへ山姥切さーんとやってきた六百年来の馴染み顔と軽いタッチで挨拶を交わす。
「ほんっとーに来たんですね!俺、山姥切さんは来ないと思ってました!」
「俺も来る気はなかったぞ」
ヒトに喧嘩腰で小さな不幸を送り続けて早数百年、そんな俺ばっかり見てたらそういう反応にもなるわな。あとでちょっとここの審神者の話を聞かせてくれ。なに、深い意味はない。
「主様、山姥切さんを近侍にだけはしないでくださいね!すぐどこかに行ってしまうんで当てにしちゃダメです」
おい、ラッキーボーイ。喧嘩売ってるのか?第一城内で何が起こるってんだ。抜刀は死罪だぞ。言い渡されれば仕事は果たす。ないならないでいいがな。ニー刀はいいぞ。
「山姥切殿、久しいですな。主殿は生身の人間故くれぐれも自重して生活なされよ」
「・・・・・・・・・一期一振、俺は別にいつでも何かするわけじゃあ」
「自重なされよ」
アッ、ハイ。これは信用ゼロですな。どうして何かやらかす前提なのかな。トラブルメーカーとかそんな落ちはないですぞ。俺はちゃんと相手を見て手を出す子です。御覚悟はいらない。怖いというより長い。説教はもう勘弁だ。
「山姥切殿、貴方もお変わりない様子・・・」
「江雪か、息災そうで何より」
ほら、これ。俺が望んでいるのはこういうの。ちょっと口の端に乗った笑み。貴重な微笑みをいただきました。やったね!
その隣の桃色のしっとりとした色気溢れる男が口を開く。
「顕現するなんてどういう心境の変化なんです?この本丸があなたにとって居座るに足りると?」
「なんだ、お前は自分の意志でここにいるんじゃないのか?」
「この本丸を選んで顕現したとでも?自分が特別だとでもいいたいんですか?」
「俺もお前もただの刀だ。何も変わらないさ。本丸に来たのは俺の意志じゃないが・・・務めは果たす、それだけだ」
童子切の言葉じゃあ先行調査とか言ってたから、刀剣守護神域を護る刀剣達の隠れ蓑として本丸が使えるなら連中も顕現を考えるだろうよ。ただし俺を含めた刀剣守護神域の連中が顕現した場合、本丸の安全が保障されるかは別の話だ。どこにスパイが潜んでいるかわからないしな。さて、鼠は釣れるのかね。
「あなたのそういうところが僕は嫌いなんですよ」
「そうか」
苛々とした様子でそっぽを向かれる。昔から宗三左文字は取り付く島もないな。嫌いなのにどうして来るのか。顔を合わせるとちくちくちくちく。初めの出会い頭を失敗したからそのせいなんだろう。それにしてもそういうところってどういうところだ。わからないから直しようがない。俺に和睦力などない。もう諦めた。
「山姥切君!君も来たんだね」
「・・・まだ試験実装段階でな。正式でない。あまり大仰にしないでほしい」
「そうなの?でも折角顕現したんだ。楽しんでね。今日はいつも通りの食事だけど、そのうち腕によりを掛けさせてもらうよ」
「そうか、楽しみにしているとしよう」
明るく話しやすい。いい笑顔だ。スパダリのコミュ力はすごい。俺も見習いたいものだ。
「山姥切殿ー、お久しゅうございますなぁ」
あっ、鳴狐だ。小指と人差し指を立てて残りの指を合わせる。指遊びの狐をお互い作って、ちょんと口を引っ付ける。うばっちゃったー。1ニコもらいました。彼表情豊かで可愛いんだ。
その後も久しいなと顔見知りの面々と次々に挨拶をして席に着いた。
端に案内されて座る。ルールのわからない俺が手を出すと邪魔にしかならないからな。こういうのは追々覚えていくとしよう。二人分の膳を取りに行った国広を待つ。
食事か。そういえば必要ないからと特に意識したことなかった。空腹とか感じないんだが、そこんとこどうなんだ?
「そういえば、どうして食事するんだ?」
「食事から神気を取り込むことができるんですよ」
「食べた方が調子が出ます」
「おいしいんですよー」
と短刀たちからの元気な返答をいただいた。
神気。よくわからないが、あればいいもの、ということか?
食べようとすれば食べられるのだからうちの神域でも娯楽のひとつとして取り入れてもいいかもしれない。神に酒好きは多いから取り寄せてたが、食事は盲点だったな。時々豪勢な食事で饗宴でもするか?厨道具の連中が喜ぶな。
並んだ膳を前にして全員揃ったところでいただきますの大合唱。本当に学校みたいで笑える。
すちゃっと箸を取って国広が煮物を俺の口元に運ぶ。もちろん口を開けるに決まっている。
「美味い」
「これもおすすめだ」
何故か食べされられている。子供みたいで少々面映ゆいが、これはこれで幸せなのでそのまま好きなようにさせる。国広の勧めのままあれこれと口にする。どれも大変美味しい。
「国広、全然食べていないな。そら、口を開けろ」
「む・・・・・・」
俺を食べさせるのに一生懸命でお前全然食べていないだろ。雛鳥のように開けた口にきんぴらを放り込む。むぐむぐと食べるその姿。ここは楽園か。
お互いに食べさせ合いをしながらのろのろと食事をしていた俺たちに痺れを切らしたのは鶴丸国永だった。俺の右隣に座り込んで膳からきんぴらを取り上げると箸を向けてきた。
む、いただこう。口を開けてやると金色の目が一層輝いた。そこからはあとはもう勢いだ。
左を向いてもぐもぐ。
右を向いてもぐもぐ。
あっち向いてもぐもぐもぐもぐ。
こっち向いてもぐもぐもぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ・・・・・・・・・・・・
はやい、まって、まだくちのなかにのこってる。はしをかまえてまたないで。くにひろ、むきになってるな?つるまる、たのしんでいるだろう。まて、いまたべるから、もぐもぐもぐもぐ。
鳴狐が参戦した。あっ、これ、幸せ殺しかな???
「鳴狐、鶴丸、切国も、やめてあげなさい。長義が困っているだろう」
呆れたように三人を注意したのは石切丸だ。さすがパッパ。
この状況はうれしいけど、たすかります。ありがとう。もぐもぐもぐもぐ。
「そういえば、山姥切殿・・・失礼、長義殿は箸を扱えるのですな」
国広に食べさせていた俺の手元を見て感心したように一期一振が呟いた。
初めはみんななかなか苦労するらしい。俺は前世の賜物、三つ子の魂百までということだ。
なんだろう。みんなの意味ありげな視線が刺さる。ここはひとつ誤解のないように言っておく。
「物を食べたことはないぞ」
ない、ないよな?酒くらいは嗜むが。遠い前世にはそりゃあ毎日三食食事をしていたが、今生はつまみ食いなど・・・どうだったかな。ぶっちゃけ飽食の近代ならいざ知らず、古い時代のおまんまは元現代人には魅力的じゃなかった。御殿の飯でフツーだなって思うぐらいだぞ。それもあって食事は考えたことがなかったんだ。
「そういえば、宝物庫に鼠が出た時になんぞ食べ物を持ってきて与えていたことがあったなぁ。他の子が齧られぬようにとの気遣いであったが、結局子が増えてあわや惨事となるところであった」
三日月!笑っているんじゃない!そんな失敗談は忘れろ!餌で誘き出して追い出すつもりだったんだ!・・・失敗したけど。罠もなく動物を相手にするのは無謀だと学習したさ。
「・・・なんだ、その目は・・・・・・昔の話だ。ここではしない」
アッこれ冤罪確定ですね。がっくりと肩を落として残りの食事に取り掛かった。ちゃんと自分で食べましたよ。でもまたできればあーんしたい。おやつとかいけませんかね。食べ物を求めて口を開ける国広かわいい。
国広はあっという間にぺろりと平らげた。はやい。決して俺が遅いわけでは。
食後のお茶を出されて、一服。
腹がくちてほっこりとした気分だ。これはいい。食事か、うちの神域でも検討しよっと。
[newpage]
さあて、本日最後の山場が待っていた。風呂だ。
・・・・・・・・・予想だにしない展開である。え?むり、むりむりむりむり、そんなのめがつぶれる。いやいやいやいや、その、布を取り払ってくれるのは嬉しいけど、はだかなんてそんな、よこしまなそうぞうをするわけじゃないなだけど、なんかいけないものをみるっていうか、きれいなくにひろをけがすなんてゆるさない。
キェアァアアアアアアアアアア、 煩 ☆ 悩 ☆ 退 ☆ 散 ☆
風呂なんて付喪神に必要な・・・あっ、うちの神域にあったわ。すげぇ立派な露天風呂もついてた。かなり人気でいっつも満員御礼ってな。知ってるか?神様って風呂好きなんだ。
脱ぐの?国広の前で裸になるっていうの?ひぇえ、国広に裸を見せることになるなんて考えたことなかったよぉ!そりゃ鈨も鍔も拵だって取り除かれて刀剣本体のみで飾られる俺たちだけど、それとこれとは話が違うだろ。防具や装飾を取り払ったって服はデフォルト装備なんだよ。わかれよ。貧層とは言わないが、立派ならいいだろとかそういう問題ではない。この世には侵してはならない分量というものが存在するのだ。
脱ぐの?本当に脱ぐの?曝しちゃうの?ともたもたしていたのが、いけなかった。いや、この場合は僥倖か?国広の手が俺のネクタイに伸びる。
「初めは首が締まる奴もいるからな。そら、上を向け」
国広に言われたら素直に上を向くのが俺です。
近い、近い、近い、触れる、ただそこにあるだけの霊体とは違う温かい体がそこにある。あれ?国広、もう脱ぎ終わってる???素早い!国広の白い肌がまぶしい。とてもきれいなはだです。検非違使さん自首します。
天使も裸足で逃げ出す美しさ。名画とか彫刻とかそういうレベル。美しい。上半身だけで目が潰れる。まぶしい。下は怖くて向けない。なにかみてはいけないものがそんざいしている。こわい。
さらりと羽織と外された。待って、良妻のように上着を取り払わないで。あっ、ボタンは自分で外せます。胸元を触らないで。ベストは、はい、脱ぎました。ベルトも大丈夫。腰から手を放して。早い。手が恐ろしく速い。こんなところでその機動を発揮しなくていい。待って、国広。ズボンは自分で脱げます。ぬげ、ぬげるから、まって、かはんしんからてをはなして、こわい・・・おれのいげんがこわい、ばべるはだいじょうぶ、あらぶってない、でもこれはどうなっているの、これはどういうものなの、なにをしたらはんのうするの、たすけて。きゅうひゃくねんのきおくにそんなのそんざいしない。まって、したぎをひっぱらないで。たすけて、くにひろ、まって、こころのじゅんびが、たすけて、どうしたらいいの、まって、たすけt・・・アッアーーーーー!!!!!・・・・・・おれのしたぎはぼくさーです。
腰に巻いた布一枚が我々の生命線である。
裸の国広とかなんか緊張でもろもろの体液が大変なことになりそうだが、ヒトの体とはまこと恐ろしい。素肌が空気に触れる感触も大変恐ろしい。おれ、いま、すっぱだかなんだ。
たとえ素肌が曝されようとも俯いたり、背を丸めたりしてはいけない。どんな時でも堂々と!北条から尾張徳川と殿に侍るうちに自然と身についた習性である。身を隠せないこのつらさ。
本科・山姥切の威信を賭けて俺はこの場に臨む!!!(注:ただの風呂です)
使い方を教えようとする国広の体が触れるたびにドギマギする。目を閉じて頭を洗って洗顔してシャワーはどこだ?ふらふらと宙を彷徨う手にそらと渡されるノズル。ありがとう国広。
そして目の前には泡立ったタオルを手に持った国広。湯煙は仕事をしてくれません。
仏説摩訶般若波羅蜜多心経。観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行識、亦復如是、舎利子、是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法。無眼界、乃至、無意識界。無無明亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦集滅道。無智亦無得。以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。故説、般若波羅蜜多呪。即説呪曰、羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。般若心経。
・・・ダメだ。全然悟れない。色即是空とか俺には無理だったんや。国広に心が反応する限りとても至れない境地だ。うん、一生悟れなくていい。
「大丈夫だ、国広。自分で洗える」
「背中だけだ。そら、後ろを向け」
アッ、ハイ。
ひぇええええええ、国広の手が触れてるよぉおおおおおおおおお!!!!!
あっ、絶妙の力加減。これは、アカン。ンッ。アッーーー。ちょうきもちいい。すごい。そこ、いい。やばーい。言語の足りない現代人のようだ。とろっとろやでぇ。
湯を浴びて血色の良くなった体温にも、国広絶妙の垢すりテクにも全く反応しないバベルに安心した。刀剣男士に性欲とかなかったんや。男の威厳とか関係ない。国広に嫌われない方がずっと大事。
つと背中を撫でる手に姿勢が伸びる。鏡越しの国広と目は合わない。熱心に背中を見ているようだけど、傷でも残ってたっけか?氏康傷なら誉なんだが、背中じゃあ誇れないな。
あわあわー。きゃっきゃと背中を流しっこして同じ湯に浸かって一息。はー・・・極楽じゃー。
濡れた国広も色っぽいわー。うつくしいわー。
バベルも始終大人しかったし、一安心である。国広によこしまな感情を向けるなんて俺にはなかったという立派な証拠になったな。国広はとうといのである。これからも目一杯愛でることにしよう。
天窓から覗く星空も素敵だし、この風呂はいい風呂だ。
ばばんばばんばんばん、ばばんばばんばんばん、まんば!左隣から熱烈な視線を感じるぜ。じっと見つめ返して見つめ合う。目と目があった瞬間君が美しいと気が付いた。何言ってんだ、国広はいつだって美しいんだよ。
旦那方何やってんだと薬研藤四郎に突っ込まれた。ははは、ホント何やってんだろうね。それにしてもほっそい体してんねー。見た目は薄幸の美少年だよ。石鹸で頭を洗うあたりが男前だけどな。乱藤四郎がぷりぷりしながら注意していたのが面白かった。戦場育ちで雅なことはわからんを言い訳にすればなんでも通ると思っている辺りが特に。
頭を拭いている間にすべてを終えた国広は俺の上半身に手を伸ばす。もういい。好きにしてくれ。国広の介助スキルと素早さがカンストしてるんだけど、なんなの?顕現した当初はみんなそんな要介護要員なの?何それ怖い。審神者って大変な職業なんだな。ちょっとくらい優しくしてあげてもいいかもしれない。下半身はなんとか死守した。ほんとなんなのあの機動。ドライヤーまで当ててくれちゃって、お返しに国広の髪を乾かせてもらった。さらさらキューティクル。まあるい頭部にきゅんとした。寝間着は浴衣のようだ。旅館みたいだな。国広が着付けてくれた。一生これを着ていたい。希望者にはスウェット?ふんふん、ワンチャン考えたら浴衣一択だよね。
あぁー、幸せー。
今日は国広の部屋にお泊りらしい。やっぱりここの審神者は俺を折る気なんじゃないかな???
「寝るのがもったいない」
「ちゃん寝ろ。朝になったら起こしてやる」
付喪神の寝るは年単位なので心配になる刀剣もいるらしい。わかるわー。
敷布に押し込まれて、肩まで布団をかけられた。
お風呂で消耗したのか、眠気はあっさりとやってきた。
おやすみなさーい。
そういえば初めてまともに鏡に映ったけど、国広とのお風呂にいっぱいいっぱいで全然覚えていないな、ははっ。
[newpage]
審神者の私室。小さな明かりが室内を煌々と照らし出す。
寝る前にと政府から届けられた極秘データを審神者解錠プログラムに掛ける。
刀剣男士には見せられない政府の極秘事項らしい。
「こちら山姥切様の情報になります」
政府から一時持出許可を得てきてくれた資料らしい。横で待機するこんのすけの視線が痛い。
開いてみると山姥切の刀帳の追加情報のようだ。彼の言葉が載っていた。
『山姥切、その名の通り信濃の山姥を退治したというのが由来だ。化け物切りの刀と言われるが本当のところはどうだかな。刀工長義作で一応備前長船派だが正宗十哲に数えられる、随分と自由な作風で知られているな・・・刀工國廣の作った写しが有名だ』
それから山姥切りの戦果実績が並んでいる。
どうやら実装前から時間遡行軍を駆逐しているようだが、どういうことなんだ。
「え、これ、本当に実装されてない刀の情報なんですよね?討伐数あるんですが」
「これ以上は政府の中の機密中の機密故お教えすることは適いませんが、この戦いの当初より御尽力いただいております刀剣でございます。現在この本丸のみ顕現が確認されております貴重な刀剣でございます。損なう事のなく厳重に扱うよう政府から言付かっております」
遡行軍勢はいいとして審神者とか政府職員って討伐対象になるんですね。初めて知りました。遡行軍殲滅、政府職員逆賊狩り、素行不良本丸審神者駆逐。これ、最近でも人間斬ってるって話なんですよね?え?ははは、いやだな、ただの確認ですよ。
・・・・・・・・・めちゃくちゃ斬れる御刀様じゃないですか。ヤダー。
「むりむりむりむり、こんなんおれにあつかえとかむりぽ」
「やれ(意訳)」
「アッ、ハイ」
すげー威圧された。解せぬ。
心が折れるわー。
[newpage]
あとがきという名の雑談
顕現ネタと脱衣ネタ。如何でしたでしょうか?
脱衣ネタいいんですかね。Rとかつかない?大丈夫?基準がよくわからないよ。
般若心経は著作権的に問題ないと判断して載せました。あれ死後五十年くらいで切れるらしいので。
それなりに刀生活に染まっているんですよとアピールしたかった。
堀川物はどいつも血気盛んな脳筋派だと密かに思う。車もない当時もちろん徒歩。旅するのも危険だったろうに九州から関東を経て京都に住み着いたアクティブ父ちゃんやで!
この本丸の国広君はアクティブ属性。拙宅の兄弟は山伏、国広、堀川の年齢順。
長義さんは長船派の家に生まれたのに兄弟に任せて他の流派の弟子になった自由人。ふらふらしている自由人なうちの本科。想像通りじゃあないですか。兄弟は軍人系真面目。八文字と六股、それぞれひとつの家に長く大事に伝えられたようなので持ち主の性質を引き継いでそう。
刀帳番号を見てると実装されないような気がしてきた。
山姥切ステータスを妄想した。
コメント参考にさせていただきました。ご協力ありがとうございます。
山姥切1.鍛刀2:80 打刀レア刀装3スロ
山姥切2.鍛刀2:30 大太刀打撃型
山姥切3.鍛刀1:30 打刀ノーマル完全夜戦型
鍛刀時間によってステータス値が変わる。
あなたのお好みの男士を鍛刀して育ててください。
うちの本科は不器用なので一定の分霊を作れないようだ。
唯々諾々なんてイヤ!俺は縛られないぞと審神者の誓約をいじるせいもある。
こんな男士がいてもいいじゃない。
近侍を山姥切国広にすると打刀レアが顕現する可能性が上がる、かも。
もちろん同じ部隊での出陣はできないよ!
今回本丸に顕現したのは1の山姥切。
最後に皆様の優しいヌクモリティによりこの作品は出来ております。
アンケートで今後の展開を妄想していきたいと思っています。
ご協力よろしくお願い致します。
コメントでも大丈夫です。ちょっと返信が追いついておりませんが、目を通させていただいております。
展開になったら、そっとそういうこともあったなと笑ってください。
※ 2016.07.17 追記 ※
キャプション、タグ等を見直しました。
本文も誤字等を歴史修正しましたが、流れに変更はありません。
此処まで読んでいただいてありがとうございました。
|
コメント、スタンプ、ブクマ、フォロワー、いつもありがとうございます。<br />コメント参考にネタをひねり出したりしております。<br />需要タグ励みになります。<br />アンケート、今後の参考にさせていただきます。<br /><br />いつも勢いで書き上げるので、書き上げた後に数日開けて文章を校正し直さないと内容が酷い。<br />でもそろそろ完全にストックがなくなるので、更新はゆっくりになると思われます。たぶんね。<br />本科女.体.化の話が降ってきた。ちょっと待って。続きを降ろして。<br /><br />審神者歴4か月目に突入しました。目下一軍カンストを目指すべく厚樫山に行軍中。<br />二振り目の月が厚樫山で保護されたんだが、一銭も賭けていない拡張されていない本丸でどうしろと・・・orz<br />我らが山.姥.切.国.広、鳴.狐、大.倶.利.伽.羅を筆頭に刀装を剥ぐわ、剥ぐわ。先生!投石兵が足りません!<br />虎徹弟揃わないままですが、源氏兄弟がドロップになりましたね。あの二振りは見てみたい。<br />我が本丸にはイベント刀剣男士は実装されておりません。<br />新しい子を頂戴。書いたら来るなんてない。いないと書けない。来たら書く。<br />徳美の幸運王子はしょうがない。山姥切とは結構一緒だった設定だから。<br /><br />冒頭いらないかなと悩みながら投稿。でも顕現シーンを入れたくて。<br />以前コメントで漏らした脱衣ネタ。今回書き終えて我に返った。バカだろ。<br />これ、載せても大丈夫なんかな???セウト???<br />下ネタ過ぎないか心配。Rは大丈夫?年齢は十分すぎる程に足りているよ。<br />そして今更ながら女→男ネタだったなと気が付いた。さっぱり忘れてた。あべし。<br />いつもより文字数が多めです。途中で切るのもできなくてこうなりました。<br /><br />山姥切を書いている他のユーザー様を見ていたら、実装されたら消すべきなのか悩んだ。<br />・・・・・・まぁいい。ポジティブシンキングでいこう。<br /><br />★☆★☆★アテンション★☆★☆★<br /><br />・成り代わり、転生、女→男、キャラ捏造<br />・ネットでさくっと漁っただけのざっくり知識<br />・経歴捏造妄想ばっちこーい☆<br /><br />あかんわーと思われた方はそっとブラウザバックプリーズ。<br />地雷なし、なんでもモグモグおいしいわーという方向け。<br /><br />準備はよろしいですかな?<br />苦情はなしでよろしくお願いします。<br /><br />初心者なのでタグに不足があれば付け足してくださるとありがたいです。
|
うちの本科・山姥切になって本丸に顕現する迄
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6546664#1
| true |
呼ばれやすい体質だから気を付けるように。
そう祖母から伝えられてはいたが何のことかは理解していなかった。
ただ御守りは必ず持つように言われていたから、オカルト的なことなのだとはぼんやり考えていた。
親元を離れた後は火村が傍に居た。何も起きない日々を過ごしていたからか何時しか祖母から言われていたことは忘れ、お守りを持たない日が増えた。
「ここ、どこや」
火村の下宿先に忘れ物をしてきた。急ぎの用事でもないが一週間ほど忙しく顔も見れていなかったため、久しぶりに火村の顔を見に行こうと思った。が、降りてみるとどうだ。
うたた寝をしていたのは確かだ。終電だというアナウンスがあり、慌てて電車を飛び出すとそこは無人駅だった。
錆びているのか血液のような色をしたものがフェンスに飛び散っている。
何より、夕方に出たにしてはどうしてこんなに真っ暗なのだろう。
寒気が僅かにする。どうしようもない、こんな時は火村に迎えに来てもらおう。
携帯を取り出し電話をかける。
その瞬間ぐらりと視界が揺れ、立っていられなくなった。
『どうした』
今は、何時だ。私は何処に向かおうとしていた?時計は数字を刻んですらいなかった。
私?私は、一体誰なのだろう?
息苦しい。ただひたすら、息苦しい。
『アリス!』
怒鳴るような声に頭がゆっくりと動く。
「あ、かん、ここ、何処や」
遠くで太鼓と笛の音が聴こえる。
呼んでいる、何かが私を呼んでいる。
「どこの駅かも、わからん。笛の音が聴こえ、て、」
電車が来た。無人電車だ。乗らなくてはいけない気がした。
「電車が、来た」
『乗るな。その場から動くな、思い出せ、お前は何処に行こうとしていた?どのくらい電車に乗っていた?』
何処に、何処に、そうだ。火村の元へ向かおうと思っていたのだ。
音楽を聴きながら電車に乗って、と考えて音楽プレイヤーを確認すると四曲目。20分ほどしか経っていない。
あまり寝ていないではないか。何故終電になったのかがわからない。
素直に火村に伝えるとやはり動くなと言われた。
『名前と住んでいる場所は忘れるな。俺の名前もな』
復唱するように名前と住所を言う。
次第に鳥肌が立ち、冷や汗が流れ、うまく言葉が発することが出来なくなった。
ガチガチと歯がぶつかる音が大きくなる。
有栖川有栖と気が狂いそうになりながら口にする。一拍開けるだけで忘れてしまいそうだった。
『先頭のベンチの前に立て』
大丈夫だ、アリス。その言葉に汚れることも気にせず這いながらベンチの前に行く。
すでに立っていることは困難だった。
「私は、」
私は、誰なのだろう。先ほどからアリスと呼ばれている。男が焦っていることが声からわかった。
突如、ばしゃりと冷たい何かが頭の上から降ってくる。
思わず目を見開くとそこはもう見慣れた風景だった。眩しい夕日が沈み始めていた。
「アリス!大丈夫か!?」
這いつくばっていた私を火村が起こす。体はがたがたと震えていた。
何時もの雑踏、雑音、偶々電車が行ったあとなのか人がいなくてよかったと思う。
「どう、なって、」
未だ震えが止まらずうまく言葉を紡げない。火村は有栖に背中に乗るよう指示し背におぶる。流石に人前で横抱きにするわけにもいかないだろうという言葉を聞いて何時もの調子に少し安心した。
「お前は憑かれていた、現実ではなくいわゆるあちらの世界に居た。どうして俺が分かったのか不思議そうな顔をしているな?」
不思議に決まっている。あちらの世界とやらに居たのだから探しようもないはずだ。
何か言っただろうか?記憶が曖昧で思い出せないことが多い。
「無理に思い出すな、むしろ思い出さない方がいい。わかった理由だが、どのくらい時間が経過していたか聞いただろう?どこに向かっていたのかも。お前は偶々音楽を聞いていたから正確な時間がわかった、だからもしかしたらこの駅に降りているのかもしれないと思った」
次に来た電車に乗っていれば確実にお前は連れていかれていたよ、と言われ寒気を感じる。
あと少しで、火村がいなかったらどうなっていたのだろう。
『憑かれやすいから気をつけなさい』
祖母から言われたことを断片的に思い出していく。お守りは何処に置いたのだろう。
人の体温に安心する。これから変わっていくことに二人は気付かなかった。
その日はとりあえず火村の下宿先で休むことにした。
というのも私は体が震えきっていたということもあり、一人で帰れそうになかったからだ。
つきっきりで火村は傍に居てくれたが後日、落ち着いた私は家に帰った。
「ん?」
何時も通り執筆活動を続ける。忘れていた短編の締切が目の前だ。
そんな中、寒気がして思わず手を止める。今まで感じたことのない寒気、いや、つい最近、昨日感じたことのあるとてつもなく嫌な寒気。
火村を呼ばなければ、このままでは、私は私で居られなくなる。
呼吸がうまくできなくなる、涙がぼろぼろと零れる。女性のすすり泣く声が聞こえた。
不規則な呼吸をしながら携帯を握りしめ火村に電話をかける。
23時、果たして火村は起きているだろうか?早く、出てほしい。
『なんだ』
不機嫌な火村の声。どうやら眠っていたようだ。この様子だときっと悪夢を見ることなく寝ていたのだろう。
「ひ、むら、」
ぼろぼろと涙が止まらない。女性と自分の姿が重なる。
『寝ぼけてんのか』
火村のため息を吐く音と、被るように有栖が言葉を紡ぐ。
「ごめんなさい」
その瞬間にアリス!と火村が叫んだ。思わずはっとする。私は今なんと呟いたのだろう。
女性の声は聞こえなくなった。
『お前今何処に居る』
「家や」
家を出るなと釘を刺されながら火村がばたばたと何か用意をしている音が聞こえた。
もう何も聞こえない、大丈夫だろうと電話を切ろうとすると切るなと怒られた。とりあえず安眠を妨害してしまったことを謝るとため息を吐かれる。
いったいなんだというのだ。
暫くそのまま電話を続ける。日付が変わってしまった、そろそろ切ろうと思ったところでピンポーンとチャイムが響く。
思わず悲鳴が漏れてしまった。
「俺だ、アリス」
外から声がする。
「なんや火村か、合鍵使えばええやろ」
立ち上がった瞬間に違和感に襲われる。
『アリス!絶対に開けるなよ!?』
どっちだ、これは、どっちが本物の火村だ?電話をしている火村が偽物?外に居る火村が偽物?
一度は治まっていた呼吸が再び不規則になる。
立っていられずに崩れ落ちる。携帯が床に転がった。
私の名を呼ぶ君の声が響く。それが今は恐ろしい。早く、助けて。
がちゃりと開いたドアに私は死を決意した。この火村は、どっち?
「アリス!」
ああ、もう偽物でもいい、なんだっていい。痛い、怖い、だから私を包み込んでくれるのであればもう、
ばしゃりと水が頭にかかる。こんなことがつい最近あった気がする。
「しっかりしろ」
両手で顔を固定された。目の前に火村の顔がある。心地いい手のひらの温度に本物の火村であることに気付く。
安心すると同時にくらりと眩暈がして力が抜けた。
「アリス、熱が出ているな。風呂は入れるか?さっきかけたのは塩水だ、俺も手伝うからまずは洗い流すぞ」
流石にべとべとしてきては困ると火村に抱えられながらシャワーを浴びる。
「本物、や」
「馬鹿なことを考えるな」
優しい手、優しい言葉。気を抜くと意識を失いそうになるぐらい体が重い。
火村に介助をしてもらいながらシャワーを終え、布団に入る。
「ほんま、すまん」
こんな時間では帰れないだろう。私は床で寝ようと思っていたのだが優しく頭を叩かれる。
「ほら、寝るぞ。一緒に寝る」
どうやら私が熱を出している原因は風邪ではないらしい。風邪であれば一緒に寝ようとはしないだろう。
一人では心細かったためほっとする。それでも僅かな隙間さえも恐ろしく、火村にぴったりとくっつく。
「安心しろ、俺が全部追い払う」
頭を撫でられ、手を握られる。嫌な寒気は治まっていた。
ごぼごぼと苦しみながら水に沈んでいく。
君の声がはっきりと聞こえるというのに君の顔が滲んでいく。
濡れた君の手に縋ろうと水の中でもがくけれど届かず、嫌な歌が耳に溶けて浸み込んでいく。
君が掠れて消えていくことに耐え切れず力を込めた。
「アリス、起きろ」
弾かれるように目を覚ます。嫌な汗と震える体、かなり力を籠めていた手の先には火村の手がある。
この様子ではどうやら私の熱は下がっていないようだ。
「寝込んでいるところ悪いが俺の家に連れて行く」
何時の間にか火村は私の荷物をまとめていた。着替え等が入っているのだろう。
「ど、ういうことや?」
掠れた声で聞くが火村は後で話すと言い、私を起こすと上着を着せた。
どうやら寝間着のままで移動させる気のようだ。
火村は有栖を横抱きにするとそのまま部屋を出て車に乗せる。
「少し車で待っていてくれ、安心しろ。俺の車は安全だ」
「ようわからん」
ぼんやりとした思考では何も突っ込む気にはなれない。少しして火村は戻ってくると有栖にシートベルトをつけさせ発進させた。
「さて、本題だが。お前はこの間の異界事件から憑かれやすくなっている。だがお前は正直言うと姿を見えていない。声は聞こえるようだが…だから見える俺が傍にいないとお前は憑かれまくって昨夜みたいになる」
熱も呼吸が乱れるのも見えない代わりに体が反応しているのだと火村が説明する。
「異変が起きたと思ったらすぐに知らせろ、俺は迷惑だとは思わない」
思わずどきりとした。頼って迷惑となればもう連絡をする気はなかったのだ。
火村にじとりと睨まれ思わず視線を外す。
「暫く俺のところに居ろ、今後のことはゆっくり解決していけばいい」
まるでプロポーズみたいや、と呟くと平然とそういうつもりだがと返され余計熱が上がった気がする。
下宿先に着くと時絵がすぐに顔を出した。
「心配しとったんですよ?私も見えますから。ここに居れば安全どすえ」
「ほな、すんません、世話になります」
時絵が顔を顰めるということは相当酷い顔をしていたのだろうと有栖は苦笑する。
仕方ない、初めてのことなのだ。今まではずっと傍に居た両親や祖父母に守られてきたのだろう。そして大学では火村に守られてきたのだ。
対処法をこれから学んでいこうと有栖は決意する。
「この下宿先は基本いつも除霊をしているから大丈夫だろうが一人で勝手に外に出ればいつ狙われるかわからない。だからお守りは必ず持ち歩け。あとはお守りに何か異変があったら必ずすぐここに戻ること。当分は近場を行動範囲にしろ」
火村からの説明をげんなりとしながら聞く。熱の所為であまり頭に入らないが、元気になれば勝手に外出するだろうと先に釘を刺しているのだ。
適当に聞いているつもりはなかったが次第に体も辛かったため頭から抜けていった。
二日後にはもう熱は下がり外に出ることは可能だった。
兎に角近場、そしてお守りは忘れずにという言葉だけを頭に入れて午後になってから外に出る。
久しぶりに外の空気を美味しいと感じる。やっぱり籠もっているだけでは頭も働かない。
外で原稿を進めている内に夕暮れになっていた。
思った以上に時間が進んでおり、慌てて戻ろうと立ち上がる。
「ん?」
お守りが熱い。こんなことがあるのだろうか。じりじりと熱くなるお守りに思わず手を離し、お守りは地面に落ちた。
ふと、周りに人が全くいないことに気付く。平日だからだろうか、いや、観光客は何時でも居たと思うのだが。
不思議に思いながらも伸びをしてからお守りを拾おうと足を踏み出した。
「アリス」
足は踏み出せずそこに留まる。
「火村?」
背後から声をかけられ振り向く。火村がそこにいる。夕暮れで顔が見えない。
「そうだ、俺だよ」
笑うような声色だが、表情が一切見えない。
「っ、」
お守りが黒ずんでいた。
気付いた時にはじわりじわりと呼吸がおかしくなっていく。こいつは、火村か?
そう考えた時火村の言葉をやっと思い出したが遅いことに気付く。
逢魔が時、黄昏時に出かけるなという言葉を。
雲の無い西の空に夕焼けの名残の赤さが残る時。
夕暮れの、人の顔の識別が分からなくなる頃、逢魔が者は動き出す。
「見付けた」
|
霊に憑かれやすい有栖と霊媒体質火村の話。エセホラー、中途半端になりました。■デイリーランキング21位、評価コメント、タグ、ありがとうございます。幸せです。
|
君を守るための32ヶ条を作ろう
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6546867#1
| true |
「あの...」
「...はい? 私、ですか?」
「...私と、結婚してくれませんか」
堂上篤、30歳。図書館勤めの独り身。
水曜日の午後は決まって、映画を見にここに来る。1番後ろのスクリーンに向かって左側、いつもそこは、誰にも邪魔されない俺の特等席のはずだった。
それなのに今日だけは右隣の席が埋まってしまっている。
「...今、なんて?」
「私と、結婚、してください」
映画館の照明が落とされた。誰にも邪魔されない、自分だけの時間が始まる。
[newpage]
...わけもなく。
この映画は人気シリーズの小説を実写化したもので、前作からの続編だった。本格的なアクションと男女の恋愛模様とストーリーが売りの、実写化では稀に見る成功作だと思っている。前作では描ききれていなかった主人公とその上司とのヤキモキさせる恋愛模様が気になりつつ、昨年主演男優賞を受賞した男性俳優の体当たりのアクション見たさにやってきた...はずだった。
『アホか貴様!!!』
前作同様、男性俳優の怒号が飛ぶ。
そのあまりの迫力に、隣に座っている痴女( たまたま席が隣だっただけでプロポーズしてくる奴は痴女に違いないのだ )の身体は、ビクッと震えた様子がうかがえた。
頭の中の知り合いホルダーを必死に引っかき回す。プロポーズされるようないい関係の女性などいない。最近連絡を取り合ったのも、妹くらいなもので、「そういう相手」はかれこれ長いこといなかった。我ながら気持ちが枯れかけている。
激しいアクションも何もかも頭に入ってこなかった。恋愛模様が進展しつつあるのに、頭の中はさっきの「結婚してくれませんか」に支配されている。
ただでさえ薄暗い映画館の中、顔もよく見えていなかったし、人物特定に至る要素が少なすぎる。ただ1つ言えることは、「あんなにも切なさがこもった声音の女性は知り合いにいない」ということだった。
もしかしたらどこかで......図書館で会っているのかもしれない。不特定多数の人が出入りする図書館だから、その可能性は捨てきれない。
『お好み焼きに納豆入れると美味しいですよね』
…あぁ、そう言えば久しく食べてないな、お好み焼き。映画が終わったら食べに行くのもいいかもしれない。ちなみに納豆は却下。
半ば寝ているような頭でぼんやりとスクリーンを見つめ、痴女のプロポーズは忘れることにした。映画が終わったら速攻出て行ってやる。
[newpage]
「…さん、堂上さん!映画、終わりました」
速攻出て行ってやると固い決意をしたはずだったが、どういうわけか寝ていたようだ。肩を揺すられ声をかけられ、意識が明瞭になったところでぐいっと俺を覗き込んでいるのは隣の席の痴女だ。
「いつから寝てたんです?お疲れなんですね」
まて、俺はお前の知り合いか?そもそもなんで俺の名前を知ってる?
「さっ、堂上さん!行きましょう!お好み焼き!」
「.........................................................は?」
無理矢理俺の右腕を引っ張り上げ、立つように促す痴女は、興奮冷めやらぬ表情で。
「お好み焼きの話をしていたからか、お好み焼きが食べたくて食べたくてしょうがなかったんです!」
...まぁそれは俺もだが。名乗る気も無いのかお前は。
会話もそこそこにグングンと歩き出した。座っていた時は気がつかなかった、こいつ、俺より身長が高い。
茶色がかったショートヘア、タートルネックのベスト、軽やかなシャツ、清楚に揺れるスカート、印象的な赤い靴下、黒のブーツ。スカートから覗く、スラリとした脚。繋がれた手はひんやりしている。目測およそ170㎝前後。不覚にもドキリとした俺。おそらく年下の...痴女を返上して、女性。
「おい、ちょっと待て、まず名を名乗れ!」
シアター出入り口の重たい扉を開けた所で、彼女の背中に声をかけた。彼女の背中は一瞬ピクリとして、そしてこちらを振り向いた。
シアターの扉を開けて入り込む、外のほのかな光が、彼女を照らす。
「...笠原 郁です!」
とびきりの笑顔にまた、俺の胸はまたドキリとした。
[newpage]
俺の右手は、笠原郁に掴まれたままだ。
映画館を出るとすぐ道に出る。この映画館は小さくて、いりくんだ街並みの中に周りの建物と大差無い見た目で建っている。そんな所も俺のお気に入りのポイントの1つだった。
「堂上さん、お腹空いてます?」
「...まず状況を整理させてくれないか」
「お好み焼きおいしいお店知ってますか?私チェーン店しか知らないや」
「いや、だから...」
「あ!探します!スマホで探せばいいんですよね!」
「いや!だから!頼むから話を!」
「...お好み焼き焼いてる途中にしましょう?」
だから。
なんでそんな切なそうな顔をするのだ。
映画館の目の前で男女が手を繋ぎながら、かたやスマホでお好み焼きの店を探し、かたや女性に怒鳴りつけている男の図...シュールすぎるにもほどがある。
はぁ、とため息をついた。彼女の意思はかなり固いようだ。
「俺が気に入ってる店がある...そこでいいならそこにしよう」
スマホの画面を凝視していた彼女がパッとこちらを向く。花が咲いたように笑った。
「はい!ぜひ!!」
[newpage]
いつもおまかせなんだと彼女に言うと「じゃあ私も堂上さんにおまかせします」とまた微笑んで言った。
人通りの少ない路地に入り、右へ左へさらに奥へと進むとこの店はある。行きつけというわけでもないがそれなりに気に入っていて、お好み焼きならここと決めていた。なかのいい老夫婦が営んでいて、味は確か。
奥さんへ「おまかせ」とオーダーをすると「はいはい」と何ともほっこりする返事が返ってくる。お冷はセルフサービスになっている。
「私お冷持ってきますね!」
席に着いて早々立ち上がろうとする彼女を静止する。
「まて。戻れ。まず座れ」
しょんぼりとした様子で、折角立ち上がった彼女はまた席に着く。顔に出やすい方なのか、彼女の喜怒哀楽はすぐに見てとれた。ただわからないことが1つある。よくよく考えれば2つ3つ出てくる。
「笠原さん...と言ったな?」
コクリ、彼女は素直に頷いた。
「単刀直入に聞こう、結婚って何だ?」
「...言葉通りの意味です」
「君は見ず知らずの初対面の男に結婚を申し込むのか?どういう人なのかも知らないのに?俺がとんでもない悪いやつだったらどうする?もし映画館で襲われてたらどうするんだ?」
「そんなことしないって、わかってましたから」
「......どういう意味だ」
「...堂上篤さん、武蔵野第一図書館勤務の、司書さん。水曜日はお休みだから、午後からあの映画館で映画を見る」
ツーッと背中に冷や汗が伝った気がした。だいぶ申し訳なさそうにしているが、この女、俺の素性をペラペラ話す。
「...すまないが、それ、俺のカテゴリー分けからすると、ストーカーになるぞ」
「失礼を承知で言いました......私の話、聞いてくれますか?」
「...聞かなきゃ納得できないだろうからな、聞いてやる」
[newpage]
「...私、笠原郁です。25歳。
武蔵野第一図書館の近くで、カフェを経営しています。
茨城から出てきて、友達と協力して、カフェを開きました。
堂上さん、1度だけ、私のお店に来てくれたことがあるんです。ランチタイムでした。
ランチメニューのチキンカツと、あとオススメですよって勧めたチーズスフレ、コーヒーを注文してくれた。
その日はとっても混んで、てんてこ舞いだったんです。私、何を勘違いしたのか、堂上さんのオーダー、通し忘れてしまっていて。周りも見えていなくて...。
堂上さんのこと1時間もお待たせしてしまったんです。
私、急いで謝りに行って、ランチメニュー持って行って、お代はいりませんって言ったんです、堂上さんに。
そしたら堂上さん、
『ランチボックスにしてくれないか、お代はちゃんと払う。君の接客はとても気持ちが良かったから、そのお礼だ。今日は時間があったから、ここに寄ったんだ』
って言ってくださったんです。
私、その時、本当に本当に嬉しくて。
その頃、『カフェなんかやめてしまおうか』って悩んでいたんです。
でも、堂上さんの言葉のおかげで、ずっと続けてこれました。
...私にとって堂上さん、ヒーローみたいで、王子様みたいで...。
一目惚れ、だったんです。
好きだって思ったら、止まらなくって。
ストーカーみたいなことして、ごめんなさい。
本当はちゃんとご挨拶して、気持ちを伝えようとしたんですけど...。
友達から『普通に告白したって面白くないからいっそのことプロポーズしちゃいなさいよ』って言われたの思い出して。
映画館に行くことも、あの席に座ることも知っていました。
だから隣同士にしてもらって...思わず『結婚してください』って言ってしまったんです。
......好き、です...堂上さん」
[newpage]
彼女の気持ちは痛いほど伝わったが、ヒーローだとか王子様だとか恥ずかしすぎるワードが出てきて30歳、いや31歳目前の俺は恥ずかしすぎて手で顔を覆った。25歳でそのワードが出てくる彼女の頭を心配したりもした。大丈夫かお前、頭の中お花畑なのかよ?
「...そういえば、だいぶボリュームのある飯を出すカフェだと思ったことがあるな」
「...そ、そうなんです!堂上さん、ランチボックスをご希望だったから、ランチボックスにしたらビックリしてて!どうされたんですかって言ったら『カフェなのにだいぶボリュームがあるな』って!」
「...おいしかったぞ、あれ。チキンカツもチーズスフレも。コーヒーも」
「ありがとうございます...!」
「...笠原さんの気持ちは...うん、ありがとう、でも、ウンともスンとも言えない」
「...いいんです、ふられてもいいって思ってましたから。もしかしたら気持ち悪がられて逃げられるかも〜とか、色々思ってましたけど、堂上さん、今、私と食事しようとしてくれてるじゃないですか。...それでいいんです、とりあえず」
『とりあえず』
諦めているような、それでもまた次を願っているような、そんな言葉で締めくくり、彼女はまたはにかんだように笑った。
小汚い店で( 営んでいる老夫婦には心の底から謝罪したい気持ちでいっぱいだがこの言葉しか当てはまりようがない店の外観である )熱々の鉄板を前にして、頬を染めて笑う彼女を、心底綺麗だと思って、俺の胸はまた、ドキリとしたのだった。
[newpage]
運ばれてきたおまかせのお好み焼きは、豚玉と海鮮焼きで、いつもの通りに焼いてやると、笠原さんは目を輝かせていた。
「すごい...!すごいですね堂上さん!!」
何がすごいことがあるか。仮にもあんた、飲食店経営だろう。
目をキラキラさせている姿は少女のようで、思わず自分もフッと笑ってしまう。
「私、飲食店経営してますけど、接客担当で。お料理はからきしダメなんです。新メニューの味見なら得意なんですけど」
「ブッ...!!!そうなのか?」
飲食店経営者のは料理上手、料理が出来て当たり前、このイメージは180度覆された。あまりのギャップに不意を突かれて吹き出してしまう。
「あー、酷いです堂上さん...」
「いや、飲食店経営してたら料理できるもんだと思うだろう?」
「てんでダメなんです...りんごも剥けません。お料理は友達夫婦に任せてるんです。経営とか、お金の管理も。私は本当に接客しかできないのに、でも私が店長なんですよ......変ですよね」
「いや?変ではないだろう?」
ひょい、とお好み焼きをひっくり返す。出来上がりはもうすぐだ。
「え?」
「信頼の証だろう、それは」
お好み焼きは極力いじらないのが上手に焼き上げるポイントだ。
「...信頼の証、ですか?」
「笠原さんと会ってそんなに経っていないが、素直さと嘘のつけなさが全面に出てる。裏表がない。だから安心できるんだろう、その友達も」
「...それって私がバカ正直って......いいえ、褒められたと思って喜んでおきます」
「アホウ...っとすまん、褒めてる褒めてる。それと重ねて謝っておく。俺、それなりに口が悪い」
「あはは!!なんですかそれなりに口が悪いって!!いいですいいです、あたし兄がいるんですけどね、その位日常茶飯事、気にしません!」
全くよく笑う人だ。笑うとまた幼くなる。まるで高校生と話しているみたいだ。
「俺にも妹がいるよ...憎たらしいだけだが...ほら、焼けた。食べ頃だ」
「うわーいやったぁ!!いただいてもいいですか!?あっ、妹さんの話します?」
新メニューの味見専門なだけあって、食には全力の様子で、今はもう目の前の豚玉にしか興味がないようだった。...くそっ、可愛いとか思うなよ俺。
「もういい、食べろ。俺も食べるから」
「いっただっきまーす!久しぶりですお好み焼き!!」
ヘラで器用に切り分けて、皿に取るかと思いきやそのままかじりついていた。熱いのに。
「あっつ!けどおいひぃ〜〜凄いですね堂上さん、魔法使いみたい!!おばさんおじさん、美味しいですお好み焼き〜〜!!」
案の定熱かったらしいが、それでも咀嚼を止めない。奥にある老夫婦にも味の感想を伝え、...今俺のこと魔法使いって言ったか?
「魔法使い...」
「お料理できる人はみんな魔法使いですよぅ〜〜麻子も手塚もみんな魔法使いです!」
本当にこの人はワードが幼すぎる。彼女の食いっぷりを見ていたら急激に腹が減って、俺もお好み焼きに手を伸ばした。...うん、美味い。
「...麻子に手塚?友だちか?」
口いっぱいにお好み焼きが入っているものだから、彼女は口を開けない様子でコクコクと頷くだけだった。
「そうなのか」
「...麻子と手塚とは幼馴染です。大学卒業と同時に麻子と手塚、結婚しました。小学校の頃からずっと昔から2人はお互いのこと好きだったと思うんですけどね、素直じゃないからなかなかうまくいかなくて。でも付き合ったらすぐでした、結婚。綺麗だったな〜〜麻子。あのカフェを開いたのもそのあとすぐだったんです。あたしの夢、麻子と手塚が叶えてくれました。だからあたしも、2人のこと守るんです」
「...夢、だったのか?」
「はい。カフェっていうか...人と関わる仕事がしたくて!その夢のことを麻子に話したのは大学在学中だったんですけどね、あたしお料理が壊滅的で、自分のお店持つとかそういうのは諦めるしかないかなぁって...思ってたんです。でも麻子、調理師免許に管理栄養士、もう色んな資格取ってくれて、『郁は接客担当ね』って!手塚も麻子に引っ張られて手伝ってくれて、今ではメイン料理を担当してくれてます。あっ、麻子はスイーツ担当なんですけど」
よほどその友達夫婦のことを信頼しているようで、ニコニコしながら笠原さんはよく喋った。接客をしているからか、彼女には人を惹きつける魅力があると思う。現に今、俺は彼女の話を飽きもせずに聞いているのだから。
「さっき、守るって言ったな?...順調なようなのに」
「...あそこがあたしのいる場所だし、麻子と手塚にとっても、そうであって欲しいから...だから、です」
今日はじめて言葉を濁した気がした。だがそれ以上は追求しなかった。笠原さんも追求して欲しくないようで、それ以上は何も言わなかった。彼女が言いたくないのなら、無理に聞き出すことはしない...が、すべてを知りたくなってしまうのはどうしてだろう。
[newpage]
笠原さんは本当によく食べた。
豚玉に海鮮焼き、そのあと老夫婦からのおまけでとん平焼もペロリと。男の俺でも目を見張るほどに。そんな細っこい体をしているのに一体どこに入っているのだろう。
すっかり老夫婦と仲良くなってしまったようで、「郁ちゃんまた来てちょうだいね」と言われていた。くそ、俺だって何回も来てるのに。「はい!美味しかったから、今度は友達連れてきます!ごちそうさまでした」なんて、とびきりの笑顔で言われて悪い気がする奴はいないだろう。
笠原さんは申し訳ないからと言って、支払いは折半にしてくれと言ってきた。俺の方が歳上で男なのに、メンツも何も無かったが、笠原さんが「私と結婚してくれたらご馳走になります」なんて本気のような茶化したような自虐のような悲しそうな顔で言うものだから、何にも言えなって、折半の支払いとなったのだった。
「ふふふ、ありがとうございました堂上さん!とっっても美味しかったぁ〜〜」
「...まぁ、美味しかったならよかったけどな、それで」
「堂上さん、この後何かご予定は?ありますか?」
「...特にはないが」
「じゃあうちの店に来てください!うちの店、夜はバーになるんです。麻子と手塚セレクトで、各地の美味しい地酒、揃ってますよ!」
地酒と言われて心が揺れた。笠原さんと一緒にいて悪い気はしなかったのも一理ある。一理あるが...夜の誘いが何とも色気がないことに、笠原さんの純真さがうかがえた。いや違う、俺は笠原さんじゃなくて地酒が目的で行くんだ。
「...邪魔じゃないなら」
「邪魔だなんてそんなこと無いです!嬉しいです!じゃあ麻子と手塚に連絡しておきます。夜はそんなに混まないから、きっとすんなり入れますよ〜〜」
ふと気がついた。どうして「付き合う」じゃなくて「結婚」にまで思考が至ったのだろう。普通「付き合う」ところからのスタートじゃ無いのか。いくら友人に「プロポーズしろ」と言われたって笠原さんだっていい大人、順序くらいはわかるものなんじゃ無いのか。
「なぁ笠原さん」
「はい?なんですか?」
「どうして、付き合うんじゃなくて結婚なんだ?」
単なる純粋な疑問だった。特にそんな笠原さんを追い詰めようとしたわけでは無かった。
それでも笠原さんは一瞬動きを硬くして、でも、また笑った。
「...堂上さんの、1番になりたかったんです、今すぐに!」
そして俺は気がついた。
笠原さんが嘘をつく時必ず笑うってこと。
そしてその笑顔は、悲しげなのにとても綺麗だということ。
[newpage]
久しぶりに来たその店は、見事にバーに変わっていた。よく作りこまれているようで、カフェの雰囲気を残した女性でも入りやすいように工夫されたバーだった。
「ただいま戻りました〜〜!」
平日だからか人はまばらで、静かなバーに笠原さんの元気な声が響く。
「おかえりなさい」
「麻子〜〜!今日ね、とっても美味しいお好み焼きさんに行ってきたんだよ!!」
「わかったからまず座って?あと声のボリューム、ランチタイムじゃ無いんだから!......堂上さんもどうぞこちらに」
カウンターに立っているのはおそらく麻子と呼ばれている人だった。たぶん世に言う綺麗の部類に入る人だろう。綺麗な黒髪が印象的だった。
「...失礼します」
「...こら麻子、ツンケンすんな。威嚇すんな。...すみません堂上さん。郁から話は聞いています。手塚です。こっちは妻の麻子。...麻子、つまみ、持ってきてくれないか。ほら郁も!氷、持ってこいよ」
やっぱり威嚇されていたのか。
手塚と名乗るこの男に指示され、渋々キッチンに入っていく魔女( 魔女みたいだから魔女 )。
素直に頷いて魔女の後に続く笠原さんは末っ子に見える。
「...すみませんでした。お気に障りました?」
「...いや、笠原さんのこと、だいぶ大切にしているようだからな」
「夫の俺が嫉妬するほどです...。1本つけます、堂上さん。うちには色々揃ってますよ。呑んべえなんで。麻子も俺も」
「手塚さんはよくできた人だな」
「手塚でいいですよ堂上さん。まだ25歳のペーペーですから、俺。女2人にもまれてると......まぁ察してもらえれば」
確かに魔女も笠原さんも一緒にいたら強烈なんだろう。心中お察しします状態だった。
「はい!手塚氷持ってきた!」
キッチンから出てきた笠原さんと魔女。仲がいいというのは嘘ではないらしく、魔女も笠原さんといる時は雰囲気が和らぐようだった。
「堂上さん、先ほどは失礼しました。手塚麻子です」
「...いや、警戒するのもまぁ...わからなくもない」
って言っていきなり結婚してくれって言われたのは俺だけどな!警戒すべきは俺なんだけどな!
「郁からずっと話をきいていたんですよ〜〜プロポーズしろって言ったのも私です」
「ちょっと!麻子!!」
顔を真っ赤にした笠原さんが、魔女の...麻子さんの腕を掴む。おいおい、さっきそんな顔してなかったくせに...なんで今更恥ずかしそうなんだよ。
「本当はこういう子なんです。いきなりプロポーズなんてできるわけない子なんですけどね?」
「しろって言ったの麻子でしょ!もうっ!」
「お前本当にバカ正直に言ったのかよ...すみません堂上さん」
3人揃うとコントのようだった。息の合い方に、長年の付き合いが感じられる。
[newpage]
「はい、堂上さん。山形の地酒です」
麻子さんがカウンターに置いたのは見たことの無い地酒だった。無類の酒好きというほどでも無いが、それなりに酒が好きなこともあって、少し心が躍る。
「麻子〜あたしも!あたしも今日は飲みたい!」
「ダメよ」「ダメだ」
手塚と麻子さんの声が揃った。
うわっ、この酒めちゃめちゃ美味い。
「えぇ〜〜なんでぇ...今日くらいいいでしょ〜」
「ジュースみたいなお酒は置いてないのよ郁ちゃん?わかってるでしょ?あんたが飲んでみなさい堂上さんと同じお酒を!寝落ちどころか急性アルコール中毒よ?」
「そうだ、堂上さんに変なとこ見せたく無いだろ?やめておけ」
...急にプロポーズするのは変なところにカウントしないのか。
と、手塚に言いたくなったが、まぁやめておく。
「酒が飲めないのか、笠原さんは」
「飲めます!好きです!」
カウンター越しの笠原さんは、にっこりと笑って意気揚々とそう言った。麻子さんと手塚の意見とはだいぶ違うようだった。そんな笠原さんの姿を見て麻子さんと手塚はため息をついていた。どうやら笠原さんは酒の席で失敗したことがあるらしいことがうかがえた。
「嘘言わないの。缶チューハイで寝落ちするくせに」
「缶チューハイ?だいぶだな、それは」
「ききます〜?堂上さん?郁のお酒のハナシ」
また魔女の微笑みで麻子さんは笑う。...この人心底怖いぞ。
「ちょっと麻子!やめてよぉ!」
「うるさいって、笠原。ほらお前もういいからカウンター座れ」
面倒くさそうに手塚が言った。この3人の仲がいいのは本当らしい。手塚に座るよう促された笠原さんは素直に俺の隣に座った。きっと夜営業をバーにしようと提案したのは手塚夫妻なのだろう。酒が飲めない笠原さんに、このバーを提案するのは無理だろう。
「ごめんなさい堂上さん。お酒の味はいかがです?さっきも麻子と手塚が言ってた通り、私、お酒とっても弱いので、お酒の味は2人に任せているんですけど...」
「あぁ、うまい。はじめてのんだ」
「よかったぁ!!」
カウンター越しの棚には、ずらりと酒瓶が並んでいて、壮観だった。これだけ集めるのにどれだけの期間がかかったのか。
手元の酒をまた一口。...うまい。基本いつもビールだが、たまにはこういう酒もいい。
隣の笠原さんはひたすらニコニコしているし、目の前の手塚夫妻も口数は少ないが息があっている。...うん、この店、いい。気に入った。
「気に入っていただけたみたいで嬉しいですわ。もう一杯つけましょうか?今度は私のオススメで」
柴咲さんが妖艶に笑った。あぁ、きっと手塚はこれに落ちたんだ。ほとんど興味の無い( これを言ったらきっと酔い潰されるに決まっているんだろうが )俺でさえ、素直に綺麗だなと思える。それでも、目の前の手塚麻子より、横にいる笠原郁の方が綺麗だと思えるのだから俺もそろそろ毒されている。
「...ん?何か?」
...見惚れてたとか言える性分でも無い。
「いや、いい。今日はもう失礼するよ...また時間があればお邪魔する」
「えっ!?もう?」
笠原さんが残念そうに...いや、捨てられた子犬のような目をするものだから、「やっぱりもう一杯」と言い出すところだが、流石にもうやめておかないと明日の仕事に支障が出そうだ。この地酒、結構クる。
「すまん...今日はありがとう。お言葉に甘えてご馳走になってもいいか」
「もちろんですよ堂上さん。うちの笠原がご迷惑おかけしたお礼ですから。また来てくださいね」
[newpage]
逃げるようにして店を出る。最後の手塚の言葉にもろくに返事もしないなんて、なんて大人気ないのだ。でもらもう少しでもあの場にいたら、俺はきっと変な気を起こしかねない。地酒のせいだ。地酒の酔いが急速に回って頭をアルコールが支配しているに違い無い。
「...っくそ」
変だ、毒されている。仮にも痴女...だったわけで、そんな、まさか。無邪気な笑顔に惚れたとでも言うのか。それとも嘘をつくときの笑顔か。笠原さんはまだ俺に言ってないことがある。嘘というより秘密と言うべき何かが。
今日1日とても長かった...たぶん、俺の人生の中で1番。でもどうやら、笠原さんのことは気になっているらしい。酒を飲んだからか、不思議なくらい冷静に自分のことを客観視できている。
「あ、連絡先聞くの忘れたな」
笠原郁、25歳。飲食店経営。底抜けに明るい性格と、少しの嘘。
きっと俺、またあそこに行くんだろうな。
[newpage]
「...郁、お母様から、電話があったわよ」
彼を見送った後の麻子の言葉は、私を現実に引き戻す。
「...えへへ、お母さんもしつこいね!ありがとう麻子!」
シンデレラはガラスの靴を手に入れて、王子様のところへ行けるのにな。
to be continued ...
|
こんにちは。<br />閲覧ありがとうございます。<br /><br />はじめてのパラレル作品です。<br /><br />---------------------------------------<br /><br />カフェを経営する郁ちゃん。<br />司書として働く堂上さん。<br /><br />「私と結婚してくれませんか」<br />そう言った郁ちゃんには何やら<br />嘘があるようで...。<br /><br />---------------------------------------<br /><br />前後編に分けて投稿します。<br /><br />後編をお楽しみに!<br /><br />はじめてのパラレル作品でドキドキです。<br /><br />駄文ではありますが、皆様のお暇つぶしになりますように。<br /><br />きむのぞより愛を込めて。
|
笑ってごまかす君だから( 前編 )
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6547401#1
| true |
夏が終わった。
西住みほにとっては激戦の夏、奪還の夏、再会、再生の夏、たくさんの出来事が詰まった夏だった。
約束を反故にされて学園艦を失ってと絶望したが、大洗生徒会会長の角谷杏がか細い糸を手繰り寄せて試合を取り付け、さらには全国大会で争った各校や古巣の黒森峰までもが救援として駆けつけてくれた。
結果、強敵も強敵である大学選抜チームとの戦いはかろうじて勝利し、学園艦も存続。住民も生徒たちも、戻ることができたのだった。
で、である。
お伽話ならみんな幸せに暮らしましたなんてので終わるが、現実はそうもいかない。人生は続いていく。
学園艦に戻った西住みほに待ちかまえていたのは、てんやわんやの毎日だった。
まずは取材である。地元大洗学園艦の新聞だけでなく、全国紙、ネットメディア、戦車道通信なんていう業界紙や、海外の専門誌からも取材をされた。中には、自伝を出しませんかという話まで出てきて、幼さが残る顔がひきつってしまった。
個人に対してのことには生徒会が矢面に立つこともできず、昼休みや放課後、練習の最中もずっと写真を撮られインタビューをされてと、落ち着く暇もなかった。
「まあまあ西住ちゃん。ちょっとしたブームってだけだからね」
生徒会長の角谷杏もなかなかに疲労困憊といった様子だった。
飄々とした態度は崩していないが、彼女にも取材が殺到してきている。あちらこちらに顔をつなぎ、コネを使って、大学選抜との試合を取り付けたのだ。その離れ業について詳しく聞きたいとせがまれていたのはみほも耳にしていた。
取材だけでなく、来年への準備もある。
今年の大洗は奇跡の逸材がそろっていたが、来年も同じメンツというわけにはいかない。整備に試合にと大活躍だった自動車部は二年生のツチヤを残して全員卒業。生徒会チームも全員卒業。風紀委員チームも三年生の園みどり子が卒業と、戦力が大きくダウンしてしまう。
部活ではないので即座に引退ではなく、ともに試合をする機会はまだまだあるのだが、そうのんびりもしてられない。来年も大洗を率いる西住みほはチームの再構築と、後進の育成という二つの大仕事が待っていた。
「とりあえず、戦車道の時間のなかで自動車部の皆さんから整備を伝授してもらいます。操縦や射撃のイロハも、教え合っていきましょう」
車長同士でも戦術を教え合うことになった。特に、一年の澤梓はみほの次の隊長となるだろう。本人の熱心さもあったので、額を突き合わせてじっくりと教えていった。
めまぐるしい日々だった。
寄付金や祝い金も集まって、古いものであるが個人が所有していた戦車を寄付してくれるなんて話もやってきた。戦車道を見学にきた中学生への対応なんかもあり、てんやわんやの毎日が続いていた。
事態が落ち着いたのは、年末が近づいた11月の下旬である。山ときていた取材申し込みも鳴りを潜め、次期生徒会も戦車道の歴女チームが引き継ぐことになり安泰。
残るは学生らしい、テスト勉強なんかに頭を悩ますだけとなった。
けれども、そんな忙しい日々が過ぎ去った時、記憶の底から後悔は浮き出てくる。
ある日の事だった。
各学園も新体制となっているので練習試合を組むことになった。かつて戦ったところや、まだ一度も試合を経験していない学校、様々だ。
今年初め、戦車道が始まったばかりのころは生徒会がやりとりをしていたが、本来は戦車道チームが決めること。みほは戦車道の空き時間を利用して、友人である武部沙織と一緒に相手校を探していた。
「グロリアーナに、サンダースに、アンツィオ、プラウダ、黒森峰、知波単。コアラの森学園やマジノ女学院なんかからも申し込みがきてるよ。モテモテ、モテてモテて困っちゃう~! やーんもー!」
「そうだね。大学からも練習試合しませんかって申し込みもきてる。大変だね、これ」
「……ツッコミがないのも寂しいから! みぽりん!」
ぶーっと唇をタコのようにして沙織はむくれている。ほかの友人なら辛辣な返しをするのだろうが、みほはそういうのはできず、苦笑いを浮かべるだけだった。
「でーもさー、どうするのみぽりん。どこと試合するの? どれか一つって、決めにくくない?」
「大丈夫だよ。だって、どのみち一緒の寄港地に入らないと練習試合はできないから。そうなると、限られてくる。それよりもうちの編成をどうするかだね、履修者がもう少しいたらよかったんだけど……」
「あ~、そう、そうだねー」
みほと沙織はそろってため息をこぼしてしまう。
ほかの学校と違って、大洗にある問題。それは人数不足。
大会時と同様に運用できるのはⅣ号戦車、M3リー、三凸、チヌ、八九式中戦車。生徒会のヘッツァー、自動車部のポルシェティーガー、風紀委員のルノーは使えない。
沙織も眉間にしわを寄せて困っている。
「友達も誘ったけど、優勝したところにいまさら入れないって返されちゃったんだよね。エルヴィンさんたちは、来年には戦車道希望で推薦を使う子たちがいっぱいいて、一年生はどっさり入ってくれるって言ってたけど」
「会長……、じゃなかった。元会長さんたちにも、出てもらうしかないか……。編成は変更しなくちゃだけ、ど――」
そこで、ふっとみほの脳裏に映像がよぎった。
人の脳には無数のスイッチがある。なにかが切っ掛けで、連鎖的に記憶がよみがえることがある
このとき西住みほの脳裏に浮かび上がってきたのは黒森峰時代のことだった。履修者も車両も多いので、一年生同士での紅白戦も楽にできた。
隊長、副隊長とで編成を決めて、作戦を考えて、実行していった。初めはバラバラだったが、徐々に隊長は固定されていった。優秀な技量と戦術知識、対応力。突出していたのが二人いたからだ。
一人は西住みほ当人。もう一人は、逸見エリカだった。
逸見エリカ、といえばすぐに思い出せるのが仏頂面だった。憎まれ口を叩きながらも大学選抜戦では助けにきてくれて、中隊長の一人を連携プレーで倒してくれた。
そうじゃない。
笑顔だったり、仏頂面だったり、憎まれ口を叩いているときの小馬鹿にしたような顔でも、作戦が成功した時の得意げなものじゃあない。
このときみほの瞼の裏に現れたのは、見てはいけないものだった。
人間、誰しも心の内は隠すものだ。何重ものヴェールで覆い、無数の絵の具で着色して、自分自身にもわからないようにしている。
しかし、時にはそのひた隠しにしている心が表に出ることもある。
逆鱗に触れたとき、感情が烈しく爆発したとき、絵の具もヴェールも焼きつくして表に現れる。
逸見エリカの表情は覚えている。忘れてはいけなかった。
「――あっ、ああっ」
突然、みほの身体に寒気が包み込んだ。
晩秋とはいえ教室なのでストーブがついていて暖かいが、どういうわけが吐息が白くなっていた。
「ど、どうしたのみぽりん!」
突然の変調に沙織が声をかけてくるが、耳に入ってこなかった。西住みほの意識は自分の奥底に向けられている。
思い出してはいけない。思い出してはいけない。
その行為は、自分自身をズタズタに切り裂いてしまう。自傷行為にほかならない。リストカットは心を守るための逃避行動であるが、封印していた記憶を呼び起こすのは正面衝突。心を傷つける行為だ。
けれども、いい加減思い出さなくてはならない。西住みほは、自分がしでかしたことを忘れられるほどには図々しくなかった。
真っ青になってみほは沙織に目を向けた。溺れた子どもが助けを求めるような必死な目つきだった。
「……どうし、よう。どうしよう、沙織さん」
「みぽりん、どうしたの? お腹が痛いとか、そんなのじゃないよね?」
ぶんぶんと首を振って否定した。そんなものではない。心にあふれるのは後悔、あまりに巨大で身体が壊れてしまうほどの後悔。
「ひどい、ひどいことしちゃってた。なんで、なんで忘れてたんだろう……。私、どうしよう、沙織さん。わたし、わた、わたしぃぃ………!」
滂沱した。みほの双眸からは滝のように涙が溢れた。痛みではなく後悔の涙だと一目でわかる。
動悸が激しくなり、ぎゅっと胸を押さえてしまう。足に力が入らずにへたり込んでしまった。なにがなんだかわからないだろうが、沙織はすぐに抱きしめてくる。
「……、だ、大丈夫! なにか、なにかわかんないけど、大丈夫、落ち着いて、みぽりん」
「大丈夫じゃ、大丈夫じゃなかったよ……。みんな、大丈夫じゃなかったのに……」
さめざめとみほは泣き続けた。慰めの言葉は聞こえてこなかった。
◯
西住みほと逸見エリカは、上手くやっていた。
どちらも技量は高く、戦術の理解度も高かった。一年生同士で行われる紅白戦では二人が組めば話にならないからと、ほとんど毎回分かれていた。組むときは二年生、三年生と試合をする時だった。
二年、三年に比べると一年生たちの技量は低いので、多くは敗退する。しかし、みほとエリカでの連携がハマれば二年も三年も食うときはあった。その結果、みほは一年ながら副隊長兼フラッグ車となり、エリカはその操縦手となったのだった。
そして、昨年の全国大会の決勝にて事件が起こった。
水没した車両を救助するためにみほはフラッグ車から飛び出して、その隙を突かれて撃破された。その責任は車長でありながら車両放棄をしたみほにある。その責任を取り、戦車道をやめて、転校した。
「大体、こんなところだって理解してたんだけど、ちがうの? みぽりん」
この大洗で初めて声をかけてくれた友人、武部沙織がみほを見下ろしていた。心配そうに眉をひそめて見下ろしている。
そこは学園の保健室。みほの嗚咽が止まらないので、練習を中断してここまで運ばれたのだ。当初はあんこうチームの全員がそろっていたのだが、付き添いは一人で十分だと沙織以外は保険医に追い出されてしまった。
横になってしばらく、落ち着いたところで話をしたのだ。
こんなおかしくなってしまったのは、黒森峰のことが原因だと。
みほは天井を眺めながら、神父に告解をするように語りだした。
「沙織さん、私は……、エリカさんを傷つけたの」
「それはー、えーと、バシーンってビンタしたり、戦車でズドーンってやったりとか、そういうのじゃないんだよね」
「うん。そういうんじゃないの。もっとひどいこと。確かに、私の独断での行動は褒められたものじゃないって叱られたけど、それ以上はなかった。エリカさんが怒ったのは、それ以上に……」
首の後ろが寒くなる。
一々罪を告白して自分自身を追い詰めなくてもいいだろうと、防衛本能が働いていた。もし、黙っているままだとしてもこの友人は深く追求することはないだろう。責めてくることもない。だから、言わなくちゃいけないんだと覚悟する。
手を震わせながらみほは語った。
「私はエリカさんを、自分の足にしか見ていなかった」
「……ん、んん?」
武部沙織は意味をよく理解できなかったのだろう。困惑しているように首を傾げた。
みほの表情は陰鬱としたもので、いまにも腐り落ちてしまいそうなほどに生命の輝きがなくなっていた。死人のような顔である。
「戦車は一人で動かすものじゃないってわかってたつもりなのに、実際は、全然そうじゃなかったんです。便利な道具としか見てなかった。だから、責任は自分にある。自分だけにある。そういうふうに思い込んでいたんです」
「……責任感が強いってのは、いいことだと思うんだけど」
「うん。でも、行き過ぎると、結局は自分以外はいらない、仲間だなんて認めていないってだけになります。お姉ちゃんも何度も言ってたんです。お前の行動はほめられるものではないが、ほかのものたちもフォローができたはずだって。でも、私は全部が自分の責任だっていうほうが、都合よかったんです」
だって、そのほうが黒森峰から、西住流から逃げるのに都合が良かったから。
過去を想う。
転校が決まったあと、逸見エリカと顔を合わせる機会があった。緯度の高い海を航行していて、灰色の重くて分厚い雲が広がっていた。厳しい風が頬を引っ掻いていた。
逸見エリカは、初めは穏やかな口調だった。懐かしささえ覚える憎まれ口を叩いて、あなたがいなくなったら私が副隊長、そうして隊長も任せられるでしょうねと。清々するわ、目の上のたんこぶも消えて、などなど。
しかし、徐々に、エリカの顔は険しさを増していき、ついには親の仇でも見るような目つきになっていった。
『なんとか言いなさいよ』
当時のみほにはよくわからなかった。なにを言えばいいのか、なにが彼女の気に触っているのか。
とりあえず、そう、みほはとりあえずの言葉を口にした。
逸見エリカもまた口下手だったが、彼女は彼女なりに真正面から突っかかってきていた。ずっと、彼女だけはそうだった。周囲が西住流家元の娘、西住隊長の妹として遠巻きに眺めていたのに、逸見エリカだけは西住みほという個人に向かってきていた。プライドが高く、戦車への自負があったからだろう。彼女だけは、西住みほに負けたくないと心を燃やしていた。
その情念を、逸見エリカの心を、みほは踏み躙った。
『ごめんなさい』
その一言が最後だった。
逸見エリカの真っ白な透明感のある美しい肌が、真っ赤に染まった。唇をわなわなと震わせて、奥歯を血が出そうなほどにかみしめていた。双眸を煌々と赤く光らせ、だくだくと涙を流していた。
悲しんでいた。痛がっていた。苦しんでいた。
なによりも怒っていた。
『ふざけんなああああああああああああ!!』
みほにはわけがわからなかった。相手を傷つけないように穏やかに別れようとしたのに、どうして逆鱗に触れてしまったのか理解できなかった。怖かった。
逸見エリカの嘆きは耳にこびりついてしまっている。
『あんた、あんた、あんたは最後の最後まで、いまになっても、自分一人が世界の不幸を背負ってますみたいな顔をして! どんだけ私達を踏みにじれば気が済むのよ! この――――卑怯者!!』
卑怯者、という言葉と同時に頬を叩かれた。
焼けつくような痛みだったが、ズタズタになっていたの逸見エリカのほうだった。
ようやく、今更になって気づいた。当時の自分がいかに傲慢だったかを。自分一人が責任を負いますなんていうのは、聞こえはいいが実際のところ、ほかの誰も戦力として、仲間として見ていなかったということになるのだ。
西住みほは責任をとって転校した。ならば残された逸見エリカたちは、責任を取らなかったという烙印を押されてしまったのだ。
みほは、もう誰からも責められない。示しをつけたから。エリカたちは、ずっと責められることとなる。示しをつけることを封じられた。みほが封じてしまった。
やるべきことは責任を取るなどといって、黒森峰から逃げることではなかったはずだ。独断で行動した自分と、副隊長とはいえたった一人抜けただけで動けなくなってしまった黒森峰全員で、地道に次へ、次のステップへ進むことだった。
西住みほは、なにもかも放り出して逃げ出した卑怯者だった。
「――だったらさ、謝ろう。みぽりん」
優しい声とともに、暖かな手がみほの頭に置かれた。
髪を柔らかく撫でられて、心も一緒になってなだめられていく。武部沙織は罪の告白を聞いても、決して悪くないとか、本当に悪いだとか言わなかった。優しく受け止めてくれていた。その笑顔はあまりに慈悲深く、涙がぼろぼろ流れてくる。
「はいっ。動かないで」
ハンカチで涙を拭われる。その体温が目元を刺激して、余計に涙が溢れてしまうものだった。
ただ黙々とそばにいて、沙織は涙をぬぐってくれる。ティッシュを出して、鼻水も拭いてくれる。その甲斐甲斐しさに思わずみほは微笑んでしまっていた。
「なんだか沙織さん、お母さんみたい」
「ウサギさんチームみたいなこと言わないの」
「そんなつもりはなかったけど……。ねえ、謝ったら、今度は、今度はみんなと同じように友だちになれるかな、私とエリカさん」
「そんなのはわかんないけど、でも、みぽりん。エリカさんは、きっとみぽりんのことを嫌ってなんかいないよ。嫌ってたらさ、大学選抜戦のときに助けにこないじゃん」
つんつんと沙織はみほの前髪を指でつついた。
「……あのさ、秘密にしてたけど、言うね。サンダースと試合をした後、麻子のおばあちゃんが倒れたっていうんで、ヘリで飛んでったじゃん。私が付き添いで、エリカさんの操縦するヘリで。そのとき、聞かれたの。みぽりんは戦車楽しんでるのかって」
「ぜ、絶対エリカさん、みぽりんって言わなかったでしょ」
くすくすみほが笑っていて、沙織も柔和に微笑んでいた。
「私も麻子も意外だったよ。だって、すっごく嫌っているって思ってたんだもん。でもね、なんか……後悔してるってのが伝わってきた。大丈夫、大丈夫だよみぽりん」
きっと仲良くなれる。
一見、無責任な言葉にも聞こえる。根拠はほとんどない。
もしかしたら、ヘリの中で聞いたというものはみほを安心させるための嘘かもしれない。しかし、沙織の言葉はしっかりと背中を押してくれた。前へ進ませてくれる。今度こそ。
勇気をくれる。沙織の暖かさは、またみほを拾い上げてくれた。
◯
黒森峰との練習試合は、二月だった。
学園が違うのだから当然だ。サッカーや剣道ならヘリや高速艇を飛ばしていくこともできるだろうが戦車道はそういうわけにもいかない。燃料が掛かり過ぎる。当たり前だが同じ寄港地に停泊した時しか試合はできないのだ。
そうして、大洗で練習試合をすることになった。
車両数を合わせての殲滅戦。かつて聖グロリアーナと練習試合をした時とそっくりな状況だったが当時とは大洗の練度も意気込みもちがう。
しかし、黒森峰も同様だった。全国大会決勝で争ったときとは、なにもかもがちがっている。
編成は中戦車を中心としたものになっていて、高い機動力を持って序盤から仕掛けてきた。
咄嗟に逃げたがすぐさまヘッツァーが撃破されてしまった。火力の差はどう足掻いても埋めることはできないので、グロリアーナ戦と同様に市街戦へ誘い込んだ。
大洗という街は本拠。みほたちは知り尽くしているので、細かい路地や物陰から攻撃しては隠れとアンブッシュの攻撃を繰り返した。
そこで、黒森峰の最も大きな変化に気づいた。
動揺がない。聖グロリアーナのように動じなかった。陽動に引きずられず、奇襲に動じず、堅実に試合を続行した。
ちがう。以前、黒森峰の学園艦へと赴いた時に見せてもらったのともちがう。
機動力と重火力と重装甲、加えて山のような雄大さがあった。どっしりした精神は、みほの姉、西住まほを想起させるが、この試合には参加していない。第一、全国大会のときよりも落ち着きが強くなっている。
これは去年の黒森峰でも一昨年の黒森峰でもない。
今年の黒森峰だ。
地形を駆使してどうにか敵車両の数を減らすが、それでもなお、数的有利にはなれなかった。最後は、奇しくも全国大会決勝と同じ戦車同士での戦いとなった。
国道を挟んで対峙する。キューポラからみほは身体を出して、相手戦車、ティーガー1を見やる。相手戦車のキューポラからも、車長が身体を出していた。
銀色のような色素の薄い髪と肌。その白さが黒森峰のパンツァージャケットによく映えていた。
そこから先は息もつかせぬ戦いだった。
互いが砲撃しながら前進し、車体に火花を散らしながらすれ違う。全国大会のような荒業は広場でなければできないので路地に隠れて奇襲を仕掛けていくが、その尽くを防がれる。命中するが、しっかり装甲の分厚いところで受けられるのだ。
強い。それ以上に大きく、揺るがない。
それでいて、凶暴。隙あらば砲撃を仕掛けてくる。逸見エリカ、西住まほと逸見エリカが混ざり合ったような戦い方だ。
決着は際どいものだった。
ティーガー1を広い国道に引きずり出し、狭い路地から飛び出して背後からの強襲。完全に仕留めたはずだったが、飛び出すと同時にティーガー1が全力で後退。
発射と同時に激突、砲弾は外れた。戦車がバランスを崩したことで立て直しが遅れた間に、ティーガー1の砲塔がしっかりとⅣ号を捉えた。
そして、砲撃。Ⅳ号は行動不能となって決着した。
敗北。逸見エリカは西住みほの行動を先読みしていて、打ち勝った。
がっくりとなっていると、とんとんと足を叩かれた。戦車の中から、沙織が声をかけてくる。
「いきなよ、みぽりん。いま、いまだよ、みぽりん」
「……うん!」
熱戦だったので少々ふらついたが、どうにかみほは戦車から身体を出した。
先に戦車から降りていたエリカはどこかぼおっとしている。いつのまにか日はだいぶ傾いていて、街は茜色に染まっていた。
そこに佇むエリカは美しく、そして、力強かった。
「いつ……エリカ、エリカさん!」
どう謝ろう。なにを話そう。
たくさん、たくさん言いたいことがある。たくさん知りたいことがある。
逸見エリカという人を、もっと、もっと知りたい。それで、言えなかったことを言おう。
ごめんなさい、ありがとう。
それと、友達になってくださいと。
|
責任を取るというのは侍のように腹を切るのではなく地道に積み重ねていくこと。<br />みぽりんが自分の罪に向き合う話
|
勇気を出そう
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6547748#1
| true |
[chapter:Such a baby!!]
「やだ、無理、好き。付き合って。靖友」
叱られた子供のように顔を下げて、なんだか必死な様子でオレの手を握って、新開がオレにそう言ったのは、図書室で互いの進路を知った三日後の夜だった。最近えらくしょぼくれた顔をしてやがるなと、思っていた矢先の出来事だった。
あの日の夜から新開はオレの部屋に入り浸るようになった。いや、夕食後にオレの部屋を新開が訪れるのはインハイが終わって増える一方だったから、そんなに珍しいことでもなかったのだけれど、連日連夜ふらふらと特に用もなくやって来て、勉強しているオレの後ろに居座られたら、そりゃあさすがに気になるし、多少の心配や世話を焼いてやりたくもなる。冗談の一つでも言ってやるから、いつものニヤケ顔見せろよ。そう思って、ベッドの端に腰かけている新開の前で膝を折って、迷子のガキの話でもきいてやるような体で見上げるように目線を合わしてやって、オレは軽口を叩いた。
そんなに大学離れんの寂しいかよ、新開チャンよォ。なんて。
そしたら、返ってきた言葉がそれだった。何がヤなんだよ、何が無理なんだよ、付き合うってどこにだよ、意味わかんねえ。そう言いたかったのに、あんまりにも目の前の新開が泣きそうな顔して言うものだから、インハイあたりで気づいちまった、必死で蓋してきたつもりの新開に対するオレの恋情だとか劣情だとか、そんなものがどうしようもなく溢れてしまって、新開のその言葉をいちばん自分が望む形で都合よく受け取ってしまった。
おまえオレのこと好きなのかよ。口を開けばそんなことを言ってしまいそうだったから、結局オレは新開の言葉に何も言えなくなってしまった。押し黙ったオレに不安になった新開が、そろりと顔を上げてオレの顔をみたときの、驚きと歓喜と期待の入り混じった泣きそうな顔は最高に傑作だったから未来永劫忘れてやらない。
死んでも言ってたまるか、卒業して離れりゃしょっぺえ思い出になって終いだ、進学してどっかで再会したら、最高にダチの面して笑ってやるよ。そう思ってたから、きっとその時オレも、嬉しくて嬉しくてたまんなくてわけわかんなくなって泣きそうな顔してただろう。だから、まあ、オアイコなのだけれど。
そんな面したオレをみて全てを察したであろう新開は、靖友、靖友、なあ靖友、オレのこと好きなのか、なあ、靖友、教えて、靖友。靖友。そんなふうに必死にオレの名前を繰り返し呼んで、オレの言葉を欲しがった。あ、こいつまじでオレのこと好きなのか。オレとおんなじに。そう思ったらなんだかたまらなく泣けてきて、情けなく声をつまらせながら、うるせぇな好きだよ、とか。うっかりそんなことを言ってしまった。一生言わねえつもりだったのに。
それからはとりあえず、靖友、うれしい、すげえ嬉しい、靖友。って、思いっきりその筋肉がっちりの腕に抱きしめられながら何度も耳元で名前を呼ばれて、ちゃんと好き同士ですってことを確認し合って、まんまとオレは新開のものに、新開はオレのもんになってしまった。晴れてめでたくお付き合い。
男同士だし、インハイは終わってもまだ熊本も個人レースもあるし、部とか後輩とかの影響も考えて公言しないつもりでいたのだけれど、どうやら新開は一年の頃からオレなんかを好きで好きでたまらなかったらしく、三年分募らせて拗らせた“好き”を、この欲望に忠実な大食らいが自制なんかできるわけもなく。バレた。即バレた。最初は東堂、その次がなんと福ちゃん。次いで黒田。なんだか察してます、みたいな雰囲気醸されて、この辺りからもうなんかどうでもよくなって、共通の親しい奴らにだけは、お付き合いしてマス、みてえな馬鹿な宣言をするに至った。
付き合い始めたからと言って、新開のバカが大っぴらにオレに好意を示してくるようになったこと以外は、寮でも部活でも一緒にいることが多かったオレ達に、案外そう大きな変化が訪れることもなかった。
それがだいたい二週間くらい前の、九月頭の話。
「ミーティングは以上だ。就寝は九時半。各々部屋に戻って明日に備えろ。」
福ちゃんがそう言って、はぁい、と最初に嬉しそうに声をあげたのは、眠そうに福ちゃんの話をきいていやがった真波。帰るぞ真波ー。と、昼間から相変わらずの気だるげな声で言ったのは東堂だった。オレと福ちゃんの部屋で一日目のミーティングを終え、各自部屋へと帰っていく。ベッドに腰かけていたオレの隣には、自転車以外はマイペースで割かしのんびり屋の男が、当たり前の顔をして座っていた。
「ん、どうした?靖友」
新開にそう言われてはっとした。福ちゃんの言葉から新開に声をかけられるまでのこの僅かな間、オレは完全に、大きな瞳やとおった鼻筋が形作るそのきれいな顔に、目を奪われていた。名前を呼ばれるまで、そんな自分に気づかないほどに。脳裏に浮かんだ、見惚れる、という単語を消し去りたくて、オレは必要以上に声を張り上げた。
「っせ!早くてめェの部屋帰れ!」
「いて、どうしたんだ靖友、すげえぼんやりしてたぜ。熱とかないよな?」
バカみてぇにさも当然の顔をして、新開のその大きな手はオレの額にのびた。あ、熱はないな、よかった。そう言って、へらりとゆるっゆるのニヤケ顔をオレに向ける。オレが映るその深海色の瞳だとか、愛おしげに細まる目尻だとか、緩んだ頬だとか、柔らかく語尾の丸まったオレの名前を呼ぶ声だとか。そんなあいつの全てが、どんなあいつの言葉よりも雄弁にオレへの甘ったるい胸中を語っている気がして、たまらなくなってオレは新開から顔を背けていた。
「い、い、か、らァ…!早く帰れってェ、このダメ四番!」
半ば追い出す形でオレは新開を部屋から叩き出して、名残惜しげに、また明日な靖友、と言ったあいつの笑った顔を反芻しながら、倒れ込むようにベッドにダイブした。しんと静まり返った室内でぱりぱりに乾いたホテルのシーツに顔を押しつけている内に、いやあいつ何にもダメじゃねえじゃん、とつまんねえ自己嫌悪みたいなものに襲われた。
ダメじゃない。全然ダメじゃない。総北田所とマチミヤとスプリント勝負かましてリザルトとって、ダメ要素なんか一つもない。立派にも程がある。正真正銘、あいつが勝ち取ったスプリントリザルト。憎まれ口や悪態つくにしても、もっと何かあったろう、意地っ張りとか素直じゃないとか、そんなのもここまできたらよっぽどだぞ、本当にどうしようもねえ。なんでこんなオレにおまえはベタ惚れなんだよ、と、ぐるぐるぐるぐるくだんねえことを考えた。
新開隼人をめちゃくちゃに甘やかしてぇ。
表彰台から帰ってきたあいつをみてからというもの、ずっと頭の中にあったのはそれだった。
スプリントとって帰ってきた新開をめちゃくちゃに褒めてやりたい。すぐにオレを抱きしめたがる新開をめちゃくちゃに抱きしめてやりたいし、好きなもん腹いっぱい食わしてやりたいし、あいつが喜ぶこともしてほしいこともなんだってしてやりたい。
昼間あれだけペダルを回して福ちゃんをゴールに叩きこむことばっかり、それこそ自転車のことしか考えてなかったくせに、何よりまだ明日も一日レースが残っているというのに、完全にオレの脳内は新開一色のお花畑で本気でヒいた。付き合うってヤバイ。そう思った。そこに存在してるだけで視線の的になったり、キャーキャー言われたり、そんな新開隼人がオレなんかを好きだなんてヤバすぎる。幸せそうに笑ってオレに好きだって囁くなんてヤバすぎる。あれがオレのもんだなんてそれこそ、ヤバすぎる。付き合う前はあんなに上手に自分の気持ちに折り合いをつけて、誰にも気づかれないように自制してうまくやれていたというのに、なんで付き合った途端こんなにどうしようもなくなっちまうんだ。いつもニヤケ顔のあいつならまだしも、オレが新開を好きで好きでたまんなくて、そういう顔しちまうんじゃないかって、そんなの冗談じゃない。ありえない。キモイ。ああ、でも、きっと、多分。よくやったな、なんて言って抱きしめてやったら、あいつオレなんかのことすげえ好きだからめちゃくちゃ喜ぶんだろうな。世界で一番幸せです、みたいな顔してオレに好きだって言うんだろうな。
浮かぶのは、靖友、とオレを呼ぶ声と、幸せそうにニヤケたあのきれいな顔ばっかり。いつの間にオレ、こんなんになっちまったんだ、くそ。
「荒北」
頭上で響いた低い声に、びくっと寝転がったままのオレの背が跳ね上がる。シーツに突っ伏したまま、ハイ、と返事をすると、なぜ敬語なんだ、と同室の福ちゃんは珍しくつっこんだ。
「明日のことで泉田と打ち合わせをするから少し出てくる」
「へーい」
「就寝は九時半と伝えたが少しだけ長引きそうだ。そうだな、四十五分。九時四十五分には必ず戻る。荒北」
「へいへい」
「四十五分だぞ」
「おう」
「四十五分だからな」
「わァったよ福ちゃん!四十五分ねェ!いってらっしゃァい!」
ああ、と相変わらずの低い福ちゃんの声のあと、部屋のドアが閉まる音がして、室内はまたしんと静寂に包まれた。日本の南っかわだけあって熊本は夜でも外は熱くて、室内はよく冷房がきいていた。部屋には耳をすませば聞こえる程度の微かなエアコンの音しかない。
と、思ったら部屋のチャイムが鳴った。きんこん、と少し間抜けな音。なんだか起き上がる気も起らず、何の応答もしないままベッドに突っ伏していると、また同じように、きんこん、と鳴った。それでもなんだか気だるくて黙っていると、きんこんきんこんきんこんとチャイムボタンを連打しているであろう音が響きまくった。
「ゥうるッセェ!きんこんきんこんしつっけェな!」
そう怒鳴ってドアを開けると、その先にいたのは東堂だった。腕組みをして、不機嫌そうな顔で突っ立っている。いつもなら、出るのが遅いぞ荒北!とかこのオレがわざわざ来てやったというのに!とかそんなことをぺらぺらと捲し立てるのだろうが、本日の東堂はお察しの理由で本調子ではなく、ただ、荒北、とオレを呼ぶばかりだった。
「んだよ、福ちゃんなら泉田んトコいってていねェぞ」
「黒田から言付かっていたのを忘れていたからそれを伝えに来ただけだ。おまえにな」
「あァそォ。メールでよかったのにご苦労チャンだネー」
「おまえがちっとも携帯をみらんからわざわざ来てやったんだろうが」
「それはゴメン」
「おまえ隼人と両想いだからって安心しきっているといずれイレギュラーに泣くからな」
「ハァ!?」
「オレだって巻ちゃんと熊本観光したい……」
「え、えーっとォ、…んで、黒田がなんだってェ?」
泣きまね(もしかしたら本気で泣いたのかもしれない)するように両手で顔を覆っていた東堂は、ああ、と気の抜けた返事をして顔を上げた。出走者一覧を見ていたので、巻島がレースに出ないことは早い段階でオレ達は知っていた。新幹線での移動のときも、今朝のレースの準備のときも、至って普通の顔をしてやがるからまさかとは思ったが、巻島がレースに出ると信じて疑わない東堂は出走者一覧に目を通していなかった。その結果がこのテンションだだ下がりだ。巻島が出ないとわかった瞬間からのこいつの人の変わりようと言ったら、面倒くさいを通り越して、哀れというか不憫というか、同情してしまうほどだ。
「これは塔一郎ためであって決してアンタのためじゃないけどちゃんと携帯みてくださいよ」
「は?」
「だそうだ。
「そんだけ?」
「だけだ。オレは帰る」
「そりゃァどォも」
「じゃあな」
「アー…東堂」
「なんだ」
振り返った東堂はやはり気だるげで、いつも猫のように吊り上がった目尻もどこか力なかった。呼び止めはしたものの、なんと言葉をかけようかとしばらく口ごもったオレを、東堂は急かすでもなく茶化すでもなく、ただじっと待っていた。
「明日も今日みてェにちゃんと走れよ」
なんとか見つけたオレのその言葉に、東堂は怪訝な顔をして、はぁ?と言った。
「おめェ真波に自信つけさすっために最高の走りしたんだろーが」
「なんだ、オレの心配か珍しい」
「ち、ちっげェし!オレぁただ、」
力なかった東堂の瞳に、少しだけいつもの光と強さが戻った気がして、オレは口を噤まされた。いつもの不敵な笑みこそなかったが、誇りと、自信とをその瞳に携えて、東堂は口を開いた。
「心配せんでも巻ちゃんの不在でオレの自転車のパフォーマンスは落ちんよ。巻ちゃんの存在がプラスに働きこそすれ、自転車に。オレの走りに。巻ちゃんの存在がマイナスに働くことなど絶対にありえん。」
あーそォ。興味もない、どうでもいい。そんなふうに装って、オレは言った。明日、こいつはいつもどおりに走るのだろうなと思った。こいつの、自転車や、巻島に対する誇りにかけて。いらぬ心配だった。
「おまえはオレの心配などしていないで、ここ二週間なぜだか絶好調の男を好きなだけ甘やかしてやるがいいさ」
「なんか言ったァ?今ァ」
「こちらの話だ。じゃあな。ちゃんと寝ろよ。四十五分にはな。」
いつもより一段低いトーンの声でひらひらと手を振った東堂の背を見送ったあと、オレは東堂と黒田の警告通りまずは携帯を探し、それを浴室の洗面台の上で見つけた。ディスプレイには鬼のように東堂と黒田からの着信通知が並んでいて、まあそれはすべて無視してメールを開いた。
送信者、黒田雪成。件名、塔一郎のために撮りました。本文なし。動画の添付が一つ。素直じゃねえのは誰に似たんだよと、オレはベッドに腰かけて何の気なしに動画を開いた。
開始一秒、携帯から漏れ出た歓声に、オレは息を呑んだ。
『いけ、いけ、いけ、新開さん、新開さん!!』
撮影者である黒田の声が響く先には、マチミヤ、田所、そして、新開の姿があった。熊本やまなみレース一日目、今日の昼間のスプリントリザルトライン前の映像だった。先行するマチミヤ、田所。追う新開が並んだのは、三人の中でもいちばん、左。なんの悪戯か、わざとなのか、あえてなのか、よりにもよっていちばん左。強く強くペダルを踏み、顔を上げて前だけ向いて、進んでいく新開は。
当たり前の顔をして駆け抜けて、左を抜いて。その右手の銃口を、高々と、空へと掲げた。
きんこん。
またあの間抜けな音が響いた。やべえ、福ちゃんか。机の上の時計をみると、先ほどの時刻までゆうに三十分はあった。オレは携帯を握ったまま部屋の入り口へと向かった。鼻の奥がつんとしていた。向かっている途中で、一度目のチャイムからそう間は空いていないというのに、きんこん、とまた鳴った。せっかちな野郎だなと、ああこりゃ福ちゃんじゃなくて東堂の野郎だなと思った。ドアに手をかけたあたりで再びチャイムが鳴った。
「うるせェよ東ど、」
お察しの通りだ。ドアの向こうに立っていたのは東堂ではなかった。ストレートの黒髪、細身。そんなあのバカチューシャとは真逆の、ふわふわの赤毛に、すらりと伸びたふってぇ手足。
「や、やぁ。靖友」
気まずそうに笑ってみせた新開は、困ったように頬を指でかいた。その笑顔はいつものニヤケ顔というよりは苦笑に近かったけれど、オレに好きだと訴えかけるその大きな瞳は、いつものようにまっすぐ、オレを見つめていた。
途端にじわりと、腹の奥がしめつけられるような、熱くなるような感じがあって、鼻の奥がまたつんとした。指先の銃口を振り上げる、新開の姿が胸にあった。
「え、靖友どうしたんだ目赤く、」
慌てた様子でオレに向かって伸びた新開の手を避けるように、オレは顔を背けていた。靖友?とまた不安げな声で新開がオレを呼ぶ。
「っせェなんもねェ…、つか、んだよ、何か用かよ」
「いやぁ、えーっと、そう。寿一に明日の朝の確認に、」
窺うようにそろりと視線をオレに向けた新開は、はたと口をつぐんだ。じっとしばらくオレを見つめた後、何かを振り払うように顔を下げてぐしゃぐしゃと前髪を掻きむしった。そうして居直ったように顔を上げ、まっすぐにオレを見据えた。
「ウソ。ごめん。ウソついた。朝の確認とかウソ。口実。ほんとは靖友にあいたくて、話したくて、来たんだ」
その瞳にはいつになく力があった。嘘も衒いもない、直線バカのこいつらしい、まっすぐな瞳。
「靖友は、理由があった方が気が楽だったりするかな。靖友がそっちの方がいいならそうするけど……その、オレ達さ、付き合ってるからさ。口実とか、理由とか、もう無理やり作んなくてもいいかなって。オレが靖友にあいたかっただけなんだ。……だめ?」
だめなわけあるかよふざけんな!!!
そう叫び出したいのをなんとか堪えて、そのまっすぐな瞳から目をそらした。おまえ困ったことがあったら他の奴の前でもそんな顔してんじゃねぇだろうなふざけんな。おまえどんだけオレのこと好きなんだよ本気でふざけんな、死ぬ。
だめだ、もう。好きだ、好きだ、すげえ好きだ。好きだ好きだ好きだ。気を抜いたらそんなこと全部ぶちまけてしまいそうだ。あんなにいつも自信たっぷりの顔をしている新開が、力なく眉をたれてオレを見つめている。ああ、くそ。抱きしめてやりたい。ぐずぐずに甘やかしてやりたい。くそ。
「…おめェオレに会いに来たの」
「そうだよ」
「ッカじゃね、……入ればァ」
途端に新開はぱっと明るく喜色をたたえる。オレなんかの言動に一喜一憂する新開を見つめていたら、とてもじゃないが頬が緩んでいくのを抑えられそうもなくて、慌ててオレは新開に背を向けて部屋に戻っていた。
二人なんだし、部屋にはテーブルとイスが一式あるんだからそこに座りゃあいいのに、テンパったオレはなんにも考えずベッドの端に腰かけていた。心底嬉しそうに部屋に足を踏み入れた新開も、さも当然の顔をしてオレの隣に座った。
別に新開と二人きりになることも、オレの部屋を新開が訪れることも、隣に新開がいることも、何一つだって初めてのことじゃあないのに、隣の新開にきこえちまうんじゃないかってくらい、おまえを好きなんだって叫ぶみたいに、ばくばくと必要以上に心臓が速まっていた。
「なあ、靖友?」
押し黙ったまま座っていたオレを覗き込むように、新開は言った。部屋のオレンジの照明のせいか、やけにその声は甘ったるくきこえた。
「…ナニ」
新開の方をみないようにしながら、オレはこたえた。
「なあ靖友、こっち向いてくんねぇの?」
「なん、意ッ味、わかんね」
「オレの方向いてくれよ、靖友」
向かなかった。こんなに心臓が跳ね上がってるのに、いつも通りの顔を作る自信なんかが、なかったからだ。
「なあ靖友、やっぱりなんか怒ってる?」
「はァ!?」
縋りつくような弱弱しく力ないその言葉に、オレは咄嗟に顔を上げてしまっていた。しょぼくれた顔の新開と、目が合った。
「怒ってるって、なんで、オレが?」
「だって靖友レース終わってから全然オレと目合わしてくんねえし、口もろくにきいてくれねえから…、尽八に、靖友なんかあったのかって訊いたら、隣にいた真波が、新開さんがファンの女の子の方にいたからじゃないですか、って」
「なんッであいつらに訊くんだよ、言えよ、オレに…あの不思議チャンの言うことなんざ、まともに受け取ってんじゃねェよ、バカ」
「じゃあなんで?」
自信なんかこれっぽっちもありませんみたいな顔をして項垂れた新開は、ベッドのシーツを掴んでいたオレの手に中指を伸ばした。指の腹でひっかかれたオレの手の甲は、触れられた場所から火が灯るようにじわじわと熱をもった。同じように熱をもった新開の指先は、逃げだせなかったオレの手を、逃がしてしまわぬようしっかりと掴んだ。
「オレのこと、嫌いになっちまった?」
んなわけあるか死ぬほど好きだわ。
そう言葉にするよりもずっとずっと、早く。気づいた時には、新開はオレの腕の中におさまってた。新開はなんにも言わなかった。身も捩ることも抵抗することもなく、ただ黙って下手くそに抱き寄せてしまったオレの腕の中におさまっていた。
すん、と鼻を鳴らすと新開のにおいがした。そしたら急に頭の中がクリアになって、腕の中におさまった新開の体だとか、頬にあたるふわふわの赤毛だとか、胸にあたるあっつい体温だとか速まった鼓動だとか。そんなものの感触がじわじわとリアルに感じられた。そうしてやっと、腕の中の事態に頭が追いつき始めて、自分がやらかしたことを理解するに至った。
自分の意思に反してこんな状態になってしまっている新開よりもよっぽど、自分の腕の中の事態に驚愕していたのは、新開を抱き寄せた張本人であるオレの方だった。理性がふっとぶ瞬間を初めて体験した。普段できやしねぇことが、理性とんじまったらこんなにもあっけなく、一瞬なのか。驚愕しすぎて逆に変に冷静になった頭の端っこで、そんなことを思った。
「ア、ワリ、ちがっ、まちがっ、」
冷静になってしまったらとてもそのままでなどいられなくて、そんなことを言いながら、新開の背にまわしていた腕を勢いよく解いて距離をとった。指先に灯っていた火が頬に移ってしまった気がする。とても新開の方を見る余裕なんかないのに、あんまりにも新開が無反応だから、怖くなってオレは今の今まで腕の中にいた新開を見やった。そしたら、その顔みたら、何にも言わないのは、嬉しくてたまんねえからなんだって、すぐにわかった。
「靖友からぎゅってしてくれたの初めてだ……」
きらっきらした顔で、照れたような泣き出してしまいそうな、そんな顔でそんなこと言いやがるから、オレはなんにも言えなくなってしまった。深海色の大きなその瞳がオレに訴えていた。
好きだ、好きだ、好きだ、好きだ、靖友。って。
「や、靖友、オレのこと、好き…なの?」
相変わらず目をきらきらとさせて、オレをじっと見つめながら新開はそう言った。
「バッ……!」
バカなこと言ってんじゃねぇ。そう言いそうになって、やめた。
バカはオレだろう。付き合ってんのに、オレのこと好きなのか、なんてそんな言葉言わせちまってるオレが新開に言わなきゃなんねぇのは、そんな悪態や照れ隠しじゃあねぇだろう。オレなんかの些細な言葉や態度で、それこそさっきみたいに一瞬でも抱きしめてやっただけでこんなにも喜ぶ新開は、きっとどんな悪態をついても、それがオレなりの照れ隠しで、好きだって言葉の裏返しだって、きっとちゃんと解ってくれるんだろう。だよなぁ、とか照れたように笑いながら、オレも好きだぜとか言うんだろう。
でも、なぁ、違ぇだろう。たかだかそんな言葉や態度で喜ぶ新開に、オレが言ってやるべきことやしてやるべきことは、そんなことじゃあねぇだろう。
「ッき、だ、よ……」
「え?」
「……好き、だ、っつってんのォ!バァカ!!」
ああ、またバカとか言っちまった。別にこいつはなんにもバカじゃあねぇのに。
そんなどうしようもねぇオレの言葉とは裏腹に、新開はより一層目をきらきらと輝かせて、はにかんだように笑って、だよなぁ、と言った。
「知ってる。オレもすげぇ好き。」
あんな可愛げもない好きだって言葉だけで、新開は世界でいちばん幸せですみたいな顔して笑うから、なんでおまえそんなにオレのこと好きなんだよ、なんでたった好きの二文字だけで、そんなに幸せそうにすんだよ。そんなことを思った。けど、同じように紡がれた新開からの“好き”に、胸の奥がぎゅって締まって、足の指の先からじわじわして、なんだか泣きそうになってしまったから、ああ今おんなじ気持ちで、こいつオレの前にいやがるんだなって、そんなふうにたまらなく。たまらなく、たまらなく、たまらなく。幸せだな、とか、思った。
「ぎゅってしたい。なぁ靖友、ぎゅってしていい?」
湧き上がる幸せをこぼすみたいに、へらりと笑って、新開はそう言った。相変わらず好きだって訴えかけてくる瞳はきらきらに輝いていて、その瞳に映るオレも照れたような顔をしていて、それがたまらなく恥ずかしくてオレは目をそらした。
「……ダメ」
「えっ」
「いや、ダメ、ダメっつーか、その、」
うん?そう言いながら新開はまたオレの手を握って、オレの言葉を待った。
「オ、オレが、して、やっから、」
オレの指に絡まった新開の指は、少しだけ汗をかいて熱をもっていた。
「…その、ぎゅって、……してやる」
オレなんかの言葉や態度で幸せそうにするんなら、そんなのいくらだってしてやりたいとか、甘やかしてやりたいとか、喜ばせたいとか、喜んだ顔がみたいとか。その一心だった。
「こ、来い。してやっから、…ぎゅって」
新開に向かって手を開いて、間違えたこれアキチャン抱っこするときのアレだ、なんて思ったけど、その向こうにいる新開は、幸せをかみ潰したような表情を一瞬みせたあと、寄りかかるようにオレの肩に頭をのせて、体重をあずけてきた。またオレのそばに戻ってきた新開の柔らかいにおいと体温に、胸の奥がぎゅっと締まった。
「うん、して、靖友。ぎゅって」
ばくばくと心臓は跳ね上がっていて、ぜったいにそんなことくっついた新開にはバレているんだろうけど、もうなんだか今はそれどころではなくて、とにかく寄りかかった新開の背中に手を回した。そしたらもう、今度は理性がふっとんだせいとか無意識とかそんなんじゃなくて、自分の意思で新開を抱きしめたくて抱きしめているわけだから、やべぇオレの腕の中に新開がいる、とかそんな実感が胸に迫った。
一度腕の中におさめてしまえば、あとはもう、欲しくて欲しくて、たかだか数ミリ空いたオレと新開の腹と腹の距離だとか隙間だとかすらぜんぶぜんぶ、惜しくてもどかしくて、それを埋めたくて。背中に回した手に自然と力を込めていた。
「あー、やっばい。やっばいなぁ。すっげえ心臓ばくばくいってる。わかる?靖友」
「……わかるっつの」
「あは、靖友もすげぇばくばくいってる。やばいなぁ、ほんとやばい。幸せすぎてとけそう」
言葉を紡げば紡ぐほど、新開の声がやわく甘ったるくなっていく。額をオレの肩に頬ずりするように擦り付けながら、新開がおさまりきらない幸せとやらを、噛み締めているのがわかった。
あっつい新開の体温と耳障りのいいやわらかい声にあてられていると、がちがちに固まったオレの中身もじわじわと溶かされて、少しだけ優しくなれる気がした。つまんねぇ意地とか性格のせいで、冷えて固まってせき止められていた言葉も、今ならちゃんと、伝えられる気がした。
「……おまえさ」
甘えるように額を寄せている新開と同じように、オレもまた、新開の肩に額をのせた。新開の胸元や首元は、より一層甘ったるくて優しい新開のにおいがした。
「乗れるようになって、よかったねぇ、……自転車」
自転車に背を向けていた頃の、あの弱々しい新開の背中。
「おまえほんとに、ちゃんと、左抜けるようになったのな。インハイんときも、ちゃんと抜いたけどよ、」
あの動画の中の、指先の銃口を誇らしげに掲げた新開の姿がよみがえった。
「おまえほんとに、がんばったんだなぁ、新開。ちゃんと、自分で」
苦悩も迷いも怯えもなく、当たり前の顔して、心底自転車が好きだって、走んのが楽しいって、そんな顔して、駆け抜けていく新開の背中。自分の足で、まっすぐに。駆け抜けていく、新開の背中。
「左抜いてくおまえ、すげぇかっけかった。……おめでとぉ、リザルト。……がんばったネ。新開」
捨てないで、逃げ出さないで、過去にも今にも未来にも自分にも自転車にも、向き合ってたたかって、ちゃんと自分の足で駆け抜けてく新開の背中。愛しくて愛しくてたまんなくて、お互いバカみてぇに心臓跳ね上がってるんだから、いっそ溶けて交ざって一つになっちまえばいいのにって、目いっぱいその背中に力を込めた。
「うん……うん、ありがと、靖友、嬉しい。すげぇ嬉しい、やばい、泣きそう」
「ふは、泣けばぁ?今ならオレしかいねぇーヨ」
「やだ、泣かない。せっかく靖友がかっこいいって」
「はいはいヨシヨシ。おまえは強いよォ、新かぁい」
あは、寿一だ。そんなことを言って新開は笑ったから、回していた手で頭をなでてやった。甘えるように額をすり寄せた新開は、好き、すげぇ好き、靖友、と何度も繰り返した。その度にオレは頭をなでてやって、その背中を強く抱きしめてやった。
「……別に、怒ってたわけじゃねぇよ、不安にさせたなら、その、悪かった。……おめぇに、何て言葉かけようか迷ってただけぇ…なんつーか、スプリントとって帰ってきたうちのエーススプリンター様を、ほ、褒めてやりたかったから」
うん。そう言って小さく新開は頷いた。
「おめぇがファンのとこにいんのも、別にそれで腹たてたりなんかしねぇよ。まぁ、その、妬いたり?とかは、すっけどォ、たまに。たまにな?でもその後おまえ、あったりめぇの顔してオレの横に来るし、おめぇがオレのことしか見てねぇのちゃんと解ってっから、だから、まぁ、なんつーか、正直ちょっと、優越感っつーか、そゆのは、ある、ちょっとだけぇ…。応援とか、好意とか、そゆのに応えてやるのはちゃんとやんなきゃなんねぇって思うし、それはおまえだけにしかできねぇんだから、別に、オレに気ィ遣う必要ねーよ。おまえ、オレのこと好きだし」
たどたどしいオレの言葉を、黙ってきいていた新開の肩に額をすり寄せて、だろ?と訊ねると、うん、すっげぇ好き、と、泣きそうな声で新開は言った。
「やばい、やっばい、今日の靖友やばい。レース終わってから靖友不足だったから余計にやばい」
「オ、オレだって、その、…き、だからぁ、…おめェのこと、なんか、甘やかしてやりてぇとかァ、思うし…」
「甘やかす?」
「っ、そォ!付き合ってんだろォが!…おめぇが喜ぶこととか、してほしいこととか、なんでもしてやりてぇ、とか、思うんだよ、悪ぃかよ…」
悪くない、悪くない、ぜんぜん悪くない、やっばいもう、ほんと、靖友。そう身悶えしながら、新開は首を振る。
「オレだってそうだよ、靖友になんだってしてやりてぇよ。好き、もうすっげえ好き、靖友。」
「…知ってっし。…おまえ、なんかねぇの。してほしいこととか、食いてぇもんとか、なんか。」
オレの言葉に、新開は顔を上げた。それがわかって、オレも同じように顔を上げた。信じらんねぇくらいちっかい距離で、新開と目が合った。うっすらと赤い目の瞳に、同じように目の赤いオレが映った。照れたように先に目をそらしたのは、オレではなく新開だった。かりかりと頬を指でかきながら、俯き加減からまた視線を上げて、オレをみた。
「なんでも?」
「おう」
「ほんとに?」
「甘やかしてやんよ。言ってみ」
「……オレさ」
「おう」
「一年のときから靖友のこと好きだったって言ったじゃん」
「言ってたネ」
「ずーっと靖友のことそばでみててさ、早くオレのこと好きになればいいのにとか思ってたんだよ。ずっと。ちょっとずつちょっとずつ距離をつめてさ、そんでやっと、靖友のこと手に入れたんだ。」
「あーそォ」
「だからオレ、結構我慢強くて辛抱強いと思うんだよ。二年以上待ったんだから、この先いくらだって我慢できる、だって靖友、もうオレのだし。だからさ、いきなり階段駆け上がってさ、やっと手に入れた靖友びっくりさせたくないし、逃げられちまうの嫌だし、なによりすげぇ大事にしたいの。靖友のこと。」
「お、おう?」
「だからさ、せっかくの靖友からの提案利用してるように思われたら嫌なんだけど、でも、意思表示くらいなら許してくれるよな。これは、オレの、甘え。靖友に甘えてんの。」
「え、なに」
「嫌なら断ってくれていいんだぜ、オレいくらでも待てるし。」
「だから、なに?」
そう訊ねると、今までめずらしくぺらぺらと捲し立てていた新開は、急に押し黙った。オレも何も言わないでいると、沈黙に耐えかねたのか、えっと、と絞り出して、また新開は頬をかいた。顔を赤くして、その恥じらいを隠すように手の甲を眉間に押し当てて目を覆った。
「キスしたい」
その手の向こうの新開は、ひどく余裕のない顔をしていた。思いもよらない言葉にしばらくオレの頭は追いつけなくて固まってしまって、なんだって?と、訊き返す余裕もなかった。なんとか新開の言葉の意味を理解できたときには、新開と同じように、オレの顔が耳までまっ赤に染まったのがわかった。
「靖友と、キスしたい」
手の間からそろりと視線を下ろした新開と目が合った。途端に、落ち着いてきていた心臓がまた音を上げ始めた。合った視線のせいで更に鼓動が増していくというのに、その目をそらしてしまえば、新開の唇に目がいってしまう気がして目をそらせなかった。オレに好きだと囁く、その厚く甘い唇。
「いや、ごめん、いいんだ。もっとゆっくりでいいんだ、ほんとに。ごめん、言ってみただけ」
緊張なのか、照れなのか、震えた声で俯いて新開は言った。
心臓が爆発しそうだった。緊張と、それから、いつも余裕たっぷりの面をして飄々としている新開が、こんなにも余裕なくオレのことばっかり考えて、頭をいっぱいにしていて、愛しさとかわけのわからないもどかしさとかで、なんだかもう爆発してしまいそうだった。
「め、目ぇあけたまんまとか、ムリ」
「え」
「してやっから、目ェ、閉じろつってんだ」
「え、ほんとに?いいんだぜ靖友、無理しなくて、」
「もー!るっせ!てめェは黙って目ェ閉じてりゃいンだよ!」
「でも靖と、」
「ごちゃごちゃうっセェな!してェの!したくねェの!どっち!」
「そりゃ、し、したい」
「だろーが!」
「え、でも、靖友は?」
新開の大きな瞳が、期待と不安の色にきらりと輝く。その色に吸い込まれてしまいそうで、オレは言葉に詰まってしまって、しどろもどろになりながら、なんとか言葉を吐き出した。
「バッカ、おめェ…す、好きなヤツ、と、キ…キ、ス、したくねェやつなんざ、いる、かよ」
「え、それ靖友もオレとしたいってこと?」
うるせェおめェは黙って目ェ瞑れつってんだ、そう言って目の前の額に頭突きをすると、いてぇよ靖友、と非難の声を上げたけれど、どこか嬉しそうに笑っていた。
はいどうぞ、なんて余裕そうなことを言って目を閉じた新開は、やっぱり少し照れたように頬が赤かった。閉じられた薄いまぶたの先に、普段あまり目立たないまつ毛がかかって、マジでこいつ目閉じてる、なんて当たり前のことを思った。いつもパワーバーを咥えている厚い唇は、少しだけ口角が上がって薄く閉じられていた。その唇を意識し始めたら、もう寮の部屋とは違うオレンジの照明だとか、妙な薄暗さだとか、広いベッドだとか、本来福ちゃんがいるはずの部屋にはオレとこいつしかいない事実だとか、その何もかも全部がなんだか妖美に艶めかしく感じられてきて、ますます心臓は跳ね上がった。
薄く閉じられた新開の厚い唇。キスの仕方なんざ知らないし、なにが正解なのかもわからないし、そもそもなんで人間はこんな行為をすんのかもわからないし、自分からこれに口付けなきゃいけない状況がもう死にそうに恥ずかしいし、逃げ出したい。けど。キスは、してぇなと思った。たまんなく、ものすごく。なんでかわかんねぇけど、恥ずかしいけど、したいとは思った。結局人間も動物だから、ああこれが本能ってやつなのか。そんなくだんねぇことが頭の端にあった。
「や、靖友、この状態で待ってんの、すげぇ恥ずかしい…」
「うゥるっセ、ちょっと、待ってろ」
このまま顔面くっつけたら、鼻があたるだろうなと思った。だから少しだけ顔を左に傾けて、手の下にあるシーツを思い切り握りしめて、顔を近づけた。あと五センチ、三センチ、一センチ。徐々に徐々に顔が近づいていくのを目を見開いたまま確認しながら、本当にあと数ミリ手前で、勇気が続かなくて、オレは前進を止めてしまった。ヤバイヤバイヤバイ、死ぬ。心臓割れる。ほんのコンマ一秒でさえ、数ミリ先に新開がいるせいで、長く長く感じた。
不意に、新開の口角が緩んで、少しだけ笑った気がした。かと思ったら、シーツを握りしめていたオレの手に新開は指を絡めて、それにオレの意識が向いた瞬間に、オレが死ぬ思いで詰めに詰めた何万キロにも等しい健気なその距離を、新開は呆気なく、埋めてしまった。
あまりに突然のことで目を閉じ損ねた。少しだけ開いた新開の唇は、オレのそれに押し当てられていた。ほんの数秒の口付けだったろうに、長く長く、感じた。
「靖友」
唇が離れて、顔の間に数センチの距離ができると、新開は今日いちばんの甘ったるい声で、オレを呼んだ。目を細めて薄く笑みを浮かべて、オレの額に額を合わせてきた。
「しんかい」
名前を呼んだら、ひどく甘ったれた気持ちになった。たかだか口と口をくっつけただけで泣きそうな顔で幸せそうにしてる男を見ながら、意地はるのも素直になれねぇのも憎まれ口をたたいてしまうのも、なんかもう、ぜんぶぜんぶ、バカみてぇだなと、思った。
「もっかい」
うん。そう言って新開は薄笑みを浮かべて、また唇を押し当てた。今度はちゃんと、オレも目を閉じた。吸い付くような柔らかい感触がたまらなく気持ちよくて、目の前で必死になってる新開がかわいくてたまらなくて、数秒前まではあんなに恥じらってたのも忘れて、何度も何度も夢中で唇を押し付けあった。気付いたら胸を押されてベッドに押し倒される形になっていて、新開はオレの顔の横に手をついて、オレは自然と新開の首に手を回していて、本能ってすげぇなと思った。
ついばむように何度もキスをして、息が上がって続かなくなったあたりで、自然に唇が離れた。上がった呼吸を整えながら、大きな瞳にかかった赤毛を指でよけたオレに、新開はやっぱり上がった呼吸を整えながら微笑んで、短くキスを落とした。顔を上げると同時に強くオレを抱きしめて、甘えるようにオレの胸に顔を埋めた。頭を撫でてやると、また一層強くオレを抱きしめた。
「やべ、今何時!?」
言葉もかわさずただべたべたとくっつき合っていたオレは、顔を上げてそう言った。オレの上に乗っかったまんまの新開は、オレに背中を叩かれて、はっとしたように顔を上げた。
「やっばい42分だ、部屋帰んねぇと」
「やべぇ福ちゃんが帰って……て、え?」
机の上の時計は九時四十二分をさしていた。新開もどうやら四十五分には戻らなければならない、と言った口ぶりだった。そういえばこいつ、オレの部屋に来たとき、一応建前ではあったけれど、福ちゃんに用があって来たとか、言ってなかったっけか。
「あれ、そういえば靖友、寿一と泉田は?」
「は?福ちゃん泉田に用があるっつって泉田の部屋いったぞ」
「え?泉田は寿一に用があるって寿一の部屋に行くって言ってたぜ。九時四十五分には戻ります、って念押して」
「え、じゃああいつらどこ行ったん……」
ちゃんと寝ろよ。四十五分にはな。きらりと不敵に光る大きな瞳。
ああ、ちくしょう、してやられた。
「東堂んトコだ……」
オレの言葉で全てを察した新開は、珍しく声をたてて高らかと笑った。笑い事じゃねぇよ、と頭を叩くと、いやぁナイスアシストもらっちまったな、と言って、今度は額にキスを落とした。部屋に一人にしちまえば、オレか新開のどちらかが、しびれを切らしてどちらかの部屋を訪れるだろう、とかいう算段だったのだろう。
「さぁて、今頃泉田がオレ達がどっちの部屋にいるのか迷って部屋に帰りあぐねてる頃だな」
「後輩に変な気ィ回さしてんじゃねェや、さんざん昼間引いてもらったんだろがエーススプリンター様よォ」
「はは、そいつはおめさんも共犯だな、靖友」
ベッドから起き上がり、新開はオレに笑顔で手を差し出した。それをとって立ち上がると、そのまま手を引かれて、部屋の入口まで誘われた。くるりとドアに背を向けてしたり顔の新開は、オレの腕を引き寄せて、まんまとオレをその腕の中に招き入れた。
「コラ、福ちゃんと泉田が困んだよ、早く帰れ」
「んー、もうちょっと靖友に甘えててぇなあ」
「甘えてんじゃねェボケナス。さっきまで散ッ々甘えさせてやったろォが。がっつきやがって」
「いやぁ、九月十二日はオレたちの記念日だな、靖友」
「はあ?」
「初キス記念日ってやつかな」
「はい新開くんサヨーナラー」
「いてて、やめておいださないで靖友」
ドアを開けて新開を蹴りだすと、廊下の白色の光が目に痛かった。振り返った室内の照明はじんわりと温かく、廊下よりずっとうす暗く、乱れたベッドのシーツがやけに嫣然として感じられた。先ほどまでの感触が、唇に戻った気がした。またじわじわと戻る体の熱を誤魔化したくて、親指で乱暴に下唇を拭った。にっこりとほほ笑んだ新開と、目が合った。
「なあ靖友」
その仕草の意味を見透かされた気がして、かっと頬が熱をもった。え、なに、なんて平然を装って返事をしたけれど、相変わらず新開は笑みを称えて、白色のライトの下に立っていた。光に透ける赤毛はきらきらと輝いていて、それに指をすかしたい衝動に駆られていた。
「もいっこ甘えてもいい?」
「ダメ」
「えー」
「んだよ」
「なんだかんださ、靖友は、オレの話とかワガママとかちゃんときいてくれるよな。すげぇ好きだよ、そういうとこ。」
「っせェ…そゆのいいから」
「デートしようぜ」
「は」
「デートだよ、デート。どっか出かけよう、二人で。卒業までにさ、色んなとこいこう」
「そォいうのはレース終わってから言え。まだ明日残ってんだろが」
「はは、だな。うん、がんばるよ。靖友に惚れ直してもらえるように頑張る」
「け、言ってろ」
「じゃあまた明日な、靖友。明日がんばろうな」
「ハイハイおやすみィ」
心底満足げな顔をして自分の部屋に向かう新開を、とっとと部屋に戻りゃあいいものを、部屋のドアに新開が手をかけるまで、ぼんやりと眺め続けていた。はぁ、とため息をついて、唇に指を伸ばした。唇に残る熱は、オレのものなんだろうか。それとも、あいつのものなんだろうか。
「靖友」
びく、と肩が跳ね上がる。はっとして顔を上げると、新開の姿があった。
「うわ、なんだよビビった」
「おやすみ言い忘れてたと思って」
そう言って笑った新開は、オレの顎を親指で押し上げて、唇を押し当てた。唇に灯った熱は、オレのものじゃなく、間違いなく新開のものだった。
「おやすみ、靖友。」
顔を離した新開はオレの頭を撫で、呆けて固まっているオレをみて笑みを落とした。そうして慣れたようにもう一度キスをして、また部屋へと歩き出した。
「おい新開」
ドアノブに手をかけた新開は顔を上げた。うん?と返事をしたその顔は、ニヤケ顔というよりも、満面の笑顔だった。
「あさって、な」
「明後日?」
「デ、デート」
ほんとか!と声を上げた新開はまたオレの方に駆け寄った。
きりがねぇよ、つーかそんな大声出したらあいつらにきこえんだろ。抱きついた新開の頭を叩いて思い切りキスしてやったら、甘ったるい声で、靖友、なんて笑ってオレを抱きしめやがった。オレがいたら多分世界一絶好調で、最強を欲しいままにしやがるエーススプリンター様を、まあ明日次第では、明日も明後日も死ぬほど甘やかしてやがってもいいかな、きっと、世界でいちばん幸せそうに笑うから。
そんなことを思って、またそのあっまい唇にキスしてやった。
[newpage]
[chapter:アオゲバトウトシ]
「なんで一緒の大学行かなかったんスか?」
そう言ったのは黒田だった。
二月。私大組のオレは国公立組より一足早く進路を決めた。明早を選んだ理由はもちろん自転車だったから、入試が終わったその日から後輩達の部活に混ざって練習して、合格が決まった日には部を引退した先輩、ではなく、本格的に選手として練習した。よく外にも走りに出た。その日は気温も高めで風も温かい、よく晴れた自転車日和だった。たまには登らなきゃなと、不意に訪れた春の気温が珍しくオレにそう思わせて、勾配のきついコースを一人、オレは登った。
オレが引っぱんねぇと――、頂上が近付いたとき、そんな声がした気がした。きつくて下げていた顔を上げてみたけれど、オレの前には誰の背中もゼッケンもなくて、ただ遮るものの何もない冬の空が広がるばかりだった。やけに澄んだ空は寒々としていて、温かくても冬は冬だなと、オレは一人苦笑した。夏が恋しかった。
山頂から少し下ったところに駐車場があって、その自販機の近くに愛車をとめた。割と品揃えのいいその自販機の中から、オレは殆ど無意識にボタンを押していた。がこん、と少し高めの音を伴って落ちてきたアルミの容器。蓋を捻って漏れた、ぷし、という空気の抜ける音を、なんだか久しぶりに聞いた気がする。記憶の中のその姿に倣って、くっと一気に流し込むと、ぱちぱちと炭酸がのどで弾けてむせそうになった。普段炭酸なんて飲まないから、たかだか二酸化炭素の自己主張に、こんなにも攻撃力があるとは思わなかった。しかしさすが炭酸飲料、喉と鼻を駆け抜けた甘さは、すっきりと爽やかだった。その爽やかさと矛盾するような、舌の上に微かに残った甘い後味。ああ、そのものだなと、思った。駆け抜ける衝撃の強さも、微かに、けれど確かに残る甘さも。まるで、そのもの。その痕跡に僅かでも触れようとすれば、オレはこんなふうにどうしようもない気持ちを抱いて、ぐるぐると考えてしまうのは自分でもよく解っていたのに、どうしてここにきてベプシなんて飲んでしまったのだろう。学校敷地内の外に出てしまえば大丈夫だろうなどと、高をくくっていたのだろうか。
「新開さん」
ここで、冒頭の、黒田の言葉。ベプシのアルミ缶を握ったまま振り返ると、相変わらず敵意だけをこめたようなまっすぐな瞳を携えて、黒田がそこに立っていた。オレがスタートした頃にはまだコースに出てもいなかったのに、さすがはクライマーの足だ。ゼッケン2番を託された、可愛い後輩。
「奢ってやるよ。何がいい?」
「いーっす。真波じゃあるまいし」
「つれないなぁ。あいつになら奢ってもらうだろ?」
「その手にはのらないっスよ」
オレが質問に答えないと解ったのか、黒田の受け答えはどこか不機嫌そうだった。けっ、可愛くねェ。そう言って黒田を可愛がる、嬉しそうな顔が浮かんだ。オレと同じように黒田は自販機の横に自転車をとめ、つかつかとオレに一瞥もくれないで歩み寄り、そのボタンを押した。やや高めの音をたてて落ちてきたそのアルミの缶を、黒田はなんだか眩しそうに拾い上げ、蓋をひねる音を聞き逃してしまわぬよう大事そうに耳を傾け、そして何かを振り払うように一気に喉にベプシを流し込んだ。途中少しむせそうになりながらもそれを全て飲み干して、乱暴に口元を拭って、甘ェ!と黒田は叫んだ。
「あんな凶悪なツラしといて、結構甘いのとか好きですよね、あの人」
「はは、そうだな」
そう答えたオレを一瞥して、はぁ、と黒田は大きくため息をついた。ああ、甘いって、もしかしてオレのことだったか。そう言おうとしたけれど、やめておいた。
「あと一週間っスね」
空になった缶をゴミ箱に押し込みながら、黒田は言った。そうだな、とオレは平然と答えてみせたけれども、その一週間という現実味のある数字は、ひどく残酷にオレの胸に響いていた。ききたくない数字だ、まるでお終いの日までのカウントダウンみたいだ。卒業までの、日数など。
「新開さんは、おいていく方とおいていかれる方。どっちが辛いと思いますか」
「おいてくのがオレ達で、おいてかれるのがおめさんら、って話か?」
「まあそれでもいいです」
「はは、なんだそれ」
「おいてかれる方は、たまんねえよなって、話です」
黒田の質問の意図を、なんとなく理解した気がした。駐車場の端に立つと、箱根学園の校舎がよく見えた。ここからなら図書室もよく見える。ああ多分今頃は、あそこで、赤本に向かっている頃だ。
「オレは、」
箱根学園を、その図書室を見つめているオレの背中に、黒田はそう声をかけた。つぶれるような、声だった。
「先輩らのいない箱根学園を知らないから、卒業式が終わったあとのことなんか、想像できないです」
想像したくないんだろう。そんな言葉も、やっぱりオレは呑み込んだ。黒田はオレの隣に来ないだろうなと思った。オレの隣に並んで、おんなじ風景を眺めたりはしないだろうなと思った。案の定、黒田がオレの隣にくることはなくて、二歩も三歩も後ろから、オレの背中に言葉を向け続けた。
「移動教室とか、休み時間とか、集会とか、行事とか。そういう時に、他学年の集団をみつけても、もうその中に先輩らを探すことはねえんだって、見つけることもねえんだって、なんかそういうの思うと、たまんねえっつうか」
それは黒田の寂しさの吐露だった。黒田がオレに弱さを見せることなんて、これまで一度だってなかった。脚質も違うし、もっと適役がいるから相談を受けたことなんかもなかったし、何より黒田がそうしたい、と思うのはいつだってオレじゃなかった。尽八でも、寿一でもなかった。先輩の顔して、嬉しそうな顔して、まんざらでもない顔して、すげえ優しい顔して。後輩の成長を見守るその横顔を、オレはたまらなく誇らしげに、隣で見つめていただけだ。
「なんで明早で、なんで洋南なんですか」
強い口調だった。なぜ同じ大学に行かないのか、という疑問よりも、どうして同じ大学に行かないんだ、という非難の色が強い気がした。
「珍しく食い下がるなぁ、黒田」
「あの人に訊いてもどうせ教えてくれないんで。まあ、訊かないですけど。あの人には」
そうだなあ。そう呟いて、オレはまたそこから見える箱根学園を見つめた。寒々とした春の近づく空には雲一つなくて、高く高く、登っていけそうだった。広がる青は、オレの中でいつだってあの強く気高い背中とセットだ。どんなに登りがきつくても、どんな全力スプリントの後でも、顔を上げればその背中があって、そしてその上には高く高く、あの夏の空が広がっている。
――靖友。
そう呼んでしまいそうになった。
ここで呼んだって、きこえやしねえのに。
「オレだっておまえとおんなじだよ」
振り返ってそう言うと、黒田は眉をひそめた。怪訝そうな顔だった。オレとあんたとじゃ全然ちげぇだろ。そう言いたげだったけれど、オレは構わず続けた。
「オレが生まれたときにはとっくに、靖友はこの世界にいてくれたわけだろ」
四月生まれで、靖友はいちばんお兄さんだからな。ますます黒田は怪訝な顔をした。
「はは、わけわかんねぇって顔だな」
「まあ」
「靖友がいねえ世界なんかオレだって知らねえよ」
笑ってそう言ったけれど、その大きな瞳をさらに大きく見開いて、黒田はたじろぐような様子を見せた。
「想像つかねえよなぁ。朝起きたら寮で飯食うだろ、登校して、授業受けて、クラスは違ぇけど辞書借りたり体育一緒だったりするだろ。昼も飯食ってさ、んで部活行って、練習して、寮帰って飯食うだろ。風呂入るだろ。寝る直前まで一緒だろ。」
「…ちょっと自慢にきこえます」
「あはは、うん、ちょっと自慢した。これから靖友がどんな人にどれだけ出会っても、高校時代に靖友とそんなふうに過ごせたのは、オレだけだからな」
「羨ましいっすね」
「オレはおまえも羨ましいけどね」
「…は?」
「靖友がいちばん可愛がった後輩は、間違いなくおまえだろ。黒田」
黒田の強い瞳が、泣きそうに歪んだ。そんな情けない顔をしている生意気な後輩を一瞥して、オレは先輩の顔をして、笑ってみせた。
「靖友はおまえを置いていくわけじゃないよ。先に行くだけ。何なら待ってるくらいだ。洋南で味方でもいい、別の大学で敵でもいい。どんな形であれ、靖友はおまえのこと待ってるよ。上がってこい、追いついてこい、ってさ。だからオレはおまえが、――おいおい泣くなよ」
泣いてません。そう言って、乾いたアスファルトにぱたぱたと涙を落とすのを、オレは背を向けて見ないふりしてやった。それなのに黒田は、顔を見られないように両腕で顔を覆って、しゃくりあげながら、卒業しないでください、と言った。
「そうしたいのは山々だけどな」
「好き合ってん、だか、ら、おんなじ大学、行きゃいいのに、なんで…」
「そればっかだなぁ、おめさん。」
「これ言いたくて、…わざわざ追っかけてきましたから」
「そりゃあ申し訳ねえ限りだな。オレは合格しちまったし、靖友は出願したし明後日入試だし、今更変えらんねぇよ」
「でも、」
「知ってるか?靖友、センター自己最高点だったんだ」
振り返ると、涙をためて真っ赤な目で黒田はこちらを見つめていた。
「すげぇよな。あいつ、なんだって自分の力で掴みとっちまうもんな」
入部したての靖友。初めて真鶴で勝ちを掴んだ靖友。インハイの靖友。引退して、机に向かう時間が増えた靖友。これまでの靖友の姿が、胸に迫った。いつでもがむしゃらにひたむきで、時間も努力も何一つ惜しまない靖友。そんな靖友の姿は、後輩の黒田にとってどんなふうに映っていたのだろう。一年のときの靖友を知らない後輩たちに、努力の跡を決して人に悟らせたがらない靖友の姿は、一体、どんなふうに。いつでも前を向いて、誰かの背中を押す、そんな立派な先輩に、映っていただろうか。
「明早にはオレの、洋南には靖友の。行きたい学科が、あっただけだよ。」
そう言って笑うと、ようやく涙を引っ込められていた黒田は、また瞳いっぱいに涙をためて、それがこぼれる前に乱暴に肩で拭って、やっぱかっけぇなぁ、くそ、あんたら。そう呟いた。後輩の前でくらいかっこいい先輩で在り続けたい。そんなちっぽけなプライドみたいなものを、オレも靖友も後生大事に抱えていて、そうしてそれを守るために、やっぱりオレは、黒田のまえで笑って見せた。
「どっちがおいてって、どっちがおいてかれるんだろうなぁ。」
頬を掠めた春風に紛らせたオレのその言葉は、きっと黒田にはきこえなかっただろうなと、思った。
***
「大丈夫かなあ、靖友」
そう語りかけると、尽八はひどくあきれた顔をした。
「おまえそれオレに訊くの、六回目だからな」
「…すまねぇ」
「間違いなく荒北本人よりおまえの方が緊張しているな、隼人」
朝、洋南の二次試験に向かう靖友を見送ってから、オレは尽八の部屋に入り浸っていた。本当は外に走りに出たかったけど、今日は朝からあいにくの雨で、ただでさえ落ち着きのない今のおまえに怪我でもされてはたまらない、と尽八と寿一から止められた。大人しく本でも読んで待とうではないか、と見かねた尽八にそう言われ、とても一人で部屋にこもってなんていられないから、尽八の言葉に甘えた。当の靖友はなんだかびっくりするくらい落ち着いていて、洋南ついた、とか、会場入るから電源切る、とかそんな事務連絡みたいなメッセージが時折オレの携帯に入った。その度に胸がぎゅっと締まって、今まで大して信じてもいなかったのに、神さま頼むよ、とか、そんなことばかり思った。
「センターの結果なら、まず大丈夫だろうと言われていた」
寿一が言った。だからそんなに心配しなくてもいい。そう言っているようだった。
わかってる、わかってるんだ。センターの結果が余裕の合格圏内で、試験科目は靖友の得意教科ばかりだし、昨日の晩も今朝も落ち着いた様子だったし、靖友は本番に強いししっかりしてるから妙なヘマだってしないだろうし。わかってる、ちゃんと全部わかってる。それでもなんだか意味もなく心配だった。むしろ心配しかできなかった。心配ぐらいしたかった。何もできないから、何かしたかった。
「寂しいか、隼人」
そう言った尽八は、困った顔をして笑っていた。突然の問いかけに言葉につまった。寂しいと言ってしまえば、その気持ちが本物になってしまう気がして、いやぁ、とか、そんなふうに誤魔化す言葉しか出てこなかった。
「オレは寂しいぞ」
薄く笑って、尽八は言った。言い聞かせるような、声だった。
「朝起きて寝るまで毎日おまえたちがいたからな。最早生活の一部だ。なあ、フク」
「ああ。」
「おまえ達とはこれから先もずっと親しくあれたらと思っているんだが、オレだけ進学組でないからな。距離も離れるし生活する場所も変わる。寂しいし、不安だ。」
尽八の大きな瞳と、寿一のまっすぐな瞳が、オレを見つめていた。寂しいとか不安とか、そんな言葉を使いたがらない尽八が、あえてそんな言葉をオレに言った意味を、おまえはどうだと、そう訊ねられてようやく、悟った。
「…寂しいし不安だよ」
怖いよ。とても顔を上げていられずに呟いた、オレの震えて情けないその言葉を、尽八と寿一は笑うでもなく同情するでもなく。俯いたオレの頭を二人して、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「大学行って離れたら、靖友はオレのこと必要なくなっちまうんじゃねえかな」
あんなに優しくて、面倒見がよくて、強くてかっこよくてまっすぐな靖友は、箱根を出て、神奈川を出て、縛るものの何もない静岡の大学という広い世界に出ていってしまったら、もう、オレと過ごした毎日を振り返らないんじゃないだろうか。いつだって前を向いて、自分の足で進んでいく靖友は、きっとまた、たくさんの新しい人たちに必要とされるから、そしたらもう、今みたいにオレを必要とはしてくれなくなるんじゃないだろうか。新しい世界に向かって、輝かしい未来に向かって、前へ前へと進んでいく靖友は、いつかオレの元からいなくなってしまうんじゃないだろうか。今みたいに頻繁にあうことができなくて、お互いに知らない人と出逢って、お互いに知らない毎日を過ごして、そしたらもう、今みたいにオレたちはいられなくなるんじゃないだろうか。そうして、こんな思いを抱えているのはもしかしたら、オレだけなんじゃないだろうか。
いつまでオレたちはおんなじ気持ちでいられる?いつまでオレたちはおんなじものを見て生きていける?いつまでオレたちは、一緒にいられる?
前へ前へと進んでいく靖友。がむしゃらで、ひたむきで、かっこいい靖友。
なあ靖友。
おまえはオレと離れるのを、寂しいって、思ってくれる?
「そんなことは荒北本人に訊くんだな」
こら、フク。窘めるように尽八は言った。けれど寿一は言葉をその鉄仮面の鞘に収める様子もなく、まっすぐに続けた。
「あいつは自分の気持ちを隠すのが上手いから、荒北の本当の気持ちはオレたちにはわからない。」
けれど。そう寿一は続ける。尽八も、もう何も言わなかった。
「オレはおまえ達と離れることを寂しいと思っているし、不安だとも思っている。東堂もだ。そうだろう、東堂。」
「まったく、さっきそう言ったろう」
なあ隼人。そう言って尽八は、言葉を噤んだ寿一に代わってオレに微笑んで見せた。
「今日荒北は、受験が終わったら横浜の実家に寄って、明日寮に戻る予定だったんだが、それを取りやめてまっすぐ箱根に帰ってくることにしたんだそうだ。」
「え、」
「きいてなかっただろう」
「え、うん、きいてない、そんなこと、靖友言ってなかった」
「だろうな。朝、寮をでた後でオレにメールを寄越して言ったことだから。朝決めたことなのだろう」
やれやれと、あきれた顔をして尽八は笑った。え、なんで、と困惑しているオレの前に携帯が差し出された。ディスプレイには、静岡行きの電車に乗った頃の時刻の、尽八に宛てた靖友のメールが表示されていた。
「あんまりにも誰かさんが寂しそうな顔してるから、早く帰って顔を見せてやりたいんだそうだ」
そう言って尽八は笑って、泣いてしまったオレの頭を小突いた。
***
『東堂、尽八』
尽八のクラスの担任の厳かな声が響いた後、はい、という凛とした尽八の声が体育館に響いた。次々に読み上げられていく同級生たちの名前をききながら、少し離れた斜め前の席に座っている靖友の方に視線をやった。眠そうな靖友の横顔がよく見えた。予行だから別にいいだろ、と首につけたネクタイは相変わらずゆるゆるだった。今にも眠ってしまいそうな靖友は、それを打破するためなのか、首を左右に捻ったり、眉間に力を込めて顔をしかめたりしている。不意に、靖友は大きくあくびをした。周りを憚らない大きなあくびだった。そんな靖友を見続けていたら、ようやくオレの視線に気づいたのか、靖友と目が合った。いつから見てたんだ、と言いたげに眉を顰める。でっけぇあくび。と口パクでそう言ったら、べっと舌を出されて、こっち見んな、とあしらうような仕草を見せて、また靖友は前を向いた。
十分の休憩の後、歌唱練習と礼法指導を行う。と、学年主任は言った。トイレに行きたい者は今のうちに行くように、と言われ、オレはクラスの友達何人かと体育館のトイレに行った。三年生全員が卒業式の予行のために体育館に集っているわけだから、トイレはひどく混んでいた。ようやくトイレから席に戻った頃には、後半の休憩修了のほんの一分ほど前だった。何の気なしに靖友の席の方をみると、靖友のクラスのほとんどが席につき始める中、靖友の席だけがぽっかりと空いていた。周りを見渡しても靖友の姿はどこにもなく、体育館の入り口の方にも、寿一や尽八のクラスの方にも、どこにもいなかった。
腹いてぇから保健室いくって言っといて。近くのクラスメイトにそう声をかけて、オレは体育館を出た。
まっすぐオレは校舎裏に向かって、やっぱりそこで、靖友を見つけた。日当たりのいいそこで、靖友は足を投げ出して座り込んでいた。ひなたぼっこでもしているのか、ぼんやりと顔を上げて空を仰いでいた。陽だまりの中にいる靖友の背中に、なんだか無性に泣きだしたい気持ちに駆られた。日にさらさらの黒髪が透けて、きらきらと光って見える。あったかいからか、白い頬が少し赤らんでいる。校舎で切り取られたせいで、陽だまりは四角く地面を照らしている。靖友の細い左肩は陽だまりからはみ出て、校舎の影が落ちている。その四角い陽だまりは、靖友の横が一人分、空いていた。
「珍しいな、サボるの」
そう声をかけて、靖友の隣に空いた、一人分のスペースにオレも座り込んだ。オレのために空けられたその隣で、靖友は空を仰ぐのをやめて、オレの方を見た。
「どっかの誰かサンがなんかしょぼくれたツラぁしてっからァ」
そう言って、笑った。胸に迫っていた泣き出したい衝動が、またどうしようもなくこみ上げようとしてきて、オレの顔は情けなく歪んでしまったと思う。ほらな、こういう顔ォ。へらりと笑って、靖友はオレのほっぺたをつまんだ。
「いたい」
「どぉーせ、卒業したくないなァ、とかって、おセンチ入ってたんだろーが、おまえ」
「それは、ちょっと、思ってた…けど」
頬をつまんでいた靖友の手が離れると、額と額がくっつきそうなくらい、靖友の顔が近づいた。あーキスされる。そう思ったのに、がぶりと頬にかみつかれた。
「腹減ったとかさァ。寒いとか欲しいとか楽しいとか好きだとか、そういうのお構いなしに欲求のまんま言うくせしてよォ。なーんで、寂しいとかは、オレに言わねェのかねェ。おまえ。」
かみつかれたところを手でさすっているオレに一瞥をくれて、言わねェじゃなくて言えねェだっけ、おまえの場合。と薄く笑って靖友は言った。
オレは何にも言えなくなってしまった。オレの些細な不安や弱気を、笑って受け入れてくれる靖友をずっと見ていたかった。別に、寂しいとか怖いとか不安とか、そういうのが解消されなくったっていいんだ。どうせ春から離れ離れになることは決まっていることなんだから、決してそういう気持ちが消えるわけじゃないんだから、いいんだ。消えなくったって、こうやって靖友が今目の前で笑ってて、オレのそばにいてくれればそれでいいんだ。とにかく、今が。こうやって靖友と一緒にいれる時間が、きらきらに輝いて優しい時間になれば、それでいいんだ。
春から靖友はこんなふうにオレのそばにはいない。オレも靖友のそばにいられない。だから、オレと過ごした時間が靖友にとって、たとえそれが過去になってしまったとしても、思い出でも、遠い日の記憶に、なってしまったとしても。一瞬でも長く、思い起こせば少しだけ優しくなれるような、幸せになれるような、そんな時間にできれば、それでいいんだ。いいんだ。
そう、何度も何度も。オレはオレに、言い聞かせ続けていた。
「はー、あったけ」
黙ってしまったオレなんかお構いなしに、靖友はなんだか幸せそうにそう言った。靖友と同じように投げ出していたオレの太ももを枕にして、靖友は仰向けにごろりと寝転んだ。驚いたオレと、満足そうな靖友の目が合った。顔かせ、と言わんばかりに人差し指で手招きした靖友に誘われるまま顔を下げると、がっちりと頭を掴まれて、今度こそ思い切りキスされた。顔が離れると、満足そうに靖友は笑っていた。いつもこういうとき、照れてしまうのは靖友の方なのだけれど、思いもよらない恋人の甘えた攻撃に、照れてしまったのはオレの方だった。
「……こら。」
「あー幸せェ」
「学校じゃくっつくの禁止って言ったの誰だよ」
「オレェ?」
「ちょっと触るだけですっげぇ睨むのは」
「オレかなァ」
「学校でちゅーしたら一生えっちしてくれないって」
「もーうるせェな、オレの幸せのヒトトキを邪魔すんじゃねェよ。はい、おやすみィ」
「え、靖友寝るの」
「寝るゥ」
そう言って寝転がったままオレの腹にぐりぐりと顔を押し付けて、本当に靖友は目を閉じてしまった。校舎裏に吹き抜けた風が頬を掠めた。黒田と話したあの坂の駐車場よりも、ずっとずっとその風は温かく春のにおいがした。春風に揺れる靖友の黒髪に手を伸べると、吸いつくようなさらさらのその感触が気持ちよくて、いつまでも撫でていられた。仰いだ空は、校舎で切り取られてはいたものの、高く高く、雲一つなかった。ぼんやりと何をするでもなくただじっとオレが訪れるのを待って、空を見つめていた靖友の気持ちがわかる気がした。淡い日差しの陽だまりの中で、太ももに靖友をのせて、なにを話すでもなくただぼんやりとしていると、何だかオレまで眠ってしまいそうだった。柔く、淡く、あったかく、指先から頭を通って足の先まで、じわじわと何かに満たされていく気がした。
「なー」
「んー?」
不意に、靖友は小さくそう言ってオレを呼んだ。うとうととして、眠ってしまう寸前だった。
「大学んなったらさぁ、おめぇは何したい?」
またごろりと仰向けになって、靖友はオレの顔を見上げていた。
「オレはー、きっと一人暮らしでバイトして今よりはきっと金もあっからァ、おめぇとどっか行きてぇかな。九州もっかい行きてぇし、上の方、北海道とかでもいいなぁ。うめーもん腹いっぱい食いてぇ。高校生じゃ入れねぇようなどっかシャレた店…いや、別にシャレてなくてもいいわ。安くて、うまくて、おまえがうまいうまい言うならどこでもいい。まーあとは、おまえと酒も飲みてぇかな。店でもいいけど、家でダラダラ飲むのもいいんじゃね。ぜってぇおまえ泣き上戸だろ。泣きながらオレに、好きだぜ靖友ぉ~、とか言うの。すげえ想像つく。うは、バカだおまえ。あー楽しみ。あとはぁ…おめぇのバイト先に内緒で客として行って接客されたり?誕生日忘れたフリしてサプライズで東京いったり?ベタすぎ?」
細い指がオレの頬に伸びて、頬骨のあたりを撫でられて、それがくすぐったくてオレは目を細めた。日差しが眩しいのか、靖友も目を細めて薄っすら笑っている。
「ない?おまえには、そういうの?」
あんまりにも靖友が、優し気に、幸せそうに、オレに笑うから、オレはどうしようもなくなってしまって、言葉に詰まった。遠く、体育館からは、仰げば尊し、と、柔らかな風に乗せられて卒業式の歌がきこえてきた。それが余計に、オレの涙腺をどうしようもなくしてしまった。
「…あるよ、いっぱい、靖友と、したいこと」
「だろぉ?あ、あれもできんじゃん」
「あれ?」
「寮じゃねぇから、声ガマンしねぇでセックス」
「っっっも~~~~、靖友ぉ、ムードぉぉ」
「はっ。ねぇよ、ムードなんか」
「もう、そうだな。靖友声ガマンできないもんな」
「はー?いっつもいっつもおめぇが好き勝手するからだろが」
もうなんの涙かわからないけれど、オレの目尻を濡らした涙を靖友は親指で拭って、何にも言わずに薄く笑った。
蛍のともしび、積む白雪。なおも遠くで、歌う声がする。
忘るる間ぞなき、ゆく年月。今こそ――
不意に、笑んでいた靖友の顔が、ぎゅっと泣き出しそうに歪んだ。
「いやだなぁ、おまえと離れんの」
きゅっとオレの腹に手を回して、オレの制服に埋もれるくらい顔を押し付けて、小さく、小さく、零すように、靖友は言った。
「やす、靖友?」
びっくりして、そんなふうに、オレの腹にすがるように抱き着いている靖友の名前を呼ぶことしかできなかった。突然の言葉だった。あんなに笑って、きらきら幸せそうにしてた靖友が、泣き出してしまいそうに顔を歪めて、震えるようなか細い声で。小さく、弱音を吐いた。
あいつは自分の気持ちを隠すのが上手いから。そう言った、寿一の言葉が今更実感として、胸に迫っていた。
「ねえ、靖友、靖友?」
みっともなく震えた声でそう呼ぶと、靖友はオレの腹にまわした手をきゅっと締めて、いっそう強く顔を押し付けた。オレの制服を掴んでいる靖友の手を上から握ると、小さな震えが、しばらくしてゆっくり止まっていった。
「オレと離れんの、寂しい?」
――今こそ、別れめ、いざさらば。
歌が止んで、しんとした。オレたちがいる校舎裏には何にもなくて、音もなくて、ただ高い高い空からこぼれる陽だまりだけがオレたちの中にあって、それはじんわりと、オレたち二人に分け隔てなく、同じように、しみこんでいくようだった。
靖友の回した手にきゅっと力がこもって、靖友は何にも言わないで、小さくうなずいた。オレの腹が、靖友がこぼした涙で湿っていくのがわかった。
ああ、大丈夫だ。オレたち。
そう思った。確証も、約束も、それに代わる言葉も、何にもないけれど、何にもなくても、それでも。大丈夫だと思った。なんでそんな確信が不意にオレに訪れたのかはわからない。でも、大丈夫だと思った。絶対に、離れても、会えない日が続いても、今みたいにこうして、毎日当たり前に一緒にいられなくても、でも、大丈夫だと思った。その確信を、どう言葉で表現したらいいのかわからない。言って説明してやれそうもない。だから、大丈夫だと、ただそれだけ言って、寂しいと体全部でオレにそう言っている靖友を、目いっぱい抱きしめてやることしかできなかった。
寂しいのならそれを全部埋めてやりたいし、悲しい顔してるのなら笑わせてやりたいし、学校が別になったって一緒に嬉しいことや楽しいことを分け合いたい。描く未来には当たり前にお互いの姿があって、そしてその未来が長く長く続いていけばいいと本気で思ってる。そうしてそれをきっとオレたちは、同じように、おんなじだけ、おんなじ気持ちを、今こうして抱いてる。
「靖友。がんばろうな、遠恋。二人で。」
「…おう」
おんなじだけ寂しくて、おんなじだけ不安で、おんなじだけお互いのこと必要なら、きっとこれからもおんなじ方をみて、オレたち生きていけるから、大丈夫だよ。
仰げばこんなにも尊いオレたちが過ごした三年間を、おんなじだけ愛しく、おんなじだけ大事に抱えて、一緒に進んでいこう。靖友。
また遠くで響き始めた「仰げば尊し」は、今度はさっきよりも少しだけ優しく響いて、オレ達の校舎裏の空に、やわらかく、とけていった。
・
・
・
【2012/03/21】
靖友:部屋のことでクソ親父とクソみてぇな喧嘩したまじクソ
靖友:でも家決まった
>壮絶そうだなあ。おつかれさん。家決まってよかったな。
靖友:ワンルームだけど割と広めで家賃安い
靖友:(写真)
靖友;こたつおけそう。夢のおこたにミカンできるヨ。ヨカッタネ
>ほんとだ!広い!やった!コタツ!
>こたつえっちできるな!
靖友:おまえ食うこととセックスしか頭にねぇの
【2012/04/02】
>誕生日おめでとう靖友。十九歳だな。生まれてきてくれてありがとう。今年も愛してるぜ
靖友:目の前にいるのにメールで恥ずかしいこと言ってくんな
>そう言って返事してくれる靖友大好きだぜ
【2012/04/25】
>靖友、ゴールデンウィークそっち行けそうにねえ、ぜんぶ部活…。靖友不足でオレ枯れちまうかもしんねぇ、どうしよう
靖友:明早千葉のレースでねえの?
>でる!
靖友:じゃああえるヨ
【2012/05/07】
>寿一と気合いれるために焼き肉にきています
>(写真)
靖友:福ちゃんうっすら笑ってね?笑ってね?福ちゃーーん!!!
靖友:オレも今から飯いってくる
>金城くんたち?
靖友:おう。部のやつらと
>そっかあ、楽しんできてくれよ。お酒はまだだめだからな
靖友:おまえさ
>はい
靖友:おまえ隠し事向いてねーんだから下手に隠そうとしてんじゃねえよ
>えっ
靖友:妬いてんじゃねーよばか
靖友:ばーーーーーーーーーーーーか
*着信
【2012/07/14】
*不在着信1件
靖友:おまえいまどこ?
*発信(応答なし)
>ごめんバイトだった!靖友!
靖友:今おまえんちの前
>え
>え
靖友:まえ言ってたサプライズのやつ
*発信
【2012/09/29】
靖友:おまえまだ怒ってんの
靖友:行ってねーわ合コンなんざ
靖友:行く暇あるかよバイトと自転車とおまえで過密スケジュールだわ
>そっちじゃない
靖友:は?
>同じ学科の子に告られたんだろ
*不在着信1件
靖友:おまえそれどこできいた
靖友:つか電話でろ
*不在着信1件
靖友:シカトぶっこくならもう知らねえ
靖友:おいって
靖友:なぁしんかーい
靖友:わかった
靖友:もー知らねえ
*発信(応答なし)
*発信(応答なし)
*発信(応答なし)
*発信(応答なし)
靖友:うるせえ
靖友:人の電話にはでねえくせに
靖友:もう知らねーっつたろ
>ごめん反省してる。だからドアあけて
靖友:は?
>靖友んちの前きてる
【2012/12/15】
靖友:年内講義終わりぃ。明早いつまで部活?
>洋南早いな!オレんとこ来週まで講義あるよ。部活は二十七まで!
靖友:おまえ年越し実家帰る?
>靖友と一緒に年越ししたい
靖友:まじか
>いや?
靖友:言おうと思ってたからびびった
>以心伝心!
>やべえ年越し楽しみだなあ、今年は二人で年越しだもんな。初めてだな、やばいやばい
靖友:言ってろ
靖友:こたつ出しとく
【2013/01/01】
>HAPPY NEW YEAR~!今年もよろしくな。靖友
靖友:だから目の前いるっつの
【2013/02/14】
>やばいやばいやばいやばいやばいやばい
靖友:どうした
>でっかい荷物届いた
靖友:へー
>オレの好きなチョコいっぱい入ってた
靖友:へー
>すげえ嬉しい、どうしよ
靖友:へー
>ありがと靖友だいすき
靖友:おう
>結婚して
靖友:やだ
【2013/03/14】
>なあ靖友
靖友:はい
>大学卒業したら一緒に住もうぜ
靖友:無理
>同棲しようぜ
靖友:無理
>なんで!!!
靖友:ホワイトデーのお返しでーす☆つって宅配便とみせかけて本人が荷物届けにくるようなクソ意味わかんねぇサプライズするやつなんかとは同棲してやんねェ!
>喜びっくりした靖友の顔可愛かったぜ
靖友:だから目の前いんだからしゃべれつってんだよ!
【2013/04/02】
>誕生日おめでとう。今年は一緒にいられなくてごめんな。生まれてきてくれてありがとう。オレと一緒にいてくれてありがとうな、靖友。二十歳だな。もう大人だ。酒もたばこも吸える大人だな。あ、たばこはやめてくれよ、自転車に乗ってる限りはさ。初酒楽しんでくれ!オレが飲めるようになったら一番に一緒に飲んでくれよ。昨日遅くまでバイトだったって言ってたからもう寝てるよな。遅くにごめんな。おやすみ。誕生日おめでとう。靖友。
>あいたい
>うそ。ごめん。
>いやうそじゃないけど
>すき
>すげーすき
>これもうそじゃないよ
>やすとも
>おやすみ
靖友:寝てねーし
靖友:なにひとりごと言ってんの
靖友:オレ最初の酒はおまえと飲むって決めてんだけど
靖友:早く大人になれバーカ
靖友:声ききたいから電話していい?
*発信
【2013/04/05】
靖友:おまえ今セメで一限講義入ってねえとこある?
>いま寿一とシラバスみてたとこ!
>(写真)
>月曜と水曜入ってない!
靖友:福ちゃんあいてえ…
靖友:んじゃあオレもそこ削ろ
>月曜午前入れてねえから、日曜の夜から月曜の朝まで靖友んとこいれるよ
靖友:おまえ単位大丈夫なの
>一年でいっぱいとったからな
靖友:ほめてやるからはやく静岡こい
【2013/04/15】
靖友:やべえ二年の講義さっぱりわからん
>オレも。なんで二年なった途端こんな難しくなるんだろうな
靖友:金城との共通科目以外全部落とす気がするコワイ
>オレも靖友と一緒に授業うけてえなあいいなあ真護くん~~~~~
>夏は飲もうって言ってて
靖友:おめーらすっかり仲良しチャンダネ
【2013/06/11】
靖友:まさかおめーとアシスト勝負する日がくるとは
>お相手いただけて光栄です洋南エースアシストさん
靖友:負けたからって他人行儀にするのやめてもらえます明早エーススプリンターさん
>くっそー!やめてそれ!次はうちが勝つよ
靖友:のぞむところデスシ
【2013/07/16】
>まさか靖友が泣き上戸とは
靖友:うるせえ忘れろ
>めっちゃ泣きながらさ、オレこんなだけどおめえのことすげえ好きなんだよ。って、忘れられないんだけどどうしたらいい?
靖友:忘れろ
>無理かも
靖友:もう二度とおまえと酒は飲まねえ
>わー!ごめんごめんうそだよ、冗談。ありがとう、最高の誕生日になったよ。
【2013/09/02】
>今日さ、後輩に「新開さんって大きいレースとか勝負事の前のスタートのとき、必ず空を見て深呼吸しますよね、くせですか」って言われた。オレそんなくせあった?
靖友:高校んときはなかった気する
>んじゃ大学入ってからなのかな。無意識だったから指摘されてびっくりした
靖友:ルーティン?てやつ?
>ラグビーの?
靖友:そ。
>ああ、なるほど、そうかも。オレ空みると靖友思い出すから
靖友:え、なんでオレ?
>なんでだろうな
靖友:ふーん
>その返事まんざらでもない感じだな?
靖友:ぅるっせ!
【2013/10/20】
>なんか意外とあえねえもんだな。靖友にあいてえ
靖友:わりぃ。すげえ研究室忙しくなってきた
>気にすんな。クリスマスにはそっちいくから。あんま徹夜とかして体こわさないでくれよな。
【2013/11/15】
*発信(応答なし)
靖友:わり、昨日研究室で爆睡してた
靖友:電話なんだった?
>声ききたかっただけなんだ。ごめんな、あんま根つめすぎんなよ
【2013/12/23】
靖友:ごめん新開クリスマス無理になった
>なんかあった?
靖友:研究発表で二十七日まで缶詰なった、ごめん
>いいよ、仕方ねえよ。気にすんな。発表がんばってな。
靖友:ごめん
>いいって。また年末にな
【2013/12/30】
*不在着信:1件
・
・
・
その携帯のメッセージのやりとりは、それっきり、そこで終わっていた。
懐かしいなあ。そう独り言ちて、もう二年も前になるそのメッセージの中の日々に思いを馳せた。たった二年前の出来事なのに、なんだかひどく遠い日々のような気がした。この頃とはもう、随分色々なことが変わってしまった。あと四か月もすればオレは二十三になる。たかだか四つほどの差だが、二十代と十代ではひどく差があるように思える。もちろん今だってまだまだガキだけれど、携帯の中のオレはもっともっと青く、幼い。愚直で、向こう見ずで、ひたむき。そんな自分を面映ゆく感じる一方で、少し愛おしくもある。
もう戻らない日々。遠い過去。思い出になってしまった日々。高校生のオレは、それを何よりも恐れていたというのに、愛しい毎日が過去や思い出になってしまったこの現実を、オレはひどく穏やかな気持ちで受け止められていた。それが大人になるということならば、なんと年月というものは寛容で、なんと残酷だろう。
ばたばたとオレの横ではベッドのシーツが風にまかれて揺れている。夕方までに部屋の中をきれいにしてしまいたくて、朝早くから起きだして、部屋中のシーツやタオルを洗濯にかけて、掃除機をかけて窓や床をぴかぴかに磨いた。ベランダの端に体をもたれて、携帯を閉じてジャージのポケットにつっこんだ。三月の東京の街並みは、春に向けて動き出しているのか、空は高く澄んで青々としていた。そうしてはたと、あの卒業前の、校舎裏の空を思い出した。校舎に切り取られた狭い空。けれどそれは高く高く、青く。そしてそこから零れ落ちた四角い陽だまりの中で、未来について語った、あの十八のオレたちの姿。遠い春の日の、もう戻らないあの幼い二人の背中。高校三年が、もう四年も前のことだ。
ぴんぽーん
なんだか間抜けに、部屋のインターホンが鳴った。近々大学の卒業祝いに、尽八が荷物を送るといっていたから、きっとそれだろう。オレはポケットから先ほどの携帯をとりだし、ベッドの上に放り投げた。二年前の大晦日になくしたと思って解約した携帯電話。それが今日のこの大掃除でたまたま、部屋のすみからでてきた。あの携帯だけが、二年前のまま、時間が止まっている。
ぴんぽん、とまたインターホンが鳴った。やけにせっかちな宅配員さんだな。そう思って、オレは玄関に向かい、そのドアに手をかけた。靴箱の上の時計は、ちょうど午後二時を示していた。
「はい今開けま、」
――思えば、いと疾し、この年月。
ドアを開けた先にいたその人は、こほん、と照れた顔で咳払いして、照れ隠しなのか居直るように腕組みして、口を開いた。
「エーーー、本日よりコチラでお世話になりマス荒北靖友デス。ふつつか者ではございますがァ、えーっと、ってうわっ」
靖友の言葉を最後まで待たないで、思い切り抱きしめてしまったから、その細い腰がぐいっと変な風にのけぞった。玄関からベランダに向かって吹き抜けた風が靖友の髪を揺らして、オレの頬を掠めた。東京の春風もまた、箱根の風と同じように、やわく、優しく、温かく、オレたちを満たし、包んでいった。
「長かったなぁ、四年…長かったよ、靖友」
震えたオレの声に靖友は怒ったりなんかしなくて、靖友を抱きしめて肩に押し付けているオレの頭を、呆れた顔して撫でてくれた。
「おまえさあ、せっかくヒトがサプライズしてんだからちょっとは驚くとかしろよな。なんで?靖友?夕方こっちに着くって話だったろ!…とかよォ」
「あ、ごめん、すげえ嬉しかったから全部ふっとんじまった」
「サプライズし甲斐のねーヤツ」
ゆっくりと体を離すと、照れた顔をして靖友はへらりと笑った。その顔は、高校のときよりもずっと大人びてかっこよかったけれど、あの校舎裏のときと、何にも変わらないあの頃の靖友のままだった。
「おら、お待ちかねの同棲スタートだヨ。なんか言うことねーの」
いろんなことが、あったな、靖友。高校三年間毎日一緒に生活して、大学四年間離れ離れで、会えない日が続いたりうまくいかないことがって喧嘩したり。それでも何とかかんとかここまで一緒に歩いてきたな、靖友。自分の未来のために、それぞれの進路を選んだあのころのオレ達が、たまらなく誇らしいよ。それぞれの進路を選んで、それぞれの未来のために走って来て、それでも一緒にいることを選び続けたオレ達が、たまらく愛おしいよ、靖友。
そんなふうに、靖友に言いたいことはたくさんあった。一緒にいた時間が長くて、離れていた期間も長くて、待って待って、がまんしてがまんして、それでようやく、こうしてずっといられる日がきたから、靖友に言いたいことなんて山ほどあった。
春風が頬をかすめる。オレに向かうように立っている靖友の背中の向こうには、今日も高く高く、これまでの日々と変わらない空が広がっている。
「これからもずっと、一緒にいてくれよ。靖友」
「あったりめーだ」
それは、仰ぎ見ればこんなにも尊い、お終いと始まりの、ある晴れた春の日の出来事。
|
ぷらいべったに載せていた短編(?)の新荒SSふたつに加筆と修正を加えたものです。どっちも高3で付き合ってます。<br />初ちゅーと膝枕の話。箱根学園の皆さんは相変わらず良き新荒の理解者。<br />privatterの方で読んでくださった皆様、ありがとうございました。<br /> <br /><span style="color:#fe3a20;"><strong>◆Such a baby!!</strong></span><br />図書室の一件後付き合い始めた二人が、熊本遠征二日目の夜に初ちゅーする話。リザルトとった新開さんをめちゃくちゃに甘やかしたい荒北さん。付き合いたてもだもだな二人が頑張ってキスするだけ。1.7万字。<br /><span style="color:#bfbfbf;">劇場版BR発売とドラマCDの勢いで書いたものでした。Twitterでの「リザルトとった日の夜の新荒は?①新開さんが甘える②靖友が甘やかす」のアンケート結果がぶっちぎりの結果ですごかったです…!<br />書いてるときのBGMはRA/DW/IM/PSの「いいんですか?」でした。</span><br /> <br /><span style="color:#fe3a20;"><strong>◆アオゲバトウトシ</strong></span><br />高校卒業直前の新開さんが、「遠恋になってもオレたち大丈夫だな」と確信するまでのお話。荒北さんを好きで好きでたまらない新開さん。1.6万字。<br />黒田くんと新開さん。尽八&福ちゃんと新開さん。靖友と新開さん。卒業ものと言っておきながら卒業式のシーンはない…<br /><span style="color:#bfbfbf;">3月7日の妄想ツイが発端で3月9日に勢い任せでupしたもの。レミ/オロ/メンの「3月9日」がモチーフでした。</span><br /> <br /> <br /> <br />短編書くよ!5千文字くらいかな!って宣言してたのに2万字近くて笑いました。<br /><br /><span style="color:#303acc;">素敵な表紙はたちばなバルサミ子さん(<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/2149602">user/2149602</a></strong>)からおかりしました。</span><br /> <br /> <br /><span style="color:#bfbfbf;">■3/17付 小説デイリーランキング<br />■3/17付 小説女子に人気ランキング<br />ブクマコメントや拍手コメントも大切に読ませていただいています。<br />たくさんの閲覧やブクマなど、本当にありがとうございます</span>!<br />
|
【新荒】劇場版と卒業のお話ふたつ
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6548017#1
| true |
【グループLINE 六つ子】
(1. 酒は人を変える)
カラ松:ストーカーと話し合いをした結果
チョロ松:諦めてもらえたので
カラ松:俺は今日から自由だ!
チョロ松:おめでとうカラ松!
カラ松:フッ・・・。いくら俺のperfect fashion姿に惚れたとはいえ、少しオープンすぎる愛情表現だったぜ・・・
チョロ松:ちゃんとカラ松を特定していたあの人には恐れ入ったよ
カラ松:確かに嬉しかったぜ、あの子猫ちゃんの気持ち。六つ子の誰かじゃなくてきちんと俺を見てくれてたんだからなあ。俺があの子猫ちゃんの人生を狂わせてしまったのだと考えると少し心苦しいが、俺なんかじゃ釣り合わないだろうからなあ
チョロ松:カラ松、卑屈癖出てるよ
カラ松:あ、悪い
チョロ松:まあ、そういうわけで、僕達は今居酒屋にいるから。帰るの夜中だろうし鍵締めて寝てていいよ
カラ松:フッ。俺の帰りが恋しいかもしれないが先に寝てるんだぜ、マイブラザー
カラ松:(肩を組んで笑い合うカラ松とチョロ松の写真)
トド松:ちょっと、え?嘘。解決しちゃったの?
十四松:カラ松にーさぁあああん!!!!
十四松:チョロ松にーさぁあああああん!!
十四松:おめでとーー!!!!
トド松:てか、卑屈癖ってなに!?カラ松兄さんって一松兄さんと同じで卑屈癖あるの!?
おそ松:お兄ちゃんも知らないんだけど・・・
おそ松:それよりもだ!お前、ここにお前のこと好きすぎてこじらせた松がいるんだからな!!?お兄ちゃん、そいつにいつも命狙われてるんだから、そういう軽率な行動やめろよ!!嫉妬に駆られた挙句、邪魔な松消す作戦されちゃうだろ!!
十四松:魂刈り取りに行くから動かないでね、おそ松兄さん
トド松:十四松兄さん!!?
おそ松:十四松!!?
十四松:たはーーっ!びっくりした!?びっくりした!!?
おそ松:一松が乗り移ったのかと思った!!!!
トド松:最近一松兄さんおそ松兄さんの背中狙ってるもんね
おそ松:そうなんだよ!ったくさあ、カラ松のやつが俺と一松が付き合ってるって勘違いしやがるから・・・
十四松:あれね、一松兄さんが打ったんだよ!ちょー笑顔でほうちょうもってた!!
おそ松:え
トド松:おそ松兄さん逃げてぇえええええ!!!!!
一松:おそ松兄さんみーつけた
カラ松:おそまつ、いちまつー
カラ松:むかえにきてくれ。よつたし、はきそう、というかちやろまつせおつてかえるのむる
トド松:カラ松兄さん!!やっと、やっと来たよ!僕らのメシア!!!
十四松:トド松もカラ松ぼーいなの!?
トド松:やめて、十四松兄さん!!イカれたカラ松boyに殺される!!!
カラ松:おれ、おまえのめしあか、
カラ松:うれしち、とどまぬもおれにとつまてみれば、めしあだべ
トド松:フリック入力ミス連発してる!!
トド松:トド松だよ!とどまぬって誰!!?あー、もう、音声入力にしたらどう?
トド松:LINE画面のマイクマーク押したら自動で入力してくれるから!
カラ松:とろまちゅ!
カラ松:できたー
カラ松:ん、できてう
トド松:あぁああああああ、どうしよう!!!可愛い!!!!
十四松:カラ松にーさん!おれ!おれもいるよー!?
カラ松:じゅうしまちゅー、まだねてにゃいのかあ?
カラ松:じゅーしまちゅは、いいこだから、寝なきゃだめだろー?
十四松:カラ松にーさんとチョロ松にーさんと一緒に寝たいからおきてた!!
カラ松:えっ?・・・えへへ、そっかあ。いっしょかあ、いっしょがいいのかあ。おえのおとーとかわいいなあ、ちょよ・・・んん?
カラ松:とよ、とろ・・・ちょ、ちょろまちゅ、みて、かわいい、おれのおとーと、すげえかわいい!
カラ松:ちょよまちゅ?ちょよまつ?・・・おきにゃいぞ
一松:可愛いのはあんただろ。てかあんたどこいんの?迎えに行ってやるよ
一松:おそ松兄さんはトイレから出れないらしいから
トド松:え、なにしたの!!?
一松:トイレに籠城したからトイレの前ででてくるの待ってる
カラ松:いちまちゅ!いちまちゅだ、いちまちゅ、みて、おえのおとーとかわいい!
カラ松:あのな、おまえのむかえ、ほしいけど、おそまちゅもほしい。ちょろまつ、かかえてほし、い、から・・・ねむい・・・
トド松:お願いだから寝ないでね!?せめて場所だけ教えて!?
一松:なあ、今どこにいんの?
カラ松:いざかや。あの、このまえ、おまえがむかえにきてくれたとこのちかく。みせのまえにいる
一松:おそ松兄さん説得してからになるから、あと三十分くらいそこで待てる?
カラ松:やだやだやだぁあ!!いちまちゅやだぁああ、おえ、ひとりさみしぃいい!!!あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!やだぁあああああ
一松:えっ。じゃあ、こうしてお話ししながらだったら待ってられる?
カラ松:やだぁああ、ひとりやだぁああああ!!
一松:どうしたらいいの?
カラ松:やだぁああああああああ
トド松:あーもう、仕方ないなあ。一松兄さんはおそ松兄さん説得して。僕がどうにかするから
トド松:カラ松、僕が誰かわかる?
カラ松:とどまつ
トド松:そう。カラ松の相棒のトド松だよ!僕とカラ松が会話してる間に一松兄さんとおそ松兄さんが迎えに行ってくれるって
カラ松:ほんと?
トド松:ほんと。だから、二人がカラ松とチョロ松兄さんを迎えに行ってる間、いっぱいお話ししようね。心配しなくても二人とも迎えに来てくれるからね
カラ松:うん、する!
トド松:それじゃあ、一松兄さんに、いってらっしゃいって言おうか。はい、せーの
カラ松:いちまちゅにーさん、いってらっしゃい!
一松:ん゛ん゛っ。行ってきます。
カラ松:とろまちゅ、おれ、ちゃんといったぞ!
トド松:うん、えらいえらい。じゃあ、二人がつくまでいっぱいお話ししようね
カラ松:うん!
トド松:覚えてる?
カラ松:・・・
カラ松:みんな、スマホ貸してくれ。
トド松:ぜーったいやだ。カラ松の考えることなんてすーぐ分かっちゃうんだからね!
チョロ松:あー、僕もわかったかもwwwwてなわけでパス
おそ松:俺も分かったwwwwwwパスww
一松:僕も分かった。やだ
十四松:いいよー!どーすんの!?
カラ松:大丈夫だ、壊すわけじゃない。ただちょっと借りたいだけだ
おそ松:トーク消すんだろ?
チョロ松:カッコいい尾崎目指してるのにこれだもんね。恥ずかしいんでしょ。駄々っ子だもんね、あれじゃあ
トド松:僕はああいう兄さん好きだけどなあ。ああやって駄々こねるの久しぶりに見たし、可愛いと思うけど
十四松:俺も俺も!兄さん好きー!!
カラ松:じゃあ、俺の前で目を瞑って座ってくれないか
チョロ松:いけない・・・。頭殴って記憶飛ばすつもりだ
一松:別にいいじゃん。いちまちゅいちまちゅ言ってるアンタ可愛かったし
カラ松:そういう問題じゃない!俺は次男だから、格好よくいたいんだ!!そういうわけだから、全員の記憶を飛ばさせてくれ!大きなたんこぶが一つ出来るだけだ!
おそ松:みんな逃げろ。こいつ本気だ
チョロ松:えー。マジか
一松:逃げる
十四松:たはー!鬼ごっこだあ!
トド松:可愛かったんだからいいじゃん!
【個人LINE チョロ松】
(2. ハイスペックカラ松現る)
カラ松:恥ずかしすぎて死にそうなんだが
チョロ松:wwwwwwwwwwwww
チョロ松:カラ松が可愛すぎて死にそうwwwwwwwww
カラ松:笑いすぎての間違いだろ!!!!?
カラ松:いちまちゅいちまちゅ言ってた自分を殴ってやりたいし、いちまちゅにーさんってなんだ!!?しかも、トド松に慰められてる!!あぁあああああああ、でもトド松が久しぶりに俺のこと呼んでくれてうれしい!またカラ松って呼んでくれないだろうか・・・
チョロ松:お前って相当なブラコンだよね
カラ松:ああ、だって好きだからな
チョロ松:じゃあ殴ろうとするなよwwwww
カラ松:実際殴ってないんだからいいだろ?
チョロ松:殴りたくても殴れない!が現実だろwwwみんなしてカラ松の事甘やかしにいってるからなwwww
カラ松:群を抜いて一松がすごいぞ!一松はすごく優しくてな!死ぬぞ!!恥ずかしくて!!!
チョロ松:死ぬなよwwwwww
チョロ松:そして詳しく頼むwwwww
カラ松:聞いて驚くなよ。実はだな、あれから一松が俺にべったりなんだ!夜中起きてトイレに行こうとしたらくっついてくるし、チビ太のおでん屋に行ったときなんて、俺の好きな卵を皿に入れてくれるし、飯のときだって取れなかったおかずを分けてくれたりする。俺も代わりに一松が取れなかったおかず分けてやったりする。前まで嫌いな野菜はぽいぽい俺の皿に入れてたくせに、今は頑張って食べようとするんだ。途中で涙目になるから、食べてやるんだがな?その日の晩は決まって寝る前にお礼を言ってくれるんだ。それでな「前みたいに嫌いなもの俺に渡してもいいんだぞ?」って言ったんだ。そうしたら一松のやつ「僕もクソ松に甘えてほしいから、あれくらい自分で食べる」って!!
カラ松:可愛いだろう!!?信じられないくらい可愛いだろう!!?
チョロ松:これは・・・!!なんていい萌え!!!
カラ松:だろう!!おれもそう思う!!!
カラ松:はぁあ~~、可愛いなあ、一松・・・。そんなことしなくたって俺はお前のこと好きなのに
チョロ松:でも僕達家出るんだよ?
カラ松:ああ、そうだな。
カラ松:でもそっちのがいいらしいぞ?ずっと一緒にいると相手の悪いところばっか見えてきて、全然楽しくなくなるらしい。それだったら、いっそ家から出てしまって一週間に一度だけ会うとかの方が幸せを感じられそうじゃないか?
チョロ松:確かに
チョロ松:それじゃあ、本当に家出るってことでいいんだね?
カラ松:ああ。いいぞ
カラ松:そうだ、聞いて驚くんじゃないぞ?
カラ松:実は仕事が決まった。バイトじゃなくて本職な?
チョロ松:明日バイトなのに?本職決まったの?
カラ松:小説家だ!
カラ松:小遣い稼ぎのために応募したら最優秀賞貰って、本にもなったんだ。そうしたら、ベストセラーになった。新しい本を書いてほしいとお願いまでされている。それでだ。チョロ松には表紙と挿絵の担当をしてもらいたいんだ。チョロ松は絵も小説も書けるだろう?だからネタだしも手伝ってほしい。
カラ松:これだったら好きなこと出来る上に二人一気に仕事貰える。どうだ?
チョロ松:もうっ、最高!!カラ松好き!!
カラ松:俺もチョロ松好きだぞ!
チョロ松:まあ、そうなるとパソコンいるよね?
カラ松:いるだろうが、今は置いといてくれ。
カラ松:最優秀賞をとった今の俺の口座には30万円という大金がある。
カラ松:そして、今日は販売されて一か月と半月程経った。
カラ松:意味は分かるな?
チョロ松:印税、入った?
カラ松:正解!!!
カラ松:バイトが終わったらとりあえずは出て行けるぞ!!
チョロ松:カラ松兄ちゃん好きぃいい!!!
カラ松:俺もチョロ松が好きだ!!!一松はもっと好きだがな!!!!
チョロ松:惚気んなしwwwwwww
カラ松:すまんwwwwだが、あっちも俺が好きだと分かったから、嬉しくてな
チョロ松:告白するの?
カラ松:俺の仕事が軌道に乗ったらかなあ。まあ、そのうち、養わせください!って一松に土下座するぞ?
チョロ松:男らしいwwwwww
カラ松:だろ?wwwww
カラ松:とは言っても、夢の印税暮らしなんて出来るわけがないからな。今時だったら、一冊出して100万儲けられればいい方らしいからな。まあ、有名になればもう少し稼げるだろうが。
チョロ松:ということは、売れなくなったらサラリーマンより生活厳しくなるってこと?
カラ松:そういうことだ。まあ、俺たちが連載を数本抱えられれば結構儲かるがな。いきなりは難しいだろう。で、生活できなくなるのはまずいと思ってもう手は打ってある
チョロ松:手を打ってある?
カラ松:掛け持ちで演劇もする。団長が俺の演劇部時代の先輩なんだ。で、頼まれた。小劇団らしくてな。小劇団ってのは、中々難しいところでなあ。役者さんたちに「これだけチケット売ってきて」っていうノルマが出されるんだ。それがさばけなかったら自腹。なんてところもある。そうなると、いくら趣味のためとはいえ、どれだけ金を出すか分からない。一枚も売れなくて全部自分で買うかもしれない。不安だろ?だから人手不足らしい。
カラ松:勘違いしないでほしいのは、先輩の劇団はそこそこ有名なんだ。バックアップはないが、それとなく売れていて、チケットだって完売する。
カラ松:だから、俺は小説を書きながら演劇もしようと思う。これだったらとりあえず暮らしていけるはずなんだ
チョロ松:でもそれじゃあカラ松にすごい負担かかりすぎじゃない?
カラ松:そうか?俺は演劇も好きだから、そこまで苦じゃないぞ?まあ、小劇団だから給料はあまり高くない。2ステージ出て、1万2千円だ。それで、さっきもいったが小劇団だ。一年全部出たとしても、稼げて80万円くらいだ
チョロ松:僕、なにもできてないよね
カラ松:チョロ松は忙しいと思うぞ?俺の小説の挿絵に加えて、俺の書いた小説の添削してもらう予定なんだからな。あとホモも描いてもらう予定だからな!
チョロ松:それは忙しそうだね。お前の小説って誤字脱字とかすごいから
カラ松:大変だろう?
チョロ松:大変だ
カラ松:そういうわけだから、よろしくな?
チョロ松:うん、よろしくね
【グループLINE 六つ子】
(3. 兄弟に打ち明ける時が来た)
おそ松:なあー、どこ行ってんのー?
おそ松:暇なんだけど
おそ松:もしもーし
一松:クソ松、どこいんの?
カラ松:すまない!遅れてしまった!
カラ松:日雇いバイトに行っていたんだ。
一松:日雇いバイト・・・
カラ松:ああ。前から決まっててな
チョロ松:そうだ。言わなきゃいけないことがあるんだ
カラ松:俺たち仕事決まったんだ
一松:タンマ。会議させて
カラ松:会議?
一松:脳内会議
チョロ松:ああ、情報処理したいのか。そりゃそうだよね、急だったし
カラ松:わかった。待ってる
一松:ん
【グループLINE 二男と三男抜き】
一松:おい、なあ
一松:クソ松とシコ松、仕事決まったらしいんだけど
おそ松:見た
トド松:どうしよう!カラ松兄さんとチョロ松兄さんいなくなっちゃうの!?
十四松:寂しくなるね・・・
一松:まだ好きって言えてない
おそ松:だめだ、もう言い逃げになるけど、言え!じゃないと一生進まないぞ!
一松:なんて言えばいいの!?クソ松のことが昔っから大好きでした!クソ松のファーストキス寝てる間に奪ったんで、責任とるためにも付き合ってください!って言えばいいのか?!それとも、クソ松の存在が神すぎて俺の人生が狂わされたんで責任持って付き合えって言えばいいのか!?くっそ、カラ松boy失格だ!!おれにはわからねえぇえええ
おそ松:どっこいどっこいだわ!
一松:もういい。とりあえず告白してくる
一松:無理だったり、やんわり断られたらすっ飛んでくるから慰めてね
おそ松:ああ、うん。
【個人LINE カラ松】
一松:なあ、カラ松
カラ松:ん?どうしたんだ、一松。急に個別LINEに送ってきたりなんかして。もしかして好きな女性の話しか?ノープロブレムだぜ!これからもちゃんと相談にのるからな!
一松:違うんだけど
カラ松:恋人同士になれたのか?
一松:はずれ
カラ松:もしかして、寂しいのか?俺がいなくなるの
一松:寂しい
カラ松:え。そ、そうか。俺も、寂しい
一松:じゃあ行かなきゃいいじゃん
カラ松:だめだ。ちょっとした親孝行がしたいんだ
一松:俺、アンタがいないと何するかわかんないよ
カラ松:大丈夫だ。だってお前は優しくて真面目だからな!なんだかんだと言いながらもお前が優しいことだって知ってる。
一松:俺なんかを信じるのはお前くらいだよ
カラ松:なあ、一松。聞いてほしいことがあるんだ。
カラ松:甘えさせてくれてありがとうな。ストーカーの件があってからお前はすごく俺を甘やかしてくれただろう?眠れない俺に子守唄を歌ってくれたり、俺を安心させようとして手を握って歩いてくれたり。すごく嬉しかったんだ。
一松:うん
カラ松:お前は俺の事が嫌いみたいだから、もしかすると、ただの気紛れだったのかもしれないけど、それでも俺はすごく嬉しくて、幸せだった。お前は自分のことを卑屈に考えるけど、そんなことはないぞ。俺にとってみればお前は大事な弟で、俺なんかよりもずっと優しいやつだ。けど、今から俺の言う事が嫌だったら、素直に言ってほしい。いいか?
一松:わかった
カラ松:俺は仕事に就いた。俺の仕事は安定するまでがとても難しくてな。もしかすると、どうにかやりくりして毎日を生きていくだけのお金しか稼げないかもしれない。だけど、もし安定して、余裕が出て来たら。お前をこの家から連れ出しても良いだろうか。
カラ松:俺もお前も男で、しかも兄弟だ。一般的に考えて俺はおかしいだろう。常識の枠組みから弾き出されるようなことを言っているのも分かっている。けれど、俺は最低のクズだから。どうしても言いたかったんだ。
カラ松:なあ、一松。俺じゃだめか?お前の好きな女性のように俺は優しくだってない。聖母でもない。家族思いなヤツでもない。可愛くだってない。でも、愛情だけはその人よりも上だ。どれだけ冷たくされても隣にいれるだけの強さもある。それ以外に俺にはいいところなんてないし、俺は出来た人間じゃないが、お前が幸せになるように努力は惜しまない。悲しませたりしない。だから、もしお前さえよければ俺の手を取ってほしい。
一松:待ってカラ松
一松:嫌とか、気持ち悪いとかじゃないけど、ちょっとだけ、待って
カラ松:うん、大丈夫。待ってる
【グループLINE 二男と三男抜き】
一松:どうしよう・・・
おそ松:フラれたのか?
一松:ちげえよ!クソ松が俺をふるわけねえだろォがあ!!クソ松は聖母でようじょだぞ!!?
おそ松:ごめんお兄ちゃんお前の言いたいこと分かんない。じゃあハッピーエンドになったの?
一松:違う!!
トド松:はぐらかされたとか?
十四松:兄弟愛って思われたの?
一松:それも違う!
一松:クソ松がイケメンすぎて死にそう!もう、なに!!?俺みたいなゴミと一緒にいていいの!!?
トド松:ちょっとー。教えてよ?
一松:これ見て
一松:(カラ松との会話のスクショ)
トド松:・・・僕の相棒がイケメン過ぎて
おそ松:・・・俺の弟がイケメンすぎる
十四松:たはーーっ!お前が幸せになるように努力は惜しまない、だって!おうじさまだ!
一松:俺も思う。カラ松はきっと俺の王子様だよ。
一松:カラ松はこんなにも俺の幸せについて考えてくれてんのに、俺ときたら!!おれときたら、ファーストキス奪って、おっぱい触って、涎舐めとって、腹筋隠れて触って、服も勝手に着て、イッチ晒して!!挙句に無理やり抱こうとまでして!!!??
一松:俺なんかじゃカラ松と釣り合わねえぞクソがぁああああああああああああ
おそ松:あー、なるわあ。これはなるわあ
トド松:よっ!ノーマル四男!
十四松:だいじょーぶ!好きって言えばいいっすよ!
十四松:はやくいわないと、カラ松にーさん、ないちゃうかも
一松:!
一松:ちょっと戻る
【個人LINE カラ松】
一松:カラ松、聞いて
カラ松:うん
一松:正直に、好きって言ってくれて、すごく嬉しかった。でも、俺
一松:なんていうか
カラ松:ゆっくりでいいぞ。なんでも受け止めるから
一松:違う、気持ち悪いとか思ってない。嫌いでも、ない。でも、俺は燃えないゴミだし、兄弟から離れるのもちょっと怖いし、仕事しようって気も起きないし。前、あんたに連れて行ってほしいって言った時は焦ってたからああ言ったけど、俺、多分荷物にしかならない
カラ松:うん
一松:俺も、お前のことは好きだし。本当に、気持ち悪いとか思ってない、これは本当
カラ松:そうか。それだけ聞けたら十分だ。ありがとう
カラ松:俺も急なこと言ってお前を困らせたよな。ごめんな
一松:え
カラ松:ありがとうな、急な話なのに付き合ってくれて。ちょっとやることがあるから、またな
一松:ちょっと待って!違うんだって、お願い、カラ松。見て
一松:本当に嫌いじゃない、好きなんだ、すき
一松:カラ松、見て
一松:お願い
【個人LINE チョロ松】
カラ松:フラれてしまった
チョロ松:はあ!!?
チョロ松:嘘だよな!?なんで!!?
カラ松:兄弟といたいから、行けない的なことを言われてしまった
チョロ松:嘘だろ・・・
カラ松:本当だ。
カラ松:まあ、もう一つ理由があってな?俺たちの荷物になりたくないそうだ。俺が思うに、多分こっちが本心だろうな。前に、バイトするから一緒に行きたいって言っていたが、心配なんじゃないか?俺たちはニートだからな
チョロ松:不安になったのかもね。ちゃんと勤まるのかな、って。あいつ僕よりも真面目だからなあ。仕方ないよ
カラ松:だから、俺がいっぱい稼いで、あいつを養う余裕ができたら、今度こそ俺はあいつを迎えに行くつもりだ。時間だってかかるだろうし、それまでにあいつがいい人を見つけるかもしれない。けど、俺は絶対にあきらめてなんてやらない。好きな人と幸せになる人生、セラヴィ!そうだろう?
チョロ松:頑張ろうね。僕も頑張るよ
カラ松:二人で頑張ろうな!
その日、カラ松とチョロ松は帰ってこなかった。泣いて戸惑う一松に残りの兄弟達が必死に宥めすかして彼を寝かしつけた。明日の朝になればこの隙間もちゃんと埋まるから。と言って。だが、ぽっかりと一人分空いた場所が埋まることはなかった。
次の日になり、四人は困惑した。カラ松とチョロ松がまだいなかったからだ。一松なんかはまた取り乱してしまって、ずっと十四松が彼を宥めていた。おそ松とトド松は、何か手がかりはないだろうかと階段を下りる。そこで母親と父親の会話が聞こえてきて、思わず二人は聞き耳をたててしまった。
「……いわね」
「だが、いい機会じゃないか」
「そうね。でもケータイまで置いて行くなんて……」
止まってなどいられなかった。二人はどたどたと階段を下りて二人のいる部屋に入った。
「母さん、カラ松とチョロ松は!?」
「なんでスマホ置いて行ってるわけ!?」
二人の慌てふためきぶりに二人は察したらしい。置いて行かれたスマホをおそ松に差し出しながら言った。
「これ以上迷惑はかけられない。仕事が見つかったから、頑張るんだ。そう言って、出て行ったわよ」
「知らなかったのか?」
「知ってる! でも、今日出て行くなんて知らなかった!」
「……そう」
かける言葉もないのだろう。両親共々、二人も黙ってしまった。これが普通だと分かっている。働くのが普通だ。今までニート生活をしていた自分たちの方がおかしい。けれど、でも。そうやって必死に言い訳を考えていたが、自分の相棒であったチョロ松がそれを両断していく幻聴が聞こえておそ松は困ったように笑った。あの相棒は何があっても自分の隣から離れないと思っていた。どれだけこっぴどく怒られたって、悪戯したって、結局は許してくれていたから。それもとんだ勘違いだったが。
「お兄ちゃん、寂しがり屋なんだよ……」
小さな声はトド松にはしっかり届いたが、何も言わないでおそ松の手を引いた。こうなったら自分達だってやるしかない。彼らを養えるだけの金があれば、きっとまた、六人になれる。そう思いながら。
|
信じられるか?10まで来てしまった・・・。<br />いや、続けようと思ったからいくらでも続けられるんだけどね、これ<br /><br />注意!<br />今回もキャラ崩壊です。特に色松<br />そして今回は話を進めたかったので笑える要素はない。<br />あと自己責任です。自己責任でお願いします。<br /><br />3/19 追記。<br /><br />たくさんの閲覧、評価、ブクマありがとうございます!!<br /><br />タグをいじっていただきありがとうございます!<br />待っててくださりありがとうございます!ひーん、嬉しいです!こんな変なお話しなのに!!頑張って続きを書きマッスル!!(今日は新入社員の顔合わせなので書けて明日ですが・・・)<br />最後うるっときましたか!?やった!嬉しいです!!ですが「タイトルを見て涙が引っ込んだ」という感想も見てしまっているので、(ああっ、うるってきた人の涙を引っ込めるタイトルをつけてしまった!私はなんと罪深きギルドガールなんだ・・・!)ってなったのでちょっと悔しい思いでいっぱいです!!<br /><br />あれですね!タイトルを変えればいいんですよね!<br />「封印されし秘密を持つギルドガイ達の巣窟」とか「絶対不可侵略領域に或るこの世には存在しない数多の女神を愛でる罪深し堕天使たちの巣窟」とかね!<br />今からでもタイトル変えちゃおうかな・・・
|
腐男子二人のLINE 10
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6548625#1
| true |
[chapter:【注意書き】]
★☆この作品には、オリジナル要素、男審神者、女審神者、オリキャラ、公式と異なる設定などが多く含まれます
上記を含めたなんらかの地雷(こういうのは読みたくない)と思われる要素をお持ちの方は閲覧をご遠慮頂きますようお願い申し上げます★☆
・いつにもましてオリキャラ祭り。何でも許せる人向け。
・シリーズのコテハン勢がまさかの転生しちゃったよ!なネタです。だいたい100年後くらいをイメージ。
・※注意※さらに審神者達の娘と息子が登場します!妄想の妄想です!!
・繰り返しますが、多分に設定捏造です。
例)審神者はけっこうたくさん(老若男女)いて、本丸の端末(未来パソコン的な)から交流できる。
基本的に審神者は一代限りで後継ぎとかはいない。審神者が亡くなったり辞めたりする場合、刀剣男士は刀に戻る(例外あり)
【審神者ちゃんねるとは】
審神者の皆様(中堅)が情報交換に使っているちゃんねる式掲示板。しかしながら2300年代には利用者が二桁なのではないかと疑われるレベルの形式なので、利用者は大変限られる。
それでもいいだろう、という心の広い方は、どうぞ次ページへお進みください
[newpage]
俺の先生は美しい。
そんなことを言うと大体変な顔をされるのだが、美しいものは美しいのだからしかたない。
とはいえ、先生の顔の作りが特別整っている美形というわけではない。小柄で小顔な先生は可愛らしい部類に入るだろうが、決して美形とか美人とかそういう美句綺麗で誉めさやされるほどのではない、と思う。
では何が美しいか。
それは、舞を舞っているその姿だ。
俺が先生と出会ったのもその舞が縁だった。
俺はいわゆる審神者の名門の生まれだったが、あいにくそちらの才能がなく俺自身、審神者なんて言う怪しげなものに興味もなかったから、早々に身内の出世レースから外れて一族のつまはじきものだった。
それでも一族の義務とやらで年に一度行われる刀剣碑の慰霊祭に駆り出された。
が、俺はそうそうに会場からバックレた。
なにせ親戚や関係者は俺を見るにつけ「白の一族の生まれなのに才能がないなんて可哀想にねぇ」と、同情に見せかけた優越感にひたるか、もしくは嘲笑とともに見下すかの二択だったからだ。
俺は慰霊祭という名の虚勢と欺瞞と権力争いの坩堝である会場をぬけだし、人が少ない方へ、つまり山の上の方へと自然足を向けていた。
特になにも考えないまま登った山の上、頂上に近い場所にあった少し開けた場所にたどり着いたとき、俺の目の前に桜が舞った。
え?と思うまもなく目に飛び込んできた光景を、俺は一生忘れないだろう。
舞い散る桜の花びら
涼やかに響く鈴の音
風を撫でる扇の煌めき
そして、古ぼけた碑の台座らしき前で舞う痩身の男。
現実離れしたその美しい光景に、俺は立ち竦んで身動きできなかった。
あとから考えれば少なくともその桜は幻だった。なにせ季節は夏真っ盛り、桜などとうのむかしに散って青々とした葉をつける季節だったから。
なぜそんなものをみたのかは謎だが、俺はその舞を舞う男―――後に養父になる先生の舞が終わるまで、ずっとずっとその姿を目に焼き付けていた。
俺は才能のない味噌っかすだったが、白の家の一族に生まれた義務として、一応舞を習っていたからこそ、目の前の舞の素晴らしさは一目瞭然だった。
そして彼が舞いを収めたのち、広場の入り口でぼけーっと見とれていた俺に気がついたとき、俺の決意は固まっていた。
「あれ?君は……」
「先生と呼ばせてください!!!」
「え?」
俺は彼に走り寄り、その手をぎゅっと握りながらそう懇願した。
そんな俺を、きょとん、と目を丸くして見た先生の手を、俺は彼がうんというまで離さなかった。
そんな風に俺が押せ押せで弟子入りを願い出るのを驚くやら困惑するやらだった先生と、興奮冷めやらぬだった俺がお互いに落ち着いてから話をして見ると、なんとお互い遠い血縁だったことが判明した。
俺と同じ白の血縁者だったが俺と同じように審神者の才能がなく、早々に一族から距離をおいて今は日本舞踊の先生として自宅で小さな日本舞踊の教室を開き、生活をしているという。
そして、下の慰霊場ではなくこんな山の上で慰霊の舞を舞っていた理由も教えてくれた。
「昔はね、ここが本来の刀剣碑の慰霊場だったんだよ。でも、祭典を行うには狭いし上がってくるのが不便だって言うので、下の社の方に移した。僕は下の現慰霊場で舞うことはとても許されないから、せめてここで捧げていたんだよ」
「………感動した。白のヒヒ爺当主は見習えよ!!あの爺達若い女の舞手をデレデレみてるだけで動きやしない!!」
「……昔の僕の代で白の家はたたんだ筈だったんだけどなぁ……」
「え?」
「なんでもないよ!!」
最後の方の会話はよくわからなかったけれど、話をすればするほど俺は先生への尊敬を深めていた。
俺にとっては怪しいばかりでまったくなんの感慨もなった刀剣男士に、まことの感謝と愛情を捧げる舞。その姿の、その思いのなんと美しいことか!
盛大に金をかけた慰霊祭を行う一方で、内心は金勘定とどうやって他人を蹴落として自分が優位に立つかしか考えてない親戚連中などとは比べるもおこがましい。
俺は彼のようにいきようと、この時決意したのだ。
そして、その一番手として、家族と縁を切ることからはじめた。
滅多に口も聞かない父親に、戸籍ごと出ていってやるから手切れ金寄越せと言ったらあっさりまとまった金を投げ渡してきた。兄貴が審神者になってから金回りがよかったのが幸いしたな。
それを握りしめて身一つで先生の所に転がり込んだ。
勿論、先生は目を真ん丸にして驚いていたけど、俺を実家に戻そうとはしなかった。
それどころか、天涯孤独でいいと思っていた俺を叱って養子縁組までしてくれた。
俺は先生を支えて、いずれ舞の腕を磨いて跡継ぎになって、先生の流派を守り立てて生きていくのだと固く誓っていた。
政府の輩が訪ねてくるまでは。
**************
「さぁさぁどうぞ審神者様、そしてお嬢様!こちらがあなた様の本丸です。詳しくはあなた様の最初の刀を顕現した後に詳しくお話ししますので、まずは鍛刀部屋へ!」
「えっと……こんのすけ。その前に初期刀は選べないのかな?それにマニュアルとかも読んでおきたい……色々改訂があっただろうし」
「はい?あなた様は名門たる白のお家の生まれ、知識は十分だから初期刀もマニュアルも不要とのことでしたが?その分、十二分にお支度金をお支払s」
「ふっざけんなよこのきつね野郎!こちとらあの家とは縁切ってんだよ!ついでに金なんかびた一文貰ってねぇ!!あの家の奴等が騙し取りやがったなっ!!ついでに俺は男だ男っ!!きつねうどんにして食うぞごらぁ!!!」
「ぐぇぇぇっ!ぎぶ、ギブぅぅ!!」
さも当然と言わんばかりに言い切った毛玉、もといこんのすけなるしゃべるきつねの喉元をつかんで持ち上げ、ギリギリと締め上げる。
こいつは俺の地雷を軒並み踏み抜いた許さない。
つい半日前、お迎えにあがりました審神者様!と訳のわからん一言とともに黒服達の黒い車に先生と共に拉致され、なんの説明もなくここまでつれてこられたうえにこの始末だ。
ここはキレていいところだ、うん。
「わーーー!!まって!落ち着いて!お金持っていったのは多分僕の両親だからしょうがないよ多分!!うん、マニュアルなくても昔とった杵柄で多分なんとかなるからぁぁぁっ!!それから僕の弟子はめちゃくちゃ可愛い子だけど男の子!僕の自慢の長男です!!」
「先生……(感激)!」
「さ、さきに手を離してくださ……ぐぇ」
先生に止められて、俺は仕方なく役に立たないきつねを放り捨てた。
新基準の審神者適性検査で適性が認められたとか何とかで、突然審神者にさせられ本丸に放り込まれたのに、流石先生は冷静で、石やら水やら(刀を作る資材なんだと後で聞いた)をより分け始めた先生を手伝いながら、俺は話の流れで前から気になっていた事を聞いた。
「そういえば、先生の両親って…?白の一族なんだよね?」
「うん、といっても、審神者になれるほどの才能はなかったけど……それと、あまり金銭感覚のない人達でね、家をでた僕のところまでお金の無心に来てたから……多分白家をとおして先にそっちに話がいっちゃってそのまま、かな……」
「……ひょっとしてしょっちゅう玄関先で押し問答してたあのオバサン?」
「あー……知られちゃってたか。君の目に入らないように気を付けてたんだけど……恥ずかしい……」
「あのひと、稽古のお道具類の押し売りかと思ってた。いつもお金の封筒もって帰ってたから……先生、まさか毎回お金渡してたの?」
「まあ……しょうがない人だけど、義務教育終わるまで育ててもらったし、ね。」
「…………ん?義務教育?先生、高校は?」
「いかなかったよ。中学出てすぐ家を追い出さ……こほん、家を出て舞の師匠のところに弟子入りしたからね。今の家と稽古場はもともと師匠のものだったのを僕が引き継いだんだ。僕の師匠は優しい人で……師匠に拾ってもらわなかったら、僕はあのままのたれ死んでただろうなぁ」
「つまり身一つで追い出されたんですねわかりますっ!!!呪われろ祟られろ!!!うちの両親より酷いのいるとは思わなかった!!」
「こらこら、呪われろなんて物騒なこといっちゃダメ。ここは亜空間の本丸だからね、普通の世界より言霊が力を持つんだ」
「先生はもっと怒ろうぜ?!」
ふわん、と怒る気配も見せない先生に思わず地で言い返してしまった。
が、先生は苦笑いして首をかくん、とかしげるばかりだった。
「うーん……でも、あの人たちは僕のことを役立たずって罵ったり、産んで恥ずかしいとか蔑んだりしなかったから。単に徹頭徹尾僕を無視してただけで……わりとましな人たちだったよ?」
「はいそれネグレクトーー!!虐待です先生ぇーーー!!どこがましなのかまったくわからない虐待ですっ!!てか、比較対照がおかしいっ!!!」
「え、そう、かな?」
「…………次その母親訪ねてきたら俺が出るから先生は奥で待ってて?俺が徹底的に壊滅的に追い払うから!!!」
叫び終わってから、俺は明々と燃える鍛刀の炉に向かって願った。
どうかどうかこんな無防備で優しすぎる先生を守ってくれる強い刀剣男士来てくださいと!!
[newpage]
[chapter:Lineグループ:本丸生活なう!]
日舞弟子「その結果、飛び出たイケメン兄さんと美少年にぎゅっぎゅうされ、ぴったりくっついて離れない状態になった。特にイケメン兄さん、もとい和泉守兼定のほうが。堀川国広の方は食事作ったり寝床整えたりとかいがいしく働いてくれるから助かるけどさ」
プロマネ娘「うわー……まじかー……」
医者娘「そんな過去があったのあなたのお父さん( ;∀;)それにしても、刀剣男士って本当に主ラブ!!!なんだねえ」
日舞弟子「それなー……俺もびっくりした。そりゃ先生を守ってくれる刀剣男士こいっ!っておもったけどまさかあそこまで過保護&でろでろにあまやかすとは思わなかった。いや、先生はあまやかされるべき!!!なんだけどな!!!
あと、俺を姫呼ばわりするのはやめてくれと言っても聞きやしねえ」
プロマネ娘「姫呼びは諦めろ美少女(顔だけ」
医者娘「へたなティーン雑誌の読モより可愛いからしょうがないですね~」
日舞弟子「ちくしょうっっっ!!!!!」
**************:
妄想を重ね塗りしましたすみませんすみません。
愉しかったです←本音
前作で名家の底辺を気にかけてくださった方が多かったので彼と養子君(男の娘?)が陽の目をみましたwww
ちなみに名家の底辺が刀剣碑の前で舞っていたのは前世、白家当主のみに伝わる一子相伝の奉納舞です。凄いわけだ。散っていた桜の幻影はきっと碑に祭られたかつての刀剣男士達の喜びだったと思われます。
あと、弟子君は見た目めっちゃ美少女だけど中身は男前なしっかり者の押しかけ弟子君です。
ちなみに入りきらなかった兼定達と弟子のやり取り(と弟子の過去)
↓
兼定「おい、姫。みかん食うか?それとも羊羮食うか?」
日舞弟子「だから姫って呼ぶな!!羊羮もらう」
兼定「ほらよ。って、いいだろそれだけ美人なら姫でも。若って感じじゃねーし」
日舞弟子「この顔でろくな目に遭ってないんだよ!!……ガキの頃なんてますます性別不明でさ。ひどい目に遭ったし」
兼定「あ?どうしたんだよ、まさか人拐いとか……?」
名家の底辺「えっ?!」
日舞弟子「いや、そこまでじゃねーけど。当時親が金に困ってて、俺にピンクでフリフリの服着せて本家の金持ち爺のところに放り込んだんだ。あのヒヒ爺ども、男の娘が好きだったらしくてでれでれにやにやした顔で俺を膝にのせては頭やら腹やらべったべったさわってなでさすってきてさぁ。帰る頃にはもうやだって半泣きだったんだけど、親は札束数えんのに必死でききゃしねぇ。
今考えても悪寒がする!あれ絶対アウトよりのセウトだと思うんだけど!まー、撫でる以上のことはなかったからセウトなんだろうけどさぁ」
兼定&国広「「完っっっ全にアウトだ馬鹿野郎っっ!!!!」」
名家の底辺「……(白目むいて失神寸前)」
この後、日舞弟子のセコムも警戒レベルマックスになりました←
個人的にセコムは長曽祢さん希望。新撰組がセコムを固める父子ww
おそまつさまでした(土下座)
|
や ら か し ……(略)<br />万が一、万が一三日月達がコテハン勢の魂のお持ち帰りを失敗してコテハン勢が転生したら?の別パターン(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6532065">novel/6532065</a></strong>)の続きです。※注意※審神者達の娘が登場します!妄想の妄想です!!<br />前作で名家の底辺を気にかけてくださった方が多かったので彼と養子君(男の娘?)が登場してしまいました!
|
【番外編その2】もしコテハンが転生して娘がいたら?2
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6549181#1
| true |
急な用事で外出する事になった空井は、頭の中で一日の予定を組み直しながらエレベーターを降りた。
歩き出したこの時間にしてはわりと人気のないエントランスで、立ち止まって話す陸上自衛隊の制服の二人組の横を通りすぎる。
通りすぎる直前に、二人組のうちの一人の視線が自分の腕章を確認している事に気がついた。『P.A.O. 空幕広報室』と明確に記されている腕章の何がそんなに気になるのか、と思いながら通りすぎる瞬間に耳に入った二人の会話で、ああそうか、と納得がいった。
「すまん上地、追いつくから先に行け」
「了解です」
──陸幕広報官の上地二尉、か。
少し前にリカ絡みで一人バタバタした事を思って苦い気持ちになる。
リカが空幕広報室に出入りしている事を知っている上地が腕章に反応するのは、仕方のない事かもしれない。
探られているようであまりいい気はしないが、あの時リカときちんと話をした効果か男としての矜恃か、上地相手に特段感情は浮かばなかった。
──自分のみっともなさは別として。
自嘲的な笑みを浮かべてエントランスを抜ける。
表に出て明るさに目を細めたその時、カツカツと自分を追うような靴音に気がついた。
背後から自分に向けられる気配の鋭さに、急にファイターパイロット時代の感覚が甦る。
──Checking six.
空井は足を止めて振り向いた。
予測はしていたものの、目に入った上地の雰囲気になんとなく、一瞬の判断力を要する事態になるだろう予感がする。
「陸幕広報室の上地二等陸尉です。失礼ですが、空幕広報室の空井二等空尉ですね」
「はい」
なぜ知っているのか──とは聞かずにおく。
リカの口から上地に自分と付き合っていると説明はされていない。
えらく楽しそうな比嘉に聞かされた話にも、自分の名前は出ていなかった。『稲葉さんには決まった方がいらっしゃるようですよ、とだけ』と言っていたはずだ。
自分を見て『空井二等空尉』だと当たりをつける程度には、上地の中に燻るものがあるのだろう、と判断する。
「空井二尉とは一度お話ししたかったんです」
どうぞ、歩きながらで結構です、と上地に促されて歩き出す。
「地面の上、地上の上地です。陸上自衛官にうってつけの名前だとよく言われるんですが、空井二尉のお名前を伺った時に同じ事を思いました」
「ああ、確かに陸自にぴったりですね。自分もよく言われます」
思った事を口にした筈なのに、砂を噛んだようで自分でも少し驚く。
──なんか久々に全力の社交辞令だけど……まあ、友達になりたいっつー訳じゃあるまいし。
間が持てなかったのだろう上地が、本題らしきものを口にした。
「帝都テレビの稲葉さんのアテンドをされていらっしゃるそうですね」
「ええ」
それが何か?と短く聞き返して、制服の陸上自衛官と肩を並べて歩くなんて初めてかもしれないな、と考える空井に上地が言う。
「稲葉さんの口からたびたび空井二尉のお名前が出るので気になっていて」
リカの口から自分の名前が『たびたび』出る事を喜ぶべきなのか、上地が気になるほど『たびたび』リカと会話している事を憂えるべきなのか、一瞬悩むが当然顔に出したりはしない。
当たり障りのない答えを返す。
「稲葉さんが空幕広報室の密着取材をされている関係で、ご一緒させていただく時間が長いので」
「羨ましい」
──正面から斬り込んでくるタイプなのか、単なる正直者か。
掴みかねて、上地の台詞そのままをおうむ返しにして様子を見る。
「羨ましい、ですか」
「はい。自分はご一緒する事がありませんから」
空井は少し笑った上地の雰囲気を目の端で捉えた──たぶんいい奴なんだろうな、こんなとこで会わなきゃ。
「それでも充分、稲葉さんのお仕事に対する姿勢はわかります。その姿勢に非常に好感が持てますし、なにより……」
言葉を切った上地の視線を横顔で受けて、ああ探られてんな、と思う。
リカの口から零れる、同じ自衛官、同じ階級、同じ広報官の名前に乱されるのだろう、上地も。いつかの自分と同じように。
──受けるべきか、躱すべきか。
続く上地の言葉が、空井の方向性を決定した。
「笑顔がとても綺麗なんですよ、彼女」
前を向いたまま、上地から見えるように確信犯的に笑みを浮かべて低く返す。
「ありがとうございます」
関係は想定内でも、想定外の返答だったのだろう、一瞬反応が遅れた上地が、ああ、と苦々しげに呟いた。
「稲葉さんの『決まったお相手』というのは、やはり空井二尉なんですね?」
薄く笑んだまま肯定も否定もしない空井の横顔に焦れた様子の上地が、空井二尉、と硬い声で呼んで立ち止まった。空井も前を見たまま足を止める。
「自分、稲葉さんの事を狙っています」
「そうですか」
「……それだけですか」
──哨戒か、警告か、撃墜か。
笑みを片づけて、空井は右手を握った。
「上地二尉が本気で来られるおつもりなら、自分も本気でお相手させていただきます。 ただ」
握った手を開いて静かに続ける。
「選択権は彼女にあると思うので」
──あと一歩、半歩でもいい、こっちへ踏み込んで来い、上地。
ああそうか、と上地が空井の顔を見る。
「空井二尉は、自信がおありなんですね?」
空井は初めてきっちりと上地と目を合わせた。
自分の反応を窺う視線に向けて、トリガーを引くかのように返答する。
「はい」
合わせた上地の視線が揺らぎ逸らされるのを待って、失礼します、と空井は上地から離れた。
[newpage]
『急な用事で外出しています。お約束の時間までに戻れないかもしれません。申し訳ありませんが、間に合わなかった場合は比嘉さんにお願いしてあります』
空井からのメールを読み返して、リカは空幕広報室に電話を入れた。折よく電話に出た比嘉に確認すると、やはり空井はまだ戻っていないと言われる。
「じゃあ私、先に陸幕広報室に書類をお届けしてきます」
『了解しました。お気をつけて。おそらくそろそろ戻ってくるだろうとは思いますから、空井二尉が拗ねる前にこちらに戻って下さい』
「……楽しそうですね、比嘉さん」
『ええ、それはもう』
──この世の中に、比嘉さんの知らない事なんてないんじゃない?
リカは思わず笑いながら携帯をしまった。
開け放たれたドアをノックして、こんにちは、と声をかけながら陸幕広報室を覗く。
入口まで出迎えてくれた担当の広報官に書類を渡して空幕広報室に向かおうとしたリカに、稲葉さん!と声がかけられた。
「ちょっとだけ、よろしいですか」
前に立った上地を見たリカの頭の中で、比嘉の台詞がこだまする。
『空井二尉が拗ねる前にこちらに戻って下さい』
疚しい事はない。ちゃんと話もしたから大丈夫、だけど、そう言われちゃうと……
「時間があまりないので、少しなら」
「すぐ終わりますから」
廊下で、と言われて表へ出る。
辺りを見回した上地の小声での話にリカは驚いた。
「今朝ほどなんですが自分、稲葉さんがおつきあいされている方とお話ししました」
「……えっ!?」
なんで!?という言葉はぎりぎり飲み込んだ。
食事でも、という誘いははっきりと断った。付き合っている相手ががいるという事も匂わせてはある。ただ、それがどんな人なのか、もっと言えば誰なのかという事は、口にはしていない。
──探られた、って事?
空井の言ったように、自分が思うより上地は本気なのかもしれない、と今さら思う。
「ああ、そんな顔しないで下さい。もしかしたら、と思っていた方に偶然お会いしたので、話しかけてみたんです、すいません」
──そんなに顔に出てるんだ。
少し反省して慌てて表情筋を緩める。
和らいだリカの顔を見てほっとしたように笑った上地が、躊躇いつつ口にした。
「なんと言っていいのか、悪い意味ではなく……好戦的、な方ですね」
「好戦的?」
自分の中の空井と『好戦的』という単語がいまいち結びつかずに考える──ひょっとして、人違いとか。
ただここで誰と話したのかと確認する事は、探られている以上、賢い選択ではないだろうな、と思い止まった。質問の仕方を変えてみる。
「上地さんは、どうしてその方に対して『もしかしたら』と思われたんですか?」
「最近稲葉さんとその方がお二人でいらっしゃるところを見たんです、下で。その時の稲葉さんの笑顔が、遠目に見てもとてもやわらかくて。今日その方をお見かけした時に『空幕広報室』の腕章が付いていたので、ああ、と」
──どんだけわかりやすいのよ、私。
リカは思わず額に手を当てた。何はともあれ『好戦的』だと上地に評された人物が空井であることは間違いない、と思う。
まさか柚木さんってことはない、だろうし。
「そう、ですか」
「稲葉さん、思い切ってお伝えしますが」
「……はい」
「自分は稲葉さんに優しくできると思います、恐らく空井二尉より」
──ああ、決定打……いったい上地さんに何したんだろう、空井さん。
自分の中の空井と上地の中の空井があまりに違っていてもやもやする。
喧嘩したことがない、とは言わない。でも好戦的だと思ったことは一度もない。いったいどんな顔で、どんな声で、どんな話をしたのか。
『自分もただ座っていてファイターパイロットの座を手に入れた訳では決してないので』と笑った空井の顔が浮かんだ。
自分と出会う前の、パイロットだった頃の空井の顔だったのだろうか。
自分の知らない空井、がとても気になる。
いったいどんな話をして好戦的だと思ったんですか──と口まで出かかって、リカは自分の本音に気がついた。
──妬いてるんだ、私。
自分がおかしくて思わず、ふふ、と笑ったリカを見て、上地が困った顔をした。
「ごめんなさい、上地さんが羨ましくて」
「……なぜですか」
微笑んだまま、リカは上地と視線を合わせた。
「私が知らない彼の顔をご存知なので」
ああ……なるほど、そう来ますか、と答えた上地も笑った。
「お二人でいらっしゃる時の稲葉さんの笑顔を見て、少し覚悟はしていました。今日空井二尉とお会いしてお話しした段階で、これは勝てないな、と悟ったんですが」
言葉を切ってリカの顔を覗いた上地がもう一度笑う。
「悔しいので、稲葉さんのお言葉に負けました、とお伝え下さい」
上地の率直な言い方にリカも思わず笑ってわかりました、と頷いた。
眩しいものを見たように瞬きした上地が聞く。
「きっと、稲葉さんにはお優しいんですね」
はい、と答えたリカが少し不満げに訴えた。
「その一点だけでおつきあいしている訳では決してありませんけど」
「稲葉さん……傷口広げて塩を擦り込むタイプだったんですね」
気づけなかったなあ、と笑う上地にリカは慌ててごめんなさい!と頭を下げた。
「すいません!遅くなりました!」
空幕広報室に駆け込んだリカを見て、比嘉がにこにこと笑った。
「間に合いましたね、セーフですよ、稲葉さん」
ああよかった、と胸に手を当てたリカに比嘉が聞く。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫です、何もないです、比嘉さんが喜ぶような事は」
比嘉が大仰に顔をしかめた。
「ひどいですねえ、稲葉さん」
「え?」
「私が一番喜ばしいのは、お二人がうまくいく事、なんですが」
言いながら比嘉の視線がリカの顔と空井の机を順に見た。
「じゃあ……喜んでいただいて結構です……」
「ああ、それはなによりですね」
二人で顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
「ただいま戻りました!」
響いた声に、二人は視線を向けた。
「空井さん、こんにちは」
「お帰りなさい、稲葉さんもちょうど今お見えになったところですよ」
すいません、遅くなりました、と言いながら近寄った空井が二人の顔を交互に見た。
「なんか……二人で嬉しそうですね」
「ええ。理由は空井二尉には内緒ですが」
「え?」
「稲葉さんと私の間の秘密です。ねえ、稲葉さん」
「あ、はい」
「空井二尉、相手が私では、小諍いの種にもなりませんか?」
ふふふ、と笑った比嘉が席を立つ。
リカを見た空井が小さく、秘密ってなに?と聞いた。
迷子の子供のような顔に思わず微笑む。
──こんな顔する人のどの辺が好戦的なんだろう。
「空井さん、今夜お散歩しましょう、迷子にならないように手をつないであげますから」
「……散歩?」
くすくす笑いながら小さく返したリカに、納得のいかない顔で空井が呟いた。
[newpage]
「ただいま!」
「おかえり」
リカの息が少しあがっていることに気づいた空井が笑った。
「慌ててこなくてもいいのに」
「空井さんが迷子になっちゃったら大変だと思って」
はいどうぞ、と笑ったリカが手を差し出した。
その手をとって、空井が不思議そうな顔をする。
「なんか『迷子』が今日のキーワードになってます?」
「空井さんがあんな顔で私を見るから」
あんな顔?と考える空井の手を引いて歩きだす。
「なんで夜の公園で散歩したいと思ったの?」
「空井さんと手をつないでゆっくり歩きたかったから」
さらりと答えたものの恥ずかしくて、空井より先に口を開く。
「空井さん今日、上地さんとお話ししたでしょう」
「えっ!?なんで!?」
ふふん、と得意気にリカが笑った。
「空井さんの事ならなんでも知ってます」
「そうなんだ……」
「って、ちょっと思ってたんですけど、そうでもなかった」
なんですかそれ、と笑った空井に聞く。
「上地さんと何の話を?」
「え……っと、あの、専守防衛について語り合いました」
「嘘の香りがする」
「嘘じゃないです!大きーく広ーく取れば!」
その結果、と一瞬言葉を切って、空井が前を向いた。
「防衛しました」
「……どんな風に?」
「撃墜で。って、いや、哨戒か警告か撃墜か、ちゃんと考えましたよ!コンマ2秒くらい!」
「2秒すらない!」
「一瞬の判断力を要する事態だったんです!」
「いったい何の話ですか……」
ちゃんと聞かせてもらってもいいですか?と自分を見上げるリカの顔を見て、ぽそぽそと答える。
「稲葉さんが俺の名前をたびたび出すから気になるって言われて」
「……そんなに出した記憶はありませんけど」
「それはあれですか!?記憶は無くとも稲葉さんの意識の深層に俺の存在が、的な」
「空井さん、話を元に戻して下さい」
えー?と少し不満げに呟いた空井が先を続ける。
「稲葉さんと一緒に仕事ができるなんて羨ましい、ときて」
「私にガツガツ当たられた事がない人だからですね」
──その自覚のなさとか認識の不足がこの事態を招いてると思うんですけど、稲葉さん。
ため息をひとつ溢して、気を取り直す。
「探られてる感じがしたんで、悩んだんです、受けるべきか、躱すべきか。稲葉さんがいろいろ考慮してくれたのはわかってるし、比嘉さんも俺の名前は出さないでいてくれたし」
でも、と空井がリカを見た。
「上地二尉に『笑顔がとても綺麗なんですよ、彼女』って言われた瞬間に」
眉間を寄せた空井が視線を前方に放つ。
「知ったような口きいてんじゃねーよ!って、真っ向から受ける事に決めました」
「受けて立っちゃったんだ……」
「だって『自分だけが知ってる』みたいな言い方されたから!」
流せないでしょ!?と同意を求めるようにリカを見る。
「自分の彼女を誉められたので当然の事としてお礼を言ったら、『稲葉さんを狙ってます』って上地が吐かしたから」
「ぬかした、って」
いつもにない空井の言い様にリカが吹き出した。
「あー、上地二尉がおっしゃったので……本気で来られるなら本気でお相手します、と応えて」
上地に伝えた時と同じ気持ちでリカの手をぎゅっと握る。
──だけど、自分の気持ちだけでこの手を握り潰す訳にはいかなくて。
あの時と同じように手を開く。
「でも、選択権は稲葉さんにあると思うので、と」
ちらりと空井の顔を見たリカが黙ったまま、開いた空井の手を繋ぎ直した。
「自信があるんですねって聞かれたから」
「あります、って?」
「はい、とだけ返して別れました」
──あの一言に、上地と合わせた視線に、どれだけのものを込めたのか、たぶん口では説明できない。
「私今日、上地さんとお会いしたんです、陸幕広報室で」
「ああ……だから知ってたんですね」
空井の顔を覗いたリカが笑った。
「そんな『面白くない』って顔しない!」
「もともとこんな顔なんです」
口を尖らせて、なんか言ってましたか?と聞く。
「空井さんの事を『好戦的』だって」
「あー……子供みたいですか、俺」
「ううん。でも空井さんと好戦的がどうしても私の中で結びつかなくて」
リカは上地の前で笑った事を思い出して、くすりと笑った。
「私、上地さんが羨ましいです、って」
「羨ましい?なんで?」
「上地さんにも同じことを聞かれました」
ちゃんとお答えしましたよ?とリカが微笑む。
「私が知らない空井さんの顔を知ってるから、って」
──嘘だろ……
返す言葉が見つからない。素直じゃないってわかったつもりでいると、時々こうやって斬り込まれた時に対応できなくて焦る。
思わず口に手を当てた空井は考えた──面と向かって言われた上地はどう返したのか。
「上地さんが『負けましたとお伝え下さい』って」
笑ってました上地さん、と自分を見上げたリカから視線を逸らして空井が呟いた。
「どんな顔していいのかわかんない」
「安心しました?」
「……もともと不安だった訳ではないので!」
「意地っ張り」
優しく笑ったリカが、首を傾げて聞く。
「選択権は私にあるんだ?」
「そう、ですね。じゃあどうぞって、自分から譲ったりは絶対しません。けど……」
──もしいつか、稲葉さんが他の男との未来を望んだとしたら。
いつもそばにいてくれるような、何かあった時に必ず隣にいてくれるような、他の誰かとの未来を望んだとしたら。
吐きそうな程の喪失感が込み上げる。
この手を離す事なんてできるのか。逡巡した事など無いような顔で手を離す、その覚悟が自分にはあるのか。
できるできないの問題ではなく、そうしなくてはいけない、と思う。自分に選択の余地はない、もし彼女がそれを望むなら。
──思うだけ。自信はない。
自分の独占欲がどの程度なのか、自分が一番知っている。たぶん自分抜きの彼女の幸せを最重要で考えられるほど、自分は大人ではない。
込み上げる感情を押さえつけると、密度が高まり濃度が増す。それを飲み下して歩く。
黙り込んだ横顔を見たリカが、空井さん、と大切に名前を呼んだ。
「空井さんが何考えてるのかなんとなくわかりますけど……」
繋いでいた手をそっと離す。
「いいですよ、手の力を抜いても」
ちょっと驚いた顔で空井がリカを見た。
「その分、私が強く握るから」
一度離した手をリカがぱしり、と取って握る。
「私は、何があっても誰にもお譲りしませんからね?」
空井と視線を合わせて、リカは微笑んだ。
「私に選択権があるならなおさら。空井さんが私から逃げたくなっても」
自分だけに向けられる笑顔に思わず顔を伏せた空井も淡く笑った。
「なんだろう、稲葉さんには絶対勝てない気がする」
「当然です!」
だって、とリカが繋いだ手に力を込める。
「ファイターパイロットを撃ち落としたのは私なので」
「えっ!?それについては異論がありますけど!」
「受け付けません!」
どれだけ大変だったと思ってるんですか、とリカが笑う。
「ちょっと見てみたかったな、上地さんと話してる空井さんの顔」
「いえ、なんか、見せたくないです!」
「残念。じゃあ『好戦的』な顔と『迷子』の顔を相殺して我慢します」
──パイロットの顔は知らなくても、他の人が知らない顔を私は知ってると思うから。
あーまたそれ、と空井がリカを見た。
「迷子って何?どんな顔?」
「教えない!空井さんも知らない空井さんの顔なら大事にとっておきたいから」
ふふ、と笑ったリカに負けずに返す。
「じゃあ俺も稲葉さんの知らない稲葉さんの顔と相殺します」
「そんな顔ないです!」
「ほんとに?」
手を引いて立ち止まった空井がリカの頬に手を添えた。
「2秒下さい」
──どうして聞くかな。
思いながらも条件反射のように目を閉じる。
ふ、と笑んだ吐息が唇にかかって、リカは目を開けた。至近距離で嬉しそうな空井の笑顔で視界がいっぱいになる。
「なんで笑ってるんですか」
「見たことないでしょ、自分の目を閉じた顔」
リカは悔しくて下唇を噛んだ。
「……ない」
「稲葉さんの知らない顔でしょ?」
もう!とあげたリカの手を、ごめん!と笑った空井が掴む。
「悔しいからもう閉じません!」
「そうなんだ。じゃあ、今度こそ2秒下さい」
「だからどうしてそれ聞──」
最後まで言わせてもらえずに、リカは結局そっと目を閉じた。
|
完全捏造設定、『おもうなかのこいさかい』の後、オリキャラ上地二等陸尉と空井二等空尉の直接対決に絡む話です。<br />直接対決……だと思っていただけるといいなぁ、ハードルをがっつり下げてお読みいただけると幸いです。<br /><br />もしよろしければ、上地二尉が皆様の脳内実写化再生時に誰だったか、コメントでもメールでも俳優名だけでも結構ですのでお送りいただけたら、と思います。<br />それ見てによによしたいので(笑)<br />お礼に、ラストから先、6行分の二人の会話をお送りさせていただきます。<br /><br />就業中のミンティアと帰宅後の苺の過剰摂取、ピアノ、深夜に音楽を聴きながらの号泣でバランスをとっています、大丈夫想定内です、毎年このルーチンです、はづきです、こんばんは。 <br />今年は新たに、皆様からのコメントやメールを読み返すという技を覚えました、ありがとうございます!<br /><br />『おもうなかのこいさかい』をあげた時にご要望いただいた、上地二尉との直接対決です。<br />ご要望いただいた、という事は、皆さんそれぞれ妄想された『直接対決』がおありになるのだろうと思うと、全身からピロピロといろんな汁が……(泣)。<br />上地二尉を悪い人にはしたくなくて、加減が難しかったです。<br /><br />通常なら妄想どころではないのだろうなぁ。<br />でもなんとか3月の間に1本あげたくて、そうなるとご要望いただいた直接対決をあげたくて、どうにか完成しました。<br />「ご要望いただけた」ということに、自分が相当救われていると思います。<br />ペースは落ちても、妄想に全身を浸して、現実にそっと目を閉じるって、やっぱり重要だわ。<br /><br />お読みいただく方、ブックマーク・コメント・メール・フォロー・評価下さる方、ほんとにほんとにありがとうございます‼<br />以前のように次のお約束はできないけど、でも。<br />いつかまた、この場所でお会いできますように。
|
知らない
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6549510#1
| true |
Attention!
はいどもども~
おなじみのヤミー隊長でっす~。
いやぁ、前回は目が冴える蛇と鷹岡死亡のダブルパンチが来たので、みなさん凄い驚いていましたね。コメントも「えええ~~~~!!?」みたいなコメントが多くてヤミーさん大満足です!(オイ!)
まぁ鷹岡死亡に関して、「嫌いなキャラだけど・・・・・・」という複雑な感情を持った方も多くいらっしゃったようですね。やはり死ぬまでは望んでないということなのか、皆さま優しいなーと思いました。
私は作者なので、こういう展開になってもあんまり心苦しく思わない辺り、若干サイコパスなのかもしれません・・・・・・どうしよう、怖い。
ちなみにサイコパス判定なるものをしたところ、50%でした。つまり常識人でもサイコパスにでもなれる一番厄介なタイプという事で、その時ゾゾッとしたね。
だって普通に友達と会話している時に「子供にサッカーボールと自転車を与えました。しかし子供が喜びませんでした。どうして?」という質問に対し、私は「子供に足がなかったからじゃないの?」って答えたら当たっていたんだもの。
物書きをするとはいえ、怖い・・・・・・・・・・・・。
ま、こんな怖い話はさておき!!
タグツッコミしましょうか!!
まずは63話からね!
「初めてpixivでタグ取りました!!(///∇///)」←えっ、すげぇな!!? 作者の私が言うのもなんですけど、この小説のタグ取るの本当大変(なはず)なのに!! Pixivで初めてのタグがこのタグ戦争が激しいここってすごくないか!!? そして初めてをありがとうございます!! あなた様の初めて頂きました!(あれ、若干危ない言い方になっているような気が・・・・・・まぁいいか)
「続きをタンクトップと短パンで待機!皆にハピエンを!」←やめんかい!! まだ寒いから!! タンクトップに短パンは寒いって!! パーカーかコートかなんか着ろ!! そしてジャージでもなんでもいいから下も履き替えて!! 頼むから!!
「↑なら私はふんどしとハチマキで待機!!」←え、ちょっとまって。上半身まさか裸じゃないよね? そんなバナナだよね? そんでなんでふんどしなの!! ちゃんとパンツ履けよ!! そしてジャージでも来てください!! ノリがいいのは嬉しいけど!!!
「ツッコミ頑張って下さい!」←うん、頑張るー。超がんばるー。現在進行形で頑張ってるー。褒めて。頭撫でてぇ!!?
「隊長!続きを全裸で気長に待ちますので、体調だけはお気をつけを」←うん、ありがとう。だけど本当全裸やめよう!? 全裸で待つって何で!? なんなのコレ、私実は急かされてるの!!? 風邪ひくからもうホンマにやめてください・・・・・・。何なら私が裸体・・・になるのは無理かな(オイ)
・・・よし、ではホワイトデー編いっきまーす!!
「うまうまなお返しありがとうございます(o´艸`)」←おお、そんなに甘かったですかね? 私はそんな甘く書いたつもりは実はなかったりします。ただ前回のバレンタインデーが悲しさちょっと入っていたので、今回はそれを抜きにしました。可愛い顔文字が付くほど満足していただけたなら良かったです!(∩´∀`)∩わーい
「やっとタグget!シンタローに勉強を教えてもらい隊!!」←同 感 で す 。私もシンタローに勉強教えてほしかったよぉー!!! っていうか、今は大学生だけどそれでもシンタローに勉強教えてほしい。いや、結構ガチです。コレ。同志がいて良かった・・・!!!
「甘すぎて幸せです隊長!(o´艸`)」←そんなに甘かったですかー。じゃあ次はもう「コレ甘すぎ、もういらない」ってぐらい甘い話書こうかなー・・・・・・というのは嘘です、ハイ。寧ろ書けません、すみません。
「よっしゃぁぁ!タグゲット!甘くて隊員が溶けちゃうよぉー」←とろけんの!!? え、マジ!!? 甘いととろけちゃうの!? 構成物質何でできてるの!!!?
「この甘さ……嫌いじゃないッス」←あ、ありがとうございます。なんだろう、この言い方に凄いキュンと来た。あれ? 私病気?
よし、全部ツッコみ終わったぞ!!
では話に入ります!!
どうぞお読みください!!
[newpage]
目が冴える蛇。
そう名乗った男に殺せんせーに怒りが湧く。
殺せんせーはこの男の姿に見覚えがあり過ぎた。だから、余計、怒りが湧いた。
殺せんせーが嫌悪感を抱くほどに。
「その姿を今すぐやめなさい」
「おお? お前が噂の殺せんせーか。いやぁ、貴方にお会いしたかったんだよねぇ。なんせウチの女王様がお世話になってるらしいし? まぁ、お会いしたのは初めてじゃないけど」
目が冴える蛇はお茶らけたようにクスクスと笑い、まるで愛でるようにマリーを撫でる。
それに寺坂が腸煮えくり返るような怒りを覚えた。
「ふざけんな! 何言ってるか意味分かんねぇよ!! 今すぐ小桜を放せ!!」
寺坂は怒鳴るが、目が冴える蛇はキョトンとしたのち、「放せって言われて放すわけねーじゃん」と言って、見せつけるようにマリーと身体を密着させた。
「俺、ずっとこのオヒメサマを探してたんだぜ? まさか政府に隠れてるたぁー思わなくて、こんだけ時間がかかっちまったけどな」
その言葉の意味が、烏間には分からない。
「政府に隠れている」と言うのは、マリーはこの目が冴える蛇と名乗る男に追われていたという事だろうか。だから、政府が保護したのか? だからマリーも政府の中に生きていたのか?
頭の中を整理する中、目が冴える蛇は烏間をちらりと見ると笑う。
「政府も馬鹿だよなぁ。女王様を野放しにして。世話係も案外大したことねーみたいだし?」
「・・・・・・お前は何が望みだ。金か?」
烏間の言葉に目が冴える蛇は「アハハハハ!!」と笑い出す。
そして蔑むように烏間を見る。
「金に何の価値がある。あんなの、ただの紙とゴミじゃねぇか。[[rb:人間 > 政府]]の価値があると決めつけたものに、俺は意味なんてないと思うね」
目が冴える蛇はべぇっと舌を見せた。
金に誘惑されるならどれだけ楽かと烏間は舌打ちする。
そして、目が冴える蛇と同じ場所に立っている渚は、目が冴える蛇の狂気に怯えた。そして、後ろに後ずさりをする。
闘った緊張がまだ残っているからだろうか、目が冴える蛇からの邪気が凄まじく感じる。
違う。
コイツは何かが違う。
次元そのものが違う。
目の前に居るコレは、存在させてはならないものだ。
渚はおもわず腰を抜かす。
それに眼が冴える蛇は値札を付けるように「んー?」とじろじろ見る。渚はビクビクとするだけで、何もできない。
「・・・ま、コイツでもいいか。その方が色々とやりやすいかもな」
目が冴える蛇がそう言って、渚に触れようとする。渚は手や足に力を入れるが、ピクリとも動かない。
逃げろ、逃げろ。
逃げないとコイツには勝てない。
絶対に、勝てない。
なのに、身体が、動けない。
声すらも発せられない。
その恐怖に満ちた顔に、目が冴える蛇がニヤリと笑う。
あ、これ無理だ。
渚がそう思ったときだった。
バンッとドアを開く音が聞こえる。
なんだ、と目が冴える蛇が手を止める。
音の起源先は、シンタローが屋上のドアを開けた音だった。
シンタローはボロボロだが、無事だったことにカルマは安心した。渚もどこかシンタローが来たことに安心した。シンタローは状況を把握しようとその場をチラチラ見る。
「シンタロー、君・・・・・・!」
「・・・・・・見慣れねぇ奴がいるな。予測を踏み間違えた、わけじゃないみたいだな」
シンタローは血だらけになり横たわった鷹岡を見る。
その口調だとシンタローは黒幕が鷹岡だと気づいていたのだろうかと烏間は思ったが、それを尋ねる前に目が冴える蛇はシンタローを見て、「アハハはははは!!」と笑う。
「久しぶりだなぁ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・誰だお前」
目が冴える蛇がそう言ったが、シンタローは眉間に皺を寄せそう答えた。
それに眼が冴える蛇はどこか納得のいかない顔をしていたが、「まぁいい」と勝手に自己完結する。
「俺のことが分からないのは残念だが・・・今日は実に運がいい!!」
三日月が赤く燃え上がるように見えるのは気のせいか。
まるでショーのように目が冴える蛇はシンタローに向かって叫ぶ。
「ここで女王様だけじゃなく、お前・・・・・・『目に焼き付ける蛇』と会えるとはなぁ!!!」
「目に、焼き付ける蛇・・・・・・?」
目が冴える蛇の言葉にカルマが眉間に皺を寄せる。
なんだ、それ。その名前は何に由来するものなのか。カルマにはさっぱり分からないが、一つだけ分かることがある。目に焼きつける蛇というのは、シンタローのことだ。
おそらく目が冴える蛇と何かしらの因縁があるのだろう。だが、それも何の因縁だか分からないカルマには何のしようがない。
目が冴える蛇は両手を広げる。支配者の顔、というのは彼の事を指すのだろうと思うほど、顔を歪めて笑う。
「舞台には女王、目に焼き付ける蛇、そして俺、目が冴える蛇!! 役者はこの三人で十分だ!」
目が冴える蛇がシンタローに銃を向ける。
目が冴える蛇の狙いは、シンタローだ。
カルマがヤメロと叫び、千葉が銃を構える。すると目が冴える蛇はマリーに銃口を向けた。
「おーっと動くなよ? 女王を殺しちまうぞ?」
目が冴える蛇はニヤニヤしながらマリーを愛でるように言う。それにみんな悔しそうな顔をする。目が冴える蛇はマリーの髪をゆっくり撫でる。そして耳元で優しく、低い声で囁く。
低く妖しく、しかし優しく。
悪魔の声でマリーを唆す。
「女王、目をあけろ」
「ん・・・?」
「そうそう、ゆっくり開けろ。目に集中して・・・全神経を注げ・・・」
「やめろマリー!! 目をあけんじゃねぇ!!」
コイツの目的が何なのか。
それは分からないが、何をするつもりなのか察したシンタローは叫ぶ。
マリーに能力を使わせる気だ。
「全員コッチを見ろぉ!! 女王を殺すぞ!!」
「手ェ出すんじゃねぇ!!」
目が冴える蛇の言葉に誰が反応したかは分からない。ただ、みんなはマリーの赤い目に目を合わせた。その瞬間、クラスメイトは身体が動かなくなった。
微塵たりとも動かない。
それにシンタローはしまったと歯ぎしりをした。
マリーを守るために、敢えてマリーの能力を教えなかったことが、こんな方法で使われるなんて。こんな悪用を他人にされるなんて。
眼が冴える蛇は皆が動かないことを確認して、歓喜する。
「おお、素晴らしい!! 流石目に焼き付ける蛇に奪われなかっただけある!! やはりお前は女王だ!!」
目が冴える蛇はマリーの頬を両手で挟み、優しくうっとりした目で見る。
マリーは毒でやられてしまっているせいか、自分が何をしたのかさえも分かっていない。
ただただボーっと目が冴える蛇に操られているかのようになっているだけである。
幸い、シンタローは目が冴える蛇がマリーに何を指せるか分かっていたため、目を閉じていた。だがしかし体の自由はあっても、コノハと戦ったおかげで、動けないも同然だった。
そんなシンタローとまだピンピンの目が焼き冴える蛇との決着は赤子でも分かることだ。
クロハはシンタローに銃口を向ける。
「さぁ、目に焼き付ける蛇よ。お前を一度殺せばまたあの日は永遠に繰り返せる!! 意図的にお前の中から蛇を開放さえしてしまえば!! お前に蛇たちが根付かぬうちにお前を殺してしまえば!! カゲロウデイズはまた開始する!!!!」
クロハはシンタローに銃を向ける。
だが銃を向けられた恐怖感は、シンタローにはない。
寧ろ聞き覚えの無い言葉に困惑した。
カゲロウデイズ?
蛇の開放?
―なんだそれ。
シンタローは目が冴える蛇に目を向ける。
目が冴える蛇は笑っていた。
「さぁこれで今回は終いだ!! また来世で会おうぜ! 目に焼き付ける蛇!!」
ズガズガズガぁン――
目の前が赤い。
シンタローはそう思った。
その赤いのが何なのか。
それは自分の血であることを気づくには少し遅くて。
三発の弾丸がシンタローの身体を貫いた―――と同時に、クラスメイト達はまた身体の自由がきいた。だが、その時はすでにカルマたちの目には血塗られたシンタローの倒れた姿だった。
「え、なに? 何が起きたの・・・・・・?」
誰かが呟いた。
自分たちが動き出そうとした瞬間に、なぜかすでにシンタローは倒れてしまっている。
みな、動揺して動けない中、カルマが咆哮した。
「シンタロー―――――っ!!!!」
「はははは・・・・あ、あはは・・・・・・あーはっはっはっはっ、はははははははははははははは!!」
カルマの叫び声と共に、目が冴える蛇が笑う。
もう可笑しくて可笑しくて可笑しくてたまらないとでも言いたげに。
「貴様・・・・・・私の生徒に何をしたぁぁぁぁ!!!?」
怒りの象徴である黒色を表した殺せんせーも叫ぶ。だが、目が冴える蛇は殺せんせーの言葉に動じない。
寧ろ清々した顔をしている。
「これにて演目『目に焼き付ける蛇』は終幕!! 此度の役者は俺『目が冴える蛇』と! 『女王』と! 『目に焼き付ける蛇』でした! 観客の皆さまどうもありがとうございました!!」
目が冴える蛇はそう言って、まるで観客にお礼を言うかのように頭を下げると、マリーを横抱きにする。
「さぁ女王、目に焼き付ける蛇が倒された今! また始めようじゃないか!! あの日の繰り返しを!! あの楽しかった日々を!! 永遠に!!!! それこそ、地球が命を終えるまで!!!!!!!!!」
渚が走る。
カルマが登る。
目が冴える蛇が何を意味して言っているのかは知らないが、ただ一つだけ分かった。
次のこの目が冴える蛇の次の狙いは、マリーだと。
怖い。
この化け物を相手にするのはとても怖い。
目が冴える蛇の見た目はただの優男だが、狂っているという陳腐な言葉じゃ表せないくらいどす黒い何かが彼に取り巻く。まるで自分たちが蛙になったかのようだ。そう、自分たちを蛙に例えるなら、彼は獰猛な蛇である。
だが、怯えている場合ではなかった。
これ以上、仲間を失いたくない。
「させるかぁぁぁぁぁ!!!」
二人は覚悟を決めて、目が冴える蛇に飛びかかった。
[newpage]
―静かだ。
シンタローはそう思った。
撃たれたはずなのに、なぜか痛みが無い。
自分は死んでしまったのだろうか。死んだら、赤羽や寺坂に怒られそうだなぁ。
あ・・・神崎とか泣きそうだわ。あ、でも案外笑ってるかもな。皆に無理させないようにって。
そこまで思ったシンタローは不思議に思った。と同時に自分の変化に恐怖を抱いた。
何故だ。
なんで死んだ後で、すぐアヤノに会えると思わなかったんだろう。
アヤノに会いたいから、死ぬのは別に良いとなんで思わなかったんだろう。
おかしい。こんなのおかしい。
俺の隣にはアヤノ以外いらなかったはずなのに、なんで―――。
「お前は裏切った」
言葉が聞こえる。
シンタローは声のした方に目を向けると、そこには黒いパーカーを着た自分がそこにいた。
この目の前の自分が誰かを知っている。
これは、暴走時の自分だ。
シンタローは「う・・・あ・・・・・・」と動揺する。どこかに逃げようとするが、辺りは暗闇で、逃げる場所はどこにもない。
黒いパーカーを来たシンタローはゆっくりシンタローに近づく。
「アヤノが大事と言いながら、お前はアヤノを裏切った」
「違う」
「他の奴らにほだされた」
「違う」
「お前は結局自分が可愛いだけだ」
「違う!!」
シンタローは必死に否定した。
だが、どうしても自分にも疑いがかかる。
―結局俺はどうしたいんだ?
―仲間を守りたい? いや、ヒーローぶりたいだけ。
―アヤノを忘れたくない? そうすることで罪を感じたいだけ。
シンタローは自分を抱きしめた。
嫌だ。怖い。
怖い俺が俺じゃなくなる。
いや、俺は元々こういう人間で。
「そんなに辛いならさぁ、壊してしまえばいいんだよ」
もう一人のシンタローが、そう言う。
シンタローは静かに「こわす・・・?」と呟くように言う。するともう一人のシンタローは頷く。
「そう、壊す。壊してしまえば、もう何も恐れることはないよ」
こわす・・・・・・とシンタローはその言葉だけが頭に支配された。
どこかで自分が普通じゃないことは分かっているが、その言葉がまるで救いの言葉の様に思えてしまう。どこで自分が追い詰められていたのか、シンタローには分からない。
もしかしたら、最初からもう自分は壊れていたのかもしれない。
そう思うと、もうどうでもよく思えてきた。
「俺だったら、代わってやれるよ・・・?」
コイツが、全て―――
そう思った際にシンタローは何も考えられなかった。
「[[rb:お前 > オレ]]も壊れてくれるか・・・・・・?」
「もちろん」
そう答えられ、シンタローは深い闇に身を投じた。
不思議と後悔はしていなかった。
久々の暗闇が、シンタローを支配した。
[newpage]
渚とカルマが叫びかかってくると同時に、目が冴える蛇は「ん・・・?」と違和感を覚えた。
視界で、何かが動いた気がする。
目が冴える蛇はシンタローを見る。するとその場にシンタローはおらず、気づけば、右頬に拳の感覚があった。
あまりにも唐突な事に目が冴える蛇は吹っ飛ばされるも、すぐに体制を立て直した。そして「痛ェ・・・・・・」と苦い顔をして頬を手で触る。
目が冴える蛇を殴ったのは、シンタローだった。
その事実に目が冴える蛇だけではなく、クラスメイトは困惑する。
「シン、タロー君・・・・・・・・・?」
カルマが声をかけるも、雰囲気がどこかシンタローではない。
シンタローは気怠そうに赤いジャージを脱ぐ。シンタローの姿は黒いタンクトップ一枚になった。そしてシンタローはいつ奪ったのか、マリーを横抱きにしている。
何故生きているのか。確実に銃弾三発を撃ったはずだ。普通なら生きている筈がない。
そう思ったが、目が冴える蛇はすぐに状況を察した。
そしてクラスメイトたちも、今のシンタローが誰かを分かっていた。
「ああ、そうか。すっかり失念していたよ」
クロハはゆらりと立ち上がる。
「今回は・・・暴走があるんだよなぁ、お前は」
「壊す、壊す、壊す・・・・・・・・・・・・」
誰の声も届きそうになく、シンタローはただただ目が冴える蛇に目を向ける。
目が冴える蛇はニヤリと笑う。
「ああ、そうだな。早く劇を終わらせたいんだな、お前も」
目が冴える蛇は用意が良かったのか、銃弾を入れて、銃を構える。
隙だらけなのに、だれも微動だに出来ない。それもそのはずだ、目が冴える蛇と対等にいることができるのは、シンタローだけという異様な世界に飲まれたからだ。
「もう少し、楽しむか」
ガァンと音が鳴り響いた。
目が冴える蛇が銃声を鳴らす前に、シンタローがヘリポート場を拳でどついたのだ。足場が不安定になり、渚とカルマはマリーを抱きかかえて慌てて下に降りる。目が冴える蛇は素早くその場から離れ、パァンとシンタローに撃つ。だがシンタローはその銃を持つ手を払い、目が冴える蛇の前に瞬時に現れ、目が冴える蛇の腕を掴むとそのまま捻る。目が冴える蛇はぐるんと一回転し、捻りの痛みを逃がす。それから目が冴える蛇が銃身でシンタローの頭を打つ。ガツッと鈍い音が響くが、それだけでシンタローの暴走は止まらない。
シンタローはそのまま倒れるところをバク転することでふせぎ、ぎろりと目が冴える蛇を捕えると、そのまま足で攻撃する。
目が冴える蛇は「おっそろしいねぇ」と言いつつもどこか楽しんでいるようで、手をクロスさせて攻撃を凌いだ。そしてシンタローの足のすそを捕えると、そのまま引っ張り、シンタローを仰向けにさせ。その上に目が冴える蛇が乗っかる。
「安心しろ、次はちゃんと死ねるように頭を狙ってやるよ」
シンタローは目を赤くし、「ふーっ、ふーっ」と体で息をする。
その様子に目が冴える蛇は「あっは」と笑う。
「まるで獣みたいだなお前。きっとお前はどの蛇よりも一番醜い」
「うがぁっ!!」
その言葉にシンタローは吠える。
すると銃声が響いた。
烏間が目が冴える蛇に向けて撃ったのだ。だが目が冴える蛇に傷は無く、ゆっくりと服をめくらせてニヤリと笑う。
目が冴える蛇は、防弾ジョッキを着ていた。それに烏間がクソッと顔を顰める。
「備えあれば患いなし、というが・・・人間の考えも案外バカにはできんな」
残念でした、とでも言いたげに目が冴える蛇は言った。
そしてシンタローの首をギュッと力強く締め付ける。シンタローは「が・・・あ・・・・・・」と声をかすめる。
「今度こそおしまいだ。それでは次の次の次で、また逢いましょう」
その言葉と共に、銃声が響いた。
|
やっと、やっとこの時が来た!!!!
|
暗殺教室×如月シンタロー 64
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6549545#1
| true |
Subsets and Splits
No community queries yet
The top public SQL queries from the community will appear here once available.