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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36972140
いかに日本はうつ病を信じるようになったか
クリストファー・ハーディング
私は南日本のある精神科医院で長椅子に腰かけ、「とおりすがり」という作者が書いた漫画のページをめくっていた。 作者本人も私の隣に座り、小声でストーリーを説明していく。足元の大地が砕け落ち、主人公が転落し始める場面で、私たちは手を止めた。 主人公の「私」はこう叫ぶ。「私を支えていた世界が崩れ落ちていく!立っていることもできない!」。 それは10年以上前の作者自身の姿だ。公務員の仕事で無謀な長時間労働を強いられ、睡眠を取れないことも多かった。ある日、ひとつの考えだけが頭の中をぐるぐる回っていることに気付いた。「死ななければ」と。 何が起きているのか自分でもわからなかった。周囲に分かってもらえないために、恐怖感はますます募る。自殺を図ったことを両親には隠し、病院で心臓の検査を受けたが異常はなかった。 あれは29歳の頃。ふと気づけば、外出しようとする母親に、置いていかないでとすがりついていた。自分が恥ずかしくなった。 父親は、ただ関心を集めたいだけだろうと言い張った。親友も同じこと言い、体を動かすよう勧めてきた。 自分の日常の全てが崩れ落ちていくような感覚だった。世界が見知らぬ場所になっていく。人間関係も自分を裏切る。 そしてついに、別の医師から診断が下った。うつ病。聞いたこともない病名だった。 これは別に珍しいことではない。日本では1990年代後半まで、精神医学界以外で「うつ病」という言葉を耳にすることはほとんどなかった。それはなぜか。日本にはうつ病にかかる人がいなかっただけだという説もあった。人はそういう気持ちと折り合いをつけて、なんとか日常生活を送り続けたのだと。そして気持ちが落ち込んだら美術作品や映画を通じて、あるいは桜の花とそのはかない美しさを愛でるなどして、美学的な表現に昇華してきたのだと。 しかし、うつ病がそれまで周知されていなかった原因は、日本の医学界の慣習にあるという説明の方が有力だ。欧米ではうつ病を心身両面の疾患ととらえる見方が一般的なのに対し、日本では主に身体的なものとみられていた。うつ病という診断名自体はめったに使われず、典型的なうつ症状に苦しむ患者たちは医師から「静養が必要なだけ」とだけ言われることが多かった。 こうした諸々の事情から、日本は抗うつ剤の市場として見込みがないと考えられていた。代表的な抗うつ剤「プロザック」のメーカーも、日本にはほぼ見切りをつけていたほどだ。ところが20世紀も終わる頃、日本の製薬会社が展開した驚くべきキャンペーンによって状況は一変する。 うつ病は「心の風邪」だとするキャッチコピーが広まった。だれでもかかる可能性があり、薬で治療できるという意味だ。 当然ながら、日本でうつ病を含む気分障害と診断される患者の数はたった4年間で倍増。抗うつ剤の市場は06年までのわずか8年間で6倍の規模に急成長した。 ほかの国と同じように日本でも、有名人の告白は注目を集める。俳優からアナウンサーまで、あらゆる人々が進んでうつ状態の経験を明かすようになった。この目新しい病気は世間に認められただけでなく、ややおしゃれだという雰囲気さえかすかに漂わせていた。 うつ病は法廷でも取り上げられるようになった。日本最大の広告代理店、電通の社員だった大嶋一郎さんが何カ月も続いたひどい長時間労働の果てに自殺した時、遺族は電通を相手取って訴訟を起こしたのだ。 その後の法廷での争いは大きな注目を集めた。遺族側の弁護団は裁判で2つの点を立証してみせた。うつ病は電通側が主張しようとしたような先天的要因だけの問題でなく、過重労働などの環境が原因になり得ること。そして、自殺を自覚的で理性的な行為とみなし、時には立派な行為とさえ捉える旧態依然の風潮は、妥当でないということだ。 日本の指導者たちに衝撃が走った。家庭内の秘め事だった精神疾患が、労働運動のテーマに掲げられるようになった。特に、働く女性は「笑顔を無料で提供」するのが当たり前とされてきた固定概念が、問いただされた。日本の消費者は熱心なやる気や限りない愛嬌を期待するのが当たり前になっていたし、そのためには働く女性が笑顔を振りまくのが当然だと思われていたが、それさえも「情動労働」、つまり感情的、心理的な労働として扱われるようになった。 06年に自殺率の低減をめざして制定された自殺対策基本法には、個人的な問題ではなく社会問題として自殺の問題に取り組む方針が明記された。 15年からは職場でのストレスチェックが導入された。ストレスの原因や症状が網羅されたアンケートを実施し、記入済みの回答を医師や看護師が評価。必要な人には医師が面接指導する。雇い主が勝手に結果を見ることはできない。ストレスチェックは従業員50人以上の全事業所に義務付けられ、50人未満の小規模な職場にも推奨されている。 国民的議論が盛んに交わされ、多くの医療関係者や著名人から支援を得て、進歩的な労働政策も施行された結果、日本でうつ病の認知は確立したのだろうか。 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。反動の兆しもみられる。うつ病を理由とする欠勤や病気休暇が急増した結果、同僚への影響に不満を抱いたり、最近では一部の人たちの診断のもらい方や病名の使い方を疑問視したりさえする空気が生まれているようだ。 日本のうつ病患者の中には、こうこぼす人々もいる。うつ病に対する世間の認識が高まって率直に語れるようになったのは助かる。だが反面、自分を甘やかしているだけだとして「うつのふり」や「偽物のうつ」を疑う周囲の目が、回復や職場復帰を妨げている、と。 「心の風邪」キャンペーンの限界が明らかになりつつある。キャンペーンは当時、よくある風邪とうつ病を関連付けるのは誤解を招くと批判された。だが日本とうつ病のかかわりを振り返ると、さらに見えてくることがある。ものによっては心身の疾病と、その文化の全般的なものの見方は、密接に結びついているのだ。例えば仕事について、あるいは他人への責任の度合いについて。社会の認識を高めることは、結果として複雑かつ繊細な課題になる。 この難しさを誰より実感しているのが、とおりすがり氏だろう。今もまだ病気と闘いながら、周囲の誤解とも闘わざるを得ない状態だ。何が起きているか途方にくれた最初の頃に直面したのと、同じような誤解が今も続いているのだ。 だからこそ、とおりすがり氏は私たちが今見ているこの作品を書こうと思い立ったわけだし、だからこそ彼の漫画は紙の書籍とオンラインで大勢に読まれ、共感を呼んでいる。担当の精神科医の言葉を借りれば、これはとおりすがり氏にとって一種の「漫画療法」だ。そしてほかの人にとっては、自分がうつ病で苦しんでいるかどうかにかかわらず、状態を理解するための助けになっている。 (英語記事 How Japan came to believe in depression)
features-and-analysis-51526991
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-51526991
シェフのレシピが農家を救う 台風の被災地支援
小村トリコ、ライター
台風19号で被害にあったリンゴの山(2019年11月、長野市。小村撮影) なぎ倒されたリンゴの木々。壊れて山積みになった農機具。壁紙が剥がれ、室内まで泥だらけの家屋。昨年11月に訪れた台風被災地は、まもなく本格的に雪が降るという時期になっても、無数のリンゴが収穫されないままに、むなしく枝からぶら下がっていた。 長野県長野市は、日本有数のりんごの名産地として100年以上の歴史を持つ土地。ここでとれるリンゴは「信州りんご」と呼ばれ、たっぷり蜜の詰まった強い甘みが特徴だ。しかし昨年はその多くが食卓に上ることなく、水に流されてしまった。 アップルラインが倒れた なぎ倒された長野のアップルライン 2019年10月、台風19号(ハビギス)が日本を襲った。 「100年に一度」とも言われる猛烈な雨によって、日本各地で洪水や土砂崩れなどの大規模な水害が相次いだ。13都県で90人以上が死亡し、8000棟以上の住宅が全半壊したほか、農林水産省によると、27都府県で2万5649カ所で農地が損壊し、31都府県で2万2456ヘクタール分の農作物が被害に遭った。今年2月現在で、農林水産業の被害額は3422億円以上に上るという。 中でも長野市の長沼地区は、最も甚大な被害を受けた地域のひとつだ。市内を通る一級河川の千曲川(ちくまがわ)の堤防が決壊によって、周辺地域は一瞬にして濁流に飲み込まれた。そこには、リンゴの樹や農園が立ち並ぶ「アップルライン」と呼ばれるエリアがあった。 「リンゴ畑に土砂が流れ込み、たくさんのゴミが畑のあちこちに散らばっている。衝撃的な光景にショックを受けました」。ボランティアスタッフとして神戸から来た酒井樹里さんはこう言う。 11月中旬には、地元の農業組合やNPO団体などが中心となって「農業ボランティア」の活動が始まった。リンゴ畑の復旧のために、まずは漂着物を畑から回収して運び出し、果樹の周りにたまった土砂を、根を傷つけないように少しずつスコップなどで掘り出していく。およそ1カ月間で全国からのべ6500人以上ものボランティアが参加して人的支援を行った。 昨年11月に現地を訪れた時点でも被害に遭った多くのリンゴが地面に落ちていた 生き残ったリンゴに希望を 「春までには木の消毒を終えないと、翌年のリンゴの収穫に影響が出てきます。とはいっても、消毒のための農業機械など、生産に必要な機材のほとんどが台風で使えなくなってしまいました」 そう話すのは、ながの農業共同組合(JAながの)の小林弘幸さん。小林さんによると、被災を理由に廃業を選択する農家も増えているという。特に多いのが、65歳以上の「高齢農業者」だ。 2015年の農林水産省の調査では、日本の農業就業人口は210万人で、そのうち65歳を超えるのは6割以上。高齢化による後継者不足で、事業の存続が難しい農家も多い。そこに追い討ちをかけるかのように今回の台風が訪れた。 「状況は絶望的に見えますが、決して希望がないわけではない」と、小林さんは語気を強める。 「生き残ったリンゴを売ればいいのです。泥水に浸かって廃棄処分になったリンゴは、実際には全体の一部に過ぎません。しかし、問題となるのは風評被害です。一般消費者が被災のニュースを見て『長野のリンゴはもうダメだ』などと思ってしまうと、無事だったリンゴも売れなくなる。復興には外部からの寄付や補助金だけでなく、農家が自分の力で再び立ち上がるための支えとなるものが必要です」 流され泥にまみれた資材がごみとなって、木々の根元に積まれた テロを経験したシェフが呼びかけ そんな折、SNSでひとつのムーブメントが起こった。ことの発端となったのは、南仏に住む日本人シェフ、神谷隆幸さんのツイートだ。 「被害に遭われた農園のりんごをまだ買えるならそこで買ってタルトタタン作ってくれたらちょっと嬉しいです。たくさん消費できるので」 神谷さんはツイッターでこう書いて、タルトタタンの写真をツイートした。タルトタタンとはフランス発祥の伝統菓子で、甘く炒めたリンゴを型に敷き詰め、上からパイ生地をかぶせて焼き、出来上がりの際にひっくり返したものだ。 神谷さんは南仏でフランス料理店「La Table de Kamiya」 を営むかたわら、妻でパティシエのクレールマリさんと共に、オンラインで料理と菓子教室を主宰している。神谷さんがTwitterで提案したアイデアは、クレールマリさんのタルトタタンのレシピを、被災地のリンゴを購入した人に向けて提供しようというものだ。 「台風のせいでリンゴ農家が大打撃を受けていると知りました。私たち料理人は、農家がいないと何もできない。フランスにいる自分に何ができるのかと考えました」と、神谷さんは振り返る。 被災農家にフランスから支援の声を上げた神谷隆幸さん これには大きな反響があった。神谷さんの最初のツイートから数日間で、200人近くから「リンゴを買った」という連絡が来たのだ。神谷さんはツイッターのダイレクトメールを通して、1人ひとりにタルトタタンのレシピと動画を送った。やりとりには毎日3時間以上を費やしたという。 ちょうど同じ頃、「食べチョク」など農家直送の作物をインターネット上で販売するウェブサイトが、被災地支援という形で被災地農家のリンゴを販売するプログラムを開始した。神谷さんがこの取り組みをツイッターで紹介したところ、あっという間に1000キロのリンゴが完売した。 「私自身、2016年にニースで起こったテロ事件を経験しています。あの事件の後、街を出歩く人はほとんどいなくなり、数カ月後には店を閉めることになった。怖い思いも、悔しい思いもたくさんしました。だから今、被災地の農家さんたちが苦しんでいる気持ちはよくわかります。絶対に負けてほしくない」と、神谷さんは言う。 日本各地で料理人が賛同 「リンゴだけでなく被害を受けた農家の農産物で他の料理人やパティシエの皆さまも『これ買ったらこれを使ったレシピ1個』とかやってくれたら面白い広がり方するのではないでしょうか」。最初のツイートの翌日には、神谷さんはこうもツイートした。 神谷さんのこの呼びかけを受けて、賛同した日本各地のシェフやパティシエたちが、「被災地の作物を使ったレシピ」をツイッター上で公開し始めた。梨やサツマイモ、カブ、ネギ、キャベツなど食材もさまざま。現在、100種類を超えるレシピが集まっている。 神谷さんが投稿 した「ポトフ」のレシピ。千葉の被災農家から大根や人参、カブ、キャベツを買ってほしいとコメントが添えられた やがて「#被災地農家応援レシピ」のハッシュタグが生まれ、レシピを元に料理を作った人たちが次々と投稿するようになる。そこには「被災地の応援ってこんな形でもできるのか」と驚きの声も。ムーブメントはどんどん広がっていった。 イタリアンレストラン「カステリーナ」グループ総料理長の関口幸秀(せきぐち ゆきひで)さんは、レシピを公開した料理人の1人だ。 関口さんが提供したレシピは、イタリアの保存食である「モスタルダ」。煮詰めたリンゴなどの果物にマスタードを加えてジャム状にしたもので、和食の薬味のような感覚でさまざまな料理と組み合わせることができる。甘い果物がスパイシーな調味料になるという意外性から、数多くの「作ってみた」報告がハッシュタグと共に投稿されている。 関口さんによる「ブリのカルパッチョ リンゴのモスタルダ添え」。モスタルダの独特の食感と風味がアクセントに このモスタルダのレシピは、関口さんが修業時代から10年以上にわたって試作と改良を繰り返して作り上げたもの。リンゴをカットする大きさや熱の入れ方など、細部に至るまで関口さんの味へのこだわりが反映されている。 レシピとは料理人にとって「財産」ともいえる存在だが、それを一般公開することに対して「迷いはなかった」と関口さんは話す。 「ぼくのレシピを見て、たくさんの人がモスタルダという料理を知り、おいしいと言ってもらえたら、料理人としてとてもうれしいです。また同時に、作ってくれた人にとっても、未知の料理に挑戦するのはきっと楽しいはず。関わった人たち全員に『これをしたら楽しい』という思いがあるからこそ、この活動が自然と広まっていったのだと思います」 さらには神谷さんの声かけで、シェフやパティシエなどの料理関係者を中心としたチーム「#CookForJapan」が結成された。有志のチームメンバーが協力し合い、今後も被災地支援にまつわるコンテンツを継続的に発信していく予定だという。 アップルラインを復興の象徴に 徳永さんは10月14日、水没したリンゴ畑のこの写真をフェイスブックに投稿した SNSを通して急速に広まった復興支援の輪。その中で被災地農家も自ら動きを進めている。 徳永虎千代さんは、長野市の「アップルライン」に位置するリンゴ農家「フルプロ農園」の4代目。今回の台風では、同園の9割のリンゴが廃棄処分になるという壊滅的な被害にあった。 「思わず、涙が出てしまった。リンゴ畑が丸ごと水没していたんです。台風に備えて収穫物を保管していた倉庫にも土砂が入り、大切に育ててきたリンゴの大半を失いました」 農作物の倉庫も泥まみれになった(2019年11月、長野市。小村撮影) 被災現場を見て一時は絶望した徳永さんだが、すぐに次の行動を起こした。被害の様子を撮影してフェイスブックで発信したのだ。徳永さんの投稿に、たちまち100件以上の応援のコメントが付いた。続く投稿では、復旧に必要な物資や人員などを具体的に書き出し、支援を願い出た。 「毎日50名以上のボランティアの方々が、全壊した事務所の復旧などを手伝ってくれました。過去に震災にあった方も駆けつけてくださり、復興までの体験談を聞きました。自分たちもただ助けを待つだけでなく、前に進むための何かをやってみようと決意したんです」 台風19号からちょうど1カ月後の11月12日、徳永さんは「長野アップルライン復興プロジェクト」を立ち上げ、復興資金を集めるクラウドファンディングを行った。12月12日の募集終了までに、のべ1000人以上の支援者から1100万円を超える金額の支援金が集まり、大成功を収めた。 フルプロ農園のリンゴ「サンふじ」をあしらったデザート(クレールマリさん作) クラウドファンディング支援者へのお礼品(リターン)には、次年度に収穫予定のリンゴの予約をはじめ、地元企業との連携によって開発されたリンゴを使った新商品や、被災で出荷できなくなったリンゴを再利用したフルーツカッティング教室の体験講座など、復興へのさまざまなアイデアが散りばめられている。 「#CookForJapan」のメンバーもこの活動に加わった。リターンとして提供された3日間限定のスペシャルディナーのチケットは、公開して数時間で売り切れた。2020年2月のそのイベントでは、神谷さんもニースから来日し、3日間にわたり長野市のレストランで腕を振るった。信州サーモンや信州プレミアムビーフなど、コースに使われた数々の長野産食材は、地元企業などが提供したものだった。 長野市で開催されたディナー会では、長野県産食材を中心にしたコース料理がふるまわれ、約80名の支援者が集まった。カウンター内は左から神谷さん、徳永さん、関口さん、クレールマリさん 徳永さんはウェイターとして店に立ち、クラウドファンディングの支援者たちをもてなした。もちろん、すべてがボランティアだ。 「アップルラインは『復興の象徴』です」と徳永さんは言う。「私たちが目指す復旧とは、ただ元の状態に戻すことではありません。この被災で世間から注目が集まったことを生かして、以前よりも活性化したリンゴ産地にしていかなければならない」。 台風を「災難」ではなく「チャンス」に変えたい。そう力強く話す徳永さんの目には、もはや絶望の色は見られない。 農家と自治体、そして有志の料理人たちが結託し、これまでにない動きが始まっている。衰退する日本の農家のイメージは、近い将来、一新されるに違いない。
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https://www.bbc.com/japanese/video-47849102
ブレグジットに女性の声は反映されている? 両陣営の主張
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ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)の騒がしさの中に、女性の声は反映されているのだろうか。 BBCは、ロンドンで繰り広げられた欧州連合(EU)離脱派と残留派それぞれのデモ行進に参加した女性たちに話を聞いた。 撮影・編集:ニック・ライクス
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-43734917
世界を揺るがす――スマート・エネルギーの新風
トム・エスピナー
エネルギー業界に新風が吹き、世界が揺るがされている。 人は命と情報、そしてより良い生活の質を求める。それには、エネルギーが必要だ。 気候変動対策の数値目標が導入され、再生可能エネルギーの需要が高まるにつれ、その新しいエネルギーをいかに賢くさばくかが課題となっている。そしてそこに、企業の競争機会が生まれている。 世界を揺るがす――電気をためる 先進国の大半の場所では、スイッチひとつで電気がつくし、洗濯機やテレビやコンピューターがつく。それが当たり前のこととなっている。 そして発展途上国の多くの場所では、エネルギーの需要は高まる一方だ。電力系統の恩恵をいくらかでも受けている人たちは、停電に巻き込まれたくないのだ。 あらゆる電力供給は多かれ少なかれ、断続的なものだ。しかし、再生可能エネルギーの発電量はその性質からして、瞬間瞬間の需要に対して過不足が出る。 それゆえに、再生可能エネルギーの拡大は、蓄電システムの需要急増につながると期待されている。蓄えた電気があれば、電力供給の過不足を平準化し、安定供給を実現できるからだ。 「電力を作り出すのがどれほど大変なことか理解すれば、蓄電の必要性が浮き彫りになる」。英サセックス大学のベンジャミン・ソバクール教授(エネルギー政策)はこう指摘する。 「というのも、それはつまり稲妻を瓶詰めするようなものなので。それに、とてつもなく複雑な作業だ。供給が即座に需要にマッチしなくてはならないという、非常に独特のものだ」 世界中で176カ国ほどがクリーンエネルギー政策を取り入れているが、それでも世界はいまだに石油やガス、石炭といった化石燃料に依存している。一方で、国連の気候変動専門家たちは、私たちが化石燃料を使い続ければ「人類と生態系に深刻で、絶え間なく不可逆な影響を与える」と結論している。 科学界の先駆者で、強烈に世界を揺るがしてきたジョン・グッドイナフ教授(95)は、人類はエネルギーの製造と貯蔵方法を根本的に考え直さなくてはならないと言う。 「現代社会は、化石燃料に蓄積されているエネルギーを動力源にして動いている。その依存性は、持続不可能だ。なので私たちはきわめて近いうちに、太陽からエネルギーを採取し(大型)電池に貯蔵する方法を見つけなくてはならない」 1970年代にリチウムイオン電池を発明したグッドイナフ教授は、今もテキサス大学オースティン校で電池技術の研究を続けている。 ジョン・グッドイナフ教授 「太陽光発電電池よりも良いものを作れると期待している。まだ少し高値だが、研究は着々と進んでいる。太陽からエネルギーを収穫できるようになる」 「ただし、太陽光エネルギーを電力に転換後、それを蓄電できるようにしないと、増減する需要に対応できない」 さらに、グッドイナフ教授が指摘するように、大型のリチウムイオン電池には欠点もある。 「かなりの注意が必要だ。大型電池を作ったら、たくさんのセル(単電池)を管理しなくてはならない。たとえばテスラの電気自動車は7000個のセルを使う。その全てをしっかり管理する必要があるが、(テスラ社創業者のイーロン・マスク氏は)よくやっている」 テスラは自社の電気自動車用に電池技術と製造に投資を続けてきた。今では、停電問題を抱えてきた地域に大規模蓄電システムを設置する事業に取り組んでいる。最近では、南アフリカ・ホーンズデールで世界最大のリチウムイオン電池を稼働させた。 デンマークの公益事業法人、フレデリクスベア・フォルシュニンは日産のオール電化ワゴン車を採用し、特別の「双方向」充電スポットを10カ所設置した 動くストレージ 電気自動車そのものも、蓄電装置として使える。自動車のバッテリーから電力系統に電力を供給する、いわゆる「V2G」(Vehicle to Grid=自動車から電力系統へ)は、要するに電気自動車を動く電池として扱う発想だ。 日産やBMW、ホンダといった自動車メーカーは、このV2G技術の可能性を電力会社やソフトウェア会社と一緒に模索しているところだ。 日産はデンマーク・フレデリクスベアで地元の公益事業法人、フレデリクスベア・フォルシュニンや米ソフトウェア会社のヌービー、イタリアの大手電力会社・エネルギー会社のエネルと提携している。 フレデリクスベア・フォルシュニンは、多数の車両を日産のオール電化ワゴン車に交換し、特別の「双方向」充電スポットを10カ所設置した。エンジニアたちは朝に事業用車両を充電スポットから外して市内各地の作業に向かい、午後には充電スポットに車を戻す。 電気自動車の電池はその後、電力系統が活用する。 世界を揺るがす――自分の自動車で発電と蓄電 米デラウェア大学が開発したヌービーのソフトウェアは、電力系統に接続し、どれだけの電力が必要かを常にモニターする。供給量が乱れれば、ただちにシステム上に多数ある電池に働きかけ、数秒以内に平準化する。 「私たちはこれを、バーチャル発電所と呼んでいる」。ヌービーの欧州事業を統括するマーク・トラハンド最高執行責任者(COO)はこう言う。「大量の小さい電池をすべて合わせれば、大型発電所に匹敵する。それを電力系統に接続して稼働させることができる」。 しかしその場合、エンジニアたちが朝の現場へ向かうため充電スポットに着いてみたら、電力系統がバッテリーから電力をすべて「盗んで」しまっている、電池は空っぽだ――という事態にならないためには、どうすればいいのか。 「毎日の稼働が何より大事だ」。フレデリクスベア・フォルシュニンの人事・戦略責任者、クリスティアン・バイヤー氏はこう言う。社員は各自、車の電池量を管理できるアプリを使っているという。試行錯誤の末、朝の時点で電池にどれだけの電力量が必要かを割り出した。 電気自動車は電力系統の需要が高い時に役立つだけでなく、風のよく吹くデンマークで発電過剰になっている時にも有効だと、バイヤー氏は話す。 「発電されている時に蓄電すればするほど、インフラを有効活用できる。せっかく作られた電気を無駄にしていることがあるので、それを溜めて使った方が、発電所を作ったりするよりよほどいい」 V2G方式では、電気自動車の持ち主が車を電力系統に提供することで、報酬が得られる仕組みだ。 しかし、V2Gに詳しい英ウォリック大学のコタブ・ウディン博士(OVOエネルギーの蓄電事業責任者)は、V2G技術が商業的に成立するには、V2Gで自動車バッテリーが摩耗することはないと自動車オーナーを安心させなくてはならないと指摘する。 バッテリーから電力を取り出し、充電を繰り返する場合、充電中の周辺気温や自動車の利用状況によっては、バッテリーの消耗につながる。 こうした問題に対応するには、賢い充電が答えだとウディン博士は言う。 「インテリジェントなシステムを使えば、消耗度を最小化し、電池寿命をむしろ伸ばすV2Gが可能だ」 電力の地産地消 世界を揺るがす――電力系統のないところで電気を確保 発展途上国には現在、電力が使えない人が10億人以上いると言われる。 国際オフグリッド照明協会(GOGLA )の代表責任者、コーエン・ピーターズ氏は、これに加えてさらに10億人が、電力供給が不安定な地域に暮らしていると話す。これはつまり、オフグリッド(電力系統から外れた独立型)の再生可能エネルギーの需要がそれだけあるということで、巨大市場になり得るとピーターズ氏は言う。電力系統につなぐための施設整備の費用が経済的に成立しない地域では、特に重要が見込めると。 「市場としての見込みをまだ探り始めたに過ぎない」 集約型のエネルギー供給システムを経由せず、地域独自でエネルギーを貯蔵するという取り組みに、関心が高まっているのは明らかだ。GOGLAによると、オフグリッド(独立型)太陽光発電システムの需要は2010年以降、6割ほど伸びている。 業界大手のM-Kopa Solar、アズーリ、D.light、 BBoxxといった各社は、この需要を踏まえて、アフリカ各地やアジアの一部で家庭用ソーラーパネルや照明、電池の売り込みに力を入れている。 各社が住宅に設置するソーラーパネルによって、日中に電池を充電する。利用者は電池にたまったエネルギーを、夜間の照明や携帯電話の充電に使える。 太陽光発電からためた電気で夕食の食卓にも灯りがついた ほかにも、視聴分だけ料金を払う仕組みの衛星テレビ・ラジオといった、オプションもついてくる。 Bboxxのルワンダ責任者、モニカ・ケザ・カトゥムウィン氏は、利用者の必要容量を遠隔モニターできるのが自分たちの会社の特徴だと話す。 「ほとんどの人は子供の頃、電力系統から電気を得ていた。(中略)今では、電力の受け取り方を変えようとしている。電力を同じように使うにしても、電線や電柱などの装備が不要な状況を目指している。電力系統と同じサービスを提供しながら、物理的にはつながっていない、なにもかも遠隔操作されている仕組みだ。電力の供給方法を、それだけ揺るがそうとしている」 カトゥムウィン氏によると、料金の95%は通信会社との合意のもと、電子決済で支払われる。月単位で払うこともできる。銀行での前払いも可能だ。 同業各社と同じようにBboxxも、利用者への融資も提供する。そのメリットは「明らかだ」とGOGLAのピーターズ氏は言う。支払いが分割できれば、より大勢が、この発電システムで電力の恩恵を受けられる。 ただしその反面、融資する側の負担も大きく、その費用は結局は利用者に降りかかるという問題もある。 「発展途上国で融資を提供するのは、非常にコストがかかる」とピーターズ氏は言う。そのせいで、製品価格が「かなり跳ね上がる」。 それでも、問題よりもメリットの方がはるかに大きいとピーターズ氏は話す。 「こうした(発電)サービスを使えるようになれば、生活の質はとてつもなく変わる」 GOGLAによると、オフグリッド太陽光発電に対する投資家の関心も2014年以降、高まりつつある。しかし、業界の拡大を特に妨げる要因のひとつが、資金不足だとカトゥムウィン氏は言う。 「太陽光発電の技術はまだ比較的新しい。まだあまり経験や業績の蓄積がない分野なので、投資してくれる人を見つけるのが大変だ」と Bboxxや同業各社は、個別世帯の民生需要を取り扱っている。しかし、太陽光や水力、バイオマスなどの発電力と安定性を拡大するには、ミニグリッド(小規模電力網)にしてつなぎ、地域の電力需要に対応させるのも、一つの方法だ。 国際環境開発研究所(IIED)のミニグリッド専門家、サラ・ベスト氏は、「ありとあらゆる」組織が提供できるミニグリッドを使えば、地域社会に大いに役立つと話す。ミニグリッドが生み出す電力は、溶接や大工道具に使える。そうすれば、地域住民が個人事業主になる一助にもなる。 大きく考える スイス・アラカエスは山の斜面に蓄電用の空気を貯蔵している 世界人口の増加に伴い、世界のエネルギー需要は2040年までにとりわけインドと中国、そしてアフリカ諸国で伸びると予想されている。 これによって、再生可能エネルギーの対応能力も、特に都市部で拡大しつつある。 私たちはもはや、化石燃料には頼れない。気候変動対策の規制は過去20年の間に20倍に増えた。そのひとつの到達点が、2015年のパリ協定だった。 だとすると、再生可能エネルギーの供給拡大や効率化と平行して、大規模な蓄電システムを確保するには、どのような画期的な方法があり得るのか。 現在は、水を低位置の貯水池から高位置のダムに汲み上げておき、電力が必要な時に下へ落として発電する揚水式発電が、世界の蓄電の約95%を占める。19世紀末に最初に実用化したこの技術は、成熟技術と言えるだろう。 技術的に確立しているこの蓄電方法は今後も伸びるだろうが、今の圧倒的な地位は2030年までには下がり、地球の半分でしか今ほど使われなくなるだろうと言われている。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、それまでに他の蓄電技術が追いつくからだ。 再生可能エネルギーの専門メディア、グリーンテック・メディアの蓄電責任者、ラビ・マンガーニ氏は、他の蓄電方法も検討に値すると話す。 「圧縮空気も、面白い技術だ。大量保存の方法として使えるかもしれない」 冷気圧縮蓄電の可能性を調べている会社のひとつが、スイスのアラカエスだ。山の斜面にドリルで穴を開け、タービンの動力となる空気を貯蔵している。 「特定の地理的条件が必要なのが、この技術の欠点だ。地下洞窟が必要で、それ自体がすでに技術の応用を制限している」とマンガーニ氏は言う。 冷気圧縮などの新しい技術は、「確立された既存の技術と同じくらい信用できる」と市場を説得しなくてはならない。 世界を揺るがす――冷気で電気をためる しかし、2005年に英国で設立された「ハイビュー・パワー・ストレージ」は、冷気圧縮技術の可能性を確信している。このため同社は、世界初だという独自の冷気技術を開発中だ。この技術は「ほとんどどこでも」使えるのが特徴だという。 同社は冷却装置によって空気を零下196度にまで冷やし、液化したその空気を低気圧状態で保管する。 液化空気はすでに確立した技術だが、ハイビューは別次元の応用に取り組んでいる。 同社は英北部マンチェスターに近いバリーにあるピルズワース蓄電施設に、模擬発電所を作った。埋立地の余剰ガスを燃やして作る熱を使い、液化窒素を膨張させ直すのだ(窒素は大気の約8割を占める)。液化窒素をタービンを通して気体に戻すと、タービンが回って発電し、電力系統に電力が供給されるという仕組みだ。 この計画は今後数カ月の内に、英国の電力系統に組み込まれる予定だ。 ハイビュー・パワー・ストレージは冷気による蓄電技術を開発している 同社の技術責任者、スチュワート・ネルムズ氏は、蓄電市場は「まだまだ発展途上段階」にあると話す。 「脱炭素の未来を目指すなら、本格的な供給網の規模と長期的な蓄電技術が必要だと、世界は気付き始めている。この技術は鍵となるものだ」 液化空気の技術を使うと、大量のエネルギーが長期的に保管できる。 「一番に使うのは今後も電池だ。誰にとっても電池はおなじみだし、小型化できる。けれども液化空気はかなり変わった技術で、これこそが業界を揺るがすものになる。市場のなかで、すでに確立した主要技術に変わるものにしなくてはならない」 まだ本格的に実用されていない蓄電技術に、首をかしげる専門家もいる。 ソバクール教授は、液化空気貯蔵(LAES)には一定の期待が持てるが、まだ疑いの目を向けている。教授はそもそも、「技術的にはあり得るが、まだまだ途上段階にある」技術に懐疑的なのだ。 「今のところ当面は、そしてパリ協定の合意と惑星の健康のためには、この当面の近い将来こそが大事なのだが、この間に経済的ないしは社会的に実用可能な大規模蓄電システムといえば、揚水発電や圧縮空気蓄電しかないだろう。もしかすると、フライホイール蓄電もあり得るかもしれない」 どの技術の有効性が実証されるにせよ、エネルギーの地平は変化しつつある。そして、電力や自動車、データなど各分野の企業が、一緒になって答えを模索している。 「一発必中」の技術はない。それだけに蓄電技術の問題は、個人やベンチャー企業、地域社会や市町村がそれぞれの形で、解決に向けて取り組んでいる。これまでエネルギー市場を独占していた巨大企業に、様々な当事者が挑戦することで、答えが見つかっていくのだろう。 <英語記事 The Disruptors: Smart Power> (DXCテクノロジーと共同企画記事) 記者:トム・エスピナー シリーズ・プロデューサー:フィリパ・グッドリッチ ビデオ製作:エイドリアン・マリー ビデオ編集:サラ・ヘガティー オンライン製作:ハープーン・プロダクションズ 撮影チーム: 編集:ロブ・スティーブンソン 製作責任:メアリー・ウィルキンソン 写真 BBC、ゲッティ・イメージズ、ジョン・グッドイナフ、MKopa グラフィック・アーティスト ○ BBC「世界を揺るがす」シリーズ これまでの記事
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-39868491
マクロン氏のメール漏洩 ハッキング解剖
BBCトレンディング
ソーシャルメディア深掘り フランスの次期大統領エマニュエル・マクロン氏の電子メールをいったい誰がハッキングしたのか、まだ明らかになっていない。しかし、漏洩メールがインターネットで拡散した経緯は、ハッカーと政治運動の連動について、何を物語っているのだろうか。 メールのリークは、フランスで大統領選の報道規制が始まる直前に飛び込んできた大ニュースだった。しかし、リークされたマクロン氏のメールをネット上に流したのが誰であれ、単独でそれを世界的な話題に仕立てたわけではない。世界中に拡散させたのは、「ボット」や自動化アカウントの力を借りた政治活動家のネットワークで、最終的には内部告発サイト「ウィキリークス」のツイッターアカウントによって一気に広まった。 BBCトレンディングは、流出データを末端のネット掲示板から主要メディアに流した中心人物に取材し、ハッキングされたデータがどうやって表面化したかの流れをたどった。 最年少のフランス大統領に選ばれ、国の分断修復のため闘うと支持者たちに約束するエマニュエル・マクロン氏(7日) 5月5日の英国時間午後7時(日本時間6日午前3時)の少し前、匿名の文書共有サイト「ペーストビン」に「EMリークス」というタイトルで大量のファイルが出現した。 ファイルは当初、ネット図書館「インターネット・アーカイブ」の複数スレッドに投稿されていた。しかし、該当のスレッドはすでに削除されたため、最初の投稿時間を割り出すことはできない。 この時系列は極めて重要だ。情報の投稿は、フランス国内で選挙前の報道規制が始まるわずか数時間前だったため、報道機関は極めて慎重に動いた。しかし、ネット上でつながる複数人がいち早く流出情報の拡散に動いた。 インターネットの政治議論をウォッチしている人なら、「/pol/」をよく知っているはずだ。「/pol/」は、匿名のネット掲示板「4chan」上にある、無秩序な政治議論の場だ。ビデオのゲーマーやネットカルチャーに取りつかれた人たちが頻繁に出入りする一方で、「/pol/」は極右系の政治活動家が大勢参加するお気に入りのたまり場だ。 5日の英国時間午後7時35分までに、「ペーストビン」ファイルへのリンクが「/pol/」上に登場した。「/pol/」投稿者を特定できる唯一の情報は、コンピューターのIPアドレスの登録国を表す国旗だ。しかし、これは簡単に偽装できる。 ラトビアと関連? 「/pol/」はこの件で、極めて重要だ。というのも、漏洩データが大量に投下されるという噂は、数日前から「/pol/」で飛び交っていたらしいのだ。メールのリークが発表される2日前の3日、別スレッドのユーザーが、別の漏洩文書を投稿した。マクロン氏がケイマン諸島に秘密の銀行口座を持っていると示唆する内容だった。 書類が改ざんされていたかについて活発な議論があった。マクロン氏の政治組織「前進!」は、書類は偽物だと反発し、ネット上の噂に対して提訴した。 この最初の書類は、ラトビアのIPアドレスを持つユーザーが投稿した。しかし、位置情報を偽装していた可能性が高い。 「このユーザーは恐らくラトビアにいるわけではなく、4chan上で身元を隠すためにプロキシサーバーを使ったのだろう」と、バズフィード・ニュース・フランスのジュール・ダルマナン記者は話す。 ユーザー自身が後に「私はラトビアにはいない」と書いたり、いくつかのプロキシサーバーを使ったと自慢したりしていることからも、ダルマナン記者の説明には根拠がある。 複数のプロキシサーバーを使う仕組みなら、ユーザーがネット上の位置情報を隠したり偽装したりできる。投稿者が「7つのプロキシ」と書いているのは、ネット上で身元を隠すのがいかに簡単かという「4chan」定番のジョークを念頭においているからだ。 「名無しさん、プロキシ7つだ。自分はラトビアにいないよ」と漏洩文書の投稿者は書いた 5日にマクロン氏のメールを4chanへ流したユーザーの投稿には米国旗がついていたが、もちろんこれもプロキシを使っていた可能性がある。 リークが主要メディアへ 流出データを世間に広めた男性は、データの投下を予想していたし、拡散させるつもりだったと話す。5日に4chanで情報が流れた14分後の英国時間午後7時49分、カナダの極右報道機関「レベル・メディア」のジャック・ポソビエク記者が「#MacronLeaks」というハッシュタグを使ってスレッドへのリンクをツイッターに投稿した。 ポソビエク氏は、反マクロン・リークを最初に行ったラトビアIPアドレスのユーザーが自分に、情報投下がもうすぐあると知らせてきたとBBCトレンディングに語った。 「財務資料を投稿したのと同じ人物が、明日はもっと大きなニュースが出るから注目しておくよう言ってきたので、それから24時間はサイトの更新ボタンを押し続けていた」 「/pol/に大量の書類流出 『クロンとマクロン陣営から通信記録、書類、写真』」とツイートしたジャック・ポソビエク氏 ポソビエク氏のツイートはどのようにして、あっという間に拡散したのか? 大西洋評議会デジタル科学捜査研究所のベン・ニモ氏は、ツイートが最初の5分間で87回もリツイートされたらしいと指摘。つまり、ボットに助けられて広まったことを示唆しているという。 ニモ氏はBBCトレンディングにボットについて、「操作する人間が1人もいないツイッター・アカウントだ。プロフィール写真は別人か、山とか鳥の適当な写真だ。コンピューターのプログラムやアルゴリズムが操作し、リスト化されたアカウントから全部リツイートするか、特定の言葉が含まれるツイートをリツイートする。だから完全に自動化されている」と説明する。 複数の完全自動化アカウントが、「#MacronLeaks」のハッシュタグを拡散していた。しかしボットだけでなく、何千もの本物の人間もツイートをシェアした。今回は米国の「オルタナ右翼」運動につながりのある、政治メッセージ発信に特化した複数のアカウントが、ポソビエク氏のツイートをシェアした。拡散行動のほとんどがフランス国外で起きたものだというのは、注目に値する。当初こうしたメッセージをシェアしていた人のほとんどは、フランス語話者ではなく英語話者だった。 ウィキリークス しかし、一気に拡散した最初のきっかけは、ボットやオルタナ右翼活動家ではなく、ウィキリークスだった。ウィキリークスは公式ツイッターアカウントで、言葉を慎重に選びながら、4chanのリンクを共有した。 「マクロン陣営の大量のメール記録らしい。4chanのいたずらの可能性あり。現在検証中」とウィキリークスはツイートした これを機にリークは、フランスの極右政党「国民戦線」系の複数の有名アカウントに共有され始めた。フランス語で。3時間のあいだに約4万7000件のツイートが投稿され、「#MacronLeaks」のハッシュタグがフランスでトレンド入りし始めた。6日朝までには、世界中でトレンド入りした。フランスでは報道規制の時間帯に入っていたものの、この話が拡散し続けていたというのが、大事なポイントだ。 ディスコード この時点ではすでに、非公式につながる世界各地の政治活動家たちが、懸命にこの話を広めようとしていた。ル・ペン氏を支持する英語話者グループは会話アプリ「Discord (ディスコード)」で仲間内だけで相談し、ポソビエク氏のハッシュタグをどうやって拡散させ、マクロン氏の信頼失墜のためネット受けが良いミーム(写真や動画を面白おかしく加工したもの)をどう使ったらいいか話し合っていた(訳注:discordには「不和」の意味もある)。 会話の一部は次の通り――。 DontTreadOnMemes(ミームを踏むな):メール漏洩用のミームはあるか? ball:#MacronLeaksはあっても、本人にまずい情報が見つかるまでミームはない。 DontTreadOnMemes:フランスでMacronLeaksをトレンド入りさせた。 orchid_thief:たった今? Hextrinity:何かスパム(大量送信)しようか? 政治的反応 報道規制の開始時間が近づきハッシュタグが爆発的に拡散されるにつれ、両陣営の政治家は慌てて反応した。マリーヌ・ル・ペン氏率いる国民戦線のフロリアン・フィリポ副党首は英国時間(フランス時間午後11時40分)に反応し、「#MacronLeaksで、調査報道がわざと伏せた内容が判明するのか?」とツイートした。 エマニュエル・マクロン氏の選挙スポークスマンのシルバン・フォール氏は、フィリポ氏のツイートに「下劣だ」と反応した。 報道規制開始の5分前、マクロン陣営はリークを非難する声明を発表し、自陣営が「大規模で組織的な権利侵害行為」を受けたと伝えた。 4chan所有者の西村博之氏は「4chanを巻き込まないでほしい」とツイートし、自分たちは関係ないと距離を置こうとした。 「フランス大統領選に4chanを巻き込まないでください」と西村氏 首謀者は誰か? リークの背後に誰がいるのかは不明なままだ。しかしマクロン陣営は、リークを拡散したサイトの中には「ロシア利権」とつながるものも含まれると指摘している。 同様の疑惑は過去にもあった。2017年3月にはサイバーセキュリティー会社FireEyeのデイビッド・グラウト氏がBBCトレンディングに、「ロシアのハッキング集団APT28、別名ファンシーベアーがフランスの選挙に影響を与えようとしている」らしいと話している。今回の漏洩を受けて、複数のサイバーセキュリティー会社も、APT28の仕業だと見方を固めている。 「ファンシーベアー」はかつて、米大統領選挙の最中に民主党全国委員会(DNC)をサイバー攻撃したと言われている。 ロシア政府は一連の疑惑についてコメントしていない。過去には他国の政治への介入を否定し、外国の選挙には「一度も干渉したことがない」と主張してきた。 今回の情報漏洩や同種のオンライン活動は今後も引き続き、政治的な影響を及ぼすだろう。しかしこれまでのところ、大半の有権者には影響を与えなかったようだ。フランスは7日、マクロン氏を66%の得票率で次期大統領に選んだ。 カナダ人記者ポール・ウェルズ氏は、選挙後にこうツイートした。 「週末の大発見。何も知らない国について、レディット(掲示板サイト)にスパム書き込みしても、支持率24ポイント差は埋められないんだ」 (メガ・モハン、マイク・ウェンドリング)
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https://www.bbc.com/japanese/42659155
髪が凍った少年の写真で貧困めぐる議論が再燃 中国
ケリー・アレン記者 BBCモニタリング
ワン少年(8)の写真がソーシャルメディアで広く拡散した 寒さで手がむくみ上がり、頭髪と眉が霜だらけになった姿で登校した8歳の中国の児童の写真が8日、インターネットで拡散された。ソーシャルメディアで少年は「アイスボーイ」とあだ名がつけられ、オンラインでは、子供を取り巻く貧困をめぐる議論が再燃している。 ソーシャルメディアのユーザーの多くは、中国の農村家庭で貧困にあえぐ子供たちへの支援が十分なされていない現状を、「ワン少年」の写真が強調していると指摘している。 中国南西部の雲南省にある魯甸県(ろでんけん)の学校に通うためにワン少年が厳しい通学路に耐えなければならないことに、ユーザーたちは同情している。 中国国営通信社の中国新聞社は、少年が4.5キロの道のりを1時間かけて歩いて通学していると伝えている。写真が撮られた日の気温は、マイナス9度だったという。 ソーシャルメディアでトレンドに ソーシャルメディアで何万回もシェアされた写真には、手のむくみに負けずにテストで100点満点中99点を取ったワン君が写っている 何万回もシェアされた写真の1枚には、真っ赤に頬を腫らして薄手のジャケットを着たワン君が、クラスメイトに笑われている姿が写っている。 別の写真は、汚れてむくんだワン君の手と、ほぼ満点がついた練習帳が写ったものだ。 写真はワン君の担任が8日撮影し、校長と他の複数人に送ったものだと複数の国営メディアは伝えている。 しかしすぐに地元で話題になり、さらには中国の全国メディアで取り上げられ、画像がオンラインで拡散されるに至った。 中国で人気のミニブログ「新浪微博(シナウェイボー)」では何千人ものユーザーが、ハッシュタグ「#IceBoy」(アイスボーイ)を使って写真をシェアした。中国共産党機関紙「人民日報」の投稿には、27万7000件以上の「いいね」がついている。 微博のユーザーの多くは、ワン君の不屈の精神と忍耐を称賛するメッセージを投稿した。あるユーザーは、「この子は、知識が自分の運命を変えられると分かっている」と投稿している。 しかし他のユーザーは、少年を見ると胸が痛むと懸念を口にした。むくんだ手と着古した服を見ると、とりわけつらいと。 「霜だらけの小さな赤い顔で、少ししか着ていないし、本当に痛々しい」と書いたユーザーもいた。 中には、政府への怒りのコメントを書いて反応した人もいた。あるユーザーは、「地元の自治体は何をしているんだ?」と疑問を投げかけた。また、少年と連絡を取れるよう他のユーザーに支援を求めた人もいた。金銭や服を寄付するためだ。 「少年の家は泥とれんがで出来ている」 短いビデオニュースを配信する中国で人気のデジタルプラットフォーム「ペアビデオ」の記者がワン少年の家を訪れどんな生活をしているのか取材した。 「ワン少年の家は泥とれんがで出来ており、とても荒廃している」とペアビデオは伝えている。 ペアビデオによると少年は、何千万人にも及ぶ、生活を支えるため都市に出稼ぎに出た両親に会う機会は少ないという「取り残された子供たち」の一人だ。 ワン少年は祖母と姉と暮らしている。4、5カ月に1回しか家に戻れない出稼ぎ労働者の父親とは会う機会が少ない。少年はペアビデオの取材に対して、とても小さな時に母親が出て行ったと話している。 共産主義青年団は、衣料とより良い暖房設備をワン少年が通う学校に寄付した ワン少年の話をきっかけに、「取り残された子供たち」の対策をもっと進めるよう中国メディアは呼び掛けるようになった。 地元企業の一部は、すでに対応している。国営の中国中央電視台(CCTV)によると共産主義青年団の支部が、生徒全員に衣料が生き渡り学校の暖房設備が向上するよう、10万元(約170万円)を寄付したという。 影響力の大きいニュースサイト、澎湃(ホウハイ)新聞は雲南省北東部の子供たちを支援する慈善団体の昭通市青少年発展基金の連絡先を記している。 ソーシャルメディアのユーザーの多くは、ワン少年の話によって農村部で貧困に直面する子供たちへの認識が高まれば良いと望んでいる。 しかし一部の人たちからは、他の多くの子供たちもワン少年と似たような状況だという痛烈な指摘が出ている。「SurblueDu」さんの「貧困の子供たちが何人いるか誰も知らない。一人助けても一人助かるだけ」というコメントには2000回の「いいね」が押された。 習近平国家主席は2020年までに農村部の貧困を根絶すると約束している (英語記事 Chinese boy with frozen hair reignites poverty debate)
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36468974
【米大統領選2016】なぜ私たちはクリントン氏に熱狂できないのか
ここまで来るのでさえ227年かかった。
キャティ・ケイ、キャスター(BBCワールド・ニュース) 「クリントン候補」は過去9年続いてきた(6日、カリフォルニア州で) 1789年、独立したばかりのアメリカ合衆国の大統領にジョージ・ワシントンが就任した。その後、男性が42人(しかも41人は白人だ)続いた後に、ヒラリー・クリントンが初の主要政党の女性候補ととして新たな歴史を作ろうとしている。(文中一部敬称略) なのに、なぜ私はもっと興奮していないのか。 政治はひとまず脇に置こう。政治的な傾向が何であれ、女性にとって、どう考えても大きな節目だ。ヒラリー・クリントン氏は「マダム・プレジデント」(訳注:大統領に対する呼びかけとして「ミスター・プレジデント」がよく使われる)と呼ばれる可能性があるのだ。世界で一番権力のある仕事に女性が就いたことは過去にない。 ビジネスや報道、法曹界、医療もしくは軍隊だけでなく、政治の世界でも、より多くの女性が高い地位に就けば、世界はもっと良くなると、そう信じているのなら、女性が米国のトップだったことがないのは、注目に値する。 ヒラリー・クリントンが大好きだろうが大嫌いだろうが、彼女が共和党だとしても民主党だとしても、リベラルだろうが保守だろうが、彼女は女性で、それ自体が大変なことだ。もちろん、それだけで投票する理由にはならない。しかし、いま立ち止まって考えてみるには、理由として十分だ。 もうずいぶん長いこと続いている話だというのも、熱気不足の理由かもしれない。 2007年1月20日にヒラリー・クリントンが最初に大統領選への立候補を表明した日以来、私たちは「大統領として初めて現実味のある女性候補」という物語を何度も書き直してきたとも言える。 私たちは疲れ果てている。感嘆する言葉を使い果たしてしまったのだ。元ファーストレディで上院議員で国務長官だった彼女の人生はつぶさに記録されてきたし、使えるエピソードを私たちは使い尽くしてしまった。女性の大統領は新しい。クリントンは新しくない。 多くの有権者が興奮していないのもそのせいかもしれない。ここ数週間ほど米国の女性たちから話を聞いたが、クリントン候補について特に若い女性たちがみんなして「別に……」という風に肩をすぼめたのは、特筆に値する。 ビクトリア英女王から送られた米大統領執務室の机。そろそろ女性が使ってもいいのでは? 「古い話だし」「年寄りなだけ」「お堅い」「ただの普通の政治家」「昔からずっとい過ぎ」「共感できない」――。 もちろん、女性みんながそう言っているわけでは全くない。世論調査では、女性はドナルド・トランプよりもヒラリー・クリントンを支持している。しかし、あの有名な大統領執務室の机の向こう側に女性が座ることに、実に多くの若い女性がろくに興奮していないのは、本当に驚くべきことだ。 なにしろ、1880年にあの机を贈ったのはビクトリア英女王なのだし、そろそろ女性のリーダーが使う時ではないのか。 しかし、現在の20代女性は、自分が生きている間に女性の大統領が誕生すると確信している。それはフェミニストにとって朗報だし、私の世代の女性とは大きく違う。 ただし、ヒラリーにその女性大統領になってほしいのか、あるいはヒラリーがなるべきかというと、確信がもてないのだ。若い彼女たちには時間がある。それに対して50歳以上の女性たちは違う。初の女性大統領誕生について中高年女性は、若い女性にはあるはずのない切迫感を抱いている。 しかし、確実にヒラリーに投票するという女性の中でさえ、ヒラリー陣営に必ず献金する一部の女性の間でさえも、どうして今の自分はもっと興奮していないのか、残念だという悔恨に近い気持ちを耳にする。 断絶 2008年の大統領選挙では、初の女性候補への興奮があった。しかし今回、予備選でクリントン氏に投票し本選でも投票すると言う女性が何人も、ため息をつかんばかりに「もっと興奮できればいいんだけれど」と私に語ったのには驚いた。 そして、ただ単に彼女が嫌い、あるいはその政策や主張すべてが嫌い、という女性たちがいる。確かに共和党支持者の間では男女を問わず、クリントンを強く嫌う人は多い。 クリントン支持者の多くは、ヒラリー・クリントンが手堅く、有能で信頼できる大統領になると強く確信している。その一方で多くの人が、クリントン候補についてかなりの倦怠感のようなものを感じている。今のところ、信頼と倦怠感との間に断絶があるのだ。 クリントン氏の指名獲得がほぼ確実となり、トランプ氏が対立候補となった今、状況は変わる可能性も十分ある。一対一の対決になれば、クリントン候補への熱意が高まるかもしれない。しかし、その反対もあり得る。 近い将来のいつか、女性が大統領候補になったことについて、わざわざ記事にしなくてもいい日が来てほしい。 民主党だろうが共和党だろうが、女性の候補、あるいは女性大統領でさえあまりに当たり前で、ニュースにもならなくなる時代。それこそが本当の進歩だ。いつかそう遠くない日に、そうなるといい。 (英語記事 Why aren't we more excited about Clinton?)
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-43139280
いやな気持ち、脳にどう影響する? 他人への共感は
メリッサ・ホーゲンブーム
私たちの感情は場合によっては、苦しむ他人への反応を阻害することがある。 マーガレット・アトウッド作の近未来ディストピア小説「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」では、侍女のオブフレッドが次々と悲惨な目に遭う。ほとんどの読者は彼女の境遇に、戦慄(せんりつ)しながら共感する。牛追いの棒でオブフレッドが殴られれば、彼女の痛みを自分のものとして感じるし、囚われの身のオブフレッドがあまりに不当に扱われる姿に感情移入して、体がこわばってしまう。 「侍女の物語」でこれほど気持ちがざわつくのは、たとえフィクションでもその物語展開のひとつひとつが過去の歴史的事実をもとにしていると、私たちが承知しているからだ。 作者のアトウッド氏は米紙ニューヨーク・タイムズで自作について、「想像上の庭を作るなら、そこにいるヒキガエルは本物にしたい」と書いている。 そのおかげで私たち読者はすんなりとオブフレッドに自分を重ね、共感できる。作品は、他者が抱く感情を共有するという、私たちのとても人間らしい能力を促すのだ。実のところ私たちの脳は、他人の痛みを目にすると、自分自身の痛覚をつかさどる部分が活性化される。 しかし他人にどれほど感情移入するかは、自分自身の感情の状態が影響する。私たちの脳が他人にどう反応するかは、文字通り私たちの気持ち次第なのだ。例えそれが、苦しんでいる相手に対するものでも。特に自分がネガティブな感情を抱いている時、こちらの気持ちに影響を受ける相手にどういう態度をとるかで、その人間関係に影響を与えかねない。 ネガティブな感情は、苦しむ人への共感力に影響する。写真はHuluドラマ「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」より。小説にもドラマにも、他人を傷つける衝撃的な場面がたくさんある 私たちの気分は明らかに、行動に影響する。嫌な気分の時は、食事の仕方も健康的でなくなるように、ネガティブな感情は食べ物の選択から友人関係に至るまで、私たちの行動に影響する。 友達が落ち込んでふさぎこんでいれば、相手の負の感情が感染して、自分まで惨めな気分になりかねない。2017年9月発表の研究によると、不機嫌な感情はソーシャルメディアでも広がり得る。 私たちの感情は実際、あまりに強力だ。そのためポジティブな気分は、けがによる痛みをやわらげることもある。鎮痛剤のような効果があるのだ。そしてネガティブな感情では、反対のことが起こる。痛みを実際より大きく感じるのだ。 さらに悪いことに、2017年12月発表によると、気分が優れないと、他人の痛みに反応する生来の能力が影響を受けるらしい。文字通り、共感がそがれてしまうのだ。ジュネーブ大学のエミリー・チャオ=タセリ氏率いるチームは、痛みを感じている他人への反応に、感情がどう影響するかを理解するため、温度が上昇する機械で被験者の足に痛みを与えた。 研究チームはまた、被験者の脳をスキャンしながら、痛みを与えたり、他人が痛がっている動画を見てもらったり、さらにはポジティブなビデオとネガティブなビデオをそれぞれ見てもらったりした。 Aさんは苦痛を感じていると、被験者は承知している。その場合、被験者はAさんに共感するだろうか。これがポイントだった。 結果として、ネガティブな動画をまず見てから、痛みで苦しむ人の動画を次に見た人たちは、痛みをつかさどる脳の島皮質前部と中帯状皮質があまり活性化しなかった。いずれも通常、他人が痛がっているのを見たり、自分が痛い時に活性化する部分だ。 「言い換えれば、ネガティブな感情を抱いていると、他人の痛みに敏感になる脳の力が抑制されてしまうことがある」とチャオ=タセリ氏は説明する。 この研究は、様々なことを露呈する。感情は、私たちの「脳の状態」を変えられるのだ。それゆえに私たちの感情は、他人の気持ちを理解する能力を変えてしまうのだ。 似たような内容で、チャオ=タセリ氏率いるチームの別の研究から、ネガティブな動画を見た人は、他人の無感情な顔をネガティブな表情と判断しがちなことも分かった。 どれも現実の世界に影響することだ。もし権力を持っている人物、例えば上司が、生活のなかで何かネガティブな思いをしたら、たとえネガティブな動画程度の単純なものでも、同僚の痛みに鈍感になってしまう可能性がある。鈍感になるどころか、ふだんよりネガティブに受け止めてしまう可能性もある。自分が不機嫌だと、他人の気持ちに鈍感になってしまうのだ。 敗者に共感するのは普通のことのはず 共感の欠如による影響はほかにもある。研究によると、共感力が下がると、慈善事業への寄付金額も減ってしまうことが分かった。また脳内スキャンによると、自分の身近にいる人(例えば、スポーツクラブの仲間)ではない、身近な集団に属さない人に対しては、共感のレベルが下がる。 では、どうしてネガティブな感情を抱くと、共感力が下がるのか。「共感的苦痛」と呼ばれる特定の共感が、関係しているのかもしれない。同じくジュネーブ大学のオルガ・ クリメツキ氏によると、これは他人に何か悪いことが起こった時の「何もできないと途方にくれる感覚」だ。この気持ちがこみ上げると、人はネガティブな感情に圧倒されるより、自分を守りたいと思う。この種類の共感では、典型的な共感とはまったく違う形で脳が活性化する。この形で感情が揺さぶられると、思いやりの気持ちもおのずと減ってしまうかもしれない。 マイナスの感情が起きると、自分自身や自分が直面する問題への注目が高まる。それも関係しているかもしれない。チャオ=タセリ氏は、「過剰なマイナス感情を抱えて、不安な鬱(うつ)病患者は、自分自身の問題にばかり目を向け、孤立しやすい」と話す。 クリメツキ氏たちが2016年3月に発表した研究は、人は共感的苦痛を感じると攻撃性が高まると指摘する。実験の被験者は不公平な状況に置かれた後、競争相手を罰するか許す機会を与えられた。被験者はさらに実験室に入る前に、人格テストを受けさせられた。もともと思いやりのある被験者は、他人を傷つけ行動を取らない傾向があると分かった。 これは、ことの真相を突いているとクリメツキ氏は受け止めた。人の共感力を様々な形で調べている同氏は、思いやりある行動は育成可能で、思いやりの気持ちは訓練可能だと結論している。 つまり明らかに、他人に対して自分がどういう感情で反応するかは、変えられるのだ。 私たちは誰でも、自分の内なる共感力をあらためて呼び起こすことができる。たとえ、苦しむ他人の目の当たりにしている状況でも。 そして、もう少し前向きに物事を考えるようにすれば、他人が何を必要としているのか、他人の状態にもっと気をつけられるようになる。 「これは幸福の大事な鍵で、人間関係を大幅に改善してくれることもある」とチャオ=タセリ氏は言う。 なので、次に不機嫌になったとき、自分のその悪感情が日々接する相手にどう影響するか、考えてみるといい。恐ろしいディストピア小説やホラー映画を見るタイミングも、慎重に決めた方がいいかもしれない。ただでさえ不機嫌なときに怖い小説や映画に触れてしまったなら、その時こそ、自分の共感力を抑えて、(本物だろうとフィクションだろうと)他人の苦痛に感情移入しすぎないほうがいいだろう。 (英語記事 How feeling bad changes the brain)
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-36443793
森の中に置き去りに……子育てに悩む日本
ふりだしからして、異様だった。
加藤祐子、BBCニュース、東京 何がしつけで何が虐待か、日本中が議論した。写真は、息子が発見され記者会見する父親(3日、函館市) 家族で山菜採りをしている最中に、男の子が行方不明になった――といわれた。しかし話が間もなく変わった。子供がいなくなったのは、両親が置き去りにしたからだった。一度ならず、立て続けに二度も。 5月28日に少年がいなくなり、当初の通報から1日もしないうちに両親の言うことが劇的に変わった。「しつけのため」山林に置き去りにしたという。この事態が29日から広く報道されるや、日本中が田野岡大和君(7歳)のことを心配し、何が起きたのか理解しようとした。 「しつけ」と「世間体」 これは虐待なのか? モンスター・ペアレントなのか? ヘンゼルとグレーテルなのか? それとも単に、活発な7歳児に手を焼いて、やりすぎてしまった両親の失敗だったのか。 大和君は確かに父親の貴之さんが言っていたように元気で活発で、結果的には自分を守ることができる子供だった。本人によると行方不明になったその日の内に5キロ近く歩き、隣町の自衛隊宿泊施設までたどりついたのだという。そして屋根もマットレスのある建物の中で6日間、風雨をしのいでいた。 大和君の安否に懸念が高まっていた 父親が「しつけのため」に息子を車から降ろしておきながら、当初は「世間体」を気にして警察にそうと言えなかったことが、多くの人にとってひっかかる材料のひとつだった。子供の安全を心配するのはもちろんだが、その上に世間への対面を気にするその恥の感覚は、多くの日本人にとっていささか、あまりにも典型的な日本人らしすぎたともいえる。 父親の行動を支持する声は、テレビでもソーシャルメディアでもほとんど聞かれなかった。それについて議論の余地はなかった。子供から目を離したのは間違いだったというのが、大方の一致した意見だった。 テレビなどで「尾木ママ」として知られる教育の専門家、尾木直樹さんは29日の時点からただちにブログで、「明らかにネグレクト! 虐待です!」と非難していた。尾木さんはその後も、日本では親が子供を自分の「所有物」のように扱いがちだと指摘を続けた。 虐待、それとももう少し微妙な? しかしその後は、もう少し微妙な陰影のある、親に同情的な部分も含むコメントが出始めた。 両親の行動は厳しく批判されたが、子育ての難しさに同情的な意見もあった。写真は、大和君発見後に記者会見して「迷惑をおかけしました」と謝罪する父親(3日、函館) 「子育ては難しい」というため息が、日本中から聞こえるようだった。ソーシャルメディアでも、テレビのトーク番組でも、はたまた職場の休憩室でも。 フジテレビの朝の情報番組「とくダネ!」の司会者、小倉智昭さんは30日の番組で、「そんなに悪いことするんだったら連れて行けないからここにいなさい、ってのは親の叱り方としてありがちだと思う」と話した。 ほかにも多くの人が、自分も子供のころに親に家から閉め出された、おもちゃ売り場の床で駄々をこねるのをほったらかしにされた、押し入れに閉じ込められた――など、自分の過去の行動を振り返った。 著名な書評家、豊崎由美さんは31日に「落ち着きがなく、聞き分けが悪く、癇が強い幼児・子供だったわたしは、しつけのためにと山の中に息子をほんの少し置き去りにした父親のことを思うと、いたたまれない気持ちになってしまう」、「あの父親を責めないであげてほしいと思う」とツイートした。 ほかにも、自分やきょうだいが親の言うことを聞かず、怒る親が「置いてっちゃうよ!」と置き去りにするふりをしていかに怖かったか、あらためて思い出したという人たちもいた。 子育ての苦しみを共有 一方で親の立場の人たちは、小さい子供がいきなり走り出すとあっという間に見えなくなってしまうこともあると書く。子育てに疲れた親が、ただひたすらぎりぎりの状態にいるということもあるのだと。 大和君の無事発見を喜ぶ捜索隊 4歳の男の子をもつ都田智子さんは、一瞬のすきに子供が走りだすとあっという間に視界から消えてしまい、焦ってしまうという話も耳にするので、最悪の事態にならないよう親は特に注意が必要だと話す。ただし、子供を放置して目を離すのは普通ではないし、なぜあんな林道に子供を置き去りにしたのか理解できないと強調する。 議論にはなった。しかし一致した結論はあるようだ。たとえ置き去りにするふりをしたとしても、目を離してはだめだと。まして、クマが出るという森林で。 良い子育てと悪い子育ての違いは何か、どこまでがしつけやお仕置きとして認められて、どこからが虐待なのか、日本中が議論した1週間だった。 (英語記事 The lost boy and Japan's parenting debate)
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【ラグビーW杯】 壮大な旅のため「すべてを捨てた」ファン 飛行機なしで日本まで
9560キロメートル。
ベッキー・グレイ、BBCスポーツ(日本) 今年2月に自転車で移動を開始したジェイムズ・オウエンスさん(左)とロン・ラトランドさんは、W杯開幕前に無事に日本に到着した これは、ラグビーのイングランド代表の本拠地トゥイッケナム・スタジアムから、アジア初開催となるラグビーワールドカップ(W杯)の初戦が行われる東京スタジアムまでの距離だ。 観戦チケットに加え、専用個室などでの飲食やギフト等が含まれるホスピタリティパッケージの最高額は約200万円(「ウェブエリス・スイート」)。日本への飛行機代は8万円はするため、日本大会を観戦するには、莫大な費用がかかる。 ところが、日本でW杯を観るため、仕事を辞めた人がいる。自宅購入の手付金を渡航費に充てた人もいる。将来の計画をいったんなしにしてまで、来日を決意した人たちがいる。 飛行機なしでロンドンから豊田市へ ベニーさん(33)とターニャ・ホークスビーさん(39)夫妻は、大きなスポーツイベントに慣れ親しんでいる。2016年にフランスで開催されたサッカー欧州選手権(ユーロ)で婚約して以来、夫妻はラグビーのW杯に挑戦することにした。 ターニャさんは、仕事で昇進したばかりで、ウェールズ代表ファンの2人は、自宅購入の手付金にするための資金を貯め終わったところだ。しかし2人は、家を買うよりも良い使い道を見つけた。2カ月かけて旅行して、日本でウェールズ代表の試合を見ることにしたのだ。 準決勝1日目(10月26日)に40歳の誕生日を迎えるターニャさんは、飛行機恐怖症だ。世界中を舞台に、2チームのどちらが先に目的地まで到着するかを競う、BBCのテレビ番組「レース・アクロス・ザ・ワールド(Race Across the World)」に触発され、夫婦は別の移動方法を使うことに決めた。 2人は7月2日、ロンドン南部ワンズワースを出発し、すでにヨーロッパとアジアを鉄道やバス、船で移動してきた。ウェールズ代表の初戦、対ジョージア戦が23日に行われる愛知県豊田市を目指し、計18カ国を横断した。 「貯金を家の手付金にしたら、あとは多額の住宅ローンを抱えて、ほかは何もできなくなる。ほかにどうしようもなくなると、それは分かっていました」とターニャさんは言う。 「なので、そこでハッとして。私は職場から帰宅する車の中で、ベニーに電話をして、『もうこんなのいや。逃げ出さないと』と伝えたんです」 「ベニーはラグビーに夢中だし、私はずっと日本に行ってみたいと思っていた。今回が私にとって初めての旅行で、私は前に踏み出すことにしたんです」 少ない預金残高、高まる思い これまでの移動してきた中での、ベニーさんにとってのハイライトは、ゴビ砂漠でキャンプ生活を10泊もしたことだ。それでも、もしウェールズ代表がラグビーW杯に初優勝してくれれば、その方がはるかにすごいことだとベニーさんは言う。 「そうなればこれは本当に最高の旅になる。頂点に達します」 「こんなに長いこと旅をしているおかげで、興奮は膨れ上がると思う。預金残高はかなり減るけれども、感極まって素晴らしい旅にぴったりな結末になります」 「結果が分かるまで、日本を発つフライトやフェリーの予約ができない。この旅は止められない。一生に一度のことかもしれないので」 ターニャさん(左)と、ベニー・ホークスビーさんは、ヨーロッパとアジアを鉄道やバスを使って横断した 「自転車乗りではない」が世界を横断 「私は、自分はサイクリストだとはまったく思いません」 そう話すのは、ジェイムズ・オウエンスさん(28)。今年2月2日から、南アフリカ出身の冒険家ロン・ラトランドさん(45)と共に、ロンドン南西部トゥイッケナムから東京まで自転車で移動した。 2人は、大会公認チャリティー・パートナー「チャイルド・ファンド パス・イット・バック」への寄付金を募るため、計27カ国を横断。2万キロの距離を走破した。 オウエンスさんは実は2018年のほとんどを、骨折した脚の治療に費やしていた。それを思えば、これがどれだけすごいことかよく分かる。オウエンスさんは、気力で自転車の旅を続けてきた。 「出発した時には、私は自分が何を始めたのか、よく理解していなかった。自分はただ頑固で、日本に到着するまでひたすらこぎ続けただけです。ほとんど非現実的で、あまり実感が湧かない。開幕戦でやっと初めて、自分がW杯のスタジアムにいて、大会が始まったんだという実感が湧いても、驚かないと思います」 ロンドン南西部トゥイッケナムから旅を始めたジェイムズ・オウエンスさん(左)とロン・ラトランドさん。それ以前には5回しか会ったことがなかった 親友でもないのに自転車で7カ月 共に旅をしながら7カ月以上も一緒にいるのは、たとえ親友同士でもなかなか大変なことだ。しかし、ラトランドさんとオウエンスさんは、自転車で世界を旅するこのアイデアが浮かんだ時、まだお互いのことを知らなかった。 ラトランドさんは2018年、人工股関節置換手術を受ける際、主治医に対し、術後に再び自転車に乗ることができるかどうか意見を求めた。 その医師は、オウエンスさんの父だった。 「その時点では、自分が誰と一緒に走るのかなど、考えてもいなかった。そんなときに自分の主治医が、この計画についてジェイムズに話してもいいかと尋ねてきた」 「それで何かが決まるとは、まったく思っていなかった。会ったこともない相手と一緒に、旅をしてくれるはずがないと。僕たちが出発前に一緒にいたのは、計5日間だけ。それでも、すぐに相手のことが分かるようになった」 「旅を終えてまだ普通に会話をする仲なので、うまくいったんだなと」 「すべてを捨てた」 信じられないことだが、ラトランドさんが南アフリカ代表のために走破した今回の距離は、実は過去最長ではない。 当時45歳のラトランドさんは2015年、南アフリカからW杯開催国のイギリスまでを、世界で初めて単独制覇している。2年3カ月かけて、2万600マイル(約4万1000キロ)を自転車で移動したのだ。 今回、ラトランドさんは特別な責任を担っていた。2人は、W杯開幕戦の日本対ロシア戦で使用するホイッスルを運んでいた。 自転車の旅は19日、東京スタジアムで正式に終わりを迎えた。2人は、開幕戦のレフェリーを務めるナイジェル・オウエンスさんにホイッスルを手渡した。 ラトランドさんとオウエンスさんは、W杯開幕戦の日本対ロシア戦で使用するホイッスルを運んだ 「私たちはこのために仕事を捨てた。すべてを捨ててきた」と、ラトランドさんは話す。 「雪が降り、あたりが凍りつくほど寒い朝や、イライラしている時でも、自転車に乗ろうと思える理由は十分あった」 一生に一度の旅のためにすべてを捨てた今、次は何をするのか? 「南アフリカの王座奪還を楽しく見守るため、これから日本に6週間滞在する。その次に何をするかは、それから決める」とラトランドさんは言う。 (英語記事 Rugby World Cup epic fan journeys)
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世界を揺るがす――遺伝子から治療する時代に
メリッサ・ホーゲンブーム
医療とテクノロジーの進歩によって、ヒトゲノムの理解は急速に前進している。これが特に深刻な難病の治療法解明につながるよう、科学者だけでなく、近年では企業も期待を寄せている。 遺伝子研究が、医療の世界を揺るがしている。 遺伝子の仕組みを理解しようとする試みが本格的に始まったのは、19世紀半ばのことだ。修道士グレゴール・メンデルは生物学者でもあり、研究の末、植物の性質について驚くべき結論に至った。紫色の花をつけるエンドウと白い花のエンドウを交配させたところ、子の花はすべて紫色になるが、孫の代には白と紫の両方の花を咲かせると気づいたのだ。 この実験によって、様々なことが分かった。色などの特徴は遺伝で受け継がれるし、受け継がれる特徴には優性なものとそうでないものがあると。ある意味でメンデルは遺伝子の役割を解明したわけだが、遺伝子がいったい何で、そもそもどういう形をしているのかは謎のままだった。 世界を揺るがす――難病治療の新たな展望 DNAの構造がついに発見されたのは、20世紀になってからだ。ロザリンド・フランクリンとモーリス・ウィルキンスの研究成果をもとに、ジェイムズ・ワトソンとフランシス・クリックは1953年、私たちのDNAが二重らせん構造になっていることを発見した。 モーリス・ウィルキンス(左)とロザリンド・フランクリン これは画期的な大発見だった。DNAの構造理解をきっかけに、新しい秘密が次々と解明されていった。たとえばDNAが複製される時、この二重らせんは、チャックのように2つに分かれるのだと。 私たちの細胞がこうして分裂する時に、突然変異が起こり得る。ほんのわずかな遺伝子的な欠陥でも、深刻な病気につながることがある。 別の言い方をすれば、私たち一人一人を作り上げる特有の文字列は、転写できるし、修正もできる。しかも今の私たちは、大量のデータ群を分析し、文字列を素早く安価に読み取り、手を加えることもできる。そのための道具を、すでに手に入れているのだ。 遺伝子編集 世界を揺るがす――分子の「はさみ」で遺伝子を編集 DNAに手を加えようとする人たちの話から始めよう。科学者は今や、生命体の遺伝子を編集できる。遺伝子編集はすでに、一部の深刻な難病治療に活用され、大成功を収めている。しかし手間がかかるし、費用も高額だ。 CRISPR-Cas9(クリスパー・ キャス9)という遺伝子編集技術が発見され、大々的に発表されたのは、わずか5年前のことだ。簡単にいえば、「クリスパー」は「分子のはさみ」を使い、DNAの特定の場所を切ったり置き換えたり修正したりして、DNAを改変する。 今では世界中の実験室で、植物や動物の遺伝子操作に実用されている。近い将来、人間の様々な病気治療に使えるようになることを視野に入れながら。 欧州遺伝子細胞治療学会(ESGCT)のロビン・アリ教授は、「クリスパーの遺伝子編集技術を治療目的に使えるようになるのか。世間の人たちは、そこに注目している」と話す。初期の実験が有望なら、今後10年のうちに実現することかもしれない。 人間を対象にした初の治験はすでに中国で始まっており、米国でも承認された。この治験では、患者の体内の細胞を直接編集するのではなく、いったん取り出した細胞を改変した上で、患者に注射して体内に戻した。体内の細胞をそのまま改変するようになれば、より多くの遺伝子疾患が治療できるようになる。 有望な技術だと、多くの研究者は期待している。現在は治療不可能な難病、たとえばハンチントン病や嚢胞性線維症などに有効な治療が期待できるからだ。理論上でいくとクリスパーは数カ月ではなく、数日や数週間で速やかに効果の出る治療を提供できるかもしれないのだ。 「新技術が世界中の実験室を席巻し、非常に困難だった作業の代わりに活用されるというのは、とても珍しいことだ」とアリ教授は言う。ただし、クリスパーの活用は「あっという間」に実現するわけではないと教授は釘を刺す。臨床で実用されるようになるには、まだ数年はかかるだろう。 インテリア・セラピューティクスは、クリスパーを人間用に開発している企業のひとつだ。最高経営責任者(CEO)のネッサン・バーミンガム氏は、クリスパーは人間の医療に革命を起こし得るものだと信じている。 インテリア社は、ひとつの欠陥遺伝子が原因で起きる疾患だけでなく、複数の遺伝子変異が原因となっている疾患の治療も目指している。「DNAの複数領域を同時に改変することが、この技術を使えばいずれ可能になるだろう」とバーミンガム氏は言う。 動物に注射を1度するだけで、有毒タンパク質の生成速度を97%まで遅延できることが、インテリア社の研究で分かったという。 どんな薬でも、人間に使えるようになるには、入念な治験と関連当局の規制が必要となる。それまでは主に実験室での研究ツールとして使われることになる。「クリスパーによって、ゲノム編集が非常に簡単になる。それこそがクリスパーの強みだ」とアリ教授は話す。 インテリア社が人間相手の治験開始許可を申請できるようになるまでには、多数の科学的な問題点を解消しなくてはならない。そのためバーミンガム氏は、具体的な時期の見通しを言いたがらない。 それでも、資金はすでに流れ込んでいる。インテリア社は現在、クリスパーの特許争いの渦中にあるが、それでも投資家は積極的だとバーミンガム氏は言う。「投資家も科学者も、一連の新発見を前に『道具は手に入れた。前に進む準備はできた』と言っている状態だ」。 ゲノム編集は科学的論争と切り離せない。「デザイナー・ベビー」の懸念が頭をもたげるからだ。個人のDNAを改変しても、それはその特定のDNAを変えるだけなのだが。「体細胞ゲノム編集」と呼ばれる手法では、修正は子供には引き継がれない。 全世代の子孫に影響するのは、単細胞ヒト胚を編集した場合だ。そのヒト胚が妊娠につながるならば。ヒト胚への治験はすでに始まっているが、これはあくまでも研究目的に限られている。 インテリア社は、体細胞ゲノム編集の開発に注力している。「生殖系列編集、つまり対象の細胞や編集内容が子供や、子供の子供の子供に伝わっていくような編集に関する議論は、まだ時期尚早だ」とバーミンガム氏は言う。 人間への治験が今後どの程度の成果を出すかは、近い将来、分かるようになる。クリスパーが期待されているように、人間の病気治療を本当に一変させるものなのかどうかは、その時に判明する。 賢く戦う クリスパーは、がんを含む様々な遺伝子疾患の治療に応用できるが、ほかにも複数の会社が、特定のがんをターゲットに治療法を開発している。がんには200以上の種類があり、治療が非常に困難だ。 新しく開発の進む技術のひとつに、患者本人の免疫系を活用するものがある。私たちの免疫系は、感染と戦うのが非常に上手だ。私たちの血液にあって感染と戦う「装置」のひとつが、「T細胞」と呼ばれる白血球で、感染の兆候を察知する。ウイルスを見つければ増殖して、攻撃する。 しかしがん細胞の場合、患者自身の細胞が変異したものなので、T細胞は侵入者と認識しない。「ウイルスに感染した細胞を殺す白血球を、がん細胞を殺すように仕向ける。これは医療研究の長年の目標だった」。ユニバーシティ・コレッジ・ロンドンのマーティン・ピュール博士はこう説明する。ピュール博士はすでに同僚と共に、この目標を実現した。がん細胞を認識して攻撃するようにT細胞を遺伝子操作で改変したのだ。 「CAR-T」と呼ばれる治療法のひとつは、すでに米国で承認済みだ。費用は1人あたり、47万5000ドル(約5200万円)。個々の患者用に用意された治療は、非常に効果的だ。急性リンパ性白血病の子供や若者の治療に使われ、治療薬を開発した米ノバルティスによると、1回の投薬による寛解率は83%だという。「これほどのものはもう何十年も出ていない」とピュール博士は言う。 世界を揺るがす――本人の免疫系を使う治療法 ピュール博士は、こうしたタイプの治療が腫瘍医療の未来だと考えている。ユニバーシティ・コレッジ・ロンドンではすでに、9つの臨床治験が行われている。T細胞の力を活用した治療法の開発については、英国のオートラスやイミュノコア、米国のノバルティスなど複数の企業も取り組んでいる。 英オックスフォードの郊外にあるイミュノコア社は、「TCR」と呼ぶ治療法を使う。小型分子でT細胞とがん細胞を結合させ、T細胞にがん細胞を殺させる仕組みだ。 イミュノコアが開発した小型分子は、珍しい目のがんを対象にしたものだ。このがんは、発症からすぐに肝臓に転移することが多く、肝臓に広がってしまうと患者は長く生きていられない。薬はそのため、肝臓の腫瘍を限定的に攻撃するように作られている。同社はすでに180人の患者をこの薬で治療し、優れた結果を出している。 イミュノコアの最高業務責任者、エバロッタ・アラン氏は、自分たちの薬が数年以内に市場で流通するようになって欲しいと期待する。「1年の治療による生存率を、すでに出回っている他の治療法の4倍近くに向上させた」。もし治療効果があるなら、同じ技術を使ってHIV・エイズや結核、様々な自己免疫疾患の治療にも活用できる。 イミュノコアには、ビル&メリンダ・ゲイツ財団や複数の製薬会社が投資している。これほど珍しいがんの治療薬開発に何年もかけてこられたのは、そのおかげだとアラン氏は言う。発症者は毎年4000人程度で、それだけ少ないと十分な資金が得られないこともあるからだ。「商品としてどうかという意味で、大手製薬会社は有望と思わない可能性がある」。 世界を揺るがす――マラリアとの戦いに安価な携帯装置で挑む 遺伝子の突然変異のほかに、外部からの侵入者も病気の原因となる。たとえばマラリアは地球全体で毎年、約50万人を死なせている。マラリアの病原体はいくつかあり、いずれも常に変異を続けているため、人間が開発する治療法が追いつかない状態だ。 マラリア病原体がどうやって薬に耐性をつけるのかを理解するため、病原体の遺伝子的多様性の調査が行われている。現在は、携帯用装置「Nanopore MinION(ナノポア・ミニオン)」を使って、遠隔地でもゲノム配列の解析が可能だ。ニューヨーク大学(NYU)微生物学部のジェイン・カールトン非常勤教授も、この装置を使って、マラリアがどうやって治療に耐性をつけるか調べている。 ナノポア・ミニオン ミニオンは携帯電話くらいの大きさで、スターターセットは1000ドルだ。それとラップトップさえあれば、カールトン博士はマラリア病原体のゲノムを数時間で解析できる。米国の研究室で使う解析装置は洗濯機ほどに大きく、手入れがかなり必要だ。しかもそもそも、標本をその米国の研究室まで運ばなくてはならない。 ミニオンは生命体ならば何でもゲノムを解析できるので、研究室の外で難病を素早く調べるのに、非常に役に立つ。ミニオンのおかげで、エボラ出血熱やジカ・ウイルスの理解は進んだし、ヒトゲノムの解析にさえ使われたことがある。 東京大学大学院の鈴木穣教授は、途上国におけるミニオンの可能性に気づいた研究者の一人だ。鈴木氏は研究室のメンバーと共に、インドネシア北スラウェシ州のクリニックや病院でミニオンを使っている。 以前の解析装置では5日かかった調査が5時間で完了する。おかげで医師は、正確な診断が素早く下せるようになったと鈴木教授は話す。「患者は普通、それほど待てない。特に危険な病原体に感染した患者には、素早い対応が必要だ」。 「病原体に薬剤耐性があるかどうかで、治療方針が変わってくる」 鈴木穣教授 ビッグ・マネー これまで紹介してきた各社は、急速に進歩する遺伝子研究に飛びついた生命工学系企業のごく一部に過ぎない。投資家は革新的な治療法に参加して利益を上げたいわけだが、この分野で利益は必ずしも保証されていないし、スタートアップ企業の多くは早い時点で失敗する。イミュノコアのように初期段階の研究に取り組む企業は多くの場合、利益を生むようになるまでまだ何年もかかる。ではいったいそもそもなぜ人は、医療研究に投資しようとするのか。 まず第一に、もしどこかの会社の薬や製品が成功すれば、その収益は相当なものになる。生命科学ベンチャーファンド「シンコーナ」のパートナー、ヒテシ・タクラール氏はこう説明する。たとえば遺伝子編集をとっても、クリスパー治療は患者1人あたり100万ドルかかるかもしれないと言われている。加えて英国政府は、ベンチャー企業株への個人投資について、税制優遇措置EISを導入している。「ボトムアップの技術革新が増えているので、自分はスタートアップに投資している」とタクラール氏は言う。 金銭的な利益のみが目当ての投資家もいるだろうが、タクラール氏は医療の最先端で何がどう進んでいるのかを追いかけるのが、とても楽しいと話す。「医療の歴史で初めて私たちは、対処療法ではなく病気そのものを治せるようになるかもしれない、その間際にいる。症状ではなく病気を治そうと取り組んでいる企業に触れるのは、非常にわくわくすることだ」。 科学が企業に利益をもたらすようになると、影響はよそにも及ぶ。これほどの額の金が動く分野だとなると、いわゆるブルースカイ(青空)研究、つまり現実世界での応用は度外視して行われる知識の探求に、資金が回らなくなるのではないかという懸念がある。予期しない画期的な発見があり得るのが、ブルースカイ研究なだけに、研究テーマが応用重視にシフトしていくのは心配だと言う意見もある。 英ケンブリッジ大学の細胞生物学者、ティモシー・ワイル博士は、「目指しているものが多少違う」と指摘する。「スタートアップやベンチャーキャピタルの多くは、問題解決を志向している。『何々が分かっていない』と知られていることについて、答えを探していく作業だ。一方で、基礎研究やブルースカイ研究で一番面白いのは、何かを知らないことすら知られていない状態のものを見つけることだ」。 加えて、特許の問題もある。特許がからんでくると、科学的発見があってもそれは他の科学者と必ずしも共有されない。初期の重要な発見をするのは多くの場合、大学の研究者なのだが。 しかし、学術研究に資金を獲得しようとすると、やたらと時間がかかり、しかも競争が激しい。ピュール博士は時間を、大学とビジネスで半々にしているため、「産業界からの投資のおかげで、ごくごく限定的な目標に向けて相当な額の資金を一気に注入することができる」と評価する。たとえば「CAR-T」は、技術開発と臨床での応用が速やかに進んだ好例だという。「資本主義の力を示す、良い事例だ」。 新規テクノロジーへの投資は、急速に成長している。これは明らかだ。だからこそアリ教授は、生命工学分野にいることが今ほど楽しかった時はなかったと話す。「投資は流れ込んでくるし、新しい会社が次々と立ち上がっている。革新的な技術が必ず確立して成功すると、大勢が確信している証拠だ」。 医療の進歩は様々な分野で可能だし、実際に実現している。「私たちが取り組んでいるのは、何世代にもわたる重大テーマだ。たくさんの方法で問題に当たった方が、解決を見つける確率が高くなる」とワイル博士は言う。 メンデルとエンドウの時代は遠い昔だ。ヒトゲノムの理解が急速に進む今、新しい治療法の開発に臨む各社によって、人間は新しい医療の世界で生きるようになる。そこでは、人それぞれのゲノムに合わせてあつらえた個人仕様の医療が、当たり前のものになっているはずだ。 <英語記事 The Disruptors: What will the Doctor Order?> (DXCテクノロジーと共同企画記事) 記者:メリッサ・ホーゲンブーム ビデオ製作:エイドリアン・マリー、レベッカ・フォーダム ビデオ編集:サラ・ヘガティー オンライン製作:ハープーン・プロダクションズ 編集:ロブ・スティーブンソン 製作責任:メアリー・ウィルキンソン プロダクション・チーム: グラフィック・アーティスト 写真 BBC、ゲッティ・イメージズ、インテリア ○ BBC「世界を揺るがす」シリーズ これまでの記事
47607624
https://www.bbc.com/japanese/47607624
沖縄の長寿、秘密は「高炭水化物食」にあり?
デイヴィッド・ロブソン
沖縄の伝統的な揚げ菓子のサーターアンダギー 人間は何世紀にもわたり、世界の大陸をまたいで「若さの秘薬」を探し求めてきた。 そんな中で近年、注目の的になっているのが、東シナ海に浮かぶ沖縄諸島だ。ここの高齢者は地球上のだれよりも長い平均余命を誇るばかりでなく、ほとんどが驚くほど元気な老後生活を送っている。 特に注目されるのは、100歳まで長生きする人の数だ。沖縄では人口10万人につき、100歳以上の住民が68人もいる。米国人の割合と比べたら3倍以上だ。 沖縄の人が100歳を迎える確率は日本国内を基準にしても抜群に高く、他の地域を40%も上回る。 研究者たちが沖縄の長寿の秘密を解き明かそうと、何十年もかけて遺伝子や生活習慣を調べてきたのも無理はない。 中でも最近、研究者が注目している実に興味深い要因のひとつが、炭水化物の多い食生活だ。沖縄の食事はたんぱく質に対する炭水化物の割合が目立って大きい。特にサツマイモが豊富で、カロリー源のほとんどを占める。 <関連記事> 「今は高たんぱく、低炭水化物食を勧めるダイエットが人気だが、それとは全く逆」と指摘するのは、オーストラリアのシドニー大学で栄養と老化の研究に取り組むサマンサ・ソロン・ビエット博士だ。 アトキンス式やパレオ(旧石器時代)式といった食事法が大きな人気を呼んでいるにもかかわらず、高たんぱく食が実際に長期的な健康効果をもたらすことを示す証拠はごく少ない。 では逆に、炭水化物とたんぱく質を10対1の割合で取る「沖縄比率」が長生きと健康の秘訣なのだろうか。そんな説をもとに生活習慣を変えようとまで言い出すのは、あまりにも早すぎる。 しかし人間を対象にした追跡調査や動物実験で出てきた最新の結果からみて、この仮説は本気で注目する価値がありそうだ。 研究結果によれば、たんぱく質を抑えて炭水化物を多く取る食生活は体にさまざまな生理反応を引き起こす。そしてこの反応が、がんや心血管疾患、アルツハイマー病など老化に関連するさまざまな病気から私たちを守ってくれるという。 その効果を得るのに最適なバランスが、沖縄比率で確保できるのかもしれない。 沖縄の人々は90代になってからも活動的で自立した生活を続け、老化関連の病気にかかる率が低い 研究の中心になっているのは、1975年から沖縄県内150以上の島で高齢住民の健康状態を調べてきた沖縄百寿者研究(OCS)のデータだ。OCSでは2016年までに100歳以上の計1000人が調査対象になった。 沖縄に住む100歳以上の高齢者は晩年に長患いすることもなく、よくある老化現象の進行が遅いように見受けられた。 3分の2近い人が97歳になるまで自立生活を送っていた。この見事な「健康寿命」は、老化に関連する多くの病気にはっきりと表れていた。 沖縄の100歳代は総じて、動脈壁に石灰化したプラークがたまり心不全の原因になるという、心血管疾患の典型的な兆候がみられなかった。がんや糖尿病、認知症の発生率も他の地域に比べてはるかに低い。 大当たりの遺伝子 このような結果からみて、沖縄に特別な人々が住んでいることは間違いない。だがその並外れた長寿はどうしたら説明がつくのだろう。 遺伝学上の運が良かったというのは、重要な要因のひとつかもしれない。沖縄の住民は島の地理的条件のせいで、外部から比較的隔絶されていた時代が長かったため、独特の遺伝子構成を持つようになった可能性がある。 予備研究で指摘されている例を挙げると、心臓病やアルツハイマー病のリスクを高めるとされるAPOE遺伝子を持つ人が少なく、代謝や細胞の成長にかかわるFOXO3が保護的な遺伝子型である人が多いようだ。この遺伝子型を持つ人は背が低めで、がんなど老化に関連するさまざまな病気のリスクが小さいとされる。 とはいえ、沖縄住民の長生きが遺伝子だけで完全に説明できるとは考えにくい。生活習慣も重要な要因だろう。 OCSによると、沖縄は他の地域より喫煙率が低い。農業と漁業に従事する人が多く、よく体を動かしている。地域社会の結び付きが強いため、住民は年を取ってからも活発な社会生活を維持することができる。 社会的なつながりはつらい出来事に対する体のストレス反応を抑え、健康状態や寿命に良い影響をもたらすことも知られている。(その反対に、孤独は1日15本の喫煙と同じ害を及ぼすという報告もある) 人とつながっているという感覚には健康を守る効果がある一方、孤独が及ぼす害は1日19本のたばこに相当すると考えられている 沖縄式食生活の効果 しかし中でも、元気に年を取るための意識を変える威力が一番強そうなのは、沖縄の食生活だ。 アジアの他の地域と違って、沖縄の主食は米ではなく、17世紀初めにオランダとの貿易で持ち込まれたサツマイモだ。緑黄色野菜やゴーヤ、色々な大豆製品もよく食べる。豚肉などの肉や魚も食べるが、たいていは菜食中心の食事のほんの一部にすぎない。 そのため伝統的な沖縄の食生活は、抗酸化物質など体に欠かせないビタミンとミネラルが豊富で、カロリーは低い。特にファストフードが進出するまで、沖縄住民の平均摂取カロリーは健康な成人の摂取基準を約11%も下回っていた。 こうしたことから、「カロリー制限」食に健康効果があることを沖縄住民が裏付けていると考える研究者もいる。 1930年代以降、一部の医師や研究者が主張してきたのは、摂取エネルギーの量を制限し続ければ、減量以外にも老化現象を減速させるなど大きな効果が期待できるという説だ。 アカゲザルを使ったある実験は、特に説得力がある。ひとつの群れで摂取カロリーを平均より30%減らしたところ、20年間のうちに老化関連の病気で死ぬサルが63%も減ったという。この群れは見た目も若く、しわが少なかったり、体毛が白くならずに若々しい光沢を保っていたりした。 人間への長寿効果を調べる長期的な臨床試験は実務的に難しい面があり、まだ完了していない。しかし米国立加齢研究所(NIA)の出資で最近行われた2年間の試験は大きなヒントになった。カロリー制限をしたグループは血圧やコレステロールが低いなど、心血管系の健康状態がほかのグループより良いことが分かった。 カロリー制限食になぜそれほどの効果があるのかは今のところはっきりしていないが、可能性としてはさまざまな仕組みが考えられ、例えばこんな説がある。 カロリーを制限すると体内の細胞でエネルギーの状態を伝えるシグナルが変化し、体全体が成長や生殖よりも、DNAの修復など保守保全活動のほうに大きな労力をかけるようになる。 また体内では代謝の副産物として、細胞を傷つける恐れのある有害物質が発生するが、この有害物質が引き起こす酸化ストレスも抑えられるという。 サツマイモは伝統的な沖縄料理に使われる主な食材のひとつだ 沖縄式食生活の効果は、カロリー制限だけにとどまらない。 ソロン・ビエット博士はこれまで、食べ物の内容(単なる分量ではなく)が動物の老化にどう影響するかについて研究を重ねてきた。そこから一貫して導き出されたのは、炭水化物を多く与えてたんぱく質を少なくすると、さまざまな動物の寿命が延びるという結論だ。 最新の研究では、脳内にみられる老化の兆候が一部抑えられることが分かった。そして驚いたことに、炭水化物とたんぱく質の比はいわゆる「沖縄比率」と同じく、10対1が最適だと分かった。 人間での比較対照試験はまだ実施されていないが、ソロン・ビエット博士によれば、世界各地のあらゆる疫学研究が同じような結論を物語っている。 博士は「寿命の長い他の地域の食生活も、たんぱく質の摂取量が比較的少ないパターンだということが分かっている」と指摘し、例として「パプアニューギニアのキタバ島民や南米の先住民チマネ族、地中海式の食事を取っている人々」を挙げた。 ここでもやはり、正確な仕組みはよく分っていない。カロリー制限と同じように、低たんぱく食も細胞の保守保全を促すようだ。 米カリフォルニア大学デイビス校の栄養生物学者、カレン・ライアン博士によれば、アミノ酸が不足すると、細胞は(新しくたんぱく質を合成するより)古い材料を再利用しようとするとも考えられている。 「このような変化が一緒になって、劣化したたんぱく質が細胞内にたまるのを防いでいるのかもしれない」と、ライアン博士は言う。 劣化たんぱく質の蓄積は老化に関係し、一般にさまざまな病気を招く可能性があるそうだ。しかし低たんぱく食を続ければ日常的に掃除ができるので、蓄積を防げるという。 それでは、だれもがみんな沖縄式食生活を始めるべきかというと、必ずしもそうではない。 ライアン博士が示すデータによれば、65歳までは低たんぱく食によって体へのダメージを抑えられる可能性があるものの、それ以降はたんぱく質を増やしたほうが体に良いかもしれない。 「最適な栄養の取り方は年代によって違うはず」と、ライアン博士は言う。 さらにある研究では、たんぱく質と炭水化物の相対的な良し悪しはたんぱく源によって決まるとの可能性が指摘されたことにも注目しておこう。 例えば植物性たんぱく質が豊富な食生活のほうが、肉や乳製品の多い食生活より体に良いようだ。 つまり沖縄の人々は高炭水化物、低たんぱく質の食事内容というよりも、(主に)果物や野菜ばかりを食べているおかげで長生きなのかもしれない。 沖縄の人々が元気なのは結局、さまざまな要因が運良く重なったおかげだろうというのが、ライアン博士の意見だ。 「さらには要因同士がどう作用し合うのか、その詳細も重要だ」という。 私たちはいつの日か「若さの秘薬」を作る本物のレシピを突き止めるまで、ひとつひとつの成分がどのくらい大事なのかを調べていく研究に、まだ長い年月を費やす必要がありそうだ。 (英語記事 A high-carb diet may explain why Okinawans live so long)
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-46504046
世界を揺るがす――デジタル技術で医療革命 誰もが医者に?
ルーシー・フッカー
人工知能(AI)や診断技術、電子データ収集技術の進歩によって、私たちと医療の関係に革命が起きるかもしれない。 デジタル・テクノロジーを使えば、誰もが医者になれるのだろうか。 世界を揺るがす――高齢化と人口増の世界で医療はどうなる 大胆な処方箋 必要は発明の母だとよく言われる。ジョナサン・ロスバーグさんの場合、病院の待ち時間があまりに長かったことがきっかけで、発明の父となった。 ロスバーグ氏の娘は結節性硬化症を患っている。肝臓に脂肪腫ができる病気で超音波検査が何度も必要だったが、時間がかかるし、自宅と病院の間を何度も往復しなくてはならなかった。もっと簡単な方法があるはずだと、ロスバーグ氏は確信していた。 イノベーションにかけては、実績があった。電子技術を使った初のDNA高速解析技術の開発にも関わっていた。この解析技術を使って、大勢が自分の遺伝子情報を入手できるようになった。 テクノロジーを使えば超音波検査をもっと安く手軽にできるようになるはずだと、ロスバーグ氏は自信があった。 手元で簡単に使える超音波検査アプリ「バタフライIQ」 そしてわずか数年の間に開発したのが「バタフライIQ」だ。実験用白衣のポケットに収まる大きさで、普通のiPhoneに接続できる。人毛より細かい何千もの極小センサーがコンピューター・チップに載っている。コウモリが音波を使って物の位置を把握するように、人体の内側の様子を計測できる。子宮の中で成長する胎児の様子を確認したり、肝臓の大きさを測ったり、腫瘍を判定したり。 目標は検査機を2000ドル(約23万円)の安価で提供することだと、ロスバーグ氏は言う。それによって、一般の人に診断の機会を与え、医療を「民主化」することだと。 「医療従事者を助ける技術の開発だけでなく、誰でもどこでも人体の中をのぞけるようにしたかった」 かつて体温計は、医療従事者にしか使えない特別な道具だった。それが今ではどの家にもある。ならば、超音波検査機も同じでいいではないか。ロスバーグ氏はこう力説する。 巨大なメインフレーム・コンピューターが今ではほとんどスマートフォンに取って代わられたように、超音波検査機の小型化などの技術革新は、医療の一大改革を約束する。病院や専門医の専売特許だった医療技術を、一般医療スタッフが扱えるようになるはずだ。場合によっては、患者自身も。 世界を揺るがす――手軽に人体の中をのぞく アプリで超音波検査 あらゆる人の健康状態を常時モニターできる端末のおかげで、電子データの力を駆使する用意はできている――。デジタル革命の信奉者たちはこう主張する。しかし同時に、医療分野が直面する課題は巨大だ。 最新技術によって今より効率的な医療が提供されるようになるはずだと、大局的には楽観視されている。しかし同時に、期待のしすぎは良くないという苦言もよく聞かれる。雑誌の表紙になりやすいSF的な技術革新にあまりうっとりしないほうが良いと。見た目は良くても、しっかり結果を出すと実証されていない場合は特に。 「『見て見て! かっこいいガジェット作ったよ!』と騒ぐだけで、効果測定をしないまま、盛り上がっただけで消えていくケースはよくあります」と、英ケンブリッジ大学の医療データ分析専門家、リディア・ドラムライトさんは言う。 その一方で、出だしはギミックにしか見えなかった新しい技術が、最終的に医療現場にたどり着き、病院治験で効果測定が行われる場合もある。 バーチャル・リアリティ たとえばバーチャル・リアリティ(VR)がそうだ。VR技術を使うと、あたかもそこにいるような感覚になれる別世界が作れる。もっと臨場感あふれるゲーム作りが、VRのそもそもの目的だった。しかし約10年前に、米シアトルのワシントン大学で研究者たちが、VRはゲーム以外の様々なことに応用できると気づいた。 米軍のサム・ブラウン中尉は、早い段階でVRを試した患者の1人だった。アフガニスタン初派遣で重度の火傷を負った中尉は、激しい苦痛を伴う毎日の包帯交換の際、ゴーグルをかけてアニメ調の雪景色を眺めながらペンギン相手に雪合戦をしていると、痛みから意識がそれてくれると報告して。 VR技術では三次元環境のあらゆる視覚的刺激を、使う患者本人が制御できるため、自分はまったく別の場所にいるのだと想像しやすくなる。基本的な双方向性を通じて、患者の意識はVR内に集中するようになるし、現実世界ではためらうような行動もしやすくなる。 今では様々な企業がVR技術の幅広い応用を探っている。何かの恐怖症ケアや身体セラピーや認知セラピー、あるいは兵士の心的外傷後ストレス障害(PTSD)克服に戦闘場面を再現するなど、様々な可能性がある。 病院や医学部では、VRが医師の訓練に役立つ。たとえば結合双生児の分離といった複雑な外科手術を、あらかじめVRで「予習」しておくこともできる。 世界を揺るがす――これはゲーム? 仮想現実で症状緩和 イスラエルのスタートアップ企業VRヘルスを共同で立ち上げたミキ・レヴィさんによると、VR技術を使えば回復期間が短縮され、高齢患者の身体機能が向上し、痛み管理の分野ではオピオイド(アヘン類縁物質)への依存度を減らすことができる。VRヘルスが開発した5種類のVR応用方法はすでに米食品医薬品局(FDA)の認可を獲得しており、さらにほかにも開発中の技術もある。 こうしたVR技術を使った医療はすでに、エティ・ヤアコボヴィッチさんのような患者の生活を一変させている。 しかし、VRのようなウェアラブル・テクノロジー、身に着けることのできる新技術は、そのデータ収集・分析能力ゆえに、さらに劇的な形で医療の常識を覆してくるかもしれない。 バイタルサイン(生命兆候)をモニターするリストバンドや腕時計はすでにある。さらに将来的には、体内埋め込み型や飲み込み型の装置が登場するかもしれない。こうした端末を通じて、私たち患者と医師たちはかつてないほど膨大な量の医療データを手にすることになる。 医療分野の技術トレンド予測を専門とするウェブサイトとコンサルタント会社「メディカル・フューチャリスト」のバータラン・メスコ編集長は、患者自身が自分の医療データを大量に持つようになれば、現在の医療の構造そのものが大幅に覆されることになると話す。 ウェアラブル装置が自分の体の異常を「車の警告灯のように」しっかり知らせてくれるようになれば、患者の健康に対する権限は「白い巨塔」にいる医師たちの手を離れ、患者自身の手に入るようになる。メスコ氏はそう信じている。 「医師と患者の関係は今では上下関係だが、それが協力関係、パートナーシップになる。患者は受動的な当事者ではなくなり、自分の病気の管理方法を自分で決めたい積極的で、しかも実力のある当事者になる」 中国ではAIを使った医療アプリ「平安好医生」がサービスを開始している インターネット越しに医療相談に乗ってくれるアプリは、すでにたくさんある。英国のBabylon、ベルリン初のAda、中国の「平安好医生」などだ。問診など基本的な医療サービスは病院外来以外でも受けられるようにするだけでなく、人間の医師がやらなくてもいいようにする。それは十分可能だとメスコ氏は言う。 「医療界全体の構造、そして患者と医者の役割は、現状から根本的に変革する」 人工知能 この「症状チェック」サービスは、人口知能(AI)を使っている。過去の症例情報を集めた巨大データベースを参照しながら、アルゴリズムが提供情報について機会的な結論を下す。中国ではすでに5000万人近くが毎月「平安好医生」を使っている。平安好医生が提供する医療「エコシステム」は、オンライン薬局から漢方治療、美容整形相談にまで多岐にわたる。 患者本人の決定権を拡大するこうしたアプリや最新技術に対する医療従事者の反応は、様々だ。 米内科医師会のアナマリア・ロペス会長は、最新技術を使って時間が節約できれば医師は本当に対面診療を必要とする患者に集中できるようになる、それは「素晴らしい」機会だと評価する。会長はさらに、患者が自分の医療により積極的に関わるのも歓迎する。特にそれで患者が健康的なライフスタイルに移行するならば。しかし逆説的に、患者が自分の健康状態の関心を強めることで「丈夫なのに病気が心配」な人がやたらと診察を受けるようになれば、医師の負担はむしろ増えてしまう恐れもあると会長は認めている。 英王立医師会のアンドリュー・ゴダード会長は、先端技術や新しい取り組みは歓迎すべきだが、デジタル技術革新は患者全体のごく一部の利益にしかならない恐れがあると懸念する。 「私はiPhoneの後ろに、心電図装置を付けている。動悸がしたら装置に指を当てる。すると心拍数を図って心臓専門医にメールする。iPhoneやメールに慣れている、教育を受けている人にはいい仕組みだ」 「しかし、自分が一人暮らしの80歳だったらどうか。想像してみてほしい。数字が大きく書かれた固定電話でさえ、使いづらいのだとしたら。家の中にはコンピューターなどない状態で」 「この技術が、医療格差をさらに広げてしまうのではないかと心配している。一部の患者には大いに役に立つが、そうでない患者もいる」 医師の間に懸念や不安があったとしても、テクノロジー業界は邁進(まいしん)している。新しいスタートアップが次々と立ち上がるだけでなく、巨大テクノロジー企業が医療アプリやサービスの開発に投資しているのだ。 アップル社はiPhoneやアップル・ウォッチの能力を活用し、個人の健康データを新規サービスに結びつけようとしている。グーグルは、DeepMindなどAIを使った診断技術を作る企業に投資している。DeepMindは今年夏、目のスキャン画像からAIが病気を診断する技術で大きく前進したと発表したばかりだ。さらに中国のテンセント(騰訊)はロンドンのスタートアップ「メドパッド」と提携し、AIによるパーキンソン病治療の開発に乗り出した。 アマゾンは投資会社バークシャー・ハサウェイや投資銀行JPモルガンと提携。その究極目的は、米国の医療制度の根本的な大刷新だ。詳細の発表はまだだが、慧眼の投資家として有名なバークシャーのウォーレン・バフェット会長は、「はらぺこサナダムシ」のような現在の医療費に挑戦することが目的だと話している。 しかし、医療制度全般を揺るがそうとする人々が前に進むためには、医療の根本的な構造上の問題で改善が必要だ。電子カルテへの移行と、患者データについて個人情報保護の規制確立がまずは必要となる。それゆえに、医療でAIを使った意思決定プロセスの開発は今のところ「遅々として進まず」なのだとリディア・ドラムライトさんは言う。そのための基本的インフラが整備されれば、世界の貧しい地域ほど大きいメリットを得られるはずなのだが。 救命データ とはいえ今では、企業もこの問題に取り組み始めている。アジアとアフリカの20カ国で活動する非営利企業メディク・モバイルは、医療従事者が現場で電子記録を集める手助けをする。スマートフォン用の簡単なアプリを使って、たとえばどの患者が妊娠しているか、あるいはどの患者がワクチン接種済みか、どの患者の発病リスクが高いかなどを継続して把握できる仕組みだ。 このアプリはAI経由で、幅広い医療経験をもとにした助言を医療従事者に提供する。しかも、最も手にしやすいテクノロジー、つまりスマートフォンを使って。インターネットが使えない場合にも、テキストメッセージを使った簡易版サービスの運用がある。 世界を揺るがす――遠隔地の医療にアプリでビッグデータ活用 「簡単なことほど影響が大きいことがある」と、メディック・モバイルのアフリカ地域責任者、レジーナ・ムトゥクさんは言う。通信インフラも医療サービスも不十分なアフリカの農村部では、メディク・モバイルの簡易版サービスがまたとないほど大きな意味を持つのだと。 「この技術が地域社会に浸透していれば、たとえば20キロ離れたところで出血している女性がいるという地元スタッフの連絡をもとに、地域医療施設は救急スタッフを派遣したり、その女性にどうすればいいか助言できる。その人が自分で医療施設に向かうのを待つのではなく。ただ待っているだけだと、出血していた女性は死んでしまうかもしれないので。それくらい、この技術は大変な違いを地域にもたらします」 次々に登場するメディック・モバイルなどの新しいデジタル技術が、あらゆる人にとっての万能薬になると期待してはならない。糖尿病などの慢性病や、生活習慣に関係する心臓疾患や筋骨格系の疾病は、高齢化によって症状が悪化すると共に、依然として医療制度の未来にとって最大の課題だ。さらに、世界の一部では抑制困難な感染症が蔓延する。今でもいざ伝染病となると、私たちの対応能力は限界まで試される。 しかしデジタル技術によって、医療の提供の仕方が変わり始めている。難問に対応し、患者を支えるための新しい手段、自分たちの健康を新しい方法で理解するための新しい手段が登場している。そして究極的には、医療の提供方法に革命が起きるかもしれない。変化を歓迎することが最善の頼みの綱かもしれないと、バータラン・メスコさんは言う。それがなくては、世界はこのままでは医療の需要にまったく対応しきれなくなるからだ。 「医療サービスが今のままでは、医療の専門家による治療を受けられない人が増える。患者が何かを必要としても、医療者は対応できなくなる。医師と話をするなど、ぜいたくなことになってしまう」 医師の診察や手当がなんとしても必要な時に患者が医師に診てもらえるようにするには、患者の決定権を拡大し、一部のサービスを自動化し、 AIが提供する知見を活用し、デジタル記録やデジタル通信の技術を今より効率的に駆使するしかない。 「持続可能なシナリオはそれしかない」とメスコさんは言う。「最新技術を使うしか」。 <英語記事 The Disruptors: A Radical Prescription> (DXCテクノロジーと共同企画記事) 写真: バタフライ・ネットワーク、平安好医生、ゲッティ・イメージズ、BBC ○ BBC「世界を揺るがす」シリーズ これまでの記事
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https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-45950256
Kポップの次はKビューティー 欧米でも始まった韓国コスメ人気
ようこそ、Kビューティーの世界へ。
メアリー=アン・ラッソン、BBCニュース・ビジネス記者 なぜ韓国コスメがミレニアル世代をとりこにしているのか? ファッションを気にする人々は何千年もの間、適切に見えるメイクを求め、目まぐるしいトレンドを追いかけている。そして今、世界の美容業界は韓国による革命の真っ只中だ。 欧米諸国の若者は、韓国発の音楽Kポップや韓国ドラマに夢中だ。 男性アイドルグループ「防弾少年団(BTS)」のメンバーも含め、多くの韓国の著名人やポップスターはその目を引くファッションで知られている。 しかし、これはエンターテインメント業界だけの話ではない。ここ1年半ほどで、西側諸国で韓国の美容品の人気が高まっている。 小売業界の調査会社ミンテルによると、2017年の韓国美容業界の規模は130億ドル(約1兆4600億円)に上った。 ファッション誌マリー・クレールのデジタル美容編集長を務めるケイティー・トーマス氏は、韓国の化粧品の魅力はその革新性にあると説明する。 韓国の美容業界は概して世界から10~12年進んでいるという。 「ただ大きなブームになっているだけではなく、インスタグラムや美容ブログの拡大によって、私たちが韓国に追いついたんです」 「まずはスキンケア」 韓国人はメイクをする以前に、肌の手入れに大きく力を入れている。 「若い頃からの肌の手入れは、韓国文化に深く根付いていること」とトーマス氏は語った。韓国人の気質として、見せたくないしみなどをファンデーションなどで隠すより、肌の状態が良いことが大事なのだという。 英国では一般的に、化粧をする前には洗顔料と化粧水、そして保湿の3段階を踏むことが多い。しかし韓国のスキンケアは7~12段階ほどあり、肌に優しい天然成分で保湿することが大事とされる。 トップショップで売られている韓国コスメの数々。こうしたクリエーティブなパッケージも消費者をとりこにしているという 「人によってはやりすぎと感じるかもしれませんが、実際のところ、これらのすばらしい成分で肌に栄養を与えているんです。英国とは全く違います」 トーマス氏によると、韓国では多くの競合ブランドがあるため、新製品の研究がどの国よりも多く行われているという。 「韓国の美容業界は、西側諸国では考えもつかなかったような新しくユニークな成分を導入することにためらいがありません」と、カレン・ホン氏は説明する。ホン氏はファストファッションブランド、トップショップのロンドンの旗艦店で、韓国コスメのスタンド「Kビューティー・バー」を立ち上げた。 ユニークな成分とは……? 「保湿にはカタツムリの粘膜を、美白には真珠を、肌の油分コントロールには緑茶を、赤味の沈静や栄養補給には蜂のプロポリスを」と、ホン氏は並べ立てた。 オックスフォード・ストリートのトップショップに設けられた「Kビューティー・バー」 ソーシャルメディアでの成功 ある調査では、米国の10~17歳の少女の13%が韓国コスメを試してみたいと答え、18~22歳の女性の18%が実際に使っていると解答した。 ミンテルで美容製品のアナリストを務めるアンドリュー・マクドゥーガル氏は韓国コスメの人気について、ソーシャルメディア上での「賢いデジタルマーケティング戦略」が欧米の美容インフルエンサーやブロガー、ジャーナリストの興味を引いたことが奏功したと分析している。 消費者の関心は、韓国コスメのカラフルなパッケージや、インスタグラムやYouTubeでの紹介、レビューなどに向いているという。 「Kビューティーが人気を得る過程にはまず、たくさんの情報を仕入れている消費者と、韓国コスメを付けたインフルエンサーたちがいました」 これにはマリー・クレールのトーマス氏も賛成だ。 「Kポップの楽しく、アニメのようなアプローチも、韓国の美容業界の一部です。しかしそれが成功しています。楽しく、洗面所の棚に置いて写真が撮れるようなパッケージを求めて消費者は製品を買うのです」 英国では、一部の韓国コスメはトップショップやTKマックスといった店舗で買えるが、それ以外はオンラインで購入するしか方法がない。 YesStyle.comでは150種類以上の韓国コスメブランドを取り扱っている 香港を拠点とするオンライン販売会社「YesStyle.com」がそのひとつだ。同社は韓国コスメが大きなビジネスになるとみている。 同社のウェブサイトでは150種類以上の韓国コスメブランドを取り扱っており、2018年の韓国製品の売上高が2500万ドル(約28億円)に達すると見込んでいる。 創業者のジョシュア・ラウ氏は、西側の消費者に新製品を試す勇気を与えるために、認証を受けた購入者によるレビューを載せたことが成功の鍵だったと説明した。 YesStyleのローミー・ローズ・レイズ美容編集長は、欧米の消費者は「チョクチョク」メイクに興味をそそられているという。チョクチョクとは韓国語でしっとりを意味し、「ぷるぷるでもちもちで、ツヤのある肌」を目指す、ノーメイクのように見えるメイクのことだ。 レイズ氏とホン氏によると、「ナチュラル」で「若く」見えるメイクが流行り出している一方、欧米市場で好かれていたマットなメイクはいまや流行遅れになっている。 そのため、Kビューティーでは以下のようなアイテムが重宝されている。 欧米コスメにもKビューティーの影響 欧米の化粧品メーカーも、このトレンドには気付いている。 トーマス氏は、「一部の欧米の化粧品ブランドが、自社製品に韓国のスキンケア手法を取り入れています」と指摘した。 「たとえば、イヴ・サン・ローランはクッション・ファンデーションとクッションチークを発売しました。知っているブランドでKビューティーに触れれば、消費者も不安が少ないでしょう」 ファストファッションブランドのプライマークもこの夏、「K-POP」という化粧品シリーズを発売した 今年の夏には、ファストファッションブランドのプライマーク(アイルランド)が、「K-POP」という化粧品シリーズを発売したが、すぐに売り切れた。 プライマークはBBCの取材に、韓国発のスキンケアに関する「大きなトレンド」に着想を得たと説明し、シートマスクの販売は続けると話した。 同社の広報担当者は、「このシリーズはより若い、本格的なスキンケアが必要ない消費者に刺さることが分かった」と話した。 では、Kビューティーは一時的なブームなのか? それとも長く続いていくのか? トーマス氏は、若い世代は環境問題に関心を持っており、人間だけでなく動植物への影響も考えているため、Kビューティーの人気は定着するだろうと話した。 「人々は自分の肌で起きていることに注意を払うようになっています。そして、知らずに我々の肌から吸収されている汚染物質が沢山あります」 男性のメイクブームは? 韓国は男性にとっても美容大国 男性も化粧を これまでの話の大半は女性に当てはまるものだが、韓国では男性の美容品も大きなビジネスとなっている。 Kビューティーの波は欧米の男性にも訪れるのだろうか? Kビューティー・バーのホン氏は、「韓国の男性はスキンケアと化粧について、欧米とは違う意見を持っています。特に若い世代は、気分が上がり格好良く見えるなら、自分を表現することを怖れていません。しかしこのトレンドはまだ、一般的な欧米の男性までは行き着いていません」と説明した。 ミンテルのマクドゥーガル氏も賛同する。 「欧米の男性も、美容やパーソナルケア分野で活発な消費者となりつつありますが、(韓国に)追いつくには長い道のりです」 マクドゥーガル氏は例として、シャネルが最近発表した男性向けの化粧品ライン「Boy de Chanel(ボーイ・ドゥ・シャネル)」を挙げた。シャネルはこのラインを祖国フランスではなく、韓国で最初に立ち上げている。 (英語記事 The rise of Korean make-up in the West)
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https://www.bbc.com/japanese/video-49956494
タイの滝でゾウが6頭死亡、生き残った2頭を救出
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タイ北東部カオヤイ国立公園の滝で、滝に落ちた6頭のゾウが死んでいるのが発見された。 公園職員によると、ゾウたちは子どものゾウががけから落ちたのを助けようとしたのだとみている。 また、近くの岩場に立っていた2頭のゾウは、救助作戦の末に助けられた。