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---|---|---|---|---|
※注意
・大きいインゴさんは話せません
・エメインです
・本当に捏造と妄想の塊
・マジ私得でしかない
・気分を悪くする可能性がございます
・若干の流血表現がございます
・あいも変わらずウダウダぐっだぐだ
無理だと思った方は逃げてください。
本気ですぐ逃げてください。
それでも許せるマリアナ海溝並みに心が深い方だけ、お進みください。
でもヤバくなったらすぐ逃げてくださいお願いします。
[newpage]
《スーパーシングル、挑戦者35連勝中》
ダブルトレインからの帰り、片耳についているインカムから流れる放送に笑う。今日のシングル担当はインゴだからね、挑戦者もちゃんとインゴを楽しませてくれればいいけど。
廊下を歩いていると前のほうからヒールが床を叩く音が聞こえてきた。立ち止まっていれば、姿を現したのはもちろんインゴで。ボクに気付いて顔を上げてきた。
コートはちょっと短いからノボリのかな。いつものマフラーはネックウォーマーになって、コートの襟の内側にある……けど。
「?…インゴ、どうしたの?」
「……――…」
なんか考え事してる、というか、不安とか辛いとか悲しいっていうのが混ざってるような表情。他の人が見てもわかんないだろうけど、ずっとインゴを見てきたボクだからわかる変化。
インカムから連絡が入っていたけど35連勝ってことはまだ時間はあるから話すくらいはできるでしょ。
とりあえず揃って壁際にもたれるように寄れば、インゴが何か書いて寄こしてきた。
【傷を見られました】
「……事故で?」
こくりと1つ頷かれるけど、ため息をつく。
……インゴの首の傷は、ボクらの過去に関係するもの。故意に見られたものじゃないとしても…ボクらとしてはあまりいい気分になるものじゃない。
表情に影を落としたままのインゴは何か考えてる。軽く手を掴んだら握り返された。いつもより力強いな…やっぱり不安が強いっぽい。
たぶんインゴが気にしてるのはそっちじゃないけどね。
【あの二人に気をつかわせてしまいました】
ほらね、自分より他人。本当にもう、昔っからインゴは人のこと気にしすぎなんだよー。
思わず苦笑して握ったままの手の甲に軽く口づける。それから悶々としているインゴを横目で見ながら一言。
「インゴがいいなら、だけど……二人に言う?ボクらのこと」
そう尋ねると勢いよくボクに顔を向けてくる。
そうだよね。ボクも自分からこんな発言するなんて思ってなかった。だって今までこの話を知っているのは、ボクらのいる支部の上層…しかもその中でもごく一部の、何年も世話になってて本当に信頼している人しか知らない。まぁ他が知らないのはボクが話そうとしないからなんだけど。
それを出会って数週間のあの二人にするか聞いたんだから、びっくりして当たり前。
…最初のころだったら言う気なんて更々なかったんだけどね。インゴに対する態度が周りと一緒だったから。何で話さないんだとか無愛想だとか…そんな奴らに話すことなんて何もないよ。聞かれたりしても全部かわしてきたし。
インゴがあの子達を好きで気に入ってるってこともあるかもだけど…思ったよりインゴのこと考えてくれてるのは見ててわかったから。ちょっとアドバイスとか入れたらちゃんと実行もしてくれるし。マフラーは触ってあげないでねってお願いも守ってるし。何でか気になるはずだけど、それには触れずにインゴをわかろうとして自分達からも工夫を加えたりしていろいろ試してるし。
正直ここまでとは思わなかった。一度ノボリにそんなにインゴを知ろうとして君達に何かメリットがある?って聞いたんだけど、返ってきた答えはボクの予測の範疇外で。
「メリットなんて関係ありません。クダリもわたくしも、インゴ様はお友達であり兄様なので、少しでも距離を縮めたいのです。それが友達として、兄弟としてなら至って普通のことだと思いますが」
だって。普通の友達として、兄弟としてって言われたのは初めてだからボクもびっくりしたけど、あれがあの二人の本心だってわかったから。あんまりにドストレートで純粋なんだもん。受け入れるしかないでしょ。
なんて考えているとまたインカムに連絡が入った。さっきの挑戦者が42連勝したらしい。インゴはトレインに行かなきゃね。
手を離そうとしたら少しだけ引っ張られて、顔を向けたらキスされた。どアップで映るインゴの長い睫毛が揺れてる。
すぐに離れていったけど、その頬は僅かに赤く染まってて。照れ隠しみたいに紙を胸に押しつけられた。
【頼りにしてます】
「…ふは、了解。ボクのほうは心配しないで。バトル楽しんできてね、おにーちゃん」
冗談混じりに言えばインゴもほんの少しだけど笑って、廊下の向こうに歩いていった。あの様子ならたぶん大丈夫か
な。完全に姿が見えなくなってから反対側の廊下を進んで、見えたのは執務室。
勢いよく扉を開ければ思い切り肩を揺らしたノボリとクダリ。何事かって目でボクを見てきた。
「はい二人とも!」
「え、エメット?」
「ボクの前にきて!」
「は、」
「早く!」
「「はいいいぃぃ!」」
すごい速さで言った通り目の前にきた二人のおでこに、軽く(バチンッて言ったけど)デコピンする。ちょっと痛かったらしく涙目で額を摩りながらボクを睨んでくる。
「ん。お仕置き終了」
「おしおき…?」
「事故とは言え、インゴの傷見たんでしょ」
途端に沈んだ表情になった二人。クダリに至ってはなんか泣きそう…あれ、デコピンのせいかな。まぁいいや。
「それについて、ちゃんと説明してあげる」
「!?」
「本当ですか!?」
「ただし条件。ボクらはこの話をして君達に同情してほしいわけじゃない。別に特別扱いなんていらない。だから、そういう態度を取らないで今まで通り普通に接すること。わかった?」
しばらく何か考えるように二人で目を合わせて、ボクを見てきたと思ったらはっきり頷いてきた。やっぱり真っすぐな銀色の瞳に笑って、バレないように深呼吸。
さて、何から話そうか。
[newpage]
まずはボクらの生まれ。
至って普通の家の子で、鉄道関係でも何でもなく…本当にちょっとお金がなくて父親が働きづめな普通の家。生まれた時はちゃんと祝福もされたし幸せだった。
でも、2歳だったかな。ちゃんと覚えてないんだけど…父親が事故で亡くなって。親は駆け落ちしてたから頼れる親戚もなく、母親一人でインゴとボクの面倒をみないといけなくて。そんなに裕福な家なんてそうそうないじゃない。ボクらの家もそう。金銭的に問題が起きてた。母親の身体がそこまで強くなかったから、働こうにも働けないのがその時の現状で。
頑張ってくれてたんだけど最終的に7歳のときに、二人揃って施設に預けられた。
「必ず迎えにくるから、いい子にして待っててね」
って言い残して。
ボクは頭のどこかでその言葉を疑ってたから、迎えに来るのをそこまで期待してなかったけど…インゴは真面目、というか素直だから、信じちゃってたわけ。いい子にしなきゃ、言う事聞かなくちゃって。ちょっとボクが悪戯したら怒られたなぁ。
「いい子にしてなきゃダメなんだよ、エメット」
「ちょっとならだいじょうぶ!」
「おかあさんとやくそく!」
「もー、インゴあたまかたい!ちょっとはあそんだほうがいいの!」
ボクがずっと言ってたら、最終的に折れるのはインゴだからちゃんと息抜きとかもさせて。でないと変な期待が潰れた時の喪失感を何とかするのが大変だから。
スクールから帰ってくるときに、通り道にあるトレインのホームを施設の門限ギリギリまで毎日見て…大人になったらトレイン関係の仕事に就きたいねってその頃から言ってた。だから勉強して一緒に仕事しようねって約束して、今の仕事に就いてノボリとクダリのバトルみて、インゴが初めて他人に興味を持ってこの人達に会いたいって今回の研修に参加して…ああごめん、脱線した。元に戻すね。
問題が、その施設の院長なんだけど…最初は割といい人だったんだ。何をするにもまずその人の意思を優先させて、したいようにさせてくれてたから。自由だけど話を聞いてくれたりはしたから子供達から信頼はされてるいい人。逆に言えば…あんまり関心がないっていうの?
ボクらが14歳くらいになって声変わりが終わった時かな、院長の態度が変わったんだ。
インゴに向ける視線が変わったというか…急にインゴインゴって言いだして、すっごく構うようになって、ボクと話してるのを見つけたらすぐ引き離そうとして…まるで恋人に嫉妬する女の視線?みたいなのを向けてきた。
変だよね、自分の施設にいる子供にそんな感情を向けるなんて。ボクらも変だなとは思ってたけど、どうすることもできずに何も触れないようにしてただ毎日過ごしてた。
……インゴが敬語になりだしたのも、だんだん感情を表に出さなくなりだしたのもちょうどその時期だったな。
院長の機嫌を損ねると怒られて…間違ったことを言ったと思って喉を抑える癖ができて。院長はその癖が気に入らなくて、やめさそうとして怒ったら今度は自分を傷つける様になった。それはボクがやめさせたけど。
人が変わってきた院長に本気でヤバいなって思い始めたのが16歳。施設は基本18歳になったら自立する制度だったから早くても後二年は施設にいないといけなくて…でもインゴもかなりストレス溜まってたし、ボクも院長がいたら満足にインゴと会話もできなくて嫌になって。
そんな時に、たまたまトレインのホームを見てるときに話しかけてもらって仲良くなった人…今のサブウェイ支部の上層の一人なんだけど、その人がボクらに「鉄道関係の仕事に興味があるなら、自分のところで勉強してみないか」って言ってくれたんだ。あれはすっごい嬉しかったなぁ。インゴも珍しく嬉しそうに笑ってボクに抱きついて来たもん。自分達のやりたいことに一歩近づけるって。それなら少しずつでいいから、今からでもいろんなことを自分達でやっていこうかって話になった。施設を抜ける口実にもなるしね。
それを言いに院長の所に行くのに、上層の人も口添えしてくれるって言ったからボクらは施設の入口で待ってたんだ。
でもインゴは話がスムーズにできるように院長の機嫌とっとくって言いだしたんだ。止めたんだけどエメットに頼りっぱなしは嫌だって…「待ってますから」って言って先に院長室に行って…今考えたら、その時のボクを思いっきり殴りたいけどね。何で止めなかったんだとか言ってやりたい。
上層の人と合流して、院長室に向かってたら先輩達も後押しするのに一緒に行くってきてくれて…そしたら部屋からすごい音がして…駆けつけて扉を開けようとしたら鍵がかかってて。
部屋の中で院長の甲高い声は聞こえるのにインゴの声は何も聞こえなくて…何かあったんじゃないかと思って、必死になって扉を蹴り破ったら鉄臭くて、床が血まみれで、その近くに同じ赤がついたナイフが落ちてて。
その上に倒れてるインゴと、手を真っ赤に染めてインゴの首を絞めようとしてる院長がいてさ。もう頭の中真っ白になって院長を殴り飛ばして。
施設の先輩がいなかったらボク絶対院長のこと殴り殺してた。
一緒に来た人と職員で院長を抑えてるのを横目に、周りがバタバタしてる中でインゴを見たら真っ赤な床に倒れたままボクを見てて…。
「……イン ゴ …」
「…― ―― ―」
口は動くけど、音がなくて。ヒューヒューって風の通る音がただ耳に残ってる。瞼がだんだん閉じていくのがすごく怖くなって全身の血が凍ったような気がした。
…ごめんね、そこからボク、よく覚えてない。なんかめちゃくちゃ泣きながらインゴのことすっごい呼んで、「死なないで」「一人にしないで」ってずっと言ってたらしいんだけど。
それから記憶がはっきりしてるのは…インゴの手術が終わって、ちゃんと生きてるって確認できた時かな。力抜けて立てなくなって、笑いながら泣いて「よかった」って言ったのは覚えてる。
個室でインゴが目を覚ますまでずーっと付き添って、起きた瞬間もまた泣いて。インゴの目を覚まして一言目がもう最高で。
【お前みたいな寂しがりの弟を残して死んだりしません】だよ?
ベッドに寝転んで自分が重傷を負ってるのにまさかの憎まれ口。インゴらしかったけどね。また泣けてきて、抱きついたら叩かれたけど撫でてくれて。泣きすぎって怒られたけど。
後から聞いた話だけど、院長ってすっごい執着心が激しかったらしくて…恋人にもその執着心の異常さで逃げられてたんだって。
そこに現れたのが似た容姿で男の声になったインゴってわけ。腹が立つけど、代用品みたいな感じになったの。
インゴはただの被害者なんだよ。それを何回説明しても自分が声を出せば誰かが傷つくって思ってる。自分達と同じように、院長に頼る人がいた中でその人物を狂わせてしまった責任をとらなきゃって…大袈裟な被害妄想かもしれないけど、誰かから大切な人を奪ったって思ってるみたい。
あの赤いマフラーは傷を隠してアレを見た人を不快に思わせないようにっていうのもあるけど、院長が狂ったのは自分のせいだと思って、首を絞められた時と同じように常に首に巻いて、自分が何をしたかを常に考えるように戒めてる鎖なんだよ。だから外そうとしない。忘れないためにね。
それからは…まぁ、ご覧の通り。二人で何とか頑張ってサブウェイボスの地位にまで上り詰めて、ここにいる。事務的なものとか声を出さなくても出来る仕事がインゴのメイン。交流とか対人の仕事がボクのメイン。お互いちゃんとフォローしあえる位置にいて、ボクらは二人で一人が基本。離れるなんて考えたこともない。これからもずっとね。
[newpage]
「…ていうのが、ボクらの昔話」
全部話し終わって正面を見たら…二人とも、各々で何か考えてる顔をしてた。机にある完全に冷めてしまったコーヒーを飲んだらすっごく苦い。思わず顔をしかめていると、ノボリがぽつんと言葉をこぼした。
「同情は、しません。お約束ですから。です、が」
「が?」
黙って俯いて、ぽたぽたと涙を流し始めたノボリ。つられるようにクダリも泣きだす。
……泣くのって同情と一緒だと思うんだけど。
「エメット様達は、泣かれないのですか…っ」
「うーん…もう昔の話って割り切ってるのもあるし…泣くより、他にやることがあるだろうから…ね、インゴ」
扉の方に声をかければ、合図を待っていたかのようにゆっくり入ってくるインゴ。目があって、ノボリとクダリが泣いてるのを見た途端に何泣かしてるんだって視線を投げつけられる。ひどい、ボクが泣かしたわけじゃないよ。静かにボクの横にきたインゴは二人を見て、どうしようって顔をした。気まずいのもあるから余計に困ってるなー。
呑気に視線を空に彷徨わせていたら、ガタンと机に何かがぶつかるがして意識を戻した。そしたらノボリとクダリが立ちあがってて、そのままこっちにきて――。
「ぐえっ!」
「―っ!?」
抱きついてきた。ちゃんと言えばボクにはノボリ、インゴにはクダリが。泣きながらぎゅうぎゅうと抱きしめてくる二人。軽くパニックも入って、どうしようもないボクとインゴは固まって目を見合わせるしかない。えーっと、こういう時はどうしたらいいの?
「い、まだけ、」
嗚咽交じりに聞こえてきたクダリの声に首を傾げた。
「明日、からは、普通に、する。でも、いまだけ、泣いて、インゴと、エメットの、痛いの、ちゃ、んと理解、する」
「………え、ボクも?」
「当たり前、です、大切な人が、目の、前で、傷つい、て、痛くないわけ、ありま、せん」
「泣いたっ、て、しょう、がない。でも、今は、痛いし、かなしい」
「同情ではなく、お二人の、代わりに泣いてる、だけですので、!」
「…ふは、物は言いようだねー」
とりあえず二人が落ち着くまではこのままかな。背中を撫でてあげながら苦笑しているとインゴも困ったように、でちょっと嬉しそうに目を細めながらクダリの頭を撫でていた。ぐずぐずと子供みたいに泣いてるのをまるで母親みたいな顔で…あ、そしたらボクがお父さんか、いいねそれ。
なんてちょっと違う事を考えていたら、クダリが目の端で動いた。そのまま首が伸びて…。
インゴにキスした。
「ちょ、クダリ!離れなさい!」
慌ててコートを掴んで引き離したらビックリしすぎで固まってるインゴ。ついでに必死なボクの頬にも柔らかい感触が…って、え、今、ノボリにキスされた?お互いが両方の顔を見比べていると、揃って笑ってきた。
「あのね、ぼくインゴ大好き。もちろんエメットも大好き。大好きな人が痛いのは嫌。だから、《頼って》じゃないけど、甘えて?いっぱい、いーっぱい!インゴ達、人に甘えないから、そのうち潰れちゃう」
「少しでも捌け口になれればいいのです。お話でも殴り合いでも…ちょっとでもいいので、お役にたちたいです。わたくし達は情けではなく、素直に二人の傍にいたいだけでございます。お二人が困ったり弱った時は、わたくし達がいることを、忘れないでくださいまし」
…………どうしよう、こんな反応が返ってくるなんて思ってなかった。
頼りにしてくれていいとか、何かあったら言えとか、そういうの考えてたのに…甘えてとか自分達がいるよってだけの返事って…。インゴも一緒らしくて、驚いた表情に困惑が混ざってる。
認めてもらえたっていうのは何か違うかもしれない。理解してもらえたのも違う。…受け入れてもらえた、かな。
今のボクの心境的には…ボクとインゴ、二人しかいなかった場所に、この二人が入ってきた感じ…しかも、ぎゅって抱きしめてくれてる。ただぎゅってされてるだけなのに…じんわり胸があったかくなって、鼻の奥が痛くなってきた。
「ふはっ!もう、二人とも最高!」
紛らわすためにもまとめて抱きしめる。きゃーっと笑う二人と、ちょっとだけ涙目でほんわり口元をあげてくるインゴがボクを見てきた。本人は気付いてないかもだけど、表情出るようになってきたよね。二人に出会ってから。それも嬉しくて、インゴの瞼にキスを送って抱きしめる力を強めた。
家族ごっこかもしれないけど、ボクらにとってはすごく大切な人達ができた日だった。
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だんまりインゴさんのお話。これ『<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=975568">novel/975568</a></strong>』の続きのつもり…最初、若干腐向け。暗い。…GW中マフラー首に巻いて過ごさせていただきます。そして休み明けたら下げます…本当、付き合わせてごめんなさい、インゴさんごめんなさい、文才なくてごめんなさい、上手くオチなくてごめんなさいorz。【追記】ブクマ・評価共にありがとうございます!【追追記】4月30日付ルーキーランキング15位にお邪魔させていただきましたっ…!ナンバーまでインゴさん!!ありがとうございますぅぅあ!!【コメ返事】くろろさま:自己満と捏造に付き合ってくださり、そのうえ素敵なんて…ありがとうございます!ちょっと調子に乗って下げるのはやめようかと…ただし自分への罰としてマフラーは付けて過ごします。
|
赤い鎖の昔話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1015368#1
| true |
※パラレル設定のため、キャプション必読でお願い致します。
天使と呼ばれる存在が空想上の生き物から一変、実在する大変に貴重な生き物であると認知されるようになってから数十年。稀に発生する奇跡としか呼べぬ現象は、全て天使が気まぐれに起こした結果であると説明されるようになってから数年。
犬や猫、魚や植物といった自分達とは違う生き物として天使を認知するようになった人間達は天使をどうにか研究することが出来ないかと、彼らの捕獲に躍起になるようになってからも数年が経った。
大きな外壁がぐるりと周囲を覆い、二十四時間常に警戒態勢にある警備員に多くの監視カメラ。異国情緒溢れる華やかな街である横浜の中にありながら、外界とは遮断されたその場所は政府が管理する研究施設であった。
様々な分野の研究を行うそこで近年、精力的に行われている研究が――天使に関する研究――である。
施設の中でも最下層。いくつものセキュリティを外さなければ訪れることの出来ないその空間で、人々は日夜天使に関する様々な研究を行っていた。
例えそれが道徳に反するモノであったとしても、彼ら研究者は何一つ気にすることはない。政府公認で研究を行う研究者達にとっては天使と云えど、ただの研究材料の一つに過ぎなかったからである。
「…………」
「おい、お前の能力を発動してみろって」
「どうする? また電気を流すか?」
「いや、あれをすると気を失う可能性が高い」
コンクリート打ちっぱなしの広い一室の中央で、茜色の髪を持つ小さな躯はぐったりと横たわりぴくりとも動かない。数人の男が分厚いガラス越しにその姿を観察する中、白衣を身に着けた男が一人茜色の姿へと近づき、手にしていたホースの水をその躯へ勢いよく噴射した。
「っ……」
びしゃりと勢いの強い流水がコンクリートを叩く音に紛れ、小さな声が響く。しばらくして水を止めるよう右手でガラスの先の人物に合図を送ると、次第に勢いを失ったそれが止まる頃にはコンクリートの床はすっかり黒く色を変え、茜色の髪も水分を含みその色を随分と変えてしまっていた。もはや濡れていないところを探す方が難しいだろうと思わせるその躯がゆっくりと起き上がり、そしてじっと目の前の研究員を見つめる。その瞳は晴天を思わせるまるで宝石のようでありながら、今すぐにでもこちらを射殺さんとするほどの鋭さを併せ持つ。
「異能力を使う気になったか?」
白衣の男が挑発するように笑う。が、結局晴天は再び伏せられた瞼の裏に隠れ、再びコンクリートの上へとごろりと寝転がった。
「…………」
天使と呼ばれる生き物は、個々に人間には持ち得ぬ能力を有していた。人間はそれを異能力と呼び、その力についての研究に躍起になったものだが、この茜色の髪をした天使は残念ながらただの一度もその能力を男達の前で使ってみせたことがない。
茜色の天使――ナンバーA5158――が捕まったのは今から二週間前のことである。
他の天使を捕まえようと人間達が専用の装置を取り出したところ、何処からか現れ当初捕まえる予定であった天使を逃がしたことで身代わりとなったのがこの天使である。
二週間の間研究員達の問いかけに一切答えず、異能力も発動しない。あの手この手で彼が異能力を発動するよう手を尽くしているというのに、持ち前のプライドの高さかなんてことのないような表情で日々の責め苦に耐えているその存在にも、流石にそろそろ限界が訪れるだろうことは日々天使を観察している研究員達も気が付いていた。
最低限用意している食事には一切手を付けず、飲まず食わずで二週間。普通の人間であればとっくに死んでしまっているだろうそのような状況でも生きているのは流石であると云いたくなるが、本来日光を浴びればエネルギーを補充することが出来ると云われていようとも、彼が監禁されているのは地底奥深くの施設である。当然日光など届くはずがない。
つまり、このまま意地を張り食事を口にしなければ、遅かれ早かれ彼には死が訪れるというものだ。
そんな天使が死んでしまわないよう、急遽面倒を見るように彼の世話を命じられたのはこの施設始まって以来の秀才研究員であり、始まって以来の問題児でもある太宰治であった。
政府の命令で拒否権を与えられることなくこの施設へ連れてこられた彼であるが、その研究態度は不真面目の一言。そもそも、研究室に足を運んだことなど殆どなく、日がな一日人目のつかぬ場所を見つけては惰眠を貪るような人物であった。
しかし、例えそんな男であろうとも人の子には違いない。任せられた相手が死んでしまうような状況にはしないだろうと、上層部が彼に任命したのは昨晩のことである。当然、拒否権などあるわけがない。
「あーあ、本当に面倒だなあ」
形式ばかりに白衣を身に着けた黒い髪に涼やかな目元。すらりと伸びた体躯だけを見れば非常に優秀な研究員然としていたが、口を開けば面倒、嫌だ、やりたくないの三拍子揃った男である。
「……しかし、流石に見殺しにするわけには……って、これは?」
それは、太宰が渋々天使が収容されている特別棟まで足を踏み入れた時である。
最重要研究材料として、特別に用意されたその場所の高度なセキュリティを首から提げたパスで抜けた先、扉が開いた途端太宰の耳は確かに一つの声を拾った。
「……歌?」
誰かが歌っている。否、誰かなどこの場所に存在する生命体は一つしかいない。
気配を殺し、物音を立てぬよう細心の注意で近寄ったその部屋の中から確かに声は聞こえていた。重厚な扉に着けられた覗き窓からそっと中の様子を伺い――太宰は思わずその姿に息を呑んだ。
天使用にと特別に作られたその一室は円形をした殺風景な部屋であった。
部屋の中央に用意された簡素な寝台の上で、その存在は入口に背を向け歌を口ずさむ。
白い襯衣を身に着けた小さな背。その肩甲骨からは確かに二枚の大きな羽が伸び、歌に合わせてか時折ふわりふわりと揺れては蛍光灯の光の下で純白に輝いていたのだ。
「…………」
しばし扉の外からその光景を観察していたが、不意に歌が止んだかと思えばその躯はごろりと寝台の上へ横たわっていた。それまで神々しい美しさを見せていた二枚の羽ももう隠されてしまい見ることは叶わない。
「……まさか、死んじゃったとか云わないだろうね?」
研究に殆ど関わってこなかった太宰の耳にも天使がそろそろ力尽きるのではないかと噂する声が聞こえていた。食事には手を付けず、研究員の暴力にも一切の抵抗を見せずに異能力だって発動しない。よっぽど実践向きではない異能力を有しているのか、はたまたもう異能力を使う力すらも残っていないのではないか――噂の内容はそのようなものだ。
仕方ないと呟き、一つ息を吐き出した太宰は最後のセキュリティロックを外し、その室内へと足を踏み入れた。少しばかり涼しいと感じる室温に保たれたその場所を訪れるのは、施設にやって来てから初めてのことである。
「…………」
先ほどまでとは違い、気配を殺すことなく寝台へと近づく。履いた革靴がコツリとアスファルトを叩く音のみが響くその室内で一歩、また一歩と歩みを進めるが目の前で寝転がる姿が動くことはない。
「やあ、お邪魔するよ」
その場に似合わぬ、不釣り合いに明るい声であった。
まるで旧知の友人にでも会うかのような気軽さで発した太宰の声は、しかし返事が返ってくることはない。
「寝ているのかな?」
ついには彼の背後に立ち、再び声を掛けてみたがやはりそれに対する返答もなければ一切の反応もない。仕方がないと肩を竦めた太宰はくるりと天使の正面に回り込み――ぱちりと開いていた青い二つの瞳と目が合った。
「なあんだ、起きてるじゃないか」
「…………」
上体を屈め、彼との距離を縮めてみるが碧眼は動揺することなく太宰を真っ直ぐに射抜いていた。そこには恐怖心などまるでなく、ただこちらを観察している様子が強い。
「何も食べていないと聞いたけど、君はよっぽどの美食家か偏食家かな?」
太宰にとっては天使と云え恐怖を抱くような対象ではない。むしろ退屈な毎日に飽き飽きしているために、彼の逆鱗に触れ死ねたらラッキーくらいの考えさえ有していた。
「確かに食事は退屈な行為かもしれないが、無理やりに食べるよりは自発的に摂った方がまだ味があると私は思うよ」
何を描くでもなく、伸ばした右手の人差し指が空中でくるくると動く。何の進展もない状況に、さてどうしようかと遠慮なく天使が寝転がる寝台に腰かけ、太宰はその長い脚を組んだ。
「それじゃあ、君に御伽噺を聞かせてあげよう。なに、先ほどの歌の礼だと思ってくれて構わないよ」
例え気配を殺していたとしても、どうせ彼は太宰が扉の外から観察していたことなど気付いていたに違いない。結局何の反応も返ってこないのだから、それならばと太宰は一切気にすることなく瞳を閉じ、口を開いた。
それは先ほどまでの上機嫌な声ではなく、聴いた者の躯に馴染むような落ち着いた優しい声音であった。
「今よりも少し昔の、一人の情けない男の話だ」
太宰が語ったのは今とは違う時代に生まれた、一人の男の物語であった。両親と共に何気ない日常を過ごしていた彼が家族と出かけた先で盗賊に襲われ、両親を目の前で殺された。そんな子供に聞かせたいとはあまり思えない内容である。
「大きな剣を持った盗賊の頭は一人生き残った少年の前に立ち、右手に持ったその剣を振り下ろす。しかし、その時突然吹いた突風によって男の剣は本来の軌道を逸れ、少年の髪の毛を数本切り落としたのみで地に落ちた」
そこまで語り、太宰は言葉を止めた。相変わらず横になったまま何の反応も示さない天使に視線を向けにこりと微笑むと「今日はここまで」と告げ、軽い動きで寝台から立ち上がる。
「続きはまた明日ね」とそれだけ口にすれば来た時と同様に革靴の音をコツリコツリと鳴らしながら部屋を進み、ひらりと手を振ったのみで一つだけの扉から外へと出て行った。
その気配が確かに遠ざかるのを感じながら、天使は一人寝台の上でぱちりと瞬き静かに瞳を閉じた。
◆ ◆
「やあ、お邪魔するよ」
昨日の宣言通り、太宰は同じような時間にふらりと最下層の部屋を訪れた。相変わらず寝台の上でごろりと横になった状態で存在している天使が昨日と違うことと云えば瞳を閉じていることくらいだろうか。
一見しただけではそれが起きているのか寝ているのか判断しかねるところがあるが、太宰は気にすることなく寝台まで近づくと、昨日と同じように許可なくそこに腰を下ろしゆっくりと口を開いた。語るのは宣言通り、情けない男の話の続きである。
「男の振り下ろした剣は地面へ深々と刺さったが、生き残った少年はそれに対してなんの反応も示すことがない。恐怖で動けなくなったのか、はたまた両親を殺されたショックで放心状態か。しかし、男は自身のその想像が間違っていることにすぐ気付いた」
相変わらず柔らかな声音で紡がれるその物語は淡々と進み、五分ほど語ったところで太宰はやはり言葉を止めた。「今日はここまで」そう云って立ち上がる。
「続きはまた明日ね」
そんな昨日とまるで同じ言葉を告げ、太宰は軽い足取りで部屋を出て行ってしまった。今日は一度もその視線がかち合うことは無かったが、そんなものどうでもよかった。
◆ ◆
「お邪魔するよ」
太宰がこの部屋を訪れるようになって、三日が経った。
本来飽き性でサボり癖が身に染みている男にしては随分と続いていることである。
毎日あの手この手でサボっていた男が、例え数分と云え昼前のこの時間に三日間も部屋を訪れているのだ。昔から彼を知る者がこれを知れば、何か悪い物でも食べたか、悪巧みをしているのだろうと勘繰るに違いない。
「さて、昨日の続きだ。盗賊の仲間として迎え入れられた少年だったが、冗談でも腕っぷしが強いとは云えない。当然だ、それまで剣など振るったこともなければ当然持ったことすらないのだから。そんな彼に与えられたのは毎日毎日雑用ばかりだ」
太宰はこの日もすらすらと言葉を紡いだ。その間、正面の壁に視線を送っている太宰の瞳が天使を見ることは一度もない。流れるような声音で物語を語ること五分。今日も太宰は言葉を止めると、なんの躊躇いもなく立ち上がり、白衣を揺らしながら真っ直ぐに部屋の入口へと向かい「また明日」とだけ声を掛けると振り返ることもせずに部屋を出て行った。
「太宰!」
「…………」
この研究所に存在している人間の名前は大体把握している。その中に太宰というものは自分しかいなかったなと思いつつも足を止めずに歩き続けてみたが、確りと肩を叩かれた。こうなってしまっては流石に返事をしないわけにはいかない。
「どうも、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
そこには太宰と同じように支給された白衣を身に着けた男――年功序列を重んじる研究所の中でも古株と呼べる人物――が立っていた。流石に真剣に世話をしていないことがばれただろうかと感じた太宰がその頭の中で幾つか言い訳の言葉を思い浮かべてみたが、それは次いだ男の言葉によって全く不必要であったと実感させられた。
「あの天使をどうやってて手懐けたんだよ? さっき昼食を回収しに行ったスタッフが、いつもは全く手を付けられていなかったのに、コップに入れた水が空になっていたと驚いていた」
「……そうですか」
正直、太宰はいつも午前中に彼の部屋を訪れ、ほんの数分で退室してしまうために彼の部屋へ食事が運ばれているところにも居合わせたことなどなかった。面倒を見るように命じられておきながら彼の部屋で太宰の姿を見ないことにスタッフ達はさぞ不信に思っていただろうから、その状況で一切の変化を見せることのなかった食事に変化が現れたことは衝撃的な出来事であったに違いない。
「何であの天使を釣ったんだ?」
どうやら男は彼が食事を摂ることで何かしらの代価を支払ったに違いないと思っているようであったが、別に太宰はあの天使と交渉などしていないし、そもそも会話すらしてくれない。そんなもの、天使の研究に関わっている者ならばすぐに想像が出来るだろうにと浅はかな上司に気付かれぬよう短く息を吐き出し「別になにも」とだけ口にした。
その返答に男は随分と不満そうであったが、気にすることなく太宰は今日も今日とて午後の研究をサボるための場所へ足を向けた。
◆ ◆
「続きは、また明日」
それは、上司から天使が水を飲んだと聞かされた二日後のことであった。
いつものように物語を紡ぎ、さて帰ろうかと太宰が腰を持ち上げるよりも早く「なあ」と、初めて聞く声が部屋の中に響いた。その声が誰のものであるかなど、考えるまでもない。
「なにかな?」
くるりと軽い動きで向き直る。始めてこの部屋を訪れた時に見た以来であるその青い瞳は、確かに真っ直ぐに太宰を見つめていたが、そこに数日前のような強い警戒心はない。
「……盗賊になった男は、この後どうなるんだ?」
すいと視線が外れたかと思えば、天使が小さく言葉を紡いだ。
「云っただろう? 続きはまた明日だと」
太宰はそう云ってにこりと微笑んだ。その昔、暴君に殺されぬように毎夜物語を紡いだという御伽噺を真似してみたが、どうやら効果があったらしい。
「でも手前、いつも少ししか話しやがらねェだろ」
もごもごと、しかし初めて言葉を交わすのだとは到底思えないような雰囲気で天使が話す言葉に太宰は思わずふふと笑い声を零してしまったが、幸いそれにより気分を害した様子はない。
「その癖、実験だかなんだか知らねーが異能を使えと騒ぐ人間の中に手前はいない。ならてっきり飯を食えと云いに来たのかと思えばそれもしない」
確かに、本来であれば太宰も天使の研究に加わるべき人間である。が、躍起になる研究員達の中に混じったことなど一度だってない。それでも首にされないのは彼の頭脳がそれだけここから無くしてしまうには惜しい存在であったからだ。
「確かに、君達に関する研究をしようとしている人達に混じったことは一度もないが、私も一応彼らの仲間の一員だ」
「……手前、もしかしてクズ野郎か?」
「ちょっと、何処からそんな言葉が出てきたんだい!?」
唐突すぎる暴言に慌てて口を開いてみたが、だってと始まった言葉は太宰が一度も研究に参加していないことを再び指摘し、そのまま「つまりいつもサボってるってわけだろ?」と締めくくった。
「…………」
「やっぱクズ野郎じゃねーか」
無言は肯定とはよく云ったもので、一切間違っていない天使の言葉に苦々しい顔で黙ってしまった太宰を見、寝台に寝転がっていた天使は器用に片方の口角を上げた。それは天使にしては随分と生意気なものであったが、彼には似合っているように感じる。
「どうせこの後も仕事なんてしねーんだろ? だったらもう少しくらい話していったって」
「何だい、そんなに私と離れたくないのかい?」
「今すぐ出て行きやがれ」
からかい交じりに告げれば、ぼぶりと太宰の顔面に彼の寝台に置かれていた枕が飛んできた。予想外のことに反応できず顔面で受け取ってしまったそれ。
「ちょっと、暴力!」
「うるせえ」
ぎゃんぎゃんと、今までの無口っぷりが何だったのだと思わずにはいられないほど普通に言葉を交わしている状況だったが、不思議と違和感はない。強い力で顔面に飛んできたそれを寝転ぶ天使の顔に押し付け返すとすぐに鋭い右ストレートが飛んできた。天使とは温和な性格が多いと語られていたが、どうやら彼はそれには全く当て嵌まらないらしい。気が向いたら研究員達に教えてあげようと太宰が胸中で呟いた、そんな時。
「あの、失礼致します」
そんな声と共にセキュリティを外し開かれた扉から、一人の男が現れた。左手に持っているトレーから彼が天使に食事を運ぶ仕事を請け負っている人物なのだとすぐにわかる。
「おや、お疲れ様」
いつもであれば物音一つしないその部屋から賑やかな話声が聞こえてきていたことに驚いた男であったが、更には扉を開いた先で研究員――あの一度見たら忘れることのない外見の男が太宰であることは研究所内では有名である――が天使に枕を押し付けているような光景が目に飛び込んだのだから、男は思わず持っていたトレーを落としそうになったところを何とか持ちこたえる。
「君がこの天使の世話をしているのかい? こんな暴力天使じゃ随分苦労するだろう」
「否、自分は食事を運んでいるだけで世話だなんて大そうなことは……」
話している最中、太宰が持っていた枕が再び天使の手へと渡り、それがぽいと寝台の下へと落とされる。昨日まではシーツが僅かに乱れていた程度だったそれに比べたら雲泥の差で今日は部屋が乱れていた。
「……食事、ここに置いておきます」
おそらくそれが定位置なのだろう、入口近くの床に静かに置かれたそれを太宰が一瞥し「ご苦労様」と手を振る。研究員達全員に支給されている白衣と違い、スタッフと呼ばれる人々は皆作業着としてつなぎを身に着けているために、それはまるで動物の飼育を行う飼育員のようであると太宰にそんな感想を抱かせた。
「天使って、食事は要らないのだっけ?」
「……こんなところに閉じ込められてなければな」
スタッフの男が退室したことを確認し、太宰が口を開く。現在発表されている天使の知識はしっかりと頭に入っているために彼の答えの内容も凡そ想像できていたが。
「でも食べないのだろう? 腹は空かないのかい?」
寝転がった天使を置き去りに、静かに寝台から降りた太宰が男の持ってきたトレーへと近づく。太陽光からエネルギーを吸収できるために原則として食事を必要としない天使であるが、食事からのエネルギー補給も可能らしい――現在分かっているのはその程度であるため、では何からエネルギーを効率よく摂取できるのかはまだまだ模索中である。
水の入ったグラスとリンゴや葡萄といった果物と小ぶりのパン。ダイエット中の女性の食事かな? なんて首を傾げた太宰であるが、なんの許可も取らずに葡萄を一粒摘まみ上げ、ひょいと自身の口に含んだ。ほんの少しの渋みと、たくさんの甘味が口に広がる。
「君も食べるかい?」
「…………」
念のため聞いてみたが、返答はなかった。水を飲んだと報告を聞いているのだから餓死をする考えはないようだが、そう生きながらえるつもりもないのだろうか。
「葡萄は嫌いかな?」
今度は大振りのものを二粒選び、それを手に寝台へと近づく。一つをまたぱくりと口に放り込んだ後、残ったもう一つは中也の口元へと差し出した。
「美味いのか?」
「少なくとも私にとってはね」
美味い美味くないは人によって異なるため、太宰は差し出した手をそのままにそう返事を返した。すると、しばらく太宰の指につままれたそれを凝視していた天使の頭がふわりと動き、太宰の手ずから葡萄の粒を口に含んでみせた。
「ンッ……俺にとっても、美味いかな」
「……それはよかった」
突然の出来事に太宰がぱちりと目を瞬かせていれば、不意に自身の白衣が引かれる感覚。
「…………」
「……もう一つ食べるかい?」
何も云わずじっとこちらを見上げていた青い視線に、太宰がそう問いかけるとすぐに頷くことで肯定された。どうやら頷くという行為は天使にも共通しているらしい。これは別に研究員達には教えなくても構わないだろうと思いながら、太宰はまた往復することになっては面倒だと床に置いたトレーを持ち上げ寝台へと移動させた。
◆ ◆
「名前を聞いてもいいかい?」
それは、もうすっかりスタッフの男も太宰がいることに慣れ、二人が部屋でどれだけ騒いでいようとも気にせずに職務を全うして帰っていくようになった頃のこと。
「今更だけど」と付け足しながら、太宰は今日も出された葡萄の粒を天使の口元へと運ぶ仕事を行っていた。
野生動物で考えれば、手ずからモノを食べるだなんて随分懐かれたものである。
「名前?」
「天使にだって個々の名前はあるのだろう?」
「まあ」それだけ呟くと太宰の指が挟んでいた葡萄が彼の口の中へと消えた。数日前にぱくりと葡萄を食べたその日から、他のモノは変わっても葡萄だけは必ずいつもトレーの上に用意されるようになっていた。
「私の名は太宰治だ。人に名を訪ねる時は自分から名乗るのが礼儀というものだろう。で、天使は相手にだけ名乗らせて自分は名乗らないことが流儀なのかな?」
たっぷりの嫌味を含ませにこりと微笑んだ。
天使の彼らに人間の礼儀が通じるのかは知らないが、真面目な彼は基本的にしっかりと筋を通す性格をしているためにこういった物言いが一番効率がいいのだとは数日のやり取りで太宰が覚えたものである。
「……中原中也だ」
太宰の予想通り、素直に自身の名を告げた天使――中也に太宰は先ほどとは違う笑みを浮かべた。これは研究員達に知らせてやる義理はない。
◆ ◆
「……確か」それは、いつものように太宰が物語を紡いだ後の出来事であった。続きはまた明日にと締めくくった声に続き、小さく呟かれたそれに視線を送り続きを促す。
「手前は始め、物語を話すのは俺の歌の礼だって……云ってたよな?」
太宰はふと、そういえばそうだったなと思い出した。あの時はその場で適当な理由を付けたようなものであったが、途端に思い出す彼の歌声はたった一度聴いただけだというのに、今も太宰の耳に確りと残っている。
「もう一度歌ってくれるのかい?」
それは、もう一度聴きたいと思わせる歌声であった。
「……じゃあ、話してくれた礼ってやつだな」
そう前置き、中也は太宰に背を向けすうと息を吸い込んだ。
「…………」
話している時はその口調の乱暴さばかりが気になり、柄が悪いなんて印象を抱きやすいその声だが、歌うとこんなにも透き通った切ない色を放つのだと太宰は不思議に思いながら背後から響くその声に耳を傾けた。
彼の声だけで綴られるその世界は優しくて、だけれど少しばかり切ない。知らず知らずのうちに瞳を閉じ、その声に聴き入っていた数分間は太宰にとって少しばかり不思議な時間であった。
最後に伸びた高音の語尾が掠れ、そのまま円形の部屋の中に消えていく。中也の声を失ってしまっては他には何の音もしないその空間だが、新たに訪れた静寂は不思議と嫌ではなかった。
「…………」
「…………」
時間にしたらたった数十秒といったところだろうか。何の音もしなかったそこに僅かにベッドのスプリングが軋む音が響き、次いで太宰の背に少しの重さと確かな温もりが触れる。
「重いよ、中也」
「そんな体重かけてねーよ、軟弱者」
その言葉をきっかけに寄りかかった中也がわざとらしく太宰の躯に体重をかけていく。重さが増えることと同じように増えた暖かさに太宰の口元が弧を描いた。「小さい癖に、重たいなあ」それは、自分が思っているよりも随分と柔らかな声音になってしまったが、気付いていない中也からは「少しは鍛えろ」なんて厳しい言葉が飛ぶ。
「私は頭脳労働派なのだよね」
「頭脳でも肉体でも労働してない奴がよく云うぜ」
彼の中で、私は一体どれだけサボり魔に映っているのだろうね――胸中で浮かべたその疑問は、しかしまあ事実ではあるかとすぐに消し去った。
「ねえ中也」
「ンだよ?」
相変わらず背中にかかる重みも体温も変わらぬまま、太宰はゆっくりと口を開いた。
「この前歌っていた時は羽を出していただろう? あの羽をもう一度私に見せてはくれないかい?」
「羽を……?」中也は少しばかり眉を寄せ、小首を傾げる。
「この前は少ししか見ることが出来なかったからね。駄目かな?」
今度は太宰が同じように小首を傾げた。そのままの状態で暫しの間見つめ合った後、先に折れたのは中也の方だ。「仕方ねえな」と呟いたと思った次の瞬間。彼の背からふわりと大きな二枚の翼が現れた。
「……圧巻とはこのことを云うのだろうね」
「…………」
真っ白はそれはしかし様々な色を跳ね返しきらきらと輝きを放つ。
とてもこだわっているとは思えない安っぽい蛍光灯の下でなお神々しいまでのそれを見つめていた太宰だったが、そっと伸ばした指先が羽へと触れる。
「…………」
「ンだよ……」
そのまま幾度か表面を撫でるように優しく触れるその手のむず痒さを誤魔化すためにぶっきらぼうな言葉が口を突いて出る。
「……否、この上で昼寝をしたらさぞ気持ちいいだろうなと思って」
「俺の羽は羽毛布団じゃねェ!」
まるで腫物に触れるかのような手がぱっと離れたと思えば、いつもの調子で太宰はそんなふざけた言葉を並べた。それまでの静かな空気が一変、いつもと変わらぬモノに戻った途端、二人のまるで子供のような言葉の応酬が始まったのだった。
◆ ◆
「やあ中也、随分素敵な顔だね」
「ほっとけ糞太宰」
まさかあの天使とこのように呼び合うような関係になるとはとてもじゃないが想像していなかったが、太宰と呼ぶ彼の声は悪いものではない。と、そう感じるようになったある日。太宰がいつものように訪れたその部屋の寝台の上では右頬の色を青く変えた中也がむすりとした表情で胡坐をかいて腰かけていた。
ちょうど成人男性の握りこぶしほどだろうそれは、研究員に殴られた痕に違いない。打撲による腫れの影響で、開きにくい様子の右目はいつものようなアーモンド形をしていない。
「湿布を貰って来よう。他に怪我は?」
「…………」
「云わないならば無理やりにでも服を剥ぎ取って隅々まで調べてもいいのだよ?」
半ば脅しのようなそれだったが、ぴくりと眉を動かした中也は「他にはない」とだけ口にした。それが嘘であるか真であるかを知るには本当に服を無理やりにでも剥ぎ取るしかないだろう。彼がないと云うのならば、太宰にはその言葉を信じるしかなかった。
「…………」
「わあ、ぶっさいく」
医務室に勝手に侵入し、湿布を拝借して戻ってきた太宰が中也の頬にそれをぺたりと張り付ければ、途端に険しく表情が歪められた。痛みや冷たさもあるだろうがこれはおそらくそれ以上に……
「臭い」
「うん、そうだと思った」
怪我の場所が頬だったために、独特の香りが彼の鼻孔を襲って仕方がない。すーすーして気持ち悪いと文句の言葉を口にする中也を横目にごみを適当にぽいと床に放り投げ、太宰は「で、それは誰にやられたんだい?」と穏やかな声音で問いかけた。
「誰って……?」
「どうせ研究員の誰かだろう? 別に誰かくらい話してもいいじゃないか」
「名前なんて知らねーし」と最もな答えを口にした中也は、未だ湿布の臭いが慣れぬ様子で眉間には皺が刻まれていた。確かにその通りだと思った太宰が一つ一つ研究員の特徴を告げてゆけば、目的の人物を特定することにそう時間はかからなかったが。
「それじゃあ、昨日の続きから話をしようか」
「おう」
彼に物語を聞かせるのも気付けば二週間が経っていた。十四話目の今日は一人盗賊の頭の眼を盗み、古城に存在する倉庫の鍵を持ち出した男がようやく倉庫へとたどり着いたところからの続きである。始めこそ興味の無さそうにベッドに寝転がって聞いているのかもわからないような状態であった中也も、今ではベッドの上で胡坐を組み、太宰の語る物語に耳を傾ける。
「無事に崖を下ることに成功した男の目の前に聳え立つのは、少しの衝撃で今にも倒れてしまいそうな風貌をした石造りの城であった。城から伸びた塔は非常に高く、それは男にこのままこの塔を最上階まで登っていけば天にも届くのではと思わせる程だ。きっとあの聳え立つ塔の中に秘密の倉庫があるに違いない。そう考えた男は手の平の中の鍵を握りしめ、古城の中へと足を踏み入れた。外観も酷ければ、中も当然酷い有様のその場所は使われなくなってから一体どれほどの時間が経っているのか、本来戦を考え頑丈に造られているはずの壁も床も些細なことでぼろぼろと崩れていってしまいそうなほどに脆く、一歩を踏み出すだけでも細心の注意を払わなければならないほどであった」
男は慎重に、いつもの半分以下のスピードで一歩、また一歩と歩みを進める。ようやく階段を最上階まで登り切ったのは燦々と空で輝いていた太陽が西の空に沈む直前、最後の力を振り絞り世界を真っ赤に染め上げている頃であった。
白い色をしている城も、男の歩く階段も差し込んだそれらで真っ赤に染まり世界がすっかり色を変える時刻。他は簡単に壊せてしまいそうなほどに老朽化しているにも関わらず、どうしてかそこだけは今でもしっかりと施錠が施され、壁に穴の一つも見つけることの出来ない部屋の前に立っていた。
酒が入り、口が軽くなった盗賊の頭の男はこう云っていた。――城の秘密の倉庫の中には、どうしても欲しいものが入っている――のだと。その言葉を全て信じたわけではないが、しかしどうしてか盗賊達の目を掻い潜り、男は苦労してこの場所にやってきていたのだ。正直、彼自身自分が一体何を欲しているのかなどわからない。しかし、何かに突き動かされる衝動のままにこうしてここまでやって来てしまった。後はもうこの扉を開くだけである。
「続きは、また明日ね」
「……はっ!?」
そこで、太宰は意地悪く笑みを浮かべた表情で毎日の締めくくりとなっている言葉を口にした。そこまで集中していたのか、一拍の間の後に中也の青い瞳がきゅっと丸まり声を上げる。「あまり頬を動かしては湿布が剥がれてしまうよ」と取れかけた角を腕を伸ばして貼り直してやれば、くすぐったそうに閉じられた瞳と改めて意識してしまったためか「やっぱり臭せェ」なんて抗議の言葉が漏れた。
「天使を処分する?」
それは、すっかりいつものこととなった彼に昼食を食べさせ終え(今日は葡萄と梨であった)中也の部屋を出、地上に戻った時の出来事であった。
研究員の一人である男が太宰の肩を叩き「天使を処分することになった。今日までの奴の世話ご苦労だったな」と告げたのだ。それは、太宰に世話をするように命令した上司の男であると、その時になって気が付いた。
「……貴重な天使なのでは?」
殺すわけにはいかないと命じてきたのはそちらではないか――言外にそんな意を込める。しかし、男は何も気にした風もなく「あの天使では研究が進まないため、他の天使に変更する」なんて、本当にただの実験道具としか考えていない口ぶりで言葉を紡ぐ。
「次の天使はもう?」
「否、まだだがあの天使を餌に呼び出すことは可能だろう」
「それで、今の天使は次ぎの天使を捕まえるためにどうなっても構わないと」
確かに天使の仲間意識の高さは今までの観察結果からもわかっている。その為に誰も助けに来れぬよう、この研究施設は地下奥深くに用意されているのだ。ミサイルが飛んでこようとも地下の実験場には痛くも痒くもない設計で建設されている。
「ついでに天使の再生能力と生命エネルギーの実験も兼ねる。なに、無駄に殺したりはしないさ」
ぽんと、太宰の肩を叩き男はだらしのない足音を立てながら先ほどまで太宰が乗っていたエレベーターの中へと姿を消した。叩かれた肩を無意識のうちに払う。
「…………」
男は確かに今日までと発していた。つまりは今日、明日には何かしらの行動に出る可能性が高いといったところだろう。
再生能力と生命エネルギーの実験ならば何かしらの危害を加え、彼の力を観察しようとしているに違いない。怒りに身を任せ、今までひた隠しにされてきた異能力が発動したら御の字といったところだろうか。
「ふーん」
仲間を助け、自らが身代わりとなって捕まった彼が今度は餌にされて仲間を呼び出されるなどきっと耐えられることではないだろう。
「…………」
この数日間、彼と共に過ごして情が沸いたのだろうかと思ったが、これはそんな単純なものではない。
太宰は細い指を顎に当て、ふむと小さく呟いた。
「…………」
多少の前後や時間の長さの違いはあれ、毎日行われる実験の雰囲気が今日は違うことに連れ出されたその時から気付いていた。
太宰が現れ、昼食を食べるようになってから幾日か。太宰に対する態度は随分と変わったが、結局中也の中には太宰とそれ以外という二種類の人間しか存在していないため、当初と変わらず言葉も発しなければ異能力を見せることもない。そんな進展しない研究の日々についに研究員達も強行手段に出ることにしたのだろうと、何処か他人事のように中也は考えていた。
場所はいつもの実験場であるが、ガラスの向こうに存在する人間までもが防護服に身を包み、何かを話し合っている。――ああ、ついに殺されるのかな――中也はふと胸中に浮かんだその言葉をすとんと呑み込んだ。死ぬことに対してなんの考えもない。別に自分一人がいなくなったところで誰も困ることはないのだろうと。
「…………」
部屋に設置されたスピーカーが入れられ、ガラスの向こうで発せられる男の声が耳に飛び込んだ。告げられたのは想像の通り「これから致死量の電流を流す」こと。
死刑宣告をされたとて、中也の心はまるで動いていなかった。やるならばどうぞといった様子で厳重に拘束された両の手は地面にだらりと垂れ下がったままぴくりとも動かない。
その一言を聞くまでは――
「電流による耐久力の実験の後、その亡骸を使って次の天使を誘き寄せる」
ぴくりと、中也の肩が揺れた。
それはきっとこちらに聞かせるようのものではなく、あくまでガラスの向こう側の人間達だけの確認事項のようなものだったのだろう。しかし、確かに鼓膜を揺らしたそれを無視することは中也には到底出来そうもない。
「他の……天使?」
無意識のうちに呟かれたその言葉は残念ながら研究員達に届くことはなかった。
別に自身の異能力が嫌いというわけではない。しかし、自分の異能力を見ると怖がる天使が多かったため、中也は能力に頼りきることをやめ自分自身を磨くことに尽力した。能力と羽さえ隠してしまえば人間界に潜り込むことなど容易いために、こっそり忍び込んだその先で武術を学んだことすらあった。おかげで天使の中でも右に出る者はいないと云わせるほどの体術使いになっていた彼は拍車をかけて自身の異能力を使うことがなくなった。
「…………」
だらりと垂れていた中也の手が動く。
伏せられた顔には長い前髪がかかり、その表情を伺い知ることはできない。
一度強く握りしめた手をゆっくりと開き、中也は短く息を吸い込む。
「汝、陰鬱なる汚辱の……」
淡々と紡がれたそれに中也の意識はまるで眠りにつくかのように黒い世界の中へと消えていくような心地を感じる。
これから自身がどうなってしまうのかを理解した途端、浮かんだ唯一の心残りに自分自身でも知らず知らずに笑みがこみ上げた。
――ああ、太宰の話……最後まで聞きたかったな――
それは、酷く大きな揺れであった。
地中奥深くから響くその原因が何であるかなど、考えるまでもない。
「…………」
白衣のポケットに手を入れ、ふらりふらりと敷地内を歩いていた太宰は地面に着いた足を軸にくるりと躯の向きを変えた。あの揺れでは地下の研究室は酷い有様だろう。
とんと地を蹴った太宰はそのまま真っ直ぐに非常階段を駆け下りた。
「……お前、天使じゃなかったのか……」
砂埃の舞う不鮮明な視界の中、一人生き残った男はどうにか凝らした目でその姿を視界に入れた。小さな体躯、茜色の髪――自分達が天使であると日々研究に明け暮れたその躯からは天使の証であるはずの白ではなく、真っ黒に輝く大きな翼が広がっていた。
「悪魔……」
その呟きを最後に、男はこの世から姿を消した。中也の右手に生成された赤黒い塊が男を覆い、その場所に存在したモノ全てを呑み込み消滅させてしまったのだ。
「ハハ……ッ」
口元に笑みを湛えた中也が次々に発生させたそれが、世界を呑み込んでいく。彼以外には既に誰も存在していない。ただ彼の笑い声のみが響くその空間。
「……ゲホッ」
一つの咳と共に、床が赤く染まった。ゲホゴホと咳を繰り返せば、その度に喉奥から飛び出した血液が足元の色を変えていく。それは強すぎる力が故に反動の大きいその力に中也の躯が耐え切れなくなっていることを表していた。
ひゅーひゅーと細い息を繰り返し、それでもまた新たに力を開放しようとした中也の耳に、一つの足音が飛び込んだ。
「中也!」
ぴくりと躯が揺れ、そちらへ視線を送る。すっかり崩れ落ち、扉としての役目をまるで果たしていないそこから現れたのは息を切らし、額に汗を滲ませた太宰の姿であった。
「へえ、君の翼はそんな色にもなるのだね」
真っ白に輝く羽を確かに見ていた太宰は、薄暗い中でも強い存在感を放つその翼に思わず声を上げた。
「ふーん、異能を発動すると色が変わるといったところかな」
だから彼は異能力を使いたくなかったのだろう。穢れを嫌う天使だ、彼の翼はさぞ気味悪がられたに違いない。
「……私はその色も存外嫌いではないけれどね」
黒い羽に君の髪色がよく映える。瞳の色も相成ればまるでそれだけで空の移り変わりを眺めているようだ――そんなこの場に不釣り合いな言葉を並べながら、ゆっくりと近づいた太宰がその右手を伸ばし中也の頬へと触れた。
途端、ひくりと躯が小さく揺れた。黒く輝いていた羽がゆっくりと白へ戻っていく。
「まるで朝焼けのようだね」そう笑った太宰は力なく自身の腕の中へ倒れてきたその小さな躯を確りと受け止めた。浅いが呼吸は確かにある。瞼にかかった髪を優しく梳くと睫毛が震え、ゆっくり開かれるその瞳。
「……あれ」
「やあ、お目覚めかな? 中也」
「太宰……」
躯を動かす力は殆ど残っていないのだろう。瞳だけをどうにか動かしいつもの笑みを浮かべたその顔を視界に入れる。「起き抜けに私に会えて嬉しいかい?」なんてからかいを含んだ声音で囁く太宰であったが、次いだ言葉に思わず瞳を瞬かせた。
「……男は、秘密の倉庫の先で何を手に入れたんだ……?」
それは、毎日毎日中也に聞かせていた御伽噺の続きを訪ねるものであった。
息も絶え絶えで、今にも再び瞼が下がってしまいそうなほどに躯はボロボロな癖に聞きたいのはそんなことなのかと、太宰は堪えることが出来ずにふふっと笑みを零す。
「情けない男が扉の先で手に入れたモノは……家族だよ、中也」
「家族……か、ベタな落ちだけど、嫌いじゃあねーな」
「そう、それはよかった」満足気に口角を上げた中也の頬を撫でてやれば殆ど吐息のような声で「ちょっと寝る」と宣言しすぐに瞳が閉じられ、変わりに規則正しい寝息が聞こえた。
男が手に入れた鍵で開いたその扉の先には、見知らぬ女性が一人立っていた。
見たこともない、素性も全く知らない女性であるにも関わらず、男はすぐに理解することが出来た。――嗚呼、この人は自分と家族になってくれる人物なのだ――と。
幼少の頃に失って以来、一度も手に入れることの出来ない、縁遠い存在であったそれが目の前に現れ、男は震える足を叱咤しその人物へと近づいた。暖かな頬を撫で、そして改めて自分が孤独であったことを知ったのだった。
「めでたしめでたし」
まるで絵本の最後のページを閉じるように、太宰はゆっくりと開いていた瞳を閉じた。
毎日のように中也に語り聞かせていた物語も今日の話で終わりである。
中也の異能により地下の施設が壊滅、地上の建物も半分ほどがすっかり使い物にならなくなったその施設の一室――太宰にと用意されていたその部屋のベッドの上に横になっていた中也はその話を何処かぼんやりとした表情で聞いていた。
「なあ太宰」
「ん? なんだい、中也」
いつものようにベッドに腰かけていた太宰が首を動かし、中也へと視線を向ける。異能力を開放してから丸々二日眠り続け、ようやく彼が目覚めたのは三日目の正午前であった。躯への負荷が大きすぎるその力により、まだ躯は思うように動かせないようでゆっくりと動かした右手を握ったり開いたりを繰り返す。
「俺、なんで生きてるンだ……?」
最大限に力を開放すればそのまま自分の躯が耐え切れなくなり、死に至る――それは自分の異能力を自覚した時に知った事実である。重力なんて神に匹敵する力を得てしまったばかりの代償であり、悪魔のような力を有しているが故の羽の色だと周囲から囁かれてきたその力を、中也は確かに使ったつもりでいた。
「天使の数だけ様々な異能力が存在する。一つくらい、その異能力を消し去ってしまう異能力があっても不思議ではないと思わないかい?」
「っても……そんな異能力を持っている奴は……」
異能を持って生まれてくるのは、現在わかっている限り天使のみである。この施設には天使が一人しか存在しないために研究員達はあれほどまでに自分の力を見ようと躍起になっていたのではないか。
「羽もある種異能に近い存在なのだろうね。触れても消すことはないが、私には出すことが出来ない」
「は?」
「天使を区別する決定的な二つはその背から生える羽、そして異能力だ」
太宰がそのほっそりとした指を二本立てたと思えばもう片方の手でそれを隠す。
「では、それが二つとも視覚化しないものであったならば……それはどのような存在だと思う?」
天使と人間との違いを決定付けるその二つが見えないのであれば、それはつまり
「人間と、変わらない……?」
「まあ、そういうことだ」
そう告げて、太宰はにこりと微笑んだ。彼の言葉を整理すれば導き出される答えなどつまり一つしか存在しない。
「手前が……天使だって云うのか?」
「もしも先ほどの二つを有していなければ天使だと判断されないのであれば、私は一つを失ってしまっているけれど……でも、天使としか思えない外見を持っているだろう?」
ふざけた口調で太宰は自身の顔を指差した。冗談なのか本気なのかも判断付かないそれ。
「羽を持たぬ私は天使とは見做されない。異能力を消し去る異能だなんて、もう一人の天使が存在しなければ証明することも出来ないからね。それならばと人間として生きて来たけれど、しかし私は人間じゃあない」
とんと軽い音と共に太宰がベッドから立ち上がる。いつも身に着けていた白衣とは違う、初めて見る砂色の外套がふわりと揺れた。
太宰の語った情けない男の話とは、太宰自身を面白おかしく御伽噺へと形を変えたものであった。
元々の仲間から離れ、新たな仲間の元へ行くもそこに馴染むことも出来ず。何かを強く欲する渇望がある癖してその何かがわからない。
そして、それは少なからず中也にも共感できる節があったのだろう。
仲間想いでありながら、周囲から異端のレッテルを貼られてしまい馴染むことの出来ないその日々に。
「……俺達、半端モノ同士ってことか」
思わず零れたその声に、太宰は静かに瞳を伏せる。
「半端モノ同士が揃えば、一人前になれンのかな……」
そっと囁かれた言葉を太宰が「莫迦だね」と一蹴した。
「私と君が揃えば一人前どころで収まるわけがないだろう?」
そう、悪巧みを考えた子供のように微笑むと、ぱちりと瞳を瞬かせた中也も緩慢な動きで、しかし確りと頷いた。
おしまい。
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<br /><br />※完全パラレル作品です。<br />※原作の設定は使われておりません。<br />※モブが出ます。そして、モブによる中也さんへ軽度の暴力表現があります。<br /><br />パラレル設定の本当に何でも許せる方向けです。よろしくお願い致します。<br /><br />研究員太宰さん×天使な中也さんのパラレルです。<br /><br />Twitterで仲良くしていただいているひょぇゎひさん(<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/14995423">user/14995423</a></strong>)が描かれた天使の羽が生えた中也さん(<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/70047146">illust/70047146</a></strong>)のイラストに勢い余って文章を書き、押し付けさせていただいたところ、むしろ表紙のイラストをいただけるという幸運に恵まれました。<br /><br />是非文は無視して表紙のイラストだけ見て下さい……!!とても贅沢をしてしまいました。<br />ひょぇゎひさん、この度は本当に本当にありがとうございました。<br /><br />.
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(太中)情けない男の話。
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「……は?」
悩みに悩んだ一世一代のプロポーズは、風見によるその一言で返された。
五秒前に言った言葉は、「風見、俺と結婚してください」で、エンゲージリングも風見に見えるようにしっかりと蓋を開けて胸元まで持ち上げた。
それから三秒の間の後、簡潔な疑問符を投げ返されたわけだ。
結婚なんて興味はなかった。少なくとも二十代のころに興味はなかった。
組織は解体したし、残党ももうあとは公安が手を出すまでもないような下っ端連中しか残っていない。某男とのわだかまりも殴り合いの末ではあるが解決したし、さて三十代前半、後は何がしたいかといえば風見との関係を確固たるものにしたいということだったわけだ。
風見と付き合い始めたのは組織の解体より前の話。風見が三十歳、降谷が二十九歳。まだ安室とバーボンが降谷の生活の大半を占めていた頃で、風見以上のパートナーは居ないと思っていた。
それでも組織がどうこうなるまではなにも考えるまいと決めていたのに、その降谷の決意を台無しにしたのも風見だ。無礼講と称した酒の席で可愛らしい姿を披露してくれたかと思えば、そのまま持ち帰ればもう可愛いどころの騒ぎではなかった。どうしてくれよう食べてしまおう。あっという間にご馳走様。降谷の前で気を抜いて素の顔を晒した風見が悪い。
本当ならば翌朝はすっとぼけてしまいたかったであろう風見は予想通りの部分の鈍痛でまともに動けず、そして降谷が前日の風見の可愛かったところを延々と語ったところで降参した。以前から慕っていたのだと、側に居られることだけで十分だからそれ以上を望むつもりではなかったのだという言葉に、互いに思いあっていたことを知れば、あとは恋人同士になるだけだろう。
公私共にパートナーとなった風見と過ごして数年。プロポーズは見るも無残に叩き落された。
「いや、『は?』じゃないだろ。結婚してくれって話だ」
「寧ろ降谷さん何をおっしゃってるんですか。平和ボケですか。結婚も何も、男同士でそんなことできるわけないじゃないですか」
「お前そこは『嬉しい!僕もいつか降谷さんと結婚したいと思ってたんです!式はどうしますか?ドレスもいいんですけど、降谷さんとなら着物ですよね』って返すところだろう」
「長い!長いしありえません!誰の台詞を想定したんですか!」
降谷も確かに自分でもありえない台詞棚とは思ったが、一瞬くらい夢を見たっていいじゃないか。風見と一緒に過ごして、風見だけを人生のパートナーにしたいと思ったんだから。
結婚なんて本当はこだわってなんて居ない。したいと思ったこともないし、別に子供がほしいわけでもない。
ただ、一番簡単に目に見えて縁を結んで誰の目にも明らかにパートナーだとわかるというものが結婚という制度だと思ったのだ。自分たちでは確かに法律上は出来ないけれど、それでも風見ならば意図を汲み取って喜んでくれると思ったのだ。
それなのに、そこまで無碍にする必要はないじゃないかと自然と口の端と眉尻が下がってくる。
「恋人という肩書きだけでは不安ですか?」
「別に不安ってわけじゃない。ただ、結婚するなら君がいい」
「見合いでも勧められましたか?」
「そうじゃない!それとも、理由がないとだめなのか?」
何故今か。風見が欲しいと思ったからだ。落ち着いた今、風見の全てが欲しいと思ったからだ。
「確かにお前のことを抱いているし、俺の苗字になってくれたら嬉しいとか思っていたけど、女扱いをしたいわけじゃない。お前が俺のパートナーで、これからも一生お前と生きていくって決めてて、他にもいろんな方法があるだろうけれど、一番わかりやすくて目に見えた幸せが結婚だと思ったんだよ。気持ちの上でわかっていても、目に見える証が欲しかったんだよ。お前を疑ってるとかそういうわけじゃない、俺の我儘だよ。それじゃだめか!?」
自分でもどこで息継ぎをしたのかわからないほどに勢いで言い切って、全てを言い切った後にはやっと呼吸を思い出したように肩で息をしていた。息が苦しかった。目の前が滲んだのは酸欠だからだ。他に理由なんてない。
風見なら喜んでくれると思っていたから、肯定してくれないなんて予想もしていなかったから。そして風見の顔を見られないのは、彼に対していつでも不遜な自分を自覚させられて恥ずかしくなったから。
そうだ、いつだって自分はそうだった。風見に対しては全部自分の思い通りになると思っているところがある。
どれだけ難しいことを言おうと彼は応えてくれた。違法捜査だろうが、彼が本来得意としないことだろうが。プライベートだって彼は降谷に明け渡してくれた。どうして自分はそれだけで満足しなかったのだろうか。
風見との関係が強くなるどころか、これでは縁を切られても仕方ない。このままではだめだと謝罪を口にしようとしたそのとき。
「それならいいですよ」
風見の言葉に顔を上げた。多分、酷く情けない顔をしていたのだと思う。風見は降谷の顔を見た瞬間にくしゃりと表情を緩めて子供を相手にするみたいに優しい顔をしたのだ。
「かざみ、」
「はい」
「本当に?」
「貴方が本当にちゃんと考えた末に出した結論ならば」
風見の、体格相応に大きな手のひらが降谷の頬を両側から優しく包み込む。目尻を親指で拭われた瞬間に、目の前が更に滲んで風見がぼやけてしか見えない。
「あーあー、決壊してるじゃないですか。痛みにも泣かないくせに」
「だれが、」
「俺のせいですか?」
「おまえの!せいだよ!……おれが、どんなおもいで、……そしたら、おまえに、ふられたかと、」
「はいはい。俺が悪かったんで泣き止んでください」
どちらが上司でどちらが部下かなんてわかったものじゃない。結局のところは年齢で、性格で、降谷の尖ったところや素直になれないところまで全てを包み込んでくれるのは風見のほうなのだ。
頬に添えていた手が離されたかと思えば次の瞬間には風見の腕の中に納まっていた。どう考えても子供にするような仕草だったが、背中を優しく何度もあやすように叩いてくる。
「貴方、衝動的なところがあるじゃないですか。何かの理由で反射的に言い出した可能性だってある。それで後悔されたら俺だって流石に凹むんで」
風見が背中に与えてくれるリズムはいつだって心地がいい。言い訳を聞けば少しだけ溜飲も下がって、溢れ落ちていた雫も随分落ち着いてきた。
もうこれで大丈夫だと思えた時点で風見の胸を押して距離をとる。目を手の甲で拭ってから、もう一度。
改めて指輪を風見に見えるところまで持ち上げて、深呼吸。
「風見、俺と結婚してくれますか?」
「喜んで」
そのときに微笑んでくれた顔は、一生忘れることはない。こんなに綺麗な笑顔は今後見ることはないだろうと思えるくらいの笑顔だった。
それからいろんな伝をフルに使って教会を押さえ、自分たち二人で形だけの式を行った。
完全にクローズドで新郎が二人。神父も居ない、証人も居ない。本当に二人だけの、形だけのもの。
バージンロードを歩いて、二人で覚えた誓いの言葉を述べ、指輪を交換して、キスをして。
全てはステンドグラスから差し込む光だけが覗いていた。
それでも二人は十分に幸せだったのだ。
幸せだったのだが。
「……まさか、法改正されるとは」
「正直、日本は俺たちの生きている間ではありえないと思ってた」
「俺もです」
互いに四十も半ばになった頃。日本がまさかの同性婚を認めた。いつしか広がった性の多様化も関係し、結婚に関しての性別の垣根を完全になくした。そして婚姻・夫婦という男女を意味する言葉は取り払われ、一律してパートナーと呼ばれるようになった。パートナーの別姓も当たり前のように浸透してきた。
認められたその日には、今まで結婚制度に弾かれてきたカップルたちが役所に押し寄せたという。抱き合って泣く女性たちや、雄たけびを上げる男性たち。穏やかに手を繋いで噛み締めている二人も居れば、幸せそうに用紙だけをもらって二人が記念日にしたい日にまた来ますと満面の笑みを浮かべていたペアも居たらしい。
制度が変わって暫く、やっと役所やワイドショーの騒ぎも落ち着いた頃に降谷も紙を取りに行った。一生使うことがないだろうと思っていたその紙を風見と二人でテーブルに載せて凝視しながら、本当に自分たちがここに名前を連ねていいのかと真剣に考えたのは、まだ結婚が男女のものだという認識が強く残っているからだろう。
「……いいんです、よね?」
「いい、はずだ」
夫、妻の文字は消え、一人目二人目という簡潔な表記になっている。表記が簡素化されたように思えるのにたったそれだけでどれだけの人間が救われたのだろう。自分たちはその中の二人になるのだ。
「どっちに書く?」
「いいですよ、左側に書いて」
二人で交互に文字を埋めていく。
徐々に文字が乱れていく。
二人して目の前がまともに見えなくなっていて、いい歳のじじい二人でぼろぼろに泣いてしまっていた。
あれだけ無茶をして、何度も死にそうな目にあって、それでもこうして生きて大切な人が隣に居て、結婚まで出来るようになってしまった。
こんなに幸せな日が来るなんて、死線をくぐり続けていたあの日には考えもしなかったのだ。
全部を埋めきったときには情けないことに、二人で抱きしめあって声を上げて泣いた。今まで溜め込んできたものが流れていくようで、だからこそ二人して止めることなく満足するまで泣き続けた。
結局、届けの一部は二人の涙で濡れて文字が滲んでいたり紙が拠れて居たりしたけれど。だからといって文字は何とか読める。
「提出できる状態でよかったですね」
「もう一回、毛利先生と新一くんのところに名前をもらいに行くのは恥ずかしすぎるからな……」
保証人になってくれた二人はきっと、二度目も気前よく名前を書いてくれるだろうけれど、もう一度名前をもらいに行く理由が恥ずかしすぎて、考えただけで死にそうな気持ちになる。本当に読める状態でよかったと心底安堵した。
不備がないか穴が開くほど何度も見て確認して、少し滲んだ以外は何も問題ないとやっと判断できたのは二人で合計五回は見た後だった。
「行くか」
「行きましょうか」
こんなにそわそわした気持ちで二人で出かけるなんて、初デート以来だと顔を見合わせて笑う。
靴を履いて、外に出て扉を閉めて。
他人だった二人はこれでおしまい。
次に扉を開くときは、僕たちは家族です。
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降風、結婚するってよ。<br /><br />ツイッタータグにてフォロワーさんへの捧げものです。
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【降風】裕也百まで零九十九まで
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○あてんしょん○
赤い糸が元気に動いてます。
ただし今回は控えめ。
ふわっとした感じの人が書いてます。ふわっとした感じで読んでください。
なんでも許せる人向け。
なんでも大丈夫な人向け。
——————————
ファンの子に絡まれるのは嫌だったけど、なんとかしますという安室さんの言葉を信じてポアロへとやって来た。しかしなんだかお店の雰囲気が変なんですが。
「あぁ良かった。来てくれたんですね」
そう安室さんが言った瞬間に飛び掛ってきた赤い糸をいつもの要領でかわすと、安室さんの赤い糸はそのままの勢いで私の糸にぶちゅううううっと熱いベーゼをかましてきた。私の赤い糸はいい加減避けることを学ぶべきだと思うんだけど、正直かわしても急カーブしてきた安室さんの赤い糸に捕まる未来しか見えないのでもはやなにも言うまい。
視界の端で一方的にいちゃいちゃし始めた糸たちに関してはもう考えないことにしてにこりと笑う安室さんと向き直った。こちらへどうぞといつもの席に案内されながら、ちらちらと私を見てくる常連さんや女子高生たちの視線に居心地が悪くなる。席に座って注文をした後もやっぱり少し視線を感じて、一体何なんだと混乱した。格好が変なわけではないと思うし、今日は安室さんとまだお話すらしていない。こんなに視線を投げられる理由が分からなかった。来たばかりだけど目立つのが嫌いな私はもうすでに帰りたくなって、出されたお冷やをちびちびと飲みながら早く頼んだもの来ないかなと思った。
「お待たせしました」
目の前に置かれた紅茶とあんみつにやっときたと内心喜んだ。よく分からないが注目されているので今日はこれを食べてさっさと帰りたい。食べ合わせなんて細かいことは気にしない私は、さっそく手を合わせていただきますと口にした後あんみつをぱくっと一口食べた。うむ、なんでポアロにあんみつがあるのかは知らないけどとっても美味しい。紅茶にも口をつけると、その温かさとすっきりとした味に肩の力が抜けた。
「今日はなんだか少し緊張していますね」
不思議そうにそう問いかけてきた安室さんに、私は声を顰めてだって、と呟いた。
「なんか、自意識過剰かもしれないんですけど、ほかのお客さんに見られているんです」
なんでだろう、どこか変ですか?と髪を少し触りながら安室さんを見つめると、彼はあ。という顔をした後に苦笑交じりの笑みを浮かべた。
「それたぶん僕のせいです」
「え、」
一体どういうことだろうと首を傾げる。もしかしてなんとかすると言ったやつと関係があるんだろうか。ファンの子に絡まれないためになんとかした結果注目されるようになったって、それ本当になんとかできたんですかって感じなんですけど。
「先日のこと、覚えていますか」
「そりゃあ、強烈でしたし。でも安室さんもうあんなことないようにしてくれたんですよね?」
「えぇまあ。でもしばらくこうして見られることがあると思うので、すみませんが我慢してください。時間が経てばなくなると思うので」
「え……安室さん何したんですか?」
私が注目されるとか本当に何したんだこの人、と思って問いただしたが、安室さんは最後まで笑うだけで教えてくれることはなかった。いやめちゃくちゃ気になるんですけど。
その疑問が解決したのは、数日後のことだった。
*****
「あ―――!安室さんの想い人!」
「?」
今日は静かでいい日だなぁと思いながら本を読んでまったりしていたら、不意にそんな声が聞こえてきた。一体何を騒いでいるのかと顔を上げて声のした方を見やる。そこには蘭ちゃんとコナンくん、そして蘭ちゃんの友達らしき女の子の姿があった。おかっぱでカチューシャをつけたその子は、なぜか瞳を輝かせながら私のことを指さしている。ちょっとそのこ、なんて蘭ちゃんが諫めていたがそんなもの知るかと言わんばかりの勢いでこちらへやって来られたので正直びびった。私人見知りなんで勘弁してください。
「安室さんの想い人ですよね!?」
「なんの話です?」
突然至近距離でそんなことを言われ、思わず真顔でそう返した。いやいや、え。もしかしてこの子私と同じく赤い糸見えちゃう系なの???え、人生初の仲間ゲットだぜ???
「惚けないでください!安室さんがそう言ってたんですから!!」
ちょっと待ってその話詳しく。
カウンターから四人掛けの席に移動して一先ず自己紹介をし合った。私に詰め寄ってきた子は鈴木園子ちゃん。なんだか元気でパワフルな子だが、蘭ちゃんと同様私を見る目が完全に恋バナする時の女子で、その勢いと相まって中々な怖さである。お姉さんそういう方面のレベル底辺なんでお手柔らかにお願いしたい。などと思っていたのだが、そんなもの知ったこっちゃない園子ちゃんはぐっと身を乗り出すと私の顔を見つめながらそれで、とても楽しそうに話し出した。
「それで、安室さんとはどうやって出会ったんですか?やっぱりこのポアロで?ラブが生まれたってことはそれなりなイベントが発生したってことですよね?ぜひ聞かせてくれませんか!?」
「その前に安室さんの想い人って話を聞きたいんですけど、」
「え、それは安室さんがこの間からいろんなお客さんに相談してたからみんな知ってるって話なだけで」
みんなに相談ってなんだ―――!?!?!?
ガラガラピシャーン!と雷が落ちたかのような衝撃に固まる私をよそに、園子ちゃんは蘭ちゃんと顔を見合わせてそうだよね、うんうんなんて頷き合っている。待って待って、安室さんが私に好意を持ってるのは知っているし梓さんとかマスターもなんとなく分ってることは察してた。けど安室さんがはっきりそうだと言っただの相談しただのは初耳です。
あの人なんなの?火に油を注ぐつもり?
わけが分らないのでお願いだから詳しく話してくださいと頭を下げれば、園子ちゃんは困惑しつつも一から話してくれた。
曰く、先日安室さんのファンであるJKたちに安室さんが急に話しかけたのだとか。好きな人がいるんだけど振り向いてもらえない。女の子はどういうことをされると嬉しいか教えてくれないか云々かんぬん。そんな相談をされたJKたちは当然阿鼻叫喚。やだやだ私たちのあむぴが特定の女のものになるなんてー!!と涙目になり、私のことを知っていた一部があの女だこのやろうみたいに騒いだらしい。しかし安室さんがしょんぼりしながら僕ってそんなに魅力なんですかね……なんて言ったものだからすぐさまそんなことないよあむぴ!あむぴはかっこよくて素敵で私たちの推しなんだからどんな女が相手でも大丈夫!落ち込まないで私たちが協力してあげるから!!という流れになり、今ではあむぴファン改めあむぴの恋路を見守る会に変わったそうな。なんだそれなんだそれ。
「それで最近はポアロで定期的にJKたちによる恋心鷲掴み大作戦の作戦会議が開かれてるんですよ」
「それでここのお客さんたちも自然と安室さんって片想いしてるんだとか、安室さんの様子からあの子が噂の想い人さんかってもう完全に察しちゃって」
「なんだそれ」
安室さんのなんとかするって言葉を信じるんじゃなかった。これ確実に外堀埋められてるじゃん。逃げ道を徐々になくしてるやつじゃん。ただ者じゃないとは常々感じていたけれどあんな優男って顔しておきながらすごい策士で表情筋が死んだ。今の私はチベットスナギツネのような顔になっている自信しかない。隣に座っているコナンくんからかわいそうに、みたいな目線をいただいているのは気のせいかな?気のせいだよね?小一に憐れまれるとか本気で泣くのでやめてください。
思わず遠くを見つめるようにして窓の外を見る。しかし恋バナ大好きなJKがこれで終わるはずもなく、それで?と今度はお前のターンされた。
「なんであんなにイケメンから好かれてるのに付き合わないんですか?」
「その議題はすでに梓さんと話したので」
スンとした顔でそう言えば、いやいや私たちともお話してくださいよと食い下がられた。恋バナなんて本当に今までの人生の中でやったことないものだからエネルギー使うんだよ疲れるんだよ。
しかし好かれている自覚はあるんですよね、という蘭ちゃんの言葉に視線をうろっと彷徨わせた。いや、まぁほら、私赤い糸見えますからね、好意を抱かれていること自体は自覚してますよそりゃあ。でも、でもなぁ。
「なんで私?って感じで、」
「確かにあんなイケメンが自分を好きって、ときめく前に怪しむわね」
「ちょっと園子!」
なるほどなという顔をした園子ちゃんに蘭ちゃんがぷんすこしながら声を上げる。それにごめんごめんと軽く返したあと、園子ちゃんは私に向かってぐっと拳を握りしめた。
「でもそんなんじゃロマンスなんてあっという間に逃げちゃいますよ!!それに安室さんって本当におすすめ物件なんですから!ね、蘭!!」
「物件って……。でも、安室さん本当にいい人ですよ。父のお弟子さんなので関わる機会は多いですけど、いつも頭も良くて頼りがいもあって、正直父の弟子なんかにならなくてもいいくらい優秀な探偵さんだし」
突然始まった安室透プレゼン大会に、うーんと唸りながらコーヒーを一口飲んだ。
確かに安室さんは今のところ欠点らしい欠点が見当たらない、実によくできた人である。話し上手で聞き上手、人当たりもいいしお客さんからの評判も聞いた範囲では良いものしかない。そんな彼に好かれたことは、喜ばしいことなんだろう。でもよくよく思い出すと、好意を抱かれているという自覚が私にあるのは赤い糸が見えるからなのだ。本人からはそんな雰囲気を感じることはあれど、好きだなんて言われたことはない。そんな段階でどうしろと?勝算あるから私から告白しろって?恋愛レベル底辺女にそんな無茶な。
それに赤い糸があんなに激しい好意を示してくるわりに、本体からはまったくそんな激しさを感じないことが私は引っかかっていた。今まで私は赤い糸と持ち主の心はイコールだと思っていた。本体の恋愛に対する心の動きが赤い糸に反映されるのだから当然だ。しかし安室さんにおいては違う。私の糸に毎回あんなことをするくらいなんだから本体だって当然そういうことを考えるくらいの好意を持っているはずなのに、無理矢理迫ってくるわけでもベタベタ触ってくるわけでもない。ヒーローショーには強引に付いてきたけど、それをデートだって喜んだり、手を繋ぎたいなんて言ってきで終わったし、その後もふんわり好意を匂わせる発言があるくらいだ。ささやかすぎる。
そんなわけで、正直私も彼への対応を悩んでいるのだ。行きつけのお店の仲の良い店員さんだから、この先も良い関係でいたいとは思うんだけど。
「安室さんの話ばっかりしてるけど、お姉さんは安室さんのことどう思ってるの?」
ふと、それまで黙って話を聞いていたコナンくんがそんなことを聞いてきた。え、と固まる私をよそに、女子高生二人もそういえばといった顔をする。こっちの気持ちを確認してなかったわ!と鼻息荒く手を握ってきた園子ちゃんに少しだけ肩を揺らした。手の力強すぎぃ。
「で、どうなんですか!?」
「え、いや、その、素敵な人だとは思いますけど、」
「はっきり!好き!?きらい!?」
選択を迫る園子ちゃんにうぅっと唸りながら俯いた。
確かに向こうからの好意に関してはうんうん考えていたが、私の彼に対する好意に関しては考えていなかった。糸だけ見れば諦めの境地にいるといったところか。抵抗だってしてたし、いつもあんなことされてマジ勘弁みたいな空気を出している。ということは私は安室さんを好きではない?そのわりにポアロに通ってしまうのは?面倒ごとに巻き込まれたにも関わらず、関わりを絶たずに先ほどもこれからの関係を無意識に考えてしまっていた。
私は、あの人とどうなりたいんだろうか。
答えが出ずにただ悶々とする私に、園子ちゃんがこうなりゃデートよ!!!と叫んだ。
「デートすれば安室さんのこと好きか嫌いか、自分の気持ちにも整理がつくわ!!この園子様に任せなさい!!!」
なんだか面倒なことになってきた気がするのは私だけだろうか。
*****
「あんなイケメンとのデートならこっちもうんと綺麗にならないと!!」
そう言って連れてこられたのは有名なブティックだった。なんで高校生がこんな店に行き着けかのような態度で入れるんだと慄いたが、なんでも園子ちゃんはあの鈴木財閥のお嬢様らしくお姉さんたちとよく来たりするんだとか。鈴木財閥とかガチのお嬢様じゃないですかひえぇ。こんなにフレンドリーでパワフルなのにお嬢様だなんて、ご両親の教育の賜物なのか本人の気質なのか。ともかく会ったばかりだけど彼女がとてもいい子であることは分かっていたので、貴重な出会いだなと思った。しかし突然こんなところに連れてこられて一体どうするつもりですか。いや服屋さんに来たなら目的は一つですよね。
「ねぇ、この人に合う服見繕ってくれないかしら?」
や、やっぱりー!!!
いやあの、こんな高そうなお店でいろいろ買えるだけの手持ち持ってないです!ていうかまさか今からデートするんですか!?今日安室さんいませんでしたけど!?なんて涙目で園子ちゃんを見ると、コーディネートだけしてもらって同じような雰囲気の服を安い店で揃えるのよ!と大変庶民的な回答をいただいた。デートはばっちり服を揃えて誘うわよ!なんて力強い発言も。え、そんなこと店員さんの前で言っていいの?なんてびっくりしたが、この店はそもそも鈴木財閥のものらしいので細かいことは気にしなくていいんだとか。もっと楽にファッションショー楽しみましょ!なんて笑顔で言われ、あぁやっぱりこの子はお嬢様なんだなぁと引きつった笑みを浮かべた。蘭ちゃんもコナンくんも苦笑している。だよね、やっぱり庶民とはちょっと感覚違いますよね。
さぁこちらへ、なんてにこやかな店員さんに手招き、私はええいままよと言われるがまま試着室へと向かった。
それからまぁあれやこれや着せられては脱がされ着せられては脱がされを繰り返して、一体どのくらいの時間が経っただろう。早い段階で疲れがピークに達した私は、もう早々に店員さんたちの着せ替え人形になっていた。こっちの色が似合うかしら、ねぇここはフリルがあった方が、あらじゃあこっちは、なんてきゃっきゃしてる彼女たちにもうそろそろやめてくださいなんて言えるはずもなく、かと言って向こうにいるであろう蘭ちゃんをこれ以上待たせるわけにもいかず、はてさてどうしようかと死んだ顔のまま考える。髪型だのアクセサリーだのの話までし始めた店員さんにこれ以上はやめてくれと涙目で待ったをかけたが、やるなら徹底的に!となぜか叱られ結局頭のてっぺんから足のつま先までコーディネートされてしまった。普段着ないような大変お洒落で可愛い服、くるりと緩く巻かれた髪、小さなアクセサリーは控えめながらも輝いていて、鏡の中の私はどこのお嬢さんと言わんばかりの外見になっていた。劇的ビフォーアフターだ、匠たちすごすぎる。
あの私お買い物しないんですけど本当にいいんですかこんなにしてもらっちゃって、そう言えばいいのいいのと軽く返された。そしていい仕事したわねと満足げな店員さんたちに、さぁお披露目ですよと笑顔で背中を押される。なんか恥ずかしいぞ、なんて思いながらも用意された靴を履いて蘭ちゃんたちの待つ場所へと歩き出した。
「みんな遅くなってごめんな、さ」
かなりお待たせしたであろうみんなに謝罪しながら登場すると、なぜかそこには彼らの姿はなく、その代わり別の見知った人物が立っていた。
「こんにちは」
「え、は、なんで安室さんがここに」
「ちょっと呼び出しを受けまして」
にっこり笑顔で立っていたのは安室さんwith赤い糸だった。わけが分からず固まる私と、うわやばいと言わんばかりの勢いで私の後ろに隠れた私の糸。安室さんは微笑んだままこちらに近づいてくると、店員さんたちにありがとうございましたとお礼を言ってするりと私の腰に手を回した。同じように彼の赤い糸も隠れた私の糸にするりと絡みつくと、こちらは多少強引にぐいと私の糸をひっぱり上げていつか見たようにきゅっと強制的に蝶々結びした。よくよく見ると結んだ後近い距離で固定された先端同士をくっつけあって永遠ちゅうしていらっしゃる。あぁ君はいつ見ても相変わらずだね。私の糸はどうやっても逃げられない形に悲鳴を上げているようなリアクションとってるよ見えてるかな???
いやそれにしてもなんで安室さんがここに?みんなはどこ行ったの?呼び出しを受けたってどういうこと?そう問いかけようと口を開いたら、言葉を発するより先に腰に回された腕をぐいと安室さんの方に寄せられて身体同士を密着させられた。糸と同じような行動をするんじゃない。
「なに、え、なんです?」
「さ、行きましょうか」
「どこにですか?え、というか園子ちゃんたちは、」
至極当然な私の言葉に答えないまま店の外へと歩き出した安室さんに、困惑したまま私もつられて足を動かす。首だけ振り返って店員さんたちを見ると、とてもきゃっきゃした様子でいってらっしゃいと手を振られてしまった。いやなんで?わけ分かってないの私だけでは?というかちょいまち!!
「安室さんこの服とか靴とか全部お店のもので!!」
「あぁ大丈夫ですよ。もうあなたのものですから」
パードゥン???
私のものとはどういうことだ。私全くお金払ってないし、お店のくじに当たって今回のお買い物は全部タダです!なんて言われたりもしていない。なのに私のものとは?
分からないことばかりで疑問符を浮かべながら見上げると、いつもよりもずっと近い距離に少しばかりどきりとしてしまった。いや、腰抱かれてるからそりゃあ距離近いのは当たり前だけど登場にびっくりしすぎて全然気にしてなかったんだよ。先日の路地裏JK事件の時よりもずっと顔が近くにあるの耐えられないんですけど。顔がいいんだからそういうとこ喪女に配慮してください。
そんな風にドギマギしていたら、いつの間にか店の前に停められていたやたら高そうなスポーツカーに乗せられていた。本当にいつの間に!?エンジンをかけてびゅんと力強く走り出した車に、理解の追いつかないままひえぇと情けない声を上げてシートベルトを握り締めた。
*
車の行き先はお洒落なイタリアンのお店だった。またもや疑問符が浮かび、なんでだどういうことだとずっと頭の中で叫びながらもそのまま手を引かれて店の中に入る。窓側のなんだかいい感じの席に通されて外国人の素敵なウェイターさんにメニューを渡されたが、混乱極まれりな私の頭の中にはメニューが全くと言っていいほど入ってこなかったので、結局安室さんがなんか適当なものを頼んでくれた。
いやいやメニューとかどうでもいいんでそろそろ事情を説明してくださいよちょっと。
じとりとした目で見つめると、やっぱり気になるんですねと肩をすくめられた。それから手を組んでテーブルに両肘をつくと、その手の上に顎を乗せて安室さんがきゅっと目を細めて笑う。ポアロで見る店員さんの顔とは明らかに違うそれに、先ほどよりもずっと胸がぎゅっとした。
「僕が最近ポアロのお客さんにいろいろと相談していたことはご存知ですか」
「え、」
ご存知もなにもつい何時間か前に聞いたばかりですけど。そう思って返事をしようとしたがちょっと待てとブレーキをかけた。相談事の内容が内容だったからだ。だって相談してるの知ってますってことは、つまりあなたが私を好きだって知ってますよと言っていることになる。いや、ちょっと、返事しづらいでしょうよどう考えても。
視線を彷徨わせてどうしようと黙り込んだまま考えれば、ふふっと堪えきれないといった笑い声が安室さんの口からこぼれた。
「知ってますって、顔に書いてありますよ」
「えぇ!?」
反射的に頬を両手で隠すと今度こそ耐え切れないと言わんばかりの笑い声を上げられた。え、そんなに笑うキャラだったの安室さん。なんだかいつも微笑んでるってイメージだったからちょいとびっくりです。でも優しく微笑むよりくしゃっと笑った今の方がなんだか可愛くて、うっかりときめいてしまった。
途端に気恥ずかしくなって思わず俯く。スカートを少しだけ握って、なんだこの雰囲気まるでデートだと思った。でもそう思うのも仕方ない。だってこんな雰囲気の良いお店で、普段とは違ったおしゃれな格好してて、逆にデート以外の何があるんだ。しかも相手は私に好意を抱いている人だ。デートだろう、どう考えても。そしてデートと言うことは、その、もしかしたら告白のターンなんかもあるかもしれないとうっすら思った。私だって女だ、自分の気持ちは分からなくてもこんなイケメンに好意持たれているって知っててこんな状況じゃ、いろいろ期待もする。お客さんに相談して、こうしたらいいんじゃみたいなこと言われて、そんでもって園子ちゃんたちに協力してもらいましたって展開は、ちょっと都合がよすぎるかな?
そんなことを思いながらそっと安室さんの顔を窺うと、そこにはいつも通りの、優しい笑みを浮かべたポアロの店員さんがいた。
「すみません、勝手にあなたを僕の想い人にしてしまいました。傍から見ると火に油を注ぐようなものかもしれませんが、案外上手くいったんですよ?」
安室さんのその言葉に、それまでのふわふわした気持ちが途端にぺしゃりと落ちてしまった。
今、安室さんは私が好きだという嘘をみんなについてファンの子たちを上手く味方につけた、そういう風に話した。そう、私が好きなんだということを嘘にしたのだ。糸が見える私からしたらそれこそ嘘だ。あなたは私が好きなはずで、なんでそれを嘘にしてしまうのかが分からなかった。糸はあんなにも私との運命を求めるのに、こうやって嘘にして、笑っている安室さんは一体何を考えているんだろう。
あぁ、なんだか無性にむかついてきた。……うん?むかつくってなんだ???
「常連の女の子たちは今では僕の恋の応援係。あの年頃の子たちは誰かの恋を自分たちの力で成就させることが大好きですから、これで先日のようなことは起きないかと思います。でもその話を耳にした園子さんたちが自分たちも協力すると言ってきまして、」
「もしかして呼び出されたっていうのは、」
「はい、その、連絡がありまして……“めいっぱい着飾ってあげたからあとはデートして告白よ!!”と。彼女たちから」
もやもやする胸元を握りながら話を聞いたら事の顛末がようやく分かった。そ、園子ちゃ~~ん!!!と頭の中で叫びながらため息をつく。あの子のあの勢いからしてそうじゃないかなとは思っていたけれど、蘭ちゃんもコナンくんもなんで止めてくれなかったんだ!!!
ぐぬぬと頭を抱えて唸ると、安室さんも若い子って勢いがありますよねなんて言って苦笑していた。若いって、安室さんも若いのになにを言っているのやら。
えっと、とりあえず彼が何を考えているのかは置いといて、現状としては安室さんは私を好きではないけれど好きだということにして立ち回り、そのせいでいらん気を回されてデートすることになったと。ふむ、それで正直にデートする安室さんもどうかと思いますけど、確認したいことがもう一つ。
「この服のお代、まさか安室さんが出したんじゃありませんよね」
「そりゃあ男なら恋人に服をプレゼントしたいというのはどこの世界でも共通でしょう」
「いや恋人じゃないですし」
んんんやっぱりーーー!!!なんとなく予期していたけど本当に漫画みたいなことするねこの人!!!財布を鞄から取り出して払いますと言えば笑って首を振られた。いやいや、こっちが首振りたいんですけど。
「先日のお詫びということで、受け取ってくれませんか?返品されても渡す相手はいませんので」
「うう……そう言われると受け取らざるを得ないじゃないですか」
高かったでしょうと聞けば、店員さんがお嬢様の知り合いですからとサービスしてくれましたと笑って返された。冗談か本気か分からないが、どっちにしても申し訳ない。しかし着飾ったあなたとこうして一緒にいられるんですから大した出費ではありません。なんて言われ、もうやだこの人と口をへの字に曲げた。
こういうの慣れてないんですねぇと、とっくに分かってただろうことをからかうように指摘されて、安室さんって意地悪なとこもあるんだなと思った。ついでに言った。そしたらきょとんとした顔をして、それからふっと柔らかく目を細められた。
「あなたが相手だからかもしれませんね」
ねぇなんでそんなこと言うんですか。好きだっていうことを嘘にしておきたいなら、そんな顔しちゃだめだと思うんですけど。本当にこの人、よく分からない。いっそ糸みたいに素直に接してくれたらいいのに。
そこまで考えてはっとした。あれ、車の中では結んだままちゅっちゅしていた私と安室さんの赤い糸がいつの間にか姿を消してる。いつもよりずっと大人しいのは本体同士のデートを見て空気を読んだのかと思ったんだけど、どこにもいないなんて怪しい以外の何物でもない。こっそりと自分の小指を確認すると、糸は私たちが座っている場所の斜め前にあるテーブルの下でなにやらごそごそと動いていた。テーブルクロスがかかっているのでよく見えないが、相も変わらずちゅっちゅしているご様子。蝶々結びは解かれていて、へろへろになった私の糸が安室さんの糸によってさらにへろへろにされていた。うん、糸たちはいつも通りだなぁ。
と思った瞬間、私の糸がするりとテーブルの下から出てきてこちらへと逃げてきた。あぁついに逃げることを覚えたんだと思ったのもつかの間、逃がすものかと言わんばかりの速さで出てきた安室さんの糸に絡めとられ、床に押し付けられるようにして身動きを封じられていた。つかの間すぎる自由に目頭が熱くなる。しかし今日はデートを意識しているのか未だにアー!!な展開になっていないので、ほんの少し期待した。こんなに雰囲気のあるお店にいることだし、もしかしたら本当に空気を読んでいるのかもしれない。そうそう雰囲気大事ですよきみ。三回やらかしていますけど、四回目で学んだのなら私も私の糸も今までのことは水に流さなくもない。
などと考えながらそちらを気にしていたら、おまたせしましたとウエイターさんがやってきて、頼んでいた料理が運ばれてきた。とっても美味しそうな香りに思わず頬が緩む。すると安室さんがふふふとまた小さく笑い声を上げた。
「食べるの好きですよね、本当に」
「いやまぁ、美味しい物を食べると幸せになりますから」
それにうだうだと考えてしまったせいでいつもよりお腹がすいているのだ。美味しい物でも食べないとやっていられない。
いただきますと手を合わせて、目の前にある料理を口に運ぶ。美味しそうな見た目だったし美味しそうな香りだったが、味も本当に美味しかった。思わずんんんっと声を上げてその美味しさに浸る。しっかり味わった後に名残惜しい気持ちで飲み込むと、ふうと幸せのため息をついた。
「おいしい」
「それはよかった」
頬杖をついて私を見ていたらしい安室さんにとても嬉しそうにそう言われた。食べる姿をまじまじと見られるのは少しばかり恥ずかしいのでやめてください。え、ポアロでもよく見ているじゃないかだと?それはそれこれはこれ。
見なくていいから安室さんも早く食べましょう、そう言いかけて、私ははっと気づいてしまった。何やら怪しげな動きをしている安室さんの糸に。先ほど床に組み伏せた私の糸に、自分の身体を押し付けるようにしてぬこぬこしている彼の糸に。
きょ、今日は寝バックかーーー!!!!!
どっちが前か後ろから分からない糸だが、下にいる私の糸が逃げようともがく様子からなんとなく今うつ伏せ状態なことが分かって、その状態で始まったということはつまり正常位ではなく寝バックだなという結論に達した。日々想像力を鍛えられている私は今完全に自分でダメージを受けました。美味しいものを食べて感じた幸福感が瞬く間にどこかへ行ってしまい、ただただ頭を抱えたい衝動に駆られる。大きく前後に動いて私の糸に自身を押し付け、かと思いきや小刻みに動いて私の糸を翻弄する。いやだから動きにバリエーションいらないんですってば!!
「どうかしましたか?」
きょとんとした顔でこちらを見てきた安室さんに殺意がわいた。いやどうしたもこうしたもあなたの糸のせいなんですけど!つまりはあなたの心!!好意!!!なんっであんなに激しいんですかもう少し順序とか気にしてください!!!ついでに言うならやっぱり安室さん私のこと好きなんじゃん!!!もうほんとになんなの!!!
などと頭の中で叫びはするが、口ではいえ別にとだけ言って押し黙った。こういう時私にしか見えないことが悔しくなる。もしこの人にも見えるならやめてと言うことも、これどういうことですかと聞くこともできるのに。
歯噛みしながら糸たちの様子を見ると、私の糸の下の部分がたわんで安室さんの糸に絡みつき、そのままぐるりと巻きついたかと思うと後ろに引っ張るようにして彼の糸を逆に床へと引き倒した。
驚いて一瞬フリーズする。しかし今自分の糸が何をしたのか徐々に理解して、私は思わずテーブルの下でガッツポーズした。
ふおおお!!なんてことだやればできるじゃん私の糸ちゃん!!!いつもやられっぱなしかと思いきや経験地を積んでついに安室さんの糸を完全に負かしてしまったではないか!!!
感動で打ち震えながら頭の中では拍手喝采、スタンディングオベーションで紙ふぶきも舞っていた。人だろうと糸だろうと私たちは日々進化しているのだーーー!!!なんて拳を突き上げもうお祭り騒ぎだわっしょいわっしょい。
安室さんの糸の上に乗っかり、完全にマウントポジションをとった私の糸も心なしかどうだと言わんばかりの雰囲気をかもし出している。たぶんすごい得意げな顔をしていると思うがそれもそうだろう。三回負け越した相手にようやく勝ったんだから。もうなんか喜びでごちゃごちゃ考えていたことがどこかへ行ってしまった。もういい、とにかく今はおめでたい!!
ここ最近で一番良い気分になっていた。うん、だってついにだもん。そりゃあ嬉しさもひとしおです。でも私は忘れていたのだ。安室さんの赤い糸がそんな簡単に負けるはずないってことを。
しゅるりっ
不穏な音がした。
え、と気づいた時には、もう安室さんの赤い糸のアクセルはベタ踏みされていた。
しゅるしゅるるっ!!!
ぎゅぎゅっ!!しこしこしこしこっ!!!!
あ、アーーーッ!!!
安室さんの糸は先ほど私の糸がしたように下の方の糸をぐっと持ち上げ私の糸に絡みついたかと思うと、なんとマウントポジションを取らせたまま固定し、下からズンと突き上げ出したのだ。まさかそんなことをされるとは思っていなかった私の糸はえええ!?と混乱したままただただ彼の糸に好きなように突き上げられ、小刻みに震えながらいやいやと先端を横に振っている。まさか寝バックだけではなく騎乗位までされるとは思っていなかった私も混乱の極みではわわと口元を覆った。
「大丈夫ですか?なんだか顔色が、」
心配そうに見つめてきた安室さんだが、あなたの糸、つまりあなたの心が私の心を騎乗位でアーーーッ!!!しているんですよ分からないでしょうけどねぇ!!!!と本気でムカ着火ファイヤーしてきた。しかし私が怒るよりも糸たちが絡まり、震え、そしてピンと反ったかと思うと二本してくたりと床に倒れ込んだので、なんだかもう一周回って疲れ果てて怒る気も失せてしまった。でもこれだけは言わせて欲しい。
「安室さんって、」
「はい?」
「私のことどう思っているんですか」
これだけのことをしておきながら好きじゃないとか言う気じゃないだろうなこのやろう。
糸が見えない安室さんに怒ってもなんにもならないことは分かっていたけれど、いい加減私もおこなのですよ!むっとしながら睨むようにしてその目を見つめると、少しだけ丸くなった青い瞳がすっと伏せられて、そして何事かを言おうとして彼が口を開いた。
ブーブーブー
その時、バイブ音がした。はっとした安室さんが携帯を取り出し、すみませんと言って外へと出て行く。完全に電話に邪魔された私は、無意識に力が入っていた肩をすとんと落として椅子の背もたれにもたれかかった。それから暫くして帰ってきた安室さんは、いつも通りのようでどことなく違う、あえて言うなら路地裏で会った時のような違和感を感じさせながら薄く笑った。
「すみません、ちょっと探偵の依頼が……」
どうやらお仕事らしい。はぁ分かりましたと返事をして、料理もそこそこにお会計をして二人でお店を出た。そして安室さんの車で近くの駅まで送ってもらう。本当は家まで送りたいのですが、なんて申し訳なさそうにする彼にいや気にしないでくださいとだけ言って、私は車から降りた。
「あなたのこと、」
開いた窓からお礼を言おうとした私よりも早く口を開いた安室さんは、車の中から私の目を真っ直ぐに射貫いた。その顔はいつもポアロで見る顔とも、路地裏での顔とも違っていて、私はただただその青を見つめ返した。
「好きになれたら、きっと、とても幸せだと思うよ」
少し違う口調に目を見開く。でも薄く笑った安室さんはすぐに車を発進させて、そしてあっという間に街の中に消えてしまった。
走り去った車の影を追うように道の向こうを見つめたままその場に佇む。
「なんだそれ」
去り際にちょんとキスされた私の糸と一緒に、明かりの灯った街のどこかにいる安室さんを私はしばらく探し続けた。
——————————
「私のことどう思っているんですか」
そう尋ねられた瞬間、口から出そうになった好きの言葉はかかってきた電話によって再び自分の中に仕舞われることになった。一言断って外でとったその電話はバーボンとしての仕事に関するもので、それは今日の浮かれたような気持ちを一気に現実に戻すだけの力を持っていた。
あぁ、そうだ。恋なんてしている暇はないのだ。誰かを好きになる余裕なんてないのだ。やらなければならないことがある、なによりも優先させねばならないことがある、そんな僕には。
頭を切り替える。彼女には探偵の仕事が入ったと嘘をついて今日のデートを早々に切り上げにかかった。何も言わずに車に乗った彼女に安堵と、ほんの少しの名残惜しさを感じる。
もし僕が、俺ではなくて本当に僕だったら。潜入捜査官なんてものじゃなくて、本当にただの喫茶店の店員で、探偵で、どこにでもいるなんてことない男だったら。君を好きだと言える普通の男だったら。なんて思って首を振った。
たらればはやめろ。全部嘘にしてしまえ。得意なはずだ、そういうことは。彼女にも僕が好きだということは嘘だと思うように話した。それでいいんだ。
小さく息を吸う。これから彼女とは不自然でない程度に距離を開けていこう、そう思って、なんだか胸が重くなった。
あぁ、本当に、何も考えずまっすぐ君を好きになれたら幸せだっただろうに。
苛立ちや寂しさを吹き飛ばすように、アクセルをぐっと踏みしめた。
——————————
主人公
好意は見えてるけど見えてるからこそ混乱中。なんでこの人まっすぐ来ないんだ、謎。自分の気持ちもイマイチ整理できていない。これも謎。
安室さんの最後の言葉も本当になんだそれ、ってなってる。好きになれたらって、なってるじゃん。安室さんの糸が自分の糸に触れるだけのキスをしたことも、いつもなんかもっとガツガツくるのに、と思った。思い悩むお年頃。
安室透
お洒落してる主人公とデートしてハッピー。けど好きなことは言わないし嘘にしておきたい。ポアロでみんなに言ったのも女子高生たちをうまく丸め込むため。
自分がただの男なら、なんて夢見て馬鹿らしくて笑った。大事なものは日本であることはいつだって変わらない。
けど、もしヒーローなら、こういう時どうするんだろう。
第四話でした。
今回は主人公が悩む回でした。糸たちは添えるだけ。好きが目に見えるからと言っても簡単には恋できない主人公めんどくさい。立場とかいろいろ考えて勝手に嘘にして諦める安室さんも。いやしかしもだもだ書くの楽しいです。
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好きなの好きじゃないのどっちかにして!!<br /><br />赤い糸が見える以外一般人な主人公と安室さんの恋模様。第四話。<br />赤い糸に関して色々と独自設定してます。<br /><br />追記<br />評価、ブックマーク、コメント、タグの編集ありがとうございます。<br /><br />なぜか控えめ、という部分に疑問を持たれていてはてと首を傾げています。<br />今回は夢主の気持ちの変化の部分を中心にしたので騒がしくもなく控えめでしたね?ね?<br />まぁ次もそうかと言われるとどうでしょうって感じですが。また騒がしくしたい気もします。予定は未定。<br /><br />デイリーランキング、女子に人気ランキングにお邪魔させていただきました。<br />本当にありがとうございます。
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店員さん、あなたの赤い糸ちょっと活きがよすぎやしませんか④
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10154462#1
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※クッションページ※
[[jumpuri:【画面と物語の向こう側に行きたいジン成り代わり主】 > https://www.pixiv.net/novel/series/959811]]の後日談。時系列的には組壊後、成主がまだ車椅子生活してる時期。
完結記念とフォロワーさん1000人突破リクエスト企画で銀月様からリクエスト頂いた『怪盗キッドと絡む話』を元に創作したものです。
作者の脳内の欲望のままに書き綴っています。
本誌を追ってはいますが単行本は一部所持、アニメも少しづつ視聴中です。
小説に必要な所を優先的に選んで所持、視聴しています。
原作沿い・救済による原作改変・キャラ改変・捏造設定満載。
ジン成り代わりの為、外見はジンのままですが中身は別人となります。
ジン成り代わり主(以下、ジン成主)の成り代わり前の人物は原作知識のある女性ですが、詳細は決めておりません。成り代わり後の性認識は男性です。
成り代わり前の人物を成り代わり夢主、または二次創作オリキャラとして捉えるかは読者様へとお任せします。
スコッチの名前バレ有。単行本はの方はご注意ください。
警察学校組救済生存。
組織壊滅済み。組織の人間は公安、またはFBIの管理下にあります(あの方、ラム以外)。
各職業、症状、その他もろもろについては、一度調べていますが基本的に妄想とご都合主義で構成されています。
以上を踏まえてお楽しみください。
※スコッチの本名は名前発表後、仮名の緑川唯から緑川景光(愛称:景/ヒロ)へと変更しています。
※本誌にて、苗字が正式に発表されたら苗字も修正予定です。
※また、組織時代の偽名は緋色光。原作時の偽名は江戸川グレイで設定してます。
[newpage]
「キッドからの予告状が園子のところに来たみたいだから昴さんと行ってくる」
そう言って名探偵は赤井を連れて出かけていった。明美、零はポアロでの仕事で不在。シェリーもポアロに行っている。これで工藤邸に残っているのは俺と景だけになった。広い豪邸に二人きりは随分と静かだ。
しかし、ガキ同士の対決に赤井を連れていくのは護衛と言えど過剰戦力ではなかろうか……。これが劇場版でなければだが。
「景は行かないのか?俺はポアロに行ってもいいぞ」
「んー、昴が行くなら十分じゃねぇ?」
車椅子の隣にいた景に声をかければ、少し考えはしたがあっけらかんと返ってきた。
「だが、キッドがらみでひどい事件に巻き込まれたりしたんだろう?」
「あー…たまにあるけど……大丈夫大丈夫。今回、警備隊として萩原達も行ってるみたいだから……なんかあったら、あいつらも手伝ってくれるだろうし?」
怪盗捕まるのでなかろうか。俺には関係ないがあの怪盗も目的があって怪盗をしている。俺が助けた人間のせいでその目的が潰えることにならないことを願っていよう。
テレビのニュースをつければ、おあつらえ向きにキッドの事を取り上げていた。
「……特集までするのか」
「いつもだぜ?なんでか人気なんだよなぁ……」
ニュースでは、今までのキッドの活躍が流れている。このほとんどに名探偵もキッドキラーとして参加しているのだからすさまじい。
「景」
「ん?」
「今流れてるやつでお前も関わったことあるだろう?どれが印象に残ってる」
「あー…最近だと飛行船とひまわりのやつかなー?でっかい事件になったり、なりかけたから」
確か劇場版だったか。どちらもニュースになっていたが、俺の覚えている劇場版とはだいぶ違う結果になっていたはずだ。
「でも、まぁ……忘れられねぇのはエッグの時かな」
「ほう?」
「初めて会ったのがエッグの時だったんだ。コナンはその前から対決してたみたいだけどな。アイツが小五郎さんのところに遊びに行ったまま着いていったりしてたから……」
やや遠い目をする景に、名探偵が落ち着いたのは零が来た頃だからなとため息を吐く。いや、景、零、赤井の誰かが必ず着くようになったから景の心労が減っただけか。それでもだいぶマシになったが。
「あの時もコナンが小五郎さんに着いていきたいって言うから……無茶しないように言い聞かせて見送ったら……伊達からコナン達の乗ってる船で殺人事件が起きたって連絡来たんだ。俺も一課に頼んで合流したんだけど、そこで白鳥に変装してるキッドに気づいてさ。コナンにバラすか無茶苦茶悩んだんだよなぁ……結局言わなかったけど」
ベルモットの新出医師には違和感止まりだったけど、ちょこちょこ会う白鳥に変装してたのは流石にわかった。と、笑う景に、俺はとんでもない告白を聞いているのではなかろうかと頭を抱える。
「景。お前キッドの変装見破れるのか?」
「最近だと、知らない人でも一目で、あっ、キッドだなって思う。コナンより先にな。でも、コナンも赤井もわりとあっさり見破るから俺が教えなくてもいいし?陣だって、俺やベルモットの変装見破れるだろ?」
「まあな」
そう言われればそうか。俺はまだ怪盗に会ったことがないから分かる気がしないが……知人の変装は見破れる自信はある。
「しかし、それで良いのか警察官?」
「陣が言わなければ大丈夫」
「……黙っておいてやろう」
「へへ、ありがとう。そんな陣に特別に教えてやるよ」
あまり聞こうとは思えないのだが……景が手招きをしたので身を少しだけ乗り出す。景も体を寄せて、俺の耳元に囁いた。
「俺の師匠有希子さんだろ?有希子さんの師匠あいつの親父さんなんだ。ベルモットの師匠も。そんな人の息子を俺が捕まえるわけにはいかねぇじゃん?だから、俺ん中でキッドに関しては見守る事になってんの。アイツの目的も知ってるからな」
まさかの事実である。俺は原作を知っているゆえに怪盗の正体を知っているが、景も知っているとは。俺の知らないところでいろいろと繋がっているらしい。零やコナン、赤井が知ったら怒りそうだな。いや、赤井は楽しみそうだが。
「大丈夫って言ったけど、アイツ関連で大事件になる時は、協力して欲しいって頼まれるんだよ。ひまわりの時は事前に頼まれたし……今回それがなかったから別にいいかなって。もしかしたら、連絡来るかも知れねぇけど」
おい、公安に怪盗の協力者がいるぞ。いや、コイツに変装術教えるように工藤夫人に頼んだのは俺だが。頭が痛い。大体、俺のせいだ。
「……連絡先まで知ってるのか」
「町であったら喫茶店で話すくらいには仲いいぞ。……これも内緒にしてくれよ?」
人差し指を口に当て、悪戯が成功したように笑う。原作にできうる限り従っていたが俺の知らぬところで世界はだいぶ変わっていたようだ。
「俺の部屋にもテレビあるし、せっかくだから特集見ながら裏話も聞かせてやるよ。有希子さんやベルモットくらいにしか話せなかったから話せる奴が増えるのは嬉しい」
機嫌良さげに笑う景。楽しそうだからなにも言うまい。
「じゃあ、その一番最初の出会いから聞かせてもらおうか」
「もちろん!あ、なんかつまめる物と飲み物持ってくから部屋行っててくれ」
キッチンに向かう景を見送り、一つため息を吐いた。頭が痛いが今となっては過去の事だ。
俺の知らぬところでいったい何が起こっていたか……諦めて楽しませてもらうこととしよう。
[newpage]
景光視点
園子ちゃんの家である鈴木財閥に、怪盗キッドからの予告状が届いたと蘭ちゃんから聞いたコナン。鈴木財閥から協力を依頼された小五郎さんについていきたいというので、無茶をしないように言い聞かせて送り出した。
本当は行かせるべきではないと思ったんだが、優作さん達の願いもあって自由にさせている……公安上層部ではあの工藤優作に恩が売れるならという感じなのだ。確かに優作さんすごい人なんだけども……面倒見ている俺が大変なんだが……。だって、アイツとにかく事件に巻き込まれまくるんだもの。
だから、コナンが小五郎さん達と大阪から帰ってくる途中の船で、殺人事件に巻き込まれたと伊達から連絡を受けて俺は公安のデスクで頭を抱えた。
船に乗る前に貰った電話で、大阪でもキッドを服部くんと追ったと聞いたがなぜこうも首を突っ込み、巻き込まれるのか。無茶しないようにいっただろ!いつものことだけど!
俺、もう内勤せずにアイツにずっと着いておくべきじゃなかろうか……。あれだけ保護してる子供が事件に巻き込まれてるのに俺に内勤命じられるのなんでだろう……。
「風見さん……」
「引き継ぐから行ってこい。アリスさんの迎えもこちらでやろう」
「いつもすみません……」
やっていた書類を風見さんに引き継ぎ、エレベーターで、捜査一課のフロアに向かう。ヘリで船行くのに乗せて貰うためだ。伊達以外の一課の人達には所属を明かしていないが察してる人は察しているかもしれない。でも、聞かれたりしたことはないし、伊達も聞かれたことはないと言っていた。まあ、気にされないならそれでいいのだけど。
「すみません!待たせてしまいましたか!」
「いや、大丈夫だ。江戸川君も大変だねぇ。弟君が毛利君と出かける度に事件に巻き込まれるとは」
「本当にいつもすみません」
目暮警部に頭を下げる。公安の仲間にも、一課の人達にも本当に申し訳ない。なぜ、ああも巻き込まれるのか……。胃が痛い。
「調子悪そうだな、江戸川」
「大丈夫ですか?」
「伊達と高木か……毎度、出かける度に事件に巻き込まれてると聞くのは胃が痛くてな……」
「心中お察しします……無理しないでくださいね」
高木は優しいな……。心配ありがとう。
「ヘリの準備が出来たそうだ!」
連絡を受けたらしい目暮警部の声にヘリポートへと向かう。道中、休暇帰りの白鳥と鉢合わせた。目暮警部と会話している姿を見て、どことなくコイツ白鳥じゃねぇなと思った。なぜ、そう思うのかと言われても答えられないのだが。
ただ、俺と同じ…いや、それ以上の変装の腕は持っている。有希子さんやベルモットが日本にいない今、こんなことができるのはキッドぐらいだろう。問い詰めてもいいが、俺の優先すべきはコナンだ。アイツと合流してから考えよう。
俺の視線に気づいているのか、いないのか、偽物の白鳥は俺を見ようとしない。まあ、何をしようとしているのか様子見といくか。
ヘリに乗り込み、船へ。ヘリポートまで迎えてくれた小五郎さんが目暮警部と話しているのを見ていたら、小五郎さんが俺に気がついたようで声をかけてきた。
「お前も来たのかグレイ」
「ええ、伊達から連絡貰いまして」
「あー、わりぃな。今回もボウズ巻き込んじまって」
「いつもすみません。アイツ迷惑かけてませんか?」
「早速、事件現場に首突っ込んでるぞ」
まあ、だろうな……。胃が痛い。せめて、護衛にしっかりつければまだマシなのに。
「本当にすみません……」
「お前が謝るのも違うだろ。とりあえず、アイツが無事なの見て安心しろ。表情が暗いったらありゃしねぇ」
小五郎さんに案内され、現場につけば、我が物顔で現場に当然のようにいるコナン。俺が来たことにやべぇと言わんばかりの顔をしたが、ふと考え込み俺の足に抱きついてきた。
「兄ちゃん!」
「無事そうだな。コナン。だが、事件現場に入るのは褒められたことじゃないな」
「ごめんなさい……」
しょんぼりとしたコナンを抱き上げれば、こっそりと耳打ちをされた。
「兄ちゃん、右目ばかり狙って殺す犯罪者って知ってる?」
俺が来るまでの間に何か気がついたことがあるらしい。ホント、洞察力や推理力は優作さん似だ。実年齢高校生でこの推理力って末恐ろしい。
「え、なに?トイレ?あー…犯人がいるから一人で行動できなかったのか。ここの部屋の使うわけにもいかねぇもんな」
なんて、言いながら現場を後にする。毎度似た様な手を使ってるが、コナンの現在の年齢もあっていつものことかと見送られた。白鳥以外はだが。白鳥の視線を受けながらも俺はコナンを連れ、空き部屋だという隣部屋に入る。もちろん鍵は閉めて。
「それで?右目ばかり狙って殺す犯罪者について知りたいって?」
「うん、今回の被害者は右目が撃たれていた。大阪でキッドが生死不明なのは兄ちゃんもしってるだろ?」
「まあな」
それっぽいのと一緒に来たけど。
「キッドを追ってる途中で割れたキッドのモノクルを見つけたんだ。そして、月明かりに照らされる拳銃を持った奴の姿も」
「ほう?キッドを撃った奴と今回の犯人は同じだと?」
「ああ」
頭脳系はゼロと陣に任せているからそこまで得意じゃないが、特徴的な殺し方に国際手配されている怪盗が思い浮かんだ。
「……一人だけ思い当たる奴がいる。スコーピオンだ」
「スコーピオン……スコーピオン……!ロマノフ王朝の財宝を専門に狙う怪盗!」
「知ってたか。右目を狙う手口も似ているし、今回のエッグもロマノフ王朝の財宝って聞いているから間違いないと思う。俺から目暮警部に伝えればいいか?」
「お願い」
流れを決めて、部屋を出れば、隣の捜査は鑑識の三人だけになっていた。他の人はロビーで事情聴取を受けているとのことなのでロビーへと向かう。ロビーに着くとコナンが小五郎さんと蘭ちゃんの元へ駆けていく。それを見送り、俺は目暮警部にスコーピオンのことを伝え、携帯で電話をかけるふりをしながら、俺は廊下へと引き返した。
背後から聞こえる足音を聞きつつ、ロビーからの物音が聞こえない位置まで歩き、後ろを振り返る。
「なんのようだ。白鳥……いや、怪盗キッド」
「なんのことですか江戸川さん」
「シラを切るってなら、そのマスク剥がさせてもらうぞ」
睨みつければ降参とばかりに両手を上げる白鳥に変装したキッド。だが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「いやはや、知らない刑事さんがいると思えば、苗字はあの名探偵と一緒だし、兄だっていうんだから気にならないわけないだろ。何より……オレと同じ変装術使ってる怪しい刑事さんならなおさらな」
「……同じだと?」
「あー……ちょっと余計なこと言っちまったかな」
視線を逸らすキッドにどことなくコナンを思い出す。なんというか、仕草といい口調といいコナンに似てる気がした。今の姿は白鳥のはずなんだがなぁ……。
「まあ、いいさ。気になるなら、アンタの変装術の師匠にでも聞いてみな」
「……そうさせてもらおう。それで、お前がここにいる理由はなんだ。返答によっちゃこのまま目暮警部の前に突き出す」
「おーおー、怖い怖い。睨むなって、同じ変装術使う同門なんだからさ」
そう言われると、少し気まずい。有希子さんから習った変装術ではあるが、俺は有希子さんの師匠の事は聞いたことがないからな。それが怪盗キッドに連なるものだっていうのなら俺が今自由に動けているのは怪盗キッドのおかげだということになる。
そういえば、組織の変装の達人と言われてるベルモットの表の顔の一つは有希子さんと友人だった。なら、彼女の変装術も怪盗キッドに連なるものなのだろうか。
「おーい、お兄さん?急に黙り込むのやめてくんねぇか?」
普段、白鳥がしそうにない呆れた表情でキッドに呼びかけられ、意識をこちらへと戻す。露骨な悪意も殺意もないからって油断するなんて、ゼロに知られたら怒られるだろうなぁ……。
「ん、ああ……悪い。あと、すまんが白鳥の顔で百面相するのやめてくれるか、普通に面白い」
ややキザなところはあるが真面目な白鳥の姿ゆえに、ころころと表情を変えられると思わず笑いそうになる。いっそのこと、白鳥演じたままでいてほしい。というより、怪盗キッドってキザなイメージあるけど、結構親しみやすい性格してるんだな。
「そんなこと言われても困るんだけど……なんなんだ、アンタ。まあ、いいや。オレがここに来た目的は、エッグを守ることだ。スコーピオンの手からな。それ以上の目的は……アンタが協力してくれるなら教えてやってもいいぜ?」
「俺に悪事を手伝えと?」
「いや、お兄さんはあの名探偵の弟君と行動してくれればいい。どうも、アンタは腕がたちそうだからな。スコーピオンを捕まえるのに役立ってくれそうだ」
「お前はスコーピオンの正体を知っているのか?」
「……辺りはついているが、まだ確信はない。このまま放っておけば、新たな犠牲者がでる可能性がある」
「それを俺に防げと」
正直、俺がキッドに協力する理由なんてない。だが、わざわざ俺と二人っきりになってまで話に来て、これ以上犠牲者を出したくないと言っているのはキッドなりの誠意にも感じる。
「……いいだろう。どうも、お前とは何かしらの縁があるようだし、犠牲者を増やさない為なら今回限り協力してやる」
「そうこなくっちゃな」
どことなく悪戯小僧のような笑みを浮かべるが、それ白鳥の顔なんだよなぁと思ったのは心の奥にしまっておいた。
[newpage]
「まあ、そんなことがあって、俺はキッドと手を組んだってわけ」
「なるほどな……お前とコナンとキッドが入れば、スコーピオンも相手にはならんか」
「おそらくスコーピオンだって人物は教えてもらってたから、俺が警戒すれば特に問題なかったな。単独行動しようとするの止めたりして、船での被害者以外は出さずに済んだし。……あっ、これがもう一つのエッグを守るために俺達が行った城」
そう言って景の指差したテレビには、城で撮影されたCMが流れていた。これが流れているということは劇場版では燃えた城もまだ現存しているのだろう。消失しているモノのCMを使い続けているとは思えないからな。
「からくりだらけでさ。探索してる時は結構楽しかった。伊達も一緒だったんだけど、同期全員で来たかったって思ったもん」
「テーマパーク扱いか……」
「いやー、さすが世紀末の魔術師って言われただけの人が作っただけあったわ」
「萩原と松田は好きそうだな」
「そうそう!あいつらどっからか聞きつけてきて、すげー悔しがってた!あいつら手先は器用だから、やっぱりああいうからくり系は気になるみたいでさ。無茶苦茶文句言われたんだ。俺らも仕事だってのにひどいよなぁ」
ひどいという割にはだいぶ楽しんでいる表情である。おそらく、散々伊達とあの二人に自慢したに違いない。伊達は常識人枠ではあるのだが、五人だけになると途端にじゃれるからな……。
「それで、スコーピオンはどうやって捕まえたんだ?」
「え、特に面白みねぇよ?城のからくり解いて、見つけたもう一つのエッグとキッドが持ってきてたエッグを奪おうと、拳銃取り出したところで俺と伊達で取り押さえた。んで、伊達とキッドに連行してもらって終わり。途中少年探偵団の子達と博士と合流した以外は特になにもなし」
「キッドは見逃したわけか」
「まあ、アイツの目的聞いたらなー。警察としては、迷惑だけど……俺の管轄外だし?それにコナンも現行犯逮捕じゃないと捕まえないっていってるからいいかなって。それに解決した後、有希子さんに事情聞いたからな。アイツが自分の信念曲げねぇ限りはさっきも言った通り見守るだけさ」
今回はなにしてくるかなと笑う景は、思い出す前に比べると随分と図太くなったと思う。だが、責任と心配事で押しつぶされそうだった頃に比べると今の方が断然いい。
「お、始まるぜ」
視線をテレビへと向ければ、ニュースが中継へと変わる。騒がしい喧騒の中、夜空に白いマントがたなびいているのをカメラが捕らえた。
[newpage]
成主(黒澤陣/ジン)
今回は聞き役。自分の知らない所は随分と変わっていたとようやく気づいた。キッドに興味はないがスコッチが楽しそうに話すので、穏やかに笑いながら聞いていると思われる。
緑川景光(江戸川グレイ/緋色光/スコッチ)
怪盗と仲の良い警察官。正体等、有希子さんやベルモット、本人から聞いている。なんだかんだ成主と並ぶブラックボックス。
世紀末の魔術師以降は、頻繁にキッドと遭遇することとなり、死人が出そうな時や大事件になりそうな時は阻止する為に協力することもある。
キッドの正体はこの後、今までの事件調べて、あれ?新一君に似てる?って気づく。その後あった時に、新一似の顔が素だと確信する。
江戸川コナン(工藤新一)
偽の兄が怪盗とお茶する仲だとは知らない。博士に電話をしていないし、蘭ちゃん助けるシーンやラストの探偵事務所のシーンはカットされました。
沖矢昴(赤井秀一)
観客気分で名探偵の護衛してる。キッドについてはボウヤのライバルだから俺が手を出す事は無粋だろうと思ってる。
毛利蘭
今回セリフないけど、ちゃんと名探偵の面倒みてる。名探偵の正体疑いはしたけど、実の家族がいるので気のせいだと思い直した。
毛利小五郎
ようやく自身でセリフ言った。お調子者だけどちゃんと常識人してるおっちゃん。
伊達航
白鳥さんが偽物だとは気づかなかったが、スコッチに頼まれてお城探索に同行した。探索中は二人共お仕事モードだったけど、終わった後にめっちゃ話した。
高木渉
お姿は初期のものではなく現在のものをご想像ください。原作通り最後まで白鳥さんが偽物だと気づかなかった。
目暮警部
こちらもセリフ初。スコッチについてはいつも大変そうだなと思っている。原作通り最後まで白鳥さんが偽物だと気づかなかった。
風見裕也
スコッチの仕事いつも引き継いでくれてる。
怪盗キッド(黒羽快斗)
電話盗聴できなかったけど、江戸川家のこと調べて名探偵の正体にはたどり着くと思う。スコッチの変装は最初から気づいてて、正体バラされる前に巻き込もうと思った。おおごとになりそうな度に都合よくスコッチがいるので巻き込んでいる。原作に比べると一人で無茶しない。
町で会った時はなんでこの人声かけてくるんだろうと思いながら奢ってもらってる。
劇場版だと変装した状態で運転してるけど、君高校生だろう。無免許ダメ絶対。この話では伊達さんがついてきてるので伊達さんが運転してくれました。
名探偵に比べると、このシリーズのスコッチがキッド懐柔するの早いかなと。変装術のルーツ的に同門ってのと利害の一致から始まるから。あと、キッドの素の性格と相性良さそう。
スコッチ的には怪盗だけど、自分の殺さずって信念貫いてるから眩しいなぁくらいで見ているんじゃなかろうか。
キッド的には込み入った事情ありそうな割には軽い兄ちゃんだなとか思ってる。ちょこちょこ鋭い視線もするからだた者ではないだろうなとも思ってる。人助けの為に手を貸してって言ったら、大体いい返事が帰ってくるのでいざって時は名探偵ごと頼りにしてる感じ。
これを書くためにキッドの出てくるコミック買ったのですが、全巻買ってるわけではないので口調が迷子……。これであってるのだろうか……。まじっく快斗も取り急ぎ買わなきゃ……。
というより、男キャラ書いてると全員口調が似てきて書き分けできてない気がしてのたうちまわりたくなります。
しかし、白鳥警部の格好であの口調だとホントシュールだな……。ツッコミながらもよくスコッチ笑わないなと思いながら書いてた。普通に笑うで。
服部君より先にキッドを書く事になるとは思いもしなかった。
以下、スコッチが怪盗キッドの素顔に気づいて、町で初遭遇した時の会話文
「君、ちょっといいか?」
「はい?……あ゛」
「やっぱり、あの時の!いやー、お礼言えなかったのが気になってたから会えてよかった!奢るからちょっと話せないか」
「あ、いえ、人違いでは?」
「いや、間違いないよ?その顔はよく知ってるからな。……うちの弟が育った姿と随分と似てるよな君」
「ひぇ……」
「取って食おうってわけじゃないから、安心していいって。どっか入るのがいやなら、そこでコーヒーでも買おうか。コーヒー駄目なら別に他のでもいいよ」
「……じゃあ、チョコシェイク」
「チョコシェイクなー」
「アンタ、一体なんなんだ……」
「ん?君と話したかっただけだけど?」
「ふーん……」
「あと、まあ……俺の師匠から話聞いて、困ったことがあれば力になってやろうかなって。最初に会った時みたいな人助けなら大歓迎」
「ホントなんなんだアンタ……」
「弟が弟だからなぁー……あんまり、若い子が無茶してるの見てられないんだよ」
「あー……心中お察しします?」
「これからは君の分の心配も増えそうだけど」
「お人好しだなアンタ」
「よく言われる。自分じゃそんな事ないとおもってるけどな」
「ふーん」
「ま、なんかあったらこれに連絡しなよ」
「名刺?」
「そ、俺の今の名刺」
「今のね。日常でもその姿ってことはアイツと同じくワケアリってことか」
「あー、うちの家族についてはあんま深く聞かないでくれると助かる」
「まあ、いいさ。謎のままの方がいいものもあるからな」
「ありがとう。じゃあ、またな。怪我しないよう気をつけろよ」
「アンタも名探偵の無茶に付き合って怪我すんなよ」
互いに名前は呼ばなさそう。君とか、アンタとか、お兄さんとか、そんな感じで話ししてる。スコッチは振り回される側だと思うけど、振り回す時は振り回す側だとも思っている。黒羽君は素では振り回されてるけど、キッド状態では振り回す側になる。黒羽君、身軽だけど戦闘向きではないらしいので、スコッチから足技優先で教えてもらったりすればいいんじゃないかな。どちらも手が大事な仕事?だからね。
スコッチは狙撃手始めてからボクシングから足技主体にしてるとよい。
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怪盗キッドのニュースを見ながらスコッチがジン成主に初めてあった時の思い出話するだけの話。<br /><br /> リクエスト企画で頂いたリクエストを元に書かせていただきました。<br /> 以前お知らせしたようにリクエスト企画で頂いたリクエスト分については後一作品は今月中に投稿させていただきます。<br /><br />11/11 クッションページ変更しました。
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【APTX解毒前】彼が怪盗と邂逅した日のこと
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10154574#1
| true |
以下、注意書きとなります。
・鶴丸が(演技とは言え)モブ女優とキスする描写あり
・審神者にとって鶴丸は二人目(一人目は別本丸)
「別本丸鶴丸(ちょっと腹黒)」→? ←←←「審神者」→? ←←←「自本丸鶴丸」
・極で描写があるのは山姥切、鯰尾、薬研、長谷部、愛染、和泉守、同田貫、秋田。
・トンデモ設定は見逃してください
・作者の捏造妄想
・最終頁に、審神者と女優のお友達デートの話と、同田貫と女優の一幕
[newpage]
審神者は演練に滅多に顔を出さない。本丸を始めて四年半、ほとんどが刀剣たちのみで参加してもらってきた。
理由はただ一つしかなく、産休代行をした[[rb:芙蓉 > ふよう]]の本丸に出くわしたくないからだ。
だが先だって鶴丸への歪んだ思慕により自己嫌悪に沈んだ彼女は、それを理由に自身の刀剣たちの晴れ舞台とも言える場を避けている自分にも嫌気がさし、ついに演練に出向くことにした。
七百超の本丸、演練の対戦相手が芙蓉となる確率は低い。
審神者にとって、演練に出向くこと自体が一大決心だった。常ならぬことをする判断の反動で妙に気が大きくなったためか、芙蓉とは多分遭遇しないだろうし、したらしたでどうとでもなる、とまで思っていた。
だが半年以上ぶりに演練場に踏み入れてみると、大事なことを忘れていたことに気づく。たしかに対戦相手は七百分の一の確率となるものの、演練場にいる本丸の数は五十を下らないのだ。
運が悪ければ芙蓉に出くわし、さらに運が悪ければそこにあの鶴丸がいる。
審神者は演練場に着いて早々に、それとなく山姥切の背に隠れようとしたが、すぐに気づかれ不審な目で見られた。
「あんた、何をしてるんだ」
「いや、ちょっと人の多さに酔いそうで」
山姥切はあからさまに眉を寄せ、何を馬鹿なことを言ってるんだ、と一蹴した。
「久しぶりに来る気になったんだから、主らしくしていてくれ」
「ごめん」
今日は第三部隊長である鯰尾の提案で、第一~六部隊までの各隊長のみ、それを一部隊として演練に出る。
部隊間の横の繋がりも大事だから、と言いつついかにも面白がっている様子の鯰尾だったわけだが、どうやら久しぶりに審神者が同伴するとあって、何か趣向を凝らさなければと彼なりに考えていたようだ。
部隊長たちは第一部隊から順に山姥切、鶴丸、鯰尾、長谷部、和泉守、薬研で、彼らはその任がほぼ固定となっているため、一緒に戦うことがない。
山姥切はいつも通り真面目に演練をやるつもりで、しかし普段彼の支配の及ばない隊長たち五名が何かしでかさないか、少し心配そうに眺めている。
「今日は隊長職のことは忘れて、いち隊員として好きにやらせてもらうぜ」
薬研がにやにやしながら腕組みをしている。明らかに、この急ごしらえの部隊でも隊長を務めなければならない山姥切に対する、からかいの言葉だ。山姥切は眉を寄せながら、ため息をついた。
「あまり好き勝手すると、降格させられるぞ。何せ今日は主が見ているからな」
審神者は苦笑いをする。降ろしたりしないから、と薬研に言った。
前を歩いていた和泉守が振り返る。
「しかしよぅ、主。何で突然、演練に顔出す気になったんだ?」
「うん、そうだね。ちょうどいい機会だから、終わったらみんなに話すかな」
「ふーん?」
和泉守の長い黒髪が、歩調に合わせて揺れている。
秘密にしたところで仕方がないという気持ちが生まれつつあった。
彼女にとって、もう一つの本丸という過去があったこと。刀剣たちに本来何らやましい気持ちを抱く必要のない、ただ任務で半年滞在をしたというだけのこと。
あと一年半で、あの時の芙蓉と同じだけの年数の本丸になる。そんな区切りを自分の中で残していたら、いつまでも前に進めないし、なにか目標を見失ってしまいそうだった。
和泉守は審神者の勿体ぶった言い方を聞いたところで、大して気にも留めずに歩き続けていく。審神者のすぐ隣を歩いている長谷部は、もとの向性がネガティブなためか、審神者がどんな秘密の爆弾を抱えているのだろうと不安気な顔をしていた。
鶴丸は審神者の後方にいる。どんな顔をしているのか、会話をそもそも聞いているかも分からない。
演練場の人混みをかき分けながら、六名の隊長たちとともに審神者は演練登録受付を目指す。
そのとき、受付からこちらに向かってきた集団の先頭にいた女審神者が、あら、という顔をした。
「ねえ、あなた、もしかして」
審神者は一瞬、誰に声をかけられたのかが分からなかった。知り合いにこんな人はいただろうか、と思う。
少し年上の女性、柔らかな眼差し。
一秒ほどの間に記憶を探って、審神者は漸く相手が誰であるかに思い至った。まさしくこの人に出会いたくがないために、演練を避けてきたというのに。
「芙蓉の」
「そう。お久しぶり」
審神者は硬直する。芙蓉が連れている刀剣たち、その中に、あの鶴丸国永がいた。
審神者の刀剣たちがこちらを見ている。
「大将の同期……か?」
薬研がそばで呟く。
「ううん、知り合い。みんな先に受付してきれくれるかな、私はこの方とお話があるから」
山姥切が頷き、他の者を引き連れてその場を離れた。
審神者は改めて、芙蓉に頭を下げる。
「お久しぶりです」
「本当に。演練で見かけないから、なかなか会えなかったね。あまり演練には来ないタイプ?」
「ええ、まあ。人混みが苦手で」
芙蓉の審神者はあれからさらに年数を経て、いまは三十代前半のはずである。審神者は彼女の本丸を半年預かったが、引継ぎの大半は文書でやりとりがなされたため、対面したのは前後の二回のみ、それもごく短い時間だけだった。
「お子さんは」
「おかげさまで元気だよ。四歳になった。ものすごい腕白」
芙蓉が微笑む。
審神者は鶴丸国永を視界に入れないように、ひたすら芙蓉の顔だけを見ていた。
芙蓉は微笑を崩さぬまま、審神者に訊いた。
「自分の刀剣に言ってないんだね、代行をしていたこと」
「ええ」
審神者は、遠ざかっていく自らの刀剣たちを見やる。
「別に、何もやましいことはないんですが、なぜか後ろめたくて」
「どうして?」
「自分でもわかりません、でも今日演練に来たのは、そういうのをやめようと思ったからです。この後彼らに話そうと思います。べつに御大層な話ではないんですが、私にとっては大事なことで」
「そう」
芙蓉はしばらく逡巡するように視線を動かしてから、審神者を見た。
「あのね、余計に迷わせたくはないんだけれど、隠し事を続けるのもべつに悪いことじゃない。それを最後まで通す覚悟があるのなら」
「……はい」
「私の本丸を預かってくれたために、あなたが要らぬ心労を抱え込んだこと、申し訳なく思う。
本丸を、管理者として一歩上から見るつもりなら、そのままでいいと思うよ。でもあなたは本当は、そうじゃないものを望む人に見える。刀剣たちを家族と思いたがってる」
審神者は静かに芙蓉を見つめた。
芙蓉は笑みを湛えて、審神者に語りかけた。
「管理者に徹した方が、本当はいいのかもしれない。あなたもたぶん、今までどちらかというとそちら側で運営してきたっていうことでしょう。それを変えるのなら、きっと色々なバランスが崩れる、その心づもりはしておいた方がいいよ」
審神者は不意に、芙蓉の斜め後ろに立った鶴丸国永を見た。主君を見守りつつ、視線に気づいてこちらを見た。琥珀のように美しく、紅いような黄金の目。
「私は本丸を大きなひとつの家族として運営してきた。子供を産んで、育てていくうち、そのいい面も悪い面もようやく少し見えてきた気がする。がんばってね」
芙蓉は頭を下げて、審神者が来た方へ歩き始めた。芙蓉の刀剣たちも、久しぶりに遭遇した産休代行の審神者に、親し気な会釈を向けて去っていく。
と、鶴丸国永だけが主君について行かず、そこに留まった。
灯籠の火のように、静かで滑らかな声で彼は言った。
「きみは、まだ、正しさを信じようとしている」
いきなり放たれた、辛辣な言葉。
審神者は無言で彼を見上げながら、ずっと探し続けたものをようやく見出したのだ、と不思議な安堵に包まれた。
* *
芙蓉で過ごした夏、審神者は毎晩池の周りを浮遊する蛍に魅せられていた。
夜、執務室の障子を開け放つと、大きな瓢箪池や畑を通る水路、そこを照らす蛍たちが揺らめいている。
蛍光色という言葉の由来通り、黄緑色の光がゆったりと明滅するさまは、他の何物にも似ず、美しかった。
或る晩、芙蓉の鶴丸国永が、執務室の縁側の下から声をかけた。審神者が外に出てみると、彼はその手にひとつ、花を提げていた。
釣り鐘のかたちをした薄紫の花が六つ、一つの茎についている。
「ホタルブクロだ」
六つの花が、内側から仄明るく光っている。一つ一つの花に、鶴丸は蛍を入れてきたのだろう。
「きみに」
審神者は濡れ縁に立って、鶴丸からホタルブクロの茎を受け取った。見かけよりも少しだけ重いのは、六つの花に取りついた虫たちの重さのせいだ。
「捕まえたんですか、蛍を」
「ああ。昔からよくある遊びさ」
鶴丸は濡れ縁に腰かけ、審神者を見上げた。
「現代では、蛍は一度絶滅しかけて、今も生息数はとても少ないんです。私も、ここに来るまで見たことはありませんでした」
審神者の声が沈んでいるのを、鶴丸が怪訝そうに見ている。
「きれいで……少し残酷だと、思ってしまいました。蛍を捕まえて、鑑賞のために、花に閉じ込めて」
二十歳を迎えたばかりであった審神者は、その手に持った花を闇夜に掲げてみた。
薄紫を透かす、緑の光。童話の世界のようだ、と思う。幻想的で、優しいように見せかけて、作り上げた大人の闇が潜んでいる。
鶴丸は視線を池に落とし、しばらく無言だった。
やがて、静かだがよく通る声色で、彼は言った。
「きみは、花を折ったことはあるか」
審神者は最初、何を言われたかわからなかった。だが欺瞞、偽善を指摘されたのだと気づき、ホタルブクロを持った右手はぱたりと下がる。
蛍が一匹、花から逃れて飛んでいった。
「目の前にあるものだけに心を向けて、きみは見えない殺生には目をつぶるのか」
審神者の目は、逃れた蛍の光を追っていた。どうか、短い生を全うして欲しいと願う。
鶴丸国永の髪が、湿った夏の風に揺れている。
「俺は花を折ることを躊躇わない。虫の儚い生に思いを馳せたりはしない」
飛んでいった蛍を見失い、審神者は鶴丸に視線を戻した。
蒸し暑い夜だったことを覚えている。
鶴丸の首筋が、浮いた汗に濡れていたこと。ホタルブクロを持つ自分の手が、やけに冷えていたこと。
鶴丸国永は、その目の奥に、怨念に似た炎を飼っていた。
* *
演練場の雑音の中、鶴丸国永はため息を吐くように言った。
「……きみは、『俺』を得たか」
審神者は無表情のまま彼を見上げる。彼もまた表情を欠落させたまま、続けた。
「俺を避けているのは何となく感じたからな。演練で一度も会えなかったから」
「避けていたのは、否定はしません」
「それだけ、俺に対する感情は大きかったということか?」
「そうかもしれません」
審神者は奇妙な感覚にとらわれていた。
芙蓉の鶴丸に出会ってしまったら、また心を引きずられるのだと当然思ってきた。あるいは、怒りや恨みといった負の感情が抑えきれなくて、気持ちを制御できなくなるのではと。
だが、やけに心が静かだ。
あの時言えなかった言葉はあとからあとから湧いてきて、躊躇いすらないまま口から出て行く。
「芙蓉の審神者さんを、愛しているでしょう」
琥珀色の目が、揺らめく。
演練場の雑踏にはひどく不似合いな会話だ。鶴丸国永が唇で弧を描いた。
「ああ。彼女をずっと愛していた。あの人の夫を妬み、憎みつづけてきた。だが、いま、二人の子は俺たちの本丸に暮らしていて、どうしようもない悪戯坊主で……かわいいんだ」
鶴丸は自嘲しながら目を細める。おそらく本心から、主君の子を可愛がっているのだろう。
審神者はゆっくりと瞬きをしていた。懐かしさ、慕わしさ。あれほど傷つけられたというのに、まだ好きなのだと。
「きみにしたこと、言い訳はすまい。だが、すべて偽りだったわけじゃない。あれから四年、きみのことをよく思い出す」
「あなたは、ただ私に教えたかったと言いました。正しさ、清らかさはまやかしだと」
鶴丸は静かにこちらを見ている。
ああ、こんな目で、主君を愛しているというのに愛を[[rb:騙 > かた]]るものだから、分かっていて堕ちてしまった。
「あの頃の私は今よりももっと愚直で、芙蓉を離れてからもまだ解ってなくて、私はだから、自分の本丸では透明な、きれいな世界をつくろうとしてきました。あなたが間違っていると思いたかったから。それが驕りだと、最近、私の鶴丸が教えてくれた……」
鶴丸はぽん、と審神者の頭に手を置いた。
たぶん、初めて触れられたように思う。そしてきっとこれが最後だろう。
「きみは、自分の鶴を愛したわけだ」
「私が恋をしたのは、あなただけ」
鶴丸は傷ついたように眉を寄せつつも、嬉しそうに頬を染める。
「きみは、俺を好いたのか。あのときの俺を」
「……はい」
「莫迦だなあ、きみも、俺も」
「そうですね」
審神者も鶴丸につられて笑う。眦に一滴の涙が滲む。
彼女は、今の今まで、自分がちゃんと失恋をできていなかったことに、気づいた。
演練が終わっての帰り。
演練場内のゲートは込み合っているので、万屋方面へ向かう道を通ることにした。土を踏み固めた道、左右には柳の木立。
格上の相手に辛勝した彼女の隊長部隊は、共に戦って互いに打ち解け合ったのか、戦場での振る舞いの情報交換をしながら歩いている。ふだん執務室や会議などで顔を合わせることは多いものの、やはり一緒に戦うわけではないという意味で、彼らの間には微妙な壁があったのだ。
山姥切の第一部隊はバランス型だ。山姥切が近侍であるため、あまり長期の任務には出ない。内務を統括する長谷部の第四部隊も同様。
鶴丸の第二部隊は広域の戦場が主体で、馬を使うのもこの部隊が多い。鯰尾の第三部隊は城塞や屋内戦向き。
和泉守の第五は長期任務向きで、気が長いか若しくは集中力が長く続く隊員がそろう(肝心の隊長が少々短気だが)。
そして薬研の第六は偵察に特化している。
彼らの話が一区切りとなった頃合いを見計らって、最後尾を歩いていた審神者は立ち止まった。
「みんな」
六名が振り返る。
「話があるんだ。あまり大仰にするつもりはないんだけど」
山姥切は表情を変えぬまま、路地の中央から柳の木陰に移動していった。他の者も続く。
木々の間に点在するベンチに、薬研がいち早く腰を下ろした。何となく緊張感を解いてくれようとしているのだろう。
「大将、そんなあらたまって、話ってぇのはなんだ」
「うん、あのね。何て切り出せばいいのかな。今日、演練の前にすれ違った審神者さん」
鯰尾と和泉守は既にそんなことがあったことを忘れ去っていたらしく、一瞬記憶を探るような顔をみせた。
一方長谷部は、こういう風にこちらが勿体ぶると必ず見せる、いつもの心配顔。
「あの審神者さんの本丸は芙蓉といって、私にとっては一つ目の本丸なの。みんな、私にとって[[rb:級 > シナノキ]]が一つ目だと思っているかもしれないけれど、実はそうじゃないんだ。私は修練所を卒業してすぐ、あの審神者さんが妊娠中に入院が必要になった期間、約半年をあそこで過ごしたの」
鯰尾、長谷部、和泉守、薬研の四振りは、いずれも少し驚いたような顔をしている。鶴丸は空白の眼差しをこちらに向けていた。
審神者は山姥切に向き合う。
「どうしてか言い出せなかった、まんばくん」
「気づいていたさ。この様子だと、俺だけのようだが」
山姥切が、僅かに優越感をのぞかせて苦笑する。
「あんた、最初の頃、勝手知ったる様子で随分とてきぱき動いていたからな。要領がいいんだと初めは思ったが、だんだん刀が増えていくにつれて執務が手に余るようになった。だから初めの頃のあれは、すでにどこかで手ほどきを受けてきてのことだと」
「そっか……バレていたか」
「それに」
山姥切は低い声で続ける。
「うちは、『秋始まり』だろう。あんたは別に[[rb:傾奇者 > かぶきもの]]じゃない、他人と違うことをするのに興味がない。なのに他と同じ『春始まり』には敢えてしなかった。だからこの本丸が始まった時、あれはあんたにとって、本当に秋だったんだ」
山姥切の大きな眼裂から、宝石のような瞳がこちらを見ている。
審神者は四月期の卒業だった。
十月期の卒業生もいるが、どちらの場合も、人工空間内に置かれた各本丸の季節は原則、春から始まる。そう管理部から推奨されている。
秋から始めると作物を育てにくいし、何より最初のどたばたした時期を抜けた頃に日の短い冬が訪れてしまい、それは審神者と刀剣にとってあまり精神衛生上よくないという判断のためだ。
だから審神者たちは桜の咲き誇る人工空間を渡され、そこに初期刀と共に足を踏み入れる。
審神者と初期刀の絆はそこから始まり、植物が育っていき空が明るい季節に、かれらは本丸を作っていくのだ。
審神者は四月期に卒業し、やはり四月期卒業だった芙蓉の本丸で、春から秋にかけての半年を過ごし、そして出てきた。
──きみが信じている正しさ、清らかさはまやかしだ。俺はただそれをきみに教えたかった。
もう一度春を見たいと思わなかった、夏の暑さも当分遠ざけたかった。だから本丸を囲む山野が紅く色づく季節を望み、乾いて冷えていく外気の中で、初期刀と数振りの短刀、脇差、打刀だけで冬を越した。刀剣の数は少なかったが、それ以上を抱えることができなかったのは、ひどく傷ついていたからだ。
「懐かしいねえ」
この場にいる者たちのうち、その初めの秋と冬を知っているのは、山姥切と鯰尾だけだ。
「栗拾いに行ったなあ。五虎退がすっころんで泣いた」
鯰尾が目を細める。
「俺はべつに、秋始まりでよかったよ。栗剥いたり、芋焼いたり、みんなで一つの部屋に籠ったりして、けっこう暖かかったし」
あの頃の本丸は、今よりも家族然としていた。いまは刀剣の数もほぼ揃ったとあって、もっとシステマチックな運営になっている。
あの冬、許されるのならこのまま一部隊ほどの刀剣だけで暮らしたい、などと思っていた。翌春に戦いが激しくなって、そんなことは言っていられなくなったのだが。
そして今や、ほぼ全振りが集まった、それなりに人数と練度を揃えた、体裁の整った本丸になっている。
「みんな、黙っていてごめんね。言ったところでどうという話じゃないのかもしれない、私は上に言われた通り半年間、代行をしただけだから。
だけど私にとって、芙蓉は一つ目の本丸で、色々な事があって、それはそれで大切だったの。私の中でひとつの目標だったから、どこかで追いつこうと思ってたり、会うのが気まずくて演練に顔を出せなかったり、そういうことをしていることに気づいて、でももうやめようと思った」
審神者は顔を上げて六振りを見回した。
「べつに全員を座敷に集めて話すようなことじゃないし、だからこれから他の子たちには少しずつ個別に話していく。でも、ここにいるみんなは部隊長だから、いい機会だと」
審神者は頭を下げる。
「これからも、よろしくお願いします」
彼女の畏まった言い方に、最初に長谷部が反応した。
「俺たちにとって、あなたがいま我々の主であること、それがすべてです」
「正直、もっと本丸がひっくり返るようなことを言われると思った」と言ったのは鯰尾。
「主も気苦労してんだなぁ」
わざと無責任に言ってみせるのは和泉守。
薬研はにやりと含み笑いをし、だが何も言わなかった。
鶴丸はただこちらを静かに見ている。
審神者は笑顔を取り繕って、帰ろうか、と声をかけた。
本丸に帰ったら、鶴丸に話さなければならない。もう一人の鶴丸国永のことを。
[newpage]
演練から帰ってきた夜、審神者は遅くまで執務室に残っていた。
何となく、鶴丸が現れるのではないかと思っている。山姥切と長谷部を区切りのいいところで下がらせ、自身はそこに留まった。
畳の上、文机に頬杖をつく。端末は仕舞ってしまったので、することはなくなった。
審神者はゆるく瞼を落とす。
長い一日だった。久しぶりの演練、そして四年ぶりに[[rb:芙蓉 > ふよう]]の鶴丸に会った。
彼の言葉を思い出す。琥珀色の目が細められ、恥ずかしそうに笑っていた。審神者が恋をした「あのときの俺」はきっと変わってしまったのだろう。主君への愛情は、その一部が子に移り、芙蓉の鶴丸はもう審神者の知る彼ではない。
傷ついて寂しかったのだろうか。
四年前、神としてひとの及ばぬ力を行使してみせたのは、結局はただ愛した主君に同じ目を向けてもらえなくて傷ついていただけなのか。
どこか痛々しくて、けれど彼が経た千年の深淵が怖ろしくて、偽りを語っていると知りつつも惹かれた。
審神者はまだ瞼を閉ざしている。
多くの人の手を経てきた刀。鶴丸は、いつ付喪神としての存在を得たのだろう。
例えばへし切長谷部のように二層の名を授けられたことが根幹を成している者に比べると、鶴丸はその存在になにか浮遊感がある。
鶴丸は過去を語らない。たまに零れ出てくることはあっても、いつから何を思い生きてきたかを語らない。
鶴丸国永という刀のことを、結局何も知らないのだと思った。
審神者がそのままうとうとと眠っていると、冷えた指先が彼女に触れた。
頬に触れる感触を、覚えつつある。
審神者は薄っすらと目を開き、文机の差し向かいに座した鶴丸の姿を見とめた。片膝を立て、伸ばした左手で彼女の頬を撫ぜていた。
同じ刀なのに、どうして彼と我とでは瞳の色が違うように見えるのだろう。
「このまま寝かせておくか、起こすか、少し迷った」
「来るかな、と思ってた」
審神者は両手で額を押さえるようにしてから、眠気を意識から払った。
「俺を待っていてくれたのか」
「……話さないといけないと、思ったから」
鶴丸はまだ左手で審神者の頬を撫ぜていた。くすぐったくて少し不快でもあるのだが、それを顔に出しても、彼はやめない。
「きみの心は、あいつに……あの鶴丸国永のところにあったんだな」
「見ていたんだね」
「ああ。腹立たしさや妬ましさもあったが、それにしても妙な感覚だった。俺と同じ姿が、きみを愛おし気に見ているんだ」
鶴丸の指先は、審神者の頬から髪へと移る。
「あの鶴丸は、私のことは何とも思っていないよ。あの本丸にいた頃、彼は私に色々な言葉を言ったけれど、どれもこれも嘘で、私に対する気持ちなんてない」
「あいつがそう言ったのか?」
「そうだよ、ずっと。私も分かってた」
鶴丸は親指と人差し指で審神者の真っ直ぐな黒髪をつまむようにして、するすると毛先まで撫ぜる。それを何度も繰り返す。
「きみは、本当に莫迦だなあ。あいつ、あんな目をして、きみに向けた心はないと言ったのか」
審神者はしばし口を噤んだ。
四年以上前のことだ。終わったことで、もう記憶もいくらか薄れつつある。
覚えているのは、芙蓉の鶴丸が甘い言葉を囁き、そして玩ばれたという感覚だけ。それが彼女にとっての真実で、事実がどうであったかなんて知らないし、知りたくない。
鶴丸はくっと口角を上げた。彼は審神者の髪をまだ指で撫ぜている。
「だがこれでようやく解った。きみが俺を愛さないのに、口づけを受け入れる理由が。同じ声、同じ顔だ。唇のかたちもかたさも同じだろう、もしかしたら口づけの作法や好みすら同じかもしれないなァ……」
「私は、あの鶴丸とは何もなかった」
「ならばきみは俺に口づけられながら、あいつにそうされていることを想像していたわけだ。悪趣味な夢だぜ」
「違う……」
「ちがわないさ。きみの鶴丸国永は確かに俺なのに」
鶴丸の手が審神者の髪から離れ、親指が下唇をするりとなぞった。
「鶴丸」
「ん?」
「私のことが、好きなの?」
鶴丸は何度かまばたきをする。
「これまでに何度も、そう言ったはずだが」
「どうして? 審神者であるということ以外に、私はあなたに好かれて然るべきことを何もしていない」
鶴丸は目を細め、暫く審神者をじっと見つめた。
やがて合点が言ったかのように、片眉をあげる。
「きみは、こう考えているのか。あの時得られなかった彼奴の心の代わりに、自分の鶴丸国永がきみを愛するようにと、そう望んで俺を顕現してしまったのでは、と」
鶴丸は鋭い。
鶴丸の方が鋭い。審神者が放った質問はもっと漠然としたもので、自分で見えていなかったものを彼は引きずり出し、突きつけてくる。
審神者は平静を装いつつも、手足が急速に冷えていくのを感じていた。
「しかしなぁ、いったいどうやってそんなことを証明するんだ?」
「鶴丸は、もしそうだったとして、何とも思わないの?」
「気にならんな。きみが俺の主である以上は、不都合は何もない」
「だって、」
鶴丸は首を振りながら審神者を遮った。
「何か他愛のないことを契機にきみに惚れたんじゃない。ここに降り立ったそのときから、一日ごと深くなっていく、そういう風にして俺はきみを想ってきた」
審神者は袖を握りしめている。独楽のように自分の芯が回って揺れていた。
鶴丸は審神者に触れていた左手を引っ込めると、立てた膝の上に頬をのせた。顔を傾けたまま、審神者をじっと見ている。
こうしていると鶴丸は、「待て」と言われた犬のような佇まいになる。たくさんのことを考えて、たくさんの欲求もあるけれど、待つという一つのことばを使命のように受け取って、ただ待つ。
この姿で、ひとの手を離れている間も待っていたのだろうか。次の潮流がくるのを、ただ只管待って。
審神者は黙っていた。
鶴丸はずいぶん長いこと彼女を見つめていたが、不意に言った。
「きみは、あいつのもとへ行こうと思わなかったのか」
「どうして?」
「すきな男を追いかけないのか」
審神者は寸時、何を言われたのかわからなかった。思いつきもしないような選択肢だった。
「考えたことはないよ」
「一度も?」
「一度も」
鶴丸は膝に頭を預けたままだ。
「この身を得てからずっと、きみが俺を見る目に、時折温かいものを感じたような気がしていた。ふと目が合うと頬を染めるものだから、脈があるのだと俺は自惚れたが、それもこれも彼奴のためだったわけだろう。きみはそれを黙っていた」
審神者は答えない。
遅きに失したとわかっているから、彼女なりに、筋を通したつもりだった。
過去の本丸のことは、初期刀山姥切にまず話さなければならない。指示系統を考慮すれば隊長たちにも言っておくべきで、ほかに最初の冬を越した刀剣たちにも。
「なあ、俺を顕現させたとき、きみは何を思った?」
審神者は視線を文机に落とす。天井からの灯りを反射してまだらに光っている。
顕現のときには、必ず山姥切に立ち会ってもらっていた。彼を頼りにしていたこともあるが、新しく来る刀剣たちに順列を見せたかったからだ。
太刀を降ろしたとき、現れたのは。
「無垢だと思った」
審神者は顔を上げる。
「私の方が卑小な生き物なのに、鶴丸は長く生きてきた神様なのに、老獪さや狡猾さをひけらかすことがない子供みたいな笑顔で、無垢だと思ったよ」
「…………」
鶴丸の低温の瞳が揺れている。まるで泣き出してしまいそうな。
彼はやがてため息とともに、畳の上を滑らせるようにして文机を横に追いやった。
二人を隔てていたものが無くなる。
「七つ目を返してもらう」
ひと息に、審神者を腕の中に取り込んだ。
両手で頭を掴まれ、歯がぶつかるような口づけをされる。今までどれほど一方的だったとは言え、こんな乱暴なことはしなかった。
交合するように深く舌を挿しこまれ、口の中を探られる。そんなところに真実なんてないというのに。
鶴丸の右手が、審神者の左腕をなぞる。手のひらが合わさるところに行きついて、指をからませ強く握った。
自分がただ口づけを受けるための道具に成り果てたような感覚になる。
機能、そのための存在。
そこに感情は必要なく、善悪の判断も、慎ましさなんてものもないのだから、ただあるがまま、求められ与えられるものを受けるために在ればいい。
は、と鶴丸が息を吐いて離れた。審神者は目線を落とし、まだ強く握り合ったままの自分たちの手を眺めていた。
鶴丸の指先が、手の甲に食い込む。
「こっちを見ていろ」
指先に籠められた力は、熱情ではなく懲罰だ。
審神者が視線を戻すと、もう鶴丸の顔は認識できないほど近くなっていて、ほどなく次の口づけが始まる。
持ち主が、刀を他の人間に貸与した。その対価を支払うのは誰なのか、主も刀も互いに失い合って、行き来している貨幣に本当は価値はない。
「八つ、」
「九つ、」
鶴丸と審神者の手は繋がり合ったままだ。
[newpage]
秘密は何もなくなった。
審神者は過去に別の鶴丸国永に恋をし、そしてその恋を失った。ただそれだけのこと。
あれから十日ほど過ぎて、季節はいよいよ初夏らしくなってきている。審神者は執務室の濡れ縁で、中庭に植えられたシナノキを見ていた。青い空の下、白い小鈴のような花が咲いていて、仄かな芳香は柑橘のようだ。
本丸というシステムの中で、屋号とそれに因んだ木は、発足時に司令部から審神者へと贈られる祝いの品だ。
本丸の識別番号は人工空間とそこに置かれたゲートに紐づけられており、一方で屋号は審神者のものであるから、例えば主君の審神者が交代すると同じ刀剣・同じ本丸でも屋号が変わる。
初期の本丸にいくつかあった屋号のうち、植物の名をつけた審神者がいた。後輩たちがそれに倣って屋号に植物の名をつけ、いつしか本丸をもつ審神者たちの屋号は木の名前とするのが慣習となった。
一時逗留したあの本丸には、次々と白や薄紅の花を咲かせる芙蓉の木が植えられていた。シナノキの花はそれに比べると控えめで、しかし木の立ち姿は大きく、威容を誇る。
真実という曖昧であやふやな記憶は、例えば時を五年遡ってどこか上空から眺めてみたら、今の自分には別の色が見えるのだろうか。
そばに置いた端末画面が通知で点灯する。見ると、あの女優からのメッセージだ。
『6月8日午後、11日夜、14日昼』
本当にお友達になろうとしてくれているようで、空いているスケジュールを教えてくれる。
審神者は現代に戻るには事前の申請が必要で、ふらっと行き来することができない。女優はスケジュールの急な変更が多く、直前にならないと予定がわからない。
それでも相手は、ほぼ確実に確保できそうな時間をこうして送ってくる。まだ予定が合ったことはなく、今回も残念ながらそうなりそうだ。
断りの文面に腐心していると、ゲートの転送開始を知らせる通知がさらに入ってくる。審神者は顔を上げ、中庭の奥の一角、ゲートを見やる。ゲート頂点のランプが点灯し、大きなパネルには転送元の時間や座標が表示された。
審神者は端末を置いて、その場に立ち上がった。
鶴丸の第二部隊が戻ってくる。
ゲートが開き、馬を引いた七名が中庭に出てきて、審神者のいる濡れ縁の前に並んだ。
審神者は基本的に、重傷者がいるときを除き、帰還する部隊をゲートまで出迎えに行くことをしない。主君として彼らを上段で待ち、近侍の山姥切がいれば彼をそばに控えさせたうえで、中庭に戻ってくる彼らの労をねぎらう。
彼女にとって、これはけじめであった。
いかに自分が至らない主君であろうと、そもそも人間という卑しい存在であっても、命を下して出陣させる以上は統領として彼らを迎える。
刀たちは見たところ明らかな負傷をしていないようだった。
隊長からの報告を口頭で受け、いったん部隊の者は解散させ、あとで詳細の報告を受ける、それがいつもの流れだ。
部隊員たちを下がらせ、彼女も濡れ縁から引き揚げて執務室に戻る。部隊長が着替えて戻ってくるまでの間に、女優へのメッセージを返しておこうと思った。
敵兵総数一〇六、全滅。
鶴丸の報告を受け、戦場での状況についてディスカッションを行っているうちにも、司令部から歴史保全を確認した旨、通達が端末のモニタに現れる。
「……物損はこの小屋の東側の壁、あとはいつも通り馬で色々踏み荒らしてしまったくらいか」
「軽微といって良いと思う。人的被害がなかったこと、感謝するよ」
「まあ、俺の部隊はそういう面では比較的楽だからなあ」
鶴丸は淡々と感想を述べた。
城塞や市中の戦場が多い鯰尾や薬研の隊の方が、人が密集しているために巻き込みで現地の人間に死傷者を発生させるリスクが高めだ。
「おつかれさま。あと二日は出陣がないと思うから、その間はのんびりしてくれていいよ。ただ、薬研と和泉守の部隊が駿府から戻ってきたら、その戦場を引継いでもらう可能性がある」
「わかった。隊員たちに伝えておく」
鶴丸はすっと立ち上がると、審神者を見下ろした。
気まずいのはどうしようもない。審神者は鶴丸を見上げて、部隊員はこのままでいいかと訊いた。
「鶴丸?」
「……ああ。当面このままでいい」
鶴丸はそのまま執務室を出て行くかと思われたが、向かったのは廊下へと続く襖ではなく、中庭に面した障子。彼がそれを少し引いて開くと、隙間から紫色の空が見えた。
部隊帰還のあと色々な雑務が重なり、食事時を挟んでしまったため、日が長い時期とは言えさすがに暗くなってきた。
鶴丸がいつまでもそこに突っ立っているので、審神者は声をかける。
「鶴丸、どうかした?」
「いや、いつのまにか花が咲いているなと思った」
審神者も立ち上がって、鶴丸の隣まで行くと、もう少し障子を引いて外を見た。
昼間とは違い、花は薄暗闇の中でぼうっと浮かぶ、小さな白い靄、それが木に点々と浮いているようにしか見えない。
鶴丸は視線を木に置いたまま、ぼんやりと言った。
「主、あとでまたここに来てもいいか」
「いまここでできないような話?」
「…………」
鶴丸は片手を障子の外枠に沿える。装束についた鎖が音をたてた。
「戦場を馬で駆けていても、きみのことばかり考える。俺がしてきたこと、きみがまだ傷ついているのに、[[rb:鈍 > なまくら]]な俺がそれを抉ったこと」
「私は、傷ついてなんかいない」
「何も知らずきみに触れて、知ってからもきみを責めてまた触れるのをやめられない。自分の阿呆さ加減、愚かしさには我ながら反吐が出そうだ」
鶴丸は腕を組むと、首を垂れて溜め息をついた。
「きみが過去に鶴丸国永を好いたということを、どう受け止めたらいいのだろう、可笑しなことに、妙に安堵した気もしてなあ。しかし恋敵が『俺』では、あとから来た俺は立つ瀬がない」
二人、敷居の手前で並び立ち、屋号と同じ木を見つめた。陽が落ちる寸前の空と同じ色に染まって、揺れる枝葉も黒紫。
「なあ、あの鶴丸国永は、きみに一体何をしたんだ?」
「……最近私も色々思い出すんだけど、思い出そうとしても、なにか自分で記憶を都合よく作り変えてしまったような気がしてきて、わからなくなった」
──主君を愛している鶴丸国永に、偽りの愛を語られ、自分はそれでも恋をし、けれどやはり裏切られた。
それが四年以上もの間、彼女の中、まるで活版で印字されたように圧痕を残していたセンテンスだ。
「芙蓉の鶴丸はね、主君の審神者さんのことをとても大事に想っていたの。私、どういうわけかそのことに早々と気づいて、決して手に入らない人を愛するなんて何て殊勝なんだろうとか思って、それを態度に出してしまった。芙蓉の審神者さんは、審神者になる直前から結婚していて、私があそこに駐留したのも彼女の妊娠と出産のためだったわけで」
鶴丸は腕を組んだまま、顔を傾けるようにして審神者の横顔を覗く。
審神者は湿気た風がシナノキを揺らすのを見つめていた。
「でも決して手に入らないでしょう? って、本人に言ってしまった。どれほど若くて子供だったんだろう、あの頃の私。真実は正しさだと思ってた。自分の助言は善意であれば伝えるべきなんて思ってた。ほんとうに愚かな子供、先に傷つけたのは鶴丸じゃない、私のほう」
「彼奴がきみに言い寄ったんじゃないのか」
「まあ、そういう言い方もできなくはないかな。玩ばれたという感覚が私の中に残ってしまって」
「裏切られたのか」
「そう思ってた。でもそうじゃないのかもしれない、分かるのは、私が単に、バカだったということだけ」
枝葉が揺れている。
幹は太く、樹高は平屋の屋根より遥か上、そしてあれがまぎれもなく自分にとって大切な本丸の象徴だ。
広い中庭の向こう側まで囲う縁側、反対側の座敷にはまだ人がいて、酒を飲んだりして騒いでいるのが漏れ聞こえてくる。盆につまみと思しき皿をのせて堀川が歩いていき、こちらに気づいて会釈をした。
審神者は堀川に小さく手を振りながら、呟いた。
「私は、自分の未熟さを棚に上げて、あの鶴丸が悪いと思うことで自分を守ってきたんだなあ、と」
「健気だな、きみは」
堀川の姿は座敷に消えた。
「そして、きみは俺を見ていなかった」
いよいよ闇が深くなってきた時、仄明るい影に遮られ、やわく口づけられる。審神者は反射的に身を引いて逃れた。
「なにをするの」
こんなところで。
誰かに見られるような場でキスされると思っていなかった。
鶴丸に背を向け執務室の中側に向かおうとしたところで、腕と頭をとらえられ、振り向かされる。もう一度緩く口づけてから、鶴丸は十二と言った。
審神者は顔を背けたが、後ろから身を寄せてきた鶴丸に唇を重ねられた。
はたと気づく。
まるであの撮影のシーンと同じ。闇夜、執務室、振り返る審神者に口づける白の武者。
角度を変えてキスを繰り返していく。数が積み重なった。
一つ目は大晦日の夜だった。年が明けてから、しばらくは一つずつだけ増えた。
いま、鶴丸は大切にしていたおもちゃをゴミ箱に押し込むように、キスを数える遊びを手離そうとしている。
「判を押すように、重ねて、きみに伝え続ける。きみが信じてくれるまで……そう思っていたが、これでもう十七だ」
鶴丸は障子を閉めてしまうと、審神者を両腕でゆるく囲い込んだ。
金色のガラスの目がこちらを見下ろしている。
「主、最後は、きみが俺にしてくれないか。もうこれだけしたんだから、あと一回くらい、我慢して俺のために口づけてくれ」
律儀に、十八まではする。きっとそれでおしまいということだ。
審神者は泣きそうになるのをこらえ、鶴丸の頬を撫でた。初めて、この刀のことを愛おしいと思った。
伸びあがって、手を添えた方とは反対側の頬に、キスをする。
これを一回として数えてもらえるとは思えない。けれどこれ以上唇を合わせたら、理屈がすべて消えて、ただ欲の愚かしさに堕ちて行ってしまいそうだった。
「……鶴丸のことは、大好きだよ。信頼しているから部隊長にした。でも、私は一番初めからずっと、鶴丸に相応しくなかったんだよ。私はこの本丸の審神者で、その生き方をしていくつもりだった」
鶴丸は目を閉じ、審神者の手のひらに頬を擦りつける。
胸が苦しくなってしまう。どうしてこの刀はこんなに人を振り回すのがうまく、そして甘え上手なのだろう。
彼は瞼を降ろしたまま、夢心地といった声色で囁く。
「きみの言葉は絵空事だ。人間はいつだって傲慢で、自分が一等大切なのさ。それを歪めて公平な主君をしようとしたって、望みや願いを抑えたら、そのひずみはいつか黒い澱となって、きみを穢していく」
鶴丸はまだ審神者の手のひらに甘えている。彼女の手の上から自分の手を重ね、緩く指を回して握った。
「主、俺もひとに作られた身だ、いくつもの手を渡って付喪となり、きみにひとに似せた体を与えられた。ひとと同じように、鶴丸国永はきっと傲慢だろう。だがきみを愛しているのは俺だ、俺を愛せなくても、せめて同じ姿の他の刀とは一緒にしてくれるな」
鶴丸は審神者に触れそうなところまで顔を寄せる。
「主、こたえてくれ」
審神者は強く目を閉ざす。あと少し上を向くだけで、心の証を渡すことになる。そんなことはできない。
声を絞りだして、詫びた。
「ごめん、ごめんね……」
涙声に、やがて鶴丸の腕が離れた。
目を開くと、彼は右手を強く握りしめて、ぐ、と持ち上げていた。強く握るあまり細かく震える拳を、激情を逃がそうとするかのように、障子の枠にゆっくり、たん、たん、と何度か押し付けた。
やがて彼は右手を開いてぱたりと落とした。
「もう、きみに触れることはしない。手前勝手な話だが……忘れてくれ」
鶴丸はひどく疲れたような声色でそう言うと、執務室を出て行った。
審神者は両手で顔を覆い、けれど涙は出なかった。しばらく畳に沈んで動かなかったが、やがて、ここにいてももう仕事はできそうにないという結論を下した。
審神者はよろよろと立ち上がり、灯りを落とす。
執務室を出ようと中を振り返った時、中庭に面した障子の向こうに何の光が見えた気がした。
「…………?」
真っ暗な室を横切り、もう一度障子を開いてみる。
シナノキの木のさらに向こう、中庭から外へと続く池のほとりを、今年最初の蛍が飛んでいた。
[newpage]
六月も終わりにさしかかる。
長谷部に七夕用の短冊と笹の手配を頼んだあと、審神者は執務室に一人になっていた。今日こそは月末提出用の中間報告書に取りかかろうと、これから二時間ほど一人にしてもらうつもりだった。
最初の項目の入力を始めたときに、出ばなをくじくようにモニタに通知が現れる。
開いてみると、存在を忘れかけていたあのショートムービーの動画ファイルだった。完成版とあり、七月十八日一般公開に先立って内容ご確認ください、とのこと。
審神者はしばらく動作が止まってしまう。
確認しろ、ということであるが、どうせ確認したところで何を言うべきとも思えない。出演した刀剣たちは観たがるだろうが、彼らの前で例のシーンに動揺する姿は見せられない。
いざ完成版を渡されてみると、どのような作品に出来上がったのか、興味ももちろんある。
審神者は小さなため息をついた。
先送りにしても仕事が手に付かなくなるだけだ。再生ボタンを押す。吐く息が微かに震えた。
冒頭、青黒い闇夜、白い靄の中で鶴丸が岩壁に立っている。腰に佩いた太刀を抜き放ち、宙を一閃させると、彼は跳躍した。
和楽器が奏でる音色、その中で自分の刀剣たちが如何にもという体で画面を遷移する様子に、審神者は圧倒されつつも少しだけ含み笑いをする。
五虎退が一期一振を追いかけ(これはわかる)、血塗れ風の同田貫が険しい顔で頭から水を引っかぶって(何の効果を狙わされたのかわからないし撮影時は本人が冷たいと嘆いていた)、蜻蛉切と小狐丸が敵を粉砕し(かわいそうな遡行軍役に扮していたのはおそらく長曽祢と大典太だ)、布を被っていない山姥切は憂を帯びた凄まじい美青年に(うちの初期刀凛々しい)と、映し出されていた。
やがて女優が演じた審神者が何らかの術を行使する。多くの審神者の目にすら見えない霊気を、CGによってそれらしく視覚化して描写していて、虹色の波動が女優の手から放たれた。若干の胡散臭さはあるものの、映像自体は見ごたえがあって美しい。
『初期刀』歌仙兼定が苦笑いをしながら小言を言ってみせる。演じた歌仙はわりあいおっとりとした性質であるから、彼の小言姿は何だか可笑しかった。
女優が六振りの部隊を引き連れ、廊下を歩いていく。反対側から歩いてくる別部隊を先導するのは鶴丸。すれ違う時に二人の視線が一瞬だけ交差し、そこに二人の関係を匂わせる演出があった。
やがて映画は中盤にさしかかる。
女優の本丸には困難な指令が下され、戦局は悪い方へと傾き、負傷者が続出する。手入れ部屋はごった返し、審神者は血塗れになりながら修復をし、一方で執務室ではいくつものモニタに開かれたウィンドウをみながら、歌仙や鶴丸など主だった面々が作戦について論じている。
審神者にも、似たような経験は無くはない。
一時戦闘が激しく、手入れと出陣の指示、報告書作成のみで毎日が過ぎていき、空いた時間に泥のように眠り、食べながらもやはり眠り、そんな日々があった。
審神者は動悸を感じ始めた。戦闘シーンはだんだん激しくなっていき、斬られ痛みに呻く者たち、追いつめられてから攻勢に転じる様子、と場面が移っていく。その中に挟まれる、突然の静けさ。
女優が闇を見つめる後ろ姿。白い装束の武者が、後ろから近寄る。彼女が振り返り、鶴丸が頬を寄せるように口づけた。
ああ、まるであの時のようだ。
この執務室で、鶴丸が乞うたとき。図らずも同じように振り返って唇を合わせた。
審神者の二つの目には厚い涙の膜ができていた。
苦しくて、けれどそれは映画の中の二人に向けた嫉妬といったものではなく、もっと分かりやすい感情だ。
自分で捨ててしまうことにした心。映画の二人は、ほらこんなに美しいモノを君は捨てたんだよ、そう見せつけているように思えた。
鼻をすすり、審神者は瞼を押さえた。
深呼吸を何回かして、天井を見上げる。
このままでは皆が観るときに同席できない。何度か通して観て耐性をつけなければ。
ようやく涙の衝動がおさまって、審神者が指先で目をこすっていると、特異なアラーム音と共にもう一つ、通知が現れた。
文書の体裁はいつもの見慣れた指令書だったが、緊急のマークがついていた。詳細を開いてみると、一時間後には出陣するようにとのこと。
審神者は瞬きを忘れ、食い入るように指示書を見る。
ここのところ、戦況は落ち着いているので、緊急出陣は全体に少ない。そして戦場が荒れていた時期は、まだ彼女は初心者の域を抜けておらず本丸も小さかったため、緊急要請がくるような対象ではなかった。
審神者は指示書を隅から隅まで読んで、そのあと二度、通して読み下した。
──これは。
審神者は山姥切に持たせている端末を鳴らした。
審神者は指示書に入っていた戦場の地図、勢力図などを大きなモニタに展開し、腕組みをしたままそれを睨んでいた。
「主」
突然山姥切が後ろから声をかけたので、審神者は飛び上がった。
「何度か声をかけたが」
「ご、ごめん。聞こえてなかった」
山姥切は目を細めて怪訝そうにこちらを見てから、モニタに映し出された資料をざっと走査し、最後に文机の上に置かれたままの小さな端末に視線を落とした。審神者は迂闊にも、あの映画を途中停止したまま画面に表示させていたのだ。
山姥切は審神者に視線を戻す。彼女の睫毛にまだ残っていた涙の残滓に、彼は憐憫をこめた目を向ける。
「……そうか、やっぱりあんたは、鶴丸のことが」
「まんばくん……」
「そうではないかと、ずいぶん前に思ったんだ。俺が口出すことじゃないから、黙っていたが」
審神者は首を振りながら、手の甲でもう一度目をこすった。もうこれで、涙はすべて消えたはず。
気を取り直すように、肩でひとつ息をした。
「一時間後、この本丸から二部隊、戦場に出てもらう。でもね、民間への被害がもう避けられないんだって。その場にいる一般人が亡くなっても歴史に影響がないという結論に至って、作戦に許可が下りた。そして、その指令がこの本丸に」
山姥切は眉を僅かに寄せ、モニタに再び視線を移す。指示書に記載された事項を読みながら、呟いた。
「……ひとが、死ぬのか」
「そう。介入しなくとも、どのみち彼らは遡行軍の手で死ぬ運命。正史では生き残るはずだったけれど、もうどうにもならない。ひとが密集したところに時間遡行軍が襲いかかる。どんなに足掻いても、戦いの余波で死者は出る。予測されうる最大の被害を計算しても、歴史改変は起きないという結論になった。戦って……でももし余力があるなら、なるべく死者を減らして」
「……わかった」
「条件がもう一つ、戦場で使える時間が少ない。短時間で敵を全滅させてほしい。あまり時間を超過すると、行軍中の庄内藩の兵が正史に従って到着してしまう。その兵まで巻き込むと、歴史が変わる。
脚力のある短刀の子、あとは槍と、大太刀を連れて行って」
「わかった。あんたの指示に従う」
あっさりと承諾した山姥切に、審神者は首を振る。
「ごめん、ごめんね」
「俺たちはいい。あんたも罪悪感なんて抱くな」
山姥切も敢えて言ってこないが、二人の間には同じひとつの認識が広がっていた。
現地の人間に死傷者を出すような出陣命令は、ごく一部の本丸にしか下されない。司令部は、緊急指令、困難な戦場は本丸を選抜して要請しているのだ。
この本丸も相応の戦力を持つところまで成長しつつある。[[rb:級 > シナノキ]]がそちら側として機能できるかどうか、これは司令部がそれを判断するためのテストでもあるのだろう。
歴史を守るために戦いに行くのに、自らの刃で誰かの命を奪うことになる。
そんな戦いを喜ぶ刀剣はいない。
実際こういった作戦に参加することを渋る審神者もいて、だから司令部は各本丸が中堅になったあたりで、戦略上の機能を内々に振り分けていく。審神者と刀剣が暴走しがちだったり、慎重すぎて機を逃すなど、無難な戦場しか任せられない本丸はあり、逆に司令部のために手を汚すことをいとわない本丸もあるのだ。
「ごめん」
「謝らないでくれ。まだ何もしてない」
「私、わかってて指示を出してるよ。これは洗礼なんだよ。断れないから、だからみんなに手を汚させる」
作戦の変更をするという考えすら、審神者の頭の中には浮かばない。
「大丈夫だ」
山姥切はそう言って小さく頷くと、モニタに視線を移す。審神者も腹をくくらねばと、気持ちを切り替えるために手を動かし始めた。
本丸に残っている他の部隊長は第四~六部隊の長谷部、和泉守、薬研。彼らの端末に通知し、五分後に執務室に来るよう通達する。
山姥切は敵の予測規模と戦場の地図を観ながら、刀種と人数を計算していた。
「俺の第一と、長谷部の第四で行く。短刀が足りないから第六から愛染と太鼓鐘を借りる。あとは……蛍丸は帰還直後だが動けるか」
「いま休んでいるけれど、行くって言うと思う。私が動けるようにするよ」
「馬はいらない。刀装は、短刀だけ銃兵の遠戦装備、あとは全員機動偏重でいく」
第一、第四部隊は七名構成だ。それに三名追加して計十七。
この本丸にとっては初めての規模の人数だった。
山姥切は忙しなくモニタの資料を動かしながら、正史の詳細、人物の動きを短時間の間に焼きつけている。
「こんのすけを借りてもいいか。人の動きが入り組んでいて、出陣までに把握しきれない」
「連れて行ってもらうつもりでいるよ。今、司令部の方に行っているけれど、あと五分くらいで戻るはずだから」
審神者は答えながら、長谷部の端末を呼び出した。彼はすぐに応じ、該当する部隊員に支度をするよう伝えてから向かうとのことだった。
「……長谷部と骨子を決めたら、隊員全員で作戦確認するから」
「了解だ」
執務室には、山姥切、長谷部、六日間の任務から帰還直後で睡眠二時間のところを叩き起こされた和泉守、そして薬研が集まっていた。
鶴丸の第二部隊、鯰尾の第三部隊は現在別の時代へ出陣中だ。第二部隊の方はもうすぐ帰還予定だったが、ゲートを空けておきたいので、彼らは山姥切たちが出立するまで現地で待機。
作戦の詳細を詰めたところで、出陣する隊員たち全員を執務室に呼び入れる。出陣する十七名と、待機だが隊長職の和泉守と薬研。いつになく密度が高い。
和泉守は、同じ部隊の蛍丸を連れてきていた。完全に寝ぼけまなこで、戦装束はつけているが何だかヨレている。
「戻ったら誉めて撫でくり回してやってくれ」
部隊長として隊員をストレートに気遣うことに照れがあるのか、和泉守はそう言った。
「えーーーそれは勘弁。ねえ、国俊も行くって?」
「うん。二人が一緒っていうのは滅多になかったね」
審神者は執務室の外にある縁側へ蛍丸を連れて行くと、彼を座らせ、自らもその前に正座した。蛍丸の細い両肩に手を当てる。
「いくよ」
「うん、よろしく」
審神者は息を吸うと、両手から高圧で霊気を送りこんだ。霊気を入れ替え、疲労を飛ばす。
十秒ほどで済んだこの処置を、審神者はローディングと呼んでいる。やるのは久しぶりだ。
「あーーー、眠気が吹っ飛んだ」
蛍丸はすっくと起き上がり、大きな目を何度かぱちくりさせると、背筋を伸ばす。するとヨレていたように見えた戦装束が、ぴしりと張った。
「じゃ、俺、他の奴らのとこ行ってるから」
審神者は蛍丸の背を見送ると、自らも執務室のモニタの前に立ち、隊員たちに向き直った。
「作戦の内容を説明します」
審神者は部隊編成、攻略条件、戦場の要所を説明していった。現地の人間が最大で四百名ほど死ぬと分かっていること、市中ど真ん中に敵が現れるために被害は避けられないこと、また時間制限がかなり厳しいことを伝える。
十分ほどでブリーフィングを終え、隊員たちはゲートへ移動していった。執務室に入ってきたときの、どこかわくわくしたような顔ではなく、みな神妙な顔つきになっている。
出陣まであと七分。
審神者は取りこぼしがないか、指示書をもう一度精査する。細々とした指示を、執務室に残っている山姥切に伝えていく。
残り五分となり、審神者は取り敢えず準備は整ったと判断し、息を吐いた。
すでにモニタには戦場現地の上空からの映像が出ている。まだ何も知らない町人たちが、その日の商い、営みを続けている。
あの人たちが死ぬのか。
当然その子孫への系譜も断ち切られ、現代から消える。
山姥切が静かに言った。
「主、迷っているのか」
「私は、使い捨ての審神者だからね」
隣にいる山姥切は、横目でこちらを見ている。
「こんな、誰もやりたがらないような指令を押しつけられて、あの映画だってそう、自分の刀剣たちを見世物にされても抵抗できなかった……なんて、自己憐憫はかっこ悪いなあ」
審神者は両手を握りしめ、モニタに映る、点のようにしか見えない小さな人間たちを眺めた。あの小さな点ひとつと、自分のこの命、価値の差はないはずであると。
「ちゃんとがんばって、みんなが強くなって、でも私が一番だらしない。誰かが引かなければいけない貧乏くじでも、だからって私の本丸のみんなにさせる必要はなかったのに。なるべく被害を減らして、ということしか言えない。具体的に人的被害を減らす方策も、この短時間では思いつかなかった。自分の鈍さが嫌になる。みんなに愛想を尽かされたらどうしようなんて思ってしまった」
「主」
審神者は山姥切を見上げる。モニタの光を反射して、彼の瞳がまだらに光っていた。
「欲しいものは欲しいと言え。嫌なものは嫌と俺たちの誰かに言え、そうしたら代わりに断ってやる」
そこまで言ってから、生来の内向性が顔を出したのか、彼は下を向いて声の調子が弱くなる。
「あんたは、俺たちの主なんだ」
「まんばくん、強いね」
「……あんたに育ててもらって、あんたと一緒に強くなったんだ」
「うん、でも、代わりに断ってくれる必要はないよ。私が、みんなの総領だから。私が決めないといけないんだよ」
「そうか」
山姥切が顔を上げた。頭に被っている布はなくなったが、性根は変わらないのだろう。静かにこちらを見ている。
「でも、後ろで見ててくれると嬉しいな。気持ちが折れそうなときも、後ろを守ってくれれば、私も強くいられる」
「任された」
「まんばくん、ありがとう」
山姥切は、きっとその気になればどこまでも甘えさせてくれる気はあったのだろう。されどそれをこうして口にすれば、彼女自身が拒むということも知っていた。
どこまでも甘えていい、なんて選択肢を見せられれば、審神者はそれよりも厳しい手を選ぶと解っていて、彼はあんなことを言ったのだ。
かつての武将たちも、身売りをし、裏切り、子を見棄て、そのたびに心で泣いたのだろうか。
国盗りはしない時代でも、心が選び取る正しさと一軍の将の選択は、きっとこれからもすれ違う。
審神者はふと、携帯端末の画面に視線を落とした。映画は戦闘場面の途中で一時停止されたままだ。
「強くなるよ。さっき、みっともないところを見せたよね。私はあの映画のときも、配役を伝える時に、ちゃんと鶴丸の目を見て、決まったことなのだから従ってほしいと言うべきだったのに、それをしなかった。迷いを抱えたまま鶴丸に選ばせてしまった、でももうそんなことはしないよ」
審神者は山姥切を正面から見据える。
「倫理的に正しくないことを、これからもしなければならないかもしれない。でもそれは私が自分で決めて、相手の目を見て宣告すべきなの。だから、山姥切国広、堂々と戦ってきてください」
審神者はそう言って、刀に置かれた彼の手に触れる。蛍丸の時ほどではないが、少しだけ霊気を渡した。隊長に対する祝福、験担ぎにでもなってくれるといいが。
山姥切は少し目を見開いてから、霊気を受けた手を額まで持ち上げ、しかし引き下ろす布はもう其処にない。彼は諦めたように手を緩慢に下ろすと、柄に手を戻した。
「俺は、あんたがどんな選択をしても、それがどれほど非道でも、あんたがその心で為すべきだと決めたなら、それを支えてやる。それでたとえ本丸で謀反が起きても、俺はあんたの刀だ」
「まんばくん」
「それが初期刀のさだめだ」
審神者が嬉しくなって見上げると、彼女の初期刀はまたも自分が吐いたセリフの照れくささに耐えきれなくなったのか、行ってくる、と言い捨てて身を翻し、中庭に駆け降りて行った。
審神者は第五部隊長の和泉守、第六部隊長の薬研とともに、執務室で言葉少なに戦況を見守っている。
カメラは遡行軍に見つかると厄介なので、かなり上空に置いていることが多い。今回も上空に二つ置き、一つは主戦場、もう一つは時間制限の律速段階となる、八キロ離れた位置を行軍している庄内藩の兵を映している。
庄内兵は二列の[[rb:徒士 > かち]]、一定のペースで移動を続けている。移動速度と距離から逆算したタイムリミットは約八十分。
山姥切率いる二部隊は、激しい戦闘を続けている。戦いの余波で家屋がたわんだり、屋根が崩れるのが見て取れる。思ったよりも逃げ惑う人の数が少なく、包囲されて屋外に出られずにいるのかもしれない。それでも、一部外に逃れようとして敵の刃にかかる人の姿が時折映る。
審神者は眉を寄せていた。
人が死んでいる。モニタにはプログラムによる概算の死傷者数が表示されていて、それが現在十二。
端末に通知が現れる。転送完了。他の戦場に出ていた鶴丸の部隊だ。
審神者は開け放った障子の向こう側、中庭に目線を遣る。戻ってきた七名は、全員自分の足で歩いていた。
鶴丸は縁側から中に上がってくると、簡潔に必要なことだけを告げた。敵部隊全滅、人的被害なし、こちらは軽傷が二名。
「ごめん、手入れをする余裕がない。待ってもらってもいい?」
「かまわないさ」
鶴丸は隊員たちを解散させると、戦帰りの姿のまま、執務室に残った。いくらか装束は汚れており、二名の軽傷者のうちの一人は彼なのだろう。
指示書を読み終えて端末に出ているものを一通り把握すると、鶴丸が訊いた。
「ここの市中で会合か」
「そう、あまり表舞台には出てこない話のようだけれど、薩摩の方での意見のすり合わせがここで行われた」
「…………」
鶴丸がじっとモニタを見ていると、薬研が横で口を開いた。
「大将、俺っちの隊を支度させてもいいか」
「え?」
薬研は片目を細めている。
「どうも匂う。杞憂であればいいが、準備するに越したことはねえや。と言っても、うちは愛染と貞宗を連れて行かれたから、俺と小夜と青江の旦那、獅子王の旦那しかいねえんだが」
「わかった。行っていいよ」
薬研が審神者のそばを離れようとしたとき、鶴丸が呟く。
「庄内藩の兵のこと、会合の薩摩側は知っているのか」
「うん。でも別に、ここで一戦構えるつもりはなくて、ただ単に行軍ルートが会合場所と近接していたというだけで、でも本来ならこの市中にまでは来ずに少し離れた寺の境内で……」
そこまで言って、審神者はようやく気付いた。
司令部の分析で指定された戦場は、庄内兵を対象外にしていた。
山姥切たちは激戦の中にあるが、それでも劣勢ではない。敵はあとからあとから湧いて出ていて、倒してもきりがない賽の河原積みとなっている。
もし敵方は最初から庄内兵を引き寄せ、巻き込むのを目的としていたら。
戸口にいた薬研が廊下へ走り出た。
「すぐ集めてゲートへ行く! 二分くれ、大将!」
薬研の足音が屋敷内を飛んでいく。
鶴丸は数秒、上空からの映像を見ていた。静かに呟く。
「二分も待てないぞ」
鶴丸が見たものを、審神者も見た。行軍する兵たちから西へ約五百メートル、竹林が奇妙に揺れている。
「主、悪い。俺が先に行く」
「鶴丸!?」
審神者が彼を見ようとしたとき、すでにその姿はそこになく、中庭に降りていた。履き物に足を通すなり、中庭の向こう側のゲートへ駆けていく。和泉守も後を追った。
「きみを説得している時間が惜しい! ゲートが空いたら、薬研たちに俺を追わせてくれ」
「鶴丸ッ、和泉守!」
審神者が縁側まで駆け出た頃には、彼らはすでにゲートの操作パネルに辿りついていた。履歴を呼び出し、座標を再設定すると、ゲートの中に入ってしまう。上からガラスの円筒が下りてきて、内部を密閉した。
「待ちなさい!!」
無駄と分かっていても、審神者は叫んだ。
鶴丸は程度は軽いものの負傷をしており、帰還直後。和泉守も長期任務明けの寝不足で、疲労している。二人とも刀装を持っていない。
「二人とも、戻って!!」
だがゲートの中の鶴丸と目が合った瞬間、彼の姿は歪んで消えた。
審神者が呆然とゲートを見つめていると、薬研が隊員を連れて走ってきた。空っぽの執務室を見て、薬研が訊いた。
「おい、鶴と和泉の旦那は?」
「先に行った。薬研、ゲートが空いたら追って」
薬研は舌打ちをした。もう少し早く気づくべきだったと言い、彼は口惜しそうに歯噛みする。
濡れ縁まで出ると、隊員たちを引き連れて庭に下りた。
「大将、そこで待っててくれや。偵察しか能のない部隊じゃねえってところ、見せてやる」
薬研はにやりと笑ってみせ、ゲートへと向かった。
ゲートはいま転送終了後、準備に入っている。あと五十秒で中に入れるようになる。
審神者は執務室でひとり、モニタの戦況と中庭奥のゲートを交互に見ていた。庄内兵が行軍する道の隣、生い茂った竹林が小刻みに揺れ、竹が何本かなぎ倒された。おそらく鶴丸と和泉守だ。
「薬研!」
ゲート前で待機している薬研に叫ぶ。
「二人がいま、庄内兵の西側百メートルの竹林で戦ってる! よく見えないけれどたぶん押されている、ああ、いま庄内兵が気づいた、行軍の足並みが乱れてる!!」
「了解だ、大将。それだけわかりゃ、充分だ」
ゲートで準備完了の表示が点灯する。
薬研たち四振りは内部に駆け込むと、転送実行を押した。審神者は彼らが消えるさまを一瞥し、モニタの戦場映像に意識を戻した。
山姥切たちが戦っている主戦場は、家屋が一部倒れ、火の手がいくつか上がっている。路地には町人が斬られていくつも倒れており、血の染みが点々と広がっていた。
自動カウントしている遡行兵の殲滅数は、九十六。民間の死傷者は二十八。
庄内兵たちの方を見ると、無造作に竹が倒れていく緑の海に、大きな波動が出現した。薬研たちだ。
「俺はよう、寝不足と疲労の中で刀装もつけず、戦って六十体斃して、ちゃーんと食い止めたんだぜえ?」
帰還後、一番わかりやすいボヤキを言っていたのは和泉守だ。
疲れが残るなかでがむしゃらに戦ってきたためか、疲労困憊な彼は執務室の濡れ縁から敷居を跨ぐようにして仰向けに転がった。
「あーーーー疲れた」
もう動けねえ。そう言って和泉守は瞼を閉じ、数分後には夕陽を浴びながらぐうぐうと眠ってしまった。
山姥切と薬研が淡々と戦場の経過を報告している。審神者がこんのすけとともにデータを整理し、報告書に添付する資料をまとめていった。
帰還した鯰尾を含め、六名の隊長たちは執務室に残っている。
死傷者三十六。最大で四百を想定していたことを考慮すると、軽微と言ってもいいのかもしれないのだが、やはり重い。
「例えばもう一部隊送れば死傷者を減らせた?」
「……会合場所から俺たちを引き離すために、無作為に民家に直接時間遡行し侵入、騒動を起こしていた兵がいた。あと六、七人、こちらの人手が増えたところで、それを阻めたかというと……少し厳しい」
「そうだね。ありがとう、よくやってくれたよ」
山姥切は無言のまま頷いた。
彼の中に、当然口惜しさはあるだろう。
執務室に沈黙が流れた。
「……あ、夕食みたいだ」
別の戦場から帰還してきた鯰尾が、顔を上げて中庭の向こう、座敷を見た。
「じゃあ、ここまでにして、みんな夕食行こうか。鶴丸は残って」
「おお、お説教?」「……説教だな」「ざまを見ろ」
隊長たちが口々に言いながら執務室を出て行く。薬研はいったん縁側へ出て、和泉守のそばにしゃがんだ。
「和泉の旦那、飯だ。起きてくれや」
「ねみぃんだよー……」
「寝るんなら部屋で寝てくれ。ここは大将の仕事部屋だ、残ってると今から始まる説教に巻き込まれるぞ」
それが効いたのだろう、和泉守はむくりと起き上がった。
薬研に伴われて和泉守も出て行く。
「和泉守。今日はお疲れだろうからお説教は延期」
「どのみち説教するのかよ」
二人の足音が、廊下を遠ざかっていった。
審神者は大きく展開していたモニタを閉じてしまうと、いつもの文机だけになった執務室の畳に座る。鶴丸も反対側に正座した。
審神者は大きく息を吐いた。
「……私の制止を振り切って、勝手にゲートを使って戦場に乗り込んだことについて」
鶴丸がまっすぐにこちらを見ていた。
「怒った方がいいのか、ありがとうと言った方がいいのか」
鶴丸は控えめに苦笑いをした。
「どちらかと言えば、俺はありがとう、がいいなあ」
「うん、そうだね。私もそう思う」
審神者は鶴丸に頭を下げた。
「ありがとう」
鶴丸が嬉しそうに笑った。
[newpage]
夕食でにぎわう座敷に、審神者は長谷部と山姥切に手伝ってもらってこの本丸で一番大きなモニタを運んだ。
目的を察した刀たちがざわめく。
「映画の完成版が送られてきました。公開はもう少し先ですが、皆で観ましょうか」
審神者はいつも上座で食事をしているが、モニタが見にくいので今日は薬研と鯰尾の間に入れてもらった。
部屋の灯りを消して、再生開始を押した。
午前中に見た、刀を抜き放って闇夜に跳躍する鶴丸。冒頭部分で彼を印象付けようという意図なのだろう。
「んんッ」
「ぐフッ…」
両隣から変な音声が聞こえ、見てみると鯰尾も薬研も笑いをこらえている。
そんなに笑えるだろうかと思って審神者が周囲を見てみると、グラスを咥えてきょとんとしている者や、すでに肩を揺らしている者が少なくない。
「おいおい、誰がこんな格好つけて戦うかよ」
薬研は喉でくつくつと笑いながら小声で言った。あなたは殺陣の構成にいたでしょうが、と審神者は心の中でつっこみを入れたが、結局同じ動作でもどう撮影してそれを編集などで演出するか、それは薬研らの手を離れたところにある。
冒頭で展開されていく細切れの戦闘場面に、美談だなあ、と鯰尾が茶化したように言った。
やがて物語が始まる。平穏な本丸、日常を過ごす様子が流れ、その合間に執務室で女優と歌仙が次の出陣についての相談をしている。
視聴している座敷は完全に緩みきった雰囲気になっていて、誰それの動きがカクカクだったとか、あれは真面目にしているつもりだが飯のことを考えている時と同じ顔だったとか、言いたい放題だ。せっかくの鶴丸の冒頭シーンが、仲間たちにとっては出オチのように見えてしまったせいで、真剣に観ようという様子は皆無だ。
審神者は何となく救われたような思いだった。独りで見たときに泣いてしまったのが、今は不思議なほど心安らかだ。
審神者は鶴丸の方を盗み見る。
あのキスシーンの撮影の朝のように周囲に空白ができているわけではなく、座卓に頬杖をついてつまらなさそうにしている大倶利伽羅と、正座をしてきらきらした目でモニタを見ている燭台切の間に座っていた。座卓の向かいには太鼓鐘と、三日月がいた。
鶴丸がこちらの視線に気づき、困ったように笑みを向けてきた。
ああ、結局あの付喪神は自分の刀なのだと思う。どれほど気まずくなっても、すれ違っても、同じところに戻ってきて、ちょっとしたことでまた笑い合える。
映画の中で、戦局が混乱していく。刀たちが傷だらけになりながら次々と時間遡行軍を倒していき、その映像の見事さに、初めて感心するような声が座に上がった。
「このシーンの殺陣、俺と獅子王で構成組んだんだぜ」
薬研が誇らしげに言う。
映画の中で、刀剣たちが押されている。ぼろぼろになりながら本丸に帰還し、女優が演じる女審神者が彼らを修復していく。視覚化された虹色の霊気は、残念ながら実際を知っている者たちからは少々安っぽいと評された。
審神者は平静を装って映像を追っていた。もうすぐあのシーンになる。泣いたりはしないと思うが、どういう顔をして観ていればいいのか、いざとなるとやはり心惑う。
が、映像の中の鶴丸が女審神者に近づいていく後ろ姿を見た瞬間、鯰尾が隣でブッと吹いた。
「か、肩がカチコチ」
「ああ、確かにありゃあ、仲間を騙くらかそうと企んで逸りすぎたときの動きと一緒だ」と薬研が追い打ちをかける。
他にも心無いツッコミを入れている者がそこここにいるものだから、審神者はどこか柔らかな気持ちで、他人事のようなキスを見送った。
終わってから鶴丸を盗み見ると、揶揄われたダメージで座卓に突っ伏しており、大倶利伽羅が憐れみを込めた目で眺めている。三日月の顔は見えないが、背中が揺れていた。たぶんかなり笑っている。
笑うほど演技が酷かっただろうかと審神者は思い返すが、結局あの監督の言う通り、一般の人間にとってみれば付喪神の美しさだけでほとんどすべてがオールオッケーなのだろう。
全本丸の鶴丸国永たちが少しばかり気の毒になった。
三日月がずいぶん無責任に笑って鶴丸を揶揄っているようで、この映画が終わったら十年前に作られた主演:三日月宗近の方の映画も上映してやろうと審神者は思った。
上映会が終わって、刀剣たちは庭に出ていた。
ふだんは遠征や出陣などで夕食がばらばらなことが多いが、今日は全員が揃っている。困難な戦場を戦ってきたということもあり、慰労も兼ねて中庭に椅子やテーブルを出し、月を見ながら酒を飲む。
審神者は例の如く酒をあまり飲まないので、冷茶の入ったグラスを片手に、皆に話しかけて回っていた。
部隊編成の性質上、どうしても部隊長六名と過ごす時間が多く、こういう機会を利用しないと他の刀剣たちとは疎遠になりがちだ。
池のほとりで、蛍光色が明滅しながら浮遊していた。少年たちの周りを蛍が飛んでいる。
「みんな、わりと虫の扱いが上手だよね」
審神者が話しかけると、蛍丸が彼女を振り返った。
「俺は、蛍限定」
蛍丸の目が、飛ぶ虫たちと同じ色に光っている。
蛍に寄ってきてるんだぜ、と愛染が言った。確かに、蛍丸の周りだけ蛍が多い。
「この蛍は、ゲンジボタルって言うんですってね」
秋田が嬉しそうに言った。
「うん。本丸に蛍を入れるかどうかはオプションなんだけど、品種はゲンジボタルって書かれていたよ」
人工空間であるために、鳥などを含め小動物が生態系を維持するため、虫はある程度の数と種類が雑多に本丸に移植されている。蚊だけは辛いので外してもらったが。
「……源氏」
獅子王が腕を差し出すと、蛍が数匹まとわりつくように飛んで、離れていった。
「じっちゃん、平家に抗議するために挙兵して、無念のなかで死んで、その無念が蛍になったってさ。そういう伝説がある。だから、『源氏』蛍」
「……そうだったの」
雑な説明に、獅子王の哀愁を垣間見たように思う。そばにいて温かくて、けれどその関係をどう終えたかは語ってこなかった。
今日、三百数十年前の日本で、本来生き延びられていたはずの人間が死んだ。かれらは歴史にとって必要ないと判断された、だからこの本丸は司令部から出陣へのねぎらいの言葉と褒賞があった。
「……来年も、蛍、飛ぶかな」
「また一年、池や水草を世話してやりましょう」
トンボも、アメンボも。タニシもトカゲも、ムカデも。
秋田が熊笹の葉で小舟をつくり、池に浮かべた。
審神者は池から少し離れ、畑へと続く道に足を踏み入れた。水路があるためか、疎らだがここにも蛍がいる。
目当ての花を見つけた。
草の茂みに混じって花を咲かせた、ホタルブクロ。釣り鐘のような薄紫が、一つの茎に三つ四つとついている。
「…………」
審神者は根元近くに指を添わせ、茎を折ろうとした。だが、上手く折れてはくれず、ぐちゃぐちゃに裂けて引きちぎれた。
花も、痛いと言うのだろうか。暗闇の中、指についた汁を見つめる。
芙蓉の鶴丸が持ってきたホタルブクロは、きっと彼が持ち歩いている小刀か何かで切り落としたのだろう。
結局、誰よりも残酷なのは自分だと思う。
低木の葉に付いて明滅を繰り返している蛍に手を伸ばすと、小さな昆虫はあっさりと彼女の手に落ちた。
手のひらにのせた蛍に、釣り鐘の花を寄せる。蛍は中に入ろうとしなかった。
未だに憶えている。あの鶴丸がくれた一本の茎には、六つもの花がついていた。それ一つ一つに、彼は蛍を入れてきたのだ。
「虫に人間の匂いをつけて、花に入れて閉じ込めるか。きみらしくないな、やめておけよ。かわいそうじゃないか」
「昔の人は、そうしてたんでしょう。良い声で鳴く虫や鳥を籠に入れて鳴き声を楽しんで、蛍を花に入れて提灯代わりに」
「ああ。だが今はその必要がない。娯楽は他にあるだろう」
審神者はもう鶴丸が突然現れても驚かなくなっていた。
指に付いた草の汁がべたつく。指をこすり合わせてから、手を開いた。
「以前ね、鶴丸に言われたの。私は目の前にあるものを思い遣る気になって、見えない殺生に目をつぶっているんだって」
「……俺がそんなことを言ったか?」
「…………」
「また、前にいた本丸の『俺』か。きみは、そんなにそいつを好いていたのか」
「……うん、そうだと思う」
引きちぎれた断端を持ち、すでに何か力を失ったような、萎れた佇まいになった花を見つめる。柔らかな釣り鐘の花を撫でた。記憶の中のホタルブクロよりも軽い。
「芙蓉の鶴丸が、ホタルブクロの花に蛍を入れることを教えてくれたの。私、残酷だと彼に言った。それなのに、今度は鶴丸が私にやめろって言う」
審神者は鶴丸を見上げた。ガラスの目だ。
「同じだけど、同じじゃない。それとも同じ鶴丸国永だから私はまた好きになったの? 虫を閉じ込めてかわいそうと言うのは、私が顕現したあなただから?」
そのとき、人の声がして、審神者ははっと口をつぐんだ。
こちらに歩いてきていた愛染と蛍丸が歩みを止める。愛染が目を剥いて、蛍丸も大きな目でこちらを凝視していた。聞かれたのは明白だった。
審神者の両肩に鶴丸が手を置いた。驚愕に大きく開かれた眼裂の間からは、黄金の光。
「……俺を、好きか」
「鶴丸、二人がいるんだよ」
「いいから、答えてくれ」
「芙蓉で、鶴丸のことが好きだったの。私にわかるのは、それだけ」
鶴丸は苦し気に目を閉じて、左右に首を振る。
「もう、どっちでもいい。きみの願いを叶えるために俺がいるのなら、俺がきみを愛したのもきみの願いのせいということさ。諦めてしまえよ」
鶴丸は両手で審神者の頬を包む。
「清濁併せて、呑んでしまえ。毒も食らわばなんとやらだ、俺がきみの慰めになる」
審神者は鶴丸を見上げた。愛おしいと思う。恋しいとか切ないとかそういうものではなくて、もっと温かくて懐かしいような感情がある。
抱き締めてあげたい。あの銀色の頭を両腕に抱えて、大丈夫だからここに帰っておいでと。
鶴丸はごつんと額を合わせてきた。
「いたいよ」
鶴丸が笑う。審神者の頬に落ちていた涙を親指で拭う。
「きれいじゃなければならないなんてことは、ないんだ。わずかな澱みさえ許さないような愛じゃなくていい、俺はそんなもの求めていない。だから」
最後は囁きのようだった。
「俺のものになってくれ」
「あちゃー」
「見ちった……」
少年二人が感嘆したように零した。
* *
審神者の私室に、鶴丸が時折現れるようになった。
何をするわけでもない。話をして、鶴丸が何だか嬉しそうで、審神者もそれに救われたように感じながら時を過ごす。
その日、暖かい秋の午後、審神者は私室に持ち込んだ仕事の残りをしていた。鶴丸は障子を開け放って、東の庭に向いた縁側で、脚を放り出すようにして座っていた。
あのとき愛染と蛍丸に見られたために、二人は恋仲という扱いになっている。だからこうして一緒に休日を過ごしたところで、誰もなんとも思わない。
審神者は端末に入力する手を止め、ふと鶴丸の方を見た。彼はずっと庭を見ながら、鳥たちが土を啄んだり、鳴いて仲間を呼び寄せたりする様子を楽しんでいるようだった。左手は濡れ縁の板の上、右腕は立てた膝に預け、よくそうしてくつろいでいる。
鶴丸は、審神者が仕事の手を休めたことに気づいていない。
審神者は相変わらず、鶴丸の横顔を愛している。
「本を読んでいる時の目が好き」
前触れもなくそう言ってみると、彼は庭を見つめたまま、微笑んだ。
「そうか、ではきみの傍で書を読まねばなあ」
「そうじゃなくて、私を意識していない時がいいんだよ。盗み見ているようで悪いな、とは思うけれど」
鶴丸は庭を見ている。
影になった庭先、温度のない付喪神がそこに座っている。
「出陣前の、先頭に立っている時の目が好きだよ」
「……おいおい。これからどう振舞えばいいか、わからなくなるじゃないか」
鶴丸はようやく腰を上げると、審神者のところまで歩いてきた。座っている彼女のすぐそばに寝転ぶと、その膝の上に無造作に腕をのせた。
あの頃は、肌の感触を、知らなかった。
細いと思っていても意外と骨が太くて、手や腕はそれこそ鋼を仕込んでいるかのように重いということも。
口づけの数は十七で止まったまま。こうして二人で過ごすようになって、けれど静かな触れ合いができた以外には、鶴丸は一切踏み込まない。
「なあ」
鶴丸は審神者を見上げた。
「きみ、そうやって俺の好きなところを挙げ連ねないと心に自信がなくなるのか」
審神者の頬に手を伸ばし、撫でる。審神者も同じように、鶴丸の頬に触れた。
「もっと簡単でいい。『俺』を好きでたまらないと、それだけでいいのに、きみは」
鶴丸はそこまで言ってから、しばらく黙り込んでいた。
まばたきも十か二十が過ぎた頃、「はじめからやり直そうか」。
鶴丸国永はよっこらせと言いながら起き上がると、膝の前に刀を置いた。畏まって正座して、膝に腕をついて肩を強ばらせながら、大真面目らしい顔をして彼は言う。
「主」
「な、なに」
鶴丸は大きく息を吸い込んでから、宣言するように言った。
「俺は、きみに、べた惚れだ」
もっと深刻な言葉を予想していた審神者は、思わずぷっと吹き出した。
「なに、それ。あははっ」
「骨抜きにされてるってことだ」
そう言いながら、鶴丸はとろけるような笑みを見せた。
「きみが声をあげて笑っているところを、久しぶりに見たような気がする」
くすくすと笑い続ける審神者の頭に、彼はぽんぽんと手をのせた。
「笑っていこう、主。後ろめたさなんて感じないでくれ。俺は、」
きみが抱えた、その濁った愛さえも。
あいしているんだ。
吐く息が離れた。
十八回目、やっと返せた、と審神者は思う。
これで恋心の中に入り込んだ濁りがすべて霧散するなんて、そんな都合のいいことは起きるわけがないと知ってはいても。
触れる唇のひたむきさ、背中を抱き寄せる手の熱さが、これでいいのだと、この場所が一番安らぐのだと教えてくれた。
[newpage]
(おまけ)
審神者は初めて刀剣男士と相対したとき、なんと自分は面妖な運命にあるのだろうと思ったものだ。最初の任務が代行業務であったために初期刀から一振りずつということはなく、いきなり数十の異形の神々と相対したので、まこと人外魔境のような場に迷い込んでしまったような気分になった。
そんな彼女も審神者としての経験は六年目になっている。
久しぶりに初日の衝撃を思い出していたのは、目の前に人生二度目の珍事が発生しているからだ。
「コーヒーは、ミルクとはちみつたっぷりがいいのよねえ」
「はあ」
ずいぶんな甘党のようだ。
芍薬のような美しい人は、吐く息さえもきれいで、小さなテーブルの向こう側からはものすごくいい匂いがする。
「映画、わりと好評だったの。聞いた?」
「ええ、ネット評も見ました」
「私にとってもありがたいお仕事だった。特異な作品に出演すると、覚えてもらいやすいから」
審神者はかたい笑顔をつくる。
都心の高級ホテルのラウンジで、女優と差し向かいでコーヒーを飲んでいる現実がとにかくおかしい。護衛として山姥切と長谷部がスーツ姿で少し離れたテーブルにいるが、彼らの浮きっぷりも気になる。
いや、一番場違いなのはこの自分だ。
審神者という職業を離れるとただの平凡な一般人で、この場にいる他の金持ちそうな客にはどうあっても交れない。
女優の話す近況は、審神者からすればあまりに遠い煌びやかな世界で、彼女は「はあ」だとか「うへえ」だとか、およそ雅致とはかけ離れたような相槌を打っていた。
女優はべつに自慢話をしたかったわけではないらしい。審神者がただひたすら感心したような反応しか見せないのが不満だったようで、話をこちらに振ってきた。
「ねえ、あなたは鶴丸さんとはどうなったの」
「どう、とも」
女優はどういうわけか、審神者が鶴丸に対して拗れた想いを抱いていることを早々に察していた。[[rb:級 > シナノキ]]が二つ目の本丸であると知っても、結局誰かに漏らすことなく黙っていてくれた。
やはり、案外いい人ではあるのだろう。きれいすぎてこちらは身構えてしまうのだが、彼女なりにそこで損をしているのかもしれないと思う。
そんな中で水を向けられた鶴丸とのこと。審神者は窮した。この半年余り、鶴丸とのあれこれをどうやって説明すればいいのか。
──私はなぜこんな美人の女優さんと恋バナをすることになっているのだろう。
そんなことを考えながら、審神者は自身が初めて審神者となった日、芙蓉という本丸に足を踏み入れた所から、話し始めた。
「妊娠中に体調を崩した審神者さんの本丸を、一時的に預かったんです。半年間、そこに滞在しました」
「へえ」
「そこで私にとっての一人目の鶴丸国永に出会いました」
まるで、カウンセリングをしてもらっているようだ。
よりによって、この国が誇る美貌と演技力を持ち合わせた女優さんに。
審神者は何だかいよいよおかしなことになってきたと目を白黒させつつも、事のあらましを話していく。
視線を第一と第四の部隊長たちに移すと、彼らも少しばかり警戒を解いて、意識をこちらに向けつつも話しこんでいる。こちらの会話は彼らの耳には届かないだろう。
高級ホテルの、三十七階のラウンジだ。曇り空の向こうで陽が落ち始め、高さ十メートルはありそうな全面ガラスの窓からは、橙の光が射しこんでいる。
「千年を経た付喪神に相応しい、あやかしの人だったんですよ」
「なるほどねえ」
ウェイターが来て、ガラスの容器に入った蝋燭を置いていった。蝋の燃える独特な匂いが、コーヒーと焼き菓子の空気にひとつ、立ち上っていった。
* *
「おい」
ガタンと細い肢体が傾いて転びそうになるのを、同田貫は腕を鷲掴みにして留めた。
暗がりの中、何かの配線にひっかかったらしい。見ると、細く高いかかとを付けた靴を履いている。
あの、走りにくそうな靴だ。加州や巴あたりも履いているが、踏み込むときに踏ん張りがきかないのが明白で、同田貫は好まない。
「ありがとう」
転びかけたのは、この茶番でしかない映画で審神者役をやっている女優だった。
女が顔を上げた時、甘ったるい匂いが鼻腔に入り込んできて、同田貫は顔を顰める。
「転ぶくれえなら、そんな靴履くなよ」
「ええ、足は痛くなるし、走れないし、転びやすい。いろいろ最悪」
「は?」
だったらそんなもの何故履く。
同田貫のあからさまな「は?」にその意図を汲み取ったのだろう、彼女は苦笑した。
「でもね、脚のラインがきれいになるの。私をきれいに見せてくれる」
同田貫は不躾に彼女の姿を眺めた。
きれいって何だ? 靴を履いて何が変わる?
よくわからない。
しゅっとしていて、薄くて、自分の主君も弱っこい女ではあるが、彼女はそれ以上に「うすい」。
無理解をストレートに顔に表した同田貫に、女優はもう一度苦笑する。それが何だか、子ども扱いされているようで、同田貫は不満に思う。
「きれいとかよくわかんねーな。華美なものには興味がないんでね」
「華美?」
「アンタだよ。上から下までそういうものの塊みてえだろうが」
「ありがとう」
「褒めてねえ」
女はくすくすと笑っている。
甘い匂い、甘ったるい声。同田貫は眉間の皺を深くした。
「チッ……話の通じねえ女だ」
「ごめんなさいねえ。人の話を都合よく無視することも、仕事の一つなのよ」
「なんだそりゃ」
女は肩をすくめた。
「半分、人気商売なの。実力通りにはいかないし、クライアントに気に入られるとか、ファンをたくさん持つとか、そういうところで評価されてしまう部分があるから。だから自分にとって大切なものと、そうじゃないものをうまく区別しないと、精神的にもたないの」
同田貫は腰に佩いた本体の鞘に手をのせる。彼にとっては、これ一本だけで世界が回っている。
女の言うクライアントだとかファンだとか。同田貫にはそこに如何程の価値があるのか見当がつかないが、それでも女はそれを[[rb:戦場 > いくさば]]と捉え、そこで戦っているのだろう。
そういえば先刻、撮った分を見る機会があったのだが、画面の中の彼女は実物とは違う印象があった。無機質な美があって、けれど彼女と同じ場面に入り込んだ自分たちもそんな感じになっていて、職業として演者をしている彼女にまるで自分たちが影響を受けて操られているようだった。
見ていた瞬間は、自分の映りと出来栄えに少しむず痒いような感覚があったのだが、あれはこの女の所為だったのか。
彼女の戦場の条件はどうやら自分のいる場より少し複雑で、正攻法ではいかないらしい。
「転んで怪我でもしたら、メイクや衣装のスタッフに迷惑をかけるところだった。ありがとう」
女は笑顔をつくる。
初めて顔を見たときから、同じ笑顔をつくっている。顔合わせの挨拶、毎朝顔を出した時、監督に呼びつけられた時、化粧係に顔をいじられた時。
ずっと笑っている。そうしなければ死ぬかとでも言うように。
同田貫はそんな彼女に対して自分がどういう感情を持ったらいいのかわからず、結局いつもと同じ手段を取った。眉を寄せて胡乱気な目を向ける、という。
「ま、がんばれよ」
転びやすくても、走れなくても、その靴を履いて戦わなければならないのなら、そうすればいいんじゃないのか。
そんなことを言いかけて、らしくないなと思いなおし、結局は伝えなかった。
もし伝えていたら、あの作られた笑顔ではない表情、その片鱗だけでも見ることはできたのだろうか。
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前編(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10135522">novel/10135522</a></strong>)を読んでくださった方々、ありがとうございます!<br /><br />注意書きは1P目となります。
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17回目のキスまでは耐えた 後編
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10154665#1
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ピ、ピ、ピ……
規則的な機械音。
シュコー、スー、シュコー…
機械で管理された呼吸音。
私……?
重いまぶたを開けると、そこには真っ白い服を着た女性が立っていた。
誰だろ…?
そう思って頑張って焦点を合わせようと目線を送ると、女性は私の視線に気付き、私の名前らしき言葉を叫んで慌ててどこかへ飛んで行った。
ここは、病院…?
身体が重くて動かせない。
目を動かすのもしんどい。
疲れてもう一度目を閉じようとして、バタバタと足音が聞こえた。
「––––さん、––––さん!聞こえますか!?」
顔を覗き込む男性に、私は瞬きをすることで意思表示をした。
「急いで親御さんに連絡を!目を覚ましたと!急いで!」
大慌てになる病室。私は寝起き早々に疲れてまた目を閉じた。
『次のニュースです。日本国内で長きに渡り犯罪を繰り返していた謎の組織が日本警察とアメリカのFBIによって摘発、ようやくその歴史に幕を閉じました––違法麻薬、拳銃の密輸など、様々な犯罪に通じ日本国民に恐怖をもたらした犯罪組織、警察は彼らとの闘いに完全なる終止符を打ったとのことです』
「––––この間からずっとこの話題だねえ」
「どこのテレビもこれで持ちきりだよ」
病室の各ベッドに備え付けられたテレビは、連日同じ内容のニュースばかりを報道している。
「…そんなに大きな事件だったんですか?」
私は、定時に世話をしにきてくれる看護師さんに尋ねた。
つい先日目覚めたばかりの私は長い間昏睡状態に陥っていたようで、極限まで筋力が低下してしまい、ろくに一人で食事もできない状態だったのだ。
最初は点滴から始まって、身体が起こせるようになってからは流動食。
これから固形食に、それからは歩行訓練といった流れだ。
「ああ、そういえば知らないんでしたよね」
私もそんなに詳しくはないんです…と言った看護師さん。
「なんでも警察の威厳をかけた大作戦だったって話ですよ。FBIも目をつけてた犯罪組織らしくて、警察にもFBIにもほとんど犠牲者なしで、捜査が終わったのが奇跡だったって」
聞けば聞くほどまるでドラマみたい、と思った。
「そういえば、いつだったかなあ。警察の記者会見で、“犠牲者なしで終わった理由”を訊かれて、すっごいイケメンが答えてたんですよ」
水分補給に用意されたお茶を私は両手に持って、
「“非常に頼もしい協力者のおかげです”って」
「……ふーん」
ゆっくりとすすっていた。
私が目覚めて最初に教えられたのは、ここが私が入院してから十年経った時間軸だということだった。
それを聞いて、まず声に出たのは「は?」という単語ですらない言葉。
だって、気付いたら十年だよ?
そもそも私が入院してた理由が、殺人未遂による大量出血だって。えっ!?私殺されかけたの!?いつだよ!!
余りにも混乱した頭でどうにか記憶を手繰り寄せて、私は思い出した。
“し に た く な い”
初めての一人暮らしでウキウキと外の景色を見て、インターホンが鳴って玄関へ行った。
引っ越してすぐだから宅配なんてくるはずがないのに、その時は親からの仕送りか何かだろうと思って、疑いもせずにドアを開けて、開けて、開け、て…
ずくり。
「––––…!!?」
とっさに、みぞおちを触る。
一瞬、幻覚かと思った。
だって、そこに
包丁が見えたから。
私のその行動に、診察していた先生は「やっぱり」と言った。
何が「やっぱり」なのか。困惑したままの私に先生は当時の状況を説明してくれた。
「ああ、何も覚えてないよね…。そりゃそうか、君は意識不明の重体だったんだから…」
先生も、私の両親から、そして私の両親も第一発見者から聞いた又聞き程度の事件だった。
あの日。
私が刺されたあの日。
私は確かに死んだと思った。
[[rb:思>・]][[rb:っ>・]][[rb:た>・]][[rb:ん>・]][[rb:だ>・]]
ところが、私が玄関先で血を流して倒れているのを偶然にも大家さんが発見して、救急車を呼んでくれた。
結構危険な状態だったらしい。出血多量、あと数分発見が遅れていればそれこそ本当に死んでいたそうだ。
救急車で病院へ緊急搬送されて、私は一命を取り留めた。その時に両親が病院へ駆け付けたけど、私は出血が多かったこともあり、そのまま昏睡状態となったそうだ。
それからは、聞く限りとてもじゃないけど安心できるものではなかった。
私が契約したあの部屋は、契約主の長期不在が確定したことで両親が解約したらしい。突然一人娘があんなことになって、両親は酷く泣いていたと先生は言った。
見ていて、こちらが心臓を締め付けられる思いをしたと。
それから医師達による懸命の治療甲斐あって、私はわずかな傷痕だけを残した。
ただし、意識だけが戻ることはなかった。
[newpage]
十年に及ぶ昏睡の末、私の身体は思った以上にひょろくなっていた。
筋肉は思いっきりなくなってるし、食事ができなかった間の点滴で肋骨が浮き出んばかりにガリッガリだった。自分で鏡を見て「うわぁ…」と思ったのをはっきり覚えてる。
自分で食事が取れるようになってからはガッツガツ食って看護師さんに驚かれ、歩けるようになってからは必死な思いで筋肉をつけた。
髪も何度か看護師さんが(女の子だからと)整えてはくれていたけど本職じゃない分基本伸びっぱなしだったから毛先の痛みが酷い。
これは母にも手伝ってもらって一応見れる程度にはなった。
そして、十年という長い年月で二十歳手前だった年齢は一瞬にして三十路手前となり、気持ちは完全なる浦島太郎である。
おめでとうございます、身体は立派な成人女性です(全然嬉しくない)。
え、ちょっと待ってよ。私今から就職?
本当ならアルバイトで経験積んで大学卒業したら就職する予定だったんじゃないの??
履歴書書く時どうすればいいの?大学入学予定[[rb:→>からの]]入院??
年月はどう書けばいいのさ、いきなりの十年後って絶対面接時に聞かれるよね。あれか、こう答えればいいのか。
「殺人事件に巻き込まれて、十年昏睡状態でした」って。
アホか。
今時ニートだってもっとマシな嘘つくわ。
じゃあ別の言い訳を考えてみよう。
「気付いたら十年後にタイムスリップしてました」?
アホか(二回目)
更に酷くなった。どちらも嘘ではないけど現実味がなさすぎる。
ろくに社会勉強もできずに社会へほっぽり出される結果がこのザマとは。運命の神様も随分と酷いことをなさる。
私何か悪いことした?思い出しても心当たりがなさすぎる。
「はあ〜…」
長いため息を吐きながら、私は今日も必死でリハビリに取り組みます。先生には「余り無理はしないように」と言われたけど、今無理しないとそれこそ本気で社会復帰できないよね?
私この歳からニートになるつもりはないんですよ。
昏睡状態から目覚めて私は約三ヶ月で退院した。予定ではもう二、三ヶ月はリハビリを続ける話だったけど、早く社会復帰したくて身体に鞭打ちながら頑張った。
病院の設備の都合上、日常生活が送れる程度にしか筋肉はつけられない。あとはまあ働きながらでも運動して更に肉付きよくするさ。
就職先は……さすがに十年も経った世界で突然どこかの正社員なんてそんな高望みはしていない。
これもまずはアルバイトからだなぁ。事務職も考えはしたけど今のパソコンに直ぐに慣れる自信がなかった。その場合先に自分でパソコンを買うべきだろう。
…ハロワにでも行く?でもあそこの求人てほとんどブラックを隠した表面上だけの会社が多いんだよね。早期の社会復帰を目指してるとは言え、復帰早々ストレスで胃に穴は開けたくないし、身体の酷使で倒れたら元も子もない。
アルバイト先を探そうと、ついでに今の街並みを見るために私は徒歩でぶらぶらと散策した。
ちなみに入院中何度か見たニュース。日本警察とFBIのあれ、回数は減ったもののやはりまだ報道されていた。それだけ大掛かりだったんだとこの時やっと私は理解した。
「…終わったんだね…」
ポツリと、私の口から出た言葉。あれ?何で、知ったようなことを。
「疲れてんのかなぁ」
その時、私はとあるお店の前に立っていた。
看板と壁ガラスには「ポアロ」の文字。喫茶店だ。
なぜか自然と足が向いた。初めて来るお店なのに、心が突き動かされたんだ。
「…ごめんくださーい」
恐る恐る入って、直ぐに中から店員さんの元気な声が聞こえてきて私は直感で決める。
「すみません、ここってアルバイト募集とかしてますか?」
店内の雰囲気といい、店員さんの表情といい、私はここにどうしてか惹かれていた。
「ここで、働きたいんです」
はっきり告げた私のセリフに、店員さんは一瞬ポカンとして満面の笑みを浮かべる。あら可愛い。
「大歓迎です!あ、ちょっと待っててくださいね?今ちょうどマスターもいるので、呼んできます!」
バタバタとスタッフルームへ駆け込んだ店員さん。程なくしてマスターらしき人が来て、そのまま事務所へ案内された。
マスターはとても優しい人で、私が何かしらの事件に巻き込まれて昏睡状態にいたことから数ヶ月前にやっと目が覚めてこの間社会に出て来たことまでをわずかに掻い摘んで説明したら、「大変だったね」と短いなりに理解してくれて、だから履歴書も(頭の中で整理できずに)まだ書いてないと伝えたら、そんなの要らないから今日からでも入ってと言われた。
マジですか!?と年甲斐もなく喜んで目上の人に対する礼儀云々をど忘れした私にマスターはニコニコと笑顔で「マジだよ」なんて返してくれて…。感動の余り一生懸命働きます!と腰を直角に曲げて挨拶した。
まさか来店その日から働けるとも思っていなかった私。ポアロのエプロンを着て、早速店内に入りさっきの店員さんに挨拶をした。
「今日から!?いいんですか、やったぁ!!」
大きくガッツポーズをして喜んでくれた店員さん。改めて自己紹介をして、彼女の名前が「榎本 梓」だと知った。
「女の子同士なんだから、梓でいいですよ!」
じゃあ早速教えていきますね!と気合い充分な梓さんにつられ、私はアルバイトを始めたのだ。
[newpage]
喫茶店ポアロで働き出して一ヶ月が経った頃。私はシフトが一緒になった梓さんとキッチンで洗い物をしていた。
作業にも慣れ一人でカウンターを任せてもらえるほどになって、「完璧ですね!」と梓さんに太鼓判が押されたが、料理になると十年のブランクのせいで全然使い物にならないため、今はもっぱら梓さんやマスターのサポートである。
そういやこの喫茶店てコーヒーを売りに出してる割にはサイドメニューが豊富で、特にハムサンドとコーヒーのセットが人気らしい。しかも客層も老若男女問わず。喫茶店というと大体若者が集まるイメージがあるんだけど、それを梓さんに聞くと彼女は目を輝かせて言った。
「それ、凄いでしょ?ここにいたアルバイトの安室さんって男性のおかげなんですよ」
「へえ、安室さん」
どんな男性なのか聞いたら、「炎上物件」と言われた。何それ物騒。
「イケメンなんですよ。そんなにシフトに入ってないのに、安室さん目当てで女子高生が集まっちゃうし、私が安室さんと一緒にいるとそれだけでポアロのHPとか炎上しちゃうし」
「え、それでよくアルバイト入ってましたね」
普通そんな迷惑、本人と相談してだけど辞めてもらうことになりそうなものだ。
すると梓さんは微笑んだ。
「安室さんのおかげなんです。ここのメニュー、ほとんどが安室さん考案で、自分がいなくなっても続くようにって私達に作り方まで丁寧に教えてくれて。ちょっとの手間で凄く美味しくできるから、どうか続けてくださいって言われちゃいました」
そんなこと言われたら、やらないわけにいかないでしょ?
そう言った梓さんは、サンドイッチに挟むためのレタスをボールに注いだぬるま湯に漬けた。
安室さんかあ、会ってみたかったな。
「私にはまだ包丁も上手く扱えないから、料理できる人って尊敬します…」
怖くて触るのもためらう刃物。成人女性としてはいささか困りものだけど、こればかりは仕方がない。
「そんなことないですよ、女性なんだからすぐ慣れます」
梓さんのフォローに、私は苦笑いしてありがとうございますとだけ言った。
「……卵と、小麦粉、コーヒー豆に、ココア…よし」
ポアロの買い出しを終えて、私はスーパーの袋を片手に信号機が青になるのを待っていた。
この街は不思議で、一人一人の安全意識がとても高い。大人も子供も、交通ルールをしっかり守っているしまるで防犯の街のお手本みたいだと思った。自治体や青年による防犯部隊まである。
この間なんて初めての給料を下ろそうとして銀行に行ったらまさかの強盗に出くわした。
事故がなくても事件はあるんだなと思ったら、まさか銀行強盗が一般人に取り押さえられてた。
拳銃とか、ナイフは?と内心ハラハラしたけど、取り押さえた一般人は防犯チョッチも着てたらしい。防犯意識高すぎない!?てか、一般人がチョッキ着てるとか、そんな簡単に着れる素材でしたっけ!?
聞いたら、全てが“交通の神様”のおかげだとか。
一時期本当に一日の事件事故発生率が高かった時、姿の見えない存在に街の人達は幾度となく命を救われたらしい。
数年間、街を守ってくれた“交通の神様”。親しまれてきたその存在は人々の心の支えとなり、街の人々に防犯意識が芽生えたのも、当然だった。
そしてある時期を境に、“交通の神様”は“交通のお姉さん”と呼び名が変わったらしい。子供が、姿を見たのだと。女の人の姿をしていて、手を振ってくれたと言った。
その“交通のお姉さん”がポツリと一切姿を見せなくなって、街の人々は決断した。
自分達が街を守ろうと。今度は、自分達が街の守り神になって“交通の神様”を引き継ぐと。
その意識は住民全体に染み渡り、自治体が防犯部隊を結成。近所づきあいも増やし、いつでもどこでも人の目があるようにした。
そうやって、街の安全は保たれていった。
「今日は確か新作メニュー考案の日だったっけ…」
信号が青に変わり、人混みに紛れて進んで。このあとのポアロでの仕事を考えてた時だった。
「––––ゆらちゃん!?」
突然、空いた手を後ろから掴まれた。
「え…」
振り返った先にいたのは、タレ目と少し長い髪が特徴のイケメン。
え、誰だこの人。
「えっと…誰ですか?」
「あ、ごめん。俺、萩原研二って言うんだけど…、お姉さん俺とどっかで会ってない?」
「ナンパ師に知り合いはいませんね」
「ゔ、ナンパじゃなくて、いやそう思われても仕方ないんだけど!」
残念ながら、顔面偏差値の高い男性とはご縁がないまま十年をベッドで過ごした私だ。けれどそんなことを知らない彼は、未だ私の腕を掴んだまま離さない。
え。ちょっと離して?今一応職場の買い出し中なんだから。
しかもこの人、体格もいいからか私が腕を振りほどこうとしてもビクともしない。男性だからってのもあるけど、力強いな!?
「ナンパ師じゃないなら大人な職業の方ですか」
「俺警察!!」
「最近の警察って出会い頭に腕掴むのが流行ってるんです?」
「誤解だから!!」
必死に何かを伝えようとしてくる彼。
買い物リストに冷蔵物もあるからそろそろ手を離してほしい。そう思ってたら、いいタイミングで信号機の色が変わり始めようとした。
「…あの、信号赤になっちゃいます」
「あ…、ごめん…」
するとすんなりパッと離してくれた男性。さすがに赤信号の中交差点のど真ん中で立ち往生する気にはならないよね。ようやく解放されて私は急いでポアロに向かう。
交差点の向こう側で、一人ポツンと立つ萩原は掴んでいた手を見つめてギュッと握った。
「生きてるわけ、ないよな…」
ポアロに着いて、買ったものを梓さんと手分けして冷蔵庫にしまい込んで。ふと、さっきの出来事を彼女に報告してみた。
「梓さん」
「なんです?」
「さっきね、私ナンパされたっぽいです」
「え!?」
野菜を両手で持ちながらばっとこちらを振り返った梓さん。
「こう、腕を掴まれて、俺と会ったことないかって言われました」
「きゃー!それナンパですよ、絶対!」
「梓さん、落ち着いて」
手を洗いながら今日の作業チェックをして、自分の中で順番をつけていく。
「それで、なんて言ったんですか?」
「え?別に…ナンパするような人に知り合いはいませんってそれだけ」
「えー。相手どんな人だったんですか?」
「結構なイケメンでしたね。あ、そういえば警察って言ってました」
「え、警察にナンパされたんですか!?」
「いやいやいや、警察がナンパって駄目でしょ」
公私混同にもほどがある。
「ただでさえ耐性がないので、いきなりはごめんですね。百歩譲って友達からかなぁ」
「確かに、そうですね…。まあ安室さんほどのイケメンはそうそういないから、基準が高いと難しいですよね」
「私の場合基準云々の前が問題なんですけどね」
「それはこれからでしょう!そのうち、いい出会いがありますよ」
いい出会いねえ。
エプロンを身につけ、私は作業に取り掛かった。
[newpage]
ポアロで働き出してから、実は一人暮らしをどうしようかと考えている。今は実家からの通勤(両親からの切望)で家賃などの心配はないけども、さすがに三十路間近で親元ってのも何だかなあと思って賃貸のチラシを見ていた。
セキュリティに安心して住んだ部屋でこうなった手前、そんじゃそこらのアパートでは不安が絶えない。いっそ高級マンション…いやいやいや、今の給料でそれは自滅してしまう。となれば、少なくとも近場に警察署とか、最低でも交番。呼べばすぐに助けが来てくれる立地条件…あれ、私自分の部屋で刺されてこうなったんじゃなかったっけと思い至り、あの時の恐怖も相まってお部屋探しはまだしばらくできそうにないと結論を出した。
もういっそ、あの時のナンパにでも引っかかっておけばよかったかなぁと考えた瞬間、心のどこかで「それだけは絶対にない」と強く思ったのに疑問を抱く。
彼とはあれが初接触だ。なのにどうしてこんなにはっきりとした感情があるのだろう。
軽い男だと思った?手が早い男だと思った?
見た目は完璧にイケメンだった。警察だと言っていたのが本当なら、堅い職業だから相手に不足はないはずなのに。
すれ違うカップルを横目で流し見て、「いいなあ」と呟いて。
「元気にしてるかな…」
自分で言ったはずのその言葉にだけ気付かずに。
一瞬、聴こえた声。
––ゆらちゃん––
「……?」
誰かに呼ばれた?
振り返ってもそこには誰もいなくて。
「気のせい、かな」
きっと疲れてるんだと、思うことにした。
今日は久々のシフト休みだ。運動がてらに街を歩いて、ちょっと食べ歩きでもして、楽しもう。そう考えていたら。
「おら、ちょっと大人しくしてろ」
突然、そんな声が聞こえた。
声のした方を見ると、ガラの悪そうなサングラスの男が別の男を取り押さえてるところだった。
「くっそ、離せ…!」
「あーはいはい、俺に見つかったのが運の尽きってやつな。諦めろ」
サングラスの男は後ろ手に手錠を取り出した。えっ警察?
「暴れんな」
手錠をかけられた男は恐らく指名手配犯か。一緒にいたスーツの男性に身柄を引き渡され、サングラスの男はやれやれと立ち上がる。
逮捕の瞬間、初めて見たな。
貴重なシーンだと思ってそのまま様子を見ていたら、サングラスの男の人と目が合った。
気がして。この間会ったあの自称警察官のナンパを思い出した私はなぜか見なかったふりをした。そしたら…
「––––ゆらッ!!」
[[rb:踵>きびす]]を返して立ち去ろうとした私の腕をサングラスの男の人が掴んだのだ。
お互いにびっくりの表情で固まる。え、なんで貴方がびっくりしてるんです。
「あの……なんでしょう」
「あ、いや、悪りぃ」
バツが悪そうに言葉尻が弱くなったサングラスの男。整った顔立ちはサングラス越しでも分かる。
そしてやっぱり腕は離してくれない。なんだろう、この既視感。
「…警察の方ですか」
「えっなんで分かっ」
「さっき逮捕っぽいところを見たので」
言葉を遮って簡潔に理由を話す。どうして警察と見破られてそんな嬉しそうにするの?
「あー…、あんた、俺のこと見覚えねえ?」
「いや、ありませんね」
なんで前回といい今回といい警察とお知り合いでないといけないのか。
はっきりそう伝えると、サングラス男はその眼鏡をかちゃりと取った。あ、やっぱりイケメン。もしかしてこの人、この間のナンパと知り合いじゃないのかな。
「……松田陣平。この名前に聞き覚えは?」
「いや、ありませんね」
もう一度同じセリフを繰り返す。だからなんで知り合い前提で話を進めるのか。こんなイケメンと知り合いなら今頃とっくに結婚しててもいいはずなのに。
マズイなぁ、今日はバイトがないから「このあとの予定」を聞かれたら言い訳ができない。なんとかしてここを去る言い訳を考えていたら、意外と彼は腕をすっと離してくれた。……あれ?
「そう、だよな…」
彼は、唐突に凄く残念そうな顔をして。それが加えて切ない表情に見えた。
「…悪りぃ、人違いだったみたいだ」
「いえ…」
ズキンと、締め付けられる。
心のどこかで“そんな顔しないで”と思った私がいた。
[newpage]
なぜか連続イケメンに声をかけられるというミラクルを体験して、私はいったい前世でどんな徳を積んだのかと自問自答した。
二度あることは三度あるとも言う。これで三回目が起きたら確実だろう。
別段、外見に自信があるわけではない。むしろ普通じゃない?顔が女優並みに整ってるかと聞かれればはっきり違うと言えるしモデル並みにスタイルがいいのかと聞かれても同じく。
顔面偏差値の塊に声をかけてもらえる要素がない。
あの時。
一人目は、「ゆらちゃん」と呼んだ。
二人目は、「ゆら」と呼んでいた。
共通するのは「ゆら」という名前。
彼らは、私の何を知っているのだろう。
彼らに掴まれた腕を見つめ、私は心にぽっかりと穴が空いている錯覚を感じた。
「やめたやめた。今日は美味しいものを食べるんでしょ」
自分に言い聞かせ、頭を軽く振る。
仕事をしていない日は余計なことを考えてダメだと、最近は特に思う。
ポアロにいればやることがたくさんあって集中できるのに。…ちょっとシフト増やそうかな。
そんなことを考えていた時だった。
近くの交差点で、小さな男の子が青信号を渡ってた、その向こう。
猛スピードで走ってくる一台の軽自動車が見えた。
知ってる、この光景。何度か見た。
きっとあの男の子は車に轢かれる。
そして知ってる。あの男の子を救う方法を。
なぜか、私は確信があった。
––––助けられると。
考えるより先に身体が動いて、交差点まで走って、
男の子の手を引いて、抱き締めた。
スレスレのところで車が走り去り、周りで拍手が巻き起こる。
「あんたすげーな、危機一髪だよ!」
「あの車あっぶねー。飲酒か?おい通報しとこうぜ」
「だな、ナンバーは控えたからすぐ分かんだろ」
「君、怪我はない?大丈夫?」
わらわらと人だかりができ、私と男の子はあっという間に囲まれた。
みんなの中で私は今の一瞬で救世主となったのだ。私は腕の中の男の子に声をかける。
「…危なかったね、痛いとこはないかな?」
男の子は、ふいに少し固まって何かを考えていた。
「…ちゃん」
「ん?」
「お姉ちゃん、“交通の神様”…“交通のお姉ちゃん”だよね!?」
「…へっ?」
男の子が突然言い出したのは、私もここ数ヶ月で聞いたこの街の元祖守り神。
姿の見えなかった“交通の神様”。ある日を境に一部では“交通のお姉ちゃん”と呼ばれた存在。
私がそれだと言うのだ。
なんのこっちゃ。
「ちょっと待って?私は今初めて君を助けたんだけど…?」
もしかして轢かれかけたショックで混乱しているのか。そんな意味も込めて私はそう返した。すると男の子は強く言ったのだ。
「違うよ!!僕、前にもお姉ちゃんに助けてもらったことある!覚えてるでしょ!?」
「おいおい、いくら“交通の神様”が女だったからって、このねーちゃんは生きてんだろ」
近くのお兄さんが突っ込んだ。
そうだよ。聞く限り“交通の神様”は実在しない。言ってみれば幽霊のようなものだ。
残念だけど私は生きてる。“交通の神様”とは違う。
「でも、でも…!僕、覚えてるもん…!お姉ちゃん、僕を抱きしめて助けてくれた…!」
諦めきれないのか、男の子は私の服を握りしめた。私はうーんと悩んでから、男の子を励ますために優しく抱きしめる。
「ごめんねぇ……お姉ちゃん覚えてなくて。でも嬉しいな、“交通の神様”、だっけ?あんなヒーローみたいなことしてないけど、そう思われたんならよかったよ」
ぽんぽんと、背中をさすって男の子を慰める。まだ納得はしていないけど、ここは男の子の話に合わせるのが大人だろう。
男の子は、目尻を赤らめて「もう会えないのかな」と言った。
「“交通の神様”もね、会いたくないわけじゃないと思うよ?でもみんなを守ろうとして、そうしたらみんなに“交通の神様”って呼ばれた。分かるよね…?」
こくんと、小さく頷く。
「みんなを守るのが“交通の神様”のお仕事なら、そんな出番はない方がずっといい。それも分かるかな?」
ゆっくりと、頷いた。
「…いい子だね。“交通の神様”に会いたい気持ちは分かるよ?でもね––––だからって君が危ない目にあっていいはずがないんだよ」
どうか分かってと、男の子の目を見て言う。
涙をいっぱいに溜めて、納得したのか「ありがとね、お姉ちゃん」と言って男の子は去っていった。
こんなにも街の人達から親しまれる“交通の神様”。その存在に、私は少しだけ嫉妬した。あんな風にみんなに慕われて、この街を守った彼女は確かにこの街のヒーローで救世主なのだと思い知ったのだ。
「……へえ、君、面白いな」
男の子が去ったことで人だかりもとけたのに、振り返ったそこには男性が一人だけ残っていてそう呟いた。
「貴方は…?」
私は、この時初めて自分から聞いたと思う。
男の人に、名前を。
「ん?俺?諸伏景光っていうんだ」
彼は、己を警察だと言った。
また、警察…。
「君、俺の知り合いに似てるからちょっと気になってさ。どうかな?このあと時間ない?」
随分と、スマートなナンパだな。
この人は女性を誘うのに慣れているんだろう。人懐こいような笑顔で、それでいて警戒心をとかすのが上手い。
「あ、警察ってのが信用できないなら手帳見せるよ?」
ゴソゴソとポケットから出そうとしたのを止めさせて、私は返事をしていた。
「…いいですよ、時間あるし、警察っていうのも信用します」
「マジで?」
「はい」
緑川と名乗った彼は、ニカッと笑った。
「近くにカフェがあるから、そこでお話しさせて?」
[newpage]
諸伏さんの案内で行った先は小洒落た感じの喫茶店で、ポアロとはまた別の雰囲気があった。
第一印象で働いたお店だったから他の喫茶店なんて頭に入ってこなかったし、興味がそもそもなかったから気にしてなかったけどこれからはちょっと探検してみよう。
「君、歳いくつ?見た感じは俺と同い年くらいに見えるけど」
「二十八ですね。間違えてなければ」
「そうか。このあたりに住んでるの?」
「ずっと前は住んでました。ちょっとしたトラブルがあって、今は実家ですけどね」
「へえ、トラブル…」
私達が入店して、割とすぐ諸伏さんが入り口に向かって手を挙げた。
「お![[rb:零>ゼロ]]、こっちだ!」
「…お一人じゃなかったんですか?」
「ああごめん、元々待ち合わせしてたんだ」
悪びれもせず、諸伏さんはゼロと呼んだ男性を席へ呼び寄せる。
「どこで女性を引っ掛けてきてるんだお前は…」
「いやそこの交差点でな?車に轢かれそうになった男の子を彼女が助けたのを見たんだよ」
「…ほぉ?助けた…」
「だからちょっと誘ってみた」
「何が“だから”だ。それだとただのナンパだろ」
猫目のイケメンに金髪のイケメン。またもや顔面偏差値の塊だ。
「あー、悪い。いきなり男二人になって不安だろう…」
しっかりと私の顔を見たゼロさん。珍しい呼び名だなと思ったけど、彼はなぜか私の顔を凝視したあとにポツリと言った。
「…玉響」
“たまゆら”
確かにそう聞こえた。
「お、やっぱお前もそう思ったか。似てるんだよなあ、彼女に」
「彼女…って、さっき言ったお知り合いの人ですか?」
「そうそう、俺達の命の恩人で、この街の守り神!」
あれ?男の子や街の人達が言っていたのを要約すれば、守り神って“交通の神様”で、実体はないはずだ。けれど諸伏さんの言い方では、守り神には“交通の神様”や“交通のお姉ちゃん”以外に呼び名があって、しかも警察の方とお知り合いらしい。
どういうことだろう。
「ちょっと待ってください、“交通の神様”とお知り合いなんですか?」
「知り合いと言うか…一緒に戦った仲間、と言うべきだな」
「おー、あいつのおかげで今俺達は生きてる。そう言っても過言じゃあない」
「僕達の悲願が達成できたのも、彼女の協力があってこそだ」
凄い高評価である。
ますます私とは雲泥の差ではなかろうか。
「凄い協力者なんですね…」
似ていると言われた“交通の神様”、たまゆら…。私との共通点があるとしたら、女性だということだけ。
ちょっとだけ、羨ましいと思ったり。
「…自己紹介が遅れたな。僕は降谷零、警察だ。景光とは幼馴染で、よくつるんでるんだ」
「れい…だから“ゼロ”なんですね」
さっき諸伏さんが呼んだ名前に合点がいって、それを伝えたら降谷さんはにっこりと笑った。
「景光だけが呼んでる名前だけどな」
「他の誰ともかぶらないだろ」
「かぶらなさすぎて特定しやすい」
「素直に嬉しいって言えよなー」
じゃれ合うような会話だ。幼馴染というくらいだから、相当長い付き合いなのだろうと思う。
私は、こんな光景をずっと見たかった。
「…よかったですね」
あれ?二人とも、固まってる。
私おかしなこと言ったかな。
「ね、君…さっきトラブルで実家に住んでるって言ったけど、何があったのか聞いていい?」
「トラブル?」
身を乗り出したように諸伏さんが聞いて、降谷さんが繰り返す。
「このあたりに住んでたけど、トラブルがあって今は実家にいるらしいんだ」
「実家に戻るほどのトラブル…。男関係か?」
「そんなんじゃありませんよ…。その時は男友達だってそんなにいなかったのに。そもそも大学入学直後で一人暮らし始めたばかりで、出会いも何もなく入院してこの間退院したばかりなんですから」
男関係だけで実家に戻っていたのならそっちの方が幾分マシではないだろうか。あ、これだとストーカーに遭いたかったって聞こえる?そんなことはないです。言葉の綾ってやつ。
あれ、そういえばなんで私あのマンションに住んでたんだろう。
一人暮らしするなら他にも候補はあったはずなのに。あのマンションにする理由がどうにも思い出せなかった。
私の身に起こった出来事を簡単に説明すると、降谷さんが何かの引っかかりを感じたらしい。
「大学入学直後で入院、この間退院…?」
「君、さっき二十八って言ってなかった?」
諸伏さんが思い出したように言うから、補足のつもりで私が追加で言った。
「私、十年くらい昏睡状態だったらしいんです」
[newpage]
「じゅっ……それは、壮絶な…」
「………」
十年に及ぶ昏睡と聞いて驚く諸伏さんと、言葉をなくす降谷さん。
「…その、すまない。あまり聞かれたくない話だったろ」
「んー、そうでもないかな。説明が面倒ってだけで実感がないんですよ、寝てたから。気付いたら十年後の世界で、自分も歳をとってて浦島太郎の気分?」
「十年…その間は当然寝てるから何も覚えてないんだよな?」
「夢くらいは見てたと思いますよ?覚えてないだけで」
二人はそれ以上、何も聞こうとはしてこなかった。
お茶だけして別れて、また機会があれば会おう、なんて諸伏さんが気さくに言ってくれて。
なんだろうな。前の二人に比べたら、だいぶ話しやすい人達ではあったから自分でもびっくりするほど喋ってしまった。
まるで、この二人は信用できると確信できる何かがあったんだ。
二人は、警察で。
公安だから。
……あれ。
なんで私、あの二人が公安だって知ってるの?
二人は“警察”だとは名乗ったけど“公安”なんて一言も言ってないのに。
不思議なことは日に日に増えていく。
知らないはずの場所。知らないはずの名前。
夢に見るようになった。
私は幽霊となって街をさまよって、私が見えるのかたまに街の人が私に向かって手を振る。
そして振り返るのだ。
––––ゆらちゃん。
––––ゆら。
––––玉響。
––––お嬢ちゃん。
私は、彼らを知っている。
知っているのに、思い出せない。
誰?たまゆらって私?
私は、たまゆらじゃないよ。
私の、名前は……
––––玉響。
私が最後に救った彼が、そう呼ぶ。
貴方は……だれ?
「……私は、何者なの…?」
夢から覚めた私は、誰もいない空間に向かってそう言っていた。
“昏睡”
“幽霊”
“前世”
皆さまなんのこっちゃと思うだろう。
ただ今ネットで調べています。
銀行に用があって、待ち時間を利用してのスマホでネット検索。
おぼろげなのにはっきりと覚えていた夢が、どうしてか夢とは思えないくらいリアルで。
そして上記のキーワードを入力して、検索結果を片っ端から読んでみて、とある記述が目に入った。
「“臨死体験”…」
それは海外の資料だった。
とある男性の突然の昏睡状態。約一週間の眠りから目覚めた男性による、臨死体験の証言。きっかけは違えど、自分と似ている、と思った。
「あの夢は、現実…?」
信じがたいが、それを裏付ける出来事ならあった。
共通して呼ばれた“たまゆら”という名前。
警察だと言った彼らの協力者で、この街の守り神“交通の神様”と呼ばれた彼女。
そして男の子が言った、“交通のお姉ちゃん”。
それらが指し示す答えは––––。
「きゃああああ!!!」
ドンッという銃声と女性の悲鳴で私は顔を上げた。
「全員その場を動くなよ!?––––死にたくねぇんならなァ!!!」
銀行強盗だ。
銃を片手に従業員を脅す男と客を地べたに座らせる男。そして外を監視する男の三人がいた。
私は元々椅子に掛けてはいたが、男の命令で地べたに降ろされ直前までネット検索していたせいでスマホも即座に没収される。
私と同じように順番を待っていた人達も、同じく地べたに座らせられて、中には小さい女の子や赤ん坊もいた。
「おい、この鞄にありったけの現金を詰めろ、モタモタすんなよ。ちょっとでも怪しい動きをしてみろ…客が死ぬと思え」
他の従業員に両手を挙げさせ、男達は銃を突きつける。
手慣れている、そう思った。
「……最近この辺りは随分と平和だったからなぁ?久しぶりのスリルはどうだ、いつ殺されるか分からねえ恐怖…」
男は、ニヤリと笑った。
「“交通の神様”に守られてた平穏、今日ここで終わらせてやるよ」
[newpage]
シャッターが降ろされ、外部からも内部からも視覚的情報は完全にシャットアウトの状態となり、銀行強盗及び人質立てこもり事件の発生である。
「大丈夫、大丈夫…。きっと“交通の神様”が助けてくれるわ」
静かに泣く女の子を若い女性が慰める。街の人達にとって、“交通の神様”は本当にお守りなんだと分かった。
「おいそこ、嘘を教えちゃいけねえよ?“交通の神様”は事件も事故も未然に防いだっつーことでそう呼ばれたんだぜ。…すでに発生した事件については何も言われてないって知ってたか」
かすかな希望すら打ち砕く言い方に、女の子は更に涙を流す。
「ちょっと!そんな酷いこと…!」
頭に銃が突きつけられ、女性は言葉を失った。
「なんならここで一人目の犠牲者になるか?そうすりゃ俺の言葉が嘘じゃねぇって証明になる」
「………っ」
うっすら涙を浮かべる女性。男はゲラゲラと笑う。
「まあ俺達が逃走するまでの時間稼ぎをしてもらわねぇといけねえからな。それまでせいぜい長生きしてくれよ」
銃を女性から離すと男は従業員の方を向いて鞄を受け取る。男は、重みを確認しているようだった。
「……まだ軽い。もっとあるだろ、ありったけ入れろって言ったよな?何度も言わせんな」
鞄を突き返し、もう一度命令する。
その時だった。客の一人が男に話しかけたんだ。
「なあ、あんた」
「あ?なんだオッサン、なんか用か」
オッサンと呼ばれた男の人は、「俺ってそんなに老け顔なのか…」と呟いた。
「あのよ、女子供だけでも解放してやってくんねぇか?時間稼ぎなら俺も協力してやれるし」
客自らの提案に、男は「へえ…?」と品定めするように客を見る。
「結構な自己犠牲じゃねえの。なんだ、てめえが盾になってくれるってか?」
「まあそんなとこだ」
ゆっくりと近付く強盗。すっと銃を客の男に向けて、その胸に
「うぜぇな」
––ドンッ
発砲した。
撃たれた男性は、胸元に銃弾を受けて倒れ込む。
「––––伊達さんッ!!!」
途端に銀行内に響き渡る阿鼻叫喚。
私の叫んだ声はその中に吸い込まれたけど、私ははっきりと気付いた。
どうして、彼の名前を知ってる?
ズキン
「ッ!!」
こめかみに走る強烈な痛み。
「あーあ、犠牲者一人目」
ズキン
頭を抱えてうずくまる。
「おい、こいつと同じ目に遭いたくなきゃ大人しくしてろよ」
ズキン
ズキン
「……お姉ちゃん、大丈夫…?」
私を気遣う声に、顔を上げる。
「頭、痛いの…?」
その子は、さっきまで泣いてたはずの女の子で。
でもその目は確かに涙で濡れていて。
「大丈夫、怖く、ないよ…」
震えた手で私の腕に触れてくる。
––––とくん
この温もりを私は知っている。
––––とくん
「だ、大丈夫だよ…っ」
––––とくん
「きっと、」
––––とくん
「“交通の神様”が助けてくれるから…っ」
––––ドクンッ
…ああ。なんで忘れていたんだ。
「………ねえ、“交通の神様”を、まだ信じてる…?」
震えるその手に自分の手を重ねて。
私の唐突の質問に、女の子は目をパチクリさせてから力強く返事をした。
「うん!!」
私が守り続けた笑顔。
信じてくれる限り、
私は
この街の守り神だ。
[newpage]
ゆっくりと立ち上がる私に、強盗は銃を向けた。
「なんだ?次はてめぇか?」
女の子が、私の手をとっさに掴む。
その手をやんわりほどき、私は微笑んだ。
「……大丈夫」
何が、とは言わないけど。私には確かな勝機があった。他の誰にもなし得ない、私にしかできないこと。
「…肝の座った女だな。そんなに犠牲になりてぇか」
「犠牲になるつもりなんかありませんよ」
「ぁあ?」
「ただ、忠告だけしときます」
男は眉間にピクリとしわを寄せた。
「私、[[rb:こ>・]][[rb:の>・]][[rb:身>・]][[rb:体>・]][[rb:で>・]][[rb:は>・]]初めてだから、下手に抵抗されたら手加減は難しいかもしれませんね?」
「どういう意……」
男が言い切る前に、銃を奪う。
手を触れずにだ。
「てめぇ…!?」
男二人が私に向けて銃を構えた。
周りの客が、悲鳴を上げる。
これから起こりうるその惨劇に、目と耳を塞ぐ人もいた。でも大丈夫。
「誰も、死なせない」
私は“交通の神様”だから。
誰一人として、死なせるものか。
「チッ、てめぇ!!!」
男が、刃物を取り出した。銃を奪われたことで隠し持っていたそれの出番が出てきてしまったのだろう。
それを見て、私はもう一つ思い出した。
「ああ、見つけた」
私が、十年の昏睡に陥ったきっかけを作った人。
「その包丁、覚えてる」
「は?なんの話、だ…」
「ずっと探してた」
「………てめ…まさか…!?」
「十年ぶり、ですか」
あの日、あのマンションで私を刺した犯人。
まさかこんな形で巡り会えるとは。
「お久しぶりですね、会いたかったです。––––私を殺そうとした、犯人さん」
時効はまだ残ってるかな。
銀行内は、ほぼ私の独壇場だった。
殺したと思っていた女が生きていて、目に見えない力で銃を奪うという、ある意味での怪奇現象に男達は一気に怯んで戦意喪失していた。
黒の組織よりあっけないなぁと思う。
唯一被弾したのはやはり伊達さん。非番の日に銀行に寄ったら銀行強盗に出くわして、その時点で通報していたらしく外にはすでに何台かのパトカーが止まっていた。仕事が早い。
私は思わず叫んだけど、彼は防弾チョッチを着込んでいたそうだ。衝撃で倒れて少しだけ気を失っていたらしい。起きた時には全て終わっていて、周りの客の証言を聞いて私のところへすぐ飛んできてくれた。
「お嬢ちゃん!もう会えないかと思ってたぜ!!」
「伊達さんも、よくご無事で…」
彼とは、組織壊滅の前に会ったっきりで、事実それ以来での再会だった。
あの日いきなりいなくなった私を、彼は同期である降谷さん達からインカム越しにのみ聴いてずっと私を探してくれていたらしい。
「FBIの兄ちゃんが手回ししてくれてな、お嬢ちゃんの活躍あってこそだ」
私が消えて、降谷さんは真っ先に伊達さんに連絡を取った。そして忍び込んだジン達を赤井さんのアシストで犠牲が出る前に拘束し、組織は文字通り壊滅へと追い込んだ。
「それにしても、生きてるお嬢ちゃんに会えるなんて思ってもみなかったな。てか、本当に大学生か?」
「その辺りはまた説明します」
話したいことは山ほどある。
でもそれは、彼らを含めての方がいいだろう。
遠目に降谷さんが見えた。諸伏さん、松田さん、萩原さんもいる。
強盗に伊達さんが巻き込まれたと知って全員が駆けつけたようだ。
伊達さんと一緒に私がいることに、みんなが驚いていた。
ついこの間会ったのに、もうこんなにも懐かしい。
みんな、生きている。涙が溢れそうだ。
「“交通の神様”やってました、玉響です。––––ただいま!」
拝啓、前世の私。
長年の昏睡からようやく目覚めました。
女主([[rb:響>ひびき]] ゆら)
前世の記憶持ち。
長年の昏睡から目覚めて、昏睡中の記憶も戻りめでたく警察学校組と本当の意味で再会。
このあと居酒屋とかで同窓会並みに盛り上がる。
赤井さんとも再会。女主の臨死体験に興味を示すけどそこは同期組がやんわりガード。あれは狼の目だと言われる(あくまで興味の目です)
幽霊だった経験でポルターガイストが起こせるようになって、内情も知ってるため公安専属の協力者に。
ポアロのバイト?続けますよ!梓さんと一緒に働きたい!
銀行強盗の一件で、女主が“交通の神様”だと判明し一躍有名に。生きた守り神として新聞に載り、ニュースになり、超有名人に上り詰める。
多分、同期の誰かと結ばれる。ただし伊達さんと萩原(黒歴史)以外
これにて幽霊シリーズは完結です!
ここまでお付き合いしてくださり本当にありがとうございます!!
書きたいシーンを全部詰め込んだら最終話だけめっちゃ長くなったwでも満足してます。
実は幽霊の女主と同期組のコナン君との絡みも妄想してました。正直、絡ませてからのそしかいも考えてましたが、絡みは完全にネタですので番外編としても書けるよなと思いました笑
書ければまた載せようと思うので、その際はまた読んでもらえたらなって思います!
ではではご愛読ありがとうございました!
|
<br />当作品を読むに当たっての注意事項<br /><br />・原作とは全く関係のない2次創作<br />・グダグダ感満載<br />・オリジナル女主(幽霊)<br />・警察学校組救済→そしかい<br />・原作捏造あり<br />・作者は原作知識にわか(一応調べ直しました)<br />・読んだ後の苦情は受け付けられません。作者の心が折れてしまいます。<br />・頭の中空っぽ?任せろ!って人だけが読める心の広い人向けです。<br /><br />以上が大丈夫な方のみどうぞ。<br /><br />たくさんのフォロー、ブクマ、文字コメ、スタンプありがとうございます!<br />ご満足いただける内容かは自信がありませんが、楽しんでいただけたら幸いです!
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拝啓、前世の私。終
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10154719#1
| true |
※アニメ・原作ネタばれあり。
ギルガメッシュは、カーペットにじわりじわりと広がっていく染みを見つめていた。
眩しい、と激しく錯覚してしまうような鮮血は見下ろすギルガメッシュの深紅よりも濃く、立ち込めた匂いが生の命を現実により近く感じさせる。
既に事切れた塊は、もう口も利かなければ指の一本すら動かさない。
当たり前だ。床に転がるそれは最早ただの器でしかないのだから。ほんの数分前まで、澄んだ笑顔で和やかに弟子と話をしていた。惜しげもなく宝石細工のアゾット剣を贈り、飛行機の搭乗時間まで気にかけて。
何の疑心もなく、無防備な背中を晒したのだ。
綺礼は時臣のそんな姿すら、問い続けることを課された己の運命に添えられた必然と捉えたかもしれない。
(時臣、貴様は…本当に愚かだな)
上手いこと外見からでは目視できない肋骨の間をすり抜けて心臓を貫いたその正確さに、見事だと感心した。
時臣は最期に何を思ったのか。弟子の顔を見て、何を考えたのか。恨んだか。妬んだか。哀しんだか。わかっている、そんな余裕などないくらい命の灯は何一つ理解することなく呆気なく消えたことくらい。
解っている。解っている。
今さらそんな憶測に浸るなんて、それではまるで。
(まるで悔いて、いるようではないか)
舌打ちをして時臣の死相を爪先で小突いた。今にも目を開けそうな常と変らぬ、否、それ以上に穏やかな顔に魅入って目が離せない。
時臣は最期まで信じていたのかもしれない。ギルガメッシュの心中はどうあれ、少なくともサーヴァントが霊体化し傍に控えていることに一片の不安はなかったように思えた。
『そのようなものを信じていらっしゃるのですか』
記憶の中の時臣の声が直接耳朶を震わす錯覚に、数日前の会話を思い出した。
その日、ギルガメッシュは気紛れに遠坂邸に戻り、居合わせた時臣に気紛れに問うた。「貴様は何か欲するものはないのか?」もちろん“根源”とやらは除外で、だ。
その質問に時臣は答えを真剣に吟味しているようだった。
暫く悩んだ末に、緩く首を振った時臣は降参といったふうに目元を緩めた。
「思いつきません。申し訳ございません」
「フン、やはりな。もうよいわ」
自分でも気づかないうちに時臣の出す答えに何かを期待していた事が些か不服で己でも馬鹿げた問いだったと思った。
その分、何の答えも得られない時臣に余計に興醒めして去ろうとする背中に声がかかる。
「ひとつだけ」
振り返るのが億劫だったが、その声にどこか悲痛めいたものを感じて物珍しさに顔を向けた。
「…休暇を」
「休暇、だと?」
「はい。欲しいもの、と聞かれて思いつくのはそれくらいです。一日だけで構いません」
ギルガメッシュは言葉に詰まった。呆れて物が言えないのだ。
切羽詰まったような声音で何をと思ったが、言うに事欠いて休暇ときた。
「いくらでも休みなど…、まあよい。して、そのたった一日の時間を貴様は何に費やす?」
魔術、と返ってくる返答など容易に想像ができて、もしそうならば早々にこの場を去ろうと考えていると時臣の穏やかな声が届いた。
「何もしません」
その意外な答えにギルガメッシュは端整な眉を寄せ、変わらず佇んでいる時臣を見た。
「何もせずに、そうですね、裏庭のハーブを摘んだり、紅茶をブレンドしてみたり、ああ、昔読んで面白かった本をまた読むのもいいかもしれません」
「それが魔術と何の関係がある」
「……」
突然黙り込んだ時臣に、ギルガメッシュは失言だったかと気づく。時臣の魔術師然りとした姿は全ての行動、発言が必ず魔術に連結していると思ってしまうのは仕様がないことだ。だが常とは違う様子に、組んでいた腕を下ろすと今度は真正面から向き合った。
「時臣」
「……魔術も聖杯も、何も考えずただの、だだの私でいられるならば、それはどんな心持ちかと」
「それが貴様の願いか」
「つまらない事です。何をどう考えたところで現実の私は結局最後には魔術に辿り着く。それが私には幸いなのです」
嘘だ。咄嗟に思ったそれは、しかし根拠も何もない。なんとなく、影になった俯きがちの顔が辛そうに見えたのだ。錯覚かもしれないが。
「その退屈な性格は何度この世に生を受けても変わらんのだろうな」
「王は転生を、そのようなものを信じていらっしゃるのですか?」
驚愕に固まる時臣の顔に、そこまでの奇言ではないと睨みを返せば慌てたように頭を下げた。
「失礼致しました。貴方様が魂の輪廻を話に出されるとは思っておらず」
「貴様、魔術師でありながら転生を信じておらんのか」
「確かに、禁忌とされる魔術の中には蘇生のような類はいくらでも御座いますが…生まれ変わり、というのは…」
「つくづく貴様という奴は」
「つまらない、ですか?しかし私は一度の生で十分で御座います。悲願が達成されなければ遠坂の子孫に託すのみですから」
儚く、まるですでに聖杯を諦めているかのように静かに閉じられた目蓋が不快だった。
「見よ、この間抜けた死に顔を」
物思いに耽っていたギルガメッシュは、隣でコツンとした靴音にそれまで綺礼の存在を忘れており慌てて言葉を発した。
「最後まで己の愚劣さに気付かなんだという面だ」
矢継早に放った言葉に自分でも不自然だったかと思ったが、見遣った綺礼の漆黒の瞳が驚愕に見開かれており、首を傾げた。
「アーチャー…?」
「なんだ」
「………」
ギルガメッシュを凝視している綺礼の視線の居心地の悪さに顔をしかめると、武骨な指が自身の頬をなぞって示唆する。
しかし、それが何を意味しているのか分からず、再度詰め寄ろうとしたところで床にぽたりと落ちたそれにハッとする。
「アーチャー、それがおまえの答えか」
「こ、れは、ち、違う!こんなの――ッ」
ギルガメッシュの白磁の頬を伝う涙は拭う速さを超えて次々と床に落ちていく。
「違う、違うのだ綺礼―ッ!こん、な…こんな、我、は…っ」
泣き顔を見られたくなくて両手で顔を覆った。止まれ、止まれと叫ぶ思いとは裏腹に口からは出したくもない嗚咽が漏れて、手は滴をたっぷり吸い、指の間を伝って濡らしていく。
今さになって時臣の顔が、声が、姿が鮮明になって甦って枯れた樹木が水を吸って潤うように体が熱く満たされていく。
「…ッ、時、臣…っ」
膝を着けばぴちゃりと滑った血溜りの感触に、今ならまだ間に合うのではないかと、今すぐ治癒魔術をかければ、まだ…。
しかし、綺礼の「もう手遅れだ」という言葉が鉛のように重く深く体の底まで沈んでいっては胸がズタズタに切り刻まれていく。
その瞳に最期に映ったのが己ならば、少しは救われたのだろうか。
『赦さない』
どこか遠くでそんな声が聞こえた。
救われることの赦されない想いを抱えて、この先後悔とともに生きていくのだ。
それは拭うことの出来ない魂の慟哭だ。
『私は一度の生で十分で御座います』
(だがな、時臣。魂が輪廻を巡り、転生するならばそれを拒む貴様は一体どこで救われるというのだ)
どうか、安らかで温かい場所へ、真っ直ぐに迷わず辿り着けるように。その道を祈る。
綺礼がいることも構わずに、ギルガメッシュはもう冷たくなった時臣の体を抱き寄せて声をあげた。
***
「すみません、落としましたよ」
人混みのホーム中、凛と響く声に振り返る。軽装で落とすものなど何もなかったはずだが、と瞬時に頭を巡らせ、そして上着のポケットにあったはずの重みが消えていることに気付く。
「ああ、すまな…」
謝罪は最後まで紡げなかった。
「王…やっと、見つけました」
差し出された携帯よりも、今にも泣きそうに歪んだ不恰好な顔から目が離せず、衝動のままに抱き寄せていた。
今度こそ、自由に。
今度こそ、間違えない。
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時臣追悼話。原作読んだ時からギルがこうだったら私は少しは救われた、という思いがありまして堪らず書いてしまいました。ギルと綺礼は時臣を失った世界で後悔すればいいんじゃないかな。そして時臣の存在の大きさに泣けばいいと思うんです。酷いですね。17話、非道ですね。そんな殺伐な優雅サンドが大好物な私でも、やっぱり時臣が笑ってる世界がいいです…!この話は私が救われたかっただけなの<br />ですがね^^<br />■ブクマ、コメありがとうございます!!お返事はコメントにてお返しさせて頂いています。
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寄り添い星【ギル時】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1015474#1
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助けて、と聞こえた気がして、目を覚ました。
ぼんやり開けた視界は、暗闇。
英二は反射的に身体を起こそうとしたが、ウゥ…、と低く押し殺したうめき声に動きを制される。
暗闇のすぐ先で、隣のベッドが小さく軋んだ。荒く短い呼吸が耳に届く。
高級アパートメントの寝室は広々としていて、隣のベッドといっても起き上って歩み寄らないといけない距離だ。
だが、傍に近づき確認せずとも、状況は容易く想像がついた。まただ、と思った途端、英二は刺されるような痛みを胸に感じた。
また、隣で眠るアッシュが悪夢にうなされている。
大きな窓を覆う遮光カーテンの隙間から光はなく、まだ夜中だと分かる。
いつもそうだ。アッシュはこんな風に夜明け前に悪夢にうなされることが多かった。
昼間は冷静沈着で完璧なボスでいる分、無防備な眠りについている時に、心に沈めた彼の脆い部分が浮かび上がってくるのだろうか。
今すぐ駆け寄って悪夢から起こしてやりたい気持ちを押し殺して、英二は唇を噛んだ。
こんな時、英二が起きて声をかけると、アッシュは余計に辛そうに顔を歪めた。
不本意に英二を起こしてしまった事、過去の傷に苦しんでいる姿を他人に見せる事、そこには深い負い目と自責の念があるようだった。英二がいくら肩を抱き寄せて体温を分け合っても、僕は何も迷惑に思っていない、君が過去に傷ついているのは当然だ、と言葉を重ねても、一時的に涙を止め心の平穏を取り戻すことはできたとして、その心の奥底に巣食う闇を払うことは到底できなかった。
だから英二は、少しでも彼の負担にならないよう、結局は目を閉じ耳を澄ませて、その悪夢が一秒でも早く過ぎ去るのを祈ることしかできなかった。
自分の無力さに、きつく拳を握りしめる。
こんなにも悲しく苦しい声で、君は助けを求めているのに。本当は今すぐ手を伸ばして悪夢から掬い上げてやりたいのに。アッシュは弱っている時ほど他人を隔てて独りになりたがるのを知っているから。もどかしかった。
「…、…ィ、…ッ」
切れ切れの呼吸の中、名を呼ばれた気がして、英二はたまらず上体を起こした。そして、息を飲む。
隣のベッドの上で、アッシュもまた目を見開いて、闇の中、英二を見つめていた。
「…アッシュ」
そっと呼びかけるが、返事はない。
アッシュは息を詰めて、呆然と固まっている。
迷わなかった。英二は素早くベッドから起き上って、彼の傍らに近づいた。
「アッシュ、僕がわかる?ゆっくり呼吸して」
「…英、二」
「うん。もう大丈夫だよ。何も心配いらないよ」
優しく囁いてあやすようにその肩をなでると、アッシュはようやく小さく息をついて、ぐったりとした様子で起き上った。
「すまない…、また、起こしたか」
「いいんだ。水でも飲むかい?」
「ああ…」
なるべく普段通りの口調で微笑んでから、英二はミネラルウォーターを持ってくる。
間接照明を付けると、部屋がゆらりと薄オレンジ色に揺れた。
アッシュはグシャグシャに乱れたシーツの上に腰を下ろして、虚ろな目をしていた。キャップを外してボトルを手渡すと、ゴクリと喉を鳴らして水を流し込む。だがすぐに、吐き気をもよおしたように大きく肩を揺らして、咳き込んでしまった。
英二は急いでアッシュの手からペットボトルを取り上げてサイドテーブルに置くと、隣に座ってそっとその背中をさすった。
部屋の薄明かりに、彼のグレーのシャツが苦しげに縮めた背中の形にぼんやりと浮かび上がる。
咳が治まると、アッシュは濡れた唇を手の甲で乱暴にこすった。一度では足りないとばかりに、何度も、何度も、それを繰り返し、苛立たしげに舌打ちをする。
「アッシュ?」
突然のその行動に、英二は思わず背にした手を止めてその顔を覗きこんだ。
アッシュは英二の目を見返すと、どこか眩しそうに視線を逸らし、それから自虐的に唇の端を歪めて笑みの形を作った。
「…口に」
「え?」
「突っ込まれる夢を見た」
「あ…」
過去の辛い記憶だ、と英二でも察することができた。
最初にレイプされた幼い頃、そしてゴルツィネの元で男娼として働かされていた時のこと。詳しく聞いたことはないが、それらの記憶が今もアッシュを深く苛んで苦しめていることは英二も知っていた。
貼り付けたような笑みのなり損ないはすぐに消え失せ、薄い唇が小刻みに震え出す。そこに憎々しげに片手の指の爪を立てて、アッシュは呻くように言った。
「夢なのに、あんなに生々しくって嫌になる。汚くて臭くておぞましくって…何年経っても欠片も消えやしない。気持ち悪くて、吐き気がする…!」
まるでそのまま唇を千切り取ってしまいたいとばかりに、指先に力を入れて爪を食い込ませる。
「アッシュ、まって、唇を痛めるよ」
彼は燃えさかる怒りをまとっていたが、その実ひどく怯えているようにも見えた。英二は力を入れずにゆるくその手首を握り、ゆっくりと彼の顔から遠ざけた。
アッシュは抵抗しなかったが、身体を強張らせ、蒼白な唇を震わせたままだ。
「もう大丈夫だよ。今、君のとなりにいるのは僕だよ。君を傷つける大人はいない。安心していいんだよ」
できるだけ穏やかな声を心がけて、言い聞かせるように話す。部屋の空調は効いていたが、アッシュの手は冷たく冷え切っていた。それを少しでも温めたくて、両方の手を取りギュッと握りしめる。
アッシュは一度顔をあげて、確かめるように英二の目を見て、それからまた視線を下に落とした。
こわばった身体からは徐々に力が抜けて、短く苦しげだった呼吸が静かなものになっていく。
部屋は静寂に包まれていて、時計の針は音もなく時を進めている。
どちらも、言葉なく無言だった。
どのくらいそうしていただろう。やがて、アッシュが英二に握られた両手を緩く解いて、小さく呟いた。
「…悪かった。もう平気だから」
低く抑えた声音。長い前髪が彼の顔を隠し、その表情はわかりづらい。
英二は俯く彼の整った横顔を間近で見つめて、気づかれないようそっと眉を顰めた。
確かに、落ちついたのだろう。
悪夢から逃れ現実に戻り、平静を取り戻した。その手助けができたのだと、彼と出会ったばかりの自分なら満足して、彼に再び睡魔が訪れるまで寄り添い、共に眠りにつき朝日を迎えただろう。今までそうやって幾度か繰り返してきた。
けれど、英二はもう知っている。
(ああ、遠ざかる)
アッシュが身体をずらし、寄り添った英二から少し距離をおこうとする。
その心が傷を隠しながら重い扉を閉めるのが、英二には見える。
涙を浮かべて、血を流しながらも、その姿を見せることを罪として、重い扉の向こう側で業を背負って孤独にうずくまる彼を、知っているのだ。
待って、もう少し、あと少しだけでいいから、傍にいさせてほしい。英二は心の内で強く願った。どうしても扉を閉めてしまうのなら、僕も一緒に、その向こう側まで、
(どうか―――)
英二は祈るように手を伸ばして、わずかに離れた彼の肩を抱いて再び引き寄せると、その俯いた横顔に自分の顔を寄せた。
予想していなかった英二の行動に思わず顔を上げたアッシュの、前髪の隙間から覗くその額に、自分の額をコツンと合わせる。
間近で翡翠の瞳が揺れる。
「英二…?」
アッシュの声は弱々しく掠れていた。
振り払われることはなかったが、困惑しているのがわかる。
「一人にならないで」
英二がそっと告げると、アッシュは僅かに息を飲んだ。
このもどかしい想いを、自分の拙い英語でうまく伝えられる自信がなかった。
どうしたら、もっと近づけるのだろう。ずっと離れずにいられるのだろう。
その涙をすべて曝け出してほしいなんて、その傷をすべて治したいだなんて、思い上がってはいけない。
彼のために、だなんて言葉は傲慢だ。
ただ、ただ傍にいたいのだ。
それが自分勝手な我侭だとしても。
「君の隣に居させて」
少し顔を離して、まっすぐに見つめる。
アッシュは目を瞠った。そしてブロンズの睫毛をゆっくり瞬かせると、一雫の涙をこぼした。
「…、…て…」
彼は何か呟いたようだった。
続く言葉はなく、聞き返そうと思った時、また涙が一筋彼の頬を伝った。隠す事を諦めたように瞬きの度にはらはらと落ちていく涙に、英二は思わず手を伸ばした。
翡翠の瞳に浮かぶ涙は、薄明かりの中でキラキラと揺らめいて見える。
「宝石みたいだ」
「…え?」
「君の目からこぼれていく涙が、とてもきれいで…」
もったいない、と思ってしまった。
英二はそっと彼の濡れた目元を指先ですくった。
こぼしたくなくて、半ば無意識に顔を寄せて、その目尻にふっと口付けた瞬間――、アッシュの身体が分かりやすく固まって、英二は我に返った。
「あっ! ごっごめん、僕は何を…!」
他人との性的な接触に嫌悪して傷ついているアッシュに、今の行為は誤解されかねないと、英二は慌てて言い募った。決して他意はなかった。
「ただ、なんだか、落ちてしまう涙がもったいないと思っただけなんだ!」
「……なんだそれ」
慌てふためく様子の英二に、アッシュの目が緩んで、吐息混じりに柔らかく笑った。
部屋の空気がゆるゆると解けていくのを肌で感じる。誤解されずに済んだことに、英二はほっと安堵した。
いつもは知的で鋭く射抜く美しい瞳が、今は赤く潤んで優しく細められている。アッシュだ、と英二は思った。こんな風に無防備に泣いて笑う少年だって、本当のアッシュなんだ。
「英二」
小さく呼ばれて、今度はアッシュから控えめに額を合わせてきた。
伝わる温もりが嬉しくて、胸にじんわりと柔らかい気持ちが広がる。
目と目を合わせて、英二はゆっくりと微笑んだ。
ああ、もっと近づきたい。もっと。
(もっと)
ふわっと顔が離れて、もう一度近づいたと思ったら、どちらかともなく唇を触れ合わせていた。
あれ、と一瞬疑問が頭を掠めたけれど、不思議と違和感はなく、いつかの刑務所の時のように頭が真っ白になる事もなかった。
一度離れて、すぐにもう一度重ね合わせる。
とても自然な流れで、ごく当たり前のこととして心が受け止めて、英二は目を閉じた。
最初のキスよりほんの少しだけ深く、長く触れ合い、そして静かに離れてゆく唇の温もりが、気持ちよくて、胸がぎゅうっと苦しいのに、なぜだかとても安心して、嬉しかった。
「英二」
アッシュが吐息とともに小さく囁いた。
そっと目を開けると、アッシュはまっすぐに英二を見つめていた。微笑んでいるような泣いているような曖昧な、でもとても綺麗な表情だった。
「お前で消してくれないか」
何を、とは言わなかった。
けれど、英二の答えは最初から1つしかなかった。
普段の自分なら、きっと顔を真っ赤にして取り乱している筈なのに、頭の回線がどこか麻痺しているのかもしれない。
それでも、今はただ、彼が望むことなら何だって叶えたかった。
返事の代わりに、今度は英二から、意志を持って唇を合わせた。
[newpage]
あの頃、セックスの時にアッシュが泣き出すと、男達は決まってゲラゲラと大笑いしながら下卑た興奮を深めていた。
だからアッシュは大人たちの前では絶対に泣くまいと必死に歯を食いしばり、これほど不要なものはないと自分の涙を呪い続けた。
なのに英二は、それを綺麗だと、こぼれるのがもったいないと言って微笑む。それが心の底から不思議だった。
目元に唇を寄せられても、そこに性的な感情は一切感じなかった。その手の感情には人一倍敏感なアッシュだが、英二が触れた肌の上には温かな優しさだけが残った。
それをもっと感じたくて、もっと触れていたくて、自然と引き寄せられるように唇を重ねていた。
魂胆を隠したものではなく、手酷く奪われるものでもなく、そして情欲に溺れることもない、こんなキスがあることを初めて知った。
そもそもこれをキスと呼んでいいのか、家族でするハグの延長のような触れ合いは、嫌悪感の欠けらもなく、アッシュの心を柔らかく溶かしていった。
「お前で消してくれないか」
醜くグロテスクでしかないあの日々の記憶は、この身に深く刻まれ染み付いている。それを消すなんて無理な願いだと解っていたが、今だけは、彼の温もりに縋ってしまいたかった。
英二からのキスは年上の男とは思えないほど、つたなくて、柔らかく、優しかった。
ぎゅーっと音が聴こえてきそうなほど強く目を閉じている様子が、なんだか可愛くて、少しだけもどかしくて、アッシュはその薄く開いた唇の中に自分の舌先を差し込んでみた。
「…んっ、」
舌が触れ合うと、英二はわかりやすくビクッと身体を震わせた。
拒否されたら止めようと思っていたが、それでも英二は離れなかったので、そのまま彼の舌を探り当ててゆっくり絡めた。
「っん、…んっ…、ふ、…ッ」
英二の息遣いが、戸惑うように上がっていく。
おずおずと応えてくる舌先を吸って、歯列をなぞり、濡れた唾液を混ぜ合わせて、深く唇を重ね合わせる。
(甘い…)
口内に柔らかくまとわりつくような甘さを感じて、何度も角度を変えては、確かめるように舌を絡ませる。
英二の腰を片腕で引き寄せ、もう片手の指をその黒髪に差し込みながら、気が付くとアッシュは夢中になって彼の唇を貪っていた。
英二はアッシュの背中に腕を回して、必死にしがみついていた。上手く呼吸できないのか、時折苦しそうに息を乱している。
一人にならないで、と彼は言った。
君の隣に居させて、と。
(どうして)
あの時、アッシュは信じられない思いで呟いた。
(どうして、それを、お前が願うんだ)
それは、自分のものだった筈だ。
胸の奥底に押し留めた傷が鋭く痛む時、忌々しい記憶に苛まれて震えが止まらない夜に、どうか一人にしないで、だれか傍にいてほしい、と。
けれど、兄を失ってからは無償でアッシュに寄り添う人間などどこにも存在しなかったし、そもそも殺人者の自分にそんな権利はない、決して望んではいけないと噛み殺していた、脆く儚い願いの筈だった。
なのに、どうして彼は、いつだって自分の心の内側をいとも容易く優しく暴いて、叶えようとしてしまうのだろう。
「ハッ…ァ…ッ、シュ」
息の継ぎ目に苦しげに呼ばれて、ふと我に返った。
英二はアッシュに抱き込まれて、顔を真っ赤にしていた。
この甘い温もりに溺れて抜け出せなくなる前に、そして身体の奥でジワリと疼く熱を見ぬ振りできなくなる前に、アッシュはゆっくりと唇を離した。
慣れないキスに翻弄された英二は、肩で息をしながら、どこか焦点の合っていない目でぼんやりとこちらを見上げてくる。
その無防備に潤んだ視線が落ち着かなくて、アッシュは一度小さく呼吸を整えた。
「打ち上げられた魚みたいだな」
クスリと口元を緩めてわざと軽く言うと、英二は笑われたと思ったのか、憮然と睨みつけてきた。
「どーせ僕はヘタクソですよ! こんなキス、初めてだったし…」
語尾は小さくて聞き取れない位に呟いて、拗ねた表情になる。
初めてのキス。
それは、アッシュにとっても、同じだった。
優しい感触も、甘い味も、離れるのを名残惜しく思うことも、その後こうして幸福感に包まれている今も、何もかも。
こちらをじっと見上げていた英二は、そこに浮かんでいる表情をどう捉えたのか、不機嫌な顔をすぐにしまって、両腕を広げてアッシュをその胸に抱きしめてきた。
「今、君がここにいてくれて嬉しいよ」
英二は、本当に心から喜んでいると分かる声で、そう言った。
本当に心からそれを望んでいるのだと、伝えようとする意志をもった、その声音で。
「…敵わないな、オニイチャンには」
「だろ?」
クスクスと笑い合って、どちらかともなく抱きしめる腕に力を込める。
英二とどうしてこうなったのかと、頭の片隅でチラチラ警告音が聞こえたが、今は深く考える事を思考回路が拒否していた。今だけは、この安らかで満ち足りた心に身を委ねていたかった。
夢から醒めても止まらなかった吐き気と口許に残る嫌悪感は、穏やかな気持ちと甘く柔らかい感触に取って代わり、あのおぞましい過去を完全に消し去ることはできなくても、この身に深く深く沈めて、彼がくれた優しいキスの記憶で蓋をすれば大丈夫だと、そう信じてしまえた。それは、とても心強い名案に思えた。
しばらく会話もなく英二の温もりに身体を預けていると、いつしか睡魔が襲ってきた。
瞼が重くなり、徐々に視界が狭まる中で、遠くの方から優しい声が聞こえた。
おやすみ、アッシュ。
次はきっといい夢が見られるよ。
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59丁目アパートメントでの2人の暮らしが好きすぎてたまりません。<br />原作の2人の関係性が至高だと思っていますが、性的に辛いことばかりだった彼に、好きな人とする幸せを知ってほしい!という勝手な願望で書いてしまいました。まだほとんど進んでませんが…。<br />友達なんだけど、でも、いや、でも…!というジリジリもどかしいのが好物です。この後もジリジリと進んでほしい。<br />特に時期を気にする話ではありませんが、一応単行本10巻(アニメ14話)より少し先の出来事です。<br /><br />【追記】<br />10/9 タイトル表記、キャプション等、少し修正しました。
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First Kiss
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10154804#1
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「もー、ホントすっごいムカツクんですよ、アイツ!」
ホームに着く少しの間の他愛ない雑談で、少女が彼女の弟に対する愚痴を並べ立てている。それに微苦笑しながら適度に相槌を打った。
どれだけ悪態を吐いても、少女と件の少年の間に揺ぎ無い絆が在るのを知っているので、少女は単に貯まった鬱憤を聞いてもらいたいだけなのだろう。
「ノボリさんとクダリさんみたいに仲良い兄弟って羨ましいです。あー、私もクダリさんみたいにニコニコしてて可愛い弟欲しかったな」
「宜しければ差し上げますよ」
真顔で告げれば、少女は数瞬キョトンとした後、ぷっと吹き出した。
「ノボリさんでもそんな冗談言うんですね。ホントに貰っちゃいますよ~」
「どうぞどうぞ。代わりと言ってはトウヤ様に失礼ですが、トウヤ様を弟に頂きますよ」
今度は爆笑して、熨斗付けてあげます!と浮かんだ笑い涙を拭って椅子から立つ少女が、此方に手を差し出してきた。
「次こそ勝ちに来ます!」
「心待ちにしておりますよ」
応えて握手を返し、開いた扉から共に降りる。
勝ったらクダリさん下さいねー!と手を振りながら駆けていくノリの良い少女に、心待ちにしておりますよと、もう一度呟いた。
執務室に戻ると、モニターの前に頬杖を付いたクダリの後姿を見付け、押し出すように溜息が漏れた。
「あーぁ、トウコ負けちゃった、残念」
振り返りもせず、これ見よがしに放たれた言葉。
「最後の技、もうちょっとタイミング早かったら、ノボリの負けるとこ見られたのに、ホント残念」
無視してデスクに向かえば、反論しないノボリに気を良くしたのか更に続けてくる。
「紙一重の勝ちだなんて、格好悪いねノボリ」
「…………それだけ彼女の力が伸びてきた証でしょう。喜ばしいことではありませんか」
「自分が弱いの棚に上げて、何言ってんの」
それでサブウェイマスターだなんてよく名乗れるねと、態々向き直ってニコリと笑うクダリに、我慢も此処までだとノボリはクダリを睨み付けた。
「私が弱いかどうか試してみますか?貴方お得意のダブルで構いませんよ」
「ダブル?ボクに負けた時の言い訳出来るね『専門じゃありませんので』って。そんなのめんどいからシングルでいいよ」
「それでは貴方こそ『ボク、ダブルバトルのがとくい!』なんて言い逃れ出来るでしょう」
ニコニコと笑ったままのクダリを忌々しく睨んでいると、見かねた部下が、ボスこれと書類片手に割って入ってきた。
下らない遣り取りに辟易していたので丁度良い。書類を受取り、クダリを意識の外に締め出すと部下に向き直った。
トウコはノボリとクダリを仲良い兄弟と見ているようだが、それは表向きのことだけだ。裏は全く持って正反対。
顔を付き合わせれば厭味の応酬である。
最近は大概面倒になってきて、クダリの言うに任せて放置することも多いが、放置し過ぎると先程のように図に乗った発言をするので、思わず言い返してしまう。
餓鬼の挑発に乗ってしまうとはいい大人が情け無いと思うが、あの張り付けた薄ら寒い笑顔を見ていると堪えられずつい乗ってしまうのだ。本当に苦々しい。
クダリのことをいつもニコニコ笑って気持ちが良いと周囲は言うが、ノボリにはそうは思えなかった。
本当に心の底からの笑顔なら皆の言う通り気持ちも良いだろう。だが、アレは違う。笑顔という形の無表情だ。感情が全く篭っていない。
それに気付いているのはノボリだけのようだった。
双子だからか、昔は普通に表情豊かだったクダリを知っているからか。
ある頃からクダリの表情が段々と少なくなり、気が付けば浮かべているのは笑顔だけになった。
ノボリとクダリの仲が微妙になってきたのもその頃からだ。思春期真っ只中だったので、その歳頃所以の疎遠さだったかもしれないが。
当初はまだ笑顔の理由も聞いてみたし、意味の無い笑い顔は止める様にと諭したりもした。けれどクダリは聞く耳を持たず、理由も言わず。
瓜二つの同じ顔が、気持ちの悪い笑顔を四六時中浮かべているのを目にし続ければ、苦い思いが自然とその反対の表情となって身に付いてしまった。
ノボリの仏頂面という無表情が定まってきた頃には、もう二人の仲は険悪だった。
口を開けば喧嘩にしかならず、顔を見れば舌打ちも茶飯事だ。
あの笑顔が嫌いな理由はもう一つ有った。
その月が、その日が近付いてくる度に、イライラと不快な感情が揺らめき出す。
あぁとうとう明日だ。またあの日がやってくる。
今し方新年度版に変えられたばかりのカレンダーの最初の数字を見て、ノボリは唇を噛んだ。
[newpage]
「ノボリ」
来た。
背後から呼ぶ声に、眉間に皺を寄せる。
振り返りたくない。けれど、動かなければ伸びてきた手に無理やり向かされるので、仕方無しに振り返った。
「ノボリ」
「何ですか?用が無いなら呼び止めないで下さいまし」
「用なら有るよ。とっても大事な用事」
それはもう愉しそうに笑うクダリの顔を見たくなくて、敢えて目深に被っていた制帽で視界を隠した。
「ノボリ、好き、大好き」
年に一度だけ、クダリはいつもの無表情な笑顔ではなく、本当に嬉しそうに、愉しそうに笑うのだ。
嘘を吐くことが大っぴらに認められた日。そのたった一日だけ。
クダリとの仲が、悪いを通り越して険悪な自覚は在ったが、こんな日にそんな笑顔を浮かべられるくらい嫌われているのかと再確認させられて気分が悪い。それ以外の364日が全て無表情な笑顔とくれば尚更だ。
しかも、ノボリの不快感を知ってか、年々この嫌がらせはグレードアップしていくのだ。
最初は好きだけだった。
次は大好きになり、言葉だけだったのが、その内に手が伸びてきて、頬を触り、腰を抱き、後ろから抱きしめられ、去年は唇まで合わされた。
双子の兄弟にキスまでするとは、何て捨て身の嫌がらせだろう。そこまで嫌いなのか。
「戯言を」
イライラを隠さず舌打ちして、そう吐き捨てた。
ノボリの怒りなど知った風もなく、クダリはニコニコとそれは愉しそうに笑いながら近付いて来る。
あぁ、昨日までの無表情さが嘘のようなキラキラした笑顔だ。その顔で今年は何を言うつもりなのか。
思わず身構えて、半歩下がってしまった。
それを見て取ったクダリが無邪気に小首を傾げる。
「ボクが恐い?」
「何故貴方を恐れる必要が?」
ムッとして下がりかけた足を叱咤しクダリを見返すと、突如ずいっと距離を詰められた。
咄嗟に腕を張って距離を保とうとするが、腕邪魔これじゃ近付けないとの呟きに、抗う間も無く両手を掴み開かれ、その間に割り込まれた。
何をっと思った時には至近距離にクダリの眼差しが、唇は濡れた感触に襲われる。
「んぅっ!」
驚いた唇を引き結ぼうとするも既に遅く、口内に生温かくぬるっとした感触が蠢いた。
クダリの舌は容赦無く歯肉を滑り、ノボリの逃げる舌を絡め取って吸い、舌裏を擦り、上顎を舐め上げてくる。
ゾワッと首筋が粟立って、ノボリは必死で首を振り口付けから逃れた。
顔を背けて腕を振り解こうとがむしゃらに動くのに、クダリの拘束は緩むことなく、ノボリと名前を呼ばれる。
「世界で一番、君のこと愛してる」
場違いな程に優しい声でそう愛を囁かれて、思わず見てしまったクダリの顔には、見惚れる程の純粋で綺麗な笑みが浮かべられていた。まるで愛しい恋人に向ける様に。
何故そんな顔をッ!
ノボリの頭にカッと血が上って、様々な感情が嵐の様に渦巻いた。
腸が煮えくり返る、悔しい、哀しい、これも偽物なくせに!
抑え切れない感情が、目から溢れてきた。
「普段あれだけ私を嫌っておいて今度は愛してる?一体貴方何がしたいんですッ」
徹底的にノボリを傷付けるのが目的なら、それは見事に成功している。
今日が嘘の日だということを失念して怒鳴ってしまった。
あぁまた馬鹿にされるだろう、今日が何の日か忘れたのかと。
だがクダリは何も言わなかった。目を見開いて此方を見たまま固まっていた。
「……クダリ?」
名を呼べば、ハッとして直ぐ自嘲するように笑った。
そして、ノボリの問いには触れず、また大切な者でも見るように幸せそうに笑うのだ。
「愛してるよノボリ」
「…………ッ」
……あぁ何故こんなにも腹が立ち哀しいのか判ってしまった。
一年の、365日の、たった一日。
たった一日我慢すれば過ぎる嫌がらせに、毎年何故こうも心を掻き乱されるのか。
本当は知っていた。ずっと見ない振りをしていただけだ。ノボリだけがまだ仲の良かった昔に執着しているようで悔しくて。
時間が掛かっても、いつかまたあの頃の二人に戻れるかもしれないと、心の奥底で淡い期待を抱いていたのだ。
だがその願いは、毎年このたった一日に無残にも切り刻まれ続け、とうとう今年止めを刺されてしまった。
「もう止めて下さいまし……もう十分です、もう十分伝わりましたから」
「ノボリ?」
ノボリは笑った。久方振りに笑ったので、ちゃんと笑えているか判らなかったが。
「どれだけ私のことが嫌いか、もうよく判っております。ですから」
「ノボリ」
「こんな茶番は今年限りにして下さいまし」
「ノボリッ」
もう疲れた。
明日になれば、またいつのもクダリに戻るのだ。
「貴方と反目し続けるのも疲れました」
力無く口角を上げてクダリを見据えると、最後の言葉を口にした。
「それ程までに私が不快でしたら、貴方の目に触れないようサブウェイマスターの職も辞しましょう。
ですからお願いです、どうかもう此れっきりに」
しばしの沈黙の後、静かに、判ったよとクダリが答えた。
これでもう本当に終わりだ。
ノボリは最後に残った願いの欠片を、瞳を閉じて打ち消した。
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四月馬鹿、大 遅 刻。4/1過ぎてからバッとネタが降ってきたという致命的遅さ。ちょこちょこ遅刻組さんがアップされてるの見て便乗してみました。うんまだ4月だからセーフですよね?とりあえず半分。■あ、仲悪い設定です。弟の笑顔の理由考えてたら降って沸いたネタ。<br />■閲覧、評価、ブクマ、ありがとうございます!なんと全裸タグが!?切ないと言って貰えて嬉しいです。タグもブクマコメも初めてで相当きょどってしまいました。続き頑張ります!■まさかのデイリーランキング入りまでっ。ありがとうございます!
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たった一日の笑顔に
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1015486#1
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心から愛する恋人のどんな気まぐれにも、目をつぶって飛び込んでしまうのが恋する人の常である。----アントワーヌ・フランソワ・プレヴォ
深夜2時を過ぎた頃。
君の家で待ってて、と砂糖を溶かしたような瞳で笑った彼の命ずるままに、部屋着ではなく普段着で彼を待つ。
なんでこんな時間に、とは思わない。好きだと告げてから、3年。彼が新一に何かを求めるとき、その目的には必ず、彼の1番の恋人の姿があるからだ。そこに俺が付け入る隙がないということは、ここ数年で嫌という程思い知らされた。今更そのことで、彼を責める気にはなれない。
しかし、深夜の2時ともなれば、さすがにとてつもない眠気が襲ってくる。コクリコクリと薄れゆく意識をなんとか保とうと気を張るけれど、睡魔は依然として俺を眠りへと誘う。少しだけ、ほんの少しだけ。ソファーにもたれかかり、身体の命ずるままに身を委ねる。完全に意識が飛ぶ直前、夢と現の狭間で、誰かの足音を聞いた気がした。
[newpage]
エピソード1【17歳】
組織壊滅後。
小さな体で数々の事件を解決してきた少年は、本来の高校生探偵へと戻ることができ、工藤新一としての日常を甘受していた。幼馴染の毛利蘭が隣にいる幸せを噛み締めて、気の置けない友人たちと過ごす日々は、誰が見ても間違いなく満たされていたと言えるだろう。けれど何かが足りないと新一がどこか遠くを見つめるようになったのもその頃だ。
蘭は誰よりも早くその変化に気付き、そして新一との別れを決めた。
「私は正義のために危ない事にも顔を突っ込んで、恋愛にポンコツで、そして何にも囚われない新一が好きよ。だからね、私はあんたを縛る楔にはなりたくない。私と新一が結ばれるのにはきっとお互いが大切すぎたのね。」
そう言った蘭は、もう新一の手が届かないところで慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。もう何を言っても、蘭の決意が揺らぐことはないのだと、彼には分かった。新一との恋をたった一人で完結させてしまった蘭を、散々彼女を振り回した新一が止める事はできない。
いままでごめん、と最後に謝る新一に、蘭は尚も優しく笑って、そっと新一の瞼に唇を落とした。もう2度とあんたが泣かないで済むようにおまじない、と笑う彼女の言葉に漸く自分が涙を流していた事に気付いた。工藤新一が涙を流したのは、後にも先にもただこの一回だけだ。初恋の終わりは呆気なく、しかし優しい愛に満ちていた。最後に、幸せになって、と告げた蘭の表情が新一は今でも忘れられない。そして誰に出会おうと、誰に恋をしようとこれからもきっと一生忘れずに生きていく。人生の初恋をこの優しい子に捧げられたということ、そして10年以上も心を共にしたということは、新一の人生で何よりも得難い幸福だった。
蘭と別れて漸く吹っ切れたと思った頃、ゼロと呼ばれていたあの人に無性に会いたくなった。彼女はこの気持ちに気付いていたのだろうか、と考え、けれどそれを聞く資格は自分にはないかと口を噤む。彼女が外してくれた日常という鎖を捨てて、最後にコナンの正体を告げた際に彼が教えてくれたプライベート用の電話番号に電話をかけること3コール。誰だ、と挨拶もなく第一声から警戒心を滲ませたその声があまりにも彼らしくて、懐かしくて笑ってしまった。
--それから色々とあって、頻繁に会うようになった。お茶をすることもあれば、彼が料理を振舞ってくれたこともあった。
彼のことが好きだと気付くまでに、そう時間はかからなかった。彼自身も恐らく、自分が好意を抱いていると早い段階から知っていた。普段は素知らぬふりを突き通すくせに、時折気持ちを探るような、翻弄するような言葉を投げかけられる事もあった。その度にたくさん悩んだけど、それでも降谷さんのことが好きなことを、彼は決して拒絶しないでくれたから、それだけで十分だった。
十分だったのに、彼は時折甘ったるい瞳でこちらをみつめるようになった。なんでもない日の些細なプレゼントが多くなった。二人でいる時に、いくつも重ねた仮面を外す事に躊躇いがなくなっていった。
だから、期待してしまった。
希みがあるかもしれない、って。
出会ってから一年。好きだ、と伝えた時の傷付いたような、ショックを受けたような降谷さんの顔は忘れられない。降谷さんは一瞬で笑顔を取り繕ったけれど、次に紡がれた言葉で俺は全てを理解した。
『俺も、君のことが一番好きだよ。』
その瞳はとろりと砂糖を煮詰めたような色をしていた。
ああ、そうか。降谷さんが俺に優しくしていたのは、俺のことを少しくらいは気にかけてくれてたから、というわけでも、知り合いとして、友人としてくらいは好きだと思ってくれていたとかそういうわけじゃなかったのか。
甘ったるい瞳とプレゼントは相手をその気にさせるためで、真実だと思っていたことは、嘘を隠すために彼がほんの少しだけ混ぜ込んだ真実に過ぎない。数多いるであろう、心を操って骨の髄まで彼に利用されている「消耗品」と、何一つ俺は変わらないんだ。彼が欲しいのは俺の頭脳と推理力と、それから行動力であって、一番捧げたかった心はその一片すら受け取ってくれない。
ストンと胸の奥に落ちたその事実に、なぜか怒りも悲しみも感じなかった。代わりに、騙すならもっと上手く騙して欲しかったな、なんてそんなどうしようもない事を思った。ほんとどうしようもないな、俺。
この恋は叶わない。どうせ叶わないなら、この恋は彼の願い通り、彼が走り続ける為の燃料にしよう。
だから俺は、騙されたフリをした。晴れて恋人だね、と笑う彼に、嬉しいよ降谷さん、と俺も笑った。
君にいつでも会いに行きたいから、とマンションの一室を借りてきて、高校を卒業したらそこに住むように告げた降谷さんに、俺もだよ、と馬鹿な恋人のフリをして頷けば彼はまた、なんとも言えない顔で笑った。おれの恋心を利用すると決めたんなら、もっと上手に笑ってよ。下手くそ。たった一言で俺を惑わせるくらい頭の方は器用なのに、俺に罪悪感を抱いてる心の方が不器用だ。
俺がそこに住むの嬉しくないの?とクスクスと笑えば、降谷さんはムッとして、嬉しいに決まってるだろ!!となぜか怒り出した。その後に、まるで迷子の子供みたいな顔をするから、俺は心の中で馬鹿、と叱って、彼の頬をそっと撫でた。
「いいよ、そういうことでも。どっちでも。」
このくらいの触れ合いくらいは、許されるだろうか。彼の冷たくなったら頰に自分の熱が伝わってほしいと思い、擦り合わせた。
体の関係は持たないと、あの始まりの日に決めた。心は全て捧げる代わりに、身体は何一つ渡さない。それは俺の最後の砦でもあったし、彼が今まで利用してきた人達と同じようになりたくはなかったという醜い嫉妬心でもあった。
でも一番は、触れてしまったら好きでいるだけで満足なんて、言えなくなる気がしたからだ。
「…っはは、君は恐ろしい子だな。」
そう言って力なく笑った男に、俺は何も言わず、満面の笑みだけで返す。
「……もう少し、このままで。」
そう言って自ら俺の手のひらに頰を擦り寄せる降谷さんに俺は黙ったまま手を差し出した。協力者として差し出せるもの以外に、彼の中に何かを残せるなら、それだけで幸せだ。
[newpage]
エピソード2【18歳 秋】
甘い甘い、香りがする。
ぼやける視界でクンクンと鼻を鳴らせば、誰かが俺の頭を撫でる気配がする。
今日はね、チョコレートケーキを焼いたんだ。
そんな声が聞こえて、続くのは苦笑い。
まだ眠い、か。いいよ、ぐっすりお休み。僕はそろそろ家を出るけど、これは冷蔵庫に入れておくから今日は泊まって行って。
---新一くん、良い夢を。
ピリリリリ。
無機質な電子音で目を覚ます。あくびを噛み締めて、発信先を確認。
長らく使われていなかったはずの安室の名が映された電子画面を怪訝な目でみつつ、首につけたチョーカーに手を翳した。
「ーーもしもし、コナンくん?」
「うん、どうしたの?」
「ごめんね、今夜は帰れなくなったんだ。」
ちらりと横目で時計を確認すると、もうすぐ日を跨ぐという時間帯。降谷さんは挨拶をすっ飛ばして用件だけを俺に告げた。
「ーーわかったよ、透兄ちゃん。僕、先に寝てるね。」
チョーカー型のボイスチェンジャーで懐かしい声へと変えて告げれば、いい子だね、と電話の向こうで降谷さんは笑う。
「そうだ、コナンくん。僕がいないからっておやつを食べたらダメだよ。こんな時間に食べたら虫歯になっちゃうからね。」
「わかってるよ、もうっ!おやすみなさい!!」
「……ああ、僕がいなくてもちゃんと寝るんだよ。おやすみ。いい夢を。」
それだけ言ってプツリと消えたコナン名義の携帯を放り投げ、新一用の携帯電話を取り出す。
俺が新一へと戻ってからは、降谷さんがわざわざ、安室名義でコナンへと電話をすることは今までなかった。ならばそれが意味するのは一つ。安室さんの名前でしかも誰にも怪しまれずに誰かに助けを求めなければならない状況であった、ということだ。
すぐに降谷さんの車に仕掛けておいた発信機から位置情報を探る。電話口からはエンジン音が聞こえなかった為に現在も車に乗っている可能性は極めて少ないが、2時間ほど前に降谷さんの携帯から最後に連絡が来た時には電話口から聞こえた声は決して近くはなかったから、おそらくはインカムをつけて話していたはずだ。両手が使えない状態で、しかも降谷の携帯から新一に電話が掛けられる状況。つまり、少なくとも2時間前まで彼は彼自身で愛車を運転をしていたと考えて良いだろう。その後安室名義で人と会ったのだとしたら、まだ降谷さんは彼の愛車からそう遠くには動いていないはずだ。
安室さんからコナンへと再び連絡が入った時のために、コナン名義の携帯はフリーにして、今度は新一名義の携帯からとある人物へと連絡を入れる。その人物は寝ているのかそれとも億劫なのか、しばらく電話にでなかったけれど、数秒後、諦めたように発信音が消えた。
「--いったい何時だと思ってるのかしら、工藤くん。」
冷めた声が無言で俺を非難する。睡眠を邪魔された氷の女王の怒りは、凄まじかった。
「っ灰原!夜遅くに悪い!頼みたいことがある!」
謝罪もそこそこにそう伝えれば、冷めた口調の代わりに今度は呆れたようなため息が電話口から溢れた。暫しの沈黙が落ちた後、仕方ないわね、と彼女が折れてくれた声がした。
「…どうせそんなことだろうと思った。わかったわよ。その代わり、レディの睡眠を邪魔した代償は高くつくわよ。」
「…っああ、分かってる!お礼なら後でいくらでもしてやる!」
「…まっったく。調子がいいんだから。それで、用件は?」
クスリとクールに笑った灰原に、俺もつられて笑う。危機的状況でも自信たっぷりに笑うその声には過去に何度も助けられた。
灰原がやってくれるなら今回も絶対にうまくいくとこんな状況にも関わらず、無条件に安心させられた。
手短に現在の状況を話して、灰原に降谷名義の携帯から送られる位置情報の詳しい情報の解析を依頼すれば、途端に灰原の声のトーンが僅かに下がる。
「…それは構わないけど。降谷ってあなたのとこの公安でしょう?彼の携帯に細工がされてないとは思えないけれど。解析したら今回ばかりは流石に足が付くわよ?」
「それでいいんだ。降谷さんが自分の携帯を解析させるなんてそうそう許すわけないだろ?逆にいえば、降谷さんの携帯に足がつけば、必ず公安が動き出す!」
「そう。貴方がそんなことを言うなんて珍しいわね。彼のことをよほど信用してるってことかしら?」
楽しそうに笑った灰原に、俺は口角を上げて笑う。
「バーロー。降谷さんのことだけじゃねぇよ。公安の携帯の位置情報をハッキングするなんて凄ワザができるやつなんて、世界を探したってそうそういるかよ。信じてるぜ、灰原。」
「…貴方も口が上手くなったものね、人タラシくん。わかったわ、今回ばかりは裏工作なしに盛大に足をつけてあげる。10分後にまた電話するから必ず出なさいよ。その代わり面倒な事になっても知らないから後始末は自分でなさい。」
それだけ言って切れた携帯をポケットにしまった。灰原が10分後にと指定したならば、必ずそれまでにやってくれるはずだ。
俺もすぐに身支度を始める。インカムを片方の耳につけ、上着を羽織る。あとはバイクの鍵と財布だけを手にとって部屋を飛び出した。
先月手に入れたばかりの、俺の相棒であるカワサキのNinja H2は、そこで静かに俺を待っていた。
ヘルメットを装着してバイクへと股がり、エンジンを掛ければ今日も相棒は尖った咆哮を上げる。今日も頼むぜ、と声を掛けて、アクセルを開けばその唸り声に負けないパワーで走り出した。
深夜の都内の道路は全くと言っていいほどに人気がなく、自然と走るスピードも速くなる。
『僕がいないときに無茶はしないでくれ。』
今回ばかりはあんたとの約束を破る俺を許してくれよ、降谷さん。
アクセルを更に開き、スピードを上げる。バイクで感じる体感速度は、車のそれよりもよほど速い。それでも振り落とされずに済むのは、俺よりもよほどバイク歴の長い西の高校生探偵が鬱陶しいくらいに事細やかにレクチャーしてきた結果だ。
風の音の中が耳を突き刺す中で、僅かに電子音が聞こえた。3コール目で自動的に繋がるように設定していた携帯から、灰原の声が聞こえた。
「工藤くん、聞こえる?」
「ああ、聞こえてるぜ」
「…っ!もの凄い風の音ね。…あなたまさか、バイクに乗ったまま通話に出てるわけ!?」
電話に出るなり突然怒り出した灰原に、あー、と曖昧に返す。そうだ、降谷さん以外にも無茶するとすぐに怒る奴がいたな。ここに。
「一応両手はちゃんとハンドル握ってるけど…」
「ンなこと聞いてるんじゃないわよ!
ったく、この音いったい何キロ出してるわけ?法令速度なんかとっくに超えてるじゃない。私が電話をかけるまで待てなかったの!?」
「えーっと、ごめんな?後でまたちゃんと謝るから、とりあえずわかった事を教えてくれねぇか?」
そう告げれば、灰原はいつもより何トーンも低い声で、戻ったら覚えてなさい、と吐き捨てた。ヒッと思わず肩が竦み上がる。
「はぁ…いいわ。それで彼の携帯の位置情報だけど。盛大に工作跡を残しておいたから既に公安は動いているはずよ。匿名性のあるサーバーをいくつか経由してハッキングしたから解析には時間が掛かるだろうけれど、少し手荒にやったからうちがバレるのも時間の問題ね。それまでに後のことはどうにかしなさいよ、名探偵。」
「ああ、わかってる。ありがとな、灰原!…それで降谷さんの場所は?」
「……そうね。その前に。いい?工藤くん。恐らくあなたの言う通り、公安警察は既に動いているわ。それでも貴方がわざわざ危険な場所に向かう必要があるの?」
素っ気ない口調ながらそれでも俺のことを案じてくれる灰原に、ごめん、と謝罪する。彼女が望んでいないとしても、誰が望んでいないとしても、それは聞けない。
「あの人は俺に助けを求めてくれたんだ。それを見て見ぬ振りなんか出来ない。」
「…あの人は。貴方に公安警察へ応援要請を伝えて欲しかっただけよ。普通に考えてわざわざ危ないところに恋人を呼ぶわけないでしょう。」
「あー、まぁ普通に考えるとそうだと思うけどよ。でも俺は、降谷さんの恋人じゃねーからさ。あの人は本命の恋人を守る為なら、俺だって利用するぜ。そういう人だから好きになったんだよ。」
だから、悪ぃな。心配してくれてありがとな。
そう伝えれば、灰原はしばらく黙った後、あなた馬鹿よ、と呟いた。ああ、知ってる。馬鹿なんだ俺。
「…でもいいわ、乗りかかった船よ。それなら貴方のサポートは私がしてあげる。私があなたを守ってあげるわ、工藤くん。絶対にこの電話を切るんじゃないわよ。」
「…!サンキュー、灰原!」
「その代わり、怪我したらただじゃおかないから。」
厳しい声でそう言った灰原は、既に情報収集を始めているのか、電話口からはカタカタとキーボードを打つ音がした。
バイクの速度を上げつつ灰原の言葉を待つと、それを見計らったかのように、あら、と灰原は声を上げた。
「工藤くん。今貴方の位置情報を取得したのだけど、あなた随分と彼の居場所から近い位置にいるのね。まぁ大方、彼の車にGPSでもつけてそれを追ってたんでしょうけど。」
鋭い指摘に、ハハッと思わず苦笑いをこぼした。おれの行動については誰よりも名推理を発揮する灰原が少し気まずい。
「彼の携帯の所在地は江戸川近郊にある倉庫練の近くみたいよ。」
灰原の言葉に俺は僅かに眉を寄せる。
頭に東京都の地図を思い浮かべ、そして灰原の示す場所と車の所在地を線で結ぶ。
「江戸川だと…?何かの間違いじゃねぇか?車はもう少し内陸部にあった筈だぜ。危険が待ってるって分かっときながらあの人がわざわざ慣れ親しんだ車を手放すとは思えねぇ。」
「さぁ、どうかしら。けど、少なくとも彼の携帯は誰かが所持しているみたいよ。さっきからずっと携帯のGPSが発する所在地が移動してるようだから。」
「はぁ!?」
「彼がよほど馬鹿でない限り、普通は機密の詰まった携帯を放って動いてない車の側にはいないんじゃないかしら。」
そう言って灰原は電話口の向こうでカタカタとキーボードを叩いた。
「工藤くん、GPSと受信するデータの時間のズレを今修正したわ。ほぼリアルタイムで彼の居場所を追ってる。」
「…っさすがだな!」
「これくらいお安い御用よ。
彼はいま倉庫練の中を移動しているわ。この移動速度は…まだ誰かの車の中かしらね。こんな時間に人気のない川沿い。しかも薄暗い倉庫なんてきな臭い匂いしかしないわね。
彼だって危険なことは重々承知でしょうに。
自分の愛車を降りてまでわざわざこんなところまで来るなんて、一体ここには何があるのかしらね。工藤くん、貴方はどう思う?」
灰原の言葉を頭で整理する。
倉庫…川沿い。
ダメだ、情報が少なすぎる。
なんでもいい。何か些細な情報でもーー
はたり、と息を止める。
頭の中で電話口で彼が話していた言葉が蘇った。
『僕がいないからって、おやつを食べたらダメだよ。』
……おやつ?
なんであの時彼はおやつという言い方をしたんだろう。子供に話しているという演技だとしても、寝る前にする会話としては少々違和感がある。それならば、歯をしっかり磨いてね、とか、せめておやつではなくお菓子と表現するはずだ。その方がまだ自然なはずだ。
…そうだ、そういえば彼が今日のおやつにと作っていたお菓子は--
「…チョコか!!!」
「はぁ?」
突然大声をあげた俺に、灰原は怪訝な声で反応する。
「貴方まさか、この倉庫がチョコレート工場だなんて言わないわよね?」
「…そのまさかだよ。まぁ、今回は子供が憧れるような可愛いもんじゃなく、全く甘くない方のチョコみてぇだけどな。…ああ、でもお前にとってはこっちの方がわかりやすいかもな。日本では現状、医療関係者ですら輸入することが許されない薬物があるだろ?」
「……医療関係者ですら輸入が許されないって……まさか!」
「ご名答。……大麻だよ。」
大麻の通称は数多あれど、その中の一つに『チョコ』がある。彼が追っているのが麻薬の密売だとすると、全てに説明がつく。
「確かに大麻は危険よ。その影響は計り知れないものだわ。けれど工藤くん、彼は公安警察でしょう?
公安警察は国家に影響を及ぼす事案のみを担当するはずよ。麻薬の密売が国家の安寧に響かないとは言わないけれど、それで果たして彼らが動くのかしら?」
「ーー動くさ。どうやら今回は海の向こうのでっけぇ奴らがお相手のようだからな。」
「…麻薬の密輸入!?…そう、だから東京の川にしては漁師の船も横行していて、さらに太平洋から侵入しやすい江戸川近郊の倉庫なのね。それにしても民間の倉庫を使うなんて、随分と大胆な手口ね。」
「ああ、倉庫一つ分だ。恐らく日本全体に違法に蔓延する大麻のほとんどがここを入り口として各地に流通してるんだろうな。日本の首都近郊でこれだけ大規模な麻薬の輸入ができるなんて普通は考えられない。政府の人間が絡んでいるのはまず確実だろうな。そしてこれだけの場所と大麻を用意できるとなるとーー」
「……それだけ巨大な組織がバックにいるということ。なるほど、それは公安警察ならたった一人でも現場に向かう他ないわね。日本に巣食う巨大な組織を纏めて確保できる上に、日本の麻薬取引の根源を絶てるまたとない機会。しかもその組織に群がる蟻さん達の炙り出しもできるなんて、一石二鳥どころか一石三鳥ね。」
「ご名答。輸入現場を抑えるなんて、こんな機会またとない筈だ。…くそっ、急がねぇと!」
思わず舌打ちを零す。アクセルを握る手にも力が入り、いくら深夜の道路で人通りが少ないとはいえども流石に誰かに見られると通報されかねない。そう思っているのに、速度を落とすことなんかできなかった。
「…大丈夫よ、その道はいま車の通りはおろか、人もほとんど通っていないわ。そのままのスピードで突っ切りなさい。」
「…!サンキュ!」
「目的地の500メートル先になったら一度バイクを止めて。一度作戦を練るわよ。」
「その必要はねぇよ。」
「…何か策があるの?」
「ああ、一応な。灰原もう一つお前に頼みがある。聞いてくれるか?」
「ハイハイ、公安の携帯にハッキングまでしたのよ?今更無茶が一つ増えようが二つ増えようが構いはしないわ。」
やれやれと呆れたような灰原のため息に、ありがとな、と返して頭の中の策をそっと告げる。
全てを話し終えた後、予想通り電話口でむっつりと黙り込んでしまった灰原に思わず苦笑いをこぼし、彼女の名前を呼んだ。
「灰原」
「………新作のカシミヤセーター。」
「……わかった。今度またオメーの買い物に付き合うから、ちゃんと目星付けとけよ。」
「いいわ、それなら特別に引き受けてあげる。けど今回だけよ。何貢がれても次はもうないから二度とこんな馬鹿馬鹿しいことを頼むのはやめて頂戴ね。」
不機嫌そうな声で素っ気なく返されて、曖昧に笑った。
長年の想いが積もり、意地を張っている彼女に無理やりこんな事をさせるのは少し心が痛むけれど、一番効果的で尚且つ俺と降谷さんの二人が生存できる方法はこれ以外に考えられなかった。
「悪いな、灰原」
「別に。カシミヤのセーターとプライドを天秤にかけただけよ。」
さらりとそう言うが、彼女のプライドは精々5万から6万で済むような安いものではない。そもそも本当に欲しいと思ったなら自分で買うはずだ。
建前として物品を要求しているが、降谷さんと俺を助けるために、自らのプライドを投げ打ってくれたのは明らかだった。
けれどそれを指摘することはナンセンスだと流石に分かったので、そっか、じゃあよろしくな、と返すだけに留める。
「…終わったらまた連絡するわ。下手しないでよ。」
「ああ、わかってる」
返事をしてすぐに電話は切られた。
灰原の機嫌は悪かったけれど、彼女が約束を違えることは無いと信じられる。
「俺も頑張らないとな」
今頃憤怒の表情をしつつもしっかりと準備を進めてくれているであろう灰原を思い浮かべて、小さく笑った。
[newpage]
「新一くんっ!!!」
呼ばれた声になに、と素っ気なく返す。足を引きずり、腕にはまだ応急処置として包帯しか巻かれていない降谷さんを見遣り、ため息をこぼす。
「あんたまだ病院行ってなかったのかよ?出血多量で死ぬぞ。」
普通の人間だったらとっくに死んでいた。俺が駆けつけた時にすでに彼はそのぐらい出血していたし、その場に立っているのが不思議だった。
なのに、たった数時間しか経っていないにも関わらず、既に顔の血色は悪くない。勿論、待機していた看護師達による適切な対処のお陰もあるのだろうが、数日は安静のはずだ。どんな鍛え方してんだ。
「……行くよ、この後にね。流石に今回は血を流しすぎた。3日は安静にするよ。」
「3日ぁ?なに言ってんだよ。右手、撃たれたんだろ?最低でも一週間は安静にしてろよ。ついでにあんたほっとくとすぐ無茶するんだからこの機会に1ヶ月くらい病院に監禁されろ。」
「いや、それは流石に…仕事の後処理もあるしね。」
そう言って降谷さんは苦笑いを浮かべる。こんな時でもワーカーホリックな降谷さんは仕事を理由に自分の身を大切にしない。
仕事は誰かがフォローできる。でも命は一つしかないんだって言わなきゃわかんねぇのか。
眉を釣り上げ無言で降谷さんを見つめた俺に、彼は観念したように手を挙げる。
「わかった、一週間は安静にする。これで手を打ってくれ。それ以上は流石に仕事にも支障をきたす。」
「…うん、わかった。」
こくりと頷けば、降谷さんはほっと息を吐いた。
俺のわがままを聞いてくれたのは嬉しいけど、そこに自分の身を案じるという意識は感じられなくて、俺は少し悲しくなった。
「俺さ、仕事してる降谷さんのこと好きだよ。
何かを守る為に全てを掛ける降谷さんはかっこいいし、本当に尊敬してる。降谷さんがもし一生現場に居たいって言うんなら、俺はそれを支持するし、ちゃんと応援するよ。でも、これだけは言っとく。自分の身を大切にしない降谷さんを俺は好きでいたいとは思わない。そんなの辛いだけだ。」
好きな人が自分の事を大切にしないこと以上の不幸を俺は知らない。いくら俺が守ろうとしても、本人にその意思がないと守り切れない。
俺の恋は降谷さんの信念に捧げると決めたけれど、それはあくまで降谷さん自身の糧になればいいと思ったからだ。俺の恋はこの国に売ったわけじゃない。そんな安いもののために、俺の恋は渡せない。
「…悪かった、そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ。」
そんな顔ってどんな顔だ。
顔を上げて降谷さんを見つめると、何故か降谷さんが痛ましい顔をする。
「俺、どんな顔してんの?」
「いつも通りだよ。いつも通り、僕の前では何かを諦めた瞳をしてる。」
「…ふはっ、だったら降谷さんの方が辛そう。なんでそんな顔してるの?」
「君が泣かないからだろ。」
そう言って、降谷さんは一筋の涙を零した。無意識のうちにそれを俺の手のひらは追って居て、けれど俺が触れる前に降谷さんは自らの手でそれを拭った。
「…っごめん、忘れてくれ」
そう言って顔を隠す降谷さんの片腕を掴んで外し、驚く降谷さんの頰をそっと掴んだ。
俺は少しだけ背伸びをして、降谷さんの頰を俺の方に寄せて。
近づいてきた瞳のすぐ下に、そっと口付けを落とした。最初で最期の口付けだった。
唇が離れて、俺たちの距離はゼロから遠ざかる。
目を見開いて驚く降谷さんというレアな顔がだんだんと鮮明に見えてきて、思わず俺は吹き出した。
「ふはっ、鳩に豆鉄砲ってかおしてる。」
「〜〜〜っ!!そりゃするだろう!?なんなんだ突然!」
頰を抑えて眉を釣り上げる降谷さんに、俺はホッとする。咄嗟にやってしまったが、とりあえず嫌がられては居ないようだった。割り切ってはいるが、流石に目の前で拒絶されたら息が出来なくなってしまう。
「…びっくりして苦しい気持ちもどっかいった?」
「……悔しいけど。クソッ、君はほんと魔性だな。」
心底悔しそうな顔をする降谷さんを見るともうダメで、ふはっとまた笑いがこみ上げて来た。声を上げて笑う俺を降谷さんは恨みがましくみていたが、止められない。
なかなか笑い止まない俺を、降谷さんはわざとらしい咳払いで誤魔化して真面目な顔に戻る。
それがまた面白くて、ニマニマとした笑顔のまま、何?と答えた。
「それより新一くん。君さ、僕に自分の身を大切にしろとか言うけど君もだよ。今回は流石に無茶しすぎ。」
「え、俺?俺はいいんだよ、降谷さんみたいに死ぬ覚悟なんてないから。今回は公安警察の人達がなんとか取引中に間に合いそうだったから、そっちは任せて俺は降谷さん連れてとっとと逃げる事しか考えてなかったし。」
そう言えば降谷さんは、呆れたようにため息を吐いた。なぜため息を吐かれたのか。思わず首を傾げれば降谷さんは、いや、と首を振った。
「それが赤井に天井を破壊させて、バイクで上から飛び込んで来る奴の言う台詞か?俺は確かに君を呼んだがそんな事になるなんて夢にも思ってなかった。」
「サプライズは驚いた?」
「驚いた。驚きすぎて心臓が止まるかと思ったよ。」
というかあいつ、僕の国にどうやってあんな馬鹿でかいマシンガンなんて持ち込みやがった。
そう呟いて舌打ちをした降谷さんに、相変わらずだなと苦笑い。組織壊滅後、赤井さんに対する執着は治っても、赤井さんに突っかかる癖は未だ健在のようだ。
「そもそも君はなんでわざわざ俺の嫌いなあいつに協力を仰いだのかな?交換条件は何?君の代わりになんでも用意するから、今すぐ吐け。まさか君がFBIに行くとかじゃ---」
「ちょ、落ち着けって!赤井さんに協力をあおいだのは赤井さんほどの銃の使い手を知らなかったから!交換条件だって大したものじゃねぇよ。つーか、流石にそんな事で自分の将来は売らないっての!」
嘘だ。降谷さんの命を救う為なら、そのぐらい構わないと思っている。将来も変わらず探偵を続けたいけど、それは人を助けたいという信念があってこそだ。目的と手段が入れ替わってはならない。
けれど、俺の将来を売ったと知った時に受けるであろう降谷さんのショックを受けた顔を考えたら、自然とそれは俺の手札から消えた。それはあくまで最終手段だ。
「赤井さんに依頼した経由だって、灰原と少し交渉して灰原から頼んでもらっただけ。FBIが公安側の人間に協力ってのは流石にマズイかなとか、今回のことは国内の事件だし、あんまり赤井さんに詳細話すのもよくないかなとか色々考えたんだぜ!?」
「ああ、そうだったのか。それはどうも。」
そうは言っても、赤井さんに頼んだ事をちっとも納得してないようでニコリと笑った降谷さんの顔は非常に嘘臭かったけど、顔が良すぎて憎めない。くっそ!!!ほんと顔がいいな!?!?
「それじゃあ君は彼女とどんな契約をしたんだい?」
……そんな事まで気にする必要ある?
降谷さんが気にくわない赤井さんとの直接の取引はないともう伝えたわけだし、灰原は安室さんや赤井さんと違って、懐に入れた奴には例え信念のためにでもエグい事は出来ない性質だ。それは降谷さんもよく知ってるはずだ。
「別に大した事じゃねぇよ、つーか降谷さんには関係ねぇ」
段々と面倒臭くなってきた俺はもう適当に流す事にした。伝えるべきことはもう伝えたはずだ。もう俺は疲れた。つーか夜中に飛び出して来たせいですげぇ眠い。
「関係ないとしても知っておきたい。そしてできれば灰原さんと約束した相手を新一くんじゃなく、僕に出来ないかな?」
ああ、そういうことか。
存外この人はそういうの気にするよな。もっと恋人という立場に胡座をかいてもいいのに。
俺を利用する為に恋人にした癖に、対価を俺が支払うのは良しとしない。本来のこの人は潔癖な人だ。けど。
「………あーー、多分それは無理、だな。灰原にもプライドがあるし、俺も灰原と交わした約束を破りたくない。それに俺個人の判断でした約束を降谷さんに肩代わりして貰うわけにはいかないよ。」
「……すまない」
「いいぜ、降谷さんの事好きだから。特別な。」
俺は人差し指を唇に当てて笑う。けれど、降谷さんの眉間には皺が寄ったままだ。あーあ、またそんな顔をして。
そして突然、真面目な顔をしたかと思うと、新一くん、と俺を呼んだ。
「悪かった、君を巻き込んで。ほんとにどこも怪我はしてない?」
そう言って、降谷さんは俺の頰にそっと触れた。ピクリと反応してしまった俺に構わず、降谷さんは視線を俺の全身に巡らせた。
「…降谷さんが守ってくれたから、どこも。」
「…そう、それは良かった。」
俺に優しく触れる反対の手は爪が手のひらに食い込むぐらい握られていて、俺は思わず笑ってしまった。表情はいつも通り余裕ぶっているのに、だ。
この人はやはり、ちゃんと俺が信じた人だ。信念のために自分を曲げられるのに、根本にある心は真っ直ぐで優しいままだ。そのくせ、信念を曲げられないから、握りしめた手を背中に隠して、全部一人で背負って生きて行く。
難儀な人だな、と苦笑いを零す。
だから俺は、降谷さんの手をそっと離して、代わりにその大きな身体を抱きしめる。怪我をしていても少しも揺るがない身体は、彼の強さそのもので俺はホッと息を吐く。
「俺の事、ほんとは待っててくれたんだろ?遅くなってごめんな。」
「……いや。本当はね、新一くん。君の言う通り、今回は死ぬ覚悟をしてたんだ。それなのに、天井が突然崩れて、そこから君が降ってきた時、」
ふふっ、と笑って、降谷さんは言葉を止める。
その声は酷く穏やかで、優しかった。降谷さんの手はもう固く握られてなんかいなかった。
「僕のヒーローだっておもったんだ。馬鹿げてるだろ?」
そう言って降谷さんは俺の身体を抱き寄せた。
さらに近くなる距離に少しだけ鼓動が早くなる。けれどそれ以上に彼の体温と鼓動が心地いい。
俺が来るまで生きてくれて、よかった。守りきれたこの温もりが今はただ、愛おしかった。
硝煙と血の臭いが鼻をつく。
決してロマンチックではないその場所で、ほんの一瞬、躊躇なく手放すと決めたこの温もりを、失う事が怖いなと思ってしまった。そんな夜だった。
[newpage]
エピソード3【18歳春】
あの事件からしばらくして、気がつけば俺は大学生になっていた。
高校卒業式の日に、校門の前で俺を待っていた降谷さんと共に彼が本名で借りてきたマンションに引っ越した。(もちろん両親には事前に降谷さんと共に挨拶に行って許可も貰っている。)
灰原には、「一緒に住むわけでもないのに貴方のためにマンションを借りたですって?何処の変態親父よ。そんな馬鹿げた発想をする男なんてどうせロクでもないわ。あなた彼に囲われて愛人契約でもするつもり?」と散々に非難され、猛烈に反対されたけれど俺は押し切った。灰原が本気で心配してたこともわかっていたけれど、もう傷付く覚悟は決まっていたから、それなら彼が俺を見放すその瞬間まで俺の全てで彼の力になりたかった。俺がいなくなったその後も彼の未来の糧になることが出来たなら、それだけで幸せだと思った。そして何より、最後の一瞬まで少しでも多くの時間、彼を独り占めしたかった。提案したのは降谷さんだったけど、全部俺の我儘で決めた事だ。
3LDKのその一室では、一つは書斎で、一つは俺の部屋。もう一つは寝室だった。
あんたの部屋は?と問う俺に、寝室で君と一緒に寝るから必要ないなと降谷さんはまるでそれがこの世の常識とでも言うように、事もなげに言った。
一緒に寝ねぇから寝室を降谷さんの部屋にしろよ、と告げた俺の顔をまじまじと見た降谷さんは、数秒の沈黙の後、正気か?と尋ねてきた。失礼な。なんだ?ここにはそれほど来ないから降谷さんの部屋はいらないのにってか?
「……一緒にねないのか?」
「…ああ、そっち?そりゃあ、うん。だって俺まだ未成年だし。」
咄嗟に返した言い訳に、彼はムッとする。いや、なんであんたが怒るんだよ。身体で繋がれた関係なんかなくても俺はちゃんとあんたの思い通りに動くっての。実際に何度も証明しただろう。
呆れつつ、どうしたんだよ?と返せば、別に、と拗ねたように返される。意味わかんねぇ。
「で?寝室をあんたの部屋にするとして。俺の部屋にベッドがないんだけど、工藤の家から持ってきてもいいの?」
「……いらない。明日までに届くように注文しておく。それと僕の部屋はいらない。だからあの部屋は寝室のまま残しておいてくれ。」
「…?なんで?」
使わないのに寝室なんていらないだろ、と首を傾げた俺に、降谷さんはハァー、と深いため息を吐く。今度は俺がムッとすれば、君は恋愛事となるとほんとに鈍感なんだな、と降谷さんは据わった目で俺を睨んだ。
「未成年だからだめなら、いつかのためにとっておくって意味だ。」
「……はぁ!?」
「…成人までは後2年か。これまでも含めて猶予をこれだけあげたんだ、それまでに覚悟しておくように。」
何をとは言わなかった。けれど18歳ともなれば、その意味は言わずとも分かっている。
照れるよりも先に、あんたその気があったのか、と驚く俺に、返事は、と降谷さんは冷たく返す。
「…いつか。いつかな。」
曖昧に笑って、誤魔化した。つーか俺、成人まであんたのそばに居られるかわかんないし。流石に突然この家から追い出すなんて事はしないだろうけど、あんたがこの家に帰らなくなったら終わりの関係だし。
そう思って言ったのに、降谷さんは笑顔の威圧で、成人になったらだろ?と念を押す。
「…プラトニックな関係が良くない?」
「全っ然、良くない。」
即答された答えに、なんでそんなに必死なんだか、と若干呆れるけど、求められる事自体は嫌じゃない。いやまぁ、絶対、死んでも体は明け渡さないけど。
「じゃあ俺をその気にさせてみろよ?俺はあんたを犯罪者にしたくはないから、スタートは成人後だけど。」
「言ったね?」
ニコリと笑った降谷さんに、思わず頰が引きつる。けれどその日は来ないとわかっていたから、俺も降谷さんを真似て笑った。そもそも、あんたが今日の会話を来年覚えているかどうかすら怪しい。
「……うん、でもその代わり、それまではキスもダメ。お触り禁止だから。頼むぜ、お巡りさん?」
そう言った俺に、降谷さんは目を見開いた。
なぜそんなに驚くのか不審に思った俺に、降谷さんは戸惑いがら口を開く。
「……君は、僕が好きなんだよね?
「うん、好きだよ。当たり前じゃん。」
即答で返せば、降谷さんはホッとした顔をする。
「でもダメ。キスも、俺に触るのも禁止。」
「……なんで?」
そう言って、心底意味がわからないという顔をする降谷さんを、俺は少しだけ可哀想だと思った。そんなことで繋ぎ止めなくとも、俺は降谷さんとの関係を断ち切ったりしないのに。
降谷さんにとって恋人とはきっと、キスやセックスをする関係で、それ以上でも以外でもない。この人は恐らく、まだ本気で人に恋をしたことも、誰かとまともに恋人になったこともないのだろう。それを俺が教えてあげられない事を悲しく思ったけれど、それ以上にいつか彼が何よりも好きな誰かに出会って、その感情を知って欲しい。いつかの日、その時が来たら俺の恋はきっと耐えられなくて、あんたの前からそっと姿を消すだろうけど、それでもそう願ってしまうくらいには、あんたのこと愛してるんだ。
だから、その時まででいい。
それまでは、俺はこの人の側でこの恋を燃やしていたい。燃やさなきゃじゃなく、俺がそうしていたいんだ。
「触れ合いだけが愛じゃないってこと。俺は降谷さんがここにいれば充分幸せだぜ。」
ニコリと笑う俺に、降谷さんは恐ろしいものでも見るように俺を見た。心外だ。
別に俺に性欲がないわけでも、触れたいという欲がないわけでもない。それでもこの恋を燃料とするためにセックスやキスは必要ない。むしろそれらは俺たち双方にとって毒になる。
この関係を長く続けるために、降谷さんの施しは一切必要ない。必要なのは、俺の頭脳を求めてくれるあんたと一方通行の俺の愛だけだ。
「好きだぜ、降谷さん。あんたが必要としてくれる限り、俺はずっとあんたにこの恋を捧げるよ。」
ふわりと笑った俺の目の前に立つ降谷さんの表情は、降谷さんの背後にある窓から刺しこんだ光のせいで見えなかった。
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恋を捧げると決めた新一くんと、それを利用すると決めた狡い大人の話<br /><br />***<br /><br />降新大好きなんですけど、国を愛する降谷さんと、個を守りたいと思う新一くんが本当に恋ができるのかずっとずっとモヤモヤしていて、私なりに考えた結果。<br /><br />恋愛ポンコツ推理オタクと言われてはいますが、原作を見ていても新一くんはとても一途ですよね!好きになった人を一番優先して、身を呈して守る新一くんはとてもかっこいいんですが、一方で実はとても危ういなと思ってます。<br />その辺の私の解釈をモロにぶっ混んでいるので、かっこいい新一くん以外ちょっとって人は閲覧注意です!!!<br /><br />めちゃくちゃ長くなってしまったので前後篇で区切りますが後半もめちゃくちゃ長いのでいつ完結するかわからないです…(アホ)すみません…<br /><br />追記:沢山の反応をいただいて恐縮です…!ありがとうございます…!!遅筆なもので、後編もゆっくりと書かせていただきますが、何卒ご容赦ください…!<br />→完結いたしました!<br /><br />タグもありがとうございます!<br />夜にしっかり寝てくださいwでも後編なるべく早く上げられるようにがんばりますね…!
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恋を捧げる【前編】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10155033#1
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キャプション必読でお願いします!
その人は私の前に颯爽と現れた。
「…大丈夫か嬢ちゃん。」
「…なんで…?」
包丁を持って追いかけてきた変質者に立ち向かったこの人はなんでこんな危ないのに助けてくれたのかが解らない。
普通殆どの大人は少なくとも一瞬躊躇ってしまうだろう。逃げても文句は言えないほどだったのに。
「バカヤロー、ガキを助けんのはあったりめーに決まってんだろ!」
私は小学校三年生の時に運命の出会いを果たした。
変質者に追われていた私を助けてくれたのは
のちに名探偵になる毛利小五郎、その人だった。
私はその日から彼に頼み込み認めてもらえるまで通い込み、一番弟子となった。
弟子を名乗るからには先生の言う事は絶対服従‼︎初めて事件に遭遇した時は規制線の外で蘭ちゃん(先生の娘さんで私の二つ下だった。)が危ない目に遭わない様にしっかり側にいて離れるんじゃねーぞというミッションを与えられたのでキチンとこなして見せた。
事件現場から出てくる先生の顔は事件の為に強張っていたけど私がミッションをキチンとこなしている事に気づくとわしゃわしゃと頭を撫でてくださった。
先生の出してくださった指令が私の為でもあった事に気がつくのはそう遠くなかった。
それからというもの、先生は時折蘭ちゃんの護衛を私に頼む様になった。きっと先生は私が小学生らしく遊ぶことをして欲しかったのだろう。先生の厚意を無駄にするなど、況してや先生の指令を受けないなど弟子の私にできるはずもなく、蘭ちゃんとその幼馴染の新一君とよく遊ぶ様になった。
それ以外にも私は先生の足を引っ張らぬよう身体を鍛える為に柔道、剣道を始めた。そして中学生になる頃はパルクールもやり始め、毛利先生にはもっと知識をつけて来いと言われ、私は英会話に始まり、色々なカルチャースクールや学習塾に通い始め、学力と知識を身につけていった。全ては先生のお役に立ちたいが為に。
高校生になる頃には粗方の知識は身につき、進路で先生のお役に立つのにどうしたらいいかと思い悩むようになりました。
こんな時も頼りになる先生はいつも的確な指示をくださる。
「オメーは医者とか向いてんじゃねーか…。そんで俺が怪我したら治してくれよ?それに医者なってからどうしても探偵になりたきゃここに来い。俺が面倒見てやっからよぉ。」
先生はビールを飲みながらそんな言葉を零した。先生はこの前受けられた人間ドックの結果を横目で見ていらっしゃいましたが、これはきっと私に健康面でも役に立つ助手になって欲しいという事に違いありません!
「…先生っ…先生は怪我するようなヘマをなさるわけありませんよ。推理力ではお役に立てそうにありませんので…ですが、健康面で先生のお役に立てるなら…それも悪くないですね。」
先生は私の事ちゃんと見てくれていたんだと思うと嬉しくて泣きそう。
「なーにバカなこと言ってんだ。オメーは充分役に立ってんだよ。自信持て。」
そうして私は医学生になった。
あの後必死に勉強してなんとか東都大学の医学部に入れた。
[newpage]
大学生になったある日私は先生の元を訪れていた。
遊園地に新一君と行っていた蘭ちゃんは小さい子を連れて帰ってきた。
どうやら博士の親戚で預かる事になったらしい。
「はじめまして、私は毛利先生の一番弟子の篠宮涼香です。君のお名前は?」
なんかこの子新一君に似てないか?博士の親戚っていうよりも新一君の弟と言われた方がしっくり来るんだけど。
「…はじめまして、僕は江戸川コナンだよ。よろしくね涼香姉ちゃん。」
恥ずかしがり屋さんなのかな?そんなおどおどしなくとも、というか落ち着かない子という方が近い?印象を受けるのだけど…。
まぁ、先生への挨拶済んだし、コナン君の事で蘭ちゃんと話さなきゃいけないだろうから私は帰らないとね。
「先生、私は帰りますね。また来ます!コナン君、よろしくね!…蘭ちゃん、今日夜何時になってもいいから連絡頂戴?」
蘭ちゃんは上手く隠せていると思っているのだろうが、毛利先生の一番弟子の目は誤魔化せないよ?なんか寂しそうなのは新一君の所為なんでしょう。幼馴染としても放って置けないよ。蘭ちゃんの頭を撫でて私は事務所を後にした。
「…涼香お姉ちゃん…。」
その夜蘭ちゃんのお話を聞いて事情を把握した。
その後コナン君とは紆余曲折あり、色々な時間に巻き込まれていった。
コナン君は先生を何故か眠らせて推理をするのだが、何故こんなことをするのか分からなかった。そしてある日私の運命が変わった。
それは雨の酷い日だった。
私は大学生になってからも色々な経験を積むべくレストランでバイトを始めた。その日はシフトは無かったのだが、シフト入っていた人が一人急病で休むことになり、私が出ることになった。
私は裏口に行くべく、駐車場を足早に歩いていた時だった。雨音に混じる女の人の泣き声が聞こえた。
土砂降りの雨の中、その人は膝をついて泣き崩れていた。
「どうしましたか⁈大丈夫ですか?私、そこのレストランの店員なんです。このままじゃ風邪引いちゃうので一緒に行きましょう?」
彼女はとても綺麗なネイルをしていた。だが、何本か爪から付け爪が剥がれている。
爪には血が付いていて、顔を掻きむしったのだろう。
「…風邪なんてどうでもいいっ、ほっといて‼︎死なせて‼︎っ、あぁ、…っ、死にたいっ!」
どうしよう‼︎とりあえず店に連れて行けばいいの⁈
「ちょっと失礼しますね‼︎」
私は無理矢理彼女を背中に背負うと店へ駆け出した。お客さんを連れているので正面から入らせてもらう。
店に入ると真っ先に毛利先生を見つけた。
「先生っ‼︎助けて‼︎」
私にはどうにも出来なくて、先生を見た途端思わず助けを求めてしまった。
[newpage]
大声で叫んだ私に店内の視線が集中する。
先生は直ぐに私に気が付き駆け寄ってくる。その後に続いて今日が初仕事だというバイト仲間の安室さんも来た。
「先生っ!どうしよう‼︎この人死んじゃう‼︎」
「っ!どういう事だ‼︎」
言葉が纏まらず、支離滅裂になってしまう。
「なんか駐車場で泣いてて、死にたいって!私どうしたらいいんでしょう!」
毛利先生なら的確な対応ができるのでしょうけど…。
背中に負ぶった彼女はまだ泣き続けていて、今もまだ「死にたい」と呟いている。
「なっ、初音⁈どうしたんだよ!」
先生の向こうから声が聞こえた。
知り合い?
「なぁ、初音⁈…なぁ君!初音がなんで泣いてるのか知ってるか⁈」
髭を生やした男性は私の背負っている女性の知り合いのようで、泣く理由を尋ねられたけど、分からない。
「…分かりません。私が見つけた時にはこの状態で…。ただ、その、…死にたいと…。あっ、そういえば、側に携帯が落ちてました。画面光ってたのでもしかしたら関係あるのかも?」
そう言うとコナン君がレストランを飛び出して行った。
「…携帯?どう言う事だそりゃ?なぁ、伴場お前なんか心当たりあるか?」
先生は男性を伴場と呼んだ。この人は伴場さんというのか、確か今日、結婚パーティーとか何とかで予約していらっしゃるお客様だったよね?私予約の電話もらったから覚えてたんだけど。
「…伴場様って、結婚なされる方ですよね?あの、私、この前予約のお電話を頂きまして…。」
「ん?そういえば電話予約の時の店員さん?あぁ、君が背負ってるのが俺の婚約者だよ。だから教えてくれよ。何で初音が…こんなことに…。」
彼女は初音さんというの「っへくしゅっ!失礼じまじだ。」
背負ってるお陰で口元を抑えることも出来ず、先生の前で無様にクシャミしてしまった。
「篠宮さん、とりあえず、彼女をこちらに…。それから着替えて来てください。風邪ひいてしまいますよ!」
安室さんが初音さんをボックス席の長椅子に寝かせた。
とりあえず、初音さんは先生に任せて着替えにロッカームールへ行った。
着替えて戻ると初音さんは寝ていた。
「初音さん、眠られたんですか?」
側にいたバイト仲間の安室さんに尋ねた。
「いえ、このままでは舌を噛んで死のうとしてしまいそうだったので…眠って貰いました。」
えっ、まさかの物理…延髄斬りみたいなことしたんか‼︎なんて危ないことするんだ!
「安室さん、延髄斬りは本当に危険なので、二度とやらないでください。本当に、下手したら殺人犯ですよ。」
意識を刈り取られた彼女がちゃんと息している事を確認し、後で病院連れて行くべきかなと呟いた。
「…いや、そんなヘマしませんよ。」
ボソッと呟きが聞こえた。延髄斬りでヘマしないってプロレスラーなのかアンタ…。でも本当に危ないからしちゃダメだ。
私はずぶ濡れになった彼女の身体をバックヤードに合ったタオルで拭いた。
「ねぇ、涼香姉ちゃん、初音さんの近くに落ちてたケータイの画面何が表示してあったか見てない?」
ん?コナン君!ケータイ拾ってきてくれたのか!やっぱりケータイは濡れてダメになってたか。
「んー、ごめん、初音さんをとにかく連れてこようと焦っててケータイまでは見てなかったなぁ。って、コナン君‼︎ずぶ濡れじゃない‼︎」
多めに持ってきていて良かった!まだ使ってないタオルをコナン君の頭に被せてわしゃわしゃ拭いた。
「ふ〜ん、そっかぁ。わっ!涼香姉ちゃん⁈僕自分で拭けるよ!」
コナン君は私の手から逃れるとパタパタと何処かへ走って行ってしまった。
私は初音さんを蘭ちゃんに任せて、レストランの先生の同級生のお客様の対応に当たり始めたのだが、何しろこの騒ぎである。伴場様と本当に親しい方々以外のお客様は時間が遅いということもあり、帰ってしまい店内は貸切状態になっていた。
店長にこの事情を説明する(電話した)とその日はもうお店を閉めていいと言われたので入り口のかける表示をクローズにした。安室さんはさっきから伴場様の所に付きっきりだったのでお休みにしてくれた店長には感謝だ。働けアルバイターよ。
「安室さん、今日はもう店長がお店閉めていいと、ところで今何なさっているんです?」
初音さんは依然として寝て…気絶している。毛利先生は何やら困った顔をしている。
「…実は、彼が、探偵の毛利さんに彼女が自殺しようとする原因を突き止めて欲しいと言いまして、その協力を…。」
安室さんは端正なお顔を近づけ私に囁いた。毛利先生のように髭を生やしたらいいのでは…いや、この人には似合わないな。とかちょっと考えてたりなどしていない!
「協力?安室さんは今日伴場様にお会いになったのでは…?」
協力なら見つけた私の方がまだ何かできるのでは?
「…やっぱりお前!初音の浮気相手なんだろ!お前のせいじゃねーのか‼︎」
ふぇっ?私?じゃ無かった、なんだ安室さんか…安室さん⁈
バッと音を立てて安室さんの方を向く、そんな人だったなんて…。
「フッ、違いますよ、僕は彼女に雇われたプライベートアイ…探偵ですから…」
そう言いつつ眼鏡を外した安室さんは大胆不適に笑みを浮かべた。
バイト仲間の変貌ぶりにちょっと引いた…。
[newpage]
とりあえず、閉店の準備しなきゃいけないので私はそっと話し合いの輪から抜けて片付けていた。
あっ、またコナン君うろちょろしてる。
ふー、大体片付いたかな。どうなったんだろう。
あ!コナン君がまた先生に麻酔打とうとしてる!
ーーパシュッ、プスッ。
「へひょっ、」先生は眠ってしまった。
「ーんん"、分かったぞ。なんで初音さんが自殺しようとしたのか…。」
先生、いや、コナン君が語った真相はとても悲しいものだった。
結婚間近の婚約者が自分の生き別れた双子だったのだから…。
伴場様は泣き崩れ、辺りになんとも言えない重い空気が立ち込める。
誰も何も言えずに数分経った頃、先生は目を覚ました。
「くぁ〜、あれ?どうしたんだ?」
先生は目を擦り、この重い空気に首を傾げた。
するともう一人起き上がった人物が…。
初音さんは目を覚ますなり伴場様を見て再び泣き始めた。
「…初音。…俺たち、双子だったんだな…。」
伴場様は初音さんの側に膝をついた。
「…えぇ、知ってしまったのね…。こんなのっ、どうすればいいのよ‼︎私、もう、貴方をっ…!」
二人は抱きしめ合って泣き続けた。
「えっと…。あいつら双子だったのか?」
毛利先生にこっそり尋ねられた。
「えぇ、先生が今、そう説明なされたところですよ。私達はどうしたらいいのでしょうか、先生…。」
悲しすぎる真実を知った二人になんと声をかければ良いのか分からず、先生を頼ってしまう。
「なぁ、お前ら、良かったじゃねーか…。」
徐に立ち上がり二人へと声をかけた。
「毛利‼︎お前っ!」「ふざけないでっ‼︎貴方に何がわかるのよ‼︎」
二人とも先生の言葉に噛み付く。
「…オメェらは婚約者は失ったが、血の繋がった家族が出来たんだぜ?まぁ、夫婦なんざ血が繋がってねーから所詮他人なんだ。だから紙一枚で家族になれちまう。だがよー、血を分けた家族は紙切れがなくとも家族なんだぜ?」
「っぅっ、初音っ、うぅ〜。」「ひっぅ、うあぁぁぁっ!」
二人の嗚咽はいつのまにか上がった雨と共に消えていった。
[newpage]
あの悲しい事件の後、安室さんはバイトを辞めた。あの日、自分がいた所為でお店に迷惑をかけたからとか何とか言っていたがよく分からなかった。
辞めるときに安室さんは私を見てニヤリと笑ったが何の意味があったのか知るのはそう遠くなかった。
何故なら、あの事件の後、先生が昼食を誘ったくださって、待ち合わせしていたポアロで安室さんが働いていたからである。
「なっ、何でお前がここに‼︎」
コナン君も驚いている。
「先日の毛利さんの名推理に自分の未熟さを痛感しまして…」
以下略だ‼︎
この男は金の力で弟子入りしやがったのである‼︎私は財力なかったから必死に通い詰めてやっと認めてもらえたのに!こんなあっさりと‼︎
「よろしくお願いします!毛利先生!」
嬉しそうに笑う年上の弟弟子に釘をさす。
「安室さん!毛利先生の一番弟子は私ですからね‼︎」
悔しさに涙を滲ませて安室くんを見つめる。
「ふふっ、そうなんですか?篠宮さんは医学生だと以前お聞きしましたけど?毛利先生、彼女は本当にお弟子さん何ですか?」
「あぁ、そうだが?」
ほーら先生に認められてるんだぞ!お前は弟子じゃないと言いたいのか‼︎許さん!
「梓さん!安室さんちょっと借りますね‼︎」
怒り心頭な私は梓さんの返事も聞かず、安室さんの腕を掴み、毛利探偵事務所に上がる階段へ連れて行った。
「…で、安室さんは、私を姉弟子として扱うつもりは無いんですか?」年上だろうと後輩はそっちだ!上下関係しっかり出来ないと社会人になれないぞ!
「いえ、僕は別にそんなつもりはありませんよ?」
キョトンとした顔で否定するが、わざとらしい‼︎
「じゃあ何で私が弟子なのか毛利先生に尋ねたんですか⁈」
勢い付いた私は安室さんに壁ドンをした。身長で負けてるので上を向いて睨みつけるので何ともかっこ悪いだろうが、なりふり構っていられなかった。
「フッ、だって篠宮さんって、毛利先生のことお好きですよね?」
余裕ぶった訳知り顔でこちらを見返してくる。
「はぁ⁈「つまり、貴女は一番弟子と言いつつ、先生に恋しているのであって、別に探偵として彼を師事している訳ではありませんよねぇ?」
顔に血が上って、動揺のあまり壁についていた手を離した。安室さんは壁につけていた背を離し、私の方へ一歩一歩と踏み出してくる。
気づくと今度は私が壁際に追い詰められていた。
[newpage]
私の弟弟子となった探偵の男は私の顔の真横へ手をついて階段を下りられないようにした。
「っ!そうね、好きだわ…たとえ私の想いが何であろうと一番弟子という事実は変わらない‼︎それに、言っておくけど私貴方の事大っ嫌い‼︎デリカシーの無い貴方が先生みたいになれるだなんて思わないで‼︎」
安室さんの指摘は図星だった。でも、私は弟子であろうとしてきた、先生には愛し合う奥さんがいるから…それに私の事なんて娘にしか思われてないのは分かってる‼︎
そんなのずっと側に居たんだから分かってるよ…。だから私は…弟子になったの…。
やばい涙出そう。こんな奴の前で泣きたく無いのに!
抜け出そうと安室さんを両手で押すがビクともしない。
「っ、何なの!退いてよっ!ぅっ、何でアンタの前で泣かなきゃなんないの‼︎最悪っ!」
せめて泣き顔は見られまいと俯いた。
「すみません、泣かせるつもりでは…。どうしましょう。これではポアロに戻れませんね?」
焦ったような声が聞こえるが白々しい‼︎
「っ!一人で帰る‼︎もーいいでしょう⁈」
涙はなかなか止まってくれない
ピロン!へっ?何の音?
顔を上げるとスマホのボイスレコーダーの画面を見せる安室さんがいた。
「泣かせてしまったので送らせて下さい。ここでおとなしく待っててくださいね?…でないと、この音声…手が滑って毛利先生の前で再生してしまうかもしれませんね?」
「な!何処から‼︎ちょっ!消してっ!スマホ貸しなさいよっ‼︎」
安室さんはスマホを高く掲げ、私の手に渡らないようにしている。しかもちょうど届かないようにしているところがまた腹が立つ‼︎
ぴょんぴょん跳ねているが隙がないこの男は私を嘲笑うかの様にギリギリ届かないところでヒラヒラとスマホをかざす。
「ほーらもうちょっとですよ?がんばれ!」
「このっ!デリカシーのっカケラもないっ!サディストっが!ひゃあっ!」
階段の踊り場でぴょんぴょんしてれば階段を踏み外すこともある。
そんな事忘れるほど躍起になってた!やばい!落ちるっ!
「おっと、お転婆なお弟子さんですね。いや、この場合はお転婆な恋する乙女でしたかね?」
この男絶対許さん!
[newpage]
私は今安室とか言うドSに横抱きにされている。いや、拘束されていると言っても良いのでは無いだろうか…。
先程、階段で足を踏み外し、安室サンによって片腕で支えられて助かったが、腕の位置が若干下乳に当たっていたので離せと咄嗟にもがいた私から本当にアッサリと手を離し、また落ちかけたが、再び腰のあたりに手を回されたのできっとワザとに違いない。本当に意地の悪い男である。先生とは大違いだ‼︎
二度目に落ちかけた時腰が抜けてしまい、結局横抱きにされて階段を降りた。
こんな状態で帰るのは無理なので安室さんに送ってもらう事にした。気にくわないが、先生の手を煩わせる位ならこの男に送られた方がまだマシだ。
私はポアロの外の花壇の端に腰掛けさせてもらって、安室さんを待とうかと思っていたのだが、私の制止を聞かず横抱きでポアロに入っていきやがる。
当然中には先生達がいるわけで…。
「おい⁈大丈夫か?」
「⁈どうしたの涼香お姉ちゃん‼︎」
「涼香姉ちゃん⁈っ!」
恥ずかしいところを見られてしまった。
というか泣いた後でもあるので顔は両手で覆っている。羞恥で耳が赤いのは気付かれてないと良いのだが。
「あー、安室さん戻っ!涼香ちゃん⁈」
「…大丈夫ですよ!ちょっとお話ししていたら貧血を起こしてしまった様で…。大方抱っこされてるのに照れているんでしょう。彼女の荷物はそこですか?」
安室さんの甘ったるい声が聞こえる。こうやってドSを隠しているのかと思うと腹立たしさを感じた。
「すみません、梓さん…。涼香さんを家まで送ってきても良いですか?すぐ戻ってきますので…。」
女性陣の協力によって、あっという間に荷物をまとめられ、シフトを抜ける事を許され、私は車の中にいた。
「…安室さん…。なんで横抱きのままでポアロ入ったんですか。べつに花壇に座らせておいても良かったじゃないですか…。」
信号待ちの時に声をかけた。安室さんはむくれる私を横目で見ると鼻で笑った。
「フッ、僕だって男ですよ?貴女をお姫様抱っこするくらい余裕ですよ。」
ダメだ話が噛み合わない。こいつ本当に何なんだよ。
あっ、スマホのデータ‼︎運転中は危ないから奪えなかったけど今なら‼︎
幸い安室さんのスマホは助手席側のジーパンのポケットに入っている。
安室さんは前を見ている。今の内に‼︎
スッと安室さんのスマホに手を伸ばした。
「涼香さんのえっち、何処触ろうとしてるんです?」
あと少しでスマホに手を届くというところで安室さんに手を掴まれた。
[newpage]
「なっ、べつに変なところ触ろうとしてません‼︎スマホ奪いたかっただけです‼︎何考えてるんですか!安室さんがエッチなだけでしょう‼︎」
赤面して抗議した!この男は本当に意地悪だ。分かっててエッチと言ったんだから!
「へぇー、でもこんなところに手を伸ばすなんて勘違いされてもおかしくありませんよ?」
信号が変わり再び走り出したが安室さんは私の手を掴んだままだ。手を引こうとしたがビクともしないので諦めた。
「…もう良いでしょ、離して、運転中は危ないからスマホ取らないってば…。」
私は車窓から景色をぼんやりと眺めることにした。というか目が死んでいる自覚がある。
「おや?音声データは諦めるんですか?あんなに必死に隠そうとしていた恋心を僕に暴かれ、証拠すら握られているのに?」
本当にドSだ。「(もう私のライフは)ゼロだ…」
あ、声に出てた。いっ‼︎
「いったぁぁぁぁぁ‼︎安室さん手!痛い‼︎離して‼︎」
掴まれた手に力を込められた。握力幾つよ⁈骨折れる‼︎
「何処でそれを?…答えろ‼︎」
「何言ってんの!安室さんのせいでしょ!まさか自覚無いの⁈」
嘘だろ…自覚無しに人の心抉ってたのかこいつ‼︎こんな奴が探偵でいいのか⁈
「自覚?何のことだ、説明しろ!」
少し手の力が抜けたが、掴まれたままだ。明日には痣になりそうだ。
「だからぁっ!私の気持ちを暴いたり!あまつさえ録音して流すとか言うから‼︎私のライフはゼロだって言ってるのっ‼︎」
安室さんの口調が乱暴になって怖いし、手は痛いしで、涙が出てきた。
「もうやぁっ!怖いっ!降ろしてよ‼︎ヒクッ、ぅぅっ、〜〜っ、」
安室さんはパッと手を離した。
「っ!すみません、勘違いして…。もう痛くしませんから…。」
ちょうど私の住むマンションが見えてきた。私は痛みと恐怖で訳が分からない。
本当に涙止まらなくなっちゃった!うわぁぁぁぁぁん!子供か‼︎恥の上塗り辛いよぉぉ!
「本当にすみません、音声データ消しますから!泣き止んでください。」
先程までの怖い安室さんはいなくなり、ひたすら謝ってくる。だが、涙腺が崩壊したのか涙が止まらなくなった。
「〜〜っ、止まらなくっ、なっちゃったっ、〜〜っ、だからっ、泣くのやだったのに!〜〜ぅ」
車が止まった。多分私の住むマンションの近くの駐車場に着いたんだろう。
「えっと、着きましたよ。涼香さん、歩けますか?…無理ですよね。すみませんがまた大人しく抱っこされててください。」
安室さんが車を降りた音がした後助手席側のドアが開く音がした。
[newpage]
「ほら降りますよ?しっかり掴まって?」
あっという間にシートベルトを外され、膝裏と背中に手を回され嫌がる私の抵抗を物ともせず抱き上げられた。
「〜〜っゃめっ!歩けるっ、から!降ろしてっ‼︎」
正直、泣いているせいで視界は最悪だし、腰抜けたからちょっと不安はあるが、お姫様抱っこをさらに他の人に見られるよりはマシだった。
「何言ってるんです。腰が抜けているクセに…。困った人だ…、そんなに暴れると落ちちゃいますよ?」
そう言われて安室さんの胸元にしがみ付いてしまった。嫌がってたのにしがみ付いてしまったのが恥ずかし過ぎて、顔を見られないように安室さんの肩に顔を寄せた。
しばらく安室さんに抱っこされていると思ったより、駐車場から距離があるのか一定のテンポで揺れる振動が心地よく、いつの間にか眠ってしまった。
目がさめると自室にいて、机の上にはオムライスとメモ書きがあった。
“良く眠っていたのでお部屋に上がらせてもらいました。
それと昼食がまだでしたから、冷蔵庫にある物でオムライスを作らせてもらいました。宜しければ召し上がってください。
追伸、もう男の前で眠ってはいけませんよ?
またポアロでお話ししましょう、安室”
私はメモ書きをグシャっと握り潰すとオムライスにラップ越しに触れるとまだほんのり温かかった。
色々体力を消費していたのでガツガツとオムライスを食べた。
あの男が作ったと考えると腹立たしいが、オムライスは美味しくて何か温かく感じた。
そういえば、安室さんが勘違いしてたって言ったのは何のことだったんだろう。というかなんで私の部屋わかったんだ?部屋の番号まで言ってないよな…。
毛利先生の周りにはコナン君に安室さん、何やら隠し事の多い人達ばかりだ。しっかり私が一番弟子として守らなければ‼︎
篠宮涼香(しのみや りょうか)
変質者から助けてくれた毛利小五郎に恋をしたが、奥さんがいて、尚且つ両思いだったので、恋心を隠し、せめて弟子になって側にいたいと色々頑張った。その結果ハイスペになったが、おっちゃんは恋心もハイスペ人間である事も知らない。頭の良い子供にしか思ってない。小五郎さんに釣り合う大人になりたいと普段は大人びているように振る舞うが、安室さんの前では上手く繕えなかったらしい。今後の成長に期待。
最近、コナン君という子が先生を眠らせて推理しているから先生の身体が心配なので今度コナン君に話を付けようと思っていたが、弟弟子が出来た。なんか挑発してきたので姉弟子としてピシッと決めてやろうと思ったら返り討ちに遭った。そんで二重人格の様なヤバい男だったので全力で先生達を守る所存。元々そう思ってたけど再確認させられた。因みに、サラッと警察学校組を救済して仲良くなっているので安室さんの事を相談しようかと思っている。
眠りの小五郎
なんか小学生の女の子に弟子になりたいと迫られ、すぐ諦めるだろと考えていたが、通い詰められ認めた。探偵なんて危ない仕事して欲しくないので何だかんだ小学生らしい事を命令してあげてた優しい人。それに気付いているオリ主が更に好きになってしまうという罪な男。医師になったらと言ったのは思い付きではないと思いたい…。
可愛い可愛い先生の娘さん
オリ主を姉だと思っている。大好きで頼れるお姉さん!安室さんにお姫様抱っこされてるオリ主を見てテンション上がった。実は恋人なのかな?そうじゃなくとも好きだったりするのかな、耳真っ赤だったし、次会った時安室さんとの事を聞きまくる。涼香お姉ちゃんに春の予感‼︎キャー!
小さくなった名探偵
オリ主は幼馴染で姉的存在、推理小説とかの話もしていたので、仲は良好。実はオリ主の好きな人がおっちゃんだと気が付いている。本人が隠そうとしているので黙っている優しい子。でももっと良い人いるのになんでおっちゃんなんだと不満に思っている。別な人が好きになってもきっと同じ様に思う、なぜならシスコンが少し入っているからだ。安室さんに抱っこされてるのを見て好きな人の前で他の男にお姫様抱っこされているという状況に同情した唯一の理解者。これからオリ主によっておっちゃんに麻酔針を打ち込まずに、オリ主を名探偵役にする様になる。結局は毛利先生のお陰だからと先生にこっそり手柄を譲るため世間からは小五郎さんが名探偵になる予定。
プライベートアイになった瞬間に同僚に引かれていた人
ベルモット曰くオリ主は「puppy(子犬)」らしい。毛利先生が好きなのはわかり易かったのでちょっとからかったら面白くてついついやり過ぎてしまった。車の中でゼロとか言われて早とちりして怖い目に遭わせてしまって後悔している。これから優しくしようとするが、オリ主からはガッツリ警戒される。オリ主曰く、「DV男の様に、酷くした後優しくするなんて、洗脳でもしようとしているに違いない!毛利先生は私が守る‼︎」となっているため、誤解が解ける日は遠いかも知れない。
正直、オリ主がタイプ、毛利先生を好きだという様子を見るとモヤモヤする。まだ好きになってはいない。きっと今は人懐っこい子犬が自分だけに懐いてくれないという悲しみが強い。
いつの間にかサラッと助けられていることになっている警察学校組
何故こんな扱いを…!出番くれ!(総意)
…降谷両手を上げて跪け‼︎なに?手を出していないから許せだと?オリ主泣かせやがってこの!覚悟しやがれ‼︎
松田、そうがなりなさんな、でも、俺もちょーっと許せないかなぁ。
ゼロ…好きな子苛めるって…小学生かよ…。早とちりして追い詰めたのはやり過ぎ、それで良く公安が務まるな。だぞ!あっ、ペナルティーで書類の山一つ増やしておくな?
あー、あの子やっぱり降谷に気に入られたのか。出会ったらそうなると思った。あの子彼氏いなかったと思うぞ?がんばれよ‼︎結婚は良いぞ!俺は幸せだ!
次ページあとがきとお知らせ、そんで謝罪
[newpage]
あとがきとお知らせ、そして謝罪。
まず、謝罪から。
来春まで更新お休みとか言ってすみませんでした‼︎
書くのをやめられず、本当は上げずにメモにして書きだめしようとか思ったんです…。でも上げたくなっちゃったんです。休む休む詐欺してすみませんでした!
お知らせ
上記の通り、これからも書きます。速度は遅くなりますが。今更ですが、突発的に違う作品を書きたくなる作者なのでポッと新しいの書く時もあります。なるべく人気順に続きを書くようにはしているのですが、あとは思い付きなので、思うように更新出来ず、ご不快な思いをさせる事もあるかと思います。予めご了承ください。
別シリーズの話ですが、安室の女ではない!のアンケートは9月いっぱいです。まだ間に合いますので答えたいと思われる方はぜひお答えください!現在、安室さんが僅差で一位です。スコッチーー!当初の君の勢いは一体何処へ…。
あとがき
オリ主は元々、大人びた女性にする予定でした。年上の人が好きだから早く大人になりたくて背伸びしているという設定だったのに…。そんで安室さんに追い詰められるターンはもっと大人っぽく色気ある感じにしたかったのに、なんで、なんで君そんなに子供っぽいの?えっ、私が大人っぽくないからだって⁈チクショー!IFで書いてやる!いつか…。
色気のある文章が書けるようになりたい。なんかアドバイスください。
ちなみに、続き欲しい人います?
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オリ主出ます。転生者とかではないです。<br />オチは安室さんかもしれない…。とりあえず降谷さんの忠犬にはなります。<br />さらっと警察学校組を救済してます。今回本文には出てきませんが。<br />原作大幅に変わっています。もはやオッチャンが名探偵役ではなくなっていくという悲劇…。続けばの話ですが。<br />原作改変のタグつけた方がいいのでしょうか?<br /><br />うわわわ!ウィークリーランキングと女子のデイリーランキングに入りました!ありがとうございます!嬉しいタグも付けて頂きましたので、続きます!<br /><br />書くのをやめられず、本当にすいませんでした!しかもどのシリーズでもないって…。何一つ完結させてないのに書き始めちゃうのが作者の悪い所なんですが…。<br />救済ネタとか書いても書いても、書き足りないんです。二次で何度も何度も助けても原作では亡くなっていて、その事実に耐えられなくて書いてしまうんです。このループから抜け出せないので救済ネタとか書きまくるんです。救済ネタを書かれる他作者様にも同じ気持ちの方がいらっしゃると嬉しいのですが。<br /><br />ここから読まなくて大丈夫です!<br /><br />スコッチの本名が遂に!判明しましたね!ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!やばいよやばいよ!嬉しすぎて逝っちまいそうだよ‼︎<br /><br />オイ、そんなに嬉しいんなら逝かせてやるよ。あの世にな…。<br /><br />フオォ!嬉しさのあまりキャンティのネタパクリとジンを勢いで書いちゃったよ!んぁぁぁぁぁ‼︎深夜テンションでキャプション書いてたから!荒れ狂ってるよ!ごめんなさいね‼︎<br /><br />シ・ア・ワ・セ・♡<br />ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!だれかこいつをとめてクレェェェ!
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毛利さんの一番弟子は私だ‼︎
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10155302#1
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バンケットの花は、いつも通りヴィクトル・二キフォロフだった。20歳の絶頂期とも言えるロシアの皇帝は、この場にいる誰もが憧れる存在だった。
今年はシニアに上がれると思っていた日本のスケーター、勝生勇利に取ってもそれは同じことだった。否、多分、今会場にいる人間の中でも、勇利は最も熱烈なヴィクトルファンと言ってもよかった。
「はぁ……かっこよか」
ダークスーツに身を包み、シャンパングラスを片手に、ヴィクトルはまるで蝶のように会場内を巡っている。どこにいても、誰と居ても、勇利にはヴィクトルの姿しか目に入らなかった。
そこまで憧れているならば、せめて一緒にセルフィでも頼めばいいと思うのだが、勇利にはそれができなかった。時間を確認するような振りで、ヴィクトルの姿を自分のスマホに収めるのが精一杯だった。
「勇利。これ美味しいよ」
勇利がシャッター音を消したアプリで写真を撮っていると、皿の上にいっぱいのプチフールを乗せたピチットが声をかけた。
「そんな甘そうなの食べられないよ、僕」
何を食べても太らないと言うピチットを、恨めしそうに見ながら勇利が言った。勇利は幼い頃からバレエやスケートをしていたが、どうしたわけかちょっとした油断で太ってしまう。
「今日くらい大丈夫じゃない?」
綺麗な黄緑色をしたピスタチオのマカロンを差し出すピチットに、勇利は理性が揺らいだが首を振った。
「だめ。……全日本あるんだもん」
「そっか、ごめんね」
そう言ってピチットは勇利の眼の前でマカロンを頬張った。
「えー、ピチットくんひどい。眼の前で食べないでよー」
ふざけて勇利がピチットを叩くと、
「あ…れ?勇利、何か香水とかつけてる?」
勇利の手を掴んだピチットに匂いを嗅がれた。
「何もつけてないよ?」
気になって勇利も自分の袖や肩の匂いを嗅いでみたが、何も変わった匂いはしなかった。
「花屋さんに入った時みたいな匂いがするよ〜」
ピチットが勇利の周りを鼻をヒクヒクさせて回っていると、クリスが近づいてきた。
「どうしたの?何の遊び?」
クリスはスイスのシニア選手だったが、引っ込み思案で人見知りの勇利に何かとちょっかいをかけてきていた。初心で反応が面白いからからかわれているのだとコーチに言われたが、勇利はそれが少しくすぐったい感じがしていた。クリスもスケーターとして憧れる存在だったが、勇利にとってヴィクトルが皇帝で神だとしたら、クリスは少しやんちゃな先輩といったところだったかもしれない。
「んん?勇利」
ピチットに首筋の匂いを嗅がれて笑っている勇利を、クリスが抱き寄せた。
「勇利はΩなの?」
「え?」
クリスを見上げた勇利は、少し戸惑ったがきちんと言っておいた方がいいと判断した。
「うん。去年の検査でわかったんだけど、まだヒートが来てないからフェロモンは出てないって言われたんだ」
「ほんとに?すごい!僕は今年の検査でαって言われたよ。勇利と番になれるね」
嬉しそうに抱きつくピチットを、クリスがやんわりと離した。
「どうして、クリス?」
「勇利がΩで俺たちがαでも、番になるかどうかは勇利が決めることだよ」
俯いている勇利を見て、ピチットが頭を掻いた。
「そっか、そうだよね。ごめんね、勇利」
今ではそんなことはなかったが、一昔前にはΩは劣等種だとされていた。第二性別の研究が飛躍的に進んだのは、この20年程度のことだった。特に、アジア圏ではβが圧倒的に多かったために、未だにΩに関しての差別の激しい国もあった。クリスは勇利が見せた戸惑いに、不用意に尋ねてしまったことを後悔していた。
「でも、僕は勇利大好きだから、番に選んで欲しいって思うよ」
無邪気に言うピチットに悪気はない。だが、番はΩからは解消することはできず、αならば嫌がるΩを無理やり番にすることもできてしまう。勇利がそれをどう思っているのか、ピチットは考える余裕がまだなかった。
「早すぎ。それじゃ、Ωだから勇利を好きって言ってるみたいに聞こえるよ」
少し口を尖らせてからかうような口調だったが、クリスはピチットにだけ見えるように真剣な眼差しを向けた。
「あ……うん。ごめん、勇利」
「いいよ、ピチットくん。気にしてないよ」
気にしないと言っても、勇利の様子が今までと違っていることだけはピチットにもわかった。
「抑制剤持ってる?もし持ってないなら、知り合いに分けてもらうけど」
ヒートが来なくても、勇利は僅かにだがフェロモンを醸し出していた。クリスはそれが心配だった。
「念のためにって、海外遠征には持ってきてるんだ」
クリスの心配を察して、勇利は努めて明るい声を出した。
「そうだ、ちょっと飲んでくる。副作用は活動的になるくらいって言われてるから、バンケットにはちょうどいいかも」
今期も勇利は海外の大きな大会では結果を残せていなかった。国内では敵なしと言われる勇利でも、海外では萎縮してしまうのか目覚ましい結果は残せていなかった。バンケットに出ていても、こうして仲のいい少人数のスケーターと一緒にいる程度で注目されるようなこともなく、ただ、ヴィクトルを眺めたいだけで参加しているようなものだった。
「ちょっと行ってくるね」
ちょうどヴィクトルも誰かと出て行ってしまったらしく会場には見当たらなかったため、勇利は部屋に戻って薬を飲んでこようと思った。
「部屋まで送ろうか?」
心配顔のクリスだったが、シニアの女子たちがクリス目当てにこちらに近づいてくるのが見えた勇利は首を振った。
「大丈夫。一人で行けるから」
明るく振舞って手を振る勇利に、クリスはそれ以上言えなかった。
「気をつけて」
何気なく言われた言葉に勇利は頷いたが、何に気をつけるのかはまだわかっていなかった。
バンケットルームを出た勇利は、自分の部屋のある階に行くためにエレベーターを待っていた。バンケットの賑わいに比べ、廊下は閑散としていて勇利はかえって落ち着くことができた。Ωの判定を受けた時に、勇利はまだΩがどんなものかよくわかっていなかった。ただ、ヴィクトルがαだということは知っていたから、何億分の1になるかわからないが、番になれる可能性があるなどと少し喜んでもいた。だが、家族や身の回りの人達のほとんどがβの環境の中で、自分だけが異質なものになってしまったようなわずらわしさは感じていた。
上に向かうエレベーターが着いて、勇利はそれに乗り込むと自分の部屋のある階を押した。
眼の前でドアが閉まりかけた時、エレベーターが止まるかと思うような衝撃があった。
「ごめんね、一緒に乗せて」
「あ……」
勇利はエレベーターの奥に後ずさった。
閉まりかけたエレベーターに乗ってきたのは、ヴィクトルだった。ジュニアとシニアでも何かと声をかけてくれるクリスと違い、勇利はヴィクトルと話したことさえなかった。
「面倒な子たちがいて、ちょっと匿って」
酔った女の子たちに絡まれて困っているいうヴィクトルから、勇利はそっと目を逸らした。本当は、すぐにでもスマホを出して写真を撮りたかったが、勇利は自分からそれを言い出せそうになかった。
「あれ?日本のジュニアの子だね?顔色悪いよ?大丈夫?」
エレベーターが降り始めると、ヴィクトルが勇利に近づいてきた。
「あの……僕」
ファンだと言って写真を撮らせてもらおう、そう思って口を開いた勇利の鼻孔に今まで嗅いだことのない強い香りが飛び込んできた。
「え、…ごふっ」
あまりに強い香りに、勇利は咳き込んで体を折った。
「大丈夫?」
驚いてヴィクトルが近づくと、勇利はさらに激しく咳き込んだ。
「待って……こないで」
勇利の弱々しい声は、ヴィクトルには聞き取れなかった。
「この階で降りるの?」
ヴィクトルは自分と同じ階で止まったエレベーターから、勇利を抱きかかえるようにして降りた。
「部屋はどこ?俺の部屋で休む?」
心配しての事だとは勇利にもわかっているが、ヴィクトルが体を寄せてくると何か感じたことのない掻痒感が背中を這い上がってくるのを感じて落ち着かなかった。
「だ……大丈夫です」
やっと咳が止まって、勇利は思い切って顔を上げた。
「ぅあ……」
思った以上に近くにあったヴィクトルの顔に、勇利は身体中が熱くなった。
「え……どうして」
勇利は慌ててヴィクトルの体を押した。ダークスーツで目立たなかったが、勇利の足の間を熱い液体が伝い漏れていた。
「なんで、僕」
まるで失禁でもしてしまったかのように、勇利は自分の体の中から流れ出したものに愕然とした。
「え!?」
自分の下半身を抑えて蹲りそうになった勇利を、ヴィクトルが抱き上げた。
「ちょ……え?」
お姫様抱っこだけでも勇利の頭はパニックだったが、
「悪い子だね」
キスするほど近くに寄せられたヴィクトルの顔に完全に思考が飛んでしまった。
「俺を誘惑しに来たの?」
耳を噛むように言われた言葉の意味を、勇利は理解できなかった。ただ、その熱さに身体中が震えるのを抑えられなかった。
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ヴィク勇のオメガバースです。<br />若くて自意識過剰で自分勝手なヴィクトルです。<br /><br />オメガバース設定<br />*Ωもαもフェロモンがある。番を持つとフェロモンは弱くなるが、完全に消失はしない。番の相手には逆に強くなる。<br />*Ωの首筋を噛むことで番が成立。解除もΩの意思ではできない。<br />*Ωは男性でも妊娠可能。<br />*Ωもαも抑制剤がある。<br /><br />↑ざっくり設定なので、お話の途中で追加もあります。<br /><br />年齢設定<br />*勇利16歳。まだジュニア。<br />*ヴィクトル20歳。すでに皇帝。<br />*クリス19歳。ナルシシズムはちょっと弱め。<br />*ピチット15歳。いい子。<br />*ユーリ15歳。ジュニアで敵無し。
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奥様は16歳 1
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「・・・」
日も落ち、暗くなり始めたころ、薄暗い部屋の中で彼女は横たわっていた。
別に疲れた体を休めているわけでもなく、ただベッドに寝転がっているだけ・・
「・・・なんでなのよ・・・・・どうしてっ・・」
1人ごとのように涙声でつぶやく彼女・・・
彼女はなぜ自分がいまこんな状態になっているかを理解できていなかった・・・
小さいころ、完璧な容姿と内気な性格、さらには迷惑な幼馴染によりいじめにあっていた彼女・・・
いじめによりねじれてしまった性格は他人を見下し、罵倒を繰り返すことを良しとしてしまった。
それは小学生の時だけではなく、中学生、高校生になった今でも、自分は優秀な存在だと信じ込み、他人に対しての罵倒は当り前・・・
発端は小学生時代のいじめが原因だが、「自分を守るために防衛本能として罵倒を発し、他人を遠ざける」・「罵倒を受けた相手からは不愉快だと感じ遠ざかられる、または調子に乗っているといじめの対象にされる」・「誰も自分を理解してくれないと、自分を守るためにさらに周りを罵倒する」・・・
このサイクルを幾度となく繰り返してきた彼女は、いつしか「自分は優秀だから生きにくい・・こんな愚者ばかりを優先する世界だから生きにくいのだっ・・」という考えに至ってしまった。
さらには高校生になり、多少は周りを見ることができるようになったが、お気楽な高校生たちを見て自分はやはり優秀な存在なのだと再認識してしまったのだ。
"義務教育は中学までである。"・"高校生は大人、社会人として扱ってよい。"・"高校生にでもなれば物事の判別は行える"・・・・・
なんとも、"子供を育てる"ということを理解していない発言だろうか。
高校生が大人?
社会人?
物事の判別がつく?
断言するが、まったくもってそんなことはない。
高校生というのはただ、"義務教育が終わり、高校への入学が決定した子供という存在"なだけである。
考えてみてほしい。
何年何十年何百年と時間をつかって決められてきた社会人としてのルールを、義務教育が終わった程度の子供が理解できるだろうか?
"人の事を考えて行動する"や"人の役に立つために行動する"という行動の真意を理解できるだろうか?
時間が進めば子供は大人になる・・・はたしてそうなのだろうか?
答えは"否"、そんなわけはない。
たかだか15~18年生きた程度の人間。
経験値も少なければ、応用力も対してない存在である。
だからこそ、義務教育の後に勉強する場が用意されているのだ。
しかし、子供たちからすればそんなことどうでもいいだろう・・・
高校に行く意味も、高校に行くのは当り前、大学に行くために高校に行かないといけない程度の認識だろう・・・
勉強と遊び・・・どちらを優先したいかと言われれば大半の人間が遊びと答えるだろう。
話がそれたが、つまり高校生といっても、"社会人からは遠い存在であり、わーわー騒いでいたい年頃の子供"なのだ。
決して、"大人"や"社会人"といっていい存在ではない。
そんな彼らを見て、周りは愚者ばかりだと感じる彼女もまた・・・
"子供"なのだろう。
五十歩百歩・・・本来、目標とすべき対象は、社会で活動している"人生の先輩方"にすべきなのだ・・・
彼女の近くに・・・そういった存在はいたはずなのだ。
身近で上げるならば、両親。
自分たちを養ってくれている存在であり、[[rb:子供たち > 自分たち]]が目指す姿をしてしてくれる存在・・・
もし、ご両親のレベルが高いというのであれば・・・姉・・
雪ノ下陽乃・・・・
雪ノ下雪乃の姉であり、雪ノ下雪乃とは違い、親のお手伝いや代役として活動を行っている・・・何でもできてしまう優秀な存在・・・
彼女はそんな姉に憧れ、無意識のうちに・・・・彼女に"近づく"ことではなく、彼女に"なる"ことを目標としてしまった・・・
"近づく"のであれば、努力を積み重ねるだろう・・・できないこともできることも・・・目標とする存在に近づくために・・・
しかし"なる"のであれば、努力はいらない・・・目標と同じことができればいいだけなのだ。
しかし、"なる"ことを続けるのは不可能に近い。
ただ触った程度で、同じようにできるはずがないからだ・・・
だからこそ、努力し、自分を磨く必要があるのだ。
しかし、悲しいことに彼女のポテンシャルは素晴らしいものだったのだ。
ある程度行えば、それなりにできるようになってしまう・・・俗にいう天才という存在・・・それが彼女だったのだ。
彼女は姉になるために同じことができるように取り組んだ。
"なる"ことが目的な彼女にとって"近づく"ことの過程である努力は、必要ないものだと切り捨てていたのだ。
これが彼女の思い込みに拍車をかけてしまった。
挫折を味合わず、努力の苦労を知らず、競い合う楽しみを知らず、実った際の感動を知らず・・
彼女は一言で言うのであれば、"物まね人形"・・・それ以上でもそれ以下でもない存在なのだ。
だからこそ、彼女は周りから認められないだろう。
何も考えず生きている存在からすれば、彼女は優秀な人間に見える・・・
しかし、考えて生きる者から見れば、彼女はただの人形・・・
姉が経験という最高の武器を持っているとした場合、彼女が持っているのはただの木の棒なのだ・・・
そんな存在を認められるはずがない・・・
「・・・っ・・・・ッっ・・・」
彼女は、実家に連れ戻された。
今まで住んでいたマンションは全て引き払わされた。
彼女にとって、一人暮らしを行ったのは認めない周りに対しての復讐だった。
そして一人暮らしをできるようになり、自分のほうが強かったと勝った気分でいたのだ。
優秀な自分は思い通りに物事を進められる。
そう思い、過ごしてきた日々が一気に変わってしまった。
しかし、なぜかは理解できていない・・・・
自分では何もできないことにも気が付いていない。
自分が何をしたのかも理解していない。
自分が・・・人を犠牲にしたことすらも気が付いていない。
ただ理不尽な力に蹂躙された・・でも理由がわからず泣いている・・それが今の彼女なのだ。
[newpage]
「・・・こんばんは付き合っていただき誠にありがとうございます・・」
「うん、気にしなくていいよ。僕もお話ししたいと考えていたしね」」
「・・ありがとうございます。本日は私の妻もつれてきました。」
「雪ノ下 詩乃と申します。以後よろしくお願いいたします」
とある某所の居酒屋・・・そのには3人のお客とゴスロリメイド、そして店主らしき人がいた。
「樹 慶蔵です。こちらこそよろしくお願いいたします。」
お互い、自己紹介を終えると本題に入りだす。
「・・このたびは・・私たちの娘がご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳ございませんでした」
「・・・それに関してはとても驚いたけどね・・もう気にしなくていいよ。雪ノ下さんはかなりの罰則を受けたようだしね。・・・選挙を辞退することになってしまって残念だったね」
「はい・・・ですが、仕方ありません。会社がつぶれてしまっては意味がありませんしね・・」
「その会社は大丈夫そうなの?」
「はい、なんとかですが・・・詩乃も長女の陽乃、それに社員たちも頑張ってくれていますので」
「ふむ・・・ちなみに雪乃さんだったかな、原因の娘さんはどうしてるの?」
「・・雪乃ですか?・・・実家の自室で引きこもっています。・・・雪乃の事をご存じで?」
「うん、ちょっとねぇー。」
「まさかっ・・・何かご迷惑を?」
「僕にではないんだけどねぇ・・・比企谷八幡君って知ってるかな?」
「はい、今回一番迷惑をかけてしまった子ですよね?・・・まさか、樹先生もその場に?
「うん、彼とは友人でね。その日は私のゼミに招待するために迎えに行っていたんだけど・・・その際に現場を目撃してしまってね」
「・・大変申し訳ございませんでしたっ」
「いや、私の事はもう気にしなくていいよ。・・しかし、彼女の罵倒ぶりは凄かったね。ふつうあそこまではならないと思うけど・・」
「・・・私たちも意外でして・・・あの子が口が悪いのは知っていましたが、まさかコンビニのなかで堂々と罵倒を繰り返すとは思ってもみませんでした・・・」
「・・私の教育がわるかったから・・でしょうか・・」
「・・・僕には子育ての経験はないからねぇ・・何とも言えないとこはあるけど・・・・子供というのは未熟なものだ、すぐに道を間違えてしまう。・・・今回のように彼女があんなことをしてしまったのは、普段から彼女を導く存在がいなかったのだろうね」
「・・お恥ずかしい限りです・・」
「まぁ今日はたくさん飲みましょう。知ることができたんです、次にどう生かすかが大切だとお僕は思いますよ。」
「はい・・・ありがとうございます」
そして誰にも知られず・・雪ノ下夫妻と樹先生の飲み会は行われ、静かに夜が更けていった・・・・
「・・・で、八坊。あたしらにお願いってなんなんだ?」
八幡に呼び出されたギャルメンバー一同。
話があると呼び出されたが、どういった理由で呼び出されたかは知らなかった。
「・・今回はみんなにお願いがあってお呼びしました。」
いつになく真剣な八幡の表情に、白波たちも自然と真剣になる。
「立花食堂を助けるために、協力してほしいんです」
「えっ・・・何か思いついたっすか!?」
八幡の言葉に真希が反応する。
「ええ」
「それで何とかなるんすか!?」
「・・・それは・・・わかりません。今回の件に関しては、遅すぎる面があります・・・だから確実になんとかできるってわけでは・・」
「・・・・・それでもなんとかできるかもしれないんでしょ、皆もいいよね?」
白波に問いかけに、周りのメンバーはうなづく。
「・・わかりました。俺の案っていうのは・・・」
八幡は語りだした。
「すいませーん!注文お願いします!!」
「はーい、ただいまお待ちー!!」
「刺身定食二つで!!」
「はいはーい!すぐにお持ちしますねぇー!」
"がやがやがやがやがや・・・"
1週間前では考えられなかったぐらいに立花食堂は込み合っていた。
お店の席はすべて埋まっており、外には行列ができるほどの人が並んでおり、1時間待ちの行列が出来上がっているほどだった。
「いやぁー忙しい忙しいっ、まさかここまで効果が出るなんて思いもしなかったわぁー」
「・・正直自分でもびっくりですけどね・・」
「何言ってんの、八坊が考えた庵でしょうが。・・すごいねあんた・・問題一気に解決しちゃったんじゃない?」
「・・たまたまですよ、たまたま・・」
「謙遜スンナって・・しかしよくこれだけで人が集まったよね」
「そりゃそうでしょ、実際に味はすごくいいんですし・・・
何より白波さんたちが売り子をしてるんですから」
八幡が考えた案・・・
それは実際に客の呼び込みを行うこと。
インターネットは心もない書き込みのせいで使い物にならない。
ならばどうするか・・・
書き込みが間違っているほどのインパクトを別の方向からぶつけるしかない。
噂が間違っていたんだと気が付かせることができれば、もともと味が良く、通いたくなるようなお店の立花食堂ならば問題なく経営出来ていけるはずだ。
しかし、並大抵の事では噂を消すインパクトは望めない・・
ならばどうするか・・
八幡が目を付けたのはメイド喫茶だった。
材木座がしつこく誘ってくるので、付き合ったが、その際の経験がいきたのだ。
綺麗な存在が呼び込みをしていれば、多少なりとも意識をむけてしまう。
八幡はそこを狙って行動した。
白波たちはギャルというくくりだが、決してケバくはない。
むしろギャルの良さだけを取り入れた美人・可愛いの筆頭グループである。
彼女たちに客寄せ兼売り子をお願いすることでメイド喫茶のような状態を再現しようとしたのだ。
しかしそれだけではインパクトに欠けるだろう。
今どきメイド喫茶なんてごまんとある。
それにお店の雰囲気からしてメイド服は合わない。
ならばほかに何があげられるか・・
そこで八幡が選んだのは"着物"だったのだ。
彼女たちが着て映える着物を用意したのだ。
実際に、着物を着た彼女たちは注目の的だった。
誰しもが何かの撮影なのかと思い立ち止まって見ていたぐらいだ。
そんな彼女たちが元気に明るく宣伝していればどうなるか・・・
正直、分が悪いかけではあったが、結果はご覧のとおり・・・
八幡たちはかけに勝ったのだ。
「しかし、人間って単純だねぇ・・・あれだけあった誹謗中傷がすっかりなくなってるよ」
「もともといいお店なんです・・なくて当たり前ですよ」
「ははっ、違いないねぇー」
はははっと笑う白波・・
その横顔を見て、八幡は頬を赤くし視線をそらしていた。
結論、魅力的なギャルは何を着せても似合う・・
「・・はっちん!はっちん!!うちの着物にあってるっすか!!?」
「ふぇっ!?あ・・その・・・///」
「どうなんすかー答えてほしいっす!」
「に・・にあってると・・うん・・///」
「八坊!!あたしのは!?」
真希に触発され、皆が八幡い自分の浴衣の感想を聞きにき出す。
そんな光景を、立花さんは孫たちを見るように温かく見守り・・
楓はずっと八幡を見ていた。
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どうもみなさん、おひさしぶりですカミヤ祖です!!<br />久々に書きましたが、全然かけないもんですね・・・<br />これからリハビリしながらですが、書いていきますのでよろしくお願いします!
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彼が暖かさを求めるのは間違っていない。part21
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10155577#1
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「藍沢先生、これなんだけど」
「ん?あぁ、それか」
おかしい。
横峯あかりはずっと感じていた疑問をその日とうとう上級医の緋山美帆子に問いかけた。
「あの、緋山先生。あれ、絶対おかしいですよね?」
「えー?なにが?」
「あの二人ですよぅ!あの距離感!絶対おかしくないですか?!」
手元の資料から目も離さず問い返す緋山に横峯はじれったそうに腕を取った。
迷惑そうにしながらも視線を向けてやれば、見慣れた光景になにがおかしいのかと奪われた腕を取り返した。
「別に普通でしょ、あんなの。あいつらはずっとあんな感じよ。」
「えぇ?!ずっとあんな感じなんですか?!あ!もしかして、お二人付き合ってるとか?!それなら納得です!」
そう言う事かと頷けば何言ってんだと返され困惑がぶり返す。
「付き合ってないけど。まぁ、甘酸っぱい関係ではあるけど?」
疲れたような揶揄うような微妙な笑いと共に零された言葉に困惑は広がる。
甘酸っぱい関係?
それは、両片思い的な?
思春期的な?
「なにそれ!面白そう!」
夢見がちな横峯はそう言う話が大好物であった。
*
CASE1
「ふぅ。ちょっと休憩しようかな。」
「寝てきてもいいぞ。」
「んーん、そこまでじゃない。藍沢先生も休憩する?」
「…そうだな」
「じゃあコーヒーでも入れるからそっち座ってて」
「すまない」
伸びをして立ち上がった白石はコーヒーを入れに奥へ引っ込んでいった。
それを目で追ってから藍沢は立ち上がりソファへと向かう。
腕を後ろにやって伸ばせばゴキゴキと骨の鳴る音が聞こえた。
鋼のような筋肉を纏っていようともデスクワークで体は固まるらしい。
1つ溜息を零してドシンと力が抜けたようにソファに体を沈めた。
「おまたせ」
「悪いな」
そうこうしているうちにマグカップを2つ持った白石が戻ってきて藍沢に手渡しながらその隣に座る。
その距離は近く肩が触れそうな程であったが、お互いに特に気にした様子もなかった。
不意に藍沢がマグカップを見て呟く。
「…これ、この間のか?」
「あ、気がついた?ふふ。せっかくだから持って来ちゃった。これ藍沢先生のだから使ってね。あ、でもそうすると藍沢先生のカップ2つになっちゃうね。…お家で使う?」
「いや、元々使ってた方を持って帰る。ありがとな」
「そう?へへ、よかった。お揃いのカップが並んでるの見るの、好きなの。」
「…そうか。じゃあ今度は俺が買って持ってく。」
「え?でももうこれ、あるし…」
「お前の家で使えばいいだろう?」
色違いのペアのカップが並んでいる様を見ながら語る口調は柔らかい。
白石は頬を染めて嬉しそうに、じゃあ今度また一緒に買いに行こうね、そう言って藍沢の顔を覗き込んだ。
しょうがないなと言うようにその頭をぽんぽんと撫でて小さく微笑んだ藍沢はいつもと違ってとても優しい顔をしていた。
---あのー、私もいるんですけど!!
横峯はこの甘ったるい空気にむずむずした気持ちになりながらも、しかしこの場面に立ち会えてラッキーと思うのだった。
基本的に彼女は少女漫画な展開大好きなのである。
CASE2
「あの…困ります…」
「いいじゃないですか!ね?少しだけでいいんで!お願いしますよ〜白石先生〜!」
心底困ったような声といかにも軽薄そうな声に引かれて横峯は柱の影から覗くように窺い見た。
あれ、白石先生?と、誰だろ?
そこには困ったと顔全体に書いて精一杯なに事か断っている白石とそんな彼女に食い下がる若い男。
何処かの科のドクターだろうか?それとも看護師?患者?
全く心当たりのない顔に不思議に思いながらも様子を見ることにする。
「すみません、ほんとに、あの、困ります」
「少しもダメなんですか?1時間とかでも全然いいんです!どうしても白石先生とご一緒したくて」
「そうは言われましても…」
ん〜これは助けに入らないとまずいかなぁ、そう思っていた時男はとうとう焦れたのか白石の腕を掴んで引き寄せた。
「っひゃ!ちょっと!やめてください!」
「なんでですか!お願いしますよ!僕は白石先生のこと「おい、なにをしてる?」
これは勢いに任せて告白か?と言うところで低い声がした。
それはそれは恐ろしい、横峯が反射的に気を付けの体制になってしまう、あの鬼のような男の声だ。
白石が掴まれた時に咄嗟に踏み出した足を慌てて引っ込める。
そっと覗けばそこには白石を背中に庇うように立ち相手の手をギリギリと音が出そうな程握っている藍沢がいた。
あれは痛い。
ついそんな事を考えてしまうくらいの力に見える。
しかし自分の手を押さえるように反対の手で握り締める白石を見ればそれも仕方ないのかもしれないとも思った。
まぁ、医者としてはどうかと思うが。
「うちの白石になにか?」
「あ、あんた誰だよ?!いてっ、離せ!」
「あぁすいません。綺麗なものが汚れるのは我慢ならないタチでして」
「はぁ?!どういう意味だよ!」
全く持ってその通りである。
横峯もまたどういう意味だろうかとその遠回しな嫌味なのか惚気なのかわからないセリフを聞いていた。
チラリと背後を見て怯える白石に気付いた藍沢はさっさとこの男を追い出すことにしたのか白石先生に用があるんだと喚く男に冷淡な瞳で冷ややかに言い放った。
「俺の女になんの用だ」
目を見開いたのはその場にいた全員だった。
---追い払う為の嘘なの?ほんとのやつなの?
判断のつかない発言はやめてほしい。
…いや、やめなくてもいいかな。
やっぱり横峯は、少女漫画な展開が大好物なのである。
CASE3
「ねぇ藍沢先生〜」
「なんだ」
「こっちとこっちどっちが可愛いと思う?」
「は?」
今度はなにを始める気だ。
上級医に向けるにはいささか失礼な事を思いながら横峯はチラリと問題の2人に目をやった。
なにやら藍沢に雑誌を見せながら意見を求めている白石。
なにを見せているのか気になって気付かれないように少し腰をあげた。
んん〜見えないな。
右に左にずれながらなんとか覗こうと試みるがいまいち場所が悪い。
そんなこんなしているうちに話が進んでいた。
「…藍沢先生はこういうのの方が好きなの?」
「…好きとかは知らんがどっちかと言われたらこっちだと思っただけだ」
「なんで?」
「…なんで。こっちの方が、似合うだろ」
「え?似合う?誰に?」
「お前に」
その会話を聞いて、ストンと席に座り直した。
なにかのアクセサリーか。
どれを選んだのかとかその会話はなんだとか言いたいことは沢山あるが、まぁ通常運転だなと仕事に戻ったら、今日はそれだけでは終わらなかった。
「な、んで私に似合う方選んでるの…」
「こんなの他にどう選ぶんだ。」
「どうって…だってこれ、下着…」
…………
えぇ?!!
あまりにもびっくりして声が出なかったのは良かったがガバッと上げた顔の先にいる白石の頬が染まっていた事にこれは聞き間違いではないと確信しこの後の展開にドキドキし始める。
え、なにこれ。下着?そもそもなんで下着の話してる?
混乱する横峯を置き去りに2人の世界に入った上級医は更に続ける。
「こっちも似合うだろうが、お前が着るならこっちの方がいい。」
「いや、そうじゃなくて…。…なんで、そう思うの?」
白石もおかしいなとは思いつつも藍沢の発言の真意の方が気になるようだった。
そして意外と攻めてくる。
これは、もしや…?
正気に戻った横峯は息を殺してワクワクしながら見守る。
私はすごい瞬間に立ち会えるのかもしれない。
謎の興奮が湧いてきた。
「…こっちのは、ダメだろ。こんなの着たら…おかしくなる。こっちはこっちで大丈夫な訳じゃないが、お前の雰囲気を損なわないし、すごく…良いと思う。」
「ぇっ、と…そう、かな?じゃあ…こっちにしよう、かな。」
「…誰かに、見せるのか?」
「え!?」
「じゃあ、どうして聞いた?」
「……もしも。もしも、見て欲しいって言ったら、どうする?」
「は…?なにを、」
「藍沢先生に見てほしいから着るって言ったら、どうする?」
「…見るだけじゃ、済まないぞ」
「…いいよ。じゃあ、両方買っても、いい?」
もはや言葉はいらないと思って無心で聞いていたが、これはそういう事でいいのだろうか?
私は、お誘いの場面に立ち会ったの?
お付き合いを通り越して夜のお誘いの場面なの?
きっとその夜はすぐに来て、この関係も変わるんだろう。
変わらなかったら藍沢先生の評価が地の果てに落ちる。
そしてとりあえず、と横峯は思う。
---私も、いるんですけどー!!!
あと藍沢先生、おかしくなるとかすごくいいとかそこら辺もっと詳しく聞きたいです。
*
「まぁ、こんな感じで色々ありました」
「あはは!あんたもそんな場面ばっか目撃して、苦労したのね」
「いえ!むしろとても楽しかったです!!」
「あんたほんといい性格してるわね…。まぁでも、くっつきそうでよかったわ。またなんかあったら教えてよ」
「はい!了解しました!」
図らずもデバガメばかりしてしまう横峯は、うんざりするどころか嬉々としてその後も2人の観察を続けるのだった。
|
前回初ジャンルにも関わらず沢山の方に読んでいただいてとても嬉しく思います。<br />またも藍白ちゃん書いてしまいました。<br />今回は気軽に読めるようなライトな作品に仕上がっているんじゃないかな?と思います。<br />なにか読みたいけどさっと読める軽い話ないかなぁと言う方是非読んでみて下さいね。<br />さて、話の内容ですが横峯先生が藍白ちゃんを観察していると言う展開で進みます。<br />付き合ってないんですがまぁイチャイチャがデフォみたいな2人ですね。<br />そんな関係望んでないって方は閲覧注意してください。<br />あ、エロは無いです笑<br />では少しでも楽しんでいただければ幸いです。<br /><br />追記<br />2018年09月17日~2018年09月23日付の[小説] ルーキーランキング 2 位<br />2018年09月23日付の[小説] 女子に人気ランキング 93 位<br />ランキング入りさせていただきました!<br />ありがとうございます!
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まるで少女漫画のような
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10155643#1
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皆さんこんにちは、笹山桜です。あのリアルムスカから幾日か経ちました。
皆様あの騒動からなにかと過保護になっているような気が致します。特に降谷君が。
最近家に迎えに来る時もバイト行くときも…更には学校の移動教室でも手を繋ぐようになりました…。あれれ?なんか子供扱いされてる?年甲斐もなくボロボロと泣いちゃったからかな?でもあれは不可抗力で風のせいです!!風が砂を巻き上がらせたからですから!
学校も終わり降谷君と喫茶店レコードに向かう中、心の中で一人、誰にも言わず抗議していると。考え込んでいて少し歩みが遅れていたのか手を繋いでいた降谷君が私の隣で歩みをピタッと止めた。そして私の前に回り込んだ降谷君は私と繋いでいた手を引っ張って私はその勢いで降谷君の腕の中に飛び込んでしまいました。はぇ?
「笹山?どうした」
繋いだ手はそのままで、手を繋いでいる手とは反対の手で頬を優しく撫でられる。くすぐったい…。
「ううん。何でもないよ?いつの間にか降谷君と手を繋ぐのが普通になってきたなーって思っただけです」
「…嫌だったか?」
そう言って少し不安そうに上目遣いで私の方を見やる降谷君…テライケメンッ!頬っぺたが熱いッ。
「…嫌じゃない…です」
「良かった」
嬉しそうに笑顔を溢す降谷君に胸が苦しい。何だか気づきたいような気づきたくないような…。
まだこのままで居たくて私はそっと名前がまだないこの胸の高鳴る思いに蓋をした。
笹山桜
目に砂が入ってそのせいで泣いたことを訂正していないし皆が勘違いしてることに気づいていない。その後から皆が特に降谷君が過保護になって戸惑っている。何でかな?何かしたっけ?この度自分の思いに蓋をした。まだ気づきたくない…。
降谷零
この度目を離した隙に笹山が中学の過激派に呼び出されて俺が目を離したからッ!と自分にも怒っていた。この後笹山を上手く丸め込んで、日常的に手を握れる所までになった。人が居ないときは恋人繋ぎにしている。ちゃっかりさん。
|
<br /><br />短いです。
|
美味しい美味しい魔法の手と女の子のその後
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10155774#1
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※キャプション必読
※夢主は【華宮姫香】で名前固定
※二次元キャラはオリジナル
※n番煎じネタ
読んだ後の苦情は受け付けておりません。ご理解した上でお願い致します。
[newpage]
『はう…レイさん好き…結婚したい』
「……………あの」
『はい?』
「他に…好きなキャラは居ないんですか?」
『居ますよ。居ますけど私の推しはレイさんだけです』
「………そうなんですか」
どうしてこうなった。
事の始まりはそう、安室がポアロで勤め始めてから初めて彼女が来店した時だった。
「姫香さん!新しくバイトの方が入ったんですよ」
「安室透です。よろしくお願いしますね」
にっこりと爽やかに人当たりの良い笑顔で。だが、彼女の反応は安室の予想を遥かに上回るものだった。
『あー、はい、よろしくお願いします』
「もう!姫香さんったら、相変わらずですね〜。これでも安室さん、女性に大人気なんですよ?イケメンだと思いません?」
『三次元、ダメ、絶対!推し、二次元、イケメン!』
「安室さんでもダメですか〜」
「あの…話が全く見えないのですが…?」
安室は混乱した。塩対応された挙句にイケメンを拒否られた。
イケメンを、拒否られた(大事な事なので二回言った)
「姫香さん、二次元にしか興味がないんですよ」
「……それはつまり、」
『三次元には興味がありません。なので、三次元のイケメンにも興味がありません。でも安室さんはイケメンだと思いますよ。まる。』
「安室さんすごい!姫香さんからイケメンと認められました!」
「え…すごいんですか…それ…」
「姫香さんが二次元以外でイケメンって言うのは滅多にないんですよ〜」
『いや世間一般的にイケメンって事だからね?私にとってのイケメン基準はレイさんだからね?』
「は、」
一瞬、心臓が凍りついた。レイさんってどのレイさんだ?俺でない事は確かだ。
「あの、レイさん、とは、」
『私が全身全霊を懸けて推している推しキャラです。誰にも彼には勝てない。愛してるっ!!!』
「そう、なんですか……」
こうして、本名が零という男と二次元のレイをこよなく愛す彼女は出会ってしまったのである。
* * *
華宮姫香は所謂常連客で、休日になるとほとんどの割合でポアロへやって来る。歳が近いせいか梓とも仲が良く、安室もすぐに馴染む事が出来た。
その日もいつものようにポアロへやって来て、梓と談笑していた。店が混む時間になると店内は騒がしくなり、客足がまばらになった頃に静かな事に気が付いた。
「……おや?」
どおりで静かだと思ったら彼女はテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。
「姫香さん寝ちゃったんですか?徹夜でイベント走った〜って言ってましたもんねぇ」
「………なるほど」
だいたい華宮姫香と言う人間が分かってきた。彼女は推しキャラの為なら時間でさえ惜しみなく使う。
だが如何せんこのまま此処に寝かせておくのは良くない。
「仕方ないですね…バックヤードに連れていきます。少なくとも此処で寝ているよりはいいでしょうし」
「そうですね。じゃあ安室さんお願いしてもいいですか?」
「いいですよ」
バックヤードへ連れていこうと彼女を抱きかかえた。彼女の身体はまるで羽根でも生えているのではないかと思う程軽かったのである。
「(随分軽いな……ちゃんと食べているのか?)」
自分よりは年下だが彼女だってもういい大人だ。それくらいの自己管理くらいは出来るはずだろう。
悶々としながらもバックヤードのソファへ寝かせた。
そっと降ろすともぞもぞと彼女は起き上がった。しまった、と思ったのだが、彼女の瞳はまどろんでいた。
『ふわ〜…レイさんだ〜……』
「え、」
首に回された腕を引き寄せて唇に柔らかい感触。
触れたのは一瞬だったのに彼にとっては長く感じた。
『ふふっ……夢みたぁい……』
「…………あ」
寝惚けていたのだろう彼女はまた夢の世界へ旅立っていった。申し訳程度に上から掛けてやり、呆然としながらホールへ戻った。
「(何だ?今何が起こった?彼女と何をした?)」
「安室さんありがとうございます〜。どうしたんですか?顔赤いですよ?」
「え!?あ、いや、なんでも、ありませんよ」
梓に言われて初めて自分が顔を赤くしていた事に気付いた。
キスした事もそうだが、いつも横から見ていた彼女の恋している顔を初めて正面から見たのだ。
「(彼女はあんな顔で俺の名前を呼んで、俺じゃない奴を見ていたのか)」
腹立たしい。現実には存在しない奴なのにあんなに彼女に想われている────
そこまで考えて降谷はハッした。
「(俺は今、嫉妬、したのか?)」
───羨ましい。
誰が?
───彼女に想われているアイツが。
何故?
───アイツじゃなくて、俺を、"降谷零"を見てほしい。
降谷零はいつの間にか彼女────華宮姫香に惹かれ始めていた。
[newpage]
『…………はっ!!!レイさんはっ!!?』
ってあれ?ここは何処??
ポアロに来てイベントの余韻に浸っていたのは覚えている。最後の記憶は確か……もしやポアロで寝落ちした?
部屋の向こうから賑やかな声が聞こえてくる。やはりポアロのバックヤードで間違いないらしい。
『(レイさんとキスする夢見れるなんて最高じゃまいか……でもなんでだろう……唇に感触が残ってる気が……)』
むにむにと唇を触ってみる。あんな夢を見てしまったからかもしれない。
ついでにバッチリ目も覚めてしまったし、ソファから起き上がりホールへと顔を出した。
「あ!姫香さん起きたんですね!」
『梓ちゃん…寝落ちするなんて面目ない…』
「姫香さん、起きたんですか?」
『あ…安室さ、』
ん、と言い終わる前に目の前がグラリと揺れた。
これ倒れるフラグじゃね?やがて襲うであろう衝撃に覚悟もせず呑気にそんな事を思った。
「…っ、大丈夫ですか…?」
『………うん?』
痛みはやってこなかった。その代わり、安室に身体を支えられていた。見た目よりもガッシリとした男らしい身体付きで────
どっきゅんっ
『(んなっ…!?)』
「姫香さん?」
『あ、りがとう、ゴザイマス』
「怪我しなくて良かったです。起きたばかりなんですから大人しくしていてくださいね」
『ひぇ…』
そのまま安室に抱えられてカウンター席へ座らされてしまった。混んでいなくてよかった。こんなのJKに見られていたら炎上確実だ。こう見えて割と豆腐メンタルだから止めてほしい。
「はい!お目覚めのコーヒーをどうぞ!」
『マイスウィートエンジェル梓ちゃん…』
「もー!姫香さんったら!」
梓ちゃんとキャッキャウフフ楽しい。安室を横目でチラリと盗み見る。見た目はチャラくてナンパ男っぽい。それに反して身体は男らしくて───
『のわぁっ!!』
「姫香さん!?」
『(ギャップがハンパない!なにあれなにあれ!!いやでも!私が好きなタイプはレイさんだし!!!)』
「だ、大丈夫ですか?」
『…………』
「どうしました?」
「安室さん、姫香さんが………」
『ダメだ。レイさんに貢ぎに行ってくる』
レイさん、と言った瞬間に安室は不服そうな顔をしたがすぐに表情を戻して、「そうですか。またいらしてくださいね 」と見送ってくれた。
それから姫香は何度かポアロへ足を運んだ。 だが安室との関係が変わったかと言えばこれと言った進展はほぼ無いに等しい。
ここで冒頭へ戻る。
相も変わらず彼女の推しは"レイさん"のままだ。
ただ、彼も大人しく日々を過ごしていたワケではない。彼女の推し、"レイさん"について徹底的に調べまくった。
───
大和 レイ(29)【俺様タイプ】
警視庁公安部所属。世界的組織に潜入捜査中。
主人公が組織と関わりがあるのではと疑惑を持ちハニートラップを仕掛けるも、主人公に惹かれていく。
───
大和レイは外見は違うも、どことなく降谷に似ていた。むしろ自分がモデルではないかと一瞬疑ってしまった。
しかしこの【大和レイ】を見る限り"安室透"は彼女の好みではないし、"降谷零"を好きになってほしい。
そしてもちろん彼女の事も調査済だ。彼女は華宮グループという割といい所のお嬢様だった。それがいつからか二次元にしか興味がなくなり、自分の稼いだお金で推しに貢ぎたいと理由で一般企業に就職していた。両親は早く結婚してほしいと幾度となくお見合いを勧めているようだが、なかなか良い縁談に恵まれていないというのが現状だった。
「(お見合い……これは使えるじゃないか?)」
警察関係者としてのお見合いなら回りくどい事をせずに"降谷零"として彼女に会う事が出来る。そしてそのお見合い計画は姫香の知らない所で水面下で進行中であった。
早くその恋情が宿る瞳で見つめてほしい。
安室はほんの少しだけ上機嫌になった。
一方で姫香は安室を盗み見ては胸を高鳴らせていた。
『(いやいや安室さんは全然タイプじゃないしそもそも三次元はノーサンキューだし!!)』
安室のような優男ではなく、【大和レイ】のような俺様タイプが好きなのだ。
『(これでもし安室さんが俺様タイプだったら……やっべぇありかも…)』
いやでも安室さんはそんなタイプじゃないし、と悶々しながらしばらく頭を抱えていた。この直後、彼女にお見合いの知らせが入った。
[newpage]
お見合い当日。
姫香はすこぶる機嫌が悪かった。相手の情報は警察関係者、とだけ教えられ、写真を見る気にもならない。
それもどうやら相手側からのご指名らしく、顔合わせだけでもと両親に強制連行。お嬢様っぽいパステルピンクのワンピースを着せられてあっという間に"華宮グループのお嬢様"の出来上がり。
今までのお見合い相手は姫香自身ではなく、華宮グループという肩書きが目当ての男性ばかりだった。今回の相手も警察関係者と言えど恐らくその類だろうと推察する。顔を合わせてお断りしてそれで終わり。いつもと同じようにする、はずだったのに。
「初めまして。降谷零です」
お見合い相手はいつも行く喫茶店にいる人物と同じ顔をしていた。
* * *
母親に二人でお話ししてきないさい、と促され拒否できるはずもなく降谷と庭を歩く事にした。
「急にお見合いなんて驚きましたよね。すみません」
『えーっと……安室さん…ですよね…?』
「はい、安室透です」
『本物だった…!!』
「本物じゃなかったら?」
『生き別れの双子の弟説が最有力候補でしたね』
「ははっ。そういう姫香さんもいつもと違うので別人かと思いましたよ」
『これはお見合い用ですよ〜。ポアロに行く時のが通常運転です』
「どちらかと言うとお嬢様よりもいつもの貴女の方が好きですね」
『ひぇっ……安室さん大丈夫ですか?眼科行く?』
「視力はめちゃくちゃいいので大丈夫です。それより………安室じゃなくて、零って呼んでください」
『え?』
そういえば、安室透と降谷零、どっちが本当の彼なんだろうか。あとよく考えたらレイさんと同じ名前じゃないか。なんてこった。
「詳しくは言えませんが、安室透は潜入捜査の為の偽名なんです。本名は降谷零の方なんです」
『う……でも名前はちょっと…降谷さん、じゃダメですか?』
「………推しと同じ名前だから?」
『(バレてるやん)』
「貴女がレイさんと呼ぶ度に自分が呼ばれている気がしていました」
『ふ、降谷さん?』
「それなのに貴女が見ているのは僕じゃない」
これ何フラグ?安室さん、じゃなくて降谷さん、急にどうしたの!?誰が教えてヘルプミー!!
「"安室透"がタイプじゃないのも知ってる。だから"降谷零"として君に会いたかった」
『いや、でも、私が好きなのはレイさんのような…』
「"安室透"は偽物だ」
いつの間にか壁際に追い込まれらしい。逃げ場を無くした身体はとうとう壁と密着してしまった。
とん、と壁に手を着いた降谷は彼女を見下ろした。俗にいう壁ドンである。
「悪いが俺の本性はこっちなんだ。安室のような優男でなくてすまない」
『え、あ、』
安室のようなさわかな笑顔ではなく、大人の色気を醸し出すニヒルな笑み。同じ顔でもこんなに違うものなのか?
「そういえばアイツのセリフにもあったな……"君のその声で、俺の、俺だけの名前を呼んでくれ"」
『ひゃわぁぁっ』
まさかの大和レイのセリフを、ダイレクトに耳元で囁かれた。幸せすぎて耳が死にそうである。
『なんで知って…!?』
「そりゃあ二次元といえどライバルだからな。調べまくったに決まってる。お望みならもっと言ってやろうか?」
『いいです!遠慮します!!』
というか目の前の人物は本当に安室と同一人物なのだろうか。性格が違いすぎる。しかも俺って言ってる。僕じゃなくて、俺。安室さんと降谷さんのギャップがありすぎる。
「じゃあ呼べるよな?俺の名前」
『あう……』
胸がトキメキすぎてやばたにえん。私の好きなタイプが完ペキにバレている。しかもなに?こっちが素なの?どストライクすぎてやばたにえん通り越してやばたにえん(語弊力)
「あんな奴じゃなくて俺を見てくれ」
これなんて乙女ゲーム??
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やらかしました。自分でこんなのが読みたいなぁと思ったが最後。<br />Twitterでネタだけ投下したやつに物凄い量を加筆。<br />こんなんされたら惚れてまうやろ……。<br /><br />※安室透フラグ?<br />※いいえ降谷零フラグです<br />※ギャップ<br />※ギャップ(大事な事なので2回)<br />※夢主は名前固定<br />※降谷零は俺様タイプ<br />※安室透は優男タイプ<br />※注意事項が多すぎる
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降谷零は二次元好きの彼女を振り向かせたい
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10155937#1
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「白石、コーヒーくれ」
ふらりと現れて、こちらを見ることもなく流れるようにソファへと腰を下ろす藍沢先生を、わたしは自分の席からただ呆然と目で追うことしかできなかった。
数秒そのまま藍沢先生を眺めて。
「えっ。それだけ?」
「ああ。医局のコーヒーメーカーが壊れた」
「それで[[rb:救命 > ここ]]まで?」
「ああ」
「わざわざ?」
「ああ」
「……脳外科の医局からここに来るまで自販機三台くらいあったと思うけど?」
「ホットがなかった」
「うそ? この前はあったよ?」
「なかった」
「えぇー」
「なんだ。俺がコーヒー飲みに来るのがそんなにだめなのか」
「いや、だめじゃないけど……」
別にだめじゃない。だめじゃないけど、そんな人いる?
医局での打合せ時にはコーヒーを飲みながらなんてこともよくあるし、何か用事があってやって来た彼の顔に疲労が見えて、少しでも休憩になればとコーヒーを差し出すこともある。
だけど他科の医局に来て開口一番「コーヒーくれ」なんて。そんな人見たことないし、なんだか藍沢先生のキャラには似合わない。
そう。これが藤川先生や緋山先生なら違和感ないのよ。親しい人がいれば他科の医局だろうと堂々とくつろぐ二人。うん、納得。
自分の想像に、ふふ、と笑ってしまったところで「白石?」と声がかかった。いけない。藍沢先生の存在を忘れかけてた。
そう、コーヒーね、コーヒー。
それだけのために来たっていう藍沢先生にはまだ納得しきれていないけど、まあ別に出し惜しみするほどのものじゃないし。
「ご自由にどうぞ? カップもホルダーもそこにあるから」
「淹れてくれないのか」
「はい?」
「だから、淹れてくれないのかって言ってるんだ」
わたしの問い返しが、自分の声が聞こえなかったと思ったらしい藍沢先生は少し声を大きくして繰り返した。
「聞こえてます!わたしが言いたいのはそういうことじゃなくて、」
「じゃあなんだ」
「なんでわたしが淹れないといけないのってこと。藍沢先生の方が近いし、それぐらい自分でできるでしょ?」
「ずうずうしいと思われるだろ」
「はい?」
「だから、ずうずうしいと──」
「もう!だから聞こえてるってば!」
また勘違いしたのか声を大きくして繰り返す藍沢先生。もどかしくてそんな彼の言葉をさえぎれば、
「ふっ」
笑われた。わざとだったんだ全部。なによ、ばかにして。まんまと彼の手のひらで踊らされて、面白くないし我ながら単純で情けない。
そんなことを考えていたら藍沢先生がさっきの問いに答えをくれた。
「他科の医局で勝手にコーヒー飲んでたら、ずうずうしいやつだと思われるだろ」
「……もう充分ずうずうしいんですけど」
「おまえ、口悪くなったな」
「誰かさんの影響じゃない?」
「ああ。緋山か」
「もう!藍沢先生って意味です!」
「ふっ」
ああもう。完全に藍沢先生のペースだ。落ち着けわたし。冷静に。冷静に。
「ここにはわたしとあなたしかいないんだから、誰の目も気にする必要ないでしょ?コーヒーでもなんでも遠慮なくどうぞ」
「外から見えるだろ」
確かに廊下との仕切りはガラス張り。見ようと思えばいくらでも中の様子を見ることが出来る。だけど廊下から他科の医局を覗く人間なんてそうはいない。というより、そもそも。
「あなた、人からどう見られるかなんて気にする人じゃないじゃない」
「今はそうでもない」
「そうなんだ」
「白石」
「うん?」
「コーヒー」
わたしはあなたの部下でもなければ奥さんでもないのよ!……と言いたかったけれど。もういいや。コーヒーひとつ淹れて満足してくれるならさっさと済ませて仕事に戻ろう。藍沢先生のせいでさっきからすっかり手が止まってる。これ以上貴重な時間を無駄にしたくない。
諦めて席を立ち、コーヒーメーカーからカップに注いだコーヒーをソファで待つ藍沢先生の前に差し出した。
「はいどうぞ」
「さんきゅ」
ひとくちコーヒーを飲んで、途端に藍沢先生の表情が和らぐ。
ああ、結構お疲れだったのかも。コーヒーひとつでそんなに喜んでくれるなら早く淹れてあげればよかった。
少しの後悔を胸に席に戻ろうとした。できなかった。手首を掴まれた。
「藍沢先生? どうしたの?」
「おまえも飲め」
「え?」
「コーヒー。一緒に飲め」
「なんで?」
「自慢の学習能力はどうした。何度も同じこと言わせるなよ。他科で一人でくつろいで、ずうずうしい人間に見られたくない」
だからわたしも付き合えって? あなたの世間体のために?
前言撤回。甘やかすんじゃなかった。
「あのね、藍沢先生。ご存じないかもしれませんけど、わたしこの春からスタッフリーダーになったの。書類仕事も増えてゆっくりコーヒー飲んでる暇なんてないのよ。だから離して?」
「おまえがスタッフリーダーに決まったのなんて去年の夏から知ってる」
「そうよ去年の夏には決まって──、え? 去年の夏? ……わたしが橘先生から打診されたの去年の秋なのに。なんであなたが先に知ってるのよ」
「さあな」
「ねえ、なんで?」
「俺に聞くな」
「もう! とにかく! わたしは忙しいの! はーなーしーてー!」
掴まれた腕を振りほどこうとしても藍沢先生の手はちっとも緩んでくれない。離しはしないくせに痛みを感じさせない絶妙な力加減がまた悔しい。
ちらりとテーブルの上を見る。最初のひとくち以降放置されたコーヒー。わたしが付き合うまで飲む気がないという意思表示か……。
「藍沢先生、はなして?」
「……」
「わたしの分コーヒー淹れてくるから」
「……」
わたしの言葉を疑ってか、しばらく無言で見上げられたけれど。掴まれた腕を軽く揺すって、ね? と笑い返せばやっと手を離してくれた。
自分用のマグにコーヒーを淹れて戻る。彼とは直角の位置に腰を下ろすと、ようやく彼も飲みかけのコーヒーへと手を伸ばした。自分の思い通りになって満足そうに口をつけるけれど。
「ねえ。それだいぶ冷めちゃったんじゃない?淹れ直そうか?」
「ふっ」
「今度はなに?」
「相変わらずお人好しだな」
「……口は悪くなったみたいですけどね」
「……誰のせいだろうな」
「ふふ」
ぽつりぽつりと会話をして。お互いにコーヒーが飲み終わると藍沢先生は脳外科へと戻って行った。
それで終わりだと思っていたのに。その日彼はコーヒーを飲むために何度も現れて。その度にわたしも付き合わされて。あまりに何度もやってくるから心配になってしまった。
「そんなに向こう抜けてきて大丈夫なの?」
「問題ない」
「そうなの? 脳外科って結構自由なんだね」
「いや、そういうわけじゃない。今日はおまえと一緒だから自由にできるだけだ」
「わたしと一緒? 何が?」
「休日出勤」
「わたしと、いっしょ?」
「ああ」
「なんで知ってるの」
「……情報屋がいるんだ」
「情報屋って。それただの、めがねの小っちゃいおしゃべりなおじさんでしょ」
「やっぱり口悪くなったな」
「藍沢先生の足元にも及びませんけどね」
もう。藤川先生ってば。個人情報漏洩で訴えてやる。
「ねえ。いくら自由にできるとは言っても、やっぱり何回も行き来するの大変じゃない?サーバー二つあるし、サーバーにたっぷり淹れて脳外科に持っていったら?」
「冷めるだろ」
「レンジあるでしょ」
「煮詰まる」
「コーヒーメーカーに置いてあるのも煮詰まってるようなものでしょ」
「……脳外からここに来るまで階段使えばいい運動になるし、うまいコーヒーも飲める。いいことだらけだから心配するな」
「ふぅん。…………階段使って来てたの?」
「……エレベーター」
ぼそっとつぶやかれた言葉。きまり悪そうにする藍沢先生がおかしくて思わず笑ってしまった。
「ふふふっ。なによそれ。全然、運動に、なってないじゃないっ。あはは」
「笑いすぎだろ」
だって。あの藍沢先生がそんな無意味な嘘つくなんて。意味が分からなすぎて面白い。そのちょっと照れた顔も。だけどこれ以上笑ったら本当に不機嫌になりそうだからそろそろ抑えてあげる。ああ、でも。しばらく思い出してそっと笑うくらいは許してね。
「白石、コーヒー……」
それは何度目のコーヒータイムだったのか。正確な回数はわからない。だけどたぶん両手では足りなくなって数回目。それまでと同じく流れるようにソファへと座ろうとした藍沢先生は、座る直前でその動きを止めた。
「えへへ。びっくりした? お先に頂いてます」
今日の彼の定位置となっていた場所にわたしがいたから。
「そろそろ来る頃かなぁと思って。今淹れたばっかりだから冷めてないよ」
今日のわたしの定位置だった場所を指さした。そこにあるのは彼の分のコーヒー。ゆらゆらと立ち昇る湯気がわたしの言葉を証明している。藍沢先生はわたしの指さした方へ移動してカップを手に取るとそのままソファに座る……ことはなく、わたしの隣へと腰をおろした。わたしの右側でコーヒーを愉しむ端正な横顔。
「なんでせまい方に来るの?」
「こっちの方が座り心地がいい」
「え、そう?」
そんな風に思ったことはなくて、ソファの上で軽く弾んでみる。
「やめろ。揺れる。こぼれる」
「ごめんごめん」
それからしばし無言のコーヒータイム。
「……おどろいた」
「え?」
「おまえが先に座ってて」
「ああ」
唐突に話が戻った。
「おまえが先に休憩してるとは思わなかった」
「さっきも言ったけど、そろそろ藍沢先生来る頃だと思って」
「仕事はもういいのか」
「うん。今日やりたかったところまでは終わったから」
「そうか」
「予定より随分早く終わったわ。藍沢先生のおかげね」
お、珍しい。笑顔。
「おまえは根詰めすぎるんだ。休憩しながらの方がはかどr──」
「もうー!最初はね、」
「……」
「仕事の腰を折られて、それはもうイライラしてたんだけど、」
あれ。眉間にしわできちゃった。なんで?
「そのうち、藍沢先生が次に来るまでにここまでは終わらせてやる!って目標立ててたらこれが意外と集中できて、」
「……」
「気がついたらね? 仕事は進むし、いつもより休憩時間はとれるし。わたしの方がいいことだらけだったみたい」
「そうか」
あ、笑顔に戻った。よくわかんないけど良かった良かった。
「だからこれ飲んだら今日は帰るつもりなんだけど。どうする? やっぱりサーバーで持ってく?」
「いや。俺ももう帰るから必要ない」
「そうなんだ」
「ああ」
──無事に(白石をかまう)理由ができました。
end
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お待たせしました。無自覚いちゃいちゃ第二弾!と言いたいところですが、やっぱりじゃれ合い止まりな感じです。<br /><br />前作『今日の理由は?』(→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9740650">novel/9740650</a></strong>)が予想以上にご好評いただいたので、一応シリーズ化を予定していたのですが更新が今頃に……。続きものではないですが、同じ空気感のつもりで書きました。<br />特別決めたわけではないけど時系列的には前作より前かな?<br />2nd~3rdのどこかの二人。<br />本人たちはまったく意識してないけど、廊下から目撃した人たちに「またいちゃいちゃしやがって」と思われてるといい。<br /><br />いつもお読み頂きありがとうございます。<br />例によってほとんど会話文です。軽い気持ちでお読みください。<br />お暇つぶしにでもなれば幸いです。
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これで今日も、
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10156656#1
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斜陽が生徒会室を照らし出す頃。俺たちは未だに生徒会室から出られないでいた。
「ちゃんと整理してないからこんなことになってんだぞ」
「いやー、わたし気が進まないとできないタイプでして」
チロっと舌を出して答えているのは一色いろは、俺の後輩兼生徒会長である。訳あって仕事を手伝っている。特徴はあざといこととあざといところ。
「はいはい、そういう仕草はやめといた方がいいぞ」
「どうしたんですか先輩?わたしの可愛さにやっと気づきましたか?可愛さに堪えきれないからそういうこと言ってるんですか??もちろんわたしとしては先輩に可愛いと思ってもらえて嬉しいことこの上ないですけど、そういうことはしっかりと伝えて欲しいなって思うのでもう1回言い直してください!」
毎度の事ながらよく噛まずにそれだけ言い切れるよな。聞き取れないから噛んでるかどうかわかんないんだけどね。
「ちげーよ、そんなことしてると変な奴に絡まれたりするからな。あんまりやりすぎると癖になっちまうぞ」
「ほう、先輩の癖に心配とかいい度胸してますね」
「ん?」
「私がそんなことを誰彼構わずやってると思ったら大間違いですよ?」
「誰に対しても似たようなことしてると思ってたわ」
「こうなったら度胸比べをするしかないですね」
「どうなってもそんなことをする必要は無いよな?」
さすがに無理がありすぎませんか。そんな手にはのらないぞ?
「やだなー、先輩冗談じゃないですか。で、やりますかそれともやりますか??」
「もし仮に万が一やるとしてもこの仕事が終わってからだな」
「そうですか、そうですか。生徒会長権限で今から開催しますね!」
「待て待て待て、意味がわからないんですけど?」
「参加しないなら先輩の負けですけどいいんですか?」
「いいよ、俺の負「そうですか、参加しますか!」」
やだこの子話聞いてくれない。ふんすと気合が入っている一色を見て悟る。無理だわ逃がしてくれないわ。……仕方ないので勝負にのる。不本意な参加といえど、身勝手な一色に一泡吹かせてやるくらい構わんだろう。
「で、度胸比べって何をするんだ?」
「お、やる気になってくれましたか!そうですね………『愛してるゲーム』にしますか」
「……不吉な名前してんなそれ」
「ルールは簡単。お互いに『愛してるよ』と言い合って照れた方の負けです。」
「………。」
「先輩は先行後攻どっちがいいですか?」
「…………。」
「希望がないなら私が先に言いますよ。」
「ちょちょちょっと待って、ほんとにやるの!?誰かに聞かれたりしたらどうするんだよ。お前の学生生活大変なことになるぞ?」
「まあ、聞かれたら聞かれたでそれはいいんですけど………。そ、それはそれとしてやりますよ!先輩、武士に二言はありませんから」
武士になった覚えはねえよ……。はぁ、サクッと終わらせて早く帰ろ。『愛してる』なんてただの言葉、ただの音。そんなものに照れる必要なんて皆無だし。
一色は大きく深呼吸をして、覚悟を決めたように口を開く。
「ふう、いきますよ。……………先輩、……愛してます」
………。
…………はぁ。
1度落ち着いて深呼吸をする。
………ずるい、ずるいなあ一色さん!先輩とかつけちゃダメでしょう!?なんか告白みたいになってるし、意味は無いと思うけど赤面するのやめてくれない!?勘違いしそうになるから!!
叫びたいのをぐっと堪えて心の中に抑え込む。言葉に意味なんて無いと言い聞かせても胸の中では180bpm。
「つ、次は先輩の番ですよ!早くしてください!」
「………ちょっとだけ待って」
「先輩、まさか照れてるんですか」
「そ、そうだ!俺の負けだ!よし帰ろう、すぐ帰ろう!!」
「次私が照れたらドローってことにしてあげますから。だから、早く言ってください」
帰ろうとした俺の手を掴んで引き止める。逃がさないという意志をふつふつと感じる。
「………手、離してくれたら言うから」
「ダメです、先輩逃げちゃうかもしれないですから」
「そんなことするわけ無いだろ」
「というか手を繋いでても関係ないじゃないですか!ただ一言いえばいいだけですし!」
「それはまあそうだが……」
ほら早くー、と催促がかかる。意味は無いとはいえ多少なりともプレッシャーは感じるのだ。そういう事情は察してほしい。なんとか呼吸を落ち着けて一色を見つめる。
「その、なんだ、愛してるぞ、いろは」
しまった、と後悔して目を逸らす。少しばかりの軽率さとプレッシャー、悪戯心が自覚も無しに一色の呼び方を変えていた。
馬鹿にされるんだろうなと思いながら一色の方を見る。ニヤニヤ顔かと思いきやそこにいるのは真っ赤な顔をした後輩だった。大きく見開いた目は何かを訴えるようで、口をわなわなと動かしている。
「照れてるんじゃないのか?」
自分の気恥しさを隠すために軽い口調で問うてみる。
「………………っ」
一色の辛うじて出した声は音にならず部屋の中に染みていく。一色は俯いて、鼓動を測るように空いている手を胸に当てる。たっぷり数十秒経ってぽつりと呟く。
「ええ、照れてます」
「じゃあ引き分けだな」
「……そうなりますね」
ふう、と大きめの呼吸をして一色はこちらの方を見る。
「決着はまたにしましょう。さすがにこれ以上は心臓が持ちません」
「またやるのかよ……」
「勝ち負けついてないのは心苦しいですし、先輩もそういうの嫌でしたよね?」
「俺はそんなの気にしないんだけど」
「じゃあ、これは私からの命令です」
「生徒会長権限ってやつか?」
ここで一色は少し首を傾げて考えるふりをする。
「………いえ、命令は撤回します。私からの提案ってことにしましょう」
どうですか、と微笑んでいる。俺の意思を尊重しているように見せて試してきている。『あなたは私と続きをしたいか』と暗に聞かれている。
本当にどこまでもあざとい後輩である。こんな事だから心配になってしまうのだ。
「………わかった、その提案を飲んでやる」
そう、俺が後輩の防波堤となってやるだけである。本当にそれだけ、他意は無い、たぶん。
「……良かった、です」
それだけ言うと少しだけ握る手の力を強くして、そしてすぐに手を離される。
「もう帰る時間になっちゃいました。先輩に手伝って貰ったおかげで今日の用事は大方終わってますし、一緒に帰りましょう」
帰る準備はものの数分で終わった。忘れ物が無いか見て回ってから部屋の鍵を閉める。俺は一足先に自転車置き場へ向かっておく。平塚先生に鍵を返すから先に行っててください、とは一色の台詞である。
自転車置き場に着いた俺は特にすることも無いわけで、それはつまりさっきのことを容易く思い出してしまうということになる。なんで『いろは』なんて呼んでしまったのだろう。今でもその理由は分からないが思い出すだけで恥ずかしくなる。
「またアレしないといけないんだよなあ……」
忘れてくれたらほんとにいいんだけどな。まあ多分、一色はそういうイベントはしっかり覚えているから望み薄だろう。なんとなく底の見えない沼に突っ込んだ気分である。
「つーか、一色のやつ遅くないか」
かれこれ別れて10分は経った。職員室に寄るだけだからそんなに時間はかからないはずなんだが。探しに行ってすれ違うのも嫌だし、動かなければいつか来るのならば動かないのが正解だろう。
そう思って入口に目をやると一色がいた。なんだよいるじゃんか。声をかけてくれればいいのに。
「遅かったな、何してたんだ?」
「秘密です、乙女の秘密です」
「うし、じゃあ帰るか」
「え、先輩気にならないんですか?」
「何がだよ」
「乙女の秘密ですよ。ひ・み・つ」
「どうせ教えてくれないだろうし、そもそもそんなに興味なかったわー」
「はー、ほんっとにそういうとこですよ」
二人並んで校門をくぐると、一色を後ろに乗せて二人乗りをする。話すことも特になく夕日の中を自転車で進んで行く。いつもの場所で一色を見送ってから風を切って走る。目の前には綺麗な夕日が真っ赤に燃えている。
今日は夕焼けが綺麗でよかったな、なんて思いながら家路についた。
[newpage]
生徒会室を出てから、先輩が見えなくなるのを確認したら廊下の壁にもたれかかってしまった。どうしようもなく顔が腑抜けてしまって、筋肉がなくなったんじゃないかって思えるくらいには足腰に力が入らなくなって。誰かに見られたら心配されてしまいそうな程に、わたしは弱ってしまった。
「名前で呼ぶのはずるいですよ」
苦情を呈したところで胸の痛みは変わらない。頬の熱も治まらない。
多少は意識してくれただろうか。もしそうなら身を削った甲斐はあったと思う。なんてったってあの先輩が約束をしてくれたのだ。それでも、
一抹の不安は残る。
彼の所属する奉仕部には美人の先輩が2人も居る。しかもわたしより先輩との付き合いが長いと来た。
「まあ、どうにかするしかないんだけど」
今日だって、少し強引だったけど2人の時間は作れたし。作れたと言ってもこんな有様だけど。
「……そろそろ行こうかな」
先輩をあまり待たせるわけには行かないのだ。少し力を入れて体を起こしとりあえず職員室に向かった。
「愛してますよ、センパイ」
何故か口は動いていた。
憧れの先輩の背中を感じながら通り抜ける風に流されそうな声でわたしは呟いた。届いて欲しいような、届いちゃいけないようなそんな気持ちで。
自分の言葉が自分の耳に届いてわたしは酷く後悔する。こんなに身体が熱くなるなんて思いもしなかった。
慌てて先輩の顔を確認しても真っ赤に照らされる頬しか見えない。1人でドキドキして、本当に困ってしまう。何かいい話題を出そうとしても焦って何も出てこない。
結局あの後特に何も起こらず、別れる時もいつも通りだったから聞こえてなかったんだと思う、たぶん。最後の最後まで私の頬は赤いままだったけど。
………本当に、夕日がなかったら別れる時にバレてたかもしれない。
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リハビリがてら1000文字SSを書こうとしたらこんなことになってしまってました。本当なんです、信じてください。
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『愛してるゲーム』って知ってますか?
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10156683#1
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踏めば柔らかそうな雲海がゆっくりと足元を流れて行く。
バーナビーは思わず確かめるように足踏みをした。ヒーロースーツの踵が見えない硬質の床に当たってコツコツと音を立てる。分かってはいたが、少しがっかりした。そして、子供じみた真似をした自分に気づいて苦笑する。
その頬に冷たい物が押し当てられた。
「クロノスの新商品だとさ」
「……ありがとうございます」
マスクを上げて悪戯っぽく笑う虎徹からアイスティーを受け取り、バーナビーは目を細めた。降り注ぐ太陽の光が眩しい。
「雲の上は良い天気ですね。当たり前ですけど」
「下も雨は止んだんじゃないか? ほら」
虎徹が下を指差す。
雲に穴が開き、二人の足元に青が迫った。遥か下の海は群青色に煌いて、天と地が逆になったかのような錯覚に陥る。
「本当に凄いですね、ここが飛行機の中だとは思えない」
「うん、こりゃ間違いなく流行るな。俺も楓に見せてやりたいし」
「楓ちゃんは、スカイハイさんをコピーすれば自由に飛べるでしょう?」
「こんな高いとこ危ねーじゃん。まぁスカイハイは普通に飛んでたけどさ」
視線を上げると、キースが話していたスポンサーと別れてこちらへ来るところだった。
スカイハイが空の真ん中に居るのはいつもの光景で違和感は無い。違和感はバディを含めた周囲にあった。幾人もの老若男女が、宙に浮いて立っている。
「やぁ、楽しんでくれているかな?」
小首を傾げたキースに、虎徹は快活に笑った。
「おー、楽しんでる楽しんでる。すっげーな」
「虎徹さん、年甲斐も無く大はしゃぎでしたね」
「バニーちゃんこそ、さっき、雲の絨毯ふわふわしてそう、って足踏みしてたじゃんか」
見られてたか、と照れ隠しにアイスティーを呷るバーナビー。
キースは嬉しそうに「ありがとう」を繰り返した。楽しんでくれて、褒めてくれて。
遊覧飛行機『グラロス』はポセイドンラインを中心に七大企業が協力して実現させた、シュテルンビルトの新しい観光の目玉である。
乗員数は最大六十名と少ないが、『グラロス』は「展望室」と呼ばれる、上下左右三百六十度全て外の風景と同一化した円形の部屋を備えていた。
この技術はヒーロースーツの応用で、金属性のメット内から外を見るように、鋼鉄に覆われた機内から外を見ることを可能にしている。簡単に言えば外界の映像を内部に映しているのだが、技術の高さによって空の只中を生身で飛んでいるように感じることが出来た。
『グラロス』はアポロンメディアによる大々的な宣伝もあって市民の話題を総浚いにし、搭乗券は三時間の遊覧飛行に千シュテルンドルという高額にも関わらず、三年後まで予約済となっている。
ヒーロー達は今日、『グラロス』の初就航にホストとして搭乗していた。乗客は全て招待客で、各社スポンサーや政界、マスコミ関係者が多い。ヒーロー達はお偉方に向けて交代で余興をし、ゲストを楽しませるのが仕事だ。今はブルーローズが歌っている。
「お前はいつも、こんな綺麗なとこ飛んでんだなぁ」
しみじみと言う虎徹に、キースは小さく笑った。
「私が普段飛ぶ高度はもっと低いし、海上まではあまり来ないけどね。偶に無性に遠出したくなるよ。空はとても綺麗だ、とても」
すっと手を伸ばし、上空を指差す。
「今は昼間だけど、金星が見える。海上まで出ると夜は星空も綺麗だよ」
キースの指先に目を凝らすと、青い空の中、白い点が薄っすらと光っていた。
バーナビーは感心した。夜ですら星の見えないシュテルンビルトに生まれ育ち、まして昼間に星なんて見える訳が無いと思っていたが、見ようとしていなかっただけかもしれない。
「夜の海はただ黒々として陰鬱でしたが、沖まで行けば星が見えるんですね。……ヒーロースーツを着ていないと帰る方向が分からなくなりそうですが」
ぼんやりと呟いたバーナビーに、虎徹が目を丸くした。
「え、バニーちゃん生身で海を走ってくつもり?」
「……スカイハイさんみたいに飛べたら、って話です」
スーツを着ていても水上を走れる訳ではない。
呆れるバーナビーに、キースがサムズアップした。
「大丈夫、そして大丈夫だよ! 北極星が方向を教えてくれるから、スーツを着ていなくても迷わないんだ」
指針の星、導きの星。シュテルンビルトからでは視認が難しいが、夜を行くのに心強い星。
虎徹は微笑み、ひとつ頷いた。
「お前らしいな。おじさん好きだよ、そういうの」
軽くキースの腕を叩く。その横でバーナビーは難しい顔をした。
「僕は北極星の見つけ方がよく分からないんですよね。オリオン座くらいは分かりますが、あとはどう線を繋げば星座になるのか、何度聞いても曖昧で」
「実際に星を見ながら探せば分かりやすいよ? 今度見に」
「うわっ?」
突然、バーナビーとキースの間を銀色のものが横切った。それは見えない壁にぶつかって足元に落ち、円を描いて転がった。
バーナビーが足で止め、拾い上げる。
「これは、手裏剣ですかね?」
形はイワンが携帯しているものに似て、しかし紙のように薄く軽く、角も丸く整えられている。
そこへイワンが駆け寄ってきた。
「す、すみません。当たらなかったでござるか?」
ちらりと振り返る先で、やんちゃそうな男の子が舌を出し、部屋の外へと走って行った。
「悪餓鬼って感じだなー」
苦笑する虎徹に、イワンが項垂れる。
「スポンサーのお孫さんでござる。元気いっぱいで可愛いでござるが、拙者は舐められてるでござるよ」
「でも、手裏剣を投げるくらいにお前のファンなんだろ?」
「それは、手裏剣を模した拙者の新しい名刺にござる」
ほう、と三人はバーナビーの持つ金属片に視線を落とした。イワンが携帯電話を取り出し、上から翳すと、折紙サイクロンの公式ホームページに繋がった。
「二次元コードが彫りこまれているでござる。裏面だと場所によって違うスポンサー広告が立ち上がるでござるよ」
「おー、シャレてんな」
「素晴らしい、実に素晴らしいよ」
「軽いですね。材質は何ですか?」
「マグネシウム合金だとか」
意外な名刺にわいわいと盛り上がっていると、「こらーっ!!!」という大声と共に携帯が奪われた。
乱入者のパオリンが眉を吊り上げ、取り上げた携帯の電源を切る。
「機内で通信機器を使っちゃダメなんだよ! ボクなんて電撃禁止で、余興もカンフーの演舞しか出来なかったのに!」
めっ! と怒られ、虎徹が頬を掻く。
「いやー、俺らの余興のが酷いぞ。何だよ、ハンドレットタップダンスって……」
「僕のスタイリッシュな振り付けにケチをつける気ですか?」
「振り付け以前の問題だろアレ」
ハンドレットパワーを使った超高速の足裁きで、華麗なるタップダンスを……というコンセプトなのだが、超高速過ぎて下半身が霞み、音もドラムロールのようになる。しかも上半身はぶれず、顔はキメ顔なのだ。練習を見学した社員達は「何か凄いもの見た!」と言い合ったが、スタイリッシュにはほど遠い。
その舞台で見切れる予定のイワンが、まぁまぁ、と取り成す。
「今日の主役はスカイハイ殿でござるから」
トップバッターだったスカイハイは、展望室の観客達を風で少しだけ浮かせた。十センチに満たない高さでも、足の裏に固い床を感じなくなったことで完全に空を飛んでいる気分を味わえる。当たり前に大好評だ。
乗客達と同じく浮かせてもらったヒーロー達は、飛ぶ感覚を思い出してうっとりした。
「スカイハイのは楽しかったな、うん」
「気持ちよかったですね」
「ボクは本当に空中散歩に連れて行ってもらったことあるけど、今日のも違った感じで面白かったなぁ」
「ありがとう、そしてありがとう!」
口々に褒められ、キースはマスク越しでも笑顔だと分かる動作で礼を言った。
舞台ではブルーローズの歌が終わり、拍手が起きる。次はファイヤーエンブレムで、火気厳禁なので観客のファッションチェックをするらしい。
「ま、一番酷いのは牛か」
虎徹が呟く。パオリンが首を傾げた。
「バイソンさんは何やるの?」
高所恐怖症の気があるアントニオは展望室に入ることが出来なかったので、この場に居ない。
虎徹は笑い出しそうな、気の毒そうな、微妙な表情を浮かべた。
「カタパルト射出だよ。この飛行機の救命ボートとか投下する扉から、どーんと射出されんの。流石に今回はパラシュートが付くらしいけどな」
酷いどころの話ではなかった。今日はロックバイソン最後の日かもしれない。安全は保証されているだろうが、精神的に。
皆何を言って良いのか分からず黙り込んだその時、けたたましい警報が機内に鳴り響いた。
「……戦闘機?」
呆然と呟く虎徹に、アニエスは険しい顔で頷いた。
乗客達は皆席に戻り、救命胴衣や酸素ボンベを装着している。展望室にはメットを外したヒーロー達とアニエス、カメラマンのみが残っていた。
先刻までのゆっくりした速さでは無く、雲は飛ぶように流れて行く。
「一ヶ月ほど前、軍が秘密裏に開発していた新型戦闘機が何者かに奪取されたらしいの。それが、今まさにこの『グラロス』に向かって飛んで来てるわ。狙いは乗客の要人の誰かなのか、貴方達ヒーローなのか、『グラロス』そのものかは不明よ」
ヒーロー達は顔を見合わせた。
敵の狙い分かれば、打つ手はある。標的が『グラロス』なら全員で海上へ緊急脱出すればいい。『グラロス』が破壊されたら大損失だが、命には代えられない。標的が個人なら他の乗客を海上へ逃がせる。狙いがヒーローでも、ヒーローだけが海上へ降りれば『グラロス』も乗客も無事だ。
しかし、標的が分からなければ如何し様も無い。乗客だけでも避難させようにも、標的が乗客の中に居た場合は海上を狙い撃ちにされてしまう。『グラロス』には救命ボートが搭載されているが、戦闘機から逃げられるような代物ではない。それならばまだ機内に居た方が鋼鉄に守られているだけ生存率が上がる。
「軍の援護が来るまで、この機を守り通せ。それが命令よ」
言っているアニエスの顔が絶望的だと告げていた。
『グラロス』は最新鋭の飛行機だが、戦闘機に狙われること等想定外で、何の防御能力も無い。
バーナビーが片手を上げた。
「戦闘機の性能は?」
パワードスーツならば敵対することが多いので詳しいが、戦闘機は専門外だ。聞いても具体的に想像出来るか分からないが、情報が無ければ対策も立てられない。
アニエスはぐっと唇を噛み、固い声で諳んじた。
「相手は五機。四機がバンダースナッチ、一機がブージャムという仮名で呼ばれていた。無人機で、人程度の大きさの物でも追尾出来る。以上よ」
「っな!? それだけじゃ分かんねーよ!」
虎徹が吼えた。
バーナビーが虎徹を抑えつつ、アニエスに一歩詰め寄る。
「僕らは戦闘機に関して素人ですが、専門用語でも良いので情報を明かしてくれませんか。せめて設計図、最大速度、航続距離、兵装が分からなければ話になりません」
バーナビーの要求に、皆頷く。しかしアニエスは首を振り、忌々し気に爪先を鳴らした。
「以上って言ったでしょ。機密事項だからって軍は詳細な情報の開示を拒否したわ。秘密主義の役立たずもここに極まれりね。軍にとっては六十人の乗員、遊覧飛行機より、最新鋭の戦闘機の情報の方が大切らしいわ」
ヒーロー達は絶句した。
ただでさえ生き残れる可能性は限りなく低い。戦闘機の脅威は市街で暴れるパワードスーツの比では無い。それが五機。対するこちらは一般人を抱え、身動きが取れない洋上の、さらに空中に居るのだ。
「……死ねって言われたようなもんじゃない」
ぽつりとカリーナが呟いた。
いつも強気な彼女らしくない言葉だったが、それは事実だった。軍は機密の為に『グラロス』を見捨てたのだ。七大企業はシュテルンビルトにおいて大きな権力を持つが、国属である軍にとってはシュテルンビルトもひとつの都市に過ぎない。
「恐らく、我々が生き残る可能性はゼロだと判断したのだろう」
ずっと黙っていたキースが冷静に言った。
「ならば、情報を漏らす意味が無い。兵装は私を墜とすことを想定して作られたようだしね」
すまない、と謝られ、虎徹が「はぁ!?」と声を荒げた。
「ちょ、待て、標的はお前ってことか? 何か知ってんのかよ!?」
「虎徹さん落ち着いて。しかし、説明していただけますね?」
バーナビーがキースを睨む。キースは僅かに眉根を寄せた。
「狙われているのが私なら、私が今すぐこの機から出ればいい。そうではなくて、戦闘機そのものの開発理由が、私のような飛行能力を有するNEXTを撃つ為だということだよ。人程度の大きさのものでも追尾出来るなんて、それ以外に使い道は無い。対地なら分かるけど、対空だ」
虎徹とバーナビーは言葉に詰まり、パオリンが「何で!」と叫んだ。
「なんで、そんなの作るの!? どうしてスカイハイを狙わなきゃいけないの!?」
「お待ち、その議論は後よ。時間が無いわ」
ネイサンがパオリンの肩を抱き、皆を見やる。
「情報は限り無く少ないけれど、無い訳じゃない。作戦を立てましょう。バンダースナッチ、ブージャムという名前からして、四機が火力、一機がステルス機能を備えた戦闘機よ」
全員が表情を改めた。嘆いていても死ぬだけだ。
バーナビーが眼鏡を上げる。
「その根拠は?」
「どちらも、ルイス・キャロルの小説に登場する架空の生物よ。バンダースナッチは非常に素早く、燻り狂えるという形容詞がついている。ブージャムはスナークという、これも架空の生物の一種で、ブージャムに出くわした者は突然静かに消え失せて、二度と現れることはない」
「あ、ボクも聞いたことがあるよ」
パオリンが手を打つ。イワンが片手を上げた。
「ステルス機能についてなら、少し齧りました。通常のものはレーダー吸収素材で作られているのは勿論、吸収出来なかったレーダー波を内部反射と減衰を繰り返すことで吸収し、敵の対空装備を無力化します。最新となると、視認すらされないよう、外装にこの展望室と同じ機能を使っている可能性があります」
折紙サイクロンのスーツにステルス機能を付ける案が出たことがあったので、ほんの少しだが勉強した。結局ステルス案は「目立つのが仕事なのに隠密してどうする」という意見により没になったのだが。
「レーダー云々は関係ありませんね。こちらはそもそも高機能なレーダーを持ってません。問題は視認の方です」
バーナビーの言葉に、アントニオが目を眇めた。
最初は空中にしか見えない展望室に足も踏み入れられなかったのだが、緊急となると話は別であり、顔色が悪いながらもしっかりと立っている。
「ここと同じってことは、周囲の景色を機体に投影してるってことか? 見ても空があるとしか感じないような」
「恐らく。飛行しているので近づけば違和感は出ると思いますが、近づかれた時には遅いです」
イワンが答える。
ネイサンの言によると、ブージャムに出くわした者は突然静かに消え失せて、二度と現れることはない。つまり至近距離での破壊力に優れていて、気づくほど接近した時には手遅れの危険性がある。
虎徹が顔を顰め、バーナビーを見やった。
「厄介だな。俺らが視力を百倍にしたら見えるか?」
「分かりません。やってみるしか無いですね」
バーナビーは軽く首を振った。
「ブージャムの視認については僕達がやります。他に推測出来ることは?」
「そぉね……ブルーローズ、貴女の会社に聞けるかしら? タイタンインダストリーなら兵器の製造にも関わってるでしょう」
ネイサンがカリーナに水を向ける。カリーナは目を瞬き、次いで眉根を寄せた。
「ごめん、私はそういう知識は全然無いの。今日の招待客も分野違いのスポンサーと営業職しか居ない。会社に連絡は……」
カリーナの視線を受け、アニエスは「無理よ」と断じた。
「軍から情報を得られなかった時点で、タイタンインダストリーには協力を仰いだわ。でも、手遅れね。ジャミングされたようで、通信が切れてしまった。どこにも繋がらない」
「……アタシ達の知識だけで推測するしか無いって訳ね」
ネイサンが溜息をつく。キースが「やるしかないな」と拳を握った。
「現行の空対空戦闘機については何度か模擬戦を見学したから、少しは分かるよ。無人機は有人機に比べてどうしても性能が劣るのが不幸中の幸いだ」
遠慮無く落とせるしね、と呟く。
「大きさは七から十メートル、航続距離は二千キロ、速度はマッハ1+くらい。兵装は短距離空対空ミサイルが最大八、装弾数二千発の機関砲。ミサイルの誘導方式は赤外線画像認識とアクティブ・レーダー・ホーミング方式のものをどちらも搭載して、フレアやチャフ、ジャミングに対応出来るようにしている。射程はミサイルが四十キロ、機関砲が八百メートルほど。
バンダースナッチがその名の通りなら、最高速度がマッハ2、搭載ミサイルは小型化して量を増やし、機関砲の弾は徹甲弾でなく榴弾かな」
赤外線画像認識は文字通り赤外線と画像の両方で、アクティブ・レーダー・ホーミング方式はレーダーによって標的を捉える。どちらも発射してしまえばミサイルが標的に当たるまで追尾するが、レーダー方式は発射後に母機が誘導を修正することで精度が上がる。近距離の精度は発射後の誘導を必要としない赤外線映像認識が勝る。小型化すれば射程距離も落ちるが、現状では射程距離より数が多い方が厄介だ。
徹甲弾は装甲の厚い標的を貫通することに重きを置き、榴弾は爆薬などで装甲化されていない標的を飛散させる。市街で相手にするパワードスーツは徹甲弾を使うことが多い。
キースの推測に、皆元から悪かった顔色がさらに蒼白になった。
カリーナがおずおずと手を上げる。
「最高速度が音速以上でミサイルは射程が四十キロって、それどうやって防ぐの?」
全てが想像外でもう訳が分からない。
キースは泣きそうになっているカリーナの頭を軽く撫で、元気付けるように自分の胸を叩いた。
「ミサイルに関しては私が出来る限り引き受けるよ。相手は『グラロス』が射程内に入ってすぐにレーダー方式のミサイルを一斉に発射するだろうから、風で斬る。赤外線方式の方もなるべく引きつけよう。戦闘機も、視認出来れば何機か落とせると思う」
赤外線方式のミサイルは最大熱源に引っ張られる傾向があるので、レーダー方式を着弾させ火を着けた後に追い討ちをかけるのがセオリーである。ただし、グラロスはレーダー方式のミサイルが一発被弾しただけで、赤外線方式の発射を待たず爆発四散するだろう。
自殺行為だ、と皆思った。いくらスカイハイが強くても無理がある。しかし、空対空で戦闘が可能なのはスカイハイだけなのだ。
バーナビーは悔しさを滲ませてキースを見つめた。
足場さえあれば空中でもある程度戦えるが、その足場が無い。キースと連携しようにも、音速の相手複数とドッグファイトをしなければならないキースに、バーナビーの足場を作る余裕等無い。
「頼みます、スカイハイさん。全部終わったら、北極星の見つけ方を教えて下さいね」
血を吐くように言ったバーナビーに、キースはサムズアップで応え、「今度こそ約束を守ってみせるよ」と笑った。
「スカイハイ!」
救命ボートや支援物資を投下する為の開口扉を開けようとするキースを、パオリンが呼び止めて駆け寄った。
「ね、ちょっと後ろ向きで屈んで?」
「……これでいいかな?」
しゃがんだキースに「ばっちり!」と告げ、パオリンはジェットパックにヒーローTVのロゴステッカーを貼り付けた。どんな状況下でも剥がれないという無駄に高性能のステッカーだ。
「どうしたんだい?」
不思議そうなキースに、「もういいよ」と笑う。
「お守り貼ったんだ。だから、きっと大丈夫だよ」
無理に明るい声を出すパオリンに、キースは真剣な表情で小さな手を取った。
「皆を頼んだよ。でも、危なくなったら迷わず逃げるんだ。君達は、この先のシュテルンビルトに必要なヒーローなのだから」
その言葉の意味に気づき、パオリンは顔を歪めた。
「ずるいよ。自分は絶対に逃げないのに。スカイハイ、自分が標的かもしれないって思ってるでしょ。だから目立つように矢面に立って、敵を引き付けに行くんだ。皆気づいても言えなかったんだからね。お前だけなら逃げられる、逃げろ、って」
奪取された戦闘機が対NEXTを想定してあること、狙われたのが今日の『グラロス』であること。合わせて考えると、スカイハイというヒーローが標的である可能性は高い。
しかし、現在の『グラロス』には他にも標的と成り得る人物が多すぎるのだ。さらに『グラロス』自体が標的の可能性もある。ヒーローの役目は「グラロスを、乗客である市民を護ること」だ。スカイハイだけなら能力的に逃げられるが、標的がスカイハイでなかった場合、スカイハイが居なければ確実に『グラロス』は撃墜される。
だからヒーロー達はスカイハイに「逃げろ」とは言えない。お前だけでも逃げろと、あとは任せろと言いたくても言えない。
そして、キースに逃げる気等全く無いと知っている。
「ボクの、ただの勘なんだけど、標的はスカイハイじゃないよ。きっと、偉い人も、ヒーローも、七大企業が協力して作ったグラロスも、全部徹底的に壊したいんだ。そんな気がする」
取られた手を握り、パオリンは青い瞳を真っ直ぐに見た。
「だから、きっとここも攻撃されるけど、ボク頑張るから、護るから、絶対無事で帰ってきて、褒めてね!」
逃げろとは言えないけれど、せめて、彼が生を諦めてしまわないように。涙が溢れそうになるのを、不安で揺れそうになる心を押さえ込んで、ヒーローを、仲間を見つめる。
キースは笑みを浮かべ、きつく握られた手を握り返した。
「約束、そして約束だ」
力強く言い、パオリンが頷いてから手を放す。
扉の開閉ボタンを押すと壁の一部が下へ向けて開き、空へと続く道が現れた。
微かな風が頬に当たる。メットを被り、パオリンに背を向けてキースは一歩踏み出した。風が強くなる。もう一歩。さらに風が強くなって。
「行こう、スカイハイ」
小さな確たる呟きと共に、ヒーローは空へ飛び立った。
「さぁ、最高のショーの始まりよ!」
高らかに言い放つアニエスに、虎徹が前に立ってその美貌を睨んだ。
「お前も下に行け。ここよりは安全だし、助かる確率が高い」
強い意志を持っての言葉を、アニエスは鼻で笑った。
「ふざけないで。こんなチャンス逃してなるものですか。最高視聴率間違いなし、今撮らずにいつ撮るのよ!」
「ふざけてんのはお前だろ!」
虎徹が声を荒げた。
「撮影なんかしてる場合じゃないだろ! どう考えても死ぬ危険性が高いんだよ! 特にスカイハイは! それでも守るために戦うんだ! 皆を、お前を!!」
「虎徹さんの言う通りですよ」
バーナビーが虎徹の横に立つ。
「僕達は、貴女方を守らなければならない。もしここに居たせいで助からなかったら、下に居れば助かったかもしれないのに守りきれなかったら、貴女は本望かもしれませんが、僕達にとっては非常に迷惑です」
心の底から嫌そうなバーナビーに、アニエスは口端を上げた。
「そう、本望よ。あなた達の迷惑なんて知らないわ。あなた達の仕事が『グラロス』を守ることと同じで、私の仕事は視聴率を取る事なのよ」
揺ぎ無いプロデューサーに、バーナビーは僅かに怯んだ。
虎徹が怒気を露わに一歩踏み出す。
「そうかよ。じゃあ力づくでも下へ行ってもらう。仕事で守るんじゃないからな」
「指一本でも触れてみなさい、セクハラで訴えるから」
「訴えたければ訴えろ!」
虎徹が躊躇無く伸ばした手はしかし、アニエスに届かなかった。アントニオが虎徹の腕を掴み、アニエスを庇う。
視線が交錯し、虎徹は目を眇めた。
「おい、何のつもりだ? お前が連れて行くのか?」
「いや、アニエスさんには自分の足で行ってもらう」
アントニオは振り返り、睨みつけるアニエスを見下ろした。
「少しの譲歩で良いんです。撮影カメラはここへ置いていってくれてかまいません。俺らのメットに蓄積される映像データも後で使ってくれていいですから。編集は任せます。だから、下へ行ってくれませんか?」
反抗したことの無かったアントニオの真摯な言葉に、アニエスは険を緩め、溜息をついた。
「仕方ないわね。譲歩してあげるわよ」
ずっと無言で控えていたカメラマンを呼び、カメラをアントニオと虎徹に押し付ける。
「いい? 視聴率は大事なの。あなた達はどんなに危険で大変な目に合っても前を向いて、逃げ出さない。ヒーローだから。でも、それがどれだけ尊いことか自覚が無いのよ。なら、誰が認めるの? 賞賛するの? 感謝するの? 知らなければ何も感じない。助けられた人だけでは足りない。だから、知らしめるの。見せつけるの。一人でも多くの人に、より多くの人に、これがヒーローなのだと、誇らずにはいられない、応援せずにはいられない、愛さずにいられない、勇気を、笑顔を与えてくれる、このひとたちがヒーローなのだと」
アニエスの言葉にヒーロー達は愕然とした。
この、視聴率のことしか頭に無いプロデューサーが、何故視聴率しか頭に無かったのか、その理由まで考えたことがあっただろうか。
「そのカメラは未来の視聴者皆の希望よ。守ってくれると信じてるわ、ヒーロー。許容出来ない重荷かしら?」
艶然と笑む女傑に、虎徹もニヤリと笑った。
「守ってやるよ。編集するの楽しみにしとけ」
結構! と言い捨て、アニエスは踵を返して展望室を後にした。
その姿が見えなくなってから、カリーナが「うわぁ」と呟いた。
「どうしよう、これからは絶対に恥ずかしいとこ見せられない」
「あらぁ、今までだって恥ずかしいところなんてひとつも無いから大丈夫よ」
ネイサンが笑む。
「最高のショーにしてやろうじゃないの」
今頃は開口扉だろうか。凛と立つ白い騎士の、見えない背中に語りかける。
結末はハッピーエンドしか認めない。
[newpage]
雲が後ろから前へ飛び去って行く。
展望室内は明るく静かだった。刻々と形を変える景色にブレは無く、飛行機にあるべきエンジン音もしない。微かな息遣いと、痛いほどの緊張感で満たされている。
「来ました」
赤い光を纏い、虚空を注視していたバーナビーが無機質な声で告げた。空気が動く。
「北北西、数は四。隊形は横一列。外見は真っ黒で、F-22に似ていますが、一回り小型で操縦席はありません。ミサイルは内蔵式なのか数は確認出来ません。恐らくバンダースナッチ。ブージャムは見えません」
「バンダースナッチでもステルス機かよ」
淡々と情報を伝えるバーナビーに、カメラを持つ虎徹が苦々しく呟く。
ヒーロー間の通信は全開放してあり、一言一句が全員に伝わる。機内での通信機器使用については機長から「手動の方が得意なくらいだから遠慮なく使え」と許可が下りている。敵からのジャミングを受けているようだが、ヒーロー同士は問題無く通信出来た。
「ミサイル発射しました! 数は……二十三、いえ、二十四、レーダー誘導。距離四十キロ。標的はグラロスです。到達までおよそ一分半」
「……やっぱり、スカイハイだけが標的じゃないんだね」
パオリンが呟く。
マーベリックに捕らえられた時、全員が死ぬなら誰か一人でも生き残った方が良いのでは、と口にしたのはキースだ。その誰か一人が具体的に誰を想定したのかは知らない。ただ、キース自身では無かったのだろうとは思う。
手も足も出ない状況で、パオリンは思考停止して画面を見つめるだけだった。誰が助かるべきなのかも、自分がボタンを押すか否かも、何も考えられず、考えたくもなくて、ただ呆然としていた。キースは最善を模索していたのに。カリーナは強く信じていたのに。バディは必死で戦っていたのに。
では、今は。絶望的なのは同じだ。違いは、仲間と繋がっていること。自由に動けること。
「やれることは、きっとある」
索敵するバーナビー以外には、変わらない平和な空が広がったまま。標的はヒーローではなかった。逃げるなら今なのかもしれない。でも、誰もそんなことは言わない。
『ミサイルを視認。迎撃する』
通信越しにキースが告げる。
逃げようと思えば一番に逃げられる者は守る為にひとり立っている。その背中を前に誰が逃げようと思うのか。
「ミサイルがスカイハイ到達まであと十秒。九、八、七」
閃光が真横に走った。青白い直線は空を上下に分断し、次の瞬間に光の輪が左から右へ連続展開、黒煙を巻き込んだ紅蓮の炎が四方へ放物線を描きながら落ちて行く。
その光景は神秘的ですらあった。魅入り、瞬きを忘れるヒーロー達に、遅すぎる衝撃音が叩きつけられる。
バーナビーは知らず呼吸を止めていた。
一連の迎撃の唯一の目撃者であることに震えが走る。
空中に立つキースは指先まで伸ばした手で、左から右へと水平に空気を切った。ただそれだけだ。それだけで、あの威力。ずっと風を集めて研ぎ澄ませていたのだろうが、見た目には腕一本で音速で飛来するミサイルを薙ぎ払ったようで。
『バーナビー君!』
情報を求める声に、我に返ったバーナビーは前方を睨みつけた。
「っつ、ミサイルは二十四全て破壊。次が来ます。数はグラロスへ十一、スカイハイへ八、赤外線誘導です。ブージャムは未だ確認出来ません。距離は二十五キロ」
『ありがとう、レーダー誘導のミサイルは撃ち尽くしたようだ。赤外線の方は一機で最大六、今から来る十一と八は斬れるが、恐らくあと五つ残ってる』
「了解しました。ミサイル到達まであと約二十秒」
カウントを始めたバーナビーから、ネイサン、カリーナが背を向ける。
「アタシは右、ブルーローズは後ろね」
「了解」
言葉少なに確認し、展望室を出る。
パオリンは前を見つめたまま、誰にともなく言った。
「スカイハイが、キースで良かった」
軍が何故対スカイハイを想定した新兵器を開発したのか、やっと理解した。あんなにも皆の為に尽くすスカイハイを信用出来ないのかと、酷く悲しい気持ちがあるのと同じく、あの力を脅威だと思う。だからこそ、頼もしい。
虎徹が無言でパオリンの肩に手を置く。その重みに目を閉じると、瞼の裏で光の線がちらついた。
「十、九、八、ヒット、十秒後に八が来ます。六、五」
パオリンはゆっくりと目を開けた。
光の円が乱舞する。青空の中踊る炎は美しいが、あれは誰かを屠る為の光だ。
「先に行ってる」
アントニオが踵を返す。その背中に爆音が響き、足元が揺れる。けれど、確かな足取りは乱れることがなく。
「発射されたミサイルは十九全て撃破。敵機が二手に分かれました。二機がスカイハイ、二機がグラロスへ。距離は」
『バーナビー君、もう視認出来る。風の大鎌を作る時間が足りないから、あとは発射されるミサイルを引き付けつつ、敵機を迎撃する』
「了解。では僕も動きます。犬のしつけは始めてですが、何とかやってみますよ」
『犬のしつけ?』
冗談めかして笑うバーナビーに、不思議そうな声が返る。
ドッグファイトを言い換えたのだが、通じなかったようだ。通じるとも思っていなかったが、何か冗談を言いたかった。
「ご武運を」
『君も』
短く言い合い、バーナビーは虎徹とパオリンを振り返った。
「ワイルドタイガー、ドラゴンキッド、ここは頼みます」
綺麗な笑みを浮かべるバーナビーに、虎徹も笑んで拳を突き出す。がつ、と拳を合わせ、バーナビーは戦闘へ向かった。赤い光が尾を引く。
「信頼してるんだね」
パオリンが虎徹を見上げる。
バーナビーがどれだけ危険なことをしに行ったか、同じ能力を持つ虎徹が一番分かっているだろうに、止めない。心配の表情すら浮かべない。
虎徹は眩しそうに前を見た。
「信じないより、信じたほうが上手く行くって、やっと分かったんだよ、俺も」
何でも一人で抱え込んでいた先輩の言葉に、パオリンは「そっか」と小さく笑った。
甲高い金属音と腹の底へ響く低重音を同時に発しながら戦闘機が迫り来る。轟音はキースの全身を貫き、内蔵を揺らされているような気持ち悪さに呼吸が乱れた。
燻り狂うバンダースナッチはその名の通り、狂ったようにのたうつミサイルを発射した。数は四。三はキースへ、一は『グラロス』へ向かう。
白煙を引き己へ這い寄るミサイルを限界まで引き付けつつ、『グラロス』へ向かうミサイルに風を集約して浮かべておいた弾を投げつけるも、ぶれながら飛ぶミサイルには当たらない。
「ファイヤー君! 一つ行った!」
キースは叫びながら半回転して勢いをつけ、残りの弾を背後に迫ったミサイルへ蹴り飛ばした。
衝撃波と、爆炎。膨大な熱量がスーツ越しにも肌を焼く。しかし息をつく間は無い。高速で飛翔するキースの後ろを、黒煙を割って現れたミサイルが二つ、螺旋の軌跡を描きながら音速域で追尾する。
急上昇後背面から急下降、横回転をかけながら百八十度方向を変える。空と海が目まぐるしく入れ替わり、空へ落ちて行く錯覚。視力よりも風の感覚で方向を把握し、風より速く前へ前へ。
全身を押し潰す重力に意識を半分飛ばしつつ、追尾するミサイルを産み落とした親、敵機へ正面から接近。機関砲の射程内に入ったことで一秒に百発放たれる榴弾を竜巻化した風で弾き、橙色に爆散させながら、その鋼鉄の外装に衝突する寸前、鋭利な鼻先を擦り上げるように急上昇した。
一瞬遅れ、白煙を引くミサイルが漆黒の機体に突き刺さる。
閃光、衝撃音。
バンダースナッチは自身のミサイルによって縦に両断されながら爆発し、中空を焼き尽くす猛火の奔流と共に遥か下の海へと落下して行った。
柔らかな白雲は吹き飛ばされ、変わって禍々しい黒雲がとぐろを巻く。
「一機落とした。機関砲の射程距離はおよそ八百メートル。もう一機引っ張ってる」
上空へ逃れたキースは、炎で炭化した白いスーツの裾を破り捨てた。
弾ききれなかった榴弾の破片が全身を切り裂き、鉤先だらけのスーツから所々血が滲んでいる。重力を無視して飛んだせいで、口の中は血の味がした。肋骨に罅が入ったのか、呼吸する度に痛みが走る。
普段の現場なら、ドクターストップがかかる状態だ。メット内で警告ランプがひっきりなしに瞬いている。
しかし、ここで離脱する訳には行かない。遠くで一条の雲が伸びて行く。あれを逃がさなければ、守らなければならない。
「……まだ一機」
警告音が鳴った。足元の雲海を突き抜け、黒の狂者が姿を現す。
発射される榴弾を急旋回で回避しつつ、キースは休む間も無く二戦目へ入った。
『グラロス』の右翼に進行方向と逆に立ち、外装に貼りついていたネイサンは、通信越しのキースの警告に前方を睨みつけた。
腰に命綱を巻いて身体を固定しているとは言え、足の下は映像でも無い本当の空だ。息が出来ないほどの風に邪魔なマントは置いてきた。それがどこか心許ない。
「……上手く行く、いや、成功させる」
誰にも聞こえないように呟く。
任せておきなさいと胸を張って出てきたが、成功の確率は低い。
会社経営の経験で、信じれば全て乗り切れるという甘い考えは捨て去っている。しかし、ヒーローである時だけは、何故かそういう「想い」のようなものが力になるとも感じていた。
『来るよ。ファイヤーエンブレム、準備はいい?』
通信でパオリンが問いかける。ネイサンは凄絶な笑みを浮かべた。
誰にも見せない、怒りや憎しみさえ内包しているかのような表情で、いつも通りの声を出す。
「オーケーよ。いつでもやれるわ」
『カウント十からね。九、八、七』
パオリンのまだ幼い声に合わせ、ネイサンは腰に括り付けていた袋を手にし、口を開いた。
中に入っていたのは、手裏剣を模した金属製の名刺だ。百枚以上はあるだろうか。それでもそう重くないのは、材質が軽いマグネシウム合金だから。まさかヘリペリデスファイナンスの開発者も、こんな使い方をされるとは思ってもみなかっただろう。
『三、二、一』
「ファイヤーーーーッ!!!」
気合の雄叫びを上げ、手にした名刺をばら撒くように後方へ投擲、同時に炎を放つ。散らばった金属片は炎の勢いで翼のように広がり、赤々と燃え落ちる。
炎の翼が広がったと同時に、『グラロス』は急降下した。
降下する『グラロス』の上で金属片の燃焼により発生した白い煙で炎の翼は白い翼となり、先端に光を灯しながら大きく羽を広げる。その翼に、飛来するミサイルが軌道を変えて突っ込んだ。
「キッド!」
『ハイッ!!』
ミサイルに眩く発光する昇竜が噛み付いた。羽の中心で爆発が起こり、衝撃波を伴う爆音と共に熱風が吹き付ける。
「……っしゃあ!」
『やったー!!』
熱と風に喉を焼かれながらも思わず叫んだネイサンの声に、パオリンの歓声が重なる。
ネイサンが作ったのは即席フレアだった。
フレアは赤外線誘導ミサイルに対する囮の役割を持つ兵器だ。航空機燃料が発する赤外線をマグネシウム合金等の金属を燃やすことで擬似的に作り出し、それを翼のように広げることによって映像認識も誤認させる。
赤外線画像誘導ミサイルに対抗する策は必須だったのだが、『グラロス』は当然フレアを積んでいない。折紙サイクロンの新しい名刺がマグネシウム合金だと知っていたバーナビーの提案による、苦肉の策だった。
今回使われたミサイルは標的に飛行NEXTを加えたことで画像認識の方に頼り、赤外線の精度が甘くなっていた為にどうにか上手く誤魔化せたようだ。本来はもっと航空燃料に似せる為に、様々な物質を塗布する必要がある。
「タイミングばっちりだったわよ」
『よかった、守れた……』
パオリンの声に安堵が混じる。
操縦士ともタイミングを合わせて偽の翼の下に潜り込み、飛来するミサイルを真下から雷で貫く。
単純な作戦だが、単純故に少しでも要素が狂うと失敗する。成功したのは日頃の連携の賜物だろう。
『スカイハイが一機落としたよ』
後方を見やると、巨大な炎の玉が崩れ落ちて行った。爆発規模が先刻パオリンと落としたミサイルの比ではない。遅れて轟音が届く。
ネイサンが賞賛の言葉を探していると、冷静な報告の後、微かな呟きが聞こえた。
『……まだ一機』
擦れ、喘ぐような声だったが、確かにそれはキースの声で、ネイサンは口を閉ざした。
まだ、一機。そう、ショーは始まったばかり。幕引きにはまだ遠い。
キースの声は決して余裕のあるものでは無かった。余裕がある方がおかしいのに、どこか別枠に考えていたことに気づく。四十以上ものミサイルを一人で撃破し、戦闘機を撃墜して、まだ足りない。頼らなければならない。
「今度、とびきり美味しいレモネード作ってあげましょう」
それだけでは全然、全くつり合わないのだが、喜んでくれることは確かなので。
聞こえていたらしいカリーナとパオリン、虎徹が密かな声で同意を伝え、ヒーロー達は次の攻撃に備えて再び前を見据えた。
アントニオは高い所が苦手だ。
しかしアントニオの望む方向とは反対に、カタパルトは進化し続けた。より高く、より速く、より派手に飛ぶように。安全性等二の次だ。飛び過ぎて現場を通り越した回数は両手で足らない。
いい加減慣れろよ、と虎徹は言うが、慣れようにも毎回進化しているのだ。前回よりも、速く、高く。今度こそ死ぬのではないかといつも思う。
それは今回も例外ではなく。否、今回は例外なのか。
『準備完了しました』
バーナビーの緊迫した声が響いた。
アントニオに応える余裕は無い。全身に冷や汗が流れ、水の中に浸かっている気さえする。込み上げるものを無理に嚥下するが、口腔内には酸味が広がった。全身が心臓になったようで乱れる鼓動に合わせ指先まで引きつる。
『十秒後に行きます。九、八、七』
恐れるな。ミサイルはキースが破壊し、機関砲は致命傷にならない。さらに普段は無いパラシュートまで着けている。ああ、それでも。
たった十秒は直に過ぎて、空へと続く発射台が振動、シャトルが一気に緑の巨体を押し上げ、ロックバイソンはかつて無い高度にかつてない速さで射出された。
轟々と風が鳴る。身体中が引きちぎれそうに痛む。あまりの速度に視力は極端に落ちて、青と白しか見えない。身動きひとつ、呼吸すら出来ない。
翼無き者を容赦なく排斥する圧倒的世界の理を、ヒーローの中で、あるいはスカイハイよりも理解しているのは、射出される度に地面へ叩きつけられているロックバイソンだろう。
知っているから、理解しているから、空が怖い。高所が怖い。その理を超越する者は別格の何かだ。己と比べる気にもなれなかった。
ここは、人が居られる場所ではない。
『射程内に入りますっ!』
バーナビーの声と共に黒い塊が微かに見えた気がした瞬間、小さな爆発が起きた。機関砲がアントニオへ牙をむく。
後方へ置き去りにして来た手足の感覚が戻り、速度が落ちたことを知った。
「うらぁぁああああああああ!!!」
声が戻る、気合を入れる、本領発揮!
次々と被弾する榴弾をアントニオは怯むことなく受け続けた。どうせ回避は出来ない。真っ直ぐに突っ込んで、力と硬さで薙ぎ払い、捻じ伏せるのが己の仕事。
例え能力を選べたとしても、自分はこの能力を選ぶだろう。地味でも、応用が効かなくても、守る力だけはあるから。
進む力が弱くなる、あと少しで重力に負ける、その瀬戸際、背中に貫かれそうなほどの衝撃を受けた。
スーツの装甲が砕け、身体が真下へ引っ張られる。浮遊感に内蔵が冷える。
落下する寸前、アントニオは無理矢理首を擡げて前を見た。
赤い光が黒い影へと跳んで行く。一瞬見えた真っ青な上空には白い線で複雑な模様が描かれて。
「……ちゃんと戻って来いよ、ヒーロー」
知らず、笑みが浮かんだ。彼らなら守り通してくれると信じられる。
自分は空に居られないが、後輩達が地面に降りて来たら、夕飯くらいは奢ってやろうと思った。
バンダースナッチの機関砲の射程はおよそ八百メートル。装甲の薄い『グラロス』は射程に入られたら一溜りも無い。射程外で撃墜する必要があるが、バーナビーの跳躍距離は八百メートルに届かない。
では、どうすればいいか。足場が無いなら作るまで。
機関砲の集中砲火を浴びるロックバイソンを足場にし、跳躍距離を伸ばしたバーナビーは敵機へ到達した。
黒い機体は間近で見るといっそう禍々しく不自然で、握り締めた拳に力が入った。これは守るべき人々に近づけて良いものではない。
到達の勢いを殺さず、無防備な頭へ百倍以上の加速が付いた踵を振り下ろす。
「砕けろっ!!」
火花が弾け飛び、鈍い金属音が耳を劈いた。
漆黒の装甲が罅割れ、内部の精密機械が曝け出される。方向を司取る醜悪な配列を一瞥し、バーナビーは躊躇無く踏み砕いた。
バンダースナッチはぶるりと機体を震わせ、滅茶苦茶に飛び始めた。速さも鋭さもバラバラに落して暴走する。
機体に取り付いたバーナビーは振り落とされることなく、狂った横腹から機関砲を抉り出した。一抱えはある銃身には装填された無数の弾。機関砲の自動制御を手動へ切り替え、己が開けた穴へ銃口を突っ込んだ。
「See You!」
榴弾が、装甲の薄い物には多大な被害を及ぼす二十ミリもの弾が、高速で機体内部へ発射される。
傷口から爆撃されたバンダースナッチは一瞬膨らみ、尾翼から弾け飛んだ。燃料に引火し、何度も大規模な爆発が起こる。
バーナビーは爆発の直前に機体を蹴りつけ離脱したが、残る一機のバンダースナッチは既に捉えられる範囲には存在しなかった。身体は次第に重力に従い落下して行く。ハンドレットパワーも時間切れになった。
「一機、撃破しました。しかし一機そちらに向かっています。ブージャムは確認出来ませんでした、すみません」
猛スピードで落ちて行く中、息を詰まらせながら報告すると、幾つもの小さな歓声が返った。
『上出来! 後は任せとけ、相棒』
虎徹の声が明るく響く。
危機的状況は変わらない。未だに敵の一機を確認すら出来ず、『グラロス』で戦闘機を相手に出来るのは、ブージャムを索敵しなければならない虎徹のみ。戦況はむしろ悪化している。
なのに、この力強さは何だろう。高揚感は何だろう。
「……信じています」
ヒーローを、相棒を、仲間達を。
高所恐怖症なのに自ら射出され足場となることを提案したアントニオ、被弾すれば死に至る場所で待機するネイサンとカリーナ、イワン。見事に連携を決めたパオリン、状況を見定めている虎徹、そして。
白い線が空に無秩序な模様を描く。時折光りが零れ、きらきらと海上へ落下する。
今あの光は酷く遠いが、約束が果たされるのを待とうと思えた。
「来たっ!」
カリーナの声と共に、『グラロス』は機関砲の的となった。
射程範囲内に接近したバンダースナッチが火を吹く。構造上の問題から二秒以上の連射は来ないが、一秒に約百発以上の榴弾を角度を変えて発射して来るので防ぐのも厳しい。
カリーナは『グラロス』後方の開口扉から氷の壁を作ったが、耐久度は酷く頼りない。
氷は脆いので防御力を上げるなら厚くするしかないのだが、下は地面ではないので、あまり厚い壁だと重量の関係で支えきれないのだ。『グラロス』は既に荷物を捨て去って身軽になっていたが、それでも積載重量を超える氷を生み出せば飛行能力を失ってしまう。壁は広範囲に作らなければならないので、尚更に薄くなる。
重量と耐久のギリギリの境界線で作った壁は瞬時に削られ、爆発の熱に露出している肌が焼けた。
「熱っ!」
思わず漏れた悲鳴に、ネイサンの舌打ちが重なる。
『安全圏からしか撃てないのか、こっち来いや腰抜けがぁ!』
低い恫喝と共に炎の膜が張られるが、『グラロス』全てを覆いきれる訳ではない。薄くなった部分を弾が通り抜け、ひとつが開口扉のすぐ傍に着弾した。
榴弾の爆発が起こり、『グラロス』が揺れる。カリーナは風圧と振動で飛ばされ、壁に背中を打って苦痛に呻いた。
『大丈夫!?』
パオリンの悲鳴に近い問いかけに、カリーナは身体を起こしながら気丈に答えた。
「なんとかっ! でもちょっとキツイ」
言いながらも氷で新たに壁を作る。炎の花がいくつも咲いて、削られた分を生み出し続けるカリーナの息が上がってくる。
「徹甲弾じゃないだけマシだけど……」
榴弾は確かに装甲の薄い対象には脅威だが、徹甲弾だった場合は既に『グラロス』は落ちている。まずアントニオとバーナビーの連携は決まらなかった。流石の硬化能力も装甲戦車すらつき破る機関砲に曝されては無事でいられないだろう。言わんや氷の壁や炎の膜等無いに等しい。
『しのぎきれるっ?』
パオリンの問いに、最早応える余裕は無かった。それはネイサンも同じらしく、通信越しに荒い息遣いだけが響く。極度の集中下で一秒が一分にも一時間にも感じる。
カリーナは凝視し過ぎて霞む目を瞬くことすら出来ず、突き出した両手から氷を生み出し続けた。しかし限界は近い。このままでは押し切られてしまうだろう。
諦めは甘い蜜となって思考に滴り落ちる。能力の酷使から来る頭痛と吐き気、悪寒。もうやめたい。綺麗に飾られた手袋の先から血が滴り落ちる。全身が痛い。いっそ楽になりたい。けれど。
首に爆弾を着けられたあの時、カリーナの選択は皆の心をひとつにした。後で年長組に感心され感謝され、褒められて、謝られて。でも、カリーナ自身が何かした訳ではない。虎徹とバーナビーを信じて託しただけだ。責任転嫁とも言える。
だからこそ、今、自分が諦める訳には行かない。信じられることの重みを知り、責任を負って、やっと年長組と同じ場所に立てた気がした。信じるだけではなくて、信じた上で何を為すか。両肩に多くの命がかかっている。
「負けない、負けない、絶対負けないっ」
自分に言い聞かせるように声を絞り出す。
もう半分は弾を消費させただろうか。秒数と発射回数を覚えていたのは最初のほんの少しだけの間で、あとは防ぐことに精一杯だ。
爆発音と共に足元が揺れる。機体のどこかに被弾した。壁を作ることのみに集中していたカリーナはバランスを崩し、後方へ飛ばされた。飛ばされながらも能力は発動させ続ける。床に叩きつけられても集中力が途切れませんように、どうか。
衝撃に備えて強張った身体はしかし、柔らかく抱きとめられた。微かに香った香水に、涙が溢れて視界が戻る。
「よく頑張ったな」
優しい声と共に、頭を撫でられる。カリーナは瞬き、前を向いた侭小さく笑んだ。一粒だけ涙が零れる。
「私だってヒーローよ」
守る力くらいある。守られているだけではない。信じて祈っているだけではない。
「ああ、俺達はヒーローだ」
カリーナの肩を軽く叩き、虎徹は緑の光を帯びて開口部へ疾走した。
薄くなった氷の壁へ駆け上り、カリーナを振り返る。
「あと少し、頼む」
かけられた言葉に虎徹が何をする気か理解し、カリーナは息を飲んだ。
このまま壁を伸ばして、敵機への距離を縮める。虎徹が跳躍で到達可能な距離まで。
問題は、距離だ。的は『グラロス』が引き付けておけるだろうが、虎徹の跳躍可能距離まで氷を伸ばせるかどうか。耐久性と重さと量のバランスをどうするか。最悪到達前に虎徹が蜂の巣にされる。危険極まりない。
躊躇するカリーナの横に、小さな影が並んだ。
「タイガー、これ持ってって!」
パオリンが叫び、自身の棍棒を虎徹へ投げる。虎徹は難無く受け取り、棍棒をくるりと回して握り締めた。
「ブルーローズ」
その一言には、絶対の信頼が込められていた。
カリーナは覚悟を決めた。パオリンも、虎徹も、カリーナを信じている。自分を信じられずに人を信じられようか。
「ばか。やってやるわよ!」
最後の力を振り絞るように、能力を増幅させる。隣でパオリンがカリーナの身体を支えた。温かな手が触れている。ひとりではない。皆で守る。
青い光が迸る。増大する氷の先で、緑の光が放たれる。
跳躍した虎徹は敵機へと迫った。しかし、足りない。あと一歩が足りない。接近して来ている筈の敵機は回避行動に入っていたのか位置がずれている。
重力に従って下へ落ちる寸前、虎徹は思い切り身体を逸らした。
「ワイルドに、吼えるぜっ!!」
気合と共に、手にしていた棍棒を投擲する。棍棒は矢のように鋭く風を切り、黒い機体の上部に突き刺さった。
「キッド!」
「サァッ!!」
虎徹の声に、パオリンが持てる能力の全てを発揮する。幾筋も放たれた電撃は稲妻となって宙を走り、誘雷針代わりの棍棒へ集約した。閃光が辺りを白く塗り潰す。
轟音が響いた。
雷に貫かれたバンダースナッチは真っ二つに裂け、爆発もせずに力なく落ちて行った。
「……やった?」
パオリンが呟く。その呟きに通信が反応した。
『ちょっとアンタ達、何したのよっ!?』
「ファイヤーエンブレム! タイガーが」
『タイガー!?』
ネイサンが叫び、カリーナは我に返った。
「そうだ、タイガーは!? 無事!?」
よろめきながら、開口扉へ走る。パオリンが慌ててカリーナを支えながら、二人で扉に張り付いて外へ身を乗り出した。
何か痕跡は無いかと探すが、どんなに目を凝らしても何も分からなかった。カリーナの作った氷は雷撃で砕けて跡形も無く、見渡す限りの雲海と青い空が広がるばかり。
「ボクの雷、食らってないよね?」
「そんな、まさか……」
二人が顔を見合わせて青冷めた時、通信と下方からの肉声両方で、悲鳴に近い声が響いた。
「早く逃げろっ! 乗客も全部!」
カリーナとパオリンは弾かれたように下を見た。
そこにはワイヤーで『グラロス』からぶら下った虎徹が居た。ハンドレットパワーは切れているが、無事のようだ。安堵した二人は、さらに覗き込んで絶句した。
『グラロス』の真下に、途方も無い青白い光を湛えてソレは居た。
外見は鋼鉄の花に似て、ろうと状の花弁を開こうとしている。バンダースナッチのような戦闘機らしい戦闘機と比べ、美しいとも言える異質な姿をしているが、一撃の脅威は比ではないだろう。
直感で分かる。ぞっとするほど綺麗な光は放たれたら最後、何も残さない。出くわした者は静かに消え失せて、二度と現れることはない。
「ブージャム……」
呟いたのは誰だったか。
その声は酷く乾いていた。
キースは飛びながら風の刃を放ち、追撃するバンダースナッチの装甲を少しずつ削いでいた。
一気にカタをつけたいが、風を集める余裕が無い。少しでも速度が落ちれば機関砲の餌食になるので、飛びながら集められる風で応戦するしか無い。何度か後ろへ回り込んだが、そうするとバンダースナッチは途端に標的を『グラロス』へ変えてしまう。
落下するだけでも風は生まれる。上昇するには風を操らなければならないが、落下には必要ない。降下する度に能力を風の刃を作ることに集中させ、上昇しながら刃を後方の敵へ飛ばす。機関砲の砲火を避け、敵機の照準を引き付けながらの繰り返しは一瞬の気の緩みも許されず、集中力も激しく消耗した。
バーナビーとアントニオが一機落としてから、三分以上。残り一機は『グラロス』へ到達している。一刻も早く戻って援護しなければならない。バンダースナッチ一機だけではなく、姿形の分からないブージャムも残っているのだ。
じりじりと時間が過ぎ、キースの体力も限界に近くなっていた。
急上昇、急降下、マニューバ。ローリング、ヨーイング、ターン、スライド、組み合わせ分解し繋げて、どれだけ飛んだだろう。重力に耐え切れず何度か血を吐き、メットの中は半分赤黒く塗りつぶされている。
(……あと、少し)
迫る榴弾を横回転で避けながらタイミングを計る。あと一撃、薄くなった部分に入れられれば、落とせる。
降下の為の上昇に入った耳に、通信で微かな悲鳴が響いた。
聴力は鈍っていて正確には聞こえなかったが、切羽詰って、警告も帯びているように感じた。降下に入りつつ、視覚補助機能を追い縋るバンダースナッチではなく『グラロス』へ合わせる。
その姿を捉えた途端、背中を悪寒が走った。
青白く光る鋼鉄の花。今にも開ききりそうな花弁は、開ききった時にどうなるのか。死なんてものではない。消滅、完全な無。
「っぁあああああああ!!」
無理矢理に身体を捻る。肋骨が折れた気がするが構っていられない。生成した風の刃を背後に迫ったバンダースナッチに叩き込み、その末路も確認せずに『グラロス』へ急行する。
間に合え、間に合う、そして間に合わせる!
もう何も聞こえないし、痛みも感じない。見えるのは生理的嫌悪感の込み上げる美しい花のみ。
自身の風の射程内にブージャムを捉え、キースは抱き込むようにありったけの風を集めた。威力と速さと命中させる精度と。
背後に迫る気配に、気づいていても一切構わずに。
虎徹は飛来するキースに気づき、目を細めた。
「ホント、おいしい所で来るよなぁ……」
キングオブヒーロー。MVPをバーナビーが獲って尚、スカイハイは市民にそう呼ばれていた。バーナビーが認められなかったのではなく、スカイハイがあまりにヒーローらしいヒーローだったから。それはプライドの高いバーナビーさえ認めていた。あの素直でないバーナビーが、手放しで褒める相手がスカイハイだ。
自分には自分のスタイルがあり、羨ましいとは思わない。一瞬だが飛んで分かった。空は自由に見えて厳しい場所だ。毎晩ひとり飛ぶ孤独はどれだけのものだろう。
真面目で努力家で善良で。痛々しいほど真っ直ぐで。だからこそ誰もが信頼し一目置く。最近は、大分遠慮の無い関係になれたと思うけれど。
キースが風を集める。能力発動時の青い花弁が舞う。
ブージャムが禍々しい花弁を開く。
大丈夫だ、と虎徹は確信した。
大丈夫、間に合う。全ては守られる。
キースの背後から、白い尾を引くものが迫る。
最後に落としたバンダースナッチが落ち際に放ったもの。たったひとつ残った赤外線画像誘導方式のミサイル。
キースは振り向かない。気づいていて、ブージャムしか見ていない。ミサイルを迎撃すれば開花に間に合わないと知っているから。
虎徹は、キースは、同時に、その名を叫んだ。
「「折紙サイクロン!」」
スカイハイのジェットパックの一部が青く発光する。「風」の一文字と共に現れた忍者ヒーローは、空中で身体を捻りながら、背負っていた巨大手裏剣を引き抜いた。
「サイクロン、トルネード!!」
手裏剣がミサイルに向けて投擲される。神速で放たれた手裏剣は蛇行するミサイルへ正面から突き刺さり、両断した。
同時に、スカイハイがブージャムへ向けて風の塊を放つ。
落下しながら、イワンは何百条もの光の矢が海へと降るのを見た。
不思議と音も無く、静かで、雲海の下薄暗い海へ光射す様は宗教画の背景にも似て荘厳だった。まるで天使が降りて来そうな。
「……違う、か」
呟き、苦笑する。
あれは破壊の光だ。しばしば天使と形容される彼には相応しくない。
戦闘機の襲来を告げられた時、イワンは直に、無力だと思った。
対人ならばまだ自分の能力の使いようもある。撹乱、混乱。身体能力も軍人並みにはあると自負している。だが、無人の戦闘機を相手に何が出来るだろう。ミサイルや機関砲を防ぐことも、まして敵機を撃墜することも出来ない。
キースが一人ミサイルを迎撃しに向かい、ふと思いついたのが、キースを守ることだった。
『グラロス』を守るだけの能力は持たないが、スカイハイ一人なら。今回は戦力の大部分をキースが担っている。キースを守ることが皆を守ることに繋がる。いや、ただ守りたかった。臆さず一番危険な場所へ行くヒーローを。
役に立てるかなんて分からない。音速で飛ぶ相手に何か出来るかも分からない。それでも一番戦える場所へ行きたいと言うイワンを、他のヒーローは皆信頼し止めなかった。ヒーローTVのステッカーに擬態したイワンを、パオリンがキースのジェットパックに貼り付ける。
あの時、キースは「君達」と言った。「君達は、この先のシュテルンビルトに必要なヒーローなのだから」と。
キースには知らせていなかったのに、イワンだと気づいていた。気づいていて、逃げろと忠告し、けれど今すぐに離れるようには言わなかった。背中を預けた。
そして、名を呼んでくれた。
イワンがどれだけ嬉しかったか、きっと誰にも分からない。
轟音が響く。遅れた音は遠雷にも潮騒にも似て、微かな哀愁を含んでいた。
脅威は遠くなった。皆、守られた。ヒーロー全員の力によって。
「っ、よっしゃあ!」
イワンは溢れる涙を其の侭に、両の拳を握った。
[newpage]
夜空に無数の星が瞬いている。
仰向けで波に揺られていたバーナビーは、接近するひとつの光に頬を緩めた。
流れ星ではない。消えることなくこちらへ向かってくる。
「バーナビー君! 良かった、そして良かった!」
スカイハイが安堵の声を上げ、バーナビーの傍で滞空した。
「ワイルド君、見つけたよ。位置は……うん、すぐ近くだ。無事だよ。元気そうだ」
嬉しさを滲ませて通信するキースに、バーナビーは苦笑する。
発信機があるので、漂流する心配も無い。いずれ、助けが来ると分かっていた。
「手間を取らせてしまいましたね。僕よりも貴方の方が余程重傷でしょうに」
「皆を海に放置した侭休むなんて出来ないよ。折紙君、バイソン君はファイヤー君が見つけて、もう岸に着いた頃かな」
「良かった……」
事件の顛末は回復した通信でアニエスから聞いていた。
犯人は軍内部の者で、内部分裂の一端だったらしい。軍を差し置いて市民に支持されるヒーロー、軍の最新機と同じような構造を持つ『グラロス』、招待客の中に居た敵対する政治家数名、横領や賄賂の関係があるスポンサー数名等が標的で、全てが気に入らなかったのと大差ない。
ただ、誰一人欠けることなく『グラロス』を守りきれたことに安堵した。犯人へ罰を与えるのは司法の仕事であり、ヒーローは仕事を終えたのだ。
「スカイハイさん」
呼ぶと、「ん?」と首を傾げる。
バーナビーは夜空を指差した。
「北極星は、どれですか?」
恐ろしくなるほど星は沢山あって、あの中からひとつを見つけ出す術があるなんて信じられない。
しかしキースは迷うことなく、真っ直ぐに一点を指し示した。
「あれだよ。北斗七星か、カシオペア座から探すのが分かりやすいかな。カシオペア座は分かる?」
「いえ……どれですか?」
「あの、Wに見える星座だよ」
キースが指でなぞり、バーナビーにも分かった。
「あれで、カシオペア座っていうんですね」
「うん。あの、Wの両脇を伸ばして交わった点と、真ん中の星を繋げて伸ばす。五倍くらい先にある明るい星が、北極星だよ」
バーナビーは言われた通りに線を書き、ひとつの星に辿り着いた。それだけなら他の星と変わらない。幾分か明るいと思える程度だが、あれはたったひとつの役割を持つ星。
「……見つけました」
北極星。指針の星。導きの星。
復帰してからずっと、バーナビーは言いようのない不安にかられていた。
ヒーローになったのは、両親を殺した犯人を探し出す為だった。ヒーローを続けたのは、マーベリックへ恩返しをする為だった。ヒーローに復帰したのは、虎徹の隣に立つ為だった。
全てが、目的のための手段だ。本当にそれでいいのか。純粋にヒーローを純粋な目的としている虎徹やキースを見ていて、時折胸が痛くなった。自分はとても醜いのではないか。
でも、他にどうすればいい? では、他に何が出来る?
一年間の放浪で、すっかり迷子になってしまった。両親の愛を強く感じて、両親に恥じない生き方をしたいと思った。でも何処へ行けばいいのか。結局、虎徹に頼ってしまったのではないか。
心の底へ押し込めていた不安は夜の海で溢れ出して、けれど、もう迷わない。
皆で、『グラロス』を守った。そこには目的も手段も関係無かった。仲間への信頼と守りたい想いだけがあった。誰もが命を賭けて持てる力の全てを出して。
バーナビー・ブルックスJr.はヒーローとしてここに居る。
約束が果たされ、いかに自分が周囲から気にかけられていたかを知った。これから少しずつでも返して行きたい。
例え見えなくても、北極星はいつもそこにある。
「ありがとう、そしてありがとうございます。スカイハイさん」
二度では足りないけれど、感謝を伝える。
キースは嬉しそうに「どういたしまして!」と手を広げた。
その背後から、船の灯りが近づく。船首に乗り出し、手を振る影がひとつ。
「おーい、バニーちゃん、迎えにきたぞー」
虎徹が、虎徹だけの呼び方でバーナビーを呼び、その姿を認めて吹き出した。
「ちょ、何だよその格好!」
「……エアクッション機能ですよ」
キースは指摘しなかったが、バーナビーのスーツはおよそ二倍に膨らんでいた。
着水の衝撃と水中へ沈まない為の機能だが、見た目にはスタイリッシュから程遠い上、身動きが取れない。
「おかげで、初めて流れ星を見ましたよ。あ、ほら」
三人の頭上を、星がつっと流れた。虎徹が「しまった」と頭を抱える。
「願い事できなかった! 久々に見たのになぁ」
「私も出来なかった。残念だ、実に」
キースも項垂れ、バーナビーは小さく笑った。
「僕は今日沢山見たので、願いが全部叶ってしまいそうです」
「何? どんなこと願ったんだ?」
「取り合えず、今日の夕食はヒーロー全員で虎徹さん家の炒飯ですね」
虎徹は「えぇ?」と顔を顰め、キースは「それはいい!」とサムズアップした。
「おいおい、今からだと夜中になるぞ。だいたいスカイハイ、お前は病院送りだろうが」
「応急処置はしてあるから大丈夫。病院は明日の朝行けばいいよ。飲み物は何を買っていこうか? デザートもいるかい?」
「デザートは女性に頼みましょう。美味しくて夜に営業しているケーキ屋さんを見つけたとか」
「決定かよ。いいけどさぁ」
呆れたように笑う虎徹、楽しそうに笑うキース。バーナビーは二人に向けて両手を伸ばした。
「すみませんが、手を貸していただけませんか?」
二倍になったヒーロースーツのおかげで、自力では船に上がれない。
「しゃーねーなぁ」
「勿論だとも!」
同時に手が差し伸べられる。
バーナビーは力強く握られた両の手に、心からの笑みを浮かべた。
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ヒーロー達vs無人戦闘機。前置きの長いアクションもどきです。スカイハイさんメインですが、みんな頑張ります。■注意:戦闘機や兵器、物理化学に関する知識が皆無の文系が書いた、嘘100%空中戦です。戦闘機はシュテルン嘘仕様でヒーロー達の能力も科学的なことも全部SF(それっぽい雰囲気に読めたらいいなの略)ですすみません。■スカイハイオンリーに行けない悲しさのあまり、エア新刊的のつもりで書き始めたのですが、難航した上に長くなり間に合いませんでした。筆力も知識も全然足りぬ。劇場でかっこいい空中戦を見たいです。
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UNIVERSE of WORLD
<注意>
1.独自設定、山盛りです(お覚悟を)
2.P3主は最強です(笑)
3.望月綾時がちびっ子になり、菜々子ちゃんと小学校に通っています(ランドセル装備です)
4.ラスボスをも脅すP3主のスキルは、全て∞です(「エレボス」を退け続ける彼の力は、フィレモン以上)
5.青い部屋の住人達は、皆P3主の熱烈なファンです(頼み事は二つ返事で引き受けます)
6.世界設定はP4(稲羽市)、P3主はP4主のクラスメイト(八十神高等学校2年2組)です。
7.P4はアニメを基本にしています(原作通りにイベントが始まらない事もあります)
8.CPはありません(が、場合によってはキスを迫る、押し倒す、などの表現が有るかも…)
9.P3主は、召喚器が無くてもペルソナを(通常空間にも)出せます。
[ウチの子設定/P3主]
名前:有里 湊(ありさと みなと)
◆P3原作通り、運命の日にコミュの結晶「宇宙-UNIVERSE」のアルカナを得て「命のこたえ」に
辿り着き、自身の魂を以てニュクスを封印、3月5日に死亡した。
◆P4前、ニュクスを脅かす存在を感知し、殲滅する為期間限定の実体を持って現世に降臨。
P4主とその仲間がニュクスを脅かす存在と戦うのを見て、手を貸す事に…。
[ウチの子設定/P4主]
名前:鳴上 悠(なるかみ ゆう)
◇稲羽市、八十稲羽に期間限定でやってきたP4の主人公。
◇初期ペルソナ/イザナギ(ワイルド能力者の為、ペルソナチェンジ可能)
◇特別捜査隊のリーダー
[newpage]
[chapter:彼がコンテストに出ない理由]
部活後、喉が渇いたと長瀬が云ったのを受け、居残り組全員(有里は手芸同好会での居残りで、後輩たる巽完二は錚々たるメンバーに気を遣い先に帰宅した)で惣菜大学の前まで来た。
放課後を大分過ぎた時間なので、学生の姿は通りに殆ど無い。シャッターが下りた商店が軒を連ねるメインストリートは、夕陽に照らされオレンジ色に染まっていた。
部活後の健全な男子高校生が、飲み物だけで腹の虫を黙らせるのは困難である。
ビフテキ串を囓る長瀬は、幸せそうにコロッケを囓る一条、黙々とコーヒーを飲む鳴上悠と、彼の隣でラムネの瓶を眺めている有里湊を順に見る。
稲羽市で育った一条と長瀬とは真逆で、鳴上悠と有里湊は早い時は半年、長くても数年で引っ越しを繰り返してきた経歴を持っている。
悠は『両親の仕事の都合』で、湊は『保護者の都合』だと云う。同じ事では無いか?と突っ込んだ処、湊の両親は事故で亡くなりその後親戚間を点々としてきたらしい。
長瀬は、タイプは違うけれどイケメンと呼ばれる3人の美貌に嘆息する。
(コイツ等…、自分がモテてるという自覚が足りん)
一条康は、昔から学区内外の女生徒に人気があった。
整った外見を裏切り意外にも奥手な性格で、好きな女性にはなかなかアプローチ出来ない、長瀬曰く『不甲斐ない』奴なのだが、男子間の友情には熱く、何かと頼られる(上手く使われている、とも云うが)事も多い。
旧知の仲なので、云いたいことを明け透けに云い合える、かけがえのない友人の一人でもある。
鳴上悠は、都会から期間限定で転校してきた曰く付きの人物だ。
色素の薄い髪と目の色、肌もアジア系の自分達とは違う。本人は、『祖母が外人だった』と云っていたので、成る程と頷いた記憶がある。
成績も優秀で、何処か淡々と物事を進める傾向があるけれど、基本的に頼み事は断らず力になってくれる、よく言えば『良い人』で悪く評価すれば『八方美人』だ。
初対面時、その場のノリ的に部活に誘ったりしたが、掴みにくいと思っていた性格はその通りで、今だに根っこの部分が良く判っていない。
有里湊については、鳴上悠よりも良く判らない。
彼自身が無口なせいもあるだろうが、何故か彼の側には何時も誰か(2組の者だったり、1年生だったり)が居て、必要以上近付けないのだ。
日常会話くらいなら問題無いらしいが、突っ込んだ話をしようとするとたちまち間に割って入られてしまう。
『お前等は有里のお母さんか!』と何度叫びそうになった事か。
だが、それが【有里を守り隊】(鳴上を先頭に、2組の者達と何故か1年生がよく連んでいるので、ひとまとめにしてそう呼んでいる)には当たり前の行動らしく、咎めても首を傾げてしまう。
今日は、鳴上が一緒なので他の者は居ないけれど、湊一人だけを何処かに呼び出すのは至難の業、と云えるだろう。彼の下足箱に時々入れられるラブレターの行く先が、何故か心配な長瀬である。
「学園祭が近いが、2組の展示のほうは進んでいるのか?」
「あー…、ぼちぼち?」
合コン喫茶という、花村のジョークがクラスの総意を得た展示となった2年2組だが、当初の盛り上がりが現在も持続しているのかと問えば、悠と湊が揃って首を横に振る。
「期待しているのは間違いないんだが…」
「合コンが初めてって人が多くて…ね」
僕もそうなんだけど、とラムネを飲み干した湊が瓶を振って涼しげな音を鳴らす。
「今更、選択を失敗したと云っても遅いだろうが」
「何とかなる……筈だ」
あれは、その場のノリが大切と握り拳の悠に一条は苦笑する。
「そういえば…、女装コンテストもあるんじゃなかったか?鳴上も、出るんだよな?」
「勿論」
「有里は?」
「コイツは駄目だ」
何故か本人ではなく悠が速攻答えるが、心なしか顔まで怖い気がする。
「えぇー…っと、鳴上さん?落ち着いて…」
「一条は知らないだろうが、以前…」
ジュネスでバイトしている湊は休日のある日、客が引けたフードコートを清掃中に走り回っていた子供にジュースをかけられ、着替えを持っていなかった為バイト仲間のシャツを借りた。
「それが女性ものだったから…何というか、いいように遊ばれてね」
「嫌ならそのように意思表示しない、お前が悪い」
「そうだけどっ!でも、善意で貸してくれたものを…突っ返す訳にもいかないよ」
恥ずかしかったと目元を朱色に染める湊の頭を、悠が小突く。
「つまり、こうだ。『有里くーん、細い。これ、似合うんじゃない?』『これも着てみて?』『きゃー、可愛い』『ついでに、メイクもしない?』『ウィッグもあるわよ』『リボン、結んじゃえ』」
わざわざ声色を使う必要は無いのだが、当時を思い出しながら再生する悠の表情は、益々険しくなっていく。
「女性店員に散々遊ばれて出来上がったのが、有里みな子さんだ」
「はい?」
名前の問題ではなく、女装コンテストに出ない理由をきいているのですが。
本人へ目で問うが思い出しているらしい湊は、恥ずかしさMAXの為口元を押さえ俯いている。
「今度ジュネスに行ったら、売り場の店員…誰でもいいから聞いてみろ。伝説の店員みな子さんが如何に凄い人気だったのかを、な」
「人気…って?」
「試食コーナーに立たせた処、本店の二倍用意していた新商品が1時間で完売したそうだ」
恐るべし、有里みな子。
彼の天使の前を、知らぬ振りで素通り出来る客は殆ど居なかったという。
「マジかっ!」
「有里ぉ、おま…どんだけ美人に変身したんだっ?」
「だから、あれは…ねっ!クマ君と…売り上げの勝負をしようって事になって…」
背中合わせで販売促進に力を入れていたので、どうせなら勝負しようと持ち掛けられて頷いたのが悪かった。
結果は湊の圧勝で、落ち込んだクマは数日間立ち直れなかった。
「クマはジュネスのマスコットだろう?勝負する意味が判らない…」
「悪かったって、云ってるじゃないか…」
「お前は今後一切、女装するな」
「云われても、絶対しないよ!」
湊は自宅に戻ってから、綾時やエリザベスに散々説教されたのだ。正座は辛くないけれど、両側から泣き付かれるのは勘弁して欲しい。
「そういう訳で、有里は女装コンテストには出さない。二人共、判ったか?」
「「……了解」」
有里は止めても、自分は女装コンテストに出るんだな。
また一つ悠に対する認識を改めた長瀬は、【有里を守り隊】は全員『おかん属性』であると心のメモに記すのだった。
『有里みな子』さんは、伝説の女性(笑)店員であります(きりっ)きっと、無意識にマリンカリン的効果を
放っていたと思われますが、其処は定かではありません。ジュネス全店で、金字塔的売り上げだった
と推測しますが、正式に「女装して販売を」なんてお願いしたら即刻バイトを辞めてしまう為、花村パパは
苦悩した後にみな子さんの記憶を抹消したかと!花村パパ、ごめんなさい!
そして、【有里君を守り隊】は彼に関わった者が無意識に行動を起こしているので、頼まれてやって
いるとか、では決してありませんです(笑)
<オマケ>※追加
確かに、コンテストには出さないと云った。云ったけれど…。
「お前は…何をやってるんだ」
「何…って、焼きそばを販売してます」
それが何か?と首を傾ける湊の頭には、白くて長い耳が揺れている。
所謂―ウサミミだ。御丁寧に、丸い尻尾もズボンに付いているので、後ろを向いた瞬間に周囲から息を飲む音が聞こえてくる。
(誰だ、この馬鹿にこんなふざけた格好をさせたのはっ!)
殺気立つ悠は、フードコートをぐるりと見回す。
此方を意識していた男性が、慌てて視線を逸らしたのを発見。
アイツが犯人だと目星をつけた彼が突撃を開始しようとするが、間一髪陽介の手が悠を捕らえた。
「ちょっ、…鳴上さん。落ち着いて?」
有里君のウサミミ装着には、理由があるんです。どうか聞いて下さい。
人事部の社員を守る為に説得を開始した陽介、だったが―。
「陽介、お前も同罪だな。…………蹴るっ!」
身長を生かした踵落としが決まるかと思った瞬間、陽介は手を放し逃げながら人事部の増田へ退避するように忠告する。
「増田さーんっ、鳴上から逃げて――っ!」
だから俺は止めたのに。見付かったら、絶対鳴上大魔神が降臨するから止めたのにぃー!
俺まで巻き添えかよ!という陽介の叫びが、ジュネス本館まで響く。
『有里みな子さんは拙いけれど、湊君を可愛らしくするのは良いかも?』
人事部女子の案に基づき発動した【ウサミミ集客作戦】は、鳴上悠が菜々子と共にジュネスを来店した瞬間終了となったのだった。
[newpage]
[chapter:天使?の報復]
堂島遼太郎、42歳。
彼は今、自身の人生で最大の窮地に立たされていた。
「お父さん、あのねっ!菜々子、とっても上手に出来るようになったの!」
見て見てと飛び跳ねる娘の姿に笑み崩れる処を、父の威厳を以て寡黙な態度を貫く。
刑事たるもの、どんな事態に直面しても冷静さを保たなくてはならない。
「何かあったのか、菜々子?」
「うんっ!」
菜々子の服装は、以前揃えてやった『テレビアニメ』の何か(遼太郎は名前を覚えていない)そのもので、我が娘ながらとても似合っている。
愛娘に、留守番の多い生活強要している自分に腹が立つ半面、説明もせず「判って欲しい」と願うのは、自分が刑事だからというだけではなく狡い大人でも在るからだ。
我が子が、寂しさ故に見えぬ場所で泣いているかもしれない。
考える度憂鬱な気持ちになったものだが、今はその心配は皆無の筈―だった。
「処で、菜々子。悠は何をしているんだ?」
「お兄ちゃん?うーんと…ね、菜々子良く判らない」
遼太郎の姉の息子、甥の鳴上悠は遼太郎が帰宅した時既に床で丸くなっていた。
小刻みに震えているので、病気ではないのかと心配し声を掛けたが、切れ切れの声で「大…丈っ…夫」と云った為、半ば放置状態である。
『菜々子ちゃん、お待たせ。あ、お帰りでしたか?堂島さん』
玄関から声が響き、遼太郎は隣人へ応える為に振り返る。
「……湊…くん?」
「こんばんは、堂島さん。お仕事、お疲れ様でした。今夜は、鳴上と一緒にロールキャベツを作ったんです。コンソメとクリーム、トマトソースですけど…お好きでしょうか?」
ことん、と首を傾ける線の細い少年へ遼太郎は首を縦に振る。
時々、堂島家に差し入れを持ってくる隣人のご飯は、とても美味しい。
菜々子も気に入っており、外食や出来合い弁当が多かった今年の春までの食卓が、まるで嘘のように豪華な食事が摂れる幸運に感謝している遼太郎である。
「俺に問題は…ない…がっ…」
それよりも、君は大丈夫か?
続く遼太郎の声は、妙に上擦っている。さもありなん、隣人有里湊の服装は菜々子と同じ『テレビアニメの何か』(スカートらしき腰布の下に、スパッツを着用している)だったのである。
綺麗な少年だとは思っていたが、それらしい服装になると実に恐ろしい事に美少女に見えてしまう。
顔を上げた悠が、再び突っ伏し床を叩き出す気持ちを、遼太郎は此処で理解した。
笑っては、いけない。彼は菜々子の為に、此処まで頑張ってくれている。
保護者として感謝はしても、貶すような真似は絶対に出来ない、笑ってはいけないのだ。
凶悪犯に立ち向かう時でさえ、こんな緊迫した状態にはならないと遼太郎は背に汗が浮かぶのを実感する。
悪夢ならば覚めて欲しい、切実に。
「わぁぁぁ!湊お兄さん、似合ってる!」
「そぅ?」
無表情の湊は、肩を揺らし震えている悠の脛を遠慮なく蹴った。
「鳴上、まだ笑うか」
「…ぁ…りさ…とっ、もう…止めて…くれっ…っ、たの…っ…っ」
悠が懇願の声をあげているその横で、ビデオのリモコンを持った綾時が件のアニメを再生する。
「さぁ、菜々子ちゃん!お父さんに完璧な踊りを見せる準備はいい?」
「おっけー、綾時くん。お父さん、ちゃんと菜々子を見ててね?」
「………っ、………っ」
足と下っ腹に力を込めた遼太郎は、錆びたロボットのような動きで娘の声にガクガク頷く。
大きく息を吸い心を落ち着かせた菜々子は、お玉を持った湊と向かい合って立ち、曲が始まると同時に腰を振り出した。
「「眼と目が合えばっ♪事件の始まりっ」」
その言葉を尾行する!
指先を振りながら、ステップを使って歩きくるりと回る。
「「手と手が触れて、ほら急展開?謎がまたー解けてく!」」
子供向けアニメの歌を、遼太郎は今初めて聞いた。
番組名を知らなくても、菜々子が『これがラブリーンだよ!』と云ったのでそうかと頷き、グッズを購入していたのだ。
確か、傘も買ってやったなと、関係ない事まで思い出すのは、現実逃避したいからだ。
ポップな曲は、どんどん進む。
小学一年生、堂島菜々子は学校行事に殆ど参加出来ない父へ、頑張っている自分を見せる為華麗に踊り続ける。
「「私はミスラブリーン~、どうかご・用・心♪」」
決めポーズまでぴったり揃った二人の姿に、遼太郎は気の抜けた拍手を贈る。
既に、足に力が入らなくなっている。彼はその場に座り込み、両手で口と鼻を押さえた。
娘は可愛い、めちゃくちゃ可愛い。
子煩悩からくる台詞ではなく、本当に愛らしかった。そう、まさに天使のように。
何故、ハンディビデオを用意しなかったのかと、握り拳で北極星に叫びたい程である。
「………っ…っ…、ぷ…っ…はっ…っ」
済まない、菜々子。お父さんは、可愛いお前を抱きしめて「上手かったよ」と褒めたいんだ、本当だ。
だが、今この手を放したら最後…隣人を笑ってしまう。失礼極まりないほど、メチャクチャ笑ってしまうんだ。
それだけは、避けなくてはならない。円滑な近所付き合いを継続する為にも、ここは大人として堪えなくてはならないんだよ、菜々子。
可愛い菜々子、判ってくれ菜々子。
「お父さん?ねぇ、…大丈夫?」
「な……っ、なな…こ、…」
頑張ったな、上手だったぞ。
涙目で頷く遼太郎は、奇しくも悠と同じ格好で床に伸びてしまう。褒められて嬉しい菜々子だったが、父の様子に首を傾げた。
「変な、お父さんとお兄ちゃん」
どうしたのかな?
床に転がって、震えている男が二人。息も絶え絶えの状態で、時々「ぷはっ」と息が漏れる。
「さぁ?僕には判らないなぁ」
何も面白い事はしていないし?
湊は菜々子からラブリーンアイテムを受け取り、スイッチを入れる。
『キラっと解決☆』
「「ぶはっ!あっはっはっはっはっ…っ」」
先刻のダンスを脳内リピートしてしまった二人が、爆笑する。驚いた菜々子へ、綾時は時計を見上げながら入浴を促した。
「さぁて、菜々子ちゃん。沢山頑張ったから、次はお風呂だよ。その間に、お父さんもご飯を済ませると思うから、ダンスの感想は後でね☆」
「うん、今日はありがとう綾時くん。湊お兄さんも、教えてくれてありがとう」
菜々子、頑張ったよね?
勿論だよと二人に褒められた菜々子は、頬を薔薇色に染め駆けていった。
「………さて。お二人共、そろそろ復活して欲しいんですか?」
「ぶはっ!……駄目…だっ、有…里っ…頼む…着替えて…っ、あははははっ!」
「済ま…ない、湊…くん。……ほんと…す…っ…」
あっはははははははははっ。
バンバン床を叩く二人に、エリザベスの十八番『メギドラオン』をお見舞いしたい心境の湊だ。
「――――。腹を抱え床を叩くほどのものですか?」
先日、湊のパソコンで某動画サイトを見ていた綾時が、菜々子の好きなアニメ「魔女探偵ラブリーン」のダンス画像を見付けた。
素人が踊っているものだったけれど、小学生が再現するには少々難しいレベルだった為、一度は踊らせるのを諦めた。
だが、綾時に画像を見せられた菜々子は、本当によく頑張った。
湊の指導が良かったのか、振り付けが完璧になったのは遼太郎が帰宅する直前だったけれど、その全工程を見学していた悠は初っ端から笑い続けていたので、現在屍状態である。
「そーんなに、笑う事ないだろう。覚えておくからな…鳴上」
僕の怒りが溶けるまで、半径2メートル以内に近付くな、いいかっ!
持っていたお玉でポカポカ悠の頭を叩いた湊は、堂島家を出て行く。
菜々子の為に頑張った彼に、この仕打ちはあんまりじゃないのか?
確かに、高校生男子の外見の湊が踊るには、かなり…可愛らしい振り付けだったのは認めるが。
「湊お兄ちゃんの機嫌、直らなかったら悠お兄さんと堂島のおじさんのせいだからねっ!」
僕、しーらなーい。
お邪魔しました、と綾時も堂島家を去る。
脱力した二人は、菜々子がお風呂から戻るまで床に寝ころんだまま、先刻の衝撃映像を記憶から消去する努力を続けるのだった。
ボツネタ第二弾(笑)菜々子と一緒に踊るキタローでした。絶対、可笑しいよねっ!絶対、笑うよね!
でも、遼太郎は良識在る大人(の筈)なので番長ほど大袈裟に笑わない……筈っ(爆笑)だったのに。
似合ってるから、逆におかしさ倍増だったのかと思われます。キタローは真面目に、菜々子ちゃんの
為だけに踊ってるのに、何故に番長が其処まで笑うのか理解しておりません(ふぅ)
<オマケ>
「有里、なぁ…それ…もしかして」
「綾時に作って貰った、糸電話だよ」
「懐かしいなぁ。因みに、何に使うんだ?」
「鳴上悠専用、ホットラインです」
「へっ?もしかして…悠と喧嘩したのか?」
「してないです。側に近寄って欲しくないだけ」
「………それを世間一般では喧嘩と云うのでは?」
「知りません」
「有里せんせいぃ、教室で糸電話は止めません?」
「苦情は、鳴上へどうぞ」
翌日、湊から「半径2メートル以内に近寄るな」宣言をされてしまった悠は、特別捜査隊の面々に責められ改めて湊に頭を下げる事になる。
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◆昨夜、遅くなったけどGW期間だけの限定上げようっ!と頑張って設定したのに…繋がらなかった罠。ピクファン…恐ろしい(ぶるぶる)<br />◆サイトでの拍手更新が滞り、手短にアップ出来たネタで突発的に上げたものを再利用、狡い大人です御免なさい(笑)<br />◆何故にボツネタなのかと申しますと、本編に関係ないからですね!いやいや、それはいつもの事だと突っ込まないで下さい…泣いちゃうから!いつもより…やや【ボツ度】が高いもの、と認識していただければ幸い。そして、GW過ぎたら撤去しますので、ブクマは自己責任で宜しく!(思わず噴いちゃうタグが付いたら残しますが、ね)<br /><ここから、トップ固定の内容説明><br />■世間に余りにも【P3主 in P4世界】が少ないので、自家発電をサイトで開始してみました(サイト上では、P3主はオリジナル名を使用しています)ゲーム内容を知らない方には、非常に不親切な設定となっております。そして、ゲームのネタバレ全開です、容赦ないです+独自設定が有りますので、ゲームのENDで納得されている方、P4を心から愛する方、捏造設定に嫌悪感がある方は、直ちに閲覧を止め下さい。 (最新更新はサイトですが、此方は在る程度更新分が溜まったらUPします) <br />■P3主/ 有里 湊(漫画版名) <br />■P4主/鳴上 悠(アニメ版名)<br /><追記>5月1日GW限定にしようと思ったのに…ネタ的SSだし笑)が、しかし…意外にも気に入っていただけたようなので、このまま放置プレイする事にしま…す(私がっ恥ずかしいけどねっ)タグ、ありがとうございます(深々)真面目な原稿をやっていると、時々はじけたくなる私はギャグで出来ている生物(ナマモノ)です(きりりっ)小説ルーキーランキング、DR55位ありがとうございました!
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P3+P4「UNIVERSE of WORLD」【SS】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1015721#1
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ちゅういがき
にじそうさくはふぁんたじー、いいね?
ふるやさんのこうこうじだいねつぞうあり。
ふるやさんのにちじょうもねつぞうあり。
ねつぞうしかない。
いいね?
よし、どうぞ。
[newpage]
突然ですが聞いてください。
七年間失踪していた恋人の無事を確認して思わず号泣してしまった結果、喫茶店のバックルームに保護された件について。
嘘やん?
え、嘘やん?私なんで店内からバックルームに移動してるの?
濡れタオルで目元を抑えながら大混乱だよ。現在可愛い店員さんが濡れタオルを持って来てくれて、それで目元を冷やしてます。まだ泣き止んでなんだけどね!!泣き止まないのが原因だね!?
店内でいつまでも泣いていたら滅茶苦茶目立つ。ご迷惑になるし早々にお暇しようとしたら可愛い店員さんがもう少し休んで行ってくださいと言ってくれたのだ。せめて泣き止むまではと。いい子だね?天使だわ。
かといって店内で泣いているわけにもいかない。食事も終わっていることだしバックルームで休んでくださいと誘導された。いい人過ぎないかな?そしてやっぱり泣き止まない私が悪いね嘘やん!!
いや、最初はお断りしようとしたんだよ? だって流石に、お客がそっち側に行くのは良くないじゃん?だけどお客が泣きながら帰るのは心が痛むと、可愛い店員さん…首席様のほうがぐいぐい来て裏に引きずり込まれたのだ。
嘘やん首席様本当に良いの?良くないのでは?だって今首席様じゃないよね?それを知ってる私が居ていいの??大丈夫?何がどうとかさっぱりだけど大丈夫?
アッハイ。私は何も知らない泣き虫です。
いや本当に、なかなか泣き止まないんだけどこれどうしたら止まるのかな?この年になって自分で泣き止めないとか嘘やん??それとも年の所為で涙腺ゆるゆるなの?若いころから緩いからさらに緩くなってるの?嘘やん、そろそろ何とかしないと脱水症状で干からびちゃう。ご好意で貰った濡れタオルが涙で濡れタオルになっちゃう。
とか思っていたら可愛い店員さんがお水持って来てくれた。
ひええええすみませんごめんなさいお気を遣わせてしまってごめんなさい嘘やん絶対年下だよこの子、年下の女の子にめちゃくちゃ気を遣わせてしまっている!!罪悪感で!!胸が痛い!!嘘やんこんな大人とかごめんね基本こんな大人で!!
どうやら可愛い店員さんはこれから休憩らしい。それなのにこんな厄介な客の相手をさせてごめんなさい!!と言うかこの喫茶店一人ずつ回すの?一緒の時もあるけどお客さんが少ないときは一人?お疲れ様です!!
え、安堵でそれだけ泣いちゃうくらい不安なことが続いていたんですかって…うん、七年くらい…いや三年…?いやいやもう解決しているんで!!解決はしてないな!!嘘やん解決してないけど泣いてたね!?でも安心しちゃったもんはしちゃったし!!
解決してないならと探偵さんに相談をお勧めされた。
探偵さん…確かにこの上に有名な毛利探偵が…あ、安室さんは毛利探偵の弟子で探偵…?た、探偵なんだ…そっかー!!
ソッカー!?
え、探偵?探偵アムロ!?探偵なの!?喫茶店店員じゃないの!?兼業!?喫茶店探偵!?最近ラノベで多い兼業探偵!?いや読んだことはないですけどねありそうだね喫茶店探偵!!嘘やん!?探偵事務所の下にある探偵の名前の喫茶店で働く探偵って探偵がゲシュタルト崩壊してるとか嘘やん!?
嘘やん今誰かおまいうって言った!?
だめだ…昨日から情報量が多すぎてパンクしちゃう…嘘やん、癒されようと外に出たら更なる情報を手に入れてしまうとか嘘やん…あ、しまったなんかうとうとしてきたぞ…だめだめ!!ここは喫茶店!!しかも店員さんたちのバックルーム!!ご好意で貸してもらってるのにそこでお昼寝とか嘘やん!ダメ!!しっかりしろ私!!安心しちゃったからって泣いて寝るって子供か!!
嘘やんガチで眠い…眠気覚ましに何か…何かない…?何もないね…?頭、頭を働かせるんだ…!
でももう爆弾の話はいい!!これ以上の爆弾はいらない!!首席様との再会からして爆弾だから!再会してから怒涛の展開だから!!
…再会といえば、首席様の幼馴染に再会したことあった。首席様同様、連絡の取れなくなっていたお友達。再会といっても一瞬で一方的だったけど。それだ、そっち考えてよう。
それがどれくらい前の事だったのか、正直ちゃんと覚えてない。
爆弾事件みたいに四年越し、しかも同じ日付、なんて関連性のないことだったし、残念ながらここは米花町。毎回何かと事件が起こるので正確な日付は流石に記憶していないのだ。私はどちらかと言うと事件は忘れちゃいたい。日記とかも付けてない!
でも確か、二回目の爆弾事件は過ぎていた。ので、ここ三年以内のことだったと思う。
早速ですが、仕事帰りの私は、自転車に乗ったひったくりに合っていた。
嘘やん!?自転車で勢いよくショルダーバック持って行くとか嘘やん!?
そこで手を離せばよかったんだろう。だけど奪われてはならないと思った私はぎゅっと鞄の紐を握りしめて、その場に踏ん張った。だけど自転車の勢いに勝てるわけもなく、引きずられることになる。
それでも鞄を離さなかったもんだから、今度は犯人が自転車から落っこちた。
嘘やん犯人も諦めないな!!無理そうだと思ったら手を放そうよ!!私が言えたことじゃないけど、私は私の鞄を守っただけだから!!と言うかひったくりは犯罪!!
被害者の私と加害者のひったくり犯。同じ鞄を握りしめて地面に転がった。
私の膝が大惨事!!スカートだったから防御力がゼロ!!ストッキングびりびりしたよ嘘やん!!嘘やん!!あと腕とか擦りむいたよ!!自転車の勢い怖い!自転車は犯人が落っこちてしばらく走り、電柱にぶつかって止まった。すさまじい音がして、通行人がこちらを振り返る。
意地になっていた私は倒れたまま鞄を引っ張った。でも動かない。くそ、どれだけ執着心の強いひったくり犯なんだ!こんなになっても諦めないなんて!でも身悶えて起き上がれてないね!嘘やんそれでも鞄持って行こうとするとか嘘やん!!そのガッツを犯罪以外に見せよう!?
痛みに悶えながら地味な攻防をしていた私たちだけど、通行人が助けてくれた。警察に通報して、犯人を確保して、私の鞄を取り戻してくれた。ありがとう通行人!
駆けつけたお巡りさんに確保された犯人だけど、自転車から落っこちたことで病院へ連れていかれた。どうやら足をやらかしていた様子。嘘やん?これわたしの所為?…あ、自業自得ですね。でも危ないからこういう時は潔く鞄を諦めて?いやです!
お巡りさんに近くの交番に連れていかれて、そこで膝や腕の手当てを受ける。でも診断書があったほうがいいらしいので、後日病院へ行くことになった。
その日はちょっと遅かったので、一旦家に帰ることに。お巡りさんは近くまで送ってくれた。ありがとうお巡りさん、いつもありがとうお巡りさん。
さて、今度こそ帰ろう。そう顔を上げた私は、ビルとビルの隙間を走り抜けた人影を見た。
あ、幼馴染君、と。
そう思ったら自然と足がそちらに向いていた。
幼馴染君。私の幼馴染ではない。首席様の幼馴染だ。
首席様に勉強を教わり出してしばらく、私は幼馴染君と出会った。と言うか、首席様の様子がおかしいと気付いた幼馴染君が、その原因を探りに来たのだ。
一緒に勉強していた図書館で、首席様が席を外した一瞬で、その席に突撃してきたのが幼馴染君である。
まあなんかいろいろ言われたけど勉強で必死だった私は聞いてなかった!!ごめんね!!気づいたら首席様と一緒に前の席に座っていて図書館なのに嘘やんって叫んじゃったよごめんね!!私が全然話を聞いてなかったって知った時幼馴染君も嘘やん…って言ったのが印象的だった。
話は全く聞いていなかった私だけど、どうして幼馴染君が来たのかはなんとなくわかっていた。首席様が心配だったんだよね。
首席様と幼馴染君はその名の通り幼馴染で、とても仲が良かったから。幼馴染君はあまり一緒に勉強をしなかったけど、首席様と一緒に楽しそうにしているのは何度も見てきた。首席様と付き合うことになった時だって、こいつをよろしくなって明るく笑いながら、わざわざそんなふうに言われた。
私は、幼馴染なんていなかったし、勉強漬けで友達もいなくなってしまったし、そもそも父親の所為で警戒心も強かった。
だから、二人の関係は、私にとって憧れだった。気心が知れている友人、親友、ソウルメイトってやつ。
首席様と連絡が取れなくなってすぐ、幼馴染君とも連絡が取れなくなったときは、嘘やんじゃなくてやっぱりと思ったくらい。
私は一緒にいられなくても、きっと幼馴染君は一緒にいったんだなって、すとんと納得できるくらい憧れの友人関係だった。
そんな幼馴染君らしき姿を見て思わず後を追ってしまった私。
…いやいや何してるの?嘘やん?何追いかけてるの?
追いかけてどうするの?向こう急いでるっぽいよ?そもそも暗くなって来ていてお巡りさんにも早く帰ってねって注意されたばっかりじゃん?家から離れてビルのほうに向かうとかどういうことかな?
咄嗟に追いかけたのは、幼馴染君なら首席様が今どうしているか、知っていると思ったからだ。
幼馴染君から首席様のことを聞きたかったからだ。
だけどそれは私の都合でしかなくて、今ココで彼を追いかけて、捕まえたとしても、私の気持ちの押し付けにしかならないんじゃないか。
何より私は、焦らず待つと決めたはず。四年は待つって決めたはずだ。
気になるし、知りたいし、切ない程だけど、じっと待つって決めたはずだ。
だから、追いかけちゃだめだ。どうしていなくなったのかもわからない私は、せめて首席様の邪魔をしないように。飛び込まず、じっとしているのがいい。
だって首席様が私にして欲しいことがあったなら、きっとそう言ってくれただろうから。
とか思いながら、私の足は止まっていない。幼馴染君を追いかけながら考えていた。
出した結論は追いかけないで待ち続けること。咄嗟の衝動を抑えられなかったけど、きっとこれ以上進めば彼らの邪魔をしてしまう。そう判断した私は、くるっと振り返り来た道を引き返そうとした結果。
曲がり角から現れた誰かと正面衝突した。
足音も気配も感じなかった。衝突しながらぎょっとした私は、背の高いその人を勢いよく見上げた。
モブおじさんかと思った―――――!!!!違う!!モブおじさんじゃない!!オッケー――!!
ビックリした!!びっくりした嘘やんまずモブおじさんを疑っちゃったよ!!こういう時まずモブおじさんと遭遇するから身構えちゃったよごめんなさいね!ごめんなさいね!!全然モブおじさんって感じがしないお兄さんだった!!
でも堅気って感じのしないお兄さんだった!!オッケーじゃない!!
嘘やん!!目つきが悪すぎる!!ついでに顔色も悪い!!背が高い!!見下されるの怖い!!ぶつかったとき分かったけど筋肉がありえないくらい硬い!!嘘やん電柱にぶつかったかと思った!!でもって服装がこれでもかってくらい黒い!!これから夜になりますが夜に溶け込むつもりですかってくらい黒い!!あと長髪!!長い!!長い!!嘘やん長い!!この人髪がすごく長いよ!?男の人でここまで長髪って見たことがない!!モブおじさんとかけ離れたカッコいいお兄さんだけど不審者だ!!十人中九人くらいが犯罪者って言いそうなお兄さんだ!!残りの一人はワイルドでカッコいいとか言いそう!!
顔が怖い堅気じゃないお兄さんとぶつかった私の混乱した脳内この間二秒!!
嘘やんとにかく謝らないと臓器を売られてしまう!そう思った私はごめんなさいと叫ぼうとして、ごとりと重い音が足元に響き、そちらを見た。
黒光りする何かがあった。
太古の害虫じゃない、黒光りする、物。
嘘やん。
チャカじゃん。
やっぱり堅気じゃない。
この米花町でモブおじさんと同じくらいの発生率を誇る不審者だ!!
呆然とする私。舌打ちをして落とし物に手を伸ばす不審者。危険物所持を目撃した場合、犯人がとる次の行動を答えよ。
答え:口封じ。
う、嘘やあああああああああああああああああん!!!
「おっおまわりさあああああああああああああああんっっ!!」
私は絶叫しながら落とし物を蹴り上げた。殺される!!目撃者は殺される!!とにかく落とし物を拾わせちゃだめだ!!そう判断した結果だったと思うけど、その時は反射だった。爪先にガツンと言う衝撃。落とし物は持ち主から離れて行った。
「おまわりさあああああああああああああああんっっ!!この人ですぅうううううううっ!!」
「チッ!」
目の前の不審者の手が落とし物から私に伸びる。ぬっと伸びてきた手から逃げることもできず、ガッチガチに固まった。口封じされる、殺される!嘘やん私ぶつかっただけじゃん!
しかしその手が私に届く前に、さっき別れたお巡りさんが私の声を聞きつけて駆けつけてくれた。
お、おまわりさあああん!!流石!!流石だよ!!日本の警察は優秀なんだ!!みんな、不審者を見つけたらすぐお巡りさんを呼ぶんだ!!もしくはすぐ逃げてねお姉さんとの約束だよ!!絶対だからね!!嘘やん私ってば誰に訴えてるの!?
すぐさま駆け付けたお巡りさんに舌打ちをした不審者は、場所の問題で落とし物を拾うこともできずそのまま走り去った。走り去る瞬間、近すぎた私は接触して突き飛ばされた。ガッチガチに固まっていた私は踏ん張ることもできず転倒。踏ん張る力はひったくり犯に全部費やしたから簡単に転がった。膝とか擦りむき放題だったしね!嘘やん私貧弱ぅ!
被害者の私が転がったので、お巡りさんは不審者よりも私の安全確認を優先してくれた。ごめんなさいお巡りさんありがとうお巡りさん!!
でもって危険な落とし物ですお巡りさん!訴えるとお巡りさんは血相を変えて応援を要請した。私は警察署に連行された。事情聴取と言う名の保護だよ!!嘘やんお家に帰れないとか嘘やん!!私ってばこういうの多いな!!
不審者の詳しい聞き取りと、怪我の手当てと、お説教。拳銃を蹴飛ばした件について血相を変えて怒られた。銃火器は繊細なので蹴飛ばしちゃいけないとのこと。暴発って言う現象があるらしい。もう蹴っちゃだめだよとお叱りを受けたけど、ごめんなさい咄嗟だったんです許してください。あと次がないことを願ってください。嘘やんモデルガンだろうと拳銃をちらつかせて銀行強盗をする不審者とかコンビニにナイフ片手で乗り込んでくる不審者とかこの米花町では珍しくないとか嘘やん!!!
思い返してみれば、この時の私は不審者と落とし物の件について混乱していて、ちらっと見た幼馴染君のことを忘れていた。幼馴染君のことを思い出すと一緒に出てきた不審者に、次あのモスグリーンの瞳を向けられたら不審者をお巡りさんに通報(?)した件で復讐されるのではないかとガタブルしている。長髪の男の人を見た瞬間回れ右するようになった。今のところ茶髪なのか金髪なのか銀髪なのかわからない真っ黒い長髪男性しか見たことはない。あれもきっと近づいちゃいけない奴。私は、絶対近づかない!嘘やんフラグとか言わないで!!
「お客様、起きてください」
「嘘やん」
ね、寝てた――――――――!?
嘘やん寝てた!?結局寝てた!?今までのは回想じゃなくて夢だった!?そんな夢を見たんだって夢オチ!?過去本当にあった出来事です!!
え、可愛い店員さんじゃなくて可愛い首席様がいる!?嘘やんどれ位寝てたの!?時計!嘘やんもう首席様のシフト終了時間!?待って待って私が来たのはお昼過ぎ!!でもって首席様がシフト入りしたあたりだね!?私寝すぎじゃない!?私寝すぎじゃない!?!?!可愛い店員さんはもう帰ってる!?いるのはマスター!?嘘やんご迷惑をおかけしておりますっておかしいね!!起こして!!そんなに熟睡とかおかしいでしょ自宅じゃないんだよ嘘やん私ってば非常識!!
「すみません、落ち着いた顔でとても気持ちよさそうに寝ていたので、起こすのが忍びなくって」
何よりとても可愛い寝顔だったので。
…嘘やん寝顔が可愛かったとかそう言う事言う――――!!嘘やん首席様そんなこと照れ顔で言わない!!首席様はそんなアマーイッて叫びたくなるようなこと言わない!!言っても照れ顔しない!!揶揄うみたいに意地悪な感じでいう!!これ誰ですか!!安室透さんですか!!そっか!!
ソッカー!?
嘘やん別人過ぎる!!なんだこの演技力!!呆然とするしかないよ!!私は呆気に取られて成すがままだよ!!流石に涙は止まってます可愛い店員さんのおかげで目も腫れてませんやめて!!目元を撫でないで近い!!また泣いちゃうでしょ!!何で泣いちゃうのかもう訳がわからないとか嘘やん!!訳がわからないけど泣いちゃうからやめ!!やめ!!
「こんな時間ですし、僕が責任を持ってお送りします」
「えっ」
…首席様にこのまま送ってもらうとか嘘やん?
[newpage]
はい、昼過ぎの喫茶店で号泣して店員さんたちのご好意でバックルームで休ませてもらっていたにも拘らず、そのまま爆睡して可愛い首席様に送ってもらうことになった私です。
嘘やん?どういうこと?どういうことなの??
寝起きで戸惑う私を可愛い笑顔で圧しきった首席様は私の荷物を人質に取って白い車へと私を誘導した。あっよくわからないけどなんかカッコいい車がある。スポーツカーってやつだろうか。車に詳しくないからわからないけどなんかカッコいいやつだ。高そう。嘘やん高そうだね!?でもって首席様の車なんだね!?乗るの?私今からこの車に乗るの!?嘘やん土足でいいの?ほんとにいいの?汚れとか気にし、気にしない?あっお待ちください首席様ドアを開けて腰を撫でるよう押し込まないで流れで座っちゃいます嘘やん座り心地が最高か―――!?
嘘やんドア閉まった。しっかりシートベルトも絞めてしまった。きゅっと。
首席様も運転席に座り、では行きますねと笑顔で運転を開始した。可愛い笑顔だ。首席様はまだ安室透だ。あむぴだ。私はカチンコチンに固まるしかない。だって!!あむぴは私にとって知らない人だぞ!!首席様だけど可愛い首席様だぞ!!どう接したらいいかわからない!!ただでさえ七年の空白があるのに!!いや昨日会ったけども!!
嘘やんどうしてこうなった。
自分を癒そうと家を出たはずがほぼ寝ているとか嘘やん?寝すぎでは?これ夜寝られなくなるほど寝ていたのでは?実際目が冴えています。フロントガラス越しに見える夜景をガン見している。
運転中の首席様は無言。私も無言。だって可愛い首席様と何を話せばいいの?私は安室透と今日知り合った、迷惑な客と親切な店員でしかない。ごめんなさいは車に乗る前に何十回と訴えた。それ以外で何を言えばいいの?わからない。
嘘やん言葉が出てこない。この状況の意味が分からない。
流れる夜景と一緒に私もぐいぐい流されている。流されていると分かっていてもどうにもできない。いっそのこと意識を彼方に飛ばすしかない。もうこうなれば過去の事件のおさらいだ。何なら交通事故だって経験済みなんだ!私が運転していたわけじゃないけど!!この米花町は事件から事故まで幅広いトラブルに満ち満ちていますよろしくね!嘘やんビークールだ米花町!冷静に行こう!!まだ慌てるような時間じゃない!!
…ところで私安室透に家を教えていないんだけどなんで私の住所知っているんですかね。
一言でいうなら、仕事辛い。
仕事辛いだ。辛い。自分だけじゃなくて後輩の結果も響いてくるから辛い。一人だけ頑張っていてもダメなんだって歯噛みしちゃう。連帯責任って言葉をいつも重く受け止めているのがお仕事。
だけど上司、部下に責任を押し付けて知らんぷりするその態度は絶対許さないからな。地方に飛ばされてしまえ。この米花町で上司嫌い、死ねって思ったら本当に死ぬかもしれないから目の前から来てくれって方向で祈ることにしている。ホント!!気を付けて!!
その日は上司じゃなくて後輩の失敗で、オールすることになった。徹夜だ。ミスに気付いたのが退社間際で、後輩は半泣き。上司は知らん顔してお疲れ様ーって帰った。納期に間に合わせろって言葉だけ残して帰った。そう思うなら猫の手になりませんかね!?嘘やん間に合わせたいなら帰れないじゃん!そう思いながらも半泣きの後輩を手伝った。幸いなのはここで残業した場合後日しっかり代休が取れる点だ。普通じゃないのと思うなかれ。この世の中タイムカードの改竄とか残業申請のねつ造とか萬栄しているから!ガッツリじゃなくてもどこも多少はブラックはいってるから!!会社選びは慎重にね!!
後輩は入社半月目のホカホカ新人。まだまだ先輩社員のフォローが必要な時期だ。私以外の先輩は皆家庭を持っていたので、私が率先して残った。皆残れるギリギリまで手伝ってくれたので、上司以外はいいやつしかいないと思っている。
上司本当にダメ上司。私以外の大半が結婚しているからか行き遅れだとかまだ結婚しないのかとか【放送禁止用語】は経験したのかとか【放送禁止用語】が下手なんだろうとか嘘やん!!訴えたら勝てる!!次に会うときは法廷だ!!が出来るくらいはセクハラ常習犯でもある。通りすがりに腰をポンと触るんじゃない!!私はこの上司を警戒して絶対二人きりにならないと誓っていた。
後輩のミスをカバーしながら、注意事項を言い聞かせる。報連相も大事だけど作業の見直しはもっと大事なんだよとか、上司に呼ばれても二人きりになっちゃだめだよとか、何か言われたらすぐ私に相談してねとか。だって新人確保したいじゃん!!すぐやめて欲しくないじゃん!!先輩として守っていかなくちゃじゃん!!正直上司が残るって言わなくてよかったと思ったよ!絶対言わないと思ったけど!!!!
そんなわけで、その案件を何とか片付けたら朝陽が上り出そうとしていた。
これは…このまま会社に居たほうが遅刻しないな…?と思ったけど、やっぱりシャワーは浴びたいし一度は家に帰りたい。後輩のシフトは夕方からになっていたので、こちらは大丈夫だろうが問題は私だ。嘘やん寝る時間ないね…?でも仕方がないので根性を出すしかない。今日仕事したら明日は休み!!それを目標に乗り切るしかない!!
さっさと帰ってさっとシャワーを浴びてもぐっとご飯を食べて出社しなくては。私は早朝の街をのろのろ歩いた。嘘やん言っていることと歩行速度が伴わない。仕方ないよね疲れているんだもの!!
疲れもあるけど私の足を重くしているのは、上司に渡されたパーティーの招待状だ。
数々のセクハラ発言を投げかけてくる上司は、私が現在フリーであると思っている。違うもん彼氏いるもん!!会えてないけど居るもん!!嘘やん自然消滅レベルとか言わないで!!明確な言葉がないから別れてないもん!!言葉もなく捨てられているとか察しろとか重いとか言われたって諦めないもん!!実際会って彼氏様にそう言われたら大泣きして諦めるもん!!嘘やん大泣きで終わるかもわからないな!!とにかくフリーじゃないもん!!しかし私がそう思っていても、周囲にはそう見えていないようで。
上司は取引先の商談パーティーに私を連れて行こうとする。いやな予感しかしないので今まで断り続けていたが、とうとう逆らえないよう業務の予定として入れられてしまった。嘘やん!!とうとう上司命令!!上司のそう言うところが父を思い出させて本当に嫌だ。いやな予感しかしないのでパーティーにはボイスレコーダーを持参しようか迷っている。
私が行かなければ、新人の後輩が連れて行かれるのではないか。社会経験の薄い後輩に、上司の闇を感じる誘いは荷が重い。何とか私が守らなくては。後輩に彼氏がいないというのも難点だ。そう言った誘いをかけてくるのは、私が未婚だからだろうし。
結婚したら解決するのか、それは疑問だ。でもって私は、彼氏様を諦めていないので予定はない。
…結婚か。四年待つって決めているから、それまでに会えれば三十歳か。
別に晩婚が当たり前になっている中、この年で独身なことに抵抗はない。結婚出産は早めがいいとはわかっているが、お互いの時期を見誤るのだけはしたくない。早くても遅くても、それぞれのタイミングが合えばそれでいいはずだ。お局様も四十代の新婚。そのあたり私は焦っていない。
と言うか、結婚よりもまず、会いたい。元気でいるのかを知りたい。
傍に居られないなら、我慢するから。相手がちゃんと元気でいるのか、それだけ知りたい。
もだもだ考え事をしながら歩く。結局首席様を思ってしまうのは仕方がない。眠気で重い頭を振って、コンビニで朝食でも買って行こうかと鞄を探る。
早朝なので人はほとんど見当たらない。少し先に男性二人組が見えるくらいで、犬の散歩などで外に出ている人もいない。
ので、ひったくりなんかの心配をしなかった私は歩きながら鞄を空ける。財布の確認。コンビニはまだ先だけど、現在の残金を確認しないと。財布を取ろうとして、例のパーティーの冊子が邪魔だった。もう!邪魔だなぁ!ぷんすこしながら冊子をどける。その力が思ったより強くなってしまったのだろう。空けていた鞄から、財布が勢いよく飛び出した。
嘘やん財布はいけない!!咄嗟に手を伸ばしてキャッチ!しかしほっとする間もなく、財布に気をとられたせいで鞄そのものを落としてしまった。嘘やん!!無事なのが財布だけって嘘やん!!
早朝に響く物が散乱する音。思ったより大きくてあわあわしながらしゃがみ込んだ。すみませんすみません!!小さな鞄にたくさんの荷物を詰め込んでいたせいで、広範囲に物が散らばっている。嘘やん!!私なんでこんなに詰めた!?むしろよく詰めれたね!?しまったいらないもの持ち帰ってる!!鞄に入れっぱなしになっていた貰った飴とかある!!嘘やんこれいつ貰った奴だっけ!?
あわあわしていれば、数メートル先に居たはずの男性二人が拾いものを手伝いに来てくれた。嘘やん申し訳ない!!ごめんなさいありがとうございます!!そのポーチは私のです!!
え、私ですか仕事帰りです。職場で徹夜しちゃったんで一旦お家に帰るところです。はい、その後出社します。いえいえありがとうございますお疲れ様です。え、そちらお巡りさん…お巡りさん!!ありがとうございますいつもお世話になってます!ほんといつもお世話になってます!!あ、それですか?今度商談パーティーがありましてその時に着るドレス選びのカタログで…私よくこの鞄に入れてましたね!?よく入ったね!?嘘やんどうやって入れてたのかわからない!!パーティーの冊子もだけど大きいんだよもう!!もう!!やっぱりちゃんとしたものに入れてないと落っこちるのが当たり前か!!
あ、確かにそれ結婚式のドレスとかで有名なブランドで、アクセサリーも充実してて、はい女の子は好きですねこういうの。あ、彼女さんですね!いいですね!こういう時しっかり助けてくれるお巡りさんが彼氏で彼女さんも幸せ者です!!絶対です!!嘘やん何で頭撫でられた?お巡りさん良き父味強いですね!?私知らないわこんな父性!!
ちょっと寝ぼけていた自覚はある。疲れていた自覚もある。初対面のお巡りさんと拾い物をしながらそんな会話をしてしまうくらいは疲れていた。あと拾った荷物は鞄に入りきらなかった。どうやって入れてたの?嘘やん?なんでこれ入ってたの?
荷物を拾い終えて、三人で立ち上がろうとしたとき。私たちの真横を衝撃が通り過ぎた。
さっき私が響かせた音なんて比較にならないほどの轟音が響いて、衝撃の余波でその場に尻もちをつく。でも視線はそちらから離せなくて、目の前で車が壁に突き刺さるのを見た。
嘘やん!?
腰を抜かした私と違い、大柄のお巡りさんがすぐに動いて運転手の生存を確認しに行った。救急車を呼べ!と言う叫びに若いほうのお巡りさんが悲鳴のような返事をする。嘘やんどうしようどうしよう私も何か…警察!!通報!!慌てて通報した。
車の突っ込んできた場所が、私たちのすぐ横で、何かタイミングがずれていれば轢かれていたことに気付いて血の気が引いた。嘘やん交通事故怖い。
その後お巡りさんの指示に従い、事故の事情聴取のためにお家じゃなくて警察署へと連行された。嘘やんお家帰して。でも事情聴取大事ですね。混乱しながらも、お巡りさんが二人もいたのでそちらが大体の状況を語ってくれた。お疲れ様です。警察が会社に連絡を入れてくれたおかげでその日はお休みになった。ゆっくり休めるねヤッタネでもそうじゃない!!そうじゃない!!嘘やん全然嬉しくないお休みだ!!
事情聴取のあとお家に返された私だけど、この時大柄のお巡りさんと少し話した内容が、私をとても不安にさせた。
お巡りさんは、今日この日、彼女さんと家族の挨拶をすることにしていた、らしい。
並大抵のことでは死なない自信があったが、流石に車には勝てないよなと頭を掻いた一言が、ガツンと私の胸を叩いた。
お巡りさんは、事故に遭わなくてよかった、という意味で言った。運がよかったなと、その場に居た私たちに、何気なく零しただけ。
…首席様は並大抵のことでは死なないと思う。だけどそれは絶対じゃないんだって、あの衝撃で教えられた気分だった。
案の定その日私は、お休みだというのに不安になってずびずび泣いた。
結婚できなくてもいいから、何なら四年後会えなくても…悲しいけど、いいから。だから。
だから、無事でいて欲しい。ただただそう願うことしかできなかった思い出。
嘘やん、本当に私ってば、願うことしかできない。何もできない。
…って、首席様。ここどこ?
[newpage]
言い訳させてほしい。
夜の走行って、現在地が結構わかりにくいことが多いよね。
普段運転しない私から言わせてもらえば、徒歩で通う道を車で移動するだけで町並みが結構違って見える。これは昼間でも思う。
なので私は、首席様の車に乗りながら、目的地が私の家ではない、という事実に気付くのが遅れた。気付いたのは、夜景に紛れた時計塔の時刻がそろそろ首席様と再会して二十四時間になるなって思ったからだ。おかしい、私のご近所にあんな時計塔はないぞ!ここはどこだ!目的地はどこだ!!
「嘘やん!?どこ行くの!?」
「はは、首都高に乗るあたりで聞かれるかと思っていました」
ぶっちゃけ首都高に乗ったことに気付いてなかった!
窓の外から見える景色が、夜景と言うことを差し引いてもこう、まったく見慣れないものになっていたのでやっと気づいた。あと我が家に行くにしては時間が経過しすぎている。そこまで遠くないはず。気づくのが遅い?馬鹿だね!!ほんと私は馬鹿だ!!
「しゅっ、あむ、あむぴさんっちょ、どこ行くんです!?」
「…その呼ばれ方は想定外です」
「嘘やん私今なんて呼んだ!?」
今の彼は首席様だけど可愛い首席様だと混乱して、呼び方に迷った結果がこちらです。なんて呼んだ!?私今なんて呼んだ!?嘘やん安室さんって呼べてなかった!?
「どこへ行く、ですか。教えてあげてもいいんですが、もうそろそろ着きますよ」
そろそろ着くにしても目的地は教えてくれませんかね!?
等と思っていたら車が停まった。って暗い!!町並みから外れ、街灯がほとんどない。周囲を見渡せば、ぽつんとある街灯から海だと気づく。え、海?
「嘘やん?」
「さ、降りて」
「嘘やん??」
いつの間にか運転席から降りていた首席様がとても自然な動作で助手席のドアを開けて、私のシートベルトを外し、呆然としたままの私を車からするりと降ろす。なんだこの手際。混乱しか呼ばない。
って寒い!!夜の海って寒いよ首席様!!思わずエスコートするよう添えられた腕にしがみ付いた。決して色めいた理由ではありません!!寒いんです!!嘘やん首席様あったかいな!?筋肉量の問題かすごいあったかいな!?あったかいんだからぁ!!!!!
ぎゅっと首席様の腕にしがみ付けば、その腕がするりと抜けて行ってしまう。嘘やん結構な力でしがみ付いたのに簡単に抜けちゃったね!?寒い!!とか思っていたら正面から抱きしめられた。嘘やん!?寒さ以外の理由でがっちり身体が固まったよ!?
って、アッー!!耳元で囁くように名前を呟かないで!!冷えた耳にあったかい息がかかってぞわぞわする!!嘘やん可愛い首席様から首席様に早変わりしてる!?首席様だね!?境目どこだったの!?スイッチはどこ!?いつ切り替わったの!?嘘やん早業すぎるじゃん!!そして何故いきなり抱きしめられているの!?私は一気に熱が上がって顔が熱いよ!!嘘やん昨夜の抱擁とは全然違う!!
「まず、謝らせてくれ。何の連絡もせず、お前に寂しい思いをさせた。ごめん」
嘘やんこの体勢のままお話するの!?お話頭に入らないから車に戻ろ!?運転席と助手席がいい感じの距離だって気付いたから戻ろ!?とか思ったけど久しぶりの抱擁で言葉が出てこない。嘘やん七年間のブランクってこんなところで?首席様以外に抱きしめられるとかなかったからね!!はわ、はわわ、はわわわわ嘘やん!!生娘かってくらい動揺する!!
冷たい夜風に、耳に響く波の音。潮の匂いと、首席様の匂いと温もり。冷たい風から守られるように抱きしめられていたのか、ただ縋る様抱きしめられたのか、さっぱりわからない。ただ久しぶりの熱に、頭が沸騰してしまいそうだった。
そんな私に、首席様は辛そうに言葉を紡ぎ出す。
「全部俺が臆病で、卑怯だったから、お前を置いて行った…お前を守る自信がなかったから」
「ま、守る?」
何から守るというのか。不審者?いつも守ってもらってましたが!?
「お巡りさんにはいつもお世話になってた…守ってもらう方の意味で!嘘やん言い方がやんちゃした人みたいだ!」
「わかってる」
「わかってないよ首席様!首席様が警察ってだけで私、お巡りさんに頼れるんだし!首席様が正義感ある警察だってだけで、私、安心してお巡りさんに守られてたよ!よくわかんないけど守られてたよ!」
守る自身がなかったからと言われてもよくわからない。だって私はずっと、彼の存在に守られてきた。
彼がいたから私は自由で、彼がいたから不信感しか抱けなかった警察を頼れて、彼がいたから私は今まで諦めずにいられた。
確かに傍にはいなかったが、私の中で彼の存在は、当たり前に根付いているものなんだ。
彼の言い分はおそらく、私とずれがあるだろう。だけど守られていると思っている私からしたら挙手して物申したいものだ。挙手できないけど物申させてもらう。傍に居ることが守ることとは違うんだぞ!!
「…お前は、本当に…」
「嘘やん力つよっ」
ぎちちっと音がしそうなほど抱擁が強まった。嘘やん引き千切られる!?抱擁で真っ二つにされる!?必死に首席様の背中を叩いた。ギブギブギブギブ!!訴えは通じて何とか抱擁は緩んだが、隙間なく抱きしめられていることに変わりはない。彼の背中を叩いた手を、恐る恐るそのままにしてみる。こちらから、きゅっと上着を握りしめた。
「…俺のほうが、お前に守られてばっかりだ…」
嘘やん私が何をしたというんだ??
私がしたことって泣き暮らしたぐらいでは?ただ馬鹿正直に待っていただけだよ?言葉がなかったってだけでしつこく待っていただけだよ?ぶっちゃけ重いって引かれたらどうしようって思いながら諦められなかったのが私だよ?本当に待っていただけだよ??
それが何より嬉しかったと、きつい抱擁から顔を上げた、首席様は笑う。
昔見ていた男臭い笑顔とも、不敵に微笑むのとも、ラスボス味ある嘲笑とも違う。心から安堵して、愛しい思いだけを詰めた、こっちが溶けそうになる笑顔。
やめて!!溶ける!!!涙腺ガタガタの目が溶ける!!!街灯の遠いところに居るのにこの輝きが暗闇で目立つって凄いな!?嘘やんきらめきが違う!!私の知っている首席様とも可愛い首席様とも違う煌めき!!これが七年の力!?嘘やん敵わん!!それをこの至近距離からとか!!きらめきに殺される!!アーッおやめください首席様!!おやめください首席様!!もともと私の耐性度は底辺なんです!この七年でマイナスに突入しているんですおやめくださいご無体は!ご無体は!!その輝かしい笑顔を見ただけで動機息切れ眩暈酸欠が私を襲う!!嘘やん!!どっきばくだわ!!顔が熱いし呼吸もままならないわ!!震えも止まらないわ!!ぎゅっと首席様の袖を握りしめちゃうわ!!
嘘やん…放してほしいけど離れたくないとか…このままじゃ心臓が破裂して死にそうなのに離れてとか嘘でも言えないとか嘘やん…っ!!!!
相変わらず言葉が出てこないな!!さっき上手く喋れてよかったけどもっと言いたいこと、他にあるのに!!もう!!一番に言いたかった無事でよかったとか!!喫茶店で泣きながら言っちゃったし!!もう一回言うべき!?再度チャレンジ!?さっき可愛い首席様だったから、首席様の現在もう一回言うべき!?いざ!?
とか思っていたら、またぎゅっと抱きしめられる。嘘やん言わせて!?
「見合いの件だが」
「アッハイ」
「一週間なんてもう待てない。三日とは言ったが流石に無理だ。俺の部下たちは優秀だが、過労死させるわけにはいかないからな」
「嘘やん三日って本気だったの」
「だけど俺はもう、待てそうにない。お前に待たせておいて、俺は三日だって待ちたくない」
「嘘やん我儘か」
いや、我儘だったね。首席様は我儘で、一本通った真っ直ぐな信念を、なんとしても貫こうと徹底的に動く人だった。
その行動力と我を通す力に、私はとても助けられてきたのだ。
「だから早急に、お前に見合いをさせることなく、あの男から解放する手段を考えた」
「答えだすの速い」
「もともと、考えていたことだからな。このことがなくてもいずれ言うつもりだった」
「ん?」
「結婚しよう」
「嘘やん」
突然ですが聞いてください。
約七年ほど失踪していた恋人と再会したと思ったら二十四時間以内でプロポーズされた件について。
一回寝るとなかなか起きない子
安堵と泣きすぎとパニックで( ˘ω˘)スヤァしていた。この二十四時間半分は寝ていた。
首席様が居たから自分は自由で、警察を信用出来て、素直に頼れたんだよと本気で思っているので、その存在が自分を守っているようなものだと思っている。でもってそれを素直に言っちゃう二十九歳。
咄嗟に遭遇するたびモブおじさんを警戒している。
エンダァ?
三日も我慢できない子
無理。宣言したけど流石に三日は死ぬなと思考を改める。ならどうする?初心に帰る。
バックルームでスヤァしている子を全力で守りたい。でもってもう放したくない。このままお持ち帰りできるなら、する。現在その機会を全力で伺っている。逃げて!超逃げて!!
イヤァ?
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三日以内で何とかしたのは作者のほうでした。流石にもう無理!!<br /><br />前作コメント、タグ、ブクマ、ありがとうございます。こちらとても励みになっています。<br /><br />【追記】<br />2018年09月23日付の[小説] デイリーランキング 8 位<br />2018年09月23日付の[小説] 女子に人気ランキング 7 位<br />ありがたやっありがとうございます!<br />一応まだ続きます!<br /><br />【追記】<br />2018年09月24日付の[小説] デイリーランキング 2 位<br />2018年09月24日付の[小説] 女子に人気ランキング 4 位<br />ふぁ…!?ありがとうございます!!!<br /><br />【追記】<br />表紙変更しました。素敵な表紙はこちらからお借りしています。→<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/71674056">illust/71674056</a></strong>
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続々・私の話を聞いてください
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10157481#1
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※夢主は子猫です
※n煎じです
※夢主に名前あります
※景光の苗字は「緑川」にさせて頂きました。単行本が出たら景光の苗字を直します→2022.2/10「諸伏」に修正しました。
※苦手な人バック
[newpage]
こんばんは、子猫になっていた鈴です。そして重大なお知らせです。イケメンが私達を飼う事に決めたそうです。脳内にファンファーレが鳴りました。にゃにゃにゃにゃーにゃんにゃっにゃっにゃっにゃーん、てね。そして諸伏さん達もまさか飼う発言には猫の目を丸くさせては輪を作りオス同士だけの子猫会議をし出す始末。私はポツンとしていたら麻呂眉ワンコがピタッと傍に座る。
『アンッ(一緒に居られるんだね)』
『…みぃー(あまり舐めないでね)』
君の舌は痛いからね。
『にゃぅ?(嬉しいけど一体どうしたと思う?)』
『なぁ(だが子猫の姿では何も出来ないのは事実だ)』
『みゃあう(このまま降谷の世話になるのも良いしな)』
『にぃ(野良猫生活は出来ずか…)』
『にゃう・みゃう・なぁう(お前はどれだけ野良猫生活したいんだ)』
本当にどれだけ野良猫生活をしたんだろう、諸伏さんは。そしてイケメンはスマホを構えて撮らない。このイケメン、絶対に癒しが足りないんだと思う。でも子猫会議(私を除く)って可愛いよね、分かる分かる。それよりも、イケメンが私達の飼い主となるならイケメンをご主人と呼ぶべきなのでしょうか?それともフルヤさんかゼロさんとでも呼べばいいのでしょうか?出来れば苗字でお呼びしたいのでフルヤさんと呼びましょうか。あれ?でも麻呂眉ワンコはアムロさんと呼んでいたけども…このイケメン、ホストで源氏名?でも、諸伏さん達はフルヤさんと言っていたし…でも諸伏さん達は警察って言ってたよね?…深く考えるのは止めよう。猫になってまで深く考えたくないです。
イケメンはスマホを下ろして、うーんと顎に手を当てて考えている。考える姿すら絵になるなんて…近くで見れてラッキー。
「名前を決めないとな…」
『みぃー(鈴です)』
「君は…白じゃダメかな?」
『みぃー(鈴です)』
『アンッ(安室さんには届いてないよ、シロスズ)』
『みぃー(大事な事なので三回言います、鈴です)』
混ざってるよ、麻呂眉ワンコ。
「…白以外にこっちの子猫達は…似てるいるんだよな」
フルヤさんは懐かしいと言いながらも寂し気な色を含ませてはオスの子猫達を見て呟く。本当は、私を含めた子猫達は元は人間で、しかも諸伏さん達はご友人で。子猫に転生しても人間だった頃の面影が残っているのだと思うと…フルヤさんの気持ちは複雑だと思う…。
『にぃー(ゼロに名前を決められる前になんとかするか)』
『にゃう(よっし、俺達の名前は俺達が決めようぜ)』
『なぁー(俺は爪楊枝探すか)』
『みゃう(グラサンあるか、この家)』
ある意味、楽観的な彼等のご友人だった事にも複雑に思う、私は。なんで彼等はあんなに楽観的なんでしょうか。死んだ事にもあっけらかんとしていましたから、ある意味達観しているんでしょうか。意気揚々と伊達さんはキッチンへと跳ねながら行くし、松田さんは段ボールへと近付いては爪とぎをするかのようにガリガリとしているし、萩原さんはオレはどうしようかなー?と考えているし、諸伏さんはフンスとギターの傍で座るし。…私は鈴でも探そうかな…。
「猫の名前か…ハロみたいに何か印象付ける名前が良いよな…」
『なぁー(降谷、爪楊枝持ってきたぜ)』
どうやって爪楊枝を見つけたんですか、伊達さん。
『みゃう(グラサンあったぜ)』
どこで見つけたんですか、松田さん。
『にゃっ(降谷ー俺のサラサラヘアーで気付いてくんない?)』
どういう無茶ぶりですか、萩原さん。
『にぃ(俺達にはギターがあるから気付いてくれるよな、ゼロ)』
気付いたら凄いです、諸伏さん。
「…ギターに近くにいるグレーの子猫はヒロかな…」
『にぃー!(流石だな、ゼロ!)』
なんですか、この一人と一匹の信頼関係。ツッコミ疲れて寝そうです。
「…カギ尻尾の子猫はダテかな…」
『なぁぁう(爪楊枝の存在感は凄いな…)』
自分で爪楊枝を見つけておいて何引いているんですか伊達さん。あぁ…瞼が重い…。
「天パの黒猫はマツか?」
『みゃぁっ!(誰が天パだ、この童顔ゴリラが!)』
グラサンじゃなくて天パに目に行きましたね、松田さん…頭が重いです…。
「となると…残りは…ハギか」
『にゃぁー(消去法かよ)』
おはぎ食べたいです…あ、もう…限界。
座ったままの私は眠たさで頭が重くてことんと床に。
「…寝落ちってこんなに可愛いんだな…」
フルヤさんの言葉は耳に入らなかったけど、諸伏さん達には入ったらしく『子猫の魅力に堕ちたな』と子猫会議をしたらしい。いつかワザとごめん寝を開催しよう決めた事は後日聞いた。
子猫を拾って、飼い主になって四日経った。子猫達はとても賢いのだが悪戯っ子で困る。ヒロとダテとハギとマツが特に悪戯っ子だ。俺が立てば四匹も立ち上がってはよじ登ってくる。最初は鳴き声をあげながらよじ登ってきたのに今では鳴き声も上げずに登ってくるから驚く。他にも良くじゃれあって子猫パンチと子猫キックを繰り出しているし、ハギは俺が飯を食べていたら涎を垂れらしながら見てくるし、マツは何故か俺にガン飛ばしてくるし、ダテは何度隠しても高い所に置いても爪楊枝を咥えてはドヤ顔をしているし、ヒロは枕を占領するし…人間みたいな寝方で一瞬猫とはと考えた事もある。逆にたった一匹のメスである白は大人しい。ヒロ達の行動を見守る事があれば止めに行く事もある。九割止める事は出来ていないが、頑張って伸し掛かろうとしてももろともせずに乗せたまま連れて行く。それにハロまでも白の首根っこを咥えてヒロ達の元へ。ハロは分かるが…子猫ってあんなに力が強いものだったのだろうか?
だけどそんな白にも困った事がある。
「白」
つーん。
「白」
何度呼んでもつーんとして俺の方に振り向くことはない五匹の中で一番小さい子猫の白。最初、耳に病気でも…と考えたが子猫同士かハロに呼ばれたりしたら反応する。おいで、と呼ばれたら傍に来るから…聞きなれない名前に反応出来ていないだけなのか。スマホで調べてみれば個猫差がある。気長に待ち何度も名前を呼ぶ事が良いか。今日は登庁して昼からポアロへと向かうか。ポアロへ向かう前にペットショップに行ってハロのご飯とヒロ達のご飯買わないとな。玄関へと行き靴を履けばお見送りがある。小走りで来るハロに跳ねてくる子猫達。綺麗に一列に並んだハロ、ダテ、マツ、ハギ、ヒロ、白。…白はいつもワンテンポ遅れてくるから並ぶのを待って、頭を撫でては
「いってきます」
『アンッ!・みぃー・にゃう・なぁう・にぃー・みゃう(いってらっしゃーい)』
取り合えず真顔で撮って、仕事へと向かった。ハロは引かなかったが子猫達がうわぁ…みたいな反応したのは気のせいだろう。登庁しては命令を出して、ポアロに行く前にペットショップへ。店には色んな商品があるので迷うな…。ハロに骨っ子と…子猫達用のご飯とトイレ用シート買って…。会計に行こうと足を動かし、色んな商品を眺めていたら猫じゃらし等のおもちゃが目に入った。足がいつのまにか歩くのを止め、猫用のおもちゃを見つめる。猫じゃらしを必死に跳ねて追いかける子猫達、小さなボールを奪い合う子猫達…白は運動音痴だからかヒロ達が優しく渡すんだろうな。マツがボールで遊んでいたらハギとハロが奪おうとして喧嘩するんだろう…見たい。その光景が見たい。猫じゃらしとボールを持ってレジへ。ちりんと金属同士がぶつかる音。ボールの中に鈴が入っているらしい。何もないあの自宅に鈴が鳴るのかと思えば少し笑ってしまった。
バイトを終えて帰宅する。足音を立てずに帰宅したはずなのに玄関にはハロと子猫達がお出迎えしている。寝ていたらしく、白だけはハロに首根っこを咥えられてだが。
「お出迎えありがとう…ただいま」
『アンッ・にぃー・みゃう・なぁう・にゃー・…みぃー(お帰りー)』
購入したペット用品を持って、和室へと向かえば歩くと同時に鈴が鳴る。そうか、鈴の音で気付いたのかと考えていたら足に違和感。見下ろせば、珍しく白が靴下を噛んでいる。
「白、靴下は汚いから離すんだ」
優しく注意しても白は何も言わずにグイグイと靴下を引っ張る。遊びかと思ったのかヒロ達も参戦しては足にじゃれついてくるから困った。ハロはハロでリード咥えては俺の周りを走っている。ペット用品が入った袋を床に置くと白が跳ねながら袋へと。…ペット用品が目当てだったのか…あまり主張しない白が俺に構ってくる事が嬉しかったが…そうか、ペット用品に負けたのか…。少しばかり悲しみに打ちひしがれていたら、肩にハギとマツがひょっこりと顔を見せた。ガサガサと袋を動かすが中身は見れないままで、白が俺の方を向いてみぃーと鳴く。…中身が気になるのか?ハロの散歩を先にしたいが、今回は少しばかり待たせるか…ごめんな、ハロと言葉にしながらハロの頭を撫でると嬉しいと激しく尻尾を振ってアピール。さて、白の要望に応える為に購入した商品を次々にと出す。
「ほら、白…猫じゃらしだ」
『みぃ(違う)』
全く反応しない。太ももに張り付くヒロとダテにも猫じゃらしを見せるが無反応。肩に居るハギとマツにも見せるが無反応。…猫じゃらしが嫌いな猫も居るんだろうが、せめて一匹ぐらい反応して欲しい。先にあるフワフワにハロがじゃれてるだけだ。あれ?ハロは猫だったか?
『みぃー!(それー!)』
「…これか、白?」
取り出したのは鈴が入ったボールだ。あぁ、白は聞いた事がない鈴に反応していたのか。タグを除けてボールを転がす。リンっと鳴る鈴入りのボールに白は小さな猫の前足でちょいちょいと触っては鈴が控えめ鳴って。
「白はボールが気に入ったんだな…中は鈴『みぃっ』だ。初めて鈴『みぃ』聞いたから気になったのか、白?」
…気のせいだよな?
「白」
つーん
「…鈴」
『みぃっ』
…これは白から鈴に改名しないといけないようだ。
こら、髪を噛むなマツ。
[newpage]
白から鈴に改名出来た夢主にゃん
意地でも鈴という名前にしてもらおうと考えていた。案外、頑固?
野良生活したかった景光にゃん
野良をしてでもゼロを守る事を秘めていた
子猫になっても爪楊枝が好き伊達にゃん
爪楊枝を抱き枕の様に抱えて眠る姿に降谷は頭を抱える日々
天パと言われて怒った松田にゃん
天パじゃねぇよ。髪を噛んで鬱憤晴らし
食いしん坊なのかな?萩原にゃん
降谷のご飯を狙っている
一緒に住めて嬉しい麻呂眉ワンコ
猫じゃらしならぬ犬じゃらし
猫用のおもちゃで夢を見た飼い主
実は鈴ちゃんが大人しすぎて警戒されているのかな?と不安になった
猫じゃらし
犬じゃらしじゃない。解せぬ
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お供は日本酒でお送りさせていただきました。あとシリーズにもさせて頂きました。多分、次回から小ネタ的な事を続くかと思います。<br /><br />前作の沢山のいいね!、ブクマ、コメント、タグありがとうございます!<br /><br />9/17 デイリー18位、女子ランキング10位有難うございます!<br />9/18 デイリー8位、女子ランキング28位有難うございます!<br /><br />酔っぱらって打っているのでいつも申し訳ないです。<br /><br />2022.2/10→諸伏に修正。ほんの少しだけ加筆修正しました。
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転生したら子猫で、周りも転生子猫でした。続々々
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10157650#1
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毛利探偵の様子がおかしい。
それに気がついた蘭ちゃんが問い詰めれば、毛利探偵はしばらく口籠もった後に白状した。
なんでも大学時代の後輩から、自身の会社が計画し、立ち上げたタワーが完成したので見学に来ないかと誘われたらしい。
その後輩は常盤財閥社長の常盤美緒さん。美人で独身とあれば、両親が別居中である蘭ちゃんが不安に駆られた。
なにせ毛利探偵が美人に弱い事は周知の事実。万が一父親と男女の仲にまで発展してしまったら…と考えてしまうのは無理もない。
結果、蘭ちゃんも付いて行く事にした。流石に高校生の娘が側にいれば、そういった雰囲気にまで発展はしないだろう。
たまたま遊びに来ていた園子ちゃんと私も付いて行く事にした。
タクシーに乗り、西多摩市に新しく建設されたツインタワー前に到着した。
その高さに圧倒されていると、聞き覚えのある声が耳に飛びこんできた。
「蘭姉ちゃん!遥姉ちゃん達も!」
「コナンくん?どうして此処に?」
キャンプに行っている筈のコナンくんが駆け寄ってきた。
離れた場所には少年探偵団達も揃っている。
しかし彼らの側にいたのはいつも引率している阿笠博士ではなかった。
「おや?遥さん奇遇ですね」
私の彼氏である沖矢昴が、いつものようにどこか胡散臭い笑みを浮かべていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
驚いているとみんなが近づいて来たので、思わず問いかけた。
「昴さんはどうして此処に…?」
「いやぁ。阿笠博士が急に熱を出してしまいまして、代わりに僕がこの子達とキャンプに行ったんです」
私と昴さんの会話に、子供達が元気よく入ってくる。
「キャンプに行く途中でこのタワーを見つけたの‼︎」
「せっかくなので、帰りに近くまで見に行くことにしたんです‼︎」
「もしかしたら美味えもん食えっかもしれないしよー!」
「蘭姉ちゃん達はどうして此処に?」
コナンくんが不思議そうに問いかければ、毛利探偵がぐっと胸を張る。
「このツインタワーのオーナー、常盤美緒くんは俺の大学のゼミの後輩でな。来週のオープンの前に特別に招待してくれたんだ!」
「へー…知らなかったよ…」
「でしょう?お父さんってば私にまで内緒にしていたんだから。様子がおかしいと思って問い詰めたら白状したのよ」
蘭ちゃんがじとっと毛利探偵を睨めば、毛利探偵は慌てて弁解し出した。
「じゃあ、蘭姉ちゃん達が付いてきたの監視の為なんだね‼︎」
その様子を見たコナンくんがズバリ言い当てた。
そうやって入り口前でわちゃわちゃしていると遠慮がちに声を掛けられる。
「失礼ですが…毛利小五郎さんでしょうか?」
振り返れば、物腰が柔らかく清潔感のある美人な女性が背筋を真っ直ぐに伸ばして立っていた。
「ああ…はい」
「わたくし社長の秘書の沢口と申します。只今社長は接客中でして…先にショールームへご案内致します」
そうして私達は沢口さんの案内でツインタワー内部へと入った。
[newpage]
♦︎
常盤財閥が運営している会社TOKIWAはパソコンソフトを中心に活動しているが、コンピュータ関係の仕事なら何でもやっている。
よってショールームには、試作段階や開発したばかりのゲームが揃っていた。
「やあ、皆さんいらっしゃい」
物珍しく見ていると、TOKIWAの専務でありプログラマーの原佳明氏が挨拶に来た。
彼は歩美ちゃん達が不思議そうに見ていた機械の説明をする。
「これはね、コンピュータが10年後の自分の姿を予想してくれるんだ」
歩美ちゃんが興奮する。
「えー!凄い!やってみたい‼︎」
「それじゃあ、ここに座ってね」
「遥お姉さんも一緒にやろうよ‼︎」
「いいよ!やろう」
歩美ちゃんに可愛らしく誘われた為、笑って了承する。
そうして原さんの指示に従って10年後の自分を見る事になった。
短時間座っているだけで、10年後の姿が写真に印刷される。
歩美ちゃんは可愛らしい17歳の姿が写っていた。
「あら、可愛い!」
「遥お姉さんもすっごい美人さんだ!」
歩美ちゃんとお互いに見せ合うと、周りも背後から覗き込んでくる。
「どれどれ?」
「俺にも見せてくれよ〜」
「僕もみたいですー!」
元太くんと光彦くんは歩美ちゃんの10年後の姿にデレっとする。
蘭ちゃん達は私の10年後の姿に「わー!」と盛り上がった。
「確かに遥ちゃん美人だな!」
「本当に…綺麗…」
「すっげー美人…」
毛利探偵や蘭ちゃん、コナンくんが褒めてくれる中、園子ちゃんは何やら考え込む仕草をする。
「遥がこーんなに美人になるとは…昴さん…ツバつけといて正解よ!」
「いやぁ…確かに10年後の姿も綺麗ですが、今も素敵ですよ」
昴さんのセリフに女性陣は「きゃー!」と黄色い声を出し、男性陣は半目になる。毛利探偵は「キザな野郎だな…」と吐き捨てていた。
続いて元太くんと光彦くんも挑戦する。
2人の次に蘭ちゃんと園子ちゃんも挑戦するが、園子ちゃんは自分の10年後の姿にどこか悩んでいた。
私としては園子ちゃんのお母さんに似て、遣り手経営者のように芯のしっかりとした女性に見えて好ましいのだが。
蘭ちゃんの方も美人に成長した姿が写っており、毛利探偵曰く、若い頃の妃弁護士にそっくりらしい。
「ほら!次は昴さんの番!」
「あ、いや…僕は遠慮しようかと…」
「なぁに言っているんですか⁉︎」
園子ちゃんの言葉に昴さんは拒否しようとするが、こういう時の園子ちゃんは止まらない。
それに実は私も気になる。
昴さんの姿の10年後はどう判断されるのだろうか…?
「私も昴さんの10年後を見てみたいな…」
「ほら‼︎遥もこう言っている事だし!」
「あ、ちょ…」
園子ちゃんは、昴さんの腕をぐいぐい引っ張り、強引に機械に座らせた。
私はその隣にいそいそと座る。
数秒後に10年後の姿が印刷された。
昴さんの姿は…うん…胡散臭さが磨きかかっている。糸目なのが悪いのだろうか…?
そうして最後にコナンくんと哀ちゃんがやる事になったのだが、何故かエラーになり写らなかった。
原さんが首を傾げていると、社長さんの時間が空いたようで、秘書の沢口さんの案内で75階のパーティー会場へと向かう事になった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
VIP専用のエレベーターで一気に75階まで到着すると、パーティー会場は準備真っ盛りで忙しそうに作業をしていた。
すると中央で話し合っていた人の中から赤いスーツを着た女性が振り返り、嬉しそうに駆け寄って来た。
「毛利先輩!」
「やあ常盤くん。しばらく」
2人は久しぶりの再会に微笑み合いながら握手をする。
「遠い所をよくおいで下さいました」
「いやぁ!1人で来るはずだったんだが…」
「初めまして!娘の!蘭です!」
そこで颯爽と蘭ちゃんが挨拶に行った。
そしてその流れで初対面同士の挨拶を交わすことになった。
常盤さんと話し合っていたのは、彼女の絵の師匠である如月峰水氏、ツインタワーの設計者である建築家の風間英彦氏、西多摩市市会議員の大木岩松氏であった。
パーティー会場は富士山が一望でき、その絶景に初めてツインタワーに上がった私達は感嘆する。
すると常盤さんはくすっと笑みをこぼす。
「ここは夜でも富士が一望できるんですよ」
夜になれば、灯りのない富士山は真っ暗になり見えなくなるはずだ。
みな不思議そうにするが、話は隣のビルについてになる。
隣のビルは商業ビルで上の階はホテルで屋上にはプールもあるという豪華なものだった。
すると大木氏は週末にホテルに泊まらせるように迫った。
大木氏は市の条例を改正するなどし、ツインタワー建設に協力してくれたそうなのだが、昼間からお酒の匂いを漂わせ、スイートルームに泊まらせるように迫り、さらに常盤さんにセクハラギリギリの発言をするなどまともな人間ではない事が短時間でわかった。
すると如月さんが不機嫌そうに帰っていった。
何でも常盤さんに絵を買い占められ、高値で売られて揉めているのだそうだ。
内輪揉めにへぇと聞き流していると、専務の原さんが少年探偵団の面々と和気藹々しだして、空気が軽くなる。
しかしVIP専用のエレベーターから出て来た社員の会話にコナンくんと昴さんの様子が豹変する。
それはツインタワーの前で珍しい車…黒のポルシェ356Aを見たという内容だった。
コナンくんは一目散に駆けエレベーターのボタンを押す。
「ちょ、コナンくん⁉︎」
「コラァ!何処に行くんだ?」
蘭ちゃんと毛利探偵の言葉に慌てて追いかけようとすれば、昴さんに止められた。
「僕が行きます。遥さんは皆さんといて下さい」
昴さんは走り、コナンくんが乗ったエレベーターに乗り込んだ。
そうして2人の姿は見えなくなった。
ただならぬ2人の様子は、これから起こる事件への始まりの予兆だったのかもしれないーー……。
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映画・天国へのカウントダウン沿いです。<br /><br />9/24<br />間違い発覚!多くの人がご指摘して下さいました!ありがとうございます!
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前世は黒幕系女子高生・天国への事件簿
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10158157#1
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この衝撃を、私は誰に伝えたら良いのか。 いや、こんな事、誰にも伝えられる訳がないのだけど。
[newpage]
私は今日愛する人と結婚する。
相手は高校時代に知り合った同級生。 現在は警察官である。
たまたま委員会が同じだった事から知り合い、お互いに名字だけ名乗りあった。 下の名前まで最初に聞いておくべきだったと、一時期それはもう後悔したものだ。 もはやそれさえも懐かしい。
学年が上がった際のクラス変えによってクラスメイトとなった際、知り合って一年後に漸くフルネームを知ったと同時に推しの一人と判明した時の衝撃な。 誰か理解して。 自己紹介がもうコウメイだった。 尊いな? 異論は認めるはずがない。
そして、その時には既に彼に好意を抱いていた私の心境。 シンプルに“マジで?”だった。
あれ? 私そういえばいつの間にか転生してたんだ、と気付いたのもこの時だ。 嘘だろ? 大丈夫か、私。 小中高と二度目尽しだったのに……
え、私の成績? 何の事かな。
例え今世生を受けたのが名探偵の世界だとしても、生まれが魔都東都でないだけマシか? いや、身近にキャラ様がいて、特に何の技能も持たない私が平穏無事な人生が送れるとは思えなかった。
因みにだが、私は好きな作品であるなら基本的に全主要準主要キャラ様を推せる女である、敵役とか関係ない。 ただし、仲良くなりたいか或いは仲良くなれるかは別である。
そんなキャラ様に対して“二人はズッ友だぜいぇーい”とかふざけて言ってた過去の私を殴りたい。 考えるだに烏滸がましくも恐ろしい。
モブは容易くお亡くなりになる世界だってくらい、原作追ってなかった私だって知ってんだわ。 好きな作品とか言っといて原作追ってなかったのは本当に申し訳ない。 時間に余裕のない準社畜だったの、睡眠時間は削りたくなかったの。
と、幸い委員会決めよりも前の段階で気付いた私は、彼と違う委員になろうとした。 距離を開ける事で自身の生まれかけの恋心を摘もうと思ったのだ。
結果? 惨敗だったよね。
最初に決められる室長と副室長(学校によっては級長とかクラス委員とか言うのかな?)に私と彼が選ばれたからだ。 ていうか、室長に選ばれた彼が、私を副室長に推薦しただけなんだけどな!
なんだよ、“気心知れた相手の方が取り組み易いですよね。”って。 小さく笑って小首傾げやがって、どんだけ惚れさす気だよチクショー逃げらんない。 好き。 大好き。 でも逃げたい。 私に生存スキルが有るとは思えないんだよ見逃して。
まあ、逃げられる訳ないよね。 知ってた。 私を推薦した時の目、ギラついてたもんね。 逃がさねぇぞって目だったよね。 そりゃベタ惚れにされて捕まるわ。 まあ、ベタ惚れはお互い様だから良いけどさ。
でも、大和君まで巻き込んで包囲網作ったのだけは許さない。 それ絶対逃げられないやつじゃん。 コウメイの罠恐ろし過ぎか。 今となっちゃ、逃げる気どころか飛び込んでく所存だけどな。 彼にだったらダイナミックお邪魔します並の勢いで胸にダイブ出来る自信しかない。 ほんと好き。 ぎゅーってしたいしして欲しい。 落ち着く。 大好き。
とまあ、そんな大恋愛()の末のゴールイン。
そして、冒頭にもどる訳である。
[newpage]
さて、もうお気付きかと思うけれど。
私の彼、あと少しで正式な伴侶になる男性は、名を諸伏 高明という。
御両親は既に亡く、家族は間もなく娶る私を除けば、現在東都の警察学校に入校中だという年の離れた弟さんが一人いるのみ。 つまり、私に旦那様以外で増える唯一と言って良い家族、義弟となる人である。
結婚式直前の顔合わせで漸くの初めましてを果たした相手は、まさかのこちらもキャラ様だった。 しかも、将来いろいろとタイミングが悪かったという理由で自殺を成し遂げる運命にある人。 顎髭なくても声聞きゃ分かる、あの人。
…………嘘だろ? 彼のある意味唯一の家族が、お亡くなりになる運命にあるこの人とか。 神様は私の旦那様が嫌いかな? 戦争をお望み? 旦那様のためなら負けないよ? やっちゃう?
いやいや、私は警察官の嫁。 平和的にいかなくちゃ。
急募:平和的に神様を潰す方法
自己紹介をした弟を見詰めて固まった私に、彼らが不思議そうな目を向けてくる。
「あー……その、お義姉さん?」
「どうかしましたか?」
「…………ぁ、いや、うん。
間もなく旦那様と間もなく義弟君が、めちゃくちゃ似てて驚きました……」
というか、推しの一人からの“お義姉さん”呼び! ありがとうございます! 何この空間、天国かな? 神様はやっぱり素晴らしい存在だった? さっきの急募はなかった方向で。
「そうですか? 自分たちではよく分かりませんが。」
「はちゃめちゃ似てます。
さらさらそうな黒髪に吊り気味な猫目の黒目、ぱっちり二重、顎のライン……
声も揃ってすこぶる宜しい……」
旦那様の甘い声も当然好きだけど、義弟の柔らかい声も好きです。 一番は旦那様だけどね! 余所見なんてする気も起きないくらいにはベタ惚れです。
「あの、お義姉さん。」
「はい、何でしょう? えっと……景光君、で良いですか?」
「はい。 敬語もなくて大丈夫です。
あの、俺のために結婚式の日取りを考えてくれたって、兄から聞きました。 ありがとうございます。
女性はジューンブライトに憧れがあるって聞いてたので……本当にありがとうございます。」
因みに、今日は7月の連休ど真ん中である。
「ううん、気にしないで。
東都からわざわざ出て来て貰わなきゃいけないし、あんまりきゅうきゅうなスケジュールだと大変だと思って。 警察学校の授業は大変だって、高明さんからも聞いてたしね。
それに、梅雨真っ只中にやるよりも、多少暑くても晴れてる方が幸先良いでしょう?」
「何月の結婚式でも、必ず幸せにする自信がありますからね。」
見詰め合って微笑み合う。 愛されてると感じさせてくれる旦那様の目が、本当に素敵。 私も愛してるよ!
「うわあ、ラブラブ……」
ぼそっと義弟が呟いた。 残念、聞こえてるよ。
「やっと今日、念願の式を挙げるんですよ? ラブラブじゃなくてどうするんですか。」
「あぁ、うん、そうだよな、うん。」
「ふふ、ごめんね。 幸せ過ぎて、ちょっと舞い上がっちゃってるの。」
「あ、いや、全然!
……兄をよろしくお願いします。」
真剣な表情で頭を下げる義弟に、心が温かくなるのを感じた。
……ああ、死なせたくないなぁ。
潜入捜査中の自殺を止める術なんて思い付きもしないけど、それでも。
愛する人の弟を。
私の義弟になる事に肯定的な態度を見せてくれる彼を。
義姉になるとはいえ初対面の私に、真摯に頭を下げてまで兄を託してくれる彼を。
何をしたら良いのか何てまるで分からないのに。
ただ漠然と、生きて欲しい、そう思った。
いつか生まれるだろう私と彼の子供を、その成長を、彼にも見て欲しい。
そう思ったんだ。
[newpage]
義弟との出会いの衝撃やら式や披露宴での旦那様の姿やらに、当日の記憶が朧気な私です。
大丈夫。 警察官の式典用の制服(?)姿の旦那様はしっかり目に焼き付いてるから。 そこだけは記憶がめっちゃ鮮明だから。 これも愛の成せる業。
制服姿の旦那様、ほんと格好良すぎ。 心臓破裂するか停まるかすると思った。 顔が真っ赤だった自覚がある。 私の旦那様、ほんと格好良い。 いっぱい好き。
友人達から送られてきた式の写真を見ながら、自分の記憶を掘り起こす。
あれ、号泣してる、覚えがない。
あ、赤面しまくり、覚えしかない。
嘘だろ、旦那様からほっぺちゅーされてる写真、だと……? え、記憶にない、嘘何で、もったいない!
とりあえず、即行でほっぺちゅーの写真は保護して現像してラミネ加工して私室の机に飾った。
帰ってきて直ぐ様それに気付いた旦那様は、私のほっぺに改めてちゅーしてくれた。 私の旦那様はエスパーだった? お返しをしたらおでこにもちゅーしてくれた。 ほくほく。
実はその横に旦那様と義弟君と3人で映った写真も同じ加工を施されて飾られている。 それを見た旦那様は、嬉しそうに笑ってくれた。 大変眼福である。 私は毎日旦那様に幸せをもらっている。 旦那様最高。 大好き。
もちろん後日、その写真と、プラスして旦那様と義弟君のツーショ写真にやっぱり同じ加工をして、お盆休みに遊びに来てくれた義弟君に渡したりもしている。 お礼の言葉と共に、旦那様と良く似た、けれど頬を染めてどこか照れたような笑顔をもらった。 どう見ても天使だった。
それから年単位で時間が過ぎた。
私たち夫婦は相変わらず。 大和君からは万年新婚夫婦と最高の誉め言葉を頂いた。 よせやい、照れる。 そう言ったら頭を叩かれた。 まあ、大和君は直後に旦那様から殴られてたけど。 大丈夫だよ、痛くなかった! 必死に宥めたよね。
満たされまくった生活の中、唯一の不満……不満? 物足りなさ?と言えば、義弟君の事。 最近めっきり顔を見なくなった。
「最近、景光君遊びに来ないね。」
「ええ。 ……少し前に、警察を辞めて転職したと連絡がありましたが……」
「え……?
警察、辞めた、って? 景光君が?」
「はい。」
「………………」
マジで?
もしかして、潜入捜査、始まってるね?
警察学校卒業して忙しくなってあんまり遊びに来られなくなったのは分かるけど、辞めたって言ってきたって事は……そういう事、なんだよね? 公安所属になっただけなら、周囲に警察辞めたなんて言わないよね?
そこで、ふと考える。
私は今年三十路を迎えたところだ。 確か、原作での旦那様の年齢は35歳だったはず。 つまり、今は原作の5年前。
時期的にはおかしくない。
なら。
恐らく、最短一年、最長三年。 それがスコッチNOCバレまでのリミット。
私に出来る事なんて、ない。 それでも考えてしまう。
最愛の夫の唯一の弟。 死なせたくない私の家族。
どうしたら良いんだろうか。
「大丈夫ですか?」
「え?」
「顔色が悪い。」
心配そうに私の俯き気味の顔を覗き込む旦那様。 優しい。
その顔のむこう側に旦那様と良く似た彼の顔がちらついた気がした。 胸が苦しい。
義弟君が亡くなったら、絶対に旦那様は悲しむし苦しむ。 そんな旦那様、私は見たくない。
でも。
「今日はもう休みましょう。」
「……うん。」
何も解決策の思い浮かばない自分の頭が、今だけは酷く呪わしかった。
[newpage]
なんてシリアスぶってから暫く。
好きで就いた仕事だったため旦那様もOKくれたしで、私は結婚後も働き続けている。
そしたら最悪な事に、仕事で東都へ来る羽目になった。 そう、魔都東都に、である。
数年前に仕事で関わった本社の人に助力を請われて手伝っていた企画のプレゼンを、頼まれてしまったのだ。 意味が分からない。 そういう重要な役はチーム内で探してくれと言いたい。
そんな訳の分からない本社からの要請に、我が上司さんは私の意見も聞かずに二つ返事で頷いたらしい。 唐突に呼び出されたかと思ったら、東都に一週間出張行ってこいと言われた。
ふざけんな、東都の恐ろしさを知らんのか!
思いはしても叫ばなかった私はとても偉いのではなかろうか。
自画自賛したくなるのも仕方がないと許してほしい。 長野在住の今ですら、2~3年に一回程度のペースで事件なり事故なりに遭遇・目撃してるのは私です。
因みに、これには一切“警察官の嫁”という理由による逆恨み的案件は含まれていない。 私を心底大切にしてくれてる私の愛する旦那様が、そんな隙を見せる筈がなかった。 流石過ぎる。 好き。
てか、一週間も東都に出張しろ? 死ねって言ってる?
何かあったら何時でも連絡をして下さいね、と旦那様が言ってくれなかったら、本気で退職を考えてたかもしれない。 もはや旦那様は私の精神安定剤か何かだと思う。
「打ち上げとか、ほんとヤダ。」
東都に来て6日目。 無事プレゼンも成功に終わり、相手方は大変乗り気。 契約も、細部を詰めたら直ぐ様交わせるだろう。
気を良くした企画チームのリーダーに、全く乗り気になれない打ち上げという名の飲み会に強制連行された。
私は何故か呼び出されただけのただの助っ人であって、本来今回の企画には一切関与しない立場なのだ。
そう言って結構強硬に断ったのに、文字通り引き摺られるようにしての強制参加である。 パワハラかな?
「周りは8割方知らない面子で、何を楽しめと。」
私を連れてきた本社の奴は、とっくに同僚の友人達と出来上がって騒いでいる。 良いよな、あんたは楽しそうで。 私は全く楽しくない。
というか、放置するくらいなら初めから参加させないで欲しい。
せっかくの楽しい(皮肉)飲み会で、田舎()から出てきた三十過ぎの既婚女性の相手なんぞしてらんねぇってか? 嫌がらせかよ。
「もう帰ろうかな。 一時間居たんだし、義理は果たしたよね。」
誰にともなく呟いて、幹事の人に自分の飲食代を渡して店を出た。
どこかでタクシー拾ってホテル帰ろ。
寝る前に旦那様に電話しても大丈夫かな? 無性に声が聞きたい。
明日は公休を取ってくれている筈だけど、急な変更は日常茶飯事だ。 先にメールで確認してからの方が無難かな。 何もないのにいきなり電話して、緊急連絡だと思わせたりしたら申し訳ないし。
あー、旦那様に会いたいよー。 もう一泊なんかせずに、夜行バスでも飛び乗って長野に帰りたい。 旦那様が恋しい。
「土地勘とかないのに……」
大きな通りに出るにはどっちに行けば良いのかすら分からない。 前世で暮らしてたのも首都圏じゃなかったから、都市部の歩き方なんて知らないんだよ。
[newpage]
「ほん、とっに、マジで、犯罪都市っかよ……!」
必死になって暗い裏道を駆け抜ける。 パンプスはとっくに脱ぎ捨てた。
飲み会から抜け出して適当に歩いていたら、脇道から突然伸びてきた腕に引きずり込まれた。
街灯はあれど昼間とは比較にならない薄暗さの中俯きがちに一人で歩く女は、今思えばさぞ格好の標的に見えた事だろう。
壁に体を抑え付けられそうになって、反射的に旦那様仕込みの護身術もどきを披露する。 格好良さげに言ってみたが、単純にヒールで相手の足の甲を踏みしめただけなんだけどね。
腕を掴む力が弛んだ瞬間を逃さず、相手から距離を取る。 本当なら通りに戻りたかったけど、流石にそう上手くはいかせてくれない。
足の痛みに呻きながらも、相手は通りに背を向けるように立ち塞がった。
それを認識した瞬間、私は踵を返して走り出していた。
本来、こういう状況下において直ぐ傍に人通りのある場所にいるのならば、叫び声を上げて助けを求めるべきだっただろう。
けれど、初めて経験するタイプの突発的事態に私の頭はきっちりパニックを起こしてくれた。
三十路過ぎの、普段これと言った運動もしてないような女の体力なんて、言うまでもないと思う。
走って走って走って。
呼吸がしんどいし、足も上がらなくなってきたし、ただでさえ暗いのに目の前が滲んできて視界が悪くてしょうがないし。
自分がどこを走ってるかも分からない。
パンプスを脱いだ、ストッキングで覆われただけの足裏も痛い。
スマホの入った鞄だけは落としてなるものかと必死に握りしめて走る。
対峙した時にチラリと見えた。 ベルトのところにナイフがあった。
もし、捕まったら…… 背筋が凍るような恐怖に竦みそうな体を、気力だけで動かした。
「ぁぐっ!」
またも何かに腕を掴まれ、今度は地面に転がされた。 強かに背中を打ち付けて、足りていなかった酸素が更に逃げていく。
衝撃を逃したくて背を丸めたくても、伸し掛かってきた男に阻まれてしまった。
「んっ、ぐ……っゴホッ!」
服に手をかけられて、離せ退けと叫びたくても、噎せてしまってまともに声が出せない。 体力もとっくに限界を越えていて、抵抗らしい抵抗も出来ない。
あぁあ、私、この男に犯されるのかなぁ。
私、高校から付き合ってる旦那様以外の男なんて知らないのに。
私、殺されるのかな。
義弟君の心配してた癖に。 旦那様に悲しんで欲しくないとか思ってた癖に。 私が、あの人を、悲しませるのか。
嫌だなぁ。
旦那様以外の男なんて知らないままで、旦那様との子に囲まれて、旦那様の隣で。 可愛いお嫁さんをもらった義弟君もいて。 そんな風に年をとりたかったな。
「ごめん、なさい……高明、さ……、ろ光君……」
「…………ぇ?」
蟀谷を涙が伝うのと、私の体をまさぐっていた男が視界から消えたのは同時だった。
月を背負った誰かのシルエット。 顔は見えない。
それでも、何故か。
私は確信していた。
「……お義姉、さん……」
ほら、やっぱり。
「ひろ、みつ……くん……」
[newpage]
あの後、かなりの勢いで蹴り飛ばされたらしく本気で苦しそうに呻いていた男を絞め落とした義弟君。
焦った様子で私の状態を確認して、私の足裏が細かな傷だらけな事と体力が空っぽな事、更には腰が抜けて自力で立てない事を知ると、途端に絶望したかのような表情になった。
こんなに一瞬で人の顔色って変わるんだ。
そんな呑気な事を考えていたけれど、同時に私は現状を把握しようと頭をフル回転させ、結果、ある可能性に行き着いていた。
余りにも都合が良すぎるけど、もしかして。
今日が正に、スコッチのNOCバレの日だったのではないか?
そう、逃げ惑う私を見掛けて、自惚れでなければ、自身の窮地も忘れて、正しく考えるより先に……と言わんばかりに、私を助けてくれたのではないか。
けれど、我に返れば、この行動は、組織からの逃走劇に私を巻き込んだ事にもなりかねない。
私が自力でこの場を離れられたならまだしも、それも出来ない。
だからこその、今の絶望。
これは、この推測は、完全なる私の願望。
けれど。
私を助けてくれた義弟君を、もしかしたら、私も助けられるのではないか。
そう思ったら、もう無理だった。
「景光君、景光君……」
一度は呆気に取られて止まっていた涙が、堰を切ったように溢れた。
不可能だと思った。
私では助けられる筈がないとさえ思った。
でも、今。 私の前には可能性がある。 手を伸ばせば届くかもしれない位置に、未来への扉がある。
「お義姉さん、俺……あの……」
「景光君、お願い、どこにもっ行かないで……」
私から離れようとする義弟君の服を掴む。
もう、私の勘違いでも良い。 お願い、死なないで。
[newpage]
目が覚めれば、知らない天井が見えた。 テンプレ。
どうも、体力空っぽのとこに号泣なんてしたものだから、寝落ちしたっぽい。
重怠い目元を擦ろうと手を上げれば、今気付いた、義弟君が着てた上着を握りしめていた。 おおぅ……我ながらなんて執念。
何となく手放す気になれなくて逆の手で目元を擦る。 ちょっとヒリヒリした。 もしかして、寝落ちした後も寝ながら泣いてたんだろうか?
上体を起こして室内を見渡せば、そこは随分と簡素な作りの部屋だと分かった。 仮眠室みたいだな。
未だぼんやりする頭がすっきりするのを待っていると、扉のむこう側から話し声が近付いてきた。
「 って、どれだけ危険だと……」
「仕方ないだろ、放置出来なかったんだ。」
「それでも、巻き込むくらいなら、」
「接触しちまった時点で、どんな言い訳したって巻き込んだも同然だろ。」
「同然だとしても、本当に巻き込んでどうするんだ! お義姉さんなんだろ? 危険に晒す事になるんだぞ!」
「…………[[rb:零 > ゼロ]]、義姉さん、起きてるっぽいぞ?」
「っ!」
扉の前で小さく言い争っていた声が、ゼロと呼ばれた人の息を呑む音を最後に途切れた。
「景光君?」
扉からの重苦しい空気に耐えられず、恐る恐る声をかけてみる。
すると、小さな音をたてて扉が開かれた。
「おはよう、お義姉さん。」
「……おはよう?」
ちょっとだけ眉尻を下げた、でもどこか吹っ切れたような表情をした義弟君が顔を出す。 それに続いて、びっくりする程のイケメン。 流石公式イケメン、イケメンだわ。
「はじめまして、おはようございます。
体調はいかがですか?」
「あ、はじめまして。 おはようございます。
えっと、ちょっとダルさがあるくらいで……」
「そうですか。 足は? 大きな傷はなかった様ですが、痛みませんか?」
「足?」
何の事かと思いながら、掛けられていた薄手のケットに手を潜らせて足を探る。 太ももから膝、ふくらはぎ、足首と移動して、指先が足首から下を覆う布地に触れた。 ゆっくり指先を這わせれば、足裏に触れたところで微かな刺激を感じる。
そう言えば、ほぼ裸足で駆けづったんだった。
「ぁ、触るとちょっと痛みますけど、大丈夫です。」
私の返答に頷いた半端ないイケメン君は、チラリと義弟君に視線を遣った。
「お義姉さん、これから、とても……とても大切な話があります。
残念ながら拒否権はありませんので、心して聞いてください。」
真剣な、と一言で言ってしまうには余りにも重い、威圧とさえ表現出来そうな雰囲気を纏った義弟君に、私は頷き返すしか出来なかった。
[newpage]
義弟君の話は、あの圧倒されるような威圧感を出していた割には、拍子抜けするような内容だった。 むしろ、ウェルカム。
まず。
義弟君は今も警察官であり、公安に所属している事。
今回私と出会した際は公安警察官としての任務中で、詳細は語れないが危険な犯罪組織に関わるものである事。
義弟君は諸事情により今後は身を隠す事。
そして。
私は“死亡擬装中の捜査官の生存”という機密を知った要注意人物となった事。
私には守秘義務が発生した事。
それに伴い、公安警察と契約を結ぶ事。
つまり、“貴方を暴漢から助けた捜査官の潜伏先として利用させろ”である。
捜査官の安全を比較的容易に確保出来、機密を知った私の監視も出来る。
一石二鳥の案である、と。
残念、一石二鳥どころじゃない。
義弟君がうちに来るとか、むしろご褒美ですね? 旦那様も絶対喜んでくれるに決まってる。 旦那様は弟溺愛してるからね。
「……分かりました。
あの、夫にはどの程度話して良いのでしょうか? 夫はとても洞察力のある人で、景光君を預かる本当の理由を、私が隠そうとしても絶対に気付くと思います。
景光君なら、私の言うことが嘘じゃないって分かる、よね?」
「……はい。
やっぱ隠し通すのは無理だよな、あの人だもんな……
零、予定通り兄、諸伏 高明を協力者として引っ張り込もう。」
義弟君とイケメン君が何やら話し合うのを眺める。 めっちゃ眼福です。
話を聞く前は緊張して余裕がなかったけど、今は二人を眺める余裕ががっつり生れた。 流石イケメン君、私の推しの1人。 旦那様と義弟君や大和君や上原ちゃんのツーショスリショでも思ったけど、推し同士で話してる姿とか、もう幸せが過ぎる。 人間が幸福の過剰摂取で死ぬような生態じゃなくて良かった。
「では、直ぐに書類を用意します。
景光は残しておきますので、何かあったら景光に。」
「あ、はい。 分かりました。」
「よろしくな、零。」
「ああ。」
話が纏まったらしく、イケメン君は退出。 義弟君と二人きりになった。
「……景光君。」
「……はい。」
「助けてくれてありがとう。
私、もう、高明さんに、会えないって……思っ……」
「お義姉さん……」
「ほんと、に……ありがとう。」
助けてくれて、生きててくれて、ありがとう。
再び泣き出した私の頭を、義弟君はイケメン君が書類を揃えて戻ってくるまで撫で続けてくれた。
[newpage]
……………幕間……………
「こんな所に居たか。」
「……ライ。」
「…………ほぉー。 こんな時に人助けか? 随分と余裕だな。」
「……そうでもないさ。
なあライ、頼みがある。」
「……」
「俺を殺したいなら好きにしてくれ。 けど、この人は、たまたま目についたから手を出しただけなんだ。 見逃してくれないか。」
「スコッチ、君はやはり……」
「頼む。」
「……良いだろう。」
「! そうか、ありがとな。」
「スコッチ、君は本当にNOCなんだな?」
「ああ。 けど、例え拷問されても所属は吐かないぞ。」
「だろうな。 だが、俺が身許を明かしたら、どうだ?」
「身許……?
まさか、ライ、お前も……!」
「ああ、FBIの赤井 秀一だ。 君を殺す気はない。」
「そう、か。 俺は……」
「スコッチ!」
「バーボン!」
「二人とも、待ってくれ! 銃を下ろせ! 敵じゃない!」
「スコッチ!? 何を言って……!」
「ふむ、つまりバーボンも同じ、か。」
「ライ、貴様!」
「大丈夫だって! ライもこちら側だ。」
「…………ハァ!? この悪人面がですか!? 何の冗談です?」
「いや、バーボン、事実だ。 俺はFBI所属の赤井 秀一という。」
「は? FBI? 日本に何の用ですかとっとと出てけ。」
「ちょ、バーボン!」
「というか、スコッチ、その女性、は……って、この人は……」
「ああ。
暴漢に襲われてたんだ。 それでうっかり手を出しちまってな。」
「なっ!」
「まあ、結果オーライだな。」
「どこがですか!」
「白熱しているところを悪いんだが、さっさと移動した方が良いだろう。
いつ組織の追手が来るかも分からない。」
「…………チッ!」
「バーボン、とりあえず移動しよう。 これからの話はそれから詰めよう。」
「分かりました。 場所は……」
「ここからなら、俺のFBIとしてのセーフハウスが近いが?」
「……仕方がないですね。 ここから先は時間との勝負でしょうし、移動時間が短い方が目撃者も減るでしょう。」
「悪いな、ライ。 使わせてくれ。」
「ああ、こっちだ。」
…………………………
赤井のセーフハウスで口裏合わせの密談をしたら、主人公を抱えて警察庁へ。 そこで絶対に信用出来る上司に話を通して8ページへ続く。 けど、降谷さんは今一納得しきれてなくて、小言を言いながら移動してた。
|
※)ネタバレに配慮しておりません。 <br /><br /> こちらは<span style="color:#fe3a20;">夢小説作品</span>となります。 自衛をよろしくお願いします。<br /><br /> 長野県警の諸伏 高明さん夢です。 最初の方はほぼ惚気話な気がします。<br /><br /> ネタ書く度に降谷さんが出てくるので、降谷さんと離れた位置の夢を書こうとした筈なのですが。 結局何故か降谷さんご登場しました。 なんでだろうか?<br /><br /> 原作は殆ど未読。 時間が合わずアニメもあまり視聴出来ていません。<br /> 皆様が書かれる素敵な二次及び夢小説が情報源と言っても過言ではないにわか勢。<br /> 当然、キャラクター様達の口調が迷子。<br /><br /> メンタル脆弱な作者です、お察しください。<br /><br /> 以上、ご了承くださいましたら本文をご笑覧くださいませ。<br /><br /> すいません、1ページ分まるっと抜けてました。 2018.09/23 23:06 修正しました。<br /><br />⚫2018.09/24追記<br /> 2018年09月17日~2018年09月23日付の[小説] ルーキーランキング 5 位に入りました!<br /> 唐突な一桁にビビリを発動しました。 何事かと……<br /> ご閲覧やいいね、ブックマーク、スタンプ下さいました皆様、ありがとうございます。<br /><br />⚫2018.09/25追記<br /> 2018年09月24日付の[小説] デイリーランキング 74 位に入りました!<br /> 2018年09月24日付の[小説] 女子に人気ランキング 74 位に入りました!<br /> 夢かな? 通知見て変な声出ました。<br /> 皆様ありがとうございます。 フォロワー様も投稿前と比べると倍くらいになってますね? ここには心優しい天使しかいなかった?<br /><br /> タグ追加いただき、ありがとうございます。<br /><br />⚫2018.11/22追記<br /> ネタの同タイトルの作品が二桁になりましたので、さすがにシリーズを分けようと思います。<br /> コナン夢ネタ→嫁さんの惚気話<br /> へと移しました。
|
式当日に義弟がいつの日か自殺するキャラだと判明した件について
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10158238#1
| true |
諸注意
♯貴方の好きなキャラクターがアニオタになっています/アニオタになる可能性があります
♯ウイスキートリオ中心のお話です
♯厨二全開、キャラ崩壊、救済含みます
♯原作改変あります
♯ご都合主義と勢いで成り立っています
♯捏造、にわか知識、ありえない事の山です。色々残念です
ご理解いただけた方はどうぞ
[newpage]
前回のあらすじ。
持ち番の収録を終えて帰宅すると日本警察コンビが泣き崩れていたのでマグ男さんのアドバイス通りわしゃわしゃした。
OVAか二期は無いんですかと何度も聞かれたがありませんと答えました。
その後わしゃわしゃし続けているとどうか生存ルートをお恵みくださいと言われたのでそういう事はドンとお金を積んで監督さんや制作会社さん、スポンサー企業さんに言ってくださいと答えました。
私何か間違ってる事言った?ううん、言ってない。
私だって当時はゆめに希望は無いんですかって監督に問い詰めたけど無いですって言われたんだもん。
あれは夢も希望も根こそぎ奪うからこそ輝く作品なんだって今は分かってるし。
ゆめは願い通りに両親の所に帰れたんだからゆめの夢はあれで叶ったんだよ。うん。
生存ルートを望むならお金がいるし一度完結した物語を再構築するのは監督さんにとっても脚本家さんにとっても難しい事なのだと思う。
私が演じた星野ゆめは死んだ。
じゃあ生きてた星野ゆめをやれと言われたら私にだって時間は必要なのだ。
[newpage]
なんて事を考えながらわしゃわしゃしていると漸く泣き止んだ安室さんとヒロさんがポツリとおなかすいた、と零したので冷蔵庫の中身のありあわせでオムライスを作ってあげた。
「おあああ…」
「あの、オムライス嫌い?」
「ゆ、ゆめちゃんが…ゆめちゃんが好きだったオムライスゥ…」
「冷める前にとっとと食べてください」
「美味そうだ、いただこう」
「ゆめ、ゆめの好きなふわふわオムライス…い、い、…ただきます…」
「いただき、ますぅ…うま…ゆめちゃんを差し置いて俺達が…うう、親父さんの、オムライス…」
さめざめと泣きながらオムライスを食べる安室さんとヒロさんを他所に赤井さんはあっという間に平らげてしまった。
思ったのだがこの赤井さん、最初はヤクザ感丸出しだったのに安室さんやヒロさんと同様にきちんといただきますと手を合わせて食べてくれたから実はいい人なのかもしれない。
いや、拳銃怖いけど。
完全に【トロイメライの流星】でメンタルをやられたらしい自称日本警察コンビも続いてオムライスを食べ終わり、食器を洗って片付けた所でじゃあ私台本の読み込みがありますので、と席を立つ。
ううん、立とうとしたんだけどそんな私の服の袖をくい、と引っ張ったのは赤井さんである。
なんだろう。
「結局ユメチャンとは何なんだ」
「あー…私が初めて主役をやらせてもらったアニメのキャラクターの名前で…」
「ホォー」
「まあ…その、ここまでこのお二人が感情移入されるとは思っていなかったんですけど」
「君は自分が出演した作品を勝手に見られた訳だが怒らないのか」
「まあ、最初はちょっと怒りましたけど…アニメって沢山の人に見てもらうものですし…
沢山のスタッフさんや私達の努力の結晶ですから逆にこうして評価してもらうと凄く嬉しいというか。
あ、流石に放映前の白箱はそこに置いてないので大丈夫です」
「白箱とは」
「作品が完成した時にスタッフさんに配られるビデオ、白い箱に入っていたので白箱と呼んでいます。
今は大抵DVDですけどね」
「成程」
興味深げに【トロイメライの流星】の白箱を拾い上げて眺める赤井さんの肩を安室さんとヒロさんが掴んだ。
あの、ケンカはやめてね。
「今すぐヘッドホンつけてそこのPCデスクに座れ」
「何だ突然」
「いいからさっさとしろ」
安室さん、なんか口調が崩れて…いつも猫かぶってんのかな。
もしかして【トロイメライの流星】を赤井さんに見せるつもりなのだろうか。
うーん、このアニメの舞台は日本だし、FBIの赤井さんにはちょっと向かないのではないだろうか。
でも海外でもコアなファンはいるらしいし…何ならマネージャーさんが外国のファンから届いたファンレターを翻訳してくれたし。
ユメ・ホシノは俺の中で生き続けるぜ、ユメに命をくれてありがとうとかなんとか。ありがてえ。
「なあ、他におすすめのアニメある?君が出演してる奴、出来れば主演」
「はあ」
「俺さ、これでもちっこい頃はゼ…安室と一緒にアニメ一杯見てたんだ。
君の演技にはとっても引き込まれたし…その、もっと見てみたい」
「は、はあ…ありがとうございます…声優冥利に尽きます…?」
「だから頼むよ」
つい褒められてDVDラックに手を伸ばしてしまった。
安室さんもヒロさんも【トロイメライの流星】を気に入ってくれたならそういう系統のアニメがいいのだろうか。
それとも同じ監督の作品がいいのだろうか。
「こ、これなんてどうでしょう」
「【セカンドラグナロク】?これどういう系?」
「分割2クールのロボットアニメです」
「おお!いいじゃん!俺ロボットアニメ超好き!」
「じゃあ私台本の読み込みがあるので…そのまま寝ます。
あ、貰い物ですけど…お酒とか冷蔵庫にあるんで好きにしてください…」
「おう!おやすみ!」
「おやすみなさい!無理な夜更かしはだめですよ」
ご機嫌笑顔でひらひらと手を振ったヒロさんと安室さん、そしてヘッドホンを装着してノートPCのモニターをガン見している赤井さんをリビングに放置して今度こそ自室に引きこもる。
何というか、疲れた。
疲れたが台本の読み込みは大事。
どこにどういう感情を乗せるか、キャラクターの心情を読み取るの大事。
家主である彼女のオムライスは美味しかった。
ふわふわのオムレツに程良く酸味の効いたチキンライスはとても有り合わせで作ったとは思えない程に。
本来公安である俺達は他人の手作り料理は口にしないようにしているのだが、赤井が真っ先に食べ始めた事、それから。
『ゆめ、美味しいかい?』
『うん!パパの作ったふわふわオムライスだいすき!』
『嬉しいなあ!よし、じゃあこれからゆめの誕生日はオムライスとケーキでお祝いしよう!』
『ほんと?やったあ!』
【トロイメライの流星 第二話 たんじょうび】
ゆめが小学生一年生になって初めての誕生日、というエピソードに登場する父親との回想シーン。
もうゆめは父親の作ったふわふわオムライスを食べられないし、貧しい施設暮らしであるゆめの誕生日を祝う者は誰もいなかった。
そんなテレビ画面の中のセピアフィルターがかかったふわふわオムライスを知ってか知らずか家主は完璧に再現してくれたのだ。
こんなの…かきこまずにはいられない…。
それでよく公安が務まるなと上司に怒鳴られそうだがゆめは二度とあのふわふわオムライスを食べられないんだぞ!?
ヒロも同じ思いだったのかボロ泣きながら家主作のオムライスをかきこんでいた。
「おい、一話にして戦友が死んだぞ…」
「ま、まあロボットアニメじゃよくある事だろ、大丈夫だって…俺は詳しいんだ」
「ヒロ…お前の勘はイマイチ信用出来ないんだが」
彼女がおすすめしてくれた【セカンドラグナロク】は壮大なロボットアニメのようだ。
主人公の女の子、シャルロッテの年齢は十七歳。
いいところのお嬢様だが国を守る為に軍に志願した、という設定。
テオという名のシャルロッテのイケメンな婚約者も同様に軍に志願、同じ部隊に所属。
人型ロボット兵器の適正有りと判断されたシャルロッテはそれに乗り込んで敵軍との戦争に身を投じているという。
一話にして戦友が死んでしまったが、まあこれもヒロの言う通りロボットアニメによくある出来事なのかもしれない。
ロボットは男のロマンとは良く言ったもので、作中に出てくる機体は男心を擽るような美しい刃物のような、良い意味で尖ったデザイン。
流石日本のロボットアニメだと思わず頷いてしまう。
女主人公シャルロッテのクールな性格もストーリーには合っているしそれを演じている家主の声も地声からはかなり離れた、しかしツナマヨ先輩とはまた違う透明度の高い声で表現しきっていた。
この人本当に声優かと思った昨日の第一印象が吹っ飛ぶ。
頭のネジはどこか抜けているが演技に関しては天才だ。
ツナマヨ先輩、星野ゆめ、シャルロッテ、それぞれに全く異なる声を当て、感情表現も同様。
彼女達の役作りにどれ程の情熱をかけているのかが分かる。
「[[rb:Shit > クソ]]…[[rb:Give me a break > 勘弁してくれ]]」
PCデスクの方から赤井の声がしたのでヒロと視線をテレビからデスクの方へやると赤井がヘッドホンを装着したまま額に手を当てて天井を仰いでいた。
はは、トロイメライの流星一話ショックを受けたなざまあみろ。
「ゼロー次の話行くぞー」
「ああ」
「いやあシャルいいなあ…かっこかわいいってやつ?クーデレ?」
「彼女が役作りにどれだけ時間を割いたのかが分かるな」
「地声はあんなにロリロリしてるのにシャルの声はロリロリしてなくてすげーよマジ」
『シャルロッテ、此度はまた見事な戦闘だった。…大事な話がある、私の部屋に来るように』
第二話冒頭でシャルロッテの上官の男が難しい顔をして彼女を呼び出す。
敵機を撃墜し、戦果を上げて帰艦したばかりのシャルロッテは首を傾げながら更衣室でパイロットスーツから軍服に着替える。
同僚達によくやったぞーシャル!とわしゃわしゃ髪を乱雑に撫でられてもシャルは笑わずどうも、と頭を下げるだけである。
クールだ。
『わざわざ呼び出してすまないな、シャルロッテ』
『いえ、隊長…その、大事な話とは…』
「…ゼロ、俺なんかショック受けそうな気がする」
「…ヒロ、衝撃に備えろ…対ショック姿勢だ…」
真逆第二話で【トロイメライの流星】レベルの鬱が…?
シャルの身の回りで何かが起きた?二話で?
ごくりと息を呑んで画面に釘付けになる俺達、画面の中のシャルも不安そうな顔をして上官を見つめている。
『シャルロッテ』
『は、はい』
『……昇進だ』
『は…』
『君を私の副官に据えたい。異存はあるか?』
『あ、ありません!隊長は私が長年尊敬している素晴らしい御方です!光栄であります!』
「よ…良かったぁ…!何だよおっさんビビらせんなよ…!」
いつも余り感情を表に出さないシャルが嬉しそうに目をキラキラ輝かせて敬礼する。
本当に上官の事を心の底から尊敬しているんだな。
SAN値削られなくて良かった。
同僚達にクラッカーを鳴らされ、昇進祝いにとお菓子を山のように与えられているシャルロッテは顔を真っ赤にしてありがとう、と小さな声で呟く。
「なんかいい感じに進みそうだな」
「戦闘シーンもかっこいいしな」
家主の言葉に甘えて冷蔵庫に入っていた未開封の缶ビールのプルタブを起こす。
勿論何か細工が仕掛けられていないかは念入りに確認した上で。
彼女が買ってきた物ならまだ信用出来るが貰い物となると別だ。
例えスタッフに貰ったものであっても悪意あるものが寄せられないとは限らない。
一口飲んで薬味が無い事を確認して一気に呷る。
久々のビールの味…しかもこれは缶ビールの中でもお高いものとみた。
「おーいライ、ビールいるか?」
「…待てユメそれはトラップだ…クソ、何故彼女はこんなにも不幸なんだ…
何故ユメを誰も助けてやらない…俺が今すぐそこのクソ生意気なガキ共からユメを」
「……ゼロ、ライがぶっ壊れた」
「安心しろ、俺達も多分ぶっ壊れてた」
三話の次回予告まで見終わっていそいそと三話の白箱をセットする。
酒が進むいいロボットアニメだなあ。
三話、四話と進んでいくにつれて戦火はより大きく、そしてシャルも前線で自分よりずっと大きな巨大兵器を操り着実に戦果を挙げる。
敵軍のライバルキャラとの戦闘シーンは本当にこれ手書きアニメーションなのかと思う位よく動いた。
氷みたいに冷たかったシャルが、国や仲間の為に感情を露わにしていく心理描写。
戦争物という事もあって時々挟まれる政治的要素、七話ではそれに翻弄されて敵国に寝返る嘗ての仲間達にシャルは憤り、嘆き、慟哭する。
それでも彼女は国が一番だと裏切った仲間を泣きながら撃墜した。
国には彼女の家族がいて、国は彼女を育てた故郷、貴族という家系に生まれ民衆に慕われて生きてきた彼女にとって仲間の裏切りは軍を支える民衆に対する冒涜に他ならなかった。
国の為に国を捨てた仲間を殺す。
人の思想は自由だ、敵国の思想が素晴らしいと思うのは自由だ。
そうして敵国の思想に感化された仲間を憎むのも、シャルの自由だ。
【トロイメライの流星】とはまた違った戦争物独自の薄暗いストーリーはどことなく共感出来る所があった。
シャルは精神的にズタズタになりながらも戦場に出る。
一匹狼に近い状態の彼女を支えるのは幼い頃に定められた婚約者のテオと彼女が心から尊敬している上官だった。
「こいつならシャルを幸せに出来るよな」
「ああ、違いない」
ぐびぐび缶ビールを飲みながらシャルが婚約者と共に国について語らうシーンを楽しむ。
うんうん、故郷を愛する気持ちはとても理解出来る。
星野ゆめは親心、庇護欲を唆られる魅力を持っていたがシャルは逆にこの一匹狼をどうにかして幸せにしてやってくれ、とおっさん心を擽る魅力がある。
いつの間にか外が明るくなり始めたが俺達は1クールの最終話、十二話の白箱を迷いなくセットした。
最終戦と口にした上官と共に出撃したシャルに俺は漸くこれで終わるのかと安心した。
2クール目からどういう展開になるのかは定かでないが、ここで一区切り付く。
ビームだの弾丸だのが飛び交う戦場でシャルもそれを夢見て自分の機体を飛ばす。
アップで映し出されたキラキラ輝くサファイアブルーの目から彼女も希望を保てているのだと感じた。
『止まれシャルロッテ』
『何…?』
『今すぐ投降しろ』
そんな希望をハンマーでガツンと打ち砕いてくれたのはイケメン婚約者のテオだった。
おい、どういう事だおい。
お前この前までシャルと国について語ってたろ。
『お前は騙されているんだ』
『騙されている?誰に?』
『国だ!!今すぐ投降して戦線から離脱しろ!』
「……」
「……」
『何言ってるの?嫌よ、国は私を騙してなんかいないし私は騙されてなんかいない』
『今ならまだ間に合う!今すぐ俺とあっちにつけ!』
ここで婚約者が裏切るとかどういうストーリーだよこれ。
シャルは勿論俺達も呆然なんだが。
『いまならまだ、まにあう?』
『そうだ!だから俺と…!』
『そんなのうそ』
『嘘じゃない!』
『だったら、わたしは、なんのために』
反旗を翻し、シャルが泣きながら殺した嘗ての仲間達の顔とシャルによって撃墜された仲間達のシーンが交互に映る。
走馬灯のように数秒に纏められた映像はシャルロッテの精神が崩壊していくという映像表現だ。
最後に何もない黒塗りのカットの後、操縦桿を握るシャルが映る。
あんなにも希望を抱いて輝いていたサファイアブルーの目はハイライトが消えていた。
『わた…わたし…な、んの…なかま…』
いつも淡々としていた声が震えている。絶望一色に染まった演技と作画。おい、その先はやめてください。
『ァ、ア…わたしの、くに…国、クニ、くに…ちが、ちがう…ちが…あ、ああ…ああああああああ!』
「あああああやめてええええもうやめてええええ!」
「ああああシャルロッテエエエエエエエ!」
シャルの発狂と共に画面一杯に先程の回想シーン、そして両親の笑顔、最後にドス黒く塗り潰されたテオの顔が映し出される。
叫ばずにはいられない。
シャルロッテは国と民衆の為に裏切った仲間達を殺した。
愛していたけど憎むべき者達として手を掛け続けたシャルにテオはまだ間に合うと言った。
彼は彼なりに国の事を考え抜いた先に辿り着いた答えをシャルに突きつけただけなのかもしれない。
国を憂う彼のシーンも無かった訳じゃない。
思えばあれは国に疑心を抱いているという伏線だったのかもしれない。
だが誰がテオの裏切りを予想出来た?
今まで真摯にシャルに寄り添ってきた彼が最後の最後で盤面をひっくり返すなんて。
しかも言葉を間違えるなんて。
国の為に仲間を殺した。
テオは国が間違っていると言う。
では何の為にシャルは裏切った仲間を殺したんだ。
今までやってきた事全てが間違いで、国ではなく国を捨てた仲間が正しかったと遠回しに言われて、それを殺したシャルに国を捨てろと、まだ間に合うと言う。
間に合う訳が無いのだ。
「ふああねむた…おはようござい…え、今度は何?」
おまわりさん、起きたらおまわりさんとFBIが蹲っていました。
テレビの前に置いてあるローテーブルには【セカンドラグナロク】の白箱が二つに分かれて積まれている。
PCデスクには【トロイメライの流星】の白箱。
【セカンドラグナロク】の方は時間的に1クール分かな。
そういえばこの人達着替えとか持ってないよね。
着の身着のままは流石に可哀想だから買いに行ったほうがいいのかな…。
食材の買い足しもしなきゃいけないし。
適当に朝御飯作ったらお外に出よう。
久し振りのオフだから買い物はさっさと終わらせてゆっくり台本の読み込みとオファーをいただいた新作アニメの役作りを進めたい。
「あのー皆さん起きてます?お洋服のサイズを聞きたいんですけど」
「……君」
「ヒエ…ナンデショウ」
ゆらりとデスクチェアで蹲っていた赤井さんが立ち上がる。
えっ…昨日はそうでも無かったのに今日はなんでそんなホラー路線で怖いの。
どっちかっていうとヤクザ路線の恐さだったよね?
「ユメは流れ星にならなかった、そうだな?」
「い、いえ…流れ星になりました…」
「いや、実は死んでいなくて極秘裏にFBIに引き抜かれたに違いない」
そうだそれが一番いい、と頷く赤井さんはそのままチェアに腰を下ろす。
この人大丈夫かな。
ユメを引き抜いたセクションチーフはいい仕事をした、とかなんとかぶつぶつ呟いている赤井さん心配していると今度はヒロさんと安室さんが私の肩を掴んだ。
どうしてそんな死にそうな顔してんの…お腹空いた…?缶ビールの飲み過ぎで二日酔い?
「家主ちゃん」
「えっそれ私の事ですか」
「シャルは幸せになるよなそうだよな、テオじゃなくてもいいから誰かが幸せにしてくれるよな」
「えっと…」
「信じるんだヒロ、きっとあのイケオジの上官がシャルを幸せにしてくれるに違いない」
「そうだ、きっとそうだ…シャルは幸せになるんだ…」
「あの、服のサイズ…」
この人達実はアニメキャラに凄く感情移入しちゃう性格なんだろうか。
安室さんとかはどちらかと言うと客観的に見そうなイメージだけど。
三人共顔が死んでるから取り敢えず軽い朝御飯を作ろう…。
それがいい。
シャルロッテのさくふわフレンチトーストを久し振りに作ろう、そうしよう。
[newpage]
読まなくてもいい設定達
♯家主
役作りの鬼、演技の天才。
ただし頭のネジが外れている。
ネジが外れているおかげでこの状況に慣れつつある。
【トロイメライの流星】での演技を評価されて【セカンドラグナロク】のシャルロッテ役のオファーをいただいた。
精神崩壊、発狂等の演技はピカイチ、明るいハッピーなキャラがいない訳でもないが星野ゆめを筆頭としたぶっ壊れたキャラの演技がずば抜けている為SAN値直葬声優として有名。
心が死んだ時はご飯を食べて回復。
自宅マンションは完全防音なので声出し練習し放題。
自宅練習で発狂を極めた家主と作画スタッフの本気によってシャルロッテの発狂シーンはバカウケ()した
逆トリオが来てから自宅がある意味で平穏なのは彼女にまだそういう台本が渡されていないから。
♯家主が作るごはん
演じたキャラが好きな料理、あるいはキャラが振る舞う料理ばっかり。
星野ゆめの好きなパパのふわふわオムライスを完全再現。
朝御飯はシャルロッテが愛する婚約者にだけ作っていたさくふわフレンチトーストをこれまた完全再現。
♯安室さんとヒロさん
ロボットアニメだ男のロマンだと缶ビール片手に楽しんでいたが最後の最後で突き落とされた。
結局どっちも間違いじゃないよ、というのがコンセプト()なのだがシャルロッテのデカすぎる愛国心に共感しシャルロッテの幸せを願っている。
婚約者のテオを信じていたら突然の裏切りにシャルロッテの発狂が重なり希望を打ち砕かれた。
やっと落ち着いた後家主が作った朝御飯、シャルロッテのさくふわフレンチトーストで再陥落。
2クール目?見ない訳がない。
♯赤井さん
今日も素敵な安眠CD、という野望は公安コンビに阻止され、【トロイメライの流星】を無事完走、SAN値も直葬。
ぶっ壊れた幼女星野ゆめへの同情心から始まり二話でのパパが作ったオムライスが視聴前に食べた家主のオムライスと完璧にダブった末に落ちた。
星野ゆめの父親を殺した殺人犯をゆめが逮捕したシーンでは思わずガッツポーズをキメたがその後に上げて落とすという鬱アニメの真髄を知る。
ユメは死んでないしFBIに引き抜かれただけだ。きっとそうだ。
Cパートの流星群のカットとオルゴール調のトロイメライ、ゆめの『ただいま、ママ、パパ!』という台詞が重なるシーンが完全にトラウマになった。
現在進行系でマグ男さんに声を当てる気力が失われている。
♯【セカンドラグナロク】
貴族であり軍人でもあるシャルロッテを主人公()に据えたロボットアニメ、2クール全二十四話。
タイトルのラグナロクの通り機体名は全て北欧神話由来のものばかり。
自国民の平和が一番であるというシャルロッテの国と全人類は皆平等であるべきという国がぶつかり合い開戦、というのが大まかな設定。
裏切り、粛清なんでもあり。
1クールの最終話ではシャルロッテ(完全発狂モード)とテオ(全力説得モード)が死闘を繰り広げるが相打ちの末主人公側の国が敗戦。
婚約者のテオは敵国に亡命、シャルロッテは自国に守られたが廃人ルート待ったなしで1クール終了。
(とあるアニメを参考にさせていただきました)
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※今回トリオ全員が大変キャラ崩壊しております。<br />引き続きご都合主義捏造にわか知識キャラ崩壊にご注意の上IQをがっくんと落としてくださいまし。<br />厨二病をこじらせたロボットアニメが出てきますのでそちらもご注意ください。<br />大体安室さんのアニメレビュー(?)です<br />【追記】9/25 9/24付デイリーランキング55位、女子ランキング28位入りありがとうございます!
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おまわりさん、取り敢えずご飯にしましょう。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10158546#1
| true |
高校生。俺の同級生の姉である雪ノ下陽乃が俺にやけに構ってきた。多分物珍しさから俺にちょっかいをかけてくるのだろう。迷惑と言えば迷惑だが勉強を教えてもらえるので、此方の方にもそれなりに得がある。そしていつの間にか彼女と同じ大学を受けることになっていた。そして合格した。
そして大学。随分と彼女が親身になって世話をしてくれた。彼女が住んでいる高級感溢れるマンションを格安で紹介してもらった。彼女が意外と優しいというか、世話焼きなことが分かった。隣に住んでいる彼女に料理をしてもらったり、後は掃除してもらったり。二人で徹夜でゲームをしたのはいい思い出だ。
社会人。此方も彼女の紹介で雪ノ下建設に就職した。随分偉くなっていた彼女の秘書という形で。何故か面接場所が陽乃さんの家で面接官が彼女の両親だったが。更に陽乃さんも横に居たし。そこで「一生添い遂げる覚悟はあるのか?」と聞かれた。おおよそ一生雪ノ下建設で働き続ける覚悟があるか、という問いだと俺は解釈し、俺は迷うことなく力強く返事をした。
すると、陽乃さんのお父さんとお母さんは涙を流し俺に「陽乃の事を一生頼むぞ」と力強く握手してきた。些か大袈裟な気もしたが俺は再び力強く返事した。[newpage]
そして、俺は陽乃さんの秘書と、そして雪ノ下の家への就職を同時に決めていた。目下には俺にぎゅっと抱きついている[[rb:上司 > よめ]]の姿が。
「仕事中で周りの注目も集めているんですけど…」
「…ちょっと疲れたからエネルギー補給」
何この可愛い生き物、俺が顔を全力で真っ赤に染めていると。
「頭撫でて」
「はいはい…」
俺は我儘なお姫様の黒く艷やかな顔を撫でる。彼女は身を捩り凄く幸せそうな様子。彼女は俺の方を見上げて可愛らしく笑うと。
「比企谷君…私凄く幸せだよ」
「俺もです」
「ふふ…」
そんな風に幸せな時間は過ぎていった。
「仕事しろよ…」
「仕事しろよ…」
「仕事しろよ…」
そんな嫉妬の籠もった呪詛のような声が職場に鳴り響いていたのだが、自分達の世界に入ってしまっている二人は気づくことは無かった。
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俺ガイルの最新刊が出るようですね、だからなんとなく八陽。イッツ、マイ、スタイル。批判しにゃいでね…。
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流れに身を任せていたらはるのんが嫁になっていた話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10158642#1
| true |
※注意※
何番煎じだろうと気にしない、降谷さん逆行ネタです。
以下の注意点が含まれます。
・安定の赤井絶対殺すマンな降谷零
・今度は工藤一家を引き込みたいという思惑から、工藤家に接触する気満々
・まだまだ出てくるのは先だけれど、主人公含めいろんなキャラを懐柔していきます。
・原作の通りには多分進まない
・逆行したら変態ホイホイにクラスチェンジ
・若干の腐向け要素がのちのち入ってくるでしょう(その時は腐向けタグつけます)
一番の注意点は、若いころや幼少期に、逆行零くんと接触した主要キャラの性格が恐らく原作と乖離が発生することでしょう。
出会いのタイミング、順番によって受ける影響はだいぶ変わりますし、唯一の記憶持ち逆行零くんが自分に都合よくなるよう変えていく気でいるので。
つまりは降谷零による、降谷と大事な人と日本に都合がよくなるように原作主要キャラを攻略()していくお話です。
はい、嫌な予感がした方はお逃げください!
逆行前の降谷さんの死にコナン君が絡んでいるのは今後の展開の為なので、ヘイトやら厳しめやらの意図ではありません。
終始降谷さんの視点なので、降谷さんが嫌いなひとは常に罵られておりますがキャラヘイトの意図はございませんので、ヘイト系のタグはつけないでいただけると嬉しいです。
繰り返しますが、原作は崩壊します。
長くなると思いますが、のんびりお付き合いいただけると幸いです。
[newpage]
1
やっと春休みの強化練習が終わったと思ったら、あっというまにゴールデンウィークの合宿が始まった。帝丹高校の柔道部はなかなかの強豪なので、連休となるとこうして学校外の施設を借りて合宿を行うことが多い。今年は監督の伝手で郊外にある大きな体育館と宿泊施設が併設された合宿所を安く借りられたそうだ。
「うっへぇ、すげえな、見てみろよ」
「あん? なんだよ」
昼前に施設に到着してから、早々に練習に入り、ようやく解放されたのが一時間前。風呂に入ってさっぱりして、やっと割り振られた部屋に戻ってこれた。今日は調子が良かったから熱中してしまって、さすがに疲れた。もうすぐ夕飯の時間だから、早々に食堂に移動しようかと思っていたところで、部員達が窓辺で騒ぎはじめたのだ。
仲間が騒いでいたらそりゃあ気になる。近寄って、仲間の肩越しに窓の外を覗けば、絶景が広がっていた。
「へぇー。すっげえ庭だな」
「なー。いかにも金持ちってかんじじゃねぇ?」
ちょうど山の中腹近くに建てられたこの施設は、崖の上にある。三階建ての建物の二階からでも絶景が見渡せるのは知っていたが、まさか他人の家の庭まで眺められるとは。しかもその庭がすごい。洋画なんかに出てきそうな、いわゆる西洋式庭園というやつだった。至る所で薔薇が満開だ。庭の奥に見える洋館もこれまた豪華で、城かと突っ込みたくなるレベルだった。
ちょうど見渡せるのはそのお屋敷の裏側と、庭の一部みたいだけど、それだけでも十分な見応えだった。別にこういうのが好きってわけでもない俺でも思わず感心するくらいだ。女子が見りゃあきっと喜ぶんだろう。あの堅物もあれで結構ああいうのが好きだったり……するんだろうか。
「…………」
パシャ。
去年の夏、プールの短期バイトで金を貯めてようやく買った携帯で、夕暮れに染まる庭園をズームで撮影してみたのは気まぐれだ。別に、あのガリ勉女に送ってやろうとか思ってないし。
「お、なんだよ、珍しいな毛利」
「おう、女子が好きそうだからな! もうすぐ夕飯だから、マネちゃんとか女子部のやつらにでも見せてやろうと思ってよ」
「あー。たしかに。女子部屋からじゃ見えないもんな」
「よぉーし、俺も撮っとこ」
俺のひとことを引き金に、他の連中まで他人の庭を撮影しはじめた。家主にはちょっと悪いような気もしたが、別に悪用しようってんじゃないし許してほしい。健全な男子高校生が、ちょっと女子に話しかけるきっかけにしたいだけなんで。いやほんとに。
内心で言い訳しつつ、俺も負けじともう何枚か写真を撮った。
携帯なんて電話とメールができればいいと思っていたが、店員が熱心に写真がカメラ並にきれいに撮れるおすすめの機種だとかうるさかったから、押し負けたのだ。使ってみて、ズームが結構しっかりできるのにはびっくりしたな。
「……ん? 何だありゃあ」
ふと目についたのは、ズームにした携帯越しに見つけたモノだった。ドーム型のガラス張りの建物だ。ガラスの向こうにも植物が……たぶん薔薇だろう。たくさん薔薇があるってことは温室か。だけどただの温室にあるにしては妙なものが見えた。
「どうした?」
「いや、あの温室よー。なんか、中にでっけぇ檻みたいなのねぇか?」
「檻ぃ? ……あー、確かに。つかあれ、檻っていうか、あれに似てるな。鳥籠!」
「ア? あぁー、なるほど、鳥籠ね。確かにそれっぽいわ、あのてっぺんの部分」
つか、温室に鳥籠って。
しかもいくらズームにしてるったって、所詮携帯のカメラだ。望遠レンズ並のズーム機能なんて持っていない。それでも温室越しに目にとまったくらいだから、相当でかいんじゃないか、あれ。そんなでかい鳥籠なんて見たこともない。
「何かでっかい鳥でも飼ってんのかね?」
「さぁなぁ。ただの飾りかもな」
俺には良くわからんが、インテリアデザインとかなんとか、そういうのに詳しい奴とかは突飛な発想をするもんだろ。たぶん。
写真を撮っているうちにどんどん陽が沈んで暗くなってきたので、俺達は携帯をしまって食堂に移動を始めた。所詮男子高校生にとってはきれいな庭なんかより飯の方が重要な関心事なのだ。
俺が妙な鳥籠のことを思い出したのは、夕飯を終えて、思い思い部屋でくつろいでいたときのことだった。なんとなく気になって、窓を開けて薔薇の庭園を遠目に見下ろす。暗くなったせいで、ろくに何も見えない……かと思いきや、何かがきらっと光った。お屋敷の方からだ。
「何だ……?」
携帯のズームで確認してみたが、暗くてよくわからない。どうも、庭に設置されているライトの光が、何かに反射しているようだった。双眼鏡でもあれば……と思ったところで、そういえば顧問の趣味がバードウォッチングだと思いだした。この合宿が決まったときも、山の中だから珍しい鳥とか見れるかもしれない、とか言っていたな。
別にその光の正体なんて放っておいてもよかったが、なんとなく気になったので、俺は消灯になる前に、と顧問とコーチが借りている部屋に向かった。適当に理由を濁して双眼鏡を借りて部屋に戻る。部員達がなんだなんだと騒いだが、面倒なのでぞんざいに流して双眼鏡でさっき光ったあたりを覗いてみると……。
「……望遠鏡?」
お屋敷のある一室の窓から突き出ていた望遠鏡のレンズが、ライトに当たって光っていたのだ。それだけなら、家主が天体観測でもしてんのかですむ話だが、妙なことに、その望遠鏡、庭の方を向いていた。
いったい何を見てるんだ、と思ってしまうのは当然だろう。ほんのちょっとした好奇心で、俺は望遠鏡が向いている方向を双眼鏡で追った。すると、その先にはあのガラス張りの温室があって――。
「アァッ!?」
自分でもびっくりするくらい大きな、剣呑な声が出た。だがそれも仕方ない。なんせ俺が覗く双眼鏡の先に見えるのは、あの鳥籠。そして携帯のズームでは見えなかったその内部は、白いクッションみたいなので埋め尽くされていて、その上に子どもが寝ていたのだ。それも……それも――……。
「首輪と鎖って、変態じゃねぇか!!」
思わず叫んだ俺は悪くねぇよな?
なんだ、どうした、と部員達が騒ぐので、双眼鏡で方向を示してやれば、見た奴はみんな真っ青になった。そりゃあそうだ。なんせ鳥籠の中に子どもが、鎖で繋がれて閉じ込められているのだ。そうしてそれを、望遠鏡で覗いているやつがあの屋敷にいる。
……おい、並べたてるとやっべぇな。犯罪の臭いしかしねぇぞ。
「け、警察だ! 警察に通報してくれ。俺ァ、ちょっと近くまで様子見てくる!」
「えっ、あ、おい、毛利!」
合宿ってことで、見栄を張ってそのまま外に出ても平気な部屋着を寝間着代わりに持ってきておいてよかった。俺は双眼鏡を放りなげ、部屋を飛び出した。
***
すぐそこだと思っていたお屋敷は、徒歩で近づこうと思ったら、山道をぐるっと迂回して麓に下りる必要があったためめちゃくちゃ遠かった。
勢いで飛び出した俺は途中でそのことに気付いて、コーチなり顧問なりに車を出してもらうべきだったと後悔したが、今更とぼとぼと合宿所に引き返すのも格好悪い。結局猛スピードで走り抜け、ようやく合宿所から見えた屋敷の裏手に辿り着いたのは、合宿所を飛び出してからたっぷり三十分はたってからのことだ。
レンガ塀に両手をあてて、よりかかるようにぜぇはぁと呼吸を整える。日中柔道の強化練習をこなしたあとでこれはきつい。せっかく風呂に入ったのも台無しになる汗だくっぷりだ。
数分かかってなんとか息を整えたところで、俺はスウェットのポケットでサイレントモードにしていた携帯が震えているのに気付いた。
着信画面に表示されているのは、三年の主将の名前だった。鬼の主将を無視はできねぇ。急いで出ねぇと!
「はい! もしもし、」
『毛利――っ!! てめぇ、何回電話させる気だ馬鹿野郎っ!』
「す、すんません、着信気付かなくてっ」
やばい、もう無視してたっぽい。走ってたから気付かなかったんだろうけど、やっちまった。
『つか何勝手に飛び出してんだ! お前今どこにいんだよ!?』
「は、えーっと、あの合宿所の部屋から見える豪邸の裏手っすよ。今さっき着いたとこッス。あの、ところで、警察に通報してねーんですか?」
近隣にも交番はあるはずなのに、警官のひとりも様子見に来ているようすがねぇ。子どもが拉致……かはわかんねぇが、監禁されてるってのに対応が遅くねぇか?
俺の当然の疑問に、主将はだから、と語気を荒げ……そうになったのをすんでに堪えたようだった。落ち着きを取り戻そうとしたか、ひとつ溜息。
『どうも今朝、誘拐騒ぎがあったらしいんだよ。で、その監禁されてる子っつーのが誘拐された子かもしれねぇらしくてよ』
「えっ」
『お前が飛び出したっつったら、警視庁の人がすぐ合宿所に戻るように言えって。なんかその誘拐犯相当ヤバイ奴みてーだからよ』
「はぁ……」
折角ここまで来たのにすぐ戻れっつーのは納得いかないが、そういう事情なら仕方ねぇか。近所の所轄のお巡りじゃなくて警視庁が動いてるってことは大事なんだろうしな。
『一応、先生達が双眼鏡で確認したあの子の特徴は伝えてあるからよ。すぐ救出するから心配すんなって言ってたぜ』
「いや、まあそれならいいんすけど……」
誘拐されたっていう子と、鳥籠に監禁されてた子の特徴は、たぶん一致したんだろうな。だから警察も慎重になって、すぐに交番のお巡りを差し向けなかったってことか。てことは今頃令状とかとったりしてるんだろうか。あの子は籠の中で横になっていたけど、寝ていただけならいいんだが……。
ガキがひでぇ目にあうのは、気分がわりぃからな。
「じゃあ、俺今からそっちに戻りま……す……、っ!?」
勢いで飛び出しちまった手前気恥ずかしいが、俺にできることはそうねぇだろう、と通話を終えようとしたところで。
俺は屋敷を見上げて、愕然とした。
屋敷の奥から、もくもくと――煙が上がっていたのだ。
『おい、毛利、どうした?』
「あ、か、火事だ! 火事です! 消防車も呼んでください!」
とっさに叫んで、通話を切った携帯をスウェットのポケットに押し込んだ。
冗談じゃねぇ、あのガキ、鎖で繋がれてたんだぞ!?
どのあたりで火がでてんのかわからねぇが、あのままじゃ逃げるにも逃げられねぇ。誘拐犯が拉致した子どもまで連れて逃げてくれるかなんてわかったもんじゃねーじゃねぇか。
「くそっ!」
どこか、どこかねぇか、屋敷に入り込めそうなところは。
塀のまわりをぐるっと、よじ登れそうな場所はないか捜しながら走る。すると一カ所、レンガ塀が良い具合に劣化して、とっかかりになりそうなところがあった。
隙間に指やつま先をひっかけて、塀をよじ登る。ちょうど生け垣が途切れていた部分を乗り越えて、なんとか屋敷の敷地に入り込むことができた。
運良く、温室が近い。火が上がっているのは母屋のようで、火の手がどんどん広がっているのが見て取れる。ちくしょう、カーテンにでも引火したのか? 古い洋風のお屋敷とはいっても、石造りじゃなくて木造っぽいから、燃えやすいのかもしれない。
急いで温室に近づいて、出入りできそうな場所を探す。庭から出入りできるドアを見つけたが、当たり前だが鍵がかかっていてあかない。ガラス張りならハンマーか何かありゃ割れるだろうか。ふとそう思ったが、普通に考えりゃあ強化ガラスだよな。さすがにそんなもん簡単にゃ割れねーか。
中も庭も暗くてよく見えないが、鳥籠は温室の中央付近にあったはずだ。ここからじゃ、子どもの姿は確認できねぇ。
他に出入りできそうな場所は……。温室と屋敷との間をつなぐように小屋が一つあるが、窓も扉もねぇときた。仕方ねぇ。どうにかこの扉をぶち破るしかねぇか。
「おぉぉらぁ……っ!!」
深呼吸をひとつして、勢いよく全体重をかけるように。
俺は渾身の力を込めて、扉に体当たりした。
[newpage]
2
この屋敷の主人は、まごう事なき変態だ。
屋敷の中を探索し始めて十数分。俺は改めて認識を強くした。
あいつは屋敷の主人の部屋には近づかない方がいいとか抜かしていたが、普通重要なものは手近なところに置いておきたくなるもんだろう。そう考えれば、やはり寝室近くの部屋が、奴のお宝の隠し場所である可能性は高い。
そう踏んだ俺は、なんとか屋敷に侵入を果たすと、あいつに教えられたあたりに向かった。
もうすぐ日付も変わりそうな時間とあって、屋敷の中はしんと静まりかえっている。
流石に寝室は避け、その近くをひとつひとつ確認していくと、一カ所鍵のかけられた部屋があった。他の客室なんかはあいていたから、施錠されているというだけでもあやしい。家の中の内鍵だから、そう頑丈なものでも複雑そうなものでもない。ピッキングツールで鍵を開けるのは簡単だった。
薄く隙間を開いて真っ暗な部屋の中に滑り込む。なんだか油っぽい、妙な臭いのする部屋だった。
暗がりにも、やたらあちこちに乱雑にモノが積み上げられているのが解る。うかつに動いたら派手に物音を立てそうだ。闇に慣れた目でも、明かり無しでこの部屋を調べるのは厳しい。
持参したペンライトをつけて、まず手前、それから足下を照らす。慎重に部屋の中央あたりまでやってきたところで、部屋中をぐるりと照らした。
小さな丸い机と、その横にキャンバスがある。
「……絵?」
照らしてみると、それは描きかけの絵だった。まだ着色を始める前らしく、木炭で描かれているのはついさっき見た顔――あいつだ。キャンバスの周りには画用紙が散らばっていて、それにも描かれているのは全部あいつ。だけど少し違うのは、画用紙の方はあんな時代がかった格好はしてなくて、そのへんの子どもがしてるような格好だ。目線は全部明後日の方を向いているから、盗み見て描いてたんだろう。
美術品の蒐集家だと聞いていただけだったが、画家だったのか? いや、でも画家にしては……あんまうまくねぇな。いや、モデルがあいつだってのは解るんだが、解るだけにもうちょっとマシに描けなかったのかと言いたくなるできだ。
描いた奴も納得がいってないのか、何度も修正した後が見えた。
ここは奴のアトリエとかいうものなんだろうか。
もう少し調べてみたが、机の上には絵の具や筆の他にはアルコールランプくらいしかない。アンティークらしい凝ったデザインではあるが、別にお宝ってほどには見えねーな。
たくさんのキャンバスや、石膏像なんかが床や壁際に乱雑に置かれているなか、左側の壁に扉があった。ノブを回してみたが、ここも鍵がかかっている。ペンライトを歯で噛んで手元を照らし、ピッキングで鍵を開けた。
もしかすると、ここにお宝か、人質を隠してるんじゃないか。人が居るとしたら、騒がれないように静かにさせないといけない。
ゆっくりドアを開けて、中をのぞき込む。
「……おい、誰かいるか?」
小さく声をかけてみるが、返事はなかった。
中に入ろうとして、ペンライトの光源が弱まっているのに気付く。ピッキングツールと一緒に組織の男に渡されたものだが、あの野郎、装備の点検くらいしとけよ。明かりもなく小部屋の中を探るのは無理だ。ペンライトは温存することにして、あのアンティークのアルコールランプを借りることにしよう。
そう思って、ランプの近くをさがせばマッチがあったのでそれで灯りをつけた。やわらかい橙色に照らされたキャンバスは、不思議とペンライトで照らしたときよりうまく見える。光源の違いで雰囲気が変わるってやつだろうか。案外そのためのものなのか? このランプ。絵のことは俺はよくわかんねーから、机の上の道具も何のためのものかもわかんねぇ。わかるのは別に金にはならなさそうだってことくらいだ。
アルコールランプを持って、改めて小部屋に入った。窓のない狭い部屋――かと思ったが、狭いと感じるのは扉以外の壁がほとんど棚で覆われていて、ここにもまたところせましと石膏やら何かの瓶詰めやらが並んでいたのだ。人の気配はしないから、人質はいないようだ。じゃあ宝石とかでも隠してるのかと、棚にランプを寄せてのぞき込んで……目玉と目が合った。
透明なガラスの瓶一杯に詰められた液体に、まんまるの眼球がぷかりと浮いていて、それと目が合ったのだ。
「……っ!!」
思わず後ろに後ずさり、壁にぶつかった。本当に、ところせましといろんなモノが並べられていせいで、俺がぶつかった壁の側にあった棚が揺れた。石膏が一つ落ちて、ガシャンと割れる。
しまった。
そう思ったはずなのに、とっさに割れた石膏を見て、思考が止まった。
鼻がひんまがりそうな臭気が、石膏からあふれ出している。
割れた白い破片のすきまから、どろりと腐って皮膚が溶けたようなこどもの顔が、欠けた眼窩が、俺を見上げていた。
「……っ、うっ」
死体を見たことがないって訳じゃねぇ。
俺は物心ついた頃から掃きだめで生きてきたんだ。そこらへんのガキみてぇに安穏とはしていられなかった。食っていく為には他人を食いもんにするのなんか気にもとめねぇ。気に入らねぇ奴はぶっ殺しゃいいと思ってる。
けど、さすがにここまでイカれた奴は見たことねぇぞ!
ここにあるのは美術品でも骨董品でもねぇ。
ド変態サイコ野郎のコレクションだ。
あいつ。あの馬鹿。あのお人好し。
あいつもいずれ、ここに加えるつもりなんだろう。あんなふうに、目玉をくりぬいて、瓶詰めにして――……。
「坊や、どこから忍び込んだんだい?」
ねとっと溶けた飴のような、粘着質な不快な声がした。
あれだけ大きな音がしたのだ。そりゃあ起きてもくるだろう。振り向けば、イカれたサイコ野郎が糸のような目をますます細くしている。
「泥棒にしてはずいぶん若いよねぇ。でも子どもなのに、ピッキングまでできるんだ? ただの子どもじゃあないね? どっかの組織から送られてきたのかな?」
とんだへまをした。たぶん組織と俺とを結びつけて考えてやがる。笑う男の手には火掻き棒が握られていた。
「ふぅーん……。人相悪いけど……銀髪は悪くないかなあ。汚さないようにしないと……」
ぶつぶつつぶやきながら一歩一歩近寄ってくる男を警戒しつつ、身構える。ろくに鍛えたこともなさそうな奴だが、大人と子どもの体格差は馬鹿にできない。まして、こんな狭い小部屋にいるのは不利でしかない。出口は男に塞がれているから、なんとかしてすりぬけねーと。
チャンスは一瞬だ。
男が火掻き棒を俺に向かって振り下ろすのを、横に飛び退いて躱す。床に火掻き棒が食い込んでひっかかっている隙に、男の横をすり抜け小部屋を飛び出した。
目についたキャンバスを蹴り倒し、その上に机の上の画用紙とアルコールランプを投げつけた。
ランプが割れ、画用紙やキャンバスに引火した火がぼわっと一気に勢いを増す。
「あ、ああっ! なんてことを!!」
そのあとの男の行動は、半ば予想通りだったが、心情としては理解しがたい。火掻き棒を放り投げ、絵についた火を消そうと必死だ。壁に立てかけられていたキャンバスから引っぺがした布で、ばしばしと炎を叩き消そうとするが、アルコールがしみた絨毯にまで燃え広がり、あっという間に蛇が這うように炎は部屋を這い回る。
ところせましと置かれたキャンバスが余計にまずかったんだろうな。もちろん狙って火をつけたんだが。
男が火を消そうと必死になっている隙にと廊下に飛び出した。
「旦那様……! 今の音はいったい……あっ、おまえは!?」
「ちっ」
使用人らしい初老の男が寝間着姿で駆け寄ってくる。流石に使用人は老婆ひとりじゃなかったらしい。使用人がやってくるのとは別方向に逃げる。行き止まりだが、窓があれば十分だ。窓を破って外に飛び出す。屋敷のすぐ横にうわっていた木に飛び移り、幹を伝って地面まで下りた。
風が吹き込んだことで余計に炎が煽られたのか、もくもくと煙があふれ出している。
いくら何でも火が回るのがはやくはないか。あの部屋はよほど可燃性のモノであふれていたのか。
ちら、と建物の反対がわに視線をやるが、当然木々や建物に遮られてあの温室は見えない。ここから温室まではだいぶ距離があるけど、あいつだって流石に火の手が上がれば気付いて逃げるだろう。あんな鎖、いつでも外せると言っていたのは、嘘には聞こえなかった。火が出れば流石に、いるかどうかも解らない人質のことなんか放って逃げるはずだ。
「……フン」
火事に気付いた近所の住人が起き出したのか、ぽつ、ぽつ、と夜闇に灯りがともる。山の麓での出火だ。遠くからサイレンの音も聞こえてくる。山に燃え広がることも懸念して、近所の連中がすぐに通報したんだろう。こうなってはさっさとずらかるに限る。
どこか後ろ髪を引かれるような思いを振り切って、俺は闇に紛れるように屋敷を抜け出した。
翌日。
半焼した屋敷から屋敷の住人と、おびただしい子どもの骨が発見され――温室からもこどもの刺殺体が発見されたと新聞が報じた。
燃え残りから屋敷の主人が猟奇的な性嗜好の持ち主であることも発覚し、センセーショナルな事件として騒がれたが、殺された身元不明の子どもについては謎に包まれたまま。
俺は組織に、屋敷に忍び込もうとしたら火事になっていたので引き返したと報告した。とがめはなかったし、男と組織が関わっていた証拠は男とともに燃えたようで、組織はすぐにそいつのことを忘れたけれど……。
身元不明の子ども。
刺殺体ってことは、あの老婆が殺したのだろうか。
火事になってしまって、消防車や警察が集まるだろうから。誘拐したことがバレてしまうからと。
そうだとしたら、あいつが死んだのは――……。
いいや、知ったことかと、そう。
死んだ奴のことなどとっとと忘れようとして。その甲斐あって、数年も経つ頃には顔も声もすっかり霞の向こうに消えてしまったというのに。
あの日ちくりと心臓に刺さった棘が痛い。
じくじくと痛んで、いつまでも抜けてくれなかった。
[newpage]
3
零が誘拐された晩遅く、郊外のある体育施設から一報が入った。
隣接する屋敷の庭に温室があり、その中に子どもが監禁されているようだ、というのだ。
発見された子どもの容姿が零と一致していた為、俺はすぐさまその屋敷へと向かった。道中、部下に調べさせた情報を車内で受け取ったが、容疑者は美術品のコレクターとして有名で、裏でもだいぶ顔の利く男であったらしい。
俺達公安が追っている組織とも取引があるのではないか、と疑いを持って調べ始めていたところだったようで、情報はすぐ集まった。まさかここであの組織が絡んでくるとは思っていなかったが、そうなると慎重に動くべきか。
近隣の交番から人をやるのは止めて、警視庁公安部の部下だけ動かすことにして正解だった。本来誘拐なら捜査一課の仕事なのだが、一課のやつらにあの師範連中を止められるとも思えないからな。
……と思っていたら、無線で、その師範連中が容疑者の屋敷にバイクで爆走して接近中と報告があがって、俺は車内で頭を抱えた。
「どこのどいつだ、情報漏らしたのは!」
思わず叫んだが、だいたいわかっている。あの道場に通っている連中は警察関係者が多いのだ。門下生の誰かから聞き出したか、警察無線で話しているのを聞き耳立てて聞いていたか、はたまた警察無線を違法傍受していたんだろう。
門下生の間で零やヒロは孫か息子か弟かというような扱いで、猫かわいがりされているものだから、率先して情報を流すやつがいてもおかしくはなかった。
さらには屋敷から火の手が上がっているという報告まであり、俺の意識が一瞬遠のきかけたことも無理はないと言いたい。
とにかく俺が着くまで師範連中を屋敷に近づけるなと、先行している部下に指示を出したが、果たしてどこまで効果があるものやら。
そう危惧していたのだが、幸い、現場に到着したのは師範連中と俺とほぼ同時だった。
これは警察の仕事だから、と言ったところで聞いてくれるわけもない。
とにかくも、零を確保しさえすれば、このモンペどもも引きさがってくれるはずだ。
「庭の温室に監禁されていると情報が……」
「温室だな!」
ひとつ情報を渡せば、燃えている母屋など目もくれず、正門を突破し庭に突入していく。流石に民間人を暴走させたままにするわけには行かないので、俺もその後を追いかけた。
報告に聞いていた温室は、庭の一角、生け垣とレンガ塀で区切られた場所にあった。他の庭とまったくつなげていないあたり、半閉鎖空間とも言うべき場所だ。そんな生け垣だが、半分以上人間を辞めている師範連中はひとっとびで飛び越えていったが、俺はまともな人間なのでそうはいかない。レンガ塀をよじ登り、生け垣をかいくぐり、どうにか侵入……したときには、新城師範が温室の強化ガラスでできた壁を正拳突きで打ち砕いていた。
ガラスの割れる轟音が響き、再び意識が遠のきかけるが、必死につなぎ止める。
破壊された壁際に、高校生くらいの民間人の姿もあったので、なおさらこれ以上の連中の暴走を放置はできない。
「あんたたちなぁ! 少しは穏便に……」
「零――! 無事かーっ!」
「零くん、どこだい!?」
「零ちゃーんっ!」
「聞け!」
こっちの言葉など気にもとめず、破ったガラスを蹴散らしながら、温室の中に突進していく三人を、俺も追いかける。高校生が呆然としたままついてきたが、それを咎めている余裕はなかった。
温室は俺が想像していたよりも広く、やたらと薔薇で埋め尽くされていた。そうして、その中央にどかりと鎮座しているのは、大きな鳥籠だ。
天井部分から降り注ぐ月光が、思いの外明るい。
――おかげで、胸くそ悪い光景もはっきりと目に映った。
白いクッションが敷き詰められた鳥籠の中に、零がいる。
こちらを見て少し驚いた顔をしている子どもの首には、鎖のついた首輪がしっかりとはめられていた。着せられている服だって、見たことのない、その辺で売っているとは思えないような代物だ。
「あれ、師匠たち……と、黒田さんも」
「ふ、ざけやがって変態がぁ――!!」
吠えたのは新城師範だ。
気持ちは実によく解るし、腹立たしいのは俺も同じだが、だからといって仮にも証拠品である鳥籠の柵をねじ曲げて穴をあけるのはやめていただきたい。ふんぬ、じゃねぇ。どう報告すりゃいいんだ、これ。零、お前もすげえって顔で見るな。将来できるようになるかな、とか思ってんじゃねぇだろうな。あ、思ってるなこいつ。
「零ちゃぁーんっ!! 無事ね!? 怪我はないね!? 酷いことされてないネ!?」
「変態はどこだぁー!?」
「師匠、落ち着いて。変態は変態でもずっと絵を描いてるだけの変態でしたから」
新城があけた穴から、さっそく鳥籠の中に飛び込んで、ぎゅうぎゅう零を抱きしめて怒濤の質問攻撃をカマした李を、宥める零の方がよっぽど冷静だった。いつも思うが、こいつは変態に付け狙われすぎて危機感が麻痺しているんじゃないか。犯罪被害に遭ったガキの態度じゃねぇぞ。しかも……。
じっとよく零を観察すると、口元によだれのあと。
「てめぇ、寝てたな?」
「……夜は寝るものですよ、黒田さん」
もっともだ。もっともな言葉だが、こっちが胃をすり減らす思いで必死に探し回っていた間、この馬鹿は暢気にすやすやと眠りこけていたのだと思うと腹立たしい。恐ろしい思いだの、不安な思いだの、そんなものは全く感じていなかっただろうことが態度から察せるだけによけいに。
「いっだ!!」
無言でげんこつを食らわせたのは当然の行動だ。
「ひどい、なんで被害者の僕が殴られるんだ」
「やかましい、人にさんざん心配かけて、暢気に惰眠むさぼってる奴が悪い」
「そんなむちゃくちゃ……あ」
「なんなんだい、あんたたち!?」
しわがれた老婆の叫び声に、全員がそちらを向いた。犯人の一味が、騒ぎを聞きつけて様子を見に来たのだろう。
「警察だ。拉致監禁の現行犯で署まで同行願おうか」
「そ、そんな……アタシは……! だ、旦那様が、」
自分は命令されただけだ、と慌てふためく老婆を見る零の目に恐怖はない。誘拐犯に怒り心頭だった師範連中が動かなかったのもそのせいだろう。もっともいくら怒り狂っていたとしても、無力な老婆に手を上げるような連中ではないので、何かしたとしてもとっ捕まえて俺達警察に突き出すくらいだろうが。
体格のいい男たちがずらりと揃っている中、逃げ切れないと察したのか、老婆は消沈してへたりこんだ。消防車も到着したようで、炎上している母屋への消火活動も始まりそうだ。
駆けつけた部下達に老婆を拘束するよう指示を出していたところ、くん、と零に袖を引かれた。
「黒田さん、あの子は?」
「ああ……。無事だよ、やっこさんが拉致したのはお前だけだ」
「そうですか、よかった」
良くねぇ。いや、たしかに幼児が誘拐されないのは良いことだが、そうじゃねぇだろ、こいつはほんとに。
「あ。そうだ。僕と同じ年頃の子どもが、黒田さん達が来る少し前に忍び込んできたんですよ。たぶん泥棒かなんかだと思うんですけど、火事がおきてるんですよね? ちゃんと逃げてるかな」
「あぁ!? そういうことは先に言え! おい、母屋を捜索しろ、ガキが忍び込んでるかもしれねぇ!」
「屋敷の主人の寝室、火元の方向なんでそっちも捜索したほうがいいですよ」
「なんで寝室の場所知っている!?」
「え、だってあのひとそこから双眼鏡でずっとこっち見てたんで」
「気付いてたんなら逃げるか隠れるかしろ!」
「くさりに繋がれてた子どもに無茶いわないでくださーい」
「てめぇあんなの自力で鍵開けできただろうが!!」
思わずもう一度げんこつかました俺は何も悪くない。乱暴はやめるね、と李師範やら柳本師範やらに怒られたが知ったことじゃない。逃げられるのに逃げなかったこの馬鹿が悪いのだ。
ここまで、呆然と成り行きを見ているしかなかった高校生が、零を発見して通報した高校の生徒だとようやく知ったのは、事情聴取の最中でのことだった。
***
調査の結果、半焼した屋敷から大量の子どもの遺体や身体の一部が発見された。瓶詰めにされた目玉や石膏像にされた子どもや若い女などを見て、あまりの異常犯罪にぞっとしたのは関わったもの全員だろう。
俺達が追っている組織と窃盗品の取引をしていた証拠も出てきて、ことはどんどん大きくなる。単なる子どもの誘拐として片付けられるものではなく、俺達はすぐに情報統制をすることに決めた。こと組織が関わっているとなると、生き残っている人間がいると知られればやっかいだ。
すぐに部下に指示をだし、報道陣には火事により生存者無しと発表させた。零が誘拐されたことを知っているものたち――児童養護施設や宮野家には、表向き別の説明をすることにする。この美術品蒐集家とはまったく関係ない、別の変態に捕まっていて、すぐに自力で逃げ出したが見知らぬ土地で道に迷い、さまよっていたところを交番の警官が保護した。そんな筋書きをつくり、零にも、誰に何を聞かれてもそう答えるよう言いつけた。
こんなとき、普通の子どもならうっかり真相を漏らしてしまいそうで、一定期間は監視をつけたりしたくなるものだが、相手は零だ。説明せずとも、虚偽申告の理由を察して頷いた。これであいつが余計なことを口走ることはないだろう。変な話だが、そのへんの同僚である警察官よりもこのあたりの口の堅さは信頼できる。
零から聴取した情報により、忍び込んできていた子どもというのが、組織の関係者である可能性が浮上したので、念のため「温室にいた子どもも刺殺体で発見された」と発表させた。母屋と温室では離れており、そこまで火や煙が届かなかったことは、現場を見れば一目瞭然だったからだ。
当然と言えば当然だが、その「銀髪の子ども」は見つからなかった。半焼した屋敷を検分した結果、どうも争ったあとがあったので、その子どもと揉めた際に火が出たのだろう。
肝心の変態は、キャンバスの残骸を抱えた状態で、焼死体で発見された。使用人の老人がひとり一酸化炭素中毒で重体となり、搬送先でなんとか息を吹き返したが、彼も余生は別人として、公安の監視下で過ごすことになるだろう。老いたふたりの使用人は、あの屋敷の主人と、組織との取引関係を知っている貴重な生き証人なのだ。生存が知られれば、奴らはとどめを刺しにくるだろう。そう囁けば、二人は悄然と処罰を受け入れた。
本来は拉致監禁の共犯として実刑を受けるべきところだが、組織絡みの人間が刑務所に紛れ込んでいるとも限らない。あの二人には、保護施設が刑務所代わりだと思って大人しくしていてもらおう。
残る問題は、零を発見した高校生だった。
合宿所から屋敷を伺っていた生徒達には、中に居た子どもは死んでいたという発表を信じさせるのは難しくなかった。通報のあとは、教師達が双眼鏡を取り上げていたため、温室内の様子は誰も継続して見ていなかったおかげだ。
だが現場まで来てしまっていた高校生――毛利小五郎に関してはそうはいかない。
事情聴取が終わる頃を見計らい、担当官と交代したとき、毛利はすっかり疲れ切った様子だった。無理もない。もう何時間も話を聞かれていて、もうすぐ夜も明けようかという頃なのだ。
「こんな時間まで、すまないな」
「あ、いえ……」
「本来なら、未成年である君から話を聞くのは、日を改めてからにするべきなんだが、今回は事情があってね」
真向かいのパイプ椅子にどかりと腰を下ろし、正面からまだ少年と青年の中間にいる毛利と向き合う。毛利は柔道部というだけあって、年の割にしっかりした体格をしており、俺に対して萎縮しつつも、目を逸らすことはなかった。
「端的に言う。今夜見聞きしたことは生涯他言しないと誓ってほしい」
「それは……」
「まだ君は知らないだろうが、零……鳥籠に居た子どもだ。あの子も含め、今回の事件に関わったものは加害者も被害者も皆死亡したと発表している」
「えっ」
毛利の顔には、はっきりと何故、と疑問が浮かんでいた。
「実は、あの屋敷の主人はとんだ異常性癖の殺人犯だったんだ。君も外にでれば嫌でも耳にするだろうが、気に入った子どもや女性をこっそり拉致しては、絵を描いたり彫像を作ったりして、飽きたら気に入った身体の部位だけ切り取ってホルマリン漬けにしたり……」
「うぇっ」
「胸部から上だけ切り取って、石膏で覆って石膏像にして飾ったりしていた」
「ひぃっ」
「……そんなとんだ変態野郎にとっ捕まっていたんだ。零は絵を描かれていただけで、服も老婆が用意したものに自分で着替えただけだと言っているが、あの容姿だ。ゲスな勘ぐりをするやつはいくらでも出てくるだろう」
「それは……確かに」
「しかもあの男は美術品の蒐集家として有名人でね、こんな醜聞、マスコミの格好の餌食だ。未成年の場合加害者でも被害者でも実名報道は控えられるが、こんな大事件だ、絶対とは言えん。あんな幼い子どもが、性犯罪の被害者として世間に晒されるなど……」
「だ、ダメでしょう、それは!」
「そうだろう、君もそう思うだろう?」
「そんなの報道されたら、一生ついてまわっちまいますよ! 解りました、そういうことでしたら俺、絶対誰に聞かれても口外しません!」
「そうか、ありがとう。それじゃあこの書類にサインしてくれないか」
「はい、守秘義務ってやつですね! 喜んで!」
きりりっと顔を引き締めて叫ぶ毛利少年は、ちょっと、いや、だいぶ、心配になるくらいちょろかった。
いくら被害者の人権を慮ってのことであったとしても、警察が死亡情報という重大事を虚偽報告するなど普通あり得ないのだが、正義感に燃える毛利にはこれっぽっちも疑う気配がない。
俺としては扱いやすくてありがたいが、大丈夫か、こいつ。
――余談だが、毛利が神妙な顔で「報道を懸念してるだけなら、あのばあさんまで死んだことにする必要なかったっすよね」とこっそり聞きに来たのは、数年後――彼が警察学校に入校したあとのことである。
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引き続き温度差をテーマにお送りします。
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逆行降谷は主要キャラを攻略したい。・8
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10158685#1
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きっかけは些細なことだった。
知らずに育っていた雁夜への想いを気づかされるのは
「しかし、まぁお前も見事にディルムッドに懐かれたものだな」
ある日の土曜の夜。
その日、大学での研究が休みだったケイネスが雁夜に「夕飯でも食べにこい」と誘いをかけ乗ってきた雁夜を交え3人で食事をしていた。実は料理が趣味だというケイネスの腕前はなかなかのものだ。そのことを雁夜も良く知っていてしっかりと差し入れを用意し、ケイネス宅に姿を見せた。
雁夜が手土産に持ってきたなかなか上等な日本酒を開けつつ食卓を囲む。この日のメニューは手巻き寿司だった。ケイネスの出身はイギリスだが日本に来てそれなりの年月が経っている。おかげで和食のレシピもいくつかマスターしていた。和食のレパートリーの中でも手巻きずしはケイネスの得意料理だ。
用意された具材をおもいおもいに巻き、自分好みの手巻きずしを作る。
酒の力も相まって普段は物静かなケイネスが饒舌になっていくのが印象的だった。
酒豪のケイネス・雁夜に挟まれつつディルムッドはのんびりと自分のペースで呑んでいた。
そして、冒頭の一言だ。
「なんか、すっごい引っ掛かる言い方するね、ケイネス」
「別に他意などないが?」
そう嘯くが何やらケイネスの笑みから無言の圧力をディルムッドは感じた。しかし、自分でも大分雁夜に傾倒している自覚があるため迂闊に反論できない。
「俺は何だかんだで嬉しいけどねぇ。オディナ君に慕ってもらえるの」
お猪口に新しく酒を注ぎながらのんびりと雁夜は言う。
雁夜が注いだ徳利を受け取りつつさらにケイネスは言葉を重ねた。
「そうか?私からすると鬱陶しいだけなのだが」
「なっ、ケイネス殿!」
「ケイネス言いすぎだよー。俺が良いって言ってるんだからそんなに突っかかるなよ」
今日のケイネスは絡み酒?とおどけたように言ってケイネスとディルムッドの間の空気を取り成す。
雁夜に宥められ、物言いたげにしつつ結局ケイネスはそれ以上言葉を発することはなかった。黙って呑みはじめたケイネスのかわりに話すのは雁夜だ。
「弟が出来たみたいでさ。オディナ君と遊んだり話すの楽しいんだ」
「弟……ですか」
告げられた雁夜の言葉。
まるで家族のようだと言われるのは本来なら喜ぶべきことだったろう。なのに、ディルムッドは手放しに喜べなかった。
胸の奥がチリ、と焼けるようにざわめく。
(…?なぜ、俺はこんな気持ちに)
己の胸を焦がす正体を探ろうとしたとき改めて雁夜に言葉をかけられる。
「オディナ君、黙りこくってどうした?もしかして、弟とか言われるの嫌だった?」
「あ、いえ!俺の方こそこんな風によくして頂いてありがたい限りです」
心配そうに問われ慌てて言葉を返す。
おそらくさっきの焦燥感は気のせいだ。言われ慣れていない言葉だったから驚いただけなのだ。
(そうにきまってる。でなければ、弟と見られるのは嫌だなんて思うわけがない)
そう己に言い聞かせるディルムッドはケイネスからの見定めるかのような冷静な視線に気づくことが出来なかった。
食事が終わった後もケイネス秘蔵のワインも開けダラダラと呑んでいるうちに夜もとっぷりと暮れてしまった。
今から家に帰すのも不安だということでその日雁夜はケイネスの家に泊まることになった。
客間は普段ディルムッドが使っている。そこにもう一つ寝具を入れて休むことにする。始めは部屋が狭くなるから自分はリビングでいいと雁夜は主張したのだがケイネスが反対した。
「俺、別にリビングのソファとかでもいいんだけど」
「バカを言うな。お前の寝ぞうの悪さでソファなんぞ使わせたら明日の朝には確実に床で寝ていることになっているだろうよ」
「うっ」
心当たりがあるため思わず黙りこむとディルムッドが重ねて言う。
「俺は少しくらい狭くなっても構いませんから。雁夜さんさえ良ければどうぞ」
「あー、じゃあそうするか。もし、寝ぼけて、けっ飛ばしたりしても許してね」
敷布団を二つ運び入れ寝る準備を整える。
日本に来た頃はこの独特の寝具に戸惑いを覚えたものだが今では随分慣れた。むしろ、ベッドよりもこちらの方に愛着が湧いてきた位だ。
「電気、消しますね。おやすみなさい、雁夜さん」
「ん、おやすみ。オディナ君」
夜中にふ、と意識が浮上する。
寝ぼけたままふと隣に目をやると横で寝ているはずの雁夜の姿が見えない。
「あれ……?雁夜さんはどこに」
姿が見えない雁夜を探しに部屋をでる。
と、廊下の奥、夕食を共にしたリビングに明かりがついているのが見えた。
次いで、静まりかえった家の中にぼそぼそと話し声が聞こえる。
(雁夜さんと……ケイネス殿か…?)
リビングの扉に張り付きそっと中を窺う。
なぜだろうか。リビングの二人に拒絶されているような気がする。2人が話している部屋に自分は入っていってはいけないような……
息を殺して中の2人が何を話しているのか聞き耳を立てた。
「どういうつもりだ、雁夜。一体お前は何を考えているんだ?」
「何を、って……?」
「とぼけるな!夕食時ディルムッドのことを弟だのどうのと言っていただろうが」
(俺のことを…!)
苛立ったように言い募るケイネスに対して雁夜は静かな態度を崩さない。
普段通りの穏やかな声音で答えを返す。
「別に…。彼のことを弟みたいだと言ったのは本心だよ。弟みたいに彼のことは大事だし好ましいと思ってる」
「……良いのか、それで。そこまであいつのことを近づけて後悔したりしないだろうな」
言葉に苦痛の色を混ぜてケイネスが零す。
なぜ、そんなにもケイネスがあの時の会話にこだわるのか分からなかった。ただ、何か自分の知らない何かが背景にある。それがケイネスをあそこまで神経質にさせ、雁夜に食ってかかっているのだと。それだけは分かった。
最初の頃にケイネスが言っていた「雁夜が抱える難しい事情」それが関係しているのか。
「心配してくれてるんだ?ケイネス」
「っ、私は!あぁ、そうだ。悪いか!?貴様ら2人、いい年して私の手を煩わせすぎなんだ」
「ごめんな、ケイネス。ありがとう。ケイネスが心配するのも分かるけど、でもオディナ君にとっては初めての、俺にとっても大事な関係だからさ。ついつい、浮かれちゃって」
羽目を外しすぎないように気をつけるよ、最後にそう呟いて2人の間に沈黙が降りる。
部屋の中で、2人が動く気配を感じでディルムッドも慌ててもといた客間に戻る。
そのまま、寝たふりをしているとほどなく雁夜が戻ってきて、隣の布団にもぐりこむのがわかった。
しばらくすると寝息が聞こえてくる。それを耳に受けながら、先ほどの会話を反芻する。
雁夜とケイネスが己の知らない“何か”を共有していることが悔しい。
弟だと言ったのに。にもかかわらず雁夜は自分に対して壁をつくっている。それがどうしようもなく心を波立たせる。
けれど、それと同時に大事な関係だと言ってくれた。自分のことを好ましいと言ってくれた。その時の雁夜の優しい声が、耳をついて離れない。
嫉妬、焦がれ、思慕……たくさんの想いが胸に湧き上がり消えていく。
ドロドロとした思いを抱え、その日はまんじりともしない夜を過ごすことになった。
自分は雁夜に対してどんな存在になりたいのだろう。
どういう関係になることを望んでいるのだろうか。
答えが見つからないまま表向きは今まで通りの関係を維持する。
半ば意図的に胸に抱いた感情に目をつむる。自分の奥底の気持ちを直視したとき何が起こるのか考えるのが怖かったから。
「あー、ついに降り出して来ちゃったかぁ」
しばらく所用で冬木から離れていた雁夜と久しぶりに会った日のこと。
その日は朝から曇り空で昼食を取った店から出る頃にはポツポツと雨が降り出してしまっていた。
「この後、どうする?せっかく会ったのにこのまま解散、じゃぁ寂しいよね」
「そうですねぇ。雨宿りがてらどこか喫茶店にでも入りますか?」
「あっ、じゃあさ、俺の家に来ない?ちょうどこの近くなんだよ」
「雁夜さんの家に?」
雁夜と親しくなってからしばらく経つがその申し出は初めてのことだった。
今までは何となく外で会うことが多くてお互いの家(といってもディルムッドの場合は下宿先であるケイネス宅だが)を行き来したことはない。
「良いんですか?お邪魔してしまっても」
「ん、たいしてお構いもできないけど」
「とんでもないです!……雁夜さんの部屋、どんな感じなんでしょうか?楽しみです」
「ふふ、楽しみって。期待したところで面白いものなんか何もないよー?」
そんなやり取りをしつつ雁夜の案内で彼が借りているアパートに向かう。
連れられた先にあったのは2階建てのこじんまりとした白塗りのアパートだった。2階の一番奥の部屋が雁夜の部屋だという。
「お、おじゃまします」
「はい、どうぞ」
おずおずと室内に足を踏み入れる。
ワンルームのその部屋は綺麗に整理整頓され持ち物も良く片付けられていた。
というよりも一般的な部屋よりもだいぶ物が少ない気がする。
そう指摘すれば、
「あぁ、取材とかで家を留守にしがちだから。必要最低限の物しか置いてないんだ」
そう答えつつ、「適当に座ってて、飲み物を用意するから」と雁夜が備え付けの簡易キッチンにたつ。
言われたディルムッドは手持ち無沙汰に腰を下ろした。
本がぎっしりと詰まった本棚。仕事机。壁際のベット。そのほか生活するのに必要と思われる最低限の家具だけがあった。
しばらく家を空けていたからかもしれないが生活感があまり感じられない。
雁夜が普段どんな生活を送っているのか見えてこなかった。
すると、物珍しげに部屋を見回すディルムッドの目に1枚の写真が飛び込んできた。
仕事机の片隅にひっそりと置かれている写真立て。
飾られている写真に写っているのは今よりも若い雁夜。その隣に立っているのは髪を長くのばしショールを肩からかけ穏やかに笑っている女性。さらにその女性の横には雁夜より頭ひとつ分、背の高い青い目をした男性。
雁夜以外は見覚えのない男女だ。
(雁夜さんの……お知り合いか……?)
雁夜の昔話の中では聞いたことがない2人。というか雁夜はケイネスの学生時代のことはいろいろ話してくれるのだがそれより前のこと、また、生家のことについては口を閉ざす。雁夜が話したがらない過去に関する2人なのだろう。
チリっと、胸の奥が焼けるのを感じる。
(あぁ、まただ)
自分の知らない雁夜を見せられるたびに胸の奥が痛くなる。
もっとあなたのことが知りたい。あなたの全てを自分の物にしたい。胸の奥で自分でも知らなかった感情がそう叫ぶ。
今までこんな気持ちを抱いたことなんてなかったのに。
「オディナ君?どうしたの、そんな怖い顔をして」
湯気の立つマグカップを持って雁夜がディルムッドの隣に座る。
渡されたカップを受け取りつつ尋ねる。
「雁夜さん、あの二人は?」
「え?」
「あの写真の」
そうディルムッドが件の写真を指さすとさっと雁夜が顔色を変えて立ちあがる。
そのまま、バタンといささか乱暴に写真立てを倒した。
「雁夜、さん?」
雁夜の剣幕に押され恐る恐る声をかける。
普段の雁夜の態度からは思いもよらないくらい頑なな姿だった。
「え、あぁ、ごめん。昔の知り合いなんだ。今はもう遠い2人になってしまったんだけれど」
まぁ、気にしないで、と笑う雁夜の顔からはどうかこのことについて聞かないでほしいという願いがにじみ出ていた。
普段であればディルムッドはその意を汲んで別の話題に変えただろう。
けれど、あの深夜のケイネスと雁夜の話を盗み聞きしてから育った想いはそれを拒否するくらいに膨れ上がっていた。
家に招き入れるくらい近づけておきながらギリギリのところで自分を遠ざける雁夜が許せなかった。
知りたいと願っておきながら一歩を踏みだそうとしない自分が不甲斐なくて雁夜がようやく見せた過去の片鱗に縋る。
「あの方たちと雁夜さんは一体どういう関係なのですか?」
「えっと、ごめんね。それはちょっと話せない、かなぁ」
「答えてくださいッ……!」
やんわりと答えを流す雁夜に対してつい声が険を帯びる。
今のディルムッドは引火間際の爆薬庫のようなものだ。
自分では処理しきれないうっ屈した雁夜への想いを抱えて行き場のなくした感情が己を呑みこもうとしているのを必死で抑えている。
(拒絶しないでください。俺の知らないあなたなんてもうみたくない)
「お、オディナ君?」
「ケイネス殿が言っていました。雁夜さんは『複雑な事情』を抱えているのだと。それは一体何なのですか?あの写真の方々はその事情に含まれているのですか?」
必死に雁夜に向かって言い募る。
抑え込んできた感情は爆発寸前だった。
雁夜の返答次第では簡単に封は切られるだろう。
そして、雁夜は返答を間違えた。
「ごめん、それだけは話せないんだ」
―――プツっと自分を抑えていた何かが切れる音がした。
さ、この話はここまでと笑う雁夜の声をどこか頭の遠いところで聞く。
気がついたら身体が勝手に動いていた。それはただ、衝動のままに。
「なっ、オディナ君!?」
雁夜の腕を掴み床に縫いとめ、馬乗りに組み敷く。
雁夜の腕の細さに一瞬驚き、初めてしっかりと触れた体温に心地よさを感じる。
「オディナ君、やめろ!どいてくれ……!」
「申し訳ありません、それはできません」
「っ、」
自分の下から抜け出そうともがく雁夜に嗜虐心がそそられる。
湧き上がるのは独占欲と征服欲。
(あぁ、俺はずっとこれを望んでいたのか。あなたに触れて自分の物にしたいと願っていたのか)
目をそむけていた気持ちと向き合えば答えはすぐに出た。
自分は雁夜のことが好きだったのだ。
友情としての好意でなく熱と欲を孕んだ好意をずっとずっと向けていたのだ。
「一体これはなんの悪ふざけなんだ!?」
「悪ふざけ、ではありませんよ。俺は本気です」
「何を……」
混乱と戸惑いに揺れる雁夜の瞳を見つめ返しながら自覚したばかりの感情を零す。
「好きです、雁夜さん。あなたのことが好きなんです」
「えっ……」
何か言いかけた雁夜の口を構わず塞ぐ。
「ふっ、ン」
一度軽く触れ合わせ緩く空いていた口から舌を潜り込ませる。
怯えるように逃げる雁夜の舌を追いかけ絡め取る。雁夜の腕を片手で頭上に縫いとめ、残りの手で顎を掬いあげた。
「やっ……あっ……」
くちゅと、濡れた水音が漏れて。嫌がり逃れようとする雁夜の身体を抑えこむ。
零されるあえかな吐息に止まらなくなる。
もっと深くまで。湧き上がる衝動のまま進めようとしたところで、
「、いっつ」
ガリっと舌をかまれ思わず拘束の力が緩んだ。
ドンと思い切り体を突き飛ばされ雁夜が身体の下から抜け出す。
思わず手を伸ばしたところでぶつけられる激しい罵声
「触るな!!」
「あ、俺は……」
その声を聞いて先ほどまでの熱は一瞬で冷める。
(俺は、一体何を…。)
自分から距離をとる雁夜の目に浮かぶ涙。ただでさえ色の白い顔からは血の気が失せている。己の身を守るかのように身体を抱きしめる両腕は恐怖からか小刻みに震えていた。
怯える雁夜を目の当たりにし自分のしてしまったことにようやく思い至る。
「雁夜さん、雁夜さん、すみません俺は、」
「黙れっ、悪いけど何も聞きたくない!」
「あ……」
全身で己を拒絶され、後悔しても時間は巻き戻せない。
ディルムッドに背を向ける雁夜にそれ以上何もいえず何もできず、雁夜の部屋から出た。
どこをどう歩いたのか気づけばケイネスの家に帰って来ていた。
「ディルムッド?どうしたその顔は。今日は雁夜と会ってきたのではなかったか?」
「ケイネス殿……。それが」
たまたま家にいたケイネスに先ほどの出来事を洗いざらい話す。
初めは静かにディルムッドの話を聞いていたが次第にその顔に怒気を浮かべ、全てを聞き終えたとき手加減なしでディルムッドの顔を殴り飛ばした。
「無体を働いた揚句そのまま雁夜を放置して帰ってきただと!?何を考えているのだ、この愚かものが!」
「……面目次第もありません」
項垂れるディルムッドを憎々しげに睨みつけた後携帯を取り出し電話をかけ始める。相手はどうやら雁夜のようだ。
「あぁ、雁夜か。今、いいか?…………事情はディルムッドが話した。それで?お前の方は…………平気なわけがあるか!?自分がどんな声で話しているか自覚しているのか?…………あぁ。あぁ。私がそちらに行く。今日は泊らせろ。良いな…………それじゃ」
通話を終えもう一度ディルムッドを一瞥する。
「話は聞いていたな」
「はい……」
「私は今日は雁夜のところに行く。貴様はその湧いた頭をここで冷やしておけ」
それだけ言い捨てるとケイネスは雁夜宅へ向かう準備をしに自室へ。
ディルムッドは何もする気が起きずただ、その場に蹲っていた。
夜が明けて。
ディルムッドの携帯に一通のメールが入る。ケイネスからだ。
“雁夜が会って話したいと言っている。始めて話した喫茶店で待っている、とのことだ”
簡潔に要件だけ書かれたメールを確認しディルムッドは立ちあがる。
そのまま財布だけ掴み家を飛び出した。
走って走って辿りついた店。
絡まれた自分を助けてくれてその後、彼と和解をした思い出の喫茶店に足を踏み入れる。
既に雁夜は壁際の席で自分を待っていた。
「雁夜さん!」
「あぁ、オディナ君早かったね」
店内に雁夜以外の姿は見えない。上がった息を整えながらおずおずと雁夜の待つ席に近づく。近くまで寄ると雁夜の泣きはらした顔が見えて思わず怯む。
傍に寄ってしまって良いものか。彼を傷つけることになりはしないか。そう戸惑うディルムッドに気がつき雁夜が改めて席を勧める。
「大丈夫、今度は拒絶したりしないから。座って?」
「う、はい」
謝りたいことは山ほどあった。言いたいことも聞きたいことも。けれど、いざ彼の目の前に立つと一体何を言ったらいいのか分からなくなってしまう。
逡巡するディルムッドをよそに雁夜は話し始める。
「懐かしいね、ここ。オディナ君と初めてきちんと話した場所だよね」
「はい」
「あの時はまさかこんなことになるなって思ってなかったけど」
「……!雁夜さん昨日はすみませ、」
「謝らなくて、良いよ」
謝罪の言葉をやんわりと遮られる。
「昨日のことはね。驚いたし、正直言うとあの瞬間の君のことが怖かったんだけど。でも、好きだと言ってくれたこと自体は嫌じゃなかったんだ」
「……え?」
「オディナ君のこと弟みたいだって思ってたんだけど。いや、思い込もうとしてたんだけど。でも、やっぱり誤魔化しきれないね」
「雁夜さん?何を言って」
「俺もオディナ君と同じ『好き』を持ってるってことだよ」
言われた言葉に一瞬呆けてその後じわじわと理解が追い付いてくる。
雁夜も己のことを好きだと……?
「オディナ君が俺のことを好きだと言ってくれて嬉しかった」
「雁夜さん、では!」
「でもね。だからこそ、お別れだ」
「は?」
雁夜の話の展開についていけない。
好きだと言ってくれたその口でなぜ別れを告げる?思いを通じ合わせたのではないのか?
「間桐がここでは良くも悪くも有名だ。そう言ったことを覚えている?」
「えぇ」
雁夜が自分を不良たちから助けてくれた時に言った言葉だ。
そして、“間桐”の名を聞いた男達が激烈な反応を示したことも覚えている。
「ケイネスが言った俺の抱える事情。オディナ君に隠してた秘密。今日は全部話すよ」
そう前置きして雁夜は話し始める。
―――――俺の家はまぁ、この辺の名家ってやつでね。昔からの地主でいろんなところに顔が利く。表の人間はもちろん裏社会の、いわゆるヤクザってやつらにもね。
『間桐の当主を敵に回すな』っていうのはちょっとでも間桐の名を知ってるものが口をそろえて言う言葉だ。
うちの人間は敵対した者には容赦しないから。一度歯向かったが最後、敵は徹底的に叩き潰す。表からも裏からも手を回されて壊されていく人間を小さい頃から何人も見てきたよ。警察に逃げ込んだって無駄。うちの爺は警察にすら影響力を持っているから。
で、俺はそんな間桐の家の次男坊。家が嫌いでほとんど勘当同然の生活を送ってたんだけどさ。最近、家を継ぐはずだった兄貴が病気を患って。急きょ、跡継ぎ問題がおこってその為に帰ってきたんだ。
―――――俺が抱えてる事情の大体は分かった?うん、そう。間桐はここじゃ疫病神みたいなもんだ。おかげであんまり友達に恵まれない子供時代を送る羽目になったよ。っと、話がずれたね。家のせいで貧乏くじを引かされてばかりだったけど、でも友達いなかったわけじゃないんだよ?ケイネスもそうだし。あと写真、見ただろう。そう、3人で映っていた、あれ。名前は伏せるけどこんな俺でも疎まないでくれて小さい頃から支えてくれた大事な人たちなんだ。今は、会えないけどね。
えっ、あぁ、生きてる生きてる。どこか遠くで家族4人で暮らしているんじゃないかな。
……本当はここで幸せに暮らしてるはずだったんだ。でも、俺のせいでこの地から離れなくちゃいけなくなった。
―――――高校を出たときに嫌気がさして家を出ようとしたんだ。その時に当主である父親と揉めて。その時のごたごたにあの人たちを巻き込んでしまった。俺への嫌がらせってだけで爺はあの人たちの幸せを壊した。合わせる顔がないよ、彼らには。俺なんかの友達になったせいで苦しめてしまったんだ。
苦しそうに話す雁夜の目じりから涙が落ちる。
雁夜の告白をこれ以上聞いて入れられなくて口を挟む。
「雁夜さん、もういいです!もう、話さないでください」
「っ、ごめん」
雁夜が別れを告げた理由も分かった。
彼は恐れているのだ。自分に関わったせいでまた苦しむ人間が出るのではないかと。
「今は静かだけど、跡継ぎ問題が長引けばこの先どうなるか分からない。俺に関わったせいで俺の大切な人たちが滅茶苦茶にされるのはもう見たくないんだ」
「雁夜さん……」
「あいつは、そういう嫌がらせには鼻が利くから。このまま一緒に居続ければ絶対にオディナ君のことを嗅ぎつける」
「……」
「だから、会うのはこれで最後にしよう」
そう静かに告げられて、反論しようと思うもかける言葉が見つからない。思考ばかりが空回りして押し黙る。雁夜はそんなディルムッドを見やり、目を弓にしてほほ笑む。
「ありがとう、俺のこと好きだと言ってくれて。一緒に過ごしてくれて凄く嬉しくて楽しかった」
「雁夜さん…。これが最後なんて言わないでください……。」
「ごめんね。勝手なことばっかり言って。でも、大丈夫だよ。オディナ君なら俺以外にも好きになる人も好きになってくれる人も絶対見つかるから」
そう言ってそのまま立ち去る雁夜にディルムッドはなにも声を掛けられなかった。
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コンセプトは少女漫画!な槍雁第2話です。1話目「理屈派の朝」を読んで下さった方々本当にありがとうございます(平伏)少女漫画言いつつ内容は全然少女漫画チックになってなくてすいません(滝汗)とにかく海のように広い心で読んでいただければ…!そして、続きは気長に待って頂ければ。いや、ホント前回から間が空いてしまいすみません。話は変わりますが最近本当に槍雁熱が高くて堪らないのでどうか皆さん槍雁描いて(書いて)頂けないでしょうか!マイナーでも割と需要あるんですよね!?前作の反応はそういうことですよね?ね!?■なんかえらいところで区切ってしまってすいません。3話目「退屈派の夜」に続きます■先日槍雁完結いたしました。少しでも楽しんで頂けたなら良かったのですが。閲覧・評価・ブクマありがとうございました。タグいじりもとてもうれしい!
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空腹派の昼【槍雁】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1015874#1
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俺の親友の話をしよう。
同じハイスクールに通う親友は、校内の誰もが認めるスクールカースト上位の人間だ。
容姿端麗で頭脳明晰、腕っ節も申し分ない、もちろん女にもモテる。
そんな誰もが完璧だと思っている『アスラン・J・カーレンリース』が、たった一人の男への想いを拗らせているなんて、誰が想像できただろうか。
俺とアッシュの出会いは13歳、ジュニアハイスクールの入学式だ。
最初はその容姿から「女みてーなやつだな」と思ったし、その時点でいわゆる〝不良〟と呼ばれていた俺と、随分頭の良いそいつが関わる事などないだろうと考えていた。
アッシュの周りには常に人が集まったけれど、当の本人はまるで興味が無い様子だった。
それがまたクールでいいのよと言っていたのは、俺が少しだけ好意を寄せていたクラスメイトだったから、あの時はアッシュの事を少しだけ恨んだものだ。
そんな俺たちがつるむようになり、親友とまで言えるようになったきっかけは、本当に偶然だった。
その日アッシュは、いつものように放課後の屋上に呼び出されていた。
屋上にある塔屋は、俺にとって最高のサボり場であるのだが、屋上と言えば校内の告白スポットとなっており、俺はアッシュがこの場所で何度も女子から告白を受けている場面を陰ながら目撃してる。
そして今回も同様かと思いきや、少しばかり様子が違った。
最初に現れたのは三人の男だった。
どうやらそいつらはアッシュに気があったようで、三人がかりで無理やりレイプしようと企てていた。
ホント、ろくでもねーことばっかり考えてんなぁ、なんて思って聞いていれば、件の人物であるアッシュがやってきた。
さすがに俺も、男が男に襲われているとこなんて見たくも無いから、いざとなったら出て行く準備をしていたのだけれど、それは杞憂に終わることとなる。
おおよそ人と争うなどしたことも無いような綺麗な面のアッシュは、三人で襲いかかってきたそいつらを、シャーペン一本で見事返り討ちにしたのだ。
襲ってきたうちの一人は、どうやら父親がこの学校に多額の寄付をしているようで「パパに頼んでお前をこの学校から追い出してやる」と自分のやろうとしたことは棚に上げ、そんな事を言い出した。
アッシュは「別に好きにすればいい」と言ってはいたが、逆恨みでどんなあることないことを言われるかなんて、火を見るよりも明らかだ。
それでもまだ喚くそいつらにとうとう俺は頭にきて、地面に倒れているそいつらの前に立った。
「へぇ、ならお前が三人がかりでこいつをレイプしようとしてた事もちゃんと報告しないとな。」
「なっ…ショーターお前、いつからそこにいた?!」
「お前らがここに来てしょーもない計画立ててるときからだよ。ほら、ここに証拠もあるぜ。」
そういってスマホをちらつかせれば、決定的な証拠でもあると思ったのか「覚えてろよ!」なんて三流映画の悪役のような捨て台詞とともに逃げるように去っていった。
「…礼なんかいわねーぞ。」
「別にそんなもんいらねーよ。それよりもお前、そんな強かったんだな。喧嘩なんてからっきしだと思ってたから意外だったぜ。」
「フン、こんなこと今までだって何度もあったからな。あんな〝ボンボン〟相手なんか、かわいいもんさ。」
そうか、これまで女にモテるいけ好かないやつだと思っていたのだけれど、イケメンにはイケメンの苦労ってのがあるらしい。
今まで自分とは違う世界の人間だと思っていたのだけれど、本当は口が悪くて喧嘩慣れしているなんて。
「お前、案外おもしろいやつだったんだな。」
「フン、お前のそのモヒカンには負けるぜ。」
その日を境に、アッシュと俺はよくつるむようになった。
他人と一線を引いていたのになぜ俺といるのか疑問に思い聞いたところ「お前は俺に余計な理想なんて持ってないからな」と言った。
なるほど、たしかに他人の理想を押し付けれるなんてたまったもんじゃないだろう。
さて、その件のアッシュであるが男にも女にもよくモテるというのに、親友と呼べるようになるまでの五年の間で、特定の相手がいたことがない。
割り切って遊べる相手というのはいたことがあったけれど、それも数回で終わり。どの相手も普通の男なら相手にもされないようなイイ女ばかりだったから「モテる男はよっぽど理想が高いんだな」とからかえば、「誰だとしてもあいつの代わりにはならねぇよ」とアッシュは言った。
その時俺は、こいつに〝誰も代わりになれない誰か〟がいることに正直驚いた。
齢15歳にして、心に決めた相手がいるというのもそうだし、誰もが求めるであろうこの男が、唯一人を未だモノにできていないということも。
それから何度かその〝誰か〟についてアッシュに聞いてみたのだけれど、その度にうまくかわされて、結局正体は不明。
俺の弟分であるシンはそのことを知ってからというもの、アッシュに会うたびに「あんたみたいな美人が惚れる程の美女、俺も見てみたい」と強請っていたが「ガキが生意気なんだよ」と一蹴され、写真はおろか、年齢、人種、どんな仲なのか全く聞き出すことはできなかった。
だから俺の中で、一つの仮説が立てられた。
アッシュの想い人はもうこの世にはいないのではないかと。
だから会うこともできず、人に話すこともしないのではないか。
それならば尚更この親友には幸せになってもらいたいと、お節介だと思いながらもアッシュに誰彼かまわず関係を持つことはやめるよう言った。
アッシュのほうも、それがどれだけ無駄なことなのか気づいていたのだと思う。
それからしばらく、アッシュが特定の誰かを相手にすることはなかった。
…のだけれど。
俺はこの時まだ知らなかった。
この美しく優秀な男も、初恋の前ではただの男になってしまうということ、そしてその相手はちゃんと存在しているということをー。
[newpage]
俺たちのグループがよく出入りするカフェバーには、今夜も人が溢れていた。
多種多様な人種が生きるこの街と同じように、この店内にもいろいろな人間がいた。
未成年にも平気で酒を出すこの店がいつポリスから摘発されるのだろうかと思っているのだが、今のところその気配は全くない。
おおらかというか、大雑把というか、だけどそういうところが気に入って、俺たちの夜の溜まり場となっていた。
いつものカウンターにアッシュ、シン、俺と並んで、他愛のない話をする。
まだ小柄なシンは店員からもよく可愛がられていて、それが男としてのプライドを傷つけられるのか「今にこの店の誰よりもでかくなってやるぜ」と言っている。
その言葉に俺とアッシュが笑えば、ますますムキになるこいつはやっぱりかわいい弟分だなぁと思っていた。
しばらくご機嫌斜めな様子のシンだったのだが、あるテーブルを見て神妙な顔つきになった。
「シン、どうした?こないだやり合ったやつでもいたのか?」
「いや、あのテーブルみろよ。」
そう言って指をさした方を見ろと、俺とアッシュに言う。
そこにはアッシュまでとはいかないものの、十分美形に分類されるであろうブロンドの男と、黒髪の子供がいた。
「あれ、チャイニーズじゃないよな?もしそうならこの辺りで俺たちが知らないはずない。ジャパニーズか?たぶん俺と同じくらいの歳だよな。」
「あー、たしかに。お行儀の良いジャパニーズの子供でも酒なんて飲むんだな。」
「…たぶんあれ、売春じゃないか?」
シンから発せられた〝売春〟という言葉に、俺は思わず吹き出した。
「いやぁ、あんなお坊ちゃんみたいな子供が売春なんて、なぁアッシュ?」
そう言ってアッシュへと話を振ったものの、振られた当人は驚いたように目を見開いて、そのテーブルを凝視していた。
「アッシュ?おーい?」
「ショーター、やっぱりあいつ、あのブロンドにわけもわからずここに連れてこられてんだよ!この裏はホテル街だし、あの感じだとあいつ酒なんて飲んだこともなさそうだ。」
「いや、ただの友達かもしれないだろ…」
そうは言いつつも、確かにあの二人が友達だというのは無理がある気もする。
それになんの話をしているのかは分からないが、距離も近い気がする。
そしてブロンドの男の視線には、確かに〝そういう〟視線も混じっているような気もする。
とはいえ、すべて〝気がする〟だけなので、ただの考えすぎということもある。
それに、もしシンの言う通り売春だったとしても、赤の他人の俺たちがどうこういう問題ではない。お互いが合意の上であれば、ただの余計な世話なのだ。
そうしていれば、ブロンドの男ははその子供に何か耳打ちして席を立った。
一人になったそいつは、ぼんやりと辺りを見回している。
正義感の強いシンはやはり気になるようで、チラチラと店の入り口とあの子供を交互に見る。
その時こちらの視線に気づいたのか、黒い髪と同じ、まるで真夜中のような瞳がこちらを向いた。
やばい、見過ぎたか、と思っていれば、どうやら俺の二つ隣にいる親友に視線が止まった。
そしてその親友の視線も、そちらへと向いている。
こんな騒がしい店の中で、そこだけがまるで二人の世界のように見えた。
俺はその切り取られた空間で、ただの傍観者になっている。
なぜ、と聞かれても答えられない。
だけどどうしても、俺はアッシュに話しかけることができなかった。
どのくらいの時間だったのか、高いヒールとそれに見合った美女の登場で店の空気ががらりと変わった。
その美女はあの子供の前に立ちテーブルのグラスを手に取ったかと思えば、そのまま中身を子供へとぶちまけたのだ。
そして美女から出たとは信じられないスラングで、その子供を詰った。
「ひぇ…美人がキレると迫力があるな。」
「ショーター、やっぱり俺、あいつをほっとけない!俺と同じくらいであんな何も知らなさそうなのにあんなこと言われて!」
「おい!シン、ちょっ…」
確かに同じアジア系で、歳も近いとなればシンの性格を考えると、無視できないのだろう。
まるで自分の友人が貶されたように、シンは我慢できないとばかりに飛び出そうとした。
だけどそれよりも早く、その子供のところへ行ったのは。
「えっ…アッシュ?!おい、どーゆーことだよ?!」
シンの言葉は、そっくりそのまま俺が思ったことだった。
必要以上に人と関わらないアッシュが、明らかに厄介ごとであろうそこに自ら入っていくとは、一体どういうことだ?と考えていれば。
「ちょ!アッシュのやつ、いま、き、き、」
隣のシンは顔を真っ赤にして、それでも視線はそちらへ釘付けだった。
俺はというと、あのアッシュが見ず知らずの子供に自分からキスをしているという、まるで予想外の事態に考えることを放棄した。
シンのやつ、普段は俺たちと混ざって下ネタ話したりしてても、やっぱりまだまだ子供だな。
〝キス〟ひとつ言うのも恥ずかしがるなんて、もしかしてファーストキスもまだだったのか。
遠い目をしている俺の横で、未だにシンは顔を赤くしている。
可愛い弟よ、おまえだけはそのままでいてくれ。
これ以上はシンにはまだ早い、なんて思っていたのに、アッシュは俺の心中など全く知らず、さらに言葉を続けた。
『こいつは昔から俺の事が〝大好き〟なんだ。だから他の男なんて目に入らないんだよ。もちろん、あんたの彼氏のこともね。』
『この顔、見れば分かるだろ?とっくに俺の体でしか満足できないんだよ。俺のアレでしかイケないのに他の男に脚を開くなんて、無意味だと思わない?』
そうしてアッシュはその子供の腰を抱いて、店から出ていってしまった。
店内は想定外のハプニングに大盛り上がりだ。
その中心人物だった美男美女は、出て行った二人の後を追うように店を出た。
「あいつ、アッシュの知り合い…てか恋人?だったのか…?」
「いや、今までアッシュといて、あんなやつ見たことないが…」
だけどあの子供を見た瞬間、確かにアッシュの唇は『見つけた』と模った。
その言葉にはあいつと知り合って初めて見た〝執着〟が確かにあったのだ。
[newpage]
「なぁ、俺ってかわいいと思うか?」
あの日から二日後、俺の親友はどうやらおかしくなっちまったらしい。
昼休みにカフェテラスで会って早々、このセリフだ。
「…アッシュ、おまえがどれだけ頭がイかれちまっても、俺はおまえの親友だ。」
「おい、誰の頭がイかれてるって?」
「おーおー、かわいそうに…アッシュ君はとうとう自分のことも分からなくなって…」
手元にあったペーパーナプキンで涙を拭うふりをすれば、本気で睨まれた。
「いいから答えろよ、アジア人からみて、俺はそんなにかわいいのか?」
極悪犯も真っ青の顔でキレているのに、聞いてくる内容が滑稽すぎてマジでどこかで頭でも打ったのか心配になったが、アジア人というワードから、どうやら一昨日の子供が関係しているのではと導き出す。
「まぁ見た目だけならかわいい…というよりは、お前の場合、綺麗って方がしっくりくるけどな。」
「そうだよな…どう考えたって〝アイツ〟のほうがカワイイよな。」
「なぁ、お前の〝代わりにならない誰か〟って、もしかして一昨日のあいつ?」
なぜわかった、という顔でこちらを凝視してくるが、分からないはずがない。
明らかに最後に会った二日前と、雰囲気が違うのだ。
上手くはいえないが、あえていうなら『あのアッシュがお花畑の中にいる』という感じで。
とにかくいつものピンと張り詰めた、周りがクールだという空気ではなかった。
まぁ周りから見ればいつもと何ら変わりはないだろうが、そこは普段からこいつと過ごしている俺だから気づいたのだろうけど。
そして〝あの〟アッシュをこんな風にした原因なんて、一人しか思い浮かばない。
「ビンゴか。でも意外だったな…今までお前の周りには全くいなかっただろ、あのイイコチャンタイプは。日本にいた時の友達か?」
「英二は友達なんかじゃねえよ。」
「ならなんなんだよ?全く接点がみえてこねぇ…」
もしかして舎弟か?なんて考えていたら「俺はやっとお前が言っていたことが理解できた」と急に言い出した。
「急に何の話だよ?」
「俺は今まで処女は面倒だと思ってたし、ヤるだけなら慣れてるやつのほうがいいと思ってた。でも前にお前が言ってたように『惚れてるやつの初めて』ってのは全然違うんだな…俺はあの日初めて神に感謝した。」
「…おい、もしかしてその話、あの日本人のことか?」
「もう二度と会えないと思ってた…会えたとしても、あんなにカワイイんだ、とっくに誰かの手垢がついててもおかしくないはずだと思ってた。」
「あー、たしかに〝カワイイ系〟だったな…て、顔こわ!!なんつー目でみてんだよ?!」
「お前も英二をあの男と同じ目で見てんのか?親友と言えども、性的な目で英二を見るなら俺は絶対に許さない、絶対にだ。」
「いや、お前が言ったんだろ?!俺は男なんて興味ねえよ!めんどくせぇなオイ!!」
「フン、まぁいい…とにかく、あのカワイイ英二が綺麗なままで俺と再会したのは、本当に奇跡だと思う。」
「え、まだこの話続くの?」
正直、普段とは180度違うこいつを見ていられなかった。いたたまれない気持ちでいっぱいだ。
ここにシンがいなくてよかったと心から思う。あいつはアッシュに対して憧れのようなものを抱いているから、こんな姿は見せられない。
だけどそんな俺の胸中を無視して、あろうことかこいつはあの日の夜のことを話し始めたのだ。
「最初はキスだけで精一杯みたいな顔してたのに、だんだん自分から強請ってきてさ。舌吸ってやったら無意識に『きもちいい』なんていうからすぐにでもブチこんでやりたかったぜ。
でも初めての思い出ってやつは大事だろ?特に日本人は初めてってやつに深い思い入れがあるらしい。だからとびきり『優しく』してやったらすぐにカワイイ声で…」
「ストップ!!お前ここ、どこだか分かってる?公衆の面前で明け透けな話はやめろ!!」
知りたくもない親友とあの子供の初夜を聞かされる俺は、きっと今日の星占いは最下位のはずだ。
話を中断されたアッシュはとても不服そうな顔だが、断じて俺は悪くないはずだ。
「そもそもあんな子供にお前なにやったんだ?!」
「はぁ?子供って英二のことか?英二は…とにかく、カワイイのはアイツなのに、俺のことをカワイイなんて言ってくるから今日の朝、喧嘩になったんだ。」
「は?お前ら、あれから今日の朝まで一緒だったのか?」
「?当たり前だろ。何年待ったと思ってんだ。本当なら今日は来る気もなかったのに、アイツが〝子供はちゃんと学校に行かなきゃダメ〟なんて言うからさ。俺のこと、一体いくつだと思ってんだ全く。」
「もうツッこむのも疲れたぜ…で?喧嘩して後悔してんだろ?早く謝って仲直りでもなんでもしろよ。」
俺はもう惚気は聞き飽きた、とばかりに匙を投げれば「それはできない」と至極真剣な顔でアッシュは言った。
「英二はカワイイって自覚が足りなすぎる。だからあんな男みたいなやつをホイホイ引き寄せるんだよ。俺は英二がそれを自覚して、隙を見せないように気をつけさせたいんだ。だからアイツが認めるまで俺からは謝らない。それに英二のやつ、あんな昔の事言い出して…」
昔の事が何の話なのかは分からないが、結局のところ〝嫉妬〟ってやつなのだ。
英二ってやつがどんなやつで、何でアッシュがこんなにも入れ込んでるのかは分からないけれど、普通の男と同じように感情を露わにする親友は確かに〝可愛く〟見える。
「まぁ、案外その英二ってやつの考えも分からなくないかもなぁ…」
はぁ?と心底理解できないと言うアッシュの声と、午後の始業を知らせるチャイムが鳴ったのはほぼ同時だった。
放課後、 姉貴のやっている張大飯店へ行けば、そこには意外な組み合わせがいた。
「お!ショーターおかえり〜!」
「おかえりなさい。」
「ただいま…ってシン!お前なんでこいつと?!」
昼に死ぬほど聞かされた件の人物が、制服のままのシンと一緒に炒飯を食べていた。
「店の近くでなんか見たことあるやつがいるなーって思って話しかけたら、なんとこの間のやつだったんだぜ!」
「アッシュからここの炒飯がおいしいって聞いて食べたくなったんだけど道に迷って…シンのおかげで無事辿り着けたよ。それにしてもほんとにここの炒飯おいしいや。」
「呑気なもんだぜ。あんたあれからアッシュと出て行ったから気になってたんだよ。それにあんな時間にあんな男といたから、てっきりウリでもやってんのかと思って心配したぜ。」
「うり?」
「ウリじゃ分かんねぇ?売春だよ。」
「ば、売春って…!そんなことするはずないだろ!」
「なーんか英二ってほっとけないっていうか?変だよなー、男にそんなこと思うなんて。」
なぁショーター?とシンは何食わぬ顔で話を振ってくるが、まだ俺たちは自己紹介もしていない。
まぁ俺は嫌という程聞かされたから、名前は知ってるんだけど。
「あー…ワリィな、こいつこんなだけど、全然悪気はないから。」
「うん、僕を心配してくれてるんだよね、ありがとうシン。あ、はじめまして、奥村英二と言います。」
「俺はショーター・ウォンだ。ここ、俺の姉貴の店なんだ。」
「シンから話を聞いたよ。君はすごく頼りになる人なんだって」
「おい英二!それは内緒だって言っただろ!」
そうだっけ、なんて笑いあう二人は、同じアジア系という事もあり兄弟のようだ。
どっちが兄でどっちが弟かは甲乙つけがたいのだけれど。
色々と話をしていくうちに、アッシュの言っていた『綺麗なまま』という意味が少しだけ分かった気がした。
あいつが言っていたのはいわゆる〝体の関係を誰とも持たなかった〟という意味だったのだけれど、何となくこいつと話しているとまだ何も知らずにいられた子供の頃に戻ったような気持ちになるのだ。
俺たちと変わらない年齢のはずなのに、こう父性というか母性というか、とにかく何の打算も無く俺たちと接しているのだろうことが伝わってくる。
俺にしてもアッシュにしても、周りに寄ってくる人間は大なり小なり、何らかの利を求めている。それは力だったり、ステータスだったりいろいろだ。
だけどそれは誰もが考える事だろうし、俺たちだってそいつらがうまく利用できるかなんて事を考えているのだから。
だけど英二はそんな事を微塵も感じさせないのだ。
見た目や少し舌足らずな日本語交じりの英語のせいかもしれないが、アッシュがこういうタイプに惹かれたのは分かる気がした。
「そういえばさ、あの日アッシュとどこに行ったんだ?俺とショーターが連絡してもアッシュのやつ、全然返信が無かったから心配したんだぜ?」
シンがふと、あの夜のことを思い出したように問えば、途端に英二は顔を真っ赤にした。
シンは知らないだろうが、俺は知っている。
あの夜、この目の前にいる性的なことに全く無知な顔をしたこいつが、アッシュに『優しく』頂かれてしまったことを。そして今、その夜のことを思い出しているのだろうことが、英二の表情から手に取るようにわかる。
このままここで話を続けてシンが余計な事を話せば、そして俺たちが余計な事を英二から聞いてしまえばアッシュの怒りを買う事は目に見えている。
「まぁ、あの日は〝何にもなかった〟からよかったじゃねーか。それより英二、アッシュと喧嘩したんだろ?あいつと話さなくていいのか?」
「英二アッシュと喧嘩したのか?意外とやるなーお前。俺なんて喧嘩にもならなくていっつもあしらわれてばっかりなのに。」
このまま英二と仲違いしたままだと、明日もあいつの機嫌が悪い事は決定事項だ。
俺は平和な学校生活を送りたい。その一心でアッシュに連絡するよう促した。
「そうなんだよ、アッシュってばあんなに寝起きが悪いだなんて僕知らなくてさ。昔はそんなことなかったのに…。今日は学校休むなんて言うから思いっきり頭を引っぱたいたら、今にも殺されそうな目で見られたよ。」
「ひぇ…お前あのアッシュの頭引っぱたいたのか?」
「友達同士ならよくあることだろ?でさ、そこから機嫌が直らなくてさ。最初は何も言わなかったんだけどそのうち『英二は昔から隙がありすぎる』だの『あんな時間に外を出歩くな』だの挙句の果てには『俺の傍から離れるな』なんて言うからさ、君のほうがかわいいから気をつけたほうがいいし、僕は君の子供じゃないって言ったのさ。」
おいおい、子供にっていうかもうそれプロポーズだろ、あいつどんな顔で言ったんだと俺は心底驚いた。
だけど英二から続けられた言葉は、さらに衝撃的なことだったのだ。
「それでもまだ納得してないみたいだったからこう言ってやったんだ、『誰がきみのオムツを替えてやったとおもってんだ』ってね。そうしたらアッシュのやつ、何も言わずに学校に行っちゃってさ。」
せっかく久しぶりに会えたのに、なんてしゅんとしている英二をよそに、俺は先ほどの英二の言葉に引っ掛かりを感じる。
それはどうやらシンも同じだったようで。
おかしい、目の前にいるこいつはどう見たって俺やアッシュと、いや、むしろ俺たちの三つ下のシンと変わらない年齢のはずだ。
それがどうなれば『オムツ』なんてものがでてくるのか。
いや、まさか、そんなわけないと思いながらも「一つ確認してもいいか」と英二に問う。
「英二ってアッシュの日本にいたときの幼馴染なんだよな?」
「そうだよ。それがどうかした?」
「おまえって今、いくつ?」
「やだなぁ、今更どうしたの?僕は見たとおりもう三十だよ。だからアッシュとは幼馴染だけど、歳は十三歳離れてて…」
「「は?!三十?!」」
英二の申告に、俺とシンは見事に答えがハモる。
当の本人はというと、なぜ俺たちがこんなに驚いているのか分からないという顔をしている。
「あ、もしかしてもう少し若いって思ってた?やだなぁ、これでも昔に比べたら大分おじさんになったと思うんだけど。」
「いや、おじさんって…どう見たって俺と同じくらいだろ!それが俺よりも倍以上だって?!」
「シン…君それは言いすぎだよ。いくらなんでも僕が十四歳に見えるなんてないよ、そうだよねぇショーター?」
英二は若く見られる事がコンプレックスなのか、心外だとばかりに頬を膨らませて俺に同意を求めてくる。
だけど俺はそれに頷くことはできない。なぜなら俺も、シンと全く同じ事を思ったからだ。
「アッシュってさ、すごくかわいかったんだよ。いつも僕の後をついてきてね、えーじ、えーじって。今は大人っぽくなってちょっと驚いたけど、それでも僕にとってはかわいいアッシュのままなんだ。なのにアッシュてばちょーっと僕より背が高くなったからって、僕のことを子ども扱いでさ、自分の方がよっぽど子供なのに…」
「誰が子供だって?オニイチャン?」
ひっ、と小さく声を上げたのは俺たちのほうだった。
足音も立てず、俺たちの気づかないうちに英二の背後に立っていたのは、今まさに話題の中心だった人物だ。
いつの間に店に入ってきたんだ。ていうか、どこから聞いてたんだ。
「ショーター、シン、いいか、このことを誰かに喋ったりしたら…」
「「言わない!言うわけがない!!」」
「あれ、アッシュ?どうしたの?今日は図書館に寄るから僕とは会わないって言ってなかったっけ?」
アッシュの視線に震える俺たちをよそに、英二はわざと怒っているような、それでいて拗ねているような口調でアッシュに話しかけた。
「…それは俺がどれだけ英二に会いたいと思ってたか、分かってて言ってるのか?」
「〝子供〟の世話なんてアッシュは面倒だろうからさ。僕はこのままシンとショーターとここにいるよ。」
英二の言葉を最後に沈黙が続く。
俺もシンもまさかここで喋り出せるほど空気が読めないわけではない。
もういい加減この沈黙に耐えられないと思ったところで、ようやくアッシュが口を開いた。
「…俺が悪かった。英二のこと、子供扱いしたわけじゃない。ただ、お前の事が心配だったんだ。」
「うん…僕の方こそごめんね?本当は君が僕の事を心配してくれてるって分かってたのに、下らない意地張っちゃった。許してくれるかい?」
当たり前だといって、アッシュは英二を抱きしめた。しおらしい態度のアッシュに明日は槍でも降るのかと不安がよぎる。
てかおいおい、ここはドラマの世界かよ、シンなんか家族でラブシーン見たときの気まずさを感じてる顔してるぞ。
このまま放っておけばキスでもしかねない空気に耐えられず「あの、もう帰ってもらっていい?」と精一杯の勇気を振り絞って二人に話しかけた。
「わ!ごめん、僕、人前でなんてこと…!」
「なぁ、アッシュと英二ってその、デキてんの?」
シンの不躾な質問にまた英二の顔が赤くなると「マジかよ…」となぜかシンががっかりしていた。まぁ俺だって自分の親友が十三歳年上の、しかも男とでデキてるなんて驚きしかないのだけれど、それでもその親友の顔を見れば、とても幸せそうにしていたので良しとする。
シンと英二が百面相をしているのを横に、俺はアッシュに話しかける。
「確かにあいつにかかれば、スクールでみんなの憧れのアスラン・カーレンリースも〝カワイイ子供〟扱いだろうな。」
「それに関してはこれから考えを改めてもらうさ。俺が〝オトナ〟だってこと、オニイチャンの体にしっかりと分からせてやるよ。」
「ははは、まぁ好きな相手に〝オムツ替えしてもらう〟なんて経験、なかなか出来るもんじゃねぇよなぁ!」
「…次その話したらどうなるか分かってるよな、ショーター?」
「お前の方こそ、あんまり構いすぎると愛想つかされるぜ?」
そんな俺の言葉にアッシュはその綺麗なグリーンアイズを細めた。
「まさか。俺が何年我慢したと思ってる?今度会えたら次は絶対に離さないって決めてたんだ。…それにオニイチャンは〝カワイイアッシュ〟のお願い事には弱いからな。どんな手を使ったとしても逃がすわけないさ。」
「…お前にとって英二はまさに〝聖母マリア〟ってわけか。そりゃあそんなやつを自分に与えてくれた神に感謝もするわけだ。」
まぁ俺のせいでマリアと違ってもう処女じゃないけどな、と二人には聞こえない至極楽しそうなアッシュの声に、英二はとんでもないやつに捕まったのかもしれないと思う。
帰り際にアッシュとシンが話している隙に「あいつのことで何か相談があったらここに来いよ。ただしアッシュには内緒でな」と英二にこっそり耳打ちした。あいつと付き合っていくのは大変だろうと思ったから、せめて相談相手にでもなればと思ったのだ。
俺の言葉を聞いた英二は大きな黒い瞳をぱちぱちと瞬きをさせて、そんな仕草がやっぱり子供みたいだと思った。
だけど次の瞬間、アッシュの方へと視線を向けたその顔は。
「刷り込みのように僕を求めるアッシュはかわいいだろ?あの子になら僕は何をされたって許してしまうし、なんでも叶えてあげたいんだ。今も昔も、ね?」
前言撤回。
きっと捕まったのは英二の方じゃなくて。
「そうやってドロドロに甘やかして、あいつがああなるのを望んでたのか?」
質問の答えとばかりに、まるで悪女のような笑みを浮かべるそいつは、どんなに見た目は子供の様でも、俺たちよりも長く人生を経験しているのだと思い知らされる。
「…俺の親友の為にもお手柔らかによろしく。」
「こちらこそ、末永くよろしくね?アッシュの親友ならきっとこの先、ずっと君とも顔を合わせるだろうからさ。」
喜べ親友、お前の想い人はお前と同じくらい、お前にご執心のようだ。
あいつはきっとこの先もこの〝オトナ〟に振り回されるのだろう。
それでも、唯一人と心に決めた人間にこれだけ想われているのならあいつも本望かもしれないと、俺の前を歩く背中を見送った。
[newpage]
「えーじ!」
「あら、英二君?こんなところで会うなんて偶然ね。今日は部活お休みなの?」
「アッシュとママ!こんにちわ。そうなんだ、このあたりにおいしいパフェの店があるみたいでさ。今日は部活がオフだからって誘ってくれたんだ。」
「はい、奥村君甘いもの好きだって言ってたので…ね、奥村くん?」
(英二君は全く気づいてないけどこの子、英二君に気があるみたいね、腕まで組んで…!アスランの恋のライバルになる前に私が何とかするわ!)
「こんにちわ、英二君の隣に住んでいるカーレンリースです。えーと、もしかしてあなた、英二君のガールフレンド?」
「えっ、そう見えま「まさか!この子はただのクラスメイトだよ!」…。」
「そうなの?こんなに可愛い子だからてっきり…ごめんなさいね、ただのクラスメート(強調)なのに勘違いしてしまって、私ったら恥ずかしいわ。」
「あ、いえ…。」
「ほら、アスランもあいさつして?」
「…こんにちは(うるうる)」
(え、何なのこの美しすぎる親子?ていうかこの子男?女?どっちか分からないけどキラキラしてて眩しすぎる…!とりあえず小さい子だしちゃん付なら大丈夫よね?)
「えーと、アスランちゃん?こんにちわ。」
「…えーじ、きょう、あっしゅとあそぶ?(うるうる)」
「ごめんよ、今日はこれから予定があって…」
「…えーじ、あそばない?(裾ぎゅー)」
「あー…アッシュ?えーと、その」
(もしかして奥村君、この子のために帰ろうか迷ってる?やっと奥村くんとデートできるのに!)
「奥村くん、早く行かなきゃ夕方だからお店混むかも!そろそろいこ?(腕ぎゅー胸押し付けー)」
「あー、うん。ごめんよアッシュ、また今度、ね?」
「…えーじ(うるうる)」
「アスランだめよ、英二君困らせちゃ。ごめんなさいね、アスランてば最近英二君が部活であまり会えないから、休みの日をすごく楽しみにしてたみたいなの。」
「え、アッシュ、そうだったの?」
「…えーじ」
「奥村君?」
「…えーじ(うるうる)」
「う〜ん…やっぱりごめん、パフェは別の日でもいいかな?」
「え?」
「アッシュ、すごく楽しみにしてくれてたみたいだから今日は一緒に遊んであげたいんだ…。誘ってくれたのに本当にごめん!」
(嘘でしょ?!でも子供を理由にされると断れないし子供に冷たい女だって思われたくない…!)
「う、うん、奥村君やさしいんだね。じゃあ明日の休みでも…」
「あらっ!英二くん本当にいいの?よかったわねアスラン、今日も明日も英二くんと遊んでもらえるわね。」
「うん、あっしゅ、えーじすき。えーじ、だっこ?」
「もー、アッシュはほんと甘えんぼだなぁ。ほら、おいで?」
「えーじ!」
「え、ちょ、」
「あ、今日は誘ってくれてありがとう。帰り気をつけてね!」
「ア、ウン、マタネ…」
(あー…奥村くんホントに帰っちゃうんだ…でも子供にやさしい奥村君やっぱり好きかも)
「アスランのわがままでせっかくの放課後、邪魔してごめんなさいね?」
「いえ、子供にやさしいところも奥村君らしくていいと思うので…」
「そうなの!とってもいい子だからいずれ英二君にはアスランと結婚してもらってうちの家族になってもらいたいなって思ってるの。
それに英二君、昔からプラチナブロンドでグリーンアイズが好きだって言ってたから、アスランならぴったりだとあなたも思わない?」
(奥村君の好みってそうなの?!日本人なんて絶対無理じゃない!しかも結婚てことはアスランちゃんは女の子ってことよね…こんなかわいい子に適うわけない…!)
「ソ、ソウデスネ…」
「ほんと、今日は英二君の彼女だなんて勘違いしてごめんなさいね。それじゃあ、あなたも気をつけて帰ってね。」
「アリガトウゴザイマス…」
(あーあ…奥村君行っちゃった…あれ、なんかアスランちゃんとお母さん、ピースしてる?私の勘違いよね…)
☆☆☆
「…ていう事があったの。やっぱり英二君ってモテるみたいなのよねぇ。」
「えーじ!えーじ!」
「英二兄ちゃん優しいし、顔だってかわいいかんじだもんね。」
「でもあの感じだとアスランのこと女の子だと勘違いしてると思うわ。アスラン、あなた本当に可愛い顔でよかったわね。」
「しかも英二兄ちゃんの好みみたいだし。この間海外ドラマに出てた女優を見て『アッシュに似てかわいいなぁ』って言ってたから間違いないよ!」
「えーじ!えーじ!」
「でもねぇ、私たちが知らないところで同じようなことがきっとあるじゃない?英二君だって年頃だし、同世代の女の子に傾いたりしないか心配で…」
「将を射んと欲すればまず馬を射よ」
「「パパ!!」」
「ジャパニーズコトワザだ。」
「ジャパニーズコトワザかっこいいね!でもどういう意味?」
「目的を達成する為には、まず周辺から片付けていくのが成功への早道だという意味だそうだ。このことから導き出されるのは…」
「まずは奥村家からってことね!いいわ、英二君のママは母親同士、ママに任せて!」
「なら僕は英二兄ちゃんの妹だね!」
「そしてアスラン、お前は」
「えーじ!えーじ!」
「そうだ、その意気だ!」
☆☆☆
「はぁ…」
「なんだよ英二、盛大なため息なんてついて。」
「いや、もしアッシュのパパとママに会ったら、僕なんて謝ればいいのか悩んでたんだよ…。まさか未成年に手を出しました、しかも生まれたときから知ってるあなた達の子供ですなんて、どのツラ下げて言えばいいのか…。」
「あぁ?手を出されたの間違いだろ。」
「世間ではどれだけそう主張しても大人の方が負けるんだよ、未成年のアスランくん。」
「まだそんなこと気にしてんのかよ。ていうか心配するだけ無駄だ。」
「どういう意味?」
「別に、そのままの意味さ。むしろ昔から…まぁとにかく大丈夫だ。」
「そうかなぁ…。」
「そうだ。それよりそんな無駄なことを考える時間があるなら」
「っ!ん、ん〜〜〜!はっ…アッシュ!いきなりキスなんて」
「俺とイケナイコトしようぜ?オニイチャン?」
|
これ→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10102668">novel/10102668</a></strong>の後日談のようなもの。ショーター視点です。
|
大人ってやつはやっぱり侮れない
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10158826#1
| true |
[chapter:はじめまして!]
「お父さん!手伝おうか!?」
「なんかやろうか?」
千陽はともかく、陽介まで自分から手伝ってくれるとは…これは小遣いUPを狙っているな…
まぁどちらにしろ作業効率が上がれば結果的にそういう見返りっつーの?増えるわけだから正直言ってとても助かる。
「じゃあとりあえずたまねぎの箱詰めを二人でやっといてくれ」
「わかった!」
「はーい」
二人に箱詰めは頼んだから俺は別のことでもやりますか…
× × ×
「ねぇお兄ちゃん、上手くいくかな?」
「さぁな、でもなんで急にじいちゃんばあちゃんに会いたいなんて」
「お兄ちゃんは見たことあるかもしれないけど…私見た事ないから。どんな人なの?優しい?」
「俺も見たことないぞ。じいちゃんばあちゃんは俺に会ったことあるけど、俺はそんときまだ自我すらない年齢だったから」
「そうなんだ…」
「まぁ、父ちゃんの手伝いをしてお願いするって作戦自体は悪い事じゃないけど…成功率は低いんじゃないか?何かと鋭いし」
「そうだよねー…はぁ…」
____________
数日前の晩
「話?なんだよ」
勉強をしていたところに千陽が来た。話があると言うものの中々言い出さない始末。
「俺勉強中だからなんでもないなら部屋に戻ってもらえないか?」
「…ば…ちゃん」
「え?なに?」
「おばあちゃん!」
「おばあちゃんがどした、どっかおばあちゃんが倒れてるのか?」
「ち、違う!私おばあちゃんに会いたいの!」
「……」
「千陽とお兄ちゃんのおばあちゃんとおじいちゃんに会ってお話ししたい!」
「…そっか」
「駄目…かな?」
今にも泣きそうな表情の千陽は強く訴えていた。
「駄目…じゃないんじゃないか?」
「ほんと!?」
「でも、母さんと父ちゃんが許せばの話だけどな。俺は会いに行くぐらい家族なんだから許可も何も要らないと思ってるけど」
「お兄ちゃん…」
「聞いて見たりしたのか?」
「まだ、二人とも帰って来てない」
「そっか」
まぁ、あの夫婦はいつまで経っても仲がいいからな…息子の前でイチャイチャすんのやめてくんないかな…
「またどっか寄り道してんだろ、帰って来たら聞いてみれば」
「私ね、考えたの…」
「何を」
「農作業の手伝いとかしたら快く行かせてくれるんじゃないかな!」
× × ×
「まぁ最悪俺が高校生になればバイトでもして稼いだ金で連れてってやるさ」
「ほんと!?あ、でも住所知らないや」
「…そうだな」
「へー、どこへ行くって?」
その声を聞いた俺と千陽はフリーズした。そーっと後ろを振り返ると父ちゃんの姿があった。
「俺にも聞かせてくれよ、俺はあんま外出とか出来ないからお前らの冒険譚でも聞いてれば楽しいかと思ったんだが?」
「な、なんでもねぇよ!」
父ちゃんは今俺をからかってくるモードの様だ。クソめんどくさい。
「なんでもなくないだろーほら言って見な」
「なんでもねぇっつの」
「そうか、なんでもないか」
「あのね!お父さん!」
「ん?なんだ千陽」
「私、おばあちゃん達に会いたい!」
「…わかった」
「え?いいの!?」
「いや、決めるのは俺じゃない。母さんに聞くんだ」
「ママの許可があればいいの?」
「あぁ、俺は構わない」
「行ってくる!」
「っておい!千陽!」
千陽は物凄いスピードで家の中へ入って行った。
「で、お前は?」
「俺は…別に」
「そうか、でもお前には行って貰わないとな」
「どして?」
「兄として、妹を守ってもらう為だ」
「守るも何も、あいつ一人だって行けるんじゃ…」
「それにデカくなった図体、見せて来いよ」
「…わかった」
____________
その後、母さんから許可が降りたことを知った俺はなんだか嬉しくなっていた。千陽はもちろん大喜びだったが…母さんの目がいつもより怖い気がしてのは多分気のせいではない筈だ。
そして許可が降りて二週間後の土曜日、俺と千陽は電車に乗って千葉まで移動していた。
最初は結構座れたんだけど、東京方面に近づくにつれ人がたくさんいて乗り換え時に座れない事もある。
「千陽、大丈夫か?」
「うん!大丈夫」
父ちゃんから伝授された妹攻略法だとかなんとかを覚えているだけ活用してみるが、俺は千陽を攻略したいとは思ってないから全くとして役に立たない。
そして千葉駅に到着した…
「おー!ここが千葉なんだねー」
「一応住所は教えてもらってるからそこまで行ってみるか」
「うん、行こ行こ」
群馬の町とは大違いなお洒落な町並みはすぐに俺と千陽の目を奪う。
「あ!お兄ちゃん!あそこのカフェ寄らない!?」
「帰りな」
「あ!お兄ちゃん!雑貨屋さんあるよ!」
「帰りな」
「あ!お兄ちゃん!あそこに「帰り、な」
「…うん」
「ちゃーんと覚えとけよ?」
「え…う、うん!」
千陽の気持ちもよく分かる。俺も行きたい所なんて山ほどあるんだ。でも全て寄っていたら一向にたどり着かないだろう。ここは兄の威厳を保つのが一番だ。帰りなら最悪終電を逃さなければいいだけの話だ。
駅前の広場からスマホの地図を当てにして行くと住宅街に入った。
「もうすぐ着くぞ、父ちゃんの実家」
「うん」
あと一つ、そこの角を曲がれば目的地がある。なんかドキドキしてきたな…
「…あれか?」
「これだよ!ほら、比企谷って書いてあるよ」
「あ、スマホのナビが終わってる」
「ねぇ、ピンポンしていいかな?」
「おぅ、いいぞ」
千陽がチャイムを鳴らすとドアが軽く開いた。
「はーい」
「こんにちは!」
「こんにちは!」
「あれれ?そのアホ毛…もしかして陽介くんと千陽ちゃん?」
「はい!ってあれ小町おばさんじゃん。久しぶり」
「いやいや、久しぶりなんてもんじゃないでしょ〜、まぁとにかく入ったら」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔しまーす」
「どうぞ〜」
____________
「お母さんとお父さんに会いに来たの?」
「うん。でも旅行かー…こりゃタイミングミスったなー」
「あっははは、先週なら居たんだけどねー。年金暮らしになってから年がら年中旅行だよ。まぁいいけどさ」
「だってよ千陽」
「…うん」
「これからどこ行くの?陽乃さんの実家?」
「もちろん。比企谷おじいちゃんとおばあちゃんには会えなかったけど雪ノ下おじいちゃんとおばあちゃんには会えるかもしれないからね」
「そっか、場所分かるの?」
「住所のメモがある」
「ふーん、二人で大丈夫?」
「あ、当たり前じゃん!ここまで来たんだから全然大丈夫!なぁ!千陽」
「うん、そうだよね」
「千陽?具合でも悪いのか?」
「ううん、何でもないの」
「はぁーん、もしかして緊張してるのか?」
「し、してない!…事もない…かも」
「分かりやすいなお前は」
「雪ノ下家に行くんならそろそろ行った方がいいんじゃない?向こうは色々面倒だし」
「そうなのか、じゃあ行くか千陽」
「うん」
____________
「お邪魔しました」
「…お邪魔しました」
「はーい、またいつでもおいで。あ、あと陽介くん」
「はい?」
「お兄ちゃんとして、千陽ちゃんをちゃーんと面倒見るんだよ。まぁお兄ちゃんの息子なら当然だろうけど」
「それならそんな事言わなくても大丈夫じゃん?任せろって」
「じゃあね、お兄ちゃんによろしく」
「おぅ、またね」
こうして俺と千陽は比企谷を後にした。
× × ×
「残念だったな」
「うん」
「元気出せって。…まだ昼じゃないか。朝早く出すぎたな」
「ねぇねぇ、あそこじゃない?雪ノ下家って」
「ん?待て待て確認するから」
スマホのナビは目的地との距離、およそ100メートルと告げた。間違いなさそうだ。
「で、デカイな」
「お金持ちなのかな?」
「そうだろうな、こんなところにインターホンが…押すぞ」
「うん」
少し待つとインターホンからゴソゴソっと音がして誰かが反応した。
「はい、どちら様でしょうか?」
「あ、あの!孫の陽介です!」
我ながら思った…なんだその言い方は。もう少し何かあっただろうに…
「同じく孫の千陽です…」
あちらの声の主は少し戸惑ったのだろうか、間があるのを感じた。
しかし次の瞬間…
「あら〜遊びに来たの?ちょっとそこで待っててね」
プツリとインターホンは切れてしまった。
「出て来てくれるのかな?」
「そうじゃないか」
ちょっと緊張してきたな…でもここはひとつ、兄としてビクビクしている訳にもいかない。ピシッ!としてなくては。
門の奥からは先ほどの声の主とは違うであろう白髪の紳士がやってきた。
「いま開けます、お待ちください」
そう言うと紳士は何かを操作した。すると門は自動で開いた。
「…う、うそ」
千陽はどうやらカルチャーショックに陥ったらしい。無理もない、我が家の引き戸はよく外れるし、自動ドアなんてコンビ二やスーパーなんかでしか目にしないのだ。どデカイ門が自動で開く所など初めて見るんだから仕方ない。
「さぁ、どうぞ。婦人がお待ちです」
どうやら先ほどの声の主は俺らのおばあちゃんだったようだ。格好といい振る舞いといい、この人は使用人と言ったところだろうか…まさか金持ちなの?
広い庭を眺めながら進んで行くと家屋の前までやってきた。紳士が扉を開けるとそこにはこれまた広い玄関が広がっていた。
高そうな骨董品や油絵などまるで美術館の様な玄関に圧倒された。
「いらっしゃい、二人で来たの?」
「はい」
「陽乃はこの事知ってるの?」
「言ってきました」
「そう、ならいいわ」
俺がばあちゃんと話している時、何故か千陽は隠れるように俺の背中にいた。
「ほら、千陽」
「うん…えーっと、はじめました!」
「は?」
「ま、まちがえた!はじめましておばあちゃん。妹の千陽です」
「可愛い子ね。いま何歳」
「14歳です。お兄ちゃんの一つ下です」
「そうなの。千陽ちゃんとは初めて会うけど陽介は本当に大きくなったわね」
「まぁ14年経ったからね。それより俺ばあちゃんと会ったの覚えてないよ。まだ1歳になってたかどうかって時だし」
「そうね。じゃあ陽介も初めてましてってことかしら」
「俺からしたらね。…でもなんか懐かしい感じがするんだよねー」
「あら、嬉しいこと言うのね。玄関で話してるのもあれでしょうし、中でお茶でもしましょうか」
俺と千陽はリビングへ案内されると入った途端に二人揃って「おー」と驚いた。
「ばあちゃん、この椅子いくらしたの?」
「それは70万くらいよ」
「椅子ってそんなしたっけ?」
他にも高級な家具が揃っているリビングは豪邸という名に相応しいものに見えた。
「二人とも紅茶は飲めるかしら」
「うん」
「はい」
「それなら紅茶を淹れるわね。はいこれお菓子」
木製のバスケットの中にはこれまた高そうな焼き菓子の詰め合わせが入っていた。
「遠慮しなくていいのよ」
「いただきます」
恐る恐る手を伸ばした千陽はマドレーヌを取ると袋を開けて口にした。
「ん!」
「えっ、なに」
「おにいひゃん!こえ、ふごくおいひいよ!」
「口の中の物を飲み込んでからにしろよ」
「…ごめんごめん。これすごい美味しい!」
「そうか、そりゃ良かったな」
「はい、紅茶よ」
「いただきます!…あー家で飲んでるやつと全然違う。格別だよ…」
「それは紅茶がどうなんだよ」
「それはもう、格段に美味しいんだよ!」
「おまえちょっと壊れてないか?」
「そんなことないよー」
「それで、二人は今日どうして来たの?」
興奮していた千陽もばぁちゃんの一声で落ち着きを取り戻した。
「おばあちゃんに会ってみたかったの。私は物心ついた時からもう今の家にいたから」
「そうよね、あの夫婦にも色々あったからね」
「そうなの?」
「ええ、でも今はとっても楽しいってこの前陽乃が言ってたわ」
「よくお父さんと二人で仲良く仕事してるよ」
「そうだな、父ちゃんいっつも母さんにちょっかい出されてるけどすげー楽しそうなんだよなー」
「そう…ならいいだけど」
「まぁ偶に喧嘩もしてるけどな」
「そうだね」
「そしたら二人で止めてちょうだいね」
「うん。任せて!」
「お前じゃ無理だろ」
「お兄ちゃんよりはマシだと思うよ」
「フフ、貴方達も仲がいいのね」
「そうかな?」
「ええ、とっても」
「だってよ」
「何その言い方、お兄ちゃんのそういうところお父さんそっくり」
「それ母さんにも言われることがあるぞ…」
「そういえば今日はここに泊まって行くの?」
「いや、そろそろ帰ります」
「そう、暗くなってきたから気をつけてね」
「はい、じゃあ切りがいいし行くか」
「うん。おばあちゃん、また来るね」
「ええ、いつでもいらっしゃい」
母さんの実家を出た俺たちは近くで早めの夕飯を済ませて帰路へ着いた。
× × ×
自宅の最寄り駅に着くとそこには見慣れた車が停まっていた。
「おぅ、おかえり」
「いつからいんの?」
「10分前ぐらいだ。陽乃さんの母さんが結構前に陽乃さんに連絡してきてな」
「こっちに着く時間を予想して迎えに来たと?」
「その通りだ。まぁ乗れよ」
帰りの電車の中でぐっすり寝ていた千陽は未だにボケ〜っとしていて危なっかしいから丁度いいと言えば丁度のかもしれない。
「助かる」
____________
「どうだった?日帰り千葉旅行は」
「別に旅行じゃないでしょ。それなりに楽しかったけど」
「俺の両親は生きてたか?」
「小町さんしか居なかったよ」
「そか」
千陽の奴また寝てやがる…
てっきり父ちゃんに今日あったことを色々話すのかと思ったけど。
「母さんの方のばあちゃんは元気だったよ」
「そうか、高そうな絵とかいっぱいあったろ?」
「うん。凄かった」
「俺も最初行った時はビビったなー」
「そりゃまぁね」
「でも、あの人基本優しそうに見えるけどすげぇ怖いからな。いろんな意味で」
「なにそれ…母さんよりも?」
「あぁ、かもな」
「それは…やばいな」
母さんに時々叱られる事がある。だからあの人の怖さを俺はよく知っている。
怖いと言っても怒号をするのではない。
なんというか…その…まぁ怖い。
逆に言うと父ちゃんの方はあんまり怒らない。
けど怒った時の父ちゃんは普段から結構冷たい感じがあるけどそれ以上にヤバイ。
目とか特にね。
「そういえば中間テストはどうなった?」
「まぁ平均ってところかな」
「地理がヤバいとか言ってなかったか?」
「地理の結果に関しては聞かないでくれ」
「おい」
「今日はいい気分転換になったなーよーしまた明日から学校行っていっぱい勉強するぞー」
「1学期の通知表が悪かったらお前に夏休みはないからな」
「おい、それって」
「あぁ、たっぷりタダ働きして貰うからな」
「絶対に嫌だ!」
「じゃあちゃーんと勉強するんだな。わかったか?」
「…はい」
忘れていた。この人の怖さはこういう所にあったんだった…
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投稿間隔が空いてしまいすいません!<br />仕事が忙しいというのもありますが何より2000ピースのジグソーパズルを買ってしまったことが大きな原因かと思われます。まぁそれも今日完成したのでまたこちらに戻った次第でございます。<br /><br />次回は結構早めに投稿出来るかと思いますのでどうぞ良しなに…
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八陽農家物語 4話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10158965#1
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「頼む。一生のお願い!」
そう言って私に向かって手を合わせて頭を下げるのは小さな名探偵だ。今は私も小さいので、あまり人のことを小さいとは言えないのだが。
学校終わりの放課後。人気のない屋上につながる扉の手前で、私はコナン君に拝まれていた。
理由は明白。
「私の致死率が上がるので却下。」
「そう言わずに。」
「バレた場合、勘違いから命を狙われる未来が簡単に予想できる。」
「そこを何とか。」
私の拒否を聞き入れる様子もなく、コナン君の頭は下げた状態から1ミリも動かない。
「勘弁してくれ。」
「いいじゃんかよー。盗聴器仕掛けるくらい。」
「犯罪だ。」
「残念。実は犯罪じゃない。」
「まじか。」
「マジマジ。だからさ。」
「却下。」
「...くそぉ~。」
そう悪態をつくと、やっと観念してくれた、というか諦めてくれたのか、コナン君は顔を上げ不満そうにこちらを見た。
「あの安室さんのプライベートに易々侵入できたんだぜ?これを活かさない手はねーだろ。」
全然易々ではないのだか?軽く脅迫されたのだが??
「私の架空の親戚の連絡先と、博士と哀ちゃんを人質に取られた末に至った住所変更だ。犠牲は大きい。」
そうだ。あの阿笠博士と哀ちゃんがいる隣の家からの目線がちょっと気になるだけの癒しの我が家から一変、普段優しいが状況によっては殺しに来るかもしれない一人暮らしの男の家に転がり込む羽目になったのだ。
もう、三人で食卓を囲みながら団らんする日常はなくなった。つらい。慈悲はない。
「でも、オメー的には好都合なんじゃねーのか。」
「なんで?」
「だって、一番警戒すべき相手の手の内が分かる距離にいるんだぜ?探りだって入れやすいだろうし。」
「それは、私に探りを入れるほどの頭脳があればの話だ。あと、失敗したらノータイムで死。」
「...。オメーまだそんなこと言ってんのか?」
コナン君が呆れたように私を見てくる。うっ。やめろ言いたいことはわかる。けど言わせてくれ。
「...。わかってる。死ぬことはないんだろう。おそらく元に戻っても。」
「ちゃんとわかってんじゃねーか。」
「ああ、死ぬことはないが、二度と外には出られない牢獄にぶち込まれる覚悟はある。実質棺桶。」
「...いや、そこは何とも言えねえけどよ。お前の場合。」
「まあ、日本の刑法は知らないので、どんな罪が該当するのかわからないけど、ノータイムで死も、生きたまま棺桶も大して変わらない。」
よって、殺されないにしても私が安室さんを警戒する理由は十分にあるということだ。そもそも嘘が下手ですしね????幼児化のこと、ふとした瞬間にポロっとしゃべらないか不安で不安で仕方ない。阿笠邸では隠さなくてもよかったし、気兼ねなく会話ができたので、とっても楽だったのに...。
「まあ、いいや。...で?どんな感じなんだよ。安室さんとの生活。」
「いないからわからないな。」
「は?いない?」
そうなのだよ。コナン君。
「起きてる時に家にいないから、わからない。」
これなのだ。朝は、私が起きると、ラップされた朝ごはん。夕方、学校から帰宅してもラップされた夕飯。お風呂に入って就寝してから、物音で一回目が覚めるので、おそらくその時に帰ってきているのだろうが、私はそのまま眠ってしまうので会うことはなく、このルーティーンの繰り返しだ。
あの人、全自動料理マシーンなのではないだろうか。
「思ったより殺伐とし過ぎ。」
「休日はたまにいる。」
「一緒に住んでる人間に対してたまにいるって発言はどうかと。」
「いないものは仕方ない。あと、安室さんがいないときはどこかから私を見張る目線を常に感じる。多分見張りだと思うけど。」
さすがに私を預かることになった時点で、私の危険性を考えて、自分がいない間に住居があらされないように部下に見張りでも頼んでいるのだろう。赤井さんほどの腕前ではないことは確かなのだが、まじめに実直に窓からこちらをうかがってくる気配には、赤井さんの時より息が詰まるというのが正直な感想だった。
赤井さん。そうだ思い出した。
「なあ、ライって私の正体に気づいているのか?」
「赤井さん?いや、そんなことは聞いてねえけど。何で?」
「安室さんといるときに遭遇した。んでめちゃくちゃ喧嘩売られた。安室さんと住むことになった原因ともいえる。」
ほんと、あの似非大学院生のせいで、おそらく安室さんはかなり警戒していた。実際正体に気づいて赤井さんが私を捕まえようとしているのであれば、今回の安室さんの行動はファインプレーになる。
「あー...。それな...。」
コナン君は頭を抱えた。なんだなんだどうした。
「赤井さんは、多分気が付いてはいる...。とは思うんだが、そこははぐらかされた。けど、お前のことをどうにかしようとしているわけじゃねえよ。」
「じゃあ、なんであんなに敵意がむき出しだったんだ...。」
「お前、安室さんと二人でいたんだろ?仲良さそうに。」
そうだ。確かに沖矢昴に遭遇した時、私は安室さんと一緒に自宅に帰るところだった。若干の口論というか、まあ、揉めてはいたものの、基本的には穏やかな会話をしていた。
「そうだが、それがどうした?」
「安室さんとお前が組むと厄介だ、とは言ってたぜ。だから、警戒して探り入れてきたんじゃねーの?」
お前、ということは、栗栖リサではなく、元の私のことだろう。待ってなんで?安室さん単体ならともかく、何で私まで厄介だと認定されてるんだ?ボスが危険視するシルバーブレットに?下っ端でコードネームも持たない私が?
「私関係ない...。」
そう言うと、コナン君は何か言いづらそうに視線をそらした。わかりやすいなオイ。なんでだ私おかしなこと一言も言ってない。
「まあ、もう危険だと思ってないみたいだし。お前が随分人間味出てきたからじゃねーの?」
「人間味?生まれてこの方人間なのだが。」
「そういうことじゃねーよ。...お前の行動が、赤井さんの警戒を解くのに一役買ったってことだよ。だから、赤井さんの方は心配しなくていい。」
全然意味が分からないが、まあコナン君が言うのならそうなのだろう。ここは頭の悪い私が考えてもわからないとあきらめて、彼に任せるしかない。赤井さんに警戒されようが、されなかろうが、結局コナン君を頼るしか今のところ生きる手立てはないので、一任させてもらおう。
「わかった。じゃあ、もう帰ろう。」
「ああ。」
今私が悩むべきことは、赤井さんのことではなく、たとえ私に危険が迫っているかもしれないとはいえ、ほぼ脅迫に近い言葉で私を丸め込んだあの男のことなのだから。
学校から帰宅すると、いつものように、食卓には夕飯と思しき料理がラップされている。
朝にはなかったので、一度帰ってきて用意したのだろう。そもそもトリプルフェイスで超絶忙しい彼に女児の世話をする暇があるとは思ってはいないのだが、これでは、約束していた家の手伝いも満足にできない。私はどこから来る視線を感じながら、いつものように夕食をとり、風呂も済ませ、夜も深まった時間帯に用意されたベットに入った。みんなでお揃いで買ったクッションを抱きしめながら考える。
安室さんの、言葉について。
安室さんが私の秘密にどれだけ迫っているのかは未知数だ。それはおそらく考えても答えが出ないので、置いておくとして。
安室さんの家に来ることになった、あの時の言葉を。
彼は、いつも栗栖リサのプライベートは話題については最大限の配慮をしてきた。日本に来ることとなった理由も、話したくなければ話さなくていい、と前置きをしてから話を聞いてきた。あの場で私が何も話さなかったら、おそらくそれ以上踏み込んでは来なかっただろう。あの時は私も安室さんに対する警戒度が高かったから。
けれど、今回は沖矢昴という脅威を前に、私を彼から遠ざける必要があった。それが、私の身を守るためか、ただものではない沖矢昴に目をつけられている女児が何者なのか本腰を知れて調べるためかはわからないが。
それは納得できる。
それは沖矢さんの言動を実際に見た私にも、遠ざけないとやばいなとわかるほどの危険性だった。沖矢昴がどんな人間だったとはいえ、隣の家からの監視に気づいている小学生が普通の小学生と認定されないことぐらい理解できる。
だからこそ、安室さんは私を避難させるここに住まわせた。
きっとそれは、安室さんが得た情報から決定できる行動として、一番の安全策なのだろう。
それは、私を守るということでも、沖矢昴から私を遠ざけるというこでも、どちらでも同じことだ。。
理解はできる。それに、この状況は私にとってもメリットはある。沖矢さんはもちろん、公安警察の安室さんのそばに居れば、最悪、組織から追い詰められても、生き残る道があるだろう。元に戻るという選択肢を捨てれば、それは不可能なことでないはずだ。
けれど。
私はそれがどうしても腑に落ちなかった。
私はあの時、安室さんの家に住居を移すという話に同意できていなかった。そんな私に、安室さんは、どうして住む必要があるのか教えてくれなかった。
架空の親戚や、博士と哀ちゃんを引き合いに出し、一緒に住むか、住まないかの話をするのではなく、一緒に住むための手段の話をして私を追い詰めた。
自主的に住むと言わなければ、強硬手段をとる、と脅迫するかのように。
何故、そんなことをしたのか。
理由さえ説明してくれれば、納得する余地もあったというのに。
一番の安全策をもって、私の安全を確保しようとしてくれた安室さんに対して、こんなことを思うのは、私の我儘なのだろうか。
考えれば、考えるほど、わからなくなり、ひどい既視感を覚える。
安室さんが、元の私を助けようとして、公安のNOCに仕立て上げた挙句、私が殺されたときのことだ。
あの人は、私の理解を求めない。
そのことが、とても釈然としなかった。
駄目だ。こんなのとてもじゃないが眠れない。
時計を見ると、時刻は12時を超えていた。
きっと監視の目はないだろう。
私が小学生に見えることもあってか、相手も人間だからなのか、日を超えるとどこからの視線による監視は弱まる。
眠れないときは、無理に眠ることもない。
そう思うと、そろり、と布団から這い出て、私は身支度を始めた。
◆◆◆◆
車で帰路についている最中に電話が鳴った。
『降谷さん。お疲れ様です。風見です。』
「ああ、なんだ?」
『降谷さんに指示された自宅の警備ですが、今日も問題なく、家にいる子供は先ほど、夕食をとり休憩しているようです。』
ちらり、車の時計を見る。時刻は9時を回ったところだった。
「ああ、ご苦労。」
小学生にしては少し遅いな、と思いながら、部下へのねぎらいの言葉をかける。
『いえ、このまま引き続き警備を行います。...。あの、降谷さん。』
「なんだ。」
『あの子供は何者なんですか?』
「それは、君が知ることではない。」
迷う余地などない。確かに、あの少女はかつて公安でマークしていた組織のメンバーの関係者と思しき子供だが、それをわざわざ公安内の人間に知らせる必要はない。
もし、あの少女のことが公安内に知られれば、あの子は公安からの正式な保護を受けることになるだろう。
その場合、組織に関係する事件の起こった土地である東都を離れ、公安が管理する別の場所に住まわされることとなる。
それでは、意味がない。
ポアロであの子の話を聞く限り、初めて会ったころの別の子供によるからかいなどはなくなり、クラスの行事や勉強について楽しそうに語るようになってきた。最初の頃は、子供同士の遊戯のルールでさえ戸惑っていたという。
「最初にコナン君たちとサッカーをしたときは、何で相手を触ったり攻撃してはいけないのか疑問だったけど、安全にできる遊びというものは楽しい。この前は、クラスでサッカーをして、私のチームが勝った時、いい気分になれた。」
元々、運動神経はいいと思っていたから、子供同士のスポーツなど訳ないだろうし、それが理由で退屈しているかもしれないとさえ、思っていたが、本人は純粋に楽しみを見つけているようで安心した。
きっとクラスでの友達も増えただろう。スポーツができるだけで、子供同士のコミュニティというものは広がるものだ。
やっと、他の子供たちとも馴染み始めてきたころ合いなのだから。
こちらの事情でそれに横槍を入れるわけにはいかない。
『...すみません。』
「いい。引き続き頼む。こちらはこれから仕事なので、切るぞ。」
そう言って相手の返事も聞かずに、通話終了のボタンを押す。しばらくして目的の場所に到着したため、車を止めてしばらく待つこととなった。
最近はほぼ毎日、家に帰ってゆっくりする時間をとれていない。
もちろん、三つの顔を持つことで発生する仕事が、最近は忙しくなってきている、というのは理由にはなるのだが、それ以外にもう一つ理由があった。
家での、栗栖リサの様子だった。
もちろん、あの子が居候を始めた当初は、なるべく家にいるように努めた。一人で置いておくのは心配だったし、何より一緒にいる時間が増えたことがうれしかったからだ。犬が苦手、と前に話していたこともあり、ハロは、風見に預けた状態であの子を迎え入れて、徐々にこの生活に慣れていってもらうつもりだった。
けれど、あの子の様子はおかしかった。
今迄のことや、ポアロで会話をする中で、安室透と栗栖リサの関係性は良好だった。他愛ない会話をすることもできる仲だったし、あの子も気兼ねなく話しかけてくれていた。
けれど自宅に招いてから、それはなくなってしまった。
話しかけても曖昧な返事が多くなり、何かを考えこんでいるのか、黙っていることが多くなった。
その様子を見て、自分がこの子供は見た目に反して警戒心がとても高い、ということ、その事実を自分が失念していたということに気づいた。
急な環境の変化、それに至った強引な説得、それらを考えて、ここは自分にとって安全なのかどうか、あの子なりに考えているのだろう。
その答えを、自分が強要することはできない。
結果は変えられないが、考えまで決めつけてしまうことはしてはいけないことだろう。
だから、状況を判断しようとしているあの子の邪魔にならないように、出来るだけ距離をとっている。
コンコン、と助手席の窓をノックする音が聞こえ、音の方向を見ると、今日会う予定だった目的に人物が立っていた。
車のカギを開けると、その人物がドアを開ける。
「遅かったですね。」
「ええ。私、待たされるのは御免だもの。それよりも、なんだか今日は随分上の空じゃない?」
助手席に乗り込んだベルモットが優美に笑いながらそう言ってきた。
車を走らせる。特に目的地はない。彼女との密会は、何処かに場所をとるよりもドライブしながらの方がはるかに機密性が高い。
まあ、そこはベルモットの気分次第なのだが、今日はディナーではなく、ドライブをご所望だった。こちらも送迎を装って、ベルモットから情報を聞き出せるので、ありがたい状況だ。
「ねえ、そういえば。」
30分ほどかけ、それぞれの話をしながら道を走っていたが、突如ベルモットが声をかけてくる。
「どうしました?」
「少し前に、始末されたんでしょ。あのおチビちゃん。」
誰のことを言っているかなど、すぐにわかる。特定の名前で呼ばれることもなく、ベルモットがおチビちゃんと呼ぶ相手など一人しかいない。
「ええ。そうですね。それが何か?」
「ジンが、あのおチビちゃんを仕留めた後から、貴方のことを疑ってるわよ。この前のNOC狩りの時もそうだけど、貴方も自分の行動には気を付けるのね。」
「...。そうですか。疑われる心当たりがないのですが。」
そう言うと、ベルモットが高らかに笑った。
「馬鹿ね。そんなこと、状況を知らない私にだってわかることよ。」
「...どういう意味ですか?」
「あのおチビちゃんのこと、何にも知らないわけでないでしょう?何せNOCである証拠を調べ上げたのは、貴方なんだから。」
当然だ。もし調べていなかったら、あんな気持ちになどならなかっただろう。
この世の地獄に居ながらも、それを知覚できずに、それでもまっすぐ前を見ていたあの彼女に対して、救われてほしい、などと。
「ええ。もちろん。」
「あの子の生い立ちは組織が把握している。裏もとれているから公安に属する人間だった、ということはまずありえない。」
「ええ。けれど公安警察に協力していたことは確かです。」
「そうね。それは貴方からの報告で聞いているわ。でもね、あの子が裏切るっていうこと自体、どうも私にはピンとこないのよね。」
「随分詳しいんですね。彼女のことに対して。...そういえばあなたは、彼女が組織に入ったころに一緒に住んで面倒を見ていたそうじゃないですか。
裏切り者に対して、情でも湧きましたか?」
調べたところによると、彼女が組織に入ったとき、まだ子供だったこともあってか、生活するうえでも身の回りの世話を一時期はベルモットがしていた、という情報があった。
故に、彼女とベルモットにはつながりがある。
まあ、その後、彼女が一人で住むようになってから、およそ人間的とは言えない絶望的な食事をとっていた当たり、彼女たちの関係が例え険悪か、それでなくても、ドライな関係性だった、ということは察しが付く。彼女は特定の個人に対して、敵意を表すタイプではなかったし、ただ単にベルモットと相性が悪いだけだろうから、おそらく後者だろう。
「まさか。あんな世話を焼いてもありがたさすら理解もできないような子供に、そんな情が湧くわけないでしょう。」
呆れたように笑いながらそういうベルモット。確かに、ベルモットの価値観は、自分が圧倒的強者であるからこそ形成されるものだ。その価値観を、地を這いながら泥水をすすって生きているような彼女が理解できるはずもない。ベルモットが良かれと思ってやっていることが、彼女には理解できないものだった、ということはざらにあるのだろう。
「ホォー?まあ、そういうことにしておきましょう。では、いったい何が腑に落ちないんですか?」
「理由がないのよ。裏切る理由が。」
「そんなもの、貴方に心当たりがなくても当然なのでは?誰かに話せるような話でもないんですから。」
「わかってないわね。バーボン。」
その言葉に若干のイラつきを覚えたが、表情に出さずにベルモットの言葉を待った。
「あのおチビちゃんが組織に入れた理由は、もちろんジンに技術を買われた、ということもあるけれど、いくら殺しの技術が高いからって裏切るような可能性のある人物は組織に入れないわ。あの子が組織に入った理由には、あの子がいかに疑うことを知らないか、ということに関係があるのよ。」
仕事に対して疑問を持たない。
組織に対して疑問を持たない。
自分が属している組織がいかに得体のしれないものかわかっているのに、それに対して疑問を持たない。
ただ、彼女が求める必要なものさえ、与えていればいいのだ。
「あのおチビちゃんは、悪を疑わない。ただ報酬を与えていれば言うことを聞く、けれど、それは決してあの子が何も考えてないということではないわ。
あの子はあの足りない頭で、身に起こったすべてのことに納得して、それで受けれいていた。自分で考えて納得して、それに対して疑うことなどない。だからこそ、裏切る理由なんてないのよ。」
ベルモットに彼女に対する見解は正しい。
「まあ、その代わり、納得できないことには中々馴染めないっていう弱点はあったけどね。けど頭がそれほどいいわけではないから、丸め込むのは容易だったけど。」
「...なるほど。やはり、貴方は彼女のことをよく理解しているんですね。」
その通りなのだろう。自分で納得して、彼女はあそこまで生きていってしまった。だからこそ、ある意味で取り返しがつかないように見えて、ある意味では、まだどうにかなる可能性がある。
何故なら。
「けれど、例え一度納得したことだって、考えが変わらないとは限らないですよ。それこそ懐柔しやすい人だったのなら、一度納得した内容を覆す可能性がないともいえないでしょう。
そうですね...。興味はありませんが、敢えて、裏切った理由を考えるとすれば、精々公安警察の何者かと偶然接触し、彼女の知らない平穏な世界の話でも聞いて、今の生活に疑問を持ったんじゃないんですか?」
ありそうな話でしょう?と投げかける。ベルモットが彼女のことを理解しているのならばわかっているのだろう。
納得はしていても、決してこの生活を望んでいたわけでない、ということを。
ベルモットは少し沈黙した後、
「...。まあ、それもそうね。それに、ジンに殺されたというのなら、実際公安と接触があったことは事実なんでしょうし。」
そう言って、窓の外に視線を向けた。どうやら彼女の気は済んだらしい。時計を見やると、時刻は午前0時半になろうとしている。そのまま、 彼女の宿泊するホテルへの道を車で走ろうとした瞬間、
「...え?」
突然、ベルモットから声が上がった。
「どうしました?」
思わず声をかけると、彼女から帰ってきた言葉に、自分の耳を疑った。
「今、小さな女の子が、その道を走っていったように見えたの...。多分気のせいね。」
◆◆◆◆
眠れない夜というものは誰にでもある。
それは、ただ単に眠くなかったり、寝ている場合ではなかったり、考え事をしているときなど、さまざまだろう。
そういう時は、寝ようと思って布団で目を閉じていても、逆効果に感じることが多い。眠れない、という焦る気持ちが頭を駆け巡って、さらに眠れなくなるからだ。
刺された瞬間秒で眠りに落ちる麻酔を持っている友人が私にはいるのだが、もちろん私自身がその麻酔を所有しているわけがないので、それも使えない。
じゃあ、どうするのか。
答えは簡単。走るのだ。
走れば、必然的に体力を消耗し、その疲れから自然と瞼が重くなる。
そして、私はアスリートではないので、走るという行動はそれほど、頭は使わない。つまり、考え事をしながらベットに潜っているよりかは、考え事をしながら走っている方が、よっぽど早く眠ることができるのだ。
これは、今世の私が、割と昔からやっている眠れないときの対処法なのだが、前世の記憶を持った私はさらに言う。
眠れないときなんて、運動するか、ご飯を食べるか、どうでもいい話を聞くしかない。この世界では掲載紙の違う世界で聞いたことがある。
ご飯はすでに食べ、話をしてくれる相手もいない家で、私が眠る方法など一つしかなかった。
しかし、
「はあ、はあ、...。っはあ。」
偶々たどり着いた、公園の地面に寝転がる。
子供の姿では少々走っただけで、この始末である。コナン君に一度助言されてから、運動する際は常に気を付けていたが、考え事をしていたので失念していた。
まあ、この姿の体力がどれほどのものか、ということを知ったと思ってプラスにとらえよう。
別に帰り道が分からないわけじゃない。
少し休んでから、家に帰ればいいだけの話なのだから。
一応、元暗殺者としての勘で、人の気配のするところはできるだけ避けた。日本では深夜に出歩いても、海外のように治安が世紀末、なんてことはないのでそこまで心配はしていないのだが、万が一ということもあるし、私は今小学生だ。
警戒しておいて損はないだろう。
寝転がって見えた東都の空は、私が知っている空よりも星が少なかった。
おそらく、家にはまだ安室さんは戻っていないだろう。
こんな時間まで仕事している、というのは、相当かわいそうだなと、前世で社会人経験がある私はとても現実的に同情した。朝から出てって、この時間まで帰れないとは何て地獄なんだろうか。しかもわずかな空き時間を女児の飯を作るために割いている始末。
頑張りすぎだろう。女児なんか預かっている場合じゃない。
あのハイパー頭脳の持ち主である安室さんがそんなことを引き取る時点でわかってなかったなんてこと、あるわけない。
それでも、預かるって言ったんだな、あの人。
それが、もし私の身の危険を案じて行われた行動なのだとしたら、私はやはり大切にされているのだろう。
彼がどういうつもりで私を家に招いたのかは、依然わからないままだが、それでもどんなに激務の中でも、一人の子供の保護者として、その責任を全うしようという気概は感じられる。
はあ、とため息をついた。
いいか、もう。
釈然としない中でも、彼を許せるような言い訳を考えてしまっているのだから、もういいだろう。
一度に二つの感情は持てない。
だから、私が折れよう。
それで自分に害になることがあるのなら話は別だが、私は守られているのだから。
人間、生きてれば話せないことの一つや二つぐらい、あるだろう。
私だって、隠していることがある。
お互い様だ。
それでいい。
自分の呼吸が収まってきたことも確認できたので、ゆっくり立ち上がって、服や肌についた砂を払う。
帰ろう。あの家に。
そう思って、立ち上がった瞬間。
車のエンジン音が近くで止んだ。おそらく公園に入り口付近だろう。
こんな深夜帯に公園に用がある人間なんて少ないだろう。しかもわざわざ車を止めて。私はあたりを見渡して、他に出口がないか探した。
誰かに出くわして警察に通報されるのも面倒だし、とっとと退散させてもらおう。
他に出入り口はないが、公園を取り囲むフェンスを越えれば、生け垣を乗り越えて歩道に出られる。フェンスに向かって走り、たどり着くとフェンスによじ登る。
頂上まで登り、道に向かって勢いよく飛び降りようとした瞬間、
「待て!!!!」
「ぬわっ?...。ぶっ!」
突然かけられた声に思わず、飛び降りるために足に込めた力が変な方向に逃げてしまった。当然道には届かず、その前の生垣にダイブする羽目になっていた。
っいった~~~~...。生垣って無害そうに見えて枝が密集してるもんね。刺さる刺さる。痛い。顔面を守ったので、大した傷はないが痛いもんは痛い。
いや違う。それよりもさっきの声。
決して声をかけられたことに驚いたのではない。
その声を知っていたから驚いたのだ。
何とか生垣から這い出て、座り込みながら、服についた木の枝を払っていると、わずか数メートル先のフェンスから。
歩道に向かって飛び降りた成人男性の姿があった。
何でここに。
「何をしているんだ。こんな時間に。」
新たな私の保護者、安室さんが仁王立ちしていた。
問答無用で、車に乗せられ、終始無言を貫く安室さんに緊張しながらがちがちに固まっていたら、いつの間にか家についていた。
部屋に入ると、一言
「座って。」
と言われたので、自主的に地べたに正座をしたのだが、安室さんは部屋から出て行ってしまった。
嘘?セルフ反省会?まさかの?そうか、ついにもう怒る価値もなくなってしまったのか私には...。
座っとこう。安室さんがいいと言うまで。いや、朝までとかだったらしんどいな。服も結構汚れているし、汗かいているからシャワーも浴びたいし、ああ、すみません。水道代は安室さん持ちでしたねわかりました。いいというまで動きません。
下を向きながら座っていると、家に入ったときには感じなかった監視の目線が、今は再開していることに気づいた。多分部屋の明かりのせいだろう。私が出ていくときは電機は付けずに走るためにジャージに着替えたりして支度をしてから出ていったので、監視の目はなかった。監視の人は何やら起こしてしまったようで申し訳ない。そら監視対象の部屋の電気が深夜につけば、誰だって、監視しないわけにはいかないだろう、。半分寝てたとしても。
ごめんなさい。と心の中で謝ると、バタン、と扉を開けて安室さんが入ってきた。
そして、地べたに座っている私を見ると、一言。
「ソファに座ってくれ。」
と言われた。正座についてはノーコメント。私は服についた土埃と反省の心で、出来るだけソファに座りたくなかったのだが、安室さんの方を見ると、「いいから。」と促されたので、大人しくソファに上がる。
すると、安室さんは私に向き合うように地べたに座った。逆では????構図おかしくない????何で怒られる方が目線が上になっているんだ????
そんな私の動揺を安室さんは見向きもせず、持ってきたのであろう、箱を開けた。
その箱は救急箱だった。
は???なんで????と思っていると、安室さんは救急箱からガーゼと消毒液を取り出した。
「触るよ。」
今更何を。散々不許可で女児を抱き上げてただろうが!と突っ込みを入れながら、安室さんを見ていたが、安室さんは私のジャージをめくりあげると、こまごまとできた擦り傷に消毒液をしみこませたガーゼを当てていった。
て、手当てされてる...。
説教されると思ったら、手当てされている。
一応、走りに行った時から一応ばれたら怒られる自覚はあった。だから、監視者には気づかれないようにしたし、安室さんが帰宅するであろう時間までに帰るつもりだった。
まあ、ばれても気をつけて走っていたし、いいじゃんと言い訳をするつもりだったのだが、安室さんの制止の声で無様の転んだ私が言っても何の説得力もない。
どうしたらいいんだこの状況???
いや、違う。悪いと思っているのなら謝るべきだろう!!!!
「あの、ご...。」
「君が、この家にどうしても住みたくないというのならそれでもかまわない。」
出てきたのは冷たい言葉だった。
「もともと、半ば無理やり合意してもらったようなものだし、君がここを自分の住まいと認識できないのなら、それは仕方ないことだ。けれど、悪いが阿笠博士の家に戻すことだけはできないから、新しい家と、君の面倒を見てくれる人を手配しよう。」
違う、と声を出そうとしたが、何故か言葉にならなかった。
「もともと、ここは君の通う小学校からは少し遠いだろう。今度は小学校の近くで住めそうな家を探す。君を世話する人間も、君の希望をできるだけ通すようにする。他に何か希望することはあるかい?」
私の擦り傷を手当てしながら、淡々と私にそう問いかけてきた。
なんで、ここで私の意志を聞いてくるんだろうか。
あの時は聞いてくれなかったくせに。
折角納得したのに。
この人は、やはり、私の理解を求めていない。
自分で決めて、自分で行動してしまう。それが、例え自分のことではなく私のことだったとしても。
「...違う。」
「え?」
安室さんが手当ての傷を止めた。
「安室さんが何を考えているか知らないけど、ここを自分の家だと思ってる。」
「じゃあ、どうして、こんな時間に外に居たんだい。」
「眠れなかった。」
「...は?」
その言葉を聞いた安室さんは、口をポカンと開けた。
「眠れなかった。ここに住むことになった時の、...安室さんの言葉を考えてて、眠れなかった。どうして、何で、ここに住もうって言った本当の理由を教えてくれないのかって。納得できなかったから考えてて。でもわからなかった。わからないのに此処に居ていいのか、考えてたら、眠れなくて、だから走ったら眠れると思った。」
「...それで、その答えは出たのかい?」
「でた。納得して、ここにいることにした。」
「疑問が解消した、というわけではないのに?」
そうだ。状況は何一つ変わっていない。どうしてこんなことになったのか私にはわからないままだし、安室さんは相変わらずだし、安室さんのこういうところは少し嫌だけど。
嫌だからって、何一つ許せないわけじゃない。
嫌は嫌だが、まあ、仕方ないこともあるだろう。人と人が一緒に生きるというのならば。
「教えてくれなくてもいいと、そう思うことにした。そういうこともあると、納得することにした。」
いいのだ、と。
どんな理由で私が怒ることになってしまっても。
多分、助けるために殺された、と聞かされたあの日から、私はきっとずっとそうだった。
「どう考えたって、安室さんのことを許したかったから。」
失ったものは大きく、感じた痛みは私が今まで経験したことのないもので、苦しくて、悲しくて、だからこそ許せないと思ってから、こうして、関係性ができてしまった今、与えてもらったものの大きさと、幸せと、美しさを知っても、私はまだ許す事を躊躇った。
けれど、彼の言葉を聞いて、行動を見て、彼が私に対して、心を砕いてくれいているのだと知ってしまった私は、それがとてもうれしくて、どうやったって許そうと思ってしまう。
だからこれでいい。たとえ正しくなくても、間違っていてもこれでいいのだ。
苦しくて、悲しくて、つらかったあの瞬間を、今日みたいな時間を作って、ゆっくり溶かしていけばいい。
殺された件に関しては、今回よりも、だいぶ時間はかかるだろうが、それでいいのだ。
向き合い方が分かったのだから、それだけでいいと思う。
だから大丈夫だ、と言おうとして安室さんの顔を見た。
その顔を見て、私は思わず固まってしまった。
目を見開いて、とても驚いていて、
眉間にしわが寄っていて、何かを堪えるようで、
そんなことはないと分かっていても、思わず泣いてしまいそうな顔をしていると、そう思ってしまった。
「あ、安室さん...?」
思わず、大丈夫?と尋ねる意味を込めて名前を呼んだ。
しかし、返答は帰ってこず、安室さんは膝立ちをすると、私を抱きしめた。
待って待って????許可は????何でさっきは許可取ったのに今はとらない???と思ったが、空気を読んで黙った。私は馬鹿だが空気の読める馬鹿だからな。
「リサちゃん。」
きっと振りほどこうとすれば、簡単に振りほどけるような、安室さんからしたら、普段の500倍くらい弱い力で抱きしめられながら名前を呼ばれた。
「何?」
「君の気持はとてもうれしい。」
その言葉を聞いて、私は、ようやく安室さんに対して返せたような気がした。
今までたくさんもらっていた、感謝していることのに対してのお礼を。
「そう。」
なんだか少し暖かい気持ちになり、胸の中がふわふわする。
とってもいい心地だった。
「...少し、我儘を言ってもいいだろうか。」
抱きしめられたまま、安室さんが言う。
「言うのは別に構わない。聞けるかどうかはそれから考える。」
ここは、「いいよ何でも言って。」とか優しい言葉の一つでもかけてやるべきなのだろうが、あいにく私には安室さんの要望に応えられるほどのポテンシャルがある気がしないので、とりあえず、今できる一番誠実な答え方をした。
「はははっ。」
あ、笑ってる。そうか。笑えてるなら大丈夫か。なんだか泣きそうな顔していたのに、もう顔が見えないから大丈夫かなと心配していたのだ。
「君が、一人で納得してくれたのはわかった。たくさん考えてくれたことも。それはとてもうれしい。けど、今度から、そのストレスを僕にぶつけてくれないだろうか?」
「ストレス?」
「ああ、悩んでいる間、君はあんまりいい気分じゃなかっただろう?いいんだ。それを自分だけで解決しなくて。
確かに僕は君に言えないこともある。それを、正しいと思ってやっているときもあれば、後から考えてやっぱりよくなかったかもしれないと思うこともある。それをすべて君が一人で考えて片づける姿を見るのはとても心苦しい。
前約束した時とは違って、時には君に何もしてあげられないこともあるかもしれないが、それでも、困っていたら言ってくれ。具体的に言うと、一人で深夜に走り出す前に。」
ああ。困った。
やっぱり、この心遣いが、うれしいのだ。
うれしくて困るって、おかしいな。
「家にいない場合は?」
「いるようにする。それでもいないときは書置きでもいい。携帯も買ってあげるから、電話でもいい。」
家に帰れないくらい忙しいなら、私としては休んでほしいところなのだが。
「わかった。」
なんだかうれしかったので、別にいっかと思ってしまった。やばいと思ったらその時言おう。折角、聞くだけは聞いてやると、お許しをもらえたのだから。
私が了承を示すと安室さんは私を抱きしめていた手を離した。そして今度は私に向かって両手を広げた。
どうした?
「じゃあ、一回目。今日のことで。」
「え?」
「君の感じている疑問に僕は答えてない。答えることも今のところできない。だから、そのストレスをぶつけてほしい。」
「えぇ...。さっき走ったのに。」
「頼む。」
そう言ってなんだかいい笑顔のまま、安室さんは動かない。
ど、どうしろと???
ス、ストレスをぶつける???乱闘でもさせようと?ゴリラと???無理無理無理私死んじゃう!!!!
駄目だ。攻撃的なのはNGだ。仕返しが怖いし、私の戦闘に対する手慣れ具合がばれる。
どうしたもんか...。何をもってぶつけたらいいんだ???トマト???やめよう怒られそう...。
そんな風に私が突然の無茶ぶりに四苦八苦しているというのに、ニコニコしながら眺めている安室さんを見て、少し腹立つなと思ったら、ピンとひらめきの女神が啓示を与えてきた。
◆◆◆◆
「じゃあ、安室さん。ソファに座って。」
そう言って、小さな手で自陣の隣を指さす少女に、わかったと答えてソファに腰かけた。
ベルモットに子供の影が見えたと言われた後、彼女を送り届け、まさかとは思ったが目撃した付近を回ってから帰宅しようとしたとき、公園でこの子が倒れている姿を見た時は、肝を冷やした。
てっきり、嫌になって家を出ていくために、こんな時間に出歩いているのかと思った。
本人が思っているよりも、いろんなことが一人で出来ていしまうこの子供が、自力で自分のもとを去っていこうとしているのだと。
思い当たる節がなかったわけではない。
家に住むように言った際、自分が強引に話を進めたことも、この子が嫌がっていたことも、わかっていてやったのだから。
結局のところ、今まで避けていたのも、考える時間を与えるため、と自分の中で都合のいい言い訳を作って、逃げていただけなのだ。
面と向かって、この子供に拒絶されることから。
だからこそ、この子が自分のもとを離れたがるのは当然だと、そう思わなければならないと、そう思っていたのに。
けれど、この子は僕を受け入れた。
どう考えたって、自分のことを許したいと、そう言ってくれて。
職業柄、自分には人に言えないことがたくさんある。
それについて誤解を生むことがあることも理解している。だが、それでもいいと、納得できないことも、許していきたいと、真摯に、そう答えてくれたこの少女に、自分がこの子を引き取る時に感じた黒い感情を、洗い流されるような、辱められるような気持になった。
もちろん、この子を自分の家に引き取った理由は、沖矢昴からこの子を遠ざけるためだが、それを一から説明するには、沖矢昴を何故危険視するのか、という説明から入らなければいけない。それに、沖矢昴が何者なのか、という問題に対して自分はまだ答えが出せていない。そんな状況の中で、沖矢昴が君を狙っているかもしれない、と曖昧なことを言っては逆にこの子を混乱させることになるだろう。
この子は自分が取り巻く環境についてあまり心配してほしくないのだ。
もう十分、警戒心も強いのだから。これ以上心配の種を与えたくない。
それにこの子からすれば理不尽に提示された疑問を、それでも自分の中で折り合いをつける、とこんな小さな少女に言わせてしまっているのだ。
自分にも、この子が味わった苦しさを、分けてほしいと思った。
大義名分の後ろに、浅ましい気持ちを隠した自分を罰してほしかったのかもしれない。
まあ、深夜に出歩いていたことについては、もう少し警戒心を持ってほしいのだが。それについては、反省しているようなので、後で一度咎める程度で済まそうと思っている。
「さあ、座ったよ。どうしたらいい?」
隣に座り、向き合うようにしてそう言うと、
「手を挙げて。」
そう言われたので、言われたとおりに、両手を頭の高さまで上げた。
それとほぼ同時に。
目の前にいた少女が消えたと思ったら、前からかかった重さで、思わず後ろに倒れた。
幸い、ソファの上なので、大した衝撃もなかったのだが、驚いて前を見ると、自分に向かってとびかかってきた少女と目がある。
少し、目じりが緩んだ。
ああ、何かわからないが、楽しそうだな、と思った瞬間。
両脇に手を突っ込まれ、そしてそのまま。
くすぐられた。
「えっ!?...。ぷっ、は、ははははははっ、ちょ、リ、リサちゃん...!は、ははははは、や、はあ、やめ!」
思わず、自分に乗っかる小さな生き物を自分から遠ざけようと手を伸ばしたが、思わず、ちいさな少女を掴む際の手加減具合と、くすぐったさでうまく手が伸ばせず、それを見切られたのか手は避けられてしまい、自分の手は空を切った。くそ、さすがだ。
「ははは、あーははははははは、はあ、はあ、ぷはははははあ。」
結局くすぐり続ける少女を捕まえることができず、そのまま数分が立ち、
「はあ...。はあ...。げほっ...。はあ...。」
割と真剣に咳き込んでしまうまで、そのくすぐり攻撃は続いた。さすが、世界の歴史では一部で拷問として使われていただけのことはある。なかなかの疲労度だった。
「疲れた?」
まだ自分の上にいる少女からそんな声が聞こえた。
「ああ...。これはだいぶ、疲れた。」
「痛い目見た?」
そう聞いてきて、なんて答えようか少し迷った後に、
「ああ、参った。降参だ。僕が悪かった。」
そう言うと、少女は先ほどよりもさらに目じりを緩めて、とても満足そうに、
「そう。」
といった。
悪かったと言っても、何一つできることのない、自分に対して、とても満足そうに、そんなことを言うものだから。
うれしくて、やっぱりいてくれてよかったと思って、そして、自分を受け入れてくれた少女をとても愛おしく思った。
「リサちゃん。」
「何。」
「ありがとう。許してくれて。」
そう言って起き上がりながら、自分の上にいた少女が転ばないように抱える。
「ナイスアイディアだったね。これからも何かあったら、今日みたいにくすぐってくれ。」
「うん。任せて。」
「ところで、深夜に一人でランニングしていたことについてだけど、僕もリサちゃんみたいに、くすぐって受け止めてもらおうかな。僕がいかに心配したかを。」
「え。」
「その後は、シャワーも浴びないとね。もう遅いから、一緒に入るかい?」
「やだ!!!!!!!」
そんな冗談を言うと、本気で腕の中でもがく少女を見て、さっき死ぬほど笑ったというのに、また笑ってしまった。
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深夜ランニングアンドくすぐり回。<br />女児なら許されると思った、などと供述しており。<br />書くところなかったんですが、最後の安室さんの発言に心の中でデデーン♪という音楽とともにアウトー!!!って叫んでいることでしょう。<br />今回、視点の切り替わりがいつもより多い感じになっております。読みにくくて申し訳ないです。<br /><br />※注意。<br />・オリ主ガッツリ出てきます。<br />・合わないなと思った方は無理せずそっと閉じお願いします。自分を大切に!!!!!<br /><br />追加<br />新シリーズあげてますので、そちらもよろしければぜひ→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164364">novel/10164364</a></strong><br /><br />デイリーランキング一桁に乗ってしまい、もはや理解が追い付いていませんありがとうございます!!!<br />Twitterもやってますのが、つまらないことか、文字を書く意気ごみか、ちくしょー!って言いながら文字書いてるかのどれかしか呟いてません。仲良くなってくださる方はぜひ。→ @cca_i_cigarette
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80億の男に殺されて幼児化したが生活水準上がったので恨んでない6
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10159038#1
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「はーちまん!」
俺の名を呼ぶ銀髪のショートカットな彼女
八幡「彩加!付き合ってくれ!」
彩加「もぉ〜///八幡からかわないでよ〜」
これで何回告白しただろうか?
いつも俺は彩加に冗談はやめてよと返される。
八幡「……すまん。癖になっちゃってな。」
だけど俺自身、冗談と言われるのは結構傷つく。何故なら俺は、いつも告白する気持ちは、本気なのだから。
彩加と知り合ったのは、幼稚園の時俺は彩加と幼馴染なのだ。
それから彩加の家族とも仲良くなり楽しく遊んだ。
俺は、彩加の笑顔好きだった。だから俺は彩加を泣かせることは一度もない。
俺はいつの日か……彼女に恋をしていた。
俺は小学生に入り彩加があることを言った。
彩加「僕、八幡とずっと一緒にいたいな。」
俺は、ここでチャンスだと思った。告白をする。
八幡「彩加俺もだ!彩加の事好きなんだ。だから俺たちずっと一緒にいよう!」
彩加「えっ!?はっ!八幡!?///」
彩加の顔は、真っ赤になっていた。
彩加「八幡うれ「とっ!友達としてだけどな」………えっ?」
俺は、何故かそんな言葉を口にしていた。
彩加「……そっ!そうだよね。ははっ!」
彩加は、涙が出るのを我慢して必死に笑顔を作っていた。
俺は、きっと怖かったんだ。断られるのが……もし断られたら、もう一緒にいられないかもしれないと、あの時一瞬その考えが頭の中によぎりあの言葉が出てしまった。
それから中3まで「付き合ってくれ」と言い続けたが「冗談は、やめてよ」と返されていた。
俺は、今は高校の為の受験を受けている。
受験が終わったら最後卒業式に本気で告白しようと思っている。
彩加「八幡!今日一緒に勉強しない?」
八幡「悪い俺一人で勉強したいから」
俺は、彩加を避けた。とりあえず受験に集中しようかと思ったからだ。
彩加「そっかごめんね。」
八幡「別に彩加は、悪くない」
彩加「八幡高校どこ受けるの?」
八幡「総武」
彩加「えっ!?あの進学校!?どうしよう僕でも受かるかな」
八幡「無理して俺の高校に合わせなくてもよくないか?幼馴染だしいつでも会えるだろ」
彩加「…そうだよ……ね。八幡!僕もう行くね!」
八幡「おう。じゃあな」
彩加「うん!またね!……頑張んないと」ボソッ
最後の方は、八幡には聞こえなかった。
そして受験の日
試験管「はじめ!」
八幡「よしっ!」カリカリ!
そして全科目のテストが終わり
八幡「ふぅ〜、疲れた。手応えはあったな」
「八幡!」
八幡「彩加?なんでここに?」
彩加「へへっ!僕も総武にしたんだ!」
八幡「そうなのか?」
彩加「八幡どうだった!」
八幡「まぁ、多分大丈夫だ。彩加は?」
彩加「僕は、ぼちぼちかな?」
そして卒業式まで時はながれ
俺と彩加は、無事総武にうかった。
俺は、彩加に最後の告白をしようと思っていた。
彩加はというと、他の男子に告白されていた。
全部断ったみたいだが
俺は、彩加と門の前で待ち合わせをした。
彩加「八幡〜!まった?」
八幡「全然まってねーよ。それにしてもずいぶん告白ラッシュがきたな」
彩加「うん!凄かったよ。僕なんてそんなに可愛くないのにな」
いえそれ女子に言ったら怒られますよ。
八幡「なぁ、彩加」
彩加「なに?」
八幡「俺は、彩加が好きだ。付き合ってくれ」
彩加「ふふっ!久しぶりに聞いたな八幡のか冗談…やめてよ。恥ずかしいから///」
やっぱり最後も冗談で終わったか
八幡「すっ!すまん」
彩加「もぉ〜、早く行こ!」
俺は、彩加の腕を掴んだ
彩加「八幡?…なんで泣いてるの?」
ポロポロ
え?
俺は、涙を流していた。
ダメだ。最後は、冗談で終わらせたくない。その悲しさで涙を流していた。
彩加「なんで泣いてるの?僕悪いことした!」
八幡「彩加……冗談じゃないんだ」
彩加「えっ?」
八幡「俺は、本気で彩加が好きなんだよ!グスッ!だから冗談ですまさないでくれ頼む!」
彩加「……僕も八幡が好きだよ」ポロポロ
八幡「えっ?」
彩加「僕は、八幡が小学校の時友達として好きって言われて、そっから八幡に告白されてもまた友達で返されると思って怖くて冗談で返してたんだよ……ごめんね」
八幡「いや俺も悪かった。彩加にあの時ちゃんと友達じゃなくて彩加にちゃんと好きって言えなくてごめん。」
彩加「もう一度ちゃんと告白して欲しいな八幡」
八幡「あぁ、何度だってしてやる。彩加俺は、彩加の事が好きだ。付き合ってくれ!」
彩加「こちらこそお願いします!」
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深夜で眠いテンションで書きました。単発です。
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彩加が女で幼馴染だったら
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10159655#1
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おかしなことになったものだ、と切嗣は学制服で包んだ肩を竦めた。
苦笑が、乾いた唇に滲むのがわかる。
煙草でもあれば、吹かしたいところだが、残念ながら、学園を模しているだけあって、ここは禁煙らしく、煙草は売っていない。
窓から見える人工的な空の青さが、目に染みる。
数多の電子ハッカー──魔術師たちとともに、月へと潜り込んだまでは、よかった。
月の聖杯──ムーンセルの力によって、記憶を消されたものの、ぬるま湯のように過ぎ去っていく日々の中から、予選最後の試練の間へと至る資格となる、自我を取り戻したところで、衛宮切嗣の身にハプニングが起こったのだ。
聖杯も予想していなかったハプニング──いや、もしかしたら、それすらも、計算されていたのかもしれないが、とにかく、切嗣が取り戻した記憶は、一人分の人生だけではなかったのだ。
前世と呼ぶべき時代、第四次聖杯戦争で、今生と同じ、衛宮切嗣という名で生きていたときの記憶も、取り戻してしまったのだ。
おかげで、学制服を着た、年若い自分の姿に、妙な違和感を抱いてしまう。
アバターをいじれば、記憶の中の『衛宮切嗣』の姿に変えることもできるが、面倒で、そこまではしていない。
脳の奥底に潜み、眠っていた記憶が引きずり出されたということなのだろうかと、切嗣は無造作に伸びた髪が跳ねる頭を掻く。
切嗣の耳に、鬱蒼とした響きを持つ、重苦しいため息が聞こえた。
ちらりと、傍らに控えているサーヴァントを見やる。
目に鮮やかな青いローブを深く被り、鼻まで隠しているために己のサーヴァント──キャスターの顔は、薄い唇しか見えない。
ハプニングといえば、自分に割り当てられたサーヴァントもまた、そうと言える。
切嗣は振り返り、身長差を活かし、背の高いキャスターの顔を下から覗き込んだ。
ローブの影になっている蒼い目に、ぎろりと睨まれる。
そこに宿った、剣呑な光に、切嗣は笑った。
キャスターの唇が、ぐ、と引き結ばれ、言葉以上に雄弁に機嫌の悪さを語っている。
「そんなに不機嫌そうな顔、しないでくれよ」
「…何故、この私が、貴様のサーヴァントなのだ」
苛立ちが滲む声音に、切嗣はおどけたように、肩を窄める。
そうは言っても、彼を自分のサーヴァントとして選んだのは、ムーンセルなのだ。
自分が選んだわけではない。
そもそも、この男が英霊として召喚されることがあるなど、考えてもいなかった。
切嗣は底知れぬ沼のように黒い目を細め、己のサーヴァントを見つめた。
居心地が悪そうに、キャスターの薄い肩が震える。
「お互い、前世のことは忘れて、仲良くしようじゃないか──ケイネス」
与えられたマイルームでは、誰に気兼ねする必要もないからと、切嗣はサーヴァントを真名で呼んだ。
前世においては敵であり、自分が謀殺した相手でもある天才魔術師が、切嗣のサーヴァントだった。
『水』と『風』の希有な二重属性の持ち主でもあれば、でたらめな天才ぶりを多分野で発揮していた、かつての時計塔のカリスマ。
名にしおう『ロード・エルメロイ』。
魔術師としての格ならば、自分を遙かに上回っていたが、戦いにおいては、ケイネスは素人同然で、切嗣にとって、格好の獲物だった。
にこりと愛想良く微笑めば、厭そうに、ケイネスが唸り、顔を逸らしたかと思うと、光の粒となって、姿を消してしまった。
見えなくなっただけで、すぐ側にいることは、パスから伝わってくる。
やれやれ、と苦笑いをこぼし、切嗣は己の左手に刻まれた令呪を見下ろした。
第四次聖杯戦争では、どのマスターも右手に刻まれていたが、この月の聖杯戦争では、令呪は身体のどこに現れるか、特に決まっていないらしい。
人によっては、腹に現れたという話もある。
(見えるところで、よかったな)
サーヴァントとして現界し、貴様が私のマスターか、と訊ねてきたときのケイネスの顔を、切嗣は思い出す。
自分が衛宮切嗣だと気づいたときの、ケイネスのあの厭そうな顔。
令呪を忌々しそうに睨む蒼い目は、なかなか美しかった。
この令呪を見せびらかすようにケイネスの眼前で手を振れば、またあの顔を見せてくれるに違いない。
もっとも、ケイネスはローブを深く被り、いつも顔を隠してしまっているのだけれど。
(それにしても、面白いものだな)
ハーウェイの支配が進み、安定はしているが、進歩もない、生温い平穏の中で、ゆるりゆるりと腐っていく世界を救いたくて、参加した、この聖杯戦争ではあるのだが、取り戻した記憶の中にある第四次聖杯戦争とは、様相がまったく異なっていた。
言葉とその形を借りているだけだ。
一対一の決闘によって、七人のマスターとサーヴァントを打ち破っていくのが、基本ルールだ。
だが、この聖杯戦争でも、情報が物を言うことだけは、変わらない。
対戦相手が決まってから、決戦の日までに与えられた七日間の猶予期間(モラトリアム)で、いかに、敵の情報を得られるか。
それが、勝利へと繋がる鍵となる。
初戦の対戦相手は、既に決まった。
七日間の間に敵サーヴァントの真名を探り出し、その弱点を掴まねばならない。
アリーナに配置されている、決戦の間への鍵も、その間に手に入れなければならないから、あまり悠長に過ごすわけにもいくまい。
ムーンセルが戦争の場として用意した学園内には、NPCも混ざっているが、まだ多くの生徒の姿が見られた。
けれど、この生徒たちも、トーナメントが進むうちに消えていくのだ。
この聖杯戦争では、負ければ、次はない。
待っているのは、死だけだ。
まだ、その瞬間を目撃はしていないが、七日後には、否応なく、知ることになる。
それが訪れるのは、自分の身ではなく、相手の身でなくてはならない。
そろそろ、僕もアリーナに向かおうかな、と与えられたマイルームから出たところで、切嗣は何か壁のようなものにぶつかった。
真っ黒な服が、目に付く。
それがカソックだと気づいた切嗣の眉間に、しわが寄った。
渋々、顔を上げれば、やはり、そこにいたのは、言峰綺礼だった。
いや、正確に言えば、彼をモデルとした、運営用NPCだ。
ムーンセルとやらは悪趣味だと、切嗣は喉奥で呻く。
よりにもよって、この男を選ばずともいいだろうに。
「アリーナに向かうのかね、衛宮切嗣」
「…そうだが」
「ふむ、どうだろうか。よければ、購買で何か話でも」
「断る。時間がないんでね」
単なるNPCであるはずなのに、モデルのパーソナリティのせいか、この綺礼はよく切嗣に絡んできた。
NPCであるのならば、NPCらしく、マスターへの余計な干渉は慎んでもらいたいものだと、切嗣は顔をしかめ、アリーナがある一階へと向かうべく、足早に階段へと進む。
残念だ、とからかうように肩を竦め、笑っている綺礼に、うんざりとため息を吐けば、姿を消したままのケイネスがおかしそうに笑う声が聞こえた。
「…僕のサーヴァントなら、助けてくれたっていいんじゃないか」
「ふん。相手はNPCだ。何を恐れることがある」
厭な奴だな、と切嗣は、ケイネスの声がしたあたりを軽く睨む。
密やかな笑い声は、実に上機嫌そうだ。
その声を聞いているうちに、まあ、いいか、と思えてきたから、不思議だ。
ケイネスとの間に、まだ信頼と呼べるような絆はない。
前世のこともあるから、当然ではあるが、当初、予想していたほど、険悪な関係にならずにすんでいることに、切嗣はホッとする。
もしかしたら、この戦争では、サーヴァントにはマスターに対して、好意を抱きやすいプログラムでも施されているのかもしれない。
階段を半分ほど、降りたところで、靴箱のあたりから、声が聞こえてきた。
どうやら、現界化させたサーヴァントと会話しているマスターがいるらしい。
聞こえる声は、初戦の相手のものではないが、いずれ、敵として当たらないとも限らない。
現界化しているというのなら、その姿を見ておきたいところだ。
英霊というものは、特徴的な格好をしていることが多く、その姿形からだけでも、たとえば、セイバーやランサーといったクラスなど、得られる情報があるからだ。
足音を殺しながら、階段を降りきれば、案の定、靴箱でサーヴァントと向かい合っている女生徒の姿があった。
うっとりとした熱のこもった眼差しを、己のサーヴァントに向けている。
さて、どんなサーヴァントなのかと目を向けた切嗣は、思わず、目を見開いた。
そこにいたのは、癖のある緑なす黒髪を撫でつけた、美丈夫だった。
いや、美丈夫などという言葉では、物足りない。
琥珀色の右目の下にある泣き黒子が色香を放つ、その男は、乙女の心を一目で奪うほどの魔性を放っていた。
その英霊の真名を、調べるまでもなく、切嗣は知っていた。
「…ディルムッド・オディナ」
ぽつりと声を漏らしたのは、切嗣ではなかった。
呟いたのは、姿を消したまま、控えているケイネスだった。
驚きは、ケイネスの方が強いだろうな、と切嗣は目を眇める。
何しろ、第四次聖杯戦争で、彼をランサーとして使役していたのは、ケイネスなのだから。
声が聞こえたわけではないだろうが、気配に気づいたディルムッドの琥珀の目が、切嗣へと向いた。
途端に、その端正な顔が、憎悪で歪む。
それでも、恐ろしいまでに美しいのだから、『輝く貌』というのは、伊達ではない、と切嗣は感嘆を通り越して、呆れた。
学生姿ではあるが、自分が何者か、気づいたらしい。
「…貴様は、セイバーの」
「ふぅん。君にも、記憶があるのか」
軽く眉を跳ね上げながらも、そういうものかもしれないな、と頷く。
彼ら英霊には、生前の記憶だけではなく、サーヴァントとして召喚されたときの記憶もまた、ムーンセルによって、記録として残されているのだとしても不思議ではない。
第四次での彼の最期を思えば、恨まれているのはわかっているが、さすがに、学園内で暴挙には出まいと、切嗣は思考を巡らせる。
それは、ムーンセルが禁じていることで、ペナルティも発生する。
だから、切嗣は油断していた。
ゆら、とディルムッドのしなやかな身体が動き、二槍を現界化させても、逃げることすら忘れるほどに。
逃げようにも、敏捷なランサーから、切嗣が逃れる術などなかったが。
第四次聖杯戦争で、ディルムッドの自らの手により、折られたはずの『必滅の黄薔薇』が切嗣の眼前に迫る。
ディルムッドのマスターの少女が困惑の声をあげ、制止を呼びかけるが、もう遅い。
槍に貫かれる、その寸前。
「!」
銀色の壁が、切嗣を覆い隠し、黄薔薇の切っ先を弾いた。
うねうねと歪んだ鏡版のような水銀の壁に、大きく目を見開いている自分の顔が映り込んでいる。
切嗣はゆるりと息を吐き、首を捻って、背後を見やった。
現界化したケイネスが、ふん、と鼻を鳴らしていた。
「『必滅の黄薔薇』であったのが、幸いしたな」
「…助けてくれたこと、礼を言うよ、キャスター」
「仕方があるまい。初戦の前にマスターが殺されたとあっては、私の恥になるのだからな」
口角をつり上げ、切嗣がケイネスへと笑みを向けていれば、現れたケイネスに気づいたディルムッドが、背後へとよろけた。
狂気じみた色を浮かべている琥珀の目が、信じられないとばかりに、ケイネスを見つめている。
ケイネスが緩く息を吐き、ローブへと手をかける。
紋章が刺繍として縫いつけられた青いローブが落とされ、白い面が露わになった。
「貴様も呼ばれていたのだな、ランサー」
「…ある、じ?」
「違う。貴様の主は、その少女だろう。…今の私は、貴様と同じサーヴァントにすぎない」
蒼い目を細め、ケイネスがきっぱりと言い放つ。
虚ろな琥珀の目が、ケイネスと切嗣の間を行き交う。
ディルムッドが、一歩、二歩と、階段に向かって、踏み出した。
月霊髄液は、今も、切嗣を守るように展開されているが、ケイネスへとふらりと伸ばされる、浅黒い肌をした無骨な手に、切嗣は眉根を寄せた。
ケイネスの白い肌に、ディルムッドの手が触れることが、ひどく許しがたいことのように思われた。
(…ああ、それも、そうか)
真名をケイネス・エルメロイ・アーチボルトとする英霊は、自分のサーヴァントなのだ。
そう、この男は、衛宮切嗣のものなのだ。
自分のサーヴァントであるケイネスに、ディルムッドの手が触れることを、どうして許せよう。
静かな眼差しでディルムッドと対峙しているケイネスを、切嗣は見上げた。
ディルムッドを先んじるように、階段を昇り、ケイネスの白い頬へと左手を伸ばす。
ケイネスにではなく、ディルムッドに令呪を見せつけるように、手を這わせ、頬を包み込めば、ケイネスが戸惑うように蒼い目を揺らした。
「…なんだ」
「君は僕のサーヴァントなんだと、改めて、そう思ったものでね」
何を今さらと、ケイネスが訝しげに首を傾ぐ。
背後から、焼け付くような殺気を切嗣は感じた。
身体が震えるのは、恐怖からではない。
愉快でならないからだった。
自分に、こんな感情があったとは、と新鮮な驚きを覚える。
ランサー!と少女がディルムッドの腕に縋り、青ざめた顔で何をしているの、と問いつめた。
少女がペナルティを恐れているのは、見開かれ、潤んでいる目からも伝わってくる。
ムーンセルから連絡でも行ったのか、騒ぎに気づき、階上に現れた綺礼が、興味深そうに目を細め、ディルムッドへと諫めるように口を開いた。
「学園内での戦闘は禁じられている。ペナルティを受ける覚悟があるのかね?」
綺礼が発した言葉に、ディルムッドを呼んだ少女の顔からは、さらに血の気が引いていく。
場合によっては、サーヴァントのステータスが削られることになるからだ。
ディルムッドが呻き、渋々、槍を収めた。
騒ぎが収まったことを確認すると、綺礼がちらりと切嗣を一瞥し、去っていく。
礼なんて、言うものか、と切嗣の眉間にしわが寄った。
「…とりあえず、対戦相手でもないんだ。お互い、引こうじゃないか」
「ええ、そうね。…ランサー、行きましょう?」
ディルムッドの腕を、少女が掴むが、ディルムッドの目はケイネスに、ひたと向けられたままだ。
やれやれ、と肩を竦め、切嗣はケイネスのローブを掴み、引き上げ、元のように顔を隠させた。
首を伸ばし、ローブで隠した蒼い目のあたりに、掠めるように口づける。
ローブで見えなかったケイネスに、今のキスを気づかれた様子はない。
今はそれでよかった。
今は、ディルムッドだけが気づけば、それでよかった。
殺気と嫉妬が混ざった琥珀の視線が、切嗣を心地よく焼く。
「ケイネス殿…っ」
新たなマスターである少女を引き剥がすわけにもいかず、ディルムッドが懇願するように、ケイネスを呼ぶ。
ケイネスがゆっくりと首を振り、ため息をこぼすと、姿を消した。
自分にだけはわかる、ケイネスの気配に、切嗣は密やかな笑みを唇に浮かべる。
鏡を見ずとも、自分が意地の悪い笑みを浮かべていることは、想像に難くない。
「悪いな、ランサー」
お前が求める『主』は、僕の『もの』だ。
言外に含め、にこりと微笑み、ディルムッドに背を向ける。
ぎりり、とディルムッドが、拳を握りしめる音が聞こえてきそうだ。
アリーナへと向かう切嗣の足取りは、軽い。
ディルムッドと対戦することになるかどうかは、まだわからない。
何しろ、百人を超えるマスターが、それぞれ、サーヴァントを召喚しているのだ。
可能性は低くないが、高くもない。
「…もし、ランサーと戦うことになったら、どうする、ケイネス」
切嗣は傍らにいるだろうケイネスに、問いかけた。
ケイネスからの答えはない。
それでも、今のケイネスはサーヴァントとして、命令に従い、衛宮切嗣を守り、戦うだろう。
『破魔の紅薔薇』という宝具の特性上、キャスターが戦うには、ディルムッド・オディナは厄介な相手でしかないが、対戦相手になったら、面白いことになりそうだと、切嗣は目を細めた。
もちろん、負けるつもりも、ケイネスを渡すつもりもない。
愉しげな笑みを口の端に滲ませ、切嗣はアリーナの扉を開けた。
[newpage]
*
サーヴァントな先生の設定。
エクストラ設定になるべく従うようにしてます。
<スペック>
■クラス
キャスター
■真名
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト
■ステータス
筋力E、耐久D、敏捷D、魔力A++、幸運E
■スキル
陣地作成B
:ケイネスの場合、一層丸ごと、魔術工房を展開することも可能だが、切嗣の脳の処理能力を超えるため、一定の範囲内のみに抑えられる。
道具作成B
:魔力を帯びた器具を作成可能。
ケイネスは生前の特技を活かし、芸術的にも価値の高い器具を作成する。
また、礼装を作成し、切嗣に持たせることで、様々なコードキャストを使用させることも可能。
魔術礼装EX
:基本は月霊髄液を展開し、自分とマスターに対して、オートで防御を行う。
月霊髄液以外にも、呪術戦・幻術戦に応じた礼装を、生前、作ったものであれば、使用可能。
■宝具
全知の時計塔(アカシック・クロックタワー)
:3ターンの間、マトリックス情報が0であっても、敵の行動パターンを開示可能。
魔術礼装による攻撃威力も上昇。
但し、宝具を展開できるのは、ケイネスのHPが三分の一以下になったときのみ。
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フェイト/エクストラ世界に転生した切嗣が、先生をサーヴァントとして呼び出す話。エクストラの基本設定とか、がっつりネタバレしてるので、注意。先生のステータスを考えるのが、すごい楽しかった…。ディルVS先生のバトルが観たいです。アンリミ、ゼロキャラでも出ないかなぁ…!■先生の幸運と筋力は、魂の改竄の際、必要ないよ、と切嗣に切り捨てられて、魔力に全フリされたんじゃないかな…。シリーズ化かー。ちょっと考えてみます。
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月舞台で喜劇悲劇を演じましょう【切ケイ・ディルケイ】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1015973#1
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母ちゃんが死ぬとわかったのは、いまから二年と少し前。俺の[[rb:中学時代 >あんこくじだい]]の終わりごろ。
長い黒歴史がやっと幕を閉じ、新しく誰も知り合いのいない偏差値の高い総武高での未来に、若干わくわくしていたころ、突如母ちゃんが仕事先で倒れたと連絡が入った。倒れた原因は過労だったが、病院にいったことでさらに悪いものが見つかった。
心臓に小さながんができているらしい。治すには海外の大きな病院にいって手術するしかないと言われた。そしてその費用は渡海することを考えると、ざっと一億は必要だと言われた。
ごくごく普通の一般家庭の比企谷家に一億などという金が払えるはずもなく、母ちゃんを除く三人は絶望した。
絶対に顔には出さないでおこうなって約束して、いざ母ちゃんのもとにいくと速攻でバレた。原因は小町が泣き出したことだが。
それでなくても母ちゃんにはこのことはバレていただろう。だって母ちゃんまっすぐ俺のこと見てたもの絶対気づいてたよ。俺のポーカーフェイスなんてまだまだである。もしかしたらポーカーフェイスだったから気づいたのかもしれないが。
バレたからしょうがないと親父は母ちゃんに全部を吐いた。
親父も最初は普通にしゃべっていたが、徐々に声が震えていた。親父は基本的に無口と不愛想のハイブリッドのような存在で
、表情の変わらなさは俺たち家族でもわからないぐらいだったが、それだけに親父のそんな姿は正直見ていられなかったし、多分泣きそうだったのをこらえていたんだろう。俺たちがいるから。
親父の話を全部聞いたうえで、母ちゃんはこういった。
「だったら手術はいい。代わりにあと残り少ない命あんたたちといっしょの時間を大事にさせて」
これが母ちゃんの願いだった。
俺たちは泣く泣く承諾し、余命を宣告された四年の思い出を大事にしようと決めた。
ただ、もう母ちゃんに負担のかかることはさせられないので、家事は俺と小町が担当することになった。
それから母ちゃんに心労をかけないように、俺は元々抱いていた専業主夫になる道を捨て、元々成績のよかった国語を生かして国語教員になることを目指した。
俺がちゃんと未来を見据えているならば、母ちゃんも安心だろうと思ってのことだが、生憎俺が教員になったときに母ちゃんはもうこの世にはいないだろう。
だから頑張るのは、母ちゃんが見ている間だけ。それから先は、沙希がいるからって理由に変えてもいい。
そしてここからはただの愚痴だが、正直母ちゃんが死ぬなんて思ってなかった。
なんせ我が家の最強生物とされていた母ちゃんだ。あんな強い母は日本中探したってそうはいない。
母ちゃんの病気も、本来ならもっと余命は短いはずだったが、母ちゃんだからこそ四年という時間を得られた。
いまでも実は病気が嘘で、ひょっこり未来でも生きているんじゃないかって変な希望を抱いていないわけではない。
母ちゃんは、小町ラブの親父と違ってどっちかというと俺の味方にもなってくれる。もちろん一般的な兄妹観点から小町サイドに立つこともあるが、基本的に俺の味方になってくれる。
病気のことがわかったとき、俺だけが病室に呼ばれた。
「あんたは気難しいけど、絶対悪い子じゃないよ。あんたの親が言ってんだから間違いはない」
親のいういい子と子供がいういい子は違う。
だがそれをその場で否定する気はなかった。
「あんたを悪く言う子はいるかもしれない。あんたの目死んだ魚みたい、お父さんの遺伝子継いでるからね」
まじかよ俺のこの目遺伝だったのかよ。ある意味覚醒遺伝だろ。
「あんたのこと悪く言う人がいるならば、あんたのことをよく思う人間だってきっと同じだけ...いやまああんたの場合その半分ぐらいはいるはずだよ」
母ちゃんは自分がいなくなった未来で、拠り所を失った俺がどうなるかをまず心配していた。
違うだろ。心配するべきは、俺なんかじゃなくて自分の体のことだろ。病気の体引きずってあっちこっち忙しなく動き回って、なんで寿命縮めてまで俺の心配なんかしてんだよ。
俺があんたのこと心配して、あんたのいなくなった先を見てるのが馬鹿みたいになるだろ。
だからもうやめてくれよ。お願いだから家族で旅行とかで思い出作りさせてくれ、そんなボロボロのあんたの姿みたくないんだよ。
そんな押しとどめていた感情を、吐き出したら止まらなくて俺は沙希の胸のなかで眠っていた。
柔らかい胸の感触と、人肌のむくもりが幼児のごとき感情を呼び起こすのだろう。
そして目が覚めると沙希のぬくもりはまだ感じられた。というか俺は頭を胸元でホールドされたまま寝ていたらしい。
いまもされている。
「八幡起きた?」
先に起きていたらしく、沙希の顔が見えた。うん可愛い。
「お、おはよう。なんかすまんな色々言ったような気がするが」
「本音聞けて嬉しかった。あたしはあんたの傍にいてあげるから泣きそうになったら、またあたしの胸に飛びこんできていいよ」
「子供できたら沙希の胸に飛び込む子供に嫉妬しそうだ」
そんな未来だってあるだろう。悲しい未来が待っているなら、少しくらい幸せな未来があったっていいじゃないか。
なあ神様俺の幸せはちゃんと釣り合ってるか?母ちゃん失う不幸に見合うだけの幸せってやつを用意してくれるかい?
そもそも神様俺のこと嫌いだったな。
「今日はどうする?」
「実家に帰らせていただきます」
「そ、そんな待ってくれ俺のなにがいけなかったんだ」
と、わかっているのに俺は嫁に逃げられる夫の真似をしてみた。
「あなたとはもうこれっきりです」
「ぐはっ...」
まさか沙希が乗ってくるとは。しかもリアリティあって思いのほかダメージを食らった。
本当に言われないように気をつけよ。
「両親ともう一回話してくる」
あっそういえば喧嘩して家出してきたんだよな。
色々ありすぎて忘れてた。
「一応理由聞いといていいか?なんか手助けできることあるかもしれんし」
「八幡大学どうするつもり?」
「教育学部のあるところ探す」
「あたしもちょっと最近大学考え始めてさ、でもうちに塾とかいくようなお金ないからバイトするって言ったら、親と喧嘩になって」
「お前がバイトするとけーちゃん一人になるもんな」
「けーちゃんがせめて小学生だったらよかったんだけど...」
「ふむ...沙希俺もその話し合いとやらについていってもいいか?お前の親に色々話したいことがある」
「結婚の挨拶はまだ早いからね?」
こっちの親は認めてるんだからいまさらというやつだろう。
むしろ今から了承を得るほうが大事なことの気がする。
「まあその...それはいつか...な」
なんと歯切れの悪い返事だろう。
「うん!」
なんだそれ可愛いなお前。
沙希の顔は満面の笑みである。
[newpage]
「沙希ちゃん実家に帰っちゃうの?八幡にもう飽きちゃったの?!」
母ちゃんに沙希が家に帰ると言うとこんな反応をした。
うちの家族はふざけるのが大好きだ。
「親と喧嘩したままなんでちゃんと話し合ってきます」
「そっかそっか羨ましいなぁ。八幡も小町も喧嘩するようなことなかったから」
喧嘩するほど仲がいいとはいうが、あれは喧嘩していることを美化するためのものであり、真実はそうではない。喧嘩しているからには、何かしら相手に気に入らない部分があり、それを押し付けあうから喧嘩するのだ。俺たち家族は別に不満などないし、だからこそ喧嘩は生まれない。比企谷家イズピースフル。
「またいつでもおいで。なんなら同棲してもいいよ」
「どっ...同棲とかまだちょっと早いっていうか...」
「ねえねえ沙希ちゃんうぶ?」
「めっちゃ真面目系だからいじめないでやってくれ」
と、フォローするがここまで可愛い反応を見せられると、どうしてもいたずら心が沸いてしまう。
そんな嗜虐心を煽る反応をする沙希が悪いのだ。多分。
「んじゃ行ってくる」
「遅くなるなら連絡するんだよ」
母ちゃんに送り出され、俺たちは川崎家へと向かった。
「あ、あのさ八幡」
「どした?」
「て、手つながない?」
なるほど恋人らしいことがしたいと。なるほど可愛いじゃないですかもうこの子まじ天使。
「ほれ」
俺は沙希の手をとって恋人つなぎをしてやる。うん恥ずかしいわこれ休日の朝だけあって、一目あるし。
近所の奥様が「若いわね~」などと黄色い声で茶化してくるのが、恥ずかしさに追い打ちをかける。
「なんかこれ....恥ずかしいね」
「ならやめるか?」
「いや、このままでいい」
「そうか」
俺たちは手にしたいと願って、それは無理だと自分たちで諦めたものを手に入れた。
そんな初めての関係を噛み締めあっている。俺たちは決して普通の友達でも、まして恋人でもない。歪なもの同士が、たまたま噛み合った歯車を回すだけ。だが、そんな噛み合った互いの存在を感じる今を、俺は心地いいと感じている。
この関係を定義するならば「本物」なんだろう。
いまはまだ歪でも、いつかはもっときれいな形になることを期待して、この関係を楽しむことにする。
[newpage]
川崎家に到着。
片や飛び出した不良娘、片やその彼氏。なんだか家に入るのを躊躇する。
一度は入った家、別にお邪魔しちゃいけませんということもないんだろうが。
「は、入るよ」
「いやおまえんちだろなんでダンジョンの扉みたいに覚悟決めてんの?」
「いや...その...家出したあげく外泊しちゃったし」
「真面目系め。俺なら入って速攻で土下座する」
「あんたプライドないの?」
俺にも言い分はある。だいたい俺が家を追い出される理由としてなにがあるかと言われれば、小町と喧嘩したときだ。なぜか小町が悪いときでも俺が外に出される。罪状:小町と喧嘩した罪。
理不尽だ。
そして土下座して二度と喧嘩しませんというと、ようやく家に入れてもらえる。
「ま、今回は俺もいるし大丈夫だろ」
「八幡がそういうなら...開けるよ」
意を決して沙希が玄関を開けた。
「た、ただいま~...」
意を決したわりにそろりそろりと玄関を開けたな。
玄関の音を聞きつけ、どたどたとけーちゃんが走ってきた。
「さーちゃんが帰ってきたー!おかえりさーちゃん!」
「け、けーちゃんただいま。ごめんね寂しかった?」
「お父さんとお母さんすっごく心配してたよ」
子供って絶対に知られたくないようなことまで言っちゃうんだよな~。これ親的にはどこ行っていた、お前など知らんって言いたいはずなのに心配してたのバレたらもうただのツンデレだよ。
「あれはーちゃんもいっしょ?」
「よっ」
「沙希」
奥からお父さんらしき人物登場。風貌巌のような超強面。
「父さん...」
「いままでどこに行っていた。昨日の雨のなか出て行ったら事故にあうかもしれんだろうが馬鹿娘っ!」
口調まで頑固おやじそのもの。
でもちゃんと心配してたらしい。それならせめて外に探しにこいって話なのだが。
「ご、ごめんなさい」
「そちらのは?」
川崎父が俺にきがついた。
「比企谷八幡と言います。沙希さんとはクラスメイトで、沙希さんは昨日僕の家に泊っていました」
「貴様ぁっ!人の娘を一つ屋根の下だとっ!?その辺の話をゆっくり聞かせてもらおうか」
ということでリビングへと連れていかれた。
以前は小町たちが勉強していたリビングだが、いまはなんだか殺伐とした空間と化している。
川崎母はいまのところ静観を決め込むつもりらしい。よく見ると沙希は母親似であることが後ろ姿からわかった。
「で、比企谷くんと沙希はどういう経緯でいっしょにいたのか聞かせてもらおうか」
「まず僕は大志くんから沙希さんがいなくなったという連絡をもらいました」
「大志っ!なぜ黙っていたっ!」
なんでこの人こんな怒ってるんだろ。いやだな~怖いな~。
「父ちゃんと姉ちゃん喧嘩してたし、絶対どっちも意固地になるってわかってたから、だからお兄さんに頼ったんだ」
あの沙希の状態なら、多分俺じゃなく川崎父が連れ帰ろうとしてもその場で喧嘩になっていただろう。あの雨のなかでとなると、川岸にいたし二次被害にもつながるかもしれない。これは賢明な判断だろう。
「まあいい続けてくれ」
「それから川崎さんの家の近くとその周辺を探したところで、沙希さんを発見して喧嘩したことは聞いていたので、川崎さんの家に連れ帰るわけにはいかず、自宅に保護しました。家には妹と母がいますのでなにもなかったことは保証します」
沙希も無言で頷いた。
「そうか大変すまなかった娘が迷惑をかけた」
「いえ別に今日はそんなことを言ってもらいにきたんじゃないんですよ」
ここで俺は川崎父に対抗する意思を見せる。
「は、八幡?」
わかっている。戸惑う気持ちはわかるがいまは黙ってみててくれ。
「沙希さんが喧嘩した理由は聞きました。あなたが沙希さんのバイトに反対の理由はなんですか?」
「沙希がバイトしたら京華はどうする。私も妻も仕事で...」
「なら、沙希の人生はどうなってもいいと?」
思わず呼び捨てにしてしまったことに、俺が気が付かないほど川崎父に俺はこれまで感じたことのない怒りを感じていた。
明らかに沙希を蔑ろにしている。それは、うちにおける俺と扱いは変わらない。
結局自分を重ねてたまった怒りをぶつけているだけだ。
「川崎さんあなたが大事なのは京華ちゃんですかそれとも沙希ですか?」
「無論二人とも大事だ」
この瞬間、俺の理性は吹き飛んだ。
このクソ親父に一発かまさねえと気が済まなかった。
「だったらなんであの日沙希を探しにいかなかったっ!?あのときの沙希がどんなだったか教えてやろうか、川岸を眺めていまにも消えそうになってたんだよ!大事な家族だろうがっ!」
「黙って聞いていれば他人がずけずけと...」
「もしあの日沙希が死んでたら、あんたは娘の棺桶の前で泣いて詫びることになってたかもしれない。そうは考えなかったのかよ」
「おい言いたいことはそれだけか」
川崎父は俺に論破されたことで、逆上して理性を失っている。
このままならは殴られるだろう。まあいいさ一発くらいは覚悟してやる。
川崎父は、握りしめた拳を引いていまにも俺を殴ろうとしていた。
「お父さんもうやめましょう。今回は私たちが間違っていた」
その拳は、川崎母に掴まれて放たれることはなかった。
ふぅ~あぶねー。俺喧嘩とか絶対できんから間違いなく死んでたわ。
「離しなさい」
「ごめんなさい比企谷くん。私たちは家族の生活だけ考えて、外にばっかり目を向けていた。沙希の苦労とかやりたいこととか、全部蔑ろにしてたわ私たちが今回ばかりは悪かったわ本当にごめんなさい沙希」
「あたしも後先考えず飛び出して心配させてごめん。正直八幡がいなかったらあたし死んでたかもしんない」
「そうか。間違っていたのは私のほうか...すまなかったな沙希お前にばかり負担を」
川崎父もようやく今回のことを重く受け止めてくれたようだ。
「沙希お前のバイトは認め...」
「ちょっと待った」
「八幡どうしたの?」
「いや俺も沙希のバイトは反対だ。けーちゃんのこともあるけど、お前が塾費用全額稼ぐとなると体を壊す可能性がある」
塾の費用を学生が稼ごうとすると、かなりの時間バイトに拘束される。そうすると結局予備校に行けなくなる。それでは意味がない。
「そこでだ。お前スカラシップって知ってる?」
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捻くれボッチVSヤンキーボッチ(父)
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きれいなお兄さんは好きですか
轟焦凍はとても満たされていた。
本日誕生日で三十歳になるというのに恋人もいなければ結婚もしていない状況であろうとも、自分の憧れたヒーローになって、大好きな友人たちに囲まれて幸せだった。
結婚すると夫婦のために時間を割かねばならないし、子育ても大変だろう。父親のようにはなりたくない。
いや、子育ての不安や命の危険を伴う職業についているというのは建前だ。友人に会う時間が減るからという理由で、轟は結婚も交際も考えたことなどなかった。
大好きな人達に囲まれて、なりたかった仕事に就いている。多分今が幸せの絶頂だろう。そう思っていたが――
その三十歳の誕生日、要請を受けて向かった任務先で轟は命を落とすこととなる。歴史的大災害と、狙ったかのような敵連合の襲撃。
被災している住民の救助が最優先だが、それを嘲笑うように敵はヒーローたちに攻撃を仕掛けてくる。圧倒的に不利な状況で、轟も疲弊していた。脇腹を抉られ、出血も多い。今はアドレナリンが出ているから痛みに耐えることができるが、この怪我だとどのみち助からないだろう。
だが、体が動かなくなるまで人々を助けるのがヒーローだ。どんな状況であろうと、轟は動きを止めなかった。
倒壊したビルの最上階から伸びている小さな手に、必死に手を伸ばす。あの子供も助けなければならない。
しかし、もう少しで手が届くとそう思った矢先、爆発に巻き込まれ、轟の体はひき裂かれた。
※
「哀しいなあ、轟焦凍」
轟は子供を助けるために手を伸ばしていたはずだった。それなのに、眼の前には不敵に嗤う荼毘がいる。これは走馬灯だろうか。そんなふうにぼんやり考えていても、長年染み付いた癖で勝手に体が動いた。
「な……っ!」
荼毘が驚愕の声を上げる。轟が撤退しようとしていた彼の手首を掴み、黒いもやから引きずり出したのだ。その勢いのまま地面に投げ飛ばす。
そこでふと、首を傾げる。これが走馬灯ならば荼毘はあのままワープゲートに吸い込まれて姿を消したはずだ。どうして轟の手が届いたのだろう。
(俺が掴もうとしたのは子供の手だったはずなのに……あの爆発が何らかの個性……? その影響なのか……?)
荼毘のあの台詞には聞き覚えがある。まわりの顔ぶれと状況を見て、高校一年生のときの林間合宿での出来事だとすぐにわかった。では、荼毘の手の中には爆豪がいることになる。
(違和感はあるし少し体は重いが……動くなら問題ねぇ……)
轟は即座に荼毘を凍らせて動きを封じようとしたが、背後から殺気を感じて飛び退いた。
「あいつをやれ」
荼毘の命令に反応して脳無までワープゲートから出てきてしまった。脳無の標的は轟だった。それに少し安堵する。緑谷は蹲って動けないし、そばにいる障子は彼を守りながら戦闘しなければならないから、まともに動けるとは思えない。二人とも敵の相手をできる状態ではないだろう。
轟が脳無をひきつけているうちに爆豪を奪い返してもらうのが理想的だが、今の二人に荼毘の相手は酷な気がした。
「まさか引きずり出されるとは思わなかったが……まあ、予定通り……でもないか。後でアレも回収だな……」
荼毘は起き上がり、再び黒い靄の中に消えていこうとする。
「逃がすかよ」
もう一度荼毘を引きずり出そうと手を伸ばすが、第六感が危険だと訴える。咄嗟に動きを止めると胸ギリギリの辺りに回転するチェーンソーがあった。
轟は脳無を凍らせて動きを封じてから荼毘に向かったはずだ。それなのに、脳無は平然と動いている。
「威力不足かよ……」
今の轟は高校一年生。まだ十五歳だ。個性の強化は十分に出来ていない。この体もそうだ。身体能力もまるで違う。轟の反応速度に体が追いついていない。
だが、それでも諦める気はなかった。動かないなら動かないなりに戦い方はある。個性を弱体化させる敵と戦ったこともあるし、重力を操る敵と戦ったこともある。不利な状況などヒーローにとっては日常茶飯事だ。
力勝負では脳無に勝てない。一撃でも喰らえばこの体は吹き飛ばされるし、その間に逃げられてしまう。相手の動きを避けながら脳無を無力化し、その隙に荼毘を引きずり出さなければならない。
(一瞬でいい……奴に隙ができれば……)
ヒーローが諦めるなどあってはならない。このときの轟には爆豪救出しか頭になかった。そのためにどうすればいいか。どう動けばいいか。それを即座に考え出す。
触手のように動く腕を避け、脳無の顔面に炎を叩き込む。熱で一瞬怯んだ脳無には目もくれず、轟は荼毘に向かった。
「かっちゃん!!」
緑間の悲鳴のような叫び声。
轟が荼毘がいるはずのワープゲートを視界に入れると、そこには爆豪がいた。胸のあたりまで吸い込まれ、荼毘と思わしき男の手が彼の首を掴んでいる。
「爆豪!」
手を伸ばせという思いを込めて轟は叫んだ。まだ間に合う。轟も必死に手を伸ばした。そんな二人を遮るように、硬直が解けた脳無の手が伸びてくる。
「邪魔をするな!」
今の轟では脳無の腕を凍らせて動きを止めることも、炎の圧で牽制することも出来ない。無論、殴り飛ばすなど論外だ。そもそも、脳無の相手をしている場合ではない。
氷で足場を作り、腕を避けるように跳躍する。
もう一度大声で爆豪の名前を読んだ。必死に手を伸ばし、今度こそ救い出そうとした。黒い靄に顔が包まれ、もう救い出すことなんて出来ないとわかっていても。
「来んな……」
最後に聞いたのは爆豪のそんな弱々しい声だった。それから、緑谷の悲痛な叫び。
(また、奪われてしまった……)
必死に伸ばした手は、また掴み損ねたのだ。黒い靄が消えると、無意識に拳を握り締めた。しかし、ここで悔しがっている暇はない。彼らは脳無をこの場に置いて撤退したのだ。しかも、轟に標的を定めたまま。
荼毘は後で回収すると言っていた。この脳無が回収されなければ爆豪の居場所はわからないことになっている。そうなってしまえばどうなるのだろうか。
ゾクリと、わけのわからない不安が轟の体を駆け巡る。いま轟が高校生になっているという状況が個性の影響なのか走馬灯なのかもわからない。先程は爆豪を助けることしか頭になかったから深く考えなかったが、もしこの流れを変えてしまったらどうなるのだろう。爆豪は救出されることはなく、敵の居場所もわからないまま、彼は敵によって何かしらの洗脳を受け、別人になる可能性もある。
轟は爆豪が攫われた場所を知っている。だが、それをどう説明すればいいのだろうか。いや、流れが変わったのなら、敵の潜伏先も変わってしまうかもしれない。
(何が何でも回収してもらわねぇと……)
攻撃を避け、牽制しながら必死に考える。荼毘が回収しに来るまでこのまま戦い続ければいいのだが、まだ戦闘中だと気付いた相澤辺りが助けに来るかもしれない。そこで倒されてしまっては意味がないのだ。勿論、轟が倒してしまっても同じだ。
「障子!こいつの狙いは俺だ。お前は緑谷を頼む」
救援が来るまでなんとかするから動けない緑谷をつれて逃げてくれと口にすると、障子はすぐさま反論した。
「一人では無理だ」
「救助が先だろ!動けねぇ奴がいるんだ!」
轟の言葉に障子は目を見開く。その通りだと納得はしたが、轟を見捨てることもでいない。
動かない障子に轟は焦れていた。二人を気にしながら戦うことはできるが、緑谷の治療は早い方がいい。そうでなくとも無理をしているのだ。
(……回収するなら早く来い)
逸る気持ちを抑え込んで攻撃を躱していると、その願いが届いたかどうかはわからないが、脳無は突然動きを止めた。
「え? 止まった……?」
緑谷の不思議そうな声が聞こえてくる。轟は思わず息を吐いた。
「目的は果たしたので、こちらは回収させていただきますね」
黒霧の声とともに黒い靄が発生する。
ワープゲートに脳無が入っていくのを、轟は無言で見つめていた。
黒い靄が無くなると、また大きく息を吐いた。これで爆豪の居場所はわかるはずだ。
安堵したせいなのか、一気に疲労感が増した。膝を付き、忙しなく胸を上下する。呼吸が荒い。完全にオーバーワークだ。
(くっそ……体力ねぇな……)
単純な体力の問題ではない。普段とは違う体の動かし方をしたからだろう。筋肉が悲鳴を上げている。
「轟くん!」
「轟! 大丈夫か……?」
緑谷が声を上げ、障子は膝をついた轟に駆け寄ってきた。彼らに小さく「大丈夫だ」と返す。
立ち上がり、ふらつきながら足を進めると、他の生徒も集まってきた。皆なんともいえない表情で蹲る緑谷を見た。誰も言葉を発しなかった。緑谷のすすり泣く声だけがあたりに響く。
「君たち!無事か?」
そんな静かな空間に、消防隊員の声はよく響いた。
「酷い怪我じゃないか。近くに救急車も来ている。早く病院へ行った方がいい」
緑谷の姿を見て彼らは苦い顔をした。
「彼の他にも怪我をしている生徒がいるだろ? 治療してもらいなさい」
案内されて連れてこられた場所には、既に殆どの生徒が集まっているようだった。相澤が救急隊員と話しながら、救急車に生徒を運んでいる。
「お前ら! 無事か?」
障子と目が合った切島が声を上げれば、自然とA組のメンバーが周りに集まってきた。
「緑谷、お前……早く救急車に……」
緑谷の姿を見た切島は驚いたように目を見開く。いつもボロボロになっているが、それにしても酷い有様だ。治療が遅くなれば後遺症が残るかもしれない。
切島の言う通り、早く病院に行って欲しいが、轟にはどうしても言いたいことがあった。
「緑谷……すまなかった……チャンスだってあったのに……」
本当は移動中に謝ろうと思っていた。だが、息を整えるのがやっとで、声を出すどころではなかった。
「轟くん……」
轟は俯いたままだった。疲労困憊で顔を上げるのさえ億劫だった。これではヒーロー失格だと思うものの、高校生の体なのだから今だけは許して欲しいと言い訳をする。
「取り返せなかった……」
思った以上に弱々しい言葉が出てしまい、余計に情けなくなる。体が悲鳴を上げているう上に、意識まで朦朧としてきた。父親に反発せずにもっと鍛えてもらえばよかったなどと、そんな後悔まで浮かんでくる。
せめて顔を上げようとそう思っていると、緑谷が鋭く違うと口にした。
「それは違うよ! 轟くんのせいじゃない! 僕は全然届かなかったし、動けなかった。轟くんはずっとかっちゃんを助けようとしてくれていたよね? ワープゲートで逃げようとしていた敵を中から引きずり出して、脳無に邪魔されても一人で何度も何度もかっちゃんに手を伸ばして……かっちゃんがほとんど見えなくなっても、あの黒いもやが消えるまでっ! ずっと、ずっと……っ!」
「でも、届かなかった……」
どれだけ必死に助けようとしても、助からなかったのなら意味がない。しかも轟はヒーローだ。結果が全てとは言わないが、助けを求めている人を救えないヒーローなどヒーローではない。
「……謝ってすむ問題じゃねぇけど……」
すまない。
力なく呟けば、緑谷が息を呑む音が聞こえた。
「君は……ずっと諦めていなかった!脳無まで出てきて、もう駄目だって思っても、火事場のクソ力っていうのかな……? とにかくなんかすごくて、必死にかっちゃんを助けようとしてくれた! 僕はそんな君の姿を見て凄く格好いいなって思ったんだ! まるでヒーローみたいだって! ううん、みたいじゃない! 本物のヒーローだって思ったんだ!」
君はヒーローだった――
ああ、緑谷はそういう奴だったなと、思わず笑いが込み上げてくる。彼の言葉に救われた人がどれだけいるだろう。
だから、気を抜いてしまった。必死で踏ん張っていた糸がぷつりと切れた。
「轟くん!」
グラリと、その体が揺れる。轟の隣にいた障子が慌てて抱きとめた。
「「「轟!」」」
轟を呼ぶクラスメイトたちの声は、すでに気を失ってしまった轟には届かなかった。
目が覚めたとき、轟は病院のベッドにいた。外傷はないが、念のため病院に運ばれたのだろう。
(いったい……どうなっているんだ……?)
過去の流れが変わったということは、これはもう走馬灯ではない。夢という線もあるが夢にしては現実味がありすぎる。一番可能性が高いのは個性だ。
あの爆発の瞬間に誰かが個性を使ったのかもしれないが、あれだけの規模の爆発と爆風であればボロボロだった轟の体が耐えられるはずはない。そうなると、轟は死んだことになる。死んだ人間に個性をかけても意味はない。
(いや、それよりも……)
轟が死んでしまったということは、助けられなかったということだ。死など問題ではない。あの小さな手を掴んでやれなかったことだけが悔やまれる。
しばらく落ち込んでいたが、大きく深呼吸をして瞼を閉じる。
助けてやれなかった命がいたことは覚えておく。決して忘れてはならない。ヒーローとはそういうものだ。だからこそ、いますべきことは何かを考える。
自分は何ができるか。何をすればいいのか。
まずは現状の把握だ。爆発で死んでしまったことは理解したが、そうなると、それ以前にかけられた個性の影響ということになる。個性の発動条件は経過時間だろうか。そうだとしても、ちょうどいいタイミングで爆発と共に発動するなんて、かなり特殊な個性だ。
(特殊な個性……?)
そこでふと思い出す。
そういえば三年前、世間を騒がせた個性があった。
個性を持っているとされながら、個性を使っても何も発動しない男がいた。
個性を使っているにもかかわらず何も起きないのなら無個性と同じだと馬鹿にされて育った彼は、ある時、個性を探る良い方法を思いついた。
個性が使えていることはわかっている。それなのに、どうして発動しないのだろう。どんな条件があるのだろう。もしかしたら特定の生き物や生物、人種、血液型、目や髪の色などなど、様々な条件がるのかもしれない。それらを一度に試すためにはどうすればいいか。
男の個性が広範囲型だったのは、彼にとって喜ばしいことであった。日本列島にいる人間に、その個性を使ったのである。
彼の個性には、受けた瞬間少しだけ首のあたりにピリッとした刺激を感じるという特徴があった。だからこそ、同じ時間、同じタイミングで同じような症状の人が多いことから、これは個性をかけられたのではないかと研究機関は判断した。
男はすぐに捕らえられたが、どんな個性かわからないというのは気味が悪い。もし人体へ影響があるものであればテロ行為だ。
研究機関は徹底的に男を調べた。
その結果、男の個性が判明する。
三十歳までに恋人もできず、そもそも恋すら知らず、性的欲求を全く満たしてこなかった人間は、三十歳の誕生日、自分が生まれたのと同時刻に死んだ場合のみ「巻き戻し」が行使され、今度こそ恋人ができて幸せな人生を歩むことができるというなんとも哀愁ただよう個性だった。
しかもこの個性はいわゆる巻き戻しというやつなので、対象者が死んだ平行世界も存在しない。セーブポイントまで戻ってもう一度ゲ-ムをやり直すような個性だ。
これを発見したときの当時の研究者は絶句した。
――何? そのピンポイントで役に立つのか立たないのかわからない無駄な個性。
彼らの意見もよく分かる。正体不明の個性を広範囲にばら撒き、人々を不安と恐怖に陥れたその個性が、三十歳まで童貞だったら魔法使いになるよ的な都市伝説と一緒だったのだ。
男の個性がわからなかったのも無理はない。恋人ができないだの処女だの童貞だの、この辺のハードルまでならまだわかる。だが、恋を知らないという項目は厄介だ。誰しも憧れに似た淡い恋心を持ったことくらいあるだろう。幼い子供の小さな恋心であっても、無自覚の恋であっても、その個性が発動することはない。
だが、その個性が判明したことで、ちょっとした騒動が起こった。二十九歳最後の日まで恋人すら出来ず、内気ゆえに風俗にも行ったことのない男が、三十歳の誕生日に自殺をした。
淡い恋心を抱いたことがあるかどうか、そんなことはわからないが、可能性にかけるのだという遺言を残して。
その後も、同じような自殺者が続いた。
後に発表されたことだが、性的欲求を満たすというのは性行為だけでなく、自慰も含まれるということだった。男性のように定期的に射精しなければならない場合でも、自慰か処理かで変わる。性的興奮のまったくない処理でなければ個性は発動しないと発表されると、自殺者は激減した。
そういうわけで事態はなんとか収束したものの、その一連の騒動も含め「魔法使い事件」として後世に語り継がれることとなった。笑えるような笑えないような事件である。この事件があって無差別広範囲型個性への対策がなされるようになったから、ある意味良かったのかもしれない。
さて、そんな珍しい個性だが、敵連合からしたらおいしい個性ではないだろうかと思うかもしれない。だが、恋人と一緒に幸せになる未来は約束されていても、世界の未来は変えられないのである。変わるのは自分の未来だけ。
つまり、過去を知っているから知識チートで成り上がる系ラノベのような展開にはならないのだ。
しかも恋人と絶対に末永くラブラブハッピーになる個性など、敵連合の連中がかけられたいと思うだろうか。数人はいるかもしれないが、死んでも嫌だろう。矜持の問題だ。
おまけに、やり直せる時間も、どれだけ過去に戻れるかもわからない。巻き戻されるのは1時間前かもしれないし、何十年前かもしれない。一目惚れしてその人と恋愛関係になるのであれば、極端な話、5秒前でいいかもしれない。
わかっていることは、死亡時に過去でとった行動と同じ状況でなければ発動しないということだ。ゲームでいうところのドM級縛りプレイ並みに面倒な条件である。
それもあって、敵連合は男の個性を奪おうとは考えなかった。
さて、その個性、当然轟も受けていた。そういえばそんなものもあったなと、ぼんやりと思い出す。
(結婚は皆と過ごす時間が減るから考えたことないしな……)
交際もしかり。人に好意を持ったことはあっただろうかと考えても、まず、恋というものが何かよくわかっていなかった。それは育ってきた環境の問題だ。
雄英で沢山の仲間と出会って、彼らが少しずつ愛というものを教えてくれた気がする。人に頼ってもいいのだと、甘えてもいいのだと教えてくれたのも彼らだ。おかげで轟はそのぬるま湯のような環境にすっかり染まってしまっていた。だが、誰かを特別に好きになったことはない。皆平等に大切な友人であり仲間だった。
そんな轟だから性行為だってしたことはない。射精ですら処理だ。そろそろ抜いた方がいいかもしれないというなんとなくな感覚で処理をするので、年々頻度も少なくなっている。
あんな面倒な条件の個性を発動させたのかとなんともいえない気持ちになって少しだけ遠くを見つめてしまったが、次の瞬間に切り替えた。
起こってしまったものは仕方がない。それよりもこれからのことを考えよう。三十路になり、轟のメンタルもずいぶん鍛えられた。これも緑谷たちがいたからだ。
(考えなきゃならねぇことはたくさんあるしな……)
個人の未来は変わるが世界の未来が変えられないということは、これから起こる事件も変わらないのだろう。勿論、オールマイトの引退騒動も。
オールマイトが全力で戦うためにも、轟たちは爆豪を助けに行かなければならない。オールマイトが勝つとわかっていても、なるべく早く爆豪を助け出し、彼に本気で戦って欲しかった。平和の象徴が轟の知っている以上に苦戦してボロボロになる姿は見たくない。
「まずは……切島だな……」
この事件の翌日、轟は切島と偶然う予定だ。その後、二人で八百万と警察の話を盗み聞きする。この一連の流れがなければ、爆豪を救出しようだなんて思わなかった。
このまま病院に泊まって偶然を装って切島に会うしかない。
そこまで考えて轟は目を閉じる。十五歳の体を酷使したのもあって、すぐに睡魔に襲われた。
「あーっ! 轟! お前、もう大丈夫なのか?」
昨日急に倒れたからみんな吃驚したんだ。
笑顔で声をかけてきた切島を見て、とりあえず流れ通りだと安堵する。轟が家から来ていようが病院で一泊していようが、会えれば問題ない。
「ただの疲労だ」
悪い、心配かけたなと苦笑すると、切島の動きが一瞬止まる。
「お、おう……なら問題ねぇな! いや、体調は心配だけど、怪我とかじゃなくてよかったなって思ってさ……」
ガスを吸って運ばれている生徒もいるので、怪我がないからいいというわけではないが、切島は気持ちを切り替えるようにカラリと笑った。
「それより、俺、お前に礼が言いたくて」
「礼?」
礼が言いたいと言われてもなんのことかわからない。轟は不思議そうに切島を眺め、コトリと首を傾げる。
切れ長の目が瞬きを繰り返し、色違いの長い睫毛が揺れた。首を傾げた瞬間、紅白の髪がサラリと揺れ、形の良い指先が小さな口元に触れる。その唇に指を置く仕草には妙な色気があった。
そんな轟の仕草に、またもや切島が一瞬固まった。「うっ」と小さく呻きながら口元を押さえ、わざとらしく咳払いをする。
そういえば、切島は一時期こんな仕草をしていたなと思い出した。そんなときは喉の調子が悪いのかと思ってよく飴をあげたものだ。皆に相談したら放っておけばいいと言われたが、麗日は喉に良いからと梨とはちみつのデザートの作り方を教えてくれた。時期的に秋だったのもあるのだろう。切島には喜ばれたけれど、効果はあまりなかったように思う。何年か経って咳き込むことはなくなったが、口元を押さえる仕草は相変わらずなので咳を我慢しているのかもしれない。
「……いや、うん……なんでもないんだ。そうそう……! 礼だよ! 昨日お前凄かったんだって? 緑谷も言っていたけど後で障子に詳しく聞いてさ……本当に必死で爆豪のこと助けようとしてくれてたんだなって……それ聞いて、なんか嬉しくて……」
「爆豪を助けようとしたのがなんで嬉しいんだ?」
理由を聞いて、ますます理解できなかった。もし爆豪を取り戻していたならともかく――そこまで考えて、あることに気付く。
もしあのとき轟が爆豪を助けていたら、オールマイトが敵のアジトに行くことはなかったかもしれない。ほんの少しの猶予かもしれないけれど、彼は平和の象徴のままだ。
(あの事件も、オールマイトの引退劇も、変えられねぇってことか……)
どうりで荼毘を引っ張り出して爆豪を奪い返そうとしても、邪魔が入るわけだ。爆豪は彼らに攫われなければならない存在だったのだ。
轟は思わず胸中で舌打ちした。
「嬉しいっていうかさ……轟と爆豪仲悪いだろ? あー、爆豪が一方的に突っかかっているだけなんだけど、体育祭以降、ちょっと当たりキツイじゃん? まあ一番キツイのは緑谷だけどさ……それなのにぶっ倒れるまで必死に頑張ってくれたんだなって、なんか感動したっていうか……」
切島が一旦言葉を区切る。それから、とても嬉しそうに笑った。
「轟も爆豪のこと仲間って思ってくれてんのかなって、それが嬉しくてさ……あんな性格だから……色々勘違いされやすいだろ? 自業自得だけど」
爆豪の粗暴な態度は今に始まったことではないし、それはずっと変わらない。轟にとってはあの態度も含めて爆豪なのだ。今更変わられても気味が悪い。
「口調や態度はあれだけど、爆豪は面倒見はいいだろ?」
「あ、うん……! そうなんだよ! 意外と面倒見いいんだよ! 授業や課題のわかんなかったところも、二十回に一回くらいは教えてくれるし」
思わず二十回に一回かよと突っ込みたくなったが口を閉じる。課題は自分で考えることが必要なものが多い。人に頼らず少しは自分で考えろということなのかもしれない。試験前など、本当に大切なときはきちんと教えていたようだし。
「やっぱり轟はちゃんとわかってくれていたんだな! 本当にありがとな!」
友人のいいところをわかっていたから、それだけで礼を言う切島も大概だ。爆豪を助けようとしたことより、そのことに関してお礼を言いたかったのかもしれない。
「切島は良い奴だな」
自然と、小さな唇が弧を描く。目元が和らぎ、ふわりと笑う轟を見た切島は、ついに顔を真赤にして心臓を抑えた。
「……やべえ……イケメンやべえ……俺、華がほころぶように笑うってのを体現できるやつはじめて見た……」
俯きながらブツブツ言っている姿はまるで緑谷のようだ。
「切島?大丈夫か?」
覗き込むように顔を近付ける。至近距離で轟の顔を直視した切島はますます赤くなって尻餅をついた。
「大丈夫! 大丈夫だから!」
頼むからそれ以上綺麗な顔を近付けないで欲しいと、大慌てで切島は少しだけ距離をとった。
「……なんかさ……轟ってあれだな。胸キュン選手権とかあったら顔だけで優勝できるよな……イケメンの破壊力恐ろしいわ……」
少女漫画のヒロインの気持ちが少しだけ理解できる。
切島の呟きは、轟にはいまいち理解できなかった。高校生の時の轟なら胸キュンという言葉さえ知らないからますます難解だっただろう。
胸キュンという言葉くらいは轟でも知っている。女の子が男の子にされたら喜ぶことだったはずだ。だから男同士である轟と切島にはなんの関係もない。
その認識も少し間違っているのだが、訂正してくれる親切な人間はここにいない。
「ところで切島、病院に来たってことは家でじっとしていられなかったんだろ?ちょっと皆の様子を見て回らないか?」
次の轟のミッションは切島と共に八百万と警察の会話を盗み聞きすることだ。轟の言葉で復活した切島は勢いよく頬を叩いて立ち上がる。
「そうだな! 皆のことも心配だもんな」
仲間思いの彼らしい言葉だと思った。だから、また自然と笑みが浮かんでくる。
「やっぱり切島は良いやつだな」
轟の方を向いた切島は、それから三十秒ほど動かなくなってしまった。
その後、復活した切島を連れてクラスメイトのお見舞いに行くふりをし、八百万の病室の前で足を止める。空いたドアから漏れ聞こえる声に耳を澄ませば、ちょうど発信機について話しているところだった。
「どうした?」
話しかけてきた切島を流し見て、口元で人差し指を立てる。「シー!」とポ-ズをとる轟を目に入れて、またもや切島は真っ赤になって動かなくなった。それどころか白目を剥いているように見える。集中して中の話を聞いてもらわなければならないのにこの反応は困る。
そういえば、雑誌の撮影で少しだけ色気のあるポーズをお願いされたことがある。どんなポーズがいいのか緑谷に相談したら『轟くんは人差し指を立ててそれを口元に当てて、シーッ!ってしながら流し目するだけで十分だよ!即落ちだよ!』と言われた。だから緑谷の言った通りのポーズで写真を撮ったのだが、雑誌の早売り後すぐ、彼から電話がかかってきた。
『轟くん! なんであんなポーズで撮らせちゃったの? あれはヤバイよ!健全なヒーロー雑誌が十八禁通り越して二十禁になっちゃってるよ!』
『緑谷が言った通りにしただけなんだが……』
『雑誌の撮影ならそう言ってよ! 僕は君に好きな子でも出来たのかと思って嬉しくて助言のつもりで言っただけなのに不特定多数の人にあんなの見せちゃ駄目だよ! そうでなくても古参ストーカーの人たちが最近変な新規ストーカーが増えたって言ってたのにこれ以上頭がおかしな人達が増えたら大変なんだからね! ストーカーがストーカー情報教えてくるのも十分頭がおかしな話なんだけどさぁ。とにかくっ! 轟くんはいいって言うまで家には帰らないで! 僕や他のみんなの家に泊まって!』
緑谷はよくブツブツ言う癖がある。一息であまりに長い言葉を口にしたのでまたいつもの独り言かと思ったが、どうやら轟に向けて言っているようだった。
緑谷の電話が切れると、今度はすぐに爆豪からもかかってきた。
『てめぇ!! 相変わらず舐め腐ってるなァ、舐めプ野郎!! 何だあの写真は!! てめぇは歩く十八禁通り越して二十禁にでもなりてぇのか? 進化するポケモンかクソが!!!』
『それ、緑谷にも言われた。ヒーロー雑誌が十八禁通り越して二十禁になったって。お前ら気が合うな』
『クソナードの名前出すんじゃねぇよ!! ぶっ殺すぞ! てめェはとりあえず荷物まとめて家に来い!!』
どうやら暫く爆豪の家で暮らせと言いたいらしい。爆豪の家は居心地も良いしご飯も美味しいので好きなのだが、快適すぎて駄目人間になりそうだ。他の友人宅に泊まるときは轟も家事を手伝う。料理だって作る。ちなみに女子の家には遊びに行くことはあっても泊まったりはしない。
家事ができないと、もし皆が一斉に忙しくなったときに困るからという理由で、麗日が率先して色々教えてくれた。おかげで人並み程度にはできるようになったはずだ。
ただ、皆の反対を押し切り、教師役をかってでてくれた麗日曰く、轟は物覚えがいいからすぐに色々なことができるようになったけれど、完璧にマスタ-しようと思わなくていい。適度でいいから、ちゃんと皆にも頼るようにと何度も言われたので、ちょっと悪いかなと思いつつも頼らせてもらっている。
せっかく教えてもらった家事だが、爆豪の家では全くのポンコツになってしまう。彼は自分がやった方が早いからと言って、ほとんど家事をさせてくれない。させてくれるのはごみ捨てと洗濯くらいだ。洗濯機のスイッチを押すだけの作業を洗濯と言っていいのかは疑問だが。
ただ、ご飯は本当に美味しい。才能マンの彼の料理はプロ級だ。おまけに轟が食べたいものを毎回作ってくれる。ある時ライブ中継のヒーローインタビューで、蕎麦の他に好きな食べ物はあるかと聞かれたから正直に爆豪の料理と答えたが、その後が色々と大変だった。半年以上、ワイドショーはその話題で持ちきりだった。もともとバラエティ番組などには出ていなかったが、CMなどを除き、テレビは基本NG。ヒーローインタビューに関してはプライベートな質問は全面禁止するという徹底ぶりで、あのエンデヴァーも圧力をかけたらしい。緑谷と爆豪に二十禁といわれた雑誌に関しても、彼は圧力をかけていた。
何度も重版したのもあって編集者の人たちはとても喜んでくれたし読者にも好評だったと言っていたから、皆に色々言われたのが疑問だった。肯定的な意見を口にしたのは八百万くらいだ。
『轟さんは素材がいいですからね。少しサービスするくらいは仕方がないと思いますよ。ヒーローは人気商売ですから』
八百万はメディアでの活動も活発だ。インターンの頃からCMにも出ている。だからだろうか、クライアントやファンが何を求めているかという部分にとても理解があった。
『大丈夫ですよ。もし本当に駄目だと思ったら私の家で雑誌を全部買い取らせていただきますから』
さすがセレブは言うことが違うなと、その時は感心した。それと同時に安心もした。なにかマズイ事態になっても八百万がなんとかしてくれる。逆を言えば、八百万が何もしない限りは大丈夫なのだ。
それ以降、あの雑誌と同じようなポーズを求められて写真を撮られたことはあったが、八百万は買い占めはしなかった。シャツをはだけさせた写真のときには速攻買い占めていたので、静かにしろ的なポーズなど全然問題ない。
それなのに、どうして切島はなかなかこっちに戻ってきてくれないのだろうか。
目の前で手を振ってもなんの反応もない。そうこうしているうちに、警察と八百万の話は終わってしまった。見つからないように切島を引きずって慌ててその場を離れる。
「おい、切島! 起きろ!」
軽く頬を叩いて声を張ると、ようやく切島の意識が戻った。
「轟……悪い……なんか俺、俺達の年齢では見ちゃいけないもんを見た気がして……なんていうんだろうな……コンビニで成人指定雑誌を置いてある場所を横切るときのような独特な背徳感というか……」
「そんなものはどうでもいい。聞いてたか? さっきの話」
「話?」
なんのことだと首を傾げる切島の姿を見て、頭を抱えたくなった。この話は本来轟と切島で聞いていたはずだ。
仕方がないので轟が説明することにした。
「八百万と警察の話だ。撤退する脳無に八百万が創った発信機をつけたって」
瞬間、切島の目が大きく見開かれる。轟が言いたいことがわかったのだろう。
「まだ、手は届くってことだよな!」
轟が頷くと、切島はなんともいえない表情をした。友達を助けることができるかもしれない。その希望が彼を奮い立たせている。
「八百万のところに行こう。緑谷もぜってー行くだろうからあいつも一緒に連れて行きたいけど、あいつまだ動けねぇしな……でも、爆豪取り戻しに行くなら早いほうがいい。八百万に話だけはしておきたい」
先程まで電池切れだった人間とは思えないくらい力強い瞳をしていた。顔には満面の笑顔。
「俺、轟は絶対に賛成してくれると思ってた」
必死に取り返そうと何度も手を伸ばした轟。目の前で奪われるというのはどれだけの屈辱だろう。だからこそ切島は確信していた。
「皆は反対するだろうし、ヒーロー科の生徒としては全然褒められた行為じゃないってのはわかっているけど……まあ、八百万に断られたら最後なんだけど、でも……」
手が届くってわかって、同じ気持ちの人間がいるのは嬉しい。仲間がいるのはやはり嬉しいものだ。
屈託なく笑う切島の周りはいつも明るい。その笑顔を見ているだけで轟も心が温かくなる。
成長した切島と、高校生の切島が重なったような気がした。少し幼い切島の笑顔を見て、やっぱり同じなのだと再認識した。彼らは皆、轟の大切な元1ーA組メンバーだ。結婚しても、恋人ができても、子供が出来ても、轟に優しくていつもそばに居てくれた大切な存在。
巻き戻しというだけあって単に時が戻っただけなのだと――
一人だけ過去に飛ばされてきた気分になっていたけれど、変わらない切島の笑顔を見て、寂しさは薄れていった。
「そうだな。仲間がいると嬉しいな」
ふわりと柔らかく笑う轟の周りに、花が飛んでいるような錯覚を覚え、切島はまた固まってしまった。だが、先程のように魂が抜けた感じではない。これなら一分も絶たず回復するだろうと思い、轟は何もしなかった。
それよりも、と少し思考を巡らせる。
切島と一緒に話を聞くはずだったのに、結局轟しか聞いていなかった。この差異は何だろう。荼毘をワープゲートから引きずり出して脳無と戦った弊害だろうか。脳無自体は回収されたが、流れを少し変えてしまったから、今回のように面倒なことが起きているのかもしれない。
(なるべく過去は変えないように行動した方がいいな……)
流れを変えれば今回のように気を使わなければならなくなる。それに、流れが変われば轟の大切な人たちが傷付くかもしれない。
世界の未来は変わらないけれど、轟の未来は変わるのだ。要するに、小さな未来は変わってしまう。世界の未来に影響を与えないからというだけで大切な仲間たちになにかあっては困る。
そういった怖い部分はあるが、大切な人たちと高校時代からもう一度過ごせるというのは少しだけ魅力的だった。高校時代の轟はまだ皆の優しさに慣れていなかった。皆が根気よく轟に歩み寄ってくれた結果が今の轟だ。
幼い彼らと過ごす学校生活を思うと、少しだけ楽しみになってきた。
爆豪を助けに行くという意見は、勿論反対された。蛙吹には厳しい正論を、麗日にも助けに行くのは爆豪にとって屈辱ではないかと、これまた正論を言われたが、轟と切島の決意は固かった。緑谷も同じだ。
飯田と一悶着あったが過去と同じメンバーで新幹線に乗り込む。約二時間で到着すると言われ、各々食料を買って新幹線に乗り込んだ。同級生と新幹線など話が弾むはずなのに、空気は重苦しかった。
(そういえばこの時は俺もピリピリしていたな……)
あの頃はまだ若かったし青かったなと思い出に浸りながら弁当の蓋を開け、綺麗に並んだ唐揚げを見る。本当は別の駅弁も気になったのだが、なるべく流れを変えないと決めたので昔と同じ唐揚げ弁当を選んだ。
昔と同じように行動するというのは難しい。轟はすでに皆が大好きなのだ。つい癖で甘えてしまうかもしれない。それにくらべれば、同じ弁当を選ぶなど些細なことだ。
別の駅弁のことを考えていたので皆の話を聞いていなかったが、やはり真面目な話をしている。ここで轟も意見を口にしなければいけなかったはずだけれど、そこまで細かに自分の言った言葉を覚えていない。こんなこと言ったかなあというゆるっとふわっとな記憶なのだ。まるで当てにならないから話さないほうが良いのではと思い、口を閉じる。
(唐揚げもうまいな……)
冷えても美味しいように味付けされた唐揚げはご飯にぴったりだった。轟が気に入っている爆豪の唐揚げに比べれば劣るかもしれないが、弁当としては合格点だろう。
「あ、轟くん。ご飯粒ついているよ」
重苦しい雰囲気を変えようと思ったのだろうか、緑谷が轟に話しかけてきた。箸を置き、言われるままに唇をなぞると、白いご飯粒が取れた。チロリと赤い舌を出し、それを舐め取る。行儀は悪いかもしれないが、男子高校生などこんなものだろう。
また箸を持ち、唐揚げを口に入れようとして、ふと周りの雰囲気が少し違うことに気付く。真正面の緑谷は口元を押さえて背を丸め、その隣の八百万も窓の方を向きながら口元を抑えている。二人とも顔が真っ赤だ。轟の隣に視線を向ければ、切島も緑谷と同じような状態になっていた。通路を挟んで座っている飯田は遠くを見つめている。
「何かあったのか?」
先程までは張り詰めた空気だったはずだ。何がどうしてこうなったと思い緑谷に尋ねると、俯いたままボソボソと語り始めた。
「……ごめんね……僕何か見ちゃいけないものを見ちゃったんだ。どう例えていいかわかんないけど、雄英高校の入試のために海浜公園でゴミ掃除して特訓をしていた時、そこにはちょっとあれな本やDVDもあって、なんかそれを見たときのようなものを僕は見てしまった気がするんだ……強風でページが捲れて中身どころか袋とじの中まで見えてしまって目に入れてはいけないものだってわかっていたんだけどちょっとだけ見たいようなやっぱだめなような――」
これは完全に独り言モードの緑谷だった。こういう時とりあえずなにか食べさせるとおさまったような気がする。きっと唐揚げが欲しかったのだろう。
轟は口に入れようとしていた唐揚げを緑谷の方に近付けた。
「緑谷、唐揚げが欲しかったのか?」
欲しいなら食べればいいと口元に近付けようとしたところで、緑谷は顔を上げて、また「うっ」と小さく唸る。
轟が小さく口を開けて「あ~ん」と言わんばかりに唐揚げを口元まで持っていくと、緑谷はそれを口に入れた。そしてまた真っ赤になって仰け反った。ドサリと背もたれに体をあずけ、瞬きもせず目を開けたまま、ピクリとも動かなくなった。そんな状態でも、きちんと唐揚げは咀嚼していた。それを確認して、轟もまた別の唐揚げを口に入れる。
やはり緑谷は唐揚げが羨ましかったのだろう。もう少し成長すれば照れくさそうに自分から口を寄せてくれるのだが、高校の時は食べさせてもらった記憶も食べさせてやった記憶もない。そのうち慣れてくれると良いなと思いつつ弁当を食べ進め、また空気が少しおかしいことに気付く。
「……轟……お前すげえよ……男に『あ~ん』して違和感ないイケメンマジやべえ……」
切島がまた何か言っていたが、緑谷に唐揚げをあげたことを褒められたのだろうか。轟だってそこまで食い意地は張っていない。
いや、ひょっとしたら切島も欲しかったのかもしれない。しかし、弁当の中には轟が半分囓った唐揚げしかない。流石にこれをあげる訳にはいかないので、申し訳ないが諦めてもらうことにする。
微妙な空気になってしまったが重苦しいよりはいい。轟はお腹も膨れて眠くなってきていた。
弁当を食べ終えてシートにもたれる。目を閉じればすぐに睡魔が襲ってきた。
夢の中で「切島くん……生きて……! お願い……生きて……っ」という小声なのにどこか必死な緑谷の声と「俺……もう無理……イケメンってなんで髪までイケメンなの? サラッサラなんだけど……ほんと、無理……」とちょっとだけ泣きそうな切島の声が聞こえてきて、もしかして皆で肝試しでもしている夢なのだろうかと思った。それにしても、切島がここまで怖がるなんてどれだけ怖い肝試しだったのだろう。
「ずっと肩借りていたみたいで悪いな、切島」
その後、もうすぐ着くということで緑谷に起こされたが、切島にもたれかかって寝ていたようで、思わず謝った。切島はロボットのような不自然な動きで「気にするなよ」と言ってくれたが、いつもの笑顔ではなく表情が硬い。
「なあ……緑谷……俺超頑張ったよな……」
「うん、切島くんは凄く頑張ったよ!」
少し寝ぼけている轟の前で、二人が意味のわからないやり取りをする。
「俺はまだ生きてる……早く爆豪を助けに行かないと……」
切島は爆豪を助けるために特訓でもしていたのだろうか。切島の能力は自身の硬化だ。狭い車内でも特訓はできるのかもしれないが、こんな場所でするのは少し問題がある。飯田は注意しなかったのだろうか。いや、それだけ爆豪のことが心配なのだろうと納得した。
そこからは轟が知っている過去通り、皆で変装してアジトの外で待機。
オール・フォー・ワンの登場と、それと同時に爆豪の声も聞こえた。流れに従って爆豪を助け、轟は八百万とアジトから離れる。オールマイトの痛ましい姿と最後の一撃。次は君の番だと口にした言葉は緑谷への言葉なのだろう。
轟が緑谷たちと合流したのはそんなやり取りが大画面から流れて十五分後だった。
合流した時、爆豪はとても静かだった。だから一瞬、誰かわからなかった。見たところ怪我はない。
泣きはらした目をしている緑谷と静かな爆豪。二人にはなにか思うところがあったのだろう。いや、二人だけではない。オールマイトの戦いを見ていた他の皆の表情も明るくはない。平和の象徴の存在はそれだけ大きかった。
「まずは警察だな! 爆豪届けないと!」
切島がわざと明るい声を出す。ムードメーカーが一人いるとありがたい。切島が話し出すと少しずつ皆口を開きはじめた。爆豪は無言のままだけれど。
「爆豪! 轟と八百万にも礼を言っとけよ。八百万の発信機がなきゃお前の居場所誰もわかんなかったし、轟はお前助けるとき足場作って――」
「うるせェ! 頼んでねェよ、そんなもん」
切島の声を遮るように声を荒げた爆豪は、轟たちから視線を逸した。
「そんな言い方ないだろ」
口を尖らせて爆豪に文句を言う切島と、それに悪態をつく爆豪。見慣れた光景だがいつもより覇気がない気がする。
「……轟も八百万も気にすんなよ」
轟は爆豪の言葉など気にしないとわかっているから、これは主に八百万のために口にしたのだろう。切島は空気の読める男だ。
「気にしていませんわ」
苦笑交じりに答える八百万も、爆豪の性格は理解している。ただ、言われ慣れていない言葉なのだろう。少しだけ落ち込んでいるようにも見えた。
「助かったんならそれでいい」
轟の方も特に何か言って欲しいわけではない。計画が成功して流れが変わらないのであれば何の問題もない。
爆豪はこれからも活躍するヒーローだ。こんなところで死ぬはずはないと思いたいけれど、不安もあった。
「無事で良かった」
姿を見て安堵したのもある。いつもより覇気はないけれど通常運転の暴言を聞いて、ふっと肩の力が抜けた。嬉しくて思わず笑みが溢れる。
「は、花が……」
「飯田くん! 大丈夫だよ! 僕にも見えているから…! 幻じゃないよ!」
ふわりと微笑む轟の周りに花が飛んでいるように見えるのは飯田だけではないと騒ぐ緑谷。真っ赤になって固まる八百万。胸を押さえて蹲る切島。そして爆豪は全身を赤く染めて動かなくなってしまった。
警察官が轟たちを見つけて駆け寄ってくるまで、そのよくわからない状態は続いた。
「また、ここに帰ってきたんだな」
轟の目の前に立つ建物は、ハイツアライアンス。たくさんの思い出が詰まった大切な場所だ。まずは部屋のリフォームをしなければならない。
皆で共同生活が始まるとなるとそれなりに浮足立つものだが、クラスの雰囲気は少し違った。過去の轟ならそんなことまで気付かなかっただろう。
爆豪救出の件を相澤の口から伝えられ、皆に迷惑をかけてしまった。爆豪のフォローで暗い空気は緩和されたが、払拭されたわけではない。
(本当は早く寝たいけど、付き合うしかないな……)
十五歳の体は睡眠を要求した。寮ということもあって、学生時代は睡眠時間をしっかりと確保していた。卒業して独り立ちすると、徐々に短くなってしまったが。
リカバリーガールから持っていって良いと言われた畳や障子戸を取り付け、実家のような和室に作り変える作業はなかなか楽しかった。少々張り切ってしまったので眠くなったが、この後はお部屋披露大会があるはずだ。今仮眠をとると、きっと起きれない気がした。
眠い目を擦りながら一階に下りていくと、ちょうど皆が集まって女子生徒たちからお部屋披露大会をしようと提案されたところだった。爆豪は彼女たちの提案を無視して自分の部屋に戻っていったが、それ以外の生徒は各々の部屋を見て回った。
轟の部屋を見た皆のリアクションは昔と同じだった。次に隣の砂藤の部屋の扉を開けた瞬間、甘い香りが鼻孔を擽る。そういえばここで初めてシフォンケーキを食べたのだと思い出した。
轟の家ではあまり菓子類を食べない。母親がいた頃はいちごのショートケーキをこっそり食べさせてもらうことはあった。大好きだった牛さんヨーグルトも母親が父に黙って飲ませてくれたものだ。
幼い頃の轟は、口に入れるものも全て管理されていた。子供の頃から轟の肉体作りに余念のなかった父は、間食というものを禁止した。食事は栄養バランスを考えて、種類も量もしっかりとる。訓練が厳しくて食欲が無いときでも無理やり食べさせられた。厳しい訓練で吐いた後に無理やり食事を詰め込まれるのは苦痛でしかなかった。轟にとって食事とは訓練の一環だった。
高校は学食があるからざる蕎麦ばかり食べていたが、どう考えてもその反動だ。
「ほら、轟も食べろよ」
切り分けたシフォンケーキを砂藤から手渡されて目を細める。彼の菓子を食べたときの衝撃をもう一度味わえるのは素直に嬉しかった。
「ありがとう」
礼を言ってシフォンケーキを受け取り、口に含む。柔らかい生地と軽やかな甘み。砂藤の菓子を食べること自体久しぶりだ。轟が知っている砂藤の菓子はもっと洗練されているけれど、高校時代に作ってくれたこのシンプルなシフォンケーキも好きだった。
一口食べると目元が緩む。普段の無表情からは考えられないくらい機嫌よくシフォンケーキを口にする轟を見て、葉隠が口を開いた。
「轟くん、甘いもの好きなの?」
「ああ、好きだ」
目を伏せ気味にふわりと笑う轟の姿に、皆が固まる。だが、当の轟はそんなことなどお構いなしに砂藤の菓子に夢中だった。
「俺……告白されたの始めてだ」
「おいっ! 砂藤、落ち着け! 相手は男だ、轟だ!」
顔を赤らめてポツリと呟く砂藤の言葉で我に返った峰田が、正気に戻れと砂藤の体を揺らす。
「とととと轟くん! ドキドキしちゃったよ! ドラマの告白シーンみたいだったよ!」
葉隠は照れたように腕をブンブン振り回していた。透明人間の彼女は動きが大きいので動作がわかりやすい。。
「私も! ドキドキしちゃったよ~。自分が告白されたのかって思ったもん」
葉隠に続いて芦戸も照れたように頬に手を当てている。耳郎と八百万も頬を染めてワタワタとしていた。
麗日は顔を赤らめながらも「デクくんがいるのに……」とブツブツ呟き、ちょっと落ち込んでいる。峰田と砂藤以外の男性陣は床に手をついて「あーっ!」と声を上げていた。
「切島……俺一瞬キュンっとした……硬化した拳で俺を殴ってくれ……」
上鳴が蹲ったままそう口にすると、切島も同じ体勢でブンブンと首を振った。
「気にするな、上鳴。俺なんかもう何回も被弾しているのにまた被弾しちまった……イケメン砲怖い……」
砂藤の部屋でちょっと時間をとったため、皆の部屋を見終え、蛙吹の話を聞いて部屋に帰ると、結構な時間になっていた。いつもの就寝時間より遅いというのもあって、轟の眠気は限界だった。どうやって布団を敷いて寝たのかも覚えていない。
アラームが鳴っても、十分な睡眠に慣れた体はなかなか覚醒してくれない。それでも、ヒーロー時代の緊急要請を思い出し、無理やり体を起こす。
顔を洗って制服を着ても、眠気は治まりそうになかった。
少しふらつきながら一階に下りると、珍しい様子の轟に、緑谷が声をかけてきた。
「おはよう、轟くん。なんか、大丈夫?」
「おう……眠いだけだ」
制服のボタンを掛け違えてネクタイも満足に結べていない轟は気怠げで、声は少しかすれていた。
「おおおお女の子たちがコ-ヒー飲むって言っているから、轟くんのも頼んでくるね!」
緑谷は轟の返事も聞かず、真っ赤になって去っていった。轟は少しよろけながら椅子に座り、机に突っ伏す。ひんやりとした机は気持ちがいい。このままもう一度寝てしまおうかと誘惑に負けそうになっていると、頭上から声が聞こえてきた。
「はい、コ-ヒーだよ」
コーヒーを持ってきてくれたのは麗日だ。轟の近くにそれを置いて、軽く肩を叩く。
コーヒーの匂いに鼻孔を擽られ、轟はカップに手を伸ばした。この香ばしい香りは、轟にとって、起きなければならない合図だった。
どんな職業でも同じだろうけれど、ヒーローも多忙な時ほど次々と救援要請がくる。仮眠をとってすぐ次の現場にいかなければならないこともある。そんな時、事務所で仮眠をとることが多い。家だと熟睡してしまうからだ。現場近くの友人の家でも一緒だ。あまりに居心地が良くて寝過ごしてしまいそうで安易にベッドを借りることは出来ない。
事務所で仮眠をとる時は、スタッフに連絡を入れている。そうすれば、面倒見のいいスタッフが、苦目のコーヒーを入れて轟を起こしてくれるのだ。
『激務の後のうえ、仮眠しかとっていない状態でブラックは体に良くないですけど、しかたないですねぇ』
よく世話をしてくれたのは、年配のおおらかなスタッフだ。名前はエリカさん。すでに子供も成人して独り立ちしているのもあってか、轟のことを気にかけてくれていた。
だから、コーヒーの香りがしてきて、つい口に出してしまったのだ。
「……いつもありがとう……エリカさん……」
突っ伏していた体を少しだけ浮かし、カップを受け取る。甘くかすれた声だった。それでいて、少しだけ甘えを含んでいる。
気怠げに髪をかきあげながら起き上がり、コーヒーを飲むその姿に皆の視線は集まった。
「……ん? いつもより薄い……」
まだ覚醒していないから、轟は寝ぼけていた。もう少し苦くしてくれないと目が冷めないと思いながら目を擦り、ぞんざいに結ばれたネクタイを見て自分がいま一五歳だったと思いだした。
「ああ……麗日だったのか……悪い。間違えて「轟ー! 女か! しかもエリカさんってことは年上か!」
轟が言い終わる前に、峰田が声を上げた。
「おかしいと思ったんだよ! 女にしか反応しないこの俺が一瞬でもお前に胸キュンされるなんて!」
「女ができたから最近色気マシマシになったのかよ! そういうことかよ! 大人の階段登っちゃったのかよ!!」
峰田に続いて上鳴も悔しそうに叫んでいる。
「いかにも事後一緒に寝て朝起きて濃い目のコーヒー入れてもらっているっていうシチュエーションだろ! ふざけんな羨ましい!」
血の涙を流している峰田の妄想は止まらない。綺麗な年上のお姉さんと付き合っていると勘違いしているので尚更だ。
「こら、君たち、やめたまえ」
食堂には既に全員が集まっている。そんな中で不健全な話題をしようとしている峰田を、飯田は即座に注意する。
「轟くんも、恋人がいるのはいいが君も昨日から寮生で……その……」
恋愛は人の自由だ。そこは否定できない。だが、今は非常時で寮生活だし高校生としてもっと健全なお付き合いをと飯田は言いたいのだが、恋愛事は疎いため口籠ってしまった。
「恋人?」
どうして恋人などという話になっているのだろうと、寝ぼけた頭で考える。しかし、いつもより薄いコーヒーではなかなか頭が回らない。
「エリカさんって言ってただろ! あれ、恋人だろ!」
峰田がまた何か叫びだした。羨ましいと言いながら床を転げ回っていると「うるせェ」という爆豪の声と殴られたであろう音が聞こえてきた。
「エリカさんは恋人じゃねぇ。人妻だ」
「まさかの不倫キタ―――!」
爆豪に蹴られて呻いていた峰田の声に、全員ビクッと肩を揺らす。同級生が不倫をしているかもしれない。気怠い雰囲気の轟の色気に当てられていたが、このままではいけないと飯田が声を上げようとした。しかし、それより先に爆豪がバンっと机を叩いた。
「おい! テメェ……自慢してんのか? 皆より先に進んだ俺スゲーアピールか? この歩く十八禁野郎!!」
歩く十八禁野郎という言葉は懐かしい。爆豪も十六歳の頃から変わらないなと少しおかしくなってしまった。最終的に二十禁野郎になるのだが、轟はまだ十五歳だ。今からそう言われては困る。
「どうしたんだ、爆豪」
小さく笑いながら聞き返すと、馬鹿にされたとでも思ったのか、爆豪の眉間の皺が深くなる。目はつり上がり、悪鬼のような形相になった。
爆豪は轟の胸ぐらをつかみ、鋭く睨みつける。
「馬鹿にしてんのかァ? 人妻様と不倫してる自分がエライって? 何様だてめェ……ッ」
「不倫? 俺は別に不倫をした覚えはないが……」
目が覚めてきたのもあるが、そこでようやく皆の様子がおかしいことに気付く。爆豪の言う通り不倫を疑われているらしい。
エリカさんは轟の事務所の人間だ。それをここで正直に言うわけにはいかないから、何かないかと少し考える。
「エリカさんのことを誤解しているなら、家に来てくれていたお手伝いさんだ」
母が入院しているのはクラスの皆も知っている。姉はいるが轟の家は広い。たまにお手伝いさんが来ることがあるので、あながち嘘ではない。エリカさんではないけれど。
「は?」
口をぽかんと開ける爆豪は少し間抜けだ。そういう表情をしているとずいぶん十六歳らしいなと思う。幼い輪郭もそうだ。やはり懐かしい。
「お手伝い……さん?」
締め上げていた手の力が緩む。まさかの回答に爆豪も動揺していた。
「成人した子供もいる少し年配の方だ。誤解を招く言い方をして悪かったな」
「てめェはお手伝いさんにあんなエロい声を出しやがるのか……」
「エロい声かどうかは知らないが、寝不足の時はあんなもんだな」
轟の言葉に嘘はない。何がどうして勘違いされたのかはわからないが、とりあえず素直に答えておいた。
「まぎらわしいんだよ! てめェは!」
爆豪はシャツを掴んでいた手を離し、舌打ちをした。それから、大きくため息を吐きながら、グシャグシャになった轟の胸元をじっと見る。
「じゃあ、その格好は何だよ」
爆豪に締め上げられたので先程よりも悲惨なことになっている胸元を見て、ボタンを掛け違えていたことにようやく気付く。
「……寝ぼけていたみたいだな」
ネクタイをほどき、シャツのボタンを治す轟を、爆豪は苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。
「制服くらいちゃんと着やがれ! 舐めプ野郎!」
ドカドカと大きな足音を立てて去っていく爆豪に「爆豪には言われたくねぇよな~」と上鳴が突っ込む。すると殴られる音と上鳴の叫び声が聞こえた。
轟は周りの声など気にせずネクタイを結び直し、いつもどおりになった胸元を見る。
爆豪の口の悪さには慣れている。学生時代からそうだったが、あの頃は何を話しても突っかかってくるのであまり相手にしていなかった。自分のことを嫌いな相手と会話をしたいとは思わないだろう。あえて関わろうとしなかった気がする。
ただ、今見ると少し違う印象を受ける。爆豪はただイキっているガキ大将なだけだ。声を荒げて轟に文句を言うところなんて青臭い子供だしどこか微笑ましい。轟が知っている爆豪はもう少し迫力がある。
「まだまだ子供だな……」
「轟くん?」
緑谷に何か言ったのかと尋ねられ、なんでもないと首を振る。新しい発見ができるこの状況は意外と楽しいと思い始めていた。
この後にある仮免許試験には、流れ通り落ちた。うまくやれば夜嵐に合わせることも出来たが、あえてしなかった。過去の轟にとって彼とのやり取りは父親のことを見つめ直すいい機会でもあったし、超えなければならない壁だったからだ。だから、甘んじて受け入れた。
そうして、仮免補講が始まった。
同級生たちはインターンとして活動している。差をつけられてしまったけれど、この仮免補講も轟は色々と勉強になった。落ちてよかったとさえ思っている。
轟と仲良くなろうと必死な夜嵐も、言動はよくわからないが社交的なケミィとの交流も、とても懐かしいものだった。
仮免講習は、雄英からは爆豪と轟の二人だけ。移動中も補講中も一緒なので自然と会話も増えた。二人ともアタッカーなので一緒くたにされることが多い。
爆豪は必ず文句から入る。話しかけても威嚇してくる。当時はそれを無視していた。相手にするだけ無駄だと思っていたのだろう。そもそも、まともな会話など求めていなかった。
だが、夜嵐のように親しくなろうと言われなくても、二人で組まされたとき、意思の疎通は出来た。コンビネーションも悪くない。背中合わせで戦った時は、頼もしいとさえ思えた。それなのに距離を縮めなかったのは、轟が若かったからだ。彼の言葉に見え隠れする本心に気付いてやれなかった。
移動中のバスの中、並んで座ることなどなかった。爆豪は大概一番後ろの端に座る。会話はない。轟は爆豪の三列前に座っていた。一番前の席には引率の教師たちがいる。彼らはよく会話をしていたが、声は後ろまで届いてこない。
バスは雄英が手配したものなので他の乗客はいない。バスでの移動中、轟は寝ることが多かった。仮免試験は意外と厳しい。十五歳の体は以前ほどの体力はないし疲れやすかった。若いくせに情けないと思わないでもない。
その日も轟はバスの中で寝ていた。すると、人の気配が近付くのを感じた。爆豪だ。目を開けようとしたが眠くて無理だ。
爆豪は通路を挟んで反対の座席に座った。珍しいこともあるものだ。ぼんやりした頭でどうしてだろうと考えるが答えは出ない。睡魔に負けて、考えるのをやめた。
「おい、ついたぞ。起きろ」
轟の覚醒を促したのは、静かな声だった。寝ているから気を使ったのだろうか。バスの外から、早く降りろと相澤の声がする。
轟が身動ぎしてもたれていた体を起こすと、爆豪は背を向けてバスを降りた。小さく欠伸をしてそれに続く。
寮にはまだ誰も帰っていなかった。インターンで忙しいのだろう。
自室に戻ろうとした轟を、爆豪が呼び止める。
「おい、ちょっと面かせ」
何か話があるのだろう。爆豪に黙ってついていくと、彼の部屋に案内された。案内された部屋は意外と普通だった。
「俺の部屋には来客用のクッションなんてもんはねぇからな。適当にベッドにでも座っとけ」
爆豪の部屋に行くときは自分の部屋のクッションを持参しなければならないらしい。切島と瀬呂が苦笑交じりに教えてくれた。あの話は本当だったのかと思い、ベッドに腰掛ける。
「……てめぇがなんであのとき俺を助けようとしたのか今でもわからねぇ」
あの時というと神野のことだろうか。それなら、切島あたりに理由を聞いているはずだ。
「まあ、そんなことはどうでもいいし助けて欲しいなんて思っちゃいなかった。でも、助けられたのは事実だ」
轟にはまだ礼を言っていないから一言言いたかったのだとボソボソと口を開く爆豪は少しバツが悪そうだ。
「あれは俺の完全な自己満足だ。それより、緑谷にも礼を言ったのか? 八百万や飯「なんでここでクソナードの名前が出てくるんだよクソが!!」
言葉を遮られて怒り出した爆豪に、首を傾げる。轟に礼を言おうとしたなら、他の人間にも言うべきだろう。
「……いや、そうじゃねぇ……本当に言いたいことは違う」
緑谷の名前を出したというのに、爆豪はすぐに怒りをおさめ、小さく息を吐いた。
「……俺はまどろっこしいのは嫌いだ。単刀直入に聞く。てめぇ……何があった?」
「何、とは?」
まどろっこしいのが嫌いといった割に、何を指しているのかよくわからない聞き方だ。
「すっとぼけんじゃねェ! 体育祭以降丸くなりやがったとは思っていたが、ぽやっぽやして誰彼構わず愛想振りまきやがるわ、妙なフェロモン振りまくわ、かと思えばおとぎの国の王子様にまでなりやがって何様のつもりだァ? 舐めてんのか!!」
「褒められているのか?」
「褒めてねぇよ! 舐めてんのかって聞いたんだよ! 俺の話を聞いてんのか?」
爆豪の話を聞いた感想なのだが何故だか怒鳴られる。
「てめぇがそんなんだからあのクソハゲがでっけー犬みてぇにつきまとって尻尾ブンブン振り回すんだろうが!」
クソハゲというと多分夜嵐のことだ。彼は単純でわかりやすい。補修のときは何かと轟に話しかけてくる。仲良しごっこが嫌いな爆豪からすれば鬱陶しいのだろう。
「今日もあのクソハゲがてめぇに好きだ好きだとしつこく言ってただろ! 何が相性もいいだ!! ふざけんなよ!!」
「相性はいいだろ?」
「そりゃあクソハゲは風使いだからな。でも、それだけじゃねぇだろ」
夜嵐の言葉はそれだけではない。
そう言われても思い当たるフシがない。
「あいつは無邪気に好きだ好きだ言っているように見えてそうじゃねぇって言っているんだ。見りゃわかるだろ」
轟としても、どうしてあそこまで懐かれたのかわからなかったが、爆豪にはわかるらしい。
「てめぇ……もしあいつに告白されたらどうするんだよ」
夜嵐は轟に告白なんてしないし、される予定もない。現場で合えば親しく話すし、個性の相性がいいからチームアップを頼まれることも多かった。だが、それだけだ。
「それはないと思うが……」
そもそも轟は恋愛というものがよくわからない。もし告白されても困る。なんと答えていいかわからない。
「俺はそういうのがよくわからねぇから……」
誰か一人を本気で好きになったことがないからわからない。
十六歳の爆豪でもわかることが轟にはわからないのだ。なんとも情けない話だ。
「好きな奴いねぇのかよ」
「いない。友達のことは好きだけど、それは爆豪の言っている好きとは違うだろ?」
尋ねられて、爆豪は大きく溜息を吐いた。片手で頭をガシガシ掻きながら舌打ちをする。
「……わかんねぇもんはしょうがねぇ……ゆっくり考えろや」
ふと、その言葉に目を見開く。
緑谷が結婚した直後だっただろうか、彼にこんなことを言われた。
『轟くんが人を好きになれないことはわかっている。でも、僕は君にも他の人みたいに恋をして、人並みに幸せになって欲しい』
『皆のことは好きだし俺は十分幸せだ』
『それは恋じゃないよ』
緑谷は苦笑を浮かべながら轟に言い聞かせるように口を開く。
『愛情を与えて返されて。そういうあたりまえのことを君が経験してこなかったっていうのはよくわかっている。でもね――』
『うっせーな! クソデク! こいつに余計なこと言ってんじゃねーよ!!』
緑谷の言葉に被せるように口を開いたのは爆豪だった。
『わかんねぇって言ってんだからわかるまで待ってりゃいいんだよ!』
爆豪はソファに座っている轟に手を伸ばし、紅白の頭に手を置いた。それから、髪を梳くように優しく撫でる。
『てめぇはゆっくりでいい。自分のペースでゆっくり考えろや。わかるまで、俺が……俺達が、ずっと一緒にいてやるから』
『かっちゃんがそうやって甘やかすから轟くんが折角のチャンスを逃していくんだよ。結婚式の時だっていい出会いがあったかもしれないのに。女の子たちにめちゃくちゃ見られてたのわかってたでしょ?』
『うるせぇクソナード! 最初にこいつを甘やかしまくったのはてめぇらだろうが!』
『一番甘やかしているのはかっちゃんでしょ』
『っせぇな……とにかく、いいんだよ今のままで』
もう、なんでかっちゃんはそうなのと、緑谷は口を尖らせる。彼は轟の幸せを願思って爆豪に反論しているのだろう。それはよくわかっているが、わからないものはわからない。
『クソナードの言うことなんか聞くな。ゆっくりでいいからな……わかるまでずっと待っててやるから』
大きくて、意外と繊細な手で頭を撫でられ、優しい声音で告げられると、緑谷には悪いが「じゃあいいか」という気持ちになった。爆豪が今のままでいいと言うならいいのだろう。
轟が納得してしまったのを見て、それ以来、誰も恋人を作れとは言わなくなった。
ゆっくりでいい――
爆豪はいつも轟にそう言ってくれた。何か新しいことに挑戦しようとしたときも、どんな時も。幼い頃から完璧を求められていた轟にとって、それは不思議な感覚だった。
爆豪はこんな子供の頃から同じだったのかと思うと、笑みがこぼれた。クスクスと笑いだした轟を見て、爆豪の眉間に皺が寄る。爆豪の手が轟の肩を押さえつけ、次の瞬間、ベッドに押し倒されていた。
「てめぇ……今のどこに笑う要素があったんだ? 舐めてんのか? ああ、舐めてんだよなぁこの舐めプ野郎」
ベッドに押し倒されたことで、慣れた匂いに包まれた。布団から香る爆豪の匂いだ。この匂いを嗅ぐと、余計に眠くなる。
「ばくごう……ねみぃ……」
「は?」
爆豪は話しがあると言っていたし、一応眠気を我慢しようと努力はした。だが、誘惑には抗えない。
轟が皆の甘えを享受するようになってから、疲れた時は寝ていいと言われていた。せっかく作ってくれたご飯を食べなくても、次の日食べればいいからと言って。爆豪がそうやって轟を甘やかしてきたから、布団から香る匂いを嗅ぐとどうしても眠くなってしまう。
「おい、ちょっと待て……なんでこの展開で寝れるんだてめぇは……っ!」
口調は乱暴だが、爆豪の声は小さい。轟に気を使ってくれているのだろう。
「なんなんだよ……いったい……」
小さく舌打ちをして、寝入ってしまった轟を眺める。
爆豪はゆっくりと轟の頬に手を伸ばした。少年らしさが残る丸い顔だ。柔らかい頬を撫で、髪に触れる。思った以上にサラサラの髪は触り心地が良かった。
「……ばく、ごう……」
目を閉じたまま、轟が身動ぐ。爆豪は慌てて手を離した。
「……朝、オムライスが食いたい……トロトロのやつ……」
「は?」
爆豪はまた唖然としてしまった。この天然は何を言っているのだろうか。爆豪が混乱するのも無理はない。
轟からすれば、爆豪の家に泊まるときには、寝る前に食べたいものを伝えるのは当たり前のことだった。爆豪にそう言われていたのだ。
もし食べたいものがあるなら寝る前に言え。そうしたら、朝起きたときには出来たてを食わせてやるから。
どんなに凝ったものでも面倒なものでもいいから食べたいものを言えと言われてきたので、寝る前にリクエストをするのが習慣になってしまった。
食べたいものを伝えると、轟はそのまま寝入ってしまった。
爆豪は切島たちが部屋を訪れてくるまで、固まったままだった。
轟が目を覚ますと、見慣れた和室だった。しかも、シャツ一枚。あのまま爆豪の部屋で寝てしまったが、ここまで運んで、ブレザーとズボンは脱がせてくれたのだろう。相変わらず面倒見がいい。
少し早めに起きたのでシャワーを浴びる事にした。この時間はお湯が抜かれているので湯船に入ることは出来ない。
シャワーを浴びてさっぱりして着替えを済ませると、ちょうど朝食の時間帯になっていた。
「おはよう、轟くん。お風呂入ってたの?」
風呂のある方向から歩いてきた轟を見て、緑谷が声をかける。
「昨日入らずに寝ちまったからな。訓練終わって着替える前に浴びているけど、なんか気持ちわりぃ……」
「補講大変なんだね~」
緑谷の方こそ色々と大変だったはずだ。彼の話を聞きながら朝食を取りに行って席に着く。
すると、轟の前にオムレツが差し出された。ふんわりとした卵にケチャップがのったシンプルなものだ。
「か、かっちゃん……?」
轟にオムレツを出す爆豪を見て、緑谷は何が起きたのか理解できていないようだった。そんな緑谷を爆豪が睨みつける。
「てめぇには関係ねぇだろクソナード」
いつもならここでとばっちりの鉄拳が飛んでくるはずなのに、爆豪は舌打ちをしただけだった。
「おめぇが食いてぇつったんだろ」
爆豪が轟の方を睨みつけると、彼はオムレツを前にキラキラと目を輝かせていた。
「わざわざ作ってくれたのか。ありがとう」
寝ぼけて口にした言葉だったのに、爆豪は律儀に作ってくれたらしい。早速、スッと真ん中をスプーンで割る。すると、中から半熟の卵がとろりと溢れ出してきた。ケチャップと一緒にスプーンですくって口に入れる。
(爆豪のオムレツだ……)
火の通り加減も轟が知っている爆豪のオムレツそのものだった。
「うまい……」
ふわりと笑いながら幸せそうにオムレツを食べる轟の周りには花が飛んでいるようだった。轟のやわらかい表情にずいぶん慣れてきたクラスメイトたちだったが、綺麗な顔がとろけるような笑みを浮かべると思わず見入ってしまう。
「いいな~爆豪くん! 私にも作って!」
轟があまりにも美味しそうに食べているので、自分も食べたいと麗日が声を上げた。すると、俺も私もと便乗する者が続く。
「うるせぇ! そんなに食いたきゃ自分で作りやがれ!」
爆豪の言葉に、皆がブーブー文句を言い出した。爆豪の機嫌がますます悪くなる。
「と、轟くん……美味しそうだね」
緑谷が隣で幸せそうにオムレツを頬張る轟に話しかけたのは、とばっちりを受けないためだ。だが、それは逆効果だった。
「ああ、うまいぞ。緑谷も食うか?」
轟はほわほわした笑みを浮かべながら緑谷にスプーンを差し出してくる。オムレツは美味しそうだし微笑んでいる轟を見ているととても和むのだが、そばにいる爆豪の威圧感が怖かった。
「クソナードなんかにやるんじゃねぇ」
「でも、本当にうまいぞ。爆豪も食べてみろよ」
轟は小さな口を少し開けて「あ~ん」と言わんばかりに爆豪の口元にスプーンを近付けた。爆豪の思考は一瞬停止した。次に気付いたときには、口の中にオムレツが入っていた。
「な? うまいだろ?」
爆豪にオムレツを食べさせたというのに、轟は何事もなかったかのように食事を再開していた。
爆豪は思った。ああ、うまい。確かにうまい。自分が作ったのだからうまくないはずがないのだ。だが――
「……なあ、なんでてめぇ……俺にオムレツ作れなんて言ったんだ?」
どうして轟がそんな事を言ったのか、爆豪にはさっぱり理解できなかった。寝ぼけていたからと言われてしまえばそれまでだが。
「爆豪……」
最後の一口を咀嚼して、轟が口を開く。何事かを考えるように顎に手を置き、そして、真剣な顔をして、
「和風ハンバーグが食べたい」
「はあ?」
轟の回答に爆豪は間抜けな声を上げる。隣に座っている緑谷もぽかんと口を開けていた。一体轟は何を言っているのだろうと、その空間にいた皆は思った。
「和風ハンバーグ作ってくれ」
「作ってくれじゃねぇだろ! 今の流れで和風ハンバーグどっから出てきた! てめぇ俺の話聞いてなかったのか?」
「材料費は俺が払う。次の休みに一緒に買い出しについて行けばいいか?」
「そうじゃねぇだろ! なんで俺が和風ハンバーグ作る前提で話が進んでいるんだ? 死なすぞコラ!!」
「大根おろしをするのが面倒なら俺がやる。ちなみに多めが好きだ」
「大根おろしの問題じゃねぇよ! 俺が作るのにてめぇが手伝ってどうする! 座って待っとけ舐めプ野郎!」
そこまで叫んで、爆豪はハッと我に返る。自分は今なんと言ったのだろう。あれではまるで作ってやると言っているようなものではないか。
「あ、グラタンもいいな……和風ハンバーグの次はグラタンだな」
久々に爆豪の料理を食べたせいで、轟は少し浮かれていた。何を作ってもらおうかと必死に考える。
「でも、グラタンは工程が多いし、面倒だし、今の爆豪には難しいから頼むのはやめた方が……」
「グラタンなんか余裕に決まってんだろ! 俺にできねぇことはねぇ!」
売り言葉に買い言葉状態である。轟は爆豪を煽ろうなんて気はないし、爆豪ものせられている気はない。
「じゃあその次はグラタンだな。その後は……爆豪の得意なものでいい。人から頼まれるより自分の得意料理の方が良いだろ? 俺が頼んだものが面倒だったり難しかったりしたら爆豪も大変だろうし」
まだ頼む気か。
皆はそう思ったが、突っ込める強者はいなかった。
「俺にできないもんはねぇって言っただろ! てめぇの好きなもん頼めや!」
あの爆豪を手のひらで転がしているように見える(実際は嬉しそうにポヤポヤしているだけの天然)轟に、何故か皆尊敬の念を抱いていた。
「轟すげぇな……」
上鳴の呟きに、切島や瀬呂も同意する。イケメンは何でもありだ。彼らは轟に関してそう思うことに決めている。そうでないと心臓に悪いことが多い。
「何でも作ってやる。何が食いたいんだ?」
爆豪が思わず何でも作ると口にすると、轟の微笑みのキラキラが更に増した。キラキラ花を飛ばしながら微笑むなんて、これがイケメンイリュージョンかと皆が遠い目をする。距離が近ければ近いほど殺傷能力が高くなるその微笑みは、今は爆豪に向けられていた。
轟が喜んだのは、爆豪の台詞が聞き覚えのあるものだったからだ。爆豪はいつも轟の食べたいものを作ってくれた。
「……つーか、何でお前、俺に飯作れって頼むんだよ……」
轟の顔を正面から直視するのは危険だと思ったのか、爆豪は少しだけ視線を逸し気味に口を開いた。その言葉に、轟は首を傾げる。
「だって、今から爆豪の作った料理食ってたら、死ぬまでにいっぱい食べられるだろ?」
何当たり前のことを聞いているんだと言わんばかりのドヤ顔で発言した轟だが、爆豪含め全員がツッコミを入れたくなった。だってそれはまるで――
「ふっざけんなこの半分野郎! 何じゃそりゃ! プロポーズか! 死ねクソが!!」
「プロポーズ? 何が?」
轟の中で、爆豪がずっとご飯を作ってくれるのは当たり前という認識だった。だから、他意はない。何もわかってなさそうな轟を見て、爆豪は眉を吊り上げる。
「ああ……てめぇはそういう奴だったな舐めプ野郎! まじ舐め腐ってるな!!」
ふざけるなと声を荒げていても、顔が真っ赤だとあまり迫力がない。
ばくごーは今日も元気だな~高校生って若いな~青いな~イキってんな~と微笑ましく眺めている轟には何の効果もなかった。
まだまだ青臭い子供だと思っていた爆豪に轟がトロトロにされるのは、もう少し先の話。
NEXT→「えっちなお兄さんは好きですか」(嘘です続きません)
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ぽやぽやで色気マシマシの三十歳轟が死に戻りで十五歳轟からやり直すことになり、大人の色気でクラスメイトを惑わせながらかっちゃんをムラムラさせる話。真面目なのは最初だけです。はじめに個性の都合上死ぬ表現があります。三十歳まで童貞だったら魔法使いになる的な個性を使われているゆるふわな話なので箸休めにどうぞ
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きれいなお兄さんは好きですか
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わずかに触れあった指先は熱を持ち、今は離れていれど、そこから全身に駆け巡った充足感や劣情は外へと放出されることは無く私の中で行き場を無くしていた。奥底まで余さず這入り込む。皮膚の内側から愛でられるような感覚に、本能が悦んでいる。もっと、もっと欲しい。降谷先輩が。
――[[rb:項 > うなじ]]を噛んで欲しい。
そんなこと今まで一度も思ったことは無かった。
だって私はβだった。だが突然にΩとなった今は、全身が項を噛んで欲しいと叫んでいる。感情で全てを支配されそうになる。欲で動く畜生にまで成り下がりたくないという意志のみで、何とか人間でいることを保っていた。きっと、もう一度、降谷先輩に触れてしまえば、もう人間には戻ってこれないような気さえしてくる。急に恐ろしくなり、自分の手で己を抱きかかえる。二の腕を強く握り込めば鈍い痛みで少しはマシになるが、いまだ自分の理性を手放さないことで必死で、先輩の顔さえ見る余裕が無い。彼はどんな表情をしているのだろう。
「君は――」
と降谷先輩が口を開いた折に、本日二度目の聞き慣れた着信音が響く。彼のスマホからだ。彼はスマホを手にし画面を開くとチッとわかり易く舌を打ち、不機嫌そうな声色で呟いた。
「管理官からの呼び出しだ」
そして深いため息をひとつ。
「僕が連れて行くと言った手前、申し訳ないが風見を寄越す。あいつはβだから安心しろ」
降谷先輩がこの場を去ると聞き、寂しさが残る。だが、心の奥底には安堵してしまう自分もいた。
「悪い」
先輩のその声は絞りだしたように、すこし掠れていた。そうして、彼の足音が一歩一歩と遠くなってゆく。一音一音がコツコツと規則的に反響する。私はそれをひとつずつ聞き取ることしかできなかった。私は、彼の謝りの言葉にどう返事をするのが正解だったのだろう――――。
それからどのくらい時間が経過したのかは分からない。今度は別の足音が近付いた。降谷先輩の足音よりも少し低めの音だった。
「降谷さんに君のことを頼まれた」
風見さんだ。
「即効性の抑制剤をもらってきた。少しキツいらしいが、我慢してほしい。打つぞ」
「すみません、ありがとうございます」
透明の液体が入れられた仰々しい太さの注射器をナイロンの個包装から取り出した風見さんは、自分の肌が私に触れぬよう気遣ってくれながら、針を私の二の腕に当てる。ちくりと針は血管を目指し見つけると、ゆっくりと液体が入れ込まれる。液体は氷のように冷たく、血管を流れていくのがわかる。そして緩々と身体の熱を冷ましてゆく。
「すごい、ですね。本当に効くんだ……」
その薬の効果で、自分がΩであるという事実を突きつけられる。
「薬を打った直後は問題ないが、十五分ほどで頭痛と吐き気が副作用として出てくるそうだ。これからオメガの受け入れに特化している救急病院に君を連れて行くから、その間は車の後部座席で横になっているといい」
「なにからなにまで、すみません」
「何も気負うことはない。落ち着いたら、また元のように働いてくれると有難い」
***
リノリウムの床、トラバーチン柄の天井。消毒剤の匂い。統一された看護師の制服。大抵の人が生まれ死にゆく病院は、存外人工的だ。だがそれが世間一般的にいう幸せというものだ。傍ら、殉職という形で命を落とすことは誰も望んでいない。だが、私たちが所属する部署は死と隣り合わせでいる者が多い。この職に就いて幾年か過ぎたが、もう肩を並べることのできない命を落とした同僚が数名いる。
我々が与えられる危険な職務には、言わずもがな能力の高い者が求められる。そのため、同僚はαが大半を占めており、残りはほぼβという割合だ。Ωは、過去には居たそうだが、今は一人もいない。αの多い部署でΩが働くのは好ましくない、これは差別では無く一般論だ。
「これで一安心だな、戸惑いもあるだろうし明日はゆっくり休むといい」
薬の処方を待つ間に、風見さんが私の荷物を持ってきてくれた。私が受診している最中に一度登庁し、取りに行ってくれたらしい。風見さんの額に僅かに汗が滲んでおり、急いでくれたのだなと分かる。一見、涼しげな目元の印象は取っつきにくいように思えるが、根は非常に熱く、降谷さんとはまた違った優しさを持つ人だ。
「荷物はこれで合っているか?」
「はい、ありがとうございます」
使い古した自分の通勤鞄を受け取る。そこから鞄から手帳を取り出す。そして、前々から手帳の差し込みに潜ませていた封筒を、ずいと風見さんに差し出した。
自分が思っていたよりも力が入ってしまった。
「風見さん、これを、お願いしてもよろしいでしょうか」
「君、これは、」
風見さんは封筒の面を目にすると、その目を見開いた。
「はい。退職届です」
「そこまでしなくても他にやっていく手立てはある」
「けれど、これ以上は警備企画課ではやっていけないと思うんです」
「警備企画課に拘る必要は――」
それまで封筒の表書きを見ていた風見さんが顔を上げて、今度は私の瞳を直視した。
「そうか、降谷さんか」
「はい」
不純だが、私は警察に憧れていたというより、降谷先輩への憧れでここまで昇りつめたといってもいい。
「これまでずっと降谷先輩を目標に、同じ目線で物を見れるようになれればと突っ走ってきましたが、彼に迷惑をかけることは本望ではありません」
「迷惑をかけるとは限らないだろう」
「いえ、いつかそのような時が来てしまう可能性は十分にあります」
私たちの所属する課、その中でも潜入捜査を上から言い渡されるものは天涯孤独の者が多い。潜入捜査官の家族には危険が付きまとう。仮に私が降谷さんの番になることができ、子を授かれば、それは彼の弱みとなる可能性が高い。
「それに、他のαの方々の集中力を削いでしまうことがあるかもしれません。ここまで見てくださった風見さんや先輩には大変、申し訳無いと思っています。ですが――」
「いや、もういい――君も結構な頑固者だから、他の答えは視野に入れていないのだろう」
「……はい」
「降谷さんには、これから連絡するのか?」
「はい。この後、そうさせていただくつもりです」
「そうか、これは僕が預かろう」
「本当に、ありがとうございます」
渋い顔をしながら、風見さんは封筒をスーツの内ポケットに忍ばせた。
***
風見さんと別れた後、私は駆け足で自宅に向かった。風見さんには、これから降谷先輩にも連絡すると言ったものの、そうするつもりは一切無かった。この地から一刻も早く立ち去りたい。私は降谷先輩の重荷になりたくない。降谷さんのキャリアの邪魔になりたくない。今まで彼の背を追うことに必死になってきた。彼の役に立ち胸を張って隣に居ることが私の夢であった。それももう叶うことはない。
二泊三日用のキャリーケースを引っ張り出し、最低限の生活必需品を詰め込んでいく。引越の手続きで必要な書類も荷物の中に含めた。このマンションの一室も近々明け渡したい。ここは降谷先輩の住むアパートからもそう遠くはないし、先輩の顔を見れば、きっとここに留まってしまいたくなるから、そうなってしまう前に離れたい。
これからどこへ行こう。実家に帰れば、仕事を突然辞めた娘を両親は心配するだろうか。いいや、まずは自分の頭を整理するために、親には一報だけ入れておいて、少しの間は一人でホテルか何処かに数泊して落ち着くべきだ。なるべく歩きやすい靴を選んだ。キャリーケースを玄関外に持ち出し、鍵を閉めようとした時だった。
「何故、逃げようとする」
降谷先輩の声だった。
「今までずっと僕の後ろを付いてきたくせに、どうして今更去ろうとする」
冷え切ったその声がする距離から考えて、私のすぐ後ろに彼がいることが分かる。表情が見えず、あれほど大好きな先輩に対して恐怖心までも感じる。すぐに振り返ればいいものの、後ろめたさで体が硬直した。
暫くして小さく布が擦れる音がすると、私の項に彼の指先と思われるものが、そっと触れた。あくまで、触れただけ。それなのに、オメガとなってしまった私には刺激が強すぎ、ひっ、と息を飲んでしまう。
「っや、やめてください」
拒絶の言葉が喉を出る。それから一呼吸、降谷先輩の吐息が聞こえる。
「あの時、君と僕は”運命”だとお互い認知しただろう。それなのに何故、逃げようとする」
私とは真逆に、落ち着き至って冷静だ。
「私のことは、ほっておいてください!!」
思わず大きな声を上げてしまい、項に触れていた先輩の腕を振り払う。向かい合わせになり、彼と久しぶりに目が合った。澄んだその蒼い瞳から彼が傷ついているかのようにも見える。これは、私がそうしてしまったのだ。
「――あ、私、ごめんなさ」
その瞬間、言葉を全て形にする間もなく、先輩は私の手から素早く部屋のキーを抜き取り、荷物ごと私を部屋に押し入れた。日ごろから鍛えられた男性から逃げる術もない。一瞬だった。背中に強い衝撃を受け、先輩に両手を掴まれると同時に、床に倒れたのだと分かった。息を整えるのが先か、先輩の双眸から目を離すのが先か。私を捕らえて離さない強い眼光からは逃げ出せない。
「僕が、君をオメガにさせたと言ったらどうする」
荒々しい呼吸混じりに先輩は言う。
「え?」この人は、何を言っているのだろう。
「ある種の風邪薬を摂取した者の中で極めて稀にオメガになってしまう症例が出ている」
「そんな都市伝説みたいな話――」
馬鹿げた話だ。普段の先輩ならそう言いそうなのに、真摯に語っている。
「そんな都市伝説に一抹の希望を賭けたのは、僕だ」
「まさか、そんな、先輩が」
「――先輩がそんなことするわけがない、と?」
私の両手首を掴む先輩の力が、より強くなった。
「君は僕のことを、いつも優しいと言う。だが、そんなことを言う人間は君しかいない。君は僕を神格化しすぎているが、僕は神でもなんでもない――――ただの、男だ」
「っ、知っています」
「いいや、君は分かっていない」
「いえ、わかっています。だって私は、」
私は、何年も自分の心にずっと言い訳をしてきながらも、一人の男性として先輩のことを好きでいるのだ。そんなの、分かりきっている。
「いい加減、分かってくれ。君が好きなんだ。君を俺のものにしたいんだ」
すぐに頭では理解できなかった。
前言撤回、私は、全くわかっていなかった。嘘でしょ? あの、降谷先輩が? 私を、好きだなんて、そんな。今までまともな恋愛をしたことがない私は、上手な恋の駆け引きの仕方も知らない。先輩しか見てこなかったからだ。
けれど、先輩しか見てこなかったからこそ、この表情が、瞳が、嘘をついていないことがわかる。こんなに幸せなことがあっていいのだろうか。これは、私の夢なのではないだろうか。どこかで気を失ってしまったのではないだろうか。
「君は、どう思っているんだ」
先輩に言われてやっと、臆病な私は自分が傷つきたくないがばかりに、必死で何年も自分の殻に閉じこもっていたのだと理解した。直接言われなくとも、もう、ごまかしは効かないと言われているようだった。
「――っずっと、降谷さんが好きでした。降谷さん以外の人を好きになったことなんてない。ずっと、お慕いしていました」
言葉にすれば、自分の心を守っていた殻がゆっくりと溶けていく感覚がした。
「それだけがずっと聞きたかったんだ」
強張っていた先輩の表情は打って変わり、顔を綻ばせて優しく笑った。これまで見てきたどの表情よりもきれいで見惚れてしまう。
「――だが、都市伝説並みの信憑性とはいえ、そんな薬を渡すなんて人道に反していると重々承知している。同時に、君が僕を慕っていたくれたことも知っていた。けれど、君の性格を考えると、こんなことまでしないと君は自分の心中を語ってくれないんじゃないかと思っていた。現に、オメガとなった今も僕の傍から去ろうとしていたじゃないか。君に悪いとは思っているが、後悔は一切していない。それがまさか、運命だなんて信じられないくらいだよ」
恐ろしい男だと思った。けれど、その言葉にあたたかく包まれたような気持ちになってしまう私も相当なのかもしれない。
「お願いだから、もう目の前からいなくなろうとしないでくれ」
「っ、はい――――。ですが、先輩の重荷にはなりたくないんです。もし、そんな時が来たら、一番に切り捨てて欲しいんです」
「ふふっ」
私は意を決してごくごく真剣に心情を吐露したつもりなのに、先輩は大変楽しそうに笑った。
「君は本当にそういうところがいけない。そんな状況を僕が作るはずがないだろう。甘く見ないでくれよ」
あぁ、この男は、どこまでも格好がいい。私の人生まるごとを捧げても惜しくない、いや捧げても足りないほどに、いい男だ。私は、これほどまでに、幸せでよいのだろうか。とっくの昔に、私の顔は彼によって真っ赤に染め上げられている。窓から差し込む夕日も相まって、更に。
――――あれ? でも、それだけでもないような……。
「――ッ」
じわじわと、また、昼に感じたような劣情がゆっくりと体を蝕んでいくような感覚が――――。
「そろそろか。ずっとβだったお前はΩについて疎いかもしれないが、即効性の抑制剤は、名の通り早くに効く。だが、効力が短い」
「へ?」
「もうすぐ、抑制剤が切れるんだろう」
目の前のベビーフェイスは、にたりと笑う。
慌てて彼の下から抜け出そうとするも、力敵わず。先輩は両腕を顔の横に置き、私をより挟み込むような姿勢になる。
逃げられない。
「ま、待ってください、降谷さん。処方された抑制剤を飲みます」
「だめ、飲ませない」
もうどうにでもなってしまえ。
本能の、赴くままに。
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警備企画課に所属している降谷の後輩が、<br />高熱×風邪薬の所為で、ベータからオメガに突然変異してしまったお話の後編。<br />前作(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9661851">novel/9661851</a></strong>)<br /><br />全年齢。<br />α(降谷)×β→Ω(夢主|ネームレス)<br /><br />・若干の独自設定があります。<br />・降谷さんが微ヤンデレちっく<br />・オメガバースに関して深く補足していないので、<br /> ある程度、知識がある状態でお読みいただくことをお勧めします。<br />・以上、苦手だと感じられた方はブラウザバックをお願いします。<br /><br />降谷さん視点等も考えたのですが、文章力が足りませんでした…すみません…<br /><br />***<br />小説 ウィークリー 40位、小説 デイリー 32位 ありがとうございました!!!
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高熱で突然オメガになるなんて聞いたことがない・後編《抑制剤》
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10160179#1
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「うわっ…雨、酷くなってんな…」
やっぱ今日やめときゃよかったか。窓の外で振り続ける雨をぼんやり眺めながら、一郎がポツリと呟く。
大方、早いところ大事な弟達の待つ家に帰らないといけないなどと考えているのだろう。ついさっきまでまるで飢えた獣のように互いを求めあっていたとは思えないほど、あっさりと離れていった体温を恨めしく思うのもこれでもう何度目だったか。数えるのも馬鹿らしい。
一向にこちらを向かない生意気な二色の双眼に苛立ちを感じながら、温度を失った白いシーツの上を一郎が落としていったはずの熱を探すようにするりと撫でる。熱で浮かされた瞳を潤ませ左馬刻の腕に縋り、自分じゃどうすることもできない熱をどうにかしてくれと懇願していた一郎は、本当にこの一郎と同じなのかと疑いたくなる。
いつもそうだった。こうしてまた身体を重ねるようになってから、行為の最中の喉が焼けるような、脳が溶けるようなあの熱が嘘のように、行為の後の一郎はいとも簡単に左馬刻の手をすり抜けていった。そして左馬刻も何故か、それ以上は追いかけることが出来ずにいた。追いかけずともちゃんと戻ってくることはわかっていたし、それだけでもあの頃に比べると遥かにマシだった。というより、それ以上はもう何も望まないと言えるくらいに十分だった。一郎の本意は左馬刻には皆目見当もつかなかったが、ただ、傍に置いておきたいと思うものが自分の手のをすり抜けていってしまうその感覚はあまりにも、一度失ったあの時の感覚に似ている気がして恐ろしかった。あんなのはもう二度と御免だ。
依然ぼうっと止む気配のない雨を見つめている一郎にこっちを向け、とじとりとした視線を投げるが、当の本人はまるで気付く様子はない。はあ、とわざとらしいため息を吐いてみても、色違いの瞳は左馬刻のいる部屋の中心を見遣ることすらなく、一層激しさを増して窓を叩く雨粒を追うのに忙しいようだった。
相変らずのクソ鈍感野郎だな。
今度は本物のため息が零れる。募る苛立ちを少しでも紛らわせようと煙草に火を付け煙を吸い込んだ。ふう、と吐き出した煙が天井に登っていくのを見送りながら横目で様子を伺う。常であれば吸殻が落ちるからベッドで吸うなと飛んでくる頃合いだが、今日はまだ外の様子を気にしていた。
今しがたつけたテレビの画面は、絶賛上陸中の大型台風による豪雨を中継するリポーターを映した後、首都圏の交通情報へと切り替わっていた。
『台風による影響で、本日17:00以降の運休を予定していた各線は予定を大幅に繰り上げて運転を中止しており、これにより終電を逃した利用者たちがーー。』
テレビから流れる音声にぴくりと反応した一郎が弾かれたようにこちらを振り返り、急に焦ったような声を上げる。
「げ、終電もう終わってんのか!?ウッソだろ、帰れねえ!」
焦がれた二色の瞳がやっとこっちを向いたと思えば、今度はニュースが流れるテレビ画面に釘付けなのだからおもしろくない。チッ、と小さく舌打ちをするが、ニュースに夢中の一郎が左馬刻の不機嫌に気付く様子は依然なさそうだ。
「マジかよ、どうすっかな…タクるか?いやでもな…」
さっきまでボーッと窓の外を眺めて思考なんて忘れたような顔をしていたのに、帰れなくなったと分かった途端焦って思考を巡らせ始める姿に落ち着いていた苛立ちがまた顔を覗かせる。何だ、そんなに帰りたいのかと穏やかでない心が騒つく。
こっちが毎回どういう気持ちで帰してると思ってんだ、このクソガキは。
「…てめえ、そんなに帰りてえのか?」
「あ、そうだ左馬刻さん!車出してくれたりとか…うわっ!?何す、」
いつまでも左馬刻の不機嫌に気付かない一郎に業を煮やし、気付けとばかりに思い切り不機嫌を滲ませた声で問いかける。が、期待した反応は返ってこず、あろうことか送って行けと言うつもりらしい。名案とでも言いたげにパッと顔を綻ばせ、昔のように「左馬刻さん」と名前を呼ぶこのクソガキは、図体こそデカくなったものの中身はまだまだ、ただのクソガキらしい。
ふざけてんのか?クソ鈍感も大概にしやがれ。
いい加減我慢も限界値を超えていて、沸々とやり場のない苛立ちが左馬刻の身体を突き動かす。
クソ生意気な口を塞いでやろうと、いつの間にかベッドの側まで戻っていた身体に背後から腕を回し、絡め取って引き寄せる。驚いて見開いた左右で色の違う瞳に、やっと自分だけが映されるのを確認して無意識に口角を持ち上げた。瞼に唇を寄せて閉じさせるとぐい、と片手で顎を持ち上げ乱暴に口付ける。んう、と驚いたような声を漏らしたが、やめてやるつもりは更々ない。声を出した拍子に僅かに開いた唇の隙間から舌をねじ込み、無理矢理口内に舌を差し入れるとさすがに身を捩って抵抗を見せた。奥へ奥へと逃げる舌を追いかけて、絡め取って、吸い上げる。びくりと肩を震わせるのがおもしろいやら可愛いやらで、込み上げる笑みを必死に飲み込んだ。
「ふぅ、んっ…さま、んんっ」
左馬刻のぬるりとした熱い舌先が滑るように、舐めるように、つつ、と歯列を端から丁寧になぞり、そのまま口蓋を絶妙な加減で掠めるように撫でていく。小鳥が啄むような焦れったい刺激に、一郎がぴくりと身体を震わせ甘く鼻を鳴らす度、ふ、と小さく息を吐いて左馬刻が笑う。もう何度もしている行為なのに、いつまで経っても初めてかのような反応をするのだから可愛くて仕方がない。ちゅるちゅるとわざとらしく水音を立てて舌を絡ませると、ふるると睫毛を震わせ感じ入った息を漏らして悩ましげに眉を寄せる。その仕草がなんとも言えず可愛らしくて艶めかしくて、まだ幼い色気にくらりとする。
「おら、ちゃんと舌出せ」
「んあ、ぅんっ、」
こんな大人のキスも、それ以上のことだってもう数えきれないほどしている。普段の一郎は身体を繋げている時でさえ、ムードもお構いなしにやれしつこいだのやれ乱暴だのと口うるさく暴れては抵抗してくるものの、こうして口を塞がれ言葉を封じられたこの瞬間だけは、普段の勝気で生意気な一郎はどこかへ行ってしまって、信じられないほど素直に健気に左馬刻が与える刺激を受け入れ、甘いキスに酔ってしまう。
この瞬間が左馬刻は何より好きだった。
形だけの拒絶も抵抗も、何もかも全部力付くで押さえ込んでねじ伏せて、不満を並べる隙すら与えず、好き勝手に口内を犯して思考を奪う。何も考えられなくなって、ただ左馬刻だけを求める一郎の熱い手のひらが縋るように、あるいはぎりぎりのところで繋がった理性を繋ぎ止めるように、訳が分からなくなってしまいそうな自分を捕まえていてくれとでも言うかのように、一郎の腹に回された左馬刻の腕をきつく握る。力でねじ伏せていたのはほんの一瞬で、一郎の力強い腕は確かに一郎本人の意思で左馬刻の腕に縋っている。
「ふ、ぅ…っさまと、」
途端、腹の底がぐつりと熱く煮え滾り、全身をぐつぐつと沸騰したような血が巡る。
強くてかっこいい、弟たちの自慢の兄貴。周囲から慕われる人望の厚い正義漢。そしてイケブクロ最強と恐れられるこの男を手篭めにして、こんな風にしているのはこの俺だ。この男のこんな姿は紛れもなく、この世界で自分ただ一人しか知らない姿なのだと、そんな自覚が一層、左馬刻の熱を上げた。
「ん、んんっ、ふぁ…っん」
「…ふ、」
ゾクゾクと寒気に似た感覚が背筋を走る。上がった熱をぶつけるかのようにしつこく舌を絡めて口内を蹂躙してやると、混ざり合ってどちらのものとも分からなくなってしまった唾液と一緒に思考までくちゃくちゃになった一郎は、抵抗なんてものはすっかり忘れて自ら舌を突き出し左馬刻のそれと絡め、もっと、もっと、と左馬刻のキスに夢中になる。
ぎらついたナイフのような鋭い眼光は見る影もなく、うっとりと焦点の合わない瞳はうっすらと開かれ滴を溜めて、力強いリリックを紡ぎ出す唇の端からは、飲み込みきれずに溢れた2人分の唾液がてらてらと厭らしく煌めきながら零れ落ちていく。
「ん、ふっ、ぅんっ…、?」
「ふは、メロメロじゃねーか」
つう、と銀色の糸が繋がる。薄く開かれたままの口からだらしなく垂れる唾液で濡れた一郎の下唇を、左馬刻の真っ赤な舌先がぺろりとなぞる。ちゅ、とリップ音を落として好き勝手に貪っていた一郎の唇をやっと解放した。
瞳に透明の膜を張り、蕩けきった表情で見上げてくる一郎にフン、と満足そうに口の端を吊り上げて笑う。左馬刻とのキスにすっかり溺れていた一郎は一瞬、蕩けた瞳で突然離れた唇を追う素振りを見せたが、左馬刻の言葉にハッとしたのかぐい、と口元を拭うと、いつもの強気を取り戻して生意気な瞳を向ける。
「っ、調子乗んな!左馬刻が急にキっ、スなんかすっからっ…」
「サンはどうした」
「あーはいはい、サマトキサンな」
めんどくさそうにそう返す一郎はもうすっかりいつもの一郎だったが、ふわふわした柔らかな黒髪の間から紅く染まった耳が覗いている。
「なんで『キス』で吃るんだよ。もっとすごいことしてんだろ」
カワイイな、と零れた左馬刻のひとりごとにぴくりと反応した耳朶を、ふにふにと指で挟んで弄ぶ。
ついこの間まで、この柔らかな耳朶の中心には塞がりかけたピアスホールががらんと寂しげに空いていた。一郎が左馬刻の元を離れていた時間を表すようにぽっかりと空いていたそこには、シルバーのフープピアスが通されている。薄暗い部屋の中でもきらりと光を反射して、小さいながらもその存在をしっかり主張していた。緩みそうになる口元には気付かないふりをして、耳元で輝くそれを隠す柔らかな黒髪を指先ですい、と掬って耳にかけてやる。唇を寄せると擽ったそうに身を捩るのは照れ隠しだ。
「なあ、帰らなくていいだろうが」
そのままふう、と左の耳に息を吹き込んで、甘えるような声を注ぐ。びくびくと肩を震わせて、んっ、とくぐもった声を漏らす姿は左馬刻の加虐心を酷く煽る。
「っ、はあ?なんでだよ、弟たちが待ってんだよ。つか耳元で喋んな、くすぐってえんだよアホ」
「あ?弟つってももう中坊と高坊だろうが、兄貴が一晩いなくたってどうにでもできんだろ。泊まってけって」
「泊まっ…!て、」
どうやらまだ理性の糸は切れていないらしい一郎はいつもの調子で食い下がる。そう簡単に流されてはくれないらしい。めんどくせえなとまた舌を打ちたくなるが、それではまたいつものように取っ組み合いの喧嘩になるのは目に見えている。
「だいたい一郎、テメェは一体どういうつもりだ?毎回毎回、弟が弟がって何かと理由つけてはそそくさ帰りやがって」
どういうつもりか、もう幾度となく身体を重ねているというのに一郎はまだ一度も左馬刻の家で朝を迎えたことはなかった。最も、夜通し求め合った結果として朝を迎えてしまったことは何度かあったけれど、そういうときも必ず「弟が心配するから」と始発で帰ると言って聞かなかった。左馬刻が車で送ってやると何度言っても「自分で帰れるから」の一点張りで、イケブクロの自宅まで送り届けることを許されたことも、今のところは一度もない。かつてチームを組んでいた頃は一郎が帰る足をなくすとイケブクロまで送り届けるのは左馬刻の役目で、今更遠慮する理由も見当たらないのに。
とにかく何が言いたいのかというとつまり、恋人という関係に再び落ち着いて一緒に過ごす時間がまた増えて、それももうかなりの時間が経つというのに、一郎が左馬刻のベッドで、左馬刻の隣で、共に眠りにつくことは未だにないのだ。昔は毎週のように泊まり込んでたじゃねえか。そう言えたら楽なのだろうが、今の、一郎との距離感を微妙に測りかねている左馬刻にとってはそう簡単なことではなかった。とはいうものの、昔は二人がそういう関係になる前、ただのチームメイト、ただの先輩と後輩だった頃でさえ、度々この部屋に転がり込んではやれ寝巻だのやれ歯ブラシだの、私物を持ち込んで左馬刻の部屋を勝手に侵略していたのに。左馬刻には一郎の考えていることがさっぱりわからなかった。
「やっと想いが通じ合った彼氏様より弟どものが大事ってか?」
「か、れしって」
「あ?そうだろうがよ」
「そ…、だけど」
さっきからどうも、歯切れが悪い。
こっちは今時月9の王道恋愛ドラマでも使わないような歯が浮きそうなクソ恥ずかしい台詞を吐いてやってるってのに、なんだその煮え切らない態度は。
「朝まで一緒にいんの、そんなに嫌かよ」
「、は…、違っ、そうじゃねえ!いや、その…な」
わざとトーンを落として拗ねたような声を作る。一郎がこの手の左馬刻の声に弱いことを、左馬刻は知っている。呆けた声の後、焦ったように勢いよく否定の言葉口にした一郎はらしくなく「あー」とか「その」とか言い澱んでいる。左の耳にちゅ、ちゅと口付けていた唇を離し、肩口にぐりぐりと額を擦り付けると、一郎がケラケラと笑い声を漏らす。
「おい左馬刻!くすぐってえって」
「誤魔化してんじゃねえぞ」
「…チッ、流されねえってか」
腹に回したままの腕にぎゅう、と力を入れると観念したのか、腕を握っていた手のひらが指を絡めとって、ぽつぽつと静かに言葉を零す。
「や、その…なんだ、あれだよ、あの、な」
「………」
無言で先の言葉を催促する。
「……恥ずかしい、んだよ」
「は?」
恥ずかしい。予想しなかった答えに左馬刻の間抜けな声が静かな部屋に響いた。
「なんかさ、俺ら、違うだろ。恥ずいんだよ。お前と、そういうの。照れるっていうか…」
「………」
落ち着かないように絡めた指先を弄びながら一郎が視線を落とす。長い睫毛が気まずそうに影を作る。
「ほら、こうやってセックスするようになってからも、終わったらすぐ帰る感じだったし」
「テメェが勝手に帰ってたんだろ」
「いちゃいけないと思ってたからな」
「それもテメェが勝手に」
「…まあ。セフレみたいなもんだと思ってたし」
はあ、と思わずため息が零れる。いつぞやの思い込みの話をまだ引きずっているらしい。そんなつもりはなかったと、そう伝えようと左馬刻が口を開く。
「だからそれもテメェの、」
「わかってる。左馬刻、『俺がなんとも思ってねえ奴相手にこんな必死になるわけねえだろ!』って、少女漫画ばりの台詞、かましてくれたもんな」
「……うるせえよ。つか台詞丸コピしてんじゃねえ、忘れろ」
「はは!絶対忘れてやんねえ。死ぬまで覚えててやる。俺あれ嬉しくて後でちょっと泣いたんだよな」
「…そーかよ」
「いやホントあれは熱烈な告白だったな〜」
「やめろっつってんだろうが!」
できれば忘れてほしい話題を掘り返されて、一郎の肩に乗せた顎をぐりぐりとめり込ませる。痛いからやめろと笑いながら言う一郎は、文句を零しながらも随分楽しそうだ。
「つか恥ずかしいってなんだ。キスもセックスも死ぬほどしてんのに」
「あー、わかんねえ?なんつーか、バクバクすんだよ、ココが」
ココが、と言いながら一郎が絡めたままの左馬刻の手を自分の左胸に当てる。トクトクと一定のリズムを刻んで手のひらに伝わる少し速い鼓動が心地良い。
「ヤんのはもう今更恥ずかしいとか、ねえんだけど。アンタに抱かれた後、どんな顔して隣にいりゃいいのかわかんねえんだよ」
なんか妙に緊張しちまうんだよな、と照れたように一郎が笑う。
「…なんだそれ」
そう言うのが精一杯だった。
つまるところ、こういうことらしい。恋人としてではなくただセックスするだけの関係だった期間が長すぎたせいで、恋人としての行為の後の空気がどうにも気まずくて、むず痒くて、恥ずかしい、と。朝起きた時に隣に左馬刻がいることを考えると緊張して眠れねえ。そう言って笑う横顔に初めて身体を重ねたあの夜の幼い笑顔が重なって、胸がぎゅうっと軋んだ音を立てた。
いつもこの手をすり抜けて扉の向こうに消えていく憎らしい背中に、そんな可愛い理由を抱えていたとは。絡められた指を強く握って、頸に顔を埋めた。
「やっぱ今日、帰したくねえわ」
「おー…なんか俺もそんな気分になってきた」
「…大好きな弟たちはいいのかよ」
「あんまり弟ばっか気にかけてっとヤキモチ妬く奴がいるからな」
「……テメェ、あんま調子乗ってっとハメ殺すぞ」
「やめろよ、左馬刻が言うと冗談に聞こえねえ」
「本気で言ってんだよ」
部屋の中に充満した甘ったるい空気がこそばゆい。ふわふわして、むずむずして、なんとなくばつが悪いような、でもどこか心地良いような。
埋めていた頸にちゅう、と口付ければ擽ったそうに肩が震えて、ゆるりと顔を上げると目の前で一郎のピアスがキラリと光る。それごと食むように耳朶を口に含むと一郎がふはっと笑った。
「アンタ本当好きだよな、俺のピアス。さっきも触ってた」
「テメェがそれつけてんの見てっと『俺のオンナ』って感じすんだよ」
「…そのオンナってのやめろよ」
「俺のもんって意味だろうが、わかれよ」
「わかってるっつの」
わかってる。左馬刻の記憶が正しければ、それは肯定の言葉だ。てっきり「テメェのもんになったつもりはねえ」とか「物扱いすんじゃねえ」とか、そんな類の言葉が返ってくると思っていた。だが実際はそんなこともなく、ただ静かに肯定されただけだった。じくじくと甘い痛みが胸の中心から広がっていく。『俺のもん』って言われんのはいいのかよ、とは言えなかった。きっと馬鹿みたいに浮かれた声しか出ないことは自分が一番わかっている。
「でもやっぱり『好き』は言ってくんねえんだよなあ、俺の照れ屋な彼氏さんは」
膨らんだガムが弾けるみたいに、唐突に一郎が口を開く。楽しげな色を滲ませた声色が、ふわふわと纏わりつくように2人を包む甘い空気を少しだけいつもの2人の雰囲気に近付ける。
「…うるせえ、照れ屋じゃねえ。生意気な口聞いてっとまた泣かすぞ!」
「うわっやめろ!しつこいんだよ左馬刻は!」
「あ?それが好きなんだろうが」
「はあ?自意識過剰かよ」
「アァ!?」
「はいはいゴメンて、んうっ」
生意気ばっかり抜かしてんじゃねえ、と噛みつくようにキスをする。さっきみたいな蹂躙するような、奪うような激しいキスじゃなく、撫でるように愛しむように、何度も何度も角度を変えて。ちゅるちゅると可愛い音を立てて、左馬刻のキスに応えるように一郎の舌が絡む。
「ん、あふ…っん…は、」
コツンと額を合わせてお互いの熱を確かめ合う。後頭部に回した手がするりと耳を撫でると一郎が可笑しそうに笑う気配がした。
「一郎」
「…なんだよ」
「……………好きだ」
たっぷり間をあけて絞り出すように放った言葉は掠れて、上手く声にならなかった。
自然に離れた額が熱を失う。驚いた瞳と目が合って、数秒時間の流れが止まる。
見開いた瞳がとろりと溶けて、それから瞼が半分落ちる。すうっと細められた目は優しげに目尻を下げて弧を描いた。
「ははっ!珍しいな。…俺も」
いつもの真夏の太陽みたいな眩しい笑顔じゃなく、秋の夕焼けの溶けた日差しみたいに穏やかに微笑って一郎が言う。ああ、こいつはずっとこれを欲しがってたのかと、その表情を見て妙に納得した。言葉にしたのは初めてだったかもしれない。たった二文字。こんなに簡単なことだったのに。
「んぅ、!?っちょ、まて…っん、って…!さまと、き!」
「あんだよ」
「マジで、すんの?」
「あ?たりめーだテメェ、帰さねえっつったろ」
後ろから抱え込むように抱き竦めていた身体をそっとシーツに沈める。覆いかぶさるようにして顔を近づければ一郎が大人しく瞼を落とす。もう何度目だかわからない、今度は何も考えられなくなるような蕩けるようなキス。ゆっくり味わうように舌を絡めて吸い上げると、手持ち無沙汰な手のひらが一郎の顔の横についた左馬刻の手を辿り、縋るように手首を掴む。
息をつく間もないような激しいキスじゃない。呼吸の合間に文句の一つや二つを挟む余裕は十分あるが、とろんとした瞳で左馬刻を見上げる一郎にもうその気はないらしい。
「キス」
「、は?」
「してる時だけは本当に別人だなテメェは」
「……意味わかんねえ」
「嘘つけ、わかってんだろ」
言い当てられたのが恥ずかしいのか、ふいっと逸らした顔はほんのり赤く染まっている。思わずぶはっと吹き出すと赤い顔のせいで迫力が半減した睨みを決められた。
「…そういや」
「なんだよ」
「『帰れねえかもしんねえ時は行かねえ』ってしつこかったのによく来たな、このクソ台風の中」
窓の外にちらりと目をやって、ずっと抱えていた疑問を口にする。
「あー…まあ。夕方まで電車あるって、思ってたし。それに、」
一瞬気まずそうに泳がせた目がかちりと視線を合わせてくる。星を湛えたようにきらきらと揺れるオッドアイが真っ直ぐ射抜ように左馬刻を見つめる。
「……今日逃したらしばらく会えねえなって、思って」
にい、と曲線を描いて上がる生意気な口角と、挑発的な瞳。また赤くなった耳はそのふたつにはあまりに不似合いで可愛くて、思わずふっと笑いが零れた。
「おーおー。どうした、今日はやけにカワイーことばっか言ってくれんじゃねえか?」
「…るせえ、台風のせいだろ」
「ふぅん?毎日台風だったら素直じゃねえ一郎クンも毎日素直でいてくれんのになァ」
「毎日台風とかありえねえから諦めろ」
外は相変わらずの土砂降りで、雨はしばらく止みそうにない。コンクリートを激しく叩く雨の音も、木々を揺さぶる風の声もこの部屋には入ってこない。窓を叩く雨粒は透明の薄いガラスの結界に弾かれて割れた。
今だけ、この雨が止むまでは。誰にも邪魔されない2人の世界だ。まるで世界中に2人だけみたいだな、なんて考えてしまうのはきっと、この部屋のクソ甘ったるい空気にあてられたんだろう。
「なんか世界中に俺らしかいないみたいじゃねえ?」
悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべた一郎が腕を伸ばして左馬刻の首に絡みつく。そのままぐい、と引き寄せて、なあ?と甘えるように首を傾げた。
「…ンだそのめんどくせえ女みたいな台詞」
「はは。満更でもねえくせに」
「……言ってろ」
生意気な唇にちゅう、とひとつキスを落とす。噎せ返りそうな甘い雰囲気も今の俺らには悪くねえだろ。
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台風の日にヨコハマまで会いに行ったら終電が予定より早く終わっちゃって帰れなくなった一郎と左馬刻が一日中ベッドでイチャつく話。大昔ツイッターで言ってたやつです。和解後。糖度95%。<br /><br />本当はスローセックスが入るはずだったんですが長くなったので割愛。若干セフレみたいな時期があったけど、左馬刻はそんなつもりで関係持ってなかったっていう設定があったりなかったり。<br /><br />なんで私がさまいち書くとポエムになるんでしょうか。嫌ですね。<br /><br />ーーーーーーー<br /><br />▶︎10/2追記: コメントやマシュマロありがとうございます。続きになるかはわからないですが、割愛した部分はどこかでリベンジできればと思っています。ブクマ、いいね、タグも本当にありかとうございます!
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ふたりの箱
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10160260#1
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――とある休日、某高級マンションの一室にて
「……陽乃さん、後ろに敵がいます。」
「オッケー、じゃあ私が迎え撃つからカバーよろしく。」
「了解です。」
俺たちは今、某人気バトルロワイヤルゲームをやっている。
……このゲームをするために、俺たちは高スペックなPCを2台購入した。
なんでも陽乃さんが、お義父さんにおねだりして買ってもらったらしい。
「八幡?ちゃんと私のカバーしてる?」
娘のおねだり一つで、こんな〇十万もする物を買うなんて、お金持ち一家ってすごいなぁ……。
あ、俺もその一家の一員だったわ。
「……なんか急に胃が痛くなってきた。」
「『胃が痛くなってきた』じゃないよ!?ちゃんと私を守ってよ!?」
[newpage]
「もう、八幡が守ってくれないから死んじゃったじゃない。」
「……すみません。」
「罰として、コンビニで飲み物買ってきて。」
あの後、お金持ちのすごさを改めて感じていたら陽乃さんが死んでいた。
罰として飲み物を買ってこい、とのことだが……。
「……冷蔵庫の中に飲み物あるでしょう?」
「冷蔵庫の中、マックスコーヒーしか入ってないよ。」
「十分じゃないですか。」
「どこが!?」
「?」
俺、何かおかしいこと言ったか?
「『いや、なに言ってんのこの人』みたいな顔しないでよ!?おかしいでしょ!?なんでこの家の冷蔵庫にはお茶とか水もないの!?」
「マックスコーヒーは水みたいなもんでしょ。」
「あんなの水みたいに飲んでたら、糖尿病まっしぐらだよ!!いいから早く買ってきなさい!!」
「……はい。」
********
30分後、陽乃さんに「これで買えるだけ飲み物を買ってきて。」と言われ千円を渡された俺は、飲み物を両手いっぱいに抱え帰宅した。
こんな時に限って、マンションのエレベーターが点検中とか……マジで死ぬかと思った……。
「た、ただいま戻りました。」
帰宅し部屋に戻ると、そこには難しい顔をしてモニターを見ている陽乃さんがいた。
[newpage]
「――で、難しい顔して何を見ていたんですか?」
「あのね、八幡がお使いに行ってる最中に一人でゲームやってたら、こんなのが送られてきてね?」
そういって俺に見せてきたのは、知らないプレイヤーからのメッセージだった。
「なんですかこれ?一緒にやりましょうって誘われたとか?」
「……これなんだけど。」
送られてきたメッセージの内容は、『チート使うな』や『チーター死ね』といった内容だった。
「……これはひどいですね。」
「ホントだよ!!私、チートなんて一切使ってないのに!!」
……まあ、この人自体がチートみたいなものだから、あながち間違ってないんだよなぁ。
「ハチマン?」ニッコリ
「ひ、ひゃい!!すみませんでした!!」
「八幡へのオシオキはまた今度にするとして、これどうしようかなぁ……。」
あぁ……、今日はまた寝れないのか……。
「さっき確認したら、こういうメッセージが知らないうちに何十件も来ててね……、それに八幡も同じパーティーだったから、疑われてるよ?」
「……まあ俺たちがチーター並みに上手いってことでしょ?あまり気にしなくても大丈夫じゃないですか?」
「そうだね、私たち上手いからしょうがないよね!」
そういって胸を張る陽乃さん。
……今夜は胸でして貰おう。
[newpage]
――1時間後
「さて、そろそろ再開しよっか。」
「ですね。」
そういって俺たちはゲームを起動する、が――
「あれ?なんかエラーが出るんだけど……。」
「俺もですね、なんすかこれ。」
「待って、何か書いてある……、えっと……、
『あなたはBANされました』
って書いてあるけど……、八幡、BANって何?」
……マジか。
「八幡?」
「陽乃さん、BANっていうのはいわゆる『追放』とかっていう意味です。おそらくチートを使ったと認定されて、運営にゲームから追放されたんだと思います。」
「は?だって私たち、チートなんて使ってないよ!?」
「おそらく、たくさんのプレイヤーに通報されたことで、運営が俺たちをチーターだと思ったんでしょう。」
「いわゆる誤BANってやつですね。」
――部屋の空気が凍った。
「……なにそれ、納得いかない。」
「は、陽乃さん?」
「運営会社潰してやる。」
あ、この目はヤバい目だ。
「ちょ、陽乃さん、落ち着いて!」
「跡形もなく消し去るか……、それとも買収して私のものに……。」ブツブツ
これはヤバい状態だ……、やりたくないけどあれをやるか……。
「陽乃さん!落ち着いて!」
そういって俺は陽乃さんに抱き着く。
「ふぇっ!?は、八幡何してるの!?」
「一旦落ち着いてください。誤BANなんですから、運営に言えばまたできるようになりますって。」
「で、でも……。」
「今日は終わりにして、どこか出かけましょうよ。」
「いいの?」
「ええ、今日はどこにでも着いていきますよ。」
「……イッタネ?」
「え?」
「ホテル、イクヨ。」
「……え?」
「ラブホ、イクヨ。」
「ちょ、ちょっと待ってください……。」
ふぇぇ……、小町ぃ……たすけてぇ。
「ヒキガヤクン。」
「は、はいっ!!」ビクビク
「このストレスを全部キミにぶつけるから。」ニッコリ
「(明日の一限、間に合うかなぁ……)」
次の日、『遅刻してきたミイラが独神に殴られていた』という噂が流れたのは別のお話。
[newpage]
――翌日、学校にて
「お、おはようございます……。」ビクビク
「おはよう比企谷、私の授業に遅刻するとはいい度胸だな?」
「ひ、平塚先生、これには理由がありまして……。」
「ほう……、理由とはこれのことかね?」
そういって見せてきたスマホの画面には、ホテルのベッドで寝ている俺に陽乃さんが抱き着いている写真だった。
「そ、その画像は……?」
「陽乃が今朝送ってきたんだ。」
「遅刻してきたうえにこんな画像を私に送り付けて、死にたいようだな?」
「ち、ちがうんです!」
「問答無用!!死ねえぇぇぇぇ!!!!」
「グハッ!」
「リア充爆発しろ!!!!」
「な、なんで……こんな目……に……。」
ピコン
From:雪ノ下陽乃
昨日オシオキし忘れたから、静ちゃんにお願いしちゃった☆
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二人三脚シリーズ2作目です。<br />今回は私の体験談をもとに書きました。<br />次回はもう少しゲームメインで書けるよう頑張ります。<br />それでは、よろしくどうぞ。<br /><br />この作品は「ゲームで一転攻勢」series.php?id=1011030の続編になります。
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ゲームで二人三脚 2
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10160273#1
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【あてんしょん!】
オリ主が転生したらそこは好きな漫画の世界でしたな話ですが内容がコレジャナイ。
逆ハーを夢見る転生ヒロインと、なぜかBLフラグばかり建ちまくるキセキと相棒組の話。
主人公は転生ヒロイン()だけど黒バスキャラとの恋愛的要素は皆無です。むしろツッコミ役。
ヒロイン()視点で話が進むのであんまりCP要素というか甘さはない。ギャグ100%。
時系列はWC終了後。ヒロイン()の名前は登場しません。
若干タグにないCP要素がちょこっとだけあります。
キャラ崩壊、ねつ造過多、ご都合主義。
なんでも許せる方向けです。
[newpage]
私は転生者だ。
一回死んで前世の記憶を持ったまま生まれ変わった。
そんなラノベみたいな話があると思うか?
あるんだなこれが。
前世の私は婚活に命を懸けていたアラサー女だった。
見た目は平々凡々。色気もない地味女でアラサーだし、そりゃあ若いイケメンと結婚出来るとか夢は見てなかったよ。
ちゃんと分をわきまえてそんな高いハードルなんかかけてなかった。
あんまり年収やばい男はともかく、年齢とか職業とかだいぶ制限緩いし。
だからって婚活三十連敗記録更新した上、三十連敗目の相手の五十過ぎ男に「やっぱりもっと若くてかわいい子がいいから」ってフラれてみ?
てめえもっと若くてかわいい子が婚活市場に出て来ると思ってんのか仮に出て来たとして五十過ぎ男を選んでくれるとでも思ってんのかあぁん?ってキレて自棄になってたんだ。
自棄酒して千鳥足でふらっふらになって歩いてたら車にはねられて死にました。
うん、まあ、自業自得です。むしろはねちゃった車の運転手さんすまん。あと私の家族もすまん。
そして気づいたら私はなにもない真っ白な空間にいた。
『ここは生と死の狭間。
あなたはこのあと転生するか、このまま消えるか選ぶことが出来ます。
もしも転生を選ぶならば不運な事故で死んだあなたに、ひとつ願いを叶えてあげましょう』
天の声というべきか、そんな不思議な声が聞こえたので私は迷わず、
「行く先々でイケメンに出会うイケメンパラダイスな人生プリーズ!」
と叫んだ。
気づいたら、私は女子中学生になっていた。
というか、前世の記憶が戻ったのが中学生のときだったのだろう。
前世は平々凡々な容姿だったが、今世はまあまあかわいい顔立ちで生まれたと思う。
アイドルになれる、というほどではないが愛嬌のある顔立ちだ。
しかも中身はアラサーである。コミュ力も生活スキルもそこらの女子とはちがう。
前世の経験を活かして立ち回ったおかげか、気づけばクラスの人気者。
姉御肌の頼れる子として同級生の女子たちに慕われていた。
ってちがう。同性にモテてどうすんだ!
そうは思ったが、まあ男子にもそこそこ普通に接せていたから大目に見て欲しい。
彼氏いない歴年齢分だったんだから仕方ないじゃないか。
しかし、私は奇妙な既視感を覚えていた。
どうもこの学校の制服とか学校名、どっかで覚えがあるんだよなあ。
どこで見たんだったか?と首をかしげてうんうんうなっていたら、同級生の男子(たぶん)に声を掛けられた。
「なあ、ちょっといいか?」
「あ、は…っおう!?」
私は振り返るなりひっくり返った声をあげてしまった。
だって目の前に黒髪つり目のイケメンがいたんだからびっくりするだろおい!
おいおい怖いな中学生でこれかよ末恐ろしい。
「あ、悪い。脅かしたか?」
「あ、ううん。ぼうっとしてただけだから。
えっと…」
「ああ、すまん。
オレ、C組の虹村。
バスケ部入ってんだけど、人からすっごい面倒見が良くてバスケに詳しいやつがいるって聞いてさ、マネージャーとかやる気ねえかなって」
「…あー……………………………………ハイ?」
私はそのまま頷きかけ、固まった。
「…虹村って、虹村修造さん?」
「え、あ、おう。知ってた?」
「…そしてここは帝光中学?」
「いやそうだけど生徒だろ?」
「後輩にキセキの世代がいる?」
「あ、なんだ知ってんのか」
「黒バスの世界じゃねえか!!!!!!!」
私は思わずうっかり叫んでしまった。
ああああああああそうだよどっかで見た制服だと思ったしどっかで聞いた学校名だと思ったわ!
黒子のバスケの世界じゃんここ!
こいつ虹村修造じゃん!元帝光バスケ部主将の虹村さんじゃん!
やっべえ気づくの遅れた!
だって仕方なくない?こちとらアラサーよ?
中学生の授業についていくのに必死でほかのこと考えてる余裕なんてねーよ!
数学?歴史?記憶の彼方にすっ飛んでたんだから覚え直すのに必死だったよ!
幸いCA目指してた時期もあったから英語と国語と地理はまあまあ出来たけどさ!
そう、前世大好きだった漫画「黒子のバスケ」。
平凡な主人公がバスケで全国大会優勝するスポーツ漫画だ。
そして私はそれにハマっていた、が、残念なことに人の心は移ろうもの。
原作やアニメも終了したあと、私はほかの盛り上がっているジャンルに移ってしまい、黒バスのことも過去の好きなものとしてしまい込んでしまったのだった。
まあでも学校名で気づけよ、とか言われそうだけどさ、普通自分が好きな漫画の世界に転生するとか思わないじゃん?
ましてあくまで「漫画のキャラ」として、二次元のキャラとして愛でていた相手が三次元になったらすぐに気づかないでしょ?
漫画のキャラじゃなく、リアルの生身を持った存在として目の前にいるんだから。
しかし物は考えようだ。だって私は転生前にこう願った。
イケメンパラダイスな人生が欲しい、と。
これはきっと神様が願いを叶えてくださったおかげなのだ!
ならばそのチャンス、乗っからない手はないだろう。
「あ、あの?」
「あ、ご、ごめんなさい。
ちょっとびっくりしちゃって。
ええと、あまり面識もない私にいきなりマネージャーって言うから!」
「あ、ああ、そうだよな。悪い。
その、すげえ面倒見がよくてバスケに詳しいって聞いたからさ。
なかなか長続きするマネージャーがいなくて。
バスケ、好きなのか?」
「もちろん好きよ。
私で良ければ力になるわ」
わかっているわ神様。これは恋愛フラグ。
マネージャーになることによってあのイケメンなキセキの世代たちとの恋愛ルートが開くということね?
あ、でも年齢は虹村さんと同年代なのか。じゃあ虹村さんルートもあるのかな?
そんなことを思っていた時期が、私にもありました。
結論から言おう。
恋愛ルートには入らなかった。特に。
普通にマネージャーとして雑務に追われていただけだった。
そもそも虹村さんが私に声をかけてきたのは二年の初め。
よって共に過ごせる時間は一年半足らず。フラグ建てるには三年間ないとダメだろう神様!記憶が戻るの遅すぎだわ!
いやいやいや、よく考えよう。原作通りならばキセキの世代は中二の秋に瓦解するわけだ。
恋愛フラグ云々どころではない。
ならば誠凛高校に入学し、マネージャーになって新たにフラグを建てるのみ。
中学時代、マネージャーをやっていたのはキセキの世代からの信頼を得るため、と考えればおかしな流れではない。
帝光中学のバスケ部マネージャーをやっていたという経験から、誠凛高校のバスケ部のマネージャーにはすんなりとなれた。
しかしやっぱりまたしても雑務に追われていただけだった。
黒子君と火神君が入部してきてからもさして変わらない日々。
気づけば普通に応援していた。だってやっぱり生で見るのは迫力がちがうよね?
でもなにかちがう。確かにイケメンたちに囲まれてウハウハではあったが、これは恋愛ゲームではなくただの青春スポ根漫画ではなかろうか。
そう思った私に転機が訪れたのは誠凛高校に入学して二年目の冬だった。
「あの、先輩に相談があるんです」
そう、真剣な顔で黒子君に切り出されたのだ。
場所はマジバの奥の席。いい感じに空いていて二人きり。
とうとう恋愛フラグパイセンが仕事をしてきたか!と私は内心ガッツポーズをした。
「実はボク、好きなひとがいて」
うん?
「先輩は中学時代から非常に頼もしく、女子たちの相談もよく受けていたと聞いたので。
その、突然で驚かれたかと思いますが…」
…………………うん。そっちか。
私は内心落胆のため息を吐いたが、いやでもおかしくはないよな、とも思った。
そもそも普通の恋愛ゲームだって選択肢によって誰のルートに入るか、攻略本でもない限りわからない。
気づかないうちに、黒子ルートからは外れていたのか、いやむしろこれがルートに入る分岐点なのか。
まあ「頼りになる姉御肌の先輩」としてはまず話を聞いてみるべきだろう。
「あー、はい。そういうことね。
わかった。
私で良ければ話を聞くわ」
「ありがとうございます」
「単刀直入に聞くけど、そのひととは親しいの?」
「…親しいとは思います。
同じ部ですし、よく話しますし。
バスケのことになると厳しいところもありますが、なによりひたむきで真摯で、だからこそ口には出せなかったのですが…」
儚げに微笑む黒子君を見ると母性が刺激されるというか、力になってあげたくもなる。
だって私、中身はアラサーだし。
しかし、黒子君と親しくて同じ部にいた子となると…?
はっ!わかった!桃井ちゃんだ!
同じバスケ部にいてひたむきで真摯で黒子君と親しい女の子っていったら、相田さんか桃井ちゃんしかいない!
相田さんの可能性もあるが、可能性が高いのは同中だった桃井ちゃんのほうだろう。
私は親のような微笑ましい気持ちになった。
黒子君ってばやっぱりにっぶいな。あんなにわかりやすく好かれてるのに気づかないとは。
漫画を読んで知っていたからもあるが、実際同じ部でマネージャーとしてやってるだけでも桃井ちゃんの気持ちはわかりやすかった。
にも関わらずまったく気づいてないとは、まあでもあんなモデル級美少女が相手じゃ自分に自信が持てなくても仕方ないかな?
「ただ…」
「ただ?」
「最近、なにか思い悩んでいるようで…。
ボクが聞いてもごまかされるだけで、それに、偶然黄瀬君と話しているのを聞いてしまったんです。
『好きな人がいる』って」
はっはーん。
なんという勘違いテンプレ。
それは間違いなく黒子君のことだよ!でも中途半端な部分しか話を聞いていなかったからほかに好きな子がいるって誤解しちゃったのね?もしかしたら青峰君のことが好きかもと誤解しているかも?
となれば私の取る道はひとつ。
黒子君を応援して桃井ちゃんとくっつけちゃう!
黒子君がほかの女のものになるのはやや惜しいけど、その分、黒子君からは絶大な信頼が手に入るし、桃井ちゃんを敵に回さずに済むし場合によっては彼女からも協力を得られるかもしれない。
いや、まあ同じ部にいたし信用されてないわけじゃないだろうけどね。信用されてるからこうして打ち明けてくれたわけだし。
でもその信用を信頼に押しあげ、協力を得るには必要なプロセスだろう。
「黒子君」
私は慈母のような笑みを浮かべ、やさしく彼の名を呼んだ。
「黒子君はどうしたいの?」
「…え、それは、」
「私に相談してきたってことは、ほんとうはこのままじゃ嫌だって思ったからじゃない?」
「…それは、そうです、でも、…」
黒子君はうつむき、思い悩むようにため息を吐く。
「私、黒子君の好きなひとが誰のことかわかるよ」
「えっ」
「とてもバスケが好きで、仲間思いのやさしいひとだもの。
黒子君が好きになるのわかる」
「…おかしい、と思いませんか?」
「なぜ?
ひとがひとを好きになるのに、おかしいなんてことはないでしょ?」
「だって、ボクと、では…釣り合わないとか…」
「そうかなあ。
私からはそうは見えないけど」
私は年上の頼れる姉御肌の先輩らしく、やわらかな微笑みで彼の背中を押すように語りかけた。
「黒子君は自分を過小評価しすぎよ。
釣り合わないなんてそんなことない。
それになにより、ほんとうは好きで仕方ないから、あきらめられないからこうして私に相談してきたんでしょう?」
「………はい」
「ねえ、黒子君はいつも言っていたわよね。
あきらめるのだけは嫌だって」
「あ…」
「あきらめようとしても、きっと黒子君は苦しいはずよ。
それならいっそ、思い切って行動したほうがいい。
だいじょうぶよ。
きっと黒子君の好きなひとなら、黒子君を嫌ったりしない。
そういうひとだから好きになったんだって、一番わかっているのは黒子君のはずよ?」
私の言葉に黒子君は大きく瞳を見開き、くしゃりと泣きそうに顔をゆがめ、それから吹っ切るように微笑んで「はい」と頷いた。
そして翌日の昼休み、私は購買で買ったパンを食べようと中庭に足を運んでいた。
黒子君はああ見えて思い立ったら行動が早いから今日の放課後にでも桃井ちゃんのところに行っちゃうかも。報告が楽しみだわ~なんて思いながら空いているベンチを探していた矢先だ。
「あ、あの、好きです!」
なんかまさにタイムリーな言葉が聞こえてきて、思わず木陰で足を止めてしまった。
「悪い。オレ、今はバスケのことで手一杯だし…」
続いて聞こえてきたのは申し訳なさそうな男の声。
中庭に佇む火神君と見知らぬ女子の姿が離れた場所に見えた。
あら、いかにもな告白現場だ。まあ、火神君モテるからなあ。でもやっぱり断るのよねえ。
強面で長身だが中身は純朴な好青年そのものな火神君はまあモテる。
でもバスケ一筋だし、いつも断ってるらしいって話は聞いていたけど。
「…じゃ、じゃあ、ラインとかだけでも…」
「あー、…その、…悪い」
「…好きな子とか、いるの?」
「………………え、あー、いや」
「…やっぱりいるんだね」
「…あー…………………まあ……………」
泣きそうな女子の声に、火神君もつい口が滑って認めちゃったっぽい。
ていうか、え!?火神君好きな子いたんだ!?
黒子君に続いて火神君までってことはこの二人のルートからは外れていたのか!?
まあでも好きな子がいたっておかしくはないよねえ高校生だしねえ、って軽くショックを受けつつ木陰で見てたら黒子君が私に気づいて校舎のほうから歩いてきて、私もある程度彼の影薄に慣れて来てたからあんまり驚かずに済んだんだけど。
「のぞきはいけませんよ?」
「だよね。たまたま通りがかっただけだったんだけど」
「まあ、火神君はモテますし。中庭ってけっこう告白の呼び出し場所として使われているらしいですからね」
「でものぞきはアレだよね。退散しよっか」
「…はい」
思えばこの時点で私は気づくべきだった。
黒子君の表情がやけに物憂げというか、切なげなことに。
しかしお馬鹿な私は気づかず、
「あ、でも、火神君ってやっぱりモテるんだ」
「…そうですね。なぜか毎回断ってますが、まあ今はバスケのこと以外考えられないんでしょう」
「え?好きな子がいるって言ってたよ?」
「え?」
今思うとやらかしたよね。
だって、火神君と一番仲の良い黒子君なら当然知ってるもんだと思ってたし。
あからさまに固まってしまった黒子君に戸惑う私。
しかし私たちの存在に未だ気づいていない女子が私以上にやらかしてくれた。
「じゃあ、やっぱり、…黒君が好きなんだね?」
「ファッ?」
「ファッ?」
おい真顔でなに聞いてんたそこのお嬢さんよ。
私と黒子君の声がハモったじゃねーか。いや、幸い火神君たちには聞こえてなかったが。
まああのお嬢さんが私のやらかしを無に帰してくれたからね!
喜べばいいのか微妙だけどね!
しかも私たち木陰にいたから、火神君たちの位置からだと見えないのよ。
だからまだ二人とも気づいてなかったみたいで、火神君はめっちゃ驚きながら真っ赤になって、
「え、な、なんで…!?」
ってしどろもどろになってるのよ。どういうことだってばよ。
「わかるよ…。一目瞭然だもん…。みんな知ってるよ…」
健気に微笑む女子にますます真っ赤になる火神君。
え!?そうなの!?という目を黒子君に向ける私。ボクまったく知りませんという感じで首を横にぶんぶん振る黒子君。
だがしかしその顔は火神君に匹敵するほどに赤い!
あれ、ちょっと待ってこれは!?
「でもあきらめが悪いからすっぱりフラれたほうが二人を祝福出来るかなって思ってさ!
ごめんね!」
「…悪い。ありがとな」
「そういうことだから早く黒子君に告白しちゃいなよ?黒子君、鈍そうだもん」
「…いや、でもよ。男同士だし、あいつにバレて気味悪がられたら…」
「黒子君がそんなことするわけないじゃない。たとえ受け入れられなくたって、火神君を嫌ったりするようなひとじゃない。そんなの火神君が一番わかってるんじゃないの?」
「…そう、だよな」
フラれたのに相手や恋敵を恨みもせず、叱咤激励して背中を押す健気な女の子の姿に私は思わず「なんて良い子なんだ…」とうるっとしてしまった。
ていうか昨日の私と似たようなこと言ってんなこの女子。なんだこの既視感っていうかいたたまれなさは。
べつに隣に黒子君がいるのを忘れようと現実逃避してたわけじゃないぞ。
それにこれまずくない?だって黒子君は桃井ちゃんが好きなわけでさあ、と焦りながら黒子君の顔を見た私は固まった。
やっぱりめっちゃ真っ赤。しかも泣きそう。
私は悟った。「あっ(察し)」ってなった。
だってよく考えたら昨日、黒子君は「好きなひとは桃井さん」なんて一言も言ってない。私が勝手に早合点しただけで。
そして黒子君の好きなひとの特徴はめちゃくちゃ火神君に当てはまる。
こうなったらもう、私の取る道はひとつだけである。
ここまでお膳立てされて、阻止出来るか!?無茶だろ!?無理ゲーだろ!?
私は深呼吸をすると黒子君の肩をぽん、と叩いて微笑みかけた。
「ほら、ね?
…だいじょうぶだったでしょう?
行って来なよ。
黒子君も、言いたいこと、あるでしょう?」
「…先輩」
私は演じた。ものの見事に演じて見せた。
後輩の恋を応援する頼りがいのある先輩を。
黒子君は瞳を潤ませるとこくん、と頷き、火神君のほうに走って行く。
あの女子はもう立ち去ってその場にいないから、中庭はまるで火神君と黒子君の二人だけの世界のようだ。
真っ赤になってなにか話しかけた黒子君に火神君がびっくりして、それからますます赤くなる。
私は心の中で叫んだ。
えんだあああああああいやああああああああああと叫んだ。
べつに、泣いてなんかない。
[newpage]
「あの、実は相談があるんスけど!」
黒子君と火神君が交際開始してから一週間後。
私は再びマジバにて、今度は顔を真っ赤にした海常のエースこと黄瀬涼太にそう言われていた。
はいこの展開デジャブ!一週間くらい前に見た光景だね!
またもや運良く(?)マジバにはほかに客がおらず、店内には黄瀬君と私のみ。
なんだこのお膳立て状態。いやべつの意味でのお膳立てだろうけど。
「あの、オレ、黒子っちに聞いたんス。
先輩のおかげで火神っちと付き合えたって」
いや、私はなんにもしてないがな?主にやらかしてくれたのあの女子でな?
ていうか天の流れに任せたらああなっただけで、ぶっちゃけあの二人、私がなにもしなくてもくっついたぞ?
緑間君風に言うなら「人事を尽くして天命を待つ」ってやつじゃね?
二人がくっついてから気づいたけど、確かに火神君わかりやすかったわ。
黒子君といつも一緒だし、黒子君がいないと探しに行くし、たまにわんこみたいに後を追っかけてるの見るし、口を開けば「黒子が~」「この前黒子とさ~」「そういえば黒子のよ~」と黒子君絡みの話ばっかだし、黒子君とほかの子が親しげに話してるとなんか不満げだし。
改めて二人にお礼を言われ、交際開始の報告を受けたときは私は内心死んだ。
がんばってマヤって「おめでとう!ぜったいうまくいくって思ってたわ!お幸せに!」って笑顔で祝福したけどな!
だからって追い打ちかけるなよ。やめろよ。これぜったい恋愛相談じゃねーか。
とかいう内心は顔には出さず、再びマヤモードで笑顔になる私。
そうがんばれ私。私は紅天女。
「相談ってなに?
私で良ければなんでも言って」
「あ、あの、実はオレ、好きなひとがいて」
うん、察してた。
「同じ部の先輩で、その、…ど、同性なんス」
おまえもかブルータス(死んだ目)。
なんだなんだ揃いも揃って!またか!おまえもか!
いやいやいや、まだあきらめるのは早いわ私!
黒子君たちのパターンはレアケース!
普通、なかなか同性に告白されて実はオレも、なんてひといない。
たぶん!…たぶん。
なら、親身になって支えてあげてフラれたあと傷心の黄瀬君にアタックするのは王道展開じゃないか!?
よし、となればここは親身になって聞いてあげるしかない。
いやそもそも聞かないって選択肢が最初から出てない気がするけどね!?
とか長考してたら黄瀬君は不安になったらしく、
「…や、やっぱり、気持ち悪いっスかね…」
と落ち込んだわんこのようなまなざしで見てきた。
おいやめろその捨て犬みたいな顔。アラサー女(中見)の母性を的確に刺激してくんな。「そんなわけないじゃない。
人間同士、愛し合うことになんの不自然があるのかしら。
同性とか関係ないほど素敵なひとなのね」
私はがんばってマヤになった。慈母のごとき笑顔でやさしく告げると黄瀬君の顔がぱあっと輝く。
犬か。犬かきみは。ゴールデンレトリバーか。
垂れた耳と尻尾がぴんって立ったのが見えるようです。はい。
「は、はい!
そりゃもう素敵なひとなんスよ!
男前で格好良くてリーダーシップがあってでもかわいいとこもあって、ていうか童顔でオレよりちっさいし上目遣いとかかわいいんスけど!
あ、女子苦手なとこもかわいくって!」
オーケー。はい特定した。特定余裕ですた。
そもそも黄瀬君って時点で好きになる男って限定される。
元帝光中出身者か海常スタメンの誰かになる。
それでその特徴って言ったら一人しかおらんがな。
笠松センパイじゃないですかやだー!
まあ原作からして懐いてたもんな。黄瀬君(遠い目)。
「あっ、す、すんません。
ついテンション上がっちゃって」
「いいのよ。
なかなかこういった話はひとには言えないものね。
まして黄瀬君はモテるし」
「…はい。
海常の先輩たちには言いにくいっていうか、あ、あの、先輩たちが誰かに吹聴するとか疑ってるわけじゃなくって、その」
「お互い知ってる相手だから言いにくいんでしょ?
というか、もしかして言ったら『笠松に手を出すな』とかって牽制されるんじゃ、って心配してるとか?
笠松さんには過保護そうだものね。森山さんとか」
「…あ、もう、バレちゃってます?」
「さっきの特徴でバレないと思ったか?」
「…あ、はい。すんません」
思わず素の口調が出た。
おまえさっきのでわからないと思ったか。黒バスファンを舐めんなよ。
私は取り繕うように咳払いすると、
「ともかく、私は応援するわ。
出来る限り力になるから、安心して」
「あ、ありがとうございます!」
と先輩らしく微笑んでみせ、黄瀬君がほっと安堵の息を吐く。
「しかし、笠松さんかー…。
黄瀬君を可愛がってるのは当確だろうけど、他校生の私には詳しい状況がわからないわね…」
「あ、はい…。
後輩として可愛がられてはいるだろうなってのは、オレにも…。
でも、センパイ、女子が苦手だからって男が好きってことでもないだろうし…」
「そこなのよねー…」
私も黄瀬君も腕を組んで悩んだ。
確かに笠松さんは女子が苦手だ。いやあれもう恐怖症レベルだろ!?ってくらいに苦手だ。
だからって男が好きかっていうとそうでもないだろうしなあ。
うーん、こればっかりは他校生の私には厳しいぞ。情報が少なすぎる。
ひとまず黄瀬君に出来る限り情報を集めてもらおう、とその日は解散になった。
そしてそれからも部活のない日の放課後や週末にマジバやカラオケボックスで黄瀬君と会って情報交換して相談に乗ったものの、やはりいまいち進展が見られない。
だって黄瀬君ってば、笠松さん好きすぎていまいち客観的な情報が得られないんだもの。
「このときの笠松センパイが可愛かった!」とか「笠松センパイほんと男前で!」とかそれはおまえの感想だろ。情報を寄越せって言ってんだよ。
そんなことを内心思いながらその日もやはり収穫はなく、カラオケボックス前で黄瀬君と別れて帰路についた矢先だった。
「ちょっとあんた、いい?」
見知らぬ女子数人にいきなり囲まれた。しかもちょうど人気のない夜道で。
え?なにこの修羅場?
「あんたさ、最近黄瀬君とよく会ってるみたいだけどどういうつもり?」
「そうよ。
黄瀬君に馴れ馴れしいのよ」
「あんた、黄瀬君のなんなの?
邪魔なんだけど」
あっ、これなんか勘違いされてるやつだ!私がなんか黄瀬君と親しくしてると思われてるやつだ!
いやでもこういう修羅場展開は乙女ゲームでは王道じゃないか!?
ピンチに陥るヒロイン!そこに颯爽と現れるヒーロー!
そうか。ここで黄瀬君が助けに来てくれて「実は相談なんて口実でオレはあんたが!」とかいう展開に!
「おまえらなにやってんだ!」
ほら!王道展開キター!
…ってちょっと待った。今の、明らかに木村○平ボイスじゃなかったぞ?
ぎぎっと顔をブリキのように動かした私は駆け寄ってきた黒髪のイケメン男子が庇うように私の前に立ったのを見て茫然とした。
「こいつに話があるなら、お、オレを通してからにしろ!」
笠松センパイかよ!!!!!!!!
なんで黄瀬君じゃないんだ!ていうかなぜあなたがここにいる!ここ東京やぞ!?
しかも女子苦手だから盛大にどもってらっしゃる。センパイがんばって!
「だ、だってその女が黄瀬君に…!」
「そんなの他人がいちいち割って入ることじゃねえ!
そんなことして黄瀬が喜ぶと思ってんのか!」
「そ、それは、その…」
おお、さすがに笠松センパイ相手だと弱腰になるのね女子たちも。
まあ笠松センパイもイケメン男子だし、黄瀬君の先輩だし、笠松センパイに手出しして黄瀬君に伝わったらやばいもんね。
とか考えてたら女子たちはひとまずあきらめたのか去って行った。
ああ、やれやれ助かった。びっくりした。しかし、てっきり王道展開かと思っていたのになんだよ。
「だ、だいじょうぶか?」
「あ、はい。
というか、なぜあなたがここに…?」
「あ、いや、オレは、その」
「もしかして、あなたも黄瀬君を心配して?」
「あっ」
もしかして頻繁に東京に行く後輩を心配して探しに来たのかな、という無難な予想だったのだが、ぶわりと真っ赤になった笠松センパイの顔を見て私の目は死んだ。
あれ、これアレや。前にも見たやつや。
盛大な既視感っていうかフラグが迫って来やがるぞがががががが。
「い、いや、その、あ、あいつになにかあるんじゃないかって思ったっていうか、その、あのだな…!」
「ただの後輩相手にそこまでしますかね?」
「あっ、あの、その」
「ただの後輩とかエースとかじゃなく、あなた自身が黄瀬君のことを気になっていてもたってもいられなくなったからでは?」
「…っ」
うわあ、これは当確ですわ(投げやり)。
泣きそうなくらい真っ赤な顔で息呑まれたわ。
YOU告っちゃえYO!って言いたい。めっちゃ言いたい。
「ずばり、笠松センパイ!
あなたは黄瀬君が好きなんですね!」
言った。言っちゃった。
名探偵ばりに言っちゃった。ちなみに私はコ○ン派です。
笠松センパイがますます真っ赤になって「あ、う、」とかしどろもどろになる。めっちゃ泣きそう。
そしてどさっと鞄が落ちるような音が背後で!振り返るとそこには予想通り黄瀬君の姿!
はい王道展開キター!
スタンバイしてたのはこっちのフラグでしたよありがとうございません!
おまえはなんであと五分早く来ないんだ!ああそうだよなおまえとフラグ建ってんの笠松センパイだもんな!(自棄)
「か、笠松センパイ、あ、あの、今の…」
真っ赤になってうろたえる黄瀬君を前に、私のすることはたったひとつだ。
ていうか最初から選択肢ねえだろ!?これ強制ルートだよな!?
すっと黄瀬君に近寄り、私は微笑むとその背をそっと押した。
「そういうことだから、がんばってね。
黄瀬君!」
健気な笑み(当社比)を浮かべると私は駆け出した。
さらば黄瀬ルートと笠松ルート!
夜道を駆けるキューピッドの私にはホワイトホール!白い明日が待っている、はず!
[newpage]
「「相談があるの(ん)だよ」」
なかったな!白い明日待ってなかったな!
はいデジャブ二回目!
再び放課後のマジバ。目の前には緑間君と青峰君の二人がドン!
しかも二人して顔赤いしもうこれアレじゃん。黒子君と黄瀬君から話が伝わって恋愛相談しに来たやつじゃん!
ちなみに前回の黄瀬君の一件から一週間が経過しております。
黄瀬君は無事、笠松センパイとお付き合い始めたそうですよ!やったねたえちゃん!(白目)
ていうか言っていい?
ぶっちゃけ私、黒子君のときも黄瀬君のときも大したことしてないよ?
話を聞いただけだよ?
なんだ?私は恋愛地蔵かなんかか?
私にお参りしたら恋愛フラグパイセンが建つ仕様なのか?
「先輩?」
「あ、うん。
ごめん。
相談って?」
あ、まずいまずい。考え事してたら緑間君に不安そうな顔で見られた。
だからやめろくださいってばそういう捨て犬みたいな顔すんの。こちとら中見はアラサーやぞ良心が痛いわ。
「す、す、す」
「うん」
「す、す、す、すっとこどっこいが!」
「それを言うなら『好きなひとが』だろ」
真っ赤な顔でベタな間違いをした緑間君についマジレスしてしまった。
いやまだ私は我慢したよ。本音を言えば「喧嘩売ってんのああん?」くらい言いたかったもの。いや、言い間違いだってわかってたけどな。
まあ、緑間君は今まで色恋沙汰に無縁だったからテンパったんだろうが。
「わ、わかるのですか!?」
「わからいでか」
「さ、さすが先輩!」
うん、なんだろう。この大したことしてないのに賛辞されるいたたまれなさ。
きみがわかりやすいだけや。正解率100%の問題やぞそれ。べつに名探偵じゃなくてもわかるやつやぞ。
「じ、実は、オレは、その」
「高尾君?」
「エスパーですか!?」
真っ赤になって眼鏡カチャカチャさせながらうわずった声で言おうとした緑間君の先手を打てばめっちゃ驚愕された。
やっぱりか。おまえもかブルータス。
いや黒子君と黄瀬君の流れでわかるっつの。
おまえも自分の相棒に惚れてるとかいうクチだろ!わからいでか!
「や、単純にきみが特定の女子と親しくなれると思わなかっただけなんだけどね。
そうなると一番親しい高尾君かなって。
あと黒子君と黄瀬君伝いに話を聞いて相談しに来たのかなって思ったから、そしたら同性相手かな?って」
「…お見それしました。
さすがの洞察力。
桃井と並んで優秀な帝光のマネージャーだっただけはあります」
緑間君はなんだかひどく感嘆しているが、私の場合、桃井ちゃんみたいな鋭い観察眼や洞察力なんてものはない。
単純に原作という名の攻略本を読んでいるからある程度、推測出来るだけです。チート技ってやつだ。
まあ帝光時代は原作から得た情報を駆使して立ち回っていたらめっちゃ優秀なマネ扱いされましたけどね。私のスペックは平凡です。
「じゃ、じゃあ、オレはわかるか!?」
あ、ずっと黙ってもじもじしてた青峰君が割って入ってきた。
しかし、青峰君はなにげに難易度高い。
考えてもみてくれ。ほかのキセキは所謂相棒組というやつがいた。
黒子君なら火神君。黄瀬君なら笠松センパイ。緑間君なら高尾君。
だがしかし、青峰君だけ特定の相棒って明確になってなかった気がするんだよね!
二次創作の世界でも桜井君だったり若松君だったり今吉さんだったりではっきり確定してなかったもん!
アニメの最終回のエンディングでキセキと相棒組がセットで登場してたけどきみの隣にいたの桃井ちゃんやぞ!
しかし私に相談してくるなら=同性の相手となる可能性が高く、かと言って黒子君はない。だって黒子君に話を聞いて私のところに来たんだから、火神君と付き合ってる話は知ってるはずだ。
ちらっと青峰君を見たらなんかめっちゃ期待した目をしてる。名探偵見るような目をしてる。
おいやめろ私は攻略本持ってるだけの平凡女だハードル上げるな。
桜井君か?若松君か?今吉さんか?いや案外諏佐さんだったりするか?
いやしかし考えろ私。アニメでは今吉さんの働きかけで青峰君が桐皇進学を決めるみたいなエピソードあったじゃん?
それに賭けるしか!
「……………………い、今吉、さん?」
ええいままよ!当たって砕けろ!となぜか私が告白するような心地で(むしろ崖から飛び降りる勢いで)私は言った。
青峰君は目をカッぴらき、ばん!とテーブルを叩いて身を乗り出した。
ヒィ間違えた!
おいやめろクワッは赤司君の専売特許だあときみの見た目でそれやられると怖い!と叫びそうになった私を余所に、
「あんたすげえな!」
と青峰君は輝いた目で言い放った。
……………………………………………………………。
「紛らわしいわっ!!!!!!!!!」
私は叫んだ。思わず叫んだ。
「間違えたのかと思ったじゃん!
きみは自分の見た目を考えなさい!
ヤンキーに凄まれたのかと思ったわ!」
「先輩の言う通りなのだよ。
今のはチンピラが凄みながら絡んで行ったように見えたのだよ」
「す、すまん…」
普通に本音が出た。さすがの緑間君も同じことを思ったのか追い打ちをかけた。
しょぼん、ってなった青峰君はまあかわいいが、さっきは本気でびびったんだってばよ。
「…でも今吉さんかー」
「え、も、問題あったか?」
「…いや、今吉さんサイドに問題があるとかじゃなく、…きみ、好感度あがるようなことやってた?」
ついうっかり思ったままのこと言っちゃったよね。素でね。
いやだって考えてごらんよ?
緑間君や黄瀬君はキセキの中でも特にまとも(と私は認識している)で、最終的に誰もが認めるチームのエースになった。
特に相棒との絆は強固なもの。緑間君に至っては最早ツーカーかニコイチ。
ならばまだ勝機がなくはない、が青峰君の場合は。
「まあ、おまえは迷惑しかかけてなかったような気がするのだよ」
あ、言っちゃった。緑間君がぐさりと刺さる真実言っちゃった。
青峰君がずぅん、って落ち込んでテーブルに突っ伏した。
「っご、ごめんね青峰君。
でも、緑間君は高尾君に相棒として信頼されてるっていうか、もう秀徳の光と影みたいな関係だから可能性はなくはないけど、…きみって、その、…むしろチームの問題児扱いだったような…。
あっ、で、でも今吉さんってそういうタイプ好きかもしれないよね!
花宮君のことも気に入ってたっぽいし!
意外と手のかかるタイプが好みなのかも!」
「先輩。先輩。
それはフォローではなくトドメなのだよ」
「先にトドメを刺したきみが言うな」
緑間君のツッコミに私はつい真顔になって返してしまった。先にずばり言っちゃったのはきみです。
「おいちょっと待て」
不意に青峰君がドスの利いた声を出した。私は思わず背筋を伸ばした。
「なんでそこであのヤロウが出て来る?」
「………………あのヤロウ?」
「悪童だよ」
「…………………あれ、青峰君ご存じない?
花宮君は中学時代の今吉さんの後輩でしょ?」
「えっ、そうなのか!?」
「なんでおまえは好きな相手のそんな情報すら知らないのだよ。
そのくらいだいたいのやつは知ってるのだよ」
わー、刺さるわー。緑間君の正論刺さるわー。
まあ花宮君は無冠の五将だったし、今吉さんもまあまあ名が売れてた選手だし、普通同世代でバスケやってるやつだったら知ってる情報だよね。うん。
「あ、いやそうだ。そういや聞いたことあった」
「おい、なんで好きな相手のそんな情報忘れてるんだきみは」
「だってそのときはまだ惚れてなかったし!」
私のツッコミに青峰君は慌てて弁明する。まあ、聞いたときはそれほど興味なくて流しちゃってたのかな。
「まあ、今吉さんはそういう一癖あるタイプとか気に入ってそうだから、青峰君も可能性はなくは、ないんじゃない?」
「…あのヤロウと一緒くたにされんのは不本意だが、まあいい。
つか、ほかにも相談があんだよ」
「ほかにも?」
「…今吉さん、最近なんか悩みがあるみてーなんだ。
最初は受験絡みかもと思ったんだが、どうもそうじゃねーみたいだし、オレが聞いてもはぐらかされるし」
だからそのことも調べて欲しいんだ、と青峰君は言った。
そしてその翌日、善は急げと私は部活後に桐皇に向かっていた。
青峰君に「さつきに話は通しておくから偶然道でばったり会ったふりして相談に一緒に乗ってやってくんねーか?」と言われたのだ。
いやしかし青峰君よ、桃井ちゃんはともかく私は無理じゃね?
そりゃ桐皇とは二度試合してるから面識はあるよ。私は誠凛のマネだし。
ただそんな大して話したこともない他校の年下の女に悩みを話すか?
私なら話さないわ。
とか考えながら桐皇の近くまで来て私は固まった。
なんかいかにも怪しい、校門が見える位置で電柱の陰に隠れて様子うかがってる男がいる。
しかも男が身に纏っているのは霧崎第一の制服。その整った顔立ちと特徴のある眉毛見れば嫌でもわかる。
花宮真。無冠の五将の一人で今吉さんの後輩。
なんかいるし。
え?なにしてんの?なになさってんのこのひと?
え?ストーカーか?
どうしよう。面識ゼロではないけど、誠凛のマネだから試合のときに顔を見たことがある程度なんだよな。
いやしかし、桐皇の近くにいるってことはたぶん今吉さん関連だろうし。
悩んだ末、私は声をかけることにした。
「ヘイ、そこの兄ちゃん命惜しかったら面貸しな」
と、肩ぽんしながら言ったら飛び上がるくらいびびられた。
私もテンパったとはいえなに言ってんだ。チンピラか。
「はっ、て、おま、誠凛の…っ!?」
「はい、社会的に死にたくなかったらちょっと面貸しましょう。
さもなくばこのスイッチ押しちゃうぞ」
「防犯ブザーかまえながら言うな!
ちくしょうなんでここに誠凛のマネがいるんだ!」
そう、私は万一のときのために所持していた防犯ブザーかまえながらお願いしています。
だって相手は悪童だし。私は非力なJKだし。
え?防犯ブザーかまえながら言うのは脅迫?アーアーキコエナイー。
ひとまず人気のない路地に入ってから「いやなにやってんの花宮君」って聞いたら「それこっちの台詞だよ」と返された解せない。
「いやだってさっきの花宮君、完全に変質者だったよ?
制服着てたからかろうじてまだセーフだけど私服だったらおまわりさんこいつです並の不審者だったよ?」
「好きでやってんじゃねえよ」
おお、私が誠凛マネでもう素がバレてるから猫かぶりゼロだな。
いやさっきの私の行動のせいとか言うなよ?
「で、なにしてたの?」
「だから防犯ブザースタンバイしながら言うな!
脅迫だそれは!」
「社会的に一回死んどく?」
「わかったから話すから防犯ブザーから手を離せ!」
花宮君の必死の訴えに私はひとまず防犯ブザーを下ろした。もちろん手に持ったままですがなにか?だって相手は花宮真だし?
「今吉さんに頼まれて来てたんだよ?」
「今吉さんに?」
「最近、何者かにつけられてるって。
オレはそういうの詳しいだろって言うんで」
頭をがしがし掻きながら仕方なさそうに話した花宮君に私は驚愕した。
だっておい、今吉さんにストーカー、だと?
「そんな…、なんて命知らずな」
「だろ!?
あの妖怪サトリにストーカーとか命知らずだろ!?
オレもそんなのいるわけねえって思ったし、実際あのひと最初に相談した諏佐さんに同じこと言われたらしいんだよだって命知らずっていうか生き急ぎ過ぎだろ!?
命がいくつあっても足りねえよむしろ死後に地獄の閻魔大王に舌を抜かれるレベルのやばい所業じゃねえか!」
「言いたいことはわかるしおおむね同意見だけど閻魔大王に舌を抜かれるのは嘘吐いたやつだから」
我が意を得たりとばかりにテンション高く賛同を求めて来た花宮君に私は思わずマジレスしつつ、まあだいたい同意見だけども、と重ねて頷いた。
だってあの今吉さん相手にストーカーっておい、相手は社会的に死にたいのか。自殺志願者か。
まあ確かに今吉さんは普通にしてたら美人だよ?イケメンだよ?おまけに賢いしIHで準優勝したバスケ部の主将だったひとだよ?
そりゃ好きになるひとがいても不思議はないんだけどさあ。
「でもぶっちゃけ、今吉さんはハイリスクすぎるよねえ?」
「だろ?
でもどうも気のせいじゃないみてーだし、諏佐さんも目撃したことがあるみたいだから」
「現状、不審者はきみだったけどね」
「おいやめろマジレス」
いやだって実際、不審者だったってば。夜道で電柱の陰に隠れた男とか。
「でも、今吉さんって寮生だったよね?」
「…ああ。だから外出したときだけらしいんだ。
でも今吉さんが外出するときを的確に狙ってくるってのはある程度今吉さんの身辺情報に詳しいやつだろうし、学校内でも不審なことがあるらしいし」
「それ内部犯じゃん」
「オレもそう思う」
いやそれ内部犯だよ、と私と花宮君が話していた矢先、すぐそばの桐皇前の道を歩いて行く今吉さんと桃井ちゃんの姿が見えた。
桃井ちゃんはなにか焦って今吉さんを引き留めようとしている。
「あっ、しまった。
桃井ちゃんと合流する手はずだったのに不審者にかまってて忘れてた!」
「おい不審者言うな!」
しまった。本来の手はずなら校門で偶然私とばったり遭遇!そのままマジバとかに行って今吉さんの悩みを聞く、という段取りだったのに花宮君にかまってて失念してたよ。
花宮君のツッコミはスルーします。だって不審者だったのは揺らぎようのない事実だ。
慌てて追いかけようとした私と花宮君だったが、気づいた。気づいてしまった。
今吉さんたちの後をこっそりと夜闇に紛れてついていく黒い影。
またなんかいるし。
「ていうかあれ青峰君じゃん!?」
「あ、マジだ。あいつ黒いからよくわかんなかった」
「花宮君、いくら青峰君が黒いからってそんなGみたいとか言ったら失礼じゃない!」
「いやGっつったのおまえだよ失礼なのおまえだよ!」
小声です。くどいようだが小声です。
ていうか待て。なんで今吉さんつけてんだ青峰大輝!黒いせいで夜闇に紛れるとさっぱりわかんねーじゃねーか!
私たちが路地から覗いていると気づいてない青峰君はそのままこそこそと今吉さんを追跡していく。
私と花宮君は顔を見合わせた。
「花宮君や、さっきのストーカーの情報、ワンモアプリーズ」
「おそらく桐皇の生徒。今吉さんの動向をある程度把握している。なお、寮内では不審なことは起こってないことからおそらく寮生ではないと推測される」
あれ、おかしいな?私のよく知ってる人物に該当するぞ?
「あれっ?
これ青峰君当てはまらない!?」
「該当人物だよな」
「それに黒いから夜道だと誰かわかんないよね?」
「ああ、それなら今吉さんたちが気づかなくても不思議はないな」
「…職質行く?」
「しょっぴくか」
私と花宮君は顔を見合わせたまま、うん、と頷き合った。
そのまま抜き足差し足忍び足で今吉さんたちに気づかれないよう青峰君に接近し、背後から肩ぽんする。
おまえらも不審人物だとか言っちゃいけない。必要悪だ。
「きみなにしてんの青峰君」
「うおあっ!?
不審者!?」
「不審者はてめーだよ。
防犯ブザー鳴らすぞ!こいつが!」
飛び上がった青峰君に対し、花宮君が私を指さして言う。
そんな防犯ブザーを必殺技みたいに言うなよ。まあかまえるけどさ。
「な、なんでおまえと花宮が一緒に」
「いや、花宮君は今吉さんに頼まれたらしいのね。
ストーカーが誰かを調べて欲しいって」
「どうも、今吉さんに依頼された私立探偵です」
私の言葉にすちゃ、と手を挙げて謎の自己紹介をする花宮君。
意外とノリいいなきみ。
「えっ、今吉さんにストーカーが!?」
「時に聞くけど青峰君、きみ、いつもこんなことやってんの?」
「え、だ、だって、今吉さんが心配で…。
あと、今までのことがあるから自分から話しかけづらくてせめて近くにいたくてつい?」
「それを学校でもやってた?」
「うん」
はい確定。おまわりさん、こいつです(死んだ目)。
「って犯人おまえかよ!
ストーカーはおまえだよ!」
「ちげえよ!そっと遠くから見守ってたんだ!」
「それがストーカーだってんだよ!」
「だって今吉さんはあんな賢くて美人なんだぞ!?
変な虫がついたらどうするんだ!」
「今まさにおまえというGがついてるわ!」
謎の弁明をする青峰君に花宮君が盛大にツッコんでいる。
さすがにGはやめてやれ、と言いたいが最初に言ったの私だ。あとド正論だ悲しいことに。きみが変な虫だよ。
「だってしょうがねえだろあのひともうすぐ卒業なんだぞ!?
今までのことがあるからそんな気軽に話しかけられねえし会いたくて会いたくて震えてるオレはどうすりゃいいんだこんなに好きなのに!」
「「おまえは西野○ナか!」」
花宮君と私のツッコミが盛大にハモった。
おまえは西○カナか。なら会いに行けよ。会いに行って来いよ。会いたくて夜道で震えついでに尾行するなよ。そのうちゴキ○ェットされるぞ。
そう言いたかったが、その前に背後で足音がした。
「え、尾行しとったん青峰やったん?」
はいデジャブ!
いや、じゃないな?なんかこれはちがうな?むしろ不審者との遭遇だな?
実際振り返った先に立ってた今吉さん、なんかまさに変質者見るみたいな目をしてらっしゃる。
「ちゅうか、花宮はともかくとして、なんで誠凛のマネージャーさんまで」
「どうも誠凛のマネージャーです。
青峰君に今吉さんが悩んでいる理由を探って欲しいと頼まれましたがその悩みの原因もといストーカーが依頼者本人だったときの心境を述べよ」
「こんなの絶対おかしいよ」
はい代弁ありがとうございました花宮君。まさしくそれな。
今吉さんの背後で桃井ちゃんが私と花宮君と同じような顔してます。盛大にコレジャナイ顔。
「ちゅうか話ちょお聞こえてしまったんやけども…。
青峰、自分ってワシのこと好きやったんか…?」
はいちゃっかり重要な部分も聞かれてましたねでも変質者的な印象与えてるけどね!
恋愛フラグパイセン仕事雑ッ!
青峰君はその場の雰囲気(なんか気まずい空気)を察しているのかいないのか、単純に逃げ道を断たれて自棄になったのか知らないが一瞬の間の後、
「そ、そうだ!
会いたくて震えるくらい好きだ!
つ、付き合ってくれ!」
と言い放った。
色黒の肌をほんのり染めて意を決して告げた姿は格好良いが、今のきみはストーカーです。変質者です。そしてムードもへったくれもない夜道のストーカーとの遭遇的な空気感。
私はどんな顔をすればいいのか教えてくれ。笑えばいいのか。
「えー、あー、うん、ストーカーとしてやなければええで…?」
今吉さんの返答は怪訝というか疑問符付きだった。デスヨネ!
ていうかそれでもオッケー出すんだ心広いな!
「マジかよ!」
うん、青峰君、きみは素直に喜ぶな。
「マジかよ」
うん、花宮君。どん引きしたい気持ちはよくわかる。私も同じ気持ちだ。
その後、桃井ちゃんに「実はわたし、今吉さんに大ちゃんのことで恋愛相談されてて…。ストーカーしてるのが大ちゃんだって言うに言えなかったの…」とひどく申し訳なさそうな、それでいて非常に解せないみたいな顔をしてぶっちゃけられました。
今回の総括:こんなの絶対おかしいよ。
[newpage]
こんにちは。まったく(自分の)恋愛フラグが発動しないヒロイン(自称)です。
先日、無事に交際開始(?)した青峰君に「改めてお礼を言いたい」とラインで呼ばれ、ただいま再び学校帰りのマジバinヒロインでございます。
いやいやヒロインポジじゃねーだろむしろ恋愛相談される友人ポジっつかもうこれ恋愛地蔵じゃねえか、と真剣に悩んでいた私は気づいた。気づいてしまった。
私は神様にこう願ったのだ。
「行く先々でイケメンに出会うイケメンパラダイスな人生プリーズ!」
よく考えたらイケメンに愛されまくる逆ハーやりたい、と一言も言ってない。
イケメンと恋したい、とも一言も言ってませんでしたうっかり!!!
確かに間違ってない!イケメンには会いまくっている!ただ私とは恋愛フラグが建たないだけ!
ちくしょう契約不履行だ!いや、契約の穴を突かれた!
まさかこのまま私はひたすらイケメン(ただしホモ)に出会い続ける宿命なんじゃなかろうな!と頭を抱えていたら青峰君が来て「なにやってんだ?」と怪訝な顔で聞かれた。
「きみに言われたくないのだよストーカー」
「お、おう。
悪い。
っつか緑間の口調伝染してんぞ」
しまった思ったまま言っちゃった。まあ青峰君も自覚あったのか謝ってくれたけど。
つか椅子に座った青峰君の前に置かれたトレイに載ったハンバーガーの数えぐいな。さすが運動部男子。食い過ぎ。
「まあ助かったぜ。
おまえのおかげで今吉さんと付き合えたし」
「むしろ私はなぜストーカー行為から交際に至るというアクロバット展開を見せたのか神様に聞きたい所存」
「オレは身辺警護をしていただけでストーカーじゃねえ!」
いや自覚なかったな。ストーカーの自覚なかったな。
さっきのは私が阿修羅みたいな顔してたから反射的に謝っただけかい。
「やはりおまえのせいか」
「「ぅおあっ!?」」
とかやってたらいきなり頭上で怨霊のような声が響いて二人そろってびびってしまった。
「って緑間!?
びっくりさせんなよいつの間にいたんだよ幽霊かよ!
むしろテツかよ!
声かけろよ!」
「どうした緑間君!
顔とオーラが怨霊みたいだぞ!
あと青峰君、黒子君にさりげないどころじゃなくド直球で失礼だからその言い方やめよう!」
「うるさい今声をかけたのだよ。
むしろおまえのせいなのだよ青峰大輝!」
飛び上がりかけた私たちをそっちのけで、緑間君はなんかめっちゃ据わった目で青峰君指さして言い放った。
犯人はこいつだ!みたいな指さし方だ。まあ確かに青峰君は「おまわりさんこいつです」だったけど!間違っちゃいないんだが!
「いや意味わかんねーよ!」
「確かに青峰君を犯人呼ばわりしたい気持ちはわからなくも、いえ、詳しい事情はなにもわからないから経緯を説明していただきたいけど、確かに青峰君はおまわりさんこいつですだわ」
「ひでぇ!」
率直なコメントしたら青峰君がショック受けた。
ストーカーは黙ってらっしゃい。
「なぜこいつがうまくいってオレがフラれたのか理解が出来ないのだよ!
これはもうおまえの呪いのせいだ!
おまえのせいなのだよ!」
「ひでぇ風評被害だな!」
「言いたいことはわかるんだけどさすがに暴論が過ぎるわ。
いや半分以上正論ではあるけど」
私は「さすがにそれは飛躍しすぎ」と一瞬思ったがよく考えると正論だと気づいた。
だってなんであれでうまくいっちゃったんだ青峰君は。
なんか青峰君が「おまえほんとひでぇな!」とか騒いでるけどスルーします。
だってあれほんとに「こんなの絶対おかしいよ!」だもん。
「って言うか待って。
え?
フラれたの!?」
いっかい普通にスルーしてしまってから気づいた。気づいて叫んだ。
え?フラれた?高尾君に?
「ああそうなのだよ!
おまえがうまくいってオレが失恋するとかこの世の理不尽なのだよ!」
緑間君はそう叫んでテーブルに突っ伏した。
まあ、うん、すごい気持ちわかる。
だって原作読んだ私から見ても、キセキの中で特にまともなのは緑間君と黄瀬君だと思うのだ。
努力を怠らず、チームのエースと認められ、最後は仲間と一緒に勝利を目指した。
まさに青春。
緑間君なんて高尾君ととんでも3P(?)みたいな反則技成功させちゃうくらいの信頼関係を築くに至ったのだ。とんでもない努力家で仲間たちに認められた最高のエース様。
そんな彼が失恋して、練習サボりまくってストーカーまがいのことした青峰君が成就する。
うん、おかしいな。
「あの、緑間君。
言ったらなんだけど、高尾君は極めて普通の感覚の持ち主だったんじゃないかしら?
ストーカーの告白を素直に受けちゃった今吉さんは妖怪だから仕方ないのよ」
「おまえひでぇなマジで!」
「はっ、つまり高尾は人間だからうまくいかなかった、と…!?」
「だから今吉さんは人間だよ!
たぶん!」
混乱の極み状態だったせいで謎のフォローをしてしまった私に、混乱状態で思わず納得(?)してしまった緑間君。
ただし青峰君は言い切ってやれよそこは。たぶんなのかよ。
しかしどうした恋愛フラグパイセン。
かつてないほど仕事が早いな。むしろ仕事失敗してないか?
ガチで笑えないやつじゃないかこれ。
「というか、告白しちゃったんだね。
ほんとに」
「いや…」
「いや?」
「カラーリング的ににんじんみたいな195センチのイケメンのことは好みかと聞いた」
吹いた。
いや吹いたわ。真顔でめっちゃ睫毛ばさばさのイケメンにこれ言われて吹かないやついる?
青峰君も「ブッフ!」って吹いたわ。気持ちはわかる。
「待って!
ちょっと待ってにんじんってどゆこと!」
腹筋崩壊しかけながら叫んだ。いやだって意味わからん!
「あれだたぶんユニフォーム着たらカラーリングがにんじんになる…!」
「ああ髪色が緑で胴体がオレンジだと…!
あとさりげなく自分でイケメン言うな…!」
青峰君の言葉に納得はしたような気がするが腹筋は重傷になった。
やめろ殺す気か。笑いすぎて腹が痛い。息が出来ないよパトラッシュ。
確かに秀徳ユニフォームはオレンジだからな!確かに緑間君が着たらカラーリングがにんじんになるな!
「へ、返事は?」
「呼吸困難に陥りながらにんじんは無理と言われた」
緑間君は死霊のような表情と声で答えたが私と青峰君は笑いすぎて死にそうである。
ヒーヒーいってる。めっちゃ死にそう。よかったマジバ、ほかに客いなくて。いたら笑いの二次災害があちこちで起こるわ。とんだにんじんパンデミックですよ。
どうにか十分後に笑いが収まってから、私は真顔で言った。
「ごめんそれそもそも告白だと認識されてない」
ごめん緑間君、それ告白の様相を呈してない。伝わってないのだよ。
「高尾ってあの笑い袋的なやつだろ?
それたぶん最初のにんじんで腹筋崩壊してそのあと頭に入ってねーと思う」
「私でもそれ言われたらにんじんのあと頭に入らないわ」
青峰君も同意してた。そりゃそうだろ。
にんじんが出た時点で腹筋崩壊するよ。そのあと頭に入るわけねーだろ。舐めてんのか。
「おまえそれでよくオレをバカに出来たな!
おまえのほうがひどいっつの!」
なんか青峰君が笑いながら言ってるけど私に言わせれば五十歩百歩です。
むしろやらかし度合いはきみが百歩のほうや。
「つまり、オレは失恋していないということか!?」
「ないない。
仮にフラれたとしてもフラれたのはきみじゃなくにんじんだ」
「フラれたにんじんって意味わかんねーよどんなパワーワードだよ」
私の言葉にまた青峰君が軽く吹いたけど私も意味わかんないよ。なんでにんじんがフラれる事態になるんだよ。にんじんが解せないよ。
「わかった!
では仕切り直すのだよ!」
「え、仕切り直しってなにを、ってちょ、緑間君。
まさか」
すちゃ、とスマートフォンを手に持った緑間君に私と青峰君はびっくりした。
え?まさか今すぐ告白のやり直しする気か!?
どうやらそのまさからしく、緑間君は高尾君に電話すると繋がった矢先に、
「高尾。
告白はにんじんではなくオレなのだよ」
無駄な決め顔で緑間君はそうおっしゃった。イケボで。
私と青峰君は吹いた。電話の向こうでも「ブッフォ!」ってイケボ聞こえた。
「今、盛大に噴出した声が聞こえたんだが」
「私もだよ。
スピーカーでもないのにばっちり聞こえたわ」
笑いを堪えながら言った青峰君に私も同様の状態で答える。
スピーカーにしてないのに電話の向こうで高尾君が腹筋崩壊してる声が聞こえるんだが。なにやってんだ緑間君。
「だからにんじんではなくオレなのだよ!」
とか必死で訴えてるな。きみが崩壊させているのは高尾君の腹筋だ。高尾君の腹筋に追い打ちをかけるな。むしろとどめ刺すな。
「緑間君ストップ。
タンマ。
貸して!」
いかんこのままじゃ高尾君が笑い死ぬ、と察した私はどうにか緑間君からスマートフォンを借り、耳に当てた。
「ごめんなさいお電話変わりました。
帝光の元マネで誠凛マネのものです」
極めて簡潔に自己紹介したら高尾君の笑いが止まった。
『え、なんで?』
いやそうだよね。なんでおまえが緑間君の電話に出るんだって話だよね。
私もこんなカオス空間に居合わせるつもりはなかったんだわかってわかれよわかってくれ。
「いやさっき緑間君の告白を聞きまして、いやあの、緑間君のことで大事なお話が」
あ、やばい。笑いすぎたせいで頭が回ってねえ。腹筋崩壊しすぎたせいで言いたいことがまとまらねえ。にんじんの威力が強すぎた。
とか焦ってたら電話の向こうがしん、と静まりかえった。
あれ?
『…いや、いいよ』
「高尾君?」
『緑間に告白されたとか、わざわざオレに言うことじゃないし。
緑間がいいならいいんじゃない?』
そう言って高尾君は電話切っちゃった。
あれ、つか、「真ちゃん」呼びじゃなく「緑間」呼びになってたな?
「…あれ、なんかすっごいテンション低いっていうか声低かったんだけど、なんか私マズった?」
私はそこはかとなくやばい予感がして青峰君をうかがう。
青峰君はなんとも言えない顔をしていた。
「あのよー、おまえ笑い過ぎて頭回ってなかったんだろーけど、さっきの説明、おまえが緑間に告られた報告みたいに聞こえね?」
……………………………………………………。
「あーっ!
あーっ、ちがっ、困ります高尾君困りますアーッ!!!!!!!!」
しまったそうだよそう誤解される言い方しちゃったよ私のアホ!
「ああああああああああなにやってるのだよおおおおおおおお!」
「いやそもそもおまえがにんじんとか言わなきゃそいつもやらかさずに済んだんだぞわかってるか!?」
ムンクみたいに叫んだ緑間君に青峰君がド正論!
ツッコミありがとう青峰君!この恩はあと一時間くらいは忘れない!
「あああああああああああもううううううう仕方ないのだよ直に会いに行って仕切り直してくるのだよ!!!!!!!!」
「そうだ行け緑間!
走れ緑間!」
「メロスみたいに言うな青峰君。
その場合、セリヌンティウスは誰になるんだよ」
頭を抱えたあと鞄を掴んで立ち上がった緑間君に青峰君が叫ぶがそれはなにかちがうぞ。
いや間違ってはいないがメロスみたいな言い方やめろや。
「オレが好きなのはにんじんではなくおまえだと言って来るのだよ!」
そして緑間君は謎のパワーワードを置き土産にマジバを飛び出して行った。店員さんが吹いた。
「だからいい加減にんじんから離れろ!」
「もうにんじんはいいよ!」
青峰君と私が叫んだけどたぶん聞こえてないなあれ。
「あ、高尾君に今からにんじん、じゃない緑間君が行くから動かないでって送りたいけど番号もアドレスも知らん」
「にんじんって言うのやめろよ。
オレ、知ってるからラインするわ」
「あ、ラインやってるんだね。
高尾君と」
「テツに聞いてさあ、あっ」
「えっ?」
スマートフォン操作しながら話してた青峰君が謎のやらかした声をあげた。
えっ、何事?
「今からにんじんが行くからその場から動くなって打っちまった」
「アホ峰!
おまえもにんじんて言ってんじゃん!」
「だってしょうがねえだろあいつがにんじんにんじん言うから!」
「まああれは洗脳されるけどな!
え、送っちゃった!?」
「ちゃった」
「送り直して!
大至急!」
「えー、あっ、やっべ!」
私の声に急かされ、青峰君は再びスマートフォンを高速で操作しはじめ、また謎のやらかしましたボイスをあげた。
オラなんかめっちゃ嫌な予感するぞ!
「待ってさっきの以上にヤバいのあんの!?」
「にんじんが惜しくば動くなって送っちまった」
「人質かよにんじん!」
もうなにがなんだかわからないよ!こんなの絶対おかしいよパート2!
そして店員さんが死んでいます(笑いすぎて)。ほんと奇っ怪な客で申し訳ない。
もう追いかけて誤解を解きたいがそもそも高尾君の居場所知らないしな!
緑間君はどこに会いに行ったんだろう。普通に自宅とかだろうか。
そう現実逃避しながら待つこと数十分。
「あ、緑間から報告来た」
「プリーズ」
「『オレが好きなのはにんじんではなくオレなのだよ』と言ってきたって」
「だからいい加減にんじんから離れろや!」
「『オレもにんじんよりは真ちゃん好きだよ』って言われたってけどこれ通じてねえよな?」
「ないな!」
「緑間はもううまくいったつもりでいるけど」と青峰君が言うのでこのあとめっちゃ必死で誤解を解きました。
高尾君は死ぬほど爆笑したのち緑間君とお付き合い了承してた。
うん、やっぱりきみたち五十歩百歩だ。
[newpage]
どうも、こんにちは。
徐々に春の兆しが見え始めた今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
私は今日も今日とてあのマジバにいます。すっかり窓際が指定席。店員さんのまなざしがなにやらなま暖かいのは気のせいか。
緑間君のにんじん事件から早数週間。私は再び呼び出しという名の強制イベントを受けてここにおります。
はい、お気づきでしょうか。かなり投げやりになっているヒロイン()です。
だってもう私、ただの恋愛地蔵じゃん。参拝したら強制イベント発生する的なやつじゃん。
むしろあれかな。某有名ギャルゲーの伝説の木的なやつかな。
これまでのことをプレイバックしてみよう。
そうこのヒロイン()。特になにもしてない。
すがすがしいほどなにもしておりません。
がんばってるのはフラグパイセンです。
これのどこが祝福なんだ神様よ。
いや呪いじゃねーか。
暇を持て余した神々の災いだよ。
伝説の木や恋愛地蔵目線で見たら次々にカップルが寄ってくるわけじゃん。呼ばなくても向こうから来るわけじゃん。お願いです静かにして。私、ひっそりと暮らしたい。
「…しかし、黄瀬君からの呼び出しなあ…」
私はフライドポテトをつまみながらスマートフォンの画面を眺める。
黄瀬君はもう笠松センパイとうまくいったわけだし、今更なんの用事だ?
とか考えていたら入店音が響いて黄瀬君がやってき──。
「お待たせしたっス先輩!」
「お待たせ~」
シャララっとした効果音で手を振った黄色い後輩の背後に、ぬぼっと立つ紫色の髪の巨人。
な ん か い る
「黄瀬君!黄瀬君!
後ろ!後ろになにかいる!」
「はい!紫っち召還っス!」
「しちゃダメじゃん!
なんでいんのきみ秋田住みだろ!?
秋田の妖精だろ!?」
「家族の都合でちょっとこっち来たから相談に~?」
思わず背後霊みたいな扱いをしてしまったが巨人──もとい、紫原君は気にした様子なくのんびりと答えてくれた。
いやなんとなく予期していたさ。もうここまで来たら残りのキセキも来るだろう、と。
でも秋田住みのやつがそんなホイホイ来れるとか思ってなかったっていうかさあ。
つかトレイに載ってるのほぼアップルパイじゃねーか。アップルパイばっかそんな大量に食う気かね。ほんと甘いもの好きだな。
まあ、うん、黄瀬君は普通のハンバーガーセットだ。
向かいの席に座った二人を見上げ、私はつい胡乱な目になりつつ、
「で、好きなひとの相談かね?
氷室君かな?」
と速攻切り出した。
「すっごい!
なんでわかるんだし!」
わ か ら い で か
ここまで来たらもうわかるわ!恋愛相談以外にないだろ!きみの相棒なんて氷室君しかおらんやろ!
「だから言ったでしょ紫っち!
先輩はすごいんスよ!
恋愛マスターなんス!先輩に相談したらきっとうまく行くっスよ!
むしろ恋愛地蔵っス!」
「おいやめろキセキ公認恋愛地蔵とかいう称号いらんわ」
なんだこれ。逆ハー夢見て転生したら立ち位置恋愛地蔵とか意味わかんねーよ。
もうこれやっぱり神様に呪われてんだな(遠い目)。
「じゃあ室ちんとうまく行きますように!」
「拝まれたー」
とうとう面と向かって合掌して拝まれました恋愛地蔵です(白目)。
つい棒読みで死んだ目でつぶやいたら黄瀬君が吹いた。黙れきみが連れてきたんだろ。
とはいえここまで来たらもう逃げられないのはよくわかっているのでひとまず話を聞くことにした。
「で、氷室さんに告白したいの?」
「したいんだけど~、…………難易度高すぎなんだし」
なんか紫原君のテンションが一気に下がった。ジェットコースター並に下がった。
「まあ、そりゃあ同性への告白はハードル高いだろうけど…」
「そうじゃないんだし」
「うん?」
「びっくりするほどユートピアなんだし」
ほわっつ?
おい待て今なんつった。ナチュラルに「ファッ!?」とか言いそうになったじゃねーか。
そして事情を知ってるらしい黄色い駄犬は吹いてないで説明しろや。
「………………び、びっくりするほどユートピアが、なに?」
声が震えました。そこはかとなくどころではなく嫌な予感マックス。
なぜそこで除霊のための謎儀式が出て来たか?
「室ちんに告白するためにはびっくりするほどユートピアしなきゃいけないんだし」
「意味がわからないよ!」
私は思わず叫んだ。黄瀬君と店員さんが吹いた。ほんと奇っ怪な客で申し訳ない。
「え?なに?
陽泉では告白の際にそんな奇っ怪な儀式をしなきゃいけない伝統でもあるの!?
誠凛みたいに屋上から全裸で告白みたいな伝統があんの!?」
「ないけど~」
「ないんか!」
「でもしなきゃいけないんだし」
「ちょーっとお姉さん意味わかんないから最初から説明しよう頼むぞ」
思わず据わった目になりながら凄むと、紫原君は悩みながら、
「室ちん、すごいモテるんだし」
と話し出した。
「女子にもモテるけど男子にもモテるんだよね~。
そんで転校してきたばっかのころに無理強いしようとしたバカ男がいて~」
「うわあ最低だなその男」
「まあそいつは室ちんが股間蹴って撃退したけど~」
「さすが氷室さん容赦ない」
「それまでにも何度も男に言い寄られていてうんざりした室ちんが『オレと付き合いたかったらびっくりするほどユートピアをやりながら告白しろ!』とおっしゃったんだし」
「なるほど把握!」
私は逆ギレ気味に頷いた。
そういう理由な!まあそれはそう言いたくもなるな!襲われかかってんじゃな!貞操かかってるもんな!
だがひとつ言わせてくれ。
「なんで帰国子女の氷室さんがびっくりするほどユートピア知ってたの!
教えたの誰!」
「福ちん」
「デスヨネ!!!!!!!」
バカ!私のバカ!完全な愚問じゃねーか!
誰が教えたかなんて聞かずともわかるわ!福井さんしかいねーよそんなの!
デスヨネ!福井さんなら言いそうだよね!
「…ま、まあ、それじゃあ、告白しにくいよね…」
私は顔を引きつらせながら言ったが「しにくい」どころの話ではない。
難易度ナイトメアじゃねーか。無理ゲーですよおい。
「しかもそれを人前でやらないといけないんだし」
「はい終了!」
私は投げやりに叫んだ。なんだ鬼畜か。屋上で全裸で告白以上の鬼畜や。
いやいやどうにか、ならんな!びっくりするほどユートピアはならんな!
いやどうにもならんだろびっくりするほどユートピアは!
びっくりするほどユートピアはあかんだろ!
全裸で屋上で告白よりあかんわやばいわ。
どうした恋愛フラグパイセンよ。
今こそ出番じゃないのか。
カモン恋愛フラグパイセン!
………………………………………………。
あれっ、なんも起こらない!
恋愛フラグパイセンや、最近ちょっと雑すぎとか思ってたがまさかサボってね?
「しかも」
「えっ、うそまだなにかあんの!?
あの難易度ナイトメアにまだなにか足すの!?カオス足すの!?」
「ガチでびっくりするほどユートピアを実行しようとしたバカがいたから条件増えたんだし」
「バカなのかその男は!」
全力で叫びました。黄瀬君がまた吹いた。
店員さんから見れば迷惑極まりない客だろうが店員さんは爆笑しているのでモーマンタイです。ほかにお客さんいないし。神の思し召しだ。
「手段を選べよ!そこは選ばないとあかんだろ!
おまえバカなのかこのSNS全盛期にそんなことやったら一生残るぞアホか!」
「まあ実行寸前で先生に連行されたから条件クリアはしてないし、室ちんもそいつと付き合わずに済んだんだけど~。
そんでびっくりするほどユートピアに亀甲縛りもプラスされたんだし」
「ガチの変態じゃねーか!」
紫原君は死にそうな顔で言っているが黄瀬君は呼吸困難に陥るほど爆笑している。
仮にもきみが連れてきたんじゃないのか。他人事だなこのデルモ。
しかしやべえ。やばいどころじゃない。
難易度ナイトメアが難易度ルナティックに爆上げしましたよ。
まず全裸になって自分の尻を両手でバンバン叩きながら白目をむいて「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!」とハイトーンで連呼しなきゃいけない上に亀甲縛りしないと攻略不可能。
うん、ルナティックだな!むしろ攻略不可能だな!
亀甲マンにならないと氷室ルート開示されないとかおにちく。
そうか今こそ恋愛フラグパイセンの出番だな!さあ待ってましたよ恋愛フラグパイセン!どうぞそのお力を示したまえ!
って内心拝んだけどなにも起きないんですが。起きないんですが(白目)。
おかしいな今までの流れなら問答無用で強制イベント発生したのにな!?
あれ、まさか恋愛フラグパイセン寝てる!?
「そんな亀甲マンでびっくりするほどユートピアとかおにちくじゃん!
どうしろと!」
「そんなどっかのお酒みたいな言い方するのやめてくださいっス!」
うるさいきみはだまらっしゃいデルモ。腹抱えながらツッコむな。
「オレは、オレは本気で室ちんが好きなんだし…!
綺麗なとこも男前なとこも努力家なとこもどっかずれたとこも本気で愛してるんだし!
でも、でも…っ」
紫原君はばん、とテーブルを叩いて瞳を潤ませた。
「さすがにオレにはそれは無理なんだし…!
オレの、オレの愛が足りないから!」
「いやいやいや落ち着こう紫原君!
きみの愛が劣ってるわけじゃない!きみの愛が足りないわけじゃない!
それはまともな常人には不可能なんだよ!
難易度ルナティックどころの話じゃないんだよ!
まあきみらキセキも常人には理解しがたい変人ではあるけど!」
「先輩なんでいっかいわざわざトドメ刺したんスか?」
「ともかくそれは変人でも実行不可能です!」
「今はっきり変人って言ったっスよ!?」
黙れゴールデンレトリバー。おまえも変人のカテゴリーだ。残念だったな。
まあいくらキセキが奇人変人の集まりだろうと亀甲マンとびっくりするほどユートピアは無理だ。変人にもなくしちゃいけないものがある。
私はひとまず落ち着こうと椅子に座り直し、アイスコーヒーを一口飲む。
「…あのさ、身内割りとか効かないかな?
友達割みたいな」
「そんな携帯の割引プランじゃないんスから」
「いやだって公衆の面前でそれやったら社会的に死ぬじゃん!?
ならせめて身内割りで二人きりの密室でとかならまだどうにか可能かもじゃん!?」
「まあ確かにそうっスけど」
「紫原君は氷室君にとって相棒のようなかわいい後輩。
ならば身内割りは効くはず。
あとは亀甲縛り出来るひと探さなきゃだけど、出来るひと知り合いにいないかね?」
「先輩。
なんか投げやりになってないっスか?
そんな『着物の着付け出来るひといる?』みたいな言い方しなくても」
「これで投げやりにならずにいられるか。
びっくりするほどユートピアに亀甲マンやぞ」
「確かにわかるけどオレも投げやりになったけど!」
なにをおっしゃる黄瀬君よ。正気を保ったまま出来るわけがなかろう。まず正気を失うところから始めます。
「…赤司君ならそういう伝手あんじゃね?」
「先輩は赤司っちをなんだと」
「猫型ロボット的なポジションかな」
「雑っ」
黙ってください雑なのは恋愛フラグパイセンです。
ガチで今回寝てやがる。私に投げっぱなしてサボって寝てやがる。肝心なときに仕事しやがらねえ。
というわけでひとまず赤司君に相談しような話になったはずだったんだが。
後日、
「ごめん~。
なんか普通に室ちんから告白されたんだし~。
オレ以外と付き合いたくないから無理難題突きつけてたんだって~。
えへへ~」
という電話でもわかるデレデレな声で交際報告されました。
私はいろいろ言いたい気持ちをぐっと堪え、
「で?
氷室さんはびっくりするほどユートピアで亀甲マンだったの?」
と聞きました。普通の格好だったそうです。だよね。
びっくりするほどユートピアと亀甲マンのくだり必要ねえじゃん最後に起きて適当な仕事したな恋愛フラグパイセン!最初から起きてろや!と夕陽に向かって叫びたいヒロイン()でした。
[newpage]
春も間近のある日のこと、私は毎度おなじみマジバの窓際の席にいた。
恒例の呼び出しである。ちなみに相手は赤司君だ。
べつに驚きはない。もうここまで来たらキセキコンプリートするだろうと思ったし。
そもそも黒子君の相談受けた時点から強制イベント発生してたんじゃなかろうかな。
キセキ全員告らせるまで帰れません的な。いや逆に告られたやついたけど。
ちなみにもう京都住みの赤司君が東京にいるのに驚いたりはしないぞ。奴ならそれくらいの財力あるしな。行動力もな。
私はずぞぞ、と音を立ててバニラシェイクをすすりながら、向かいの席に座った赤司君の顔を見た。
います。もう既にいます。さっきから思い悩んだ顔で黙ってらっしゃるだけで。
でもなんか顔が赤い。もじもじしてる。
その時点でもう察しつくわ。そもそもほかのやつらから聞いてきたなら恋愛相談だろうしもう恋愛フラグパイセンのお導きだろうしさあ。
それで赤司君と来たら相手なんてすぐわかるじゃん?
ほらなんかいるだろ影薄いのの新型パイセンがよぉ。
「あの、実は、好きなひとがいまして…」
「黛さん?」
「わかるんですか!?」
ほらな。
もう私はこのくらいじゃ驚き桃の木山椒の木ませんのことよザマァ神様(なにがだ)。
「わからいでか。
で、告白すべきか悩んでるの?」
はいはいもう慣れた展開なのでちゃっちゃと行きましょうね~。
断じて投げやりになってるわけじゃありません。嘘だ超投げやりです☆
「…それもあります、が」
「WCのこと気にしてるの?」
「…それはなくはないんですが、その、黛さんは、それをひっくるめて『今年は悪くなかったよ』と言ってくれましたし」
はいあったね。そんなのあったね。ぽ、と頬を赤らめてもじもじする赤司君は可愛いが私はもう死んだ目になっている。黛さん並にハイライト失せてる。
だってぶっちゃけめんどい。
おまえ最初の頼れるお姉さんキャラどこにおいてきた?って言われそうだけど恋愛地蔵扱いされていい加減にならずにいられるか。もういいわ私は自由に生きるぞヒャッハー(自棄)。
「ただ、『卒業までそっとしといてくれ』と言われてしまった手前、どうしようかと」
「あー…」
「やはり、卒業式のあとに伝説の木的な場所で告白すべきでしょうか」
「おい誰だ赤司様に伝説の木とかインストールしたのそうか黛さんか」
思わずツッコんでしまったがよく考えなくても愚問だった。一人しかいねえよそれ。
「それにやはりせっかく、同じ学校内にいられる残りわずかな時間を無駄にしたくないですし、…オレは黛さんには『女なら理想のヒロインなのにやり直し!』って言われてますから、やはり男だと厳しいでしょうか…」
「うーん…」
なんと答えるべきかなあ、と悩んだ。
つったって私、出来ることなくね?
だって相手は京都におわすわけで、ていうか私に相談した時点で恋愛フラグパイセンがアップ始めてるはずだからもう私はミッションコンプリートじゃね?
と思いたいが最近、恋愛フラグパイセンがサボってるからなあ、と天井を仰いで考えた私だったが。
その翌日、私は秋葉原にいた。
日曜日で学校はお休み。部活も休み。
買い物ではない。人との待ち合わせだ。
ネットの交流サイトで仲良くなったフォロワーさんと会う約束をしていたのだ。
しかし待ち合わせ場所に佇んでいらっしゃった人物を見て私は死んだ目になった。
今にも見失いそうなほど影の薄い銀髪の長身の美青年。
そう来たか。
まあ奇妙な既視感というか、予感は感じていたのだ。
相手のHNが「まゆゆ」だからだ。
黛さんが二次創作の世界で通称「まゆゆ」と呼ばれていたのは知ってるし、昨日の今日だ。強制イベント発生する予感はしていた。
しかしおまえか。やはりおまえか。相手が人間の形保ってるとかどうとかの話じゃねえ。人間の形保ってても黒バスキャラはもうおなかいっぱいなんだおかわりいらない。
とか現実逃避してたら黛さんがこっちに気づいて目を見開いた。
そりゃそうだろう。私は誠凛マネージャー。大会で顔は合わせている。
黛さんは「まさか」という目で私を見た。私はこくり、と頷く。
残念だがそういうことだ。
「…おまえだったのか」
「私だ」
「信じていたのに」
「ちょっと待ってくれ。
誤解だ」
「よくも騙したな!」
「それはこっちの台詞だ!
まんまと私を騙しやがって!」
「暇をもてあました」
「神々の」
「「遊び」」
示し合わせてもいないのにコントのような応酬を繰り広げたところでお互い一息。
そして、
「なんでおまえがいるんだよ!」
文句言われた。
「それはこっちの台詞だわ!
まゆゆとか名乗ってて自販機サイズの男子が来ると普通思うか!
みんなの視線をいただきまゆゆじゃなくみんなの視線をいただけない黛だろうが!」
「バカにするな!
WC決勝戦の第4Qのときは視聴率100%だったわ!
まさにみんなの視線をいただきまくり黛だったわ!」
「黛さん、それ黒歴史じゃね?
自虐して楽しいかね?」
「うぐぅ」
痛いところ突いたらめっちゃ渋い顔された。悪かったよ。
でもきみは視聴率100%になったらまずかろうよ。幻の六人目なんだからさあ。
普通に気安い言葉遣いになってしまったのは驚いたせいもあるが、私の中身がアラサーだからなせいもある。
今は黛さんのほうが年上なんだがな。
「つ、つかおまえだってHN、ラブ☆ブッダってなんだよ!」
「恋愛地蔵の英訳(超意訳)だよ!」
「地蔵は地蔵であって仏像じゃねーしそもそもブッダは仏像の名前じゃねーしそもそも英語ですらない」
「うぐぅ」
なんか逆に痛いところ突かれた。
確かにそうだけどもう自棄だったんだもん!
「つかなんで恋愛地蔵なんだよ」
「いや、最近めっちゃ恋愛相談されるっていうか私に相談するとフラグが建つ的なアレで恋愛地蔵な」
「いっそそれならラブ☆ゴッドにすりゃいいのに」
「その手があったか」
「素直かよ」
思わずぽん、と手を打ったら真顔でツッコまれた。いいじゃん。
ひとまず混み合う道でいつまでも雑談してんのもアレなので喫茶店に移動することにした。
「しっかしこのタイミングで黛さんかー」
アイスコーヒーを一口飲んでから「ふう」と息を吐いてつぶやいた私に黛さんが「タイミング?」と首をかしげた。
私は据わった目で黛さんを見つめ、
「実は私は、今流行の転生ヒロイン()ってやつなんだ」
「な、ナンダッテー!?」
「白々しいリアクションやめよう。
なにこいつ赤司様と一緒で痛いとか思っただろ」
「テヘペロ☆
って言えばいいの?
まあ赤司様みたいなの来たと思ったけど」
「信じるか信じないかはあなた次第です」
「ホラードラマみたいな台詞言うなよ」
「まあひとまず転生ヒロインだと思ってたのね?
そしたらポジションがキセキの世代の恋愛地蔵だったときの私の気持ちを答えよ」
「こんなの絶対おかしいよ?」
「代弁ありがとう疑問符はいらない」
黛さんはまだ半信半疑というか「こいつマジかよ」とまるで厨二病最盛期の赤司君を見るかのようなまなざしを向けている。ちょっと傷つく。
「まあアレだよね。
物欲センサー的な」
「物欲センサー」
「逆ハーを所望したらBL展開がやってきます」
「なるほど物欲センサー」
「ひとは所詮、運命に抗えないしもべなのだ」
「物欲センサーを無駄にかっこいい言い方するのやめよう」
「まあともかく、厨二病最盛期の赤司君を間近で見た黛さんならばある程度受け入れられるかなって」
「否定はしない」
黛さんはアイスティーを飲んでから「まあ赤司様のほうが痛い」と肯定した。
そこは否定してやろうや先輩。まあ否定出来ないくらい赤司君アレだったけどさあ。
「ていうか一個いいかね?」
「なんだねワトソン君」
「ラブ☆ゴッドでお願いする。
ともかくきみ、ネットで私に恋愛相談してたじゃん?
同じ学校で好きな子がいると」
「あっ」
黛さんは今更にそのことを思い出したのか「しまった」みたいな顔をした。
そう、実は恋愛相談されてたのだ。そのときは相手がまさか黛さんだと思っていなかったから普通に聞いていたのだが。
「相手は赤司君ですよね?」
「なぜバレたし?」
「なぜバレないと思ったし?
ラノベヒロインみたいなって条件の時点で丸わかりだろうJK」
「しくじった!」
黛さんは死にまくった表情筋に最大限の驚愕(でもやっぱ死んでる)を浮かべて言うが、私の目もきっと死んでいた。
両思いじゃないですかやだー。
「言いたかないんですがね、私に相談したらもうアウトだから」
「え?
縁切り神かなんかなの?」
「むしろ逆だよラブ☆ゴッドだもん。
恋愛地蔵だもん。
だから言ったじゃん物欲センサーなんだって。
私は自分の恋愛フラグを建てたいんであってヤロウどもの恋愛フラグ建設したいわけじゃない!」
「切実な叫び」
「どっきりどっきりドンドンなことが起こったらいいなと思う。
私の恋愛的な意味で」
「不思議な力が湧いたらどーする?」
「不思議な力はもう湧いてるし要らない」
確かに不思議な力は湧いてるがその力は要らない。どーするじゃねーよどーにかしろよ。
「そして覚悟しよう。
私に出会ってしまったからにはもう恋愛フラグパイセンがアップを始めた。
近いうち強制イベント発生するよ!
トゥルーエンドまで一直線(強制)だよやったねたえちゃん!」
「わぁいなんだって?(白目)」
「誰も逃れられない」
「ホラーかよ」
ホラーです。誰も逃げられないし逃がさない。覚悟しろ。
「あ、でも最近フラグパイセンちょっと仕事が雑になってるからわかんないかも」
「なにそれ」
「サボってるんだよねなんか。
手を抜いてるみたいな、むしろソシャゲの片手間にやってるみたいな」
「ソシャゲ」
「ソシャゲの片手間。
じゃなきゃストーカーとかにんじんとかびっくりするほどユートピアと亀甲マンとかおかしいじゃん?」
「なんの説明もないし意味わかんないけどテラシュールでカオスな事態があったのは把握した」
さすが黛さん理解が早い。さすがラノオタ。あの赤司君の相棒だ。
まあ話半分に聞いてる部分もあるだろうが。
「まあ黛さんは相手があの魔王様だから、相当アレな強制イベントが起こるかもしれんが」
「やめてとてもありそうで怖くて夜しか眠れない」
「寝てんじゃん」
「ぶっちゃけ赤司様に怯えてたら洛山で生活出来ない。
あいつ普段から絶賛強制イベント発令中だから」
「マジか恋愛フラグパイセンの仕事ないじゃん。
やったね恋愛フラグパイセン!今回は堂々とサボれるよ!
なんなら昼寝ついでに二度寝しても良くってよ!」
「こやつ、煽りよる」
とかとんちんかんな会話しながら食事するじゃん?終わって会計して店を出るじゃん?
「おいおまえら一緒に来い!」
「こいつらの命が惜しかったらおとなしくしろ!」
いきなり走ってきた男たちに羽交い締めにされる私と黛さん。
近場の銀行から出て来たいかにもな強盗犯の人質にされました(死んだ目)。
そして現在、男たちの車に乗せられ道を逃走中です。
びっくりです。まさかの強盗。こんなことがあっていいのか。
と思ったがまさかこれ、強制イベントじゃなかろうな?
赤司様強制イベントじゃね?
だって人質にされる寸前、黛さんに赤司君から電話かかってきてたのよ。
黛さん、電話に出てたのよ。つまり赤司君は黛さんが人質になったこと知ってる。スマートフォンがあればGPS追跡は可能です。そして赤司君は昨日の今日なのでたぶんまだ東京にいる。
やばい完全に赤司様強制イベントだ!
まさかこのタイミングで恋愛フラグパイセンが仕事してきた!?今までのキセキたちとは段違いの力の入りようじゃねーか!どうした恋愛フラグパイセン!私が煽ったからか!?
「やべーどうしようこれ」
「たぶんこれ赤司様強制イベントだから命は保証される」
後部座席に並んで座ったまま黛さんがぼそっとつぶやいたので私も小声で返した。
腕だけ縛られてるけどそれ以外は自由です。だってけっこう速度出てるし。
「それ以外は保証されないって副音声が聞こえた」
「うん、それ以外はたぶん保証されない」
「ダメじゃん」
「ごめんなさい黛先輩」
「え、なんか嫌な予感」
「懺悔します。
私がさっき二度寝していいとか煽っちゃったからさー。
恋愛フラグパイセン、本気出しちゃったっぽい☆」
「なにしてくれちゃってんの。
なにしてくれちゃってんのマジで」
「たぶん私にバカにされたと思った恋愛フラグパイセン激おこ☆」
「ほんとなにしてくれちゃってんの。
オレ影薄だから普段ならスルーされるはずなのに!」
「だから言っただろ私と話した時点で強制イベント発生だって残念だったなあ!
強制イベントの前では黛さんの影薄など無意味!」
「ちくしょう!」
「おまえら静かにしろ!
立場わかってんのか!」
「アッ、ハイ」
「ハイ」
しまった先生みたいなテンションで強盗に怒られた。つい返事が生徒みたいなノリになりましたハイ。そういやまだ人質だったね私ら。
あんまり危機感がないのは赤司様強制イベントだろうと思ってるからなのか現実逃避なのか。
とか考えてたらふと、車の後方になにかいるのに気づいた。
車の通りの少ない山道を走っているんだが、なんか後ろからマウンテンバイクが接近して来てる。
しかもクソ速い。髪が赤い。そしてなぜか顔にガスマスク。
な ん か い る !
「黛さんなんかいる!後ろなにかいる!」
「うぎゃあなんかやばいのいる!」
思わず叫んだよね。黛さんも気づいて悲鳴上げたよね。
「ああああああああれなに!?
なんでガスマスク!?」
「知らん!
あ、今日の赤司様のラッキーアイテムがガスマスク!
たぶん緑間に渡された!」
「なにしてくれとんじゃおは朝もといあのにんじん!
てゆーかあれガチで赤司君か!?赤いのは火神君もいるが!?」
「赤いから赤司様たぶん!」
「判定ざっくり!」
「赤くてちっさいから赤司様です!」
「おまえ死ぬぞ?」
思わず真顔になってマジレスしちゃったけどまあ黛さんも混乱の極みだったんだろう。
そりゃ強盗の人質になったあげくガスマスクした後輩(それも好きなひと)がマウンテンバイクで追ってきたらパニクるだろう。意味わかんねーよどこのどっきりびっくりとんでもゲームの世界だ。超次元テニヌの世界か。アレならありそうだぞ。
「おいなんだあれおまえらの知り合いか!?」
「まったく縁もゆかりもない他人です」
「ぼく無関係です」
「嘘吐けえええええ!」
なんか強盗さんに聞かれたから本気で答えたら嘘つき呼ばわりされた大人って汚い。
いや私も中見はアラサーだけどさ!
「まあ嘘つき呼ばわりしたくもなるだろうがアレ知り合いって言いたくなる!?
ガスマスクで追跡してくるやつ知り合いだと認めたいかああん!?」
「わ、悪い」
「おまえなに強盗謝らせてんだ」
「ごめんつい」
しまったついチンピラみたいに凄んじゃった。でも律儀に謝るなよ強盗さんも。
黛さんに真顔でツッコまれたわ。
「え、ちょっと待って速度いくつ!?
いくつ出てる!?」
「えっ、あ、70キロ!」
「バカなに律儀に答えてんだ!」
「だって自転車で追いかけてくるおかしなやつがいるんだぜ!?
ガスマスクで!」
「まあそりゃそうだけどさあ!」
なんか強盗さんたちが喧嘩してる。運転してるほうが私に謝ったほうに文句言ってる。
いやでもパニクるだろうアレは。
「え!?
いくらマウンテンバイクとはいえ自転車で70キロ出せる!?」
「アスリートとかなら70キロ以上出せるらしいぞ。
しかも今、ちょうど下り坂だから余計速度出ると思う。
徐々に距離が縮まってるってことは時速70キロ以上出てるはずだし」
「ぎゃーサタンと書いて赤司様と読む!!!」
私の叫びに黛さんが真顔で答えた。一周回って冷静になったのだろうか。それともやはり魔王様の奇行に慣れた幻の六人目はメンタルがちがうのか。
「逃げて!
もっとスピード上げて!
追いつかれる!」
「待ってあれおまえらの仲間じゃねえの!?」
「ガスマスク装備して車を煽る知り合いはいらん!」
「やべえ正論!」
そして強盗さんなかなかノリが良い。私の懇願に普通に答えてくれてる。
まあ混乱した結果かもしれんが。
でも自転車はどんどん迫ってくる。DANDANサタン近くなる。
ガスマスク男が追いかけてくるとかどこのスリラー映画だ。
いつからここはスリラー映画の世界になったんだ。
あれか。
私が恋愛フラグパイセンという名の神に喧嘩売ったからか。
すいません調子こいてました許して許せ許してくださいお願いします私はあなた様のしもべ仰せのままにユアハイネス、とか必死で懇願してたら黛さんが隣で「あ」と茫然とした声を漏らした。
「え?」
私は思わず視線を背後に向け、固まった。
マウンテンバイクに、誰も乗っていない。あれ、サタンはどこに?と思った矢先に車の天井にずしん、と衝撃が来た。
思考が停止しました。時間も止まった気がします。
「アアアアアアアアアアイエエエエエエエエエエエエエまさか跳び乗ってきたああああああああ!?」
「赤司様マジ赤司様」
「おまえはハリウッド俳優かああああああああああああああ!」
「そんなおまえにこの魔法の言葉を捧げます。
『赤司様だから』」
「だよな知ってたちくしょう!」
だよな赤司様だもんな!赤司様ならやるよな!だって赤司様だもんな!
スリラー映画の主人公ばりに絶叫した私の横で黛さんはもう現実逃避してる。
私も行きたい夢の世界へ。うふっふ~夢の中へ~(自棄)。
そしてばん、とフロントガラスに突く手。まるでホラー。ぬっと顔を覗かせたガスマスク男。これがホラーでなくてなんという。ジェイソンか。
強盗たちも恐怖で固まっていた。
そのあとのことはお察しください。魔王様と恋愛フラグパイセンを敵に回して勝てると思うなよ。
どうにか停車したあと、縛られた強盗を余所に赤司様はまるで王子様のような雰囲気で黛さんにやさしく「だいじょうぶか?」と尋ねていらっしゃいます。
なんて素敵な王子様でしょう。ヒロインのピンチに颯爽と駆けつける王子様とかどこの乙女ゲーム。ただしヒロインは男だし王子様はガスマスクです。もうガスマスク取れよ。
黛さんのピンチだったからか敬語取れてんな。
つかあんなハリウッド映画並のことしたあとなのに元気だな。あれ普通に危ないぞ。
良い子はマネしちゃいけないよ!まず普通マネ出来ないけどな!
「あ、ああ。
赤司…。
どうして…」
「そんなの、決まってるじゃないか。
黛のためならどこへでも来るよ」
「…赤司」
あ、胸きゅんするんか。出来るんか胸きゅん。相手はガスマスクだぞ。
黛さん普通にトゥンクしてんな。
「おまえが人質になったと知ったとき、生きた心地がしなかった。
これからはオレが一生守る。
付き合ってくれ!」
「…赤司…!」
あ、ハイ。二人の世界完成です。強盗と私がまだ車にいるの忘れてるな。
二人のために世界はあるの。あるったらあるの。だから私は放っておけおいてくださいお願いします!
そう私は五体投地で恋愛フラグパイセンに懇願した。
[chapter:私は神に呪われている!]
[newpage]
夏真っ盛り。
私はとあるバスケット会場にいた。桃井ちゃんに誘われたのだ。
そう、JabberwockとStrkyの試合観戦に。
あの笑顔で「一緒に行こう!」って言われて断れるかおまえ。
しかし私は油断していた。
赤司君強制イベント以降、恋愛フラグパイセンもなりを潜め、私は平穏な日常を謳歌していた。
ああ、平和って素晴らしい。普通って最高。
そう考えを改めていた私は、油断していたのである。
『なんでおまえはリベンジマッチ受けちまったんだよ』
トイレに行くため、会場の廊下を歩いていたときだ。
流暢なネイティブイングリッシュが聞こえてつい足を止めてしまった。
前回CAを目指していた時期もあったのでそれなりに英語は理解出来る。
『はいはい、悪かったな』
『おまえ、その短気なのどうにかしろよ』
『おまえには言われたくねえよ。シルバー』
あ、これシルバーとナッシュ様だ。すぐ声でわかった。
その時点で逃げていればよかったのに、私は愚かにも聞き耳を澄ませてしまったのだ。
平穏な日々で勘が鈍っていたのか。愚かなり。無念である。
『一週間延びただけじゃねえか』
『だっておまえ、オレとの約束が!』
『…約束って、ああ、おまえがうちに遊びに来るって約束か?
そんなのいつでも出来るだろ』
ナッシュ様は興味なさそうに言い放つとそのまま歩いて行った。
曲がり角の自販機の陰に隠れた私は「なにか雲行きがおかしい」とやっと気づく。
『…ッそういうことじゃねえよ。
あのヤロウ。
せっかくおまえと二人になれると思ってたのに…』
舌打ちしてつぶやいたシルバーの声に私はやっと「あっ(察し)」となった。
しかし遅かった。なんせ相手はシルバー。桁違いの野生を持つ男。
ナッシュ様がいなかっただけマシと思うべきなのか。
わずかな沈黙のあと、
『…おい、そこに誰かいるのか?』
逃げました。もうダッシュで逃げました。
でも“神に選ばれた躯”を持つシルバーから平凡なJKが逃げられると思うか?
あっさり捕まりました。地蔵捕ったど!
『おい、てめえ今の話聞いてたな?
…ちょっと面貸せや?』
獣のような形相で凄まれて私に選択肢などあるはずもない。
「モーマンタイ!」
死んだ目でサムズアップした私。恋愛地蔵、再び始まりました。
☆恋愛フラグパイセンの次回の活躍にご期待くださいー!
※続かない
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流行のトリップというか転生したらそこは好きな漫画の世界でしたな話ですが内容がコレジャナイ。<br />逆ハーを夢見る転生ヒロインと、なぜかBLフラグばかり建ちまくるキセキと相棒組の話。<br />主人公は転生ヒロイン()だけど黒バスキャラとの恋愛的要素は皆無です。むしろツッコミ役。<br />ヒロイン()視点で話が進むのであんまりCP要素というか甘さはない。ギャグ100%。<br />時系列はWC終了後。ヒロイン()の名前は登場しません。<br />ギャグやカオスと疾走感を優先した結果、非常におかしなことになりました。<br />久しぶりに黒バス書いたらこれとか舐めてんのかと思われるか通常運転と思われるか(通常運転と思われそうだな)とか考えながら書いてました。<br />タグつけにだいぶ悩みましたが、これで良かったのでしょうか。<br />これはオリ主無双ではないよなあ、と思いつつよくわからない。<br />若干タグにないCP要素がちょこっとだけあります。<br />キャラ崩壊、ねつ造過多、ご都合主義。<br />なんでも許せる方向けです。<br />追記:冒頭で主人公の年齢を間違えていたので訂正しました。<br />青峰君が今吉さんと花宮君が同中だと知らないと作中で書きましたがコミックス見返してたら普通に知ってたので修正しました。
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私は神に呪われている!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10160286#1
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「はい、皆が静かになるまでに3分かかりました」
最早小学生にとっては定番とされている説教文句から始まった集会、説教の後は今後の予定を話し、葉山が全員を代表して挨拶をしたりと滞りなく集会は終わった
「さて、君達にお願いするのはゴール地点での昼食の準備だ。生徒達の弁当と飲み物の配膳を頼む。小学生達より早く到着してくれたまえ」
また俺達は車じゃないんですね……まあいいですけど……今回はまだ小学生達も出発してないようだしそこまで急がなくてもよさそうだな……
小学生がそれぞれ班にわかれてオリエンテーリングを行っていくなか、俺は見覚えのある少女の姿を見つけてしまった。周りの子たちよりもいくらか大人びて見えるおかげで一目でわかってしまった
鶴見留美ーー去年の臨海学校で出会った少女、彼女は他の子たちから虐められていた……それを解決……いや、解消するために俺は鶴見留美を取り巻く人間関係を破壊した。それも葉山達に悪役を押し付けるという方法で……その結果が今目の前にある
鶴見留美は、あのときと同じくひとりでいた。じっと見ているとあちらも気づいたのか目を丸くしている。だがその視線をそっと外し森の中へ入っていってしまった……
「八幡?どうかしたの?」
「……なんでもねぇよ」
戸塚の心配に短く答えるともう一度鶴見留美の方を見るもすでにその姿はなかった。どうやら去年のグループの子達はいないようだな、大方クラス替えでもあったのだろう。ということは現在の鶴見留美の人間関係がどうなっているのかはわからない。さらに言うなら去年の俺のやり方が正しかったのか……彼女の救いになっているのかはわからない……それにこれ以上はどれだけ考えようとも憶測の域を出ることはない。なら考えるだけ無駄ということだ……
俺はそう自分に言い聞かせて考えるのをやめた
◾️ ◾️ ◾️
「おお、速かったな。さっそくだが、これを下ろして配膳の準備を頼めるか。それとデザートに梨が冷やしてある。包丁類もあるから皮むきとカットもよろしく頼む」
なかなかの仕事量だな、一学年分ともなると中屋かの量だ、加えて配膳もしなくちゃならん。これは……
「手分けした方がよさそうだな」
「あーし、料理パス」
「俺も料理は無理だわー」
「わたしはどっちでもいいかなー」
葉山の提案に三浦、戸部、海老名が賛成し、それぞれ自分の意見を述べる。というかお前らの意見はほぼ確定になってしまうんだが……
「んー、どうするかな……配膳はそこまで人要らないだろうし……じゃあ俺達四人で配膳をやるか」
「んじゃ、あたしたちで梨やるよ」
由比ヶ浜が答え、二手に分かれる。というか俺達の意見は聞かれすらもしないのか……いやわかってはいましたけどね、別にどっちでもよかったし、どうでもいいんですけどね……
というか由比ヶ浜はこっち側でいいのか?あいつの料理の腕はヤバイぞ、悪い意味で[[rb:錬金術師 > アルケミスト]]だからな……このままじゃ梨達がゴミになってしまう……何とかしなければ……
「由比ヶ浜、お前配膳じゃなくていいのか?三浦達もあっちだぞ?」
「えー、……ってわかった。そんなこと言って料理下手だからやらせたくないんでしょー!梨剥くくらいなら出来るし!」
ちっ、アホの子くせにこういうところだけは鋭いな。こいつには前科があるからな、簡単な梨剥きと言えども油断できない
「私だって相当腕を上げたんだからね」
不安だ、不安すぎる。まあ雪ノ下がついてるわけだし、大事には至らないか……
と思っていた時期も僕にはありました。率直に言うと俺の考えは甘過ぎた。雪ノ下も最初の方は『お手並み拝見ね』とか言って笑っていたが……その顔が次第に曇っていった……由比ヶ浜が手にしている梨の哀れな姿を見れば仕方もないだろう
「な、なんでー!?ママがやってるのあんなに見てたのに!」
「見てただけかよ……」
見ただけで出来るとかどんな才能の持ち主だよ、何?[[rb:完全無欠の模倣 > パーフェクトコピー]]とか使えちゃうの?何処のキセキの世代だよ
「悪いけど、あんま時間ねぇんだ。お料理教室はまた今度な。代われ、お前はつまようじ役(雑用役)な」
そう言って俺は由比ヶ浜からまだ無傷の梨を奪い取り梨剥きをする。我ながらナイフを使い方が上達していると思った。まあ1日触らない日とかないからな、下手したらテレビでよく見る曲芸とかも出来るレベル
「げっ!ヒッキー無駄に上手い……きもい」
「げっ……ってなんだ、げって……え?きもい?」
八幡は5のダメージを受けた。八幡は倒れた……って八幡打たれ弱すぎだろ
「……確かに男子にしては結構上手ね」
珍しく雪ノ下に褒められたので思わず雪ノ下の方を向く。すると……
「……けれど、まだまだね」
そこには梨のうさぎさんが群れをなしていた。素敵なぐらいに勝ち誇った笑顔が眩しい。雪ノ下の奴、技量の差を見せつけるためだけにこんな飾り切りを短時間にいくつもいくつも……相変わらずの負けず嫌いなこって
「梨は皮固いから皮つきじゃない方が……ってわかったよ、俺の敗けでいいよ」
そんな睨むなよ、怖いから……
「あら、別に競っていたつもりはないのだけれど」
俺が敗けを認めるとそんなことを言うが……明らかに声が喜んでいるんだよな……
というか俺……こいつらとわりと普通に話せてるな……こいつらも俺に気を使ってる……とかそんな様子感じないし……でもこれはお互いが気付こうとしていないだけ、俺と奉仕部はまだ何も精算できていない。これを有耶無耶にしたままでは俺は前に進めない。そして俺達の関係も……
◾️ ◾️ ◾️
弁当もあらかた配り終わりちょっとした休憩タイム。俺も弁当を食べるためのベストプレイスを探していると……
「…………」
ひとりで黙々と弁当を食べている少女ーー鶴見留美を見つけた。ボッチに声をかけるときはあくまでも秘密裏に、密かにやるべきだ。だが幸いにもここは人目が少ないし、見かけたのに無視するのも気が引ける
「ひとりで食ってんのか?」
「…………」
鶴見からの返答はない。それもそうか……こいつからしたら俺は良い印象を持っていないだろうしな……無視されるのも当然か……
俺が諦めて他のベストプレイスを探すため立ち去ろうとすると……
「見ればわかるでしょ」
どんだけ時差があるんですかね……
俺も弁当を広げ、食べる。うん、わりと普通にうまいな
「何やってんの?」
「見ればわかるだろ」
やり返してやったぜ。八幡のカウンターが炸裂!相手に1ダメージ。八幡のステータス低すぎだろ
「他に食べる人いないわけ?」
「いないんだな~これが」
いたらボッチなんてやってねぇよ、まあ今ではわりと大勢で食うこともあるんだけどな……全くこいつを見てると俺のボッチ力が低下してるのがわかるな。そしてこいつはボッチ力が上がってやがる
「前にも言っただろ、俺ボッチだし。それにひとりで食った方が静かでいい」
そう言うと鶴見はしらっとした目で俺を見る
「……ボッチ」
「ほっとけ」
それ盛大なブーメランだからな。というか去年と違ってひとりでいることに抵抗とかは感じてないみたいだな。去年は惨めなのは嫌だと言っていたが……今はどうやら望んでひとりでいるようだ。生き方まで雪ノ下そっくりだな、こいつは。陽乃さんより姉妹に見えるんだが……体の一部もそっくりだし……
「八幡のエッチ……」
「おい。被害妄想はやめろ」
なんで俺の周りはエスパーばっかり居るんだよ。俺がわかりやすいのか?殺せんせーみたく俺も顔色とか変わってるのか?今度鏡で確認してみよう
「ねぇ、八幡はさ……」
「あん?」
というか今気づいたけど俺の名前覚えてんだな。呼び捨てだけど……まあそこは多目に見てやるか
「友達できた?」
友達か……
「ああ、できたよ」
「そっか……」
それからは特に会話もなく食べ進めていく。やがて俺の方が先に食べ終わると、ここにいる理由もなくなってしまったので先に戻ろうとすると……
「……あ……あの……」
初めて鶴見の方から話しかけてくる。俺は顔だけをそちらに向ける
「……やっぱりなんでもない……」
「……そうか……お前も食べ終わったら戻るんだぞ」
鶴見留美が何を言いたがっていたのか俺は聞けなかった。それを聞いたからと言って俺がやって来たことが肯定されるわけではないのに……
◾️ ◾️ ◾️
「ヒッキーどこ行ってたの?」
「ああ、ちょっとな……気になることがあってな……」
「気になること?」
「ああ、まあ大したことじゃないんだけどな」
「私には言えないこと……?」
「そういうけじゃない、実は……「さて、そろそろ飯盒炊飯の準備をする。中学生は一回集まってくれ。運ぶものもある」……行くか……」
俺が話そうとするとタイミング悪く平塚先生から集合の合図がかかる
「あ……うん……」
「後で必ず話す。だから時間あけといてくれ」
「うん!わかった!絶対だよ!」
そう言って由比ヶ浜は駆け足で戻っていた。俺はゆっくりと戻る。俺がやらかしたことで鶴見留美の今の現状があるならそこには俺がとるべき責任があるはず……いやこれは建前だ。俺はまたあれこれ理由をつけて動こうとしている
ただ、俺は……進んでひとりの道に進んでいく鶴見留美を見ていられないんだ。かつてボッチを肯定していた。今も別に否定しているわけではないが……E組と……そして奉仕部と出会って俺は知った。ひとりよりも楽しいことがあることを……
だから俺は鶴見留美を放っては置けない
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今回も暗殺教室キャラは出ませんがタグを残してあります<br /><br />追記9月29日修正済み
|
28.再会の時間
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10160345#1
| true |
俺は家を出て葉山家主催のパーティに出た。まぁ俺が経営している会社が雪ノ下建設を上回り、千葉で一番の大規模企業になった。それでいて3人は昔からの馴染みだからよくパーティに誘われることがある。中学の頃親が会社作ってみないか?みたいな話を切り出された。最初は何らかの冗談だと思っていたがどうも本気らしくて本当に俺の会社を作ってしまった。正直なんの会社とか考えていなかったため、あらゆるジャンルに手を伸ばしてその中で一番良かったものをメインとして行こうと簡単に思ったがどうもどっこいどっこいで全部が繁盛した。そしてこんな大手の来るところに顔パスで入れるくらいに成長した。笑えてくるだろ
八幡「比企谷です。」
受付「どうぞ葉山様がお待ちです。」
八幡「どうも」
もう慣れてしまったこのやり取り。最初はとてつもなくどもってしまって死にそうになったが。だけどあの時の雪乃の笑った顔可愛かったなぁ。
そんなことを考えながら、会場に足を運んだ
葉山「やぁ、八幡」
八幡「何がやぁだよものを囮に使って呼び出しといて。ちゃんとあるんだろうな。」
葉山「あはは、ちゃんとあるよ」
八幡「それとその薄い仮面外したらどうだ?」
葉山はそれを聞いて少し参ったという顔をして[みんなの]から[普段の]葉山隼人になった。
八幡「そういや親父たちは?」
葉山「下のフロアで女口説きに行く!って酔っ払ってるからノリノリで言ったよ」
八幡「後で母さんにでも言っとっかな」
葉山「まぁそれをやったら、完璧に家庭崩壊するけどな」
八幡「違いねぇが生憎俺は自分の会社あるし、雪乃いるから問題はねぇさ」
俺はさっきのフロアでもらった飲みもんを片手に高級ソファーに座るそれに続いて葉山も対面のソファーに座った
葉山「さすが[[rb:八幡 > やはた]]コーポレーションの社長さんは言うことが違うねぇ」
八幡「それは皮肉として貰えばいいか?高校生最強弁護士さん」
八幡「……」
葉山「……」
少しの沈黙が続き聞こえるのは少し心地の良いヴァイオリンの音色だけだった
八幡「フッ」
葉山「ハッ」
2人は鼻で笑ってからまた飲みものを飲む。別に憎んでるとかそういうのではない。だがこれが恒例となっている
葉山「そう言えば陽乃さんが八幡きてるなら呼んできてって」
八幡「あ?はるさんが?めんどくさくなる気しかしないんだが」
葉山「それに至っては同感だ」
八幡「さて、めんどくせぇが行くか。んじゃお先に失礼するよ」
葉山「あぁ」
俺は隼人に挨拶をしてハルさんのいるところに向かった。
陽乃「やぁはち君久しぶり」
八幡「お久しぶりですハルさん」
陽乃「どう最近の営業は?」
八幡「まぁまぁですね。前の収入より少なからず多からずって言ったところですね。そういうハルさんだってどうなんすか?たしか雪ノ下本家の会社もう継いだんですよね」
陽乃「そだよー。でもまぁ色々大変だよ。元々いる顧客に挨拶とかなんやら。仕事は手伝ってはいたんだけど本格的にやるとしたら少し大変で」
八幡「まぁお疲れ様です」
俺らはそれから5分程話して雪乃のとこに帰ることにした。え?親父?あの二人ならさっき隼人の連絡で飲み直すとかなんとかでBARに行くって言ってたらしい。話は今度だとさ
陽乃「あれ?帰っちゃうの?」
八幡「えぇ、うちのお姫様は生憎寂しがり屋なんでねそろそろ帰んないと拗ねちゃうんで」
陽乃「あぁ、雪乃ちゃん拗ねると少しめんどくさいからね」
八幡「何言ってんすか?可愛いの間違いでしょ」
陽乃「相変わらずゾッコンだねぇ」
八幡「当たり前でしょ。それじゃあこれで」
俺は会場を出てタクシーで雪乃のマンションまで行く。それから五分後に着きインターホンを押す。ドアが開けられいきなり腕を引っ張られて抱きつかれた。
雪乃「遅い」
八幡「ん、ゴメンなこれで許してくれ」
俺はそう言って唇と唇が触れ合う軽いキスをした。だがそれもピュアなお姫様には刺激が高いようで悶々としていた
八幡「さてと、時間的に寝るか?」
今の時間は23時30分明日は普通に学校だ。
雪乃「そうしましょう。明日も学校があるのだし」
八幡「だな」
俺は軽くシャワーを浴びて雪乃のベッドに入った雪乃は少し恥ずかしがりながらおやすみと言い俺に抱きついてきた。俺はおやすみと返しておでこにキスをして眠った。
[newpage]
翌朝俺は6時半に起きて朝食を作る。普段は雪乃の家に泊まったら作ってくれるんだが朝が弱いため少しは楽にさせたいがためにたまにだがこういうことをやってる。目玉焼きを作ってる時にガチャっとリビングのドアが開く音がした。俺は気づいて後ろを振り返ると少しフラフラな足取りで俺の方まで来て抱きつく
八幡「おっと、おはよ、雪乃」
雪乃「おはよ、八幡」
俺は雪乃の異変に気づいた。
八幡「お前どうした?顔が赤いぞ?」
俺はそう言っておでこをおでこにくっつける。普段の雪乃なら照れてるところだがずっとぼーっとしていた。引出しから体温計を出して計らせたら
八幡「39.7℃か、雪乃今日は休め俺も看病してやる」
雪乃「いや、悪いよ、八幡は学校いって」
八幡「いいから、俺は仕事言い訳にしたらなんとでもなるんだから」
雪乃「ダメ、そういうので休むのは」
なんかこいつ口調変わってないか?
八幡「いいからっと、ほらベットに行くぞ」
俺は雪乃をお姫様抱っこして持ち上げてさっきまで寝ていたところに行く。
八幡「さすがに俺でもお前の分休むとは言えないから自分でやってくれ。俺も学校に電話かける。それと朝飯食えそうか?きつかったらお粥にでもするが」
雪乃「んーん大丈夫だけど少なめがいい」
八幡「はいよ」
俺は、先に雪乃の分の米を盛り付ける。雪乃は猫舌だ。しかも熱の時となると熱いのってのは少しきつい時もあるしな。俺は米を盛り付けたあとに学校に電話をして休んだ、俺は部屋に戻ると雪乃の方も電話が終わっていたらしく朝食を食うことにした。10分ほど経ってご飯が終わりベットに戻った。俺は濡れタオルを雪乃のおでこに乗せて寝るまで雪乃の近くにいた。
[newpage]
雪乃視点
朝起きたら隣には八幡がいなかった。朝食を作ってくれてるはずなので起き上がってリビングに向かおうとした。その時に歩く時に何故か目眩のような感覚に襲われ、いつもよりぼーっとすることが多かった。私はとりあえず八幡の所に行った。リビングの方に入って台所の方を見ると八幡の後ろ姿があった。こっちに気づいて、微笑んでおはようと言ってくれた。私はこの何気ない会話が好きだ。だけど案の定いつもどうりの歩き方が出来ないでよたってしまう。私はとりあえず八幡に抱きついて落ち着く。八幡がおでこをくっつけて熱をあるのか確認する。やはり恥ずかしいけれど今はそれすらも心地よく感じる。私は八幡の言うとうりに学校を休むことにした。私は八幡にお姫様抱っこをしてもらいベットに行くそして朝食はどうするかを聞いてくれる。やっぱり一つ一つに気遣いがあって優しい。私は朝食を食べた後にベッドに入った。八幡が濡れタオルを乗せてくれてそのひんやりした感覚が気持ちよかった。私が寝るまで手を繋いでくれた。私は以外にも早く寝た
子供2「お前!調子のんなよ!」
子供3「そうだそうだ!」
子供1「親が金持ちだからって」
子供2「気持ち悪いんだよ!」
(これって、小学校の頃?)
私は同級生とかに小石などをぶつけられてたそして、それはエスカレートして大きい石を
投げられた。けどその痛みは私には来なかった。私は目を開けて、目に入ったのはぴょこぴょこ動くアホ毛だったそしてその投げられた石は手に持っていた。
子供1「うわ、ヒキタニかよ」
子供2「気持ちわり」
子供3「比企谷菌が移るぞー」
など気持ち悪がりながら逃げていった。
八幡「たく、俺のキモさで逃げられるとか俺どんだけキモイんだよ。てか比企谷菌とか新しいので来ちゃってるし。あと比企谷だし間違えんなクソッタレ。っと大丈夫か?雪乃」
その時はかっこよかった。そのあとなんで助けてくれたの?って聞くとたまたま通りかかっただけだって言いながらも、息は上がってた、それがかっこよくて今も昔も八幡のことが好き何だ。少しひねくれながらも周りを見て助けてくれる。気遣いが上手いとか色々まとめて私は……八幡が好きだ
私は夢から覚めて目を開けると、八幡が目の前にいた。
八幡「わり、起こしちまったか?」
雪乃「んーん大丈夫ねぇ八幡」
八幡「あ?どした?」
雪乃「ありがと」
八幡「ほんとにどうした?」
雪乃「んーんなんでもない」
[newpage]
なんか気分転換とか言いながらこれはこれでシリーズ作ればよかったって今公開してますスッチです。マイピク申請は随時受けつけておりますので是非とも申請よろしくです!
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久々に、このシリーズ出しましたね
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八幡と雪乃が幼なじみだったら③
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10160807#1
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「――たしかに。任務ご苦労様でした」
その言葉を聞いた途端、ソファですっかり寛いでいた姉さんがパッと起き上がった。
「!!じゃあもう行っていーのか?」
「ええ、どうぞ」
「じゃあなーメフィスト! 雪男、帰ろ!」
「はいはい。――それでは、失礼します」
一礼して、理事長室から出る。来週からこちらの講義に復帰をするので、その前に研究室や懇意にしている教授にあいさつに行くつもりでいるが、それもまた後日。今日はもう大学に用はないので後は帰宅のみ。
家に帰るため歩き出した僕の隣にはピッタリと寄り添う姉さんがいる。理事長室に着いた途端取り出し、ふよふよと揺らしていた尻尾も今は僕の太ももに絡んで離れない。
「姉さん、今日は随分甘えただね」
「へへー。だって久しぶりの雪男だから堪能すんの」
僕の胸に顔を埋めた姉さんが深呼吸しながらうっとり呟いた。傍から見たら少し変態ちっくな気もするが誰もいないので問題ないだろう。
「久しぶりって……二週間前に会ったじゃないか」
我慢できなかったの?腰から尻にかけてのラインを撫で下ろし、尻尾までするりと触れる。
「……っ! ゆきお、っもう…早く帰ろう!」
色々と我慢できなくなったらしい姉さんが顔を赤くして縋りついてきた。可愛い。
「うん、帰ろうね」
姉さんをヒョイと片手で抱き上げて、手短な扉に鍵を差し込む。扉を開ければ僕にとっては三ヶ月ぶりの我が家だ。変な虫が寄り付くのは本当に気に食わないけれど、全力で僕の帰りを喜んでくれる姉さんが見れるなら、長期任務も悪くないな。そんな事をつらつらと考えつつ、首に縋り付いて顔中に熱心に口付けをしてくる姉をそのままに僕は我が家に足を踏み入れた。
***
その日、最後の講義を終えた僕は友人と談笑しながら荷物をまとめていた。さて帰るかと鞄を持ち上げた瞬間、
『奥村雪男君、奥村雪男君、理事長がお呼びです。至急理事長室まで来るように。繰り返します、…――――』
なんとも珍しい事に、校内放送でフェレス卿に呼び出しを受けた。
理事長っているんだ。奥村お前なにしたの?との声が上がるなか理事長室へ向かった僕はそこで、海外への長期任務を言い渡された。学業に専念するため祓魔師の仕事は減らしていたが、どうしても手が足りない時は招集される。今回の現場は竜騎士が不足しておりどうしても参加してほしいと日本支部にまで要請があったそうだ。
「海外留学という名目で手筈は整っています。あなたのような優秀な学生ならば誰も不審に思わないでしょうから、せっかくなので本当に向こうの正十字騎士團にゆかりのある大学で三ヶ月の臨床実習を受けてきて下さい。悪い話ではないでしょう?」
*
「――は? 来週から海外出張?」
僕はフェレス卿に任務を言い渡された事を、食後すぐに姉さんに伝えた。急な話で思考が追い付かないのか、そのまましばらく姉さんはぽかんと口を開いたまま。丁度口に含んだばかりだった苺がコロリと落ちた。
「……うん。僕も今日フェレス卿から話を聞いたんだ。上級の竜騎士の人手が足りないらしくて、僕に要請が入ったんだ」
「だってお前、学業優先で祓魔師はほぼ休業中じゃんか! んな長期任務とか、メフィストも何考えてんだよ……」
「大丈夫。任務自体は二週間程度で終わるんだ。ついでに向こうの大学で勉強して来いっていわれてね。その後も向こうの短期任務は受けなきゃいけないみたいだけど、たとえ日中授業を抜けても騎士團や祓魔師にとても理解あるところだから協力的だって聞いたよ。
それに、この任務を受けたら卒業まで任務は入れないっていう有難い条件も付いてるんだ」
「うー…。でも、でもよぉ」
椅子から立ち上がり、しょぼんと尻尾と共に項垂れる姉さんの隣に立つ。気付いた姉さんがのろのろと両手を差し出してきたので、安心させるようにその身体を抱きしめた。
「自分勝手だってわかってるけど、何ヶ月も雪男と離れるなんて……俺、」
「姉さん、――ごめん」
抱きしめていた腕を解き、姉さんのまろい頬を掌で包みキスをした。何度も唇をついばみながら約束をする。
「……毎日メール、するからね」
姉さんもしっかり僕の背中に手を回しもっともっととキスをねだる。
「ん、ゆきぃ……俺も……」
キスは次第に深まり僕たちは溶け合っていった‥――――
*
姉さんと離れるのは淋しいが、命令だ。粛々と従うしかない。
一週間散々イチャついた後、暫しの別れを惜しみながら旅立った。
……のだけれど、姉さんはやっぱり離れ離れが耐えられなかったらしく、僕が任務に赴いてから二週間後、フェレス卿から鍵をもらったと、アパートメントに転がり込んできた。流石に姉にも日本での任務はあるので、二日間位しか一緒にいることは出来なかったけれど、その後も月に1・2回は必ず、離れているのが我慢できなくなると姉さんはやってきた。週末婚の様でなかなか楽しかった。
が、残り一ヶ月というところで僕の居ない間に姉にちょっかいを出そうとしている男が現れたようだった。基本姉さんは隠し事をしないので離れている間の出来事をすべて話してくれる。その中にどう考えても姉に気がある男の話が出た。
相手は所詮一般人だ。姉さんの魅力にやられて万が一襲ったりしても僕が教えた通り、一撃必殺で股間を蹴るだろうから貞操の危機については心配はしていない。それに姉さんは異性からの好意に関してはとても疎いので告白でもされない限りその男の気持ちには気付かないだろう。
何故かといえば、僕の姉さんは高校までずっと女性だという事を隠し男装して生活してきた。魔神の落胤であることが関係するのだがその辺は割愛しておく。周りも姉さんを男と疑わず接していたし姉さんもそれをよしとしていたから、それまでの十八年間は当然女性として扱われたり褒められたりすることは無かった。
それだから、今更外見を見繕った途端褒めてくる男になど絆される訳がなく、逆に言われ慣れていないため気持ち悪がる始末だ。知り合いになった男とは最初から友達という認識で接するし、言い寄ってくる男を本当に『男』として見ることはないので相手から向けられる恋愛感情には全く無関心で無自覚で異性に興味を示さない。
そんな姉さんの唯一の例外は僕だけだ。むしろ既に心に決めた唯一の相手である僕が居るから他からの想いに気付かないし興味もないのかもしれない。それ程熱心に物心ついた頃から僕はずっと姉さんに愛を囁いてきた。真綿に包む様に大事に大事に愛でてきた。姉さんは昔から僕だけの前では素直で可愛い女の子の一面を見せて甘えてくれた。生まれる前から傍にいる愛しい愛しい僕の半身。たとえ姉さんが兄さんであったとしてもこの感情は変わらないだろう。同じ胎の中にいた時から奥村燐という存在自体に僕は惹き付けられているのだから。
傍から見れば姉弟同士、近親相姦。異常に思われる想いだろう。でもそんな想いを姉さんは受け止めてくれる。嬉しいと笑ってくれる。僕にとっての『女』は姉以外ありえないし、姉にとっての『男』も僕以外ありえない。これは妄信でも過信でもない、紛れもない真実だ。
こんな僕と姉の間に割って入れる奴なんて居やしないのに、姉を落とせるとでも思っているのか近づいてくる男が時々いる。そんなことは絶対ないのに哀れな男達だ。
*
絶対の自信はあるものの、気にならないと言えば嘘になる。本当は下心見え見えのその男と二人きりにするのも虫唾が走るが、高校に入るまでまともな友達が居なかった姉は新しい友達が出来ると嬉しくて仕方ないと僕に話してくる。嬉しそうに友達の話をする姉さんに対し、たかが男友達と仲良くするくらいで怒り狂う、心が狭い男とは思われたくないので仲良くすることに表立って反対する気はない。
反対する気はないが、とりあえずどんな男か調べてみることにする。
僕は姉さんが帰った翌日にフェレス卿に会うべくファウスト邸の扉を蹴破った。彼のオタクなコレクションの前で丁度偶然にも携帯していた銃を手に取り、その男についての情報提示をお願いした。「あ、あなた達は嫌なところがそっくりですねっ! つい最近もあなたのお姉さんは今のあなたと同様、私の嫁たちを盾にあなたの部屋に繋がる鍵を特別に用意しろと脅す始末……!! 恐ろしい姉弟だ!」なんてことを言っていたがただのジョークだろう。フェレス卿は快く協力してくれた。
さて、姉を落とそうとしているその哀れな彼は僕より二つ年下の二十歳。大学ではそこそこの成績で適当に遊びながら過ごしているごく一般的な男の様だ。女性と遊ぶことに熱中しているようなのが鼻につくがまぁこれ位の年齢の男っていうのはこんなのも中には居るだろう。
しかし何か引っかかる。丁寧に顔写真も何枚か付けてくれたその紙を見ながらしばらく考えた。――あ、こいつ僕に似てる。パーマがかかっていているから少し違うが髪型のベースや服の雰囲気が似ているのだ。さらに眼鏡まで。
似ているというのは少し不味い。僕が居ない時に雰囲気が似ている男性が居たら、姉さんは僕の面影を追いかけていつもより笑顔が多くなる。対僕用の笑顔を他人に晒すなんて、なんてもったいないんだ…。相手もますます勘違いするだろう。手ごたえありと考えてデートに誘うんじゃないだろうか。……普段遊んでますって男が本気になったら、逆にデートなんかは正統派な手順を踏みそうだ。うん、これは必要以上に二人きりにならないよう先手を打っておこう。
僕はすぐにメールを送った。
『姉さん、先月行った水族館は本当に綺麗で感動したね。帰国したら今度は遊園地にでも行こうか? ベタなチョイスだから少し照れるけど恋人同士なんだっていつもより実感出来るからたまにはいいよね』
姉さんの事だ。これで水族館や遊園地はもう恋人と行くものだと思い込むに違いない。僕以外に誘われても必ず断るだろう。後はそうだなぁ。
『先週来た時に、休日は暇で最近図書館しか行っていないって話してくれたけど、たまにはしえみさんと出かけてみれば?映画なんていいかもね』
定番といえば後は映画館だが、姉さんは真剣に見入るだろうから上映中は一人で観ているようなものだ。素直な姉さんはこのメールを見た後に早速しえみさんと約束するだろうから、その後例の彼がどこか行こうと誘ってきたら高確率でしえみさんと三人で観に行こうと言い出すに違いない。これで上映中以外も二人きりになることはない。
かくして読み通りに事は運んだらしい。
映画面白かった!雪男とも今度行きたい!帰りに祓魔屋よって花の植え替え手伝ったんだけど……と嬉々として携帯越しに話してくれる姉さんは大変可愛らしい。例の彼の話がほぼ上がらないのが敵ながら(笑い過ぎて)涙を誘う。
*
翌週、例の如く泊りに来た姉さんと存分にベタベタし合い後ろから抱きしめていると僕の腕からおもむろに抜け出し、ベッドの下に脱ぎ捨ててあった服を拾い上げた。
「僕の服がどうかした?」
「明後日、買い物に行く約束があるんだけど参考までにこの服どこのかなって」
姉を腕の中に戻し首筋に鼻先を埋めて一緒に僕の服を眺めながら、ああ例の彼ねと思い起こす。前回の結果に満足してちょっと忘れてたよ。今度は買い物かぁ。それにしても、彼の服装たしかに僕と系統似ているから僕の服がどこのブランドか確認するのはいいけど、その後彼氏の愛用ブランドを全力で勧めてたって知ったら彼のダメージ大きいんじゃないかな……。だってこれはもう姉さんの無自覚な惚気だよね。
特に口出しもせず姉の好きなようにさせた僕は、どこで待ち合わせ予定なのかしっかり聞き出しておいた。当日暇そうな人物に割りこませようと考えていたからだ。因みにその暇そうな人物とは言わずもがな志摩君です。フェレス卿の時と同様丁寧にお願いしたらすぐに協力してくれた。僕はいい教え子をもったなぁ。後日勝呂君に「ほんまあかん! あの時の若先生に逆らったら確実に消される思いましたわ!!」と語っていたそうだけど心外だな。そんな事するわけ無いじゃないか(棒読み)
かくして志摩君は任務を全うしてくれたらしい。
買い物面白かった!雪男とも久しぶりに行きたい!帰りに志摩がおいしい店連れてってくれたんだけど……と嬉々として携帯越しに話してくれる姉さんは大層可愛らしい。思惑通りとはいえ志摩君の陰に隠れて例の彼の話があまり上がらなかったのがやはり敵ながら、…………涙を誘う。
しかし彼もへこたれない(まぁ姉さんは本当に可愛いからそれ位で諦める様なら最初からちょっかいをかけないだろう。それ位僕の姉さんは可w(ry)。次は夜の食事に誘ったそうだ。いいワインも飲める最近口コミで有名なイタリアンのお店だと姉さんははしゃいでいた。
……おもわず、握りしめた携帯にヒビが入る程に僕は眉を顰めた。さすがに相手が考えているその後の展開も嫌でも予想できた。――自分の身は自分で守れるだろうが、そんな貞操の危機が実際に訪れたら僕は確実に相手をぶちのめすだろう。というかまずそんな機会を与える気は毛頭ない。
さすがにもう食事自体一緒にさせる気もなかった。食事を純粋に楽しみにしていた姉さんには悪いけど急遽仕事が入るようにしてもらうべく僕は再度フェレス卿に会いに行った。
「…急に任務を入れろと言われましても……大体自分で直接言えばいいじゃないですか」なんて言いうのでそこら辺に漂っていた魍魎を捕まえ「この日この時間この場所に仲間を集めて大量に群れていてください。素敵な女性が来てくれますよ」とお願いをした。魍魎は必死に頷いていたので協力してくれるようだった。これなら任務を入れざるを得ないだろう。
後日フェレス卿が「藤本……あなたは子どもの育て方を間違えた…。銃を乱射し魍魎にお前ら大量に群れて暴れておけ。事を起こさなかったらどうなるかわかってんだろうなぁ!? 上手くやったらお前らがあわよくば近付こうとしている俺の姉さんがてめえらまとめて祓ってやるんだよ有難く思え! と脅しをかける彼の姿はもうこの世のものとは思えない程に恐ろしかった……」とブツブツ呟いていたそうだけど生憎僕にはさっぱり意味が解らないよ。
とにかくフェレス卿と魍魎の協力もあり今回も事なきを得た。
その後の顛末はご存じのとおり。
姉さんお手製のお弁当を食べるなんていい度胸してるじゃねえかとも思ったが、我が家に帰った後に「試作品の感想言ってくれるやつがいてよかったー。今度雪男に完成品だすな!」と姉さんが言っていたのでお弁当については不問に処すことにした。弁当については。
***
「やあ、先日は燐がお世話になったね」
2限目の授業が終わった直後の、喧噪冷めやまぬその教室に入っていく。周りできゃあきゃあ騒いでいる女性達は、いつも通りスルー。僕の目的は硬直してこちらを見ている彼だ。
目に見えて青褪めていく顔が可笑しい。殴られるとでも思っているのかな。そうしたいのは山々だけど公衆の面前でそんな愚かなことをするつもりはない。今後姉さんに変なちょっかいを出さないよう忠告しに来ただけ。……彼の顔色を見る限りそんな気はないようだ。先日の僕と姉のラブラブっぷりに戦意喪失しているのだろう、いいことだ。
「燐と仲良くなってくれてありがとう。彼女も楽しかったと言っていたよ」
「い、いえ……」
「僕が帰ったから、燐は当分図書館には行かないみたいなんだけど、弁当箱は君にあげる」
(もうその気なくてもお前とは会わせる気ないから。弁当箱も元々僕のなんだよね)
「返さなくていいよ、新しいの買うから」
(ほかの男が使ったヤツなんかいらないから記念にやるよ)
笑顔で言ってあげると土気色の顔で絶句していた。はは、心の声が聞こえたのかな。先日も僕の殺気に敏感に反応してたし中々敏いのだろう。それならもう言うことは何も無い。朝から大学の研究室などに顔を出し、帰国の報告をしに行ったついでに彼に会いに来たのでとっとと家に帰ることにする。僕は早々に教室を離れた。
――残念だったね、初めて本気になった相手だったようだけど。姉さんは一生誰にも渡す気はないんだ。
*
目障りな虫をサクッと潰したので懸案事項も解消され晴れやか気分で帰宅した僕は、ガチャリと家の鍵を開ける。すぐにパタパタと近づいてくる足音が聞こえてきた。その音を聞いて自然と頬が緩んでいくのがわかる。昨夜夜通しの任務に就き明け方眠りについた彼女とは今日はまだ会話をしていない。
さあ、何を話そうか。
とりあえずあの彼の事は「嫉妬深い彼女ができたからもう会わないと言っていた」とでも言おうか。我ながらなんて良心的な言い訳だ。しょんぼりする姉は見たくはないがドロドロに甘やかし慰めてあげよう。
その後はもちろん、とろけるような愛を囁いてあげるよ。
おわり
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■モブが姉さんと付き合おうと頑張る話のおまけ。雪男視点。雪男が姉さん可愛い可愛い言っている、ちょっと黒くて重い話になりました…。前回はこちら→(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1011693">novel/1011693</a></strong>)<br />■表紙に統一感なさすぎ、でも描くの楽しかった。■■通常運転タグありがとうございます。ブクマ・評価もありがとうございます。■タイトルの意味は「常夏」です。雪男君の燐姉さんに対する心境。
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パーペチュアルサマー
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1016110#1
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【T&B】幸せになろうよ(獣人)【炎虎】~出会い篇~
「あらあら、いくらブロンズだからって、ここは表通りよ。せめて、ちゃんと所定の場所に捨てろってのよねぇ」
「って!!貴女もお人好しですね。ソレ、わざわざ運ぶ気ですね・・・僕がしますよ」
本日の出動でHERO’S全員一致の協力で犯人確保をし、事件は無事に解決をみた。
共にゴールドステージの住人であるファイヤーエンブレムこと、ネイサン・シーモアとバーナビー・ブルックス・Jrは丁度良い機会とばかりに“いつものコト”をする為に落ち合い、歩いていた。
実は、二人は、シルバーやブロンズエリアで事件のあった時には都合のつく限り軽く辺りを散策がてら歩くようにしていたのだった。
備えあれば憂いなしって言うでしょ・・・。それがネイサンの言い分だった。
勿論、事件の際には最新の地理情報や交通状況などはリアルタイムでデータとして送られ、把握できる。だが、それらはあくまでデータだ。
実際の現場では、その”場”が持つ雰囲気や空気感のようなモノがある。
だからこそ、例え大雑把であっても、土地を街を肌で知っていることは知らないでいることと雲泥の差が生じることがあるのだ。
そんな訳で、その日も二人は事件解決後、揃って軽口を叩きあいながら、周辺を散策していたのだった。
と、その先に歩道を塞がんばかりに大きなダンボール箱が放置されていた。
ほんの1ブロック程先にゴミの集積場が見えたが、一抱えはありそうな大きさの箱は恐らく重さもそれなりにありそうなことは容易に想像できた。
要するに、面倒だからここに放っていったということだろう。
バーナビーは軽く息を吐くと箱に手を掛け持ち上げようと力を籠める。
その途端。
「ぅ・・・ぐぅぅぅぅ・・」
くぐもった声らしきものが聞こえた気がして思わずネイサンの顔を見る。
矢張り空耳ではなさそうだ。
ネイサンは緊張した面持ちで近づくと、ベリベリベリベリ!とガムテープの封を剥がし箱を開いた。
「なっっ!」
「これはっ!!」
上から中を覗き込んだ2人は驚愕に目を見開いた。
中には、蹲るように辛うじてボロ切れを纏わりついているといって差支えない全裸に近い状態の男が入れられていた。咽るような血の匂いが、むわっっと上がる。
膝を抱えるように座っている男の両手首と両足首は一つに纏め戒められ、全身は傷だらけだった。
そして、何より惨いのは、箱の右上角から左下角に金属の棒が男の右の肩口を貫いていて、男の身体は半ばそれで支えられているような状態だった。
またそこからは夥しい量の血が流れ、箱の底に血溜りが出来ていた。
両膝に額を押し付けている為に、その顔は見えないが、喰い閉めているらしい口から低いうめき声が洩れてくる。
「なんて、惨いことを・・・」
「きゅ、救急車、とポリスに連絡をして・・」
「無駄よ、ハンサム」
「え?」
取り出した携帯電話をやんわりと押し止めてそう言うネイサンに意味が解らなくて戸惑う。
「この子、獣人だもの。可哀相だけれど、連絡してもまともに取り合っては貰えないわよ」
彼が獣人であることは一目見たときから判っていた。
鳶色の髪の間から覗く丸みを帯びた耳。そして特徴ある縞模様のある長い尾は力なく足元に伸びていたから・・・。
「獣人も人も身体の基本構造は変わらないでしょう?」
「そういう意味じゃないわ、ハンサム。ああ、貴方は知らないのね。あのね、彼等はあくまでペット・・・つまり動物もしくは、物扱いなのよ」
「そんなっ!」
「況して。この子は誰かのペットだったとしても、明らかに捨てられた、遺棄された存在だわ。良くて、保護センターでの安楽死、悪ければ・・・」
その先は想像したくも無いと眉を顰める。
「だからって、このまま見捨てるんですか!?」
“生きているのに!!”思わず声を荒げると、そうじゃないとかぶりを振る。
「だからね、アタシの所に運ぶわ。悪いんだけど、ハンサム。手伝ってくれるかしら」
豪奢な車を呼び出し、そっと乗せるとネイサンの屋敷へと急ぐ。贅を尽くした車は、伝える振動も極僅かだ。
屋敷に到着すると、どうにかこうにか二人掛りで運び入れ、殊更に静かに箱を降ろす。
「大丈夫よ、安心して。怖いことなんてしないわ。アタシ達はアナタを助けたいのよ。ごめんなさいね、怖かったわね。もう、大丈夫だからね・・・」
移動の間の車中でもずっと、そうして優しく語りかけ、到着すると休む間もなく次々と指示を出し、手ずから箱をバーバビーと二人でそっと抱え運んだ。
その間も声を掛け続ていた。“大丈夫、怖くないわ”と・・・。
「さぁ、少し痛くて辛い思いさせちゃうけど、我慢してね。ここから、出ましょう」
「ぐるるるるるるぅ・・・るるぅぅぅ・・ふぅ、ぐるるるるるるるぅ・・・」
すると、それまで大人しくしていた獣人が膝につけていた顔を少し上げ、ネイサンを睨めあげ、威嚇するように喉の奥で唸り声を上げる。
ザンバラの前髪の間から、敵意に満ちた瞳がギラギラと黄金色に輝く。
その視線をものともせずに、更に優しく声を掛ける。
「大丈夫よ、大丈夫・・・」
そして、そっと手を差し伸べた。
「ガゥッ!」
「・・ツッ!!」
伸べた手からツッと血が滴っていた。
「グ・・・ガ、ぅ・・・ぐぅ・・が、ああ、ぁ・・お、オレ。う、ぁ。オ、レ・・・めな、さ・・ぃ・・」
「大丈夫、大丈夫よ。こっちこそ、ごめんなさいね、怖い思いさせちゃったわね。解ってるわ、思わずチョット噛んじゃっただけだって。どうってことないわ。ね、大丈夫だから」
「ぐぅるぅぅぅ・・あぅ、あ・・・ごめ、ごめっ、な・・さ・・・」
「謝らなくていいのよ、こっちこそ驚かせてごめんなさいね。この位、どうってことないわよ。だから泣かないでね。ほら、それより今はあたなのことよ。少し痛いかもしれないけど、少ぅしだけガマンして頂戴ね。先ずは、そこから出ましょうね」
先程までとは打って変わり、爛々と鋭く輝いていた瞳からは力が失われ、静かな琥珀色になった瞳からポロポロと大粒の涙を零し、うろたえる獣人に、あくまで優しく穏やかに繰り返し語りかけ、手を伸べ、そっと頭を撫でると、もう一度ニッコリと微笑みかける。
そして、周囲に視線を投げるとスタンバイしていたネイサンのスタッフ達がそっと近付き、ある者は箱に、そしてある者は彼を貫く金属の棒に手を掛けた。
ネイサンが頷く。
それを合図に箱が四方に開かれた。
「あぐぅっ!!」
半ば身体を支えていた棒が箱の開封に連れ、動くのを少しでも抑える為にスタッフが棒を支えてはいたが、どうしても揺れる。それに連られる揺れ傾ぐ身体をネイサンは支え、声を掛ける。
「ごめんなさいね、もうチョットの辛抱だからね」
次に控えていたドクターが注射器を片手に歩み寄る。恐らく、麻酔だろう。
が、それを目にした瞬間
「ヤ!・・・そ、れ。ヤダ!・・ヤ!!・・・っあぐぅ・・うぅぐっ!」
大人しくしていた獣人がネイサンの腕から抜け出そうと身動きもままならない筈の身体で暴れ出した。
「だいじょうぶ、落ち着いて。少しチクッとするだけよ。このまま、コレ抜いちゃったら痛いからね、痛くないようにちゅ・・」
「ヤ!・・ヤダ!・・・チュー、シャ・・ク、スリ・・ヤ!・・クス・・ダメ、なる・・・ヤ、・・コ、コわぃ・・・ヤダ、ヤ・・・」
再びパニックに陥りそうな様子に、このままでは埒が明かないと見て取ったネイサンは、彼の口元に自身の肩口をあてがい支える姿勢を取る。
「わかったわ。注射は、ナシね。痛かったら、噛みついて良いわ。だから、頑張って頂戴ね。・・・ハンサム、この無粋なの、一息に引き抜いて頂戴」
「グウガアアァァァ―――――ガッ!!!」
気が遠くなるような激痛に全身を襲われ、だが、それ故に却って気を失うことも出来ない様だった。全身、冷や汗でぐっしょりだ。
「よく頑張ったわね。えらかったわ。いい子ね。さぁ、傷を見ましょうね。ほら、先ずはコレ、外しちゃいましょうね」
そう優しく声を掛けるネイサンも額から汗が滲んでいた。その肩口には深い噛み傷。
それに頓着せず、ネイサンはもう一度優しく微笑みかけると、指先を今だ彼の手足を拘束している枷の鍵へと寄せ、一気にその能力で焼き切った。
「うぅぅ・・あ!?」
「驚いた?コレがアタシのNEXTの力よ。ほら、もうこれで貴方は自由よ。気高き虎にこんな無粋なモノは似合わないわ。ああ、でも、今は、そうね。傷が癒えるまでは大人しくしてて頂戴ね」
言いながらザッと全身をチェックするとバーナビーに視線でこちらへ来るように促す。
「悪いんだけど、少しの間、代わってくれるかしら?」
チロリと一瞬だけ自分の肩を見て言う。
それを見て驚愕に見張っていた瞳が、たちまち潤む。
「あぅ・あー。・・ぐるぅ・・・ご、め・・・ごめんな、さ・・オレ・・・」
「大丈夫よ。それにアタシが噛んで良いって言ったんだもの。貴方が気にしなくても良いのよ」
「れ、れも・・ぃたい・・・イタイ。・・・イタい、して・・ごめ、なさっぃ」
たどたどしいながらも、幼さを残す口調で一生懸命に謝っている姿に絆されそうになるが、このままではいつまで経っても治療が出来ない。彼もネイサンも。
「ええ、痛いに決まっています。貴方が思い切り噛んだんですから。だから、彼女も直ぐに治療する必要があるんです。解りますね?」
厳しい声で告げると、初めてバーナビーに気付いた様に驚いた顔をしたが、直ぐにコクリと頷いた。
「ハンサム、そんな風に言わなくても・・・」
それには構わず続ける。
「さぁ、では、彼女が治療する間、彼女に代わって僕が貴方を支えます。貴方にも治療が必要ですからね」
僕が支えると告げた途端に怯えた顔をしたが、それでももう一度コクリと頷く。
「大丈夫よ、キツイこと言ってるけど、この人、とっても優しいから。怖くないわよ」
「や、さし、ダイジョブ。しろい、て・・で、でも、ちがう・・ダイジョブ・・・へ、、き・・・だ、じょぶ」
小さな声で自分に言い聞かせるように繰り返すと、もう一度大きく頷くとギュッと硬く瞳を閉じる。
「では、代わりますよ」
声を掛けネイサンと場所を入れ替わる。
すかさず医療スタッフが仕事を始めた。
流れるような連携プレーだ。しかも、その間も優しく優しく声を掛け続けながら。
流石、ネイサンの医療スタッフだ。
感心していると、それでも、やはり相当に痛むのだろう。
きつく閉じた目尻には涙が滲み、眉間には大きなシワがよっている。
「うがぅっ!ガァッ!!グゥゥウゥゥ」
大きく瞳を見開き、また直ぐにギュッと閉じ、歯を喰いしばりバーナビーの肩口に額を押し付け両手を握り締めて息を詰める。
堪え切れなかった涙が目尻から零れ、バーナビの肩にジンワリとした熱を伝えた。
それでも、なんとかその背中一面の蚯蚓腫れの治療があらかた終わったところで、ネイサンが戻り、声を掛ける。
「よく、頑張ったわね。疲れたでしょ?喉も渇いちゃったでしょう?さ、コレ飲んで」
その声に顔を上げると、バーナビーからすぐさま離れネイサンに縋る。
「んなぅっ!」
が、身体に力が入らない身ではネイサンの肩口に縋ることが出来ずに、その膝になだれ込んでしまった。
おどおどとネイサンを伺うように見上げる。
「随分、貴女に懐いたみたいですね」
流石に逃げるように自分から彼女の元へと縋られ、面白くない。少しばかり声に棘が潜む。
敏感にそれを察知したらしい背中がビクリと竦みカタカタと震え、額をネイサンに押し付け怯えた。
「大丈夫よ。ハンサム、いえ、バーナビーは怒ったわけじゃないから。ね?」
「え、ええ。もちろんです。すみません、怖がらせてしまったみたいですね。大丈夫ですよ、怒ったわけじゃありませんから、ね?」
二人して優しい声で話しかけると少しづつ身体から強張りが解れていった。
「お、おこ、てなぃ?」
「ええ、怒ってません」
「ごぇ・・な、さ・・・い」
「いえ、僕の方こそ」
「ね?大丈夫でしょ?タイガー。さ、安心したら喉、渇いたでしょ。コレ飲みましょ」
ニコリとして、もう一度促すと、おずおずと顔を上げる。そこへそっとコップの口をあてがわれると素直に飲み始めた。
ゆっくり、ゆっくりではあったが、全てを飲み干したのを見ると、ニッコリと微笑み掛け、
「えらかったわ。もう少ししたら、眠くなってくると思うけど、大丈夫だからね。安心してお休みなさい。アタシが貴女を守るわ」
「あぅ~ぐぅ・・るるうぅぅぅう?・・・ぅな?な?ふぅ・・ぐぅぅぅ・・・るる・・る・・」
優しく優しく髪を梳かれうっとりとしながらも、戸惑ったような表情を浮かべて、ゆっくりと眠りの淵へと落ちていった。
「タイガー、タイガー?眠った?タイガー?」
数度身体を揺すり、確実に眠ったことを確認するとネイサンの行動は速かった。
かなり細身とはいえ、立派に成人体型の獣人をヒョイと抱き上げると、用意されていた大きなベッドにその身を横たえた。
背中一面に、先程の治療の際に施された特殊なガードパットのお蔭か、仰向けに寝かせても痛がる様子は一切なかった。
「眠り薬ですか?」
「ええ。正確にはもう少し強いわね。麻酔効果もあるから。さ、今の内に、先ずは肩の治療よ・・・この傷は、どうなるのかしら?」
「孔は問題なく塞がると思われます。不幸中の幸いと言いますか、例の金属のポールは神経には抵触していませんでした。大きな血管にも。奇跡的と言えるでしょう。もうすぐ、彼が到着する予定ですから大丈夫です。ほぼ元通りに動かせるようになりますよ。まぁ、流石に傷跡は残るでしょうが・・・」
そう請け負うと、手際よく治療を進めていく。
「そう、じゃあ安心ね。さぁハンサム、あちらへ行きましょう。ここからはプロに任せるべきだし・・・極力少ない人間だけが立ち会うべきだと思うの。彼の人権を尊重する為にも・・・」
そう言って、先に立ち出口に向かった。
リビングのソファに落ち着くと、バーナービーは開口一番、気になっていたことをネイサンに尋ねた。
「どうするんです?」
「どうって?」
「その・・・彼を、飼うんですか?」
尋ねられ、まさかと一笑に伏す。
「“飼う”つもりはないわ。全く、ね」
「え?じゃあ・・・」
「取敢えずは、そう、保護、かしらね。後は、彼に選んで貰うつもりよ。自由になりたいというなら、そうしてあげたいから・・・。勿論、出来る手筈は怠らないけど。“飼う”なんて傲慢なことは思えないわ。あの子は既に充分過ぎるほどの痛手を負ってる。これ以上貶めるようなことはしたくないわ・・・」
そういうつもりで言ったわけではなかったが、確かに“飼う”というのは不遜な言い方だったと改めて恥じる。
「すみません・・・」
「いいのよ。貴方にそういうつもりがあったとは思ってないわ。彼等は、ここじゃそうい扱いをうけているしね。それにいくらアタシがそう言っても人から見れば、それは“飼ってる”ってことになるんだものねぇ」
「同じ、なんですよね?基本的な身体構造も、感情も・・・」
「ええ、そうね。まぁ、多少アタシ達よりはそれぞれの動物に近しい部分はあるけどね。ああ、でも・・・運動能力だとか、筋力的には強いと聞くけどね。特に、彼の様な肉食獣系は・・・ね。だからこそ、あそこまで酷い扱いを受けたんだと思うけど・・・」
「どういうことです?」
訊くと苦々しい顔で
「打たれ強いということよ。簡単には“死なない”し、“無茶が効く”のよ。でも、だからって、痛みを感じないわけじゃ無いのだけれど・・・。それに何より、彼は“虎”の獣人だわ。虎と言えば、肉食獣の中でも王者として君臨する存在だわ。そんな最強ともいえる存在を屈服させ従わせるっていうのは、さぞかし歪んだ征服欲を満たしたんでしょうね」
「しかも、あの容姿・・・」
そこで、隣室から、治療が終わったと声が掛かった。
そして経過報告とその他の説明をするからと、改めて招ばれもう一度2人して部屋へ入ると、先程の大きなベッドで全身包帯だらけだが安らかな寝息を零しぐっすりと眠る姿があった。
「ありがとう、ドクター。改めて、ハンサム、こちらのドクターはライアン・シーモア。アタシの従兄弟なの」
一通りの挨拶を済ますと、早速説明が始まった。
「全身の蚯蚓腫れについては、このままでは仰向けもうつ伏せも難しい。なので、ジェルパッドで傷口をコーティングし、その上から包帯をした。普通に眠る分には影響は無い筈だ。シャワーも大丈夫だが、緩めに。出来たら、バスタブにぬるめの湯を張って、そこに漬かる方が無難だな。で、入浴後に塗り薬をして同様にパック、の繰り返しだ。これは、もう日にち薬だな。頬の腫れと痣は見た目ほど酷くは無い・・・まぁ、他に比べれば、という程度だがな。但し、栄養状態が悪い。骨格そのものは、しっかりしているんだが、痩せ過ぎだ。肋骨も浮いているし、筋力も落ちている。そして次に下半身だが・・・」
ここで、思い出したのか、眉を顰めた。
「辛うじて覆っていたボロ布をそっと剥がし、思わず絶句したよ。目を背けたくなるような有様だった。全身同様、いたるところに走る蚯蚓腫れの後に加え、性器には明らかに悪意を持って成されたとしか思えないような、いくつもの引っ掻き傷が走ってた。惨いもんだ」
「・・・なんてことを。ああ、でも、それじゃあ・・・」
「ああ、その通りだ・・・後ろの方も酷い有様だった。散々弄ったんだろうな、熱持って、腫れて・・・そこを引っ掻き回してあった」
「・・・・・・」
余りの惨状に言葉も出ない二人を他所に、淡々と言葉を継ぐ。
「だが、幸い危険な病気諸々はオールクリア、問題ない。傷そのものは、暫らくは痛むだろうがこれも時間が解決するだろう。問題は、メンタルの方だ。これは、相当厳しいだろう。プライドも何もかも根底から踏み躙られ、いいように扱われていたことは想像に難くない。生半可な覚悟なら今の内に手を引け、ネイサン」
「訳、ねぇだろうが!・・・引ける訳がねぇだろうがっ!!今更、ケツ捲くって逃げる訳ねぇだろうがっ!!!舐めてんのかっ!ゴルアァァァッ!!!!!」
「あっはっはっはっはっは!」
「あ、あの・・・」
地声で唸りがなりたてたネイサンにDr.ライアンは予想通りと爆笑し、バーナービーは驚きと戸惑いで目を白黒させた。
「アンタ、相変わらずいい趣味してるわね!思わず地が出ちゃったじゃないの!!全く!このアタシを誰だと思ってんの?ネイサン・シーモアよ!それ位の覚悟もなしに、おいそれとあんな見るからに問題テンコ盛り間違い無し認定物件、連れ帰った挙句、アンタに頼るとでも思ってんの!?解ってるくせにわざわざ言わせるなんて、ホントいい根性してるわねぇ」
「くくく、違いない。まぁ、私を呼び出したって時点で、そうなんだろうが。だが、お前も相当、腹立ってるだろうから、まぁ、ガス抜きってところだ。お前も、相変わらず人使いの荒い奴だが、ま、私も大概物好きだな。トコトン付き合うさ。アイツの身体に関しては任せておけ。メンタルはお前が責任持って、何とかしてやるんだな。どうやら、そのこハンサムボーイも言ってたが、随分とお前に懐いたみたいだしな」
ニンマリと人を食った笑顔で告げるDr.ライアンに意味ありげに見られ、先程の自身の言動を思い出し赤面する。
「あれはっ・・・その。大人気なかったと思ってます。重傷のしかも、自分より年下相手に・・・」
「あ?年下って、多分、違うと思うぞ?」
「え?」
「へ?」
「若く見えたが、アイツ、30代後半だぞ」
「ええええええええ!!!」
「んまっ!」
嘘だ!20代前半かせいぜい半ばって感じだった!
確かに東洋系の容姿をしてはいたけど、他にも色々東洋系は知ってるけど、まさか!!
「確かなの?」
流石、ネイサン。こういうことに対する立ち直りの早さは見事だ。
「ああ。身体的データからして間違いないな。それと、知能だが、そちらも問題なさそうだ。ただ先刻、お前達とのやり取りを聞いたところでは、言語に関してがな、少々問題があるようだな」
「カタコト、でしたね。それも、小さな子供のように感じましたが・・・」
「多分、元は話せるんだと思うんだ。少なくとも、相手の言ってることは正しく理解できてる。ただし、話すとなると、ああだ。思うに、あれは話すということを禁じられていたか、もしくは、かなり限定した範囲でのみ許されていたんだと考えられる」
「どういうこと?」
ジロリと睨みながらネイサンが尋ねる。
「私を睨むな。つまりな、ペットとして、そういうのは望まれなかった。と、いうよりも、恐らくは話すとなんらかのペナルティを科せられるなりなんなりしたんだろう。そうこうする内に段々話せなくなる。舌が上手く使えなくなって、ああいう風になったんじゃないかと思うんだ。まぁ、これはお前次第で話せるようになると思うがな。要するに“話す”ということに馴れさせる、リハビリするんだよ。そうする内にスムーズに話せるようになるだろ。ただな・・・そういう状況だったとしたら語彙は少ないかもしれん・・・」
「そう・・・。じゃあ、やっぱり一番の課題は、メンダル面ってことね」
「そういうこと・・・と、お目覚めのようだ」
言われて振る変えると、もぞもぞと布団の塊が動き、ピクピクとその虎耳が動いている。
「んあ?っふぅ・・」
ふにゃと小さな欠伸をすると、ゆっくりと目蓋が持ち上がっていく。
「!!!」
次の瞬間、一気に覚醒したのか瞳が見開かれる。
顔は恐怖に引き攣っている。
「ヤ―――――!」
頭からタオルケットを被ったまま、半身起き上がるとみるみる瞳に涙を浮かべ、オドオドと周囲を伺う。耳はペショリと頭に張り付いている。
「ここにいるわよ、大丈夫よ」
ネイサンが優しく声を掛け近付くと、ゴソゴソと片手の使えない不自由な状態ながら這い出てネイサンへと寄って行く。
「ふぅえぇぇぇ」
安心したのか、腕に縋りつくと涙が零れた。
どうやら、本当にネイサンに懐いたらしい。
その背をトントンと優しく宥めながら、瞳を見詰め「大丈夫、大丈夫」と囁くと、暫らくして落ち着きを取り戻した。
「もう、大丈夫ね。じゃあ、先ずは、自己紹介、しましょうか?」
視線を送られ、ニッコリと微笑んでみせる。
「僕はバーナビー。バーナビー・ブルックス・Jrです」
「ばぁにゃみぃ・・ばにゃ・・ば・・・ばぃぃ、ばにぃ・・バニー!」
「僕はバニーじゃありません、バーナビーです!」
“子兎ちゃん”呼びされ、思わず訂正する。思い掛けず、声も表情も険しくなってしまったらしかった。
シュンと耳と尻尾が項垂れ、へにょんと八の字に眉を下げる。
「ごめ、な・・・」
「ハンサム、許してあげなさいな。この子には発音が難しいのよ。良いじゃない、バニーって可愛くて」
「ああ、もう。可愛いってなんですか!・・・はぁ・・でも、まぁ、良いですよ。もう、この際、バニーで構いませんよ」
精一杯優しい声と笑顔で言うと、オドオドと上目遣いで見つめながらも
「ばにぃ・・・。バニー、バニーちゃっ♪」
嬉しそうに笑う。
「そして、アタシはネイサンよ。ネイサン・シーモア。ヨロシクね」
バチリと音のしそうなウインクを決める。
「ねーさっ!ねーぃなっ・・・ねいね・・ねぇ・・ねぇね♪」
こちらは“ねぇね”で納得がいったらしい。
先程よりも更に嬉しそうに笑う。
尻尾までパタパタと嬉しそうに左右に揺れる。
「はぁい。可愛い呼び名をありがとう。嬉しいわ。次は、貴方のお名前を教えてくれるかしら?」
「コ、コテチュ!」
「こてちゅ?!」
「ちが、の。コ、テ、ツ!」
「ああ、コテツって言うのね。ん?なぁに?」
見ると、懸命になにやら、枕に指でガリガリと書く。
「字?みたいですよ」
「あら、ホント・・・これは・・・・・・」
「かたな、の・・・いっしょ。オレ、なまえ。“かたな”の」
そう言うと、またガリガリと枕を負傷していない左手で綴る。
「“虎”に“徹”、ですかね?」
「ああ、本当だわ。あなた、虎徹っていうのね?素敵な名前だわ」
「えぇっと、確か、日本の刀の種類かなんかに、そういう名の刀があった気が・・・だから、刀の名前からきてると。と、言うことは貴方、日系なんですか?」
「お、お、おれ・・オリ、エタル、タゥ、い、た」
「そう、オリエンタルタウン出身なのね」
「ん♪」
ニコリと微笑むと嬉しそうにすりとネイサンの掌に頭を擦り付けた。
「うぎゃっうぅ!」
が、次の瞬間、痛みに身体を硬直させる。尻尾もピンと立てて固まっている。
「あらあら、ダメよ急に動いちゃ。動かないように固定してあるんだから、大人しく、ね。でないと、中々治らないわよ~」
「ぎゃうぅぅぅ」
ぺしょんと耳が項垂れ、しっぽもクタッと力が抜けた。
ついでに身体の力も抜き、ネイサンの膝に突っ伏す。
「きゅぅぅぅん」
大きな垂れ目気味の瞳で上目遣いに見つめる。
その様子に少し呆れつつも微笑えましくて心が和んでいく。
「本当に、随分と貴女には心を許してるみたいですね。・・・あの、どうしてですか?」
バーナビーが一歩近付くとビクリと肩が上がった。が、逃げはしなかった。
「ねぇねの、め。さくらいろ。きれいの。やさしい、のいろ。バニちゃ、はっぱのいろ。わかば、いろの。きれぃ、ね。おぇ・・おれ、は・・・しっぱい、けど・・」
自分の話になった途端に瞳が悲しげに曇る。
「失敗ってどういうことかしら?虎徹の瞳は、とってもとっても綺麗で素敵よ。アタシは好きだわ」
「ら、らって。おれ、ダメって。白いは、あお、・・・のに。おれ、きいろ。できそこ、ない・・・」
言葉の通り、彼は珍しい白虎だった。それだけでも珍しかったが、彼はその瞳が更に通常の白虎と異なっていた。
通常、白虎の瞳は蒼い。が、この目の前の獣人、虎徹の瞳は美しい琥珀色。この取り合わせは本当に珍しいものだった。
「素敵よ。貴女の瞳は、優しい温かな琥珀色だわ。そして同時に真実を見抜くインペリアルトパーズね。とっても綺麗。瞳だけじゃないわ。アナタ自身もとっても素敵だわ。それから、アタシのこの瞳にも、とっても素敵な言葉をありがとう」
「ねぇねの、きぇい。きれな、さくらいろ」
「おい、私の紹介もしていいか?私はライアンだ。ライアン・シーモア。君の主治医だ。一緒にしっかり身体を治そうな」
「らぃ、ら~あ?・・・らい♪いっしょ」
「そう、一緒に治そうな」
「らい、ねぇねと、いっしょ・・・の♪」
そう言うと、ライアンの伸ばした手にもスリと頭を寄せる。
耳の後ろを軽く掻きながらライアンが笑う。
「私とネイサンが一緒だってことか?そんなに似てはいないと思うがなぁ・・・」
「同じ褐色の肌だからかしらねぇ。他は、アンタは背はアタシより更に10cmは高いし、幅もあるわよねぇ。まるで壁だもの。第一、瞳もアタシと違って碧眼だしねぇ」
「おなじ!ねぇねと・・・ニオイ、おなじ、の!!」
「アナタ方、香水は全く違うタイプですよね。と、いうことは・・・匂いって、体臭ってことですかね」
思わず呟くとネイサンの頬が引き攣る。
「体臭・・・解るけど、解るけどその言い方って、なんだか・・・臭そうで嫌だわ」
「私は臭くないからな!」
「アタシだって!!」
顔を顰めて唸る二人に、感じるところがったのか・・・。
先程まで嬉しそうに揺れていた尻尾がシュンと項垂れ情けない顔で二人を見遣る。
「ごめ、なさい。いや、の・・・言って・・ごめな、さい」
「ああ、違うのよ。タイ、じゃないわ。虎徹。違うのよ。大丈夫よ、怒ってないわ」
「そうだぞ、虎徹。大体、こう見えて私達は仲が好いんだよ。匂いが同じって言うのは、この場合、本当の“匂い”というよりも気配とか雰囲気とかそういう本質的な部分が従兄弟ということもあるんだろうな。きっと重なるところがあるんだろう。流石に鋭いもんだな」
ネイサンが優しく虎徹の頭を撫で、続いてライアンが少々乱暴な位にガシガシと撫でる。
「おこ、てない?」
「「怒ってない、ない!」」
ユニゾンで応える。笑顔もユニゾンだ。
安心したのか、縮こまっていた尻尾が再びゆらゆらと揺れる。
「さぁ、安心したところで、先ずは食事にしましょう!」
その一声で、一斉にサンドウィッチやビッツァやその他諸々の軽食と飲み物が運び込まれた。が、虎徹には、彼の出身であるオリエンタルランドでは、体調の悪い時の定番の身体に優しいという“お粥”というものが用意された。
が、まともに食事をしていないであろう胃が驚かないように、限りなく“白湯”に近い状態だ。
「おい、ソレ。その腕じゃ自力じゃ難しいんじゃないか?虎徹は右が利き手だろう。馴れない左手でそんな熱いもの、危ないぞ」
「大丈夫よ、問題ないわぁ。こうすれば、ほら、問題解決じゃない」
心配するライアンにふふふと微笑みかけると添えてあった木の匙を持ち、ふぅふぅと息を吹きかけ冷ましてやる。
そして徐(おもむろ)に
「ほら、虎徹。あ~んして」
「あ・・ぁん?」
意味が解らないらしく、コテンと小首を傾げている。
やっぱり、とても自分よりも10歳以上も年上だとは思えない。
「あら、知らないのね・・・仕方ないわね。ほら、ハンサム。お手本、見せてあげて頂戴」
「え?」
「はぁい、あ~ん♪」
「・・・」
「あ~ん♪」
止めろ、止めてくれ。そんな期待に満ちた瞳で僕を見ないで下さい!!
・・・・・・・・・・・。
異なる3対の湛える色も美しく、期待(と、一部というよりは大半は揶揄)に満ち満ちた瞳に逆らうことなんて、僕に出来る筈も無く・・・
「ぁぁあ~ん」
「はい、ハンサム、お上手ぅ~♪ね?簡単でしょ。こうするのよ!ほら、虎徹。あ~ん♪して?」
「あ~ん♪」
30分後。
ニコニコとゆっくりゆっくりとではあるが、嬉しそうに満開の笑顔でお粥をたいらげ、二人のシーモアから存分に褒められキラキラと瞳を黄金に煌めかせ、尻尾をぶんぶん振り回す虎徹の姿が、そこにあった。
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ブクマ、コメ、お気に登録、ありがとうございます<m(__)m>次回はお惚気とかいっときながら、別シリーズで、しかも、n番煎じの獣人モノ。だって、虎徹っちゃんの虎耳尻尾が愛し過ぎて。虎徹っちゃんってば、どうしてあんなに可愛いのか。遅恋の方は、虎徹っちゃんには悲愴のR-18話があったりします。あ、でもその後はほのぼのお惚気ハッピーに繋がるんですけど。そっちも、頑張ろうと思ってますので、投下した際にはヨロシクです!
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【T&B】幸せになろうよ(獣人)~出会い篇~【炎虎】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1016176#1
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うわ、あむぴがいる。
咄嗟に思った私は動揺しなかったのは奇跡に近いと思う。
夏の暑さが過ぎ、ようやく暑さも落ち着いてこようとしたとある月曜日。いつもの通り起きて、ほぼ定形になりつつあるオフィスカジュアルに袖を通す。パンを食べて身支度を整えて、せめて気持ちが上がるように流行りのグロスを乗せる。
十分歩いて満員電車に数駅揺られ、降りてまた歩く。
大きいビルの八階のフロア、そこが私の戦場。
八時間の定時を大幅に過ぎた頃地上に降りて、歩いて、スカスカの電車に揺られて帰宅。
どこにでもいる普通の社会人。
特に目立った技術も才能も持ち合わせていない。
ごくごく普通の、ありふれた一般人。
「あむぬいさーーーーん!!!!」
…………強いて言えばちょっとオタクなくらい?
ちょっとだよ?ちょっと……ぬいのためにゲーセン張ったり、推しのDVD買ったりネットの海にあふれる同人世界に身を投じるのが好きなだけで至って一般人です。え?立派なオタクだろ?!ほっとけ!!!!
「ううっ……定時に帰りたい……せめてあと1時間くらい早く帰りたい……あむぴっぴめっちゃ好き……私のハグを受け入れてくれるのはあむぬいさんだけだよ」
半泣きになりながらオフィスカジュアルのまま、あむぬいさんをハグすること数分、明日も仕事があるだろ早く寝ろとあむぬいさんに言われた気がしたのでゆるゆるあむぬいさんから離れる。
え?ぬいぐるみは喋らない?馬鹿野郎心の声を聞くんだよ。
いつもの通り、お風呂に入って髪を乾かし、布団に潜り込む。もちろん大好きなあむぬいさんも忘れない。
「おやすみ、あむぬいさん」
ぎゅっと抱きしめて目を閉じると、疲れた私の体は素直に微睡みの沼にどんどん引きずり込んでくれる。
あーあ、明日も仕事だなぁ。
************************************************
そして冒頭に戻る。
え?何に戻ったって?
うわ、あむぴがいる。に戻るんだよ。
そう、私は寝た。
なのに気がついたら目の前にあむぴがいた。
そもそもここはどこだ。
だがしかしそんなことよりあむぴめっちゃ顔がいい!!
うっわ髪の毛柔らかそう、お肌ツルツル…これで二九歳ずるくない?私のスキンケアの努力どうしたの?結果こんなに出ませんけど??
「大丈夫ですか?」
「声までイケメンとか何なのまじで」
「え?」
「ごめんなさい何でもないです続けて」
うっかり本音が漏れた。というかこの距離は一体…?
何か温かい……?
「えと、大丈夫ですか?貴女、倒れてたんですよ…?」
「倒れてた…」
はて、倒れてたとは?
「痛いところとかありますか?」
あれ?てか、さっきから、なんか、温かいし、なんか包まれて…るよね?
「まっっって、待って顔面近い無理無理!!むり!イケメン!!顔が近い!!!!」
「え?!」
目が覚めたら、推しにぎゅってお姫様抱っこされてました。
無理無理、むーーりーー!!!!!推しは遠くから見てる派なんです!!推しとキャッキャうふふするのは無理ですまじで!!!!
私の推し、かっこよすぎるから!!!!
顔面偏差値高すぎる!!!!
誰か、真面目にきゅうしん下さい。
動悸も凄いし過呼吸になりそう!!!
離れようと身を捩ると推しは
「あ!急に動かないで!」
更にぎゅっと抱きしめられた。
ひぇっ。もうむり。しぬ。死んでもいい。
心臓の音が凄まじいもん、むり。このまま鼓動打ち過ぎて死ぬ。
「頭を打ってるかもしれません。近くの喫茶店で働いてるので少し休んで行ってください」
「はひ」
「それまで少し動かないで下さいね」
「ひっ」
「聞いてます?」
聞こえてます。聞こえてるけど全然理解できない。
頭が思考停止してます、はーーわーーーまじでかっこいいな安室さん!!!!!
現実離れな事が起きすぎて、私の思考回路は軽率に死んだ。
ふとあむぴから目を逸らすと喫茶ポアロの文字と、ガラスの向こう側で女の子と目があった。
間違いない、あれは、この店の看板娘……!
梓さーーーーん!!!!!!
「あ、安室さん!!!どうしたんですかその人!」
驚く梓さんもかわいいよ……わざわざ外出てきたんですか…太陽に照らされる梓さんかわいいよ!
「買い出し途中で倒れてたので、連れてきたんです。元気はあるみたいなんですけど怪我してるかもしれませんし」
「大変!中へどうぞ!」
「え゛っ?!」
「大丈夫今は人もいないし、安室さんが女の子抱っこしてる!って炎上しちゃうかもしれません。中に入りましょう?」
梓さん天使かな????可愛い、笑顔が可愛い、ひたすら眺めてたい。抱っこって可愛くないですか?響きが可愛いですよねマジ無理かわいい。
え?なんて言ってた?
今この状態を打開するのにあの憧れのポアロに??入るの??私が?気絶しそうなんだけど。
安室さんはこっちの都合お構いなしにさっさと中に入ってしまったので私も自動的に初ポアロ。
うーーーわーーーーー!!!!憧れの!!!ポアロ!!!
コーヒーのいい香りがするー!!
お店誰もいないなんてなんかちょっと変な感じするー!!コナンくんとか蘭ちゃんがいるイメージだし。
「っと、まだ寝てていいですよ」
「あっ、その。あの、すみ……ま」
衝撃もなく憧れのポアロのシートに降ろされると必然的に天井とあむぴの顔面という構図………ひぃいいいこれはだめだってば!!!!
「ん?」
「いえ、なんでも」
「そうですか…失礼」
ぴとりと触れる前髪の感触と異様に近いブルーの瞳。
これは、あの、かの有名なおでこくっつけて熱測るシチュエーションでは?!?!
「んー熱はなさそうですね、どこか痛みます?」
「心臓」
「えっ?!」
無理だ、心臓が持たない、めっちゃばくばくしてる。
頭がグラグラする。
安室さんイケメンがすぎる!!!!
「ちょ、ちょっとまってくださいね!今救急車呼んできます!」
ダダッと駆け出した安室さんの背中が思った以上に広くて、思わず拝み倒した。拝観料取ってほしい、諭吉くらいならだす。
ん?あれ?今救急車って…言った?
私が心臓ってうっかり言っちゃったから?!
「あぁっ!安室さん大丈夫です!救急車は………ぃだっ!」
ガツン!!という音と共に頭がクラっとした。
起き上がるときに机があることを忘れてうっかりぶつけたらしい、あまりの衝撃に目を瞑る。
あーーなんかこれ変なぶつけ方したかも、めちゃくちゃ目が回る。
大きな痛みがないだけマシかな…あぁでも安室さん止めないと…心臓にはなんの問題ないんだって伝えないと……。
目を開けると見慣れた天井があった。
んんんんんん????
この天井、私の部屋?
首を動かすといつも見慣れた私の部屋、あむぬいさん、布団。
「…夢かぁ!」
そうか、夢か。なぁんだ、夢かぁ。
ちょっとしょんぼりしたけど、こんな夢見られることなんてきっともうないし!幸せな夢だったと心と頭に刻み込まなければ……!!
お姫様だっこされてたときの安室さんの腕とか、想像よりずっとしっかりしてたなぁ。ううううっこれで夢小説何本書けるだろう。なぜ私に文才がないのか……絵を描く才能もないから素敵な絵師さんと書き手さんにこれを伝えて書いてほしい……。
これはいつか書き手さんに伝えるためにとっておこう。
時計を確認するとそろそろ目覚ましが鳴る頃。
さぁ、そろそろ目を覚まそう。
「あむぬいさんおはよー」
[newpage]
今日は久々に晴れた。
連日の雨でじとっとした空気がどこかに抜けて、風が爽やかに吹き抜ける良い天気だった。
こんな晴れた日にポアロの出勤なんてついているな。僕が抱えているいくつかの顔の中でもポアロの店員は比較的穏やかに時間が過ぎていくからとても好きだ。
久々の晴れで遠退いていたお客様も戻ってくるだろう、さぁ今日は開店前に何をしておこう。
予想通り、開店すれば何時もの常連様を中心にすぐに賑やかになった。
梓さんと二人、さほど大きくないお店のホールをあちこち歩き回り、気づけばお昼が過ぎていた。二人で賄いを食べながら気づいた今のお店の状態を確認すると、いくつか買い出しに行ったほうが良さそうだと結論に至った。
別に急ぎではない、けど予想外の為に足しておいたほうがいい、それは飲食店においてかなり重要な事で、読み切れないオーダーというのはいつだってつきまとう。
今日は荷物が重そうなので僕が買い出しに出ることになり、店を梓さんに任せポアロのドアベルを鳴らして外に歩き出した。
いつものスーパーに向かうにはいくつかルートがある。いつも何も考えないで歩けば大通り沿いを歩くけど、今日は天気がいい。梓さんには少し申し訳ないけど、ちょっとだけ迂回して静かな道を通るのも悪くないだろう。
そう思い、住宅街に足を向けたところで、人が倒れていることに気づいた。
「大丈夫ですか……っ!」
嘘だと思った。
なぜ彼女がここに?いや違う、問題はそこじゃない。
だって、彼女は………ずっと消えない記憶をもう一度呼び起こしてぐるぐる頭を回しても、目の前に彼女がいるという現実は消えない。
慌てて彼女の体をあちこち確認したけど怪我などはしていないようだ。頭を打った様子もない、健やかに寝ている状態に近い。
頭の中で一つ一つクリアにしつつも本物の彼女がここにいるという現実に心臓が煩かった。
パッパーと突然響いたクラクションの音で現実に引き戻される。ハッと後ろを向くと人の良さそうな女性が運転席の窓から顔を出していた。
「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」
「い、いえ!大丈夫です。僕の知り合いなので、連れて帰ります」
「そう、ですか……?」
あまり納得してなさそうな女性に笑顔を向け「ご心配、ありがとう御座います」と言えば彼女はそそくさと窓から引っ込んでいった。
この顔で得することがあるとしたらこういうところだよな、内心舌を出して自分の顔に毒を吐きもう一度彼女に向き合う。
やっぱり、彼女だ。
これは一体どういうことなんだろう。僕が首を傾げても分かるわけがなく、彼女に直接聞けばいい。そう結論づけた。
そっと抱き上げると、女性特有の柔らかさにぐらりと来た。
いけない、ここは往来の場で、彼女は気を失ってる。
一度ポアロに連れて行こう、そこで何か飲んでもらって落ち着いて話を聞いてみよう。頭を打ってる様子はなさそうだし、じきに目を覚ますだろう。
しばらく彼女と前を交互に見ながら歩くと、彼女の気配が変わった。思わず立ち止まって彼女を眺めると、ゆっくり眠りから覚めるように目を開いた。
ゆるりと開いた目が僕を見つめて、僕も彼女を見つめる。
幸福だ。
大丈夫ですか?そう声をかけると彼女は
「声までイケメンとか何なのまじで」
というので驚いて聞き返してしまった。今なんて言った?
そう聞くけど真顔のまま、ごめんなさい何でもないです続けてというので戸惑った。聞き間違いじゃないよな?
彼女イケメンって言った……?
「えと、大丈夫ですか?貴女、倒れてたんですよ…?」
「倒れてた…」
まだはっきり覚醒していないのか、頭にクエスチョンマークが見えるようだった。こんなに分かりやすい人に出会うのは久々だ。仕事柄素直な人には好感度が高い。やはり、彼女だ。
「痛いところとかありますか?」
自分でもびっくりするくらい甘い声が出て、思わず目を見張りそうになったが、彼女のほうが反応が早かった。
「まっっって、待って顔面近い無理無理!!むり!イケメン!!顔が近い!!!!」
「え?!」
真っ赤になった彼女が突然暴れ始めて、それにびっくりした僕が取り落としそうになった。
「あ!急に動かないで!」
ぎゅっと抱え直すと小さな小さな悲鳴に似た声と共に体を固くするので可笑しくなって笑いそうになった。
彼女、からかい甲斐がありそうだ。
「頭を打ってるかもしれません。近くの喫茶店で働いてるので少し休んで行ってください」
ゆっくり彼女に顔を近づけ、動かないように丁寧に伝えると彼女は半分以上放心状態だった。
「聞いてます?」
訪ねてみたが聞こえてないようだった。
…固まっちゃったかな。
これ幸いにポアロから歩いてきた道を再び戻るともう目と鼻の先にポアロのドアが見えた。あ、このままだと開けられないな、逡巡したが中から梓さんがタイミングよく飛び出して来てくれた。
店の中から見えたのかもしれない、助かった。
事情を説明して彼女を休ませることを快く了承してくれた梓さんに感謝するが、流石に炎上するかもしれないには苦笑してしまった。
炎上って、そこまでのことじゃないと思うけどな。
幸いなことにポアロに人はいなかったので、近くのソファー席に彼女を寝かせたままおろすと、起き上がろうとした彼女を制して寝たままでいいことを伝える。
…………可愛らしいままでよかった。
少し安堵すると今の彼女について色々聞きたいことがあった事を思い出した。けどこのまま離れるのは惜しい。
咄嗟に熱を測る振りをして彼女とおでこをくっつけた。
眼前の彼女は目を丸くして可愛らしい顔が更に幼く見えて、可愛くて仕方なかった。
「んー熱はなさそうですね、どこか痛みます?」
「心臓」
「えっ?!」
予想外だった。まさか彼女心臓が悪くて倒れていたのか!
「ちょ、ちょっとまってくださいね!今救急車呼んできます!」
クソッ僕としたことが!慌てて裏でタオルと救急箱を手にした梓さんに「救急車を!」というとガツン!と凄い音が聞こえてきた。
梓さんと顔を見合わせまた慌てて戻ると、ソファーの上に彼女は居なかった。
今、目の前に彼女がいたのに……!
「あ、安室さん!彼女いなくなっちゃいましたよ?!」
「まただ」
「え?」
梓さんの声に反応出来ずに彼女を寝かせたソファーに近づく。
彼女は、忽然といなくなってしまった。
「……安室さん?」
ソファーを触ると微かだがまだ暖かい。間違いない、ここに彼女はいた。確かに僕は彼女を抱き上げた。あの腕に残る柔らかな感触も忘れてない。
「あれ?それ、先程の方のですかね…?」
振り返って梓さんの視線の先を確認すると机の下にペンが転がっていた。青と黄色の女性が持つような細いタイプのボールペン。
「……かもしれません。梓さん、これ僕が預かってもいいですか?」
「それは勿論構わないですけど……安室さんさっきの女性と知り合いですか?」
「……はい、僕の大事な人です」
明日に続く
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推しにカノバレ炎上行為を辞めてほしい月曜日
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10161893#1
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睫毛が長かった。
ほのかな石鹸のかおりがした。
薄い化粧は仕事柄なのだろうと思った。
衝撃を受けて丸くなった瞳に映る自分は、果たしてどんな表情をしていたのだろう。
例の、不慮の事故を起こして以来、フラッシュバックする画像に榎本は手を止める。眼前には未だに解いていない錠が待ち受けているというのに、気もそぞろで集中できない。手にしていた器具を置いて、人差し指と親指で眉間を押さえる。
自分の感情を整理出来ないほど、無知な人間ではない。だからこそどんな感情でも仕事に支障をきたすようでは、論外だ。
偶然であったのは間違いない。何もない場所で足を滑らせるという芸当も、そそっかしい彼女ならば十分に有り得る。そして咄嗟に、咄嗟に倒れないように求められた手を、掴んだ。
――引き寄せることも、可能だったのに。
これでも運動神経や体力には自信があって、彼女一人くらいならば片手で体勢を保つことも容易な筈であった。
けれど実際は、寝台に倒れこんだ。高級な代物であれ、男女の体重が掛かればギシリとスプリングは軋む。片手は掴まれ、もう片手で支えた先に、彼女の硬直した顔があった。
何が起こったのかも分からない無垢な表情に、此方も反応ができなかった。
――或いは、そのまま。
「榎本さんっ」
「……どうかされましたか」
記憶ではなく現実の声に、榎本はゆるりと振り返る。仕事帰りの青砥は常と変わらず、乱れのない服装と紙袋を持参して佇んでいた。いかにも律儀な彼女らしい。
「その、先日のお詫びをしに来ました」
「お詫び?」
「えと、ほら、芹沢さんの家で」
言葉にするのに抵抗があるのか、青砥は段々と口ごもり視線を俯かせる。
それは榎本の想定していた反応であり、それゆえに対処方法も用意していた。
「結構です。あれは貴女に否はない、単なる事故なのですから」
「でも、余計な濡れ衣を着せちゃいましたし」
椅子から立ち上がった榎本が、革靴を鳴らして真っ直ぐに近付いていく。
紙袋を胸に抱きしめ芹沢に対する文句を垂れる青砥は、縮まり続ける距離に思わず後ずさる。
「え、え?榎本さんっ」
「濡れ衣とは、押し倒したこと、ですか」
「それですそれっ、でもほら私のせいで起こした事故ですし榎本さんがそんなことする人じゃないのに」
「貴女に僕の何が解るのでしょう」
「っ!」
様々な鍵の納められたショーケースを背にした青砥は、それ以上後ろに退がれないことを悟る。左右のどちらかに移動しようとして、その両方を榎本が突き立てた腕が塞いだ。
それはあの時と似た体勢で、違うのは偶然ではなく故意であるということ。
瞬きが増えて目元から朱に染められていく青砥を前に、榎本は双眸を眇めていく。
――嗚呼、自分はなんて酷い顔をしているのだろう。
「では、これでチャラにしてください」
「っえ?」
「さすがに足を滑らせて同じ体勢をつくるのは無理がありましたので、似た状況を僕が原因でつくらせて頂きました。つまり、青砥さんとおあいこです」
「……っなるほど!」
弁護士どころか人として呆れるほど純粋な彼女が納得したところで、榎本は背を向ける。
――食べてしまおうかと思いました。
無論、芹沢の揶揄を皮肉った冗談のつもりで口にしたというのに。
その一言が自らを締め付けて、苦しめていく。
「でしたら、一緒に食べましょう!ここのチョコレートケーキは絶品なんです」
「……そうですね」
近付かないでとも離れないでとも伝えられない自分には、胸の痛みを知らないものとして鍵をかけることしか出来ないのだ。
(決して開けては、いけないよ)
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予想外の話【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012670">novel/1012670</a></strong>】後日談、苦悩する榎本さん話/作品のコメント欄にてお返事いたしました。励みになります!素敵なタグも!告白ありがとうございます私も好きです(笑)/有難いことに誕生日話と押し倒し話がルーキーランキングに入りました、皆様のおかげです。榎青がきている!!特集ありがとう!
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想定内の話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1016200#1
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「もうやめようか、こんなこと」
事を終え、浴室に向かおうとするトキヤの背中に声をかけた。
白い背中がゆっくりと振り返る。怪訝そうな表情が音也に向けられた。
「……何のことです」
「だから、俺達の関係だよ。いくら男女間の恋愛が禁止されてるからって、男同士でこんなことするのはやっぱりダメだと思う」
トキヤの顔がゆっくりと形を崩していく。八の字に寄せられた眉、揺れる瞳、震える唇。綺麗なものが歪んでいく様を見るのはひどく心地よかった。大切に扱ってきた玩具を自らの手で壊す、そんな背徳感にも似た甘い痺れが背筋に走る。
ひょっとしたら自分は、この時のためにトキヤと付き合ってきたのかもしれない。そう思えるほどに、音也はトキヤの表情に今までにない魅力を感じていた。
音也を見つめる瞳が傷つき揺れている。
「あなたは、性欲処理のために私との関係を続けていたのですか?」
「え……トキヤは違うの?」
トキヤは絶句した。相手を疑う気持ちに蓋をして、辛抱強く信じようとしていた努力が、一瞬で泡となり消えていく。トキヤは音也を信じていたかった。しかし儚い信頼はあくまでも一方的なものに過ぎなかった。
「……あなたは、私を好きだと言ったじゃないですか」
「うん。俺、トキヤのこと好きだよ。トキヤきれいだし、優しいし、歌うまいし、トキヤが作ってくれる料理はすごく美味しいし」
それは――その『好き』という言葉は、羽根のように軽い。トキヤには、それが友人としての『好き』と何が違うのか分からなかった。音也はきっと他のクラスメイトに対しても同じように『好き』と言うのだろう。彼にとって特別な『好き』などありはしない。限りなく平等に振り撒かれる好意。……残酷としか言いようがなかった。
「あなたの『好き』は、私の『好き』とは違う……言葉の重みが、違いすぎます」
乾いた声が二人きりの部屋に響いた。何を言っても音也を引き留められはしないと分かっているのに、止まらない。一言を発する度に、胸の中に虚しさが沈殿していく。
それを攪拌するかのように、音也がはっきりと言い放った。
「ねえトキヤ、言葉に重みなんて存在しないよ」
言葉に意味を与えるのはいつだって解釈する側の人間だ。言葉それ自体はただの記号的な質量しか持たない。
音也の『好き』もトキヤの『好き』も、所詮は同じ二文字だった。
「俺からトキヤへの『好き』が100%の意味を持っていても、トキヤにとってそれは10%の意味しかない。――でも、そんなのどうしようもないよね?トキヤが満足できるだけの『好き』を俺は与えてあげられないよ。トキヤの100%は、俺にはとっくに容量オーバーなんだから」
トキヤの想い、いやそれどころかトキヤ自身すらも掻き消されてしまいそうだった。
何を言っても追い打ちでしかない。トキヤは自分から傷口を抉っていた。
「あなたは、誰でもよかったんですか?性的欲求を満たせる相手であれば――私じゃなくても」
「……トキヤにとっては、そうかもしれないね」
ならば、音也にとっては何だというのだろう。
心の内に生じた問いを、トキヤが言葉に出すことはなかった。その前に音也がとどめを刺したからだ。
「俺は、誰でもよかったんだ。――トキヤじゃなくても」
曖昧に笑う。こんな顔も、できるのか。トキヤは無意識に自分の心臓に手を当てていた。
◆
とうに忘れたはずの痛みがきりきりと胸を責める。
心なしか、頭上から降り注ぐシャワーの雨が冷たくなったような気がした。
――何故、今更になってあの時のことなど思い出してしまったのだろう。音也と別れたのはもう二ヶ月も前の話だ。あれ以来、二人の関係はただのルームメイトに逆戻りしていた。音也への接し方がまだぎこちないトキヤとは対照的に、音也は恐ろしいくらいあっさりと「恋人」の肩書きを捨てた。つい先日まで、あんなにも体を重ねていたとは思えないほどだった。
音也との関係を終わらせたトキヤは、ひどく空っぽだった。
授業はいつも通り受ける。成績は以前と変わらずトップをキープ、もちろん仕事も順調だ。なのに心はいつまでも満たされなかった。
彼を心配して、レンや翔は頻繁に声をかけ、遊びに誘ってくれる。少しでも気が紛れるようにという配慮だろう。直接問い質さないにしても、トキヤと音也の両方をよく知る彼等が、二人の関係の変化に気付かないはずがない。
二人の優しさを受け取る度、トキヤは嬉しいと思うと同時にひどく惨めな気分にもなった。友人からの支えを必要とするほど、自分は弱く脆い存在に成り下がってしまったのかと。彼等の優しさは逆にトキヤを追い詰めるばかりだった。
だからこそ、自分は「彼」に惹かれたのだろう。
トキヤは無機質な床を見つめながら、昨日の夜を共にした人物に思いを馳せた。
――四ノ宮砂月。彼に出会ったのはまったくの偶然だった。
あの頃のトキヤは未だ音也への想いを引きずっていた。恋人関係を解消したとはいえ、音也がルームメイトであるという事実は変わらない。どれだけトキヤが避けたいと思っていても早乙女学園で生活する以上音也と同じ部屋で過ごさざるを得ないのだ。音也はまったく以前と変わらず、夜もすやすやと寝息を立てているが、トキヤは音也と別れて以来ろくに寝付けなかった。仕事帰りのタクシーの中の方が安眠できるほどだ。トキヤが深夜の散歩を始めたのは、ある意味で当然の成り行きかもしれない。
夜の学園は静かだった。柔らかい月の光の下を歩いていると、揺らぐ心が少しだけ落ち着く。
……そんな時、「彼」に出会った。
普段なら、会った途端すぐにでもその場を立ち去る所だったが、トキヤは知らず知らずのうちに心の拠り所を彼に求めていた。少しずつ近付いていく。トキヤは一言も発さず、そして彼も口を噤んだままだった。沈黙の中で二人は互いを理解していた。
そうして、そのまま。
まるで引力に引き寄せられる流星のように、トキヤは砂月の元へ自ら望んで落ちて行った。
彼は何も言わない――いや、言わないでいてくれるのだ。欠けた隙間を埋めるための歪な関係を受け入れ、続けさせてくれる。それが彼の優しさであり、トキヤが彼に惹かれる一番の理由でもあった。
音也と付き合っていた時のような激しさは無い。ひどく淡々としていて、時には一言も会話らしい会話をせずに朝を迎えることもある。だが、何よりも心地よかった。砂月の隣は、自分がありのままの自分として、素顔をさらけ出せる場所だった。繋ぎ留めるための言葉を必要とせず、ただそこにいるだけでいい。
気が付けば、砂月との夜の逢瀬が、トキヤにとってかけがえの無い心の拠り所になっていた。
――それでも、音也への想いを完全に断ち切れたわけではない。だから今こうして胸が痛む。
砂月と過ごす夜は、日に日に長くなっていった。今日など、寮に帰る頃には既に空が白んでおり、朝の訪れを告げていた。二人きりでいるのは夜の間に限るべきだとは分かっている。朝になって、誰かに見つかってからでは遅いのだ。だが、少しでも長く傍にいたいと思ってしまう。トキヤは自分の我侭に砂月を付き合わせてばかりだった。
シャワーを浴び終えたら、すぐにでもベッドに戻らなくては。同室の音也は朝が遅いことが救いだった。何事もなかったかのように目覚める振りをし、音也を起こせばいい。
そろそろ切り上げよう、そう思いシャワーの栓に手をかけた時、背後で物音がした。はっとして振り返ると、扉越しに人影。
「……おと、や?」
その人影が音也だと分かった瞬間、トキヤの顔は一気に青ざめた。いつからそこにいたのだろう。
水音のせいで今まで気が付かなかったが、音也は浴室の扉の前で何かしていた。半透明の扉越しでは、そこにいるのが音也だとは分かっても、何をしているかまでは把握できない。
「音也、何を……」
慌ててシャワーの栓を閉め、音也に声をかける。できるだけ不審感を与えないよう平然を保って。自分は誰とも会ってはいない、ただ起き抜けにシャワーを浴びているだけだとでも言うかのように。自分を偽るのには慣れていた。
「……気付かれてないとでも思った?」
恐ろしく冷たい声。トキヤはぞっとして後退りした。扉の向こう側にいるのは確かに音也のはずなのに、その声はまるで別人のようだった。音也のこんな声音を、トキヤは知らない。
嫌な予感が背筋を伝う。それを振り払うように、トキヤは浴室の扉を開けて――
「――え?」
開かない。
開くはずの扉が、開かない。がたがたと何度も扉を動かしてみたが、びくともしなかった。
まさか。トキヤは声を失った。さっき音也が立てていた音は、これのことだったのか。扉を閉ざして、出てこれないようにするために。
トキヤの顔が引きつる。恐怖の色が徐々に滲んでいく。何が起こっているのか分からない。だが、考えられる限り最悪のシナリオが始まっていることは確かだった。
それを知ってか知らずか、音也は扉越しに囁いた。右手には、扉を固定するのに使ったビニール紐を握りながら。
「ねえトキヤ。俺、もうずっと前から知ってたよ。トキヤが夜中ベッドを抜け出して、寮の外に行ってること」
「な……」
「ばれてるわけないって安心してたんだよね?夜の間なら大丈夫だろうって、用事が終わったら部屋に戻ってくればいいって、そう思ってたんだよね?……あーあ、俺も随分見くびられてるなあ。トキヤが思ってる以上に、俺はお前のこと見てるんだよ?付き合ってた頃も、別れてからも。どうせお前はそんなこと知らないんだろうけど」
「お、音也、私は、」
「言い訳なんていらない」
音也の強い声に、トキヤは口を噤んだ。会話にすらならなかった。音也は一方的に言葉を投げつける。トキヤが受け止められずにいようが関係ない。
「トキヤは俺の質問に答えてくれるだけでいいんだ。たったひとつ、ひとつだけ。でもこれに答えてくれなかったら出してあげない。――トキヤは誰と会ってたの?」
トキヤには、それがまるで死刑宣告のように聞こえた。
答えられるわけがない問いだった。自分と砂月の関係は、誰にも知られてはならない。二人の間にある暗黙の了解。これが崩れてしまえば、砂月はきっともうトキヤに会わなくなる。それだけは。それだけは、嫌だ。
「……答えられません」
誰かに会ってなどいないと白を切るのは無駄だろう。故にトキヤは密会の事実を認めた上で、答えることを拒否した。自分ではなく、「彼」との関係を守るために。
すると音也は興を削がれたように「ふうん」と相槌を打った。
「なら、トキヤはこのままだね」
半透明の扉に手を触れる。内側と外側を隔てる薄い壁。トキヤが本当のことを話さない限り、この扉は開かない、開けない。
トキヤも最初から諦めているのか、無理矢理にでも扉をこじ開けようという素振りは見せなかった。仮に抵抗したところで、ビニール紐を何重にも固く括りつけた扉はそう簡単に動かせるものではないし、浴室にまで行き届いた完璧な防音設備のお陰で、助けを求める声が隣の部屋に聞こえることもない。人ひとりを閉じ込めるには、この狭い浴室でも充分だった。
「答えたくないなら別にいいけど、その代わりトキヤはいつまで経っても出られないよ。……俺、トキヤが答えてくれるの待ってるから」
そう言い残し、音也は扉を離れた。唇を噛んでうなだれるトキヤをその場に置き去りにして。
◆
「欠席?トキヤが?」
驚きを隠しもせず、翔は口をあんぐりと開けて、今しがたトキヤの欠席を伝えた音也を凝視した。彼は、朝のSHRが始まる前にも関わらず、いつまでたっても姿が見えない友人を心配していたのだ。同室の音也は何か知っているのではないかとAクラスに行こうとした矢先、音也の方から会いに来た。聞けば、つい先程担任の日向先生に欠席の旨を伝えたばかりだという。
「うん。急に風邪ひいちゃったらしいんだ。うつるといけないから面会謝絶でお願いします、だって」
「でもあいつ、昨日は風邪ひくような感じには見えなかったぜ?……まあ、最近はあんま元気なかったみてーだけどな……」
翔が声のトーンを下げると、音也もまた肩を落とした。まるで飼い主に叱られた子犬のようだ。
そんな二人の間に入ったのは、トキヤとも仲の良いレンだった。
「やあ、おはようイッキ。イッチーが風邪って話は本当かい?」
「あ、レンおはよー。大変だよね、トキヤもすげー辛そうにしてたよ」
するとレンはわざとらしく驚いた表情を見せて、
「へえ、それは珍しいね。イッチーは普段かなり厳密に健康管理してるから、風邪をひくなんてヘマは滅多にしないはずだけど」
と言った。レンの目は何かを慎重に探っているようだった。音也の視線の動き、ちょっとした仕草も見逃さないとでもいうかのように。
しかし音也はあっけらかんと返事をする。
「そうかな?トキヤって意外と抜けてるとこあるじゃん?風邪くらいひくよ」
同意を求めるように翔へ目配せすると、翔も頷いて「まあ、あいつも人間だしな」と腕を組む。予想通りの返答だった。
レンはそれ以上何も問い詰めなかった。
だが、音也が軽く挨拶してSクラスの教室を去るまで、その訝しげな視線はずっと音也に注がれていた。
◆
「どうして、こんなことに……」
誰もいないシャワールームで、彼は一人うなだれていた。
まさか音也があのまま登校してしまうとは思わなかった。おかげでトキヤは一日のほとんどを、この狭いシャワールームで過ごさなくてはならなくなった。もちろん、当然のごとく全裸だ。そこまで冷えはしないものの、あまり心地良くはない。寒くなるとシャワーを浴びてみるが、濡れた体を拭くタオルがないのだから体温はすぐに逆戻りした。意味のない行為だ。
時計が無いので正確な時間は把握できないが、もうとっくに昼は過ぎている頃だろう。今日は早めに学校が終わる日だから、そろそろ音也が帰ってくるはずだ。
一刻も早くここから出たかった。長時間誰とも会わず、狭い室内に閉じ込められるのは、予想以上に精神を削られる。自分を閉じ込めた張本人の音也でも誰でもいいから、何かしらの会話がしたい。
……それでもトキヤは、音也の言いつけを破り、扉を壊して外に出ようという発想を初めから諦めていた。彼が望むのは消極的な自由だけだった。
本の一冊でもあれば少しは暇を潰せたかもしれない。だがタオルの一枚もないこの場所、この状況で、そのような望みはただの戯言にすぎなかった。今の精神状態でまともに本が読めるかどうかも怪しいのだが。
彼にできることといえば考える事くらいだった。
そもそも、別れを切り出したのは音也の方からだった。男同士で恋愛をするのはおかしいと、至極当たり前の理由で。
別れてからの音也は、驚くほどいつも通りだった。何一つ変わらない。二人の関係が解消されたということ以外は、何も。
ならば何故、今になって?
軟禁という行為に及ぶまでの執着。それはおそらく嫉妬の感情に由来するのだろう。だが、別れてからの音也は、トキヤに対する一切の関心を捨ててしまっているかのように見えた。それほどの執着心を顕にするなど、誰が想像しただろうか。
トキヤには音也の心が理解できなかった。別れようと突き放しておきながら、今度はがんじがらめに縛り付けてくる。どうせこんなことになるくらいなら、最初から抱き締めて話さずにいてくれればよかったのだ。そうすれば、他の誰かに惹かれることもなかった。自分は音也だけを見ていられた。なのに。それなのに。
――出会って、しまった。
月の光を避けるようにして、闇の中へ溶け込む「彼」に。断ち切れぬ想いを引きずりながら「彼」に惹かれてしまう自分の姿は、他人が見たらひどく浅ましいものとして映るのだろう。しかし引力は何よりも強く、乾き切った心を吸い寄せる。どこまでもどこまでも落ちて行く。
別れを告げることで、音也はトキヤを裏切った。そしてトキヤもまた、違う誰かに想いを寄せることで音也を裏切る。音也はそれが許せないのだろうか。
あと少しで答えが出そうになったその時、トキヤは寮の扉が開く音を耳にした。音也が帰ってきたのだ。弛緩していた体が一気に強張る。ここから出られるかもしれない、という歓喜は掻き消え、緊張と僅かばかりの恐怖が内側を侵食する。
「ただいまトキヤ。いい子にしてた?」
半透明の扉越しに、制服姿の音也が立っていた。今までトキヤを閉じ込めていたことに対して何の罪悪感も持っていないようだった。扉を開ける気配もない。
トキヤは痺れを切らして扉に駆け寄った。
「音也、早くここから出してください」
「やだよ。だってトキヤ、まだ俺の質問に答えてくれてない」
「……こんなことが許されると思っているんですか」
「は?何言ってるのトキヤ?許されないことをしてるのはお前の方なのに」
不意を突かれてトキヤは目を見開いた。――裏切り。その言葉が頭の隅を掠める。
音也の表情は見えない。顔の輪郭がぼんやりと分かるだけだ。トキヤは冷静さを保ちながら続けた。
「私とあなたはもう、そういった関係ではないはずです」
「うん、無いね。俺が別れようって言った」
「ならば私が誰と会っているかを詮索する理由はあなたにありません」
「あるよ」
音也は間髪入れずに返した。理由はある、と。しかしその言葉の先を言うことはなく数秒間押し黙った。
その沈黙の代わりに、何かを切るような音が室内に反響する。音也は鋏を手に、扉を固定していたビニール紐を順番に断ち切っていく。鋏が軽やかに空を舞う度に、扉の封はひとつずつ解き放たれていった。
チョキン。最後の音が鳴る。幾重にも巻かれたビニール紐がするりと扉から切り離され、長短様々な残骸が床に散らばった。扉を閉ざしていた縛めはもう無い。
トキヤが外へ出ようとするより先に、音也が扉に手をかけた。乾いた音を立てて、半日ぶりに扉が開けられる。
「ねえトキヤ、」
音也は、笑っていた。
「もうとっくに別れた俺たちだけど、もし俺に新しい彼女ができたらどうする?おめでとうって素直に祝福できる?寂しくなる?悲しくなる?あの時別れてなければ、なんて後悔したりする?
俺はどれでもないよ。俺は――トキヤがもっと欲しくなる」
一度はいらないと手放したとしても、それが誰かのものになると、急にまた欲しくなってしまう。自分の所有物には興味がないが、他人のものは奪いたい。奪って壊す。知らない誰かが美しく育て上げたそれを、見るも無残に引きちぎって壊す。そうすれば、心にぽっかりと空いた穴が塞がるような気がした。本当はなにひとつ変わらなくても。変わった気にさせてくれるのならそれでいい。……何ということはない。子供じみた独占欲だった。
音也はとうとうそれを自覚してしまった。今までの行動は全てその自覚の上だった。
「だって、トキヤは俺のものだから」
音也は笑う。かつてトキヤが好きだと言った、人懐っこい笑顔で。悪びれもせず、まるでそれが公然の事実だとでもいうかのように肯定する。
その瞳を見た瞬間、トキヤの背筋に震えが走った。得体の知れない恐怖が胸を圧迫する。足の力が抜けてその場にしゃがみこんでしまった。しかし音也から視線を逸らせない。見上げる者と見下ろす者。両者の優劣関係は明確に分け隔てられていた。
「ねえトキヤ、もう一回聞くよ。……昨日の夜、誰と会ってた?」
今度はちゃんと素直になってね、と言わんばかりに、音也は顔をぐいっとトキヤに近付ける。
抗えない。そう思った。
――コンコン。
刹那、張り詰めていた空気が、軽やかなノック音によって僅かばかり緩んだ。……誰かが寮の扉の前にいる。
トキヤにとってそれは救世主のようなものだった。音也の追求にこれ以上耐えられる気がしなかったのだ。
すると音也は明らかに気分を害したように舌打ちをした。トキヤにも聞こえる音量で。この程度で安心してもらっては困る。第三者の介入があったとしても、現在この空間には音也とトキヤしかおらず、音也が訪問者を追い払ってしまえばそれまでだ。
音也は床にへたり込むトキヤに目配せして浴室を出た。この場を取り繕うのはさほど難しいことではない。
扉を開けるとレンがその場に立っていた。「やあイッキ」と愛想よく笑う。厄介な相手が来てしまった、と音也は思った。勿論そのような素振りは決して見せない。
「どうしたのレン。トキヤに用?」
「ああ、今日の授業で出た課題を届けに来たんだ」
そう言ってレンは手にしたノートをひらひらと振った。もっともらしい言い分だ。しかし音也はレンの思惑に薄々気付いていた。おそらくレンは、トキヤの欠席の原因、そしてその真偽を確かめる為に、わざわざ自分からこの部屋に足を運んだのだ。
「あー……トキヤさ、まだちょっと調子が悪くてベッドから出られないみたいなんだ。俺が代わりに預かっておくよ」
レンの瞳が微かに揺れる。ふと音也から視線を外し、部屋の向こう側に目をやった。音也の背中越しに広がる空間。人の気配は、ない。壁に遮られてベッドまでは見えなかったが、それでも違和感は拭えなかった。
「……本当は」
「え?」
「本当は、風邪なんかひいてないんだろう?」
――彼は不必要なほどに鋭敏だった。
知らないままの方が幸せなこともあっただろうに。音也はレンの内側に、早いうちから多くを悟りすぎた子供の影を見た。俯いて口を閉ざす小さな背中に、幼い自分の姿が重なる。
生まれも育ちも違うが、二人はどこか似ていた。隠し事を容易く見抜いてしまう鋭さ、諦めを知った寂しい目。……似ているからこそ、音也とレンは同じ人間を好きになった。
一ノ瀬トキヤは不思議な引力を持っている。そして二人とも、その引力に抗えない。
音也の沈黙にレンは確証を得たらしい。音也の肩をどかし、無言で部屋の中へ入っていった。
無論、そこにトキヤはいない。綺麗なままのベッドを見るや否や、レンはリビングに背を向けて浴室へと足を踏み入れた。
その背中を音也はぼんやりと眺めていた。ああ、秘密が暴かれてしまう。
半開きになった浴室の扉を開ける。真っ先に目が行ったのは、バスルームに裸で座り込むトキヤの姿だった。
「レン……!?」
か細い声が名を呼ぶ。驚きと安堵、そして微かな絶望がトキヤの顔に浮かんだ。どうしてここに、とでも言いたげだった。
あまりにも異常な空気に、レンは言葉が出なかった。事前にいくらか予想はできていたはずだ。しかし、いざその光景を目にした衝撃は想像以上だった。
浴室内を注意深く観察する。バスルームの扉の取っ手に絡まるビニール紐、床に放り出されたシャワーのホース、そして何より、青ざめた顔で震えるトキヤ。それらの断片的な情報からレンが導きだした結論は、限りなく真実に近かった。
「あーあ、見つかっちゃったかあ」
レンの背後で、音也のあっけらかんとした声がする。罪悪感など微塵も感じられない。まるで悪戯が見つかった子供のようだった。
音也から危害を加えるような気配はしない。見つかってしまったものは仕方ないと開き直っているのだろうか。
レンは視線をトキヤに注いだまま、いつになく荒々しい口調で音也に問うた。
「……説明してもらおうか」
「何を?」
「しらばっくれても無駄だよ。これでも大体の事情は分かっているつもりだ」
他人の関係には口を出さない、それがレンのやり方だった。しかし今は違う。レンにとってトキヤは――大切な存在なのだから。彼が傷付けられるような事態を黙って見過ごすわけにはいかなかった。
レンは自分の正しさを信じていた。トキヤを守るのは自分だ。だからこそ、この事実は暴かれなくてはならない。
「……イッキ。君はイッチーを閉じ込めて、」
「――レン!」
続く言葉は、悲鳴のような声に遮られた。レンは驚いて声の主を見る。
トキヤは強い眼差しでレンを睨んでいた。焦燥が滲むその瞳は、必死に何かを訴えかけようとしていた。「これ以上関わるな」と。無言の圧力が突き刺さる。
レンは狼狽した。イッキに束縛されていたんだろう?解放を望んでいたんじゃないのか?次から次へと疑問符が飛び交った。
しかしトキヤはレンの問いに答えることはなく、ひたすらにレンの介入を拒んでいた。
「もういいでしょう、レン。あなたには関係のないことです。早く立ち去ってください」
「だけどイッチー、」
「――いいから早く!」
差し伸べられる手を見てはいけない。縋ってしまいたくなる。
トキヤは俯いて強く目を閉じた。レンの姿を視界から消すことに集中する。早くこの場からいなくなってくれと切実に思った。
レンにとってトキヤが大切な存在であるように、トキヤにとってのレンもまた、大切な友人なのだ。自分と音也の問題にレンを巻き込みたくなかった。深入りしてしまえば無関係ではいられなくなる。トキヤはそれを恐れていた。レンの優しさを受け入れることは容易いが、一度でも希望を持ってしまうとそれを捨て去るのはひどく難しい。
たとえ本心ではどれだけレンに救われたいと願っていても、頑なに拒絶することしかできなかった。
「お願い、ですから……」
トキヤが震える声を絞り出す。その響きはあまりに切実だった。
レンの背後で音也が笑う。
「そういうことだよ、レン。トキヤが必死になってお願いしてるんだから、大人しく出て行ってあげたら?」
「……っ、」
レンが息を呑む。トキヤにこれほど激しく拒絶されるとは思いもしなかったのだろう。ひどく動揺しているようだ。
その動揺は音也にとって非常に愉快なものだった。トキヤが他人との関わりを放棄して、自分を選ぼうとしてくれている。トキヤの拒絶は音也にそう映っていた。
息が詰まりそうな空気に耐え切れなくなったのか、レンはくるりと音也に向き直った。余裕の無い目が音也を映し出す。
「……オレは、このやり方を許したわけじゃない」
宣戦布告と呼ぶにはあまりに頼りない声音だった。しかしそれで音也が怯むわけもなく、彼は足早に去っていくレンの背中を見送った。弧を描く唇は優越感の現れだ。
レンの気配が完全に消えると、浴室は再び二人きりの空間へと戻った。しかしトキヤには、今の方が余程ましに思えた。叶いもしない希望を見せつけられるより、諦めだけしか無い状況の方がいっそ安心する。レンの存在はいたずらにトキヤの心を乱すだけだった。
「さてと。思わぬ邪魔が入ったけど……話はまだ終わってないよね?」
音也はにっこりと笑ってトキヤを見下ろす。いつの間に自分は音也をここまで変えてしまったのだろう。
きっと自分は音也から離れてはいけなかったのだ。縋ってでも引き留めるべきだった。音也から切り出したこととはいえ、あの別れが全ての始まりなのだから。あれが無ければ、自分は「彼」と会うこともなかっただろうし、音也は執着を知らずにいられた。だけど今は何もかも手遅れだ。
――砂月さん。
心の中で名前を呼ぶ。彼だけは、何も知らなくていい。
[newpage]
次回予告(的な何か)
「あなたを、好きでいてもいいですか?」
彼は何度でも問い掛ける。
答えなど、返ってくるはずもないのに。
「誰でもよかった。隣にいてくれるなら、愛してくれるなら、誰だって。
だけど――それでも俺は、トキヤがいい」
「イッチーの言う通り、オレは友情を愛情だと錯覚しているだけかもしれない。
でも、それがこの手を離す理由にはならないよ」
「お前がいくら望んでも、俺はお前の手を取れない。
俺の体が俺だけのものじゃないことを、こんなにも悔しく思ったのは初めてだ」
選ばれるのは一人だけ。けれど誰と結ばれても幸せにはなれない。
切り捨てて、拾い上げて、赤い涙痕は消えずに残る。
「嘘でもいい。愛していると、言ってください」
「愛してる。……嘘じゃない」
――それは、抗うことのできない引力だった。
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音トキ破局からの音→トキ、レン→トキ、砂←トキという四つ巴の修羅場です。他人の物になった瞬間に独占欲が芽生える音くん、「大切な友人」であるトキヤを守りたいレン様、音也への未練を引きずりながらさっちゃんに惹かれてしまうトキヤ、行き場の無いトキヤの心を掬い上げただけのさっちゃん。四者四様です。最後に次回予告風の文章がありますが、目下続く予定はないです。すみません。今回は試しにアンケートを設置してみましたので、回答してくださると嬉しいです。
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【うた腐リ】gravity【トキヤ受け】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1016214#1
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クッションページ!
こちら名探偵コナンの夢小説です。主人公がオリジナルの男性キャラクターでしかも海外組織から公安に出向中という設定なので、捏造や特殊設定が多く存在します。腐向け表現はありませんが、ゆくゆくはそうなっていく可能性も。また、多少ではありますが流血表現もございます。ヘイト創作ではございません。誤字や脱字、以前の話とこの話で齟齬矛盾があるなどのご指摘はコメントかDMでしていただけるととても嬉しいです。
以上をふまえたうえでお読みください。
[newpage]
突然で悪い。が、誰か俺の話を聞いて欲しい。
大前提として、俺には生まれつき前世の記憶というものがあった。ちょっと待ってくれどっか行かないでよほんと聞いて。マジで。
ただの俺の妄想の産物だという可能性も確かに否めないのかもしれない。しかしその記憶はあまりにもハッキリしすぎていて、あまりにもリアルだった。生まれ落ちておぎゃあと産声を上げたその時点で俺は両親の話す言葉を理解出来たし、なんなら前世で履いていたパンツの色だって復唱できたのだ。え? 野郎のパンツはどうでもいい? 俺もそう思う。
今世で俺が生まれたのは、どうやらイギリスのカンタベリーという街らしい。首都ロンドンからおよそ90キロ強、電車で1時間〜1時間30分くらいの景色が美しい街である。治安もかなりよく、住人にイギリス訛りがほとんどないのは救いだった。クイーンズイングリッシュも喋れなくはないが、やはり俺の耳に馴染むのは母国で教わるアメリカ英語だからだ。
俺は前世では日本人だった。気温差は地方によってはきついが、四季折々の景色が美しい、あの極東の海に浮かぶ島国。治安も検挙率もよく真面目な国民性と、それに反するようにぶっとんだ方向に発達したサブカル文化がユニークな国だ。
あの国で警視庁の公安部に所属する潜入捜査官なんて職に就いていた俺の死因は、ハリウッド映画のごとく殉職だったように思う。確か30代半ばでチャイニーズマフィアの抗争中に被弾し、失血し過ぎて死んだのだったか。死に際の記憶はあまり思い出せないのだけど、そんな感じだった気がする。
俺の愛する日出処に魂を捧げて死んだ。それは俺にとってはある種の誇りだったが、志半ばにして殉職したことはもちろん悔しくもあった。まあ、前世は前世、今世は今世だ。いわゆる強くてニューゲームってやつだし、俺の忠誠は相変わらず日本にあるので、程よく楽しんで生きてそこそこの年齢になったら日本にまた渡ろうかな。
なんて呑気に考えていたのだが。
[newpage]
やぁ、俺です。今は国内のとある機関で再び公務員やってます。
日本に魂捧げたくせに? 殉職したのに懲りねえなこいつ? ごもっともです。まあまあ、これにはマリアナ海溝より深く、キリマンジャロより高い理由があるんだ、落ち着いてくれ。まあスカウトされて断りきれなかったってだけだけど。
この国に生まれて早20年以上。転生特典で優秀な成績を収めまくった俺は、前世でできなかったことややってみたかったことに全力を注いだ。結果出来上がる器用貧乏マン。いいんだよ、あくまでも俺の趣味だから器用貧乏でも。
そこが買われてしまったのか、どこから話を聞き付けたのか。俺が勧誘されてただいま所属している組織のお名前は、皆さん『007』『ジェームズ・ボンド』でお馴染みのMI6もといSISだ。日本語っぽく言うと秘密情報部。かっこいいね! ただ給料が中々安いのは実に難儀な話だ。
俺は懲りずにこの国でも諜報活動をしている。このままスパイ生活かあ、と思っていたら、まさかまさかの潜入捜査のお話が回ってきた。どうやらお上が俺の器用貧乏に目をつけたらしい。
今回潜入するのは世界中に根を張る巨大な国際犯罪シンジケート。活動拠点はなんと日本らしく、俺は公式にMI6から警察庁へ出向することが決まった。後の合同捜査においての橋渡し役も兼ねているらしいが、彼らのバックアップを受けつつ潜入捜査に勤しむことになった俺は、図らずも母国でまた暮らす機会ができてルンルンだ。向かう場所は犯罪組織なので死地のようなものかもしれないけどね。
そうそう、驚いたことに東京に見知らぬ地名と建築物があるんだ。東都タワーとか東京タワーと大して変わらんが、初めて知った時の俺のパニクりようといったら推して知るべし。日本の他の都市や世界各国の名前におおむね相違はなかったけど、日本特有のサブカルがちょっと様相を変えてたりする。国民的アニメの影も形もないので、うっかり前世で見た作品の話なんてしたら頭おかしいと思われるかもしれない。気をつけよう。
そんなわけなので転生というよりは、俺は異世界転生したと言う方が正しい。違うのがほんの一部で助かった、あんまり気を張る必要がないから。…なんとなく東都とか米花町とかどっかで聞いたことある気がするんだけど、どこだったかな。
とにかく。組織の規模が大きくて壊滅には時間がかかるだろうとのことで、この捜査は年単位の仕事になりそうだった。
長年を過ごしたイギリスにも愛着はあるけど、心の故郷日本には適わない。あと料理がちょっと…。当たりの店を除いて煮すぎ蒸しすぎ焼きすぎが当然のこの国では、塩と胡椒が重宝される。俺もおかげで自炊が得意になりました。死にそうになっても赤信号無視とか、電車1時間遅れるとかは普通にやめて欲しいかな。意外とおちゃめな人が多い魅力的な国なんだけどね。
俺は両親の墓前に花を添え、これからしばらくの間日本に行くと報告した。墓の世話は知人に頼んであるので、ちゃんとやってくれることだろうと信じている。
今回の両親は俺が大学を卒業する間近に亡くなった。揃っての交通事故だった。夫婦仲はよく、変な子供だった俺を愛して育ててくれた素晴らしい人達だったのに、あっけなく二人で死んでしまったのだ。精神年齢がアラフィフを突破してアラシックスに突入しかけていても、彼らとの別れは辛かったなあ。最期まで前世については話せなかったことを俺は少しだけ後悔している。
他に思い残すことがなくなった俺は、一週間後素直に渡日した。イギリスにいても日本語はできるだけ忘れたくなくて、ありとあらゆる資料の日本語を読み、日本人の友人を作ったため、その点に関しては前世から衰えていないと確信できる。もちろんその他の言語もある程度は履修したとも、日本語が英語を上回る勢いで得意なだけで。
待ってろ俺の日本。今行くよ。
[chapter:Named:Armagnac]
さて、そろそろ自己紹介をしようと思う。ここまで律儀に聞いてくれた人達には感謝しかできない。
今世イギリス国籍の俺は、名をアーサー・クロウフォードという。綴りはArthur・Crawford。これでも大学を主席で卒業している。SISから出向中であり、警察庁警備局警備企画課所属の潜入捜査官だ。
ちなみに使用言語は日本語、英語(イギリス・アメリカどちらも可)、フランス語、スペイン語。転生特典(?)ってやつなのか、前世である程度話せたこれらは今でも日常生活に支障がない程度には使える…あくまで日常会話程度だが。中国語は目下勉強中だ。
その他特技などはまあ、上記のように器用貧乏なので多岐に渡る。射撃、球技、格闘技、その他屋外スポーツ、楽器や絵、はたまた軽い医療知識からコンピューターの扱い、ピッキング尾行ロミオトラップなどエトセトラエトセトラ。
最後はちょっと犯罪臭いが、公安に所属していたので是非もなしってやつだ。今チートだなって思ったか? 甘いな、俺の器用貧乏は筋金入りなんだ。その道のプロには逆立ちしたってかなわない、ただ一般人よりは色々できて色々知ってるってだけ。一芸に秀でている訳では無いのである。
あと前世よりかはまともな顔になってるんじゃなかろうか。俺にとって外国人はみんなイケメン認識になるので、俺の感性はいまいち信用出来ないかもしれないが。
話を戻すと。潜入にあたって、俺は新しい人格を作らねばならなかった。いっその事と名前を前世のものに設定し、キャラクターとバックボーンを組織の構成員ぽく作り上げる。思い切り日本名前なのは俺が日本人のクォーターで、祖父によって名づけられたからということにした。力技?なんとでも言え。
というわけで前世の俺、もとい今世の第二人格の名前は、[[rb:間宮 > まみや]] [[rb:馨 > かおる]]という。日本での経歴なんて持っていないので、潔く最近までイギリスに滞在していた設定だ。天涯孤独の身になってから祖父の故郷に住み始めた青年ということにして、日本語は祖父との会話で日常的に使っていたという設定をつけた。
俺は素の人格では結構ポジティブな方だと思う。ふざけるのは好きで、イタズラとかも年甲斐なく参加しちゃうタイプ。からかいがいのある人を見つけると楽しくなって構いまくっちゃいそうになる。まあ要はあれだ、成人男性が何言ってんだって思うかもしれんが、『かまちょ』ってやつ。
ところがどっこい、この度作り上げた『間宮 馨』のパーソナリティはこうだ。
幼くして両親を亡くし、イギリスでは祖父に育てられながらも裏社会に片足を突っ込みつつ暮らす。
表向きは爽やかな好青年だが、その実冷徹で人間離れした感性も持ち合わせる。お気に入りの人間以外はゴミだと思っている節があり、若干サイコパスの気もあるが外面は完璧で組織任務の時のみその顔を見せる。そこそこ遊び慣れていて犯罪には抵抗がない。
正直に言おう。誰だよこいつ!! ほんと容赦なく正反対だな!! 俺は自分が常識的でそこそこ情に厚い人間だって自負してるが、ここまではっきり違うともう二重人格だ。
まあいい、やりすぎなくらいがいいって前世の先輩も言ってた。スイッチの切り替えは大変だが、精神年齢が中々の御歳なので多少のことでは動じなくなっている。きっとどうにかなることだろう。
向こうにいた時の経歴は渡ってくる前に改ざんずみなので、公安側でその経歴に合わせてパスポートや渡航、こちらでの滞在ビザの改ざんをしてくれるらしい。その期間も含め、潜入捜査前に三日間まとまった休みを貰えたので、この街の探索でもしてみることとしよう。
[newpage]
ハロー、俺だよ。組織の末端構成員とコネを作って、うまいこと引きずり込まれたみたいな体を装い潜入してから半年以上が経ちました。展開早いとか言わないで、特に面白いこともなかっただけだから。
いやーしっかし殺人、強盗、麻薬に売春。あらゆる欲と悪徳を大鍋いっぱいに満たして、ドブとヘドロの黄金比合成の液体で煮詰め裏切りをトッピングしたものが、ドン! こちらの組織になりま〜す。端的に言ってクソだ、クソ。まともな人間の生育できる環境じゃないね。
今日も今日とてお国のために、前世の倍は辛い犯罪まみれの潜入生活をサイコパス好青年キャラで過ごす。MCは私間宮でお送り致します。ほんと無理。
具体的に何がって言うと、本来のパーソナリティと第2人格の乖離具合が激しいこと、最近直接の仕事が回ってくるようになった幹部連中が軒並み厨二病ポエムを連発することです…。
なんだ? ✝︎艶めかしく鮮血に輝く宝珠のごとき悪夢の臓物✝︎(トマト)とか言えばいいのか? 原形残してねえな。もしくはクリムゾントメィトゥとか…もうネタだよねこれ。
でもこういう言語を操るFFのセフィロスリスペクトしたみたいな幹部がいるんだ。ジンっていうんだけどコイツがまあ厄介で堪らない。クックックッ黒マテリア。日本語で喋れマジで。それが無理なら英語でお願いしますマジで。
そうそう、この組織、お酒の名前を幹部のコードネームにしてるらしい。この設定、どこかで聞いたことあるんだけどなかなか思い出せない。何かのアニメか漫画からコードネームの付け方を借りてきてるのだろうか。女児の自称プリキュアみたいな真似するじゃん?
とにかく潜入は順調だった。セフィロスくんから「こいつの目は闇に染まり切った泥水の味を知ってる目だ(意訳・悪人乙(^ω^))」という評価を頂いたので、今のところノックの疑いはかかってないと見ていいだろう。
もうすぐ新しい捜査官が潜入してくるらしいので、さらに気を引き締めねばならない。今日はその捜査官と顔合わせの日。報連相はしっかりしないと何が起こるかわからないからね。
警察庁へ向かう道すがら、間宮のケータイが鳴った。発信者はセフィロスくんとある。切ってやろうかと思ったが渋々通話ボタンを押した。どうやらタイミング悪く仕事が入りそうな予感だ。
「もしもし、間宮だけど」
「出るのが遅ぇ。仕事だ行け」
マジでブラック企業も真っ青〜〜!! 労働基準法は??? つうかこの間から思ってたけど東都の治安がやたらと悪いのこいつらのせいですな?
しかし間宮は食えない好青年、内心で『はァー組織の幹部は女性以外全員ハゲろ』と思っていても口には出さないやつなのだ。
「俺、前からこの日は休むって言ってたよね? アカリちゃんとの約束があるんだけど」
「知るか。ゴタゴタ言ってないで行け。風穴開けられてぇか」
こいつ拳銃をペロペロキャンディーと勘違いしてないか? やはり幼女。自称プリキュアは格が違うぜ。
試みたせめてもの抵抗は幼女セフィロスに虚しく一蹴されてしまったので、俺は渋々了承の声を上げて通話を切った。おかげで新捜査官との顔合わせもパァになってしまったが。さて、公安に連絡せねば。
ちなみに今回の任務で腹に風穴が空いた俺は、無事に幹部に昇格できたのであった。めでたしめでたし…やっぱ女性以外と言わず全員ハゲてくんねえかな。
[newpage]
どうも、俺だ。相変わらず唐突に入る組織の仕事と、やむなく潜入を開始した新捜査官の予定が全く噛み合わずいまだ顔を合わせられていない状態です。俺が普段ヒモ生活(設定)送ってるからって組織は仕事入れすぎ。訴えるぞゴルァ!
ところで最近入ってきた構成員の話をしたい。彼はベビーフェイスのイケメンなのだが、これまた仕事がかなりできる。探り屋向きの能力と容姿で、幹部が早々に重宝し始めた逸材だ。
入ってきた時期的には新捜査官が潜入し始めた頃とぴったり重なるし、事前に貰った経歴書の証明写真の顔そのものだ。しかし生で見ると顔がちょっと幼すぎて、未だに彼がそうなのか確信は持てない。だって年齢は俺の一つ下って話だったんだぜ? あの安室くんって子どう見ても高校生くらいじゃない? ただ他に目立って有能な子はいないんだよなぁ。証明写真の顔って老けて見えるし、彼で間違いはないんだろうけど。
というわけで直接話してみることにした。
お仕事の依頼という名目でセーフハウスに呼び出し、書類を渡して打ち合わせをする。
もちろん盗聴器・盗撮器の有無は検査済み、玄関前から5m以内の廊下を誰かが通ればセンサーが反応し隠しカメラの映像が写るようになっている。
「…で、ここはちょっとロミトラが必要になるかもしれないんだ。意外と初心だって話だからそういうことはしなくていいと思うけど…できるかい?」
「ええ、もちろん。手段はこちらで選んでも?」
「すまないね。ああ、その辺は君に任せるよ。ただ殺しはしないでくれ、何かと大変だから。そうだ、降谷くんはピッキングもできるんだったね?」
「はい、大抵の鍵穴なら開けられますよ…、!?」
かかった。脈拍、発汗、瞳孔の開き具合、どれをとっても極度の緊張状態。パッと見は怪訝そうな顔をしているようにしか見えないだろうが、前世含め潜入歴10年近い俺には警戒度が丸わかりである。
しかしとっさに表情を取り繕えるのはさすがの優秀さと言ったところだろうか。
「降谷零くん。偽名は安室透だね、由来とかあるのかい? オマワリサン」
「な…、んのことを言ってるんですか?偽名だなんて言いがかりですよ」
うーん、若い。
下っ端は騙せるだろうがベルモット辺りになるともう騙せないな。とはいえこのまま緊張させておくのも可哀想なので、俺も大人しく自己紹介することにしよう。
「それじゃ。アルマニャック兼間宮馨改め、SISから出向中の警察庁警備局警備企画課所属、アーサー・クロウフォード。組織ではアルと呼んでくれ」
「なっ!?」
SISの身分証明をかざし作っていた笑顔を崩すと、彼は二重の意味で驚いたらしく目を見開いて唇を震わせた。いきなり演技止めたからね、しょうがないね。
降谷くんが落ち着くまでクッキーを食べるべく、台所から大きな缶を持ち出してソファにドカリと腰掛ける。降谷くんはまだ訝しげな目でこちらを見ていた。身分証でも警戒を解かない、実に結構だ。警戒心はいくら強くても損にならない。この場合は困るけど。
俺は彼に見えるようにケータイで裏理事官に直通の番号を打ち、その場で電話をかけた。すぐに繋がり、簡潔に事情を話した上で降谷くんに渡す。彼は怖々とそれを受け取り、向こう側から聞こえてきた理事官の声にまた衝撃を受けたらしかった。
「…はい。はい、問題ありません。しかしその、彼は本当に情報部の…は? 特務潜入官? 嘘でしょう!?」
いやいや、なんで俺こんなに疑われてんの?そんなに悪人面かね?
そういえばふと思ったんだけど、『安室』と『零』でアムロ・レイだ。この世界にガンダムはないけど、こういう人もいるんだな…なんか声も似てるし。親が俺と同じ世界から来たとかだったりして…そしたら『安室透』の方も親の名付けになってしまうので却下だな、単なる偶然だろう。
俺がそんなことを考えている間に降谷くんは一応自分の中で話に決着をつけたらしく、理事官との話を切り上げて通話を切った。そして頭を抱えて深いため息。
失礼な、俺が正義側の人間だとそんなに信じ難いか、と憤りながら開かないクッキーの缶と格闘していると、彼がそれをスマートに取り上げて力む様子もなく開けてくれた。…ゴリラなの…? ありがたいけどさ…。
「正直…あのアルマニャックがNOCだなんて今でも信じられません」
「ひどいな、大体間宮のキャラ設定はちょっと胡散臭いけど好青年ってことになってんだぜ? ジンよか優しそうな顔してると思ってたんだけど」
「問題は顔じゃないです。流れてくる噂がそういう話ばかりだとそう思うに決まってるじゃないですか」
えっ怖いわ。俺どんな噂流されてるの? ていうか組織は俺の事ターミネーターかテラフォーマーだと思ってるとこあるよね。
さっきから気になってたんだが、降谷くんは多分俺より断然優秀だ。敬語使われるのに違和感あるし、君は『赤井ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』って叫んでる方が似合う…あれ、赤井って誰だっけ。
「…あなた、素の性格と間宮の性格の差が激しくないですか?」
「それ君が言う? 降谷くんだって素だともっと雄々しいだろ。あと階級一緒だと思うしクロウフォードの時は敬語じゃなくていいから」
お互い第二人格が好青年だと苦労するね。
敬語なしという要望に、彼は最初首を縦に振ろうとしなかった。まあ俺のが一個上だし、気後れするのはすごいわかるんだけど。
多分そのうち君が俺の階級抜かすから今のうちに慣れとくべきだと思うよ、と言えば、さらに胡散臭いものを見る目で見られた後、諦めたようなため息をつかれた。
うんうん、俺だけタメ口ってのもなんか申し訳ないしね、お互い同じ難儀な仕事をしてるんだから仲良くやりましょうや。
(視点:降谷)
アルマニャックという幹部は、組織の中でも際立って印象の好悪が別れる男だった。
仕事はきちんとこなすが慇懃が過ぎてもはや無礼なところのある、小綺麗な格好の好青年。特定の分野に秀でると言うよりはオールラウンダーなタイプで、どんな任務もつつがなくこなすその手腕により異例の速さで幹部入りしたという。
故に、とてつもなく嫉妬されやすくもあった。裏社会にあるまじき爽やかさと女性の扱いの上手さ、なんでも無難にこなせる程度の能力値の高さ。それらは幹部入りしたい古株の男性構成員にとっては当然目の上のたんこぶとなる。だが嫉妬が原因で喧嘩をふっかけたやつは漏れなく麻酔無しで顔面のパーツ全てを矯正されるとのことだ。つまり原型が残らなくなるまでボコボコにされる。
そんな噂も相まって、俺が組織に入った頃には幹部になっていたアルマニャックに喧嘩を売るバカは既にいなかった。仄暗い泥水の中を優雅に泳ぐ、星色の瞳の観賞魚。異質だがその姿は裏社会によく馴染んでいて、悍ましいほどの魅了を振り撒いているようにさえ見えた。
彼と初めて仕事を共にした時、彼は裏切り者の処理任務においての実行担当で俺は彼のサポートを任されたのだが、その時の光景は今でも覚えている。モニター越しに見たのは、その場にあるあらゆるものを使って着実に人を殺す『鬼』だ。
殺しに一切抵抗など見せず人間の命に価値を感じていない者の目をした彼は、確かに物理的に強いわけでも特に秀でた技能があるわけでもない。ただ無難になんでもできてしまうという異質ゆえの能力値の高さだった。
彼は仕事を終えた俺に不自然なほど人好きのする笑みを見せて『お疲れ様、サポート完璧だったよ』と言った。
幹部からの覚えがよくなるのはもちろん助かる。それだけ組織壊滅への道のりが近くなるからだ。だがあれだけの人数を疑問も感じずに殺した直後に、頬に返り血をつけて笑顔で声をかけてくるその精神が俺には到底理解できそうになかった。
アルマニャックは紛れもない好青年だ。顔立ちは完全なコーカソイドなのでその口から流暢な日本語が紡がれるのは違和感があるが、艶のある猫毛の黒髪と金のつり目はエキゾチックでどこか危うい。その容姿を利用して火遊びを続けているらしく、女性との噂はひっきりなしに聞こえてくる。それ以外でもなにかと自由に動いているので、幹部からボスへアルマニャックへのクレームが出されたりするが、それが受理されたことは未だ一度もなかった。
とどのつまりは組織の中での彼は禁忌というかタブーというか、そういう不文律で結ばれた不可侵の存在なイメージだったということだ。なんでも無難にこなすため使い勝手のいい彼は、組織に離反しない限りは切り離しがたいのだろう。
その悪く言えば腫れ物扱いの『鬼』がどうだ。
SISの特務潜入官で、公安に出向中の身だったとは誰が思うだろうか。あんなに警戒していつか暴いてやると燃え上がった相手が、まさかの味方だったという脱力感。先に公安から潜入している捜査官の話は聞いていたものの、彼だとは想像もしなかったのだ。
今もそう、げっそりと肩を落とす俺を嘲笑うかのように、アルマニャックはクッキーの缶を開けようとして踏ん張っている。見ていられなくなって片手間にあけてやれば引くような目で見られたが、きちんと礼は言うしそのうえいただきますと声をかけて食べ始めた。その表情にあの弾けるような人懐こさと胡散臭さはなく、純粋にクッキーを美味しいと思っているのがよくわかる。
なんだこいつ、ほんとに8か月前までイギリス人だったのか? 日本文化に馴染みすぎだし日本語の発音良すぎだろ。
「正直…あのアルマニャックがNOCだなんて今でも信じられません」
「ひどいな、大体間宮のキャラ設定はちょっと胡散臭いけど好青年ってことになってんだぜ? ジンよか優しそうな顔してると思ってたんだけど」
ジンと比べないで欲しい。あれは悪人面を超えいっそわかりやすくて笑える領域だ。
「問題は顔じゃないです。流れてくる噂がえげつない話ばかりだとそう思うに決まってるじゃないですか」
組織での印象操作は確かに彼が設定したとおりのちょっと胡散臭い好青年だった。聞くところによると、組織で遊び相手とされている多くの女性達はほとんどが協力者であり、情報の交換も兼ねているらしい。メイクや髪の色、服装を変えれば1人10役はいけると言って、少人数で多くの女性を演じてくれるそうだ。道理であまりベルモットと接触しないわけだ。
というか組織の目のあるところで堂々と協力者に接触するなよ…。
時折垣間見せるあのそこはかとない裏社会感は一体なんだったのか。小一時間問いただしたい。
「…あなた、素の性格と間宮の性格の差が激しくないですか?」
「それ君が言う? 降谷くんだって素だともっと雄々しいだろ。あと階級一緒だと思うしクロウフォードの時は敬語じゃなくていいから」
それを言われると何も言い返せなくなる。俺とて組織では二つ目の人格で振舞っているのだから、主人格との乖離は自分でもよくわかっているのだ。
まさかアルマニャックの本来の性格がここまで粗雑だとは思わなかったが。いや、一般的ではあるが間宮が慇懃すぎてそう思えるだけなのだろう。
タメ口についてはしばらく突っぱねたが、いっそ馬鹿馬鹿しい理由で宥められてしまい思わずため息が出てしまった。
海外からの特務官で年上という理由から気を使って敬語にしていたのに、特にそういったプライドの高さを見せる様子もなくむしろ緩い。
諦めて了承しよろしくクロウフォード、と声をかけると、それ長くね? 組織でも同じだしアルでいいよ、と返ってきた。
…ちょっと待てどういうことだ。
「名前はアーサーだろう。愛称はアートかアーティーじゃないのか?」
「それ、ほんとみんな聞いてくるわ。フランス語読みでアルチュールなんだよ、それで小さい頃の俺が勘違いしてアルを名乗ってただけ」
「…さっき最初に組織ではアルって呼んでと言ってたのはもしかして」
「呼ばれ慣れてるしそっちのが反応しやすいからみんなそう呼ぶけど?」
嘘だろうこいつ…命の危険がある組織で堂々と本名の愛称で呼ばせるとか…。
「神経太すぎだろ!!!」
俺は馬鹿馬鹿しいやら情けないやらで思わずソファにちょこんと置いてあったうんこのクッションを床に叩きつけた。
[newpage]
前略、天国の父さん母さんへ。
俺は組織でなんとか犯罪者をやっています。今のところ殺されるそぶりはありません、ご安心ください。ところでお二人は、日本語においてよく使われるinsurmountable wall、比喩的にはbrick wall(越えられない壁)というものをご存知ですか? 意味はわかるでしょうが、日本のように様々な場面で使うことはそうないでしょうね。
俺は現在、そのウルツァイト窒化ホウ素製のbrick wall(レンガじゃねえのかよってツッコミは受け付けない)を目の当たりにしています。
「喜べアルマニャック、お前に部下をつけてやる」
「バーボンです、よろしくお願いします、アル」
「スコッチだ、よろしく頼む」
「ライだ」
なんでジンはいつも上から目線なの? これってトリビアになりませんか?
まあそれはいいとして。
こいつら俺の半分くらいの速さで幹部入りしやがった! スペックどうなってんだこのイケメンどもが!!
俺は笑顔を引き攣らせながらよろしくね、と言うことしかできなかった。
ビークールだ俺。そう、話は降谷くんに身分を明かした日の一週間後、4ヶ月ほど前まで遡る。
その日は暗殺任務で、俺はスナイパーのスポッターを務めていた。スナイパーは緋色光くんと言って、最近組織入りしたばかりの新人だ。初めて一緒に仕事をするので腕前はわからなかったが、人と行動する上での協調性や人格に問題なし、任務の要や主旨を理解して行動できる頭の良さが目立つ子だった。君なんでこんなドブヘドロ煮込みみたいなとこにいるのん? 普通の会社で働いてたら絶対出世してたのにさ。
任務はなんの問題もなく成功。いつも通りターゲットを冷めた目で見ることに尽力して、なにやら堪えた様子の緋色くんを引き連れアジトへ戻った。そこに降谷くんと諸星くんが居たのが問題だったんだよなあ…。
「おや、アルじゃないですか。任務は終わったんです?」
俺たちを出迎えたのは背中に般若の面を背負った降谷くんもとい安室くんと、無表情ここに極まれりな諸星くんのコンビ。どうやらまた喧嘩しているらしかった。
「ホー。愛称で呼ぶのか、君たちがそういう関係だとは知らなかった」
「ああ"?」
やめろ諸星狙ってやってんのかそれ。確かにアルマニャックを略してアルと呼んでくれるネームレスは他にいないけどさ。ジンとウォッカ以外の幹部はみんなアル呼びなんだぜ? 俺は幹部と関係持ったことはないぞ。
「えっ!? 二人ってそういう関係だったのか!?」
違う違う違う引っ掻き回すな緋色くん。
「俺はホモじゃないよ?」
「僕はノーマルです!!」
ここでみなさん思い出して欲しい。俺は安室くんが味方、他二人は純粋な組織構成員だと思っていて、安室くんは緋色くんと俺が味方、諸星くんは純粋な組織構成員だと思っている。緋色くんは安室くんが味方、他二人は純粋な組織構成員だと、諸星くんは全員純粋な組織構成員だと思っている、と。わけがわからないよ!! 複雑すぎる相関図の完成だ。
「知らなかった…。安室、どうして教えてくれなかったんだよ(※そんな報告聞いてないぞ)」
「言う必要がなかったからです。大体あなただって知ってたんでしょう? (※アルだって公安じゃないか、こいつ何言ってんだ)」
「言う必要って…俺より二人の方がそういう関係らしいこと言ってないかい? (※えっ降谷くん緋色くんと知り合いだったの? しかもやけに親しそうだけど協力者とかそういう…)」
「痴情のもつれは外でやってくれ(※痴情のもつれは外でやってくれ)」
お分かりいただけただろうか…諸星くんの余計なアシストのせいで俺たち三人が三角関係のホモみたいになっている…諸星くんあとで校舎裏な。
アルマニャックは女遊びが目立つキャラなのでホモ設定はお呼びじゃない。というか今まで作り上げてきたイメージに結構見境ないやつみたいなイメージがついたらどうしてくれるんだ!
この後安室くんとの話し合いでようやく緋色くんの本名が諸伏景光で同じ日本警察のNOCだということを知り、俺達は諸伏くんに自分の身バレと、諸星くんに三角関係ホモの否定をするため駆けずり回ることになる。どうでもいいけど諸星と諸伏って似てるね。諸伏くんはやっぱりいいやつだった。
さあ、そんなベクトルが散開を通り越して爆散する勢いで違う方向に向いている三人が部下になると。正直俺が指導される未来しか見えない。だって三人ともすこぶる優秀なんだもん…俺が勝てるところなんて平凡さだけ。いいじゃん凡人は目立たなくて済むから色々と楽なんだぞ!
「あはは、ウィスキートリオだね。ジン、俺は部下いらないって随分前に言ったはずだけど」
「うるせえ黙って面倒見ろ。てめえがお目付け役だエレマン」
パ、パワハラだ〜〜!! 今に始まったことじゃないけど。組織壊滅したらこいつ絶対俺が告訴してやる。
あと俺がちゃんとアルマニャックについて調べてなかったら名前間違えてんじゃねえよって怒ってたからね。唐突に変なニックネームぶち込むのやめよう? ほらスコッチとかエレマン誰だよって顔してるよ? 気付こうね?
まあとにかく、お目付け役ということはまだまだボスの信用を得るには遠いということ。ここは組織の先輩である俺が一肌脱ぐところだろう。
「はぁ…。知ってると思うけど俺はアルマニャック。幹部は大体がアルって呼ぶよ。よろしくねウィスキーたち」
公安の報告書にセフィロスが独自の言語であるジン語を喋るので検定の取得が必要って書いとこ。
とりあえず今後の最低限の目標はバーボンとスコッチを死なせないことで決定だな。
ところでウィスキートリオってなんかのアニメ作品で聞いたんだけど…なんだっけ?
主人公はこうして原作開始までコナンだと気づかず救済を果たす
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今世ではイギリス人なオリ主が公安に派遣されてそしかい目指しつつ色々助けるお話。スコッチさんの偽名捏造があります。<br />ついに…ついにこのジャンルに手を出してしまった…。でも他の人のオリ主の出てくる小説全部面白すぎて…不可抗力やったんや!! 見切り発車のこの作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。夢タグつけましたがこの後誰と恋愛に発展するのか、そもそも恋愛になるのかも未定。友人は全力で主人公受けの安室さん相手を推奨してきますが、需要あるんですか?でも女性キャラって相手いる子多いですよね。じゃあどうするんだ、いっそ主人公にロリコン設定でもつけてやろうか!! とやけくそになっている今日この頃です。これはアンケート設置して決めようかな…とりあえずスコッチさん好きなので全ては彼が助かってからの話になりそうですね。その時はご協力いただければと思います(この話をした別の友人はじゃあ相手あゆみちゃんでいいじゃんと言いました。主人公がおまわりさんだってこと忘れてないか君)。<br />1度でいいからやってみたかったんです…組織に潜入する男オリ主の小説。前置きがごっさ長くなってしまったし原作キャラ出てくるの後半だけど…。ほんとはコードネームをアドヴォカートかアマレットにしようとしてたんですけど、前者は友人Aに卵野郎とあだ名をつけられ、後者は友人Bにアーモンド野郎とあだ名をつけられたのでやめました。アドヴォカートとアマレットが好きな方ごめんなさい、貶してるわけじゃないです!<br />出身をイギリスのMI6(SIS)にしたのはあれです、ただの性癖です。イギリスのあの国民性が好きです。<br />色々と捏造が甚だしいのでそれおかしくない?という所も出てくるかもしれませんが、そういう時はそっと教えていただけると嬉しいです。多分続きます。多分。<br />よろしくお願いします。<br /><br />※追記 スコッチさん名字(暫定)出てたんですね!!諸伏!諸星と似てて混乱します…。とりあえず修正しましたが、まだしきれてない所があったら教えてほしいです。
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生まれ変わったのにまた潜入捜査官とかほんとありえないわ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10162257#1
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ロシアのサンクトペテルブルクと同様、北のトロントの儚くも美しい夏が駆け足で過ぎ去り、紅葉が日に日にその色を濃くして、吹きつける風の冷たさも次第に強くなっていく。
「ヴィクトル。今日は病院へ行く日だから、そろそろ支度してね」
悠長にコーヒーを飲んでいたヴィクトルに、今日起きてから、これで3回目の喚起をする。
「あれ? そうだっけ?」
初めて聞いたかのように、ヴィクトルは腕時計を確認すると、慌ててコーヒーを飲み干し、出掛ける支度をするために寝室へ行った。
僕は朝食の後片付けを済ませると、付き添いで病院へ行く支度をするためにヴィクトルのあとを追うように寝室へ向かう。
すると、ヴィクトルは廊下の観葉植物に水を丁寧にくれていた。
「ヴィクトル。今日は病院へ行く日だから、支度するよ」
僕は4回目の喚起をする。でも時間が迫っていたから、ヴィクトルの外出着を何着か彼の前に差し出して選んでもらうと、それを着るように声を掛ける。
腕時計を気にしながら、ヴィクトルはいま一度、僕に問う。
「ユウリ。今日は、チムピオーンへ行く日だっけ?」
ここはカナダのトロント。ピーテルから25年前に僕たちは引っ越してきた。
僕は白髪交じりの眉を下げて、小さく苦笑する。
「そうだよ。早くチムピオーンに行かないと。みんなヴィクトルを待っているからね」
ヴィクトルは1年ほど前から若年性認知症を患っていた。初めてその異変に気付いたのは、時々、日単位の簡単なスケジュール管理が出来なくなり、家にストックがあるのにも関わらず日用品を大量に買い込んできて、スーパーに返しにいく機会が増えたことだった。程なくして、一人で外出した時、夕食までには戻ると言って散歩に出掛けたヴィクトルが、連絡もなしに深夜になっても帰宅しなかった。当たり前の帰り道が分からなくなったという。この時は僕が警察へ届け、街を徘徊していたヴィクトルを保護してもらった。その次の日、渋る彼をファミリードクターのところへ連れて行くと、すぐに大きな病院を紹介され、主に脳神経を検査した一週間後、あっさり診断が下った。
医師から診断を仰いだその日の夜、ヴィクトルは一度だけ泣いた。「ごめんね」と白銀の髪を小さく揺らして。
当初は僕もなるべく現実と摺り合わせようと、矛盾を優しく指摘していたけれど、その度悲しげに「ごめんね、忘れちゃって」と謝るヴィクトルを見ていられなくて、いつしか彼の全てを肯定するようになっていった。
それから、病院への通院を含め、日常の一般的な彼の介護は全て僕が担っている。勝手に外出しようとすることもあるので、一時も目を離せない。
「うん。さあユウリ、早くチムピオーンへ行こうよ。ヤコフにまた怒られちゃう」
僕は急かすヴィクトルを車のナビへ乗せて、いつものかかりつけの病院へ向かった。病院へ着く頃合いを見計らって「今日は病院へ行く日なんだ」と伝えると、「そうだっけ?」と少しだけ訝しげに車を降りる。彼の記憶に残るのは僕が何を言ったかではなく、どんなふうに話したか、ということだ。だから僕は彼を絶対に否定しない。すぐに忘れてしまうとはいえ、一瞬でもヴィクトルが傷ついてしまうのは嫌だから。
ヴィクトルは一ヶ月に一度、内服の調節もかねて、近くのファミリードクターのところへ定期受診している。
予約制とはいえ、15分ほど待たされるのはいつもの事だ。
その15分間でこの場所にいる意味を忘れてしまって、僕に問いかける。
「ここ、病院だよね? ユウリ、どこが具合悪いの? ああ、この間、ジャンプ失敗して足を痛めたと言っていたよね、しっかり診てもらったほうがいいよ、俺も付き添うから大丈夫だからね」
ヴィクトルは一人、数十年前の僕たちの現役時代の時間へいざなわれる。
「うん、多分大丈夫だよ、ちょっと筋を痛めただけだと思うから」
そして僕も、懐かしく現役時代の日常的な軽い怪我を想起した。
時々、こうしてヴィクトルと二人、現役時代、師弟時代へと時間旅行するのも、悪くはない。
「ヴィクトルはいつも幸せそうだね」
長年、僕たちを診てくれているファミリードクターの言葉に幾分救われる。
「先生もそう思う? ユウリがいつも俺と一緒にいてくれるからね。ユウリは本当に最高のパートナーだよ」
ドクターの前でも容赦なくのろけてみせ、ヴィクトルは唇に近い頬に軽くキスをしてくれた。
「うん。今の薬で落ち着いているようだね。このままの量でいこうか」
「先生、今回、少し軽めの睡眠薬も処方してください。時々、夜中に目を覚ましてしまうことがあって」
「ユウリ、眠れないの? そんな時は俺を起こしてくれていいんだよ? 薬なんかに頼らなくても」
ヴィクトルは眠れなくて薬が必要なのは自分なのだという事は分からない。まるで無垢な子供のように、疑うことなく、ただ優しさだけを与えてくれる。そんな彼の痛々しい優しさに思わず僕は目頭を押さえる。
ヴィクトルは記憶の障害が著しいものの、本当に穏やかで、いつも笑っていた。目が離せない緊張の日々を、先の見えない未来への不安を、ヴィクトルの昔と変わらぬ何気ない愛の言葉と気遣いで、僕の疲れた心身を癒やしてくれた。
そんな当たり前の優しくまろやかな時間を二人で紡いでいたある日のこと。
いつもの変わらぬ日常の中、午前中のお茶の時間に、いつもの紅茶を入れて、ソファで新聞に目を通していたヴィクトルの前に僕はソーサーを差し出す。
「紅茶が入ったよ、ヴィクトル。ジャムにする? それともハチミツ?」
「えっと」
新聞をたたみながら、ヴィクトルのアイス・ブルーが軽く見開かれたと思ったら、物珍しいものでも見るかのように僕の頭の先から足まで怪訝気な視線を滑らせていた。
「ありがとう・・・・・・きみ、東洋人なのにロシア語がとても上手だね」
その言葉に、僕のソーサーを持つ手がガタガタと震える。
ああ、遂に『この時』が来てしまったんだ。
まさか、前触れもなく、こんな突然に。
ヴィクトルが、かつて狂おしいほどに深く強く愛してくれた僕は、もう、彼の裡には存在しなかった。
「ごめん、俺・・・きみに何か失礼なことでも?」
ヴィクトルが、「ユウリの綺麗な瞳と同じ紅茶の色が映えるから」と言って選んでくれたお揃いの紅茶セットをせめて割らないように、震える手でテーブルへと置いた。口を覆って押し殺した嗚咽が、慟哭へと変わり、その場でがっくりと膝を折った僕の様子に、ヴィクトルの中で“知らない僕”を、当たり前に抱きしめることなく、他人行儀のようにただオロオロとするばかりだった。
「う・・・う、ああああーーーーーっ!! ・・・ヴィクトル、ヴィクトル、ヴィクトル・・・っ!」
それでも、何とか僕を泣き止ませようと、ヴィクトルは紳士的に躊躇ったようにハンカチを差し出し、抱きしめてくれる代わりに嗚咽で波打つ背中を、僕が落ち着くまでの随分長い時間、撫でつけてくれていた。
「落ち着いた? えっと・・・きみの名前は?」
「ユウリ。ユウリ・カツキ」
「ユウリだね。ロシア人じゃなくて、えっと・・・」
「ニッポン人です」
「ロシアに何年いるの? すごく発音がきれいだね」
「ロシアにはそれほど暮らしていなかったけど、恋人が・・・ロシア人だったから」
僕は不思議な気分だった。まるで対極のヴィクトル・ニキフォロフの双子と話しているような感覚だった。
記憶の中から僕の存在が消えたあとのヴィクトルとの生活は、それほど変化はなかった。相変わらず穏やかで、僕と一緒に出掛ける毎日の散歩と、午前中と午後の二回のお茶の時間。そして月一回の定期受診。
一週間に一度は、「初めまして、ヴィクトル・ニキフォロフです」と丁寧に自己紹介をされ、それから、僕たちはいつもの穏やかな日常を紡ぐ。
表面上、二人の生活は変わらなくとも、僕の心は絶望と未来に対する不安でいっぱいだった。
それ以上に、僕たちの人生の全てであったフィギュアスケートに関する記憶を失ったヴィクトルを見ていくのは本当に辛かった。
ある夜の事、ヴィクトルが「マッカチンを探しに行かないと」と何十年か前に飼っていた愛犬の事をふと思い出したようで、夜中にも関わらず外出しようとした。それを否定せずに宥めすかし、話を聞き、落ち着かせて彼を寝かしつけたのは、もう明け方近くだった。
次の日、ヴィクトルをホームヘルパーに預けたあと、僕はフィギュアスケート関連のイベントがあり出席した、その帰り道のこと。
睡眠不足と疲労が祟り、緩いカーブを曲がり損ねて僕は単独事故を起こした。
しまった、と思ったときにはガードレールが目と鼻の先で、瞬間、ヴィクトルの事だけが脳裏を過る。僕がもし、ここでいなくなったら、ヴィクトルはどうなるのだろうか。ああ、どうしよう。でもこの先、絶望しか見出せないヴィクトルとの未来の時間の事を考えなくてもいいのかな。ヴィクトルの中では、もう僕は存在しないのだから、僕がここで死んでも彼には分からない。悲しませることもないだろう。このままあまり苦しまずに逝くことができたら。───ごめんね、ヴィクトル。
僕は双眸をきつく閉じ、覚悟を決めた。
ふわっとする浮遊感から、突如として重力に引きつけられるように落下する。
そして、次の瞬間に目を見開いた。
***
『・・・リ・・・ユウリっ!! ああもう、本当に心配かけてっ!!』
え? ヴィクトル?? 20代後半から30代前半の神と見紛うほどに美しいヴィクトルが目の前で笑い泣いている。
「・・・ヴィクトル?」
ここは? ピーテルのアパートの寝室だ。
『もう、びっくりして椅子から転げ落ちるなんてっ!!』
「えっと・・・」
年を重ねると、非現実的な目の前の光景にもあまり狼狽えなくなるものなのか。
『・・・それで、返事を聞く前にユウリってばひっくり返っちゃったから・・・その、プロポーズの返事は・・・』
「もちろん“Да”です」
その会話に心地よい既視感にとらわれる。そうだった。突然ヴィクトルにプロポーズをされて、僕はダイニングテーブルの椅子から転げ落ちたんだ。
『ワァオっ!! ホントにっ?! ありがとうユウリっ!! ああもう愛してるっ!! 一生大事にするっ!!』
ベッドから身体を起こしかけたところで、思わず飛びかかってきたヴィクトルに再びベッドに張り付けられる。
「重いよ!」
ピーテルのアパートの懐かしい天井を仰ぎながら、僕は事故に遭ってきっと死ぬんだ。この不思議な過去渡りの体験は、神様がくれた最後の贈り物かもしれないな。
『もう、せっかくのムードなのに、ユウリってそういうところ、あるよね。そこがまたいいんだけどねっ!』
時を超えたヴィクトルのキスは相変わらず甘かった。日々の生活に追われ、最近久しくヴィクトルに口付けていなかった事をふと思い出して、心苦しくなる。もう一度、無性に一緒に年を重ねてきた現実のヴィクトルにキスしたくなった。
過去渡りというのは、過去の追体験が出来るだけで、未来が変わるわけではない。どこかの本で読んだことがある。
でも、どうして僕はこの時代に渡ってきたのだろう。
過去のヴィクトルからプロポーズを受けて、一週間。
僕は確かにこの一週間、既視感という追体験を重ねていた。
ただ一つだけ、過去の僕と、年を重ねた今の僕の捉え方が変わっていた。
『・・・俺はユウリを守るためなら、祖国だって捨てるよ。非国民の汚名だって甘んじて受ける。分かっているよ。同性愛者がロシアでどう見られるかなんて』
寝室から低く抑えたヴィクトルの声が怒りと絶望で彩られている。そういえば、この時期、よく寝室に籠もって携帯電話で難しい話をしていた事を思い出した。
そう、僕はまだこの時、難しいロシア語の読み書きはもちろん、聞き取りも出来なかった。だからヴィクトルが自分の地位や名誉や祖国を擲ってまで、僕を選んでくれた事の重大さを知らなかった。
『俺はどんなに傷つけられてもいいっ! 足が捥げたって、フィギュアスケートが出来なくなったっていいっ!! だから、ユウリだけは傷つけないでくれっ!!』
『もういい加減にしてくれっ! 俺はユウリと幸せになるんだっ!! だからロシアを出て行くよ・・・もう、きっと二度と戻れない・・・ごめんね、ヤコフ・・・迷惑掛けて・・・・・・本当に、ごめん・・・』
そうだった。この後、ヴィクトルは煎れてくれた特別な紅茶を飲みながら、申し訳なさそうに言ったんだ。
『カナダで仕事が決まったんだ。新婚早々バタバタして申し訳ないけど、一緒に来てくれるかい?』
「・・・もちろん。ヴィクトルの行くところなら、僕はどこへでもついていくよ」
この時、ヴィクトルは祖国であるロシアには帰れないことを覚悟していたんだ。その証拠に、ヴィクトルが幼い頃から師事し、唯一無二の師であったヤコフ・フェルツマンの葬式さえ出席できず、今の今まで一度もロシアに帰ることはなかった。
ロシアで同性愛を公表し、貫いたヴィクトルは、計り知れない犠牲を払っていた。
僕は、そんなヴィクトルの犠牲と覚悟を知らずに、喧嘩したあと、突然日本へ帰ったこともあった。ヴィクトルにはもう、帰る場所なんかなかったのに。
淡々とアパートの整理を始めたヴィクトルの寂しげな背中に僕は縋りつく。
『ユウリ、どうしたの?』
「うん、ごめんね・・・ヴィクトル・・・本当にありがとう・・・」
『どうしちゃったの? マリッジブルーってやつかな? おいで・・・』
「ヴィクトル・・・これからもずっと、ずっと・・・僕が離れずに側にいるからね・・・たとえ、あなたが、僕のことを分からなくなっても・・・」
過去のヴィクトルは泣きじゃくる僕を優しく抱きしめて、宥めてくれる。
『俺がユウリの事、分からなくなっちゃったら・・・そしたら、ユウリに二度目の恋をするから大丈夫だよっ! 俺は何度も、そう何度でもユウリに恋をするんだ・・・・・・だって、“ユウリ”だからねっ!』
ああ、そうだったね。思い出したよ、ヴィクトル。僕も同じだよ。あなたに何度でも恋をしよう。
僕を忘れたら、もう一度、僕を忘れたあなたに恋をすればいいんだ。
お互いにまた、恋をすればいいんだ。
そう──、僕は過去渡りまでして、この言葉をもう一度、聞きたかったんだ。
***
再び、ふわっとする浮遊感から、突如として重力に引きつけられるように落下する。
そして、次の瞬間に目を見開いた。
「ああ、よかった・・・ユウリ。目が覚めたんだねっ!」
今度は目の前で、現実のヴィクトルが年を重ねた目尻の皺を濃くして笑い泣く。
「ヴィクトル?」
ここは、おそらく病院だ。
「事故に遭ったって聞いて、その・・・俺、いてもたってもいられなくて・・・」
「ごめんね、心配かけて・・・」
取りあえず身体を起こしてみる、手足も動く。身体は無事なようだ。頭を撫でつけてみると簡単な包帯が巻かれていたけど、取りあえず思考の方も多分まともだと思う。
過去渡りから現実へ帰ってこられたことも、認識できた。
幸い事故の程度は軽く、軽い頭部打撲だけで、僕が過去を渡っていた一週間は、現実では数時間ほどしか経過していないようだった。頭を打っているということで、今夜一晩だけ病院で経過を見ていくという。
一晩、ヴィクトルは急遽、ホームヘルパーにお願いすることにした。
オレンジ色の夕日が差し込む病室で、ヴィクトルが落ち着きなく歩き回る。やはり環境が違う場所では混乱しているようで可哀想だった。早めにホームヘルパーに落ち着ける家に連れて帰ってもらった方がいいのかもしれないな。
「俺、ユウリに何も伝えてなくて・・・その・・・聞いてもいいかな? ユウリは恋人っているの? ・・・ごめん、会ったばかりなのに、こんな不躾な事・・・」
ヴィクトルは照れたように口を覆った。その頬は少し紅潮していた。
落ち着きがないのは、どうやらこの慣れない環境のせいじゃないようだ。
「えっと・・・その・・・」
「もし、フリーだったら、俺と付き合ってくれる?」
「え?」
「俺、ユウリに一目惚れなんだっ!!」
ヴィクトルの熱に浮かされたアイス・ブルーはまるで少年のようにキラキラと煌めいていて。まるで宝石箱を鏤めたようで。
僕は神様に二度目の恋をする。
「もちろん“Да”だよ!」
言葉での肯定と、もう一つ。僕は久しぶりにヴィクトルの白銀の頭を優しく引き寄せて、口付けていく。
長年、ヴィクトルと数え切れないほどキスをしてきた。親愛をしめす軽いものから、性を直接的に訴える濃厚なものまで、そして仲直りの照れくさいキスも。
どちらからとでもなく、少しの余韻を残してキスを終えると、ヴィクトルの中ではもう、僕とは深い恋人の仲になったようで。
「その、年甲斐もなく恥ずかしいんだけど・・・ユウリ・・・あの・・・もし、よかったら残りの人生、俺と一緒に過ごしてくれますか?」
ヴィクトルは病室の床に跪いて、金色に光る真新しいペアリングを差し出した。
どうやら、今日は僕が出掛けている間に、「ユウリにプロポーズするんだ」と言ってきかず、ホームヘルパーとエンゲージリングを買いに行ったのだと後から聞いた。
僕の神様は、僕に何度も、そう何度でも恋をしてくれる。それに続くプロポーズも。
過去のヴィクトルの言葉通り、生涯にただ一人、愛する人から5回の告白と、5回のプロポーズを受けて、僕はもちろん、“Да”と喜んで5回応えた。
そして、僕は今日も神様に何度目かの恋をする。
END
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!!ご注意を!! <br />二人が老年期に差し掛かる年齢で、ヴィクトルの記憶障害を主に若年性認知症を扱っています。師弟は、今日も幸せです。<br />同じ時間軸のヴィクトル視点はこちら→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10183134">novel/10183134</a></strong><br /><br />ヴィクトルは記憶の障害は著しいものの、昔と変わらぬ何気ない愛の言葉と気遣いで勇利の疲れた心身を癒やしてくれた。<br />当たり前の優しくまろやかな時間を二人で紡いでいたある日のこと、かつて狂おしいほどに深く愛した勇利は、もう、ヴィクトルの中では存在しなかった。<br />そんなヴィクトルとの日々の中で寝不足と疲労で勇利は事故を起こし、過去渡りをする。そこで見聞きしたものとは…<br /><br />コーヒー☕が冷めないうちに、の予告編で滾りました。疲れた現実の中、過去で大切な人や言葉を探す時間の旅、いいですよね。本編を見る前に妄想数時間クオリティです。<br /><br />前作へのコメント、スタンプ、タグ付け、ありがとうございました。本当に励みになります。<br /><br />表紙はこちらからお借りしました→<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/66564117">illust/66564117</a></strong>
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何度も、そう何度でも恋をしよう
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10162413#1
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部室
千歌「…ねぇよーちゃん果南ちゃん」
果南「んー?」
曜「なあに千歌ちゃん」
千歌「梨子ちゃんって、なんであんなにかわいいのかな?」
曜「どうしたの急に」
果南「うんうん。かわいいよね」
曜「果南ちゃんまで?いやいや、梨子ちゃんはかわいいけどさ。なにかあったの?」
千歌「うーん…なんか梨子ちゃん見てるとね。ただかわいいだけじゃなくて…こう、女子力っていうの?オーラがあってキラキラしてて、きゅんとするかわいさがあるなあ…と思って」
果南「あー分かる。梨子って女の子らしい女の子って感じだもんね」
曜「なるほど、確かに。すっごく良い匂いするし…」
果南「髪もサラサラだし…」
千歌「でしょでしょ!大人っぽくてスタイルもスラッとしてるし…」
曜「ピアノも絵も上手いし…」
果南「ちょっとあわてんぼうなところもあるけど、そこもかわいいし…」
千歌「料理作るのも上手だし…」
曜「同じ女子高生なのに何でここまで違うんだろう…」
果南「食べてるものが違うんじゃない?」
千歌「はっ…たまごサンド…!?たまごサンドを食べれば…!?」
曜「いや千歌ちゃん、それは関係ないと思う…」
果南「でもあんまり魚とか海藻とか食べてなさそう…」
曜「あーそれは分かるかも。肉もあんまり食べなさそうだよね」
千歌「えー!魚も肉も食べないなんてムリー!」
曜「いや、ただの梨子ちゃんのイメージの話だから…実際は分かんないよ」
果南「っていうか…この3人で話してても、かわいさのことなんて分かるはずないよね」
千歌「むー!果南ちゃん、それどういう意味!」
曜「そうだね」
千歌「曜ちゃんまで!」
果南「本人に聞くのが一番だけど、梨子は練習始まるまで音楽室に作曲に行ってるからねえ」
曜「別に急ぎじゃないからいつでも良いしね。…あ、そうだ!梨子ちゃんのことなら、あの子が詳しいんじゃない?」
千歌「ああ、あの子ね」
果南「最近特に梨子と仲の良い…」
ようちかなん「「「善子ちゃん!」」」
善子「ヨハネに何か用かしら?」ガラッ
千歌「おおっ!グッドタイミングですヨハネ様!」
曜「さすがヨハネ様!」
果南「ヨハネ様!まあまあ、こちらにお座り下さい」
善子「ちょ、ちょっとなによ…。気持ち悪いわね」
千歌「いやー実はね、梨子ちゃんってなんであんなにかわいいんだろうって話してたんだけど、私達じゃ分かんなくて…」
善子「ああ、なるほど…そうね。ヨハネほどじゃないけど、リリーのあの美貌はヨハネの隣を歩くのに相応しいと思うわ」
果南「はあ…」
千歌「いや、顔がかわいいのはもちろんなんだけどさ。こう、女の子らしくて周りを惹き付ける不思議なオーラがあるんだよね」
曜「なにか特別なことしてるのかな?食べ物が違うとか、化粧品とか、シャンプーとか…」
善子「うーん…そうね、もちろんそういうことにも気を使ってるみたいだけど…。でも特別なことをしたとしても、他の人がリリーみたいになれる訳じゃないと思うわ。生まれ持ったものでしょ」
千歌「ん〜そっかあ…」
善子「まあ…強いて言えばギャップかしら?」
果南「ギャップ?」
善子「リリーって真面目で大人びて見えるけど、すぐ恥ずかしがってあわあわするとこがかわいいのよね」
千歌「あー分かるー!褒めるとそんなことないって真っ赤になるのがかわいくて、ついやっちゃうんだよね」
曜「そうだね!寒い時にスキンシップとったらすぐにあわあわしちゃって、そういうところすごくかわいいよね!」
果南「うんうん、ハグしたらいっつも初々しい反応してくれるからやめられない」
善子「それに意外とおっちょこちょいなところもあるし」
千歌「分かる〜。春の海に飛び込もうとするなんて、びっくりしたよ」
曜「ダンスの練習で尻もちついて涙目になってるのかわいかったなあ」
果南「あれかわいかったよね。思わず頭なでちゃった。あと、アイス食べた時に口の周りにつけちゃってたりさ〜」
善子「でも、やっぱりすごく優しくて包容力もあるじゃない?私の儀式に何だかんだ言いつつ付き合ってくれるし。その優しさに甘えて思わず振り回しちゃうけど…」
曜「どんどんリトルデーモン化しちゃってるしね…。そうそう、この前なんか私の髪が水泳で傷んでるんじゃないかって心配してくれて、トリートメントくれたんだよね♪」
千歌「え〜よーちゃんいいな!あっでも千歌もね、梨子ちゃんのお弁当の卵焼きもらっても怒られないんだ〜」
果南「も〜千歌、梨子の分が無くなるって私が代わりに怒ってるのにやめないんだから…」
千歌「でへへ…でもさ、梨子ちゃんって皆には優しいけど1人だと抱え込んじゃうとこもあるんだよね…」
果南「ん…私に何かできないかな、守ってあげたいって思わせる儚さがあってさ…」
曜「そうだよね…そして、それを乗り越える力を持ってて…人の悩みに気付いて聞いてくれる思いやりもあって…」
善子「否定せずに受け入れる器をもっていて…見えない力を信じて歩む強さもあって…」
ようちかなんよし「「「「…………」」」」
千歌「はあ…なんだか梨子ちゃんにすっごく会いたくなってきた…」
曜「分かる…もうなんでかわいいとかどうでも良くなってきた…」
果南「とにかく梨子に会いたい…ハグしたい…」
善子「ええ…リリーの声が今すぐ聞きたいわ…」
千歌「よーし!梨子ちゃんに会いに行こ!」
善子「承知!」
曜「全速前進〜」
果南「音楽室!」
ドドドド…
音楽室
梨子「ん?なんだろう騒がしい…」
果南「梨子っ!」
曜「梨子ちゃんっ!」
梨子「あれっどうしたの?もう練習始めるの…」
果南「はぐ〜♡」
梨子「か、か、果南さん!?///どうしたんですか急に」
曜「私もっ!はぐ〜♡」
梨子「よ、曜ちゃんも!?///」はわわわ
千歌「2人とも速い!私も梨子ちゃんハグするもん♡」 ぎゅう〜
梨子「千歌ちゃんまで!?ちょ、ちょっと」
善子「ちょ、あ、あんたら…ま、待ちなさい…よ…」ぜえぜえ
梨子「あ、よっちゃん…助けて〜」
善子「…リリーは…ヨハネのリトルデーモンなんだから〜!」ぎゅう〜♡
梨子「ええええええ!!?なにこれー!?///」
皆どうしたの急に…?」
千歌「いやーそれがね…なんで梨子ちゃんは、こんなにかわいいんだろうって話をしてたらね…」
曜「梨子ちゃんに、ものすごーく会いたくなってきて…」
梨子「か、かわ…!?///いや、そ、そんな私なんて地味だし全然かわいくないし…」ぶんぶん
果南「かわいい」
善子「かわいい」
梨子「は、ううぅ…///」ぼんっ
千歌「梨子ちゃんほんと良い匂いするよね」ふんふんふん
梨子「ちょ、ちょっと嗅がないで///」
曜「髪の毛もサラサラ…」さわさわさわ
梨子「ええ…あ、頭撫でないでえ…///」
果南「体細いよね、何食べてるの?」ぺたぺたぺた
梨子「えええ…?何って言われても普通の…やっ、果南さんお腹ぺたぺたしないで下さい…///」
善子「手も細くて白くて綺麗よね…ヨハネほどじゃないけど」
梨子「やっ、よっちゃんそんなに指絡めないで…///」
善子「あっ、でもふとももの肉はそれなりに…」さわっ
梨子「あんっ…///」
ようちかなんよし「「「「!///」」」」
梨子「う、内ももなでないで…」ふるふる
ようちかなんよし「「「「…」」」」むらっ
千歌「…ごめん、梨子ちゃん」
曜「梨子ちゃんがいけないんだよ…」
果南「もう離さないから…」
善子「地獄の果てまで連れて行ってあげるわ…」
梨子「み、みんな…?ちょっと…」
曜「全速前進〜…」
ちかなんよし「「「桜内〜!!!」」」
梨子「いやあああああああ!?///」
千歌「梨子ちゃん♡梨子ちゃん♡」ちゅっちゅっ
梨子「あっちょっんっっ♡(ひえええっ千歌ちゃんにキスされてる…!?一生懸命でかわいい…///)」ちゅぱっ
曜「梨子ちゃん、こっち向いて」ちゅっ…ちゅっ…
梨子「やんっようちゃ…♡(あっ曜ちゃんのキス…すごく優しい…///)」
果南「梨子」ぐいっ
梨子「あっ…んんんっ♡(わわっすごい…果南さんってば強引…///)」ちゅっ…ちゅぱっ…
善子「リリー、私を見なさい」くいっ
梨子「んんっ…!?♡(きゃっよっちゃんたら顎クイなんて…///)」ちゅる…ちゅう…
千歌「梨子ちゃん♡」
曜「梨子ちゃん♡」
果南「梨子♡」
善子「リリー♡」
梨子「んっやっ…あんっそんなとこまで触らないで…///やっあーーーーっっっっ♡♡♡♡♡♡」
結論:梨子ちゃんは梨子ちゃんだからかわいい
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曜・千歌・果南・善子×梨子な梨子ちゃんハーレムssです。<br />とにかく梨子ちゃんのことが大好きなメンバーと、梨子総受けが見たいけどなかなか見当たらないので自給自足しました。こういうのが見たいので下さい。
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曜・千歌・果南・善子「梨子ちゃんはなぜあんなにかわいのか」
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10162488#1
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ガチャ…
「嘘…今日もなの?」
最近、降谷さんはよく帰ってくるようになった。毎日とまではいかないまでも3日に1回ぐらいで帰ってくる。マジでよくわからない。
「はあー」
思わずいつも歩いているウオーキングコースにある公園のベンチに腰を下ろし、溜息をついた。まだ、昼前だからか、人はほとんどいなかった。
「何、溜息ついてんだよ。幸せ逃げんぞ」
「!?うわっ…!!…急に話しかけないでくださいよ!」
油断している時に背後から声が聞こえて、本当にびっくりした。しかも、お前か、松田さん…
「ああ、わりぃ、わりぃ」
絶対、悪いと思ってる言い方じゃないよね、それ。
「っていうか、あのお仕事は大丈夫なんですか?今11時半ですけど、昼休みでもないんじゃあ…」
そこまで言って、そういえば松田さんは普通の会社員じゃないことを思い出した。あっ、この人警察官か。じゃあ、捜査で外回り?みたいなのあるのかなぁ。確か、元は爆発処理団にいたけど、捜査一課に異動になったんだっけ…。原作知識が曖昧で良くわからないけど…。
「……まぁ、俺の仕事は大丈夫だ」
その間は何だ。絶対サボってるよ、この人…
ちなみに私は松田さんから名前も直接仕事の話を聞いたことがない。だから、松田さんは私が松田さんの名前を知ってることも、仕事が警察だとわかってることも知らないだろう。
「…それより、何で溜息なんかついてるんだ?なんか、悩み事?」
松田さんは、私の空いている隣に腰かけると私の顔を覗き込んだ。松田さんの綺麗な顔が近い、よく見える、イケメン、女として悲しくなるから、マジでやめろ!!
「…別に。悩んでなんかいませんよ」
私は嘘をついた。でも、松田さんには言えない。っていうか、松田さんじゃなくても言えない。私のことが大嫌いなはずの夫が最近よく家に帰ってくるのが悩み…だなんて。それに、その夫がよりにもよって、松田さんの友人で同期の降谷さんだ。しかも、前世を思い出したとか何とかは、絶対に言えないし…。ってか、全体的に面倒くてややこしい話をして、相手を煩わせるもの嫌だ。いつも、なにかとよくしてくれる松田さんに余計な迷惑はかけたくない。
「…嘘だろ」
「嘘じゃありません」
「ふうん、でも、ぶーちゃん、お前むっちゃ、目泳いでるけど」
「……。」
「やっぱ、なんか悩んでんだろ」
「…たとえ私が悩んでるとしても、名前も知らない人に教えたくありませーん」
ふんと私はそっぽを向いた。心配してくれるのはわかるけど、しつけぇ!!ねぇって言ってんだろ!
「…松田」
「へ?」
思わず変な声が出た。
「松田陣平っていうの。俺の名前。これで、いい?」
……思わず口を閉じてしまった。いや、イケメンの破壊力パネエ。。。マジで今の乙女ゲームのスチルだったよ…
「…松田さん?」
「そう」
「ってか、どうして今まで、教えてくれなかったんですか?私たち知り合ったの5年前ですよね?」
「聞かれなかったから。お前、一度も聞かなかったし。俺のこと」
…たしかに。私は記憶を、遡ってみる。今の私の精神はほとんど前世の私だから、他人の記憶みたいに感じる。確かに、私は松田さんのことについて何も聞かなかった。っていうか、興味がなかった。話し相手としては、気に入っていたし、気も許しているところはあったけど、あくまでその時の私の中心は降谷さんで回っていたのだ。よく、松田さん、私の話聞いてくれたな。私だったら、他人の惚気(しかも、デブの)なんて、1秒たりとも聞きたくないわ。
「…で、話してみろよ」
松田さんが良い人すぎて泣ける。前世のこととか旦那の名前とか伏せて、ちょっと聞いてもらうだけならいいかな…
なんて、思って口を開こうとした時、
「松田くーん!!どこにいるの!!」
と、女性の声が少し遠くから聞こえてきた。
思わず、松田さんを見る。
「…呼ばれてますけど」
「…いや、あれは違う松田だ」
「松田くーん!近くにいるんでしょ?今出てこなかったら、流石に私もキレて、上に黙っててあげてた今までの分も全て報告するから!」
「……」
無言で松田さんを見る。絶対あれ、いや絶対じゃなくても佐藤刑事だよね?
「…やっべ。わりぃ!今度聞くから!」
そう言って慌てたように松田さんが駆けていく。
「じゃあな、ぶーちゃん!」
また、にかっと笑って去っていく。降谷さんの作り笑顔とは違う。少し、心が和んだ。
体重計に乗ると、65キロまで落ちていた。すごい!でも、痩せた原因はストレスもある。もちろん、そのストレスは降谷さんの帰宅だ。あの、私の悪口を言ってた時のことが降谷さんを見るとフラッシュバックする。前世の私的には平気だけど、やっぱりこの身体は今の私のもので、おデブ令嬢ちゃんの方がダメージを、受けて傷ついている。だって、確かにわがままで迷惑な子だったけど、本当に降谷さんのことが、大好きだったんだから。かすかにあるおデブ令嬢ちゃんの意識のストレスが私にかかってきてる感じ。痩せるのは嬉しいけど、健康的な痩せ方じゃないな、これは。松田さんに言わなくてよかったかも。言ったら心配をかけてしまうから。
私は、深いため息をついた。
「最近、調子良さそうですね、降谷さん」
「そうか?」
「ええ、顔色もいいですし…」
確かに、最近調子がいい。変わったのは食事だと思う。今までは、適当に簡素なもので済ましてきたが最近家で出される夕食を食べてから、本当に調子がいい。料理が全くできない状態から短期間であそこまで腕を上げるのは相当な努力を要しただろう。
それに、何より妻自体にあんなに抱いていた嫌悪感を何故か感じなくなった。悪寒もなくなった。
「…本当に調子がいいな。彼女に何の心境の変化があったのかはわからないが…」
まあ、ともかく良い方に変わってくれた。
もしかしたら、これから上手くやっていけるかもしれない。
そう思い始めた時だったこそ、降谷は驚くこととなる。1ヶ月後の出張から再び帰った時、部屋に一枚の紙が置いてあるのを。
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降谷さんの嫁のおデブな令嬢が前世を思い出し、ダイエットする!!<br /><br />今回、短め。少し暗いかもです。<br />もっと楽しい話にしようとしてたのに、どうしてこうなったんだ…<br /><br />素敵な表紙、お借りしました!
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おデブなので、ダイエットしたいと思います 4
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10162794#1
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宮野明美は、同じ職場の同僚と仲が良い。明るくて話しやすい若者だし、明美を気遣う優しさもある。自分には敬語じゃなくていいと言ったくせに、向こうからは常に敬語で話しかけてくるので、職歴は同僚のほうが長いし先輩だから普通に話して欲しいと告げども、これが普通だからと返されてしまった。誰に対しても同じだから気にしないでほしいと。確かに、常に敬語なら危険は少ない。組織では最弱で最底辺をさまよっていた明美にはよくわかる心理である。親近感を感じてしまう。だって相手にどんな裏の顔があるかわからないのが裏組織の人間である。うっかり軽口をたたいて殺されたくはない。
仕事の指導も丁寧にしてくれたし、最初、明美がフラフラで碌に役に立たないでいたら、目を合わせて教えてくれた。
「この仕事の心得っての、教えましょーか。それはっすね、踏み込みすぎないことと、切り離すことっす。この場でなにがあったのかとか、片付けるものとか、考えすぎちゃダメっすよ。感情移入ってんですか? そういうの、やっちゃ駄目っす。あと、仕事中とそれ以外の自分は全く関わりなく接点もない別次元の別世界だって、思うっす。普段の自分とここにいる時の自分は別人っすよ。ここでどんなに感情が動いても、終わった瞬間にそれは別人で、今の自分ではないって思うっす。そうすれば、少しはマシになる」
口の中と鼻に抜ける酸味を感じながら、涙を流して見上げる明美を、同僚は不思議と優しく笑って言ってくれた。
「宮野さんは優しいんだな」
当初の口調は消え去って、年下とは思えないほど大人び、老成していた瞳。結局その日はへたり込む明美をおいて、一人で全部片づけ、「おつかれっす」と去っていった。責めもしなければ、厄介者だという視線もなかった。ただ、慰めもなかったので、明美は逃げ出すことなく落ち着いて現実を見つめられた。
この仕事から逃げ出したとしても、ジンたちは何も言わないだろう。何も言わず、明美を殺すだろう。そもそもが、何をどうしたって殺すつもりであるのだ。明美だってそのくらいわかっている。自分に妹への人質としての価値しかないことも、その価値も年々下がっていっていることも。少なくとも、言われた仕事をこなしていれば、殺されない。こなしていても気分や状況の変化次第で殺されるだろうが、隙を見せて理由を与えてやる義理もない。そう思えば、なんとか生きていける気がした。
明美は諸星を恨んでいない。知り合った当初は知らなかったけれど、いまはもう従兄だということも知っているし、諸星大という名前も偽りだと知っている。従兄だからこそ本心から組織に染まっていたわけじゃないとも察していた。向こうは覚えていないようだったが、昔、会ったこともあるのだ。自分を利用されていることも理解していて、それでも惹かれてしまったし、こちらも利用しようとした。許してほしいとは言わない。向こうも言わないだろう。結局のところ、お互いに本当には恋なんてしてなかったのだ。愛していたかもしれないが、恋ではなかった。運命の相手でも、なかった。そんなこと言ったら志保に「お姉ちゃんはロマンチストね」なんて呆れられてしまうが。
明美は帰り道、頼りない自販機の明かりの前で、同僚が言った心得を何度も繰り返した。水で口をすすぎ、キャップを締めたとき、次はせめて手伝えるくらいにはなろうと思えた。
次の仕事で現場に明美が姿を見せると、同僚は少し驚いた様子を見せた後、明るく笑顔で「ちーっす」と挨拶した。特に何も聞かれなかったし、言われなかったから、そのまま出された指示をこなすことに集中した。
宮野明美は、同じ職場の同僚と仲が良い。間の休憩には座ってなんてことない話をして盛り上がるし、妹のことも話しては「シスコンっすか?」とからかわれる。実はこっそり弟のようにも思っている。でももしかしたら、兄なのかもしれない。明るく軽いノリの老成した大人。不思議と納得してしまう空気を、明美はたまに同僚から感じる。
「なんすか?」
「……ううん。もうそろそろかな」
「あーそうっすね。んじゃ、働きますか」
尻についた汚れを払って同僚は立ち上がる。明美も追いかけ腰をあげた。
「あれ、これ新しい?」
「お、気付かれたっす。新発売なんで試しに買ってみたんすよ。前より効いたら乗り換えるつもりっす」
手に持つリセッ●ュを自慢げに見せびらかす同僚は笑顔であった。[newpage]江戸川コナンはその日、毛利蘭の買い物に連れ回されて来ていたドラッグストアで、真剣に商品を見比べる客を見かけた。消臭剤の棚の前で新発売のポップを睨むように見ている。よっぽど必要に駆られているのか、毛利小五郎がボールペン片手に競馬新聞を睨んでいるときの表情そっくりで、後ろを通り過ぎながらぐるりと眺めてしまった。
「●セッシュか」
思わずつぶやいたのを、商品を集め終わって合流した蘭が聞きとどめ、「え?」と聞き返してくる。
「あ、その、家のまだあったっけって思って!」
「え、どうだったかしら……買っとくべき? お父さんのせいで消費が激しいのよね、まったくお酒も煙草もほどほどにしてほしいわ! 香水のにおいもそうだし!」
プンスコする蘭は先ほど通り過ぎたコーナーへと足を向けている。続きながら、ハハハ、と乾いた笑いを刻むコナンであった。[newpage]バーボンは相変わらず宮野さんのところに顔を出す。たまに聞くと昼は仕事で明日も仕事で、みたいな時があって、いつ寝ているのかわからない。清掃係の仕事はもっぱら夜、しかも深夜から朝方にかけてなのに、大丈夫かほんと。俺はそこまでナンパに睡眠を懸けるバーボンに呆れ半分、感心半分だ。でもその分の成果は出ていると思う。宮野さんの雰囲気は最初のころより柔らかいし、二人で並んでいるところを観察すると、距離感も近い。まあバーボンが宮野さんに惹かれる気持ちもわかるので、なにせ女神だし、俺としては頑張れと思うくらい。たまに援護もする。
「あとは俺一人でいいっすから、その辺で話でもしててくださいよ」
「え、でも」
「いいんす、いいんす! バーボンさん暇そうっすし。相手お願いします」
完全に手伝わなくなっているバーボンに対しての感情は特にない。ナンパ目的だとはっきり分かれば、そもそもが手伝いじゃないと分類できる。役割こなせねぇ馬鹿扱いには値しないし、怒りも生まれない。スタン担当のくせに頭殴らねぇハンマーとか、毒も痺れも入れねぇ弓とか、てめぇら仕事はきっちりしろよって毎回思ってたわ。ほぼソロじゃねぇか俺が。
宮野さんは申し訳なさそうな顔で、でもどこか嬉しそうにバーボンの元へと向かっていった。やっぱり成果は出ていると思う俺である。清掃係の仕事だけじゃなくこっちでも仕事する俺ってすげぇ有能じゃねぇか? バーボンに宮野さんの背中越しに親指を立てておいた。挨拶できる人には親切なんだ、俺。
なんか宮野さんには監視がついてるみたいで、仕事場の外だと何回か見かけたことがある。でも仕事場にはその人は近づかないので、つまり中でなら気兼ねなく交流可能ということだ。俺ってばまったくもって親切じゃんね!
「しゅーりょー」
「あ、お疲れ様です!」
「つかれっしたー。それ取ってくれます?」
「はい、どうぞ」
シュッシュとやって、宮野さんにも手渡す。同じように指を動かした後、バーボンにもやってあげてた宮野さんは女神度2割増し。俺も恋人出来たらしてもらいたい。この仕事に就いてる限り永遠に無理だと思うけど。だから早く転職して知的なお仕事に就きたいよぉ。リセッシ●の妖精さん頼みます。
「じゃ、また連絡するんでよろしくっす」
「あ、よかったら送ってきますよ!」
鞄を持って背を向けたら引き止めてきたバーボンだが、そこは違うだろ、俺じゃないだろ。
「いやいいっすよ! 宮野さん送ったげてください! ね!?」
「えっ、私!?」
そんな悪いです、いえいえ手間でもないですから、でも時間とらせちゃ、じゃあ僕のためを思って送られてくれませんか、えっ、女性をこんな夜中に一人で帰せません。なんて会話が徐々に遠ざかっていく。今日も見えないお星さまが眩しい。
「ウルトラ上手に焼けたお肉食べたい」
記憶の中の流星雨に願えども、見た目ガーグァでも中身がお察しなのでお肉は取れないから現実がつらい。もし俺が焼いて食うとか言い出したら宮野さんが蒼白になって全力で止めてくるだろうし、さすがに俺もモンスターの食用お肉以外は食べたくない。そういえば古龍の肉が食えないかって試してみようとしたハンターがいたっけな。頭ぶっ飛んでるなって思ってたら、案の定、しばらく後にギルドナイツの闇に消えたらしいと噂が流れてた。同様にモンスターに惹かれすぎて魅了とバーサク状態になったハンターの噂もあり、そういうまことしやかな話ってのは裏では定期的に流れてくる。ハンターの闇は深い。[newpage]毛利小五郎はよく行く店でだけ顔を合わせる酒飲み仲間に誘われ、焼肉に来ていた。娘に告げればジト目で見られるので黙って来た。飲み放題付きののん兵衛に優しい食事会を数人で盛り上がって続けていると、隣の席でひとり焼き肉を頬張る青年がいて、少ない量をかみしめるように食べているから気になったのもあり、酔っ払い特有の友好的言動で絡んでいったら、いつの間にか合同での焼肉パーティーになっていた。
青年は若いのに苦労しているらしい。安い賃金で3K仕事に励む。今時の若いもんは3Kなんてお呼びじゃないと、見向きもしないのに、立派なことだ。小五郎も元は刑事とはいえ、探偵業に転身してからの不遇は身に染みていたから、軽く涙ぐんで肩を叩いてやった。
「おめぇは立派だよ、人がやりたがらない仕事を率先してやってんだよ、胸を張れ! 誇りに思っていいぞ、俺が許す!」
「ありがとう、お兄さん」
「っかー! おめぇほんとにイイ奴だな! いいぞこれも食え!」
「おうあんちゃん、こっちも焼けたぞ! 払いは気にすんなおごりだ!」
周りの仲間も嬉々として青年に肉をふるまった。皆、見るからにおっさんなのに、律儀にお兄さんなんて呼んでくれる青年は、気に入られた。やいのやいのと盛り上がっては、酒を注ぎこんで笑う。とても楽しい飲み会だった。残念なことに青年はお酒は飲めなかったが、それでも、とても心地いい集いであった。
店を出て別れ際、青年は鞄から小五郎の家にも置いてあるリセ●シュを取り出し、全員の体に吹きかけてくれた。
「家に帰って奥さんに角を出されちゃわないように、ね。女の人って酒と煙草と大蒜の匂いは目を吊り上げて怒るから」
そう言って優しく笑う青年に、同じくらいの年の息子がいるという仲間が涙目のまま空を仰いだ。小五郎も息子を持つならこういう青年がいいと、家で待つ娘の塩対応を思って泣いた。
翌朝、事務所のソファの上で目覚めた小五郎は、名刺入れに入っていた最後の一枚が無くなっていたことに気づき、たぶん青年に渡したんだろうなと思った。残念ながらその時の記憶は定かではないので、推測だが。[newpage]いい加減、解体業から足を洗いたいなぁと思ったので、雲隠れするか国家権力に駆け込むかの二択を考え、どちらのメリットデメリットも比べてみたが、古龍討伐に比べたらデメリットが軽すぎて比較にならなく困ってしまった。最終的にどっちも大して違わないんじゃないかと思えて自分じゃ選べない。仕方がないから職場で宮野さんに聞いてみた。
「全ての匂いを消せるけど別の強力な香りで覆いつくされるのと、全部は無理だけど無香料で匂い自体を分解解消させるのと、宮野さんはどっちがいいと思うっすか?」
「新しい商品ですか? うーん、あんまり強い香りは苦手だから……妹も香りがつくの嫌うし、やっぱり無香料かしら」
「そっすか」
女神の言うことなら間違いないな。
残念ながら宮野さんとはその日の仕事が最後となってしまったので、生きるっていうのは悲しみなんだなとしみじみ思った。[newpage]清掃係の言い分には、「あれほど注意してほしいって言ったっすのに」だ。
宮野明美が清掃で使う薬の扱いを間違え自身でかぶってしまって、片付け対象が二つに増えたがどうしたらいいっすか、と心底困り声でウォッカに連絡してきた清掃係は、ジンとともに赴くと困った顔でドラム缶の中をのぞき込んでいた。
「あ、おつかれさまっす!」
ジンとウォッカの姿に慌てて直り、頭を下げてくる。
「で、あの女はどこだ」
「宮野さんならこの中っすけど」
無言で覗き込んだジンが無言で離れ、ウォッカにも促してきたので恐る恐る覗き込んだら、なんだかよくわからないドロドロの物体が異臭を放ってボコボコしていた。ウォッカも心なしか青ざめた顔で無言で離れた。
「二人分なんでちょい匂うっすけど勘弁っす」
「てめぇはこれが……あの女だって?」
「はい。ちょい盛大にかぶっちまったっすから、その場で溶け始めてヤバいって思って慌てて中に突っ込んだっす。結構時間たったんでこんな感じで」
困った顔のままの清掃係。ジンは舌打ちした。
「これがあの女だって証明しなきゃならねぇじゃねぇか、面倒くせぇ。まさかてめぇが逃がしたんじゃねぇだろうな」
「え、オレっすか!? そんなー。オレはちゃんと薬の扱いには気を付けてくださいねって後輩指導してただけっすよ。こうなっちまったんで監督責任はあると思うっすけど、なんで逃がさなきゃならないんすかぁ」
ひどいっすよ、とジンの殺気に今にも泣きそうになっている清掃係を見て、まあねぇなと思ったウォッカである。溶けかけで絶叫しただろう宮野明美を冷静にドラム缶に躊躇なくぶち込む青年が境遇に同情するわけもなし、暴れた跡も地面に残っているから言い分は本当だろう。
「アニキ、これどうやって調べます?」
「知るかよ」
「あ、ほら、溶けちまったっすけど、DNAっての調べりゃいいんじゃないっすかね。オレ聞いたんすけど、宮野さんの妹さんってすっげー頭いいんでしょ? お願いすりゃいいと思うんす! あ、その、ナマ言ってすんません」
そもそもがてめぇがちゃんと監督してりゃこんなことにはならなかったんじゃねぇか、とジンの目が言っていた。その横ではウォッカがドン引きしている。その提案は無いと。姉の残骸と呼ぶのすらためらわれる溶けた肉を妹に調べさせるとか、どんな鬼畜生だ。ベテラン清掃係の話は耳にしたことはあったが、イかれ具合がぶっ飛んでる。しかしウォッカの反応とは対照的にジンはご機嫌で、ちょっとだけ慕うアニキに恐怖を覚えた舎弟であった。根性で顔には出さなかったが。
ウォッカにだけわかる弾んだ声でジンは言う。
「ウォッカ、シェリーに連絡を取れ」
「呼ぶんですか?」
「機材も持ってこさせろ」
到着までの間、端っこで居心地悪そうにしていた清掃係は、滅多に会わない幹部が二人もいることが気になるらしい。死体は表情変えず綺麗さっぱり片づけるくせに、変な男である。
真夜中に呼び出されて不機嫌なシェリーは到着して説明を聞くと真っ青になり、現物を見ると真っ白になって錯乱した。おかげで検査は後日シェリーの研究室でってことになってしまった。清掃係にモノを一部、試験管に突っ込ませて回収させる。ウォッカは触りたくなかったし、ジンは匂いが届かない所まで退避していた。
後始末は任せて去り際、清掃係はジンとウォッカを呼び止め、言った。
「リ●ッシュするっすか?」
結構効き目があったので今度買って使ってみようかと思うウォッカである。
調査結果は宮野明美で間違いないとのこと。蝋人形のようなシェリーがぼそぼそ報告したからこの件はそれで終了となった。しばらく調子が悪く不気味だったシェリーだが、逃げ出そうとはしなかったので、頭がイかれたわけではないようだ。そうなったら研究が止まって困る。ゆえにウォッカは珍しくご機嫌取りのために巷で話題の洋菓子を買ってきてシェリーに渡した。ジンには怒られるかもしれないが、一応かごの鳥にも餌は与えないと死んでしまっては元も子もない。そのあたり、小動物に近づいたこともなさそうなウォッカのアニキには想像が及ばない領域であろう。ウォッカとしてはフォローも仕事の内だから良いのだが。[newpage]風見の目の前でかつての淡い思い出が今に追いついた。
「零くん」
「明美」
涙ぐんだ美しい瞳は喜びに溢れている。対する青い瞳も親愛と安堵で細まっていた。
幼いころの輝きは、損なわれることなく二人を照らした。失われたもの、変わってしまったこともあるけれど、それでも今を大切にしたいと思わせる、素晴らしい場面であった。と、のちに風見は小さな探偵に語った。
公安に保護された彼女が持っていたファイルは回収され、風見たちの仕事は一時的に倍増したが、ひとりの女性の命が守られるなら、そのくらい耐えるのが社畜というものである。上司も四徹目だし、部下も頑張らねば。
仮眠をとった上司はまた組織への潜入に戻っていった。シャワーもろくに浴びることができない激務の部下たちに、匂いには気をつけろよと忠告を残して。意外に自分が発する匂いというのは気付かないものである。上司はいつもなんであんなにいい匂いがするんだろうとは、部下たちの疑問だ。イケメン補正だろうか。[newpage]薄暗い室内で発するPCの明かりに照らされ、宮野志保ことシェリーは笑ってやった。まんまと騙された組織の奴らを。
確かに姉のDNAは出たが、二人の人間が混ざったにしてはドラム缶の中の残骸は少なかった。姉が浴びたという薬は、シェリーが作ったものではないが、それをもとに要望を受けてアップグレードをしたのはシェリーである。どういう結果を出すのか知らないわけはない。だから現場では思わず取り乱してしまったが、よく考えればおかしさには気付ける。姉は、あそこにはいなかった。DNAが出ても、姉のすべてがあそこにあったこととイコールにはならない。だから姉はきっと、生きて逃げたのだ。あの場にいた清掃係という青年は知っているだろう。青年の協力がなければ裏工作はできないのだから。
「ふふ、ふふふ、あははは」
シェリーは笑う。調子外れに。ざまあみろと思って。姉の無事を想って。爽快でたまらず。
自分を残して行ってしまったことを卑怯などと責めはしない。だって姉はもう十分尽くしてくれた。それに、姉がいる方がむしろ重石になっていた現実があるので、それから妹を解放してくれたのだろう。
シェリーは姉を信じている。きっと妹のことなど忘れて幸せになってくれると信じている。でもきっと、彼女はシェリーを忘れないし、諦めもしないし、何とかして組織から奪い返そうとするだろう。忘れてほしい願いの重さと同じくらい、手をのばそうとする姉への喜びがあるのも本当で、シェリーは信じる未来のために自分にできることはしようと思った。姉もやったのだ。自分にできないはずはないと信じる。ひとまずは、あの青年と何らかの接触を持てればいい。仲良くなる必要はない。周りに気付かせてやるような親切心はシェリーにはない。ただ、連絡を取り合えれば、先が開ける気がした。
ちなみに笑い声の件を他の研究員伝いに聞いたウォッカは、シェリーの精神の安寧のために都内の人気店をはしごした。意外と良い奴なのかもしれない。気遣う本人に伝わりはしないが。
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組織で清掃係してる男主の同僚交流だったり消臭剤だったりな日常。ほんのりクロスオーバー。ハンターはモンスターのほう。内容的にR-15くらいなので注意。<br /><br />前回へタグ付けありがとうございます。前回だけじゃなくいつもタグありがとうございます。ありがてぇ。
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清掃係は元ハンター2
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「さて・・実際如何したものかねぇー」
陽乃は1人寝室で思いにふけていた。
"いやはやまいったね・・・まさか比企谷君以外に私に立ち向かう子がいるとは・・"
これは予想外の出来事だった。
正直、自分に歯向かう人間が全くいないかと言われれば必ずしもそうではない・・・
世の中には自分以上の人間なんてごまんといる。
しかし、近場の人間で自分に歯向かえる人間は比企谷君を除いていないと考えていたからだ。
だからこそ、彼の申し出を受け入れてしまったところもあるのだが・・・
「・・まったく・・恋する乙女は強いっていうけど・・・恋する少年もまた強い・・かなこりゃ・・・」
はぁ・・うらやましいぃ・・・とため息をつく陽乃・・
本当に欲しいと思うものは手に入らない・・・
世の中理不尽である。
だからこそ、その気持ちをくみ、一緒に行動することを認めたのだが・・
「でもどうしよっかなぁー・・・・」
陽乃は迷っていた。
これからどう行動したものか・・・
正直、彼女の行っている行為に対して、背中を押してあげたいという気持ちがある。
好き勝手馬鹿をしていたのだから、その行いがどのような結果を招くのか・・
はっきりとわからせる必要があるとは思っている。
しかし、結果として小町ちゃんが壊れてしまっては意味がない。
このままいけば彼女は壊れるだろう。
大好きな兄を失い、大好きな兄の悪口を好き勝手に言われ、大好きな兄をおもちゃにされ・・・
その結果がこれだ。
兄をないがしろにする存在を合法的に潰している。
静ちゃんとお母さんからの話だと、どうやら多くの企業が総武高校の卒業生に対して内定を出さないことを決めたようだ。
まぁ・・これに関しては自業自得なので、ブラック企業につくなり起業するなりすきに行動してくださいって感じだわ・・・うん・・
しかし、彼女はまだ止まらないだろう。
これは予感ではなく確信・・
小町ちゃんのこれまでの行動、比企谷君への噂のレベル、比企谷君に関わったもしくは比企谷君に関係した人たちの状態・・・
これらから考えられた結論なのだ。
小町ちゃんは憎悪の火は決して消えない。
彼女の兄に対する思いはそれだけ大きなものだった。
「・・・小町ちゃんが壊れちゃうのだけは防がないと・・」
それだけが比企谷君に対する贖罪だと信じて・・
「てなわけで、どうしよっか」
「どうしよっかじゃないと思うが・・」
陽乃は今後どうするかを決めるため、平塚、川崎姉弟を呼びつけた。
「いやーどう小町ちゃんに接しようっかって考えたらどうしていいかわからなくなっちゃってさー」
「まぁ・・・言いたいことは理解できますよ」
「おっ、川崎ちゃんわかるー?」
「ええ・・小町の行っている行為・・正直、あの子の気持ちを考えるとね・・」
「うん、そこ。そこだよ川崎ちゃん。」
「・・・というと?」
平塚がどういうこと変わらないという表情で問いかける。
「正直ぶっちゃけるけど、小町ちゃんがこれ以上壊れないのであれば、ほったらかしにしていてもいいかなーって思ってるのよ」
「・・陽乃・・それは」
「まぁまぁ、まずは聞いてって。正直小町ちゃんの行動には私も思うところがあるわけよ。愚者にはわからせないといけない・・・全くもってその通りだと思うよ」
「・・・それは」
「確かにこういったことはあまり褒められたことなのではないかもしれないよ。でもね、彼女には彼女の思うところがあって行動しているの。だからこそ、ここまでやっちゃってるわけだけど・・」
「・・・・・」
「でもね、このまま続ければ彼女はいずれ壊れちゃう。これは確定事項・・・・でもそれだけは絶対にダメ。・・もし壊れたりなんかしたら・・彼に顔向けができないからね」
「・・陽乃・・」
「だからこそ、はっきりさせておきたいのよ。小町ちゃんをどうしたいのか・・じゃないと私たち何もできずに終わっちゃうよ」
「・・あたしは・・・正直小町が無事ならそれでいい。・・・アイツの事を好き勝手言ってる馬鹿達に関してはどうなろうが知ったこっちゃないよ。ここにいるのだって大志が何とかしたいって言ったからだしね。」
「姉ちゃん・・・」
「私は、比企谷妹には普通の人生を送ってもらいたいと考えている。・・・復讐ばかりの人生など認められるはずないからな」
「でもそれは静ちゃんの考えでしょ。あの子にとって、この道が一番ならそうさせてあげるべきなんじゃないの?」
「かもしれん・・・しかし、あいつならなんだかんだ言いながら止めるだろ?」
「んー・・そういわれると弱いなぁ・・・で、大志君はどう思う?」
「俺っすか・・・俺は・・・比企谷さんにまた・・笑ってもらいたいっす」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「な・・・なんすか・・えっ・・えっ・・?・・・俺変なこと・・いいました?」
大志は、何も言わない3人を見て慌てふためく。
「うん、採用」
「・・へ?」
「おっ、良いよその表情。比企谷君にちょっかいかけたときの顔に似てるよー」
「・・・陽乃・・お前ってやつは」
「・・・はぁ・・あいつが雪ノ下さんの事を魔王って呼んでいた意味が理解できました」
「もうー、材木座君といい川崎さんといい比企谷君はどれだけ私の事を魔王って呼んでるのかしらねぇー・・・・まぁそれはおいといて、大志君の案・・・小町ちゃんに笑ってもらう・・それでいこう」
「え・・ど・・どういう意味っすか?」
どうやら平塚と川崎は陽乃の言いたいことが理解できているようだが、大志だけ理解できていなかった。
「いや、そんな難しい問題じゃないよー。単純に大志君の考えでいこうっていってるだけ」
「お・・俺の考え・・すか?」
「うん、私たちは小町ちゃんを助けるって方針で考えてるけど、何をもって小町ちゃんを助けるのか・・それが決まってなかったのよ」
「は・・・はぁ・・」
「そこで、どう助けたいのか・・・それを決めよとしてたんだけど、大志君の"小町ちゃんに心から笑ってほしい"っていう願い・・それを私たちの活動方針に決めたわけ」
「な・・なんとなく理解できましたけど・・」
「それじゃー、君を主にして活動をしていくことになるから、よろしくねー」
「は・・はぇっ!?・・えっちょまっ・・雪ノ下さん!?」
拝啓・・おにいさん・・・
雪ノ下さんを恐れていた理由・・なんとなくわかったッス・・
[newpage]
「・・・・」
腐り眼の主人公こと、比企谷八幡はこれまでにないピンチを迎えていた。
アクセル街の爆乳受付嬢であるルナと一夜をともにした八幡(主に夢の中でだが・・)。
サキュバスから説明を受けた後、目を覚ましたルナさんが上目遣いで、
"ふ・・ふつつかものですが・・その・・よ・・よろしくお願いいたしますっ・・旦那様///"
と言い出したので、慌てて何もなかったことを告げたハチマン。
(もちろんサキュバスの存在は隠した・・受付嬢たる彼女にばれてしまえばどうなるか・・)
最初はルナも信じなかったが、特に行為の跡が見受けられなかったことから、ハチマンの言っていることは本当だと理解したルナはしょんぼりしながら、現実を受け入れた。
正直、その時のルナさんはすっごい可愛かったです。
その後は特に何もなく、お互いに気まずそうに顔を赤くしたまま、ホテルを出て、ルナさんを自宅に送り届けた。
お茶しませんかっていうお誘いはあったが、流石に気まずかったので遠慮した。
そこ、チキンとか言わないっ・・
そして、帰路についたわけだが・・
俺は知らなかった・・・本当にめんどくさいのはここからだった事を・・・
「へいっ!!よく帰ってきた腐り眼よ!!!昨晩はとてもお楽しみだったと見える。うまい食事だけではなく、最近婚期を逃しかけているのではないかと悩んでいる受付嬢と(夢の中で)一夜をともにしてくるとは、さぞかしお楽しみだったと見える!!」
ウィズ魔法道具店に戻った瞬間、見通す悪魔事バニルに昨日の事を意味深に大声でからかわれたのだ。
"ガシャン!!(ばたばたばたっ!!!!)"
コップが割れる音と、何かが落ちる音が響く。
そこにはハイライトが消えたウィズとゆんゆんが無表情でこちらを見ていた。
その時、ハチマンは直感した。
"理由がわからないが、これはめんどくさいことになる"と・・
「・・」
「「・・・・」」
「・・・それじゃ俺冒険に行ってくるッ!!!」
「「ライト・オブ・セイバー!!」」
「おわっ!!あぶねぇっ!!!?」
2人が放った上級魔法は、八幡を取り囲むようにはなたれ、ハチマンはその場から動けなくなってしまった。
「・・・・っっ・・」
まさかの上級魔法に心臓をバクバクさせるハチマン。
「・・ハチマンさん・・お話があります・・」
「ひゃ・・ひゃいっ・・な・・なんでひょっ」
「一夜をともにしたって・・一夜をともにしたって・・」
「ゆっ・・ゆんゆんッ!?そんな小刻みに揺れないでッ!?こわいからっねぇ!?」
「いったいナニをしてたんですかねぇ・・ナニを・・」
「な・・そ・・そんな何もしてません・・てかなんか字が違うくっ」
「ぶははははははははははははははは!!!!」
「バニルてめぇえ!!!笑ってないで何とかしろこの状況―――――――!!!!!」
[newpage]
「・・・つまり、ルナさんとお食事をしたけど・・疲れたからホテルには泊まりはしたけど、何もなかったってことですか?」
「は・はい・・・その通りでございます」
あの後、昨晩の事を洗いざらいしゃべらされた。
守秘義務?
馬鹿やろっお前美人がハイライトを消して顔のぞき込んでくるんだぞ?黙ってるとかできるわけないだろっ
「まぁ・・それならよかったです・・・・・・・・やはりあるえさんの言う通り既成事実しか・・・」
何かとんでもないことを言っていた気がするが・・・いやいやっあの純真無垢なゆんゆんが言うはずがないよなっ・・・うんっハチマン聞こえないっ
「くっ・・・っ・・・・」
全てを理解しているのか、バニルは腹を抑えて笑っていた。
ええい、この悪魔・・・すげぇめんどくせぇっ・・・
「は・・ハチマンさんッ!!」
「はっはいっ」
「こ・・これからっ・・私とデートに行きますよッ///」
「・・・は・・・はい?」
「あっウィズさんずるいッ!!」
「・・・」
「・・・///」
あれからハチマンはウィズに連れられ、アクセル街に繰り出した・・・
ゆんゆんには後日、2人っきりで街の中を歩くことで承諾してもらった・・・
俺なんかと歩いて楽しいのだろうか・・
「で・・その・・ウィズさんっ・・こ・・これから何を・・?」
「えっナニッ!?///そ・・そんなっ、まだ心の準備がッ///」
顔を真っ赤にして慌てだすウィズさん・・・
正直可愛いけど、なんか絶対勘違いしていると思うハチマンであった。
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やばい・・現実世界のネタが無さすぎて指が動かないっ・・・
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この頑張り続けたボッチに本物を!!part24
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10162951#1
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桜の花びらはワルツを踊るように舞い地面にひらり、ひらりと舞い落ちていきベビーピンクの道を作り出す。そしてやはり桜を見ると名状し難い気持ちになるのは日本人故であろうか。そんな中、俺は上機嫌そうに鼻歌を歌っている女の子と歩いていた。
「それ春の歌じゃないだろ」
彼女が歌っていたのは「粉雪」という名前の歌。名前から分かるように勿論冬の歌だ。春のこんな陽気な日には全く似つかわしくない。
「でも桜って雪みたいじゃん、ゆっくりとひらひらと降って地面に積もっていく感じ」
「…確かにそうかもな」
「でしょ」
そう得意げに笑う彼女、その笑顔が眩い。
「それにしても新入生の子って顔見ただけで、ああこの子新入生だなって分かるよね」
「そうだな」
そして皆顔に初々しい表情を浮かべている。さしずめ新しい大学生活に期待と、そして不安を抱いているのであろう。
「私達もあんな感じだったんだね」
そう感慨深そうに言う彼女。確かに数年前の出来事のはずなのに大分前の出来事にも感じられる。
俺と彼女は現在大学三年生。就職活動の準備も始まり、そしてゼミなども忙しくなっていく頃である。
「というか合格発表を見に行った時の事も遠く感じられるね」
俺と彼女は赤い門で有名な日本の最高学府である大学を二人で志望していた。二人とも文系で、俺は特に大学でやりたい事も無かったので受けるのも彼女の志望である文化三類に合わせた。受験の時は、彼女と教え合い、そして辛い時は支え合った。だから確実に受験で二人の絆は深まった。
…まあ基本的に俺が支えられている側だったが。…だって化け物なんですもの彼女。なんか二人で受験勉強始めてからもとから良かった成績が一層伸びたんですもの。その大学の模試で彼女が受験者の中で二番目を取ったときは流石に引いた。そして後からいきなり伸びた理由を聞いたら愛の力って答えが恥ずかしそうな笑みと共に返ってきた…くそ可愛いな。
結局俺の方も文系で学年2位をキープしながら何とか目標とする大学に二人で合格した。
「でもあの時の事は今でも鮮明に思い出せるな」
そう頬を染めて悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女。
「そうか…」
俺は視線を外し頬を掻く。勿論恥ずかしさからだ。彼女はそんな俺の様子を見逃す筈もなく。
「ふふ八幡照れてる」
彼女は俺の頬をぷにぷにとやる。うん可愛いね!
彼女が言っているのは合格発表を見に行った日の帰り道のこと。俺はそこで彼女に告白をした。場所は例の公園、そしてあの時のように空は丹色。思い出す、その時の事を。
『ちょっと寄っていかないか?』
そう言って二人でベンチに腰掛けた。楽しそうに遊ぶ子どもたちのはしゃぎ声を聞きながら。
『良かったね〜二人とも合格できて。心臓がバクバクだったよ』
『お前は余裕だっただろう』
『まあそうなんだけどね』
『否定しないのかよ』
『というか楽しかったし』
『楽しかった?』
『何時も八幡と一緒に居れたからね』
『そうか…』
『……ふふ。八幡はどうだった?受験生活』
『……いや俺も結構楽しかったです』
『理由は?』
『…大体お前と同じ理由』
『大体って何よ、大体って。本当に八幡は素直じゃないんだから』
『うるせえ』
『でもやっぱり八幡と一緒の大学に行けなかったらって考えたら、それでも緊張するよ』
『俺もそうだった』
『へぇ…そこは素直なんだね』
そりゃそうだ。彼女は比較的余裕な状況であったが、俺の方は全く余裕のある状況では無かった。彼女が常にA判定を取っていたのに対して俺は良くてB判定、何時もはC判定という感じであった。それに俺が彼女と同じ大学を受けると言った時の心底嬉しそうな顔。あんな顔を見せられたら、それは落ちた可能性を考えたら緊張もする。
後は…一つ決めていた事がある。それは俺と彼女が同じ大学に合格する事が出来たならば…、俺は睦月に告白をするということだ。
気づかなかった、あまりにも近過ぎて。俺の半分は彼女で出来ていると言っても過言で無いほどなのだ。でも受験の時に自分と改めて向き合いはっきりと分かった。俺は結局のところ睦月の事が好きなのだ。あいつが居ない生活なんて考えられない、というかあいつが他の人の物になると考えただけでぞっとする。
今の幼馴染の関係も勿論居心地がいい、が俺はそれに甘え過ぎていた。このままだともしかしたら彼女が他の人の物になってしまうかもしれないし、後は下世話な事を言えば誰よりも可愛い睦月と恋人でしか出来ないことをしてみたい。
…自惚れでなければ彼女も俺に対してそれなりの感情を抱いているのではないかと思っている、というかそう思いたい。
『睦月…』
俺は彼女の黒真珠のような目をしっかりと見据えてそう言う。
『どうしたの…?そんないきなり真面目そうになって』
彼女は少し訝しげに俺に問う。
『あのな…』
俺は深呼吸をする、そしてその刹那ふんわりと風が吹いた。
『俺と付き合ってくれないか?』
『…へ?』
彼女はその言葉は当たり前だが望外の出来事で、呆けた様子で目を見開いていた。彼女は少し経ったあと絞り出すような声で。
『それって…買い物にっていうオチとかじゃないよね?』
『ああ』
『えっと…つまり私に彼女になって欲しいって言うことだよね』
『そうだ』
それを聞いた瞬間、彼女は目に精一杯の涙を浮かべてこう言った。
『遅いよ…私がどれだけ待っていたと思っているの…』
『すまん』
そう言うと彼女は俺に抱きついて暫く泣き続けた。俺はその間丁寧に艷やかな黒髪を撫で続けた。それは小さい頃泣き虫だった彼女に良くしていた事であり、自然と昔が思い出され感慨深く感じられた。
彼女は顔を上げて、涙で潤んだ瞳を此方に向けて、そして頬を空に浮かぶ夕日の色のように染めて言った。
『私も八幡の事好き…いや大好きだよっ!』
小さい頃から紡がれてきた赤い糸が長い時を経て繋がった瞬間であった。
意識を元に戻す。彼女と俺がどうして二人で大学に向かっているのかと言えば二人で同じ部屋に住んでいるからだ。…いやそれはおかしい?俺もそう思っていたよ、でもそれが現実なんだ。
俺と彼女が同じ大学に合格を決めた数日後には、彼女と同じ部屋に住むことが決定していた。それは青天の霹靂。俺は勿論反対したが。小町と、そして何故か睦月までがそれに賛成したのだ。…いやそれでも反対しようとしたよ、でも彼女が上目遣いで。
『私…八幡の彼女だよね…私と一緒に住むの嫌?』
と不安そうな顔で言われたら断れる訳がない。…睦月ちゃんマジ天然小悪魔。というかなんかキャラ微妙に変わっていない?
そういう訳で結局俺は丸め込まれて、大学生が住むにしては随分と豪勢なマンションに二人で住むことになった。まあその生活は基本的に心地よい。ちなみに家を出るときにそういう時に使うあれを父親から渡された時は殴り倒してやろうかと思った。俺的には使わなくてもいいんだぞと言われたときは、房総沖に沈めてやろうかと思った。それはマンションの俺の部屋に丁重に隠してある。
彼女の料理は更にレベルアップしていて和食、洋食、中華全てをハイレベルに作れるようになっていた。この成長の理由を俺が聞いたらやっぱり返ってきたのは愛の力だった。…うん可愛いわ。更に俺と彼女の趣味は似ているので一緒に家で遊んでも楽しいし、後は二人でデートをしたりと。…というかこれよく考えたらこの関係、恋人じゃなくて夫婦じゃね?
しかしやっぱり不具合もあって、一つ目は滅茶苦茶に男の同級生からの嫉妬を集めることだ。彼女は大学生になってより可愛さに磨きがかかった。その証拠に同級生に強制的に参加させられた大学内のミスコンで一番を取ったり、後は街中を歩いていてモデルにスカウトされたのも枚挙に暇がない。それに性格も男女隔たりなく接する上に優しい。そんな彼女は当たり前だが大学内でも人気な訳で、そんな彼女と同棲している俺は激しい嫉妬の対象になる訳だ。だから男友達が出来ないんだよなあ。
というか嫉妬を集める原因の半分くらいは彼女の方にもある。例えばさっき言ったミスコンの時の受け答え。
『えと…韮崎さんは彼氏がいらっしゃるんですよね?』
『はい!』
『その彼氏さんの良いところを教えて下さい』
『え〜と…格好いいし、頭いいし、優しいし、意外と背が高いし、甘えさせてくれるし、後は見た目によらず筋肉質なこととか…後は』
『えと…その位でいいです』
『え?まだあるんですけど』
『いや大丈夫です…ご馳走様でした』
『でその彼氏さんとはどこまでいきましたか?』
『え〜とキスはしました』
そうやって頬を染めて照れる彼女。その様子に場は沸き立つ。
『へえそうなんですか』
『後は一緒にお風呂に入ったこともありますし、後は一緒に寝たこともあります』
『へぇ……え?』
そして場は凍った。そしてステージの下でその様子を見ていた俺は一目散に退散していった。周りからの殺意の籠もった視線を背中に浴びながら。確かにね…両方した事はあるよ。うん…小さい頃の話だけどね。今は断じてしていないからね。
彼女は俺と付き合ってからそういう面でポンコツになった。後は学校でも周りの目も気にせずイチャラブしてくるし。うん俺のメンタルが持たねえ。
二つ目は俺の理性が色々と大変なことだ。例えば彼女がリビングで無防備な姿で寝落ちしているとき、彼女のパジャマからちらりと見える白い谷間が見えて俺の理性は崩壊寸前だった。いや勿論付き合っているのだから手を出してもいいのかもしれない、でもやっぱり彼女を大切にしたいという気持ちがあって。…と偉そうな事を言ってみたが結局のところまだ勇気がないのだ。…そういう事をする妄想ヲした事がないと言えば嘘となるが。[newpage]
二人で同じ授業を受けた後、俺達は食堂で彼女と一緒にお昼ご飯を食べていた。勿論食べているのは彼女が作ってくれたお弁当だが。
「うん美味しいな」
「でしょ」
そう幸せそうに此方を見つめる彼女。そして彼女は思い出した様に俺から箸を奪うと、その箸で俺の中の弁当のおかずを掴み。
「はいあ〜ん」
「えっ…」
「早く食べてよ」
こうなった彼女は何を言っても聞かないので素直に食べた。うう…周りの目が痛い。
「ふふ…」
まあ彼女がこんなに幸せそうならいいか、と思ってしまうあたり俺は随分彼女に毒されているのかもしれない。
それから暫く彼女の作った弁当を堪能した。
「ご馳走様でした」
「八幡…デザートも作ってきたんだけど食べる?」
「え?」
「和菓子に挑戦してみたんだけど」
やっぱり俺の彼女さんは凄すぎます…。
5限目は授業は無く、6限目も教授が出張ということで無くなったので、二人で大きなゲームセンターで遊ぶことにした。つまりデートっていうやつだ。けたたましい音が鳴り響くゲームセンターを二人で手をつないで歩く
「私ゲームセンターで遊ぶの久しぶりだな」
「俺もだ、確か最後に遊んだのが中二の時か」
「それ私と遊んだときじゃん」
「そうだな、睦月は?」
「私も同じ」
「じゃあ何やるか?」
「こういう時は彼氏がクレームゲームで彼女が欲しい物を取るのがテンプレだよね」
「まあそうだな」
「じゃああれとって」
そして彼女がねだったのは可愛らしい丸々としたピンクのキャラクターのぬいぐるみ。しかし問題は…。
「でかくね?」
「対象物が困難であればあるほど喜びは大きいと思うよ」
「これ取ったら…お前は喜んでくれるか?」
「勿論」
「じゃあ頑張る」
「頑張って!」
俺は早速挑戦するが。
「クソっ…全く取れる気配がしねえ」
何プレイかするが全くびくともしないその人形。俺が焦燥感に駆られていると不意に俺は彼女に肩を叩かれた。
「どうした?」
そう振り向くと同時、彼女は俺に抱きつくと上目遣いで。
「八幡…頑張って!」
「おう…」
そして結局、そんな可愛らしい彼女の応援を受けたおかげか数プレイ後に無事取ることに成功した。
「はいよ…」
「ありがとう…八幡大事にするよ」
そうぎゅっと大事そうに抱きしめる彼女。強く抱きしめるあまりその人形は潰れてしまい苦しそう。
「八幡…大好き」
「俺も…だぞ」
「リア充死ねぇ…!!!!」
そこだけゲームセンター特有の雰囲気とは違う甘い雰囲気が漂っていて、周りの非リア充全員を例外なく刺激していた。
その後は二人で色々なゲームをした。彼女はリズムゲームもかなり上手かった、そしてやっぱり彼女に出来ないことはないのかと愕然とした。
「うん…楽しかったね」
「そうだな」
気がつけば時間も結構経っていて、そろそろ空がオレンジに染まり始める頃になっていた。
「そろそろ帰ろうか」
「ちょっと待って最後にやりたいことがあるんだけど」
そう言って俺の手を引っ張っていく彼女、たどり着いた先は。
「プリクラ?」
「そう、一回やってみたかったの」
彼女は俺を連れて中に入る。
「まずはフレームを選ぶのか」
彼女は迷うことなくハート型のフレームを選ぶ。
「八幡もっと近づいて」
そして俺をぎゅっと引き寄せる彼女、彼女のいい匂いがふわりと鼻孔をくすぐる、それとともにカシャリという音が鳴った。
「え…と次は落書き?ってのするのか…。ちょっと八幡は外に出てて」
「へ…?」
「いいから外で待ってて」
「おう…」
それから俺は外で待たされる。周りには今どきっていう感じがする女の子がいっぱいいて全く落ち着かない。すると突然横から。
「ねえねえお兄さん一人?」
今どきのキラキラしたインスタグラムとかTik Tokをやってそうな(偏見)女子高生が俺に話しかけてきた。よく見ると顔は結構整っていて胸はかなり大きい。俺が突然の事に戸惑っていると。
「お兄さん結構格好いいじゃん、もし良かったらさ…」
彼女は急に豊満な胸に俺の腕を挟むと。
「私とデートしない?」
「いや俺彼女居るか…」
そう言う途中にプリクラから睦月は出てきた。勿論、今の状況は彼女の目に入る訳で。
「何してるの…八幡」
「いや…」
修羅場になりかけたのを収めてくれたのは例の女子高生だった。
「いやあごめんね彼女さん。彼女居るとは思わなくて。話しかけたのも抱きついたのも私からだから」
彼女が誤り倒してくれたお陰で最悪の事態には陥らなかった。
とは言っても帰り道、彼女の機嫌は相当に悪かった。
「さっきはごめんな本当に」
「…………」
「本当にごめんな」
「………分かってるよ八幡が悪くないことぐらい。でも…」
「でも?」
「やっぱり八幡が他の人と仲良くしているのを見るのはイヤ…」
「そうか…俺もそれは嫌だな」
「そう…だよ。八幡はただでさえ格好良くてモテるんだから」
「そんなわけないだろ」
「いいや八幡は自分の魅力に気づいていなさ過ぎ。八幡、大学に入ってから眼鏡かけはじめたでしょ」
「ああ」
確かに彼女の言う通り、俺は大学に入ると同時に眼鏡をかけはじめた。小町からのアドバイスと、後は単純に目が悪くなってきたからだ。
「眼鏡かけた八幡って随分イケメンだからね」
「マジ?」
「マジだよ」
外では鏡とか全く見ないから知らなかった。
「だから結構八幡を狙っている女の子って多いんだよ」
「そ、そうなのか」
「だから大学とかでは、出来るだけ八幡は私のものだって他の女の子に示しているんだけど」
なるほど、彼女が大学であんなに積極的にイチャついて来たのはそういう意図があったのか。合点がいった。やはり彼女は抜け目がないな、そう改めて関心する。
でもそんな完璧な彼女が弱っているのだ、だから彼氏としては出来るだけ安心させてやりたい。…ちょっと恥ずかしいけど、でもそんな事言ってられないか。
「安心しろ睦月」
「えっ…?」
「俺はずっとお前の事しか見ていないから」
ああ恥ずかしい…。俺は恥ずかしさのあまり顔を逸らす。彼女は暫くの間黙った後、いきなり笑い声を弾けさせた。
「ハハハハ…何それっ!くさすぎて…八幡に似合わなすぎて笑えてくる」
「うるせぇ」
「ふふふふ…でも八幡の気持ちは伝わったよ、ありがとう」
「おう…」
「八幡」
彼女は俺の頬を両手で包んで、俺の顔を自分の顔の方に向けると。
「私も八幡の事しか見えてないよ」
そう言って彼女は俺の唇を奪った。[newpage]
彼女の唯一と言っていい弱点、それはお酒に弱いことだ。缶ビール一杯飲んだだけでベロンベロンに酔ってしまう。更に質が悪いのは、お酒に弱いのにお酒が好きなことだ。次の日に大学が無い日は決まって彼女はお酒を飲むのだが、彼女が酔って寝落ちして俺がベットまで運ぶのがテンプレ。
夕食を終えた後、彼女と俺で酒を飲んでいたのだが、飲み始めて間もなく彼女は酔っ払ってしまった。
「ふふふ八幡」
そう俺に抱きついて頬をすりすりする彼女。ああ可愛いな…。彼女の柔らかい身体の感触が感じられて色々と落ち着かなくなる。
「八幡大好き〜♡」
ああもう可愛い…可愛い。大体酔うと、彼女はデレッデレッになる。後は…。
「にゃぁ…ふにゃあ」
猫化する。何故か。いや彼女別に猫好きじゃないんだけど、好きなのは狐らしいんだが。
「にゃん…にゃん♪」
そして俺の首筋をぺろりと舐める。
「ふわぁ…」
全身に微電流が走ったような感覚を覚える。
「にやぁ…」
そんな風にいちゃついてると、彼女は珍しく寝落ちしなかった。そして酔いが少し覚めてきたようで。
「八幡はさあ巨乳の方が良いんだよね」
「ふあっ…何をいきなり?」
「今日も巨乳の女の子に抱きつかれてデレデレしていたよね」
「そ…そんな事ナイデスヨ」
「高校の時に部屋に隠していたエロ本もそういうもの多かったし」
「何故知っている!」
「幼馴染だよ知らないわけないじゃん」
「そ、そういうものなのか?」
「私だって努力はしたんだよ、大きくなるために。でもこればかりは努力でどうにかなるものじゃないし」
「そうだったのか…。というかお前だって小さい訳じゃないだろ」
「だけど大きくは無いじゃん…だから八幡が手を出してくれないのかな」
「はぁ?」
「もう二年間も一緒に居るんだよ、それなのになんで私に手を出してくれないの?」
「それは…お前を大事にしたいから」
「私に手を出してよ…彼女なんだから。大人しいだけの同居人なんて嫌だよ、それともそんなに私魅力ない?」
「…後悔するなよ。今ならまだ踏みとどまれるぞ」
「後悔なんかする訳じゃん、寧ろ望むところ」
「……知らないからな」
俺はそう言って彼女の華奢な身体を持ち上げるとベットに運んだ。
「きゃっ…」
俺はベットに彼女を放ると、彼女に覆いかぶさり強引に唇を奪った。そして激しく舌を絡め合わせた。そして口を離す。唾液の線がキラリと闇の中に光る。
「はぁはぁ…」
彼女の乱れた声が扇情的で、俺の欲望を更に掻き立てる。そして俺は彼女の服を脱がせる、そして俺の方も衣服を脱ぎ捨てる。目の前には一糸纏わぬ彼女の姿が。程よく膨らんだ胸、そしてその美しい膨らみの頂点は桜色。きゅっと引き締まった腰に。そしてなめらかに伸びる細くて長い足。その全てが芸術品の様に美しかった。俺の理性はとうに壊れていて。
「今夜は寝かせないぞ…」
そして今日、幼い時からずっと一緒に居た二人は繋がった。と同時に父親から渡されたあれが始めて活用された時だった。[newpage]
行為を済ませてから二人で少し寝てしまっていた。俺が目を覚ますと横には生まれたままの姿の彼女が居て、今更ながらこれが現実なのだろうかと疑問に思ってしまう。彼女の柔らかな寝顔を暫く眺めていると彼女も目を覚ましたようで。
「あれ…八幡も起きていたんだ」
「まあな…」
「…クシュン」
彼女は可愛らしいくしゃみを漏らした。段々と暖かくなっているとは言え、まだまだ朝は肌寒い。
「そろそろ服着たらいいんじゃないか?」
そう俺が提案すると。彼女は甘えるような声で。
「じゃあ八幡が温めて」
そう言って睦月が俺に抱きついてきた。勿論裸で。
「ふふ…八幡のまた大きくなってる」
そんな風に言われながら下腹部を撫でられたら。
「本当に…お前は」
「今日はお休みなんだから…もっとしよ?」
この後滅茶苦茶やった(何かを)
おしまい
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<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10134889">novel/10134889</a></strong> これの続き。番外編なのに本編より長いという矛盾。<br />これが自分の本気。出せるだけ出した。…だから批判せんといておくれどす。<br />このシリーズ続けていくので、何かオリキャラのリクエストあればご自由に。<br />だけどテストの為少しだけお休みするので、書くとしたらその後だと思います。
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比企谷君と純情幼馴染 番外編 キャンパスライフ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10163249#1
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おまいらが実際に体験した怖い話を聞かせろください 第三夜
1以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
このスレもそこそこ伸びて来たな。
とりま、新しく立てたってことで俺から書くわ。
おまいらカカシって知ってる?
漢字で書くと【案山子】ってやつ。
2以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
本丸の畑に立ってる棒人形みたいな奴だっけか?
3以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そうそう、それ。
昔はあんなもんで畑から鳥とか追い払ってたんだってな。
今となっちゃそもそも太陽光栽培も減ってるし、あったとしてもハウス栽培だろ?
本丸来て普通に地面耕して、ビニール屋根もないとこで栽培はじめた時はマジびびったわ。
で、話戻すけど、案山子な。
はじめはさ、なんであんなもん立ててんのか分かなかった。
陸奥に聞いて、鳥とか追い払うためだって教えて貰ってさ。
言ってみれば畑の守り神みたいなもんなんだよな、案山子って。
そのせいか短刀ちゃんたちとか、挨拶したりするんだよ。
「今日もお疲れ様です」とか「暑いから大変ですね」とかさ。
そうすっとさ、案山子の方も嬉しそうにするんだとよ。
俺としちゃそんなのは話半分で聞いてた訳だ。
俺自身は速効で戦力外通告されたから、そも畑に行く事もなかったしな。
4以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そんで、つい数日前だ。
その日は報告書もさくっと終わって、そろそろ昼ご飯だった。
台所へ行ってみったださんに「手伝いはあるか?」って聞いたんだよ。
したら「畑でキュウリ取ってきてくれると嬉しいな」って言われて二つ返事でおkした。
本丸から一歩出てみたらうだるような暑さで、秒で後悔した。
足下の影が吸い込まれそうに真っ黒で、俺自身も影に焦げ付くんじゃないかって暑さ。
蝉はすげぇ声で鳴いてるし、毛穴っていう毛穴から汗は噴き出すし、頭が朦朧となった。
つ~か、四季があるのはいいけどよ、ありゃ暑すぎだろう。
システムに異常でもあんのかと思ったくらい、とにかく日差しが強かった。
5以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
聞いた話だけど、実際あったらしいぜ、空調のシステム異常的なやつ。
雪が止まらなくなって、一晩で数メートルつもってさ、そもそもシステム異常だから通信もおじゃん。
転送ゲートは生きてたかどうか不明だけどたどり着けず。
結局、たった1日で数十メートルつもって、それが雪の重さでどんどん凝縮されて。
本丸ごとぺしゃんこになって、審神者は氷漬けでしかも5センチくらいの厚さまで潰れてたって。
6以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
うわ、エグいなそれ!
可能性ありそうで怖いわ。
まぁでも、あん時の俺はそんな豪雪でもいいから、とにかくこの暑さから逃げてぇって気分だった。
とはいえ約束したかんな。暑いから無理でした、とか言えんわな。
とぼとぼと畑まで歩いて行った訳だ。
溶けるつ~か、干からびそうになりながらな。
畑について、キュウリのあるとこまで行って。
キュウリってあれな。蔓性だから育て方にもよるんだろうけど、けっこう背高いのな。
視界は悪いくせにてっぺんからは陽ががんがん照っててさ。
汗をぼたぼた垂らしながら十本くらいかな、もいでたんだよ。
したら何かふいに、影が出来て。
陽が陰ったんかなって思って、なんともなしに振り返った。
ったら、そこにいたんだよ。案山子が。
逆光になって、麦わら帽子被った粗末な人形がさ、今にも覆い被さってくるみたいに立ってた。
7以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
びびったよ。
さっきまでそんなとこにいなかった。絶対いなかったからな。
尻餅ついて、せっかくもいだキュウリが散らばったけど、構ってられなかった。
あたふた起き上がって逃げ出して、あとちょっとで抜けられるってところで、ドンって何かにぶつかった。
ああ、そうだよ。
案山子だよ。
目の前に立っていやがった。
そん時の俺は白い布にかかれたへのへのもへ字の顔がすっげぇ怖くてさ。
恐怖と、あと多分、熱射病もあったんじゃないかと思う。
そこで気を失って。
気がついたら俺は縁側で寝かされてて、側で巴さんが団扇でゆらゆら扇いでくれてて、
軒先では風鈴が鳴っててさ、……あ~、なんか、悪い夢でも見たんだなって思った。
実際あれがどこまで本当だったか分かんないんだけどさ。
あれ以来俺は畑に近寄るのは怖くなったよ。
またアイツに追い回されるのはごめんだからな。
8以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
それってあれかもな。
付喪神に話しかけられてたせいで、案山子も付喪神になってたとか。
9以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そうかもな。神様に愛でられりゃ魂宿りそうだしな。
畑に滅多に顔出したことなかった俺は、案山子にとってみりゃ「追い払うべき害鳥」だった訳だ。
そこまで悪意は感じなかったし、実際攻撃しかけてくるような力はなかったと思うけど、
ああいう人を模した不完全なものが迫って来るのは心臓に来るわ。
10以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あ、じゃあ次、俺、書いていいか?
この話はいわゆる「自己責任系」ってやつで、場合によっちゃ聞くだけで呪われる。
おまいらさ、子供の頃に「何歳まで」あるいは「何日間」、
「この話を覚えてたら呪われる」っていう系の怖い話って聞かなかった?
11以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
「紫の鏡」みたいなやつか?
12以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんだっけそれ。
13以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
とある女の子が手鏡を紫に塗りつぶしたら死んじゃったとか、
成人式迎える直前の子が交通事故で亡くなって、
持ち歩いてたお気に入りの紫の手鏡が何故か、部屋で見つかったとか。
で、その話を二十歳まで覚えてる奴は死んじゃう、とかいうやつ。
14以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
成人式ってなんだよ。
ゲームとかである、どっかの洞窟で虎とかと素手で戦って勝てとかそういう?
15以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
それ、成人の儀式な。
日本でも昭和あたりだっけか、二十歳で成人って決まりがあったんだよ。
で、二十歳になると成人式っていう記念日ってか、祭りみてぇなのがあった。
昔はクローン差別とか、クローンの年齢問題とか、
そういう面倒なのがなかったから成人の規定が歳で決められたんだよ。
今じゃ見た目幼女だけど中身は九十歳のじっさまとかもいるからな。
16以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
中身の年齢の話するのもエイジハラスメントだとか言われるもんなぁ。
17以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
知り合いにいざって時のために親が作っておいてくれたクローンを、
若返りのためだけに使った奴がいて、ものっそ怒られてたな。
そういやうちの兄貴はクローン製造工場にいるんだけどさ、
知っての通りクローンは人権問題を配慮して頭と身体は別で作るんだよ。
それのどこが人権なんだか未だに分からないけどな。
けどさ、たまに逃げ出すんだって。身体の方が。
頭ついてないってのに、ふらふら歩き出して……電気柵に引っかかって焦げてるんだと。
あと、頭の方も叫んだり、泣き出したり、喋る奴までいるらしい。
「俺の方が本物だ」って言うんだとさ。
あ、悪い。めっちゃ話逸らしたわ。続けてくれ。
18以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そういや、クローン工場から女優のダブル持ち出して犯りまくった職員って、
結局あれ強姦罪適用されたんだっけか?
まぁ、いいか。そんじゃ続けるな。
どこまで話したっけ? あ、いやどこまでも話してなかったな。
んじゃ最初からな。
俺の故郷は田舎町なんだよ。
あ、つっても自然豊かな田舎町っていうより、
里山の暮らしとやらをコンセプトにした新興住宅地ってやつ。
いや、もうかなり昔からそんな感じだから「新興」じゃないな。
ようは都会でも田舎でもない、それなりに利便性はあって、
人の出入りが多いせいか常にどっかで新しい住居が建ってる。
里山~とかいいつつ、地域の繋がりなんてもんは殆どない。
都会の喧噪を離れてベッドタウンとでも言えば聞こえがいいかもな。
だから、都会と違って血なまぐさい事件とかもおきないけどな。
ああ、いや、20年くらい前になんかの宗教団体が山ん中で集団自殺なんて事はあったけど、
まぁ勝手に集まって勝手に死んだだけだから街自体は平和だな。
何にせよ、都会よりは豊かな自然って奴に憧れて引っ越してきた奴が多いせいでか、
学校とかもバーチャルじゃなくて生身で通わせようって親が多くてさ。
信じられるか? 今のご時世でわざわざ勉強するのに学校行くんだぜ?
バーチャルスクールだったらスイッチ一つですぐ教室だってのにさ。
だから学校行くとクラスの半分が生身で、半分はアバター参加って感じの妙な空間だった。
そういう環境だったからかもな。
生徒達の間ではとある怪談が流行ってたんだ。
19以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ソレがどっから始まるのか。誰が話しはじめたのか。いまいち覚えてない。
ソレが何なのかも未だに分からないし、っていうか、知った時点でアウトだ。
分かってるのはソレが【モドケ】って呼ばれてることくらいだ。
そいつは馬鹿みたいに漠然とした話だ。
誰かが【モドケ】の名前を言い始める。
そうすると【モドケ】はいつの間にか近くにいる。
例えば部屋の隅っこにいる事もあれば、家族の誰かのふりをする事もある。
けど、【モドケ】がいる事に気付いても、気付いたって事を知られちゃいけない。
気がついてないふりをして、いなくなるまで逃げ切ればいい。
な?
なんだそりゃってほどあやふやだろ?
逃げ切れないとどうなっちまうかも分からない。
けどまぁ、餓鬼だった俺らは結構マジで怯えてた。
怯えるのを誤魔化すために、わざとソレの名前を大声で叫ぶ奴もいたし、それを聞いて泣き出す奴もいた。
集団ヒステリーみたいなもんだな。
で、どうなったかって?
どうもならなかったよ。いつの間にかみんな飽きて、それで忘れちまった。
20以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ところがだ。この間、お盆に実家に戻ったんだよ。
そこで妹に久しぶりにあったんだ。つっても一年ぶりだけど。
因みに妹は実家のあるとこと同じ町内に住んでる。
でさ、妹の奴が開口一番、やけに真剣な顔で言ったんだよ。
「例の、名前を覚えてると呪われる話覚えてる?」って。
ぶっちゃけ言われるまで忘れてた。
けど、言われたらぶわっと思い出してさぁ、んで、なんでそんな話するのかって聞いたんだよ。
妹のやつ、ちょっと怯えてような顔でさ「マーちゃんのクラスで流行ってるの」って言う訳だ。
マーちゃんってのは妹のとこの子供だ。確か七歳だったかな。
で、さらに聞いてみると、どうもマーちゃんの様子がおかしいらしい。
妙に白々しいっていうか、他人行儀っていうか、やけに壁があるんだと。
まぁそうだろうよ。【モドケ】ってのはそういう怪談だ。
21以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんか響き的には【サトリ】とかに近い感じだけど。
どういう字書くんだ?
22以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
さぁなあ。そこまで詳しくは知らないからなぁ。
ともあれ、妹に頼まれてマーちゃんの様子を見に行った。
そういやいつもだったら俺が戻ると真っ先に飛んできて遊んでくれって言う子だった。
それが部屋に閉じこもりっきりってのは確かに妙だとは思ったんだけどさ。
でもまぁ、ガキとはいえ七つにもなれば悩みやらプライベートやらあるだろうなって軽く考えてた。
……──いやぁ、ビビったね。
顔は血の気がなくて真っ白で、目だけ妙にぎらぎらしてた。
人ってさ、でかい病気すると別人みたいにごっそり表情が変わっちまう奴っているだろ?
ちょうどそんな感じ。
懐かねぇ猫みたいに部屋の隅っこでしゃがみこんでじっと俺を見つめてきた。
「どうした? マーちゃん。元気ねぇのか?」
内心ビビりつつも俺はそっと近づいた。
マーちゃんは微動だにせずに俺を見つめてたけど、逃げ出したりはしなかった。
かなり近くまで行って気がついた。マーちゃんはさ、すんげぇ震えてた。
寒くて仕方ないってくらい、小刻みに震えてた。
「……おにいちゃん、助けて」
表情はこれっぽっちも動いてないのに、口だけがぱくぱく動いてた。
「ママがね、アレになっちゃったの。助けて、ぼく、ママに食べられちゃうよ」
23以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あん時、マジで取り合ってやらなかったのを後悔してる。
けど、どうすりゃ良かった?
妹に「マーちゃんはお前のことを化け物だと思ってるみたいだぞ」って伝えれば良かったのか?
俺は、「お前のママはアレなんかじゃない。だから大丈夫」ってありきたりな事しか言えなかった。
マーちゃんは震えたままじっと俺を見てた。
吸い込まれそうに真っ黒な目が俺を覗き込んでいて、本当言うとそれがちょっと怖かった。
24以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あんま聞きたくないけど、それでどうなったんだよ。
25以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
消えた。
盆休みから帰って一ヶ月後くらいに親から連絡が来てさ。
妹夫婦がいなくなったって言うんだ。
いなくなった。
文字通りにそれ以上でもそれ以下でもない。
プライバシー条例があっから家族だろうと妹夫婦が断れば追跡もできない。
多分、引っ越したんだと思う。
ある日お袋が尋ねていったらもぬけの殻になってたんだとさ。
だからまぁ、結局それが【モドケ】に関わる何かだったのかどうかも分からない。
ただ俺は、あん時もマーちゃんの怯えた顔が忘れられない。
つ~訳で、たいした落ちがある訳でもねぇんだけど、俺の中でめちゃモヤモヤしてる。
結局何が起こったのか。
俺が見たアレは。
……マーちゃんと話してた時にさ、いたんだよ。
部屋の対角線上に何かがさ。
薄ぼんやりとした黒いもんがうずくまってた。
あれがもしかして【モドケ】だったのか。
今となっちゃ全部闇の中だ。
俺の話はここで終わり。
書いてみてもやっぱすっきりはしねぇな。またROMに戻るわ。
26以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
お疲れ。面白かったぜ。
全部ガチな話だってなら、妹さんとこの夫婦、ちゃんと見つかるといいな。
27以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
乙~。
あーーーー、でもーーーーー。
こんな事言っちゃなんだけど、めっちゃ煮え切らないってか。
誰でもいいからスカっと解決した怖い話をしてくれや。
28以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
無茶ぶりwwwww
29以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
じゃあ俺が話そうかな。
実はこの間、俺の本丸が乗っ取りにされそうになったんだ。
いや、なっていた、というべきかな。
実のところ俺自身は後になって担当さんから聞くまでまったく気がつかなかったんだけどね。
研修に来た見習いの子は、どこぞの高官のご子息だったらしい。
思い出してみれば確かに、
「あなたはこの本丸に相応しくないから、もっと才能のある者に譲るべきだ」とか
「そろそろ引退したらどうですか? しかるべき働き口くらい見つけてあげますよ」とか
何だかそんな事を言われてたような気がするけど…、
セルフフィスト……通称セルフィーに夢中の俺はまったく気にとめてもいなかった。
30以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おい待て雲行き怪しすぎるぞ!
31以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そんな凶悪なセルフィーがあってたまるかよ!
32以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
セルフィーっていうのは書いて字の如く自分自身の拳を使ったアナニーだ。
こう言うと大抵の人間に宇宙の神秘を垣間見てしまった猫みたいな顔をされるんだけどね。
考えてもみて欲しい。
そも、性行為というのはその大前提として生産の工程の一つであるべき筈のものだ。
けれど自慰には生産性がない。
すなわちどういう事か。
生産性のない快感、これは謂わば芸術なんだ。
芸術とはいかに神がかったものであっても、それ自身が直接的な生産性に関わることはない。
そこだけで完結された、完全なる快感。それが芸術だ。
ならば、他者や玩具に頼ることなく、自らのみで完結する自慰は至高の芸術に並びうる。
そう思うだろう?
33以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
思わねぇよ。
一瞬納得しそうになったけど我に返れて良かったわ。
34以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
さてその日は、本丸の刀剣達の大部分を遠征に出していた。
これはチャンス、と見習いは思ったらしい。
ところで、俺は幼少のみぎりから目に入ったものを取り敢えず尻に挿れてみる癖があってね。
そのせいで幾度となく命の危険にさらされ、審神者局からもたびたび注意を受けていた。
どうやら見習いは、俺が何かの常習犯である事は知っていたけれど、詳細までは知らなかったらしい。
そこで、俺の悪癖の尻尾を掴んでやろうと奮い立った訳だ。
さて、そんな事はつゆ知らず、刀剣達を送り出した俺は魅惑のセルフィーに耽っていた。
より深く、より完全な快感を求める俺は、身体の柔軟性を高めるべく日々まじめにストレッチをこなし、…
その成果もあってか、いつもよりずっと深くまで拳が潜り込んでしまったんだ。
俺はもう、完全にキマリきってた。
お恥ずかしながら、白目をむいて涎を垂らしながら「ひぎぃ♡」とか「んほぉ♡」とか絶叫するレベルに達していた。
35以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
お恥ずかしいとか思う理性があるなら、その一歩前で踏みとどまれよ。
36以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
言いたいことは分かるさ。
けどね、至高の芸術とはその魂を切り売りする事によってのみ成されるものだ。
犠牲なしにして、人は神の領域には登れない。
俺は人間性を引き替えにして、最高のカタストロフへと落ちようとしていた。
見習いが俺の部屋に踏み込んで来たのは、まさにその瞬間だった。
流石の俺もあの瞬間にはびっくりしたよ。
思わず全身が強張って、そのせいでより良い所を突いてしまったんだ。
天国が見えた。
スーパーノヴァを迎えるその刹那、俺は切れ切れの理性を総動員して、拳を引き抜こうとした。
……それがいけなかった。
俺は、新たな扉を開けてしまった!
そこからは大変だった。
俺「んほぉおおおぉお♡ ふぁんたすてぃく゛う゛う゛う゛♡♡♡」
見習い「ぎゃぁああああああ何やってんだよアンターーーーー!!!!!!」
俺「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛♡♡♡♡ はぴねぇすうしゃいにんぐすとぉおおむ♡♡♡」
見習い「いやぁああああ怖いよぉおおおおぉおおお!!!!!」
俺「ひぎぃいいいぃいいい♡♡♡ むぅうんてぃあらぁあはぁれいしょおおお゛おお゛お゛ん♡♡♡」
見習い「わぁああああん!!!!おか~ちゃぁああん、おかあぁちゃああ~ん、おうち帰りたいよぉおおお!」
まるで地獄絵図だったよ。
37以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
俺は今、生まれて初めて乗っ取りやらかそうとした見習いに心から同情をしている。
38以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
てかお前の逝き声おかしいだろ。
39以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
最近は魔法少女風の必殺技を叫びながら達するのがマイブームなんだ。
童心にかえって全てを解き放てる感じがたまらない。
40以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
それは分からんでもない。
俺も彼女と致してる時に「かめはめは~~~ッ!!」って叫んだら、
「黙れよヤムチャ」って言われて泣いた。
41以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
言いにくいけど、お前よりヤムチャのが百倍強いしイケメンだかんな。
42以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
皆の同意が得られて嬉しいよ。
……騒ぎを聞きつけて、遠征には行ってなかった長谷部が駆けつけてくれて、
泣きじゃくる見習いを慰めながらそっと部屋から連れ出していった。
俺はびくんびくん跳ねながら白目むいて泡まで噴いてたけど、何故か無視された。
まぁ、三日に一度くらいはそうなってるからね。いい加減見慣れたんだと思う。
目が覚めた時には、見習いは荷物を纏めて出ていった後だった。
しばらくたってから担当さんから聞いたのだけれども、
その見習いはいくつかの本丸で乗っ取り未遂をやらかしてたらしい。
何とかしてとっちめてやりたい。
でも高官の息子相手に叱りつけるなんて無理だった。
そんな時に白羽の矢が立ったのが俺だったらしい。
俺のところへ適当に突っ込んでおけば未知との遭遇を果たして逃げ出すだろうって。
まったく信じられないよ。気付かない間に俺は生け贄にされてたんだ。
ね、恐ろしい話だろう?
43以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
担当さん優秀だな。
44以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
自分の置かれた環境に嘆くことなく最大限の強みとする。
むしろ担当さんこそ審神者になって欲しい人材だな。
45以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんか、もやっとした気分もなくなったかわりに、
今日一日の記憶までどっか飛んでったんだが…………
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[newpage]
おまいらが実際に体験した怖い話を聞かせろください 第六夜
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114以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
話ぶった切って悪いんだけどさ、このスレであった【モドケ】の話、覚えてるやついるか?
115以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんだっけ?
116以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
正直、その「なんだっけ?」って感じの話だったやつだよな。
何だか分からんもんがいて、何があったのかも分からんかった、みたいな。
117以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そう。それ。
【モドケ】って呼ばれる何かがいて、それの事を覚えてるといつの間にかやって来るってやつ。
ここに書き込んだって聞いたんだけど、知らないか?
118以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あー、何となく思い出した。
それで、その【モドケ】がどうしたって?
119ニイ◆4h1va1r0us
取り敢えずコテつける。
実は、あの【モドケ】の話を書き込んだ審神者ってのが知り合いでさ。
養成学校時代に知り合って、故郷が近かったから審神者になってからも交流があったんだよ。
結論から先に言うと、行方不明なんだ、ソイツ。
120以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
え? マジか?
いやでも、審神者が行方不明なんて神隠し以外にないだろ。
当局がものっそ厳重に管理してんじゃねぇか。
121ニイ◆4h1va1r0us
って言われてもな。俺の口からは行方不明としか言えない状態なんだよ。
だから、当局も動く気がない。ってか、動きようがない。
真相が知りたいけど俺一人じゃ荷が重い。
で、相談に来たんだけど、……スレの趣旨から外れてもおk?
別スレ立てる?
122以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
いや、外れてないだろ。実際に体験した怖い話なんだから。
123ニイ◆4h1va1r0us
じゃあこのまま続ける。
つっても、どこから話せばいいんかな。
上手く纏められないかも知れないから、適当に突っ込み頼む。
さっきも言ったけど、行方不明になった審神者、あ~、仮にトモヤンとする。
仮っつうか、俺がずっと読んでたあだ名なんだけどな。
で、トモヤンと俺は故郷が同じだった。
あいつが書いていた通り、ベッドタウンという名の田舎町ってやつだ。
因みに、トモヤンとは養成学校では同期だったけど、年齢が俺のがずっと下。
けど故郷が同じだったって事で、すぐに仲良くなった。
124ニイ◆4h1va1r0us
それで、…あ~、どう話せばいいんかな。
【モドケ】。そう【モドケ】だよな。
俺がガキだった頃もその話は流行ってた。
なんかこう、数年ごとに流行るみたいなものらしい。
ただ、俺の時は行方不明者が出たんだ。
ああそうだ、そうだった。
行方不明者が出てから、アバターで学校通う奴が増えたんだ。
話飛びまくってて、めちゃ分かり難いな。すまん。
125以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
いやまぁ、何となく分かった。
お前とトモヤンは同郷出身で、そこでは何年かに一度の割合で【モドケ】の話が流行る。
トモヤンが子供の頃は何も起きなかったけど、お前の時と、トモヤンの甥っ子の時は行方不明者が出た。
行方不明が出て危ないってことで、お前もアバターで学校通うようになった、と。
つ~ことだよな。
126ニイ◆4h1va1r0us
そう! それでばっちり。
127以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おk。んじゃまぁ、とりまお前がガキの頃にあった行方不明話から聞かせてくれ。
128ニイ◆4h1va1r0us
分かった。
あれは確か、十歳くらいの頃だったかな。
何がきっかけか分からない。誰が最初に言い出したかも分からない。
いつの間にかクラスの中で【モドケ】の話を聞くようになった。
トモヤンが言ってた通り、結局【モドケ】ってのが何なのかは分からないんだよ。
けど怖かった。
【モドケ】が来るんじゃないかって寝る時にもしばらく電気を消せなくなった。
夏の終わり頃だったと思う。
蜻蛉がたくさん飛んでたのをよく覚えてる。
何かがちょっとづつ、おかしくなってる気がしてた。
上手く言えないんだけど、帰り道にやけに人通りが少なかったりとか、
毎日見かけてた近所のおばちゃんを見かけなかったりとか、
ガキなりに何か妙な空気を感じてた。
クラスの連中がぽつぽつと休みはじめた時も、そんな頃だった。
129ニイ◆4h1va1r0us
そういう時に先生ってのは何にも教えてくれないもんだ。
いっそ教えてくれた方が安全って場合もあるのにな。
来なくなった連中は【モドケ】に食べられたんだとか、攫われたんだとか、
そんな噂で持ちきりになってた。
友達はいなくなる。
学校は何も教えてくれない。
こうなったら自分達で確かめるしかない。
十歳のガキでもそう思ったよ。いや、ガキだからこそだったのかもな。
ガキ同士で集まって、来なくなった連中の家を訪ねたんだ。
ちっとビビってたからウォーターガンとか持ってさ。
…──いなかった。
どいつもこいつも家にいなかった。
そいつだけじゃなくて、家族ごといなかったんだ。
はじめっからいなかったみたいに、どっかに消えちまってた。
後で教師に詰め寄ったけど、引っ越しただけだって言われたよ。
俺達はガキだったから、それ以上、どうしようもなかった。
130以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんかこれ、結構根が深い事件だったりするのか?
131以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
三日月のじっさまが茶啜りながら、
「神隠しのようだが、家族ごととははて、珍しい」とか言ってる。
132以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
三条はカップラーメン作るくらいの気安さで、神隠しの話持ち出して来るよな。
133以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
過去の話はだいたい分かった。
そんじゃあ、その知り合いの審神者の話を頼む。
134ニイ◆4h1va1r0us
ああ、分かった。
実はこの話、もうちょっと続きがあるんだけど、それは後で話すな。
で、トモヤンの話だ。
あいつに最後に会ったのは、確か今年のはじめだったな。
新年会の時に会ったけど、そん時はいたって普通だった。
地元の話もしたな。あそこはいつまで経っても田舎だって。
けどまぁそん位だ。
それで、先週になって、ふいに別の同期から連絡があった。
お前、確かトモヤンと仲良かったよなって。
如何にも「何かあります」って前振りだったから、まぁそのまま聞いた。
そいつ曰くな、トモヤンから【モドケ】の話を聞いてから何か変なんだと。
ソイツの話した内容に関しては、アバターチャットのログをそのまま書きだした方がいいな。
つ~訳で、以下はソイツが話した内容だ。
***************************************************
トモヤンとはこの間、演練でたまたま当たったんだよ。
したらアイツ、何か顔色悪いっていうか、表情が抜け落ちてて一瞬誰か分からなかった。
大丈夫か? って声かけて、演練の間にちらっと話しを聞いたんだよ。
なんか、ずっと変な感じがしてたんだよな。
上手く言えないんだけど薄ら寒いっていうか。
うなじあたりの産毛がぞわぞわするっていうか。
それで……、トモヤンが言うに【モドケ】って奴が来たんだと。
お前は【モドケ】って知ってるか?
……ああ、そうか。知ってたのか。
その【モドケ】ってやつが来たそうだ。
135ニイ◆4h1va1r0us
「いつの間にか入って来てた」だとか。
「常に見張られてる」だとか。
話してる間もきょろきょろと辺りを見回したりして、落ち着かない様子だった。
目をぎょろぎょろさせてさ、何となく爬虫類みたいだった。
そんで、……ふいにアイツの表情が変わってさ、俺を見てギョっとした顔になった。
「お前もか」
「お前も【モドケ】なんだな」
ガタガタっと席を立ち上がって、逃げるように出て行っちまったよ。
トモヤンとはそれっきりだ。
何だか気味が悪いけど、それで終わりだって思ってた。
勿論、トモヤンの事は誰かに相談するつもりだったけどな。
本丸に帰って、その日は早めに休んだ。
なんかどっと疲れが出たんだ。
こう言っちゃなんだけど、同期がおかしくなったのとか見るとショックだろ?
布団に入ったあとも頭ん中で色んなことがぐるぐる回ってた。
それでもいつの間にか寝ちゃってたんだろうな。
…──ふうっと、真夜中に目が覚めた。
まずぎょっとしたのは、部屋が真っ暗だってこと。
俺は保安灯つけて寝る派なのに、のっぺりと暗かった。
唯一の灯りといえば、障子越しに漏れてる月明かりくらいだった。
136ニイ◆4h1va1r0us
なんで目を覚ましたんだろう。
一瞬そう思ったけど、すぐに謎は解けた。
気配があった。
身体は出来るだけ動かさないようにして、気配のする方へ目線だけ向けた。
部屋の、すみっこの、月明かりから一番遠い場所。
人が立ってた。
人っていうか、人影っていうか、……
真っ暗な場所で、そこだけ人型に闇が凝縮されたみたいな。
そいつは俺に背を向けて、壁に向かって俯いて立ってた。
ハァ…──って、呼吸音なのかため息なのか、えらく気怠そうな音がした。
心臓はバクバク跳ねてたけど、俺は平静を装った。
逃げ出したかったけど、下手に動いて襲い掛かって来る方が怖かった。
だから、そのまま視線を天井に戻して、じっとただ耐えてた。
結局ソレがどれくらいそこにいたのかは分からない。
気がついたら朝になってて、近侍の小豆さんに起こされた。
ソレを見て以来、何かが少しずつおかしくなったんだ。
***************************************************
まだ続きはあるんだけど、いったん切るな。
137ニイ◆4h1va1r0us
何で切ったかつ~と、この時点で俺は何だか妙な感覚がし始めたんだよ。
やけに意味のありそうな夢を見たのに、絶対覚えていようと思ったのに、
朝になったらまるで思い出せない。
覚えていなくちゃって思ったって事だけは分かるんだ。
けどいくら必死に考えても分からなくて、頭を掻きむしりたくなってくる。
そういうの、あるだろ?
そのどちゃくそ気持ち悪い感覚が消えなくて、段々と頭痛までしてきやがった。
それで、一つの可能性に気がついた。
分かるか?
138以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あ、まさか、マインド・プロテクト?
139ニイ◆4h1va1r0us
ああそう。ご明察だ。
140以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
マインド・プロテクトってなんだっけ?
141以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
例えば、酷い事故や事件なんかに遭遇して、
日常生活を送るにあたって極めてストレスが高いと判断された場合に施される療法の一つだよ。
簡単に言うと、ストレスの元となる事象に関しての記憶を封印する。
ただ、こういう処置が取られるのは、おもに十歳くらいまでの子供に限られる場合が多い。
っていうのも、大人になれば、例えばそれが凄惨な事件の記憶なら何らかの形で情報を再輸入する可能性が高い。
その場合は、知っている筈なのに知らないっていう、かえって酷いストレスに襲われる場合がある。
その点、子供の場合は記憶を封印して、別の土地に引っ越しでもして、
家族総出で触れないようにすれば概ね、開発者の意図通りに作用するって訳だ。
142以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
うっすらとしか覚えてないんだけど、これって何か、自殺者出たとかで問題視されてなかったか?
143以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あれはな、マインド・プロテクトを施した場合、成人資格を取得した時点でアンロック出来るんだよ。
病院側から「貴方にはマインド・プロテクトがかかってます」って告知が来る訳じゃないけど、
自分の記録を中央局にアクセスして調べれば、プロテクトの有無は確認出来る。
で、ここでちょっと想像してくれよ。
自分自身が成人資格を取得する、そんで中央局の情報を調べる。
で、マインド・プロテクトがかかってるって情報を見つけたらどうする?
144以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
解除する。
145以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
知らない方がよいやつだって分かってても、解除するだろうな。
自分自身の記憶で空白部分があるって知ったら、その事に耐えられんわ。
146以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そうなんだよ。
マインド・プロテクトが施された患者のうち、実に95%以上がアンロックを申し出てる。
ここで何が問題かって言うとな。
トラウマになるような事象があったとして、それを解決出来るのは、やっぱ年月なんだよ。
何年もかかって、かみ砕いて、飲み込もうとして、葛藤したり諦めたりして少しずつ薄めてく。
アンロックをはじめた当初、患者は成人ということもあって、アフターケアは患者の希望次第だった。
アンロックをしに行った奴は、そらある程度の覚悟はあっただろうよ。
けど、予想した以上に現実が酷いって場合もある。
大人になって、状況を把握する力がついた分だけ、悲惨さが際立つこともある。
例えばこんな事例があった。
妻から浮気を責められた男が逆上して、数十回にわたり鈍器で殴打。
まだ意識のあった妻に対して、さらに包丁で二十八箇所も突き刺して殺害した。
これは全て、泣き叫ぶ子供の目の前で行われたんだ。
この事件では、子供のストレスがあまりにも高いとされてマインド・プロテクトが施された。
成人して、この記憶を見た子はどうなったか。
……恋人だった男に対しても恐怖心を覚えるようになり破局。
そればかりか、男性というもの自体が恐ろしくなってしまった。
何よりもその子を苦しめたのは、強制的な処置とは言え、両親の不幸を忘れて幸せに暮らしていた自分自身だった。
マインド・プロテクトをアンロックしてから二ヶ月後、その子は母親の墓参りをしてから自殺した。
147以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
悲惨すぎる……
148以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
成人した時に、自分にマインド・プロテクトかかってないかって、うきうきしながら調べた軽薄さを呪うわ。
なんかこう、自分が特別な存在じゃないかって、そういう期待をしたんだよな。
でも、実際にはマインド・プロテクトが掛かってるっていうと、殺人や事故現場の記憶がほとんどだもんな。
149以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
その後も、アンロックした後に耐えきれなくなって自殺するってケースが多発した。
これじゃあ本末転倒って訳だよ。
それで、今ではマインド・プロテクト解除後は最低でも24時間、経過次第では半年以上。
医療機関でストレス値をモニタリングして適切な治療を受けるってのが義務づけられるようになった。
150ニイ◆4h1va1r0us
説明ありがとよ。
話は前後しちまうんだけど、その同僚審神者との会話が終わった後に、調べてみたんだ。
俺はさ、本来なら成人資格を取得出来るだけの規定に達してない部分があったんだよ。
けど審神者になった時点で、成人資格って自動で取得されるだろ?
だからあんま実感沸いてなくて、すっかり忘れてた。
で、調べてみたんだ。
そしたら……あったんだよ。
その同僚の話を聞いてる時点で頭が痛くなって来やがったから、俺の封印された記憶は間違いなくソレ絡みだ。
151以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なるほど。それがさっき言ってた、過去の出来事にまだ続きがあるってやつか。
152ニイ◆4h1va1r0us
ああ、そういうこった。
ここまで言っておいてアレなんだけど、実はまだアンロック出来てない。
現世への外出許可でも申請に時間がかかるって上に、しばらく戦線を離れる可能性まであるからな。
なかなか許可が出なかったんだよ。
けどまぁ、その許可がやっとおりたって訳だ。
明日の朝一で現世にもどる。
そうなると、俺はしばらくこっちを留守にする可能性がある。
その間に事件が発展したら手も足も出ない。
つ~訳で、もしもの時のために助けて欲しくて、ここに相談に来たんだよ。
153以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
前置きむっちゃ長いけど、話は分かった。
取り敢えずじゃあ、その同期の審神者って奴の話の続きを聞かせてくれ。
154ニイ◆4h1va1r0us
おうよ。
じゃあ続きいってみる。
***************************************************
翌日から本丸のあちこちでソレを見るようになった。
ふっと、何かの気配を感じて視線を向けると、ソレがいるんだよ。
昼間でもやけに薄暗い場所ってあるだろ?
廊下の突き当たりとか、軒下とか、木の陰とかさ。
うっかりすれば見逃してしまいそうなほど、昼間のソイツは希薄だ。
ぼんやりとした黒い影。
でもよく見るとそれが男の背中だって分かる。
これから自殺でもしようかってくらい、どんよりとして俯いた男の背中。
見覚えがあるような気がするんだ。
でも思いだそうとすると、キーンって耳鳴りがして、頭に霧がかかったみたいになる。
俺は気にしないことに決めた。
だって、それが悪霊かなんかなら、にっかりや石切丸が気付く筈だろ?
だから無視を決め込んだんだ。
けど、はじめはよく見ないと気付かないような影だったソイツは
日に日に、少しずつだけど、濃くなってく。
それともう一つ変なことがあった。
刀剣達の様子がおかしいんだ。
電池が切れたみたいに、廊下の途中でぼおっと立ってる事もあった。
話しかけてようやく反応したりするし、戦闘に出すとよく怪我をする。
……話している時でも、なんだか違和感があるんだ。
よそよそしいっていうか、それなりに仲良くなった筈なのに、他人行儀に戻ったみたいな。
あれ? こいつってこんな表情したっけ? とか、そういう瞬間がある。
そう。そうだよ。
まるで、外見だけそのままに、中身が入れ替わったみたいに。
怖くなってトモヤンに連絡してみたけど、通じないんだ。
本丸IDはロストしてないけど、通話状態にならない。
当局に問い合わせても「お調べします」って言うばかりで、返答らしい返答はない。
155ニイ◆4h1va1r0us
それで、つい昨日のことだ。
うちの本丸は朝ご飯は居間でみんな揃って食べるんだ。
俺はアイツが現れて以来ずっと寝不足で、昨日も青白い顔でふらふらしながらも朝食に行った。
用意された上座について、ぼおっと朝飯を眺めてた。
白いご飯とお漬け物。煮魚におばんざいが二種類。味噌汁は確か豆腐だった。
ふっと、我に返ったみたいに意識が鮮明になって、顔をあげた。
全員、俺のことを見てた。
人形みたいな無表情で、物音一つたてず、声も出さず、ただただ俺を見てたんだ。
まるっきりみんな、同じ表情だった。
何のどっきりだよ、とか笑おうとしたけど、出来なかった。
俺はとにかく部屋に帰りたい一心で、でもおかしな行動はしちゃいけないって思って飯を食べはじめた。
俺が飯を食ってる間も、あいつらはずっと俺を見たまま微動だにしなかった。
味なんか分からないまま飯を掻き込んで、逃げるように部屋に戻った。
トモヤンが言ってた事が嫌ってほど分かったよ。
アレは、いつの間にか本丸に紛れ込んで、刀剣男士たちを別のものに変えちまった。
どうすればいい?
俺は、どうなるんだ?
あいつらは俺をどうする気なんだ?
怖くて、怖くて、仕方ないんだ。
***************************************************
と、ここまでがその同僚の話だ。
156以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そいつの話が全部マジで、刀剣男士が全員おかしくなるってなら、かなりヤバくないか?
157以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
つか、話の全容が掴めないんだけど、つまりどういう事?
158以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
確かにちょっと分かり難いから、俺なりに纏めてみた。
とある地方に【モドケ】と言われるものがいる。
恐らく妖怪の類いに思えるけど、少し奇妙な部分もある。
その奇妙な部分は後で話すとして……
この【モドケ】に関しては、それがやって来る条件がある。
まず前提条件として【モドケ】に関して、誰かから話しを聞くこと。
ここだけ聞くと、その存在を知った時点で呪われるタイプのものかと思えてくるけど、どうやら違うようだ。
分かっていることを並べてみよう。
・トモヤンは子供の頃に【モドケ】の話を聞いた時には何も起こらなかった。
・トモヤンは改めて【モドケ】の話を甥っ子から聞いたことによって【モドケ】がやって来た。
・ニイは子供の頃に【モドケ】の話を聞いたが無事だった。けれど同級生の所には【モドケ】がやって来た。
・ニイの同僚は、トモヤンから【モドケ】の話を聞いてから【モドケ】に悩まされるようになった。
一つ確認しておきたいのだけれど、その同期の人っていうのは、同郷でもあるのかな。
159ニイ◆4h1va1r0us
いんや。
アイツは都会育ちだって聞いてる。
160以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なるほど、【モドケ】に目をつけられる人物は出身地には関わらないらしい。
だとすると、もう一つ疑問がわいてくる。
トモヤンは過去にこのスレで【モドケ】の話をしていった。
けれどその後、オカ板住人から【モドケ】被害にあったという話題はあがっていない。
161以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
がせって事か?
162以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
確かに、オカルトに関して言えば事象を疑ってかかるのが定石だ。
けど、疑うことと、否定することは意味が違う。
何せ俺達自身が、付喪神たちとともに歴史改変者と戦うなんて怪異のど真ん中で生きてるんだ。
つまり、現時点では、【モドケ】の話を聞くという以外にも何か条件がある、というあたりで良いかと思う。
あるいは、どの同期の審神者が遭遇した事象から考えてみるに、…
このスレで【モドケ】の話を聞いた事により【モドケ】がやって来てしまったけれど、
それが【モドケ】の仕業だとは気付いていないという可能性もある。
163以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
確かにな。
こう、象徴的なビジュアルとかがあれば【モドケ】だって分かるだろうけど。
何か黒っぽい影とか、刀剣男士がよそよそしいだけじゃ、結びつけない奴もいるかもだな。
ようするに、今この瞬間にも俺らの所に【モドケ】とやらが来る可能性はあるってことか。
164以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
そうなるだろうね。
まぁ、オカ板わざわざ来ている者好きなんだ。今さら文句は言わないよ。
さて続きだけど、それじゃあその【モドケ】ってのが一体何をやらかすのか、だ。
これがいまいちはっきりしないんだ。
165以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
え、別に普通に分かるだろ。
家に入り込んで来て、ソイツの周りの奴も【モドケ】する。
んで、最終的に失踪する。
166以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
周囲を【モドケ】にするっていうのは正しいと思う。
でも失踪するの部分は疑問が残るんだ。
失踪するのは、最終的な目的の前段階じゃないかと俺は思う。
失踪したあとに何が起こるのか、あるいは失踪する直前に何が起こるのか。
そこに【モドケ】が何がしたいのかっていう部分があるんじゃないかな。
167以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
私もこの【モドケ】ってのは、悪霊とかより妖怪の類いなんだと思うけど、
さっき、妖怪だってことに疑問があるって言ってたよね。
168以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ああ、うん。
妖怪っていうのは、すごく幅が広くてね。例えば付喪神も妖怪として扱われることも多いくらいだ。
ただ、多くある妖怪に共通するのが、それが教訓に基づいているっていう部分だと思う。
付喪神だったら、道具は大事にしろっていう意味だね。
あとは例えば、河童だ。
俺が知ってる中では日本の妖怪の中でもっともポピュラーなんじゃないかと思う。
名前もいろいろで、水虎とか、猿猴、禰々子、メドチなんかは、特徴がほぼ河童と一致してる。
じゃあ、河童が教訓としてどういう意味があるかって言うと、つまり河原は危ないってことだ。
何で河原が危ないかって言えば、単純に溺れるということは勿論だけど、
江戸時代から遡れば、河原といえば死体の捨て場所だったし、その付近に生活している河原者は危険だった。
その危険を子供に分からせるために、河童がいるからって脅かすのは実に効率的だっただろうね。
得体の知れない妖怪に尻に手を突っ込まれるなんて聞いたら、
俺だったら興味本位で通い詰めてしまうかも知れないけどね!
169以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ちょっと待て。
170以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
今なんか話がおかしな方向に進んだ気がしたぞ。
171以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おい、まさかコイツ、前スレにいた変態じゃねぇか?
172セルフィー◆b1ttermel0n
さて、それじゃあコテもつけて、気を取り直して話を進めようか!
173以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ぎゃぁああああああああ、出たァアアアァアアアアあ!!!!!!!
174以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おがぁあああああちゃぁああああああんんんん!!!!!!
175ニイ◆4h1va1r0us
え、ちょ、なんでお前らそんな怯えるんだよ?
セルフィーって自撮りのことだろ?
176以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
やめろ。コイツに自撮りなんて言おうものならどんな心霊写真があがって来るか分からないぞ。
177セルフィー◆b1ttermel0n
恥を忍んで告白すると、自撮りしようと思ってカメラで試したこともあるけど、いまいちだった。
さて、話を戻そうか。
【モドケ】が妖怪らしくないと言ったのは、この教訓的という部分から外れるからだ。
むしろ、家族の様子がおかいくなるなんてのは、教訓とは正反対になってしまう。
日本にはたくさんの妖怪がいるけれど、身近な人物に化ける奴はほとんどいない。
狐や狸が化かす話でも、化けるのは見知らぬ子供や美女だったりすることのが多いだろう?
一番近いのは、海女の前に仲間そっくりの姿で現れて溺れさせるっていう「ともかづき」あたりだけど…
この「ともかづき」は長時間海に潜ることによって、酸欠や低体温が引き起こす判断力の低下を教訓としていると思う。
178以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ナチュラルに話戻しやがった。
妖怪とはちっと外れるかもだけど、隣人がおかしくなってくって言うと吸血鬼系とか?
179セルフィー◆b1ttermel0n
吸血鬼はそもそも1800年代後半に「カーミラ」や「ドラキュラ」で登場するモンスターだ。
その原型となる伝承はあれど、ほぼ創作されたモンスターといっていい。
180以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
でもなんだっけ、「呪われた町」だっけか?
あれの吸血鬼とか、どんどん隣人をおかしくしてくタイプの原型だろ?
181セルフィー◆b1ttermel0n
隣人が別のものにすり替わっていく話なら、「盗まれた街」のが古いかな。
どのみち、1900年あたりから現れたモンスターはそれまでの教訓的な存在とはまるで違う。
彼らは人類の敵として登場したわけだ。
話が散漫になってきたね。
俺が何を言いたいかというと、【モドケ】はいまいちこのどれにも一致しないって事なんだ。
教訓的な意味合いを含んだ、人の認知をもって存在する妖怪とも違う。
人間にとって完全に敵対するタイプのモンスターにしては、どうもやりたい事が分からない。
182以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
俺はこれ、都市伝説っぽいなって思ったけど。
183セルフィー◆b1ttermel0n
まぁ結局は、妖怪もモンスターもきっちりとしたジャンル分けは出来ないと思うけどね。
いわゆる都市伝説といわれるタイプの話は、現代風にアレンジされた妖怪やら怪談であったり、
海外において古くからあった怪談が現代版になったものが輸入されたなんてパターンもある。
あるいは、俺達のようなオカルト好きによって作られたものが流行した、なんてのもあるね。
確かに【モドケ】は都市伝説っぽいけれど、じゃあ逆に都市伝説っぽいってどういう事かって話になる。
俺が思うに都市伝説っぽいっていうのは、何がしたいのか分からないショッキングな事象じゃないかな。
184以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あ~つまり、口裂け女は「私、綺麗?」とか聞いてきて、グロ顔見せてくる。
なんかめちゃ怖い。やばかった。
原因? 知らね。
みたいな感じか。
やばかった部分だけ広まって、伝達も親から子じゃなく、若者から若者って感じだから教訓部分が消える。
185セルフィー◆b1ttermel0n
うんうん。
情報が伝達が加速したことによって、物語が剥ぎ取られショッキングな部分だけが伝わった怪談。
そういう存在な気がする。
うん、だとすれば【モドケ】も都市伝説的だと言える。
という所でつまり何だというと、やっぱり正体不明で何がしたいか分からないって話になる。
186以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんかめちゃ長い話だけど、つまりぐるっと回って戻ってきた訳だな。
187セルフィー◆b1ttermel0n
そうなるね。
俺の感想をまとめて言うと、【モドケ】は審神者のみならず刀剣男士にまで取り憑けるほど強力だ。
その割に正体がぼやけてて、何だか気持ち悪いっていうことかな。
188以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
水を刺す感じでアレだけど、せっかく相談しに来て貰っても、助けになれないって話か?
189セルフィー◆b1ttermel0n
今の情報量だと厳しいかな。
ということで、ニイに聞きたいのだけれども、……
① ニイとトモヤンの故郷の場所が知りたい。
② マインド・プロテクトが解けて、開示出来そうな内容だったら教えて欲しい。
③ トモヤンと共通の同期だったていう審神者をこのスレに喚び出して欲しい。
全部じゃなくてもいいから、検討して貰えるかな。
190以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
セルフィーが凄いマトモに話を進めてるけど、
コイツがド変態だという事実が俺の中で何かを阻んでる。
191以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
分かる。
俺もガキの頃からなんでも鼻に詰める癖があったけど、
アナルに手を出したら戻れないと思って踏みとどまった。
おかげさまで今年は何と片方だけで15本のポッキーが詰められるようになった。
192以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
お前とは何一つわかり合えてねぇよ。
193以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
てか、ニイ?
194以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
まさか、変態が多すぎてどっか行っちまったのか!!?
195ニイ◆4h1va1r0us
ああ悪ぃ。前スレ読んで来てたわ。
確かに変態だった。
いや、そうじゃねぇ。そこじゃねぇ。
落ち着け自分。アナルに惑わされるな。
196以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
アナルに惑わされるなって、名言っぽくていいな。
197ニイ◆4h1va1r0us
んな名言残したくねぇわ!
ええと、まず故郷の場所だったのは「朝日ヶ丘」ってとこだ。
んで、マインド・プロテクトのことは元からそのつもりだ。
三つ目も連絡しとく。
198以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
朝日ヶ丘って、なんか吸収合併した市でいくつもありそうな名前だな。
土地の由来とか関係なしに、何か住んでみたくなりそうな名前つけてみました的な。
ツバサ街だとか、青空町とか、コスモス畑市とかも聞いたことある。
199ニイ◆4h1va1r0us
まさにそんな感じだ。
住みやすく暮らしやすい明るい街作りだとか何とかで、街の名前を募集してつけたとか何とか。
つ~ことで、俺はそろそろ明日の準備があるから落ちようと思うけど、何か他に質問あるか?
場合によっちゃしばらく顔出せないけど、出来るだけスレを見るようにはするつもりだ。
200以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
取り敢えずはまだないかな。
ってか、同期が心配なのは分かるけど、マインド・プロテクトの解除とか、かなり負担だろうからさ。
なんつ~か自分のこと大事にしろよ?
201ニイ◆4h1va1r0us
さんきゅ。
明日の朝一番でもっかいこのスレ確認すっから、質問あったら投げといてくれ。
んじゃな。おやすみ。
202以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おお、おやす~。
203以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ノシ
[newpage]
【モドケ】とかいう奴をぶっ飛ばそうず。
・
・
・
・
78以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あれから四日かぁ。
戻ってこねぇな、ニイのやつ。
79以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
まぁマインド・プロテクトの話がマジだってなら、一週間くらいかかるんじゃねぇの?
80イケオジ◆f0reveR4oy
お~う、おまいら~。邪魔するぜい!
あ、今、いきなりコテつけて書き込む勘違い野郎が来たなって思っただろ?
おっさんもね! あんま目立つの好きじゃないんだけどね!
事情が事情ってか、あれだ。
なんか故あって半分当事者的なもんになっちまったつ~か。
おまいらが前スレで話してた、ニイの同期審神者君とだな、今、一緒なんだよ。
やばい事に巻き込まれて、原因究明したいから現地調査について来てくれって頼まれてさ。
んで、書き込みに来たって訳だ。
81以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
突っ込む前から説明サンクス。
82以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
よっしゃ! ようやく進展来たコレ!
83ハルくん◆r3p11can10
どうも、同期審神者のハルです。
ニイからは、さっさと書き込み行けって言われてたんだけど、遅くなった。
っていうのも、踏ん切りが付かなかったってのと、
特別追加するような情報がなかったからで。
あとは何か、変なことばっかり起こるせいで凄い疲れててさ。
前スレの通り、俺のとこの本丸は、なんかもう、おかしいんだ。
みんな知らない奴みたいになって、耐えきれなくて休暇とって現世に来てる。
しばらくはダラダラして、スレも見てたんだけど、動く気になれなくて。
何もせずに過ごしてるのに、ここに顔出すのも気まずかった。
アレも来なかったし、もういっそ審神者やめて逃げ出せば解決するかなって思ったんだ。
けど、……来たんだ。
一昨日の夜に、ふとホテルから窓の外を見たらさ。アレが、立ってるのが見えた。
逃げられないって分かってようやく動く気になって、それでニイとトモヤンの故郷に来てる。
あ、刀剣男士おかしいのに自分だけ良ければいいのかよって突っ込みはしないでくれると嬉しい。
そこは自分が一番よく分かってる。
84以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
乙。
ちっと想像してみたけど、本丸みたく隔離された状況で周り中おかしかったら間違いなく病むわ。
いやまぁ、あいつら元からちょっとずれてはいるけどさ。
それでもこっちに好意持ってくれてるからやっていける訳で。
ハルの状況考えたら逃げ出すのも無理ないってか、多分それが正解だったと思うぜ。
85イケオジ◆f0reveR4oy
つ~訳で、件の朝日ヶ丘てっとこに来てる。
前スレでも言ってたけんど、似たような名前の市がいくつもあって混乱したわ。
でも、いっとう最初にトモヤンが宗教団体の集団自殺があったって言ってただろ?
それで絞れた感じ。
86以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あ、それ、俺も気になって調べたんだけどさ。
朝日ヶ丘で集団自殺なんて見つからなかったぜ?
87イケオジ◆f0reveR4oy
それな!
そこがまた厄介な話なんだわ。
実はこの朝日ヶ丘ってのは、今まで何度も名前が変わってる。
一番最近変わったのがおおよそ20年前。
つまりは、その集団自殺があった少し後ってことだ。
まぁこれはよくある話だな。
世間を騒がせるような事件が起こると、その土地自体の評判が下がる。
だから街の名前を変えちまおうって訳だ。
そんでもって、まさか、と思ってさらに掘り返してみたんだけどな。
人の出入りの激しいベッドタウンってのが影響してるのかも知れねぇが、それ以前も何回も変わってるんだわ。
近隣の町と合併したりって場合もあって、もうぐっちゃぐちゃよ。
何が言いたいかっていうと、この町の歴史に関わるような資料が殆ど無いんだわ。
いや、どっかにはあるんだろうけど、町名が変わって管轄も変わって、…
そういう資料がいったいどこに保管されてるのかってのが分からない。
住民自体も町の歴史にあんま興味もないんだろうなぁ。
役所やら図書館やらを調べてみたけど、ほぼ収穫なしだった。
88以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
その集団自殺ってのは、今回の件には無関係な感じ?
89イケオジ◆f0reveR4oy
ん~~~~~~~。
どうだろうなぁ、難しいんだよなぁ。何せ、その「今回の件」ってのがあやふやだかんな。
つ~訳でだ。今日ちょうど資料読み直したことだし、念のためにその件も触れとくわ。
90以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おk。説明よろ。
91イケオジ◆f0reveR4oy
おう。んじゃ、説明すっぞ。
事件が起こったのは今から23年前。当時この町の名前は「南アカリ町」だった。
その当時を知ってる奴なら、ピンと来たんじゃないか?
結構な騒ぎになった事件だったかんな。
当時の南アカリ、現・朝日ヶ丘って場所は町の北西部は小高い山になっていて、随分と自然が残ってる。
もともとこの一帯は「古き良き里山の暮らしを」ってのがコンセプトだからな。
まぁ、町中でも自然は多い方だし、町のどこにいてもその小高い山は見える、なかなか景観のいい場所だ。
で、この事件の発端は、その山の方にとある集団が共同生活をはじめたことから始まった。
宗教団体って言われてるけどな、実際にどんな教義だったかってのは残ってない。
規律を守って集団で生活してたから、宗教団体だって言われてた、って感じかもなぁ。
周囲からは不気味がられてはいたけど、特に迷惑をかける事もなし。
たまに集団でぞろぞろと買い物に来るくらいだったから、見て見ぬふりをされてたみたいだ。
事件が起こったのは、……いや、発覚したのは、8月の17日の昼過ぎだ。
数日前から異様な量のカラスが例の集団生活をしているあたりを飛び交ってるっていう通報があった。
そこで警察が現地を訪れて、53人の遺体を発見した。
死因はすべて首吊り。
周囲の木々すべてに遺体が鈴生りになっていた、…って発見者が言ってるくらいだ。
そらまぁ、恐ろしい光景だっただろうな。
ただ、この事件は、そのインパクトに反してさっさと消えていった。
つ~のも、遺体には外傷もなく、暴れた形跡もない。数こそ異常だったが、あくまで自殺だ。
捜査するにも関係者は全員死んでる。
結局のところ、何ともいえない不気味さだけを残しつつ、事件は風化していった。
とはいえ、当時は随分放映されてたからな。町の方は風評被害を気にして町名を変えた訳だ。
92以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あ~、確かに。
なんかこう、その事件もインパクトある割にはふわっとしてるな。
だかこそ気持ち悪いけど。
93イケオジ◆f0reveR4oy
ああ、そうだ。この事件だがな、一人だけ遺書らしきものを書いた奴がいたそうだ。
検死の結果、その遺書を書いた奴が最初の首を吊ってことが判明してる。
94以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
もったいぶるなよ。
遺書には何て書いてあったんだ?
95イケオジ◆f0reveR4oy
なんも。
文字らしいもんはなかった。
ただ、本人の血で何かを滅茶苦茶に書き殴ってあった。
96以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
うえぇええ、どっからどこまでも薄気味悪い事件だな。
97イケオジ◆f0reveR4oy
初日の収穫はそんなもんだな。
町の名前が何度も変わってるってことと、集団自殺の詳しい資料を探り出したくらいで終わっちまった。
あちこちたらい回しになったってのもあるし、ハル君もあんま調子よく無さそうだしな。
98以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あのさ、ぶっちゃけた話、そのハル君って大丈夫そうなん?
99イケオジ◆f0reveR4oy
ちょっとまぁ、疲れてそうではあるな。
とりあえずのところは、大丈夫だと思う。
おっさんがその分がんばって調査するわ。
かんばしい成果って訳にはいかないかもだけんど、とりま動いてみる。
しいて言えば、地元の名物とかないし、ビジネスホテルしかないのが不満だけどなぁ。
いろいろとフォロー頼むわ。
100以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あ、……
101以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
お、おう!!!!! 任せろ!!!!
つうか、刀剣男士つれて来てるんだよな!!??!??
102イケオジ◆f0reveR4oy
おう。おっさんはみっちゃんを連れて来てるぜ!
103以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
みっちゃんって、光忠か?
104以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんで光忠。いや、普通に強いし頼りになるし雄っぱい大きいけど。
105以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ちょ、最後wwwww
106イケオジ◆f0reveR4oy
いやぁ、本当はな、おっさんも相手がオカルト系だからにっかりとか連れてこようと思ったんだけんどな。
なんつ~か、こう、おまいらのとこの光忠も、最近びみょーに拗ねてたりしないか?
107以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ああ、分かる。
108以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんかこう、面倒臭い方向でひそかに拗ねてるよな。
109以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
え? そうだっけ?
110以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
貞ちゃんが極になったあたりはまだ良かったんだよな。普通に喜んでた。
けど大倶利伽羅が極になった頃には微妙に拗ねはじめてた。
拗ねたっていうか、可愛がってた子が巣立っていく親鳥の心持ちみたいな?
111以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あと長谷部な。
アイツが微妙にみったださんのことを煽るんだよな。
みったださんは大人だからニコニコしてるけど、微妙に来てるだろ、アレ。
112以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
うちは鶴丸が言いに来たぞ。あの鶴丸が。
「よう、主。新しい刀に熱心なのはいいけどな、光坊にも構ってやってくれよ?」って言われてさ。
びっくりしたわ。
鶴丸が言いに来るって相当だし、んな事を言わせた自分を反省した。
113以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
んな訳あるかって思って炊事場行ってみたら、光忠さんに驚いた顔されたわ。
「あれ? 主、ここに来るなんて久しぶりだね。さては小腹でも空いたのかな?」って言われて、
なんか無償に胸が締め付けられたから「今日、お前が近侍!!」って言ったさ。
したらさぁ、一瞬だけぽかんって口開けた後、なんかね、蕩けそうな顔で笑ったんだよ。
「嬉しいな。あ、……じゃあちょっと髪を整えて来るね」とか言いながら、密かに目尻ぬぐってるし!
なんかもう!!! 久しぶりに里帰りして母ちゃんに会った感じ!!!!!
114以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
やばい、ちょ、私も光忠呼んでくる!
古参なもんだから、最近あんまり話してなかった!
呼べばすぐ来てくれるし、いつもご飯作ってくれるから、当たり前みたいになってちゃんと話してなかった。
115以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんだこれ。スレ民がホームシックみたいになってんぞ。
俺も光忠さん呼んだけど。
116以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
俺はなんか久しぶりに小狐呼んでみたけど、なんか凄ぇぞ。
3年ぶりに実家に帰っても俺のこと覚えててくれて、
大興奮して出迎えてくれたワンコみたいになってるぞ。
いや、チワワか!? めっちゃぷるぷるしてんぞ!???!?
117イケオジ◆f0reveR4oy
うんうん、そんな感じだ。
ってことで、みっちゃんと来てる。
えらく出来の良い息子に介護されてる父親の気分だな!
まぁ、ともかく、だ。
もう夜になっちまったし、調査は明日に持ち越す感じだな。
部屋戻って、ビール飲んで風呂入って寝ることにするわ。
118以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
りょ~かい。報告乙。
俺らはマターリ待機してるわ。
119イケオジ◆f0reveR4oy
宜しく頼んだ!
んじゃ、また明日な~!
120以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おう! また明日な~!
121以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
……なぁ、ってかさ、
大丈夫なんかな。
122以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
言うなよ。
123以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
分かってるけど心配でさ。
124以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
だからこそ、言うなよ。
125ハルくん◆r3p11can10
心配?
126以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おぁ!
あ~、そうそう、心配してたんだよ。
おっさんもそうだけど、アンタも大丈夫か?
127ハルくん◆r3p11can10
あまり、大丈夫じゃないかもしれない。
身体がだるいし、熱っぽい。ヘルスチェックしても微熱以外に何も出ないんだけどな。
目の下に隈出来てるし、鼻血出るし、正直やばいんじゃないかって思ってる。
128以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
アンタは刀剣男士は連れてきてないんだよな?
129ハルくん◆r3p11can10
あ~、……ははは、そうだな。
あいつら、もう違うものになっちまったからな。
壊れた人形みたいに、がくがくとしか動かないし、……俺も一緒かもだけど。
文字、打つの、しんどいからさ、音声入力にしてるから、
なんか聞き苦しかったりすっかも、悪い。
130以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
いいって。無理すんな。
今は部屋か?
131ハルくん◆r3p11can10
ああ、部屋、戻って、風呂どうしよかなって思ってた。
132以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
黒い影が来るって言ってただろ?
あれってさ、見覚えあったりしないのか?
133ハルくん◆r3p11can10
ある。
最初は分からなかった。すごい、おぼろげだったから。
けど、段々濃くなって来て。
俺だよ。
あれは俺だ。
俺の形したアレがさ、【モドケ】がさ、来るんだよ。
よこせって。
俺の身体、よこせって来るんだ。
134ハルくん◆r3p11can10
追いかけて来る。ずっと。
アレに掴まったら、俺もきっと【モドケ】になるんだ。
こっちに来て、ちゃんと調べて、原因突き止めて、そうすれば解決するって思ったんだ。
でもさ、ちょっと遅すぎたかもしんない。
いつもそうなんだよな。
試験の勉強とかでもそうだった。
今日やらなくちゃ、明日は絶対やろう、そうやって先延ばしして。
一日くらい、今日くらいって、楽するつもりで自分の首を絞めてるんだよ。
馬鹿だよなぁ、俺。
もっと早く、ちゃんとやってれば良かったんだ。
トモヤンがおかしいって気付いた時に調べれば良かった。
自分の周りもおかしくなった時にすぐに相談すれば良かった。
本丸から逃げ出して、すぐに調べに来れば良かった。
135以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おい、落ち着けって。
まだ間に合うって。
俺も試験のたびに一夜漬けで死にかけてたけど、何とかなってっし。
136ハルくん◆r3p11can10
気付いたんだよ。
俺はとっくに手遅れだった。
多分さ、今回に限っては、最初っから手遅れだったんだ。
手遅れだったんだよ。
トモヤンに会った時から、もう駄目だったんだ。そうだよ駄目だったんだ。
俺が悪いんじゃない。俺が悪いんじゃないんだ。
俺がぐずぐずしてたからじゃない。
無駄だった。無駄だったんだよ!!!
ああ、クソ!!!
また鼻血が出てきやがった!!!
止まれよ、もう! どうせ駄目なんだったら、さっさと殺せばいいだろ!!?
クソ、クソ、うあ、なんだ、よ。なんだよ、コレ…!?
137以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんか、やばくないか?
138以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おい、おっさん!!?!!!!
様子見に、いや、行かない方がいいんか!!???
139イケオジ◆f0reveR4oy
今、向かってる!!!
140以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
隣の部屋とかじゃないんかよ!
141イケオジ◆f0reveR4oy
いや、だって!
ビジネスホテルだけど地下にスパがあるって聞いたから、疲れ癒やそうと思ってね!
急いでるけど、おっさんほぼ全裸だから!!!
下手すると部屋にたどり着く前にホテルスタッフに掴まっちゃうからね!
ってか、おっさん兎も角、みっちゃんがね!!!
あんな世紀のイケメンに手洗桶一つで廊下走らせるとか、マジで心が痛むのね!!!
142以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
手洗桶一つなんかい!!!!!
143以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なんかソレで全力疾走とか、桶の中でびたんびたんしそうだな。
何がとは言わんけど。
144以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
もういっそ、股間はいいから顔の方隠した方がいいんじゃないか?
145以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
顔だけ手洗桶で隠して全裸で失踪する燭台切光忠。
ただの変態じゃねぇか。
あ、やべ!
近侍をみったださんにしてたの忘れてた!
違うからな!!!? お前の事だけどお前の事じゃないから!
お前は世界一格好いいから!!!
146以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おっさんが全裸なせいでシリアス展開がすっかりカオスじゃねぇか!
147イケオジ◆f0reveR4oy
おっさんは!!!! タオル巻いてる!!!
あとスリッパも履いてるから!!!
待って、待ってみっちゃん、待って!! それはない! それはないから!!!
やめて待って、抱きかかえようとしないで!!??
不味いから! 本気で不味いから!!!
ホテルの廊下を全裸でおっさん抱きかかえて疾走する美青年(全裸)とか絵的に完全アウトだから!!!
148以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
あいつらイケメンだけど、刀としての意識のが遙かに高いせいで、いざとなったら全裸でもお構いなしだかんな。
うちの本丸が奇襲受けた時に、ちょうど風呂時だったせいで完全におちんちん祭りになった事があったわ。
どこを見ても二本目の刀がお目見えしちゃってて、死ぬかと思った。
あんなもん、薄い本でしか拝んだことないぴちぴちの喪女には刺激が強すぎて心が無になった。
149以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
ただ単に、部屋に駆けつけて欲しいってだけなのに、なんでこんなやばい事になってんだよ。
150ハルくん◆r3p11can10
あ~~~、なんか、なんだこれ。
鼻血がさぁ、めっちゃ出たんだよ。ぼとぼとぼとって、何か半分固形物みたいな血がさ。
それで、洗面所来たらさ、やばい、これ、すげぇ気持ち悪い。
おかしいって思ってたんだよ。
目の下のどす黒い隈が出来るし、頬がさ、すげぇ弛んで来てるなって。
ったら、なんかさ、目のとこ、膿んだみたいになってて、ちょっと引っ掻いたら、ずるって、剥けた。
やばい、これ、どんどん剥けるんだけど。
なんだこれ。
顔中血塗れってか、あ、はは、ひでぇ、モンスターじゃねぇか。
あ?
なんか、あちこち、痒い。
って、腕も剥けた。
んだよ、これ、脱皮かよ。身体中、ずるずる剥けて、……うあ、きもち、わり……
ああ、そう、だよな?
ずっと、中にいたんだもんな!!!?
いい加減出て来たくなったんだろ!!!!!
151以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
おい、やっぱやばいぞ。何かやばいぞ!
152以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
中にいたって、何がいたんだよ!
153以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
決まってんだろ! 【モドケ】だよ!
取り憑かれて、中で成長して、出てこようとしてるんだろ!
154ハルくん◆r3p11can10
ああぁあああああ、いやだ、いやだ、…イダい、いだ、いだいぃいいい!!!
なんだよ、痛いじゃねぇかよぉおおおおおぉおお!!!
どうせ、死ぬんだろ!!! 痛いなんて聞いてねぇよぉおおぉおおお!!!!!!
いや、うげ、…ご、グボ、……っ…ゲ、…あ、…ぎる、…ご…──
や、…──、め……や、
裂け、……あ、ぐ、げぇええ、ヒ、裏返っ、…──あ、ああぁああ、ああガァアアあ!!!
あぎょ、…ぎ、あぶァ、…──あ、…ぁ……
155イケオジ◆f0reveR4oy
おい!!!!
開けろ! ドア開けろ!!!!!
クソ!! やれ、光忠ぁああああ!!!!!
156ハルくん◆r3p11can10
あ゛
ぐ、…──う、が、…──だ、す、け………──
う、がぁが、がぎゃがぐぁ、
がががぎじゃぐじゅぐりゅりゅるうゆるうう
ぐじゅ
ぐじゅぎ
157イケオジ◆f0reveR4oy
ハル!!!!!!!
どこだ!!! ハル!!!!!
158以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
どうなってる!!?
どうなったんだ!!!!?
159イケオジ◆f0reveR4oy
分からん!!
部屋には入ったけどな、壁中血だらけで真っ赤だけど、誰もいねぇ!!
なんか、あんま見たくないけど、その、なんだ、皮みたいなもんが、洗面所からはみ出してる。
けど、洗面所には誰もいねぇ。
なんだ?
窓が開いて……
まさか、出てったのか?
160以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
出てたって。だってそんな、動けるような状態じゃないだろ?
161以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
いや。
中から、アレが出て来たって言うなら。
162以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
なぁ、俺、一個だけ分かった。
【モドケ】ってさ、擬化って書くんじゃないか?
化けるんだよ。人に。
それで、人のふりして、近づいて来るんだ。
誰が【モドケ】かどうかなんて分かんない。
見分けようがない。
いつの間にか側に来て、それで、それで……
163以下、名無しにかわりまして審神者がお送りします
だとしたら、そんな奴どうやって避ければいいんだよ!
そんなの、防ぎようがないじゃねぇか!
なぁ!!!
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<strong>おっさん審神者シリーズはちゃんねる風形式で進行するホラーコメディです。</strong><br /><strong>本シリーズを閲覧頂く際には、あらかじめ<span style="color:#fe3a20;">以下の注意書きの内容</span>をご了承下さい。</strong><br />・個性的なオリジナル審神者(または見習い)が登場し、概ね審神者視点で展開する。<br />・刀剣破壊、ブラック運営、刀剣男士と審神者の肉体関係を示唆する表現などが存在する。<br />・ホラー表現としてグロテスクな描写や、虫が大量発生するなどの描写がある。<br />・コメディ要素として下ネタ(笑いを誘う排泄・性的な話題のこと)を多く含む場合がある。<br />・2200年という未来世界の技術(本丸設備を含む)や情勢などに関しての独自設定がある。<br /><strong>※<span style="color:#fe3a20;">上記の要素は全ての作品に必ず含まれるという訳ではございません。</span>話ごとに注意書きを記載しますと、ネタバレに繋がるためシリーズ全体としての注意書きとしてご了承いただければ幸いです。</strong>
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【とうらぶちゃんねる/ホラー】もどけ/前編
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10163288#1
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あらすじという名のプロフ
比企谷 八幡 男 20歳
大学の先輩に美味しいバイトだと唆され付いてった先が346プロだった。逃げようとするが時給の良さとチッヒの甘言に唆され隷属された。ちょろい。丁度、シンデレラプロジェクトによるアイドル部門立ち上げの事務処理などをしている時に武内Pに効率の良さを認められ、引き抜かれる。
最初は何人かいた社員・バイトは激務・諸事情に耐えかねて徐々に消えていき、その度に便乗しようとしてチッヒに(社会的に)殺されかけている。気付けば、プロジェクト初期メンバーとして芸能関係のあらゆる事に精通して普通の社員より働かざる得なくなった。
送迎(バイク&ハイエース)・発注・スケ管理・人員配置など上司二人の補助がメインだったが年数を増すたび丸投げされるようになった。やだ、優秀。
大学1・2年でかなり単位を無理して取ったためゼミ以外は卒業まで週1で出れば間に合う計画だったが最近は346の激務のせいでその貯金も無くなりかけている。前期は教授4人に土下座した。そろそろやばい。
渋谷 凛 女 17歳
第二期シンデレラプロジェクトにスカウト枠で入選を果たしたクール系JK。当時はアイドルにも興味がなく熱が入っていなかったが、ステージで輝く先輩たちに魅せられ邁進することになった。不愛想に見えるが意外と懐に入れば面倒見がよくテンションも高くなる(要するに人見知りである。
そんなアイドルとして順風満帆な彼女であるが、実家の花屋も手伝っていて―――?
[newpage]
日が昇りきるには随分と時間がある早朝。空は暁に追いやられる月がぐずるようにうっすら輝いて、秋も始まったばかりだというのに気を抜けば息すら白くなりそうな冷えた空気に小さく身を震わせる。そんな静まり返った静寂のなかで、俺は最後の荷物であろうソレを積み込んで小さく息を吐く。積み残しや荷崩れの心配がないかを軽く確認して、問題がないことを確認すると荷台から降りてクシャクシャになった細巻きに火を灯す。
薄暗闇に季節外れの蛍のような光点が燈り、その残滓を追うように白煙が群青色の空へと流れてゆく。そうして、隣で人並み以上に整った眉間に皺を寄せてバインダーと積み荷とにらめっこしている少女に声をかける。
「一応、数と宛先は確認したけど種類までは分からん。あってそうか?」
「……ん、大丈夫そうだね。積み込み、手伝ってくれてありがとう」
確認が無事に終わったのか小さく息を抜いて微笑む彼女の声は、その名を示すように澄み渡っていて――静かなこの時間には随分と耳に心地よく響いた。それが随分と面白く感じられ零れそうな笑いをもう一度深く紫煙を吸い込んで煙に混ぜて誤魔化す。そんな俺に怪訝な顔を浮かべる彼女の名は”渋谷 凜”。自分のバイト先に所属するアイドルで、うら若き高校生で、そして、花屋の看板娘である彼女。俺はいま、そんな彼女と共にこんな早朝に二人で花々を積んでいる。
どうしてこんな事を自分が、とも。せっかくの休日が、とも思わないでもないではないが、どうにも自分は年下には甘い性分らしい。昨晩のそこそこ遅い時間に縋るような声で掛けられた電話を断るという選択肢はついぞ浮かぶことがなかった。
取るものもとりあえず凜の実家に駆けつけてみれば、親父さんがぎっくり腰で動けなくなったのを凜が勘違いして俺に助けを求めてしまったとのこと。……大したことでなかったと喜ぶべきなのだろうが、全力で駆けつけてそのまま、ずっこけてしまった俺の事はきっと誰も責められないはずだ。
まあ、そっから、呻く親父さんをとりあえず寝室に運び込んで、途中だったという納品準備を終わらせたのが深夜を軽く二回りをした頃だ。別にそこで帰って仕舞っても良かったのだが、山となった花々は今日が納品とのこと。そのうえ、この店にいるのは女手が二名に負傷者一名。後は、妙に愛嬌のある愛犬の”花子さん”ぐらいなもんだ。何よりも、あんなに弱々しく”後は大丈夫、遅くにごめん”などと申し訳なさそうに言う凜をほっとけるほど俺のお兄ちゃん属性というやつは甘くはなかったのだ。
デコピン一つと彼女の頭を小梅たちにやるように乱雑に撫でまわして、こういう時にはどんな一言が適切かを教えてやって店の軒先で仮眠を挟んで、今に至る。
俺は、なんでも一人でやってきた。それでも、やり切れない事は随分とあって。遠回りの先に誰かを頼ることを俺は覚えたのだ。ソレを、彼女が学ぶにはちょうどいい機会だろう。―――申し訳なさそうに、それでも張りつめていた何かが解けた表情を浮かべた彼女を見るに意味はあったのだと勝手に思い込んでいる。
そんな回想とも言えない独白を吸っていた細巻きと共に握りつぶした所で、店のシャッターが開けられ知り合いの洋犬とは違った愛嬌のある花子さんが飛び出してきて足元に勢いよくじゃれついてくる。そんな彼女の手厚いお見送りに頭をなで繰り回すように答えていると、隣にいる少女と驚くほど似た声が苦笑ともに耳朶を叩く。その声に惹かれるように視線を上げれば困ったように微笑む凜と瓜二つの女性が立っていた。
「急にウチの子が呼び出したのに、朝の配送まで手伝って貰っちゃって本当にごめんなさいね、比企谷君」
「いや、こいつ等にこき使われるのは慣れてるんで…って、おい、いてぇ」
「……お母さんも、比企谷も一言多いんだよ」
最初に挨拶したときに言われていなければ”姉”だと勘違いしそうなくらいに若々しい凜の母親に軽口を返してみると脇腹を軽くつま先で蹴られてしまう。その原因である凜に抗議の視線を送れば、拗ねたような表情を浮かべてくるのだから俺も凜の母親も苦笑を浮かべるほかにない。そんな俺たちに更に彼女はご立腹のようで、俺を引き上げてグイグイと運転席へと押し出してくる。
「い・い・か・ら!!さっさと行かないとは配送送れちゃうよ!!」
「あらら、お兄ちゃんとの会話を横取りされて拗ねちゃった。この嫉妬深いのは誰に似たのかしらねぇ?」
「お母さん!!」
そんな二人のほほえましい会話に笑っていると、射殺さんばかりの視線を向けられるものの頬が真っ赤で、目にはうっすら涙が溜まっているの。そんな彼女は随分幼かった頃の小町を思い出してもっと笑いそうになってしまう。だが、時間が迫ってきているのも確かなので彼女に促されるまま運転席に乗り込む。
座席やミラーなどの微調整をしているウチに凜も助手席に乗り込んで小さく息を吐く彼女に小さく笑ってしまう。
「………なに?」
「いや、普段は物静かでも家ではやっぱり年頃の娘なんだと思ってな」
「……どうせ普段は不愛想ですよ」
そういった意味でもないのだが、まあ、家族とのやり取りを見られる恥ずかしさは非常に分からないでもないのでこの辺にしておいてやろう。そう思って俺はエンジンをかける。
「ん、気を付けて行ってきてね。あと、これ、あんま立派な物でもないけど二人で途中で食べて頂戴」
「ありがとうございます。…んじゃ、花子さん。行ってくるぜ」
「……いってきます」
最後に渡されたバケットに詰められたサンドイッチを受け取って、乗り込まんばかりに体を乗り出す花子さんを一撫でしてエンジンをかける。いつもの愛車とは違う感覚に新鮮さを感じつつ、クラッチを繋げて景色を滑らす。
群青が暁に払われていく静まり返った街には誰もいない。
そんな静寂に自分たちの車の音に紛れて消えてしまいそうな声が、滑り込む。
「ありがとう、比企谷」
俺はそのまま聞こえなかった振りをしてアクセルを踏み込む。
したくてやった事に、そんなことを言われる筋合いはどうしたって見つけられなかったから。
俺は、何も答えずに目的地へと車を滑らせた。
[newpage]
見知った町並みに、早朝独特の静けさと澄んだ空気。ずっと昔から手伝いの助手席で眺めるこの風景と時間が不思議と心が落ち着いて大好きだった。でも、今日ばかりはどうにも早鐘のようになる鼓動が五月蠅いくらいに胸を叩き、どうにも集中させてくれない。
その原因であろう男に八つ当たりのように視線を流せば、何を言うわけでもなく遠くを見つめているその横顔。普段の皮肉気な表情は鳴りを潜めて、特徴的な澱んだ瞳は暁と群青に塗りつぶされて一瞬誰なのか分からなくなってしまうほどに印象の違う見知ったはずの人物”比企谷 八幡”が目に入り、その静かな横顔に開きかけた軽口は行き場所を失くし、思わずそのまま見入ってしまう。
昨晩、作業場で倒れて呻くお父さんを見つけて、母にも連絡がつかずパニックになった私が無意識に助けを最初に求めた人。
結局、買い物から帰ってきた母が容態を見れば”ぎっくり腰”という何てことない症状で、そんなホッとした頃に汗だくで息を乱して駆けつけてくれた人。
怒られたって文句は言えないと思うし、本当に申し訳ないと思って俯いた私の頭を乱暴に撫でてそのまま手伝ってくれた――お人好し。
思い返せば自分がやらかした失敗に思わず蹲りたくなるが、ちょっとだけ事務所の仲間たちの気持ちも分かってしまう。こんなに甘やかされたら癖になってしまうのも無理はない。どんな我儘もため息と嫌味一つで請け負ってくれるこの感覚は、思わず何度でもねだりたくなる不思議な魔力を持っている。気を抜いたらどっぷりと浸かってしまいたくなるしまいたくなる位には。
そんな独白を彼の横顔を眺めながら浮かべて、小さく笑って頭を振る。
”これじゃ、ありすの事も笑ってられないかな?”
「さっきから人の顔見てなに笑ってんすかねぇ…」
「ん、おにーちゃんがいたらこんな感じだったのかなって思ってさ?」
「悪いけど妹なら世界で一番かわいいのが千葉に一匹いるから間に合ってるな」
いつものように皮肉気に答える彼に思わず笑ってしまう。
「残念。振られちゃったか」
「馬鹿な事言ってないで道案内してくれ。細かい場所までは分かんねーぞ」
「はいはい、この先三つ目の信号を左に曲がって」
「了解」
端的なやり取りの後にため息をもう一つ。いま私がどれだけの言葉を飲み込んだかこの人は本当に分かっているのだろうか?
たとえば、彼の妹分として随分親しい京都弁の管理人さんはどうなるんだ?とか。
たとえば、―――――――――兄弟でも、身内でもないのにここまで近しい関係って世間では何て言うのか知ってる?とか。
だがまあ、今日の所は飲み込んでおいてあげよう。
負けっぱなし、頼りっぱなしってのはどうにも性分に合わない。
しっかりしてる様で抜けてる彼が、今度は無意識に自分を頼ってくれる位に並びたてた時までこの胸の高鳴りは、取っておこう。そう誓って私はもう一度、窓の外に目を向ける。
静かだった町並みは暁に照らされ、人々も賑やかに動き始めた。
その賑やかな風景を、また彼の隣で見てみたいなと、小さく想いを込めて目を瞑った。
[newpage]
~~本日の蛇足~~
凜ママ「いやー、本当に助かったわー。よかったらお昼作っておいたから食べて行って?」
凜「ん、せっかくだし食べて行ってよ。サンドイッチだけじゃ全然足りなかったでしょ」
八「あー、じゃあ、せっかくなんで…「君が比企谷君か、今回は随分と世話になった。改めて礼を言わせてくれ」
凜「お父さん!?まだ寝てなよ!!」
凜パパ「む、病院に行ったら軽度で済んでいたらしくてな。日常生活に問題はない。…ところで、比企谷君」ズイッ
八「は、はい(ちけぇ」
凜パパ「私も、かつては君のような男だった。そのことについてとやかく言うつもりはないんだ」
八「……はい?」
凜パパ「いや、隠さなくてもいいんだ。君の携帯や財布についたストラップやキーホルダー、足に巻かれたミサンガ。その他多くの小物類は明らかに貰ったもの――――――――女性からの贈り物だろう。しかも、系統の違いから一人ではない事は明白だ」
八「え、えぇ、まあ」
凜パパ「わかるぞ。私もかつては多くの女性とそんなうやむやな関係を楽しんだものだ。だがな、それは本命ができた時に君と相手を大きく苦しめる楔となるのだ‼自分の娘と君にそんな思いを私は繰り返してほしく――ぐはっ‼」
凜ママ「手伝いに来てくれた子に何いってんのよ、アンタは!!というか――浮気を繰り返してたのはアンタの優柔不断さが原因でしょうが!!」
凜パパ「ま、まて!!アレは浮気ではなくだな…!!」
凜ママ「うるさい!!馬鹿亭主!!最近、よく通ってくる風俗嬢に色目使ってんのバレてないとでも思ってんなら大間違いだからね!!」
凜パパ「な、そ、それは誤解だ!!ま、まて!!話し合おう」
八「…………これ、俺はどうしたらいいんだ?」
凜「ほっといたらいいよ。あと十分も喧嘩すりゃ店先にも関わらず、抱き合って甘ったるい空気をまき散らすから。もうこの町内の名物”痴話げんか”なんだ。さ、ご飯食べよ?」
八「マジか。お前んちも大概べーな……」
凜「その前に……比企谷、携帯だして」
八「は?なんだよいきなり」
凜「いいから!!」
八「なんなんださっきから(ブツブツ」
凜「これ、ウチの店のステッカーだから(ぺたっ」
八「おお、花子さんがいい感じに可愛いな。――で、なんで俺の携帯にこれが張られたんだ?」
凜「……虫よけかな?」
八「ほーん、防虫効果までついてんのかこのステッカー。すげえな。」
凜「表に出しておくと効果があるみたいだから、[[rb:宣伝 > ・・]]よろしく」
八「なるほどなー。さすが看板娘だ」
後日、この携帯のステッカーを見たアイドルたちが座った目で凜に話があると次々と向かっていったのはまた別のお話だ。
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リンちゃんなう!リンちゃんなう!<br /><br />実はもうちょっとだけ続くんじゃが、区切りがいいので今回はここまで。<br /><br />気が向いたら凜ルートの触りもそのうち。<br /><br />新しいパソコン超使いにくいでふ。
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いつかその名で貴方の隣へ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10163450#1
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注意書きだよ!
一応コナン夢です。主に安室さん、昴さん。
でも基本は、刀剣男士の方が頑張ってる。
でも、今回はコナンキャラが中心の話です!
コナンキャラが、女審神者さんに好意を寄せるのが嫌な人は戻りましょう。
女審神者さんが出ます。名前は無いです。
刀剣男士が出ます。恋愛感情はお互いにありません。審神者さんに強い忠誠心を持ってます。
ただ距離は近いです。
コナンキャラと大般若、日向の口調がちょっとわからないので違和感を感じるかも知れません。
物語の視点がよーく変わります。
今回は安室さん→沖矢さん→光世さん→コナンくんの順です。
話に登場する木刀は刀剣男士の本体です。
遡行軍の独自設定があります。
なんちゃって推理小説です。
誤字脱字があるかも、
[newpage]
沖矢さんがお茶をテーブルに置いた。彼の隣には気まずそうにコナンくんが座っている。
コナンくんの事だ、ホテルに沖矢さんが居た事を知っているなら、何があったのか聞きに行くだろうと予想はしていた。
安室は、出されたお茶をぼんやりと眺めた。そのお茶を安室が手に取ることがない事を、沖矢さんはわかっているだろう。ただ客に対する礼儀として出されたものだ。
コナンくんは中々喋り出さない安室と沖矢さんに、カップを手に取った。
「…………安室さん?」
誰よりも先に痺れを切らしたのはコナンくんだった。
戸惑った表情で安室を見上げる。
安室は仕方ないといった風に、ふぅと息をついた。そして、沖矢さんを見据えた。
沖矢さんは、澄ました顔でお茶に口をつけていた。その態度が安室は心底気に入らない。
「僕の用件は想像がついてるんじゃありませんか?」
安室が冷たい目を向ければ、沖矢さんは軽く首を傾げた。とぼけたその態度に、安室は舌打ちをしたくなる。
「わかりませんね、」
「昨日、人が告白しようとしていた席で平気な顔をして食事をしておいてよく言いますね」
「ホー、そうでしたか。そんな状況だったとは気が付きませんでした。申し訳ない」
わざとらしい沖矢さんの話し方に、苛立ちから安室はピクリと眉を動かした。眉間に力がこもってしまうのを、ほぐす様に安室は1度目を閉じた。
「ふー、貴方に遠回しに聞こうとした僕が馬鹿でした。」
安室は睨みつける様な眼差しを沖矢さんに向けた。それを見たコナンくんが顔を引きつらせている。
「単刀直入に聞きます。彼女と何がありましたか」
「ただ話をしただけですよ。」
「……話ね、」
「僕と彼女が話すのはおかしいような言い方ですね」
「ええ、そう思っていますよ。確かに貴方は彼女の命を一度助けたのでしょうが、それだけでしょう?特別知り合いでもない。なのに何故彼女の周りにその後も付き纏う?」
安室の問いに沖矢さんは、カップを置いた。コナンくんが険しい顔で彼を見つめている。何かをしていると言っているようなものだ。
「どれもたまたまですよ。毒の時も偶然同じレストランで食事をしていた。彼女の連れの日向くんに会ったのも、コナンくんがたまたま迷子の彼を見つけて僕を頼ったから、」
「そうですか、なら彼女に用は無いはずでしょう。何故朝、ホテルに居たんですか?」
「………」
安室は彼女と同じ警察に協力しているという立場がある。しかし、沖矢昴はどうだろうか。彼女と友人になったわけでもあるまいし、ただの大学院生なら彼女と関わる必要はもう無いはずだ。
「あのホテルのカフェのモーニングは美味しいらしいですよ、」
沖矢さんが明らかに今作った言い訳を言葉にした。
「では、彼女のホテルに居たのはたまたまと?」
そんなわけがあるかと、威圧感を出す安室に、沖矢さんは顔色を変えずに頷いた。
「ホー、ではコナンくん、君は何故ホテルに行ったんですか?」
話を突然振られたコナンくんが、え、俺⁉︎と目を丸くさせた。自分に話が来ると思っていなかったのだろう。
「え、っと僕は、その……沖矢さんに便乗しようと思って!」
コナンくんが咄嗟に作った言い分に、安室は目を細める。
「今朝は、待ち合わせをしているような言い方はしてなかったような気がしたんだが、」
笑みを作ってコナンくんを見つめれば、しまったとでも言うように手を口に当てていた。
その様子から彼らの言葉が嘘なのだと簡単にわかる。
安室は沖矢さんを睨んだ。
赤井と思われるこの男とコナンくんが、彼女を訪れる理由なんて黒の組織関係に決まっている。彼女が関わらないように気にしているのだろう。
「その程度の嘘で僕を誤魔化せると思いましたか?何故訪ねたのか話してもらおうか、」
安室が沖矢さんを見据えると、視界の隅でコナンくんの焦った様子が見える。
「仮に違う理由で訪ねたとして、貴方に話す必要はないと思うのですが、」
「どうしても、話すつもりは無いようですね。」
安室は視線を沖矢さんの胸元に移した。
「………そちらがそのつもりなら、勝手に推理させていただきます。ねえ、沖矢さん。先程から胸のあたりを庇っていますね。」
沖矢さんは少し身じろぎしたが、あまり動揺は見せない。しかしコナンくんは違う。いくらズバ抜けた推理力を持つとしても、彼は一般人。動揺を隠し切る方法など知らないのだ。公安で鍛えられた安室の目を誤魔化すことはできやしない。
コナンくんの視線は、沖矢さんの服の下を心配そうに見ていた。
安室は今朝見たホテルでの光景と、沖矢さんが胸に痛みを感じていることから推測していく。
まず、安室が部屋に入った時、前田くんは怒っていた。そして彼女の乱れた服。誤魔化すような長光さんの反応。そして、此処には胸を痛めている沖矢さん。
沖矢さんが彼らを怒らせるような何かをした事は、簡単に予想がつく。
「今朝会った彼女の服は乱れていました……押し倒したんですか?」
コナンくんがギョッとした目で沖矢さんを見た。安室は冷静に努めようとしたが、その光景を想像しただけで、頭にカッと血が上りそうだった。
「それで、長光さんあたりに胸ぐらを押さえられたのでは?」
沖矢さんが腕を組む。その動きから安室は読み取る。人が腕を組む時、それは無意識の防衛反応だ。何か守りたい時、隠したい時、人は腕を組む。それは不快感を持っている事を意味する。
そんなわかりやすいボディーランゲージを赤井が、そんな簡単に見せるとは思わない。
隠す必要がないから見せているのか、それとも本当に動揺しているのか、
顔を凝視していれば、薄っすらと汗ばんでいる。これは動揺している。
動揺するような事がその時起きたのだと察した。
彼女を守る彼らの殺気は、公安の安室ですら怖いと思う。彼らから放たれるそれは本物だ。それを向けられたのでは無いだろうか。
では、何故そういう状況になったのだろうか。赤井が彼女を押し倒し、彼女を守る彼らが激怒したとして。赤井は何故そんな事をしたのだろうか。
彼女の体を押さえ込み、何かを聞き出そうとしたのか?彼女は独特の話術を持っている。気付けば彼女のペースにすぐ乗せられてしまう。それを防ぐ為か?
体を抑える事で、精神的余裕を削ごうとしたのか?赤井ならそんな事はやりそうだ。
「……なるほど、貴方は彼女の何かを探ろうとしたのですね」
沖矢さんは黙ったまま安室の様子を見ている。2人が睨み合うような視線を絡めた。
安室が沖矢さんを赤井と疑って見ている事に気付いたコナンくんが立ち上がる。
「安室さん!」
安室はそれを無視した。
「どうして彼女の事を探る?ねえ、沖矢さん。貴方は本当にただの大学院生ですか?」
ただの院生なら、彼女を気にする必要は無い。お前は赤井だから、彼女が組織と関わりがないのか気になっているんだろう?
そんな思いが安室の目には篭っていた。
そんな安室を見つめて、ずっと黙っていた沖矢さんが口を開いた。
「おかしな事を聞きますね。僕はただの院生ですよ。」
ふっと肩の力を抜いた沖矢さんが、組んでいた腕を解いた。そして両手を絡ませて脚を組んだ膝の上に置いた。
「ただ彼女については、気になる事があります。それは僕だけではないと思いますが」
急に沖矢さんから探るような目を向けられる。
「安室さん、貴方だって彼女の異質さには気が付いているでしょう?」
思いを見透かすようなその瞳にギュッと心臓が締められたような感覚がした。
この人の言う通り、確かに彼女とその連れは、説明できない異質さがある。
特に今日見たソハヤさんの動き。あれは何だったのだろうか。まるで、人とは別の雰囲気を持った"ナニカ"に見えた。
いや、他の人達にもそれは時々感じていた。どこか人間離れした雰囲気を彼らは持っている。そして、平気な顔をして彼らを引き連れる彼女。
沖矢さんの言いたいことはわかる。
彼女が普通ではない事はとっくに分かっているのだ。
「その異質さに気付いているのに、安室さん、貴方は目を背けていませんか?」
沖矢さんの指摘を、安室はすぐに否定できなかった。
「……沖矢さんは、それを探りに行ったと言うんですか?」
「ええ、まあ。招いて頂いたので、」
「……」
「彼女と出会った時から感じていた違和感を無視する事は出来ませんでした。僕はね、」
まるで安室が無視していると言っているように聞こえた。
「それに、話してみてその違和感は増しました。」
何か思いに耽るように沖矢さんは、少し視線を下にズラした。
「…彼女の謎は解けませんでしたか、」
思わず安室はふっと笑いを零した。
安室にだって彼女の事はわからない。それをこの男に簡単に暴かれてしまったら、はらわたが煮えくりかえってしまうだろう。
その笑いが気に入らなかったのか、ピリッと空気が揺れた。沖矢さんがいつもの表情を乱して、安室を見ていた。少し余裕がないように見えた。
だが、その表情に安室は何故か焦りを覚えた。それは勘だ。この男は安室が知らない何かを知っているような気がした。
「……貴方、他にも何か、」
彼女の服の乱れぐらいから、沖矢さんが彼女の体を押さえ込んだのは間違いないだろう。だが、それで彼らは沖矢さんがここまで体にダメージを残すような攻撃をするだろうか。
彼らは基本的に殺気などで、こちらの動きを抑え込む。
肉体的ダメージを与えたと言う事は、それ以上に許せない事をしたのでは、ないだろうか。
「おまえ!彼女に何をした!」
まさかと、安室は嫌な想像をした。激情するような思いを安室は止められない。
沖矢さんは明確な反応は返さない。
だが、彼女に想いを寄せる男としての勘が告げている。こいつは敵だと。
すぐにも掴みかかりそうな安室に、コナンくんが状況を理解できていないながらも止めに入る。
「何かあったとして、これは僕と彼女の問題です。」
「何だと⁈」
「貴方は彼女の何ですか?まだ思いも告げていない。彼氏でも何でもない。なのに貴方に口を出す権利があるんですか?」
沖矢さんの言い分は最もで、安室は彼をどうこうする立場にはない。
だが、今の言葉で彼が彼女に何かした事はわかった。
なら、沖矢さんは自分と同じということだ。
「貴方も、彼女が好きなんですか、」
安室が睨みつけると、沖矢さんは少し不思議そうに首を傾げた。
「……好き?」
それは、まるでそんな事は考えていなかったとでも言っているようだった。
「は?」
溢れでた声は、自分が想像していたより低く冷たかった。
だが、沖矢さんはしっくりこないような顔をしていた。
コナンくんはそんな様子を怪訝そうに見ていた。さっきまでの会話で、この男が何をしたのか大体察したのだろう。しかし、沖矢さんは未だ不思議そうにしている。
彼女は謎の多い女性だ。そこが安室が彼女を気にしたきっかけだった。彼女が隠している秘密を知りたいと思った。知りたいと思う気持ちが、段々と惹かれる思いに変わって行った。
彼女を知ろうと思えば思うほど、彼女に惹かれていく。彼女の持つ秘密が、彼女をより魅力的に思わせた。
安室と同じく強い探究心を持つ沖矢さんも、そんな所に惹かれたのではと思ったが、まさか認識していない?
「沖矢さん、貴方は彼女のことどう思っているんですか、」
頭に上っていた熱が冷めていく。
「…怪しい人物だと思っていますが、」
……この人は、バカかもしれない。
安室は思わず笑ってしまう。それを見た沖矢さんは、気に入らなさそうに眉を寄せた。
だが、そうか。彼は知らないのか。
「なるほど、貴方は何もわかっていないんですね」
安室はなんだが優越感に浸る。
その様子を沖矢さんは怪訝そうに見ている。
「彼女は安室さんが思っているより、危険な人物だと思いますが」
沖矢さんは、きっと何かを体験したからこそ、その言葉を紡いだのだとわかる。
安室は彼女が見た目ほど、優しくて普通の女性ではない事は理解している。
でも、安室は知っているのだ。彼女の本質を。
彼女は決して大事な秘密を曝け出してはくれない。そして確かに、沖矢さんが想像しているような犯罪組織足りうる力を持っているだろう。
でも、彼女の思いは、信念は、日本を守る事にある。それを安室は知っている。
「ふふ、」
安室は堪えられず笑いを零した。
彼女の本質を自分しか知らない。その事が何より嬉しかった。自分しか知らない彼女の姿がある。その事が、安室を安心させた。
安室は視線を沖矢さんに向けた。
あんたはそのまま立ち止まっていればいい。気付かなければいい。
安室はまた微笑む。
***
余裕の笑みを浮かべて去って行った安室くんが、理解できなくて沖矢は首を傾げた。
そんな様子をコナンくんが見ていた。
「………」
コナンくんは何か信じられないような物を見るように、沖矢を凝視していた。
「なんだ、」
「おねーさんに、何かしたの?」
「子供が知る必要はない、」
沖矢が答えなければ、コナンくんは顔を歪めた。
「あるよ⁈だって絶対そのせいでしょ!青江さんがここに来たの!」
ああ、たしかにな。沖矢はひとり納得する。
沖矢は安室くんが飲まなかったお茶をキッチンに持っていく。
コナンくんは、話は終わってないとでも言うように、沖矢の後をつけてくる。
「ねー昴さん、本当に気付いてないの?」
脈絡の無い質問に振り返れば、コナンくんは目を見開いた。
「何の話だ?」
「え、本気で?」
「?」
沖矢には思い当たるふしがない。
「安室さんの言葉で、なんか感じなかったの?」
「いや……安室くんは何で彼女をあんなに信じているんだ?」
コナンくんが、ガクリと項垂れた。
「どうした、」
「ううん、いやいいよ、気付かない方が、」
コナンくんは顔を青くして首を振る。しかしすぐに、気を取り直すように沖矢を見上げた。
見つめてくるその瞳に、沖矢はつい笑みを浮かべた。簡単に諦めないその根性を沖矢は気に入っていた。
「これから、どうするの」
「彼女が黒の組織と関わりがないのは、間違いが無いだろう」
「うん。でも今日の青江さん…」
「ああ、あれは殺しの経験がある」
彼らは彼女の為なら殺人も厭わないだろう。
「昴さん、おねーさん達が何者か本当にわからなかったんだよね?」
「ああ。彼女自身に犯罪者特有の気配は感じなかったが、青江さんが来て余計に分からなくなったな。しかし、」
「なに?」
「青江さんは、彼女が彼らの行動の責任を取らなければいけないと言った。」
「って事は、おにーさん達を纏めるおねーさんの上にも誰か居るんだね」
「ああ、何かの組織に彼女達がいるのは間違いないな」
「昴さんは、さっきおねーさんに関わるなって、青江さんが来る前に言ったよね。でもさ、今おねーさん止めないと、危ないんじゃないの?」
コナンくんが何を言いたいのか、昴は理解していた。
このまま事件に彼女達が関われば、いずれ黒の組織の目にも彼女達が止まってしまうだろう。そうなれば、どうなるだろうか。
仮に彼女達が何かの犯罪組織だとしたら、黒の組織と手を結ばれれば厄介だ。
また彼女達が犯罪とは無縁だったとしても、組織に目を付けられれば、利用される可能性がある。
どちらにせよ、彼女は事件から遠ざけるべきだと、コナンくんは考えているのだろう。
沖矢には彼女達の真意が読めなかった。彼女達が何を目的に動いているのか知らない。
それならば、確かに彼女達を事件から遠ざける事が、最善と言えるだろう。
だが、どう動く?
彼女には詮索をするなと釘を刺され、青江さんには脅された。
そういえば青江さんは、ただの興味本位で近づくなと言った。
それは、捉えようによっては興味本位で無ければ、良いと言うことか?
「…変な事考えてない?」
「そうかもな、」
沖矢は都合よく捉えようとした自分につい笑ってしまう。
だが、すぐに思い出した青江さんの殺意に、前田くんの殺気に身震いした。彼らのアレは脅しじゃない。間違いなく忠告だ。次は、本当にないだろう。
青江さんは、忠告通りに痕跡を残さずに、沖矢を殺しに来るだろう。
ふと沖矢は思い出した。自分に向けられた刃を。
「随分と綺麗な刀だったな、」
青江さんが真っ直ぐと向けたその刀は、暗闇の中きらきらと光を反射させて見事な刃紋を沖矢に見せつけていた。
一目見ただけであの刀に価値がある事を沖矢は感じ取っていた。
反応のないコナンくんを不思議に思って、沖矢は顔をコナンくんに向けた。
「え?」
素っ頓狂な声を零した彼は、理解が出来ないような瞳を沖矢に向けた。
「何の話?」
「青江さんが持っていた刀の話だが」
コナンくんが目をグワっと見開いた。
意味が分からない反応だな。
「え?青江さんが刀持ってるように見えたの⁈」
「あれだけの切れ味だ、他に何がある」
「え、俺には木刀にしか見えなかったよ?」
それを聞いた途端ゾワリと背中に何かが這った。まるで幽霊を見たかのような、恐怖感だ。理解のできない"ナニカ"を感じた。
俺達は一体"ナニ"を相手にしている?
***
ホテルのカフェで光世達は朝食を食べる為にひとつのテーブルを7人で囲んでいた。
丸いテーブルに光世は主の向かいに座っていた。主の左右は前田と日向が座っている。
大般若が皆の代表で、スタッフに注文をしているのを聞き流しながら、光世は主を見つめた。
なんだが、主がぼーっとしているような気がする。
その様子に当然前田も気付く。
「どうされましたか?」
長期に渡っている任務に、流石に疲れが溜まってきたのかと、皆が心配した眼差しを向ければ、主はため息をついた。
「本丸…」
思いを馳せたように主は呟いた。
長く空けている本丸を心配して言ったのか、それとも彼女が恋しくて言ったのか、光世は分からなかったが、続いた言葉にふっと笑った。
「…のご飯が食べたいですね」
前田がくすりと笑った。
「そうですね。」
「いい加減、外食は食べ飽きたな」
「食堂みたいな所に行った方がいいかもね」
「簡単なコンロがあるだろう?あれで自炊したらいいんじゃないか?」
「炊飯器も買うかい?」
主の言葉ひとつで、賑やかにあれよこれよとアイデアを出して行く仲間に、光世は目を細めた。主と目が合う。彼女も自然な笑みで嬉しそうに笑っている。それだけで、光世は満ち足りた気持ちになる。
ソハヤしか知らない彼女の秘密が、心配だったが本当に今のところは大丈夫そうだ。
「でもさ、この中で料理上手い奴いたか?」
大般若の疑問に、場が静まった。
主が困ったように頬に手を添えた。考えているのだろう。彼女が手を挙げようとするのを、前田が止めた。
光世達の中に彼女にさせるという考えはない。主は料理が下手な訳ではない。だが、仕事以外の事を考えるほど彼女に余裕が無いことを皆知っている。
「前田か、青江じゃねーの?」
「うーん、最近は全然してなかったけど、」
「僕は大丈夫ですよ。」
「僕も手先には自信があるから手伝うよ」
出来るかな、と頷く前田と青江に、日向も名乗りをあげる。
そんな様子を主が、ニコニコと見ていた。
食後に出て来たコーヒーに光世はミルクをたっぷり入れた。砂糖は主に3個までと釘を刺された。
横で大般若が小さく笑った。
光世はそれを無視して、主を見据えた。
「今日はどう動く?」
ゆったりとした雰囲気を醸し出していた主が、気を引き締めたように姿勢を正して、目を細めた。
「皆に調べて貰ったけど、こちらの世界に同じような呪術は無かった。そして何より、昨日の手紙の内容は、私達の世界ではよく見かけるタイプの物。それに、私に向けた呪いだった。」
主は、刀剣全員の顔を見渡した。顔色が悪い。ずっとこの可能性がある事を、皆思っていた。だが、それを否定したかった。その為に、犯人がこの世界の人物である事を証明する物を昨日は探していた。だが、
「犯人は、私が審神者である事を知っている。」
主は悲しそうに目を伏せた。犯人は我々の世界から来ている。その事実を受け入れる事が何を意味するのか、主は知っている。
「という事は、犯人はそれ相応の対応をしてくる。対刀剣男士の策を使ってくるわ。」
前田が主がぎゅっと握りしめた拳を、自分の手で包み込む。
これは、もうただの事件じゃない。もはや審神者との戦だ。
***
夕方。毛利探偵事務所に集まった顔ぶれにコナンは思わず唾を飲む。
目暮警部、佐藤刑事、高木刑事が警察代表で来ている。安室さんもいる。
コナンがおっちゃんのフリして警部達を呼べば、何処から聞き付けたのか安室さんも来た。
そして何よりコナンを緊張させているのが、この人達だ。
おねーさん。
来客用のソファに座っている彼女の左右には、ソハヤさんと光世さんが座っている。そしてソファの後ろには、前田くん、青江さん、長光さん、日向くんの順で立っている。
全員勢揃いだ。
並んで立たれると、なんとも言えない迫力がある。それは顔が皆整っているからそう感じるのか、いや…
彼らは隙を見せずに、圧を出している。それは明らかな威圧感や殺気ではない。でも確かにこちらが身を縮めたくなるような圧を出している。
コナンは、おっちゃんの声で電話を掛け、おねーさんを事務所に来るように言った。しかし、全員で来るとは思っていなかった。
思わず自分がこれからする事が上手く行くのか心配になった。
だが、やらなければならない。
コナンは自分の気配を極力消して、おっちゃんの机の下に身を潜めた。
「いやー皆さん勢揃いで!何かありましたかな?」
「何を言っているんだね、毛利君!君が呼び出したんだろう?事件で分かった事があると」
おっちゃんが、変な声を上げながら窓際の机に近付いて来る。
片方のソファにはおねーさん達が、もう片方には警部達が座っているので、此方に歩いてくるのは計算済みだ。
コナンはタイミングを狙って、おっちゃんに麻酔針を撃ち込んだ。
「はひっ!」
いつものように変な声を上げて、おっちゃんはフラフラと椅子に座り込んだ。
「おお!来たかね!」
目暮警部が声を上げた。
「……あの、眠ってしまいましたよ?」
おねーさんが戸惑ったように言った。それに安室さんが笑って答えるのが聞こえた。
「これが眠りの小五郎ですよ、」
「…眠りの?」
「毛利先生はこの眠ったような状態の時に、凄い名推理を披露するんです」
おねーさんからの反応が聞こえない。何となく怪しむような空気を感じた。
コナンはドキドキと緊張する。おねーさん達に、見抜かれるのではと、不安でいっぱいだ。
「えっほん!始めてもいいでしょうか?」
態とらしく咳をしてみれば、目暮警部がいつものように始めてくれ、と言った。
「今回皆さんを呼んだのは、他でもない犯人の真の目的がわかったからです。」
そう言えば、目暮警部や高木刑事がいつものように反応を示してくれる。おねーさん達は静かなままだ。机の下からじゃ彼女の様子が見れないので緊張は高まるばかりだ。
「犯人の目的は、妖刀じゃないのかね?」
「いえ、彼女の推理通り妖刀作りの呪術も犯人の目的でしょう。しかし、犯人にはそれ以外にも目的があった!」
ごくりと誰かが唾を飲んだ音が聞こえた。
「まず、事件を振り返りましょう。
2週間近く起きていた連続通り魔事件。
場所、犯行時間、被害者、殆ど関係性が無く、無差別の通り魔事件と思われていた。
ただ、気掛かりだったのが、被害者が必ず恨まれている点と干支のサイコロ。
無差別の通り魔と言うには、不自然な事だった。
調べを進めた結果、干支のサイコロは次の事件現場の方角のメッセージで、被害者は犯人に呼び出されていた事がわかった。
そう、これは無差別通り魔事件では無く、全て計画殺人だったのだ。
では、犯人は何を目的にこんな大規模な連続殺人を犯したのか。その目的を読み解いたのは貴方でした。」
コナンは、おねーさんを意識して言った。
この部屋にいる誰もが、彼女の話だとわかっている筈だと理解した上で話を続ける。
「犯人の目的は妖刀を作る為の呪術を完成させる事でしたね?」
「ええ。長光さんに持ってきてもらった資料と今回の事件ピタリと合いましたね」
「そうですね。被害者像や、事件現場の範囲、日にちの間隔、ピッタリと合いました。」
コナンの話し方に、何かを察して来たように事務所の中に緊張したような空気が張り詰める。
「毛利先生?」
安室さんが疑うような声を出した。安室さんは彼女をもう疑ってはいない。だからコナンが、眠りの小五郎としてこんな話し方をするのが気に入らないのだろう。
「さて、ここで貴方が事件に関わるきっかけを振り返ってみましょう」
おねーさんは口を閉ざしている。こちらの出方を見ているようだ。
「貴方はたまたま今回凶器となっている短刀の捜索依頼を受けたんでしたよね?」
「ええ、そうですよ。」
「何故、犯人はその短刀を凶器に選んだのでしょうか?疑問に思いませんか?」
「たまたま手に入ったからでは?」
「そうでしょうか、私は思います。その刀でないといけなかったのだと」
「…あまり意味がわからないのですが」
「妖刀にする為の刀は指定されていなかった。ならば、燃える刀など目立つ物を選ばない方が、目的の妖刀作りはしやすくなる。しかし、犯人は発見されたばかりの、燃える刀を選んだんです。歴史的価値のある逸品をね」
じっとり、
コナンはハッと息を呑む。誰かに睨まれたような感じがした。
強張る体を、息を吐いてなんとか力を抜かせる。
コナンは言葉を続けた。
「そんな物を選べば誰かが探しに来ると犯人が考えなかった筈がない。」
「確かに、」
高木刑事が同意するような言葉を零した。
「犯人は誰かが探しに来るとわかっていてそれを選んだんですよ。サイコロのメッセージもそうです。それを残さなければ、我々は次の犯行を予想する事は出来ない。なのに、犯人は敢えて残している。まるで気付いて欲しいように」
「だけど…」
佐藤刑事が話を遮ったが、何か思いついたように途中で口を閉じた。
「そうですよ、佐藤刑事。凶器の件も、妖刀の件も、彼女の知識無しでは、我々は知ることが出来なかった。そう警察だけでは読み解けるものでは無かった。しかし犯人はメッセージを残していた。警察以外の人物が探しに来る事を犯人は予測していた。その凶器を選んだ時からね!」
警部達の方から、息を飲むような気配がした。コナンは勢いのまま続ける。
「そして全てのメッセージは警察ではなく、その人物に向けて発信されていた!サイコロの意味を読み解いたのも!犯人の目的である妖刀の件を読み解いたのも!凶器を知っていた貴方だ!犯人は貴方がこの事件に関わってくる事を読んでいたんですよ!」
「ということは!犯人の目的は彼女だと言うのかね⁈」
いえ、彼女の所属する美術品保全団体がターゲットだったんですよ
コナンはそう言おうとした。
だが、口を止めてしまった。
人の気配を感じたからだ。
おっちゃんが座っている椅子が動いた。そこに誰かが立っている。
コナンはずっと気配を確認しながら、推理を話していた。だから普通の人なら気付いた筈だ。
だが、椅子が動かされるまでコナンは気付かなかった。人が近づいている事に、
そんな事が出来るのは、おねーさんの連れの彼らしかいない。
バレている、
コナンが机の下に隠れている事がバレている。
コナンは椅子の横に立つその足を、緊張した眼差しで見つめた。
[newpage]
椅子が動いた。コナンは目を見張る。ゆっくりとこちらを覗き込んだ彼はコナンをジッと見つめる。
その瞳から感情は読み取れない。
コナンを凝視するその瞳と目が合う。コナンは目をそらす事が出来ない。まるでコナンを呑み込まんとするような、深く深く底知れないその瞳から
こちらは、ラストの没案です。瞳の持ち主は日向予定でした。美人に感情の無い瞳を向けられたら怖いと思う。
なんかホラー味が出そうなのと、こんなラストにしたら印象全部持ってかれそうなのでやめました。
安室さんの事もちゃんと覚えてて欲しいので、
でも此処で書いたから一緒かな?
いや読んでない人もいるかもしれないし…セーフ?
反省ー
もうちょっと沢山書くつもりが、集中力が続きませんでした…
そして安室さんと沖矢さんの会話が難しい、
コナンの推理も難しい、
一応補足。
呪いの手紙や妖刀の呪術は審神者の世界の知識です。ちなみに呪術書は女審神者さんの持ち物です。本丸で厳重に保管されていました。
コナンワールドに同じ物がないか、審神者達は探しましたが、見つからない。
という事はこの知識のある人物は、審神者の世界の人。という事です。
審神者は、自分の世界の人が、他の世界でめちゃくちゃな事件を起こしている事を、信じたくない思いがありました。だから違う証拠を探していたんですが、駄目でしたね。
それにしても、ほんと事件が進まないですねー
元々は10話以内で通り魔事件は終わらせるつもりだったのに、
申し訳ないけども、まだまだ続きそうです。
沢山の方が読んでくれてて嬉しい思いで一杯です。ブクマしてくれてる皆様ありがとうございます。デイリーランクと女子人気ランクに結構入ってて、本当に読んでもらってるなって実感してます。
コメントもスタンプもありがとうございます!次を書く活力になるし、なんかインスピレーションになる事もあります!凄くありがたいです!
よかったら、長々付き合ってください。
読まなくてもいい私の赤井さんの印象
赤井さんって第一印象は何でも出来ちゃう完璧な人って感じたんだよね。でも実際は不器用そうだなって思う。とくに人間関係は、大切な事は後から気づく人のような気がする。
今回は審神者さん相手だけど、審神者さんが女性的魅力もあるし、自分の知らないタイプの人で惹かれるんだけど、赤井さんって自分が怪しんでる人に、惹かれてるなんて思いを自分で認められないと思うんだよね。
だって、彼にとって悪は倒さなきゃ行けないもので、それはきっと自分で決めた信念なんだと思う。
でも、女審神者さんの行動は凄く怪しいんだ。けど、彼女自体からは悪人の気配はしなくて、しかも違う世界から来たっていう違和感が、この人を知りたいって気持ちにさせる。つい笑顔ばかり浮かべる彼女に違う表情をさせたくなる。でつい行動しちゃった。
でも体が動いちゃったけど、彼女に惹かれてるなんて彼は認められないよ。だって女審神者さんは怪しいから。彼から見たら、謎しかなくて犯罪組織の可能性があるって考えてる。赤井さんから見たら彼女は敵かもしれないの。
そんな人を異性として意識してる、なんて思いに気付けるほど、器用な人かな。
要するに彼は混乱してる。
惹かれてる自分はいるけど、そんな思いを認められない。彼の信念がそれを否定するから
とか考えてるけど、赤井さん視点で書く時に、彼自身が認識してない思いを書けなくて難しいです
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前作コメントありがとうございますぅ!!<br />青江が人気でうれしいよぉぉぉぉぉ!!!私の推しの一振りだもん!!!<br />とうらぶ始めた頃からずーっと好き。なんで好きか分かんないけど好き。怪しい喋り方するのに、審神者と近すぎない距離を保ってくれそうな所とか好き。誰とも適切な距離とって仲良くなれそうな所とか好き。でも短刀にはお兄さん面してて、歌仙さんとか打刀以上にはたまーに甘やかしてもらってたらいいと思う。カッコよくてしっかりしてて頼りになる。でも時々可愛顔見せてくれそう。そんな青江さんが好き。ああああ〜〜〜、青江さんつつきに行こう。……あれ?極の青江さんなんか審神者との距離近くなってない?…だめ、好きだ。無事習合レベルMAXになりました。<br />問題はレアな子達、とりあえずソハヤのつつきボイスは確保した。好き。もう好き。なにあれ可愛いんだけど!つついてもつついてもつつきたきなる。新ボイス最高です!
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いつだって事件は起きる9
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「えっと、ここは、こっち……でしたっけ……」
手紙に書いてある通りに、遊園地の舞台裏を進んでいく。
控え室に置いてあった手紙に書かれていたのは、『月ノ美兎お誕生日おめでとう会場』と書かれた一文と、その場所を指し示す地図のみ。
「ふぅ……ようやくたどり着きました……って、ここ、一番大きなアトラクションの裏口じゃないですか」
こんなとこ、勝手に入っていいんですかね……と不安になりながら、念のためもう一度場所があっているかの確認をする。
……うん、やっぱりここだ。
「まあ、ここまで来たら、行くしかないでしょう」
なんとかなるでしょうの精神で、思い切って扉を開けると、そこに広がっていたのは一面の花々に包まれた部屋。
水色と緑色の花々が織り成す部屋は、幻想的な雰囲気に包まれていた。
その中に散りばめられた、水色と緑色の装飾。
水色の花柄を基調とした壁紙、薄水色のカーペット、緑色のテーブル、薄緑色の照明。
「あ、美兎お姉ちゃんやっと来た!」
「委員長、もしかして迷っちゃった?」
その部屋の真ん中で私を待っていてくれたのは、ちーちゃんとハジメさん。
「おふたりとも……これは、どういう……?」
「お手紙にちゃんと書いてあったでしょー? 美兎お姉ちゃんをお祝いするんだってさ!」
「そうそう。まあ、とりあえずそこで立ってるのもなんだから、こちらへどうぞ、委員長様」
そう言ってハジメさんは椅子を引いてくれた。
はやく、はやく。と言いながら、ちーちゃんが手を引いてくれた。
なんだかこんなお姫様みたいな待遇をされたことがないから、ちょっとだけ恥ずかしかったけれど、でも、それと同じぐらい嬉しかった。
「はい、じゃあちょっと待っててね」
言われるがままに席に着くと、食欲をそそる香りが辺りに漂ってくる。
放課後の帰り道で住宅街を通ったときによく嗅いだ、あの香り。
「美兎おねーちゃんが遅いから、冷めちゃうかと思ったよー」
ごと、と目の前に置かれたのは、ごろごろと野菜がたっぷりと入った、美味しそうなカレー。
「うわ、すごくおいしそうじゃないですか」
お昼を食べてから時間が経っていたっていうのもあるけど、それでも思わず声が出てしまうぐらいには食欲がそそられた。
「野菜はちーちゃんが切ったんだよね」
「うん! 前に皆で作ったときの反省を生かして、もっと綺麗にしたんだ!」
人参とじゃが芋が一口大に食べやすく切られ、茄子とピーマンは縦長にその色味をしっかりと残して、玉ねぎと牛肉はとろりとルゥに溶けるように沈んでいる。
そしてこんもりと盛られた、真っ白なご飯と、その白を際立たせる真っ赤な福神漬け。
思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
「じゃ、じゃあ、さっそくいただきます……!」
「はい! お召し上がりください!」
「……あ、委員長。もし辛さが足りなかったら、これ、あるからね」
ポケットからタバスコを取り出したハジメさんに断りを入れて、スプーンでまず一口。
「お、おいっし……」
甘すぎずもなく、ちょうど私の食欲を刺激するような辛さが私の口の中に広がる。
思わず笑みが出てしまうぐらい、ご飯との相性も最高だ。
じゃが芋もしっかりと中まで柔らかくなっており、時折口にする福神漬けの食感が気持ちいい。
茄子とピーマンの苦味も感じないぐらいしっかり火が通されており、その風味だけがうまく仕上げられている。
「委員長、よっぽどお腹減ってたんだね」
「えへへ、ちひろもお料理頑張ったからね」
「ふふ、今度は野菜とかお肉の入れるタイミング、間違えないようにね」
「そ、それは……って、子供扱いしないでってば!」
ふたりの仲の良い掛け合いを背景に、カレーを掬っては食べ、ご飯を掬っては食べ。
あまりの美味しさに、気づけばあっという間にお皿は空になってしまっていた。
「あー……、おいしかったです」
「はい、お粗末さまでした」
「粗末じゃないもん!」
「ちーちゃん、これはそういう意味じゃないだって」
「あはは、大丈夫です。わかってますよ。すっごくおいしかったです」
まあ、私の食べっぷりを見てたふたりならわかっているとは思うけれど、本当に美味しかった。
お替わりを食べたいぐらいではあったけれど、まだこの先にも食べ物はあるから、とハジメさんに苦笑いされたので、やむを得ず我慢した。
「よし……それじゃ、ハジメおにーちゃん」
「はいはい、こっち準備出来てるよ」
「……え、まだあるんですか?」
そのまま私がカレーの余韻に浸っている間に、ふたりは片付けまでしてくれていた。
これが誕生日……ってやつですか。なんて、幸せに包まれているうちに、空になったテーブルの向こう側にふたりが立っていた。
「お誕生日おめでとう! 美兎おねーちゃん!」
「誕生日おめでとう、委員長。これからもよろしくね」
目の前に置かれたふたつの箱。
可愛くラッピングされた水色の箱と、シンプルながらもきちんとリボンで留められた緑の箱は、まごうことなきプレゼントボックスだった。
「え、いいんですか……。ご飯までいただいたのに……」
「いいんだよ! 美兎おねーちゃんが今日は主役なんだから!」
「そうだよ委員長。ほら、せっかくだから開けてみて」
言われるがままに、リボンを解いて緑の箱を開ける。
「これは……タンブラー?」
「うん、しぶカフェで作ったやつなんだけど、ふたつ余ったから、ぜひ委員長にって」
「ありがとうございます! 帰ったら早速使いますね」
真ん中にプリントされたしぶ丸が、とても可愛らしい。
なんで2個なのかは……聞かないでおこう。
「ちひろのも開けてみて!」
ラッピングを綺麗に外しながら、横の水色の箱を開ける。
「あ、スノードーム……ですかね?」
「うん! ひっくり返すと、雪がさらさらーってなるんだよ!」
「うわ……綺麗ですね、これ」
「……綺麗じゃない雪だるまも、大事にしてあげてね」
雪面にぽつんと作られた、ひとつの綺麗な雪だるま。
綺麗じゃない雪だるまなんてここにはない。
きっと、ちーちゃんが言ってるのは……。
「……ありがとうございます、ふたりとも」
「うん! また今度作ってあげるからね!」
「次も楽しみにしててね、委員長」
ふたりに別れを告げて、ゆっくりと次の部屋の扉に手をかける。
そこに広がっていたのは、神々しいほどの光に包まれた、まるで雲の上のような景色。
その中に散りばめられた、青と黄色の装飾。
天井に広がる青空の壁紙。床一面を包む、雲模様の絨毯。黄色のテーブルに敷かれたテーブルクロス。大きく佇むピアノ。
扉を閉めると同時に、可愛らしい猫が何匹かわらわらと寄ってくる。
「みとちゃん、待ってたのだわ」
「前の部屋も楽しかった? 美兎お姉ちゃん」
その部屋の真ん中で私を待っていてくれたのは、アキくんちゃんとモイラ様。
にゃおん。
そして、アキくんのお供をしている猫さんたち。
「ふたりまで……、ありがとうございます」
「ふふ、前の部屋でも楽しんできたみたいね」
「美兎お姉ちゃん、こ、これ……」
モイラ様から手鏡、アキくんちゃんからハンカチを渡される。
「あ、あ、ごめんなさい」
唇の端についていたカレーをふき取って、促されるままに席に着く。
「よっし、じゃあ美兎ちゃんには私たち特製のケーキを召し上がってもらうのだわ!」
「美兎お姉ちゃんを待ってる間に、ふたりで焼き上げたんだよ」
さっきとは違った、ふわりとした甘い香りが部屋中に広がる。
誕生日の主役とも言われる、バースデーケーキ。
10と6のロウソクが刺さったケーキが、机の上にどどんと置かれた。
綺麗なロウソクの色は、なぜか赤と橙だった。
「あれ……これ、あってますか?」
「うん、みとちゃんの16歳から16歳へのお誕生日なのだわ」
「えへへ、色々考えたんだけど、やっぱこれがいいのかなって思ったんだ」
苺とクリームがスポンジの上にたっぷり乗ったケーキ。
子供の頃に誰しもが夢見る、ホールケーキ一人占め。
そんな夢が、ちょうど今日叶おうとしていた。
「え、これ、全部私が食べていいんですか……?」
「もちろんなのだわ。まあ……ほんとはあんまり食べ過ぎない方がいいんだけど、今日は特別なのだわ!」
「まあ、余ったりしたら皆にも分けてあげられるし、無理はしすぎないでね」
そう言って、アキくんちゃんがロウソクに火を付けてくれた。
「じゃあ、みとちゃん、せっかくだし」
えいっ、とモイラ様が指を振ると、部屋を照らしていた灯りがぱっと消えた。
天井の青空が、星空に変わって、部屋の中をぼんやりと照らす。
目の前に浮かぶのは、炎で灯された10と6の文字。
「美兎お姉ちゃん、じゃあ、どうぞ!」
アキくんちゃんに促されるまま、思いっきり息を吹きかけると、ロウソクの火が消えて星空の輝きだけが部屋を包む。
それに合わせて、ゆっくりと天井が回り出す。室内に居るのに、まるで本物の夜空を眺めているような気分になる。
「お、おぉ……」
あまりの美しさについ、声が出てしまう。
ケーキだけでなく、こんな素敵な景色をひとり占めしていいのかと、自分の幸せを疑ってしまうぐらいだった。
ゆっくりと、明かりがついていく。元の澄んだ青空が天井に映し出される。
「いやぁ、すごかったですよ……」
「ふふ、ならよかった。準備したかいがあったのだわ」
と、感動を口にしている間に、モイラ様はナイフとフォークでケーキを綺麗に切り分けてくれている。
断面にも苺がきちんと埋め込まれている、赤と白で彩られたケーキ。
ナイフが入る度に、ふわりとその身を沈ませるような生地の柔らかさ。
渦を巻くように生地の上でぴょこんと浮き上がっているクリームは、見ているだけで口の中が甘さに包まれる。
そんな目の前の甘くて素敵な光景に目を奪われている間に、気づけば8等分に分けられたケーキが目の前にずらりと広げられていた。
「美兎お姉ちゃん、召し上がれ!」
アキくんちゃんに渡されたフォークとナイフを構えて、ごくりと唾を飲み込む。
まずはケーキの上に乗っている真っ赤な苺をフォークで刺して、ぱくり。
苺の甘酸っぱさと、下に少しだけついたクリーム生地の甘さが混じりあってたまらない。
続いてスポンジ生地にフォークを刺して、ぱくり。
ふわふわの食感に、間に挟まった苺の瑞々しい感触が心地よい。
「うーん……美味しい!」
あっという間にケーキ一切れを平らげ、そのまま2つ目にフォークを刺そうとして、ふと気づく。
「あ……でも、これ……」
「どうしたのだわ? みとちゃん。お口に合わなかった?」
「そうじゃないです……ただ……」
「もしかして……美兎お姉ちゃん、虫歯?」
アキくんちゃんもなかなか辛辣だ。
いや、まあ、それもないってわけじゃ……ないんだけど。
「ち、違いますよ。ただ、あと7切れあるから皆で食べたいなあって……」
ひとりで食べ切るのも夢ではあったけれど、あまりにも美味しすぎて皆にも食べて欲しい気持ちが勝ってしまった。
「ふふ、みとちゃんはやっぱり優しいのだわ」
「美兎お姉ちゃん、ありがとね」
モイラ様が7切れのケーキをラップに包んでくれて、アキくんちゃんが冷蔵庫にしまってくれる。
ふたりが愛を込めて作ってくれたケーキ、皆にも食べてもらえるといいな。
「よし、じゃあ今度皆には今度食べてもらうとして……」
「うん、それじゃ……」
さっきの部屋と同じように、空になったテーブルの向こう側にふたりが並ぶ。
「みとちゃん、お誕生日おめでとう! いつもありがとうなのだわ!」
「お誕生日おめでとう、美兎お姉ちゃん。すっごく美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ」
目の前に置かれたふたつの箱。
青色のプレゼントボックスに羽のように付けられた白いリボン。
王冠の形の赤いリボンがついた、黄色のプレゼントボックス。
「うわぁ……! ありがとうございます、ケーキとあんな綺麗な景色だけじゃなく、プレゼントまで……」
「みとちゃんのためにたくさん考えて選んだのだわ」
「美兎お姉ちゃんに似合うといいなと思って、モイラ様と色々探したんだよ」
言われるがままに、白いリボンを解いて青色の箱を開ける。
「わ、ミサンガですか……⁉︎」
「うん、女神の力をたっぷり込めたのだわ。美兎ちゃんの願いが叶うように」
「モイラ様のご加護があればなんでも叶う気がしますね……」
赤と橙の紐が混じり合ったミサンガが、まるで綺麗な運命の輪のようになっている。
……多分、私とあの子の、未来を願って。
「美兎お姉ちゃん、ボクのもよかったらどうぞ」
赤い王冠を綺麗に外して、横の黄色い箱を開ける。
「あ、これ、紅茶の葉……」
「うん、美兎お姉ちゃんが好きだと思って。お口に合うといいけど……」
「アキくんちゃんが選んだやつだったら、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「ちょっと淹れるのが難しいかもしれないけど……美兎お姉ちゃんなら大丈夫だよね」
それは私が頑張って淹れるということだろうか、それとも。
でも、側面に小さく兎と紅葉が描かれた紅茶の缶なんて、いったいどこで見つけてきたんだろう。
「ありがとうございます……ふたりとも!」
「うん、あとで皆にもケーキ食べさせにいくのだわ!」
「美兎お姉ちゃんの分も、また作ってあげるからね」
ふたりと猫たちに別れを告げ、次の部屋の扉に手をかける。
ぎい、と重い扉をゆっくりと開けていくと、甘く広がる花の香りと、爽やかな花の香りが同時に漂ってくる。
そこに広がっていたのは、数々の木々から伸びるようにして色とりどりの花々が咲き誇っている、とても幻想的な景色。
その花々の中に時折混じる紫色のラベンダーが、さらにその色合いを際立たせていた。
蔦で絡みつけられた桃色の机と椅子。森をイメージした床と壁紙、そして天井は、一面の緑色に染め上げられていた。
そんな中、なぜかこの場にそぐわないモニターとゲーム機がテーブルの上にあることだけが違和感ではあったけれど。
「やっと来ましたか、美兎さん」
「あ、みとみと! 待ってたよー! もいもいとアキくんちゃんの部屋、すっごく楽しかったでしょ? だから私たちも負けないようにしたんだー」
部屋の真ん中では、えるちゃんと凛先輩が待ち構えるようにして仁王立ちをしていた。
「待たせてごめんなさい、ふたりとも」
「いいんですよ。皆さん、美兎さんを楽しませるために前からずっと考えていましたからね」
「もちろん、えるたちもね!」
いつも通り元気いっぱいのえるちゃんに手を引かれ、席へと座らせられる。
「よし、美兎さん。私たちとゲームして買ったらプレゼントをあげるということでよろしくお願いします」
「みとみとと遊ぶために、えるたちすっごく練習してたんだよ」
そう言って凛先輩はゲーム機の電源を、えるちゃんはコントローラーを私に渡してくれた。
そんなプレゼントの方法もあるのか、と思いつつも、そういえばこうして3人でゲームをするのは初めてかもな、と期待に胸を膨らませているのだった。
「ほー……、それは楽しみですね。それじゃあ私の実力見せてあげるとしますか」
と、意気込んでコントローラーを握り締めたのはいいものの。
「みとみと、またやられちゃった……」
「美兎さんに自信があるゲームだったと思うんですけどねえ……」
画面の中では、私のキャラが爆弾と壁に挟まれて悲しい顔をしている。
私も多少自信はあったけれど、凛先輩の投げる爆弾と、機敏に動き回るえるちゃんには敵う気がしない。
「い、いや! まだまだこれからですよ」
何回目になるかもわからない今回の試合も、結局凛先輩とえるちゃんの一騎打ちになった。
えるちゃんが凛先輩の投げた爆弾を蹴り返すと、凛先輩はその爆弾を使って他の爆弾を誘爆させる。
側から見てても何が行われているのかわからないけど、すごいことが行われていることだけはわかった。
でも、拮抗しているように思われた試合も、段々と時間が経つに連れて周りの壁が増えていくことで終わりが訪れる。
「あっ……」
「ふふ、えるさん。もう逃げ場はありませんよ?」
凛先輩が並べて置いた2つの爆弾のせいで、えるちゃんは爆弾を蹴ることができない。
「あー……、りんりん先輩、やっぱ強いなあ」
「えるさんもなかなかでしたよ」
「ちょ、ちょっと! 私のこと忘れないでくださいよ!」
試合終了と共に移る、3位の文字。
先ほどの自信はどこへやら、このままではいつまで経ってもプレゼントなんて貰える気がしなくなっていた。
「あはは、みとみとやっぱりよわーい」
「あー、楽しかったですね。美兎さん」
コントローラーを置いて、おもむろにゲーム機の電源が落とされる。
「……あ、もしかして、時間切れ……ですか?」
「そうですね。これ以上続けていたら、最後の部屋で待ってる人に怒られてしまうかもしれませんから」
「待ちきれなくてこっちの部屋来ちゃうかもしれないもんね」
最後の部屋。
その扉の向こうに誰がいるのかは……、もう、わかってる。
サプライズが大好きで、一番に祝ってほしいのに、結局一番最後に祝ってくる子。
「まあ、でも今は、私たちが祝う番ですからね」
「そうだよ、みとみと。ちゃんとプレゼントも用意してあるんだからね」
「……あ、ちゃんとくれるんですね」
「もちろんですよ。でも、次はちゃんと勝てるようになっておいてくださいね? 私たちの実力があれだけだと見られたら癪ですから」
「みとみとは話はうまいんだけどな〜 でも、すっごく楽しかったよ! またやりたいな」
「それでは美兎さん、改めて……。誕生日、おめでとうございます」
「誕生日おめでとうみとみと! これからもよろしくしてほしいなー!」
目の前にふたつの箱が置かれた。
紫色のラメが入ったリボンで綺麗に留められたプレゼント箱。
ピンク色の箱に、リボンといっしょにたくさんのシールが貼られたプレゼント箱。
「ありがとうございます……! おふたりに祝われるなんて、すごく嬉しいですよ……」
「それを言うのは、まず開けてみてからにしてくださいよ」
「そうだよ! えるもりんりん先輩もね、色々考えて選んだんだから」
「は、はい。じゃあ、失礼して……」
えるちゃんに差し出された箱についているピンクのリボンを外して、開けていく。
「あ、綺麗な花飾りじゃないですか!」
「そうだよー! えると言えばお花かなーって、やっぱ!」
赤を基調とした花々の中に、一本だけくっつけられた四つ葉のクローバー。
その彩りはあまりにも綺麗すぎて、つけてしまうのがもったいないぐらいだ。
「みとみとに、幸運が訪れますようにって!」
緑鮮やかな四つ葉が、きっと次の扉を開けたときにも幸運を呼んでくれる。
あの子との出会いに向けて、幸運を。
そんな気がしたんだ。
「じゃあ、次は私ですね」
続けてしずりん先輩に差し出された箱の紫色のリボンを解いていく。
「……これは、オルゴール……ですか?」
「そうですよ。そこには美兎さんが大好きな曲が入ってます」
「……試しに回してみてもいいですか?」
「ええ、そのためにあげたんですから」
きり、きり。
オルゴールを回して、離す。
流れてきたのは、私が大好きで、気づいたら口ずさんでしまう、あの曲。
次の部屋で待っている彼女の力強い声で歌われる、和風テイストの曲。
「やっぱり……いいですね、この曲は」
「ま、いつも直接聞いてるんだからいらないとも思ったんですけどね」
「そ、そんな聞いてないですって……あれ?」
がさ、と箱の中に、もうひとつ何かが入ってるのが見えた。
そこに入っていたのは、なんの変哲も無いただのメモ用紙。
「覚えているかはわかりませんが、いつかの日に美兎さんが見ないで帰ったメモです」
「え、えっと……ホテルに泊まったとき、でしたっけ」
「はい。まあ、もう必要ないとは思いますが……。ふとあの日の事を思い出したので、おまけみたいなもんです」
あの日のことを思い出した。
久しぶりに会ったはずなのに、まるで何年もの付き合いみたいに話せた彼女のこと。
次の日がイベントだってことも半分忘れて、夜中まで話し合っていたときのこと。
大切な思い出になった、あの日のこと。
「まあ、とにかく早く行ってあげてください。きっと待ってますから」
「そうだよー! これをやろうって言い出したのも……ね?」
「……はい。ありがとうございます、ふたりとも」
ふたりに別れを告げて、最後の扉に手をかける。
その扉は、今までの扉の中で一番重くて、遠いものに感じた。
まず目に入ったのは、夜空に浮かぶ満月。
まんまるなお月様が、星々が瞬く夜空に浮かんでいた。
次に目に入ったのは、風になびく紅葉。
そこは今までのように室内ではなく、開けた広場のようになっていた。
その真ん中に立っていたのは、私の誕生日を祝うために、今日のこの日のために、誰よりも私のことを考えてくれて、かといってそれを決してに表には出さずに、裏で頑張り続けていた彼女。
相棒であり、親友であり、私の、すきなひと。
「楓……ちゃん」
「美兎ちゃん、どう? 楽しかった?」
「……そんなの、当たり前じゃないですか」
「ふふ、ならよかったわ」
月夜に照らされる彼女の笑顔は、あまりにも美しかった。
それが私にとってのプレゼントなんじゃないかって、勘違いしてしまうぐらいには。
「たくさんお祝いされて、たくさん色んなものを貰いました」
食べて、遊んで、貰った。
「そりゃあ、皆美兎ちゃんのこと大好きやしな」
温かさを、優しさを、贈り物を。
「楓ちゃんのおかげですよ」
きっと貴女は自分のしたことの凄さに、想いの強さに、気づいてなんていないだろう。
「そんなことあらへんって」
だからこそ、私はそれに負けないぐらいの想いを伝えたかった。
「そんなことありますーぅ」
感謝を、想いを、ありがとうを。
「まあ……美兎ちゃん、お誕生日おめで……うわっ!」
言い終わる前に抱きついた。
「好きです、楓ちゃん」
夜風のつんとした匂いに混じる、私の好きな香り。
「うん……私も、だよ」
愛されるたびに、愛したいって思った。
貴女が私のことを大事に思ってくれてるのと同じぐらい、私も貴女のことを大事に思ってるんですよって、伝えるために。
「皆、プレゼントを渡すたびに目と物で言ってくるんですよ、早く行ってあげてって」
「あはは、そうやったんか。やけに早いと思ったわ」
皆からもらったものは、全部が全部、楓ちゃんに関係するものだった。
それはもちろん嬉しい、嬉しいけど。
それを受け取るたびに、楓ちゃんのことを思い出して、声を聞きたくなって、話したくなって、会いたくなって。
「一番に言ってほしかった言葉だったのに……もう、夜じゃないですか」
「うん……ごめんな」
ぎゅっと背に手を回されて、抱き返される。
彼女の温もりに包まれる。
「代わりに、今からいっぱい言ってください」
「美兎ちゃん、誕生日おめでとう」
名前を呼ばれるたびに、心がくすぐられている感じがした。
「もっと」
「美兎ちゃんの誕生日、祝えて嬉しい」
ひとつひとつの言葉、その全部が私にとって大事な宝物だった。
「もっと、言ってください」
「大好きやよ、美兎ちゃん」
わがままなお願いだとは分かっていたけれど、誕生日だから許してほしいと思った。
「もっと、もっとほしいです」
「生まれてきてくれてありがとう、美兎ちゃん」
愛した分だけ、愛してほしかった。
「プレゼントもほしいです」
「……うん、ええよ」
そう言って彼女が取り出した箱は、今までで一番小さくて、一番飾り気のない箱。
それでも、その中身は、何よりもかけがえがないものだった。
私と楓ちゃんが特別であることを示す、そんなものだったんだ。
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月ノ美兎さん、お誕生日おめでとうございます。
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みとちゃん、生まれてきてくれてありがとう。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164308#1
| true |
94年組学パロ«設定»
☆二年一組
奥井翼
華やかな容姿と立ち居振る舞いで女子の注目を集める言わずと知れた一軍男子。派手でチャラい印象とは対照的に努力家であり、入学以来学年TOP10の成績を維持している。最近の悩みは「なんでも出来すぎること」
文月海
サッカー部次期キャプテンで爽やかな男前。女子のファンが試合に駆けつけることもしばしば。だがそれ以上に彼を慕う男子が後を絶たない。根っからの兄貴気質で誰とでも仲良くなれるが、恋愛には奥手の様子。
☆二年二組
和泉柊羽
謎多きカリスマ男子。17歳とは思えない気品と貫禄が漂っており、後輩女子を中心に翼と人気を二分している。ピアノの実力者で数々のコンクールに出場しており、時々吹奏楽部に助っ人として参加している。クールな外見からは想像出来ないが、日々衛と英知のほのぼの会話を見て癒されている。
藤村衛
身寄りがなく施設育ちという複雑な環境にいながら、それを感じさせない朗らかな性格。保健委員を二年連続務めている。多趣味で思いがけない知識を披露することもあるが家庭科だけは壊滅的に駄目らしい。部活には所属していないが、稀に彼が音楽室でピアノを弾く姿が目撃されている。
堀宮英知
ダンス部副部長。世話好きでお人好しの性格の優等生。器用になんでもこなすがあくまで等身大の男子高校生。意外といたずらも好きらしい。生活委員で毎朝学校のゴミ拾いをしている。何かと衛の世話を焼いている。人脈が広く、何気に大物である。
① 4月 英知(with衛)
前の席の衛くんとは、今年初めて知り合った。親がいないだとか変わり者だとか色々と噂の絶えない子だったから仲良くなれるか不安だったけど、実際に出会った彼はニコニコと人懐っこい笑顔が印象的な明るい男の子だった。
それからは席が近いのもあって、なんだかんだよくつるむようになった。「お昼一緒に食べよ」と初めて声をかけた日には、衛くんは目をまん丸にして頷くと、危なかっかしい手つきながらも慎重に机をくっつけてきた。最近気付いたけど、実はかなりの不器用らしい。
「わぁ~衛くんのお弁当美味しそう」
「えへへ、先生がね、毎朝みんなの分用意してくれるんだよ~」
照れたように笑う彼は本当に暖かくて、周りが言う「可哀想」という言葉は全然当てはまらかった。ただ、人懐っこいように見えてどこか控えめで、何かに怯えているように見えるのも事実だった。
四月も終わりに近づき、皆がGWの到来に浮き足立っている。1ヶ月が経過してクラスも大分馴染んできていて、ちらほら遊びの予定を話す声も聞こえてきていた。
「衛くんはGW何か予定ある?」
「・・・」
「衛くん?」
「・・・へっ?あ、ごめん何?」
「もう、大丈夫~?GW、何も無ければ俺たちも遊びに行かない?」
「・・・っ、あぁ、GWはちょっと無理かも・・・ごめんね?」
弱々しく返ってきた返事に近頃の違和感が確信に変わった。衛くんは最近元気が無い。
「そっか、じゃあまた今度ね!今度は衛くんが都合のいい時に誘ってよ!」
衛くんが話したくないことは聞かない。これはなんとなく決めていた俺のルールだった。だから努めていつも通りに返せば、衛くんは泣きそうな顔で笑った。
「まーもるくん、先生来たよー」
丸まった背中をトントンとたたけば、「んん・・・」と小さくうなる声が聞こえた。
「眠そうだねぇ」
「あはは・・・ありがとう」
起こしたのはいいけど、授業中もコクリコクリと眠気に引っ張られる衛くんを後ろからじっと観察する。頼まれているから一応起こすけど、衛くんは元々そんなに居眠りをするような子じゃないからなんだか心配だった。
「衛くん、体調悪い?」
「え・・・そんなことないよ」
「ほんとに?ごはんもそれだけ?」
あんなに嬉しそうに食べていたお弁当は今日は無くて、牛乳と菓子パン1つだけだった。
「お腹、空いてないんだよねぇ・・・少し寝不足かも、気にしないで?」
「気にしないのは無理でーす!理由は聞かないけど心配はします!はい口開けて?」
「へっ?」
ぽかんと間抜けな顔をした衛くんの口に自信作のミートボールを放り込む。
「英知くんお手製のミートボールでーす」
「っ!おいしい!」
久しぶりに衛くんの素直な笑顔を見た気がして、なんだか少し嬉しかった。
「あれ?今日はまだ来てない」
いつもはやたらと早い衛くんの席は、今日は空っぽだった。まぁいつもが早すぎるんであって全然遅くはないんだけど。少し気になりながらも、委員会のゴミ拾いのために教室を後にした。
「ふぅ・・・やっぱり缶のポイ捨て多いなぁ、貼り紙増やすように提案してみようかな」
そんなことを思いながらも仕事をするのは嫌いじゃない。朝の空気は気持ちがいい。衛くん曰く「朝は散歩に最適」らしいからね。
鼻歌なんか歌いながら歩いていると、花壇の横のベンチに見慣れた人影が。
「あれ?衛くん?」
「・・・っ!あ、英知くんか・・・おはよ~」
へらりと笑ったその顔は、いつもより幾分か赤く見える。一つの考えが浮かんだ俺は無言で衛くんに近寄ると、額に手を当てた。
「・・・熱あるよね、衛くん」
「・・・あー・・・やっぱり?」
いたずらがバレた子どものような笑顔で首を傾げた。なんだ、自覚症状はあったらしい。じゃあなんでまだ肌寒い四月の朝に、こんな所にいるんだろう。
「自覚あるならせめて暖かい格好しなよ?はい、俺のパーカー貸してあげるから。保健室まだ開いてないよね?学校行ける?今なら帰っても大丈夫だと思うけど」
「・・・うーん、大丈夫、授業は出る」
「無理はだめだよ?」
「うん、ありがとう」
腑に落ちないけど、衛くんはもう決めているんだろうと思ったから、敢えて何かを言うことはしなかった。
すると、俺たちのすぐ横からパーンと何かが弾かれる音とクラクションが聞こえた。驚いて振り向くと、気性が荒いことで有名な男性教師が運転席の窓を開けて怒鳴りつけてきた。
「おい生活委員!缶はちゃんと拾っとけ」
「え、あ・・・すいません」
教師は軽く舌打ちするとまた荒々しい運転で去っていった。
「もう、まだ拾ってる途中なんだから無茶言わないで欲しいよね。運転荒いのはそっちなんだ・・・し・・・衛くん?!」
「・・・っ、」
反応が無いのを不思議に思って振り向くと、膝を抱えて顔を埋め、小さく震える衛くんがいた。
「!衛くん!大丈夫?どうしたの、気分悪い?」
「・・・ぃ」
「・・・え?」
「・・・こわ、ぃ・・・」
「えっと、怖い?衛くん、少し顔上げて、深呼吸しよう?」
「・・・・・・」
恐る恐る顔をあげると、幼い子どもみたいな不安そうな瞳が一点を見つめていた。さっきの車で潰れた缶だ。
「っ、ひっ・・・はぁっ、」
「衛くん!」
不安定な呼吸に驚きながらも、それを悟らせないようにゆっくり背中を撫でてやる。そこでやっと、一つの答えに行き着いた。
「・・・思い、出しちゃった?」
両親を亡くした、交通事故。初めの頃、衛くんは思いのほかあっさりと自分のことを話してくれた。「俺の両親は事故で死んだんだ。ちゃんと優しい人たちだった。大切な思い出なんだ」と。捨てられたとか親戚との関係が悪かったとか、あらぬことを噂されているのが少しだけ悲しい、とも。
「・・・ごめ、俺、クラクションの音・・・苦手で、だから、もうちょっと・・・」
「・・・うん」
何を、とは言われなかったけど、そっと身を委ねてきた衛くんの背中を撫で続けた。
「ちょうど今くらいの時期だったんだ。GWだから出掛けようって、お父さんが言い出して、お母さんがお弁当を作ってくれた。動物園に行こうと思ってて、まだ桜は咲いてるかななんて話してた」
「・・・うん」
「だからGWは昔から少し苦手なんだ。夜眠れない日があったり、お弁当を食べられない日があったり、今日みたいに、少し体調を崩してしまったり。・・・毎年、ここで躓くんだ。俺がいつもの調子に戻る頃にはみんななんとなく固定した友だちがいて、話せる子はそこそこいるけど、イマイチ距離感をつかめないというか」
これが、変わった奴だとか、友だちがいないとか、色々な噂の真相だったようだ。本当はこんなに繊細で優しい人なのに。
「・・・今年、英知くんが話しかけてくれて嬉しかった。こんなに俺のペースに合わせてくれる人、今までいなくて、すごく居心地が良かったんだ。でもやっぱり今年も調子崩しちゃって、」
「衛くん。俺は別に休みの日に遊びに行けないからって友だちじゃなくなるなんて思わないよ。ちゃんと待ってるよ、衛くんのこと。俺が、衛くんと仲良くなりたいんだ。」
ちゃんと向き合って思いを伝えれば、衛くんはみるみるうちに目に涙をいっぱい溜めた。そして大きく頷くと、照れ臭そうに笑った。そっか、これが、本当の衛くんなんだね。
「ふふ、これからよろしくね、衛くん」
② 5月 翼(with海)
「キャー!翼くんこっち向いてー!」
「翼せんぱーい!」
奥井翼17歳。今日も華やかな朝の挨拶をくぐり抜けて教室に辿り着くと、またもやクラスメイトの大歓迎が俺を待ち受ける。いつも通り完璧な笑顔で手を振り返すと、入口の1番近い机に荷物を置く。するとあっと言う間に俺の周りは可愛い女の子と、俺ほどじゃないけどオシャレは男子たちで埋め尽くされる。うん、俺ってば今日もモテモテじゃん?
隣のクラスの和泉柊羽と人気を二分するとか言われてるけど、やっぱり俺の圧勝でしょ。ていうか負けるなんていうのは俺の性に合わない。
「お!海おはよー」
「はよーっす」
「おう!おはよう!」
教室の真ん中辺り、俺の席とはそこそこ遠いエリアに人が集まり始めた。これはあいつ、文月海が来た合図だ。こちらの華やかな雰囲気とは対照的な、朝練後の汗くさくてむさくるしい野郎の集団だ。わざわざ他クラスから野郎に会いに来るなんて、変わったやつもいるもんだ。
「翼くんー?どうしたの?」
「んーん!なんでもない!」
「ねぇねぇ今日の放課後なんだけど」
ほら見ろ。俺の方が、キラキラしてんだろ。
体育の時間、それは運動部たちが主役の時間。俺も運動は得意な方だけど、この時ばかりは一番とはいかない。
「海―!いけー!!」
文月海はむさくるしい野郎どもに囲まれて心の底から楽しそうにバスケットボールを追っていた。その姿に、隣でバレーボールをしている女子の視線が集まる。そう、この文月海、男臭さの方が目立つけど、体格と顔は文句無しに良いのである。
(くっそ負けてらんねー!あいつサッカー部のくせになんで全部できんだよ・・・!!)
なんて考えていたらいきなり目の前にボールが飛んできた。咄嗟にキャッチするとパスを出した張本人、海は「翼!シュート!」なんて威勢のいい声掛けをしてくる。しかし期待されるのは嫌いじゃない。軽々とシュートを決めて「見たか」と言わんばかりに海を見やれば、爽やかな笑顔でハイタッチなんかしてきた。思わずハイタッチしちゃったけどさ!
俺は基本的になんでも出来る。
なんでもできるし、何よりかっこいい。
悔しい、なんて思うのいつぶりだろう。
「あームカつく」
海ならきっとそんなこと思わないんだろう。馬鹿みたいに良い奴だし、良いところを見せようなんて思ってないんだろう。
「あれ?翼?」
「あ、文月海」
帰り道、通りすがったコンビニから出てきたのはついさっきまで考えていたまさにその人だった。
「なんでフルネームだよ(笑)文月でも海でも好きに呼んでくれ」
「む・・・」
「ほい、これやる」
そう言って海が差し出してきたのは、割って食べるタイプのアイスだ。なにこいつ、俺が来るの分かってたの?てか何このオシャレじゃないアイス!
「2つ食べるつもりだったけど、分けて食べたらより美味いっつってな!ほら」
「・・・あ、ありがとう?」
「おう!」
勢いに押されるように受け取れば、にっと笑った。
「・・・今日部活は?」
「あー・・・色々あって早めに切り上げてきた?」
「なんで疑問形?」
「あはは」
「何がおかしいんだよ」
「いやー、お前ほんと俺のこと嫌いだよな(笑)」
「はあ?!別にそんなことねーし!」
「そうなのか?!良かったー!」
売り言葉に買い言葉で否定すると海はまた嬉しそうに笑った。なんだこいつ、すっげーやりずらいんだけど!
何か言ってやろうと思って横を向くと、海の歩き方に違和感があるのに気づいた。
「・・・あんた、足どうした」
そうだ。右足。
なんだか庇うようでぎこちない。
「あー・・・今日の部活でちょっとなー」
「は?」
「まぁ捻挫で済んだから1週間くらいで治るんだけどな!」
明るくそう言い切ると、手に持っていたアイスを最後まで勢いよく食べた。何かを誤魔化すようなその様子は、なんだかいつもの海からは想像できなくて、見ていられなかった。
「・・・そーゆうとき、かっこよくしようって無理しなくてもいいんじゃねーの?」
「・・・・・・」
「あんた責任感強そうだけど俺は運動部のそーゆうノリ知らないし」
「・・・翼」
「だいたいかっこつけたって俺のが全然かっこいいし」
「・・・ぷっ」
あははははっと豪快に笑われ、だんだん真面目に慰めたのが恥ずかしくなってきた。
「ありがとな!」
「・・・どーいたしまして」
「正直かなり凹んでたんだわ、来月インターハイだし、部長の引き継ぎもあるのに、情けねーなって」
「怪我とかって情けないとかいう次元じゃなくね?」
「まぁなー、でもまぁ、確かに、ちょっとは見栄張ってたかもな」
「え?」
「部長になるって思ったら、先輩にも後輩にも良いとこ見せたいとか、少し思っちまってさ、少し無茶な練習してた。それで足痛めたら元も子もないんだけどな」
「・・・ふーん」
海も、良いところ見せたいとか思うんだ。
不謹慎だけど、なんだか少し安心した。
「・・・じゃあ、今週は結構暇なんだ?」
「ん?まぁ、そうなるな」
「そんなら、また寄り道してやるよ」
「は・・・」
「だから、暇つぶし付き合ってやるって言ってんの。どうせ部活バカな友だちしかいねーんだろ!」
「え、でもお前忙しいんじゃ」
「だって海ってほっといたら家でもサッカーしてそうじゃん?だからスーパーポジティブな翼くんが励ましてやるって言ってんの。ほら俺、なんでもできるし?」
「・・・ははっ、お前意外と面白いやつだな。でも、サンキュ」
面白いってなんだ。初めて言われた。
でも、たまにはそういう感想も悪くないかな、なんて。
俺たちはきっと一緒にいるようなタイプじゃない。だからこうやって寄り道するのも1週間だけだ。
でも、明日学校で会ったら、挨拶くらいはしてやってもいい。
③ 六月 side衛(with柊羽)
「ふんふふーん」
保健委員の仕事は嫌いじゃない。基本的に出席簿を持っていくだけだから不器用な俺でもカンタン。先生は優しいし、体調が悪い時には深く聞かずに休ませてくれる。
「失礼しまーす・・・っていないや」
こういう時はサラッと置いて帰るのみ。
「ん?」
ふと、ソファに横たわる人が目に入った。
「おーい、大丈夫ですかー?」
「ん・・・」
ゆっくりと顔を上げたその人の目が、俺を捉えた。長い、睫毛がすっごい長い。しかもなんかすっごい大人っぽい。
ひえええ、イケメンだなぁぁ
「・・・ふっ、ありがとう?」
「え!え!俺今声に出てました?」
「ああ、割としっかり」
そう言って微笑んだのは、同じクラスの和泉柊羽くんだった。綺麗な笑顔だけど、やっぱり少し気だるげだ。
「どうしたの?ベッドで寝なくて大丈夫?」
「ああ、少し頭が痛くて・・・」
「片頭痛かな?最近天気悪いもんね」
「ああ、なるほど・・・天気か」
納得したように頷く柊羽くん。意外と天然さんなのかな。
「吐き気とかはない?」
「ああ」
「それなら良かった。ベッド空いてるから使ったらいいよ。俺は冷やすの持ってくる」
「冷やすのか・・・」
「片頭痛は冷やすのがいいんだよー」
「慣れてるな・・・」
「あはは、俺は結構頭痛持ちだから。和泉くんはこういうの初めて?」
「初めてでは無いが、滅多にない」
「そっかそっか、じゃあびっくりしたでしょ。ゆっくり休んでね」
頭を冷やしてあげると気持ちよさそうに目を細めたから、クスッと笑ってポンポンと頭を撫でる。気づいたら目の前には目をまん丸に見開いた和泉くんの端正な顔があって、俺はそこで相手があの和泉柊羽だということを思い出した。隣のクラスの奥井翼くんと人気を二分すると言われる超ロイヤル貴公子の和泉柊羽君!いつも陰から女の子たちが静かにうっとり見守っている和泉柊羽君!
「ごごごごめん馴れ馴れしかったよね!決して子ども扱いしてるとかじゃなくってね!俺は結構こういうことされると落ち着くなーみたいな!あれ?!」
「ふ、はは・・・衛、おっとこの呼び方で良かっただろうか」
「へ、あ、はい!」
「英知から何度か話は聞いている。良かったらしばらく話し相手になってくれないだろうか。君と話していると痛みが和らぐ気がするんだ。」
「へ・・・・・・?」
「駄目だろうか」
思いがけない言葉にまた固まれば、和泉くんは少し悲しそうに目を伏せた。
「いえ!全然!むしろ光栄でございますというか」
「そう固くならないでくれ。最初みたいな感じ・・・そうだな、英知と話すときみたいに。それと、和泉くんはやめてくれ。柊羽でいい。」
「え、じゃあ・・・柊羽・・・さん」
恐れ多くてさんを付けたら思い切り不満そうな顔をされた。
「・・・柊羽くん」
「・・・まぁいい」
「柊羽くんって英知くんとは友だちなの?」
「まぁ、そうなるかな。小学校が一緒で中学が別だったんだ。だから高校で会った時は驚いた。昔から変わらず英知は良い奴だ。」
「だよねぇ、英知くんって心配になるくらい優しいよねぇ」
俺と最初に仲良くしてくれたのは英知くんだ。器用で真面目で優しくて、おまけに料理まで上手なのだ。柊羽くんとか翼くんとは違うけど、きっとすごくモテるだろうな。あれ?俺なんかすごい人と友だちになってたんだな・・・
「その英知が、衛のことを優しくて良い奴だとベタ褒めしていた。あと、何故か放っておけないとも」
「わわ、英知くんってば俺にどんなイメージが・・・あ、もしかしてそれで俺のこと覚えててくれたの?」
みんなの憧れの柊羽くんが俺のことを認識していたのもびっくりだし、なんてったって俺は友だちが少ない。英知くんと仲良くなって話せる子はかなり増えたけど、基本的にふわーっと生きている。部活もしてないし。
「衛は俺が2ヶ月経ったのにクラスメイトの名前も知らないほど冷たい人間だと思ってたのか・・・」
何故かさらにしゅんとしてしまってた柊羽くんに、慌てて否定する。
「ちがうちがう!残念なことに名前覚えるの苦手なのは俺の方でーす・・・」
「はは、冗談だ。まぁ、そうだな。英知がやたらと気にかけているやつがいるのを見て気になっていた、というのも本当だが、それよりも前から知っていた」
「へ・・・」
それより前?俺なにかしたっけ・・・?忘れてるだけでこんなキラキラな人と関わり合ってたっけ??
「ピアノ」
「あ・・・」
「衛がピアノを弾いてるのを聴いたんだ。良い音だった」
まだ英知くんにも言っていないけど、俺はたまに、誰もいない音楽室でこっそりピアノを弾いている。嫌なことがあった時、寂しくなった時、それから単純に暇な時。
「四月だったかな。たまたま通りかかった音楽室で、衛の奏でる音を聴いて衝撃を受けた。俺は昔からピアノをやっているんだが、あんな音は初めてだった」
柊羽くんピアノ習ってるんだ。わーー、様になるなぁ。
「俺のはなんというか・・・独学だから」
小さい時に指の動かし方とか基本を習って以来、何となく好きで、触っていた。小学校の時から音楽室のピアノだけはずっと俺の友だちだった。
「独学・・・それは本当か?では曲は?自分で楽譜を探しているのか?読み込みは?あれほど曲に感情を込められるなんて、コンクールでも見たことがない」
柊羽くんはいつの間にか起き上がってすごい勢いで問い詰めて来た。
「ちょちょ、落ち着いて、そんな動いたらまた頭痛くなっちゃうよー?」
「落ち着いてられるものか。俺はずっと音楽をやっていたがあんな演奏は初めてだった。特に俺は技術に走りがちで感情を乗せるのが苦手なんだ。どうやって楽譜を読み込んでる?何か特別な練習はしてるのか?」
「ええっと・・・参考にならなくて申し訳ないんだけど、俺、楽譜とかはほとんど触ったことないんだ。いつも思いつきで弾いてるから・・・」
「即興?!自分で曲を作っているということか?!」
「そんな、作曲なんて大袈裟なものじゃなくて・・・綺麗だなーって思う音を出してるだけというか、ていうか聴かれてたんだぁ、なんか恥ずかしいな・・・」
「すごいな、ぜひ今度聴かせてくれ。緊張するというなら英知も連れて行こう」
何故聴かれるのが恥ずかしいと言ったのにギャラリーが増えるのか・・・柊羽くんは意外と天然らしい。いやこれは所謂ナチュラル・ハイみたいな状況なのか?熱は無さそうだけど。
「そうだ、今から音楽室に・・・っつ」
勢いよく身を乗り出した瞬間顔を顰めて俯いた柊羽くんをベッドに押し戻す。
「ほら沢山話すから~~横になって」
「情けない・・・」
「情けなくなんかないよ。でも意外だな~柊羽くんにもこういう子どもっぽいとこあるんだね」
「子どもっぽかっただろうか・・・」
心底不思議そうにする柊羽くんは、やっぱり少し天然さんらしい。
「~♪」
「・・・!」
「ピアノじゃないけど、最近の自信作です、なんちゃって」
「いい曲だ」
そう言って微笑むと、柊羽くんはゆっくりと目を閉じた。最初にソファで見た時よりも幾分か幼く感じるその顔に、自然と笑みが零れた。ほんの数分話しただけなのに、柊羽くんが少し近く感じる。恐る恐る、さっき引っ込めてしまった手を頭に伸ばし、撫でてみた。そのままゆっくりと鼻歌を続けていたら、静かな寝息が聞こえてきた。
「おはよう衛。昨日はありがとう」
午前八時、登校するなり俺の所に真っ直ぐ向かって来て、完璧な美しい笑顔でそう告げた柊羽くん。クラス中が目をまん丸にして俺を見ている。
「柊羽ってばどうしたの急に」
「ああ、聞いてくれ英知!衛はピアノを弾けてしかもとても良い曲を作・・・」
「わぁぁぁ!!!」
「うん、昨日の鼻歌を聴いた時も思ったが衛は声も良い。合唱なんかも向いていそうだ。部活はしないのか?そうだこれから音楽室に行かないか?」
「良い声とか柊羽くんに言われたくないしなんか俺たちめっちゃ見られてるし音楽室行きましょう!」
「あはは、衛はかわいいなぁ」
「でしょ!衛くんはかわいいんだよ!この前だってね俺の卵焼きを」
「どうしちゃったの二人とも?!」
柊羽くんの謎テンションは体調不良のせいではなくいつも通りだったようです。
以上、藤村衛がお伝えしました。
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NA.ctです!<br /><br />初めて学パロに挑戦してみました!<br />この設定思いついた時からいても立ってもいられなくて未だかつて無いスピードで書き上げてました。<br /><br />94年組って、高校が一緒だったとしてもみんな絶妙に違うグループにいそうな感じめちゃくちゃ良くないですか??良い意味で単独で生きていけそうな感じ。でも地味にライバル視してたり助け合ったりしてたら萌える。<br /><br />今回は弱らせメインじゃないのでがっつりではないですが、若干の弱り表現あります(この点に関してはもう性癖だから仕方ない)<br /><br />しかし和泉柊羽弱らせは新境地すぎた難しい。けどなんか間違ってはない気がする・・・どうですかね(笑)<br /><br />そして!<br />前の小説で少しお話したのですが、この設定でリクエスト募集しようと思ってます!<br />途中で力尽きるかもしれないけど、一応目標12ヶ月分書きます!あと9ヶ月!3月は全員出したい。それ以外は2人とか、3人とか・・・誰かの目線を借りて書いていく予定です。<br />リクエストは、キャラ組み合わせ(〇〇目線で〇〇と!)でも、場所(保健室、音楽室、体育館etc)でも大歓迎です!<br /><br />今回は場所などの設定上少し弱り描写がありますが、今のところ体調不良にこだわるつもりはありません。どうしても体調不良ストーリーで見たい!という場合はそのようにコメントくださればできるだけそのように考えたいと思います。キャラの登場バランス考慮して採用出来ない場合もあるかも知れませんが、この設定気に入ってるのでいつか書くかも知れません!<br /><br />もしリクエストしてくださる方がいらっしゃれば、この小説のコメント欄またはTwitter(@NA_ct_0410)にメッセージください!<br /><br />楽しんでいただけると幸いです(*^^*)
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仲良くなりたい!(4月~6月編)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164365#1
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片想いってのは、どうにもこうにも厄介だ。
片想いという感情を俺の中から消すことが出来たらどんなにいいことだろう。俺の中の感情から一つ消せるものを選べと言われれば真っ先に片想いを選ぶ。それほどまでに俺はこれのせいで悩まされているし、自分が自分らしくなくなる感覚に痒くさせられている。昨日に至っては朝、星座占いで片想い相手の星座が占われているのを見て「あ、あいつ今日ファンキーバッドじゃん」とか考えてしまう始末である。ばかやろう、俺。何がファンキーバッドだ。ファンキーバッドなのはこの俺の頭である。
誰に恋をしているんだ、もう一度考えろ。そうだそうだ、やめておけと俺の脳が指令を出す。いや待て。そもそも片想い自体を始めたのも脳じゃなかったっけ……。違うか……恋をし始めるというのは、脳ではなく、巷で噂に聞く、俺の……
「心……?」
「おはよう茅ヶ崎、今日も頭がおかしいな」
「挨拶がてら人を罵倒するのって本当良くないと思います先輩」
俺がぼやぼやとした頭で呟くのを聞いて、もう既に起きて部屋の中心でパソコンをカッタカッタ鳴らしているのはノーロマン先輩こと千景先輩である。仕事先の先輩と同居ということになる、と考えた時はもしかして俺選択ミスった?と一瞬頭をよぎりはしたものの、一緒に住んでみると全くお互いに気を使わなくていい素敵な同居生活をエンジョイさせていただいている。
何故かというと、この先輩ドライにも程があるからだ。もしそのドライっぷりが肌に表れでもしていたなら先輩は相当な肌荒れに悩まされている頃だろう。ババアみたいな肌になっているはずである。実際はそのドライな性格は全く肌に反映されず、少し開いたカーテンから差し込んでくる日光を受けてキラキラと輝いているわけだけれども。
多分世界で一番俺に言われたくないと思うけど、よく本当その生活・その性格で肌に影響が出ないな。え、毎日ピザを貪る俺のチャームポイントは腰だけどどうかした? 何かあった? やめたまえ、嫉妬はやめたまえ。
寝起きのぼけぇっとした顔のまま、リズミカルなキーボードを眺めているとまるで後ろめたいことをしているところを見られたかのように、気まずそうな顔で俺を見返した。
「お前に見つめられる時は少し不愉快な気持ちになる」
「先輩、オブラートって知ってます?」
「知っていて使わないことを選択したんだよ」
はあ、と短いため息をついてテーブルの上に広げていたパソコンを先輩はパタンと閉じる。本日は土曜日。俺も先輩も仕事は休みのはずである。それなのに先輩が朝からカタカタやっているところから察するに、また『組織』絡みのお仕事だろう。組織って聞くとこちらとしては上に「黒の?」とか付けたくなってしまうものなのだが、そうやって茶化しちゃいけない空気は流石に大人なので読み取れます。いつか飲み会で言う気でいます。
俺がクツクツと笑っているとこを見て、「お前の頭のおかしさはあと何段ギア残ってるんだ」と毒づいてくる先輩は、もう今日の仕事をするのを諦めたらしい。ノーロマン、超ドライ先輩にしては珍しく俺との雑談を楽しんでくれるらしい。
「で、なんで起きてすぐに『心……』とか呟いてるんだお前は。アンドロイドか」
「冬組にもう二人もいるんでアンドロイドキャラは無理です」
「意外とシビアなところなんだなMANKAIカンパニーって」
「そうですよ。先輩みたいな性悪がいなかったことをカンパニーに感謝してくださいね」
「お前その口調が既に性悪だと気付いた方がいいぞ。オネエキャラに変えろ」
「先輩こそ関西弁キャラ狙っていいですよ」
チッと先輩が面倒くさそうに舌打ちをする。こういう皮肉の応酬みたいなものは、やっていてわりと楽しい。こういうことにノってこない人がカンパニー内大半だったのでなおさらだ。面倒くさそうな顔をしている先輩だってちょっとだけ口角が上がっているのが見えた。
「で、俺は他のやつと違ってそうやってはぐらかされてあげないけど。どうする?」
「………やっぱり先輩ったらいけずやわ……」
「京都弁キャラを早速狙っていくか……侮れないな茅ヶ崎」
「俺は単純に起きた瞬間から、あー心が存在するなーって考えただけですよ」
「性欲が暴走してるんだろ?」
「俺の片想いをそんな最低な表現するのやめてください」
「そうか、片想いをしていて悩んでるのか」
「……………………というのは小粋なジョーク」
「遅い遅い遅い」
「先輩、記憶を操作する系の薬持ってましたよね?」
「そうか片想いかぁ。相手は一体誰だろうな」
「もう物理でいくしかない。先輩後頭部を固いもので殴らせてください」
楽しげに、膝の上に置いたノーパソを撫でながら先輩が笑う。普段ドライなくせにこういうところは潤いたっぷりにいじり倒してくるのだから本当この人はたちが悪い。敵に回したくないと心の底から思う。
「で、いつから万里に片想いを」
「はい待った~~~~~。おかしい。ストップ。一時停止」
「再生。いつから片想いしてるの?」
「誰が万里だっつったの~~~~~ねぇ~~~~違いますから」
「俺お前のそんなに泳いでる目を見たの初めてだなぁ。楽しいな茅ヶ崎ぃ」
「これは目の運動です~~~~クロールしてるんです~~~」
「寝言で『ばんりぃ……すき……』とか言われたら流石に俺も気付くかな」
「寝てるところはずるいでしょ。気をつけようがない」
「嘘だけど。白状どうもありがとう」
「先輩、ここにコーラのペットボトル見つけた。後頭部出して、殴る」
「避けていいならいいよ」
「いいわけないじゃんくっそ」
チッ、と今度は俺が舌打ちをする。もう流石に目は覚めてしまって、まだ少しだけぼやけていた目を乱暴に擦った。昨日も徹夜でゲームをしていたせいで目の中が少しひりひりする。きっと鏡を見れば充血をしているのだろうということが何となく分かった。
もうこれ以上この人と話していれば新たなボロを出すことになるだろう、と俺は気づきさっさと逃げようと立ち上がる。
「さて、顔を洗うとしますか」
「そうするといい。男子大学生への甘酸っぱい思いは冷水で顔を洗ったくらいじゃ落ちないと思うけどね」
「先輩針と糸持ってます?」
「残念、昨日有栖川の口に使ったからないよ」
「あなたの冗談はあんま冗談に聞こえないんでやめてください……」
ふふふ、と人を小馬鹿にするように楽しげな声を出す先輩がいるのを気配で感じ取る。ちっ、と再度舌打ちをしようと思った俺の耳に次に届いたのは携帯の着信音だった。自分のものではない。先輩の手元にあるんだ、先輩のもので間違いないだろう。
ただそれだけの話なのだけれど、急に何故かその着信音に違和感を感じて振り返る。先輩はまた何故か少しだけ気まずそうな顔をした。違和感が大きくなる。
「……どうした茅ヶ崎、顔を洗うんだろ」
「俺は俺のペースで顔を洗うんでお気になさらず。先輩こそ、メール来てるみたいですけど大丈夫ですか?」
「ああ、お前が部屋から出次第、確認するよ」
「先輩、メールがわりといろんな人から来ますけど、基本同じベースの着信音設定ですよね。今の軽い木琴みたいな音初めて聞いたな」
「たまたまね。気分が乗ったから個別設定くらいするさ」
「先輩、言い忘れてましたけど昨日の寝言」
「俺はそんなヘマしない」
「ヘマっていっちゃいましたね先輩。いるんでしょ」
「いません」
「焦って敬語になってるじゃないですか」
「いないわよ茅ヶ崎さんいい加減にして」
「オネエキャラ狙いにいってるじゃないですか」
「片想いしてない」
「先輩、先輩、これあげます」
小走りで先輩の元へ駆け寄り、ぎゅっと握った拳を先輩の手のひらで包ませる。既に片想いバレからの逆ギレが始まっている先輩は、空気しか握っていない俺の手を二度見した。
「なんだこれは」
「ロマンティック」
「うっざ!! 離れろ!!」
密さん以外に声を滅多に荒げない先輩のいらつきがピークに達したらしく俺に吠える。ノーロマン先輩が片想いをしているところに相当楽しげなものを感じ、「ロマンティック、あげるよ」ともう一度囁いてみると「黙り腐れ」と一瞥された。怖い。嘘である。全く怖くない。
「ふーん。どーりでねー。俺の片想いに気付くのは己も片想いをしてるからですってか」
「茅ヶ崎、俺はお前と違ってお前の後頭部を殴る覚悟は出来てるぞ」
「ひそかさーん」
「あーうるさいあいつは呼ぶな。ややこしくなるから。ややこしくなるから」
先輩の超絶チート能力に対抗できるのは旧知っぽい密さんであることは分かっているので、脅しには屈しない。ここはMANKAIカンパニー。ここで勝つのは強い奴でないことは秋組がもうとうに証明済みである。しかし夏組秋組の新人はあんなにキューテイ揃い、もし女体化しようものなら可愛すぎる彼女になること請け合い、みたいな奴らで、冬組も従者が入っているというのに春組に新しく入ったのは何故先輩なのだ。可愛さが足りない、可愛さが。と思っていましたが、撤回します。
「今の先輩超可愛いですね」
「お前にそんな台詞を言われても何も嬉しくない。不愉快だ」
「じゃあ誰に言われたいんですか先輩」
「静かにしろ」
「ねえ誰」
「顔を洗え」
「誰ですか」
「即刻顔を洗ってこい、ばっちい」
「ばっちくないです綺麗です」
「あーーーうるさい」
結局その後1時間以上粘ってみたが、先輩の片想い相手は教えてもらえなかった。非常にけちな先輩である。ノーロマン先輩と共にケチパイセンという二つ名を付け加えてやりたい。
何はともあれ、片想い相手を教えてはもらっていなかったものの、同室で住んでいるが故にお互いの違和感にいの一番に気付き、うっかりお互いがカンパニー内の誰かに恋をしていると知ってしまった俺たちはその日からこっそり「片想い同盟」を組むに至るのであった。至るっていうか、俺が無理矢理そういう風にしました。先輩はいやがってました。でもツンデレだからね。大丈夫大丈夫。
[newpage]
「議題、ムードの出し方」
「議題終了」
「1秒くらい聞いて先輩」
バン、とルーズリーフにマッキーで書かれた文字を先輩の前に掲げると、先輩は恐るべき早さでその紙にシャーペンを突き刺す。すると「ムードの出し方」の伸ばし線部分に穴が開いて「ムθドの出し方」になる。一気に必殺技の出し方講座っぽくなった。
先輩は協力する気が1ミリたりともないらしい。プイと顔を背けている。俺は背けられた方に立ってニッコリ笑うと、ルーズリーフをもう一度ぴろぴろと振った。
「やっぱり、俺も先輩も片想いなわけじゃないですか」
「俺は片想いしてるなんて一言も言ってないけどな」
「それでね」
「聞いてくれてもいいんだぞ茅ヶ崎」
「やっぱり片想いしてたら、両想いになりたいとまではいかなくても、ちょっとくらい、よさげな雰囲気になってみたいと思うもんでしょ」
「特にお前の片想い相手は悪友ポジションの男子大学生だしな」
「ウッ」
「きっとあっちにはこれから、きらびやかな青春が待ってることだろうし」
「うっぐ」
「万里の場合見てくれも器量もいいし、寄ってくる女なんて二桁をゆうに越えるだろうし」
「うぐぉ……」
「万里だって健康的な男なんだ。その中の誰かと関係を持つこともあるだろうしな」
「先輩、そこらへんで。あの、俺今無表情ですごいダメージ受けてる」
「モデル頼まれるレベルのモテっぷりだし、もう既に7人くらい彼女がいて同時進行で付き合い、それぞれを『月曜日の女』『火曜日の女』とか呼んでる可能性も」
「いやどんなクソ野郎ですか。万里はそんなこと言わない」
自分を勝手に片想い同盟に入れていた点や、未だルーズリーフを顔面の前に置かれていることがよほど気に入らなかったのか先輩が精神攻撃は基本とばかりに攻撃、もとい口撃の手を緩めない。
しかし俺はこほん、と咳払いをしてめげずに続けた。
「とにかく。先輩も関係が進んでないみたいだし、片想い相手といいムードを作る必要があると感じたんです」
「お前頑として俺を巻き込みたいみたいだな」
「先輩、こんな言葉をご存じですか」
「なに」
「『死ぬときは道連れだ』」
「確実に使う名言ミスってるぞ茅ヶ崎。それで俺が心動かされると本当に思ったか」
「間違えた。じゃなくて、『赤信号、みんなで渡れば』」
「『集団自殺』」
「そんなつもりじゃないです先輩」
「俺の目を見て言え」
じっとりしけった瞳を眼鏡越しに向けられる。普通の人であればくじけてしまいそうな表情だが、あいにく真澄のような超塩対応に慣れっこになりつつある春組にその手は効かないのである。俺は無表情のままダブルピースをした。
「マジマジほんと。いぇーい」
「こんなやる気のないいぇーいを見るのはアイツ以来だ」
「密さん、先輩の前ではいぇーいってやるんですか。お茶目」
「あいつの話はいい。あーもう話が進まん。わかった付き合ってやるからさっさと本題を話せ」
「片想い相手といいムードになるにはどうしたらいいですか先輩」
「それで集団自殺の話だが」
「そこまで? そんな話の方がマシなくらいの苦痛?」
改めて本題を話すため、優雅に自分専用椅子(IK●Aで買ったらしい)に腰掛けている先輩の前で床に座ると、先輩は俺の話を聞いてくれそうな空気を出したわりにすぐ目をそらした。まあでもこの先輩は基本的にツンデレ先輩なので、押し切ってしまうが勝ちである。苦痛であることを知っても無視して相談すれば何らかのリアクションを返してしまうのがこの先輩なのである。そうでなくては、密さんと旧友なんてやってられないだろう。結局面倒見がいいのである。
今も心から嫌であるというポーズを取っているにもかかわらず、一応頭を悩ませてくれるみたいでボソボソと俺に提案をしてきた。
「俺、来週出張なんだが」
「はい」
「泊まりに来させればいいんじゃないか」
「咲也を?」
「なんっでだよ! 万里だよ!!」
「いや、確かに万里がこの部屋で寝落ちすることってあるんですけど、最初から泊まってけよという誘い方をしたことはないんですが」
「じゃあ今こそやるべきなんじゃないのか」
「オールでゲームしようって?」
「それいつものやつだろ。何百回もやってるだろ」
頭が痛いとでもいう風に眉間を揉みほぐす先輩。いつも要領がよく飄々としている先輩がこうやって困っているところを見るのはわりと面白かったりする。
俺はそんな先輩を更に困らせようと、「じゃあ、なんて?」と続きを促した。
「ムードたっぷりに誘えよそこは」
「そのムードってやつが分かってたら最初から聞いてないんですがそれは」
「お前ほんと……。友達少ないだろ」
「先輩は多いんですか」
「俺は30人くらい居る」
「MANKAIカンパニーに属する人間全員抜いてください」
「で、ムードのある誘い方だが」
「先輩………」
友達が少ない奴が友達が少ない奴を友達が少ないだろうと揶揄したのが最初から悪いのである。俺は同情するように眉尻を下げると先輩から脳天にチョップをもらった。わりと痛い。
「いいだろう、俺がムカつく茅ヶ崎のために絶対に断られないお誘いを伝授してやる」
「おお、先輩が急に頼もしい」
「俺だって逆ハニートラップの経験くらいあるからな、各国で」
「頼もしさが海をも越えた……」
「俺の仕事のせいでとんでもないことになった女もたくさ、おっとこの話はまた今度」
「先輩、闇がポロリしてるから仕舞って」
「人の闇を乳首みたいに言うな」
「で、お誘いについて早く教えてください」
「いいだろう、だが」
先輩はもったいぶるようにそこで言葉を切り、椅子から降りて俺の正面に座る。えらく距離が近くなって先輩のミステリアスな顔立ちを意識させた。この顔なら逆ハニトラに引っかかる政界の重鎮とかもそりゃいるわ、と一瞬どうでもいいことが脳裏によぎった。
先輩はそんな俺の思考について読み取ったのかは知らないが悪そうな顔をして笑顔をゆがませ、俺の耳元でこう囁く。
「俺が言ったことを、きちんと実践すると約束すればの話だが」
「……先輩、悪趣味……」
「別にエロいことを要求するでもなく、金を要求するでもなく、せっかくアドバイスするならちゃんとやれよ? という意味なのに酷い言いようだな。教えるのやめよう、そうしよう、以降万里への切なくも苦しい片想いの気持ちをこれからも抱えて生きていってくれ、解散」
「ああああわかりましたわかりましたって、聞きますし実践します。一個だけ確認」
「なんだ」
「お誘いテクニックに、クロロホルムは、出てこない?」
「今回は出てきません」
「今回は出てこないかー。なら良かったです。ってだからまた闇ポロリしてるから」
「だから乳首みたいに言うなって言ってるだろ。大丈夫、普通の方法だから。耳貸してみろ。そして言い終わったらレッスンルームで一人自主練をしている万里の元へ行って言ってこい」
「即実践ですか……きつ……」
先輩はまた俺の耳元へと近づき、その低くも甘く柔らかな声でボソボソ俺にお誘いテクニックを伝授する。その内容に俺は顔を赤くしたり青くしたりするわけだが、先輩は面白がっている様子も特になく、「ね、簡単でしょ?」とばかりに言い終わって首を傾げた。この人はアカン。関西弁になる。アカン。
「やれと」
「やれ」
「先輩の丸眼鏡!! 思わせぶり指輪!!」
やれと言われたからにはやらないと先輩の新たな意地悪が待っていることは分かっている。俺は先輩に言われた通りのことを実践するべく捨て台詞を吐き、「それは本当に悪口なのか」と呆れた声を無視して走り出した。
「……あいつもう、早くくっつけよ」
先輩がため息と共に漏らした声は、俺の耳に届くことはなかった。
[newpage]
「先輩どないしてくれますのん」
「どうもしない」
「せめて話は聞いて」
先輩に聞いた策を実行した直後、思ったよりも思ったよりな事態になってしまい、俺は部屋に帰るなり今度は優雅に読書に勤しんでいた先輩に当たり散らすことにした。
しかし、打っても鈍い音しかしない先輩は俺の最初の一言から根元までばっさりと切り捨てるので、結局懇願の形となるのであった。
「先輩が言ってたこと、やりました」
「どれくらい正確に?」
「きちんと最初から正確に言われた通りにやりましたよ」
「ほほう、詳しく聞こう」
「先輩面白がってるな? さてはさては?」
「そんな訳ないだろう」
「口角が震えてるんですけど」
「脳梗塞だから気にするな」
「死にそうなくらい笑えるってことです? え?」
先輩はよっぽど俺が自分の言葉通りに動くと思っていなかったのか、きちんとやったことを伝えると『ムカつくあいつを失神させる方法』と書いてある本をパタンと閉じて、驚いたかのように目を見開いた。え、流しそうになったんですが何その本、めっちゃ怖い。先輩にムカつかれる心辺りが2コや3コでは済まない俺、静かなる戦慄。
相変わらずIKEAのおしゃれ椅子に腰掛けて、脚を組み替えながら「さあ話せ」と超上から話すノーロマン先輩こと千景先輩。ある意味この光景、俺の視点つまりローアングルからのこの景色は、人にとっては超ロマンかもしれなけれども。めっちゃ偉そうにされながら俺は先輩の前に正座した。
「作戦は何だったか覚えてますか」
「覚えているとも。万里の前に行って、あざとく上目遣いをして『言いたいこと、あんだけど……デートとか、してくれない?』と聞くことだろう」
「そうそれね。うん。最近椋から漫画とか借りてないです?」
「数冊だけな」
「いや本当に借りてんのかよ」
「で、どうなったのか最初から話せ」
「なんでそんな威圧的なの今日……」
こほん、と一つ咳払いを落として先輩を見る。切れ長の瞳はしっかりと俺を捉えていて中々離してはくれなさそうな、蛇のごとき眼光を放っていた。
「万里が一人で演劇の練習をしていたんですよ」
「だろうね」
「そこに入っていって、もうじらしてもあれなんでいきなりね」
「『言いたいことがあるんだけど?』」
「そう、『ツラ貸せ』と」
「おい」
「先輩アイアンクローはよくない」
俺なりの『言いたいことがあるんだけど』をどう言ったか先輩は知るや否や、俺の顔面になんの躊躇もなく開いた手をぐわしと押しつけてぎりぎりと痛めつけた。超痛い。
喧嘩なんて全く関係もない引きこもりライフを送ってきた俺になんたる暴挙。控えめに抗議の意を唱えると更に力は強くなったので「いたいいたいいたい」と呟いた。
「なんで言いたいことがあるんだけど、がそんな初期の摂津万里みたいになるんだ」
「あいつ今でも十座にはそんな感じですけどね」
「そういう話じゃないんだよ。あざとくいけって言ったな、俺は」
「言ってましたね、くどいくらいに」
「なのになぜだ」
「だって、あの」
「なに」
「……あいつの顔、真正面から見ると」
「ああ」
「びっくりする程超綺麗………あいたたたた先輩よくない暴力よくない」
「全然理由になってないんだよ。チキッたんだろ。な?」
「はいそうです」
「最初からそう認めろ」
「脳内では伝えてました」
「伝わってない俺が悪いみたいな言い方よく出来たなお前」
「まだ続きがあるんですけど」
「……話せ」
「先輩その手の構えやめよ」
話の続きをしようとしている俺の顔面間近に、開いた手の平をわきわきと動かしながら俺を見る先輩。『これ以上はヘマはしていないだろうな』と、『これ以上ヘマしていたら間違いなくアイアンクローをかますぞ』が如実に伝わってくるオーラを放っている。
俺はそんな先輩をどうどうと右手でいなしながら続きを話した。
「ツラ貸せよ、と言われた万里は『どうしたんですか至さん』って言ってくるから」
「そりゃ言うだろうよ誰でも」
「とにかくツラを貸せ、と言って稽古場の端に呼んでですね」
「あくまでツラを貸せなのか、お前は」
「大丈夫です、言ってる時しゃくれるように意識しました」
「何もかも大丈夫じゃないんだよ、何でプロレスラーを意識する」
「冗談ですけどね」
「今のやりとりほんと無駄だからな、お前俺の時間返せよ」
「とにかく、万里は端まで来てくれたわけですよ」
そう、あの時万里は猪木の物まねをする俺に物怖じせず、むしろちょっと笑って「どうしたんすか」と言い、部屋の端まで来てくれた。俺がちょっと声を潜めているのにも気付いていたのか「内緒の話?」と万里も声を潜めて首を傾げていたのを覚えている。
「内緒っていう言葉のチョイスが可愛すぎて頭おかしくなるかと思ったんですけど」
「安心して欲しいんだが、いきなり入ってきてしゃくれながらツラ貸せと言ってくるゲーム廃人は既に頭がおかしいと分類されている」
「なん……だって」
「話が進まない。それで?」
「それで……、万里に」
「デートに誘ったわけだな?」
「『表出ろテメェ』と、あぶなっ」
「チッ外したか」
ブォン、と常人ではありえない風圧で飛んできたアイアンクローを、本当にすんでのところで躱す。反射神経だけは、そう、反射神経だけはゲームで鍛えられているのだ。それもなければ確実にヤラれていた。俺は額に流れた冷や汗を拭う。
「だから、なんで、デートしようまでがヤンキー語に変換されるんだ」
「デートも表に出る必要はあるから」
「言い訳としてこんなに苦しいものを聞いたのは初めてたぞ茅ヶ崎」
「俺もこんな苦しい言い訳を吐いたのは初めてですよ。血吐くかと思った」
「いやだからなんでちょっと逆ギレするんだお前は」
「これだからノーデリカシー先輩は」
「ビンタするぞ。……そんなんじゃ、伝わるもんも伝わらんだろ……。万里とのちょっといい空気になる予定だったデートはなくなったな」
「……それが」
「……それが?」
それが、違うのである。
俺が、ちょっとだけ声をひっくり返しながら「表出ろ万里てめぇ」と言ったところ、万里はまた少しだけへらっと笑って「デートしたいんだったらそう言えばいいじゃないすか」と爽やかに笑ったのである。
『で、今日行きたいの』
『……今日は大丈夫ですけど?』
『なんで疑問系なんすか』
『なんで今のがデートのお誘いだと』
『面白そうだからそう言ってみただけっすけどね。まさかの本当に出かけへの誘いだったのかよ。下手すぎだろ至さん。で、どこ行く?』
『ちょっと先輩に聞いてくる』
『なんで千景さん!? え、至さん!? 至さんマジで戻んの!?』
俺はまさかこんな風になるとは思わず「ママに聞いてくる」と言うマザコン男のごとく、何故か先輩に聞いてくると、ちょっと動転して言ってふらふらと部屋に戻ってきたのでございました。
「――ということなのでした。だからあぶなっ、え、せ、あああああっ」
「馬鹿に鉄槌を!!」
アイアンクローをまた仕掛けてくると思って躱した俺をすぐに足払いした先輩は、見事な軌道を描いて俺をロフトベッドの上に背負い投げした。投げられたことのない俺はきっと腕を掴まれて宙に浮かされた時点で身体を硬くしたはずなのだが、先輩の力は完全に俺の数百倍上で、まるで小さな動物を人間が放り投げたかのごとくスポーンと俺は投げられる。俺はあまりにも手慣れたその様子に悪い意味でドギマギした。
「でも背負い投げとかそういう体術受けたの初めてなんで、ちょっとアガる」
「天国までアガるといい、茅ヶ崎。お前は馬鹿か、馬鹿なのか」
「先輩辛辣メン」
「スパイスもりもりチカうさを舐めるなよ」
「何言ってるかさっぱり分からないです」
「何でデートどこに行くかという話で俺を呼ぼうとした」
「俺の心の中のエマージェンシーコールが先輩をとっさに呼んだだけです」
「破壊しろそんなもの」
背負い投げした俺にその長い指を指して、流れるように罵倒を重ねてくる先輩だが、背負い投げした際に固いフローリングでなくロフトベッドにぶん投げたところとか、結局デートしてこなかったのかよというところで憤っている先輩を見て微妙に愛情を感じてしまう。先輩ったら、年季入ったツンデレ。
「いいか、デートにはきちんと行け。明日だ」
「えっいきなり過ぎないです……? 一年くらい様子見ない?」
「寝言はあの寝太郎に言え」
「密さんにしか言っちゃいけないんですね……」
「俺に言った場合は口にハラペーニョを突っ込む」
「あ、この人俺のこと殺す気だ」
「お前は照れたらボケるその習性を本気でどうにかしろ」
照れたらボケる性質。それはきっと俺の過去の傷に関係のあるところもあったりするのかもしれない。なんだか本当に、本気で深い仲に誰かが入ろうとしてくると、つい茶化してしまったり、思わせぶりにして引っ込んでしまう。
……いや、単純にどうしても、万里の目を真っ直ぐ見ると表情筋が勝手に動こうとするから、保とうとするがあまり1ボケを挟んでしまうだけなのかもしれないが。それは俺も本気で自分のことがよく分かっていないところでもある。
「じゃあどこに行けというんですか先輩」
「デートって言ったら人気のないところで、相手をひねり……距離が近くなるとこだろう」
「先輩にとってデートはターゲットをぶち殺す場なのは分かりました。もっと初級編」
「お前の方がよくわかってるだろ、万里の好きなものなんて」
「……ゲーセンとカフェ」
「じゃあ、そこだな。で、最後はバルコニーで話してから解散。いいな」
「先輩ったら絶好調……先輩の恋にもそろそろ協力してあげてもいいんですよ?」
「デートの誘い文句に『ツラ貸せ、表でろ』とか言うやつにもらうようなアドバイスは、今のところないかな」
「わー、先輩超すてきな笑顔」
「ずっと見てたいだろ? この笑顔」
「そうですね」
「ちなみにさっきのデートコースをきちんと全うしてこない場合、この笑顔はデスノー●の主人公ばりのゲス顔になるからな」
「あまりにも似合いすぎるんでやめた方がいいですよ」
「そしてハラペーニョを口に突っ込む」
「どうあっても突っ込まれるハラペーニョ……」
そんなわけで、とりあえず、とにかく。
俺は万里をデートに誘うべく、大変渋りながら、先輩に尻とか蹴られながら、万里に『明日万里のお気に入りのカフェに俺を連れてってください』と謎の距離感のLIMEを送るに至ったのである。なんだよこのLIME。もう恥ずかしいんだけど。
>>>つづく。
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ぶちこ大先生に設定をお借りしました。<br />チカちゃんとチガちゃんが片想いについてぐだぐだする話。基本ギャグです。前後編で終わる予定でござる。<br />後半はもっと甘く恋愛要素を足すことができたらいいと思うんだなあ。ひじを。<br /><br />※千景ちゃんの片想い相手が誰かは最後まで出す予定ないのでCPに入れて降りません!
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ー茅ヶ崎と千景ーWC片想い同盟 (前編)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164422#1
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※本編読む前に、読んでください※
・妄想です
・口調、一人称が迷子です
・キャラの過去を大変模造しています
・原作とは違うところがあります
・超ご都合主義展開
・腐向けです
・基本的に風見さん愛されです
・つじつまが合わないところがあると思われます
・それでもよろしければ、次から本編です
[newpage]
風見が降谷のもとで働き始めて、数カ月が過ぎた。前回とは違い、彼との距離が近いものに感じるのは、自分の勘違いではないだろうと風見は考える。降谷自身、心の余裕があるからか、前回よりも輝き堂々としているように思えた。しかし、ことあるごとにおにぎりと味噌汁をリクエストされるようになった。絶対彼自身が作った方がおいしいと進言するも、風見のおにぎりがいいと固辞される。人が作った特有の温かさがいいのかと、風見は納得することにした。
降谷の心の余裕さに安心するのに反比例し、風見の心はざわめいていた。萩原、松田、そして景光と死亡フラグを回避してきたが、一人残っていた。
「伊達…」
風見が松田たちの死を回避しようと決意した時、一番対処に困ったのは実は伊達であった。松田と萩原は大きな事件として資料が残っており、なおかつ風見自身ニュースや警視庁内でその話題は持ちきりで、記憶に鮮明に残っていた。景光は後輩で、なおかつその死は忘れようにも忘れられなかった。彼の死んだ場所も日時も、彼の親友から教えてもらった。
しかし、伊達の死は不慮の事故だった。ごく一般の刑事の事故死など、風見は覚えてはいなかった。降谷の友人が事故で亡くなっている、という事しか記憶していなかった。かろうじて、恋人と入籍間近で、捜査中に亡くなったという事しか思い出せなかった。何の捜査かも思い出せない。
そんな降谷のもとで橋渡しとして奮闘していたある日、伊達から電話がかかってきた。時間に余裕があったため出ると、なぜか向こうは出たことに驚いていた。いつぞやの萩原のような反応に、風見は苦笑するしかない。
[風見先輩…紹介したい女性がいるんですが…時間、大丈夫な日ってありますか?]
時は来てしまった。風見はまだ時間は取れない、こちらから連絡すると言って電話を切った。風見は頭を抱え、とりあえず落ち着けるために喫煙所へと向かった。
喫煙所には誰もおらず、風見は奥に座る。だがタバコを吸う気にはなれなくて、ただただ指で弄ぶだけだった。伊達はおそらくあと数日のうちに事故に遭うと考えられる。伊達から報告を受けられたのは、チャンスだと風見は考える。
だが――――
「いつ、事故に遭うんだ…?」
徹夜の張り込みを終えた後、ということ以外わからない。たとえ風見が聞いたところで、伊達は決して答えないだろう。捜査状況の漏えいなど、もってのほかであるからだ。
どうしようかと考え込んでいたら、喫煙所に誰かが来た。風見は入り口の死角に座っていたため、存在に気づかれていないようだった。
風見はここで出るのも目立つかと思い。息をひそめることにした。入って来たのはどうやら若い捜査班とその先輩の二人の様だった。若い捜査班はまだ日が浅く、先輩にしごかれてばかりだと弱音を吐いていた。
「あ、でもやっと僕も一人前と慣れるというか…」
「ん、なんだ?」
「犯人を明日、逮捕に向かうんですよ。詐欺師の…いった!」
「おまっこんなところでそんな重要な事話すんじゃねーよ!!バカ高木!!自覚がないのか!」
「すっすみません!!」
「お前の兄貴の伊達はもっとしっかりしてたぞ!お前の年には!!」
「伊達先輩は兄では…」
「比喩だよ!比喩!!」
「あ!」
「今度は何だよ…」
「伊達先輩と打ち合わせがあるんでした!明日の逮捕と、明後日の張り込みで。徹夜の張り込み場所が○○で、コツとかを教えて貰うんでした。…どうしました?」
「いや…もう、お前情報漏えいで捕まらないように祈るしかないわ」
「?、ありがとうございます?」
「あー、もういいから、いけいけ」
「はいっ」
「あーーー…俺ももう行くか」
二人があわただしく出ていき、また喫煙所には風見しかいなくなった。二人の副流煙が少し蔓延している中、風見は天を仰いでいた。
運は自分を味方した。このような形で情報を得られるとは。風見はすぐに行動に移す為、喫煙所を出る。
だが高木刑事、君の情報漏えいぶりはきっちりと伊達に報告する。風見はこれはこれそれはそれと私情を挟まないことにした。
それから二日後。伊達は偶然居合わせた高校生時代の先輩により、命を救われることとなる。
[newpage]
「お先に失礼いたします」
――ザワッ
一般的な定時。風見がそう周りに告げると、フロアが一気にざわめき始めた。自他共に認める仕事人間の風見。他の誰よりも仕事に忙殺されている彼が、定時にあがる。皆、やれ槍が降るだの岩が降ってくるだの好き勝手言い始める。そんな彼らを後目に、風見はイスをなおしてフロアを出ようとする。
「風見、珍しいな」
「はい。仕事も区切りがつきましたし、今日は後輩の夕食の約束がありまして。すみません」
「違う違う、仕事しろとか言うつもりはないよ。人との関わりは大事だ。楽しんでこい」
「ありがとうございます」
風見は隣の先輩に一礼し、フロアをでた。
警視庁を出れば天気予報通りの雨で、風見は傘を広げて目的地まで歩いていく。傘は彼…というよりと成人男性が使うには可愛らし過ぎる緑とオレンジのギンガムチェックだった。妹からの誕生日プレゼントで、絵柄がついていれば置き引きされないだろうとのこと。赤やピンクにしなかったのは、妹の優しさである。
風見の足取りは軽く、もしかしたら弾んでいたかもしれない。
リズミカルに水たまりをよけていく。
今日は伊達の婚約者を紹介される日なのだ。
待ち合わせの場所までの道のりをスマホで確認し、風見は迷うことなく到着する。
繁華街の時計の下へ、すでに伊達が待っていた。彼はすぐに風見に気がつき、手を挙げる。
「風見先輩!」
その時、伊達の大きな体で隠れていた女性が姿をあらわす。女性は風見に対し会釈し、風見も軽く返しながら伊達たちに歩み寄った。
「遅くなった」
「いえ、丁度です。俺たちが早くついたんです」
「こちらが…」
「はいっ。あ、互いの自己紹介は店でしましょう」
伊達が予約してくれた店は風見が初めて足を踏み入れる場所で、カウンターに個室が数個あり、座敷もあった。伊達が受付で名前を告げると、店員に通されたところは座敷であった。
伊達は慌てて店員を呼び止める。
「すみません、予約で個室をお願いしたはずだが」
「え?」
店員がチェックし直せば、確かに個室で予約がされていた。しかし、手違いで座敷を用意してしまったとのこと。店員は顔を青くしながら謝罪する。
風見たちは警察官だ。おおっぴらにそのことを酒の席で言うことはないが、もしも警察官だとわかってしまうとやれ税金泥棒だと絡まれてしまう可能性もある。だから、酒の席は個室をとるようにしている。特に、風見は。
伊達は風見に頭をさげる。
「すみません、別の店にしましょう」
「いや、もうどこの店もいっぱいだろ、雨だし。ここでいい。おすすめなんだろう?」
「はい!…すみません」
「気にするな」
伊達は座敷でよいことを店員につげると、店員は何度も頭を下げた。
風見と伊達たちは向かい合って座ることにした。そこに先ほどの店員が「サービスです」と、お土産の品を持ってくる。それは北の国の牛乳でつくられた焼き菓子で、この店の人気商品だ。それを伊達の婚約者がうれしそうに受け取る。
「これ、私の故郷でよく食べているんです」
「…なるほど。だからここがお気に入りなのか」
風見が伊達を見れば、彼は照れながら頭をかいていた。メニュー表を見ても、北の国を思わせるものばかりだった。特にデザートが居酒屋とは思えないほど豊富で、思わず風見は凝視してしまう。伊達に「デザートもたくさん頼みましょう」と微笑ましそうに見つめられながら言われ、風見は咳払いをする。
一通り注文をしたあと、伊達と婚約者は姿勢をただした。
「風見先輩。あらためて、この人か俺の婚約者で」
「ナタリーです。よろしくお願いします」
「風見です」
ナタリーが頭をさげ、彼女の綺麗に切りそろえられた髪が流れる。しかし、彼女は顔を上げようとしない。
風見が首かしげ観察すれば、彼女の肩が震えているのき気がついた。
「先日は…」
絞り出した声だった。
「彼を助けてくれて…ありがとうございました…!」
彼女は泣いていた。そんな彼女の肩を伊達が撫で、引き寄せる。
「ナタリー」
「彼が…彼が死んでしまったら…わたし、わたし…!」
ナタリーはとうとう顔を覆ってしまった。伊達が鞄からハンカチを取り出し、風見は店員から蒸せられたおしぼりを店員から受け取り、それを風見は伊達に渡す。風見は前回、彼女が伊達の後を追ったことを知らない。
ナタリーは少し落ち着いたようで、呼吸を整えながらおしぼりを目に当てる。それにマスカラがくっきりうつってしまい、少し笑った。その様子に風見たちはほっとした。
「突然、泣き出しちゃって…すみません…。ちゃんと御礼を言わないと思っていて。けど、あの時の事を思い出してしまって…わたし」
「大丈夫ですよ」
風見の笑みに、やっとナタリーの肩から力が抜けた。
「おまたせしましたー」
そこへ気の抜けた店員の声がかかり、いいタイミングだとばかりに風見たちは料理にをテーブルに広げ始める。
「本当は御礼を持ってこようと思ったんですけど…」
「すみません、私は…」
「はい、彼から聞いています。なので、ここの美味しいデザートをお教えしますね!甘い物がお好きだとか」
「…伊達?」
「おう、風見先輩は特にチョコレートが大好きだ」
「伊達…」
「生クリームもなおよし!」
「伊達!」
伊達は豪快に笑い風見は頬を赤くし、それを見たナタリーは花を綻ばせるように笑った。
次々とやってくる北の国の郷土料理とデザートに舌鼓をうっていれば、店はいつの間にか人でいっぱいになっていた。風見の後ろの座席もすでにサラリーマンができあがっている。
風見は背後の衝立がサラリーマンにより少し押されているのに気がつき、衝立の位置を直して姿勢を元に戻す。
風見の目の前では、伊達がナタリーに自分のおいしかった料理をすすめ、それを彼女が幸せそうに食べていた。伊達はそんな彼女を愛おしそうに見つめ、幸せを溶かしたような瞳をしていた。そんな後輩を見るのは初めてだった。
――あぁ、俺は、少しは守れたのかな――
風見の脳裏に、松田、萩原、景光…そして降谷の顔が浮かんだ。
風見はこの二十数年間が、少し報われたように感じた。もちろん、まだ組織を壊滅させていないし、他の事件も待ってはくれない。
だか――今日くらいは、自分を誉めてもいいのではないか。今、目の前にある、幸せを噛みしめてもいいのではないか。
「風見先輩っ?」
「――え」
伊達の姿が歪んで見えた。彼だけではなく、隣のナタリーも。
「え、え」
世界が歪んだのではなく、風見の目から涙があふれていたのだ。涙は止まることなく流れ、風見は慌てて袖で目を拭う。
「跡になりますよ」
「すみません!おしぼりください」
今度はナタリーがおしぼりを風見に渡す。そんな三人の様子に、風見の背後にいたサラリーマンたちが気づく。
「どうしたー?にーちゃんたちー?」
「おろっ?こっちの眼鏡のにーちゃんどしたー?」
「なんだなんだ」
風見がギョッとしていると、いつの間にか自分の横に酔っ払ったサラリーマンがいた。
「なんだー、いじめられたのかー?」
「ちっ違います!」
風見が目におしぼりを押し込んでいると、先ほどの店員が心配そうにやってきた。
「氷をお持ちしましょうか?」
「大丈夫です」
「でー?何で泣いてんだ?」
「…後輩から将来を誓った女性を紹介されて、ちょっと」
「嬉しかったのか!?いーい先輩じゃねーか!なー?後輩くん」
「はい!自慢の先輩です!」
酔っ払ったの戯れ言に、伊達は全力で答えた。風見の目は若干死にかけている。
「かーっ、いいなーこんな先輩っ俺もほしー」
「なんてなんて?」
「この兄ちゃん、後輩くんが幸せになって嬉しくて泣いてんだってよ!」
「ちょっ」
「青春かよ!」
酔っ払いのサラリーマンが増えた。サラリーマンたちは風見に絡みだし、風見はあたふたとし始める。
「ねえ」
「ん?」
店員や周りのサラリーマンに世話を焼かれ始めている風見を愛でていた伊達に、最愛の女性がくふくふと笑いながら話しかける。
「貴方の言っていたように、風見先輩ってかわいらしいのね」
「そうだろ?」
二人は微笑み合うと、視線を目の前の可愛い人に移す。可愛い人は頬を真っ赤にさせながら、周りの揶揄いや好意をなんとか流そうと必死だった。
[newpage]
――少し、飲んでしまった。
居酒屋で思わず泣いてしまった風見を、周りの酔っ払いたちはやいのやいのとおしぼりや自分の料理を持って来て世話を焼こうとした。それが恥ずかしくて風見は必死にいらないとジェスチャーしたが、それが余計に彼らの庇護欲を刺激してしまった。
結局、酔っ払い特有の馴れ馴れしさに巻き込まれ、酒を飲んでしまった。もちろん、自分が頼んだものである。たとえ相手が一般人の酔っ払いでも、他人からのものは決して口は着けない。
それから時間も置かずにサラリーマンたちは嵐のように次の店に行き、風見たちもそのままお開きとなった。店から出れば、雨は少し小降りになっていた。
また改めてお祝いをするという風見に、伊達が手を振る。そして、真面目な顔をして言った。
「あいつのこと、よろしくお願いします」
あいつ、とは…風見の後輩か…はたまた上司か。その両方か。
風見は伊達にただ頷いて答えた。それに満足した伊達は、ナタリーとともに新居へと帰って行った。一つの傘を伊達が持ち、その下にナタリーがもぐりこむ。そんな幸せな後輩の後姿を見送った後、風見は自宅へと足を進めた。
風見たちが店にいる間に、水たまりの勢力は広がっていた。どんなに水たまりをよけても、どうしても足元が濡れてしまう。いつもは車で登庁して汚れることはないが、今日は酒を飲むかもしれなかったため電車だった。
クリーニングに出すしかないなと頭の中でスケジュール帳を広げながら、風見は信号を渡る。
「降谷さん…」
脳内のスケジュール帳を確認した際、思わず上司の事を思い出した。彼は昨日から日本を離れ、バーボンとして活動をしている。三日ほど連絡がつけない状況になると、日本を発つ前に風見に告げた。その際、伊達が婚約したこととその祝いに夕飯を取る事を話した。降谷は少し驚いた様子で、すぐに顔を引き締めると「あまり飲み過ぎるなよ」と忠告した。
本当は、彼自身友人の婚約を直に祝いたかったはずだ。しかし、彼の存在はもう警察庁の中では抹消されている。会うことは叶わない。
彼の分まで祝えていたら、よかったのだけれど。
改めて今度ちゃんと祝おうと、風見は傘を持ちなおしながら決意した。
そうこうしているうちに、自宅のマンションに着いた。学生時代の時とは別のマンションだが、セキュリティーはお世辞にも一流とは言えず上司からは一刻も早く引っ越せと言われる物件である。それでも愛着がわいてしまったし、それにめったに帰る事はない自宅なので、そのまま住んでいる。
傘をたたみ、雫を振るう。自宅で改めて水分はふき取るようにはしている。ポストは確認せず、階段で自宅まで上がる。エレベーターには最近監視カメラが設置されるようになり、映像を残したくなかったからだ。
自分の階にたどり着き、廊下に出れば左からの眩しい光が目を怯ませる。
それは月明りだった。いつの間にか雨は上がり、空気が澄み切っていた。今日は満月だったのかと風見はぼんやりと考えながら、カバンから鍵を取り出す。鍵には妹が付けたキャラクターもののキーホルダーが色褪せてもなおついていた。風見の部屋は一番奥にあり、Lになった角で他の部屋とはドアの位置が違った。
カギ穴に差し込み、ぐるりとまわせばここ数年聞きなれた開錠の音が廊下に響く。
その時、ドアに自分の影ができるほど月明かりが激しいことに風見は気づく。
その自分の影に他の影が重なったことに気が付いた時には、全てが遅すぎた。
風見は反射的にドアを閉めようとするも、自分の手ごとドアは開けられた。振り向きざまに後ろの人物に肘鉄をくらわそうとするも予測していたのか受け流され、足を払われた。風見は開けられた自宅に倒れこんだ。足払いをした人物は風見と共に部屋に入り、施錠をする。その施錠音を聞き終わる間に風見が蹴りを仕掛けるも狭い玄関で本領を発揮できず、冷静な相手に同格の力で蹴り返された。腕の力で起き上がろうとする間に足をつかまれ、頭をまた床に打ち付けた。一瞬、目の前に星が散る。
気付いた時には腕をバンドでまとめられ、上からの力により床に縫い付けられていた。足の間に体を入り込まれて、思うように動かすことができない。
もがく風見の頬に何か得体のしれないものが振れ、生理的な鳥肌が止まらなかった。
それが長い、人の髪の毛だと理解したのは、暗闇に慣れた風見が目の前のグリーンアメジストに気が付いた時だった。
「赤井…秀一…」
「…あぁ…裕也…今まで通り、シュウと呼んでくれ」
「会いたかった…裕也…ずっと、ずっと」
のしかかられる重さできしむ体の痛みが、風見にこれが夢ではないことを教えた。
[newpage]
<あとがきというなのいいわけ>
マンションが分からない……。マンションの角っこの表現が分かりません…。ぼんやりと、ぼんやりとでいいので、想像で補ってください。
伊達さんをサラッと済ませて、すみません。漫画見てもアニメを見ても、どうやったらいいかわからず…ごまかしました。先生曰く、まだ謎があるようですし…。続報を待っております!
高木刑事、すみません!まだまだ青い頃の彼、ということで!よろしくお願いいたします!!
久々のロングヘア―のFBIです。暴走しております。おかしい…本当は街中で「やあ」ぐらいの再会にしていたはずなのに…私の中の赤井さん、大暴走しました。
風見さんの未来はどうなる!?
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
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風見裕也は後輩を祝い(略)再会しました。<br /><br />………<br />風見さん逆行物語第17話です。伊達からの婚約報告を受けた風見。幸せな後輩の姿に、風見は――<br />
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風見の風見による降谷のための物語(仮)⑰
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164427#1
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⚠️注意⚠️
マキロンマキロン。オリ主います。看護師さんのイメージ損なってたらマキロンかけて下さい。こんなの看護師さんちゃうちゃう。ふぃーりんぐで読んでね。マキロンへの熱い風評被害!特に救済してないのに軽率に警察学校組が生きてます。運が良かったんちゃう?知らんけど。よく分からないので緑川景光設定です。
[newpage]
○○高校2年2組△月▼日の日誌
今日の当番:濱本
今日の授業
古典:項羽と劉邦何してんの?(真顔)
数B:とりあえず次の単元が難しいであろう事は分かった。
数2:教科書忘れたけど素知らぬ顔して乗り切った。
化学:炭素に対する謎の愛着が湧いてきた。
英語:コーヒーは可及的速やかに滅べ。砂糖の民よ立ち上がれ
体育:あのキノコ七輪で焼いたあと炊き込みご飯にしたい。
感想:近所の野良猫のチセちゃんが可愛すぎて三日前から友達に自慢したら「うるせえ、クトゥルフ神話のルールブックで殴りつけんぞ」って言われました。あれ全367ページで分厚さ⒉5センチあるんで下手な便覧より凶器だと思います。
先生のコメント欄:野生のキノコは素人判断では危険なので食べるのは止めておきましょう。
わざわざ本の厚みを定規で測ったんですね。ところでクトゥルフとは?
お疲れ様。次もよろしく
「こんな日誌があっていいのか」
じわじわきた。
[newpage]
教室でノートの隅に絵を描く濱本とその友人を見た。
「何描いてるの?ひよこ?」
「ちゃう、ドラゴン」
「そっか〜、これはたぬき?」
「ちゃうよ、それはわんこ」
「チベットスナギツネ?」
「野うさぎ」
「うさぎの無表情って何とも言えない可愛さがあるよね」
「悟りでも開いとんのちゃう?知らんけど」
「ヒロ」
「どうした?ゼロ?」
「他人に自然に絵を見せてもえる方法ってないか?」
「?、絵しりとりでもすればいいんじゃないか?」
濱本の描いた絵超見たい。
帰宅途中、濱本とその友人が前を歩いていた。
「あっ、あれちゃうちゃうかな?、かわいい〜」
「いや、あれはちゃうちゃうちゃうんちゃう?知らんけど」
「うん?」
「え?ちゃうちゃうちゃうんちゃう?」
「ちゃうちゃうちゃうんとちゃうんちゃう?」
「ちゃうちゃう、ちゃうちゃうちゃうんちゃうやって」
「???」
「???」
「日本語間の異文化コミュニケーション」
思わず呟いた
結局ちゃうちゃうちゃうかった
[newpage]
濱本は保健委員だった。
「いたいいたいいたいいたい」
「いけるいけるいける」
傷口にマキロンぶっかけた濱本に容赦の2文字はない。マキロンの持ち方が逆手だった。完全にナイフ持つ時のそれ。バターナイフじゃないサバイバルナイフの方だ。突き刺す時の。頼むからもっと労わって。濱本の暴挙に潤んだ目で睨んだ。
「いたい」
「だって降谷くん怪我しすぎやろ。これで何回目なん。なんなん?降谷くんってやーさんの息子さんやったん?お父ちゃん気に入らへん人東都湾に沈めとるん?おうち帰ったら、紫とか赤とか黄緑のけったいな色のスーツ着た兄ちゃんわんさか居んの?」
「やーさんって“ヤ”のつく自由業のことか?違うぞ、俺の家は一般家庭だ。後なんでカラースーツ」
「新喜劇でみた」
なんで東都で放送されてないん?と、不満げな彼女の出身地では土曜の昼に放送されているらしい。
「ともかく、降谷くんはこれ以上怪我せんよう気ぃつけよ」
ジト目でこちらを見る濱本に頬が緩む。
「ああ、ありがとう」
「えーっ、降谷くんまたきたん???ほんまヤグザの抗争にでも巻き込まれとんのちゃうやろな?」
だからなんでヤグザ
[newpage]
「...濱本、」
「?、どないしたん?」
「今度の土曜、予定がなければ........トロピカルランドに行かないか?」
「ふーん、予定があったら別にええの?」
「あ〜、.......」
「ええの?」
にやにやしながら聞くとかずるい
「............ッ、一緒にトロピカルランド行きたいから予定空けてほしぃ」
「ふっ、ふふふwwwくふふ、ふふwwwふっふふふ」
「...そんなに笑わなくていいだろ」
「やって、降谷くん真っ赤www」
「それで、どうなんだよ」
「ええよ、トロピカルランド。行こ」
......嬉しそうに笑うとか、ほんと濱本はずるい。
濱本による友人への報告
「ちょっとトロピカルな国でリス乱獲してくる」
[newpage]
最後にどうしても絵しりとりがしたい。
机上には1枚のA 4コピー用紙。
りんご→ゴリラ→ラッパ→パスタ→タコ→米→メダカ→カラス→マキロ...マット→トサカ→傘と続いた絵しりとり。
濱本はエッ?降谷くんのイラストかわいい、まるい、ころころしてる、と感想をくれた。濱本画伯に褒められた俺の絵は大丈夫なんだろうか。
この絵しりとりは、頭文字と濱本の思考回路をヒントに、頭脳をフル回転させた推理で成り立っている。もしかしたら僕は探偵になれるかもしれない。
「濱本は将来何になりたいんだ?」
聞いておきたかった。これがゆっくり会話できる最後のチャンスかもしれないから。
「看護師かな」
「ナース」
「降谷くんが言うとなんか卑猥wwwんっふw」
「おい、」
「ごめん、ごめんw......えっとね、従姉が看護師なんよ。それでかっこええなって」
濱本は少し照れているようだ。
「そうか」
「降谷くんはやっぱり警察官になるん?」
「あぁ」
せやったら
「正義の味方やね」
彼女が眩しい。
「もし降谷くんが私の居る病院にきたら、また傷口にマキロンかけたるな」
「それは勘弁してくれ」
絵しりとりの最後は桜の花だった。濱本にしてはよく描けている、正義の印。
「また会えるとええね」
こちらを見て目を細めて微笑んだ彼女の顔が忘れられない。
その三日後、僕達は学び舎から巣立った。
突撃してきた女子達から逃げるのに必死で、やっぱり濱本と会話できなかった。
[newpage]
「降谷さん!?降谷零さん!!!大丈夫ですかッ?私のこと分かります?」
降谷はうっすらと瞼を開け、看護師を見た。
「.........ゴリラの妖精がみえる...」
「............」
成敗
「濱本さんんんん!?!?!?何やってんの!?!?」
「先生、降谷さん意識の混濁が激しいです」
「今君が辛うじてあった意識を根こそぎもぎ取ったからだね???大事な患者さんに手刀キメたからだね???」
ほんまにマキロンかけたろか
[newpage]
「濱本さん!302号室、ナースコールです」
「またあの部屋!!!」
ガラッ
「いい加減にしてください!!!ブルドーザーと大型トラックの衝突を防ぐ警備員の気持ち考えたことあります???」
一週間程前、国際的犯罪組織が壊滅した。輝かしい功績の代償として負傷者が多発。
マキロンどこ!?、包帯持ってこい!、は?ガーゼが足りない?、AEDはよ、個人病室とか贅沢言うな、とにかく詰め込め、余ってるベッドこっちに運べ、相部屋が嫌?文句言うんじゃねえ、せやからマキロンどこ?
医療従事者の気迫に、普段は凶悪犯罪者を相手取る歴戦の猛者達も、借りてきた猫のように大人しかった。というか意識遠のいてそれどころじゃない。
そんな中悲劇が起こる。国籍所属関係ない相部屋は人間関係など知ったこっちゃない。結果、降谷捜査官と赤井捜査官は相部屋になってしまったのだ。
しかも隣。ワァーオトナリダネ!ヨカッタネ!
普段なら止めてくれる部下達も今はベットとおとももち。さすがに初日は体が動かなかった。しかし怪我が回復してきた包帯巻き巻きミイラ男達は乱闘し始めた。
だって、とか、でも、とか言い訳をして口をとがらせる彼らをしばいて正座させるのは、いつの間にか濱本の仕事になっていた。濱本だって最初は「やめましょうね〜マキロンかけますよ〜」と小児科の子供たちと同じようにやんわり注意していた。だが一日に何度も何度も同じことが起こっていたら対応も雑になってくる。
ナースコールを連打していた江戸川少年だって涙目。「赤井さんっ、降谷さんっ、そんなに暴れるなら濱本さん呼んじゃうよッ!!!」何度叫んだことか。そしかいで頼りにしていたアラサー捜査官が正座して怒られてる姿なんぞ見たくない。お見舞い来なければよかった。
「動物用の睡眠薬投入されとぉなかったら大人しくせぇよ」
「濱本さんこの睡眠薬何に使うの?」
「ちょっとニホンオオカミとアメリカライオンの喧嘩止めてきます」
[newpage]
「待たんかいィィィィィ」
華麗な飛び蹴りが降谷にキマった。
近くにいた新米ナースは子供が国宝落としたのを見た保護者のごとく青ざめている。
「90点」
「92点」
「75点」
「80点」
「フォームが綺麗だね」
「踏切が見事だな」
「次は後頭部狙え」
「ワンパターン化してるなぁ。次はシャイニングウィザード見たい」
示し合わせてないのに一房ずつバナナを携え見舞いにきた萩原、緑川、松田、伊達は看護師の暴挙を目の当たりにしてそう零した。
降谷零はブレーキのぶっ壊れた暴走機関車である。何を言っても止まらないならもう[[rb:強制入院 > いいからお休みなさい?]]するしかない。いいぞ濱本もっとやれ。
あと濱本さん怖い。過去にお世話になった彼らは病院で看護服きたお姉さんを見るとビクつくぐらいには刷り込まれている。
マキロン濱本。有無を言わせない笑顔とたまに崩れる丁寧口調とマキロンで迷惑患者を黙らせる彼女は病院でそう呼ばれている。「早く退院したいなら[[rb:濱本に逆らうな > 安静にしとけ]]」とは代々入院患者の引き継ぎ内容だし、医者や看護師は「そんなに無茶するなら濱本さんに言いつけますよ!!!」と脅迫する。クソガキだってマキロン見ただけで泣き出す。
怪我を負ったヤグザを更正させたらしいとか、有名議員の妻と愛人の泥沼騒動を強制仲直りさせたらしいとか、セクハラヤブ医者を告発したらしいとか、マキロンマキロン。都市伝説多すぎる。この病院の裏の権力者はあの人なんじゃないだろうか?過去の入院時にだいぶお灸を据えられた彼らは本気でそう考えていた。
同期がこう思っているにも関わらず、降谷零は濱本の逆鱗を逆撫でし続けている。
休めと言われてもこっそりパソコン持ち込んで仕事、病院からの大脱走、手が動かないからりんごの皮剥いてくれ、汗でベタベタして気持ち悪いから背中拭いてくれ、疲れた肩貸して。
暴君とも呼べるワガママをわざわざマキロン濱本の前で言うのだ。他の看護師や同期部下では言わないくせに。
今だってぷんすか怒っている濱本に首根っこ引きずられながら病室に戻されているがにこにこしている。あのにやけズラを見れば鈍くても分かる。
降谷零は濱本にかまって欲しい。
「小学生かよ」
発言者は不明だが彼らの総意だった。俺らの心配返せ。
ムカついたから、降谷に4房のバナナ押し付けて帰った。さすがにバナナの皮は自分で剥け。
[newpage]
「りんごの皮剥いてください」
看護師の仕事は忙しい。
業務の間に椅子に座れると思うのか?、早く退院したい?じゃあ安静にしてろ看護師に当たるんじゃねぇ、看護師は癒し系?仕事だからに決まってんだろプライベートでも優しくして貰えると思うなよ、静脈!!!どこ???注射出来ない!!!、夜勤明けの朝日が目に染みる、「なんか今日静かですね」つったやつ絶許ナースコールなりまくってんじゃねぇか、夜勤明けFooooo!!!プリン食べたい。マキロンマキロン。
「いや自分で食べれないものを持ち込まないで下さいよ」
「りんご」
「今忙しいんですけど...」
「たべたい」
5歳児か
「.........休憩時間まで待ってください」
果物ナイフと林檎を持った彼女は、ベットの横に置かれたパイプ椅子に腰掛け、林檎を切り始めた。どうやらうさぎさんにしてくれるようだ。かわいい。
「もうすっかり秋ですね」
「りんごが美味しい」
「この前まで夏休みの宿題必死に終わらせようとする小学生沢山見てたんですけどね」
「甲子園見て泣いてたよな」
「なんのことでしょうか?」
「あと濱本たまに鼻歌で六甲おろし歌ってるよな」
「マキロンかけんぞ」
「それは勘弁してくれ」
あれはほんとに痛い。
「降谷くんはほんまに警察官になったんやね」
部署とか全く教えてくれへんけど、と言うが彼女の表情は穏やかだ。
「濱本だってちゃんと看護師になっただろ」
「研修生時代とか、新人時代はだいぶきつかったけどな」
「嫌な患者さんとか派閥争いとか人の暗い部分見たり人の命が消える瞬間何度も見たりしたけど」
降谷くんと、
「また会えてよかった」
濱本は目を細めて微笑んだ。...やっぱりずるい。
「ふっ、ふふふwwwくふふ、ふふwwwふっふふふ」
「...そんなに笑わなくていいだろ」
「やって、降谷くん真っ赤www」
「君に言われたくないな」
「......やかまし、マキロンかけんぞ」
「でも僕もまた君に会えてよかった」
「せやね」
でもね、
にこやかに微笑んだ彼女はうさぎさんを手に取る。
「本当にいい加減にしてくださいね。もしまたやらかしたら粉々にしますから」
グシャア
見せしめに尊いいのちを散らした[[rb:うさぎさん > りんご]]の分も強く生きたい。
[newpage]
*濱本
マキロンマキロン。中学卒業と同時に東都に引っ越してきたらしい。関西弁怖いって聞いたから仕事の時は敬語を喋る。
*降谷零
濱本かまって ! ! !
*赤井秀一
しばかれた。正座で足が痺れた。
*江戸川コナン
ナースコール連打。事件に巻き込まれた時、濱本に何度か手当を受けている。マキロンこわい。
*同期組
萩原「入院中に看護師さんナンパしたらしばかれた」
松田「入院中隠れてタバコ吸ったらどつかれた」
緑川「入院中こっそり仕事したらパソコンご臨終した」
伊達「入院中こっそり抜け出そうとしたら裏口で仁王立ちされてた」
マキロン恐怖症
*クトゥルフ神話のルールブック
定価5800円
クトゥルフ神話?なんか、こう、面白いゲームなんちゃう?知らんけど。
*トロピカルランド
マスコットキャラクターはリスのトロッピー
*マキロン
家庭用外傷消毒液の名称。
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降谷くん?シュッとしとって男前なんちゃう?知らんけど。<br /><br />マキロンマキロン。<br />お久しぶりです🐰です。いつの間にかフォロワーさん1000人超えてて3度見しました。アッアッアッありがとうございます🙏🙏🙏<br /><br />日誌のくだりは友人の実話を1部改変しました。<br /><br />追記]<br />9月25日デイリーランキング31位<br />女子に人気ランキング14位<br />9月26日デイリーランキング7位<br />女子に人気ランキング22位<br /><br />わーい、マキロンマキロン☺️<br /><br />短編書きました<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10335187">novel/10335187</a></strong>
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うるせぇマキロンかけんぞ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164561#1
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シリウスの侵入からグリフィンドールの肖像画は『カドガン卿』に変わった
この肖像画は1日に合言葉を変えるので、苦情が絶えなかった
「仕方ないだろ、あの人以外みんな怖がって門番を拒否するんだよ」
「だからって人選ミスにもほどがあるだろ?」
「まったくその通りだ相棒
あいつはイかれてる」
そうクィディッチの練習から戻ってきた双子が吐き捨てた
どうやら今年こそは優勝杯を、と練習も激しくなっているらしい
「しかもスリザリンは初戦を辞退するって言ってきやがった!」
「は?なんでだ?」
「マルフォイの腕の怪我だよ
まだ治ってないって言い張るんだ」
「マルフィくん、結構元気そうだったけど?」
「この悪天候じゃ飛びたくないんだろ」
「俺達だってこんな天気じゃごめんだ」
「代わりの対戦相手は?」
「ハッフルパフさ
キャプテンはあいつ」
「スリザリンとまるでスタイルが違う」
「まぁ、お前達セドリックの頭の良さはよく知ってるし余計だな」
苦虫を潰したような顔をする双子は荒れた天気の窓の外を見つめた
最近は天気が悪くなる一方だ
案の定、試合の日は嵐だった
嵐の中でも試合は決行されるらしくリーは解説できるか心配していた
問題は選手が試合になるのかの方だと思うが、そのあたりはどうなんだろう
「何も見えないよ!」
「アンジェリーがボールを持ってるな
あ、3回目のゴールだ」
オペラグラスに防水呪文をかけて試合観戦をしていたらハーマイオニーにそれを奪われてしまった
これがロンだったら殴っていたがレディなら仕方ないと頷いて納得させた
やり場のない怒りはロンにぶつけておいた
「ハリーはまだスニッチを見つけられないのかしら」
「この天気じゃ周りもあんま見えてないんじゃねぇの?
さっきブラッジャー紙一重でかわしてたぞ」
ジニーが不満そうに言ったのでそう返すと、ハーマイオニーが防水呪文を聞いてきたので、簡単にやってみせるとハーマイオニーは身を翻した
ロンも首根っこを掴まれていたので、連れていかれたらしい
再びオペラグラスを構える
選手が1度地上に戻った後、もう1度空へと舞い上がってきた
セドリックもゴーグルをつけて必死に目を凝らしている
ふと、温度が先ほどよりも低い気がした
とても嫌な予感がする
赤と黄色が猛スピードで上空へと上っていく
赤が唐突にその速度を緩め、今度は地面に向かって加速していく
「ハリー!!」
血の気がなくなるような感覚がした
『逃げなさい!エド!!』
ハリーの泣き声が聞こえる
『エド、あとはよろしくな』
不意に父さんの声が聞こえたと思ったら吸魂鬼はフィールドから消えていた
銀の生物が怒ったように黒いマントを追い出していた
「エド、顔色が悪いわ」
「悪い、ジニー
先に戻るわ」
そう告げて応援席から離れる
フィールドを出ると、あいも変わらず天気が悪かった
ふと森の近くを見る
黒い懐かしい犬の影があった
「シリウス!」
駆け出したかったのに限界だったのか俺の体は沈んでいくばかりで犬がこちらに気づいたかも俺にはわからずじまいだった
[newpage]
目を開けたらそこは医務室だった
ハグリッドが試合から帰ろうとしたら小屋の近くで倒れていてびっくりしたと言われた
そばになにかいなかったか、と訪ねたがファングが心配そうに寄り添っていたと言われただけだった
ちなみにジニーからすごく叱られた
心配かけたくなかったんだけどな
シリウスはまた姿を隠してしまったらしい
俺はしばらくリーに心配そうについてまわられていて彼を探せないまま時間が過ぎていった
そして12月に入った
「なぁ、エド
その地図、ハリーにやってもいいか?」
「いいと思うが、なんでだ?」
「サイン貰えなくてホグズミードにいけないらしい」
俺は納得した
この地図にはホグズミードへの抜け道も書いてある
『忍びの地図』
双子がこれを持ってきたときにはもしかしたら俺の本名が書いてあるのではないかと期待したのだが、そんなことはなかった
世界は薄情だ
「お世話になったよなぁ」
「あぁ、俺たちの悪事の良き相棒で」
「最高のいたずらの先輩方だったな」
双子は名残惜しそうに地図を撫でていたが意外と人情に厚い彼らは箒を暴れ柳に破壊されて落ち込んでいるハリーにあげる決意をしたらしい
ほんとうにそういうところは兄貴分だな、と感心してしまった
やがて双子を見送って図書館へと歩みだす
いい加減に調べなければならないことが溜まっている
まず、吸魂鬼について調べた
どうしようもない闇の魔法生物であり、かつては『あの人』の側であったという
対抗する手段はただ一つ、守護霊の呪文だけであるという
これは恐ろしく上位の呪文で、独学では難しそうだ
「誰かに教えてもらうか…」
次にハリーについて調べる
ほとんどが、ハリーを讃える本で事実が書いてある本はとても少なかった
代わりに新聞はとても有益な情報だった
12年前のハロウィンの日、闇の帝王が敗れたという記事からシリウスブラックの事件までが載っていた
『13人を殺した狂気の殺人者』
『ピーターペティグリューにマーリン勲一等を授与』
「ピーターが…?」
気弱な笑顔が思い浮かぶ
いつもどこか怯えているような顔をして、俺を見ては泣きそうな顔をしていた
そんな彼が父さん達の仇を取ろうとしたのだろうか
「そんなことしなくてよかったのに…」
そんなことよりリーマスのそばにいてあげて欲しかった
彼を1人にさせないで欲しかった
だって、1番信頼していたはずのシリウスに裏切られてしまったのだから
「もう一回会いたいな、シリウス」
そして聞きたいのだ
あの優しく俺を抱き上げてくれた時にあなたはどちらの側だったんだろう
休暇1日目に起きた時、自分がどこにいるのかわからなかった
久しぶりに1人になった寮の部屋で背伸びをすると、朝食をとるために階下へ降りた
なんとなく大広間に行く気が起きなくて、厨房へ行くと同じことを考えたらしいセドリックに鉢合わせた
セドリックは笑いながら言った
「エドならこうするかなって思ったよ」
「…こんな天気よけりゃ散歩くらいするだろ」
マーリンの髭、と呟くとまた笑ったので行くぞ、と声をかけた
その笑顔にまだ引きずっているのか、とため息をつきながら扉の外へ出る
外は銀一色で染まってキラキラと輝いていた
朝だからか、生徒が少ないからかどこまでも静謐が広がっていた
「セドリック、今年のクリスマスプレゼントは楽しみにしてていいぞ」
「なに?箒でもくれるのかい?」
「流石にそこまで行かねーけど、でもいつもよりいいものだ」
ニヤッと笑いながらいうと、困ったように笑い返される
あぁ、気にくわない顔だなぁ
「…ばーか」
「は?」
「お前のせいじゃない」
「だからなにが…」
「スニッチ、クィディッチの試合中に吸魂鬼が入った場合、なんてルールなかった
だから、あれは正々堂々お前の勝ち」
「僕は、ハリーが落ちてくのを助ける前にスニッチを掴んだんだ
ハリーを見捨てた」
「じゃあお前はブラッジャーが真正面から当たって箒から落ちた時にハリーがスニッチを掴んだら責めるのか?」
「そんなの、話が違うじゃないか」
「違わない、当たったのがブラッジャーだったか、吸魂鬼だったかの違いだ」
真剣にそう言い切ると、セドリックは何か言いたげにこちらを向く
俺にクィディッチのことなんてわかるはずもないが、こんな顔をするセドリックはつまらないのだ
「吸魂鬼でもブラッジャーでも、試合中に飛んできたら障害物だ
それを避けてプレーすることのなにが反則なんだ?」
「エドは本当にバカだ」
「学年主席様にそんな口きくのはセドリックくらいだな」
喉を鳴らして笑えば、セドリックも顔を上げて笑った
だから本当にバカなのはお前だ、といえば珍しくマーリンの髭!と返された
クリスマスが来た
セドリックは俺の今年のプレゼントは気に入ったらしい
「クィディッチ用のグローブなら持ってたけど、手袋をもらうとは思わなかったよ」
「寒そうだったからな」
孤児院のチビどもみたいで、と付け足そうと思ったが、嬉しそうにこちらを向くセドリックに言っては酷だろうと黙っておいた
そういえば、と口を開く
「世界最速の箒って知ってるか?」
「ファイアボルトのこと?」
「……ファイアボルトっていうのか?」
「あ、今名前かっこつけだなって思ったでしょ?」
「…マーリンの髭!」
セドリックがお見通しと言わんばかりの顔をしてきたので言い返すと呆れた目を向けられた
別に語彙力がないわけじゃない!マーリンの髭の汎用性が高いだけで…
さて、そもそもなんでそんな話になったかというと我が寮の3年生3人組が原因だ
そう、ハリー達のことである
休暇中に送られてきた今でている中で最速の箒をハリーは受け取った
差出人は不明だというそれの存在をハーマイオニーは怪しんで教授に報告したのだ
ぶっちゃけ、箒の知識なんてない俺には知らない人からもらったものなんて乗りたくねーよとしか思わなかったのだがハリーとロンは違ったらしい
いや、箒が凄すぎたのか
とにもかくにも絆にゴドリックの谷並みの亀裂が入っているらしい
「とまぁ、これが事の顛末らしくてな」
「で、さっきから気になっていたんだけど君の右を占領している黒い物体がハーマイオニーってわけだね?」
そう、俺の右で羽衣よろしくローブを被ったハーマイオニーが居座っているというわけだ
ちなみにここは図書館の秘密部屋の1つだ
広いソファとローテーブルはおおよそ勉強用というより休憩用である
「ハーマイオニーにルーン文字の教授からの伝言を伝えにきたら泣き崩れてな」
「…それでどこをどうしたらその体勢になるのかわからないけど、なるほど僕にメモが飛んでくるわけだ」
いい加減女性の慰めくらいできるようになれという視線は感じてはいるが、仕方ないだろ、俺はチビ専門なんだ
「そんで?ハーマイオニーは何をそんなに溜め込んでいるんだい?」
セドリックが優しく聞くとハーマイオニーはローブの中からくぐもった声で話し始めた
箒がシリウスブラックからのものなのではないかという懸念、ロンと自分のペットのいざこざ、全教科を履修している事のストレス、そしてヒッポグリフのこと
「なるほどなぁ」
「それはまぁ、パンクするね」
「当たり前だな」
ハーマイオニーが鼻を鳴らしながらローブの中から顔を出す
「2人とも成績優秀なんでしょ?
これくらい余裕とか言わないの?」
「うーん、成績とは違う話かな」
セドリックが困ったように笑う
たしかにセドリックはキャプテンで監督生である
でも別に全科目を学ぶほどキャパシティがあるわけでもないし毎回完璧なレポートを書いているわけでもない
つまるところ、抜くところは抜いている
「エドなんて、とる授業の選択肢に占い学があったのも知らないよ」
「知ってたけど、習う意味もないだろ」
「…どうして?」
「たとえ夢占いをしたとしてそれが全部当たるか?
双子の教科書見せてもらったけど、夢の意味が全部を網羅しすぎててどんな夢見ても同じ結果になりそうなくらいだったぞ」
不確定な分野の学問はその学問によほど入れ込んでからかあるいは才能がなければとてもつまらないものになる
マグル学だってパーシー先輩のレポートを見る限り20年は遅れた情報を学ぶことになっている
「別に全部に興味をもつのは悪いことじゃない
けどな、教授が授業を選択しろっていうのはある程度意味があるんだよ」
「選択の履修はその人がどんな知識を必要とするかで変わるんだ
教授だって全部教えたいけどその知識がいらない人もいるから選択式にしてくれてる」
「パンクしそうなくらいならいっそどれかの知識を諦めた方がいい
その分1つの分野を深く学ぶ選択だってできるさ」
ハーマイオニーは考え込むようにローブをかぶり直した
その黒い塊を撫でて、付け加えるようにいう
「ヒッポグリフの方だけど、少し俺がどうにかしてみるから待っててくれるか?」
「…どうにかできるの?」
「やってみないと結果はわからないけどな」
いつだって、結果なんて終わってからじゃないとわからない
後輩たちの喧嘩にどこまで首を突っ込むか慎重に考えながら俺は手紙を書き出した
side Draco
コンコン、と自室の窓を梟が叩く
またパンジーからか、と多少げんなりしながら窓を開く
彼女は手紙を送ることが好きなようでたとえ僕が返事を書くのが間に合わなくても1日1回は送ってくるのだ
雪の中を飛んできた梟は少し寒そうで暖炉の近くの止まり木に連れて行くと礼を言うように鳴いた
パンジーの所からにしてはみたことのない梟だな、と考えながら裏をひっくり返して目を剥いた
「…アルデバラン」
2つ上のグリフィンドール生、穢れた血
そんな言葉が頭に浮かぶ
そういえば彼は今年から監督生になったとスリザリンの監督生が言っていた
ぼんやりとペーパーナイフで封を切る
意外にも流麗な文字で綴られている手紙は僕の近況を聞くところから始まった
自分の近況も軽く書かれた後に本題だったのかヒッポグリフのことが書いてある
その件はもうとっくに父上が話を進めてしまっているのに、僕にどうこうできるのだろうか
1つ、ため息をつく
というか、そもそもなんで僕は律儀にこんな奴の手紙を読んでいるんだ?
「わざわざ穢れた血の手紙なんて…」
そんなことを呟きながら手紙を引き出しに入れたのはきっと僕が休暇中で魔法で燃やすっていう手段が取れないからなんだと思うことにして、寝室を出た
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<span style="color:#fe3a20;">注意!<br />捏造過多です!苦手な方はご注意を、読んでからの苦情はスルーしてしまいますのでご了承を</span><br /><br />皆さまお久しぶりでございます!寒い日と暑い日が交互に来られると精神的にやられてしまいますね<br />私はすっかり気温バカになってしまいました<br />上着が欠かせません…<br /><br />前作への沢山のコメント、そして嬉しすぎるタグをつけてくださった方本当にありがとうございます!<br />こんなに間のあいてしまう作品をご覧いただき、恐縮するばかりでございます。<br /><br />実は今回のお話、2パターン展開が思いついたのですが、残念ながら私の書きたいシナリオ的に皆さんの望む方ではない道を選んでしまったような気がします。<br />私にとってエドはこの世界に救済をしにきたわけではなく、単純に彼がいることで変わることと変わらないことがあるというのが私の考えです。<br /><br />快進撃を期待してくださっているかもしれない読者様には申し訳ないのですが、それでも私の思い描くエドのお話を読んでいただけるのなら、今回も駄作な13話をお届けしたいと思います。<br /><br />そんなわけで、お蔵入りしてしまった方の展開をこの下に載せておくので、今回のお話が見終わって、お蔵入りした方を見たいと思った方のみ、どこの部分が分岐だったのか考えながら読んでみてください<br /><br />繰り返しますが、絶対に見る必要はありません。<br />本編同様、注意喚起はしておりますので見たい方のみお進みください。<br /><br />あくまで以下はifの展開で本編には全く関係しませんし、以下に乗っている以上に私はこの展開の続きを考えることはしないと思います。<br />あくまでありえただろうなって思っただけなので…<br /><br />不快感を覚えるだろうと予期した方はお読みしないことを強くお勧め致します。<br /><br />ハリーを探しにいくという双子を見送って、俺は校庭に出た<br />雪が降り始めていたので防水呪文をかけてそのまま行くあてもなく歩いた<br /><br />やがて森のギリギリのラインにそれはいた<br /><br />「どこか、あなたが話せる場所はある?」<br /><br />犬は少し考えるようなそぶりをして俺についてくるよう促した<br />どうやら、案内してくれるらしい<br /><br />ついた先は大きな館のような場所だった<br /><br />「叫びの屋敷だ」<br />「あっているよ、エド」<br /><br />いつの間にやら人に戻ったらしいシリウスがこちらを見て微笑んだ<br />随分と痩せこけている<br />唐突にシリウスがこちらへ突っ込んでくる<br />俺は抵抗しないまま床に引き倒された<br /><br />「君は本当にあの『エド』なのか?」<br />「今は違う、としか言いようがない<br />あなたがそんな姿になっているように俺にも色々あったから」<br /><br />話をしよう、そう静かに言うとシリウスは俺の上から退いた<br />俺はポツリポツリとはなし始めた<br /><br />あの夜のこと、逃げ出した先のこと、そしてハリーのこと<br /><br />「そうか<br />姿くらましを…」<br />「…うん、最近までわかってなかったけどそうみたいだ」<br /><br />シリウスは話を聞き終えると、俺の頭を唐突に撫でた<br />わっ、と声が出る<br /><br />「そうなら、ダンブルドアに相談したらよかっただろうに」<br />「俺さ、よくわかんなかったけど<br />ハリーもみんな死んじゃったと思った<br />痛くて、苦しくて、こんなのハリーには耐えられないってそう思って<br />母さんも父さんも死んじゃって、俺だけ生き残っちゃったんだって思った」<br /><br />「俺だけ置いていかれたって思ってさ<br />そしたら、逆だった<br /><br />置いていったのは俺の方だった<br />ハリー1人にして、俺は姿くらましして弟をずっとひとりぼっちにさせた<br /><br />孤児院にいたとき、ずっと探してた<br />近くに爆発のあった家はないかっていろんな人に聞いたんだ<br /><br />そしたらさ、そんなのはないよって」<br />「エド…」<br />「だから、俺は簡単に諦めた<br />その時に『エド』でいるのをやめた」<br /><br />「なぁ、シリウス<br /><br />12年前のあの日、何があったんだ?」<br /><br />外の雪はしんしんと部屋を冷たくさせた<br />瓶に移した炎だけがゆらゆらと揺れている<br />シリウスは迷うように口を開いた<br /><br />「12年前、君達の一家が襲われるという予言があったんだ<br /><br />そして、それを阻止するためには秘密を守る守り人が必要だった<br />守り人は俺だと誰しもが言うだろうからあえてあいつにしたんだ<br /><br />それが間違いだった」<br />「…もしかして、あいつって」<br />「あぁ、お前も覚えてるな、エド<br /><br />ピーターだよ」<br /><br />いつかの日のあの気弱そうな笑顔が蘇った<br />静かに息を吐く<br />シリウスも同じように頷いた<br />しんしんと雪だけが降り積もっている
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もしもハリーにお兄ちゃんがいたら13
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164576#1
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とある神社に高校1年の俺、圭祐と妹で中1の香菜の2人で来た。普段めったに人が来ないところにあるのだが、どうやらこの神社、なかなか不思議な力を持ってるらしく、人間関係などの願い事がよく叶うと俺の住む地域で噂になっている。俺はそんなの信じてないのだが、そこに香菜がどうしても行きたい!って言ったので、仕方なく俺が付き添いで来たのだ。せっかく来たんだし何かお願いでもするか、と思い何にしようか考える。人間関係みたいな悩みないしなぁと思い、ふと妹を見てあるお願いごとを思い浮かんだ。
(兄か姉が欲しい)
長男は大変だ。ただでさえ「おにぃちゃんなんだし、しっかりしなさい!」と親に言われ続けるうえに、妹は年の割に子供っぽくてしかもワガママだ。こんな妹のいたずらなどのせいで俺が怒られることもしばしばだ。上に兄弟がいたら、どれだけ楽だろうとよく思っていた。まあ、ホントに願いが叶うわけないけどちょっとした気晴らしにと思った。そしてお願いを終えた俺と香菜はうちに帰り、いつものように1日を終え、眠りについた。[newpage]
次の日俺はうるさい妹の声と急に抱きつかれたことで目が覚めた。
「なにぃ~おねぇちゃぁ~?なな、まだねむたいよぉ…」
「うわぁ~かわいい♪もしかして昨日のお願いが叶ったのかな?」
「なんの話ぃ~?おねぇちゃん…」
ぼんやりしながら体を起こそうとするも体が全然起こせない。どうやら香菜が抱きついてるようで腕を動かすことも出来ない。ってそんなはずはない。いつもなら力で香菜を引きはがすことくらいできたはずだ。
「あっ、ごめんね。苦しかった?」
と言って香菜が離れてくれたためようやく俺は体を動かせた。体に違和感を感じながらベッドの縁に腰掛けた。そこで香菜が、
「あなたお名前は?何歳?」
と聞いてきたのだ。おいおい、お前、俺と何年一緒に暮らしてるんだ…と思い答えた。しかし、
「ななのお名前はねぇ、なな、なの!8しゃいで小学3年しぇい!………えっ!?」
口から出た言葉は思っていたのと全然違うことだった。しかも今気がついたのだが、声が声変わり前の女の子のように甲高くなっている。
「へぇ~、ななちゃんって言うんだ!8しゃいってかわいい~♪」
「ち、ちがう!なな、ななってお名前じゃなくてホントのお名前はななだもん!…ってなんで?ちがうもん!」
「ななちゃん、どうしたのかな?まあいいや。もしかして私の妹なのかな?」
「うん!なな、おねぇちゃんの妹だよっ!…ってそんなはずない…どうしておねぇちゃんのこと、『おねぇちゃん』って呼んじゃうの?」
「やったー!おにぃちゃんにも知らせて来よーっと」
そう言って部屋から飛び出した香菜。その間に俺が部屋を見回すといろいろおかしな所があった。まず部屋全体が大きくなっている。それにここは本来、香菜だけの部屋だったはず。カーテンやカーペットなども香菜の部屋のものだ。なのになぜかベッドが2段になっており、学習机も2つあった。しかも、そのひとつには赤いランドセルがかかっていた。ふと部屋にあった鏡を見てビックリした。そこには香菜の小学校低学年のころによく似た、幼くかわいい、髪を肩より少し下まで伸ばした、日曜朝ある女児アニメのキャラがプリントされたパジャマを来た女の子が映っていた。急に頭が回転し、事態を察した俺は青ざめた。そこへ急いだ顔の妹が戻ってきた。
「どうしよ…おにぃちゃんの部屋がなくなってる!」
「実はななね、元々おにぃちゃんなのっ!」
そう言ってる時、つい腕を体の前に持っていくという子供っぽいポーズをしてることには全く気づかなかった。
「えっ?ななちゃん…何言ってるの?そんなはずは…」
そこで俺は、俺しか知らないような香菜に関することをいろいろ言った。その間も、香菜のことを「おねぇちゃん」と呼んでしまうのが恥ずかしかった。しかし、ようやく説得することが出来た。
「へぇ~…そんなことが…どうしてだろう?あっ、もしかして…!」
「おねぇちゃん、何か分かったの?」
「おにぃちゃん、神社で何をお願いしたの?」
「ななは、『おにぃちゃんかおねぇちゃんがほちい!』っておねがいしたよ」
「なるほどねぇ~、私はね、『妹が欲しい』って願ったんだ」
「あっ……」
この2つがともに叶ったとすれば確かに需要が一致している…訳ないだろ!どうしてこうなったよ!
「早く、またじんじゃに行っておねがいしなおそう!」
「いや、あの神社、お願い事は1回までって言われてるよ」
「しょ、しょんなぁ…」
「それに私はこのままでもいいかなぁ〜おにぃちゃんいなくなって寂しいけどこんなかわいい妹がが出来たんだもん♪」
そう言ってまた抱きついてくる香菜。それに抗う力はなかった。そこへ
「あらあら、朝から香菜と奈菜は仲がいいわねぇ~、でもそろそろ学校行く準備しましょうか」
とお母さんが言って、また台所へ戻っていった。
「もしかして、ななとおねぇちゃんいがい、なながななになったことを知らないの…?」
「そうみたいだね。これからずっと、おにぃちゃんは私の妹になるしかないみたい♪それじゃあ、学校に行く準備をしようか!」
「ええっ、学校ってもしかして、なな、小学校に行かないと行けないのぉ~?」
「もちろん♪おにぃちゃん…じゃなくて奈菜ちゃんは赤いランドセルを背負って小学校に行くのがお似合いだよ♪」
「いやだぁ~、なな、高校しぇいなのにぃ~」
どうにかして戻る方法を考えよう…[newpage]
数分後、俺はななと手をつないで登校してた。小中一貫校のため、通学する方向は一緒だ。手をつなぐとか絶対嫌だったのだか、香菜に繋がれた以上逃れることは出来ない。ちなみに今の俺の格好は、小学生用のよくある黄色い帽子に白いTシャツとピンクの吊りスカート、うさぎの絵が書かれた靴下にピンクの靴、背中におっきなランドセルを背負っている。髪は赤いゴムでツインテールに結ばれている。全部、香菜が決めたものだ。俺はこんな子供っぽいかわいい格好は嫌だったのだが、香菜は妹が出来たとすごくはしゃいでおり、さらにやたらこの状況を楽しんでいる。まあ、タンスの服がこういうのしかなかったってのもあるけど…
「はぁ~、妹と仲良く登校なんて…夢見たい。ねっ、奈菜ちゃん」
俺はふくれっ面をして香菜を見上げる。今の身長は小3女子の平均くらい、香菜よりは頭1つ分の小さい。格好とかもあって、香菜と並んで歩くとさらに自分の幼さが目立ってすごく恥ずかしい。そうこうしてるうちに学校に着いたので香菜と別れて小学部の方へ向かう。
教室に着くと、1人の女の子が声をかけてきた。
「あっ、ななちゃん!おはよー!今日もかわいいね♪」
「おはよう…花ちゃん…」
この女の子は花ちゃん。奈菜ちゃんのお友達で動物が大好きな子……って何で俺、そんなこと知ってるんだ?この子、俺にとっては初対面だぞ。そういえば、普通に迷いなく自分のクラスが分かったし、どうやらこの奈菜って子の記憶がそのまま俺の頭に入ってるみたいだ。
「どうしたの、ななちゃん?何か今日は元気ないね…」
「な、何もないよ…!」
親でさえ、最初から俺が奈菜ちゃんであったかのような素振りだ。ここで、俺はホントは高校生で、なんて言ったらどんな風に思われるのか分からない。元に戻れるまでは仕方なく奈菜ちゃんとして過ごすしかないみたいだ。
「ところで昨日の〇〇キュア見た~?」
「あっ、うん!ここのシーンとかしゅごくよかったよね~」
本来、俺には当然そんなアニメ見ないのだが、なぜか昨日の内容が頭に入ってきて、しかもすごく面白かった記憶が残っている。精神もどんどん体に寄ってしまっているのかもしれない。ついつい予鈴がなるまで夢中で話し込んでしまった。舌足らず、恥ずかしい…
朝の時間が終わり、1限目は算数。高校生の俺に小3の算数なんて…となめて授業に臨んだ俺はびっくりした。その日は割り算の授業、本来なら割り算など一瞬で出来るのだが、
(18÷6…割り算はかけ算の反対…6の段だから…ろくいちがろく…ろくにじゅうし…じゃなかった…!ろくにじゅうに…ろくさんじゅうはち……だから3!やったー!……って何でこんなに時間かかっちゃったんだ?)
その後の問題も時間がかかったり、中には解けない問題もあった。どうやら思考も小3相当のものになってるようだった。2限の国語も同じ感じで、小3の漢字を書くのに一苦労。この後の授業でも、今まで出来ていたことが全然できなくなっていた。
(小3の授業について行くのも苦労するなんて…)
放課後、しょんぼりしながらうちに帰った。[newpage]
家に帰って夜ご飯を食べた。かわいい箸にかわいいいつもよりずっと小さい容器。これでもおなかいっぱいになってしまう。それから今日出された算数の宿題をしようとした。最初数問は時間はかかるが解くことが出来た。しかし、最後の何問かはなかなか解けなかった。悩んでいるところに香菜がやってきた。
「どうしたの、奈菜ちゃん?もしかしてこの問題、分からないの?おねぇちゃんが教えてあげようか?」
分からなくて困っていたのは確かだった。しかし、今では立場が逆だからといって、元妹に勉強を教えてもらうなんて、屈辱以外の何者でもなかった。
「いやいい…なな、自分でやる……」
「そんなこと言って、全然手が動いてなかったよ。このままここの数問白紙で提出するの?」
それもそれでいやだった。背に腹は変えられない。
「おねぇちゃん、おしえて…」
「ええ~~、もっと可愛くお願いしたらいいよ。」
「うっ……」
やっぱり、香菜はすごく楽しんでるようだ…
「お、おねぇちゃん…ななに、ななにおべんきょうをおしえてほちいなぁ〜」
「きゃあ~~、いいよ~私のかわいい妹ちゃん♪」
俺が思う、精一杯のかわいいセリフと仕草で教えてもらえることになったのだが、香菜の教え方はすごくうまかった。おかげで最初の何問かを一緒に解いたあと残りの問題を同じ解き方でやるとうまくいき、解き切ることが出来た。
「はぁ、おわったぁ…」
「わぁ、奈菜ちゃんすごい!さすが我が妹!」
そう言って、香菜は俺の頭をなでなでして来た。その時、今まで感じたことのない安心感と心地よさが俺を襲ってきた。
(な、何この気持ちい感じ…こんないい感じ初めて~~、うう~~ん、おねぇちゃぁ~~)
香菜がなでなでをやめた時、頭の中まで妹になっていたことが恥ずかしく、それでいてなでなでが終わって残念に思っている自分を感じ驚いた。
(このまま俺は心まで香菜の妹になってしまうのか?急いで元に戻る方法を考えねば)
夜、これも香菜のワガママで同じ布団に寝ることになった。香菜になでなでされ、ぎゅっと抱きしめられていたが、やはりあまり嫌な気が湧いてこず、先ほどのような快感を味わい、複雑な気持ちを持ちながらすぐ眠りについてしまった。[newpage]
ここから1週間、こんな調子で進んだ。何の進展もなく、俺は小3の女の子としての生活を余儀なくされていた。運動も苦手になり、勉強もクラスで真ん中ちょっと下の方だった。さらに学校でも家でもどんどん小3の女の子として、妹として順応して言ってる自分に焦りを感じていた。そんな時期に香菜が2泊3日宿泊研修に出かけていった。初日、いつも通り小学校から帰り、ご飯を食べ、宿題に取りかかっていた。しかし、この日も最後の方にわからない問題があった。ふと、
「おねぇちゃん…おべんきょうおしえてほちいな…」
そう言って香菜がいないことに気づいてハッとした。そして、やはり香菜がいなくてさみしいと思ってる自分に気づいた。
(俺、おねぇちゃ…香菜がいないだけでどうしてこんなにさみしいんだけど…?)
寝る時もいつもそばにいてくれる香菜がいないと思った途端、急に悲しくなり眠れなくなった。そしてふと、香菜がいつも抱いているぬいぐるみを見つけそれを抱いてみると香菜の安心出来る匂いですぐに眠気が襲ってきた。
(俺…このままどうなっちゃうんだろう…)
次の日、すごく憂鬱だった。授業中もつい香菜のことを考えてしまう。もし香菜に何かあったらと思うといてもたってもいられなくなる。見かねた友達の花
「どうしたの、ななちゃん?今日、様子が変だよ?」
「おねぇちゃんが…」
「そういえば、ななちゃんのおねぇちゃん、今合宿だってねそれでさみしいの?」
「う、うん…」
認めざるを得なかった。他のクラスメートにも心配されながら学校の1日がすぎた。憂鬱はうちに帰ってからも続いた。明日帰ってくるのは分かっている。分かっているのだが、今香菜が離れたところにいる、それが俺の心を蝕んでいった。布団に横になってぬいぐるみを抱いても、悲しさは消えなかった。
(うっ…うっ…おねぇちゃん…早く帰ってきて…会いたいよぉ…)
そのまま泣きに泣いて疲れて寝てしまった。[newpage]
次の日も昨日同様、みんなに心配されながら小学校で過ごしていた。そして放課後、帰ろうとした時、ちょうど中1が合宿から帰ってくるところだった。それを見た俺はすぐに香菜を探した。すると友達と楽しそうに話してる香菜を見つけた。香菜の姿を見た途端、思わず香菜に…おねぇちゃんに向かって私は走っていた。そしておねぇちゃんに飛びついた。
(おねぇちゃぁ~~、さみしかったよぉ~~、あいたかったよぉ~~)
周りの人が見てるのなんて関係ない、おねぇちゃんにまた会えた、それだけで私は幸せだった。そんな私をおねぇちゃんは驚いた顔で、でも優しく頭をなでなでしてくれた。そのまま、どうやら私、泣き疲れて寝ちゃったみたい。おねぇちゃんにおんぶされながら帰ったらしい。恥ずかしいなぁ。
こうして私はホントにおねぇちゃんの妹になった。男のころに戻るなんて考えてたのが遠い昔みたいだ。おねぇちゃんにはからかわれちゃったし、だんだん男だった頃の記憶が抜け、頭の中まで小3レベルになっちゃったけど、おねぇちゃんに可愛がってもらえることが私の1番の幸せだから。こんな勉強も運動もあまり出来ない私をこんなに大切にしてくれるなんて、おねぇちゃんってホント大好き♪たまにいじめられたりするけど…
そして私は今日も大好きなおねぇちゃんと大好きなワンピースで大好きな赤いランドセルを背負って大好きな小学校に通うのでした。
神社の神様、ありがとう♪
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小説書くの楽しい♪
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お願い事
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生き残っている人間なんてもうほとんどいない。いたとしても悪魔に飼われいいように弄ばれて飽きれば骨まで食われてしまう。美しかった緑も大地を潤す水もみんな腐って澱んでヘドロになってその上を悪魔が我が物顔で蹂躙している。
その中で憑依体を捨て虚無界にいたメフィストはただひたすらひとつのことだけを思って鍵を作っていた。自分の知恵の全ての結晶を。悪魔を大量に物質界に手引きしてサタンの望むように支配させた。あとのことはどうでもよかった。メフィストはあの世界が憎かった。ひたすら憎かった。その褒美として神と呼ぶべき父親から与えられた神しか知らない知識も。禁忌と言われた知識も。全てを駆使してメフィストはやがて真紅の鍵をひとつ作り出した。
[newpage]
夏の終わりからすぐに秋深い季節になったかと思えば紅葉した落ち葉がすっかり落ちて、明け方の寒さが増して、街がそわそわし始める頃(燐にはもう街の様子を察することはできないけれど)。ふとそうかもうそんな季節か、と燐は思った。メフィストの屋敷の中は常に空調が効いているので燐はここに来てから季節感というのをあまり感じたことがない。それでもかろうじて忘れずにいるのは雪男の持ってくる塾や学園での写真と、時々、メフィストが思い出したように燐を車に乗せて散歩に出るからだった。
今月の面会で雪男から貰った写真を見る。秋には学園でも文化祭というものをやるらしく、塾のみんなとあるいは学園の生徒達と文化祭の出しものをしている雪男が写っていた。養父が撮ったのだろう。写真の光と影の入り方に養父のものらしいクセがある。小さい頃から自分達を写真に収めてくれているので、アルバムをめくっていれば自然と養父の写真を撮るときのクセというものがわかるのだ。写真の中の雪男はたくさんの人達に囲まれて控えめに笑っている。まだ子供なんだからもっと思いっきり笑えばいいのに、と思ったのだがなんだかこういう笑い方の方が雪男らしい。杜山しえみという女の子はどんどんかわいくなっていて、夏より少し髪が伸び、雪男と二人で写っている写真が多かった。白い頬を真っ赤に染めた大きな目のかわいい女の子とはにかんでいる雪男。今度このしえみという女の子のことで雪男をからかってやろう、とソファに寝転びならが燐はくつくつ笑う。
こうしてみんな前に進んでいくのだろう。
背が伸び体も心も熟して成長してやがて素敵な人を見つけて家族というものを作っていくのだ。雪男もそうなるんだろうなと思うと胸から湧き出るのは嬉しさだけでいいのに、息ができなくなるほどの寂しさが込み上げてきた。
むくりを起き上がり、自室を出る。メフィストの部屋に向かえば、外の人間達は成長して養父も白髪が増えていってしまうのに、この男だけは何一つ変ることなくデスクで羽ペンを動かしていた。
「…燐?」
珍しく自分から赴いた燐に首をかしげた。何か聞かれる前にその肩に頬を押し付けて、項垂れる。燐、と呼ばれたが返事はしなかった。肩にもたれる自分の頭を紫の手袋をした手が撫でる。
ゆるゆると頭を撫でられる感触に、ああ侵食されてる、と思う。
メフィストは自分から家族と過ごす時間を奪い祓魔師になりたという夢を奪い自由を奪った。酷い悪魔だと思う。もちろん憎んでいた時期もあるし今でもそうだと思う。でもどうしてか、夏の終わりに初めて抱かれてからこの男とは離れがたくなってしまった。縋るように自分を抱いて離れないでと子供のように強請る悪魔が。抱くことはなくても毎晩ベッドの中で抱きしめて、狂ったように自分の名前を呼び続ける悪魔が。
メフィストに対して何か言い表せない感情が生まれるようになって、でもよく考えてみたらそれは最初から燐の中にあった気がするのだ。
そのカラだった器の中にメフィストは甘い甘い果汁を流し込んでくるようだった。
自分はここで止まっている。前にも進めず自分というものの価値をどうして見出せばいいのかもわからない。外のみんなは前に進み、雪男は祓魔師をしながら普通の人間としての人生も歩み始めている。そのうち医者になるという夢も叶えるのだろう。それはとても嬉しいけれど、どうしても、息ができなくなるほどの寂しさが。
いつの間にかやわらかなベッドの上でメフィストの腕に囲われて喘いでいた。男から襲ったのか自分が誘ったのかわからなかった。そのあたりの記憶が曖昧だ。汗の浮かぶ色の悪い顔が、真摯に自分を見下ろしている。その緑の目の中に映っている自分が、まるで迷子になって母親を探している犬のようで惨めだった。けれどその惨めさを消してしまうほどメフィストは強く自分の中を打ってくる。燐、側にいて離れないであなたを失いたくない。と繰り返す男がどうしてか、惨めな自分以上に可哀想でその頭を抱きこんでいた。
それはやわらかくあたたかく燐を拘束して離さない。
[newpage]
かちゃかちゃ。白い食器に料理を盛り付けて雪男と養父から送られたバースデーケーキをテーブルに置く間もずっとメフィストは燐から目を離さなかった。12月に入ってからずっとこんな調子で、学園に仕事へ向かうことさえもしなくなり仕事は屋敷に持ちこむようになった。燐はもう慣れてしまったので何も言わないが、メフィストは今年の燐の誕生日が近づくごとに何かに常に怯えて、ますます燐を離さなくなった。気まぐれな散歩もなくなり面会も12月に入ってから一度もしていない。電話もだ。雪男と養父にどういっているのかわからないが、メフィストはただ誕生日までこのままでお願いします、とまで言ってきたので燐は大人しく従うことにした。首の契約のサインはここのところ毎日新しく施され、燐には反論のしようがなかったのもあったのだ。
約束通り、燐の16歳の誕生日はメフィストと二人きりでメフィストの屋敷で行う。10歳のあの日、誕生日は台無しになったがそれ以降の誕生日は面会という形ながらも家族三人で祝っていたのである。クリスマスもだ。メフィストと祝ったことはなく、そもそも悪魔が神の誕生を祝うのもおかしい。自分も悪魔だが家族と過ごせるわずかなイベントを燐はどんな理由であろうとないがしろにするつもりはなかった。それにメフィストはひどく神やヴァチカンの信仰を毛嫌いしているのだ。表立っては決してそんな態度は見せないけれど、憎んでさえいるのかもしれない。一応、名誉騎士という称号を与えられ騎士団に協力していながら何故そうなのか、燐は知らない。
毎年クリスマスと誕生日を家族で過ごせることを、10歳の誕生日を台無しにしてしまった償いですよ、とメフィストは言っていた。それなのに今年だけは二人でこの屋敷の中でとメフィストは言う。
何がそんなに恐いのだろう。
12月27日。朝からワインのボトルを開け始めたメフィストを見ながら考えるが答えなど出るはずもない。全てを知っているのはメフィストで、カラになるワインのボトルが増えるたびに燐は落ち着かなくなった。部屋に満ちるアルコールの匂い。メフィストが触れてくる手の熱さはアルコールによるものではなく虚ろな目もそうじゃない。その目はここではないどこか遠い場所を見ているようだった。それでもメフィストはずっと燐の姿だけを追っていて、自分を絡むような視線を感じつつ料理をして並べていく。カラになるワインのボトルがまた一本、一本と増えるたびに燐は早まる鼓動を止められなかった。
そうして向かえた夕食の時にはもうカラのボトルは10を越えていて、養父の命日を告げたあの夜と重なる。箸を動かして自分で作った料理を口に運びならが、燐はあの時見た映画の結末はどんなのだっただろうか、と考えた。思い出せなかった。料理はスキヤキにした。10歳の誕生日の時に作るはずのもので、材料は当然のようにキッチンに用意してあった。なんだろうこれは嫌味だろうか、と思ったがスキヤキは食べたかったのであまりひねくれて考えるのは止めておいた。メフィストなりに10歳の誕生日を台無しにしたことは本当に悪いと思っていたのかもしれない。
ぐつぐつ煮えるスキヤキの匂いに自然と箸は進み、会話は少なかった。外へ出れない燐には会話をできるようなネタもないのに、メフィストはぽつりぽつりと燐に話しかけ、燐も、ぽつりぽつりとメフィストに話しかけつつ食事を食べる。何を話しているのかさっぱり頭には残らなかった。ワインにスキヤキって合うのだろうか、とどうでもいいことを考えていた時点でなんとなく自分が緊張していることに気付いた。
滞りなく食事が終わり、片づけをしてテーブルに戻ればメフィストはワインをまだ飲み続けていてつまみなのだろうか、やわらかなパンをどこからか用意していた。耳がこんがり小麦色のプルマンブレッドだった。燐が朝食によく出すというかキッチンに常備してあるものだ。
別にまだ食べたりないという様子でもなく、メフィストは何故か、そのパンのカケラをワインに浸して、食っていた。
白いテーブルの上に、パンからしたたるワインが広がっている。
燐はため息をついてテーブルを綺麗にするのを諦めた。ケーキ出すのにそんなん食うなよと言ったのだが、私はこうするべきなんです、とおかしなことを言う。もう構わず家族二人に贈られたバースデーケーキを取り出した。メフィストからの贈り物なんて鼻から期待していない。家族二人のプレゼントだけで充分だった。そう思いつつやわらかく繊細な白いクリームのケーキをカットした。一応メフィストの分も切って皿に分けておいた。メフィストは何故か、白いクリームの上に乗った真っ赤なイチゴを凝視していた。
ぽちゃん。
ワインの中にパンを沈めて、メフィストはケーキを口に運び始めた。つられるように燐もフォークでケーキをすくって口に運ぶ。甘ったるいけれど燐好みの味だった。
メフィストは真っ赤なイチゴをフォークで刺すと、あん、と一口で飲み込んでしまう。血色の悪い舌に飲み込まれる真っ赤なイチゴ。何故かいけないものを見ている気がして、燐は慌てて自分のケーキを掻き込んだ。
ワインの中に沈んだパンは真っ赤に染まってふやけてグラスの底で澱んでいる。
無言でケーキをひどくゆっくりゆっくり食べ進めた。気が付けがもう眠気があったのでかなり遅い時間なのだろうと思ったが燐にとって屋敷にいるときの時間なんてどうでもよかった。
「…燐」
ケーキがなくなって、しばらくぼんやりとグラスを回していたメフィストが、唐突に燐を呼ぶ。
「…なに?」
自分の声は嫌に緊張していた。
メフィストはグラスの底に沈んだふやけたパンを指をつっこんで取り出して、しばらくワインの滴るそれを見つめて、ぱくん、と食ってしまった。
こちこちこちこち。
どこかで時計の秒針が動く音がする。
「…本当でしたら今日は…あなたの命日になるはずだったんです」
かちん。
どこかで時計の針が動いた音がした。
「…え…?」
「…私は100年後の物質界を知ってるんですよ」
ワインに酔えもしないその顔は、悲しげに微笑んでいた。
[newpage]
生き残っている人間なんてもうほとんどいない。いたとしても悪魔に飼われいいように弄ばれて飽きれば骨まで食われてしまう。美しかった緑も大地を潤す水もみんな腐って澱んでヘドロになってその上を悪魔が我が物顔で蹂躙している。新しい生物は芽生えず、全てが骨となりチリとなり澱んだ泥に溶けて、そんな穢れた大地と水の発する水蒸気のせいで青かった空も赤黒く染まった。太陽は見えなくなった。常に血のような雨が降るようになった。虚無界となんら変らなかった。
「それが私の知っている100年後の物質界です。私はね、燐、100年後の世界から来たんですよ」
からん。再びカラになったボトルが床に転がる。残りを一気に煽る悪魔を燐は呆然と見つめていた。
「…私はね、この世界を裏切っているんですよ…いえ、先に裏切ったのはこの世界ですけどね。あなたは本当なら、今日…いえもう昨日か…あなたの16の誕生日に殺されたんです」
人間に。
思わず食卓にある時計を見た。日付は変っていていつもどおりに時計の針は進んでいる。
「…あなたと私はね、愛し合っていたんです…本当ですよ」
酔っ払いの戯れ言か。そう考えようとする自分がいたがメフィストは酒には酔えない。燐は何も言うことができなかった。メフィストは寂しげに目を伏せて、テーブルに落ちたワインの赤いシミを見ている。
「本当に…。あなたを初めて抱いた日は私が燐を初めて抱いた日でしたし、想いを通わせたのも本当だった。あなたを計画などに利用しようとしていたのも本当でしたが、それ以上にいつの間にか私は燐に夢中でね。悪魔であるのにサタンの息子なのに決して失わない輝きをその身と心に秘めていて、私にはとても眩しかった。だからこそ惹かれたのかもしれませんね、正確なところはわかりませんけど。…そして燐も私を想ってくれました。…今のあなたにはありえないことでしょうけど」
くつくつ、とメフィストは笑いながらテーブルに広がったワインのシミを指でいじって伸ばして広げていた。
「でもね、燐は殺されたんです」
自分の心臓のあるあたりを触ってしまったがそこは正常に動いて燐を生かしていた。日付は進み、メフィストはもう一本ワインを取り出すとグラスに注いでまたパンを沈める。
「人間に。ヴァチカンにいる一部のサタンを憎んでその憎しみを上手いこと浄化できない愚かな者達にね………私の見ていた燐は祓魔師になっていましたからその任務中にね、裏切られたんです。仲間だと思っていた人間に。帰ってきたら誕生日を祝おうと約束していたのに。 ……私も予想できなくて。……どれだけ情報というものを手に握っていてもどれだけ先を見通して行動してどれだけ人のすることを模倣して人の心理を理解したように振舞っても、結局のところ予測できる未来など一つもないのだと思い知らされた。酷い、殺され方だった。燐は優しいからきっと人間相手に抵抗できなかったんでしょうね。悪魔としてそれなりに惨いこともしてきた私でしたけど、血溜まりの中に残っていたのがあなたの首だけだったときは…全てが真っ白になった、ようで」
真っ白で、気がついたら全てめちゃくちゃにしていたんです。
「…………」
「たくさん、殺しましたよ人間を。燐独りでは寂しいだろうと思って、燐の弟も燐と友人になった子供達も、師匠も全員」
「…………」
「だって…燐のこと本当に愛してましたから」
「…………」
「一部の人間がしたなんて関係なかった。あの瞬間から人間全ては私にとってその辺りに蠢いている蟻と同じになりました。踏み潰したって、気付かない、でしょう?」
ぎり。
骨が軋むほど握られたのは何だったのか。グラスにわずかなヒビが入っていた。ゆっくりと、そのヒビから赤い雫が漏れていく。
ぽたぽたとテーブルに落ちていくそれを燐は見つめていた。メフィストの顔が見れなかった。
「全て終わった後は…私も死にたかった。でも悪魔に死なんて甘いものないんです。あったとしてもそれはただの消滅だ。半分悪魔でしたけど半分人間でもあって誰よりも清からな心だった燐と同じところへいけるはずもない。そう思うと、寂しくて、悲しくて、苦しくて、あなたにもう一度だけでいいたった一度でいいから会いたくて」
生き残っている人間なんてもうほとんどいない。いたとしても悪魔に飼われいいように弄ばれて飽きれば骨まで食われてしまう。美しかった緑も大地を潤す水もみんな腐って澱んでヘドロになってその上を悪魔が我が物顔で蹂躙している。
その中で、もう燐に触れられないのだと思うと虚しくて憑依体も捨てて、虚無界にいたメフィストはただひたすらひとつのことだけを思って鍵を作っていた。
自分の知恵の全ての結晶を。悪魔を大量に物質界に手引きしてサタンの望むように支配させた。あとのことはどうでもよかった。メフィストはあの世界が憎かった。ひたすら憎かった。それまで楽しんできた人間の行動も集めてきた貴重品もどうでもよくなって、なんだかんだで好きだった人間なんて。
その褒美として神と呼ぶべき父親から与えられた神しか知らない知識も。禁忌と言われた知識も。全てを駆使してメフィストはやがて真紅の鍵をひとつ作り出した。
「…神さえ禁じていた知恵の塊で作った真っ赤な鍵はね、一回使えば終わりでした。鍵穴に差したところでいつの時代のどこへいけるのかもわからない。それでも構わなかった。賭けでしたよ。鍵を回した扉の向こうに何があるのか。…何があったと思います?」
そこでメフィストは初めて顔を上げてまっすぐ濁った目を燐に向けた。燐は、ゆるゆる、と首を横に振る。
「扉の向こうにいたのはね…デスクで仕事をしている私の後姿だった」
くくくく、とメフィストは肩を震わせて笑った。ワインの表面もぐらぐら揺れてヒビからはどんどん零れていった。
「私は賭けに勝ったんですよ。このナニモノにも止められない悪運!その先には私がいた!何も知らずに…やがて愛するものができて愛しい時間をすごして…それがだったの一年にも満たない時間であったとしても、本当に愛したものをやがては殺す世界に騎士団に貢献している私の後ろ姿がね。そう思うと…その私が、腹立たしくて、腹立たしくて…!!」
取り込んでやったんですよ。憑依体ごと。
「傑作でしたね!憑依体のない見るはずのない虚無界での真の姿をした私が現れたときのあの「私の顔」!」
どんどんテーブルを叩いて狂ったように笑うと突然、ぴたり、と笑うのを止めた。
「我ながら、」
テーブルはワインで真っ赤に染まっている。
「呆気なかった、私の最期は」
『悪魔に対してこういうのは変かもしれないが、あいつ、メフィストは何かがごっそりと変貌しちまったみたいだった』養父の言葉をふと思い出す。メフィストを見返す。頭のどこかがじんじん痛んで熱を持っているみたいだった。
「…『こいつ、狂っているのか』あなたは今そう思っているでしょうね」
肩が震える。
「でもねえ、燐、悪魔に対して頭が正気かどうか問うほど愚問なことはありませんよ。まともな奴なんているわけないじゃないですか。悪魔には正常がなければ異常もない。そういうのがあるのは正常とは何か決めたがる人間だけですよ。だからこそ、病むのは人間だけだ。燐を殺した人間達こそが本当に狂っている」
ごくん、とほとんど残っていないグラスのワインを煽り、その底で澱んでいたパンまで飲み込んだ。白い喉仏が上下する。それを見ながら残りのケーキを冷蔵庫に入れないとクリームが溶けてしまうせっかく二人がくれたのに、と何故かそんなことを考えた。
「…後は、あなたも知っている通りです…。一目でよかったのに、どうしてもあなたを手に入れたくなった。もう二度と死なせたくなかった。そうして過去を、私にとっての過去をこうしてめちゃくちゃに引っかき回して、未来は随分様変わりしたわけですよ。……悪魔の神さえ隠した禁忌の知恵だ。代価は当然あるものと思ってますし、今もそうです。あなたも巻き込んだ。藤本との友情を失い、あなたに愛されるはずだった時間を失い、あなたの笑顔を失い、あなたから家族を奪い祓魔師になるという夢も奪い友人になるはずだった塾生達との時間も奪い、自由も奪った」
でもそれでもあなたが今生きてここにいる、その事実だけで、私はよかったんです。
こちこち、時計の針は進む。誕生日の日付は燐の命日になるはずだったという日付は過ぎていて、燐はそれを見て、ああそうか、と妙に納得した。あなたは悪魔なんですよ、とメフィストに告げられたときに感じたものと同じだった。
だからメフィストはずっと何かに怯えていて燐が言いつけどおりにしても安心できずに満足もできすに、燐が何を守っても何をしても毎日食事を作っても。本当に望んでいたものなんて人間が普段当たり前のことのように受け入れている、愛するものが今日も生きて自分の隣にいる、という事実だけだったのだ。
メフィストは顔を手で覆っていた。肩がわずかに震えている気がしてもしかして泣いているのだろうか、と思ったが、そんな悪魔じゃないと、わかっている。顔を覆う手の隙間から漏れるのは嗚咽なのか笑いたいのに堪える声なのは判別しがたい。
「でもね、燐」
手に覆われて声が少しこもっていた。
「こうして私の知っていたあなたとの時間が過ぎてしまえばもうどしていいのかわからないんですよ。だってこの先がどうなるか私は知らない。あなたが16歳を無事に迎えたその後のことを。何も予測できないし、何を見通すことはできない。それが私は恐ろしい。またあなたを死なせるんじゃないかと思うと……だから、」
がたん。
イスを転がしてメフィストが立ち上がる。燐は動けなかった。首に浮かび上がるメフィスト・フェレスのサインが燐を拘束している。それがなくても、燐はここを動くことはできなかっただろう。外界からは閉ざされ、自分は外で生きていくことはできない存在なのだと、10歳の時に悟っているのだ。
こんなのなくても、逃げないのに。
ゆるく、首を絞めるヘビを見て、燐は思う。そんな風に思った自分に思わず自嘲してしまった。
気がつけばメフィストは燐の横に立っていた。ちゃんと明かりはついているのに、何故か、メフィストの顔は真っ黒な霧のようなものに覆われていて判別できなかった。これがメフィストの言う虚無界での本当の姿の一部なのだろうか。それは影の塊のようだった。
『あなたの血も肉も骨も全て私にください』
声さえもどこか朧だ。いつものように自分を起こす落ち着いていて静かな大人の声ではない。歪んでいて壊れたラジカセから流れてくる機械的な声だった。
「…俺じゃダメかな…?」
少し恐ろしくて体は震えているのに、燐は逆にメフィストに問うていた。ぐらり、と影が揺れるのがわかる。
「だって、俺…おまえのこと愛した燐じゃねーし、ここでは本当に笑ったこともない。あんたの愛した過去の俺じゃない。それでも…いいのかなって」
ああ、何を言ってるんだ自分は。
メフィストにはこの悪魔には全てを狂わされたのに、憎んでいた時期も当然あったし今でもそうだと思う。愛してもいない。愛せるはずもない。ただ、可哀想だな、とは思っている。捕らわれたとわかっている。この悪魔に首に巻きつくヘビに。10歳のあの時から全てメフィストの思い通りなのだ。今、自分が、こんなことを言っていることも。その証拠に影の悪魔が、にたり、と笑う気配があった。
本当に狂っているのはどちらなのか。狂わされたのはどちらなのか。
『…当たり前でしょう、あなたは燐だ。私だけの』
近づく影からは逃げなかった。燐は自然と目を閉じた。そっと触れたものが悪魔の唇だったのかはわからない。それは冷たさも温かさもなくて本当に触れているのかわからないような。そんな存在であった。その唇から、ひゅう、っと黒いヘビが流れ込んできて燐はそれを飲み込んだ。ごくん。味も刺激もない。それは燐の喉に落ちて肉と血と骨に染み込んで、二度と消えないサインになる。
[newpage]
ふと、目を開ければ。
そこにはいつもの見慣れた顔のメフィストがいた。穏やかに、本当に心からの安らぎを得た顔をして、燐の髪に鼻先を埋めた。
「そうだ、プレゼントあるんですよ。部屋に置いてありますから、もう片付けは使い魔に任せて行きましょうか」
何もなかったようにメフィストは言った。その声はいつもの落ち着いて静かで大人の低い声に戻っていた。それに何故か安堵したので少し強く男の肩を掴む。男はくつくつ笑う。そうして今度は目を開けたままもう一度、キスをした。緑の瞳の中の自分も何故か、穏やかな顔をしていた。
口付けから流し込まれた唾液は何故か、果汁のように甘く酸っぱい。
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ワインの染みたパンは誰の例えでしょう?■ヤンデレってこういうのじゃないんだろうなとは思いました…ええなんかすみませんなオチですみません。でも読んでくださった皆々様本当にありがとうございました!今までのタグ閲覧評価ブグマありがとうございました!こんな話ですけどちょっとでも何か感じるものがあるのなら幸いでございます。■ヤンデレって難しいね!こういうのはヤンデレって言わないね…orz■コメントありがとうございました!コメント欄にて返信させていただきました。感想いただけてうれしかったです、ありがとうございますv
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パンとワインにリンゴとヘビを 最終話
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この数年で歩き慣れた夜道を歩く。他の道よりも街頭が多めなこの道路の左右には、和洋中様々な店が立ち並んでいる。
途中、以前までの行きつけのバーを通り過ぎる。そこを通る時だけは少しだけ早歩きで、この時間は彼らはよく飲んでいるから店の外に出てくるなんてないとは思うけれど。
それでも、半年経った今でもまだ気まずかった。
ちょうど半年前、あのバーのマスターに告白されて断って、通いにくくなった。そんな時に見つけたのが今のお気に入りのバーだ。
例のバーとそこまで離れていないのが少し悩ましいが、そんな事が気にならなくなる程度にはこの店も居心地が良かった。
アンティーク調の、少しだけ開けにくくなったドアを開く。
「こんばんは」
「おっ、ようやく来たか!!久しぶりだなぁ」
「ちょっと忙しくて……、今日も皆さんお揃いですねぇ」
「おうよ!オープンから入り浸ってるぞ!」
「……ほんと毎日来てるんですよねぇ。よく身体壊しませんね」
頑丈なのが取り柄だ、と笑うおじさん達と同じテーブルに座ろうと椅子に手をかけるとその手を後ろから握られた。なんとなく、犯人は誰か分かっているので笑いながら振り向くと思い通りの人物が不機嫌そうな顔で私の手を握っていた。
「ちょっと」
「っく、ふふ。ごめん、ノリで」
「そっちのテーブルだと話しにくいだろ。アンタはこっち」
「なんだ陣平ちゃん、一丁前に嫉妬か〜!?!」
「俺らだって若い女の子と喋りたいんだよ!!!」
「黙ってオッサン同士喋ってろ!」
荒々しく返すその言葉とは裏腹に私の手を握ったままの彼の手はわりかし優しめだ。ただし私は既に場の雰囲気に酔っているので笑いが止まらない。
「ははは!!っえほ、んふ……」
「……アンタは笑いすぎだ。ほら、ここに荷物置いて。こっち座る」
「げほっ、ふふ……はぁい……」
「……今日は何から飲むんだ?」
「ふふ、今日はどうしようかな。何かオススメは?」
「そうだな……。ロブ・ロイとかどうだ?スコッチウイスキーがベースの」
「ああ、いいね。やっぱり1杯目は度数強めだよね」
あの喉が焼けるように熱くなるアルコールが好きなのだ。ロブ・ロイなんか32度もあることを彼は理解して提案してきているのだから、私のことをよく理解している。
手際よく作っていくその姿をにこにこと見守る。私は、この時間がいっとう好きだ。カクテルを作っている間の彼は普段のお調子者な面をすっかり隠してしまう、その時の真面目な顔を正面から眺めるのがこの半年ですっかり気に入ってしまった。
もちろん、彼が私のことを好意的に感じてこんな行動を起こしてくれているのは理解しているし、以前のことがあるから本当はこれ以上通わない方がいいことも、もちろん。
でも離れにくくなっていた。居心地が良すぎる、以前のバーとは少し雰囲気の違うこの店はやけに私に合っていた。あのバーは落ち着いた雰囲気で、この店は活気があって皆楽しそうだ。仕事で疲れて飲みにくる私にはこちらの方が合っていたらしい。
「はい。おまたせ」
「あ、ありがと。……ん、これ結構甘めだね」
「……辛くはねぇけど、甘くもねぇはずなんだけどな……」
「そう?でも美味しいよ」
「……アンタと同じ飲み方だけはしたくねぇわ」
「それがいいよ。年下の介護はめんどっちいや」
また一口、飲んでそう言うと彼はまた苦々しい表情を返してきた。
「迷惑かけるような飲み方はしねぇよ」
「うん。陣平くんはしないと思うよ。普段ならの話だよ」
「自分の限界は家で試す予定だし」
「ああ、もう少ししたら20歳だっけ?あれ、いつ?」
「明後日」
ふぅん、と軽く流してロブ・ロイを飲み干した。
「えっ明後日!?!」
「いや反応おっせぇな!」
「えー!明後日かぁ!何か用事はあるの?」
「いや。普通に出勤の予定。昼間に友達が祝ってくれるらしいけど」
「ふーん」
この半年、お世話になったからには何かプレゼントしてあげたい。でも私は彼の好みがよく分からない、普段見てるのバーテンダー姿だけだからね。……いいこと思いついた、けれどこれはマスターに許可を取らないとダメだね。
「んー。マスターって今日いる?」
「マスター?……ちょっと待ってろ」
カクテルのおかわりは頼まず、彼がマスターを連れてきてくれるのを携帯をいじって待つ。バックヤードに居たようで、そんなに待たされることは無かった。
ここのマスターはまだ若い、それこそ20代後半かな?と思うような肌ツヤをしている。少しニヤけながら私の前までやってきたマスターが口を開く。
「久しぶり。どうしたんだ?」
「お久しぶりです〜。えっとねぇ、明後日、陣平くん誕生日なのに出勤らしいじゃないですか」
「そうなんだよ。どうせ平日だし休んでも店回るよ?って言ったんだけどなぁ」
「あ、店回ります?じゃあ陣平くんの20歳お祝いでお酒奢ってあげようかと思ってて、働くはずだった分のお金は私から彼に渡すんでここで飲ませてやってもいいですか?」
「おっ!?もっちろんいいよ〜!!」
「あ、これお金の方は陣平くんには内緒の方向で。気使わせると困るんで」
「いいの?うちそこまで安くないぜ?」
「……まあ、お気に入りのバーテンダーくんだからね。お祝いだし」
「うんうん。いい子に気に入ってもらえて良かった、じゃあ当日は俺が作らせてもらうかな」
なんとまさかの交渉成立だ。ちなみに当人はテーブル席に追いやられており、おじさんたちの酒の肴のためにからかわれている。おお、顔が真っ赤。
マスターと共にニヤニヤと笑いながらそちらを眺めているとおじさんたちから逃げるようにこちらへと近寄ってきた。
「……なんすか!」
「いや?松田は可愛いなぁって話してただけだ」
「んぐふっ」
「……ちょっと」
「ごめん。……明後日、私も来ようかなと思って。ちょっとそれのお話」
「……何かくれんの?」
「内緒」
そう言って口の端をぐっとあげて笑うと、今度は瞳にとろみが付いた。おっと、これは不味い。
「あ、ごめん。おかわり欲しいです。次はジントニックがいい」
「お、了解。すぐ作るから少し待ってくれ」
「……マスター。俺作りますよ。発注残ってますよね」
「え、そうだったの?ごめんね、マスター」
「いやいや。こんな楽しいことを聞けてよかった、楽しみにしとく」
ジントニックを作るためにリキュールを取り出して掴んでいたその手からドライ・ジンを奪い取った陣平くんによってマスターが裏に戻らされていくのをまた帰ってきた笑いを隠さずに眺める。ほんとに露骨すぎて、どう対応したらいいか分からない。
前のバーのマスターですらここまで分かりやすくなかったぞ。
「……ジントニックだったよな」
「うん。お願いします」
「ライムは要らないんだっけ」
「そう!よく覚えてるねぇ、いくら香り付けでも苦手なものはちょっとね」
「……毎週のように来てくれてたら、そりゃ覚えるさ」
「ふふ、優しいねぇ」
「……別に?」
少し行儀が悪いが、肘をついて組んだ手の甲の上に顎を置いてにこにこと笑う。さっきから笑ってばかりだな、なんて思うけれど陣平くんと話していると自然と顔が緩んでしまうのだ。しかたないね
「はい、おまたせ。ジントニックな」
「ん、ありがとう。今日はこれ飲み終わったら帰るね」
「……まだそれで2杯目だぞ?」
「うん。今日はなんとなくそんな気分なんだ」
「……ふぅん」
普通なら2杯飲んだら充分の人が多い中で彼は私がこれだけで終わらせると体調でも悪いのかと思ったようで、顔色を伺っている。違うよ。君の時給と飲み代の為なんだ。
「……うん、ごちそうさま。お会計お願い」
「おう。……今日は現金?」
「うん。これくらいなら払った方が楽」
「はい、お釣りとレシートな」
差し出した手のひらを下から包み込むようにお釣りを置かれる、このスキンシップもここ最近では当たり前になってきた。最初こそ少し驚いて体を硬くしてしまっていたが、今では特に反応を残さずに受け取ることができるようになった。
いつものように、玄関まで見送ってくれる。ドアを先に開いてわざわざ外まで出てきてくれるようになったのはかなり前。どうやら私の背中が見えなくなるまで待っているようで、なんとなく振り返るとまだ店の外で手を振ってたりする。
どうやら今日も私が見えなくなるまで待つらしく、店の中に戻る気配がない。
「ね、陣平くん。寒いでしょ、中戻っていいんだよ」
「別に。……気を付けて帰れよ、ほんとは、送って帰りてぇけど」
「あはは。ほんと優しいねぇ、風邪に気をつけてね」
「……明後日!楽しみにしてるから!」
少し歩いた所で、彼が急に大きな声を出した。そんなに楽しみなのか、と思って、いつもみたいに躱してやろうかと思って口を開いて、止めた。
「……私もだよー!また明後日!」
「……!!おう!」
私の返事に一気に顔を輝かせて、胸の前で小さく振っていた手を今度は大きく、頭の上で振ってくれた陣平くんに少しだけ癒されながら元来た道を歩いていく。
今日は少ししか飲んでいないはずなのに、何故か頭がふわふわとしていた。足取りも軽くて、普段より歩く速度が早くなっている気がした。
ご機嫌で駅に向かう私を、窓から覗いている欲と嫉妬と絶望に濡れた瞳に気が付くことは無かった。
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2日後、仕事終わりの20時。普段ならもう少し残業して帰るところをさっさと切り上げて自分のデスクから立ち上がる。
朝からやけに機嫌がよく、荷物が普段よりひとつ多い私に周りの人達はおや?と楽しそうな表情で見守ってくれていた。
中には頑張ってこいよ!と背中を叩いてくるセクハラ親父も居たが、今日の私は心広く優しいので確認書類を押し付け返して帰ってきた。元々はあのオッサンの仕事だからね、あれ。
まだ少し明るい歩き慣れた道を進んでいく。あと5分も歩けばいつもの店の前までいく、きっと彼はもう出勤しているのだろう。彼の給料は既にマスターに手渡してあるのでそこの心配はいらない、問題は私の左手にあるこのプレゼントだ。
私に好意的な彼のことだ、何でも喜んでくれることだろう。でもどうせプレゼントするなら本当に喜ばせたいじゃないか、心の底からのありがとうを聞きたい。
昨日、昼間に1人でプレゼント探しに出掛けて、何件も梯子してようやく見つけた物だ。彼はいつもバーテンダー姿の時はネクタイをしめている、だからネクタイピン。それとは別に、彼がいつも使っていると言っていた整髪料。そして私が普段つけている香水だ。
ぶっちゃけ香水は悩んだ。付き合っているわけでもなし、そういうつもりなわけでもない。ならばこれは気を持たせすぎなのでは、とも考えた。でも、私の匂いが落ち着いて好きだと目尻を緩ませて言ってくれた彼のことを思うと気が付いたら紙袋に一緒に入れてしまっていた。
「……まあ、嫌そうな顔でもしたら、自分用の間違えて入れちゃってたって言おう。うん」
店の目の前まで来た。既にドアの奥からは楽しげな声と陣平くんの怒鳴り声が聞こえてくる、今日も常連が揃っているらしい。緩み始めた口元を隠さずにドアを開こうとした。
「っ……!?」
「……ごめんね」
手首を掴まれて、咄嗟に叫ぼうとした瞬間に首に鋭い痛みが走った。体の力が抜けていく、彼へのプレゼントだけは守らないとなんて抜けた考えが脳を走り紙袋を手放した。
倒れたせいで動く視界の端に見えた人間は、前までの行きつけの店のマスターだった。
彼が手に持っているのはよくドラマでも見かけるスタンガンで、マスターは泣きそうな顔をしていた。
「……君は、悪くないんだ。でも、もう抑えられなかった。ごめんね、一緒に行こう」
「……っ、」
「……可哀想かと思って、電流弱めにしたらやっぱり動けちゃうか。もう1回……」
目の前の扉を叩くなりなんなりしてアクションすれば、誰かが気付いてくれるのではと必死に手足を動かしていたら、さすがにこのままではダメだと思ったらしいマスターがまたスタンガンを近付けてきた。
目の前まで迫ってきたスタンガンと、先ほどとは反対側の首筋に感じた鋭い痛みを最後に記憶は途切れた。
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<br />※好き勝手書いてます<br />※前作【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10141327">novel/10141327</a></strong>】の続きです<br />※読了後の文句は一切受け付けません<br /><br />Twitter(基本フォロバしてます)→【<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fmobile.twitter.com%2Fbaby_huaka" target="_blank">https://mobile.twitter.com/baby_huaka</a>】<br />ましまろ(やる気が出ます)→【<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fmarshmallow-qa.com%2Fbaby_huaka%3Futm_medium%3Durl_text%26utm_source%3Dpromotion" target="_blank">https://marshmallow-qa.com/baby_huaka?utm_medium=url_text&utm_source=promotion</a>】<br /><br />Twitterで褒めてもらえて調子に乗って書きました。続きは明日か明後日か。<br />本当はね、もっと平穏な終わり方させるつもりだったんです。でも元行きつけのマスターが騒ぐので……<br /><br />次で終わらせます。流石にシリーズ化は難しい(めんどくさい)ので……
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未成年バーテンダー松田くんとお姉さんとメンヘラ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164743#1
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「や、約束通り1人で来たぞ...」
「1人で来たのは知ってるさ...コースターの上から確かめさせてもらったからな...」
「は、早く例のものを...!」
怯えたように震える声に、低い男の声が重なる。
...なんだ、例のものって...
影から見ていた俺は詳しい事情を知るべく、壁に寄せていた身を離して、何やら危なげな話をしている男達の写真を撮るためにそっと一歩を踏み出したのだった。
ー5分前ー
「おいおい、もう泣くなよ...」
斬新な方法での殺人を見てしまったからか、はたまた犯人の悲しい告白を聞いてしまったからか、事件が終わってもまだ泣き止まない幼馴染を励ますように言う。
「アンタはよく平気でいられるわね!?」
「俺はほら、現場で見慣れてるから...バラバラなやつとか...」
キレ気味の幼馴染は俺の答えが気に入らなかったのか、サイテー!!と余計に泣き出してしまった。
...女の扱いって大変だな...と腕を首の後ろで組んで明後日の方向に視線を飛ばす。その瞬間、事件の際にあからさまに怪しかった2人組の片割れが、建物の裏側に入ったのを視界に捉えてしまった。
「新一といるといつも事件に...」
「悪い、蘭!」
「って新一!どこ行くの!?」
愚痴をもらす幼馴染に謝りながらその片割れを見失わないように駆け出す。先に帰っててくれと言う俺に困惑する幼馴染には悪いが、あの怪しげな男に対する探究心や好奇心には勝てなかった。
「すぐ追いつくからよ!」
と言い残しながら男の消えた建物の裏側に向かう。後ろから幼馴染に呼び掛けられたが、気にしている余裕は無かった。
薄暗い建物の裏側に男にバレないようひっそりと滑り込む。そこは外の音などがほとんど聞こえず、なおかつ人の出入りもほとんどないであろう密会をするには最適な場所だった。まだそう遠くには行ってないはず...くそっ何処だ...と探していると、2人分の声が更に奥のスペースから聞こえて来たのだ。
そして、今に至る。
話していたのは先程の怪しげな男と、気の弱そうな男だった。
「まあそう慌てなさんな...ブツならここにあるからよ、社長さん。それより先に金をよこせ」
威圧するように脅す怪しげな男に、社長と呼ばれた男が反応する。
「ほ、ほら!これで文句あるまい!!」
そう言いながら、社長の男はスーツケースを持ち上げた。
その中身を見て思わず目を見開いてしまう。なんと、中身は一億円ほどはありそうな大量の札束だったのだ。
...おいおい、まじかよ...遊園地で闇取引か...?
どう考えても現金で一億円のやりとりをするのはおかしすぎる。何かの闇取引と見て間違いなかった。
「よし、取引成立だ...」
一億円ほどの札束を見て、男は満足そうに笑った。
「さぁ!早くあのフィルムを!」
そんな男を見て、恐怖心が湧いたのか慌てて何かのフィルムを要求する社長の男に先程までとは打って変わって苛立たしげに男が舌打ちをする。
「うるせえな...!こっちは一億円ぽっちで手前の命だけは救ってやるっつってんだ...!ガタガタ騒ぐんじゃねぇ!」
男の急変にひぃっと社長の男はおののいた。その一部始終を写真に収めながらこの後どうやって警察にこのことを説明するかに頭を働かせる。
男はその間にもチッっとまた舌打ちをして、社長の男の手に白い封筒を押し付けた。
「ほらよ...手前の会社の拳銃密輸の証拠のフィルムだ...これで手前の仕事は終わりだ」
あからさまにほっとした表情を見せる社長の男に追い討ちをかけるように男が言う。
「金の受け渡しにしか手前に用はねぇ、わかったらさっさと失せろ!」
悲鳴をあげながらその場を去る社長を見て、この取引が終わったことを確信する。男がこちらに戻ってくる前に逃げなくては。そう思いながらカメラをポケットに仕舞おうとした
その時、背後から近づいてくる何者かの気配を感じた。
慌てて振り返ると、そこにいたのは2人組のもう1人の方の銀の長髪の男。先の事件で人をなんの躊躇もなく殺せるような目をしていた奴だ。
...しまった!...
驚きに逃げることを忘れて立ち尽くす俺を、男は薄ら笑いをしながらその冷ややかな目で見た。
「探偵ごっこは、そこまでだ!」
そう言いながら男は持っていた警棒のようなものを振りかぶってくる。
そこで我にかえり、早く逃げろという本能に逆らわず逃げようと足を踏み出した瞬間、頭に重い衝撃が走る。
呻き声とともに倒れた俺のそばに屈んだ長髪の男は、アニキ!と言いながら走り寄ってきた取引をしていた男に叱責をとばした。どうやら取引をしていた男は長髪の男の部下らしい。
部下の男は俺の顔を見て驚いたように声をあげた。
「こいつ、さっきの探偵!見られちまったようですし、バラしやすかい?」
懐から銃を取り出した部下の男に長髪の男は止めろ。さっきの騒ぎでサツがまだうろついてやがる、と吐き捨てて俺のカメラを自分の懐にいれる。それを止められるべくもなく、頭を殴られた余韻でぼんやりとしている俺を長髪の男はじっと見下ろしていたが、やがて何かを思いついたようにニヤリと笑った。
「そうだ...こいつを使おう。組織が新開発した、この毒薬をな...なにしろ、遺体から毒が検出されないって触れ込みの完全犯罪が可能な代物だ...まだ、人に試したことはない試作品らしいがな...」
長髪の男はそう言いながら何かの薬のカプセルを俺の口に指を突っ込んで無理矢理飲ませてきた。
無理矢理飲まされたせいで吐きそうなくらい苦しい。ゴホゴホと咳を繰り返す俺に長髪の男は嘲るような笑い声を漏らすと、
「あばよ、名探偵」
と捨て台詞を残し、部下の男を連れて早足で去ってしまった。
待て、と言いたかったが咳が止まらずあまりの苦しさに体を曲げる。あいつら覚えとけよとやつらが逃げ去った方角を睨みつけた、次の瞬間だった。
「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁ!!」
これまで経験をしたことのないような痛みが全身に走った。それと同時に全身の血が沸騰しているのではないかというくらいの熱が体を覆い尽くす。形容するなら、まるで骨が溶けていくかのような苦しみ。神経に何本もの針が刺さったかのような痛みに耐えられずに人目もはばからず絶叫する。
...なんだ、俺の体に何が起こった!?
状況を確かめたいが体は鉛のように重く、苦しみに地面の草を掴むことしか出来ない。
その間にも苦しさはますます強くなり、息をするのもやっとになってきた。
...俺、このまま死んじまうのかな...
などとらしくもなくそんなことを思いながら、視界がぼやけていくのを感じる。...まだ、死にたくねえな...
意識が落ちきる寸前にぼんやりと見えたこちらに近づいてくる影はきっと気のせいだったのだろう。こんなところに倒れていたって誰も気づいてくれるはずがないのだから。
最後の最後までほんと、ついてなかったな...と感傷に浸りながら、俺の意識は完全にブラックアウトした。
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「おい!おい!坊主!大丈夫か!?」
頰を軽く叩かれているような感触に意識が戻る。
...よかった。まだ死んでなかったか...今回ばかりは危なかったけど、ラッキーだったな...
どうやら、毒薬というのは効かなかったらしい。まだ痛む頭を気にしつつ、ゆっくりと瞼を押し上げる。
とりあえず助けてくれたらしいこの人に礼を言わねぇと...
「お、坊主!目ぇ覚めたか。大丈夫か?頭。一応包帯巻いといたんだが...」
明るい男の声にええ、大丈夫です。ありがとうございました、と言おうとした口はあまりに異様な光景に「は?」という声しか漏らせなかった。
ここは車内だった。どこか人目につかなそうな駐車場に止められている。トロピカルランドの駐車場ではない。
そしてその車内には5人の若い男達が座っていた。......どうしてあの薄暗い建物の辺りじゃないんだ...
異様なことはまだあった。
車の横の幅があからさまにおかしかったのだ。運転席に金髪の男が1人、助手席につり目の男が1人。
そして後ろの座席、つまり今俺がいる席には右から、俺に話しかけて来た明るそうな男とサングラスをかけた男と少し伸ばした髪が特徴的な男が3人座っていた。俺を入れたら4人がいる状態だ。男が4人も座席にいるのは少しきつすぎではないだろうか。3人だって窮屈なのに4人は無理な話である。
そこまで考えて今の俺の状態に気づく。何故か後頭部座席の右端に座っている男の膝の上に寝かされている状態だったのだ。
なるほどそれなら3人は座れるな......ん?いやいや、待て待てと違和感に気づき、もう一度考え直す。成人はしていないとはいえ、俺はもう17歳のはずだ。体は大人とほぼ変わらない。そんな俺をなぜ膝枕しているのだ?それになぜ横になっているのに座席から足がはみ出さない?
加えて俺のこのブカブカの服。袖や裾が体に全く合っておらず垂れ下がっている。しかし、そんな服の色合いは俺が着ていたものと変わりなかった。...何故服がこんな状態に?
何故、が尽きず、1人困惑する俺に、
俺を膝枕しているヤンチャそうな男が笑いかけてくる。
「別に誘拐とかそんなんじゃねぇから安心しろ。」
大の男を膝枕してなんの違和感も感じていない奴の言うことなんか信じられるか!と思いながら勢いをつけて体を起こす。
そんな俺に左端に座っていた長めの髪のチャラそうな男が
「そんだけ動けんなら大丈夫そうだな。坊主、おまえ、名前は?」
と尋ねてきた。
手当してくれたことには感謝するが、あからさまに怪しい男に個人情報を教えるわけにはいかない。男の膝を降りて車のドア付近まで男達の足を避けながらゆっくりと後退りする。こんなことをしたっていつでも手の届く距離に男達がいるのだから無意味なことはわかってる。しかし、何かあったら直ぐに車を降りて逃げ出せるように少しでもドアに近づかなければならなかった。
と、そこでも違和感を覚える。
...なんか、車ってこんなに高さがあっただろうか?...
普通なら車内で完全に立ち上がることは大人なら不可能である。膝を曲げないと頭を天井に打ち付けてしまうからだ。
しかしこの車はどうだろう。
俺が完全に立ち上がっても天井まではまだ随分と距離があるように見えた。それどころか、俺の身長は男達の膝より少し高いくらいになっており下から見上げた男達がかなり大きく見える。
...普通ではありえない。何かがおかしい。まるで、俺の体だけが縮んでしまったかのように周りのものが大きく見えすぎる...
目を見開いて凍りつく俺を男達は困惑したように眺めていた。
そして、しばらくしてから痺れを切らしたのだろう、真ん中に座っていたサングラスを掛けた癖の強い天然パーマの男が俺の脇に手を差し込み軽々と抱き上げた。
「なっ...」
俺の体重は少なくとも55キロ以上はある。それを軽々と抱き上げるなんて、どれだけの怪力の持ち主なんだ...!見た感じひょろっとしているのに!?
またもや困惑で思わず怯えた目を向けてしまった俺にその男は言った。
「坊主、工藤新一だな?」
高校生探偵なんてやっているからか、俺の知名度は中々に高い。恐らくそれで俺を知っていたのだろう。隠したところで意味はないから素直に頷く。
すると車内で重苦しい溜め息があちこちで漏れた。...俺が工藤新一であることがそんなに溜め息をつかれるようなことなのだろうか?
どういうことだ、とサングラスの男を見つめる。サングラスの男はじっとメガネ越しに俺のことを見てからゆっくりと口を開いた。
「おまえ、今自分がどんな体してるかわかるか?」
体?無駄にブカブカな服を来ているくらいしか違和感がない。心なしか頭が重くなったような気もするが、殴られたせいだろう。指も5本揃ってるし足がないわけでもない。本当になんでこいつはそんな俺を持ち上げられるんだ?
どこにも体には変わったところはないし、あなたの言った意味もよくわからない。というように首を振ると、サングラスの男は運転席の男とアイコンタクトを交わした。運転席の金髪の男はバックミラーを少し上げ、サングラスの男は俺の体をフロントガラスに向けるように裏返して言った。
「バックミラーで見てみな」
バックミラー?顔を上げると鏡に写り込んだ自分と目が合う。いつもと変わらない見慣れた自分が見られると思っていた。
しかし、写っていたのは誰だろう、小さな少年だったのだ。しかも自分の昔の姿と良く似ている。鏡は嘘をつかないとはよく言ったものだが今、俺は鏡に嘘をつかれているような状態だ。
しばらく鏡の中の自分と見つめあっていたが、理解してしまった受け入れがたい変化に嘘だろ...と呟き、思わず自身の顔を手で覆って下を向いてしまう。
そう、俺は鏡に写った自分こそが本物の姿だと気付いてしまった。まさか、とは考えていたが目覚めていた時から感じていた違和感がこれによって全て解決してしまうのだ。
真実はいつも一つというのが自分の座右の銘のようなものだが、ここにきてそれを覆すわけにはいかない。
俺は完全に自身の姿の変化を認めてしまっていた。
のろのろと顔を上げるとサングラスの男がもういいと判断したのか俺を自分の膝の上に乗せた。
...そういえばこの人達は俺のことを工藤新一と言っていたけど、なんでわかったんだ?
小さくなったこの姿の俺をみて、直ぐに工藤新一だとわかるのはおかしすぎる。悪い人達ではなさそうだが、一体何者なんだ。
恐る恐る男達に声をかける。
「あの、あなた達は誰なんですか?」
俺の問いに男らは顔を見合わせるとぷっと吹き出した。突然なんだ、と警戒する俺の頭にサングラスの男が笑いながら手を乗せてわしゃわしゃと髪をかき混ぜてくる。ぐちゃぐちゃになった髪を直しもせず呆然とする俺に助手席に座っていたつり目の男がごめんごめん、と俺の髪に手を伸ばして直してくれた。そしてその間も男達はくつくつと楽しそうに笑っていた。
やがて笑いが収まったのか、助手席の男が俺の方に向き直り、自己紹介を始める。
「笑ってしまってすまないね、工藤新一君。俺は諸伏景光。この運転席にいるのが降谷零。君を膝に乗せてるのは松田陣平。最初に君と話したのが伊達航。最後にこのチャラそうなやつが萩原研二。俺たちは警察学校所属の新米警察官だよ。だから怪しいものではないんだ」
なんとなく怖そうな人だと思っていた諸伏さんという人は、意外にも優しく話しかけてきた。実は子供好きなのかもしれない。
しかし、完全に警戒心がなくなったかと言われればそういうわけでもない。新米警察官でも、警察手帳は持っているだろう。それを見せるように要求すると、苦笑はされたが案外あっさり見せてくれた。隈なくチェックするが、どうやら本物らしい。
礼を述べてそれを返し、5人の警察官に向き合う。
「助けていただいたのに、不遜な態度をとってしまってすみませんでした。...どうやって倒れていた俺をここまで連れてきてくれたのかと、どうしてこの姿の俺を見て工藤新一だと分かったのか教えてもらってもいいですか。」
改まった様子の俺に萩原とよばれた男がもっと気ぃぬけよと頭を撫でてくる。
「俺たちも久々の休みにみんなで騒ごうってことでトロピカルランドに来てたんだ。んで、帰ろうとしたときに降谷が声が聞こえたーとか言って急に走り出したからみんなでそれを追いかけたわけ。」
そこまで言うと萩原はだよな?降谷、と降谷という人に同意を求めるように聞き、再度語り始めた。
「そしたら驚いたよ、高校生くらいの若い子が頭から血を流して倒れてたんだから。しかも体の周りから湯気みたいなのが出ててさ。どうにかして病院に連れて行こうとしたら体が急に小さくなり始めるし。俺らも20年くらい生きてるけど、人の体が縮むなんてのは初めてみたよなぁ」
萩原の言葉にうんうんと同意するように伊達と呼ばれた男が頷き、更に続ける。
「病院に連れて行こうにもこんなこと前代未聞だから連れて行くか行かないかで意見が分かれたんだが...あまり知られたくない事情があるかもしれないし、比較的傷も浅かったから俺たちの車で手当てすることに決めたんだ」
「それが約1時間前のこと」
と、今度は松田という男が歌うように続けた。
「小学生低学年ぐらいのガキ1人、誰にも見つからずに連れてくるなんて俺たちにとっては朝飯前なんだよ。それに俺たちは全員でお前が縮んでいくのを見た。だから工藤新一であることも知っていた。」
...なるほど、そういうことだったのか...
松田の膝の上で顎に手を当てて考えこんでいると突然おい、と降谷という金髪の男に声をかけられた。
「何があってあんなとこに倒れてたのか、なんで体が小さくなるのか、ちゃんと説明しろ」
甘いマスクに似合わず、淡々と質問をする降谷に少し驚く。
...この人、意外にきつい人なのか...
そんな降谷の様子に相変わらず初対面のやつにはキツイなゼロは、と諸伏が小声で漏らしているのを聞いてしまう。
ゼロ...?と俺が首を傾げると、伊達が隣から「降谷零の、零の字はゼロって読むだろう。だからゼロなんだよ」と小声で説明してくれた。
なるほど、と1人で納得しているとおい、と先程より低い声の降谷に早くしろと急かされる。
それに若干怯えつつ、幼馴染と来ていて殺人事件に巻き込まれ、それを解決したこと。その際に怪しかった男の後をつけたこと。取引に気をとられていたら背後から仲間の男に殴られて妙な薬を飲まされ、そのまま気を失ってしまったことを事細かに説明した。
説明が終わった途端、全員から本日2回目の溜め息が漏れた。今回ばかりは全て俺の好奇心のせいなので、体がこうなってしまったのも全て自業自得である。
「好奇心は猫をも殺すというが...君はいつかその好奇心で自分を殺してしまうかもしれないな...」
諸伏が呟いたことに全員が首を振って頷く。
...わかってますよ、今回の件で充分思い知りました...と肩を落とした俺に萩原が話しかけてくる。
「というか、工藤君さ」
なんですか、という目を向けると萩原は真面目な顔でこう言った。
「その飲まされた薬で体が縮んじまったんじゃねーの?」
萩原が言い終わるのと、車内を沈黙が包みこんだのは同時だった。
長髪の男の言葉が脳裏をよぎる。
ー遺体から毒が検出されないって触れ込みの完全犯罪が可能な代物だー
ーまだ人には試したことがない試作品らしいがなー
「そ、それだぁぁぁぁ!」
俺の絶叫に車内が震える。
萩原の言う通りだ。それ以外に考えられない...!というかなんでそんなことも考えられなかったんだ、俺のいつもは優秀な脳は何処に行った...!?
激しい自己嫌悪に陥っている俺を無視して、新米警察官たちは話を飛躍させていく。
「薬で小さくされるとか、何処の夢物語だって思っちゃうけど...」
「この目で見たんだから信じるしかないだろう」
「にしても何?この子よくこんな好奇心持っててこれまで危ない目に遭ってこなかったね!?」
「きっと運がものすごく良かったんだろう...」
「それよりどーすんの?家に返そうにも親に説明しても信じてもらえるのか?」
親は3年前から外国にいて家にいません、とさらっと言うとまたしても溜め息をつかれる。
「じゃあ親と同じくらい信頼の置けるやつは誰だ?」
と降谷に尋ねられ、誰だろうなとしばし考える。
「幼馴染の蘭か隣の家の科学者の阿笠博士...ですかね」
そう言うと降谷が冷たく返してくる。
「お前が関わったその連中は完全犯罪をも可能にしてしまう薬を作っている危険な連中だ。恐らく、もっと大勢の仲間がいるだろう。そして殺したはずの工藤新一が生きていると奴らにバレたらまた命を狙われて周りの人間にも危害が及ぶ。お前の正体を知っているのは必要最低限の人間だけにしろ。幼馴染とやらにも絶対に言うな。」
降谷の言葉には真実だけが詰まっていた。その通りだとこうべを垂れる。まさか、ほんのちょっとの好奇心で周りの人にも危害を及ぼすような危険なことに巻き込まれるなんて思いもしなかった。
ギュッと手を握りしめて「はい」と小さく返事をすると、それを見た伊達が大丈夫だ、というように頭を撫でてきた。
暗い雰囲気に耐えられなくなったのか、萩原が大きな声を出す。
「その科学者?のとこに行けば解毒剤とか作ってもらえるんじゃねえの?」
その一言にはっとする。
...確かにそうかもしれない。博士はああ見えて天才なのだ...
「あのっ、博士を巻き込みたくはないけど、博士は結構天才なんです!だから、だからもしかしたら作ってくれるかも...!」
俺の言葉に降谷は少し迷ったようだが、隣から諸伏がゼロ、と声をかけると仕方ないなとばかりに舌打ちをして視線を俺によこしてきた。
「...分かった。ただし、巻き込むのはその博士だけだからな......その家はどこにある」
[newpage]
博士の家に着き、事実を説明してもやはり最初は信じてもらえなかった。だが、俺が博士がコロンボに行っていたことなどを推理すると驚きつつも信じてくれたようだった。
とりあえず博士に信じてもらったところで服をどうにかしようということで一同は工藤邸に入った。
自身の10年も前の服がぴったりだったことに若干嫌になりつつ、書斎で待っていてくれた警察官たちと博士のもとに戻る。
そこでは解毒剤のことが話されており、非常に残念そうな顔をした博士から「成分がわからない薬の解毒剤は作れないんじゃ」とはっきり言われてしまった。
やはり、あんな訳の分からない薬の解毒剤なんてそうそう作れるもんじゃないか...と落ち込んでいると松田が
「もとに戻るのはしばらくは諦めた方が良さそうだな。かと言って周りに工藤新一だとバレるわけにもいかねぇ。...お前、これからどうするんだ」
と尋ねてくる。
返事に困っていると、後ろにいた降谷が松田の疑問に答えた。
「どうするも何も、この姿で正体を隠して生きていくほかないだろう。小学校に通って、この姿で周囲に混じって生きていくしかない。薬の情報を手にするにはかなりかかるだろし、このくらいの子供が学校にも行ってないというのはおかしな話だしな。」
淡々とした降谷の言葉に今更ながら溜め息が漏れそうになる。
...小学校に行って周囲に馴染まなきゃならないのか...何が悲しくて高校生の俺が小学校に...と思っていると玄関から「新一ぃー?」と俺のことを呼ぶ、蘭の声が聞こえた。
「ら、ららら蘭だぁぁ!」
なんでここに!?というかこんな姿を見られるわけにはいかない!
慌てて父さんの机の下に隠れる。
警察官たちは突然の幼馴染の来訪に驚いているし、博士もしどろもどろしている。どうにかうまく誤魔化してくれよ!と願いつつ、机の引き出しにあったメガネをかけて万が一見つかった時のために変装をする。
度のキツイメガネのレンズを外したところで、蘭が書斎に入ってきた。
「帰ってきてるなら連絡くらいしなさいよー!...ってあれ、博士!」
「お、おお、蘭くん!久しぶりじゃのお!」
「久しぶり!それより新一は?いないの?」
やっべぇーー!と口を手で覆う。すると諸伏が蘭にうまく言い訳をしてくれた。
「彼ならしばらく家を留守にして、何かの事件の調査に行くと言って少し前に出て行きましたよ」
ナイス!諸伏さん!心の中で諸伏さんに土下座して感謝した。
蘭は突然現れた5人の男に訝しげな顔をして
「博士、この人達は?」
と博士を見る。話を振られた博士は慌てながらも答えた。
「お、おお。彼らは新一君とも仲が良いわしの研究仲間じゃ!みんな若いのに優秀な人ばかりでのぉ!よくわしの家に泊まりにくるんじゃ。今日は新一の家の書斎を見たいと言うから案内したんじゃ!勿論、新一の許可も出ておる!」
博士はなかなか嘘が得意らしい。かなりまともな嘘をついてうまく誤魔化してくれた。
蘭も博士のいうことを信じたのか初めまして。毛利蘭です、と挨拶をした。
これでしばらく俺がいなくなるのは誤魔化せそうだ。ふぅーと安堵していると後ろから誰かに抱え上げられる。
俺を抱えあげたのは降谷だった。せっかく隠れたのになんで!?と焦る俺をよそに
「蘭さん、しばらくこの子を貴方の家で預かってくれませんか。」
と爽やかな笑みでとんでもない爆弾を落としてくれた。
...何言ってんだアンタ!と降谷の袖を掴むと、彼は俺に小声で言う。
「彼女、君の幼馴染だろ。博士からさっき彼女の父親は探偵をしていると聞いた。探偵をしているならいずれ奴らの情報にたどり着くかもしれない。少なくとも博士の家にいるよりはずっともとに戻る可能性は高くなるだろう。」
はっとして降谷の顔を見ると、彼はニヤっと笑って、困惑している蘭に優しく語りかける。
「この子は博士の親戚なんですが、博士もお忙しい身なので子守は大変なんだそうです。蘭さんさえ良ければ預かってもらえませんか?」
スラスラとまるで息をするかのようにつかれる嘘におかしなところはどこにも無い。
それに、そんな降谷を見ても誰一人として驚いていない。それどころかどこか澄ました顔をしている。
...やはりこの人達はただの警察官ではなさそうだ...警察学校にいるって言ってたけどほんとかよ...
突然頼まれた大きな荷物に困惑している蘭は「お父さんに聞いてみないと...」と申し訳なさそうに博士に言う。恐らくあのへっぽこ探偵のことだから絶対に面倒臭がって嫌だと言うであろう。そうなっては困る。なんとかせねば...と頭をひねり咄嗟に思いついたことを実行してみる。
「ボク、ねーちゃんちがいいー!」
言ってしまってからやばいと気づく。何だよこのめちゃくちゃ甘えるような口調は!
萩原や松田は大爆笑しているし、それを止める諸伏や伊達も笑いをこらえきれていない。降谷に至っては真顔である。
言い終わってから襲ってきた羞恥心に顔を真っ赤にして俯くと
「なに、この子可愛いー!」
と蘭が近寄ってくる。もうやめてくれ、俺のプライドが...!と思っていると
「ねえ、ボク。名前は?」
と聞かれる。反射で
「くど...」
と言いかけて慌てて口を閉ざす。違う違う今の俺は工藤新一じゃない!
他の名前の他人を偽らないと...!にしてもどうする!?そんな咄嗟に名前なんて...と降谷の肩越しに見えた本が目につく。蘭も待っているし早く決めなければならない。これだ!と俺が決めた名前は
「コナン!ボクの名前は江戸川コナンだ!」
我ながら馬鹿な名前である。外人かよ!と思いつつ作り笑顔を浮かべ、
「ボクのお父さんが江戸川乱歩とコナンドイルのファンで...」
と続けると蘭も
「珍しい名前ねえー」
と少し驚いたようであった。後ろでは耐えきれなくなった萩原と松田が地面にかがんで爆笑しているし、伊達も諸伏も顔を伏せて肩を震わせている。降谷も真顔だが、俺を抱えている力が少し強くなったので頑張って耐えていることを察した。
見かねた博士が「もしよかったら明日迎えに来てくれんかの」と優しく蘭に言い、蘭が素直にそれに従って帰っていくまで警察官の男達の笑いは止まらなかった。
...前言撤回だ。やっぱりこの人達はただの学生だった。
降谷に下ろしてください、と拗ねたように言うと彼はふふ、と笑いながら俺を床に下ろしてくれた。
恨めしげに警察官たちを睨み付けると伊達が悪い悪いと頭を撫でてくる。
...子供扱いしないで下さいと伊達の手を跳ね除けると降谷に見た目は子供なんだから仕方ないだろと言われてしまった。
それはそうだけど納得いかないという顔をすると松田が
「流石藤峰有希子の息子だな。演技力はなかなかのもんだったぞ」
と嬉しくもない褒め言葉をくれた。
ソリャドーモと不貞腐れて返すと、ますます男達の笑いは大きくなった。
ひとしきり笑って満足したのか萩原が俺の視線に合わせるようにかがんでくる。
「薬のことは俺たちも協力してやるから安心しろ。いつかそいつらを逮捕することも出来ると思うぞ」
こう見えて俺たちは結構優秀なんだぜ?と彼は笑う。
「現役警察官の手を借りられるなんてコナン君はついてるな」
とからかうように後ろから降谷が言ってくるのさえなければ完璧だったのだが。
まだ名前のこと引きずってんのかよ、と降谷を睨みつつ萩原に礼を言う。
ついでに気になったことも聞いてみる。
「どうして俺にそんなに協力してくれるんですか?」
見ず知らずの他人のはずの俺にそこまでしてくれる理由はなんだ。
俺の疑問に驚いたように目を見開いた警察官たちは顔を見合わせてみんなで肩をすくめてみせた。
「俺たちは一応警察官だからね。困ってる人を助けなくちゃいけない。確かに君の変化に驚きはしたが、まあこのご時世、何があるかわからないからなぁ。特に何も思ってないよ。それに、高校生探偵として優秀らしい君にちょっと興味があったんだ。」
代表して諸伏が笑顔で答えてくれた。興味があるとはどういうことだ?と首を傾げる。
「平成のシャーロックホームズなんだろ?それは我々警察官としても見逃せない有望な人材ってわけだ。これからもしかしたら手伝ってもらえるかもしれねぇしな」
と松田が返してくる。
警察官あるまじき意外と現金な理由に苦笑する。
おそらく蘭のことだから俺を快く家に住まわせてくれるだろう。そうなれば俺はおっちゃんの仕事で奴らに関する情報を手に入れやすくなる。この人たちも手伝ってくれるようだし、まだ元に戻れる希望はある。
そう考えるとこれまで感じていた不安は少し減った気がした。
「じゃあ坊主。これが俺らの携帯番号とメールアドレスだ。何かあったらかけて来てくれ」
そう伊達に言われて渡された紙には5人分の携帯番号とメールアドレスが書かれている。どうやら個人的にも付き合ってくれるらしい。
礼を言ってその紙を貰う。
「じゃあそろそろ俺たちは帰ります。門限もありますしね。蘭ねぇちゃんの家でせいぜい頑張って子供の振りするんだよ、コナン君」
と降谷が楽しそうに言う。それに腹を立てつつ、自身が思う最大の子供っぽさとあざとさと可愛さで
「うん、ありがとう降谷のにぃちゃん!また連絡するね!」
と返しておいた。
俺の演技に少し驚いたような降谷に周りが「してやられたな、ゼロ」などと声をかけながら彼らは工藤邸を後にする。伊達に大きく手を振られたので振り返しておいた。博士も俺の身を心配して博士の家に来るよう誘ってくれたが、これ以上迷惑をかけられないとそれを遠慮して家に無理矢理帰らせた。
車のエンジン音が完全に聞こえなくなるのを待って玄関のドアを閉じる。
パンっと頰を叩き、俺は明日から工藤新一ではなく江戸川コナンだ、と気持ちを入れ替えると、蘭の家に移る支度を始めた。
[newpage]
ー新一と別れたあとの車内ー
「高校生探偵とか言ってたからどんな子かと思えば、なかなか面白い子だったな」
萩原が楽しそうに松田に話しかける。
「ああ、そうだな。変な薬で縮んじまったっていうのに動揺とかあんまりしなかったし、なかなか肝が座ってるみたいだ。普通なら発狂もんだぞ」
と松田もどことなく楽しそうである。そんな松田に諸伏も続けて言う。
「それに、子供のフリが予想以上に上手かったしな。特に最後にゼロにかましたやつは結構可愛かったんじゃないか?あれなら学校でもなんとかなるだろう」
な?ゼロ、と諸伏が降谷の方を見ると降谷はあからさまに不機嫌そうに顔を背ける。
「あれくらい、誰だって出来るさ」
降谷のその様子に一同は「ちょっと可愛いって思っちゃったんだろうなぁ」と心の中だけで思ったのだった。
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タイトルのままです。盛大に本誌のネタバレしてるのでお気をつけ下さい。本誌を読んで警察学校組生きてたらもしかしたら新一君と会ってたかもなぁと思いだしたら居ても立っても居られず、書いてしまいました...<br />誤字脱字は気にしないでください。<br /><br />あと、皆さん304話を見てください!松田と萩原を爆弾で殺した犯人を私は心の中で100万回殴りました。
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もし幼児化した新一君を見つけたのが警察学校組なら!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164760#1
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人間はある程度性格や理想に比例して容姿に反映されていると思う。
見た目が可愛い女の子は料理が好きだったり可愛い持ち物に興味を惹かれお家の中はそれらで囲まれているだろうし、何より自分が可愛い女の子になりたいと願いお化粧やスキンケアに時間をかけているだろう。スポーティーな女の子は運動神経は抜群だろうし中学高校は特定のスポーツに打ち込んでいたに違いない。そして笑顔が眩しい。知性的な容姿の女の子は読書や勉強が比較的得意で何事も卒なくこなすだろう。そして眼鏡が似合う人が多い。
すべて私の偏見だけれど、しかしある程度中身と外見は結びつくものがあるだろう。そこで本題に入ろう。
私の悩みは、そのギャップが人よりもありすぎている所なのです。
「菫ちゃんって大人しいイメージだよね」
「そうそう、大和撫子って言葉が超絶似合う」
「和風美人で、華麗なる一族の末裔って感じ」
友人や知り合いからよく言われる台詞だった。鏡に映る自分を見てもそう思う。一度も染めたことがない滑らかな黒髪、日焼けを知らない真っ白な肌、長いまつ毛に縁どられた涼し気な目元、どれだけ食べても太ることがない華奢な身体。箱入り娘臭を漂わせるレベルの上品な容姿だった。
ただ弁解させてほしいのは、私はこの容姿になりたくてなったわけじゃない。髪だって染めるのが面倒くさいだけだし、その他の容姿や体質についてはただ両親の遺伝子が良かっただけの話なのだ。
聞く人によってはただの自慢話に聞こえるかもしれない。だけど、聞いてほしい。私はこの容姿に苦しめられている。なぜなら、中身がそれに伴うことが出来ていないからだ。
「お前はおっさんか」
これは父親の発言である。数多の友人から受けた評価より、父のこの一言が私にしっくりくると思った。
そう、私は巷で有名なおっさん女子である。
外ではある程度容姿に見合った態度で過ごしているが、家に帰れば冷蔵庫に直行して缶ビールと柿ピーを手にバラエティー番組を見てゲラゲラ笑い転げながら腹を掻いてるような人間だ。部屋着だって襟の伸び切ったくそダサいTシャツに高校時代のジャージ姿だし、ヘアゴムが見当たらない時は輪ゴムで前髪をくくったりする。ラーメン屋か牛丼屋に一人で行くことに躊躇しないしなんなら一人焼肉の経験だってある。化粧品やファッションになんて毛ほども興味がねえ。そんな金あるなら高い鮭とば買う。
唯一私の本性知っている親友は「お前は女子としてすでに死んでいる」とケンシロウ風に現実を突きつけた。私もそう思った。
ギャップに困っているならわざわざ外で猫を被らなくてもいいじゃないかと思われるけれど、大学生時代の元カレにおっさんな部分がばれてボロクソ罵られて振られたのがトラウマになっているのでそれは出来ない話だ。勝手に見た目で判断したくせに中身を知って「幻滅した」と虫けらのように見てきたあいつが最低なだけだと親友は言うけれど、世の中そういう人間のほうが多いに決まってる。
だから私は容姿が好きだと言って告白してきた人間とは絶対付き合わないし、一目惚れという言葉を世界で一番信用していなかった。
なのに。
「貴女に、一目惚れしました」
色黒金髪超絶イケメン男子が恍惚とした表情でそう宣った。
遡ること数時間前。昼食に週一で行くラーメン屋に立ち寄り店長と気さくに話しながらもお気に入りの味噌チャーシューを完食した帰り道、しょっぱいものを食べれば甘いものが欲しくなる現象に陥り丁度近くにあった喫茶店に入った。
からんころん、と雰囲気に合ったベルの音に迎えられ店内に入る。私よりも少し年下くらいの女の子と丸いトレイを持った男性が「いらっしゃいませ!」と笑顔で歓迎してくれた。はちゃめちゃに容姿の整ったお人だなあと思いながらも私の視線が奪われたのは女の子のほうだった。はわああああこんなありふれた喫茶店に天使がいらっしゃる~~笑顔が可愛い~~私の好みど真ん中~~!え、ラインとか聞いたら不審がられるかな?だめかな?と内心荒ぶっていたため目の前の男が唖然とした様子で私を凝視していることに気付くのが遅れた。
いつまでも案内してくれない男の店員に「あ、あの?」と控えめに声を掛ければはっとして「す、すいません!ご案内します」とようやく席に誘導してくれたのだ。
どうしたんだろう、疲れてるのかなと簡単な推測をしながらコーヒーとおすすめのケーキを注文し、欲していた甘味を摂取して幸せで満ち足りた気分になりながらも可愛い子ちゃんとお話できないかなあなんて思っているときに、冒頭の台詞が降ってきた。
フォークを口にくわえながらも脳内大混乱を起こす。ヒトメボレ???私はこの人とお米のお話をしていたんだっけ???というかいつの間に横に立ってたの気配なかったよ忍びの末裔ですか。
この台詞を言われるのはぶっちゃけ初めてではないし慣れている部分はあるのだけど、こんな超美形に言われた経験はなくて戸惑う。いくらイケメンとはいえ容姿につられるなんてまだまだだな坊や…こんな「花を生けるのが趣味です」見たいな顔してるけど中身はただのおっさんですからね。好物は酒とつまみですからね。
いつものように困り顔を作って断ろうとしたけど気づけば言葉巧みにラインIDを交換され眩しいくらいの笑顔で「連絡しますね」と嬉しそうに言う彼を目の前に脳内はてなが飛び交う。あれ、いつのまに???一つ収穫と言えるのはその流れで可愛い子ちゃんのラインもげっちゅ出来たことだけだった。
家に帰っていつもの装備に身を包んでからラインを開けば新しいお友達の欄に二人の名前が載っていた。榎本梓さん…名前がすでに可愛い。推せる。また会いたいな~なんて思いながらも梓ちゃんの上に記された「安室透」の名前に自然と複雑な感情が湧き上がる。あむろとおる。名前まで素敵な名前をしよって。人を容姿で判断するなんて残念極まりないぞあむろとおる。どうせ君も私の中身を知れば幻滅する癖に。
連絡することもないだろうし消しちゃおうかな~と思った時だった。そうはさせんぞとばかりに安室さんからメッセージが届いた。
『デートしませんか? 来週の日曜午前11時に米花駅で待っています』
シンプルながらに強引なお誘いだった。待ってよ安室さん。これはお伺いを立てながらも決定事項を押し付けているだけにすぎませんよ。断る隙間が微塵も与えられていないことに頭を抱えた。その日のうちに連絡は返さず、次の日も仕事の合間にそれを思い出して懊悩する。そんな私の姿を見た同僚たちが「悩んでる姿が儚げで守ってあげたい」「わかる」と会話しているのが聞こえた。うるせえお前らもだまされてんじゃねえいいから仕事しろ、といつもより口汚く罵っておいた。もちろん心の中で。
私はこのお誘いをポジティブに受け取ることにした。ちょっと強引な人とはいえイケメンとデートできるんだ。どうせなら存分に目の保養にさせてもらおう。容姿で判断されることを嫌うくせに都合がいいって?うるさいそれとこれは別だよ。それにこの機会を利用して彼の幻想を打ち砕き幻滅さてやろうじゃないか。元カレのように冷たい眼差しを向けられるかもしれないけど諦めてくれるなら理不尽なそれも甘んじて受け入れよう、と覚悟を決めて了解の返事をして迎えた日曜日。
「こんにちは」
二度目にお会いした安室さんはやっぱり目が痛くなるほどにイケメンだった。眩しい。なるべく直視しないように「お待たせしてすいません」と謝れば慌てて「気にしないでください」と返してくれた。ただの良い人か。
「この前着てた服も素敵でしたが、今日のワンピースもすごくお似合いですね」
お砂糖たっぷりのふわふわ生クリームのような笑みを浮かべて褒めてくれる安室さんにはさすがに照れた。これが演技たとしたら末恐ろしい人だ。うっかりころころと心奪われるところだった。
気を持ち直して「それでは行きましょうか」と歩き出す安室さんの背を追った。どうやらおすすめのカフェがあるようで、そこに連れて行ってくれるようだ。
五分ほど歩いたそこはお洒落な外観のイタリアンカフェで、いかにも女子が好みそうな店だった。「わあ。素敵」と棒読みながらも安室さんのセンスを褒め称えた。店内も外観通りお洒落で落ち着いた雰囲気で、スピーカーから流れるジャズミュージックが大人の落ち着きを演出していた。正直私にはここよりも油の匂いが染みついた定食屋のほうが落ち着くと思った。
なんとなくむず痒い気持ちになりながらも、彩り豊かでインスタ映えするランチメニューをいただく。料理は普通においしかった。
安室さんは食事中も行儀が悪いと思わせない程度に会話を振ってくれる。話術に長けている人なのか、ほぼ初対面の人と食事しているとは思えないくらい気楽に過ごさせてくれた。店の雰囲気には最後まで馴染めている気がしなかったけれど。
腹を満たせば街へと繰り出し、こじんまりとした雑貨屋さんに案内される。これまたお洒落なものを所狭しと並べたお洒落なお店だ。「このマグカップ可愛いですね」と淡いミント色のコップを持ち上げて笑う安室さんに「アハハ、ソウデスネ」と笑顔を取り繕って返した。我が家には焼酎グラス一つあれば事足りるので、それをプレゼントしてくれようとする安室さんを何とか食い止めた。この人私よりもこの店に馴染んでいらっしゃるし、なんか知らないけど楽しそうだ。
その次に訪れた都内の水族館。日曜ということもあり来客は多い。「はぐれないように袖、握っていてください」と手を握られ袖を持たせられる。まあ、確かに迷子になって困らせてもなんだと思いお言葉に甘えて握らせてもらう。
「絶対に、離さないでくださいね」
念を押す様に言われて、なんとなくむっとする。私はすぐ迷子になりそうなほど子供に見えているのだろうか。失礼千万。これでも立派な社畜を務める26ちゃい児です。
一面が水槽で作られた館内をゆったりとした足取りで歩く。安室さんは魚の名称や生息地などの説明をしてくれて、水族館の飼育員さんと歩いているような気分だ。「綺麗ですね」なんて口では言ったけれど、本心では「あれは塩焼きにして日本酒と一緒に食したい」と思っていた。いやだって、あの脂ののった感じは煮つけにするよりも……いえ、なんでもありません。これ以上はお魚さんに純粋な瞳を向ける子供が泣いてしまいそうな感想しか出てこないから自主的にやめた。
イルカショーまで堪能した私たちが水族館を出た頃には真っ赤な夕陽が辺りを染めていた。ここまでのルートは完璧で隙がないスケジュールだった。一般的な女子ならば頬を染めて喜ぶだろうし、確実に安室さんに落ちていただろうと思う。まあこの人「落とせない女は今までいませんでした」と言いそうなくらいのイケメンだからデートプランにはそこまで気を回していなかったかもしれないけど。
残念ながら一般の女子とは感覚が130度ほど違う私には、少しむず痒くて息苦しく感じていた。私にも人並みに「可愛い」やら「綺麗」やらの感情は持ち合わせているけれど、それらに胸をときめかせる体験は人より少なかった。希少価値のある日本酒を目の前にしたほうがよっぽどトキメク。言ってしまえば、私のような中身おっさんな女性など素敵男子を代表する彼と釣り合いが取れるはずもないのだ。
水族館の入り口からぼうっと夕陽を眺める。安室さんとしてもどこへ連れて行っても反応がいまいちだった私とはもう一緒に居るつもりもないだろうし、運が良ければ一目惚れも勘違いだったと思ってくれたはずだ。だけどなかなか別れを切り出してくれないから私から「今日はもう帰りましょうか」と言おうとした時だった。
「夕食は貴女の好きなお店に行きましょう」
予想外なデートの延長に、驚いて彼の表情を仰ぎ見た。赤と橙が混じりあった様な色の光が彼を幻想的に照らしていた。純粋に、綺麗だと思った。
幾ばくかしてはっとした私は、やんわりと断ろうと台詞を考えていたのに「僕が奢りますから」と言われ気づいた時には「じゃあ焼肉で」と口にしていた。意志の弱い奴だと罵ってくれて構わない。ただより安いものなどこの世に存在しないのだ。
ああもう、こうなったら安室さんの財政を破綻させてやる!くらいの勢いでやってきた焼肉屋。完全個室性だというそのお店は私がいつも来るチェーン店とは違い高級感があって一瞬委縮したけど「遠慮せず好きなだけ食べてくださいね」と余裕の笑みで言われたので遠慮しないことにした。
「とりあえず生で」
息をするように言いなれた台詞を紡ぐ。安室さんも「じゃあ僕も同じもので」と注文をした。店員さんがご丁寧に頭を下げてから退室するのを見届けてから肉のメニューに視線を向けると「お酒好きなんですね」と言葉が投げかけられた。
「ええ、大好きです」
「ビールをよく飲むんですか?」
「まあ……あと泡盛かな」
「あわもり」
女子の口から馬鹿みたいにアルコール度数の高いお酒の名前が出てきたらドン引きだろう。キョトンとした表情で瞬きする安室さんが次にどんな反応するだろうかと観察していたら、あろうことか盛大に噴出した。
「ぷっ……はははっ!」
「そんなに笑うことあります?」
「すみ、ませんっ」
私がジト目で睨んでも安室さんは笑い袋のごとく笑い続けた。一目惚れした女が泡盛を好んで飲む女らしさのかけらもない酒豪だと知ったショックで気が触れてしまったんだと思うことにした。
腹を抱える安室さんをほっといてビールを持ってきてくれた店員に肉の注文をする。カルビ、サガリに始まり私の大好きな内臓系や牛タンを頼む。いつのまにか正気を取り戻した安室さんがこの店で一番高いシャトーブリアンを注文に上乗せした。
ちょっと待って。この人シャトーブリアンがどんなに高級なものがわかってて言ってる?ちゃんと値段見た?そこら辺のステーキ肉とはわけが違うのよ?信じられないものを見るような目を彼に向けると「笑ってしまったお詫びですよ」とパチンとウインクを一つ贈られた。
いやいやパチンじゃないから。トキメキよりもの安室さんの金銭感覚を危惧しちゃうから。確かこの人ポアロでバイトしながら私立探偵をしてるんじゃなかったっけ(梓ちゃんがラインで教えてくれた)。掛け持ちしながら生計を立ててるというのになんと無謀な。
それは今考えても仕方ないかと思い直し、お互いにジョッキを手にもってカチン、とぶつけ合う。豪快に黄色い炭酸飲料を喉へ流し込み「くう~!五臓六腑に染み渡るう!」と定番の台詞を言えば安室さんはまた笑い出した。やっぱり気が可笑しくなってしまったらしい。
次々にテーブルに並べられる肉は私がほとんど焼いた。安室さんがトングを奪いに来たけれどこれは私の使命だからと説き伏せた。よく一人焼肉をするものだから、いつのまにか拘りというものが出来てしまって、どうしても焼きすぎた肉や焼きが甘い肉は許せないのだ。安室さんのお皿にどんどん肉を積み重ねながらも合間に自身も食す。うますぎてほっぺた落ちるかと思った。メインディッシュとばかりにご登場したシャトーブリアンは一口噛んだだけで蕩けてなくなってしまった。まさにイリュージョン。この世のものとは思えないくらい美味でした。
お酒も飲めて美味しいお肉も食べて大満足の私は顔面を緩ませながらもお会計を済ませる安室さんを待った。財布から取り出したカードが漆黒の色をしていたように見えたけれど、いやいやあり得ないと思い幻だったということにした。
「本当に奢ってもらっちゃっていいんですか?」
「いいんですよ。今日は無理に付き合ってもらいましたから」
建前でそう聞けば、安室さんはこのくらいの出費痛くも痒くもないですよと言ったように笑って答えた。もしかしたら実家がぼんぼんなのかもしれない。なるほど、イケメンで御曹司か。殴りたい。
そんな謎だらけの安室さんとのデートもこれで本当に終わりだ。街灯だけが道を標してくれる夜道の中、自宅のマンションまで送ってくれた彼に向き合い微笑みを浮かべた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。とても楽しかったです」
あーはいはい。社交辞令乙。
「それじゃあ、おやすみなさい」と最後に柔らかな笑みを浮かべて去っていく安室さんを、なんとなく、本当になんとなく、姿が見えなくなるまで見送ってみた。
今日のデートで私が女子力皆無なおっさん女子であることは彼も気づいたはずだ。連絡が来ることはもうないだろうし、私もしばらくはポアロに行くことはないだろう。さらばあむろとおる。早く現実を見て素敵な女性を見つけなさい。安室さんに幸あれ。
ほんの少し、心臓の内側がじくりと痛む程度には、安室さんとのデートは楽しいと思っていたのかもしれない。
なんて、とても無意味な感想を胸中でごちて、マンションの中へ入った。
翌日「貴女のこともっと好きになってしまいました」という熱烈なメッセージが届いて大混乱することとなる。
[newpage]
大和撫子なおっさん女子
見た目大和撫子だけど中身は真逆なおっさん女子。酒とつまみが大好き。女の子を愛でる習性がある。梓さんのモンペ予備軍。安室さんの一目惚れには不信感しかない。金の出ところがわからない安室さんのことは御曹司か一国の王子だと思うことにした。デートは意外と楽しかったしもう会うことはないかと思うとちょっと寂しい。だけど次の日から猛アタックが始まりそんな感情どっかいった。いい加減目を覚ましてほしい。
イケメン御曹司(仮)安室さん
実は夢主に一目ぼれしたのはポアロで会った日ではないという裏設定。4徹目突入の際エナジードリンクを求めて深夜のコンビニへ向かっているときカツアゲをしている集団を見つけて正義感の塊である彼が助けに入ろうとしたときにコンビニから出てきた菫(おっさんモード)が缶ビールを一人の男に投げつけ「この泡盛が唸る前に消え失せろ」と瓶を掲げて不良を蹴散らした彼女の姿に「ヒエ…カッコイイ…スキ…」となった。一目ぼれなんて初めての体験で戸惑うけれど自分の立場を鑑みて風化させようとしたのに後日ポアロに菫(大和撫子モード)がやってきて驚きつつも「やっぱ好き…」となった乙女。二度と会えないと思ってた分これは運命だと猛アタックを始める。デートを経てその気持ちはさらに強くった。
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見た目大和撫子だけど中身はただのおっさん女子な夢主がイケメン喫茶店員に一目惚れされるお話。<br />続くか続かないかは未定。<br /><br />※夢主はおっさん女子です。<br />※オリ主の名前は菫(スミレ)ですが殆ど出てきません。
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大和撫子?いいえ、ただのおっさん女子です
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164818#1
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とうとうこの日がやって来た。
ぐぐ、と拳を握りしめて、目の前に聳え立つ魔王の城、…もとい、警視庁を見上げた。自分の背丈を超える大門を潜り抜け、そのまま棒のような足を動かし始める。
サラリーマンと同じスーツ姿の人々とすれ違うけれど、何が致命的に違うかと言えば顔色。あと雰囲気。本当魔王にこき使われてるんじゃないのって心配する程土器なひとばっかり。ああ、ハニワって意味じゃなくてね。
自動ドアを潜り抜けてきょろきょろと辺りを見渡す。言われた通り赤色の名札紐を首から下げて来たんだけど…?忙しなく進むひとたちの邪魔にならないように隅っこに移動し、空っぽの名札とスーツのヨレを確認していると、すみません、と声をかけられた。俯いていた私の視界に入ったのは男物の革靴だ。ゆっくりと顔を上げると、そこにはキリッとした目に眼鏡をかけた男性がいた。
「澤田椿さん、ですね」
「……はい」
「私は風見と申します。お待たせしてしまい申し訳ありません」
かざみ、と名乗ったその方は約束通り白色の名札紐をぶら下げていた。
「では、参りましょうか。……降谷さんが、お待ちです」
その名前を聞いて喉が生唾を飲み込んだ。はい、と神妙な面持ちで頷いた私は、今からダンジョンに向かう勇者のつもりで一歩を踏み出した。緊張と相まって汗を拭う私を、上階から彼が見下ろしているとも知らずに。
私の名前はさわだつばき。前世の記憶を持つ女だ。簡潔明瞭って素晴らしい。
現在は転職活動中という名のニートで独り暮らし。歳は去年大台に…ウッ。まあそれは良いとして。今ナウ何してるかというと、実は先週、何十年も連絡を取っていないクソ親…じゃない、馬鹿親から突然電話があり、「結婚をしろ」という命令を受けた。ハア?と怒鳴り散らした私であったが、相手の名前を聞いたらスン、と魂が抜けてしまった。
相手の名前はなんとびっくり「ふるやれい」。ふるやれい?ふるやれい。フルヤレイ?フルヤレイ!!!!!!!!!いやいや…あの、嘘だろ??ってドスの利いた声で尋ねてみたけど相手は本当の本当に降谷さんだったようで、ほらよ、とメールで添付写真が来たから見て飛び跳ねた。はい。降谷零さんでした。
何故うちの毒親が降谷さんを知っているのか。まずテンプレとして確認するのは親の職業ですよね。はい、うちの両親は普通の自営業です。自営業っていうか個人株主?個人事業主?っていうか今何してるんだっけ?ごめんね何十年も連絡とって無かったら知る訳ないよね、ハイ知りません。嘘ですけど。本当は知ってますけど表向きは知らないです。電話でそのまま確認するフリしたかったけど、話長くなるの面倒だしスンてなるから無理だった。スンていうの口癖だから許してほしい。スン。詳しい説明は会って話すと言われたけど会いたくなかったし無理仕事忙しい(=自宅警備するのに忙しい)って言ったらそのまま結局長電話に突入した。ころす。
うちのくたばれご両親が何故スーパーウルトラキャリアの公務員様を御存知かというと、どうやら降谷さんちのご両親と面識があるらしい。へえ、って素直に頷いておいた。だって私の記憶ではなんか降谷さんでハーフかクォーターかなんかでご両親いなくて孤児?だったような気がしたからだ。たぶん二次創作から来てますけど。スン。それは置いておいて、なんか私?昔?フルヤレイと?会ったことがあるらしく?そのときに?お約束の「将来結婚しようね」的な約束を…………するはずがなく。言われて記憶を思い返してみれば、何度目かの転校先のマンションの、隣の部屋に綺麗な男の子が住んでいたような、ような、ような。ような事を思い出した。確かに金髪褐色肌でした。たぶん。だってそんな昔に会ってても「あ、こいつあむぴや~」なんてならへんやん許して。
まあこれも置いておいて、じゃあ仲良しだったの?って聞かれたら全然仲良しじゃなかったとお答えするしかない。ほぼ毎日顔を合わせて同じ学校に通って同じ時間に帰宅してなんなら両親同士が仲良しだから同じ御飯食べたような気もするけど、うん、仲良しでは無かったね。両家とも共働きだったから、今日は降谷さんちで零くんと御飯食べてね~って言われることもあったけど、隣のピンポン押しても誰も出て来なかったから夜御飯食べなかったとかザラに合ったし、逆のパターンもあったけど彼は懇意にしているお医者さん?のところへ行って食べてたり幼馴染?の家に行ってたりしてたらしくて二人きりで食べることはなかった。嫌われてたかと聞かれたらうーん、その可能性の方が高いかも。だって小学校高学年だったし、いきなり隣に引っ越して来た奴等と両親が仲良くなったからってその怪しい娘と仲良しになる理由にはならないじゃん。昔から警戒心強そうな顔してたしさ。
はい、というわけでお互いに良い感情は無かったわけですが。何故突然こんなことに、というと、どうやら先日降谷さんのおばぁちゃんがお亡くなりになったらしく、偶然新聞を見たうちの両親が御通夜に参列したらしい。その時に色々お話をした結果、「うん、娘と息子結婚させよう(満場一致)」ってなったらしい。降谷さんちのご両親も中々だね???って思ったけど、言い出したのはおじいちゃんだったらしい。おじいちゃんは孫が大好きなひとで、うちの両親のことは嫌いだったけど、何度か話した私のことは気に入っていたみたい。そう、このおじいちゃんこそがなんとびっくり、霞が関のお偉いさんだったのである。どこの建物にいるかは知らない。知らない方が今後の人生に影響が少ないと思います。スン。
というわけでまとまった婚姻話はすぐに当人に伝えられた。私は置いておいて向こうはというと、何故か二つ返事で了承したらしい。嘘やろ…お前……なんでやねん…!そこは警察の上のひとの孫娘とか性格悪い娘さんとかとお見合いして「僕は滅多にこの家には帰ってこないから好きにしろ」なテンプレの為に断るべきだろ…!なんで突然もう記憶にないぐらいの知り合いと結婚するとか言い始めてんの?大丈夫???
正直、なんで私は降谷零の記憶ないんだろうってめちゃめちゃ考え込んだけど、結局何にも思い浮かばなかった。なんでだろうね、向こうのご両親の顔すら浮かばないんだよね。おじいちゃんとおばあちゃんの優しい笑顔は覚えてるんだけど…だって若かったし。なんでだろうな、私結構特殊な脳してるから、もしかして………
「……、さん、…澤田さん」
「ハッ」
ぐら、と揺れたエレベーターと、軽く叩かれた肩に驚いて我に返った。いや、回想長かったね…お疲れ様です…!大丈夫ですか、と声をかけてくれる風見さんに真顔で返答しながら目を逸らす。風見さん…頬の絆創膏が痛々しい……うう、まだ執行前だよね?こないだミステリートレインだったもんね…時系列あんまり覚えてないけど組織壊滅?はまだまだ先のこんな忙しい時期に、なんでこんなことに…きっとこのひと、私の素性の洗い出しとかしたんだろうな…目の下の隈が…熊が…
「お疲れ様です風見さん…」
「はい?」
拝みそうになった手はぐっと堪えて。ピンポーンと鳴って開いたエレベーターから揃って脱出した。…ひとの気配が無い。無機質に並んでいる扉の奥は、スモークガラスのせいでまったく見えない。何ここ。安置所みたいな静けさなんですけど。何、私殺される???これはテンプレじゃないよね????
そうして案内されたのは、その階で最も最深部に位置する孤立した部屋であった。ひとの気配?もう…わかりません…せめて廊下の電気つけて……どこの部屋も電気ついてないし怖いよお……。まあでもセキュリティ的な意味ではこれが正しいのかもしれないよね。熱感知センサーも防げそうな窓の分厚さしてるし。降谷さんが提示してきた「会う場所はこちらで指定する」という条件も、正直偉そうだなって思ったけど仕方ないことなのかもしれない。来るの車で2時間かかったけどな。でも私が提示した「両親との顔合わせはしない、会うなら二人きり」という条件も飲んでくれたし。…え、顔合わせしないのって?あのクソ親と??ふふ。
そうこうしている内に風見さんがンン、と喉を整えて、目の前の扉をノックした。そのままノブを掴んで、なんの躊躇もなくそれを押しやった。…やばい。心臓飛び出る。待って。この部屋に。この部屋に、この奥にあのふるやれいが…?あのあむぴが此処にいるの…?え……?????
震えてくる足は一歩も前に出る様子が無く、先に半身お邪魔している風見さんがそのまま私の名前を呼んだ。…うん、ハイ、行こう。行って、テンプレをこの身で体感するんだ…!汗でべたべたの掌をぐっと握り、自分の頬を思いっきり殴った。痛い。けど、…動ける!!よし、と呟いて、私は唖然としている風見さんの背中を追って、魔王の城に飛び込んだ。
瞬間、時が止まる。
「あ!来た!久しぶりね~椿ちゃん!綺麗になったわねえ!」
「久しぶりだね」
「おー来た来た」
「こっちよ、椿」
部屋に入って一番初めに目に入ったのは、二度と視界には入れる予定のなかった毒親であった。その隣に懐かしいような雰囲気を醸し出す知らない御夫婦と、その奥。その奥は……
「(確かに、降谷零だ……)」
疲れているはずなのにそんな様子も見せずににこやかに微笑んでいる彼は、間違いなく映画館の大画面で何度も見たあの彼である。ひい……顔が……大変お綺麗ですね……!!!ていうかそのお顔、もしかしなくても安室さんでは…!?ヒィ~~同時に2フェイス御馳走様です!!!!とは思いつつも。
「…澤田さん、どうぞそちらのソファーにおかけ下さい」
隣に立った風見さんが丁寧に指差してくれた場所はあのクソ親の隣。隣。隣。
「……澤田さん?」
「こら椿、その方が困ってらっしゃるでしょう?」
「さっさとこっちへ来い」
ぴしりと、目の前の景色に亀裂が入った。
……私の心のエマージェンシーセンサーが反応している。ぐるぐるとリロードする脳内を片手で支えて目を閉じる。
…そういえば、こんなこと昔も合ったよなあ…なんだっけ。ぶるぶると震えはじめる両腕をごしごしと擦って抱きしめつつ、真顔のまま唇を噛みしめる。…そうそう、確か、転校するって決まったとき、何故か御機嫌な降谷零に捕まって、「ここでお父さんとお母さんが待っててって言ってた」って遠い公園に連れていかれて、…そう、どしゃぶりを全身に受けながら放置されたっていうことあったよね。あった。軽く7時間はそこにいたけど来なかったから、諦めてびしょ濡れで帰ったら両親にクソほど怒られて。もう引っ越しする家濡らしてどうすんのって言われたんだった。勿論捜索願なんて出してなかった。そっか……、なんで記憶薄いんだろうって思ってたけど、そうか…やっぱり、嫌な記憶だったから封じていたのか…!
突然思い出した過去に目まいがして、皺が寄った眉間を指先でぐりぐりと撫でる。その間も耳障りな声は部屋中に響いている。何なら向こうの両親も煩い。知らねえよ誰だよお前ら。そんで何で一言もしゃべらないんだフルヤレイ。そうだよなあ、あの時もあなた家から出て来なかったから、私が嘘ついてあなたをいじめたとかなんとかってことで話がついたもんな…
ふふ。
「お世話になりました、風見さん。帰りますね」
くるりと踵を返し、風見さんに今日初めての笑顔を向けて歩き出す。中途半端にしか閉まっていなかった扉はどうやらロックされなかったらしい。ドン、と蹴とばすとそのまま勢いよく開いてくれた。有難う有難う。それではこれにて。背中にかかる声はきっとカメムシの鳴き声なんだろうなあ~なんて呑気に考えながら名札紐を首から外してぽいっと廊下に投げ捨てる。残念だがこういう記憶力はあるんですよ、と苦笑いでエレベーターへとたどり着き、下三角のマークを押す。
あーあ、折角「降谷零との政略結婚~俺はお前を好きにはならない~」を実況中継できると思ったのに…どうしてそうお前の脳内というか、お前の今回の人生はこう凄惨で陰湿で絶望的なんだ…。まあでも、あの降谷零に塩対応されるのは嫌いではない。いいんだ、向こうからの嫌いはこうやって受け止めるんだけど、
「(私自身が向こうを嫌いなのはなあ…)」
どうしてフルヤレイはこの見合い話を受けたんだろう。はてなマークをふわふわ浮かべながら開いた目の前に乗り込んで、パネルを操作するべく振り返る。
「っひ」
「何処へ行かれるんですか?」
そしてすぐ目の前にあったご尊顔に悲鳴を上げてしまった。いつの間に…!
「まだ書類も書いて頂いていないので、申し訳ないですがもう少しお付き合いくださいね」
そう言って彼の指先はひとつ下の階を押した。ぱたん、とも言わずに扉が閉まる。突然の状況に私の足といえば自然と後退していて、見開いた目は操作パネルの前で私に背を向けて立つ彼をじっと観察していた。怖い。……コワイ?キライ、ではなくて?
叫ぶ心には首を傾げる余裕もなく、時間もなかった。空気をよんだエレベーターはすぐに止まって、二人きりという密室を解除してくれた。彼は先に歩き出して、扉を片手で塞いで振り返る。私を見つめる目は、…よくわからない青色をしている。
「どうぞ」
結構です、と言える雰囲気でないことは察知した。大人しくそろりそろりと歩いて彼の隣を通り過ぎると、ぐい。強張った体の一部である腕を思い切り掴まれた。誰に?生憎と私の片手は鞄で封じられている。だとしたら?
「さあ、行きましょう。…逃がしませんよ」
呟くでもなく囁くでもなく。堂々とそう宣言したフルヤレイはそのまま歩き出し、重たい石像である私を引っ張りながら歩き出した。待って、待ってくれ。そう言いたいのに、私の唇は怯えたように震えて何も話せないようだ。…怯えている。どうして、何故?確かにあむぴって怒ると怖いもんね、わかる、わかるよ!でもね、…あれ、なんであむぴなんだ…?なんで降谷って名乗ってるのに…あむぴで対応するの…?
ノックもせずに入った部屋は薄暗く、ただ無機質なテーブルとパイプイスがふたつだけ存在していた。そこに無理矢理私を連れこんだ彼は奥のイスを引いて、固まる私をそこに座らせた。自分は目の前のイスをひき、手元にあったスイッチで部屋のあかりを点けて腰をおろす。明るくされて気付いたが、机上にはボールペンと印鑑、そして裏返しの書類が何枚か散らばっていた。
「さて」
そう切り出した彼は、長い脚を組んで机に頬杖をついた。咄嗟に顔を逸らしたが、上から下まで、そしてなんなら細かい部分までじっと観察されているのはわかっている。視線が突き刺さるとはこんな感じなんですね…!
「お久しぶりですね、椿さん。僕のこと、覚えていてくれましたか?」
「……」
コイツ絶対わかってて聞いてるだろ。はあ、と重たい息を吐き出して、再度眉間に指を突き刺して目を閉じた。…体の震えは止まった。やっぱり怖かったのはクソ親だけか…?
「条件を破ってしまったことは謝罪します」
「…は」
「貴女が本当にご両親と連絡を取っていなかったのかを判断する為に、必要だったんです」
…何の、ためにって?
顔を上げてようやく目を合わせると、フルヤレイはにこりと微笑みを深くした。ウッ眩しい…!
「椿さん。貴女はご両親のことを御嫌いなようですが…何か理由でも?」
「…わかってて聞くの止めて貰っていいですか」
「ふふ、貴女の方が年上ですし、敬語は要りませんよ」
何が楽しくて笑ってるんだこのイケメンは。
警戒心をあらわにするのはあまり宜しくないが、ガタン、と勢いよくイスを下げて距離をとった。フルヤレイは笑ったまま動かない。
「貴女はご両親の罪を御存知だ。そうですね」
「!」
「だからご両親には近寄らず、そしてその色に染まっているお兄さんや妹さんにも近寄らない。高校を卒業と同時に家を出て、家族が近寄りそうもない場所に家を借りて就職。そして今はその職場にご両親の気配を察知して退職したばかり。…違いますか」
細められていた瞳が、ゆっくりと開いていく。
「ねえ、椿さん。僕と取引しませんか」
「…取引……?」
「ええ、取引。契約ともいえますね」
頬杖をついていた腕が机から離れ、少しかさついた指先が真っ白の書類をぺらり、と捲った。目を引き付けられていた私は、その書類の見出しに思わず絶句する。
「僕と結婚してください」
…眼下の書類は、察する通り、「婚姻届」であった。
目の前のフルヤレイは、真顔のまま甘い言葉を難なく私に突き付けた。その言い方は尋ねているようにもとれるけれど、声色は強制の一択しか示していない。
「僕は貴女を妻として衣食住を提供します。失業手当だけでは大変でしょうし、何処にご両親の気配があるかわからない今、貴女はこの東都で身を隠す事が一番の最善策だ」
「……その代償に、私は何をすればいいんでしょうか」
「おやおや。昔の貴女はいつも可愛らしい笑顔で話しかけてくれていたのに。そんなコワイ顔をしないでくださいよ」
緩やかに上がる口角に、目が引き寄せられる。…ほんと、雰囲気作るの上手だな、このひと…
「代わりに、ご家族の罪が全て列記してあるデータを、僕に渡してください」
───、ひゅ、と喉が叫んだ。
「幼い頃から貴女は、御両親のしていたことをノートやチラシの裏に書いて証拠を集めていた。そしてそれは家を出て連絡を途絶えさせたあともずっと続けていた。勿論御兄弟の罪も全て含め、日付、人数、相手の名前、電話の履歴、録音、写真。貴女はご両親の側に居る協力者から毎日送られてくるそのデータを、全てひとりで管理していますよね」
どうして、その事を。協力者のことだって、誰ひとりにだって話したことは無いはずなのに…!
「ふふ、どうしてだって顔をしていますね。お目目がまんまるだ」
「………」
「それは追々お話します。今は、この取引を成立させる方が大事だ」
どうぞ、と書類の上にボールペンが転がされる。
「どうですか?この取引、悪くないでしょう?」
悪くないでしょう?って、笑うけどアンタね…。ガン、と両肘を机について頭を抱える。
まず待って。なんで本当にこの人こんなに知ってるの?本当の本当に、協力者の話は誰にもしていないし誰にもばれていない。毎日データが送られてくることも、あと昔からノートにとってあったことも。なんなら表舞台で活躍している愚兄や愚妹のことだって、誰も裏の顔を知らないはずだ。それを、一体どうしてこの男は知っている…?こうなれば、この結婚だって偶然の産物じゃないってことになる。両親が再会したことは間違いなく必然だ。きっとフルヤレイのおじいちゃんだって一枚かんでる話に違いない。おばあちゃんが死んでるかどうかも怪しい。御両親?ご両親はよくわからない。つまり、最初から私からデータを貰うために両親同士を再会させ、おじいちゃんに結婚の話を出させて、私に辿りついた。そういうことだ……。やっぱり日本の警察は有能なんだね…怖い、怖すぎるよ公安…いや、降谷零……!
……ん?でも待って?
日本を揺るがすほどの大事件のデータと私の衣食住って釣り合うものなの?
いや絶対釣り合うわけないじゃんね……なんで結婚を取引に使ったの…?あれか、面倒な上司からのお見合いどうのこうのを避けるために、ついでに利用してやろう的な…昔から扱いやすいやつだったから結婚して放置しておけばどうにかなる…成程、からの、家族を逮捕したらもう用無しだから捨てるなり焼くなりしてやる、というスケジュールですね????オーケー把握!
でもね、これって圧倒的に私に得無くない?いや、毒親が逮捕されるのは大変お得なハッピープランなんですけど、それでも嫌いというか、嫌いだったひとと結婚とかダブルパンチじゃない?そのあとの心労も含めたらトリプルパンチじゃないですか。え、狙った?狙ったの??
「……あの」
「はい、何でしょう」
「私とあなたが結婚することがどうして私のプラスになるんですか」
なんなら衣食住の提供じゃなくてお金だけくれればいいんですけど。そう俯いたまま呟くと、するり、私の左腕に褐色の掌が絡みついた。ひい、と声を上げてのけぞった私は、この後手を振り払って後ずさる算段だったのに、掴む力が強すぎてのけぞるしか出来なかった。笑ってるよ、このひと笑ってるよ…!
「ふふ、もしかして記憶無くしちゃったんですか?」
「はい…?」
「そうですよね、貴女は嫌な記憶を封印できる素敵な頭脳を御持ちの方だ。僕が貴女にしていたことは好まれるものではありませんでしたし、封をされるのも無理はない」
でもね、椿さん。
そう私の名を呼んだ降谷零の唇が、ゆっくりと私に言葉の矢を突き刺した。
「前世での僕の記憶すら、忘れてしまったんですか?」
…………なん、て?
「僕が降谷零で安室透でバーボンだと、所謂トリプルフェイスであるということも」
「ッな…!」
「警察学校での同期を悉く亡くし、大事な幼馴染を自分のせいで死なせてしまっても…それでも、日本を守るために自分を犠牲にして悪と戦うこの僕を、…まさか、忘れたわけではありませんよね?」
開いた口が塞がらない。意味がわからない。このひと、今なんて言った?笑顔で私の返答を待つ彼は自信満々の表情だ、何の偽りも無い発言であることが伺える。なんで、でもなんで自分の生きてきた人生を、こうも客観的に言うの…?まるで誰かに聞いたような……
って
「まさか……!」
「っはは、まさか本当に、俺に話したことすら忘れているのか」
やっぱりィィィィィイイイイ!!!!!!!!
「嘘やろ…!?」
「嘘じゃない。きみは初めて俺と会ったその日に、俺にそう打ち明けてきたんだ」
「そ、んな、」
「私には前世の記憶がある、貴方は漫画の登場人物で、100億近いお金を日本中のオンナに貢がせた最強で最高の公安なんだよ。きみはそう俺に伝えたんだ。本当に覚えてないのか」
…何やってんだ昔の私……!!!!
目を見開いたままゴン、と額を机に打ち付けた。痛い。夢じゃない。そうか、だからこのひと降谷って言いつつ安室で来たのか…!私が、私が昔のことを覚えているか確かめるために…!
「貴方は私の前世での推しで、降谷零も安室透もバーボンも、どんな貴方も大好き愛してる。…戸惑う俺に、きみはそう言ったんだ。そして、取引をしようと持ち掛けてきた」
「とりひき」
「そう、取引だ。…俺が将来亡くす友達を救える方法を教えるから、代わりに自分と結婚すること」
「ヒィィイイ」
待って……待って待って待って…ほんと何してやがんだお前ほんっと…!クソ野郎だな…!そこは無条件に救済ルートまっしぐらだろうが何してんだほんと本当にあむぴの女かお前は…!
土下座しようと立ち上がるつもりが、掴まれたままの腕をぐい、と引っ張られてしまう。重心を崩して前のめりになる私の目の前に、綺麗な海の青が広がった。
「あの取引を受けようと思ってね」
「い、いやでも、」
「俺と結婚したいんだろう…?」
「ひいい囁くの止めてください!!!」
掴んでいた掌が、するすると肌をなぞって掌に移る。そして何かを乗せて、震える指先を一本一本丁寧に折り曲げていく。ようやく重力のままイスに戻った私が見たものは、ぎゅむ。大きな固い両手で抱きしめられ、冷たいボールペンを握っている可哀想な自分の右手と、…キラメキスマイルな降谷零であった。合掌。
「書くよな?婚姻届」
ハイ、と返事をした私の記憶はガラガラと崩れていく。思い出さなければいけないことがたくさんありすぎて、もう頭痛い。でも死ぬよりはましか、ときちんと持ち方を変えた私の手の甲を、知らない指先がするりと撫でた。…すみません、ハニトラは本当に勘弁してください…!
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嫌な記憶を封印できる女の子が、降谷零とテンプレ政略結婚に挑む話。<br /><br />捏造設定やあやふや設定が苦手な方は閲覧に注意願います。<br />IQ3ぐらいで見てもらえると嬉しいです。<br /><br />唐突に始まって唐突に終わります。時系列はわざとです。オリ主に名前があります。
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政略結婚テンプレに挑むはずが……?
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164890#1
| true |
※続きものですが、これだけでも読めます※
※勢い芸※
[newpage]
「日本限定で貴女の好きなブランドの新作が出るそうよ」
なんてベルモットから教えてもらって、思わず飛び上がる。
ウッソそんなのどこにも書いてないぞ~~!?と慌ててそのブランドのホームページを隅から隅まで確認したけれど、やはりそんな情報はどこにもない。ええ、と思っていたらベルモットが女優のツテ的な何かで入手した情報と聞いて思わず歯軋りをする。で、出たよ芸能人特有の特殊ルート…!と思いながら腹いせにそのブランドにハッキングして調べたら本当で余計に悔しい。歯軋りしすぎたせいかジンにうるさいって怒られて、飴を口に突っ込まれたけど悔しさのあまり速攻で嚙み砕いたらますます怒られた。意味わからん無理。理不尽が過ぎる。
えっ?そんなことでハッキングするなって?いやだってやることないし暇だし……腕が落ちないようにしないといけないし~~~??とか言うもっともらしい理由を並べ立ててみるけれど、バリバリの違法である。しかし細かいことは気にしてはいけない。そんな繊細さをこの組織で持っていたらすぐに死んでしまうぜ……と正当化してみる。まあでも繊細とは縁のない言葉であるのは事実だよね。悲しい。
というわけで、新作をゲットするために久々にデパートなるものに行こう!と意気揚々と外に出て一時間弱。本来ならばもうすでにデパートについている時間だし、なんならもう買い物を終えているかもしれないくらいの時間が経ったわけですが。ではここで現場の私氏を呼んでみましょう。現場のホークさ~~~~~ん!
「ここどこ…………」
イエ~~~~~イ!迷子で~~~~~す!!と気分はダブルピースをキメているけれど、そんなことをしている場合ではないのである。
左手に握られている命綱、もといスマホの画面を見て絶望する。頼りになるはずのグーグルマップ先生の現在地を示すはずのアイコンは何故か何もないビルに埋まっていてこれは詰んだわと思わず天を仰ぐ。ア~~~~いけませんねえこれは!もうどうしようもないくらいの迷子ですよ!いい歳こいて!恥ずかしい!絶対これジンに馬鹿にされるじゃん!それで「お前は本当に俺が居ないとダメだな」なんて悪人面をもっと悪人面にして笑うんだろ~~~~~!?!?!!くそ~~~~!!!馬鹿にしやがって~~~~!!!その通りだよ~~~~!!!!だから助けてくれ~~~~!!!現在地すらも分かんないとかやべぇよ~~~~~!!!詰んだ~~~~!!
「休憩しよ…」
諦めって大事だよね……と誰に言うわけでもなく小さく呟いてため息を吐き出す。
ジンや変装したベルモットと何度かデパートに連れて行ってもらって買い物に行ったことがあるから、今回も大丈夫だと思っていたのだけれど、よくよく考えてみればそれって誰かしらの車で行っていたなとふと思い出す。気付くの遅すぎじゃん……マジ無理……私ってもしかして、ひとりじゃどこにも行けないのでは……?とたどり着いてしまいそうになった事実から目を背ける。世の中には気付いてはいけないことというのは沢山あるのだ。ひとつは私ってもしかしてどこにも行けない説、そしてもう一つは私のいる組織控えめに言ってやばくね?ってやつである。控えめに言わなくてもやばいので終了である。
とりあえずどこか適当に休憩できるところを見付けよう、ときょろきょろと周辺を確認する。スタバは訳の分からない呪文を唱えなければいけないし、普通に無理なので無難にドトールさんあたりがあると嬉しい…と思うけれど、そんなものはどこにもなかった。辛い。あるのはちょっと昭和みを感じなくもない喫茶店のみである。いや、昭和みとか言っているけれど、私はバリバリの平成生まれなので昭和を知らないので適当だ。
ちなみにジンは普通に昭和の男である。あの亭主関白か?と言わんばかりの行動を見れば納得できる。偏見だって?うるさい事実だから仕方ないだろ!……いや、それはどうでもいい。
喫茶店ってちょっと敷居が高い感じがして苦手なんだよなあ…と思う。けれど長距離を歩くことに慣れておらず、すでに足がガクガクの小鹿ちゃんの私はなりふり構ってられねえ!ヒャア!喫茶店だぜえ!という非常に安直な考えで目の前の喫茶店に飛び込んで、そして秒で後悔した。
「いらっしゃいま………」
身体全体で涼しさを感じていると、私を出迎える店員さんのやたらと良い声が不自然に途切れたことを不審に思って顔を上げて、最早視界の暴力といっても過言ではない神様に愛されしハニーフェイスにぶったまげる。
「バッ………、?!!ち、ちわす!!!!!!!!!!!」
あか~~~~~~ん!!店内に響き渡ってしまうクソデカボイスに思わず口を押える。バッ、バカヤロ~~~~!!!お前なんだその後ろの感嘆符の数は~~~~~!?!?!声デカすぎなんだよ~~~~!!!と数十秒前の自分を張り倒してやりたい。
ウワ~~~~そういえばバーボンさんってば、はちゃめちゃに忙しいのに、喫茶店の店員のアルバイトをカモフラージュの為にしているとかなんとか聞いたことがある~~~~!と今更ながら思い出すけれど時すでに遅しというやつだ。奇跡的に店内に人が居なかったということだけが救いである。もし居たら意外と武闘派のバーボンさんのことだ、黙れと言う意味を込めて首をねじ切られていたかもしれない。危ない、命拾いした。黙るどころか死んでいるけれど、そこらへんは誤差だよ。誤差。
「………こちらへどうぞ」
「はわ……」
あかん、バーボンさんこれ怒ってはりますわ~~~~~。もうだめだ、いつもにこにこ愛されハニーフェイスもきっとご臨終されていることだろう。代わりにブチギレ般若フェイスになっているのかも、と思うと震えが止まらない。あまりの恐ろしさにバーボンさんのご尊顔を拝むことすらままならない。し、死ぬ……。
とぼとぼとバーボンさんの案内に従ってついて行く。死刑執行される時ってこんな感じの気分なのかな、と頭の悪すぎることを考えることしかできない。なんで私はここの喫茶店を選んでしまったんだ………とバーボンさんに案内され、拒否権などあるわけがないので席に座る。さり気なく一番店の奥にあるボックス席へと誘導されていることに気付いてしまい、ヒッ、と声を上げそうになってなんとか堪える。に、逃げられない……!いや、逃げるつもりはないんですけど。
「……ホーク、何故ここへ?」
「その……ま、迷子になってしまって……超絶疲れたので……休憩しようと思って入ったら…バーボンさんがおりました……」
「迷子……」
「久しぶりの人間界で……はしゃぎすぎて……現在地を見失いました……」
「人間界……現在地……」
私が発言するたびに何か言いたげにぼそぼそと呟いているバーボンさんは控えめに言って恐怖でしかない。怖すぎてやっぱり顔は見れなかった。
それもそのはず、何しろ現役警察官殿の事情聴取である。ここにカツ丼があれば完璧だった。あれ、カツ丼でいいんだっけ。牛丼だっけ?個人的にはつゆだくはあんまり好きじゃないので、つゆだくにはしないでいただけると助かりますと言ったら聞いて貰えるのだろうか……と隅に置かれたペーパーナフキンを眺めながら考える。え?余裕じゃんって?馬鹿野郎現実逃避だよ。
「一応聞いておきますが、ジンは?」
「えっと…フランスだかパリだかに行っているって聞いてます…」
「どっちもフランスですね」
鋭いバーボンさんからの指摘にハッとする。いかん、馬鹿を曝け出してしまった。あまりの恥ずかしさに死にそうになる。いやもう死んでしまいたい。恥ずかしい。頭が足りてないのはもうバレているだろうけれど、もうなんだか恥ずかしい。
しかしバーボンさんはけして私のことを馬鹿にするわけでもなく、慈愛に満ちた聖母のように穏やかに微笑んでいる。エッ……ヤバ……バーボンさんはマリア様だった……?確かに神様に愛されているっていう点ではマリア様だけど…いや、私は何を言っているんだろう。多分どうしようもないくらい馬鹿な子どもに呆れているのだろう。し、死にてえ………。
「あの、まさかとは思いますが一人ですか?」
「? はい」
「前々から頭が足りていないとは思っていましたが…」
あれ?なんかディスられているのでは???と思ったけれどこれはどこまでも事実なので何も言えない。流石バーボンさんである。わたしの本質をどこまでも見抜いている。いや、日ごろの言動があれであれだからなのかもしれないけれど、まあそれは些細なことである。やれやれ、と言わんばかりに首を振ってバーボンさんは海より深いため息を吐き出した。
「僕のシフトがあと二時間ほどで終わるので、終わったら貴女を送り届けます。…それまで大人しく待てますね?」
「ひゃい……」
物凄い威圧を感じた。しゅ、しゅごい……。待ってなかったらねじり切るぞみたいな確かな殺意も感じた……。こ、これで長年悪の組織に潜入しているのだという正義の味方だというのだから恐れ入る。バーボンさんが本当は公安のやべーやつだと知らなかったら完全に悪役である。いい大人なのに恥もなく、普通に泣きわめいていたかもしれない。
こくこくと必死に頷いてみせれば、バーボンさんはとろけてしまうような甘い笑みを唇に乗せて、そうっと私の出来の悪い頭を撫でた。
「いい子ですね」
「はわ……」
バーボンさんにいい子だと褒められると、なんだかいけないことをしているような気分になる現象にそろそろ名前を付けるべきだと思う。
[newpage]
「貴女はたしか、機械関係に強いんですよね?」
公安のやべーやつであるバーボンさんのやべー車に乗せられ、スポーツカー特有の何とも言えない硬さを感じていると不意にそんな質問を投げかけられて、思わずバーボンさんを見つめる。
うわぁ……運転している横顔もイイとか神様の愛情が深すぎてしんどい……。動揺が止まらない。こうやって数々の女の人たちをたぶらかしてきたのだろうか……。なるほど、これが選ばれし者の特権……顔に物を言わせている……。
「強いっていうか…それなり、ですかね」
「普段どんなことをしているんですか?」
「普段…」
暇つぶしがてら色んなところにハッキングしているとは死んでも言えない。あとその暇つぶしのせいで、NOCリストなるものも見てしまいましたとも言えない。言ったら多分、このまま事故を装って口封じに殺されるに違いない。突然トラックが助手席側に突っ込んで来ても不思議ではない。こ、怖すぎる…お巡りさんのやることじゃない……。私の想像の中のバーボンさんがはちゃめちゃに悪役で困る……。
どうするべきか少しだけ考えて、嘘をついても単純な私ではすぐバレてしまうだろう。これは下手に嘘をつくよりも都合のいい部分だけ話した方が得策だと判断して、流れる風景に視線を向ける。目を見たら色々と探られるに決まっている。だって私は頭が良くないし、嘘もつくのも得意ではない。ここはストレート勝負だ。ストレートに言って、ホームランを打たれたらそれはそれでしょうがないというやつである。……いやホームランはまずいな。
「えーっと……ほぼ毎日ネトゲをしています」
「………ネトゲ、」
「ゴリゴリに課金して、ランキング一位になってぶいぶい言わせてます」
「大人気ない……」
マジか、みたいな顔をして私をちらりと見たバーボンさんからさっと視線を外す。私だって本意ではないのだと言ったところできっと信じて貰えないだろう。だけど本当にこれは違うのだ。何が違うのだと聞かれると、まあそれはそれでちょっと困るので説得力がない。くっ……それもこれも私の語彙力がないばかりに…!!不甲斐無し。
「で、でも大体ランキング上位の人たちって生活が危うくなるレベルで課金しているだろうし…そんなもんですよ」
「…貴女も生活が危うくなるレベルで課金をしているのですか?」
「いや…私はジンがいるので、そこら辺は」
「廃課金だらけだな……」
ぼそりと小さく何かを呟いたバーボンさんに、え?と聞き返せば、何でもありませんと首を振られる。
そもそも私は自分のお金というのをほとんど持っていないに等しいので、課金のお金もジンの魔法の黒いカードから出して貰っているとは言えない。きっとやっべえくらい真っ黒なお金なんだろうな、と思うけれど課金の力は偉大である。汚い大人ですまない……。時間というのはつくづく残酷である。残酷ついでに、華の十代、それも本来ならば青春しているはずの高校時代のほとんどを悪の親玉(ジン)に軟禁されて居たなんて普通に考えて残酷どころか犯罪である。改めて考えてしまうと私の人生終わっとる………。果たして更生出来るのだろうか……自分で言っていて不安になってきてしまった。
「ハッキングの腕はかなりの物と聞いたのですが」
「えっ…あ、ああ……ま、まあまあって感じですかね…」
「最近はどういったところを?」
ウッ、自分の口から自分の罪を告げろと…?流石現役のお巡りさんである。誘導尋問かは分からないが、誘導されているような気がする。どうするべきか考えて、だけどやっぱり嘘をつくのは得策ではないと判断する。
とりあえず直近でやったこと、と思い浮かべて、ン゛ンッ…と唸る。素直に言って、果たして許されるのか……。即逮捕されたらどうしよう……。正義感の塊みたいな警察官であるのだからあり得ない話ではない。こ、怖……!でも嘘ついてバレたらもっと怖い…!想像するだけで恐怖とか、もはやバーボンさんは警察官ではなくヤのつく自由業の人なのではないかと思ってしまう。どちらにせよ怖いわ。
「……新作のコスメ情報が見たくてハッキングしました」
「ええ……」
正直にそう告げればバーボンさんらしからぬ気の抜けたような声がこぼれる。吃驚して思わず二度見すれば、バーボンさんはすぐにハッとしたような表情を浮かべて、他には?と促される。あ、あかん……オメーこれだけしかやってないわけじゃねーだろ?っていう確かな威圧を感じる…。流石現役のエリートお巡りさん……。わ、私は好きで悪の組織に居るわけではないし、ダークサイドに堕ちたわけでもないんで……アッハイすみません……。
「ジ、ジンに言われて防犯カメラのデータを消したりとかは、しましたけど」
「…それだけですか?」
「まあ……ぶっちゃけ私じゃなくてもいいんじゃないかなって思うんですけど…ジンがどうしてもって聞かなくて」
「ホォー…?」
片手で器用にハンドルをさばきつつ、空いている方の手を顎に当てて考えるような素振りを見せたバーボンさんは正直、はちゃめちゃにイケメンだった。すっげえ……イケメンだからこんな些細な仕草であってもこんなに絵になるのか……。ジンがやったらただの恐怖映像にしかならないというのに、なんとまあ恐ろしいイケメンである。ジンにもそのマイルドさを少し分けて欲しいところではあるけれど、マイルドさを分けて貰っても元が元なので相殺どころか抹殺されかねない。酷い話である。
かなり失礼なことを考えていると、ホーク、と静かな声に呼ばれてハッとする。そろっと窺うようにバーボンさんを見上げれば、バーボンさんは運転をしているというのに私の方をじっと見つめていて心臓がひやっとした。いや普通に前見て運転して!?!?!!バーボンさんのドラテクはやべえっていうのはベルモットから聞いているので、いつイニD並みの走りをされるかこっちはひやひやしているんだからせめて前くらいしっかり見て?!!!!と思っていると丁度赤信号になって、車が緩やかに減速して停車する。こ、これで一安心……。事故を装って殺されるのかと思った……。
「ジンは本当に、貴女のことが大切なんですね」
随分と楽し気に、でもほんの少しだけ憐みの混ざったような深い青の瞳を細めたバーボンさんに息をのむ。
私は、その瞳に込められた感情の意味を知らない。でも時折、バーボンさんが私のことを複雑そうな表情で眺めて居るのは知っている。頭のいいバーボンさんが考えることなんて、頭の悪い私にはさっぱり分からない。
バーボンさんの言葉に、なんて返すべきか迷っていると空気を読まない私のスマホがヴヴ、と振動して吃驚してぴゃっと身体が跳ねる。それと同時に流れる、全く空気の読まない着信音に何とも言えない気分になりつつ慌ててスマホを取り出して、表示された名前に思わず顔が歪む。
「うわっ、ジンだ」
バーボンさんの計らいで、喫茶店にいる間スマホの充電をさせてもらったおかげで100%近くまで回復した私の命綱だったスマホが必殺仕事人のテーマを奏でている。バーボンさんが何か言いたげに私のことを見ているような気がするのだけれど、気にしない。出てもいいことなどひとつもないけれど、出なくてもいいことがないので仕方なく画面に指を滑らせる。
「もしもし…」
『おい、今どこにいやがる』
「ええと……分かんない……」
『チッ…鳥頭が』
いつもの罵倒を頂戴してしまった。いや、確かに鳥頭なのはいつものことなのだけれど、現在地が分からないことと私の頭があれなことは関係ないのでは?今どこかと言われたらとりあえず米花町のどっか、としか言えない。押し黙ってしまった私にそもそも期待していなかったのか、ジンはまあいい、と言ってふんと電話越しに鼻を鳴らした。
『今は誰と居る。キャンティか?それともベルモットか?』
「ベッ…、バッ……」
『? おい、ホーク』
ヤベッ、絶対バーボンさんと一緒なんて言ったらブチギレられるに決まっている。それで私じゃなくて、バーボンさんにその火の粉が降りかかるに決まっている。
不思議そうな声で私の名前を呼んだジンにどうしたものかともごつかせていれば、不審に思ったのか再びおい、と低い声が電話越しに聞こえてぴゃっと肩が跳ねる。こ、こりゃ駄目だ……素直に言うしかあるまいよ……。
「……怒らない?」
『…怒られるような相手と居るのか』
「う、うーん……。その、バ、バーボンさんなんだけど……」
『ああ?バーボンだと?』
蚊の鳴くような声でもごもご誤魔化すよう告げれば、地獄の耳を持つジンにしっかりとばっちり届いてしまったようで天を仰ぐ。
う、うえ~~~~~んブチギレだよお~~~~~~!だから言いたくなかったんだよお~~~~!地獄の亡者なのかと思うほど低い声を出したジンに思わず泣きそうになる。いや、地獄の亡者と出会ったことないから分からんけど……。適当の極みである。
『何故バーボンなんかと……いや、そんなことはどうでもいい。今すぐバーボンから離れろ』
「えっ…無理……。帰れなくなる……」
『チィッ!!!!!!!!!』
私の生命線はもはやぽんこつスマホくんではなく、バーボンさんなのである。いや、ぽんこつなのは私というもっともすぎる意見は黙殺する。兎にも角にも今バーボンさんに投げ出されたら、私は確実に遭難する。
大都会の中心で遭難……普通にタクシー使って帰れよって感じだけれど、悪の組織の拠点にタクシーを横付けする女……キャンティ辺りに見られたらこの馬鹿!と張り倒されそうである。いや、キャンティに張り倒される前にジンに張り倒されそうだ。現に爆音の舌打ちを頂戴してしまった。爆音すぎて果たして舌打ちだったのか怪しさすら感じる。ちょっとした花火か?みたいなことを思ってしまう程度には爆音だった。
『もういい、バーボンと代われ』
「ええ~~バーボンさんは運転しているから無理だよ~おまわりさんに捕まっちゃう」
『ああ?今更警察ごときにビビってんじゃねえよ』
さ、流石悪役中の悪役は言うことが違う。でもバーボンさんの本職はお巡りさんであるし、みんなのお手本であるべきお巡りさんにそんな違反をさせるわけにはいかないのだ。根っからの悪人であるジンと一緒にされては困る。なんて言ったってバーボンさんは公安のやべーやつ……さらに言えば警察の中でもはちゃめちゃにやべえ部署なのである。やばやばのやば……。うう、語彙力が追い付かない……。
「ホーク」
「ひゃい!」
突然間近で聞こえてきた声に吃驚して声が裏返る。そ、そんなわざわざ身を寄せていただかんでも、十分聞こえているし、何なら運転中なのでマジでやめてほしい。せめて路肩に車を停めてからそういうことをしていただきたい。いや、けしてして欲しいわけではないのだけれど。
「スピーカーにしてもらってもいいでしょうか。少しジンと話がしたい」
「え、あ、はい…」
正気かよ、と内心思いながらそっとスピーカーにして、少しでも声が届きやすいようにとバーボンさんの方へとスマホを傾ける。
「ジン、心配せずともあなたの大切な宝物は無事ですよ。むしろ僕に感謝してほしいくらいです」
『ふざけたことを言うな。無事じゃなかったらテメェの頭をぶち抜いてる』
「物騒ですね」
くすくす、と余裕そうに笑っているバーボンさんの精神が信じられなくて思わず二度見する。バ、バーボンさんの心臓はもしかして強化防弾ガラスか何かで出来ているのだろうか……。だってジンのセリフは完全に軽口とか冗談のトーンではなく、ガチガチのガチだった。いや、軽口や冗談で気軽に頭をぶち抜くなんて言うのは倫理とか道徳とかそういうのを含めて、どうかと思うけれど。私だったら普通に泣いている。い、いやバーボンさんに泣かれてもそれはそれで困ってしまうのだけれど。
「ただ…そうですね。些か危機感というものがないようなので、きちんと教育してあげるべきかと思いますよ。それが……何も知らぬ子どもを囲った、あなたの義務でしょう」
『テメェなんぞに言われなくてもホークは暫く外出禁止だ』
「えっ、ええ~~~~~!?!!ちょっと最近外出禁止多くない!?ついこないだ解除されたばっかりなのにぃ~~~~」
気軽に外出禁止にしすぎじゃない?いい歳して外出禁止にされてしまう私の気持ちも少しは考えてほしい。あまりの理不尽さに思わず口を挟めばジンにうるせえ、と切り捨てられる。うえ~~ん鬼~~~~!厳しいご家庭のお父さんでさえこんなにあれこれ口出ししてこないだろう。
ちなみにうちの父親は完全に放任主義というか、何と言うか。連絡をして、最終的に家に帰ってくればいいという大雑把な人だった。ジンに誘拐されたせいでかれこれ十年近く会っていないけれど、今でも元気なのだろうか。――まあでも、もうきっと、会うことはないのだろうけど。
「ああ、それと。せめてフランスとパリが同じ国ということくらいは教えてあげたほうがいいと思いますよ」
「バッ、バーボンさんんんんん!?!!」
バーボンさんの突然の裏切りにぎょっとする。いやいやいや!!!それジンに言う必要あった!?!!私が馬鹿なのはもうジンにはバレているから、どうでもいいのだけれど言う必要なくない!?!!露骨に馬鹿にしてくることはないのだけれど、「全くお前はしょうがないやつだな」みたいに微妙に喜んでいるのを知っているんだぞ。それ喜ぶところじゃなくない???というか流石に甘やかしが過ぎるのでは???と言いたいことは沢山あるけれど、ジンに口で勝てた試しがないので大人しく黙っておくに限る。ちなみにこの歳でドリルみたいなのをやらされたら嫌だから、とかそういう理由ではけしてない。そ、そんなわけないじゃないんですかヤダー。
「では、そういうことで。お早いお帰りをお待ちしておりますよ、ジン」
ふっ、とバーボンさんは吐息交じりに笑って私の方へと手を伸ばし、すらりと伸びた指先で通話終了をタップする。ウ、ウワァ……また心にもないことを平然な顔をして言っている……。バーボンさんってジンを煽るのが好きというか、喧嘩を売っていると言うか………。
ちなみにジンは煽り耐性が全くないのですぐブチギレる。瞬間湯沸かし器も負けず劣らずの勢いでブチギレるし、NOC絶対ぶっ殺すマンでバーボンさんがNOCではないかと日々文字通り血眼になって粗探しをしているのだ。バーボンさんにはジンに疑われていると言う自覚を少しでいいから持って頂きたい。大胆不敵が過ぎるし、私の心臓に悪すぎる。やっぱりバーボンさんの心臓は本当に強化防弾ガラスか何かで出来ているのかもしれない。流石公安のやべーやつ、伊達に長いこと悪の組織に潜入をしていない……。
「ジンは貴女のこととなると面白いくらい沸点が低いですね」
「ま、まあ普段から元々あまり沸点が高い方ではないので…」
「確かに」
くす、くす。楽しそうに小さく笑うバーボンさんにそっと息を吐き出して、流れる風景に視線を向ける。
この世の中でジンをおもちゃにして楽しそうにしているのは、何も知らない赤ちゃんとバーボンさんくらいだと思う……。ということはバーボンさんは実質赤ちゃん……???いや、これ以上はやめよう……公安のやべーやつであるバーボンさんにバブみを感じている場合じゃない。
「このまま、貴女をどこかに連れて行ってしまったら。ジンはきっと、僕のことを殺しに来るんでしょうね」
「……物騒ですね」
「事実じゃないですか」
吐息交じりに笑ってみせたバーボンさんに視線を向けるけれど、バーボンさんは運転をしているからまっすぐガラスの先の風景を見つめている。そのせいで私の方からはバーボンさんの横顔しか見えなくて、何を考えているのか全く分からない。
「どうです?僕と愛の逃避行なんて」
「……魅力的ですけど、すぐにジンが来ますよ。私のスマホに追跡アプリを仕込んでいますし」
「おや、知っていたんですか?」
「そこらへんは、私の得意分野なので」
「なるほど」
バーボンさんは静かに頷いて、そういえばそうでしたね、なんて若干失礼なことを小さく呟く。それになんだか複雑な気持ちになったけれど、バーボンさんから視線を外してぼんやりと握ったままだったスマホをなんとなく見つめる。黒く塗りつぶされた液晶は、私の冴えない顔を映し出していて、ほんの数秒前まで神に愛されしハニーフェイスを眺めていたせいかその落差が激しすぎてなんだか辛くなった。自分の顔でさえこれだ、些かパンチの効きすぎているジンだとどうなっていたことやら……。いや、考えるのはやめよう。そもそもバーボンさんのご尊顔が規格外なだけであって、私は普通である。ジン?ジンは色んな意味で規格外な男だよ。そうでなければ年頃の女性のスマホに、追跡アプリなんてものを仕込むだなんて気の狂ったことをするはずがない。
あとジンは多分だけれど、これの他にも何かをしている。どう考えても、あのジンがそれだけで終わるはずがない。
だってジンがあの日、私をここに連れてきたのだ。ハッカーとしてそれなりに使えると思って、私をここに置いている。私が機械関係に強いことを誰よりも知っているのは、他でもないジンなのだ。何がどこまでできるのか、大体のことは分かっている。
一応、スマホやパソコン、その他の機械関係はかなり念入りに洗って何が入っているのか把握している。把握しているからこそ、私は何もしない。そのアプリを消去することなんて簡単なことだし、居場所を誤魔化すことだって簡単にできる。だけど、私はそれを選択しなかった。最早それは過保護の域を超えているし、そもそも人としてどうかと思うけれど、まあいいかと気付かないふりをした。それが正しいのかは結局のところ、分からないけれど。
「貴女も、大概ジンに甘いですね」
そう言ってバーボンさんは仕方なさそうに笑って、エンジンを吹かす。私は、バーボンさんの言葉に何も返すことが出来なくて。ただただ逃げるように再び窓の外へと視線を向けて、そっと目を伏せた。
[newpage]
■ホーク
もちろん部屋に監禁の刑。新作のコスメが目当てで外出したのにも関わらず結局何一つ得られず、ただジンに怒られてバーボンに馬鹿なのがバレただけ。
後日哀れに思ったベルモットがプレゼントしてくれる。
■バーボンさん
「今日は平和だな…」とか思っていたら平和ボケした頭の弱い組織の人間が来店した哀れな店員さん。
しかもよくよく話を聞けば迷子………。ジン……貴女の宝物は相当………いえ、なんでもないです……。
こっそりベルモットにホークのことを教えてあげた。
□ジン
バーボン絶対殺すマン。あと可愛がっている女が思っていた以上にぽんこつだった。
せめてパリとフランスが違うことくらいは知っていて欲しかった。
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<span style="color:#7f7f7f;">続いた</span><br /><br />ジンニキ成分控えめっていうか、隠し味程度だけど隠せてない。シリーズ名とかタイトルとか細かいことを考えていると鬱になりそうなので適当に……。思いついたら変えます(適当)<br /><br />ツイッターでジャガーマン倒したら更新します!って言ったんですけど、普通にノッブが飛ばせなくて諦めました。<br />零壱の挑戦はまだまだ続く――!!!<br /><br />表紙は(<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/56126639">illust/56126639</a></strong>)からお借りしております。お世話になっております。
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可愛い子には旅をさせよ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10164910#1
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「ねえ、かっちゃん。」
僕は読んでいたヒーロー雑誌を閉じると、隣でリンゴの皮を剥いているかっちゃんに声を掛ける。
「ん?何だデク。」
「何でいるの?」
「あ゛ぁ!?」
かっちゃんの目がつり上がっている。
「いちゃ悪りぃんかよ!」
剥いていたリンゴを一口大に切り僕の口に押し込もうとする。
「い、いらないよ…。匂いがまだ受け付けられないし…。」
「んなこと言って飯もあまり食わねーだろ。ほら、食え。てめぇが食わねーとガキが栄養不足になるだろーが。」
無理矢理口に押し込むので仕方なく食べる。
「かっちゃん…気持ちは嬉しいけれど、事務所に行かなくていいの?」
「辞めた。」
「はあぁ!?」
僕は驚いて大声を出してしまった。
「言っただろ。独立するって。何か大きな事件が起きたら連絡するようにクソ髪に言ってある。まあ、今は連絡来てもぜってー行かねーけどな。」
…ナンバーワンヒーローになろうとしている人が何アホ抜かしているんだよ。
「かっちゃん、事務所辞めたとかそういう大事な事はもっと早く言ってよ。」
「ハッ、ガキ出来たことを言わねーで逃げた奴に言われたくねーわ。」
グッ…何も言い返せない…。
僕がここの病院に運ばれてきて三日。
ずっとかっちゃんは側にいてくれている。
脚は骨折していたけれど、リカバリーガールが来て治療してくれた。
リカバリーガールは僕のお腹を見て腰を抜かしたけれど、
「辛いだろうに、頑張ってるね。偉いよ。」
お腹を擦ってくれた。
すると、リカバリーガールが個性を使ったわけではないのに張り気味だったお腹が以前よりスッキリした気がする。
「緑谷、たくさんの人にお腹を擦ってもらいな。擦ってもらった数だけこの子は強くなれる。アタシが保証するよ。」
さすが人生の先輩。
その言葉がとても心強かった。
「デク、腹貸せ。」
いつの間にか編み物を始めていたかっちゃんは椅子に座ったまま、リクライニングで座っている僕のお腹に耳をつけるように頭を足の付け根に乗せている。
「重いか?」
「ううん、大丈夫。」
かっちゃんはその姿勢で器用に編み物を再開する。
どんだけ才能マンなんだよ。
睫毛長いなぁ…。
かっちゃんの琥珀の様な輝きを放っている髪の毛を優しく撫でる。
幸せだなぁ…。
「なあ、デク。」
「ん?」
「性別聞いてないんか?」
かっちゃんは編み物に集中している。
「うん。耳郎…じゃなくて上鳴さんが、二人で産まれてくるまで楽しみにしてるんだって言っていたから、僕も楽しみにしようと思って聞いてない。…かっちゃん知りたい?」
「いんや。デクが聞かないならいい。」
淡い若草色の細い毛糸で編んでいるのは、多分産まれてくる子の靴下だろう。
日頃事件の最前線で命を懸けている人が、こんな繊細で可愛らしい事をしているなんて、誰が想像できるだろうか。
みんなに言いたい。
ヴィラン顔のトップヒーローが編み物してます!て。
「アホ面の…」
「上鳴くんがどうかしたの?」
「結婚式の時、デク…ブーケ受け取っただろ?二次会の時もずっと抱きしめていて、何だか…可愛かった。デクに幸せを、俺の手で与えてやりてーって思った。」
「な、何か恥ずかしいなぁ…。」
かっちゃんは淡々と編み物を続けている。
「アホ面んとこにガキが出来たって聞いた時、スッゲー笑顔で言うから思いっきり爆破してやったけど、本当言うと羨ましかった。俺はどんなに好きな奴との間にガキ欲しくても出来ないのにって…。腹立った。」
「…うん。」
こんなに自分の気持ち口に出すなんて…きっと耳から胎動の音が聞こえて、自然と穏やかになるんだろうな。
「相澤先生と蛙吹の結婚式の時、三次会まで呑んでみんな酔っぱらってて、誰が一番早く父親になるかって騒いだの覚えてるか?」
「あぁ…騒いでたね。みんな俺が一番になりたい、その前に相手どうするんだって。峰田くんなんて、うお~って騒ぎながら八百万さんの方に近付いていって胸触ろうとしていたから、轟くんにカチカチに凍らせられていたね。」
懐かしいなぁ…。
「…俺が一番になりたかった。もしかしたら、デクを抱いたら奇跡が起きて孕むんじゃないかって…。」
…マジか。
「デクは酔った勢いで抱いたと思ってるかもしれねーけど、俺は本気だった。喘いでいる時の声メチャクチャ色っぽくて、潤んだ瞳にメチャクチャ欲情して、スベスベの肌を汚したくて、何度デクの中で果てても気持ちよくてまた勃って…。」
自分が思った事を後悔した。
穏やかになんてなってない。
それにしてもかっちゃん、こんなに饒舌で自分の事話す人だったかな?
「かっちゃん…呑んでる?」
「んなわけねーだろ。ガキ産まれたらゆっくり話す時間なくなるだろうし…今デクが側にいるの…嬉しいから…。」
かっちゃん…口がヘの字になっているけれど、顔真っ赤だよ。
何だかかっちゃんが可愛く思えて頭を撫でていると、
“バタバタバタ…”
激しい足音が聞こえる。
「誰だ。ウルセー奴だ。」
かっちゃんが立ち上がり扉に近付こうとすると、
“ガラッ”
「デクくん!大丈夫!?て言うかゴメン!…あれ?何で爆豪くんおるの?」
あっ、忘れてた。
「…こんの、クソ丸顔がぁ~!!」
不貞腐れた顔しているかっちゃんは、ベッドの端に座り編み物を再開している。
「デクくんごめんね。すぐにでも駆けつけようと思ったんやけど、何だかんだ出動たて込んでしもうて…。あっ、これお見舞い。」
たい焼きを僕に差し出して椅子に座る。
…ヤバい、今はこの匂いキツイ。
「??デクくん、この店のたい焼き好きやろ?」
胃がムカムカして涙目になる。
「…あ、ありがとう。今はお腹いっぱいだから後で食べるね。」
僕がテーブルにたい焼きを置こうとすると、かっちゃんが素早く奪い取ってガツガツ食べ始めた。
「…甘いな、クソッ。」
「ちょっと爆豪くん、なんで食べるん?デクくんに買ってきたんよ。」
「ウルセー丸顔。デクに話あるんじゃねーんかよ。」
不貞腐れた顔のまま、かっちゃんはたい焼きを食べ続ける。
「あっ、そうだった…。デクくん、体大丈夫なん?」
「久しぶりに個性使ったら脚骨折しちゃった…。でもリカバリーガールが来て治療してくれた。」
「ならよかった。ウチが駆け付けた時はデクくん救急車で運ばれる所で、爆豪くんが取り乱してる姿が強烈で笑えたわ。」
「…丸顔、てめぇ…。」
かっちゃんが下手な事言うなよ、という勢いで麗日さんを睨み付けている。
「爆豪くん、デクー!デクーっ!て今まで見たことない泣き顔で叫んでたんよ。切嶋くんとか轟くんが必死に抑えて、それでも救急車に近付こうとするから瀬呂くんのテープでぐるぐる巻きにされてたし。なっ、爆豪くん。」
「…殺す。」
かっちゃん…その言葉、真っ赤な顔で睨み付けながら言っても効力ないよ。
めちゃくちゃ可愛い…。
「デクくん…勘違いさせてごめんね…。」
「かっちゃんに聞いて誤解解けたから大丈夫だよ。」
麗日さんは下を向いてしまった。
「…麗日さんは僕の為の事を思ってかっちゃんに言ってくれたんだよね。メールも受信拒否にしてごめんね…。梅雨ちゃんにも話し合いしなさいって言われたよ。だから、僕から連絡取ろうって思ってたんだけれど…怪我しちゃったから…。」
「いいんよ。ここに爆豪くんがいるって事は、ちゃんと気持ち伝えられたんやろ?」
…イチイチ確認するなや、と呟いてかっちゃんは口の中が甘くなったのだろう、お茶を一気飲みした。
「爆豪くんもちゃんとデクくんに告白したん?成功して良かったなぁ。」
麗日さんは顔を上げて僕とかっちゃんを見る。
「相変わらずウルセー女だな。何を言わせたい。何が言いたい。」
「…。」
何か考える様に、麗日さんは天井を仰ぐ。
「…二人は両思いになったんだよね?」
「…うん。」
「だったらどうする。」
麗日さんは何かを決意したかのように僕を見つめる。
「なっ、何?う、麗日さん。僕の顔に何かついてる?」
「ウチ決めた。二人が両思いになったなら、もう後悔しない。」
「ま、丸顔…まさか言うのか…。」
???
かっちゃんが眉間にシワを寄せて動揺している。
「デクくん、ウチ、高校の時からデクくんの事好きでした!」
麗日さんが照れている。
…はい?
僕は何の事だかすぐには理解できなくて、思考が停止しそうになる。
「デクくん…高校入ってすぐの頃って、まだ個性をうまく制御出来なくて怪我ばかりして心配だったんよ。だけど、努力して強くなっていって、いつも演習の時とか勉強とか助けてくれて、困ってる人がいたら頭よりも先に体が動いていて、何だか頼りがいがあって…かっこよかった。頑張っているデクくんが大好きだったよ。」
ぼ、僕…女の人に告白されたの初めてだ。
あっ、でもこれ告白って言うのかな?
過去形だもんな…。
「でも、デクくんはいつも爆豪くんを見てたし、爆豪くんもデクくんを見てたし。幼馴染みってこんなもんなんかなって思ったけど、違う、ウチはどこにも入る余地がないって思ったんよ。」
かっちゃんは僕の首にかかっている指輪を見つめたまま動かない。
ちゃんと話させてやろうって思ってるんだろうな。
「デクくんが爆豪くんの事好きだって聞いた時すぐに諦めようと思ったんよ。だけど卒業したらI.アイランドに行くって聞いて、爆豪くんの近況を伝えるのを口実にして友達のフリしてデクくんと連絡が取れる、デクくんの悩み聞いていればそれでいい…そう思うようになったんよ。それなのに…」
麗日さんがかっちゃんを睨み付ける。
「爆豪くんはウチの気持ち知っておきながら、ウチがデクくんと仲良くしてるとすぐに邪魔をする。デクに近付くな、デクに話しかけるな、ヤキモチ妬くなら告白すればええやん。諦められないやん。二人して拗らせるだけ拗らせて…。」
ハ、ハハハ。
苦笑いしか出てこない。
「爆豪くんデクくんの事幸せにしてあげるんよ。デクくんも幸せにしてもらうんよ。そうしないとウチの思いが報われないわ。」
「麗日さん…ありがとう。そしてごめんなさい。」
「ええよ。そのうち自分の気持ちより拗らせてる二人のお節介焼いてる方が楽しくなってきたから。これからも友達だよ。退院して元気になったらご飯でも食べに行こう、ねっ。」
「その事なんだけど…。」
「ハン、残念だな。」
かっちゃんはそういうと、麗日さんの手を取り僕のお腹に持ってくる。
「!!!!!!」
「なっ、何!?どういう事なん!?」
「わかるだろ?そういう事だよ。」
かっちゃんがヴィラン顔で微笑んでいる…怖い…。
「デクくん妊娠しとるの?」
「うん、今六ヶ月なんだ。黙っててごめんね。」
「何や、爆豪くん編み物なんかしとったから、てっきり悟りの境地に入ったんかと…。」
「悟りの境地なんか入るわけねーだろ、アホが。」
「誰がアホなんよ。元々爆豪くんがちゃんとデクくんの事大事にしてればデクくんが傷つく事なんかなかったんやろ。」
「あん、てめぇにいちいち言われんでも大事にするわ。てめぇだって諦めたんならさっさと身を引けや。友達面してウダウダ後引きずってんじゃねーよ。」
「はぁ!?誰が…」
“ポコ、ポコ、ポコッ”
「…に、賑やかだね…。」
「…かっちゃん、胎教に悪い。」
「ウルセー、丸顔が悪いんだ。」
散々騒いだ後、麗日さんはお腹を撫でるだけ撫でて帰って言った。
「かっちゃん知ってたの?」
「知っとったわ。あんなわかりやすい態度ねーだろ。まあ、俺はデクに悪い虫つかないようにしてたからな。」
どや顔で言うか、普通。
「…デクは丸顔の事気になってたんか?」
「えっ?」
真っ赤な瞳が僕の瞳を捉えている。
「…どうなんだよ。」
「僕は…好きだよ。」
「なっ!?」
めちゃくちゃ驚いてる。
意外だったのかな?
「僕が落ち込んだ時とか悩んでいる時、いつも励ましてくれたから。飯田くんとか轟くんとかと同じ意味で、友達としての好きだよ。」
かっちゃんはへなへなと項垂れていく。
…トップヒーローらしくない。
「…出久。」
「何?かっちゃん。」
「明日退院だろ。籍入れに行くぞ。」
「うん、よろしくお願いします。」
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番外編でも終わらない…。<br />番外編でも更に続きます(^_^;)<br />今回はR-15くらいかなぁ…かと(^_^;)<br /><br />かっちゃんキャラ完全崩壊してるし、才能マンでも編み物出来るのか謎です( ; ゚Д゚)<br /><br />番外編はまったりほのぼのオチなしです(^_^;)<br /><br />誤字脱字乱文失礼いたします…(ToT)
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君との証が欲しくて❰番外編❱
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10165016#1
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私の頭には、フラグが立っている。
小さい私が頑張って引っこ抜いたりパキャっと折ったり頑張ってるが、端から植えに来る三人の小さな白黒灰な降谷さん…基、ミニ降谷さん、ミニ安室さん、ミニバーボンさんのせいで全く捗っていない。そもそも三対一というのがズルいと思うのだ。
しかもミニバーボンさんは然り気無く足を出して小さな私を転ばして「危なかったですね」と言わんばかりの笑顔で抱き止めるというよく分からない邪魔をするし、ミニ安室さんは「一休みした方がいいですよ~」と言わんばかりに休憩を進めてるし、ミニ降谷さんは頑張ってる小さい私に何故か「折り方はこうだ!」と言わんばかりに見本を見せてくれている。なるほどわからん。邪魔したいのか、それとも応援したいのか。
まあ、ミニ降谷さんはミニな私を手助けしてくれてるようなので大変良い子だと思う。ミニ安室さんも、休ませてくれてるので悪い子ではない。ミニバーボンさんは…多分、ハニトラ?してるのではないかと思う。危ない目に遭ったとき助けてくれるって常套手段だよね、うん。
「ぼんやりしてますね」
「…はい、ちょっと寝不足で……」
現在地、ポアロ。徹夜してるとまでは言わないが寝不足だ。睡眠時間が足りない。昨日寝たのって何時?いや、あれはもはや今日か。私よりも寝ていないはずの彼が平然と動いているのが信じられない。この人ロボか何かなの??
「寝不足は身体によくありませんよ。はい、サービスです」
「………………ありがとう、ございます」
なんだこのブーメランな会話。私が身体によくないことしてるのは最近からだけど貴方はずっとだろう。
なんともモヤモヤしつつ貰った濃いコーヒーを飲む。これ、いつまで効いててくれるかな?
「はー、目が覚める」
私の頭の上の私がミニ降谷さんから教えて貰った飛び蹴りを繰り出して二本まとめて折ったがそのままの勢いでずっこけた。それをミニ降谷さんは助け起こしながら頭を撫でている。師匠と弟子かな??
「よし、気合いも入りましたし仕事行ってきます!ありがとうございました、安室さん!」
「いえいえ、お気を付けてくださいね」
朝食はポアロで。
持ってきたUSBは今日も安室さんやってる降谷さんへ。
私は今日も、彼の協力者だ。
◇
「キミには仕事もあるだろう。だから、仕事終わりに僕か、公安の誰かに迎えに行かせるから案内された場所の人物を『見て』くれ。結果は間で何かあっても困るから僕と一緒にいない場合は後で直接受け取りたい。悪いがポアロか僕が指定する場所に来て欲しい」
あの日、報酬やら身の安全の事も保証してくれた降谷さんはそう言った。
その時は過労死フラグ大丈夫なのでは??なんて思ったものだ。間違いだったが。
なにしろ、仕事終わりが20時として、そこから都内ならまだいい。時には他県に移動したりするのだ。残念ながら、映像でフラグは見えない。私がそこに直接行かなければならない。
移動手段は電車に新幹線、車と時間によって様々だが見知らぬ人と移動ともなると当然休まらない。幸い降谷さんが気を使ってくれたのか既に面識のある風見さんや降谷さん、それからもう一人、『彼』が一緒に来てくれることも多かったが公安に現在女性がいないのか、忙しいのか、女性に当たったことはない。
そして、次の日も、仕事です。
頑張って小さな私ー!!過労死フラグなんかぶち折っちゃってー!!!!
「お待たせしました!」
「いや、そんなに待ってないさ。今日もよろしくな」
にかっと笑ってくれたのは爽やかなイケメンさんだ。降谷さんも大概若いがこの人も年齢にそぐわない若さを保っていると思う。
記憶に残る彼には確か髭があったがその名残はない。そして何より伊達眼鏡が大変似合っている。私が似合いそうだと言ったそれを迷わず買った彼はスパダリの才能があると思う。まあ、彼がそれを買った本当の理由は験担ぎだと思うが。
「あ、フラグの子」
彼と『まとも』に初めて出会ったのは降谷さんに紹介されて、だった。そして彼の第一声がこれ。
彼の頭の上にはぷすっと刺さった『思わぬ再会』フラグとそれに背中を預けてのんびりベースを弾いてる小さな彼。私に気が付くと嬉しそうに手を振ってくれている。とても可愛い。そしてよくよく見ると私の頭にもミニ降谷さん達の刺すフラグのせいでわからなかったが『思わぬ再会』フラグがあった。………いや、これあえて隠されてたな。ミニ降谷さん達が驚いたか??って顔になってる。
っていうか、フラグの子ってなんだ??
「覚えてないか?少し前に救急車に一緒に乗ったり帰り際に『勘違い自殺フラグ折れてよかったね』って言ってもらったんだけど」
「『勘違い自殺』フラグ……ああ!あの珍しいフラグの人!」
言われて思い出したのは、ある夜の日の出来事だ。
私は曲がり角で彼にぶつかった。幸い吹っ飛ばされかけた私は思ったよりもガタイがよかったお兄さんの腕が伸びてきて支えられたから不様に吹っ飛んで転がることはなかった。
「大丈夫か?」
なんていいながらもそのお兄さんは焦っていた。そして、その頭には他にもいくつも死亡フラグが突き刺さっていた。けれど、ミニなお兄さんはそれらすべてを放置で目もくれず、たった一つのフラグを折ろうと必死だった。
『勘違い自殺』フラグ
沢山のフラグがあるんだから他のから折ってもいいはずなのに、ミニな彼はそれだけに意識を集中しているようだった。そして、それは他のフラグと同じ形をしているくせに、全く折れる気配がない。
折れないと言うことは、それは現実になるということだ。
「あ…」
泣いて、いる。
小さな彼は悲しそうに、悔しそうに泣いている。
それでも手も足も止めない。全身使ってでもどうにか折ろうと、頑張っている。
まるで、死ぬのはいいから、この死に方だけは嫌だと、言ってるみたいに。
「おーい、大丈夫かー?」
お兄さんは焦っているだろうに、親切だった。
ボケーっとして見えるだろうに私を放置してどこかに行こうとはしなかった。
「………は、はい…大丈夫………いえめっちゃヤバいです死ぬかも」
「えぇっ?!」
今!私が大丈夫って言った瞬間フラグの棒部分明らかに太くなった!!オーケーオーケー!これは私が引き留めないとアカンやつですね!!
と、慌てて言い直せば棒部分は元通りより、少しだけ、細くなる。
するとさすがに驚いたのか一心不乱に折ろうと頑張っていたミニなお兄さんがくるりと振り返って私を見た。
当然、目と目がしっかり、合う。
「ーーーーー!」
その瞬間ミニなお兄さんはフラグを指して、お兄さんを指して、ダンダン!と足を踏み下ろす。これは、引き留めろと、いうことだろうか?いや、引き留めるつもりだけども。
「し、死ぬかもってどこも怪我してないよな…?」
「貴方とぶつかる少し前に車と接触しました。平気だと思ったんですがどうやら平気ではなかったみたいです…」
心配そうに覗き込んでくるお兄さんには大変申し訳ないが人命がかかっている。嘘も方便というし、許してもらおう。
力を抜いてお兄さんに体重を預けると慌てて支える腕の力が強くなった。
「大丈夫か?!」
「ぐらぐらします…」
「すぐ救急車呼ぶから意識は保っておくんだぞ!………っと、携帯借りるぞ!!」
とりあえず真実味を持たすために気持ち悪くなるようなものでも考えよう。
ちらりと見上げた彼の頭の上では、また少しだけ細くなったフラグを折ろうと小さな彼が頑張ってるのに、やっぱりまだ折れていない。………しぶとい。
そしてしばらくすると救急車が到着してふらつく私を救急隊員に任せようとするお兄さんの頭のフラグがまたも太くなるものだから私は必死にその腕を掴んだ。
「怖い……やだ、お兄さん…ついてきて…!」
「この子のお兄さんですか?じゃあ貴方も来てください」
「え、オレはその子の兄じゃ…」
「お兄さん…!」
「………わかったよ。ついていくから、泣くな」
泣き落としにかかるとお兄さんは少しだけ躊躇ったが、私の頭をポン、と撫でると困ったように笑ったのだった。いい人で本当に助かった。
その後は救急車で運ばれようが移動しようが彼の服の端っこを全力で握った。不安に思ってると思われたのか途中で手を握られたので遠慮なく握った。
そして色んな検査をした結果は、少し貧血があるが体に問題なし。おそらく車に接触したという事実が心に負担を与えていたのでは、ということになった。
いや、ぶつかってないしね。治療費でお金が飛んでくのが確定したのがとても悲しいし、手間をかけさせてしまって医者の方々には申し訳ないが人命救助だったのだと諦めてもらおう。
「問題なしだって。よかったな」
すべての検査が終わったあと、お兄さんはぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「なんか、すみません。大騒ぎしたのになんにもなくて…」
「いや、なにもないのが一番だ」
「本当にすみません」
心で土下座した。なにもないの知ってたんです私…
警察に届けるか?と問われて何もなかったのでいいですとキッパリ告げて病院の前で別れる。
ちなみに検査中に『勘違い自殺フラグ』はミニお兄さんによって粉砕されていた。綺麗な右ストレートだったことをここに記す。そしてそれが折れた後はあとでどこからともなく取り出したライフルみたいので周りの死亡フラグ達をめっちゃ撃ってた。ギラッとした目がちょっと怖かったがその後は満面の爽やかな笑顔を向けてくれたので可愛い…とほっこりした。
「じゃあな」
「はい。本当にありがとうございました」
去っていくお兄さんと違いミニお兄さんは嬉しそうに手を振ってくれている。
「勘違い自殺フラグ折れてよかったね」
なので彼が後ろを向いていることをいいことに手を振り返しながらぽつりと呟いていた。
それが聞こえていたとも、知らずに。
◇
「ゼロから聞いてたが本当にフラグが見えてたんだな」
「えっと………はい。すみませんでした!!」
とりあえずガバッと頭を下げた。なにせ私は人命優先とはいえ彼を騙したのだ。謝るべきである。なのにお兄さんときたら「いやいや、むしろオレがお礼を言うべきなんだよ」なんていうのだから優しすぎる。
「オレあの頃潜入捜査しててな、それがバレて殺されかかってたんだ。幸い追って来た奴が味方側だったから助かったんだがその時ゼロもオレを助けるためにオレを追ってた。『勘違い自殺フラグ』は、多分、オレが敵とゼロを間違えたときに回収することになってたと思う。だから、お礼を言いたかったんだ。
ありがとう。キミのお陰でオレは今も生きている」
しかも、彼がとっても優しく笑うから、私の力で誰かを救えたという実感が、私の涙腺を刺激する。
独りよがりではなかったのだと、思える。
「ヒロは僕の幼馴染みでもある。だから僕からも、ありがとうと言わせてほしい。ヒロの言うとおりお前がいなかったら、そのフラグは僕のせいで、回収されてただろう。そう思うと、ぞっとする」
ギリッと軋む音は降谷さんの握り締められた拳から聞こえてくるものだった。顔も、普段のポーカーフェイスとは思えないほどに歪んでしまっている。
しかしそんな彼の頭を抱え込むように自らの胸に押し付けて「彼女のおかげで大丈夫だったろー?泣くなよゼロ~」なんてふざけるように笑う彼に降谷さんも「泣いてない!」と調子を取り戻したみたいで、二人はいいコンビなんだなあと、思った。
「ところでどうして降谷さんは…え、ええっと…「諸伏景光だ」諸伏さんを連れてきたんです?」
「キミの付き添い候補だ。こいつNOC…潜入捜査員だってバレて裏方に回ってもらうしかなくてな。キミともどうやら知り合いみたいだったからちょうどいいかと思って。僕や風見は結構忙しいからな」
「ああ、そうだったんですね!了解です。じゃあ諸伏さん、今日からよろしくお願いします!」
「ああ、キミの付き添い兼護衛任務、しっかり勤めさせてもらうよ」
びっ!っと私が手を差し出すと、諸伏さんはきゅっと手を握ってくれた。
互いに笑顔を向けあって、ついでにミニ諸伏さんにも笑いかける。ミニ諸伏さんは私にニッと笑いかけるとライフルみたいのでパーン!っと私の過労死フラグを折ってくれた。それをとても喜んだミニな私が彼に走り寄って「弟子にしてください!」と言わんばかりのキラキラした目で見つめる。
困ったな、と言わんばかりのミニ諸伏さんだったがミニな私はすぐにミニ降谷さんに回収されて何故かミニバーボンさんに銃の使い方を教えられ始める。ちらちらとミニ諸伏さんを見ようとしてたミニな私だったが、見える位置に、すっとミニ安室さんが立ってしまいそれも不可能となった。
ぱたぱた動くミニな私はどうやらライフルがお気に召したらしく、ミニバーボンさんのような銃ではなくライフルを使いたいのだと必死にアピールしてたが、それがとてもとても気にくわないのか三人のミニ降谷さん達はミニな私をどうにか説得しようとしている。
気を使ってくれたのかミニ諸伏さんが予備っぽいライフルを渡そうとしてくれていたが何故かミニ降谷さんがキッパリお断りのバツを手で表していた。
「また小さい僕達を見てるのか?」
「うひゃわっ?!」
うっかり見入ってしまってたらしく、いつの間に背後に回ったのか降谷さんにぽんっと肩を叩かれてめちゃくちゃ驚いた。
「び、びっくりした!驚かさないでくださいよ、降谷さん!!」
「お前…今の声……『うひゃわっ』って……」
ふはっと笑いながら降谷さんは私の腕を引っ張って、握ってたそれがするりと外れる。その感触でようやく諸伏さんと握手したまんまだったことを思い出して、慌ててすみません!と謝った。これは一歩間違うとセクハラ案件ですよ!私!!
「いいって、気にしなくて。それより小さいオレ達見てたんだろ?どんな感じだったんだ?」
諸伏さんは本当に気にしてないどころか、それより私が見てたものの方が気になるらしく、キラキラした好奇心の詰まった目で私を見つめた。
「えーっと、」
なので先程見たものをそのまま伝えると、諸伏さんは大変豪快に笑いだした。
「ゼロ、お前この子のこと本当に気に入ってるんだなー」
「笑いすぎだ。あと、僕じゃなくて小さい僕だ」
「ライフルくらい使ってもいいじゃないか」
「アイツを思い出すから駄目だ」
諸伏さんは降谷さん本体を説得しようとしてくれたようだが何故か本体もお断りしてきた。何故だ…
ミニ降谷さん達もうんうん頷いてるし、ミニ諸伏さんなんか呆れたように肩をすくめてた。ミニな私は諦めが悪いらしくどうにかミニ諸伏さんのところへ行こうとしてたが肩をミニ降谷さんに、手をミニ安室さんに、腰をミニバーボンさんにしっかり捕まれてて不可能のようであった。
まあ、ライフルは確かにカッコ良かったので気持ちはわかる、私自身だし。だが、あの三人を相手取るにはミニな私じゃ普通に無理。諦めよう、私。
私はガックリと項垂れるミニな自分にエールを送った。
◇
「今日のターゲットは東都だ。よかったな」
諸伏さんの運転する車にて本日の移動場所を聞いてホッと一息。最近は他県が多かったので助かった。
「よかったー、これで今日はゆっくり休めます…」
力の入っていた肩から力が抜けてシートに沈む。
諸伏さんは「いつもごめんな」と言いながらチョコレートを一つくれた。ありがたく頂きつつ「いえいえ、協力者ですから」と返せば「ありがとう」と返ってくる。いつものやり取りだ。彼はなぜかいつもお菓子をくれるのである。お供え物的なやつだろうか…?
「今日は変なフラグ刺さってないか?」
「んー……あ、」
「何かあったか?」
「『思わぬ再会』フラグありますね」
「『思わぬ再会』フラグ……死亡フラグはついてないか?NOCだったからか会いたくない奴が多くてな…」
困ったように諸伏さんが笑うので念入りに探してみるがミニ諸伏さんがきょとりと私を見返すだけで何もなさそうだ。
ちょいちょいとフラグを指差してみると、ふるふる首を振る。やっぱり問題ありのフラグではないようだ。
「問題なさそうですよ。昔のお友達か何かではないですか?」
「ふむ……これから行くのはバーだからそれでかもな」
諸伏さんは少し考えてたようだが死亡フラグがないことで安心したのか調子も戻ったようだ。
「今回はバー、ですか」
「ああ。テロを企んでる奴らがいてな。直接のやり取りはしないだろうけど、おそらくキミの目ならそれも見抜ける」
車がゆっくりと停止する。どうやら目的地に着いたようだ。
諸伏さんは笑顔で私に手を差し出す。
「今日もよろしくな、協力者さん」
「こちらこそ付き添い兼護衛任務よろしくお願いします」
協力者としてのお仕事はそれほど難しいことではない。
私は『見る』だけでいい。ただ、一瞬見ればわかるものとわからないものがあるから、私には付き添いがどうしても必要になる。
怪しまれたらそれとなく私を止めたり、私を隠したり、時には逃げたりしなくてはならない。
『二人とも「犯人」付き』『AにBが四角い箱みたいなのあげてます』『服装に花のシンボルマーク有り』『調査になかった女性二人と男性三人にシンボルマーク有り。特徴は…』
店内をそれとなく見回しつつスマホにメッセージを打つ。
ちなみに『犯人』についてだが、『犯人になろうとする』とミニが半分真っ黒の状態になり、『犯人になる』と、それが分離するようだ。真っ黒のミニは自らの犯行道具を持ってるので何をしたかは大まかにだがわかる。
「オレのこともかまってよ」
なーんて言いながら私を覗きこんでくるのは諸伏さんだ。こうしていちゃついてるかのようにしてるとバレにくいらしい。実際バレてない。風見さんだとこうはいかなそうだけど風見さんとはこういう場所での付き添い兼護衛役になったことがないので降谷さんもその辺はちゃんと考えてくれているらしい。ちなみに降谷さんはこういうところの場合バーボンさんバージョンで付き添い兼護衛役になることが多い。彼の場合、
「僕といるのに余所見ですか?」
なんて言いながら迫ってくるのでとても困る。しかも顎クイとか普通にしてきたり耳に息を吹き掛けてきたりと心臓に悪すぎる。心の底から諸伏さんの爽やかさ見習って欲しいです。色気が過ぎる。
「友達にメッセージ打ち終わったらねー」
と、諸伏さんには軽く返せるがバーボンさんには無理。
ひたすら「近い近い近い」と縮こまるしかできない。どうやら彼はその私の反応を利用して顔を近づけてメッセージを読んでるらしいがこのやり方本当にやめて欲しい。
「お前って、ほーんとスマホ依存症だなあ」
ひょいっとスマホを取り上げられる。「あっ!」と手を伸ばしてもするりと逃げられた。
「オレが代わりに返信しといてやろう」
「結構ですー。かーえーしーてー」
逃げる諸伏さんに手を伸ばして追いかける。
諸伏さんはささっと文章を読むと少しだけ眉間にシワを寄せた。おそらく予定外のシンボルマークつきのせいだろう。
「遅い遅い」
私から逃げてるように見せかけて周りを見渡して私の書いた特徴の男女を確認した諸伏さんは唐突に「酔いが回った~」なんて崩れ落ちて、私は「大丈夫?」なんて白々しくしゃがむ。
「情報ありがとう。把握した」
そんな私の耳元でぽそりと囁くと、私の手のひらにスマホを乗せて「そろそろ帰ろーぜ」と笑う。どうやら本日のお仕事は終わりらしい。多分予定外のシンボルマークのせいで彼らの仕事が増えるんだろうなと目元にクマを飼う降谷さんと風見さんを思い出す。
今度なにか差し入れしよう、そう思った。
◇
「スコッチ?」
思わぬ再会まで、あともう少し
end
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フラグが見える私に喫茶店の店員さん(小)がフラグ刺してくる(物理)の続編です。<br />『(物理)』は入りきらなかったので消えてます。<br /><br />景光さんはフルネームで本名が判明したので今後そちらを使っていきます。<br />景光さん救済してます。<br /><br />[追記]<br />沢山のブックマークや、いいね、タグ付け、スタンプ、コメント等本当にありがとうございます!<br />2018/9/25デイリー5位、女子人気1位、男子人気100位<br />2018/9/26デイリー1位、女子人気1位、男子人気62位<br />も頂きました。<br />読んでいただきありがとうございました!<br /><br />2話まで9/26のデイリー1位、しかも女子人気は連続1位を頂けて驚いています…!<br />皆さまありがとうございました!
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フラグが見える私に喫茶店の店員さん(小)がフラグ刺してくる(物理)2
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10165101#1
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まァクソ暇だった。それだけの理由でした。スミマセン。
謝っても後の祭りだってその時の俺に言ってやりてぇー。
***
ひらっひら。目蓋の上に微かに感じた重さ、枯葉一枚分。公園のベンチで首曲げて背もたれ寝こけているアイマスクの上に秋の花が落ちる。枯葉は花じゃァねぇでしょうと思いやすかィ?こんだけ色付きゃ芋侍にゃ花と変わらねぇんですよ。見分けなんてつきやしねぇ、なんて風流な独り言する程度暇持て余していた。つうかクッソ暇でした。連日の夜勤明けたら連日の穏やかな日和、もっと適当に事件起きて適当にやってくんね?サボリ寝してても無線で土方コノヤローからお咎めもねぇくらいのそりゃァ穏やかな暇持て余す昼日中でした。
そんな折、あのアマは来た。
「おっ、税金泥棒ハッケーン。トシやゴリに言いつけられたくなかったら食いもん寄越せや」
そこらのゴロツキより口の悪いアルアル女はオラオラと俺の座るベンチを蹴りつけてくる。たぬき寝入りしてんのもバレてんなコレ。あーめんどくせぇ。なおもアイマスクつけてタヌキ決め込んでた俺の、足に、チャイナの蹴りが一発、入りやがった。
プチッ、とどこか血管切れた音がした。単にやる事ねぇーから公園の片端で昼寝してただけ。それなのに何で食いもん奢れだの足蹴られたりだのしなきゃなんねぇの万事屋のチンケなガキなんかに。
だから、まァほら。原因はそもそも持て余してた暇のせいって事になるだろう。
俺はアイマスクをズラし、サボってる俺を見つけたくれぇでふんぞり返ってドヤ顔してるクソチャイナの顔を見上げた。寸胴、胸なしついでに色気なし。諸々ナシなそのガキ──神楽は、それでも性別確かに『女』だと確認した上で。
「俺、お前のこと愛しちゃってんだけど」
爆弾を投げてやった。無論、始めは何と言われたのか耳の方が拒否して小首を傾げている当然な反応したチャイナへ念押しも忘れずに。
「蹴られたりしたら傷つくじゃねぇか。心底愛してる女からそんな事されると」
チャイナは目をゆるゆるとかっぴろげ、そして。
「……はァァァァァァァァーーー!?」
驚天動地な絶叫を馬肥ゆる高き天に響かせたのであった。
[chapter:騙されるお前が悪い]
チャイナのこと愛してる、なんて嘘も嘘の大嘘。よくも揶揄う為とはいえあの時の俺言えたなァーなんて感慨深くすらあるワケで。どんだけ俺ァ暇だったんでィと笑えるワケで。それ以上の考えはミジンコも無かった。ミジンコ知ってやす?あれ微生物とか言う割に結構デカくね?だって肉眼で見えるじゃねーか。つかデカさより目がひとつしかねぇって誰か知ってる?俺知ってんだけど。現実逃避でくだらねぇ事ばっかり頭の中に羅列しちまうのはアレだあれ……なァ、現実の世界がおかしなことになってんですけど。
「……は、早く言えヨ、このとんとんチキ…っ!」
「総悟…!ここが正念場だぞ…っ!!」
「……とっととやれよ、男らしくねぇ…っ」
真選組屯所内ではなく、俺が今いる処はそこそこ名のしれた高級旅亭。用意された華やかな宴席に座ってんのは俺の側が近藤さんと死ね土方さんで席向かい側がまともな着物着た万事屋の旦那とド緊張してる眼鏡くんと何か変な化粧つけて七五三みてぇなカッコしてるチャイナ。両家互いに相座して、いざお日柄宜しく若いもん宜しくーなまるでお見合いしてるみてぇですねィ…ってコレまじお見合いィィィ!!未だに意味わかんねぇ俺の代わりに進行役っつか生まれた時から僕そんな役目でした的な存在感で眼鏡主体新八くんが語り始める。
「まぁまぁそんなに焦らせちゃダメだよ神楽ちゃん。いくら公園でまさかこの沖田さんが『愛してる』だなんて強烈な愛の告白してくれちゃって一気に乙女心爆発した神楽ちゃんが覚悟を決めて結婚前提でお付き合いしたいと銀さんに打ち明け、それなら筋通せや結納金んんんと近藤さんらにイチャモンつけた結果設けられたこのお見合い。沖田さんも顔だけイケメン中身は腹黒ドSだとしてもちゃんとした立場の人なんだから、段取りってものがあるんだよ」
すげぇ長い説明グッジョブ。
「だからって段取りも何もなく私に愛しちゃってんだよォォんと泣きついてきたのはコイツアル!!これだけお膳立てされてんだゾ、一生かけてかぶき町の女王神楽さまの腹をパンパンに満たしてやるからどうかこのドSチワワめに神楽さんを下さいぐらいビシッと言えねぇのかヨ!?」
それ億が一惚れてても普通に言わねぇな。
トントンと進んでいく俺=チャイナ愛してる=結婚ゴールイン!!みてぇな展開に目が点通り越して白目剥いてら。アーー姉上ェ、そちらの天気はどうですかィ。こっちは曇り空どころか秋なのに花が咲き誇っているようでさァ……どうやら主役らしい俺を除けもんにして。
「いやぁ、この総悟がかように情熱的な告白をしたとは!そういえばチャイナさんと接する時はいつも楽しそうにしていたもんなぁ。ははっ、まさかこいつが真っ先に嫁を娶るとは思いもしていませんでした」
「……なんか裏があるんじゃねぇかと俺はまだ疑い晴らしてませんけど。……まっ、確かにチャイナ娘の事になると意固地になる所はあったかもな」
続けざまに近藤さんとこんな時くれぇしか使えねぇヤマ勘を見事にスルーさせてくるやっぱり死ね土方さんとが先ず花咲かせ、
「まーね、俺はなんつうかこう見えても神楽のことはそれなり可愛がってきたわけで?ご飯もちゃーんと食わしてきたわけだし?そんな大事な大事な娘みてぇな神楽の相手が高給取りの公務員の沖田くんって言うならさぁーまぁそれなり良いかなって思うわけ。結納金次第だけどね、そこ大事だけどね」
「銀さん、こんな時くらい素直に二人のこと祝ってあげましょうよ!……沖田さん、神楽ちゃんのこと、宜しくお願いしますね!!」
万事屋の旦那と眼鏡くんが目を金($)の形にしつつ朗らかに花を咲かせる。
そして終いにゃとっておき、
「よーろしくお願いしますデスヨー。ふつかものですがー宜しくご飯たらふく食わせてヨ〜」
とチャイナが顔面に満開の花を咲かせて会を締めたのでごぜぇやした。ふつかものって何。二日で出戻りする宣言?何それウェルカムなんだけど、って思ったけど多分アレ馬鹿なだけだな。不束者って言ったんだよな。それ嫁入りする時の常套句じゃねぇか。詰んだ。俺は今さらなんもかんも『ごっめーんアレあんまりクソ暇だったもんだから揶揄っただけのウッソー』と言えなくなっていた。それ言ったらその場で俺の命が幾つあっても足りねぇパターンと思ったからだ。何故なら、この嘘みてぇな芝居じみた見合い席の上座には。
「……うむ。こういうのは本人の意思が何より大事だと俺は思っている。神楽を……可愛い俺のォォォ神楽ちゃんをォォォっ、嫁にやるなど本当は相手の男八つ裂きにしてもしたりんがァァァ…っ!収入もちゃんとしているし、何より神楽の腹を満たしてくれる男というのなら、この見合い──俺も父として歓迎したいと思う訳でェェっ!」
ボッタボッタと涙を惜しげも無く零す禿げ……もとい、チャイナの父親星海坊主がすわってたわけで。ガチ詰んだ。サラサラと俺の表情筋が砂となり散っていく。あとは記憶にねぇ。多分、ヘラヘラ笑ってたんじゃねぇかな。二十年生きてきて、こんなにてめぇのやらかした悪戯を後悔した事は無かった………チャイナ、ところでその化粧デスメタル系目指してんの?とりあえず、そこだけはしっかり心で突っ込んどいた。
***
えー、それからというもの。俺はチャイナとデートする事になりました。デート。でえと。削除は英語で?それデリート。消せるものなら消してぇこのふざけた現実世界で今日は歌舞伎役者メイクしたチャイナと遊園地来てますヒャホーイ。マトモな神経全部擦り切れててテンションおかしい、オレおかしい。真っ白なワンピースに同じく白のベレー帽被ってお団子頭もおろしてるチャイナは通常なら(アレいつもと違うドキッ)とかさせる格好だったろうに残念ながら二回め言うが歌舞伎役者メイクしてやがりましたのでお陀仏。俺はみ仏のような心地でいっそ凪いだ海の如く慈愛に充ちた顔でそんなチャイナと腕組んで歩いてた。道行く人が振り返り笑う。うん俺でも笑うわ。こんな怖ェ顔した女と真昼間から腕組んで歩くとか罰ゲーム、若しくはそういうプレイとしか思えねぇですよね。スミマセンこう見えても女選ぶのは至ってノーマル嗜好のつもりなんですけどねィって思ってたら「おい!」声がして、顔をゴキリと鳴るほど横向かせられた。何でィ!と文句を言いかけたら飛び込んできた看板と湖とボート……【恋人に大人気!!仲良くボートで水辺をラブスイム☆】とあり再び俺は白目を剥いた。恋人……チャイナが恋人。たった一度、暇つぶしに揶揄う為、愛してるなどと嘘ついただけで恋人はチャイナ、しかもラブスイム☆やれというのは如何に悪いことした罰とはいえあんまりでしょうよ。俺は覚悟を決めた、言おう。もう言っちまおう。チャイナに殴られても良い、チャイナの親父に殺さ…れるのは勘弁なんでその手前まで殺られても良い、近藤さんに殴られても良い、旦那がたには迷惑かけた詫びとして金払っても良いから打ち明けちまおうと思った。
──俺、お前のことなんっっっとも思ってねェ。
言うなら早い方が良い、おお、お誂え向きに俺たち今から恋人としてボートでラブスイム☆するじゃねぇか。二人きりになれるし水の上なら静かだろうし此処にしよう。ココで言おうと腹を決めて俺はチャイナの手を引いた。え、と小さく漏れた声。その声はチャイナにしてはらしくなく乙女チックな幼い声で、なに女みてぇな声出してんのと胸ら辺が擽ったくなりうぜェと思った。俺は、コイツのことなんざどうとも思ってねぇわけで。ハイハイ早く乗れよボート、とやや乱暴にチャイナをボートへ座らせた。
……ちゃぷん。櫂で水をかく。前後に動かすだけじゃァ舟は進まねぇ。波紋がゆるりと出来るよう円を描いて動かす櫂を、チャイナはジッと見つめていた。……なんか話せよテメー。静かな湖畔たァよく言ったもので水辺ってぇのは存外静かだ。水の跳ねる音しかしねぇここじゃそばに向かい合うチャイナの息遣いが妙にデカく感じられた。チャイナ。歌舞伎役者の顔のチャイナ。
そこでやっと俺は思い出す。あれよあれよという悪夢な展開のせいでスルーしていたが、コイツ…チャイナ、やけに口数少なくなかったか?本来はもっと喋るガキだったはず。本来は、こんな事態をもっともっと面白がってゲロイン宜しくゲロゲロヒキガエルみてぇに喚くヤツじゃなかったか?そこまで考えて、いやいやもうどうでも良いし、と思い直す。ンなことより言わなきゃならねぇ事があるだろ。嘘もウソ、クッソ暇だったのでてめぇ揶揄うため嘘八百ついてましたスミマッセーンって半殺しコース始めなきゃいけねぇだろと丹田に気合い込めて櫂を置き、チャイナ、と顔を上げた時だった──変に力を込めてたらしい。まァ半殺し確定打ち明け話始めるんでィそれなりこの俺でも緊張してたんだろう、ボートのヘリを掴んでいた手に力を込めすぎたらしく……船体が、傾いた。アリ?と思った時にはもう俺の体は湖に投げ出されていて……ブクブクブク。転覆したボートの下に嵌ってた。やべ、片足ボートの中にまだ突っ込んでら。抜こうと藻掻くがさっきまで手近にあった櫂が波に揺られ俺にゴツゴツ柄をぶっつけてくる。エェェ邪魔というか下手したら死ぬ俺ェェ!?こんなアッサリ真選組の一番隊隊長沖田総悟死んじゃって良いの?しかも今死んだらもれなくチャイナの恋人死すってオプション付き。ヤベぇ死ねねぇェェ!!死にものぐるいで犬掻きしてた俺の手を力強くハッシと掴んだ手があった。
──チャイナだ。
ベレー帽は水に落ちた際どっかに行っちまったらしくて、ユラユラと水になびく桃色の髪が、水より尚青いその瞳が、人魚みてぇだと思った。アホか俺、ってな発想だったがその時素直にそう見えたんだから仕方ねぇ。
そして、船着場まで俺を引っ張り泳ぎ切った女は俺を振り返って怒鳴った。
「バカっ!!……ほんと、ヘタレのチワワのバカサドッ!!」
「……あァ?」
つい助けてもらった恩義もコロッと忘れ不機嫌声で切り返すと、チャイナは俯けていたそのびしょ濡れの面(おもて)を上げた……。
───。
「……あのナ、私、最初から気付いてたアル。私のコト愛してるとかウソなんダロ。……先に騙したのはオマエの方だからナ。私も騙してやったアル。ウソって分かってたケドわざと話を大きくして、いつオマエが参りましたウソでしたーって言うか待ってたアル。……だからお見合いの時も言ったろ?『早く言え』って」
「…………」
ぴちょん。濡れたチャイナの細い顎から水滴が落ちる。黄色、赤色。秋の花のように鮮やかな色彩を乗せ落ちていく雫はチャイナの顔を覆っていたメイクを剥ぎ落としていく。
「なのに呆けてばかりで……全然言わねーからこんな事になるんダロ。あーぁ、オマエが打ち明けたら言ってやろうと思ってたのに。『騙されるオマエが悪い』ってナ!」
ぴちょん。ぴちょん。落ちて、落ちていけば残るのはもう素朴な白い素肌だけ。
チャイナの顔は、花を落としても尚、赤かった。
「………乙女の純情からかおうとした罰アル。バーカ」
ふわりと濡れたスカートを翻し、チャイナは一目散に俺を置いてその場から走り去ってしまった。……え、何コレついていけてねぇ。つまりはアレ……チャイナは俺の嘘なんざ見抜いた上で更に騙しにきてたワケで。え、どこからどこまで俺騙されてた?旦那がたは?ハゲの親父は?近藤さんらは?──そこまで考えた上で、頭の奥に焼き付いた女の顔がある。
さっきのチャイナの顔だ。
ドヤ顔で笑っていた、濡れそぼった顔で口を引き伸ばして笑っていた、女の顔を思い出し知らずその場の地面を強く、握り締めていた。
「……違ェ、アイツだけが騙されてなかったんだ」
俺の暇つぶしの嘘も、この巫山戯た茶番劇にも、騙されて無かったのはアイツだけだった。俺は考えた。そして、頭を抱えて──クソっ!!思い切り地面を蹴り、走り出した。
いつでも笑ってた、ドヤ顔決めてた。とんでもねぇメイクしてゲロゲロ笑ってたから気付かなかった。さっき、一瞬だけ見えた素顔……水に濡れた青色の瞳から盛り上がっていたその涙の意味まで騙されてやれるほど俺は、鈍くも芋でもねぇわけで。
独りで泣いてたのかよ、あのバカ女ッ!
俺は走った。死ぬほど走った。だってあの女マジ足速ェんだって。
追いついた時にゃゼーゼー喉切れて血でも垂れそうだったけど、俺は意地で飲み込んだ。正直、なんと言うのが正解なのか、皆目見当もつかねぇんでィ。だって芋侍だもの。って事で諸々多めに見てくれやってぶん投げスタイルで俺は、ようやっと追いつき掴んだクソアマの手首を握り締め、振り返ろうとしないその桃色頭に申し出た。
「……愛してるは嘘だった、間違いねぇそこはてめぇの推察通り暇つぶしのウソでしたスミマセン」
見合いの席でコイツはなんて言ったんだっけ。早く言えと特殊メイクでほざいてた、あの時はこんな結末想定もしていなかったけれど今となっちゃ瓢箪から駒ってこの事と合点しちまう心地でさァ。
「だから、訂正する」
まだ振り返らねぇ頑固な女に、表情をメイクで覆う以外はとびきり女らしい可愛い格好していつも俺の前にいたそんな女に、人生できっとこんなにテンパって言葉振り絞る事はねぇだろうなと思いながら、嘘なんてひと欠片もねぇ気持ちを告げる。
「手始めに、俺と今度こそちゃんとデートしてくれねぇかィ。騙すとか騙されるとかナシで。そんでその初デートの時には…」
ゆっくりと振り返る、クシャクシャの泣き顔と真っ赤な顔を俺は手のひらで包むように擦るんでィ。すげぇ滑らかなその頬は、触れるだけで息が何だかしづらくなるから。
「……出来たら、そのカワイイ素顔でお願いします」
思わず敬語で述べた俺に、チャイナはスペシャル可愛い泣き笑いの顔で、
「……分かったアル、宜しくデスヨー」
と照れた声を返してくれたのだった。
***
そして今、俺はあの高級旅亭にいた。チャイナいはく、皆んなはまだ騙されたまんまアル。一人ひとり説明するのもメンドーだからこの前みたいに一気に集めて告白するネ!!ってな訳で。今度は俺の側にチャイナだけ。あとは全員テーブル挟んで向かい側というポジショニングで会合は開かれた。招集かけた俺らの話し出すのを待ち受ける席向かいの気配。そして、隣にいるチャイナすら、ホラ!さっさと言うヨロシ的な目でこっちを見上げてきてる。
そんなチャイナの顔はもうスッピンだ。薄く桃色リップなんざつけてるのがマセてるっつーか少しでも可愛く見せようとしてんのいじらしく見えちまうーって感じだなとか考えてた。
おい。
いつ話し出すんだ!?
どんどん殺気立ってくるチャイナと皆々方の視線を集めながら、俺はついついニヤリと笑い出してしまう。ホント、この俺が──まさか、チャイナに騙されてただなんて。
正気に戻っちまえばそこだけは許せねぇワケで。
俺は、口を開いた。
「──お集まりの皆さんの前で誓いまさァ」
おう、と頷く観衆と隣でやっとか、と肩を下ろし安堵するチャイナとを視界に収め、ほくそ笑みながら隠しておいた紙切れ一枚、懐から取り出す。
覗き込んだ皆が一様におおぉと呻き声をあげる中、字の読めないチャイナだけが首をかしげてコレ何アルか?と指さし問うてくる。
……気付いてみればこんなにクソ可愛くてバカで生意気でそんじょそこらの男じゃ飼い慣らせる筈もねぇ女を一生かけて口説ける立場なんて最高に楽しくて……ドSで腹黒の男には勿体ねぇほどの良い女だという結論なワケで。
「……???オマエの名前ダロコレ。何が書いてあるネ?早く教えろヨ」
急かす女に俺はさぞかし良い笑顔をしていただろう。
「今までのウソ、全部ここに書いての謝罪文。そんでもう二度としませんって俺のサインがコレ。あとはココに嘘をつかない証人としてお前がサインしてくれたら丸く収まらァ」
「大げさアルナ!…まァオマエの為ならサインくらいしてやっても良いアル……そのかわり、初デート!美味しいものいーっぱい奢るヨロシ!!」
ツンと唇を尖らせてサラサラッと唯一マトモに書ける名前を『婚姻届』に記してくれたチャイナへ俺は囁く。……極上の、甘い旦那の声音ってヤツで。
「………騙される、お前が悪いんだぜ」
次に騙したことバレて怒られた時には、お詫びに『一生かけてかぶき町の女王神楽さまの腹をパンパンに満たしてやるからどうかこのドSチワワめに神楽さんを下さい』なんて言ってみようかなと思う。アレ?これどこかで聞いたな。ま、良いか。
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沖神読み切り。沖田一人称です。<br />ちょっとした嘘のつもりが…という小咄。眠れないので書きました<br />少しでも楽しんで貰えますように!<br />追記:10月7日頒布予定の小説アンソロジーに参加させて頂きました!タイトルは、『天体観測〜空の青さは7通り〜』きよさん<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/14718523">user/14718523</a></strong>の方でBOOTHによる予約を承っています。宜しくお願い致しますー!この度は素敵な企画へのお誘い、ありがとうございました!<br />追記:2<br />上記アンソロジー本、BOOTHによる予約分すべて予約頂いたみたいです💦ありがとうございます!!(つω`*)
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騙されるお前が悪い
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10165126#1
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「つわり終わった―――――!」
勝生勇利は両手を挙げて叫んだ。
長かったつわりが終わって、安定期に入った勇利は喜んでいた。
「これで何でも食べれる…!」
「わう!」
「マッカチン…!長かったよお!」
マッカチンと勇利はひっしと抱き合った。
勇利が具合悪そうにしているのをいつも見ていたマッカチンにとって、勇利の状態が良くなったことがとても嬉しかったようだ。
「ヴィクトルにもだいぶ心配させちゃったな。埋め合わせしないと…」
ヴィクトルはもうすぐ始まるシーズンに向けて猛練習中だ。
それに加えて取材の依頼が殺到しており、対応に忙しい日々を送っている。
「結局ロシアに戻っちゃうんだねー。タイに来てくれるって結構期待してたんだけど残念だな」
数週間前、モスクワの空港の到着ロビーで、勇利とピチット・チュラノンは飛行機が到着するのを待っていた。
「ごめん、ピチット君。いろいろ動いてくれたのに…」
「こうなるんじゃないかとは思ってたからいいよ。でもタイが歓迎してるのは本気で本当だからね。何かあったらすぐタイに来てね!勇利!」
「うん。ありがとうピチット君」
「勇利!」
日本から戻ってきたヴィクトルが、勇利に気付くと走ってやってきた。
「あっヴィクトル!」
勇利はそれに気づいて駆け出そうとしたが、走っちゃだめだよ、というピチット君の制止で諦めて両手を広げて待った。
「ああ勇利~!会いたかった!」
ヴィクトルはキャリーバッグを放り出して勇利をがばっと抱きしめた。
「お疲れさま、ヴィクトル。いろいろありがとう」
「大変だったけど頑張ったよ~ほめてほめて」
「う、うん…家に帰ってからね。ピチット君も見てるし」
勇利にぐりぐり頬ずりするのに夢中だったヴィクトルがやっとピチットに気付いた。
ピチットはきらきらと輝く瞳で動画を撮影していた。
「ヴィクトルのデレデレ顔ほんとにおもしろーい!あ~ネットに上げたいなー」
「ピ、ピチット君~」
「あはは!だめか~残念!」
ヴィクトルは勇利の肩を抱いてピチットの側まで来た。
「ピチット、今回は本当にありがとう。いずれ改めてお礼するよ」
「連絡が来た時は驚いたけど、いろいろ初めての経験ができたから僕はとっても楽しかったよ!それに、ヴィクトルに大きな貸しを作れたから、いつか返してもらうね!」
「…それはもちろん。何でも言ってくれ」
「うん!今の所は着ぐるみがいいかなあって思うんだけど、もう少し先の話だからじっくり考えとくね!」
「…ん?着ぐるみ…?」
「あっ僕そろそろ行かなきゃ!最後に3人で写真撮ろ?」
そうしてピチットは2人の間に入って素早く自撮り写真を撮って、じゃーね~!と慌ただしく搭乗ゲートへ走っていった。
「さてと。ヴィクトルは今日は夜には帰れるんだっけ。ごはん食べるかなあ」
勇利がスマホでメッセージを送ると、1分もたたない内に返信が届いた。
「早…!『食べる!今日のご飯なに?』か…うーん…」
「あっ返事来た!…大変だ!」
「なんだよヴィクトル、カツ丼からか」
ヴィクトルはチムピオーンスポーツクラブのスケートリンクでちょうど休憩に入っていた。大変だという言葉に反応したのはユーリ・プリセツキーだ。
「ユリオどうしよう。勇利が『豚のしょうが焼きとポークステーキとポークストロガノフ、どれがいい?』だって!どれも美味しそうで選べないよ!」
「うっ…くそっ美味そうじゃねえか」
勇利は正式に休養期間に入ってから、今の内にできることを、という目標の一環で料理修行をしていた。
元々ロシアに渡る前にゆーとぴあかつきの板長に頼み込んで基本的な調理のしかたは教えてもらっていたが、ロシア料理も少しずつ覚えつつある。
「あっ来た。えーと…『ポークストロガノフがいい!あとユリオも食べたいって』か…そっか…じゃあ3人分だなあ。オッケーっと…。さて、豚肉がちょっと足りないから買い物行かないと…」
そう言うと勇利の顔色が曇った。
マッカチンがクーン、と心配そうに勇利の足元にすり寄った。
「…なぐさめてくれてる?ありがとうマッカチン。いい加減慣れなきゃね…」
勇利は覚悟を決めてコートと財布を持って部屋を出たら、扉の両隣に黒スーツ姿の男性が立っていた。
「お出かけですか?」
「は、はい…夕飯の買い出しに…」
「承知しました。それではお車に」
「…よ、よろしくお願いします…」
[newpage]
ロシアに戻ってきて早々にヴィクトルはスケート連盟に連行され、若干やつれ顔で帰ってきた。
「何か役員だか役員代理だかいう女の人に延々と説教された~」
ヴィクトルはよろよろ歩いてソファーに倒れ込んだ。
「そ、そう…大丈夫?なにか処罰とか言われた?」
勇利はソファの膝置きに座ってヴィクトルの顔にかかった前髪を直した。
「うーん何か今シーズン金メダル取りまくらないと許さないとかいろいろ言われたけど何だったかな、もう忘れた。ああ、取材依頼を何十件も受けさせられた」
「えっ」
ヴィクトルは勇利の手を取って指輪に口づけた。
「今回の件で女性ファンが減って俺への依頼も減ると思ってたんだけどなあ。ロシア側は逆にイメージアップに利用したいらしいね」
「そ、そうなんだ…」
「ただでさえ男性妊娠て珍しいのに、それが勇利で相手が俺だからねえ。話題性はバツグンだってさ」
「うう…」
「ん?勇利どうしたの?具合悪い?」
ヴィクトルは起き上がって勇利の顔を自分に向けさせた。
「ち、違うけど…こないだの記者会見てさ、全世界に生配信されたんでしょ?」
「そうだよ?それがどうしたの?」
「は、恥ずかしくて…」
勇利は顔を赤らめて下を向いた。
「恥ずかしいって、何がだい?」
「だ、だって…全世界に僕たちのせ、性生活を発表しちゃったんだよ…?…あああ無理!恥ずかしか!」
「…性生活って…ああ、子供が出来たのは確かにセックスしたからだけど、別に誰もそこ気にしてないと思うけど?」
「そうかもしれないけど…!なんか皆にあのヴィクトルとセックスしたんだー、て思われてる気がして…あああ無理…!」
勇利は両手で顔を覆ってこの場から逃げようとしたので、ヴィクトルは勇利の腰を抱き寄せて膝置きからソファーに降ろした。
「別に本当のことだからいいじゃないか。愛し合ってるんだから恥ずべきことじゃないよ」
「そうだけど…わかってる…僕が経験少ないから変に気にしちゃうんだってことくらい…」
「勇利」
ヴィクトルは勇利を抱きしめた。
「俺は勇利とのことを発表できて嬉しかったけど?これで堂々と勇利に近寄ってくる虫を追い払える」
勇利は吹き出した。
「虫ってなにさ…そんなのいないよ」
「わかってないなあ。俺が今までどれだけやきもきしてきたと思うの」
「それは僕のセリフだよ。どこ行ってもすぐ女性に囲まれちゃってさ」
もう、と勇利は顔を逸らしたが、やがてくすくす笑い出した。
「勇利?」
「ごめん。僕のせいで話がそれちゃったね。何の話してたっけ?役員?の女性からあと何か言われた?」
「あとは大したことは…ああ、明日から勇利にSPが付くことになったから」
「…ん?SP?」
「そう。ロシア側の意向らしいけど、俺もそれがいいと思ったから了承したよ。明日から俺の不在時に外出する際は必ずSPと一緒に行動してね」
「ちょ、ちょっと待って。え、何で?別に必要ないよ?」
勇利が慌てて断ろうとすると、ヴィクトルは少し困り顔になった。
「…勇利。ロシアは残念ながら治安が悪いんだ」
ヴィクトルは勇利の手を再び握った。
「記者会見で勇利が俺の子を宿したこと、俺が勇利をどれだけ愛してるかを全世界に知らしめてしまったことは、同時に犯罪者にチャンスを作ってしまったんだ」
「チャンス…?」
「想像したくないけど、もし今勇利が誘拐されたら、俺は全財産を払ってでも取り戻す。命を差し出したっていい」
「…ヴィクトル」
「ロシア側もそれは望まないらしい。…身重の勇利を守るために出した結論なんだ。とりあえず出産するまでは、SPに守らせて。お願いだ、勇利」
ヴィクトルは勇利の手を両手で包んで、真剣な顔でじっと勇利を見つめた。
「うう…その顔やめてってば、弱いんだから…わ、わかったよ…」
「勇利!」
ヴィクトルは勢いよく勇利の唇を奪った。
「んむ、ちょっとヴィクト…んん、もう…」
こういう時のヴィクトルのキスが濃厚すぎて、勇利は少しだけ困っている。
[newpage]
「あら、こんにちはカツキ。今日もおおごとね」
精肉店の中年女性は勇利の両側についているSPを見て苦笑した。
「はあ…すみません…えと…豚の肩ロースをください」
勇利は基本的なロシア語は既に習得している。
「おおカツキ。子供は元気か」
「あ、はあ…元気に育ってます…」
「そうか。なら良かった」
通りすがりの中年男性に話しかけられて勇利は曖昧に笑いながら答えた。
その後もカツキ、カツキと声をかけられるので勇利は早々に買い物を済ませて車に戻った。
「つ、疲れた…」
「用事はお済みですか」
一緒に乗り込んだSPのひとりが話しかけてきた。
「は、はいい!終わりました!」
「ではご自宅に向かいます」
「お、お願いします…」
「だいぶお疲れのようだね、勇利」
「常に見られるのって疲れるね…ヴィクトルももちろんだけどクリスも常に注目されてるでしょ?しんどくない?」
勇利が電話している相手は、スイスのクリストフ・ジャコメッティだ。
「もう慣れたよ。それにセクシーであることを常に意識させられるから、そのおかげで試合にも生かせてるよ」
「そうかあ…さすがクリスだなあ…はあ…」
勇利は大きく溜息をついた。
「まあまあ勇利。こういう事は考え方次第だよ」
「…どういうこと?」
「勇利のお腹の子はすでにロシア国民に愛されているってことだよ。それって嬉しくない?」
「……!」
勇利はショックを受けた。
「勇利?」
「そうか…!みんなが見てるのってあくまでお腹のヴィクトルの子なんだ。僕じゃなかった!そうだよね。何かふっきれた。ありがとうクリス!」
「…ふふ、何か受け取られ方が少し不本意だけど、お役に立てたのなら光栄だよ」
電話を切った後、クリスはふむ、と思案顔になった。
「一応ヴィクトルに言っておこうかな…」
数日後、勇利がリビングでくつろいでいると、ヴィクトルから電話が来た。
「ああ勇利?すまないが寝室に封筒に入った書類があると思うんだけど、どうしても今日必要だからリンクまで持ってくてくれないか?」
「書類?わかった。すぐ持ってくね」
SPの人に伝えて車に乗り込んだ勇利は、これはこれで便利だな…なんか癖になりそうで怖い…と思った。
[newpage]
チムピオーンスポーツクラブの入口ではヴィクトルが待っていた。
「あ、ヴィクトルいた…書類持ってきたよ」
「勇利!わざわざありがとう。せっかくだからリンク見てってよ」
「えっでも今まだ練習中でしょ?邪魔になるからいいよ」
「いいからいいから。皆喜ぶよ。あ、SPの人は入口で待っててね」
ヴィクトルはなかば強引に勇利をリンクに連れていった。
「うわあ…リンク久しぶり…」
リンクサイドに入った瞬間のひんやりとした空気に、嬉しさで勇利は目を細めた。
そこにはミラ・バビチェヴァやギオルギー・ポポーヴィッチ、ヤコフコーチにユーリがいた。
「カツキ久しぶりね!元気そうでなによりだわー」
「ミラ!久しぶり。最近調子いいってヴィクトルから聞いてるよ。新プロ楽しみにしてる」
「うふふーありがとう。ヴィクトルの記者会見見たらなんか私までやる気が出てきちゃって。今期は勝ちまくってついでに彼氏も作るわよ!」
ミラはぐっとこぶしを握った。
「あはは…応援してるね…」
「カツキ。寒くはないか。身体を冷やさないように気をつけるんだ」
今度はギオルギーが声をかけてきた。
「ありがとうございます。大丈夫です、ヴィクトルが若干過保護気味で常に気を遣ってくれるんで…」
「ひどいよ勇利ー!俺の愛を過保護って!」
ヴィクトルは傷ついた顔をしつつ、勇利に自分のコートをはおらせた。
「カツキ。お腹の子は順調か」
ヴィクトルのコーチのヤコフ・フェルツマンはいかつい顔をしているが根はとても優しい。
「…!ヤコフコーチ、は、はい順調です。お邪魔してすみません…もう帰りますので…」
「別に構わん。ヴィクトルのゴリ押しはいつもの事だ」
「へ…?ゴリ押し…?」
「もーヤコフ!何で言っちゃうのさ!…実は勇利に見せたい物があったから来てもらったんだよ」
「え…何?新プロとか?」
「ほら、あれ見て」
ヴィクトルが指し示す方向にあったのは、サンタクロースが乗っているような立派なソリだった。
「あれって…確かクリスマスイベントの時に子供を乗せるソリだよね」
「そう。勇利仕様に直したよ!」
見ると、椅子の部分は前は木製だったのに対し、今はボア素材の分厚い布が一面に張られている。
「なに…?ヴィクトル、どういうこと?」
「勇利、最近ストレス溜めてない?」
「えっ」
「SP付だと自由に外に出られないし、外に出たら何かと声をかけられるし、何よりもう何ヶ月もスケートが出来てない」
「…それは…」
「スケートが出来ない事は何より辛い。俺もそうだからわかる。…でも今は滑らせてあげられない。だからせめて、気分だけでも味わってもらおうと思って」
「それでソリを…?」
「そう。俺とユリオとで引いてあげる!さあ、乗って勇利!」
「はあ?何で俺まで引かなきゃなんねえんだよ」
「ユリオー、いっつも勇利のご飯ごちそうになっといてお返しはしないの?」
「…!くそっ…」
ユリオはしぶしぶソリに手をかけた。
「さっさとすませるぞ。ほら早く乗りやがれカツ丼!」
「えええええ。いいのかなあ…」
そう言いながらも勇利はソリに乗り込んだ。
「ちゃんとつかまっててね。ユリオ、スピード出し過ぎないように」
「わかったから早くしろ」
「じゃあ行くよ!」
ヴィクトルとユリオが後ろ向きになりかかとを突き立ててぐっと力を入れると、ソリはゆっくりと動きだした。
「わ…」
リンクサイドに沿って周るように滑るソリに乗った勇利は、久しぶりの感覚を味わうように目を閉じた。
すごい。本当に滑ってるみたいだ…気持ちいいな…
勇利の脳内で音楽が流れ始めた。
ああこれは…ユーリオンアイスだ。
身体中に流れる音楽に合わせて、勇利は手すりから片手だけ離して伸ばした。
あの時はヴィクトルとの決別を覚悟して、僕の全てをヴィクトルに捧げるつもりで滑っていた。
今だったらどうだろう。もうヴィクトルなしの人生なんて考えられない。
それにこの子が無事生まれてきたら、どんな気持ちになるんだろう。
その時の気持ちをこめたユーリオンアイス、いつか滑ってみたいな。
指先まで意識して。もっと卵をからめるように。
「ふふ…」
勇利はかつてヴィクトルと2人きりで滑っていた時の事を思い出していた。
「はー、すっごく楽しかった。ありがとう、ヴィクトル、ユリオ」
ソリから降りた勇利が言い終わると同時くらいにヴィクトルが勇利を抱きしめた。
「えっヴィクトルどうしたの?」
「勇利。…絶対戻ってこようね」
「うん…?」
「私もそう思う。カツキは戻るべきよ。復帰したカツキのプロ、絶対に見たい」
「そうだな。新たな命を授かってまた新たな表現力を得たカツキの演技は気になる」
「ミラ…ギオルギーさん…えっ何?どうしたの?」
ミラは少し涙ぐんでいるように見える。
「さっきの見てたら上半身のみで、それも片手だけの動きだったのに感動しちゃった。参ったわ」
「そ、そう…?ありがとう…」
「おいカツ丼」
黙っていたユリオが口を開いた。
「さっさと産んでさっさと戻ってきやがれ。そして早く俺に叩きのめされろ」
「ユーリ…素直に一緒に滑りたいって言いなさいよ…」
「…うっせえ。もういいだろ。俺は帰る」
「…カツキ。何か温かい物でも飲んで少し休んでいくといい。ヴィクトル、もういいぞ。カツキと一緒に帰れ」
「えっいいの?じゃあ勇利、行こうか」
「う、うん…ヤコフコーチ、リンクを個人的に使用してしまってすみませんでした」
勇利はヤコフに向かって頭を下げた。
「個人的に使ったのはヴィクトルだ。それより早く行け。身体が冷えるぞ」
ヴィクトルと勇利が帰った後、残ったのはミラとギオルギー、ヤコフコーチだ。
「改めてカツキの表現力ってすごいって思ったわ…ちょっと震えがくるぐらい」
「…そうだな。以前ヴィクトルが勇利の身体から音楽が奏でられてると言っていたが、正にその言葉通りだな」
「…タイに行かなくて助かったな。あのリズム感を日々間近で見られなくなったらチームにとって痛手になる所だった」
それから数週間後のことだった。
シーズンに入りヴィクトルも不在がちになっていたある日、勇利が緊急入院したという報せがヤコフの元に届いた。
<続く>
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5話目です。安定期に入った勇利君の話です。<br /><br />ヴィク勇で勇利君が妊娠しています。地雷の方はお避けください。<br />男性も妊娠する世界です。ただし女性に比べて確率は低いです。リスクもあります。ですがハピエンです。<br /><br />ほぼほぼ次で終わる予定です!最後までお付き合いくだされば嬉しいです!
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勇利君が妊娠した話5
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10165245#1
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もうそろそろ寝ようかと思ったそんな夜分、無遠慮なインターホンの音が静かな室内に響いた。
「はい、どなたですか?」
『あ、○○ちゃん?やっほー!萩原くんでーす!』
あまりにも陽気な声に呆気にとられらた...これは相当飲んでるな...。
「お家間違えてるよー?早く自分の家に帰りなよ」
『あー、違う違う!お届け物があるの!開けてー!』
こんな夜中に届け物?
取り敢えず本人には間違いないので、玄関を開けた。
そこには一目で酔っぱらいだと分かる真っ赤な顔をした萩原君と...
『はい!松田一丁、お持ちしました!!!!』
明らかに酒に飲まれて爆睡している彼氏様が、そこにいた。
[newpage]
「じゃあ、松田届けたから俺帰るわー」
「えっ!?そんなベロベロの状態で!?」
「大丈夫大丈夫、下にタクシー停めてるから!じゃあねー」
普段の男前の顔をふにゃふにゃにした笑顔を浮かべながら、萩原くんはご機嫌そうに鼻唄を歌いながら帰っていった。
さて萩原君が送り届けて行った彼氏様はというと、萩原君が玄関に投げ捨てて行った状態のままでぐっすりとおねんねしていた。
「陣平、起きて」
軽く揺さぶる。全然起きない。
「陣平ってば!」
今度は割りと強めに揺さぶってみた。
「...んぁ?」
やっと起きた陣平の顔には涎の後がくっきり残っていた。
[newpage]
「ほら、ちゃんと起きて!」
何とか彼を立たせて、引き摺るようにソファまで連れていく。
こいつ私任せで全然歩こうとしてないな...。
えっちらおっちら運び終わり、ソファの上に陣平を放り投げる。
あまりの重労働にソファの側に座り込み、一息つこうと思った矢先に陣平の腕が私に巻き付いてきた。
そのままぎゅっ、と後ろから抱き締められる。
「何、どうしたの陣平」
「んー?なんでもない(フニャ)」
衝撃が走った。
あの陣平が、クールでワイルドだと先輩後輩問わず人気のあの松田陣平が(フニャ)と笑ったのだ。
どこまで深酒したのだこいつは...。
「んー○○、いいにおいがする」
いたた、頭をグリグリと押し付けてくるな。
[newpage]
「○○好き、あいしてる」
「はいはい、愛してる愛してる」
陣平のふわふわの頭を撫でる。すると目を細めて、喉でも鳴らしそうなほどふにゃふにゃの顔で嬉しそうに笑う。
これは可愛い...。
体をすりよせて全身で甘えてくる姿に、ほだされそうになる。
好き、好き...とうわ言のように呟きながら顔中にぷちゅ、ぷちゅと唇を押し当ててキスの雨を降らされる。
やがて散々甘えて満足したのか、可愛さに震える私を抱き抱えたまま寝てしまった。
[newpage]
鼾をかきながら眠る陣平の頭をもう一撫でして、私も目を閉じた。
翌朝目が覚めたら、昨日起こったこと全て覚えていた陣平に、この世のものとも思えない位顔を真っ赤にして「忘れろ!!!!」と叫ばれたが、あの可愛さは忘れることは出来ない...。
あわよくばもう一度お目にかかりたいな、何て思ってしまう私は悪くないだろう
(終)
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格好よくてクールでワイルドな松田陣平はここにはいませんので注意。
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酔うとアレになる松田さんの話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10165312#1
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!Attention!
・名/探/偵/コ/ナ/ンと刀/剣/乱/舞のクロスオーバー夢小説です。
・主人公はオリキャラです。
・相当の捏造
・原作にはない改変
・ご都合主義あり
・DCは原作が全部手許にあるわけではないので曖昧な個所も(すみません)
・スコッチの本名バレご注意ください
なんでも食べます、全て許せますという寛容なお方向けです。
一つでも引っ掛かるものがあれば回避お願いします。
[newpage]「息をしなさい!」
ばしりと強めに肩を叩かれ、はっと息を吐き出した。知らず息を止めていた。少しぼやけた視界に宗三の顔が写った。光が差して表情はわからない。
「覚えていないんですね」
「……」
自分の頭が信じられなくて首を縦にも横にも触れなかった。
ほとんどのことが記憶から抜けているんじゃないのか。
覚えているのは自分が審神者であったこと、刀剣と過ごしていたこと、軍人であったこと。
それ以外は断片的な記憶。初期刀を初めて手入れした時、書類の多さに泣きながら仕事をした夜、刀剣と口論をした日、花筏本丸と遊んだ季節、紅孔雀の堕ちた神を射止めた瞬間。
印象的な記憶と、そのイメージだけが断片的に甦るだけ。
でも研二くんたちを救おうと思った、その知識は残っている。コナン世界の知識だ。そこだけははっきりと明確に、私の鯰尾にプレゼンされた知識が残っている。
ああでも、私は自分の名前すらも思い出せない。まるで誰かに取られてしまったように。
ぐるぐるとまわる頭を抱える私の肩に手を乗せたまま、宗三が静かに言った。
「昨日僕が言った言葉を覚えていますか」
「……?」
「『そういうところ“は”変わりませんね』と言いました。僕が少し素直なことを言っただけで喜ぶところなんか、そのままですよ。
でも他が変わっているんです」
「そりゃあ外見は変わってるでしょう?」
「外見はもちろんです。それは当初からわかっていたことですからね。
まず口調が違います。貴女はそんなに女の子らしい口調ではなかった。さきほどまで出ていたような口調、あれが前世の貴女の話し方に近いです。少しぶっきらぼうな、さばさばした感じでしたよ」
言われて困惑する。そう、だったろうか。さっき、そんな口調になっていたのかすら思い出せない。
「そして態度。飛びついてきた貴女に、僕は昨日言いましたね、『ずいぶん子どもらしくなりましたね』と。
あれほど素直に子どもっぽい行動をする人ではなかった。年齢を差し引いてもね。将としての自分を自覚していた」
畳みかけるような宗三の言葉に、足元が揺らぐような気がした。
私は、本当に私なんだろうか。
言葉が出ない私に、宗三がなだめるように声をかけた。
「言っておきますが、貴女はちゃんと僕の知る雪楡本丸の審神者で、僕の主ですよ。それは間違いありません。
口調こそ違えど、昨日の鯰尾との掛け合いは間違いなく貴女でした。煩さも含めて」
皮肉っぽい言い回しが私を少し冷静にする。宗三もゆっくりと言葉を続ける。
「でも貴女はすでにこの世界で十数年を生きている。前世のあなたとはかなり違う存在になっていると考えてもいいと僕は思います。
貴女の女の子らしい口調や態度、素直さは、今生で育まれた成長の証です。親御さんに恵まれたんでしょうね」
ママとパパの顔を思い出す。今の私を形作ってくれた人たち。でも同じ存在が前世にもいたはずなのに思い出せない。
「だからこそ前世の自分と今の自分をイコールで結んではいけない。前世の貴女は軍人だったけれど、今生の貴女がそれを当然と受け入れてはいけない。
貴女は、銃を使う人間としては育っていないんです。もちろん審神者でもない。戦う者ではないのです。それを理解しなさい」
初めてだと思った。前世を前世、今は今と考えろと。誰にも言われたことがなかった気がする。
「もちろん、前世の記憶や経験があってこその今生の貴女でもあります。でも引きずられすぎないようにした方がいいでしょう。
だから僕は貴女の記憶が曖昧になっていることを良いことだと思いますよ。今の貴女を生きられる。
その点に於いて僕が危惧するのは、鶴丸です」
「鶴……?」
「ええ、前世の貴女の気に入りで、今は庇護者ですか。まあ随分と頑張ったものです」
「頑張った?」
「貴女に会いたいが為に転生したのを知っていますからね、僕は。
彼はひどく主に執着していましたから」
そういえば本人もそう言ってたっけ。
「彼は主を至上としていましたから、今生の貴女を絶対に否定しないでしょう。でも同時に前世の貴女を乞うている。
だから前世の貴女を引きずり出そうとするんじゃないかと危ぶんでいます。
とはいえ、彼はどんな貴女でも手放さないでしょうが。貴女が貴女であるという確信がある限り」
「えぇ?」
「なんで嬉しそうなんですか。もう取り込まれてるんですか、鶴丸国永に」
「……かなぁ?」
「まったく、これじゃあの男の思う壺じゃありませんか。………が聞いたらさぞ悔しがるでしょうよ」
「え?」
「いえ、なんでも。とりあえず一度区切りましょうか」
またわからないことを言い出す。
誰かの名前を言った気がするけれど、そこは上手く聞き取れず、でも宗三はそれに説明を加えることはなく、いったん休憩にしましょうと立ち上がった。[newpage]to his point of view; 宗三
主はぼうっとした面持ちで、日本庭園の池端にしゃがみ込んでいる。
想像した以上に前世のことを忘れていたことがショックだった様子。ずいぶん口は重く、きっと頭の中をまとめているんでしょう。
ときおり揺れる水面に映る顔は、本当に秋田によく似ている。
「宗三ぁ」
「なんです」
「鶴に内緒って言ってたのって、鶴と私が会う前にさっきのことを確認したかったから?」
「そうですね、入れ知恵されたくなかったので」
「じゃあもう解禁?」
「まだです。僕は鶴丸を信用していませんので。貴女に害をなさないと信頼はしていますけど」
特に前世の情報を捻じ曲げて植え込まれてはたまらないですからね。幼時からずっと隣にいる以上、主はきっと無条件に鶴丸を信じるでしょうから。
僕が首を横に振ると、主は少し唇を突き出すような表情をした。
「うーん……」
「おや反抗的ですね」
「だって私、鶴丸好きだもん。そういうの言われるとむっとするのは致し方なし」
ああ結局そうなっていたんですね。鶴丸大勝利じゃないですか。頭が痛い。
「またですか」
「また?」
主はきょとんとした顔でこちらを振り仰いだ。この表情も前世では見なかったもの。隠し事ができない普通の少女の顔だ。
そういう風に鶴丸国永が育てたんでしょうかね。
「貴女は前世でも鶴丸に恋していたじゃないですか」
僕の言葉に、主は一瞬固まった。
「……うそ」
小さく言葉をひねり出すと同時にじわじわと顔が赤くなっていく。おやおや、本当に女の子になっているんですね。
「だから鶴丸も貴女を憎からず思って、貴女の軍人生活に付き合ったんですよ。
まあ結局予想以上に貴女に軍人生活が身に合ったらしくて、発展もせず貴女の恋心はしぼんで、代わりに友情と信頼だけが天元突破してましたけどね。
出だし、要は鶴丸国永が励起顕現された時から貴女が軍人になるまでの間、貴女はずっと彼に片恋をしていましたよ」
「うわああぁぁぁぁ、信じられない、あの感情が対鶴丸とかもう自分が信じられない!!!」
主が真っ赤になって両手で頬を覆った。なるほど感情は覚えていても相手を忘れていたということですか。器用な。
前世のあの男の思いを代弁しようかとも思ったけれど、僕の口からばらすのは少々憚られます。他者が軽々にばらすには、恋だの愛だのという単純なものではないから。
「すっかり忘れてたし、なんなら今でも思い出せないんだけど、なんで宗三知ってるの……」
「どれだけ近侍をやっていたと思うんですか。暇なときの貴女のボケた表情を見ていましたからね。勘付かないわけがないでしょう」
「……ということは相談はしてない?」
「貴女はそういう性格ではありませんでしたから。今でもそうなのでは?」
「…………いや…………そもそもお兄ちゃんが好きと気づいたのがわりと最近、でして……恋愛相談とかしたことない……」
さらに赤くなった顔を伏せる主に、呆れて声もないとはまさにこのこと。つまるところ無意識に鶴丸に恋していたわけですね。また。
「つまり隣のお兄さんが初恋で、気付いたのがつい最近だから恋愛相談もしたことがないんですね。やれやれ二世続けて同じ相手に恋してそれを育ててるんですか」
「いや今はそんなもん育てる心の余裕がないですわ……」
「勝手に育ちますよ。前世と較べると仕事に忙殺されるほどではないんでしょう。貴女はまだ学生なんですから」
「育つのこれ。え、それも困る。これ以上は困る」
「何が困るんですか」
「だって鶴丸には幸せになって欲しいじゃない。私といると私ばっかり優先して自分は後回しだもの」
私といると鶴丸自身の幸せってなくない?と問うてくるけれど、めんどくさいですね。だから気づいた恋心をあえて育てず客観視していたんですか。
そういうところで変に達観しているのは、前世の大人の記憶の悪影響でしょう。
恋に顔を染める主の頭を軽く撫でる。この子は主とは言えないところが多い。特に情緒面において。主が軍人として鋭さを持っていたのに対し、この子の心は普通の少女なのだ。柔らかい少女の心。
「あの男は貴女が生きていさえすれば幸せいっぱいですよ」
「えぇ……」
「貴女が先に死にさえしなければ、鶴丸国永が本当の意味で不幸になることはありません。
あれを選ぶかどうか、貴女は貴女の心だけで考えなさい。鶴丸のことは斟酌しなくてよろしい」
「言い切るね?」
「『前世の鶴丸国永』をよくよく『知って』いますからね」
貴女が「お兄ちゃん」として上書きする前の鶴丸をね。
含めた意味に気づいたのか主は少し顔を顰めた。
「本当に忘れてるのね、私」
「いいんじゃないですか別に。今を生きるのに必要な情報だけ取捨選択しているんですよ。たとえばこの世界の知識なんかはまさにそれでしょう。
貴女が無事に生きて、且つ友人を救うために、あなたの脳が必死で前世の情報をサルベージしているんでしょうね」
「ああなるほど、そっちに容量取られてるのかぁ…………あ!!」
突然現実に戻ったかのように主ががばりと顔を上げた。
「ちょっと相談に乗って、宗三!」
「恋愛相談ですか」
「学校をサボる方法!」
たまに突拍子もないことを言い出すのは別に前世と同じでなくてもいいんですけどねぇ。[newpage]back to her point of view; かなめ
前世のことをほとんど忘れているショックもさることながら、私の脳に一番衝撃を与えたのは前世も鶴丸が好きだったという宗三の爆弾発言だ。
それも忘れてるし! そもそも相手だけ忘れるとかどういう記憶の仕方なの!? 今生で一番近いところにいる相手じゃん!
めでたく私の脳味噌はオーバーヒートである。だからきっと回路の焼けつきをを回避するために、脳が突然質問を思いついたに違いない。
うん、この際私の記憶が曖昧なのはいい、宗三も言ったように困ってない! 鶴丸への恋愛感情が育つかしぼむかもこの際いい! もうなりゆきに任せる!
それより前世の件を知っていてこの世界のことも知っていて、一緒に考えてくれる頭が一つ増えたんだもの、相談しない手はない。
逃避ともいう。
「学校をサボる方法なんて捻出する必要がないでしょう。行かなければいいだけです」
「おおなんと堂々たる……」
宗三が冷たい目で言い放つ。さすが宗三様。
「いやそうもいかなくて。うちの学校厳しいし、普段と違う行動できないんだってば。
サボりの理由は松田さんの救出。あ、松田さんってコナンの登場人物で死亡予定の人。お友だち」
「覚えてます。そこまで松田刑事と高木刑事って似てますかね?って鯰尾が2人の絵を重ねて検証していたのが忘れられません。
なんですか、あれ平日なんですか」
「そうなの。で、私は米花中央病院に行きたいんだけど、ものすごく健康体で行くような心当たりなくて。うまい方法を考えてほしい」
すると宗三は少し黙り、それから私の体を上から下まで見て、少し首を傾げて見せた。
「いくら体が小さくても、貴女、初潮は来てますよね」
「……はい?」
およそ予想外の単語が出てきてぽかんとしてしまった。なんちゅーこと聞いてくんの。とりあえず頷く。
「生理痛はありますか? 生理不順は?」
「そんなに重くはないけど、何回か飛んだことがある」
考え事が多い時期は飛びやすい気がする。一番近々は景くんの時の後である。あの短期間のストレス凄かったんだなーくらいに思ってたけど、考えてみればよくないよね。
「じゃあそれを理由に婦人科に行けばいいんじゃないですか」
「……天才か!?」
なんでそんなの思いつくの!?ひょっとして男じゃないの!?って言ったら頬をつねられた。
「前世の貴女が、就任間もなく仕事のストレスからきた生理痛で頭も上がらなくなって、長い間婦人科に通っていたんですよ。
でも陸奥守まで本丸を留守にはできないでしょう。だから大体僕が付き添って通院していたんです。忘れようもありません」
「そ、そうだっけ。前世も生理不順のケがあったのかな」
「忙しいとよく飛ぶと言っていましたし、血が止まらないと言っていたこともありましたね」
「怖!?」
「最終的には薬でコントロールしていましたよ」
そんなことあったっけ。忘れてるわ。記憶を探るのも無駄と分かっているけどつい思い出そうとしてしまう。
「米花中央病院というからには総合病院でしょう。それなら予約必須ですし、外来は午前中でしょう。日付もコントロールできます。そして時間がかかって学校を休んでも不自然ではない。
問題は婦人科に抵抗があるかないかです」
「ああ内診……」
ううう、正直嫌ではある。こちとらもちろん処女である。
「相談とかだけでもできるかな……」
「それもいいかと思いますが、複数回飛んだことがあるなら検査してもいいかもしれませんね。前世と同じくホルモンバランスが狂いやすいのかもしれません。
潜在的な病気の要因があるかないかを見つけるためにも、受診しておいて悪くはないでしょう。
血が止まらないと言っていた時は大変でしたよ。数か月貧血の薬を飲んでいましたから」
「聞くだけで怖い」
「前世の貴女も最初は婦人科拒否の構えでしたけど、結局最後には定期的に通ってましたよ。
悪化してから行くより最初から薬でコントロールする方がマシ、と言って」
前世の貴女と同じ体質を引き継いでいるのなら、今のうちからかかりつけを作っておいたらどうですかと言われたら、ソウデスネと言わざるを得ない。前世の私を知っている宗三に言われたら現実味がありまくる。
体のためだし、松田さんのためだし、行くか……うんでもまず相談だけにしときたい。できれば。[newpage]ちょっとおまけ。宗三の兄弟。
主「宗三はいつから記憶があるの?」
宗「自我の芽生えと同時なので、生まれた時からと言っていいでしょうね。まあ兄を見た瞬間に思い出すに決まってますが」
主「あ、やっぱり江雪さんいるんだ?」
宗「ええ、それとあと2人兄弟がいます。僕は4人兄弟の3番目です」
主「2番目じゃないのか……ていうか全員元男士?」
宗「当てられたら褒めてあげますよ。ちなみに小夜ではありません。小夜は従弟です」
主「小夜ちゃん違うんだ!? もはや想像の埒外! 降参するわ、誰?」
宗「上から恒次、江雪、僕、国広です」
主「……待って待って待って、数珠丸さん江雪さん宗三で最後の国広誰よ」
宗「ヒントとしては、実家は寺です」
主「まさかの山伏!」
宗「年が離れているのでまだ大学生ですよ。もう山に籠ってますけど」
主「ブレねぇ!」
宗「あの子、卒業する気あるんですかね」
この寺、顔面偏差値しゅごい。
きっと檀家も減らずに大盛況。
ついでにキャラ紹介アップデート。
主人公
脳の容量のうち大半が今生のことで占められているため、前世のことは、いま必要なもの以外記憶の底の底に追いやられている。
忘れているわけではないが、実のところ前世の記憶が1人分ではなく、1つの脳では処理しきれないので多分一生出てこない記憶も多い。現在このことを知っているのは宗三と鶴丸。本人は知らないというより気づいておらず、無意識に取捨選択している模様。
オーバーヒートするとぱっと考えることをやめて切り替えてしまうのは防衛本能の表れ。全部思い出すと人間の頭では処理しきれないほどの記憶がある。
しかし、恋した相手まで忘れているあたり、取捨選択の方法が偏っている。なんで恋心だけ覚えていて相手を忘れるのかと。そして今生で再会しているのになぜ十数年気づかないのかと。
宗三
十代からモデルをやっている傾国の籠の鳥。最初はスカウト。家業も性に合ってるかどうかわからないし、他のことも色々やってみようと思ってチャレンジしたら性に合ったので。仕事の本拠地は海外。
メンズもレディースも着こなせるので、長らく性別不詳で出ていた。僕に着られない服はありませんよ。
年は同期組より下。でも態度はでかい。だって宗三だもの。
前世では2振り目の打刀。5番目に顕現。前世では2部隊程度まで顕現刀剣が打刀と脇差、短刀で占められており、太刀以上の刀剣の顕現はかなり後だったため、長らく陸奥守と2振りで隊長を務めていた。近侍歴が一番長いのもこの2振り。
出陣大好きで誉を取りまくるので、付いた仇名が「放たれた猛禽類」 新たに顕現した刀剣は、彼に一発しごかれるのが定め。
鶴丸
前世の本丸で宗三とはわりと仲が良かった。見ている方向が同じだったから。ただ彼は宗三よりもずっと主に心酔していた。恋とか愛とかいうよりは、心酔。
作中では一番陰で動いている人です。三日月さんが本当に闇の情報屋として動いているのに対して、表立ったあらゆる根回しを彼が受け持っています。彼が水面下で動いてくれているからこそ、主人公は救出ができている。
今生での主人公への感情は??
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突如再発したコナン熱に浮かされて、さらにとうらぶ熱にも浮かされてノリと勢いで書き始めた夢小説です。<br />相当のオリジナル色を含みますので、必ず1ページ目の注意書きをお読みくださいますようお願い申し上げます!!<br />タグに不備があれば編集・ご連絡等いただければ幸いです。<br /><br />前作までへのいいねやブクマ、コメント、ありがとうございます。<br /><br />今回、生理や婦人科に関することを主人公たちが話しています。苦手な方は申し訳ありません。<br />婦人科に関する宗三の意見は私の意見であり、生理不順の話は私の実体験です。病気と言えるほどではなくても、女性ホルモンバランスが狂いやすい体質というのはあるんじゃないかと思います。薬や注射でそれを補うのは一手ではないでしょうか。<br />気になることがあれば早々の受診をした方がいいというのが私の考えです。まあその前には内診という高いハードルが横たわっているんですが……あれ本当にもうちょっとなんとかならないんですかねぇ、絶対必要なんでしょうけど。<br /><br />主人公の前世の記憶に関しては、本編中ではこれ以上あまり掘り下げすぎない予定です。だって明るい話にならないんですもの(笑) 本人は、細かいところはどうせ思い出せないと割り切っていますし。本編では必要がある場合にだけ少し出すことにしますので、前世話をメインに据えるのは今回までと考えております。<br /><br />おまけは宗三の兄弟構成。こんなんだと(ある意味)楽しいだろうなーと思いますが彼らは出てきません(笑)<br />ついでに人物紹介アップデートも。<br /><br />【9/27追記】<br />スコッチのフルネーム判明に付き、名前の書き換えを行おうと思います。以降の投稿は先日本誌にて判明した本名となります。<br />1話ずつ変えていこうと思いますので、少しお時間をいただくかもしれません。<br />また、本誌バレが苦手な方もいらっしゃると思いますので、まだしばらくの間はタグやキャプションは「スコッチ」で通したいと思います。<br />ちなみに前々回登場した偽名はそのままです(笑)<br /><br />【10/2追記】<br />リアル多忙のため、10月末まで更新頻度が落ちます。お待たせして申し訳ありませんが、少々お時間いただければ幸いです。
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我々の生存作戦 27
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10166029#1
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社会と言うのはろくでもないものである。
何故なら、ろくでもないもの程、上に立つからであり、
それは欲が強い者が上に立つからである。
自己顕示欲
名誉欲
物欲
金銭欲
支配欲
権力欲
我欲
強欲
更には、色欲、性欲、愛欲、情欲、肉欲…と、
大抵の欲はろくでもないものであり、
その、ろくでもないものである欲が強いもの程、
社会、或いは組織の上に立つ者、若しくは偉い人間であるから、
当然、社会、或いは組織の上に立つ者、若しくは偉い人間は、ろくでもないものと言う事である。
この事が理解できると、
昨今の高級官僚のろくでもない行いや、
スポーツ界の会長、指導者のろくでもない行いや、
某銀行会長、社長周辺のろくでもない行いや、
世界中で被害児童数千人と言う、某カトリックの無数の神父による、控えめに言って、ろくでもない行いも、
当然の結果である事が解るのである。
勿論それは『人間として』であり、
その社会貢献度、或いは能力は別であるが、
とにもかくにも自称他称を問わず、
偉い人と思われる人間は、程度の差はあれ、ろくでもないと考えるのが正解である。
この様なろくでもない方々を解りやすい例として、
我々がこの社会で出会う、人の上に立つ偉い人達が、
支配し、構築する社会もろくでもない社会であり、
無私無欲清廉潔白な人間に出会える確率など絶望的と言える。
『この人は素晴らしい、まるで神のようだ』などと思った時には、
100歩下がって、1000歩遠巻きにみて、
斜めの目線で粗探しを始める事が肝要である。
まず、この世に『神のような人』などおられない。
当たり前である。
ろくでもないから人間なのだ。
人間だもの。
仮に1000歩離れて、眉に唾をつけて、あれこれ粗探ししても、
『ああ、やはりこの人には神が宿っている。
この人に全て捧げて付いて行こう』などと、
感動のあまり、感涙にむせぶ頃には、
丸裸にされるまで騙されて、人生を棒に振るのもまた一興として、
心行くまで馬鹿丸出しお楽しみ頂ければ宜しいが、
私はその様な将来を志望はしない。
やはりこのろくでもない社会とは断絶し、
家の中で大人しく過ごす事こそ賢明な選択である事は自明である。
従って、専業主夫を志望致します。
2-F 比企谷八幡
「まず、言い訳から聞かせて貰った方が良いかね?」
「なんの言い訳ですか?」
「よくもまぁ、毎回毎回これだけろくでもない事をめげずに書き続けられるものだな。
その根性だけは認めてやろう」
「大事な将来がかかってますんで」
「で、君は今後もこれで通し続けるつもりなのかね?」
「はぁ、まぁ他に志望が出来ない限りは、
精一杯頑張る所存です」
「ところで比企谷、
専業主夫志望と言う事は結婚するつもりなんだな?」
「はぁ、まぁそうですね…
一応、共働きの両親のダブルインカムに、
妹が加わってトリプルインカムになってくれれば、
我が家は安泰ですけど、
追い出されるリスクヘッジもしておかなくてはならないんで」
「こんなものを平気で提出し続けるメンタルや、
あれこれ無駄な屁理屈を並べ立てる思考力も、
技能として発揮出来る場があれば良いんだがな」
「いや、俺は社会で消費される気はないんで」
「では聞こう。
こんなろくでもない人間でも、
結婚出来る方法があるのなら、
是非ともご教授願おうじゃないかっ‼︎」
「ちょっ、先生! 近い、近い、怖いっ‼︎」
「それとも、まさか君は、
私と2人きりになりたくて、
毎回、こんな呼び出される事を承知の内容を書いてくるのかね?」
「まぁ、先生相手じゃなかったら、
流石にもう少しオブラートに包んでたかもしれません」
「いつまでも私に甘えてる訳にはいかないよ。
私も今年度でここを離れるしな」
確かにその通りだ。
最早、恒例行事のお約束事のようなこの茶番劇も、
目前に迫る別れの時を惜しむように、
俺はもう少し甘えていたいのだろう。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだね?」
「先生はなんで結婚しないんですか?」
「な、なんだと‼︎
結婚しないんじゃない。
相手が居なくて出来ないんだ。
私だって、出来るものなら今すぐにでもだな…」
「いや、出来るでしょ。
美人で、プロポーションも抜群で、
まぁ、性格はちょっとアレな所もありますが、
決して悪い人じゃない。
むしろ良い人だ。
家事なんて、やろうと思えば出来るもんですし、
結婚出来ない理由がない。
その酷いチェーンスモーカーっぷりは頂けませんけど、
現に俺だって後10年早く生まれてたら…」
「比企谷…」
ついテンポが早まる俺の言葉を遮るように、
穏やかなテンポで優しく諭すような口調で俺を諌め、
平塚先生はその先を言わせなかった。
「そうだなぁ、
やろうと思えば出来るのかもしれないな。
結婚したいと言いながら、
無意識で自分から避けてるのかもしれないね」
「何か理由でもあるんですか?」
「さぁ、どうだろうな〜
あったとしても、学校で教師が生徒相手に話すような話ではないよ。
プライベートな事だからね。
君がいつか学生じゃなくなって、
私と君が教師と生徒じゃなくなったら、
その時は愚痴でも聞いて貰うかな」
そう言って平塚先生は、もう一本タバコに火を点け、
笑いながら深い溜息の様に長い煙を吐いた。
「まぁ、歳を重ねると共に、
自分の価値を高めて行く人間と、
ただ劣化するに任せるだけの人間が居る。
見聞が広がる一方で、
理想は高くなり、同時に臆病になって行く者も居る。
夢と現実の距離を縮めて行ける人間は良いが、
その距離があまりに広がってしまうと、
追い求める力も失せて諦めてしまう者も多い。
だからね、比企谷。
手の届く距離にある内に、
見失わない様に、
目を逸らさずに、ちゃんと手を伸ばして、
恐れずに、追い求めて、踏み込んで行くんだ」
「それは結婚の話ですか?」
「いや、学校で教師が生徒相手に話すような話だよ」
最後の一口を吸い終えて、
吸い殻を灰皿にすり潰しながら、
平塚先生は優しく微笑む。
「なぁに、単純な損得勘定だ。
追い求めたからと言って得られるとは限らない。
だけどね、比企谷、
大切な何かを得る為に追い求めて駆け抜けた時間と、
何もせずに失って後悔する時間と、
人生をどちらで消費する方が自分にとって得なのか。
たったそれだけの事さ」
「損得勘定ですか…
ろくでもない大人になりそうですね」
「君はもう充分ろくでもないだろう?」
茶化すように平塚先生は笑う。
「良いんだよ、ろくでもなくても。
さっきも言ったように損得勘定で考えれば良い。
他人のろくでもなさを考えてる事に時間を割くより、
自分の幸せを追い求める為にこそ時間を割き給え。
君の人生は君の為にあるんだからね」
悔しいけど、やっぱ惚れちまうわな〜
そんな感慨に耽りながら、
応接室を後にし、部室へと向かう。
「ヒッキー遅かったね〜」
「ああ、平塚先生に呼び出されてな」
「あ〜、いつもの…
また何かやったの?」
「相変わらずなのね、貴方は」
そう、相変わらず、いつもの、平塚先生のありがたいお説教だ。
そしてこの光景も、相変わらず、いつもの、
今はまだ手が届く距離にある…
自分の人生の時間を賭けて、
追い求めるべき大切な何か…か。
それは、今この光景の中にあるものだろうか?
「紅茶、入ったわよ」
「ん? おお、サンキュー」
紅茶に不釣り合いな湯呑みから、
湯気と香りが立ち昇る。
「ヒッキー、これ、ゆきのんの焼いたケーキ。
美味しいから食べて、食べて〜‼︎」
何でお前が自分で焼いたみたいに自慢気なんだよ…
この居心地の良いひとときがいつまで続くのだろう。
いつ終わってしまうのだろう。
事あるごとに、ずっとその事ばかり考えていた。
テメェで追い求めようともせず。
俺はまじまじと2人の顔を見つめていたらしい。
「ん? どしたのヒッキー?」
「あまりジロジロと見つめないで貰えるかしら…」
由比ヶ浜はケーキを頬張りながら…
雪ノ下はティーカップを静かにソーサーに置きながら…
窓の外から差し込む夕日が逆光になって、
眼に映る2人のシルエットが
今ここにある現実を見ているのか、
過去の淡い思い出を見ているのか、
ふと曖昧に霞んで行く。
コイツらに聞いたって、そんなもの解る筈もない。
だからこそ自分で追い求めるしか無いんだな。
俺が追い求めたいものが何なのかさえも。
「ああ、ちょっと考え事してただけだ」
俺は湯呑みに眼を落とし、
入れ立てから少し時間を置いた紅茶を啜る。
喉を通る紅茶は、猫舌の俺にはまだ少し熱かった。
了
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アラサーの平塚先生も、<br />まだまだ若いと思う日がいずれやってきます。<br /><br />以下、俺ガイルSS全シリーズ、リンク一覧。<br /><br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9795973">novel/9795973</a></strong>
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【短編】ラストシーンが来る前に
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10166054#1
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お互い、目を合わせて「あ」と言った。
今日は日曜日。学生でいう休日である。その曜日は流石の雄英高校もお休みだった。
凪は今日、ショッピングに出かけている。目的の化粧水を買うためである。まだ残りはあるが、予備がないとどうしても心許なかった。
そんな中、凪は彼――――飯田と出会ったのである。その時の飯田は休日と言うのに、ラフな格好ではなく、図書館で勉強でもしにいくのかというような格好だった。そんな彼を見た凪は、なんとなく「彼らしいな」と思ったのだった。
それから二人は喫茶店に入った。高校生が入るにはちょっと上品な、そんな店だ。だがそれでも飯田は堂々とその店に入る。それに凪はすごいなと思った。今でこそこういう店に気後れなく入れる凪だが、前世ではこういうお店は友達―――京子とハルと入っても恥ずかしかった。勿論とってもお菓子も飲み物も美味しかったし、友達と一緒に入るのも嬉しかった。だけどなんか世界観が違うようで戸惑っていたのだ。
それを彼は何の迷いもなく入店した。元々大人っぽい部分が多いせいだろうか、店の雰囲気にとても合っている。無論彼もまだ高校一年生だから子供なのだが、他と比べると大人に近い部類だ。もしくは大人っぽい人が周りにいるから戸惑いが無いのか。どちらにしろ彼は少し話しやすいのかもしれないと思いながら、二人で席に着く。
店は洋風喫茶店だった。少し海外の香りあるこの店はどことなく懐かしい。二人の間に店員が入る。そしてメニューを渡された。二人は最初、メニューで飲み物を選び、飯田はミント水を、凪はカフェ・シェケラードを頼んだ。どちらもイタリアの飲み物の為、凪は少しだけリラックスが出来た。
しばらくして注文したものがくると、飯田がそわそわし始めた。なんでも飯田は凪と話したかったらしい。それに凪は驚いた。正直凪と飯田には接点が無い。というのも凪に近づくのは今の所、隼人のみだ。勿論他のメンバーとも話をする事はあるが、友達と呼ぶにはまだ距離は遠い。近くて八百万だろうか。そんななか、どうして飯田が関わってくるのか。凪は分からない。だが、特に嫌ではない。彼がまじめな人間なのは分かっている。おそらく、授業について聞きたいことがあるのだろう。だがそれでも十分優秀な彼が、一体何について聞きたいのか。
凪が飲み物を一口飲むと、カップをテーブルの上に置いて静かに「どうぞ」と言う。死ぬ気の炎についてであれば、言葉を選ばなければならない。凪にとって、死ぬ気の炎は極秘であり、何が何でも隠したいものだ。例え目の前で見せたとしても、根底までは悟らせない。
さて、何を言い出すのか。
そう身構えていると、飯田は言った。
「君の覚悟を教えてほしい・・・!!」
その言葉に凪は目を丸くした。
予想とは違っていた言葉だったからだ。もっと死ぬ気の炎について根掘り葉掘り尋ねてくると思っていたのに、何故方向へ行ったのか。
疑問に思っていると、彼は答えた。
「突然ですまないと思っている。だけど、君が体力テストで先生に反抗した時、俺は驚いたんだ。君は正直、気持ちが昂ったりする人間には見えなかったから。だけど君は言った。『この炎は<覚悟の炎>。これは私たちだからではなく、<覚悟>がないと灯せない』と」
確かに、言った。
ちなみに、あの後凪は無関係な彼らにやり過ぎたと反省しているが、未だに担任の相澤に関しては許していない。それを隼人に言えば、隼人は何とも言えない顔をしていた。あの男はなんだかんだ言いながら人に甘いところがある。というか、自分の事は許せる人間なのだ。
そんな彼だから自分が怒るという事にあの男はきっと気づいていないだろう。
・・・・・・話が逸れた。
「・・・・・・それが、どうしたの?」
「あの幻覚と共に俺には炎が見えた。インディゴ色の、綺麗な炎だ。獄寺君の炎も朱く輝かしかったが、君の炎にはまた別の物を感じた」
「・・・別の物?」
凪がそう問うと、飯田はそうだと頷いた。
「君の炎は、綺麗で優しくて、どこか儚くて・・・・・・真っすぐだった。俺は今まで見た人生の中であれほど綺麗で美しいものを見たことが無い。もし、あの炎とやらが、君の覚悟を示すのなら、君の覚悟はどんなものかと気になってしまってな」
―――まさか、褒められまくるとは思わなかった。しかも彼が純粋に言うので、ちょっと嬉しい。凪は恥ずかしそうに「ありがと・・・」と言った。
しかし、そう思うと同時にやはり飯田の目は鋭いと思った。炎を見ただけで、美しさも覚悟の強さを表しているという点まで見抜くとは。しかしどこまでを話すべきか。凪は考えながら、口を開く。
「・・・・・・確かに、あの炎は覚悟の持ちようによって、純度は変わる」
「純度?」
「炎の透明度の事。・・・だからと言って、隼人に覚悟がないわけじゃないわ」
隼人の炎はもっと綺麗だった。ツナ―――ボスがいた時、彼の瞳はボスを見ていた。勿論ボスだけを見ていたわけじゃないし、彼を神聖化していたわけでもない。そんなことをすれば、ボスは間違いなく隼人に対して怒るし、下手すれば呆れられる。隼人だってボスは親友で、戦友で、友達で、上司だと理解している。それでも、隼人にとってやはり彼は、なくてはならない神様だった。そんな神がいなくなった彼は物言わぬ人形のようになってしまった。だが今は、必死に前を向いて歩いている。それだけで今は良い。
そう思っていると、飯田は「それも、ちゃんと分かっているつもりだ」と言った。
飯田は知ったかぶりをする人間ではない。ちゃんと理解しているのだろう。それに凪は「良かった」と言った。彼の理解者は多い方が良い。彼はどうも味方をつけるのが下手くそそうだから。
「君の覚悟は、一体何を思っているんだ? あんな綺麗な炎なんだ。綺麗なものに違いないと思うと、気になって仕方ないんだ」
「・・・・・・どうして気になるの?」
炎が綺麗だった。それだけでそんなに気になるものなのだろうか。
確かに純度が高い炎は目を惹く。だけどどんな覚悟を持っているのかなんて今まで聞かれたこともない。こんな訳の分からないだろう炎に対し、どうして興味を持つのか。そう思い、尋ねると、飯田は「・・・そうだな。君がどんな覚悟を持っているのかを話すのであれば、俺も話さないとな」と何故か勝手に納得している。そして彼は「俺の兄はプロヒーローなんだ」と話し始めた。
「兄は俺が尊敬する人なんだ。俺がヒーローを目指すのは兄のようになりたいからだ。兄のように格好良くて優しくて、そして人を助ける――――そんな男に俺がなりたいと思ったからだ。だから、俺は雄英に通っている」
尊敬する人。
その言葉に、凪は「そう」とだけ答えた。
彼の目はキラキラと星のように輝いている。それを見た凪はかつての自分もこんな目をしていたのだろうかと凪は他人事のように思った。
凪にもいた。憧れの男が。彼は骸と言う名だった。自分を助けてくれた恩人であり、師匠であり、尊敬してやまない男だった。今思えば、ボンゴレの誰よりも、人間らしい人だった。人を憎みつつも、人を擬態し、マフィアを嫌いつつも、ツナを慕っていた彼のあべこべさは、誰よりも人間だった。自分も、そんな彼の背中を追いかけていた。いつか、隣に立ってもおかしくないと思われたくて必死だった。
飯田を見ると、そんな青い自分を思い出す。
すると凪はフフッと笑った。それに飯田はなぜ笑いだすのかと混乱していたが、凪は「なんでもないわ」と答えた。
「私も、いた。そんな人が。でも・・・・・・」
バカらしい。
今過去を思い出したって何の意味もない。今や自分があの男を追いかける意味は最早ない。
ツナが死んだあと、あの人は勝手に日本へ行ってしまった。犬も千種も、自分も全て置いて。日本で何をしたのか、何を思っていったのか、それすらも教えてくれなかった。正直、軽い絶望を感じた。だけど、骸様はいつもそうだった。肝心な時は何も悟らせてくれない。自分が気づくしかなかった。だから、凪は追うのを、彼を目標とすることをやめた。
だって、仕方ないではないか。
「今は違う。あのひとを追いかけてももう、意味は無いから」
骸にとって、自分たちは居場所ではないことが、日本へ行ってしまった行動ではっきり分かってしまったから。
凪は哀しく笑った。
あの人がどうして日本へ行ってしまったのか、目的は分からないが、理由はなんとなく分かる。
きっとあの人は、ボスの欠片を探しに行ったのだ。他のどの国でもなく日本に行ったのがその証拠だ。何より、綱吉が死んでから守護者は皆、何かしら彼の残りものを探している。探さずにいられた仲間はと言えば、彼の家庭教師、リボーン位だろう。彼は綱吉が死んだと分かってから、すぐに別の仕事に取り換えた。リボーンの任務は沢田綱吉をボンゴレの立派なボスにする事だったから、仕事上で考えればこれでリボーンの仕事の契約は切られたも同然だろう。
結局、みんなが皆、強くなれたのは綱吉がいてこそで。
そして今皆が動くのは亡き綱吉が心にいるからこそだ。
「・・・・・・それは、辛いことなんじゃないのか。憧れていた人を追いかけないと言うのは」
飯田は不安そうに聞いた。
ああ、そうかもしれないと凪は思った。自分がここにいてもなお辛いと思ってしまうのは、まだ骸の力になりきれていないまま、追いかける事を諦めたかもしれない。
でも、それでも凪は強くならなきゃいけない理由がある。だから、笑って言える。
「・・・辛くないよ」
凪がそう言うと「ごちそうさま」と言って、席を立つ。飯田に「また明日」と言うと、一人でレシートを取って、自分の分をさっさと払った。
子供に聞かせる話はここまででいいだろう。彼の質問には誠心誠意答えたつもりだ。
凪は一人、店を出た。
「・・・んや、てんや・・・・・・天哉!」
「ど、どうしたんだ兄さん、というか、いつの間に帰って・・・・・・」
兄に呼ばれ、飯田は我に返った。兄が言うにはずっとぼぅっとしていたから心配して声をかけたらしい。飯田はハッと周りを見ると、いつの間にか家に帰って来ていた。ようで、外を見ればもう外は暗い。そもそもヒーローをしている兄が帰ってくる時間なのだから、暗くなって当たり前な事を今飯田は理解した。
「どうしたんだ、天哉がぼうっとするなんて、珍しい」
全くその通りだ。
飯田は「そうだな・・・」と言った。それに兄が「悩みでもあるのか?」と訊いてきた。
悩みは特には無い、特には無いが、これは聞いてもいいものなのだろうかと思った。
うんうん唸ったが、兄になら大丈夫だろうと飯田は口を開いた。
「どうして彼女はあんな風に笑えるんだろうと思って・・・・・・」
そう言うと兄は目を白黒させた。
―――あの真面目な弟が、まさか女の子の話をするとは思わなかったからだ。だが、見た感じただの一目ぼれとかいったものではなさそうだ。
「・・・それはクラスの女の子の話か?」
「ああ。うちのクラスメイトだ。変わった個性を持っていて、大人しめで理知的な女性だ。だけど心の芯が強い、そんな子なんだ」
飯田にとっては不思議だった。
憧れの人を追うのを止める。それは辛い事だと思うし、覚悟もいる。飯田だったらそれが出来るかどうかもわからない。だが彼女はニコッと辛そうに笑顔で「辛くない」と言った。それが飯田には理解できない。どうしてそういう笑顔が出来るのかが飯田には分からないのだ。それで思わず戸惑ってしまった。
何故そんな笑顔が出来る。何故そんなに強くなれる。でもそれを聞いても理解できない気がした。
「寂しそうに笑顔で笑うんだ。辛そうで、でも芯がちゃんと残ってる。そんな笑顔を僕に見せた」
例えるならば水の上に静かに咲く蓮といった所だろうか。
水に流されても、咲くことを決して躊躇わない。美しさを損なわない。そんな人だ。
「彼女の笑顔の裏に何があるんだろうって・・・・・・それを考えていたら、分からなくなって、あの笑顔が僕の頭から離れない」
そこまで聞いた兄は口をへの字にした。
―――どうやら恋愛も少しは絡まっていそうだが、はてこれはどうしたものか。
弟は気難しく考える節がある。おそらく、一目ぼれのついでに何かもっと別の事も含まってしまったのかもしれない。
自分も多少の恋愛は経験しているつもりだが、そこまで深く考えたことは正直ない。
流石弟は真面目だなぁと言わざるを得ない。
だが、それを簡略化することが出来ないのが、また弟らしい。
要するに、今の弟にはこう言えばいいのだ。
「その子の本当の笑顔を見れば分かるんじゃないか?」
とどのつまり、弟は彼女の暗い笑顔が気になっているのだから、それなら楽しそうな笑顔を見ればいい。その女の子も何を背負っているのか分からない今、おそらく元気にさせることが一番だ。
それを聞いた弟は目から鱗といった表情をすると「流石兄さんだ!!」と納得した。
そんな弟を見た兄は、弟の頭を撫でた。
青すぎる春が、いよいよ弟にも来たかと兄は弟の成長に感心したのだった。
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この「マフィアの右腕はヒロアカの世界で頑張ることにした」シリーズ、長いので「マフィアカ」と略しました。<br />これからタグにこれを着けるようにするので、検索するときに是非活用してみてください。
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ヒロアカでマフィアの右腕が:日常編:凪のとある一日
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10166060#1
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うちの主が男を連れて帰って来た。しかも妙に顔の造形の整った男だ。伽羅坊の様な褐色の肌に垂れ目のその男はスーツのネクタイをきっちり締め、大広間で俺達の前に座っている。隣の主は帰って来た時はスーツを着ていたが、今は山姥切の赤ジャージ。一体どういうことなのか、他の刀剣達も困惑している様で、主の言葉を静かに待つ。全員揃ったのを確認すると彼女は一つ咳払いをして話し始めた
『えーと。いろいろあってうちに居候することになりました降谷零さんです。みんな仲良くするんだよ』
「待って、主。流石に待って」
『どうしたの加州』
「端折り過ぎだし居候ってなに!?」
明らかに面倒くさいという顔をする彼女だが、それは説明してもらわないと困る。刀剣男士が急に来るのは日常茶飯事だが彼は人間だ。突飛な事を仕出かすのは良くあるが今回は訳が違う。隣の彼も居心地悪そうだ
『彼は特殊な警察官で、潜入捜査とか危険なお仕事が多いのね。だから家がバレちゃいけないし、自由に動くために協力者が必要なんだって。今日の呼び出しは彼に住む場所を提供してやれって話だったんだよ。うちなら鍵一本で何処からでも繋がれるし、鍵がなければ誰も入って来れない』
「ちょっと待ってよ。それって主が利用されるってこと?」
『そうなの?』
「言い方は悪いですがそうなります」
『だそうです』
初めて言葉を発した彼は顔色一つ変えずに答えた。おいやめろ長谷部抜刀するな。光坊も内心穏やかではないようで、長谷部の肩を抑える指が食い込んでいる。ピリピリと緊張が走る中、唯一ぼんやりとした顔でポケットから鍵の束を取り出し、金色に光る鍵を1本外した。あれは俺達皆に渡されているこの本丸の門の鍵。それに何かを着けると隣に座り、皆の殺気を一身に受ける彼の手に握らせた
『まぁ好きに使いなよ。ここは私達しかいないし、貴方の敵になる人間はいないから』
はい解散、と手を叩くと彼女は立ち上がった。手を俺に向けて手招きすると降谷を連れて大広間を出る。身長は俺より高く、光坊くらいあるだろうか。前を主が歩くのに合わせて俺と彼ものんびり歩く。彼女は歩くのがあまり早くない。足の長さが男女で違うという事もあるのだろうが、基本的に主は慌てるという事をしない。よく言えば穏やか、悪く言えばかなり大雑把。今も呑気に欠伸をしながら歩いている
『降谷さんは嫌いな食べ物とかある?』
「いえ、特には」
『じゃあ好きな食べ物は?』
「セロリですね。あ、でも食事は外でしますので」
『光忠のご飯は美味しいんだよ。この前あそこにピザ釜も作ったから今度ピザ焼こうか』
「あの、聞いてます?」
「悪いな。主はあぁ言ったら聞かないんだ」
俺達の前で中庭の方を指さす主は彼の言葉を聞く気はないらしい。もうすでに彼女の頭は食べ物のことでいっぱいなのだろう。主は食事の時間を何よりも大切にしている。出陣している場合を除いて、必ず揃っての食事を義務付けているこの本丸。どんなに忙しくても、どんなに仕事で寝不足であっても、例え会議で外出していても、食事の時間になると必ず彼女は大広間に現れるのだ。病気でもすれば別なのだろうが、そんなところは見たことがない。まず彼女は病原菌如きに負けるのだろうかと甚だ疑問だ。辿り着いたのは彼女の部屋の隣。障子を開くとそこは真ん中に俺が横になれるほどの大きさのソファとミニテーブルが置かれ、壁はたくさんの本に囲まれている。元々は主が書庫として使っていた部屋だ
『狭いけどここを使ってね。荷物は全部蔵に移しておくから必要な家具とかあれば注文しておくから』
「凄い本の量ですね」
『いろんな国のいろんな時代の本があるからね。歴史書から指南書、おとぎ話にミステリー。あ、春画もあるから気を付けて』
「え」
あの辺、と指さす彼女は顔色一つ変えず一冊取り出すので急いで止めた。なんてものを見せようとするんだ。まずなんでそんなものを持ってるんだ。主は美術品として大切にしているそうだが俺と彼は何とも微妙な顔になる
「これ読んでみてもいいですか?」
『春画を?』
「違います」
『冗談だよ。どうぞご自由に』
「ありがとうございます。家具も掛け布団さえあれば大丈夫ですので」
『了解。何かあったら隣が私の部屋だから呼んでよ』
「隣、ですか」
『嫌?別に私鼾とかかかないよ?』
「そういう問題ではなく、女性のすぐ隣の部屋はいろいろとまずいのではないですか?」
『別に気にしないけど。まぁ貴方が嫌なら別の部屋を考えるよ。そろそろ私夕飯の仕込み手伝いに行ってくるから。鶴丸、本丸の案内お願いしてもいい?』
「任せておけ。終わったら俺達も行く」
来た時と同じくゆっくりした足取りで部屋を出た彼女を見送り、主命通り降谷に本丸の案内を始めた。大浴場や厠、洗濯場、各刀剣の部屋、鍛刀部屋、手入れ部屋、医務室、厩舎、蔵、畑に池と順番に説明をしていく。鍛刀部屋なんかはあまり関係ないだろうが、興味はあるようでじっと見ていた。審神者や俺達刀剣と関わりのない人間からすれば珍しいのだろう。そういえば俺達のことはどの程度聞いているのだろうか
「君は俺達の話は聞いてるのか?」
「えぇ。上から呼び出された時に」
「うちの主は変わってるだろう」
「そうですね。彼女も先ほど初めて僕のことを聞いたみたいですが、驚くでもなく【そろそろ夕飯の支度するからその人連れて帰りますね】と」
「主らしいな。あの子の事を深く考えても無駄だ。長いこと一緒にいるが未だに俺達も理解できないところがあるからな。ただ、うちの主は嘘だけは絶対につかない。主が【ここには君の敵になる人間はいない】って言ったんだ。信じてここを好きに使うといい。ただ長谷部は気を付けろ、あいつは主の為ならカラスも白くするような男だ。早めに誤解を解いておくのを勧める」
彼は噛み付かんとする長谷部を思い出したのか、あぁと声を漏らす。外を一通り廻ったころ、玄関から少し離れた所にある門に着いた。本来なら敷地と外を隔てるものだが、小さな鍵穴の付くそれは塀はなく、ただぽつりと四脚門が佇んでいる。この本丸と外を繋ぐ唯一の出入り口
「さっき鍵を貰っただろう。あれはこの門と外の扉を繋ぐものだ。俺達もそれぞれ持っているが、出陣の時はその時代に合った鍵を渡される。出ていく時も戻る時も必ず鍵穴にその鍵を入れろ。どの扉だろうが鍵穴さえあればその扉はここと繋がる」
「そんな便利なものが・・・」
「うちの主お手製だ。絶対失くすなよ」
「そのキーホルダーは何ですか?」
「これか?ダンゴウオとかいう魚だそうだ!可愛いだろう?以前伽羅坊達がやっていたテレビゲームの敵に似てて気に入っているんだ」
団子の様なころころとした形状のそれはよく見るととても精巧に出来ている。魚の様な怪物の様な魚だがどことなく愛嬌があるそれを主は全種類持っているそうだ。俺には色が同じだからという理由で白いものをくれた。黄色が出ない、と万屋の外に出ている絡繰に小銭を入れてやけになって回していたのは記憶に新しい。ガチャガチャといくつもの玉を荷物持ちの岩融に持たせ、今剣にそれを開けるのを手伝わせるという光景は中々に大人げなかった。ちなみに白いものは主の部屋で3つ見た
「そういえば君はどんなものを付けてもらったんだ?」
「これです」
「・・・・・ゴリラだな」
「・・・・・ゴリラですよね」
銀色に輝くそれはパッと見ただけではわからないが、凛々しい顔をしている。むしろ顔しかない。それと一緒に付いている札にはよくわからない文字が書かれている。なんで主はこれを彼の鍵に付けたのだろうか。ゴリラと彼に共通する点など見当たらず首を捻る。とりあえず門の説明も終え、残すところあとは厨のみ。そろそろ夕飯が出来る頃だろう。降谷を連れて煙の上がる厨へ向かった。勝手口から覗くと忙しなく動き回る主達。こちらに気付くと鍋を混ぜていた手を止め、手を振った
『案内ありがとう』
「どうってことないさ。手伝うことはあるかい?」
『今から餃子包むよ。降谷さんも餃子包める?』
「えぇ。出来ますよ」
『じゃあ手を洗ったらこれよろしく。広間で伽羅ちゃん達が先に包み始めてるからそのボウル持って行ってね』
お玉を皿に置くと光坊が細かく切った野菜の入ったボウルを指差した。業務用冷蔵庫から大量の挽肉を出すと、ドサドサとその上に乗せ、調味料を慣れた手つきで入れていく。抱えるほど大きなボウル2つは若干中身が違うようだ。降谷の抱えるボウルには初めて嗅ぐ香りの野菜が入っている。少々癖のあるそれに隣の彼は驚いたように彼女を見た
『好きなんでしょう?セロリ。うちでは育ててないから買ってきたものだけど。今度植えてみるよ』
「わざわざ買って来てもらってすみません」
『違う』
「え?」
『そういう時はありがとうって言うんだよ。謝られたくて買いに行ったわけじゃないんだから』
「主が買いに行ったのか?」
『ううん。長谷部。降谷さんのために買って来てって言ったら凄い顔してた』
「わざとだろう」
『あの子顔に出すぎだよね』
彼女は俺達を見送ると再び自分の作業に戻った。厨から大広間に向かう間、隣の彼は複雑な表情で何かを考えている様子だった。深く考えるのは無駄だと言ったが、それは彼の性格なのだろう。大広間にはすでに手が空いたもの達が総動員してビニールの敷かれた机の上で餃子を包んでいた。縁側の向こうでは日本号や山伏達が大きな石窯を組んでいる。粟田口兄弟は俺達に気付くと隙間を開け、座るように促した。正面には一期一振と秋田、俺達の左右には乱と前田。短刀達は器用に餃子の皮を丸く伸ばしている。彼らが作ったそれらを使い、他の皆で丁寧包んでいくのだが、これがなかなか終わらない。すでに反対側の机に包み終わった餃子がずらりと並んでいるのだが、まだまだ包まなくては皆の腹は満たないだろう。何せうちの連中はとにかく食べるし飲む。毎日が戦争だ
「降谷さん包むの上手だね!」
「そうかな?」
人当たりのいい笑顔で受け答えする降谷。ほんの少しの違和感だが、彼と話す乱達も気付いているのだろう。笑顔を張り付けて相手を探るように見る彼に、俺達は気付かないふりをした。刀連中は俺が案内をしている間こちらの様子をうかがっていたのか、先程の殺気は感じられなかった
『おぉ、みんな上手上手』
「主殿、お疲れ様です。海老餃子と野菜餃子は終わりましたよ」
『ありがとう。鶴丸は変なの入れてなかった?』
「ちゃんと皆で見張っていましたので大丈夫です」
「俺は見張られていたのか」
「鶴丸様は以前山葵を混ぜ込みましたからね。心配にもなります」
『三日月が1週間は口利いてくれなかったの忘れたの?』
あんなに驚いた三日月を見たのは初めてだったが、あんなに怒った三日月を見たのも初めてだった。そしてもう二度と見たくない。外では鉄板が火にかけられているようで、若干の熱気がこちらに流れてくる。先に包み終わった海老餃子を焼きに、大皿に餃子を並べて持って行く乱に代わり主が降谷の隣に座った。テンポよく包んでいく彼女は手慣れたもので、降谷のボウルに残っている種を次々に包んでいく。鮮やかな緑色が薄い生地に包まれ、少しだけ透けていた
「お上手ですね」
『もう何十回もやってるからね』
「そんなに何度もですか」
『うん。うちは新しく誰かが来ると必ず餃子を包むの』
「何故餃子を?」
『だって自然に会話しちゃうでしょう?こうやって包むんだよとか、上手だねとか。みんなで作ってみんなで食べてさ、それって普通の事だけど凄く幸せじゃない』
微笑んだ彼女は粉と油にまみれた手を布巾で拭き取ると、呆けた降谷を置いて大皿に包み終わったセロリ餃子を乗せ、鉄板を見張る光坊達の元に向かった。肉餃子を包みながらニヤニヤと彼を見る。視線に気づいた降谷は再び前田の伸ばした皮に手を伸ばした。彼のボウルの中はもう空で、周りにいた短刀達は主と共に餃子の焼けるのを眺めに向かった為、今ここにいるのは俺と一期と耳を赤く染めた降谷のみ。俺と一期は最後の餃子を包み終えると皿を持って鉄板へ向かう今剣に任せ、手を拭った。歌仙や蜂須賀が使い終わったボウルや麺棒を片付け、小麦粉まみれの机を加州達が拭いていく。耳の赤い彼を不思議そうに見ていく彼らは次いで俺を見るが、主を指すと察した顔で離れた
「いいだろう。あれが俺達の主だ」
「汚い人間の感情だとか、嘘や駆け引きなんてものは無縁の方ですな」
「あんな風に笑うんですね」
「可愛いだろう。美味いものに目がないんだ」
「彼女は一体何ですか」
「ただの俺達の大切な主さ。君にとってはどうか知らんがな」
縁側の向こうから漂う香ばしい香りと、満面の笑みで大皿に乗った餃子を見つめる主。いそいそと酒の入ったグラスを用意すると高らかにそれを持ち上げた。気がつけば俺達のところにもグラスが運ばれており、酒がなみなみ注がれている。漸く赤い顔が治まってきた降谷にそれを持たせ、彼女を見た。全員がグラスを持ったことを確認すると、彼女は一つ咳払いをした
『食材達にも、日々畑当番を頑張ってくれる皆にも、美味しく料理してくれる皆にも、今こうして生きていられる事にも感謝して。いただきます』
全員がグラスを掲げ、ビリビリと空気が震える程の声を周囲に響かせる。驚いたように目を丸くする降谷のグラスに自分のそれを当てると一期も同じように高い音を鳴らした
「いつもはこんなに声を張ったりはしないんだがな。餃子会の時はこうなんだ。慣れてくれ」
「私も最初は驚きました。しかし、この挨拶も実に彼女らしい」
早く食べたいだろうに、一振り一振りの所へ瓶を抱えて回る彼女は楽しそうだ。入れ代わり立ち代わりにやって来る奴らは興味深そうに降谷に話しかけ、彼のグラスに酒を注ぐ。暫くは見ているだけだったが、あまりに何度もグラスを空にするので流石に止めに入った。鯰尾達が去って行った所に漸く殻になった瓶を抱えて主が戻ってきた。少し頬が赤くなっている彼女に緑茶を勧めると大人しくそれを手に取った
『二人もいつもお疲れ様。最後になっちゃってごめんね』
「構わんさ。今日はずいぶん飲まされたんだな」
『次郎ちゃん達に捕まってね。潰してきた』
「道理で」
俗に言う"ウワバミ"である彼女が赤くなるのは珍しい。鉄板の向こうで長谷部が片付けている瓶は彼女らが空けたものなのだろう。一体何本飲んだんだ。長谷部が抱えきれずにモタついている。飲み過ぎた、と茶を飲む彼女は降谷のグラスが空になっているのに気付き顔を上げた
『うちの子達よく飲むから気を付けてね』
「今更すぎませんか?」
ケラケラ笑う彼女は烏龍茶のボトルを彼のグラスに傾けた。自分の飲み干したグラスにも注ぐと降谷にそれを向ける
『今日はお疲れ様。初めての事だらけで大変だと思うけど、これからもここに帰ってきてね』
カチン、と彼のグラスに当てるとそれを飲み干した。降谷は自分の両腕を枕にして顔を伏せ、隣に座る俺にしか聞こえない声で呟いた
「俺、こんなにチョロかったか」
それには俺も同感だ
ウワバミで春画を勧める審神者
・活撃のあの子のように札を使うのはド下手だけど、金属加工に秀でてる
・まず食。和食も洋食も中華も何でも来い
・酒は飲んでも飲まれるな
・基本的に落ち着いているが、表情が乏しいわけではない。自分の感情に正直なだけ
・降谷さんの鍵にゴリラ(上○動物園で購入)のキーホルダーを着けた。だって小学生をぶん投げるって聞いたから
・自分のキーホルダーはハシビロコウ(上○動物園)
チョロ谷さん
・上司から紹介されたセーフハウスが思った以上にセーフハウスだった
・審神者と刀剣男士のことは聞かされていたけどまさか自分が関わるとは思ってなかった人
・ゴリラのキーホルダーに困惑
・それでよく公安が務まるなってくらいチョロくて自分でも驚いてる
鶴丸国永
・急に来た人間がチョロくてびっくりした
・とりあえず審神者に害がなければいいや
・まず驚き。食より驚き。酒より驚き
・セロリの餃子を食べたが口に合わず。草か?
・長谷部には気をつけろ
・キーホルダーはダンゴウオ(白)
一期一振
・急に来た人間がチョロくて驚いた
・キーホルダーはデフォルメされたゴリラ(全身)
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それでよく公安が務まるなってくらいチョロい人になってしまった降谷さんと、セーフハウスの愉快な仲間たち<br /><br />スタンプやいいねをたくさんつけていただきありがとうございます<br />おかげさまで2018年09月26日付の[小説] ルーキーランキング 32位に入ったそうで。皆様とゴリラ様に感謝いたします<br /><br />出てくるキーホルダーは実際に売ってるんですけどこれがまたナイスゴリラでして。近くに寄った際はぜひ<br /><br />読み始めてからの誹謗中傷クレームはご遠慮ください。豆腐並みのメンタルがぐずぐずになります<br />太平洋より広い心でお読みください<br />病院の待合室でブワッと書いたものになりますので誤字脱字は随時更新していきます
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セーフハウスが全然セーフじゃない
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10166240#1
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[chapter:彼女は僕を旦那様と呼ぶ]
僕の名前は降谷零。
警察庁警備局警備企画課に所属している、日本を守る警察官だ。
先日、配属された部署で潜入捜査を命じられた。一度短期の潜入捜査はやったことがあるものの、今度の潜入は長期になるだろうと上司に言われたため前回より入念に身辺整理を行なっていた時である。
「やあ降谷君。今大丈夫かい?」
「はい、何でしょう一条さん」
彼が声をかけてきた。彼の名前は一条泰憲。僕直属の上司で、これからも彼と共に仕事をしたいと思うくらいには好感の持てる人物だ。
そんな彼に時間は大丈夫か、と聞かれると思っていなかったため、つい身構えてしまう。
自分は何か彼の不利益になるようなことをしただろうか。心当たりがない。
別室へ行こうと先に退室した彼の後に続き自分も仕事場を出た。
廊下も人払いがされているのか、はたまた現在時刻が遅いせいなのか人がいなかった。
まあ、さすがに夜9時を過ぎていれば普通の公務員はいないだろうが。
指定された部屋の前に着いた、ノックをして反応を待つ。
入って入って、と声が返ってきたため、失礼します、と言いながら入室する。
返事の声が低くなくいつも通りの音程だったので少し安堵しながら彼の側に歩いて行った。
いつもの会議室なのに一条さんと2人きりということで変に緊張してしまうのは、やはり上司部下という関係があるからだろうか。
「お待たせして申し訳ありません。降谷です」
「はい、一条です。良かったよ来てくれて。今回呼んだのは上司命令でも何でもないからさ、もし来なかったらどうしようかと思ってたんだ。ああ、座って座って」
僕が一条さんの前に座ると彼は話を始めた。
「回りくどい話は嫌いだからさ、本題からいくよ。降谷君、僕の娘と結婚を前提にお見合いしない?」
「……は?お見合い、ですか?」
お見合いと言ったかこの[[rb:人 > 上司]]
潜入捜査を前にした僕に?結婚?
無理に決まってるだろう一体何を言っているんだ。
「うん、お見合い。大丈夫。君がその反応をすることくらい予想済みだからね。
僕は、君が今後上に行ったとき、いつまでも君といい関係でいたいし、僕がいなくなった後を君に任せたいと考えている。降谷君もそう思ってくれてると嬉しいなあ」
僕も一条さんとはずっと仲良くやっていたいとは思っていますがそれとこれとは話がですね。
あの、あの。
「僕がさっき言った娘は、僕の仕事をわかっているし妻がどう過ごしてきたかを20年以上側で見ている。だからそこまで生活に心配しなくていいよ。僕ら上司は、君に潜入捜査を命じた。しかも長期で、前任が数名亡くなっている危険な組織への潜入捜査をね。今君が行なっている身辺整理は間違っていない。写真を全て消すのも同期の警察官との連絡を断とうとするのも間違いではないよ。けど、潜入するからこそ君をこちら側に引き止める存在を必要だと僕は考えているんだ」
「引き止める存在、ですか」
相槌を打ちながら聞いていると引き止める存在という言葉を出してきた。それは貴方の側ににずっと引き止めておくための存在ですか、とは聞けなかった。僕にはどんな意味なのかわからなかった。
「そう、引き止める存在。きっと君はあの組織で人殺しをさせられるかもしれない。潜入捜査官は葛藤から精神に支障をきたすことが多い。自分は警察官なのに、とか本当に警察官なのか、とかね。僕も少しそんな時期があったから実体験って言った方がわかりやすいかな。
そんな存在として僕は僕の娘を勧める。あの子は君にぴったりだと思うんだよね。学校1モテてたし。ま、とりあえず今度の土曜日にここの料亭でよろしく!」
じゃあ僕これで帰るねお疲れ〜と止める間もなく一条さんは帰っていった。
本当にあの人お見合いに自分の娘勧めることしか話してない…。まあ、これから先僕が昇進していくともしかしたらお見合いさせられるのが増えるかもしれない。だとしたらここで結婚を決めた方が良いのだろう。
一条さんとはいい関係を続けていきたい。
が、そのために結婚…。結婚か。
一条さんのことだから我儘娘ではないだろうがもし僕の所為で経歴にバツがついたりしたらどうしよう。子供ももてないし写真も撮れない。
結婚式も挙げられなければ新婚旅行すら無理だろう。
そんな僕と結婚の話が進められているなんて、まだ会ったことのない娘さんは知っているのだろうか。
土曜になった。部署で一番下のポジションである僕は先輩方のサポートがメインだった。
なのにまさかまた潜入捜査があると誰が予想できるだろう。
それだけでも大変なのに、お見合いもしろとは。潜入まで1ヶ月もないのに。
指定された料亭を調べたところ、完全個室で一見さんお断りの場所だった。
うわぁ絶対高いやつ…と少し引きながら敷地に入った。
敷地に入ると立派な庭が見えた。
日本庭園と言えるような立派なもので、日本っていいなぁさすが僕の愛する国だ。と愛国心が強まった。時間ができたら京都に行くのもいいな、庭園や神社に行くのもいい。ああ、自然公園に行くのもいいかもしれない。屋久杉とか見に行くことでパワーとかもらえそう。
色々考えながら歩いていると着物を着た女性に案内をされる。名乗らずとも案内をされるあたり、一条さんいろいろと手かけてるんだな、と思わざるを得ない。
この部屋でお待ちです、と言い女性は去っていった。はぁ、見合いとはいえ僕は一条さんの娘さんの写真を見たことがないから、どんな風に行くのが正解なのかわかっていない。
まあ、普段通りに行くしかないだろうな、結婚のための見合いなのに猫かぶってるなんて、無意味だろうし。
「遅くなりました。降谷です」
襖を開けて部屋に入ると、中には一条さんしかいなかった。はて、時間を間違えただろうか。いやしかし、父と娘が別々に来ることなんてそうそうないだろうし、お手洗いにでもいっているのだろう。
「ああ降谷君、待ってたよ。うちの娘は今お手洗いに行っててね、もう戻って来るはずさ」
「お待たせしてしまったから帰ってしまったのかと焦りましたよ」
どうやら予想通りだったらしい。ここには盗聴器の類は無いらしく、楽にして構わないと言われた。また、本来公安は作り手がわからない物を食べることなどほぼないが、それに関しても一条さんの力が加わっているこの店は心配ないようだった。
少しして、襖が開いた。
それは美しい人だった。
綺麗な人だった。
緑色の振袖に大小様々な花が描かれていて、肩から足元にかけて地の色が緑から赤になっていた。
一度も染めたことのないような濡れ羽色のその髪は、丁寧に結わえられていて。
僕はその人から目を離せなかった。
後から考えるに、僕はこの時一目惚れをしたのだと思う。この美しい女性に。
彼女はそのまま僕の前、一条さんの隣に座った。
「やあ、遅くなって申し訳ない。私は一条美佳。好きに呼んでくれて構わないよ」
「初めまして、僕は降谷零と言います。一条さんにはいつもお世話になっています」
ギャップがすごい。女性らしい顔立ちでそんな中性的な言葉遣い。
彼女と一条さんと3人で少し話すと、後は2人でゆっくりどうぞ、と一条さんは部屋を出た。
いや、何を話せと。しかももうこれ結婚前提というか本当に確定なんですね。
『降谷さんか、これからよろしくね。私の喋り方は癖でこうなっているだけだから気にしないでくれ。誰に対してもこうだから。
ええと、君の部署はなんとなく理解しているよ。小さいの両親のそれを見ているからね。
私は婚姻届を記入するけれど、出す出さないは君の自由だ。事実婚という言葉はまだ流行っていないけれど、出さなくても夫婦にはなれる訳だし、何より君の経歴に傷がつくかもしれないだろう?』
「それは自分も考えていました。僕の場合は、今後僕が殉職した場合貴女の経歴に傷がつくと思っていましたが。貴女がそれでいいというのならそれでお願いしたい」
婚姻届云々はこちらから言い出そうと思っていたから彼女の言葉に驚きを隠せなかった。女性というのは結婚に対して特別な思い入れがあるものじゃないのか?僕が言える立場ではないけれど。
『結婚するにあたって何か条件があれば早めに言ってもらいたい。来るまでに考えていたが、外では名前を呼ばない、近づかない、写真は撮らない、式は挙げない。の他にあるかな?』
女性ってこういうものなのか、こんなにドライなのか。公安警察の娘だからなのか。誰か僕に普通のお見合いは何たるかを教えてくれ。
「概ねそれであっています。後は、そうですね。指輪を買った場合、僕はそれを外で付けることはできませんし貴女以外の女性と関係を持つことがあるかもしれません。子供暫くは無理ですし、新婚旅行も行く時間がありません。それを許容していただきたい」
『ああ、それを忘れていたね。構わないよ。子供は授かりものだからね、タイミングってものがあるだろう。両親もそれを許容していたから今更どうってこともないさ。名前を呼べないから家でも外でも旦那様と呼ばせてもらうけど、いいかな?』
公安警察の娘って本当に何なんだ。先輩達の娘ももしかしてこんなドライな女性に育っていくのか…?
よし、じゃあ彼女にも条件がないか聞こう。
2人で遊びに行きたいとか、そんな普通のことも叶えられないかもしれないけど。
「呼び方はそれで構いません。僕からお願いしたいことは以上です。美佳さんからの条件はありますか?出来る限り条件に合う行動をしたい。僕だけ言うのもあれですし」
すると彼女は少し考えて、
『そうだな、私からのお願いは家に帰ってきたら「ただいま」出かけるときは「行ってきます」ご飯の時は「いただきます」「ご馳走さま」を必ず言うことだ』
「…え?そんな当たり前なことでいいんですか?」
もっとあるだろう。そんな当たり前なことじゃなくて、もっと違う、何かが。
『当たり前なことだからいいんじゃないか。だって私は、君を引き止める杭なのだろう?君が私達国民の日常を守るために命をかけているなら、私はその守っている日常を君に実感してもらいたい。君のおかげで当たり前の生活を送れているのだと、気づいてもらいたい。
私は兄や父のような権力はないけれど、出来る限り降谷さんの日常を守りたいと考えているよ』
これからよろしくね、旦那様。
彼女は、一条美佳はそう言って右手を差し出してきた。僕らは握手を交わし、部屋に戻ってきた一条さんに婚姻届をもらって(何で持っているんだこの人)記入した。
新居は僕が選ぶと言ったので、都内でもセキュリティが良いマンションを買った。
準備があるというこで、1週間後、僕らは結婚生活をスタートしたのだった。
[newpage]
学生時代の友人に電話をかける。
彼女は確か人形作りの天才だった。
『ああ、私だけど。人形を1つ作ってもらえるかな。人間にそっくりな、燃やしても人間と同じように燃えるものを。機械とか糸とか残らないようなやつをお願いしたいのだけど』
「ああ、結婚したんだっけ?うちの相方が姫さんが結婚したって言ってたわ。やばい仕事でもしてるわけ?」
『情報が早いなぁ相変わらず。やばい仕事というか、保険だよ。彼の日常を守りたいと言った手前、何が何でもやらないといけないだろう?
後、君の相方に調べてもらいたいことがあるから近々連絡するって言っておいてもらえるかな』
「はーいよ。人形の顔はどうする?顔わからないと細かくできないけど」
『顔は今のところ普通の日本人男性でいい。180㎝くらいある成人男性で、筋肉付いてる感じでお願いしたい。君の技術は信頼してるんだ』
「そんなこと言われると最高の人形にしないといけないじゃんね。いいよ、任せな。お礼は今度スイーツビュッフェでよろしく」
ブツっと音を立てて電話は切れた。
これで保険はかけられるはずだ。
まだ細い糸のような保険だけれど。
[newpage]
潜入捜査が始まった。
組織の構成員の下っ端とコンタクトを取り、順調に任務を与えられるようになった。
驚いたのは美佳との生活である。
彼女、家事はてっきりお手伝いさんにやらせているのかと思いきや、しっかり全て自分でやっていたのだという。
曰く、学校で習ったからと。
女子校に通っていたようで、その学校は今時珍しく感じたが、家事を徹底的に教え込む授業だったらしい。
出汁の取り方からシャツのシミ取りまでやらされて大変だったよ、と笑いながら言っていた。
その反動もあるのか、おめでたい日はしっかり出汁を取るけれど普段のお味噌汁とかは出汁パックを使うね、早いし美味しいし、とも話していた。日本を愛する僕も、出汁は昆布と鰹節を使いたいがいかんせん時間がかかるのでその考えは簡単に受け入れた。
僕の上司、一条泰憲は妻と息子2人と娘1人を持つ5人家族だ。上の息子は自衛隊隊員のちょっと言えないところ(美佳談)にいるようで、下の息子は官僚として国家に勤めているらしい。
一条家の男はみんな権力を持っているのか、と驚くしかない。いや一条さんに逆らった瞬間やばいのではないだろうか。今は好かれてる自信があるし後を継いで欲しいとか言っていたけどいつ手のひら返しをされるかわからない。
なるべく美佳の要望を叶えようと、思っていたのだが。
まさか、新婚3ヶ月目で、
『旦那様、すまないが暫く実家に帰らせてもらう』
なんてメールが来るとは思わないじゃないか。
えっ僕何かやらかしたか?ただいまも行ってきますも言える限り言ってるぞ!?と自分の行いを振り返りながら、安室透名義のアパートにいたため電話をかけた。
「メール見たけどどういうことだ?何か嫌なことでもあったのか?」
だめだ、振り返っても何も出てこない。
まさか無意識に何かやったのか…、あれ、そういえば僕冷蔵庫にあったプリン食べたような
まさか!
「僕が勝手にプリン食べたことを怒ってるのか!?」
『生活に辛いことや嫌なことがあったわけではないが、そうか。あのプリンは旦那様が食べたんだな』
あっやべ墓穴掘った。
「今度美味しいケーキ買って帰ります。そうじゃなくて、じゃあ何があったんだ。今までそんなこと一言も言わなかっただろう」
『許そう。ショートケーキを頼むよ。いや何、生活ができなくなってしまったんだよね、ここでの生活はもうできないんだ』
都内で美味しいショートケーキの店を探すことを心に決めて、話を聞いてみるが原因がわからない。何故彼女は急に生活が無理だと言い始めたんだ?
「本当に無理なのか?」
『無理なものは無理なんだ。マンションが木っ端微塵になってしまってね』
「は?」
は???
『あれ、旦那様もしかしてニュースを見ていないのかい?都内のマンションに爆弾が仕掛けられていたってニュースになっていたのに。爆弾処理班に1人スーツでやっている人がいてね、その人に一緒に下まで連れて行ってもらったらその瞬間爆発して今までの部屋がもう住めないくらい吹き飛んでいて』
「怪我は!」
都内に爆弾だと?クソっこの部屋にテレビがあれば…。パソコンを出してニュースを検索すると、確かに住んでいたマンションに仕掛けられた爆弾が爆発したと記事になっていた。
「だから、怪我はないよ。大丈夫さ。旦那様の日常を守ると言った私が、自分の身すら守れなくてどうする。これから念のため病院に行くが、無傷だから安心してくれ』
良かった、民間人の死傷者無し、とは書かれていても実際に確かめなければ不安で仕方がなかった。
しかし、爆弾処理班とは。久しぶりに聞いた気がするな。確か萩原と松田はそこだったはずだが、元気にやっているだろうか。
まさか、スーツでいたやつ萩原じゃないだろうな…。あいつ訓練のときも暑くて重くて嫌だとか言ってたような……。
『ちなみになんだが旦那様、病院まで迎えに来てもらうことはできるだろうか』
「ああ、大丈夫だ。どこへ迎えばいい?米花中央病院か?」
今日はもう降谷零も安室透も仕事がないから行ける。
車の鍵を持ちながら病院の場所を聞くと、電話の奥から懐かしい声が聞こえた気がした。
『えっ美佳ちゃん旦那さんいるの?どんな人?俺よりイケメン?』
『黙ってろ萩原!迷惑だろうが!』
『痛いよじんぺーちゃん!!!』
おい待て。
聞こえた気がしたじゃなくてこれは確実にいるな。
『すまないが少し静かにしてもらえるか?
ああ、旦那様米花中央病院であっているよ。さっき言った、1人スーツを着てた警察の方が今一緒にいてくれてるんだけど来れそうかい?』
病院で会って騒がれるのと電話越しに騒がれるのとでどちらも嫌だな。
「安室透という旦那が今から行くと言っておいてくれるか?金髪色黒の安室透が行くと。そしてスーツ着てた人に伝言をお願いしたいんだけど
僕の右ストレートは覚悟しておけよ
って言っといてくれ」
『了解したよ旦那様』
旦那様との電話が切れたので、伝言を伝えた。
『萩原さん、旦那様からの伝言があるよ。
僕の右ストレートは覚悟しておけ、だってさ。今から金髪色黒の安室透が行くから待っていろって』
「「え゛」」
旦那様が到着して、萩原さんと松田さんが驚いた顔をして、萩原さんが右ストレートをもらって吹き飛んでいった。
これはこれで旦那様の日常を守れたのだろう。あのままじゃきっと萩原さんは重症かそれ以上を負っていただろうし。
[newpage]
その日、父から急に連絡が来た。定期連絡ではなく、1人の捜査官を匿って欲しいという旨のメールが。
きっとこの人も旦那様の日常のために必要なのだろう。
なら私は、私にできる全てをしよう。
『私だけど、人形の状態は?』
「いつでも最高だよまったく。ねえ、人形完成してもう4年は経つけどまだ使わないわけ?私が急いで終わらせた意味なくない?」
『言ったろう?保険だって。そう早く保険を使う方が嫌だよ。 けど、今日か明日に使いたい。お願いできる?』
「もちろん。キャリーケースに入れておくから後で持っていくよ」
『ありがとう助かるよ』
「久しぶり〜!何かあった?」
『至急調べて欲しいことがあるんだ。時間いいかな?』
「大丈夫!何について?」
『君の相方に人形を頼んだのは知っているかな。それを使うために、今この人がどこにいるかをすぐ知りたい。そして今も逃げているなら上手い具合にここのビルへ誘導とそこまでの監視カメラのジャックを。できるかい?』
「もちろーん。みかちゃんのお願いなら何でも聞くよ!任せておいて」
『父さん、ここのビル周辺に死体回収班をお願いしたいんだけど。焼死体を1つ作ります』
ビルの屋上で柵にもたれて街を見ていた。
下の階にガソリンをかけた人形をセットしてある。後はタイミングで火をつけて投げ落とせばいい。
問題なのは、タイミング。
良かった、誘導はうまくいったようだ。
屋上への唯一のドアが開いた。
「っ誰だ!俺を殺しに来たのか…!」
ああ、その通りだよ。私は君を殺しに来た。旦那様のために。
『私は一条美佳。旦那様のために貴方を殺しに来たよ。とりあえず、ガソリン被ってもらえる?』
[newpage]
形振り構っていられなかった。
ヒロ、僕の大切な幼馴染。アイツがNOCだとバレるようなヘマするわけがない。
どこから漏れた!
ライを追ってビルに入った。屋上を目指して階段を駆け上がるが、足音までは気にしていなかった。
気にして入れば、間に合ったかもしれないのに。
階段を上がりきったところはガソリンの匂いが漂っていた。
それはドアを開けなくても臭うくらい強いもので、
僕が屋上のドアを開けた瞬間
僕が助けたかった親友は
頭からポタポタと垂れるガソリンを気にせずに、いつだったか僕があげたライターで火をつけて
屋上の柵の向こうへ身を投げた。
『良かったよ、君が私の話を信じてくれて』
「生き残る道はそれしかないと思ったからな。ゼロには悪いが、俺は先にリタイアらしい」
『生きているだけで十分だと思うけどね、死亡と生還おめでとう、景光君。暫くの間、私の家で身を隠してくれ』
[newpage]
スコッチ、ヒロがNOCバレして、焼身自殺を図ったことは僕とライが報告した。
すぐに地上に降りたが、死体はすぐに日本警察が持ち帰り、情報端末すら残らなかったと伝えたらジンに銃を乱発されてたまったもんじゃなかった。
僕は今、上手く笑えているだろうか。
トリオで動いていたから僕らもNOCだと疑われ、3ヶ月は自由に動けないでいた。もちろん、降谷零名義の、美佳のいる家にも帰れていない。
今日は久しぶりに彼女のいる家に帰る予定だが、僕は、今誰なのだろう。組織にいると、降谷零がわからなくなってくる。
警察官なのに、人を殺す毎日。
目撃者も殺さなければならない、そこに女性も男性も子供も関係なく。
だからこそ、彼女の前だと今の自分は降谷零だとわかった。彼女が僕の日常を守ると言ってくれたから。彼女が旦那様と僕を呼ぶときは僕は降谷零でいられたんだ。
けど、今はどうだ。3ヶ月も連絡がなく、親友1人すら助けられない。
そんな僕は、まだ彼女の夫でいられるだろうか。
鍵を開け、家に入る。
おかえりなさい、旦那様と彼女は今まで通りに迎えてくれた。
彼女はもう食事を済ませたようで、テーブルには僕の分の食事が並んでいた。
もう、限界だった。
「僕は今、笑えているか?」
『?どうしたんだい、突然。何かあった?』
だよな、突然で驚くよな。
「僕は、君が思うような人間じゃない。君が思うような、日常を守れるやつじゃないんだ。
親友1人救えない人間なんだよ」
床に座り込み、両手で顔を覆う。
スーツに皺が寄るとかそんなこと頭になかった。自分の無力さが嫌だった。
『大丈夫?辛いことがあったなら話してくれ。話せることだけで良いから。話してくれたら支えられるかもしれないから。抱え込んではいけないよ』
美佳は座り込んだ僕を抱きしめるように手を回してくれる。
『旦那様が救えなかったその人は、どんな人だったんだい。優しい人だった?』
ああ、優しいやつだった。小さい頃に東都の親戚の家に越して来て、僕の見た目をバカにしないやつだった。
『強い人だった?』
強い人だった。一緒に戦ってくれるやつだった。
『信念を持った人だった?』
信念を持った人だった。日本を一緒に守るんだって、笑いながら言い合ったんだ。同期5人で、所属がばらけてもそれぞれ頑張ろうなって。
『家族思い、友人想いの人だった?』
兄がいるんだっていつも自慢気に話してくれてた。僕や兄を守るために自殺したんだ、きっと。僕は最後まであいつに守られていたんだ。
「僕は、あいつにいつも助けてもらってたのに、お礼すら言えなかったんだ。助けたかったんだ、いつまでもずっと一緒にいられるって思ってたんだ!!!」
いつのまにか涙が溢れて止まらなかった。
声にすることであいつがいなくなったことを実感してしまった。
『うん、大事な人だったんだな。大事な人を失くすのはとても辛いことさ。ねえ、旦那様。顔を上げてくれ。その人、こんな顔じゃなかったかい?』
「ゼロ」
バッと音がしたんじゃないかと思うくらいの勢いで顔を上げた。幻聴かと思った。
顔を覆っていた手を離して、けど涙で滲んだ視界で上手く見えなくて。
「ひ…ろ……?」
「ごめん!ごめんなぁ!俺だけ先にリタイアして、辛かったよな!俺もこれからはゼロのサポートに回るから。これからも一緒に頑張ろうな」
「うそ」
だって、ヒロはあのとき自殺したんだ。僕の前で焦げて炭になっていたんだ。
『嘘じゃない、本物だよ。なんなら、2人しかわからない質問をしてみると良い。父さんからメールが来てね、彼を匿って欲しいって』
『覚えてないかい?君の日常を守ってみせるって、あの日確かに言っただろう』
あ……。そうだ、僕が国民の日常を守るなら君が僕の日常を守ってくれるって話したんだ。
彼女は、本当にそれをやってくれた。
萩原も松田も景光も、美佳が助けてくれた。
本当に僕の日常を守ってくれた。
「どうやったんだ?」
君は他の家族と違って力を持っていないはずじゃなかったのか。驚きで涙も引っ込む
『人形作りの天才に人形を頼んでいたんだ、7年前の、結婚した日から。歯型までは無理だって友人に言われて、燃やした人形回収は父さんに早めにお願いしたよ』
「人形…?」
けど落ちて行くのは本物だった。途中で入れ替わったのか?だとしてもあんな精巧な人形を作れる人物と知り合いだなんて知らなかった。
『以前女子校に通っていたって言ったろう?そこの生徒が天才と一般学生でね、これでも学校1モテていたんだ、好意には誠意で応えていたら人脈が広がっていった。
私、兄や父のような権力はないけれど、あの人達にはない人脈を持っている自信がある。だから、旦那様が求めるなら、私が持つ全てでもって降谷零を支えてみせよう』
女性が見惚れるような綺麗な笑顔で、しかも両手を握られて言い切る彼女に僕が言えたのはただ一言。
「結婚してください」
『何言ってるんだ、もう夫婦だろう』
一条美佳
旦那様の妻。人脈EX。ってしたいのに上手く書けませんでした悲しい。
あなたいつのまに松田さん助けたのって思うしきっとこれから先伊達さんを助ける。
降谷零
旦那様。
萩原さんへの右ストレートは綺麗に決まったらしい。その時に2人に安室名義のメアドを渡して探偵と警察官という関係を作った。
幼馴染焼身自殺で3ヶ月→生きてるナンデ!?
→僕の妻最高結婚して→してたわ…
景光
旦那様の幼馴染。名字発表おめでとうございます。兄弟そろって明るい光なんだねってツイート見て号泣しました。ショタ………ショタみつ可愛いしショタれいかわいいし、なんでスコッチ死んでしまったん……?
萩原さんと松田さん
爆弾処理してたら綺麗な人が部屋から出て来てまだ避難してない人いたの!?一緒に降りるよ!→えっ爆発した!!!死ぬとこだった!
親友が死んだかと思ったら綺麗な女性と一緒に下に降りてて生きてて良かった……。からの病院で旦那様の見た目とか右ストレートとか言われて、まさかな…ってなったらまさかの本人
萩原?ああ良いやつだったよってくらい綺麗に右ストレート決まって笑った
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裏稼業のおつかいを頼んだ方へのお礼小説です。25日の昼には上がるといいつつ既に夕方…大変お待たせしました。<br /><br />リクエストとして政略結婚とだんだん嫁に惹かれていく降谷零を頼むと言われましたが上手く書けた気がしません笑カッコいい降谷零が書けません先生。<br /><br />なんでも許せる人向けです、って書いとけば大体大丈夫なんじゃないかと考える今日この頃。<br /><br />注意喚起としては<br />名前ありオリ主<br />救済<br />夢小説<br />ですかね、自分の地雷にしか配慮してませんのでお気をつけください。<br /><br />景光、名字出ましたね…コミックス派の人もいるでしょうしどこまで出していいのかわからず、名字は書いていませんが、兄弟そろって明るい光はずるいって剛昌神<br />でもってそれに気づいた方も神だと思いました。<br /><br />9月27追記<br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2018年09月25日付の[小説] 女子に人気ランキング 53 位に入りました!<br />ぜひご確認ください。<br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2018年09月25日付の[小説] デイリーランキング 70 位に入りました!<br />ぜひご確認ください。<br /><br />ランクインしました評価ありがとうございます!
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彼女は僕を旦那様と呼ぶ
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その人は、不思議なほどに歳を感じさせず、不思議なほどに私を強く惹きつけた。すらりと伸びた長い手足や、少しこけた頰にほんのりシワが刻まれた目元。しかし瞳の輝きは全く衰えているようには見えず、強い輝きを放っていた。
「君が、俺の姪か」
空気を震わせたその声の低さも、私の胸をときめかせるには十分だった。
*
中学三年生最後の夏休み、ウチにアメリカに住んでいる伯父が遊びに来ることになった。なんでも日本にいる知り合いに会いに来るので、泊めて欲しいとの事らしい。父の話でしか聞いたことがない、父の兄でもある伯父は一体どんな人なんだろう。父に言わせると「寡黙だけど、思いやりはある。あと女癖が悪い」。母に言わせると「イケメンだけど独特のオーラがある」だそうだ。二人の話を合わせてみてもどんな人物なのか全く予想がつかない。
その人は今日、学校の修了式がある日の夕方にやってくることになっていた。早く帰ってきてね、と母に言われたが正直緊張してしまいあまり早く帰りたくないのが本音だ。その事を友人たちに話すと「えー!あんたのお父さんのお兄さんなんでしょ?絶対イケメンじゃん!早く帰ってどんな人だったか教えてよー!」と言われ、うぐ、と言葉に詰まる。うちの父は母や私の前ではチャランポランではあるが顔は美形な方に分類される。それは母も同じなのだが、どちらかというと棋士である父の方が注目が集まるため、大抵初めて会った人には父の話を持ち出されるのが常だった。そんな有名な父の兄、テレビでも滅多に語ることはない家族に注目が集まるのも頷ける。私は深いため息を残しながら、トボトボ家路を歩いて行った。
「ただいま」
マンションの玄関を開けると、見慣れない靴が一足並んでいる。大きさからして、きっとおじさんだ。もう来ているのか、トクトクと早まる鼓動を抑えながらリビングへ続くドアを開ける。
そこに居たのはとても大きな人だった。後ろ姿だけなので顔は見えないが、その背丈の高さはソファから飛び出た体躯で十分に予想できた。部屋の中なのにも関わらず、ずっとニット帽を被っているのは父から聞いていた通りだった。扉の音に気が付き、大きな男がこちらを振り返る。
なんだか一瞬、時が止まったようだった。
*
おじさんはそれはそれはかっこいい人だった、冒頭で述べた通りに。思わず入り口で固まる私に優しく笑いかけ「怖がることはない」と手招きされる。おとなしく彼の元へ近づくと、彼は嬉しそうに頰を少し緩めながら「いい子だ」と私の頭をポンポンと撫でた。海外生活が長いと聞いていたのでてっきりハグでもされるのかと思っていたから拍子抜けしてしまったが、撫でる手の優しさがなんだか照れ臭くて。結局母がリビングに入ってくるまで大人しくされるがままになっていた。
おじさんの名前は『赤井秀一』というらしい。父と名字が違うためほんの少し首をかしげると「秀吉は養子に行ったから名字が違うんだ」と教えてくれた。初耳だ、父が養子縁組を組んでいたなんて。
「俺のことはそうだな……秀一おじさんとでも呼んでくれればいい」
「秀一おじさん?」
「ああそうだ。……あんまり慣れんがな」
確かにこんな若そうに見える人がおじさんだなんて、なんだか不思議な感じだ。それにしても父といいおじさんといい、この整った容姿はやはり遺伝なのだろう、その遺伝を受け継げなかった自分が悔しい。秀一おじさん、と試しに呼ぶとん?と首を傾げて私の方を見つめる。日本人とは違ってまっすぐ私の目を見つめるその瞳が、なんとも眩しくて思わず視線を下げてしまった。
「君は照れ屋だな」
「あの、その、初めて会った人には、えっと……人見知りを、してしまって……」
「ふむ、そうか……。それではおじさんとお話をしてくれないか?君の両親が夕飯の買い出しに行ってしまって暇をしていたところなんだ」
「いいですけど、私なんかのお話で楽しんでいただけるか……」
「可愛い姪の話だ、退屈なわけがないだろう」
なんて優しいおじさんなんだ、優しく微笑むおじさんに思わず笑顔かこぼれる。じゃあ、と隣に座ろうとすると、さあおいで、と己の太ももを叩くおじさん。思わず口があんぐりと開きそうになる。え、おいでってそこ?おじさんの膝の上!?突然のお誘いに目を白黒させているとどうしたんだ?と聞いてくるおじさん。その顔は至極真面目で私のことをからかっているようには見えなかった。初対面のおじさんのお膝にいきなり座ることになるなんて……。流石に恥ずかしさの方が勝りおじさんの隣にちょこんと座るとおじさんが寂しそうに眉を下げながら私のことを見つめていた。ああああもうそんな顔しないでくださいよ!罪悪感しかわかないじゃないですか!
私はええいままよ!と立ち上がっておじさんの膝の上にぽすんと座る。頭に硬いものが当たるが、おそらく胸筋だろうか。よほど鍛え上げられていると見えた。確か父の話では40代後半と聞いていたが、にわかに信じがたい。上を見上げるとおじさんは先ほど同様ほんのり微笑みながら私のことを見下ろしていた。その微笑みがあんまりにも絵になるものだから、しばらく見惚れてしまう。するりとお腹に回されたおじさんの手でハッと気が付き慌てて視線を下げる。もうほんとイケメンずるい、さっきからドキドキしっぱなしだ。おじさんは私を落とさないように両手を私のお腹の前で組み、キュッと引き寄せる。苦しくない力加減と、おじさんのあんまり高くはない体温が体全身に伝わってきて、思わず頰が赤くなる。
「さて、どこから話してくれるんだ?」
おじさんは私の気持ちになんて全く気づかないようで、慈しむように私の髪を弄ぶ。そうだよね、こんな子供がときめいていてもおじさんからしたらなんてことないおままごとみたいなものか。そうは思っても一度ときめき出した心臓は落ち着くことを知らない。私もなんてことない様に装いながら、おじさんの上で足をぶらつかせ、まずは自己紹介から始めて行った。
「私の名前は羽田──」
*
「ただいま兄さん……って、なにこの体制。うちの娘の年、勘違いしてない?」
「あら、抱っこしてもらってたの?義兄さんに。いいわねえ」
買い出しから帰ってきた父の一言で、秀一おじさんはきょとんとリビングの扉近くにいる両親を見つめる。私はあんまりにも恥ずかしすぎて両親の顔を見れないでいた。中学生にもなっておじさんの膝の上なんてどんな羞恥プレイだろう。話してる間は楽しかったからうっかり忘れかけてたけど。
「どこからどう見てもミドルスクールに入りたての年頃だろう?」
「残念だけど、アメリカでいうなら9thグレード。もうハイスクールに入る歳だよ」
ほんの少し目を見開きながら、「本当か?」と聞いてくるおじさん。そもそもミドルスクールあたりで私はちんぷんかんぷんだ。「ミドルスクールってなんですか?」と聞くと、秀一おじさんは「そこから説明しなくてはならないな」と私の頭をまた優しく撫でる。
「ミドルスクールというのは、日本の中学校に近いところだな」
「じゃあ大体合ってるよね?」
「チュウ吉手伝って~」と買い物袋を提げたままキッチンに消えた母を追いかけていく父に聞く。父はキッチンからひょこっと顔を覗かせながら苦笑いで答えた。
「それがまた違うんだ。こっちだと12歳からが中学生だろう?向こうでは11歳からがミドルスクール。つまりお前は兄さんに小学6年生くらいだと思われていたんだ」
「しょうがく6ねんせい」
「ふむ、では実際は15歳ということか。もっと幼く見えるんだがな」
そうか、だからおじさんは私を膝の上に乗せたり、こんな風に頭を撫でてくれていたのか。今までの行動全てを小学生にするものと当てはめて見たら十分納得がいった。それでもお腹に回した腕を離そうとしないおじさんに、「抱っこは継続ですか?」と聞くと、「人肌恋しくてな」と片目を閉じながら冗談めかして返される。意外にクールそうに見えてこんなジョークも言えるんだ、なんか新鮮。
「それに敬語じゃなくていい」
「?」
「おじさんなんだからな、気軽に話してくれ」
変な遠慮はするな、ということだろうか。しかしさっき会ったばかりの人、しかもひと回りもふた回りも年上の人にタメ口なんて流石に憚られるが、おじさんなりの優しさなのだ、気持ちにしっかり答えなければ。「わかりま……わかった、秀一おじさん」と答えると、それはそれは嬉しそうに笑うものだから悪い気はしなかった。そんなににっこり微笑んでいる訳ではないのに伝わってくる彼の喜びが、なんだか少しむず痒かった。
結局夕飯の時間までおじさんはずっと私を抱っこし続けたままで。料理を運んできた母が「うちの子、人形か何かと勘違いしてるわけじゃないんですよね?」と聞くと、おじさんはフッと笑いながら「こんな可愛らしいdollだったら大歓迎で迎え入れるんだがな」と頭部にチュッとキスをするものだから、思わず恥ずかしさで顔が火照る。手汗だってすごい、緊張とときめきで頭の中まで茹ってしまいそうだった。
おじさんは大層私のことを気に入ってくれたようで、食事が終わってお風呂に入るときも「一緒に入るか?」と聞いてくる。流石に丁重にお断りしたし母も父も止めてきた。「年頃の娘にそんなこと言っちゃダメだよ兄さん!」と怒る父を横目に、私は自室へとパジャマを取りに戻る。それにしてもおじさん、本当にいい人なんだけど距離感ちょっと近いんだよな。どうしてだろう。やっぱり生活圏の違いなのだろうか。
*
リビングから出て言った娘の姿を確認してから改めて兄の方へ向き直る。目の前にいる男の瞳はギラギラと輝いていた。決して娘の前では見せなかった欲情の光に、やはりなと己の推測が間違っていなかったことに安堵する。兄さんの行動はあからさまに分かり易すぎるのだ。由美たんにはバレていないようだったが実の弟である僕にはモロバレだ。この男、赤井秀一は間違いなく十中八九俺の娘に惚れている。先ほどの言動だって齢15の娘と分かっていながらこの男は言い放ったのだ。お風呂でナニをされるか、たまったもんじゃない。いくら兄とはいえど可愛い愛娘をまだ手放したくはなかった。
「兄さん、小さい子好きだったっけ?」
「ああ、そんなに得意ではなかったんだが……。あの子はどうも構いたくなってしまってな」
「そういう意味じゃなくて……、まあ確かにうちの娘は目に入れても痛くないくらい可愛いけどさあ……。俺の目が黒いうちはいくら兄さんでも手出しさせないから」
「とんだ[[rb:doting parent > 親バカ]]だな。安心しろ、そんなものではないさ」
ひらりと手を振りながらキッチンの方へ消えていく兄を見送って、ふうと息を吐く。この歳まで独身を貫いてきた兄だ、てっきりこのまま独身貴族を貫くのだと思っていたから、買い出しから帰ってきたときはとても衝撃的だった。兄本人としては姪として可愛がっているようだが、その可愛がりかたは明らかに違う。履き違えた愛情の正体を教えてやろうかと思ったがやめた。わざわざうちの娘への気持ちに気づかせてやるほど僕は人間として出来ていない。娘の魅力を知っているのは己だけでいいのだ。
「お父さーん、お母さんが探してたよ?」
着替えを両手に持った娘が扉からひょっこり顔を出して伝える。その仕草すら可愛いと思ってしまうからほんと親バカというのも案外間違っていないかもしれない。愛する人が生んだ娘なのだ、可愛くないわけがない。
伝えたからね!とぱたた音を立てながら去っていく娘の姿を思い描きながら、最愛の人が待つであろう寝室の方へと歩みを進めた。
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パパセの次にオジセを勧められて落ちました。おじさん赤井秀一×姪っ子です。がちです。イメプレではありませんので苦手なかたは回れ右でお願いします。今回は導入編。次からガッツリエロです。赤井秀一はロリコンだって思うんですけどみなさん如何思いますか。
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私のおじはFBI
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10166574#1
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!!アテンション!!
・この作品は二次創作かつ夢小説です。
・私の妄想の塊ですのでクロスオーバーが苦手な方、地雷な方はご自衛をお願いします。
・小説内の設定などは全て私の妄想です。
・ツッコミどころ満載ですが、深く考えずに書いたものですのでそういうモノとしてそっとしておいてあげてください。
・誤字脱字等ありましたらコメントにてそっと教えてあげてください。
・合言葉は「二次創作と二次元はファンタジー」
それでも('ω'◎)イイヨーという方はどうぞ!
[newpage]
初めての出産を乗り越え、生まれた愛する夫との子。その子を抱きしめた時、唐突に思い出した。
えっこの子降谷零?まじで?
あれ?わたしもしかして審神者…?
初っ端から失礼、我が子の顔見たら前世思い出した系審神者ですこんちは。
よくよく考えたらわたしの名字降谷だったし、降谷さんの褐色とタレ目はいずこからっておもったけどわたしタレ目だし、わたしのパパンがガングロだったわ。ハハッ笑うしかねえ。
なんだこのご都合展開夢小説かよ!しかもクロスオーバー!夢小説なら前世思い出したらぶっ倒れろよわたしの前世薄すぎか。
前世?スマホパイセンで審神者しつつ執行されて沼にドボンしてた夢も腐も嗜んでたオタクでしたよ?どっちもたいへん美味しかったです。フゥー!
いやしかし、どうしたもんか。謎はなぜ今、このタイミングで思い出したのか、ということだ。
…なるほど、そういうことか……!
…って言ってみたけどわかんねーわ!わたし某名探偵みたいに頭良くねーから。一人ノリツッコミ乙。しょうがないしょうがない。ハイ解決!この話は終わりってことで!次の議題に行きまーす!次の議題はぁ〜〜?
ダラララララララ…デデンッ
零のお父さん、つまりわたしの旦那です!
聞いてくれ…まんばちゃんだったんだ…。まんばちゃんが零のお父さんとか、納得の美貌。
それにしてもわたしがまんばちゃんの嫁か…とりあえず全国のまんばちゃん推しの方に土下座したらいいです?
テンションが可笑しいのはほっといてくれわたしも混乱してるんだって…
だってだって!びっくりするじゃん!あなたの推しが旦那ですって言われたら!舞い上がるよね!!フゥー!土下座してぇ。
もうよくわかんなくなってきたし、キャパオーバーで思考回路がショート寸前なので、今の生活をエンジョイすることにしますね!推しのいる生活、セラヴィー!!!
[newpage]
わたしが前世を思い出してから7年がたった。
え?飛ばしすぎ?
いや、初めて喋る言葉を自分の名前にしようと争う刀剣男子達の話とか、服の装飾やら髪やらを零にもしゃられてる刀剣男子達の話とかそういうエピしかないし。
需要なさそうだし話が長くなりそうだからカットカット!
おっと話がそれた。
それでですね、今日はなんと、小学校に入学式をするために来ております!同伴はわたしとまんばだよ!すっごい目立つ!!
そりゃ当たり前だよね、美ショタと現実離れしたイケメンの隣に普通の女いたらめっちゃ目立つよね知ってる。
この世は地獄です…。嘘です刀剣男子達と零に会えた今世サイコー、神様愛してんぜコノヤロー。アッ刀剣男子も神様だったてへぺろ。
ンンッン"(咳払い)
…てなわけで本日、零が一年生になります。写真めっちゃ撮っとかなきゃ。
だってアレだよ?審神者になりたての頃に配布されるルールブック「はじめてのさにわ〜1からはじめるさにわのためのトリセツ〜」(全10,000ページ)に審神者は基本的に(冠婚葬祭とか以外は)本丸から出ちゃいけないって書いてあったんだよね〜!ブラック企業かってーの。
さらに審神者のこどもは学校に通う際、護衛付きで政府の施設に預け、そこから通わなければいけないらしい。
うちではカンスト勢が交代で護衛しております。
くっそ〜わたしも顕現解けたりしねーかな!零を見守りたいよぅ!出来ねーけどな!この時ほど生身の人間であったことを後悔した日はなかった。
悔しいので旦那と2人でめちゃくちゃ写真撮りました。ついでに審神者力()で顕現解いた状態(幽霊状態)でも使えるカメラを創り、護衛当番にに持たせた。レッツメイク零の成長記録!
そんなこんなで始まった零と離れて暮らす生活。めっっっっっちゃ寂しいんですけど…!零が長期休暇の時以外わたしは零と会えないので、普段はこんのすけパシって零と交換日記しております。
最近ではお友達ができたようでお母さんは安心です。勉強も頑張っているらしく、100点のテストが挟まっていた。おかーさんがはなまるあげちゃう〜〜!
[newpage]
僕はおかーさんにあんまり会ったことがない。
小学校に入る前までは一緒に暮らしてたけど、小さいころのことはおぼえてないから、ボクのおかーさんとの思い出は少ないんだ。
今おとーさんとおかーさんと暮らしてないのは2人がケンカしてるわけじゃなくて、仕事がいそがしいから、らしい。
どんな仕事してるのかは教えてもらえなかった。困ったようなかおをしてたし、気づいたら別の話になってたから、きっとボクに知ってほしくないんだと思う。
けど、ボクはおかーさんと交かん日記してるんだ!
日記を運んでくれるこんのすけっていうしゃべるキツネさんが、おかーさんやおとーさんがどんなだったか教えてくれるし、なにより日記でおかーさんがいっぱい褒めてくれるからね、ボク、寂しくないよ!…うそ、ほんとはちょっと寂しい。
「うっうっ…なんてお労しい…!私めが、こんのすけがもっとお母様の所にもっと頻繁に帰れるように、政府の真っ黒な役人共を成敗してやりますから…!!待っててください!」
こんのすけ、おかーさんに会えるのがふえるのはうれしいけど…ムリしちゃダメだよ?
「今日も零様がこんなにも…こんなにもっお優しい!グスッ…不肖こんのすけ、一生審神者様と零様について行きますうぅぅ!!!」
そう言ってノートをくわえ、ドロンと消えたこんのすけ。いっつも思うんだけど、どうやって消えてるんだろ?
[newpage]
おかーさん、ボクね、友だちができたんだよ。
ボクの髪の色とか目の色を変って言わないんだ。夏の色をつめこんだみたいって言われたんだよ!とってもいいやつなんだ!
おかーさんにも、いつかしょうかいできたらいいなぁ。
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ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
前作のブクマ、いいね、コメント等もありがとうございました。とても嬉しかったです。
いやほんと。嬉しすぎて増えるブクマ数と閲覧数見てニヨニヨしてました。傍から見ると変な人だったと思います。
前作は特に何も考えずに書いていたので続きはあんまり考えてなかったんですが、続きが見たいと仰ってくださった方がいるのでがんばって書こうと思います。
さて今回はクロスオーバーネタです。
私はクロスオーバー見るの好きなのですが、自分で書くとなると辻褄を合わせるのがめっちゃ難しい…!
あんまり辻褄合ってない気がするのは私だけだろうか…。こじつけ感満載。
乳幼児降谷さんの本丸生活は需要ありそうなら書きます。
あとがき長くてすいません。
閲覧ありがとうございました。
・おかーさんなさにわ
アイエエエナンデ!?転生ナンデ!?!?となった前世思い出した系審神者。山姥切と結納した。(ガチ結納かカッコカリかはご想像にお任せします)今日も息子が可愛すぎてご飯がうまい。
・息子ができたまんばちゃん
おれのむすこがちょうかわいい。お父さんなのに一言も喋ってない。こんのすけは喋ったのに。
・我らがトリプルフェイス(ショタ)
おかーさんにもっと会って話がしたいお年頃。真名は降谷零。偽名的なやつ(なんて言うのか忘れた)は透。だったらいいなぁ。
・お揚げ大好き管狐
オラァアアア!許可証よこせやワレエエェ!!アァン?それは無理?だったら審神者の規則改正しやがれこのクサレ役人共ォォォオオオ!
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注意書きを必ずお読みください。<br /><br />1万字くらい書けるようになりたいよぅ…<br />(´・ω・`)<br /><br />今回も短いです。<br /><br />コメント、ブクマ、いいね、タグありがとうございます!!!<br /><br />ひえぇ<br />ものすごい勢いで増えるブクマ数といいねの数に昇天しそう…0(:3 )〜 _(:3」∠)_<br /><br />タグ…自分の作品で見ることになるとは…!!<br />実はタグ付けていただくのが夢でした!<br />嬉しすぎて思わずニヤケながら喜びの舞。<br />((┗(^o^ )┓三┗(^o^)┛ドコドコドコ三┏( ^o^)┛))<br /><br />9/25 ルーキーランキング1位<br />9/25 女子に人気ランキング73位<br />9/26 女子に人気ランキング89位<br />9/26 デイリーランキング53位<br /><br />ありがとうございます!!!
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子ども産んだら前世を思い出した件について
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10166734#1
| true |
私がいろんなことを思い出したあの日から、透さんがやたらと愛情を全面に押し出すようになった。最初は気のせいだと思ってたけど、以前より明らかにスキンシップが激しいし、言葉でも好き好き大好き僕の娘は世界一みたいなことをサラッと言うようになった。
何が言いたいかというと……ちょっと、恥ずかしい……。
「こにゃ! こにゃ! こーにゃー!!」
「へいへい、今度はなに? あと、こ・な・ん、だよ」
「……こ……こ……にゃん」
「もー、なんで俺だけコニャンのままなんだよぉ……ほかはだいぶ良くなってきたってのに」
今日も今日とて毛利探偵事務所に預けられた私は、近頃私の滑舌トレーニングに熱心なコナンくんとおしゃべりをしていた。とりとめのないこととか、意味のないこととかをてきとーに。
コナンくんの名前、ちゃんと言いたいと思うんだけど、なんでだろうな。「な」のあとに「ん」が続くからか、どうあがいても「こにゃん」になってしまうのだ。「こにゃんくん」だと死ぬほど言いづらくて舌を噛みそうになったのでそれはもう諦めた。
あっ、目下の目標だった梓さんの名前については、「あずしゃたん」とギリギリセーフなレベルには改善された。もとが「あじゅたたん」だったことを思えば大進歩である。梓さんにもべた褒めしてもらったし、ご褒美にってプリンをごちそうしてもらった。
「あの」
「ん?」
「ぱぱ、あの、へん!」
ちょっと最近の透さんのことについて、幼女との以心伝心っぷりに定評のあるコナンくんに相談してみよう。そう思って、特訓に一区切りがついた頃にそう持ちかけてみた。コナンくんはきょとんとした顔をして、それから「あー……」となにか思い至ったように呟いた。
「変って、たとえばどのへんが?」
「……ぎゅって、じゅと……あっ、ずっと! しゅ……する!」
「そういや最近スキンシップ激しくなったよなぁ、あの人……嫌なの?」
「や、にゃい、けど……ちょと、びく……びっくり、する」
今日の発音なかなかじゃない? と思ってコナンくんを見るとナデナデされた。オッケーいただきましたありがとうございます。
「あと、ずと、だいしゅきって、いう……」
どう思う? とばかりにじーっとコナンくんを見つめると、コナンくんは「俺そういうの専門外なんだけどなぁ」とつぶやきながらもいろいろ考えてくれているようだった。コナンくんのそういうところ大好き。そういえばコナンくん、最初の頃は「僕」って言ってたのに最近幼女の前じゃ「俺」って言うようになったな。言葉遣いもちょっと砕けた感じになった。これって、ちょっとは仲良くなれたってことかな? 幼女からの愛情度と信頼度は常にマックス100%ですぞ。
「恥ずかしいの?」
率直にたずねられて、うん、とうなずいた。そりゃあんな顔面偏差値狂ってる超弩級のイケメンに、目を合わせるたびぎゅっぎゅされて好き好きかわいい最高って言われたら恥ずかしいに決まってる。いくら伯父だからって、パパだからって、ねぇ。ちょっと限度ってもんがあると思うんですよ。社畜の親が放任主義だったってこともあって、ストレートな愛情表現に不慣れだっていうのもある。っていうかそれが一番大きい。
言葉がなくても私の気持ちを察してくれたらしいコナンくんは、スマホをぽちぽちっと操作して「ちゃんと言っとくから」と幼女を安心させるように笑ってくれた。
しかし、それから何日経っても透さんの愛情表現は激しいままだった。コナンくん注意してくれたんじゃないの? 全然改善されてないしポアロでも普通にベタベタしてくるんですけど?
さすがに勤務中にまでベタベタしてくるのはマナー違反だと幼女は思う。もちろん忙しいランチタイムはいつもどおり放置だけど、それが過ぎてお客さんが二組程度になるとそらもうベッタベタベッタベタお餅のように張り付いてくるのだ。お客さんは早くも慣れたみたいで「あーいつもの始まったね」みたいなことを言い始めるくらいにはひどい。
「なんや、ムッチャラブラブやなぁ……!」
わぁ、とどこか高揚したような、それでいてドン引きしたような声を出したのは平ちゃんの彼女さん? 彼女候補さん? な遠山和葉さん。
そう、今日はなんと大阪から平ちゃんが、和葉さんを連れて遊びに来てくれたのだ。いきなりポアロのドアをバーンと開けて「よぉーチビー! 元気しとったかー!!」って言われたときにはびっくりしすぎて、くまさんと一緒にリアルにソファから跳ね上がった。
「あのさ、安室さん……ちゃんと僕たちで面倒見るから、今日はゆっくりしてなよ!」
「そうですよ、安室さんいっつも忙しそうにしてますし、たまには休んでください」
幼女を膝の上に乗せてガッチリホールドしている透さんに、コナンくんと蘭さんがそう声を掛ける。実は平ちゃんが、東京観光に幼女も連れて行ってくれるというのだ。透さんが働いている間ずっとポアロでじっとしているのも退屈だろう、ということで。やったー平ちゃんめっちゃすきすき、と飛びつこうとしたら透さんに捕獲された次第であります。
「いえいえ。僕はいつでもゆっくり出来てますから、大丈夫ですよ!」
コナンくんと蘭さんの気遣いに、ニッコリ微笑みながらも全力で拒否の姿勢を見せる透さん。
いつでもゆっくり……出来……てる……? 会社に所属してないってだけで、結構な社畜オーラを感じている私は透さんの言葉に疑問しか感じない。
ポアロの店員に探偵という二足のわらじに加えて、私という手のかかる幼女の父だ。そらもうその辺の社畜も真っ青な忙しさだろう。ゆっくりなんて出来てるわけがない。ポアロでの休憩時間も幼女につきっきりだし、そろそろ社畜の記憶にあるみたいに栄養ドリンクとエナジードリンクのちゃんぽんを始めるのではないかと常々心配しているくらいだ。幼女が見てないところでしてないよね?
「ゆーても、チビは行きたがっとるんちゃうか? なあ? ここでじーっとパズルばっかしとんのも退屈やろ。ん? いまはクルミ握っとんのか。リスみたいなやっちゃな~」
顔を覗き込まれてたずねられて、どうしようかと透さんを見上げると、透さんもちょうどこっちを見ていた。幼女の返答待ちですか。もう一回平ちゃんの顔を見て、うんとうなずいた。
「あの、えと……へーたんと、あしょ……あとび……あ、あそび、たい」
「はぁ~! か、カワイイ~! な、なぁ蘭ちゃん、この子いっつもこうなん? こんな、舌っ足らずな感じなん!?」
ドンッ、と目の前にいたはずの平ちゃんが急に消えて、代わりに目をキラッキラさせた和葉さんの顔がぐいっと近寄ってきた。和葉さんとは、平ちゃんに紹介してはもらったもののまだきちんと自己紹介をしあっていない仲だ。オロオロしていると、和葉さんの方からきちんと自己紹介をしてもらったので、私もいつもどおり名乗った。今日は安室という名字も含めて言ってみると、透さんにめちゃくちゃナデナデされた。えへへ。
「ムッチャカワイイ……! なぁなぁ、蘭ちゃんはなんて呼ばれてんの?」
「えっと、普通にお姉ちゃんって呼ばれてるかな? たまに、蘭ちゃん……らんたんって呼ばれることもあるけど」
「はぅ、カワイイ……じゃ、じゃあアタシのことは、和葉たんって呼んで?」
「か……かじゅたん……?」
あっ、せっかく梓さんのことはちょっぴりまともに呼べるようになったのに、ちょっとおどおどしちゃってるからか、おんなじ「ず」が入る和葉さんの名前がきちんと言えてない。悔しい。もっと精進せねばなるまい。
「かっ、カワイイ~! かじゅたんでええよ~! よぉ言えたねぇ、ムッチャエラいや~ん!!」
和葉さんのテンションが凄まじい勢いで上がっている。いつもの言っとこう、おまかわ! 和葉さんは子ども好きなのかな。こんなテンションでべた褒めされるのもなんだか久しぶりなのでちょっと照れる。最初の頃は蘭さんもこんな感じだったっけ。
もじもじしてると透さんがちょっと幼女の身体を持ち上げて、「抱っこしてみます?」と和葉さんに声をかけていた。そ、そこに幼女の意思は存在しないのですか。あれよあれよという間に幼女は和葉さんにぎゅっぎゅとされてしまった。ふぁっ、和葉さんも良いにおい!
くんかくんかしてると幼女の行動に気づいた和葉さんが、胸ポケットに入れていたビスケットを分けてくれた。や、やしゃしい……おいしい……和葉さんしゅき……。
「で、どないすんねや? チビは俺らと遊び行きたい言うてるけど」
「安室さん。僕からのメール読んだならさ、どうすべきかわかってるよね?」
「ぐっ……そう、だね……。じゃあ、今日はお願いしようかな」
そう言って透さんがバックヤードに向かってって、すぐにくまさんのポシェットを持って戻ってきた。それは幼女のお出かけのときの必需品が詰まっている。って言ってもハンカチとかキャンディとか防犯ブザーくらいだけど。今日入ってるキャンディはこの間常連のおまわりさんにもらった梅味の小粒ちゃんだ。最近のお気に入り。
和葉さんに抱っこされたままポシェットをかけてもらって、それからお花のヘアピンをつけ直してもらって、お出かけの準備は万端だ。
心配そうに見送る透さんにばいばいして、和葉さんに抱っこしてもらったままポアロを出る。
「なぁなぁ蘭ちゃん、ちょっとこの子軽すぎひん? ちゃんとご飯たべてんの?」
「うーん、この年頃の子って普通はどれくらい食べるのかわからないけど……主食がお野菜だから、あんまり体重増えてないのかも……」
「野菜? 野菜好きなん? こぉんなちっちゃいのに? エラいなぁ!」
いまはバス待ちでちょっと時間があるので、和葉さんが蘭さんからいろいろとお話を聞いているところなんだけど、もう何してもべた褒めである。目ぇ開けててエラいなぁ! 息してるなんてエラいなぁ! とか言われたらどうしよう。マジで何しても褒めてくれそうなフィーバータイム真っ最中だ。
「そんなに野菜好きなら、今度ムッチャ美味しいお好み焼き焼いたるわ! 野菜たっぷり入れたるね」
「おこもみやき?」
「んん~! 惜しい~! 惜しいけどカワイイ~!!」
明らかにいまのは言える文字の羅列だったのにかんでしまった。精進が足らぬと言うのか。おこのみやきおこのみやきおこのみやき! 頭の中なら言えるのに!
ムムッとなってもう一回チャレンジしたら今度は「おここみやき」になってしまった。要練習である。
さて、バスに乗り込んでどこに行くのかと窓の外を見ていると、どうやら東都タワーというところに行くようだった。コナンくんが「前にも行ったじゃねーか」と言うと、平ちゃんが「子どもは高いとこ好きやろ?」と言いながら私の頭を撫でてくれた。私目線で選んでくれたらしい。
「ホンマやったら大阪に呼んで通天閣からの景色見せたるとこやねんけど、さすがにこんなチビっこいんに長距離移動はしんどいやろ」
「せやなぁ、コナンくんと同じくらいになったら大阪遊び来てや? ムッチャ楽しいとこ連れてったるから!」
うんうんとうなずくと、カワイイカワイイ言われながら頭をナデナデされまくった。
東都タワーは東京の景色が一望できるんじゃないかってくらい高いタワーだった。近辺にも似たようなタワーがいくつかあって、あれが東京タワー、あれがベルツリータワー、なんて蘭さんにいろいろ説明してもらった。この辺タワーめちゃくちゃ多いですね。
展望台にある望遠鏡は、踏み台があっても幼女ではとても覗き込めない高さにあったけど、平ちゃんに抱っこしてもらうことでなんとか覗き込むことができた。ここからポアロ見えるかな? と思って探してみたけど、あの辺は建物が入り組んでるから見えないよってコナンくんに言われた。コナンくん相変わらずエスパー。コナンくんはポアロの代わりに、望遠鏡を前に行った一瞬で帰った遊園地の方向に向けてくれて、それはきれいに見えた。今度はもうちょっと体力つけて行きたい。ジェットコースターとか乗りたいけど、身長制限に引っかかりそうだな。
展望台で一生分ってくらい熱心に東京中を見回しまくってたら、そろそろ昼飯やと平ちゃんに望遠鏡からひっぺがされた。まだ見てないとこあるー! と意地でも望遠鏡にへばりつこうとしたけど平ちゃんに勝てるわけがない。見事べりっとはがされた幼女は平ちゃんの腕の中でだらーんとうなだれた。
「景色見るの好きなんだ……見たことないとこいっぱいだから面白かったのかな?」
首をかしげる蘭さんに、うんうんとうなずき返す。社畜の記憶ではほとんど家と職場に引きこもりだったし、幼女になってからはふたつある家と、ポアロと毛利探偵事務所と近所の公園と河川敷、あと滅多に行けないけど阿笠博士の家くらいが行動範囲だ。行動範囲って言っても幼女の意思で移動してるわけでもないし。
だから、東京の景色を見るのはかなり新鮮で面白かった。あそこ行ってみたいとかいろいろ思った、けど、あそこがどこなのかよくわかんないので無理かもしれない。なんかこう、お花がたくさん咲いてた場所があったんだけど。今度透さんに聞いてみよう。
「これからも、もっとたくさん、いろいろなところに行こうね?」
やくそく、と小指を出してくれる蘭さんにならって右手の小指を出すと、「あっ、アタシも!」と和葉さんに左手の小指を絡められた。ゆーびきーりげんまん……という定番のフレーズを舌足らずながらも一緒に歌って約束をする。蘭さんは東京で、和葉さんは大阪でいろんなところに連れて行ってくれるらしい。そりゃうれしいや、ふへへーと笑ってるとめちゃくちゃナデナデしてもらった。この瞬間がたまりませんなぁ。
お昼はタワー内にあるちょっぴりおしゃれなレストランでお子様ランチを食べさせてもらった。幼女がまだ園子さんがくれた矯正スプーンじゃないとひとりでお食事出来ないと知ると、和葉さんが「アタシ! アタシやりたい!!」と立候補してくれたのでふたりでイチャイチャラブラブしながら食べた。向こうからの好意が全力すぎるからか、出会ってから半日すら経ってないのにすでに幼女からの好意もカンスト気味である。かじゅたんしゅき。幼女がちょろいのはいつものことです。
東都タワーを降りると、今度は神社に行くという流れになった。チョイスが渋すぎないかって? 幼女セレクトなので渋くない、むしろフレッシュだ。望遠鏡を熱心に覗いていたので、どこか気になるところあった? と聞かれて、しかくい紫のところがあったと言ったらコナンくんが神社の藤棚のことかも、と教えてくれたのだ。お花畑は、望遠鏡で見てもちょっと遠そうだったので言わなかった。あそこは、透さんと行ってみたいって思ったっていうのもある。
神社では、望遠鏡から見るよりずっときれいな藤棚が見られた。上から見ると緑混じりの四角い紫絨毯みたいだったけど、間近で見ると小さな花弁がいくつもついていてかわいらしい。
「お、おねーたん」
「なぁに?」
平ちゃんに抱っこされてしばらく藤棚を見ていた私は、ハッとひらめいて蘭さんを呼んだ。別に平ちゃんでも和葉さんでも良いんだけど、頼みごとをしやすいのはやっぱりそれなりに付き合いが長くなってきた蘭さんだったからだ。
「しゃ、しゃしん……」
「撮って良いの?」
蘭さんは私が透さんに写真を撮られるたびに嫌がって隠れているのをいつも見てるからか、少しびっくりした風に聞き返してきた。
「えと……ぱぱに……あの、きれー、なの……」
透さんは近頃お疲れ気味だし、たまにはお花の写真でも見て癒やされてほしい。いや透さんがお花好きかどうか知らないけど。でもこんなに見事に咲いてる藤の花に何も思わないなんてこともないだろう。
「安室さんに……パパに見せたい?」
うなずくと、蘭さんはニコッと笑ってデジカメで藤棚の写真を撮ってくれた。それから私も一緒に写らない? と誘われたので、抱っこしてくれてる平ちゃんごと一回撮ってもらった。それから和葉さんを入れてもう一回。最後に蘭さんに抱っこしてもらってコナンくんとのスリーショット。やっぱり写真は恥ずかしいのでそんなに好きじゃないけど、平ちゃんと和葉さんが来たっていう思い出になるから良いかと思ったのだ。
ちょっとだけほっこりした気持ちになって、藤棚を好きなだけ見た私たちは神社にお参りをした。そういえば幼女になってからお参りをするのは初めてである。きちんと神頼みをするのだってそうだ。うーん、なんてお願いしよう?
いろいろ考えて、透さんがずっと元気でいてくれますようにとお願いした。お願いだから栄養ドリンクとエナジードリンクのちゃんぽんをするような疲れフルMAX社畜モドキになりませんようにと。あと、少しでも長く一緒にいてくれますように……。
ちょっと欲張っちゃったかな、と思って合わせていた手を離すと平ちゃんに「なんや熱心に願いごとしとったな、欲しいもんでもあるんか?」と笑われてしまった。
お参りを終えると、蘭さんと和葉さんがお守りを買うというので一緒に社務所に向かった。お守り、お守りかぁ。幼女もお小遣いあったら透さんにお守り買ってあげるんだけど。そう思ってじーっとお守りを見ていると、平ちゃんに「欲しいんか?」と聞かれた。
「えと、ぱぱに……」
「ジブンやのーて、あのにーちゃんにかいな」
うんとうなずくと、平ちゃんが「しゃーないのぉー」と笑いながら巫女さんにお守りを二つ頼んだ。えっ、えっ、まって、幼女お小遣いまだもらったことないので払えない。
「あっ、あっ、おかね、もてにゃい!」
思わずそう叫ぶと、お守りを持った巫女さんにくすくすと笑われてしまった。
「アホ、俺が買うたる言うてんねん。これはチビの分で、こっちはあのにーちゃんの。こっちはジブンで渡すんやで」
そう言って渡されたのは、ピンク色の招き猫の絵が書いてあるちょっとヒモの長いお守りで、それは私の首から下げられた。か、かわいい。なんのご利益があるんだろう? すぐに首に下げられたから絵しか見えなかった。もう一個、透さんにってもらった分は、健康って書いてあるシンプルなものだった。はわわ、実は平ちゃんもエスパーの素質あるの? 幼女が神様にお願いしたことバレとるやんけ。
「え、えと……あ、あいがと……だいじ、しゅる!」
大人になったら倍返しだから覚えてろよな! でもこの場合の倍返しって……お守り四個……? それもどうなのか。
神社から出ようとすると、住宅地の方から悲鳴が上がってきてびくっと身体が跳ねた。えっ、えっ、なに、強盗? ひったくり? おろおろしてると平ちゃんから和葉さんにバトンタッチされて、コナンくんと平ちゃんは悲鳴のした方へ飛んでいってしまった。あっ、と思ったときにはもうその後姿は豆粒サイズ。
このあとどーするの? 追いかけるの? と和葉さんを見ると、むすっとした表情で「アタシらだけで次のとこ行こ!」と歩きだしてしまった。どうやらこういうのはいつものことらしく、蘭さんも苦笑いを浮かべつつも慣れた様子だ。幼女は慣れてないので置いてって良いの? と首をかしげるばかりである。まあひとり歩き出来ないからどこに行くにもおまかせするしかないんだけど。
その後デパートでさんざんウインドウショッピングを楽しんだあと、ようやく平ちゃんたちから連絡があった。どうやら事件があって、それを解決したらしい。すごーい、はやーい。それにしてもこの辺事件多くない? 平ちゃんから和葉さんにバトンタッチされててよかった。あのまま平ちゃんに抱っこされて事件現場に向かってたら、またトラウマが増えてるところだった。
平ちゃんたちはいまポアロの近くにいるらしく、私たちはそのままポアロに戻ることになった。私は和葉さんのお膝の上でバスに揺られながら、くまさんのポシェットに入れてもらった健康祈願のお守りをそっと確認する。喜んでくれると良いんだけど。
ポアロに一番近いバス停で降りると、すぐに透さんに捕獲された。えっなんでお店の中にいないの? と思ったら休憩時間だったらしい。それならそれでお店の奥でゆっくりしてたら良いのに。
「おかえり」
和葉さんに抱っこされていた私を半ば強引に奪い取るようにして抱っこした透さんが、とろけるような笑顔でそう言った。もう帰ってくるのが待ちきれなかったとでも言わんばかりだ。和葉さんが「やっぱムッチャラブラブやん……」と呆けたような声で呟く。ラブラブとは……ちょっと違うような……。どっちかというと過保護じゃないかな。
それにしたってコナンくんからの注意とはなんだったのかと言いたいくらいのベタベタっぷりだ。もうこれは諦めるべきなのか。
「今日はありがとうございました。ずっと抱っこしていて疲れたでしょう?」
「あ、いや……この子ムッチャ軽いし、信じられへんくらいおとなしかったから、ぜんぜん!」
和葉さんの言葉に、透さんが私を真向かいに抱き直して「良い子にしてたんだね」とナデナデしてくれた。
「そや、渡すもんあるんやろ?」
あっ、そうだ。なんだか怒涛の勢いで抱っこされて褒められてナデナデされたので、うっかりすっかりお守りのことが忘却の彼方だった。慌ててくまさんのポシェットからお守りを出して透さんに渡すと、透さんは目を丸くして「おまもり……」と呟いた。
「えと、ぱぱ、あの、げんきにゃい……あっ、えと、つ、つかれて、る……から。な、ながいき……」
長生きってのはちょっと言い過ぎたかな? 余計なことを言う口はこの口か。ええいチャックしてやる。お守りを持ってない左手でばちんと口を抑えると、右手からお守りをするりと抜かれた。
「ありがとう……」
透さんは笑ってそう言ったけど、気のせいでなければちょっとだけまつげが濡れているように見えた。と、年寄り扱いしたみたいになったから泣かせちゃったかな。申し訳ない。そういう意味じゃないんで。純粋に健康で長生きしてねって意味なんで。そこんとこよろしく。って言いたいけどまだまだ修行中のこのお口では言えないのがもどかしい。でもら行は結構言えるようになったと思わんかね? そこ褒めてくれても良いんだよ? 幼女のモチベーション上げていこう?
「ん? このおまもり……」
私の首にも下げられているお守りに気づいたのか、透さんがそれを手にとってちょっとむずかしい顔をした。そういえばこれどんなご利益があるんだろう? 招き猫だから招福かな。
「……縁結び……だと……?」
その瞬間、周囲の温度が下がったような気がしたのはたぶん気のせいじゃないだろう。それくらい透さんの声は低く冷たかったし、お守りに向けられる視線も刺すように鋭かった。
「あ、安室さん! た、たぶん服部くんもピンクの猫でかわいいから選んであげただけで、他意はないと思いますよ!?」
「ホォー……選んだのは彼なんですか……そうですか……それは、お礼をしないといけませんね……」
透さんはニコーッと笑ってたけど、なんだかゾッとしたのは幼女だけじゃないはず。お礼って……お礼参りじゃないよね? 平ちゃん逃げて超逃げて。それにしたって幼女のお守りが縁結びだったからって過剰に反応しすぎでは? 仮にご利益があって幼女にカレシが出来たとしても所詮は幼稚園レベルの恋なわけで、ホホエマシイワネーで済むレベルだと思うんだけど。まあ男親ってそういうのに敏感だって言うし、透さんも伯父として養父として複雑なのかもしれない。
後日、透さんお手製のくまさんの刺繍が入ったお守りをプレゼントされた。それには縁結びではなく安全とだけ刺繍されていて、神社のものではないのに死ぬほどご利益がありそうだと思った。
そして平ちゃんにもらった招き猫のお守りは、持っていたら危ないからと部屋の壁に、あの日撮った写真と一緒に飾られている……危ないお守りってなに……。
[newpage]
全身が黒ずくめの人間を見ると、反射的に例の組織の人間かと疑ってしまうのが江戸川コナンだ。特に今回は、例の組織の人間の『匂い』がわかるという灰原もおらず、コナンはとっさにそのカップルに発信機と盗聴器を仕掛けた。
しかし結果的に見れば、そのカップル――いや、全身黒ずくめのその女は組織の人間ではなかったものの、コナンの行動は過ちではなかった。なぜならその女は、恋人だという男に対し定期的に強力な薬物を与えて精神を支配し、さらには年端も行かぬ子どもを誘拐し監禁していた劣悪な犯罪者であったのだ。
外ではまともに振る舞う術を身に着けていたようだったが、自宅に戻るとカップルはすぐに本性を表した。狂ったように薬を求める男に、まるでペットに餌を与えるかのように薬を渡す女――明らかに正常とは言えない振る舞い。しかも、女は男に薬を渡すなり、「あの子が起きるから静かにして」と威圧的に言い放ったのだ。あの子、という言葉から、カップル以外にも誰か、それも幼い存在がいることを知ったコナンはすぐに、毛利探偵事務所の下――喫茶ポアロで働いていた安室透に相談した。もちろん普通に警察に通報することも考えたが、そうするとコナンがなぜその情報を手に入れたかを説明しなければならない。
安室は、コナンの相談からすぐに行動を開始してくれた。女が薬物を手に入れたルート――女の義理の父親の貿易会社の闇を暴き、証拠を揃えてカップルが言い逃れできない状況に追い込むまでににそう時間はかからなかった。あとは然るべき部署に任せれば全てうまくいく――そう言った安室に、コナンはおそらくカップルが子どもかなにかを人質にとる可能性もあると伝えた。一切子どもらしき喋り声が聞こえないため確信はないが、女がその存在を示唆するようなことを言っていた、と。そうすると安室は突然表情を変え、自分が行くと言い出した。
……これが、『あの日』までの経緯だ。
そして、結果的に言えばあの日、部下を連れた安室があの家へ向かったのは正解だったのだろう。あの家には、女が言っていたとおり『あの子』と呼ばれるような幼い存在がいた。
――檻の中に閉じ込められた子どもだった。
女は、コナンが危惧していたように子どもを人質にとることはしなかった。激しく取り乱しはしたものの、子どもに害をなすこと、いや触れることさえ許さないと叫んだのだ。檻の中に閉じ込めた存在は、あの女にとっては宝のようなものだったのかもしれない。
子どもは、カップルが逮捕されてすぐ安室によって連れ帰られることになった。閉じ込められていたというだけできちんと食事等は与えられていたのか、特別衰弱している様子はない。しかし意識があまりはっきりしていないことから、病院に連れていくべきだと提案したが、安室が子どもは公安で保護すると言って聞かなかったのだ。コナンは子どもを保護する手立てをもたないため、子どもを抱えて連れていく安室を見送るしかなかった。
子どもは、翌日にはポアロに姿を表した。昨日の檻の中で見た、意識が混濁した様子とは違い、少々自信なさげな――あるいは恐れを孕んだ表情をしてはいるものの、どこにでもいるような普通の子どもとして……安室透の姪として、紹介された。
「安室さん、この子……?」
「……うん。仲良く、してもらえるかな」
昨日のことは覚えていないのかと、それとなく安室に確認したところ、やはり覚えていないのだと言外に伝えられた。安室と子どもを何度か見比べて、昨日のことどころか昨日までのことまでも、何もかも覚えていなさそうな無垢な表情に、コナンも心を切り替える。
子どもは、非常に頭の良い子どもだった。コナンが軽く教えただけでやったこともないと言う積み木をきれいに積み上げて、パズルも小さいピースのものでも簡単に組み上げてみせた。
しかしあの女にお喋りを禁じられていたのか、閉じ込められていたが故に自ら喋らなくなったのか、子どもは四歳から五歳程度の見た目をしていながらほとんどまともに喋れないようだった。もともと滑舌が悪いのだと言われればそれまでなのだが、あの子どものこれまでの養育環境を鑑みれば、それだけでは済まされない。
当初は、あまりに賢いことからもしかしたらコナンや灰原哀と同じように薬によって幼児化した存在かもしれないという疑いを持っていたが、子どもと触れ合っていくうちにそれは過ちであることに気づいた。滑舌の問題もそうであるし、それがなくとも子どもはあまりにも純粋だったのだ。
子ども向けのアニメを見れば目を輝かせて喜び、歌をうたい、コナンを兄のように慕ってくる子どもを、まさか幼児化した存在とはとても思えなくなっていった。
取り調べの結果、子どもは数年前に誘拐された存在であることが明らかになった――そう聞かされたのは、子どもが保護されてから数日後のこと。まあそうだろうと思ってはいたが、実際に安室から聞かされると胸がざわついた。無垢な子どもを、安全な親元へ帰してやりたいと思うのは当然のことだろう。もともとあのカップルについて独自に調査をしていたコナンだったが、この日から本格的に調査に力を入れ始めた。
調査を開始してからまたいくつかの日が経った頃。安室から「養子縁組をすることになったから、もうあの子の調査はしなくても良い」と言われたものの、それでもコナンは調査することを諦めなかった。むしろ安室の言葉はコナンにとっては最大のヒントだ。彼は『養子縁組』と言ったのだ――独身男性の、血縁関係にない未成年者との養子縁組は極めて困難。つまり、姪でないにしろ実際に安室とあの子には血縁関係がある可能性が高い。
しかし調査は思った以上に難航した。なにしろ赤井秀一の協力が得られなかったのだ。彼は明らかに子どもの親について心当たりがありそうな口ぶりであったのに、「知らなくて良いこともある」と言ってコナンへの協力を拒んだ。FBIにも口止めをしてあるようで、ジョディやキャメルに相談しても首を横に振られるばかりだった。
赤井の態度から、もしかしたらあの子の親はすでに亡くなっている可能性も浮かんだ。だとするなら、安室が強引にあの子を引き取って、親元に返さない理由もわかる。だが、それでも生きている可能性もゼロではない。安室は潜入捜査中の身で、子どもの事情を親に説明できないから一旦保護しているだけという可能性もある――コナンは、真実を追求することを諦めようとはしなかった。
あっという間に日々は過ぎ去って、子どもが安室のことを「パパ」と呼び慕うようになってからもまた日は巡っていく。
子どもは、少しずつまともに喋れるようになった。相変わらずコナンのことは「コニャン」と呼ぶし、「さん」や「ちゃん」は「たん」になるし、喋るのに慣れていなくてすぐにどもってしまうが、少し舌足らずなだけのどこにでもいるような子どもになっていった。
「そっか、ありがとうおばさん」
「ごめんなさいねぇ、これくらいしか知らなくって」
「ううん! あのおねえさんのこと、たくさん教えてくれてありがとう!」
じゃあね、と言って年老いた婦人から離れる。
コナンは今日、かつて子どもが住んでいたであろう住宅地に来ていた。ここは、あの日逮捕された誘拐犯――その女の方が住んでいたアパートもある住宅地だ。
女は高校時代、このあたりで一人暮らしをしていたらしい。高校入学して間もなく父親が他界し、母親が男をとっかえひっかえするようになった結果精神的に不安定になり、実家にいられなくなったというのが一人暮らしを始めた理由だ――と、先程の老婦人から聞いた。後に女の母親は、コナンも知っている通り貿易会社の社長と再婚したようだが、女は何度か実家に帰りはしたものの一人暮らしはやめなかったらしい――お喋り好きの老婦人は、いちいち聞かなくても様々なことをコナンに教えてくれた。
あの女が、とある母子に異常に執着していた、ということも。
ある日突然その母子が姿を消し、同時期にあの女も逃げるように引っ越していったということも。
そして――。
コナンは、周囲の住人たちから一通りの情報を得ると、まっすぐ毛利探偵事務所への帰路を辿った。
赤井秀一が、情報提供を拒んだ理由がわかった。暴くべきではないことも、この世には確かに存在する。
「……ごめん、なさい」
事務所に帰ると、子どもが笑顔で出迎えてくれた。蘭がちょっと怒った風に、こんな時間まで何してたの、と言ってくる。コナンのごめんなさい、は蘭たちには遅くなったがゆえの謝罪と受け取られたようだが、実際には違う。
ごめん、ごめんな。
俺は、きみを両親のもとに帰してやれなかった。
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安室透に保護されたらしいネームレス似非幼女と大阪組のハートフルストーリー(?) いつもの。<br />2ページ目はこれまでのあらすじというか事件について名探偵の視点で。番外編にするにしては短すぎたので、サラッとお読みください。これでだいたいのことはわかると思うんですがどうでしょう。<br />3~4話目を書いたあたりで裏設定として書き始めたものなので、もしかしたら変なところがあるかも。見逃してください。<br /><br />基本幼女視点なので入れるに入れられなかったんですが、前話で蘭ちゃんが見始めたホラー番組について。なにかないかなーってザッピングしてたら突然恐怖映像が流れてヒエーってなりつつも興味本位で見ようとしてたら幼女の気配を察知して「ハッダメダメこんな小さい女の子に見せるなんて!」とチャンネル変えようとしたら幼女が魚のごとく食いついてきて変えるに変えられなくなったとのことです。おかげで最後まで苦手な番組を見る羽目になった蘭ちゃんが実は一番の被害者。
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little girl 10
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10166754#1
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顔を濡らす冷たい水が顎から滴り、シャツに薄い染みを付ける。
壁にかかったフェイスタオルを手探りで探り当て、顔を拭えば、洗いさらしのゴワゴワとした感触が頬を撫でた。
ところどころひび割れた鏡に映る翡翠色の瞳がみっともなく動揺に揺れている。泣く子も黙る殺人鬼の異名を持つ男が、なんてみっともない。アッシュは鏡に映る自分を鼻で嗤い、二重の意味で自嘲する。
頼りなく揺れる二つの翡翠から視線を逸らし、チラリと鏡に映り込んだテーブルを盗み見る。そのまま鏡越しに息を詰めてじっと見つめてみるが、どれだけ目を凝らしてみても、テーブルには置き去りにされたなんの変哲もない紙屑が丸くなって転がっているだけだ。それだけのことなのにアッシュの胸は嵐の前触れのようにざわついてしまう。
『彼はアメリカに居るぞ。会いに行かないのか』
ふらりと現れた長い黒髪の古馴染みが言葉少なに残した紙切れは、どこぞの住所が書かれたメモだった。
“彼”が誰を指しているのか、聞かなくても分かる。
古馴染みが部屋を出て行くと同時にアッシュはそのメモを握り潰した。
ワンルームの手狭な部屋は、大通りからすぐの狭い路地に挟まれた、いかにも学生の住むアパートメントといった趣の建物で、アッシュはここを拠点にひっそりと生きていた。
ゴルツィネとあの忌々しいバナナフィッシュを屠り、自由になった矢先、ふとした油断が元で死にかけ、目を覚ましたのは病院だった。
検視官が瞳孔をチェックしようとしたまさにその時、意識を取り戻したアッシュは、咄嗟に、目の前に迫る中年の検視官を殴り飛ばした。若い助手が悲鳴を上げて助けを呼ぶ声が頭に響いて、アッシュはもう一度意識を失った。
次に気が付いたのは、白く清潔なシーツに覆われたマットレスの上だった。
数週間後、無事に退院したアッシュは、古馴染みであるブランカやマックスの手を多少だが借り、別人として生きる準備を進めてきた。ゴルツィネから奪い取った金は全て、貧困や戦争、薬物に苦しむ子供のための団体に寄付し、手下たちの生活を成り立たせるため起業もした。
英二には自分は死んだと思わせておいた方が諦めもつくだろうと生存を伏せたまま、ごく僅かな側近にしか存在を明かさなかった。
ゴルツィネとの騒動の後処理をしながら、あちこちのデータベースに侵入し“アッシュ”という人間の痕跡を消すと同時に“クリス”というもう一人の自分の、人生の痕跡を残していく。
いまや自分がいなくても立派にやっていけるだろうと思えるほど成長した会社は、かつてリンクスのナンバー2だったアレックスへ譲渡し、現在彼が取り仕切っている。
良くも悪くも、漸く全てのしがらみから解放されたアッシュは、デイトレードで日銭を稼ぎながらアパートメントに閉じこもっていた。
たまに図書館へ行く以外、どこにも出かけずにワンルームの狭苦しいこの部屋に引きこもっているなんて、いったいどういう心境の変化なのだろうか。せっかく自由になったというのに、自由になった途端、不自由で不健康な生活を送るなんて馬鹿げている。いまの有様をニューヨークの街に根を張り、暗躍していた頃の自分が見たらなんと言うだろう。
そんなアッシュを見兼ねたのであろうブランカが、“彼”の情報を持ってこの部屋を訪れたのはほんの五分ほど前だった。
一度は潰したメモをこわごわ摘まみ上げ、左右に引っ張ってみた。
意思の強そうな硬い字がニューヨークの片隅のある場所を文字に綴っている。
「こんなに近くに……」
声が掠れ、震えているのが情けなくて、誰に聞かせるわけでもないのに咳ばらいをしてみたのだが、上手くいかない。
ザワザワとさざ波を立てていた胸に湧き上がる愛しさが、全身を満たしていく。
考えないようにしていたのに、願わないようにしていたのに、彼の居場所が分かったというだけでこんなにも……。
「英二……」
アッシュは滲む視界のなかで、メモの皺を親指で擦って引き延ばした。
英二に会いたい。
[newpage]
英二は柔らかい日差しのような温かな笑顔の男だった。
頻繁にごめんと謝るくせに一歩も引かない意思の強さは、同じ日本人の伊部でさえ打つ手がなく、修羅場に慣れた周囲のゴロツキたちも一目置くくらい、彼はどこまでも純粋で真っ直ぐだった。博愛主義かと疑うほどに誰に対しても優しい彼は、ときにアッシュを惨めにもしたが、無償で差し述べられる手がどこまでも心地いいもので、ダメだと分かっているのについ縋ってしまう。
お陰で随分と怖い想いをさせたと思う。
ショーターを失ったとき、折れそうな心を支えてくれたのも英二だった。自分だって立っているのもやっとな癖に、全身全霊をかけて信頼を寄せてくれる。キラキラした強い視線が自分だけを追いかけ、寄り添ってくれるものだから、アッシュはその視線に後押しされるように自分を奮い立たせることができた。
手放してやらなければならない。頭のどこかで点滅する危険信号をずっと見ないふりでやり過ごし、一秒でも長く英二と一緒に居ようとした。
だからこそ、分かり切っていた危険が現実に英二を飲み込もうとしたとき、アッシュは自分の甘さを呪った。
二度と会わない方がいい。それが英二のためだ。離れていても、生きてさえいてくれるなら。彼のイノセントで温かい太陽の笑みが同じ空の下にあるのだと思うだけで、幸せだ。そう言い聞かせ、アッシュはなんとか、握りしめていた手を放す踏ん切りをつけた。
そして届いた手紙。
君は1人じゃない
ぼくがそばにいる
ぼくの魂はいつも君とともにある
シン・スウ・リンの手によってもたらされたその手紙にはもうひとつ、日本への航空券が添えられていた。
俄然湧き上がった感情を、なんと呼べばいいのか分からないまま、アッシュは立ち上がった。
英二の目を見据えて、俺も同じ気持ちだと伝えたかった。ありのままの気持ちを伝えて、手を取って、銃と殺しの世界から出て行こうと思った。
運命は変えられる。英二がそう言ってくれるなら本当にできるかもしれないと、柄にもなく夢を見た。そしてその幸福な油断のなかで刺され、もう少しで死ぬところだった。別に死んだって構わない。こんな気持ちで逝ける自分は、最高に幸せ者だと目を瞑った。
アッシュは住所の書かれたメモをポケットに突っ込むと、ベッドサイドのチェストから数少ない持ち物を漁った。もちろん探しているのは例の手紙だ。
騒動のなか、手紙は一度、警察に証拠品として押収されてしまったが、一年もする頃にはアッシュの手元へ戻ってきた。
自分の血でパリパリになった部分を慎重に剥がしてやる。ところどころ滲んだ血で文字が潰れてしまっていることを考慮しても、なんとか読めると評価して良いだろう状態であったことにホッとした。
あの手紙だけは無くすまいと、チェストの奥深くに大事にしまってある。そしてこの二年間、悪夢を見る度チェストより引っ張り出しては、色褪せない英二の笑みを胸の内に呼び起こし、なんとか折れてしまいそうな心を立て直してきたのだ。
不思議なことに、手紙を読んだあとは悪夢を見ず眠ることができた。
「遠くから、一目だけだ」
これっきりだから許してほしい。その一目を網膜に焼き付けて、彼には二度と近付くまい。
そっとくちづけし、手紙を再びチェストの奥深くにしまったアッシュは、どこか浮ついた足取りで狭いアパートメントから出て行った。
アッシュは自分が手放したことで英二の幸せは守られたのだと欠片も疑ってはいなかった。
本来住む世界に帰って、彼をあのような人間に育んだ環境のなか、いまも変わらずに生きているのだと妄信的に信じていた。
英二の住まうアパートが段々と近付いてくるに従って考えることといえば、彼はいま誰かと暮らしているのだろうかとか、なんでまたニューヨークに戻ってきたのだろうかとか、いま何をしているのだろうという事ばかりだった。
しかしすぐに、その全部が“英二は日本に戻って優しい環境で何事もなかったかのように暮らす”などという、それこそ夢物語のような世迷いごとを基準にした妄想でしかなかったのだと、アッシュは思い知ることになった。
[newpage]
近くのコーヒーショップで購入したハンドドリップコーヒーをちびちびやりながら、街路樹の陰に隠れて、隣ブロックのアパートメントのエントランスを見張る。
ストリートキッズ時代の小競り合いや事件の最中、追跡・監視をしていたときなどは、サングラスで顔を、フードで髪を隠し、ターゲットの周辺を嗅ぎまわったものだが、まさか自分にとって無二の友人である英二に対してこんなことをするとは考えもしなかった。
当然、危害を加えようなどと考えているわけではないが、それでもやましいことをしているという罪悪感は無視できないものがある。
早く彼の姿を見たいという気持ちと、早く張り込みを終わらせたい気持ちとが綯交ぜになって、じわじわとアッシュを焦らす。
三杯目のコーヒーを飲み終え、四杯目を買ってこようかというほどの時間が流れた。ほぼ真上にあった日はそろそろ地平線に潜るのだろう、辺りはすっかり暗くなって、街は人工の明かりでいっぱいになりつつあった。
メモにあった英二の部屋は通りに面した角部屋だということだが、窓から見える室内は暗く、まだ待ち人が帰ってきていないことを告げている。
「くそ……さみぃな。出直すか」
英二に会いたい一念だけで出てきてしまった。薄手のパーカーとTシャツの頼りない恰好では、秋ももう終わろうというこの季節の、ついでにいえば夜の寒さをやり過ごすには厳しいものがある。
薄い布越しに二の腕を抱え、ぶるりとやったところで、アパートメントへ向かって歩くアジア系の二人組が目に入った。
人混みに身を任せ、アッシュの目の前を寄り添い合って通って行った二人組の髪は真っ黒で。眼鏡を掛けているせいか少し印象が異なるが、丸みを帯びた大ぶりの瞳は英二の面影を残している。長くなった髪を後ろでひとつに束ね、若干頬のこけた英二らしきアジア人は、アッシュと似たようなプラチナブロンドの女がわきをすり抜けて行ったのを視線だけで呆然と追いかける。二つの夜の闇が、この世の全ての感情をごっそり落としてきた穴を空けて、眼鏡越しに、ここにはない何かを見つめている。隣を歩く短髪の男が堪り兼ねた様子で声を掛ければ、言葉に反応した彼は力なく微笑んだ。
失望し、途方に暮れて、漸く絞り出したような笑み。
アッシュは雷に撃たれたような衝撃を受け、息をのんだ。
あれは英二だ。
間違いなく英二その人なのだ。なのに英二は英二の顔をしていない。
あんなに暗い目をした男が、英二なのか。
頭から冷水を浴びせられたみたいにザァっと音を立てて血の気が引いていく。
英二へ話しかけていた男は慣れたもので、少し悲しい顔をしてから、英二の荷物をそっと奪い取る。
そいつは誰だとつまらない嫉妬を起こすより先に、アッシュは自分の失態を悟った。
“何事もなかったかのように”だって?あの優しい英二が、そんな風に割り切れるはずがない。
自分より体の大きな殺人鬼を守りたいと言ってくれた彼が、悲惨な事件に巻き込まれたアメリカという地に戻ってきてしまう彼が、自分の死を簡単に受け入れられたはずがない。元の生活に戻るなんて、初めから不可能だったのだ。
どうして自分は英二のこととなると正常な判断力を失うのか。どう考えても、無理だと分かりそうなものなのに。
「英二!」
今更自分が出て行ったところでどうにもならない。逆に苦しめるかもしれない。このまま彼のことは隣の男に任せて、自分は亡霊で居た方が……。一瞬頭をもたげた考えの一切合切をかなぐり捨てて、アッシュは駆けだした。
腕を掴み、引き寄せ、英二の背を全身で抱き締める。
条件反射で英二を取り返そうと動いた短髪の男が、英二越しにアッシュの襟ぐりを捕えた衝撃で、頭髪隠しのために被ったパーカーは役目を放棄する。
驚き見開いた切れ長の目尻を見て、こいつはシンだと分かった。シンは動揺こそしていたものの、すぐに手を放し、アッシュを解放した。
骨と皮とはいわないまでも、服越しに伝わるすっかり肉の削げ落ちた体。頭を支えるのがやっとみたいな細い首へ鼻先を埋め、アッシュはもう一度「英二」と彼の名を呼ぶ。
腕のなかの英二はアッシュの呼びかけにビクリと体をこわばらせた。
「英二……」
更にもう一度、ありったけの感情を込めて、アッシュは名前を呼んだ。会いたかったとか、ごめんとか、言いたいことは沢山あったのに、他にはなにも言えなかった。
小刻みに震えだした英二が身じろぎをする。
アッシュは英二を抱きしめた腕の力を、僅かばかり緩め、身動きが取れるようにしてやる。
「……英二?」
この名を舌に乗せるのは自分だけの権利だとでもいうような、特別な幸福感と、途方もない罪悪感がアッシュの胸をかき乱す。それでも、自分がどれほど許しを請いたいか、こんな風に彼へ触れることにどれほど焦がれてきたか、少しでも伝わればいいと願いながら、英二を呼んだ。
「アッ……シュ……?」
長い時間を掛けて、英二は後ろを振り返った。
確かめるのを躊躇うみたいに恐る恐る名前を呼ぶ英二と、視線を絡ませ合う。零れ落ちそうなほど大きく見開かれた黒い夜の闇が、アッシュの姿を映し出していた。
「隈だらけだな」
敢えてなんでもないことのように軽口を叩けば、泣き出すんじゃないかと思うほど悲壮に歪められた微笑みがアッシュを襲った。
そして、そのまま、英二は糸の切れた人形のように倒れてしまった。
[newpage]
「アッシュ、お前本当に亡霊じゃないんだな」
点滴のチューブが液体を英二の体へ流し込む様子をじっと観察していたシンが、英二から視線を逸らさずにボソリと呟いた。
その横顔からは深く刻まれた眉間の皺がハッキリ見て取れ、彼から滲み出てくる怒気が本物だという事を教えている。
夜間外来用の簡素な病院ベッドで死人のように眠る英二を守るみたいに、ベッドサイドへにばりついたシンは、これ以上アッシュが英二へ近付くことを全身で拒否していた。
「危うく霊安室に閉じ込められるところだったが、生きてるよ」
「なんで今更のこのこ帰ってきた」
明らかに責める語調のシンが、激しい怒りを抑圧した、淡々とした口調で問う。
「……本当は姿を見せるつもりなんかなかった。幸せそうにしてる英二を見たら、もう二度と側にも寄らないつもりでいたんだ」
一目だけでもという気持ちを抑えきれなかったのは、果たして正解だったのか、失敗だったのか。
「英二はずっと、お前が死んだのは自分のせいだって苦しんできたんだぞ。せめて生きてるって知らせてくれれば、英二はこんな想いしなくて済んだんだ。ここまでお前を想ってる英二の気持ちは考えなかったのか。流石はアッシュ・リンクス。噂にたがわない冷徹ぶりだな」
手厳しくアッシュを詰るシンが厭味ったらしく嘲笑する。
「俺は死んだと思っていた方が、英二も自分の幸せを探しやすいと……」
「んなわけねーだろ!お前が言うのか、誰よりも英二を想ってたはずのお前が、こいつをそんな風にっ……」
「思い違いだったみたいだ」
「……英二の魂の半分はお前が持って行っちまった。毎日毎日、お前を思い出して泣いて、飯も喉を通らなくて、眠ればお前やショーターが死んだ夢を見るって……。何度も倒れて病院へ運ばれた。点滴で生きてるようなもんだよ、実際。俺は……お前の代わりになれたら、英二は飯食ってくれんじゃないかとか、そんなダセーこと考えてさ。お前の持って行った英二の半分が、いつかもう半分も連れて行っちまうんじゃないかって本気で……」
恨み節に聞こえなくもないが、これはどちらかというと恐怖の類だ。
シンの言葉は英二の死という恐怖に装飾され、これ以上ないほどに重たい。まるで部屋の隅の暗がりから、機を逃がすまいと、死が見張っているような口ぶりだ。
「悪かったな、シン」
「謝るなら俺にじゃねーだろ!クソアッシュ!!」
成長期なのか、記憶より大人びた顔つきのシンがアッシュを睨む。立ち上がり、ドタバタ大きな足音を立ててがに股で歩み寄ったかと思ば、人差し指をアッシュの胸に押し当て「二度と泣かすな」と鼻を鳴らした。いつの間にか視線のぶつかる位置がアッシュの鼻先まで迫っている。
「ああ」
「泣かしたら攫いに行く」
「そんときゃ殺す気で来いよ。俺も本気で相手になる」
「俺は成長期だ。いつまで余裕ぶっこいてられるかな。アッシュ」
ニカッと歯を見せ快活な笑みを作ったシンが後ろ髪惹かれるように英二を振り返り、処置室出入り口のドアへ手を伸ばす。入れ違いにアッシュはベッドサイドの椅子へ座り、昏々と眠る英二の寝顔を眺めた。
「あ、忘れ物」
部屋から出て行こうとするのを思い留まったシンが、この場には不釣り合いな能天気な声を出した。
アッシュへ迫った最前とは全く正反対の軽い足取りでベッドへ駆け寄ったシンは、何事かとアッシュが顔を上げた隙に、眠る英二の唇を啄んだ。あまりの出来事に硬直したアッシュを尻目に「おやすみ英二。いい夢を」と囁きかけ、勝ち誇った表情をしたシンは、今度こそ部屋を出て行った。
「いい夢を、ね」
シン以外ならその場で八つ裂きにしてやった。
なんのための言い訳なのか、シンだけだ、シンの貢献に対して今回は大目に見ただけだ、と繰り返し唱え、アッシュはパーカーの裾で英二の唇を何度も拭った。
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書くのを失念してました、ごめんなさい。ネタバレありです!!<br />ご注意ください。<br /><br />アッシュ……辛すぎる。<br />辛すぎてどうしようもなかったので、何番煎じか分からないけどセルフ救済小説書いてしまいました。<br />自発的に二次創作に手を出すとか、何年ぶりでしょう。。<br /><br />本編最終話から2年、アッシュ生きてた設定です。<br />A英前提のシン英・A英。<br /><br />太陽のような英二の笑顔がもう一度見たいアッシュと、アッシュを失ったショックで笑えなくなった英二のお話。<br /><br />コミック未読なのでアニメと多少のネタバレレベルにしか設定分かりません。<br />違うよ!!という部分があっても大目に見てくださる方のみ閲覧ください。<br /><br />ちょこっと続きます。<br /><br />2018年09月25日 ルーキーランキング入りしました……!!3位とか、信じられない。皆さまのおかげです。<br />ブクマ・いいね・コメント有難うございます。励みになります!<br /><br />2018年09月26日~ 女子に人気・デイリー・ウィークリーランキングに入ってました。。。<br />一体全体なにが起きているのだろう……。とても有難いです。感謝!!<br /><br />かやは様より素材お借りしました。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/70596927">illust/70596927</a></strong>
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Please smile once more 1
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10166931#1
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しれっと救済済み。
ご都合主義なんでもあり。
地雷、不得手のある方はご自衛下さい
[newpage]
警察でも自衛隊でもない、でもこの国を護るための仕事。警備会社の皮をかぶって、ネットの監視からあらゆる防犯カメラ、個人、企業...日本を脅かしかねない存在を、その情報を監視する仕事。表でも裏でもない、誰にも知られない褒められない。それでも私は淡々と作業をし、監視を続けていた。
あの日、この世界のことを知るまでは。
数年前から今に至るまで、私は戸籍担当。日本中の戸籍を日々覚え直し、不審な動きを見つけ次第対象への監視員を割り振る。着任直後、まだ不慣れなその作業の中、突如現れた2名。
「安室透」「緋色光」。両名とも24歳。経歴が表示されているものの、「今日までの私の記憶にない情報」は「昨日までこの日本に存在しなかった情報」。つまり、偽装された戸籍。免許の写真を確認すると...見覚えがある。なら、この見覚えのある顔の戸籍は?...え?該当なし?
「管理官、この2つですが偽装戸籍の可能性が高いです。紛れ込んだこの安室、緋色2名の代わりに降谷零、諸伏景光が消去されています」
「なんだと...いや、これは消去されたわけではないな」
「...我々の閲覧権限を超えた事案、でしょうか」
「そうだ。おそらく公安、それも警察庁の仕事だろうな。私から確認を入れておく。それと、俺の部下の仕事を増やさないようホウレンソウはしろ、とな」
「お心遣いありがとうございます、管理官」
もう一度、画面に目を落とすと、心がざわつく。報告がないことへの不満?それともこの2人がイケメンだから?気を、引き締めないと...。
それからさらに数年。危機管理室から情報提供された爆弾魔の事件を秋に防いだり。権限が増えたことで防犯カメラの監視もするようになった結果、街中で見つけた危険運転のトラックを尾行し事故を防いだり、はたまた廃墟を逃げ回る緋色光を保護したり。それなりにこの国のために仕事をこなしていた中、私は管理官の地位に就いた。
今、見つけた不審戸籍。今度は前回よりも強引かつ雑に作られた子供。その名前は、
「江戸川、こな、ん」
気の強そうな青色の瞳。写真にはよく見慣れた、青ジャケットに赤い蝶ネクタイ姿の子供。この既視感は、今頭を満たしている数多の事件に関する情報は、私のものじゃない。
おっけーおっけー。一度落ち着こう。私は孤児。それもなんか神社に捨てられてたとかいう曰く付き。それから国に保護されて、記憶力の異常さに目をつけられ今の職へ。
なるほど、つまり私は
「転生してるんかい」
[newpage]
ここからはダイジェストでお送りしまーす。もうすっごい頑張ったから褒めて!
まず、事件が起こる可能性のある場所へ趣き、江戸川少年と接触。学生時代の部活の影響から、ちょっとだけ武術が出来るお姉さんを装い手助け。そこからポアロへ呼ばれて少しのお話。どうやら面接に合格したらしく懇意に。と言っても、たまにポアロで会う無害で強めのお姉さんポジション。蘭ちゃん程ではない認識みたいだけど。
もちろん、ポアロでは、数年前突然現れた「安室透」の戸籍を持つ男に遭遇。違法ではない、あくまでもうちの正当な仕事の範囲で捜査したところ、トリプルフェイス状態を確認。何故か復活した降谷零の戸籍を隠蔽して組織の目から隠した。
また、降谷零の仕事を手助けするために、内緒で江戸川コナンを探る。と言っても私の知識で江戸川コナンと工藤新一が同一人物であることは確実だったから、あとは部下を使ってさり気なく指紋と唾液を採取。見事一致。国の隠密機関なめるなよっと。
あと、意外なのがポアロでは「諸伏景光」が「緋色光」になり現在「翠川唯」の男とも接触したこと。翠川は黒田さんからうちの情報で命拾いしたことは知っていても、私の顔や機関の詳細を知らないから特に何も起こらなかった。お店で会うと片手をあげながらニコッと笑ってくれるの...!前世は景光と陣平推しでした笑顔が眩しい。記憶が戻ってなかった頃の私、ありがとう!!
更に、突如ねじ込まれた戸籍、「沖矢昴」も作成されると同時に本人を確認。なにこの国で好き勝手してくれてるの。諸星の時、戸籍すら作らなかったでしょFBI!おこ。こっちはなかなか痕跡も証拠も残してくれないからまだ「戸籍が突如作られた」という日々の記録と私の記憶しか証拠がない。とても悔しいですぅ...。
それにしても、
「何この街...偽装戸籍のオンパレード!」
直接監視の仕事としてポアロに通うようになり、たった数ヶ月。それなのに4人も偽装戸籍って日本の戸籍管理ガバガバすぎない?これから哀ちゃんも増えるんでしょ!?.....明美さんのも作っちゃったから6人?まじか。
あと、ここで1つ問題が。なんとなく、降谷零からの視線が痛い。ポアロでは梓さんが居ても必ず安室さんが迎えて案内、注文を取りに来るし、そこからの食事の用意、給仕、会計に至るまで全て安室さん。街での遭遇率も高いし。多分、気づかれてる。
「聞いてます?」
「ええ。安室さんのお車はとても乗り心地が良いって話ですよね」
「はい!なので、是非!朝比奈さんにも体験していただきたくて!今日は僕もあと少しであがりなのでお出かけの足にいかがですか?」
「私、歳も歳ですし、歩けるうちは身体が鈍らないように歩いて移動したいんですよね。これといって買い物もありませんし」
「そういえば、女子高生達が新作スイーツの話をしてました!徒歩や電車では交通の便が悪いモールなんですけど...」
「甘味なら、今食べてますよ?半熟ケーキ」
「ブランドの新作バッグとか」
「実用性第一」
「...僕とドライブ、したくありませんか?」
「ケーキよりも、バッグよりも安室さんのほうが魅力的なものだ、と?」
「...つれないですね」
「さぞ、ご自分になびかないのが気に入らないんですねぇ」
「うぅっ...」
「あらー...今日も安室さん負けちゃったんですね。朝比奈さん、安室さんこうなると長いんですからデートしてあげてください」
「...うええ」
梓さんそんな顔されても...。今どちゃくそ可愛い顔でシンクに手をついて蹲ってるイケメンは、私を探ってるだけなんです!カウンター席の端で声を殺して笑ってる翠川さんもたまに援護射撃してくるから確実にロミトラですよこれ。ほら笑いすぎてコーヒー吹いてるもん。
ロミトラ対策として、とにかく2人きりにはならないようにしてるから車に乗るなんて以ての外。待ち伏せされてる時も必ず近くの店に入るか、即部下に連絡入れて迎えに来てもらってる。
多分、どれだけ探っても最低限の情報しか出てこない、「ひのもと総合警備保証」で働いてる私を探りたいんだと思う。政府と関わりあるのは公安なら知ってるし。
そんな生活をしていたら再び事件に巻き込まれた。いつものように待ち伏せされて、今日は私の推し景光も一緒だったからつい対応を甘くしちゃって。買い物くらいならってスーパーを回ってたら死神少年とばったり。そこにタイミングを見計らったかのごとく突っ込んできたトラックと、そこから出てきた男3人組。拳銃...は持ってないね。サバイバルナイフオンリー。いける。
「はぁっ!」
「「んぐっ!!」」
「は」
「え」
「まじか」
人質を捕られ、とっさに動こうとした少年と公安2名よりも先に犯人を確保。といってもカートのまま突っ込んで、あとは柔道の技をかけただけ。心得のない素人なのはひと目でわかったし。
警察が犯人を連れて行ったから、万事解決!これで2人が怪しまれることは...ああ、代わりに私を疑うよね、少年。怪しいものではないです。
「お姉さん、何者?ただの元柔道部の事務員って言ってたよね。そんな人が、ナイフを持った男を3人も取り押さえられるの?」
「んんー...」
「僕も、貴方の強さの理由を教えていただきたいですね」
「俺も知りたいな〜」
バーボン出てますけど大丈夫ですか。景光さんもその顔初めて見ますけどもしかしてスコッチモードでしょうか。お二人共悪い顔がとてもかっこいいー!って浮かれてる場合じゃなくて。
本来の職業を隠して接触しても、多分、このしつこく探ってくる少年は面倒に成る...。公安にこれ以上疑われるのも本意ではない。ならいっそ
「隠しててごめんね。実は、お姉さん、こうみえて警備会社で働いてるの。もちろん、お話した通り事務員なんだけどね?コナンくんはよく事件に巻き込まれるみたいだから心配で。よかったらこれ、名刺」
「ひのもと総合警備保証?」
機関が、世間の目から隠れるための、いわばフロント企業。キチンと機能もしていて法に触れないホワイト。どれだけ調べても良い会社としか分らないはず。公安みたいな、「上」から話を聞いている立場で無い限り。
「事務員でも、身体は鍛えてるんだ」
「いざとなれば現場にも出るからね」
「そっかぁ!あ、さっきは助けてくれてありがとう!おねえさん」
[newpage]
一応は納得した様子のコナンくんを毛利探偵事務所まで届けると、降谷さんと翠川さんにポアロへ誘われた。買い出し中とか言ってたもんね...。梓さん長時間1人にしてごめんなさいニヤニヤしないで。
公安は、私の所属が機関のフロント企業だって知ってるからこれからが思いやられる...。尋問は嫌ですぅ。隣にぴったり座って、頬杖をついてこちらを向き、監視体制にはいってるイケメンが怖い。カウンター越しに向き合ってる安室さんが怖い。
閉店するまで足止めされ、梓さんを見送る。1人にしないで...。施錠しブラインドを落とされた店内。覚悟を決めて2人と向き合う。こういうのは、先手必勝!
「お察しの通り、情報管理の職に就いてます」
「...正式な役職はないんでしたね」
「はい、あくまでも存在しないことになってますので」
「じゃ、やっぱ俺と安室のことも監視してたのか」
警戒してます!といった様子の2人。知られずに進められればそれが一番だったけど最近は敵対組織の動きが活発だから本人たちの協力も必要だし...
「今の私の職務は監視というよりもお二人の警護ですね。私が戸籍の管理を担当していた数年前より、お二人が人の手によって作成された戸籍を使っていることは把握していました。それが公安関係であることも、生誕時からあったのに突如消された戸籍についても。照らし合わせた結果、お二人の任務に辿り着きました」
「潜入先については」
「存じ上げております。組織内部で日本国籍を持っているものについては鋭意捜査中です。できれば顔写真があればいいのですが」
「あー...写真はないけど、ジンは黒澤って聞いたことある。情報は安室の方が専門だからそっちに聞いてくれ」
「...あと1人、魚塚だ」
「おそらくは黒澤陣と魚塚三郎と目処を付けていますがいずれ証拠を提示します。こちらの戸籍、私が着任する前に弄られていまして...時間を頂いてしまい申し訳ないです」
難しい顔で固まった降谷さんと、困り顔の翠川さん。そうね、まさか幹部の本名らしき名前をこんな、ちょっと怪しいから探ってた程度の女に明かされたらそうなるよね。こちらの仕事ですのでお許しを!
それでも、公安に助けてもらわなきゃいけないから、これだけは伝えなきゃならない。...黒田さんを、私の上司を通さずに。あくまでも私の知識だけしか根拠がないから。
「死亡したことになっている戸籍とその消息について調査する必要性が出てきたので、そちらにお願いしたいことが」
「なんだ」
「烏丸について洗っていただきたく」
「それって何か金持ちが死んだやつだよな?」
「相続でもめたとはきいているが...」
「おそらく、組織の頭かと」
「!」
「確証がないためこちらも全力であたっていますがお話できるのはここまでです。どうか、そちらの他の捜査員、上官にも伝えないでいただきたいです。無理なお願いと、承知の上で...」
「...いや、手がかりすらつかめていなかったのが正直なところだ。とりあえずの約束はしよう。君の所属は今部下に確認させているところだが...しばらくはこちらで君を監視させてもらう」
「かまいません」
カメラ、アプリ、GPS、あらゆる監視をつけられた。それと、事後報告で私の部屋にも同じような仕掛けがされていると告げられる。うん、知ってた。元から仕事は一切持ち帰らないし、お風呂上がりに裸でフラフラするのをやめるくらいでした。
ポアロをでる前に、扉前で2人と向き合い、心からの敬礼を。これは、前世の記憶を持った時から、どうしても直接伝えたかったの。
「お二人は命の危険にさらされながら努めてらっしゃいます。その正義と信念が実を結び、この国と民を守り支え導くことを祈ります。その力になれることは私の誇りです」
「お仕事、お疲れ様です。降谷さん、諸伏さん」
朝比奈が退店したあとのポアロでは、降谷がうずくまり、激しく床を叩いていた。その様子をカウンターの椅子に座り、回りながら見守る翠川。
「なぁ」
「んー?」
「俺の好きな人がかっこいい」
「そうだなー」
「全部知ってて、受け入れてくれてる。俺、守られてるらしいかっこいい好き」
「よかったな」
「敬礼とか久しぶりにされた」
「うんうん」
「...好き」
「いやん私もゼロ大好きぃ」
「お前じゃない!」
「はいはい。ちゃんと本人に言えよな〜」
「むりぃ」
「奥手か」
[newpage]
朝比奈
→今生はめちゃくちゃ真面目の王道をいき、ある意味融通が聞かなかった。前世の記憶と混ざったことで人の機微に目を配れるようになり、めでたく出世。権力と権限と部下からの信頼を得た。ついでに喫茶店店員の心を得た。真面目に仕事してて同期たちを救えた自分に拍手喝采してる。
美人喫茶店店員
→同僚が1人のお客さんの前だとただの男子だから面白い。せっかくそんな風になれる人と出会えたんだから結ばれて欲しい。
命拾いして幼馴染の協力者ポジションの常連さん
→公安内での都市伝説として聞いていた機関に助けられたらしくてびっくり。一般人を装いながら比較的平和に過ごしてたら幼馴染が中学生のときより中学生してて面白い。なんだかんだ初恋以来のちゃんとした恋愛なんだから頑張って欲しい。
中学生してるイケメン喫茶店店員
→コナンくんが連れてきた?怪しい女か?と観察してたけどすごく真面目そうだし見た目も好みだったから悪人ならもったいないなー...なんて思ってたら公安と協力関係にあると噂の警備会社に努めててにんまり。
探るうちにあれ?これ萩原と松田の件も、伊達の件も彼女?...ならヒロも?と勘付いてる。
ちょっと冷たくされつつも嫌われてないし楽しそうにニヤッと笑ってくれることもあってときめいてる。でもデートしたいのは本心だから疑わないで欲しい。
この度お仕事モードで接されて、完全に落ちた。無理好き。
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息抜き、突発思いついた短編?です<br />ツイッターで呟いてたら止まらなくなりました。<br />設定考えるだけ考えてあとは書きたいところだけ、が多すぎてまとまらないのが常です。<br />夢?なのかも分らないただ思いついた設定の覚書。<br />空回る安室さん好きです。<br /><br />ただただ、公安組にお疲れ様です!って本当の意味でいいたかっただけ。<br /><br />シリーズ類もちゃんと書いてます<br /><br />追記<br />続きました!<br />↓<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10178684">novel/10178684</a></strong><br /><br />補足(2019/09/10 19:39)<br />コメント欄にてご質問いただきましたので、補足させていただきます。<br />製本等加筆修正時には、補足無く読めるよう修正致します。<br /><br />お話冒頭、「着任直後」の夢主が、戸籍の中に先程まで無かった不審点を発見します。<br />すぐに上司に報告すると、「なんだと」と、「夢主が全国民の戸籍を」「毎日」「覚え直している」こと、更に「瞬時に前日と比較して異変に気づいた」ことに驚愕しています。<br />そして、「ホウレンソウするように言う」、と夢主に伝えますが、これは、「上司の更に上の者が報告に気づき」、「上司に連絡が来て」、「担当である夢主に連絡が来る」前に夢主が気づいてしまったのです。<br />そして、数年後、重要な機関で「異常な記憶力」を評価され、夢主は管理職となり、権限を得るように。<br /><br />戸籍を管理している機関と、「上層部同士は」情報の交換をしています。今回は、夢主が、「戸籍の管理」を「戸籍を全て覚える仕事」だと取り違えていたことにより、偶然、異常な早さで変化を見抜いた。<br />というお話です。
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米花は偽装戸籍が多すぎて大変 1
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10167092#1
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虎徹からのコールは頻繁だった。場所はゴールドからブロンズまで隈なく。時間帯だってまちまちだし、連日続くこともあれば、一日に三度も呼び出された時もあった。アポロンメディアの就業時間外にあのおじさんは何をしているのだろう。
スカイハイの深夜のパトロールは有名な話だ。
だがワイルドタイガーの深夜の徘徊など聞いたこともない話だった。
昔のシュテルンビルトの治安は最悪で、ヒーローレジェンドの活躍以降は飛躍的に安全な都市になったという話だ。だがそれでもまだまだ犯罪の絶えない眠らぬ街である。軽犯罪は毎秒刻みで起こっているだろうし、表に出ない悪辣な犯罪だってきっと数え切れないほどだろう。
虎徹はそのすべてを拾い上げ救おうとでも言うつもりか、特に治安の悪いブロンズ層を中心に、夜な夜な目を光らせているようだった。
しかしそれで就業中に居眠りをするのではヒーローとしての自覚が足りないのではないのだろうか。
バーナビーは昨夜も遅くに呼び出されたのを思い出しつつ、襲いくる眠気に眉根を寄せてクイと眼鏡のブリッジを押し上げた。
欠伸はかろうじて堪えたものの、眠い。そして横のデスクで、んがんがと鼻を鳴らしながら堂々と居眠りをしている虎徹を横目で見やり、深々と溜息を吐いた。
これでPDAが出動のコールを鳴らせば飛び起きて駆け出すのだ。虎徹はバーナビーとは全く違う次元に生きている。ここ数日でそれをまざまざと思い知らされた。おかげで当初感じていた苛立ちはいつしか薄れ、今はひたすら疲労感と脱力感に覆われている日々だ。
「おじさん」
声をかける。けれど虎徹は起きない。
「おじさん!」
「んあっ?」
びくっと背中を大きく震わせて目を覚ます。ぼんやりと振り返った顔の口元には涎が光って見えた。頭痛がしてバーナビーは思わずこめかみを指先で抑えた。
「あれ、おまえ具合わりぃの?」
あんたのせいだ。
「体調悪いならちゃんと休めよ? あ、なんならトレーニング行くか? あそこのロッカールームの椅子、意外と寝心地いいぜ?」
「そうですか。でもお断りしておきます。僕、これから取材なんで」
「またか。人気者は大変だねぇ。よっ、バニーちゃん!」
「意味が分からない」
己の名はバーナビーであってバニーじゃない。そしてバニーちゃんというのは褒め言葉ではない。だいいち、人気者で大変だという事実と、バニーちゃんという単語になんら関連性がない。
「そんなことはどうだっていいんですよ。それよりおじさん。今日の取材はあのジーナなんです」
「ん? 誰だそれ」
「あの飛行機事故の被害者でテレビキャスターのジーナですよ。あなたが助けた相手でしょう。少しくらいは覚えていて下さいよまったく」
「ああ、あの彼女か。ちゃあんと覚えてるぜ。乗客で一番最後に救出したんだ。それが今にも沈みそうだってのに大事な荷物を置いていけないの! とかなんとか言われて困った」
「……そのエピソード、今聞いておいて良かった」
「ん?」
「いえ。他には何か?」
「別にねえよ。足元に落ちてた小さいバッグ掴んで持たせてやったけど、そんだけ」
「わかりました。あとは現場の混乱でよく覚えていないからで通るかな」
相手は曲がりなりにもジャーナリストだ。細かいところを突っ込まれて身代わりがばれては困る。それなのに当事者の虎徹がこんなふうに非協力的なので、バーナビーの苦労はいや増すばかりだ。
「それじゃあ行って来ます」
「おう、いってこーい」
手を振る虎徹に見送られ、バーナビーは出かける前から疲れた気分でアポロンメディアを後にした。
そんなこんなで精神的に疲れていても、バーナビー・ブルックスJr.はヒーローとしての面目は保つ男である。クールな美貌で愛想を振りまき取材に応じていた。だが今日の相手はとにかく疲れる。なにしろ二言目には「覚えておられますぅー?」なのだ。
虎徹から聞き出していた通り、乗客で一番最後に救出されたらしい女性ジャーナリストのジーナは、どうやらその一件でバーナビーに命の恩人以上の感情を抱いてしまっているらしい。女たちから送られる熱い眼差しや、媚びてくる態度と口調は、バーナビーにとっては見慣れたものだった。
今もジーナは腰をくねらせながらバーナビーを見上げてきている。知的な風情を装ってはいるが、見え隠れする下心が面倒だった。しかもジャーナリストだけに当夜の事をよく覚えていて、折に触れてはバーナビーに問い掛けてくるのだ。覚えているか、と。
ジーナにとってそれはバーナビーと自分を繋ぐドラマチックな出会いの思い出だ。愛しのヒーロー相手の劇的な記憶を慎ましく自分の中だけに眠らせておくようなタイプでもない。だが当たり障りのない笑顔を向けてくるだけの態度に少しばかり焦れたのかもしれない。ジーナは不意に大きなため息をこぼした。
「ああでも、あの夜にバーナビーさんが私と一緒に救ってくれたバッグ!」
バーナビーは虎徹の言葉を思い出した。
「……大事な、ものと聞いた気がします、が。そのことですか?」
途端にジーナは喜んで身を捩った。
「そう! 実は取材の資料が入った大切なメモリーカードをあの中にしまっていたんです。でも」
ジーナが不意に眉根を寄せて俯いた。
「でも、治療を終えて落ち着いてからチェックしたらどこにも見当たらなくて。きっとバッグからこぼれて今頃は川底で錆びてますわ。あんな危機的状況で無理を言ってバーナビーさんに拾って頂いたのに、悔しくて」
「それは災難でしたね。すみません、僕もあの時は気が回らなくて、あれだけの大事故でしたから」
彼女の手荷物のバッグ以外、積荷は全て機体と一緒に沈んでしまっていた。回収には時間がかかるとのことだ。それを思えば私物の一つ二つを失ったところで、助命を感謝されこそすれ批難される謂れはない。
自分の発言の不適切さに気付いたのか、ジーナは取り繕うように微笑を浮かべた。
「そ、そうですわね。事故の規模を考えれば死者が一人も出ず幸いでした。あの、言い訳ではないんですけれど、情報元との契約で絶対に流出不可のデータだったので取り乱してしまって」
ほほほ、と笑って取り繕うジーナは、その後当たり障りのない質問ばかりになったので、バーナビーは内心でほっと胸を撫で下ろしてインタビューを受け続けたのだった。
§
一方その頃の虎徹は、定時まで一応真面目に事務仕事をこなしてアポロンメディア本社を後にしていた。その足で向かったのはジャスティスタワーのトレーニングセンターではなく、ゴールドステージのどこにでもあるようなビジネスマン向けのインターネットカフェだった。
その理由は、昨夜、虎徹がふと部屋の隅に転がっていた一足の靴に気付いた事からだった。
あの飛行機墜落事故の夜に、片方を落としてきてしまった靴だ。
「そういや片っぽはバニーちゃんが拾ってくれたんだっけ。まだ持ってくれてんのかなあ」
すっかり忘れていたが、もしバーナビーが拾ったまま持っているのなら返してもらえれば、また履けるではないか。
そう思って転がっていた靴を拾い上げた。
「っと、なんじゃこりゃ」
そこで初めて気付いたのだが、靴紐を通している辺り、舌革と呼ばれる部分の隙間に親指の先程の大きさのメモリーカードが挟まっていた。引っ張り出してみても虎徹には当然見覚えのないものだ。
「どっかで引っかけてきちまったのか?」
ためしに携帯電話に突っ込んでみたがデータの容量が大きすぎるとの表示が出て、読み込めなかった。そして虎徹の自宅にはパソコンなど、ない。複雑な操作を覚えるならアナログな手法の方が早いし、簡単な事なら携帯電話で事足りるのだ。
仕方がないので虎徹はそのメモリーカードを持って出社したのだ。バーナビーに靴の片方を返してもらう本題は、この時点ですっかり忘れていた。ついでに言うならば、メモリーカードの存在自体も退社してトラウザーズのポケットに手を突っ込むまで頭から抜け落ちていた。
会社の正面ロビーを抜けて表通りに出た途端に思い出したので、今更またオフィスの自分のデスクに戻るのも面倒で、近場のインターネットカフェに向かったのだ。
「それに社内の備品を私用で使ったら、バニーとロイズさんに怒られっちまうからなー」
俺えらーい、と鼻歌まじりに呟いて虎徹はカフェに入ると受付でコーヒーを注文してブースに滑り込んだ。くつろぎやすいチェアに腰かけ、取り出したメモリーカードを早速パソコンに差し込む。
「さーって。持ち主分かるかなー」
付属のヘッドフォンを装着すると、ピコンと音が鳴りフォルダが自動で開かれる。マウスを操作してフォルダ内部のファイルを開くと、警告メッセージが開いてパスワードを請求された。
「だっ! パスワードかよ!」
咄嗟に仰け反って叫び、それからまた猫背気味にパソコンに向かうと、口を尖らせてしばし唸る。
「んーっとだな。とりあえず『password』……はねーよな、やっぱりな」
カタカタと打ち込んでOKボタンを押すが、更なる警告メッセージが出てきて正しいパスワードを入力せよ、と叱られる。
「そんじゃ次は『1234』だっ! って、あーやっぱちげえ!」
目元をおおって呻く。こうなれば持久戦か、と虎徹は今度は少し首をひねって、またカタカタとキーボードを打った。
「えっと、ねえだろうけど『wildtiger』なーんちゃって。あ、やっぱ無理か、そうだよな」
がっくりと肩を落とした。その時だ。
ヘッドフォンからピッと音がして警告メッセージに重なるようにして別のメッセージが出た。
「なになに? セキュリティーのため、これ以上パスワードは入力できません? え、じゃあどうすんだ」
首を傾げる虎徹だが、その時すでにオンネット状態のパソコンから警備会社に通報が入っていることを知らなかった。当然ながらこのメモリーカードのデータが、キャッシュカード並みの厳重なセキュリティシステムのもとに管理されたもので、警備会社が現時点でメモリーカードから送られてきた情報から、場所を特定して持ち主へ一報を入れていることも知らない。
そしてまた、持ち主―――ジーナがシステムに紛失届を出していることも知らなかったし、自動的に警察へ通報されることも全く知らなかった。当たり前だ。
この僅か五分後、虎徹は店に入ってきた制服警官二人に挟まれ、ホールドアップする羽目になることだって知るわけがなかったのだ。
警察署では免許証などの身分提示を求められた後に、メモリーカードをどのようにして入手したのかを聞かれた。一応、善意の拾得者の可能性を慮ってか、中年の担当警察官の態度は丁寧で穏やかだったが、ただ拾ったとしか言えない虎徹にだんだんと焦れているのが分かった。
「で、鏑木さん。お仕事はアポロンメディアにお勤め、なんですよね」
「はい」
社員証にはヒーロー事業部の文字が印されているのでごまかしようがない。
「拾得場所はあの墜落事故の現場、日時もおそらくその当日。で間違いないと?」
「はい」
警察官は調書に書き込んでいたボールペンのノックでこめかみを軽く叩きながら唸った。
「うーん……えっとー……鏑木さん? おたくさん、バーナビーのマネージャーか何かですか?」
「へ?」
「あ、違う?」
「え? あ、そう! それ!」
ぱん! と手を打って虎徹は警察官を指差した。すぐにハッと我に返って指をしまうと携帯電話を取り出した。
「あの! 電話しても良いですか!」
「どうぞ」
容疑者ですら弁護士への連絡が許されている。参考人が家族同僚への連絡を許されないわけがない。虎徹は電話が繋がるなり縋るように叫んだ。
「あ、もしもし! バニー助けてくれっ!」
『はあ? いきなりなんです』
「えっとケーサツ! 俺警察に捕まっちゃってさ。悪いんだけど迎えにきてくれ!」
『あなたいったい何をしでかしたんです』
「だっ、なんもしてねえよ。ちょっと拾い物したら厄介なことになっちまってよ。頼む来てくれ!」
『お断りします』
「なんで!」
『この僕が事件もないのに警察なんかに行ったら、市民とマスコミに何を勘ぐられるか分からないでしょう。万が一にでもバディのあなたを迎えに行ったなんてばれたらどんなスキャンダルになるか』
「俺を見捨てるのかよバニー!」
『人聞きの悪いこと言わないでください。あと大声で騒がないでください。うるさい』
そしてその三十分後、バーナビーのアドバイスに従ってアポロンメディアに連絡を入れた虎徹は、迎えに来たロイズの苦り切った眼差しに貫かれて、ただただ首を竦めるしかなかった。
「君ねぇ、どうしてそう揉め事ばかり起こすの」
「今回俺はなにも」
「とりあえずなに? 私が君の身元を保証すればいいのかね」
「あ、はい」
虎徹がそそそと後ずさると、それを押しのけるようにしてロイズが警官の前へ進み出る。そして差し出された書類に、ポケットから取り出した細身のペンでさらさらとサインをする。
「タイガー君、この貸しは大きいよ。私本当は今頃メダイユのホテルで妻と待ち合わせの時刻だったんだからね!」
「すいません!」
「え、タイガー?」
警察官がガバっと顔を上げた。その目は虎徹を見て、ロイズを見て、それからまた虎徹を見た。
「タイガーって言いましたか、今」
「だっ!」
ロイズの失言に慌てたのは虎徹の方だ。
「違いますよ。ね、ねえ! ロイズさん!」
「でも、アポロンメディアのヒーロー事業部でした。さっきも電話でバニーって言っていました!」
断言するなり警察官はロイズの横をフラフラと通り過ぎると虎徹に向かって両手を差し出した。
「握手してくださいワイルドタイガー! ずっとファンです応援しています!」
「へ!」
がっちりと両手でつかまれた右手をぶんぶんと振り回されて、虎徹は嬉しいのと困るのとで言葉に詰まる。すると警察官はにっこりと笑って「どうもすみません」と手を放してくれた。
「大丈夫です。ヒーローの素性は秘密厳守ですよね。誰にも言いませんから!」
まさかこんなところに珍しくも貴重なワイルドタイガーファンがいたとは、虎徹もロイズも驚きを隠せなかった。しかしそんな二人を前にひたすら少年のような笑顔を浮かべながら、警察官はサイン済みの書類を引き取ると、さっさと手続きを済ませて虎徹に帰宅許可を与えてくれたのだった。
§
「メモリーカードが見つかったですって? どこでよ!」
取材後バーナビー・ブルックスJr.を送り出した後、己の失態を罵りながらも間近で見つめたヒーローの端正な美貌を思い出し、うっとりと浸っていたジーナは、警備会社からの連絡に八つ当たり交じりの声を上げた。
バーナビーの機嫌を損ねたのは間違いなく、きっかけはメモリーカードの話題からだ。川底に沈んだと思っていたのに見つかったとはどういうことだ。
「は? 拾われた? 有り得ないわよ! ええ、確かに紛失届は出したわよ。そういうシステムだもの。だけど! ……墜落事故の現場に落ちてたあ? 誰が拾ったのよ!」
電話の向こうでは警備会社の担当者が、要領の得ない事を繰り返す。ジーナは苛々しながら怒鳴りつけた。
「だからそいつはどこの誰よ! 何者! その鏑木・T・虎徹!」
[[jumpuri:靴をなくした天使 5 > http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1053088]]
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トラブル体質の虎徹さんは大好物ですもぐもぐ。気が付いたらそれをフォローしているツンなバーナビーも美味しいですごくん。同タイトルの映画のパロディですが、ちょっとした設定とあらすじを拝借しているだけで基本的にはアニメ本編に添った内容です。第1話はこちらから[<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=938678">novel/938678</a></strong>]。
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靴をなくした天使 4
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1016727#1
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あの子と連絡を絶って4年ほどになる。
両親を亡くした俺たちにとって、お互いは唯一の肉親であり、家族だった。
6つ歳の離れたその妹が高校3年生のとき、俺の警察庁入庁と公安への配属が決まり、妹へは配属を誤魔化したまま働いた。まだ幼くて不安だろうに、家になかなか帰れない俺に文句も言わない、聡い子だった。
翌年には潜入捜査を命じられた。真っ先に浮かんだのは大学に入学したばかりの妹の事だ。命の危険を伴う仕事だ。生きて完遂できるかはわからない。いや、自分の命だけならばいい。この国のため、命などいくらでも差し出せる。しかし、妹にまで類が及んだら?
それだけは絶対に避けたいと思った。潜入捜査を開始すると同時に妹との連絡を絶ち、自分と妹を繋ぐものは、その一切を妹が残される家に残すか、処分した。
妹には何も言わなかった。
知ることで危険に晒される情報に、彼女が触れる必要はない。
そんな妹への最後の連絡(これも、最後と気取られるようなものではなく、何気ないいつもの業務連絡だった)からきっかり2年後、今度は彼女が行方を眩ませた。
これには焦った。
連絡は絶っていたが、あの子が元気にしているかどうか、困っていないかどうか、定期的に確認をしていた。しかしその日(俺が最後にあの子に連絡をした日と同じ日付だと、あとから気づいた)、大学には休学届が出され、携帯電話は解約され、そのまま日本を出国していた。2年ぶりに二人で生活していた部屋に帰ってみると、がらんとした空間が広がっていた。落とされていたブレーカーを上げて電気をつけると、妹自身の私物はきれいに処分され、俺が置いていったものだけが残されていた。テーブルの上にはご丁寧に、俺が生活費として使えるようにと入金を続けていた口座の通帳が、ポツンと置き去りにされている。
「千花…」
呆然とする自分の声が、どこかがらんとした部屋の空気を虚しく震わせた。
*****
それから2年。今日できっかり2年となる。
つまり俺があの子の前から姿を消して4年。
俺は未だ潜入捜査中の身だ。
おまけに警察庁の降谷零、黒の組織のバーボンに加えて、私立探偵の安室透という3つ目の顔まで設定し、三重生活で前にも増して忙しい日々を送っている。
相変わらず、千花の行方はわからないままだ。
パスポートの記録を辿ろうにも、比較的簡単に探れるのは日本の出入国のみ。彼女が真っ先にシンガポールへ飛んだことはすぐに調べられたが、チャンギ国際空港は世界でも有数のハブ空港。その先の足取りは全く掴めなかった。
そもそも、シンガポールに留まっているのか、空路でシンガポールを発ったのか、或いは陸路を使ったのか海路を使ったのか、経済拠点として名高いかの国では
選び得るルートが多すぎたのだ。
情けなくも、妹の足取りについては手も足も出ないままで、俺は今日もポアロで安室透として働いている。
「梓さん、今日はなんだか楽しそうですね」
「わかりますか?うふふ。今日は高校のときの友達が来店してくれるんです!」
「へえ、それは楽しみですね。」
わかりやすくうきうきした様子の同僚は、とても素直に答えてくれた。この素直さが、俺たち兄妹には足りなかったのかもしれない。
カラン
とドアベルが鳴りドアの方をみた梓さんが嬉しそうに「いらっしゃいませ」と声をかける。噂のご友人のようだ。接客は梓さんに任せたほうがいいだろう。俺は洗い物を続けることにした。
「やっちゃん、久しぶり!」
「梓、久しぶりだねー。何年ぶりかな?」
「うーんと、最後にあったのが成人式だから…3年ぶり、かな?」
「わー、そんなになるんだ…懐かしいね」
「だねー。今日はありがとう!ゆっくりしていってね!」
「うん。実は今日、長いこと海外放浪してた大学の友達が帰ってくるって言うからここに呼んでて…多分そろそろ来ると思うんだけど」
カランカラン
ふたたびのドアベルと
「こんにちはー」
聞き覚えのある女性の声。
…え?
顔を上げると、そこには
「千花!久しぶり!」
「おー、やっちゃん。久しぶりー」
実に4年ぶりとなる姿があった。
思わずグラスを取り落としてしまい、
パリン
店に甲高い音が響いた。
その音に、何気なくこちらを向いた来店客---千花もまた、俺の姿を認めて、バッチリと目があって、そのまま双眸を見開いて固まった。
「あ、安室さん!?大丈夫ですか!?」
梓さんがカウンターに駆け寄ってくる。
その声で我に帰り、動揺を無理やり思考の端におしやって返事をするのと
「すみません、グラス割っちゃいました」
「っああああああああ!!!!」
一時停止状態から復帰した千花が、俺を指さして叫んだのは、ほぼ同時だった。
[newpage]
幼い頃から「あまり似てない兄妹だね」と言われ続けて来た。
まあ、確かに金髪青目褐色肌の日本人離れした兄に対して、私は黒髪茶目黄色肌(しかも色白の部類)の純然たる日本人の外見だったので、仕方がない。
実際のところどうなのかというと、色が違うために全く似ていないように見えるが、顔の造りはとてもよく似ている---と言ってくれた人が一人だけいた。
似てない似てないと言われて若干傷ついていた私は、幼心に嬉しかった記憶がある。
話が逸れた。
兄は私の唯一の肉親にして家族だった。そして、とっても優秀だった。
何をやらせても人並み以上。加えて努力を惜しまない。
そんな兄のことを尊敬していたし、大好きだった。兄妹仲はいいほうだったと思う。
その兄が、夢を叶えて警察官になったのは私が高校3年生の時。仕事が忙しくなった兄とは生活サイクルが合わず、同じ家に住んでいるのに1週間以上顔を合わせない日が続くなんてザラだった。
寂しくないといえば嘘になるが、私が学校に行っている間に帰宅して料理をストックしてくれたり、会えたときには構い倒してくれたり、休みが重なれば遊びに連れて行ってくれたりと、愛してくれているのは嫌というほどわかっていたから、不満に思ったことはなかった。
まあ、シスコンだったしブラコンだったという事だろう。
しかし、ある日突然なんの前触れもなく、兄は私との連絡を絶った。
メールをしてもエラーメッセージ、電話をかけても『現在使われておりません』、困り果てて職場に連絡するも『大変申し上げにくいのですが彼は既に退職しておりまして…』ときた(個人情報なので漏らせないと渋る相手を丸め込んでその言葉をもぎ取った徒労感と言ったらなかった)。どういうことなのお手上げだ。定期的にお金が振り込まれていたため生きていることだけは辛うじてわかるが、ひとりぼっちにされたことが私にはとても堪えた。
悩んで悩んで、2年待つことに決めた。最後に連絡をくれた日を基準に2年。2年という期間に特に深い意味はない。ただ、終わりを決めないと、際限なく待つのは疲れるし、辛いと思った。
その2年の間に、その後の身の振り方を考える事にした。
いろいろ考えた。なんで兄は行方を眩ませたのか。なんでいつの間にか警察やめてるのか。なんで私に連絡の一つもくれないのか。私はこれからどうするのか。
で、きっかり2年。
あなたが私に一言もくれずに私のもとを去ったように、私も特別なものは残さずに発ちますね。思い知ればいいんだ。
「ばいばい、お兄ちゃん」
我ながら凛とした声が、物の減った部屋の中を一瞬だけ満たして消えた。
****
あれから2年。
東南アジアを手始めに、中東、ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカもちょこっと…とまあ世界中をふらふらと放浪した。
幸か不幸か兄が私を見つけることはなく(まあ、見つけたとしても連絡手段がないから呼び戻せなかっただろうし、多忙すぎて連れ戻しに来られなかっただけかもしれないけど)、その間日本に戻ることはなかった。行く先々でそれなりに危ない目にも合ったが、いろんな人に出会えた。
少し日に焼けた自分を見て、なるほど確かに兄と似ているかもしれないと納得した。
一つ思い出すといろいろと思い出されて、兄のことが懐かしくなる。
思えば連絡を絶たれてから、何度か身体の心配をするメールはしても、会いたいと駄々をこねたことはなかった。あの時、素直に寂しいと言っていたら何か変わっただろうか。
兄が私を悩ませたのと同じだけ時間が経ったし、一度日本に帰ってみてもいいかなと思い立って、出発してからちょうど丸2年となる今朝早く、日本に降り立った。
試しに訪れてみた家がまだ維持されていることに驚愕し(合鍵を隠し持っていたので入れた)、これ幸いと無人の家に荷物を置いて、向こうを発つ前に連絡を入れておいた友人と落ち合うべく、指定された喫茶店へと足を運ぶ。
『道わかんなくなったら毛利探偵事務所はどこですかって聞いたらたどり着けるよ〜』と友人が雑に教えてくれた。最近有名になったらしい(なにせ海外放浪が長く、日本の事情に疎い)探偵事務所の入ったビルの、一階部分にある小さな喫茶店『ポアロ』。
その扉を押して
「こんにちはー」
と、直前までいたのがヨーロッパだったために、ついついあいさつをしながら足を踏み入れる。
お店の人のいらっしゃいませより早く、友人が嬉しそうに声を掛けてくれた。
「千花!久しぶり!」
「おー、やっちゃん。久しぶりー」
ヒラヒラと手を振りながら歩みを進めると
パリン
と、甲高い音が聞こえた。
その音源に目をやって、ものすごく見覚えのある男性と目があって、固まる。
「あ、安室さん!?大丈夫ですか!?」
カウンターに駆け寄る店員さんの声で我に帰った。
ぎぎぎとぎこちなく腕を上げて、でも迷い無くピンと真っ直ぐにカウンターの男性店員を、つまり兄を指さして私が叫ぶのと、
「っああああああああ!!!!」
「すみません、グラス割っちゃいました」
兄が何事もなかったかのように、さもドジを踏んだだけですとでも言うふうに、苦笑いしながら店員さんに返すのとは、ほぼ同時だった。
[newpage]
さて、俺の頭はすごい勢いで回転する。
動揺してあわあわと口を動かしている妹と、声に驚いてその妹の方を振り返り、更にその指先にいる俺の姿とを見比べている梓さんとそのお友達を誤魔化さなければいけない。妹が余計なことを口走る前に。アイドルタイムで他に客がいなかったのだけが救いだ。
「えっと…安室さんとお知り合いですか?」
「あ、え、えと…すみません、大声で。びっくりしちゃって。こんなところで会うとは思わなくて」
「わ、千花ってばこのイケメンと知り合い?」
「私、意外と顔広いからねー」
梓さんはどちらに問うべきか悩んでいるようで、千花と俺を交互に見ながら聞いてくる。
千花は、こちらに任せてくれるようだ。友人の言葉をいなしながら、ちらりとこちらを一瞥してきた。
「僕もびっくりしましたよ。久しぶりだね、千花。---彼女は妹みたいなものです。僕が探偵業を始めるまで、隣の部屋に住んでて仲良くしてたんです」
「へー!お隣さん!でも海外放浪してらしたんですよね?こんなところで再会するなんて、すごい偶然!」
「ほんとにびっくりですよー。お久しぶりです、アムロさん?全然変わってなくてびっくりした」
「他人行儀だなあ。昔は透兄ちゃんとかお兄ちゃんとか呼んでまとわりついてきてくれたのに」
「いつの話よ…流石に最後の方はベタベタしてなかったじゃん」
これが本当の話かと言われるとそうではないが、まあ嘘でもない。そんな微妙なラインのストーリーに難なく乗ってくれる妹は、次の瞬間に爆弾をぶち込んできた。
「で、透兄ちゃんは今どこにいるの?チヨダの事務所にお世話になるって言ってなかった?まだそこ?」
「っ!あ、ああ、よく覚えてるね。もうそこを離れてるけど、今もあの辺りと縁は続いてるよ。たまに仕事をもらってる」
「ふーん…とりあえず、私は前の家に戻るからさ。また遊びに来てよ」
「わかった。ああ、今の連絡先を聞いてもいいかい?」
「はいはい。ちょっと待ってー」
そう言うと、やたらとたどたどしい手付きで携帯を操作する。
話が早すぎて驚かされる。
「千花、なにやってんの…」
「いやー、久しぶりに携帯変えたから勝手がわかんなくてさー。SIMカードも国を移動するたびに変えちゃうから電話番号もいちいち覚えてないし」
「なんか、時代遅れなのか時流に乗ってるのかよくわかんないね、それ」
呆れたような友人に助けられながらも、メモに一通り連絡先を書いてこちらによこしてくれた。
「ついでに注文していい?」
うちの妹、空気が読めすぎる。
*****
俺、降谷零は警察庁所属の警察官だ。ただし、警備局警備企画課---通称ゼロに所属する、所謂公安警察。
そして、警備企画課がゼロと呼ばれる前、それは警察庁の所在地である千代田区からとって『チヨダ』と呼ばれていた。
つまり、先程妹の発した『まだチヨダにいるのか』と言うのは、事情を知るものからすれば『まだ公安に所属しているのか』という意味に解釈できる。
まさか、千花が気づいているとは思いもよらなかった。こんなふうに、堂々と暗号のやり取りができるようになっているとも。
ポアロでのバイトを終えた俺は、二人で暮らしていたあの部屋へと車を走らせていた。
あの後、千花は何事もなかったかのように友人だという女性と、時々梓さんや俺も交えて盛り上がっていた。放浪中のエピソードを聞くに連れ、頭を抱えたくなる。
---なんだって自ら危険に首を突っ込んでいるんだ…
行く先々でトラブルに巻き込まれてはシューティングしており、平穏無事という言葉を100億回書き取りしてくれないだろうかと真面目に検討している。勘弁してくれ。
苦言を呈したくなるのを何度も我慢して合コンさしすせそのような相槌を繰り返した。すなわち「さすがだね」「知らなかったな」「すごいな君は」「いいカンをしてるね」「そうだったのかい」。死んだ目でそれらをリピートする俺を、千花は時折面白そうに見ていた。
バイト中に安室名義の携帯からシフトが終わったら家による旨をメールしておいた。帰ったら説教だな。
とりあえず日本にいてもらわないと心配すらできない。どうにか日本に留まらせなければ。
そう決意を新たにしたところで、俺は車をマンションの駐車場へと滑るように入庫させた。
玄関の扉を開けると、途端にいいにおいが広がる。
「…ただいま」
躊躇いながらもそう口にしてリビングの中に入ると、カウンターキッチンでは記憶よりも少し日に焼けた妹が料理をしていた。
「あ、おかえりー。ご飯食べるよね?」
「ああ、もらう」
「もう出来るから、手ぇ洗ってきてね」
「了解」
まるで4年のブランクなどなかったかのような距離感の会話で、躊躇ったのが馬鹿らしくなる。とりあえず指示に従い、手を洗ってリビングに戻ると配膳をしているところだった。それを手伝い、向かい合って食卓につく。こんな事、警察官になってからは二人で暮らしていたころだって珍しかった。
懐かしさと嬉しさで自然と顔が緩む。
そうだ。言いたいことはいろいろあるが、とりあえず
「「いただきます」」
向かい合って食事が出来ることを、素直に喜ぼう。
[newpage]
動揺のあまり叫んでしまった。
やっちゃんもやっちゃんとお友達らしい女性店員さんも、私と、私の指の示す方つまり兄とを見比べている。
先程兄は「アムロさん」と呼ばれていた。知らない間に婿養子にでもなった訳ではないだろう。国が恋人のような人だし。
とりあえず、兄に任せよう。
「えっと…安室さんとお知り合いですか?」
「あ、え、えと…すみません、大声で。びっくりしちゃって。こんなところで会うとは思わなくて」
不思議そうなやっちゃんのお友達であるらしい女性店員さんが私に聞くべきか兄に聞くべきか迷いながら私たちをキョロキョロと見比べながら聞いてくるので、当たり障りなく応えると、今度はやっちゃんから追求される。
「わ、千花ってばこのイケメンと知り合い?」
「私、意外と顔広いからねー」
それを躱しながら兄をちらりと一瞥すると、今まで見たことのない胡散臭さ全開の笑顔で口を開いた。皆さんイケメンの笑顔に騙されてはいけない。
「僕もびっくりしましたよ。久しぶりだね、千花。---彼女は妹みたいなものです。僕が探偵業を始めるまで、隣の部屋に住んでて仲良くしてたんです」
「へー!お隣さん!でも長いこと海外にいらっしゃったんですよね?こんなところで再会するなんて、すごい偶然!」
「ほんとにびっくりですよー。お久しぶりです、アムロさん?全然変わってなくてびっくりした」
「他人行儀だなあ。昔は透兄ちゃんとかお兄ちゃんとか呼んでまとわりついてきてくれたのに」
「いつの話よ…流石に最後の方はベタベタしてなかったじゃん」
よくもまあ、ポンポンでるなそんなストーリー…まあ、間違ってはないけど。
探偵云々は知らないが、(同じ家の中の)隣同士の部屋で寝起きしてたし、仲は良かったし、29歳になったはずの兄は25歳どころか20歳頃の顔のまま歳とってないし、トールという名前はともかく兄のことはお兄ちゃんと呼んでいる。
打ち合わせもしていないのにカバーストーリーに付き合っている私に、兄は感謝すべきだ。
梓さんは調査対象ではなく普通の同僚のようだし、これくらいは大丈夫だろうという悪戯心で会話に爆弾を仕掛けてみる。
「で、透兄ちゃんは今どこにいるの?チヨダの事務所にお世話になるって言ってなかった?まだそこ?」
悩んだ2年の中で、おおよその結論は出ていた。
兄が理由もなく私を切ることはない。絶対にない。それが疑うべくもない事はよく知っていた。
理由もなく私を切ることのない兄が、ではどんな理由で私の前から消えたのか。
兄に配属を聞いてもはぐらかされた。警察学校で成績優秀な人間は公安の講習を受けることを調べて知った。公安の中には、潜入捜査を行う人もいるという。そして兄は私が知りうる限りでは一番頭のいい人だ。
カチリカチリとパズルのピースがはまる。
---お兄ちゃんが配属されたのは公安。警視庁か警察庁かは知らないが、頭いいし、警察庁警備局警備企画課なんじゃないのか。そして、潜入捜査をする事になったから、巻き込まないために私を切った。
それが人から見ればどんなに突拍子のない絵だとしても、私の中では理屈の通った絵だった。
そしてそれは『チヨダ』に反応した兄の表情で答え合わせかできた。
「っ!あ、ああ、よく覚えてるね。もうそこを離れてるけど、今もあの辺りと縁は続いてるよ。たまに仕事をもらってる」
「ふーん…とりあえず、私は前の家に戻るからさ。また遊びに来てよ」
「わかった。ああ、今の連絡先を聞いてもいいかい?」
「はいはい。ちょっと待ってー」
戻るどころか、既に荷物を部屋に置いてきたのだが。
メモとペンを借り、ここへ来る前に家電量販店で買い替えたスマホを操作する。
ややまごつく私に、やっちゃんが呆れている。
「千花、なにやってんの…」
「いやー、久しぶりに携帯変えたから勝手がわかんなくてさー。SIMカードも国を移動するたびに変えちゃうから電話番号もいちいち覚えてないし」
「なんか、時代遅れなのか時流に乗ってるのかよくわかんないね、それ」
仕方ないじゃないか。携帯本体は4年も経っていればバージョンアップの対象外になってて、OSがガラッと変わるんだから。
メールアドレスと携帯番号を書いて兄にぽいと渡す。女性店員さんがなんだか目を白黒させている。そうだ、私たちはお茶をしに来たんだった。そういうわけで
「ついでに注文していい?」
*****
「いやー、日本はやっぱりいいよねえ。なんてったって命の危険が圧倒的に少ない」
「いやそれめちゃ物騒な発言だな。結局どこに行ってたの」
やっちゃんのお友達であるところの梓ちゃんとも自己紹介を済ませ、他にお客さんもいないしみんなで盛り上がろうとカウンターに陣取った。私はコーヒーとハムサンドを、やっちゃんはコーヒーとケーキを注文して、せがまれるまま海外放浪の思い出話を披露していた。
「えっとー、シンガポールに飛んで、マレー半島を北上してタイでちょっとのんびりして、カンボジアでアンコール・ワット見るついでにベトナムまで行ったってのが最初の1ヶ月くらい」
「既に情報量多い」
「その後ドバイに飛んだ。ドバイが一番長くいたかな。言葉覚えられるか試してみたくて10ヶ月くらい?ものの試しでカジノやったら大当たりしてさー。ビギナーズラックかとも思ったんだけど、私賭け事得意みたい。社会勉強のつもりで数日間カジノで当てまくってたら、イカサマ疑われて地元のヤクザやさん来ちゃってさー」
「待って」
「ん?」
「や、ヤクザ…?」
やっちゃんが眉間をもみながら話を遮った。何かおかしなことがあっただろうかと首を傾げると、梓ちゃんが若干引いた目でこちらを見ている。
あ、ヤクザか?ヤクザがだめなんか?
「だ、大丈夫だってば。マイルドヤンキーみたいなものだったよー。普通に撃退できたし」
「撃退」
「毎日のように差し向けられてくる人をばんばん投げ飛ばしたりのしたりしてたら、そのうち偉い人が出てきてなんやかんやで酒飲みに行って、別にイカサマはしてないことを理解してもらって和解した」
「和解」
兄…もとい『トール兄ちゃん』がなんとも言えない顔でオウム返しをして来る。ちょっと面白い。
「その後は興味あったからサウジのメッカ行って、エジプト行って、イスラエル行って、ヨルダンとシリア経由しながらトルコ行って、ロシアにしばらくいたかな。8ヶ月くらい?広いからほとんど東側中心。で、一旦アメリカ大陸に飛んで、1ヶ月くらいかけてカナダとかアメリカとかメキシコとかブラジルとかボリビアとか転々と。その後東ヨーロッパから西ヨーロッパをふらっとして、帰ってきた」
「な、なんだかちょっと怖い国が多いですね」
「ん?あ、ああ、いやいや!危ないイメージあるかもだけど、中東は意外と穏やかでしたよ。何度かテロリストに刺されかけたくらいで」
このままだと梓さんの中での私のイメージがヤクザと紛争地域で固められてしまう。あわてて否定したら余計なことを口走り、梓さんは信じられないという顔であんぐり口を開け、兄は怖い顔でこちらを睨み、やっちゃんは呆れ顔でコメントをくれた。
「それのどこが穏やかなの…」
「えー。だってイギリス行ったときは爆弾テロに巻き込まれかけたんだよー」
「は?」
「うわお兄ちゃん声低っ。ロンドンの街中で片手に紙袋、片手にメモ持った人がウロウロしててさー。道に迷ってんのかと思って声掛けたら、なんかすごい小心者でビビってたみたいで殴りかかられてさ。避けてたら袋の中身圧力鍋っぽかったから『あっこれアカンやつ』って思って」
「なんでそんなに軽いの?爆弾てことでしょそれ」
「ど、どうやったんですかそれから!?」
「…」
「とりあえず爆弾とかよくわかんないじゃん?衝撃で爆発とかしたら最悪だし、死にたくないからとりあえず爆弾奪ってー、犯人は取り押さえてー、警察呼んでもらった。ついでに犯人のゲロった内容と犯行声明として置く予定だったらしい手紙の内容見て、順次爆発させる予定だったらしい爆弾の場所を推理してみたら当たってたらしくて、MI5のエージェントから事情聴取受けた。ほんとにあるんだね、秘密組織みたいなやつって」
「MI5ってなんです?」
「イギリスの情報機関ですよー」
「千花ってそんなに腕っぷし強かったっけ…?脳筋なの…?」
「失礼な。もともと合気道やってたしボクシングも齧ってた時期あるから」
「いいカンをお持ちのようで、すごいな君は」
「いやー、行き当たりばったりに推理したつもりだったし当たるとは思わなかったよね」
その後アメリカで銀行強盗に巻き込まれてFBIに勧誘された話とか、ロシアのスパイ助けた話とかいろいろ話した。やっちゃんと梓さんはともかく、途中からは兄が死んだ目で簡単な相槌しか返さなくなったのが面白くて、つい調子に乗ってしまった。
夕方と呼ぶには少し早い時間に会をお開きにしてポアロを出る。
いつの間に送ったか知らないが『安室透』さんから『1800時までのシフトが終わったら家に顔を出す』とのメールが来ていたので、買い物をして帰宅する。
兄が食べるかもしれないと思うと和食の材料に手が伸びた。
「うーさーぎーおーいしーかーのーやーまーっと」
久しぶりのお家で久しぶりの和食。白いご飯にお味噌汁、小松菜とかつお節のおひたし、卯の花、サンマの塩焼きと大根おろし…以上が本日のメニュー!
時間を見計らってサンマを焼いていると、ちょうどいいタイミングで扉が開く音。ふっ。完璧。
次いでリビングの扉が開いて、難しい顔をした兄が顔を出した。
「…ただいま」
「あ、おかえりー。ご飯食べるよね?」
「ああ、もらう」
「もう出来るから、手ぇ洗ってきてね」
「了解」
焼けたサンマも含めて配膳をしていると、手を洗って戻って来たが手伝ってくれた。
久しぶりの和食にしては、よくできたと思う。
「これも並べてね」
「ん」
ポアロで会ったのは安室透さんらしいので、降谷零…お兄ちゃんと会うのは実に4年ぶりだ。
積もる話はいろいろあるけど、とりあえず
「「いただきます」」
二人で食べるご飯がどれほど嬉しいか、私は素直に兄に伝えよう。
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流行に乗って初投稿…。本作品は二次創作ですので、原作および原作者様とは一切の関係がございません。夢小説?ですのでオリジナル主人公(名前有り/血縁関係ねつ造)が出てきますのでご注意を。<br />また当方、コナン原作は松田さんが出たあたりで止まっている上に、それをリアルタイムで読んで以来コナン原作からは遠ざかっております。映画は全部追いかけましたしアニメもぽつぽつ履修しましたが、それ以上の知識はありません。観たこと無いキャラが増えてるね…矛盾があっても目をつぶって欲しい…<br />誤字脱字あるかも…酔った勢いです。時間や年齢計算間違ってるかも…酔った勢いです。<br />特定の国に対して若干差別的な表現がありますが、蔑む意図はございません。ご了承ください。主人公の行った国は著者のあこがれが反映されております。<br />以上が許せない方、地雷が多い方は閲覧をご遠慮ください。<br /><br />きょうだい設定がだいすきなんです。ほんとすみません…<br /><br />(投稿からわずか40分にして下書き状態だったのを思い出して一部改変しました。うける)<br /><br />続きを書いてしまいました→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10352820">novel/10352820</a></strong>
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僕が国とあの子を天秤にかけた結果/私は家出して海外へ行く事にした
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10167454#1
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ハチマンは、自分の影を実体化させその影に乗りバステ監獄に到着した
「(到着)」
ハチマンは、バステ監獄の所々穴が空いている所から中に忍び込んだ
「(ステルスヒッキーを活用して進むか)」
しかし進んでも進んでも敵の聖騎士や騎士が現れない
「(外には、たくさんいたんだけどな)」
ハチマンは、一人で進んでいると人影が前方に見える
その人影が見えてきたそれは
「バン」
「ハチマン」
<八つの大罪>の一人強欲の罪バンだった
そしてバンは
「ハチマン~♪」
笑いながらハチマンに抱きついてきた
「離れろ気色悪い」
ハチマンは、バンを引き離す
バンは、素直に戻り
「久しぶりだな♪」
「久しぶり」
「で、何しに来たんだ♪」
「お前を助けに来たが無駄だったな」
「自分で逃げたけどありがとうよ助けに来てくれて♪」
バンは、ハチマンの肩に手を置いた
すると
物凄い轟音が聞こえたそしてバステ監獄自体も揺れた
「団長も到着したのかな♪」
「来たみたいだな早く合流するぞ」
前に進もうとした時にバンが肩を叩き
「なな、ハチマン何で俺の場所すぐ分かったんだ♪」
「俺の技の一つ記憶探り。相手の影を触れば見たこと聞いたことがわかる」
「相変わらずすげえなお前は♪」
「早く行くぞバン」
二人は、しばらく歩き
そしてとうとう
「あ、団長」
「バン」
メリオダス達と再開した
「団長~♪」
「バン」
二人は、近づき手と手を叩き合ってその後から
殴りあいが始まった
バンがメリオダスを殴ると吹き飛び壁を突き破って行き
そのお返しに今度は、メリオダスがバンに頭突きをすると同じように吹き飛び壁を突き破って行った
二人は、それをしばらく続けている
そしてハチマンは、ディアンヌ達の方に行き
「お前ら大丈夫か」
「ボクは、大丈夫」
ハチマンが質問するとホークが怒り
「大丈夫じゃねえ見ろあの二人」
ホークがさす指の先には、まだメリオダスとバンが殴り合いをしている
「いつものことだ心配するな」
「しかもお前が先に行ったから色々と大変な目に会ったんだぞエリザベスちゃんは、怪我するしよ」
「エリザベスは、何処に」
「ディアンヌの鞄の中だよ」
「レディ・・・」
二人は、腕相撲を始めた
「ヤバい」
「ゴッ!!!」
二人の腕相撲によりバステ監獄が崩れ始めてきた
「ホーク此方に来い」
ハチマンは、ホークを引っ張り
「シャドーボックス」
ハチマンの周りに立方体の黒い箱ができハチマンとホークは、黒い箱の中に入った
「なんだこれ」
「俺の技の一つシャドーボックス外からの攻撃を防いでくれる」
シャドーボックスは、瓦礫の衝撃から守りバステ監獄が完全に崩壊した
「解除」
ハチマンが解除するとシャドーボックスは、消えた
中にいたハチマン、ホークは、無傷
「何で僕は、助けてくれなかったの」
ディアンヌは、ハチマンのシャドーボックスには、入っていなかったのだ
「悪いディアンヌ俺の今の力じゃまだディアンヌを包みこめるほどの大きなのは、作れないんだよ」
ディアンヌは、一様それに納得した
「夕方になってるしよ」
「帰って飯だな」
「お腹すいたしね」
「とりあえずまあ~なんだ・・・団ちょ達にまた会えて嬉しいぜ~♪」
メリオダス達は、村に戻り
エリザベスの手当てをした
「おいハチマンお前手当て出来るのか」
「ホーク俺は、医者じゃない軽い手当て程度だ」
すると後ろから
「私にも手当てをさせてください」
ダナ先生が来た
「お願いします」
「ハチマンくんあの時は、私を助けてくれありがとう私も娘を人質に取られていてしかも娘までも助けていただきなんてお礼を言って良いのか」
「いえ別に気にしてませんよ」
「そうかならこの手当てが終わったら食事くらい礼をさせて欲しい」
「それじゃお言葉に甘えさせていただきます」
二人は、手当てをし続けた
そして手当てが終わり食事が始まった
「さて・・・とエリザベス改めて紹介する[[rb:強欲の罪 > フォックス・シン]]バンだ」
「ま~ヨロシクたのむわ♪」
「ん?その服は、どうしてバン」
バンは、ハチマンとバステ監獄で出会った時には、上半身裸だった
「王女様の御前で裸でいるわけには、いかね~だろ♪」
「お前服買う金なんて持ってたのかよ?」
「落ちてたんだよたまたま偶然」
ディアンヌは、やれやれとため息をつき
エリザベスは、クスクスと笑っている
ハチマンは、バンが盗んできたんだろうなと思っていた
「そういえばディアンヌも久しぶりだな」
ディアンヌは、そっぽを向き
「ボクは、もう百年キミと会わなくてもよかったんだけど?」
「(いや百年ってもしハチマンだったら死んじゃてるよまさかディアンヌも俺と百年会いたくなかったとかハチマン泣いちゃうよ」
「声出てるぞハチマン~♪」
「マジ」
「大丈夫バンとは、百年会いたくなかったけどハチマンは、そこまでじゃないから」
「(えーマジそんなこと言われたら照れちゃう」
「だからハチマン声出てるぞ♪」
「も~ハチマンだったら冗談好きなんだから」
バンは、小馬鹿にして笑っている
ディアンヌは、ハチマンの言葉を冗談だと思い笑っている
「(なぜ声が出てるんだ)」
「ハチマン様は、隠し事は苦手なんですね」
エリザベスにも笑われた
笑えるほどの元気があれば言いか
バンは、エリザベスに近づき
「エリザベスです・・・こんな格好で申し訳ありません」
「いえいえ王女様[[rb:<八つの大罪>> うちら]]はいつでも無礼講だ五人仲良くしよーぜ?」
「六人だろ。六人」
声が聞こえた
バンは、辺りを見渡すがメリオダスが喋ったと思い
「ボケんなよ団ちょ五人だろ~が♪」
かっかっと笑いながら喋るがメリオダスは、手を振り喋ってないとアピールする
「しっかしとんだイカレ野郎だぜ仲間とはぐれて暇だから監獄にとっ捕まってたとか仲間が生きてるとわかった途端に脱獄・・・あげくにぶっ壊しちまうんだ頭のネジゆるみすぎじゃね?」
「・・・誰だ?」
バンは、声が聞こえた方を睨み付けたがその先にいたのは
「俺だ!!」
ホークだった
バンは、ホークをしばらく見て
「豚が喋ってる~」
バンは、驚き後ろへ下がった
「今更そこでびびるか」
「うそだろ~人の言葉を喋る豚なんてよ全くの無意味だろ」
バンの言葉は、ホークの心に刺さった
「てっきりディアンヌの飯とばかり」
「なんですぐ人を食用豚にする」
「言っとくが俺は、ただの豚じゃねえ残飯処理騎士団団長ホークだ」
「すげ~♪全く聞いたことねえ」
ホークのことを信じた
それを聞いてハチマンは
「バンこいつの妄想だからな」
そしてダナ先生が来た
「さぁみんなどんどん食べてくれ」
「本当にいいの」
ディアンヌは、遠慮しているが
「もちろん遠慮なくどうぞ」
「君だけ一人立食ですまないね」
「大丈夫」
「ディアンヌ椅子ぐらいなら俺の力で作ろうか」
ハチマンは、ディアンヌに聞いた
「本当じゃお願い」
「じゃ行くぞ」
ハチマンは、手をかざしするとディアンヌの下の影が立体になり椅子の形になった
「ありがとう」
ディアンヌは、その椅子に座った
そして宴会が始まった
飲み食いをしていると
「空が」
「これはまるでブリタニアの古い歌の一節の・・・一天を流星が十字に斬り裂く時ブリタニアを至大の脅威が見舞うそれは古より定められし試練にて光の導き手と黒き血脈の聖戦の始まりの兆しとならん」
[newpage]
<おまけ>
ホ「この間のシャドーマンに引き続きすげえなお前は、あの瓦礫の中を助けるなんって」
ハ「ホーク良いかこのシャドーボックスは、中からの声は外には聞こえないだから」
ホ「だから何なんだ」
ハ「例えば一人に成りたいとき叫びたい時に凄く良い」
メ「それってどんな状態なんだハチマン」
ハ「例えば俺の友達の友達が言ってたんだが複数で修行とかしているときに」
モブ「ちょっと、マジ暑くない?」
ハ「むしろ、蒸し暑いよね」
モブ「え? ・・・・・・あ、ああ、うん、まぁ」
ハ「まぁ、その子は俺じゃなくて斜め後ろの女子に話しかけてたんだけどね。それに返事をしてしまい凄く恥ずかしく叫びたかったそんな時に作り出した技だ」
メ「お前の実話だったんだな」
ハ「俺じゃねえ」
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キャラ崩壊あり<br />誤字あり
|
到着バステ監獄と新たな仲間
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10167466#1
| true |
「勇利くん、大丈夫?」
優子に付き添われて事務所に逃れた勇利だったが、顔色は紙のように白くなっていた。
「優ちゃん……」
勇利は俯いたまま、昨日の出来事を優子に話した。初めてヒートが来たこと、ヴィクトルとのアクシデントのこと、死ぬほど恥ずかしいと思ったが勇利は優子には話した。家族以上に一緒にいたような優子だったから、勇利は話すことができた。
「ちゃんと調べないとね。勇利くんはスケート続けたいんでしょ?」
「……うん」
メガネの奥は涙でぐちゃぐちゃだった。
「たぶん、大丈夫だと思うけど。調べてから色々決めよう?」
決めるという優子の言葉に、勇利は小さく震えた。
「大丈夫、大丈夫。もしもの時は、私が勇利くんのお母さんに言うよ。ね?」
情けないことだったが、勇利はその言葉に頷くことしかできなかった。震える手で検査薬を持ってトイレに行く勇利の背中を、優子はじっと見守った。一緒にスケートをやってきて、弟のように感じていた勇利だった。相手がヴィクトル・二キフォロフだとしても、勇利が望んでいないのなら、優子は一緒に戦う覚悟を決めていた。
「大丈夫だよ、勇利くん。何があっても味方だからね」
勇利も優子も、ノービスの頃から憧れのスケーター第1位はヴィクトル・二キフォロフだった。勇利にΩの判定が出た時にはその告白に驚いた優子だったが、もしかしたらヴィクトルと番になれるかもしれないなどと言って一緒にはしゃいでもいた。だが、実際に勇利がヴィクトルの番になったら、それは夢のような話ではなくなっていた。シンデレラストーリーなどとよく言われるが、勇利のように自分に自信を持てずにいる内気なタイプには迷惑なことの方が多いのかもしれない。
「勇利くん」
トイレから出てきた勇利の顔が、少し安堵にほぐれていた。
「大丈夫だった……陰性」
「うん。ひとまずよかったね」
ひとまずと言われて、勇利の顔が強張った。勇利に安心して欲しくて検査薬を買ってきた優子だったが、昨日の今日では陰性に決まっている。勇利には使い方を教えて、説明書は渡さなかった。アフターピルも飲んでいたと聞いたから、おそらく妊娠の心配はない。勇利の小心なくせにものぐさなところも知っている優子は、自分なりにできるだけΩのことを調べていた。
「ごめん。でも、番のこと、ちゃんとしなくちゃダメだから」
ヒートが来始めた頃は排卵も不安定で、妊娠はし難いと書いてある文献が多くあったのも優子には安心な材料だった。だから、優子にとっては、妊娠以上に番の方が大きな問題だった。
「でも……ヴィクトルに言って黙ってて貰えば、誰も僕が番だってわからないよ」
俯く勇利に、優子は無性に腹が立った。
「勇利くん、そんなのダメ。勇利くんはスケートしてるヴィクトルは好きだろうけど、恋愛対象だと思ってなかったんだよね?」
優子の剣幕に驚いたが、勇利はそれに頷いた。
「だったら、そんなに簡単にヴィクトルのしたこと許しちゃダメだよ。私、勇利くんがΩだって知ってからちゃんと調べたんだから」
勇利だけでなく、おそらくあの楽天家揃いの勝生家では誰も調べたりしないことを見越してのことだった。
「ヴィクトルはロシア人だから、番は3人まで持てるんだよ。勇利くんは自分がヴィクトルの番になってるのに、他の人がヴィクトルと番になったって聞いたら平気でいられる?その人が奥さんみたいになってたら辛くないの?」
「………我慢できると思うよ…」
さらに俯く勇利の肩を、優子はしっかり掴んだ。
「できないよ。勇利くんの性格は、私の方がわかってるんだから。そんな風に割り切れないよ」
「優ちゃん……」
「少し難しいし医療機関に頼らなくちゃならないけど、番は解消できるから。……スウェーデンの研究者の人の本に書いてあったよ」
まだまだ日本ではαやΩに対しての知識も乏しい、その中で自分のために優子が調べてくれていたのだと思うと勇利は胸が熱くなった。
「ごめんね、心配かけちゃって」
涙ぐむ勇利に、優子はハンカチを差し出した。大会でぼろ負けするといつも勇利にハンカチを渡すのは優子だった。練習ではできてたよ、今日は調子が悪かっただけ、そう言って慰めてくれる時と、優子は同じ顔で勇利を見ていた。
「母さんたちにも話してみる……。解消するなら、協力してもらわなくちゃならないよね?」
「うん。頑張って。……私も一緒に行こうか?」
それは大丈夫だと言った勇利は、優子のハンカチを借りて涙を拭いた。
「明日洗ってくるね」
それは大丈夫と言おうとした優子だったが、明日も必ずアイスキャッスルに勇利が来るようにと思って頷いた。練習大好きの勇利ならば絶対アイスキャッスルに来ると思ったが、優子は待っていることを伝えた。
「あ……そうだ、僕のスマホ」
勇利はやっと自分のスマホの行方が気になりだした。多分ヴィクトルが持っているはずだが、もしもエレベーターで落としていたらホテルに連絡しなければならない。ロビーにいるヴィクトルに聞いてみようと思ったが、勇利の足は重かった。ヴィクトルは勇利の憧れだった。実家の勇利の部屋は、隙間がないほどヴィクトルのポスターに埋め尽くされているし、ヴィクトルの真似をして同じ色のプードルも飼っていた。
勇利が迷っていると、乱暴に事務所のドアが開いてヴィクトルが入ってきた。
「勇利のスマホ、着信?」
ヴィクトルに差し出されて、勇利は自分のスマホを受け取った。
「着信じゃない……」
それは鳴り止まない通知音だった。ずっと鳴っているスマホを開くと、普段はほとんど稼働しない勇利のインスタに無数のコメントが付いていた。
「どうしたの?勇利くん」
「……わかんない。僕、インスタとか見てるだけだから」
勇利のインスタはおよそアスリートのものとは思えなかった。ほとんどが食べ物で、時々トイプードルの動画が上がっているくらいだった。
「勇利」
クリスが暗い顔をして、ヴィクトルのアカウントを勇利に見せた。
♯俺の番♯可愛い♯美しい♯……、その後もいくつもの賞賛が書かれていたが、勇利は愕然とした。
「なんで……こんな……」
さっき優子を待つ間に滑ったものだろう、いつの間に撮っていたのか、ヴィクトルは自分のプログラムを滑る勇利をインスタに上げていた。
「こういうバカだった。……俺が気づけばよかったんだけど」
クリスは謝ったが、勇利が滑っているのを見た時には、ヴィクトルの様子など目に入らなかったのだ。
「どうしよう……」
涙目で優子を振り返った勇利だったが、彼女にもその通知音を止める術はわからなかった。ヴィクトルがすぐに削除したとしても、こんな動画はすぐに拡散されてしまう。インスタだけならば、それほどの速度で拡散しないかもしれなかったが、勇利のツイッターにはさらに多くのコメントが寄せられていた。
「あ……」
外の車の音に優子が窓に目を向けると、一台のタクシーが入り口の前に横付けされた。そこから4人の少女が降りると、アイスキャッスルのロビーに入ってきた。一般開放もしているリンクだったが、少女たちの服装は、スケートを滑るには不向きに見えた。
その後も何台もタクシーがアイスキャッスルの前に停まり、少女たちを降ろして行った。
「すみませーん!ヴィクトル!ヴィクトルどこですかー?!」
最初に入ってきた少女たちが、用具室から出てきた豪を見つけて駆け寄ってきた。
「ヴィクトル?」
ずっと用具室にいて外の様子を知らなかった豪が首をかしげると、少女たちはスマホを取り出してリンクの中を覗き込んだ。
「やっぱり、ここだよ」
以前、まだスケートをやっていた頃の優子があげたアイスキャッスルの動画をどこかで拾い出した少女が、ヴィクトルが勇利を撮影したリンクを特定したのだ。
「うわ、なんだ」
どんどんロビーに増える少女たちに、豪は事務所にいると思える優子に事情を聞こうと思った。
だが、それが災いした。
ドアを開けようとしたヴィクトルをやっとの事でクリスが押さえ込んでいたのだが、ドアに向かって手を伸ばしたヴィクトルとドアを開けた豪の視線が真正面から合ってしまった。
「きゃー!」
一人が叫ぶと、それは周り中に伝染した。悲鳴のような嬌声に、勇利は床に座り込んでしまった。
「あ、勇利、大丈夫?」
振り返って勇利を助け起こそうとしたヴィクトルを追いかけて、何十人にも増えていた少女たちが事務所の中になだれ込んできた。
ヴィクトルを追ってきた少女たちの勢いが心配で、優子は思わず勇利の前に立った。それが少女たちには優子がヴィクトルに近寄ったように見えてしまった。怒りの言葉を口にした少女たちが、優子に詰め寄ってきた。
「やめて!!!」
勇利は優子とヴィクトルの間に立ちはだかると、彼の胸を力一杯突き飛ばした。
「優ちゃん、……赤ちゃんいるから、こんなのだめだから……」
赤ちゃんという言葉に、事務所の中に押し入っていた少女たちは一瞬で冷静になった。だが、外の少女たちにはそれは聞こえていない。
「出てって!ヴィクトル!出てってよ!僕のこと放っておいて!」
泣きながら自分を押し出そうとする勇利に、ヴィクトルは呆然とした。ヴィクトルはこんな風に誰かに拒絶されたことはなかった。
「出てって!!大っ嫌い!!」
泣きながら喋っている勇利だったが、大嫌いという言葉にヴィクトルはふらついた。自分を嫌いだという人間に、初めて会ったような顔をしていた。衝撃を受けてただ突っ立っているヴィクトルを、クリスが少女たちとひとまとめにして外に押し出した。
「待って!クリス!勇利!」
謝ろうとしたヴィクトルの前で、事務所のドアは閉められて鍵を回す音がした。
すでに100人を越えようとしている少女たちの中に放り出されたヴィクトルは、されるままに一緒に写真を撮ったりハグされたりしていたが、泣いている勇利が気がかりで仕方なかった。
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ヴィク勇のオメガバースです。<br />若くて自意識過剰で自分勝手なヴィクトルです。<br /><br />オメガバース設定<br />*Ωもαもフェロモンがある。番を持つとフェロモンは弱くなるが、完全に消失はしない。番の相手には逆に強くなる。<br />*Ωの首筋を噛むことで番が成立。解除もΩの意思ではできない。<br />*Ωは男性でも妊娠可能。<br />*Ωもαも抑制剤がある。<br /><br />*番の設定。<br /> 国によって番の認識が違う。北欧、西ヨーロッパは概ね結婚と同じ。ロシアは番は3人まで認知し結婚に近い関係になれる。アジアのほとんどの国とアメリカは番は婚外の内縁とされる。日本では結婚と同じようにしたければできるが義務ではない。<br /><br />↑ざっくり設定なので、お話の途中で追加もあります。<br /><br />年齢設定<br />*勇利16歳。まだジュニア。<br />*ヴィクトル20歳。すでに皇帝。<br />*クリス19歳。ナルシシズムはちょっと弱め。<br />*ピチット15歳。いい子。<br />*ユーリ15歳。ジュニアで敵無し。<br /><br />9月24日、奥様は16歳 3が女子に人気ランキング93位、奥様は16歳 2が[小説] R18女子に人気ランキング 6 位、[小説] R-18デイリーランキング 37 位になりました。ブクマ、フォロー、コメントなど、いつもありがとうございます((_ _ (´ω` )ペコ
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奥様は16歳 5
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10167809#1
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「それで、今日じゃなくて昨日……? も、恭子と一言も話できなかったの?」
「挨拶したら、こっちを見てはくれたよ」
「それだけ?」
他にはないのかと言われて、それしかない事に僕は、肩を落としてため息を吐いた。
思えば、僕以外の誰かから声をかけられたと思ってこっちを見ただけなのかもしれない。
隣に座る彼女は腕を組むと、「君の現実? の方の恭子に、志賀くんと仲良くしてねって言ってあげたいんだけど、どうしたらできるんだろ」と言ってうーんと唸る。
「君の方が夢か幻か、もしかしたら幽霊かもしれないのに? 幽霊騒ぎになってそれどころじゃなくなりそうだ」
「ちゃんと足付いてますぅー!」
この足を見ろと言わんばかりに机の下の足をバタつかせる彼女に、そろそろ仕事をするように促す。
最近の図書委員としての目下の仕事は、本に貼られた請求記号ラベル――本の分類番号が書かれたシールの貼り替えだ。頻繁に貼り替えるものではないれど、破損や経年劣化等で見難くなったり取れてしまいそうになるので、定期的にやらなければいけない。
定期的にといっても、この貼り替えが終われば次は何年も先、もしかしたら十年以上先になるかもしれない。
書棚ごとに作成された本のタイトルと、印刷されたラベルシールに記載されている請求記号を一覧表で確認して誤りがないか確認し、確認が終われば実際にシールを張り替える。
今日はそのシールがリスト通りに印刷されているか、誤字がないか等の確認をする。
地味な作業だけれど、ラベル管理がいい加減だと本がちゃんと管理出来ない。図書館運営の中でも大事な作業だ。
本の分類番号や印字されている文字の意味が分かっていれば、ただチェックしていけばいいだけの簡単なものではあるけれど、図書委員になって数日の彼女、山内桜良にとっては右も左も分からない状態で、要領を掴めずに、「あれ? ここが……あれー? 番号合ってない」とシールの束とリストに顔を近づけて睨みだした。
「ここと、ここ。そのシールの束じゃないよ」
「あ、これ?」
「そう。君の方の番号は913だから」
「あぁそっかー。ん、これね。ありがと」
彼女の誤りを指摘してやると、正しいシールの束を自分の前に引き寄せて確認をし出す。
黙々としばらく作業をしていくのだけれど、その内彼女が「んー、もう無理。ちょっと休憩」と背もたれに背中を預けて脱力した。
「まだ十五分くらいしか経ってない。集中力が切れるにしても早すぎるよ。もう少しやろうとする努力くらいはして欲しいんだけど」
「だってぇー、リスト見ても意味分からない数字と文字の組み合わせばっかりなんだもん。頭おかしくなりそう」
「意味はちゃんとあるよ。例えばこの913の数字は一桁目の9が文学、1が日本文学、3が小説・物語を指している。それぞれの番号が何を指しているかを覚えてしまえば簡単だよ」
「そりゃあ、覚えてる君は簡単だろうけどさー」
やる気が完全になくなったと言わんばかりに天井を仰ぎ見る彼女。
僕は作業を続けながらその姿を横目で見て「分からない所は聞いてくれれば教えるよ」とだけ言っておいた。
「むぅー。ていうかさ」
「何?」
「今は夢の中って設定なんでしょ?」
「設定って言葉が引っかかるけど、そうだと思うよ」
「夢の中でも現実と同じような事するって、虚しいと思わない?」
「君が思う虚しくない夢って、例えばどんなの?」
質問に質問で返すと彼女は顎に指を置いて少し考える。
「うーんと、折角の夢の中なんだから、空飛んでみたりとか、食べきれないくらい好きなもの食べてみたりとかして、現実には絶対に出来そうにない事をしてみるとかさ」
彼女の言いたい事は分かる。でも、正にこれが現実には絶対に出来そうにない事だから、虚しくなんてない。
「なんでもない日常をこうやって過ごすのが好きなんだ。例え夢や幻であってもね」
君と過ごす日常が、とは気恥ずかしくて言葉にはしなかった。なのに、
「ふーん。それって私がいるからって事? いやだもう、私ったら罪な女ー!」
僕の答えを聞いた彼女は、僕の心の内を見透かしたようにそう言うと、自分の身体を抱きしめて身体を揺らす。
なるべく図星だと悟られないように「そんな事は一言も言っていないけど」と不満げな声で言っても、彼女は頬杖をついてニヤニヤした表情で僕を見てきて居心地が悪くて仕方なかった。
「時間ないんだから、手動かして」
「はぁーい」
僕はニヤニヤし続けている彼女の方を見ずに、黙々とリストの確認をする。
[newpage]
あの日、彼女を見送った後、家に帰ってご飯を食べて本を読んでいると、彼女からメールが届いた。
『今日は付き合ってくれてありがとね!
凄い楽しかったよ!(嬉)
でも君って凄いよね。
私の事を泣かせたり楽しませてくれたり、
君に翻弄されっぱなしだよ~(泣)
志賀くんってば小悪魔?(笑)
これからも仲良くしてね!
じゃあまた明日。おやすみー☆』
彼女の騒がしい声が聞こえて来そうなメールに、
『お疲れ様。
僕も凄く楽しかった。
僕の事を許してくれてありがとう。
また君と仲良くする事ができて嬉しいよ。
また明日』
と返事を送ってベッドに横になる。きっとこれでこの夢も終わりだろう。
寂しさを感じながらも、夢は夢なのだから仕方がないと眠気が巻き付いた頭で考えていると、あっという間に意識は途切れた。
だけど、涙が出そうなくらい嬉しくて幸せで悲しくて寂しいこの夢は、それで終わりではなかった。
端的に言うと夢は終らず、続いていた。
――この夢は不思議な事だらけだった。目が覚めると夢で体験した事は一切覚えていない。でも、彼女の夢を見た事を忘れたまま一日を過ごして夜眠ると、また四月の朝に目が覚める夢を見るのだ。
更に不思議なことに、夢の中の僕は忘れたはずの四月の夢の事を覚えていて、現実であったその日の記憶も持っていた。
僕はこれを夢と認識したまま、夢の中で続く日々を過ごす事になった。
「その様子だと同じ夢を見れてるみたいだね! 私、今日から図書委員する事にしたから。一緒に頑張ろうね!」
夢の続きを見ている事が信じられない僕に、彼女は僕の席まで来ると明るい声でそう告げた。
図書委員としての仕事を彼女に教えながら同じ時間を過ごすようになった僕は、夢の中なのだからと、彼女に現実での悩みを話すようになった。
話すのはもっぱら恭子さんとの事だ。
といっても、”恭子さんとの事”と言うほど何か出来事があるわけではないけれど。
この数日間、僕が恭子さんにおはようと挨拶をして、彼女からは返事がなかった事を報告するだけで終わっていた。
別に彼女に画期的な打開策を求めているわけではない。彼女は所詮、僕の作り出した夢幻の存在だから、僕が想像できる範囲までしか答えを出せないだろう。なので話を聞いてもらうだけで良いのだ。
だけど――
「いい加減、何の進展もない君の報告は聞き飽きました」
彼女は学校図書館の貸出カウンターで四度目の報告を聞くと、そう言ってから「大体、現実……? の世界で本当に恭子と仲良くしようとする気があるの?」と僕に詰め寄って来たのだ。
夢の中の彼女は僕の言う事を、僕が見た夢の中の出来事だと思っている節がある。
この精巧に構築された夢の空間は他人の考え方まで精巧に出来ていて、目の前の彼女がそうであるように、僕の思惑通りには全くいかない。
確かに現実的に考えれば僕の言っている事は妄言も甚だしい。共病文庫にさえ書いていない事柄を言う事で、彼女の信用を得る事は出来たけれど、”現実的”という範疇で僕の言う事に折り合いを付けようとすればそうなるのだろう。
「あるよ。でも、急に何かを変えられるわけじゃないから。僕は彼女に……憎まれているからね」
彼女の勢いに負けないよう、僕なりに声を張ってそう言うと口の中が苦くなる。僕だって、何も変わらない現状に対して何も思わないわけではない。正直に言えば上手く行かない事に焦っている。
でも、僕に対する怒りに満ちた表情を見てしまうと、どうしていいか分からなくなって、それ以上踏み出せなくなる。
しかも最近は、クラスの女子達が彼女を僕から遠ざけようと割り込んでくる始末。
臆病な僕が、それをよしとし続けた報いなのだとは分かっていても、上手く行かない現実の壁が分厚過ぎて、心に諦観の影が巣食いそうになる。
思わず僕が顔を背けると、「そう言う気があるんだったらさ、今ここにいる恭子と仲良くしてみようと思わないの? 見た目キツイけど、あの子って面倒見が良くて凄く優しい子なんだよ。すぐ仲良くなれるよ」と、まるで自分の事のように自慢げに言う。
うん、それは……君が恭子さんに伝えたかった想いを読めば分かるよ。
言葉に出さずに彼女の言う事に同意しながら、
「嫌だよ。どうして夢の中でまで、そんな苦労しないといけないんだよ」
とため息を吐いた。
彼女が存命しているこの状況で恭子さんと仲良くなれたとしても、現実の状況に対しては何のヒントも得られないだろう。
そもそも、ヒントを得た所でその知識は現実に持って行けないのに、やるだけ無駄だ。
「むー。志賀くんのそういう所、直した方が良いと思うよ。私は」
「御忠告痛み入るよ」
「聞く気ないでしょ。話する時はちゃんと人の目を見なさい」
僕の態度が不満らしく、彼女は僕をしばらく睨んでいたんだけど、ふと何かを思いついてしかめっ面を引っ込めた。
「そういえばさー、桜も流石にもう終わりだよね」
「君の病気は治るかもしれないんじゃなかったの?」
僕が間を入れずにそう言ったものだから、彼女はポカンとした表情をした。それから「あはははは!」と腹を抱えて笑い出した。
「もー、違うよぉ。私じゃないって。君は心配性だねぇ……。私、自分の事は名前で言わないでしょ」
「……確かに、言わなかったね」
まだ笑いの余韻が残っているのか、目じりに涙を浮かべて「さっきのホント面白かったよ……ふふふ」と忍び笑いをする。
「君の冗談は時々、冗談に聞こえないからね」
そんなに笑う事はないだろうと険のある声で言うと、彼女は悪びれる様子もなく「自分で自分の名前言うとかさー、あざと過ぎんじゃん」と笑みを崩さず言った。
「君も結構あざといとは思うけど」
「多少その方が可愛いでしょ? でも超えちゃいけないラインってのがあると思うんだよねぇ。やり過ぎるとさ、男子受けは良いと思うけど、今度は女子受けが悪くなってハブられたりするの。皆と上手にやっていくには、バランスが大切なんだよ」
「僕には……その感覚はよく分からないな」
そう明け透けに語る彼女の話に、僕は同意とも否定とも出来ずに、分からないとしか答えようがなかった。
他人にどう受けが良いか、なんて考えてもみなかった事だから。
「恭子と友達になりたいんだったら、そういう事にも目を向けなきゃダメだよ。周りの人がどう考えるかとかさ」
「……なかなか難しい問題だね」
彼女の指摘に、僕は答えの全く分からない問題を解かなければいけないような焦燥感を覚える。
その問題を解くにはどんな本にも答えは載っていなくて、自分の頭で経験して覚えるしかないのだろう。
でも、僕がそれを覚える機会を今まで放棄して来たせいで、必要になった今この時に全く解き方が分からないままテストに臨まないといけないのだ。
中間考査や期末考査、予備テストではなくて、失敗すれば取り返しのつかない事になる、入試テストをいきなり受けさせられている。そんな風に追い詰められた感覚。
「もー、そんなに暗い顔しないの! 私は君と一日話しただけで、こんなに楽しい人だって分かったんだし。君が人と向き合う気にさえなれば、きっとすぐ出来るよ」
きっと”君”も、僕がこんな悩みを抱えていると知れば同じ様に励ましてくれたのだろう。
彼女の励ましが心地よくて胸が熱くなる。溢れ出そうな思いを必死に抑えて、「ありがとう」とだけ言った。
「話し戻すけどさ、今年は遅咲きだったからまだ咲いてるけど、そろそろ散っちゃうと思うんだよね。だからこの後、花見しに行こうよ」
春だし、桜だし。と、僕と自分を指さしてから、どうだ上手い事言っただろうと言わんばかりに口角を上げて僕を見る。
「……そうだね。いつも通り過ぎるだけで、ゆっくり立ち止まって見るって事をしてこなかったから、良いかもしれない」
「おー!? いつも乗り気にならない志賀くんが珍しく乗り気だ!」
「僕にだって、そういう気分になる時もあるよ」
「じゃあ、気が変わらない内に早く行こっ!」
思い立ったが吉日とばかりに、僕は図書カウンターから引っ張り出された。
僕が「貸出カウンターを空けるわけにいかないだろ」と言うと、彼女は別の作業をしていた他のクラスの図書委員の男子に声をかけて、拝みながら何かを頼む。
「彼が変わってくれるって!」
僕の元に駆け寄ってVサインをする彼女と、複雑な表情をする他のクラスの図書委員の彼とを見比べた。彼は僕達がサボる事に対して、明らかによく思っていない表情をしている。明日辺りに変な噂が立つような気がしてため息をついた。
[newpage]
「わー、綺麗だねー!」
風が枝を揺する度に盛大に舞い散る桜を仰ぎ見ながら、僕達は堤防に植えられた桜並木を歩く。
川面には散った桜が沢山舞い降りて桜の絨毯になっていた。
彼女が楽しそうにくるりと回ると、頭や肩に落ちて来た何枚もの薄桃色の花弁がふわりと舞い上がる。
舞い散る桜の中で笑う彼女の姿は、とても綺麗だと思った。
[pixivimage:70889091]
「うん、綺麗な桜だと思う」
「志賀くんが桜の事を綺麗って言うと私、ドキドキしちゃうかもっ」
「分かった。誤解を招かないように、植物の桜は綺麗だと言うよう心掛けるよ」
「ブッブー。桜って言葉が入ってるから、そう言っても別の言葉になってないですぅー」
「じゃあ、英語で言っとくよ。"It is a beautiful cherry blossoms."」
「むー、可愛くないなぁ!」
誤解を与えないように、あくまでも桜の花を褒める事だけに腐心すると、彼女は不満そうな顔で抗議してきた。
「僕に可愛さを求めるのならお門違いも良い所さ。別の人を当たった方がいい」
「ふんだ。訳したら、”綺麗な桜だ。”だよね。桜といえば、私! やっぱり志賀くんてば、私の事を綺麗で可愛いと思ってんじゃーん」
むっふっふーと勝ち誇った笑みを浮かべる桜の木さん。意地になっているのか、どうしても自分の事と結び付けたいらしい。
僕は深くため息を吐いて「もうそれで良いよ」と投げやりに言って先を歩く。
彼女はここに来る途中のコンビニで買った飲み物やお菓子が入った袋を揺らしながら「待ってよー」と言いながら隣を歩く。
「この辺でいっかな」
「僕はどこでも構わないよ」
僕がそう言うと、彼女は河川敷の斜面に腰を下ろした。「ほら、座って」と促されて僕も彼女の隣に座る。
向こう岸の桜を眺めながら彼女は黙って紙パックのミルクティーを飲み、ポッキーの封を開けて僕に差し出してきた。
「一本貰うよ」
そう断ってポッキーを貰うと、彼女も袋から一本取り出して、小動物のようにポリポリと口の中に入れる。
彼女はずっと無言で、僕にポッキーを差し出して、受け取るとまた自分の分を食べる。それを袋の中のポッキーがなくなるまで何度も繰り返した。
「……急にどうしたの。さっきから何も言わないけど」
「私だって、無言の時くらいあるよ」
向こう岸の桜を見つめたまま彼女は言った。一度俯いてからまた視線を戻して、躊躇するように口を何度も開いては閉じる。
「君が恭子に憎まれてるって話」
やがて、意を決したように彼女は言葉を置いた。
「あれって、私が死んだ後の話、なんだよね。君にだけ、病気の事を話していたから、なんだよね。恭子に話をしなかったから。それで……恭子は君の事を」
「……うん」
「私、恭子に話した方が良いのかな……。もし治療が上手くいかなくて、このまま死んじゃったら……、言ってくれなかったって、恭子に悲しい思いさせちゃうのかな」
彼女はそう言って膝の間に顔をうずめた。
これは夢の中。僕の都合の良い夢だ。なのに、どうして”彼女”はこんなにも他人の事を想って悩んでいるのだろうか。
確かに、彼女が恭子さんに病気の事を話していれば、それを秘密にし続けた僕が憎まれる事はなかったのかもしれない。
……でも、どうだろう。
恭子さん本人が言っていたように、病気の事を知れば部活を止めて、彼女とずっと一緒にいようとしたのかもしれない。
最期の瞬間まで、恭子さんは彼女の事を大切に思って、寄り添ってくれたのかもしれない。
――それでは山内桜良があれほどまでに大切にした日常ではなくなってしまう。
恭子さんが自分の為に何かを犠牲にする事は、君は望まなかった。
「僕は、君の判断を尊重するよ」
「……どうして?」
彼女は顔を上げずに僕がそう言った理由を聞いてきた。少し鼻声になっていて、きっとまた、泣いているのだろう。
彼女を泣かせたのは僕だ。ここではまだ生きている彼女に死を突き付けるから。彼女と関われば関わるほど、僕は彼女を不安にさせて泣かせてしまうかもしれない。
ペットボトルのミネラルウォーターを一口含んで、考えを一度頭の中でまとめてから口を開いた。
「君は、恭子さんが自分の為に何かを犠牲にするのが嫌なんだろ。彼女は優しい。だからきっと君の病気の事を知れば、何もかもを犠牲にしてしまうかもしれない。君はそんな事を望まないんだろう。だったら、悪役は全部僕に任せるべきだ。僕は今まで一人で生きて、一人で何とかして来たって自負はあるよ。時間がかかっても、僕はきっと恭子さんとの仲をなんとかするつもりでいる。だから、君が自分の考えを曲げる必要はない」
君以外とこんな事を話す機会のない僕にしては、偉く饒舌に話が出来たと思う。
彼女は僕の話を聞き終えると、顔を上げて目じりの涙を拭ってから「君って、やっぱり不思議な人だね。まるで私の事をなんでも分かってるみたい」と驚いた表情で見てくる。
「なんでもではないよ。君について、知らない事の方が多い。それが……悔やまれるよ」
「じゃあさ、君の夢の中の私が、私についてもっと沢山教えてあげるよ」
彼女はそう言ってまた笑顔を咲かせた。
その表情を見て僕は安堵する。彼女は僕の夢の中だけの、僕の都合で作られた夢幻の存在なのに。彼女が笑ってくれる事に心の底から安心する。
「とりあえずは、恭子の事から!」
彼女はそう言って立ち上がると橋の方向へ歩き出したので、僕もその後を追う。
「恭子と話すチャンスさえ作れれば、何とか出来るんじゃないかって私は思うの。でも、そのチャンスをどうやって作れば良いのか分からないから、悩んでるんだよね、君は」
「うん、確かに。現状は恭子さんに近づく事すらままならなくなって来ているからね……」
現実でのクラスの女子達の厳しい視線を思い出して気分が重くなる。
「だから、君からチャンスを作りに行くの!」
「どうやって?」
そう聞くと彼女はまるで名探偵のように腕を組むと顎に手をやって瞑目する。
「考えてみれば簡単な事だよ。私が死んで、クラスで一番私の事を思ってくれる人は誰だと思う? あ、君以外ね」
「恭子さんだろうね」
「うん。……あんまり想像はしたくないんだけど、私の机に花は置いてある?」
「百合の花が毎日置かれてる」
「それだよ。多分ね、全部恭子がやってくれてると思う。生けた花は、お水をちゃんと替えないとすぐ枯れちゃうから……」
「つまり、朝誰もいない時間帯に、花の世話をしている恭子さんに接触しろと言うわけだね」
「ご明察ー! 冴えてるじゃないか明智くーん!」
彼女は我が意を得たりとばかりに、両手を右から左に流す様なジェスチャーで僕の事を指さしてくる。
「江戸川乱歩、読んだ事あるの?」
「誰それ? こんなリアクションする芸人いるじゃん。あれ、志賀くん見た事ない?」
「あ、そう……それはともかく、良いヒントを貰えたよ。ありがとう」
僕の夢の中なんだから、彼女は本について語れる”山内桜良”なのかと一瞬期待してしまい、そうではない事に若干落胆しながらも、恭子さんとの関係を一歩進められるかもしれないヒントを貰って高揚する。――が、彼女に大事な事を伝え忘れていた。
「折角貰ったヒントなんだけど、残念な事に、本当に残念な事に……夢から覚めると……全部忘れてしまうんだ」
僕がそう言うと彼女は「何よその設定ー!」と、心底憤慨したとばかりに肩を怒らせて橋に向かって歩いていく。
「ごめん、言ってなかった」
「そんなの今初めて聞いた!」
「うん、だからごめん」
「折角考えたのに、そんな設定じゃ何にも出来ないじゃんもー! 志賀くんのばかー! もう知らない!!」
橋の欄干の手すりを掴むと、向こう岸に向かって大きな声でそう叫ぶ彼女。
本当に、夢の中の記憶を持ち出せればどんなに良い事か。最初は夢の事を覚えていると虚しくなるだけだと思っていたのに、現金な奴だと自分でも思う。
「はぁ……考えて損したぁ」
「うん、本当に、ごめん」
「謝ってばかりじゃなくてさぁ、何とかなる方法考えてよー……」
そう言いながら、彼女は欄干の手すりに両腕を乗せて、コンクリート製の柵の隙間から片足を出すと、何も無い空間に踏める場所がないか探っているかのようにプラプラさせる。
何とかなる方法と言われても、メモを残すとか、メールを自分に向けて送るとかした所で現実世界に何も残す事が出来ないので、どうしようもない。
夢の中の彼女は僕が四カ月後の存在だという事を全部は信じていないようだけど、それでも僕に付き合って真剣に考えてくれたのだと思う。
申し訳なさでそれ以上声をかける言葉が見つからずに、彼女の姿をただ眺めていると、知らない男の人に声をかけられた。
地元の僕らはなんともなしにこの場所を通り抜けるけれど、ここは一応「桜の名所百選」に選ばれる観光スポットの一つで、この季節は桜見物の観光客が多い。
福井県から観光に来たというその男の人は、この場所を撮影しようとしていたら、僕らのやり取りが目について声をかけたのだそうだ。
「え、私達をモデルにして桜の風景写真を撮りたい!? えー、どうしよっか志賀くん」
「僕は遠慮しておくよ。僕なんかが写るより、君だけ撮って貰った方が、より映えるんじゃないかな」
そう言って固辞しようとした途端、「君も一緒に写るの!」と彼女が僕の腕を掴んで離さず、強引に参加させられる事になってしまった。
何枚か桜を眺める僕達の写真を撮られたんだけれど、どうもしっくり来ないらしい。
「それなら、私がポーズ考えても良いですか?」
彼女の提案通りの場所に僕は立つ。
桜並木を背景にして、彼女は手すりに両手を置いて向こう岸を眺め、僕はその隣で反対側を向いて、手すりに背中を預けながら本を読む。
まるで、僕らの事を表しているかのような構図で撮られた写真はとても綺麗で、我ながら思い上がりも甚だしいんだけれど、本の表紙にでも使えそうな写真だと思った。
「うん、良い感じだね。きっとこれが良いんだよ。きっと……」
写真を眺めて、彼女は納得したように深く頷いて笑みを浮かべた。
彼女が何を思ってこの構図にしたのかは分からない。
僕の夢ながら、彼女の意図は全く分からない。でも写真の中の僕達は、正反対を向きながらも、とても幸せな時間を過ごしているように思えてならなかった。
写真のデータを受け取って、また別の観光名所に写真を撮りに行く男の人を見送った。
「写真さ、君の携帯じゃ小さくて見難いだろうから、私がプリントしといてあげるね」
「うん。頼むよ」
「お、てっきり要らないって言うのかと思ったんだけど、以外ー」
「僕だって、良いものには素直になるさ」
彼女はふーんと言って前を歩きながら、「でも、どうしたらいいんだろうねー」と話を元に戻す。
それに関して言えばいくら考えた所で八方塞がりでどうしようもない。僕らは妙案が浮かばないまま、駅へと向かって歩く。
「あ、そうだ! 明日私、日直なんだ。早起きしないとなぁ……朝弱いんだよねぇ」
彼女はふと立ち止まるとそう声を上げてから、げんなりした表情で言った後、「志賀くんモーニングコールしてよ。私を起こして。お願い!」などと言ってきた。
「目覚まし時計で事足りる事を、どうして人の力でやらなきゃいけないんだよ」
「目覚まし止めて二度寝しちゃうんだもん」
それはモーニングコールで起こしても同じ事になるだけだろうと言いかけて止めた。きっと彼女の事だ。ちゃんと起きるまでコールし続けろなんて無茶を行ってくるに違いない。
「早く寝たら? いつもより一時間早く寝るとか」
「えー、そんなに早く眠れないよ……て、それだよ!!」
彼女は見つからなかったパズルのピースを発見したかのように目を輝かせると、僕の腕を掴んで「それだよ、それ!」と何度も繰り返した。
「うん。これしかないよ。早く寝れば早く起きれるはず! 覚えてなくても早起きしたら、早く学校行けるかもしれないよ!?」
「二度寝したら?」
そう言うと、彼女はそれだけが唯一の答えだと言わんばかりに「根性出して、起きて!」と胸の前で握り拳を作って、懸命にその案の有効性を「これしかないって!」とえらく抽象的な言葉で訴え続け、根負けした僕は上手く行きそうにもない作戦を実行する羽目になった。
[newpage]
ありがたい事に夢の中でも読書は出来たんだけど、帰宅後の楽しみを今日はほとんどできなかった。
晩御飯を食べて風呂に入って、少しだけと思って本を読んでいると、定期的に来る彼女からの「早く寝なさい」メールに、――実に不本意だけれど、電気を消して早々に布団に入った。
辛抱強く眠気がまとわりつくのを待って、やっと眠れると思った瞬間。
メールを受信した携帯電話が机の上でけたたましい音を立てる。
睡眠を阻害されて、若干イライラしながらもベッドから出て携帯を取る。メールを開くと案の定、彼女からだった。
『まだ起きてるでしょ! 早く寝ないとダメだからね!(怒)
明日、早起き頑張ってね! 応援してるよ☆
ガンバレー!(笑顔) ガンバレー!(笑顔) ファイトー!(笑顔)』
僕はそのメールを見て実に複雑な気分になる。
彼女に悪気はないのだ。僕を応援しようとしてくれているのは重々承知している。いるんだけれど……タイミングが悪すぎる。
『今まさに寝ようとする所だったんだけど、君のメールで叩き起こされたよ』
そう一言だけ打ってメールを送信すると、返事はすぐに来た。
『うわぁぁぁぁごめぇぇぇぇん…(号泣)
ホントにごめんね!(泣)
今日はこれで最後にするから、おやすみ!
明日、頑張ってね!!!!』
僕は彼女のそのメールを見て、自分でも驚くくらい楽しい気持ちになって声を出さずに笑った。
きっと、携帯の前の彼女も、この文面と同じようなリアクションを取ったのだろうと想像できる。
『君も明日、早起き出来るように応援してるよ。おやすみ』
彼女に今日最後のメールを送ってベッドに入る。
あれほど眠気がやって来るのに我慢が必要だったのに、今度はすぐに眠る事が出来た。
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サントラ曲はどれも凄く良いんですが「桜と春」はシーンの良さも相まって本当に良いですよね。<br /><br />9/26追記<br />takeさん(<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/27755788">user/27755788</a></strong>)に作中の場面を描いて頂きました!<br />わたしは文字でしか描く事が出来ないので、思い描いた場面を絵で見れるなんて本当に嬉しいです…!<br />takeさん本当にありがとうございまーーーーーーーーーす!!!!!<br />描いて頂いた場面は作中に挿絵として使わせて頂きました。<br />その場面の二人の雰囲気が皆様に沢山伝われば良いなと思います。<br /><br />原作・漫画版・アニメ版がごちゃ混ぜになってるかもですが、その辺りはゆるくお読み頂ければと思います。<br />エピローグの前のIFなお話しになりましてネタバレを多大に含む為、未見の方は原作等をお読み頂いてからお手に取って頂ければと思います。
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サクラとハル
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10167819#1
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上がる息が苦しくて、立ち止まりそうになる足を必死に動かした。今更になってデスク仕事で運動不足を痛感させられる。
ゼイゼイと聞き苦しい音を吐き出して、走り続ける。
耳元に押し込んだワイヤレスイヤホンからノイズと共に人の声が聞こえ、ターゲットの現在地を知らせる。
知らせられた現在地から離れるように足を動かし、一棟の廃ビルに駆け込んだ。
カンカン、と音を立てて地下に駆け下り、扉を開く。
「よぉ、遅かったじゃねぇか…」
「ジン…」
どうしてここが?と疑問が浮かんだが、あぁそうかワザと私がこのビルに入り込むように、無線で誘導したのだと悟った。
目の前の銀色をした長髪の男がタバコを咥えながらこちらを見てニヤリと笑う。
それだけでゾッと背筋が凍りついた。後ろに控えた恰幅の良いサングラスをしたウォッカが銃を構えている。
まだ扉は背後にある。逃げるなら今しかない。
そう、無線で知らされたターゲットは私自身だった。
そっと手を後ろに回し、ドアノブに触れようとした途端、背後から扉が開けられる。
入って来たのは三人の男。
「ジンから逃げようとは…その心意気は認めますけどね」
ジンとは対照的なサラリとした金髪の持ち主は柔らかな物腰でご丁寧に扉に寄りかかった。
無精髭を生やした男は、私を無言で見つめている。
もう一人の黒い長髪の男は、タバコを吸い始めた。
「逃げれるなんて、思っちゃいねぇだろうな?」
「…男五人で女を囲うなんて卑怯じゃない?」
「この世界にそんなもんは通用しねぇ。そうだろ?」
「それもそうか…」
黒の組織、日常の裏側、世の中の闇で動く世界。
そんな世界に迷い込んでしまったのは、元を辿れば転職先を間違えた。の一言だ。
元々は、とある研究所で研究員として働いていた私を引き抜いたのが黒の組織の幹部だった。
今よりも高待遇で、好きな研究をさせて貰える。その研究に使える費用は莫大だった。
二徹、三徹は当たり前、家に帰る事は殆どなく、疲れ切っていた私にかけられた甘い誘惑に、迷いなくその手をとったのだ。
しかし、高支給な上に定時上がりは当たり前、出張はあれど費用は組織持ちで、土日祝日は急は召集がない限り休み。と現代日本社会ではホワイト企業と言っても良い高待遇に、私は不満はなかった。
ただ、一つ、自分の欲に負けた故の裏切り行為を犯してしまったのだ。
「あらやだ、まだ始末してなかったの?」
「珍しいわね…」
「本当に意外だわ」
「ベルモットにキュラソー……、なんでシェリーまでいるの?」
「裏切り者は死をもって制裁する。まあ同僚の最期くらい看取ろうかしら。と思ってね」
「要するに気まぐれね」
同じ研究所で働く齢十五歳の同僚は、いつもの白衣のポケットに手を突っ込んだままだ。
ネームド持ちがこれだけ顔を揃えているのだから、今更ながらに私の犯した罪の重さを噛み締めた。
「辞世の句でも言うか?」
ジンが煙を吐き出す。
思えばコイツが私をこの世界に引きずり込んだ張本人だ。
「辞世の句…?そんなんじゃ収まらないわよ」
私の人生をそんな唄で完結させてたまるか。と思いつつも、死ぬなら銃で即死にしてほしい。と願った。
「ところでお前、何したんだよ?」
組織に入って僅か一年でネームド入りしたベルモットの直属であるウィスキーの名を冠した内の一人、スコッチが私に問いかける。
「あぁ、僕も興味ありますね。あのジンがネームドも無いただの研究員を直に手を下す程の罪…。」
バーボンの名と同じように甘ったるい声が耳に響く。タバコを吸っているライも興味があるのか私を見つめた。
「……ロイドよ…」
「は?」
「んだ、ハッキリ喋れ」
ジンが苛立ったようにタバコを捨てた。
私は、今度こそ周りに聞こえるように声の限り叫んだ。
「私専用のAIアンドロイド彼氏を作ろうとしてたのよ!!!名前は田中くん!!身長は一八五センチの長身イケメンで、優しくて包容力があって、ご飯を作るのが上手で、たまに嫉妬する可愛い彼氏アンドロイド!!!」
シーン、とその場が静まり返って、スコッチの笑いを吹き出す声とライが肩を震わせるのを視界に捉えながら、ジンを睨みつける。
「研究費用を自分の欲望に使った事は悪いと思ってるわ!でもね!?私は生まれてこの方恋人が出来た事ないの!!シェリーなら分かってくれると思うけど、男との出会いがないの!一人で部屋で食べるご飯の寂しさと、休日に予定が入ってない虚しさを感じたことある!?ないでしょ!?」
「つまりテメーは処女か?」
「そこに気付くな!えぇ処女ですよ!この歳で処女!!ジンその目はやめろ!傷付くだろうが!!
私は帰ったらおかえりって迎えてくれて、健康面に気を使った栄養満点のご飯が用意されてて、更にお風呂まで沸かしてくれている田中くんと過ごしたかったのよ!!」
そう、私は彼氏が出来ない、そしてこれからも出来る気が一切しない未来を悲観し、マッドな思考回路で、じゃあ作っちゃえば良いんじゃない??と実行したのだった。
「ぶ、ふふ…確かに、そういう出迎えてくれる方がいるのは理想ですが、貴女なら生身の男性と付き合えるのでは…?」
「そーそー、なんでアンドロイド?」
「研究者っていうものは理解に苦しむな。機械と対話して何になる?」
ウィスキートリオが好き勝手言い出して、私の堪忍袋の緒が切れた。
「うるせー!!!!神に二物どころじゃなく、三物、四物与えられたイケメンイケボの持ち主に私の気持ちが分かるかーー!!!
この歳の処女にそんな高等技術あるわけねーだろ!磨いてきたのは頭脳だけだ!!対人面は赤子同然なんだよ!子鹿なんだよ!察しろよ!!」
「なんか…すいません」
「あぁ悪かった」
「ごめんな」
「憐れむなー!!!そしてサラッと自分を肯定してんじゃねー!!!」
「でも分かるわ。私は男性より女性にモテるのよね。どうしてかしら?」
「メタ発言だけど、それは多分中の人のせい」
CV◯海◯希様は正直ずるいと思うのだ。
だってあの声で名前を呼ばれたら、正直バーボンに名前を呼ばれるより発狂してしまう女性は多いと思う。
一頻り叫んだ私は、二本目のタバコを吸い出したジンを見つめる。後ろにいるウォッカがサングラス越しなのに、物凄く哀れんで同情しているのがわかった。なんでアイツこの世界でやって行けんの?と思うくらいに奴は優しい。
「で?言いたい事はそれだけか?」
「…これだけは言わせて」
「なんだ?」
「田中くんをよろしくお願いします」
綺麗に一礼した私に、等々シェリーとベルモットまで肩を震わせている。
ああ田中くん…、サラサラの髪に長い睫毛、笑顔が柔らかくて、私にかける言葉は甘い砂糖なくらいの設定を入れたのに、そんな彼の瞳の色すら見れずに死ぬなんて悲しすぎる。
「あら、あの方からだわ」
肩を震わせながらポケットから取り出したスマホの通話をオンにして耳元に当てた彼女の動向に、皆が一様に緊迫した面持ちで待った。
通話を終えたベルモットが溜息をつきながら手を上げた。
「始末は無しよ。アンドロイド面白そうだからOK。ですって」
「マジか……ボスありがとう。今度香港のペニンシュラでアフタヌーンティーしよう。勿論ボスの奢りで」
「貴女はあの方ととても仲が良いんですね?」
バーボンが興味深そうに言ってきた。
ボスとは会ったことはないがメッセージのやり取りを女子高生並みに送り合っている。
私が連休中にハシゴした美味しいお菓子百店の旅(友達がいない訳じゃないです。こんなテーマの旅に参加してくれる頭が可笑しい友達がいないだけです)で、これは!と思ったものを組織に差し入れした物が、巡り巡ってボスに辿り着き、気に入られたのだ。
「ふう〜助かった〜」
「テメェ悪運だけはあるようだな」
「そんなものはいらないから彼氏が欲しい」
なんとか皮一枚繋がった自分の首と幸運に感謝しながらも、処女じゃなければこんな事態にならなかったのに、と悔しさが湧く。
「じゃあさっさと作りやがれ」
「無理言うなよ!」
ジンは性格こそ悪党そのものだが、私を引き抜きに来た時はスーツを着て長い髪を一つに束ねた美形であった。
契約書にサインした途端に性悪な性格を表した時は、ここは自衛隊か?!と驚いたくらいだが。
「セックスすれば研究を止めるか?」
ツカツカと歩み寄られ、顎を長い指で掬われる。
おぉ!イケメンだ!
「私は彼氏が欲しいんだ!」
何度言わせれば気がすむのか、奴の視線は普段なら拝めない憐れみが込められている。こいつ…自分はモテるからってクソが!
「ならテメェの彼氏とやらになってやるよ」
「ほ?」
「組織の金を私物に使われちゃぁ、たまんねぇからな」
「はい??」
「キスの一つでもしてみるか?」
近寄る顔を、両手で思い切り押し退けた。
「いきなりキスとかハードル高くないっすか?!無理無理無理無理」
「めんどくせぇ、なら何から始めりゃぁ良いんだ?」
後ろで騒つくウィスキートリオに悪態をつくことも出来ずに、私は震える声で言った。
「こ、交換日記からお願いします!!!!!!」
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ツイッターで呟いたネタ<br />黒の組織はホワイト企業。みんな仲良し。<br />赤ちゃんに可愛くおねだりされたので息抜きに書きました。<br />勢いだけはあります。<br />なんでも許せる方向け。
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組織のお金を私物化したら同情されてジンニキと付き合うことになった
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10168140#1
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旅行から帰ってきた翌日、みー・卯月・五十嵐の3人を連れ、総武高へと来ている。ちなみに、3人のユニット名はピンクチェックスクール。うむ、合ってる。その3人は現在着替え中。俺は1人ポツンと控え室と言う名の奉仕部部室で待機。......暇だ。あ、写真まとめとk「比企谷! 来ているか!」......いつも通り、平塚先生が急に入ってくる。
八幡「来てますよ。雪ノ下ならこう言うでしょうね。......んんっ! 平塚先生、ノックを」
平塚「......比企谷。それは似すぎじゃないか?」
八幡「そうでしょうか? 平塚先生、ここにはアイドルもいる可能性があります。ノックは必ずしてください」
平塚「すまん、ゆき......じゃなくて比企谷」
八幡「んんっ! まあ、今はいないんでセーフですけどね」
平塚「気をつけよう。ところで比企谷」
八幡「......なんすか?」
平塚「君の分も用意しておいた」
八幡「......は?」
平塚「着たまえ」
そう言って総武高の男子制服を渡してくる先生。いや、無理だっての。恥ずかしいわ......
平塚「......着ろ」
八幡「う、うす」
仕方なく渡された制服を着る。スラックスを脱いで......
「おまたせしました!」
ガラッと勢いよく扉が開かれ、姿を現したのはみー。俺は下を脱いでトランクス状態。
みー「......え?」
八幡「ああ、すまん。すぐ履くわ」
両目を手で隠して隙間から覗くみーと卯月。ガン見してくる五十嵐。いや、あのね? 隠すなら見るなって話だし、堂々と見るあなたもどうかと思うよ?
制服.......上下ともに装備完了。うっわぁ......なっつかしい......
平塚「似合うじゃないか。比企谷、そこに座って前みたいに本を読んでくれ」
八幡「......うす」
長テーブルの端に椅子を置き、そこに座って持っていた本を開く。
平塚「......そう。コレだよ」
みー「わぁ......」
卯月「なんだか......」
五十嵐「すごくしっくりしますね」
平塚「比企谷はな、いつもあの位置に居たんだよ」
みー「......はーくんの居場所」
と、急にみーが椅子を隣に置き、そこに座る。肩もピッタリとくっつけて。
みー「......わたしがこの学校にいたら......こうしてたんだなぁ」
頭を俺の肩に乗せ、腕にキュッと抱きついてくる。あぁ......可愛い。
八幡「......かもな。でもまあ......俺はココでは悪評が高かったから、近づかなかったかもしれんぞ?」
みー「......色々したんだよね?」
八幡「......まあな」
みー「それでも......わたしははーくんに寄り添うよ」
八幡「......ありがとな」なでなで
みー「んふふっ♪ はーくん......」ぎゅぅ
卯月「むむむ......」
五十嵐「美穂ちゃんいいなぁ......」
平塚「くっ......比企谷のくせに見せつけやがって......」
はっ! こうしてる場合じゃねえよ! PV撮らねえと!
八幡「す、すまんが移動するぞ。早速だがどんどん撮らねえと!」
2人「はいっ!」
みー「ちゃんと見ててね!」
八幡「おう。可愛いとこ見せてくれ」
みー「うんっ!」
撮影がはじまる。やだ......なにコレ。3人ともめちゃくちゃ可愛い......
平塚「ふぐっ......な、なんだこの可愛さは......」
八幡「お、俺もそう思います。やべえよ......予想以上じゃねえか......」
平塚「ひ、比企谷。このPVで倒れるファンが出るぞ」
八幡「んなもん想定済みっすよ。むしろ全員倒れる策を最後に用意してますよ」
平塚「な......なん、だと?」
八幡「......見ればわかる」
平塚「た、楽しみにしている」
ふふふ......アレはやばいぜぇ......
2日遅れて未央・高森・日野のユニット、ポジティブパッションも撮影を開始。あっちは専用衣裳で屋上撮影だ。初日はPPに付き、その翌日からは時間を区切って両方を確認。にしてもPCSはとにかく可愛くて、PPはとにかく元気。若いっていいなぁ。あ、俺も大して変わらねえや。
そして、PCSの撮影最終日。残すシーンはラストのアレのみ。
AD「ラストシーンの撮影始めます! まずは小日向さんからお願いします!」
みー「は、はい! 卯月ちゃん、響子ちゃん、い、行ってくるね!」
卯月「はい! 頑張ってくださいね!」
五十嵐「さ、参考にさせていただきます!」
みー「うぅ......緊張するよぉ......」
所定の位置に立ち、カメラが......回った。
みー「あ、あにょ!......あぅぅぅ......」
初っ端から盛大に噛むみー。あにょって......それはそれでアリじゃ無いっすかね? すげえ可愛いじゃん。
間髪入れずにTAKE2。......が、よろしくない。何度やっても監督さんが全く納得してくれない。......まずいな。
八幡「......監督、一回休憩入れましょう」
監督「だねぇ」
休憩に入り、隅っこで小さくなるみー。やだ......この子連れて帰りたい......
八幡「みー、大丈夫か?」
みー「はーくん......ごめんね、失敗ばっかりで」
八幡「気にすんな。あの監督さんを納得させられれば、間違いなくいい画が撮れる。怖がらずに思った通りにやってみろ」なでなで
みー「思った通りに......あっ!」
八幡「ん? なんか思いついたか?」
みー「うん! 準備してくるね!」
そう言ってかけていくみー。準備って何よ。撮影再開。さっきまでと同様に立ち......
みー「はーくん! そこで立って見てて!」
八幡「......は?」
みー「ダメ?」
みーのおねだり攻撃! 監督を見ると......頷いている。よし! みーのためだ、いくらでもやってやる!
言われた位置に立ち、撮影スタート。すると、みーが小走りで近づいてきて......真っ赤になってモジモジしながら......
みー「え、えっと......ラブレター............わたしの気持ち、受け取ってください!」
......は? はああああああああああああ⁉︎ え? 何ドユコト? って撮影は! か、監督......なんであんた口抑えて倒れながら親指立ててんだよ......つーか他の男性スタッフも倒れてるし、女性スタッフなんかキャーキャー喚いてる......OKでいいんだよね?
みー「受け取って......くれないの?」
八幡「あ、いや。なんで......」
みー「......わたしの気持ち、はーくんに伝えたくて」
シーンとなる現場。全員息を飲んで俺たちを見ている。
八幡「......わかった受け取らせてもらう」
みーからラブレターを受け取る。なぜか歓声が起こる現場。......は、恥ずかしいいいいいいいいい!! おぉぉぅ......なんだコレ......
みー「へ、返事は後ででいいから!」
そう言って逃げるみー。うわぁ......コレガチなやつじゃん......
卯月「美穂ちゃんずるい......」
五十嵐「わ、私も書こうかな......」
卯月「ええっ⁉︎ 響子ちゃんまで⁉︎」
五十嵐「その......はい。付き合いは浅いですけど、チャンスをくれて、優しくて、気を使ってくれて......」
卯月「......」
五十嵐「比企谷さんの事ばかり考える様になっちゃって......気付いちゃいました」
卯月「響子ちゃん......」
五十嵐「......望みは薄いですけど、私頑張ります!」
卯月「わ、私だって負けませんから!」
五十嵐「はい! ライバルですね!」
卯月と五十嵐が何か話してるが......なんだ? ま、いいや。......マジでそろそろ伝えねえとな。あ、手紙......
大好きです。
そう一言だけ書かれていた。
[newpage]
PCS、PPのPV撮影も終わり、次の俺のミッションはCoユニットのメンバー集め。まずは......
八幡「し、失礼します」
そう。あのお方たちの所属する部署へと来たのだ。恐る恐る入り......
「待ってたよ。さ、こっちに」
八幡「は、はい」
執務室へと通され、着席。コーヒーありがとうございます。
P「君が来たって事は、うちの部署からユニットメンバーをって事でいいのかな?」
八幡「......はい。いいっすか?」
P「構わないよ。誰だい? 楓、それとも瑞樹かい?」
八幡「......両方です」
P「......そうきたか。理由を聞いても?」
八幡「もちろんです。理由は2つ。1つは次世代のリーダー育成。もう1つは......」
P「次世代の看板育成か......」
八幡「ええ」
P「だとすると、他のメンバーはCPの新田さんと......君のところの速水さんかい?」
八幡「......その通りです。それともう1人、異色の人物を入れます」
P「......誰だ? 全く思いつかない」
八幡「松永涼」
P「面白いね」
八幡「でしょう? この5人でいこうと思ってます」
顎に手を当ててなにかを考えるPさん。
P「......いいよ。2人を使ってくれ」
八幡「ありがとうございます!」
P「それで比企谷くん」
八幡「な、なんすか?」
P「......コレを見てくれ」
出されたのはユニット構想案。......おいおいおいおいおい! こりゃ反則だろ! だが......すげえいい!
八幡「......こ、コレすごいっすね」
P「まあ......5人中4人が君の部署だからね。少し言いにくかったんだよ」
八幡「......やりましょう。すぐに集めてPさんにお任せします」
P「......いや、このユニットは君が見てくれ」
八幡「は? いや! それはダメでしょう!」
P「......俺にそのメンバーは扱いきれないよ。俺はまだ入院したくない」
八幡「た、確かに問題児が集まってますけど......」
P「そのかわり、最高のユニットにしてくれ。そうしてもらえれば十分だ」
八幡「わかりました。必ず」
P「よろしく頼むよ」
すげえなこのPさん。さすが高垣楓を育て上げたプロデューサーだ。来てよかった。2人を借りられるうえ、こんなユニット案まで.......マジあざっす!
次に向かったのは松永のところ。まあ......うん。速攻でOKもらえました。メンバーがメンバーだしな。そこからPRに戻りつつ、美波を呼び出し。で、戻ると既に美波が待っていた。いや、早えよ。
八幡「急に悪いな」
美波「大丈夫。それでお話って?」
八幡「んじゃ、こっちで話すわ。奏もきてくれ」
奏「わかったわ」
3人で執務室へと。3人......3人だ。決して8人ではない!
八幡「......と、とりあえず座ってくれ」
美波「う、うん。ありがとう」
奏「あなた......流すつもりなの?」
八幡「......なんでついてきてんだよ」
周子「え? だって面白い話でしょ?」
フレデリカ「だよねだよね〜♪」
志希「ハスハスハスハス......」
加蓮「それで、なんの話?」
まゆ「教えてください」
八幡「もういいや。んで、2人には新ユニットに参加してもらう。最後のCoユニットにな」
奏「わかったわ」
美波「うん、よろしくね。他には誰がいるの?」
八幡「楓さん、川島さん、松永の3人だ」
奏「あなた......」
美波「そ、そこに私......」
若干気圧され気味の2人。まあ、仕方ない。
八幡「奏、楓さんといえばなんだ?」
奏「346プロの看板。私たちのトップに立つ人よ」
八幡「そうだ。美波、川島さんはどうだ?」
美波「最高のリーダー。学ぶところがたくさんある」
八幡「だよな。お前たちは、そんな2人を間近で見て、色々学んでこい。次世代の看板とリーダーになるための勉強だ」
奏「次世代の看板」
美波「次世代のリーダー」
八幡「そこに松永だ。2人に無い物を持っている。活かすも殺すもお前たち次第だ。5人で考えて、お前たちなりの最高のユニットを作り出せ」
奏「厳しい人ね」
美波「でも......期待に応えなきゃね」
奏「そうね。八幡さん、このチャンス、絶対に活かしてみせるわ」
八幡「おう。頼んだぞ。それと......加蓮」
加蓮「え? な、なに?」
八幡「......持ってけ」
加蓮「コレは?」
八幡「TPの新曲だ」
加蓮「っ!! 凛と奈緒のトコ行ってくる!」
言いながら既に走り出している。そんなに嬉しかったのか......
八幡「もう1つ。奏、周子、フレデリカ、志希」
奏「なにかしら?」
3人「なになに〜」
八幡「美嘉と組んでもらう。時期はCoユニットの完成頃だ」
周子「やた〜♪ シューコちゃんもユニットだ〜♪」
フレデリカ「楽しみだな〜♪」
志希「は、初ユニット......」
あ? そういやそうだったな。まだコイツ持ち歌ねえんだよな......あ!
八幡「......志希」
志希「な、なに?」
八幡「ユニットの前にソロデビューしとくか」
志希「......へ?」
おい、なんちゅう汗の量だよ。倒れないよね?
八幡「嫌ならいいが......」
志希「......やるよ」
八幡「そうか。頑張れよ」
まゆ「......(あぁ......八幡さん素敵......さすがまゆの運命の人)」
Coユニット、奏たちの新ユニット、志希のソロデビュー、Masque:Rade、TPの新曲、PCSとPPの体験入学......あれ? コレ俺完全に詰んでね? 常務! アシスタント早くちょうだい!
[newpage]
4月中旬。待望のアシスタントが来た。高町とかいう変態。ま、それはどうでもいい。とにかく疲れた......執務室では相変わらずちーとみーが手伝ってくれている。最近では五十嵐までよく来ている。いいわぁ......ホントこの3人癒されるわぁ......
と、ドアがノックされ、すかさずちーが対応してくれる。事務員から箱と封筒を受け取りペコペコ。可愛い。めっちゃ可愛い。
ちー「はーくん、お届け物だよ」
八幡「おう、ありがとうな」なでなで
ちー「えへへっ♪ どういたしまして!」
2人「むぅ〜......」
まずは箱から......
八幡「おぉぅ......ついに来たか......」
みー「もしかして!」
五十嵐「私たちのサンプルCDですか⁉︎」
八幡「おう。3枚ずつ持ってけ」
みー「え? 3枚?」
八幡「おう。見てみ」
机に並べる。
五十嵐「わぁっ♪ 」
ちー「あ、ジャケットが3種類......」
八幡「おう。みーがメインの物と五十嵐がメインの物、そんで卯月がメインの物だ。ラストのアレも......それぞれでしか見られん」
2人「あうぅぅ......」
ちー「え? どうしたの?」
八幡「ちーにもやるから見てみろ。あ、卯月にも渡しといてくれ」
ちー「うん! ありがとう、はーくんっ♪」
さて、他の封筒は......お? おぉぉ⁉︎ コレか! んじゃ早速聞きますか......
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
ふむ......
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
マジか......
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
............めちゃくちゃいいじゃねえか!
五十嵐「あの......その曲は?」
八幡「Masque:Radeのだ」
2人「!!」
八幡「......持ってってくれ」
2人「うんっ!」
八幡「ちー、あとで李衣菜に来るように伝えてくれ」
ちー「うん!」
八幡「みーはまゆにコイツを届けてくれ。加蓮には俺が渡しておく」
みー「うん! 任せて!」
八幡「レッスンは体験入学後からはじめる。おそらくこのレベルの楽曲だと......」
五十嵐「ま、マストレさんですよね......」
2人「......」
八幡「そうなるな。まあ......頑張ってくれ」
2人「......うん」
[newpage]
総武高への体験入学当日。朝も早くから学校に通う俺たち。懐かしいなぁ......俺の前には総武の制服に身を包んだ6人。なんか未央と日野似合わねえ。
未央「わ、私似合ってない......」
日野「私もです......」
八幡「仕方ねえだろ。お前らは元気すぎんだよ。その点高森はよく似合ってるな」
高森「ありがとうございます。でも......」
ちらりとPCSの3人を見る。
高森「美穂ちゃんたちほどでは......」
八幡「......あいつらは似合いすぎなんだよ。下手すりゃココの学生より似合ってんぞ」
高森「で、ですよね」
八幡「お、時間か。んじゃ、行くぞ」
6人「はいっ!」
全員で体育館へ。現在緊急朝礼と称して全校生徒を集めている。もちろん奈緒も小町も。2人は知らないけどな。
体育館の入り口前で待機。そして開かれる扉。んじゃ、入って入って〜壇上へ〜
「んなっ! なんでみんなが!」
あ? うるせえぞ奈緒。お仕置きされたいのか?
校長「今日1日体験入学される、PCSの3人とPPの3人です」
6人「よろしくお願いします!」
おぉ......マイクも使ってねえのにすげえな......
校長「では順番に自己紹介をお願いします」
卯月、みー、五十嵐、未央、高森、日野の順にご挨拶。
校長「では最後に、彼女たちのプロデューサーさんからも一言いただきましょう」
は? なんで! なんでそうなんの⁉︎ おぉぅ......全校生徒の視線が俺に......
八幡「あー......プロデューサーの比企谷です。一応この総武高の卒業生だ。その......なんだ? まあ、今日1日、コイツらのことよろしくお願いします」
こ、コレで良かったの? あ、良かったみたいですね。安心しました。
一度職員室へ全員で撤退。クラスの振り分けは、みーと卯月と高森が3年の奈緒たちのクラス。未央と五十嵐と日野が2年のクラス。担任の先生にそれぞれ挨拶して、いざクラスへと。不安なのはアレだ。君たちついていける? ココ結構授業内容もレベル高いよ? まあ、みーは大学受かったし大丈夫だと思うが......
まずは3年から。先生について入って行く3人。そして絶叫。うるせえええええ! ご挨拶が済んだところで次は2年。繰り返しです。こうなれば俺はお役御免。さて、なにすっか......
「比企谷」
突然後ろから声をかけられる。
八幡「平塚先生......」
平塚「これから授業だ。3年の、君のアイドルたちがいるクラスでな」
八幡「よろしくお願いします」
平塚「......ついてきたまえ。君も見学していくといい」
八幡「......うす」
チャイムと同時に入室。驚く5人。
平塚「すまんな。突然だが彼にも見学してもらう。先輩の前で居眠りなどするなよ」
怖えよ。生徒脅すなっての。平塚先生の授業......そうだ。こうだよ。やっぱうめえな......3人は......うむ。真面目に受けて......おい、みー。お前寝てるだろ。すぐ後ろにいるからわかってるぞ。
ふふふ......起こしてやろう。耳にふ〜っと......
みー「ひゃうぅ!」
平塚「おや、小日向どうした?」
みー「な、なんでもありません!」
平塚「そうか。では続けよう」
恨みの篭った目で俺を睨むみー。そんな顔も可愛いですね。
授業が終わり先生が出て行くと、奈緒と小町が凄い勢いで駆け寄ってくる。鼻息荒く。
小町「お兄ちゃん! どういう事! 小町なにも聞いてないよ!」
奈緒「そうだぞ! 何で教えてくれなかったんだよ!」
八幡「あ? この方が面白えからに決まってんだろ」
みー「は、はーくん!」
八幡「おう、どした?」
みー「なんて事するの!」
八幡「あ? 寝てたみーが悪い」
みー「わ、わたし寝てないもん!」
八幡「ならそのヨダレはなんだ?」
みー「え? やだ!」
八幡「......嘘だ」
みー「な......は、はーくんのバカッ!」
ポカポカと胸を叩いてくるみー。可愛いわぁ......
卯月「むむむ......美穂ちゃん手強い......」
小町「あのー卯月さん」
卯月「はい?」
小町「あの2人......付き合ってるんですか?」
奈緒「なっ! そうなのか!」
卯月「違います! ちょ、ちょっと負けそうですけど......」
おい、アイドル。みんなの前でなんて話してんだよ。
みー「うぅぅぅ......」
コラ、君も抱きつかないの! みんな見てんじゃん!
高森「大変ですね」
八幡「んな他人事みてえに言うなよ。なんとかしてくれ」
苦笑いをしながらみんなをなだめる高森。......なんだ? いきなり空間がほんわかしたぞ......おぉ......これがゆるふわ空間か。
「あの......授業始めたいんだが......」
いつのまにか先生来てました。
3年の教室を出て職員室へ。平塚先生は.......あ、いた。
八幡「先生」
平塚「おや? どうしたのかね?」
八幡「......鍵、借りていいっすか?」
平塚「ふふ......ほら、持っていきなさい」
八幡「あざっす」
奉仕部部室。1人ココで待つ。本を読みながら。紅茶......欲しいな。なんて考えていると、コンコンとドアがノックされる。どぞーと緩く返事。ドアが開かれ、入ってきたのは......
八幡「......雪ノ下」
雪ノ下「こんにちは、比企谷君」
八幡「......お、おう。久しぶり」
雪ノ下「お久しぶりね」
そう言いながらあの場所に椅子を置いて、バッグからあるものを出す。コポコポとお湯の沸く音。次第に良い香りがたち......コトリと湯のみが置かれる。あの時と同じ物。
八幡「お前コレ......」
雪ノ下「どうぞ。腕は落ちてないから安心してちょうだい」
八幡「......おう。サンキュ」
猫舌で熱いのは苦手だが......そのまま一飲み。あぁ......これだ。
八幡「......うめえ」
雪ノ下「そう」
後は無言。互いに本を読み進める。
今はこの懐かしい時間を楽しもう。
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26話√??〜♪<br /><br />箸休め箸休め......<br /><br />んではよろカレ〜ン♪
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26話√??
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10168158#1
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『病弱キャラ、ねぇ。……今までの心配は損だったってことか』
俯きながら、カーディガンの袖をぎゅっと握る。
病弱を演じる為に、夏でもこのカーディガンを着て過ごしてきたけれど、もう、必要ないようだ。
周りからの視線が痛い。投げかけられる言葉が、冷たく心に突き刺さった。
『肺が弱いから運動が出来ないんじゃなくて、運動が出来ないからサボっていたんだね』
『演じるの、楽しかった?』
何故だか、涙は出なかった。
泣くことすらできないくらいに、俺の精神はもう 弱っていたのかもしれない。
ひとり、またひとりと離れていくのを感じながら、姉貴になんて言い訳をしようか考えていた。
*
べっとりとした汗の気持ち悪さで目が覚めた。
どうして昔の夢なんか。
もう何年も前の、しかも夢のはずなのに、自分が今もその場に投げ出されているようで怖い。
冷たい目でこちらを見られている気がする。でも大丈夫。気がする、だけだから。夢の話だ、どうせ時間が経てば忘れてしまうのだから、気にしてたって仕方がない。
ひとり小さく息を吐いて、冷たい梯子に足を降ろした。
本当は、今日は仕事を休むべきだったのかもしれない。今日見た夢に気をとられて、自分の不調に気付いていなかったのだ。
ロフトから降りて床に足をついた時の浮遊感も、朝食を食べられなかったのも、全て寝不足のせいにしていたのだけど、しかしそれは俺の勘違いだったらしく。
資料を作成するために見ていた画面が眩しく感じる原因は、PCではなく俺の方にあるようだ。
夢中になっていて気がつかなかったけれど、手を休めてみれば、ウザいくらいに痛む頭。
あれ、俺今座ってる?ちゃんと座れてる?
船に揺られているような、ふわふわとした感覚がひどく気持ち悪い。
手の甲で口を押さえるようにして肘をつき、デスクに置いてある資料を見るふりをして目を閉じた。
大丈夫、もうすぐ昼休みだ。その時にちょっと休めば良くなるだろう。
――なんて無理とわかっているけれど、そうして気分をそらさないとやっていけないくらいに、俺の身体は悲鳴をあげているのだ。
上司に怒られようが、同僚に嫌な顔をされようがどうだっていい。自分の身体が一番だ。
でも、休んでも本当に良くならなかったとして。
午後はどうしたら良いのだろうか。
あぁ、そうだ。この後は打ち合わせもあるんだった。帰れば稽古も―――
「……っ、」
ぐるぐる考え込んだせいか、今まで無視していた胸のもやもやが、はっきりとした吐き気に変わる。
本当、最悪だ。どうしてこんなについてないのだろうか。
ふらふらと席を立って、情けない足取りでトイレへ向かった。
*
「―――っぇ、………っ」
個室に入ってすぐのこと。
安心して気が緩んだせいか、耐えていたものが一気にこみあげて喉元を熱くした。
耐え難い吐き気に逆らえるわけでもなく便器を抱えて顔を埋めれば、それは簡単に陶器を汚して波紋をつくる。
喉がひきつる度に息が詰まるから呼吸をするのに精一杯で、ひぃ、と気管が嫌な音をたてているのをどこかで聞きながらひたすら嘔吐いている。
ぱちゃ、と水面に叩きつけられたそれは、波を打って饐えた臭いを放つ。それにまた気分が悪くなって嘔吐いた。
まさに無限ループ。
一度吐いただけでも、体が慣れない動きをしたせいで酷く疲れる。心臓がうるさい。はぁはぁと荒い俺の呼吸だけが、静かなトイレに響いていた。
―――
『ゲーム好きだったんだ。部活が出来ないのはしょうがないと思っていたけど、別にそんなことなかったね。…家で、ゲームしてたんだから』
『それにしても、騙すなんて最低』
俺の心に刺さったトゲは、いくら頑張って引き抜こうとしても抜けることは無かった。
皆が悪いからではない。俺が、悪いヤツだからだ。俺は皆を騙してしまった。
皆を苦しめた分、今度は自分が苦しむべきなのだ。
―――
「―――っ!」
今朝と同じ、あの嫌な感覚で意識が浮上する。
昼休みは、とうに終わっていた。
自分の居るべき場所に戻れば、周りがこちらへ視線をむける。小さく心配の声が聞こえてきたが、それがどうした、心配したって体調が良くなるわけではないのだ。
『早く寮に帰りたい』
誰にも届くことの無い思いは、小さな溜め息となって消えた。
*
やっとの事で寮に着き、ゆっくり休めると思ったのもつかの間、同室である先輩が体調を崩してしまったらしい。
会社には居たものの、午後になって見かけないと思っていたのはこれが原因か。寮につくなり、綴が少しばかり焦った様子で俺のところへ駆け寄ってきた。
なんとか軸を保ち自室へ向かえば、思ったより酷い状態だった。聞けば、体温は38.5℃とのこと。
先輩って確か、平熱が35度代だったと聞いたことがある。それは辛いわけだ。
毎日欠かさずかけていた眼鏡は、デスクの上に置かれていた。
「それじゃあ、お願いします。俺もたまに様子見にくるんで」
千景さん、あまり無理しないでくださいね。そうつけ加えて、綴は部屋を出ていった。
綴が先程まで座っていた場所、つまり先輩の枕元には、冷却シートや経口補水液、体温計など『病人』を主張した看病セットが置かれている。
病人がいるということを意識させられる生暖かい空気に、少しばかり居づらさを感じた。
「…大丈夫ですか?」
「わるい。…公演前に」
いつもの涼しい声ではなくて、俺がなんとか保たなければと背筋を伸ばす。
原因はどうやら疲れらしい。夏が苦手な先輩が長時間稽古を続けたことにより、疲れが不調と繋がってしまったとのこと。
数日休めば良くなるらしいが、それを疑ってしまいそうな程に弱っている姿が、普段の先輩を忘れさせようとしている。
グレーの瞳が少しだけ濡れていた。
公演まで残りあと一週間弱。
綴に「同室だから」と看病を任された俺は、自分の中にすむ不快感と火照りを気にしながら、暫く忙しく働くことになったのだ。
*
調子が悪い時は悪夢を見やすくなる、というのはどうやら本当らしい。
夢を見ている時はもちろん、目覚める瞬間も、大嫌いだ。原因はどうであれ、もう悪夢は見たくないと思った。
先輩は今、どんな夢を見ているのだろうか。
看病をし始めて数日後の早朝、先日と同じ感覚で目を覚ました俺は、ロフトの上から眠る先輩を見下ろしていた。
「あれ、至さん、今日はメガネなんですね。メガネの至さんも、似合っていていいと思います!」
少し遅めの起床、談話室へ向かっていたところに、咲也が声をかけてきた。
どんな時でも笑顔の咲也が、少しだけ羨ましくなる。でもその笑顔が、俺の乾いた心を潤してくれた。
「今日は休みだから。たまにはいいかなって」
『疲れているから』なんて、言えるわけがなかった。それも、咲也なんかに。
迷惑をかけてしまうのは間違いないし、迷惑をかけてしまうと思うと、胃が痛む。
「最近忙しそうでしたもんね…。久しぶりのお休み、ゆっくり休んでくださいね!」
「ありがと」
その声は、届いていなかったかもしれない。
咲也の背中を見送る俺の心の中に、空虚感を感じた。気づかれるわけにはいかないのに、気づいてもらいたい自分がいる。
早く楽になればいいのに。俺も、先輩も。
「至さん」
背中に、冷たい声がかけられた。
その声があまりにも無愛想で(といってもそう感じたのは俺だけだろうけど)、思わず一歩引きそうになる。
「…あ、綴。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないっすよ。千景さんに使ったタオルとか器とか、使用済みだったら出してくださいって言ってるじゃないっすか」
「ごめん、今すぐ」
「今朝は俺が片付けておいたんでいいです。休みの日だからって寝ていて看病できなかったなんてダメっすよ。今だけは、至さんが春組の最年長なんですから…」
綴からしたらそんなのいつもの事で、話し方だっていつもの呆れた調子なのだろう。
そんなこと分かっているのに、涙が出そうになっている俺が嫌で嫌で仕方がなかった。
きっと今の俺の心の中を皆が見たら「そんなことくらいで」と言うだろう。
情けなさよりも自分に対しての怒りの方が強くて、ぎゅっと拳を握り締めた。
きっと、熱が上がっている。
気のせいだと誤魔化せるのも時間の問題のようだ。朝食を食べる為にと談話室に向かっていたけれど、今すぐにでも引き返してしまいたいと思った。
結局、今朝食べたものは一時間もしないうちに戻してしまった。
はたりと便器に落ちた汗が、陶器を伝って吐瀉物に混ざる。
限界を超えると人はどうなるのだろうか。
「――っ、」
誰かに気づいてもらいたい。痙攣が治まらない胃をさすって嘔吐いて、酸で焼かれた喉が酷く痛む。
ひとしきり吐いて胃が空になったところでそのまま壁にもたれかかると、冷たい壁が体温を奪っていく感覚がした。
レバーを捻って蓋を閉める。ゆっくりと立ち上がって鍵を開け、見回してもそこには誰もいなかった。
「茅ヶ崎、どうした?」
部屋へ戻ってソファへ腰を下ろした時に聞こえた、先輩の声。いつもより大分ゆっくり話すところに、疑いのかかった声色。
「何が、ですか?」
「顔にはっきりと疲れが出ているし、ゲームを触ろうともしない。本当に、どうしたんだ」
本当に鋭いな、この人は。
普段は誰とも距離を縮めたがらないクセに、こういう時ばかりは責めよってくる。
俺を捉えるその目は真っ直ぐで、心の中まで見透かされている気分だ。
先輩なら、やろうと思えばそんな能力簡単に使いこなしてしまいそうだけれど。
「先輩は体調を治すことだけ気にしていればいいんです。今が大切な時ですよ」
慌てて仮面を貼り付けて返した言葉は、しっかりと届いていただろうか。
「…本当に、無理はするなよ」
公演まであと数日、気持ちばかりが焦っていた。
*
「…ねぇ、ちょっと」
ぶっきらぼうな幸の声が、俺の意識を引き戻す。俺に衣装を着せた幸は俺を見つめたまま動かない。腕を組んで、じっと見つめて。
「幸?」
「あんたさぁ……少し、いや、大分痩せたよね?前見てあげた時と体つきが全然違うんだけど」
さわさわと腕や腰を触ってもう一度俺を見れば、わかりやすいくらいに大袈裟なため息をついた。
「…やっぱり。ダイエットしてんの?」
「……バレた?」
咄嗟に吐いた嘘は、情けなく幸へ届く。
誤魔化すことが出来たのか、それを聞いた幸は「キモ」と呟いた。
「痩せすぎ。衣装のサイズだって合わせて作ってるんだから、変なことしないでよね。顔色も悪いし、ちゃんと食べた方がいいよ。サイズ、このままでいくから」
「ごめんごめん」
へら、と笑ってその場をしのぐが、その仮面はすぐに取れてしまった。もう使い物にならないや。
熱があって辛いなら、周りに言えばいいじゃないか。家族として過ごしてきた仲間に、遠慮なんていらないのに。
普段の俺なら、そう思っている。
「だるい、眠い、しんどい」しか話せないのかというくらい寮では面倒臭がりで、同室にもしつこがられているくらいなのだから。
タイミングが悪かった。
もっと頑張らなくてはと不必要な頑張りを見せて、気付いてもらおうとしていたのだ。
全てはあの夢のせい。
あんな夢を見なければ、無理をすることなんてなかったのに。
本当、体調が良くないとろくなことがない。
「至?」
ふと、名前を呼ばれて我に返る。
「いたる」そう言った幸は、困ったように眉を下げた。
「ねぇ、本当に大丈夫?もう今日は部屋で休んだら?」
「昨日、ゲームしすぎちゃってさ。寝不足なだけ」
いつからこんなに嘘を吐くようになってしまったのだろうか、先輩を恨む。
当たり前のように嘘を吐いて 相手は流れるように騙されるなんて、こんなの俺のすることじゃないのに。
「…あそ。公演当日、これ以上痩せてたら許さないからね」
周りの皆に聞こえないように敢えて声を小さく話しかけてくれたのは、幸なりの優しさだろうか。
正直、それだけでも嬉しかった。
一人だけでも気付いてくれて、そっと声をかけてくれるだけで、なにか救われた気がしたから。
今日は部屋に戻ったらすぐに寝てしまおう。
先輩はまだ体調が悪いみたいだけど、そう言ったらこちらも同じだし。
………と、思っていたのだけれど。
*
"今夜、共闘は無しで"
夕食後、至さんから送られてきたメッセージ。LIME画面を開いたまま、そのメッセージの意味を考えていた。
普通に見れば『今夜、共闘は無し』そのままの意味ととるだろう。
俺は、このLIMEの意味がそんな単純ではないということを分かっている。
至さんとは、千景さんが体調を崩してから一度も共闘をしていなかったから。看病を任された至さんにそんな暇は勿論無く、それも、病人がいる部屋でゲームだなんて。
数日前から当たり前のようにしてきたことを何故、今更言うのだろうか。
「…おい、摂津」
相当酷い顔をしていたのだろう。俺の顔を覗き込んだ兵頭もまた、酷い顔で言う。
「……ひでぇ顔してんぞ、お前」
「はぁ?テメーの方こそ人ひとり殺りそうな顔しやがって。こっちの問題だっつーの。テメーには関係ねぇ」
「だったらその顔何とかしやがれ。九門が怖がる」
「ここは俺らの部屋だから俺らしか居ねぇだろうが」
言い合っている時も、LIMEの内容が頭から離れない。これで、至さんに何もないわけがないだろう。
あの人は、自分から素直に物事を言う人じゃない。それくらい分かっている。体調が悪い時は特に。よく無理をして、頑張っていることだって知っている。
"何かあったんすか"
変に返信するよりも、今の至さんにはこう聞くのが一番だ。でもきっと「なんでもないよ」と返ってくるだけ。
しかしそうやってLIMEで接触しておけば、あとから何か話してくれるかもしれない。
俺の勝手な考えだけど、至さんならきっとそうしてくれる。
そう信じて、送信ボタンを押したのだが。
その後、既読がつくことはなかった。
結局その夜はなかなか眠れず、気付けば日付が変わって一時間が過ぎていた。
このままベッドに横になっていても仕方が無いからと、キッチンへ水を飲みに行く為その場へ向かう。
そういえば、至さんから返信が来ないけれど、大丈夫だろうか。公演まであと僅かだろ。本当に体調が悪いとしたら、だけど。
皆が特に何か言っているわけでもなさそうだし。……いや、だから心配なのか。
脳内で独り言を呟きながら廊下を歩いていると、見えた扉の隙間から光が漏れているのに気がついて、歩幅を縮めた。
誰だこんな時間に。左京さんに見つかれば確実に雷が落ちるぞ。
怪しみながらも談話室への距離を縮めていくと、聞こえてきた、音。
マジで何してんの?
すきま風のような音が続く部屋を、恐る恐る覗き込むと。
「至さん…っ?!」
ソファのすぐ横にしゃがみこんで、左手はソファをぎゅっと掴んで。大袈裟といえるほど体を大きく上下させながら、至さんは酸素を吸っていた。
「落ち着け、至さん、大丈夫だから落ち着け」
正面に座って目を合わせ、肩や背中をさすって俺の存在に気づかせれば、至さんは涙を流しながら俺の右肩を掴んだ。
その手は震えていた。それも、かわいそうな程に。
どうしてこうなってしまったのかは分からないが、何かが、至さんをここまで追い詰めたということは事実だ。
(あっちい……)
俺の肩を掴む手は冷たいのに、さすっている体は驚くほど熱かった。
もしかしてこの人、ずっと不調を隠し続けてきたのか?
…あのLIMEは、俺に対しての"助けて"だったということか。
「っは、はぁっ、―――っひ、けほ…っ、ひっ」
「至さん、俺の声聞こえます?…ゆっくり息吐いて」
秋組の稽古で、過呼吸はよくある事だった。
アクションからの呼吸の乱れで起きるから、大体は本人が落ち着いてくれれば良くなるし、あいつらも慣れていることだ。
でも、今回は。
運動後なんかじゃなくて、精神の 乱れだ。
自分を追い詰めて無理をして、限界を迎えてしまった至さんには、落ち着くなんて難しいことかもしれない。
「ひ、っ、はぁ、…ふ、ぅ、は、っ」
「ん、そーそー。上手。もうちょい深くな」
談話室には二人きり。
ここで誰かが入ってきたら、治るどころか酷くなるだけだろう。たとえ気付いたとしても、誰も入ってくんなよ。
それにしても何故、至さんはこんな所にいたのだろうか。部屋だと千景さんがいるから、とか?
この後は、どうするつもりなのだろうか。こんな状態にまでなって部屋に戻れば、また不調を隠してしまうに決まっている。
「ごめ、っげほ、は……っ」
「喋んな喋んな。大丈夫だから」
とにかく落ち着くまでは。
俺も一緒に息を吐いて呼吸のタイミングを教えてやりながら、ただひたすらに強張る背中をさすり続けた。
至さんが落ち着いた頃には、時計の針は一時半すぎを指していた。
彼此もう三十分もこうしていて、至さんは座っていることすらままならない状態で。
ゆっくりソファへ横たえて、たまたまそこに置いてあったブランケットをかけてやると、至さんはゆっくりと息を吐いた。
「本当、ごめん」
「どうしたんすか、急に」
「…別に」
「嘘は通じないっすよ。こんなになってまで、何も無いなんて」
俺が言うより、本人から吐き出させた方が良いだろう。その方が、少しは軽くなるだろうし。
「…俺、」
少しの間があって至さんの口から吐き出されたのは、本当に辛い数日間の話だった。
「―――そんなに、耐えてたんすか」
「本当は、気付いてもらいたかったんだけど」
夢を見たんだ。
そう紡いだ至さんの目から、涙が伝った。
少し前に聞いた、至さんの過去の話。
人生イージーモードだった俺からすれば、なんてことの無い話なのだけれど。
至さんの心も体もこんなになるまで追い詰めた、悪夢。
「しんどかったっすね」の一言では収まりきらないその夢は、消えることなく至さんの中に残り続けてしまうだろう。
「万里、このこと、皆に黙っててもらえるかな」
「…は?」
「俺が無理して仕事や稽古を続けてたこととか、さっき、過呼吸になったこととか」
「なんで」
「皆に、迷惑かけたくない」
震えた声が、この場の空気を緊張させる。
「お願い。…公演当日、ダメだったらそれでいい。バレてもいいから、やりきりたい」
「…分かりました」
深夜二時。静かな談話室で交わした約束が続いたのは 千秋楽の前夜までだった。
*
「本当に、大丈夫ですか」
衣装に着替え、見た目はすっかりその役となった至さんだが、まだ本人は本調子ではないらしい。
千秋楽まで、本当によく頑張ったと思う。
寮に帰ってからも、つらさを見せることなく笑顔だった至さんを見ていると、こちらまでつらくなってしまいそうだった。
そして今日、千秋楽。
至さんが慌てて机に手をついたところを反射で支えた俺は、その背中をゆっくりさする。
少しでも、苦しみがなくなればと願いながら。
「大丈夫。すぐに良くなるから…。今日、この千秋楽を終えるまで、この役は俺がやりきる」
「本番まで残り十五分弱ですよ。もう少し、ここにいます?」
「んや、もう行かないと」
ふらふらともちなおした至さんは、舞台裏へと姿を消した。
*
俺ならやりきれる。大丈夫。
そう言い聞かせるのはこれで何回目だろうか。公演が始まって今日まで、特に何事もなくやりきってきた俺は、さすがにもう限界を迎える寸前。
初日ギリギリに復活した先輩を気遣って、皆は俺に気付かない。
それが幸なのか、不幸なのか分からないけれど、今気づいたところでもう手遅れなのは確かだった。
「それじゃあ最終日、頑張りましょう!」
咲也の掛け声とともに、公演開始の放送が流れた。
「……なぁ、茅ヶ崎、本当に大丈夫か」
公演終盤、舞台袖へはけた俺を見た先輩が、背に手を置いてゆっくりさする。
「息もだいぶあがっている。アクションなんてなかったのに。…この熱さも。お前、熱が」
「大丈夫、です」
「ラスト、いけるか」
「…はい」
今にも倒れそうな俺の体を支えて、先輩は「いけるか」と言った。こんな時でさえ、先輩の舞台に対する気持ちが伝わってきて、「あぁ、成長したな」と思う。もちろん、俺自身も。
春組全員でこの舞台をやりきりたい、その気持ちは皆同じだ。
「カーテンコール!」
咲也の声を合図に、皆が舞台へ上がっていく。俺はその直前まで、そのまま背を支えられていた。
そして照明が近くなる時、先輩はその手をそっと離して「いけ」と囁く。この板に上がったら、皆の求めている役者としての"茅ヶ崎至"になるんだ。
背筋を伸ばして、口角を上げて。
「ありがとうございました!」
拍手喝采。拍手嵐を身体全体で感じながら、えも言われぬ達成感に包まれていた。
暫く客席を見つめて、ひとりひとりの顔を見て。
ゆっくり幕が下りていくところを、最後まで笑っていた。
そして、完全に幕が下がりきった瞬間。
「―――っ茅ヶ崎、」
糸が切れたように、俺の体は動かなくなってしまった。体を打ちつける寸前、誰かが俺を抱きとめてくれたが、それが誰なのか、考える力は残っていない。やりきったんだ。全て。
皆の声が反響しながら遠くなってゆく。耳に膜がはったような違和感と、浮遊感。
自分は今寝かされているのか、抱かれているのか。
自分の意識に身を任せて、俺は闇に吸い込まれていった。
*
「本当、ごめんなさい。俺のせいで」
病室。茅ヶ崎が寝ているベッドの横で、綴はひたすら謝っていた。
「俺が、ちゃんとしてくださいなんて言うから、至さんは無理をしてしまって、」
「オレの方こそ、リーダーなのに気づいてあげられなくて…リーダー失格、です」
「…俺も、気づいてあげられなかった」
茅ヶ崎の左腕から、管が伸びている。
その先は、まだ暫くかかりそうな量の点滴。
数日は入院だと聞かされた。
眠っているらしいが、その顔は よく見なくてもわかる程「酷い」状態だ。
どうして気づいてやれなかったのか。皆が次々と口にする。口に出しては言わないが、もちろん、俺もだ。
少しタイミングが悪かっただけで、こんなにも人を苦しませてしまうのか。俺自身を強く責めた。
茅ヶ崎の腕に、いくつかの点滴痕が残されていることに気がついたのは、どうやら俺だけらしい。
ごめんなさい、ごめんなさいという声だけが、その場に小さく続いていた。
「イタル、頑張ったネ。ごめんなさいだけじゃ、イタルが悲しむヨ」
「……そう、ですね」
誰かが言った。
至さんが目を覚ましたら、皆で迎えてあげよう。
それが至さんにとって嬉しいことなら、謝るのはもうやめて、労わってあげよう、と。
そんな子供っぽい考えが、春組らしくて、茅ヶ崎にはちょうど良い居場所なのかもしれない。
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※嘔吐/過呼吸表現<br /><br />Twitterのフォロワーさんで、素晴らしいネタツイをしている方がいたので そちらを参考にさせていただきました。<br />至さんは精神的に弱ってもらいたい、気持ちすごく分かります…。<br />Twitter(しの)→(@nf_a98)<br /><br />参考にさせて頂いたフォロワーさん<br />→(@MYOSHIGASHINDOI)
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The show must go on
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10168172#1
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[chapter:注意と目次]
注意
・これは「雲雀恭弥は無個性である」シリーズの番外編です。本編に関係ないので、読まなくても話は通じます
・他のシリーズ同様、ヒロアカとリボーンのクロスオーバーで、本筋の舞台はヒロアカ、主人公は雲雀さんです
・1話「雲雀恭弥は無個性である」と2話「雲雀恭弥は平和の象徴の弟子を気にかける」を読んでいれば、話は通じると思います
・雲雀さんいつも以上に群れてます
・いつも以上に趣味に偏っています
・オリキャラも出ます
・そんで、回想でリボーンキャラも何人か出ます
・↑その際リボーンキャラの死に際とか書いているので苦手な人は回避してください!
・それでもよければ
目次
雲雀恭弥の結局譲れないもの
→高校時代の話…2ページ
雲雀恭弥と桜の話
→桜を巡った回想…3ページ
雲雀恭弥と黄色い鳥と林檎の少年
→緑谷出久が中二の時。霧師弟と雲雀さんの話…4ページ
※緑谷出久出ません
番外編の解説?
→裏設定とかあとがきとか…5ページ
[newpage]
[chapter:雲雀恭弥の結局譲れないもの]
※高校の頃の話
前世から、理解されないなんて当たり前のようなことだった。人と自分は違うのだから、理解されなくて当然だろう。そこに関しては無関心だった。
「ああ。今日は帰るよ。」
「「え? 」」
体操服のまま普通科の教室にやってきた彼らにそういうと消太もひざしも目を丸くした。
「はあ!? また体調崩したのか!? 」
「そうでなかったら、恭弥が演習場のお誘い断るわけねえだろ!! 」
叫んだ二人に、ホームルームも終わって散り散りになっていたクラスメイト達もはっとしてその考えに乗る。「確かにあの戦闘狂が! 」「ヒーロー科と個性無しで戦う化け物がだぞ!? 」などと口々に言うのでギロリと睨みつけると、大人しく彼らは黙る。クラスメイトに馴染んだつもりないのに、何故こんなに彼らにはフレンドリーなんだよ。僕ははあとため息をつく。
「違うよ。単純に用事。」
「なんだ。」
「それはよかった。」
ホッと息を漏らす二人と共に周りの話を聞いていた連中も安堵する。僕が何してようが勝手だと思うのになんなんだ。
「で、用事って何? 」
その言葉に僕は少し黙る。言うのもどうかと思ったから、はぐらかした。
「さあ。」
ひざしと消太はキョトンとした。
丁寧に墓の掃除をして、線香をあげる。母が死ぬまで、僕がこんな丁寧に墓参りをするようになるとは思わなかった。生きていない人間に興味などないから。しかし、墓参りに来るたびに高齢な住職が「ゆっくりとしていきなさい」とお茶を淹れてくれるので、悪くないかなと思っている。
さて。隣で同じように手を合わせていた消太とひざしを見下ろす。彼らもゆっくりと立ち上がると此方を向いた。
「これで終わりだけど。」
「え? よかったのか? 」
「まあ。」
そうは言ったが、物凄く申し訳なさそうな二人を見て、少し考える。どうせひざしが消太を引っ張ってきたのだろうが、ものぐさともいえるほどの合理主義者の消太を引っ張ってここまで来たのだ。珍しいなと思ったら、なんとなく住職がいるところへ案内しようかなと思いついた。別について来たことに対しては怒っていない。
住職に誘われて和菓子を食べながら空を眺める。群れるのは嫌だから一人で来るのが普通なのだが、学校からついて来たのだ。駅に向かったくらいには「彼らも電車通学か」くらいにしか思っていなかったが、同じ駅で降りて、花屋に向かっても同じようについて来てれば僕の尾行をしているくらい気付く。いや、もっと早く気付いていたけど。
住職は何を勘違いしたのかニコニコとさっきからウザい。制服を見て同じ高校だと気付くと、「恭弥くんに自分のことを打ち明けられる友達がいて、よかった」と目を潤ませながら言った後は、三人分お茶を淹れて、「ゆっくりしていきなさい! 」と幸せそうに笑う。その生暖かい視線がむず痒くてムカついた。そうしていたら、住職が二人に話を始める。それをスルーしていつも通りのんびりとお茶をすすった。
前世の高校生の頃。今からすれば、本当に薄れた記憶の中。僕は並盛墓苑にいた。今と同じように墓に手を合わせ、住職に話を聞く予定だった。あの頃並盛は僕のシマだったから、最近困ったことはないかと治安や運営状況に関する相談を受けるつもりだった。
けれど、顔を上げた時、何故かそこには大空となる沢田綱吉と黄色い赤ん坊――いや、その頃は少年と称した方がいいか――リボーンが、此方を見ていた。
目が合った彼は慌てて言い訳をつらつらという。たまたま墓参りに来ただけとか、邪魔するつもりはなかったとか。しかし、そのごにょごにょ言うのが鬱陶しかったのかリボーンは足蹴にする。ちゃおっすといつもの軽快な挨拶。いつも通り「やあ、赤ん坊」と返すと、彼は「ツナが知りてーことがあるらしいゾ」と言ってきた。
彼の知りたいことは、僕が何故こうなったのかという、随分アバウトな質問だった。赤ん坊が補足するように「守護者の生い立ちを調べてるんだゾ」などという。
その後どうだったっけ。
多分、僕は怒った。勝手にズケズケ入って来られるのも、守護者として縛り付けようとしてくるのも。沢田が赤ん坊に言われるがまま来たのだと乗り気じゃないあたりも物凄くムカついた。家族を汚されたような気になって、殴って帰った。
けど、なんやかんやで、草壁が喋って、沢田にいい感じに説得させられた。そして、あの墓苑で語らさせられた。北風ではなく、太陽のような方法で。ムカつくけど、意地を張れないような言い回しで。
多分あの時だろう。沢田は「ボンゴレへの通行手形」と称していた雲のリングを、捨てることが出来ないと気付いたのは。
二十代になって、試しに雲のリングを草壁に持って行かせたが、上手く言いくるめられて返される。そして、僕の「群れている」という感覚を和らげ「自由に関わればいい」という感覚に変えた沢田を少なからず認めざるを得なかった。いや、〈認めている〉ということを〈認めた〉という方が正しいか。その前から、このリングを自分が返すことができないということも、何処か強い彼を認めているということも、気付いていた。きっと、あの墓苑で自分の生い立ちを語らされた時からだろう。客観的にそうさせられた、とわかるのだが、何処か不快感はなかった。
「だから、雲雀さんは〈風紀〉を乱すものが許せないんですね。」
微笑んだ、あの表情は信頼できると思えたから。
「恭弥? 」
「え。」
ボーっとしていたことに気付いたのか、さっきまで何やら住職と談笑していたひざしが此方を見ている。ちなみに、消太は宿題をやっている。ひざしが引っ張って来たらしく時間を無駄にするくらいなら、ここで宿題をすると決めたのだろう。僕がなんでもなさそうなので、二人とも馴染んでいる。高校生の気分とはこういうものかとなんとなく思う。…いや、彼らはなんでもないと僕に示しているのか。
「住職がプリン、プレーンとチョコと抹茶どれがいいか、って。」
住職は数年前孫を亡くしたらしい。そのせいか、子供には優しい。そして、明るい。
「…抹茶。」
選択すると、住職はニコニコしながら抹茶のプリンとスプーンを渡してくる。そのあと、ひざしは「俺チョコ」と選び、「消太プレーンでいいのか」という呼びかけに消太は「あ、それで」とどうでも良さそうに答えた。
あの時のように、家族を汚された気になってムカつくことも、何か精神的に入って来られることもない。ただ、普通の日である。
「恭弥くんは抹茶好きだねえ。」
住職のニコニコした言葉をスルーする。パクリと食べると、甘さと苦さが混じったいい香りが鼻を抜ける。
「日柳堂の奥さんが、『恭弥くんに食べさせてあげて』って言っていたんだよ。」
「ん? 」
ひざしが聞き返すと住職は満足そうに言う。
「知らないか。日柳堂ってのは、この近くにあるお菓子屋さんでね。なんでも、恭弥くんが助けてくれたからお礼って。」
「え? 」
誇らしげな住職とは反対にひざしはギョッとして俺を見る。同じく宿題をしていた筈の消太も目を丸くしている。
「恭弥。まさか、助けたって、ヴィランから? 」
顔には、「例えヴィランでも殴ったらダメだろ」と書いてある。答えるの面倒だなと思いながら緑茶を飲むと、ひざしは「え、聞いて? 今回は真面目に聞いて? 」と焦ったように言う。すると、住職はクスクスと笑った。
「違うよ。オレオレ詐欺から救ってあげたんだよね。」
「えええ!? 」
「煩い。」
声を上げたひざしを殴った。消太はポロリとシャーペンを落とし、尋ねてくる。
「…どういう経緯? 」
それだけ聞いたら確かに疑問か。電話口にいるか、銀行で会うか。相談されるか。とにかくそういうパターンくらいしか思いつかないだろう。経緯を話すのが面倒なのでプリンの続きを食べていると住職が得意げに語る。
「奥さんが銀行に行って急いで振り込みしようとしたとき、同じタイミングで恭弥くんが犯人をボコボコにしていてね。」
「やっぱりそういう助け方じゃねえか!! 」
ふと頭の中に中三の頃の面倒臭いゴタゴタを思い出す。誤解を与えるのはよくない。そう思って、補足を入れる。
「…語弊がある。電話口に喋ってる内容がムカついたから足引っかけて、電話奪って彼女に『振り込まなくていい』って言っただけ。」
「ん~~~。」
ひざしが微妙そうな顔をしている。住職は楽しそうだが、消太も審議が必要ではないかと微妙そうな顔である。
プリンをパクリと口に入れる。
「ヘラヘラと群れながら、妊婦轢いたから金を振り込めって言ってるのがムカついたから。」
「恭弥くんは真面目だねえ。」
「いや、真面目な奴は普通先に警察に連絡しない? 」
「足引っかけて、電話奪わないだろ。」
ひざしと消太のツッコミを聞きながら、底を丁寧にスプーンで擦って最後まで食べる。
「住職。美味しかった。」
「それはよかった。」
もうどうでもいいか、と顔を見合わせた二人に、僕はポツリと言う。
「風紀が乱れるのはよくない。」
その後、暫く僕は「風紀委員長」と呼ばれるようになる。
[newpage]
[chapter:雲雀恭弥と桜の話]
※雲雀さんと桜の思い出
桜はあんまり好きではない。前世の中学生の頃、サクラクラ病という病気に感染させられてから、桜の下では思い通りに動けなかったから。治った後であっても、結局その苦手さは変わらなかったような気がする。
「恭弥。今日はお花見に出かけましょう。」
まだ小学生だった頃。機嫌がいい母はそう言っていた。学校を休みがちな僕を特に咎めはしない母であるが、いつもは暗く青白い顔をしている。けれど、イベントごとは好きなのか、季節の行事があるたびにこういう提案をしてくる。綺麗に詰めた弁当箱に蓋をして、風呂敷で包む。その風呂敷まで桜の柄であるから、相当楽しみにしているのだろう。まだパジャマを着ていた僕の頭を撫でてニッコリと笑う。
「早く着替えなさい。」
「…僕行くって決めてないけど。」
「あ。この前買ったお洋服にする? 」
ジッと見てくる母は、普段は弱いというのに、こういう時は有無を言わせない。そう思ったらなんとなく僕が折れてやるべきなのかと思って、ふうと息を吐く。
「なんでもいいよ。」
母がまた凝りだしそうだったので、早めに準備をすべきだ。
家を出るのにあれから一時間もかかった。顔を洗って適当に洋服を着たら母に「こっちのほうが良くない? 」と勧められ、時間が過ぎて行った。「早くしないと場所なくならない? 」と尋ねると、母はあっと口に手を当てて「そうねえ」と気の抜けたように返事をする。けれど、それからも三十分はかかったのだから、本当に意味が分からない。
桜並木を歩く。母は桜を見上げてふらふらとしているので、服の袖を掴んで真っ直ぐ歩かせる。母は酷く満足そうで、歩くだけで「ふふふ」と微笑んでいる。「笑ってないで、場所探して」と声をかけると、彼女はまた「ふふふ」と笑う。何が可笑しいのかはわからなかったけれど、いつもみたいに特にイライラはしなかった。
母は元々場所を用意していたらしい。連れて来られたところは、人が全然いない古びた神社の境内。人々から忘れられたような場所に、一本山桜が咲いていた。
サラリと髪の毛が揺れて、風が吹き抜ける。花びらもヒラヒラと飛んでいく。
「いい場所でしょう」と得意げに言う母に僕は頷く。ここはいい。群れる草食動物たちを見なくてもいい、僕と母の二人だけの空間だった。
その時の僕は、喧騒から遠く離れたあの空間を、降り注ぐ桜が作り出したものなのだと思って、惑わされていたように思う。珍しく桃色に輝く母の頬。いつもは小食な母が、弁当をパクパクと食べてしまい、僕がリュックサックに入れて来たお菓子まで一緒に食べた。母の鞄に入れて来たリンゴジュースは、最上の一杯を喉に押し込んだように晴れやかだった。暖かな日差しが降り注ぐ。陽気が母と僕を包んで、いろんなことを忘れて笑った。
幼い日の和やかな一日。二回目だからと粗末にしていいとは思えない、母子の思い出。蛍光灯に照らされた青白い毎日が、少しだけ春の色に包まれた。
着慣れた制服に袖を通す。家に長居したくないから、家を出るのは早かった。四月とは、日本人にとっては一年の始まり。歩きなれた通学路には、まだ人はほとんどおらず、ただ桜が僕のためだけに咲いているようである。幻想に彩られた桜に、何故これほどまで魅了されるのだろうか。この通りの桜は、今年が僕にとっては最後の桜だろう。
「花見しよう。」
トンファーで殴り飛ばしたから頭がおかしくなったのかもしれない。もう一度殴ったら元に戻るだろうか。そう思って、振り上げるとひざしは「タンマタンマ! 」と声を上げる。けど結局振り上げたトンファーは振り下ろすものである。
「はあ? もう桜散りかけてんだけど。」
「てか、葉桜かよ。」
同じように言ったのは消太である。ひざしはさっき殴ったところを抑えながら高らかに告げた。
「いいだろ。確かに言うタイミング遅かったけど、俺ら今年で最後だぞ。」
消太はパチリと瞬きをした。それから、消太は急に僕と反対の勢力へ移った。消太は合理主義であるが、あの頃は高校生だったからたまに面白いこと興味のあることの方向に流れていくのである。
校庭の隅。何処から持って来たのかレジャーシートを広げたところにひざしと消太が座る。いつもはぞろぞろと他のヒーロー科の草食動物たちもいるのだが、今日は特に彼らを呼ぶこともないらしい。シートの上に座れと強要されたけれど、断って向かいの岩に腰掛ける。それから、適当に自販機で買ったジュースを開けて三人で乾杯した。
片膝を抱えてごくりと飲む。別に季節とか関係ないのに、桜の下はリンゴジュースのような気がした。緑が混ざった桜がヒラヒラと落ちていく。今年の桜は、ただただ幸せな幼い日の春の色でも、腹が立つほど思い通りに行かないイラつく色でもなんでもない。ただの、なんでもない桜色だった。
「じゃーん。お菓子持ってきました。」
「お前本当に花より団子だな。ほら、恭弥を見てみろ。ジュースを飲みながらボーっとしているだけなのに、なんて絵になる姿! 」
「うっわ。マジか。イケメンマジか。」
ひざしと消太がウザい。お菓子をぼりぼりと食べながら、じーっと此方を見て来て鬱陶しい。井戸端会議をするマダムの真似を二人は始める。
「ちょっと、聞きました消太さん。あの子この前まーた告白されたそうですよ。」
「聞いたわよ山田さん! しかも、普通科の滅茶苦茶な美人。なのに、あの戦闘狂坊ちゃん。断ったそうですわ。」
「あらー。なんてもったいない! 」
ふざけて言い合った後に彼らはジッと此方を見る。無視しながら桜を眺める。リンゴジュース美味しい。
「体育祭を知らない一年生に『かっこいい先輩』って噂されてましたよ。」
「あら。本性を知らないからそんなこと言えるんですよ。」
また、此方をジッと見てくる。無視である。葉桜も緑と相まって、綺麗な色をしている。
「おい、こっち向けよ!! なんで泉田ちゃん断ったんだよ! 」
「つーか、なんでお前そんなにモテるんだよ! 」
鬱陶しいが放っておくのも鬱陶しいので僕は彼らの方を向いて思いっきりため息をついた。
「はーーーーーーー。」
「ため息なっがっ。ロングブレスかよ。」
ひざしのツッコミを無視する。
「君たち本当に恋愛とか興味あるの? 」
どうせないんだろう。ヒーローを目指していて、特に女子と付き合いたいとかそういう願望もないんだろう。なんとなく女子に興味があるけれど、具体的に誰が好きとかどういう付き合い方をしたいとかそういうことは一切ない。高校生の頃色気づいた雨と大空の会話を思い出す。そういう意味を込めてみると二人はうっと固まる。
「ないでしょ。」
ハッとバカにするように鼻で笑うと、ひざしは苛立ちを思いっきり顔にする。
「ふ、ふざけんな! 別に彼女出来たとしても両立してやんよ! ヒーローはピンチの後にヒロインを抱きしめてキッスするもんだ! 」
すると、隣に立っていた消太がふと思案顔になる。
「……待てよ。結婚とか不合理だし、別に彼女いらなくね? 」
「帰ってこい消太!! なんでお前ってば冷静に考えちゃうんだよ!! お前一緒に男の敵、イケメン恭弥くんを倒すって決めたんだろ!? 」
「でも、恭弥がイケメンなのは事実だし。虚しくなんねえか? 」
「帰ってこいイレイザー!!! 」
なんで、敵に惑わされそうな仲間と説得するヒーローみたいな感じになってるんだ。
僕は桜を見上げる。葉桜がさわさわと揺れて、花弁を降らせた。残った青い葉は風を受けてさわさわと流れる。前回とも違う。自由でない生活だと思っていたけれど、こういうのは悪くないと思った。
「ばかばかしい。」
僕の言葉に二人はハッとして抗議した。
今年の桜は早いものだ。三月下旬にはもう咲いているのだから。ニュースに出ている見知らぬ女性は、「入学式までもってほしいですね」と言っていた。桜にそんな意思はないだろうに。
「おはようございます! 」
元気に挨拶してきた出久の声で、桜から視線を彼に移す。出久は先ほどまで僕が見ていた方向を見て、「あ」と声を漏らした。
「桜綺麗ですね。」
「今が五分咲きらしいよ。」
「あれ。もう満開だって聞きましたけど。」
「…そう。でも、佐伯はそう言い張ってるけど。」
うちの社長室に勤めている佐伯花子は、花の花弁っぽいものを降らせることのできる個性である。花ならどんな花でも可能らしく、その個性のせいか花に詳しい。車で送ってくれた佐伯はチラリとこの桜を見て「おっ五分咲きですね」と明るく言ってきた。
出久はへえ、と呟いて桜を眺める。目を細めた。彼の瞳はピンク色に染まっている。
「なんか思い出します。」
僕が黙っていると、彼は言葉を続ける。
「かっちゃんって幼馴染について、小さい頃、近所の桜の名所へ見に行こうって話してたんです。けど、集合場所に僕だけ遅れちゃって。かっちゃんたちに置いて行かれたんです。そして、泣きながら追いかけたんですけど迷子になっちゃって。…たまたま、見つけた桜がこんな感じだったなって。」
彼の表情は柔らかい。彼はきっと目に涙を浮かべながら、桜を見上げた。今みたいに瞳を桜色にして、暫し幻想の世界へ浸る。そのあとどうしたか分からない。けれど、一瞬の憧憬に身を委ねた。
僕はゆっくりと立ち上がる。
「さあ、やろう。」
出久は桜から視線を僕へ変える。桜色だった瞳は、真っ黒な僕へと変化する。そして、意思の籠った眼差しで頷いた。
「はい! 」
「あれ。雲雀くん。なんだか、いい顔しているね。いいことあった? 」
花見と称して呼び出してきたネズミは微笑んだ。出されたお茶を飲みながら、僕はふうと息を吐く。
「さあね。」
少し、思い出しただけで、何もない。
[newpage]
[chapter:雲雀恭弥と黄色い鳥と林檎の少年]
※鳥系の名前だったらセーフな雲雀さんと思いの外素直に師匠大好きな林檎少年
初めは並盛を危険に合わせたのが物凄く腹が立った。彼の術も笑い方も、変な髪型も、何もかもがムカついて、咬み殺したくなった。それでも、勝てなかった。腹が立ってまた咬み殺したくなった。だから、彼のような幻術使いには詳しくなったし、パイナップルも嫌いになった。
あの日あの時あの瞬間に居合わせたのは完全にたまたまだった。あの南国果実を中心としたグループが目を付けていた黒マフィアが風紀財団にも不利益を出していると聞いて、小動物に協力を頼まれる。それは別に構わない。ちゃんと報酬は貰ったし、流石に大人になっていたから、あの果実を咬み殺すのは後にしておいてあげた。けれど、あの南国果実はあろうことか、その日死んだ。
多分、小動物の守護者としてあのリングを貰った連中の中で一番早くに死んだと思う。駆け寄った小動物に珍しく手を握ってもらい、震えながら言葉を紡ぐ。いつもの太々しい態度ばかりが頭に残っていたから、驚いた。
「こんなこと君に言うのは癪ですけどね、沢田綱吉。」
いつもとは違ってすらすらとも言わない。必死で発声しているのが耳に入る。小動物は彼の名を呼び、手を握った。君は身体を乗っ取られそうだったじゃないか。そんなこと忘れて、まるで十年来の友人の死場に居合わせたみたいに泣きそうな彼。手を握られて微笑むのは、弱々しくてもう直死ぬであろう彼。それを遠くから見ながら不思議だと思っている僕。可笑しな構図だった。
「彼らを、頼みます。」
〈彼ら〉とは、すぐにわかった。彼が幼い時から連れて来た奴ら。彼と同じ髪型をした分身のような女。いつの間にか連れ添うようになった女。太々しい冗談ばかりをいう弟子。彼の中で、それはそれは大事にしていたであろう、家族。そういう感情に疎い僕でも、それくらいはすぐにわかった。
「ああ。」
小動物は泣かない。歳を重ねたからだろう。しかし、握りしめた手も声も、硬く意思の籠ったようなものに感じた。
「お前の大事なもんは絶対に守る。」
彼の葬式の後、小動物に酒を誘われた。普段は特に飲まないのだけど、その日は彼の勧めるままに飲んだ。小動物は酒に酔ったふりをした。酔ったふりをして泣きながら僕に言う。
「雲雀さんも聞いたんだ。一緒に骸の願い、叶えてくれないですかね。」
誰が、とも、なんで、とも反論できなかった。ただ、僕も酔ったふりをして、何も言わずに外へ出る。そのまま小動物がいつ帰ったかなんて知らない。けれど、自室で一人夜空を見上げながら考えた。
「彼らは? 」
答えた草壁は僕よりも多分僕を知っていた。
「今集まって、何やら敵討ちをしようと画策しているそうです。」
「そう。」
緩めたネクタイを締め直す。
「あのサル山集団に連絡は? 」
酔ったふりはしたけれど、酒なんかじゃ酔えない。
「彼の弟子も抜け出したとかで、今動いています。」
折角だから、彼の葬式があった今日の日に存分に酔ってやろうと思った。酒ではなく〈血に〉ではあるが。
*
あれは、オールマイトが彼を弟子にする一年くらい前の話。
強力な個性を持った子供が人身売買をされるということは、この時代この世界の裏社会では当然の如く存在した。別に前がなかったわけじゃないけれど、こちらの方が顕著に表れていた。売り飛ばす子供も子供で、素直に従っている子らばかりじゃない。その彼らの個性を封じて、拘束する道具は、うちの会社が作ったヴィラン捕獲用の拘束具で、売った業者も、売った先の組織もすぐに見つけた。正確には、うちの商品そのままというわけではなく、商品を基にして似たようなものを作っただけではあったのだが。
風紀を乱す連中を警察とヒーローと共に捕まえて、子供たちを解放した。流石に会場に集まっていた変態金持ちたち全員は捕まえることができなかったし、それ以前のオークションで売られた子の行方はまだわからない。けれど、その時その場にいた子供らは無事に保護できたらしく、彼らは保護者が見つかるまでは施設へ送られることとなる。
別に現場に居合わせたわけではない。この事件の担当は別の者に任せていたし、チラリと概要を聞いたくらいで詳しくない。けれど、たまたま別の要件で警察に用事があり、自ら訪れた時にその被害者の少年の一人が走って来た。前を見ていなかったから、少年は僕の足にぶつかる。
林檎の被り物をした、緑の髪をした少年。記憶に違わぬ、六道骸の弟子――フラン。僕は目を見開く。
「やあ。君はどうして逃げているんだい? 」
彼は、骸が死んだあとと少し似ていた。普段の彼は、二十代半ばになっても少年臭さが抜けきらず、どこか子供扱いされていた。けれど、あの時の彼は無表情でなんの感情も載せていない、少年臭さも感じられない、作り物のような顔であった。彼の最後である二十代の頃とサイズは違ったけれど、その時の無感情な表情で此方を見つめる。
後ろから追いかけてくる女性警察官にハッとして、逃げようとするので、彼を抱き上げた。小さい。赤ん坊だった黄色いおしゃぶりの彼よりかは大きくて、初めて見た時のマフラーの少年よりかは小さい。
「離して! 」
表情は何もなかったのに、声は今にも泣きそうだった。あの時とそのものだ。彼の面倒を見ていたであろう女性警察官の後ろから、作戦の指揮をした塚内警部も追いかけてくる。僕と目が合うと少しだけ距離を置いた。
ジタバタともがく少年の背中を撫でる。子供特有の温かい体温とじんわりと感じる発汗。トントンと背中を叩くと、次第に少年は僕の肩に顔を埋めて大人しくなる。それから、何も言わずに僕のコートを掴む。
抵抗するのをやめた彼をジッと見て、それから歩き出す。無言で案内する塚内警部に連れられて、小さな会議室へ入れられる。
彼が見えない位置で、塚内警部がチラリとこの前検挙した人身売買の子供だと資料を見せて伝えてくる。なるほど。彼はあの事件に巻き込まれたのか、と思いながら少年をパイプ椅子に座らせ、自分も向かいに座る。
少年はグスリと鼻水を啜る。
「誰ですか。」
記憶の中のふざけた喋り方ではない。子供らしく感情に乗った物言いだった。こんな喋りも出来たのか。僕はこの少年の師匠でも同僚でもないから詳しくは知らない。
「僕は雲雀恭弥。」
「ヒダリさん? 」
「雲雀。」
言い直すと彼はぐすんと鼻水をすする。それから、ゆっくりと僕の顔を見る。それから、首をコテンと傾げる。
「なんで、ツバメさんはここにいるんですか。」
「仕事があるから。」
「じゃあ、あなたは死神さんたちのお仲間ですか? 」
「僕は死神じゃない。会社の経営者。」
「ケイエイシャ? なんかそんなに強くなさそうです。」
「そう。」
彼はもう涙が引いたのかジッと此方を見てくる。いつの間にか気を利かせて近くに置いてくれていたティッシュの箱を差し出すと、彼は豪快に鼻水をかむ。
「あ。鼻血出た。」
そういうのでティッシュを渡すと、彼は鼻に無理やり押し込んでまたこっちを見た。鼻血の処理よりも此方の方が気になるらしい。
「…どうして、さっき逃げてたの? 」
静かに尋ねる。鼻を噛んだり血を拭いた後のティッシュを受け取り机の上に置く。彼は僕のコートの端を掴んだまま答えた。
「逃げてたんじゃないです。ミーのトリを探していたんです。」
「トリ? 」
聞き返すと、彼は空中を指さす。途端、フワフワと黄色くて丸い小鳥が空中に浮かぶ。ぬいぐるみらしく、後ろにはタグまでついているらしい。幻術だろうか。この年でこんなに自然に発動できる個性なのだとしたら、強力な個性だと判断され、売られていたと見るのが妥当だろう。
「こういうのです。名前はツバード。」
「ふうん。」
チラリと塚内警部の方を見ると彼は少し驚いたが、優しく笑う。
「フランくん。君のツバードは今怪我しているから、少し治療しているんだ。」
多分何かの証拠になったのだろう。怪我ということは、血痕でも飛んだか。布が破れたか。すると、少年は首を振る。
「ツバードは、ぬいぐるみだから怪我はしません。」
「そ、そっか。」
「目の奥に一つも光がない死神の癖に、嘘つくんじゃないですよ。」
「は、ははは。」
塚内警部はため息をつく。子供に下手な言い訳は無用ということか。僕が呆れたように眉を下げると彼は居心地悪そうに下を向いた。少年は僕のコートを引っ張る。
「スズメさん。」
「どうしたんだい。」
「ミーはどうして、こんな死神のいっぱいいるところにいなくちゃならないんですか。」
死神、とは警察のことを言っているのか。
「君の行くところが決まるまで、一緒にいてくれるんだ。」
言い方が不味かったのか、少年はハッとして、それから諦めたようにキュッとコートを握り直す。それから初めの無表情に戻る。
「…地獄ですか、天国ですか。」
僕は静かに言い直す。
「彼らは死神じゃない。」
「嘘だ! 隣の部屋のおじさんたちみんな薄暗い部屋でボロボロだったし、この人も目の中にハイライトないし、演劇の本番に来たお客さんをみんな捕まえちゃったんですよ。」
演劇。オークション会場の舞台を演劇だと勘違いしていたのか。
丸い目。話す限り、彼は僕のように記憶はない。あの南国果実に出会い、三本の指に入ると言われるほどの術師であった彼ではない。ただの、子供。怯える子供。
いいや。彼はずっと子供だった。中学生の時未来へ行ってみたあの時も、緑の赤ん坊や彼のいう師匠といた時も、サル山集団の中でナイフの男とじゃれ合っていた時も。彼は、大人には成りきれていない子供だった。けれど、子供というには理性を持ち過ぎていた。
彼の頭を撫でる。彼はまた幻覚をだして説明する。
「コトリさん。ツバードは何処でしょう。本当は知っているんでしょ。」
手の中に入るとこれくらいの大きさで、妖精さんが遊びに来たら一緒に飛び回るんです。他のトリに比べて寸胴なのに、なんでか飛べるんです。黄色くてフワフワしてて。あなたの頭になんかぴったりのトリなんです。
「ツバードはぬいぐるみだから、天国にも地獄にも行けないんです。」
何処か現実的だけれど、それでも創造性が豊かな。術師らしい子供。彼がこの子供を連れ出して弟子などと呼んだ理由もわかる。
「ミーが見つけないと。」
林檎の被り物がげっそりと痩せた。
「いつ返せるの。」
チラリと塚内警部を見ると、彼は少し眉を下げながら答える。
「明日には科捜研から帰ってくるはずだけど。」
「カソウケン? 少林寺拳法を覚えて帰って来るんですか? 」
彼の幻覚のツバードが、黄色い鳥に中華服風の赤い布が羽織わされる。デザインが赤い赤ん坊のそれに少し似ている。記憶はなくとも薄っすらわかっているのか。彼は、そんなツバードを彼は手の甲で払いのける。
「そんなカスタマイズいらないんで、早く返してください。」
塚内警部はまた苦い顔をする。
少年を暫く撫でていると、いろいろ疲れたのか眠りにつく。持って来た毛布を掛けて、僕は当初の目的へ向かう。帰ろうとしたところで、「悪いけどフランくんの傍でいてあげてくれないか。起きた時安心できるように」と言ってくる塚内警部に「知らないよ」とだけ言って署を後にした。
後で聞いたら、彼の言うツバードが帰ってくるまで拗ねて文句を言い続け、見つかると気絶をするように眠ったという。医者が言うには、気を張り過ぎていて、安心できるものを見つけやっと気を許せた、と。子供の精神安定剤を取り上げた警察も警察だが、仕方がないと言えば仕方がない。
その後彼は、血縁が見つからなかった関係から、施設へと送られることになる。なので、風紀でやっている児童養護施設を紹介した。
少年は穴を掘っていた。
「やあ。」
そう声をかけると彼は此方を見て、それから「あ」と言葉を漏らす。
「ひまわりさん。」
「雲雀だよ。」
名前を訂正したところで、彼が何をしようとしていたのかがわかる。公園の隅。スコップとハンカチの上に乗せられた黄色い鳥。ツバードとも昔僕の頭を気に入っていた喋る黄色い小鳥とも違って、インコのような種類のもの。彼の林檎の被り物は今日はパンダの顔をして、タンクトップに半ズボンで土なんて気にせずに座り込んでいた。あの時あれだけ大事にしていたツバードというぬいぐるみは持っていない。少年の隣にしゃがむと彼は言う。
「今日、死んでたんです。」
他人ごとのようないつもの棒読みに似た調子。表情もただのものを見下ろすようなそんな顔。前会った時とは、違う無表情だった。
「別に猫の貢ぎ物とかじゃないんです。けど、落ちてたんです。」
「ふうん。」
「庭に。」
小さな穴に鳥をハンカチごと入れた。そして土を被せる。ゆっくりと、鳥の上に被さっていく土をジッと見つめる。
「ミーが死んでたら、カラスさんはどうしますか。」
土が地面を覆う。周りの土を盛り、小さな山を作った。彼はポンポンと乱雑に山を叩く。先ほど埋めた鳥なんかどうでもいいという風に。
「死因を探す。事件性があるなら警察に協力する。知らぬ間に死んでるなんて風紀が乱れる真似したくないからね。事故や病死でも詳しい死因を探すのは変わらない。…それから、君の葬式を上げる。」
被り物が青リンゴに代わる。
「死因はわかってるんです。」
「へえ。」
相槌を打つと彼は山にスコップを突き立てる。
「ミーがミーを殺したんです。」
「…自殺かい? 」
首を振る。それから、此方を向きもせず、突き立てたスコップを抜いて、土を均した。
「いいや。他殺です。前者のミーと後者のミーは別物です。」
彼はふんわりと空中に幻覚を映す。
「殺されたのは〈ミー〉です。彼は、小さな餓鬼で無個性だったんです。四歳になっても個性は出なくて、いじめっ子がウザかったんで、いっぱい悪戯してたんです。六歳の誕生日の前の日に、悪ガキの〈ミー〉は、殺されたんです。」
林檎の被り物をした彼は、後ろから飛んできた包丁でぱったりと倒れる。良くできた幻覚は包丁を投げた彼を作り出した。子供の姿なのは違いないが、カエルの被り物をしていた。
「殺した〈ミー〉は、みんなの都合のいい奴だった。」
幻覚は、カエルの彼にスポットを当てる。
「おもちゃで。」
カエルの被り物にナイフが刺さる。
「人形で。」
次に三又の槍で刺される。
「代わりで。」
いつの間にかつけていた『第一隊長』という腕章がぱっかりと割れる。
「傀儡で。」
紐を引っ張られて、カエルはマリオネットとなり踊らされる。
「その、なんでもない〈ミー〉が、〈ミー〉の個性と一緒に〈ミー〉を乗っ取ったんです。」
彼は酷く他人事で、どうでもよさそうな口ぶりで言った。
「六歳まで生きられなかった可哀想な〈フラン〉。」
そう呟いて、スコップを墓に突き立てた。墓標に見立てたそれを、彼は抜き取らない。
「誰も〈ミー〉が死んだのを知らない。」
ジッと此方を見てくる瞳は、まるでガラス玉のようにただ僕を映しているだけ。
「どうしようもない〈ミー〉だけが生き残った。」
「ヒバリさんは、ミーが死んでたらどうしますか。」
彼は子供だけど子供じゃない。他人事のようだけど、感情的。
あの時と同じで、迷子だった。居場所は分かっているはずなのに、それ以上の愛を求めてさまよう、子供。誰のものでもない自分を嘲笑い、それでいて、探してもらいたいと嘆く。今手に持っていないツバードは彼だった。死んだ黄色い鳥でも代用できた。埋められた鳥は彼である。土の中で死しても尚スコップで身体を刺される。刺しているのは彼自身でだった。
僕はあの夜の酔ったふりのように、言葉を紡いだ。
「死因を探す。」
キョトンとした彼の頭を撫でる。子供らしい体温。
「知らぬ間に死んでいるなんて風紀が乱れることしたくないからね。」
彼は目を閉じる。なので、頬を撫でてやる。
「そして、君の葬式を上げる。」
表情は代わっていないのに彼の頬を涙が伝う。それから、ハッと気づいたように目を手首で拭う。しかし、涙はポロポロと落ちていく。目が傷つくので手を抑えた。
「あれ? 」
それから、しゃくりあげるように口角が下がる。眉間にしわを寄せて、大声で泣いた。
「誰もっ…誰も、いないんです!! 」
大粒の涙をポロポロ流す。
「なんで? …ししょーはっ…りんねをぐるぐるしてる、はずなのに。」
彼は僕のコートを両手で握りしめた。
「なんで…ヒアリさんなんですかっ! ししょーがよかったっ! 死んだらっ…死んだら会えるって思ったのにっ!! 」
それはそれは感情的に泣き喚いた彼にタオルを差し出して、答えた。
「雲雀だよ。」
「わざと、ですー。」
しゃくりあげた彼の背中を優しく叩く。
[newpage]
[chapter:番外編の解説? ]
雲雀恭弥の結局譲れないもの
→初めは墓参りにプレマと相澤少年がついてくる話ってだけだったけど、なんやかんやで楽しくてツナとの話とか書きました。回想のところは、「雲雀さんどっかでツナにマウント取られてそうだな」と思ったので書きました。でも、多分ツナのいいところはマウント取られた感覚がないところだと思います。
プレマはいっぱい喋って言葉でのコミュニケーションをやってて、相澤先生は演習場での戦いが主な雲雀さんとのコミュニケーションだと思います。扱いは、後輩とか子供を見るような気分と同級生であるっていうのの半々って感じです。
ちなみに、二人は「やっべ」って思っているでしょう。でも、どっかおせっかいなくらいにズケズケ入り込んだので、そこそこ仲良くなれたのではないでしょうか。
雲雀恭弥と桜の話
→サクラクラ病っておいしい病だな、と思ったので書きました。桜をそこそこ好きになる話です。母親と雲雀さんの話が個人的に一番楽しく書けました。プレマと相澤少年と一緒にいるわちゃわちゃが好きです。ちなみに、雲雀さん高校時代は普通に制服着ています。気合で学ランを肩に乗せてはいません。
雲雀恭弥と黄色い鳥と林檎の少年
→虹代理戦争の時の黒曜フランが、記憶よりも子供で、記憶よりも骸色に染まっていて、記憶よりも可愛かったので衝動で書いて、冷静に直しました。反省も後悔もしていません。ですが、多分本編にフランを出す予定はありません。
時間軸は、出久くん中二の頃です。まだオールマイトにも会っていない。フランは当時八歳です。出久くん高一で、フラン十歳です。
幻想フラン(げんそう ふらん)
名字の発音は、心操くんと同じ。
六歳の誕生日の前日に記憶を取り戻し、同時に個性・幻覚を得る。個性なので、相澤先生が個性使ったら消えます。ちなみに、個性が出るのが遅くて、四歳五歳あたりは「無個性」っていじめっ子に弄られていました。やり返していましたが。病院の先生には「少し遅いですが、個性持っていると思いますよ」って言われています。
事件で人質にとられるまでは、記憶をもとに前みたいに個性使おうして、熱を出して、個性使おうとして、熱を出してを繰り返しながらそこそこ両親に可愛がられて修行していました。そうやって、前の記憶みたいに幻術トレーニングしながら「師匠とかクローム姉さんとかみんないないかなー」って探していたら、幻覚個性の普通の人よりもチートになっててオークションへ。その際、両親は殺されます。それからは、書いていた話の通り。
ちなみにですが、前世の記憶を取り戻したときたまたま持っていたヒバード似のぬいぐるみに「ツバード」と名付け、自分の記憶を預けていきました。一度記憶を失った経験があるから念のため。予想通り両親が目の前で殺された時、気絶するのと同時に記憶を失います。助けられ、警察署で雲雀さんと会った後、ツバードを返してもらった時に記憶が戻ります。記憶を預けるとかできるの? と思いますが、術師はそういうことできるってことに…。
前世では、骸が早死にして、黒曜で仇を打ちに行って、そこはなんとか乗り切りますが、殺されます。黒曜のメンバーの誰かを逃がすために既に炎を使い切っていたのにも関わらず敵と対峙したとか、骸が死んだショックでいつもより力を出せなかったとか、敵が相当な手練れだったとかいろいろ説はあるが、真相は本人しか知らず。後に、捜索していた風紀財団の人が見つけ出しました。死んでから半年以上経って。
ちなみにクロームは、骸とフランを弔いながらもそこそこ長生きします。ボンゴレ技術班のお蔭でもあるけど、幻覚に頼らずとも人工の内臓が開発されたりとか延命技術が上がったとかも関係しますが、女の子って強いしね。こういう時。
てか、フランの話の解説長いですが、フランさんを本編に出したらブレそうなので出す気はないです。そして、のちの本編でシレッとフランさんに出会っていないことになっていそうですが、まあいいや。←
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ヒロアカとリボーンのクロスオーバー、「雲雀恭弥は無個性である」の番外編です。本編を書く合間に出来たものをアップしたいと思います。例にも漏れず一ページ目にも注意書きはありますが、下にも注意が書いてあります。<br />注意<br />・これは「雲雀恭弥は無個性である」シリーズの番外編です。本編に関係ないので、読まなくても話は通じます<br />・他のシリーズ同様、ヒロアカとリボーンのクロスオーバーで主人公は雲雀さんです<br />・1話「雲雀恭弥は無個性である」と2話「雲雀恭弥は平和の象徴の弟子を気にかける」を読んでれば、話は通じると思います<br />・回想でリボーンキャラの死に際とかあります<br />・オリキャラも出ます<br />・いつも以上に趣味に偏っています<br />・それでもよければ<br />***<br />コメント、ブクマ、いいね、フォローありがとうございます!! あと、そういうのなくても読んでくださった皆様ありがとうございます!! この話は、自分のパソコンの中で書いて一人ニヤニヤしていたものなので、誰かに喜んでもらえて恐悦至極でございます!!! 本編続きはもう少しかかりそうですが、書きながら思いついた番外編をお楽しみください! <br />***
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雲雀恭弥とめぐるサイドストーリー
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10168205#1
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● 注意 ●
髭切成り代わり小説です。
前回の続きですので、該当話を読んでいないと分かりません。
創作審神者、役人、政府所属刀剣男士などが登場し、捏造設定、自己解釈がございます。
基本的に三人称主人公視点
2P…戦場偵察 [jump:2]
3P…審神者会議案内 [jump:3]
4P…審神者会議襲撃事件 [jump:4]
5P…休暇 [jump:5]
6P…アタリ [jump:6]
7P…主 [jump:7]
8P…後書 [jump:8]
誤字脱字がありましたら教えてくださると助かります。
刀剣同士の呼び方等はアニメや舞台等とは違う場合があります。
[newpage]
【戦場偵察】
「初めての子もいるから、最初から説明するよ。政府側からも、協力本丸側からも、精鋭を選んでるはずだから、ふざけるような鈍はいないと思うけど、真剣に聞いていてね」
「新たに遡行軍の歴史介入が確認された戦場の調査が目的です。一般の本丸にも討伐をお願いする前に、できるだけ情報を集めます!」
「実力不足なのに出掛けて行って、やれドロップしないだ敵が強いだ転移できる場所がないだ文句を言われたら、たまったものじゃないからね」
「基本的には、それぞれに取り付けてもらうカメラと式神で情報収集をします。ですが、それぞれの体感も詳しく聞きますから、少しでも気付いたことは、心に留め置いておいてくださーい」
政府管内の一室。
壇上に上がった政府の青江と鯰尾が、部屋に詰める刀剣達に向かって説明を始める。
二振りが言っていたように、新たに遡行軍の出現が確認された戦場の調査、その説明のために、皆集まった。
この場には、髭切のように政府に所属している刀剣もいるが、本丸に所属している刀剣もいる。
常日頃から人手不足なのだから、突然降って湧いたお仕事に、全振りが関われるわけがない。
そのため、新たな戦場の調査には、いくつかの本丸の協力を仰いでいる。
以前から政府の仕事を手伝ったことがある。
戦績が全本丸の中でもトップクラスで、本丸の環境や審神者の素行も優良で、勤続年数が長い。
顕現して半年以内の刀剣を除いて、全振りカンストしている。
実装済みの刀剣の九割が揃っている。
他にも幾つか選出条件はあるが、声が掛かる本丸はこの全ての条件を満たしている。
青江の刺々しい、煽りとも取れる言葉にも、一振りとして反応しなかった。
最初から私語もなく、真剣な面持ちで大人しく座っている。
なるほど、政府側から協力をお願いしているだけのことはある。髭切も、説明を真面目に聞いた。
戦場の偵察は一部隊六振りで、政府側が選定した刀剣男士。
同じ本丸の刀剣のみで組む。
初めての戦場なのだから、万全の状態で挑んでもらうためだ。
お守り極と特上刀装は政府から支給される。
大まかな地形等は、事前に式神を通して把握済み。
刀剣達が調査するのは、その他の全てと言ってもいい。
遡行軍の出現場所、編成、強さ、傾向、刀装、ドロップ。撤退時のゲート開門に適した場所。資源が見つかる場所と種類と量。
前に遡行軍が確認された戦場は雨が降り続いており、銃兵が使えなかった。
時間経過と共に、そのような事が起こらないかどうか等も、しっかりと見極める必要がある。
「絶対に調査してもらいたいことは、さっき説明した通りです。とはいっても、何回か出陣してもらうので、一回の出陣で何が何でも確かめる必要はありません」
「勇気ある撤退も必要だよね。一振りでも重傷、またはお守りを使用した場合は一時撤退を徹底してね」
「賽の目もありますし、運や巡り合わせもあります。あと、市街地なのでいつも以上に人や建物にも注意してください」
「無茶な出陣や進軍は、正式に全本丸に通達が行ってから、個々の判断でね。こちらの要請を無視した場合に折れても、何の補償も補填もないからそのつもりで」
「不測の事態が起こった場合は、何でもすぐに連絡をお願いします」
「準備ができた部隊から出陣だよ。ゲート前で、端末、式神、カメラ、お守り、刀装を職員が確認できてから。それじゃあ皆、ご武運を」
*
髭切は政府所属刀剣として部隊に組み込まれた。
数珠丸を部隊長として、膝丸、鶴丸国永、太郎太刀、蜻蛉切、それに髭切を加えた、太刀以上の重量編成。
協力本丸の部隊はバランス良く選出されているが、政府の部隊は似た傾向の刀剣で構成されている。
「今は戦乱の世。末法ですね……。我々の任務は理解していると思います。手筈通りに。それでは、参りましょう」
数珠丸の言葉に頷きを返し、進軍を開始した。
政府所属刀剣も、本丸の刀剣と目的は同じ。
だが、戦略や戦闘中の行動は刀剣に一任されている本丸側の刀剣とは違い、髭切達はある程度の検証を行なうことになっている。
まず一戦目。
盾兵を装備した髭切と数珠丸は意図的に遠戦を避けなかった。
白刃戦でも一撃目はあえて避けずに、敵の攻撃を受けた。とはいっても、機動の上がる刀装を装備していない二振りが、機動の速い槍の先手を取れるわけもないのだが。
「わあ、結構食らうねえ、これ」
「そうですね。それに向こうの刀装も、思いのほか硬い……」
検証は一撃目のみ。一撃を貰った後は即座にお返しをしたが、前までの戦場に比べると、刃の入りが浅かった。
戦場が進むにつれ、戦況が長引くにつれ、刀剣男士の練度も上がり強くなる。
遡行軍も以前のままでは、刀剣男士に歯が立たないのは当然だ。
遡行軍本体、刀装、構成もより強さを求めるだろう。
それを苦境と見るか、面白いと捉えるかは刀剣次第であるが。
しかし基本的に、刀剣男士は戦闘に意欲的だ。
そして普段は戦事に関わらない仕事も多い分、久々の戦となれば、昂ってしまうのが常だ。
「きえああああああッ!」
「破邪顕正!」
刀装を撫でる程度しかできない、などという顕著な実力差があるわけでもない。
敵が強力だなんて、最高の刺激に他ならない。
髭切が相手取った高速槍は一撃では倒せなかったものの、髭切は二撃目を避けたため、それ以上負傷せずに屠ることができた。
他も、遠戦で刀装に少しダメージが入ったくらいで、目立った怪我はない。
「こりゃあ、敵本陣までとなると、遠戦が少しキツいな」
「こちらも遠戦部隊で進軍した方が、刀装の被害も多少は少ないかもしれんな」
「戦線崩壊とまではいかないでしょうが……私のように機動の遅い刀は、先手も取れませんからね」
「その辺りは、本丸の方針によるでしょう。ゲートを開く場所は、この辺りが良さそうですね」
戦闘の感想を述べながらも、ドロップがないか、斬って消滅するまで遡行軍に変わった点はないか、ゲートを開く場所はどこが適切かを確認する刀剣達。
彼らとは違って、髭切と膝丸は正式に政府所属ではないため、少し離れた位置で警戒をする。
「天気は崩れそうにないな」
「そうだねえ。だけど本陣に着く頃には、夕方になっちゃいそう」
「完全に日が落ちるまでに着けば良いが。そうでなかったら、太刀以上で組むのは厳しいかもしれんな」
「まあ、いいんじゃない。向こうも似たような編成なら条件は同じだし」
「最近は強力な中脇差や苦無も投入してきている。それだと少し面倒だ」
「ああ、速いもんねえ。お前はともかく、このメンバーで当たると厄介かあ」
膝丸と話し込んでいると、ややあってから呼ばれた。
このまま、行けるところまで進むらしい。
折れた刀剣もいないし、中傷にすらなっていない。さすがにこの程度で撤退はしない。
その後も、刀装を削り取られ、その穂先を身に受けながら、なんとか重傷は負わずに進軍を続ける。
途中で資源を見つけられたのも、思わぬ収穫だったと言える。情報は多い方が良い。
やはり、この戦場に投入されている遡行軍は強力だ。
太郎太刀や蜻蛉切でさえ、一撃で仕留められない敵もいた。
しかもそれが薙刀や大太刀であった場合、大きな損害は避けられない。
攻略するには、些か難易度が高いだろう。
敵本陣前まで来たときには、刀装もほぼなく、無傷のものはいなかった。
だが、本陣まではあと一歩。戦意を失っている刀剣などはおらず、やる気は十分だ。お守りも作動していないし、重傷刀剣もいないため、進軍はできる。
「それでは、最後の賽ですね。……おや」
空中に放った賽。くるくると回転した後、止まったそれが指したのは、しかし敵本陣ではなかった。
ということは、現在、本陣には肝心の遡行軍がいないということだ。
「ありゃ、ここまで来て空振りかあ」
「ま、そういうこともある」
髭切の言葉に、鶴丸国永はのんびりと呟いた。
だけどその声には、先程までのような楽しさが含まれていない。膝丸の肩も落ちている。
刀剣が振る賽は遡行軍の気配を感じ取るもの。
いないのならば仕方がない。むしろ、いない方が良いことなのだ。
しかしまあ、初の戦場で撤退をすることなく、興奮冷めやらぬ状態でここまで攻め入った。
厚樫山くらいの敵の強さならば、まあ仕方がないと軽く諦めただろう。
だが今回は道のりが長い上に敵も強かった。まだ戦えるのに、直前で道が逸れる。肩透かしもいいとこだ。
三条大橋に出陣している短刀や脇差達もこんな気持ちだったのだろうか。
がっかりする髭切と膝丸の肩に、蜻蛉切が手を置いた。
「大丈夫だ。戻って手入れをすれば、戦場へとんぼ返りだ。嫌というほど出陣するぞ」
「むしろ、もう嫌だと言っても、データが取れるまでは出陣します」
蜻蛉切が膝丸達を見やる視線は生暖かい。
淡々と言う太郎太刀の目は、若干遠いところを見ていた。
視界の端に、口元を引き攣らせた鶴丸国永の姿が映った。
数日後、任務は無事完了した。
が、六振りとも、しばらく幕の内弁当は視界にも入れなかったのは言うまでもない。
[newpage]
【審神者会議案内】
髭切の前に立った物吉と骨喰。彼らの指示に従って、髭切は自身の本体を体の正面で持った。
首を傾げる髭切に、にこりと物吉が笑みを向ける。
「はーい髭切さん。本体そのままで」
「えい」
「わ」
ガチャリ。骨喰が手に持った端末を軽く振った途端、髭切の本体が封印された。
思わず抜こうとしたが、いくら力を入れてもピクリともしない。くるくると回る錠が視界に入る。
「ああ、本体の封印ってこれかあ。確かに、これは嫌だなあ」
自分の意思で抜かないのならいい。
髭切に主はいないが、自身が認めた主に枷を掛けられるのならまだ我慢もできるだろう。
だけどそれが見知らぬ他人、しかも人間だなんて冗談じゃない。
ただでさえ、自分の意思に反して制限され不自由を強いられているという状況は不愉快極まりないのに。この錠は、髭切を縛るものだ。
髭切が顕現された本丸で審神者に言霊で縛られたことを思い出す。
より不快なのは、その所為もあるのだろう。
顔を顰めた髭切の錠を、再び端末を操作した骨喰が即座に外した。
己の刀を拘束するものがなくなって、髭切はホッと息を吐く。
「はい。これが審神者会議のときに、刀剣に付けられる錠ですね」
「人間ではなく、俺達が仕事をする理由は分かっただろう」
「うんうん、よおくね。適当な人間にやられたら、そりゃあ反感を買うものね」
髭切は、明日政府で行なわれる審神者会議についての説明、及びそれに伴う髭切の仕事の説明を受けていた。
髭切達、政府に所属している刀剣の仕事は、赴いた審神者が招かれた者であるかを確認し、護衛刀剣に錠をかけること。
確認とはいっても、こちらから個別に何かするわけではない。
転送ゲートとは別に、そういったことを探知するゲートを潜ってもらい、引っ掛かった者を専用の部屋に誘導するだけだ。金属探知ゲートと似たようなもの。
招待されていない者を入れるわけにはいかないし、変な呪具を持ち込まれても困る。
他人に害のない呪具もあるが、そうとは分からず他に見咎められる場合もある。
政府は、頑張る審神者と刀剣男士の味方です。双方が嫌な思いをしない為にも、そういった対策は必要だ。
個別に案内した後のことは、専門の人間や御神刀達が対応してくれる。
枷は髭切が先ほど体験したことと同じだ。
抜刀は御法度。揉め事があれば即座に政府側へ、と事前通達しているが、血の気の多い刀剣や審神者がいないとも限らない。
霊力や神気が威圧感となって、周囲に影響を与える刀剣もいる。
枷は無駄にまき散らさず抑える役割もあるのだ。
今回招集される審神者は、著しく戦績が悪い本丸と新人本丸を除いて、ほとんどが参加している。
会議に髭切達が参加するわけではないし、会場内にも入らない。だが、会議が正常になされるための手伝いは必要だ。
「でも、緊急時は式神を通して抜刀封印したりするよねえ。それじゃだめなの?」
「式神も人間が操っているから同じだと、難癖を付けられることがある」
「範囲指定も面倒ですからねえ。待たせている間に揉め事があっても困りますし。端末でポチッとすれば完了ですから」
「登録された俺達の神気に反応するから、他が操作しようとしても出来ない設定になっている」
「なので万が一失くしても問題はないですけど、落としたりしないように気を付けてくださいね」
精査しろとか言われれば、ちょっと難しいと難色を示したかもしれない。
案内と端末操作くらいであれば、髭切でも問題ないだろう。分かった、と髭切は応えた。
そして次の日。髭切は昨日受けた説明通り、審神者会議にやって来た者達の案内に精を出していた。
招待されていない者や呪具を持っている者は別室に、問題ない者は会場に向かうように告げる。
その際に刀剣に錠を施して、会場入りする者達には、端末で自分達の席を確認してね、会場内にトイレとドリンクバーがあるからねと添えるのを忘れない。
それだけの簡単なお仕事だ。が、単調すぎてちょっと暇でもある。
必然的に人間に多く接するというのも髭切的には宜しくない。
まだ刀剣の数の方が多いことだけはマシかもしれないが。
審神者は、全ての国から集められている。
新人等は招致されていないし、護衛は二振りと限定されているが、それでもかなりの数だ。
ちらほらと、政府管内で見かけた顔もいる。
審神者学校に一緒に行った江雪も見た。向こうの方で、青江が案内していた。
護衛は、短刀と初期刀が多い。
開催されるのが屋内ということと、一番長く接して信頼している刀剣というと、やはりその選択肢になるのだろう。
屋内では振り回しにくいからだろう、長物連中は少ない。
だけど眼鏡をかけたしかめっ面の青年は、御手杵と同田貫を連れていた。
戦闘力的には頼もしいが、会議の護衛としては首を傾げる二振りだ。
二振りに錠をしたのは髭切だが、青年が通り過ぎる際に、ふとピリリとするような不思議な感覚が首の後ろに走った。
じ、と見つめて探れば、青年の懐に顕現を解いた刀剣の気配。
護衛は二振りだけとはあったが、懐刀を所持していてはいけないという記載はなかったはずだ。
そして髭切も、案内と錠以外の仕事は聞いていない。
不思議な感覚に首を傾げたものの、懐刀は大事だものね、と髭切は仕事に戻った。
太刀もそんなに見かけない。
実装されてからの年数もそう経っておらず、入手が困難な部類の髭切の数は、更に少ない。
むしろ珍し過ぎて、通り過ぎる審神者の方が、髭切をちらちら見ていくほどだ。
熊のような審神者が連れていた同位体はいた。もう一振りの護衛は小夜。
遠目だったものの、髭切がずっと視線を送っていたのに気付いたのか目が合った。
ちょっと嬉しくなって手を振ると、同位体も同時に手を振ってくれた。
結局、髭切が見たのはこの同位体のみ。他が担当していたブロックには、ちらほらいたらしい。
政府に所属している刀剣は全て駆り出され、手を休めることなく作業を続けたが、結構な時間を要した。
本丸ごとに入場時刻はずらしていたし、初めてでない者は時間がかかることを承知していたため大きな混乱がなかったのは僥倖と言える。
ああ疲れた、と髭切が伸びをすると、骨喰と物吉から労りの言葉を投げ掛けられた。
「お疲れ」
「髭切さん、お疲れさまでした!」
「うん。きみ達もお疲れさま。ええと、この後も予定を入れるなって言ってたけど、どうするのかな」
「今から、政府の人達が、会議の欠席者を調べて連絡を取ります」
「ちなみに、欠席者にはペナルティがある」
この審神者会議は随分と前から定期的に知らせている。
基本的に欠席は不可とはいえ、親しい親族や友人の冠婚葬祭や、体調不良ならば仕方がない。
ただ、そうやって嘘を吐く輩もいるため、裏は取るし、体調不良だと言う者の本丸には、その日の内に医者を派遣する。本当に体調不良ならば、早く手を打つのは当然だ。
そういった事情がない者のペナルティは、本丸によって様々。減給、罰金、出陣禁止、万屋禁止、嗜好品を除く食料品以外の通販禁止など。
その本丸及び審神者にとって、一番罰になるものが選択される。
欠席の理由が嘘や仮病だった場合は、ペナルティの度合いは大きくなり、期間も更に延びる。
「本丸に訪問するお医者さんと看護士さんに同行するのが、次のお仕事です」
「監視と護衛も兼ねている」
「手配まで時間がかかりますから、ちょっと早いですけど、先に皆でお昼ご飯にしましょう」
「季節のフルーツパフェが、今日辺りになくなると聞いた」
「じゃあ今日食べておかないとねえ」
暫しの休息だ。嬉しそうに頷いて、髭切は骨喰の背をのんびり追いかけた。
[newpage]
【審神者会議襲撃事件】
それを感じ取ったとき、政府の食堂にいた全振りは、一斉に立ち上がった。
昼時のピークよりもずっと前。しかもほとんどの審神者は会議に参加していて、いつもよりも人の姿の少ない食堂。
その食堂にいた数少ない人間は、いきなりのことに驚いて手も言葉も止めて、刀剣達に注目している。
髭切を含め、政府に所属している刀剣が全て集結していた。
それが全振り、漏れなく一斉になのだから、物音も威圧感も普通ではなかっただろう。
更に言えば皆、常から笑みを浮かべている刀剣ですら笑顔を消し、真剣で険しい表情を浮かべていた。
一拍、のち、刀剣達が一斉に動いた。
短刀の一振りが机を飛び越えて、非常ボタンに拳を叩き付ける。粉々になった透明の誤押下防止カバーが床に落ちた。
直後、けたたましい警告音が、政府管内に鳴り響いた。
それに負けない音量で、一振りの打刀が声を張り上げる。
「子、丑はサイバー室とデータ室、寅、卯はゲートと結界、辰、巳は管内の哨戒、午、未は刀剣庫と保管庫、申、酉は一般職員の誘導、他は審神者会議室へ!」
政府所属の刀剣達は、正規も髭切と膝丸のように臨時も含め、刀種や刀派もバラバラに十二の組に振り分けられている。
普段の仕事にはほぼ関係ないが、バランスを考えて分けられたそれは、こういった緊急時にこそ役に立つ。
髭切が食堂を飛び出し会議室を目指して走り出した時になってようやく、遡行軍の政府管内への侵入を確認したという放送が流れた。
感知、防衛システムも設置されているはずだ。
全ての刀剣がその予兆をもっと早くに感じていたのに、あまりにも遅すぎる。
「そもそも、遡行軍って政府に転移できたものだっけ?」
隣を同じ速度で駆ける数珠丸へと声を掛ければ、彼はほんの少しだけ首を傾けた。
「いえ、そういったものを阻害する結界や装置があるはずです。ですが、侵入したということは、穴があったか、こちらを上回る技術を開発したか、あるいは内通者に手引きされたかのいずれかでしょう」
チリ、と遡行軍特有の穢れが空中を漂う。
前方で敵の転移陣が仄暗く光り、遡行軍の姿が浮かび上がった直後、首が刎ねられるのが見えた。
だがその更に先に無数の陣が浮かび、穢れが黒い霧のように廊下の低い位置に充満する。
「お目当ては審神者かな」
「わざわざこの日ということは、そうなのでしょう。陽動という可能性もありますが……さて、どれも敵の手に渡っては困るものですからね。いずれにせよ、敵は殲滅するだけです」
「ふふ、違いない」
刀剣男士と遡行軍が詰めて戦闘を行なうには、政府管内は狭すぎる。
特に、小回りがあまり利かない髭切や数珠丸にとっては、些か戦いにくい場所ではあったのだが。
「これだけ敵の数が多かったら、振り回しておけば当たりそうでいいね」
「ふむ。では私は、我が一振りは暴風が如し、とでも言っておきますか」
軽口を叩くだけの余裕はあった。
遡行軍の強さは、厚樫山に少し色を付けた程度。あるいは、夜戦が行なわれる京都辺りだろうか。
そう聞くと負傷は免れないと思われそうだが、今のところ刀剣達に大した怪我はなく、刀装もさして消費していない。
負傷の最たる原因である高速槍がいなければ、その程度だ。
今回、敵に高速槍がいないのは、乱戦で長い得物を振り回すのは分が悪いからだろう。あるいは、大量に送り込むにはコストがかかりすぎるのか。
しかしそれでも、敵の数も多すぎた。わき出してくるそれを全て片付けるのは、さすがに骨が折れる。
長い得物を振り回しづらいのはこちらとて一緒だ。
じりじりと進まない掃除の最中、会議室の様子を窺おうと努力していたが芳しくない。
何振りかが、確実に会議に出席している知り合いの審神者や刀剣に端末で連絡を取ろうとしたが、通信自体が行なえない。
政府の刀剣同士では問題なく通信ができる。
全員の端末が同時に壊れただなんて物凄い確率を引き当てているのでなければ、原因はこの遡行軍と同じだろう。
「駄目だ、結界が張られてる!」
ようやくこの遡行軍の大群を抜けて会議室へと辿り着いた刀剣が、声を張り上げた。
大量の遡行軍を配置するだけでなく、結界まで張っているとは用意周到なことだ。
尤も、こうして扉一枚隔てた場所で瘴気を纏う遡行軍と交戦しているのに、誰一人として会議室から出てきていない時点で、そうだろうという予想はついていたのだが。
敵の供給にも限りがあったのだろう。時間をかければ、少しずつ数は減ってきた。
長い得物を操る刀剣が思う存分に己を振り回せるようになった頃、会議室に近い位置で、誰かの端末が高らかに音を立てた。
近くにいた刀剣に声を掛けてから、端末の持ち主である膝丸が戦いの中心地から少し離れる。
数分前であったならば離脱自体が難しかっただろうが、今の状況であれば一振り抜けた程度でどうということもない。
端末を取り出して視線だけを落とした膝丸は、目を見開いてぎょっとしたように声を上げた。
「主! 無事か!? 今そっちはどうなっている!」
『おお、ちゃんと連絡できて良かった。ぼく達は無事だよ。見える限りでは、まあまだ死人も出てないかなあ。ああ、今は部屋に遡行軍が現れて、本体が抜けない使えない状況で、それぞれが何とか保ってる感じかなあ』
やはり狙いは審神者でしたか、と数珠丸が敵の首を刎ね飛ばしながら呟いた。
スピーカーにしているため他にもそのやりとりは窺えるものの、音声のみのため、詳細な状況までは分からない。
だが、膝丸の主の声の他にも、交戦中であろう周囲の騒がしい音や声は聞こえてくる。
『扉も開かないみたいなんだけど、外からどうにか開けられないかなあ。部屋を出たら自然に解錠されるって話だったよね』
「結界が張られているようで、こちらもすぐに開けることができない。外も遡行軍の襲撃を受けているから、時間がかかるやもしれん」
『ならせめて、解錠をすぐに出来ないかな』
「すぐに申請する」
『うん、なるべく早く頼むよ。それじゃあ、膝丸も折れない程度に頑張って』
刀剣男士の体は強靭で、その力も人間とは比べ物にならない。
だが、本体を封じられ、審神者というお荷物を抱えた状態で同じ人外、遡行軍を相手取るのは些か分が悪い。
霊力や技術に物を言わせて、審神者が強引に解錠することも可能ではある。
だが、それも一定以上の技量と霊力がなければ無理だ。
また、勝手に解錠した場合はペナルティがある、と事前に告知されてもいた。技量はあっても、躊躇して外せない者もいるだろう。
通信は向こうから切られた。
膝丸は素早く、他へ連絡を取り始める。
鍵を掛けたのは自分達だが、それを一斉に解錠できる権限は持たない。
元々、会議室を出れば解錠する仕組みになっていたのだ。中にいる限り、鍵はそのまま。
審神者会議の出席者の状況と解錠の申請をした後、膝丸は再び戦列に加わった。
膝丸の傍にいた刀剣が、彼に声を掛ける。
「俺の知り合いには悉く繋がらなかったんだけど、あんたの主はどうして掛けてこられたわけ?」
「元は市販の端末だが、主が手を加えている。主は、こういったことが得意だからな」
「ああ、そういや情報通信関係のやってたっけ。端末自体もいじれるんだ。……俺のにもそんな機能付けられる? 個人的な依頼になるんだけど」
「また主に話はしておこう」
そんな会話を流し聞きながらも、そういえば自分の端末も膝丸経由で件の審神者に一日だけ預けたことを髭切は思い出した。
他の通信が阻害されている状況でも連絡が取れるというのは便利だ。
尤も、髭切の端末も特別製になっているのかどうかは、聞いてみないと分からないが。
「結界とかも操作してくれたら話は早いんだけどなー」
「それは種類が違うだろう。主の霊力関係は特別ではないから、結界と解錠は無理だ」
「ああ、そーね。一応こっちの手落ちってことになるんだろうしね」
喋りながらも、手は休めない。
斬って斬って射て打ち込んで斬って、ようやく終わりが見えてきた。
まばらになった敵の間を縫うように走り抜け、結界や術に詳しい刀剣が会議室へと近付く。
髭切といえば、全く以て詳しくないため、大人しく遡行軍の殲滅にだけ集中する。
向き不向きはあるし、髭切だって物理で敵を滅する仕事の方がよっぽど楽でいい。
髭切はひたすら刀を揮っていたが、周囲では色々と動きがあったようだ。
まず、他に向かった刀剣も無事。同じように遡行軍の襲撃や、それに乗じて物や情報を持ち出そうとしていた歴史修正主義者もいたらしいが、その目論見も阻止できた。
多少の被害はなくはないらしいが、大惨事には至っていないらしい。
肝心の審神者だが、まだ解錠の許可は下りないようだ。
また、膝丸と彼の主との間以外では、通信は繋がらない。それも会議室を囲むようにぐるりと張られた結界の所為だ。
これさえなければ、審神者も安全な場所に移動できるし、部屋を出れば自動的に錠も外れるというのに。
今回の会議は、様々な審神者が多数参加している。中には、結界や術に精通した者もいる。そんな彼らがいる上に、今も詳しい刀剣が探っているのに解除できないということは、相当厄介な代物なのだろう。
最後の敵を斬り終え、髭切は口を開いた。
「さて、僕はこれから何をすべきかなあ」
「手の足りない所への応援が妥当か? いや、結界を解除するのに集中するなら、護衛も必要か」
同じく、一旦仕事が完了した膝丸もまた刀を収めながら首を傾げた。
髭切達の、政府所属刀剣としての期間はさして長くない。
物理的に斬る以外に特化していることもあまりない為、こういった状況ではあまり力になれないのは事実だ。
「まだ解錠の許可が出ないなら、交渉しにでも行こうか」
「交渉……それは、刀を使うのか兄者」
「刀なんて使っちゃったら、人間なんてすぐに死んじゃうじゃない。交渉なんだから、解錠してってお願いするだけだよ」
「ああ、そうだな。だが、俺も兄者も、どちらかといえば弁が立つ方ではないから、それは他に任せた方が良いと思う」
「だよねえ。斬ってる方が楽しいもんね」
手持ち無沙汰だから言ってみただけだ。
万が一、お願いされれば行く気はあったものの、そんな仕事を任されるなんて思っていない。
端末の通信先を全ての刀剣に設定して、髭切は口を開いた。
「会議室の前にいる髭切だよ。この周辺の敵は殲滅したけど、他に手の要るところはあるかな? やれることがないから、何だったら手伝いに行くよ」
『北の棟の避難が難航している。手が空いている奴は来てくれ』
『新棟と審神者学校の方でも遡行軍を見たという情報があった。探知機が作動しないから、見て回るしかない。探知機を阻害する札か絡繰りの捜索と哨戒が可能なら手伝いを頼みたい』
「うんうん、了解したよ。暇なのと一緒に行くね」
そう告げて髭切が通信を切れば、数振りと視線がかち合った。
物理特化なのは、髭切だけではないらしい。お仲間だ。やっぱり刀だものね。
結局、結界を担当する刀剣の護衛に数振り残して、半分ほどは手が必要な場所に移動することになった。
髭切が担当したのは、審神者学校内の哨戒。
人間は安全な場所に避難していたが、文字通り構内を駆けずり回る羽目になった。
髭切が構内の遡行軍を殲滅し札を破り終えた頃、審神者会議の方も終息したらしいとは聞いた。
内部に入り込んだ歴史修正主義者側の人間が手引きしたから起こったらしいこの事件。
詳細や政府の補填をどうしたのかは知らない。
その後始末に、髭切もずっと駆り出されて忙しくしていたからだ。責任の押し付け合いの結果なんて興味もない。
長々と詰まらない話を聞くよりも、刀剣達と美味しいものを食べた方がずっと良い。
[newpage]
【休暇】
髭切と膝丸にも、後輩ができた。
政府に所属する、彼らより後に顕現された刀剣。しかも二振りが教育や指導を行なったという意味でだ。
髭切も膝丸も、政府で働き始めた年数は、他と比べると短い。
それに、正式な政府所属刀剣というわけではない。関わらない、関われない仕事もあるし、秘匿されている情報もある。
だけどこのたび、半分程度ではあるものの、髭切と膝丸に教育を任されたのだ。
柄にもなく、ちょっとばかり、髭切は張り切った。
いつもはあれこれと世話を焼かれることの方が多かったが、率先して世話を焼いた。尤も、新人も世話焼き体質であったため、最近は仕事以外だと逆転していることの方が多かったりする。
本体も人の身の体格も髭切よりは小さく、素直で礼儀正しい彼を、髭切は気に入っている。刀としての繋がりは、多分ないけれど。
そんな後輩が働き始めてから訪れた、初めての丸一日休みの日。
人間の労働基準法からするとブラックもブラックだが、まあそこは仕方がない。
しっかり戦装束を着込み、きっちりいつも通りの時間に食堂に現れた篭手切江に向かって、髭切は心なしかキリッとした表情を浮かべて言った。
「休暇も立派なお勤めだよ。休むときは休まなくちゃ」
「し、しかし、まだあまり役に立てていないのに、私が休むなんて……」
「役に立たないんなら、休んでも支障はないんじゃないかなあ。むしろ、説明とか指導で余計に時間を使うし」
髭切の言葉に、篭手切は、ぐ、と眉間に皺を寄せて言葉を詰まらせた。
膝丸が髭切の耳に口を寄せ、兄者、もう少し優しく、真実だとしても求肥に包むように言った方が良い、と囁く。
髭切だって、最初の頃は知識も経験もなくて、ちょっと大人しく黙っていてくれ、と頼まれもした。
今は他に判断を仰がなくとも仕事ができるし、新人の指導だってする。
器用な篭手切ならば、髭切よりもずっと早くそうなるだろうに。
首を傾げる髭切の横で、膝丸が口を開いた。
「それに、俺達がいない前提で仕事の予定も組んでる。緊急事態が起きない限り、仕事を見学したい、やりたい、というのは些か迷惑だろう」
求肥に包めと言った割には、膝丸の言葉も少し厳しかったらしい。
篭手切はシュンと力なく肩を落とした。
早く役に立ちたい、仕事を頑張りたい、という気持ちは素晴らしい。真面目で世話好きな篭手切だからこそだろう。
だけど今の状況で仕事を続けても、あまり身にならない。
休息は大事だし、教える、教わるのに適切な順番もある。そして政府所属刀剣の仕事は、決まったルーチンがあるというわけではない。
「あと、人間の中には、人間の為に働いている刀剣が休んでないんだから、自分達が休むわけにはいけない、って無理するのもいるんだって。人間の方が、ちゃんと休まないといけないのにねえ」
「人間のため、というのもおかしな話だがな。まあ、それで休息を取りやすくなるなら、協力するのも吝かではない」
「病気のときは素直に休めばいいし、そもそも病気になる前に適度に休んでくれたらそうはならないと思うしねえ」
「定期的に心身の安寧を図るのは良いことだ。勿論、我ら刀剣もな」
篭手切は些か、肩に力が入りすぎているような気もする。
少なくとも、マイペースな髭切には縁遠い。
膝丸も真面目な性格ではあるのだが、彼を顕現した審神者は緩い性格。間近で接して、よく見るのは髭切。良い意味で真面目すぎて固すぎるということにもならなかったのだ。
髭切と膝丸の言葉を聞いて、篭手切は眉根を寄せた。
「分かった。今日はちゃんと休もう。しかし、休暇か……」
そう呟いて、彼は難しそうな表情でみそ汁を啜った。
髭切達の朝食は、皆揃って焼き魚定食だ。ご飯は当然ながら大盛りで、出し巻き卵一本ずつと小鉢を二つずつ追加している。
だけどおかわりをするのはいつものこと。尤も、髭切と膝丸は、今日はおかわりをする予定はないけれど。
つやつやのご飯と漬け物を一緒に食べながら、そうだ、と髭切は閃いた。
口の中身をゴクンと飲み込んでから、篭手切へと視線を向ける。
「やることがないんなら、今日は僕らと一緒に万屋へ行くかい?」
「え」
「今日は食べ歩きをする予定なんだ。きみ、あんまり万屋へ行ってないじゃない」
「そうだな。端末で地図を表示できるし、こんのすけに道案内を頼むこともできるが、地理を覚えておいて損はない。証言だけで場所や店を特定しなければならない場合もある」
「美味しい店とか、おすすめの店とかも、政府の刀剣だって知られたら聞かれることもあるし。どうせなら、美味しくて自分の好みの味のものを食べたいよねえ」
にこにこと髭切と膝丸がそう言うと、篭手切は瞳を瞬かせた。
髭切達の顔を交互に見、ややあってから、よろしく頼む、と頭を下げた。
*
「ところできみは、あんこは粒あん派? それともこしあん?」
「どちらも好きだが……、こしあんの方がより好きだろうか」
「おお、ならちょうど良かった。この店のあん団子が絶品なんだ」
「店主がこしあん派らしく、こしあんしかないがな」
髭切と膝丸、そして篭手切は三振り揃って万屋へと訪れていた。
今いるのは、団子が美味しいと評判の和菓子の店の前。
ただし、膝丸の言う通り店主がこしあんをこよなく愛しているため、粒あん派からは目の敵にされているが。
いつも朝食は満足するまで食べるが、食べ歩きをするということで、今日は篭手切もおかわりを控えた。
おかげで、着いた早々、こうして団子を頬張ることができている。
「これは、美味しい……!」
一口食べてすぐに瞳を輝かせた篭手切が、感嘆の声を上げた。
「うんうん、そうだよねえ。こしあん好きなら、一度は食べておかないとね」
「割と有名な店だと思っていたが、食べたことはなかったのか」
「大通り沿いの店と銀行と相談室くらいしか行ったことがなくて……」
篭手切は、此処の団子がお気に召したようだった。
話しながらも、視線は団子が並べられたショーケースに向けられている。
そんな彼の様子を眺めながら、膝丸は口を開いた。
「ならば、有名どころは外して攻めた方がいいか」
「きみも甘いものが好きだよね。ああ、でもしょっぱいものも途中で挟んだ方がたくさん回れるかなあ」
「ああ、いや、私のことは気にせず、あなた方の好きなようにしてくれれば」
早々に団子を食べ終えた篭手切が、首を横に振った。
まあ確かに、この調子では、篭手切はどの店に行ったところで同じだろう。
ほぼ仕事以外でしか万屋に訪れていなかったのだから、何を食べてもどこへ行っても初めてに違いない。
「好きにするさ。というわけで兄者、北の方から攻めよう」
「よしよし。なら初手はあそこのホットサンドにしよう。ああ、久々にあそこのラーメンもいいなあ。あと、パンケーキとかき氷は、そろそろ季節限定の味が出てる気がする」
「なら、開店時間に合わせて巡っていくか」
「お前は何が食べたい?」
「……クレープとローストビーフ丼」
「それも組み込もうか。それで、きみは?」
髭切が篭手切に視線を向けると、彼は瞳を瞬かせた。
膝丸もまた篭手切をじっと見つめる。
二振りに見つめられ、視線をうろうろと彷徨わせたが、ややあってから、彼は口を開いた。
「あ、杏仁豆腐とお汁粉の美味しい店があれば、教えてくれると嬉しい……」
「了解したよ。美味しい店を知っているから、一緒に行こう」
言葉通り、三振りで万屋の北の方から飲食店を巡った。
甘いものとしょっぱいものを交互に回っているおかげで、舌にも飽きがこない。
ひたすら食べに食べているが、朝食は控え目だったし、髭切達はよく食べるから問題ない。燃費が悪いとも言うが、小食すぎるよりは楽しみがあって良い。
今は、篭手切が好きらしいお汁粉を店先に座って食べているところだ。
ちなみに、彼の言うお汁粉はこしあんだ。つぶあんの場合はぜんざいであって、お汁粉ではないらしい。
人の往来を眺めながら手と口を動かしていると、目の前を政府所属の刀剣が通った。
お互いに手を振り合ったが、仕事の最中らしく向こうは足早に歩いて行ってしまった。
その背を眺めながら、篭手切は心配そうに眉尻を下げる。
「本当に、手伝わなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。特に、きみみたいな新人や僕らみたいに正式でない政府所属刀剣は、できるお仕事も限られるしね」
「俺達の手が欲しいときには、ちゃんと連絡がくるはずだ。端末の電源は入れて、監査仕様にはしていないな? 監査仕様にしていると、緊急時でも音が鳴らないから気を付けろ」
膝丸の言葉に、篭手切は慌てて端末を取り出してその設定を確認した。監査仕様ではなかったようで、すぐに仕舞い直したが。
手がほしいとき、基本的には、他の刀剣のスケジュールを考えて個別に連絡を取る。
だが緊急時には刀剣に一斉に通信を入れることがある。
尤も、今までそれが適用されたのは、本丸襲撃事件だけらしいが。
しかし、監査の真っ最中、あるいは隠密行動中に横やりが入ったら台無しになる可能性がある。それを防ぐための監査仕様だ。
「休暇中に、もし騒動に遭遇したら自分達で何とかしてもいいのか?」
「基本的には万屋にいる刀剣か、仕事日だが手が空いている刀剣に連絡だな。剣呑な雰囲気で、今にも殺しそう、抜刀しそうなほど緊急なら、通報しつつ自分達で先に行動してもいいがな」
「ああいうのはどうなんだ?」
そう言って篭手切が顎でしゃくった先を、髭切と膝丸も見やる。
少し離れた場所で、二人の若い男女が口論をしているようであった。
何となく言い争っているような気配はするが、刀剣男士である髭切達にもちゃんとした言葉は届かない位置。
二人とも人間で、格好からすれば審神者なのだろう。
「あの程度なら、まだ放っておいて大丈夫だ」
「ううん、それに……ああほら、あれって彼らの刀剣男士じゃないかな?」
ほら、と髭切が指差した先。建物の影に、ちらりと茶色い髪の毛が見えた。短刀だ。
人間達からは死角だし離れているから、気付かれてはいないようだ。
ただ、篭手切と同じく、練度が上限ではないみたいだから、隠れていても分かる刀剣には分かるだろう。実際、髭切は集中して探ればその気配も感じ取れた。
件の男女は、幾振りもの視線が突き刺さっているが二人の世界に入っていた。
しばらく、互いに口を開くのが続く。感情が昂っているのか、首を振ったり、腕を上下させたりと動きが大きい。
その度に、篭手切と隠れている短刀はハラハラしていた。
だが、ややあってから、女が俯く。その目の前に、そっぽを向いた男の手が差し出される。
女がゆっくりとその手を握ると、男はぎゅっと力を入れたようだった。
視線も顔も合わせないまま、手を繋いで歩き始めたところで、篭手切の肩からやっと力が抜けた。
遠目に、短刀もホッとしたような顔をして、距離をおきながらもそっと二人の後に着いて行くのが見える。
「ほら、大丈夫だった」
「そうだな……何事もなくて良かった。だけど、見極めが難しいな……」
「まあ、人間の感情の機微、特に惚れた腫れたはややこしいからな」
にこにこする髭切の隣で、篭手切と膝丸が難しい表情を浮かべた。髭切も、恋愛云々には詳しくないし、興味もない。ただ、雰囲気や表情で大丈夫そうだと判断しただけだ。これで表情も雰囲気も変えずに凶行に及べる人間ならば、お手上げだっただろうが。そこまで責任は持てない。
「そういうのは適当だよ。まあ、あんまり小さなことで呼び出したら悪いしね。だけど僕らは、頑張る審神者と刀剣男士の味方らしいから。ううん、ああいうのこそ、非番の僕らのお仕事かな」
ちょうど食べ終えたお汁粉の器を店に返し、髭切は席を立つ。
膝丸と篭手切はぼんやりとその背を見送っていたが、スタスタと迷いなく歩いて行くことに気付いて、慌てて残りのお汁粉を口に流し入れた。
彼らのことを気にせず髭切が歩を進めた先にいたのは、人間の幼子。
周囲に、保護者らしき人間や刀剣や式神は見当たらない。
目に涙を浮かべておろおろしている様を見れば、この場所に一人でいるのは本意でないことが分かる。
膝丸と篭手切が追いついた頃には、髭切は少しだけ上体を屈ませて幼子に声を掛けていた。
「やあ、こんにちは」
ビクリと肩を揺らした幼子は、ゆるりと持ち上げた視線で髭切の顔を見て、ひげきり、と消え入りそうな声で呟いた。
「そう。源氏の重宝、髭切さ。きみは今日、ひとりかい」
「もしかして、迷子だろうか」
「ま、迷子じゃないもん!」
心配そうな表情と声色で紡がれた篭手切の言葉に、幼子は叫ぶように言った。だが、幼子の今の表情と状況を見れば、迷子以外のなにものでもない。困惑する篭手切をよそに、髭切は口を開いた。
「刀剣の方が逸れちゃったのかな。勝手にいなくなるなんて、困った人達だねえ」
同意するように頷く幼子。篭手切は不可解そうな顔をしている。
「なら、刀剣の方が案内所に届けられてるかもしれないね。しょうがないから、迎えに行ってあげようか。きみ、ええと、この脇差のお兄さんと手を繋いであげてくれないかな。このお兄さん、新人だから一振りで歩かせて迷子になっちゃうといけないから」
髭切がそう言うと、幼子は篭手切を見上げた後、ずいっと手を差し出した。
しょうがない、とその表情にありありと書かれていたが、篭手切は幼子に礼を言いながら小さな手を握った。
子供でも妙なプライドがあって面倒くさいものだ。
面倒くさい手合いの扱いは、髭切も不本意ながら今までにも経験している。むしろ今回は、一度で聞き入れてくれただけ簡単だった方だ。
幼子は多少の霊力は有しているが、本丸を支えられる程ではない。どこかの審神者の子供か身内だろう。
今頃は保護者が捜しているに違いない。
万屋では迷子の呼び出しはしていないが、迷ったら案内所へ行くものが多い。
一人、あるいは一振りくらいは内所にいるだろう。
髭切の予想は正しかった。案内所へ行けば、幼子と逸れた連れの刀剣がいた。
道中の幼子の相手は篭手切が務めたが、これ以上関わらなくて良いことに髭切は心中でそっと溜め息を零す。
お仕事の一環として自ら声を掛けたが、そうでなければ人間の、しかも見知らぬ面倒な幼子の相手は極力遠慮したい。
双方の反応から当たりだろうと踏んでいたが、幼子と刀剣の身元を確認すれば、同じ本丸に所属している連れで間違いなかった。
しっかりと刀剣と手を繋ぎ、手を振る幼子を見送って、篭手切は小さく息を吐いた。
「髭切に言われなければ、あの子に気が付かなかった。休暇中でも気を抜いてはいけないな……」
「たまたま気が付いただけだよ。休暇中こそ気を抜かなくちゃ。あれは保護者の怠慢とうっかりが原因なんだから、何かあっても自業自得だよ」
「迷子の保護と誘導は、義務ではないからな。些細なことで頼られても困る。それに、向こう側のあれも業務上のことではなく、休暇中の出来事だ。気が付いたらでいい。わざわざ仕事を探す必要はない」
篭手切が釈然としないような表情を浮かべたのは、彼の真面目な性格もあるのだろう。
また、篭手切は政府職員に顕現され、最初から人間に対する好感度も高いからだ。
尤も、政府所属刀剣は、どこの誰に顕現されたかに関わらず、割と冷静で合理的で強かでドライな性格ばかり。
それは数多く仕事をこなす内に自然とそうなった。
篭手切もおそらく、一人前に仕事ができるようになれば同じ道を辿るだろう。
多種多様な人間と刀剣を目にし、様々な感情に晒される仕事を多忙にこなす中で、純真無垢のままではいられない。
審神者界隈では純粋だとか天真爛漫だとか言われる刀剣男士だって現実的で、時に辛辣だったりする。
「さっきいた所ならクレープの方が近かったけど、ここだと……」
「ラーメンだな。開店時間ももうすぐだ」
「よしよし、先にラーメンにしようか」
髭切が声を掛けると、篭手切は頷いた。食べ歩きの休暇は、まだまだ続く。
そして数ヶ月後。髭切の予想通り、篭手切は力の抜き方も休暇の過ごし方も覚えた。
そして何より、真面目で世話焼きでありつつも、冷静で合理的で強かでドライな性格へと成長した。実に政府所属刀剣らしく、だ。
[newpage]
【アタリ】
ああ、この本丸と審神者はアタリだったなあ、と髭切は淡く微笑んだまま、心中でしみじみと呟いた。
鬼となった膝丸を、髭切は折った。しかし膝丸は器は違え記憶はそのまま、再び現世へと下り立った。
その膝丸を顕現した審神者は、髭切も自分の本丸に所属してはどうか、と誘いをかけた。
どうやら、政府所属刀剣やその本丸の刀剣など、髭切以外にはその話は伝わっていたらしい。当事者だけが知らないなんて、なんということだろう。
だが、誰も熱烈な勧誘はしなかった。
期待の籠った視線は投げ掛けられど、誘い文句はとても緩かった。
本丸の刀剣も、政府の刀剣も、そして審神者と膝丸も。膝丸に関しては、髭切がどちらを選ぶにせよ、膝丸とは同じ場所で働くことになるからかもしれない。
そう、仮に本丸に所属したとしても、髭切のやる事に変わりはない。
政府で寝泊まりをして、政府の仕事をする。
霊力供給の関係で、手入れは極力この審神者が行なうし、月に二度、本丸に滞在する。ただそれだけだ。
政府からの給料だって、そのまま髭切のもの。碌に本丸に居やしないのに、政府からは髭切の分の生活費も出るからと、その分のお金もくれるという。本丸にいる間の食費も払わなくていい。
本丸滞在だって、数日に渡ってというわけでもないのだから、任務の一種のようなものだ。
主従の契約は結ぶ。霊力供給も繋ぐ。刀帳にも載る。所属刀剣として登録される。
だけど、その本丸の刀剣男士とは、その審神者のものだとは、胸を張って言えないだろう。最初に顕現した審神者じゃない。
しかも、殺しこそしなかったが、主を害したことのある刀剣だ。青江に止められなければ、とっくに首を落としていた。
警戒心が足りないんじゃないか、とか、それってきみ達に得はあるのかな、とか、色々と思い浮かぶことはあった。
だけどそれを言葉にせずに、髭切は言った。
「今と変わらないのなら、この本丸に所属してもいいよ」
「本当か兄者!」
「あ、じゃあよろしくお願いします。契約はもう今してもいいんですかね? 次にうちに帰ってくるときまでに、髭切の部屋もちゃんと用意しとくから」
大きな変化もデメリットもないのであれば。気負わなくても良いのなら。主と仰がなくてもいいのなら。膝丸が喜ぶなら。
そう思って了承すれば、喜色の籠った膝丸の声と、明るさも変わらない、淡々とした審神者の声。
髭切は二者の反応に、少しだけ安心した。
霊力供給と主従の契約を結んで、この本丸の初期刀と今日の近侍にその旨を伝えた。
特に支障はないし、大きな違いも感じない。ただ、正式な審神者で余裕があるからか、霊力は心地良く感じる。
顕現した審神者のように、不快ではない。政府預かりになった時に供給を結んだときのように、やたらと熱の籠ったものではない。
温度の変わらないそれは、ぬるい水のようだった。何にも邪魔されず、自然と浸透し馴染んでいく。
初めての感覚に、髭切は静かに息を吐き出した。
その後は、来たときと同じく鯰尾と一緒に、本丸を後にした。
それからも、政府からの扱いも、政府の刀剣との距離も向けられる感情や視線も、変わらなかった。そのことに、ひどく安堵する。
それから数日経ち、膝丸も政府へとやってきた。
政府で寝泊まりする部屋は、髭切の向かい。膝丸と食事を共にする機会が一番多いけれど、そうでないときもあった。
どちらも新刃の部類で正式な政府所属でないため、同じ仕事に関わることは稀だったからだ。
これまでとほぼ変わらない日々を過ごして十数日後。髭切も本丸に滞在しなければならない日がやってきた。
本丸に滞在する日は、固定ではない。政府の仕事にまだ余裕がある日。審神者が本丸にいて、長時間出掛ける予定が入っていない日。双方が重なる日程を示し合わせて決める。
髭切が鬼退治に駆り出されたように、緊急で髭切が適任な仕事が入ったり、急に審神者が現世に帰らなければならなくなったりしたら、また調整が行なわれる。
離れていても霊力供給の契約は繋がっているが、ずっとそのままだと縁は薄れてしまう。
それを防ぐための措置なので、適度に傍に、そして霊力で構成されている本丸にいればいいのだ。
朝食は政府でとった。急ぎの仕事はないかと、端末のバッテリーと設定も確認する。予定変更はなし。
自分の所属する本丸に転送許可申請なんて出す必要はないから、ゲートに手を置けば移動はすぐに済む。
瞬く間に、髭切と膝丸は自分達が所属する本丸にいた。
あれ以来、足を踏み入れることのなかった本丸。
だけど今は自分も同じ霊力で構成されているからだろうか、何だかとても安心した。
そもそも、空気も清浄で温かい雰囲気のある本丸だ。そう感じるのも当然だろう。
髭切と膝丸が本丸へと足を踏み入れたことは既に分かっているだろう。大体の日時だって事前に告げている。
だけど一番に顔を見せておくべきだろうと、膝丸の先導で本丸を歩く。
しばらく歩いたところで、戦装束を身に着けた刀剣二振りと出会った。
これから出陣か遠征でも行くのだろうか。
髭切達に気付くと、彼らはパッと顔色を明るくした。
「あっ、おかえりなさーい」
「おー、久しぶりだな、おかえり」
「ただいま。お前達はこれから遠征か?」
「うん、そう。天下泰平」
声を掛けてきた二振りは、大和守安定と獅子王だった。
近況と審神者の居場所を話している。遠征に行くからと、話している時間は短かった。
二振りは、いってきます、と膝丸に向かって手を振る。
ああ、気を付けてな、と返す膝丸の横を通り過ぎる二振り。
膝丸の数歩後ろにいた髭切と目が合うと、二振りはにっこりと笑った。
「髭切さんもおかえり。僕ら遠征だから、また帰ったらね」
「昼餉までには帰ってくっから。いってきます」
「……ええと。ただいま、いってらっしゃい?」
じっと立ち止まって見つめられ、髭切は戸惑いつつも言葉を返した。
どうやらその返事は正解だったらしく、笑顔を深めた二振りはゲートの方へと歩いて行った。
所属して初めて足を踏み入れたのに、おかえりとただいまなんて、しっくりこないような気もするけれど。
こんな性格と在り方の髭切も、本当に仲間だと認識しているのだろうか。首を傾げながら、髭切は歩みを再開させた。
「おかえり、お疲れさま。昼ご飯は、多分十二時半くらいかなあ。それまで好きにしてていいよ。髭切の部屋は……どこだったっけ」
「三階の裏山側、畑が見える方の角部屋です」
「ああ、なら向かいは浦島で、隣は秋田だっけ? 案内は暇そうにしてるの捕まえてよ。三階が嫌なら、一階と二階にも空きはあるから、要相談で」
審神者の自室まで来れば、彼は座って据え置き端末に向かっていた。
髭切と膝丸に緩い笑みを向けて労った後は、必要最低限のことだけで終わった。途中で口を挟んだ近侍も、それきり口を閉ざす。そして話している最中も、審神者の指はずっと忙しく動いている。
もう用事が済んでしまったことに、髭切は目を丸くした。
もっと色々と聞かれるのだと思っていたのに、これで終わっていいのだろうか。
「仕事の報告とかは、しなくてもいいのかい」
「ん? 守秘義務とかもあるだろうし、別にいいよ。知りたいと思ったら、自分で調べられるしねえ」
「主、また叱られますよ」
「見たってバレなければ叱りようがないからなあ。まあ、何もなかったら調べないし」
審神者と近侍のやりとりに首を傾げる髭切に、膝丸が耳打ちした。
審神者は情報やコンピュータ関係に強いらしく、政府からそういった類いの仕事も請け負っている。政府のデータベースに侵入して情報を見ることも出来るらしい。
むしろ、それでよく叱られるだけで済むものだ。腕が良いから、そう簡単に罰したり解雇したりできないのかもしれない。
今も端末を操作しているのは、仕事だからなのだろう。
案内は適当な刀剣に、と言われたが、結局は膝丸が請け負った。
髭切の部屋だけでなく、本丸内の全てをだ。尤も、途中で出会った刀剣も、付き合って一緒に回ったのだが。
審神者の自室へと赴く道中でも、すれ違う刀剣に、先程の彼らと同じように友好的に声を掛けられ、笑顔を向けられていた。
好意的な反応を見るに、用事がなければ、同じ結果になるのは道理だろう。
三階に設けられた髭切の自室。
髭切が使用する頻度は、著しく少ないだろう。寝泊まりするのは政府だし、月に二度の滞在を除いて、髭切が進んでこの本丸を訪れることはない。
勿論、髭切が申請をすれば仕事も休めるし、審神者の要請があれば来るだろうけれど。
フローリングの床に、バリアフリーのスライド式ドア。毛足の長い大きなラグが中央に敷いてあるだけの、簡素な部屋。
何もないが、そもそも髭切はあまり部屋や内装に興味はない。だけど唯一、素晴らしいと思えることがあった。
「おお、外が見える。なかなか良い眺めだねえ」
大きな窓から、外の風景が一望できる。
青く茂り霞もない広大な山。その手前には、これまた広大な畑。この高さからも、色とりどりの作物がたわわに実っているのが分かる。
政府の建物にも、窓はある。だが、防犯や機密の観点から開かない仕様になっており、中から外を見ることはできない。勿論、外から中を窺うことも無理だ。
その日の天気を模した明るさは窓から届けられるし、換気も十分にされているけれど。味気なく詰まらないとは思っていた。
「家具が欲しかったら、一階の物置にある物で良ければ、何でも持ってって構わないぜ」
「物置になくても、こういうのが欲しい、って希望があったら皆に声掛けとくよ」
「ううん、あんまり居ないし、こだわりもないからねえ」
廊下で出会ってから着いて来てくれた後藤と浦島に、髭切は窓枠に肘をつきながらふわふわと答える。
強いて言うならば、座ったままで窓の外を眺められるようなソファか椅子だろうか。でも、なくとも困らない。
「そんなに面白い景色か?」
「でも高いところっていいよな。俺も、だから三階にしたし」
全部じゃないけど、遠くまでたくさん見られるからいい。
そう言って、浦島も髭切の隣に並んで窓枠に上半身を乗せた。緩やかな風が、髭切と浦島の髪を揺らす。
「ね、髭切さんは何の野菜が好き?」
「野菜は、あんまり考えたことないかなあ。今のところ、嫌いな野菜もないけどね」
「じゃあさ、お昼食べたら、一緒に野菜の収穫しない?」
髭切が視線だけをずらすと、浦島が髭切を見上げてニコニコと笑みを浮かべていた。
「野菜の収穫かあ。僕はやったことないけど、楽しいのかい」
「俺は好きー! 他の作業はちょっと面倒だなって思うときもあるけど、収穫は楽しいよ! 現世には、自分で好きなだけ果物穫って食べるっていうのがあるらしいし」
「ああ、果物狩りだね」
いくらでも食べて良いのは魅力的だけれど、髭切としてはプロが今一番美味しいものを穫ってくれたのを食べたい派だ。
肉自体は好きだけど、焼き肉はそうでもない。食べることだけに集中したいし、絶妙の一番美味しい焼き加減と状態で持ってきて欲しい。焼いた肉は好きだ。美味しい。
つまるところ、髭切は収穫も畑仕事も作物の目利きも素人。月に二度しか滞在しないのだから、畑当番だってないだろうし、腕の上達もあまり見込めない。でもまあ。
「やることも特にないからねえ。いいよ」
審神者に用事を言いつけられてもいないしねえ。
髭切の言葉に、浦島は歯を見せてニシシと笑った。
自身を構成する霊力が満ちる本丸に滞在するのが目的だ。出陣や遠征に出向くことはできない。
暇で昼寝くらいしかやる事がないのなら、それも良いだろう。
一通り本丸内を案内してもらえば、昼餉の時間はすぐだった。
十二時半よりも十五分ほど早く、昼餉が出来たよ、と本丸内に放送が響いた。
仕度を手伝うものや、腹が減って待ちきれないものは、放送よりも早く厨に赴くらしいが。手伝い手が増えるほど、昼餉の時間が早くなるからだ。
髭切へと割り当てられた自室然り、他の部屋然り、食堂もまたフローリングに机と椅子だった。
浦島と膝丸にこの本丸の昼餉のシステムを教えてもらって、山盛りの焼き鳥丼となみなみ注がれた豚汁を盆に載せて運ぶ。
席も自由で良いとのことなので、適当に目についた席に座った。
焼き鳥はごろっと大きめで香ばしく、豚汁はちょっとピリ辛で瑞々しい大根が美味しい。
周囲は同じように食事に夢中な刀剣だらけ。髭切と目が合えば微笑んだり手を振ってきたりはすれど、食事の邪魔をするように話し掛けるような無粋な刀剣はいない。良いことだ。
この本丸の味に舌鼓を打っていると、髭切の斜め前の席の椅子が引かれた。この本丸の審神者だ。
盆の上の丼はいたく小さい。髭切の丼の半分以下の大きさの上に、ご飯の盛りも少ない。
そんな彼の目の前、つまり髭切の隣には近侍の刀剣が座った。近侍の丼は大盛りではないものの、髭切と同じサイズだ。
手を合わせて、いただきます、と言って食べ始めた審神者と近侍。
少し食べ進めた辺りで、審神者は髭切の名を呼んだ。
「うん? なんだい」
「午後から野菜の収穫するって聞いたけど、内番服で大丈夫? クローゼットに二セット放り込んでるけど、ハイネックが暑かったら、普通にTシャツとかあるよ」
「ううん、まあやってみて耐えられなくなったらでいいかなあ」
了解、と審神者は頷いた。
午後の予定は、もう伝わっていたようだ。
審神者に断りも入れずに決めた予定だったが、良かったのだろうか。
そう思った髭切の思考を読んだわけではないだろうが、審神者は再び口を開いた。
「他に、何かやりたいことがあったら遠慮なくやってもらっていいから。自分とか他の刀剣にしてもらいたいことがあったら、とりあえず言ってみてくれたらいいし」
「本丸の仕事はしなくてもいいのかい」
「普段、うちから出向して政府の仕事してるじゃん。休暇みたいなもんだよ。いや、本丸に待機しとかなきゃいけないから、仕事に入るのかなあ。まあ、望むことを言って、好きに過ごして大丈夫だから」
好きに、と髭切は口の中で呟いた。政府でもよく言われたことだ。
ただし、刀解や破壊は勘弁してくださいと深々頭を下げられたものの。
「あ、ところで。正直な話、政府の飯とうちの飯、どっちが美味しい?」
「どっちも美味しいよ。ううん、味付けの種類というか、傾向が違うから、厳密にどっちがっていうのは分からないや」
審神者の言葉に、髭切は考えを押しやって答えた。
政府の食堂も美味しい。そうでないと、髭切も毎日食べてはいないだろう。
そしてこの本丸の味、今食べている焼き鳥丼と豚汁も美味しい。
でも、味の傾向が異なるから、優劣は付けづらい。カレーひとつとっても、ご家庭とレトルトとチェーン店と本場とで全く違うのと一緒だ。
「気になるなら、きみも食べに来たらどうだい。一般の審神者と刀剣も利用できるよ」
「いやあ、外出はねえ……」
「それは良い考えだと思いますよ主。貴方は仕事も趣味も常に端末をいじって座りっぱなしなのですから、適度に体を動かして目を休めるのは良いことです」
「だから一時間に一度は階段の上り下りしてるよね」
「そのうちの何度も、今いいところで手が離せない、と仰るではないですか」
「それにほら、せっかく作ってくれてるのに、外で食べるのは悪いよねえ」
「主の食べる量なんて、誤差程度ですよ」
「誤差……」
すっぱりと言った近侍に、審神者は複雑そうな表情を向けた。
髭切は、審神者の丼を一瞥する。確かに、あったらあったで嬉しいけれど、一人前として食べる分には少なすぎる量だ。
「そんなに政府に行きたくないのかい」
「政府というより、外出がねえ……。家が好きというか、あんまり出たくないというか」
まあ、気分が乗って機会があったら、と審神者は曖昧な言葉でこの話題を打ち切った。審神者にとっては、あまり突っ込まれたくない話題らしい。
昼餉を食べ終えた髭切は、浦島達と共に野菜の収穫をし、夕餉を食べてから政府へと戻った。
*
それからも、政府での仕事をしながら、月に二度本丸に滞在した。
滞在中はやはり特に用事を言いつけられることもなかったため、目についたことをやってみたり、誘われるままに行動したり。
好きなことを、と言われてもあまり思いつかないのだから仕方がない。
二度目の滞在時には手合わせをした。その次は山伏と数珠丸に誘われて、裏山で修行をした。次は秋田と一緒に果物の収穫。次の月は二度とも手合わせ。三日月と鶯丸と一緒にお茶。今剣とペアになって鬼ごっこ後に、岩融にぶん投げられて遊んだ。手合わせ。その間に、審神者と数振りの刀剣が政府の食堂に早めの昼餉を食べに訪れた。髭切と膝丸も同席して、全種類を頼んでシェアした。確かに審神者の食べた量は誤差だった。昼間っからホラー映画を見て怪談話を聞いた。自分のとは違う長さの木刀で手合わせ。コントローラ握ってゲーム。そんな日々が続く。
やりたいこと、すきなこと、してほしいことは特に思いつかなかったが、それなりに髭切は楽しんだ。
運営があんなに下手でうそつきな審神者ではなく、そこそこな審神者に顕現されていれば、最初からこんな日々を送っていたのかもしれない。
政府で仕事をし、本丸に滞在する生活にも慣れ、それが当たり前になった。
本丸の刀剣ともだいぶ馴染んだ。
共に出陣や遠征をしないとしても、互いに仲間と認識するのは思ったよりも早かった。
否、髭切に対する刀剣達の態度は最初から友好的で、仲間にする態度と同じだったけれど。
時折、一度目の滞在のときに言ったのと同じ言葉を、審神者は髭切に投げ掛ける。
やりたいことはやっていいよ、自分にしてほしいことがあれば、言ってみてくれ、と。
その度に首を傾げる。
髭切は、日々を割と惰性で過ごしている。
還れなかったのだから、戦う以外に意欲的なことなどあるはずがない。
そもそも、緩くて出不精でやる気に乏しい審神者が、髭切に繰り返し告げることに首を傾げるだけだ。
髭切は審神者のことをあまり知らないため、その違和感は気の所為かもしれないが。
だけどある日、同じように審神者に言われて、髭切はハタと気付いた。
そういえば、彼には一度も言ったことがなかった。
政府の人間には、飽きもせず毎日告げていたことなのに。
踵を返した彼の肩を、咄嗟に掴んで引き留める。
振り返った彼と視線がかち合い、髭切は口を開いた。
「刀解して、って言ったら、きみはしてくれるのかい」
髭切の言葉を聞いた審神者は、驚愕の表情も浮かべず、ただいつも通り緩く微笑んだ。
「勿論」
それには、髭切の方が驚いて目を丸くしてしまった。
人間は誰もが、刀剣以外は否と首を横に振っていた。なのに審神者は、笑って、簡単に首を縦に振ったのだ。
「本当に?」
「うん」
「何年も向こうってわけじゃなくて?」
「今日でもいいよ。あ、ごめん、駄目だ。政府の仕事辞めるって伝えて、向こうの部屋片付けて引き継ぎしてからだ。それが終わったら、構わないよ。ああ、政府の人間には、刀解するから辞めるとは言わなくていいからね。煩そうだし。でも、向こうの刀剣には言っておいた方がいいかなあ。うちに所属する条件に、刀解してほしいって言ってきたら、その通りにすることって、彼らに念を押されたしねえ」
「もしかして、僕に、してほしいことはないかって聞いてたのは」
笑みを浮かべたまま、審神者は首を少し傾けた。
その反応に、髭切は肩から力が抜けてポツリと呟いた。
「……言っても良かったんだ」
どうせ刀解はしてもらえないのだと思っていた。
散々政府でやめてくれと言われていたから、この審神者も否と言うだろう、困るだろうと考えていた。
よもや、言っても良かったなんて。それを待っていたなんて、想像もしていなかった。
「今日にでも、政府に辞めるって伝えても構わない?」
「うん。……よろしく頼むよ」
その日の夕餉に、審神者は軽い調子で刀剣達に、政府の退職と引き継ぎが終わり次第、髭切を刀解する旨を告げた。
御勤めご苦労様でした、と言えば、他も声を揃える。
それから彼は、送別会はしないことと、髭切に対して引き留めるような言葉や何故どうしてと言わないことを命じた。
曰く、彼自身がそういう類いのことが苦手らしい。現世にいた頃に、何かあったのかもしれない。
だけど髭切自身も、そうなったら鬱陶しいなあと思っていたため、その主命は非常に助かった。
実際、刀剣達はその主命を忠実に守ったし、意味深な視線を投げ掛けることも、惜しむような言葉を紡ぐこともなかった。
最後かもしれないからと、刀剣達から、その日のメイン料理な海老フライの一尾を笑顔と共に貰ったが。エベレストもかくや、という山を築いたそれは、全て髭切の胃の中に収まった。
政府の退職も、滞りなく進んだ。
引き継ぎらしい引き継ぎもなかったが、部屋の中は早々に片付けた。尤も、物欲があまりないため、処分する物もほとんどなかったものの。
ただ、本丸では全くなかったのに、政府の人間から掛けられる言葉が些か鬱陶しかった。
審神者は刀解するための退職だとは伏せているらしく、刀解に関しては一言もなかったことだけは僥倖かもしれない。
政府の刀剣達からは、良かったねという言葉と共に笑みを貰った。
髭切が、刀解のことを話す前なのにだ。
審神者に刀解について話したのは、彼らの方らしい。
髭切が退職することの意味を、最初から分かっていたのだろう。
髭切は彼らと同じように、ありがとう、という言葉と共に笑みを返した。
片付けといえば、物よりもお金の方が多かったため、確実に刀解後であろう日付に届くよう、通販を頼んでおいた。
本丸宛にはちょっといい肉とお米。
政府の刀剣宛には、お高いスイーツとお酒だ。
保管する場所や消費期限あるいは賞味期限を考えると、貯金全てを使うことはできなかった。
だから、外食できる時には、お高い店でお高い料理を頼んで消費した。
それでも残った場合は、まあ審神者がどうにかしてくれるだろう。
*
最後の日まで、特に変わったことのない日常だった。
政府の刀剣達に見送られて政府を後にして、本丸へと訪れる。
昼餉を食べた後に刀解する予定だ。
送別会などの特別なことはしないものの、髭切の好きな物を作ってくれるらしい。昼餉は肉祭りの上にデザート付きだ。
昼餉を食べた後、膝丸に少し時間をくれ、と言われて髭切は頷いた。
刀解をする正確な時間を決めているわけではない。審神者には膝丸と少し話してから行くよ、と告げて三階の自室へと向かう。他の刀剣から貰った二人掛けのソファに腰掛けて窓の外を眺めていると、扉を叩く音がした。
「どうぞ」
視線は向けなかったが、部屋に入ってきたのが膝丸だというのはすぐに分かった。
弟の気配を、髭切がこの距離で間違えるはずもない。
膝丸は足を進めると、髭切の隣に腰を下ろした。二人掛けといえど、髭切も膝丸も小柄というわけではないため、ちょっとだけ窮屈だ。
膝丸は無言のまま、近くの机の上に、持っていた小さな箱をそっと置いた。
それを視界の端に入れて、髭切は、あ、と言葉を漏らした。
「ほへと堂だ」
「ああ。季節限定も含めてプリンを昨日、現世で買ってきたんだ。一緒に食べよう」
「おお、いいねえ」
髭切が窓から視線を外して膝丸を見ると、彼は嬉しそうな顔で頷いた。
箱を開けると、中は様々なパッケージのプリンが入っていた。試食会以来、髭切の一番のお気に入り。
だが、この店は通販を行なっていない。現世のお土産としてよく強請っている。現世に行かない髭切にとっては、希少価値も非常に高い。
どうやらそれぞれ二個ずつあるようなので、髭切は遠慮なく一つ手に取って食べ始める。
「昨日休みの申請をしてたのは、このためだったんだねえ」
「ああ。どうだ兄者、今季限定の味は好きか」
「うん、美味しいねえ。ありがとう」
相変わらず、髭切好みの味だ。どうしても食べたくなる原点は通常の味だが、この時期しか食べられない味も勿論良い。
数ヶ月前のが食べ納めだと思っていただけに、いつもより美味しい気がする。
しばらくの間、髭切と膝丸は黙々とプリンを食べ続けた。食べる度に、美味しい、という言葉は交わしたものの。
最後から二つ目を食べていると、ぼんやりと窓の外を眺めたまま、膝丸が口を開いた。
「……最初は。兄者と再会できたら、そのとき還ろうと思っていた。兄者に再会した頃には、兄者が還るなら、俺も還ろうと思っていた」
「あれ、そうなんだ。じゃあ今は?」
「主が審神者を辞めるか死ぬときに、還ろうと思っている」
髭切が少し目を細めて膝丸を見やると、彼はゆっくりと髭切の方を向いた。
二対の金糸雀色が、正面からかち合う。
「兄者、とても感謝している。記憶も感情も、何もかもまっさらになるとしても、あのままでは、俺は全てを恨んで信じられないままだっただろう。政府の仕事柄、そういう人間と接することも多いから、人間全体としては、あまり良い感情を抱いていないのは確かだが。……それでも、今代の主のことは信じられた。守りたいと思った。その機会が与えられたのは、紛れもなく兄者のおかげだ」
「僕じゃないよ。また下りようなんて酔狂なことを実行したのは、お前だからね」
最後に残しておいたプリンは、期間限定ではない、通常の味。他のも勿論美味しかったけれど、最初に髭切が惚れ込んだ味だ。
ゆっくりと味わって食べた後、髭切は手を合わせ、ごちそうさまでした、と言った。
軽く息を吐いてから、再び膝丸へと向き直る。
「お前のこれからの刃生、楽しくて充実したものに出来るといいねえ」
「ああ、善処しよう。兄者、どうかゆっくり休んでくれ」
「うん、それじゃあね」
髭切と膝丸は、互いににっこりと笑みを向けた。今度はどちらも、また、とは言わなかった。
鏡の向こう側でよく見た顔が、にこにことしながら軽く手を振った。
やあ、お疲れさま。刀剣男士の生活はどうだった? 楽しかったかい?
器は髭切で、髭切の分霊として過ごしていた。
そしてこの場は髭切の本霊の神域。聞かずとも、記憶を探ることくらい出来るだろうに。
だけど髭切は、ううん、と少し考えてから言った。
「やっぱり身勝手なのが多かったかなあ。わざわざ手を貸す必要があるのかなあって、疑問に思うところではあるよねえ。まあ、人間だから仕方がないか。でもまあ、そこそこ面白くはあったかもね」
ただ、二度目は御免だし、あるべきところへ還るつもりだけど。
髭切の言葉に、本霊は楽しそうに笑った。
[newpage]
【主】
男の知る限り、髭切はいつも笑顔を浮かべていた。
それはよその見知らぬ髭切であっても、端末で見るどこかの髭切であっても、男の髭切であってもだ。
尤も、男は滅多に外出はしなかったし、よその、特に興味もない他人の刀剣なんぞ眼中になかったのだが。
だけどその日そのとき目にした髭切の笑みは、いつも通りではなかった。
美味しいものを食べているときの顔ではない。
誰かが面白いことを言ったのを聞いたときの面持ちではない。
聞かれたくないことを聞かれなかった、言われたくないことを言われなかったときの表情ではない。
刀解してほしい、という髭切の言葉に、男は是、と応えた。
勿論、すぐにではなかった。
髭切は男の本丸に所属しているものの、政府に出向している。詳しい仕事内容は聞いていないが、任されている仕事もあるだろう。
仲の良い政府所属刀剣がいることは知っている。
刀解を渋る気はないが、引き継ぎや挨拶はきっちりしておいた方がいい。
穏便に政府所属を辞めると申請し、身の回りの整理をして、挨拶を交わして。そうして刀解と相成った。
男の正面で正座をして、背をピンと伸ばす髭切。
その表情は笑顔だ。安堵にも思える。歓喜かもしれない。ただ、穏やかであった。
髭切はその表情のまま、ゆるりと視線だけで室内を見回す。
いつも、政府から戻ったときに訪れている部屋。模様替えなぞ一度もしたことがないのだから、物珍しくもないだろうに。
男の趣味と仕事が詰め込まれた部屋は常に空調が効いており、些か薄暗い。
情報収集や解析、プログラムの組み立て、セキュリティの高い場所に知られずお邪魔する。
痛い目を見たこともあるにはあるが、ここ最近は上手くやっている。
「それじゃあ、お願いするよ」
「うん、了解。今までお疲れさん、ありがとう」
「ふふ、きみもね。お疲れさま。弟のことをよろしく頼むよ」
それきり、髭切は口を閉ざした。
何とも簡素で、呆気ない今生の別れだろう。
だけどこの男と髭切の性格を考えるならば、なんてらしいものだろう。
男は小さく目礼した後、髭切を刀解した。
刀の代わりに、僅かな資源がフローリングの上に転がっている。
男がそれを拾い上げてみても、何の温度も霊力も神気も感じない。
還ったのだな、と小さく息を吐いた。
終ぞ、髭切は男を主とは呼ばなかった。
リップサービスは一度もなかった。最期だからという理由でも口にしなかった。
それで良かった。髭切にとっての主は男ではない。
否、誰でもないのだ。強いて言うならば、髭切自身だろうか。
男にとって、自分の髭切といえば彼しか有り得なかったのだけれど。
男が顕現したわけでもなく、見出したわけでもない。
それでも、彼こそが男の髭切だった。
その事実があれば、真実なんてどうでもいいのだ。
髭切が最期に笑みを見せてくれた。願いを叶えられた。
「長谷部ー」
「はい」
近侍の名を呼べば、彼は隣の部屋から即座に姿を現した。
「ちょっと籠るね。配置はしばらくの間は、前に決めてた通り。ああ、資源は倉庫に置いといて」
「承知致しました」
男に向かって頭を下げた長谷部は、僅かな資源を拾い集めて部屋を出て行く。
男はこれから、政府に報告を入れなければいけない。
刀解は刀剣男士の権利だ。いざというときに出来なくては困る。
だからこそ、任務の一つでもある。
だが、既に顕現済みの刀剣を刀解する場合は、どの刀を、どんな理由でかを報告する義務がある。
髭切の経歴は、男もよく知っている。
政府所属の刀剣からも、膝丸からも知る限りのことは伝えられていた。
男自身も、政府のデータベースをこっそりと覗いて見た。勿論、気付かれるようなヘマはしていない。
還ることを望んでいたのに、散々引き留められた刀剣。
男があっさり還したことを知れば、物申す者もいるだろう。
そのときの為の根回しも必要だ。
男は後悔も反省もしていないのに、患わされるのは御免だ。
必要なところへ連絡を取った後、政府へと報告を上げる。
後はいつも通り。
趣味と仕事を兼ねて端末をいじって、途中でおやつを食べて過ごす。
念の為にと膝丸の様子を見に行ったが、思っていた通りだった。
男の刀剣達は、どこか淡白すぎるきらいがある、らしい。
どうやら男の性格に似たそれは、男にとっては好ましいことだ。
薄情や冷徹というわけではないのだから良いだろう。
個人的には、切り替えが早くて柔軟な思考ができるだけだと認識している。
夕方になってから、男の端末が鳴った。
いつまで経っても食べに来ない男を膝丸がちょうど呼びに来ていた為、彼と近侍の視線が端末を射抜く。
通信相手を確認した男は、刀剣達をちらりと見やってから、別の端末を短く操作した後で、ようやく喧しい端末を手に取った。
「はいもしもし。夕飯食べるところだったんで、手短にお願いします。冷めるって怒られる」
男の言葉に、刀剣達はどの口がそんなことを言うのだ、と呆れた目で見やった。
確かに、夕飯ができたことを知らせる放送に気付いていながら、キリが悪いからと腰を上げなかったのは男の方だ。
素知らぬ顔をしていれば、鳴り止んだ筈の端末から、また喧しい音が聞こえた。
『審神者様! 髭切様を刀解したって、どういうことですか!』
「あれ、報告書は上げましたよね? 読んでないんですか? それともデータ壊れてました? なら再送しますけど」
首を傾げながら言えば、通信先の政府の人間は顔を歪めて、苛ついたように頭を掻きむしった。
『なんで、落ち着いていたじゃないですか! なのにいきなり刀解してほしいだなんて……!』
「いきなり、だなんておかしなことを。髭切は政府に保護された日から毎日、散々言ってたじゃないですか。それを泣き落として、拒否して,有耶無耶にして、髭切の優しさに甘えてたのはお宅らでしょうよ」
「刀解は、俺達刀剣男士に与えられた権利だ。仕事とて、事前に報告と引き継ぎを済ませてから辞めた。なら、主も兄者も咎められることは何もない。そうだろう?」
『うん、確かにその通りだよねえ』
男と膝丸が淡々とそう言えば、向こう側からそれに同意する声が聞こえた。
映像の中の人間が、バッと勢い良く振り返る。
人間の背後には、政府所属の青江が立っていた。
通信に出る前に連絡していたが、すぐに駆けつけてくれたらしい。
「どうも、お手数おかけします」
『んっふふ、元はといえば、こっちの不始末が原因とも言えるからね。気にしないで。頑張る審神者と刀剣男士をサポートして、安心して審神者業に専念してもらえる環境を整えるのが僕らの役目、ってね。約束を守ってくれてありがとう。君にお願いして良かったよ』
後は任せて、と言って、青江はこちらに向かって手を伸ばした。
端末の電源を切ったのだろう、画像がぷつりと途切れる。
せっかく映像に映らない範囲で端末を操作し、政府の人間の情報にアクセスしていたのに。
否、青江が早々に後始末を買って出てくれたのは、その所為かもしれない。
無駄足だったか、と男は急いで不正アクセスの痕跡を消す。
政府に知られたってどうってことないが、審神者になる前の研修先だった先輩審神者に知られると困る。
眉尻を下げて窘められるのが、男にとっては一番精神的にくるのだ。
仮に何か処罰を加えられるとしても、そんなに大きなものにはならないだろう。
男を切るには惜しい才能と功績がある。
事実、髭切の刀解は理不尽でも不正でもない。
髭切に乞われて、刀剣男士の権利を実行しただけだ。
だから煩く言ってくるならば、ちょっとした嫌がらせでもと考えていた。
通信ではなく直接乗り込まれた場合を想定して、ゲート周辺に刀剣も配置していたが、それも無駄足になったらしい。
両手を天井に向け、男は大きく伸びをした。
随分と肩が凝っている気がする。少しばかり力が入っていたのかもしれない。
風呂上がりにでも、誰かにマッサージを頼もう。
そう思いながら立ち上がり、部屋を出る。
後ろから、刀剣達が着いてきている静かな足音を聞きながら歩いていれば、ふいに声が投げ掛けられた。
「主」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして。何に対してか知らないけど」
そう応えた男の声は、穏やかだった。そして今日還した刀の弟の声も、また。
本丸から一振り欠けても、日々は続く。
その穴が埋まることはないだろう。
男にとって、膝丸にとって、刀剣達にとって、件の刀は彼だけだったのだから。
彼の声を本丸で聞くことはもうない。
それでも、皆の心中は凪いでいた。
ようやく、彼が望みを叶えられたのだから。
主としてそれに手を貸し、仲間として笑顔で見送った。
仲間らしいことはほとんど出来たなかったが、最期はそう振る舞えた。それで十分。
「今日のおかずは何だった?」
「ポトフと鮭のムニエルがメインだったと思います」
「それから、前に兄者が燭台切と一緒に漬けていたきゅうりと茄子の漬け物もある」
「……ああ、それは楽しみだなあ」
[newpage]
髭切は本丸に所属することに。何年も一緒に過ごしたし、少なくとも髭切と本丸の面々と政府所属刀剣にとっては納得しての、めでたしめでたし、な終わり方。
全部製本版の書き下ろしと思って書いていたのですが、書き下ろしにしては量が多過ぎる上に、このラストは賛否両論あるかもしれんと思って、こちらにも公開。
▼戦場偵察
7-3の攻略。いきなり全本丸に行ってこいするんじゃなくて、多少は情報収集してからじゃないかなあと思ったり。最初はこんのすけが説明することもあるので
▼審神者会議
他成り代わりでも少し書いたので、政府所属刀剣目線で。もっと華々しい活躍をとも思ったものの、地味な仕事も多いんじゃないかなとこうなった
▼休暇
休暇も社会人にとっては立派なお勤めです。篭手切くんの口調や性格がまだ掴めていないのですが、脇差と仲が良いのでどうしても出したかった
▼アタリ
ログインボイスは前田と大和守が一番好きです。主に対してだけかもしれないけど「おかえりなさーい」癒される
▼主
勿論お咎めはなかった。ちなみに研修先は成り代わり不動がいる本丸
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名前は割とどうでもいい、鬼だってスパスパ斬っちゃう太刀に成り代わる話。続きとさいご。
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うそつき・終
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10168221#1
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「まふー、きたよー」
俺は鍵が空いていたドアからまふの家に上がり込み、リビングにいないのを確認してからたくさんある部屋の中から彼を探す。
「いろはー、かわいいなあもう」
まふの声が小さく聞こえてきて、俺は作業部屋を開けた。
「あ、そらるさん!」
マスクをつけて普通の成人男性はできない女の子座りをした彼は、猫じゃらしを宙に浮かせたままこちらを振り返った。
「家ついてたの気づきませんでした」
ふわりと笑って立ち上がる。
そして傍にいた白とグレーのもふもふした生き物をこちらに差し出してきた。
「ちょっと前にツイッターでも呟いたんですけど、ラガマフィンの子猫のいろはちゃんです!」
もちろん知っている。
まふが投稿した途端1ふぁぼを狙いに行く勢いでツイッターを開いていることに、おそらく彼は気づいていない。
もちろん普段のリツイートや返信は、しばらく待ってからするように心がけている。
みゃあ、と小さく鳴かれて、目の前の毛玉に意識を戻した。
「・・・か、かわいい・・・」
思わず声に出してしまうほどその姿は愛くるしく、大きく潤んだ瞳は綺麗に俺を映し出す。
輪郭がわからないほど柔らかそうな毛は、どこも優しい色をしていて、動きもおっとりとしていた。
「でしょ!!」
まるで自分が褒められたかのように嬉しそうにするまふに、撫でる許可を得ようとして、俺は着いて早々この部屋に直行してしまったことを思い出した。
「俺もいろはちゃん撫でたい。手、洗ってくるね」
「じゃあリビングで待ってます!」
おいでいろは、と抱き直しながら部屋を出て行くまふに続いて俺も洗面所へ向かった。
再度リビングへ向かうと、まふはまだ子猫とじゃれていた。
「まふ、俺もだっこしていい?」
「はい!いろは、そらるさんだよー、初めましてって!」
まふはカーペットの上でゴロゴロしていた子猫を抱き上げ、そっと俺の腕の中に下ろす。
「ちっちゃ・・・」
子供だからか体温が高く、毛は感覚がないくらい柔らかかった。
片手でも簡単に抱けるくらい小さくて、耳がぴょこぴょこ動いてて、言葉に表せないくらいかわいい。
「ずっと猫さん飼いたかったんですよ。この子はあんまりアレルギー反応出ないし、やっと夢が叶いました」
「曲作るぐらい好きだもんね」
相槌を打ちながら、そっとまふにいろはちゃんを返す。
「いろは、そらるさんとも仲良くするんだよー!」
「よろしくね」
俺はソファに座って、床でひたすらじゃれまくっているまふと子猫を見つめる。
「・・・」
手持ち無沙汰になった俺は、ポケットからスマホを引っ張り出し、これといった用もないのに電源を入れた。
返してなかったラインを返し、ツイッターをスクロールし、SNSを徘徊し終わってふと顔を上げても、まふはまだ子猫に夢中だった。
・・・前は俺が一番だったのに。
こんなに暇なことなかったのに。
俺を膝に乗せて、いっぱい構ってくれてたのに。
ハッとして、あんなに可愛くて小さな子猫に嫉妬していた自分が嫌になる。
ずっと欲しかった猫が家に来たんだもん。
そりゃあ夢中になっちゃうよね。
自分を納得させながらも、かわいいを連呼するまふの声が耳に入って来てどうしてもいたたまれなくなる。
——俺、今日まだ一回もぎゅーしてもらってない
一度湧き上がって来た感情は、もう制御できずにムクムクと湧き上がって来てしまった。
嫉妬の塊となってしまった俺は、まふに気づかれないようになんでもない風にゲームを始めた。
「あ!」
急にまふが声をあげて立ち上がり、俺はちょっと期待した眼差しでまふを見上げる。
「いろはにご飯あげなきゃ」
おいで、と再びいろはちゃんを抱き上げて一瞬俺を振り返る。
「そらるさん、ちょっとご飯あげにキッチン行って来ます」
そそくさと出て行った二人を見つめながら、今度こそ落ち込む。
俺のことはもういいの?
目が潤んで来たのを感じて、思わずそばにあった大きなまふてるのぬいぐるみを抱きしめて耐える。
「まふのいじわるぅ・・・」
本人がいないのをいいことに、上ずった声で呟いたその声は、ガランとした広いリビングに消えて行った。
[newpage]
0.1グラムも狂いのないように餌をはかり、綺麗なお皿に少しふやかしてできたご飯を入れる。
「いろは、ご飯だよー」
そばに待たせてたいろはのそばに皿を下ろすと、ちょっと遠慮がちに顔を突っ込み、ゆっくりと食べ始めた。
ガツガツと食べることはないけど、体重も順調に増えていってるし残すこともなく綺麗に食べてくれる。
「おいしい?」
僕の問いにもちろん答えてくれるはずもなく、小さく尻尾を揺らしただけだった。
隣に水の入った皿も並べ、ペロペロとお皿に残ったご飯を舐め回すいろはを僕はニコニコと眺めていた。
お腹いっぱいになったのか、満足げにゴロゴロと喉を鳴らしているいろはの頭を撫でて、僕は立ち上がった。
「リビング戻ろうか、そらるさんも待ってるし」
簡単にお皿を洗い、手を洗ってからリビングに向かう。
だっこをしなくても、いろははちゃんと後ろをついて来た。
リビングに戻ると、そらるさんはさっきと同じ場所で、でもまふてるのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。
僕が戻って来たのに気づいて顔を上げる。
「え・・・」
僕の見間違いじゃなかったら、頰に涙が流れた跡があるんだけど。
「そらるさん・・・?」
「・・・何?」
一拍おいて返ってきた淡白な返事。
「何かあったんですか?」
顔を覗き込んで再度質問すると、目にはうっすら涙の幕ができていて、やはり僕の思い違いではなかった。
「べつに・・・」
そっけない態度で返され、余計心配になった。
何かあると、彼は周りに気づかれないように簡素な態度になる癖があるのだ。
「そらるさん」
「なんでもない」
肩に手を置いて名前を呼ぶと、ビクッと体を震わして、それでも頑なに口を割らない。
僕はそらるさんの手からまふてるを取り上げ、華奢なその体をそっと抱き上げながら向かい合わせに膝にのせる。
「絶対一人の時泣いてたでしょ」
そっと手を伸ばして涙の跡を拭うと、そらるさんは自分でもゴシゴシと手の甲で目をこすった。
「こーら、乱暴にこすんないの」
優しく手を抑えると、そらるさんはかすかに瞳を揺らしながらも呟いた。
「・・・俺が悪いの・・・」
やっと教えてくれそうなので、僕は黙っていろはと同じくらいふわふわな彼の頭を撫でる。
「まふが、いろはちゃんとずっと遊んでて、俺に構ってくれなかったからっ・・・」
しゃくりあげながらポロポロと溢れてきたの訳を知って、僕はそらるさんの体を抱きしめた。
「ごめんなさい。そらるさん、ごめんなさい」
不器用な彼は、言い出せなかったのだ。
一人でぬいぐるみを抱きしめて耐えていた姿を想像するといたたまれなくて、一層強く抱きしめる。
「いろはちゃん、すごいかわいいし・・・俺がわがままなだけだから・・・」
なおも自己嫌悪に陥ろうとするのを阻止すべく、僕は彼の唇を奪う。
「んっ・・・」
一筋の涙を境に、彼はもう泣かなかった。
僕に抱きつきながら、お前に嫉妬してごめんね、と床に丸まっているいろはに、そらるさんが呟く。
いろはは気ままにあくびをしただけだった。
「確かにお前はかわいい。このぴょこぴょこしてるもふもふな耳とか、ふわふわなお腹とか、ふさふさな尻尾とか、綺麗な目とか」
撫で回されながら、遊んでもらっていると喜んでいるいろはは、喉を鳴らしながらそらるに擦り寄る。
「でも、まふの彼女は俺なんだから!」
まふまふは作業部屋にこもったと信じている彼は、床に寝そべって露わになっているそのふわふわなお腹を撫でながらも宣戦布告。
ドアの陰から可愛いを連呼しながら連写している者がいることに気づいていない二人だった。
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いろはちゃん天使すぎる。<br />元気に大きくなりますように💕<br /><br />ルーキーランキング18位にお邪魔させていただきましたm(_ _)m<br /><br />※ご本人様とは関係ありません
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srrさんの嫉妬
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10168639#1
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「バイトがしたい?!」
流星の言葉に友子はこっくりと頷いた。
「バイトってどこで?」
「律子さんのところの…」
友子の二年先輩で、彼女にとってはとても大切な1人の女性の名がでて流星はあぁと納得する。
彼女は今大学に通いながら自分好みのいかにも怪しげなインテリアや雑貨を仕入れて店をやっている。
何度か友子に付き合って行ったこともあるが世の中ゴスものが好きな人間はたくさんいて結構繁盛していた。
「最近お客さんが増えて1人だと大変になってきたそうなんです…だから手伝ってもらいたいと」
「お願いされたわけね。つうか先輩の店って夜にやってなかったか?」
「17時~24時です。」
つまりその時間に彼女も勤務すると…
心の中で流星は頭を抱えた。
大学生になっても相変わらずゴスな彼女だが最近は普通のメイクもするようになってきた。
友子曰わく『流星の隣に相応しいように少しでもなりたい…少しでも可愛くみてもらいたい』なんだそうだ。
いじらしすぎてメチャクチャ可愛いじゃないか!!どれだけそのことを聞いたとき理性がぶちぎれそうになったことか…
大体今もそうだ。今日はゴスなメイクなものの上目遣いにみられてみろ!!
コイツわかってやってるだろ!!絶対そうだ。これだから魔女な彼女を持つのは厄介なんだ!!
ていうかもぅこんな可愛い彼女を店的には問題ないものの夜遅くまでバイトさせられるか!!
夜道を一人で歩かせるなんて論外だ。かといってやめろとはいえないし…
毎日迎えに…いやいやそれはいいとして。バイト中だ。
バイト中はどうする?あの店には男も来る。ゴス系の男には絶対コイツはモテる!間違いない!!
「?流星さん?」
「概ねバイト中の虫除けをどうするか…。ってとこかい?」
「っ!?」
悶々と考えすぎていていつの間にか友子の後ろにいる律子に気がつかなかった
(つうか気配消してくんな!!)
「あんたの反応が面白いからね」
(だから友子といい人の心ん中読むな!)
「…先輩ヒドいですよ…友子ちゃん、バイトしたいんだよね?やっぱり」
「…してみたいです。」
「友子のことは私が見てるから問題ないよ。心配しなくていいさ。」
「とはいってもですね。…もう一人くらい雇いませ「生憎2人も雇うほどの儲けはないよ。」
ピシャリと言い渡されて今度は普通に頭を抱える。
「あぁそうだ。うちの前の古本屋バイト募集してたね」
「!…ちょっと俺用事思い出したので…すみません。友子ちゃんお願いします。」
「わかったよ(笑)友子をうちで働かせてもいいんだね?」
「彼女やってみたいと言ってますし、俺はとめませんよ」
「流星さんありがとう」
ホッとした笑みを浮かべた友子にニコッと笑いかけ流星はじゃあちょっと失礼。と脱兎のごとく駆け出した。
取り残された友子は首を傾げる。
「…流星さんどうしたんでしょう?」
流星の反応が面白くて律子は笑いを堪ている。
「さぁね(笑)きっとどっかのバイト募集出してる店に面接しに行ったんじゃないかい?」
と今度は声を出して笑いだす律子にさらに友子は首を傾げる。
(なんで大笑いしてるんだろう律子さん…流星さんもどこかでバイトするのか…)
自分からバイトしたいと言い出したがそれによって流星と会える時間が少なくなることが少し悲しい友子だった。
実はやってみたい反面反対してくれないかなと少し期待していたのだった。
「心配ないよ。アイツも結構近くでバイトすることになるから」
「??」
まるでそうなることがわかっているかの律子のセリフに益々わけがわからない友子であった。
後日 流星は律子の店の真向かいにある古本屋にバイトすることになった。
「りっちゃん、知り合いに可愛い子とかカッコいい子いない?」
「…いないこともないですけど…」
「こういう店だからね~元々客は多い方じゃないんだど、最近ちょっと売上が…こおらでイケてる子雇って売上上げられたらいいなって思ってね。」
「…わかりました。ここは私お気に入りの店だし、なくなっちゃ困るからね。めぼしい人間に声かけときます。」
というわけで、実は流星を古本屋で働かせるために友子を雇い利用した律子さんでした☆
「友子はゴスに人気だからね。うちの売上も上がって一石二鳥ってね。」
おわり
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たくさんの方に前作を見ていただき、さらに評価もブクマもしていただいて…<br /><br />私、嬉しすぎて泣きそうです!<br /><br />調子のってまた書いちゃいました☆<br />時間軸ムシしまくりな大学生な流友カップルさんです。<br /><br />書きながら段々おかしなことに…汗<br />良かったみてやってください。<br /><br />■ひぃいいい!!私なんぞがルーキーランキングで40位をいただいちゃっていいんですか!?<br />もぅもぅ!もっ皆様本当にありがとうございますぅ°・(ノД`)・°・
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バイトをしよう
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1016877#1
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全員の休みが無事揃い、装者たちと未来、エルフナインを連れて海へやってきた。
皆で何処へ行こうか話合っていたのだが、マリアが海以外なら絶対に行かないと騒ぎ、海へ行くことになった。
白い砂浜、青色の水面、大勢いる一般客。
まさに、絶好の海日和であった……。
「海だーー!」
「広いデース!!」
任務以外の目的で全員揃って海に来るのは何かと久しぶり。
全員着替える為に更衣室へ向かう。
「……? 切ちゃん、来ないの?」
「切歌……まさか水着を忘れたとか言わないわよね? しっかり準備しなさいって言ったでしょう?」
「フッフッフ……私がそんなミスをするハズないデースよ!」
バッ!
着ているパーカーを放り投げ、シャツ、ズボンも放り投げた。
切歌は既に水着を下着代わりに身に着けていたのだ。
「……切ちゃん……」
「フッフッフ、調ぇ驚いて声も出ないデスか!」
「……ちゃんと下着、持ってきてるんだよね……? 海に入ったら水着は濡れるんだよ切ちゃん……」
「あ゛……」
「こンのボケが……」
「クリス先輩~下着を拝借してもよろしいデスか……?」
「良いワケねぇだろボケナス!!」
「わ、わ、わ私に全裸で帰れって言うんデスか!!」
「自業自得だしせめて服を着ろォッ!!」
「ああ。そうだ!」
「つ、翼さん! な、何か良いアイデアが!?」
「先にパラソルやシートを使い陣地を用意しててくれ暁。場所取りをまだ行っていなかった」
「おっと私が困り果ててたのに何一つ聞いちゃいねぇデスよこの防人」
「つぅかバカも同じことしてくると思ったンだけどよ、ンなドジ踏まねぇのな」
「…………まぁね」
「響も朝着替えてるときに同じことしてたから私が止めたんだよ」
「み、みみみみ未来さんちょっとお静かに!!」
「……オマエも期待と信頼を裏切ねぇよな……」
「流石は立花響ね……」
エルフナインの案内で切歌を除く全員が更衣室に向かい、残された荷物を引きずりながら切歌はビーチサイドで陣地を作る。
パラソルを刺し、ビーチチェア、レジャーシートを敷き、クーラーボックスを並べ待機。
「……シュコーシュコー」
浮き輪を膨らませていると、皆がやってくる。
まず最初に走ってきたのは響と未来。
「おっっ待たせぇーーー!!」
「……待ちくたびれたデェス……シュコーシュコー」
「一人で準備させてごめんね切歌ちゃん……切歌ちゃんも着替え……あっ」
「わざとデスか? 未来さんわざとなんデスか?」
「切歌お待たせ、あら、終わってるじゃない」
「切ちゃん……おおー準備終わってる」
「待ち時間長かったデスからね……」
「すまない暁、やや時間が掛かってしまった……おお、ありがたいな」
「ほぉ。設置終わってンのか。やるじゃねぇか」
「嬉しいような……悲しいようなで半々デス」
「……? そう言えばマリア、エルフナインは?」
「……あれ? そう言えば……」
エルフナインの性別は不明。
だが本人は背伸びしたいお年頃なのか「ボクの男らしい姿を見せます!」と意気込んで"男子更衣室"へと消えて行った。
女性陣より遅いので心配していたが……。
「おまたせしまし────わぁっ!?」
「ちょ、ちょっと君! 小さい女の子がそんな格好で!!! 水着を貸してあげるからこっちに来なさい!」
「ボボボボ、ボクは違います~~~~!!!」
「……今一瞬エルフナインの声がしなかった?」
「した、けど何処にも居ないね?」
「なンかライフセーバーに抱えられて消えて行ったぞ……」
「先にこっちはこっちで遊びませんか? スイカ良い感じで冷えてるデスよ」
「おっ、いいンじゃねぇの? おいバカ。オマエちょっとスイカ役やれよ」
「私の頭をスイカに? 爆ぜろって事? 赤い実をぶちまけるの?」
「全員ミスれば生存するから」
「最初は翼からね」
「相任せろ。一撃で仕留める」
「殺意ありすぎません?」
「響さん、今穴を掘るので待っててくださいね」
「うん? 本当にやるの? 私よりクリスちゃんの方がスイカ役適任じゃない? 胸に大きなスイカが二つもある──っぶなっ!!」
「チッ!!」
「立花……それを言うならマリアもだ───そぉい!?」
「クソッ! 避けるな翼!」
スイカを中央に置き、スイカ割りをしていると遅れてエルフナインがやってくる。
パーカー付きの水着だ。
「遅れてすみません……うぅ……」
「お疲れ様デス……その、随分と可愛い水着デスね」
「ピンクのレースにお花柄……可愛い」
「やめてください~……」
「響ー右だよ~」
「立花! 小日向にそそのかされているぞ、そのまま正面だ!」
「翼は嘘を言ってるわ、左よ!」
「おいバカ! 実は方向真逆だ!!」
「全員バラバラすぎない!?」
「響! もうちょっと右ー!」
「そのまま前進だ立花!」
「バカ! 私を信じて左に曲がれ!」
「立花響!」
「な……なんですかマリアさん!!」
「そのまま振り下ろしなさい!」
「それは絶対嘘ですよね!?」
「響さーん! 右デス!」
「左だよ響さん!」
「む……、調は嘘をついてるデス!」
「切ちゃんの方が嘘、私が本当」
「「む~~~~!!!」」
「ねぇめっちゃ疑心暗鬼になるこのスイカ割り」
「おいバカ! そこだ!」
「てぇやぁッ!!」
響が思い切り振り下ろした木刀は見事に何も両断せず砂浜を抉り地面を少し吹き飛ばした。
……目隠しであるタオルを取り、響は辺りを見渡した……。
「全然違うじゃん!?」
「私は本当の事言ったよ~」
「いや小日向は最初の時点で……」
「むぅ……次は切歌ちゃんだよね? はいタオルと木刀」
「サンキューデス。よっしゃ~! カチ割るデスよ~!」
グッ! と意気込みタオルを目元に巻きつけ、木刀とおでこをくっつけ、木刀を地面につけたまま、下を向いて約10回右回り約10回左回り。
ふらふらとした足取りで木刀を構える。
「バッチ来いデェェェェェス!!!」
「切ちゃん右だよ!」
「調、切歌をからかわないの。切歌! そのまま正面よ!」
「開幕から意見が分かれてもうどうしようもないデスね!?」
「暁! 正面だ!」
「切歌ちゃ~ん! 左だよ!」
「切歌ちゃん、響の言う通り左だよ~!」
「実は方向真逆」
「クリス先輩の真逆は絶対嘘デス!!」
「切歌さん! 右です!」
「エルフナインが一番信用性がある……エルフナインを信じるデスよ!」
「切ちゃん、私も右って言ってるんだけど……、右ならそのまま直進! 全力疾走だよ!」
「おりゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」
どぷ、どぷ……ザブンッ……。
「ぁぁぁぁぁ……ング、ブクブクブクブクブク……って海水!!!!」
「イェイ、ありがとうエルフナイン」
「うぅ……切歌さんすみません……」
「おもっきし違うじゃないデスか!!」
「ぶい」
「だから左~って言ったのに~」
「つぅかまだ誰も割ってないンだよな。そろそろ誰か割れよな」
「一番最初に失敗したクリスは静かに」
「うっす……」
「翼さんも失敗したデスか?」
「私は皆が終わったら最後にやる予定だ。真打という奴だな!」
「翼がやると一瞬で終わるから……」
「確かに……となると、まだやってないのは誰デス?」
「ぼ、ボクです……翼さんが待っててくれたみたいで……」
「いや気にするな、アクシデントは付き物だからな」
切歌から木刀とタオルを受け取り装備。
木刀とおでこをくっつけ、木刀を地面につけたまま、下を向いて約10回右回り約10回左回り。
切歌よりも不安な足取りでヨチヨチと明後日の方向にエルフナインは歩き出す。
「エルフナイン! 左斜め50度に傾き約36歩前進!」
「急に大真面目になったな!?」
「傾きすぎだ! もうしばし右! ……そうだ! その角度だ!」
「エルフナインちゃん! ゆっくり、ゆっくり前進だよ!」
「まだ早いまだ早いデス! 後5歩ぐらいデス!」
「急に全員正直者になりやがった……」
「エルフナインに嘘は付けない……うん。あ、そこ良い感じの位置だよ!」
「振り下ろして!」
「え、えいっ!」
ぽこっ。
無論エルフナインの力ではスイカに傷一つ入らない。……が。
「……はぁっ!」
《蒼ノ一閃》
翼の援護射撃(?)によってスイカは一刀両断された……。
「や、やりました~! こ、この鋭い切れ味……ぼ、ボクがやったんですか!?」
「ああ。見事な太刀筋だったぞエルフナイン」
「か、カッコよかったよ……?」
「ま、まるで《蒼ノ一閃》みたいデス……た?」
「このバカモリ……」
「スイカもう一つあるけど、どうしましょ~? 翼さんやります?」
「いや、私は遠慮しておこう。皆が鍛錬しているのを眺めて居る方がいい」
「鍛錬はしてねぇっすよ」
「翼がやらないなら……もう一巡? じゃあクリスからね」
「ハッ、今度こそぶちまけてやるぜ」
順番は巡り再びクリス。
目隠し、木刀と準備をして左右に回る……。
(さっきはあのクソバカの指示に従って海へ直接突っ込ンだ。同じミスはしねぇ)
「よ~し! クリスちゃーん! 左だよ~!」
「左だな!」
「うん!」
「バカの声がする方向は……こっちかぁぁぁぁぁああああああッッッ!!」
「うわぁああああこっち来たーーーーー!?」
「くたばれぇぇ!! せぇぇやぁっっ!!」
「緊急回避ッッ!! あっっっぶなっっっ!!」
ゴスッ!!
クリスが思い切り振り下ろした木刀は、響から僅か数センチ離れたところでめり込んでいた。
「チッ! ……寸前で避けたな……。いや~悪ぃ悪ぃ、スイカと間違えちまった」
「"くたばれぇぇ!!" って聞こえた気がしたデスよ?」
「気のせいじゃねぇンか? スイカにも殺意込めねぇと割れそうになかったしよ」
「響の声が聞こえたところに一直線に走ったように見えたけど……」
「言いがかりはよせって、本当に偶然なンだ」
「……そうだよねクリスちゃん。間違えは誰にだってあるよ」
「だよなー。一巡目に海に特攻させられた恨みなンてこれっぽっちもねぇかンな!」
「うん! 私はクリスちゃんを信じるよ! じゃあ次は私だね、クリスちゃんその犯行道……木刀とタオル貸して!」
「おいおい何言ってンだよ、スイカが温くなっちまうだろ? 一回ここいらで休憩といこうじゃねぇか。折角エルフナインが(?)斬ったのによ」
「いやいやせめて私がやるよ」
「つぅかオマエ順番違ぇだろ、引っ込ンでろよ」
「ほら二巡目はちょっと順番変えたりさ」
「あ、あのね響……そんなスイカを割ろうとしなくても別に……」
「スイカ"は"絶対に割らないから大丈夫だよ未来!」
「一体何を割るつもりなのよ……」
[newpage]
… … … …
未来と調の二人は買い出しじゃんけんに負けて買い出しに出掛けていた。
両手いっぱいに飲み物とお菓子を持つ未来、両手いっぱいに焼きそばや焼きとうもろこしと言った軽食を持つ調。
誰が見ても手が足りていない、もう一人やはり呼ぶべきだったと二人は少しだけ後悔した。
「うぅ……重い……」
「未来さん大丈夫ですか? ……わ、私は前が見えない……」
「調ちゃんこそ平気? ちょっと荷物置けるところまで歩いたら交換する? って調ちゃんに重い方持たせるのもなー……」
「私的には前が見える方が安全なので重い方がいいです」
「そっか、じゃあ次荷物置けそうなところに着いたら交換しよっか」
「はい! お願いします」
[newpage]
… … … …
「……未来たち遅いなぁ……お腹空いちゃったよ……」
「調も遅いデスなぁ……お腹がぐーぐー鳴ってるデス……」
「何かあったのかしら? ……何か、あった!? 調に!? ブチコロス……翼ァ! 出陣るわよ!!」
「落ち着けマリア!」
「けどよー、確かにたかが買い出しに30分かかるか? 何かトラブったンか? だとしたら行った方がいいよな」
「私が出陣るわ……串刺しにしてやる……」
「だからマリア落ち着け……立花も暁もギアを構えるな!! 小日向と月読に何かあったとまだ決まった訳じゃないだろう!?」
「……あ! 未来さんと調さんが見えましたよ! ……かなりの量を持ってますね……」
「未来遅~い! お腹空いちゃったよ~!」
「調もどこ行ってたんデスか~!」
響と切歌は未来と調から軽食やコンビニの袋を受け取りクーラーボックスに収納したりシートの上に陳列させる。
方や、マリアとクリスはやや遅れて帰ってきた二人を心配していた。
「確かに多いけどよ、時間かかりすぎじゃねぇンか? 何かあったンか?」
「面倒事かしら? 処す? 処す?」
「……ううん、クリス心配ありがとう」
「マリアもありがとう。大丈夫」
「そ、そうか? つぅか中々買ったな、二人じゃキツかったろーに、私とか先輩を呼べよな」
「そうよ、じゃんけんの結果と言っても無理に二人で買う必要はないのよ?」
「[[rb:むがふぉあい……んぐんぐ……ふぁい! > 私も呼んで良かったんだよ]]」
「[[rb:もがもがう……びぅしゆ! > 私もデスよ]]」
「立花と暁はせめて飲み込んでから話せ」
「お、お飲み物どうぞ!」
「「……はぁ……」」
「溜め息? な、なぁ、ホント大丈夫か? 何かあったンか?」
「調、言いなさい。何かあったのね!?」
「あ! 切歌ちゃんズルイ! それ私が食べようと思ってたのにー!」
「へっへー! 速い者勝ちデェスよ~!」
「「……はぁ……」」
「え、エルフナインはこちらに……何やら雲行きがよくない……」
「……? はい……?」
クリスとマリアが心配する中、未来と調は響と切歌を横目で見ながら、帰って来るまでの道中で何があったかを話す。
「「ナンパぁ!?」」
「うん、ちょっと声かけれてさ……中々しつこかったんだー……」
チラッと未来は響を見るも焼きそばを口に放り込むので真剣であった。
「未来さんと私が何を言っても関係なし、ずっと興味のない事を語られてうんざり」
チラッと調は切歌の方を見るもかき氷を大量に含み頭を抑えていた。
「お、おおおい大丈夫だったンか!? どこの誰だ!? 私がハチの巣にしてやる!」
「コロス……コロス……ブチ、コロス……」
「な、何か乱暴とか、変な事されてねぇよな? 平気か?」
「もしもし司令ですか? S.O.N.G.の権力って殺人揉み消せますか?」
「マリアは落ち着いて!! 大丈夫、大丈夫だから!」
「つぅかよ! おいバカ共! コイツらがナンパされたってのになんだその対応! 流石に冷たいンじゃねぇの?」
「……? 未来ナンパされたの? まー未来可愛いもんね」
「調だって可愛いデスよ、……けどナンパってアニメや漫画の世界だと思ってたデス……」
まさか本当にナンパなんてしてくる人がいるんだなぁ、と。
「でも未来の黄金の右足で蹴散らしたんでしょ!」
「調の関節技ならどんな悪漢も一撃粉砕デス!!」
「……はぁ、オマエらダメダメだ。そンなンだから、そンなンだよ」
「二人の成績が何故伸びないか分かった気がするわ……」
「……マリア、その言葉は私にも刺さる。切ちゃんだけじゃなくて私にも……」
「オマエら少しは心配してやれよ、女心ってのが分かってねぇンだよ」
「女の子が女の子に女心を求めても……う~ん……あ! 未来お腹空いた?」
「空いてない!!」
「はは~ん、分かったデス。調は焼きとうもろこしが食べたかったんデスな?」
「違う!!」
「……はぁ、いくらお腹が空きすぎてるからって……もうちょっと心配してくれても……」
「切ちゃんも……ノイズのアラートがなるとあんなにカッコいいのに……」
「「……はぁ……」」
溜め息が重なり、未来と調は互いに見合い。頷く。
「あ~あ、響が居ないとよく声かけられるんだけど、本当に参っちゃうよ~」
「私もー、切ちゃん居ないと声結構かけられる。毎回毎回断るのに疲れる」
「調ちゃんも? ホント、疲れるよね」
「未来さんもですか? 疲れますよね……」
「未来と調ちゃんって結構声かけれるんだ……」
「にしても、慣れてない感じしてませんデスか? 疲労感が凄いと言うか」
「そ、そそれは、荷物が多くてそっちの疲れも出てて」
「折角買ったんだし、落とさない様にしたんだよ切ちゃん!」
「響みたいにこういったことに縁がない人には分からないよっ」
「……む」
「そうそう、切ちゃんには分からない悩み」
「むぅ……」
「「ねぇ~」」
ここで、響と切歌が箸を置いて、立ち上がる。
「それはちょっと言いすぎじゃない?」
「そうデスよ!」
「確かに私は彼氏も彼女も居ない歴は年齢と同じ!」
「同じくデス!」
「けどね! 私だってやろうと思えば彼女の一人や二人───」
「ヒビキ ナンダッテ?」
「………………………」
立花響の本能、野生の"ソレ"が全神経を駆け抜ける。
これ以上喋ると"死ぬ"ぞ……と。
「私だって余裕でナンパぐらい出来────」
「キリチャン ナンテ?」
「………………………」
響ほどでないが暁切歌も野生の"ソレ"に近い何かを持つのが全神経を駆け抜けた。
これ以上喋ると"死ぬ"ぞ……と。
「響じゃ無理だよ、ナンパなんて出来るハズない」
「切ちゃんも無理無理」
「むむ……」
「女心を理解してない二人には無理かな?」
「うんうん。未来さんの言う通り」
「デスぅ……」
「お、おい……いくら怒ってるからってよ、ちょっと言いすぎじゃねぇンか?」
「し、調? 小日向未来? す、少しボルテージを抑えて……」
「断言する! 響にナンパは不可能だよ!」
「断言する、切ちゃんにも不可能! 水着を最初から着て下着忘れる子にナンパなんて出来るハズない」
「はいはい! そこまでだオマエら! バカ共も一回謝れば終わる話だろ? はいはいこれでおしまいおしまい! こンな所まで来て揉めンな!」
「そうよ! 調も小日向未来も少し頭を冷やしなさい、切歌と立花響も少し反省なさい!」
クリスとマリアがやや引き気味になりつつも仲裁に入る。
未来と調は自分たちが買って来た軽食に手を付け、響と切歌は少し不貞腐れたように歩いて行く。
[newpage]
… … … …
拠点とした場所から少し歩く。
思い返してみれば確かに素っ気なく自分たちが悪いと分かった響と切歌だが……どうも納得いかない。
「……確かにさ、いくらお腹空いてたとはいえ、未来に雑な反応しちゃったなぁって思うよ」
「……デスねぇ。私も調の事にしては軽く受け応えしすぎたデス……」
「けども!」
「デスけど!!」
「あの態度と言葉は酷くない!?」
「デスよ! 何が「切ちゃんにナンパは不可能!」デスか!!」
「私だってやろうと思えばナンパぐらい出来……ん?」
響が何かに気付く。指差す方向に響は顔を向ける……その先には。
先ほどの言い合いに雲行きの怪しさを感じて撤退した風鳴翼が居た。
「か、風鳴翼さんですか!? あの伝説のツヴァイウィングの!」
「そして今世界に羽ばたいている! 日本にいらしてたんですね! きゃーーー!!!」
「凛々しい……カッコいい……」
「ん? ああ、友と……ゴホン。友達と来ています、久々の休暇でゆっくりと休んでいます」
「あ、あの……握手を……」
「私も!」
「私も~!!」
「ええ、構いません。ですけど……私がここに居ることは内緒でお願いしますね」
と、右腕を差し出し、左手の人差し指を唇に重ねウィンク。
「ごふぁっ!?」
「響さん!? ど、どどどどうしましたデスか!?」
「つ、つつつ、翼さんが……ぐふっ! ナンパされてる……」
「えぇっ!? 確かに翼さんはマリアと同じぐらい有名で凄いデスけど、緒川さんなしで受け応えなんて……」
「きゃーー! ありがとうございます!!」
「この手一生洗えません……」
「いや海に入らないのか……」
「あ、あの! 差し支えなければご一緒に写真を……」
流石にこれは……と誰もが思うが、一ファンが勇気を出しながらも携帯を恐る恐る取り出す。
ああ、そんな事かと翼は笑う。
「SNSやブログ、インターネットに投稿さえしないと約束してくれるなら1枚撮りますよ」
「きゃーーー!! あ、あああありがとうございます!!」
「やった! やった! 宝物にします!!」
「風鳴翼さん推せるぅ…………」
「ぐふぁああっっ!?」
「切歌ちゃん!?」
「ぐふっ……まさか、まさかここまでとは……」
「……ね、ねぇ切歌ちゃん……もしかして、もしかするけどさ」
「はい……」
「モテないのって……私たちだけ……?」
「そ、そんな事!!! そんな事……ないデスよ……」
雪音クリスは、リディアンの学校で最もモテる。
ファンクラブの人数は間違いなく頂点、"雪月花"と呼ばれるリディアンアイドルグループ"花"の立花響も鬼の様にモテるのだが。
どうもこの響は、"その手"の視線には弱い。一向に気付かないのだ。何か視線を感じる程度で済ませてしまう。
"雪月花の月"である月読調もモテるのだが、暁切歌が抑止力になっている。
……だが、調の真価はクリスと並んだ時に発揮された、抜群のプロポーションを持ち銀色の髪を持つクリスの隣にプロポーションこそ劣るがお淑やかで日本人形の様に綺麗な黒髪の調。
その調と校内で噂されている切歌は────
────当然の如く、モテるのだ!! が!!
「私たちだけ……モテ、ない……?」
「そ、そんな事が……ありえるのデスか……?」
この二人は、世界がひっくり返るほどの鈍感であった。
と、言うよりも、周りに魅力的な方々が多すぎて鈍っている、可能性も否めない。
「いやいや、まさかまさか」
「そ、そそそんなハズないデスよ~!」
響と切歌は圧し掛かる現実を海に放り投げ歩く。
こんなことはあってはならない。
いや、別にモテたいとかそういう訳ではないのだ。
ただ……ただちょっと、周りの皆が異性や同性から声を貰ってるのに自分たちだけスルーされているのがちょっと痒いのだ。
「……? あれは、エルフナインちゃん?」
響たちが更に歩いていると、エルフナインを見つけた。
手に持っているのは貝殻、どうやら貝殻を集めて遊んでいたらしい。
「取り合えず声をかけて……がはぁっ!?」
「響さん!?」
「わ~可愛いね~。一人~?」
「お人形さんみたい~! ママとパパとはぐれたの~?」
「わ、わわっ! ち、違いますボクは……」
「ボクぅ? 可愛い~~!! ね、ね、はぐれたの? お姉さんたちがパパとママ探してあげようか?」
「そうだね~こんな可愛い子が一人だと危ないもん!」
「だ、だ大丈夫です! ボクは一人でも……あ、ああ~~~!」
「がはぁっ!! ……ぐふっ、ま、まさかエルフナインまでも……デス……か」
エルフナインは若いお姉さんたちに連れていかれてしまった……。
「切歌ちゃん。これは由々しき事態だよ」
「デスね……」
「翼さんは世界トップクラスのアーティストだし」
「エルフナインは母性本能がある人は声かけますデス」
「きっと!!」
「相性があるんデス!!!」
「未来、私は覚えてるよ「断言する! 響にナンパは不可能だよ!」って言葉!!」
「私も覚えてるデスよ!! 「断言する、切ちゃんにも不可能! 水着を最初から着て下着忘れる子にナンパなんて出来るハズない」って調の言葉!!」
「私たちだって本気出せば!!」
「彼女の一人や二人、余裕でナンパでゲットデス!!」
「彼女を作って!!」
「違いってのを見せつけてやるデス!!!」
……後に、響と切歌は後悔する。
嗚呼……。
"この時のバカな自分をぶっ殺してやりたい"……と。
[newpage]
… … … …
「Hey!! そこのお嬢さん方!!」
「お止まりなすってデース!!」
「……? はい」
「どうかなされました?」
「え、っと、う~んと……」
「こんな時、何て言うんデスか……」
響と切歌は、大絶賛ナンパ中であった。
「お姉さん方!」
響は大きな声をあげる。
若いお姉さん二人組は一瞬ビクッと震えるも、響の真剣な顔つきに夢中、響は……女性から見ても魅力的だ。
特に何かに真剣になっている時の表情はピカ一。故に"リディアン雪月花"花の王子と呼ばれている。
ただし────
「ナイスなセクスィーバディーですね!!」
発言が残念である。
「……おかしい」
響と切歌は岩場に座って作戦会議をしている。
先ほどの女性のビンタを回避したら逃げられてしまった、一体自分のどこが悪いのか考察していた。
「体を褒めたらダメ、なのかな?」
「どうなんでしょう……クリス先輩はおっぱいって言うと怒るデスよね」
「あちゃー……確かに、デリケートな部分だもんね……反省……!」
「デスね……! 次は私が行くデスよ!!」
無鉄砲!
作戦なし!!
当たって砕けろ!!!
切歌と響は座っていた岩場を飛び降りて走る、ここは人気なスポットである為様々な年齢層のお客様が来ている。
狙いは二十歳前後で二人組以上!
「フッフッフ、響さん! 私は詳しいんデス。まず女性の身に着けている物を褒める!」
「おお……!」
「髪飾り、水着、褒める所は沢山あるデス!!」
「なるほど!!」
「見つけたデス! へーい! そこのお嬢さん方!!」
水着ではない私服の女性二人組。
どうやら早めに撤収する為か荷物を片付けていた。
「ん?」
「なぁに?」
「お嬢さん方!! 下着を見せてください!!!」
「そして!!! あわよくば貸してくださいデス!!!」
「さあ! イブルチュィ!?」
「……切歌ちゃん」
「……痛ぇデス……あの右張り手、横綱級デスね……」
右頬に大きな手痕が出来た箇所をさする。
「くそ……何が違うと言うんデスか!」
「分からない……身に着けている物を褒める作戦は失敗だね。……あ!」
「どうしたデスか?」
「さっきの翼さんを見て分かった! 写真だよ! ほら、海に来て記念撮影してる人を狙って、「撮りましょうか~?」って」
「なるほど! そこから話題を振って仲良くするんデスね!」
「そう! それじゃあ……あ」
「早速……あ」
写真を撮る役って一人。
……そう、どちらかは、取り残されるのだ。
「……ッッ!!」
「~~~!!」
ダッ!!
二人は瞬間的に走った。
響は野生の"ソレ"を開放させ人の気配を探知する。
切歌は身軽な体を利用して岩場に飛び乗り高い視点で探す。
そして、二人が見つけたのは同時!
「「見つけたぁああああああああああああああああ!!!!」」
「はーい撮るよ撮るよ~。はいっチー……」
「「ちょ、ちょぉぉぉぉっと待っっったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」
「ぜぇっ……はぁっ……は、初めましてお嬢さん……」
「西の国から……会いに来たデスよ……!」
「ぜぇっ……ふぅっぇ……き、綺麗なお姉さんたちですね……ぜぇっ」
「み、水着が……ぜぇ、はぁっ……セクシー……デェスね……!」
「「よろしければ写真!! 撮らせてもらえないでしょうか!!!!」」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、もしもし警察ですか?」
「「ちょちょちょちょーーーー!?」」
全力で逃げた二人は、再び岩場に座り作戦会議。
「まさか野生のポリスメンを呼ばれるとは思ってもなかったね……」
「ちょっと国を守るS.O.N.G.の装者が豚箱に叩き込まれるのは勘弁デスね……」
「S.O.N.G.の装者が尊厳を失うところだったぁ……」
「さて、さて……次の作戦はどうしよう……」
「う~ん……あ! 私の持ち物や身に着けている物を褒めるのではなく、本人の容姿を褒めるのはどうデスか!?」
「なるほど……、確かに普通に考えて"可愛い"とか"美人"って言われて喜ばない人はいないよね」
「デスデス! それに海デスし! きっと本人自身も褒められたい気持ちも多少はあると思うんデスよ!」
「うんうん! よし! それで行こう!!」
「じゃあ練習しながら行こうデス! 例えばあそこの女性!」
「う~ん、いい太ももしてるね、スポーツ選手みたいでカッコいい!」
「おお! 流石響さんデス!」
「へへっ、……あ、じゃああの人は?」
「うむむ……あ! 頭良さそうデス、ベテラン秘書みたいなオーラが出てるデスよ!」
「おおー……」
「よっし! これで大丈夫デス!」
「じゃあ本番行こう!!」
まさに渡船、二人が歩いていると二人組が座り込んで砂山を作っていた。
「おおー……」
「抜群のスタイル……」
二人は互いに見合う。
頷き、前に進む。
自分たちが導き出した"正解"を信じて────
「「お姉さんがた!!」」
「はい?」
「なんでしょう?」
「「セクシー女優みたいなスタイルですね!!! 少しお話いいですか!?」」
本日二度目の、野生のポリスメンが登場しそうになった。
[newpage]
… … … …
何とか逃げ切った二人は砂浜に寝転がる。
あれから何度かナンパに挑んだが全て敗北、やることやること全て裏目に出てしまった。
普通にいつも通りにしていれば間違いなく成功するのであろう、だがこの二人、頭で考えだすと裏目に出てしまう。
「……はぁ」
「なーにがダメなんデスかね」
「……もしかしてだけどさ、私たちの好みじゃない、とか?」
「ハッ!? ……なるほど確かに!」
「私は、未来みたいな子とか、クリスちゃんみたいに愛くるしい、翼さんみたいにカッコいい……とか!」
「私は調みたいに可愛くてマリアみたく憧れるような……つまり!!」
「私たちの好みの女の子じゃないから!!」
「本気で口説くことが出来なかった訳デスね!?」
「きっとそうだよ!!」
「……見つけよう、ストライクな人を」
「デスね、本能が求める理想な女性を見つけるデスよ!!!」
だが残念なことに。
響と切歌の理想は、……一般的に考えると遥かに高いのだ。
……当然の如く見つからない。
30分、もう30分と歩いても見つからない。
気が付けば、軽食を食べて未来たちと言い争って飛び出してからもう数時間。
辺りは夕焼け、……日がおちかけていた。
「……見つからないね」
「デスね……」
「……6時間ぐらいナンパして、成果は0人」
「多分デスけど……危機感が足りなかったんデスよ」
「危機感?」
「はい。次をラストにしましょう! 次がラスト、つまり崖っぷち。私たちは手負いの獣デス!」
「なるほど! 自分を追い込んで本能を覚醒させるんだね!!」
「その通りデス!! ……次見つけた人に、今日培った経験値全てを賭けるデス!」
「うん。そうしよう!」
「これが……!」
「ラスト・アタックだ!!!」
……意気揚々に飛び出すも、そう上手い話はなく。
見つかるハズも無い。
夕日も落ち、辺りは少しずつ暗くなっていく。
「中々いないねぇ……」
「デスねぇ……言うて夕方はもう皆撤収してるデスよね。……はぁ、認めたくないデスけど、負けを認めて皆の元に戻るデスか……、響さん?」
切歌が喋りながら歩くも、途中で響の気配が消えた。
先ほどまで隣で歩いていたハズなのに、……いつの間にか置いて行ってしまったようだ、少し後ろで響は海を眺めて居た。
「響さーん? ……って、おお……」
「……綺麗だね」
「デェス……」
響と切歌の視線の先────
黒髪で長い長髪を翻し、海で互いに水をかけあっている二人の女性がいた。
片方はモデルもビックリなスタイル、少し身長は小さいが間違いなく豊満で魅惑的な体。
片方はスレンダーだが鍛えていて美しい曲線がスラリっと描いている。
「……切歌ちゃん」
「デスね……最後は、あの二人にしましょう!」
「あ、あの……!」
「はい? どうしました?」
「え、えっと……その、宿に行きたいんデスけど、迷ってしまって……その……」
「ふふっ、あそこに見えてるわよ?」
「本当にね、もしかしてナンパ……?」
「うぇぇ!? ち、違いま……い、いや、違くは……ないですけど……」
もじもじと、響と切歌はたじろぐ。
今までの女性たちとはレベルが違う。圧倒的なオーラ、気品、溢れんばかりの力を感じる。
「いいわ。案内してあげる」
「で、デェス!? べ、別に手を引いてもらわなくても……!」
「いいの、折角だし一緒に行きましょう」
「べ、別に大丈夫ですよ~!」
二人の女性に手を引かれながらも響と切歌は砂浜を駆け抜ける。
時の流れがゆっくりと流れている様に感じた。
もしこのナンパが成功でも失敗でも悔いは残らないだろう。
最後にいい思い出が出来た。
手を引かれた響と切歌は海に入り、身を浮かべた……。
「うん? 何で海に入ったんですか?」
「海じゃなくて宿は陸デスよ?」
そして……気付く。海の水が"黒く染まっている"事に。
疲労か、敗北感からか、今の今まで全く気付かなかったと響は目を見開いた。
「あ、あれ……黒髪じゃなくて、これ、……あれ、銀髪……?」
「……ああ、私の髪色は、銀色なンだわ……」
「あ、青髪……?」
「う、うむ……私は、青色だ……」
「…………く、クリス……ちゃん」
「……つ、翼……さん……?」
「…………ごめン」
「……すまない」
ガチャンッ!!
クリスと翼が、響と切歌の腕を手錠で結んだ。
「え、あの……クリス……ちゃん? これじゃあ、逃げられないよ?」
「翼さん? あの、冗談、デスよね……?」
響と切歌は両腕を手錠で塞がれ、更には互いの腕も手錠で繋がれていた。
そして海の中、逃げることは……不可能だろう。
「……悪い……断ったら……殺される勢いだったンだ……」
「流石の私も……止められなんだ……」
「はは、はは……"あの"翼さんでも殺される勢いだったんだ……」
「はははは……はは……じょ、冗談デス、よね……?」
「……悪ぃ……」
「すまない……」
「ね、ねぇクリスちゃん……未来たち、怒ってた?」
「……腕1本」
「そっかぁ……腕1本で許してくれるのかぁ……痛そうだなぁ……」
「……腕1本"以外"全部折るって……」
「………………………………………………………………」
「……おいバカ、泣いて許してもらえるほど、この世界は甘くねぇンだ……」
ピー……ガガッ、ジジッ……。
鈍い音、恐らく浜辺に備えてあるスピーカーだろう、迷子のお知らせやアナウンスなどに使う音響素材だ。
『響~? 早く帰ってきてねぇ?』
『切ちゃん、待ってるから』(ギュィィィィィィィィン!!!!!!!!!!)
『響さん! 切歌さん!! 早、早く逃げてーーー!!!』
『立花響!! 切歌ぁ!! 逃げなさい!!! この二人マジでヤバいわ!! 早く!!! 逃げて───』
プツンッ。
マリアの悲痛な叫びを最後に、放送は途切れた。
「クリスちゃん」
「……なンだ」
「もう二度とクリスちゃんの胸を触らないセクハラしない敬語使う先輩として敬う」
「……それ以上に、私は私の命が大事だ」
「雪音先輩、クリス先輩……!」
「ンな事言うなよ……私たち、友達だろ? 先輩後輩って柄じゃねぇンだ」
「友達なら……! 友達なら助けてよ……!!」
「バカ……オマエは恩人だ」
「ねぇやめて、その後生の別れ見たいな言葉やめて」
「今まで……楽しかった……!」
「ねぇクリスちゃん? クリス先輩? やめて、きっと明日も明後日も来週も来月も来年も楽しい事いっぱいあるよ!?」
「ああ……ぐすっ……ああっ、んっ……ぐす、……あだじも……ぞう、思う……思っで、だぁっ……!!」
「ねぇ泣かないでよ!! くっそ!! こうなったら切歌ちゃんを引きずってでも逃げて……ってうわぁ来てる!! ちょ、待って!! 未来ごめん!! 未来────」
海の底は……夏でも、冷たかった……。
────完
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バカとテストと召喚獣の6.5巻【僕と海辺とお祭り騒ぎ:前編】を元としたお話です。<br />パロです。ものっそいパロディーです。<br /><br />バカテス、最高に面白いので是非とも読んでください。<br /><br />今めっちゃ秋やけど作者は夏やねん許してちょ。<br /><br />本編:遭難した1日目(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9019561">novel/9019561</a></strong>)
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ナンパした
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10168790#1
| true |
【ご注意!】
スコッチの名前を緑川景光にしています。
※名字はもうちょっと広まってから修正します。
2023年1月22日 修正しました。
ねつ造に次ぐねつ造。
キャラ崩壊はテンプレ。
何でもこい!という方は次へお進みください。
2023年1月22日 最終ページに追記
[newpage]
どうもこんにちは。モブのA子です。立ち位置的にもモブ、名前的にも茂部栄子。顔も普通、おつむの出来も普通、お家だけは少しばかりお金持ちな、引きこもりがちの女の子です。別にいじめられているわけではありません。むしろ、皆良くしてくれます。お外で遊ぶことも嫌いではありません。
では、何故、引きこもるのか。
その原因は、私の厄介なオマケのせいです。モブを作ったらこんなの出来ちゃった!な私に付加された特殊能力。こんな風に言いたくはないのですが(あの病は生まれる前に完治しているのですから!)、そうとしか言えないのです。
他称を『断罪の瞳』、自称『地引網』。私の瞳を見た犯罪者は漏れなく自らが犯した罪を懺悔し、私に赦しを求めながら縋り付くのです。
本当に止めていただきたい!着る服着る服全て、犯罪者の涙や鼻水、涎に塗れてしまうのです。もうそろそろクリーニング代を片っ端から巻き上げても許されると思うのですが、お巡りさんの手前、そういうことも出来ず、現在泣き寝入りをしております。そのうち、犯罪者からきっちり献上してもらいましょう。
これがごく普通の都市であれば、さほど問題はないのですが、この犯罪者の温床である東都、特に米花町ではそうはいかないのです。街を歩けば私の足元には犯罪者が鈴なり状態。全員、顔から汁を垂れ流し、女子高校生に縋り付くのです。マジでやめろ。
もちろん、そんなことにならないように対策としてサングラスはしているのですが、何故か壊されたり、ふっとばされたりとほぼ毎日犯罪者を釣り上げることとなっております。神は死んだ!
そしてたどり着いた方法が、先んじての奴らの駆逐でした。私が街を歩く前に根こそぎ狩り取ってしまえば良いのです。そう思いついた私は親戚のお巡りさん(私の目のせいか、親戚にわんさか警察官が誕生しました)に提案したのです。
一斉検挙をしよう!
しかし、私は魔都、東都を侮っていたのです。二か月に一度のペースで一斉検挙を行っているにも関わらず、奴らは一向に減らないのです。さながら、黒光りする害虫のように。
しかし、止めるわけにもいかず。止めてしまえば、もっともっと増えるのですから……。あー、早く滅びねぇかなぁ。
そんな一斉検挙を行っている時に親戚の航お兄ちゃんの同期を紹介されました。不意打ちでした。親しくしている親戚にあの伊達航がいると分かった時から、いつかこんな日が来るとは分かってはいましたが、全くのノーガードでエンカウントした為に、私は思わず悲鳴を上げてしまったのです。「きゃああああ!」なんて可愛いものではなく、「ひっ!」と声だけではなく、顔まで引き攣ったものですが。
それから早数年。
「それがどうしてこうなった」
目の前でにこにこしているのは萩原研二さん、二十八歳、独身。現在彼女無し。数週間程前に「研二は誰にでも優しすぎる!」とフラれたらしい。彼女さん、それは贅沢なんじゃありませんか?少なくとも私と交流持った時から萩原さんはこんな感じでしたよ?同期組は航お兄ちゃん以外死亡フラグと共に結婚フラグまで折れてしまったの?
「今日は付き合わせちゃってごめんね」
本当は彼女と行く予定でとった水族館の特別チケット。使用期限は本日まで。
一番使いそうな航お兄ちゃん夫婦は子供が小さすぎて無理だと断り、松田さんは萩原さんと同じくフラれたばかり、公安組は忙しくて無理。職場仲間にも当たったようですが、軒並み駄目だったそうで。それなら、フラれた者同士で出かければいいのでは?と提案すれば二人ともスゴい嫌そうな顔をして「水族館男二人とかないわ」「ありえねぇ」と却下されました。普段仲いいのに、デートスポットに挙げられるような所へのお出かけは嫌みたいです。
結果、一応『女子高生』というブランド持ちの私とお出かけと相成りました。引きずり出されました。私は引きこもっていたいのに!ああ、女性からの視線がすごく痛いです。刺さります。ねぇ貴方様はご自分のご尊顔の良さが分かっておりまして?よくもこんなモブ顔誘いましたね?いや、顔で人を判断しない人間であることは重々承知しておりますが、顔の良い人間の横を歩くのって、モブ顔には物凄くしんどいのでございますよ?小学生からの慣れというものはございますがね。今度は美人なお姉さまを誘って楽しんできてください。切実に。
「ほら、行こう。ショーまでまだ時間もあるからゆっくり中も見れるし」
繋がれた手を死んだ目で見る私に、昔からの付き合いのせいか、私を幼女扱いをする萩原さん。やめろ下さい、死んでしまいます。
「何か今日、可愛いね」
そういうとこだぞ!萩原研二ぃぃぃぃぃ!
「新一君のお母さんが張り切ってしまいまして……」
たまたま帰国していた有希子さんがどこから聞きつけたのか「恋の匂いがするわっ」とキラキラした目で私を飾り付けてくれました。おかげでいつもの私より少しばかりランクアップしております。ただし、するのは恋の匂いではなく、事件の匂いだと思います。東都、鈴木財閥、レジャー施設、うっ、頭が!
入ってすぐ設置してある巨大水槽で悠々と泳ぐジンベエザメやエイに、群れをなして回遊しているイワシやアジの群れ。他にも名前が分からないけれど、見たことのある魚が沢山泳いでいます。
「美味しそう……」
昨日、ちょうどお寿司を食べに行ってきたのでついつい自分が食べた魚を探してしまいます。イカやタコといった軟体系は別水槽のようで見当たりません。
「ぐふっ!」
薄暗い水族館内では見えにくいとサングラスを服に引っかけ、水槽を覗き込んでいる私の後ろで吹き出す声がしました。萩原さんでした。
「花の女子高生が水族館来て美味しそうはないでしょ!」
けらけら笑う萩原さんに私はため息を禁じえませんでした。
「この私が他の可愛い女の子達のようにキラキラお目目で”わぁ~お魚さんだぁ~可愛い~”なんて言うとお思いですか?」
わざとぶりっ子して言ってみれば萩原さんはさらに吹き出して「そうだよね、栄子ちゃんはそういうキャラじゃないよね」と笑いながら納得されました。分かっていただけたのなら、良かったです。
「あ、アジ。なめろう食べたい……」
私にとって水族館は食糧庫です。ただし、クラゲは除く。あれは癒し枠です。クラゲの中華サラダは好きですが。
[newpage]
お兄ちゃんとのお出かけは事件の香り。
こう書くと推理小説系のタイトルっぽくありませんか?ライトノベル系の。
「本当、期待を裏切らないですよね、この東都」
特別チケットはイルカショーの後にイルカと触れ合えるという特典付きのものでした。せっかくだからイルカショーを見ようと屋外にあるショー会場の席についた瞬間、ドカンッというか、バンッというか、とりあえず爆発音がしました。音は遠かったのですが、振動はしました。場内はパニック。そりゃそうですよね。いくら東都民とはいえ、パニックにならない人間などいません。
かばってくれた萩原さんの腕の中(流石現役警察官対応が早かったです)で現実逃避もそこそこにそんなことを考えつつ、じっとしていると館内放送が流れてきました。
どうやら水族館の出入り口が爆破されたらしく、現在状況を確認中なんだとか。
「ありがとうございます。それで、どう思います?」
とりあえず、今の所は次の爆発はなさそうだと萩原さんの腕から出され、周囲を見渡せば、ショー会場の出入り口に詰めかけるたくさんのお客さんと、私達と同じように座席で様子を窺(うかが)っている客が何組かいました。
「たぶん、これで終わりじゃないだろうなぁ」
苦い顔をする萩原さんに「デスヨネー」と私も思わずしょっぱい顔。基本的に爆弾事件は爆発一回で終わることは殆どなく、二、三回続くことがデフォルトなのです。
パンパンパンパン点火させやがって爆弾は花火じゃねぇんですよ、バカなんでございますね。汚ねぇ花火だなって?うるせぇですよ、てめぇを爆破してさしあげましょうかでございます。
どうして東都はこんなにも爆弾の作成が容易なのでしょうか。取り締まりが追いついていない?犯罪者と警察官の割合が可笑しいのでしょうか。
「犯人探すのと爆弾捜すの、どちらが早いと思います?」
私の横でポチポチ端末をいじり始めた萩原さんは「んー」と少し悩んで、「わかんない」と笑いました。
「ここに犯人がいれば栄子ちゃんの目を使って早々に見つけられるけど、ここにいるとは限らないし。爆弾捜すなら、それこそこの広い館内を隅々まで見ないといけないから時間かかるだろうね」
そう見解を述べてくれた後、「この件についてちょっと連絡するね」と電話をし始めました。
犯人は一体何を思って水族館などを爆破したのでしょうか。ここには親子連れを始め、友達同士やカップルといった一般市民しかいないというのに。はっ!もしや「リア充爆発しろ!」って本当に爆破しちゃったパターンです?
そんなことをサングラス越しに周囲を見渡しつつ考えていると、ショーをする舞台に三人、どう見てもスタッフに見えない人間が出てきました。黒い服装、帽子とサングラスといった格好です。
もしかして:黒の組織?
背筋がひやりとします。あの組織は軍用ヘリ飛ばして爆撃したり、それこそ爆弾爆破したりとやりたい放題しているので、正直怖いです。
「我々はグリーン・ソイ」
グリーン・ソイ???青い大豆???ん?青い大豆って枝豆じゃねぇですか!?黒の要素どこやったんでございます!?枝豆なら全身緑にしやがれ下さい!まぎらわしいっ!つーか、ネーミングセンス!!どうしてそれにしたんでございます!?
「先ほどの爆破は我々が行った」
「我々が求めるのはこの水族館に捕らわれた哀れな生き物の解放である」
あー、捕鯨反対する組織に豆の名前を冠した組織がいますね。それを真似たんでしょうか。でも何故枝豆をチョイスしたんでございます??色?色でございますか?同じ緑であり、日本の組織だから枝豆???バカじゃないのか(真顔)。
私の頭の中は枝豆一色です。ビールが恋しくなりますね。暑い中で飲むキンキンに冷やしたビールは格別です。あののどごしが恋しい!残念ながら今は未成年なので、飲酒はできません。周囲にお巡りさんがいなければちょっとばかり味見するのですが、あっちを見てもこっちを見てもお巡りさん。隙がありません。あと一年もすれば原作時空に突入し、サザエさん時空になると思われるのですが、私は一体何年待てば飲酒できるのでしょうか。出来るだけ早めで頼みます、名探偵。
ぼんやりと恋しいビールに思いを馳せていると犯人がスッとペン型の何かを掲げました。
「要求がのまれない場合こちらの起爆装置でここを爆破する」
は???バカじゃないのか?あ、バカか。哀れなのは貴様らのおつむの出来具合じゃねえかでございます。そのおつむこそを爆破するべきじゃねぇかと愚考します。しかし、物理的には大変汚ねぇでございますので、中身だけクラッシュしてやろうかと存じますが、いかがでございましょうか。それとも、てめぇら様がお哀れむ多くの魚たちの行く末のように三枚おろしにしてやろうか。お揃いだぞ、喜べ下さい。
思わず、隣りで未だ通話中だった萩原さんを見れば、ゴーサインが出ました。よし、任せろ下さい!
先日テレビで見たモデルさんのように前へと優雅に歩きつつ(出来てるかどうかは知りませんが)、サングラスに手をかけます。えだまめーずと私の間にはショー用の大きなプールがありますが問題はありません。目さえ合えば良いのですから。サングラスだって、相手がつけている場合は無効化します。
「うわあああああああああああああああああ!ごめんなさああああああああああああああああ!」
「あああああああああああああああ!ずびばぜええええええええええええええええええんんんんんんんんんん!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいい!ゆるじでえええええええええええええええええ!」
えだまめーずは泣き叫びながら私の方へ向かってきますが(相変わらず汚い)、先ほど述べた通り、間にはショー用の大きなプールがあります。三人はそれに意識が向かないようで、ドボン、ドボンとプールにハマっていきます。いつの間にやら起爆装置はプールの底。
「仲間はあと何人この水族館にいるんですかぁ?」
残念ながらここからえだまめーずの方へはいけません。とりあえず、急を要する質問を投げかけてみます。ちょっと距離はあるのですが、聞こえるでしょうか。
「こ、ここにはっ、いない」
聞こえたようです。溺れつつもきちんと答えるとは。
「爆弾はどこに設置したんですかぁ?」
告げられたのは二か所。
その頃には水族館のスタッフさんがえだまめーずを救出しに向かっていました。こんな目に遭ってもきちんと人命救助するのですから、本当に素晴らしいと思います。私なら放っておきます。あ、でも、その後に泳ぐイルカ達が可哀想ですね。
「お疲れ様。爆処理班もこっちに向かってるから、このまま待機でいいって」
事の次第を電話中継していた萩原さんが私の頭を撫でてくれますが、私、もう花の(笑)高校生ですよ?
「了解です」
「それにしてもついてなかったなぁ……」
がっくりと座席に座り込む萩原さんから哀愁を感じてついつい肩を叩いてしまいました。
本当に、この東都は犯罪が多すぎると思います。
[newpage]
コメントをいただいていたので一応…。
主人公の一人称で物語が進むので、誰も間違いを指摘することができません(笑)
重々ご承知だとは思いますが、某反捕鯨団体のピースは平和の方です。
主人公もえだまめーずも誤解したままです。
(2022年1月22日追記)
必要最低限家から出たくない主人公
人生の楽しみを飲食が8割方を占めている。
典型的な花より団子。タカアシガニって美味しいの?
ビールも日本酒も洋酒も何でも呑める酒豪。ザルを通り越した枠。枝豆食べるならビールとが良い。
某幼馴染と行動していなければ事件に巻き込まれないと思った?残念!事件は会議室ではなく、すぐそこで起こっている!
だから出たくなかったのに!でも身内には何だかんだ甘いので、いつも断り切れない。
事件に巻き込まれることはあるが、流石にこの事態は想定していなかった。
実は爆弾解体キットと結束バンドをいつも携帯している。親指同士を留めるといいんだってね。
そういうとこだぞおおおお!と言われた男
予想以上に主人公が食い気に走っていて爆笑。
なめろうとか、渋いね。タカアシガニ?どうだろう?
男二人で水族館はお断りだけど、遊園地なら男友達数人で行く。
フラれてもすぐに彼女が出来る男。今回は主人公を庇ったくらいしか活躍の場がなかった。おかしい。本当は爆弾を解体する格好いいシーンが入るはずだったのに。全部えだまめーずのせい。
装備品は財布と携帯端末とハンカチ、ティッシュのみ。
えだまめーず
実在するかどうかはしりませんが、もし実在したとしても一切関係ありません。
全ては虚構!
next おまけ
[newpage]
「萩原さん、大変です」
どうもこんにちは、茂部栄子です。どこかの誰かの陰謀で私と萩原さんは危機に瀕しています。
「どうしたの?栄子ちゃん」
萩原さんが私の横にしゃがみ込みます。私達の目の前には紙袋に入った筐体がチラ見え状態です。
「爆弾がこんなにも無造作に設置されています。さすが東都!さすが米花町!容易に複雑な配線の爆弾が製造、設置されるとは。しかもあと三十分で解除しないと爆破する鬼畜仕様です。犯人こそ爆発すればいい」
覚えてやがれ下さい。見つかった暁にはてめぇの人生を爆破してやるからな。
「ん~、造り自体はそんなに複雑じゃないから、解体にはそんなに時間かからないよ」
ピリピリと紙袋を破いて確認している萩原さんの横で端末からお巡りさんに連絡します。
「萩原さん、残念なお知らせです。何処かのバカがカーチェイスしたせいで処理班間に合いそうにないって言われました」
きっと今の私は絶望顔をしていることでしょう。別に萩原さんの腕を信用していないわけではないのです。違う懸念がぐるぐるとしているせいです。
「つまり?」
「防護服なしで萩原さんが解体するしかないです」
どうして折ったはずのフラグがここで復活するのか!
「萩原さん、それに遠隔操作の装置は付いていますか?」
とりあえず、確認!と尋ねてみれば「付いてないよ」という答え。思わずガッツポーズをしてしまいました。よしっ!
「じゃあ、たったと解体して下さい」
そんな私に少し首を傾げてから、萩原さんは「でもなぁ~」と難しい顔をします。
「解体道具、無いんだよなぁ」
「ありますよ」
「えっ!?あるの!?何で!?」
何だ、そんなことかと一式取り出してみれば、かなり驚かれた。
「萩原さん、ここは犯罪都市東都ですよ?」
真顔で解体道具を手渡しながら言えば、萩原さんは複雑そうな顔をしました。
「ごめんね、俺達の力が及ばなくて」
「十分頑張ってくれています。頑張ってくれている人に頑張れと言うほど私は鬼畜じゃないです」
もう、ここはそういうモノが集まる処だと理解しています。理解してても納得はしていませんので、毎度のこと私はブチ切れているわけですが。
「警察も人間なんですから、無理は駄目ですよ。死んでしまいますからね」
警察消防医療従事者、ライフライン系の人とか、災害時に過労死した人出たとか聞いて、もうやるせないよね!応援を!応援を呼んであげてください!仕事中でも温かいご飯もしっかり食べて、水分補給もしっかりしてほしいです。腹が減っては戦は出来ぬじゃないけど、腹が減っては救助も出来ぬ。人一倍動いてるのだから、ちょっと融通してあげてほしいです。
さて、そんな私の考えはともかく、目の前の爆弾です。爆発まであと二十分。
「私の命、預けましたよ。萩原隊員」
「おう、任せとけ」
瞬殺でした。
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「断罪の瞳」などという中二溢れる名前を付けられてしまった特殊な目を持つ転生主人公の話です。<br /><br />相変わらず煩いです。<br />夢というより交友録。<br />萩原さんと水族館。枝豆を添えて。<br /><br />コメント、スタンプ、いいね等ありがとうございます!<br />皆さまのおかげで続いております。<br /><br />引き続き、素敵な表紙をお借りしております!<br />…_(:3」∠)_ | フォルテ@(ง ˙ω˙)ว <br />[pixiv] <strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/46510358">illust/46510358</a></strong><br /><br />コメント、スタンプ、いいね等ありがとうございます!<br />おかげさまでランキングに入りました。<br /><br />2018年9月26日付デイリーランキング34位<br />2018年9月26日付女子人気ランキング11位<br /><br />2018年9月27日付デイリーランキング14位<br />2018年9月27日付女子人気ランキング64位
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お前を三枚おろしにしてやろうか!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10168799#1
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※注意
作者がなんとなくで書いた完全なネタです。
続くかどうかは分からない。
この作品ではスコッチの名前は諸伏景光で固定です。
誤字脱字があれば直すので教えていただけたら嬉しいです。
キャラ崩壊に注意
今回話の都合上少しグロい部分もあります、苦手な方はバックをお願いします
それでもよければどうぞ
[newpage]
そろそろ試験が近いということで、みんなで図書館に来ているわけだが、やはり2時間くらい経つと集中力が切れて来たのだろう、各自飲み物を買いに行ったり、自分の好きな本を探し読んだりしている
その様子を見かねた降谷が声を掛ける
「お前らな!もう少し集中力が続かないのか?試験まであと少しだぞ?」
「とはいってもなぁ、さすがに勉強ばかりは飽きるし、こうやって息抜きくらいしてもいいだろ?.....あ、萩原早くそれ貸してくれ、これの次それだろ?読み終わった」
「そーそー、別に勉強しないってわけじゃないしさ......んー、あとちょっとだから待って、10分くらい」
「了解」
諸伏と萩原が冒険物であろう小説をそれぞれ手に持ち、そう言い返す
どうやら同じシリーズを読んでいる様だ
「お前らなぁ、そういっていつも中々始めないだろうが」
「まぁまぁ、ちょっとくらい良いじゃねぇか、降谷」
「伊達は甘すぎる!そもそも、こいつらが言い出しっぺだろう!」
そう、この勉強会はもともと諸伏と萩原が次の試験が少しやばいからと泣きついて来て開かれたものだったのだ
「とはいっても、集中力もそうそう続くもんじゃねぇだろ?」
「とかいいつつ、松田!お前の体勢もなんだそれは!腕を枕にして寝ようとするな!」
「そんなカリカリしなさんなって........それより加々知、お前それ何読んでんだ?」
こちらに対して、まったくの無反応で本を読んでいた俺を見て、松田が巻き込む様に声をかけてきた
「これですか?かちかち山ですよ」
そういって、たぬきとうさぎのイラストの描かれていた本の表紙を松田に見せる
「かちかち山だ?なんでそんなもん読んでんだ」
まぁ、確かにかちかち山とは子供がよく読む童話であるし、大の大人である俺が手に持ち、読んでいるのは、些か違和感があるんだろうな、松田が疑問を口にする
「さすがに似合わねぇよ、加々知の場合、世界拷問全集とか読んでる方が違和感ねぇわ」
「なんですかそれは、こういった童話もこうして大人になって見直すと、中々面白いものがあるんですよ」
そんな物騒なもん読まねぇよ
いや、そんなもんあるなら怖いもの見たさで見てみたいけどさ
そもそも、一般の図書館に世界拷問全集などという極めて珍しく、一部の人にしか需要のないものが置いてあるものなのか?
ないだろさすがに
「かちかち山かぁ、俺も昔読んでたな、確かたぬきが畑を荒らすとかから始まるんだっけか?」
「そうだったっけ?俺船のとこしか覚えてねぇな」
諸伏と萩原がこちらの会話を聞いていたのか話に入って来た
「改めて見ると、初っ端から結構すごい話なんですよね、これ」
「すごい話って?」
「かちかち山のお話は簡単に言うと
ある日、畑を荒らされることに耐えかねたお爺さんが、たぬきを捕まえるのですが、人のいいお婆さんが、たぬきの懇願に気を許し、縄を解いてしまうんです
するとたぬきは、お婆さんを惨殺し、お婆さんの皮を剥いで被り、お爺さんに、お婆さんの肉で作った汁物を食わせるのです
そして、たぬきが
ジジイがババア汁食った、ジジイがババア汁食った
という、イカれた歌を歌い、カラカラ笑いながら逃げていく、と言うところから始まるんですよ」
ほんと、改めて読んでみると、結構グロい話だよな、これ
「は!?そんな話だったっけ!?」
「俺の知ってるかちかち山は、たしかお婆さんが縄を解いた後、逃げ出してイタズラが悪化するだけだった気がするんだが!?」
伊達と降谷が本を覗き込む様に前のめりになって問いかけてくる
「簡単に言うと子供向け絵本と、グリム童話みたいな違いですよ、同じ題名でも子供向けにマイルドになっているかどうかという」
グリム童話もあれはあれで結構グロいもんな、シンデレラだったら、姉たちが足を切り落とされてたり、白雪姫なら王子との結婚の際、王妃が真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬまで踊らされたり
うん、やばいな、子供には見せられない
「なんていうか、ここら辺の歌とか話がカットされるのも分かる気がする」
少し青い顔をし、引きながら萩原が答える
まぁ、たしかに
「話は子供にするには少しあれですし、歌詞は歌詞で直球過ぎますしね」
どちらにしろ子供がみたらトラウマになるよな、これ
......あ、そういや
「カチカチ山の童謡もありますが、残酷なせいかあまり有名ではありませんよね」
「かちかち山の童謡?そんなのあったのか?」
ん?珍しいな、自他共に認める、日本大好きな降谷なら知ってると思ったんだが、流石に知らなかったか
「滝廉太郎氏が作っているんですよ........はーるのうらーらーの」
「え!!あの花の?」
そうそう、あの花のね
滝廉太郎自体は有名だけど、さすがにこれは知らなかったか
といっても、俺もこれを知ったのは前世で補佐官さまのアニメ見てたからなんだけどな
「歌いましょうか?」
「歌えるのか!?」
「えぇ、まぁ」
前世アニメ見て覚えたからな、なんか気になってるみたいだし歌ってみるか?
「では、......さん、はい
かちかちなるのは、何の音
かちかち山だよ、この山は
たぬきはしらずに、さきへゆく
兎はうしろで、かちかちかち
ぼーぼういうのは、何の音
ぼーぼー山だよ、この山は
たぬきのせなかで、火がぼーぼー
あついと走れば、なおぼーぼー
たぬきのお船は、土ぶねで
兎のお船は、木のふねで
一所にこぎでる、川の中
たぬきは溺れて、ざぶざぶざぶ
と、まぁこんな歌ですね」
「「「「呪いみたいな低い声で歌うのやめて!?」」」」
む、せっかく歌ったの失礼な.....
「なんか妙に低い声で歌ったのを聞いたからか、余計怖かったんだが!?」
諸伏と萩原が涙目で訴えてきた
というか、
「低い声で歌ったから怖いと言いますが、この歌は子供のあどけない声で歌ったとしても、逆に怖さが増す気がします」
「これ、桃太郎のきびだんごの歌とかと同じ童謡なのか.......」
「あのほのぼのソングと同じくくりでいいのか?」
「いや、あきらか同じくくりじゃダメだろこれ、子供泣くぜ?」
伊達、降谷、松田がかちかち山の童謡について話しているが、お前らあれだぞ?
きびだんごの歌一番とかしかしらないだろ?それ
「きびだんごの歌も結構攻撃的ですよ?」
「「「え?」」」
「3番と4番の歌詞知らないんですか?」
「そんな長くあるのか?あの歌」
「5番までありますよ、ちなみに3番と4番の歌詞は
そりゃ進めそりゃ進め
一度に攻めて攻めやぶり
つぶしてしまえ鬼ヶ島
おもしろいおもしろい
残らず鬼を攻めふせて
ぶんどりものをエンヤラヤ
という、攻撃的なものです」
中々に戦いに前のめりな歌だよな、ドラクエで言うと、ガンガンいこうぜ状態だ
「.....日本の童話って、結構あれなんだな」
「......あぁ、そうだな」
「まぁ、それ以外にも指切りげんまんとか、昔ながらの遊びとかも結構あれなものが多いですしね」
「まだあんのかよ!」
「てか、指切りげんまんって?なんかあれなとこあるか?」
いや、普通に有名な歌詞を見ただけでもパッとわかる部分あるだろ、針千本飲ますとかさ
「あとは、指切りげんまんの"げんまん"とは漢字で書くと拳万といい万回殴るという事です
.....ちなみに、この歌詞には続きがあり、最後の部分は"死んだらご御免"となっています」
「死んだら御免?約束果たせず死んだらごめんってことか?」
「いえ、そっちではなく、約束を守れなかったら死んで詫びるという方です」
「こわっ!!!」
俺も初めてしったときは、そっちかよ!って思ったな、そういや
「まぁ、こちらの歌詞は庶民に伝わったものであり、元々は違う歌なんですけどね」
「え?違ったのか?」
「えぇ、元々の歌詞は
指切り かねきり 高野の表で
血吐いて 来年腐って また腐れ
指切り拳万 嘘ついたら針千本飲ます
と言うものですね
江戸時代、遊女が男に本気を伝えるために小指を切って送っていたがそれよりもお手軽なものとして髪を切って送るというものがあり、それが"かねきり"
高野とは厠、便所のことです」
「いや、どっちみちこえぇよ.....」
「まぁ、このように子供向けになっているものも、元々の原本や原文は少し違うので、見比べてみると面白いんです
ところで、試験勉強はいいんですか?そろそろ閉まりますよ?図書館」
もう6時だしな
「「「「へ?」」」」
「し、しまったぁぁぁぁ!」
「やべぇ!まったく進んでない!」
「これは流石に俺もやばいな」
「くっそ、つい加々知の話にのめり込んだ!」
「俺はなんとか範囲はまとめたから、後はどうとでもなるか?」
「あぁ!?ずりぃぞ降谷!」
「真面目にしなかったお前が悪いんだろう、ずるいも何もない」
「ちょ、ゼロ、ゼロ助けて」
「断る、自分でどうにかしろ」
おお、まさしく阿鼻叫喚
「ってか、何余裕そうな顔してやがる!加々知!テメェこそ勉強できてねぇんじゃねぇのか!?」
おわっ、こっちに飛び火した
だが、この補佐官さまスペックを舐めてもらっては困るぜ!
「そもそも、ここに来る前に試験範囲の勉強は完璧に仕上げてきたのでご心配なく」
「「ず、ずりぃぃぃぃ!!!!」」
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投稿が遅くなり申し訳ありませんでした!さすがに遅すぎました.....<br />まだお待ちしてくださってる方いますかね?<br /><br />と、とりあえず14話です<br /><br />小説内にも注意書きしていますが、<br />今回話の都合上少しですがグロい部分もあります、どうかご了承ください<br />苦手な方は読まずに閉めてくれると助かります<br /><br />今までのシリーズ、全てのスコッチの名前を変換し諸伏景光で統一致しました<br />もし変換のし忘れなどを見つけましたら、コメでもメッセージでも良いので、知らせて頂けたらありがたいです<br /><br />【追記】<br />2018年09月26日付の[小説] 女子に人気ランキング 59 位入り<br />2018年09月27日付の[小説] デイリーランキング 78 位入り
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某地獄の補佐官になった一般人 その14
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Subsets and Splits
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