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---|---|---|---|---|
このお話は、所謂成り代わり作品です。
好き嫌いが分かれるデリケートな話だと思われます。
キャプションを一読ください。
[newpage]
ピロンという電子音、音声と共にロビー全体に受付番号の案内が響き流れる。
ザワザワと各々小さな声でだが、雑談が聞こえる穏やかな此処は、一般的な役所の雰囲気ととてもよく似ているが、決定的に違うのは皆、一人ないし二人は刀剣男士と呼ばれる刀の付喪神を護衛につけている点、ここは審神者が様々な申請を行い、利用する政府の施設である。
その日、近々帰省する予定の女、審神者は必要な手続きを終え近侍の加州清光をつれて帰る前にと、穏やかなロビーからは少しはずれた薄暗い廊下へ入っていった。
そこには本丸ではまず見ることはないだろう自動販売機が低いうなり声をあげ、商品を見せる電灯が冷たく廊下をささやかに照らしていた。
それは液晶画面を使わない、妙にレトロな雰囲気をかもちだす一昔前の型だ。
女の本丸では面倒な手続きだけの役所への護衛を引き受けた男士には好きなジュースが飲めるという特権がついていて、刀剣男士は皆、主の少し特別!な気分を味わえる特権ジュースが大好きだったし、女も女で故郷の……平日の真っ昼間の田舎の病院のようなノスタルジックなその廊下で自分の男士とジュースを飲む時間がとても、尊く大切なものだった。
初期刀の加州清光も今更大声で主張こそしないが、心地よいものだと目に見えてわかりやすく楽しみにしていた。ただ今日は先客が居たようで、ずっと先の廊下の前方自動販売機前に人影が1つ。
「……浦島?」
「え?本当だ」
「え、なんか様子おかしくない?」
加州にとって元主と縁のある長曽祢虎徹の弟刀である浦島虎徹が自動販売機に額をつけて立ち尽くしていた。
言い知れぬ不穏な空気を背負っているらしくないその刀に、大事な主を近づけて良いのか、加州は一瞬思案する。
このような不穏な空気を漂わせる刀剣男士に、加州も審神者も見覚えがあった。演練などで一度は見たことがある所謂ブラックな案件に関わる可哀想な刀剣男士。あの浦島がそうである可能性はないのか、と。
両者の記憶に刻まれた、自身の意志も薄く鬱な目をどこか遠くに向ける何を考えているか知れない不気味な刀剣の姿が目の前の浦島虎徹と重なる。
「……主、俺いくら多少縁のある刀だって言っても、一番大事なのは主だから……ジュースくらい、また今度で良いし、」
「だめ、行こう、何よりも楽しみなの知ってるんだからね?
私も負けないくらい、清光とジュース飲みたかったんだもの。」
「っ主」
「……そっと退いて貰ってそっと買って向こうのベンチまで持ってこ?……それに、もし困っているだけなら、私たちに出来ることだったら、手を貸してあげなきゃね」
「ん゛~……お人好しなんだから、わかった」
二人が一歩踏み出すと、浦島は不意に身を捩った。しかし二人に気が付いた訳ではない。身を捩ったことで今まで見えなかった橙色がひょっこっと顔を出す。二人は、え、と呆気にとられて固まる。
……浦島虎徹は内番の衣装を身にまとっていたのだが、それ自体は大したことではない。護衛とは言え稀にカンストしている刀は内番姿でも十分に強いし、そうでなくても刀剣男士はその気になれば霊力を込めて戦闘衣装に一瞬で変われるのだから。二人が驚いたのはそこではない。
「ねえ、清光、あの浦島虎徹……サイドに雑に一つ結びっての髪型ってっ……!!」
「長曽祢さんの……真似してるの?あの雑っぷり……ん?真似?もしかして!」
「やっぱり、私の勘違いとかじゃなくて、もしかして、あのスレの……かな?」
二人が思いだしたのは2年ほど前にネットの掲示板に投稿されたブラック本丸から引き取られてきた浦島虎徹の対処の相談の記憶だ。常にびくびくと怯えている浦島虎徹らしくない、その個体の話。
……後に様々な問題が解決してその本丸で浦島虎徹は二振りでまるで双子のように過ごし二振りの内、一振りは写真ではサイドポニーにしており、ネット上ではそれがどちらなのかは語られなかったが、長閑な二振りの仲睦まじい写真が投稿されていたのはまだまだ記憶に新しい、と。
丁度そこで、こそこそ話して居たのが気になったのか、件の浦島虎徹が此方にちらりと目を向けた。その大きな瞳には涙がにじんでいるのか自販機の光源を受けて明るく照らされたその瞳からはポロポロと真珠のような大粒の涙。
浦島虎徹らしくないその反応に、やはりと女は確信し、清光もうなずいた。目の前の彼はその写真の彼を彷彿とさせる姿、態度をとっている。
「君、大丈夫?君の主さんは、近くにいるのかな?」
そう声をかけると彼はヒクリと喉を引きつらせて空中に視線をさまよわせ恐る恐ると言ったように口を開いた。
「っ飲むと、皆、折れちゃう……?」
突拍子もない予想外な台詞に、女は今までの審神者として積み重ねてきた自信と経験はすべて蹴散らされた。どうにか出来るかもしれない、という甘い考えが自惚れであったと気が付き、何か言おうとした筈の口からは、はくりと空気だけが出て行った。
(ごめんな、勘違いです)
[newpage]
どうもこんにちは、私です。浦島君のお兄さんになった浦島()です。
突然ですがみなさま、修行って聞いたこと有りますか?
私は先日初めて聞きました。なんでも、超パワーアップして刀剣男士的に器がとっても大きくなる感じで強くなれる的な感じなそうな。
我が本丸にも実はもう行って帰ってきてる勢がちびっ子達にちらほら居るらしく、道理で最近の鬼ごっこがハード通り越してナイトメアなえげつない連敗なはずだわ、って思ったよ。
どんなものなのか私ちょっと気になります!!って思ったけれど、修行と言ってもカカカのお兄さんについて行けば良いのかと思えばそうでないらしく道具もいるし一人で本丸時間的には四日、刀剣男士的には男士それぞれ個体差やどこに行くかで体験する時間は様々らしい日々を、なんかこう、頑張って過ごさなければならないらしい。
「うううぅ……」
「大丈夫かい?今日も日差しがきついからね、水分とった方がいいかも知れない」
「う!?ううん!!大丈夫!!ちょっと考え事してただけで」
「浦島、少し顔が赤い、涼んできた方がいい」
脇差仲間のにっこりさん……違うな、何とかさんと話していると、めざとく気が付いた蜂須賀兄ちゃんがこちらに歩いてきてそう強く言った。
口調は強いものの表情は兄のそれなので私も小さく間延びした返事を返す。
と、そのとき、うんと遠くの厨の勝手口からひょっこり顔を出したリボンのお兄さん……か、か、かせ……何とかさん、が何か叫んでいる。耳を澄ますと、今日のお昼用のネギが足らないので少し持ってきてほしいのだとのこと。
「丁度良い、持って行ってそのまま少し涼んでくるんだ」
「大丈夫なんだけど……でもわかった!行ってくるね」
「行ってらっしゃい、こっちは僕らに任せてよ」
緑の彼はときどきよく分からない言い回しをするのだが私がいっさい理解していなことと、蜂須賀兄ちゃんになにか言われたようで最近はわかりやすい言葉を選んでくれるようになった。少し複雑だ。理解してみたかった……。
そんなことを考えながら手近なネギを数束抱き込み急いで厨にダッシュで行くと、丁度お昼手前という時間帯ともあって、てんやわんやいつもの何倍も騒がしく色んな人が入り乱れていた。どうやら遠征のお弁当も平行して作っているらしい。
そんな中そっとリボンのお兄さんにネギを渡すとても柔らかな笑みでお礼を言われて任務が無事あっけなく完了。
しかしにっこりさんの言う休憩とやらは出来なさそうだ。なぜなら、いつも当番の人が座ったりしているイスと机のある憩いの場は大小六つのお弁当箱が並べられていて絶賛制作に使用中とみた。
更に言えば蒸気や人の熱気でいつもの数十倍湿度が、温度がヤバい。
そんな中、悲鳴(野太い)が聞こえた。
「あ゛~~お醤油がなくなっちゃった!!」
「なんだって!?夕飯はどうするんだい今日万屋に行く人員は此処からはさけないぞ」
なるほどなるほどお使いの出番ですな?私休むように言われたばっかで暇なんですわ!役に立つぞ!!
邪魔にならないように人並みを縫ってそっと近寄り、眼帯のお兄さんのエプロンの裾をそっと掴んだ。眼帯のお兄さんは、なんだっけ名前、えっと……あ!
「燭台切さん!俺がお醤油買いに行ってくるよ」
「本当かい!?ありがとう助かるよ、これ厨用のがま口財布、これで支払いしてくれたらいいから!」
やばい!!名前あってた!!むふふー記念すべき第一歩だな!!何気に兄弟以外で初めて名前を呼べた気がする!!上機嫌になって元気いっぱい「まっかせてー!!行ってきまあーす!!」と意気揚々ゲートまで走り、くぐった。
とこまでは良かった。良かったのだ。
◇
(「あれ、お醤油は結局どうしたの?」
「ああ、浦島弟君が行ってくれるって言ってくれたから任せちゃった♪」
「……え?弟君は遠征だし今本丸にいるのは……兄君の、方……」
「え、ええ!?だって名前呼んでくれたから、……っ、え、え、あれ……っ、まさかそんな、どうしよう、嬉しい、
ってそれどころじゃないどうしよう!!!!誰か蜂須賀君呼んできてえぇえぇっぇえ!!」)
[newpage]
此処はどこだ。
そう言えばゲートの先の確認をしなかったな、なんて思うも後の祭り。
あわてて戻ろうと振り返ると、偶然私の後に続くように知らない人と、そのお付きの刀剣男士が出てきた。
果たしてこの他人が出てきたゲートは本丸にまだ繋がっているんだろうか。どうやったら帰れるんだろうか。……どうしよう。
万屋のときはお買い物メモに本丸IDなるものが書いてあって帰りはそれを入力し霊力認証とやらで掌を機械に当てて帰ってきたのだが、このゲートは入力するところがなんだかややこしそうだし、掌認証もなさそうだ。
第一、人の名前も覚えてないのに本丸ID覚えてるわけねえだろ!!
ピロン……
「受付番号ーー番の審神者の方……」
不意に聞こえた電子音。前の兄達の付き添いで何度か行ったことがあったどこかの放送に似ていた。
なんだか、懐かしい。
スッと焦りが治まっていく。落ち着いてキョロリ見渡すと、ここは演練場のような近未来と現代の混じり合った不思議な空間とよく似ている……いや、こちらの方が現代に近いかもしれない。
電光掲示板が空中に文字を映しているぐらいなもんで、他は現代の役所、病院の待合室、郵便局の待合室……などと言われても信じてしまいそう。
ヒソヒソ小さな私語が聞こえるがそれはあくまで静かに、穏やかに、とても長閑だ。
……どうせ前居た現世とやらには帰れないんだ。ちょこっと見て回ろう。邪魔にならないように静かにこそこそ移動を開始する。
たまたま居た余所のドッペルゲンガー長曽祢兄ちゃんと目があったので少し驚いたが、思わず緊張が解れ顔がゆるんでしまった。
間抜け顔を誤魔化すように手を振ったらドッペル兄ちゃんから少量の桜が舞ったのできっと間抜けなのはバレていないはず!よし!怒られる悪いコトでもないはず!
ふらふら歩いているとロビーからは衝立で死角になっている、人が全くいない廊下の先が目に入った。奥の方でほのかな光、あれは……。
ひゅー!!自販機じゃねーの!!!!
うわー!!こっちの世界にもあったんだ!!何年ぶりだろう!!
光の早さで(もちろん静かに)自販機に近付くと商品チェックに入る。テンション爆上げである。
ひょえええ!!!コーラだって!!こっち来てついぞ見ないから絶滅したかと思ってた!!
飲みたいなあ!!っておもったけれどよく考えたら自分が今持っている財布は厨用のがま口のみだ。これは私のお金ではない。
それに気が付くと、高ぶっていた気分が急激にしぼんでいった。ゴツンと自販機に頭をぶつけると更にしょんぼり頭を抱える。
が、ちょっとまて、私が頼まれたのは醤油だ。醤油は何色だ、黒……。
コーラは……。
いやいやいやそんな待って待って待って、だめだめだめ、前のやんちゃな自分ならてっへー☆間違えちゃった☆☆とか言って誤魔化してしまうかもしれなかったが、こちらの私は良い子なのだ。
私は良い子なんだ、私は、今は、良い子……良い子なんだっっく、
……っていうか私帰れるのかな。
なんだか一人ぽつんと薄暗い廊下に立っていると、唐突に世界に一人だけのような気がして、ぶるり、身震いをした。
兄ちゃん……。
そうだ、兄ちゃんなら、前の兄ちゃんだったら許してくれるだろうけど、例えばお世話になっている今の兄ちゃん達に突然こんな悪戯をして、そのとき兄ちゃん達は私を叱らないだろうか。いい子はこんなコトするだろうか?
そして、また思い出す、大切な記憶の断片……。
遠い遠い記憶。
兄ちゃん達の声が、やり取りが、脳裏によみがえる。
「はあ?醤油とコーラの違い?」
「そう!どうせならぜーんぶおいしいコーラにしちゃったら幸せでしょ?」
「妹よ、醤油がないとおいしい料理が食べられない。
それに醤油とコーラじゃ決定的な違いがある」
「ああ、そうか……違いってなあに?」
「ふっふっふ、醤油はな、がぶ飲みすると、死んでしまうんだよ!」
な、なんだってー!!って、思ったのを思い出した。
きっと、教えてくれたことを忘れていて、そのままコーラを買っていってしまったら、味を占めた私はいつかその逆、つまりまた誰かのお使いで今度はコーラの代わりに醤油を買っていく事態になっていたかもしれない。
そうなってしまったら、間違いなく死人がでる。
あの穏やかな本丸で死人が、しかも私のせいで出るコトになれば兄ちゃん達に怒られてしまうどころではない。
ギリギリセーフすぎて、冷や汗が止まらない。そんな恩を仇で返すようなこと、とんでもなさすぎて!!
あー!!危なかった!!
「……ー……ー…ーー!」
回想でいっぱいいっぱいになっていると、不意に話しかけられた気がしてチラリ様子を窺うと、逆にこちらの様子を窺っている綺麗なおねいさんと赤いマフラーの人がいた。(多分この赤いマフラーの人もドッペルなんだろうな)
「っ、飲むと、皆、折れちゃう……!」
あ、醤油を飲むとね、死んじゃうこともあるんだって、っていう事実に震えて思わずそう教えてあげたが、よく考えたら此処には醤油はなかったし有るのはコーラだったわ。むぎゅっと口に手を当て弁解を開始する。
「あ、なんでもない!!違う間違えた!!ご、ごめんなさい!」
「」
お姉さんは一瞬白目をむいた。様な気がした。
[newpage]
審神者専用相談スレpart296
……
…
32俺が37人目
うえええありがとうおおおお
何とか歌仙に許して貰ったあああ、今度から茶碗割っても誤魔化さないよまじありがとう、
33迷える審神者
おう!生きろよ!!
34迷える審神者
案外アッサリ片づいてて草w
と言うよりいくら歌仙でもブラックでもない真っ当な主37人目にしねえだろと、
35迷える審神者
わかる。正常な判断ができないレベルの焦り
36迷える審神者
わかる
37迷える審神者
ブった切って申し訳ないがむりむりむりむり助けてマジむり
マチ"無理。。。ボスケテ。。。
38迷える審神者
37>なんだなんだどうしたどうした???
解決したとこだから問題ないけど……
39ジュース
スペック
女
好きな飲み物、果汁100%のリンゴジュース
現在地、役所の人あんま居ない廊下
近侍で初期刀、清光(極)
清光好きな飲み物は本丸で作った梅ジュースだって
パンツは黙秘だって
40迷える審神者
仕事早すぎわろたと言うか近侍のパンツだけ晒そうとすんのなんなのwww
41ジュース
まってパンツ聞いたの超怒られた、ぷりぷりしてる可愛い、癒された、SAN値回復したから相談して良いすっか?
42迷える審神者
だいぶキてんな、どうぞ
43ジュース
ブラック産と思われる浦島くんを役所で見つけたんだけど、どうも前に此処に書き込んでた目玉焼きさん所の浦島君だと思う、髪結ってるし話聞く感じも本丸じゃ虎徹四兄弟になってるって言うし。
でもね、本丸IDわかんないと言うの、かれ、迷子なんだとよ
44迷える審神者
45迷える審神者
46迷える審神者
(ええ??わからん誰っすか有名人???)
47迷える審神者
ソッ(URL)(URL)
48迷える審神者
47>早いっwあざっす読んでくる!!
49ジュース
お客様の中に目玉焼きさんの本丸ID知ってる方居ますか???(白目)
50迷える審神者
いねえよ(白目)
51迷える審神者
しっかりしろジュース!!落ち着いて担当に連絡して見ろ!IPアドレスから辿れるかもしれん。
52ジュース
そ れ だ
メール送ってみるわ
53迷える審神者
おお!なるほど此処に目玉焼きが光臨するのを待つよりはずっと現実的!!
54ジュース
送った!
もうね、浦島君出会い頭にトランス状態みたいな雰囲気でね、開口一番ジュース見ながら「飲むとみんな折れる」とか言うの審神者まじ魂出たかと思ったわー!SAN値爆発するかと思ったわー!したわー!
55迷える審神者
56迷える審神者
57迷える審神者
58迷える審神者
59迷える審神者
不意打ちやめような?
……
…
[newpage]
市役所っぽい所からの脱出は思いの外ハチャメチャに簡単だった。
白目をむいたように見えたお姉さんは、一瞬にして目の光を失った様だったが復活し、私にジュースをおごってくれた。
その際とっても丁寧に全ジュース特徴と旨味の違いを解説してくれたのはちょっと引きそうになったけど、だめだよね、人の趣味をバカにしちゃ。
余所のマフラーのお兄さん……カシュさん……だっけ、からは頭撫で撫でしてもらい、おごって貰ったジュースをソファーで大人しく飲んでいた。
ちなみにこのカシュさん、よく見たら家にいるカシュさんよりお衣装が派手格好良くなっていたので、こりゃ極めてきたなぁとちょっとキラキラした目になってしまったよね!!超格好良くなってた!!
いいないいなあ、私も出来ることなら極めてみたい!!
などと考えていたら、スゴい心底焦った形相の蜂須賀兄ちゃんが廊下の向こうから現れて光の速さでギュッギュってされた。
そのまま間髪入れず怪我はないかと全身くまなくボディーチェックが入り、その怪我審査を無事終え、ようやく安心したように一緒にいてくれたお姉さんに感謝の意を述べ、そこで漸く追いついたらしいパタパタと可愛い足音をたてゼェゼェ息を切らしながらやってきた主さんがスピードを緩めず見事なスライディング土下座をキメた。
一連の流れから、お姉さんが私を迷子から救ってくれたのだろうことがわかった。
そういや私迷子だったね。
お姉さんが時々カシュさんとこそこそ話しながら、ぽちぽち真顔で端末イジってたのは……。まって?……もしかして迷子のお知らせ情報流してたってこと……????
え?あ、え!?
何それ恥ずかしいくない!?!?!?……って思ったのは本丸に無事帰還してからだったから何も確認できなかったわ。コロ……コロチテ……
こんなに恥をかいたのにその日の夕飯はなぜかお赤飯だった。
眼帯のお兄さん……えっと、燭台切さんが半ば泣いていたのは何でだろう。
◇
「これ、浦島君に……なんだけど、嫌だったら断ってくれて良いんだけど、良かったら貰ってくれるかな」
「主さん、これなあに?」
「首から下げるの、ほら此処にこのプレートに本丸IDが入ってるから、」
プレートと言ったか!?
……首から下げるプレート、うっ頭が!!トラウマという化け物に攻撃された私は思わず片手で首を押さえて空いてる手で胸を押さえた。痛いっ!歴史がっ!!私のガラスのハートは砕かれた。
「っ俺、悪いこと、しちゃった……?迷子がそう……?」
「っ……違う、この方法はやめようか、ごめんね、
でもね、聞いて浦島君、もう前みたいなコトはココでは起きないのよ?」
主さんはとても辛そうに絞り出すようにそう言う。
ちょっと待って?本丸ID?って言った?
……そうだ、よく考えて落ち着いて見てみれば主さんの持っているプレートは小さい。アクセサリー……シルバーのタグの付いたネックレスのようだし、本丸IDが入っているのならそれはとても便利で格好いい物では?またまた、早とちっちゃったな。
それにしても、"もう前みたいなコトはココでは起きない"ってプレートの遅刻魔事件のことか、不思議パワーでバレてるんだったな。危ない危ない、しっかりしなきゃ、
「前の所で過ごした環境は、決して良いと言えるものではなかったでしょうけど、でもほら、此処では痛いことは起きてないでしょう?」
「え?」
そう続けた主さんに珍しく引っかかる物を感じた。
痛いこと……。
痛いことが起きたのはトラックに轢かれたことと、あの薄暗くて埃っぽいあそこでの出来事。
ただでさえ全身痛かったのに床に散らばった金属片にさらにちくちく細かい傷ができてしまったけれど。
それは一瞬のことで、過ごした環境と呼べるほど長く居たわけではない。と言うことは、主さんは前の兄ちゃん達と過ごした環境のことを言っているのではないだろうか……。
「痛いこと……?」
「そう、嫌なこと」
そう言われてぎゅっと胸が痛くなった。ぎゅっともう一度胸を押さえるように握りこんだ。
兄ちゃん達と過ごして、確かに嫌なこと恥ずかしかったこと忘れたいことはたくさんあった。
でもきっと、どんなに恥ずかしくたって忘れたくたって、それは家族の大切な思い出のかけがえのない宝物として心に刻まれている。
私を心配するあまり、まるで親の敵を見るように前の私の環境を悲しい目で見つめる主さんになんだか悲しくなってきた。
主さんが心配する理由なんか決まっている。
私がトラウマなどに毎度過剰に反応しすぎているからだ。
もっと、落ち着いた人間、あ、否、刀剣男士に成らなくちゃ……!
「俺、頑張るね……!」
決意したと同時にそう宣言すると、素早く立ち上がっていつも手合わせをしている道場に向かって走り出した「え、あ、え、あっちょっと!」と慌てた主さんの声はもう耳には入ってこなかった。
「修行……?」
「うん、脇差はもう皆行けるじゃん?……どっちが先に行くんだろうってさっき大和守さんに聞かれてさ!そりゃ当然来た順だし"俺”が先、俺はあとかなって」
手合わせしてもらう前に、汗を拭くタオルやらあった方がいいだろうと思い、自室に立ち寄るとそんな会話が聞こえて思わずふすまに伸ばした手が固まり、入りそびれて立ち止まる。
中では長曽祢兄ちゃんと浦島君がお話しているようだった。
な、なんだって!!!私ももう修行に行こうと思えば行けるのか……!
いい子になる!落ち着いた子になる!などの目標を掲げて修行に行くのも良いな!!
でも、まって、修行って外泊って事だよね……?
外泊って事はホテルとかに泊まるのかな、だとしたら私今の自分の名前浦島しか書けないんだけど!!
こてつって実は読めるけど書けないんだあ☆なんて今更言えない……。
いざ書こうとするとゲシュタルト崩壊を起こし脳味噌から煙が出そうになる。
はあ~あ、
迷子にもなるし、あわや醤油の代わりにコーラを買っていくという悪戯を思いつき、名前も書けないと来た。
これってホントに、良い子と呼べるのかな。希望を持って上昇しかけていた気分は瞬く間に底に急降下した。
あからさまに凹みそうに表情をぐっと食いしばって耐えて思いっきりふすまを開けた。
「聞こえたよ!……"俺"が先に行ってよ!修行!」
「!?浦島、お前は」
「……はあああ、いいよ、長曽祢兄ちゃんこうなるだろうなって思ってたし。善は急げってね!じゃ俺主さんのとこ行って修行の話してくる!!」
方や驚いたように目を見開き、方や呆れたような顔を作った反応を見せてくれた。が、特に葛藤もなく浦島君は私と入れ替わるように出て行った。主さんの所に行くのだろう。
ってちょっと待て。
いやいやいや早くね……?
決断から行動のフットワーク軽すぎてビビるわ。ぶっちゃけ最近は双子みたいに過ごしていたからそんなアッサリ行ってしまうとは思わなかった。
思わず見えなくなるまで浦島君を目で追ってしまったじゃないか。
「本音は違うように見えるぞ」
「!え!?……いや、えっと」
これで良いとは思っているのにうっかり目で追いすぎた。長曽祢兄ちゃんに疑われてしまっている。ヤバいヤバい。
「ホントに思ってるよ、俺は、修行に行けないだろうし」
「……誰かにそう言われたのか?」
「そういう訳じゃないけど」
少なくともしばらくは漢字の練習しなきゃ、行けないだろう。
世の中には読めない漢字があふれている。一人で数日外で過ごすなんて、遊ぶだけならいいんだけど、修行って用はこれからもっとワンランクアップして働くための研修でしょう?試験もあるかも知れない。そういうのって前の兄ちゃん達、厳しいって行ってた気がするし。
でもここの先輩として、先越されるというのは些か問題があるような気がする。というか端的に言えば悔しい私だってかっこよくなりたい。
しかししかし、私に、この甘やかされて育った私に、独り立ちができるのか……!
でもかっこよくなりたい。
……いやいや無理だろう、いきなりすぎるし、寝耳に水で(使い方あってる?)……かっこよくなりたい……。
考えていますというポーズを取って、ひたすら考えうんうんと頷く。
「行かないことに決めたのか」
「そう……行かない、……」
「……そうかそうか、なるほどなあ」
「行か、ないったらぁ」
「ほお……そうか」
……。
うう、う!!
くう、うう、う。
かっこよく、
「~~っ!!!もおおおおおお!!」
「本心を白状したな」と、なんならちょっとニヤニヤした笑みを浮かべた長曽祢兄ちゃんに耐えられなくなった私は、こうなったら勢いで行ってきてやろうと半ば自棄になって、もう姿の見えなくなった浦島君を大声で呼びながら、追いかけ主さんの部屋に舞い戻ったのだった。
ちなみに超近くの曲がり角で浦島君が蜂須賀兄ちゃんを連れて私を待っていたので、悔しくなって半泣きで浦島君にポカポカしたのは黙っておくこととする。よい子のみんな!内緒だぞ!
◇
俺が、呆気なく決断したふりをして廊下の曲がり角、陰に隠れて様子を窺うと、ポカン顔でこちらを見ていた"俺”は長曽祢兄ちゃんに何か言われたのか、部屋の中へと視線を移した。
「おや、浦島こんなところで立ち止まって何を、」
「しっ!!今"俺"の本心聞き出すとこなの!」
「本心?……修行の事かな」
耳を澄ますとウンウン唸りをあげる"俺"の声。
どうやら読み通り行きたいと、強くなりたいという気持ちはあるらしい。だがそれを邪魔するのは過去の忌々しい記憶なのだろう。蜂須賀兄ちゃんもそっと目を閉じてぎゅっと唇を噛んだ。
「行けると思うんだ、今の"俺"ならさ、蜂須賀兄ちゃんもそう思うだろ?」
「どうだろう」
「えー、まあ確かに、迷子にはまだまだなるし、ゲート間違えちゃったばっかみたいだし、空回るときも有るみたいだけどさ……」
「……そうだね、たくさん失敗や間違いの繰り返しだったんだ。そろそろちゃんと自信をつける機会があったほうが、良いんだろう、とは思うよ」
「へへ、"俺"が素直になれない時があるのは蜂須賀兄ちゃんに似たのかな、なーんちゃって!」
「浦島っ!」
「いひゃい~」
みょーんと両頬を軽く摘まれ延ばされたそのとき、部屋の方から聞こえた「~~っ!!!もおおおおおお!!」という声と、俺を追いかけようとする呼び声と足音に、俺も蜂須賀兄ちゃんも思わず吹き出して声を出して笑ってしまった。
◇
あれよあれよという間に、私は修行に行くことになった。
修行にいく前に、主さんには、あんなに嫌がってしまったのに忍びないが、生命線なので本丸ID入りのネックレスをありがたく頂戴し、もう一つ、手の甲の部分に小さく油性マジックで「浦島虎徹」と書いてもらった。
漢字で名前を書く機会があるといけないのでなんてバカ正直には言えなかったので、「無事帰れるお守り!主さん、俺の名前ここに書いて!」ってお願いしたら、涙目で書いてくれたのだ。ありがとう主さん!!
嘘は付いてないよね!!自分が刀、物!だと言うことを考えると、持ち物に名前を書くのはゴクゴク自然なことだよね!!ね???
いやー私もたまには良いこと考えるな!!ナイスアイディア!!
あ、でも普通物に書くのは持ち主の名前か……全然ナイスじゃないな、まあいっか!!
(「外に行って存在を保つ自信がないのかも知れない、そんな子送り出してしまって、本当に大丈夫なのかなっ……!!」
「大丈夫、お守りって言ってたろ!……本当にお守り、なんだよ、"俺"なら、大丈夫」)
(お守りでしょうか……?いいえ、カンニングです)
[newpage]
目を開けると、そこはただただどこもかしこも真っ白なだだっ広い空間だった。
前に一度、同じ様な雰囲気の空間に来たことがあったが、あのときは何もない空間ではなく、色彩溢れる心躍る竜宮城の景色があった、こことは決定的な違いがある。
それでも同じ様な空間だと言えるのは、自分が浦島君として生活してきた証だろうと、漠然と思った。
「お姉さん、ホントすごいや……まさか修行にまで行っちゃう事になるなんてなあ」
「浦島君!……え、ああ!!ちゃんと言える!!」
呼びかけた声がいつもなら"俺"に変換されてしまうところ、ちゃんと自分の思った言葉通りに話せることに目を白黒させていると、目の前の浦島君はお腹を抱えて笑い出した。え、なによ
「ごめんごめん、お姉さんほんとね、ホントすごいや」
「すごいって、二回目なんだけど、っていうか私どうしてここに……あ!私っても言えてる!!」
「お姉さんも二回目ね、俺がちょっとイジってたの、書く文字も変換させるのはちょっと大変だったけど」
そういえばネットに書き込んだときも落ち着いて見たら勝手に俺になってたのは少し驚いたな。なんて思いながら、彼の人生何千回目やってますみたいな落ち着いた声色にハッとし、まじまじと見つめた。
「君は、だあれ?」
「……うん、お姉さんの言う浦島君であってるよ、ただ、まあ、初めましてな俺だけど」
「初めまして……?」
「俺は本霊っていって、まあお姉さんきっと言ってもわからないかあ」
そのぺちんとおでこに手を当てたやや大げさな動作に、少々バカにされているのだろうと察しは付いたが、まあ分からなかったのでコクンと一つ頷いて見せた。
「えっとね、本体、大本?みたいな存在。まあそんな些細なことはどうでも良いんだ、本題ね?……お姉さんは修行でどんな自分になりたいの?」
「あ!!修行しに本丸出たとこだったんだったけ!!」
言われてやっとココにくる直前の記憶を思い出した。
やや過保護なみんなのお見送りに手を振って本丸の門、ゲートを出たんだ。そしてその瞬間、ココにいた。
ニコニコわくわくしたような面持ちでじっとこちらの返事を待っている浦島君に、慌てて質問の答えを考える。
「強く、ううん、いい子になりたい、悪いこと悪戯を考えるようなこともない、恥ずかしい浦島君になりたくない」
「うんうん、それで?どこに行きたいの」
「どこ……?」
そうか、そんなこと選択できるんだ。てっきりセミナーみたいな、塾みたいな、教生所みたいな……所にでも行くのだと思っていた。
そんな仕組みになっていたのか!何も知らず野垂れ死ぬところだった!こりゃ浦島君は救世主だな!!
それにしても、行きたいところ、か。
一つ、思い当たる場所があって、どこでも本当に良いんだろうかとチラッと浦島君の顔色を窺う。とまるで心読んだように「もちろん」と言ってくれた。
「じゃ、じゃあ……私、会いたい人たちが、いるんだ」
[newpage]
主さんへ
誰にあっても恥ずかしくない自分になろうと思う!
今までごめんなさい、きっと立派になって戻って来ます
[newpage]
審神者専用相談スレpart296
……
…
102迷える審神者
今日は過疎ってんなあ誰かなんかないの?暇
103迷える審神者
仕事しろ
104迷える審神者
103>ブーメランワロタ
105迷える審神者
あの、あのあおのあnあの
106迷える審神者
お!!どうしたどうしたもちつけ!!
107目玉焼き
なんどかおじゃましてます目玉焼きですが、
修行、2年前なんてピンポイントで中途半端なとこ行くような子っています?ってかあります?大丈夫です?
108迷える審神者
おお目玉焼き、って、え、どゆこと?
109目玉焼き
ちなみに浦島君なんだけど
110迷える審神者
あ……(察し)
111迷える審神者
あ……(察し)
112迷える審神者
あ……(察し)
113迷える審神者
あ……(さっし)
114迷える審神者
(過疎過ぎて把握してる勢しか居ない件)
115目玉焼き
一通目はふつうに行ってきます的な内容だったので割愛、二通目から打ちます下あけてください
116目玉焼き
主さんへ
俺は今、2年くらい前の■■に来ています。
本当は一目、見るだけで良かったんだけど、俺のお墓参りしてたから思わず泣いちゃったんだそしたら、見つかって、色々あってお客さんとしてお世話になることになっちゃった。
おまじないのおかげで俺だってバレてないみたい
あ、墨こぼしちゃってごめんなさい、読めるかな……?
117目玉焼き
これが二通目です。
118迷える審神者
119迷える審神者
120迷える審神者
121迷える審神者
123迷える審神者
124迷える審神者
126目玉焼き
これ、もしかして前の本丸行ってます?って思ったんですが
どうでしょう、考えすぎでしょうか、一般的に浦島君って修行どこに行くのでしょう
127迷える審神者
個体差有るからなんとも言っていいのか、けどな、
だいたい刀剣男士ってのはもうちょい昔、少なくとも刀使ってる時代にだな……
128迷える審神者
だったらさ墓参りって、これ浦島のってことじゃない?自分が来るちょっと前の本丸に行ったって?事とか?
129迷える審神者
あり得るって言うかもうそうとしか……。
そんな荒技つかうってこれ本霊に協力してもらってるだろうな、政府の力じゃ、遠い過去でなくそんな繊細な時間軸移動は無理だろう
130迷える審神者
そんな形でトラウマ吹っ切って来ようとするブラック男士初めて聞いたわ
131迷える審神者
それ虎徹兄弟に見せたの?
132目玉焼き
見せました。
三振りとも真っ青になっちゃってどうしようもなくて、私も正直鳩使うかって思ったんですが、結局はあれって、こちらの時間が早くなるだけで修行している本人の時間は変わらないって言うじゃないですか……
とりあえず私と三振りで気晴らしに縁側でサヤエンドウのスジ取りしてます。←イマココ!!
133迷える審神者
お、おおう
134迷える審神者
まあ、焦ってもどうにも出来ないしな……
135目玉焼き
黙っててすみません、二通目届いたのは実は昨日なんですよ
ってことで今三通目届いたので打ってきます
136迷える審神者
137迷える審神者
138迷える審神者
139迷える審神者
え
140目玉焼き
三通目行きます。
下あけてください
141目玉焼き
主さんへ
主さんは俺のせいでここが、俺にとって じごくみたいな所って思ってる?でもね、本当はそんなことなくて、うーん、何がいいたいかって言うと俺ね、バレちゃったんだよ。
お前、■■だろ?って。びっくりしちゃった。
だって俺は今姿も違うのに、おかしいねって言ったら二人とも泣いちゃった。
いい子になりたくて、吹っ切りに来たって言ったら笑って元のままで良い、やんちゃになれって言ってくれた。俺、元のままで良いんだ。
ちゃんとお話ししてぎゅってしてお別れしたから、今の兄弟と、主さんの元へちゃんと帰ります。
ああ、また墨こぼしちゃった、ごめんなさい
142目玉焼き
以上です、ご静聴ありがとうございました。明日!!「目玉焼き死す」お楽しみに!これ、絶対、前の本丸行ってます確定ですちなみに3通目のシミはどうも水です涙かな……
とりあえず帰ってきてくれるみたいで今安堵から三振りが崩れおちました
144迷える審神者
まって、姿違うってなに
145迷える審神者
146迷える審神者
忘れよう
147迷える審神者
そうだな
148迷える審神者
ていうか最初に比べると目玉焼きってだいぶココに馴染んだよな(現実逃避)
149迷える審神者
と、とりあえず解決したって事でおK?
150目玉焼き
お騒がせしました、とりあえず明日に備えて私はもう就寝することにします相談に乗っていただいてありがとうございました……!
151迷える審神者
いやまだ16時
152迷える審神者
本当におちたw
[newpage]
「ただいま!すこぉ~しやんちゃになって帰ってきた、浦島虎徹だよ!主さん! 前の兄ちゃん達も、今の兄ちゃん達も同じくらい大切なんだ、なかったことに出来ないよね!!……だからちゃんと、向き合って、吹っ切ってきたんだ」
[newpage]
修行に行って早数週間がたった。あの後すぐ浦島君も修行に行ったのでnew衣装でリードしていたのは一瞬で、今ではまた瓜二つの双子状態に戻ってしまった。
今思うと、同じ( )刀剣二振り修行に出す主さん太っ腹すぎだよなって。
長閑な縁側に自分を呼ぶ声が響く。
どうやらどこかで私が呼ばれているらしい。目の前にいる長曽祢兄ちゃんは一切気が付いていないことから考えるとこれは相当遠く。
「長曽祢兄ちゃん、かせん、?さんが呼んでるみたいだから行ってくるね!」
「ああ……ん?」
この距離、さては厨だな!!なんて分かった気になって優越感に浸っていると、ここは戦場かな?という機動で廊下の向こうから浦島君が走ってきた。目の前までくると、キキーとブレーキ音が聞こえそうな止まり方をして止まった。
「"俺"いたいた!歌仙さんが万屋にお使い行ってほしいってさ!財布預かってきた!」
「万屋!!行く!!」
「俺も暇だから行って良い? 急ぎじゃないから遊んできて良いよってさ!」
「万屋に行くのか、なら俺も行こう……良いか?」
もっちろん良いよ!と返しながらのそりと立ち上がった長曽祢兄ちゃんに思わず顔がゆるむ。わあおみんなで買い物だ!これで蜂須賀兄ちゃんがいたらとっても幸せなのに!!
「あ」
「え?」
浦島君の声にふと彼を見ると、どこか遠くをじっと見ている。なんてことない、目線の先にはこちらをじっと見ている蜂須賀兄ちゃんがいた。
畑当番が終わったところらしい。これは仕事中ではない、ということは???
ニッと同じ顔で笑った私たち三振りに、蜂須賀兄ちゃんは頭上にハテナマークを浮かべながら、嬉しそうな、悔しそうな、恥ずかしそうな、実に形容しがたい表情を浮かべた。
「蜂須賀にーちゃーん!!万屋いかなーい?」
そう大声で叫べば、今度こそググッと唇をかんだあと、そっと息を吐き出し観念した彼は、心底幸せそうな表情を浮かべひとつコクンと頷いて見せたのだった。
数時間後、本丸の縁側では「万屋にコーラが無いなんて」などとボヤきながら落ち込む浦島虎徹と、そんな彼を愛おしそうにからかい……仲睦まじい様子でラムネの瓶を開け飲んでいる、四兄弟の姿が見られたそうだ。
「あああ、馴染みすぎて、そろそろお姉さんの来世俺似になっちゃうな……まあ、お姉さんならいっか!!」
なんて声がどこかで聞こえた、気がした。
fin
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【注意‼!】<br />・≪<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5945640">novel/5945640</a></strong>≫ここから始まるシリーズのその後のその後のその後です<br />・浦/島/<span style="color:#fe3a20;">成り代わり</span>です。<br />・ブラック本丸をほのかに匂わす表現があります。<br />・誤字脱字が得意です。こっそり…教えてください。<br />・本物の浦.島も登場します。ここでは<span style="color:#fe3a20;">四兄弟扱い</span>になっております<br />・見よう見真似な<span style="color:#fe3a20;">ちゃんねる要素</span>があります。<br /><br />初めましてお久しぶりです、ようやくフィニッシュです。<br />これで今度こそ全部出し切りました。ありがとうございました!!<br />今回のも難しく、これ一万字ぐらい書いてから一回ポシャってるので今書いてます言ってからえらいかかってしまいました。<br />書き切れて嬉しいです続編もうありません!!書き切った!!楽しかったですありがとうございました!!<br /><br />(その後のその後のその後がタイトルに入らず、その後を①~③に番号ふりました)<br /><br />◇追記◇(2018/9/16)<br />ブクマ、評価、フォロー、コメントありがとうございます…!!<br />タグのありがとうございました!!!…泣きました…!こちらこそ、ありがとうございました…!!<br />2018年09月14日付の[小説] デイリーランキング 97 位<br />2018年09月14日付の[小説] 女子に人気ランキング 30 位<br />2018年09月15日付の[小説] デイリーランキング 68 位<br />ありがとうございました…!!
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竜.宮.城?頑張れば行けるって信じてるけど?【その後③】完
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10117792#1
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※学パロです!!苦手な方はご自衛ください!!
名前↓
1146→壱伊 史郎(イチイ シロウ)
4989→神玖 八雲(カミク ヤクモ)
2626→丹村 弐人(タナムラ ニト)
2048→津是 善春(ツゼ ヨシハル)
キラーT→汀 晃 (ナギサ アキラ)
ヘルパーT→助石 倫野(スケイシ リンヤ)
「……であるからして、この三次関数は——」
退屈な授業。この前その範囲は塾でやったんだよな。黒板にチョークが白線を引いて、カツカツと軽い音を静かな教室に響かせた。板書もそこそこにそっと窓の外を盗み見る。何か面白いこととかねえのかな…
「汀!これの答えはなんだ」
…チッ、目ざといやつだぜ全く。仕方なく深緑の板に書かれた数式を読む。
「x=√35です」
「…よろしい」
不服そうな顔をした数学教師の顔を見てようやく胸のすく思いがした。もう文句は言ってこないだろうし、窓の外の観察にでも戻るとするか。薄い透明な窓ガラスの先には見頃を過ぎた桜並木。石畳の道には薄命な花びらが吹きだまりを作っている。俺はこの春から晴れて高校三年生になった。つまり何が言いたいかというと、受験の年だ。部活もこの夏で引退になる。
(あー…楽しいこと無くなっちまうなぁ…)
夏から先の勉強漬けの日々を想像すると気が滅入ってしまう。成績はそこそこいい位置にいることだけが唯一の救いだ。そうこうしているうちに授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
いそいそと教科書やらノートやらを片付け始めるクラスメートたちの中、俺の友人…助石倫野が声をかけてきた。
「汀!この後暇か?」
「おう、今日は空手部もオフの日だからな。どうした?」
人も減ってきた教室の中で助石がひょろっこい体をうねうねとさせながら(絶妙に嫌いになれないキモさだ)言ったことには。
「いやぁね、この後クラブの新入生勧誘会あるでしょ?僕、軽音部のライブ聞きに行きたいんだけど、一緒に行かない?」
「…めんどくさい」
「そう言わずにさぁ、頼むよぉ」
こいつ、もっとうねうねしながら目をそらそうとする俺の視界に入ってきやがる。うぜえ…。こうなったらこいつ聞き分けなくなるんだよな。おそらくお目当ては最近倫野が首ったけな軽音部の美人なボーカルだろう。さんざん話聞かされまくったせいで俺も覚えちまった。
「わぁったよ行きゃいいんだろ!!」
「さすが晃!やるぅ!」
行く、と言ったとたんにしゃきっとし始めるからこいつはほんとタチが悪い。上手く手のひらで転がされてる気しかしねえ。それでも倫野は学年上位10人には入るような秀才だ。…馬鹿と天才は紙一重とは上手く言ったものだ、と常々思い知らされる。
行くと決まったら話は早い。さっさと黒い鞄を肩にかけて教室を出る。有頂天で浮かれている倫野の頭を小突きながらライブが行われるという体育館へ向かう。うちは公立高校なのに体育館がそれなりに広い。生徒数もめちゃくちゃ多いし、同学年でも知らない顔がまだいるくらいだ。暗幕が窓にかけられてすっかり暗くなった体育館内は多くの人が集まって熱気を放っている。
「結構人いるんだな」
「そうだねぇ…なるべく前行こう!せっかくなんだからさ」
そのほっそい腕のどこから力が出てるのやら。倫野は俺の腕をぐいぐい引いて人混みをかき分けて前へ前へと進んでいく。頭の中にお花畑ができあがっちまってる。でれでれと笑いながらごつい体格の俺を引いていく様は異様だろう。そして気づけばかぶりつきの特等席だった。すぐ目の前に舞台の端がある。周りには軽音部の男子目当てなのか女子がわらわらと群がっている。メインの客であろう新入生もかなりの数いるようだ。
そのとき、パッと照明が全部落ちて広い館内が闇に飲まれる。舞台の左端にだけスポットライトが当てられて、司会とおぼしき男子を浮かび上がらせた。
『お待たせしました!!これより軽音部による新入生歓迎ライブを始めます!!』
朗々と司会がライブの開催を告げるとともにドッと歓声が巻き起こる。腹の底に響きそうなほどの音量だ。隣の倫野も大興奮で飛び跳ねている。
赤と金の舞台幕が左右に開かれて、ドラムセット、ベース、ギター、マイクがセットされているのが見えた。歓声を雨のように浴びる舞台の上にいたのは、4人組。全員統一したように肌も髪も真っ白だ。瞳だけが夜よりも暗い漆黒を映していた。灰色のベストと真っ白なカッターシャツ、薄青の混ざった濃い灰色のズボンのシルエットは非常にすらりとしていて、モデルのような体つきだ。周囲の女子の黄色い歓声がいっそう大きくなって鼓膜にキンキンと響いた。
そろいもそろって美形しかいない。…その中でも、ボーカルだろうか。マイクの前に立つ名も知らぬ男子生徒に俺は思わず目を奪われていた。長い前髪が右目を隠していて、吸い込まれそうなほど美しい左目だけが見えている。端正という言葉だけでは言い表せないような色気を放つそいつから目が離せない。なんだろう。気のせいだろうか。胸がキュゥと締め付けられるように痛い。
「…晃?」
「……あれ、誰だ?」
不思議そうに俺の顔を見上げた倫野は、突然投げかけられた質問に戸惑いながらもご丁寧に全員教えてくれた。
「えーと…丹村弐人くんがベースでしょ、津是善春くんがドラムで、神玖八雲くんがギター。メインボーカルは壱伊史郎くんだよ。…どうしたの晃」
壱伊、史郎。口の中で反芻したその名前。忘れないように心の中でも復唱する。高鳴る心臓を嘘だろ、と客観的に眺める俺がいた。拍動するたびに全身の隅々にまで血が巡っていくのがわかる。これは、いったい。
「なんでも、ねぇ」
いよいよ訝しげな様子の倫野への返事もそぞろに、ただただ舞台の上の壱伊を食い入るように見つめていた。これが勘違いでありますように、と願いながら。
急にシン、と体育館が静まりかえる。
それを合図にしたように一泊遅れて、津是がスティック同士を打ち付けた。
四拍のスタートの合図と同時に始まった演奏。
全身を走り抜ける雷のような興奮に鳥肌が立つ。
電子的な音色を奏でるベースをもり立てるようにギターとドラムがクセになりそうなリズムを刻む。どこかで聞いたことのある、この曲は。
マイクを手にした壱伊がスゥ、と息を吸い込んだ。
「誰かが言った いつか空は灰になって落ちるって」
その喉からあふれ出た声の美しさに、俺は息をのんだ。
ドクン、と耳元でやかましく鳴り響く心臓の音がこの大音量の中でもはっきりと聞き取れる。
「妄想の世の中で 日々を喰らっている」
確か、『雨とペトラ』。
そうだ。最近俺がよく聴いている曲じゃないか。
「境界線を引いてしまうのも 共感覚のせいにして
街の灯の海で 居場所を探している」
耳の中が全部歌声で埋め尽くされていく。
どうしよう。もうこいつの声でしか再生できないかもしれない。
そう思っている間にも心臓の高鳴りはとどまるところを知らず、知らず知らず制服の胸のあたりをくしゃくしゃになるまで握っていた。
「何処へ行くにも この足は退屈に染まって動かない
少しだけ先の景色が見たいだけなのにな」
スゥ、とひときわ大きく息を吸い込んで膨らむ胸郭、マイクを握る月のように白い手はなめらかだが男性的な節が見える。
どこか女性的な雰囲気すら感じさせるたたずまいとのギャップにくらくらしてしまいそうだ。
サビへ向けて盛り上がる伴奏の勢いに飲み込まれていく。
力強く刻まれるドラムの音。
「雨が降ったら 雨が降ったらきっと 頬を濡らしてしまう
枯れてしまった色ですら 愛しくなるのに」
広いフロア全体に轟轟と響き渡る鮮烈なメロディー。その力強さに俺の心はあっという間に惹かれてしまった。
もう、負けを認めるしか無い。
「目を瞑ったら 目を瞑ったらもっと 遠く霞んでしまう」
最初のあの胸の高鳴りは。
目を奪われてしまった理由は。
「煩くなった雨の音」
好きに、なってしまった。
「笑い飛ばしてくれ!!!!」
「あぁ~ライブすごかったねぇ…まだ余韻が冷めないよ」
「……………」
「……………おーい。晃。そんなに壱伊くんに惚れちゃったのかい?」
「惚れてなんかねぇっっっし!!!!」
しまった、と思って口をつぐんだときにはもう遅かった。割と大きめの声で叫んでしまっていた。あたりを通っていた生徒が男も女も俺のことをポカン、といった顔で見つめている。いたたまれなくなって早足で歩き出した俺の背中に慌ててついてくる倫野。後から聞こえてくるひそひそと話し合う小さなささやき声に頭を抱えたくなる。学校内というのは噂が伝わるのが早い。今週中には変な噂が流れることだろう。
「はぁ……ったく」
口をついて出たため息を押さえることすらせず、学校からの帰り道を歩く。五限目の終わりに窓から眺めていた桜の吹きだまり。足下に敷き詰められたほのかな桃色の絨毯が風に巻き上げられて視界に舞う。
普段なら感嘆して目を輝かせるくらいはしたかもしれないのに、俺の心は桜の舞踏なんぞではなく自覚してしまった恋心をどうするかばかり考えていた。いっそ、自覚しなければ楽に済んだのに。思い出さないでおこう、とすればするほど脳裏によみがえるのは全力で歌を歌う壱伊の姿。
噎せ返りそうな熱気を吹き飛ばすような歌声だった。白い肌に伝う透明な汗の雫は壱伊が動くたびに細かな粒となって散っていく。歌っているときだけあの黒い瞳に爛々と光が宿っていた気がするのだ。
もっと聞きたい。あいつの歌を。
「ちょっと晃ぁ!置いてかないでくれよ!」
前途多難にもほどがある恋。あまりにも先が思いやられる。
やっと追いついてきた倫野の文句は右から左へ聞き流しながら、もう一度ため息をついた。
(…笑い飛ばしてほしいのはこっちの方だぜ)
「史郎ぉ!お疲れ~!!」
「ん、八雲か」
ライブ後の片付けも一段落して部室に機材を戻したところで話しかけてきたのは、同じバンドメンバーの八雲だった。その後ろには善春と弐人の姿も見える。
「舞台の清掃も終わったってよ。打ち上げがてら一緒に飯行かね?」
善春がカッターシャツの袖口で汗をぬぐいながらそう言った。断る理由もないし、むしろ楽しそうな提案だ。すぐにうなずき返すと楽しいことが大好きな弐人も八雲もすぐに二つ返事でうなずいた。
俺たちは昔から近くに住んでいる幼馴染み同士だ。小学校も中学校も同じで、本当の偶然で進んだ高校も一緒だった。そのおかげで入学したときから気の置けない友人が3人もいて、人に怖がられがちな俺でもすぐ周囲と打ち解けられたんだ。
「店はサイゼでいいか?いつものさ」
「えぇ~…たまには違うとこ行こうぜ善春」
「じゃあガスト」
「なんでレパートリーがファミレスだけなんだよッッ!」
やいのやいのとふざけ会う3人と校門の前の道を歩きながら笑い合う。いつまで見てたって飽きやしない。
「ふふ…」
「あ!!珍しく史郎が笑った!!」
八雲の人差し指が目と鼻の先に突きつけられる。それを見た2人も驚いたように目を丸めて、それから意地悪に笑った。
「機を逃すな!行け善春!!」
「あいよ!!」
「え」
ガシ、ととらえられた両脇。戸惑いが抜けきらないうちに開いた脇腹を八雲と弐人がこちょこちょとくすぐり始めたのだからたまらない。
「ひゃ!?あ、あはは!!は、ひゃめてぇっ!アハハハハ!」
涙ぐみながら笑い続ける俺を見て3人は楽しげだった。満足いくまで離してもらえなくて、ある意味今日のライブよりも疲れたかもしれない。荒くなった息を鎮めながら、いたずら好きな友人たちと店に入る。
結局最初のサイゼリヤに入ったわけだが、入ってしまえば八雲も弐人も文句は言わなかった。テーブル席に座って適当な飲み物で乾杯する。今日のライブは上手くいったと思う。軽音部には俺たち以外のバンドも多く所属しているが、どれもこれもが大盛り上がりだった。
「にしてもさ、史郎見たか?」
「何を?」
「今日のライブ、最前席にいたの『あの』汀晃だぜ?」
その名前を聞いてピタリ、と動きが止まった。汀、晃。高校の空手部の主将で、全国大会にすら進むほどの実力者だとか。その実績に見合うだけの男らしい体格と顔つきで女子に大人気で、本人は知らないところでファンクラブがある…だとか八雲が言っていた気がする。今日舞台の真っ正面にいたあの金髪で大柄な青年がそうだろうか。
「あぁ…彼が汀、なのか。噂通りだな」
「ほんと、憎たらしいくらいイケメンだよなぁ…史郎の方が俺の好みだけど」
唐突な爆弾発言に飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。八雲の言葉に抜け駆け禁止だぞ!とかズルい!!とか言ってる弐人と善春。そろいもそろってどうしてしまったんだ。
「ゲッホゲホッ…俺は男だぞ?」
「わかってるよー。男でもあいつイケメンだな、とか思うことあるんだよ!」
「史郎はそういうのないのか?」
弐人の両目が長い前髪越しに見つめてくる気がする。興味津々、といった様子の3人を前にじっと考え込む。俺の、好みの男子。今まで考えたこともなかったからか、なかなか考えがまとまらない。
(うーん…好み、か…)
なぜだろう。さっきまで話題に上っていたせいか汀の顔しか出てこない。ライブの最中で必死に歌っていたはずなのに、どうしてこんなに細部まで汀の顔を覚えているのだろう。稲穂色とでも言い表せるような金髪、彫りの深い精悍な顔つきと狼のような金色の色彩を湛えた瞳。校内で一番といわれるほど見事に引き締まった体躯。
本当に、どうしてここまで覚えているんだ?
「長考入ってるな…史郎…」
「直感で答えればいいのに、どうしたんだろ」
幼馴染みの声さえ耳に入らない。そしてようやく思い至ったのは、ライブで歌っている最中片時も離されなかった視線。あれが汀のものだったのではないか、という考え。
そうわかった瞬間に顔が熱く感じられた。ストン、と腑に落ちるような感覚と一緒に早まる鼓動。これはなんだろうか。
「…わからない、な」
今ここで汀、といったら目の前で期待したように待っている3人になんだか悪い気がして、とっっさにわからないと嘘をついてしまった。俺たちの中だったら誰?なんて聞いてくる弐人や八雲の言葉に曖昧に答えながら、ずっと心の中では感じたことのない感情に戸惑っていた。
俺の知っている様々な知識とか経験に基づいて考えてみる。かなり長い間考えていたのではないだろうか。長い間考えたのに結局この胸の疼きがなんなのか、俺にはわからなかった。
考えるのをやめて友人たちのふざけ合いを見ていたが、家に帰ってからも胸に小さなとげが刺さったように汀のことが頭から離れなかった。
でもその感覚は不思議と嫌じゃなくて、むしろ好ましいものだった。
もしゆっくり話す機会が出来たら、この疑問に答えが得られるだろうか。
ベッドの中で布団にくるまりながらそっと目を閉じる。すぐに睡魔が俺の意識を夢の中へと連れて行ってしまった。
「あ、おはよう晃。恋煩い最初の夜はよく眠れた?」
にやにやと笑いながら俺をからかってくる倫野は一度殴られたって文句は言えないと思う。腹立たしいことに、今の俺には自慢の正拳突き一発だって繰り出す気力がない。目の下には若干クマができている気がする。
「るっせえよ…見りゃわかんだろ…」
「全く眠れなかったんだね、はいご愁傷様」
倫野の言うとおりだ。全くもって眠れやしなかった。ずっとずっと頭の中には壱伊の顔が浮かんでいて、俺が見たこともないような表情も想像していると目がさえてしまったのだ。完膚なきまでに一目惚れ、というやつだった。何が悲しくて男に一目惚れしなきゃいけないんだ。今日の授業は眠すぎて聞ける気がしない。
「あんなに女子にモテモテの晃が、まさかねぇ…友人同士の秘密、ってことで黙ってはいるけどさ」
「それは感謝するぜ…」
自分の席に座って教科書を広げながら隣の席の倫野を見ると、意外にも優しくほほえんでいた。てっきり人の悪い感じの笑みを浮かべてるものだと思っていたから虚を突かれた。
「な、なんだ倫野…その顔」
「いや…晃、やっと好きな人に巡り会えたんだなぁって思うとなんだか嬉しくって」
「なっ…!何親みてぇなこと言ってんだおまえ!?」
顔を真っ赤にして慌てる俺。それをみてますます優しく笑う倫野。
「だってさ、今まで告白されては相手を悲しませたくないからってフってきた君に、夜も寝られないくらい好きな人ができたんだよ?幼稚園からのつきあいじゃないか、僕たち。友人として純粋に嬉しいのさ」
…調子が狂うようなこと言いやがって。いつもみたいにからかえばいいのに、なんだってそんなこと言うんだ。
「…そうかよ」
「そうだよ。…応援するさ、友人として」
そのとき授業開始のチャイムが鳴った。慌ただしくなった教室内は現代文の教師が話し始めたと同時にいつもの倦怠感で満たされていった。眠れていない疲労もあって俺もすごく眠たい。うとうとしながらミミズの這ったような文字でノートをとっていると、いつの間にか授業は終わっていた。
その後の二時間もそんな調子で過ごして昼休みに入ったとき、職員室の近くにあるクラブロッカーに用事があるのを思い出して立ち上がる。意識は半分夢の中に置いてきたまま階段を降りて、角を曲がったところでドン!と衝撃を感じて目が覚めた。
「うお!?」
「うわぁっ!?」
ばらばらと散らばったノートの山。尻餅をついた相手に手をさしのべようとして、体が固まった。
「す、すまねぇ!大丈夫…か……」
色とりどりの表紙のノートの山に埋もれている白い姿。色が抜け落ちたようなその白色は、まさか。
「あ…」
俺に気づいた相手も黒曜石のような瞳を丸々と見開いた。間違いない。俺が今日眠れなかった原因である壱伊だ。また、あの胸の疼きが酷くなった。
「ありが、とう…」
戸惑いがちに俺の手を取った壱伊が立ち上がる。雪のような肌の色に反してその手は温かかった。散らばったノート類を集めながらばつの悪そうな顔をする壱伊。
「すまない、手間をかけさせて…」
「こっちがぶつかっちまったんだ。…気にすんな」
やがてすべてのノートを集め終えて段ボールに乗せた壱伊はよいしょ、と重そうにその箱を持ち上げた。危なっかしい足取りにみていられなくなって段ボールをひょい、と奪う。
「あっ、ぇ、ちょ…!」
「職員室行くんだろ?俺も近くに用事…あるし」
肩に段ボールを担ぎ上げた俺はなるべく目線を合わさないように(合わせてたら心臓の音に気づかれそうだ)そう言った。無意識か何なのか知らないが上目遣いはやめてくれ。いろんな意味で我慢できなくなっちまいそうだ。
「…優しいんだな、汀は」
突如苗字を呼ばれて意識がぶっ飛びかけた。しかも若干ほほえみながら照れた感じで言いやがって…!かわいいな、クソ!!というか、俺の名前知ってるんだな。
「昨日のライブ来てくれてただろう?…ありがとうな」
「あ、あれはっ…友達に、誘われたから行っただけだっつーの…!」
(あぁぁぁぁあチクショウ人生最大の試練だぞこれぇっっっ…!!!!)
心中全くもって穏やかではないし平静を取り繕えている気は微塵もしないが、純粋に好きなやつと話せて嬉しいのだ。小学生の初恋みたいなたどたどしい恋情。声を発する時すら裏返らないように細心の注意を払っているのだ。壱伊が鈍感な方で助かったな、と心底思う。どうやら俺の荒れ狂ってる内面には気づいていないらしい。
「そうか……もう、来ないのか?」
「ッ………!?!」
「あっ!いや、ちがうんだ…!来てほしいとか、そういうわけじゃなくてだな…!いや、違わないけど…うぅ…」
…口から心臓が飛び出そうとか、試合でもなったことなかったのにここで経験することになるとは。嬉しいやらかわいらしいやらで頭がパンクしそうだ。脳内にブワ、と広がっていくジンジンする痺れはいったいなんなんだ。幸せ、ってやつなのか?これはあれか、脈アリ…ってやつなのか?!
(いやいやいやいや思い上がるな俺…!体格がでかいから偶然覚えててくれただけだ!!)
みっともなくにやけてしまいそうになるのを唇をかみしめて耐える。あくまで俺たちは男同士。この恋情は墓まで…!
…でも、倫野は応援する、と言ってくれた。それなら、俺も少しは高望みしてしまってもいいのだろうか。
「…いつ、なんだ」
「え?」
綺麗な瞳が驚きに見開かれる。一点の曇りもない夜の闇の色だ。顔が赤くなっていることに気づかれないよう祈りながらそっと視線を合わせる。
「あ…8月23日だ。……来て、くれるのか?」
「夏の試合ともかぶってねえし…な」
パァッと明るくなった笑顔につい目を奪われる。本当に整った顔立ちのくせに感情が出た瞬間幼感じになるんだな。純真無垢なその笑顔が脳裏に深く刻み込まれる。体の隅から隅まで幸せ、というものが血に乗って巡る。恋をしたらこんなにも世界は明るくなるものなのか。今はまだ俺の中にだけこの恋慕は秘めておこう。秘密の箱の中に宝物を隠すような子供っぽい高揚感。長らく忘れていた鮮やかで、生きている感情だった。
「本当か!たのしみに待ってるぞ…!」
「おう。俺もお前らのバンド気に入ったんだ。…楽しみにしてるぜ」
そう言ったとたん、壱伊の顔が湯気がでそうなほど紅潮した。言葉もどこかしどろもどろで、照れているのが丸わかりだ。
つい昨日まで何か面白いことないかな、なんて考えてたのが嘘みたいだ。神様ってのはいるのかもしれない。こんなに「青春」らしい恋をできるとは。今日は最高の気分だ。
「ノート、ここに置いとくぞ。…じゃあな、壱伊」
名残惜しいが、これ以上一緒にいると俺の寿命が持たない。今の時点でも相当、ヤバい。なんとか声だけはいつも通りに話せるようにはなったが、だらしなくほどけそうな表情筋を保つために相当な労力を裂いていた。頭の中がずっと多幸感でふわふわしている。
「ぁ…ありがとう。汀」
それじゃ、といって職員室の扉を叩いた壱伊の横顔を最後にもう一度だけ振り返ってロッカーへ向かう。曲がり角を曲がったところで一気に緊張の糸が切れて、壁伝いに座り込んでしまう。全身の熱が首から上に集まっているんじゃないかって言うくらい顔が熱い。耳も。
「はぁ~…………」
(…あー、相当惚れてんだな。俺…)
当たり前すぎる事実をもう一度再確認してしまう。今になって急に恥ずかしさやらうれしさやらが数倍になって襲ってきたようだ。自然とにやける頬をもう抑えられない。何度も何度も先ほどまでの会話を頭の中で再生する。
汀、と名前を呼ばれた。
それだけで十分に嬉しかったんだ。
先生にノートを受け取ってもらった後、廊下に出てしばしの間立ち尽くした。なぜかわからないのに顔が熱い。何もかも初めての感情。どう扱えばいいのか全くわからない。そろそろと汀の歩いて行った方の廊下を見てみるが、当然そこには誰もいない。それを少し残念だ、と思う。
それにしても。
(…名前、知ってもらってたんだ)
汀みたいに空手の全国大会に出場したり、地域大会の賞を総なめにしたりといった功績もない俺の名前を、汀が。ただ歌うことが好きなだけの俺のことを知ってくれていたんだ。胸の底からわき上がってくる暖かい液体のような感触に頬が緩む。いつまでも浸っていたくなるような幸せな感情だ。これはなんていう想いなんだろう。
ただただ俺は昨日よりも強くなった疑問と、扱い切れないくらい大きな「初めての感情」を抱えて教室に帰るしかなかった。
「おかえり史郎ー!…お?」
「なんか良いことあったのか、にやけてるぞ?」
「…少し、な」
続く
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誰だしばらくあげないとか言ってたやつ←テメエだよ<br />すみません!!!いいネタが思い浮かんだら突発的に体が動いたんです許してえぇぇぇ!!!<br />有名なあの曲を聴いていると思いついちゃったんです…<br /><br />というわけで学パロです。<br />転生とかではありません。純粋に学パロです。<br />上下編の二つに分けてあげようと思っております!_(┐「ε:)_<br /><br />皆様には青い春はあったでしょうか?私にはありませんでした←<br />少女漫画読んだことないんでキュンキュンしてもらえるかわかりませんが、上下編ともに精一杯頑張りますのでぜひ…拙作ですが、読んでみてください!!<br /><br />■9/15追記<br />9/8〜9/14のルーキーランキング33位<br />ありがとうございます!!!<br />ルーキーランキングは初ランクインですね…感謝…
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【番外編②】届け、■の歌 上
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10117814#1
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「はい、それでは今井さん。」
「えっ!何?なにっ!?」
紗夜にぐいっと引き寄せられて、ちゅっと軽くキスをされる。
「……やはり、コーヒー味。」
「ちょっ!説明ぷりーず!」
「…ああ。」
自分の中で完結してないで!アタシにも教えなさいよ!!
「ほら、この前…コーヒーの摂取のし過ぎはって話したじゃないですか。」
「………。」
チッチッ、チーン!
「ああっ、アレね。」
「飲んだ後にキスしたら、その味になるのかと思って。」
「は、はい〜?」
何でアタシで試すの?
イヤ、アタシ以外とちゅーされたらぁ?困るけど。
「……アタシ、たまに紗夜がわからない。」
「そうですか?」
またもや、引き寄せられる。
顔が近いからっ!
「…キスされると思いましたか?」
「……うん。」
ちゅっ。
「正解です。」
にこりと笑顔。どこで覚えたのよ、その営業スマイル。
アタシはその場にへなへなと座り込む。
「今井さんが可愛いから、私はキスしたくなるんですよ。」
「………。」
ああ、もうっ!
ぴょーんっとジャンプするように立ち上がる。
必殺、ウサちゃんジャーンプ!!!
紗夜の襟を引っ張って、こっちからちゅーしちゃう。
驚いた顔。
ふふーんだ!
「……今井さんもたまに大胆ですよね。」
「いいのっ!」
自分の唇をおさえて、フニフニとしてみせる。
「この唇は紗夜せんよーなんだから。」
「…はい。」
アタシの顔はきっと耳まで真っ赤。
でも、いいの。
紗夜も首まで顔が赤いから。
ーーー
「それでは、コーヒーについてお勉強しましょうか。」
クイっと眼鏡をかけ直す姿。
ブルーライトをカットする眼鏡みたいだけど、雰囲気から入ってるのかな?
「は〜い。」
つっこむのは野暮だよね。
テーブルにメモを出してっと。
「…今井さんが知るコーヒーの作用とは?」
「えっと、眠気覚ましとか。あとは、トイレが近くなる?」
「そうですね。コーヒーに含まれるカフェインが覚醒作用と利尿作用を持っています。」
うんうんと頷いてくれる。
「あっ、そうだ!コーヒー飲むとダイエット効果があるって聞いたことがあるんだけど。」
これは乙女として気になるポイントでしょ!
「………はぁ。」
紗夜はアタシに一歩近づいてきて、お腹を人差し指でつついてきた。
「ちょっ!何するの?」
「…今井さんはダイエットする必要はないと思いますけど。」
そうは言われても気になるものは気になる。
だって、紗夜の前で………。
ああ、なし!なし!!
「……それにダイエットすると胸から痩せるって言いますしね。」
「………。」
ねぇ、目線が。
「どうしてもというなら、私にも考えがあります。
コーヒーとダイエットは効果的というのも一説あることですし。
運動と組み合わせるといいということなので、私と。」
うん、イヤな予感。
「セクササイズで。」
「はい、ストップ!」
強制お口チャックで紗夜の口を両手で塞ぐ。
もごもご。
その次は喋らせないから。
「うん、次の話にいこっか。」
だ〜か〜ら〜、アタシの手を舐めないで。
ーーー
気を取り直して。
「実は朝のコーヒーがあまり良くないかもしれないという話があります。」
「ええっ!」
朝といえばコーヒー。
目覚めの一杯のイメージがあるんだけど。
「今井さんが答えてくれた眠気覚ましというところにヒントがあるのですが。」
「ふむふむ。」
「カフェインがコルチゾールの生産を阻害することが関係しています。」
「コルチゾール?」
「コルチゾールは副腎皮質ホルモンの糖質コルチコイドの一種です。」
???
訳の分からない単語が増えてハテナがポンポン浮かぶ。
このままだと脳がプスプスと火が出てきてしまいそう。
もうちょっとわかりやすく!
「ふむ。教えるということはやはり、学ぶことですね。」
「はい?」
「インプットは入力で、アウトプットは出力。
知識をいくら得てもそれを上手く出力できなければ意味がないですよね。」
「つまり?」
「人に教えることで自分も学べるということです。おさらいにもなりますし。」
「うーん。」
「教科書そのままを読んで聞かせても身に付かないってことですね。
自分の中で噛み砕いて、伝えられないと。」
昔、アタシがお菓子作りに変換したみたいな感じかな?
「先ほどのことをもう一度説明しましょう。コルチゾールは目を覚ましてくれます。」
「うん。」
「カフェインは?」
「眠気覚まし……うん?」
コルチゾールというのが目を覚まさせるわけでしょ。
カフェインも眠気を覚ましてくれるわけで。
「あれ?」
濃いものと濃いもので味がぶつかり合うみたいな?
「もしかして目を覚ます効果があるのに、それにプラスしても意味ない?」
「そうですね。所謂、耐性に関わります。
コーヒーを飲んでも効かなくなったというのはそういう訳です。
朝にコーヒーを飲むとカフェインの耐性が上がり、結果として慢性的に欲するようになります。」
へー。
「コルチゾールの高くないタイミングでコーヒーを飲むのがより良いかと。」
なるほど。
「カフェインがコルチゾールの生成を阻害するので、補うためにもっとカフェインが欲しくなります。」
そこにつながる訳ね。なんかわかった気になれた。
「で、いつがいいの?」
「朝の8時から9時。12時から13時、17時半から18時半くらいにコルチゾールが高まります。
なので、朝の10時から正午。14時から17時にコーヒーを飲むと良いです。
1時間に1杯をこえないようにして、成人は1日5杯までにしておきましょう。
個人差もあるので、適量を美味しく楽しむのがコツです。」
「は〜い!」
手をあげて返事。
にこっと笑む紗夜。
ん〜?顔が近いよ?
ちゅっ。
「なっ!」
「よくできました。」
!?!?!?
ーーー
「どうでした?」
「うん、新発見って感じ。」
「……面白かったですか?」
少し自信なさげ。
「面白かった!」
「よかった………知らないことを知るっていうのを私なりに考えてみたんです。」
どこか遠い目。もしかして。
「…日菜の場合は過程はなく、答えがすぐわかってしまうから。」
「……うん。」
「まわり道に見えても、そこで得たものは私にとって無駄ではない。
私が歩んできた道。意味がなかったなんて思いたくないのかもしれないわね。」
「アタシは、紗夜が進む道の隣を。」
「はい。これからも一緒に。」
手を出されて、その手をぎゅっと握りしめる。
おでことおでこをあわせながら
「知識を得るのって脳に栄養をあげてる感じがしませんか?」
「むしろブドウ糖を消費してると思うけど?」
「ふふっ。そうですね。そしたら、一息入れましょうか。」
時計を見るとさっき紗夜が教えてくれた時間にぴったりと当てはまって。
「美味しいコーヒーと糖分を取ろっか。」
「ええ、私は今井さんの作るお菓子が好きですから。」
「紗夜も手伝ってね。」
「はい。」
貴方と過ごすくつろぎの時間はアタシにとっては特別だから。
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知識を得てプラスにとるか、マイナスにとるかは自分次第。<br />キャラ崩壊注意。ナチュラルに同棲しているリサさよです。<br /><br />追記:2018年9月14日の小説男子に人気ランキング34位でした。ありがとうございました!<br />34→紗夜さんだ!となりました。
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教えて!紗夜せんせー!!コーヒー編
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10117850#1
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─お断り─
当作品は、全てのものと関わりありません。
コナン夢となっております。
今作品は、政略結婚からの記憶喪失ネタです
設定捏造・オリ主。
そしかい後です。
誤字脱字……見逃してください(汗)
作者はコナンくんにわかで、キャラの性格・口調が把握しきれてません。ですので、キャラ崩壊待ったなしです。。
1つでもダメな方は、ブラウザバックをお願いします。
合言葉は、ご都合主義!!
フワッと読んでください。
OKという方は、どうぞお進みください。
[newpage]
その知らせを聞いたのは、夫に会えなくなって8ヶ月経ったある日の夜だった。
夫の部下で、何回か会ったことのある風見さんから伝えられた。
「長年追っていた事件の最中に、降谷さんが怪我を負い…先日、目を覚まされました。」
「!!…容態は?」
「意識ははっきりしています。…しかし…。」
「…何があったんですか?はっきり言ってください。…私なら、大丈夫ですから。」
「…日常や仕事、これまでの事の記憶は、はっきりと残っていますが……貴女に関する記憶だけ……。本来でしたら、会って頂きたいところなんですが……。申し訳ございません。」
仕事も忙しいのか、目の下には大きなクマを飼っていて、疲れている様子が分かる。
その僅かな時間を、電話で済む話を、私に事情を説明して、頭を下げに来てくれたらしい。
「風見さん!!頭を上げてください!!貴方が悪いわけではないんですから、謝らないで下さい!!……私は、起こってしまったことに、とやかく言うつもりはありません。それに、その決定は、上の方が決めたことでしょう。貴方は本当に、悪くないですから…。」
「しかし!!……それではあまりにも貴女が……。」
「ありがとうございます、風見さん。ですが、いいんです。あの人が、生きているならそれで……それだけで、いいんです。」
私は風見さんを見て、首を横に振ってから微笑む。うまく笑顔を作れているかは不安だが、本当にあの人……零くんが無事であるなら、もうそれだけでいいのだ。そこに、私の居場所がなくなったとしても……。
「そ、れから……記憶のない降谷さんには、今の貴女は……「必要ないから、別れる準備をしておけ…とでも言われました?」っっ!!!……はい……。」
「風見さんが気にすることではないですよ。よく言われてましたから……。その件は、こちらからご連絡しますから…どうか内密に、お願いします。」
「…………っっ。」
「あの、つかぬことをお聞きしますが、零さん…まだ入院しているんですよね。」
「あっはい。そうです……。」
「でしたら、着替えが必要ですよね。今から用意してきますね。少しお待ちください。」
「……それなら、降谷さんのお部屋にお邪魔しても、よろしいですか?」
「鍵かかってますよ。持ってますか?」
「お預かりしてます。」
「………………。」
「どうかしたんですか?まさか…鍵、違ってましたか?」
「いえ、そうじゃないんです。鍵はあってます。片方の鍵は、この家の鍵ですから…ただすごいなぁと思ってしまって。」
「というと?」
「零さんは此処のほかにも、家を持っていると思っています。その中で、この家の鍵を渡してくれたと思ったら……こんなときに思ってはいけないって分かっているんですけど、……少し嬉しいですね。……零さんには、内緒ですよ。」
しぃ~と人差し指を口に持ってきて、風見さんにむける。それから用意してきます。と言って、自分の部屋に入る。ある程度の服は私のクローゼットに入っているため、そこから零くんの服全て、抜き出していく。
片付けている最中に、目から雫が零れてくる。今までどんなに言われても別れに首を縦に振らなかった私だけど、今回はそうも言っていられない。記憶のない零くんに、結婚当初と同じ対応されたら……私は立ち直れない。結局は、私が傷つきたくないだけ……。自分勝手だね…。ごめんね、零くん…。
涙を拭い、粗方詰め終わり、棚からあるファイルを取り出す。これは、零くんがどうしても駄目なとき出していいといわれたとある用紙。零くんの欄は既に記入済みの──────離婚届。
それを自身の机の上に置き、荷物を持って部屋を出る。リビングでは、風見さんが待っていた。
「すみません、お待たせしました。これが入院時の着替えで、こちらが零さんの服です。」
「ありがとうございます。ですが、其方は…。」
「退院なさったときに、今まで着ていた服がないと不思議に思ってしまいますので、コレはこれから住む家にでも突っ込んでおいて下さい。」
「…成程、確かにそうですね。ありがとうございます、お預かりします。」
それらしい理由をつけて零くんの服を回収してもらった。あとは私の物を片付けて処分すれば、それで終わり…。
風見さんが家を出て行き、ポツンと独り。夜だから、簡単な物しか片付けれないが。いる物といらない物を見極め、キャリーバックに詰め込んでいく。
ふと気がつくと、もう深夜だった。少しだけ片付いた部屋を見回し、悲しくなった。
無意識にある物を取り出し、開く。風景とか食事の写真が入っているアルバム。コレには昔、零くんと出かけた思い出が詰まった写真が入っている。それを1つ1つなぞり、思い出を浮かべる。
もう二度と零くんとお出かけできないと思うと、今になって涙がポロポロと溢れてきた。手で涙を拭うが、溢れ零れる涙はポタポタと下に落ち、写真を濡らす。
「っっ、…ごめん、ね…れい、っくん……こんなっ、…選択、…しか…ひっく…できない、私を…赦さっ、ないで……。」
その日は泣き疲れて、その場で寝てしまった。目が覚めると、身体中バキバキで、痛かった。
数日掛けて、私はこの家にある私の物・私の痕跡全てを────────消した。
何もない空っぽな気持ちで、私は家を出た。
[newpage]
アルバムは捨てれなかった。
[newpage]
私と零くんが出会ったのは、高校の時。その時は接点がなく、静かな高校生活だった。但し、私が彼に片思いをしていたというくらいだ。大学進学すると、彼と会うこともなくなり、この恋心を心の隅に置いた。
彼と結婚の話になったのは、お爺様からの縁談話だった。お爺様自身がお金持ちで権力があったためだった。でも私の両親は、お父さんが婿入りのため、一般庶民だ。叔父夫婦には女児がいなかったため、こちらに話が回ってきたようだった。
お爺様と相手方にどんな事情や思惑があったとしても、私には分からないし、興味もない。
だから相手の方の釣書は見てないし、どんな方かも深くは聞かなかった。でも会ってみたら、吃驚だった。高校時代の面影はあったから、誰か直ぐに分かった。零くんだった。
縁談は纏まり、数回のデートを経て、結婚に至った。結婚して、色々と制約が付いた。
曰く
・食事の用意はするな。作っても食べない。
・外であっても、他人のフリをしろ。
・この家に帰ってこないことが多いが、何も詮索するな。……などなど
私は他人事のように聞いていた。悲しくなかったと言ったら嘘になるが、結婚する前にお爺様から「彼は大変な職についている。」と聞いていたので、それなりに我慢できた。
だから結婚した当初は、少しでも家ではリラックスしてもらおうとしたが、どれも冷たくあしらわれた。どうすればいいだろうか?こうすればいいだろうか?と考えて実行するが、どれもダメだった。仕舞いには、ウンザリとした態度で「うるさい。」「さわるな。」「ほっといてくれ。」の3拍子。
悩めば悩むほど、負のスパイラルに陥っていた。でも、彼の家族は…彼の妻は、私1人。
その言葉を糧に、気持ちを奮い立たせた。あとはもう、成るようにしか成らないという開き直りも含まれるが……。
転機が訪れたのは、零くんが怪我をしてこの家に帰ってきたことだ。
玄関先で物音が聞こえ、目が覚めた私はカーディガンを羽織り、部屋を出た。そこにいたのは、玄関先で倒れている零くん。電気を付け近づけば、マットは赤く濡れていた。私は病院へ行こうと進めたが、彼は頑なに拒否してきたので、ならば手当てを──と、救急箱を持ってきて、触ろうとした時。
「さわ、るなっっ!!!」
手をバチンッと振り払われ、傷にも響くであろうにも係わらず、大きな声で言ってきた。
振り払われた手が痛い。心配した、不安になっていた心が……痛い。
「触ら、ないで…くれ…。自分で、できるっっ。」
起き上がろうとした零くんに、独りで何でもやろうとしている零くんに、今までも感情が爆発した。ようするに頭にきたのだ。
起き上がり中腰になって傷を押さえ、肩で息をする零くんに、私は思いっきり振りかぶった。
バチンッと2人しかいない空間に、大きく響き渡った。
「何を「いい加減にしてください!!貴方がどんな仕事をしているか知りません!!ですが、私と貴方は夫婦です!!家族です!!家族の、夫の心配をしてはいけませんか!!不安に思ってはいけませんか!!そんな怪我をして、手当てもしてはいけないんですか!!今、貴方は独りじゃないんです!!その手当て分くらい、家族に、貴方の妻に…………任せて、もらえないんですかっっ。」…………………すまない。」
零くんが顔を上げて、私を見て驚いた後に、少し困った感じでに謝ってきた。
それもそうだろう。今まで文句の1つも言わずに大人しくしていた私が、大粒の涙を流しながら、怒鳴ったのだから。
キッと睨んで、ビクッとした零くんの腕を掴んで、救急箱を持ってリビングに行く。
歩く度にポツポツと滴り落ちる赤い雫のことは今は気にせず、傷に響かないようにゆっくりと歩いた。
リビングに着くと、零くんのことなどお構いなしに服を剥ぎ、テキパキと治療していく。
困った様子の零くんを無視して、消毒液をぶっかけ呻き声を上げていたが……軽くスルー。
ガーゼを傷口に当て、包帯を巻いていく。
「……これで少しは楽かと思います。後で必ず病院に行ってください。素人より的確です。……お願いします。」
「……必ず、行く……。」
涙も止まり、先ほどの啖呵で…色々気まずく、顔を上げられない。さっさと退散しようと部屋に戻ろうとしたら、パシッと腕をとられた。
今度は私が驚き零くんを見るが、彼も自分の行動に驚いていた。
「あ、の……手を離してください…。」
「……………。」
「零、さん?……どうかしたんですか?」
「っっ!!あ、いや……手当て……ありがと、う…。」
「…どういたしまして…。こちらも、怒鳴ったり…叩いてしまって…怪我人にすることじゃなかったですね。ごめんなさい。」
「いや、……君が謝ることはない。」
「でも……。」
「……いや、本当に気にしないでくれ。」
「そう、ですか……。……えっと、…私、眠りますね…。おやすみなさい。」
「!!…あ、ああ、おやすみ…。」
そっと腕を離し、安心からか眠気がやってきて、色んなことを後回しにしてベットに潜った。
次の日、片そうと早起きしたら、既に終わっていたし、零くんはもういなかった。
その日から、零くんの態度が少しずつだけど、軟化した。変わっていった。
朝にあったら「おはよう。」って挨拶してくれるようになった。私が起きてるときは「行ってきます。」と言ってくれるようになった。時間が空いて家に帰ってきたときは「ただいま。」を…。私の料理を食べてくれるようになった。その時は「いただきます。」を……。敬語をなくすようにとか、零さんって他人行儀だからって、呼びやすいように呼んでと言われ、2人のときに【零くん】と呼んだ。
それだけで嬉しいのに、些細なことで笑ってくれるようになった。私の大好きな彼の笑顔。それにつられて、私も笑顔になる。
ある日零くんは、今までの態度に謝罪してくれた。私としては、悲しかったのは事実だが…心の整理は既に済んでしまっていたことから、もう気にしていなかった。
「いいよ。気にしないで…って言っても、零くんは気にするんだよね?」
「そ、うだな。……何か出来る事はないか?」
「……だったら、時間の空いた日に…お出かけしない?思い出を……零くんとの思い出を、私に頂戴。」
「思い出…。」
「うん、零くんとの写真は残せないのは聞いてるから、風景やそのときの食事の写真とかで、その日を思い出せるような…とても素敵な思い出を……。」
「……時間を作る……。」
「だめ。無理して作ってもらうより、本当にパッと空いた時間でいいんだよ。それでいいんだ。」
「…それだと何時になるか分からないぞ。」
「うん、それでいいよ。何時かでいいんだよ。……少しずつ、未来の約束をしていこう。」
「!!…ああ、そう、だな…。何時か出かけよう…。…その思いでを作りに…。」
そう言って微笑んだ零くんに、私は心臓が止まるかと思った。ドキドキと心拍が早くなり、顔が熱い。急いで零くんから顔を隠す。
そんな態度に気づいた零くんが近くに寄ってくる。逃げようとしたが、分かっていたようで捕まってしまった。
「隠さないで。」
「恥ずかしいから……無理……。」
「そんなこと言わずに…ね。その顔を、俺に見せて。……ああ、やっぱり……可愛いな。」
「かっ、かかかかか可愛いなんて、そそそそんなことない!!……そんな特殊なこと言うの……零くんくらい…。」
「俺だけ…か。いいな、それ。……俺だけにその顔を見せて…。」
「もう!!恥ずかしい!!……勘弁して…。」
「ね、約束して。俺だけだって…。」
「……貴方、だけ。……約束します……。」
「……そ、れから、聞いて欲しいことが……ある。」
「……なぁに?」
「……一生を俺と一緒に、……生きてくれますか。」
「っっ!!……はい、一緒に生きていきましょうっ。苦しみも悲しみも楽しみも嬉しさも、2人で分かち合いましょうっ。」
「っっ!!ああ……ああっっ、そうしようっ。やく、そくだっ。……ありがとうっっ!!」
「ふふっ、結婚式の誓いみたいっ。」
そう言いあって、お互い泣いてしまった私たちは、初めて抱き締めあった。夫婦の営みもその日。私にとってとても大切な日になった。その数年後、約束が果たされることになる。近場だったけど、とても嬉しかった。その後も何回か約束を交わす。途中で終わってしまうこともあったが、数回お出かけができたことは、今になっていい思い出だ。ううん、違う。どれも大切な想い出だ。何年経っても色褪せることのない大事な想い出。
◇◆
あの日、あの家を出てすぐに市役所に離婚届を提出した。その後、携帯を変えて、お爺様に謝罪とお願いをしに行った。お願いとは、私の情報隠蔽。零くんに記憶がないのに、知らない人と夫婦になっていたなんて聞いたら、絶対に調べる。そのとき見つかって、何言われるのか考えると…もしかしたら結婚当初の対応と態度でで来られたら……はっきりいって怖いの1言だ。考えたくもない。
だから、情報隠蔽をお願いした。後のことは、お爺様に一任した。降谷の姓も返還した。もう零くんとの関係はゼロだ。何もない……。
それから実家に帰って、両親に事情を説明して、泣き崩れた日々を送った。
少しずつ現状を受け止めれるようになり、泣く日が少なくなっていったある日。私は、前を向こうと職を探し始めた。実家を出て、1人暮らしを始めた。立ち直る切欠をくれたのは、母の言葉だった。
『泣いて零くんとの想い出も暮らしも後悔したいの?……泣いて暮らすために別れたの?……貴女の中の零くんを死なせたいの?『違うっっ!!』……そうでしょう。まだ好きなんでしょ。零くんを、愛しているんでしょ。……だったら、その気持ちを大切にしなさい。大事にしなさい。また笑顔で逢えるように、しっかりしなさい…。』
お母さんには、本当 頭が上がらない。
あれから目まぐるしく変わる日々────零くんと逢わなくなって早数年。
私は私の日常を過ごした。仕事に精を出したり、趣味を満喫したりした。時折、お爺様と連絡を取ったりした。
零くんは未だ記憶が戻っていない。でも、ずっとお前を探している。とお爺様から聞いた。
その話を聞く度、心臓がドキドキして、胸が苦しくなる。嬉しいのに、無理をしていないか心配になる。でも、今の私は何もできない。たまに無力感に襲われ、泣いてしまう日がある。
私のことを探すより、零くんは零くんの幸せを掴むために動いて欲しいと思う。
そう思うのは……ダメなのかな…?
さて、今日は仕事が休みの日。日用雑貨がなくなっている物があったはずと考え、大きなデパートへ出かける。色々見て、買い物して、家で夕飯を作って食べて、温かいお風呂に入って、零くんのことを考えながら、明日に備えてぐっすり眠る。そんな何気ない1日が……日常を過ごせると思っていた。しかし、現実は違っていた。デパートに行って、可愛い小物の店を見ていたときである。いきなり引っ張られたと思ったら、数人の女性と隅に集められた。事件発生です、嬉しくない。
犯人の要求は、お金。「デパートのお金を全て持って来い!!2時間以内に用意しろ!!用意できなければ、人質を殺す!!」とのこと。始めは恐怖で周りが見えていなかった。カタカタ震え、涙が零れそうになった。でも何処からか視線を感じ、其方に目を向けると、驚いた。だって忘れるはずもない、もう見れない彼が……零くんが警察の包囲網の中にいた。それだけでさっきまであった恐怖が少しだけ、ほんの少しだけ薄れた。まだ恐怖はあったが、深呼吸を1つ。周りを確かめる。
私の周りには、離れた場所から声を掛ける警察官たちと、その中に混じる服装の違う2人。1人は零くんと分かっている。それから、私を含め人質となっている数名の女性。そして、包丁を持った犯人の男。
犯人は、チラチラとこちらを見てくる。本当は何かほかに目的があるのでは?と思ってしまい、犯人が見ている方向に視線を向けると、顔色が真っ青の女性が、カタカタと身体を震わせ、ギュッと自身の服を掴み、縮こまっていた。犯人が見ていない隙に、その女性に寄り添い、こそっと声を掛けた。
「…大丈夫ですか?顔色真っ青ですよ。」
「ぇっ、ぁ、……だいじょ、…です。……」
「……もしかして……犯人の男、知ってます?」
「っっ!!…ぁ、やだ…違う……しらないっっしらない!!」
「お、落ち着いて…ね。」
「ぁ、……ごめん、なさい……。」
彼女を抱き寄せ、心音を聞かせ、背中をポンポン叩き落ち着かせる。大丈夫、大丈夫。と穏やかな声で話しかけ、彼女が話してくれるのを待つ。
「……元カレ……なんです。でも、気に入らないことがあると……殴ってきたり……っっもう怖くてこわ、くて……、別れを切り出して、にげだしたん、です。…でも、この間…見つかって、しまって……っっ。」
「怖かったね。よく頑張ったね。大丈夫とは言えないけど、今は1人じゃないから…。…今日は1人で来たの?」
「友たちと……。」
「男の人いた?」
「は、い…。でも、あの人に、な、殴られてっ…。」
「ごめんなさい、思い出させて…。警察も助けてくれるから、一緒に頑張りましょう。」
「は、い…はい、ありがと、…ございます…。」
その女性を安心させようとした結果、犯人のほうの警戒を怠った。いきなり襟首を引っ張られ、地面に叩きつけられた。
そして、暴言とともに遠慮のない暴力が、私に襲い掛かってきた。
「何勝手に、彼女に、触っている。てめぇのきっったない菌が、彼女に、うつるだろうがっっ!!」
「ぐっ。」
「ひっ!!…ぁ、……や、やめて……やめてっっ。」
「うるっさい!!コイツが!!お前に!!触るから!!悪いんだろう!!…全部、コイツの、自業自得じゃないか!!」
「あぐっ。……うぐっ。」
「そ、の人は…なにも…何も悪くないわ!!……もうやめて────!!」
女性が勇気を振り絞り、私に乗りかかり助けてくれた。が……その行動は、男に火をつけた。
なわなわと震え、血走った目で、彼女を見る。
「俺が…俺が…こんなにもお前のことを考えてやってるのに……お前は、そんなクズ女を助けるのか!!」
「わ、私のことは自分で考えます!!貴方なんか頼らない!!それに、私と貴方はもう終わったの!!これ以上、付きまとわないで!!」
「は、ははっ……あははははっ。……終わってなんかない!!……離れることなんて……ユルサナイ……。」
そう言い切った彼女と傷だらけの私が男を見るが、暗く淀んだ眼の男は、手に持っていた包丁を彼女に向け、刺そうとしていた。
私は痛む身体を無視して、彼女を押し退け、力の限り弾き飛ばした。
ドンッという衝撃がきてから、熱さがやってきた。もう痛みは分からなかった、何処も彼処も痛かったから。
口からは、生暖かいものが零れた。
男は目的の人じゃないと分かったら嫌悪感を隠さす「チッ。」と舌打ちをして、彼女を探す。彼女を見つけ、ニタリと笑った顔が見えた。男は彼女を見ながら、刺した包丁を引き抜こうと力を入れようとした瞬間。目の前にいた男が、吹き飛んでいった。視線を上げると其処にいたのは─────無表情の零くんだった。
働かない頭でも分かった彼はあの男を……どうすればいいのだろう何て考えている時間はない。すぐさま彼の…零くんの意識をあの男から逸らすには……。焦る私に、コツコツと少しずつ距離を詰めていく零くん。警察の集団のほうからは慌てた声で{降谷さん!!やめろ!!」という叫び声が聞こえる。一刻の猶予もない。考えるよりも止めなくちゃという本能がとっさに動いた。手が無意識に刺さっている包丁を掴んで─────勢いよく引き抜いた。
「ぁ、……あああああああああっっ!!」
傷口から溢れる赤い雫。強烈にきた痛みに私は前に倒れこむしかなかった。
倒れこむ寸前、私の叫び声に反応した零くんが此方に振り返り、目を見開くと、すぐさま私に近づいて、抱き起こした。
「なにを…、何を馬鹿なことをしているんだ君は!!」
「ぁ、…ごめん、な…い。」
「しゃべるな!!……くそ!!血が止まらない!!」
「降谷さん!!コレ、使ってください!!もうすぐ救急の人も来ます!!」
「だ、って……あの、まま……れい、くん……だから……。」
「だからって、こんな方法っっ。君が死んでしまうかもしれないんだぞ!!分かっているのか!!」
「それ、で……れいく、んが…とま、って……くれ、っるなら…ごほっ、……わた、しは…どう、…っても……。」
「ふざけるな!!まだ俺は、君を思い出してもいない!!やっと見つけたのに……俺は君の名前も呼べずにおいて逝くのかっっ!!」
だんだん視界が霞んできた。耳も聞こえにくくなってきた。零くんが見えなくなって、手を零くんのほうへ伸ばす。零くんはその手を取ってくれた。顔にはポタポタと何かが降っている。
「わ、たし……こうか、い……てない、よ。…やく、そく…ご、め……ね、…あい、…てる、よ……れー…ん…。」
「っっ!!おい、目を開けろ!!閉じるな!!最期の言葉みたいっ、に言うな!!───俺を独りにしないでっっ───。」
手から力が抜け、意識が闇に落ちていく。必死な叫びも、もう届かない。
貴方を止まられただけで、本当に後悔もない。未練がないと言ったら嘘だけど、零くんの幸せを祈ってるね。
─────大好き、愛してました。だから、私のことなんか忘れて、幸せになって、零くん。
[newpage]
サイド:降谷
組織壊滅作戦の最後で、俺は大きな怪我をした。崩落してきた瓦礫に生き埋めになった。奇跡的に空間ができていて、そこにいたらしいが、頭から血を流していたらしい。しかも、病院に運ばれてから1週間、目覚めなかったらしい。
目覚めて、検査など落ち着いてから全て、風見から聞いた。
「現状どうなっている?」
「はい、組織壊滅の後処理に、残党の洗い出しを行っています。資料を全て揃えるには、まだ時間がかかると思われます。」
「そうか…。引き続きやらせろ。」
「はい。」
「……漸く…終わったんだな……。」
「はい、漸く終わりました。これで降谷さんも落ち着いて、彼女と生活ができますね。」
「??……彼女??誰のことを言っている??」
「えっ?……本気で…言ってますか?」
唖然としている風見に、その人の名前を聞くが…覚えはない。勘違いじゃないかと言ってみたが、冗談ではないようだ。顔色を青くして慌てて病室を出て行く風見。医者を連れてきて、新たに検査をしたが、異常なし。
話を聞くとその女性のことだけ、忘れているらしい。特に支障ないじゃないかなんて思っていたが、チクリと何かが胸を刺す。よく分からないコレに頭をかしげる。
その日はそれで終わったが次の日、風見から着替えを持ってきたいので、家の鍵を借りたいと言ってきた。たしかに着替えは欲しいと思い、運ばれたときに持っていた鍵の中から無意識にある鍵を取り、風見に渡す。何処の鍵ですか?と聞いてきた風見に考えるが、記憶にない。何時までも返ってこない返答に何かを察したみたいだ。
「…??……!!…分かりました。お預かりします。」
「………何処の鍵なのか分かるのか?」
「はい。…自分の考えが間違っていなければ、これは降谷さんが1番大切にしている彼女の家の鍵ですね。」
「…彼女の…。」
風見が何かを言おうとしたとき、ピリリリリッと音が鳴る。風見は「失礼します。」と1言言ってから電話に出る。
話していくうちにどんどん眉間に皴が寄っていく。
電話が終わった風見は、なにやら険しい表情をしていた。
「何があった?」
「……緊急会議、です。降谷さんには、結果が分かり次第…報告にあがります。…失礼します。」
そういって慌しく部屋を出て行った。
緊急会議……その言葉に心がざわついた。なんだか嫌な予感がする。
焦る気持ちを抑えつつ待ったが……風見が来ることはなかった。
風見が来たのは、次の日だった。着替えの入った鞄を持って、納得がいかない表情でやってきた。
俺は風見から受け取った鞄の中を開け、着替えようとした。開けた途端、中からは優しい香りが漂ってきた。
「これは…彼女が用意したのか。」
「はい、そうですが…何か不備でも?」
「いや……なんでもない。」
なんだか懐かしく、それでいてひだまりのような暖かさが心に宿る。
「風見…。」
「はい。」
「…彼女と俺の関係は?」
「……………。」
「…風見?」
返事がないことに疑問を持ち、顔を向ける。風見の表情は苦しげに歪み、瞳には怒りの炎が宿っていた。
「…緊急会議の報告を…。」
「…………はい…。」
一呼吸おいて、風見は淡々と報告していく。組織の幹部の事情聴取の裏づけや残党のリストアップなどなど、そんなことで緊急会議を開くことなのか?と疑問に思っていたが……次の言葉で、この会議の本題が分かった。
「上層部において、今回の降谷さんの功績を見て………昇進が決定しました。それに伴い、降谷さんには………っっ。」
「……全て……話してくれ…。」
「っっ、…上層部、の……女性との、縁談が、決定しました。」
「待て…。何故その話になる。風見が言うには俺には、少なくとも同棲している女性がいるはずだ。」
「…上層部は、そんな事実はなかった。その一点張りです。そして、記憶のない降谷さんに対して、彼女の情報は一切知らせてはいけないということが……決定になりました。彼女のほうにも、降谷さんに接触禁止が決定し……昨日の夜に、伝えることになりました。……上層部はこれを機に……秘密裏に彼女に降谷さんと離婚を迫るつもりです。」
「りこん……、まて…俺は彼女と…結婚していたのか?…俺は…そんな大切な人を…忘れているのか…っっ。」
情報過多で頭がパンクしそうだし、胸を締め付けるぐちゃぐちゃな感情が爆発しそうだ。
訳の分からない感情の中で、1つだけはっきりと分かる感情があった。
─────俺から彼女を奪うな─────
奪うものが赤の他人なら、俺は容赦なくその牙をむけるだろう。それだけ今の俺でも執着しているんだ。
情報を知らせるな?笑わせてくれる。
「風見。彼女の情報の持ち出しは?」
「……既に処分されていました。」
「ちっ、用意のいい……。」
何かないか?と考えをめぐらせる。しかし焦り、いい考えが浮かばない。
ズキズキと痛む胸に、怒りで頭が沸騰しそうになる。
「それから、降谷さんに伝言です。貴方と彼女を会わせた上司からです。"まずは、ゆっくりと身体を休めろ。話はそれからだ。"とのことです。」
「くそ!!何もできないのが腹立たしいな。……風見は何か知らないか?彼女のこと……。」
「お伝えすることも禁止されています。……ですから、今から言うことは独り言です。」
「独り言……ははっ、そうか…独り言か……。助かる、今はどんな事でも、彼女の情報が欲しい。」
「私自身、今回のことには納得言っていません。貴方と彼女を1番近くで見ていたのは自分ですから…。降谷さんには、彼女は絶対必要です。」
そう言って、確信付いた瞳で見てくる風見。真面目な男が此処まで言っているんだ。今の俺にも必要になる。
ならば身体を休め、来るべき時に対応できるように整えておくことにしよう。
そう決意し、風見の時間が赦す限り…彼女の情報を……風見が知っている紙面ではない彼女を…今の俺に刷り込んでいく。
聞いた話は、付き合い始めから最後まで。簡潔に話してくれた。始めの頃は、まだ俺は潜入操作をしていて、そこに強引に入れ込まれた縁談の話。ただでさえ仕事でストレスを抱え込んでいたので、随分そっけない態度をしていたらしい。彼女のほうは何とかしようと色々考えて実行したと本人から聞いたそうだ。しかし、俺はそれさえ煩わしかったのだろう。その頃の俺は、気の休まる場所もなく、いつもピリピリしていたそうだ。そんな生活が数ヶ月も続いたそうだ。それでも彼女は健気に尽くしてくれていた。
ある日は、彼女と大きな喧嘩?らしきものをしたらしい。俺に呼び出された風見は彼女と住む家にやってきた。
そこにいたのは、頬を赤くした俺がいた。内容は聞けなかったが、なにやら幸せそうに「俺と家族なんだそうだ。心配もする。不安にもなる。でも、無条件で助けてくれる…。それが、家族なんだと…教えられた。」と、小さく呟き微笑んでいたそうだ。
それからは、時間が空けばその家に帰り「ただいま。」「おかえり。」を、家を出るときは「行ってきます。」「行ってらっしゃい。」を、彼女の食事を食べ「いただきます。」「ごちそうさま。」「美味しかった。」「お粗末さまでした。」を、たまに公安に差し入れとして降谷さんが持ってきて、皆で食べた。彼女に感想を言うと「お口にあった、なによりです。」と、どれも幸せそうな表情でいうらしいということを、俺は風見に伝えていた。
そんな幸せな時間を、どうして俺は覚えていない。自分自身に怒りが湧く。
時間がきて、風見は帰って行った。それから数日、風見は忙しく、俺の病室には来ていない。
彼女が気になる。今は何をしているのだろう?1人で大丈夫なのか?ぐるぐると、彼女のことだけが頭に残る。
それはたまにやってくる仕事の合間にも、いつの間にか考えている。そんなことが多々あった。
仕事が忙しかった風見が、とある役職の上司を連れてやってきた。
俺に話があるらしい。と一言言って、一礼をして、退席した。
俺は上司に対面した。
「このような姿で、申し訳ありませんが…一体何の用でしょうか?」
「いや、気にしなくていい。……ただこの書類に君のサインが必要になってね。処理はこちらがやっておくから、コレにサイン…署名を頂けるかな?」
「……分かりました。…お手数おかけします。」
「いや……気にするな…。」
神妙な顔つきで書類を渡してくる上司。どのような書類なのか見てみるが、名前の欄があるだけで、他の事は分からなかった。怪訝に思ったが、気を取り直して名前を書こうとペンを取った。…………が、その瞬間。嫌な予感を感じ、心が締め付けられるように苦しくなった。心臓がドクドクと脈打ち、冷や汗が流れる。息苦しい……。
心が悲鳴を、上げている。
「どうした、降谷?名前を書くだけだぞ。」
「…はぁ、はぁ、…っっ。」
「っっ!!大丈夫か!!降谷!!」
「だ、…だいじょ…です。……おきき、して…よろしいですか?」
心配した上司が、背中を撫で、息を吸いやすい体勢にさせてくれた。
落ち着いたころに、上司は「なんだ?言ってみろ。」と、促してくれた。
「この書類は、彼女に関してですね。…それならば、私がサインすることは絶対に、ありえません。」
「……何故そう思った?コレについて君は何も知らないはずだ。」
「はい、分かっていません。ですが、私の、いえ…私自身がこの書類に記入することを、拒否しています。……このような態度で、申し訳ありません。」
「……………成程、記憶を失っても……想いは残っている…ということか。」
「……はい、そのようです。……一体その書類は、何だったんですか?」
「交際を破棄する書類だ。」
「っっ!!!!……その書類を、私の前に突き出した人物は一体、誰なんですか。」
「彼女の身内だ。……いや、すまないね。あちらから試して欲しいと言われてね。」
「……試す……。私の何を試したかったんですか?」
「君が全てを、本当に失くしてしまったのかということを……。彼女がある決断をしてしまったからね…。だから、試したかったと…もし、サインをしていたら、完全に彼女との縁は切れていただろう。…………首の皮1枚、ギリギリのところだったが、繋がってよかったな、降谷。」
「……………は、い…。」
「それから、コレは私が送った彼女の情報のコピーだ。コレもあちらからの条件だった。受け取れ。」
「ありがとう、ございます。ですが、いいのですか?私に彼女の情報をあたえて…。」
「なに、気遣い無用だ。コレは調べたときに、あちらに送ったものだ。粗相があってはイカンという理由でな。だから、上層部も文句は言えん。……いらん気苦労を掛けた。ゆっくり休め。」
そう言って部屋を出ようとする上司に、俺は待ったを掛けた。
彼女がある決断をした……それが気になってしまったからだ。
「あの、待ってください!!」
「…どうした、降谷?」
「……彼女がある決断をした…と、……それは、一体どんな決断なんですか?」
「……今、聞きたいのか?」
「はい、お願いできますか…。」
「…ならば、覚悟して聞け。……彼女が君との間の関係を解消し、その資料にも載っている家を出た。今は何処にいるのか此方では、把握しきれていない。」
「関係を、解消……。家を、出た……。本、当なんですか……。」
「ああ、あちらからの情報だ。……表向きの理由としては、君の負担になりたくないからと…。裏の理由として……自分が弱いから、傷つきたくないからと…。」
「…………っっ。」
「…いい機会じゃないか。」
「……どういうことでしょうか。」
「君のこれからは引く手数多だろう。彼女と別れたのなら、彼女以外でも「失礼ながら申し上げます。私は、彼女以外誰1人として迎えるつもりはありません。どれだけ時間がかかろうとも、絶対に探し出す所存です。」………そうか、それ程までに決意しているのか。」
「はい。」
「ならば、探してみろ。公的機関を使わず、自身の人脈を使い、彼女を見つけ出せ。これはこちらからの挑戦状みたいなものだ。君が諦めない限り、彼女は誰のものにもならない。という伝言を預かっている。………頑張ってみなさい。」
「あ、ありがとうございます。必ず、どれだけ時間がかかろうとも、見つけ出します。と、先方にお伝えください。」
「分かった、伝えておこう。……聞きたいことは以上か?」
「……はい、今のところは……。」
「では、ゆっくり休みなさい。……勝負は、退院してからだ。」
「勿論です。」
決意新たに、上司を見やり頭を下げる。コツコツと靴音が遠ざかり、部屋を出て行った。
それから、早速と上司が持ってきた資料を見る。
そこにはとある権力者の孫娘。此方から打診した縁談話。経歴を見ても不備はなく、彼女自身は真っ白だった。しかも、お嬢様な暮らしではなく、一般庶民な生活で、高校は同じところだったということが分かった。しかし、その資料には彼女の写真は1枚もなかった。意図的に隠されているのが分かったが、だからなんだ。自分で探せばいいだけだ。何の問題もない。
読んでいる間に、風見が部屋に入ってきた。
「風見、退院してからなんだが。」
「はい。」
「仕事の調整を任せてもいいだろうか。空いた時間全て、彼女を探すことに費やしたい。」
「っっ!!勿論!!任せてください!!」
「頼んだ……。ああ、あと伝えておく。彼女が俺と離婚し、あの家を出たらしい。」
「ほ、本当なんですか!!」
「ああ、さっき知ったばかりだがな。だからといって、諦める俺じゃない。風見にも、個人として手伝ってもらうことがあるかもしれない。……頼めるか。」
「当たり前です。彼女には降谷さんが、降谷さんには彼女が、絶対に必要なんです。必ず、見つけ出しましょう!!」
「ああ。……俺の記憶が戻るのが、1番手っ取り早いんだが…。」
「それも、思い出しますよ。些細な切欠で……必ず……。」
「そうだな……。」
今ある資料を読み終え「彼女の資料だ。保管しといてくれ。」と言って、風見に渡す。風見はギュッと抱え、「分かりました。」と言って仕事に戻っていった。
今の状態じゃ、やれることなど高が知れている。ならば、一刻も早く傷を癒し、退院することを重点に置く。そう決めてからは早かった。半年の怪我を3ヶ月で治し、組織の残党の細かなことやその他の仕事を片付ける傍ら、合間を縫って彼女を探した。彼女の友人や仕事先、ご両親のところにも行った。友人や仕事先ははずれだったが、ご両親からは「1カ月前まではいた。でも今何処にいるかは……ごめんなさいね。教えてもらってないの。」という情報を教えてもらえた。
しかしそれ以降、一向に彼女は見つからない。それでも諦めることはしなかった。俺自身がもう彼女でなければ駄目だからだ。
帰る家も、彼女と住んでいた家で、なにもないことは退院した時点で知った。その足で向かったから……。
その時はかなりの絶望を感じた。分かってはいても、自分で確認するのとでは、やはり違っていた。
きつかった。心が死んでしまうかと思った。でも、この痛みは、彼女も感じていたんじゃないかと思う。俺の記憶がなくなったこと、離婚にこの家をすっきりさせて出て行ったこと…。だったら、俺がこの痛みに負けていられない。
彼女を探し出して、話し合って、この痛みを2人で分け合っていこう……そういう約束なんだから……??
……約束?俺は彼女と何か約束をしていた?
一瞬掠めた記憶は直ぐに遠ざかっていってしまった。ズキンッと頭が痛んだが、それだけだった。
寝室も彼女が使っていたであろう部屋で取っている。そこじゃないとうまく寝れない。いや…寝れるが、眠りは浅い。
熟睡するなら、彼女のベットじゃなきゃ寝れなくなった。その部屋が1番、俺が安心するからだ。もう彼女の香りなどなくなっているが、それでも安心できる場所だ。
◇◆
あの決意から、早数年。
色々あった。色んな上司が縁談話を持ってきたが、それには徹底抗戦をした。いい加減ウンザリした俺は彼女を紹介してくれた上司に訴え、彼女とは婚約者という間柄を向こうと決め、手に入れた。そこからは鳴りを潜めた。
それから仕事の合間に聞き及んだ場所に、彼女を探しに行ったが、見つけられなかった。
それに、相変わらず記憶は戻らない。でも、諦めたりはしない。でも、1つだけ手がかりをもらえた。
彼女の友人を訪ねた際に、彼女の写真を手に入れた。桜並木の下で幸せそうにふにゃりと微笑んでいる写真を────。
今日は風見に強制的に取らせれた休み。少し入用でデパートに来た。そこで懐かしい子達を見つけた。
組織壊滅に尽力を尽くしてくれた工藤新一くん。その彼の幼馴染で恋人の毛利蘭さん。そして、2人の幼馴染みで友人の鈴木園子さん。3人で買い物に来ていた。女性2人は服を見て、盛り上がっていた。その先のベンチで新一くんは座って、ジュース片手に2人を眺めていた。俺は彼に近づいて、話をすることにした。
「久しぶりだね、新一くん。」
「ふ、降谷さん!!」
「彼女たちの付き添い?」
「まあ、そんなところです。降谷さんは?」
「俺は、少し日用品をね…。新一くん、最近何処かで彼女、見かけてない?」
「っっ。……すみません、見かけてないですね。」
「そうか。………逢いたいなぁ。」
ポツリと無意識に出た言葉は、彼にも届いていたのだろう。少し悲しげな表情をさせてしまった。
割意ことをしたと思い、言葉を綴ろうとしたその瞬間。近い場所から悲鳴が聞こえてきた。
新一くんは彼女たちに断りと避難を促し、俺と共に発生現場に向かった。
犯人は数名の女性を人質に取り「デパートのお金を全て持って来い!!2時間以内に用意しろ!!用意できなければ、人質を殺す!!」と要求してきた。
この大きなデパートで2時間で全ては集まりきらない。他に何か目的がある……人質の女性たちの殺害。そう考えた俺は、その女性たちを見る。すると、その人質の中に彼女を見つけた。心臓がドクンと鳴った。それに間違えるはずもない!!彼女の写真をずっと見てきたのだから……。
「……けた。」
「えっ?」
「彼女を…見つけた…。」
「…っっ!!まさか!!」
「そのまさかだ…。人質の中にいる。くそ!!」
「……絶対に隙が生まれます。それまでは…。」
「分かっている……。」
そうこうしている内に、辺りが警察官で溢れていた。警察が交渉しているが、刻々と時間が過ぎていく。
彼女から視線を外さずジッと見ていたら、バチッと視線が合った。こんな時なのに、心は嬉しさで溢れ、視界が滲んだ。
一粒の雫が落ちた。
1時間と43分。事態が動いたのは、犯人側だった。
犯人が1人の女性に対して、過激な暴行をしだした。被害者は─────彼女だ。
怒りで頭が真っ白になった。殺気なんて隠せる余裕もない。だが、犯人をただただ睨みつけるのみ。まだ動けない。
犯人が、違う女性と言い合いになり、こちら側への注意が散漫になった。動くなら、今だ!!
慌てだした警察を傍目に走り出そうとしたとき。俺を知らない新人だろう警察官が、俺の腕を掴んで止める。
「何処に行こうとしてるんですか!!危ないので下がって!!」
「──────────離せ。」
「ひっっ!!」
「っっ。降谷さん!!行ってください!!嫌な予感がしますっっ!!」
「チィィッッ!!」
新一くんの嫌な予感。そういう予感は結構な確立で当たる。舌打ちをして前方を見る。
事態は悪い方向へ進んでいたようだ。彼女を庇っていた女性に、犯人が持っていた凶器の刃を振り下ろしていた。
彼女は女性を引き飛ばし、その刃を身体で受け止めた。
それを見た瞬間。俺はもう犯人しか認識できなくなった。殺す─────ただその感情に支配された。
犯人が彼女から凶器を引き抜く前に、渾身の力で顔面を殴り飛ばした。それでも足りない。彼女を傷つけたお前が、のうのうと今此処で息をしていること自体、許せない。
犯人に更なる制裁を─────そう思い、吹き飛んでいった方向に足を向ける。誰かが何かを叫んでいるが、俺の耳には入ってこない。そんな中、聞き覚えのない声が、俺の耳に入ってきた。
「ぁ、……あああああああああっっ!!」
その声に何故か後ろを振り向かないと後悔するような苦しさを感じ、後ろを振り向き、目を見開いた。
瞳に入ってきたのは、彼女に突き刺さっていたであろう凶器の包丁を彼女が引き抜き、傷口からは命の源である赤い雫が彼女の身体を濡らし、前のめりに倒れそうなとこだった。
俺はその光景を景光との光景と重なり、目を見開くとともに無意識に彼女に駆け寄って抱きしめていた。
「なにを…、何を馬鹿なことをしているんだ君は!!」
「ぁ、…ごめん、な…い。」
「しゃべるな!!……くそ!!血が止まらない!!」
「降谷さん!!コレ、使ってください!!もうすぐ救急の人も来ます!!」
「だ、って……あの、まま……れい、くん……だから……。」
「だからって、こんな方法っっ。君が死んでしまうかもしれないんだぞ!!分かっているのか!!」
「それ、で……れいく、んが…とま、って……くれ、っるなら…ごほっ、……わた、しは…どう、…っても……。」
「ふざけるな!!まだ俺は、君を思い出してもいない!!やっと見つけたのに……俺は君の名前も呼べずにおいて逝くのかっっ!!」
考えることは、彼女の血を止めること。犯人のことなど既に頭になく、彼女を助けることに頭を働かせる。新一くんから上着を貸してもらい、すぐさま傷口をふさぐが、血は止まることを知らず、次々と溢れ出ては俺の袖口や手を赤く染める。
おそるおそる伸ばしてくる彼女の手を片方の手で握り、懸命に止血するが、血の勢いは止まらない。
死を予感して、瞳から雫が落ち彼女の顔に当たる。
「わ、たし……こうか、い……てない、よ。…やく、そく…ご、め……ね、…あい、…てる、よ……れー…ん…。」
「っっ!!おい、目を開けろ!!閉じるな!!最期の言葉みたいっ、に言うな!!───俺を独りにしないでっっ───。」
だらりと落ちる手を落とさないように掴み、大きな声で彼女に声を掛ける。名前を呼べないことへの憤りに、彼女を亡くしてしまう現状に、心が叫び声を上げている。
「目を開けてくれ…お願い、だからっ。やだ、ひとり、……っっ。君が、いな、いと……おれっ、ぼくっっ……。」
「降谷さん……。」
止血をしながら、それでも声を掛けることを止めることはできなかった。
警察が犯人を取り押さえていたことにも気づかず、ただただ最愛の彼女が、目を開けてくれることだけを祈っていた。
気づいたら病院の手術室前で、隣には彼女の両親が来ていた。
俺の背中に手を当て、震えているのに俺を励ましてくれていた。
ランプが消え、医者が出てくる。
「先生!!あの子の容態は?」
「……なんとか一命は取り留めました…。ですが、予断は許さない状態です。ですのでICUでの治療となります。尽力は尽くしますが、もしもの場合の覚悟を……よろしくお願いします。」
息をのむのが分かった。実際自分だってそうだったから。
その後の手続きとか着替えは後日、申請すればいいと看護師さんから聞き、今日のところは帰ることとなった。
顔色の青白い両親を、同じく青い顔色がまだ少しマシな俺が、家に送っていった。血で汚れていた俺に、父親の雅司さんが上着を貸してくれたのだ。そのお礼にってことで、両親を送っていった。
そしたら、いったん洗い流したほうかいいと母親の香夏子さんがお風呂を用意してくれた。
ありがたく使わせてもらい、服も借りることとなった。雅司さんがお風呂に入っているときに、香夏子さんがあるものを持ってきた。
「零くん。コレ知ってる?」
「何でしょう?」
「あの子がこの家にやって来たときに持ってきて、此処を出て行くときの置いていったもの。……アルバムみたいなんだけど、私じゃよく分からなくて……。見てみる?」
「よろしければ…。」
「はい、どうぞ。」
そう言って受け取ったアルバム。中を見てみると、どこかの風景や多分そのとき頼んだ食事の写真。
見覚えがないのに懐かしい気持ちになる。いや、そうじゃない。知っているから懐かしいんだ。
何時?何処で?何の意味の写真??
記憶を探るが出てこない。当たり前だ、記憶を失っているのだから。だからと言ってはい、そうですか。で、終わってたまるか!!ないなら漁れ。この写真は彼女との記録だ。逃してたまるか!!
「ぐぅっっ。」
「零くん?…!!零くん、大丈夫!!」
「だ、だいじょ、うぶです。」
慌てる義母さんに今答えれる精一杯で答える。だが心配をよそに頭痛はひどくなる一方だったし、冷や汗は流れる。
それでも諦めずにアルバムを開いていく。ある1枚で止まる。彼女の左手の写真。その薬指には指輪が輝いている。
───私と貴方は夫婦です!!家族です!!家族の、夫の心配をしてはいけませんか!!不安に思ってはいけませんか!!今、貴方は独りじゃないんです!!その手当て分くらい、家族に、貴方の妻に…………任せて、もらえないんですかっっ。───
───うん、零くんとの写真は残せないのは聞いてるから、風景やそのときの食事の写真とかで、その日を思い出せるような…とても素敵な思い出を……。───
───うん、それでいいよ。何時かでいいんだよ。……少しずつ、未来の約束をしていこう。───
───……貴方、だけ。……約束します……。───
───はい、一緒に生きていきましょうっ。苦しみも悲しみも楽しみも嬉しさも、2人で分かち合いましょうっ。───
─────零くん。─────
次々浮かんでくる言葉。彼女の笑う顔。赤く恥ずかしがる顔。怒った顔。そして、最後に浮かんだのは……、
─────幸せそうにふにゃりと幸せそうに微笑み、俺の名前を呼ぶ声─────
ああ、やっと逢えた。
さっきまで痛かったはずの頭は鳴りを潜め、べたついた汗や心配してこちらを伺う義父さんと義母さんだった。
「ああ、大丈夫かい?零くん。頭痛いんだよね、病院行く?」
「そ、そうよね!!大事になったら大変よね。あの子があんな事にあってるから、零くんまでなんかあったら……。びょ、病院行きましょう。」
「ご心配おかけしました。もう……大丈夫です。彼女の…[[rb:奏>かなで]]の写真のお陰で、全て思い出せました。
本当にご心配・ご迷惑っっ。」
「いいのよ、家族だもの。心配も迷惑もかけていいのよ。度が過ぎると怒ってしまうけど、相手を思っているからこそ。だから気にしてしまうのよ。」
「そうだね。大切だからこそ、自分を大事にして欲しいし、相手に大事にされたい。今回のことは誰もが傷ついた……けど、誰も悪くない。仕方がないことが起きてしまった。だたそれだけだよ。」
「「零くん、おかえりなさい。」」
「っっっ。た、だいまっ、…かえりま、したっっ。」
「後は…あの子が起きるだけ…。大変だけど、家族で頑張ろう。」
暖かなで優しい彼女…奏が誕生したのは、周りの影響も確かにあったと思う。でも、この優しくおおらかの両親の元で育ったのが、1番の大元だと俺は思う。
俺にできることは少ないかもしれない。でも、彼女だけはどうかっっ、どうかっっ俺たち家族に還してください。
奪わないでください。どうかお願いします。
俺は信じてもいない神様に、この時だけは強く…強く願った。
[newpage]
あとがき
力尽きました。
本当はこの後、警察学校組が夢主を引き止めて、生還。
数日後、その夢?らしきものを屋上にて零くんに話す。
風が吹いて後ろを振り向けば、警察学校組が一瞬だけど透けて見える。
勿論、笑い合っています。
それから、時間が空いたら後日、彼らのお墓にお礼を言いに行こう。で終わり。
此処まで書けなかった……。
もしかしたら、気分が乗ったら書くかもしれない。
予定は未定。
次はショタ零くんが書きたい!!
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タイトル考えるの………しんどいです。<br />あと、力尽きました。<br />ごめんなさい。<br /><br />アンケートはジン成り代わっちゃった夢主の次の性別についてです。<br />男性でも女性でも名前は―仁海―(ひとみ)です。<br />ご協力お願いします。<br />続きを書くかはまだ不明ですが…夢主の性別が決まらないことには始まらない……。<br /><br />─お断り─<br /><br />当作品は、全てのものと関わりありません。<br /><br />コナン夢となっております。<br />今作品は、政略結婚からの記憶喪失ネタです<br />設定捏造・オリ主。<br />そしかい後です。<br /><br />誤字脱字……見逃してください(汗)<br /><br />作者はコナンくんにわかで、キャラの性格・口調が把握しきれてません。ですので、キャラ崩壊待ったなしです。。<br />1つでもダメな方は、ブラウザバックをお願いします。<br /><br />合言葉は、ご都合主義!!<br />フワッと読んでください。<br />OKという方は、どうぞお進みください。<br /><br />一部、修正しました。(9/14)<br /><br />ルーキーランキング 3 位の通知を頂きました。皆さん、ありがとうございます!!<br />見たとき、えっ!!3位!!嘘!!マジで!!((((;゜Д゜)))<br />驚きとガクブルです。<br />本当にありがとうございます!!!!<br /><br />タグ付けありがとうございます!!とても嬉しいです!!
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記憶喪失になった零くんと逃げ出した私
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10117869#1
| true |
彼と出会ったのは、夢の中だった。
いつから、彼が、そこにいたのか、ディルムッドは知らない。
もしかしたら、気づくことができなかっただけで、赤ん坊の頃からいたのかもしれない。
けれど、ディルムッドが男を認識したのは、十歳のときだった。
ミルクを垂らしたような、とろりとした真っ白な世界は、夢でしかあり得ないほど、広かった。
果てがなく、ひたすらに白い。
そんな世界の中で、色づいているのは、自分とその男だけだった。
こくん、と唾を飲み込み、ディルムッドは、おそるおそる、男へと近づいていく。
男が腰掛けているのが、車椅子であるのが、近づくとわかってきた。
襟の高い、青いコートをきちんと着込み、背筋を伸ばした、姿勢のいい格好で座っている。
影が生まれる余地のない、白い闇の中、ディルムッドは男の目の前で、赤いスニーカーを履いた足を止めた。
先日、母が買ってくれたものと同じ靴だ。
夢の中でも、同じ靴を履いている自分が、少し、おかしい。
琥珀の目を瞬かせ、男の様子を伺う。
男の車椅子の車輪には、紅い薔薇と黄色い薔薇を咲かせた茨が、蔓のように絡みついていた。
ゴムのタイヤに、鋭い棘が食い込んでいる。
これでは、車椅子を動かすことなど、できはすまい。
「…あの」
胸の前で両手を組み、ディルムッドは震える声で、男に声をかけた。
金糸の髪を撫でつけ、聡明そうな白い額を露わにした男の目が、薄く開いていく。
髪と同じ、金色の睫毛の下から垣間見えたのは、蒼い目だった。
澄んだ湖のような蒼に、ディルムッドは息を飲む。
これほど、綺麗な蒼い目を見たことは、初めてだった。
「…ふん、やっと私に気づいたのか」
静かな声が、男の薄い唇からこぼれた。
男の声の凍てついた響きに、ディルムッドは動じ、怯えたように華奢な肩を震わせる。
幼いディルムッドに、これほど冷淡な口調、凍えた眼差しで接する大人など、これまで、いなかったからだ。
愛されることに慣れた子どもは、戸惑い、俯く。
男の唇から、ため息が漏れた。
「私をここに閉じこめたのは、貴様だというのに、のんきなものだな」
え、とディルムッドは弾かれたように、男へと顔を上げた。
一房、垂らした前髪が、鼻先で揺れる。
男の言葉の意味が、わからなかった。
おどおどと答えを求めるように、視線を泳がせていれば、神経質そうな細面が、ディルムッドを馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「く…ははっ!これは、傑作だ。私の魂を引きずり込み、閉じこめておくほど、私に執着しておきながら、私が誰かを忘れているとは…!」
喉を仰け反らせ、男が、どこか軋んだ声で笑う。
襟でほどんと隠れてはいるが、僅かに覗いている喉の白さが、琥珀の目に焼き付いた。
小さな手が、そろりと男のコートの裾へと伸びる。
けれど、手が届く前に、蒼の目が、ディルムッドを見下ろし、射抜いた。
ぎくりと、丸っこい指先が跳ね、宙で止まる。
ディルムッドへと目を眇める男の顔からは、笑みが消えていた。
いや、笑みだけではない。
表情そのものが、青白い顔からは、削げ落ちてしまっている。
光が消えた蒼い目は、宝石のように美しいが、無機的で恐ろしかった。
ディルムッドのまろい頬がひきつり、少年らしい、つるりとした膝小僧が震える。
「…忘れておいてなお、私を縛るか。忠節を注ぐ主という器がありさえすれば、それでよかっただけの男が、何をいまさら。つくづく、貴様という男は、忌々しい」
白い手袋をした手が、タイヤに絡む黄薔薇に伸びる。
ぐしゃりと薔薇が握り潰され、花びらが散った。
けれど、すぐに、新たな茨がタイヤに絡み、薔薇が咲く。
男を逃がすまいとするかのように、車椅子は噎せ返るような薔薇の匂いに包まれていた。
ディルムッドはふらりとよろけ、尻餅をつく。
薔薇の匂いに、息が詰まりそうだ。
「もういい。私を知らぬ貴様と話すことなど、何もない」
ふぅ、とため息をこぼし、男はそれっきり、口を閉ざしてしまった。
蒼い目も、疲れたように閉ざされる。
ディルムッドが声をかけても、男はもうディルムッドを見ようとはしなかった。
車椅子の上で、まるで人形のように、身じろぎもせず、座り続けているだけだ。
「あ、の」
震える声で、ディルムッドは男に呼びかける。
名前を呼ぼうにも、それがわからない。
自分が、男のことを忘れている、と男は言った。
ならば、自分は知っていたのだろうか、彼の名を。
知っていたのなら、どうして、忘れてしまったのだろう。
ディルムッドは拳を震わせ、男を見上げた。
固く閉ざされた目も、引き結ばれた唇も、ディルムッドのために開かれる様子はなかった。
[newpage]
*
夢を見るたびに、ディルムッドは真っ白な世界で男と向き合うようになった。
目覚めてからも、現実感を伴い、記憶にはっきりと残る夢に、三ヶ月は、困惑しただろうか。
半年も経てば、男と二人きりだけの夢の世界にも、だいぶ、慣れてきた。
「……」
影すら生まれないミルク色の世界で、ディルムッドは距離を取り、男を観察する。
時折、手袋をした手は動くが、足はまったく動かない。
どうやら、男には足の感覚がないらしかった。
膝を抱えて、座り込み、ディルムッドは、男を見つめ続ける。
視線を感じているだろうに、男はディルムッドを見ようとはしない。
「……」
頬を膝に押しつけ、ディルムッドは夢の中だというのに、欠伸をこぼした。
ここが夢だというのなら、どうして、もっと自分の思い通りにならないのだろう。
たとえば、おもちゃが出たり、お菓子が出たり──男が、自分に笑いかけてくれたり。
そんな想像を働かせても、夢はいっこうにそれを形にしてくれないのだ。
むすっ、とまろい頬を膨らませ、ディルムッドは口を尖らせる。
本当に、ここは、自分の夢の中なのだろうか、とそんなことを疑いたくなる。
ちろ、と様子を伺うように、男を見上げる。
とろりと白い世界には、光など差していないというにも関わらず、撫でつけられた金糸が、キラキラと光って見えた。
その明るい金の色に、琥珀の目は見とれる。
「…名前を、教えてくれませんか」
座り込んだまま、ディルムッドは問いかけた。
男に名前を訊ねるのは、初めてのことではない。
何度、訊ねても、男が応えることはなく、今も男は目を閉じ、口を閉ざしたままだ。
指先は、ぴくりと震えているから、聞こえていないわけではないのかもしれないが、自分の相手をしてくれるつもりはないらしい。
むぅ、と眉根を寄せ、立ち上がると、ディルムッドは男へと近寄った。
「聞こえてますよね?」
手を伸ばし、男の服の裾を摘む。
くい、と引っ張っても、男は目を開けようとはしないままだ。
どうしたら、男は自分を見てくれるのだろう。
相手をしてくれるのだろう。
夢の中は退屈で、幼いディルムッドは焦れる。
「…お兄さんは、誰なんですか」
男は、やはり、応えない。
男が自分を無視できないよう、もっと服を引っ張ってみようか。
そんなことを思うが、実行に移すのは、躊躇われた。
男にまた、冷たく凍えた蒼い目で睨まれることだけは、避けたい。
あの眼差しは、本当に恐ろしいからだ。
(どうして、この人は、俺に優しくしてくれないんだろう)
男の足下に座り込み、ディルムッドはふてくされたように、眉をひそめる。
幼くも、美しい顔立ちをした、快活な少年は、自分が大人に愛されていることを知っていた。
愛されようと、計算して、振る舞ったことは、一度もない。
ただ、無邪気に知っているだけだ。
自分の顔や性格が、周りの者たちから、好かれやすいということを。
「……」
ぱちくりと瞬く、琥珀の目を、男へと向け、眇める。
けれど、この男だけは、自分に冷たいのだ。
話かけても、相手をしてくれないばかりか、存在に気づいていないような振りをする。
声を聞かせてくれたのは、あのときだけだ。
蒼い目を見せてくれたのも、男の存在に気づいた、あのときだけ。
(夢の中、なのに)
まったく自由にならない男が、ディルムッドは腹立たしかった。
男の存在が、ひどく理不尽なものに思えてならない。
男が困った顔でもすれば、少しは、すっきりするだろうか。
無垢な企みで目を煌めかせ、俯かせていた顔を上げ──ディルムッドは息を飲んだ。
男の目が、開いていた。
金色の睫毛で縁取られた蒼は、あの日、見たときに感じたように、美しい。
「……」
呆気に取られながら、男の視線の先を追う。
蒼の目が向けられているのは、窓だった。
ディルムッドは、きょとん、と瞬く。
白い世界に、ぽかりとその窓は浮いていた。
窓は閉じられているが、透明なガラスの外に何か景色が流れている。
こんなもの、いつからあったのだろう。
男が生み出したものなのは、間違いあるまい。
身体の自由はなくとも、この窓を生み出すくらいの自由は、この夢は、男に許しているのだろうか。
男の唇が、何か、もごもごと呟き、動いている。
まるで、魔法の呪文でも唱えているかのようだと、ディルムッドは訝しげに眉をひそめた。
戸惑いに揺れる琥珀は、窓を一心に見つめている男の顔を下から見つめる。
窓へと向けられた蒼に、自分を映して欲しい衝動に、ディルムッドは駆られた。
ぐい、と男の袖を引き、自分の存在を訴えるが、男の顔は窓へと向けられたまま、ディルムッドをちらりとも見ようとしない。
一体、何を見つめているのだと、ディルムッドは窓を睨む。
窓の外には、ディルムッドの知らぬ景色が流れていた。
(…どこなんだろう、あれは)
ここは、自分の夢の中、のはずだ。
なのに、どうして、自分が知らぬ風景が流れているのか、わからない。
窓から見えるのが、たとえば、自分が通っている学校だというのならば、まだわかる。
けれど、見える風景は、ディルムッドにはさっぱり見覚えがない場所なのだ。
だが、男には馴染みのある風景らしい。
飽きもせず、見つめ続けている。
「どこなんですか、それ」
無駄だと思いながらも、首を傾げて、問いかける。
案の定、返事はない。
このミルク色の世界の夢は、どこまでも、自分に対して、理不尽にできているように思え、ディルムッドは眉間にしわを寄せ、唇をへの字に曲げる。
茨が絡む、タイヤを掴み、車椅子を揺らしても、男は疎ましげな視線すら、ディルムッドに向けることなく、窓を見つめ続けた。
「っ」
どうして、自分を見てくれないんだ、と怒鳴っても、男はディルムッドを見ない。
見ようとはしてくれない。
その様が苦しくて、切なくて、ディルムッドの目の縁に、じわりと涙が溜まる。
──夢の中ですら、『 』は俺を見てくれないのか。
「え」
ぎくりと、ディルムッドの肩が跳ねた。
今、自分は何を思ったのだろう。
自分の声とは思えぬ声が、確かに、頭に響いた気がするのに、何を言ったのか、もうわからない。
ディルムッドは動じ、男から後ずさった。
そんな少年の様子に気づいた様子もなく、男は窓を見つめ続け、蒼い目を眇めていた。
[newpage]
*
ハイスクールに入学すると、背が高く、体格のいいディルムッドに、声をかける者は、さらに多くなった。
バスケットボールのクラブに誘う者もいれば、ボートクラブに誘う者、サッカークラブに誘う者もいる。
運動神経にも優れているディルムッドを、自分たちのクラブに引き込もうと、数多の誘いが舞い込んだ。
誘いは、そういったものばかりではなかった。
凛々しい眉が、甘さを程良く引き締めている、ディルムッドの端正な顔立ちに心惹かれ、女生徒たちからの誘いが、それ以上に降り注ぐのだ。
毎日、毎日、なびくことのないディルムッドを相手に、懲りもせず、少女たちは声をかける。
学校内だけではなく、近隣の女生徒たちからも、ディルムッドには秋波が送られ、色めいた誘いがかけられた。
そのどれにも、ディルムッドの心は惹かれなかった。
身体を動かすことは好きだが、本格的にスポーツに打ち込むつもりはなく、女性たちからの誘いにも、あまり気が乗らなかった。
琥珀の目に映る世界は、セピア色で、味気ない。
気がつけば、夢の中の男のことばかりを考えてしまっていた。
幼いころから、年を取ることもなく、夢の中にい続けている男のことを。
紅薔薇と黄薔薇の茨に囚われ、車椅子から動けぬ身体のまま、男は窓を見つめるばかりだ。
未だ、名前もわからぬ人。
自分は彼を忘れているのだというが、今も思い出せないままだ。
「……」
ディルムッドは、ゆるりと息を吐き、ハイスクールの片隅で、ベンチに腰掛け、空を仰いだ。
彼は、窓からいつも何を見ているのだろうか。
窓を眺める男の表情には、いつも変化はない。
蒼い目を、そっと細める。
その程度だ。
笑みをこぼすでもなく、眉をしかめるでもなく、窓を見つめている。
ガラス玉のような、蒼い目は、幼いころ、たった一度だけ、見せてくれたような感情を覗かせることは、もうないのだろうか。
苛烈な光を宿した蒼は、本当に美しかったのに。
(閉じこめられていると、あの人は言っていたな)
もしも、自分が夢を見ることがなければ、白い世界に男は一人きりなのかもしれない。
ディルムッドは、ふと、考え込むように俯いた。
これまでにも、何度か、夢を見ることもなく、深く眠ったことはある。
それでも、夢を見ないのは、せいぜい、一日か、二日といったところだ。
少なくとも、三日以上、あの男に出会わなかったことはない。
「……」
すり、と指の腹で唇を撫でる。
たとえば、一週間、彼に会いに行かなかったら、彼は、寂しがるだろうか。
孤独に耐えられず、涙を流すだろうか。
会いたかった、とホッとした顔を見せてくれるだろうか。
自分に、縋ってくれるだろうか。
縋る色を見せる蒼い目を想像すると、ぞくりと、ディルムッドの背中が震え、喉が鳴る。
それは、甘美な想像だった。
だって、あの男だけなのだ。
恐ろしいまでに整った容貌に異性は、何もせずとも寄ってくるが、それだけではなく、性格も快活なディルムッドは、同性にも慕われている。
それなのに、彼だけが、自分に冷たい。
興味を示すこともなく、ディルムッドの存在を軽んじる。
「…あの、オディナくん」
かけられた声に、ディルムッドは顔を上げた。
波打つ、長い金髪を耳にかけ、グロスで唇を照らせた少女が笑っていた。
髪は染めたものらしく、眉や睫毛と色が違っている。
男の美しい金の髪と違い、女の髪は安っぽく、くすんで見えた。
「ねぇ、暇なら、どこかに行かない?」
あからさまな媚びのこもった視線を受け、ディルムッドは胡乱に少女を見上げる。
恋に潤む目には、欲が見える。
少女は、豊かな胸を強調するかのような服を着ていた。
短いスカートからは、肉感的な足が覗いている。
ピンヒールを履いた少女の足は、壁の影の一歩、外に出ていた。
影の中に沈んでいたディルムッドは、誘うように笑んでいる少女に、目を細めた。
(あの人は、思い知ればいいんだ)
果てしなく広い、白い世界で、ディルムッド・オディナという存在が、どれほどの慰めになっていたのかということを。
孤独に耐えかね、蒼い目を潤ませればいい。
にこりと、ディルムッドは少女に向かって、微笑んだ。
少女の頬が、赤く染まり、榛色の目が輝いた。
[newpage]
*
ミルク色の世界には、一点の汚れもない。
ただ白く、果てが見えない。
ディルムッドが夢の世界に足を踏み入れたのは、一週間ぶりだった。
首を回し、男を探す。
白の世界の中で、青い服を着た男の姿は、すぐに見つかった。
車椅子に絡む紅薔薇と黄薔薇が、青に彩りを添えている。
「お久しぶりですね」
にこりと微笑みながら、男へと歩み寄る。
ディルムッドの琥珀の目には、期待が浮かんでいる。
男の蒼い目に、寂しげな色が見えるはずだと思うと、心が浮き立ち、気持ちが逸る。
足下に影ができない世界で、ディルムッドは笑みを浮かべたまま、男の前に立った。
「俺がいなくて…」
寂しかったですか、と問いかけようとした、ディルムッドの唇は、そこで固まった。
男は一週間前と変わらず、窓を見つめていた。
首を傾げ、窓を見つめ、目を眇めている。
相変わらず、ディルムッドを見ようとはしない。
表情一つ変えない男に、ディルムッドは奥歯を噛みしめる。
男の反応が、気に入らなかった。
何故、会いに来なかったと、詰ろうともしない男に苛立ちが募る。
男の目を自分に向けさせたくて、襟へと伸ばしかけたディルムッドの指先が、ぴくりと跳ねた。
「…っ」
声を荒げ、ぎくりとディルムッドは肩を強ばらせた。
頬がひきつり、眉間に力がこもるのがわかる。
男の眦が、微かに緩んでいた。
窓を見つめる蒼い目に、柔らかな光が生まれている。
一度だって、自分には向けられたことのない、柔らかさに、ディルムッドは呆然と目を見開き、窓へと顔を向けた。
「……」
見開いた目に映り込んだのは、赤い髪をした女だった。
窓の外で、友人らしき女と一緒に、笑い合っている。
その女を見つめる男の目の表情を、ディルムッドは凍った目を向け、必死に読みとる。
男の目の縁に、じわりと涙が滲んだ。
ゆっくりと男が瞬き、静かに白い頬を涙が伝い落ちていく。
「……」
男は、愛しげに女を見つめていた。
薄い唇の端も、僅かに綻んでいる。
男のこともわからないのだ。
女が誰かなど、ディルムッドには、なおのこと、わからない。
けれど、男にとって、赤い髪の女が大切な人間であることだけは、わかる。
ありありと、男の白い顔に滲んだ、微かな表情から伝わってくる。
「あ」
どくりと、ディルムッドの心臓が震えた。
白い世界で、男に声をかけるのは、自分だけだ。
男の側にいるのは、自分だけだ。
それなのに──どうして、自分には向けない表情を、見つめることしかできない女に、向けているのか。
許せないと、ディルムッドの目の前が、怒りで赤く染まる。
気がつけば、手を伸ばし、男の襟を掴み、ディルムッドは男の顔を引き寄せていた。
眼前に迫った唇に、自身のそれを重ねる。
男の冷たい唇を、無理矢理、舌で割り開き、咥内を貪る。
男の口の中は、ひんやりとしていた。
舌は薄く、下顎に張り付いている。
「は…、んむ」
甘い声を漏らしながら、歯列を辿り、反応を示さない舌を絡め取る。
男の舌を吸い、頬の内側を舐めながら、ディルムッドは背筋を震わせた。
キスをしているだけだというのに、下腹部に重みを覚える。
荒い息を吐き、夢中になって、ディルムッドは角度を変えては、何度も何度も、男の唇を味わい続ける。
この一週間、寄ってくる女からの誘いを断ることなく、適当に相手をしてきた。
夢を見ないよう、泥のように疲れ果てるまで、女を抱いて、眠ってきた。
自分の引き締まった身体の下で、身をくねらせ、悶える少女たちに高ぶりは覚えたが、男の唇を貪っている、今ほどの興奮は覚えた記憶はない。
唇から溢れた唾液が、男の顎から、ぼたぼたと滴り、男の青い服を濡らしていく。
「は…」
浅黒い頬を紅潮させ、唾液で濡れた唇を舐めながら、ディルムッドは男から顔を離した。
下肢に熱を覚えながら、男の顔をとろけた琥珀の目で覗き込む。
息が乱れるほど、貪ったのだ。
男の白い頬にも、朱が差していることだろうと期待を抱く。
「……っ」
確かに、男の息は乱れ、酸欠によって、頬は赤く染まっていた。
けれど、目は凍てついたままだった。
興奮の熱など、どこにも感じられない。
いつもと変わらぬ、ディルムッドの存在を軽んじる蒼に、ディルムッドの顔から血の気が引いていく。
高ぶりを覚えていたのが、自分だけだとまざまざと見せつける目に、男の襟を掴むディルムッドの指先が、カタカタと震えた。
「あ…」
男は無言のまま、ディルムッドから顔を背けた。
いや、違う。
窓へと、目を戻しただけだ。
また窓を見つめ、笑っている女に愛しげな視線を注いでいる。
──あなたが思うのは、やはり、彼女だけなのか。
何故、そんなことを思うのかもわからないままに、ディルムッドは呻き、男の足下に、がくりと膝を折った。
動かぬ男の細い足に縋りつき、抱きしめる。
茨が絡んだ車椅子のタイヤが、ぎしりと軋んだ音を立てた。
「あ…うあ、あ」
男の固い膝に顔を埋め、ディルムッドは嗚咽を漏らす。
男は車椅子の肘掛けに手を乗せ、窓を見つめ続けている。
蔑みでも、嫌悪でもいい。
何かしらの感情が灯った視線が欲しい。
ディルムッドが泣きじゃくり、切望しても、男はそれをディルムッドに与えようとはしなかった。
[newpage]
*
ディルムッドの生活は荒れた。
ハイスクールにも通わず、クラブに出向き、酒を飲み、女を抱く。
ディルムッドの容貌は、老若問わず、異性を惹きつけた。
金で買われることもあった。
夢を見ないこと。
ディルムッドが求めたのは、それだけで、相手が誰であろうとも、かまわなかった。
眠りを減らしたディルムッドは、やつれ、頬もこけた。
けれど、それは、ディルムッドの整った容貌に憂いを添えるばかりで、魔性をより引き立てるものでしかない。
酒を飲み、誘いをかけてきた女と一夜を過ごし、家にも、帰らぬ日々が続いた。
代わりに、ディルムッドは夢を見なくなった。
(あの人は、今日も窓を見ているのだろうか)
彼の世界は、あれだけだ。
あの窓を叩き割ってやろうかと思ったこともある。
だが、叩き割った窓から溢れた世界に、白の世界が侵されるようなことがあったら、そればかりか、彼が逃げてしまったらと思うと、怖くて、それはできなかった。
閉じこめられていると、彼は言った。
ならば、このまま、閉じこめられていればいいと、ディルムッドは願う。
(俺の夢の中に、あの人はいる)
二色の薔薇に囚われ、茨に絡め取られ、自由を得られぬ男。
あの美しい蒼眼は、決して、自分に向けられないのだとしても、捕らえ続けておけば、窓以外には、誰にも向くことはない。
離したくない。
思うのは、それだ。
あの人を閉じこめておきたい。
「こんばんは」
声をかけてきた女が、差し出したグラスを、ディルムッドは受け取った。
クラブの中では、ダンスミュージックが鳴り響き、天井から降り注ぐ色とりどりの光が揺れ、狂騒を煽っている。
いつだったか、出会った女に紹介され、定番の位置となったVIP席のソファに腰掛け、ディルムッドはロック・グラスを傾けた。
口当たりはいいが、アルコール度数の高いカクテルが、喉を焼いていく。
「ふふ、あなたは、本当に綺麗ね」
紫色に爪が塗られた女の指が、ディルムッドの頬を撫でる。
右目の下の泣き黒子を掠める手を、ディルムッドは握り、引き寄せた。
嬉しげに艶めいた声を上げ、女がしなやかな身体をくねらせ、腕の中に倒れ込んでくる。
脱色された女の髪に指を滑らせ、ディルムッドはため息を噛み殺しながら、寄ってきた女の唇を受け入れた。
(…ああ、やはり、これじゃないんだ)
生理的な興奮ならば、覚えるが、心の底は冷えたままだ。
あのとき、一度だけ、味わった、男の唇。
誰と身体を重ねようと、あれほどの高ぶりを覚えたことはない。
本当に貪り、抱きたいのは、彼の痩せた身体だ。
ディルムッドは、薄く笑う。
きっと、抱いたところで、彼は反応を示してはくれないだろう。
足の感覚がないらしい身体は、そもそも下肢に触れても、快楽すら感じないのかもしれないが、罵りの声すら、彼は聞かせてはくれないに違いない。
夢の中で、彼を抱いても、それは自慰にもなるまい。
それでも、彼を抱きたい。
あの痩躯を暴き、奥まで味わい尽くしたい。
女と舌が絡み、くちゅりと湿った音が耳朶を打つ。
頬を赤らめ、胸を押しつけてくる様子から察するに、名前も覚えていない彼女は、すっかりその気のようだ。
どうしたものかな、とぼんやりと思考を巡らせる、ディルムッドの耳に、悲鳴が聞こえた。
カンカンとヒールの音を高鳴らせ、VIP席がある二階へと、階段を昇ってくる足音が聞こえる。
「…ああ、ディルムッド」
思い詰めたような震える声がし、抱きついていた女が悲鳴をあげて、ディルムッドから離れた。
濁った琥珀の目が、緑色の光に照らされている女を映す。
人を呼ぶ声が、階下のフロアから聞こえてくる。
トレンチコートを着た女の手には、鈍く黒光りしている拳銃が握られていた。
なるほど、とディルムッドは逃げるでもなく、納得する。
悲鳴が響いているのは、拳銃に怯えているからだ。
「ねぇ、あなたが好きなの」
愛しているの。
肩まで伸びた髪を乱し、頬を涙で濡らし、紅を塗った唇を歪めて、やはり、名を忘れた女が笑っている。
涙で滲んだマスカラが、女の下瞼を黒く汚し、狂気の光を宿した茶色の目が、昏く光っていた。
ひく、と喉を震わせ、女が両手で握った拳銃を掲げた。
ディルムッドは、ちらりとロック・グラスを見下ろした。
アマレットのアーモンドを思わせる甘い香りを漂わせ、ウイスキーの風味を奥に感じさせるゴッド・ファーザーは、まだグラスに半分ほど、残っていた。
グラスを揺らし、氷をカラン、と壁に当てる。
唇に縁を当て、ディルムッドはゆっくりと舌へと、甘い酒を流していく。
琥珀の目は、酒に酔うように、とろりと細められるが、女にも、拳銃にも向けられることはなかった。
どちらにも、興味がなかった。
興味を覚えるのは、夢の男だけだ。
女が呻き、引き金を絞る。
耳をつんざくような悲鳴とともに、重い銃声が響き、ダンスミュージックが鳴り響くフロアを引き裂いた。
[newpage]
*
相変わらずだなぁ、とディルムッドは苦笑をこぼしながら、窓を眺めている男へと近づく。
白い世界に負けず劣らず白い、男の頬へと指先を伸ばしても、男は身じろがない。
自分の浅黒い肌に対して、男の肌は混じり気のない絹のように美しい。
「お久しぶりですね」
男は、応えない。
夢の外の世界で何が起こったか、気づいているのだろうか。
男の様子から、それを察することはできない。
この夢は終わるのだろうか。消えてしまうのだろうか。
気になるのは、そんなことだ。
この夢が解れてしまったら、男は自由になってしまうのだろうか。
車椅子に絡んでいる茨に、ディルムッドの唇から、ホッと安堵の息が漏れる。
今は、まだ、男を捕らえ続けておくことができている。
「キスをしてもいいですか」
言葉こそ、問いかけの形を取ってはいたが、ディルムッドは男の答えを待たず、薄い唇を貪った。
はぁ、と熱のこもった息が、ディルムッドの口からこぼれる。
やはり、この男だけだ。自分を高ぶらせるのは。
男の蒼い目は、冷めたままだったが、ディルムッドはにこりと微笑んだ。
「ねぇ、抱いてもいいですか」
答えは無用とばかりに、男の服に指をかける。
鼻歌すらこぼしながら、襟を開き──ディルムッドの指が、ぴたりと止まった。
琥珀の目が丸みを帯び、覗いた白い喉に、戸惑い、揺れる。
「これ…」
男の首には、ぐるりと一周するように傷があった。
何か、鋭い刃物で斬り落とされたかのような傷だ。
ディルムッドは伸ばした指で、そろりとその傷をなぞる。
すれば、じわりとその傷から、血が染み出した。
乳白色の世界に、薔薇とは違う赤が、混じり出す。
ディルムッドは息を飲み、男の服をさらに開いた。
男の胸には、包帯が巻かれていた。
包帯にも血が滲み、その下の傷がじくじくと膿んでいるのがわかる。
唾を飲み込み、ディルムッドは包帯を握り、引きちぎった。
露わになった胸や腹に、幾つもの穴が穿たれている。
周りが焦げた、その傷が、銃によるものであることは容易に知れた。
「これ、は」
こんな傷が、どうして、男の身体にあるのだろう。
首の傷もそうだ。
どうして、とディルムッドは戸惑う。
──拳銃で撃たれた上、魔力の暴走で神経が傷つき、包帯を巻いてはいたけれど、胸や腹にまで、こんな傷はなかったはずだ。
「…え?」
ディルムッドはこめかみに手を当て、狼狽する。
ぐしゃりと癖のある黒髪を掴む手に、力がこもる。
はずだ、というのは、何だ、と自分に問いかける。
それでは、この男の身体を知っていたかのようではないか。
男の服の下の肌を見たのは、これが初めてのはずだ。
魔力の暴走だなんて、何でそんな非現実的な言葉が浮かんだのかも、わからない。
──本当に?
「あ」
両手で頭を抱え、混乱のままに呻く。
薄暗い廃工場の映像が、頭をよぎる。
そこに、車椅子に座る男の姿があった。
激しい怒りに駆られている蒼の目が見える。
顔に浮かんでいる表情からも、怒りと嘲りが伺えた。
だが、男の身体には、無数の銃弾を受けたような様子はない。
「これ、は、なんですか」
男は、答えない。
傷に触れ、指で抉れば、ぐちゅりと赤い肉が音を立てる。
とろりと溢れた血が、白い肌を流れていく。
男は痛みに顔をしかめるような様子もなく、窓を見つめたままだ。
窓の向こうの女が、ディルムッドの視界を掠める。
あの赤毛の女を膝に乗せ、虚ろな目をした男の顔を、ディルムッドは思い出す。
──そう、『思い出し』た。
「…貴方は、助かったのではなかったのですか、主」
ぴくりと、男の──ケイネスの金茶の眉が跳ねた。
蒼い目が、ようやく、ディルムッドに向けられる。
眇められた目に、蔑みの色が見え、ディルムッドの唇が綻んだ。
好意など感じぬ視線だというのに、高ぶりを覚える自分が、おかしくてならない。
「俺に自決を命じ、騎士としての誇りを踏みにじり…生き延びたのでは、なかったのですか」
震える声で、ディルムッドはケイネスに問う。
ケイネスが緩く息を吐き、首を振った。
流れる血で、青い服が染まり、包帯が真っ赤に濡れていく。
ディルムッドはケイネスの喉に手を伸ばし、流れる血を指で掬った。
口へと運び、ぺろりと舐める。
錆びた鉄の味が、舌に広がる。
「私もソラウも、貴様が消えたあと、殺された。…そればかりか、今、私はこうして貴様に囚われているというわけだ」
疲れたように、嘆息するケイネスに、ディルムッドは笑った。
肩を小刻みに揺すり、喉を震わせ、笑う。
ケイネスの胡乱げな視線を感じた。
「ああ、そうなのですか、ケイネス殿。なんと哀れな。なんと無様な!」
ケイネスの身体に残る銃痕を抉り、笑みに引き上げた唇を、血を流す喉へと寄せる。
背を丸め、噛みついたケイネスの喉から、ディルムッドは流れる血を啜った。
舌を這わせ、じゅるりと吸い上げる。
ぐ、とケイネスが小さく呻いた。
「は、はは、ははは!何故、俺は貴方を忘れていたのでしょう。ああ、もったいない。早くに思い出していれば、もっと貴方を味わえたというのに!」
蒼の目を屈辱に歪ませることだって、できたかもしれない。
ああ、本当に惜しいことをしてしまった。
ケイネスを忘れている、幼い自分を前に、もういい、と口を閉ざし、目を背けたケイネス。
もし、記憶があり、主と呼んでいれば、きっともっと蔑みの視線を向け、罵り、激しい感情を見せてくれただろうに。
ああ、本当に惜しいことをした、とディルムッドはため息を吐く。
自分にだけ、激した蒼を向けるケイネスを、見逃してしまっただなんて。
興味を持てぬ女たちを相手に、自堕落に過ごし、無駄にしてしまった時間に、後悔が募る。
「ですが、今生は、もう時間がないようです」
ディルムッドの胸に、赤い薔薇が咲いていた。
女によって、撃ち抜かれた胸には、穴が穿たれ、真っ赤な血が溢れ出す。
ああ、とディルムッドは唸り、ケイネスの首筋に顔を埋めた。
ぴちゃぴちゃと白い首に舌を這わせ、赤い血を舐めながら、琥珀の目は悔しげに細められた。
血で濡れた唇を、ケイネスの白い頬に押しつけ、唇へと向かって、滑らせる。
混じり合う、血と薔薇の匂いに、ケイネスの眉間にはきつくしわが寄っていた。
「なんだ。やっと死んだのか、ランサー」
ケイネスの唇に、酷薄な笑みがこぼれた。
蒼い目に浮かぶ光は、解放されることへの期待だろうか。
ディルムッドは艶然と微笑み、ケイネスの唇をぺろりと舐めた。
するすると伸び始めた茨が、車椅子だけではなく、ケイネスの腕に、腰に、そして、ディルムッドに絡んでいく。
「離しはしませんとも、我が主」
「何を…」
「誓いましょう。次の生では、決して、貴方を忘れぬことを。ああ、主。我がケイネス殿…!貴方が俺を求めるまで、決して、離すものか!」
血の味が残る舌で、ケイネスの口腔を貪り、ディルムッドは声をくぐもらせ、笑う。
二人の流れた血が混じり合い、白い世界を赤く黒く染めあげていく。
咲き誇る紅と黄の薔薇は生い茂り、二人の姿をすっぽりと覆い隠した。
[newpage]
*
ケイネス、と名を呼ばれ、庭先で薔薇を見つめていた少年は振り返った。
朝露に濡れた紅薔薇は、色香を漂わせている。
細い金糸の髪が、さらさらと風になびく。
蒼い目を瞬かせ、ケイネスが見上げたのは、琥珀色の目を穏やかに細めた男だった。
「父上」
小首を傾げて、そう呼べば、ケイネスを咎めるように、男の眉間にしわが寄った。
伸びてきた腕に素直に抱き上げられながら、しまった、とケイネスは俯く。
二人のときは、父ではなく、名を呼ぶようにと言われていたからだ。
「…ディルムッド」
「ケイネスはいい子だ。それでいい」
にこりと甘やかに微笑みを浮かべるディルムッドに、ケイネスの唇から、安堵の息が漏れる。
ケイネスの父、ディルムッドは、優しい人ではあるけれど、厳しい人でもあった。
産後の肥立ちが悪く、ケイネスを生んで間もなく、死んでしまったという母の分も、愛してくれているからだろうと、ケイネスは思っている。
もっとも、幼いケイネスは、母のことは写真でも見たことがなく、顔も知らなかった。
ディルムッドが言うには、母が死んだとき、あまりにつらくて、写真をすべて焼いてしまったからだという。
だから、ケイネスは、母がどんな人であったのかということも、ろくに知らない。
ケイネスの側には、ディルムッドしかいなかった。
「さぁ、朝ご飯にしよう」
こくん、と頷くケイネスの首には、ぐるりと赤い痣があった。
生まれつきのもので、白い肌に、くっきりと浮かんで見える。
その痣に、ディルムッドの唇が寄せらせ、ケイネスは慣れた様子で、喉を仰け反らせた。
ディルムッドは、痣にキスをするのを好んだ。
これは、ケイネスがケイネスであることを、俺に知らせる証だからだよ、とディルムッドは笑っていた。
よくわからなかったが、ケイネスにディルムッドに逆らうという考えはない。
与えられるものを、諾々と受け取ること。
それが、幼いケイネスが、知らぬうちに教え込まされたディルムッドとの在りようだった。
「ケイネス」
朝の光を受け、微笑むディルムッドの頬に触れ、ケイネスは蒼い目を瞬かせた。
ディルムッドが、こんな目で自分を呼ぶとき、何をして欲しいか、決まっていた。
ケイネスは、ことりと痣のある細い首を傾げ、小さな唇を開く。
「キスが欲しい」
「ふふ、ケイネスが望むままに」
ケイネスに、望んだつもりはない。
ただ、ディルムッドが言葉を欲しがるから、与えているだけだ。
どうしてだろう、とケイネスは以前、教えられたとおりに、目を閉じ、ディルムッドのキスを受け入れる。
どうして、父は、自分に求めるようにと、願うのだろう。
「ん…」
「さぁ、もっと求めて」
「…ディルムッド」
キスの合間に、名を呼べば、幼い目にも美しい顔が、甘く綻ぶ。
とろりと熱の灯った琥珀の目が、ケイネスは少しだけ、恐ろしい。
何か、おぞましいものに触れてしまったような、そんな悪寒が、華奢な肩を震わせる。
それでも、金糸の髪を撫でられる子どもに、自分を抱く大人の腕から逃れる術はなく、狭い口の中に潜り込んできた舌に、小さな舌を絡めることしかできなかった。
太陽を雲が隠し、影に覆われた紅薔薇と黄薔薇を濡らす朝露が、つぅ、と花弁を滑り落ちていった。
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原作4巻を読み終わったときにも、いろいろ思うことはあって、思いのままにいろいろ書いたんですが、16話に、またいろいろと思うことが。先生のソラウへの想いの深さが…切なくて…。先生、本当にソラウを愛してるんだなぁ…。ランサーの楽しそうな顔が、別の意味で切なかったよ…。■で、転生したディルが病んでいく話を。暗い話で、ディルがいろいろと病んでいますので、ご注意。流血表現があります。
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白い夢は昏く澱む【ディルケイ】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1011791#1
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ホテルに戻るとちょうど電話で瀬川先生から呼び出された牧ちゃんと別れを告げ、そのまま3年男子の部屋である1028号室に向かった。
「やっと戻ったか」
「お帰り春田、どこ行ってたの?」
部屋には城山の他に、3年男子2位である小池がいた。
小池は城山と違い小柄で可愛い顔立ちをしている、牧ちゃんがチワワなら小池はポメラニアンだ。
読書クラブの彼は他の皆とプールに行くよりも部屋でゆっくりしていたいのだろう、窓際の椅子に座りながら表紙にチワワが描かれた青いカバーの小説を読んでいた。
「悪りぃ悪りぃ、ちよっとぷらっとしてた。あれ?お前らプール行かなかったの?」
「俺はあんまプールとか好きじゃないから…部屋で本読んでる方が好き。城山は俺に付き合わずにプール行っても良かったのに」
「行った所でマロ達に絡まれるのは目に見えてるからな、それに俺もそこまでプール好きでもないし」
相変わらずクールな奴だ。絶対こいつの誕生日は冬だな、と思うも2人にお願いがあった事を思い出し意を決して床に正座をした。
「あ、あのさ!2人にお願いがあんだけど…」
時刻は18時、秋も終わりの時期だが沖縄の空はまだ明るい。瀬川先生とついつい話し込んでしまい、気が付いたら夕食の時間になっていた。
「あらあら大変!牧先生、宴会場行きましょう!」
瀬川先生の後に続き急いで宴会場に向かう。
もうすでに全員揃っており、上座に座っていた武川先生に『遅いぞ』と怒られてしまった。
「すいません」
俺達が席に着くとコップに飲み物が注がれ宴会がスタートした。
宴会と言ってももちろん学生はジュース、教師側も何かあった時の為にノンアルコールの飲み物を飲んでいる。
ふと斜め前に座る春田を見ると何だか元気がないようで、目の前にある料理にはほとんど手をつけていなかった。
3時間前にハンバーガー食べてたからかな?と思うも、その表情は明らかに先ほどとは違っていた。
「あれ〜?春田さん飯食わないっすか?」
春田の隣に座っていたマロが、コーラの瓶を片手に春田に声をかける。
「あー、ちょっと体調悪くてさ…」
「大丈夫っすか?」
本土とは違う沖縄の暑さにやられたのだろうか、マロの問いかけに小さく『大丈夫』と答えるもそれ以上は何も言わなかった。
宴会は2時間、学生達は普段はあまり交流のない人達と話したり、途中マロや他の学生が備え付けのカラオケで歌を披露したりとしていると、あっという間に時間は過ぎていった。
武川先生が〆の挨拶をするととりあえずは宴会は解散になるも、その後各々二次会に行こうとする者や部屋に戻る者に別れた。
春田の方を見ると何やら城山と小池と一緒に保健の蝶子先生と話している、先ほどからの春田の様子が気になり春田達の元へと向かった。
「春田、さっき体調良くないって言ってたけど大丈夫?」
「牧ちゃん…」
「牧先生、ちょうど良かった。春田君暑さにやられちゃったみたいで…今日はゆっくり休ませた方がいいと思うの。今城山君達にも話してたんだけど、夜は牧先生か武川先生どっちか一緒にいてくれない?」
保健の蝶子先生は小さなポーチから薬を取り出すと春田に手渡した。
「あ、なら俺が…」
「俺が春田の面倒を見よう」
どこから話を聞いていたのだろう、俺が返事をする前に後ろから武川先生が率先して春田の看病を申し出た。
「春田は今日は俺の部屋で寝ろ、いいな?」
有無を言わせぬ口調、春田は『はい』と一言言うと蝶子先生から貰った薬を水と一緒に口に含んだ。
「じゃあ決まりね。武川先生、あとはよろしくお願いします」
武川先生に春田の事を任せ瀬川先生と一緒に宴会場を後にする蝶子先生、城山と小池も『春田の荷物後で持って行きます』と言い宴会場から出て行った。
「あ、あの…武川先生、春田の看病なら俺がしますから」
「いや、これは学年主任である俺の役目だ。お前は今日は城山達の部屋で寝てくれ」
「ごめんね、牧ちゃん…ありがと」
『行くぞ』と春田に声をかけ宴会場を出て行く2人。春田が心配だが、武川先生がついていてくれるのなら大丈夫だろう…と思うけど、どうせなら俺が春田の看病をしたかった。
「春田、大丈夫かな…」
もちろん体調の事もあるが、それ以上にあの2人が一晩同じ部屋で過ごす事の方が心配だった。ポツンと宴会場に1人取り残された自分、誰にも聞こえないように呟くと大きなため息を吐いた。
「お邪魔します」
城山が春田の荷物を武川先生に届けてくるのを待ち3年男子の部屋にお邪魔した。荷物は予め春田がここに置いててくれたので、改めて部屋に取りに行く必要は無かった。
「牧先生は1番奥のベッド使って下さい。俺と小池はこれから上の大浴場行きますけど、牧先生も行きますか?」
「あー、いや、俺は備え付けの風呂でいいよ。行ってらっしゃい」
2人を見送ると部屋の隅に置かれていたカバンから着替えを取り出し先にシャワーを浴びる。潮風に晒されていた体はベタベタして気持ち悪かったし、雨上がりの沖縄は蒸し暑かった為早く体を洗い流したかった。
「ふぅ…さっぱりした」
風呂から上がるとまだ2人は戻って来ていなかった。窓際に行くと昼間とは打って変わって晴れた星空、目の前の海は静かに凪いでいてまん丸のお月様をその水面に映し出している。
「なんか色々あった1日だったな…」
窓際の椅子に腰かけ今日1日を振り返ると、思い出すのはやはり春田のことばかり。
普段見ない春田の一面が見れて嬉しい気持ちもあったが、それ以上に春田が男女問わず他の学生から人気なのだと改めて思い知らされた。バスの中では1年女子での中で1番人気がある、森さんから『隣に座ってもいいですか?』と言われていたし、美ら海水族館でも他の学生に『一緒に回りましょう!』と声を掛けられていた。俺だって初めての春田との旅行、楽しみにしてない訳がなかった。春田には内緒だが、事前にパソコンでオススメの場所をピックアップしていたし、夜も1人部屋だとばかり思っていたからその…つまり……そういう訳で…
なのに沖縄に来たら雨降るし、春田はモテるし、武川先生はグイグイ来るし…せっかくの楽しみな気分がだだ下がりだった。でも、ホテルに着いてから春田が俺を探して来てくれた時は嬉しかった…今日はこのまま2人きりにはなれないと思ってたから。
春田と一緒に行きたかったカフェにも行って、綺麗な海岸沿いをホテルまで歩いて帰って…幸せだった。
「戻りました」
しばらく椅子に座りながら静かな海を眺めていると、2人が戻ってきた。
「おかえり、大浴場どうだった?」
「良かったですよ、人もあんまりいなかったし」
「春田がいたら確実に泳いでるくらいの広さでした」
城山の言葉に温泉ではしゃぎながら泳いでる春田の姿を想像し、思わず笑ってしまった。
「そうだ、春田いつから具合悪かったの?夕方会った時は元気だったのに…」
「あ、それは…」
どこか気まずそうな顔をしながら隣の城山を見る小池。
「さぁ?宴会前にはもうあんな調子でしたけど。どうせあの馬鹿の事だから、中途半端な時間に『おやつだから大丈夫!』って言ってハンバーガーとかホットケーキとか食べたんじゃないですか?」
……流石幼馴染。てか毎回毎回なんで春田の行動がこんなにもわかるのだろうか。
「とりあえず、あの馬鹿は武川先生に任せておけば大丈夫ですよ」
あまり春田の事を心配していない様子の城山、『ちょっと売店行ってきます』と言うと財布と携帯を持ち部屋から出て行った。
「あ、あの…」
「ん?」
部屋に小池と2人取り残されると、先ほどまで気まずそうにしていた小池が話しかけてきた。
「えっと、牧先生は春田と…その……付き合ってるんですか?」
「!?」
小池からの突然の質問に思わず大きく目を見開き固まってしまった。
何故小池がその事を知ってるんだろう…俺と春田以外では城山と武川先生しか知らないはずだ。城山が言った?いや、あいつは誰構わずそんな事を言う奴じゃない…だったら武川先生?
「あ!大丈夫ですよ、俺誰かに言ったりしませんから!」
小池が『安心して下さい』と言いながら微笑んだ、その笑顔にほっと一息つくも何故小池が知っているのだろうと疑問が残った。
「もう一度聞きますけど、牧先生…春田と付き合ってるんですよね?」
「…」
「やっぱり…」
「えっと……小池は、その…何で、気付いたの?」
「春田には口止めされてたんですけど…」
ホテルに到着し、城山と2人で部屋に残りゆっくりしていた。
お互いクラスも違えば部活も違う、接点があるとすればお互い本が好きという事くらいだった。ホテルに着き春田は早々にどこかへ行ってしまい、城山に行き先を聞いても『まぁその内帰ってくるさ』としか言わないので、俺もさして気にはしなかった。
『ただいま〜!』
『やっと戻ったか』
『お帰り春田、どこ行ってたの?』
窓際の椅子に座りながら本を読んでいると春田が帰ってきた。
何か良いことがあったのか、その顔はいつも以上に笑顔だった。
『悪りぃ悪りぃ、ちよっとぷらっとしてた。あれ?お前らプール行かなかったの?』
『俺はあんまプールとか好きじゃないんだ…部屋で本読んでる方が好き。城山は俺に付き合わずにプール行っても良かったのに』
『行った所でマロ達に絡まれるのは目に見えてるからな、それにそこまでプール好きでもないし』
たしかに、春田ならともかく城山がプールではしゃいでいる姿など想像出来ないな、と思い思わず笑ってしまった。
『あ、あのさ!2人にお願いがあんだけど…』
急に真剣な顔になり床に正座する春田。
『何だよ改まって、気持ち悪いな』
『気持ち悪いって言うな!実は……俺、今から体調不良になるから!』
『『は?』』
春田の突然の意味不明な言葉に思わず城山と2人で変な声が出てしまった。
『どうした?そんなに暑くないけど、沖縄の暑さにやられたか?』
『ちげーよ!』
『お前のアホさ加減は昔から知ってるつもりだったが、まだまだ甘かったみたいだな』
『アホって言うな!アホって!』
黙って春田と城山の掛け合いを見ていたが、春田は再び真剣な顔になり俺達に土下座をしてきた。
『は、春田!?』
『頼む!俺、今日どうしても武川先生の部屋で寝たいんだ!』
『ちょ!分かった、分かったから顔上げてよ!ほら、城山も見てないで手伝って!』
焦る俺とは裏腹に今度は俺と春田のやりとりを黙って見てる城山、だいたい春田の言いたい事を理解したのか彼は大きな息を吐くと城山の前にしゃがみ込んだ。
『ったく…何かしらやるとは思ってたけど、まさかそんな手で邪魔するとは…』
城山はボソッと呟くと未だ土下座をしている春田の頭目掛けて大きなゲンコツをお見舞いした。
『いっっってぇぇぇぇぇ!』
頭を両手で抑えながらのたうち回る春田、2人のやりとりに俺は何がどうなっているのか分からなかった。
『城山、どう言う事?』
『どうもこうもないさ、この馬鹿はこれから体調不良になる。そして宴会でご飯も食べず、体調不良をアピールする。保健の蝶子先生がそれに気付き牧先生に報告する。春田は教員部屋で一晩牧先生に看病される。その代わり武川先生がうちの部屋で寝る。以上』
簡潔に纏めると立ち上がりベットの端に腰掛ける城山。未だ痛がっている春田を余所目にテレビに視線を向けた。
『痛ってぇ…まじで殴んなよな!』
春田は頭を押さえ、口を尖らせながら文句を言うも再びその場に正座をした。
『あ!でもちょっと違うくて、こっちに来んのは武川先生じゃなくて牧ちゃんの方!』
『牧先生?』
『そ!本当は牧ちゃんと一緒にいたいんだけどさ、あの部屋に牧ちゃん入れたくないし…それに俺と牧ちゃん2人きりだと、事あるごとに武川先生が来そうだしさ。それだったら、俺が武川先生と一緒の部屋になって一晩中見張ってた方がいいっしょ?』
「名案だ!」と今にも言いそうな勢いの春田、いやいや、意味全く分かんないんだけど。
『え?牧先生がどうかしたの?』
俺の言葉に春田が「あ…」と言う顔をして固まった。横に視線をやると「馬鹿…」と呆れたように片手で額を抑える城山がいた。
『あー、実は……』
『うん?』
『牧ちゃんと武川先生をどうしても一緒の部屋にしたくなくてさ?』
『え?何で?』
『何でって言われても……えっと…』
チラッとベットの端に座っている城山を見上げる春田、城山は『俺に聞くな』と言うように再びテレビに視線を戻した。
『春田?』
『その……ごめん…理由は言えないけど、どうしても牧ちゃんと武川先生を一緒の部屋にしたくないんだ…』
まるで捨てられた子犬のように眉を下げながら話す春田、気のせいだろうか…垂れている耳と尻尾が見えてきた。
『別に俺は構わないけど…』
『まじ!?ありがと、小池!!!』
あ、今度は耳がピンと立って尻尾はブンブン振り回している。
分かりやすい春田の反応に苦笑いするも、春田の為なら仕方ない協力してやろう、と思った。
『あ!この事牧ちゃんには内緒だかんな!』
それから城山が言ったように、春田は体調不良を演じ、宴会の際もほとんどご飯に手をつけなかった。途中で春田にお腹減らないかと聞いたら『さっきハンバーガー食ったから平気!』と小さな声で教えてくれた。
「……って事があったんです、だから付き合ってるのかなって思って。あんなにわかりやすく言われちゃうと誰だって気付きますよ」
予想だにしていなかった小池の言葉に開いた口が塞がらなかった。
ホテルに戻ってからそんな事があったなんて…てかそれを見越して3時にハンバーガーを食べたのか?あの時の『俺が何とかするから。』と言う春田の言葉、そして突然の体調不良…頭の中で全部のピースが繋がった。
「馬鹿春田…」
全部は俺の為、武川先生と同じ部屋にしないよう春田が一芝居打ったのだ。
「牧先生愛されてますね」
小池の言葉に思わず涙が出そうになった。今すぐ春田の元に行って抱き締めたい…だけどせっかく春田が俺の為にしてくれた事、今すぐ駆け出したい気持ちを唇を噛んで我慢した。
「城山がさっき言わなかったのも、春田に口止めされてたからなんで、責めないで下さいね」
「もちろん……話してくれてありがとう」
あぁ、早く明日にならないだろうか。
明日になったらきっと春田の体調不良は治ってて、夕方海岸沿いで見たのと同じ笑顔で俺の名前を呼んだくれるはずだ。
窓の外に目をやると、先ほどと同じ静かな海…海が似合う彼はきっと今頃ぐっすりベットで眠っているのだろうか。今ここにいない春田に思いを馳せながら、空に浮かぶ満月を見上げた。
「牧ちゃん!おはよー!」
「おはよう、春田。もう体調は大丈夫?」
「うん、一晩寝たらすっかり治った!」
「良かった」
満面の笑みで俺の隣に座り朝食を食べるその姿はもうすっかり復活していた。
「今日午前中首里城じゃん?牧ちゃんも俺達と一緒に行動しよ?」
『いいよね!?』と言うようにご飯を頬張りながら俺を見る。相変わらず口の周りに色々付けていて、本当子供みたいだった。
「ったく…米ついてる」
いつもの癖で春田の頬に付いている米を取るとそのまま食べる、幸せそうに『ありがと!』と言う春田を見ているとこっちまで笑顔になってしまった。
「…仲良いのは結構ですが、TPOを考えて下さい」
「あ!し、城山…ごめん」
4人がけのテーブル、向かいに座っていた城山は呆れた様に息をつき、小池は苦笑いしながらパンを食べていた。
誰にも見られていないみたいで良かった…
「あの、春田先輩!」
他愛の無い話をしながら4人で朝食を食べていると、1年の森さんが春田に話しかけてきた。
「今日の首里城なんですけど…あの、もし良かった2人でまわりませんか?」
一瞬で凍り付く空気。
周りは楽しく談笑しているのに、俺達のテーブルだけが隔離されたように静かだった。
「あー、ごめん」
苦笑いしながら謝る春田。
ふとテーブルの下でそっと手を握られた。
「俺恋人いるんだ、ちょーやきもち焼きの子。森さんの誘いは嬉しいけど、女の子と2人で出掛けたなんて言ったら向こう傷付けちゃうからさ…だから行けない。ごめんね」
「あ……そう、ですよね…すいません!」
春田の言葉に少し涙目になりながら走り去って行く森さん。
城山はもう何事も無かったかのように再び食事をし、小池は若干顔を赤くしながらパンを手に取ってマーガリンを塗っている。
春田に視線を向けると『ご飯食べよっか?』と言いながら俺の大好きな笑顔を見せてくれた。
「……ばか…」
本当馬鹿な春田。
森さんはお前の好きなロリ巨乳なのに。
せっかくの誘いなのに、恋人がいるってはっきり断って…
あの子結構口軽いから今ので全校生徒に広まっちゃうよ?
そうなったらもうお前に告白してくる子もいなくなるかも。
文化祭やバスケで今までモテてたのにそれもなくなるよ?
色んな思いが頭の中を駆け巡る。
春田は大好きなロリ巨乳の女の子を振ってまで自分と一緒の道を歩いてくれようとしていた。つい半年前までは女の子が好きだった春田、それが今では男の教師の年上の俺だけを愛してくれている…
右手に触れる春田の指先、それはいつも以上に温かく俺の心を満たしてくれた。
今日の予定なんてすっ飛ばして早く俺の部屋に帰りたい。そうすれば春田と2人きり、誰にも邪魔されず春田を独り占め出来るのに…
「牧ちゃん、今日は一緒にいような!」
まるで沖縄の太陽のように眩しい笑顔。
俺が心の中でどんな妄想をしているか想像すらしていないのだろう。
ドロドロと心の穴から溢れ出てきそうな欲望を春田に気付かれないようにそっと蓋をする。
あぁ、神様…この幸せがずっとずっとずっと、続きますように…
眩しい君のその笑顔
一目見た瞬間恋に落ちた
それは甘く甘く
まるで薬物のように
俺の心を麻痺させる
to be continued
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シリーズの続きとなります。<br /><br />いつもご覧頂きありがとうございます。
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3時のハンバーガーは君の為に
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118053#1
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はじまりは泣いてる友希那がきっかけ。
おやつの時間まで我慢できなくてこっそり食べようとしたところをお母さんに見つかってしまったらしい。
「ゆーきーな、どうしたの?」
「ぐすっ、おやつ…ないの…」
おやつがない。当時の私たちには毎日の楽しみだったおやつ。それが無いことがどれだけ残念なことなのか、そして大好きな友希那が泣いている姿は当時の幼心に響くものがあって、とても可哀想なことだと胸のあたりがきゅっと苦しくなった。
「ゆきな、ないしょね。ちょっとまってて」
アタシはその日の自分のおやつを半分こして友希那と分けた。その日のおやつはクッキーで。「ありがとう」って言いながらにーって笑うもんだから連れてアタシも同じように笑った。
その次の日、アタシはお母さんにお願いした。
「おかあさん」
「ん、なーに?」
「クッキーのつくりかた、おしえて!」
勿論最初の頃は失敗もたくさんした。
焦げたクッキーを味見して苦い思いをしたこともしばしば。お母さんも文字通り苦笑いだったなぁ…あはは~。
何度目かの挑戦で、しっかり焼けたバタークッキー。自分で食べてみてテンションが上がった。おかあさんとハイタッチしてから早速友希那を家に呼んでご馳走することに。
アタシのクッキーで友希那をあの時みたいないっぱいの笑顔に出来ると思うと、隣の家からの少しの距離にも関わらず「早く来ないかな」「まだかな」ってソワソワしながらさ、楽しみだけどちょっぴり緊張もしつつ、何度も玄関のドアを見に行ったり。インターホンが鳴ると同時に玄関に走った。
「おじゃまします」
「ゆきな!はやくはやく!」
「なんなのかしら…」
いいにおい、後ろで呟く友希那の手を引いて椅子に座らせて目の前に焼きたてのクッキーを広げて見せる。
「じゃーん!」
「これは、リサがつくったの?」
「ふふーん、すごいでしょ。食べてみて」
「いただきます…」
形や大きさは少しばらつきがあるものの、味は自信アリ。目を閉じて、ゆっくり味わってから飲み込むと友希那はあの日みたいな笑顔で
「リサ、おいしい!」
きらきらの目でアタシを見て、にーって笑う友希那の笑顔を独り占め。
アタシはその瞬間にクッキーを焼いたレンジのようにじわーって胸が熱くなってさ、これからもこの表情を見ていたいなって、思ったんだよね。
それからはたくさん焼いて焼いて、お母さんがいないときは危ないからダメだったんだけど、お手伝いもたくさんやってキッチンの使い方もしっかり覚えて一人でも使える許可を貰えるように頑張った。それからはクッキー以外にもおやつのレパートリーを増やして、家の晩御飯も任されるようになったりしたわけだけど。
だから友希那の両親が家を空けるときはアタシが友希那のご飯を頼まれたりしてね。
そんな風に今でも友希那に頼まれれば個人練習の休憩だったり、学校のおやつにクッキーとかを作って持たせてあげる。
昔みたいににーって笑うことはないけど一口食べればむすっとした顔も優しくなって素敵な微笑みを返してくれる。そう、例えるなら魔法みたいにさ。アタシのお気に入りの友希那。あんまり見てると後ろを向かれちゃうけどね。
ある日アタシは友希那の部屋で作曲を邪魔しない程度にだらけていた。おやつの差し入れのついでに少しのんびりしていこうと思ってね。
「リサ、私にも作れるかしら」
友希那が不意にそんなことを言った。クッキーの入った袋をガサガサ鳴らしながら目は合わせてくれない。キッチンに立つと色々と危ない友希那だけどそれを応援してあげるのも手伝ってあげるのもアタシの仕事だ。それに歌以外に興味を持ってくれるのは個人的に嬉しい。アタシは「もちろん」と、声を大にして伝えた。
しっかり練習するには遅い時間だったので今日は一通りの行程をゆっくりと見てもらうことに。二人で台所に立って説明をしつつ作業を進める。友希那はわかってるのか、わかってないのか、無言のまま、やけに真剣な顔でアタシの説明を聞いていた。
「生地は一回冷やすからその間に少し片付けちゃおうか。友希那も手伝ってね」
「言われなくてもやるわよ」
「そっか~、えらいえらい」
「ちょっと、ふざけないで」
「今日のアタシは先生だからね、生徒は褒めてあげないと」
「もう…」
片付けを進めつつ、余った時間で楽器の練習。自宅でもよくやる時間の調節。今日は友希那がいるので音を聞いてもらいながら。
音楽には人一倍熱意のある友希那に聴かせるのはどうしても緊張してしまう。その分の効果は見込めるし褒めてもらえればテンションガッツリ上がっちゃうしね。
「悪くないわね、もう一回」
「ちょっとまって、今どれくらいたった?」
「一時間と、少しね」
「じゃあ生地がいい時間だから一旦ここまでにしよっか」
「そうなのね、それじゃあ早く行きましょ」
まるで小動物みたくトコトコと、少し急いだ足音が階段を降りていく。友希那にしてはずいぶん早い切り替え。
「それじゃあ、あとは焼いておしまい!」
友希那はレンジに張り付いてじーっと焼ける様子を眺めている。そんなにすぐには焼けないんだけどついつい見ちゃう気持ちはわかるなぁ。アタシもそうだったし、なんか懐かしいなぁ。
「15分位したら出来上がりだからそんなに見てなくても大丈夫だよ」
「そうなのね、なんだか落ち着かなくて」
友希那の姿は昔の自分を見ているようで懐かしさを感じる。そわそわしていて可愛いな~、尻尾があったらフリフリしてるんだろうな~、なんて思いながら見ちゃってたり。
結局、友希那は焼き上がるまで離れなくて焼きたてのクッキーを一緒に取り出してお皿にのせていく。
「うん、ばっちりだね。一通りの流れはこんな感じだからこれから一緒に頑張っていこうね☆友希那、何となくわかった?」
「ええ、メモも取ったし、心配ないわ」
「作る時には呼んでね。そろそろうちの晩御飯作んなきゃだから帰らないと…それじゃ友希那、まったね~」
「それじゃあまた…」
その夜だった。そろそろ寝よっかな~と思っていた時、ケータイが震えた。
「友希那?」
用件は部屋に来て、とのことだったのでまずはカーテンを開く。友希那の部屋の電気は消えていたけれどなるべく静かにベランダを渡り、その窓をノックした。
ゆっくりと窓が開いて部屋に招かれる。あんまり騒がしいとお互いの親に気づかれちゃうからね。
暗い部屋、遅い時間。なんかドキドキしちゃうな~…部屋はランプが一つ点いているだけでぼんやりとしている。部屋にある光はランプと二人の瞳を反射する光だけ。そして何となく甘いにおい。アタシもよく知っているにおいだ。ベッドに寄り掛かるようにして並んで座る。
「こんな時間にどうしたの?それに暗いし」
「実はあの後、すぐにクッキーを焼いたの、だけどあまりきれいに焼けなくて…」
「あ~、なるほど。そういうことね」
大方レンジの温度設定を間違えてしまったんだろう。思い返せば温度のことは教え忘れていた。
「で、でも、せっかく一人で作った最初のクッキーだからリサに食べてもらいたくて…」
どんな形であれ友希那がアタシに作ってくれたもの。友希那からアタシへの大切な大切な初めてのクッキー。友希那の手から渡された少しいびつな形をしたクッキーを薄い暗闇の中、ついつい見つめてしまう。
「リサ、あまり見ないで…恥ずかしいわ」
「アハハ、ごめんごめん。なーんか友希那がアタシのためにクッキーを焼いてくれるなんて夢みたいだなーって思ったら嬉しくなっちゃって」
あんまり恥ずかしいがらせるのも悪いので一つ口の中へ運ぶ。
「んっ…う…うんっ…」
「り、リサ…?そんなに不味いなら吐き出しても…」
「ちがうの…ひっ…ぐ…ん、おいひいよ…」
「私は貴女に笑ってもらいたかったのにまさか泣かせてしまうなんて…」
「ううん、いいの…あたひ…んく…」
友希那の作ったクッキーは苦くて楽しい、アタシが初めて食べたあの日の懐かしい思い出の味だった。
あの子に笑ってもらいたい、喜んでもらいたい、おいしいって言ってもらいたい。ひたすらに純粋な気持ち。そんな心を込めて出来上がったクッキーの見た目と反対にキラキラ透明で綺麗な気持ち。
友希那もアタシと同じ気持ちでこれを作ってくれたんだよね、ありがとう。嬉しい。大好き。気持ちが溢れて涙と嗚咽になって出ちゃってるだけなんだ。すごく、すごく、おいしいよ。アタシを幸せにしてくれる魔法のクッキー。大事に大事に味わって、アタシは幸せの魔法を飲み込んだ。
「ほら…!」
あの日の友希那みたく、アタシはにーっていっぱいの笑顔を見せつけてあげる。部屋が暗いからちゃんと見えたかわからないけど、ちょっと目元が赤くなってて全く同じとは言えないけど、友希那のクッキーはちゃーんとアタシを笑顔にしてくれたよ。
「ゆきな~!ありがとう!」
「り、リサ…あんまり騒がしくしないで…」
「あ、ごめんね。でも嬉しくって」
かばっと友希那に抱きついて感謝を。
ホント、アタシってば友希那のこと大好きなのにもっと好きになっちゃった。だから今はこうしたい。ありがとう、ありがとう。
「友希那も一緒に食べよ?」
「ええ、そうね」
二人で一緒に口にクッキーを放る。
友希那はやっぱりちょっと苦いわね、何て言うけどこの苦いのがアタシにとっての魔法。大事な気持ちを忘れないためのアクセント。
今度は焦がさないように作ろうねって約束して。きれいで可愛らしいバタークッキーを焼こう。Roseliaのみんなにも食べてもらってさ。友希那が作ったって言えばみんなびっくりするよ。それでさ
「えへへ、ゆーきなっ」
「ふふ、リサ」
今のアタシたちみたいににーって笑ってくれるはずだよ。
初めてのクッキー。ほんのり甘いバタークッキーは優しくてあったかい。食べれば楽しくて、嬉しくて笑顔になっちゃう魔法が掛かってる。
でも黒くて苦いのは二人だけの魔法。
特別な気持ちが生み出したその時だけのとっておき。綺麗でキラキラ。透明で純粋な黒色の大好きな、二人だけが知ってる魔法なんだって。
「よーし、今日も張り切って焼いちゃおっか☆」
「そうね、頑張りましょう」
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リサねーのクッキーの始まりのお話。<br />魔法って見えないだけでちゃんとあるんだって。それを感じられるか見つけられるかってそれだけなんだって。
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はじめてのクッキー
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118083#1
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「比企谷。今日も事情聴取頼むぞ。」
「ういっす。」
またかよ…だりー
ニッコリ笑顔で言ってくれるのはいいんですよ。昔と違って扱いも悪くないし。でももうちょっと仕事減らしてあげよっかなとか思いません?
かつて専業主夫を夢見た素晴らしい青年は何処へやら。社畜にはならなかったものの代わりに公僕になってしまったどうも比企谷八幡です。
俺は警察官をやっている。配属は捜査二課。まず刑事ドラマで大人気の捜査一課の人間ではない。殺人事件も解決しない。職務はもっと暗く陰湿なものだ。贈賄やら詐欺やらの捜査が中心。人の粗探しが大得意の俺のまさに天職ともいえる仕事。
だがそれだけの理由で俺がこの職についたわけではない。
上司から手渡されたファイルの表紙を見て、少しだけ息が漏れる。
『葉山雪乃』
添付された写真に写るあのまっすぐな眼差しとこの名前が俺を過去へと引き戻す。
これは俺と彼女にとって苦しく、でも決して忘れてはならない過去の話だ。過去ではあっても今にも繋がる。そんな話だ。
[newpage]
「雪ノ下。俺と付き合ってくれないか?」
高校3年生の春。俺の頭上では桜が散っていた。その桜吹雪を背景にする雪ノ下はよりその美しさを際立たせていた。でもその表情は浮かない。きっと俺以外の多くの男達に告白されて嫌気がさしているのだろう。さらに俺みたいな奴にまで告白されたのだからなおさら。
俺はあの時のような…折本の時のような甘い考えで告白したつもりではないつもりだ。2年間雪ノ下を部員としてそばで見ていた。雪ノ下の強さ、儚さも見てきた。プロム…いや修学旅行以来の沈む様子も見てきた。だから俺が少しでもそばで支えられたらいい。そう思ったのだ。
きっとこれは俺の思い上がりだ。
でも何もせずに終わるのは嫌だった。だから俺はここにいる。
後は雪ノ下次第だ。
「…比企谷君…私は葉山君と結婚することになっているの。」
「…そうか。」
葉山と雪ノ下が結婚…か。どこか頭の片隅では想定していたかもしれないな。なにせ2人の両親は仲がいいと聞いているから。
「でも私はあなたのことが好きなの。愛していると言ってもいいわ。葉山君なんかよりずっとあなたのことが好き。」
「えっ?」
…想定外の反応が飛んできた。俺のことを雪ノ下が好きだと?冗談なの?それとも俺への同情?なんだ訳わかんね…
「だから…」
雪ノ下がそう言いかけると突然俺との距離を縮めてくる。理解が追いつかず硬直したままでいると俺の視界は塞がれていた。
柔らかい…
俺の視界いっぱいには雪ノ下しかいなかった。唇を重ねているんだと理解が追いつくまで数秒がかかってしまった。理解が追いついた時にはもう雪ノ下の唇は離れていた。
「これが私の人生で最初で最後の本命のキス。」
「…」
ファーストキス奪われた…もうお婿さんに行けないよぉ…
「ごめんなさい。勝手なことをしたわね。」
「いや…なんつーか…嬉しかった…」
「そう。よかったわ。これだけでも私が私でいることに意味があったんだって思える。」
雪ノ下が咲き誇るような笑顔で言う。
「私もあなたのことが好きで、あなたは私のことが好き。つまり相思相愛よね?」
クスクス笑いながら言うが、違和感は当然ある。雪ノ下は葉山と結婚すると言った。だから俺と相思相愛だと分かったところで意味などない。何?俺をからかってるの?
「本来なら私は葉山君との結婚を破談にすべき。そうでしょう?」
「いや…それは…」
待て。俺がそんな家の事情に口挟んでいい訳ないだろ。俺が戸惑いながら言うが、雪ノ下はそれを目にしてもクスクスと笑い続けた。
「そこは私を連れて駆け落ちする、ぐらいのことは言って欲しいものね。さすがね。ヘタレ谷君。」
ここにきても罵倒するのね…
「と言っても私は葉山君との結婚を破談にするつもりはないのだけれど。もちろん、葉山君なんて大っ嫌いだし、半径1m以内に入って欲しくもないのだけれど。」
どんだけ破談にしないって強調するの?俺を追い詰めたいの?でもちゃっかり葉山の罵倒までしだすし…ほんとこいつ何考えてんだよ…
「私情を無視してでも成し遂げなければならないことが。私にはあるから。」
雪ノ下が急に真剣な表情になる。そこにはさっきまでの笑みはない。
「あなたの思いを踏みにじること。私は許されないことをするのは分かっているわ。だからあなたは私に復讐しなさい。」
「は?」
「私の持つもの…家…家族…財産…それら全てを私から奪って。」
「何を言って…」
「もし私を愛してくれていたなら…そうして欲しい。私の最後の依頼よ。」
「ちょっと待て。」
話を淡々と続けようとする雪ノ下をとりあえず止める。復讐しろ?全てを奪え?どういう意味だ。さっぱり分からん。
「俺は雪ノ下のことを好きだと言った。そして事実上フラれたわけだ。だがな。俺がそんな理由で復讐するだなんてありえない話だぞ。俺はそんなに器は小さくない。」
そう言うと雪ノ下は思案するようなポーズを取る。
「…予想外ね…許可したのだからそれくらいしてくれると思ったのだけれど…やっぱりあなたヘタレ?」
「ちげーよ。まずフラれたから復讐とかありえないだろ。俺はストーカー紛いの狂人じゃないからな?」
「そう…残念ね…」
なんでそこで沈んだような表情をする?雪ノ下さん実はドMだったの?フった相手にいじめられるのに快感覚えるみたいな?ちょっとそれ怖すぎだろ…ていうか雪ノ下をいじめるとか無理ゲーじゃね…
「今までの男達ならそれくらいしてくれたと思うのだけれど…やはり私が愛した男性なだけのことはあるということかしら?それは比企谷君がとても素晴らしい男性だということが再認識できたのだけれど、今回の場合は残念な展開なのよね…」
どんだけこいつに告ってきた男どもゴミなんだよ…もし俺が雪ノ下の彼氏になってたらそんな前科のある男ども探し出して皆殺しにするまであるぞ。いや。彼氏にはなれないんだけどね。ていうか地味に雪ノ下俺のことを高評価してたんだな。これ聞けて八幡的にポイント高い。
「仕方ないわね…大人しく事情を話すわ。」
雪ノ下はやれやれと言わんばかりに溜息をした。あのね?溜息ついてるけど理解できない行動とってるの君だからね?
「私は雪ノ下建設の不正を世に知らしめたいの。それで雪ノ下家を表舞台から完全に葬り去る。その一環として雪ノ下建設でポストを約束されている葉山君と結婚して葉山君から情報を吸い上げようというわけ。ちなみに私自身も雪ノ下建設に就職予定だから一定の情報は得られるとは思うのだけれど。でも両親に従順なふりをしておいた方がいいと思ったから。それも結婚する理由の一つね。」
「つまりはなんだ…雪ノ下は不正をしてる自分の親の会社を潰したいってわけか?ちょっと待てよ。曲がりなりにも家族だろ?仮に不正が本当だとしても説得だとかいくらでも方法はあるだろ?」
「無駄よ。この雪ノ下の腐敗はもう何十年も続いているの。説得ごときでは止まらないわ。そんな中途半端なことをしても目をつけられるだけよ。」
「だからって望まない結婚は…」
「比企谷君の心配には深く感謝するわ。でも誰かが犠牲にならなければ成し遂げられないこともある。あなたはかつてそれを私に示したわ。私も同じことをするまでよ。」
「…それは雪ノ下が否定したやり方だろ…」
「そうね。でも誰かが人柱にならなければ変えられないこともあると今の私なら分かる。まず雪ノ下家の罪は血を引く私の罪でもある。私1人が逃れることは決してできないわ。ならば雪ノ下建設のより深く重要なポストに入り込むことで情報を得たいの。」
「言いたいことは理解する。だが雪ノ下の人生を棒に振っていいことにはならないだろ?」
雪ノ下はどこまでも真っ直ぐだ。やり遂げると決めたら徹底的に実行するだろう。それはかつて文化祭の時も見た姿勢だ。あの時体調を崩してまでして仕事を遂行した姿を俺はそばで見ている。今でさえ自分を犠牲にするような手段を取っているのだ。今後はどんな手段を選ぶのか考えたくもない。そんなことをさせるのを許せるはずがない。
「考え直せ。もし不正を暴きたいならもっと方法があるはずだ。」
「そんな方法必要ないわ。」
雪ノ下は俺の言葉をぴしゃりと切った。雪ノ下はなぜか満足げだった。
「だって私はあなたに愛されていたって分かったもの。それだけで私はもう十分だわ。私はその思い出だけで生きていける。だから手段を選ぶ必要性を感じないわね。」
怒りがこみ上げてくる。
いい加減にしろ。
俺に愛されてるのが分かったからもう十分?
ふざけるなよ。
残される俺はどうなる?
雪ノ下が苦しみ泣く姿を何もできない遠い場所で見ていろと?
ありえない。
そんなことになるなら俺が死んだほうがマシだ。
俺はそんな抑えられない思いを言葉にせずにはいられなかった。
「ふざけ…」
「そうよ。私が掻き立てるその怒りを私にぶつけるのよ。比企谷君。」
雪ノ下が俺よりも大きい声で言いきる。まるでこの反応を期待していたかのように。
「その怒りで私への想いを昇華して。あなたに害しかもたらさない上にあなたの忠告を聞こうともしないクズな私への想いなんか忘れるの。あなたなら私よりももっといい人と恋ができるわ。」
「…そんな恋…できるわけないだろ…雪ノ下以上の女性なんているかよ…」
目の前の雪ノ下がぼやけていく。頰に何かが流れた気がした。
「あなたって本当に優しいのね。こんな私のことを憎むどころか涙を流すなんて…」
そうか…俺は泣いているのか…
「もしどうしてもあなたが私のことを憎めないと言うなら私の話を聞いて。私から全てを奪ってちょうだい。あなたが私の想いを尊重してくれるならね。」
理論が分からん…好きだから相手から全てを奪うってどういう発想だよ…
「知らないかしら?愛の一つの形は相手から惜しみなく全てを奪うことだそうよ。そうすることで相手に自分のみしか見られないようにする。」
「それって狂愛とかヤンデレとかそういう類じゃねーか…俺にはそんな趣向ねーぞ…」
雪ノ下よ…それ怖すぎだから…まさか雪ノ下そういう性癖持ち…?
「…とにかく私が言いたいのはもし協力してくれるなら雪ノ下建設を潰してってことよ。私から全てを奪うということはそういうことなの。」
「分かりずれーよ。先にそれ言え。協力なら考えれるからな。」
雪ノ下の性癖疑っちゃっただろうが。雪ノ下建設を倒すのに協力して欲しいなら最初からそう言え。雪ノ下の言うことなら考えないこともないんだからな。
「私が内部から雪ノ下建設を崩す。だからあなたが外部からアクションを起こしてくれると助かると思っているわ。」
「…待てよ…」
雪ノ下は雪ノ下建設の重要なポストにまで上り詰め、信頼を得た上で情報を引き出すと言った。
なら雪ノ下はどうなる?
重要なポストに就くなら。不正の情報をより深く得ようとするなら。すればするほど雪ノ下は泥沼にはまっていくことになる。つまりは雪ノ下はより不正に関わることになるのだ。そうなると雪ノ下の身にも危険が及ぶことになるんじゃないか。
「それが全て終わったら…雪ノ下はどうなる…」
尋ねてみる。俺の声は震えていたに違いない。聞いた俺自身はもうすでに答えを出していたから。
「逮捕でしょうね。」
「『逮捕でしょうね』ってな!?」
「私が人柱になる。そう言ったでしょう?恐れなんてないわ。実はずっと考えてきたことだもの。それに私は生きた意味をもう見出してたから。もういいの。」
言葉が出ない。何が雪ノ下にここまでの覚悟をさせた?そうまでして雪ノ下が滅ぼしたい雪ノ下家の腐敗とは何だ?
「あなたが私から全てを奪い尽くした時。その時は雪ノ下建設は崩壊しているでしょう。つまりはその時こそ私の勝利なのよ。私から全てを奪って、もう一度私をあなたに惚れさせてね?比企谷君?」
この時目の前でニヤリと口元を歪めた魔性の美女は雪ノ下雪乃という名前の人間の皮を被った化け物ではないか。そう錯覚した。
[newpage]
20余年。
この年数が俺と雪乃の関係の継続した年数だ。
葉山と雪乃の結婚後も俺と雪乃は密かに連絡を取り合った。
雪乃は雪ノ下建設に就職し、一方の俺は警察官になり捜査二課に入ることになった。
最初は本当に連絡を取り合うだけだった。別に不必要に会って警戒を招く必要はないからな。だが雪乃が出世するにつれて重大な資料の取り引きもしなければならなくなり、会って確認すべきだということになった。それからはそれを理由にだんだん2人で密会するようになった。葉山に疑われるのではと言ったところ雪乃はいつかのようにニヤリと口元を歪めた。
すると会う場所はラブホに変更された。場所を考えれば大体お察しだ。そういう関係を装おうというわけだ。それはそれで倫理的に大問題だと言ってやったのだが、葉山も黙認済みだと言われてしまい俺は黙り込むしかなかった。
いつしか雪乃はネオンサインが光る夜の街で『魔性の女王』と呼ばれるようになった。雪乃が言うには俺との関係のカモフラージュのために徹底的に関係を広げたらしい。葉山もそんな雪乃に咎めることもなくいるそうだ。雪乃に元々葉山の相手をする気がないのだから葉山自身が諦めているのかもしれない。そうは言っても仕事の会話くらいはするらしく、ちゃっかり情報を引き出してくるところは手抜かりのない雪乃らしいのかもしれない。やると決めたらどこまでもやる。その上に恐れがないと宣言までしているのだ。ちょっとやそっとの不純な関係などもう雪乃の気分を害するものではなくなっていたようだ。
『不倫』
これが俺と雪乃の関係を表す言葉の一つにいつしかなっていた。
そして俺はそんな雪乃の不倫相手の1人というわけだ。悪い関係だとは思わなかった。正確には仕事のパートナーと言うべきかもしれない。会っても仕事の話と雑談しかせず、キスどころかハグしたことさえもない。雪乃の二つ名を考えれば、とても清らかな関係だ。この俺との状況からあの二つ名が嘘なんじゃないかとよく思ったが、雪乃の着てくる扇情的な服装からして噂は現実だと何度も確認させられた。
俺はただ愛する人の隣にいれることだけを望んだ。線引きをきちんとした関係だ。当然俺は独身のまま。俺は全てが終わった後のことを考えていたから。
『関係がバレれば雪ノ下家から命を狙われるだろうからお互い気をつけましょうね。』
そうクスクスと笑いながら言う雪乃に恐怖を覚えたのもまた事実だ。命の危険を感じても尚笑っていられるだなんて肝が座っているとかそういう次元じゃないだろう。
狂気の沙汰だ。俺以外の人間ならそう思う。
だが俺は知っている。
これは雪乃の雪ノ下家の人間としてのケジメのようなもの。義務感や責任感といったものが極まった結果なのだと思う。だから俺はそんな雪乃を受け入れる。魔性の女王であろうと魔女であろうと俺にとってはたった1人の愛する女性でしかない。俺は雪乃の望みを叶えるために協力を続けた。
こんな関係を続ける間にも雪乃は持ち前の才能を遺憾無く発揮していた。先見の明のある経営戦略で雪ノ下建設での信頼を勝ち取り、重役へと上り詰めた。もう『葉山雪乃』を疑う者はいなくなっていた。
雪乃は重役の地位を利用してあらゆる情報を俺に流した。過去の不正や現在進行している不正も含め全てをだ。
雪ノ下家の腐敗。確かにそれは存在していた。発覚させられれば間違えなく日本だけでなく他国まで揺るがすビッグニュースになると確信した。
俺は捜査二課内で極秘に捜査チームを編成するよう上に要請した。上は案外すんなりと受けてくれたものの代わりに俺が捜査チームのリーダーにされた。なんでそうなった…俺以外の適任者いるだろ…
とは思ったが、『協力者』を個人的に抱えている身として俺以外に適任はいなかったとも言える。雪乃の情報を元に強制捜査に持ち込むまでにはかなり手こずった。
そしてつい先月。
俺は雪乃から文字通り全てを奪った。
[newpage]
「おめでとう。八幡君。」
取り調べ室に入ると雪乃は今までに見たことのないような笑顔を俺に見せた。こんな笑顔を見るのは初めてだ。満足げで幸せに満ちたような笑顔。
「私の家族も重役達も皆逮捕されたそうね。これで雪ノ下建設はようやく終わる。」
今ニュースは大企業雪ノ下建設の崩壊で持ちきりだ。もう倒産は間違いない。
雪乃は家族も財産も名誉も真っ当な人生も全てを失った。その一助を担ったのはこの俺だ。だから俺は雪乃のために打てる手を打っておいたはずだった。俺は雪乃が協力者であることを理由に罪に問われないように要請してあったはずだった。その確約は確かにとっておいたはずだった。にも関わらず雪乃はここにいる。
「どういうつもりだ?なぜここにいる…逮捕状は出てないはずだ。」
雪乃の前のパイプイスに腰掛ける。雪乃と視線がぶつかり合う。ここは密室。書記官が最初同席していたが外してもらった。だからここには2人だけしかいない。雪乃が『警察の協力者』ではなく『俺の協力者』であることは同じ部署の人間なら認識済みだ。それに俺はもうただの捜査官の1人ではない。『雪ノ下潰し』の最大の功労者だ。英雄とまで呼ばれているのだから苦笑いせざるを得ない。ちなみに昇進も確定している。だから少しの無理なら押し通すだけの権力をもう持っている。
それなのに雪乃1人守れないのはなぜだ。
「自首したのよ。雪ノ下建設の不正に関与していたと言ったら簡単に逮捕してくれたわ。」
「なぜ自首を…全てが終わったら俺はお前を…」
「迎えに来る。あなたはそう言ったわね。」
雪乃は微笑みながらそう言う。覚えていてくれたのか。俺がいつか雪乃に約束したのだ。確かに雪乃に言ったのだ。それなのに…自首さえしなければ…俺は雪乃を迎えに行けたのに…
「言ったでしょう?私は雪ノ下の人間よ。だから絶対に償わないといけない。私自身もかなり関与したのだしね。まずあなたは私を忘れないといけないわ。私とあなたの関係はあくまで『不倫』であって清い関係じゃない。それと同時に私とあなたの協力関係は終わった。あなたは私なんかではなく清らかな人と一緒になるべきなの。」
「知るかそんなこと。俺は雪乃のことが愛してるんだよ。」
関係ない。俺は雪ノ下雪乃を愛しているんだ。今は『葉山雪乃』であろうと俺は雪乃を愛している。何があろうと愛し続ける。
「そのあなたが愛すると言った女は不正に手を染め、ふしだらな男女関係を持つ醜い女なのよ。遠慮する必要はないわ。私をとことん軽蔑して捨てればいい。あなたはもう日本を救った英雄なのだから。そんな英雄に私は不釣り合いよ。ようやくあなたも光を浴びて表舞台に立てるの。今までのあなたの不遇な扱いもようやく終わるのよ。そんな沈んだ表情をされると困るわね…少しは今のあなたの状況を喜んで欲しかったわ。」
「…関係ない…そんなのに意味なんてあるかよ…」
雪乃は微笑み続ける。
「意味ならある。これが私の生きた意味だもの。全ては私の思惑通り。これでようやく平塚先生の依頼も達成ね。あなたを社会に適応できるように更正する。きちんと私はやり遂げた。」
言葉の意味が掴めなかった。今更平塚先生の名前が出てくるところから訳がわからない。
「分からないと言った表情ね。一から説明してあげるわ。私の思惑。その全てをね。」
雪乃の真意。
雪ノ下建設を倒すことと同じくらい大事だと語った目的。
それは俺の更正だった。
その目論見は俺が告白した時点で始まっていた。
自分への想いを俺に協力を求めることで俺に専業主夫の夢を捨てるように仕向けたこと。
俺を警察官にすることで公務員として安定した生活を送れるように仕向けたこと。
雪ノ下建設を倒す時の中心人物に俺を仕立て上げることで俺が多くの人から信頼を得られるように努力するように仕向けたこと。
最終的に俺を英雄へと仕立て上げたこと。
完成したのは『品行方正で皆に好かれ慕われる腐敗を撲滅した英雄、比企谷八幡』だった。
かつての『ボッチで皆から嫌われるか気にされない存在の比企谷八幡』はもういない。
見事に雪ノ下雪乃は『更正』を果たし、そんな理想的な男を演出したのだ。
全ては雪乃の術中の中だったというわけだ。
雪ノ下建設の崩壊も俺がそれを導く英雄となったのも何もかもが雪乃の演出。
雪乃は稀代の舞台演出家と言えるだろう。
「そしてそんなあなたを好きになってくれる女性は多く現れるでしょう。その中からあなたは大切な人を見つけ出すの。奉仕部という狭い交友関係しかなかったかつてのあなたにはきちんと人と交流するための環境が整っていなかったのよ。だから私なんかに恋したと勘違いした。そのあなたの恋を私は利用して今を築きあげた。これであなたはようやく始められる。あなたが幸せな人生を送るための下地が整ったの。これはひどく独善的で私の自己満足よ。私が勝手にあなたを愛してしまったからこんなことをしたの。さらにはとても時間がかかってしまった。罪深いことをしたと思っている。謝るわ。勝手なことをして本当にごめんなさい。」
その演出家様の演出の目的は全て俺のため…か。自己満足と言うが、そこに自己の利益は介在していない。
雪乃が深々と頭を下げる。
謝るな。
人を救うために動いたことがなぜ罪になる?
そう言いたかった。
でもそれさえも言葉に出ない。
雪乃は全てを犠牲にしてまでして手に入れようとしたのは俺の幸せだっただと…?確かにこの行動は身勝手が過ぎる。俺の人生は俺のものだ。雪乃に操られるがままだったのは決していい気はしない。
でも…この20年はいつよりも満ち足りていたと思う。
それは雪乃がいたから。
例え夫婦にはなれなくても。
例え普通の男女の甘い関係などなかったとしても。
例え破滅と隣り合わせの生活だったとしても。
隣には雪乃がいた。
目標を共有し、同じ未来を目指して戦ってきたのだ。
俺の欲した未来とは雪乃の笑顔を隣で見ることだ。その場所は金属の柵越しでも暗い部屋の中でもない。
名誉や権力を得るために戦ってきたのではない。そこを雪乃は分かっていない。
「…謝るな。確かに俺の人生を操られていたのかと思うと気に食わない。だが雪乃は俺を想ってしてくれたんだってことが分かる。方法は間違っていてもその想いは伝わってくる。」
「…そう…分かってくれるのね。もし私の想いを尊重するなら、あなたは私を捨てて大切な人を見つけないと。ね?」
雪乃が諭すかのように言った。前と同じだ。そうやって雪乃の気持ちを尊重することを名目に俺を操ろうとする。二度は同じ手には引っかからない。
その私の想いとやらは本物ではないから。
本当は苦しくて。
本当は助けてほしい、そばにいて欲しいと思っているくせに。
それを隠してあくまで俺を『雪乃の思う』幸せな方向に導こうとする。
だがそもそも原点から間違っているのだ。
俺の幸せとは『雪乃と生きること』だから。
その条件を満たせないなら…幸せにはなれない。
雪乃は勝手に俺を幸せにするために行動した。なら俺も雪乃を幸せにするために勝手な行動をしてもいいだろう?今からそのための言質を取ってやる。
「雪乃…お前は俺のことを愛しているのか?」
「ええ。『愛していた』わ。」
わざと過去形を使いやがったな。きっと今日を最後の会う日にでもしようと思っているんだろう。だがそれは無理な相談というもの。かつて雪乃が俺に雪乃を愛していると言われたことを勝手な行動をするための免罪符としたように俺も免罪符を手に入れた。
「そうか…分かった。」
俺は立ち上がり、雪乃に背を向けた。俺の表情を見られたくなかった。
「雪乃の事情聴取は他の奴に任せる。」
それは今後の準備のため。
「そう。じゃあ…さようならね。八幡君。」
「かな。じゃあな。雪乃。」
雪乃の表情はあえて見ない。
きっと苦しそうな表情をしている。
これが俺と会う最後の機会と思い込んでいるだろうから。
まぁそうするつもりは毛頭ないからな。
そして今の俺はきっとニヤケている。雪乃を出し抜く策が思い浮かんだ。
せっかくだ。稀代の舞台演出家となった雪乃の度肝を抜くことをしてやる。雪乃の最後の演出を破壊し尽くしてな。
惜しみなく全てを奪うことが愛と言ったな?雪乃。
ならば雪乃に最後に残ったものを奪うとしよう。
雪乃が演出した意味自体を奪い去ってやる。
[newpage]
それから1カ月。あらゆる準備を整えた。
そして雪乃のところへ向かう。
今度は雪乃を事情聴取する捜査官としてではなく、雪乃の面会人としてだ。
「久しぶりだな。雪乃。」
「…なぜまた来たの?それもなぜ面会を…?」
雪乃が訝しむような顔をする。前会った時で最後になるとでも思っていたんだろう。まぁその事情はゆっくりと種明かししよう。プラスチックの壁越しで少々距離を感じるが我慢だな。
「今まで俺以外の面会人は?」
「…私の弁護士以外来ないわね。あなたが初めてだわ。」
「そうか。」
今の雪乃には会いに来る人間さえもいない。それだけ雪乃は多くを失ったということ。
俺と雪乃では釣り合わないと言った。ならどうする?
俺も同じように多くを失えばいい。
「ああ。そうだ。俺辞職したから。だから俺は面会しか会う手段がなかったってわけ。」
わざとあっけらかんと言ってやる。すると雪乃の表情はサーと青ざめていく。まるで絶望に飲まれたかのように。
「…何を言っているの?なぜそんなことを…」
「言っただろ?雪乃は自分から全てを奪えと言った。なら俺の『雪乃の思う』幸せも雪乃の望みなわけだから奪わないといけない。違うか?」
「あなたって…やっぱり愚かなの…?自分から全てを捨てるだなんて…何が目的…?」
「目的か…決まってんだろ。俺は雪乃といたいだけだ。それ以外に望むものはない。」
「だから私はあなたとは釣り合わないと…」
「『みんなの英雄、比企谷八幡』とはな。だが『ぼっちで嫌われ者の比企谷八幡』なら『自称犯罪者、雪ノ下雪乃』に十分釣り合う。雪乃が俺のために全てを捨てたと言うなら、俺だって雪乃のために地位や名誉ごときいくらでも捨ててやるよ。」
ニヤリと顔を歪めながら言う。そうか。雪乃はだから告白した時笑っていたのか。
愛する人の表情を自分の意志で左右できる快感。自分だけが愛する人の感情を動かせる。独占欲とも言えるか。愛する人の表情がどれだけ苦しみに満ちていようと自分には美しくしか見えない。
「私が…私が20年かけた意味を…どうしてくれるのよ…何の意味もなくなっちゃったじゃない…なんてことを…」
雪乃の表情が歪んでいる。こんな表情をさせられるのは俺くらいなんだろうなと思うと複雑な気分だ。罪悪感が当然大きいわけだが、嬉しさも少々。
「意味ならある。俺は雪乃と協力してここまでやり遂げたことも一緒にいられたこともすごく幸せだったと思っている。だから雪乃は色々俺を幸せにするために策を弄していたようだが、もう俺は雪乃といられた時点で幸せだったんだよ。」
俺が笑顔で言ってやる。それを見た雪乃は絶句していた。
「あと一つ言っとくと、雪乃は釈放ということになってる。雪乃は事情聴取でかなり自分が罪を犯したと言ったそうだが、生憎俺が全て事前に正確な報告をしてあってな。あの事情聴取自体がフェイクだ。俺の部下の1人に暇そうな時にお話を聞いてもらってただけだ。うちの部下驚いてたぜ。捜査に多大な貢献をしてくれた方がなぜそんなに罪を被りたがるんだって。」
「…当然じゃない。私が関与したというのは事実だもの。罪は償わないといけないわ。」
「かもな。だがそれを上回る功績を雪乃は挙げている。それにまず雪乃の罪は不正に関与したことじゃない。もっと大きな罪を犯した…そうは思わないか?」
雪乃が喉が小さく動いた。恐怖を感じでもしたのか。
「あなたを苦しめた罪…あなたの時間を浪費した罪…ということかしら?」
「正解。これはどう償えると思う?」
「…あなたの手で私を殺す…とか?」
…何でそっちに走っちゃうかな…俺は昔から言ってるけどそういう趣向はないからね?
「死んだら償えないだろうが…」
「じゃあ何…?」
「俺のそばで一生罪を償い続けること。」
「どうやってかしら?奴隷として働けということ?」
…違う…違う…言い方が悪いのは認識してるし、回りくどいのも分かってる。だがこいつ忘れてんの?罪を償うだなんて言い方は本来間違っている。償いなんて俺は求めていない。でも罪悪感に囚われた雪乃はこうでも言わないと受け入れそうにないから。俺が求めるのはもっときれいでお互いを犠牲にすることなくお互いを幸せにできる関係。
「雪乃には今日から『比企谷雪乃』として生きて欲しい。」
「…はい?」
雪乃の目は点になっている。これ一応プロポーズね。相手人妻だけど。そこは気にすんな。色々事情がある。まぁ話が飛びすぎて理解できまい。まず雪乃は戸籍上人妻だ。比企谷雪乃になることは不可能だと思っているだろう。だからカラクリを準備してその問題を解消した。
「雪ノ下建設の不正がアメリカにまで及んでいたのは雪乃も当然知っているだろう。だからその流れで俺にもアメリカ政府の友人ができてな。その人に頼んだんだよ。雪乃に証人保護プログラムを適応するのをな。」
「証人保護プログラム…?」
雪乃が首をかしげる。どうやら知らないようだから少し説明を加えるとしよう。
「アメリカにある制度でな。証言者を被告発者の報復処置から守るための制度だ。この制度を適応すれば今の戸籍は抹消されて、代わりの戸籍を得ることで戸籍上完全に別人になることができる。雪ノ下建設に命が狙われる可能性があることを名目に適応してもらったんだよ。まず解決に関わった雪乃はアメリカの国益にも貢献しているからな。喜んでって感じだったよ。これでもう『葉山雪乃』という人間は日本には存在しなくなっている。代わりに雪乃に準備された戸籍はアメリカ在住、比企谷八幡の妻、『比企谷雪乃』だ。」
「あなたそれ…職権濫用じゃないかしら…?」
雪乃が呆れたように言う。その職権を与えたのは事実上雪乃なんですよ?知ってました?
「最後くらい何やってもいいだろ。どうせ俺自身にも適応されて日本人じゃなくなるんだしな。」
俺も今ではアメリカ国籍だ。本当は名前も変えなきゃいかんらしいが、無理を通して雪乃の苗字を変えてもらうだけで済むようにしてもらった。ほら。せっかくだから雪乃にも比企谷って名乗ってもらいたいじゃん?それくらいの欲かいてもいいよね?
「ただしこのプログラムを適応されると友人、家族とは一切会えなくなる。だから俺と雪乃にはお互い以外は何も残らないと言うわけだ。まさに1人ぼっちならぬ2人ぼっち。」
「あなた…本当にバカなの?私がそれをすんなり受け入れると思う?」
「ふっふ。残念だったな。異論、反論、抗議、質問、口答えは認めない。これは国家の命令だ。 大人しく俺の妻になってもらうぞ。雪乃?」
雪乃はため息を吐くと俺の目をじっと見つめた。
「仕方ないわね。誠に遺憾なことだけれど、国家の命令なら受けざるを得ないわね。それにあなたは私から本当に全てを奪ってくれたから。惚れた弱みってやつね。あなたの要求を受け入れるわ。哀れなぼっちの八幡君の妻になってあげる。誠に遺憾なことだけれど。」
重要だから二度言ってくれましたね。どうもです。ただ一つ雪乃に言いたいことがある。
雪乃…顔ニヤけてるよ?本当は嬉しかったんだろ?そこを追求したら色々こじらせそうだから言わないけどよ。
「ということで今日からは不倫相手ではなく妻としてよろしくな?雪乃。」
「ええ。これからよろしく。八幡君。」
[newpage]
こうして彗星の如く現れた『雪ノ下潰し』の英雄、比企谷八幡とその影を担った『魔性の女王』、葉山雪乃は、ほとぼりが冷めた時には日本から姿を消していた。週刊誌で何度か謎の存在として書き立てられたらしいが、俺と雪乃の居場所は誰も知らない。どこかでひっそりと暮らしてるんじゃないですかね。まぁ俺達のことなんだが。
20年かけて何をやってきたんだと言われそうだな。雪乃はせっかく築いた雪ノ下建設での地位を会社自体を潰すことで失ったし、俺自身も証人保護プログラムを適応してもらったおかげで警察で築いた地位を失った。要はお互いの身以外は何も残らなかったわけだ。
でも得たものは俺と雪乃にとって計り知れないもの。
誰にも邪魔されない2人だけの生活。
愛とは惜しみなく全てを奪うこと。
そう雪乃は言った。
どうやら俺達の場合はそれが事実らしい。お互いからお互い以外全てを奪い尽くした結果が今の生活だ。友人も同僚もいないからお互い以外にほとんど誰とも交流することのない生活。アメリカ政府から生活費まで支給してもらってるから働かなくてもいいし。2人揃って専業主夫&専業主婦状態。マジ最高。ただのニートじゃないかって?いやいや、俺達腐敗撲滅に貢献した功労者なんだからこれくらいの待遇問題なし。
かなり間違った道筋を通ってきた気もするが、結果は俺達が日々口にしている言葉が証明してくれるだろう。
[newpage]
「私は八幡君と一緒にいられてとても幸せよ。」
かつて『魔性の女王』と呼ばれ、あの『雪ノ下潰し』を演出した雪乃も今では俺に愛の言葉を口ずさみながら微笑んでいる乙女だ。…アラフォーだけど。どうやら20年間暴れすぎた反動か知らんが、雪乃には今更青春が到来したらしい。とにかく俺を離してくれない。雪乃のことを最近すごく可愛いなって再認識しましたどうも比企谷八幡です。
「ああ。俺も雪乃といられてとても幸せだ。」
そう言う俺もかつては『雪ノ下潰し』の英雄だとか言われていたが、今ではただ雪乃を愛し続ける1人の男になっている。…それは前からか。なんだかんだで昔に状況が逆戻りして交友関係が一気に狭まった俺だったが、雪乃から離れられない分よりタチが悪くなったのかもしれない。
結論を言おう。
相手から惜しみなく奪うことは『愛』であり、『愛』することで2人ぼっちになることができ、2人は幸せになれる。
[newpage]
〈あとがき〉
初のあとがきです。
どうだったでしょうか?
2人はお互いの全てを奪わせることで愛を確認しあっていた…といった感じですかね?2人して自己中心的な行動を取っていますが、世界は少し良くなって、なんだかんだ2人は幸せそうだからいいんです。きっと…
倫理的にもかなり問題がありましたね。不倫とか。まぁ『葉山雪乃』はもう存在しない人間になっているのでいいんです。『比企谷雪乃』は生まれた瞬間から比企谷八幡の妻ですから。
雪乃は清純なのでいくら八幡を愛していたとしても不倫は普通しないでしょうが、目標があるのなら手段を選ばない行動にも躊躇しないのではと思い、あえて倫理に反する行動もしてもらいました。八雪タグをつけるためというのもありましたが。
精神的には病んでると言ってもいい(主に雪乃)ですが、行動的には問題ないですよね?
ちょっとぶっ飛んだ設定もあるでしょうが、ウィキペディア様を参照しただけなのでお見逃しください。
これはヤンデレなのだろうか…書いた作者自身にとって謎のままです。
いつまで経っても甘々な作品のネタが降りてこないのはなぜだ…と日々もがく孔明でした。
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やりすぎましたね。はい。<br />たぶんヤンデレに片足突っ込んでます。ヤンデレの範囲がイマイチ分からんのですが、まぁ2人の用いた方法には問題ないのでいいですよね。はい。<br />タイトルの『愛とは惜しみなく奪うこと』は韓国歴史ドラマ『善徳女王』で出てきたセリフの引用です。<br />ミシルが息子のピダムとライバルのトンマンにした恋のアドバイスになります。(この母親怖すぎる…)<br />実際のセリフを書くと『愛だと?愛というものをなんだと思っている?愛とは全てを惜しみなく奪い取ることだ。』と『お前は恋を分かち合うことができるのか?愛とは全てを惜しみなく奪い取ることだ。』です。<br />個人的には理解はできます。俺ガイルでも雪乃と結衣が八幡を分かち合うことは無理ですから、決着をつけるには八幡を完全に自分のものにするしかない。<br />ただ実際に奪い尽くしたら、狂気ですよね…<br />要は自分以外の全てを相手からなくすということですから…<br />最初は雪乃と結衣の対決にしようと思ったんですが、結末がよりおぞましいものになりそうだったのでやめました。<br />閲覧注意にするほどではないはずです。きっと…<br />そして相変わらず本編に引き続き、雪ノ下家を敵に回すことから離れられない孔明でした。<br />一応八雪タグ付けましたし、八雪なんですが、八雪じゃないです。(この意味は読んでお確かめください。)
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愛とは惜しみなく奪うこと
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118254#1
| true |
『ーーーーー有意義な夏休みを送って下さい。以上、解散』
校長先生の長い話が終わり、明日から夏休み。
体育館は灼熱地獄だ。
早く出なければ干からびてしまう。
三年生から順番に教室へと戻って行く。
(明日から、長い長い夏休みかぁ)
約1か月、彼とは会わないことになる。
寂しいが、こればっかりは仕方がない。
体育館から出て行く彼の背中を見送る。
金髪で、他の男子より背の高い彼はとても目立つ。
(……今日が、見納めかぁ)
体育祭以来、廊下ですれ違うとぺこり、と頭を下げる挨拶を交わすようにはなったが、それだけだ。
松田先輩や萩原先輩がいる時は多少立ち話をする時もあるが、彼があまり喋らないのと、私が周りの視線が怖くて早々に引き上げてしまう。
諦めずに頑張る、と誓ったばっかりだが進展なし。前途多難だ。
帰りのHRが終わり、帰宅時間になった。
下駄箱で靴を履き替え、門に向かう。
校庭を通ると、見慣れた女子生徒の集団が見えた。
彼らが水遊びをしているようだ。
ホースで水をかけ合い、時折楽しそうな笑い声が聞こえる。
(………また、夏休み明けに)
心の中でそう挨拶をし、通り過ぎようとした。
「あ!梓ちゃん!」
名前を呼ばれた。
振り返ると、萩原先輩と伊達先輩が満面の笑みでこちらに手を振っている。
え、そんな遠くから呼ぶ?と思ってしまったのは仕方ないと思う。
なぜなら女子生徒の「なんだあのクソアマ」という視線が突き刺さるからだ。
控え目に手を振り返して、足早に立ち去ろうとした。
すると萩原先輩がストップ!ストップ!と言って、何故か彼の手を引きこちらに来る。
(な、なんで来るの!?)
ストップと言われた手前勝手に立ち去る勇気もなく、言われるがまま立ち止まっていた。
彼と萩原先輩が私の前に来た。
よく見ると二人とも全身びしょ濡れだ。
これが水も滴る、というやつかと呑気に思った。
「久しぶりだね梓ちゃん」
「お、お久しぶりです」
「無言で立ち去ろうとするなんてひどいじゃんか〜」
なぁ降谷、寂しいよなぁ?と言って彼の肩に腕を回す。
うるさい、と彼が言う。
彼の金髪が水に濡れ、キラキラと輝いている。
本当、いつ見ても綺麗な髪だ。
「……あ、そうだ梓ちゃん、この後さ、」
「降谷く〜ん!萩原く〜ん!」
萩原先輩が何か言いかけた時、彼の彼女さんが彼らを呼んだ。
そちらを振り向くと、彼女さんと友達2.3人が手を振ってこちらを見ている。
………若干、私を睨んで。
「あ、じゃ、じゃあ、私は失礼します」
「あっ!ちょっ、梓ちゃん!」
後ろで萩原先輩が私の名前を呼んだが振り返る余裕などなかった。
なんか最近の私って逃げ出す率高いな、と思いながら正門まで全力疾走した。
「………なんでいつも邪魔が入るんだよ」
「………降谷、顔超怖い」
夏休みも中盤に差し掛かった8月。
もちろん、夏休みに入ってから一度も彼を見かけない私は明美先輩と蘭ちゃんと隣の県のアウトレットに来ていた。
夏のセールが始まったのでショッピングだ。
随分とたくさん買った。
私達三人の手には戦利品がたくさんぶら下がっていた。
一通り買い物を終え、アウトレットの側に海があるというのでそこへ向かった。
「海だぁ〜〜っ!!! 」
「気持ちいいですねぇ」
「あ〜あ、水着持ってくればよかったねぇ」
日差しが照りつける浜辺はとても暑かったが、海に来てテンションが上がった。
荷物を近くの地面に置き、足だけ水に浸かった。
冷たくて、気持ちがいい。
写真を撮ったり、軽く水の掛け合いをして遊んだ。
ひとしきり遊びそろそろ帰ろうか、と靴を履こうとした時、
「ねぇねぇ、向こうに超イケメンいた!」
「みたみた!三人ともかっこよかった〜!」
「フリーみたいだし、誘ってみる?」
きゃっきゃと女の子達が走って行く。
逆ナンかぁ〜最近の子は凄いな〜、と思い女の子が走って行った方向を見て、固まった。
「ねぇねぇ、お兄さんたちどこから来たのぉ?」
「私達と一緒に泳がない?」
「もっちろぉん!こ〜んな可愛い子達と遊べるなんてラッキー!」
おい降谷!松田!お前らもっと笑えよ!と見覚えのある人が聞き覚えのある声で叫ぶ。
そんな聞き覚えのある声を見覚えのある彼らはシカトして涼しい顔で豊満な胸を腕に押し付けるお姉様にくっつかれていた。
……ここは海だ。
無論彼は水着姿で、上半身は裸だった。
「うっわ〜、見損なったわあいつら」
「す、凄いですね、」
彼らを睨む明美先輩と、困った顔でこちらをチラチラと見る蘭ちゃん。
そんな蘭ちゃんに笑顔を返す余裕はなかった。
「胸くそ悪い。行くわよ二人とも」
明美先輩がそう言い、荷物を持った。
蘭ちゃんが気を使いアイスでも食べて帰りましょうか、と言ってくれた。
うん、行こうか、と私が言うと蘭ちゃんが悲しそうな顔で笑い、手を引いてくれた。
本当に、いい子だ。
背中越しに女の子達の楽しそうな声が聞こえ、一気に気分が下がった。
せっかく楽しくショッピングをしてたのに、最悪だ。
すると、私達のすぐ横を女の子が通った。
「エミ〜!遅いよ〜!」
「ごめんごめん!うわっ!マジイケメン!」
その子は今彼の腕に抱き付いている子の友達だったらしく、私達の横を通り過ぎる時に名前を呼ばれた。
後ろから彼の「は?」という声が聞こえた。
……気付かれてしまったのかもしれないが、後ろを振り向く気にはなれず蘭ちゃんに引かれている手に力をこめた。
(……はやく、ここからきえたい、)
走る速度が上がる。
早く。早く。
「まって、」
ぐいっ、と腕を引かれそのまま抱きしめられた。
きゃあっ!と周りの女の子達から悲鳴が上がった。
何度か包まれたことのある体温。
今回は海にいるからか、少し湿っている。
背中がじわり、と濡れるのを感じた。
頬に、彼の髪から垂れた水滴がついた。
思わず冷た、と言うと彼がバッ!と離れた。
頬についた水滴をぬぐいながら、私は後ろを向けずにいた。
私の前にいる明美先輩が呆れた顔で、蘭ちゃんが少し赤い顔で私の後ろを見ていた。
「あら零くん、そんな急いでどうしたの?」
「明美お前、なんで声をかけない」
「あんな集団の中、声なんてかけらんないわよ」
それに、邪魔しちゃ悪いかと思ってね。
明美先輩が若干彼を睨みながら言うと、彼が黙った。
「要件はそれだけ?私たちもう行くから」
ごゆっくり、と明美先輩が言い私の腕を引いた。
すると、再び彼が後ろから抱き付いてきた。
驚きと共にカチコチになる私などお構いなしにぐいっ、と腕を引き歩き出した。
「え、せ、せんぱ、」
「来て」
「いや、あの、二人が、」
「おい、頼んだぞ」
彼が前を向きながらそんなことを言った。
何が?と思っているといつの間にかいた松田先輩と萩原先輩が任せとけ〜、と言い明美先輩と蘭ちゃんの所に歩いて行った。
(いや、なに、この状況)
彼に腕を引かれながら冷静になろうとしていたが、脳はまるで機能していなかった。
彼に腕を引かれながら、人通りの少ない砂浜にき来た。
彼が途中で買ってくれたジュースを片手に、ゆっくりと砂浜を歩く。
(手、なんで、離さないの、)
先程から手はずっと繋がれたままだ。
恥ずかしいやら手汗が気になるやらで、何度かさりげなく離そうとしたが、その度に彼の握る力が強くなる。
意を決して離すように言ってもシカトだ。
彼と手を繋ぎながら、砂浜を歩いている。
彼女がいるのに、私と彼じゃ釣り合わないのに、など頭は色々と考えるが体は正直だ。
嬉しさと恥ずかしさで体温は高いし、顔が熱い。
(ゆめ、みたい)
ぼーっとしながら彼の背中を見ていた。
グレーのパーカーを羽織った彼は真っ直ぐに前を見て歩いている。
キラキラと金色の髪が日差しに反射して輝いている。
彼が通ると必ず女の子が振り向いて顔を赤らめる。
私は周りからの視線が気になって仕方がないというのに、彼はそんな視線を物ともせず堂々と歩いている。
見られ慣れているんだ。
(やっぱり、住む世界が違う)
そう思いながら彼を見つめていると唐突に彼が振り向いた。
そして、少し座ろうかと言いパーカーを脱いだ。
そしてそのパーカーを砂浜の上に広げた。
「ここに、座って」
「え、で、でも」
「いいから」
でも、と戸惑う私に対し早く、と腕を引っ張り彼のパーカーの上に私を座らせ彼が隣の砂浜に座った。
「す、すみません。パーカー、洗って返します」
「いいから、別に」
「で、でも、」
「榎本さんが汚れる方が困る」
せっかく、綺麗なカッコしてるのに。
彼がさらりとそう言う。
え、と驚いていると彼が柔らかい顔で微笑む。
「黄色のワンピース、かわいい」
似合ってるよ、と彼が言う。
顔が、一気に熱くなった。
あ、ありがとうございます、とか細い声で言い熱さを誤魔化すためにジュースを飲んだ。
キンキンに冷えていて、美味しい。
今飲んでいるのは体育祭の時に自販機で買ったジュースだ。
あれ以来、私のお気に入りのジュースになっている。
(いいこと、ありすぎる)
ジュースを握りしめ、そんなことを思う。
今年の夏はこのジュースで決まりだ。
「………あれ、誤解だから」
彼が、口を開いた。
突然のことに訳が分からずは、はい?と言うと彼が続けた。
「さっきの、女たち」
「………あ、はぁ、」
な、何が誤解だというのだろうか?
俺は逆ナンされただけで彼女一筋だ、という意味だろうか?
理解出来ず、頭の中を?マークが飛び散る。
「確かに、前まではああいう女たちを適当に相手してたし、色々と馬鹿やってたけど、」
「勘違いされたくない相手が出来たから、」
「だから、今はそういうの一切やめたから、誤解しないでほしい」
ポツリ、ポツリと彼が話す。
(………なんだ、やっぱり、彼女一筋なんじゃない)
高まっていた気分が一気に落ちたが、無理矢理笑顔を作り言葉を返す。
「そう、ですね。彼女さんも、いますしね」
「は?彼女?」
「あんな綺麗で、先輩一筋なんですもん。悲しませたくなんて、ないですもんね」
「は?さっきから、何を…」
「先輩が誠実な方だっていうのは、もう分かってますから」
戻りましょう、と彼の顔を見ずに立ち上がった。
パーカーの砂をはらい、ありがとうございました、と彼に差し出す。
すると彼は物凄い不機嫌な顔をし、差し出した私の手を引っ張った。
そしてそのまま、彼の膝の上に横抱きにされた。
……………横抱きに、さ、れた、
「せっ、せせせせせんぱい!?!?!?」
「彼女って、なに」
「えっ!?」
「彼女に一筋って、なに」
恐ろしく整っているがとても怖い顔を私に近付け、彼が言う。
恥ずかしさと恐怖で頭が真っ白になり、黙り込んでしまう。
なんか誤解してるみたいだけど、と彼が続ける。
「俺、彼女なんていない」
「え、で、でも、いつも一緒にいる、」
「あいつ、最近ベタベタしてきて、そろそろ本気で殴ろうかと思うくらいムカついてる」
恐ろしいことをさらりと言ってのけた。
あ、あんな美人に言い寄られてもなんとも思わないのだろうか。
彼の腕の力がこもる。
顔が、近付く。
「誤解、しないで」
彼がそう囁き、私の額に彼のそれをくっ付ける。
至近距離で碧眼と目が合う。
彼の素肌に、包まれる。
吐息が、口に触れる。
「わ、わわわわわかりました!!」
「ほんとに?」
「わかりました!わかりましたから、離れましょう!?」
私があまりにも必死にお願いするので、彼の腕の力が緩まった。
その隙を狙い彼の腕から抜け出した。
そしてそのまま帰ります!!と叫び走り出した。
後ろからはぁ!?という声が聞こえたが無視して全力疾走した。
(最近の彼は、おかしい!!!)
ここ最近の彼の行動を思い返す。
ち、近いし、なんか甘ったるいし、別人みたいだ。
勘違いしそうになるからやめてほしい。
(顔の熱!!収まれ!!)
明美先輩と蘭ちゃんの元へ向かいながらどうにか顔の熱を下げる方法を探したが、一向に下がらなかった。
(でも、彼女、いないんだ、)
嬉しい。
若干ニヤけながら砂浜を走っている私を、小さな子供が不思議な顔をして見ているのを脇目に走り続けた。
9月某日。
今日は始業式だ。
体育館には夏休みが終わり髪色が派手になっている生徒や肌が焼けている生徒が増えていた。
みんな、夏休みを満喫したようだ。
チラッと三年生の方を見ると彼が景光先輩と何かを話していた。
久しぶりに見た彼は相変わらずカッコよく、女子生徒の注目の的だ。
(……やっぱり、かっこいい)
久しぶりの彼に見惚れる。
あの海の日以来、彼とはまったく出会わなかった。
あんな失礼なことをしてしまったので会ったら会ったで困ったのだが、会わないと会わないでテンションが落ちる。
我ながら面倒くさい女だ。
ため息を吐きながら前を向く。
相変わらず、校長先生の話は長い。
ぼけーっとしながら話を聞いていると、何やら視線を感じる。
なんだろうと思い視線を感じる方向に目を向けると、彼がいた。
(……え、な、なに?)
困惑した顔で彼を見たが、微動だにせずこちらを見ている。
私を見ている訳ではないのか?
(……もしかして、彼の見たいものを私が遮っている?)
そう思い、少し後ろに下がった。
そしてそのまま、何事もなかったかのように前を向いた。
しかし、視線はまだ感じる。
そろそろ、と彼の方を見る。
………めっちゃ、見てる。
な、何か用があるのだろうか?
もしかして、海でのことを怒っている?
それとも、今までの彼への態度を振り返って何か癪に触ることがあった?
思い当たる節は残念ながら溢れるほどある。
恥ずかしさが勝ち、可愛くない態度を取ったし、
突き飛ばしたり、逃げ出したり、色々なことをした。
彼が怒るのも当然だ。
(ど、どうしよう)
情けない顔をして彼を見つめると、彼がキョトンとした顔をした。
そしてぶはっ、と吹き出した。
(え?な、なんで?)
困惑した顔をして彼を見た。
その私の顔を見てさらに顔をくしゃくしゃにして笑った。
隣にいた景光先輩がこちらを見た。
そして、呆れた顔をして彼の肩を小突いた。
彼が少し涙目になりながら私を指差して景光先輩に何かを言っている。
景光先輩は相変わらず呆れ顔だ。
すると、周りがざわつき始めた。
彼が珍しく笑うので、周りの女子が何が原因で笑っているのか探し始めたのだ。
やばい、と思い彼から視線を逸らし前を向いた。
(……私に対して、笑ってくれた、)
やばい、顔の筋肉が緩む。
にやけ顔を隠すように俯いた。
冷静を装いながら、頭の中はカーニバル状態だった。
「あ、梓ちゃん」
下駄箱で彼と景光先輩、萩原先輩に会った。
彼と関われるのは非常に嬉しいが、正直こんな人混みが凄い中で話しかけないでほしい。
女の嫉妬とは、本当に怖いのだ。
とりあえず挨拶を返し足早に立ち去ろうとしたが、ちょいちょい、と萩原先輩に腕を掴まれた。
「相変わらずすぐ逃げようとするね〜。傷付くなぁ」
「い、いや、逃げようとしたわけじゃ、」
「いやいや、梓ちゃんはそうやってすぐ、」
「梓ちゃん、さっきはゼロがごめんね」
萩原先輩の言葉を遮り、景光先輩が言う。
ヒロちゃん辛辣〜〜と萩原先輩が言うが彼も
景光先輩もシカトだ。
「あ、あの、さっきなんで笑ってたんですか?」
「あぁ、あれね、あまりにも百面相になる梓ちゃんがおもしろかったんだって」
「ひゃ、百面相って…」
怒っていたわけではなさそうだが、あまり嬉しくない理由で見られていたようだ。
むすっ、と若干不機嫌な顔をすると彼が笑い私の膨らんでいる頬を人差し指でぷすっと押した。
ぷうう、と変な音を出しながら口の中の空気が抜けていく。
そしてそのまま人差し指と親指で頬を摘まれた。
「ひょ、ひょっと、ふるやひぇんぱい、」
「ブフッ」
いやブフッって。
イケメンらしからぬ笑い方に思わず凝視してしまった。
意外と、笑い上戸なのかもしれない。
そんなことを思っていると、女子生徒からのレーザービームのような視線が突き刺さった。
……やばい、ここ下駄箱だった。
女子生徒(特に上級生)に殺される自分が容易に想像出来たので、彼に手を離すように言おうとしたら萩原先輩が口を開いた。
「おい零く〜ん、いつの間に見てるだけの生活から卒業したんだよ〜?」
オニーサン知らなかったよ〜?と、萩原先輩がニヤニヤしながら言い、彼の肩に腕を乗せた。
彼は私の頬から手を離し、そのまま萩原先輩にヘッドロックをした。
ぎゃああああ!!!と萩原先輩が叫ぶ。
「おまっ!ここまでしといてまだプラトニックな関係なのかよ!」
「黙れ。シメるぞ」
「もうやってんだろーが!!!」
いででででで!!!悪かった!悪かったから!!!
萩原先輩が力一杯叫ぶ。
景光先輩は呆れた顔で萩原先輩を見ていた。
周りの女子生徒は、そんな三人の絡みを見てきゃあっ、と頬を赤らめた。
(い、今のうちに……)
そろり、そろりと立ち去ろうとしたら彼が私を見た。
ば、バレた……。
「ねぇ、」
「は、はい?」
「どうしても、手に入れたい物があったとしたら、どうする?」
萩原先輩を片手にいきなりクイズだ。
き、急に何だろう。
よく分からないが、とりあえず質問に答える。
「せ、先輩なら、どんなモノでも手に入れられそうです」
「……全然。まったく、届かないんだ」
「は、はぁ」
「無理矢理手に入れることは出来るだろうけど細くて、柔らかくて、繊細で、壊してしまいそうで怖いんだ」
でも、どうしても欲しい。
彼が真剣な顔でそう言う。
いつの間にか萩原先輩を解放していて、先輩はヒロぉ〜〜と言って景光先輩に泣きついていた。
そ、そんなに真剣になるなんて、よっぽど大切なものなのね。
一体、何だろう。
想像も出来ないが、答えを求めるように私を見つめているので思ったことを素直に口にした。
「やる前からそう言わずに、一度手を伸ばしてみるのもアリかと、」
「……怖がられたり、嫌がられたりされたら、立ち直れない」
そんなの、絶対に嫌だ、と彼が言う。
今日の彼は弱気だ。
確かに、その気持ちは凄い分かる。
でも、
「でも、私だったら、何もしないでずっと見てる方が嫌です」
約一年間、何もせずにずっと彼を見ているだけだった。
何もしない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。
彼女が変わっていく彼を見るたびに、後悔した。
明日こそは、明日こそはとズルズル先延ばしにし、結局何もしない。
そんなのは、もう二度とごめんだ。
「それに、」
「意外と少し乱暴にしたくらいじゃ、壊れないかもしれないですよ」
その言葉に、彼がピクリと反応した。
彼の大事な物が何かは分からないが、落ち込んでいる彼を見たくなくて勇気付ける言葉を続ける。
「無理矢理でも近づくことによって、色々なことが見えてきますしね」
私も実際彼に近付き、色々なことが知れた。
意外にもよく笑い、よく怒り、感情豊かだ。
彼女がいないと分かった時は一番嬉しかった。
「本当に、近付いても平気?」
彼があまりにも真剣な表情でズイッと近付いてくるので、ヒッと小さく悲鳴を上げ一歩後ずさった。
こ、こんなに真剣になるなんて、あまり無責任なことを言わない方がいいんじゃないかと思い黙ると彼が早く答えて、と言う。
「だ、誰かに取られるくらいなら、多少強引にいくのも、ひ、一つの手かと……」
もちろん私はそんなこと出来なかったし、他の人ならまずいが彼なら多少強引でも許されそうだし、という言葉は胸に留めておく。
すると真剣な表情をしていた彼は、へにゃりと笑った。
そ、その心臓に悪い笑顔はなに、
「……そうだな。散々見てるだけだったし、」
「は、はい」
「誰かに取られるなんて、死んでも嫌だ」
取った相手を殺してしまいそうだ、と十人が十人見惚れる素晴らしい笑顔でとんでもないことを言い出した。
顔を青くしながら少し引きつっていると、彼が吹っ切れたように言う。
「いいの?俺、面倒くさいよ?」
「は、はぁ、」
「しつこいし、短気だし、独占欲強いし」
「た、大切に、してくれそうですね?」
彼の雰囲気がなんとなく怖いので、とりあえず褒める。
すると彼が絶対意味分かってないな、と笑った。
なにが?と思っていると景光先輩と萩原先輩が話に入ってきた。
「ゼロのやる気スイッチが入ったな」
「あ〜あ、かわいそうに。百戦錬磨が本気出すとヤバイぞ〜〜」
景光先輩が彼の隣に並び、萩原先輩が景光先輩の肩に腕を回す。
三人が並び、周りの女子生徒が顔を赤らめると同時に私に視線が突き刺さる。
こ、こわい。
「おい降谷、手加減してやれよ?
相手は汚れを知らない純情な女の子なんだから」
「いや、手加減も遠慮もやめた。
本人はまったく気付かないし、全力でいかせてもらう」
「おいゼロ……」
「ヒェ〜〜!!零くんこわ〜い!!」
三人が私を置いて盛り上がる。
結局彼の悩みは解決したのかしら?
遠くから派手な女の先輩が彼らに近付いてくるのが見えた。
先程は、彼に強引にいけと言ったくせに自分にはまったくそんな勇気があるわけもない。
女の先輩がくる前に、離れよう。
「あ、えっと、じゃあ、失礼します」
「あぁ、呼び止めてごめんね梓ちゃん」
「梓ちゃんまったね〜♪」
ペコ、と頭を下げて背中を向けた。
「また明日、梓」
ーーーーーー空耳かと思った。
バッ、と後ろを向くと彼が私に向かって微笑んでいた。
驚きのあまり、口をパクパクさせるだけで言葉が出なかった。
そんな私の様子を見て、彼が吹き出した。
顔がじわじわと赤くなる。
どうしていいか分からなくなり、私は今年何度目かの逃げるという手段を選び駆け出した。
(きゅ、急に、なに!?!?!?)
背後から萩原先輩の零くんえげつな〜〜い!!!という声が聞こえたが、もちろん振り返る余裕など私にはなかった。
[彼が、変わった]
(……最近の彼は、変)
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こんにちは。柚子です。<br />学パロ3話目です。やっとふるやくんが動き出しました。<br />我ながらおせーよと思いながら書いてました。<br />下書きを押そうとすると間違えて投稿を押してしまい、急いで消すという作業を5回はやってます。泣きそうです。<br />相変わらず誤字脱字が多いし、ストーリーが進むのが遅くてイライラするかもしれませんが、広い心で見てやって下さい。<br /><br />小説を投稿するたびにフォロワーや、小説のランキングに入ったという通知がたくさんきて飛び回って喜んでます。<br />みなさんのお陰です。ありがとうございます!!
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彼が、変わった
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118504#1
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あれから、松田さんとの交流はなくなった。お互い仕事が忙しいというのもあるのだろう。
「・・・また来てる」
「なにがです?」
「あの人よ、叶実ちゃんが受けた離婚届の旦那さん」
「あー・・・あの・・・。・・・あんまり覚えてないですけど」
数日前、休日に出された離婚届の件で奥さんに役所に来てもらって不備のあった部分を書いてもらっていた時のこと。子供を自分の戸籍に入れる(この時に出すのを入籍届と言います)届出の説明をを終えると、奥さんがおずおずと切り出した
「あの、子供の住民票とかって彼も取れるんですか?」
「んー・・・住民票は住所一緒じゃないと無理ですけど戸籍の附票は取れますね。住所の履歴が載ったやつ。直系の家族さんなので」
「取られないようにするにはどうしたらいいですか?」
切羽詰まったような顔で、奥さんは必死に訴えた。ご主人はアルコール依存症であり、自分や子供に暴力を振っていたそうだ。どうにか離婚調停の裁判も済んだため、離婚届を出しに来れたらしい。
私は担当じゃないので、よく分からない。とりあえず彼女の状況をこと細かく担当に説明した。その担当が手続きを進めているようだ。
奥さんが来庁した次の日から、その旦那さんが役所のロビーに居座るようになった。
奥さんがまた役所に来ると踏んでだろう。
「これ、奥さんに言った方がいいですかね」
「そうね・・・。直系の家族なら戸籍も取れるし奥さんの署名と押印さえあれば誰が入籍届持ってきてもいいわけだし・・・」
「電話しときます」
「ええ」
奥さんに電話すると、彼女の母親が取りに来ると言っていた。
彼女の母親が来庁し、届出に記載して欲しいところを説明して、帰ってもらった。
あの旦那さんはまだロビーにいる。
その三日後に母親が届出を出しに来た。
奥さんの心配をすると、今は実家で父親と兄夫婦と一緒に暮らしているから大丈夫だと言われた。
「ありがとうございます。心配してくださって。私、あの彼はちょっと怖い人だと思ってたのよ」
「あー・・・そんな感じ・・・あ、すみません」
いいのよ、若い人にもわかるのねぇ、と言って母親は帰っていった。
旦那さんはまだ帰らない。
[newpage]
「・・・ねえ、もう3週間になるわよ」
「そうですね・・・しぶとい」
「あの奥さんはまだ家庭子育て支援課での手続き残ってるって」
「あー」
あの旦那さんは毎日来る。あの奥さんとよりを戻したいのか知らないけど、いい迷惑だ。ロビーに座りたいおじいちゃん達が可哀想だ。
「奥さんには裏から入ってもらうようにする?」
「代理で申請とか出来ないんですかね?」
「本人じゃないとダメだって」
「なんかほかのやり方でやってやれや」
「こらこら口悪いわよ。私も思った」
「「あ、奥さん」」
こっそり入ってきたあの奥さんが私の元へよってきた。
「家庭子育て支援課って・・・」
「1番奥です」
「・・・あの人、まだ居るのね」
「はい。なので、裏口から出て頂いた方が良いかと」
「そうですね・・・ありがとうございます」
奥さんはそそくさと奥へと向かう。
しばらくして、奥さんがまた寄ってきた。
「裏口は・・・」
「こっちです」
案内しようと席を立つと、奥さんを連れて歩き出した。
「叶実ちゃん!」
先輩の叫び声ががきこえた。
振り返ると旦那さんがこっちへ走って来ていた。
「待て!」
「うわあああ逃げて逃げて!」
奥さんを近くの課の中へ入るように促すと旦那さんに向き合った。
「庁舎内ではお静かに願います!」
「どけ!」
「警察呼びますよ!?」
「うるせぇぇ!!どけぇぇ!」
「叶実ちゃんいいから!警察呼んだから!離れて!危ないから!」
先輩が私に向かって叫んだ。
旦那さんはナイフを持っている。それで奥さんを殺そうとしていたのかもしれない。なんてヤンデレだ。
「ヤンデレるなよ!離婚はアンタのせいだろ!」
「なんだと!?」
つい本音を口に出してしまった。
旦那さんはナイフを振りかぶってそのまま、
「きゃあああああ!!」
「取り押さえろ!」
ようやく来た警察が旦那さんを連行していく。
その姿を呆然と見つめていた。なんだか胸元が熱くて、体から力が抜けていく。気が付くと、床に倒れ伏して自分の頬に赤いぬめぬめした液体がべっとりと付いている。
今日の服白いのに、ケチャップこぼしたら後でめんどくさいな・・・。
あれ?ケチャップじゃないな。
これ、血だ。
「叶実!」
聞いたことのあるような声がして目線を上に向ける。
「叶実!しっかりしろ!」
「ま、つだ・・・さ・・・」
焦った顔で私をのぞき込む彼に手を伸ばして笑って言った。
「松田さんだぁ・・・」
後のことは覚えてない。
[newpage]
松田side
「松田ってさぁ」
萩原が唐突に俺に話しかけてきた。なんだうるさい。報告書書いてんだよ。邪魔すんな。
「叶実ちゃんのこと好きなの?」
口に含んだコーヒーを吹いた。
高崎叶実に出会ったのは1ヶ月ほど前だ。後輩と役所に行った時、後輩に辛辣な対応をしていたことを覚えている。まあ、あれは後輩の態度もあんまりよろしくはなかったが。
ある夜、警察学校で仲が良かったやつらと飲みに行った帰り、そいつは後ろを着いてきていた。
声をかけたのは、何故俺たちを観察していたのか分からなかったから。
叶実はどうして気付いたの?って顔をしてた。
その後、叶実を家まで送る最中、未成年だと知った。何かあったら連絡するように連絡先を交換したのは心配になったからだ。
叶実は年の離れた妹のようだった。
たまに大人の顔を見せる、幼い妹。
デートに誘った時も、フリフリのついた可愛らしい格好をしていた。
海に浮かぶ夕日を見ていた彼女は綺麗だった。何を思っているのか、憂いを帯びた表情をして、俺と出会えて良かったと言った。
俺も良かった、と呟くと嬉しそうに可愛い笑顔を見せた。
その後に誘った飲みの席では、叶実は緑川ばっかり見ていた。
目をキラキラさせて、頬を染めて。
何故かムカついた。無理やり叶実の顔をこっちへ向けるとそれを見た萩原がニヤニヤと笑っていた。
いつもの様に叶実を送っていく。叶実は申し訳なさそうに着いてきた。
「叶実」
諸伏や萩原が叶実を名前で呼んでいたから、俺も名前で呼んだ。
「はい?」
「いや、なんでもねぇよ」
呼んだだけだ、と心の中でこぼして、叶実の手を取った。
萩原の彼女も一緒にいつものメンバーで飲んだ時も、叶実は諸伏に懐いていた。
諸伏も降谷も叶実の両側に座って世話を焼いている。
その光景を見続けるのが嫌で、10時になったのをいいことに叶実を強引に連れ出した。
「早く大人になれ」
子供らしくするのをやめろ。早く大人の女になってくれ。
俺だけに甘えればいい。
俺以外の男に世話を焼かせるな。
「・・・それってさぁ叶実ちゃんのこと好きってことだよな」
「・・・俺はロリコンじゃない」
「確かに叶実ちゃんって子供っぽいけどロリっ子って歳じゃないでしょ」
「・・・いや、さすがにあいつからしたら俺なんておっさんだろ」
そんな会話をしていると、役所に刃物を持った男がいるとの通報が入った。
叶実の勤める役所だ。
現場へ急行すると、叶実が血溜まりの中に倒れていた。
「叶実!」
「ま、つだ・・・さ・・・」
俺の姿を見て叶実が手を伸ばす。その手を握りしめた。
「叶実!」
叶実は安心したように目尻を下げた。
「ま、つ、ださ・・・だぁ」
そのまま、意識を失って俺の手から叶実の手が滑り落ちていく。
「叶実!!」
救急隊員が叶実を連れていくまで、俺はその場から動けなかった。
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モブの中のモブと松田さんのもだもだなお話。<br /><br />無計画で書いてるから設定とかそんなにない。尻切れトンボだったり、キャラの心情とかめちゃくちゃだったりします。すみません。<br /><br />警察学校組についてはpixivとかそういうネット知識しかありません。役所の話は本当です。殺人事件とかは滅多にありませんが。<br />時間軸的には組織壊滅後。みんなさりげなく生きてます。
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モブ中のモブの話5
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118617#1
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こちらはコナン世界に転生しちゃった人のお話です。
「この配役は納得いかない」と解せぬしたまま原作突入したら、あれ?ってなるお話し。
以下の点にご注意ください!↓
捏造・ご都合主義万歳。
転生さんの中身は成人済み女性で、例のごとくオタクで有知識です。
大体の知識はあるということで。
キャラクターの性格改悪、改変、その他キャラ崩れ、崩壊があるかもしれません。
主人公サイドへのヘイト・厳しめが入ります。
ジンさんが潜入捜査官であるという前提設定をご承知の上でご覧下さい。
読んでみて「これは駄目だ」と思ったらブラウザバックをお願い致します。
[newpage]
齢七つにして前世の記憶を思い出した。
「七つまでは神のうち」とかなんとか言うらしいし、私はどうやら神様におちょくられてしまったらしい。
工藤新一という弟がいて、工藤優作が父で。さらに母は毛利蘭を我が子以上に可愛がっている。
もう間違いないなあと遠い目をする私に、弟が飛び掛るようにして「遊べ」と訴えてくるのを苦笑いで受け入れて、流されるまま砂場に飛び込んだ。
姉弟二人で作り上げた砂のお城は完成して数秒で毛利蘭によって破壊されたが、何故かそれが楽しかったらしい弟はまたも砂を固めていて。
ただただ崩れたお城を呆然と見つめる私に声をかけてくれる人間はいなかった。
「あー、うん。なんとなく理解した」
この世界は私に対して優しくない。多分そうだよね。そんな設定があるから私に記憶がブッ込まれたのだろう。
記憶を取り戻して僅か一時間程度の期間で血縁者である家族を見限ってしまうような私が、なぜ選ばれたのかは分からないが。
とにかく、どうせ悲しい思いをするなら一人の方が楽だと思い知った私が、完全なインドア派になるのは当然のことであった。
インドア宣言を両親にしっかりと発して以降、私は弟がどれだけぐずろうが外へは行かなかった。
たまに父の外出には着いて行くものの、母や弟とは絶対に外には出なかった。私への扱いがよろしくないと感じるのだから仕方ないね。反論は受け付けます。
完全なるお父さんっ子になった私を、父は複雑な表情で甘やかしてくれる。
どうやら私が母と弟に対してマイナスな感情を持っていることに気付いている様子。ならば何故助けてくれないのか。
父に対しても疑問をもつが、それ以上に残念な家族がいれば「まだマシ」だと思う父に引っ付くしかない。
おかげさまでマジシャンと小説家の仕事に興味を持つことになって、その仕事を目指すことを理由に更なるインドアを徹底するようにした。
こうなると目指すものありきという理由がつくことで母が私から手を引いてくれて、母という味方の消えた弟も静かになったので万事順調。
完全に弟と毛利蘭の交流を余所事として認識しながら私は成長することになったのである。
知識にある原作まで十年以上の時間があることを知っている私は、時間軸を大事にしながら日々を過ごすことにした。
ここで疑問だろうキャラクターの救済についてお話しようと思う。
結論として「救済は行わない」ということを初めにお伝えする。いくら工藤家の血筋であっても人間出来ることと出来ないことがある。
記憶が蘇ると同時に人格までINしてしまった私のスペックは一般人より知識がある程度。
小説家を目指す子ども、というには本格的な知識があるというくらいの現状で救済など無理だ。
持っている知識を誰かに話せばいいと思われるかもしれない。
しかしそれを信じてもらうのにどれだけの努力が必要だろう。想像するだに大変だと思った。
疑われるのを前提とした対策が必要になるのだから、そこから信じてもらうための言動ありきとなることを忘れてはいけない。
よくある二次創作のような「君が嘘を吐いているとは思えないから」とかなんとか言ってすぱっと信じてもらえるなど笑止千万。
疑いに疑いを掛けられて言葉通りの出来事が起こった上で、その出来事を意図的に起こしていないことの証明までが必要だ。
そこまでして信じてもらえる可能性は五分に届くかどうか。それくらいには荒唐無稽なお話しでしかないことを私は知っていた。
小説や妄想と違って、この世界は私にとっての現実だ。一番信じてくれると感じるべき父ですら不安を煽ってくるのだから無理な話である。
妄想では考えるよ?
萩原さんと松田さんをどうにか助けて二人がわちゃわちゃする中にサンドイッチされたいとか。
スコッチさんが助かった先で降谷さんとか風見さんも交えてまったりしたいとか。
伊達さんが助かってくれて、幸せな新婚生活に混じってみたいとか。
思いはする。だが現実が私に優しくないのにそんな妄想を叶えることが出来るわけがない。
もしも実現しようとした場合、助けた相手に社会的に殺される可能性だってあるわけだから、下手に動かないのが吉である。保身大事。
ということで。この世界の過去は原作と全く同じになると思って生きていくつもりです。罪悪感?あるにはあるけど自分が可愛いよね。
イケメンを助けても幸せになれると確信出来ないのだから、何も知らないフリをしているのが一番だ。
さて、救済関係はここまでとさせていただく。私は動かない、そうご理解いただければそれでいいのです。
問題があるとするなら生活しにくい家庭環境くらいしかないような、そんなどこにでも居るような子どもとして生きていくことにしたのである。
[newpage]
時間は飛んで原作に入った本日。
何故か弟と毛利蘭のデートに無理矢理連れ出されている現在、全力で泣きたい事案が起きている。
こそこそと弟と話す内容はこんな感じだ。
「ねえ新一、戻って警察に連絡しましょう?私達に出来ることなんて何も無いってば」
「大丈夫だって!姉さんは携帯で動画撮ってくれ」
「いや、流石に犯罪は犯したくないから」
「ちょっと景色を撮影するだけだって。大丈夫だから」
「そんなわけないでしょう、お馬鹿さん」
「ほら携帯これな。早くやってくれ」
「お願いだから話を聞いて」
連れて来られた遊園地。ジェットコースターで起きた殺人事件。
その場に居たサングラスのレスラー体型と銀髪の長身美形とくれば、どうなるか分かりきったものだった。
弟が平気で喧嘩を売っていくスタイルだったため、姉である私は彼らが睨んでくる度に深く頭を下げて言葉無く謝罪を繰り返した。
銀髪さんは無視してきたけど、サングラスさんは困った顔で会釈してくれた。意外にいい人である。
接触らしい行いは自らの死亡フラグだと分かりきっているために直接の謝罪はしなかったが、どうか私のことは忘れて欲しい。
そう思っていたのに。
現在こうして弟と共に死亡フラグの現場に立つことになっているのが解せぬ。
帰宅前に見かけたサングラスさんを私は無視したのに。銀髪さんの後姿が見えたのも弟には黙っていた。
それなのに弟ときたら、類稀な視力で見つけたらしいサングラスさんを追いかけるのに私の手を引っ張ってきたのだ。
いくら逃げようとしても駄目だった件について、私はもの申したい。
嫌だも離しても帰宅しようですら効き目がなかった。力ずくが通用しないインドア派を後悔したのはこの瞬間が初めてだった。
心の中で泣きながら引き摺られていった先が現在地である。
きっと弟の視線の先では闇取引を行っているどこぞの社長とサングラスさんがいるのだろう。私の位置からは見えないが。
いっそ弟を放置して逃げようかと考えて、バレないように振り返った所。絶望が待ち構えていた。
首を傾げる銀髪さんだ。
「あ……」
一瞬で息が出来なくなって、意味の無い音が口から零れる。睨まれていないはずなのに圧迫感が酷くて目眩がした。
やっぱり漫画と現実は違う。弟は背後から攻撃されるまで気付いてなかったから平気だったのだろうけれど、正面きって対峙していられる相手じゃない。
ぽろりと目から雫が零れ落ちる。
恐怖とか混乱とか色々な要素が交じり合って高ぶった感情の行き場が涙になったようだ。
声を出してはいけないと無意識に口元を両手で覆い隠す。息が苦しいままだがそんなのは本能が出す警告より弱い。
悪意があると思われてはいけない。何かの情報を持っていると思われてもいけない。
たったそれだけを考えて動かない私に、銀髪さんであるジンはそっと近付いてきた。
私と彼の間に落ちていた鉄パイプをそっと拾い上げたジンが、私の背後へ視線を飛ばす。
そこには取引場面を夢中で写真に収める弟が居るのだろう。目の前まできた綺麗な顔が歪んだ。
「お遊びはお終いだ」
この言葉で自分の死を確信して更に涙が溢れる。
死にたくないと心底思うけれど、それ以上に嫌だと思ったのはこの世界の知識を知られること。
拷問だとか尋問だとかされて黙っていられる気がまったくしなかった。
世界にとって必要なのは私ではなく弟や世界の中心地にいるだろう人達で、きっと私はこの場での死を望まれているのだろう。
どう足掻いてもジンから逃げられる気がしないし、立っているのでやっとな足は動かない。
なんらかの望み通りになりたくはなかったが、それでも拷問なんて受けてまで生きていたいとは思えなかった。
ごっ、と重たい音を立てて振り下ろされただろう鉄パイプ。綺麗な銀髪は私の横を通り過ぎた。
これだけの音が出たにも関わらず脳に欠片も影響を残してないのだから、流石は主人公と言うべきか。
ぼそぼそと背後で男性の声が聞こえるが、何を話しているかは分からない。
が、記憶は弟が薬を飲まされていると教えてくれる。助けに行けるくらいならこの場から逃げてるから、この流れを変えるのも不可能だろう。
びくびくと怯えながらその場に佇んで涙を流す。
押さえた口元から音が漏れそうになるのを何とか堪えて、目の前に戻ってきた銀髪さんに精一杯の訴えをすることにした。
ジン以外に気配のないその場で、私は震える手を口元から離してこう願いでる。
「お願いします。大人しく死ぬから、出来るだけ苦痛のない殺し方をしてください」
「………いいだろう」
目の前で取り出された薬品カプセルとシンプルな水筒。
弟と同じ薬を飲まされるのかと考えて、これは確か苦痛があるんじゃなかっただろうかと首を傾げた。
疑問に対する答えなどもらえる訳も無く、私は何故か口移しで薬を飲まされて気を失ったのである。
ジンって、こういう行動するようなキャラだったっけ?
[newpage]
はっと気付いたのは遊園地で気絶してからどれほどの時間が経過してからか。
死ななかったことを喜ぶと同時に幼児化したのだろうかと自身の身体を確認する。
見下ろした身体に異変はなく。むしろ遊園地に行った時のままの衣服をサイズそのまま身に着けていたのだから幼児化の線は消えた。
そろりと横になっていたベッドから立ち上がって移動する。
どこかのマンションのような作りの部屋には窓が一つだけと、出入り口が一つ。
窓から見える景色は随分と高い位置にあるから、高層マンションだろうかと首を傾げた。
きょろきょろとあちこちを見て回った所、ワンルームのような作りの部屋だろうと理解できたのだが。
何故そんな場所に居るのだろうかと疑問が浮かぶ。答えが無いのは分かりきっているけれど、考えることを辞めるのは勿体無かったもので。
いかんせん私は小説家志望の大学生である。
こんな、不思議が入り混じる現実を体験できるなど中々ないことだった。転生については例外とする。物語にするつもりはあるけどね。
上手く描写できるようにとじっくり隅々まで観察して記憶に刻んだ。
おっと、出入り口に鍵が掛っていた事のお知らせを忘れていた。そうでないとここまでのんびりしてはいないよ流石に。
出入り口には内側から開けられない鍵、窓は嵌め殺しで開かなかった。
広い一室にはテーブルと椅子のセットにソファとベッド。奥にある隙間には冷蔵庫が挟まっていて、中には目一杯に飲み物が敷き詰められている。
出入り口とは別に二つあった扉の向こう側はお風呂とお手洗い。
これら全てに必需品の備え付けがあったから面白いものだと思う。女物の下着まで完備していた。用意したのが男だと笑えるだろうか。
衣服の着替えが全て真っ白だったのは更なる不思議を呼び起こしたが、用意するのが面倒だったに一票投じたい。私がそうだしね。
一通り見回って満足したところで、思いついたストーリーを文字にして残したい欲求に囚われる。
確かベッドの近くにメモ帳があったかと手を伸ばしたタイミングで、出入り口の方向で音が鳴った。
「ひえっ」
誰か来る可能性を全くもって排除していた思考回路が悲鳴を上げて、そのまま口から滑り落ちる。
びくりと飛び上がって出入り口を見れば、出入り口の足元にあたる一番下のスペースが四角の形に口を開けていた。
こう、ペットの出入り口みたいな感じである。人間が通り抜けるには少々無理がある程度の大きさだ。
特に声がかかるわけでもなく、電子機器の音が鳴るわけでもなく、そのスペースからそっと食事の乗ったプレートが押し込まれる。
なんとその食事、とても美味しそうな和食であった。
「お、おおう」
湯気が立っている白米さんに、ツヤツヤと光を放つ照り焼きのお肉、蓋の掛けられたお椀は味噌汁だろうか。隣にあるサラダもキラキラして見える。
興味のそそられるまま近付こうとすると、開いていたスペースが無音で元通りになった。境目が全く見えないのが不思議だ。これも面白い。
わくわくして食事のプレートを持ち上げてテーブルに持っていく。蓋の付いたものは二つ、一体何が入っているのか。
そっと開いたお椀の一つは茶碗蒸しで、二つ目は期待通りのお味噌汁だった。
大変美味しそうなそれらの香りを一杯に吸い込んで恍惚の溜息を吐く。
よくよく考えるとお腹が空いていたようだ。小さく鳴った腹の虫に苦笑を一つ。
セットで置いてあったお箸を手に取って、元気良く食事の挨拶を口にした。
そういえば、この部屋に時計がないなと気付いたのはそれから実に二十回程食事をもらってからのこと。
時計のない部屋での生活はとてものんびりとした穏やかなものだった。
欲しいものがあればそっと口にするだけであの出入り口からプレゼントしてもらえる。
オフラインのパソコンに筆記用具、お気に入りの紅茶とティーセットなどと多くのものを提供してもらっていた。
この事実を持って、盗聴や盗撮の可能性には目を瞑ることにしてる。
自分が味わっている現実を舞台にフィクションを描く作業はとても楽しい。
どんな結末にしようかと悩みながら書いているから、結末が決まり次第内容に手を加える所存である。
一応物悲しいのは苦手だから明るい方向で軟禁生活を楽しむサイコパスのお話になりそうな予感です。現実も似たり寄ったり。
工藤家と周囲の人間に関わらない生活のなんと心穏やかなことか。
誰かしらが私の生活を見守っていると考えると監視に対して不快に思わずにいられるよ。たぶんね。
のんびりおだやかに。そしてちょっと可笑しく。たまにサイコパスになりつつ、私の一年は終了した。
唐突だと思った?私もそう思った。
時計がないと時間経過に対してとても鈍感になるのだ。その上で製作活動しているから特に時間にはルーズになる。
気付いたら食事の時間になってるなんて数えるのも面倒なくらいに経験した。
実はね、私の見守りしてくれてる誰かが心配してくれたのか、食事の時間に音楽を流してくれるようになったのだ。
執筆が流れに乗ると意識が文字打ちに集中しちゃって食事が寄越されても分からなかった。
気付かないまま冷えた食事を口にすること二回くらいで、爆音と共にお食事の提供がなされて泣いた。心臓止まるかと思ったからね。
泣かせるつもりは無かったらしく、それ以降は丁度いい音量を探りつつの食事提供となる。
そういった経緯で私の今日までの食事事情は守られた。
さて終了した一年についてだが。
なんと新聞にて知る事になった。一面のタイトルは「帰ってきた高校生探偵」、なんとなく察していただけたでしょうか。
恐ろしいことに弟が幼児化していた間に巻き起こした事件や事故の全ては隠蔽されることになったようです。恐ろしいね。
得意満面な顔で写真に映っている弟と、その弟の行いを隠蔽した両親に寒気がした。
無知は罪だ。罪を罪と知らないまま大人になるだろう弟とは関わりたくない。
真っ青になってそう言葉を溢した私を、見守ってくれていた誰かが哀れんでくれたらしく。
希望するならこのまま居座ってもいいとまで言ってくれたのだ。
言う、というのは語弊があるか。手書きのメモをくれた。日本語で書かれたメモは私の宝物になる。
当然ながら私の返事は「お世話になります」の一択のみ。製作した物語を外に出せないのは残念でも、身の安全を優先するのは当たり前だった。
終了した一年から次の一年へ移行した私の生活は、なんとも吃驚な人物のお陰で波乱万丈に花開くことになる。
その波乱万丈を小説化した作品が、後にベストセラーを取っただけでなく映画化にドラマ化・アニメ化と物凄いヒットになったことはここだけの秘密だ。
[newpage]
黒の組織の壊滅作戦。
各国の諜報機関や捜査機関を纏め上げた敏腕刑事は、ICPOから派遣された事実上の現場主任らしい。日本人であることから馴染むのは早かったか。
世界的に暗躍してきた組織であることから今最も力を入れて摘発したいのだろうと、嫌でも感じさせられる気迫を見せられた。
しかしそれだけの力を入れているにも関わらず、作戦の一週間前になっても潜入捜査官が合流しないのは可笑しいと疑問の声が上がる。
全ての機関から潜入中の人間については情報開示されているのに、もしやICPOから潜入者はいないのだろうかと不安が過ぎった。
このままでは内部分裂も起こりかねないと纏め役の刑事へ直談判したところ、こういう返答が返ってくる。
「作戦に向けて内部情報を前日まで届けてくれる予定だからな。作戦開始前には顔を出させるよ」
どうやら潜入捜査官はきちんといるらしい。
確かに緊急的に任務が入って日本を出ることになった幹部や下っ端についての情報がリアルタイムに届いている。
ハッキングか何かでの情報だと思っていたが、潜入捜査官からのものだったようだ。
それならば当日を楽しみにしていようかと、集まった人間の殆どが笑顔で解散した。
「ふう、まさか今更になって捜査官について疑問がでるとはな。普通は合同作戦が決まったら直ぐ聞き出すものじゃないのか?」
立ち去る人々の背後で、纏め役の刑事が冷たい目をしていたことには誰も気付かなかった。
そこから数日。
ようやく整った態勢を細かくチェックして迎えた作戦当日。纏め役である刑事が会議室の中で声を上げた。
「準備は整った!これより作戦の最終確認に入る!が、その前にうちの担当者を紹介しておこう」
皆が待っていた言葉だ。
ICPOが送り込んだスパイは誰なのか、ここにきてようやく知ることができると期待が膨らむ。
早速呼んで欲しいと思っていたが、その前にと注意事項が告げられた。
「いいか、誰がこの会議室に入ってきても動くなよ。派手に動いたらその時点で死んだと思え。わかったな」
その理由について教えてもらうと、初めの潜入からすでに十年以上経過していることから、悪意ある動きを見ると殺意が先走ってしまうらしい。
悪意があっても動かないならスルーされると。そういう理由から「動くな」という話しだということだ。
随分と妙な言葉だと長年潜入していた数名が顔を見合わせるが、保険だと言われれば反論もない。全員がしっかり頷いた。
ならばいいと満足そうな刑事が手を上げて、腕に巻いていた時計を弄る。
数秒後にノックの音が響いて、刑事が言葉で入室の許可を出した。
ゆっくり開かれた扉の向こうには、全員が想像しなかった恐ろしい人物が立っていたのである。
「ジン!」
この名前を口にしたのは誰だったか。
動くなと言われた言葉に従おうなんて考えるまでもなく、その場にいる男の気配に圧倒された。
これまで見てきた男は何だったのかと思うくらいには重たいプレッシャーが、胃に圧し掛かる。
屈してなるものかと耐える人間は少数派で、残る殆どが顔面を蒼白にして震えていた。
なんとか気合で乗り切れている少ない中の一人が声を上げる。
「もしや、彼がICPOの………?」
「そう、こいつがうちのスパイだ」
気付かなかっただろう?と得意気に笑う刑事が憎たらしい。
それが本当だと心のどこかで理解しながら、「納得いかない」と憤る気持ちがあった。
何故スパイだと分かった人間を殺した、何故助けてくれなかったのか。理不尽な怒りの気持ちが込み上げる。
スパイとして潜り込む上で必要な行いだとわかっていても、どうしても駄目だった。
複数の捜査官同士で視線のやり取りをする。
「何故スコッチを助けてくれなかったのか」
「何故明美を殺したのか」
「父を殺さずにいられたのではないか」
「毒薬を飲ませずに逃がせなかったのか」
などなど。募る怒りはそれぞれにある。口にしないだけの理性はあったが、納得いかないのは許して欲しい。
まさか組織のトップファイブに食い込む人間がスパイだとは思うまい。
なんとも驚きの人員に、その場の全員が言葉を失った。
そんな彼らの様子を確認して、ことの原因の一つである刑事が口を開く。
「よし、自己紹介も要らないみたいだし。早速作戦会議始めるぞ!」
空気を読まない発言は遠くへ意識を飛ばしていた人間を綺麗に引き戻して現実と直面させ。
スタスタと刑事の隣に並んで計画書に目を通すジンに目眩が募る。
「やだカオス」
日本警察の誰かしらがこんな言葉を口にしたのが聞こえて、確かにその通りだと同意した人間が、一体何人いたことか。
理解し難い現実に頭を抱えながら、会議室の全員が作戦の会議に意識を集中していったのだった。
思いがけずジンのお陰で集中力が格段に飛躍したのは秘密の話しだ。
[newpage]
「いいか、幹部になるまで連絡はするな。お前の命に関わるからな」
「わかった」
「それと、一人でいいから協力者を捕まえろ。時間があるなら手ずから育ててもいいだろうな」
「そうか」
「そんでもって、緊急連絡はこれ。お前の命を守るための連絡先だから、忘れるなよ」
「ああ」
「他は自分でどうにかしろ。それが出来なきゃどうせいつか死ぬだけだ」
「了解」
こうしたやり取りを最後に訓練所から巣立っていった銀色の雛鳥は、脅威の能力でもって一年もせず烏の幹部に昇格した。
何をどうやったかなど烏達の行いを見れば明らかだ。だがそれでいい。
全容を掴み、確実に仕留められるだけの心臓を見つけるまでは烏に染まるための行いが必要だ。
そのために何をしていようが、最後にこちらの望み通りになればいいのだから。
しかしまた、一緒にいるらしい男のなんとドジなことか。
これが恐らくは雛鳥の協力者なのだろうが、それにしてもと言いたくなる程度には雛鳥の足を引っ張っている。
まあそのお陰で雛鳥の方がフォローに回ってスパイの疑いを晴らすだけの行いになっているらしいが。
でも近々緊急連絡があるんじゃなかろうか、と考えた教官と呼ばれる男はそれから九年もの間を緊急連絡係として開店休業することになるとは思いもしなかった。
待ちに待った緊急連絡が来たのは、組織壊滅作戦が行われるより一年ほど前のこと。
その連絡に「やっと仕事が出来る!」と喜んだ男に告げられたのは一人の一般人の保護だった。
これまで一度もそういう行いをしていなかった雛鳥の言葉に自分の耳を疑いつつ、雛鳥に言われるまま向かった場所には倒れ込む女の子の姿。
「おいおいマジかよ」
えっ?あいつ年頃の女の子を外に放置したの?本気で?
自分が僅かでも遅かったら大変なことになっていただろうに。どういう神経してやがる。
慌てて掛け寄って呼吸を確認すると、ただ眠っているだけだと分かった。特に怪我をした様子もない。一体なにがあってこうなったのか。
詮索出来るだけの力もないからして、男は一人眠る少女に謝罪してから華奢な身体を持ち上げた。
連れ帰った少女は眠ったままの状態で隔離施設へ保護することになる。
目覚めたらどうやって説得しようかと室内へ通じるマイクを手に考え込む。
年頃の女の子が目覚めたら監禁されてましたって、小説でも見ないような陳腐なネタでしかないだろう。
そんな状況に立たされた子へ、保護していることをどう納得してもらうか。
男はこう見えて教えることが得意だ。だからこそ危険の多い職場に就職する人間への指導を行う立場になった。
が、指導と説得は別物である。
男は説得するのが壊滅的に下手だった。
まさかこんな仕事をすることになるとは思いもしなかったと絶望するような気持ちで監視カメラを覗き込んだ。
心配や悩みが杞憂だと気付くのは早かった。
目覚めた女の子は自身の身体を確認するだけで室内の散策を始める始末。
しかも出入り口と窓が開かないと分かった途端に一息つくかのようにソファに座って落ち着いてしまうのだから、男は呆れて言葉が出ない。
「最近の若い子って皆こうなのか」
これでは下手に説得の言葉を掛けるより何も知らせないままの方が上手くいきそうな気がする。
説得が壊滅的に出来ない男は、早々に自ら言葉をかけることを諦めて言葉なしに保護した女の子を見守ることにしたのだった。
そこから始まったのが、女の子と男とのハートフルな一年ではなく、男の心を抉るだけの一年であったことをここに記しておく。
ちなみに、提供した食事は男の妻が作った自慢の郷土料理であり、また家族の吉報に絶望の表情を見せた女の子に同情したのも男の妻である。
とても、心から残念なことに、慎み深いはずの民族である男の妻は、男の数倍は夫婦間に置いての権力を持っていた。
鶴の一声、という言葉をご存知だろうか。男がそれに逆らえた試しはない。
[newpage]
さて、記憶にあった一年が終了して暫く。
私の生活を見守ってくれていた誰かさんとは面会しないまま軟禁?監禁?部屋から脱出することになった。
始まりは事も無げに開いた出入り口の扉。
その時の私はお昼ご飯を美味しく頂いていたところだった。
とても見覚えのある顔に、目を開いて驚くしかない。
「いくぞ」
綺麗な銀髪に緑の瞳。
どこをどう見ても黒の組織のジンなのに、着ている服が上下ともに真っ白だから見間違えるほどに別人に感じた。
その彼が、私の目の前で手を差し出している。
とりあえず口に入っている卵焼きを飲み込もうともぐもぐしていたら、膨らんだ頬をジンの指が押しつぶしてきた。
危うく中身が飛び出るのを堪えて抗議の声を上げる。
「むむ」
「さっさと喰え」
そのままむにむにと頬を弄られるのを我慢しながら卵焼きを飲み込み、空になった口に麦茶を流し込む。
一心地ついたところで口を開いた。
「えーと、どこに行くんです?」
「外だ」
「そうですか……」
地名とか建物の名前とか教えて欲しかったな、と心の中でだけ言葉にして頷く。
毎日きちんとした服装をしていてよかったと自らを褒めて、唯一大切だと思うパソコンだけを掴んでジンのあとを追った。
案内されるまま進む道はなんだか真っ白い病院のような作りの建物の中で、一本道の左右に随分と距離を開けて扉が設置されている。
誰かしらが中に居るらしいと分かるプレートが掛っているが、気配は全くわからない。
きょろきょろしながら背の高い後姿を追いかける。大きな扉を潜れば、その先には晴れた空が広がった。
何かの施設に自分が居たのだと理解は出来たが、それ以上に分かったことはない。
きちんと歩けない私の速度に合わせてくれるジンの優しさを感じながら、久々に触れた外の空気に口元を緩める。
風に当たるのも久しぶりで、にこにこしていると自覚しながらジンへ声を掛けた。
「風が気持ちいいですね!」
「そうか」
「なんだか空気も綺麗な感じ」
「ああ」
「ここ何処ですか?」
「………さてな」
「えー」
物凄くフレンドリーな感じで接したけど怒られなかったことに吃驚しながらジンの隣に並ぶ。
彼の顔を見上げるとちらりと見下ろされて視線が絡む。
初めて会った時と比べて、威圧を全く感じないことが不思議だった。
「なんだ」
「どうしてか、恐くないなーって」
「ほお?」
「優しいから?」
「知らんな」
「ですよね」
答えがあるわけがなかった。
それでもニヤリと笑う表情がとても格好良かったから、ちょっとお得だなと頷いて歩き続ける。
辿り着いたのはコマーシャルなんかで見てた高級車で。ちょっとデザインが違ってたからもしかしたら最新車種なのかもしれない。色はブルーだった。
銀髪と真っ白な服に車のブルーが映える。
右ハンドルみたいなので、現在地は日本だろうと安心しながら後部座席の取っ手に腕を伸ばした。
「おい」
「あ、はい」
「お前はこっちだ」
「え、あれ?」
取っ手を掴む前に私の手を取ったジンが、さっと私の腰に手を回して助手席へ連れて行く。
自然とエスコートされてしまった。全く違和感がなかったし、自分の意思で歩いていないような感覚がとても面白い。
助手席のドアは私が腕を動かす前にジンが開けてくれて、しかも頭を打たないようにって腕で入り口の上部をガードしてくれた。
なんだ、こんなのレディファーストどころかフェミニストじゃないか。とても素敵でいいと思います。
てれてれしながら助手席に座ってシートベルトを締める。
彼がきちんと止め具が機能しているかを確認してから助手席のドアがその手で閉じられた。
そのまま目の前を横切って運転席に乗り込んだジンは、ぽいっと何かを私の膝に投げる。
「ん?」
「顔を隠しておけ」
「はーい」
膝に乗ったのは幅広のサングラスだった。
真っ黒な見た目なのに、掛けた視界にはっきりとした景色が見える仕様らしい。マジックミラーみたい。
サングラス越しとサングラス無しの世界を楽しんでいたら、隣の席から溜息が零れる。
行動を止めてそちらを見れば、おもむろに彼の利き手が伸びてきた。
一体何をされるのかと動かずに待っていると、くしゃりと私の頭をなでてくれる。
「遊ぶのは目的地に着いてからにしろ」
「了解です」
怒ることなく、ただただ穏やかな音が耳に入った。
絡まる視線に負の感情はない。もちろん、プラスの感情も見えないけれど。
悪意を向けられていないならそれだけで御の字だと言葉無く笑って、こっそりジンの手の平に擦り寄ってみる。
一瞬だけ動きを止めた彼の手の平は、それでもすぐに動きを再開してくれて。少し長めに頭をなで続けてくれた。
私が満足したタイミングで離れた手の平が流れるようにハンドルを握って、エンジンが掛けられる。
するりと動き出した車は、そこから随分と長い時間を掛けて米花町に入って。
吃驚するくらいの豪邸の地下車庫へ入ることとなった。
何やら車の窓から手続きしているジンを待つこと数分。
真っ暗だった車庫の中に明るいライトが灯って、周囲をはっきりと照らし出す。
そこには、いくつもの扉が存在する円形の広場が浮かび上がっていて、それぞれの役目にあたるだろうプレートが掛っていた。
お手洗い、風呂、寝室、私室、クローゼット、リビング、キッチン、書庫、書斎、倉庫などなど。
このフロアに全てあると言わんばかりのプレートに、上部にあった豪邸はなんだろうかと首を傾げる。
その疑問に気付いているだろうジンは、私の顔を見て笑うだけ。
「寝室と私室は好きな部屋をカスタマイズするといい」
「はあ、まあ、分かりました」
「基本はリビング待機、部屋同士の行き来もできる。室内でなら好きにしていい」
「はい」
「必要なものは後から揃えればいいだろう」
いくぞ、と一言残して歩き出すジン。向かったのはリビングのプレートが掛った扉だ。
全ての扉のサイドには小さな靴箱が用意されている。その中に靴を仕舞いこんでから扉を潜った。
内開きの扉を閉じれば、予想とは大違いの広々したリビングが広がっていて。
円形の作りであるためか扇形の室内が綺麗な調度品で整えられていた。地下だから窓はない。その代わりのように大きな換気口が見えた。
迷い無く進むジンがソファに座ったから、私もその隣に慌てて座り込む。
携帯を弄りだしたジンの邪魔が出来ないからと私はそわそわして終わりを待つことになった。
「どうした?」
ようやくこの言葉を掛けてくれたのは30分後。
落ち着いてきてるが質問したい気持ちをここまで焦らされるとは思いもしなかった。
ちょっと拗ねた気持ちで口を開いた私に、ジンが声を上げて笑うのは数十秒後のこと。
「お前、最高だな」
こんな言葉を貰うとは思いもしなかったが、これで気に入ってもらえたみたいだから結果オーライと思いたい。
ちなみに、この一時間後には和食を作り上げたウォッカ(推定)がやってきて「お久しぶりです、姐さん」とか言われたり。
食後に用意された書類に山ほどのサインをすることになった結果、いつの間にか黒澤さんとやらと結婚してしまってたり。
好き勝手に作り上げた寝室が、まさかのジンと共有するスペースになってたり。
通販が解禁された結果で私よりもジンの方が躊躇なく物を買う人間だと分かったりしたが、大きな問題はなかった。
唯一の問題を上げるならば、ウォッカ(推定)が私とジンの子どもを所望していることくらいだろう。
どうしてか「お二人の子どもなら俺に任せてくだせえ!」と気合充分に育児書籍を山ほど読み込んでいるガチムチの男。
その背中に「そのうちな」とまんざらでもない言葉を掛けるジンを見て思う。
「あれ?私このまま家庭を築くことになるの?」と。
嫌ではない。嫌なわけがない。
ジンはこの地下生活においてとても優しい紳士だし、ウォッカ(推定)の作るご飯は胃袋掴まれたくらい美味しい。
確かに旦那と雇われた家政婦のような関係の二人ではあるが、私ってジンの妻だったっけ?
首を傾げても答えはない。
ジンに直接聞いてもいいけど、返ってくる答えはなんとなく分かってる。
無駄な時間を浪費するつもりはないので、私は口を閉じたまま「出産、自宅、無痛」とグーグルさんへ質問した。欲しい答えは一切なかった。
無痛を求めるなら病院に行きな!!とグーグルさんに情報で叱られて、そっとそのブラウザページを閉じる。
そうか、自宅での出産は全て自力か。そうか。
軽い絶望が襲い掛かるがなんとか気絶は堪えた。私は苦痛にとても弱いガキんちょです。痛いのやだ。
全く外に出られない現状での出産に不安しかないが、どうなることやら。
もしも本気で私に子どもを生ませるつもりなら、そこははっきりさせてからじゃないと許さないぞ。と心に決めてジンを見る。
「なんだ、どうした?」
「痛いのやです」
「わかっている。任せろ」
慣れた耳は、ジンの声に篭る感情が「慈しみ」だとか「愛情」だとかであると知らせてくる。
表情だって柔らかく笑んでいるし、目なんてとろっとした甘い何かが見えるくらいだ。正直毒されてしまうだろうこんなの。
ちょっと熱のある耳を自らの髪の毛で隠しつつ、出産における苦痛の度合いを表現した一覧を突きつけた。
「コレを体験するくらいなら出産しないからね」
「ああ」
「本当だからね!嘘じゃないんだから!」
「わかっている、落ち着け」
「やだからね!」
「ああ、そうだな」
ゆっくり私の隣に座ったジンが私を広い胸元へ引き寄せて抱き締める。
きゃんきゃん吠える私に、愉快そうな声で返事をして背中やら頭やらをなでられた。
本当に分かってくれているのだろうかと何度も言葉を繰り返すが、ジンの反応は変わらないまま。
最終的にちゅっちゅとキスされて言葉を止められる始末である。
それでも喋ろうとしたらベロが絡み合って呼吸も難しくなったから、仕方なく口を閉じた。ぶすくれる私に笑うジン。
「最高の設備が整った場所で出産させるから、安心しろ」
「ほんと?」
「ああ。金ならいくらでもある」
「わあ、一生に一度は言ってみたい台詞だあ」
「夫が持っている、ならお前も言えるだろう」
「………私達、夫婦だっけ?」
「何度か教えたが」
「あれ?」
「俺とお前で『黒澤夫妻』だ」
「そうなんだ」
「………間抜けめ」
がぶりと鼻先をかじられる形で叱られる。
これ、あんまり痛くないけど「怒られたー!」って気持ちに凄くなるんだよね。なんでだろ。本能かな?
申し訳ない気持ちになりながら謝罪して、改めて妻としてよろしくお願いしますと頭を下げた。
ジンは笑いながら私を抱き締めてウォッカ(推定)にこう言う。
「三ヶ月で引き当てるぞ」
「わかりやした!」
「えっ、何を?」
この「引き当てる」が妊娠に掛っていたと気づいたのは、それから半年後のことである。
[newpage]
主人公の家族に転生して「解せぬ」って思ってたら原作序盤で退場して、原作終了したら悪役だと思っていた人に溺愛され(た上で囲われ)るお話。
転生主はジンさんが潜入捜査官だったことを一生知らないまま生きていきます。やっぱりこういうのは話さないものだと思いました。
当然転生主だって「悪い人だったのでは?」という疑問を口にすることはありません。
なのでウォッカさんのことは(推定)だし、ジンさんについても教えられた名前で呼んでます。
ウォッカさんはジンさんから「おい」って呼ばれ方しかしないから転生主は「どう呼びかければいいんだろう……?」って思ってる。自己紹介はなかった。
なのでお話したいときには目を見て話しかけたり、肩ぽんしてから話してます。
これ、ジンさんとお話するときに困りそうだけど困らないのがハイスペックジンニキの凄いところ。名前無くてもきっと分かってくれる。
多分名前呼ばせたくないとかそういうジンさんの独占欲的なアレですきっと。ウォッカさんは全て理解して受け入れてる。
このジンさんは裏側に顔を知られまくってるから内務に回されてます。とっても優秀だからネット環境さえあればどんな内務もどんとこい。
あの地下生活空間の上に作られた豪邸は全て囮です。
ジンさんやウォッカさんを目的に襲撃したら死ぬほど恐い目にあって捕まる運命。引き取り先はICPOか日本警察。
実は潜入捜査官でした!ってバラしてから後は組織壊滅で一番活躍した大スターになりました。とっても格好良かったはず。
後始末とかそんなの全部放り投げ、裏側でやったことの情報を欲しがる人々を軽く伸してさっさと転生主をお迎えに行きました。男前。
地下の生活空間ですが、組織壊滅の話が出るよりももっと前から自分の隠居場所として作ってた、ということでどうでしょう。
壊滅寸前に転生主を保護して「一緒に隠居すればいいか」と思ってくれてたらジンさん信者が大喜びします。
ウォッカさんは協力者としてというよりは、ジンさんの男気に惚れ込んでるから「一生着いていきやす!!」と。
自分の恋愛より兄貴と兄貴の子どもの未来に興味あり。「立派になってくだせえ!」って感じ。
もちろん兄貴が気に入った人間なら自分の姐さんだと自然とそういう流れになりました。
工藤家やその周囲の人々は転生主が死んだと思ってます。
だって始末した張本人であるジンさんとお供のウォッカさんが「殺した」って証言したらそうなる。二人で皆騙した。
事実を知ってるICPOはジンさんが隠居する上で裏切らないための楔として転生主についての情報を隠蔽してくれてます。
これを工藤家サイドが知るためにはICPOに所属する以外に手がない。
いや、もしかしたらルパンとかが「面白いことになってるww」って情報ポロリするかもですが。
きっと子どもが生まれても転生主は地下生活空間から出られない。出産のときだって「出産用」の部屋が出来ます。
親が関わる行事は全部ウォッカさんが変装して単体で行って「流石兄貴のお子さんですぜ!」って記録する。それと生中継。
子どもは絶対頭いいから「我が家はこういうもの」として受け入れて生中継してるカメラに笑顔で手を振る。「お母さん、見てる?」って。
この子ども、劇場版のヒロキ君が転生してても面白そうだけど、そこまでのお話は書けないためここだけのネタです。
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コナン世界に転生したら納得行かない転生先で泣いたと思えば悲しい出来事に巻き込まれちゃうお話し。<br />このお話ではジンさんも潜入捜査官です。<br />主人公サイドに対するヘイト・厳しめが入るかもなのでご注意ください。<br /><br />キャラクターに対する言葉や表現は作者が個人的に思ったままを記載しているに過ぎないため、不快に思うこともあるかもしれません。<br />その場合は不快感が増す前にブラウザバックをお願いいたします。
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ジンさんまでもが潜入捜査官だったら?
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118700#1
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奉仕部にわんにゃんコンビが出来た翌日、俺はいつものように一人静かに机に伏していた。いや、別に話す相手もいないし必要もないからね。と、そこでふと視線を感じた気がして顔を上げた。別に自意識過剰じゃない。ボッチは逆に一目に敏感になってしまうのである。
「……川……え?」
顔を上げて視線を感じる方へ目をやると川なんとかさんがいたのだが、疑問符を浮かべたのには理由がある。いや、だって彼女の頭に帽子があるんだもの。それが意味する事はそういう事で、でも何故俺を見ているんでしょうかね?
「っ!?」
すると俺が見てると分かったのか、一瞬だけ向こうが帽子を取った。そこに見えたのは柴犬っぽい耳。だけど、それはすぐに帽子で隠されてしまう。ていうか、見えた一瞬でも分かるぐらい激しく動いてたんだが。あれ、どういう事だ? 興奮、なはずないし、であれば喜び? だが何故?
「……放課後、部室に来るんだろうか」
向こうが俺にあれを見せた理由は分からないが、もしあるとすればきっとそういう事なんじゃないかと思う。奉仕部への依頼としてあの症状を治す、もしくは治せるかもしれない方法を見つけて欲しいとか。何せ、由比ヶ浜が同じ症状なのを彼女も知っているはず。なら、既に俺達がそういう行動を起こしていても不思議ではないし。
「……軽く調べてみるか」
小町が困った様子はなかったし、雪ノ下や由比ヶ浜も何も言ってこなかったために対応していなかったが、一応俺なりに調べてみるべきか。もし、万が一厄介な事があったら困るしな。そう思って俺は再び机に伏すのだった。
そしてその時は来た。放課後、いつものように教室から少し離れて由比ヶ浜を待っていると、やはりと言うかやっぱりと言うか、彼女の後ろから川なんとかさんが現れたのだ。
「お待たせヒッキー。その、沙希が話があるって」
「だろうな。ま、詳しい話は部室でするぞ」
「悪いね」
こうして俺達は川……崎を連れて部室へと向かう。中へ入るともう隠す気もないのか猫耳出しっぱなしの雪ノ下がいた。どうでもいいが、紅茶を口に付けていない辺りやはり猫舌になっているようだ。昨日の紅茶も湯気がそこまで見えなかったし、おそらく冷ましてから飲んでいたのだろう。
「ゆきのんやっはろー」
「こんにちは、由比ヶ浜さん、比企谷くん。それと、お久しぶりね川崎さん」
「うす」
「久しぶり。あんたも、なんだ」
「その帽子を見る限り、貴方もなったのね」
「うん。こんな感じ」
帽子を取るとそこからはやっぱり柴犬の耳。その愛らしい感じがまたヤバイ。後、由比ヶ浜が可愛いと言っているのはいいんだが、お前も耳をピコピコ動かすなと言いたい。お前も可愛いわ。
「……そういえば、貴方は猫アレルギーだったわね。私は平気かしら?」
「みたいだね。まぁ、雪ノ下は人間だからじゃない?」
「もしくは、お前も純粋な人間じゃなくなってるからかもしれん。家の猫は雪ノ下と小町を警戒してたぞ」
「サブレも若干あたしを避けるんだよねぇ。やっぱり昨日ヒッキーが言ってたみたいに縄張り意識なのかな?」
「……試しに川崎も家に来てみるか? カマクラに何の反応もしない可能性がある」
「あたしが?」
昨日の事で少し考えた事だが、この症状になっている人間はその耳の動物らしさを有しているため、その体質などが若干変化してるんじゃないかと思う。雪ノ下や由比ヶ浜、それに小町も揃って牛乳を美味そうに飲んだ事といい、今の川崎なら猫アレルギーは出ないかもしれない。もしそうなら、この症状に一つの確証が持てる。そう、体質変化を起こしているというものだ。
「そう言う事。とりあえず、川崎さん。依頼はその症状に関するものでいいかしら?」
「うん、頼むよ。ま、京華は喜んでくれたんだけどね」
「けーちゃんは大丈夫なのか?」
「うん。ホント感染症なのかどうか分からないのも厄介だよ。料理とか作る人間だからさ、色々気になっちゃって……」
若干沈んだ顔をする川崎。そりゃそうだろうな。もしこれが感染症なら家族全員に迷惑がかかる訳だし。ただ、これだけは言える。
「おそらくだが、これは普通の感染症と違うから簡単にうつる事はないと思うぞ?」
「どうしてそう思うのさ?」
「俺と両親がそうだからだ。小町の作った飯を食べてるんだぞ。これが本当に風邪とかの感染症なら即うつってる。それに、テレビなんかでも空気感染とかのうつり方はしないとか言ってたし」
「そうね。もし仮にそうならとっくに全人類が発症しているわ」
「そうかもしれないけど、それでも不安は不安だから……」
ここはやはり家族思いの川崎ならではかもしれない。簡単にうつる事はないと言われても、絶対にうつらない訳ではないのだ。と、そこでふと思う。この病気というか症状って年寄とかでは見た事ないなと。
「な、雪ノ下。ちょっとパソコン借りるぞ」
「何をするつもり?」
「この症状って、街中でも時々見るが、大抵俺達ぐらいか上でも三十代ぐらいまでじゃないか?」
「……そういえば、お年寄りや子供でなっている人を見た事はないわね」
「もしかして、世界レベルでもそうなんじゃないか? それをネットで調べたい」
「分かったわ。許可します」
雪ノ下の許可も得た事で、俺は早速ネットで検索をかける。すると、どうやらそうらしい。この症状は今まで一番年少の発症者は十歳の女の子。で、一番年長の発症者は三十七歳の男性だそうだ。
「……これって、発症者は年齢によるって事?」
「じゃないか。どうもWHOもそう考えてるらしい」
「性別は問わないけど年齢は関係する……。そこに解決策があるのかもしれないわね」
「ああ。ただ、治った人間はどうして治ったか分からないと口を揃えてるがな」
「男の人も女の人も?」
「…………みたいだ。食べ物や仕事、環境に至るまでバラバラで共通点はないらしい。……凄いな。恋人の有無も関係ないそうだぞ。そんな事まで調べるのかよ」
「何が完治に繋がったか分からないからでしょう」
四人でパソコンの画面を見ながら会話する。ただ、これは少々俺の精神に良くない。三人の女子の良い匂いがしてくる上、顔を動かすと彼女達の耳が見えるのだ。それも、動いたりしおれてたりと様々な反応を見せるもんだから内心で悶えそうだ。獣人属性は強くないと思っていたが、この事が切っ掛けで目覚めそうだぞ。そうなったら責任とってもらいたい。
しばらく調べてみて、分かった事は現状感染者に共通しているのは第二次性徴を迎えている事と、自分の子を持っていない事だけだ。ここから考えれば、川崎の不安はかなり軽減出来る。
「とにかく、これで少しは安心出来たんじゃないか? 第二次性徴を迎えていない人間で感染者はいないし、親となった者の感染者も今のとこ皆無だ。川崎、不安は尽きないかもしれないが、あまり心配し過ぎると今度はそれでけーちゃん達が心配するぞ」
「……そう、だね。世界で見ても園児の感染者がいないなら、けーちゃん達は大丈夫って思う事にするよ。両親に関しても大丈夫って」
少ししおれていた耳が元に戻ったので良しとする。にしても、最年少で十歳の女の子、か。そんな年齢でも始まる子は始まるんだな、女って。こう考えると、男の方が成熟が遅いのは身体的なものもあるんじゃないかと思う。
「とりあえず、ヒッキーの家に行ってみようよ沙希。そこで猫に反応しなかったらラッキーじゃん」
「……構わない?」
「ああ。来るぐらい平気だ。何なら牛乳ぐらい出すぞ」
その瞬間、川崎の耳がピンっと動いた。やはりこの症状の相手に牛乳は鉄板らしい。あと、雪ノ下と由比ヶ浜のも動いてた。けもっ娘達に牛乳は大人気です。現に小町も美味しいと言っていつも以上に飲んでた。それで思い出す事がある。小町は、昨日風呂を若干嫌がっていたのだ。正確には、出てきてから言われたのだが。
「な、雪ノ下と由比ヶ浜はシャワーとか平気だったか?」
俺の問いかけの意味をすぐ察した辺り、どうやら二人も小町と同様だったらしい。小町曰く「何か頭では平気なんだけど、体が嫌がってる気がするんだよね~」との事。この辺りからも、この症状が体へ影響しているのは間違いない。
「……若干の抵抗感のようなものがあったわ」
「う、うん」
「やっぱりか。小町は、頭は平気なのに体が嫌がってると言っててな」
「あー、分かる分かる」
「やはり、この症状のせいかしら?」
「だろうな。基本犬も猫も水浴びを嫌がるし」
「じゃ、あたしもそうなるのか。……髪長いから、洗うの大変なんだけど」
「同感よ。本当に昨夜は短く切ってしまおうと思ったぐらいだったわ」
「うんうん。頭にお湯浴びるのチョー嫌だったし」
女性達のあるある話を聞きながら、俺はこの症状について考えていた。共通点は第二次性徴と子がいない事。これは、何を意味しているか。多分だが、WHOも気付いているはずだ。意外と、これを治す方法ってあまり推奨できないものじゃないだろうか。いや、だってもしそうじゃないなら、治った人間の共通点を公表しているはずだ。
仮にそれがないのならお手上げだが、俺の推測が当たっているのなら無理もないだろう。いや、だって治すには子作りするしかありませんとか、なぁ。
「じゃ、善は急げだ。川崎はけーちゃんの迎えもあるだろ? なら行動は早い方がいい」
「そうしてくれると助かるよ」
「それなら、沙希だけヒッキーに自転車乗せてもらって先に行った方がいいんじゃない?」
「そうね。私達は鍵を返してからそちらへ向かうから」
「その方がいいかもしれんな。いいか?」
「う、うん、構わないよ」
何故か耳をピコピコと動かす川崎さん。止めてくれませんかね? それ、つまり俺と二人って事に反応してるんだろ? 嫌な反応じゃないって事が分かるの結構困る。こうして俺は耳を常に動かし続ける川崎と共に下駄箱へ向かう事に。ただ、部室を出たところからは帽子を被ったけど。おかげでこちらも落ち着ける。
「そういえば、それは今朝からか?」
「ううん、昨日寝る前に。でも、その時は気付かなかったんだ。何かやけに色んな音が聞こえるなって程度で。で、朝目覚ましの音で……」
普段以上に煩いそれで目を覚まして異常に気付いたと、そういう事だろう。にしても、由比ヶ浜はきっと朝で、雪ノ下は昼過ぎ、川崎は夜と発症時間もバラバラだ。三人だけしかないが、これでも共通項が見当たらん。本当に世界でお手上げなのが分かる気がする。
川崎から色々と情報を聞き出しながら駐輪場を目指す。下駄箱を出たところで一旦川崎に校門前で待ってもらい、一人自転車に乗って彼女の下へ。
「待たせたな。乗ってくれ」
「うん、その、世話になるね」
きっと初めて乗るのだろう。明らかにぎこちない感じで後部へ跨り、俺の腹部へ両手を回す。
「いいか? 動くぞ」
「ん」
川崎の返事を合図に俺はペダルを力強く漕ぎ始める。自宅を目指して移動する途中で俺は気付く。何か、川崎がやたらと鼻を動かしてる気がするのだ。
「くんくん……これが、比企谷の……」
風の音であまり良く聞こえないが、俺の匂いがすると呟いているらしい。犬化の影響だろう。これだけ密着してれば人間でも匂うわな。ただ、どうやらそこまで嫌な匂いではないようで、川崎からは文句も不満も、それらしい気配もなかったのが救いではある。……由比ヶ浜へも今まで以上に距離を取ろう。
こうして到着した我が家で川崎は猫アレルギーがなくなっている事が実証される。カマクラを近付けても、抱き抱えてみても、反応が起きなかったのだ。
「これって……」
「多分だが、体質変化してるんだ。その耳と共に」
「そっか。小さいけど少しだけ嬉しいかもね」
「治った時に戻る可能性はゼロじゃないが、そのままの可能性もある。出来れば良い方に転んで欲しいもんだ」
「だね。じゃないと苦労に見合わないよ。明日から目覚ましが怖くて仕方ないんだ」
「耳が四つだもんな。いっそ犬耳用や猫耳用の耳栓とか作ったら売れるかもしれん」
「……今のご時世だと洒落にならないね。だって、あたしが欲しいから」
こんな会話をし、グラスにたっぷり注いだ牛乳を手渡して俺は川崎の反応を見た。予想通り、彼女の耳も大興奮な反応です。本当にありがとうございました。
「……今朝も思ったけど、何でこんなに美味しいんだろ?」
「多分犬化してるからじゃないか? 肉とか食べたくなったりしてないかよ?」
「言われると、確かにそういう気持ちは強いかも。だけど、あまり贅沢出来ないから」
どうやら川崎は本能を理性だけでなく家族愛で抑えているらしい。これはあの二人にはない要素だ。成程、理性を強くする感情というものだろうな。そう考えると、雪ノ下や由比ヶ浜の場合は羞恥心がこれに当たるのかもしれない。人間が理性的に振舞ってるのって、一種集団心理だしな。
「ホントにいいのか? 近くまで送っていくが」
「いいよ。その内雪ノ下達が来るんでしょ? そっちを出迎えてやりなって。ここからなら保育園も遠くないし、心配いらないよ」
「……分かった。じゃ、気を付けてな」
「じゃあね。また学校で」
ピンっと立てた耳には似合わないカッコイイ去り方をする川崎。玄関を開ける前に思い出したかのように帽子を被り、彼女は家を後にした。何というか、一見クール系なのに、反応とかが完全に可愛い系でギャップ萌えが凄い奴だ。雪ノ下もそうだが、普段の心の動きが見辛い相手程、この症状は厄介さを持っているかもしれん。
「さて、ウェルカムドリンクならぬウェルカムミルクでも用意してやるか」
この日はこれで終わった。雪ノ下と由比ヶ浜へも川崎から聞いた事を基にした話をし、情報や知恵を出し合って終了と相成ったのだ。ちなみに余談だが、牛乳パック一本が三人の女子によって空になった。ホント、どんだけ美味く感じるんだよ?
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と言う訳でサキサキ登場。それと、この症状の発症条件も明らかに。……どこかで似たようなのあった気がするとか言わないでくださいね。どっちにも振れる設定は、どうしても似てくるもんですんで(汗
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小さな不幸と大きな幸せ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118746#1
| true |
その日は、本当の快晴だった。
教会を訪れるものはおらず、二人だけの暮らしの為、少ない自分たちの分の洗濯物を、神父は鼻歌混じりに干していた。
くいくい、と自分の服の裾を何か、弱い力が引っ張るのを感じた。
それに、グイント、と現在は呼ばれている神父は己の足もとに視線を向けた。
そこには、美しい銀の髪に、紫苑の瞳をした幼子が一人。粗末な服装をしていたが、幼子の美麗な見目を損なうことは一つとしてなかった。
「・・・・終わった。」
幼子にしては平淡な印象を受けるその声に、グイントはその子どもの視線にまで屈みこんだ。
「ん、ありがとな、マーリン。んじゃあ、もう好きにしていいぞ。」
きょとりと、マーリンと呼ばれた少年は何を言われたか分からないというにグイントを見上げる。それに、グイントはまたか、とため息を吐きたくなるがそれを堪えた。
「・・・・そうだな、じゃあ、前に教えたことあったろ。それの復習でもしときなさい。お昼までは、特に用もないからな。」
それに、マーリンはこくりと頷くと、無言で教会の方に駆けていく。
それを見ながら、グイントは小さくため息を吐いた。
夢魔の子を育てるなんてこと、己は引き受けてよかったのだろうか、と。
ふわりと、干してあったシーツが風になびき、グイントの姿を一時的に隠した。視界いっぱいに広がった白の中で、グイントは感情を持たない幼子を思って、沈んだ表情を浮かべた。
グイント、以前はリルだとか、グィーだとか呼ばれていたりした記憶がある、前世を持つだけのごくごく平凡な人間だ。
この説明をすると、大抵の人間からふざけるなと言われる経歴を持つ彼は、その時代の、とある協会の前に孤児として身を寄せていた。
記憶が戻っても、それこそ慣れたもので少々大人びた子どもを演じる程度は簡単な事だった。
するりと溶け込んだ、古い時代の中で、彼は今までで一番に静かで平凡な毎日を過ごしていた。
考えないわけではなかった、瞬く星のような王の事、強い冥府の女王の事、たくさん、置いて逝った愛しいものたちは在れど、帰れないことも分かっていたし、何よりも精一杯を生きたという自負のある彼からすれば、そこら辺は割り切れないわけではなかった。
そうして、そのまま養い親の後を継ぎ、彼は神父になった。といっても、彼の頭の中には人が知れば発狂するような異教徒の魔術の知識やらがありはしたが、それを除けばグイントは敬虔な信者だった。
幾度も繰り返した生のためか、俗物的な欲もすっかり枯れ、上に立つ資質を鍛えられた彼は、神の教えを乞うにはぴったりの存在であった。
そうやって、穏やかな生活を過ごし、このまま死んでいくのかと思っていた矢先のこと。
丁度、それは、本当に美しい、星空の日だった。
早々と戸締りを済ませたグイントは、ローソクも勿体ないと寝てしまおうかと考えていた時、それは訪れた。
外で何かの気配がする。もしかしたら獣かもしれないが、それにしてはどこか人のような気配を感じて、グイントは外に出た。
危害を加えるような存在であっても自衛の手段は心得ていたため、気楽なものだった。
そうして、教会の前には籠が一つ。中には、なんと生まれたばかりの赤子を抱いていた。
一目見て分かった。その子どもが夢魔の子であることを察した。
グイントからすれば、寝耳に水以外の何ものではなかったが、昔から鍛えられた適応能力というべきか、早々に洗礼等を終えた。
赤子もどうやら健康的なようで、すやすやとなんの憂いも無しに眠っている。
さて、困ったのはこの赤子のことだ。
赤子の名がマーリンであることは、産着に縫い付けられたそれで理解した。
マーリン、夢魔の子、そうしてうっすらとした銀色の産毛。
(・・・・これ、あのグランドキャスター(予定)なのか!?)
今世では平穏だとは考えていた幻想をぶち壊してくれそうな赤子の登場に、グイントはどうしたものかと頭を悩ませた。
この時代、妖精だとかそういったものにはまだ寛容な方ではあるものの、夢魔の子、などという存在がどういった扱いを受けるのかまったくわからない。他に預けるという選択肢はない。
かといって、このまま見殺しにすることもできない。
途方に暮れて、グイントは自室にて、マーリンを抱いていた。
(・・・・・生かしたかったんだろうなあ。)
浮気の言い訳でもなく、本当に夢魔に孕まされた子を、何とかこれの保護者か誰かは助けようとした。
グイントは、ため息を吐いて、未だ眠り続けている赤子の頬を人差し指で軽く突いた。
「・・・・・しゃーねし、俺の息子になるか?」
赤子は、それに応えるなんてなく、ぷーぷーと小さな寝息を立てている。ただ、安心しきったように眠り続けていた。
(なーんて、考えてたけどなあ。)
グイントは、喉の奥からせり上がって来るため息を飲み込んで、スープを啜るマーリンを眺める。
かれこれ、五歳という歳になった彼は、未だに表情を変えるということをしない。無駄に美しい顔立ちと、その無表情も相まってまるで人形のようだ。
教会のある町では、マーリンが魔物の子ではないかという話も出ているほどであった。事実は本当の事であるが、グイントの今まで積み上げた信頼により、そういった疑いは早々と立ち消えた。
が、いささか、確かにマーリンという子どもは滅多に表情を変えることも無く、率先して何かをすることも無かった。
率先することと言えば、三大欲求というのか、食べることと寝ることに関しては己から意思表示をするぐらいだった。
命じられればなんでもする。それこそ、嫌がったことも無く、従順に役目を果てしている。
マーリンには、何かをしたいという意思が見えなかった。
(・・・・・感情がないって、いったいどんな感じなんだよ。)
ちらりと聞いた危うい知識に頭をひねるが、現在のマーリンの精神状態を予測することも出来ない。
ともかくは、普通の子どもとは違い、知能が高いようなので個室を与えて出来ることは段々と教え込んでいるが。
グイントの頭に浮かぶのは、あの胡散臭い魔術師の姿でしかなく、目の前の存在がどうすればああなるのか予想もつかない。
かと言って、誰かから託された手前、彼を人間とも夢魔とも言えない存在にした負い目もある。
少なくとも、マーリンが人の中で生きていける術を教え込むのが己の責務であると理解しているのだが。
今まで一度も笑った事のない己の養い子を前に、グイントは憂うように目を細めた。
(・・・・感情がない。つっても赤ん坊のころは泣いておむつなんかも要求してたんだし、泣くことは出来るんだよな?)
グイントは、その日、マーリンに薬草についてを教えていた。
神父として、簡易な医者もどきのようなことをしているグイントは、自分の持っている知識をマーリンに教えていく。彼にとって、何かしらの役には立つだろう。
マーリンが薬草を見分けているのを後ろで眺めながら、グイントは思考を巡らせる。
(・・・・・俺が無表情になってたりしたら、怯えるみたいなリアクションを取るんだから、恐怖みたいなものはあるのか?つまり、現在は、社会性を営む上での感情はないが、生存に必要な、ざっくり言えば快、と不快みたいな感覚は一応あるって事か?)
グイントは、己が辿り着いたそれが真実かどうか確かめるために、マーリンに話しかける。
「・・・マーリン。」
「はい、何でしょうか、神父様。」
かれこそ五年ほど一緒に生活しているが、マーリンは他人行儀にグイントを呼び、どこか遠慮する様にあまり近寄ってこない。
そこまでのことをした覚えも無く、グイントとしては困惑していた。
「・・・・マーリン、お前さん、そう言えば好物って何かあるか?」
今まで、マーリンが寄ってこず、それに加えてグイント自身もあまり幼子に関わったことも無かったため知らなかったそれを口にした。
それに、マーリンは困惑したような顔をした。グイントは、それに対して丁寧にそれを聞いたわけを説明する。
「ああ、お前さんはそう言うことあんまし言わねえし。それに、この頃、まあ勉強なんかも熱心にしてたからな。なんかご褒美でもって考えてたんだよ。」
その言葉に、マーリンは困惑した様な顔したが、一応考える様な仕草はしたため、あるにはあるようだった。
そうして、マーリンは、恐る恐るというようにグイントが時折作るシチューもどきと答えた。
(なるほど、味覚に対して旨いと感じる程度の感覚はあると。)
単純な快と不快程度ならば判別は付いているようだった。
そうして、次にずっと疑問であったことを口にした。
「なあ、マーリン。お前、笑ったり、泣いたりとか、そういうの分かるか?」
「・・・・?理解はしてる。」
「うーん、そうだな、聞き方が悪かった。お前は、それが出来ないのか?それとも、しないのか?」
「出来るけど。しない。なんでするの?」
「あー・・・・・」
(出来るけど、意義が見出せねえのか。)
さて、この子どもになんと教えるか。グイントはふうと息を吐いて落ち着けるように肩を竦めた。
それに、マーリンは取り繕うように言葉を重ねた。
「・・・・・人がどうして表情を作るかは分かってる。表情とは、己の感情を他と共有するためのものでもある。それが、人が集団での生活をするために一番都合の良いものだから。」
「お、お前、小難しいことを言うな・・・・・」
「分かるよ、見えるから。」
「見える?」
それに、マーリンはこともなげに、己の目が、この世の、現状と言える時間軸ならば見通せると淡々と言い捨てた。
(千里眼こんなガキの頃からあったのかよ!?)
マーリンという精神性が、夢魔の血を引いているからだけではないと察して、グイントはひどくなる頭痛に頭を抱えたくなる。
恐らく、現状を見ているという事実を理解していることからして、知能自体も相当高いのだろう。
にしては、あまりにも、マーリンのグイントへの反応はいささか怯えが混じりすぎている。
「分かるって、お前さん、それにしては俺に対してなんでまたそんなに怯えてるんだ?」
グイントの言葉に、マーリンは肩をぴくりと竦めて、目線を逸らした。それが、マーリンの動揺を隠すためのものだと察して、グイントは、ん、と促す様に幼子を見つめ続ける。
マーリンは、どうもその怯えによってグイントに答えた。
「・・・だって、見えない。」
「見えないって、その目で、俺がか?」
マーリンは力なく頷いた。それに、グイントはようやくマーリンが己に対して怯えを見せ、それに加えて従順であった理由を理解した。
(そーいや、父上も似たようなこと言ってた、ような・・・・)
千里眼で己を認識できない理由については、何ともなしに察していた。
グイントとここで名乗っている存在は、元よりこの世界に属したものではない。彼は、異世界からここに至っている。
それ故に、千里眼は、おそらく男を認識しない。
マーリンは、グイント恐れていたのだ。その眼で、認識することも、分かることもない、己が養い親を、夢魔の子は恐れていたのだ。
全てに合点が良き、グイントは思っていた以上に開いている養い子との溝に頭を悩ませた。
長い付き合いのグイントから見て、マーリンは不安げに己を見上げていた。
その様は、確かに、世界に怯える幼子だった。
「ああああああああ!くそ!」
グイントは、感情のままにそう叫んで丸まる様に小さくなった。唐突に叫び、そうして丸くなった養い親を前に、マーリンはオロオロを困ったように頭を揺らした。
(・・・・・俺、何してるんだろう。)
マーリンという、分かりやすい、人でなしで、高名なそれに振り回されて、目の前の子どもを見ていなかった。
グイントは顔だけを上げて、マーリンを見上げた。
(・・・・・そいつが、一人で生きていける術を教えていく。)
それは、グイントが子どもを育てる上で、最低限絶対に守るのだと誓っていることだった。
(・・・・・・俺は、こいつを息子と決めた。そう、決めた。生きる術を持たせ、俺がいなくとも生きていけるようにする。そう、俺は、俺が決めた。)
グイントはゆっくりと立ち上がり、マーリンを見下ろした。
難しいことを考えるのは、止めにすることにした。
目の前にいるのは、ただの子ども。
庇護し、守り、教え込む。
ずっと、ずっと、繰り返した通りのことをすればいい。
グイントは、マーリンの脇の下に手を滑り込ませて抱き上げた。マーリンは固まって、グイントの胸に納まった。
温い、幼児の特有のそれは、グイントの見知った通りだった。
「・・・・なあ、マーリン。安心しろ。俺はお前を傷つけない。」
ひどく、ひどく、優しくて柔らかな声音が、マーリンの耳朶を撫でる。その声は、何の疑いも無く、目の前の存在を信じさせるような魅力にあふれていた。
そうして、次にグイントの口から飛び出てきたのは、明るく快活な声音だった。
「そんじゃあ、マーリン、明日からは魔術だとかとは別の事を教えるぞ。」
「え、なに?」
それに、グイントは、自分の頬をぐいと摘まんで、笑みのような形を作った。
「笑い方、だ。」
「・・・・・時間、だ。」
マーリンは、意味も無く言葉を口にした。わざわざ、事実を、独り言として言う意味については分からないが、そういうことを養い親はよくしているため、まねとして行っていた。
その日、マーリンはグイントから薬草を採ってくるように言われていた。もちろん、グイントのしかけた獣除けの魔術付きでのことだった。
太陽の高さで時間を察して、マーリンは教会への帰り道を進んだ。
(・・・・あの人は、何なんだろうか。)
そんなことを考えても、答えは出てこない。マーリンは、考えるのを止めて、改めて、まあいいかと納得した。
(ぼくが生きていくには、あの人は都合の良い存在だ。利用するにはちょうどいい。)
マーリンは、小さな体で薬草の入った籠を抱えて、てとてとと森の中を進む。
マーリンの養い親は、ひどく、不思議な男だった。
生まれた時から共にあったその目は、何故かその神父のことだけを認識しなかった。
それによって、マーリンに訪れたのは、初めて理解できないものに対して感じたのは、恐怖で在り、怯えであり、そうして、興味であった。
マーリンにあるのは、人の持つ感情を知るための知性で在り、共感はない。
それはマーリンにとって必要のないはずの物だったのだが。
皮肉なことに、マーリンにはその共感が今、一番欲しているものだった。
あの男、優しくて、穏やかな、町の者に慕われる神父。
けれど、マーリンにとっては、どういった人物なのか全くと言っていいほど分からなかった。
こんな時にこそ、人の言う共感能力と言えるものが欲しいと感じる。
そんな彼が神父の元を離れないのは、子どもとして今の時代を生きることは難しいこと、男の教える知識が現在では到達できない、未知のものであること。
それは、全てを見ることが出来ているのだと思っていたマーリンには、その知識はひどく好奇心をそそられた。
そうして、何よりも、グイントという男はマーリンにとって都合がよかった
自分の異端さを隠す職業や人柄、マーリンに暴行を加えない程度に大事に育て、未知の知識を与える彼は、夢魔の子にとって確かに都合の良い存在だった。
人の中で暮らすための事細かな教え方も、本当に都合がよかったのだ。
だからこそ、マーリンは得体の知れないグイントの側に留まっている。
もしも、何かしらの危害が加えられる可能性があるのなら、逃げるなりなんなりすればいい。
「今日は、帰ったら、肉と芋のスープ・・・・・」
神父ということを考慮して人の精を吸っていない子どもは、普通の食事をすることで命を繋いでいた。
味覚のあるため、食事は不快ではなかった。それに加えて、グイントの食事は、次代の基準に従えば非常に美味なものだったのだ。
現在の料理についての知識と、普通ならば無理である火加減を魔術によってコントロールしているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。
好物である、スープの事を思うと、唾がずるりと出て来た。
その感覚を、快と判断できた。
快いと感じることが出来たのなら、笑みを作るといい。
マーリンは、この頃ようやく慣れて来た、笑顔というものを浮かべる。
快、とは楽しいということだ、喜びということだ。
不快とは、苦しいということだ、怒りに至るものだ。
もしも分からないことがあるのなら、自分の事を真似すればいい。
グイントは、一つ一つの事態に対して、人が大よそどういった反応をするのか、丹念に教えた。もちろん、マーリンは千里眼を持っている。人の一般的な反応の材料は山ほどある。
マーリンは、見つめた世界は美しいのだと感じた。グイントは、それを美しいのだと、すでに知っていることを嬉しそうに話していた。
グイントは、マーリンが何か、美しいだとか、好ましいものを見つけてくるたびに、心の底から嬉しそうな顔をした。
それが何故か、分からなかった。
当たり前のように、そういった父や母もいないことはないようだが。グイントは別に、マーリンとは血の繋がりはない。けれど、マーリンが見てきた中で、一等に、一般的な親らしい。
分からない事ばかりだ、けれど、離れるにはマーリンにとってあまりにもグイントという存在は離れがたかった。
マーリンにとって、グイントだけが、知覚できない存在であり、そして、まるで自分が人であるかのように錯覚できるのだ。
それが、どうというわけではない。ただ、未知の感覚に引かれていないと言えば嘘になる。
美しい世界という絵を、マーリンだけが鑑賞し、愛でている。けれど、グイントはどこにいるのだろうか。絵の中にいない男は、いったい、どこにいるのだろうか。
(・・・・もしかしたら、ぼくと同じような場所にいるのかも。)
そんなことを考えて、マーリンは教えられたとおりに笑みを作った。そうすると、なんだか自分もまるで、人間の様だった。
「・・・・・そうして、その王様は平和に国を治めたそうです。」
柔らかなグイントの声が、マーリンの自室にこだまする。
「・・・・・食べていい?」
話しが終わった後に、マーリンは恐る恐る問いかけた。それに、グイントは機嫌が良さそうににこにこと笑った。
それに、マーリンはするりと、そう表現していいのか分からないが、グイントの感情を飲みこんだ。
それは、夢魔のように精を飲み込むのと同様だった。
グイントは、何故かマーリンに己の感情をよく渡した。喜び、怒り、悲しみ、寂しさ、罪悪感、美しいものを尊ぶということ。
グイントは、悲しい物語には悲しみを、幸福な終わりには安堵と喜びを、そのままを持って、マーリンに渡した。
今まで味わった事のないような、心が震えるというその感覚を、マーリンは酔いしれた。
見つめ続けた世界を美しいと思い、そうして、グイントから渡される感情はそれを、より鮮明にした。
マーリンは、グイントの語るお話と、それに付随された感情を楽しみにしていた。グイントはそれを知ると、心の底から嬉しそうに笑って、マーリンの頭を撫でた。
そうして、マーリンを、人から言わせれば愛おしいものを見るような目で見つめる。
「・・・・借りものでも、いつか、本物になることだってあるだろうさ。」
その言葉の意味は、マーリンにはよくわからなかった。
けれど、グイントによって渡されるそれは、物語などで知ることが出来るようなものはない。
本で知ることのできる感情が、色でいうなら、単色だ。けれど、グイントから受け取ったそれは、まるで、何色もぐちゃぐちゃにばらまかれて、混ぜ込まれたようなそれだった。
白いような愛、赤いような怒り、青いような嘆き、灰色のような苦しみ、黄色いような喜び、黒いような憎悪。
マーリンは、それは好きだった。そのもたらされる感情は、人の持つ感情が、それによって描かれる人々、世界という絵が好きになった。
妖精や、人外のような存在はつまらない。
人とは、なんと面白いのだろうか。生まれも、育ちも、全て同じだったとしても異なる生き方をしてしまう、人という存在は、なんて面白いのだろうか。
一人は醜く、一人はまっすぐと、それぞれが違ってぐちゃぐちゃに描かれる、世界はなんて美しいのだろうか。
グイントは、語る。
人の醜さを、人の優しさを、人の愚かさを、人の慈しみを、グイントは、まるで見て来たかのように柔らかに語る。
マーリンは、世界を美しいと思った。そう思った。
(・・・・・父さんも、そう思ってた。そうだと感じている、この感情は、たまらなく心地がいい。ああ、やっぱり“世界は、人の紡ぐ物語で描かれた絵は美しい”)
マーリンは、ずっと、見て来たかのように物語を語ること、知りえるはずのない知識、全てに疑問を持っていた。
けれど、マーリンはそれに納得していた。
それでいいと思っていた。
数年も、幾年も、共に過ごせばその男が少なくともマーリンに対して悪意を持っていないことも分かった。
いつか、分かればいいと思っていた。だって、男はマーリンの父親なのだ。ずっと、ずっと、縁が続いて行く。
きっと、そんなこともいつかは分かるのだとマーリンは確信していた。
マーリンは、ある時、町を出た。
それには、多くの理由があるのだが、今は割愛してもいいだろう。
グイントは、苦笑交じりに、マーリンを選別として少額の金を渡して送り出した。
連絡のための使い魔もいる。すぐに連絡が取れると思うと、気楽にグイントの元を離れることが出来た。
本音を言えば、グイントの側を離れることなく、その知識を教わり続けていてもよかったのだが。ただ、抗いきれない好奇心と、それに加えてグイントの居る街で何かしらの問題を起こすことに抵抗があったためだ。
といっても、グイントは基本的にマーリンが何をしてもさほど気にはしなかったろう。
人の中で生きるなら、人にとって好ましい結果を生み出すようにすること。それさえ守っていれば弾き出されることも、疎まれることも無いだろうからというスタンスだったため、あまり気にはしていなかった。
それでも、マーリンは、グイントを己にとって都合の良い存在でしかないと思っていた。
ただ、それだけの人間であるはずだった。
「・・・・・そんで、急に戻って来たんだな。」
「・・・・・すぐに治療をするよ。」
マーリンは、グイントの自室に入って、開口一番にそう言った。
それにグイントは、苦笑交じりにベッドの上で答えた。
「あほか、そんなことするよりもほかにやることあるだろう。げほ・・・・・」
「そんな顔色して何言ってるんだい。」
不満そうなマーリンの言葉を気にしたことも無く、グイントはぼんやりと微笑んだ。
グイントは顔面蒼白でベッドの上に力なく横たわっていた。
マーリンがグイントの様子に気づいたのは、本当に偶然で。
己の生まれ故郷の近くから来たという商人と会ったためだった。
敬虔で見目麗しいことで有名な神父様が、病に倒れたそうだ、と。
それは困ると、思った。グイントにはまだ生きていてもらわなくてはいけない。
マーリンは己が持てる力を使いに使って、グイントの元へと帰って来た。
そうして、出迎えたのは体調を崩したグイントだった。
「・・・・どうして、そんなこと言うのさ。」
「お前さんも分かってるだろう。俺はもうだめだって。」
それにマーリンは固まる。そう、言われた通りだった。
分かっているのに、どうして、こんなことをしてるのだろうか。分かっている、目の前の存在は、とっくに手遅れなのだと。
分かっているのに、どうしてと、そう思っていのに。
マーリンは、グイントの状態を調べて、魔術を行使しようとしていた。
その手を、グイントはもうとっくに弱々しくなった力で止める。それに驚いてグイントの顔を見る。
彼は、笑っていた。困ったように、呆れたように、そうして、愛おしむように微笑んでいた。
「・・・・・なあ、マーリン、腹減ったんだ。なんか作ってくれないか?」
「な!そんな余裕なんて・・・・」
「別に良いだろ。今は、ちょっと動くのつれえんだよ。」
微笑んで、グイントはそう言った。それに、マーリンは、納得できずとも思わず頷いた。
グイントは、確かにもう、余裕なんてないのだとマーリン自身が良く分かっていた。
「お前さんって器用よね。料理まで出来るなんて。」
「・・・ボクに料理を教えたの、神父様でしょ。」
ありあわせの野菜のスープと、買って来たパンの食事にグイントはニコニコと笑っていた。
(・・・・・でも、神父様の作る、あのシチュー?もどきの方がおいしいんだよなあ。)
マーリンは、不快と感じて、不満そうな表情を作った。グイントは、それに心の底から嬉しそうに、目をキラキラとさせた。
グイントは、おもむろにマーリンの頬を引っ張った。マーリンはそれを振りほどこうとするが、グイントの嬉しそうな顔にその手を止めた。
「・・・よしよし、表情作るの上手くなったなあ。どうだ、人の中には溶け込めてるか?」
「まあ、それなりに。」
「そうか、そうか、なら、その話も、げほ、けほ、けほ・・・・」
「ああ、もう!寝てなよ。」
「だがなあ。せっかく帰って来たんだし・・・・」
「いいよ、寝てて。家の事ならボクがするし。話が聞きたいなら、寝てても聞けるでしょ?」
「まあ、お前さんがそう言うなら・・・・」
ベッドに潜り込んだグイントに巻き付ける様にシーツをかけた。それに、過保護だなあ、とグイントは笑う。
(・・・・・そうだ。別に、ここまでする必要なんてない。ないはず、なんだ。)
それなのに、グイントの世話を細かに焼いている自分は、何をしているのだろうか。
その答えが出るわけも無く、マーリンは、淡々と己の現在の生活について、交友関係について、細々と語りだす。
それに、グイントは、心の底から嬉しそうに笑いながら、逐一こくこくと頷き、そうかそうかと呟いていた。
それを見ていると、マーリンは、ずっとずっと、考えていたことを口にした。
「・・・・・ねえ、神父様。ずっと、聞きたかったことがあるんだけど。」
「・・・・おお、何だ?」
その声は、やっぱり、どこまでも優しくて、どこまでも穏やかだった。
そうだ、言ったっていい。目の前の男は、マーリンがどんな存在かよくよく分かっている。なら、どんなことを聞いても怒りもしない、言いふらしたりもしない。
気にすることなんてない。
自分は、知りたい、それをどうしても知りたい。なのに、何故、こんなにも知るのが恐ろしいのだろうか。
何を、戸惑う必要がある、人でなしの己が。
「どうして、君は、ボクを責めないんだい?」
その言葉に、グイントは何故か、仕方ないなあというように呆れるような笑みを浮かべた。
「はははは、珍しいなあ、お前。」
グイントは、未だ若い。もちろん、この時代からして年寄りの部類には入る。けれど、グイントは魔術の心得もある。普通よりもずっと長生きできる可能性がある。
なのに、グイントは、あまりにも急速に衰えている。
理由は簡単だ。
グイントは、マーリンの側に居続けたためだった。
幼いマーリンは、無意識のうちに少しずつではあるがグイントの生気を吸っていた。それに加えて、グイントは感情と共に渡していた。
そのために、グイントは急速に衰えていったのだ。
それを知っていたから、マーリンはグイントから遠ざかった。
生かしたかったのだ、グイントを。
グイントは、マーリンから視線を逸らして、天井を見上げた。
「・・・・・最初はな、お前さんを、どう扱えばいいのか分からなかった。だって、お前、人じゃないし。」
「うん。」
「でも、そうだな。決めたからかなあ。」
「・・・・何を?」
「お前の親になるって。」
予想外の言葉に、マーリンは目を見開いた。それに、グイントは悪戯の成功したような子どものような顔をした。
「お前が人だろうと、何だろうと、どうだっていいんだ。人の中で生きていく術を持たせて、一人で生きていけるようにする。俺は、それだけを考えればいいって。だから、これでいいんだ。」
グイントは、マーリンの顔にするりと手を滑らせた。
「お前に感情を渡したのは、それがいいって信じたからだ。おかげで、お前はこうやって、人の中で生きていけてる。」
だから、俺はこれでいいんだよ。
マーリンは、己の頬に滑らされた手に、己の掌を重ねた。
「俺が例え死んでも、お前は生きている。だから、それでいいんだ。」
なあ、マーリン。
柔らかな声で、グイントは微笑んだ。
俺の感情、食べていけ。
マーリンは、固まって、その言葉を聞いた。
「何言ってんの?そんなことしたら、君、死んじゃうじゃん。」
すでに残り僅かな、生きる力をマーリンに喰らえと。そう言っているのだ。
「あー。まあ、どーせ、このまま生きててもあと数日ってとこだろし。最後に、渡したいものが在ってな。」
「渡したいもの?何それ、自分の命とか、笑えないんだけど。」
「いやいや、違う。そっちはおまけだ。俺が渡したいのは、この感情だ。」
グイントは、己の胸をとんとん、と叩いた。
「お前は、きっと、俺がどうしてこんなにも、お前さんにするのか、分かってないだろ。だから、この俺への感情を渡せば、少しは何か分かるかもだぞ。」
やせ細って、ボロボロの、青白い男は、マーリンにそう言った。
「・・・・俺が死んでも、そう変わらんだろ。だから、これぐらい持っていけ。資料は多い方がいいだろう。というか、渡せるもんこれぐらいしかないし。」
グイントの命が、もう、尽きかけているのだと、マーリンには分かっていた。
人の死を見送ることなど、今までたくさんあった。それに、何か思うことなぞ無かった。だって、マーリンには全部、どうでもよかった。
マーリンの愛するのは、人のなした結果で、結末で、それによって描かれる美しい絵でしかない。
だから、物語の一つ一つが終わるのはやるせなかったが、また新しい物語は幾らでも始まっていた。
なのに、なのに、どうしてこんなにも、自分はこの神父の物語が終わることを惜しんでいるのだろうか。
死んでほしくないと思っても、それ以上に、このまま無意味に終わっていくことの方が口惜しかった。
「・・・いいの?」
「おう、もってけもってけ。」
するりと、マーリンは、グイントのそれを吸い取った。
「・・・・一つだけ、覚えて置けよ、俺の息子。俺は、お前に会った事、後悔してないからな?」
「うん、父さん。」
最後の言葉に、マーリンは思わずそう返した。グイントは、ゆっくりと瞳を閉じていく中、今更だ、というようにうっすらと笑みを浮かべて、動かなくなった。
マーリンは、グイントの亡骸を前に、少しの間ぼんやりとしていた。
「・・・・・・ああ、そうだ。埋葬、しないと。」
このままにしてはおけないのだ。
葬式をすることも考えたが、神父の仕事には熱心でも、信仰にはさほどの興味のない男だった。
それに、天国も、地獄もない。魂は、還るだけなのだから。
マーリンは、その遺体を腕に抱き、森の奥にひっそりと墓を作った。
一人で土を掘り、一人で棺を作り、一人で墓石を立てた。
そうして、誰にも分からない様に、人払いの魔術をかけた。
誰も立ち入ってほしくなかった。
「・・・・・ああ、そうかあ。ボク、君の事、好きだったんだ。父さん。」
墓に入れる直前に、安らかな微笑みに、ようやく、そんなことに気づくことが出来た。
「そうかあ、そうなんだあ。ボク、君のこと、好きだったんだ・・・・・!」
それは、きっと、夢魔の心にはあり得ない。バグのような、けれど、どうしても捨て去りたいとは思えないそれ。
好ましいとも、気に入っているとも、見ていたいとも、どれとも違い、どれとも該当するような、そんな感覚。
ああ、当たり前かもしれない。
だって、グイントもまた、マーリンと同じような逸脱者だった。人の輪から外れた、人のようで、人でないようで。
それでも、どこまでも揺るぐことなく、人として生きる人。
ああ、そうだ。きっと、きっと、これを、人は愛おしいと呼ぶのだろうか。
そんなことだって、マーリンには分からない。だって、マーリンはそれを知らない。
それを、他人の感情で、感じたくない。
(・・・・不快、だから、こういう時は、泣くものだ。)
けれど、マーリンの目からは、涙なんて出てこない。膨大な、雨のような、涙は出てこない。
だって、マーリンは人ではない。だから、人のようになんて泣けない。
なあ、マーリン、人はどうして表情があるのだと思う?それはな、笑って嬉しいのだと、歪めて怒っているのだと、泣いて悲しんでいるのだと整理の付かない感情に納得と折り合いをつける為でもあるんだぞ。
そう言った人は、もういない。
最後の形見と、放り投げられた感情は、真っ白な愛だった。
置いて逝くことへの嘆きの青、何をしてやれたかという後悔の黒、幸福でという祈りの緑、楽しかったという喜びの黄色、そうして、愛していたという真白の慈しみ。
それは、きっと、例えるなら、何時かの時に互いに囲んだ夕飯の光景に似ていた。
当たり前のようにあり、いつだって自分を出迎えてくれるような、男にとってそうだったのだ。愛とは。
それに、マーリンは、己が何を思っているのか分からなかった。
何時だって、客観的で、自分の事でさえはっきりと知覚出来るのに。
どうしてだろうか、分からなかった。
ただ、分かっているのは、きっとマーリンは泣けない。
そうして、これ以上に、手放しがたいと思えるものは、二度とないということだった。
[newpage]
「と、いう感動的で悲しい別れをしたボクと今日は遊ぶべきなんだよ!」
「今日は半日休みなんだよって話をした後に、ケイローンとどっちが遊ぶか喧嘩して、マウント取るために二、三時間王の話をしようってノリで有無を言わせず話し続けて、このしんと静まり返った状態で言うのがそれなのか?」
「何を言うんですか、それならば私も話せることはありますよ!?」
「ちょっと待てケイローン、お前とはマーリン以上の付き合いがあるから、あれよりも数倍長くなるよな!?」
「ご安心を、分かりやすく、ダイジェストに、一時間に収めてみましょう!」
「いらんわ!別に三人で出来ることをすりゃあいいじゃん!」
「聞きづてならん!リルよ!我とも遊ぶがいい!」
「めんどくせえのが来たなあ、また!」
そこはカルデアの食堂で、マーリンはもう一度、己の養父に再開した。
彼は、当たり前のようにマーリンを受け入れて、愛していた。
そうだ、いつかのように、当たり前のように、グイントは、己の養父は、リュウはそこにいた。
「ねえ、父さん。」
「あん?なんだよ?」
騒がしい食堂で、自分もと集まって来たサーヴァントたちの騒がしい声の中でも、当たり前のようにリュウはマーリンの声を聞いていた。
「・・・・・君は、後悔してないの?」
それが、何に関してか察したリュウは、マーリンの頭を撫でた。
「こーんな、クソガキでも、元気に、歩み続けた息子を育てたこと、いったい誰が後悔すんのよ。」
お前が元気に生きてくれたことが、何よりの代金だよ。
頭を、猫や犬のように可愛がるように撫でる。
ああ。そうだ。これを、ずっと、求めていた。
マーリンの、唯一の、大好きな、人。
猫のように目を細めて、マーリンは、父に甘える様に手に擦り寄った。
[newpage]
リュウ
最初はマーリンというネームバリューにビビりまくっていたが、途中から割り切る。
健康に、他人を不幸にしない限りはどんなふうに育っていいかと考えていた。
マーリンの側に居ると自分が弱っていることと分かっていたが、それによって、マーリンが人の世界で生きやすくなるような感情を獲得できればいいと思っていた。彼の子が、自分の人生に後悔がないようにと願っていた。
自分の当時の墓がアヴァロンにあることを知らない。
マーリン
己の父親を知るために、共感を求め、その果てにようやく自分と同じように人の世界から逸脱していたリュウという存在に孤独を癒し、愛していたのだと思っている。
きっと、そうなのだ。本当はそうでなくとも、その人でなしがそう思えているなら、それでいい。
リュウへの感情を確かめるために、多くの恋の真似事をし、彼の王を敬愛していたが、一番に大事なのはあの日、自分に全てを放り投げた父である。
アヴァロンに幽閉された時、リュウの墓を移した。そのため、現在、アヴァロンにはグイントという神父の墓がある。
|
俺は、お前さんと出会えたこと、後悔したことなかったんだ。<br /><br />結構間が開きましたが、マーリンとの話。<br />マーリンも書くのが難しかった。
|
何故か、夢魔の子を育てた日々があった。
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10119032#1
| true |
1:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
私の息子はホモだったようだ。
誰かこの思いを聞いてくれ、頼む…!
2:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
釣り?(バッ
3:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
釣りじゃね?(バッ
5:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
釣りだろ。(バッ
7:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ホモだからって毎回毎回俺達が釣られる訳じゃないんだからね!(バッ
取り敢えずコテとスペックおねしゃーっす。
9:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
釣られる気満々すぎるだろおまいら…
かくいう俺もそうだが!(バッ
11:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
つ【スーツ一式】
コテはこれでいいか?
脱衣は自重してくれ、って言うか脱衣しなきゃならんような関係じゃないと、私は信じてる!信じてる!
>>2->>9
釣りだったらどれ程良かったことか!
13:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
まぁかっかかっかしなさんなよ、さあ、はやくスペックを!
ってかコテwwww水銀厨とかwwww水銀党の方ですか?
15:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
乳酸菌とってるぅ?
17:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
スペックを!
水銀党とかwwwwマジで?
19:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
違う。水銀党ではない。水銀は私の研究の成果だ。では、スペック行くぞ私 アラフォー、妻子持ち、とある製薬会社の社長、フツメン
息子 呪われしイケメン、多分父親と瓜二つ、ガチムチ、憐れなほど運が悪い、女性恐怖症、黒髪で目は琥珀色、イケメン
息子の恋人(以下、G君) 我様系イケメン、神々しい、金髪赤目、イケメン
21:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
イケメンのイケメンを強調しすぎワロタwwww
…多分父親と瓜二つ?ん?自慢?でもフツメン?
23:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちょっ>>21
むしろそれは地雷臭がするんだが…
で、どうなんすか?
25:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>23が気遣ってるようで気遣ってないwwwwで?
27:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
ふむ、まぁ貴様らが思ってるように
息子と私に血の繋がりはない。だが私はあいつの事を本当に息子だと思っている。
親族の反対を押しきって身内に迎え入れるほどにな。
29:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
いいお父さんだな。だがしかし口調がwwww
31:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
そんな息子がホモだとか残念( ´△`)ってか?
でも、息子の恋を応援してやれはしないのか?
33:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
そうだぞ、絶縁されたらどうする!
うちみたいに…
35:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします>>33お前…!
つ【ハンカチ】
37:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
絶縁…そうなったら我が家は荒れるな。主に妻が。
39:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
妻が?なんで?
41:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
息コンなんじゃね?
43:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
新語wwww
45:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
妻は息子にベタ惚れなんだ。性欲込みでな。
母親にまでこんなに惚れられたら男に逃げたくもなるか…
因みに妻と息子は血が繋がっている。
息子の顔は妻が惚れ、捨てられた男に瓜二つだ。
妻と私の関係は冷えきっている。こんな複雑な家庭にいればそうもなるか、ぐれずに優秀な息子でいてくれるだけいいのか?幸せなのか?
47:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
そんな風に言うのはよくないと思う。
49:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ってか>>1は応援してるの?してないの?
51:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
金持ちとかイケメンって大変なんだな
53:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
俺達には縁がないがな
55:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
これからはイケメン爆発しろもちょっとくらい自重してやならくもない
57:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>55同意
59:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>55秀同
だがしかし爆発しろ
61:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
>>49
応援しないわけないだろ。あいつ多分これが初恋なんだろうな…
はたからみてもわかるような反応だし、そもそも可愛い可愛い息子にストーカー女やら変態女やらをあてがえるわけなかろうが!
でも、跡取りがほしいんだよぉぉぉおおお!なんでよりによってホモなんだ!笑顔で紹介するんじゃない!受け入れてしまったではないか!
63:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>1のテンションがwwww
ってあれ?
65:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ん?
67:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:これは唯の愚痴
68:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:>>1は子煩悩
72:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
シリアスな空気吹っ飛びやがったwwww
75:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
子煩悩とかwwww受けるwwwwwwww
77:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
唯のデレじゃねぇかwwww
79:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
あのシリアスな流れはなんだったんだ…
真剣に考えて俺恥ずかしい(*/□\*)
80:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ほんとになwwww
91:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
住民かなり増えたな
92:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:>>91は安価がしたい
93:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:>>92はもしかして:がやりたいだけ。
96:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
無駄にレスを消費するんじゃない!
98:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
だって安価がないんですもの。
100:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
黙れしれものが!ここは愚痴スレだと最初にいっておいたであろう!
102:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>44なんたる再現率…っ!
そして100をさり気にゲッツwww
104:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします>>1降臨したか思たwwww
100wwwwww
106:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします降臨とかwww
ってか>>1どこいったよwwwwおいてかれてんのか?
108:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
…おいてかれてたからまとめてた。
取り敢えず聞きたい話は安価でKwsk話すぞ。安価好きなんだろ貴様らは。特に>>91wwww
110:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ばれてましたか////
112:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
やだ、この>>1かっこいい
116:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
抱かれてもいい
119:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
だっ抱いてやらなくもないんだからね!
120:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>119
阻止!
123:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>119
全力阻止!
125:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>119
ぬっころすぞ
129:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>125
手厳しいっすねwwww
131:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>129
結構余裕wwwwwwww
138:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もうお前ら黙れよwwww
140:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もうこいつらいいからはよ安価してくれ。
141:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
>>140ありがとう
助かった、礼を言う。
①恋人ができたと息子に言われた。私涙ながらに歓喜
②家につれてくるって話が出る。妻がいないタイミング図る
③家に来た。厨二拗らせたイケメンだった
④私テンパるが表面上は取り繕う。G君を息子の部屋に通す
⑤そして自室でPCを開きスレ立て
↑
今ココ
Kwsk聞きたい話を>>145->>165で一番多いやつから話していく
妻が帰って来たら即離脱だからな。あと、息子が自立したら別居。
143:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ほんと口調がwwww
145:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>1はアレなの?表情筋が固いの緩いの?
148:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ほんとにな
泣いたりテンパったり忙しい人っすねwwww
150:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします取り敢えず④
152:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
どこが取り敢えずなんだよ
155:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちょっ別居とか唐突に突っ込んでくるなよ!重いわ!
①
157:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ほんと冷えきってるって感じだな
①
159:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
こんな感じの>>1が号泣するとか胸熱!
①
161:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
可愛いな>>1
①で。
163:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
1だけに?
165:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
UZEEEEEEEEE!
171:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りしますって言うか半分くらい安価してないお
173:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ほんとになwwwwwwww
176:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
よし、①だな
あ、>>161私はただの面倒臭いおっさんだからな、かわいくないぞ
もしかしたらココで終わるかもしれないからそれは覚悟しておくんだな
178:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
おK
179:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
おK
181:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
了解!
185:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
無念…
187:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>185
お前>>150だろwwww
189:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
なぜわかったし
191:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
俺でもわかるわ
192:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
私でもな
193:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちょっ>>1なんでまじってんだよwwww
199:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
さあはやく話を!
200:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
おK、いくぞ
まず私は、普段は厳格で冷たい父を演じている事を理解しておいてくれ。
その日私はたまの休みで自室にいたんだ。妻は出掛けていて、息子は妻が出てしばらくしてから学校の寮からうちに一時的に帰ってきた。私は重要な話がある、妻がいないときに帰るから話を気いてほしいとだけ聞かされていたから妻が予定を立てて出掛けるタイミングを知ったらすぐに息子に連絡をいれた。まぁ、私が家にいるとき妻は大概いないのだがな。
202:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
うわぁ…
205:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
仕事のしすぎで家族に疎まれてる父親の典型みたいだな
207:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
息子には頼りにされてるけどな
212:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
続けていいか?
214:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
あ、すまん
どうぞどうぞ
216:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちゃちゃいれないんで気にせずガツガツ進めてくれ
219:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りしますわかった続ける
それで、帰ってきた息子は私と本人に鎮静効果のあるハーブの入った紅茶(美味しい)を淹れて私の書斎に来た。
最初は世間話とかをしていたんだ。学校にいる名物先生の事とか、の仲の良い子の話とか。今思えば恋人がこんな子なんだってことを教えてくれてたんだろうな、私は友達の話だと思ったが。
そんな話も途切れて、暫く考え込むような顔をしていた息子は意を決したような顔をして口を開いた。
220:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
「…父上、今日此方に伺ったのは大事な話があるからです。実は、先日恋人ができました!」
私は驚いた。驚きすぎて口をあけていたかもしれない。ともかく目を見張って驚いたのは確かだ。その事をどう受け取ったか息子は、座っていた椅子から降りて床に土下座した。はっきり言って意味がわからなかった。
221:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
そして息子は全力で私に謝ってきた。そんな必要ないのにな。
勝手に相手を選んで申し訳ないとか、それでも自分は相手を愛しているとか、そんなこと言われなくても私は反対する気なんてなかったのだから。
信頼されていないようで少し悲しかったがな。
222:以下、名無しに変わりまして水銀中がお送りします
そのとき落ち着きを取り戻してきていた私の目から涙が溢れた。>>159が思った通り大号泣した。勿論悲しいからではない、嬉しいからだ。そのとき自分がなんていったかはあまり覚えていない。男二人が泣きながら床に座り込んでいる光景はもし人が見ていれば奇妙に思うものだっただろう。
223:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
①の話はココまでだ。質問は受け付ける。
あー、また泣けてきたな。これは私の一生の思い出だ。息子ホモだけどな。
225:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
乙!
ってか自虐ネタやめろwww
227:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
乙乙!だが最後の余計さっていったらwwwwwwww
229:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
乙!
具体的になに言ったんだ?
よければ覚えてる範囲だけでも言って欲しい。
231:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りしますイイハナシダナー
233:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
乙
この時点では恋人が男だってわかってなかったんだよな?
紹介(ってほどでもないけど)される時になんかなかったのか?
235:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
最後急に砕けやがったwwww
237:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
質問受け付けてくれる>>1ってやっぱ優しいよな
あ、乙です。
241:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>1って冬ちゃん慣れてんのか慣れてないのかわかんないよな。
243:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>241ほんとになで、どうなんですか?
245:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします①関係ねぇwwwwwwww
気になるけど
247:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
マジで①関係ないなwwww
気になるけど
253:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
気になる!
255:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
では答えよう
>>229
うちの家庭は冷えきっていたし、はっきり言って異常だったとおもう。だからこそお前は好い、好いてくれた相手と添い遂げてくれ。
私はお前の幸せを願っている。私の息子になってくれてありがとう。と、まあそんな感じだな。
改めて思い出すと死ぬほど恥ずかしいが。言ってよかったと思う。この時はまさか相手が男とは思いもしなかったが。
はあ…
257:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>1、良かったな。
258:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>1、良かったな?
259:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>257-<<258、良かったか?
260:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>257-<<259、良かないだろwwwwwwwwwwww
262:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>257->>260お前らもうケコーンしろよwwww
265:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
重婚wwww
268:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
だが断る!
269:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
されど断る!
270:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
然り
271:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
え、養ってくれないの!?
273:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちょ>>271酷いwwww
275:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
養ってくれないのとかwwww
277:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
ワロスwwww
279:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ワロスwwwwってまた>>1がシレッと入り込んでやがるwwwwwwww
281:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
これで>>241->>247の謎は解けたな
>>1はきっとねらー
283:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ねらーじゃない、一介のにわかROM専だ。
285:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
スレ立てしてんのににわかとか受けるwwww
287:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
要するにねらーだと。
291:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
でもあんまぽくないよな
だから俺も自重してたんだが
298:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
俺も
300:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
…最初にやってない感じのイメージがついただろ?私とか言うし
だからまぁそういうことならそのイメージに従おうと思って
>>233
全くわからなかった。ストーカーを追い払ってくれたとか、カッコいいし可愛いとか聞かされたから普通に女の子だと思った。幼馴染みのAちゃんと仲良いらしいし、そういうタイプの子なのかなぁと
303:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
新キャラキタ━━━ヽ( ゚∀゚)人(゚∀゚ )メ( ゚∀゚)人(゚∀゚ )メ( ゚∀゚)人(゚∀゚ )ノ━━━!!!!
305:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
イヤイヤ気付くだろって思ったけど似たタイプの子がいるなら…
308:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
Aちゃんのスペックプリーズ!
310:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
AちゃんKwsk!
313:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちっぱいの予感!
316:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
巨乳の予感!
320:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
では答えよう
Aちゃん 金髪碧眼、生粋の英国騎士、性格イケメン、男装したら更にイケメン、幸か不幸か絶壁ちっぱい>>135本人に言ったら彼女のエクスカリバーで沈められるぞ
322:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
エwクwスwカwリwバwーwwwwwwww
325:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
沈められるとかwwww結局腕力は女の子だろ?
328:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちっぱい( ゚∀゚)o彡°ちっぱい( ゚∀゚)o彡°
330:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
貧乳はステータス!!!!
334:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
身バレになるから詳しくは言えないが、彼女はとある大きな戦いで今二連覇中だ。確実に最後の今年でも優勝してこれまでなかった三連覇を成し遂げるだろうと期待されている。美少女だし有名だぞ?
337:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
びびってちっぱいに反応できない
339:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
イケメンにも反応できない
342:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
男装美少女にも反応できない
344:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
おまいらケコーンしろとか茶化すことすらできない
350:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ち○こ切り落とされるの?
351:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
むしろ ち/ん/こ にされるんだろ…
354:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
輪切りとかwwww
背筋冷える…
357:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
無理だ
360:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
サーセンっしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
362:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
わかったのならよい、今後なめたこと口に出さんことだ。
そうすれば恋人もできるだろうよ
363:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
男の?
365:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ア―ッ!
368:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
ホモキター!
370:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
腐女子がアップを始めたようです
371:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
さあさあ盛り上がってまいりました!
372:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
本日のホモスレはこちらですか?
376:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
遅いwwww
379:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
今回は出来なかったからな
382:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
釣り臭かったしな
385:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
釣りじゃないとは決まってないだろ?
387:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
黙れ>>385
389:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>363、それは、要らない
393:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
いやいや、ご冗談を
396:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
俺は>>1の息子ほどのイケメンなら良い
399:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
>>396
ころされたいのか?
400:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ごめんなさい!
415:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
あ
416:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ん?どうした>>1?
418:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
見られたのか?
421:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
え、なにねらーばれ?
425:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>1、落ち着け、素数を数えるんだ。
427:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
プッチ神父wwww
435:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
息子とその恋人帰るならそろそろか?
437:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
あぁ、そういや二人は寮生だったか
440:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
寮って門限あるしな
443:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
無いかもよ?
445:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
俺んとこはあった
453:以下、名無しに変わりまして水銀厨がお送りします
悪い、息子達見送ってくる
456:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
おK、待ってる
463:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
舞ってる
479:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
保守
492:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ほーっしゅ
500:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
帰ってこないな
………
700:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
一晩たったな
725:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
釣りだったか?
728:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
んー、楽しかったし釣りでも良いかな
732:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
でも釣りじゃない方がいい
734:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
釣りにしては普通だろ
737:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
普通ではないwwww
739:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
確かにwwww
754:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
なんかあったのかな?
756:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
例えば?
760:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
息子達のキス見たとか
776:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
奥さんが帰ってきたとか
780:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちょっそれはきついwwww
792:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
奥さん帰ってきたならそれはやばいwwww
796:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
まぁ、勝手な憶測なんだがな。
800:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
埋めるか
885:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
途中でやった好きな英雄を延々と指名するの楽しかったな
888:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
嵐来たけどな
890:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
うざかった
898:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ここってホモスレなんだっけ?
900:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
そうだろ
902:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
あ、もうちょいで1000だ
916:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
俺が一番槍
1000ならこれは釣り
920:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
一番槍早過ぎだろwwwwwww
1000なら>>389に男の恋人ができる
921:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
できねぇよ、黙れよ
924:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
即レスとかwww受ける(^Д^)ギャハ
927:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
>>921頑なだなwww
930:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
そろそろ絆されても良い頃合じゃね?
931:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
誰にだよwww
946:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
俺らに?
956:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
1000なら>>1の息子とその恋人は別れる
963:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
1000なら>>1の息子とその恋人は結婚する
976:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
1000なら三人は幸せになる
987:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
1000ならAちゃんが巨乳になる
993:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
1000ならAちゃんは氏ぬまでちっぱい
998:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
1000ならみんなhappy!
999:以下、名無しに変わりましてがお送りします
あmっまふぁのこっれ
1000:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
え、
1001:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
このスレッドは1000を超えました。もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
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2ちゃんもfateもにわかですが、4次槍金とCOOLなケイネスさんへの愛だけで書き上げました。そこはかとなく戦車男な転生、エルメロイ家。ソウラさんには土下座しても足りないくらい申し訳ないことしてしまったので好きな方は注意です。私も好きなのに…/ぐあぁ、誤字酷い!数字が!ほんとすいません。/全裸待機とか小説ルーキーランキング4位とか嬉しすぎてもうほんとどんな顔をしたらいいかわかんない。え?もしかしてこれ遅れてきたエイプリルフールですか?
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【お前は】息子がホモだった【跡取り息子なんだぞ】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1011922#1
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俺はただ、高校時代の同級生を見つけて声をかけただけなのに…だけなのにっ!!!
「よお、久しぶり!ふr」
「黙れ」
秒で腹殴られた……。
[chapter:同級生に塩対応した結果…]
ポアロでアイスコーヒーを飲みながらゆっくりしていた時だった。安室さんが入ってきたお客さんのお腹をマッハで殴ったのは。
一瞬過ぎて何が起きたか分からなかったが、相当良いところに拳入ってた気がする…
「お兄さん!大丈夫!?」
「おお少年…お兄さんはまだ大丈夫じゃない」
…だそうだ。そりゃそうだ。
「なんでだよぉ、なんで殴んの」
そう言いながら、安室さんに殴られたお腹を抑え床にしゃがんでいるお兄さんを心配しながら、何事だと安室さんの方を見る。
いつもは余裕そうなその顔には驚きと焦りが伺え、眉間にシワ寄せてお兄さんを見下ろしていた。
「安室さん、このお兄さんと知り合いなの?」
「違うよ、コナン君」
「なんっで否定するの!?
数年ぶりの感動の再会なのに!」
「感動などないです、黙っててください」
「なぜに敬語?ていうか、あむろって」
「だ・ま・れ」
「ひぇっ」
さっきから随分と雑な態度を取られているお兄さん。この安室さんの態度からして、多分このお兄さんは"降谷零"の顔しか知らない安室さんの知り合いなのだろう。それは降谷さんも焦るわけだ。それにしても少々やり過ぎな気がするが…。
そんな安室さんを前に「めっちゃ睨まれた、ひーコエェ…」と言いながら立ち上がるお兄さんは少しよろめきながらも大分回復したようだ。
「少し話があるのでそこに座っておとなしくしていてください」
そう言う安室さんは、きっと安室透について話すのだろう。降谷さんを知る人に安室さんを知られてしまったのはしょうがないが、話しておかなければもしかすると安室さんの仕事にも影響する可能性もある。
「まじー?俺も色々聞きたいからここで昼飯食ってくわ。てか入った時点で食ってく気満々!」
「お兄さんはどうしてポアロに来たの?」
「たまったまなんだけど、ここの前を通りかかったらこいつの姿が見えたからさ、久しぶりだし声かけようと思って、入ったら殴られた」
本当びっくりした〜、と言いながらカウンター席に座るお兄さんに、コナン君だっけ?こっち来て座ろーぜ!なんか奢ったげる、と言われて隣の席を指差される。自分でお金持ってるしいいよ、と返すと、子どもは大人に奢られとけばいーの!と言われ結局奢ってもらうことになった。
「で、ふ「(ギロッ」安室はこの喫茶店で何してんの?正社員?」
「いえ、バイトですよ」
「はぁ!?あの優秀なお前ががこの歳でバイト?!くっそ笑ッ」
「あ"あ?」
「何があったのですか安室様」
「よろしい
実は今、僕は毛利探偵の弟子を「くっ、僕ってw」うるさい!最後まで静かに聞けないのかお前は!!」
「アハハ、2人ってとっても仲がいいんだね!(おいおい、本性出てるぞ安室さん)」
きっと降谷さんしか知らないお兄さんには安室さんを演じている降谷さんが面白くて仕方がないのだろう。笑わないようにと堪えているようだが抑えきれていない。
それにしても安室さん、このお兄さんと一緒にいると素が出てしまうようだが、大丈夫なのだろうか?今はお客さんが俺らだけだから良いものの。
「コナン君もそう思うだろ?
俺たち高校時代仲良かったんだぜ!な!」
「全然」
「めっちゃ塩対応wわろた」
「ア、アハハハ…ほんと仲良いね」
いつもじゃ想像のつかない態度で接する安室さんだが、高校時代もこんな感じのやり取りをしていたのだろうか。お兄さん全然動じないし、むしろこれが正解だと言うように笑っている。
「でさー、ふる」
ガッッ!!!!
「痛っった!!!」
「すみませんお客様。うっかり手が滑って、コップを置く場所を間違えてしまいました(ニッコリ」
「手の甲が千切れるほど痛イィ、こいつちからゴリラかよぉ」
「え?もう一度されたい?とんだドM野郎ですね」
「ごめんなさい!もう言いませんのでお許しを!!!」
本当に高校時代もこんな感じだったのだろうか…?もしそうなら怒らないお兄さんはすごい心の広さだと思う。
この2人がやり取りをしている途中、買い出しに行っていた梓さんが帰ってきたようだ。
「遅くなりました〜!切れてたアイス買ってきましたよ」
「梓さんありがとうございます」
「え、めっちゃ美人じゃn」
ガンッッッ!!!!!
「あ"あ"いっってぇえ!!!」
「今の音、大丈夫ですか?!」
「大丈夫ですよ、ちょっとこの人がテーブルで膝打っただけなので」
「嘘つけこんにゃろぉ…」
安室さん、このお兄さんをどうしたいの…。ちょっとやりすぎな安室さんに、お兄さんはもっと怒っていいと思う。
やっぱゴリラじゃんと項垂れているお兄さん。大丈夫なのだろうか。
その心の広さは、ある意味尊敬するがお手本にはしたくない。
「で、ご注文は?」
「えーと、どうしよっかn「ハムサンドとアイスココアですね。かしこまりました」俺なにも言ってない…(´・ω・`)」
安室さんもうそれくらいにしてあげて、お兄さんしょんぼりした顔になってるから!
安室さんが作るハムサンドを待っている間、お兄さんと話をしていた。
「お兄さんのお名前はなんていうの?」
「俺?俺の名前は[[rb:綿貫> わたぬき]]優だよ!」
成る程、この人の心の広さを体現したような名前だ。苗字は珍しいし女みたいな名前だろー、と笑っている優さんだが、この人にとても似合う名前だと思う。
「小さい時の俺割と可愛かったらしくて、近所のおばあちゃんとかに優ちゃんって呼ばれてかわいがられてたんだー。小学生になってランドセル背負うまで女の子と間違われてたけど!はは!」
そうやって少しおどけたように話すこの人はよく笑う人のようで、人を和ませるのが得意そうな太陽みたいな人だと感じる。
安室さんがハムサンドと飲み物を持ってきて目の前にさし出す。相変わらず美味しそうだ。
安室さんは、早速いただきまーすと挨拶をしてハムサンドをパクッと食べた優さんをジッと見ている。
「何これうま!お前、すんごい料理上手くなったんだな!」
俺を超えたか〜!よく成長したもんだと感極まって言う優さんだが、まるで高校の時とは全く違うと言いたげな台詞に思わず優さんに問う。
「安室さんって高校の時は料理出来なかったの?」
「私もその話聞きたいです!」
どうやら梓さんもその話が気になったらしく、顔に興味津々と書いてある。
「あはは!それがな」
「っ!?ちょっと待て、優!」
何やら急に慌てだした安室さんの制止を無視して喋る優さんは、この話をしたくてしょうがないらしく目が一段と輝いている。
「実はあの時、俺が料理教えてたんだ!」
「「え!」」
驚きの事実に梓さんと顔を見合わせる。
「俺たち高校で寮に住んでたんだけど、1人一部屋貰える代わりに自炊しなきゃならなくてさ、ふふっ。それで、くくっ」
「もういい喋るな、優!」
「まさか寮生活1日目で隣の部屋から爆発音が聞こえてくるとは思ってもみなくてさ!ははは!」
「もういいだろ!」
いやだいやだと顔を振り優さんを黙らせようとする安室さんは、珍しく余裕がないらしい。それをさらっと交わしながら喋り続ける優さんがさっきと違って優勢のようだ。
「何事だと思って見に行ったら、こいつ玉子レンチンしたみたいで爆発してて!」
今でも爆発した玉子を唖然とした顔で見てたのを思い出すとめっちゃ笑えてくる!と笑う優さん。それと反対に、持っていたお盆で顔を隠し、蹲った安室さんはこの話が相当恥ずかしいらしい。
「意外ですね〜!」
「安室さんにもそんな時期があったんだね」
「言わないでくれ、コナン君。あれは本当に思い出したくないんだ…」
最初は優さんが安室さんの手によって蹲っていたのに、今は安室さんが蹲る状態になっていて、とんだ仕返しだと思う。優さんは無自覚だと思うけど。
「玉子レンチンしたら爆発するの知らなかったのか?って聞いたら、爆発する手前で止めたらどうにかなると思ったって返ってきて、初対面なのに思いっきり目の前で笑い転げちゃってさ、あの時は笑い止まらなくてどうしようかと思った!」
「ああっもう辞めろってその話!!」
「高校生の時の安室さんって可愛らしい発想もされてたんですね〜!てっきり昔から何でも出来る人だと思ってました!」
「そうなんですよ〜!料理以外は成績優秀だし、器用な奴だったんですけどね〜!
それから料理する時間になると目が離せなくなっちゃって、結局3年間ずっと一緒に料理の練習しながら飯作ってました」
まずはニャンコの手から教えて〜、と安室さんの昔話に花を咲かせ始めた優さんと梓さん。しばらくこの話が続きそうだが、安室さん大丈夫か?
「どうして玉子チンしちゃったんです?」
「ゆで卵作ろうとしたって言ってましたよ」
「くっそぉっっ!!」
全然大丈夫じゃなさそうだ。
[newpage]
高校時代の同級生、綿貫 優(わたぬき ゆう)
高校時代のあだ名はたぬたぬ。
連絡途絶えてた友達を見つけてポアロに入ったが、瞬間腹パンされた人。
痛かったけど多少鍛えてるから回復はわりと早かった。
降谷って呼んだらダメなのな。はいはい分かった、安室な。
間違えたのは悪かったけど、手の甲に、コップ勢いよく置くのはやめて!ガチ痛いから!てか高校の時より対応雑くない!?あの時もっと甘えたさんだったじゃん。昔の同級生に想いを馳せた。
メニュー選べなかったけど、ハムサンド美味しかったから満足。後ココアも!
安室さんの高校時代の黒歴史を喋って安室さんに勝利した。(無自覚)
実は下に年の離れた弟と妹がいる。高校入るまで共働きだった両親の代わりに2人の世話をしていたため、面倒見がいい。
高校生降谷さんが玉子爆発事件起こしてから降谷さんから弟達と似たようなものを感じ、せっせと面倒を見ていた。
塩対応した後に黒歴史を暴露された降谷さん
なんでお前がここにいるんだ!?
ずっと会えていなかった友人が突如目の前に現れた!咄嗟に腹パン←
1回目はちゃんと安室って呼ばせるためにコップドンしたけど、2回目は男主の意識が梓さんにいったことがなんとなくムカついた。降谷さんが持つとなんでも凶器になる。
後でやり過ぎたと気づいて深く反省。ちゃんとごめんなさいする。
お前には俺が作ったもの食べてもらいたかったんだよ!お前の好きなココアも付けてやったし、ハムサンド美味しいだろ?
実は会えてめちゃくちゃ嬉しい。
…ちゃんと本名で呼ばれたいなぁ。
本当は高校時代も苗字じゃなくて名前で呼ばれたかったと言うのは本人には秘密!
ただ昔より上手になった料理を褒めて欲しかっただけなのに、何故か高校生の時の全く料理できなかったエピソードを暴露され恥ずかしさMAX。本当に…ほんっとうにやめてくれ!
塩対応の様子をずっと見てたコナン君
安室さん、優さんにもうちょっと優しくしてあげてもいいと思うんだ。
優さんも嫌ならちゃんと怒りなよ?
終始心配していたけど、最後は形勢逆転してて、すごい仕返し(自覚なし)だと思った。
へー、安室さんも苦手な事とかあったんだね!
安室さんの高校時代の話に興味津々な梓さん
安室さんでもそう言うことってあったんだ〜!何でも出来る安室さんの失敗談を聞くことが出来る日が来るなんて思ってもみなかった。あの後、優と楽しく(高校生降谷さんについて)お話しした。
〜余談〜
「貴方京都の大学に行ってそっちで就職してませんでした?」
「あー、そうだったんだけど最近こっちに転勤になってさ。だから色んなところ探索してたわけ」
「そうだったんですか」
「…お前急に連絡来なくなるから心配しただろ」
「すみません」
「まあ、無事で良かったわ
また仲良くしてくれよなー」
「…考えておきますね」
「なにその返事、変なの」
そう言いケラケラと笑っているこいつは相変わらずだ。
「因みに家はどこら辺なんです?」
「まだ決まってない」
「は?」
「家探しこっちでやればいっかと思って甘く見てたら全然いいとこ見つかんなくて、今ホテル暮らし」
「アホなんですか貴方」
まっったく!相変わらずの計画性の無さだな…はぁ。
危ない目には合わせたくないから会うのはこれきりにしておこうと思ってた…思ってたのだが、どんどん心配になってきてたぞ…。
↑本当は心の底から心配しているが表には出さない降谷さん。
|
同級生だからこそ知っている黒歴史を暴露されてタジタジになっている降谷さんを見たい!そんな願望から生まれたお話です。<br /><br />塩対応について、きっと心の中ではなんでこんな対応してしまうんだ?あの時みたいに接したいのにっ!ってなっているはず。<br />でも男主いわく、昔はもうちょっと丸かった気がするけど、ツンとした態度は高校の時とあんま変わってない気がするなー!だそうです。<br /><br />赤井さんに俺と言ってたので、降谷さんプライベートとか素ではもしかしたら一人称俺なのかな?って思って、ここではそうしました。<br /><br />男主です。<br />男主の名前決まってます。<br />コナン君視点です!<br /><br />↑こんな感じのお話ですが、皆さま大丈夫でしょうか?Backするなら今のうちに!<br />大丈夫そうな方!それでは、降谷さんの黒歴史を知る物語へ行ってらっしゃーい(遊園地のキャストさん風)<br /><br />追記<br />9/14.15で<br />ルーキーランキング4位<br />女子に人気ランキング74位<br />デイリーランキング84位<br />をいただきました!<br /><br />いつも皆さんのおかげで他の作品でもランキング入りさせていただき、とても嬉しいです。ありがとうございます!
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同級生に塩対応かました結果、黒歴史を暴露されたようです
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10119267#1
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最悪だ。
十七連勤後のやっとの休み。日付が変わる頃にどうにか退社し、シャワーを浴びてベッドに潜り込んだところで電話がかかってきた。
内容は要約すると『迎えに来て』。
電話の相手で私の唯一の友人でもある伊弉冉一二三は、このシンジュクのとあるホストクラブのナンバーワンだ。
実は私と一二三は幼馴染みで、実は一二三は女性恐怖症で、実は私だけが例外で。他にもいくつも二人だけの秘密を積み重ねて十年以上。
長い長い溜め息を吐いて迎えに行ったら、会う前にいきなり警察に連行された。
最悪だ。満場一致。異論は認めない、辛いウザイ煩い……。
[chapter:受難と不安]
「ああ独歩くん! そんなに疲れた顔をして、僕が来たからにはもう大丈夫だ」
「一二三……」
迎えに行った奴に迎えに来られた。
「さあ、もう心配いらないよ。僕の胸に飛びこんでおいで」
「断る!」
午前二時。顔には化粧で誤魔化せない疲れが浮かんでいるが、相変わらず輝きやがって。
「つれないじゃないか。君と僕の仲だろう?」
「……そうだな。十七連勤後寝ずにお前を迎えに行ったのに、警察署に連行されたのは私とお前が友人だからなんだよな? つまり私のせいなんだよな? お前が今疲れてるのも、会社の椅子が座った瞬間壊れてコケたのも、自販機でコーヒー買ったらココアが出てきたのも私のせいだよな……私のせい……」
「独歩くん違うさ! ココアが君に買われたかったんだ。椅子は君を受けとめる喜びに耐えられなかったのだろう。そして僕も、君の側にいられる幸せを噛み締めているよ」
どっから来たんだそのポジティブ思考は。
真剣にその考え方を分けてほしい。人生が楽しくなる気がする。
と、いうか。迎えに行ったら店の前で話しかけられて、答えたらストーカー扱いされての連行だ。
「お前一二三さんのストーカーだろ! 迷惑してんだよ!」と一方的に言われ、反論も許されずに。
「お前のストーカーに間違われた。つまり……お前のせいだっ!」
思わず立ち上がって胸ぐらを掴んだ。一二三の方が身長が高いため、スーツに皺を作るだけで終わる。
私の給料1.5ヶ月分? 忘れた。
「確かに根暗でお前と釣り合わない私が悪い! だが、せめて迎えが来ることくらい伝えておけ!」
「伝えたんだがね。どうも『独歩』を男だと思ってたらしく」
「もう良いから一言言ってくれ。『この女は私のストーカーではありません』でいい」
疲れ果てて溜め息を吐く。
こちとらあと二十二時間で貴重な休日が終わるんだ。
「君みたいなストーカーなら、僕も歓迎なんだけどな」
「シャレにならん。誰がお前を」
「それがね、誰かは知らないけどいるんだよ。この伊弉冉一二三を愛してしまった子猫ちゃんが……ああ、僕はなんて罪深いんだ!」
「知らん、ふざけるな。いいから私を帰らせろ!」
私の怒りが伝わったのか、今まで自分を取り調べていたハゲの警官に「僕の最愛の友人です」と。
今まで散々私を見下したような、それでいて下品な目で見回していた男は、ご協力感謝致しますと定型文を吐いてやっと解放してくれた。
午前二時。ああ、休日よ。
「災難だったね。後輩から聞いたときはびっくりしたよ」
「……こうはい?」
「勘違いで君を羽交い締め、交番に押し込んだ男だよ。ほら、そこにいる」
まだ暗いシンジュクの街。物陰からこちらを見てくる奴がいるなと思ったら。
頭も尻も隠さず、電柱の影でビクつく男の首元を、一二三は笑顔で掴んだ。
「ほら、女の子を悲しませたんだ。しっかり謝らないと」
「…………」
「おーい、大丈夫かい」
「……女だ」
「「は?」」
私と一二三の声がハモった。
「……怪しいじゃないですか。先輩、女の人怖いのに突然友人だって」
「独歩くんは数少ない例外だね」
「……おい、一二三」
後輩ホストだったらしい男の主張もわかる。だがこの問答をしている間にも、休日はさらさらと終わっていくのだ。
だったら、百聞は一見に如かず。
見せた方が早い。スーツを寄越せと、私は一二三に手を差し出す。
「…………?」
一二三は、差し出した手を両手で包みこみ口づけた。
「何すんだ!」
「あたっ」
ついいつもの癖で、二人きりの時のように手が出る。しなった手の甲が頬に当たって、ぺちりと軽い音がした。
痛いと言うほど痛くもない、じゃれあいの延長線上。
だが、それを許してくれない人もいた。
「……お前っ!」
名も知らぬ後輩ホストは、私の胸ぐらを掴み上げて揺さぶってくる。
「お前、一二三さんの顔に……」
「はい、後輩くん。独歩を離して」
「一二三さん! こいつが絶対に一二三さんのストーカーですよ! この女、一二三さん家の住所知ってたんです! 部屋番まで、自分の家みたいにすらすらと! しかも一二三さんが弱ってるときに現れるし……」
「呼んだんだから来てくれるに決まってるだろ。離せ」
冷えた声。
後輩ホストは、私の体を突き放した。
首を絞められていたわけではないが、疲れに寝不足に頭部の急激なシェイク。気持ち悪い、よろけた私を一二三が支えてくれる。
「うぅ……」
「大丈夫かい、独歩」
「う…………。ん」
もう一度手を差し出す。
「スーツだよスーツ。いい加減キツいだろ」
女性恐怖症の一二三は、スーツを着ると女好きに変貌する激レアさんだが、別に魔法でも何でもない。『怖い』という感情を無理矢理『好き』で上書きしている状態らしい。
数時間ぶっ通しで自分も他人も騙し続けるストレス。しかも些細なミスで、これまでの数年が無駄になるかも知れない接客業。
私なら即効胃と精神を病む。一二三も顔に出さないだけで同じだ。
月に一度は限界が来て、自力で帰ることもできなくなる。その度に迎えに行っているから、ホストクラブでは下手な客より有名になってしまった。
それを知らなかったのだろう。
「一二三さんがあんたの前でスーツ脱げるはずが……」
「ああ、なるほどね」
まだホストのくせに、いつもの一二三のように笑う。
そろそろ連続七時間着用。限界は近いはずだ。
別にスーツを脱いで、私だけが特別なんだとアピールしてほしいわけではないのだが。
「ほっ……独歩、持ってて」
ジャケットを脱いだ一二三は、私を見て微笑んだ。
認識しているのに、奇声をあげることもなければ、笑顔で名前まで呼んでみせる。
私が唯一の例外。
比較対象のない優越感。後輩に見せる姿だけで語れるほど一二三は単純じゃない。
「え……男?」
「女だ! ……いや、確かにらしくはないが。むしろ一二三の方がよっぽど女子力が高い。私は一二三に甘えた結果、その一二三のピンチに駆けつけることもできなくて……。ああ、全部私が悪い。どうせ私なんて、私のせい私のせい……」
「独歩ー! おれのお姫さま、戻ってこいっ」
「一二三先輩が、普通に、話してる……?」
脱いだスーツは差し出した手ではなく肩に羽織らせてくれた。
よく手入れされた指が、私の跳ねた髪を絡めてもてあそぶ。
「これでわかったでしょ」
「で、でも、住所は……」
「そりゃさらっと言えるっしょ。だって本当は独歩の家だもん」
「いや、私とお前の家だ」
譲れない。名義は私だが、家賃はきっちり半分。光熱費も水道代も折半だ。随分助かっているのに、居候みたいに言わないでほしい。
「同棲……」
「ルームシェアだ」
「いーじゃん同棲。おれは歓迎。生活は何も変わらないー! 独歩を愛で満たしたーい!」
「韻を踏むな」
後輩は目を白黒させている。
「な、何で女と」
「名義が女なら、敷金礼金割り増されないで済むだろ」
「あ、口座も一緒だよ」
「は……」
まあ、幼稚園生からおばあちゃんまで、女であれば怖がる男だ。新生児の性別を一目で見抜き、テレビに出ていた人気俳優が実は男装した女だと判別できるレベルの女性恐怖症だ。
いくら女子力皆無が相手とはいえ、高給取りが同居しているのが信じられないのだろう。
「わかった?」
後輩は、こくこく頷いた。
◇◇◇
ふらふらの後輩が帰って行く。
「疲れた」
「マジごめんねどっぽりん。まさかこんな勘違いされるとは思ってなくて」
二人きりになったとたん、路上にも関わらず引っ付いてくる。
「もういいよ。それよりあの警官……私を陰気で誰にも相手にされないで、ちょっと優しくされたホストに勘違いしたイタイ女って決めつけやがって」
「……は?」
「何で私が……今頃寝れてたはずなのに。何で休日の一時間をハゲのセクハラと誘導尋問に潰されなきゃならんのだ」
「独歩。……セクハラと誘導尋問ってなにされた?」
更に低くなった声は、滲んだ怒りが自分に向けられていないとわかっていても寒気がする。
「別に……彼氏いないだろうね、処女? から始まってホストは愛を囁いてお金を払わせる仕事だのなんだの、訳知り顔で語りやがったからムカついて睨みつけたら『何だ? 抱かれて自分だけが特別だと勘違いしたのか?』とか抜かしやがった」
「うわ、クズじゃん」
いつもより口が悪いのは自覚している。
全部寝不足のせいにしてしまえ。「それで、何て返したの」と聞いてくる一二三の目を見ずに。
「勘違いではなく、事実として特別扱いされてるって言ってやったけど?」
嘘はついてない。
そうしたら、ほら見たことかと勝ち誇った顔で調書を書き始めた。
「…………へ、え」
「で、『それでストーカーしちゃったの』とか言ってきてキレかけたところでお前が来た。誰がするかストーカーなんて。今何してるかなんて知りたくなくてもお前が勝手に教えてくるだろ」
「あ、まあ……」
「どうした? 調子まだ悪いのか?」
「いや、それは独歩でしょ」
確かに。十七連勤明け徹夜。もうハイになっているのだろう。脳がヤバイものに浸されてそうだ。
疲れも感情もどっかに飛んでいった。
「と、いうか。一時間も待たせるなよ。もっと早く助けにこい」
「ごめんー。や、遅いなーと思って聞いてみたら連れてかれたって言うし。びっくりして。あれでも全力猛ダッシュよ?」
「ならいい……胸ぐら掴んだり顔叩いたりして悪かった。ごめん」
「いーよ、疲れてるの知ってる。無理して来てもらったんだから」
「いや、それにしたって……ナンバーワンの顔面に触れるとか恐ろしい。傷害と名誉毀損と不敬罪でしょっぴかれる……私のせい……」
「不敬罪って」
子供みたいに笑う一二三の横顔は、見上げないと見えない。
「大丈夫。裁判になったって「愛してるんです」って言えば、それで無罪は確定! だって独歩は『女の子』だもん」
確かに、最近の裁判では女性の証言が優先されがちだが。
「……嫌なことでもあった?」
「独歩がオジサンに見られた」
「子供か! そうじゃなくて」
一二三にとって『女の子』とは、大切であっても深くまで踏み込ませない存在だ。
一二三に女の子扱いされるのは、苦痛で不愉快で、寂しくて仕方がない。
「やなことじゃない。とっても良いこと。皆ハッピー! なことなんだよ」
「なんだそりゃ」
だって一二三が、全然楽しそうじゃない。
午前三時に突入。休みはあと二十一時間。
眠りたい。
「どいつもこいつも、あいつもそいつも。みんなみんないなくなれ。全部全部、私と一二三のせい」
「……そうだね」
◆◇◆
独歩の「私のせい」が嫌いだ。
だけど「一二三のせい」は好き。
ネガティブで全部自分が悪いと思っている独歩が、責任を押しつける唯一の他人がおれ。
ぶっちゃけ、身内認定を通り越し自分の一部だと思われている気がする。だから好き。
「ねえ、どっぽ」
「何だよ……ああもう疲れた。地が出っぱなしだ」
「いんじゃない? おれはそんな独歩も好きよ」
自分と同じくらいの長さになってしまった赤毛を撫でる。
好きな男のために髪型を変える女の子は多いけど、ここまで思いきり良く切ってくれる人がどれだけいるだろう。
愛されてるなぁ、おれ。
「で、なに」
「ああうん。……おれっちね、今のまま頑張れば、シンジュクのナンバーワンにもなれるかもって言われたの」
「シンジュク、ナンバー、ワン」
一音一音区切って確かめる独歩の、きょとんとした目のかわいらしいこと!
これで無自覚なんだから。一時間も独歩を舐め回すように見て、酷い言葉をぶつけたあの警官。それとなーく社会的に殺してやる。
あと、勘違いとはいえ独歩を苛めた後輩も。殺しはしないけど、テキーラ瓶ごと飲ませてあげよ。日本酒とちゃんぽんの方が良いかなぁ。
「いや、カモじゃない。意外と手の届くところにあるんだよ……」
「それは、おめでとう?」
良くわかってないようだ。スケールが大きすぎるからか、あるいはナンバーワンがどれだけすごいのかからピンときていないのか。
多分両方。
だっておれ自身もよくわからない。
これからを真面目に考えてみたら、ふわふわしてて怖くて。帰ることもできなくなった。
「どうしよ、おれまた愛されちゃう。シンジュク中に名前と顔が知れて、忙しくなっちゃうね」
独歩以外に愛されるのは怖い。だって何を返したら良いのかわからないから。
何百、何千万と使ってくれたお金の対価が「ありがとう、子猫ちゃん」でいいのだろうか。
「皆おれのいいとこ探して、独歩の月給くらい一晩で使ってくんだ。どうしよーね」
「給料には触れるな、空しくなる……」
比較対象がおれなのが悪いだけで、二十代半ばの給料の平均と比較したらかなり高かったはずだが。
赤毛を撫でて、腰を抱く。
止めろと言いつつももぞもぞ動く体は、逃げるためではなく、居心地のいい体勢を探しているからだ。
いい場所をやっと見つけたのか、甘えるように体を押しつけてきた独歩は。
「……皆が、一二三のいいところを探して好きになるなら、私はお前の嫌いなところを好きになれるようにするよ」
優しい声。だから独歩だけは平気なんだ。
おれの唯一の例外。大切な独歩。
どんな顔をしてるんだろう。この体勢じゃ見えない。
「……例えばどんなとこ?」
「すぐ抱きついてくるところとか」
おれは思わず噴き出した。
なんだ、案外あっさり好きになってもらえそうだ。
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一二三と独歩。独歩女体化かつ一二三がシンジュクナンバーワンになる前のお話。<br />ホストモードでずっといられる時間制限がある設定です。<br />あと名無しのモブ後輩ホストが結構出てきます。<br /><br />ひふど♀ かわいい。独歩だけ例外なのも怖くても側にいたいと思っててもどっちでもかわいい。これは前者です。<br />なお、私の中での一二三イメージは『自分がされて嫌なことは決して他人にしないけど、自分がされて嬉しいことが他人に必ずしも当てはまるかを考えない人』です。<br /><br />(0915 追記)<br /><br /> え?<br />2018年09月08日~2018年09月14日付の[小説] ルーキーランキング 15 位に入ってました。<br />びっくり。皆様ありがとうございます。<br />私ってルーキーなのかは置いておいて、こんなに読まれたのも評価されたのも初めてです。嬉しい。<br />予想外過ぎて怖い……これからも頑張りますので、何とぞよろしくお願いします。<br /><br />(さらに追記)<br /> タグ付けありがとうございます<br /><br />(0916 追記)<br /><br />またまたびっくり。2018年09月09日~2018年09月15日付の[小説] ルーキーランキング 12 位に入ってました。<br />皆様のお陰です。本当にありがとうございます。<br />これからも楽しんでいただけたら幸いです。<br /><br />(1009 追記)<br /><br />ブックマーク数400超えたぁ……<br />ジゴロいくかな? (ひふみは気づいたら超えていて言う間もありませんでした)<br />これからも、どうかよろしくお願いします。<br /><br />(1013 追記)<br /><br /> タグ付けありがとうございます<br /> まだまだ読んでくださる方がいて幸せです。<br /><br />(1027 追記)<br /><br /> ブックマーク数GIGOLO達成!<br /> 本当に嬉しいです。読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。<br /><br />(1116 追記)<br /><br />ブックマーク数500になりました。<br />九月の半ばに投稿したコレが未だに読まれていること。そしてコレをブックマークしてくださる方がいることが本当に嬉しいです。幸せです。<br />これからもどうかよろしくお願いします。<br /><br />(更に追記)<br /><br /> タグ付けありがとうございます。早い。<br /> ……多分私が一番言っちゃいけないことですけど、この話何でこんなに読まれたんでしょうか……?<br /><br />(1211 追記)<br />ブックマーク数600超え。これまで読んでくださった6270人の方々、これから読んでくださる貴方様、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。<br />いいねしてくださった500人以上の方々も、いつも本当に嬉しいです。励みになります。ひふど最高です。<br /><br />(2020 0506 追記)<br />ブックマークしてくださった方が、1000人を超えました<br />今でも見つけてくださる方がいるんだなぁ、と嬉しい気持ちでいっぱいです<br />ありがとうございます。改めて、ひふど最高です。<br /><br />(20210503 追記)<br />タグ付けしてくださった方、ありがとうございました
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受難と不安
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10119298#1
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あの夜のことの後悔はしてない。
だって赤井さんの辛い表情を見たら、彼を放っておくことなんて私にはどうしたって出来ないし、どんな理由であれ彼の悩みが解消された事を考えればあの時私が下した判断は間違っていなかったと思う。
そう、思うのだが…。
「おはよう。」
「お、おはよう…!」
いつもの朝のやり取りすらぎこちなくなっている私はリビングダイニングに現れた赤井さんの顔を見れなくてダイニングテーブルに用意した食事を見つめた。
今日は和食だ。もう慣れたフライパンでの焼き魚と小松菜と厚揚げのおひたし、ジャガイモのと玉葱の味噌汁。
白米をお茶碗に盛り付けると赤井さんが座る前に置いた。
「いただきます。」
「いただきます。」
二人で手を合わせると箸を持ち味噌汁を飲んだ。玉葱の甘さが出て我ながら美味しいと思ってしまう。
食卓は気まずい空気が流れている。
元々赤井さんはそんなに喋るタイプではないのでいつも私が好き勝手に話しているのだが、その私が喋らないので自然と囲む食卓は静かだ。
「あ、」
「ヒャイ!?」
「いや、今日の味噌汁美味いな。玉葱も入れるものなのか?」
赤井さんの言葉に私は間抜けな声を上げて彼の言葉に頷くだけの返事をした。
静かな食事を終えて食器を洗い終えると赤井さんは仕事に向かう支度を終わらせて玄関まで一緒に歩く。見送りまで拒否したらこの関係性はすぐに破綻するだろう。
「いってらっしゃい。」
「あぁ。」
閉められたドアを見届けて私は盛大な溜息をついた。
リビングダイニングに戻りソファに座ってパソコンを開いてブログを書く。
当たり前だがこの間の夜のことは書いていない。それはそうだ、そこまで私生活を晒す必要性もないのだから。
ブログを書き終えメールチェックを済ますと私は部屋の掃除を始める。
何かしていないとあの夜のことを思い出してしまい、何も手につかなくなりそうだった。
[newpage]
赤井さんの自室以外の部屋という部屋をピカピカになるまで磨き終えればいつの間にか窓の外はとっぷりと暗くなり夜になっていた。
慌てて夕食の仕込みを始め、そろそろ完成という所で玄関が開く音がする。
赤井さんが帰ってきた。と察すると同時に緊張と今夜こそは何時ものように振る舞わなければと心してリビングダイニングの扉を見つめた。
「ただいま。」
「おかえり。」
努めて笑顔を向けるが口角が不自然に釣りあがっていることは自覚していた。頑張れ私の表情筋とエールを送ったところで、こんな下手な笑顔では私の気持ちなんて赤井さんにはお見通しだろう。
彼は私を見て微笑みを向けてくれて今夜の夕食のメニューを聞いてきた。
気を使ってくれる赤井さんに申し訳なさを感じながら今夜のメインディッシュであるハンバーグを食卓に並べると嬉しそうな顔をして席に座った。
アメリカではハンバーグではなくハンブルグステーキというらしい。道理で店でハンバーグを頼んでもハンバーガーが出てくる訳だ。と納得したのは記憶に新しい。
ナイフを入れると溢れる肉汁と浮かぶ湯気に少し心が軽くなる。
食事は良い。気分を変えてくれるしお腹も満たされる。
何より赤井さんが美味しいと言ってくれると私はそれだけで有頂天になってしまうくらい嬉しく感じているのだ。こんな気持ちになるのは初めてで正直自分でも訳が分からないけど、小さい頃初めて母に手料理を食べてもらって褒められた気持ちと似ている。
「美味いな。」
「よかった~。」
赤井さんはハンバーグをペロリと平らげてご飯もおかわりしてくれた。
ご飯粒一つも残さず綺麗になったお茶碗を洗う。後ろでは赤井さんが食後のコーヒーを入れてくれている。
食器を洗い終えるとタイミングを見計らったようにマグカップを手渡された。それを受け取り二人でソファに並んで腰をかける。
何を話そうか、今までどんな風に話しかけていたっけ?と頭を悩ませていると隣の赤井さんが珍しく声をかけてきた。
「そういえば、明後日オフィスの仲間からパーティーに誘われていたんだが君も来るだろう?」
「え?それって職場の人のでしょ?私も行っていいの?」
「あぁ、今日言われて思い出してな。確認したら良いと言われた。」
どうやら赤井さんの職場の人の誕生日パーティーなのだそうだ。
私は迷いながらも、一人この部屋で夜を過ごすのも嫌なので、許可が出ているなら。とお言葉に甘えさせてもらう。
「行く。」
「そうか良かった。」
赤井さんがふんわりと柔らかく笑みを浮かべる。私は胸が暖かくなって少ししてから来る顔の熱を誤魔化すようにマグカップに入ったコーヒーを飲んだ。
コクが強く、彼は少し疲れているのだと悟り、そんな状態なのに私を気遣う赤井さんに申し訳なさしか湧かなかった。
[newpage]
次の日私はマイクと共にショッピングに出掛け、パーティーの主役である人へのプレゼントと余所行き用のワンピースを購入した。
普段着で行こうとした私にマイクが、パーティーなら着飾らないとダメだよ!と強く押された。
マイクが選んでくれた綺麗なエメラルドグリーンのワンピースは三十路には派手ではないだろうか?と尋ねたが、日本人は若く見えるし原色の方が似合うんだよ。と言われて勧められるがままに渋々レジに並んだのだ。
「いや、やっぱちょっと若作りし過ぎでは??」
そしてパーティー当日になった夜、私は鏡の中の自分を見て肩を落とした。
ワンピースはトップはピッタリとしながらもスカート部分は裾が広がり体を捩ると後を追うようにヒラリと綺麗に翻る。所謂Aラインのワンピースなのだが色がやはり派手な気がする。メイクをしたことも相まって完全にパーティー仕様な自身に到底見ていられない気分だ。
「やっぱり黒のワンピースに…。」
クローゼットにかけてあるワンピースに手を伸ばしたところで玄関が開く音がした。
慌てて自室を出て赤井さんを迎えると彼は驚いたように目を瞬かせた。
その反応に、やはり派手だったか。と余計気分が沈み込んで顔を俯かせる。
「ごめん、似合わないよね?やっぱり別のに…。」
「いや、良い。久しぶりに君のドレス姿を見たから驚いただけだ。」
そういえば小綺麗な服装をしたのはルート66の最終地点であるラスベガスが最後だったと思い出す。
あの時はホテルの豪華さや非日常感もあり色は鮮やかだが無難なブルーだったのであまり気にしていなかったが、振り返えるとやはり気恥ずかしさが湧いてくる。
俯いた私の手を取った赤井さんは私の気持ちなんて知らずに、小さく呟いた。
「それに良く似合ってる。」
「ありがとう。マイクの勧めだったんだ。」
「ホォー…そいつは…。」
少し焦りながらも褒めてくれた彼の声色が静かに低く変わり、私はハッとして顔を上げた。
「プレゼント!ソファに置いたままだ!赤井さん時間は?!」
「ここから車ならすぐだが、あまり余裕はないな。」
腕時計を見た赤井さんに私は慌ててリビングダイニングへ向かい、置いてあるプレゼントを腕に抱えて玄関へ戻った。
着替えている暇はない。と腹を括った私は急いで小さなバックを肩にかけて赤井さんの元に戻る。
「行こう!遅れたら大変!」
赤井さんの手を引いて玄関を出て、キチンと施錠したことを確認するとアパートメントの階段を駆け下りた。
赤井さんの運転でやってきた場所に私は目を剥いてその高い建物を見上げた。
「おっきい…。」
「この中に入ってる店を借りているらしい。」
豪華なロビーを抜けてコンシェルジュの案内でエレベーターに乗り込むと地上から六階離れたフロアで下ろされ、フロアに案内された。
パーティー仕様になった店内はカラフルに彩られていた。
このフロアのお店を貸し切りにしているためか左手に普段は客席として使われている箇所がキープアウトとなり、右手にある大きなバーカウンターではスタッフ達が忙しなく動き回っている。
目の前に置かれた大きな円卓にはHAPPYBIRTHDAYのウェルカムボードと両脇には沢山の風船が飾られとても華やかだ。
どうやら主役へのプレゼントはこの円卓の上に置くようだが、既に置き場所がないくらいプレゼントで溢れている。
私たちはテーブルの隅に自分たちのプレゼントを置くと、コンシェルジェに代わってやってきたスタッフからウェルカムドリンクを受け取った。
「外に行ってみるか?」
「外があるの?!」
エレベーターを降りた目の前の装飾に視界が阻まれていたが、ひょっこり円卓から顔を覗かせると全面窓だと思っていたガラス張りは大きく扉が開かれており、外には大勢の人で賑わっていた。
赤井さんのエスコートでシャンパン片手に外へ出るとワシントンの夜景が綺麗に望める。少し離れた所に聳え立つオベリスクが見えて、私は緊張に手が震えた。
「え?アメリカの誕生日パーティーてこんなに豪華なの?パリピなの?」
「パリピ??まあ今回の主役は独身だからこれくらい盛り上がった方が心情的に良いんだろう。」
赤井さんの言葉に、独身貴族という奴か…。と思っていると手を引かれる。
混み合う人の間を縫うように歩くと参加者たちの多様さが目に入った。Tシャツにジーパンというラフな服装の人からドレスで着飾ったセクシーな女性、仕事帰りなのかスーツをキッチリと着込んだビジネスマンもいる。
このパーティーの主役はどうやら相当顔が広く友好的な人柄のようだ。
人混みで見えなかったが外にはプールが設置されおり美しくライトアップされ水面が美しく輝いている。外の会場はカラフルなフェアリーライトや様々な形をしたいくつものランプで装飾され如何にもパーティーらしい華やかさだった。
アメリカでプールパーティーはよくある光景らしいが、私には何もかもが初体験で正直自分の居場所を見つけられないでいた。
「なんか私場違いじゃないかな?」
不安そうに呟くと赤井さんは首を傾げて、その後私の頭を撫でた。
「気にするな。君を見ている奴は大体下心がある奴だ。」
赤井さんの言葉に私は嬉しくて頬が自然と緩んだ。
彼は人を褒めることは稀のようだけれど、世辞は言わないタイプの人だとこの二ヶ月で理解した私は繋がれている手をギュッと握り返す。
「ありがとう赤井さん。」
「何、礼はいらんさ。」
赤井さんらしい応えにまた小さく笑って、私たちはDJが盛り上げるクラブと化したパーティー会場をまた歩き出した。
人混みを縫うように歩く赤井さんの後に連れられていると、目当ての人物がいたのか赤井さんはその人に声をかけた。
振り向いた男性は背が高くTシャツの上からでも分かる屈強な体つきをしている黒人男性で、私は思わず赤井さんの後ろに隠れる。なにか粗相でもしたら一捻りされてしまうと思うくらいに彼は力強そうだった。
「誕生日おめでとう。幾つになったかは聞かない方が良いか?」
「あぁ、三十を超えたあたりから数えるのを辞めちまったよ。」
「賢明だな。独身の一人で過ごすバースデー程寂しいものはないからな。」
「シュウ!それはお前もだろう?・・・とお前はもう違うんだっけか?」
男性と赤井さんの会話は英語なので私には分からないが、どうやら彼がこのパーティーの主役のようだ。
背の高い彼が赤井さんの肩から顔を出して私と目が合い、ヒッと喉の奥で声が出てしまう。
挨拶もしていない失礼な私を彼は嫌な顔一つせず白い綺麗な歯を見せて笑顔を向けてくれた。
「君がシュウのルームメイトかい?」
「え、あ、イエス。そうです。ハッピーバースデー。」
「アリガトウゴザイマス。」
カタコトの日本語でお礼を言ってくれた紳士的な対応に、彼の印象をガラリと変えた私は簡単な自己紹介をして握手を交わした。
「うん、噂には聞いていたけど可愛いパンプキンじゃないか。」
「ぱ、パンプキン?南瓜?」
「やめろ彼女はそういう関係じゃない。」
パンプキンとはどういうことだろう?私が南瓜に似ているという意味だろうか?
頭をクエスチョンでいっぱいにしていると赤井さんは彼を制するように顔を顰めていた。
一通りの挨拶を済ませると彼はやはり主役ともあって次々に招待客がやってくる。それに笑顔で返している彼にパーティーを満喫するように言われて私たち二人は彼と別れた。
「騒がしいのは苦手か?」
「ううん、赤井さんがいるから安心だし、初めて体験することは楽しいよ!連れてきてくれてありがとう。」
「そいつは良かった。」
会場は雑談に花を咲かせている人もいれば、音楽に乗って体を躍らせる人など楽しみ方はそれぞれで、私は流れてくる音楽に体を揺らしながら外にも設置された急造のバーカウンターで頼んだウィスキーを飲んだ。
主役の彼が同僚ということもあり、赤井さんの周りにも人が次々と挨拶にやって来る。
そしてその度に私は中学校の初めに習う定型文の英語で自己紹介を繰り返していると、スウィーティやらキュートパイやらワイフィなど訳の分からない言葉を投げかけられては赤井さんが眉を顰める。
「ねえ赤井さん。」
「なんだ?」
「私ってそんなに美味しそうなのかな?」
いくら英語に疎い私でも食べ物に例えられている事くらいは理解出来るので、私は自分の二の腕を摘んでみた。
確かにアメリカに来てから少し太った自覚はあったのでげんなりした顔で項垂れる。
「まあ確かに君は美味しそうだが。」
「やっぱり太った?!」
「違う。あれはそういう意味じゃない。」
赤井さんは頭が痛いという風に首を振って溜息を吐いた。
「じゃあどんな意味?」
「君は知らなくて良い。」
「え~赤井さんケチ・・・。」
「君酔ってるだろう?」
「酔ってないよ~。」
嘘だ。本当は結構酔っ払っている。周りの賑やかさと赤井さんとどう接したら良いのか考えていたら、いつの間にか毎日飲んでいるお酒の許容量を超えていた。
ホロ酔い気分で流れて来る音楽に、盛り上がる人たちはダンスに混じっていない私たちに手を上げては誘うようにキレッキレなダンスを披露してくれる。
その内の一人の女性に私は合わせて体を揺らすと、彼女はご機嫌に私の手を取りダンスを楽しむ人混みに入れられた。
そして慌てて私の手を取った赤井さんも人混みに呑まれる。
「おい、」
「赤井さんノリ悪いぞ~!」
「ハア、君は本当にお転婆だな。」
私は赤井さんの手を取りクルクルと回って見せると彼は苦笑いを浮かべながらも応じてくれた。
ホロ酔いでダンスを踊るほど愉快なことはない。
DJの掛け声や周りの振り付けを真似してみては周りは楽しそうに笑って私の肩に親しげに手を置く。
音楽は国境を越えるとはよく言ったもので、言葉は通じなくとも楽しい時間を共にするのは有意義であり先入観なしで触れ合える最高の文化だと思った。
ダンスを楽しんでいると少しは酔いも覚めてくるもので、三十路ということもあり一旦ダンスで賑わう人混みから外れると赤井さんは呆れながらも私を気遣ってくれる。
「何か飲むか?」
「お酒!」
「禁止だ。」
私の注文をひと蹴りした赤井さんは、ソフトドリンクを持ってくる。と言って人混みの中を通って行く。その後ろ姿を見送っていると赤井さんに投げかけられる視線の多さと声をかけてくる女性たちに、ああ本当に赤井さんはモテるのだな。と納得しながらも少しだけ胸に針を刺したような痛みを感じる。
彼の隣には美人な女性が似合う。もうEDも治った事だしきっと直ぐにでも恋人が出来るだろう。望めばセフレを志願する女性はそれこそ数多だ。
「赤井さんカッコ良いもんな~。」
怖そうに見えて紳士な彼の恋人になれる人は幸せだろう。
ジョディは元恋人なのだから、それはそれは大事にされたのだろう。と聞いたら彼女は顔を歪めて、甘い言葉の一つもくれなかった。と憤怒していたけれど。今一番近くにいる私にはいまいち想像出来なかった。
いや、一番近くなんて驕りかもしれない。たった二ヶ月ちょっとの期間で私は赤井さんの何を知っているというのだろう?
あと三週間もすれば私は日本に帰る。その頃にはもう赤井さんにも良い人が現れるかもしれない。
「はあ~。」
大きな溜息は周りの人にも聞こえたようで、少し心配そうに見つめられては笑顔で大丈夫というサインを送った。
「Hi!」
「え?あ、はい。ハロー。」
「Having fun?」
「ファ?あぁイエス。」
ビール瓶を手に声をかけてきたのはネイビーの仕立ての良いスーツを来た白人男性だった。
お酒を手にしていない私を不審に思ったのだろうか?だが彼は爽やかな笑顔で私に喋りかけてきた。
「そのドレスとても素敵だね。君に良く似合ってる。それに見ていたけどダンスも可愛かった。」
「えっと、サンキュー。」
「英語は苦手?」
「アイキャンノットスピークイングリッシュ、ソーリー。」
会話が成立しなければ彼は当てが外れたか、私の状態に安心して隣を去るだろうと思っていたのだが、彼は私の予想に反してスマホを取り出すと液晶画面をタップして画面を見せてきた。
[一人?これから僕と話さないかい?]
スマホの画面には日本語が書かれており、それが翻訳機だと気付くのに時間は掛からず、私は自分のスマホを取り出して同じような翻訳アプリを起動して文字を打ち込む。
[ごめんなさい。連れがいるの。]
[黒い服装の彼かな?恋人なの?]
恋人という単語に私は胸が締め付けられた。薄く開けていた唇をキュッと締めて頭を左右に振ると、彼は柔らかく微笑む。今までの私ならその微笑みだけでノックアウトだったが、今は何故だか心を動かされない。
「待たせたか?」
「あ、赤井さん…。」
日本語で呼びかけられ顔を上げると両手にドリンクを持った赤井さんが私の隣にいる彼を見つめていた。
「えっとソーリー?」
「I don’t mind.」
彼はまた爽やかな笑顔を浮かべて背広の内ポケットからメモを取り出すと素早くペンを走らせ私に手渡してきた。
少し引き気味にそれを受け取った私を確認して彼は颯爽と人混みの中へ消えて行った。
ポカーンと間抜けに見送ると赤井さんに声をかけられてハッと我に帰る。
「あ、ありがとう赤井さん!」
「今の男は?」
「えっと、手持ち無沙汰な私を心配してくれたみたい。」
「メモまで寄越してか?」
ジト目で凄まれて私は後退るが赤井さんは開いた距離を長い足でお構いなく埋めてくる。
まるで尋問されている犯人の気分になりながら、訳の分からない言い訳を並べるが赤井さんの瞳は私を捕らえたままで、いよいよ私の元からない語彙力も底をつきはじめた。
「まあ良い。君の好きなようにしろ。」
「・・・そんな言い方はないんじゃないかな?」
いきなり突き放すような言葉を発した赤井さんに私は異議を申し立てた。
自分だってあんなに女性から声をかけられていたのに、私がたった一人の男性と話していただけでそんな風に言われるのは納得いかなかった。
「・・・すまない。ほらドリンクだ。」
「ありがとう。」
呟くように謝罪の言葉を口にした赤井さんからドリンクを受け取る。中身はレモネードだった。
それを口につけると程よい酸味と甘みが広がり酔いは完全に覚めてしまう。
二人で無言でドリンクを飲んでいると気まずい空気が私たちを包み、やっぱりお酒を持ってきて貰えば良かったと思いながらこの空気をどうにかしようと赤井さんの名前を呼ぶ。
「なんだ?」
「いや、その・・・。」
声をかけたは良いがその先の言葉が出てこない。
何を話せば良いのだろうか?どうしたらいつもの様に楽しい雰囲気になるのか、私は頭を捻るがどうしたって良い言葉は浮かばなかった。
「なんでもない。」
「そうか・・・。」
目の前に広がるライトアップされたプールの水面が嫌に明るく、そこだけ別世界みたいだと思考が逃避し始める。
赤井さんとこんなに気不味い空気は初めてだった。
残された時間は僅かだ。
今この瞬間になんとかしなければ、私が帰国するまでずっとギクシャクした関係になるかもしれない。そう思うとレモネードが入ったカップを持つ手が震えた。
中身のレモネードは綺麗な黄色が爽やかながらその表面は震える私の指のせいで少し波紋が出来る。
いつも居心地の良い筈の赤井さんの隣が今は逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
そんな私たちの空気を切り裂く様に明るい声で赤井さんの名前を呼ばれて、そちらを二人で振り返るとTシャツとスラックスというラフな格好をした大柄な白人男性と黒人男性が肩を組合ながらこちらに陽気に歩み寄ってくる。
「シュウ!なんだ暗い顔してるな!」
「お前たちか。」
「甘い言葉の一つ囁かないと女に飽きられちまうぜ?」
「だから彼女とかそういう関係じゃ・・・。」
「ハハハ!!」
近付いてきた男性二人は相当酔っ払っているのか足取りが覚束無いが、私は目を丸くさせながらも助かったという感謝の気持ちでいっぱいだった。
今は誰かの助けがなければずっと雰囲気は悪いままだっただろう。
「よしシュウを楽しい気持ちにしてやるよ!」
「は?」
「良いなあ!」
男性二人は顔顰めた赤井さんの有無など聞かずに彼の腕を引き、一人が上半身を羽交い締めにして、もう一人が彼の長い足を持ち上げた。
「おい!?」
珍しく慌てふためく赤井さんと咄嗟のことで何も出来ない私を置いて、男性二人は二度三度赤井さんの体を揺さぶると、その体をプールに投げ込んだ。
跳ね上がる水音と飛んできた飛沫に、私は唖然としてしまう。
「ハハハハ!シュウこれがプールパーティーの醍醐味だろ?」
「しけた面してんじゃねえよ!」
一瞬沈んだ赤井さんはその身を水面に上げて男性二人を睨みつけた。プールの水位は赤井さんの胸まであり、中々水深が深い様だ。いつも被っている帽子が水面に浮いて彷徨っている。
「ぷ、あははは!」
赤井さんに悪いと思いながらも私はお腹を抱えて笑ってしまった。
だってあの赤井さんが軽々と持ち上げられてプールに投げ込まれたのだ。普段なら絶対に見ることの出来ない驚いた表情や拗ねた子供の様に唇歪める彼の初めて見せた一面に私は目尻に溜まった涙を指で拭った。
そして未だプールに入っている赤井さんに腰を曲げて手を伸ばす。
「あは、ははは、赤井さん大丈夫?」
「クソ、全身ずぶ濡れだ。」
水圧で思う様に歩けないのかゆったりした足取りで赤井さんは鬱陶しそうに髪を搔き上げ、伸ばされた私の手を取る。
彼を引き上げようと私が込めた力よりもずっと強い力で腕を引かれ、咄嗟の抵抗すら出来ずにプールへ引き摺り込まれた。
「は!?」
視界の端でレモネードが宙を飛んでいくのを捉えながら、次の瞬間には派手な水音をさせ、ライトアップされた水中の明るさに目を瞑った。
突然訪れた膜を張った様なくぐもった聴覚と制限された呼吸が苦しくて足掻こうとしたら、掴まれていた手を引かれる。体が硬い何かにぶつかったと思えば、お尻に回された物体に体を持ち上げられた。
肺に送られる空気に咳き込み、視界を遮る水滴を手で払って目を開ければ、眼下には悪戯が成功した子供の様に笑う赤井さんがいた。
「ゲホ、なにんすの!!」
私の抗議に赤井さんは歯を見せて笑う。
「君の驚いた顔が見たかった。」
してやられた。と悔しさを感じながら水中で私を抱き上げる赤井さんの肩に手を置いて、私はシニカルな笑みを浮かべる。
「で?ご感想は?」
「最高だな。」
「それは良かった。こっちはびしょ濡れで最悪の気分。」
赤井さんは男性だから水に濡れたところで崩れるのは髪型くらいだし、びしょ濡れの姿は水も滴る良い男を具現化した様なものだが、私は違う。
折角セットした髪は整髪料が落ちてグチャグチャだし、メイクも崩れて見れた物じゃないだろう。
それにマイクが選んでくれたグリーンのワンピースもずぶ濡れだ。
顔を歪める私とは正反対に赤井さんは嬉しそうに微笑んだ。
「他の男が選んだ服も台無しで気分が良い。」
「はあ、それどういう意味?」
「これで君に声をかける男もいなくなるだろう?」
六日目の菖蒲状態の私は溜息をついて額に張り付く髪を手で払い、プカプカと水面に浮かんだままだった赤井さんの帽子を手で引き寄せて彼の頭に不恰好に被せた。
「それじゃあ赤井さんももう声かけられないね。」
いっそ思い悩んでいた自分が馬鹿らしく思えるくらい、私たちの間に流れていた気不味さは煙の様に消えて無くなっていた。
「安心したか?」
「そっちは?」
濡れた額を赤井さんの額より少し上にぶつけるけれど痛みはない。絡み合う視線に自然と頬が緩み小さく笑い声が出た。
「シュウ!貴方達なにやってるのよ!?」
「ジョディ!」
私たちがいる反対側のプールサイドに駆けてきたジョディがお酒片手に呆れた様に溜息をついていた。
周りを見れば私たち二人は会場の注目の的だった。途端に体が熱くなり赤井さんから離れようとするが、彼は離す気はないらしく、腰に回された腕は強く私を締め付ける。
諦めた私は大人しくジョディのいる方へ歩き始めた赤井さんに身を任せることにした。
「主役より目立つなよシュウ!」
「赤井しゃん大丈夫ですか?」
このパーティーの主役である大笑いしている彼の後ろからアンドレさんがタオルを持ってやってきた。
プールの端まで辿り着いた赤井さんはご丁寧に私をプールサイドへ抱き上げてくれて、自分は水分を含んだ服の重みも些事な事なのか軽々とプールから上がった。
アンドレさんから手渡されたタオルで体を拭くが到底ワンピースが乾く事はなく、私たち二人はラウンジへ移動する様にスタッフに促される。
「あ、」
「どうした?」
手に握りしめたままだった男性から貰ったメモを見れば、アドレスが書かれていたであろう文字はプールに入った所為でインクが滲みとてもじゃないが読めた物じゃない。
「これじゃあ連絡取れないね。」
私がそうポツリと呟くとタオルで頭を拭きながら横を歩く赤井さんは、それは僥倖だ。と悪びれもなく言った。
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浮気した夫から慰謝料ぶん取って離婚した勢いそのままに渡米した。7話目です。<br />これも凄く書きたかったお話です。<br />なんか書きたいことばかりで時間も話数も足りません!<br />今回はTHE☆アメリカ!というイメージで書きました。パーティーて良いですよね。気分がお祭り状態になるの。<br /><br />前回6話にはたくさんのコメントありがとうございます。<br />お一人お一人大切に読ませて頂いています。<br />皆さんに読んで頂けて前回はランキング1位を頂けるまでになりました。<br />後2話くらいでこのお話も終わりなので寂しいですが頑張って書いて行こうと思います。<br />最後までどうかお付き合い下さい。<br /><br />いつもコメント、ブクマ、イイネ本当にありがとうございます。
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浮気した夫から慰謝料ぶん取って離婚した勢いそのままに渡米した。7
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10119449#1
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【千代美】
夕方、自宅でシャワー。
最近は一気に暑くなったから冷たいシャワーを浴びることも増えてきたけど、今日は熱いのを思いきり浴びている。
匂い、ちゃんと落ちてるかな。
すんすんと自分の身体を嗅いでみたけど、まあ、お風呂だからよく分からない。まほは鼻が良いから、なんだかすぐに気付かれちゃいそうで怖い。
何をしてたんだって訊かれたらどうしようか。正直に答える訳にも行かないから、なんか上手い言い訳を考えておかなきゃ。
出来るだけ嘘はつきたくないけど、こればっかりはなあ。
まほには喋らないって約束したんだ、エリカと。
なかなか無い組み合わせだったなと我ながら思う。
エリカとみほ、同居中の二人。まほと私は、あの二人と時々会って四人でご飯食べたりしてるんだ。そう、『二人と二人』なら時々会う。
いつか言った事があったけど、まほにとってあの二人は妹なんだよな。みほは勿論だけど、最近ではエリカもまほにとって妹みたいな感じになってきた。かく言う私も、まほの妹という意味で、みほが妹みたいに見えてきた今日この頃。
と、考えていくとやっぱり私とエリカだけが、なんと言うか、ちょっと薄い。『妹みたいなもんみたいなもん』って所か。ややこしいなあ。
ともかく、悩みとまでは行かないけど、ちょっと気になってた。エリカとも仲良く出来ないかな、って。
別に仲が悪いって訳じゃないんだけど、もうちょっと何ていうか、距離を縮められたらなと。
そんなことを考えていたある日、当のエリカから珍しく電話が掛かってきた。
『あの、まほさんはそこに居ますか』
挨拶もそこそこに、いきなりの質問。
丁度その時は、夕飯の仕度をしながらまほの帰りを待っていたところだった。居ないよ、と答えるとエリカは露骨に安心した様子で言葉を続けた。
『お願いがあるんです。まほさんには内緒で』
やけに気にするなあ。
でもまあ、私に頼み事をするとなればまほに知れると考えるのが普通だからな。まほに内緒というのが大切なんだろう。
案の定、お願いというのはまほには知られたくない事で、尚且つ私にしか頼めない話らしい。
『みほとも相談したんですけど、やっぱり安斎さんしか居ないって結論になって』
「ふむふむ」
まほに内緒でというのが引っ掛かるけど、頼られて悪い気はしない。『姉みたいなもん』冥利に尽きる。
で。
相談の内容というのは、冷蔵庫がいつの間にか壊れてて中の食品を全部駄目にしてしまい処分に困っている、というもの。
なんだその程度の事か、と思った。確かに少し厄介ではあるけど、然るべきゴミの日に捨てれば良いだけの事じゃないか。
『それは、はい、そうなんですが』
流石にそれは、みほもエリカも分かってる。
だけど二人とも忙しくて、運悪くゴミの日に寝過ごしたりしたのが重なり、そのままズルズルと時間が経ってしまった。結局今は、あろうことか冷蔵庫の方をただただ見ないようにして暮らしているらしい。つまり、放置だ。
ぞわ、と鳥肌が立った。
冷蔵庫が壊れてるって事は、その中はもちろん常温。いや、最近は暑いからもっと酷い事になっている筈だ。その中に、駄目にした食品を放置している。
き、きっついなあ。
「そう言えば、普段のご飯はどうしてるんだ」
『コンビニでお弁当を買ったり、外食したりですね』
ああ、そっか。二人の家はコンビニが近かったな。
じゃあ、普段から冷蔵庫を使う習慣はあんまり無くて、だから『いつの間にか』壊れてたって事なのか。
うーん、まあ、突っ込み所は山ほどあるけど、言っても仕方ないしな。頼ってくれた事は嬉しいし、私は次の休日に顔を出す約束をした。まほに内緒で。
まあ確かに、こんな話がまほにバレたら二人とも大目玉だろう。
そして今日。
冷蔵庫の検分のため、私はエリカ達の部屋を訪れた。
ひとまずお茶でもどうぞ、と出された冷たいペットボトルに何とも言えないものを感じる。そっか、コンビニが近いと冷蔵庫が壊れてても生活できるんだ。
ペットボトルのお茶を飲みながら、キッチンに鎮座している冷蔵庫の方に目を向けた。リビングとキッチンが繋がってるタイプの部屋なので、普通に視界に入って来る。これを見ないようにして生活するのは、逆に根性が要るような気がした。
異臭とかは無いけど、妙なオーラを纏ってるようにも見える。
「気付いた時にすぐ捨てれば良かったんですけど、その、忙しくて」
「うーん」
言い訳じみたエリカの説明を、みほは渋い顔で聞いていた。
そのみほの膝の上には、何故か今日のために友達から借りてきたというガスマスクが置かれていて、彼女はそれを所在なげに弄っている。
ふと、みほが顔を上げた。
「ねえ、エリカさん。やっぱり私達だけでやろうよ」
「何言ってるのよ、最初に『絶対無理』って言い出したのはみほじゃない」
「そ、そうだけどー」
ありゃ、なんか小競り合いが始まったぞ。私に遠慮してる、というよりはまほにバレるのが心配なのかな。
しかし、『妹』だと思って眺めると、この小競り合いもなんだか可愛く見えてくる。ああ成程、まほは普段こんな気分なのか。
「心配するなよ二人とも、まほには内緒にしててやるからさ」
「そ、それは有り難いんですけど。あの、安斎さん、先にひとつ、絶対に訊いておかなきゃいけない事があるんです」
「アンチョビさん、虫は平気ですか」
虫、と聞いてピンと来た。
成程そういう事か、と。
「普段から食材を触ってるから、虫は大丈夫だよ」
新鮮な野菜に虫が付いてるのなんてよくある事だし、何なら気が付かずに包丁を入れて、えらいことになったりもする。普段から料理をしてると、自然にそういうのが大丈夫になってくるもんだ。
ただし、あくまで『大丈夫』。決して『平気』ではない。
でもここでそれを言うのは余計だ。二人をがっかりさせてしまうだけだから、努めて平静に答えた。ホッとしたような二人の顔を見て、何故だかこっちまで安心する。これから何をやらされるのか想像が付いてる筈なのに。
そっかあ、虫が湧いちゃったかあ。
「そう、なんです。だから冷蔵庫を開ける事も出来なくて」
「気持ちは分かるけど」
言ってる間にさっさと捨てちゃえよ、とは思う。
ただ、ここで説教をしたって仕方ない。私の役目に変わりは無いからな。
半分ほど飲んだお茶に蓋をして、どれ早速始めるかと立ち上がると、エリカに呼び止められた。
「あ、あの、まだ駄目です」
「駄目ってなんだよ」
冷蔵庫を開ける前に耳を当ててみて下さい、とエリカは妙な事を言った。
「こうか」
言われるまま冷蔵庫に耳を当てる。
普通なら外側も少しひんやりしている筈の冷蔵庫は、室温と同じでちょっと生暖かい。本当に動いてないんだなあ。
だけど、何故か冷蔵庫の中から音が聞こえた。何て言うか、小さい轟音って感じの、無数の。
「蝿です」
「うううわぁぁぁ」
慌てて冷蔵庫から離れた。
あ、ああ、そういう事か。この中では今、無数の蝿が飛び回ってるんだな。確かにこれは不用意に開けたらとんでもない事になりそうだ。
「一匹とかなら、平気なんですけど」
「う、うん、流石にこの数はびっくりするなあ」
ですよねぇ、とため息混じりにみほが呟き、立ち上がる。
「それで、私達が考えた作戦がこれなんです」
そう言って、みほはさっきから手に持っていたガスマスクを私に差し出した。それはとりあえず受け取ったものの、正直、まだどういう計画なのか想像が付かない。
ふと、エリカがしゃがみ込んで何やらごそごそとやっているのが目に入った。ああ、設置型の殺虫剤だ。煙が噴き出して部屋中に広がるやつ。
で、私がガスマスクを持たされたという事は、成程。
「天岩戸作戦です」
とてもとても申し訳無さそうに、みほはそう宣言した。
天岩戸って、そんな話だったかなあ。
ともあれガスマスクを装着した私は、二人が退避したのを見届けたあと、殺虫剤の煙が立ち込める部屋の中で冷蔵庫と対峙した。こんなに威圧感のある冷蔵庫は初めて見る。
虫は大丈夫とは言ったけど、これはちょっと自信が無いぞ。
まあ、ぼやいても仕方ないか。頑張ろう、私はお姉ちゃんだ。
意を決して冷蔵庫の扉を思いきり開けると、中に居た蝿の大群が一斉に飛び出してきた。
とまあ、そんな顛末があって。
なんだか物凄い罪悪感に駆られながらも、夥しい数の蝿の処理を済ませ、エリカとみほに食材の捨て方もざっくりと教えて帰ってきた。あとは分からない事があった時にでも、その都度連絡をくれればいい。
まほには内緒で、というのも重ねて言っておいた。
みほはそこまででもなかったようだけど、エリカがすごく気にしてたから、安心させる意味で。
「や、約束ですよ」
「うん、約束」
ああしてみるとエリカも可愛いもんだ。この騒動で私達の距離は、ちょっとくらい縮まったかな、と思う。
という訳でシャワーを済ませてリビングで涼んでいると、丁度まほが帰ってきた。
「お帰りー」
「ただいまー。風呂上がりか」
「えへへ、セクシーだろー」
ふざけてポーズを取ってみせると、まほは馬鹿、と言って笑った。
「みほ達の家では大変だったようだな」
「あ、うん。えっ」
バレるの早っ。でもなんでバレてるんだ。
食材や殺虫剤の匂いが落とし切れてなかったのか。いや、それにしたって行き先までバレてるのはおかしいぞ。
「用があってな、みほ達の家に顔を出してきたんだ」
「へえ」
「千代美の匂いがしたから、そう言ったらエリカが勝手に全部喋った」
あ、そっちかあ。
あっちに残した私の匂いに気付かれたんなら何も言えないや。良い鼻してるとは思ってたけど、そんなレベルだったか。
って事は、みほがずっと消極的だったのは、こうなる事を予見してたのかな。
「ちょっと叱ってきた。ちょっとだけな」
ふとスマホを見ると、みほとエリカからの連絡が数件入っていた。
これ、開くの怖いなあ。
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とにかく目に留めて欲しい、手に取って欲しい<br />そんな浅慮の末<br /><br />過去作ですが、人の目に留まりやすいよう、シリーズから外してタイトルを変えました<br />よければ手に取って、読んでみて頂けたらと、そう思います
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安斎千代美 vs エリみほ家の冷蔵庫
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10119488#1
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試合が再開、コートに戻る。
「日向翔陽、まだ何かやる余力が残っているのか?」
ネット越し、牛島さんが尋ねた。
うわぁ、この人まだ日向が飛べなくなるのを楽しみにしてるのか。
思わず、腕を摩っていた。
鳥肌が立っている。
「気持ち悪い。」
吐き捨てるような、後衛の国見の声が聞こえた。
でも、日向はやっぱり日向だった。
「よりょく…?はい!月島先生、分かりませんっ。」
キッパリ言い切り、元気に手を上げている。
「うん、万年赤点組。後で一緒に辞書で調べよーか。」
自力で調べさせようと思って言ったのに、日向は斜め方向に解釈してしまう。
「うぇ?月島にも分からないような難しい言葉なの?」
「このお馬鹿!余ってる力だよ。」
瞬間、手が出た。
スパン、と日向のオレンジ頭を叩く。
「痛ーい!うぅ、月島さんは余力あるんだね…。」
やっと正しく理解した日向の頭を、影山が撫でている。
それから2人で牛島さんを見つめた。
「白鳥沢のメンバーがみんな疲れて倒れても、俺は最後まで飛び続けます。」
油断しないで下さいね、と日向が笑う。
「ふん、面白い。お前を叩き潰すのはこの俺だ。」
羽をもいでやる。と牛島さん。
それだけ言うと日向に背を向けた。
サーブはまだ白鳥沢。
ポーンと飛んで来たボールを、国見がレシーブした。
「俺に持ってこーーい!」
日向が走りながら叫ぶ。
「なぁーんにも変わってないじゃん。」
つまんないね、と天童さんがぼやいている。
そんなワケないじゃん。
変人コンビを舐めてもらったら困るな。
影山のトスは日向に上がった。
ちびっ子の目の前には牛島さんの壁。
その隣は天童さんだ。
「よいしょっと。」
日向のオヤジ臭い掛け声に、白鳥沢から失笑が漏れた。
「結局また正面突破狙ってんのかよ。」
「無理だっつぅの。」
白鳥沢ベンチからは馬鹿にしたような声まで上がっている。
しかし。
ポン!
「「「はぁ⁈リバウンドだと⁈」」」
日向は牛島さんの手を壁代わりに、ボールを軽くぶつけたのだ。
「オーライ!」
返ってきたボールは影山が再びトス。
「だからぁー、何度やっても変わんね、ああ⁈」
飛び上がった日向が打つと思っていたんだろう。
白鳥沢のブロック陣は、見事に日向の前に三人固まっていた。
その目の前で、日向はジャンプトスを僕に上げたのだ。
スパーン!
ボールは誰もいないコート隅に突き刺さった。
「ウェーイ!月島くん、お見事です。」
日向がニッコニコで飛びついてきた。
「誰も、僕にブロック飛んでないからね。」
簡単だよ、と言う僕を、白鳥沢の面々が苦い顔をして見ている。
「さーて、次は誰が打つかなぁ。」
何げなく日向が呟いた言葉は、その後現実となる。
サーブ権が移って、僕が後ろに下がった。
今前衛は、日向影山の変人コンビと国見が並んでいる。
バッシーン!
白布さんを狙うのは、もはや当たり前。
あの人多分、僕のこと嫌いだろうね。
すごい顔して、こっちを見てるもん。
でも、止めて上げない。
僕は強いサーブを、渾身の力を込めて打ち込んだ。
「うわっ!」
白布さんは前へ出るのを諦めて、レシーブの体制になっていたのだけれど、予想より少し伸びたサーブに慌ててしまう。
「すいません!」
ボールは勢い良くネットにぶつかる。
「カバー!」
声が飛ぶ。
大平さんが下から掬うようにして、なんとかボールをつないだ。
「若利!頼む。」
スパイクを打つだけの高さがないボール。
バン!
牛島さんはアンダーでこちらのコートに返した。
「「チャンスボール!」」
日向の高い声と、影山の掠れた声がハモる。
「はい!」
大きく打ったボールの落下位置に山口が入る。
オーバーで取るつもりみたいだ。
いつもなら、セッターが楽なように高く柔らかなレシーブをするのだが。
「山口ー!」
日向が叫び、走り出す。
「またフェイクじゃないのか?」
白鳥沢ベンチの声。
天童さんも日向がどう動くのか、目をキョロキョロさせて観察している。
山口から返って来たボールは、強くて速い。それが、ほぼネットの真上にくる。
「若利!押し込め!」
山形さんが叫ぶ。
牛島さんの長い腕が伸びてくる。
「そーれっと。」
ダンッと飛んだ日向が牛島さんの上、空中で先にボールに触れた。
トン!
軽く後ろにボールを返す。
そこに待っていたのは金田一だった。
スパーン!
「バックアタックかよ…。」
山形さんや川西さんが飛びつくが間に合わない。
金田一のスパイクが決まった。
「らっきょー!ナイス!」
日向が金田一に飛びつく。
「お前なー、いきなり上げんな。焦ったぞ。」
日向を抱きかかえながら、金田一が文句を言っている。
「何言ってるんだよ。さっき言っておいたじゃん。みんな全部やってもらうって。」
らっきょ聞いてなかったのか、と日向に言われて、金田一が苦笑いしている。
「覚悟はしてたけどよー。心臓 バクバクいってるっつうの。」
分かっていたって緊張するんだ、と金田一が訴える。
「山口はあれ、日向と打ち合わせてたのか?」
同じように日向に巻き込まれた山口に、金田一が不思議そうに尋ねた。
「打ち合わせなんてしてないよ。この二人が何かやらかすのはいつものことじゃん。俺らは慣れっこだよ。ねえ、ツッキー。」
山口はニコニコ笑いながら、僕を振り返った。
「日向と影山だからね。」
あっさりと頷く僕を、金田一がげんなりとした顔でみる。
「…俺もまだまだだな。」
ため息つく金田一。
その腕にまだ抱かれたままの日向を、そっと影山が受け取る。
そのままの体制で影山が何か言っている。
「いいか、お前はスパイカーなんだぞ。トス上げすぎだ。」
真剣に影山が、日向に言い聞かせている。
自分の仕事を取られた気分なんだろうか。
いつになく必死な顔している。
しかし、やっぱりここでも日向は日向だった。
「良いじゃん。俺に最高のトスくれるのはお前なんだから。」
天然おだて上手のチビッ子は、自分の相棒の機嫌をあっさり回復させてしまう。
ついでに日向が影山の頭を撫でると、影山は嬉しそうに口をムニムニさせた。
それを黙って見ていられない人が、ネットの向こうにいた。
「日向翔陽!」
低く響く声がチビッ子を呼ぶ。
「はぁーい!」
おっとりとした返事をしながら、首だけ振り返る日向。
どうでも良いけど、そろそろ下に降ろしたらどうかな。
「影山ばかりズルいぞ。この試合勝ったら、俺の頭も撫でろ。」
「わ、若利⁈」
あ、大平さんご苦労様です。
慌てて前に出てきて、牛島さんの腕を掴んでいる。
「えー、イヤです。」
「何故だ!」
スパンと断られた牛島さんが、がっくりとヒザをつく。
あれ?
同じようなシーン、2年前にも見た記憶があるぞ。
あの時も牛島さんが膝をついていたっけ。
「牛島さん、この間お肉食べに連れて行ってくれるって約束したのに、ドタキャンしたじゃないですか。」
俺も影山も超ーショックだったんですけど、と日向が唇を尖らす。
影山もコクコク頷いているけど、ちょっと待って。
いつそんな約束してたの。
2年前の全国大会終わってから、チョコチョコ交流があったのは知っていたけどさ。
「あれは新入部員の歓迎会が入ったから仕方なかったんだ。」
情けない彼氏みたいな言い訳、まさか牛島さんの口から聞くとは思わなかったよ。
日向はツーンと横を向いて、牛島さんを無視する。
「さあ、次々!月島ナイサー!」
影山の腕から降りて、僕にボールを渡してくれたけど、あれ放っておいて良いのかな。
牛島さんはどんよりとしたオーラを背負っていて、大平さんが困り切っている。
そんな中、試合は続いて行った。
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白鳥沢との練習試合が続いています。<br />北一らしさが復活の回です。<br /><br />今回少し間が空きました。<br />実は私、北の民でして。<br />先週、6日の3時過ぎ我が家も揺れました。<br />幸い大きな被害は無く、私も家族も元気なのですが、丸2日間停電してたんです。<br /><br />やっと今週に入って普段の生活が戻ってきました。<br />まだ更新はゆっくりですが、書き続けていきたいと思っています。
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最凶の3年生 モンスター編 7
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10119715#1
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葉山side
「なぁ〜いいだろ〜隼人ぉ〜、俺とお前の仲じゃーん」
俺は今イライラしていた
それは俺の彼女である雪乃ちゃんが昨夜病院に入院したことである
なぜ彼女がそんなことになったかわからないが心配していたら、あの比企谷と一緒にいて、この学校である意味嫌われている大欲占が外に連れてやって来たのだ
大欲もどうやら雪乃ちゃんのことを記事にしようと思うがそうはさせない。こいつの新聞はやりたい放題だと聞いた。もしも軽はずみな言葉をいったら何を書かれるかたまったものではない
「ヒッキーだし!ゆきのんを病院に送ったのは全部ヒッキーのせいだし!」
「ゆ、結衣……!?」
だがそんなことをわかっていなかったのは結衣だった
「ほぉ、比ー企谷くんがね〜。それは何故に?なんか因縁でもあんの?」
「いんねん?よくわかんないけどヒッキーは最低なんだよ!」
「ゆ、結衣……!」
やばい……雪乃ちゃんが病院に行ったことで話を聞いてくれない、このままでは……!
「そ、そうには見えませんが……」
だがこの状況で声を出したのはこのアカデミアで友達になった冬美だった
「ふゆみんはなんにもわかってないし!」
「そうだそうだ!ポッとでの新キャラはそこら辺に座ってろ!」
「ご、ごめんなさい……」
まあ冬美は中学の頃は一緒じゃなかったがなんで比企谷なんかに……!
「で、比企谷八幡は何したんだよ?場合によっては助けるぜ?」
「ホント最低なんだよヒッキーは!」
冬美が止めようとしてくれたのだが、結局はさっきと変わらずIに結衣が中学の頃を話し出してしまう
「そこどけし」
しかしそんな空気の中自分を貫いてきたのは優美子だった
「優美子……」
「ゆみこ?誰それ?新キャラはもういらn「お前に言ってんだし」あ?」
優美子は席に座りたいが今は大欲が座っていたのだ
「隣に座ればいいじゃん」
「あーしそこがいいんだけど」
「ふーん、じゃあはっきりいうね。やだ」
「はあ!?」
そこから優美子と大欲の言い争いが始まった
優美子のお陰でなんとかなったがどうするか……
あの比企谷のデュエルのせいでクラスの立ち位置、それに担任の視線もどこか変わった
俺は将来的に雪ノ下家を継ぐんだ。そのために圧倒的な伯が必要だ
そのために比企谷を……!俺でもいいし俺の仲間でもいい、とにかく比企谷を倒してこのアカデミアから追い出さないと……
でも俺と同じくらいの実力者といえば雪乃ちゃんくらいだしどうすれば……
「っべー!ちょっ、隼人くん!あの子スッゲー可愛くね?」
そんな時に呑気に戸部がそんなことを言う。俺はそんなことしてる場合じゃないんだ
「えっマジでどこ!?かわいい子どこ!?」
なんでお前が真剣に探すんだよ……
「ほれー隼人くんも見てみぃって!」
なんで俺が……それに俺には雪乃ちゃんが……
戸部の言う通り、そこには誰もが認める美少女という名にふさわしい女性がいた
「あの子は……」
俺は彼女を知っている。そして彼女の実力も知っている
彼女がいれば比企谷に勝てる……!
俺は彼女の元へ向かう
「やあ久しぶりだね、俺のこと覚えているかな?」
八幡side
「今日も平和だね〜。で、何をすればいいと思う?」
いやあんた教師だろ
朝のホームルームだというのに担任の睡間先生が爆進爆睡中であった
それにしても……平和、か……
昨夜に起きたデュエルを思い出すとこの平和が仮初めに思えてしまう
お袋たちの先祖から封印し、今は俺のデッキに入れているヴィクティムの七つのカード。そしてそれを狙う罪の塊である罪人
もしかしたら今まさに敵が来るのではないかと思い、辺りを見回してしまう
「どうした八幡?挙動不審だぞ?」
隣の席のセレナから言われた。どうやら敵に見えるのは俺みたいでした
「えっと出席は……大欲ちゃんがいないくらいだから普通だね〜」
普通でいいんですかね?でもだから今日の教室が平和だと感じたのはそれか
「それではこのまま授業にと行きたいけど、転校生ちゃんを紹介するねー」
転校生?入学してすぐに?というかここって試験以外にも入れるのかよ……
そんなことを思いながら転校生は入ってきた
肩にかかるくらいのボブカット、瞳の色はまるでルビーのように赤くその転校生の顔はとても整っていて、雪ノ下と同じようにクールな雰囲気を感じたが、体型は完全に由比ヶ浜と同じくらいだった
多分街とかで歩けば全員が必ず振り向くほどの美少女だった
「反咲杏李(はんさきあんり)です。こんな微妙な時期に来ましたがどうか私と仲良くしてください」
「「「うおおおおおおお!」」」
それと同時に殆どの男子が叫んだ。それもそうだ、こんな美少女と同じクラスだからテンションは上がるだろう。だがあいつ……
「それじゃ杏李ちゃんの席はね……」
「あっ、それなら彼の隣の席が空いてるのであそこでいいですか?」
よかったな隣の席になるやつは。……ちょっとまって、なんでこっちに来んの?たしかに俺の席は空いてるけどそこは大欲が無理矢理取った席だけど……
「初めまして」
転校生、反咲杏李は隣の席に座った
「…………」
「あれ無視かな?ちょっとそれは酷いと……「その仮面めんどうじゃないか?」……へぇ、君にはわかったんだ」
反咲はさっきのような綺麗な声からどこか嬉しい声が漏れた
「よくわかったね、大抵の人はボクの仮面を気付かないのに」
「お前以上の仮面の持ち主がいるんだよ」
仮面が外れ一人称が変わった。それより俺はそんな仮面以上の人とお茶したこともあるんだぞ
魔王と呼ばれたあの人な
「そうなんだ、ねえ君の名前を教えてくれないかな?」
「……比企谷八幡だ」
「へー、変わった名前だね」
ほっとけ……
そう思うと反咲は俺の耳までよってきて……
「でもボクはカッコいいと思うよ……八幡」
どこか色っぽい声で耳打ちしてきた。そして反咲はすぐに席についた
な、なんなんだこいつは……///
「…………!」
ひっ、もう一つの隣の席のセレナさんが睨んでいらっしゃっる!それはもう南極の氷を一瞬に溶かしてしまいそうな勢いで……
「それで八幡さん?なぜ八幡さんはその転校生さんと腕を組んでいるのですか?」
昼休みになると熱帯林を亜寒帯にさせるほどの笑みを持つ璃緒もきた
セレナと璃緒がいればエアコンいらないと思った人はそれまちがいだからね!
「やあボクは反咲杏李だよ。君たちは?」
「八幡と同じ寮に住んでる月夜セレナだ」
「同じ八幡さんと同じ寮に住んでる神代璃緒ですわ」
反咲の問いになぜか俺の名前を強く答えた2人だった
「それで、反咲は八幡とどういう関係だ?」
「いきなり転入してそこまでのスキンシップ……なにかあると思うのですが?」
炎と氷が一斉に聞いてきた。やめて!ここがパンクハザードになっちゃう!
「うーん……八幡との関係か……そうだな……一目惚れ……かな……?///」
「「なっ!?」」
自分の答えなのにどこか赤くなる反咲だった
「お、おい、一目惚れってなんだよ……!?」
「一目惚れは一目惚れだよ。実はボクの好みって目が腐ってるって言うかなり変わった趣味でね、八幡を見たときになんて言うんだろ……運命を感じたんだよね」
運命って……そんなバカな……そんなのはただの勘違いに……
「あれ、もしかして勘違いだと思ってるのかい?たしかにボクは偽っているけど自分の心まで偽る気なんてさらさらないよ。それに彼女たちもね」
ん、彼女たち?えっ、まさか……
「あああ!?お前ここにいたのか!?」
そんな時に廊下側から大声がって……
その声の正体は大欲だった
「テメエ今朝はよくもやりやりやがったな!というかそこ俺の席なんですけど!?」
大欲は反咲の方に向かうが
「ごめん、君って誰?」
普通に忘れられていた
「なっ……」
その言葉に沈む大欲だった
「初めてだ……生まれてこの方俺と関わったやつに忘れたなんて初めてだよ!」
まあお前のことを忘れようにも忘れられないしな
「だが今回はそんなことはひとまず置いといて……姉御!見つかりたしたぜ姉御ー!」
姉御?
「見つけたし!」
そして大谷が姉御と呼んだ正体は三浦だった
「あー、君はたしかバカ山君の」
バカ山?もしかして葉山のことか?
「お前隼人になんてことしたし!」
「あれは彼が幼少の頃からまったくわかっていなかったからだよ。なんで彼がアカデミアに……はあ……」
どうやら反咲は葉山と面識があったようだがいったいなにを……
「あーしはお前のことを許せないし!」
「それは俺もだし!こうなったら決闘で勝負するし!姉御とな!」
「君はやらないのかい?」
「ふっ、目に見えている勝負なんかになんの意味がある!無論俺の負けだぞ!」
おい、お前が負ける前提かよ……
「自分の弱さを棚にあげるとか嫌な奴だけどいいよ。バカ山君の知り合いだとどうせ録でもない連中だしね」
「やってやるし!」
互いにやる気のある2人だが……
「それじゃあ午後の授業が終わったら決闘場にね!俺はその間にチケット作ってくるから!」
大欲が勝手に時間を決めて走った。おいあいつこれが狙いじゃねえよな?
「さあ始まりました!今日の怠い授業が終わりアカデミア生らしくい決闘勝負!」
「「「「うおおおおおおお!」」」」
約束の時間になると決闘場の観客席はほとんど埋まっていて、全体が興奮していた
多分狙いは反咲とか三浦目的なんだろうなぁ
「しかしすごい観客席だな……大欲のやつにチケットを渡されたがほんとに必要だったな」
「それよりまたこんなことして大丈夫でしょうか?」
「それはわからん……って、あそこだな」
満杯の席の中、3つの席が空いてるのでそこに座る
「あっ……比企谷くん……」
その時隣から呼ばれたから振り向くと……
「牀井美か……」
新生葉山グループにいた牀井美がいた
「その……またこちらがすみません……」
「どういうことだそれは?」
セレナが牀井美は申し訳なさそうに……
「実は……今朝、葉山くんが反咲さんに声をかけたんですよ……それで一緒にグループに入らないか?って……でも反咲さん嫌そうでしたし……やめておけばいいのになぜか必死葉山くんが誘うもので……その………///」
「どうしたのですか?」
なぜか顔が赤くなった牀井美に聞く璃緒
「は、反咲さんが……その……だ、男性の急所を……蹴ったんです……///」
男性の急所って……まさか……!
俺は青ざめた気がする……
「それで大欲くん以外はやられて……大欲くんはそれに写真を撮ったんですが……反咲が許さないらしく、なぜか手に持っていたバリカンで……カメラを壊しました……まさかそれがこうなるなんて……」
たしかに好きだった男のそんな姿見たくなかったよな……
しかし反咲のやつ……超怖いんだが……
「さあ、そろそろ今回のデュエル相手を紹介しよう!赤コーナー!友のために!そして俺のために戦って勝ってください!自称獄炎の女王!三浦優美子ぉぉ!」
「誰が獄炎の女王だし!?」
すいません、その呼び名の犯人俺です……
「対して青コーナー!今日から入学したらしいじゃないですか?それじゃあここのルールを教えてやんよ!反咲杏李ぃぃぃぃ!」
「他人にデュエルを押し付けた君に教えることなんてないと思うけど?」
反咲は大欲のことをまるでゴミを見るような目で見ていた
「勝ったら隼人に土下座して謝らせるし!」
「じゃあボクが勝ったらこのことは水に流してもらうよ」
互いに決闘盤を装着し、起動させた
「「決闘!」」
三浦優美子VS反咲杏李
「先行はあーしだし!ドロー!あーし炎熱魔獣団(ヘル・ビースト)グリズリー・ジャグリーを召喚だし!」
三浦のフィールドにジャグリングしている炎を纏ったクマが召喚された
炎熱魔獣団グリズリー・ジャグリー 炎属性
レベル4 獣族
攻撃力2000 守備力0
①このモンスターの攻撃力を1000下げることでデッキから炎熱魔獣団カードを手札に加えることができる。この効果を使用したターン自分は攻撃できない
「さらにあーしはグリズリー・ジャグリーの効果を発動だし!攻撃力1000下げてデッキから炎熱魔獣団カードを手札に加えるし!あーしはこれを2回使う!」
グリズリー・ジャグリーの攻撃力を犠牲に手札補充を優先したか……
「さらにあーしは魔法カード、炎熱魔獣団-プリズンブレクを発動だし!」
炎熱魔獣団-プリズンブレイク
①相手フィールドにモンスターが存在せず、自分フィールドに炎熱魔獣団モンスターがいる時に発動。そのモンスターを選択し、デッキ、手札から特殊召喚できる。その時召喚したモンスターの攻撃力0で効果は無効され、エンドフェイズに破壊される
「このカードであーしはデッキからグリズリー・ジャグリーを特殊召喚するし!」
三浦のデッキからグリズリー・ジャグリーが2体特殊召喚された
「レベル4 のモンスターが3体……来ますね」
「よりにもよってあれとはな……!」
「ひっ……!」
ちょっとセレナ、牀井美が怖がってるから
「あーしレベル4のグリズリー・ジャグリー3体でオーバーレイ!」
やはり三浦はエクシーズ召喚か……
「獄炎を纏いし野獣たちを操り、跪け!エクシーズ召喚!ランク4炎熱魔獣調教師(ヘルビーストテイマー)アイラ!」
三浦のフィールドにサーカスで動物を調教するムチを持った調教師が現れた
炎熱魔獣調教師アイラ ランク4
炎熱魔獣団カード×3
攻撃力2200 守備力1300
①1ターン1度、オーバーレイユニットを1つ使うことで墓地にある同名モンスターを3体を効果を無効にしてフィールドに特殊召喚できる。このターン攻撃できない
②自分フィールドに炎熱魔獣団モンスターが2体以上存在する限りこのモンスターはカード効果を受けない
「さらにあーしは魔法カードエクシーズプレイムを発動だし!」
エクシーズプレイム
①自分フィールド上に存在するエクシーズモンスターを選択し、そのモンスターオーバーレイを任意の数墓地に送ることができる。墓地に送ったオーバーレイ1つにつき800のダメージを与える
「このカードであーしはアイラのオーバーレイを2つ取り除いてお前に1600のダメージだし!」
反咲杏李 4000→2400
「さらにあーしはアイラの効果を発動だし!オーバーレイユニットを1つ使うことで墓地に存在する同名モンスター3体を効果を無効にして特殊召喚する!」
ムチで辺りを叩くと三浦の墓地からグリズリー・ジャグリーが3体も特殊召喚された
「やばいし!今日は無茶苦茶デッキがよく回るし!さらにあーしはカードを3枚伏せてターンエンドだし!」
たしかにあれだけカードを使ったのに手札はまだ二枚もある……案外葉山より強いんじゃ……
「…………」
「どうしたし?負けを認めるならサレンダーしてもいいけど〜?」
反咲はただ三浦をフィールドを見続けていた
「…………なんだ、この程度なのか」
そしてすぐに自分のデッキからドローしたカードを確認して三浦を見た
「悪いけど、ボクって弱いデュエリストが嫌いなんだよね」
三浦をまるで哀れむような目で容赦なく叩き潰そうと俺は見えた
フィーです
前回に少しだけ出ていた新キャラ反咲杏李はいかがでしょう?
実はこのキャラはとあるユーザーさんからずっと前から出してほしいとたくさんの設定やオリカを出してくれたので是非自分の話に入れてみました。そのオリカは次回に……!
そして三浦のデッキは炎熱魔獣団というサーカスデッキです。魔獣を操り、徹底的に相手を倒すというデッキです
引き続きオリカ提案、それとキャラなんか考えたら送っても構いません。採用かは不明ですが……
それでは次回もよろしくお願いします!
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謎の転校生!?反咲杏李
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10119728#1
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「腹立つから泊めてくんない?」
眉間に皺を寄せ、不機嫌丸出しな顔でうらたさんは言う。
しばらく見つめていれば目が合った。
僕は不敵な笑みでこう答える。
「いいですよ?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
きっかけはついさっきのことだった。
元々は4人で遊ぶつもりで誘ったのだが、2人は用事だと言う。
そのため、今日は仕方なくうらたさんと僕だけで集まったのだ。
しかし
「坂田とそらるさんディズニーだってな。」
「ほんとですよ、言ってくれればいいのに!」
楽しそうにみんなで写る写真を個人のやりとりではなくツイートで見た。
少し腹が立つから、とうらたさんはさかたんに個人的にディズニーいいなと送り付けている。
僕は少し悩んでスマホを閉じた。
「まふ、ゲーム始めよ。」
「あれ、返信は?」
「ないからいいや。」
放送終了
僕もうらたさんも盛り上がってリスナーのみんなもコメントで沢山アドバイスをくれた。
うらたさんは深くソファに腰掛けてスマホを手に取る。
そしてしばらく固まった。
「まふ。」
「ん?」
「坂田さ、そらるさんの家泊まるって。」
「うらたさんの家の方がディズニー近くないですか?」
「うん。」
というか、そらるさんの家より坂田の家の方が近い。
二人で首を傾げながらトーク画面を眺める。
考えるのを諦めてあっそ、と突っぱねるように返信したうらたさん。
「腹立つから_____」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして今に至る訳だが。
お風呂に入ってさっさと寝ようという話になる。
僕も明日は片付けたい仕事があるしうらたさんはお昼から用事があるらしい。
「じゃ、服これでタオルは洗濯機の上にあるので使ってください。」
「ほーい、じゃあお先!」
小さめのTシャツとスエットを引っ張り出して渡したのだが。
果たしてどれくらいのサイズになるものか…
「まふ、ありがとー。」
「あ、じゃあ次ぼ……く…」
「なに。」
皆さん分かりますでしょうか。
僕は基本ゆるっとした服が好きだから小さめのサイズと言っても一般男性には少々大きいサイズになるわけですよ。
すなわちうらたさんにはだぼっだぼなんですね。
そらるさんに着せてもこうはならないので非常に眼福。
「あ、いやなんでも。」
「あっそー。」
「麦茶飲みます?」
「飲む飲む。」
適当なコップに注いで机に置けばソファーに座ったまま机に手を伸ばしたうらたさん。
前かがみになったせいで襟から覗く胸元が妖美だ。
「…飲みずらいんだけど。」
「ああ、ごめんなさい。お風呂いってきまーす。」
リビングの扉を後ろ手に閉め、廊下にへたり込む。
僕の彼女だって相当色気があるとはいえうらたさんも末恐ろしい。
さてどう一夜を過ごしたものか。
「ベットひとつしかないんですけどいいですか?」
「大丈夫、ていうか浮気なんだから一緒に寝なきゃだめだろ。」
「浮気って言っちゃうんだ…」
早く早くと急かす姿がかわいくてその横に失礼する。
ふかふか、とか言って枕をぼふぼふ叩く様子にさらにキュンとした。
普段はなんとも思わないうらたさんの仕草に一々反応してしまうから僕も相当そらるさんに怒っているのだろう。
横腹へ腕を滑り込ませ、一回りも小さい体をそっと抱きしめる。
「まふ?」
「浮気なんでしょ、これくらいしなきゃ。」
「ん。」
遠慮がちに首元に伸ばされた腕がやがて意を決したようにぎゅっとしがみつく。
首元にかかる息や鼻先を掠める髪が少しくすぐったくて思わず笑ってしまった。
「なに?」
「なんでも。」
「………おやすみ。」
「おやすみなさい。」
[newpage]
「どーぞ。」
「おじゃましまーす。」
ディズニーに行った帰りにそらるさんの家にやってきた。
本当は泊まるならうらさんの家の方が近いし、正直自分の家もそう遠くはないのでわざわざ誰かの家に泊まる必要はない。
それでもそらるさんの家に来た訳は_____
「あ、うらさんからあっそって。」
「拗ねた?」
けらけらと笑いながらリビングへと向かうそらるさんの後を追う。
既読は付けたまま返信は返さずにそのままスマホを閉じた。
そう、そらるさんの家に泊まりに来たのはお互いの恋人を嫉妬させようという策略である。
「まあ二人とも単純だしうらたくんはまふの家泊まるんじゃない?」
「だといいんですけど。」
はい、と渡された着替えとタオル。
先に風呂に入れということだろう。
「お先失礼しますね。」
「どーぞ。」
そう言ってひらひらと手を振ってくれる。
「そらるさん可愛すぎでしょ。」
「うらたくんにでも言ってろ。」
そう言って横に振っていた手を前後に変え、しっしと追いやられる。
うらさんがやったらもっと可愛いのにな、なんて。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ん…今何時だ…」
なんとなく目が覚めて手元のスマホを探って時間を確認すればまだ朝の5時だった。
早く起きすぎたな、ともう一度寝ようとする。
「坂田くん起きた?」
「そらるさん、起こしました?」
「いや?最近なんかこの時間に起きるんだよね。」
そう言ってそらるさんは一つ欠伸をする。
おじいちゃんなのではと思ったがそれは飲み込むことにした。
「うらさんまふくんの家泊まってますかね。」
「どーだろーね。」
「なんかむかつく。」
「………行ってみる?」
うつ伏せのままこちらを向いて問う。
返事は決まっているだろとでも言いたげな表情から見透かされてるんだなと感じた。
「行きます。」
[newpage]
朝5時だというのに目が覚めた。
隣ではうらたくんがまだすやすやと眠っていて、そのあどけない寝顔に果たして彼はもうすぐ三十路なのだろうかと疑問を抱く。
なんとなく彼の髪を軽く梳けば指通りがいい。
「どっかのはんぺんとは大違い…」
そらるさんは今頃坂田と夢の中だろうか。
そらるさんの家にソファも来客用の布団もないことを考えると2人は同じベットだろう。
気になりだすと止まらなくて会いたいななんて思ってしまう。
「そらるさ…」
「んっ…」
小さく唸り声が聞こえて素早く手を離す。
しばらく構えていればうっすらとうらたさんの目が開いた。
「さかた…ちゅーして…」
すぐに目を閉じて寝ぼけているのかうわ言のように呟く。
寝起きに弱い所なんかがあの人と同じだ、って胸がぎゅっと締め付けられた。
「うらたさん…」
一言、名前を呼んで唇を重ねた。
触れた所から体温が伝わって幸せな温かさを感じる。
朝の緩やかな空気がなんでも許してくれるような気がした、なんて誰に言うともなく言い訳をした。
そっと離せば吸った息と共にふわりといい香りが鼻を掠める。
シャンプーの匂いでもボディソープのの匂いでもない、彼の匂い。
だけど、あの人とは違う匂い。
「ん、あれ…ま、ふ………っ!?」
「おはようございます。」
うらたさんはそっと目を開けて驚き、飛び起きる。
あまりにも反応がいいから苦笑いで朝の挨拶をした。
対してご立腹な様子の彼。
「なに、え、なん、で?」
「なんか可愛かったんで。」
「いやいやいやいや意味わかんないから!?」
「むしゃくしゃしてやった。」
「そんな殺人犯みたいな!!」
うそだろ、と頭を抱える彼がどうしようもなく可愛くて衝動的に抱きしめる。
いっそこの状況を楽しんでやろうと思った。
「なにすんだよ!」
「ね、うらたさん。」
「…なに。」
「さかたんなんかやめて僕に_____」
「ちょっと待ったあ!!!!」
ガチャリと寝室の扉が空いてドタドタと近づいてくる足音に首根っこを引っ張られた。
当然うらたさんからは引き剥がされるわけでさらに手を離されたせいで行き場なく後ろに倒れる。
おかげで背中をベットに打ち付けた。
「いった!ちょお!なにすんの!!」
「はぁ!?まふくんが悪いし!!」
一気に騒がしくなった室内をうらたさんがキョロキョロと見回す。
扉の方ではそらるさんが無表情で立っていた。
「えっと、坂田?」
「うらさぁん!!こんなやつんとこ行ったらあかんよ!!」
「いや行かねぇけど…」
うらたさんを背後から抱きしめるさかたん。
そして相変わらず無表情のそらるさん。
仕方なく僕はそらるさんに声をかけることを選択した。
「あ、あの、そらるさん?」
「なに。」
「怒ってらっしゃいます?」
「別に?」
腕を組んでドア枠に体を預けたまま未だ無表情である。
どうしたものかと戸惑っていればうらたさんが立ち上がった。
「まふくん、帰るね。」
「あ、うん…」
「まふ、服…」
「あー今度返してくれればいいよ。」
「ん、ありがと。」
そういうと手を繋いぎ、うらたさんは半ばさかたんに引っ張られるようにしてうらさかは退場した。
そしてここに残るのはそらるさんと僕だけになる。
「そ、そらるさん?」
もう一度声をかければ今度は無視でそのまま踵を返して帰ろうとする。
慌ててベットから降りて追いかけるがそらるさんはそのまま玄関へと向かっていく。
さらに声をかければ突然立ち止まった。
「まって、そらるさ…」
「うらたくんかわいいよね。」
「え?あ、まぁ…」
「なんか近寄るといい匂いするしね。」
「そ、そうですね…」
「お前と1cmしか違わない俺より断然ちっちゃくてさ。」
ああ、泣いてるのか。
少しずつ距離を詰めて背後にぴったりとくっつく。
今度は逃げることは無かった。
「抱きしめていいですか。」
「やだ。」
問答無用で後ろから抱きしめれば抵抗はしないもののやだって言ったと文句が上がる。
僕はそれを無視して声をかけた。
「寂しかったんですよ。」
「その寂しさをうらたさんで埋めようとして。」
「ごめん。」
「なんでそらるさんが謝るんですか。」
首筋に顔を埋めて匂いを嗅げばうらたさんとはまた違う、だけど僕の大好きな匂いが広がる。
これだ、僕の求めてたものは。
「こっち向いて。」
腕を話して無理やり回転させれば涙こそ流してないものの少し赤くなった瞳と目が合う。
そっと口付けをすればそらるさんがぎゅっと裾を握るのが可愛くてまた抱きしめた。
「ね、許してくれません?」
「都合のいいやつ。」
[newpage]
「坂田、ここそらるさんち…」
「ええから。」
俺はしばらくまふのところいるから好きに使っていいよ、とまふくんの家に突撃する前に言われた。
時間も早いこともあり家まで帰るのも無理そうなのでお言葉に甘えて借りることにする。
「あのー、坂田さん?」
「んー?」
「怒って、ます?」
フローリングの上に座ってクッションを抱える僕の横にちょこんと体操座りをするうらたさん。
僕の顔色を伺うように話すけれど不満があるのか口を尖らせる姿が可愛くて僕は心底ダメだなと感じる。
「ね、さか_____」
何かを言おうとしたのを無視してその唇を塞いだ。
いつか聞いた言葉があった。
キスは大切な人とするものだって。
「まふくんはいつからうらさんの大切な人になったの…」
「なってないから。」
「やや、うらさんの大切な人は僕だけが…」
自分から仕掛けておいてなんて思われるなんてかもしれないけれど今はなんにも考えられなくてただ頭の中をうらたさんが支配した。
かっこ悪いけど、鮮明に焼き付いた光景がフラッシュバックして溢れる涙が止まらない。
だめだと思って立ち上がった瞬間うらさんに腕を引っ張られてまた座らされた。
「あれはまふが勝手にやってきただけだし俺は坂田、が………………すき、、だよ?」
「しっとるよ見てたもん!!」
「ええ…じゃあどうすればいいんだよ。」
「んんんん!!!わからん!!!」
そう叫んで思いっきりうらさんに抱きついた。
突然の事で戸惑っていたものの背中をさすってくれる。
「かっこ悪……」
「わからんって……」
上から見知った声がして顔をあげればまふくんとそらるさんが立っていた。
疑問符をうかべるうらさんと僕を他所に2人は話を続けていく。
「ってことで恋人が浮気っぽいことしてたらドッキリー!!!!」
「へ?え!??」
「…………それ俺仕掛ける側じゃね?」
唖然として尚もふたりを見つめればそらるさんがごめんね、と一言謝った。
そんなことより今何が起こっているのか知りたい。
「ディズニーツイートの後そらるさんからさかたんを泊めるって連絡がうらさんより先に来てて。」
「どうせなら面白いことしたいねーってなってー。」
「うらたさんは面白い具合に乗ってくれるしwさかたんもまさか自分が仕掛けられてるとはw思いもせずwww」
これまでの醜態を嘲笑うかのように言葉を続けるまふくん。
これはいくら大切な友人でも許せないぞ。
「でもまふまふ……意外と乗り気だったよな……」
「んんっなんの事ですかね?」
「むかつく!!!!」
僕とうらたさんは2人に思いっきり飛びついた。
[newpage]
[chapter:おまけ ストーリー背景]
“坂田くん泊めることになった。”
“そんな仲良かったでしたっけ?”
“失礼なこと言うなよ”
スタプラメンバーでディズニーに行った。
今はそれぞれ電車を待つべくリア充の溢れる駅のホームで各々スマホを触っている。
俺は坂田くんにある提案と共にお泊まりのお誘いをした。
そしてそれが_____
“どうせなら面白いことしたいじゃん?”
“お?ドッキリですか?”
さすが相棒ノリがいい。
少しばかりにやりと口角をあげてその面白いことの内容を伝える。
“うらたくんと浮気してよ”
“恋人からまさかの提案”
“それでそこを俺と坂田が目撃するっていうさ”
“どこまですればいいんですか?”
どこまでってこいつはどこまでする気なのか。
俺がヤれって言ったらヤるのかよなんて思いながら適当に返事をした。
“任す”
“おっけーです”
“さすがにキスはやめときますね”
果たしてどんなことになるのかと期待を胸に俺はスマホを閉じ、ホームに滑り込んでくる電車を目で追った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お風呂から出て気分よくリビングに戻る。
適当に髪を拭きながらスマホに手を伸ばすとちょうどのタイミングで通知が来た。
“うらたさんやばい”
“何がだよ”
“色気”
漢字2文字に妙に苛立ちを覚えた。
自分で言うのもあれだが色気に関してはリスナーからも歌い手仲間からも定評のある方だとは思う。
もちろん恋人であるまふまふからも。
浮気しろなんて言ったのは自分なのに無性にむしゃくしゃして返事は返さないままゲームを始めた。
この企画4人とも損をすることになるかもしれないな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「都合のいいやつ。」
「怒ってます?」
「そりゃね。」
「キスはしないって言っときながらしたのは謝ります!」
「そこ以外どこ謝んだよ。」
半ば呆れ気味にそう言えばまふまふはバツの悪そうな顔をした。
ため息をついて回れ右をし、玄関へと足を進める。
「2人にネタばらししにいくぞ。」
「はい!」
「てかなんでキスしたの。」
「寂しくって。」
「我慢しろよ。」
「うーだってそらるさんさかたんと寝てんのかなとか思ったら……」
「仕掛け人が何やってんだか。」
「そらるさんこそ坂田くんと浮気してないでしょうね。」
「俺はまふ一筋だから。」
「っ!!!僕もですよ!!!!」
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<br />ディズニーに行ったそらさかと残されたまふうらの話<br /><br />こんにちは雪月です<br />ことある事に抱きしめさせてキスさせたい病にかかってしまいました<br />ということで超抱きしめますキスします<br /><br />前回の妖怪パロご好評で嬉しい限りです<br /><br />今回もよろしくお願いします
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お泊まりは浮気に入りますか
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とろりと蕩けた望月のような鶴丸の瞳。
その瞳がひたと私を捉えて離さない。
皆の視線が鶴丸に集まる。
静まり返った広間のなか、ただ鶴丸の声だけが朗々と響く。
「一期だ。一期のおかげで俺は君に会えたんだ。一期は自らを犠牲にしてその身に宿る君の霊力を譲ってくれた。どうだ、驚いたか!」
綺麗な綺麗な笑みを浮かべ、鶴丸は言った。
おどけたような軽い口調、鶴丸は芝居がかった仕草で両手を広げる。
けれどもその軽妙な身振り手振りとは裏腹に語られた内容はとてもじゃないが笑えなかった。
「え、犠牲ってどういう……」
頭が理解することを拒否して動かない、喉も詰まったように声が出ない。
それなのに瞼だけがピクピク動く。
絶句する燭台切に青ざめた顔で固まる和泉守。
こんな二振りの顔、初めて見たよ。
「嘘、ですよね……。そんな、だって……。いち兄が、そんな……」
ひたすら同じことを繰り返す鯰尾の隣で骨喰は人形のように凍り付く。
今にも泣き出しそうな五虎退と前田。
「嘘だっ!」
と大きく叫んだ乱に続き、薬研がひと言
「いち兄……」
と呟く。
そんな皆の様子を少しばかり困ったように見渡していた鶴丸と目が合った。
何を思ったのか、パチパチッと目配せのような瞬きをした鶴丸がわざとらしく肩を竦める。
「嘘じゃないぜ?でないとおかしいじゃないか。俺を鍛刀したのも顕現したのも主じゃない。三代目だ。なのにその俺がなぜ見事現世の主のもとへと飛べたのか。主さ、主の霊力さ。一期から譲り受けた主の霊力を頼りに俺は現世に飛んだんだ。そのおかげで君たちは主に会えた。一期と、この俺のおかげでな」
「それは、そうですけど……!!」
涙混じりの声で鯰尾が言う。
悲痛な叫びをあげる粟田口の刀たち。
私は何をどう言えばいいのか分からなかった。
ぼんやりとへたり込む私の横でふと衣擦れがした。
無理やり意識をそちらへと向ける。
そこには恐慌一歩手前のその場にそぐわない優雅な仕草でお茶を飲む三日月がいた。
その視線は冷めきったまま、静かに湯呑を傾けている。
「相変わらず君はつれないなぁ」
苦笑する鶴丸に三日月はツンとした眼差しを向ける。
その名の通り、三日月が宿る美しい双眸。
つと向けられたその視線は一瞬のうちに逸らされた。
「……こういったことは、俺は好かん」
「三日月?」
どういう意味かと尋ねるも、三日月はそれっきり黙ったまま答えない。
けれども鶴丸にだけは伝わったようだ。
愛想の欠片もない三日月の態度に一瞬白けた顔になった鶴丸だったが、すぐに気を取り直したようだった。
鶴丸は続ける。
「ま、そういうわけで一期は俺にその身に宿る主の霊力の全てを明け渡してくれたのさ。そして還っていった。そういうことだ」
全てを明け渡す、還る……。
もはや広間は水を打ったように静まり返っている。
皆の顔は真っ青を通り越し、紙のように白かった。
その皆の前で沈痛な面持ちをした鶴丸がさらに続ける。
「思い込みの激しいところもあったし、朝も弱く寝汚い。おまけに顔に似合わず派手好きで、常人には理解し難いセンスの持ち主ときた。それでも仲間思いの忠義の刀。……一期一振、良い奴だったぜ」
首を振り振り、鶴丸が言う。
広間の空気はますます張りつめ、今にも爆発しそうになっていた。
次の瞬間、スパーン!と襖が飛んでいきそうな勢いで開かれた。
「誰が、寝汚く常人には理解し難いセンスの持ち主なのですかな?鶴丸殿!勝手に殺さんで頂きたいっ!!」
そう言ってその場に仁王立ちしていたのは、まさにたった今鶴丸が惜しい奴を亡くしたぜと言わんばかりに語っていた当の本刃、一期一振そのひとだった。
「え、え、いち兄?いち兄だ、いち兄!」
「はぁ?何であんた……。おい、鶴の爺さん、どういうことだよ?」
「一期君……?え、だって鶴さん……。鶴さん?」
皆が慌ただしく鶴丸と一期を見比べるなか、一期は絶対零度の視線を鶴丸に向ける。
「黙って聴いておれば、言いたい放題もいいところですな!鶴丸殿!私のどこが派手好きなのですか!私は態度も好みも至って控え目ですぞ?あなたとちがって!」
ズカズカと入ってきた一期が鶴丸に迫る。
それまでのお通夜のような空気はあっという間に霧散して、顔を強張らせ泣きだしそうになっていた皆が一期に続き、鶴丸を包囲する。
「ちょっと鶴さん、いくら何でもこれはないんじゃない?」
「おい、爺さん。世の中にはやっていいことと悪いことがあってだな。何だ、ぴちぴちぴっちだったか?分かんねぇなら、俺がそこんとこじっくりと教えてやるよ。じっくりとな」
「ちょーっと、鶴丸さん。顔貸してもらえますか?」
「おっ、ずお兄。俺も付き合うぜ」
「僕も、僕も!ね、鶴丸さん。いいよね、もちろん」
顔を引きつらせた鶴丸が皆の顔色を窺うもにっこりと笑うだけで鶴丸を助けようという者は誰もいない。
成敗!とばかりに鉄拳制裁を食らう鶴丸。
鶴丸の頭にまたも大きなたんこぶが出来た。
「僕、本当に泣きそうだったんだからっ!」
「僕もです……」
「もう会えないのかと思いました……」
ぷりぷり怒る乱に五虎退と前田も頷く。
皆が短刀たちに同意するなか、鶴丸は言った。
「嘘は言っていないぞ、嘘は!だってそうだろう?一期は人の身を犠牲にして、その身に宿る主の霊力を俺に譲ってくれたんだからなっ!そうだろう、一期?君からも何とか言ってくれ!」
だが
「紛らわしい言い方をせんで頂きたいっ!」
とばっさりと斬り捨てる一期。
他の刀剣たちも皆
「言い方っ!」
と一蹴する。
つまりは私が鍛刀し顕現した一期はその身の奥深くに宿る私の霊力を鶴丸に渡したあと、人の身を保てなくなり刀に還っていたらしい。
そして私がこの本丸に来て、霊力が循環し始めるなかで再び人の身を保てるようになったのだとか。
ほんと鶴丸、言い方!
犠牲だとか還るだとか、紛らわしいにも程があるよ!
ほっとした安心感からか、皆好き勝手喋っては騒ぎ始める。
「俺はただこのままでは君がこの場に入ってきづらいだろうと思ってだなぁ!場を和ませてやったというのにあんまりじゃないかっ!」
ぶうぶう文句を言う鶴丸に一期は
「だからと言ってあの言い方はないでしょう、鶴丸殿!しかも何ですか、センスが悪いだの寝汚いだの!私がその場にいないことをいいことにあのような!あなた私のことをそのようにに思っておられたのですか?この際はっきりさせて頂きましょう!」
とまくし立てる。
何だか妙な盛り上がりを見せるなか、三日月はただひとり相変わらずしらっとした顔でお茶を飲む。
「……あのような鶴の戯れ、気配を探ればすぐに分かろうものを」
三日月がぼそりと零す。
「三日月?あなた最初から分かってたの?」
そう訊いた私に三日月が頷く。
「ここの者たちは皆、こうと思い込んだらすぐに突っ走る。まずは落ち着いて物事の真偽を確かめることが肝心だろうに。先走って思い詰めては独り合点して自らを追い込む。学習せんにも程がある」
何だかちょっと耳が痛い三日月の言葉。
それは私が鍛刀し顕現した刀剣たちのことを指しているのだろうけれど、私の弱さを見抜かれたようでドキリとした。
三日月はわざわざ当てこすりを言ったつもりはないのだろう。
けれども先程からの三日月の指摘には確かに私にも当てはまることが多かった。
刀剣は顕現した審神者に似るという。
ならばきっとこの本丸の刀剣たちは皆私に似ているのだ。
私は今、忘れようとしていた過去とともに自分が顕現した刀たちとも否応なしに向き合わされている。
それはまるで鏡写しになった自分自身を見せつけられているかのようで、認めたくない弱さや醜さまでもがまざまざと浮き彫りにされた。
出来れば目を背けていたい自分の弱さ、認めたくない過去の失敗。
けれどもそれは私にとっては過去のことでもこの本丸では現在進行形の出来事で、三日月はその一番の被害者なのだ。
私の願いに応えるかたちで降りてきてくれた優しい神様。
でも目覚めたとき、願った当の本人である私はいなかった。
本丸を放り出し、現世に逃げ帰ったから。
そしてそのまま審神者を辞めてしまったから。
けれどもそもそも私がこの本丸の審神者であることを諦めた理由は私の刀剣である彼らが見習いさんに靡いたからで。
その前から私が主であることやこの本丸の在り方に疑問を持つ刀がいたからで。
彼の名は一期一振、この本丸で私が最後に鍛刀し顕現した刀。
主である私に対し、真っ向から疑問をぶつけてきた刀剣。
私はずっと逃げていた、初期刀や庇ってくれる和泉守や燭台切の影に隠れてばかりいた。
一期とまともに話したことなどあっただろうか。
話した気にはなっていた、でもあれは私ではなく私の代わりに初期刀が話してくれていた。
私は矢面に立たされた彼の後ろにいただけだ。
今こそ私は一期と向き合うべきなのだろう。
私はもう逃げないと決めた。
そのためにこの本丸に戻ってきた、連れ戻された。
彼らと向き合うために、一期ときちんと話すために。
過去を清算しなければ前には進めない。
彼らと再び出会ったことで私はそう思い知った。
「主殿……」
いつしか喧噪は治まっていた。
目の前には一期一振、鶴丸とよく似た色合いの瞳が私を見つめる。
「一期……。久しぶりだね」
「えぇ、本当に。ずっと、お会いしたいと思っておりました」
一期とこんな風に穏やかに言葉を交わしたことがあっただろうか。
固唾を飲んで皆が見守る。
そのなかでも特に気遣わし気な視線を送ってくるのは鯰尾をはじめとした粟田口の刀たち。
あまりにもハラハラとしたその視線に思わず苦笑しそうになる。
だが鶴丸や三日月はというと一向に焦ることはない。
私と目が合った鶴丸が大丈夫だというように、にこりと笑う。
澄ましたままの三日月も相変わらず悠然と座っている。
彼らはこれから一期が話そうとしていることを知っているのだろうか。
一期の真意を、彼が何を考えていたのかを。
「主殿」
一期が私に呼びかける。
「私の話を聴いて頂けますか?」
そして一期は私の前で膝を折った。
[newpage]
水を打ったような沈黙のなか、一期は静かに口を開いた。
「……主殿と、このようにお話しするのは初めてかもしれませんな」
「そうだね。私も同じことを考えていたよ」
そう口にした私たちはふっと笑みを交わし合う。
それだけで一期の肩から力が抜けたように見えた。
「主殿」
一期は言った。
「大きくなられましたな。私の記憶のなかの主殿はいつもあの方や燭台切殿の後ろに居られて、ろくろく言葉を交わすことも叶いませんでした。このように私と真正面から向き合ってくださったのは、私が主殿の手によって顕現したとき以来ではないでしょうか。私にはそう思われます」
「一期……」
それは確かにその通り。
最初は大人の見目の太刀は苦手だからと放り投げ、そのあとは私に主としての自覚があるのかと問いただす一期から逃げていた。
けれども今、一期には私を非難する意図は見えなかった。
ただ昔のことを思い返しているだけのように思えてならなかった。
一期は何を言おうとしているのだろう。
「主殿、私は後悔しておるのですよ。私がこの人の身を得たとき、私はあなたのお役に立ちたいと強く思っておりました。顕現した私の目の前には小さな主殿。私はこの主殿に喚ばれ、この方のために我が身を振るうのだと心に誓ったのです」
「一期……」
「そしてもうひとつ。顕現したその瞬間から私のなかに宿っていたもうひとつの思い。それはまさに使命とも呼べるようなものでした。この本丸のために、この本丸にいる弟たちのために私は喚ばれたのだという確信めいた思いがあったのです。それがどういう意味を持つのか、その時の私にはまだよく分かりませんでした。けれども時が経つにつれ、私には分かったのです」
私には次に一期が何を言おうとしているのか分かった気がした。
「ふさぎこんでいる鯰尾や骨喰、落ち込んでいる薬研に今にも泣きだしそうな乱に前田に五虎退。私は思ってしまったのですよ。兄として、弟たちを守らねばと。そう、思ってしまったのです」
そう口にした一期の後ろで和泉守がぽりぽりと頭を掻く。
目が合った私に和泉守は黙って聴いてろとでも言うように目配せを送る。
頷く鶴丸に燭台切、鯰尾や薬研たちもすまなそうに頭を下げた。
そんななか、三日月が露骨なため息を吐く。
「もう少しだけお付き合いくだされ」
苦笑いした一期が三日月に言った。
「なぜこの本丸の弟たちはこうも沈み込んでいるのか。聴けば主殿の不興を買ってしまったと。そしてその主殿は滅多に本丸には来られない。この本丸はどのような状態なのか、主殿は何を考えておられるのかと、私は兄としてこの本丸の刀として知らねばならないとそう思ったのですよ」
一期の言い分は尤もだった。
私が一期の立場だったとしても、そう思ったことだろう。
「この本丸のために、弟たちのために。顕現したその瞬間からあるその思いに突き動かされるようにして、私は行動を起こしました。その結果、主殿、あなたを傷つけてしまったことを深くお詫び致します。私は考えが足りなかった」
「そんなことない!」
私は咄嗟にそう言った。
「あなたは間違ってない。あの頃の私は褒められたものじゃなかった。主としても、審神者としても、私は自覚が足りていなかった。みんな優しいからそれでも何とかなっていたけれど、いつかは審神者失格を突きつけられていた。それがあなただったという、ただそれだけの話だよ」
本当に、そう思う。
初期刀任せにしてギリギリで回していた本丸運営。
ろくに本丸に来ない幼い審神者、最低限の出陣に鍛刀。
不満が出てこないほうがおかしいのだ。
学業優先で審神者はおまけ、審神者としての自覚も主としての責任も何にも果たしてなどいなかった。
だから誰かに糾弾されたところで、その誰かを恨んだりなんかしない。
一期は間違ってなどいない。
それなのに
「自覚、ですか……」
一期はそう言った。
「自覚が足りていなかった……。主殿は今、そうおっしゃられましたな」
「う、うん?」
「そんなことはありません。主殿は誰よりもこの本丸のことを考えておられた。私には分かります」
「一期?」
「あの頃の私は何も気づいておりませんでした。本来ならば、この私が一番に気付くべきでしたのに。主殿は主殿なりに本丸のことや皆のこと、そして弟たちのことを考えておられたのでしょう?私には分かります。なぜならば、主殿はそのためにこの私を喚ばれたのですから。そうでしょう?主殿」
今までに見たことがないくらい穏やかな顔をした一期が言った。
「もっと早くに気付くべきでしたな。気付くのが遅すぎました。私はそのことをずっと後悔していたのですよ。主殿をお助けするために顕現したというにも関わらず何の役にも立てなかったばかりか、結果として主殿やあの方を傷つけるだけになってしまった。ずっと、後悔しておりました」
「一期君、君は何を……」
怪訝な顔をして問いかける燭台切、同じく和泉守も眉間に皺を寄せている。
「いち兄、あんた何言ってんだ?」
「いち兄……?」
粟田口の刀たちも問いかける。
そのなかで鶴丸と三日月の二振りだけは落ちつき払い、続きを待つ。
またしても目が合った鶴丸が大丈夫だと言うように頷いてみせた。
「きっかけは三日月殿が顕現されたことでした」
一期は言った。
「主殿が本丸を去られ、見習いとして来ておられた二代目が代理としてこの本丸の主となられた。そして顕現されたのが三日月殿です。ここまではよろしいですか?」
頷く私に一期は続ける。
「顕現した三日月殿は仰いました。この者は自分の主ではないと。自分は助けて欲しい、力を貸して欲しいと願う声に応えてこの世に降りてきたのだと。そしてその声の主はこの者ではないと、そう仰ったのです」
「そうだ、俺の主は俺に呼びかけてくれたそなただけ。俺はそなただけの刀、そなただけが俺の主。だから俺はずっと待っておったのだ、そなたが迎えに来てくれるのを俺はずっと、ずっと……」
途中からぐすぐすと泣き出した三日月が私を抱きしめ涙を零す。
だが
「おい、爺さん。話の邪魔だ」
「申し訳ありませんが、三日月殿。今は私が主殿と話している最中ですので、引っ込んでいて頂けますかな?」
辛辣な和泉守と言葉だけは丁寧な一期に斬り捨てられる。
さらに鶴丸が私から三日月を引きはがした。
「そういうことだ。だいたい君は主にベタベタし過ぎだ。ほら、爺さん。さっさと離れろ!」
「む。確かに俺は爺だが、それを言うならお前も俺と同じく爺だろう。なぁ、主よ。この鶴もこう見えて俺と同じ平安の生まれ……」
「あーあー、聴こえない!!」
張りつめていた空気が少しだけ緩む。
気を取り直した一期が先を続けた。
「力を貸して欲しいと願う声。三日月殿が仰られたその言葉に私は思い出したのですよ。なぜこんなにも本丸のことや弟たちのことが気にかかるのか。何が私を突き動かすのか。顕現したその瞬間から宿っていたこの思いはどこから来たものなのか。それは主殿、あなたの願いだったのですな」
一期が真っすぐに私を見つめる。
「本丸や弟たちを気にかけるその気持ち、手を貸して欲しいと願う真摯な思い。人の身を得る前に聴こえてきたその願いに応えて私は顕現したのです。それなのにその時聴こえてきた声のことを顕現した私はすっかり忘れていた。ですがその願いは確かに私を形作る一部となったのです。だから私は何故だか最初からこの本丸の在り方や弟たちのことが気にかかって仕方なかった。そしてそこで感じた疑問を主殿にぶつけてしまった。それが、間違っていたのですな」
「間違い……」
「えぇ、間違いです」
一期は言った。
「主殿は何を思い、何を願って私を顕現されたのですか?この本丸をより良くしたい、弟たちとの関係を改善したい。そう願われていたのではありませんか?そうでしょう?私にはその声がはっきりと聴こえていました」
「大将……」
「主君……」
「主様……」
「主さん……」
一期の言葉に短刀たちの視線が私に集まる。
「その願いが聴こえていたにも関わらず、顕現した私はそのことをすっかり忘れてしまっていた。本来ならば私は主殿のお側で主殿と同じ目線で主殿のお悩みが解消される手助けをせねばならん立場でしたのに。それなのに当の私が主殿を追い詰めてしまった」
「一期……」
あの時、一期を鍛刀し顕現したあの時。
鯰尾とのことがあり、私はすっかり粟田口の短刀たちと気まずい関係になっていた。
粟田口だけじゃない。
燭台切や和泉守までもが私のことを腫物に触るかのような扱いをしてきて、本丸は今まで以上に居心地の悪い場所と化していた。
なんかもう、みんながみんな窒息しそうになっていた。
でもこれじゃいけないと思ったんだ。
鯰尾は何も悪くない、息を潜めているような短刀たちにも申し訳ないと思っていた。
この状態を何とかしたい。
でも私には彼らに突撃して全部なかったことにして仲良くしようぜ!なんて言うことは出来なかった。
勇気がなかったんだ。
出来るものならそうしたい。
ゲームみたいに初期化して、一から関係を築き直したかった。
でもこれはゲームじゃなく現実、そんなに都合の良いことはあり得ない。
だから私は突破口が欲しかった。
そのための鍛刀、そのための一期一振。
一期を顕現することで鯰尾をはじめ粟田口の短刀たちにも元気になって欲しかった。
そしてまた鯰尾と仲良くなりたかった。
鯰尾を足掛かりにして、彼ら短刀たちとも少しずつ仲良くなれたらいいなと思っていた。
そしてそしてぎこちないながら何とか綱渡り状態で運営しているこの本丸にも、もう少し主として関われるように頑張ろうと願いを込めた。
それが全部一期に伝わり、彼の刃格形成に思いっきり影響していようとは。
「あれ、聴こえてたんだ……」
「えぇ、はっきりと。とても切実でひたむきな真摯に祈る声でした。このように願われる主殿の居られる本丸にならぜひ行きたい、手を貸したい。そう思ったのですよ」
一期は優しく微笑んだ。
お願いしようと思ったのだ。
粟田口の刀たちと気まずくなってしまっているから、もう一度仲良くなれるように手を貸して欲しいと頼もうと思っていたのだ。
でも実際に顕現した一期を目にすると、またも大人の見目の刀に対する苦手意識が先走り、私は一期から逃げたのだ。
あの時ちゃんと口にしていたらどうなっていたのだろう。
仲良くなりたい、だから私に手を貸して。
一期ならきっと私を助けてくれただろう。
たとえ彼が私の願いを覚えていなくとも。
だって一期は皆が誇る粟田口のお兄ちゃん、今も私を見つめる一期の目は不器用な妹を見るかのようにとても優しいものだった。
あの頃も今も一期は一期で粟田口唯一の太刀にして長兄。
幼い私が彼の弟と仲良くなりたいのだと願ったら、すぐに私の手を取り弟たちのもとへと連れていってくれただろう。
弟たちの名を呼ぶ一期、そして自分はたった今私により顕現されたのだと伝える。
歓声をあげ、一期に駆け寄る弟たち。
思わず腰が引ける私を一期ならば弟たちの輪のなかに誘ってくれただろう。
そして私と弟たちとの橋渡しをしてくれたにちがいない。
私が祈りを捧げたように。
でも実際はちがった。
一期は私の願いを忘れ、私は一期から逃げたから。
逃げずに一期に向き合っていたら、今頃私たちはどうなっていただろう。
顕現した時だけじゃない、一期が私に向かってきたとき、問いただしたとき。
機会は何度もあった。
話せばきっと分かり合えた。
でも私はそうしなかった、私はただただ逃げていた。
もう二度と戻らない時を考え俯く私に一期が
「主殿」
と呼びかける。
「主殿、私は何度もあなたに耳の痛いことを申しましたな。けれどもこれだけは信じて頂きたいのです。私は決してあなたを傷つけたいわけではなかった。ましてや追い出したいなどとは思ってもいなかった。私は主殿に喚ばれた刀、主殿のお役に立つために顕現された刀剣。あなただけの刀です。あなたのそばで、あなたにお力添えするために私はこの身を得たのです。それなのに、私はあなたを傷つけ追い詰めてしまった。私が不甲斐ないばかりに。本当に申し訳なく思っておるのですよ」
切々とした一期の語り口からは深い後悔の念が伝わってくる。
それと同時に私を見つめるその濃い黄金色の瞳からは私への親愛の情が溢れていて、何だか私は泣きそうになった。
「一期のせいじゃない……。一期は何も悪くない……」
確かに一期は何度も何度も私に詰め寄ってきては私は戸惑わせた。
でもそれは全部尤もな正論で、正論だからこそ私は一期に対する苦手意識が高まった。
当時の私はかなりの言い訳を重ねては甘えていて、その甘えの皺寄せは初期刀をはじめとする刀剣たちの我慢の上に成り立っていた。
本丸に来ないことだったり、少ない出陣回数だったりとか。
そんな歪な本丸の状態を真っ向から問いただしたのが一期だった。
それは何も悪いことじゃない。
いつかは誰かが買って出ないといけない役回りだったのだ。
幼い主に審神者としての自覚を促す憎まれ役。
一期が買ってでなければ、初期刀がその役回りになっていたことだろう。
まぁ彼にも似たようなことを言われる羽目になるのだけど、それは今は置いておいて。
「一期が謝る必要なんてない」
傷付いたのは、思い当たる節があり過ぎたから。
何も言い返せなかったのは、何の覚悟もなかったから。
逃げたのは、真正面からぶつかる勇気がなかったから。
きっと話せば耳を傾けてくれただろう、力になってくれただろう。
それをしなかったのは私が彼らを信じていなかったから、信じようとしなかったからだ。
「だから、一期のせいじゃない」
「主殿」
きっぱりと言い切った私に一期が近寄る。
「私を、許してくださいますか?」
「許すも何も……。あなたは私の刀でしょう?」
そう言って、私は一期の手を取った。
真白い手袋越しに伝わる一期の体温。
初めて触れる一期の温もり。
その温もりが心の奥のしこりを溶かし、温かい熱がじんわりと広がっていく。
「主殿……」
一期と目を合わせ、私たちは笑いあった。
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見習いに本丸を譲渡した元審神者のもとに封印本丸の鶴丸が降ってきた話。
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鶴っと審神者に復帰します。⑪
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10120686#1
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ユニット名を決めた5人はいよいよ、CD販売のミニイベントによる初ライブのレッスンに取り掛かろうとしていた。
そんなある日のこと…
ガチャッ
卯月「おはようございます!」
未央「あ、しまむー!おはよう!」
凛「卯月、おはよう。」
美波「卯月ちゃんおはよう!」
アーニャ「卯月、ストラーストヴィーチェ、おはよう、です!」
卯月「みんなおはよう!」
凛「今日からデビューに向けたレッスンだね。」
未央「そうだね!くぅ〜楽しみになってきた!」
アーニャ「ミナミ、たのしみ、です。」
美波「そうだねアーニャちゃん。でも、私はちょっと不安かな。」
八幡「ま、上手くできるかは、レッスン次第だろうな。」
美波「もう、そこは、嘘でも大丈夫とか言ってくれないの?」
八幡「俺にそんなことを求めるなよ…。さ、不安になっても仕方ないから、さっさとレッスン行くんだぞ〜。」
美波「はーい…」
アーニャ「わかり、ました…」
ニュージェネの方も行ったみたいだな。さて、俺は書類の整理するかー…
…はっ!俺が普通に仕事してるだと!?やはり親が社畜根性凄いから息子の俺にも引き継がれてんのかな…
まあ、いいや。あいつらのこれからに関わる大事なことだから適当には出来ないな。
side-美波-
もう、比企谷君たら、レッスン行く前には、頑張れとか大丈夫とか言って欲しかったな…
アーニャ「ミナミ、大丈夫、ですか?」
美波「え?あ、大丈夫だよ。アーニャちゃん。ごめんね心配させて。」
アーニャ「大丈夫、です…」
美波「やっぱり不安?」
アーニャ「ダー…ちょっぴり、不安です。」
美波「でも、せっかくくれたチャンスだから、出来ることはしっかりやろう?」
アーニャ「そうですね!」
そうしていると、レッスンルームに着いた…
ガチャッ
美波、アーニャ「おはようございます!」
卯月「おはようございます!」
未央「おっはよー!」
凛「おはよう。」
?「よし、全員揃いましたね。私は君たちの指導をするトレーナーの青木です。皆さんと同じ新人として、一緒に頑張りましょう。」
未央「うぅーん…ルーキートレーナーだからルキちゃんだ〜!」
ルキトレ「え?」
未央「これからよろしくね〜ルキちゃん!」
ルキトレ「それ広めないでくださいね…」
そんなこんなで談笑していると、誰か入ってきたのか、唐突にレッスンルームの扉が開いた。あれ?あの人って…
ガチャッ
?「おっはよー☆」
ルキトレ「あ、美嘉ちゃんおはよう。」
美嘉「あれ?この子達は…?」
ルキトレ「デビューに向けて今日からレッスンし始めるニュージェネとラブライカの子達だよ。」
美嘉「へぇ〜そうなんだ☆。あ、私、城ヶ崎美嘉!よろしくね☆」
ニュージェネ、ラブライカ「えぇーーー!?」
卯月「本物…ですか…!?」
美嘉「本物だよ☆」
未央「わぁ…!カリスマJKアイドル城ヶ崎美嘉ちゃんだぁ!」
美嘉「せっかくだし、私もここでレッスン見てもいいかな?」
ルキトレ「いいですよ。」
美嘉「ほんと?ありがと☆」
あの人気アイドルの城ヶ崎美嘉さんにレッスン見られるのかぁ…緊張してきたなぁ…
そして…
美嘉「ねぇねぇ!ニュージェネのみんな!今仕事ある?」
卯月「特には…」
未央「無いけど…」
凛「なんですか?」
美嘉「今度のライブでさ、君たちを私のバックダンサーにしようと思ってさ☆どうかな?」
未央「え?ほんとですか!?」
凛「でも、プロデューサーに聞かないと…」
美嘉「あ、それなら、さっきプロデューサーさんに許可取ってあるよ☆」
卯月「ほんとですか!?あ、ありがとうございます!」
卯月ちゃんたちいいなぁ…初ライブがバックダンサーとはいえ、大きな舞台だなんて…
アーニャ「みんな、頑張ってくださいね!」
美波「頑張ってね!」
ニュージェネ「はい!」
[newpage]
side-八幡-
…ふぅ。書類の整理終わったー…
武内「お疲れ様です。調子はどうですか?」
八幡「あ、武内さん。ええ、調子は順調ですよ。このまま、デビューライブの準備に入れるかと。」
武内「そうですか。よかったです。」
八幡「ニュージェネの方は?」
武内「今度、城ヶ崎美嘉さんのライブのバックダンサーをすることになりました。」
八幡「それは凄いですね。」
武内「はい。彼女たちのデビューライブです。」
八幡「頑張ってください。」
武内「はい。」
[newpage]
そして日が過ぎてライブの日…
卯月「うぅー…こんな大舞台…大丈夫かなぁ…」
未央「しまむー!手足同時にでてるよ!」
凛「私も、ちょっと落ち着かないな。」
未央「私たちなら大丈夫だって!あんなに練習してたんでしょ?」
卯月「そ、そうですよね!」
美嘉「やっほー☆みんな大丈夫?」
未央「あ、美嘉ねぇ!」
卯月「な、なんとか…」
凛「すごく緊張してる。」
美嘉「ふーん…その様子なら大丈夫だね☆」
未央「どうして?」
美嘉「私もライブ前はいつも緊張してるよ☆。でも、その緊張も楽しいに変えて楽しんでね☆」
ニュージェネ「は、はい!」
…
美嘉「ここが控え室だよ☆…おはようございまーす☆」
?「あ、美嘉さん!おはようございます!」
?「今日はよろしくです〜」
?「美嘉ちゃんおはよう」
?「今日はよろしくね♪」
美嘉「茜ちゃん、まゆちゃん、瑞樹さん、美穂ちゃん、今日はよろしくね☆
あ、この子達は今日あたしのライブのバックダンサーしてくれる子達だよ☆」
卯月、未央、凛「よ、よろしくお願いします!」
瑞樹「あらあら、若いってだけあって、元気あっていいわね〜」
茜「おー!美嘉さんのバックダンサーするんですか!頑張ってください!」
美穂「3人ともよろしくね♪」
[newpage]
ライブが始まり、出番が近づいてきた…
卯月「うぅ…もうすぐ出番です…」
未央「しまむー!同じ手足同時にでてるよ!」
凛「でも、流石に緊張してきたね。」
武内「皆さん、準備はよろしいですか?」
ニュージェネ「は、はい…(はい!)」
武内「では皆さん、笑顔を忘れずに、ライブを楽しんで来てください。」
美嘉「そーそー!ライブは楽しまなくちゃね☆」
side-観客席-
美波「そろそろだね。卯月ちゃんたち。」
アーニャ「そう、ですね!」
八幡「どうなることやら…」
みく「みくにゃんに勝ったからには、ちゃんと決めてほしいにゃ!」
きらり「大丈夫だと思うにぃー☆卯月ちゃんたちいっぱいレッスンしてたにぃ☆」
杏「そうそう、同じプロジェクトの仲間だし、信じてあげようよ〜」
智絵里「大丈夫だよ…ね?」
蘭子「ふふっ、蒼き少女達の宴の時よ…」
かな子「あ、ライブが始まるよ!」
…
美嘉「みんなー☆こんにちはー!カリスマJKアイドル、城ヶ崎美嘉だよー☆今日は、素敵なバックダンサーの子達、3人迎えてのライブだから楽しみにしててねー!」
観客「うおぉぉぉー!」「美嘉ちゃーーーーん!」「きゃぁぁぁぁ!美嘉ちゃーーーーん!」
美嘉「それじゃ、行くよー!TOKIMEKIエスカレート!」
曲が始まった…
卯月「これが上がればライブ会場…」
未央「緊張してる時は、好きな食べ物を掛け声にしてみようよ!」
凛「未央らしいね。」
卯月「でも、いいですね!」
未央「じゃ、行くよー!」
卯月、未央、凛「チョコ、レー、トーー!」
ーそしてー
李衣菜「あ!卯月ちゃんたち、出てきたよ!」
八幡「よし、出だしは上手くいったな。後はレッスン通りに踊るだけだな。」
その後、ライブは成功し…
美嘉「ありがとーー!さあ!バックダンサーの子達にも感想聞いてみよー!この子達は、今日デビューするんだよー!どうだったー?」
卯月、未央、凛「サイコーーー!」
八幡「ふっ…」
いい笑顔じゃねーか…
[newpage]
ライブ後…
未央「どうだった?プロデューサー!」
武内「いい、ステージでした。」
凛「ふふっ、ありがと。」
卯月「成功してよかったですぅぅ…」
武内「では、控え室で着替えたら、今日はこのまま直帰です。お疲れ様でした。」
…
八幡「終わったな…ライブ…」
さあ、今度はCD発売イベントの本当のデビューライブだ。
……To be continued
あとがき→
[newpage]
あとがき
こんにちは。今回はバックダンサーの回です。相変わらず蘭子語が難しい…。ニュージェネと美嘉ねぇ達との絡みがメインだったので、八幡とかその他メンバーがそんなに出せませんでした。
さて、話は変わりまして、フォロワーがいつの間にか80人超えていました。このような小心者の作品を読んで評価してくださる読者様方のおかげです。ありがとうございます。100フォロワー超えたら、何か記念の単発物でも書こうかな…。内容とかは、100フォロワー超えてから考えてまます(苦笑)
それでは、今回も読んで頂き、ありがとうございました。
|
2018年9月7日~9月13日付け<br />3話がルーキーランキング87位、<br />男子に人気ランキング20位に入りました。<br />ありがとうございます。<br />それでは、今回も稚拙な文章ですが、よろしくお願いします。
|
4話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10120826#1
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○あてんしょん○
息抜きで書きました第二弾。ネタです。
毎度お馴染みふわっとした人が書きました。ふわっとした頭で読みましょう。
なんでも許せる人向け。ですよ。
——————————
「字、綺麗だな」
日誌を必死に書いていたら隣からぽつりとそんな呟きが聞こえてきた。目線をあげると降谷君が立っていて、黒板消しは終わった?と尋ねると短くあぁと頷かれた。
「書道でもやってるのか?」
私が書いた文字を見ながら質問する降谷君にううん、と首を振る。ただ丁寧に書こうと思っているだけだと返して、日誌のページを閉じた。
「字には人柄が出るって言うでしょ?なら丁寧に書いていた方が、私を知らない誰かが字を見た時にこの人素敵だなって思ってもらえるんじゃないかなって。それに、」
素敵な字を書いていたら、本当に素敵な人になれる気がするから
そう言って笑った瞬間、降谷君の胸から何かがぽろりと溢れてきて、ん?と思った。それはハートの形をしていて、限りなく透明に近いけどうっすらピンク色で、親指の爪くらいの大きさで、そんでもってふわりふわりと宙に浮かんでいた。
なん、え、なんだこれ。
思わずぽかんとそれを見つめてしまう。なんかいいな、そういう考え。と私の言葉に微笑んで同意してくれた降谷君にありがと、と混乱しながら返事を返すが、はっきり言って全く話しを聞いていなかった。いやだって、なんか変なものが目の前に浮いてるんだよ?しかも降谷君の胸から出てきたってなんだファンタジーか???
「じゃあ、日誌は俺が持って行くから」
「え、でも」
「あんまり遅くなると危ないだろ」
目が離せずそのままじっと正体不明のハートを見つめていたら、降谷君に日誌をとられてしまった。そのくらい私が…と言い募ろうとしたが、どうやら帰り道の心配をしてくれたらしい。申し訳ないなと思う私に笑った降谷君は、じゃあまた明日な、と言って教室を出て行ってしまった。ついでにハート型の浮遊物も、降谷君にひっつくようにしてふわふわと私から離れていってしまった。
うん、……うん。疲れたのかな、私。
きっとたぶんおそらくそうだと思って、私もさっさと家に帰ることにした。
*
「おはよ」
「おは、よう」
教室に入ったらちょうどドアの近くにいた降谷君に挨拶され、普通に挨拶し返したら昨日のハートがまだ浮かんでいることに気づいた。目をこすって見てもそのハートは降谷君のそばを漂っていて、もしかして手品とか何かの遊びの一種だろうかと考える。しかし本人には何となく聞きづらくて、降谷君から離れたあと友達にねぇあれなんだろうとこっそり相談した。
「あれって?」
「降谷君の周りに浮いてるハート」
「はぁ?」
なんじゃそりゃという顔をした友人にあれあれと指をさすが、どれ?と怪訝な顔をしたまま全く分かってくれない。最終的にどうした?調子悪いの?なんて心配されてしまい、私はもういいですとだけ言って自分の席に座った。
もしかして私にしか見えてない?え、まさか幻覚???
降谷君もその周りにいる友達も教室にいる誰もそのハートに気づいた様子はなく、これはガチで私の目がおかしくなったパターンじゃんと頭を抱えた。しかし混乱と絶望に打ちひしがれる私をよそにチャイムが鳴り、普通に先生がやってきて授業が始まる。実は私の隣の席だったりする降谷君はハートと一緒にこちらにやって来たのでとりあえず教科書を眺めて見ないようにした。
「あ~この部分から分かるように、ここで作者は…」
先生の解説を聞きながらもくもくとノートに書き写し、ひたすらにいつも通りを心がける。しかし黒板を見ようとすると視界の端でふわりとハートが見えて、正直引っつかんでどっかに投げてやりたかった。幻覚だから掴めるわけないんだけど、あんまりふわふわされるとこう、なんか、いらっとするんですよ。邪魔だなって。はぁとため息をついて落ち着け落ち着けと頭の中で念じる。するとその時風にでも流されたようにふっとハートが私の方へと近寄ってきて、びっくりした私はつい手を伸ばしてそのハートを掴もうとした。
ふにっと、柔らかい感触が手のひらに伝わった。
え?……え?柔らかい???
むぎゅっと閉じた手をゆっくりと開く。そこには小さなハートがちょこんと乗っていて、さらに私の中で疑問符が飛び交った。
え、触れるんですけど。幻覚じゃないんですけど。
手の上に乗せたままもう片方の手で突っついてみると、なんともいえない柔らかさと弾力性を兼ね備えたそのハートの感触につい真顔になった。いやめっちゃ気持ちいいなこれ。突くだけでは足りずに人差し指と親指で挟んで押したり、手のひら全体でぎゅぎゅっとしたり、机に置いて上から手のひらで押しつぶすようにしながら転がしてみたりした。うん、めっちゃくちゃ気持いい。例えるならグミとビーズクッションの間ぐらいの感触のそれは退屈な授業の間のいい手慰みになって、結局私は終了チャイムが鳴るまでひたすらそれをむにむにむにむに揉みまくってしまった。
「なぁ、」
夢中で遊んでいたので声をかけられた瞬間びくりとしてしまった。それが恥ずかしくてどうしたの!?とちょっぴり大げに言うと、声をかけた本人である降谷君が、何とも言いがたい顔をしてこちらを見ていた。もしかして私がこのハートむにむにしてるとこ見られた?これ私以外に見えないなら何もないのにひたすら手をグーパーしたり手のひら突いたりしてる挙動不審女では???
「あ、いや、なんでもない」
なんだか気まずそうに視線を逸らした降谷君にこれは死んだと思った。
*
もしかしたら周りに見えないなんて私の早合点かもと思い、休み時間になった瞬間友達の元へ向かってハートを差し出してみた。しかし何?何もないじゃん。と先程同様に怪訝そうな顔で見られたので、このハートは正真正銘私にしか見えないらしいということが分かった。ついでに触らせてもみたけど頭の心配をされただけで終わったので触れるのも私しか無理らしい。
席に戻って頬杖をつきながら、で結局これは何なんだろうと思った。とりあえず不審者に見えないように隠れながらハートを上から下から眺めてみたり、これまた揉んでみたり、さらには引っ張ってみたりしてみたけど全然さっぱり微塵もこれが何かは分からなかった。調べ疲れてもういいよお帰りと机の上に転がす。しかしさっきまで浮いていたはずなのにふわっともしない。なんでだよと思ってひょいと宙に放り投げてみてもころんと落ちてくるだけで、私の元から去ってはくれなかった。
帰らないなら、じゃあ、私がもらってもいいだろうか。降谷君から出てきたものなので当然返すべきだと思ったが、本人?が帰らないのならどうしようもない。正直この感触がくせになってきていた私は、誰にもばれない癒やしグッズができたってことかなと勝手に決めて、ハートをありがたく頂戴することにした。
「正体は分かんないけど、ほんとに気持ちいいなぁ」
むにむに揉んで、一人ほわんとした気持ちになる。次の授業が始まってからも片手で板書しながらもう片方の手でハートを弄って、ひたすら癒やされていた。
*
ハートに癒やされる日々を送って数日、どういう仕組みかは分からないがハートが大きくなった。突然大きくなったわけではなく、毎日毎日ふにふにもみもみ揉んでいたらちょっとずつちょっとずつ大きくなったのである。最初は気のせいかと思ったが、一週間経つころには親指の爪くらいだったものがコンビニに売っているイチゴ大福くらいの大きさになっていた。手のひら全体でぐにぐに揉めるので個人的には成長してくれて満足だ。ついでにほぼ透明のピンクだった色があ、ピンクだなと分かるくらいには色が濃くなった。もしかして揉めば揉むだけ大きく濃くなるのかもしれない。なんだそれ楽しい。育成ゲームが大好きな私にもってこいだし、しかも大きくなった分感触も気持ちよくなって本当になんて素敵な癒しアイテムなんだ!!私にしか見えないってところもこう、特別感があって大変よろしい。子供心を擽りますね。
そんなわけですっかりハートがお気に入りになった私は、授業中も道を歩いている時も、夜ベッドで携帯を弄っている時ですらそのハートを片時も離さずもみもみ揉んでいた。そのせいかハートはすっかり私の手に馴染み、心なしかその重ささえ私にとってちょうどいいものになっている気がする。最初は羽みたいに軽くて持っているんだかいないんだか分からなかったのに。本当に不思議なハートである。こんなにはっきりとした物になってきた今でさえ私にしか分からないんだから。
そんな風に毎日を過ごしていたんだが、なぜだか最近降谷君とやたら目が合うようになった。ふとした時に視線を感じて顔を上げると、必ずと言っていいほど彼が私を見ているのだ。用事でもあるのかなと思ったが、目が合った瞬間ぱっと逸らされてそのままこちらには何のアクションも起こさないので、どうやら用事があるわけではないらしい。となると考えられる可能性は一つ。
ずばり、挙動不審女を見張っているのである。
一応できるだけばれないようにハートをふにふにしてはいるけれど、私だって四六時中気を張っているわけではない。降谷君は頭がいいから勘も良さそうだし、私が何も持っていない手をなにやら怪しげに動かしているところをきっとどこかで目撃してしまったんだろう。クラスどころか学年の人気者である降谷君に頭おかしい認定されてさらに監視されてるとかどんな地獄だ。いや、まだ完全に不審者だと認識されているとは限らない。目が合った時の降谷君の顔は私を睨んだりしているわけではなかったし。なんか変だな、くらいの感じなのかもしれない。頼むそうであってくれ。
とにもかくにもハートはふにふにしたいが人の目は気にしなきゃいけないなっと思ったので、本当にばれないように、変なやつに見られないように人の目をかいくぐってもみもみすることにした。誰かの視線を感じた瞬間にはあえて背筋をぴんと伸ばして私はなにもしていませんよ?という態度をとるのだ。そう、不審者は不審な動きをしているから不審者なのです。誰が見ても不審な動きをしていないのならそれは不審者じゃない!というかハート育成ゲームにプラスして誰にもばれないミッションが課されるとか面白すぎでは?私の腕が鳴るぜひゅー!!
などとよく分からないテンションになった私は、結局降谷君の動きを気にしつつ視線があ、こっちに向くなと感じた瞬間に澄ました態度をとるという作戦でいくことにした。顔を上げもしない、本当に気づいていませんし何もしてませんよ?という感じでいくのだ。たまたま目線があった時はどうしたの?と不思議そうに問いかければいいのである。私のハート育成を妨げる輩には負けません!!!
そんな強い気持ちでひたすらハートを育てていたある日。先生から声をかけられ、私は帰宅部なのをいいことに資料作りを手伝わされるはめになった。ぐぬぬ、私は家に帰って漫画を読みながらハートを育てるという使命が、なんて思うもののノーが言えない日本人なので結局教室で一人残って資料をまとめてはホッチキスでとじるという単純作業をただ淡々と繰り返していた。
ガラララッ
「あ」
「あ」
教室のドアが開いたと思ったら、なんと降谷君が立っていた。お互いあ、なんて言い合ってしまい大変恥ずかしい。降谷くんもそうなのかどことなく気恥ずかしそうに視線をうろつかせていて、ちょっとかわいいななんて思った。イケメンはどんな顔してたって様になるとは思うけどね。
「なに、してるんだ」
うわ話しかけられたでござる。要注意人物にも話しかけるとか優しさの権化か?それともこれを機にお前の正体に迫るとかいう展開なんでしょうか分かりません。
「ちょっと先生に頼みごとされちゃって、」
「一人で?」
「うん」
少し眉間にしわを寄せた降谷君は、私の前の席に座ったかと思いきやくるりと椅子ごと反転して手伝う、と私の手からホッチキスを奪った。え、と驚いて彼の顔を見つめると、二人でやった方が早く終わるだろうって微笑まれる。顔もそうだけど行動もイケメンすぎて泣いた。神は彼に二物以上のものをお与えになっている。
「でも何か用事があってここに来たんじゃ、」
「、誰かいるみたいだったから気になって」
それだけで教室の様子を見に来るだなんて優等生か?いや彼は十人が十人頷く優等生だけども、そうして気になって戻ってきて、私みたいに困った人に手を差し伸べるとか本当に仏にでもなるつもりなんだろうか。降谷くんって優しいね、と心からそう言えば、彼は先ほど以上に照れたようですっと目線をそらされてしまった。
「ほら、早くやろう。でないといつまで経っても帰れないぞ」
照れたことをごまかすようにそう言った降谷君に、私はくすりと笑ってはーいと返事をした。
降谷くんもホッチキスを持っていたので二人で黙々と作業する。先生が一人じゃいつ終わるんだと言うような量を持ってきていたのでさっきまでは絶望しかなかったが、降谷君が手伝ってくれたおかげで予定よりもずっと早く終わりそうだった。
しかしそれにしても多い。本当に多い。降谷君が来る前からずっとやっていたのでなんだか手が疲れてしまった。最初よりも少しペースが落ちてしまい、思わずホッチキスから手を離してぶらぶらと左右に振る。疲れたなら少し休憩するか、と言われ、私はありがたいと背もたれにもたれかかった。
誰かと作業すると捗る反面休みがとりづらくなるなぁ。なんて折角手伝ってくれている降谷君に大変失礼なことを思いながら、こっそりとポケットからハートを取り出す。手のひらより一回りほど小さいそれをふにっと揉めば、疲れがどこかへと飛んでいくようだった。
あぁ癒される。さすが私のハートちゃん。おててに大変優しくできている。
降谷君にばれないように机の下でふにふにもにゅもにゅ揉んでほわーっと癒しタイムを満喫する。これが私以外にも見えて触れるなら、ちょっとばっかし貸してあげることだって吝かではないのになぁと思いながらお茶を飲んでいた降谷君へと視線を移した。
「?」
目が合った。きょとんとして、そのまま見つめ返す。降谷くんから見て絶対に分からないようにふにふにしていたのに、まさか気づいたのか!?と一瞬身構えたが、それにしては様子が変である。
そわそわ、きょろきょろと不審な態度をとる彼に、私はごくごく普通にどうしたのと問いかけた。
「あ、いや、なんでも」
なんでもないというわりには何かありそうな視線を寄こされるのですがそれは。
手の中でふにゅふにゅ揉みながら降谷くんをまじまじと見ていたが、ほら休憩は終わりだ!と焦ったように言われ再び作業に戻ってしまったので、私は内心一体なんなんだと思いながら言われたとおり作業に戻ったのだった。
*
資料作りの日以降、ますます降谷くんの視線が痛くなった。ちくしょうなぜだ、なぜやつは私が不審者であると感じているんだ!?私の態度は全く怪しいところなどないはずなのに……!降谷くんの勘のよさに慄きながらしかし私は私のハートを育てることを決してやめない!!とほぼ意地になって授業中だろうと休み時間だろうと構わずひたすら揉みまくったら、気づいた時にはハートが手のひらからこぼれんばかりの大きさに成長していた。ほどよい弾力がありながら、私の手を包み込んでくれるような優しい柔らかさも兼ね備えた最強の癒しアイテムになったそのハートに、降谷君の視線をものともせず揉みまくった甲斐があったと感慨もひとしおである。このまま大きく成長していくならいずれ安眠枕にでもなりそうだなぁなんて思いながらほくほくとそのハートを撫でた。
しかしあの視線はどうにかならないものかと、私は自分の横顔に注がれている矢のような視線を感じながらため息をついた。ハートが育ったことは嬉しいが、本当に射殺さんばかりの視線が毎日毎日突き刺さるのである。正直疲れるし肩もこるので勘弁願いたい。本当にばれないように人知れず癒されているのに、なんで降谷君にだけあんなにも見られているんだろう。うーんと大きくなったハートを弄りながら、私はふとある可能性に気づいた。
もしかして、成長したから他の人にも見えるようになったのでは???
自分でなるほどそれだー!!と思った。よく分からないアイテムを持ってきて揉みしだいている私、めっちゃ気になりますねはい。というかそれ校則違反では?なんて思われているのかもしれないし、もしかしたらこのハートが成長していることにだって気づいて、なんだあれは!?ってなっているのかもしれない。
これは確かめねばとすぐさま席を立って友達のところへとダッシュした。
「ねぇちょっとこの素敵な癒しアイテム触ってみてくれない!?」
「はぁ?そんなもんどこにあんの?あんたまだ幻覚見えてるわけ???」
秒で撃沈した。なんだよ見えてないじゃんよ。友達に割りとガチめのやべぇこいつ的な視線を頂戴したせいで心がずたずたになった。許すまじ降谷零ー!!
むんっと口をへの字に曲げたまま席に戻る。横を通るときに降谷君と目が合ったけど、ギュンッとすぐさま逸らされていらっとした。言いたいことがあるならはっきり言わんかい!
いやまて落ち着くんだ私。まだ熱くなる時じゃない。私以外には相変わらず見えないらしいハートを机の下でふにふにしながら深呼吸を一回。そしてもう一度考えた。他にどんな可能性があるだろう。というかそもそもこのハートってなんだったっけ。癒しアイテムとして有能すぎるから考えるの放棄してたけど、こんなに育った今ですら相変わらずこいつの正体は不明のままだったが、いい加減これが何か考えてもいいころですよね。そう思った私は授業が始まったにも関わらず真っ白なノートをそのままにこのハートについて今一度考えてみることにした。
えーっと、これを初めて見たのは確か降谷くんと日直の仕事をしていたときだった。突然降谷くんの胸からぽんっと出てきて、そう、降谷くんの胸から。え。
もしかしてこれ心臓とか言わないよね???
一瞬考えてぞっとした。人の心臓握ってるとか冗談じゃない。お前の命は俺の手の中だふはははは!なんてどこの悪役だ。やめろやめろ勘弁してください。
と、とりあえず心臓なんて恐ろしいものじゃないと仮定して、とにかく降谷君がもともと持っていたものなんだよ。うん。そう。それでふわふわしてるこのハートが次の日私のとこにふわふわっと飛んできて、なんかゲットしちゃって、んで、今に至る。つまり降谷君はなんか見えないし感じないけど俺の何かが足りないしあいつから気配がする、みたいな感覚に襲われているのかもしれない。な、なるほどー!自分で言っといてなんだけどめちゃくちゃあってる気がするぞこの説!!
ということは、ということはだ、このハートをやっぱりどうにかして返してあげないといけないわけだ。非常に悲しいけれど、人のものを借りていたという状態なのでいつかは返さねばいけないのだ。グッバイ私の癒しアイテム。
一人でしょんぼりしながらハートをよしよしと撫でる。かなり名残惜しいが、私は今日このハートを降谷君の鞄の中にでも入れて返してあげる決意をした。
*
隣の席なので彼が席を立った間に落としたものを拾うふりをしてこそっとハートを降谷君の鞄に入れた。これで私だけの特別なハートとはおさらばである、とほほ。寂しくなった手をわきわきさせながら帰り道を歩く。いつもならやっと学校終わったー!とるんるんで歩く道も全然楽しくなくて、私どんだけあのハート気に入ってたんだよと突っ込んだ。
「っ、なぁ!」
沈んだ気持ちで歩いていたら後ろから声をかけられた。なんか聞き覚えのある声だなと思って振り返ると、そこには降谷くんの姿が。小走りで駆け寄ってきた彼にどうしたのと首を傾げれば、少しだけうろっと視線を彷徨わせたあと一緒に帰らないかと誘われた。なんで?
「さ、いきん、ここら辺で不審者が出ただろ?危ないし、送ってく」
不審者と言われてつい私のことかと思ったが、そういえばホームルームでそんなこと言ってたなぁと記憶を掘り起こす。ぼっち帰宅するクラスメートの心配するとか相変わらず降谷君の優しさが素晴らしくて涙が出そうだ。つまり私以外のやつらはみんな友達と帰ってたってことですね。私だけぼっちだったから降谷君がわざわざやって来てくれたと。つらい。
思わず俯いていや私だって友達いますし、今日はたまたま一人なだけですし、と唇を噛み締めたが善意で声をかけてくれたんだからお礼は言わなくてはと思い直して顔を上げた。
「わざわざありがとう、本当に降谷君は優しいね」
優しすぎてマジで泣きそうになっていることは黙っておいた。
降谷君と帰るのは初めてだったけど、意外と降谷君は喋らないし私もハートとお別れした悲しさプラスぼっちだと思われたショックであまり口を開かなかったので、なんだか静かな帰り道になった。
それじゃあまた明日、と言って玄関先で手を振ると、ちょっと迷ったあと軽くはにかんで手を振ってくれたのは本当にポイントが高いなと思った。イケメンのはにかみとか尊い以外の何ものでもない。
家の中に入り、自分の部屋にたどり着いた瞬間鞄を放り投げてベッドにダイブする。疲れたーと呻きながら、いつもなら私を癒してくれるハートがいるのに…と持ち主に返してまだ数時間も経っていないのに未練がましく思ってしまった。だめだだめだ、私はハート離れをするのです。と寝そべったままもぞもぞ動いて近くに置いていたぬいぐるみを抱きしめる。やっぱり柔らかさが違う、なんてまた思ってしまってため息をついた。
「あれ?」
その時、床に転がった鞄から何やら見覚えのあるピンク色が見えた。ベッドから転がり起きてそれを引っ張り出してみる。
「ええーなんで?」
予想したとおりピンク色の何かは私の癒しアイテムちゃんだった。確かに降谷君の元へと返したはずなのになんでここにいるんです???うーんと唸って、もしかして私と離れるのがこの子も嫌だったのかもしれないという結論に達した。だって私が毎日ふにふに揉んでいたおかげでこんなに大きくなったんだもん、つまりなつき度もそれなりに上がっているはずだ。いわば私は育ての親。生みの親は降谷君だけど私をママ認定していたからきっと寂しくて戻ってきてしまったんだ。
「そっかー!ごめんね私のハートちゃん!!」
自分になついているのだと思うと愛しさもよりいっそう強まるというもの。ハートを思いっきりぎゅうっと抱きしめた私は、もう離さないぞと言わんばかりにその日はもにもに揉んであげた。こうなったら責任とってめいっぱい可愛がるんだ!降谷くんのことはそのうちどうにかするね!!
*
そうして次の日からも暇さえあればハート育成に励んでいた。もう私の手はハートを育てるためにあるのではないかと言わんばかりに揉んでいた、そんなある日。ハートに夢中になりすぎたあまり宿題を机の中に忘れてしまった私は、内心ばかやろうと叫びながらせっかく途中まで帰っていたのに再び学校へと舞い戻るはめになった。
無駄に疲れたなぁと思いながらのろのろと廊下を歩く。誰もいないそこは本当に静かで、小さな音すら響き渡りそうなくらいしんとしていた。夕方だし、なんだかお化けが出そうである。ホラーは勘弁ですよ、なんてびくびくしながら早歩きで自分の教室を目指した。
「端っこだから遠いよもう〜」
やっとこさ教室のプレートが見えてホッとする。しかし教室に近づくにつれて誰かの話し声が聞こえてきて思わず足を止めた。まさか本当にホラー案件?と嫌な汗が流れる。いやまさかそんなと思いながらそーっとドアに近づくと、なぜか私の名前が聞こえてきたのでめちゃくちゃびっくりした。
名前を知っているということはお化けじゃなくてクラスメイトだ!と拳を握りしめ、こっそりと廊下側の窓から中を覗き込む。そこには降谷君と隣のクラスの、えーっと、確か降谷君の親友さんが喋っていて、お化けじゃないことに安心しつつなんで私の名前が出たんだろうとつい耳をそばだてた。
「へぇ、お前がね。きっかけは?」
「あー、たぶん日直の仕事してた時だと思う。日誌書いてもらったんだけど字が綺麗でさ、そう言ったら字を綺麗に書いた方が素敵な人になれるからって笑ったんだ」
ふむ、確かに日直の時字を褒められたなぁ。けどこのエピソードがどうかしたのだろうか。一緒に日直の仕事をしたからなんだ?話が途中からでさっぱりだった。
「へー、それでその笑顔にハートキャッチされちゃったってわけか」
「からかうなよ」
「ははっ悪い悪い!怒るなってー」
ハートキャッチと言われて思わずポケットの中からハートを取り出した。え、もしかして見えてないと思ってたけどやっぱりこれ見えてるの?降谷君のハート借りパクしたことばれてる???思わず冷や汗が額を伝い、やべえ絶対これ後で呼び出しくらうかめちゃくちゃ責められるやつではと震えた。降谷君が今まで私をことあるごとに見ていたのはお前それはよ返さんかい!ってメッセージだったのか。もっと分かりやすいやつにしてくれ。
あああ悪いことをしてしまったーとうな垂れていた私だったが、次に聞こえてきた言葉にんん?と首をひねることになった。
「いやでもまさかゼロが恋ねぇ」
……え、今恋バナしてんの?
私に対する文句とか今後どう絞めてやろうかという話だと思っていたのに、なぜだかいつの間にか降谷君の恋の話になっていた。え、イケメンの恋気になる。窓からこそっともう一度中を見ると、降谷君は片手で顔を覆っていてとても恥ずかしそうだった。はへぇ、まじかよ相手誰だろ。
「俺だってびっくりだよ。でもあの日からずっとドキドキしてさ、」
「どんなときにドキドキするんだ?やっぱ目が合ったときとか?」
「いや、ほんとにずっとなんだよ。授業中も、休み時間も、帰り道も家に帰ってからもずっと」
「マジ恋じゃんか」
けらけら笑いつつも興味津々といった様子の親友さんに、降谷君は少し困ったように頬を掻いた。
「自分じゃ意識してない時でもドキドキしててさ、気づいたらあいつのこと考えてるんだよ」
「脈ありそう?」
「んー、まだなんとも。席は隣だから話す機会はわりとあるけど、なんていうか、ほんとにドキドキしっぱなしだから声かけてもあんまり話続かないし、でも優しいって言ってくれたんだ、俺のこと」
イケメンのマジ恋かぁ、なんて考えていたら席が隣という情報にあれ?と思った。降谷君は窓側の席だから隣は私しかいないんだけど。ん?
「放課後先生の頼みごと聞いて残ってたの手伝ったんだけどさ、作業してるときは集中してたのかあんまりドキドキしないのに休憩に入った瞬間ドキドキし始めるし、」
うん?
「不審者が出たって話が出た日にそれ理由にして一緒に帰ったんだけど、あの子の家に着くまではそんなでもなかったのに、別れてしばらくしたらすごいドキドキして、」
う、うん???
「その日からもう、今まで以上にドキドキしっぱなしなんだ。心を奪われる、なんて言葉があるけど本当にそんな気がするくらい。自分でも信じられないけど」
こころをうばわれる???
やべぇこれ私のことじゃない?自意識過剰かもしれないけど全部私に当てはまるんですが!!!なんて熱くなった頬を抑えてドア越しに話を聞いていたんだけど、心を奪われる、というワードに私の頭の中がものすごい勢いで回転し始めた。降谷君がドキドキし始めた頃となんだか関係があるようなアイテム、私持ってませんでした?
手に持っていたハートを黙って見つめた後、私はいつものようにそれをもにゅもにゅと揉んでみた。
「あ、またドキドキしてきた」
「その子のこと考えてるからなー」
「やっぱりこれって、好きって、ことだよな?」
「それ以外ないだろ」
笑って肩を叩く親友さん、そして恥ずかしそうに親友さんの頭を叩き返す降谷君。明らかに恋してますといった表情の彼に、私はすんと真顔になって窓の下にしゃがみこんだ。
え、まじでハートキャッチ(物理)???
以上ネタでした。
心を射抜くとか奪われるとかいう表現よくあるので、なら本当に触れたらどうなるんだろうなと思いまして。
物理的にドキドキさせたり恋心成長させるの楽しそう。
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ハート育成ゲームじゃなかったのか……。<br /><br />学生夢主と学生降谷くんの恋心をめぐるお話。<br />原稿の息抜きに書きました(二回目)<br /><br />追記<br />評価、ブックマーク、コメント、タグの編集ありがとうございます。<br /><br />外的要因で成長する恋心って面白そうだなぁと思って息抜きに書いたんですけど、たくさんの方に読んでいただいて嬉しいです。<br />ハート成長するたびに大きくなって重くなって色も変化していくのかなと思うとわくわくします。<br />青春なんて勘違いと行き違いとすれ違いでできてるんだからこういう恋愛話もあってよかろうなのだ。<br /><br />デイリーランキング、女子に人気ランキング、男子に人気ランキングにお邪魔させていただきました。<br />本当にありがとうございます。
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意図せずして降谷くんの恋心を弄んでしまった件
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10120845#1
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ふと、眩しい朝日が瞼に映る。
「・・・・・・・ぅ・・・うん?」
目を覚ますとそこは真っ白なベットの上だった。
周りを見渡すと洋風のベッド、壁、高そうな絵画と金持ちの家のようなたたずまいの屋敷だと分かる。窓もしっかりと手入れをされていてしっかり掃除が行き届いているようだ。
「何処だ?ここは・・・」
見たことが無い場所だ。少なくとも一般人は来れないような場所。
例え病院だとしてもこんな豪華な建物の病院で介護を受けられるほどの金は家にはないはずだし。それを俺に分けてくれるほど家の親は優しくない。
すると内側のドアが開く。
「―――――――おや、目が覚めましたか。ブルース様」
現れたのはメガネを深くかけている。紳士的なご老人なぜだか執事服を着こんでいる・・・ブルース?誰だ?
「ああ、申し遅れました。私はアルフレッド・ペニーワース。貴方の執事です。」
「執事?俺、執事なんか頼んだ覚え無いですが・・・」
俺がそう言うとアルフレッドさんは自分のひげをなで始める。その姿は凄く様になっている。こういう人をかっこいい人っていうんだろうなぁ
考えがまとまったのか口を開く
「そう言えば説明がまだでしたね。じゃあ、まず一つ質問をいいですか?」
質問したいのはこっちなのだが・・・とりあえず話が進まないので首を縦に振って置く。
「貴方の名前をお伺いしても?」
アルフレッドさんはニッコリと笑いながらそう言う。
「比企谷八幡ですが?・・・・」
「いいえ、貴方は比企谷八幡さんではありません。」
この人いきなり人の事を否定しやがった・・・泣くよ?ホントに
「ハハ、否定してるわけではありません。ただ貴方は《《もう》》比企谷八幡では無いのです。」
心を読んだ・・・だと?・・・・・・・・・・ん?
「もう、ってどういう事ですか?」
「そのままです。比企谷八幡は5日前ジョーカーに殺されて
―――――――――――――――亡くなりました。」
は?
「言い換えると。戸籍上死んだことになってます。」
「はぁ・・・・ますます分からないのですが・・・」
訳が分からない。何故俺が死んだことになっているのか何故この人が俺の事を主人としているのか。
「まぁ、そのことはお食事をしながらでも。」
そういいアルフレッドさんは俺を手招きして食堂へ連れていかれた。
☆☆☆
本当にここは凄い所だと思う。
あまりにも綺麗すぎる。
床も電灯も窓も暖炉も・・・ゴミどころか塵一つない椅子もテーブルも新品同様。聞いてみるとこの椅子も机もこの屋敷自体200年の歴史があるらしい。
俺がおかしいのかこの屋敷がおかしいのか・・・
「さて、朝食を持ってきますね。」
「え?貴方が作っていらっしゃるんですか?」
「ええ、そうですが。というか此処の掃除も全部私が一人でやっております。」
この人あれだ・・・スーパーマンだ。いやスーパーマンをも軽く凌駕してるよ。
アルフレッドさんのいや、老人の力恐るべし。
次の瞬間、いつの間にか料理がテーブルに並んでいた。いや、マジですごいと思う。
「どうぞお召し上がりください。」
「は、はぁ・・・じ、じゃあ、いただきます」
目の前に出てきたスクランブルエッグを一口口に含む
「・・・・・・・・っ!!??」
うまい・・・というか旨すぎる。いや違うな・・・ああああ!!自分の言語力を恨みたい!!
「どうですか?お口に御会いしましたでしょうか?」
「ええ、というか。すごいとしか言いようがありません・・・」
もう、オカシイ。この屋敷。
「ハハハ、ではそろそろ本題と行きましょうか。」
軽く笑いながらアルフレッドさんは言う。
旨すぎてすっかり忘れてた。
「あ、はいそうでした。では質問良いですか?」
「ええ、比企谷八幡が死ななくてはいけなかった理由ですね?」
質問の内容をしっかりと言い当てる。
「・・・まぁ、はい。」
「じゃあ、説明させていただきます。まず、あなたのおばあ様とおじい様をご存知でしょうか?」
「ああ、確か外国人だったんでしたっけ?」
俺はそう答える。
実は俺の母側の祖父と祖母は外国人だったらしい。母さんが小さい頃に亡くなったらしいが。名前は確か・・・マーサ・ウェインとトーマス・ウェインだったっけ。
「はい、トーマス様とマーサ様です。実はあの方がたは元々《ウェイン・エンタープライズ》のオーナーだったのです。」
ウェイン・エンタープライスと言えばアメリカのゴッサムシティーの最大企業のはず・・・なんでそこのお偉いさんがこんな日本の小さな町に住みこんでいたんだ?
「彼らはこの日本で大きなプロジェクトを抱えてきたのですが・・・・それを成す前に亡くなってしまいました。」
残念そうにそう話す。
俺の祖父祖母はかなり慕われてたんだな。
「私たちはそのご子息であるルーラ・ウェイン様に引き継ぎをお願いしたかったのですが・・・彼女は日本で国籍を変え比企谷留美として生きる事を選び幸せな日々を送っていた
ためそう言う訳にもいかなくなってしまって・・・そんな時起こったのがあの事件です。」
葉山・・・いや、ジョーカーの事件か・・・
「あの事件で彼女の息子であられる比企谷八幡さまが瀕死の重体になられたとお聞きし私たちはすべての力を結集してあなたを助けました。
その時です。彼女が我々にあなたを引き渡したのです。」
「え・・・捨てられたの?俺?」
少しショックを受ける。
「いえ、多分捕まったジョーカーは貴方が生きていることを知ったら。またあなたを殺しに来るでしょう。そのためにあなたには死んでもらわなければならなかったのです。そうすればあなたが狙われることはもう無い。貴方に関する人々には貴方は死んだと伝えられています。」
俺ボッチでよかった。あまり心配する奴いないから少し安心した。・・・いや、安心できないな。学校どうなるんだよ。
「すみません。その場合俺中卒になっちゃうんですが・・・」
「そのことについては・・・すみません私の方もどうにもできません。」
申し訳なさそうにアルフレッドさんは言う。
「まぁ、そのことに関しては俺のためを思ってでしょう?」
「ええ、すみません」
本当に申し訳なさそうにしている
「とりあえず、俺は何をすればいいんですか?」
「貴方はこれからウェイン・エンタープライズのオーナーとなっていただき。貴方のおじいさまのプロジェクトをあなたに引き継いでいただきます。これは仕方がない事なのです。分かってください。」
まぁ、話の内容的に分かっていたけどな。
そしてアルフレッドさんはまた話し始める
「それからあなたは名前を変えていただきます。」
「え?・・・はい」
俺も今では死んだ人間だ。
戸籍を変え名前を変えなくてはいけないか
「そんなに固くならないでください。あと敬語もやめてください。」
「え?・・・あ、うん。分かったアルフレッド」
「はい、ではこれから貴方は《ブルース・ウェイン》です。それでよろしいでしょうか?ブルース様」
「ああ、分かった・・・」
まぁ、俺もかなりのお人好しらしくあっさり許してしまった。
☆☆☆
「――――――――――――え・・・比企谷君と由比ヶ浜さんが・・・・死んだ?」
時を同じくして雪ノ下雪乃は唖然としていた。
昨日まで6日間ウェイン・エンタープライスがいきなり活発化し始めたという事なので雪ノ下家に強制的にあいさつ回りに行かされていたのだ。
そのため学校の状況を全く知らなかった。
由比ヶ浜結衣が死んだことも比企谷八幡が葉山に殺されたことも。
はっきり言って今までこんなに多く自分と接してきた人間は彼らが初めてだった。そしてこんなにも愛おしい存在も彼らが初めてだった。
そんな存在が一気に全員いなくなってしまった。それは彼女にとってすべてを失ったも同様。もうこの世に意味もなくなった。
「わ、私は・・・・どうすれば・・・・」
頭を抱える。
すると部室のドアが開いた。
平塚先生だ
「・・・雪ノ下入るぞ?」
「はい、」
いつものノックしての言葉が出ない。
「・・・大丈夫か?」
「・・・・・・・大丈夫です」
咄嗟にそう言った
「嘘だな。」
平塚先生は一瞬でそう言い放った。
当然と言えば当然だ大切なものが6日の間にすべてなくなったのだから。
「・・・・・・・・」
「・・・今回の事は本当に残念だった。」
冷たく平塚先生は言い放つが、言葉が揺れている。
かなり動揺しているようだ。
「私の方からも君を出来るだけ支えられるよう努力しよう。君は・・・・・・・・・・・負けないでくれ。」
そう言うと平塚先生は部室から出て行った。
ガラリと静まり返った部室からは彼女に温かさをくれるものはもう無い。
あるのは温かかった記憶と彼女自身の冷たい夢のみだった。
―――――――――彼女は一切歩き出せなくなってしまった。
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なんか・・・不味った気がする。八オリの方は明日出すと思います!!
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EPISODE1:Bruce・Wayne
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10121000#1
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まえがき
こんばんは! ナマケモノです!
やります! 始めます! 新ルート!
捻蒼投下は......明日にしました!
今回は......どうなるんでしょうね?
では、ナマケモノ劇場はじまりはじまり〜
[newpage]
武内さんから頼まれた卯月の件は......多分だがなんとかなった。......が。やっべぇ......全く仕事が追っつかねえ......しゃあねえ、持って帰るか。......って、やべ! 終電!
終電で帰り、明け方まで仕事をやって1時間仮眠。そのまま大学に......そのあとはもちろん事務所に寄って、卯月のところに。さ、さすがに4日目はキツイ......働きたくないよ〜......寝たいよ〜......フラフラしながらクローネのPRへ......
「......さん。 八幡さん!」
......んお? 呼ばれてる? 誰だ?
八幡「......んあ? おぉ......智絵里か......」
智絵里「八幡さ......ひぃっ!」
ちょっとぉ? 人の顔見て悲鳴って酷くない? あ、いつもの事だったな。最近無かったから忘れてたわ......
智絵里「あ、あの......大丈夫......ですか?」
八幡「お? なにがだ?」
智絵里「そ、その......目が......」
八幡「目? あぁ、腐ってんのは元々だ」
智絵里「ち、違います! クマが......」
クマ? ここクマでんの? なにそれ怖い......
智絵里「あの......ちゃんと寝てますか?」
八幡「あ? おお。寝てるぞ?」
智絵里「......その......どれくらい......ですか?」
八幡「......1時間くれえか?」
智絵里「だ、ダメです! もっと......ちゃんと寝てください!」
八幡「つってもなぁ......時間ねえし......」
智絵里「つ、ついてきてください!」
八幡「お?おぉぉ⁉︎」
智絵里に腕を引かれて......すげえ力......あ、俺が踏ん張れねえだけだわ。
「......あれ? 智絵里ちゃん?」
智絵里「あ......美穂ちゃん......」
みほ......あぁ、小日向か......
小日向「比企谷さんも......ひっ!」
本日2度目の悲鳴いただきました〜。2℃目の彼女はCu代表ですね〜。あ、2度目だわ。おぉ......2人とも癒し枠だ......
小日向「その......どこか行くの?」
智絵里「えっと......八幡さんが......」
小日向「......大丈夫ですか?」
八幡「......あ、おぉ。ダイジョブダァ〜......」
小日向「ち、智絵里ちゃん! どこに連れて行くの!」
智絵里「ひ、日向のベンチに!」
小日向「手伝うね!」
智絵里「ありがとうございます!」
おぉぉ......2人に支えられて......いい匂い......なんだこれ......すっげえ眠く......
智絵里「お、重い......」
小日向「......う、うん......もうちょっとだから......」
わたしがいつもクローバーを探してる所のベンチ......使われてる......どうしよう......
美穂「......使われてるね......」
智絵里「......うん......美穂ちゃん、こっちに」
美穂「あ、うん」
今は咲いてないけど......わたしのお気に入りの場所。
智絵里「......その......ここにしましょう」
美穂「うん! ......ゆっくりね?」
智絵里「は、はい!」
ゆっくりと八幡さんを座らせて......あ、枕......し、仕方ないですよね!
智絵里「......その............ここに頭を......」
美穂「え? う、うん......」
八幡さんの頭がわたしの......すっかり眠ってます。なんだか大きな子供みたい。寝顔可愛いなぁ......
智絵里「ふふっ♪」なでなで
八幡「んぅ......」
美穂「......寝顔可愛いね......」
智絵里「......はい」なでなで
美穂「いつもはキリッとしてる人がこうだと......なんだかドキッとしちゃうね」
智絵里「......え? まさか美穂ちゃん......」
美穂「......ん?」
智絵里「......その......美穂ちゃんも......八幡さんが......」
美穂「......え? ち、違うよ⁉︎」
智絵里「よ、よかったぁ......」
八幡「んぅぅ......」
起きちゃいまし......大丈夫みたい......
美穂「......よく眠ってる。どうしたのかな?」
智絵里「えと......1時間しか寝てないって......」
美穂「えぇっ⁉︎ そんなの無理だよ〜!」
智絵里「......ですよね。多分......1日じゃないですよね」
美穂「......うん。クマすごいもんね」
八幡「......卯月ぃ......戻ってこい......」
智絵里「あっ......」
美穂「......卯月ちゃん......」
智絵里「......卯月ちゃんのところに......」
美穂「......うん。プロデューサーさんから聞いてるよ。......それで仕事ができなくて......」
智絵里「......徹夜で......」
美穂「......すごいなぁ......」
智絵里「......うん」
卯月ちゃんいいなぁ......ずっと八幡さんと一緒にいられて......
美穂「......」
智絵里「......頑張ってください」なでなで
美穂「......すー......」
智絵里「......美穂ちゃん?」
美穂「ひゃっ! ね、寝てないよ⁉︎」
智絵里「あははは......」
美穂「うぅ......だって......気持ち良さそうなんだもん......」
智絵里「......はい。本当に」
美穂「......すー......」
ま、また寝てる......
[newpage]
......卯月......はっ! 行かねえと! って、ここどこだ⁉︎ 智絵里ぃ⁉︎ なんで顔が目の前に......ま、まさか......膝枕ってヤツか? おぉぉ......めちゃくちゃ気持ちいい......もう少しこの感触を......お、おい......おでこに柔らかいモノが......ま、まさかお山様ですか⁉︎ 寝息とともにふにふに......気持ちいい......じゃねえよ!
八幡「......ち、智絵里さん?」
智絵里「......んぅ......あ、起きたんですね」
八幡「......お、おう。それでだな......」
智絵里「......はい? なんでしょう?」
八幡「......あたってるんだが......」
智絵里「あたって......〜〜〜〜〜〜!!??」
顔を真っ赤にして声にならない声をあげる。
智絵里「あぅぅぅ......」
両手で顔を覆って......なにそれ可愛い......
小日向「......はれ? 比企谷しゃん起きたんれしゅか?」
小日向......よだれ垂れてるぞ。
八幡「お、おぉ......小日向」
小日向「......はい?」
まだうつらうつら......
八幡「......口。よだれ垂れてるぞ」
小日向「......え? んんんんんんっ!」
急いでハンカチで拭いて......
小日向「あぅぅぅぅ......」
同様に顔を覆う......なんだこれ......めちゃくちゃ癒される......
小日向「......言わないでくださいね?」
指の隙間から覗いて......ちくしょう......可愛いじゃねえか!
八幡「......お、おう。ところで智絵里さんや」
智絵里「は、はい......」
八幡「......状況が把握できないんだが......」
智絵里「あ、それは......ここに来る途中に寝てしまって......美穂ちゃんに手伝ってもらったんです」
八幡「そ、そうか......迷惑かけちまったな......すまん」
智絵里「い、いえ! 気にしないでください!」
さて......名残惜しいが起きますか......
智絵里「あっ......」
......なんで寂しそうなのん?
八幡「......2人ともサンキューな。んじゃ、行くわ」
智絵里「......卯月ちゃんのところ......ですか?」
八幡「......おう。知ってたのか?」
智絵里「い、いえ......その......寝言で......」
八幡「......マジか......何て言ってた?」
小日向「......戻ってこいって」
まずったな......
智絵里「あ、あの!」
八幡「......ん?」
智絵里「......帰って......きますよね?」
八幡「......大丈夫だ。安心しろ」
智絵里「よかった......」
小日向「......比企谷さん」
八幡「ん? どした?」
小日向「わたしも......行っていいですか?」
どうすっかな......今は......
八幡「......見るだけならな。会うのはダメだ。余計なプレッシャーを与えたくねえ」
小日向「それでも!」
......余程心配なんだな。コイツらのためにもなんとかしねえと!
八幡「......おう。んじゃ、行くぞ」
小日向「はいっ!」
智絵里「わ、わたしも!」
八幡「......おう」
これだけお前の帰りを待ってんだ......乗り越えろよ......
養成所の窓から、3人で卯月を眺める。
智絵里「......卯月ちゃん......」
小日向「......あんなに必死に......」
涙ぐんで......ホント優しいな。コイツら。
八幡「......んじゃ、行ってくるわ。寒いから風邪ひかねえ様に気をつけろよ」
2人「はいっ!」
比企谷さんが1人で中に......あ、入ってきた......ええええええええええ⁉︎ 卯月ちゃんなにしてるの⁉︎ いきなり抱きつくなんて......しかもすっごい笑顔......
智絵里「あぁ! そんな......」
......智絵里ちゃん焦りすぎ......それじゃすぐバレちゃうよ?
智絵里「八幡さんのなでなで......いいなぁ......」
え? なでられたいの? 恥ずかしくないのかな? ......あ、卯月ちゃん幸せそうな顔......き、気になる!
美穂「......ね、智絵里ちゃん」
智絵里「な、なんでしょう?」
美穂「......なでなで......気持ちいいの?」
智絵里「う、うん......すごく気持ちよくて......幸せな気分になれるんです」
美穂「そ、そうなんだ......」
......わたしにもしてくれるかな? ......あ、レッスン始めるみたい......あれ? 凄く上手......比企谷さんが行く前と後で全然違う......そっか......卯月ちゃんも......比企谷さんかぁ......どんな人なんだろう?
美穂「......智絵里ちゃん」
智絵里「はい?」
美穂「比企谷さんて......どんな人なの?」
智絵里「......八幡さんは......少し怖いけど、とっても優しくて......何があってもわたしたちを守ってくれる、CPみんなのお兄ちゃんで......王子様です」
美穂「お、王子様?」
智絵里「うん。八幡さんは......CPのオーディションの時に......わたしをスカウトしてくれたんです」
美穂「え? オーディションでスカウト?」
智絵里「......緊張して震えてたら......優しく頭をなでてくれて......言ってくれたんです。あなたをCPのメンバーにスカウトしますって」
ま、まるでガラスの靴を持ってきた王子様みたい......
智絵里「......八幡さんがいなかったら、わたしは今ここにはいないです。八幡さんがガラスの靴をくれたから......わたしはシンデレラになれました」
わぁ......素敵なお話......
智絵里「美穂ちゃん知ってますか? カフェでの立てこもりと......NGのお話」
美穂「うん。聞いたことあるよ」
智絵里「......八幡さんが......助けてくれたんです」
美穂「......え?」
智絵里「......怖かったです。みくちゃんや未央ちゃんに......その......凄い暴言を......」
美穂「ええ⁉︎」
智絵里「......思いました。すごく怖い人だって。王子様なんかじゃなかったんだって」
美穂「......でも......」
智絵里「......はい。理由があったんです。そんなことをしても、もっとひどい人がいれば......みんなその人を非難しますよね?」
美穂「......うん」
智絵里「......みくちゃんにはもう来なくていい。未央ちゃんにはリーダー失格」
美穂「ひどい......」
智絵里「でも......2人は誰からも何も言われてません。非難を浴びたのは八幡さんだけ」
美穂「......あっ......もしかして......」
智絵里「......はい。全て自分に非難を集めて......2人を守ってくれたんです」
美穂「......それじゃ比企谷さんが......」
智絵里「......CPのメンバーも、その話を聞くまで八幡さんだけを悪者にしていました。でも、戻ってきた未央ちゃんが言ったんです。『私が戻りやすい様にしてくれた』って」
比企谷さん......優しすぎるよ......
智絵里「......驚きました。それでも八幡さんは、効率が良かっただけだって。そう言ってました」
自分を犠牲にして......
智絵里「......いつもわたしたちを最優先に......自分のことは二の次三の次......きっと今回もそうです。卯月ちゃんを連れ戻す。それしか考えてないと思うんです」
美穂「......凄い人だね」
智絵里「......うん。わたしも......八幡さんの力になりたい」
美穂「......うん。わたしも」
智絵里「あ! ごめんなさい! つい色々と......」
美穂「ううん! 聞けて良かった! お兄ちゃんかぁ......わたしも欲しいなぁ......」
智絵里「......え? 美穂ちゃんやっぱり.......」
美穂「ち、違うよ⁉︎ す、少し気になるけど......智絵里ちゃんみたいに好きになってないから!」
智絵里「え? なんで......知ってたんですか⁉︎」
美穂「え、えっと......バレバレ......だよ?」
智絵里「......あぅぅぅ......恥ずかしい......」
美穂「あははは......その......ごめんね?」
智絵里「だ、大丈夫ですぅ......うぅぅぅ......」
比企谷さんかぁ......一緒にお仕事してみたいな......
[newpage]
クリスマスライブ当日......常務は約束通り見にきた。最初はつまらなそうな顔をしてたが......泣きながら最高の笑顔で歌う卯月を見て何か感じた様だ。......昨日あれだけ啖呵切った甲斐があったな......ザマアミロ!
ちなみに、あの膝枕以来、智絵里と小日向が色々手伝ってくれた。正直言ってめっちゃ助かった......睡眠時間も確保できたし......もう......アレだ。チエリエルとコッヒエル。2人ともマジ天使。お礼にどこか連れて行こうとか思っちゃうレベル。まあ......舞踏会が成功したらだが......
とまあ、舞踏会は......多分というか、間違いなく成功。俺もステージに立たされたりしたが、まあ......文句ねえだろ。最後の常務の言葉が物語っている。その後無事にCP存続が常務から言い渡され、武内さんはCPの2期生を。俺は......4月からクローネの正プロデューサーになることが言い渡された。やっぱ戻れねえじゃん......
八幡「......常務」
常務「......なんだ」
八幡「......CPメンバーを......慰安旅行に連れて行きたいんすけど」
常務「......なぜだ」
八幡「......修学旅行......行ってねえやついますし」
常務「......そうか......では、企画書を持ってきなさい」
八幡「......はい」
おし! いっちょやりますか!
CPメンバーに存続を報告。同時に、俺の完全な異動も。みんな寂しそうだが......会えなくなるわけじゃない。さらに旅行の話を出すと......ちひろさんを含めて大歓声。こりゃ企画のしがいがあるな......さあて......どこにしてくれよう?
八幡「......んー......」
智絵里「八幡さん、これはここでいいですか?」
八幡「あ、おお。サンキュー」
小日向「比企谷さん、判子つき終わりました!」
八幡「助かる」
奏「......どういう事?」
周子「......さあ?」
ううむ......行き先が思い浮かばん。
ありす「......お兄さん、何を悩んでいるんですか?」
八幡「ん? おぉ......ちょいと企画をな......」
ありす「......シンデレラの休息日?」
八幡「......おう」
ありすを抱き上げて膝の上に。ううむ......いいなで心地だ。
ありす「ふす〜♪」
智絵里「あ、旅行......ですか?」
八幡「ああ。......どこにすっかな.......智絵里は行きてえトコあるか?」
智絵里「え、えっと......」
フレデリカ「ねーねー! なんの話?」
八幡「CPの慰安旅行だ。1年間頑張ってきたご褒美だな。で、どうだ?」
智絵里「えっと......動物さんと触れ合えるところが......いいです」
八幡「動物か......」
文香「......でしたら......那須はいかがですか? どうぶつ王国や......アルパカ牧場などもありますよ?」
智絵里「アルパカさん......」
奈緒「......旅行か......いいなぁ......」
唯「ゆいもいきたーい!」
八幡「......お前らCPじゃねえだろ......つーかなんでいんの? 今日全員休みだよね?」
奏「......いいじゃない。居心地いいのよ。ココ」
周子「だよね〜♪」
八幡「待て。なんかおかしいぞ? ココ俺の執務室だよね? 君らの部屋じゃないよね?」
加蓮「別にいいでしょ? 減るもんじゃないし」
文香「......良い環境なので......読書も捗ります」
凛「......ね、八幡。那須にするの?」
八幡「......いいと思うが......どうだ?」
智絵里「わたしは......賛成です」
凛「私も」
アーニャ「ナス? どこ、ですか?」
文香「......栃木県です。長閑で......良いところですよ」
アーニャ「星、見えますか⁉︎」
文香「......はい。とても綺麗です」
アーニャ「兄さん、アーニャも、賛成、です!」
八幡「おう。んじゃ、ココで考えてみるわ」
奈緒「なぁ、センパーイ。あたしたちも連れてってくれよー」
八幡「......なんでだよ」
奈緒「修学旅行行けなかったんだよ〜!」
奏「......私もよ」
唯「ゆいも〜......」
マジか......そういや秋はデビューライブで忙しかったからな......
八幡「......わかった。考えてみるわ」
奈緒「ホントか⁉︎」
八幡「おう。まあ......常務次第だがな......つーかそうなると常務も入れねえと......」
奏「......そうね。忘れてしまうけど、常務が私たちのプロデューサーなのよね」
周子「......本気で忘れてた」
小日向「え? 比企谷さんじゃないんですか?」
八幡「俺は代行だ。まあ......4月からは俺が正式にプロデューサーになるが」
奏「......聞いてないわよ」
八幡「おう。今言ったからな。まあ......大して変わんねえよ。あ、アシスタントが来るらしいぞ?」
周子「そーなん?」
八幡「俺がまだつきっきりになれねえからな。その部分のサポートだと」
奏「なるほどね。少しはあなたの負担も減るといいわね」
八幡「負担なんて思ってねえよ」
奏「......そう。あまり無理はしないでちょうだい」
八幡「......おう」
よし、行き先は決まった。これで作りますかね!
[newpage]
仕上がった企画書を常務に提出......
常務「......いいだろう。が、1つ確認だ」
八幡「......なんすか?」
常務「クローネが入っている理由を答えろ」
八幡「ああ。何人か修学旅行行けてないからっすよ。秋のデビューライブで忙しくて。んで、クローネが行くなら常務も入れねえと......恨まれそうで」
あ、眉毛がピクってした。
常務「......当然だ。プロデューサーは私だからな」
八幡「......そう言うと思ってましたよ」
とりあえずOKをもらい、全員に報告。大喜びでした。後日、しおりを作成し、常務に提出。「......悪くない」とのお言葉を頂き、退散しようとしたのだが......
常務「......比企谷君。君に頼みたい事がある」
八幡「......えぇぇ......」
常務「......なんだその顔は」
八幡「......だってこういう時......大抵ロクでもないことか、すっげえ大変なことじゃないっすか......」
常務「......うるさい」
八幡「......はぁ......で、なんすか?」
常務「部署横断型のユニットを4組作りなさい。うち3組は、Cu・Co・Paの属性ユニット。1組は混合ユニットだ」
八幡「......いや、1人で4組って......殺す気っすか?」
常務「ふっ......君ならできるだろう?」
八幡「......どうせ拒否権ないんでしょう?」
常務「わかっているじゃないか」
八幡「......好きにやっていいんすか?」
常務「構わん。必要ならスカウトもな。その場合はクローネ所属とする」
八幡「......期日は?」
常務「そうだな......5月末までに全ユニットをデビューさせ、6月にライブを行おう。その企画書も持ってきなさい」
八幡「......うげぇ......やっぱロクでもねえ......」
常務「楽しみにしている」
八幡「......わかりましたよ。企画書は今週中でいいっすか?」
常務「......ああ。では頼む」
八幡「......あい」
......あんのクソ常務うううううう! ふざっけんな! あぁぁ......新ユニット4組って......鬼! 悪夢! ちひろ! 常務! ......おぉぅ......寒気が......と、とりあえずPRに戻ろ......
PRに戻り、机に突っ伏す......
八幡「......ぶへぇ......」
智絵里「だ、大丈夫ですか?」
八幡「うぅぅ......助けてチエリエルゥ......」
智絵里「え? ち、チエリエルって......」
小日向「何かあったんですか?」
八幡「......旅のしおり持って行ったら......」
2人「......(ゴクリ)」
八幡「......部署横断型の新規ユニット4組作れって言われた......」
小日向「本当ですか⁉︎」
智絵里「わぁ......いいなぁ......」
小日向「比企谷さん! わたしやりたいです!」
智絵里「その......わたしも......」
八幡「......マジ?」
2人「はい!」
八幡「......助かるううううう! お前らマジ天使! 最高だ! 愛してるぞ!」
小日向「はわっ!」
智絵里「そ、そんな......」
加蓮「ね、八幡さん。アタシもやりたいな〜♪」
奏「私もやるわ」
八幡「おう! 大歓迎だ! んじゃ、とりあえずやりてえやつは手あげてくれ」
って、全員かよ.......
八幡「......わかった。で、1つ聞きたいんだが......」
奏「なにかしら?」
八幡「......そいつ誰だよ!」
「......ん?」
指を指すとその奥を見るそいつ。
八幡「いや、お前だよ。後ろ誰もいねえから」
「ん? あたし〜? 志希にゃんだよ〜♪」
八幡「......誰が拾ってきた」
視線が......なっ......文香さん......だと?
文香「......その......なぜか懐かれてしまって......ついてきてしまいました」
志希にゃん「ハスハス......ん〜♪ 文香ちゃんいいにおい〜♪」
文香「......ありがとうございます」なでなで
八幡「......マジか......あー、で、志希にゃんとやら」
志希にゃん「ん?」
八幡「......やるか? アイドル」
志希にゃん「ん〜......楽しい?」
八幡「楽しいんじゃね? 多分。知らんけど」
志希にゃん「じゃやる〜♪」
周子「かるっ⁉︎」
八幡「......おう、よろしくな。俺は比企谷八幡だ」
志希にゃん「一ノ瀬志希だよ〜♪ よろしくね〜♪」
八幡「お、おう」
......大丈夫かしら? ま、とりあえずメール打っときますか......
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19話√?? でございます!<br /><br />さぁ〜て、次は誰かしらね〜♪<br /><br />んでは、よろカレン〜♪
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19話√??
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10121018#1
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秋。
世間的にはスポーツの秋だとか、食欲の秋だとか言われている季節であるのだが、俺にとっては引きこもりの秋なんだよな。
いや、実際引きこもれてないから唯の願望なんですけどね。・・・ああ、働きたくないでござる。
基本的には奉仕部に仕事の依頼はあまり来ることはないと考えているので引きこもりの秋ができそうな気はしていたのだが、雪ノ下姉妹がそれを許してはくれず
引きこもりができない状態が続いている。さっきから引きこもりって言いすぎててなぜか悲しくなってきたわ。
短い夏休みが終わり、新学期が始まった。
俺の周りではこれといった変化があったわけではないのだが、他では二学期デビュー的なものが少しのブームになっているらしい。
かく言う俺も、小町に進められ伊達メガネを新学期から着けて行くことにした。陽乃には着けるなと念を押されたけど最愛の妹小町ちゃんの要望には逆らえないんです。
それにしても、最近周りの視線が妙に俺に集まっている気がしてならんのだが・・・。こんなこと雪ノ下に言ったら自意識過剰ヶ谷君とか言われそうだからあいつにだけは言わない様にしよう・・・。
周りの視線を感じるようになったのは始業式からだ。・・・やはり陽乃の言う通りこの眼鏡が似合ってないのではないかと不安になったが、小町を信じてあれ以来着け続けている。
相変わらず陽乃は着けるのをやめてほしいみたいだが、姉のんは推奨している。・・・この差は何なのか。
「・・・まあこれのせいだよなあ」
昼休み、ベストプレイスで総菜パンを食べながら眼鏡を眺めていた。
こいつのせいで変な気疲れがヤバい。人に見られている感が半端じゃない。
「・・・気のせいだろ、気のせい」
「気のせいじゃないよ」
「うおっ!」
「だから言ったのに~着けないでって」
「・・・陽乃か、脅かすなよ」
こいつ気配消すのが上手すぎやしませんかね・・・?なんなの?雪ノ下家は忍者の家系なの???
俺は平静さを取り戻し、総菜パンを食べる。その隣に陽乃が座り弁当を広げて食べだす。
これが入学してから今日まで、昼休みのベストプレイスでの俺たちのルーティーンになっている。
最初は戸惑ったけどこいつの人懐っこさは尋常じゃないよな・・・。すぐに慣れたしなんならいないと寂しいまである。・・・それマジ?
「私の意見を無視するからこうなってるんだよ」
「そうは言うけどなぁ・・・」
小町ちゃんの悲しい顔を俺は見たくないぃぃぃ。の一心でやっております。
「たぶんもっと気疲れすることが起きると思うよ・・・」
「何それ怖いんだけどやめてくれる??」
陽乃が言うとマジで怖いからやめてほしい。切実な願いです。
「そもそも、何故こんな状況になっているのか。伊達メガネ着けただけだぞ」
「それが問題なんだってば」
「・・・?わからんな??」
そう言うと陽乃はめずらしく苛立ち。
「私言ったよね?!その伊達メガネ!似合ってるって!凄く似合ってるって!カッコイイって!!」
「お?おう?!」
突然の陽乃の褒め言葉に動揺する俺。いやなにそれ、怒りながら褒めてるってどういう状況よ。
「私がそう思うんだから他の子がそう思ってもおかしくないよね?!」
「・・・・へ?」
「つまり!!他の子も八幡先輩がカッコよく見えてるってことだよ!!」
「・・・・・・・」
息切れをしている陽乃をよそに俺は開いた口が塞がらなかった。
俺が?カッコイイ???
「いやいやいや・・・」
「まだ信じないの?!」
「いや・・ちょっと・・・あまりにも今までと違うんじゃないかなと」
「まあ、外見が良い人はモテると思うよ、八幡先輩の場合は目を何とかすればかなりのイケメンだし」
「目で他全部が相殺されてたのかよ・・・」
なにそれ逆にこの目すごくない??もう長所でいいでしょ?見た目の良さを帳消しにすることができますって。・・・どう考えても短所だわ。
「とにかく気を付けてよね」
「へいへい」
~~~~~~~
放課後。
夏の頃と比べると陽が落ちるのが早くなってきてると感じる。夕暮れの教室はドラマのワンシーンのそれである。
なんて悠長なことを考えている時ではない。
「好きです!付き合ってください!」
「え?」
え?これはなんてドッキリですか??急に呼び出されたと思ったらまさかの告白である。
しかもこの人のことは全くわからん。なぜこうなったし。
「いや・・・なんで俺??」
「一目惚れです!カッコいいなって!」
「はぁ・・・」
まさか陽乃が言っていた『気を付けて』ってこれのことなのでは・・・?
いやいや、伊達メガネ一つでここまで変わるか??
なんか人間の嫌な部分を感じてしまった気がする。
こいつらは外見が良ければ誰でもいいのではないだろうか。
間違ってはいないんだと思う。好きになる理由の一つだと思う。
でも俺は、とても強い嫌悪感を覚えてしまったんだ。
その告白を丁重にお断りすると、一気に疲れが押し寄せてきた。
こんな経験は初めてだから仕方ないことだと言い聞かせる。
なんて思っていたのも束の間で、その後二人に告白されまた同じ気持ちになった。
人の好意を受け取るのは悪い気はしない、だが俺に向けられたそれは・・・それはきっと違うものだと思う。
なんだろうなあ・・・
今は無性に陽乃に会いたい気分だった。
[newpage]
「・・・遅い」
放課後の部室。
いつもなら八幡先輩との会話を楽しんでいる時間なのだが今日はその八幡先輩がまだ来ていない。
休む時は必ず連絡をしてくれるマメな人なので無断で休むとは思えないし・・・どうしたのかな?
「むぅ・・・」
先輩が来ないんじゃ部室にいてもつまらないし帰ろうかな・・・
でも先輩来るかもしれないからなぁ。
「すまん、遅くなった」
「っ・・・もう、遅いぞ~。こんな美人待たせるなんて酷いよね」
八幡先輩が来たと理解した瞬間一瞬でネガティブな気持ちが無くなって、幸せな気持ちになる。
我ながらこの人にゾッコン過ぎて笑ってしまう。
「ああ、悪かった。足止め食らっててな」
「女の子に告白とかされてたんでしょ?」
「・・・何故わかった??」
「冗談冗談・・・え?!ほんとなの?!」
なんてことだ・・・なんてことだ・・・
油断していた、今の八幡先輩は伊達メガネによってイケメン丸出し状態。告白もされるだろうとわかっていたのに、どこかで安心していた。そんなことはないだろうと。
こんなことなら釘を刺しておくべきだった。
「嘘でこんな事言っても虚しいだけだろ・・・三人に告白されたわ」
「三人って!そんなに?!」
「丁重にお断りしたけどな」
「そ・・そっか」
その言葉を聞いてとても安心している私にまた苦笑い。
だから、ゾッコンすぎるってば。
「なあ」
「ん?どうしたの?」
安心していると八幡先輩が神妙な顔つきになって私に言った。
「お前も俺が伊達メガネ着けてたほうが良いと思うか?」
「え?」
「陽乃も褒めてくれたよな?カッコいいって、だから・・」
「最初から言ってるけど、私は着けないほうが良いと思う!!」
即答だった。だってそんなの当たり前じゃん。
先輩は伊達メガネ着けなくたって・・・
「えっ」
「確かにカッコいいけど、私は・・・」
「・・・私はやっぱり着けてほしくない」
「・・・・・」
私のワガママだってわかってる。・・・でも八幡先輩をあまり困らせるわけにはいかないよね。
「な、なーんてねごめんね、小町ちゃんのためだもんね、仕方ないね」
「わかった、外すわ」
「え?」
「・・・どうだ?」
「えっ・・と。わ、私はそっちの八幡先輩の方が、好き・・だなぁ」
ギャー!私ったらなんてこと言っちゃったの!?
「ん、そうか。」
そう言うと八幡先輩は私の頭を優しく撫でてくれた。
とても心地よくて・・何故か泣きたくなる。
「まあ、なんだ。部長が着けてほしくないって言うんだから逆らうわけにはいかないよな。小町には悪いけど。部長には逆らえないわ。うん」
「・・・・ぷっ」
「おいこら笑うな」
「だ・・・だって・・」
そんなわかりやすい反応されたら笑っちゃうでしょ。
なんて嘘。照れ隠しなんだよ。嬉しいから笑っちゃうの。
八幡先輩も照れているみたいで頬をポリポリと掻いていた。
今日も今日とて愛しい先輩に誑かされていた。
[newpage]
そして、いつになく上機嫌だった私はこの後八幡先輩にとんでもないことを告げてしまった。
「ねえ、八幡先輩」
「ん?どしたよ」
「私、八幡先輩のこと好きだよ」
「・・・・・え?」
「・・・・・・あ///」
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お久しぶりです。ひげみつです。<br />書けましたのでよろしければ。<br /><br />タイトル迷子です。<br /><br />久しぶりですので駄文、誤字等あるかもなのでご了承下さい。<br />ネタの意見等お待ちしていますので気軽にコメント等して頂けたら嬉しいです!<br /><br />誑かし八陽一話はこちら<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9340923">novel/9340923</a></strong>
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やはり俺が後輩のアドバイスを聞くのはまちがっていない。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10121029#1
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「デブだし、料理もできないし、掃除も洗濯も、家事がてんでダメ。しかも、金遣い荒いし、化粧も、香水もきつすぎて吐きそうだよ。僕に媚びる声も、動作ももう気持ちが悪いし、一緒にいるだけで悪寒がする。それにデブだし。あんなのと結婚させられるなんて……」
「あの、有名なわがままで太ったご令嬢ですよね??降谷さん…ご愁傷様です」
結婚したばかりの愛する夫の聞いたこともないような自分への暴言をたまたま聞いてしまった私はあまりのショックでその場に立ち尽くした。どうして、零さん、今の今まであんなに私に優しかったのに…好きだって言ってくれたのに……。
その瞬間、放心状態の私の中に見たことも聞いたこともない大量の記憶が流れてきて……
ショックのあまり、何故か前世の記憶を思い出しました…。
そして、今いるこの世界が前世で大流行りしていたアニメ名探偵コナンであり、私のことをデブしかも二回言った夫があのトリプルフェイスであることも即座に理解してしまった。嘘やん?私、降谷零にデブって言われたわ…。
警察庁の近くまで来て、多分降谷さんに会いに来たのだが…記憶を取り戻した私は、降谷になんて会いたくない。速攻で家に帰った。
そして、鏡に映った自分の姿を見て驚愕した。
「え!?誰、これ…」
そこにいたのはどう考えても100キロ近くはありそうな化粧のけばけばおデブ令嬢だった。しかも、何だこの服は。ヒラヒラのドレスだ。しかもピンクの。顔には厚塗りで隠しきれていないニキビがたくさん。嘘やろ!?これが私…!?これは、降谷さんが泣きたくなるのもわかるわ。こんなデブ、私も結婚したくない…。しかも性格も最悪だった気がする。この見た目で自分のことを可愛いと思い込んでいたし、降谷さんが本当に自分のことを愛していると思ってた。よく考えればあれは、鉄壁の安室スマイル、社交辞令だった。こんなデブに好きだとか言わせて、可哀想なことしたな…。
親が財閥のトップで超金持ちのお嬢様の私は、降谷さんとお見合いで結婚した。だが、偶然ではない。偶々降谷さんを見かけて、一目惚れした私が父親に強請りまくったのだ。そこから、すぐに私に甘い父親は、警察に圧力をかけ、縁談をつくり、トントン拍子に私たちは結婚した。
「最低だな…おデブ令嬢…。いや、私なんだけど」
降谷さんはもう3日近くこの家に帰って来ていない。だから、おデブ令嬢は、警察庁まで押しかけに行こうとしてたんだろう。
新婚1週間で、家に帰ってこない夫って、どうよ。まあしょうがないけど。
「それにしても…本当にすごい脂肪…」
頰をつねると伸びる伸びる…皮がね。。。
まずすることは…ダイエットだ。痩せないことにはどうにもならない。そして、それと同時にこの服はやめよう。そして、化粧も濃すぎる。それで、降谷さんが帰ってきたら、離婚を相談しよう、そして謝ろう。影でデブって言うのはどうかと思うけど、今の私を見たら怒りもどこかへ消えてしまった。
私は本日からダイエットを開始した。
私の前世は、栄養士だったらしい。だから、ダイエットメニューも容易く考案できた。この太ってるからだで調理をするのは難しいけど、そこは頑張った。マジで広すぎるキッチンで良かった……。今まで、外食ばかりしてたけど、私はちょー庶民派だ。ご飯と味噌汁が食いたい。
少しずつウォーキングも取り入れた。毎日呼びつけていた実家の運転手にはもう来なくていいと伝えて、どこへ行くにも私は自分の足を動かすようにした。あれから1週間、見た目にあまり変化はないけれど、5キロ前後も減った。やはり、カロリーの高い食事と食べ過ぎが原因であったらしい。降谷さんは、昨日やっと帰ってきたみたいだが、私の寝ている間に帰ってきて起きる時間に出て行ったらしい。机にしばらく仕事で帰ってこれない。申し訳ない。と言う置き手紙があった。どうやら彼はどうしても私に会いたくはないらしい。
2週間が経ち、1ヶ月が経った。あれから、なんと私は10キロの減量に成功した。まだまだデブだが、少しはマシになった気がする。実はこの1ヶ月降谷さんには一度も会ってはいない。私のいない時を狙って帰宅してはいるみたいだが、流石の公安のエリートというべきなのか、私が起きた時にはいつもいない。早く離婚届を書かせてあげたいのに…。
ダイエットを決意してから、1ヶ月半が経とうとしていた。明日はとうとう降谷さんと会わざるおえない日だ。何故なら、明日は私の誕生日で、パーティーが開かれるからだった。
いや、新婚なのに1ヶ月半も会ってないことがおかしいんだけど。まあ、私は会いたくないから明日も憂鬱だ。また、表面では綺麗だとかなんとか言っといて、デブきもいなんて思ってると思うと、しょうがないとはいえ気持ちが萎えてしまう。
「はあ…」
思わず溜息をつくと、ガチャとドアの鍵が開く音がした。
「…ただいま」
少し気まずそうな降谷さんの声。1ヶ月半も放っておいて少しは悪いと思っているのだろうか?
「おかえりなさい。一応ご飯できてますけど、食べますか?」
私はニッコリと無理に笑みを貼り付けると、一応作っておいたおかずを机に並べた。
「…は?君が…夕食を…?」
「はい、そうですけど……」
と言って、そこで初めて私は降谷さんが驚いている理由に気づいた。そうだ、私、お嬢様だからご飯なんて作れないじゃん…ってか、降谷さんの婚約者になってから一度も作ったことないわ……。お手伝いさんが作ったやつ、自分が作ったとか言ってたのを思い出した。なんて、ゲス野郎なんだ…。
「……それよりも怒ってないのか?僕が1ヶ月半も君と顔を合わせなかったこと…」
ああ、やっぱり気になるのか。そうだろうな、だって、前のわがままな私だったら、1日、2日帰ってこないだけで、大騒ぎだもん。私のことどうでもいいの!?なんて、詰め寄って……本当最悪だ。ごめんよ、降谷さん…。
「別に気にしてませんよ。お仕事が忙しいんですよね?しょうがないです」
そう私が言うと降谷さんはさらに目を丸くしてぽかんと口を開けた。驚くのはわかる。だって、もう別人だもん。
「あ…ああ…。すまない…」
未だに呆然としている降谷さんの前に私はお茶碗とお箸を置いた。
「さあ、どうぞ」
「ああ…ありがとう」
私のあまりの変わりように驚いたのか降谷さんは言われるがままに箸を手に取った。そして、味噌汁を一口恐る恐る飲む。
「……!!!…旨い」
ボソッと、降谷さんがそう言って思わず私は拳を握ってしまった。やったあ!!降谷さんが旨いって言ったぞ!!!
「…このおかずもなかなかだ…。一体どうしたんだ?こないだまでは外食か冷凍ばかりで、料理なんて、てんで駄目だったのに…」
ぼそぼそと何か呟いているが私は聞かないふりをした。
「じゃあ、私はそろそろ寝ますね」
「えっ!?」
降谷さんはまた驚いたように私を見た。一体どうしたんだろう。変なことでも言ってしまっただろうか?
「…降谷さん?」
「…降谷さん?」
降谷さんが眉間に皺を寄せる。そして、私はふと気づいた。寝る時、前の私は一緒に寝ようとうるさくせがんで、希望が叶うまで、降谷さんを寝させなかったことを。そして、前の私は零さんと呼んでいたことを。
「君は、ずっと零さん…と僕のことを呼んでいなかったか?」
「えっ…と…ごめんなさい。1ヶ月以上も会わなかったので…つい、呼び方を間違えてしまいました…」
そう言って誤魔化すと降谷さんは、そうかと一言だけ言って自分の部屋へ戻って言った。心底安心した顔だった。このデブと一緒にいなくて済むからだろう。少し悔しいけど、明日の誕生日会が済むまでの我慢だ。
そしたら、降谷さんはまたこの家に寄り付かなくなるし、タイミングがあい次第、離婚届けを書いてもらって、私は痩せて自由にすごすことができるのだから。
そういえば、15キロも痩せたのに、降谷さん全然気づいてなかったな、もっと頑張らないと!!!私はそう誓ったのだった。
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こんばんわ。降谷さんの嫁がおデブ令嬢で、前世を思い出し、ダイエットする!!<br /><br />9月15日付 デイリーランキング 37位<br /> 女子に人気ランキング 31位<br />に入りました!!ありがとうございます!
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おデブなので、ダイエットしたいと思います
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10121237#1
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「……チッ!」
衛宮士郎を治療している遠坂凛に多数のクナイが襲いかかるが、アーチャーは《干将・莫耶》でそれを弾き飛ばす。
「ーーーーーー[[rb:Anfang> セット]]」
しかし、クナイは空中で魔方陣に固定化され射出される。アサシンが事前に錬金術で創っておいたクナイは100以上、魔力供給が自由で無限という反則じみた固有結界がアサシンの戦術を強化させているのだ。
「【[[rb:熾天覆う七つの円環> ロー・アイアス]]】!」
マスターに向く無数のクナイは7枚の花弁のように開く盾に防がれた。
確か【[[rb:熾天覆う七つの円環> ロー・アイアス]]】とはトロイア戦争において全ての投擲攻撃を防ぎきったとされる盾。七枚の花弁全てが古の城壁と同等の強度を誇ると言われてる。
とは言えアーチャーの投影の専門は剣。魔導書や盾、別の物になれば投影するのに時間を置かなければいけない。
「やれやれ大変そうだな。マスターを庇いながら闘うのは」
「貴様……!」
「生憎、その2人はマスターなんでな。殺さずに令呪を持つ腕を切り裂けば事は済んだというのに、お前が来たから本気で殺さなくちゃならなくなったじゃん」
残念な話だが、マスターである遠坂凛と衛宮士郎はこの場に置いて足手まといでしかない。
治療を施すため動けない遠坂、傷が深く動けない衛宮、それを必死に守るアーチャー、戦いながらいつでも投擲による攻撃にしがみついているが、盾の宝具を投影した時点で終わりだ。
マスターを狙う姑息な手だが、ライダーの結界型宝具を回収しなければならない以上、方法の云々かんぬんは言ってられない。
実際、アサシンは正面戦闘に長けている訳では無い。アサシンは『気配遮断』を用いて油断したマスターやサーヴァントを後ろからグサリという事が基本戦術だ。
ここまで三騎士のアーチャーに対し、アサシンがここまで優勢な理由は10分前を遡る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「やっぱ大剣じゃ無理か」
《[[rb:破刃の大剣> リガード]]》は大剣と見せかけて実は超軽量の武器として何時も使っているのだが、双剣の《干将・莫耶》が相手だと何かと隙が多い。
俺は大剣を地面に突き刺し、右手にクナイに持ち帰る。やっぱ携帯するのが便利だ。
「『[[rb:My life is not a wise man> 我が生涯は賢者にあらず]]』」
俺は固有結界に接続して、別の武器を出す。俺の固有結界は魔導具そのものも収納出来る上に魔力供給は出来ないが魔具は取り出せる。俺は束になった札を左手で取り出した。
「見せてやるよ。俺の本当の魔術を」
俺の創り出した宝具【[[rb:記憶の写本> メモリーズ・アスティル]]】は魔術記載する事で自分の属性に見合ってない魔術まで使用できるのだが、実はもう一つ使い方がある。
本のページを破く事でそれを使った魔導具が作れる。遠坂の魔術、『宝石に魔力を込める』と同じように写本の紙に魔力と術式を込める事で罠的な使い方が出来る。因みにいくら破ってもページは減らない。
俺が今回取り出した術式は……
「っ!!チッ!!」
足裏に隠していたクナイを蹴りで飛ばす。当然クナイは当たらず、《干将・莫耶》で弾かれる。そして俺の持つクナイに札をつけ投げる。しかしそれも弾くのだがーー
ーー瞬間
カッ!!
「!!!」
牽制としてクナイにつけたのは閃光のルーン。アーチャーの目を潰し、隠し持っていたクナイを一斉に投げる。そして牽制用から攻撃として、投げたクナイには爆炎のルーンの札が張られてある。
三騎士クラスは対魔力がある。ある程度の魔術を分解して半減させたり無効化させるレジストがあるので大したダメージにはならない
だが、俺が狙ったのはアーチャーじゃない。
後ろのマスター、遠坂凛と衛宮士郎だ。
「!!チッ!!」
「そうするよな。お前なら」
ドゴォン!!
クナイに貼られた札から爆破の轟音が森に響く。質より数で作った分威力はそこそこ。だが、人を殺すのに充分だ。
爆破の煙が晴れるとそこには腕を負傷したアーチャーがそこにいた。腕からかなりの血が出て上がらなそうだ。俺はクナイを周囲に投げ、固定化する。
「アーチャー!」
「片腕負傷した状態で何処まで持つ?それとも令呪さえ捨てれば生かしてやるけど?」
「ッ!!」
ハッキリ言って勝算が薄い。手負いの衛宮を連れてここを離れたいが、アサシンが事前にいた森だ。罠が張ってある可能性が捨てきれない。その場合、防げない。
「……凛。その小僧に頼るのは癪だが、さっさと治療してセイバーを呼ばせろ。それまで持ち堪える」
「で、でも衛宮くんが呼んでくれるって可能性は高くなーー」
実際、遠坂は衛宮を力尽くで投降させようとした。いきなりの奇襲で魔術ぶっ放していた相手に果たして令呪でセイバーを呼ぶのか
「いくら小僧でもこの状況が理解出来なければただの阿呆だ。治療を進めてくれ」
「ーーわかったわ!頼むわよアーチャー!」
「ふっ、時間稼ぎといったがーー」
ヒュン!
「ッぶね!!」
首元スレスレの所に《干将》が死角から襲いかかった。《干将・莫耶》の夫婦剣は生涯離れないという意味が宝具化したもので片方だけが離れても戻ってくる。
……あっぶねーー。
「別に倒してしまっても良いのだろう?」
キメ顔で後ろにいる遠坂に言った。あらやだコレだからイケメンは……しかし遠坂もニヤッとして言う。
「良いわ。目にもの見せてあげなさい」
あらやだ。ちょー漢前、コレだからイケメンは……いやこれだから美人は嫌なんだよ。ついでに超怖いし。
「……」
何というか。しっくり来るな。コイツら
「……やるか」
俺は無慈悲の数ある固定化されたクナイを射出し始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ハァーーハァーー」
「さて、盾の投影には時間を置かなければいけない。次が最後のチャンスだ。令呪を捨てて投降しろ」
「……凛」
「投降するもんですか!ここで死んでも悔いはないわ!」
「……そうか。残念だ」
アーチャーの身体にはクナイがいくつか刺さっており、かすり傷の数も尋常じゃない。何より片腕を潰されているのだ。限界だ。
「ーーさようなら」
全方位からのクナイの攻撃、結界は張れず、宝石魔術でも全方位は防げない。死を覚悟したその瞬間ーー
「き……て…くれ……セイ……バー」
パキッ!!
大量の血を流し、今にもの死にかけの少年から令呪が一画消えていった。そしてガラスが割れる音に耳が反応し、咄嗟に後ろに下がる
「……来たか。最強のセイバーさんがよ」
「シロウ!?」
「っ!セイ…バー…頼む…」
「はいーー貴様か?我がマスターに手を出したのは」
「どうせ死なないんだ。お前の恩恵を持ってるマスターだし、ぶっちゃけ投降をお勧めしたんだがねぇ?」
「もういい。我がマスターに手を出したこの非礼、貴様の首で償ってもらう!」
あ、やべ……このステータスは……
「おわっ!!速っ!?『止みなん止みなん解くべからず』!!」
地面の土が蛇のようになり、足に縛り付ける。ぶっちゃけただの時間稼ぎだが、上手くいった。陰陽道は自然を操る魔術、水、火、土、金、木は魔術の領域内なんだが……
「騎士であるこの私に、そのような小細工は通用しない!」
セイバーが持つ透明な剣?で土蛇は切り裂かれた。ある程度正体は知っていたが、まさか女だとは思わなかった。
「(ライダー、あと何分で結界を回収できる?)」
「(あと五分は欲しいです。どうかしましたか?)」
「(セイバーとアーチャー、ダブルでこちらに居るんだよ)」
「(!……では結界は諦めてそちらに加勢した方がよろしいでしょうか?)」
「(いや、逆に学校の奇襲で警戒されると思う。急いでくれ。俺は令呪使って逃げる)」
「(承知しました)」
ライダーの念話が終わり、マスターである鶴見に念話を入れる。令呪を使うのは惜しいが、仕方ない。
「……しっかし、まさかセイバーがかの有名な騎士王様だとは思わなかったぜ」
「!?貴様、我が真名を知っているのか!?」
セイバーは動揺した。まあ真名は実を言えば衛宮士郎が持って居た鞘で一発だったが。
「おうよ。その透明な剣、一見強力な風の力を纏った宝具かと思うが、風を纏う事で光の屈折角がねじ曲がり、剣は見えなくなった」
俺は勿体ぶるように話す。戦闘をしないで時間稼ぎをする。実際俺が持つカードは情報、間違って居ないと思うが間違っていたらいたでまた考え直す。
「だが、俺は疑問に思った。『何故風の力を纏う必要があったのか?』風を操る宝具とも取れるがその風のせいか剣である切れ味が落ちてる。なら宝具は風の力で見えなくされた。もしくは、風を鞘の代わりにしたか」
セイバーは瞠目した。正体不明のアサシンに宝具の存在理由が当てられたからだ。
「ここまで分かれば後は簡単だ。見えなくさせる理由はそれを見られたら正体が簡単にわかってしまうからだろ?そして風を鞘の代わりにした。つまり本来の鞘を失ったエピソードを持つ英霊はただ1人」
かの鞘は所有者に不老不死を与えると言われた、遠い理想郷を隔てるようにあらゆる厄災から身を守る伝説の鞘、それを失ったエピソードはただ1人しかいない。
「聖剣【[[rb:約束された勝利の剣> エクスカリバー]]】を持ちブリデンに君臨した最優の騎士王。アーサー王、又の名をアルトリア・ペンドラゴン。それがお前の正体だ」
途端、眼前に剣を突きつけられる。
「───何故、私がアーサーだと断言した?」
アサシンはゆるりと答えた。殺気と共に剣を眼前に突きつけられたまま、少女を眺め、アサシンは何でもないことのようにさらりと言葉を続けた。
「『エクスカリバー』───人々の願いを中軸に、星に鍛えられた神造兵装。風の魔術でその姿を眩ませても、その在り方までは隠し切れない。ついでに言えば衛宮士郎がお前を呼び出せた触媒、それは鞘ーー」
カッ!!
「ん?ああ時間切れか」
令呪による空間転移、マスターが令呪を使ったな。ライダーが伝えてくれたのか。時間稼ぎも終了だな。
「っ!!させるか!!」
「『止みなん止みなん解くべからず』」
再び土蛇が足に絡みつく、セイバーにとってそれは恐るに足らないが、今回は土蛇だけではない。
「くっ!?」
セイバーが踏みしめた大地に沈んでいく。今回は土の粘度を変え、底なし沼ってほどではないが、動きを封じるのには充分だった。
「それじゃーさいなら」
令呪によってアサシンは姿を消した。
ーー第6話ーー完
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八幡が聖杯戦争にイレギュラー参加 6話
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気づいたらウサギの耳が生えていた。
衛宮切嗣は何度も鏡を見て自分の姿を確認する。自分の頭の横、そこには人間の耳は無く少し高い位置から自分の髪色と同じ黒いウサギの耳が肩ほどまで垂れていた。
恐る恐る触ってみるとふわりと柔らかく温かい感触が手のひらに伝わり、確かに耳を触れられた感覚もある。
確かに信じたくもないがこれは自分の耳なのだろう。どこぞの童話の王様じゃあるまいし、いい歳した成人男性にウサギの耳とはなかなかシュールだ。ウサギの耳をペラペラと裏返しながら考えた。いつの間にか場所も知らない所に移動しており、切嗣は一人で白い何もない部屋で唯一設置してあった鏡とにらめっこしていた。
切嗣はふと腰元にも違和感を感じた。なんか腰元に付着しているような。ゴソゴソと腰元を探り今度こそ切嗣は固まった。コートの下、ちょうど尾てい骨の辺りのスラックスに切れ目が入っておりそこから握り拳大の毛玉、ウサギの尻尾が生えていた。これには切嗣はかなりのショックを覚えた。切嗣が一人沈んで居るとどこかで小さな物音が聞こえた。人の耳からウサギの耳に変わった事でより音に敏感に成ったみたいだ。なんとも言えない附加能力に溜め息が出る。
切嗣は少しでもこのおかしな状況を打破するヒントが有ればと思い、音がした方に向かう為扉を開ける。
扉を開けるとまた同じような部屋に出た。ただ先ほどまで切嗣が居た部屋と違うのは部屋の中央にテーブルとソファーが置いてあり、そのソファーに人が一人うつ伏せに倒れている事だろうか。先ほどの物音は倒れた音だったのかもしれない。
切嗣は静かにソファーに近寄り倒れてる人を確認するために屈む。倒れてる人物は気を失ってるのかピクリとも反応しない。
「…おい、生きてるか?…」あんまりにも生きてる気配を感じず、これが死体とかだったら嫌だなぁと思いながら声を掛ける。
声を掛けそのまま肩に手を伸ばそうとした瞬間、勢い良くその手を掴まれる。
「ひっ!!」
あまりの驚きに情けない声が喉元から漏れる。掴んでくる手をひんやりと冷たくそれが余計に恐怖を煽る。
「…さむい…寒い寒い寒い…」
手が腕から肩、腰まで移動して、ついには抱きつかれるような格好に成ってしまった。パーカーのフードを深く被っているので相手の表情は伺えないがぼそぼそと寒い寒いと呟く。
全体的に身体はひんやりしており、うんかなり怖い。[newpage]
しばらく経つと大分自分も落ち着いてきた。よくよく思考を働かせると今自分に抱きついてる人物はバーサーカーのマスターの間桐雁夜ではないかと考える。確か切嗣の集めた間桐のマスターに関する情報に背格好などが良く似ている。
だが何故彼もこんな状況に陥っているのだろうか。話しを聞こうにも先ほどの状態じゃまともな会話が出来るとは思えない。
切嗣は雁夜が落ち着いてくれないかと願いを込めて顔を覗き込む。ピタリとフードの奥から視線が絡み合う。
「………うわぁぁ!?」
一呼吸置いた後に雁夜が驚いたのか大きく仰け反る。
切嗣もしばらくして今、自分に付いているウサギの耳を思い出す。
ヤバいこのままじゃこのウサ耳が自分の趣味だと誤解される可能性がある。いい歳した成人男性がケモ耳プレイなど痛々しいにも程がある。切嗣が誤解を説こうと雁夜に声を掛けようとした
「あんたもなのかっ!!」
「はぁ!?」
いきなり大きく叫ばれ切嗣はあっけにとられる。
意味が分からず固まる切嗣をよそに雁夜はフードを取り顔を露わにする。
切嗣は現れた顔に驚愕する。雁夜の頬や額、首元には人にはあるはずのない鱗でところどころが覆われており瞳は爬虫類のように瞳孔が縦に割れていた。
「俺気づいたらいつの間にかこんな場所に居るわ、こんな姿に成ってるし。それでウロウロしてたらどんどん寒くなってきて、気づいたらあんたが居たんだ。なああんたのその耳も俺と同じ状況なのか?」
詰め寄る雁夜の勢いに切嗣は圧倒される。
「すまないが…僕も君と同じ状況でよく理解出来てないんだ。とりあえず僕らは互いに似たような状況に陥っているんだな…」切嗣も少しでもこの状況を知りたくて雁夜に声を掛けたのだ。切嗣も情報が少ないと分かると雁夜はしょんぼりと肩を落とす。
「そんな落ち込むなよ。一人よりかは二人の方が情報が多くなって良いかも知れないだろ?」
切嗣だって落ち込みたいが今は情報収集が先決だ。そのためにも雁夜と行動を共にするのは大事かもしれない。
「君は…蛇なのかな?」
「そんなあんたは…ウサギ?なんかキャラじゃ無いよな。」
プッと小さく笑われ怒りがやや込み上げる。自分だって好きでこんな格好をしてる訳ではない。
「五月蠅いな。それは気にしないでくれ。それよりも落ち着いたならそろそろ腕を離してくれないか。」
切嗣はパシパシと自分の身体に回された腕を叩き解放を願う。[newpage]
だが逆により強く抱きしめられ、身体を密着させられる。
「嫌だ。落ち着いたけどまだ寒くて動けねえ。あんたちょうど温かいしもうちょっと体温頂戴よ。」
蛇は変温動物で体温が下がると行動がとれなくなるし体温があがるまで時間が掛かる。だから最初あんなに冷たくて生きてる気配がしなかったのかと切嗣は一人納得する。
「あんたじゃ無い僕は衛宮切嗣だ。」
「ふーん。切嗣さんね。俺は間桐雁夜。雁夜で良いよ。」
ちょっと恥ずかしいが切嗣は腕の中から脱出するのは諦めて大人しく雁夜の体温が回復するのを待つことにした。とは言っても少し暇なので切嗣は気になった事を行うことにした。
「…あんた何してんの。」
切嗣は雁夜の顔を両の手で固定して額や頬、首元と鱗の部分を眺め、自分に回された腕を取り服をめくり上げ鱗を眺めていく。「いや逆鱗とか有ったら面白いよな。」
ペタペタと身体のいたるところを調べられるのがくすぐったいのか雁夜は身体をよじり逃げようとするが切嗣を抱き締めた体制なので身体を逃がせる範囲も限られて、結局は切嗣に好き勝手に探し回られた。
「逆鱗ってあれだろ。龍が喉元か顎の辺りに持つ一枚だけ逆さの鱗の事だろ。一応俺蛇だからな。龍とかじゃねえから無いんじゃねえの。」
「うーん。もしかしたら君が蛇じゃ無いかも知れないし。あっ、ちょっと動くなよ分からなくなるだろ。」
ゴロゴロモダモダ二人でソファーの上で抱き合いながらじゃれあう。二人とも変に真剣になり最初の落ち込み具合はどこかにいってしまった。
「あ、あった。」
「うそっ、えっ、マジでどこどこ!」「此処、顎の裏って言うか喉元って言うか微妙なところ。たぶん自分じゃ見えないと思う。」
切嗣が呑気な声を上げて雁夜の喉元あたりを指さす。雁夜は必死に首を動かし見ようとするが、自分で自分の喉元は鏡などが無い限り見えない。
「ぎゃっ!!」
雁夜が叫び声を上げて身体を大きく揺らす。興味本位で逆鱗を押してみた切嗣は思いも寄らない雁夜の反応に眼を丸くする。
「えっなに、そんなに反応するものなの?痛いの痒いの何なの?」
「マジやめっ、ぎゃ!止めろ痛く無いし痒くも無いけど凄い押されると違和感がハンパない。止めろ、だっ!だから押すなっ、いっ!」
いちいち押す度にガクンガクンと身体を揺らす雁夜が面白くてついつい切嗣は悪ノリして逆鱗をいじり倒す。雁夜に恨めしそうに睨まれるがどこ吹く風だ。[newpage]
「ヤバいこれ楽しいかも…」切嗣は良い笑顔で笑い雁夜を眺める。切嗣の手がスルスルと雁夜の喉元をなぞり、時折気まぐれに逆鱗に触れる。
「…っ…てめぇ…」
抱かれていた腰を持ち上げるように押され切嗣はソファーにそのまま押し倒される。雁夜をからかうのに油断していた切嗣は抵抗出来ずに倒され、おぶさる雁夜を見上げた。
「寒くて動けないじゃ無かったのか。」
「いや大分回復した。それにしても人のこと散々遊びやがって、どうしてやろうか。」
見下ろす雁夜の瞳が据わってくる。切嗣はようやく自分がやり過ぎた事に気付いたがもう逃げるには遅すぎた。
「なんか凄くあんた美味しそうな感じがするんだよな……食べたらどうなんだろ。」恐ろしげな雁夜の言葉にヒッと喉が鳴る。だが切嗣は動くことが出来ない。雁夜の据わったドロリと温度を感じない瞳で見つめられると本当に蛇に睨まれた蛙のように動きが取れなくなる。いやこの場合は蛇に睨まれた兎なのだろうが。
そんな事はどうでも良い。今や切嗣は先ほどの楽しげな表情はどこに行ったやら、蒼白に成ってフルフルと小さく身体を振るわせていた。
「やぁ、ぁんっ」
垂れたウサギの耳を雁夜に甘く歯を立てられる。その瞬間に自分から漏れた甘い鼻に掛かった声に切嗣は赤面して口元を手で押さえる。耳を噛まれるとくすぐったいようなピリピリとした刺激が走る。
「へぇー。切嗣は耳が弱いんだな。」
雁夜を見やると雁夜は良いことを知ったとニヤニヤと笑う。「耳はやめっ、ひんぁ!!ぅん…んぁ、ん、ん」
「切嗣だって俺が止めろって言ったのにしつこく押したよな?だからお返し。」
耳を甘く噛み、チュッチュッと口付けを落としながら雁夜は笑う。しゃべるたびに歯と舌が不規則に耳にあたり身体を恐怖とは違う震えが走る。手で口元を押さえてるのに指の隙間から熱い息が零れる。
「ヤバいなんか切嗣凄い可愛い。このまま食べて良いよな?」
クチュリクチュリと聴覚が上がった耳に容赦なく湿った水音が忍び込む。可笑しいこのウサギの耳は聴覚だけではなく感度まで上がっているのか。そう考える程頭がぼんやりして熱が溜まる。
「ふっ…んん、……ぅん…んん」
熱い息が耳に掛かり逆の耳は指でいたずらに擽られる。このままじゃ雁夜に流される。切嗣の手が抵抗を止めソファーに落ちる。その瞬間。[newpage]
「誰かそこに居るのかい?」
がチャリと音を立ててソファー後ろのドアが開き、人が入ってくる。
「~~!?!?~~」
切嗣は驚きのあまり雁夜をソファーから蹴り落としてしまう。
ガンッと良い音を立てて雁夜はソファーから落ちる。
「がふっ!ごほっごほっ!!。切嗣なにすんだよ。ってなんで時臣てめぇが居るんだよ。」
雁夜は良いところで切嗣に蹴り落とされた事に軽く吐血しながら文句を言うがドアに立つ時臣を視認すると急降下で機嫌と声のトーンが低くなり時臣を鋭く睨み付ける。
「なんでと言われても、私も気付いたら此処に連れて来られてたんがだね。」
ドア元に立っていたのは雁夜と同じく始まりの御三家の一人遠坂時臣だった。ただ彼も違うのは赤いスーツの背中から鷲や鷹のような濃い色の羽根を生やしている事だろうか。「時臣その背中のは…」
「ああ、私も気付いたら羽根が生えていたんだ。偶然にも私達は同じような状況に陥っているらしい。」
時臣はそれぞれ切嗣の耳や雁夜の顔の鱗などを見やり自分のこれが本物だと言わんばかりに羽根を動かす。デカい。デカすぎる。折り畳んだ状態でもゆうに時臣の腰まで有り、広げると2、3メートルはあるのではないか。
「こんな状況だ今一時は聖杯戦争は休戦としよう。二人ともこの状況に少し説明とかは出来るかい?」
射殺すような雁夜の視線を無視しているのか時臣は話し始める。雁夜では時臣とまともに会話が成り立たないだろう。そう切嗣は読み取り、またため息を落とす。
「すまない。僕らも先ほど気付いたばっかりで全然分からないんだ。それで先ほど雁夜と話し合って…」「そうかどっちにしろ全員情報は無しか。……衛宮くん?いきなり黙ってどうしたんだい?」
切嗣は先ほどの雁夜との出来事を思い出し一人赤面して俯く。まさかあのまま流されても良いなんて考えた自分が居たなんて。しかも耳だけで快楽を感じて居たなんてもうあまりのはしたなさに泣きたくなる。
「……?衛宮くん顔が赤いよ。本当に大丈夫なのかい?」
一人あたふたと百面相する切嗣を不審に思い肩に手を伸ばす。
「触れんな。」
その手は切嗣に触れる前に切嗣の後ろに居た雁夜が後ろから切嗣を抱き締めて、身体を後ろに引いたので虚しく空振りに終わる。
「ねえ雁夜。私は衛宮くんと話していたのだけど。君は私と会話したく無いんだろ?なら邪魔しないでくれ。」[newpage]
時臣はやや眉をひそめて切嗣の後ろの雁夜を見やる。
「五月蝿い黙れ。切嗣に触れんな。菌が移る。」
「やれやれ君は相変わらずだね。君のその見た目は蛇かな。良く似合ってるじゃないか。陰湿で粘着的な君、そのものだね。」
「余計なお世話だよ。時臣、てめぇも羽根なんて生やしやがって天使様でも気取ってんのか?高貴な貴族様にはぴったりだな。」
切嗣を挟んだ状態で冷ややかな嫌みの舌戦が始まる。明らかに二人とも切嗣と話したときより声のトーンも落ち、表情もそれぞれ険しい。
挟まれた切嗣はぼんやりと二人の舌戦を見守る。雁夜が鱗で蛇。時臣は翼でたぶん鷹か鷲だろう。それに比べて自分ときたらモフモフのウサギとは。もう少し狼とか格好いいのに成らなかっただろうか。切嗣はしょんもりと肩を落とし本日何回目か分からないため息を落とした。「ほら雁夜。衛宮くんも呆れてるだろう。いい加減にしないか。」
切嗣の落としたため息を何に勘違いしたのか時臣は切嗣に微笑む。
だが雁夜は引かない。良いところで邪魔されるは、その邪魔して来た相手は雁夜が一番嫌いなあの遠坂時臣だ。
「うるせえ、お前が原因だろっ!!」
「あー。二人とも落ち着いてくれないか。」
そろそろ収拾がつかなくなりそうなので切嗣が間に入る。
「僕達は話し合いをしてるのであって喧嘩をしてる訳ではないだろう。」
言外に僕を挟んで喧嘩をするな。僕は早くこの耳を消したいんだと匂わせる。
「…そうだね、衛宮くんすまないね。雁夜、不服だが協力しようではないか。」
「う゛ー。切嗣がそう言うなら…」
切嗣の有無を言わせないオーラに押され二人ともしぶしぶ大人しくなる。だが雁夜はいまだ納得しかねないのか切嗣に抱きついたまま肩に頭を押し付けてごねる。
「話しは戻るけど情報が少ないなら少しここから移動してみないかい?まだ扉を続いてるみたいだし。向こうを調べれば情報があるかもしれない。」
ごねる雁夜をスルーして時臣は切嗣にだけ話し掛ける。協力する気はあるのか相変わらずこの二人の間は陰険だ。
確かに切嗣も先ほどの部屋からここしか移動はしていないし、ここでは雁夜のせいでソファーの上からも移動出来てない。
時臣に釣られて切嗣もソファーから立ち上がろうとするが雁夜がキツく抱き付いて居るので動くに動けない。
「雁夜、おい移動するからそろそろ離れてくれないか。」
切嗣の肩に顔を埋めたままの雁夜を揺らして剥がそうとする。[newpage]
「嫌だ。調べるなら時臣、てめぇが一人で調べて来いよ。俺はここで切嗣で温まりながら待っててやるから。」
切嗣を強く抱き締めふてぶてしく言い放つ雁夜に切嗣は凍りつく。雁夜を軽く無視する時臣も時臣だが、時臣と一切協力する気の無い雁夜に本当に協力する気はあるのか問いただしたい。
「おい、もう体温は戻ったんじゃ無かったのか!?」
切嗣が雁夜を引き剥がそうとするが上手く解けない。そして先ほどから目の前の時臣からの視線がヤケに痛い。暗い憎しみと言うか負の感情がこもった視線が容赦なく切嗣に突き刺さる。
「雁夜嫌がっているだろう。あんまり衛宮くんに迷惑を掛けるものではないよ。」
時臣はニコリと笑って雁夜に言い聞かせるが目が全然笑ってない。雁夜と時臣の間に見えない火花が静かに散った。「うひゃぁ!!」
緊迫した空気が漂った時にまた切嗣から情けない声が上がった。これには雁夜と時臣、当の本人の切嗣も固まる。
「しっぽ…しっ、ぽ踏むなっ、ひゃっ!!や、や、や!!」
雁夜強く抱きついた瞬間偶然にも雁夜の脚が切嗣から生えている毛玉のようなしっぽを押し潰したのだ。
しっぽをぐにぐにと潰される度に切嗣は大きく身体をくねらせ逃げようとする。しっぽをいじられると耳よりも場所が場所のせいか腰に直に熱が落ちていく。
「えっ、まさか切嗣しっぽも弱いの?」
ニターと笑う雁夜に寒気だった切嗣は急いで手を振り解こうと暴れる。今回は背後から抱きかかえられて居るため瞳を見てはいない。まだ身体が自由に動くため今のうちに抵抗を試みる。「ひゃっ!!」
切嗣の上に影が被さり、身体から力が抜ける。いつの間にか傍観していた時臣が切嗣に近づき、切嗣の耳の根元を指で撫でていた。
「衛宮くんは耳も敏感なんだね。フワフワして手触りが気持ちいいね。」
先ほどまでの二人の陰険な雰囲気はどこへやら。切嗣の身体を前から耳を時臣が、後ろからしっぽを雁夜に好き勝手に弄くり回され切嗣は力が抜けて目の前に時臣にすがりつく。
「ひっ…んん、ふっ…たり…ぃぁ、ゃめっ…!!」
皮膚の薄く敏感な根元を指で軽くくすぐるように触られるとゾクゾクとした感覚が切嗣を襲う。
半泣き状態で首を嫌々と振る弱々しく抵抗する切嗣の姿に二人は見入る。
「なんか…衛宮くんは美味しそうだね…」[newpage]
耳に口付けを落として時臣がポツリと呟く。切嗣は恐る恐る時臣と瞳を合わせると、ヒッと息を呑み瞳を合わせたことを後悔する。
蒼い瞳は隠しきれない欲で濡れ、猛禽類特有の光を帯びていた。その瞳に晒されまたもや切嗣は身体の自由を奪われたように固まる。
ヤバいヤバい。前門の鷹に後門の蛇。どっちもウサギを捕食する立場だよね。えっこのまま僕食べられるフラグだよね。切嗣はもう混乱して半泣きどころでは無い。
首もとに回る雁夜の冷たい手と頬を撫でる時臣の熱い手に切嗣は本気で身の危険を感じて泣いた。
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ツイッターで荒ぶった話しをもとに書いてみました。ちょっと切嗣喘いでるけど全年齢です。遅くなったけど乱ちゃんの誕生日プレゼントに捧げます。このままだと3Pエロに突入しそうで誕生日にエロは無いだろって思い無理やりブチ切りました。ちなみにウサギ嗣は地味に発情期中で色んな意味で蛇と鷹に食われる予定です。<br />駄文すいませんでしたぁぁぁぁぁ!
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御三家サンドを半獣化してみた
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012141#1
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知らないものは知らない。そもそも経験がない。機会もなかったし、必要ともしていなかった。少なくとも以前は。事情の変わった今後は、といえば知っておいて損はないだろうが物理的に障害が多いのも確かである。ゆえに興味もない。
煩わしいような、くすぐったいような、奇妙な二面性を内包した『ぬるい』入院生活の中で交わされるようになった他愛のない会話の一端で、一方通行はその事実を口にした。聞き手はひょんと跳ね上がったアホ毛もたくましい十歳くらいの見た目の少女と穏やかな顔つきの化粧気のない女研究者だった。
ちなみに元気そうに見えて二人とも見舞客ではなく患者仲間である。『仲間』という表現にいささか釈然としないものを感じる一方通行だったが、同じタイミングで同じ事件を起因として同じ病院に担ぎ込まれた彼等三人は、世話をする病院関係者からはひとくくりのグループとして認識されているのだ。
とにかく、とろとろと特に意味もなく交わされる会話のなかで一方通行が何の気なしに口にしたそれは、常の如く次から次に目移りしていく話題の中で流されてしまうたいした重みのない言葉の筈だった、のだが。
「あら、そうだったの?」
学園都市第一位の能力者という危険物を前にしてすらマイペースを崩さなかった研究者、芳川桔梗は珍しく驚いた声をあげ目を見開いた。傍らで病室内のテレビを見ながらあれやこれやとはしゃいでいた打ち止めと呼ばれる少女に至っては、声もなくあんぐりと口を開けたままだ。注がれる二対の驚愕の視線に、ベッドに背を預けたままの一方通行は居心地悪げに首をそらした。
「なンだ。悪ィかよ」
「…………」
「いいえ、別に悪くないわよ。ちょっと、そうね、意外だっただけ。……でもそうよね、あなたのいままでの境遇を考えれば縁のないものだったでしょうね」
「……………」
「能力使えりゃ必要ねェんだよ。だいたい雨だって全部反射してたんだ、不毛にもほどがあンだろ」
「………………」
「それはそうでしょうけど。でもこれからはそういうわけにはいかないんだし、いざってこともあるんだから今更でも練習しておいたら良いんじゃないかしら?」
「………………………」
「芳川、オマエ他人事だと思って適当なこと抜かしてンじゃねェぞ。だいたいそォいうオマエはどうなンだよ?」
「……………………………」
「あら、わたしができるように見える? 自慢じゃないけど、わたしはあなたと違ってひととおり経験済みで適正無しと判断された口よ」
「…………………………………」
「本当に自慢になンねェことに胸張ンなよ。――つかいつまでアホ面ひっさげてやがるクソガキ!」
「はっ! あまりの驚きに思わずフリーズしちまったぜ、ってミサカはミサカはあなた、え、マジで泳げないの?! カナヅチなの?! ミサカは浮き輪装備の運動音痴的一方通行を拝むしかないの?! でもたしかにあなたが元気ハツラツ太陽の下で個人メドレーをこなしてる姿は、正直言って想像しづらいってミサカはミサカは色白で細身な体をマジマジと眺めてみる。うん、浮くとこなさそうね、ってミサカはミサカはモヤシなんて想像してないんだからと誤魔化し――痛ったぁ! やめてアホ毛引っ張らないでぇ!」
打ち止めの言っている内容が的確なところを突いて正しいのは渋々ながらも認めるが、それにしたって余計なお世話だこの野郎と一方通行は揺れる彼女のアホ毛をぐいぐいと引っ張った。そもそもこんな話題になったのは彼女がワイドショーで流される夏恒例の行楽施設の光景を見て『ミサカも行きたい、プールに行きたい。泳ぎたい!』と喚いたためだ。
元気になったら連れてってよ! とわざとらしく目を潤ませて見上げてくる打ち止め(うざったいのでデコに手刀をくらわせた)を黙らせるために自分が泳げないことを伝えたらばこの様だ。
だいたいなんで連れてけとねだる相手が一方通行なのか。年齢や立場からいっても芳川に頼むのが妥当だろうし、彼女相手ならば打ち止めのささやかな願いが叶う可能性は非常に高くなる。正直にいって、一方通行にそれを頼んで叶えてもらえると考える思考がわからない。お子様のプール遊びの引率係なんて一方通行の人格(ソフト)じゃないし、この話題に関していうならば身体(ハード)面でも的確ではない。歩く動作ひとつにも難がある人間に一から泳ぎを覚えろと言うのか。
「つーか、オマエも泳げねェだろ、ゼロ歳児」
彼女たちは決して、泳げない一方通行を面と向かって馬鹿にしたわけではないが、いつまでも引きずるような話題じゃない。というか流せ。いつもならば人の話なんて聞かないで次の話題にぽんぽんと飛んでいく癖に何故にこんな事にばかり食いつくのだ。泳げない、という意味なら同じ立場の筈のふたりから大仰に驚きを伝えられた腹立たしさに純然たる事実を指摘する。ついでに退院後のプール行きを諦めてくれれば、なお良い。
しかし、少しは大人しくなるかと思われた打ち止めは不気味に肩を震わせてびしりと指を突き出した。
「ふっふっふ、甘いな! ってミサカはミサカはミサカネットワークの有能さをあなたはまだ分かってないのねと嘲笑ってみたり! 全世界に散らばる《妹達》の経験から『水泳』の技術をインストールすれば競泳選手もびっくりの完璧なフォームをお手軽に手に入れられちゃうんだからってミサカはミサカはこれを機にあなたもミサカネットワークに加入してみませんかと勧誘してみる」
「あら便利。そういう使い方もあったのね。わたしも加入しちゃおうかしら」
「……素直に感心してンな! オマエもこいつらの制作者のひとりだろ、どォにかしろよ?!」
「もう諦めて付き合ってあげなさいよ。良い体験じゃない。なんなら知り合いの体育教師に特別水泳教室頼んであげましょうか?」
「水ン中じゃねェところで窒息させられたいんならそォ言えよ……?」
「うーみー、連れてってよー。ミサカもこんがり色っぽく小麦色に肌焼きたいよー。浜に打ち上げられたクラゲつんつんしたいよー、うっかり沖に流されてあわや漂流者になるスリル味わってみたいよ―、できればあなたに颯爽と助けに来て欲しいよ―、ってミサカはミサカはロマンチックな妄想にひたってみたり。あ、でもあなた泳げな、――痛い痛い痛い、ごめんなさぁい!」
「いい加減にしろよ? クソガキ。つか、さりげに行き先プールからグレードアップしてンじゃねェ!」
「だって海行きたいもん、海、海、うみー! ってミサカはミサカはあなたが根負けするまで駄々をこねる覚悟じゃ!」
海、海、海、海に行きたい。連れてってお願い。耳元でさんざん喚きまくったあげく、海はひろいなおおきいなと歌い始めた打ち止めに一方通行はとうとう音を上げた。とりあえず打ち止めや一方通行の立場で学園都市の外に出ることは非常に困難であることを伝え、行き先は当初の打ち止めの願い通りプールに決定した。海行きの却下をいやに素直に聞き入れたあたり、目の前の少女が無駄な交渉力を身につけつつあることに気がついて一方通行はげんなりとする。
ほくほく顔で調整に向かう少女を見送った芳川はおもしろがるような声音で告げた。
「三戦三敗、かしら」
「……うるせェよ」
「大覇星祭と遊園地と、プール? 大覇星祭が一番近いじゃない。外出許可が下りるといいわね。あの子の調整は順調だから、あなたがしっかり養生してれば無事約束が果たせると思うけど。プールに行くならあんまり時間がないからなおさら無理は禁物ね。大人しくしてなさい」
「あン?」
「いくら学園都市でも屋外プールは秋になったら閉めるものよ。外でこんがり小麦色の肌を手に入れたいなら暑いうちに退院しなきゃ、約束が来年まで持ち越しになっちゃうわよ?」
おだやかな表情でさらりと口にされた単語になぜだかどきりとした。約束。来年。なんでもないもののように自然に語られるだれかとの未来。まるでそれが当たり前に与えられるものだとでも思わせる。
けれどそれは、ほんの、本当にほんの少し前まで当たり前なんかじゃなかったはずだ。
黙り込んだ一方通行に何を思ったか、芳川はふっと息を吐いて小さく笑うと「早く元気になりなさいな」とひとこと言い置いて病室を後にした。自分だって、重症患者の癖に。
ああ、また。
一方通行は嘆息した。なまぬるいものがひたひたと肌にまといつく。それは、反射が効かない厄介なものだった。反射できない、のではなく、する気になれないのだという事実をまだ一方通行は認められずにいるけれど。
未だ知らないプールの底はこんな感じなのかもしれなかった。
中途半端な温度は覚えたばかりの体温に似ている。緩慢に、けれど着実に手足を絡め取ってふりほどけない。奇妙に重たく、そのくせ決して不快ではない。
打ち止めのようなこどもはたぶん、こんなものあっという間に慣れてしまって、直ぐにでも自由に動き出すだろう。だけど、彼は、一方通行は――。
「泳ぎ方なンて、知らねェよ」
故にきっと溺れるのだろう。それでも良いと思えた自分が馬鹿らしく、けれど叶うならこのまま、このやさしい晩夏に窒息してしまいたかった。
≫グッバイ・サマーバケーション
2012/04/29
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一方さんが泳げない話。通行止め+芳川さん。 +++ 五巻後の入院中ってもしかして一方さんが本当の意味であんまり不信感も不安感も感じずに過ごせた最後の休養期間だったんじゃ……。 +++ 前作への閲覧、評価、ブクマ、コメ、本当にありがとうございます。調子に乗ってもひとつアップ。前のがけっこう暗かったので何かほのぼのした感じを目指しました。
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【とある】グッバイ・サマーバケーション【通行止め】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012149#1
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さっきから楓ちゃんが誰かと電話をしている。話している様子を見る限り、親しい相手とのようだ。
それは別にかまわないのだけれど、電話が長引いているのが気に食わない。もう優に15分は話し続けていて、切り上げる様子もない。
わたくし以外の誰かと親しくするなとは言わない。長電話するなとも言わない。
ただ、わたくしといる時は、2人の時間を大切にしてほしい、と思ってしまうのはわがままだろうか。最も、わがまま云々は置いておいて、これを口にするのはかなり恥ずかしいのは確かだ。
だから、15分間黙って楓ちゃんを見守っていた。スマホをいじったりして、さして興味のないふりをしながら、電話が切れるのを今か今かと待っているのだ。
きっと、わたくしが少しでも催促すれば、楓ちゃんは素直に電話を切り上げてくれるだろう。でも、せっかく楽しそうなところを邪魔したくない。
とにかく色々なジレンマが胸の中で混ざり合っていてよくわからない。確かなのは、どんどん機嫌が下向きになっていっていること。それも、理不尽に。
「うん、そんじゃまたなー。」
そこからさらに10分待って、ようやく楓ちゃんが電話を切った。スマホをいじっていてもろくな暇潰しにならなくなったので、わたくしは力なくソファーに寝そべって、何をするでもなくボーッとしていた。
足元の方に楓ちゃんが腰かけて、ソファーが沈む。空いた隙間に手をついて、楓ちゃんがそっと顔を覗き込んでくる気配がする。
「…ごめんな?退屈やった?」
どうやら、わたくしの不機嫌をすでに感じ取っていたようで、恐る恐るといった風に楓ちゃんの眉尻が下がっている。
正直、その顔を見たら機嫌がだいぶ持ち直してきたけれど、せっかくなのでもう少しわがままをきいてもらうことにした。
「…そうですね。」
その顔を横目で見ながら、クッションに顔を埋める。楓ちゃんのまとう空気が、焦り一色に塗り替えられていく。
「つ、つい話盛り上がってもうて…」
「…いいんじゃないですか。楽しそうでしたし。」
今のわたくしはかなり嫌な女だなぁと自覚がありながらも、その嫌な女に呆れる様子ひとつ見せずに、健気に機嫌を取り戻そうとしてくれる楓ちゃんがいじらしくて、意地悪な態度をやめられない。
「みとちゃぁん…」
道に迷った子どもか、捨てられた子犬かというほど途方に暮れた様子で、楓ちゃんはそっぽを向くわたくしの頬や手や頭に指先でぽつりぽつりと触れた。馴れ馴れしく撫でていいものかどうか迷っているようで、時折顔を覗き込むように気配が行ったり来たりする。
────もう限界だ。これ以上は可哀想だし、あまりにいじらしすぎてわたくしが堪えられない。
「…嘘ですよー。全然怒ってませんでした!」
わざと大げさにおどけてみせると、楓ちゃんは一瞬ぽかんとした表情を浮かべて、何度か瞬きをした。しばらくじっとわたくしを見つめて、そうかと思うとソファーごと抱きしめる勢いで覆い被さってくる。
楓ちゃんのこういう唐突な動きには慣れきったつもりでいたけれど、身長16cm差の人間が上から突然覆い被さってくるのはさすがに恐怖を感じて、思わず身をすくめてしまった。
「びっくりしたぁ!もぉ!」
こうなるともう楓ちゃんの独壇場だ。少なくとも今日のうちにはこの腕の中から抜け出せないし、わたくしの体勢は楓ちゃんの思い通りにあちこち動かされるだろう。一応わたくしの体も壊れ物なので、優しく扱ってもらえればいいのだけれど。
まぁ、それも意地悪をした分の埋め合わせか。
「ごめんごめん。楓ちゃんがあんまり楽しそうだったんで、ちょっとからかってみたくなったんですー。」
なんとか背中に腕を回してなだめるように撫でると、楓ちゃんがやや嬉しそうに、むふ、と息をついた。すると今度は体を起こして、膝の上に向かい合って座らされる。どうぞご自由に、とばかりに、楓ちゃんの思い通りに抱えられるわたくし。
じっと見つめ合う。こういう時はいくらでも見つめ合えるようだけれど、周りに人がいると途端に少しも目が合わなくなるのは何故なのだろう。照れているのか、あるいはわたくしの目を見ていると色々と抑えきれなくなるのか。
「…ちょ、わぁう!?」
突然楓ちゃんがこちらへ体を傾けてきて、向かい合って膝の上に乗っていたわたくしも背中から後ろへ落ちそうになる。急な重力を受けて、心臓がきゅうと縮まる思いがした。楓ちゃんの手だけがわたくしの背中を支えていて、角度的には後頭部に血がのぼりそうだ。
「んあー…!」
楓ちゃんは、わたくしのみぞおちのあたりに口元を埋めてなにやらうめいた後、再び元の体勢に戻った。前後にシェイクされる頭の中がクラクラと泡立っている。
「うぐ…か、楓ちゃん…なんのアトラクションですかこれ…」
「…ごめん。なんかじっとしてられんかった。」
「わたくしごと動き回らないでください…」
どうやら一旦落ち着いたらしく、楓ちゃんはわたくしを抱きしめたままじっと動かなくなった。
今さらになって、少しからかいすぎたかな、と罪悪感が湧いてくる。
「…あの、楓ちゃん。ごめんね?からかったりして…」
「んーん。みとちゃんをほったらかしたんは私やし。それに、妬いてへんかったらみとちゃんあんなことせぇへんやろ。」
おでこに優しいキスが降ってくる。そこから、顔中にカッとした熱が広がっていくように感じた。
かまってほしいどころか、妬いていたのすらお見通しだったらしい。だったら変に恥ずかしがらないで、電話の最中にもっとちょっかいをかければよかった、などと性懲りもなく思う。
「せっかく2人でおるのに、寂しくさせてごめんな…。」
心底申し訳なさそうな声とともに、頬に、瞼に、もう一度おでこに、顔中あらゆるところにキスの雨が降る。
それがあんまりくすぐったくて、思わず笑い声をあげてしまった。
「大丈夫!大丈夫ですから…もう妬いてないし、プラマイプラぐらい今かまってもらってますよ。」
楓ちゃんの口元を手で覆って雨を止ませると、わたくしの手の中で、ほんまに?、とくぐもった声がした。それもまたくすぐったくて、わたくしは半笑いになりながら頷く。
「…よかったぁー…みとちゃんに怒られたらどうしようかと思ったぁ…」
ずっと不安そうな表情だった楓ちゃんが、ようやく柔らかな笑顔をみせてくれた。
ちょっとからかっただけでこんな風になるなら、本気のケンカをしたらどうなってしまうのだろう。ケンカなどしないに越したことはないけれど、少し心配だ。
「わたくしそうそう怒ったことないでしょう。ありました?」
「ない。ないからびっくりしたのぉー。」
「…そっか。怒ってないよ。ごめんね?」
「私が悪いからいーの!」
わたくしが本当に怒っていないことがわかると、楓ちゃんは満面の笑みでまたキスの雨を降らせてきた。今度は止ませることはしなかった。これは気の済むまでさせてあげないと、いくら止めても無駄だと悟った。
「もうあと今日はみとちゃんだけかまうからなー」
とろけたような声でそう言いながら、楓ちゃんはわたくしをぎゅっと抱きすくめたりにおいをかいでみたり忙しい。どうやら楓ちゃんも、電話をしている間わたくしにかまいたくて仕方なかったらしい。
2人でいると常にかまったりかまわれたりしているくせに、お互い欲深いなぁと思って苦笑いがこぼれた。
「みとちゃーんっ」
顔中あまりにキスをされすぎて、そろそろ小顔にでもなりそうだけれど、まぁ、今日はこのままでいいか。
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こっちむいて
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10121623#1
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注意事項につきましては、前作の「猫たち行きつけのカフェのマスターがどうにかこうにか救済していく話」をご確認ください。
それでは、始まります!
米花町の隅っこ
喫茶店「フィオレ」は今日も元気に営業している。
モーニングセットのトーストをかじるサラリーマン。
紅茶を楽しむ近所のおばあちゃんたち。
散歩帰りにコーヒーを飲みに来たおじいちゃん。
夕方になれば、いつも通り小腹を満たすために学生たちがやってくるだろう。
店内の時間はいつも通り流れていく。
だが、夜の方のフィオレはいつも同じようにというわけにはいかない。
なんたって、お客さんは人間ではないからね。
2.桜の少年
「ねぇねぇ、里桜君~」
夜のフィオレに柔らかい声が響く。
もちろん普通の人には普通の猫の鳴き声にしか聞こえないが、動物と話せる俺にとってこの猫さんとの会話はとても落ち着くものだった。
「どうしました、タマさん。」
「もぅ、タマでいいって言ってるじゃないのぉ。」
まあ、さん付けしてくれる里桜君もかわいいけどぉ、と少し不満そうなこのネコさんは、タマさんという。
三丁目の田中さん宅に住むペルシャ猫のオスだ。
去勢手術を受けた際にせっかくだから、とオカマさん口調に変えたらしい。
理由を聞いてみたら、
「人間のオカマさんたちのテレビを見たときにね、すごく感動したの!自分の生き方を貫くってかっこいいじゃない!」
ということだった。
いや、もう、そういうことをサラッと言えるタマさんがかっこよすぎて辛い。
ところで、このタマさん、すごく優しい猫さんである。
人で例えるなら、「女子たちは恋愛相談を聞いてもらいたい、男子たちは姐さんと呼んで慕いたいタイプのオカマさん」なのだ。
俺も夜のフィオレの手伝いを始めたころ、常連さんの猫さん情報を教えてもらったり、悩みを聞いてもらったりした。
おかげですぐに猫さんたちと打ち解け、街中でも会えばすり寄ってきてもらえるくらいにはなれた。
本当に、このタマさんなくしてはここまで成長できなかったと思う。
以上がうちの常連さん、タマさんについてのプレゼンだ。
質問やさらに聞きたいことがあるならば、いくらでも語ってあげるからあとで職員室に来なさい。
「里桜君?どうしたの、考えこんじゃって。」
「いえ、タマさんが優しいビューティー猫さんだという事実を再確認していまして。」
「やだもう、照れるじゃないのよ~」
うん、目を細めてコロコロ笑うタマさんめっちゃかわいい。
「あ、そうそう。最近あのイケメン君見てないんだけど、里桜君知ってる?」
思い出したように言われたタマさんの言葉に、俺はとある一人の友人を思い浮かべた。
「ああ、零ですか。なんか、合宿で長野県に行くって言ってましたよ。」
「えええ!しばらく人間は色々お休みできるんじゃないのぉ?なんだっけ、えっと、ご…ご…あ、そうそう。ごーていわーく?だったかしら?」
「ゴールデンウィークですか。」
「あ、惜しかったわ。でもそのゴールデンウィークって学校お休みなんでしょ?だから会えると思ってたのにぃ~」
そう言ってカウンターに頭を乗せ、頬をふくらませるタマさんを微笑ましく眺めながら、俺は2歳下の友人を思う。
彼と出会ったのは、6年前の春。
桜が空を彩る頃だった。
ー6年前ー
「聞いて聞いて~!今日ね、公園ですっっっごく綺麗な人間の男の子に会っちゃったの!」
「へぇ、人間の顔面に厳しいタマさんがそんなふうに言うなんて、珍しいですね。」
その日の夜、タマさんは上機嫌でそう言った。
「青い瞳に金髪で褐色の肌よ?イケメン要素がてんこ盛りよ~!」
「…会っていないのに、イケメンだとわかってしまう不思議。」
そしてしばらくタマさんはそのイケメン男子について語っていたが、ふと表情を曇らせた。
「どうかしましたか?」
「あ、ええとね、その男の子なんだけど、あんなに将来が楽しみな容姿なのにね、他の子どもたちにいじめられているみたいなのよ。」
「え?なんで。」
そう聞くと、タマさんはわからないというように首を振った。
「同じ種族間でも争うことはあるわよ、もちろん。私たちだって、居場所やご飯をめぐって喧嘩したことくらいあるわ。でも、あれは違うのよ。なんだか、こう。もっと痛くて苦しくて冷たいのよ。…なんで、人間は優しく生きられないのかしらね。」
その後、タマさんは少し寂しそうに笑いながら帰っていった。
俺は、なんだかそれが悲しくてうまく笑えなかった。
次の日の午後、たまたま学校が休みだった俺はじいちゃんに頼まれて買い出しに行っていた。
メモを確認して買い忘れがないことを確認して帰ろうとしたとき、公園の方からなんだか騒がしい声が聞こえた。
目線を向けると、ランドセルを背負った男の子たちが、一人の男の子を突き飛ばしたところだった。
地面に倒れた男の子を見たとたん、理解した。
乱れた金髪
擦り傷だらけの褐色の肌
今にも涙があふれそうな青い瞳
タマさんが言っていた子だ。
気づいてしまえば、その場から立ち去るなんてできなかった。
「ねぇ、君たち。何してんの。」
突然の乱入者にいじめっ子たちは驚いた顔をしたが、すぐにガタイのいいリーダー格であろう男の子がにらみつけてきた。
「なんだよ、お前。関係ない奴が入ってくんじゃねぇよ。」
「そうだぞ、他校の奴がしゃしゃり出てくるなよ。」
ここで、俺は気づいた。
あ、こいつら。俺を同い年だと思ってる。
そうだよな、2歳上には見えねえよなぁ。
男のわりには俺、小柄だもんなぁ。
そっかそっかぁ。
年下だから、多少は手加減してやろうと思ってたけど、同い年に見えんなら仕方ねぇよなぁ。
なら…
「…遠慮はいらねぇよなぁ。」
ぼそっと言うと、聞こえなかったらしいいじめっ子たちはイライラしたように、口々に文句を言ってきた。
「ねぇ、なんでこの子。いじめてんの。」
文句を遮りそう言うと、リーダー格の奴は、腕を組んで答えた。
「こいつはこんな見た目なのに、俺たちと同じ日本人だっていうんだぜ。そんなの、嘘に決まってんだろ。なら、噓つきは正義の味方の俺たちがやっつけねぇと。」
そこまで聞いた俺は、薄く笑いながら現実というものを突き付けてやることにした。
大人げない?知るか、ンなもん。
「へぇ、正義の味方かぁ。君たちがねぇ…ふざけんじゃねえよ。」
「は、」
突然雰囲気を変えたことで、ガキどもは固まった。
「正義の味方だぁ?笑わせんなよ、ガキども。お前らがやってんのはいじめってんだ。正義からはかけ離れた行為だ。」
反論の余地も与えずにさらに畳みかける。
「お前たちは、自分たちと見た目が違うだけのやつを排除したいという馬鹿馬鹿しい願望を持っただけのただの子どもだよ。正義の味方でもなんでもない。そのわがままを正義って言葉で包み込んで言い訳にしてるだけなんだっていい加減気づけ。…気づけねえなら、正義って言葉を使うな。薄っぺらい言葉になるから。」
そこまで言い切り、ふぅとため息をつく。
すると、リーダー格の男の子が顔を真っ赤にして涙をためた目でにらみつけてきた。
だが、うまく反論の言葉が出ないらしい。
俺は、にやりと笑いながらとどめを刺した。
「なに、お前らは多数で一人の男の子をいじめてたのに、俺一人に論破されただけで泣くの?…ダッセw」
「っ!お、覚えてろよ!このちび野郎!」
よく漫画とかで見るありきたりなセリフを吐き捨てると、いじめっ子どもは逃げていった。
はっはー!人を見た目で判断するからこうなんだよ!
コーヒーを上手くいれられるようになってから出直してきな!
「お、大人げない…」
「ん?あ、ごめんな。放置しちゃって。大丈夫?」
振り向くと、地べたに座り込んだままの男の子が目を丸くして俺を見ていた。
手を差し出せば素直に掴み立ち上がった男の子をベンチに座らせ、怪我の手当をした。
濡らしたハンカチで傷口を拭いていると、男の子は口を開いた。
「あんた、なんで俺をかばったんだ。名前も知らないやつなのに…」
「ん?名前知らないと助けちゃいけないのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど。」
なんだか納得していない男の子に苦笑いをする。
「なら、自己紹介しよう。俺は、日比野里桜。君は?」
「…降谷、零。…で、なんで助けたんだよ?」
「こだわるなぁ、零くん。理由がそんなに大事?」
「だって、変だろ。あと、呼び捨てでいい。どうせ年上なんだろ。」
「気づいてたか。零はちゃんとわかる子どもなんだな。えらいえらい。で、理由だっけ。」
さすがにタマさんが言っていたなんて言えないからな。
なんて言うか…あ、そうだ。
「零の瞳がきれいだから、笑った顔が見たくなった、じゃだめか?」
そう言うと、零は顔を真っ赤にした。
「…よくそんな恥ずかしいこと言えるよね。」
「そりゃ、年上だから。まぁ、本当に勝手に体が動いたってのもあるけど。」
「…変な奴。」
そうこうしているうちに絆創膏をはり終えた俺は、零の隣に座った。
「そういえば、さっき半ベソで逃げてった奴ら、同じクラス?」
「…うん。俺は、みんなと違うからっていつもあんな感じで。」
そう言うと、零は自分の服の裾を掴んで俯いた。
「お、俺がどんだけ言ってもお前は日本人じゃないって…変だって…。」
「…零はさ、日本好き?」
俺の突然の質問に目を丸くしつつも、零は頷く。
「俺も好きだよ。で、日本好きな俺は零には日本に似ているところがあると思うわけだ。」
「似てる?」
「うん、だって髪は秋の稲穂の色だし、瞳も夏の少し濃い青空の色だ。それから。」
俺はいつの間にか零の頭に降ってきた桜の花びらをつまんで笑った。
「俺、零ほど桜が似合うやつ、見たことないや。」
そう言い切ると、零はまた目を丸くした。
そして、ぽたぽたと涙をこぼした。
なんだか、それが今までの我慢のように思えて、俺は頭を撫でた。
「頑張ったんだな、零。」
零が泣き止むまで俺は頭を撫で続けた。
いつの間にか、零が俺の服の裾を持っていたのが何だかうれしかった。
「ごめん、いきなり泣いて。」
真っ赤な目を俺のハンカチで冷やしながら申し訳なさそうに零は言った。
「謝らなくていいよ、なんか、仲良くなれたみたいでうれしかったし。」
そう言うと、また顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
ずいぶん恥ずかしがりやなんだなぁ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。暗くなったら危ないし。」
そう言って立ち上がると、手をつかまれた。
零の揺れる瞳と目が合う。
「あ、のさ、また会える?」
恐る恐るといったふうに尋ねる零に、俺はフィオレの名刺を差し出した。
「俺、家が喫茶店やってるんだ。遊びにおいでよ。」
「いいの?」
「友達が家に来るのを喜ばないわけないだろ?」
その言葉に零は嬉しそうに笑ったのだ。
ほんとに桜がよく似合う笑顔だった。
ブーッ、ブーッ
携帯電話の着信音で俺は追想から現実へ意識を戻した。
メールを見ると、零からだった。
『明日の夕方には帰る。お土産持っていくから楽しみに待っていて。』
俺はそれに微笑み、返事を返した。
『わかった。期待して待ってるよ。』
ああ、早く明日にならないかなぁ。
そのメールをタマさんに見せると、彼女は飛び跳ねて喜んでいた。
次回予告
「お帰り、零、景光。」
「ただいま、里桜。」
「遊園地?三人で?」
「ダメか?明日、定休日だろ?」
「…俺、言わなきゃいけないことがあるんだ。」
「俺は、いつでも二人の味方だからな。」
ざっと今回の人物紹介
・日比野 里桜
回想時の年齢は、13歳。2歳下を本気で泣かせにかかった今回のキング・オブ・大人げない。
身長が小さいのを気にしている。顔も若く見られるのも気にしている。つまりいじめっ子どもは主人公の地雷をことごとく踏み抜いていった。半ベソで済ませてやったんだから、感謝してほしいと思っている。特に気にせず恥ずかしいセリフをぽいぽい言うので、少々心臓に悪い。一番好きな花は桜。
・タマさん
めちゃんこかっこいいオカマ猫さん。彼女が会長を務めるオカマ猫さんたちの集会があるらしいが、主人公はまだ知らない。
多勢に無勢が嫌い。やんなら一対一でやれやゴルァ(# ゚Д゚)な、イケ猫さん。
・降谷 零
皆さんご存知、未来のトリプルフェイス。口調が迷子なのは作者のせいだ、すまんな(´・ω・`)
大人げないとは言ったが、心の中では主人公のカッコよさに震えた。フィオレを知ってからよく遊びに行くようになる。親友の彼にも教えるつもり。年上だとはわかっているが、まさか2歳も上とはまだ知らない。
・名前だけ出た景光くん
まだ名前だけなんだ、ごめんよ。
ただ、これだけは言わせてくれ。
君のことを知ろうと色々調べたんだが…
マジかよ、景光くん。おま…マジかよ。
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やっと出たよ、未来のトリプルフェイスくん。<br />今回、ちょっとシリアス?&主人公口悪いです。<br />注意事項については前作を確認していただけると助かります。<br /><br />皆さん!前作は沢山のすき!ありがとうございます!まさか100超えるとは思ってなかったので、思わず叫んでしまいましたwフォロワーさんも増えてて、びっくりしました。動揺を鎮めるためにハリネズミのぬいぐるみをもふりながら、うれしくてうれしくてニマニマしてました。本当にありがとうございます!今後も頑張っていくのでよろしくお願いします!
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猫たち行きつけのカフェのマスターが出会った少年の話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10121642#1
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【八幡side】
平塚「君たち、ついてきたまえ」
結衣「どこ、行くんですか?」
平塚「実は私たちサポート組や小学生以外にも一般客が千葉村に来ていてな。近くだけでも挨拶しておくべきだろう」
優美子「ええ――、面倒だし」
姫菜「まあまあ、そう言わずにさ」
結衣「そうそう。行こ、優美子」
優美子「まあ、二人がそう言うなら……」
隼人「小学生がいるからね。何も起こらないとは言い切れないし、念のために周辺の一般客には挨拶したほうがいいと俺も思うよ。だからさ、優美子」
優美子「さっすが、隼人。行くべきだし」
なんともまあ、グループってのも大変だな。あそこまで言わんと動かんのかね。
グループっつうか、あーしさんがか。
その点、ボッチは楽でいい。他人を気に掛ける必要などないしな。
お前はいいのかって? 俺は平塚先生のファーストブリッドの恐ろしさを知ってるからな。
拒否するという選択肢はないんだなあ、これが。
……自分で言ってて悲しい。
そんなこんなで向かうことに。
平塚「すみません。一般の方ですか?」
??「はい、そうですが?」
平塚「隣に小学生の団体、来てますよね?」
??「ええ」
平塚「私たちはその小学生のオリエンテーションをサポートするために来ました」
??「あら、そうなんですか」
平塚「ええ。ただ何分、相手は小学生なのでご迷惑をかけるかもと思いまして」
??「ああ、それで。大丈夫ですよ」
平塚「もちろんそうならないようにサポートするつもりですので」
??「これはご丁寧に」
平塚「ありがとうございます。さあ、君たちも挨拶しなさい」
ええ――、面倒く――さ――い。
そう思った瞬間、平塚先生に睨まれる。
……おかしい、俺はポーカーフェイスのはずだ。
何故わかった?
葉山から次々と挨拶を一般客にしていく。
俺は最後でいいだろう。
なんかラスボスみたいで格好良くね。
……ないな……中二病乙。
そして最後になったので俺が挨拶する順番に。
八幡「ええ――っと、比企谷八幡と言います。よろしくおねがい……って何してんの、伯母さん?」
??「それはこっちのセリフ。まさかこんなところで出くわすなんて」
小町「あれ、砂羽伯母さんじゃないですか――」
砂羽「あら、小町ちゃんも一緒なのね」
俺たちが話してると、平塚先生から声がかかる。
平塚「比企谷、知り合いなのか?」
八幡「あ、はい」
小町「そうなんですよ――。うちの母親の姉なんです」
平塚「そうだったのか」
砂羽「長谷川砂羽と言います」
平塚「これは失礼を、名乗っていませんでした。彼らが通う高校で生徒指導をしている平塚静と言います」
先生と伯母さんはお互いに名乗りあい、頭を少し下げてお辞儀をする。
砂羽「あ、そうだ。八幡君と小町ちゃん、実はねえs」
砂羽さんが話してる途中で後ろのほうから声がかかる。
??「砂羽さん、何かあったのかい?」
砂羽「っと本人が来たわね。こっちに来て頂戴」
??「どうしたのって、八幡! それに小町も!」
八幡「は!? なんで咲耶がここにいるんだ?」
小町「げっ! 咲姉」
咲耶「……まさかこんなところで再会するとはね。驚いたよ」
八幡「それはこっちもだっての」
小町「……」
咲耶「ん? 小町は元気なさそうだが。どうかしたのかい?」
それはきっと小町が咲耶のこと、苦手なのが原因だろうな。
別に咲耶のせいってわけじゃない。なんせ悪いのは小町だから。
こればかりは俺も小町を擁護できない。
むかし小町が少しばかりヤンチャして、それを咲耶が窘めただけだ。
八幡「まあ、気にすんな」
咲耶「そうか。おっと忘れるとこだった」
そう言うと咲耶は俺と小町を抱きしめてきた。
咲耶「会いたかったぞ――」
八幡「だからお前はそういうことをやめろっての」
小町「ぐるじぃ」
小町は背の高さから咲耶の胸に顔を半分うずめている。
咲耶「すまない。寂しくて、つい」
相変わらずはっきりとした言動をする奴だ。
冗談や嘘も言うが、人を傷つけるようなところを俺はついぞ見たことがない。
そんなこともあってか俺の屁理屈とかもコイツには通じないんだよな。
本人は自分にもダメなところくらいあるって言うが、どうにもなあ。
一言言うと才色兼備、正にこの言葉がしっくりくる。
俺は真面目に人を褒めたりしねえけど、コイツだけは素直に凄いと思う。
おっと思考の海にダイブしすぎたな。
このままじゃ小町がおぼれ死ぬ。
八幡「ストップ、ストップだ咲耶」
俺がそう言うと咲耶が抱きしめる力を緩める。
小町「たすかったあ」
咲耶「す、すまない」
八幡「まあいい。でも過剰なのは少し気を付けたほうがいいぞ」
咲耶「そうだね。気を付けるよ」
八幡「小町も大丈夫だな?」
小町「……うん」
小町はそう言うと自分の胸に手を添えて見ている。
……ああ、なるほどな。
まあ苦手ってのもあるから二重のダメージなのかもな。
……聞いたら変態呼ばわりされそうだから言わんが。
小町も別に咲耶が嫌いなわけじゃないから、今はいいだろう。
……それよりも。
八幡「で、なんで咲耶と伯母さんはここにいんの?」
咲耶「そうだったな。私と砂羽さんは千葉村にキャンプに来てるんだよ」
砂羽「そうそう」
八幡「いや、咲耶は高知だろうが。わざわざキャンプのために来たのかよ?」
咲耶「それだけじゃないさ。夏休みを利用して砂羽さんのところに長期で泊めてもらってるんだ」
咲耶「それで八幡がむかし行ったっていう千葉村に行きたくなってね。来たってわけさ」
八幡「そりゃ話したが。ホントに来るとはな」
相変わらず思い立ったら即行動だな。
砂羽「咲耶ちゃんが行きたいって言うし、私も聞いてたら行きたくなっちゃったのよね」
行きたくなっちゃったって……この人も何考えてるかわかんねえんだよなあ。
……でもまあ旦那さんを早くに亡くした伯母さんからすると、咲耶は娘みたいな感じかもな。
……今度行ってみるか、砂羽さんの家。
こんな俺でも何かの役に立つかもしれんし。
面倒くさがりな俺でも砂羽さんには幸せであってほしいと願う。
親戚連中は不愛想な俺を気に食わないみたいだが、母ちゃんを合わせた四姉妹は反応が違う。
小町激甘な母ちゃんでも俺を気遣ってくれてるのは流石にわかるし。
外食や旅行に家族で行くときに俺が行かないのは、俺が断り続けたせいだしな。
っとまたしても思考の海に。
いかんな、ついボッチとしての癖が出てしまう。
平塚「そろそろいいか、比企谷」
八幡「あ、すんません先生」
平塚「うむ。紹介してもらえるか?」
八幡「わかりました」
それから咲耶と砂羽さんを俺が紹介する形で話が進んでいく。
こればっかりは面倒くさがってても仕方ない。
ただ何故か雪ノ下と由比ヶ浜がジト目で見てる気がするのは気のせいか?
一通り紹介が終わったところで二人に呼ばれる。
結衣「ねえ……ヒッキーとさくやんってどういう関係なの?」
八幡「さくやんって……相変わらずネーミングセンスねえなあ」
結衣「今はそんなことどうでもいいの! ……それで、どうなの?」
八幡「どうって……親戚だが」
結衣「そうじゃなくて……ん――もう……ヒッキーのバカ――」
そう言うと由比ヶ浜は怒りながら、自分たちの泊まってるロッジに向かう。
……なんで怒ってんの?
八幡「なんだありゃ」
雪ノ下「助兵衛谷君のせいね」
だから谷しかあってねえっての。
八幡「あ、もしかしてさっきの抱きついてきたやつか? ……はあぁ。あのなあ、あれは咲耶からしてきたのであってd」
雪ノ下「見苦しいわよ、エロ谷君」
そう言うと雪ノ下もロッジに向かう。
……なんだそりゃ。
平塚「フッ、彼女たちも可愛いところがあるじゃないか」
八幡「先生」
平塚「二人は咲耶君という存在が現れたことで戸惑っているんだよ」
八幡「……意味わからんのですが」
平塚「……はあぁ、まったく君というやつは。……少し自分で考えたまえ」
平塚先生は呆れた感じで俺に言うとロッジに向かう。
咲耶「何か、あったのかい?」
八幡「まあ気にせんでいいだろ」
……わからんもんを考えてても仕方ない。
小町「小町もロッジに戻るね」
八幡「お、おお。分かった」
小町「……咲姉もまたね」
咲耶「ああ、またね」
元気はねえけど……しゃあねえか。
咲耶「なあ八幡……もしかして小町は、まだ私のことが嫌いなのか?」
八幡「……嫌ってるわけじゃねえって……苦手なだけだ」
八幡「小町も中三だし、いい加減自分の態度が良くないのは分かってる」
八幡「でも思ってることと行動が一致しづらいんだろう。もう少し待ってやってくれ」
咲耶「……そうか……すまないな、八幡にまで気を使わせてしまって」
八幡「……お前にはいつも助けて貰ってるしな」
咲耶「私は別に何もしてないが」
八幡「ああ、いいから。気にせんでいいって」
咲耶「よくわからないが、八幡がそう言うなら」
まあ納得できんだろうが、これ以上説明すると俺が恥ずか死ぬから言えん。
というか現時点で穴があったら入りたい。
……なんだよ、助けて貰ってるって。
由比ヶ浜じゃないが……キモイな俺。
[newpage]
【咲耶side】
互いの自己紹介が終わり、しばらくすると小学生は夕食を作り始めることになったらしい。
私と砂羽さんも特にすることがなかったし、砂羽さんが「面白そう」と言い出しのもあって平塚先生に参加してもいいか確認に行くとOKが貰えた。
私たちは八幡たち高校生組同様、小学生のカレー作りの手伝いをすることに。
八幡のことをよく見ているようになったおかげで、八幡言うところのボッチとはどんな子かというのがわかるようになったからだろう。
私は、班から浮いてる小学生の女子に気づいた。
しかし私が直接行くのは憚られる。
以前、八幡から私は目立つということを聞いたことがあるからだ。
てっきり背の話かと思ったがどうやらそうじゃないらしく、私の存在そのものが目立つらしい。
私にはよくわからないが、八幡はこういったことで意味のない嘘はつかないことを知っているので心に留めていた。
だがどうしたものか。
そんなことを考えていると葉山と名乗っていた金髪の男子高校生が彼女に気づいた。
どうやら班の輪の中に入れたいみたいだ。
この行動がまずいことくらいは私にも分かったのですぐさま自分の携帯に文字を打ち込み、その場に向かう。
咲耶「葉山君、ちょっといいかな?」
隼人「なんだい? たしか……白瀬さんだったかな?」
咲耶「そうそう。君や君のグループの人間に少し聞きたいことがあってね」
そんなことを言いながらその少女を隠すようにして、後ろ手にサッと携帯を彼女に少々強引気味に渡す。
驚いているだろうが彼女が冷静に判断できる人間であることを願う。
……どうやらうまくいったみたいで私の携帯を見て、すぐさま周りにわからないようにその場を離れて目的の場所に向かってくれたようだ。
私もとりとめもない話で繋ぎつつ、うまくいったことを確認したのち適当なことを言ってその場を離れ目的の場所に。
目的の場所には八幡とさっきの少女がいた。
そう、私は携帯に八幡の場所を指示しておいた。
彼女が頭のいい子でよかったと思う。
ただ何故かその場に雪ノ下さんもいたが。
八幡「これ、咲耶が打ったのか?」
八幡が少女から携帯を受け取り、私に聞いてきた。
咲耶「ああ。彼女が聡い子で良かったよ」
八幡「たく。リア充なのにボッチの行動まで把握って。お前はホント完璧だな」
咲耶「前にも言ったが、そんなことはないよ。私にだって至らないところはある。いやむしろ多いほうだ」
つい八幡との会話に夢中になってしまう。
咲耶「っといけないいけない……私の名前は白瀬咲耶。君の名前を聞いてもいいかな?」
留美「……鶴見留美」
咲耶「さ、八幡も」
八幡「……比企谷八幡だ」
雪乃「……私は雪ノ下雪乃よ」
雪ノ下さんは自分から留美さんに名乗ってくれた。
留美「……さっきはありがとう。金髪の男の人に無理やり班の輪の中に入れられそうになって困ってたの」
咲耶「そうか。役に立てて何よりだよ」
留美「……みんなバカばっかなんだもん」
留美さんは高台のこの位置からカレーを作ってる場所を見下ろしながら呟く。
留美「……忘れるとこだった。携帯返すね」
そう言うと私の携帯を渡してくれた。
そこで由比ヶ浜さんがやってくる。
結衣「どうしたの?」
そこで雪ノ下さんが由比ヶ浜さんに事の経緯を話してくれた。
咲耶「もしも話したくないならいいんだが……いじめられてるの?」
私は単刀直入に聞くことにした。
時間などかけると小学生や高校生組に気づかれてしまうかもしれない。
留美「……無視するのが流行って……最初は違う子で私も無視してた……それで順番が私に回ってきただけ」
たどたどしくも話してくれた。
この内容から自分もいじめに加担していた時期があったことが伺える。
……悔いているのかもしれない、自分の行動を。
さっきから辛そうだが、助けてくれとは一言も言わない。
留美「……でも別にいい。中学になったら他から来た子と仲良くするから」
雪乃「……残念ながらそうはならないわ。何故なら他から来た子も今の子達と一緒になって同じことを繰り返すから」
それ聞いて由比ヶ浜さんは辛そうにする。
確かに可能性としてはある。
それに留美さんは頭の回転が速そうだから、調子のいいことを言ってもすぐに誤魔化しだと気づくかもしれない。
そうなると私たちの話など永遠に聞いてもらえなくなるかもしれない。
留美「はあ……ずっとこんなことが続くのかな……」
この子は今この世界に絶望しているのかもしれない。
八幡言うところの子どもの腐った王国という世界に。
咲耶「留美さんは……後悔してるの?」
留美「……うん、馬鹿なことしたって今は反省してる。もう二度としない」
咲耶「……それがわかっているだけでも、留美さんは他の子たちよりきっと前を向いてる」
留美「前を?」
咲耶「そう」
そこで八幡が切り出す。
八幡「……どうするつもりなんだ?」
留美「……わからない。でも無視した子には謝りたい」
八幡「……許してもらえないかもしれないぞ」
結衣「ちょっとヒッキー!」
留美「……かも……しれない。でも……このままだと、ずっと後悔しそうだから」
咲耶「……虐めてる子たちのことはどうするつもりなんだい?」
留美「……それもわからない。今更その子たちに何言っても無駄だと思うし……何より仲良くなんてもうなれないとおもう」
……そうかもしれないな。
八幡「……別にいいんじゃねえのか、そんな奴ら。こっちから切り捨てちまえばいい」
結衣「……で……でも、小学生の友達って大事じゃない?」
そこで八幡が計算式を立てて説明する。
(同じこと書くのが面倒なので気になる方は原作とかで確認を)
雪乃「……呆れた。仮定だけで証明をでっち上げるなんて」
結衣「でも1%だって考えると少しは気が楽かも……みんな仲良くってしんどい時もあるし」
由比ヶ浜さんが苦笑いしながら話す。
留美「でもお母さんは納得しない。友達と仲良くしてるか聞いてくるし、デジカメに撮ってきたらって渡すぐらいだし」
留美「……それにシカトされると自分が一番下だって感じて……惨めかな」
留美さんが俯く。
八幡「……惨めなのは嫌か?」
留美「……うん」
……八幡の様子がおかしい。何かを決断したような顔だ。
昔この顔をした後には八幡に良くないことが起こって、後悔したことがある。
あんな思いは二度としたくない。
咲耶「……八幡、危ないことを考えてるんじゃないか?」
八幡「なんだよ、危ないことって?」
咲耶「……とにかく一人で勝手に何かするのは駄目だ。相談してほしい。……私は八幡に傷ついて欲しくない」
八幡「俺は傷ついたりなんて…………」
私は八幡をじっと見つめる。
八幡「…………はあ、わかったっての。一人で勝手に行動しねえよ」
咲耶「……なら、いい」
留美さんのいじめ問題。今すぐ解決は難しい。
咲耶「……留美さん。君のことを私たちで相談することを許して貰えないだろうか?」
留美「え!? ……それってさっきの金髪の男の人とかも」
咲耶「……そうだね」
留美「……それは」
確かに嫌だろうね、今さっきあんなことがあったんだから。
でも私の予想だと彼は今後も同じ行動をとり続ける気がする。
留美さんを無理やり輪に入れようとするぐらいだ。
多分、問題の本質を理解してない可能性が高い。
なら話し合いではっきりとしたほうがいい。
そうすれば彼もむやみやたらに行動を起こしたりしないはずだ。
咲耶「私と八幡が君の傍にいるし、守ることを約束する」
八幡「お前勝手に……」
咲耶「頼むよ、八幡」
八幡をじっと見つめる。
八幡「……はあ、好きにしろ」
咲耶「……ありがとう八幡。どうかな、留美さん?」
留美「……わかった。でもちゃんと傍いてね、咲耶さん」
咲耶「もちろん」
留美「……八幡も」
八幡「……俺は呼び捨てかよ……まあ納得したし約束は守る」
咲耶「じゃあ、今日の夜にでも話し合いを設けるよ。その時に留美さんも呼ぶね」
留美「うん。……それと留美でいいよ」
咲耶「OK。じゃあ留美ちゃんで」
留美「……八幡も留美でいいから」
八幡「は!? ……はあぁ……ルミルミ。これでいいか?」
留美「……ルミルミってキモイよ……留美だから」
八幡「……キモイって言うな……はあぁ……留美な」
留美「うん」
咲耶「雪ノ下さんも由比ヶ浜さんもそれでいいかな?」
結衣「……うん。隼人君たちには私から伝えておくよ」
雪乃「……ええ、それで構わないわ。そうね、平塚先生には私から」
こうして留美ちゃんに関する話し合いが行われることになるのだが。
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表紙は桐野キョウスケさんから許可を頂いてイラストを使用しています。桐野キョウスケさん、ありがとうございます。<br />イラストURLは<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/68051830">illust/68051830</a></strong>です。<br /><br />不定期更新です。<br />白瀬咲耶のイラストを投稿小説の表紙もしくはアイコン用として随時探してます。商用には使用しません。もし使ってもいいイラストがあればご連絡下さい。宜しくお願い致します。<br /><br />咲耶は八幡と同学年とし、父子家庭ではなく母子家庭にしました。千葉の伯母は長谷川砂羽(さわ)で長女(未亡人)、咲耶の母親は華代(はなよ)で次女、八幡の母親は詠美(えいみ)で三女、東京の叔母は小和(こより)で四女となり、四姉妹になります。<br /><br />桐野キョウスケさんと読者の方々のおかげで[はっさく 第1話]が<br />・2018年09月10日付の[小説] 男子に人気ランキング 1 位に入りました!<br />・2018年09月10日付の[小説] デイリーランキング 43 位にも入りました!<br />・2018年09月11日付の[小説] 男子に人気ランキング 24 位に入りました!<br />・2018年09月11日付の[小説] デイリーランキング 37 位に入りました!<br />今まで書いてなかったんですけど、もしかしたら誰か気にしてる人もいるかもと思いなんとなく書いてみました。気分なんでいつも書くかどうかわかんないですけど。忘れなければ書くって感じで。<br /><br />俺ガイルとシャニマスのタグ効果って凄いんですね。桐野キョウスケさんのイラストもめちゃうまで相乗効果、半端ないです。<br /><br />最近は異常気象が続いてるせいか、気温がかなり変動してて風邪ひきそう。皆様もお気を付けください。
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2.はっさく 第2話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10121676#1
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玄関を開け、部屋に入るとエアコンがついており、四人が涼んでいた。
母「おかえりー」
雪母「おかえりなさいー」
おば「おかえりー」
結母「おかえり」
ここは皆で
皆「ただいま・・・」
そう答えるしかないのだから・・・
陽「って、なんで居るの?」
雪母「え?温泉に行って、ここで晩御飯食べて明日帰るからだけど?」
母「正確には、宴会して帰るが正解!」
おば「だって、夏だし」
結母「そうよねぇ~」
雪母「部屋も余ってるはずですし、なにか問題でも?」
八「食料が・・・」
雪母「大丈夫よ、食材持ってきたから」
おば「お酒も追加で購入してきたし」
母「それに、川崎さんの料理楽しめそうだったけどもね・・・まぁ、それは、おいおいかな?」
川「あの、初めまして。」
雪母「川崎さんよね、皆から話は聞いてますから、ご安心してください」
母「小町が体調崩した際に、来てもらって、里芋の煮っ転がし作ったのは聞いてるから」
おば「家庭料理が得意だって、優美子から聞いてるし」
川「はぁ・・・・」
ここで、川崎が軽い挨拶をしたが・・・
母ちゃんたちの目が、こちらに向いてきた。
母「でさ、八幡、今日の夕飯は?何にするつもりだったの?」
八「人数多いから、カレーにしようかと思ってた」
雪母「では、皆の分の食材を調理してもらえません?魚介よ?」
小「魚介って、小町、煮つけぐらいしか・・・」
川「まぁ、さばけますけど・・・」
八「食材って」
雪母「車に積んでありますから、一緒にきてください、八幡くんだけだと無理ですから」
陽「は?」
優「それじゃ、あーしらも行くし」
車に積まれていた発泡スチロール、4個を持ち別荘に戻ってきたのだが、これだけ有るが、なにが入っているのだろうか?
魚介にしては量が多いのだが・・・
雪母「では、こちらを」
そういいながら、箱を開けると・・・そこには・・
伊勢海老が・・・
伊勢海老?
うん、間違いじゃないのかよ?
伊勢海老が・・・もしかして、これ、箱全部?
雪母「あ、一箱は魚介ですから」
ままのん、俺の心を読まないでね?
その一箱を開けると・・
サザエにイカ・・・
鯵に海老が・・・
それに、た、タイ・・・
おいおい、これだけでも調理するのも・・・
雪母「伊勢海老は、一人一尾あたりますから」
陽「これさ、雪乃ちゃんがみたら発狂するよ?」
雪母「来なかったあの子が悪いのよ」
陽「まぁ、そうだね」
伊勢海老・・・・千葉か三重で最近では、漁獲量を争ってるが、ここはもう、千葉海老と名乗ってもいいんじゃね?
千葉、やっぱり、最高だな、うん。
母「でさ、これだけあるし、魚介で宴会できるでしょ?」
鯵か・・・やっぱり、新鮮な鯵なら、なめろうだよな・・・
でも、みょうがなんて買ってないしな・・・長ネギもそんなに多くは買ってない・・
タイは、刺身と煮つけもいいな・・・
ただ、伊勢海老どうするか・・・
刺身と焼きだよな・・思い切って・・・・いやいや、もったいないよな・・
半身にしてチーズとか乗せて・・・
後の海老とかさざえにアワビそれにイカ・・・
刺身もいいし・・・・
うがーーーーーーーーーーーーーーー
食材多すぎる・・・
川「あんたさ、なに悩んでるの?」
八「食材多過ぎて、作れるものが・・・」
川「鯵とイカなんだけど?フライは?」
八「アジフライ・・・思いつかなかった」
川「あとさ、海老もフライにできるじゃん」
八「ただ、生でもイケるからな・・・」
川「なに?食材も多いし、出来るもので我慢すればいいじゃん」
八「でもな、なんか、作ってみたくならないか?」
川「た、確かにこれだけ食材使っていいなんて言われたら・・」
雪母「お二人ともどうされました?」
八「食材の買い足ししたくなったんですよ」
雪母「なら、行きましょうか?買い出しに?」
川「あんた、行ってきなよ、あたしが、下準備しておくからさ」
おば「あ、あーしもやるから」
母「一応、あんたの先生だからね」
雪母「では、足りない食材を買いにいきましょうか?」
八「はぁ、すみません」
川「でも、何にするのさ?」
八「せっかくだし、なめろう作りたいから、食材買いにいくから、鯵は三枚におろして皮はいでおいて」
小「小町は?」
八「今日は、川崎に腕を振るってもらおうか?」
小「お米どうするの?」
八「あ、香辛料の中にサフランあるから、それで簡単にパエリアを炊飯器で作れるから、俺の荷物から香辛料出してやっておいてくれ」
小「ネット見ながらやってみるね」
川「とっておきのサカナ料理、作っておくからな!」
雪母「では、八幡くん行きましょうか?」
八「お願いします」
陽「お母さん、もしかして、あれで行くの?」
雪母「偶には動かさないといけないですから」
母「なんか言ってた車?」
雪母「ガレージに行ってますので」
そう言いながら、ままのんが先に出ていった。
俺は、買うのもリストを書き終えてガレージに向かうと
スゴイ音がしてきた。
※母「なんか、凄い音してるんだげど?はるのちゃん」
※陽「あー、あの車だと思いますから気にしないでください」
※おば「それにしては、凄い音だし」
※陽「かなり、前の車みたいですから」
※母「どれぐらい前の車なのよ?」
※陽「私が生まれてからあるらしいですよ」
※おば「時の流れを示すものに逆らっては勝てんからな・・・」
※母「最低でも18年ぐらい前の車だねー」
※陽「いつも、千葉の日産にしか持っていかないとか言ってましたから」
※母「それって・・・・」
※陽「スカインラインって言ってましたよ。」
※母「ねぇ、それってさ・・・」
※おば「青色のスカイライン‥‥!?」
※陽「たしか、それの後ろに何か色々と言葉がついてましたよ?なんだが、最終型の限定なのよって」
※おば「・・・・それって、ニュルとかいわない?」
※陽「そんな感じだったかな?」
※陽「元々は、父が大事にしていたのですが・・・」
※母「・・・・さすがだわ・・・それ、ほぼ乗ってないのでしょ?」
※陽「最初は投資目的だとか、なんとか・・・」
※おば「それを普通に乗るの・・・」
※陽「お母さん、これ、速いから良いわねって言って乗ってますから、偶に」
ままのんが運手席から、助手席の窓を下げて
雪母「八幡くん、助手席に乗りなさい」
そう言われ、乗り込んだが・・・この車、異様に椅子が低いんですが・・・
それに、椅子が倒れない、リクライニングしない・・・
雪母「きちんとシートベルトをしてくださいね」
俺とままのんは別荘を後にした・・・
それにしては、この車、異様に速いんですが?
それも、ままのん・・・左腕でギア?動かしてスピード上げていくんだもの。
お供で来てるが、この車の異様さが半端ないんですが・・・
それに、ままのん、ドライビング用のサングラスしてるし、なんですか?それ、右のサングラスの上に小さい文字で書かれているのが見えないが、専用なんだろうな・・・
雪母「イオンには、すぐに着きますから」
八「はぁ」
雪母「どうしましたか?」
八「ままのん、これも乗ってるんですね?」
雪母「ええ、偶に動かす程度ですが?」
八「前に、陽乃さんが言っていたことがなんとなくわかりました」
雪母「なにか、言ってましたか?陽乃」
八「ゴールド免許ではないと・・・」
雪母「あの子は・・・」
八「この車、あんまり見かけませんよね?」
雪母「そうでしょうね、もう昔の車ですから」
八「そんな昔の車なのに速いんですが・・・」
雪母「一応、限定車の最終型ですよ、スピードーメーターも300キロ表示ですから」
八「凄いですね」
雪母「旦那が、投資目的とか言って買いましたが、もったいないので、わたくしが偶に乗ることにしたんですよ」
イオンに着き、助手席から降りると結構な頻度でままのんの車を見て行く人がいるのだが・・・
歩いていく人の声が聞こえたのだが・・
×「うわぁ、綺麗にしてる」
×「でもさ、乗ってきた人、女性だよ?」
×「案外、零奈なんてなまえだったりして」
×「それさ、BNR32だから」
×「実写版は、BNR34だから」
そんな事を言っていた声がしたが、なんのことだろう?
ままのんは、サクサクと前を歩いていくのだが、買い物リストは俺が持っているのですが?
雪母「八幡くん、何を買っていくのかしら?」
八「リストの物以外は、買いませんから」
雪母「せめて、本わさびを」
八「まぁ、それ位はいいですが、お酒は買いませんからね」
雪母「ええ、わかっていますから」
八「ところで、冷蔵庫に入っていたお酒類の事ですが?」
雪母「ええ、それが何か?」
八「今回、始めからここに来る気だったのかと?」
雪母「そうですね、これればと思っておりました」
八「それなら、前もって行くかもと伝えておいてくれても良かったんじゃ?」
雪母「それでは、面白味はありませんから」
八「面白いからかー!」
雪母「ええ、まぁ、ホントの事を言えば、仕事が終わらないと来れませんでしたから、微妙な所ですね」
八「ですよねー」
雪母「それが第一条件でしたので」
八「さすが、愚痴を言いながらも終わらせてきたと?」
雪母「それは、もう」
八「負けました。今日は存分にお楽しみください」
雪母「あとですね、たぶん、これから帰ってもあんまり仕事はないでしょうから?」
八「はい?」
雪母「それはもう、今回は専業主婦と主婦がかなり腕前を披露することでしょう。」
八「それって・・・」
雪母「いつも、八幡くんに手柄を取られて悔しい思いをしてますから、あの二人が」
八「それって・・・」
雪母「ひとまず、買い物を済ませて戻りますよ」
そういわれ、俺とままのんは買い物を済ませ店を出た。
来た時と同じ、あの車に乗って戻るのだが・・・
ここで、陽乃さんが言っていたことが本当だったと実感した。
なんで、こんな場所でスピードだすの?
なんで、そのスピードで曲がれるの?
なんか、一瞬、車体が横に向いてるんですが?
これ、何処のマリカー?
ゲーム内じゃないんですから・・・・
もう、すぐに別荘に帰って来れたんだが・・・
ままのん、運転お上手でした・・・
別荘に着いたのだが、ままのん、車をガレージに入れるからと俺だけ、先に降ろされ中に入ると・・・
油ものの匂いがしてきた。
陽「おかえりー」
優「おかえり」
小「おかえり」
結「おかえり」
母「おかえり、はやく、エプロンつけて作りな!なめろうを」
そう言われたのだが・・・テーブルには既にいくつかの料理が出来ていた。
それも、メイン料理まで・・・
川「おかえり」
おば「おかえり」
結母「おかえりぇ~」
八「た、ただいま・・・って、どうなってるの?」
川「あんたさ、帰ってくるまでに・・あんたのお母さんたち・・・作り始めて・・」
八「やるな、母ちゃん・・・・」
小「久しぶりにお母さんの包丁さばき見たよ」
母「主婦冥利に尽きるッ!」
優「ママ、流石だったし」
結「ママ、やっぱり料理上手だなぁー」
おば「いやぁー、いつもはちくんに作らせてるから、偶にはね」
結母「そうですよねぇ~、エプロン持って行っても作ることないですからねぇ~」
母「ほら、あんたも、なめろう作るんだろう?もう、三枚におろしてあるから作りな」
ほぼ、母ちゃんたちに食材やらなんやら、使われていたが・・・
川「あたし、ほぼ出番無かったよ・・・」
小「小町もほぼ無かったよ」
折「あたしも・・・」
陽「いやぁ~、比企谷家の料理上手はここが基本なんだと思い知ったね」
母「一応、わたしが教えたからねー」
小「伊勢海老、真っ二つにして、チーズ焼きにするとか・・・どんだけ、贅沢なのかと思ったよ」
川「揚げ物なんて、サクサクと作られたし」
そんな話を聞きながら、俺は、三枚におろしてあった鯵でなめろうを作っていた。
優「それにしては、スペシャル食材が伊勢海老なんて、贅沢だし、それも一人一尾なんて・・・」
折「それあるー!」
川「あたし、こんな贅沢していいのかな?」
陽「刺身もあるしねー」
買ってきた、長ねぎとみょうがをみじん切りにして、ショウガをすりおろしてから、先程の鯵を細かくみじん切り?いや切り刻み・・・粘り気が出るまで包丁でひたすら刻んでいた。
そこに、
雪母「ただいま、おそくなったわね」
母「おかえり、車しまって来たの?」
雪母「ええ、一応は」
母「言われたとおりにしておいたわよ」
雪母「子供たちもビックリしたでしょうね?」
おば「ようやく、腕の見せ所だったし」
結母「そうよねぇ~主婦力の見せ所だものねぇ~」
そう、俺が考えていた、フライモノや刺身、それに鍋の中には煮つけが出来ており・・・
小「おにいちゃんのカバンからサフラン出しておいたら、お母さんが炊飯器に入れて作ってたよ、後数分で出来上がるとおもうよ、簡単パエリア作ってたよ」
俺の出番・・・もしかして、なめろう作りで終了なのか・・・それか、お酒をつぐだけかもしれんな・・
でも、この短時間で母ちゃんたちどんだけ料理したんだよ?
それも、この別荘の台所、かなり片付いてるし・・・
煮つけ以外に、カレー用に買ってきていたジャガイモとニンジンが、イカと一緒に煮て一品になってるし・・・
もろ、家庭料理と和食が揃ってるし、そこに伊勢海老のチーズ焼きまで・・・
シンプルに伊勢海老を食べつくすのだろうなー
たぶん、俺のなめろうは母ちゃんたちの酒のつまみになるんだと思う。
鯵ももったいないからか?骨も揚げて骨せんべいになってるし・・・
母ちゃんたちの主婦力に負けたと思い知らされた・・・
そんな事を思いながら、なめろうは出来上がった。
八「なめろう、出来たよ」
雪母「いつもと、同じような場所に座りましょうか?」
そう言われ、台所にあるダイニングテーブルに俺たち子供たちが座り、母ちゃんたちはソファー側に座るようだ。
それぞれに、料理を小町や折本達が運ぶ、俺は、使っていた調理器具を洗っていた。
川崎が、鍋に、煮てあったタイを盛り付けていた。
川「これだけでも、凄い量だね」
小「ですよねー、それ以外にもかなりの魚介ですから」
川「ウチなら、これだけで、夕飯になるレベルだよ」
優「それは、うちもだし」
結「だよねー」
陽「今日は、結構遊んだし、いっぱい食べないといけないよ?」
結「そうですよねー、ご飯もパエリアですからねー」
川崎が、皿に盛りつけたものを両方のテーブルに分けておいた
優「今日のお昼ごはんが少なくて良かったし」
陽「そうだね」
優「ハチ、どうしたし?」
八「いや、俺の出番なしだったなと・・・」
おば「偶には、あーしたちが作らないといけないっしょ?」
結母「いつも、まかせてるからねー、でも、次はお願いするわぁ~」
八「うっす」
雪母「じゃ、夏で楽しく遊んだことでしょうから、存分にいただきましょう」
皆「いただきます」
母ちゃんたちのテーブルには・・・桶があるのだが・・・
そこに、ちいさな小瓶とあれは・・・おちょこか?
たぶん、桶に氷と水を入れて冷やしているんだろうな?
優「これ、むちゃ美味しいんだけど?」
陽「このサイズの伊勢海老をチーズ焼きなんて・・・」
折「タイのお刺身美味しいー」
結「パエリア、こんなに簡単に出来るんだ・・・」
小「煮つけ美味しいですよ、それに、イカとじゃがいもとニンジンの煮もの」
川「この煮物、うちでもやってみよう、こんな感じにイカが柔らかいならけーちゃん喜ぶだろうし」
それぞれ感想を言い合ってるが
あちらのテーブルでは・・・
母「いやぁー、魚の鮮度がイイから刺身美味しいよね」
おば「それもそうだけど、このフライ、ビールに合うよ」
雪母「タルタルソースが欲しくなるわね」
結母「ソースでも十分でしょう~!ビールに合うわぁー」
母「タマゴあったよね?」
おば「あったよ」
母「ちょい、作ってくる」
そういいながら、缶ビール片手に、台所に向かっていった
俺は、気になりその行動を見ていた。
もちろん、料理を美味しく頂いていた。
刺身は、身がぷりぷりしており、サザエは壺焼きにしてあるから、取るのが大変だが、旨いこと旨いこと。
で、母ちゃんが鍋に水をいれ、卵投入して鍋に火をかけていた、その近くにあったボールに・・・
冷蔵庫からだしたドレッシングを投入していた。
あ、簡単に作るのね。
もちろん、マヨネーズも入れて・・・
塩と胡椒も投入していた。
ビールを飲み飲み調理をしているのだが、台所は暑いようで、飲み終えた缶ビールの替わりを冷蔵庫から出してまた飲み始めた。
母「やっぱり、台所は暑いねー」
それにしては、このイカとジャガイモとニンジンの煮もの・・・これ、いつもだとホタテとだったよな・・・
こう、すぐにアレンジが効くのが主婦なんだろうな・・・
料理に感心しているといつのまにか、母ちゃんが作りおえたようで、
母「ほら、こっちにも置いて行くから」
そういい、簡単タルタルソースを置いていった。
おば「ねぇーちゃん、作り終えたの頂戴」
母「はいよ」
おば「くー、酸味が効いてるねー」
母「あー適当に作ったからねー」
ままのんもそれを使いフライを食していた
雪母「あー、フライに合うわねー、それにビールにも」
母「そう?」
なんかあちらのテーブルは、珍しく静かに飲んでるなー
結母「はぁ~、砂風呂で流した汗、このビールが身体に浸み込んでいくわねぇ~」
雪母「あの姿、撮っておきたかったわね」
陽「こっちも、ガハマちゃん砂に埋もれていたよー」
結母「あらぁ~結衣も埋もれていたのぉ~」
優「結衣、砂から出れなかったし」
おば「こっちも同じだよ」
母「今日、飲んでるけども酔いがまわってこないよね?」
おば「いや、酔いはまわってるけど、気持ちのいい酔いかたなんだし」
結母「そうねぇ~、すーっとビールが身体に入って行く感じだものねぇ~」
雪母「いつもより、食べているからかしら?」
母「それもあるだろうし、いつもと場所が違うからじゃないの?」
雪母「あー、そういうのもあるかもしれないわね」
おば「ビールしか飲んでないから?」
母「確かに、お酒のチャンポンしてないね」
あちらのテーブル、いつもよりも静かだ・・・
反対にこちら側が・・・
優「タルタルで食べる鯵のフライ、ムチャクチャ美味しいし」
小「鯵のフライにもあうし、海老のフライにも最高」
陽「ここで、主婦力見せつけられたねー」
川「確かに、さっと作って出すの所なんて、主婦らしいところだね」
折「でもさ、比企谷もさっとつまみ作って持って行くんじゃないの?」
陽「あー、そんなときあったねー」
優「それは、ハチだからだし」
小「おにいちゃんもすっと追加作ってだしますからねー」
優「やっぱり、ハチは渡せない・・・」
陽「なんで、その話をここで持ち出すかなー」
優「やっぱりダメだし・・・」
結「まぁまぁ、優美子もその話は、又に・・・ね」
川「そうそう、ここは料理たのしむ方がイイからさ」
八「なんの話だよ?」
陽「あー、まー、うん、ハチくんは気にしなくていいから」
優「ぃゃなんだもん・・・」
折「後で、また、話しよう、この2泊3日は忘れてさ」
陽「ただし、その後はね・・・」
川「陽乃さんの気持ちもわかるけどさ、ひとまずここは・・・」
なにがあったのか・・・・海の家でも何かあったようだったが・・・なんだろうか?
陽「でもさ、優美子ちゃんとかおりちゃんだけ、安全策使ってるのズルいと思うんだけど?」
優「だって・・・・」
折「そんなこと言われても・・・・」
陽「写メ撮ってそれで、男除けするのズルいよー」
川「陽乃さんの言うことはなんとなくわかるけどさ」
結「それは、ヒッキーから許可出てるからだろうし」
陽「それなら、私だって使いたいよ!面倒なんだよ?男?」
優「それはわかるし」
折「うん、うん」
陽「なら、私にも使わせてよぉー」
優「なら、直接ハチに聞けばいいし、今、目の前に居るんだし、ハチならイヤならイヤって言うだろうし・・・」
八「さっきからなんの話をしてるんだよ?」
優「陽乃さんが、あーしとかおりが持ってるハチとのツーショット見てズルいって言うし」
折「で、男除けにそれを見せて使ってるのがズルいってさ」
優「守ってみせるって言ったろ・・・・」
陽「だ・か・ら・ね?ハチくん、私ともツーショットを撮って、男除けに使わせてもらいたいなー、と?」
八「まぁ、優美子は昔からだし、折本は学校違うからイイかと思ってなんですけど・・・」
陽「ほら、私も学校、それも高校と大学じゃ全然違うから、使えるじゃん!」
陽「だから、ねぇ~、ハチくん、男除けになってよー」
八「弟と間違えられません?」
陽「あー、そんなこと言うんだー」
陽「それに、姉妹と言ってるから大丈夫だよー」
優「もう面倒だし、ハチ後で、ツーショット撮って、陽乃さんの男除けしてやればいいし・・・・なんか、納得いかないし・・・」
陽「一応、優美子ちゃんから許可出たし、後で、ツーショット撮るからねー」
八「はいはい、わかりましたよ」
※「これさ、陽乃さんもなのかな・・・アドバンテージが無くなりそうなんだけど・・・幼馴染の・・・・ウケないよ」
※「ハチは、あーしの片割れなんだし・・・・・・」
※「優美子・・・ヒッキーの事、男の子として好きなんだろうなー、でも、好きな気持ちはあたしも同じなんだよね・・・」
※「たぶん、優美子ちゃん・・・ハチくんの事、姉弟としてじゃなく、男の子として好きなんだろうなー、ここは強引にでもハチくんとの距離詰めておかないとマズイよね」
なんか、某4人が目で話をしているようにしか見えんのだが・・・
※優「ハチのとなりにあーし以外の誰かがいるの・・・・想像つかないし・・・」
※優「前に、ハチが言ってたし・・・」
なんか、こいつら静かに食べてるが・・・まぁ、気にしないでおくか。
こっちよりもあっちだよな・・・
母「なんかさ、あっちのテーブルもめてたけど?」
おば「そうみたいだね」
雪母「陽乃なにかしたのかしら?」
結母「もう、あっちの事は気にしない方がいいわよぉ~、あー、ビールが美味しいわぁ~」
母「それにしては、今日のお酒はイイお酒だねー」
雪母「まぁ、場所が違うからでしょうね」
おば「それでも、中々酔えないのがねぇ~」
母「それなら、速め目に切り上げてゆっくり部屋飲みすればいいんじゃないの?」
おば「あー乾きものもあるしね」
雪母「それも良いわね」
結母「ここも片づければ楽でしょうからねぇ~」
おば「じゃ、そうする?」
母「たまには、子供たちを早めに解放してあげようか?」
雪母「そうね」
なんか、母ちゃんたちがあちらのテーブルを片づけ始めたのだが・・・なんだ?
母「はいはい、注目、あたしら、もう、部屋に行くから後頼んだよ?」
はいぃ?今日はこれでお仕舞いして良いのか?
俺たちの方もほぼ食事は終わってるし、残りも無いしな・・・・
母「んじゃ、後はよろしく」
母ちゃんたちが、お酒を持ち、ビニール袋にいれたつまみを持ち部屋を出て行った。
優「これさ、ここを片づければ早く眠れるってことじゃん?」
陽「もう、食事も食べ終えた事だし、片づけしちゃわない?」
八「ですね?俺もそれには同意します。」
小「こんなに早くお母さんたちが解放してくれるなんて・・・・」
結「ママが酔っ払いにならなくてよかったー」
川「なら、とっとと、ここの片づけしちゃおうか」
みな、ここの片づけを始めた。
人数は多い分、洗物が多い、ただ、それだけ、後は何も作らなくてもイイなんて、嬉しい限りだ。
洗物を率先して川崎が始めてくれたようだ。
それに、小町も隣に立ちやっている。
陽「なら、わたし、お風呂やってくるから」
そう言い、陽乃さんがここから出ていった。
そういえば、ここのお風呂ってどうなってるのか気になりついて行く事にしたのだが・・・
ここの風呂どんだけデカいの?
旅館なの?
これってさ、帰る時には、ここの掃除しないといけないんだろうな・・・
陽「ここのお風呂なら、二・三人は一緒に入れるよ?ハチくんも一緒に入る?」
そうからかってきたので、
八「最後にゆっくり入らしてもらいます、一人で!」
陽「なんだ、つまんないのー」
八「女の子がそう言う事言わないでくださいね?」
軽くこのお風呂場を掃除してから、お湯を陽乃さんが張り始めた
陽「さて、みんなの所に戻る前に、ハチくんさっきの約束、覚えてる?」
八「あー、ツーショット撮らせるってヤツですか?」
陽「そうそう、ここで、撮っちゃおうか?」
八「まぁ、なんでもイイですよ・・・」
陽「なら、そこに居てよ」
そう言われ、お風呂場が写るように、ツーショットを何枚か撮られた」
陽「うん、いい感じいい感じ!」
これで、いいのだろうかと思ったがそのまま気にしないでいた。
戻ってみると、もう、片づけも終えて、みなのんびりしていた。
使った食器類もきちんと棚に戻され、皆飲み物をのんでいたのだが・・・・
優「ハチ、お風呂見て来たんでしょ?どうだったし?」
八「デカい・・・」
陽「二人や三人ぐらいなら一緒に入れるからね!」
そんな話をしていると
優「後どれぐらいで入れるし?」
陽「あと、40分ぐらいかな~」
優「やっぱり、シャワーよりもキチンとお風呂に浸かりたいし」
結「あー、確かにそうだよね~」
陽「でもさ、ガハマちゃんと小町ちゃん・・・大丈夫?」
川「そうそう、日焼け止め塗るの忘れていたもんね」
小「小町は大丈夫ですよ、たぶん」
陽「でもさ、肩口見たけど日焼けしてたよねー」
優「結衣もそうだし」
結「そうかな~」
そういいながら、二人とも自分のTシャツめくるのはヤメテね・・・
優「あー、ハチ・・・何二人の事、見てるし・・・」
八「しょうがないだろう、日焼けしてるかどうかの話なんだから?」
陽「一応、ハチくんも男の子だもんねー」
そう陽乃さんが言うと俺の事を皆が見てくるのだが・・・・
優「まぁ、ハチもおとこだし・・・」
折「だよねー」
八「みんなで俺を否定するのか」
俺だけ言われるのは、当たり前だよな、男だもん・・・
八「ところで、明日はどうするんですか?」
陽「明日は、テニスコートでテニスやるよ、もちろん予約も済んでるし、ラケットの貸し出しもしてるところだから、みんなでやれるからさ~」
優「明日・・・陽乃さんに勝つ・・・・」
優「あーしは陽乃さんに勝ちたい」
陽「今度も勝つつもりだから」
折「比企谷、またラリーしようね」
八「そうだな」
小「温泉はいつ行くんですか?」
陽「明日、テニスの後にいくつもりなんだけど?」
川「テニスの汗を流すって感じでいいのかな?」
陽「そう、そういうこと」
八「なら、今日はとっと休んだ方が楽ですね」
陽「だから、お風呂をやりにいったんだよ!」
八「納得しました」
まぁ、母ちゃんたちが風呂に入るかは知らんけれども、ゆっくりと風呂はさせてもらうかな?
やっぱり朝が早かったせいで眠いしな。
八「小町、おれ、部屋に行ってるからお風呂の順番きたらおしえて」
小「はいよー」
先に部屋に戻らしてもらった、俺が一人で使っていいらしいので、ゆっくりできるな・・・・
部屋に戻り、ベッドに倒れこむといつの間にか寝てしまった・・・・・
小「おにいちゃん・・・・寝てるし・・・風呂イイよ」
小町に起こされて、風呂に入ったのだが、一人だと凄く広いよな・・この風呂場、帰る時の掃除大変そうだな・・・。
そういえば、親父のヤツきちんとカマクラの水と餌与えているよな・・・・
風呂から上がり、ベッドにもぐりこむとすぐに眠気が襲ってきたようで、寝てしまった。
いつもと違うベッドだから、一度目が覚めたのだが・・・
もう一つのベッドから寝息が聞こえていたような気がしたが・・・眠さに負け寝てしまった。
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とうとう、一日目が終わった・・・あと、二日もあるのか・・<br />母ちゃんたち、流石だったな・・・
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40話 シュフリョク
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10122122#1
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『みんながいるから大丈夫』
みんなの中にあなたがいたから大丈夫だったんだね
やっと気が付いたよ
※シリーズ再編しました。[[jumpuri:キャプション >https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10122283]]必読です。
[newpage]
この日の私の体調は最悪だった
腰が痛くて全身が気だるい。理由は押して図るべしだ
隙を見て医局のソファーで脱力すると、すかさず当直明けの緋山先生が声をかけてきた
「ずいぶんだるそうだね。昨日そんなにお楽しみだったの?田中先生と」
デスクに向かって作業をしている男2人の意識がこちらに向くのがはっきりわかった
「ちがっ…!
誤解されるようなこと言わないでよ」
慌てて否定するが、藍沢先生は無関心なフリして聞き耳立ててるに違いないし、藤川先生はにやにやしながら会話に入ってくるタイミングを伺ってるに決まってる
「…お酒飲み過ぎたみたいで覚えてない」
「んで?朝起きたら田中先生とホテルにいた?」
「緋山先生!!」
「なんだなんだ、白石。男できたのか?」
とうとう我慢できなくなった藤川先生がマッサージグッズを片手に近づいてきた
「もーほんとに。そんなんじゃないから!」
勢いよく振り返ると、藤川先生の向こうからこちらを見ていた藍沢先生と目が合ってしまった
「っ!!」
昨晩のことが脳裏を巡り、思わず言葉に詰まる
あんな風に求めたのも初めてだったし、あんなにも満たされたのも初めてだった
けれど、その幸福を噛み締めることは許されないのだ
だって私たちはただの『仲間』なのだから
藍沢先生は視線を泳がせ、持っていたペンを器用に一回転させると、何も言わずに作業へ戻った
その間も言いたい放題を続ける2人にとうとう我慢の限界がやってきて、「いい加減にして!」と音を立てて立ち上がり、私は医局を後にした[newpage]
「救命バカの白石に男かー。信じられないよなぁ…」
「………」
「緋山も何だかんだで緒方さんと付き合ってるみたいだし、真の救命バカは一人になっちまったなぁ」
白車の到着を初療室の入口で待っていると、藤川が隣でぶつぶつと呟き始めた
冴島と籍を入れてからというもの、この手の話題については何かと先輩面をするようになった
チラチラと見上げてくるところが余計にうざったい
相手にするのもバカバカしくて無視を続けていたが、藤川は俺の正面に回り満面の笑みで「何かあったら相談乗るからな」とおかまいなしの様子だ
はぁっと一つため息をつき、頭を垂れた時、白車のサイレンの音が遠くから聞こえてきた
「どけ」
俺の目の前に立ちはだかったままの藤川に言い放つと姿を現した白車に駆け寄った
**
先ほど搬送された患者さんをICUへ運んだ後、初療室へと戻る廊下で藍沢先生の姿を見かけた
誰かに呼ばれたのか、彼は立ち止まり廊下の奥へと消えていった
彼が曲がったはずの角を通り過ぎようとした時、震える声が聞こえた
「あのっ藍沢先生…」
この時、咄嗟に立ち止まらなければよかった
そのまま通り過ぎることもできず、私は物陰に隠れることになってしまった
「藍沢先生がトロントに行く前に、どうしても伝えたくて…」
彼を呼び止めたのは他の科の看護師のようだった
か細い声で一生懸命に言葉を繋ぐその子は、私から見てもとてもかわいらしかった
「脳外科で一緒だった時からずっと憧れていました。私、藍沢先生のことが…「それで?」
ため息混じりに彼女の言葉を遮り、放たれた言葉に彼女が目を丸くした
「俺はもうすぐここを離れる。君と新しい関係になることはできない」
「わ、わかってます。だから、思いだけでも伝えたくて…」
「そうか」
それだけ言うと、藍沢先生はその場を去ろうと一歩踏み出した
それでも彼女は続けた
「いらないです、付き合うとかそういうのは
だから、思い出をください」
グッと藍沢先生に力が入り、ゆっくりと彼女を振り返った
恐かった
藍沢先生が何と答えるのか
それにその答えを聞いたところで、私は何もできないし、何も言えない
私は拳を握りしめ、震える足を何とか動かしてそっとその場を後にした[newpage]
もう何もかもなんだってどうだっていい
そんな時に来るのはやっぱりここだった
「ちょっと。そんな飲み方してたら、ブスに磨きがかかっちゃうわよ!」
「うるっさいなぁ…おかわり!」
右腕で頬杖をつき、ぷいとそっぽを向くと、一気にジントニックを飲み干して空のグラスを恒夫に差し出した
おかわりを待っている間、頬杖をつくことさえ気怠くなって、カウンターに頭を乗せる
藍沢先生が退勤後に誰と何をするのか見たくなくて、雑務もほどほどに医局を飛び出した
そうしてめぐり愛に来て、かれこれ2時間が経とうとしていた
「いらっしゃ~い!ダーリン」
恒夫のひときわ高い声が聞こえたような気がしたけれど、それにいちいち反応する気にもならない
私のお酒どうなったのよ…と心の中で毒づく
「今日はとんでもないドブスがカウンターいるのよ。あっちの席にする?」
「いや、ここでいい」
ギッと椅子を引く音が近くでしたので、体は起こさず顔だけを右に向けた
まさかその人がいると思わず、驚いて目を見開いた
椅子一つ空けて座っていたのは藍沢先生だった
彼はチラと私のことを見て、すぐに正面に視線を戻し指を擦り合わせ始めた
「まったく。昨日とは逆ね
耕作、昨日は大丈夫だったの?」
恒夫がお酒を作りながら、話しかけてきた
「……酔ってたからな、覚えていない」
「あらーそうだったの。あまり飲んでなかったのにね
あんた、ちゃんと耕作のこと介抱したんでしょうね」
「…私も、覚えてない」
彼にならって私も答えた
「あらららら。あらららら。事故にならなくてよかったわよー」
事故、か
ある意味あれは事故だったのかもしれない
恋人でもない私たちがお互いを求め合うなんて、偶然が重なっただけのこと
意味を考えても仕方がないのだ
ぼーっとしていると「何だ」と藍沢先生に声をかけられた
結果的にじっと見つめていたみたいだ
「べつにー」
今度は両手で頬杖をつき、開き直ってじっと見つめることにした
それに気づきながら、今度は私に構うことなくグラスの氷をカラカラと揺らして恒夫に追加のオーダーをした
恒夫が藍沢先生に新しいグラスを渡すのを目で追いながら、頭では別のことを考えていた
私がめぐり愛にいた間、何してたんだろう
仕事?
勉強?
それとも…
「今日話してた子、脳外科のナース?」
ぼんやりと眺めていただけのはずだったのに、気が付いたら話しかけていた
しかも今一番、藍沢先生に答えて欲しくないことを
「聞いていたのか」
「あ、たまたまね。その…途中までしか聞いてないけど」
聞いていたことを知られた気まずさに加え、答えを聞きたくなくて思わず早口になる
「昔は」
「え?」
「断るのも面倒で、断る理由も特になかった」
擦り合わせている指を見つめながら彼は話を始めた
「だが、今は断る理由ができた」
そう言ってこちらを見たまなざしがあまりに真剣で鼓動が跳ねた
『俺はもうすぐここを離れる』
昼間、彼女に向かって言っていたことを思い返す
「そっか…そうだよね。もうすぐトロントだもんね」
自分自身に言い聞かせるように小さく呟いた
もうすぐ藍沢先生がいなくなる。それに慣れなきゃいけないんだ
「大丈夫だよ。フェローも成長してる」
いきなり変わった話題に彼は合点がいかない様子で眉を寄せている
「きっと大変なことも辛いこともあると思うけど、みんながいるから
だから何も心配しないでトロントへ行って」
「何を急に…」
何度も挫けそうになったけれど、ここまで走り続けることができたのは、みんながいたからだ
黒田先生の事故の時
お父さんの乗った飛行機が墜落した時
藤川先生が崩落に巻き込まれた時
ううん
違う
みんなじゃない
激しい雨の降るヘリポートで
誰もが絶望を覚えた体育館で
不安で押し潰されそうになった駅のコンコースで
いつだって側にいてくれたのは、藍沢先生だった
それに気が付いた時、一気に涙が溢れだした
「白石?」
いきなり泣き出した私に藍沢先生が焦った声を出す
「ごめん」
親指でゴシゴシと涙を拭い、カバンに手をかけ立ち上がった
「白石!!」
名前を呼ばれたけれど、ごめんともう一度小さく呟くと、脇目もふらず走り出し、店を後にした
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劇場版コードブルーのストーリーを妄想を織り混ぜて書いています。ネタバレとかそういうのちょっと…という方はお引き返しください。<br /><br />また、前シリーズを再編しています。<br />・コードブルー ウラ3rd→3rd seasonの妄想駄文<br /> <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/series/900798">novel/series/900798</a></strong><br /><br />・コードブルー アフター3rd→3rd season最終回後の妄想駄文<br /> <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/series/918677">novel/series/918677</a></strong><br /><br />・コードブルー アナザー3rd→アフター3rd後半ストーリーを別シリーズにしました<br /> <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/series/1018182">novel/series/1018182</a></strong><br /><br />ウラmovieはアフター3rd『謀』の続きのお話です。<br />アナザー3rdは妄想全開で書きましたが、ウラmovieは劇場版に繋げた展開にできればな、と思っています。<br /><br />みなさま、よろしければ今後も是非お付き合いください。<br /><br />おかめいんこ
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心のよりどころ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10122283#1
| true |
俺達は別荘の外にいる。
絵里「それじゃあ、三つのグループに分けるわね。まずは穂乃果、ことり、花陽。」
穂乃果・ことり・花陽「「「うん」」」
絵里「海未、希、凛。」
海未「はい。」
希・凛「「は~い。」」
絵里「そして、私、にこ、真姫。」
真姫「了解。」
にこ「わかった。」
紘汰「で、俺らはさっきくじ引きで、決まったように。」
八幡「紘汰が穂乃果達に付いて。」
渡「ハチとタケル君が絵里ちゃん達に付いて。」
タケル「渡さんと良太郎さんが凛ちゃん達に付いと。」
絵里「えぇ。それじゃあ、解散。」
どうして三つグループに分けることになったのかは数分前に遡る。穂乃果の悲鳴を聞き何事かと思い穂乃果の所に行ったら海未、ことり、真姫の三人が居なくなっていることが分かりすぐさま探そうとしたが以外にも近くにいて三人に話を聞いたら地区予選突破のプレッシャーでスランプになってしまった。それならみんなで何とかしようと海未・ことり・真姫を中心に三つのグループに分けることにした。
[newpage]
穂乃果・ことり・花陽・紘汰側
穂乃果「💤」
ことり「💤」
花陽「💤」
紘汰「💤」
……………………お昼寝中。
[newpage]
絵里・にこ・真姫・八幡・タケル側
絵里視点
にこ「どうして別荘があるのに外でテント張らなきゃ行けないのよ?。」
絵里「少し距離を置かないと三班に分けた意味がないでしょう。ちょうどテントもあったことだし。」
真姫「どちらにしても私は別荘に戻るけど。」
絵里「それじゃあ食事でも作りましょうか。真姫が少しでも進めるように。」
真姫「」\\\\\
絵里「そういえば、八幡君とタケル君は?」
にこ「さぁ~?」
真姫「何か八幡さんがタケルに平成ライダーについて、少し教えるって言ってたわよ。」
ライダーについて?私はテントの外に出ると八幡君とタケル君が話している
のだが……
八幡「それで、Wは二人で一人のライダーなんだ。」
タケル「なるほど、では一人で変身は出来ないんですね。」
八幡「いや、出来るぞ。左さんがロストドライバーを装着すれば……」
絵里「楽しそうね……」
タケル「絵里さん」
八幡「今タケルに少しライダーの事を話していたところだ。」
絵里「そう…………所でそのテーブルと椅子はどこから……」
本来ここには無いようなテーブルと椅子があった。
八幡「あぁ、立ち話もなんだし部室から持ってきた。(魔法で)」
絵里「………………ちゃんと戻しておいてね。」
八幡「分かってる。」
続く
[newpage]
今回はここまで短くてすいません
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彼らは再び合宿をする。3
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10122520#1
| true |
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比企谷くんに『美少女』と言われた。私たちは、顔の熱が冷めないまま、家の中へと入り。家に帰ってきた、挨拶をする。
陽乃「ただいま」
雪乃「ただいま」
雪ノ下母「おかえりなさい、二人とも。どうしたの?顔が赤い様だけれど大丈夫?風邪?」
陽乃「ううん!何でない、大丈夫だから」
雪乃「ええ、大丈夫よ。風邪とか、病気ではないから」
雪ノ下母「そう……。なら、いいけれど」
そう言って、お母さんは心配な顔をしたまリビングへと戻って行った。
そして、私たちは自室のある二階へ登り、自室の前で顔を合わせて。
陽乃「雪乃ちゃん、解ってるね?」
雪乃「ええ。今回は私でも流石に、あの不意討ちは無理だったわ」
陽乃「それでは……」
雪乃「ええ……」
雪乃ちゃんとあることを今回は暗黙とは言えないけど了解を取り。それを行う。
その、行うことは………まず鞄を部屋の中にある、小さなテーブルの上に置いて。制服のままでベッドにダイブして、枕を掴み取り。そのまま、枕に顔を当てて………。
陽乃「…………」ボフン
陽乃「~~~~~ッ!!///////」バタバタ
恥ずかし悶える出すことだ。
陽乃「ぅぅぅぅ。//////」
陽乃「初めて、彼に『美少女』と言われると嬉しくて、どうにかなっちゃいそうだよ。//////」
今までは、『綺麗』とか『美人』とか言われたことがあるけど……。『美少女』は始めてだから、胸の鼓動が五月蝿いくらいに脈を打っている。
陽乃「やっぱり、彼じゃないと私は満足が出来ない。けれど、さっきので雪乃ちゃんやガハマちゃんも初恋をやり直したりしないか心配だ……。」
そう、二人もあの時以来、彼から『可愛い』とか『美少女』とか『美人』とか言われたことがないのだ。
だから、今世でも何の下心もなく。純粋な思いで言ってくるので、すごく胸の奥に響くのだ。
陽乃「はぁ~、何とも君は厄介で難攻不落な男だよ……。よくもまぁ、あっち側の私は彼を彼女たちから勝ち取れたものだ」
『雪乃ちゃん』、『ガハマちゃん』、『一色ちゃん』、『川崎ちゃん』。そして、まさかの『留美ちゃん』、この五人から私は彼を……比企谷くんを前世では勝ち取ったのだ。
ベッドの上でそんなことを思い出していると、下からお母さんの『ご飯よー!』の声が届いたので制服から部屋着に着替えてから一階に降りる。
雪ノ下父「ただいま」
陽乃「あっ、お父さん。おかえりなさい」
雪乃「おかえりなさい」
雪ノ下父「ただいま」
雪ノ下母「お疲れ様です」
お母さんはお父さんにそう言うと鞄とスーツの上着とネクタイを受け取り、二階にある。お父さんの書斎に持って行く。
その間に私と雪乃ちゃんはリビングに行き。お母さんが作った、夕飯をテーブルに運んで行く。
全て、運んび終わると廊下から部屋着に着替えた、お父さんとお母さんがやってくる。
雪ノ下母「二人とも、ありがとう」
雪乃「いいわよ、これくらい」
陽乃「そうだよ。家族なんだから」
雪ノ下母「そうね」
皆が自分の指定席に座るとお父さんが音頭を取り、食事の挨拶をする。
雪ノ下父「それでは…… 」
「「「「いただきます!」」」」
[newpage]
夕食を食べたあとは私は自室にて、今日あったことを日記に書く。
これは、この世界で再び彼と出会った。あの時から、ずっと続けている。
会えなくても、君は近くにいる。再び、君と恋人になって、前世では成れなかった。恋人の先にある、もっと固い絆で結ばれる【本物】の関係になるために。
雪乃『姉さん。次のお風呂、入っていいわよ』
陽乃「ありがとう、雪乃ちゃん」
日記を書くことに集中し過ぎていたのか、いつの間にか夕食を終えてから1時間も過ぎていた。
陽乃「あっ、お風呂に入る前に雪乃ちゃんにアレのことを話さないと」
私は学校の鞄からお財布を取り出し、その中に大切に入れておいた。一枚の短冊を取り出して、私の隣にある。雪乃ちゃんの部屋に向かう。
【コン、コン、コン】
雪乃『はい?』
陽乃「雪乃ちゃん、私よ。少し話したい事があるの」
雪乃『いいわ、入って』
陽乃「うん」
雪乃ちゃんに許可をもらったので部屋に入る。部屋に入るとそこは…………まさに、パンさんの楽園。
カーテンからベッド、カーペットまでもが全てパンさん。
そして、何の例外もなく雪乃ちゃんの寝間着もパンさんだ。
雪乃「それで、話しとは?」
陽乃「これなんだけど……」
雪乃ちゃんに一枚の裏返しにした、短冊を渡す。
雪乃「これは…………ッ!?」
雪乃「姉さん、これ!!」
陽乃「やっぱり、雪乃ちゃんにも解るんだね」
雪乃「ええ。この短冊にこの字は間違えようのない。彼の物よ」
陽乃「だよね……」
雪乃「でも姉さんは、これを何時何処で手に入れたの?」
陽乃「今朝、お風呂から出て来て部屋で着替えてたら、いつの間にか枕元にあったの」
雪乃「そう……。なら、コレが何かしら、彼に関するカギだということは間違いないと、私は考えるわ」
陽乃「雪乃ちゃんもそう思うよね」
雪乃「『俺が不幸の代わりに最高の幸せを陽乃さんへ』、ね……。なんとも、彼らしいわね。でも、皮肉ね。彼の不幸のお陰で姉さんだけでなく、私も幸せになれたのだから」
陽乃「どういうこと?」
雪乃「前の世界で、私はデスティニーランドである依頼をしたの……彼は受けるとは言ってなかったのだけれど」
陽乃「どんな依頼なの?」
雪乃「『いつか、私を助けてね』、という依頼よ。これは親友である、由比ヶ浜さんにも言ってないわ」
陽乃「そうなんだ……」
雪乃「ええ……。彼は、比企谷くんは間接的であるけれど、私だけでなく。姉さんも救ってくれたわ」
陽乃「そうだね……。本来なら、あの時、死ぬのは私だった……。」
雪乃「けれど、今は生きている。それに、まだ記憶が僅かだけれど比企谷くんの体に残ってる」
陽乃「うん……」
雪乃「この話しはここまでにしましょう。それと姉さん。少し、この短冊を借りてもいいかしら?」
陽乃「いいよ。私はお風呂に入ってくるから」
雪乃「いってらっしゃい」
姉さんが私が部屋を出たあと、改めて、彼が前世で残した。短冊を見る。短冊はプラスチック板で挟まれており、雨で濡れたり、汚れたり、しないようにされている。
しかし…………私は見てしまった。
雪乃「ここだけ、少し文字が消えてるわね。掠れてたり、消したあとはないけれど……………ッ!?」
短冊に書いてあったはずの『俺が不幸の代わりに最高の幸せを陽乃さんへ』の【へ】の部分が、今、目の前で消えたのだ。
雪乃「そんな、嘘……。」
雪乃「はっ!これのことを早く、姉さんに伝えないと!」
私は勢いよく、部屋を出て浴室にいるであろう。姉さんのところへ走りだす。
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雪乃「姉さん!」
陽乃「ゆ、雪乃ちゃん!?ど、どうした?」
雪乃「今は、コレを見て」
私は短冊を直ぐに姉さんに見せる。
陽乃「なんだ、さっき貸した短冊がどうしたの?」
雪乃「短冊ではなく。短冊の文字をよく見て!さっき、私の部屋で短冊に書いてある。最後の【へ】の部分の文字が消えたのよ」
陽乃「どういうこと?」
雪乃「私の推測が正しければ……。タイムリミットが迫っているということ。また、この短冊がそれを教えてくれる物ということよ」
陽乃「って、ことは……。この短冊に書かれてる、彼の字が全て消えたら……。」
雪乃「前の世界での記憶は永遠に消えるわ。そして、タイムリミットは…………高校卒業までだと思うわ」
陽乃「そんな……あと二年しかないの……」
姉さんはタイムリミットが二年と聞いて、その場に座り込んでしまう。こんな、弱気な姉さんは見るのは二度目だ。
一年の時、音楽室の前まで比企谷くんに会えないかもしれないと泣き出した時以来だ。
陽乃「…………」
雪乃「諦めるのかしら?あの、雪ノ下陽乃がこんなことで諦めるの?」
陽乃「…………」
雪乃「立ちなさい、陽乃!前の世界で私が目標として追い続けた。貴女は、こんなことで諦めるような女じゃなかったわ!」
陽乃「雪乃……ちゃん?」
雪乃「わかったなら、お風呂で気持ちを落ち着けてきなさい。今後のことを決めるのは、その後よ」
陽乃「うん……ありがとう」
姉さん、少し気持ちが落ち着いたような顔でお風呂場へ入って行った。
雪乃「本当に世話がかかるわね。前の世界では逆の立場だったのに……」クスリ
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今回は陽乃と雪乃の視点にしてみました。
気分で投稿することもありますので
よろしくお願いします。
『仮想とリアル』もよろしくです
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カウントダウンの始まり……。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10122797#1
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エレベーターってこんなに遅かっただろうか。
そんな風に思い、風見はつい目的の階のボタンを何度も押した。
勿論、連打しても意味はないのはわかっている。けれど押した分だけスピードが速まる気がして――当然、気のせいだ。むしろ故障を招きかねない悪戯の範疇とも考えられる――カチカチと言う音をエレベーター内に響かせていた。
急いでいない事もないが、切羽詰まっているということもない。
ただ、早く家に帰りたい。それだけ?と言われたら、それだけです、とキッパリ言い切れる。
そりゃあもう、待ちに待った休みなのだから。世のサラリーマンの諸兄は大きく頷いてくれたであろう。
時間は有限だ。休日ともなれば、光の速さで時は過ぎる。
もう深夜零時を越えた。
風見の休みは、既に24時間を切っていると言う事だ。
一刻も早く帰宅し、いつものようにシャワーのみのカラスの行水ではなく、たっぷりと湯を張って手足がシワシワになるほどゆっくりと浸かり、風呂上がりにはキンキンに冷えたビールを飲む。目下の目標はこれだ。
先程寄ったコンビニでは、枝豆と唐揚げと餃子まで買えた。既に準備は整っている。
晩酌を終えたあとは、なかなか干す機会がないぺたんこの布団ではあるが、マットレスのおかげで寝心地は最高――署内の仮眠室のベッドと比べて、の話だ――のベッドで朝日が昇りきるまで惰眠を貪るのだ。
ボタンを連打しながら、もどかしさに苛立ちすら沸いてきそうだ。
疲れきって帰宅する度に思う。どうして俺は一階を選ばなかったんだと。
ポーンという音と共に、一度ガクンと大きく揺れて、エレベーターは風見の部屋がある四階へ止まった。
毎度の事ながらこの一瞬に、ちょっとした緊張が産まれる。定期メンテナンスはしているようだが、直る気配は依然として無い。
住人には、不安からかエレベーターでなく階段を使う人もいるようだ。
以前は風見も体力作りを兼ねて、上りも下りも階段を使っていた。1ヶ月もたなかった。
着任してすぐ現場を奔走するようになり、それどころではなくなったからだ。四階を選んだ事を後悔したのもこの頃からだ……とは言え、入居の際に一階が空いていたかは定かではない。
今更何を言おうとも、すべては後の祭り。或いは机上の空論か。
エレベーターを下り、廊下を歩きながらポケットに忍ばせていた鍵を探る。
風見の部屋は一番奥の角部屋だ。――角部屋が空いていたからと飛び付いたため、エレベーターからもこんなに遠い。
次に引っ越す時は、絶対に同じ轍は踏まないと心に決めている。
手元で鍵を弄びながら歩いていると、見えてきた自室のドアノブにビニール袋が引っかけられているのがわかった。
身に覚えがない不審物に、ドキリと心臓が跳ねる。
爆弾、薬剤、それから遺体の一部。そういった類いが頭を過る。
不用意に近寄ったり、触れてはならないのはわかっていたが、目当てが自分とあってはどうにも気が急く。
常備している手袋を装着し、中を揺らさないように、袋をそっとドアノブから外す。覗き込むと四角い箱にメモ書きのようなものが見えた。
簡素な箱は密閉されているわけでもなく、ビール瓶の入ったコンビニ袋より軽いことから、危険物の可能性はかなり低い。
風見はメモをつまみ上げ、そこに書いてある文言に目を通した。
『隣に越してきた安室です。ご不在のようなので、また改めてご挨拶に伺います』
走り書きにしては綺麗な文字であった。
そして、確かに隣室は空き部屋だったなと思い出す。
メモが印刷された文字でなく、手書きであることからも、犯罪に関する可能性もぐっと低くなった。
ふう、と詰めていた息を吐き、風見は腕に袋をかけ、鍵を開けて自室へと入る。大きな音が鳴らないように、手で扉を支えて閉めた。新しい隣人はもう寝ているだろうから。
手探りで明かりのスイッチを入れると、目の前に広がるプライベートスペースに、脱ぎ捨てられたシャツや使用済みタオルが落ちているのが目についた。その乱雑さに少しうんざりするが、ほっと息をつく。
1Kのさして広くもない部屋だが、あるのはベッドにローテーブル、学生時代から使ってるテレビくらいだ。クローゼットは備え付けのものをそのまま使っている。
もう何年か住み着いているが、私物はあまり増えずすっきりとしたものだ。
裏を返せば、それほど家にいることが少ないという証左かもしれない。
靴を脱いでネクタイを緩めながら部屋へと上がる。
今度はスイッチではなく紐を引っ張って明かりを灯した。
チカチカ瞬くように点いたり消したりを繰り返す蛍光灯の寿命を感じながら、もってくれと念じ、光を持続させ始めたことに安堵しながら、荷物をテーブルの上に置いた。
ごとんと思いの外大きな音を立てた袋にビールと、もう一つ、『安室さん』からの方にメモ以外のものも入っていたなと思い出す。
挨拶はともかく、今時品物まで用意するなんて偉いな、なんて事を思いながら箱を取り出し、破るようにして開封した。
「……なんとも、ベタな」
入っていたのは蕎麦だった。
最早、古風を通り越して新しさを感じる――そのくらい昨今では風化した習慣だろう、引っ越し蕎麦は。
しかし、薬味と汁がセットになってるあたりに、親切心が見える。それを選ぶ『安室さん』にも。
この不況の中、引っ越しの挨拶に金をかけられる人間は限られている。
余程の金持ちだったらまだしも、単身者用の家賃もそれなりのマンションに越してくるのだから、推して知るべしだ。
だからこそ、挨拶のみで済ます――近頃は単身者の引っ越しに於ては個人情報保護の観点から、挨拶だってしないのが主流と成りつつある――ものを、不足の無いように一式セットを選ぶなんて、出費には違い無いだろう。
「ありがとうございます」
風見は蕎麦セットに手を合わせて、『安室さん』への心からの礼を告げた。明日、早速頂きます、と。
思いがけず、明日の昼食が用意できた事に喜びながら。
さあ、先ずは風呂だと、風見はジャケットと首もとから抜いたネクタイをソファーへと放り投げ、湯を張るべく風呂場へと向かった。
翌日、太陽が中天を越えた頃に起き出した風見は、昨夜の一人宴会の後片付けをし、溜まりに溜まったシャツをベランダの物干し竿いっぱいに広げた。
たっぷりと睡眠を取れた事は僥倖であるが、既に昼を過ぎたのは寝すぎただろうかと少しの後悔があった。
洗濯物も薄手のシャツとタオル類と下着程度なので、既に陽が傾き始めていると言っても乾かないことはないだろう。
防犯上は余り屋外に干すのは推奨できないのはわかっているが――不在時の憶測が立ってしまうからだ――、室内には干せるようなスペースがない。
そこまで溜め込めなければいいのは重々承知しているが、時間の都合もあり中々行動にできないでいる。
そしてたまの休みを、睡眠と家事で終えてしまう現状も打破出来ていない。
家事、と言ってもするのは洗濯くらいのものだった。
着るものが無くなるのは困るので、洗濯だけはコンスタントに行っている。アイロンがけはしていない。形態安定シャツ、ありがとう。
掃除も、基本的に家に居ないのでフローリングワイパーで事足りるし、少々散らかっていたところで死ぬわけでもないので、ほったらかしである。
料理に至っては、一応基本的な調理道具一式は持っているものの、使用したのはいつかわからない。ずっと棚の奥に仕舞い込まれ、それこそ埃を被っているに違いない。
基本カップラーメン、弁当、パン、外食。このローテーションだ。
激務の一人暮らしなど男女問わずこんなものだろう。食生活の乱れは年取ってから反動が来るんだという脅しに恐怖を覚えながらも、自炊に割く時間も無いのも事実。
『あんたもそろそろいい齢なんだから、結婚とかちゃんと考えてるの?!』
電話をかけてくる度に言われる母親のセリフを思い出す。
考えてないわけでもないし、風見自身、恋人や伴侶が欲しいと思う事は多々あれど、そんな時間がどこにある。
出会いも無いし、よしんば出会えたとしても交流を深める時間はない。
私用のスマホの電源は業務中はオフにしているし、2・3日連絡がなくても平気だと言える人間はそうそう居ない。
仕事とわかっていても、連絡がつかないのはそれだけで不安を煽られるのだ。
それに、今の風見が「結婚したい」と言うのは、どうにも私欲に塗れ過ぎている気がして、イマイチ踏み切れない。
つまり、恋人とイチャイチャしたいなぁ、よりも……ご飯作って欲しい掃除して欲しい洗濯もして欲しい。そんな要望が先行してしまう。
言われなくてもわかってる。
それはハウスキーパー雇えという話だ。そのくらいの分別は付いている。
仕事が忙しすぎるためか、一人が寂しいと思ったことはない。
でも、二人なら楽しいだろうな、と思うこともある。余計なものを入れずに、その想いだけで恋ができたらと、ずっと思っている。
現実は、そううまくはいかないものだ。
久方ぶりに引っ張り出した鍋で、昨夜頂いた蕎麦を茹でながら、風見は大きなため息を吐いた。
「ん、美味いなこれ」
薬味をたっぷり入れた汁につけ、蕎麦を啜ると香りが鼻から抜けていく。
乾麺は柔らかくなりやすいイメージであったが、中々どうして、程よい食感でとても美味しい。
風見は行儀悪く箸を噛み、空いた手でゴミ箱にねじ込んだ蕎麦のパッケージを取り出した。
「あー蕎麦湯とっときゃよかった」
湯で時間のみ見ていて、隅のあたりに書かれているおすすめの食べ方だの、蕎麦湯だのの記載には気がつなかった。残念なことをしたなと、再びパッケージをゴミ箱に突っ込んだ。
有名なブランドではなさそうだったけれど、とても質の良いものに感動を覚えながら、風見は蕎麦をあっという間に食べ尽くした。
「ごちそうさまでした」
手を合わせ、視線を向けた壁の向こうはもう空っぽの部屋ではない。
前の住人は、先住者であったので風見から挨拶へ向かった――『安室さん』のように品物はなく、ただの挨拶だけだ。
40代半ばくらいだったろうか、がっしりした体型のサラリーマンだった。
『おやすみのところすみません、本日隣に越してきた風見と言います』
『ああ……どうも。ここ、壁薄めだから、あんまうるさくしないでね。それじゃ』
宜しくお願いします、も言わないまま、開いたと思った扉が閉まった。
恐らく顔を合わせたのは10秒くらいであろうか。
そして当時の隣人とは、以来顔を合わせることはなかった。親睦を深めたい、と言うわけでもなかったので、そんなものかもしれないが。
だが、そのたった10秒の中で隣人は的確に、重要な情報を風見に与えていた。
基本的に一人暮らしのため人の騒ぎ声などはなかったが、ドアの開閉音などは度々、響いてきていた。
乱暴に閉めて無くとも鳴る音はお互い様だと、トラブルに発展する事もなく、いつしか隣人は退去していた。
それに気づいたのも、音がしなくなったからだと言うのもおかしな話かもしれない。
風見は今日、目覚めてから隣室のドアの音を聞いていない。
とは言え、起きたのは昼過ぎであったし、平日とあれば屋外へ出ている可能性の方が高いだろう。
また改めて、とメモ書きにあったのだから、そのうちインターホンが鳴ると、風見は踏んでいた。
蕎麦の礼はもちろんのこと、騒音についても伝えねばならない。
仕事の都合上、帰宅時間がまちまちで、早朝であったり深夜であることもある。ゆえに、当然気をつけるが扉の音をうるさくしてしまったら申し訳ない、と。
気をつけてはいても、日常の動作はふと無意識に動いてしまうこともあるからだ。
できれば、あまり神経質な人でなければいいな。一度寝たら起きないようなタイプだと、尚更いい。
都合のいい想像をしてしまうのは、蕎麦の件からしても良い人そうな『安室さん』に、負担になるのを恐れての事と見逃してもらいたい。
一体、どんな人だろうか。
しっかりしていそうだから、年配の方かもしれないな。男性かな、女性かな……ここはオートロックのマンションではないし、女性が選びそうな物件でもないから、違うかな。
風見はまだ見ぬ隣人に思いを馳せ、顔を突き合わせる時を楽しみにしながらその後、ゆったりとした時間を過ごした。
その日、やってくると思っていた隣人は、終ぞ現れなかった。
そして、また何日かが過ぎた。
休み明けは気合と体力を漲らせていた風見ではあったが、それらはあっという間に底をつき、止まる際のエレベーターの揺れに、バランスを崩してふらつくほど疲れていた。
遠方へ出ていたので、自室に帰るのは3日ぶりの事である。
今回はコンビニに寄る体力も残っておらず、ただもう横になりたいの一心で足を進めた。
時間が取れず、今朝から何も食べていないため、腹も減っていないこともないが、とにかくベッドが恋しかった。否、もう床でもいいとすら思う。
そんな風見の自室のドアノブに、再び袋がかけられているのが見えた。
幻覚ではなかろうかと、何度か瞬きを繰り返すが、風見の目には未だ袋の存在が映っている。
普段ならいざしらず、疲れ切っていたのだ。
油断など絶対にしてはならないのは骨身に染みている筈なのに、何の警戒心を抱くこともなく、その袋を手にとったのは疲れていたのと、少し前に同じ事があったからだ。
だがもし、それがテロリストによるものであれば、最悪、風見の命はなかっただろう。
幸運にもその袋は、風見が推察したように、新しい隣人である『安室さん』からであった。ほっと胸を撫で下ろす。
またメモ書きのようなものがあったので、手にとって読んで見る。
『先日、ご挨拶に伺った安室です。時間帯が合わず、きちんと顔を合せられずすみません。また後日、伺います。
追記 いただきものなのですが、よかったらどうぞ』
袋の中には赤く艶々とした林檎がふたつ入っている。
タイミングが合わないなぁとか、もう蕎麦もらったからいいのに、なんて事を思った。
ような気がした。
気がつくと朝だった。
玄関先で靴も脱がずに寝てしまっていた――この場合、気を失っていたという表現が正しいのかも知れない――風見は、凝り固まって痛む身体をゆっくりと起こし、床に転がる林檎と何故か手に持っている袋を交互に見た。
昨夜の記憶が徐々に脳裏に描かれていき、自分の軽率さに頭を抱える。
自分自身に呆れ、風見は重い息を長く吐いて、鬱屈とした気持ちをも吐き出していく。
吐ききった所で顔を上げ、自らの頬を左右からバチンと叩き込むように打った。ジンジンと痺れる頬に、頭の中もクリアになる。
疲れはもちろんあった。
ただ、こんな玄関先で倒れ込むような真似になったのは、恐らく空腹及び脱水症状が重なったためだろう。
体調管理など、仕事の出来以前の問題だ。
それでも、任務の最中でなくてよかったと、今度は安堵の息を吐く。
チームで出ていた時なら、どれだけ周りにかけたかと想像するだけで怖気が走る。
風見は立ち上がり、転がる林檎を拾ってキッチンへと向かった。
蛇口をひねり、流水でざっと林檎を濯ぐと、そのまま齧りつく。果汁が口内いっぱいに広がり、甘みが舌を刺激する。
生の果物なんて年単位で口にしていなかったが、爽やかな香りと酸味と甘味のバランスは果実ならではと言えるだろう。
無心で食べ進め芯の棒ができるまで、さほど時間はかからなかった。
風見は指に垂れた果汁をぺろりと舐め取り、腹を満たし喉まで潤す果物の偉大さに感服していた。これで日持ちさえしてくれたら、常備しておくのに。
今一度蛇口をひねり、手を洗った後、風見は何を思ったか上着が濡れるのも構わず、シンクに頭を突っ込んで水を被った。冷たい水は一気に風見の頭を冷やしていく。
――二度とこんな醜態を晒してなるものか。
そう固く誓い、顔を上げて水を止めた。
ポタポタと伝い落ちる雫を袖で拭い、手櫛で払う。
あちこちに水滴が飛んでいったが、気にするほどではない。
それよりも、と風見は眼鏡を外し、レンズについた方を拭いながら、目端に赤色を捉えた。
本当に蕎麦だけで十分だったのに、律儀なんだなと思うと同時に、気を使わせるいたたまれなさが沸き起こる。
この先も、顔を合わせる日が来るかどうかすら疑わしい。
定時や定休日があるわけでもない――たとえ国が勤務時間と休日日数を法律で定めていようとも――仕事で、年数を重ねるごとに苛烈の一途を辿っているのは、風見としても想定外ではあるのだが。
かといって、今時ここまで真面目に対峙してくれようとしている人を無下にもできない。
二度も差し入れを頂いたのなら尚更だ。
眼鏡をかけ直すと、拭ったばかりのレンズを、前髪から落ちたひとしずくが濡らした。
「………………」
とりあえず、シャワーを浴びよう。
面倒くさくなった風見は、眼鏡を濡らしたままバスルームへと向かった。
風呂から上がり、家事のあれこれを終わらせた風見はその後、珍しくも買い物へと出掛けた。
帰宅した風見は、寝るまで『安室さん』の訪れを待ったが、その日も風見宅のインターホンが鳴ることは無く。
風見は眠る前に、今日購入したものを取り出した。そして。
翌朝、風見は『安室さん』がしてくれたように、『安室さん』の部屋のドアノブにコンビニ袋を引っ掛けた。
中には食器洗剤のセットを入れた。食洗機という文明の利器があったとしても、鍋やフライパンを洗うことはあるだろう。……きっと。
そして、もう一つ。
『はじめまして 隣の風見です。先日はソバとりんごをありがとうございました。とてもおいしかったです。
ご挨拶は受け取りましたので、お気になさらぬよう。今後ともどうぞ宜しくお願いします』
メモと言うには長くなったので、そんなカードを忍ばせた。
[newpage]
そろそろ季節が変わるのかなと思えば以前のように暑くなったり、まだ続くのかと思えば反動で寒くなったり。
四季の境が曖昧になってきてるな、と思うのは自分だけじゃないだろう。
折々に、疲れのピークを迎える度にそろそろ引っ越そうかなぁとも思ったりしたが――普段の移動がつらいからだ――実行に移せてはいない。
風見の部屋の隣に『安室さん』が越してきて、四ヶ月が経った。
新しい隣人との関係はすこぶる良好だ。
引越し先で嫌な隣人に会うくらいなら、この四階角部屋を死守したほうがいいのではないか、と言う考えを風見の中に生む程であった。
だが、もう四ヶ月も経つというのに、風見は未だ『安室さん』の顔を知らない。声だって知らない。
当然、『安室さん』も風見の容貌を知りはしない。
顔も知らない相手との関係が良好である。
インターネットを介しては、そんな事はごくごく当たり前であろうが、隣人となると、おかしな話だなぁと感じてしまう。
発端は風見の――否、はじまりは『安室さん』だから、『安室さん』こそが発端かもしれないが、とにかく、契機は風見が『安室さん』に返信したカードに間違いはない。
あの日、蕎麦と林檎の礼を認めたカードと洗剤で、双方の挨拶は済んだと風見は思っていた。風見だけでなく、多くの人がそこで打ち切るものだろう。
それから数日後、ドアノブにビニール袋の存在を確認した風見は、目を疑った。――ちなみに今回も何の警戒心もなく手にしたが、三度目ともなれば致し方ない――と言うのは言い訳に過ぎないが。
今回入っていたのはメロンパンと、メモではなく便箋が一枚。
メロンパン?と思って検索をかけたら、連日行列ができる人気の移動販売車の限定品だった。
便箋は飾り気のないシンプルなもので、中にはいつもより長い『安室さん』からのメッセージがあった。
『安室です。
先日は返礼を頂きまして、ありがとうございました。
風見さんのお手を煩わせてしまい、申し訳ありません。
僕がちゃんと会いに行けたら良かったのですが、何分、仕事が昼夜平日休日問わない不規則なものでして…不義理の言い訳にもなりませんが。
こちらにはその仕事の都合で越してまいりました。どうぞ今後共よろしくお願い致します
P.S 表面がカリッとしていた方がお好みならオーブントースターで。
ふんわりしっとりがお好みなら、レンジで500Wで40秒ほど加熱するのがおすすめです←メロンパンの話です 』
風見は、何よりもまず僕という一人称を注視した。
成る程、男か。
検索した限り、件のメロンパン屋で行列を作っているのは女性のようであったし、男に甘い菓子パンを贈ると言う発想が男には無い気がして、一瞬女性だろうかと思ったが、ふと気づく。
女性と思われてるのは、自分の方ではないかと。
今回の『安室さん』のように、一人称を記述した覚えはない。
した所で、公では私と書き込むようにしているので、勘違いさせてしまう可能性は高い。
『安室さん』も激務だと言うので、やはりこの先顔を合わせることはないのかも知れないが、なんだか女性と勘違いされているのはむず痒い。
もうすぐ三十路のいかつい――がっしりはしていないが、長身もそれなりに圧力を生む――男なのだ。
「ふわふわメロンパン甘くておいしぃ~♡」みたいな想像をされていたら、さすがに据わりが悪い。
風見はすぐさまペンを取った。
そして自分用にと買いだめした栄養ドリンクを入れて、再び『安室さん』の部屋の前に袋を引っ掛けた。
『風見です。
こちらこそ、ご丁寧にありがとうございました。トースターがないので、レンジでいただきました。おいしかったです。
俺も仕事がシフト制で、夜勤もあったりするので家にいる日はまちまちで…もしかしたら、メッセージ戴いた日以外にも訪れて下さってたんでしょうか?だとしたらこちらの方こそ申し訳なかったです。なので、今後はお気遣いなく。
追記 仕事、お互い頑張りましょう 』
自然に一人称をはさみ、誤解をされていたら解けるだろう内容に風見は満足していたし、今度こそ、それで終わりだと思っていた。
だがまた数日後、ドアノブに袋は引っかかっていた。
――警戒心?それ、ここで必要か?
『安室です。
中々家に帰れない日が続いてたんですが、風見さんから頂いた栄養ドリンクで何とかやりきれました。ありがとうございます。
やりがいはあるんですけど、布団で眠れない日が続くのはやはり辛いですね。
あと、お伺いしたのは、メッセージを残した日のみです。
そして、風見さんがお気づきになられてるかはわかりませんが、もうすぐ僕がこの家に越してきて一ヶ月が経とうとしています。未だ顔を会わせた事がないのに驚きますし、会ったこともないのに知らない人じゃないって感覚が不思議です。
P.S 今回はコンビニ限定のチョコくらいしか用意できませんでした。 』
『風見です。
やりがいはあれども布団で眠れない日が続くのは辛い。俺も同感です。
安室さんも帰宅できない日があるとのことで、どうしてもすれ違いになってしまうのは否めませんね。
月日が過ぎるのがあまりに早く、そんなに経ったのかと驚きました。
もう一ヶ月にもなりましたか。
安室さんのおっしゃられるように、不思議なものです。
在宅時間が合わないことも含めて、こういうのが良い隣人の距離感というものかもしれませんね。
追記 もうキリがないので贈り物等は結構です。 』
ちょっと最後の一文が、キツイ表現になってしまっているのは重々承知だ。
だが、記したように「キリがない」のが紛うことなき風見の本心である。
カードに文字が入り切らないので、レターセットを購入したことも本心を記す一端だ。
『安室さん』が人の良い人間であるのは十分わかったし、贈り贈られてで物品を用意するのは、はっきり言えば面倒であった。それに、そこまで気遣い合うような間柄でもないだろう、隣人なんて。
『安室さん』にしたって、わざわざコンビニチョコを用意するなんて手間をかけている。
警戒心以上に必要のないものだ。たかが隣人とのやり取りに気張る必要なんて、一切ない。
それでも、そのメッセージを『安室さん』へ残す時は、若干の緊張があった。
『安室さん』からの返事はない。
ホッとする反面、気分を害してはいないだろうかと一抹の不安を覚えてしまうのは、小心者ということだろうか。
そのままフェードアウトしていくんだろうな、という気持ちの矛先は、果たして自分の不安か、それとも『安室さん』と言う存在に向けてかわからないまま月日は過ぎていく。
だが半月あまりが経った頃、ビニール袋ではなく、どんと大きな紙袋がかかっていた。
『少々ご無沙汰になりました、安室です。
実は仕事の都合で海外に出ておりました。
時差ボケにはならないタイプですが、帰国しても休む間もなく仕事になり、やはりご挨拶に伺う時間が中々取れません。
……なんて言うのはただの言い訳ですね。
風見さんがお優しいので、甘えていたんです。
気を遣って下さっているのはわかっていたのですが、栄養ドリンクとか、そういう心遣いが嬉しくて、つい。
本当はお詫びも兼ねて、直接お渡ししたかったのですが、時間切れになってしまいました。すみません。
P.S 旅行ではないのですが、折角海外に出たので、気兼ねなく受け取って頂ければ。 』
へぇ、海外出張だなんてすごいな。
『安室さん』に頂いたナッツ入りチョコレートを頬張りながら、風見は素直にそう思った。
こうして『安室さん』から返信が来たことに、胸のつかえが取れたような感じがするのは気の所為ではない。
都度都度、物を贈り合う関係性はおかしいと思えども、隣人と友好的であるのは歓迎すべきことなのだから。
今回のメッセージで、風見はひとつ気がついたことがある。
多分、『安室さん』はまだ年若い男だ。
齢を経るにつれ、少なくとも甘えは許されない風潮がある。
「その齢まで何やってたんだ!」等という雑言は、自分が言われたわけでなくとも、耳にしたことのある人間は多いはずだ。
「甘えていました」と言えるのは、若い人間だけなのだ。そう言える素直さを保てるのも、若い内だけだ。……もし自分より遥かに年上であったとしたら、その柔軟さは見習うべきだと思う。
けれど、こんなメッセージが返ってくることを、風見は望んだわけではなかった。
『風見です。
お土産ありがとうございました。お気遣いなさっているのは、俺ではなく安室さんの方です。
最初のソバにしたって、今時律儀な方だなと思うのに、りんごやらメロンパンやら。
頂きものであったり、何かのついでだったりなのでしょうが、そこまでしなくてもいいんじゃないかと思います。
物を介在させなければ成り立たない友好関係など、あまりに虚しくはないでしょうか。
直接お会いしたことはないけれど、あなたが真摯な方だと知っているつもりです。
旅先の(お仕事とのことでしたが)土産と言うことであれば、ご厚意としてありがたく受け取ります。
俺もどこかへ行くことがあれば、買ってくることもあるでしょう。
以前、挨拶は受け取りましたと申し上げました。
こうしたやり取りをしているから、余計に顔を合わせていないことに違和感があるのではないかと推察します。
俺にもそういう気持ちがないと言えば嘘になります。
ですが、それで安室さんが気を病まれる必要は全く無いですし、お詫びだのは話が大きくなりすぎている。必要のないストレスを溜め込まないでください。
あなたも激務ということであれば、体を休めた方がいい。
過労死なんてシャレになりませんからね。
説教臭い長文、失礼いたしました 』
ドアに貼り付けるのはさすがに憚れ、袋の中に便箋二枚だけ入れて、風見はいつものようにドアノブへ引っ掛けた。
返事が来ないとは、もう思わなかった。
多分、近い内に『安室さん』は謝罪を寄越すのだろう。
それで、終わりだ。
風見はもう返事を書くつもりないのだから。
『安室です。
返信すべきか迷いましたが、その方がストレスになりそうなので、また筆を取ってしまいました。
風見さんが、僕からの返事を要らないと思ってるのもわかっていますが、もし、目を通していただけているのならありがとうございます。僕の身体を案じてくださった事も、感謝しています。
風見さんは僕のことを真摯だと表現してくれましたが、僕は風見さんこそがその言葉に値する人だと思います。はじめから、そう思っていました。
会えないのなら仕方ないかで済ますのではなく、メッセージや返礼品を用意してくださったのは、僕の知る限り風見さんしかいません。
同僚に聞いても、渡してそれで終わりだと言っていました。それで構わないと、僕も思っています。
ですからあの日、僕がしたようにドアノブにビニール袋が掛かっているのを見てすごく驚いたし、中に入っているものを見て、心臓止まるかなってくらい嬉しかった。朝の四時に叫びだしそうなほど、嬉しかったんです。
返事を書かなきゃと思い、メモ帳じゃ失礼だと便箋を買いに走りました。
それの返事が来たことに、仕事が関わらない相手との会話が久しぶりであったのも加わり、楽しくて仕方なかった。
次、風見さんからの返事はカードではなく便箋に変わっていました。
内容を読む前に、頭が冷えました。
仕事上でもメールやSNSで連絡が成されるのに、個人間で手紙のやり取りをしようと思えば逐一用意するしかない。
僕自身、便箋を買いに走ったのだから、風見さんもそうなのでしょう。
そんなつもりではなかったんです。風見さんに負担をかけるつもりは毛頭なかった。けど僕は、自らの失敗に落ち込みながらも、内心は喜んでいました。
なんて実直な人なんだと。
物を贈るのを、勝手にやらせておけばいいと思わず、そうじゃないと正して下さった。そんなもので作られた関係は虚しいだろうと。
僕は思いました。
風見さん、あなたに会いたい。
』
そこまで目を通し、風見は自分のカッと頬が熱くなるのを感じた。
そこに至るまでもべた褒めで、読みながら恥ずかしく思ったものだが、愛の告白のような熱烈さを含んだ言葉に、思わず紙面を伏せた。
きっと、言葉以上の含みはないのだろう。
文面はこれでもかと言うほど風見を持ち上げていたし、会っていないから違和感があるのだと風見も伝えている。
風見とて会ってみたい気持ちはないでもないが、どんな顔して会えばいいのかは、もうわからない。
とりあえず気を取りなおし、続きを読むことにした。
『本当はメアド聞いたり、僕自身のアドレスとかをここに書けばいいんでしょうね。でも、今更それをしたくないんです。
僕の第一声はもう決まっているので、折を見て、また風見さんの部屋のインターホンを押します。
僕らのすれ違いがいつまで続くのかも、試してみたい気もしますので。
お会いできる日を、楽しみにしています 』
最後まで読み切って風見は『安室さん』のイメージを真面目は真面目だろうが、割と強引で頑固で猪突猛進タイプだと認識を改めた。
なぜなら、彼はこの手紙の中で自身について反省の色は見せたものの、すみませんの一言もなかった。
確かに謝ることではないのだ。
ただ、謝罪するほうが簡単に済むという事柄は存在する。
この場合、少々口うるさい隣人との関係を修復するより「はいはい、すみませんでした。もうしません」と断ち切るほうが楽だろう。
顔も知らない相手ならば、罪悪感も限りなく少ないはずだ。たかが隣人ひとりなのだから。
けれどそんなことはしないと、断ち切るどころか会いたいとまで言ってきた。
風見には、どう対応していいものかわからない。
返事を書くつもりはなかったけれど、書いたほうがいいような気もする。だが、何をどう書けばいいのかわからない。
そんな風に風見が考えあぐねている中、返事を待たず『安室さん』からのメッセージが届いた。
『安室です。
また少しの間、日本を出ることになりました。風見さんにお会いできるのは、まだ先になりそうです』
便箋ではなく一番最初と同じメモ書きであった。それから一週間ほど経ち。
『安室です。
昨日、戻ってきました。明日は休みなので、風見さんを待とうと思います。 ○/▲
P.S 今度こそ手渡ししたかったんですが… ○/■ 』
出張から戻った風見の元に、帰国を知らせるメモ書きがあった。最初に記されている日付は二日前で、下の行は昨日。
ニアミスだったんだな、と思いながら、本当に会えないもんだなぁと、しみじみ思った。
偶然というよりは、もはや作為的にすら感じる。
なぜなら、早いもので『安室さん』が越してきてもう二ヶ月が経った。
年々、月日の流れが早くなっていくような感じを疑問に思いながら、風見は久しぶりに『安室さん』への手紙を書いた。
『風見です。
お疲れ様です、お土産ありがとうございました。俺も西の方へ出張に出ていたので、受け取ってください。
安室さんが残してくれたメモに、休みなので待つと書いてありましたが、せっかくの休日なら好きなことして過ごしてください。
俺は、とりあえず引っ越す予定はないので。』
『安室です。
出張お疲れ様でした。お土産もありがとうございます。
引っ越す予定はないとのこと、嬉しく思います。
突然ですが、風見さんは珈琲はお好きでしょうか?
僕は好きで、自分で言うのも何ですが、淹れるのも得意なんです。
もしお好きであれば、僕の淹れた珈琲をいつか飲んでもらいたいな。そう思いながら過ごしてました。
これでもかってくらい、好きなことしてますので、ご心配なく』
『風見です。
珈琲は好きです。
けど、飲んでいるのはもっぱら缶コーヒーかインスタントなので、好きと言っていいものか悩みます。
飲む分には、ブラックでもミルク入りでも構わず飲めるのですが。
しかし、ご自分で淹れるだなんて本格的ですね。
やっぱり淹れたてが一番美味しいって聞きますし、気にはなります』
『安室です。
缶コーヒーだろうと、インスタントであろうと、お金を出してまで欲しいと思うものは、好きの範疇だと僕は思います。
それに、缶コーヒーも不味くないです。
知っていますか、風見さん。
海外に本社がある企業でも、日本で売られている商品は、日本人向けに開発されているものが多いんですよ。もちろん、珈琲も。
年配の方に話を聞くと、昔よりずっと美味しくなったとおっしゃいますしね。
ただ、僕の珈琲はもっと美味しいです 』
そんな他愛のない話のやり取りを繰り返すようになった。
物を送ってくるのも、海外の土産以降は、改めてというものはない。
『安室です。
コンビニのくじを引いたら、いっぱい当たりが出たのでお裾分けです。
こんなとこで運を使うから、風見さんに会えないんでしょうか』
と、カップラーメンやペットボトルの引換券を入れていたことがあったが、それきりだ。
風見も出張に出た際の土産を渡してからは、何も用意していない。気楽なものだった。
書かれているのは一言二言のときもあり、便箋なんてかしこまったものも既に使わなくなっていたが、これが傍目から見て――否、見ずともこれが所謂、文通であるのは風見も自覚がある。
『風見さん、あなたに会いたい』
あの一言から、『安室さん』に抱くイメージや意識が変わってしまった。
一切触れない時もあるのに、何の脈絡もなく『そろそろ会える気がするんですけどね』なんて書いたり、会えないことを残念がるような事を言ったりする『安室さん』に、風見の心は浮足立つばかりだ。
ただのリップサービスだと言い聞かせ、軽く受け流すのがきっと正解なんだろう。
でもそれが出来るなら、こうまで心乱されてはいない。
風見は、『安室さん』に一度たりとて、「俺も会いたいです」と伝えたことはない。
そうですね、会えないものですねと、はぐらかすばかりだ。
言えないのは、心の何処かに「会いたくない」気持ちがあるからだ。
四ヶ月経って、良好な関係――相手は自分を慕ってくれている――を築けている。
この関係を、壊したくはない。
そう思うのは、臆病だからなんだろうか。
不可視の、ミステリアスな存在のままでいるからこそ、求められているのではないか。
そう思うのは、卑屈すぎるだろうか。
――――本当、は。
それだってただの理由付けだと、風見自身わかっている。
それらがどういう気持から湧き上がるのか知っている。知ってて、知らないふりをする。
形のないものは、いつまでもそこに留まっていられないのかもしれない。
時が止め処なく流れていくように、人の気持ちは変化していく。
こんな関係を『安室さん』が飽きたとしても、何らおかしくはない。
そんな日が来るのを恐れながら、風見は今一歩を踏み出せないでいる。
明確な答えを出さない、出せないまま月日は流れ、二人が出会って半年が経つかという頃。
いつものように風見宅に『安室さん』からのメモが残されていた。
『安室です。
少し仕事のほうが立て込みそうで、しばらくこちらへ戻ってこれない日が続きそうです』
必要なことだけ記したメモに、風見はこの上なくショックを受けていた。
そして、ショックを受けた自分に動揺し、更には落ち込んだ。
しばらくって、いつまでですか。
そう問いたい自分に、愕然とした。――――わかってる、わかってるんだ。
くしゃりと歪んだ顔で、何かを耐えるように風見はぐっと唇を噛みしめる。
手紙のやり取りを続けたのは、楽しかったからだ。
掃除して欲しいとか料理を作って欲しいとか洗濯してほしいとか、思う隙もなかった。
いつだって待っていた『安室さん』からの手紙を。
いつだって待っている『安室さん』の訪れを。
今、この瞬間も。
何故、待っているのか?
――――決まってる。好きだからだ。
顔も見たこと無い、声も知らない。
ただの隣人の『安室さん』に、恋をしているからだ。
[newpage]
恋をしていることを認めたからと言って、何が変わるわけでもない。
メモにあったとおり『安室さん』は戻ってはきていないようで、文通が無くなった以外は、相変わらず激務に忙殺されている。
寂しさを感じる暇も無いな、とぼんやりと思うくらいには重度だと、自嘲の笑みが浮かぶ。
それでも色恋に溺れて仕事もままならない、などというみっともないことはできないと、去来する様々な想いを払拭するかのように、風見は仕事に打ち込んだ。
『安室さん』が戻らなくなって、一週間。風見は上司に呼び出された。
「辞令?この時期にですか」
「そうだ、こっちも迷惑なんだが、あちらさんが言うんじゃ仕方ない」
通例、一斉に行われる部署異動が来月に控えているのに、風見に辞令が下ったという。
突然のことに、左遷の二文字が風見の脳裏に描かれるが、大きなミスを犯した記憶もないし、どちらかと言えば、成果は挙げていたと自負している。
それが何故。
湧き上がる疑念を、上司の一言がかき消す。
「警察庁警備局」
その言葉に、風見は目を剥いた。
「まさか」
「”ゼロ”が人を欲しがってる。うちから出すなら、お前しかいない。……行ってくれるな、風見」
「もちろんです」
断るわけがない。風見は力強く返事をし、その返答に上司も満足するように深く頷いた。
ドクドクと心臓が高鳴り、高揚感が全身を満たしていくようだった。
”ゼロ”とは、名称ばかりがあちこちで上げられるが、その実は同じ警察にも知らされない、謎めいた組織の通称だ。
庁は違えども、同じ公安課ともあって人一倍身近に感じながらも程遠い、幻のような存在である。
実働部隊として動くのは警視庁含め地方警察の公安ゆえ、そのパイプ役を担えと言うことだった。
とにかく急ぎのようで、もう小一時間もしたら”ゼロ”の人間がくるからここで待機していろ、その後は”ゼロ”の指示に従って動け。
そう言い残して上司は去った。
広い会議室にひとりぽつんと残された風見は、静けさにだんだんと緊張感が増してくるのを感じていた。
自販機で紙カップのコーヒーを購入し、リラックスを試みる。
何度か息を吹きかけ、適温になったものを喉に通す。芳しい香りが鼻孔を擽り、舌を刺激する苦味が、感覚を鋭利にするかのようだ。
そうですね、不味くないです。と、言うより、俺にはこれでも十分美味く感じます『安室さん』。
でも、自信有り気に、僕のはもっと美味しいと言ったあなたの珈琲を早く飲んでみたいです。
……本当に、重症と言える。こんな時に、思い出してしまうほどに。
しかし、こうなると『安室さん』も仕事が急がしくて連絡がつかないのは、丁度いいとも言えた。
風見自身もいつも以上に忙しくなり、どうしても時間を取ることが出来ないことが続くだろう。
国家安寧のため粉骨砕身で務めている仕事に対し、気が紛れるとまでは言えないが。
コンコン、と扉を叩く音が聞こえ、風見は立ち上がって背筋を伸ばした。
間髪入れずに開いた扉から現れたのは――金髪。艷やかでさらりと流れる金糸に、風見の目は奪われた。
その隙間から覗いたブルーアイに射抜かれ、思わずぎくりと身を竦ませた。すぐさま”ゼロ”の声が飛んでくる。
「座ってくれ、時間が惜しい」
「あ、は、はい!」
指示を出され、風見は再び椅子に腰を下ろした。”ゼロ”が足早に風見の真向かいの席に向かい、同じく座った。
”ゼロ”は手に持っていた封筒をテーブルに置き、中の物を取り出すべく探り始める。
身長は風見の頭半分ほど低く、細身だ。褐色の肌はハリ・ツヤも良く、声色からも随分と若いのだろうと思えた。
それに、よくよく見るとこの青年、恐ろしく顔の造作が整っている。文句のつけようのない、美男子だ。
「慌ただしくてすまないな、君の資料も先程受け取ったばかりなんだ。僕は、降谷 零と言う。よろしく頼む」
「申し遅れました。警視庁公安部第一課所属、風見 祐也と言います。宜しくおねがいします。」
先に名乗られてしまったことに、風見も慌てて己の名を告げる。
すると、封筒から書類を取り出した”ゼロ”――降谷の手が、ピタリと止まった。
手元に向けられていた視線がゆるりと上げられ、正面から風見を捉える。
こちらを見る大きな瞳と下がった目尻は、柔和な面差しを作り出していた。これは女性が放っておかないだろうな、と俗っぽい感想が浮かんだ。
恐らく、風見よりも年下なのは間違いない。となれば、二十代であるのは確定だ。
その齢で”ゼロ”拝命。それだけで優秀さが伺い知れる。
「かざみ……ゆうや……」
風見の名を呟く降谷に、なにか不手際があったかと風見の背中に嫌な汗が伝う。
「あの……何か」
「――いや、大丈夫だ。それより、君も聞きかじってはいるだろうが、先日、赤坂であった殺人事件についてだ。あの被害者の身元及び身辺に――」
おずおずと声を掛けた風見を一蹴し、スイッチが入ったかのように表情を一変させて降谷は、これから風見と臨む案件についてを話し始めた。
瞬時にピリッと張り詰めた空気に、風見もまた気を引き締め、降谷の言葉に耳を傾けた。
ご無沙汰しています、風見です。
そろそろまた季節の変わり目に入りますね。体調を崩しやすい時期ですが、安室さんはご健勝でいらっしゃるでしょうか。
俺は――なんとか、生きています。
”ゼロ”の配下について、恐らく一月と半分が過ぎた。
いつしか日数や曜日の感覚がなくなり、朝か夜しかわからない状態で時が過ぎていく。
右に行っては左へ戻り、左へ行っては右に戻り。風見はとにかく走り回っていたように思う。
”ゼロ”は――降谷は、冗談だろうと嘆きたくなる程に人使いが荒く、厳しかった。
例えば。
『僕だ。〇〇の件、被害者の叔父を洗って欲しい。過去にマル暴に世話になっているようだ。出来るだけ早くな』
コールを受ければ、一息に用件を告げて、あっという間に回線を断つ。
風見は慌てて言われた件について資料集めに奔走した。
『まだか?!いつまで待たせるつもりだ!……いいか、日没までに寄越すんだ。日没までだぞ』
三時間後、再びかかってきた電話に、平身低頭ですみません、急ぎます。必ず、と答えながら風見は内心泣き言を叫んでいた。
名前も判明してなかった人間を三時間で洗えなんて、物理的に無理です!と。
だが、風見は通達のあった日没までに、きっちりやりきった。食事も取らず、水分だって殆ど取らないで、時間との戦いに勝利した。
その甲斐あってか、元あった報告書には名前も上がっていなかった被害者の叔父を、首謀者として挙げる事ができた。
手錠を掛けられ連行されていくその姿を、信じられないような面持ちで、呆然と見送る風見の背後から声が掛けられる。
『風見』
『ふる、や、さん』
水分不足で乾いた唇が突っ張るような感覚があり、返事はどこか辿々しくなった。喉も渇ききって、ヒリついている。
振り向いた先には、降谷が居た。
ぐしゃぐしゃの頭髪に、うっすらと生えた無精髭。よれたスーツの裾からは、シャツが覗いている。頬には擦り傷まであった。
満身創痍の降谷の姿に、まるで鏡を見ているようだと風見は思った。
報告書になかったということは、誰も気が付かなかったと言うことだ。それを看破したということは、降谷自身の着眼点の良さもあるだろうが、そこに行き着くまでに尽力したのも間違いない。
『今日は無理を言ったな。済まなかった。だが、おかげでホシを挙げられた。感謝してる』
『は、いえ……時間がかかってしまい、申し訳ありません』
『もう休んでくれ、と言いたいところだが、生憎、後始末が残っている。もうしばらく付き合ってもらうぞ』
『はい』
降谷は、人使いが荒く厳しい。けれど、それ以上に自分自身に厳しい。
そして風見の思ったとおり、恐ろしく優秀であった。
この一月半という短い間に、五件の検挙・摘発を成し遂げている。
流石は”ゼロ”と、公安部では興奮しきりに彼を褒め称える声が後を立たないほどだ。実際、間近で彼を見てきた風見としても、圧倒されるばかりである。
それに、厳しいだけではないのだ。
降谷は部下である風見に対しても謝罪の言葉を口にし、感謝を述べる。――意地悪く表現すれば、人心掌握の手管に長けていると言えた。
風見の下についていた新人は、降谷に声を掛けられたことで有頂天になり、今では如何なくその能力を発揮してくれる。
簡単に言えば、飴と鞭の使い方がうまいのだ。見習わなくてはならないなと思う。
休む間がないため身体は疲弊していたが、いつになく精神は充実していた。
『安室さん』は、未だ戻ってこれない日々が続いているようだった。
風見はその事を残念に思ってはいたが、自分も帰宅するのは四日ぶり、一週間ぶり、という有様なので、結局すれ違いは必至だ。
会えないとわかっているよりも、会いたくても会えない方が、やきもきしてしまうのはわかりきっている。
でも、やっぱりあなたからのメッセージが来ないのは、さみしいものです。
お互い早く落ち着けるといいですね。
宛のない手紙を書くのは、かえって寂しさが増すだけなので、心の中だけでメッセージを記す。
風見自身が落ち着く日が来るのかは定かではないが、とりあえず今日は五日ぶりに帰宅できるのだ。
矛盾してしまうが、やきもきしてもいいから『安室さん』からの手紙があるといいぁと思いながら、いそいそと帰宅準備をする。
「今、帰りか?」
「降谷さん。お疲れ様です」
同僚に挨拶を済ませデスクを後にした風見は、道すがら降谷とばったり会った。警視庁の方で会うのは、一番最初の会議室でのファーストコンタクト以来だ。
いつか見たボロボロの姿とちがい、こざっぱりとした降谷の立ち姿は、モデルと言われても信じてしまいそうだ。
「帰るところだったんですが、降谷さんは?」
「僕も終わったところだ」
その言葉に胸を撫で下ろした。直属の上司の仕事が残る中、勝手に帰れるほど風見の神経は太くはない。
ゆるく笑みまで浮かんできそうな風見の頬が、続いた降谷の言葉に引きつった。
「丁度いい、送っていこう」
「は、や、いえ、大丈夫です。お気遣いなく」
「遠慮するな。もう何度も僕の横には乗ってるんだ。今更、緊張もないだろう?」
「ですが、降谷さんもお疲れでしょうし、わざわざお手を煩わせる訳には」
身振り手振りに言葉もつけて。全身で拒否を伝える風見に、冷ややかな声で降谷は告げる。
「――風見、ひとつ教えてやる」
「へ……あ、はい」
「まず、僕から言い出しているのだから、それこそ余計な気を回す必要はない。それで」
降谷はポケットから出した愛車のキーをくるりと手の中で回し、チャリと金属音を鳴らせた。
「疲れてるから運転が面倒だ、なんて思う奴は、あの手の車には乗らない」
確かに。
あの低くて硬いシートを思い出しながら、つい風見は頷いてしまった。
愛好家を虜にしてやまないその流麗なフォルムは、車に興味のない風見をしてかっこいいなと言う感想を自然に抱かせる。
時代の移り変わりに伴い、スポーツタイプの乗用車の流通量は減る一方だ。それ故か、都内を走っている時などにちらちらと人の視線が向けられているのは、風見の気の所為ではない。なお、運転席に座るその人のビジュアルも、人目を引く一因であるのは間違いではないだろう。
「潜入捜査、ですか」
狭い車内で、話しておきたいことがあると前置きした降谷が切り出した内容に、風見は息を呑んだ。
近々、それ絡みで海外に出るのだと言う。日本を離れる間は警視庁側の指示に従うように、戻ったら連絡をする。と簡潔に指示を出していく。
しかし、国内ならまだしも、海外まで飛ばなきゃならないようなスケールの大きさに、風見はどこか現実味がなく、二の句が告げない。
「黒の組織と呼ばれている、世界のあちこちで要人暗殺、強盗はもちろんのこと、軍事・産業スパイを送り込んでいる、最も警戒すべき組織だ」
その名称は、風見も聞き及んではいる。
確か一年ほど前にあった、未解決のままの銀行の頭取殺害強盗事件。それを行ったのが、件の組織と言われている。それだけではない。他にも多くの未解決事件に関与しているとも、被疑者死亡で迷宮入りと化した事件にもその影が残されていると言う話だ。
その目的も、組織の構成も、規模も定かではない。
唯一と言っていい確定している情報は、彼らのオフィシャルカラーが黒と言うことだ。
全身黒尽くめ。帽子から靴までを黒く塗りつぶした衣類を纏っていると。ゆえに、黒の組織と呼称された、と。
世界を相手にするテロ組織。そこへ、内部情報を探るために潜るのだと言う。
潜入捜査自体は風見も経験があるが、規模も危険度も風見の想像の枠を遥かに超えているはずだ。
「よくある話だが、組織内部ではコードネームで呼びあうようになっている。僕に与えられた名は『バーボン』。幹部クラスは皆、酒の名前を宛てられているんだ」
ならば降谷も幹部と肩を並べているということか。一朝一夕で、できることではない。
降谷の有能さは風見も認めるところであるが、使えるやつだと判明するのはすぐでも、手放せないやつだと判断するには、それなりの時間を費やさねばならないのだ。
世界を相手にしているのなら、人選は慎重を極めたはずだ。それを降谷は掻い潜っている。……もはや風見の計り知れない域である。
「もう三年は過ぎたが、進展と呼べるものはない。……情けない話だ」
そうひとりごちる降谷の横顔を、風見はちろりと目だけを動かして見た。
正面を見てはいるが、まるで炎を灯しているような強い目で、もっと先を睨み据えている。口元は引き結ばれているが、ひくりと震えだしそうな頬は、唇を噛みしめるのを耐えているようだった。
目端に引っかかったステアリングを握る手は、力が入っているのか青筋を浮かび上がらせている。言葉こそ冷静なものだったが、降谷の身体は悔しさを抑えられないようだった。
そりゃあ悔しいだろうな。
少なくとも風見の知る降谷は、関わった案件は全戦全勝。解決できない事件など無い、と思わせるに値する働きぶりを見せていた。
その彼が、三年という月日を費やしてなお、しっぽも掴ませない。
どれだけ強大な組織なんだと、風見は身震いをした。
――――降谷に掛ける言葉など、何もない。
風見の想像以上の修羅場をくぐってきたであろう降谷に、掛けられる言葉など持ちえていないのだ。
必至に食いしばって無念を、或いは屈辱に耐えているのは、命をかけて今も、そしてこれからも戦っていくという信念あってだと、風見にもわかる。
そのステージにあがっていない風見の言葉など、何の意味も持たず鼻白むばかりだろう。
掛ける言葉はない。ただ、伝えたいと思う言葉はひとつだけあった。
「……よく、ご無事でいてくださいました」
それだけだ。
彼がこうして息をしていることの僥倖は、彼自身にはわかりえないのかもしれない。
組織の一因として動く以上、組織を狙う者たちにも命を狙われ、信頼関係でなく実益のみで繋がっている組織内部では、裏切りや失脚など、身内だとて安心できる人間は居なかったはずだ。
そんな環境に三年も身を置き、命を危機に晒しながらも生き延びていてくれたことに、風見は感謝を述べたかった。
一月半という短い期間ながら、風見は降谷が信頼に足る人間だと思っている。
プライベートはろくに知らないが、こうやってわざわざ部下を送り届けるのを買って出たり、人格者の片鱗は見せている。
公の部分であれば、公安に――この国に無くてはならない人材と、声高に宣言できる。
降谷 零を失うことは国家の損失だと、自信を持って言えるほどに稀有な存在。
生きていてくれて、ありがとうございます。
その思いだけは伝えたかった。
降谷からの言葉はない。
それでよかった。
車内に響くのは、降谷の愛車のエキゾーストノートだけだった。白いRX-7はきらびやかな街灯の間を縫うように走っていく。
程なくしてぴたりと止まった車に、風見は窓越しに辺りの様子を窺う。見慣れた風景に、自宅前だと気づいた。
住所を教えていただろうか、と疑問が浮かんだが、さしたる問題ではない。大方、警視庁の方から出された風見の資料に記してあったのだろう。
シートベルトを外し、足元に置いていたカバンを手にし、ドアノブに指をかけながら降谷へと顔を向けた。
「すみません、送って頂いてありがとうございました。ご帰国と連絡、お待ちしています。お疲れ様でした」
礼と共に頭を下げ、早々に車外へ出ようとする風見の腕が、ぐいと後方へ引っ張られた。
振り向くと、伸ばされた降谷の手が、腕を掴んでいるのがわかった。俯いているため、長い前髪が表情を隠している。
引き止められる理由がわからず、目を丸くしながら風見は降谷の名を呼んだ。
「降谷さん、何か――」
「好きだ」
耳を、疑った。
だが、腕を握る手の力が増し、そこから生まれる骨が軋むような痛みが、幻聴でも夢でも何でも無いのだという事を知らしめる。
降谷が顔を上げる。数分前に、炎が宿っていると思った瞳を向けられて、その美しさに釘付けになった。
「君が好きだ。好きなんだ、もう、ずっと前から」
繰り返される言葉は、間違えようのない愛の告白であった。しかし、降谷の声色は感情の熱を孕んでおらず、苦渋の色しか見えない。向けられる視線と、あまりに違う。その温度差に、風見はどうしていいのかわからなかった。それに――ずっと?
思いあぐね口を閉ざす風見に構わず、少し間をおき降谷は続けた。
「――僕は、初動を間違った」
「は」
「正す機会はいくらでもあった。実はと話を切り出すことは、いつだってできた。正体を隠し偽名を使っていたことも、今この場であっても理解は得られると思っている。だって、そうだろう。僕はこの一ヶ月半の間、ずっと君を見てきた。無茶とも言える僕の要求を必要な事だとこなす、そんな君に僕は……だからこそ、何も言えなかった」
一気にまくしたてられて、風見は降谷の言わんとすることが察知できない。いきなり好きだと言われて動揺しているのも一因だ。
それに、降谷の言葉は告白と言うより告解じみていて、聞いていなければならないように気分になる。
「潜入捜査をするに当たって、万が一にも正体がバレてはいけないと、偽名とその設定を作り込んだ。基本的に僕は降谷零としてではなく、その偽名の方で生活をしている。根差すことで、真実を隠すように」
「は、い」
偽名を扱うことは、何も珍しいことではない。昔の上司など、いくつの名前を使ってきたか本人もわからないと笑っていた。
”ゼロ”である降谷が偽名を持っているのは、むしろ自然とも言える。
――それを風見に告げたのが、先程の告白に繋がるというのなら、それは。
胸の内はざわつき、言い知れないモノが背筋を這い上がる。こくりと喉仏が上下する。飲み込んだものは一体何なんだろう。
掴まれる腕動揺に、風見もいつしか拳を作り強く握り込んでいるが、感覚がない。指先が冷たくなっているせいだ。
先を聞きたいような、聞きたくないような、と風見の内情はグラグラと揺れ動いているが、そんなものは、降谷の知ったことではない。
「まだ、わからないか?どうして君の家を知っていたと思う。……何度も僕の字を見ているのに、何故気づかない」
その言葉に、風見の心臓がどくんと大きく脈打った。
「僕が偽名として使っている名前は――『安室』。君の隣人、『安室 透』は僕なんだ」
[newpage]
酩酊しているかのように覚束ない足取りで、風見は自室へと戻った。
重々しく閉ざされた扉を背に、暗がりを前にして、つい先刻のやり取りを思い出す。
――降谷さんが、『安室さん』?
まさか、と思うが、それはただの現実逃避でしかないだろう。
降谷の口から『安室さん』の名が出た。裏付けには十分過ぎる。
風見は扉を背もたれにして、そのままその場へへたり込んだ。項垂れてここ半年、否、そろそろ七ヶ月になろうかという月日を思い返してみる。
とは言え、二人の間にあったのは手紙のやり取りのみだ。しかし本来、当人同士のみで秘されるべき文章のやりとりを、第三者に知られているのは、正直受け入れがたい。
降谷が『安室さん』と同一人物である以上、第三者というくくりには当たらないのはわかっているが。
風見は、己が『安室さん』へ何を書いて送っていたのか、細部までは覚えていない。
他愛のないことであったり、『安室さん』からの心擽られる言葉を軽くいなしたり。仕事の愚痴は、職業上他人に漏らす訳にはいかないので、何も言っていなかったと思う。
自分の書いたものは思い出せないが、『安室さん』からもらったものは詳細に憶えている。
最初のメモから最後のメモまで、何度も暇を見つけては読み込んでいたのだから。目を通す度に、頬は緩まり心満たされてきた。
何度も繰り返される「会いたい」。降谷の口から紡がれた「好きだ」。『安室さん』は降谷と同一人物である。ならば、『安室さん』の「会いたい」も、恋うがゆえと言うことなのか。
「……マジか……」
心臓は全力疾走をした後のように早鐘を打ち、熱が出たのではないかと言うほど顔中が熱い。いつかしたようにシンクに頭を突っ込んで冷水を浴びたほうがいいのではないだろうか。
そう思っても、今の風見には時間がない。
もうすぐ、降谷がやってくるのだ。
話がしたいという降谷に対し、混乱の最中にいる風見は遠慮したかったが、否と言わせてはもらえなかった。車で送り届けるのだって押し切られたのだ。弁舌で彼に勝てるわけがない。
どこかのパーキングに車を止めてから邪魔をする、と言い残して一旦は別れたが、人を待たせるタイプではないだろうし、早々に戻ってくるのは予見できた。
落ち着かなければ。、みっともないところなんて見せられない。こんな赤い顔など、論外だ。
風見は自分にそう言い聞かせて、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。
どれほどの時が過ぎたのだろうか。長いような、短いような。曖昧な時の流れの中、インターホンの音が風見の鼓膜を揺らした。
風見はこの日を待っていたんだろうか。今となってはわからない。
立ち上がり、ゆっくりとした動作でドアを開ける。
果たして、この扉の向こうにいるのは誰なのか――それも、今の風見にはわからなかった。
灯りをつけると、室内がはっきりと一望できた。きっちり整理整頓できているかと問われたら頷くことは出来ないが、何と言っても在居時間が少ない――この一月半は特に――ので、ゴミも増えない。こざっぱりとしたものだ。
それでも風見は、テーブルの上に置きっぱなしになっていたビールの缶を、手近にあったビニール袋へと放り込む。
「散らかってますけど、その辺に座ってて下さい」なんて定型文を言い残し、風見はキッチン側へと移動した。
後処理も終わり、明日は休みともなれば帰宅後は、それこそビールでもかっ喰らいたいところだが、ドライバーである降谷を気遣いペットボトルの茶を取り出す。
ああ、でも必要はないのかもしれない。そうするつもりでいるのかは知らないが、彼の寝床は風見の隣部屋にあるのだから。
グラスに並々と茶を注ぎながら風見は一つ、大きなため息を落とした。
どうぞと降谷の前にグラスを置けば、会釈付きでありがとうと返ってきた。
降谷が座っているのは、普段風見が座っている場所から見て右斜めに位置する。一瞬躊躇ったが、風見は定位置へと腰を下ろした。距離こそ近くなるが、真正面で向き合うより、斜向かいの方がお互い視線を交錯させずに済むと踏んだからだ。
張り詰めた空気が二人の間に生まれ、室内はしんとした静寂に包まれる。
口火を切ったのは、やはり降谷であった。
「僕を責めるか?」
「責める?」
「結果として、君を騙していたのは間違いないだろ」
「責められたいんですか」
心にもないことを。
それがわかっているから、風見も淡々と返事し、風見の言葉に眉を下げたまま降谷もゆるく笑む。
「どうだろうな。君は責めはしないだろうというのはわかっていたが、責められて当然とも思うし……責められたいとも、思っているのかもな」
「……それであなたが楽になると言うのなら、そうしますが」
詰られて責められて、罪を暴かれることで罪悪感を減らす。ままあることだ。黙ったままでいるのが、よほど罪が重いのだということは、警察官でなくとも知っている。
だから、自首してきた者には罪が軽くなるという救済があるのだから。
ああ、やはり降谷は『安室さん』なのかもしれない。もちろん、嘘だと思っていたわけではないが、より確信に近づいてきて、風見の胸中は再びざわつき始める。
責めるかと、責められたいのかもしれないとぼやく降谷は、黙っていてすまなかった、と一度たりとて謝罪を口にしていない。
今回は、はたから見れば謝罪に値する事柄ではある。そうしないのは、恐らく降谷が許されたいと思ってないからだ。
降谷にとって風見が単なる『安室 透』の隣人でしかないのなら、そうは言わなかっただろう。
だが降谷は風見を好きだと言った。もうずっと前から好きだったと。恋い慕う相手を偽らなければならなかったことに、誰より傷ついているのは降谷自身だ。辛いのは、風見ではない。
風見の言葉にすぐに返答はせず、降谷はお茶のグラスを手に取り、律儀にいただきますと言ってから口をつけた。
「僕は、卑怯か?」
「ご自覚があることに、私が口を挟む必要はないかと思います。が、それもまた資質であるのでしょう」
そもそも、偽名を使いそれを黙っていたことに罪悪感を抱くというのなら、この仕事に向いていない。詐欺など犯罪にあったならまだしも、隠された正体を知らされなかったのを騙された、と思う方も然りだ。
綺麗事だけでは済まされない。そういう場所に身をおいているのだ。降谷も、風見も。
「……私は騙されたなんて思っていませんよ」
「そうだろうな」
「あなたの所属を聞いてなお理解が出来ないというのなら、とっくにクビになっているでしょう」
クビは言い過ぎでも、部署異動は免れないだろうな。
そう思いながら、風見も喉を潤した。
「僕は、夢を見た」
風見に顔を向けるでなく、グラスを見ているか見ていないのか、ぼうと虚空を眺めたまま降谷は続ける。
「そこにどんな大義があるとしても、血なまぐさいことをしているのには変わりない。『降谷 零』が誰かを愛し愛されようなんて、どんな顔して言えるというんだ。……けれど『安室 透』なら、それが許されるかも知れない、と」
そんな、都合のいい夢を見たんだ。
降谷の声が、心なしか震えているように思えたのは勘違いなどではないだろう。
「君に僕が受けた衝撃は、便箋に記したとおりだ。単純に君という人に興味が湧いていただけのはずだったが、好きになるのに、恋をするのに時間はかからなかった」
ぴくりと風見の肩が揺れ、所在なげに目は拠り所を探すようにあちらこちらをさまよった。
目端に降谷の指先を捉え、理性は止めておけと警告しているのにも関わらず、見たいという欲求に抗えずに、風見はそのまま視線を上げていき、彼の口元を注視する。
風見を好きだと紡いだ唇に、縫い留められてしまう。
「君に……『安室 透』として、出会いたかった。でも、そんなのは無理だ。所詮『安室 透』は降谷零を隠すためのカモフラージュでしかない。名前を変えても、心は一つしか無い。僕は、降谷 零でしか有り得ない」
そこで降谷は顔を上げ、風見の方を見た。風見もつられて降谷を見返す。
「もし『安室 透』が存在しなくても、降谷 零は君を愛した」
――まるで、抜身のナイフを突きつけられているようだ。
全てをさらけ出して、風見への想いを語る降谷は、鋭利な刃物のようだった。それは美しく、危ういものである。
甘い愛の言葉に酔いしれるどころか、戦いてしまう。逃げ場がない、まるで崖際に立たされているような心境でもあった。
今しがた水分を摂ったばかりなのに、舌の根が乾いたように上手く動かせない。
「なぜ……そんな事、いい切れるんです」
「あんな短い手紙のやり取りでも、君の人となりは透けて見えていたんだ。事実、君と言う人物と実際に知るようになったこの一月半の間に、僕の思慕は増すばかりだった」
降谷の口上は止まらない。
「『バーボン』であるがゆえ、見過ごした命……見殺しにした命もある。死なせた命も、もちろんある。信念を持って行動していても、築いた屍の山に揺らぐときだってある。僕だってちっぽけなひとりの人間だ。愛されたいと願うし、欲にだってまみれている。だから、自分の命を惜しんでくれる人に、心惹かれないわけがない」
「そ、んなの、別に、俺に限った話じゃ、ないでしょう」
「それはそうだ。……でもね、風見さん」
風見さん、そう呼ぶのは『安室さん』だった。意識したつもりはないが、心臓がぎゅうと締め付けられる。
「他でもないあなたにそう言われたら、僕はもう堪らなかったんです。好きだって気持ちが抑えきれなかった」
もう一度、言わせて下さい。
「あなたが好きです。どうか、僕を好きになってほしい」
僕って誰だ。即座に浮かんだ風見の疑問に、すぐさま降谷が答えてくれた。
「『降谷 零』も『安室 透』も同じ僕です。あなたに恋する、ただ一人の男です」
そう言って柔らかに微笑む降谷に、風見は耐えきれず、自分の口元を隠した。
一度は引いたはずの熱が再び上がっているのがわかる。今度は耳まで赤く染まっていることだろう。
滅茶苦茶だ。
『安室さん』はいないんだと言いながら『安室さん』でいたかったと吐露し、挙句の果てには、『降谷』も『安室』も分け隔てないと――敬語になったのは、上司も部下もないということか。
「……あなたは、なんてことを……」
何とかそれだけを吐き出したが、口元を覆っているため、何を言ったかは降谷には届いていないだろう。
魂が震えるような一途な思いを向けられて、気恥ずかしさもあったが、何より歓喜が風見を満たしていた。幸福が風見のキャパシティすべてを侵食し、一生とどめておくはずだった想いが、表面張力をも超えて溢れ出てしまう。
「俺は、『安室さん』が好きでした」
そう言って、視線だけで降谷をちらりと見ると、一瞬驚いたように目を丸くしていた。
風見の『安室さん』に向ける感情は、確かに恋であった。しかし今、降谷も安室も同じ男だと言われ、自身の持つ想いが揺れ動いているのがわかる。
「お気づき……気づいてるでしょうが、俺は少なくとも二度『安室さん』とのやり取りを断ち切ろうとしています。初期の話ですけどね。顔も知らない人間に説教されたりしてるのに、正直、物好きな人だと思いましたよ。でも……そのひたむきさがあったからこそ、俺は『安室さん』を好きになりました。けど」
風見はそこで一旦言葉を切り、一呼吸置いてからぽつりと呟かれた一言は、ひどく弱々しいものだった。
「今はもう……わかりません」
「……混乱するのは当たり前です。それは」
「でも!!」
風見は労るような降谷のセリフを遮るように大声を上げた。断ち切られたことで降谷は開いた口を再び閉じ、静寂が二人を支配する。
混乱してるのは確かだ。けれど、『安室さん』を好きだと想ってどのくらいの月日が過ぎた?認めたのはほんのひと月前だとして、もっと前から好きだった。
それが、たった数分の出来事で揺らぐ。秘めていた恋心はまやかしだったのか。――それは違う。
違うから、『安室さん』でもある、降谷からの告白に、こんなにも打ち震えているのだ。
「でも、あなたから好きだって言われて……それは、う、嬉しいんです。ほんとに。でも、あなたと『安室さん』のイメージが一致しなくて、頭ではわかってるんですけど、どうにも重ならない」
「風見さん」
「……それ、止めて下さい。プライベートだからって事なんでしょうが、私にとってあなたは上司に変わりないですし、その、落ち着かないんです」
「……君がそういうのなら」
すんなり承諾してくれたことに、風見は安堵した。ほう、と一つ大きく息を吐いて、再び喋りだす。
「『安室さん』と会ったことなかったから、俺の中で『安室さん』のイメージが肥大してるんでしょうね」
「それ含めて、君は『安室』に会いたいとは思ってなかっただろう?」
風見は降谷を凝視したが、すぐさま伏し目がちになり視線を外した。
会いたかったけど、会いたくなかった。それを降谷に知られているのは、風見が手紙で一度も会いたいと書いたことがないことから察しているのだろう。
「それは僕も同じだ。僕は君を好きで会いたいという気持ちに偽りはなかったが、それでも顔も知らない相手では自然と気持ちにセーブがかかる。期待だけが増長して、妄想だけが膨らんで、勝手に自分の理想の君を作り上げていたのかもしれない。そして自分を卑下し、幻滅されるかもしれないと言う不安に押しつぶされ、実態を持つことに恐怖した」
「わかります」
思わず風見は降谷の言葉に力強く頷いた。そう言えば昔大ヒットした歌に、そんなフレーズがあったように思う。降谷の言葉を聞いていたら、なぜか思い出された。
「君があの日、僕の前で『風見 裕也』と名乗った。当然、まさかと思ったし、同姓の可能性にかけた。でも同時に『風見さん』であることも期待した。結果は見てのとおりだ。思いがけない所で、君が僕の前に現れた。触れられる、実体をもった君が。もう逃れられないんだと思ったよ。……逃す気も、もうない」
切なさを滲ませるセリフから一転し、獰猛な獣を彷彿させるような一言に、風見の身体が強ばる。
ここは密室で、二人きりで、招き入れたのは風見自身で。その事実に、背中にじとりと冷や汗が伝う。
風見の緊張を読み取ったかは定かではないが、降谷は微笑みを見せ、ゆっくりと立ち上がった。
「今日のところは帰る」
「えっ、帰る?」
「押し倒してもいいなら、別だが?」
この流れで帰宅を宣言することが信じられず、風見は反射的に声を上げたが、降谷の返答にぐっと押し黙る。
なんだか乗せられてしまった気がして、つい非難するような文句を口にしてしまった。
「そういう、即物的なタイプじゃないと思ってましたが」
「僕ら、もう子供じゃないからな」
ぐうの音も出ない。弁舌でこの男に勝とうというのは、無謀なことなのかも知れない。
玄関へと向かう降谷を見送らねばと思うのに、体が動かない。腰が抜けたように足に力が入らず、風見は遠ざかる背中だけを見ていた。
「それに、はじまりは文のやり取りだったんだ。いまどき無いくらい奥ゆかしいじゃないか」
そう言いながら靴を履いた降谷は、扉を掛けて振り向いた。
「君も連日の捜査もあり疲れただろう、ゆっくり休んでくれ」
そう言い残し、降谷は扉の向こうへと消え、重苦しい音を立てて扉が閉まった。少し時間を置いて、隣の部屋の扉が開閉する音が響いてくる。
となりの、へや。
それを認識した風見はそのままテーブルへと突っ伏した。
一時間に満たない時間であった。
その短い時間に与えられた情報を処理できる能力を、風見は持ち合わせてはいない。だが、その本質を見抜けないほど愚鈍でもない。
――『降谷 零』も『安室 透』も同じ僕です。あなたに恋する、ただ一人の男です。
これだけが彼の真実であり、風見に知ってほしいことなのだ。
振り返る度、胸を締め付けられるような懸命な告白に心乱される。
会いたいの一言にだって胸高鳴らせていたのに、こんな切ない想いを聞かされて平静でいられるわけがないのだ。
そして同時に、やりきれない気持ちが風見を苛む。
「チクショウ……っ」
『安室さん』が好きだった。
けれど、彼の会いたいと言う言葉にも返答できず、ただ彼を待っていた。不安だったのは、彼も同じだったのに。
「俺もです」真実を記すだけで、きっと彼の不安は軽くなっただろう。独りよがりではないんだと、喜びさえしたかも知れない。
甘えていたのは風見の方だ。知らないうちに――否、これも見て見ぬふりをしていただけかもしれない――彼を傷つけていただろう。その不甲斐なさに後悔を覚える。
そんなつもりじゃなかった。いつかの『安室さん』のメモにあったように、風見も強くそう思った。
風見は勢いよく立ち上がり、玄関へと向かった。なんだか足元はふわふわと覚束ないが、きちんと地を踏みしめられている。あの人の元へ向かえる。
初動を間違った、と言う降谷の言葉が蘇る。
そのとおりだ。風見も初動を間違った。待っているだけで、何が手に入ると言うんだ。風見が動かなかったから、ここまで拗れたんだ。
『安室さん』からの会いたいに素直に答え、それこそ風見の方からアドレスを聞いたり、日にちを指定してもよかった。早いうちに顔を突き合わせて、小さな恋心を育み、その上で『降谷 零』に出会ったとしたら、こんな風にはならなかった。
降谷の言う、どちらも同じ僕だ、とすんなり受け止められたはずだ。
間違っていた。
何もしないでいるのに、事態が好転するようなことを期待した、風見が間違っていたのだ。
逃す気はない、と言った降谷に言いたい。自分だって今更逃げられないし、逃げるつもりも毛頭ない。
時は戻らない。けれど、今からだって始められる――はずだ。
風見は靴をつっかけ、踵を踏み潰した状態のまま部屋の外へ飛び出た。
そして、向かった先は隣の部屋。
閉ざされた扉の前に立ち、深呼吸を一つして、風見はその部屋のインターホンを押した。
あのポンコツエレベーターのボタンにするように、何度も連打する。鳴り響く音は迷惑だろうが、かまっていられなかった。
――早く。早く出てこい。
気ばかりが急いていた。
程なくして開いた扉の向こうには、訝しげな表情の降谷がいる。そう、降谷だ。この人は降谷 零でしかありえない。けれど『安室さん』の事を忘れたわけでもない。だから。
「となりの風見です!えっと、あの、あー……あ、あなたの淹れた、珈琲が飲みたいんです」
訪れる理由が思い浮かばず、とっさに出てきたものは取ってつけたようなものでもあったが、風見は概ね満足した。が、降谷の眉間に寄った皺はそのままだ。
「……もう夜だ。眠れなくなるぞ」
「明日は休みなので、構いません。……知りたいんです。あなたの淹れた珈琲の味も、あなた自身のことも」
ごくりと飲み込んだのは緊張だ。うっすらと染まる頬の赤みは、大して明るくない廊下の照明の下でも映えていただろう。
「知らなきゃ、好きかどうかなんてわからないでしょう?」
それは、あなたのことが、降谷 零であり安室 透でもあるあなたのことが、好きになりたい、と言っているのと同義であった。
今できる、風見の精一杯の告白であった。
胸の中で破裂しそうなほど脈動する心臓に、身体が揺れ動いているのではないかとすら錯覚しそうだ。
「いいのか」
返ってきた降谷の言葉の意味がわからず、風見は小首をかしげる。
「いいのか。僕は期待していいのか」
ストレートな物言いに、身が縮こまるようだった。実際、そういうことではある。けど。
「……俺がどう転ぶかは、あなた次第ですよ」
好きにさせてみろ、と挑発めいた意味合いを含ませたセリフ返す。しかし、既に答えは殆ど出ている。こうして、隣の部屋を訪れた時点で、とっくに。
一瞬目を丸くした降谷は、そこで漸く表情を崩し、柔らかな笑みを浮かべた。
「……君に飲んで欲しいと思っていたブレンドがあるんだ。口に合うかはわからないが、君をイメージをしたものだ」
飲んでくれるか、と続けた降谷に、是非、と風見は返し、身をずらした降谷の横からするりと、室内へと足を踏み入れた。
安堵の息を吐きながらも、別の意味で高鳴る心臓は鼓動を早めたままだ。
初めて入る室内に、風見はぐるりと視線を巡らせる。風見の角部屋とは間取りも少し違うようだ。それに、なんだかいい匂いがする。芳香剤の類だろうか。
「口にあうかはわからないが……必ず、好きになってもらう」
背後で何事かぽつりと呟いた降谷に、他事に気を取られていた風見は上手く聞き取れず、「何か言いましたか」と訪ねた。
「いいや。何でも無い、珈琲の話しさ」
「はぁ」
「少し酸味を強めてもいいかなと思ったんでな。……それより、先に食事にしよう。大した材料がないので軽食くらいしかできないが、腹は減っているだろう?」
料理もされるんですか、すごいですね。
感心しきりの風見の背後で、軋む音を上げて扉が閉まる。それは、世界と二人を隔絶する音とも言えた。
果たして風見が口にするのは『食後の珈琲』か。はたまた『夜明けのモーニングコーヒー』になるのか。
それは二人も知らない、二人が迎える未来の話。
『となりの安室さん』 終
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ゼロの右腕になる前。風見さんのとなりの部屋に『安室さん』が引っ越してきました。というお話です。<br /><br />タイトルに思い切り安室さんとありますが、このお話は降風です。<br />前半は安風かな~と自分でも思わないでもないですが、降風です。<br />ラブコメを目指しましたが、撃沈しました。<br />少々の捏造とご都合主義にまみれております。<br /><br />妄想が詰め込まれております。宜しくおねがいします。<br /><br />もし降谷氏視点の「となりの風見さん」を書くことがありましたら、笑ってやって下さい。
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となりの安室さん
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10122862#1
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コナン夢小説です。
転生しちゃったオリ主がメイン。
捏造大半。キャラ崩壊多数。
基本的にご都合主義。
それでもOKでしたらどうぞ。
[newpage]
ハローハロー。
某体は子ども、頭脳は大人な名探偵がいる世界に転生してしまった私です。ごきげんよう。
ベイカー街の亡霊からしばらく。ヒロキくんは無事に父親のもとへ帰してあげることができました。うん、出来たのは良かったんだけどね。
どうしても公安警察に事情を聞かれるだろうとは思ってたんだけど。ヒロキくんは私たちを売らないだろうし、しばらく監視生活になるんだろうなって予想も当たってたけど。
まさかヒロキくんが盗聴器や発信器を自主回収して監視している職員に直接手渡しに行くようになるとは思わないよね。
いや、盗聴器と発信器を上手く誤魔化して連絡くれるだろうなとは予想してたんだけどね? 直接手渡しは予想してなかったというか……。公安のパソコンに入れられた文書データに、類は友を呼ぶとか、働けストッパーとか文字が入れられてたから公安の人たちもメンタルがやられているらしい。別に私ヒロキくんのストッパーではないからね。
ノアズ・アークは基本的にはこっそりヒロキくんのところにいるようになった。どうやら変なアプリを入れられたら積極的に消去しているらしい。さすが電子世界のセコム。優秀である。
さておき、今は特に大きい事件もないようだし、あの劇場版ラッシュからようやく解放されたのかと息をついたのも束の間。なんで私はこんなところにいるんだろう。
「葉月さん、次はどうすればいいですか?」
「沖矢先輩手際良すぎでは……? じゃがいもの皮むきお願いします。哀ちゃん手が空いたらそろそろ素麺出しておいて」
「わかったわ。どれくらい?」
「……博士、素麺どれくらい食べる?」
「二束までなら許すわ」
「んー……沖矢先輩もいるし、五束くらい茹でれば足りる? 少ない?」
「おかずもあるし、それくらいにしておきなさい。あるだけ博士は食べるわよ。五束ね」
お裾分けだと持ってきた素麺を取りに、哀ちゃんが向かう。今日はお中元で渡された素麺と、作りすぎた料理の消費に困ってお裾分けに来ただけだったはずなんだけど。
本当にどうしてこうなった。
チラリと横目に見れば、シンプルな紺色のエプロンをした、沖矢さんが真剣にジャガイモを剥いている。
これで中身はFBIの赤井さんなんだからシュールだよね。
それにしても、お裾分けを持ってきたタイミングで博士に少し用事があったのでと鉢合わせた沖矢さんは絶対タイミングを狙ってたと思うの。
しかも前に約束した料理教室、いつにしますか? なんて博士の前で聞いてきて。約束ちゃんとした覚えはないんだけどなぁ、なんて日本人気質の私は言えなかったので、乗り気な博士に流されて、あれよあれよという間に突発的料理教室が決まってしまった。
決まった後に顔を出した哀ちゃんが、沖矢さんを見て心底嫌そうな顔をしてたんだけど、もうちょっと表情は隠した方が良いと思うんだ。
「沖矢先輩、それ終わったら鍋に水入れておいてください。哀ちゃんにさせるには重いでしょうし」
「はい」
手早く皮むきを終えて、鍋に水を入れてくれる沖矢さんを見ながら思考する。やっぱり安室さんに負けず劣らずハイスペックだよね、この人。料理の手際も悪くないし、FBIとしても優秀だ。顔も悪くないどころか整っている方だろう。私としては赤井さんより沖矢さん派なんだけどね。
ともかく、優良物件だろうとは思うけど。やっぱり
「応援するなら先生かなぁ」
「先生がどうかした?」
「わ、哀ちゃん」
どうやらうっかり声が漏れていたらしい。素麺の束を運んできた哀ちゃんに苦笑を返す。
「先生はどうしてるかなって、ふと思って。あの人との進展具合の方ね?」
さすがに目の前に明美さんの元彼がいるからとは言えない。私の言葉に先生というのが成実さんのことを指していると分かったらしい哀ちゃんは、それはもう綺麗に笑って見せた。
「順調に決まってるじゃない」
「……哀ちゃん何かした?」
「あら、アドバイスだけよ。私、全面的に先生の味方だもの」
「すごい良い笑顔してるよ哀ちゃん」
「だって楽しいもの」
鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌になった哀ちゃんが、素麺を束ねる紙を解いていく。滅多に見ない上機嫌な彼女の姿に、沖矢さんが二度見どころか三度見くらいチラ見したのが見えた。残念ながらその上機嫌な理由は多分あなたには最悪なものですよ。
成実先生も結構ハイスペックイケメンだけど、赤井さんとはタイプが違うし、そもそも明美さんはダイナミック初めましてをしてきた赤井さんを受け入れる人だ。
哀ちゃんの様子を見るにちょっとずつ進展してはいるようだが、本当にどうなってるんだろう。ちょっと気になってきた。アイリッシュさんの件もあるし、そのうちネット挟んでの顔合わせでもしたほうがいいだろうか。
[newpage]
「はい、博士。お待たせしました」
「おお! 待っておったぞ!」
そわそわと完成を待っていた博士の前に料理を並べていけば、その目が輝いて苦笑する。
「おぉ! 久しぶりの揚げ物が……!」
「ささみだし、たまにはいいかなって哀ちゃんとも相談しまして。そもそも料理教室って名目なのに、今日素麺ですからねぇ」
消費するにもちょうど良かったから私としてはありがたいんだけど、料理教室で素麺はさすがにないと私も思ったんだ。
テーブルに並んだのは、にんじんやきゅうり、パプリカなどの生野菜を細く切って巻いた野菜の海苔巻き。ドレッシングは胡桃を混ぜたものを作ったけど、わりとサラダドレッシングとか何かけても美味しいからお好みでドレッシングつけて欲しい。
それから刻んだジャガイモを衣にしたささみ揚げ。衣に刻んだ塩レモン混ぜると美味しいんだけど、さすがに塩レモンはなかったのでシンプルに塩味だ。
主食の素麺に乗せるのは山形名物のだし。なす、みょうが、大葉、生姜、オクラを刻んで調味料と合わせたもので、これはお裾分けしに来たものだ。作ったら思ったより量多かったんだよね。
「このだしって、いろんなものに合いそうね」
「白米にも冷や奴にも合うよ。オクラ以外にも昆布いれる家庭もあるし、納豆と混ぜてもいいしね。その辺はお好みかな。まだ持ってきたの残ってるから冷蔵庫入れてるよ。三日くらいしか日持ちしないから消費お願いします」
「えぇ。じゃあ明日は豆腐と野菜中心ね」
「あ、哀くん……確かに美味しそうじゃが……せめてもうちょっと……」
「豆腐も立派なタンパク質よ、博士」
ピシャリと博士に言ってのける哀ちゃんは、阿笠家の食事管理をしているだけあってとても頼もしい。
「揚げ物冷めちゃうし、そろそろ食べません?」
「えぇ、そうね」
「それでは、いただきます」
来客用の割り箸を割って、まずはとささみ揚げに手を伸ばす。カリッとした表面に、中のささみはしっとりと。うん、良い感じと我ながら自画自賛してみる。
「へぇ、このだしというのは良いですね。さっぱりしていて、食べやすい」
「気に入っていただけたのなら良かったです。刻むのが面倒なだけでわりと簡単ですから作り置きにおすすめですよ」
「野菜の海苔巻きなんて初めてじゃが、こっちも美味いのぉ」
「アボカドと梅入れるとか、エビも一緒に入れてみるとか、色々出来て楽しいですよ。こっちも切るのがものすごく面倒なんですけどね」
なんてったって、今日の料理ひたすら野菜を刻んでた記憶しか無いレベルだ。
「葉月さんは、本当に料理がお上手なんですね」
「ただの趣味ですよ」
これでもポアロのアルバイターだ。実益も兼ねて色々作ることは多い。というか、ポアロはマスターが懐深すぎてアルバイトなのにいろんな料理作らせてくれるんだよね。安室さんが来てからそれが余計に増えたのだけど。
「そういえば、哀ちゃん再来週の週末は予定ある?」
「どうかしたの?」
「いや、久しぶりに一緒に買い物行かない? 最近来ても私の家でだらだらしてることのほうが多いし。日光浴びよう日光」
海苔巻きに箸を伸ばしながら提案してみる。
ついでに今度明美さん達のとこ行く予定立てて、差し入れとして色々買えたらいいなぁと思ってるんだけど。
「生憎と、あなたよりは外に出てると思うわよ」
呆れたように肩を竦めて哀ちゃんが返答してくれるけど大変遺憾である。
私だって外に出てるからね??? そりゃあ、公安の案件があったりするときは引きこもってたけど。丸一日外に出ない日とかもあるけど。
「再来週……あ」
「何か予定?」
何かを思い出したように哀ちゃんが口元に手を当てる。どうやら先約があったらしい。
「確かその日は子供達と水族館に行くんじゃ」
「水族館、ですか?」
子供達、というのは間違いなく少年探偵団のみんなだろう。少年探偵団が揃った状態でアミューズメント施設に行くとか、フラグにしか思えないんですが?
名前が思い出せなかったのか唸っていた博士が、ぽん、と手を打った。
「あれじゃよ、あれ! リニューアルオープンする東都水族館じゃ!」
…………。
ま た か !!!
出された名前に内心で叫ぶ。ちょっと、劇場版ラッシュは終わったんじゃなかったんですか! なんで! しかも! また組織!!!
東都水族館とかあれでしょ、観覧車のやつでしょう。いきなり観覧車で喧嘩始まって観覧車が転がるやつでしょう。インパクト強すぎてすごく覚えてます!
「おや、楽しそうですね」
「いいですね、東都水族館。私も行きたいなぁとは思ってたんです」
ついでに言うと、遊ぶ目的で行くなら観覧車が転がらない日に行きたいです。
「あら、一緒に行く? 葉月さんなら、構わないわよ」
「え」
思わぬお誘いに目を瞬かせる。
一緒に、ということは、おそらく彼女――キュラソーに出会う日になるだろう。アイリッシュさんを助けたのはヒロキくんを助けたいという打算があった。
けれど、彼女は、
「おぉ。子供達も喜ぶじゃろう! じゃが、私の車はそんなに乗れんが……」
「知り合いに送迎頼んでいいなら一緒に行かせてもらって良いです?」
気がつけば、考えがまとまる前に返答していた。
「決まりね」
「沖矢先輩はよかったんですか?」
「僕は元々用事がありまして……残念ですが、楽しんできてくださいね」
用事、というのはおそらくキュラソーに関することか。FBIがどのようにして彼女の、組織の企みを知ったのかは定かではないが、どうやら現時点で赤井さんは何かを掴んでいるらしい。
でなければ、哀ちゃんが出かける話題が出て、便乗しないなんてことはないだろう。多分。
冷静に考えて小学一年生に付きまとう大学院生なんて通報案件待ったなしだから、ちょっと距離を置こうとした可能性、とかないよね? ……ないよね?
[newpage]
「それでは、お邪魔しました」
「お邪魔しました。それでは、また再来週よろしくお願いします」
とっぷりと日が暮れてきた頃に、沖矢さんと一緒に阿笠邸を後にする。いや、哀ちゃんも全力で断ろうとしてくれたんだけどね? 女性の一人歩きは危ないからと言うもっともな理由をつけて送ってくれるって言うのを断り切れなかったんだ……。
「えーっと、沖矢さん、院生ってどんな感じなんです?」
「どう、といいますと……そうですね、比較的自由に自分の好きなことをやれるので、気に入ってはいますよ」
「へぇ、そうなんですねぇ」
「それより、随分灰原哀さんと仲が良いんですね?」
とりあえず沈黙は痛いので、無難に大学の話を振ってみたら速攻で哀ちゃんの話題に変えられた。
どれだけ哀ちゃんのこと大事なんだこの人。
「えぇ。仲の良いお友達です」
「失礼ですが、どのように出会ったんですか? いえ、あまりに年の差がありますのでつい気になってしまって」
「私のバイト先にコナンくんが良く来るんで、コナンくん経由で顔を合わせたんです。それから買い物先で合って、哀ちゃんみたいな小さい子が買い物とか偉いなぁって思わず声かけちゃって。そこから話して仲良くなったんです」
「ホォー……。そうなんですね」
「そうなんですよー」
笑顔を心がけて良いながらも、内心は冷や汗ダラダラだ。さっきのホォーとかなんか赤井さんっぽかった。やっぱり哀ちゃんと接触してたら確実にこっちに探りは入れられるだろうとは思ったけど、分かってて対面するのはさすがに怖い。
ハッカーだとバレるようなヘマはしていないはずだけど、たしかにこんな年上の女が小学生と仲良かったら怪しいと思われるだろう。
しかも哀ちゃんポアロにはこないから、バイト先でという言い訳は使えない。コナンくんにもいつか聞かれそうだしと、哀ちゃんと事前に言い訳をどうするか決めておいて良かった。
住宅街を通って、自宅の方へと取り留めない話をしながら歩いて行く。といっても話題はことあるごとに哀ちゃんについて触れられるんだけど。
沖矢さん、事情知らない人が聞いたら完全にロリコン判定されてアウトだと思うの。
「そういえば、以前お会いしたあの連れの男性は、恋人ですか?」
「え?」
ふと思い出したように聞かれた言葉を咀嚼して、全力で首を振る。
「いえ、バイト先の同僚ですよ」
「おや、そうなんですね。あれだけ威嚇されたのでてっきり」
そういえばそんなこともあったなと、記憶を辿って思い出す。うん、全力で安室さん沖矢さんの事睨んでたわ。
でもそんなに威嚇したのは確実に赤井疑惑のあるあなただからだと思いますとは言えないのでお口をチャック。苦笑を浮かべて曖昧に流す。
そういえば、安室さんにはノアズ・アークの一件が終わって以降ほとんど会えてない。
理由としては大学がレポートラッシュで忙しく、私のシフトが少ないからなのだけど。
それに元々私はバイト同士だからか、安室さんの抜けた穴埋めに入ることの方が多かったからガッツリ被るのはそこまで多くなかったしなぁ。
「ああ、葉月さん。服にゴミがついてますよ」
自然な動作で、沖矢さんが手を伸ばしてくる。あ、マズい。
指先にチラリと見えたような気がした小さな何かは、もしかしたら、と予想が及ぶのには容易かった。
これが本当に想像したとおり、盗聴器をつけるための動作であれば、なんとかして避けたいところだけど――――。
「わ!?」
思考が打ち切られるように、不意に腕を引かれて体勢を崩す。
背中と頭を何かにぶつけながらも、沖矢さんの手が空を掻いたのが見えた。
「奇遇ですね、こんなところで」
「あ、むろ、さん?」
目を瞬かせながら見上げれば、腕を引いた張本人である彼がこちらを見下ろして笑みを浮かべていた。目は笑ってないけど。
どうやら私は安室さんにぶつかったらしい。何事?
「え? えっと……?」
「おや、これはこれは。奇遇ですね」
「えぇ、本当に。それと葉月さん、ちょうど良かった。シフトのことで少しご相談があって。今からお時間大丈夫ですか?」
「え、あ、はい」
有無を言わせぬ物言いに思わず頷けば、良かった、と安室さんが頬を緩めながら肩に手を置くと、ぐるりと私ごと反転する。
「すみません、急で申し訳無いのですが、彼女をお借りしていきますね」
「ホォー……。それは残念。せっかく彼女のナイトをさせていただいていたのですが」
「ご心配なく。僕がその役目引き継ぎますので」
ほんの僅かに肩に置かれた指に力が込められ、背を押されて数歩進んだ。
「えっと、沖矢先輩、送ってくださってありがとうございました」
「えぇ。それでは……お気をつけて」
安室さん越しに振り返った沖矢さんが、ひらひらと手を振ってくれたのでこちらも会釈をすれば、背を押す力が強くなった気がした。
というかさっきのお気をつけて、含みがあるように聞こえたんだけど気のせいだよね?
「近くに車を停めてあるので、せっかくですし、送っていきますよ」
「ありがとうございます。そういえば安室さん、このあたりに用事ですか?」
「はい。その帰りにあなたを見かけたもので、つい」
「え、わざわざ車停めて来てくださったんですか」
「ご迷惑でしたか?」
「そんなことないですよ。助かりました」
苦笑を浮かべる安室さんに、思わず聞いてしまえば、演技だろうとは分かっていても不安そうな顔をされたので慌てて否定しておく。
どれだけ沖矢さん警戒してるんだこの人。暫定赤井さん相手には、自分の周辺にいる人間すら近づけたくないのだろうか。
蘭ちゃん達はコナンくん関係で仕方ないとするにしても、これが梓お姉ちゃんでも割り込んできてそうだよね。
「助かりました、ということは……まさか、あの男に言い寄られてたんですか?」
「そういうわけではないですけど、実はちょっとだけ緊張してたんです」
うん。盗聴器つけられるかもしれない警戒をしつつ、うっかりボロ出しそうな哀ちゃんオンリーの話題ばかりでね、思わず緊張してたよね。
「緊張……? どうかしたんですか? やっぱりあの男に何か……!?」
きゅ、と眉間に皺が寄って、安室さんの青い目が剣呑な色を宿してこちらを映す。沖矢さんに対して警戒心高すぎじゃないこの人? 今ってどんな状態なんだろう? 突撃工藤邸は終わってたけど。
「なにもされては無いんですけど……まだ出会ってそんなに経っていない方だったので」
「確か、以前ナンパされてたときはほぼ初対面でしたよね。大学で親しくなったんですか?」
「あ、いえ。阿笠博士経由でいつの間にか連絡先を交換しまして。今日は博士のお家で料理教室だったんです」
うん。本当にいつのまにか連絡先は交換することになってしまってたんだよね。まあ、哀ちゃんとずっと私の家で料理教室していれば、遅かれ早かれだろうと予想はしてたし、連絡先さえ分かればハッキングも出来るようになるからデメリットばかりではないのだけど。
「料理教室?」
「灰原哀ちゃん知ってます? 阿笠博士の親戚で、コナンくんのお友達なんですけど。私の家でよくあの子に料理を教えてて、それを聞いた沖矢先輩が自分もしたいからってお話は受けてたんです。それで今日たまたま博士の家で会ったので、そのまま流れで博士の家で料理教室してました」
「ホォー……。あまり親しくないのであれば、断る勇気も大切ですよ、葉月さん」
「うっ……善処します」
沖矢さん相手にお断りとか、多分いつの間にか退路塞がれてあまり意味ない気がするけど。
「まったく……無防備すぎるのも困りものだ」
「本当に悪い人だったらさすがに断ってますよ? コナンくんとも仲が良いみたいですし、大丈夫かなぁって」
「そういう意味では無いんですが」
「え?」
てっきりそう親しくない人間と料理教室なんて呑気なことしてたから呆れられたのかと思ったのだけど。まさか、男女間の関係で心配されたとか? いや、さすがにないか。
聞き返したはずの私の声はスルーされたままで、見えてきた安室さんの車に案内される。
何度か乗ったことのある助手席にお邪魔すれば、運転席に乗り込んだ安室さんが携帯に表示されたカレンダーを見せてくれる。
「それで、シフトの話なんですけど、この日のシフト、変わっていただきたくて。午前中のシフトなんですけど」
「この日ですか」
指さされた日付は、哀ちゃん達と水族館に行く前日――――つまり、キュラソーが公安へ侵入する日だ。
なるほど。どうやら、現時点で安室さんはその情報を掴んでいるらしい。事前準備とかもあるだろうからバイトは休みたいよね。
「えーっと。……はい、大丈夫ですよ」
自分の携帯も操作して、講義と予定を確かめる。うん、空いてるから問題無い。
「すいません。何度も」
「予定も無かったですし、構いませんよ。探偵のお仕事ですか?」
「えぇ、そんなところです」
へにょりと眉を下げて頬を掻く安室さんは、少しだけ疲れているように見えた。
「あまり無理、しないでくださいね」
なにせ多忙なトリプルフェイス。本当に、いつか倒れてしまうんじゃ無いかと不安になるのはこちらのほうだ。
仮面を被らせている、安室透としての顔しか知らない私が心配しても、薄っぺらな言葉にしかならないだろうけど。
「……ありがとうございます」
ほんの少し驚いた表情で、それから気が抜けたように、どこか幼い笑みが返された。
胸がくすぐったくなるようなそんな表情に、無意識に胸元を握りしめる。本当に、演技だろうけれど心臓に悪い、なんて。心の内で文句を言って。
胸中に収めた文句を隠すように、私も笑みを浮かべた。
料理は出来るハッカーさん
盗聴器つけられたらバレないように外して処分するのが面倒だなとか思ってた。
料理を教えて貰った大学院生
無害だろうが、念の為つけておくか。くらいのノリでつけようとしたら邪魔された。
ホォー……降谷君、その反応は……。ふむ、面白いことになりそうだ。
乱入してったトリプルフェイス
見かけたのは偶然。隣にいる男を確認した瞬間即座に車を停めて追いかけた。
まだ親しくない? わかりました。永遠に親しくなる日は来なくて良いです。と、沖矢昴と一緒に居るのを見かけ次第積極的に邪魔していくつもり。
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終わってなかった映画祭り。ぼちぼち進む。でも次は爆処ターン。
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梓さんの従妹は料理する
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10122870#1
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俺はいたって普通に生きてきたはずだった
小学校卒業後地元の中学校に通い、自分の偏差値にあった高校に入学して、大学生になり無事に内定をもらって会社に勤めるというごく普通の道を歩いてきた、それなのに
事の発端は社長室に呼ばれたことだ。
いや、もしかしてその前のお偉いさんが集まるパーティーに同席した時、なのだろうか?
それはさておき、俺は入って数年が経ち、やっと後輩を指導できるようになった。そんなレベルの社員だ。
なのに社長室に来い、と言われてみて欲しい。
全力で行きたくねえよ
俺何かしたっけ?とか思いながら重い足取りで向かって社長室に入りました!はい!そこ!分かる?俺の気持ち
社長椅子に座ってるやんって
俺見た瞬間抑えきれない微笑みすごいね、にっこにこしてるよぉ?!って
「君には申し訳ないが〇〇社長が君を気に入ったらしく今度会ってきて欲しい。日時は11月3日を希望しているそうだ。君次第でこの会社は大きく変わるはずだ。期待しているよ。くれぐれも粗相のないように」
「......はい?」
何で日時が俺の誕生日なんだよ!その日休みだったよなぁ?俺
嘘だろ......
誰だよその〇〇社長って
何で俺なの?俺以外に適任いるでしょ
受付のマドンナとか呼ばれてるアイツでいいじゃん
「あの、その日休み希望を出していたと思うのですが」
「あぁ、その日出勤してくれたら1ヶ月の休暇を渡そうと思っていたのだけど、お願いできないか?」
「是非やらせて頂きます」
このときの俺のお辞儀はいつもより100倍早かった、気がした
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「そーらーぴっ」
ドンッと音とともに肩に重みがかかる
こんなことをする人はひとりしかいない
「うらぴか、どうしたの?」
「どうしたもないよ。何だったの??何で呼ばれたの??」
「あー、聞いて驚け!俺は11/3の仕事をクリアしたら1ヶ月の休暇をとれるらしい」
「えっ?クビ?」
「え......」
「え」
「いや、まさかまさかそんなはずは」
確かにな?1ヶ月だもんな?あれ?うん、大丈夫だよね?1ヶ月後には『お前の席ねえから!』とかなってないよね?
「だ、だよね〜。そらぴいなくなったら話し相手いなくなっちゃうし」
「え、あまちゃんいるじゃん」
「アイツは違う課だろうがよ」
「ソウダネ」
「でも何で?11/3に何があるの?」
「俺を気に入った社長へのご機嫌取り会」
「え?マジで?」
「うん」
「どうすんの?キモイデブハゲジジイだったら」
「まあ、1ヶ月も休暇くれるんならやるでしょ」
「てか、1ヶ月も休暇渡すくらいに責任重大な仕事とか、そらぴお疲れ様。失敗したら速攻クビ確定でしょそれ」
「確かに」
「てか、11/3って明日じゃん」
「確かに」
「そらぴ久しぶりの休みって言ってなかった?」
「確かに」
「まあ、頑張れ」
そういい俺の肩を叩くと定時だからとか言って帰っていった
薄情なやつだ
俺の代わりに社長に会いに行けよ
俺は疲労を感じつつも明後日から始まる休暇に胸を踊らせた
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帰る途中、俺はいつも通りコンビニで弁当を買う
外に出ると真っ暗で街灯も少ないため少し怖い
早く帰ろう、と思い足早に家に向かっていると猫のなく声が聞こえた
「ヒッ...」
暗い道で猫がないていてかわいいより怖いが先に来るのは人間の本性なのだと思う
俺は猫の声が聞こえたほうを見ようと振り返ると目を塞がれた
「だーっれだ」
え...?!誰だろうな〜って、本当に誰だよ?!
怖い怖い怖い、俺もう死ぬんじゃないか?
あぁ、俺は休暇も得られず社畜として人生を終えるのか、さらば短い人生だったよ
「ちょっと、聞こえてますか??だーっれだ」
いや、聞こえてるよ。聞こえてて人生に別れを告げてたの。邪魔しないでくれる?
てか、こいつ声も身長高いんだけど???喋ったら刺されそうだし、なんでこんな目に
「...あの、反応無いとさすがに僕も」
「……」
「もしもーし?」
「は、はい」
俺が声を出した瞬間強い力で抱きつかれる
「え」
「かわいいかわいい、生そらるさん本当にかわいい。すごい華奢ですね。ちゃんと食べてるんですか?あー、いい匂いする最高!戸惑った声も最高に可愛いね。」
そう言いテンションが上がっている目の前の男
そして俺の脇に手が回される
え、なんだなんだ?と思った瞬間身体が宙に浮いた
「かるーい!すごい軽いですね!!」
もう何やだ本当に怖い
何がしたいのこいつ??
あいにくここは人通りが少なく助けを呼ぼうにも呼べないし、ここで大声を出したところで殺されるのがオチだろう
目の前の意味不明な男と高所恐怖症なのに高く持ち上げられる身体に俺はすぐに限界を迎えた
どんどん視界は歪み頬に涙が伝ってるのが分かる
情けないなぁ。急に男に絡まれて抱っこされて泣いてるんだぜ俺
しばらくテンションMAXで俺を持ち上げていたが急に あれ?雨降ってる? と呟いて俺を下ろした
雨じゃねえよ、たしかに俺の心の雨だけどな
誰がうまいこと言えと?!?ふざけんな
「そらるさんなんで泣いてるんですか!?!僕が抱き上げてるときに何があったんですか?誰だ!!!!そらるさんを泣かせた犯人は!!!出てこい!!!!!!!」
「お、お前だよ。バカじゃねえの、グスッ」
「ええぇぇええええ!?!!!?!僕?!?」
「うるさっ」
「どうしてですか!?!僕が嫌いなんですか?!?!!!!え!!!そらるさん!!!!!早く!答えて!!!僕の目を見て答えて!!!さあ!」
そう言い顔に手を添え目が合うように上げられる
「そらるさんのほっぺもちもちすぎる!!!!てか!!!目が合っちゃった、目が合っちゃったよぉぉ!!!!
かわいい、本当にかわいい、え、かわいいですね?あなたが天使ですか、そうなんですね!!!!」
何こいつもう本当に嫌なんだけど
「話が逸れましたね!それで、どうして泣いてるんですか???そんなにかわいい顔して!!!どうして涙というオプションまでつけたんですか!!!!!」
「かわいくねえし!!!!オプションってなんだよ!!!!てか、急に俺よりも背の高い男に目隠しされて、戸惑ってたら抱きかかえてきて、何か俺の名前知ってるし、怖いんだけど」
「え、そらるさん聞いてませんか?僕のこと」
「誰からお前の話なんて聞くんだよ。」
「おかしいな。僕そらるさんの会社の社長さんに伝えたはずなんだけど」
「え」
「え」
「もしかして、お前」
「なんですか?」
「お前が〇〇社長!?!」
「まるまるじゃないです。まふまふです。」
「でも会うのは明日だって」
「待ちきれなくてつい」
「ついじゃねえよ、なんなんだよお前」
「あ!そうだ!コンビニのご飯なんて身体に悪いのでお詫びに食事をご馳走しますよ!何がいいですか?」
全然話聞かねえじゃんこいつ
「や、焼肉」
「分かりました!じゃあ車に乗ってください」
まふまふとかいうやつが助手席のドアを開けて待ってくれている
俺が どうも と言い乗り込むと 感謝の気持ちを言えるそらるさんかわいい とか言ってきたから無視した
まふまふは運転席に乗り込むとふいに俺の腕を掴んできた
「えっ!?!なに?!こわ」
「そらるさん」
さっきとは違い異様な雰囲気を放っている
乗り込むのは不正解だったのか
そうだよな、何で乗ったんだよ俺!!!
ドアをガチャガチャと開けようとしても全く開かない
「そのドア、改良してるので僕以外は開けれませんよ。どうして逃げようとするの?ねえ」
「まふまふさん?あの、一度家に返して頂きたいというかなんというか」
「え、もう二度と返さないよ。今日から同棲するから。」
「は!?同棲???」
「うん、よろしくね」
唇に柔らかい感触がして中に何かが入ってくる
俺は何かもわからずそれを飲み込んでしまった
「そらるさんのファーストキス奪っちゃったね♡」
「お、おま、おまえ」
「じゃあ、僕らの家に帰りましょうね♡」
薄れていく意識の中見たあいつはイケメンで 少しだけ好みの顔かも、とか口が裂けても言ってやらない
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急に投稿頻度がバグる人です。どうも
今回はネタに走りました
ここまで読んでくださったみなさんありがとうございます。
コメントやタグ追加嬉しいです!
本当にありがとうございます。
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お名前をお借りしておりますが、ご本人様とは関係ありません。
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お前が運命の相手だったら泣くわ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10122879#1
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(やばい。迷った)
整然としていて美しく、その一方で広大なオフィス。セキュリティゲートを通った後、緊張のせいかトイレに行きたくなって無事に見つけたはいいものの、どこへ行きたいんだったか全くわからなくなってしまった。
どちらを向いても特徴的な場所はない。あと3分で取材開始の時間なのに。なんとか無事にシュテルンビルトへ出てくることができて、アポロンメディアにもちゃんと着いたのに、まさかオフィスに通されてから迷うなんて。
ヒーローは忙しい。取材もウチみたいなしょぼい地方紙だけじゃなくて、大手メディアから自社のテレビ、果ては雑誌、インターネット……媒体はさまざまだ。もちろん彼らにとってそれらはあくまで副次的な仕事に過ぎない。本職は、街の安全を、市民を守ることなのだから。
NEXTは、力はあれど一部ではいまだに差別が根強い。ショーアップされた人命救助劇を、快く思わない市民も多い。それでも彼らはこの道を選んだ。そして、ヒーローを続けている。そのモチベーションを支えているのは一体何なのか。わたしはそれが知りたくて、ここまで来た。
…なんてカッコいいこと言ってみたものの、わたしはいまだに迷い続けている。もうダメだ…!こないだ電話で話したヒーロー事業部の偉いさん、怖そうだったしなあ…最悪、出入り禁止にでもなったらどうしよう。そもそも、さっきはかっこいいことを言ってみたけど、ここへ来たのは単なる偶然だ。
わたしたちの住む地域は、シュテルンビルトの郊外だ。と言っても、オリエンタルタウンほど遠くはない。その中間ぐらいにある。最近ようやく、うちの地方でもHERO TVの放送が始まった。それを記念して、その放送開始セレモニーの取材に、たまたまわたしが行っただけのこと。うちの新聞社には、わたし以外にもっとヒーローが好きな人やくわしい人がいるのだけれど、わたしはそれほど興味がなかった。だから、取材に行ったときも、とても冷静だった。いや、まあ目の前に、シュテルンビルトのヒーローがいるわけだから、興奮しなくはなかったけれど。
そんなふうに、よく言えば冷静な、悪く言えば冷めた目線の原稿を見たデスクが、これぐらいの距離感で取材できるのがいいのかもなあ、なんて言い出して、わたしがヒーロー担当になった。ヒーロー担当というのも、最近できたばかりだ。地方紙といえば地域密着が基本。わたしもずっと、地元で細々と取材してきた。文化や芸能の担当だから、地元をキャンペーンで訪れたタレントさんたちへの取材はもちろんあったけれど、基本的には地味なものだ。
なのに、最近は「地方だからこそ中央の情報がもっと知りたい」というニーズもあって、HERO TVの放送開始を機に、もっとヒーローや、シュテルンビルトのことをくわしく紹介する企画が持ち上がった。それが、わたしに回って来たのだ。
シュテルンビルトはあこがれの場所だったし、正直言って仕事の内容はこれまでよりぐんと華やかになるわけだから、わたしは浮かれていた。でもまさか、こんなところに落とし穴があっただなんて。アポロンメディアの中で迷うなんて。おのぼりさん気分で来たわたしが悪かったんだ、罰があたったんだ。泣きたい気持ちだった。
すると、後ろの方でドアが開く音がした。社員さんだったら、通された場所への行き方を尋ねられる!そう思って振り向くと、なんと、そこにいたのは…
金髪碧眼高身長のイケメンルーキー、だった…。
(ばっばばばばばばっバーナビーだああああああ!!!!!!)
彼の取材をしに来たにもかかわらず、わたしの脳内は爆発した。
彼とは距離があったのに、ものすごくかっこいいのがわかった。なんというのだろう、一言で言うと「オーラ」というやつなのだろうか。柔らかそうに輝くブロンドヘア、きらりと光る眼鏡からは知的さがにじみ出ている。
それでいて、鍛えられた上半身、まったく無駄なものを感じさせない引き締まった足。思わず見蕩れてしまう。
わたしだって、記者歴はもう5年を経過した。区民センターのカラオケ大会から始まって、いろんな下積み取材をこなした。芸能担当になってからは、シュテルンビルトから地方へキャンペーンでミュージシャンやタレントがやってくると、いつもわたしが取材した。だから自分は、有名人に会っても冷静でいられるよう心がけて来た。ミーハーなままでは、仕事ができないから。それに、いつしかその環境にも慣れていた。
と、思っていた。バーナビーを肉眼で見るまでは。
顔出しのヒーローが男性陣に少ないから当然だけれど、でも、かつてここまでイケメンのヒーローがいただろうか。いや、いない。思わず反語が出てくるレベルだ。
廊下には誰もおらず、人気に気付いたバーナビーがこちらを見る。すると、バチリと目が合った。わたしは蛇ににらまれたナントカのように、体を硬直させた。どうしよう、何か声をかけないと怪しまれる。というか、バーナビーはこれから私が通される部屋で私の取材を受けるのだから、当然行き先は同じだ。
頭の中が、当たり前のことでぐるぐるしている。今までのように冷静に頭が回らなかった。
バーナビーはこちらに気付き、近づいてくる。
(ヒィィィィスーパールーキーが近づいてくるよおおおおお)
きっとものすごく、滝のような汗をかいていたと思う。でも、仕方ない。ご本人を前にして、素知らぬ顔をするわけにはいかないのだ。
だらだらと汗を流しながら不穏な顔をしている私に近づいてくると、バーナビーは口を開いた。
「ゲストパスをさげていらっしゃいますが、お客様ですか?どちらか部署をお探しですか?」
バーナビーは笑顔を見せながら声をかけてくれた。不審者まるだしのわたしに。
「あっあの、すみません、わたし、デイリーウエスト紙のリサ・デイヴィスと申します」
汗をふき、声を裏返しながらやっとのことでわたしは答えた。
バーナビーは「ああ」と言うと笑顔になった。なんだこのイケメン。まぶしい。まばゆいぐらいの美人を「激マブ」なんて言ったりするけれど、まさにその言葉のとおりで、目がくらむほどだった。生涯こんなにきれいな顔の人に会ったことがあっただろうか、いや、ない。二度目の反語も出るレベルだ。
「今からお約束しているメディアの方ですね。ちょうどよかった、一緒に参りましょう」
バーナビーが私の方を向いてにこやかに笑いかける。もう死んでも良い。これまでヒーローのファンになどなったことはなかったのに、わたしは完全にバーナビーファンになった。
「助かります…まさに迷っていたところで…すみません…」
「いえ、アポロンメディアの社屋は広いですからね。僕もときどき、わからなくなることがありますよ」
あわせる顔がなくて、私は下を向いてぼそぼそと言うことしかできなかったのに、バーナビーはわたしに同調してくれた。なんだよこいつ、イケメンの上に優しいのかよ。壁を殴りたい。
[newpage]
「どうぞ」
会議室に通されると、大きな窓からはシュテルンビルトが一望でき、その光景に思わず声をあげる。
「わあ、すごい眺め」
「そうでしょう。どうぞ、そちらのソファにお掛けください」
著名人のインタビューだと、大体マネジメント担当者なんかが同行していて、いつも妙に気を使いながら取材するのだけれど、今日はそういった人が見当たらない。
きょろきょろしているわたしから、そういった雰囲気でもかぎとったのだろうか、バーナビーが口を開いた。
「あいにく担当者が不在でして。報道機関の取材ですし、あらかじめ質問内容も企画書で大体頂いていたので、僕一人で大丈夫ですか?」
わたしの目が点になる。
(えええええええバーナビーとここに二人っきりとかうおおおおおお無理無理無理無理ィィィィィ)
バーナビーはなんと紅茶を出しながらわたしに笑いかける。
「え、ええ、まあ、変な質問はしませんが……」
「あと、途中で出動がかかってしまったらすみません、そちらを優先させて頂きますね」
「あ、それは、もちろん」
紅茶をひとくち頂きながらわたしはうなずく。
これは、どのメディアの人間も誓約させられることで、出動がかかればヒーローは本業を優先する。当たり前のことだが。
お茶を飲んで少し焦りが落ち着いたところで、早速本題に入らせてもらうことにした。ノートやペン、ボイスレコーダー、スマートフォン、スチールカメラなど、取材に必要なものを鞄から次々と机上に出しながら、今回の取材意図などを説明する。
「企画書でもご案内させて頂いたとおり、われわれの本拠地でもシュテルンビルトに対する注目度が高まっておりまして。その一環として、ヒーローの皆さんにも定期的にお話を伺いたいと考えました。今回はまず、最も新しいヒーローであるバーナビーさんに、ヒーローになったきっかけやご自身のヒーロー観なんかをお話して頂ければと思います。ざっくばらんな感じで結構ですので、どうぞよろしくお願いします」
仕事モードに頭が切り替わると、不思議と冷静な気持ちが戻って来た。バーナビーは目を細めながら企画書に目を通し、うんうんとうなずく。
「わかりました。まだヒーローになったばかりでうまくお話できるかわかりませんが、よろしくお願いします」
(コイツ、いっちょまえに予防線張りやがった……)
バーナビーの抜け目なさに帽子を脱ぎかけつつ、取材を開始する。
バーナビーはむちゃくちゃかっこよくて、聡明そうで、正義感も強そうだけど、なーんか裏があるというか、ほんとにこんな優等生なのか?というのが、デビュー当初から(まだデビューして間もないけど)わたしにはあった。
それはうがち過ぎかもしれないけれど、腹に一物抱えている、というのだろうか。生い立ちとかもあまり明かされてないし、メディア王、マーベリックの秘蔵っ子だとかいううわさも気になる。その鼻をあかしてやりたいというか、優等生の仮面にひそんだ本性を暴いてやりたい、というか。なんて言うと、かなり意地悪な言い方だけれど、それぐらいの意気込みでやってきたのだった。イケメンの優しさに丸め込まれてはならない。いくら自分がイケメンと縁遠いからって。ここは、心を鬼にして仕事モード。
(とりあえず、当たり障りのないところから聞いてみよう)
「HERO TVの放送エリアが拡大されて、うちの地域でも皆さんのご活躍を目にできる機会がぐんと増えたのですが、そういったことに関して、率直な感想をお聞かせください」
「そうですね、記念式典でお会いした地元関係者の皆さんもとても喜んでいらっしゃって、うれしかったですね。シュテルンビルトではだいぶ落ち着いていますが、地方によってはいまだにNEXTに対する差別が根強いとも聞いています。
ただ、NEXTというものは、なりたくてなるものでもありませんから…能力も、あらわれる時期もさまざまで、制御が難しい場合もある。技術が進んだ今でも、その実態は解明されていない。皆さん、何かしら悩みを抱えていらっしゃいます。
でもそんな中で、同じNEXTという立場の僕たちの活動、活躍を通じて、そういった差別が少しでもなくなったり、NEXTの方々に勇気を与えられたらと思います。
ですので放送エリアの拡大は、非常にうれしいですし、意義のあることだと思います」
さっすが、ヒーロー教育が行き届いてるわ。よくもまあこんなすらすらと、お手本みたいな回答ができるものだ。ヒーローアカデミーではこんなことまで教えているのだろうか?そもそもこんな質問、あんまり他社からはされてないはず。なんだか癪だ。
「バーナビーさんの能力はハンドレッドパワーですが、どういったところをお気に召されていますか」
バーナビーはうつくしいかたちの顎を軽く指でつまみながら目を動かす。
「そうだなあ…鍛えれば鍛えるだけ、能力を発動したときにも反映されるところでしょうか。
たとえば、僕の普段の力を5とする。でも、鍛えることでそれが10になったら、発動時には500から1000へ倍増するわけです。それは、割合的には同じであっても、5と10の違いとは異なる。そういったところが、面白いと思います。
まあ、5分で切れてしまうので、長期戦には向きませんけどね」
バーナビーはいたずらっぽい笑顔を見せた。つんけんしたクールな男かと思っていたら、案外かわいらしいところもある。って、そんな単純に母性本能くすぐられててどうするんだわたし!頭をしゃっきりさせて、続いて質問を投げかける。
「バーナビーさんは、ルックスも素敵でいらっしゃって、まさにこれからどのメディアでも引っ張りだこだと思うんですが、本業以外でここまでご活躍、というのは、ヒーローという立場からすると複雑な思いはないのでしょうか」
これは少し意地悪だったかもしれない。だって、別にバーナビーがやりたくてやっているわけではないのだもの。彼だって、契約があってアポロンでヒーローをやっているサラリーマンなのだから。
それでも彼は、いやそうな顔ひとつ見せずに爽やかに笑みを浮かべた。
「ありがたいことに、たくさんの企業や媒体から声を掛けて頂いておりまして、これから先、スポンサー契約や、CM出演など、別の面から僕のヒーロー活動を支えてくれるところが増えてくるのは事実です。
でも、僕の相棒であるタイガーさんはよく器物損壊でご迷惑をかけていますし、危険な場所でもおそれずに救助活動するためには、ヒーロースーツの機能もよくなければいけません。スーツの機能をよりよくするためには、開発資金も必要なわけで。
協賛金が有り余るほどになったら、しかるべきところへ寄付すればいい話ですし、こちらとしては大歓迎ですよ。
それに、ヒーローって、必ずしも人を助けるだけじゃなくて、何て言うのかな…希望みたいな存在?人を楽しませるのも、十分ヒーローなんじゃないかなって思って、そのあたりは。あまり意地悪な言い方しないでください」
バーナビーはくすくすと笑う。ちょっと待てわたしが完全にへりくつばっかりの悪者みたいじゃないか。この子、調教されすぎじゃないの?もうちょっと、親しみを感じられるようなところがあってもいいと思うんだけど。何この完璧なヒーローぶりは。
いきなり懐に入り込めるなんて思ってやしないけれど、なんだか複雑な気持ちだ。イライラするような、焦るような、少しバーナビーが気の毒なような。
「ええと、じゃあどうしてヒーローになろうと思われたかお聞かせください」
「そうですね、やっぱり…曲がったことが嫌いだからかな。幼いころ、この能力を発動して、そこから何となく自分はヒーローになるんだって、ずっと考えてましたね。不思議なんですが。
それで、アカデミーにも通って、という感じです」
曲ったことが大嫌い、ね。でもわたしにはその性格、まっすぐすぎて逆にたわんで見えるわ。
何にも考えてなさそうな、ベテランの相方も見ていてイライラすることはあるけど、タイガーさんの方がよっぽど人間味にあふれてそう。
「なるほど…では、少し私生活のお話などをお聞きしても?」
「どうぞ」
紅茶を飲みながらバーナビーはにっこりとほほ笑む。ヤバい、この笑顔を向けられるとマジでどうにかなっちゃいそう。そもそもイケメン慣れしてないから、コンプレックスと浮き足立つ気持ちがないまぜになって、さっきからすごく疲れているのだ。
「お休みのときはどんなことをされているんですか?」
「そうだなあ、本を読んだり…音楽を聞いたり。オペラが好きなので、DVDを見たりもしますね。気分転換にドライブに行くこともあるけれど、基本的に家で過ごすのが好きかな」
なんてスタイリッシュなの…今日はもう彼の本性を暴くのは到底無理だわ。完全に白旗。まあ、これっきりというわけではないし、これから必ずあなたのほころびを見つけてみせるんだから。固い決意を走らせるペンに込めて、わたしは顔をあげた。
さらに聞いてやろうとした瞬間、バーナビーは壁にかかった時計を眺めながら遠慮がちに口を開いた。
「あのう、申し訳ないんですが、次の予定がありまして…そろそろまとめて頂いていいですか?」
驚いて腕時計を見ると、あっという間に予定の時間がきていた。
「ああ、すみません、ありがとうございました!では最後に、お写真を」
「はい。インタビューカット?それとも、ポーズを取りましょうか?」
どうしようかな、と少し考えながら、わたしは一眼レフを持って立ち上がった。
「せっかくこの景色なので、少しシュテルンビルトの街を見つめるような感じで、窓際に立って頂けますか?」
「わかりました、こんな感じですか?」
さすが、モデルばりの容姿のルーキーは撮影慣れがはんぱない。すぐにこちらの言わんとすることを理解している。
街を見下ろす目は、あたたかいような、そうでもないような…わたしが思っているよりバーナビーは、難攻不落なのかもしれない。
何カットか撮影させてもらい、バーナビーに一眼レフの液晶画面を見せて確認をしてもらう。距離が近いのでドキドキした。バーナビー、髪の毛がすごくフワフワ。そんでもって、むちゃくちゃいいにおいがする。
男の人からこんないいにおいしたの初めて。ああ、やばい、このまま虜になりそう。
そんな思いはみじんも見せずに、わたしは取材道具一式を片付けながらあいさつする。
「では、来週の紙面でご紹介させて頂きます」
「はい、宜しくお願いします」
まさか時間が足りなくなるなんてね。記事にするには十分だけど、わたしの野望はなし得なかった。次はリベンジだわ。
バーナビーは、ドアを開けてわたしを案内してくれた。やだかっこいい。いちいちちょっとしたことにときめいてしまっていけない。
正気を保つためぶんぶんと顔を振った。
[newpage]
「おい、バニー、何してんの?」
部屋を出ると、廊下にちょうどワイルドタイガーがいた。いや、アイパッチをしていないからわたしの知る姿ではなかったけれど、これはきっとそうだ。
バーナビーで隠れていたわたしに気付くと、ワイルドタイガーは「おっ?!」と驚いたように声をあげ、焦りながらアイパッチをつけようとした。
「大丈夫です、取材の方なので。それより先輩、いい加減ちゃんと名前で呼んで下さい。よりによってお客様の前で」
バーナビーは小声で何かワイルドタイガーに抗議している。しかめっ面で。あれ、あれれ?もしかしてこの二人、仲悪かったりするのだろうか。いや、でもそれはありうるな。だってなんかすごく年離れてるっぽいし。
わたしはバーナビーよりは年上だけど、タイガーよりは年下だ(タイガーの年齢、正確には知らないけど)。だから、なんとなくバーナビーの気持ちはわかる。タイガーぐらいの年代の人って、なんか妙に馴れ馴れしくて、過剰に絡んできて腹が立つからだ。
「いちいちうるせえなあ〜」
ワイルドタイガーはバーナビーに向かって文句を言う。むくれていて、なんだか子どもみたいだ。彼は、あまり取材に対して深く考えて答えてくれないイメージ。人柄は悪くなさそうだし、熱血漢でちょっと鬱陶しそうだけれど、正義感は強いんだと思う。長くヒーローやってるわけだし。
でも、言っちゃ悪いけどあんまり頭は良さそうじゃない。イメージとかそんなことより、素直に物を言っちゃうタイプの人だ。まあ、わたしたちにとってはそれがありがたいときもあるけれど、もうちょっと空気読んでよって思うこともまあ、あるにはある。そんな事情まで汲み取ってくれるのがバーナビーで、タイガーは、ほんと思ったまま喋っちゃうタイプっぽい。いずれ、この企画でも取材は申し込むつもりだけれど。
「そうだ、ちょうどいいところに。先輩、僕これから急ぐので、すみませんが彼女を送って差し上げてくれませんか?」
「お、おお。どこまで?」
「いやいやいや、ここで結構です!」
わたしは恐縮してぶんぶんと首を振りながら全力で遠慮した。
「でも……先ほども迷ってらっしゃいましたし、迷うことなくエントランスまで行けますか?」
バーナビーは困ったような顔を浮かべている。確かに、部屋から出た今、どこから来たのかわからない。
「あ、ああ、ええと…じゃあ、エントランスまで…おねがいします…」
先ほどまでの意気はどこへやら、わたしは聞こえないぐらいの小さな声でごにょごにょと答えた。
タイガーはキャリアも長く、わたしもまったく初対面というわけではない。会見みたいな場では会ったこともあるし。さっきのバーナビーみたいに、単独インタビューとかでガッツリ、というわけではなかったけれど。だから何となく、さっきは心の中で失礼な分析をしたけれど、バーナビーよりはタイガーの方が心安い。
「バニーのやつ、また優等生みたいなことばっか言ってませんでした?」
まるで取材を見ていたかのように言い当てられたので、思わずわたしは笑ってしまった。
「あはは、そうですね、ほんとに。いや、新人さんだし当然なんでしょうけど、あそこまでいくとすごいなと思って。それが本心か暴きに来たんですけどね、彼全然スキがないですね。すごい」
「でしょう?そう言うの疲れないのかって俺ァ聞いてやったんですよ。そしたら「仕事ですから」って。かわいくねーのなんのって」
「フフ、でもあそこまで徹底されてるとなると、本心なんじゃないですかね。どうですか、一緒にコンビ組んでみて。そういうの、感じませんか?」
「いやー、まだあんまりっすね。でも、まああいつの方が、戦い方がうまいっていうか、冷静っていうか。悔しいですけど」
「まあ、フレッシュな目線だからこそできることもあると思いますよ。そうそう、そう言えばバーナビーさんに聞いてみたんですけどね、本業以外のお仕事ってどんなスタンスでやってるんだって。そしたらちゃんと、本業以外でも人を元気づけることはできるからって。現場に居合わせて、人命を助けることになる人たちって、皆さんにとってごくわずかですよね。テレビを通じて応援しているファンの数に比べたら」
「確かにそうっすね」
「だから、そういうところまできちんと考えてやっているのがね、プロだなあって感じましてね。ちょっと頭が下がりました」
「へえ、あいつちゃんとそういうの考えてたのか…」
あら、まだあんまりわかりあえてない系かしら。タイガーを眺めながらそんなことを思った。これはよく見ていれば面白いかもしれない。
エントランスまでタイガーが送ってくれて、わたしは受付でパスを返すとすんなりビルから出ることができた。気を利かせてくれたバーナビーにも、案内してくれたタイガーにも感謝だ。
あれ、そう言えばさっき、タイガーがやたら「バニー」って言ってた気がするけど、あれは何なの?いや、どう聞いても文脈的にはバーナビーのことを言ってたはず。バニーって、うさぎちゃん?なんでバーナビーのことをそんなふうに呼んでるんだ?
一体なんなのかしら、あの2人。
ヤバい。これからわたし、ほんとに冷静な目線で彼らに取材ができるのだろうか。先が思いやられるなあと思いながら、ビルのてっぺんを見上げた。
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わたしが今の仕事のままシュテルンビルトに行ったら、バディちゃんに取材し放題なのになあ。取材する中で、こいつら絶対あやしいぞ…?!ってなりたい!最初は仲の悪かった2人の距離がどんどん近づいていく様子を間近で見守りたい!と思い、だったらそんなドリーミンなわたしの妄想をお話に落とし込めばもしかして楽しんでもらえるのでは、と思い立って、ピクシブにおあつらえ向きかなあと思って書き始めました。めっちゃメアリー・スーなかんじです。このモブこそわたしを投影したものです(かなり脚色してますが)。そんなモブの記者目線でバディを追っかけます。オリキャラ出張ってるお話が苦手でなければ、お暇つぶしにどうぞー!今回はまず、バニーちゃんに初めて取材しに行くお話です。早くシュテルンビルトが来い。<br />今回のお話はコテバニではありませんが、今後「ぼくのみたコテバニ」的な内容になっていきますのでコテバニタグでよろしくお願い致します。まったり書いていきますので、更新ペースもまったりです。ご了承下さい。
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SCOOOOOOP!!!!!!!!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012304#1
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<鈍感な女の俊足>
人は見かけによらないとはよく言ったものだ
例えばこの男、安室透は色黒金髪碧眼のハイパー美形で一見取っつき難そうに見えるが、その実物腰は柔らかく、頭もよけりゃ運動神経もいい。大抵の事はサラリとやってのけるそのスペックの彼が優しく微笑めば、ものみな奈落に堕ちてゆく。
簡単に言うとそれはそれは大層おモテになる。
実際、同僚の彼女は彼が何度も告白されているのを見たのだ。女子高生から色気ムンムンの年上のお姉さま、果ては儚げな男性まで。
ただ、その告白に対する返答は全て
「やらなければならない事があるので、恋人は作れません」
眉尻を下げて困ったような顔をする彼を前に恋達は破れていく。そんな日常を目の当たりにしていれば温めていた恋心を隠しておこうとするのは自然な事だ。
それなのに、なんてことないいつも通りの平日、さて掃除も終わったし帰るぞというタイミングで、彼が「今日でポアロを辞めます」なんて宣言するから梓はつい告白のようなものをしてしまった。
「私、安室さんの事が好きでした」
いつもは自分で洗濯をしている予備のエプロンがクリーニングの袋に入っているのを見て、彼が近々辞める事は予想できていた。
別に付き合いたいとか、引き止めたいわけじゃなくて、ほんの少しでも彼の心に自分が残ってくれればいいと焦って溺れるように出た言葉だ。だから梓も、断られるのは想定していたし、まぁ多少は泣くだろうなと思っていた。
なのに彼は一瞬、瞬きをしたら見逃してしまいそうな刹那、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「僕も梓さんのことが好きでしたよ、とても頼りになる先輩でした」
そんな意味じゃないって分かっている癖に告白は無かったことにされ、梓はありあわせの餞の言葉を彼に贈って別れた。自宅に帰ってから彼のあの顔が何度も頭をよぎって、想像していたよりもずいぶん涙を流した。
「そんなに迷惑だったかな……?」
誰ともなしに呟いた言葉は空を切る。賢い愛猫さえ返事をしてくれなかった。
きっともう会う事もない。告白してきた元同僚がいる喫茶店にわざわざ来たいと思う人なんていないだろう。
それにあの時の安室は、梓が今思い出しても今生の別れのような、もう二度と会えないような雰囲気を漂わせていた。安室がいないポアロに、どの位の時間がたてば慣れるんだろう。そう考えて、梓はまた少し泣いた。
**********
「お久しぶりです梓さん。ブレンドと……カラスミパスタお願いします」
「…………は?」
「あ、だからブレンドとカラスミパスタです」
違う、そうじゃない。ついこないださよならしたばかりの元同僚が、なぜしれっとカウンターに座っているのかと聞きたいのだ。
「え、なんでここにいるんですか?」
「腹減ったんで」
「そうじゃなくて。もうここには来ないんじゃ……」
ピクリと安室の眉が動く。
「……僕、そんなこと言いましたっけ?」
言ってない。たしかに言ってないけど絶対そのつもりだったと思う。普段どんなに鈍感と言われようともこの感覚には自信があるのだ。というかあの別れから一ヶ月しかたっていない。梓にシフトを押し付けて平気で三週間休む男だ。なんなら久しぶりの範疇ですらないはずだ。
「とても大きな仕事がね、やっと片付いたんですよ」
「そう……それはお疲れさまです。じゃあ、前よりは怪我もしなくなります?」
手首から覗かせる包帯を梓が指さすと、安室はバツが悪そうに笑う。
「そうですね。全くってことはないでしょうけど」
「良かった……」
梓はそれを聞いて心底安堵した。本当に、二階の名探偵とは違って安室は怪我が多い探偵だったから。
高そうなスーツを着ている安室は今まで見たことのない、清々しくてそれでいて少し寂しそうな顔で笑う。身なりを見ると探偵業が順調だという事が容易に想像できたが、顔には疲労が滲んでいる。ここに来るくらいなら、寝ればいいのに。
「終わったって思ったら無性に梓さんの作ったコーヒーとパスタが恋しくなって」
「なら気合を入れて作らなきゃですね。大盛にしますか?」
「是非」
機嫌がよさそうな彼とは対照的に梓の気分は乗らなかった。パラパラと沸騰したお湯の中にパスタを入れる。ふと、湯気越しに梓と安室の目が合った。
「……」
「……」
「……そんなに見られると手元が狂っちゃう」
「うん? ああ、ごめん。梓さん、なんか怒ってるように見えて」
「そんなこと、ないですよ?」
久しぶりとまではいかないけれど、もう会えないと思っていたかつての同僚に一ヶ月ぶりに会えたのだからもう少し嬉しくなってもいいだろうに、梓の心は喜びよりももやもやとした黒いものに占領されていた。
あの最後の日がなかったかのように、あの嫌そうな顔なんてしなかったかのように、ノコノコとポアロにやってきた彼に思い知らされたのだ。
梓の告白なんて、安室にとって取るに足らない事なのだと。
怒っているかと聞かれて否定したにも関わらず、その綺麗な灰青の瞳は、未だ暴くような目で梓を見据えている。落ち着かない。こんな時に限ってお客様は安室一人だ。どうやってこの場をやり過ごすべきか思案した。
「おや、安室君いらっしゃい」
「マスター、その節は申し訳ありません。急に辞めてしまって」
「いいよ。もともとそういう話だったしね。梓ちゃん、店も落ち着いてきたしもう上がっていいよ」
さすがマスター、天の助けだ。さっさとバックヤードに引っ込んでしまおうとマスターに簡単に引継ぎを始める。
「あ、梓さん送りますよ」
心臓が跳ねる音がした。
「やだ安室さん。もう同僚じゃないんだからそんなに気を使ってくれなくても大丈夫ですよ」
「いや、でも」
「それに私、今日は友達と約束があるんです。それじゃあ、ゆっくりしていってくださいね」
安室の言葉を遮るように畳み掛けて、梓は逃れるようにポアロを後にした。
**********
「好きってことなんじゃん?」
「違うから。そもそも振られてるし。会えてうれしいよりイラっの方が大きかったもん」
ポアロを出てから女友達と合流し、失恋してから行きつけている居酒屋でぐだぐだと愚痴をこぼす。
「ふぅん? でもさぁ、なんでその彼ポアロに来たんだろうね。梓の話だともう来ない風だったんでしょ?」
「そう! そうなの!! 変な言い方だけどどの面下げて―って思っちゃったの!!」
「案外梓に会いたくて来てたりして」
「絶対ないから」
「普通に意識してんじゃん」
「同じ人に恋するなんてやだよ。またあんな風に振られたくない」
「……なんかもう手遅れのような気がするけど」
帰り際に友達が呟いた言葉は梓の耳には届かない。
だってそうじゃないか。うっかり好きになろうものなら、それはすなわちイバラの道だ。目も当てられないような結果が待っているのは明白なのだから。
まだ帰るには少し早かったが二件目は断って居酒屋を後にする。今度合コン誘うねというお誘いには素直に喜べないが、楽しい時間だったので少し足取りは軽くなった。
「ねぇねぇ、かわいいねー!! 暇だったら飲みにいかない?」
うわ、ナンパ……いかにも軽そうな男が声を掛けてきて梓は内心ため息をついた。駅構内で下心を微塵も隠さないその態度に辟易する。せっかく心が晴れたのになんて日だ。
「ありがと。でもごめんねーどうしても外せない用事があるんだーまた誘ってねー!!」
早口でまくし立ててその場を去る。思えばこの一ヶ月、随分と上手くなったものだ。押しに弱そうに見える梓は今までも何度か声をかけられたが、友達が居酒屋に連れ出してくれた最初の日にしっかりとあしらい方を教えてくれたので、今では急に声をかけられてもなんなく断ることができるようになった。
少しでも怯んではいけない。慣れたように、ごく自然にバイバイするのだ。大抵はそれで事足りる。
本当、こんなことばかり上手になっても仕方ないのに。
**********
それから安室は頻繁にポアロに訪れるようになった。時間はバラバラだが、いずれもお客さんの少ない時間帯や閉店間際にひょっこりと現れては軽食とコーヒーを頼んでくる。
料理を出せば毎日食べたい位だと言い、新しい服を着て行けば歯の浮くようなセリフで褒めちぎる。いくら女性の客がいない時間帯といってもこのままではあらぬ噂が立ってしまう。
安室にそんな軽口を言われる度に梓なりに失礼にならないギリギリの態度でそっけなく返しているのだけれど、どうも暖簾に腕押しといった具合で全く効果がない。
客には必要以上に好意を示さない。一定の線引きをする。奇しくも安室が梓に口酸っぱく教えたことだ。相手に勘違いさせない為ではなく、自分が勘違いしてしまわないようにっていうのは皮肉だけれど。
「梓さん、もう少しで上がりですよね?送りますよ」
でた。もう一つの問題はこれだ。安室はここに通うようになってからやたらと梓を送りたがる。そのたびになんだかんだ理由を付けて断ってはいるがどうにも手ごたえがない。
「来週結婚式があるので今日は友達と服を買いに行くんです」
「そう……残念だな。じゃあまたの機会に」
「だから、もう同僚じゃないんだから送ってくれなくていいんですってば」
「米花町は犯罪率が高いですからね。心配なんですよ」
「…………」
こう言われてしまっては返す言葉がない。それでも安室の車に乗るのは嫌だ。安室とただ楽しく働いていた事を思い出すのはまだ辛い。
一緒に働いていた時からそんなに時間はたっていないのに、最近の安室は明らかにあの頃と違うところがある。梓をからかうような発言の他にも誰と飲みに行くのか、終電には間に合うのかと、割と踏み込んで聞いてくるのでちょっと面倒くさい。
ただ、歯を見せて笑ったり、話の途中で電話が来ると露骨に嫌そうな顔をするのはむしろ人間味が増して好きかも……と考えて頭を振る。もう侵食してこないでほしいのに。
「……どんな服を買う予定なんですか?」
「え?」
「結婚式の」
「あ……ああ、実はもう大体目星はつけているんです。駅前のデパートに新しく入ったお店にディスプレイしているワ……」
「ワ?」
「ワ……ワンピース‼︎」
危ない……うっかりワインレッドって馬鹿正直に言ってしまうところだった。
梓が安室の嫌いな赤を選んだとしても、それを言ったとしても文句を言われる筋合いはない。それでも梓の口はとっさに嘘を吐いた。その理由には目を背けたまま。
「……ネイビー」
「はい?」
「似合うと思いますよ、ネイビーのドレス。……少なくとも赤よりは」
さすが勘がよろしくていらっしゃる……梓の顔が強張った。
ちょうど時間になり休憩を終えたマスターと交代する形でバックヤードへ入る。安室に笑顔で挨拶できていたかはわからない。ワインレッドのドレスを買う、安室を好きにならない。梓は心の中で復唱し待ち合わせ場所へ急いだ。
**********
うん。やっぱりいい感じだ。試着室で着替えたワインレッドのパーティードレスは膝丈で体の線が綺麗に出るのにフレンチスリーブが華やかで上品さがあった。
「ね、どうかな?」
「いいね。大人っぽく見えるし、良く似合ってるよ」
「じゃあこれにしようかな」
「え?じゃあこっちは?」
「あー……やっぱいいかなって」
つい手に取って試着室に持ち込んだものの、着なかったネイビーのドレスを友達に指摘される。
「ねえ、せっかくだから着てみてよ」
「えぇ……気に入ったなら自分で着たらいいじゃない」
「Sサイズないんだもん。それにこれ、私より梓の方が似合うと思うよ」
半ば押し切られる形でドレスを渡された梓は「着るだけだからね!」と声をかけまた試着室に入った。
「あ……」
鏡を見て息が止まる。自分で言うのもなんだがそれは梓にあつらえたようによく似合っていた。ノースリーブでデコルテが広く開いているのにスカートにはボリュームがあってとても綺麗。
「……なんでよ……」
また心がちくちくと痛み出す。
「凄く似合うじゃん!! 絶対こっちがいいよ!! 梓にぴったり」
「でもさっきのもいいって言ってたでしょ?」
「似合ってたけどそれはさっきまでの話!! それとも梓はこのドレス嫌いだった?」
「別に……嫌いじゃないけど……」
「じゃあこれで決定!! ご飯食べて帰ろー」
「うん……」
なぜ自分はこうなんだろう。結局最後に意志を貫けない。だからナンパ男にも気やすく声を掛けられてしまうんだ。だから安室も自分の事なんて気にも留めずにポアロに来ることができるんだ。
家に帰った後も、らしくない自己嫌悪を処理できないまま、早々にベッドに潜り込み大尉を抱きしめて眠った。
**********
良く晴れた小春日和の今日は、とても結婚式にぴったりのお日柄だった。ただ、三連休の初日という事もあって仕事は入れていた。休みを取って美容室に行きたい気持ちもあったけど、連休は客の入りが予想できないし、もし混んでしまったらマスターだけでは手が回らないだろう。人手が足りないのだから仕方ないとロッカーに着替えを入れてオープンの準備に取り掛かった。
「ごめんね梓ちゃん。今日も休みにしてあげればよかったんだけど」
「大丈夫ですよマスター。明日はお休み貰ってますから!! それに、会場はここから近いんで」
実はそれが狙いでもあった。家からまっすぐ向かうよりここで用意してから行った方がずっと近い。帰りにまたポアロで着替えれば歩いて帰れるし、ドレスとバッグで散財してしまったのでタクシー代は節約したいから。
ランチタイムを過ぎると客はもう誰も残っていなかった。あ、今回は混まない連休だったかー。そう思いながら洗い物を片付ける。ふとその時、予感がした。
「マスター、ちょっと早いけど上がってもいいですか?」
「この様子なら今日は混まないだろうね。もう時間かい?」
「いえ、ゆっくり用意したいし……なんだか今日は、あ……安室さんが来るような気がして」
気まずそうにそう言うと、マスターはにっこりと笑って私の頭をポンと撫でた。
「そうだねぇ。彼が来るのはいつも人がいない時だから。……彼と会うのが嫌かい?」
「……分からないです。でも、安室さんが来るとイライラしたりモヤモヤしたりして、別に安室さんが悪いわけじゃないんですけど、なんだか息苦しくて……」
「うんうん。彼は少し急いでしまうところがあるからねぇ」
「急ぐって、何を?」
「ああほら、話していると時間が無くなるよ。結婚式では久しぶりに会う友達もいるんだろ?楽しんでおいで」
急かすように促されて梓がバックヤードに入ると、ドアが閉まる直前、来店を知らせるカウベルが鳴った気がした。
手早く着替えて化粧をいつもよりしっかりとする。コテで緩く髪をまいて、アクセサリーを付けたら出来上がり。我ながらさっきまでエプロンを着て働いていたとは思えない。その仕上がりを助長したのは紛れもなくこのネイビーのドレスだけれど、その事には気付かない振りをする。
少し早いけどせっかく格式の高いホテルウェディングだ。ラウンジでコーヒーでも飲んで待とうと裏口から外へ出た。
[newpage]
二次会会場はホテルより更にポアロに近い落ち着いたバーで、梓は同級生と固まって思い出話に花を咲かせていた。
「はぁーあ!! よかったねぇ披露宴」
「そうだね。私感動して泣いちゃったよ」
「私もーあんな結婚したいねー」
みんなが口々にそう言う位、披露宴はとてもよかった。若い参列者にありがちな下品な余興もなく、落ち着いた雰囲気とさすがの高級ホテルの演出で、梓を含め新婦と学生時代を過ごした友人のほとんどは涙ぐむほどだった。
「榎本、綺麗になったよなー。昔はもっと芋っぽかったのに」
「そう?ありがと。でも芋って……丸坊主にしていた野球部員には言われたくないなぁ」
20代ともなると学生時代には恥ずかしくてとても言えなかった軽口を渡し合える。それはナンパ男ほど下心を孕んでいないし、安室よりも気を持たせない純粋な誉め言葉だ。大人になったんだなぁとしみじみしてしまう。
「でも梓本当に綺麗になったね。童顔なのにそのドレス着てるとすごく大人っぽいよ」
「あー……このドレスね……」
「なによ? 私ゴリ押ししちゃったけどやっぱり気に入らなかった?」
一緒に買い物に行ってくれた友達に心配そうに声を掛けられる
「いや、違うの。買い物行く前にね、安室さんが私にネイビーがいいんじゃないかって……」
「でた、安室さん」
「え? 誰? 梓の彼氏?」
「彼氏じゃないから。振られたし」
あー言いたくなかった。これでこの後は失恋話が酒の肴にされること決定だ。
「どんな人? かっこいい?」
「顔はかっこいいよ。イケメンというより……ちょっとえげつない位の美形」
「えげつない……じゃあ安室さんよりも条件のいい男紹介してあげよっか? 顔意外で」
「えぇ? でも安室さん頭も運動神経もいいし料理も得意でしかも優しいんだよ? ……まって、もしかしてアンドロイドだったのかも……?」
「梓のそういう所、変わらないねぇ」
「本当だってば!! その位性能がいいんだから!!」
「ならいっそ安室さんの欠点とかないの? そこを補える人を探すとか!!」
「欠点ねぇ……あ、隠し事はちょっぴり下手だったかな…」
彼が怪我をして出勤したことや、退職した日を思い出す。また、胸が痛んだ。
「うわ、完全に恋してる顔だ」
「ち、違うから!!」
「そんな顔しているうちは新しい恋は無理だね。叶わないなら諦めるか、忘れるか、とにかく梓の心が納得したらまた相談しな。あんたの為にいくらでも探してあげる」
「……うん。ありがと。私そろそろ帰るね。今日早番だったし、ちょっと疲れちゃった」
そう言ってみんなに挨拶をしてバーを出る。まだ10時にもなっていなかったけれど充分楽しめたし。あれ以上いると余計な事を言ってしまいそうだ。
自分の気持ちにはとっくに気づいている。ただ、梓はそれを認めなかった。
秋の夜風は少し冷たくて、酔って上がった体温と思考を落ち着かせる。それでもさすがに長い時間このストールだけで外にいると風邪をひいてしまいそうなので予定通りポアロで着替えて帰ることにした。
「榎本!! ケータイ忘れてるぞ!!」
走って追いかけてきてくれたのは先程梓の学生時代を芋と言ってのけた彼だった。
「わ、ごめんありがと!!」
「……お前振られたんだって?」
「聞いてたの?」
「お前ら声がでかいんだよ。そんでさ……良かったら連絡先……」
彼がそう言いかけた所で、受け取ったばかりの梓のスマホが着信を知らせる。発信者は……安室透。梓はピシャリと固まった。
「出ないのか?」
「あー……うん。ちょっとね……ごめん、スマホ使えないからポアロの名刺渡しておくね。来てくれたら今日のお礼にコーヒーおごってあげる!! それじゃあね」
彼と別れてポアロで着替えを済ませる。脱いだドレスは紙袋に入れ明日クリーニングに出してこよう。その間もさっきの着信の事が頭にぐるぐると浮かんで落ち着かない。ポアロに来るようになってからだって一度も連絡はなかったのに……説明できない感情に振り回されてなんだかどっと疲れてしまった。早く帰ってベッドに入ってしまいたい。
裏口を出てしっかりと施錠する。そのまま通りに出ようとすると、ポアロの前には見覚えのある白いスポーツカーがハザードを点けて停車していた。反射的に足が止まる。それと同時に後ろから声を掛けられた。
良く通るテノールの、今一番聞きたくない声。
「梓さん」
ビクッと肩が揺れ恐る恐る振り返ると笑顔の安室がそこに立っていた。
「あ、むろ……さん」
「お疲れさまです。送っていきますよ。ちょっとお話したいこともあるので」
「いえ……そこまで遅い時間でもないですし、今日は歩いて帰ろうと思っていたので。お話は……今日じゃないとだめですか?」
「そうですね。お酒飲んでいるでしょう? 危ないですから」
「でも……」
「梓さん、やっぱりなにか怒ってますよね。それも含めて、話をしましょう?」
この人はこんなに無遠慮に入り込んでくる人だったろうか? 少なくとも一緒に働いていた時は、こちらの都合に合わせて一定の節度を持って接してくれていたように思う。告白を断った女に、働いていた頃のようにまた仲良くしましょうって言いたいのだろうか?それは大概悪趣味が過ぎるというものだろう。
それをするにはまだ、梓の中で時間がたってなさすぎる。
有無を言わせないような圧を感じて、委縮した梓は目を逸らす。視線の先には履きなれたスニーカー。
梓には少し高い買い物だったが、軽く丈夫で疲れにくい。長時間の立ち仕事に、買い出しもする梓にとって心強い味方だった。
できるだけ自然に、つま先だけ地面につけて二、三回足首を回す。反対の足も、ゆっくりと。
そして俯いたままの梓は負けじと言葉を紡ぐ。
「車、路駐しているから……長い間は停めておけませんね」
「はい? ……ええ、まあ。だから早く乗ってください」
人は見かけによらないとはよく言ったものだ
例えば、榎本梓は顔は十人並。考え方が突飛なこともあるが頭は悪くない方だ。帰宅部で球技のセンスはまるでなく、いかにも鈍間そうに見えるが、その実足は結構速くて走りには自信があったりする。
「車には乗りません」
「……梓さん!!」
安室の足が一歩、距離を詰める。たったそれだけで跳ね上がる心臓は、これ以上二人の距離が近くなったらどうなってしまうのだろう。
安室はなぜそんなに必死なのか、期待してしまいそうになる。
「お話は……また、こん、どっ!!」
言い終わらないうちに体を反転させて地面を蹴った。久しぶりにしてはなかなかのスタートダッシュを決め、振り返らずに全力疾走する。さすが日々の激務を戦い抜いてきた靴は働きが違うなぁとか、後ろから微かに聞こえた舌打ちに、やっぱり安室さんも人間なのね、なんて考えている梓は思ったより酔っているのかもしれない。
ようやくアパートの見える道までやってくると、いくら走るのが得意と言っても社会人になってから運動習慣は無かったから、さすがに膝がガクガクと笑っていた。ぜぇぜぇと肩で息をすると酸素を求める肺に冷たい空気が流れ込み上がりきった体の熱を心地よく冷ます。
アパートの階段に上る前にぐるりと辺りを見渡したが安室の車は見当たらなかったので追いかけてこなかったようだ。
「ただいまー……」
労働に結婚式に全力疾走とは濃密すぎる一日だった。靴も脱がないまま、足だけ玄関に出して廊下に仰向けになるともう一歩も動けない。
「大尉くーん」
名前を呼ぶと来てくれる優しくて賢い愛猫を胸に乗せ撫でまわす。
「わたしがんばったよーすっごく疲れちゃったー……」
体は満身創痍だったが、逆に目は冴えていた。久方ぶりのランナーズハイと初めて安室を出し抜けた高揚感のせいかもしれない。ここから立ち上がって化粧を落とすのだけだけがただ億劫だ。
「あむろさん……びっくりしたかなぁ……」
まだ荒い自分の呼吸が響く玄関でポツリと呟くと、ガチャッと勢いよく扉が開いた。
「……全くですよ」
そこには眉間に寄った皺と、顔に滲んだ汗でまるで別人のような安室が立っていた。彼の心なしか荒くなっている呼吸とは対照的に、梓は驚きのあまり息が止まる。急に上半身を起こしたら驚いた大尉が飛び退いてしまったが、来訪者が見知った顔だったからか知らんぷりして部屋へ戻ってしまった。
安室が梓から目を逸らさないまま後ろ手でドアを閉めると、更に玄関は薄暗くなる。リビングの窓から入る月明かりを受けた双眸を細めて私ににじり寄ると、ゆっくりと腰を下ろし大きく息をついた。
「足……速いんですね」
「……なに、しにきたんですか?」
声が上擦ってしまう。隙は見せたくないのに。
「言いたい事と、聞きたい事があって」
「また今度って、言いました」
「うん。僕は今日がいいって言いました。でも梓さん、逃げちゃうから」
ほら、まただ。こちらの気持ちなんてお構いなしに自分のペースで事を進めようとしてくる。梓の胸がぎゅうっと締め付けられた。
「なんで僕から逃げるんです?」
「え?」
「避けてるじゃないですか。前はもっと楽しそうに話してくれたし、笑顔だって……」
「……」
まさか本当にそんな事の為にわざわざ披露宴の帰りに現れたり、家まで押しかけてきたなんて……
ぐちゃぐちゃだった頭の中は苛立ちでいっそスッキリしてきて、ついにぷちっと音を立てた
「……当たり前じゃないですか。あんな顔して人の事振っておいて、何もなかった事にしてまた仲良くできる程、私人間が出来ていないんです!! そんなの頭のいい安室さんならすぐわかる筈じゃないですか!! な、なのに待ち伏せしたりあまつさえ家にまで来てわんわんわんわんと……!! そこへ直れっ!!」
安室を睨みつけたまま捲し立てて息を整えると、彼は大きな目を更に丸くさせて固まっていた。というよりは今梓が言った事を反芻しているようだった。
「……ブッ」
人が真剣に起こっているときにこの男は盛大に噴き出した。
「ちょっと!!」
「あははははっ梓さん、人に怒り慣れてないでしょ? そこへ直れって、直れって」
ひとしきり大笑いした後私の横に手を置いてずずいっと顔を近づけてきた。
「ちっ近い!!」
「ダメ?」
今の話の何を聞いていたのか。そんな小首をかしげてかわいい顔をしてもダメなものはダメだ。むしろそんな顔だからダメだ。
「ダメに決まってるでしょうが!!」
「なんで?」
「イケメンだから!!」
厳密にいえば違うけど、もうこの人に丁寧に教えても意味がない気がして返事もぞんざいになる。
「あぁ……ごめんね? えげつないほどの美形で」
えげつ、ない……? どこかで聞いたセリフに冷や汗が流れ落ちる。
「もしかして……あの会話聞いて……?」
「さて? でもその理屈だとイケメンじゃないと近くてもいいって事になるよね? そういう事、他の男に絶対言わないでくださいよ?」
「なんで安室さんにそんな事言われなきゃ……!!」
そこまで言って、ただでさえ近かった安室の顔が更に近くなる。さっきまでの純粋な笑顔ではなく、楽しむような意地の悪い顔で。
「ねぇ梓さん、俺の事好きだよね?」
「す、好きじゃない!!」
この期に及んでどこまで人を弄べば気が済むのか。ていうか俺って? なんで急に一人称変わるの?
「恋してる顔って言ってたでしょ」
「言ったのは私じゃないもん!! やっぱり聞いていたんじゃないですか!!」
「ね、好きだって言ってよ」
「い、やだ!! 安室さんなんて嫌い!!」
「傷つくなぁ」
そんな事は露ほども思っていない癖にわざとらしく困り顔をして、それが余計にあの日を思い起こさせて苦しくなる。
「そんな事、聞いてどうするんですか……」
「俺はこんなに梓さんの事好きなのに、拒絶ばっかりされると悲しいじゃないですか」
本当に顔がいいのは得だと思う。だってその辺の一般人が言ったら完全にストーカーだし事件だ。
「え? ……安室さん私の事好きなの?」
「……なんで伝わらないかなぁ」
「分かるわけないじゃないですか……それに信じられません」
安室の手が梓の指にあたり、ぴくっと体が反応する。
「これは嘘じゃない。梓さんが、好きです。だから梓さんも本当の事、言って?」
ゆっくりと、諭すように熱のあるテノールが体を熱くする。
これはって事は他に嘘があるの? あの時の顔は、何だったの? 聞きたい事はまだあるのに、脳内ではとっくに白旗が上がっている。
ようやく私の胸が甘く締め付けられた。
友達が言っていたように恋をしている顔をしているのだろうか? 少なくとも走った時よりもずいぶん顔が熱い。
私が敗北宣言をして、彼が幸せそうに顔を崩すのは、もう時間の問題だ。
[newpage]
<厄介な男の反撃>
やっと終わった。
世界を犯罪で飲み込まんとする化け物のような組織を瓦解させ、死屍累々の修羅の果てで得たものは、ほんの少しの達成感と、どうしようもない虚無感。
そして頭の中に浮かんだのはあの日悲しそうに笑った彼女だった。
組織を壊滅させておよそ一ヶ月、降谷は毎日毎日、目の前にある膨大な書類に追われている。むしろ警察はそっちの仕事がメインなのだ。些細な罪だとしても、その後必要な書類というのは果てしなく多いのだから、あの組織の後始末の為に提出しなければならない書類は一体どれほどの量なのか、考えたくもない。
本当の意味で全部終わるのはまだ先になりそうだ。
――ごろろ
いつもはシャキッと伸びた背筋を丸め、降谷はデスクに頭を乗せていた。
彼について何も知らない者が見れば動物園のパンダ並みにあざとい姿だが、ここは警察庁内。大体の部下は一応の心配はしているものの、触らぬ神にたたりなしとばかりに遠巻きに眺めるだけだ。
「燃え尽き症候群ですか?」
「休憩中だ」
警視庁にいるはずの腹心の部下は今日はこっちに呼び出しらしい。あちらも忙しいことだ。
風見は険しい顔で、淹れたてのコーヒーと分厚い書類を降谷のデスクに置く。もう何枚増えても同じだと思っていたがこう積みあがっていくと腹が立ち降谷は軽く舌打ちをした。
「はあ、美味しいコーヒーが飲みたい……」
「せっかくコーヒーメーカー買って貰ったのになんて事を言うんですか」
理事官が自費で買ってくれたコーヒーメーカーは、組織壊滅に一役買った降谷へのご褒美らしい。割に合わないなと思いつつも確かに缶コーヒーとは比較にならないくらい旨い。
「サイフォンで入れたコーヒーがいい……」
「……サイフォンで淹れたところで、あなたが求める味は提供できませんし、だれが管理洗浄するんですか」
不意に図星をつかれうなだれる。まだせいぜい一ヶ月しかたっていないというのに、ひどく懐かしい。
笑顔で迎えられたい、お疲れさまと言われたい。……梓に会いたい。仕事の手を休めると降谷の頭の中を占めるのはそんな思いばかりだった。
「俺は行ってもいいと思いますがね」
「ご法度だろ、元潜入先は」
それに、好意を伝えてきた梓に気付かない振りをして、あんな辞め方をした事が後ろめたかった。
「あなたなら簡単でしょう? 上を丸め込むくらい」
「お前がそんなことを言うなんて珍しいな」
「その方が国益につながると思ったまでです。一度ポアロに行ってアップグレードしてきては?」
淡々と、語る風見を一睨みして席を立つ。
「俺の事を国が開発した防衛ヒューマノイドだって噂流したの、お前じゃないよな?」
「まさか」
庁内で囁かれるつまらない噂だ。見てくれといつでもデスクにへばりついて仕事をしている様子から、ついに人間である事すら疑われ始めたようだ。もしそれが本当なら手作業で書類なんか作ってねーよと心の中で毒づく。くだらない、と吐き捨て降谷は庁舎を出た。
ちなみに風見は本当に噂を流した本人ではない。彼はポアロに思いを馳せピクリとも動かない降谷を指し
「古代ギリシャ彫刻家作、ゴリラの石膏像……」
こう呟き、周りにいた人間の腹筋をブッ壊しただけだ。当然命が惜しいのでその後緘口令がひかれたが。
**********
「え、なんでここにいるんですか?」
降谷なりに悩みあぐねてやっとの思いで行ったポアロで、梓の口から出たのはそんな言葉だった。
ポアロに向かう途中、それなりにシミュレーションしたつもりだ。喜んでくれるだろうか、それとも急に辞めたことを怒られるかもしれないなと。勿論驚くだろうとは思ってはいたが、こんなにそっけなくされるとは思ってもみなかった。
がっかりした事を悟られないように顔を作り直す。ここではまだ安室だ。
会話は終始ぎこちない。怒っているのかと尋ねてもはぐらかすばかり。そのうちにマスターがやってきた。
「梓ちゃん、店も落ち着いてきたしもう上がっていいよ」
余計なことを。まだ話し足りない。もっといて欲しい。
「あ、梓さん送りますよ」
「やだ安室さん。もう同僚じゃないんだからそんなに気を使ってくれなくても大丈夫ですよ」
思いがけず口から出た言葉はすぐさま拒否される。それ以上食い下がることもできず梓を見送り盛大にため息をついた。
「おや、袖にされちゃったねぇ」
ニコニコしながらコーヒーを落とすマスターを降谷はじっとりと見据えた。
「マスター、ひどいじゃないですか」
「さぁてね。僕は君の事は嫌いじゃないけれど、梓ちゃんの味方だからね」
思った以上に手強そうなマスターを一瞥し、梓から出されたパスタを一口頬張るとカラスミの風味が口いっぱいに広がった。そっけないそぶりをしても、彼女の作る料理は優しくて美味しい。
これからは今までよりも怪我をしなくなる、そう言った時に顔を綻ばせて笑ってくれた彼女の顔を思い出して降谷の口元が緩む。それだけが彼女の本当の笑顔だった。
そして自覚する。やっぱり好きだ。それはもう、どうしようもなく。
「マスター、また来てもいいですか?」
「梓ちゃんを困らせないならね」
「それはまあ、善処します」
そう言い残して店を出ると、来た時には感じなかった秋の日差しが気持ちよく降り注いでいた。
**********
庁舎へ戻り仕事を再開すると信じられないくらい仕事が捗った。文字はするすると頭に入り、手はキーボードをとめどなく叩く。それでも三十時間は寝ていなかったので部下に急かされて仮眠を取ると仮眠室の粗末なベッドとは思えない位よく眠れた。
俺はこんなに単純な奴だったのか
降谷は自嘲気味に笑い、今日の梓の様子を飽きもせず思い返す。出された食事も、安心したように微笑む姿もすべてが愛しくて、うっかり顔が緩みそうになるのを慌てて直した。
そういえば今日は友達と約束があると言っていたな。梓との会話を思い出し時間を確認すると夜の11時を回っていた。
さすがに偶然を装って迎えに行くのはやりすぎだろうか。だが一度気になりだすと止まらない。電話ならあるいは……いや、梓の性格からして固辞されるのは目に見えてる。降谷はスマホを片手に唸っていたがやがてあるアプリに目を止める。
以前コナンのスマホにも入れたものだ。自分と近かった梓とマスターに万が一組織からの接触があった場合を想定して、こっそりと二人のスマホにも盗聴アプリ仕込んでいた。幸い今まで使う事はなかったけれど。
それをこれから超個人的な理由で使わせてもらう。気が咎めないと言ったら嘘になるが職業上そのハードルを超えるのは容易かった。
イヤホンを装着しアプリを起動するとざわざわと雑音が聞こえる。音の感じからして屋内のようだ。聞き流しながら意識を仕事に戻すとまたしても風見が書類をもってやってきた。
「調子よさそうですね」
缶で申し訳ありませんが、と付け加えて風見はデスクにコーヒーを置く。この浮かれた頭には旨くないアイスコーヒーくらいがちょうど良かった。
「おかげさまで、すこぶる絶好調だよ」
そこで梓の声が聞こえてきた。どうやら友達と解散して帰るらしい。終電には余裕があるし泥酔もしていないようだ。友達と思わしき人物からの、合コンという不穏なワードは一旦捨て置くことにする。
一安心して風見から受け取った書類に目を通し判を押す。書類を受け取った風見は降谷を見て目を細めた。
降谷は機嫌の良し悪しを態度に出す様な人ではないが、やはりいままでこれだけ頑張ってきたのだ、彼のプライベートを支えてくれる女性がいてくれればいいと風見は陰ながら思う。
「梓さんも降谷さんと再会できて喜んでいたでしょうね」
はた、と手を止め改めて今日の梓の様子を思い起こす。喜んで……?
浮かれとんちきになった頭を、苦いだけのコーヒーで抑え込み努めて冷静に考えれば、怪我云々の際のあの笑み以外、梓は驚き、戸惑い、それとなぜか怒りのような感情しか読み取ることはできなかった。
入店した時から分かっていたことだ。それなのにあの笑顔と食事ですっかり舞い上がってしまっていた。
「……あれ?」
どこまで自分はどこまでおめでたく単純なのか。もう二度と会う事は出来ないと唇を噛み下した決断を、組織を壊滅に追いやったとはいえ、一ヶ月で根を上げ会いに行った事は梓は知る由もないのに。
「降谷さん、どうかしましたか?」
急に顔をしかめた降谷を見て風見が声を掛けるも、それどころではない。
さらにこの最悪なタイミングで、降谷の耳には聞き捨てならない言葉が入ってくる。
「ねぇねぇ、かわいいねー!! 暇だったら飲みにいかない?」
――ベコンッ
降谷の持っていた空の缶がひしゃげた。終電まで一時間を切ったこの時間にナンパだと?下心ありありの顔も見えぬ三下に、降谷の苛立ちが一気に募る。
行くべきだ。多少不自然だとしても、そんな雑魚に連れていかれるくらいなら偶然を押し通す。だが、立ち上がろうとする降谷に聞こえたのは梓の意外な対応だった。
「ありがと。でもごめんねーどうしても外せない用事があるんだーまた誘ってねー!!」
理解が追い付かなかった。あの梓が?男性客から連絡先を渡された時ですら、断るのに苦慮していた梓が?
隙を見せなかったことでナンパ野郎はそっかまたねーと言って去って行った。結果としてはこれでよかったのに降谷の心は晴れない。
友達との話しぶりやナンパのあしらい方からして、梓はここ最近頻繁に夜出歩いているようだった。
なぜ、梓は変わらずにいると妄信していたのだろう。例えば、以前は知らない人と飲みに行くのが苦手だと言っていた梓が、もし今合コンに誘われたら、行くのだろうか?
そんな事、絶対に看過できない
随分身勝手な考えだが、降谷はそれに気づかずギリッと歯を食いしばる。
「そもそも性分じゃないんだよ。我慢なんて」
初めは単純に会いたいと思った。そしてすぐに自覚してしまった。気づいたからには押さえる事なんて出来やしない。
組織はもう壊した。上を納得させる仕事もできる。目の前の書類は取るに足らない障害だ。
風見は目の前にいる上司には到底及ばないが、優秀な公安警察官だ。降谷が耳から誰の情報を得ているのか、大体は予想がついた。緩ませていた顔を青くさせたと思ったら、見慣れた獲物を狩る目をしている降谷に、一言だけ助言をする
「ですが降谷さん、くれぐれも人間のペースでお願いします」
相手は犯罪者ではなく、善良な女性なのだから。
「上等だ」
立ち去る前にチラリと降谷が握っている原型を留めていない空き缶を見やる。普通、スチール缶を片手では潰さない。いつぞやの捻り上げられた腕をさすりながら、降谷に狙われた榎本梓を気の毒に想った。
**********
それから降谷は無理やり時間を作ってはポアロに通い詰めた。
初めこそ梓の態度は強張っていいたものの、回数を重ねるとそれなりに世間話にも付き合ってくれるようになった。ただそれは、あくまで客と店員としてだ。そんな有象無象と一緒くたにされてたまるか。
「本当に梓さんは料理が上手ですよね。これなんて毎日食べたいくらいだ」
「……ありがとうございます。私、テーブル拭いてきますね」
こんな具合で、一見秋の新作メニューのキノコの和風パスタを誉めたように見せかけても、梓はその奥の降谷が込めた熱を感じ取りするりと逃げてしまう。そして戻ってくるとまた元通り、それはまるでかつての安室のようだった。
「……どんな服を買う予定なんですか?」
「え?」
「結婚式の」
来週は中学時代の同級生の結婚式に行くという。顔見知りばかりが集まる結婚式は、合コンよりも梓の警戒心が薄れるだろう。仮に当時梓に思いを寄せていた輩が、梓に久しぶりに再会したら?ある意味合コンよりたちが悪い。
マズいな……降谷の中で焦燥が軋んだ。こちらはまだ、これといった手ごたえも得られていないのに。
それにしてもワ、とは何だろう。梓はワンピースと言い直したが、その動揺を降谷は見逃さなかった。
ワイシャツ……ワイドパンツ……若草色……? 梓が降谷に隠したいもの……後ろめたいこと?
安室透は基本的に好き嫌いは無く全方位に好印象を与える事ができるように設定してある。
でも明確に、一つだけ譲らずに嫌悪を隠さない物があるとすれば。
――――赤
ワインレッドか、なるほど結婚式には人気の色だ。これからの時期にもちょうどいい。降谷の中でやっと点と点が繋がった。きっと童顔に隠された彼女の色気を上品に醸すだろう。
でも、着せたくない。そんな事を言えるような間柄ではない事が悔やまれた。
「ネイビー」
「はい?」
「似合うと思いますよ、ネイビーのドレス。……少なくとも赤よりは」
これは悪あがきだ。正直、かなり分が悪い賭けだが、今の降谷にはこれ以上の打つ手がない。梓はさすがに驚いたようだが、マスターが戻るとぎこちなく挨拶だけ残し退勤した。
もし梓がネイビーのドレスを買ったとしたら、もう少し踏み込んでもいいだろうか?
時計を確認すると間もなく学校が終わる時間だった。こんな時に女子高生に捕まるわけにはいかない。なにせ来週に向けて今以上に仕事を片付けなければならないのだから。
**********
それからの仕事ぶりはまさに怒涛というのに相応しいものだった。それは降谷ヒューマノイド説の信憑性を高めたが、そんなものに構っている暇などない。
その甲斐あってか、結婚式の日の午後から休みが取れたので少しの仮眠をとってポアロへ向かう。三連休の初日、梓の性格を考えると出勤している可能性が高い。結婚式に行く前に着飾った梓に会えればと少し期待したのもあった。
「おや、いらっしゃい」
「……ブレンドお願いします」
降谷を迎え入れたのはちょうどバックヤードから出てきたマスターだった。梓の姿はない。
「梓ちゃんならついさっき上がったよ。ちょっと早いけど、安室君が来る前に行きたかったみたいだから」
「さすが勘が鋭いですね」
なるほど露骨に避けてきたか。これはいよいよ何か手を打たなければ。
嫌われてはいない、はずだ。じゃあどうすればいいのか?それがわからない。
今まではさして労せずとも相手の懐に入る事ができたのに、本気の恋ともなるとどうしてうまくいかないのか。
「安室君はモテるよねぇ。それにとても器用だ」
「まぁ、否定はしませんが……」
「でも意外と恋愛事は下手みたいで驚いたよ」
「急に何ですか」
顔は笑ってはいるが、先程から何となくトゲを感じる。
「うちの看板娘は驚くほど聡いけれど、呆れるほど鈍感だからねぇ。それでも彼女なりに悩んでいるみたいだから、手加減してあげたらどうだい?」
「……少し梓さんに甘すぎやしませんかね?」
「心外だな。君が辞めた後、梓ちゃんに言い寄るお客さんに目を光らせたのは、君の為にもなると思ったんだけどね」
ニヤリと口角を上げるマスターに、降谷はひとつため息をついて席を立つ。
「老獪ですね。……でも感謝します」
「さて、会場と二次会の場所は教えた方がいいのかな?」
「いえ、もう確認済みです」
「そうかい。安室君は器用だけど、君はそうでもないみたいだからしっかりやるんだよ。一番は梓ちゃんの味方だけど君の事も応援しているからね」
ほんの一瞬驚いた顔を隠せず、一礼して降谷は店を出た。本当に、侮れない人だ。
[newpage]
降谷は二次会会場の出入り口が見えるパーキングに車を止め盗聴アプリを起動した。披露宴は落ち着いた雰囲気の中滞りなく終わった事が確認できたし、当時仲の良かったと思われる同級生たちと固まっていたので二次会も大丈夫だろう。
「でた、安室さん」
「え? 誰?梓の彼氏?」
「彼氏じゃないから。振られたし」
イヤホンを耳に取り付けたとたんに自分の仮の名前を呼ばれ降谷は驚いた。まさか自分の話題が出ているとは。梓の声で振られたと聞いて胸が痛む。だがこれは今の梓の本心を聞くチャンスではないかと考えた。無意識に息を殺す。
「どんな人? かっこいい?」
「顔はかっこいいよ。イケメンというより……ちょっとえげつない位の美形」
えげつない……今まで容姿を誉められてきた事は数あれどこれは初めてだ。大人しく聞いていればそのほかにもアンドロイドだの、性能が良いだの、梓は言いたい放題だった。
なぜどいつもこいつも降谷を人間の枠から出したがるのか、それに友達の男を紹介する発言も断じて却下だ。
降谷は天井を仰ぎ目頭を押さえた。これは何も収穫はなさそうだと判断しかけた時
「うわ、完全に恋してる顔だ」
降谷は倒していたシートから勢いよく体を起こした。
どんな顔をしているって? 梓はすぐに否定していたがその声色にすら期待してしまう。耳から入る情報によると、幸いにも帰り支度をしているようだったので出てきたところで捕まえる算段をして梓を待った。
しかし待てど暮らせど雑音は変わらない。そのうちに出口から梓が出てきてしまった。
「ネイビー……」
よく、似合っていた。胸元が少し空いているのが心配だが、自分が選んだ服を着せたような優越感に浸り見とれてしまう。
ああ、車に乗せる前に携帯を取りに行かせなければ。
「榎本!! ケータイ忘れてるぞ!!」
男の声で梓の名前を呼ぶ声がする。同級生だろうか? 親切にも携帯を届けてくれたらしい。できれば女性の方がよかったが、と図々しいことを考えながらエンジンを止める。
その間にも聞こえる二人の会話が親しげで降谷は苛立ちに襲われる。明らかにその男から梓への好意が滲んでいたからだ。
「……良かったら連絡先……」
言い終わらせてなるものか、たまらず安室の携帯から梓に電話を掛けた。
男から受け取ったばかりの携帯はまだ梓の手の中にあり、着信にはすぐ気づいたようだった。早く出てくれ、車の中から様子を見るが梓は画面を見て明らかに動揺し、やがて携帯をバッグにしまい込んだ。
なぜでない? 振り回されてばかりだ。時にそれは心地いいけれど、今はそれでは満足できない。降谷の心に焦りが募る。ポアロに行ったであろう彼女を迎え撃つため再度エンジンを掛けポアロの前に路駐する。暗い裏口に立ち梓が出てくるのを待った。
「梓さん」
慣れているがゆえに、ろくに周りも見ずに裏口から出た梓は、降谷に気付かずに通りに出ようとした。後ろから声を掛けるとわかり易く驚きこちらに振り替える。苛立ちはあったが怖がらせることが目的ではないので、降谷は努めて安室のような笑顔で話を続けた。
「お疲れさまです。送っていきますよ。ちょっとお話したいこともあるので」
車に促すも、頑なに断り続ける梓に降谷も食い下がる。ついに俯いてしまった梓は何を考えているのだろうか。どんなに断ろうと今日は引かないのに。
「車には乗りません」
「……梓さん!!」
頼むからおとなしく車に乗ってくれ!!
そう言いそうになるのをギリギリ堪え、降谷は一歩踏み出した。
「お話は……また、こん、どっ!!」
言い終わる前に、体を反転させ梓が逃げた。まさに脱兎の如く。
……ちっ!!
すかさず降谷も走る体勢に入るが目の端に愛車が映る。夜でも目立つその白い車体を置いていくわけにもいかず、先程のパーキングに乱暴に停めた。とんだ時間のロスだが車より走る方が早い。さらに、発信機で梓の位置を確認した。
「クッソ!!」
なんでこんなに速いんだ。梓の位置情報は淀みなく進んでいる。獲物を追う警察官の足を舐めるなよ!!
初動から全速力で後を追った。マスターに言われた手加減という言葉は、もう降谷のどこにも残っていない。
**********
日頃の鍛錬を怠らないこの体が、結局梓に追いつく事が出来ずに、目的地に着くころには肩で息をするほどまでに疲弊した原因ははたして、寝不足か、焦りか、興奮か。
なるべく足音を立てずに階段を上り梓の部屋の前まで来るとドア越しに人の気配がした。
いる。壁一枚隔てたこの先に、梓が。そっとノブに手をかけると鍵はかかっていないようだった。盗聴の他にピッキングも、となるとさすがに罪悪感があるので安堵する。できるだけ驚かせないようにしたいところだが……
「あむろさん……びっくりしたかなぁ……」
まだ酔いが覚めていないような、眠そうな、甘ったるい声で名前を呼ぶから、元々なかった余裕が限界突破して勢いよく扉を開けた。
靴も脱がずに足を玄関に放り出し、廊下に仰向けで転がっていた梓は、すぐに体を起こしたが驚きのあまり息が止まっているようだった。
なんて格好をしているんだ……
鍵も掛けずに、そんな無防備な体勢で。しかし降谷も馬鹿ではない。押しかけたのは自分だし、ここで小言の一つでも言えば途方もない脱線をするのは目に見えている。
降谷は腰を下ろし梓の目線に合わせ、身体を寄せる。動揺しながらもなんとかかわそうとする梓を逃がさない。
攻めながら横目でとらえた紙袋には、先ほどまで梓が着ていたネイビーのドレスが入っていて、それが更に降谷を増長させたが、核心に迫る所でついに梓がブチ切れた。
「……当たり前じゃないですか。あんな顔して人の事振っておいて、何もなかった事にしてまた仲良くできる程、私人間が出来ていないんです!! そんなの頭のいい安室さんならすぐわかる筈じゃないですか!! な、なのに待ち伏せしたりあまつさえ家にまで来てわんわんわんわんと……!! そこへ直れっ!!」
……怒らせてしまった。初めて見る梓の本気で怒った顔は全く怖くないし普通にかわいかった。おかげで話の内容をすぐに飲み込むことができない。
わんわん……そこへ直れ……?
「……ブッ」
つい噴き出してしまった降谷に、ますます梓の目が吊り上がる。これはまずい。これ以上は本当に話が進まなくなる。散々腹を抱え笑い倒し呼吸を整えた後、改めて梓に詰め寄った。
「ねぇ梓さん、俺の事好きだよね?」
「すっ好きじゃない!!」
「ね、好きだって言ってよ」
「い、やだ!!安室さんなんて嫌い!!」
どんなに否定しようとも、梓の全てが降谷を煽る。
流石に今まで口説いていたのが、一つたりとも伝わっていなかった事にショックをうけたが、信じられないと言うならばと、言い逃れ出来ないほどまっすぐな言葉を渡す。
「これは嘘じゃない。梓さんが、好きです。だから梓さんも本当の事、言って?」
早く観念してくれ。どうせお互い、逃げられやしないんだから。
顔にはもうすでに答えが書いてあるようなものだったが、梓の声で返事が聞きたかった。
「わたしも……安室さんの事、好き……かも?」
かも、というのは聞き捨てならないが、あっけなく掲げられる白旗に降谷は破顔する。酷く遠回りしたが、この幸せの前には些細な事だった。
「あー……かわいい。抱きしめていいですか?」
仄めかすのは無駄だとわかったので一応素直に聞いてみる。
「ダメ!! すごく汗かいたから」
「あぁ、じゃあキスしてもいいですか? あ、そのネイビーのドレス着てみてくださいよ。近くで見たい」
「やだ、なんで安室さんそんなにグイグイくるの!? 別の人みたい!!」
熱視線で懇願するも梓の言葉で我に返る。重大なことをすっかり忘れていた。
「梓さんお邪魔してもいいですか?もう一つお話があるんでした。さすがに玄関では……」
降谷が梓に触れる事が出来るのは、正体を明かし、梓に「そういうのって普通最初に言いません!?」としこたま怒られた後であった。
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恋愛へたくそすぎる二人がうだうだしたのちに付き合うまでのお話です。<br />スタイリッシュでかっこよくて恋愛経験豊富そうな降谷さんはいません。<br />察しが悪すぎる梓さんと、言葉足らずかつ暴走する降谷氏。梓さん視点だけで書いたところ降谷さんがキャンキャンうるさいだけになってしまったので降谷さん視点も書いたのに何のフォローにもならずやっぱり終始暴走しております。<br /><br />小説自体書いたことのない私が、あむあずにハマり我慢できずに何点か作品を上げて参りましたが、いまだ熱は冷めやらず、むしろこれからも思いつくままに書いていく事になりそうなので今回は小説の書く際の基本を少々調べてから書き始めました。なので以前よりは多少……?読みやすくなっている……ような?<br />それでも初心者な事には変わりありませんのでどうぞ誤字、言い回しの間違いなどありましたら、ビビりなのでそっとご指摘頂ければと思います。<br /><br />ちなみに投稿小説に自作の絵を設定できると知り梓さんを描いてみたんですが、絵って難しいですね……楽しいけど、思うようにいかない……<br /><br />次こそ旅行シリーズ書きます。広島です。実家にる〇ぶないので買ってきました笑<br /><br />9/24追記<br />デイリーランキング41位頂きました。<br />ブックマーク600人越え!?ありがとうございますありがとうございます!!<br />励みになります。何番煎じだろうとも、今後とも梓さん好き好きな愛が重い降谷さんを書きたいです。
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鈍感な女と厄介な男のコラボレィション
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10123350#1
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[chapter:ポケモンゲットと悪の組織]
俺はトキワの森にいた。
トキワシティとニビシティの間にある巨大な森で、ちゃんとルートを理解しないと迷うことは間違いないそうだ。
そして、俺とイーブイはその森の茂みの中で息をひそめていた。
茂みから見上げると、そこにはどくばちポケモンのスピアーがいた。
しかも群れで行動し、森の中を飛んでいる。
スピアーの群れは一つの塊となり、森の奥へと消えて行った。
見えなくなったところで、俺とイーブイは茂みから出た。
「ふー、なんとか見つからずに済んだな」
「ブイ」
「お前はすぐ無茶するから心配だ」
「ブイ〜」
イーブイはアホ毛をピンと立たせて抗議してきた。
いや実際お前はすぐ無茶するだろ。
相手が大きかろうと大群だろうとすぐ突っ込んで行く。
そんなことが何度もあった。
不機嫌になったイーブイの顎を撫でていると、ガサッという草が動く音がした。
もう一度俺たちは茂みの中に隠れると、音の原因を見つけた。
「あれは……?」
「ブイ?」
スピアーだった。
基本的にスピアーは群れで行動しているものだが、このスピアーは1体だけで木の周りを回っていた。
すると、先ほどとは別のスピアーの群れが現れる。
群れはその独りのスピアーに目もくれずに森の奥へと消えて行った。
独りのスピアーは何事もなかったように木の実をムシャムシャと食べていた。
もしかして――
「よう、お前もしかして群れからハブられてるのか?」
「スピ」
スピアーはこちらを見るが特に警戒している様子もなく木の実を食べ続ける。
どうやら本当にぼっちのスピアーのようだ。
「俺も、学校ではハブられてたからな、気持ちはわかる」
「スピ」
表情が読めないため、俺の言ったことが伝わったのかどうなのかわからないが、スピアーは返事をした。
よし、せっかくだから。
「どうだ、一緒に来ないか?」
いつまでもポケモン1体だけというのはまずい。
そろそろ新しい仲間が欲しいと思っていたところだ。
スピアーは両手の針を突き上げて頷いた。
「そんじゃ、トレーナーとポケモンらしくバトルだ」
「スピ!」
ポケモンゲットはまずはバトルだ。スピアーの能力も知ることができるしな。
「行くぞイーブイ!」
「イブイ!!」
やる気満々のイーブイはスピアーを見上げて大地を踏みしめる。
先手はスピアー、針を連続で素早く突いてきた。
「“みだれづき”が来るぞ! かわせ!」
イーブイはサイドステップで避けるとすぐにスピアーの方を向いた。
「よし、“でんこうせっか”!!」
「ブイ!」
高速で突撃すると、スピアーに直撃、ダメージを負いながらもスピアーはまだ飛行する。
そして、イーブイに方向転換すると突撃してきた。
「今度は“ダブルニードル”か! “スピードスター”!!」
「ブイブイ!!」
星形のエネルギー弾が連射されスピアーを襲いダメージを与える。
「スピ!?」
「“アイアンテール”!!」
動きが鈍ったところをイーブイは鋼の尻尾をぶつける。
ダメージは十分。
「頼んだモンスターボール!」
俺が投げたモンスターボールがスピアーに当たると、ボールは開きスピアーは吸い込まれる。
地面に落ちたボールが揺れるとその揺れは少しずつ小さくなる。
そして、止まる。
「よし、スピアーゲット」
俺はモンスターボールを拾うとイーブイに見せる。
「イブイ!!」
イーブイはアホ毛を揺らして喜びを表してくれた。
早速スピアーをボールから出す。
「スピ!」
バッグからキズぐすりを取り出しスピアーに浴びせると、傷がなくなる。
「そんじゃこれからよろしくな」
「スピ!」
相変わらず表情は読めないが、針を元気に空に突き上げている様子を見ると喜んでいる気がした。
[newpage]
その後トキワの森を野生のポケモンとバトルしながら難なく通過していった。
到着した町はニビシティ、ポケモンジムのある町だ。
そこで俺は初めてのジム戦に挑戦した。
結果は勝利、岩タイプはノーマルや虫に強いが、イーブイの“アイアンテール”やスピアーに覚えさせた“かわらわり”や“ドリルライナー”が活躍してくれた。
しかし、ジムリーダーの男は俺と歳は変わらないのにジムの責任者とは驚いた。
この歳でもしっかり働く人はいるんだな。
いやだなあ、働きたくないなあ……
ニビシティからオツキミ山を抜けるとハナダシティに到着した。
そこには水タイプ専門のジムがある。
フィールドはプールだが、空を飛べるスピアーがスピードで撹乱しながら水ポケモンを上手く倒し、イーブイ足場からの“でんこうせっか”で一瞬にして水ポケモンに攻撃した。
足場あら落とされても意外と泳げて水ポケモンを相手に思い切り技を振るい終始圧倒していた。
ただジムリーダーは水着を着ていた美人というとてつもないハニートラップが難関だった。
翌日、ポケモンセンターを出て次の町を目指そうとしていた時だ。
「ダネフシャ」
「ん?」
俺の足元にフシギダネがいた。
このフシギダネの通り道を俺がふさいでしまったと思い、離れてみると、フシギダネはついて来た。
もしやと思い俺が前進するとフシギダネも真似して着いてきて、後退するとフシギダネも後退した。
なんだこいつ面白っ!
じゃなくてだな。
「俺になにかようか?」
なるべく優しい声(のつもり)で話しかけると、フシギダネは笑った。
すると後ろから声がした。
「すいませーん!」
エプロンをかけた見知らぬ女性が走って来た。
「ごめんなさいね、うちのフシギダネが」
どうやらこのフシギダネのトレーナーのようだ。
「いえ、話しかけられただけなので」
迷惑は全然ありません。むしろ可愛い姿が見れてほっこりとしていたところです。
「ダネ〜」
フシギダネは今なお俺の足元で頭を擦りつけていた。ほら、君の大事なトレーナーが来たぞ。
「まあ、この子がこんなに誰かに懐くなんて珍しいです」
なんとそれは光栄だ。
しかし、トレーナーを差し置いて俺が人様のポケモンと戯れるというのはいささか罪悪感が生まれるもので、フシギダネ君や、早くトレーナーさんの元に戻りなさいな。
フシギダネがニコニコしているせいかあるいは草タイプのアロマ効果的なものせいか、不思議とおだやかな気持ちになってきた。
「あ、ご挨拶がまだでしたね。私はこの町でポケモン保護をしてるツカサというの者です」
「あ、どうも、俺は旅のトレーナーのハチマンといいます。フシギダネはあなたのポケモンではなく保護したポケモンということですか?」
「ええ、そうです。今日はこの子を散歩させていたんです」
「あの……保護したってことはもしかして……」
「ええ……この子、捨てられたんです」
「……そうすか」
なんとも嫌な話だ。
どんな都合があってどういう理由で捨てたのかはわからない。
けど、せっかく出会ったポケモンを簡単に捨ててほしくない。
こんな考えは俺のワガママなのだろうけどな。
「ダネ〜」
「さあ、帰りましょうフシギダネ」
「ダネ……」
フシギダネはツカサさんについていこうとしたが、ジッと俺を見ていた。
「もしかして、ハチマンさんについて行きたいの?」
「ダネ!」
フシギダネは元気に頷いて俺を見上げた。
おいおい、初対面の知らない人について行ってはいけませんよ。
けど、そんなキラキラした目を向けられると無下にもできない。
「あのハチマンさん。初対面のあなたにこんなこと頼むのは非常に不躾なんですけど、フシギダネを連れて行ってもらえませんか?」
「俺はいいですけど、本当にあなたとフシギダネはいいんですか?」
ツカサさんは微笑むと頷いた。
「ええ、前からこの子は外の世界に憧れてました。この子のしたいことをさせてあげたいんです。この子がこんなに懐いているハチマンさんなら信頼できます」
ポケモン保護団体はトレーナーにポケモンを託すことがよくあるとは聞いている。そうやってポケモンを託されるトレーナーは信用のおける人間なのだろう。
まさかこうして俺が信頼されて人からポケモンを譲ってもらう機会が巡ってくるとは思わなかった。
俺はしゃがみこんでフシギダネの顔を見る。
こうやって確認するのはイーブイを貰った時を思い出す。
「その……俺と旅するか?」
「ダネ!」
即答だ。
なんだか俺もこいつとの旅が楽しみになってきた。
「この子を、よろしくお願いします」
ツカサさんは目を潤ませてフシギダネを撫でながらそう言った。
きっと、フシギダネの成長も知りたいだろうし、時折ツカサさんに連絡した方がいいみたいだな。
俺はツカサさんに見送られてハナダシティを後にした。
こうして新たな仲間を迎えての旅が始まった。
[newpage]
次はクチバシティに到着した。
港町というだけあって今までの町より活気があった。
クチバジムは電気タイプのジムだ。
ジムリーダーのマチスは元軍人ということもあってすごい迫力だ。
つーかあの筋肉はポケモンバトルに必要なのか?
電気のダメージが薄い草タイプのフシギダネを仲間にできたのは良かった。
強力な電気タイプの技もフシギダネは元の耐久の高さから難なく耐えて終始主導権を握ることができた。
しかし、切り札のライチュウはとてつもない強さだった。電気タイプ以外の技も高い威力でフシギダネは負けてしまった。
だから俺も切り札のイーブイを出す。
イーブイは持ち前のスピードと小さな体からは信じられないほどのパワーでライチュウと激戦を繰り広げた。
そして、なんとか勝つことができた。
これで3つ目のバッジを獲得だ。
しかし、今後のトレーナー戦やジム戦は今よりもハードになることは間違いない。
これからはポケモンバトルのトレーニングを積んで、ポケモンの知識を身につけていく必要があるよな。
バッジ獲得を家族に報告している時だ。
「なあ、ハチマン、お前に届けたいものがあるから、次の町はどこになるか教えてくれ」
「そうだな、次は……」
親父は了解と言いい、なにやら準備を始めた。
「なに届けてくれるんだ?」
「それは届いてからのお楽しみだ」
数日後、俺は目的の町に到着した。
そこのポケモンセンターのジョーイさんに聞くと、荷物はすでに届いているそうだ。
さて、荷物はなんだろうな。
MAXコーヒーのセットだったら俺は親父をより尊敬するんだが果たして……マジでMAXコーヒーがいいなあ……
荷物を開けると中に入っていたのは石だった。
それもただの石ではなく、進化の石。
水の石、雷の石、炎の石だ。
いずれもイーブイを進化させるための石だ。
なるほど、そろそろイーブイを進化させろということか。
俺は3つの石を並べるとモンスターボールからイーブイを出した。
「ブイ! ……ブイ?」
イーブイは3つの進化の石を見ると俺を見上げて首を傾げた。
おおう、可愛いな。
「そろそろお前を進化させようと思ってな、好きな石を選んでくれ」
俺はイーブイの進化をイーブイ本人に委ねることにした。
やはり誰しも自分のなりたい自分になりたいはずだ。
実は水、電気、炎のどれも持ってないタイプだからどの進化でも無駄が無いみたいな打算があったりするが許してほしい。
イーブイはジッと3つの石を見ていた。
そして、動いた。
「ブイ!」
イーブイはそっぽを向いた。
「お、おいどうしたんだ?」
「ブイ〜!」
イーブイは「イヤイヤ」と首を振ると石から距離を取った。
「……石で進化するのは嫌なのか?」
「ブイブイ」
イーブイはコクコクと頷いた。
シャワーズ、サンダース、ブースターのいずれも嫌ということは、
「エーフィかブラッキーがいいのか?」
「ブイ〜!」
またも首を振った、そして膨れた。
「……じゃあ、リーフィアかグレイシア……ニンフィアか?」
「ブイ〜!」
違うようだ。
まあフシギダネがいるからできればリーフィアは避けたかったがな。というよりそもそもカントーでは進化させられないけどな。
ニンフィアはフェアリータイプの技を覚えれば進化させられるがそれも嫌だと……つまり、
「お前、進化したくないのか?」
「ブイ!」
イーブイはコクリと強く頷いた。
弱ったな、せっかく親父に石を送って貰ったのに、それに進化したがらないというのは……まあ、本人が嫌なのに無理強いは本意じゃない。
そのうち考えが変わるかもしれないし、今はこのままでいいか。
「わかった、まあひとまず次の町を目指すか」
「イブイ!」
ボールに戻そうとした途端、イーブイは素早く動き、俺の肩まで登ってきた。
おいおい不意打ちはずるいぞ、ったく、こいつは甘えん坊だな。
あれ、イーブイって6kgぐらいあるのにそこまで重くないぞ、ふっしぎー……だね!
このまま俺はポケモンセンターを後にした。
[newpage]
次の町が見えてきた。
早くポケモンセンターに行って休みたいと思っていたその時だ。
「ブイ?」
「イーブイ、どうした?」
イーブイは俺の肩から降りると、近くの茂みに入って行った。
「おい、イーブイ?」
イーブイについて行くと何やら音が、いや声がした。
俺たちが歩いて行くと声がだんだん近くなる。
そして、一本の木がありその根元を見ると、目に飛び込んできた光景に驚いた。
そこにはイーブイがいた。
それも3体のイーブイ。
彼らは木の根元で寝て、いや倒れていた。
その体にはところどころ傷があり、弱々しく鳴いていた。
「お、おい大丈夫か!?」
野生のイーブイ(おそらく)たちに声をかけ、俺のイーブイは顔を舐めてあげるが彼らは起き上がりそうにない。
このままだと取り返しのつかないことになるかもしれない。
町が近いのが幸いだ。
俺は3体とも抱きかかえる。
「急ぐぞ!」
「ブイ!」
一刻を争う俺たちは町を目指してひたすら走った。
だからこの時は気づかなかった。
俺たちを見つめる視線があったことに。
ポケモンセンターに到着すると、俺はジョーイさんに治療をお願いした。
イーブイたちはひとまず回復マシンで傷を治したあと、病室のベッドで眠っている。
「どうですかジョーイさん?」
「かなり疲労も溜まって衰弱してるわ。けど、ちゃんと栄養を摂って休めば治るはずよ」
病室でイーブイたちを見守っている俺とジョーイさん。
しばらくすると、イーブイたちが次々を目を覚ました。
「気がついたか?」
俺が話しかけた瞬間、イーブイたちは悲鳴を上げてベッドから飛び降りた。
「お、おい!?」
イーブイたちは部屋中を走り回ると、部屋の隅でまとめて固まってしまった。
後ろにはもう下がれないというのに、イーブイたちは寄り添いながら俺たちから遠ざかろうとしていた。その顔は明らかな恐怖の表情だ。
手で触れようとすれば目をギュッと瞑りプルプルと震えた。
どうして……何がこいつらをここまで怖がらせているんだ?
打つ手は無いのかと思っていると、俺のイーブイが3体のイーブイに近づいていった。
「イブイ!」
俺のイーブイが近づくとイーブイたちは不思議そうに俺のイーブイを見ていた。
俺のイーブイはアホ毛をピョコピョコと揺らしながら3体のイーブイにゆっくり近づく。そうして自分の額を相手のイーブイの頭に触れさせて撫でる。
3体ともにそうすると、優しく鳴いてあげた。
何を言ったのかはわからないが、イーブイたちは震えが止まり、俺のイーブイに自分から近づいていった。
その顔はとても安心し切った穏やかなものだ。
ジョーイさんがその様子を見てイーブイたちに近づくと、怖がることなくみんなジョーイさんの治療を受けた。
治療を終えたジョーイさんと病室から出る。
「ありがとうハチマン君。あなたのおかぜであのイーブイたちは元気になったわ」
「いえ、俺のイーブイがあいつらを勇気付けたんです」
「うふふ、そうね。それならハチマン君とあなたのイーブイのおかげね」
俺のイーブイに促されるように3体のイーブイは遊び始めた。
見つけた時の苦しそうな顔が嘘のように元気になり、俺も安心した。
[newpage]
イーブイたちが遊び疲れて眠ってしまったため、俺は自分のイーブイと一緒に買い出しに出掛けようとポケモンセンターを出た。
「君、少しよろしいかな?」
話しかけられ振り返ると白衣を着た老人がいた。
「盗み聞きするつもりは無かったのだが、君が3匹のイーブイたちを保護してくれたのかな?」
穏やかな口調で俺に尋ねてくる老人。
「そうですが、あなたは?」
「私がイーブイの持ち主だよ。あれらを保護してくれてありがとう。すぐに連れて帰りたい」
本当にこの人があのイーブイの保護者なのか?
だとしたら―――
「なんであんなにイーブイが傷ついていたんだ?」
「逃げ出して野生のポケモンに襲われたのだろう」
「本当にそう思ってますか? あいつらは人間を怖がっていた。そんなもん、人間に酷いことされないとああはならない。あんた、イーブイたちになにをしたんだ?」
「……私は研究者だ。あのイーブイたちは研究のためのポケモンなのだよ。多少あれらに苦しい思いをさせてしまったかもしれないが、これはあのイーブイたちがより強いポケモンになるために必要なのだよ」
「ポケモンが怯えるほどの実験が許されるはずないだろ。平気でそんなことする人間にあのイーブイたちは返せない」
そう言うと老人は目を閉じる。
「……わかった。もう二度とイーブイたちを傷つけないと誓おう。だからここは穏便に解決したい」
まあ、俺も事を荒立てたいわけではないし、本当に反省してくれるならこのまま返してあげたい。
「わかった。けど一先ずポケモンセンターに行こうぜ。ジョーイさんやジュンサーさん立会いであんたにイーブイたちを返すかどうか決めてもらう」
「うむわかった」
そう言った瞬間、俺のイーブイが素早く動き“でんこうせっか”を放つ。
しかし、それは目の前の老人に向けてではなく、俺の後ろからポケモンで襲い掛かろうとした人物に向けてだ。
そいつは“でんこうせっか”が直撃したウツボットと共に吹き飛ばされてそのまま動かなくなった。
「……小僧」
老人の口調に怒気が含まれる。
手もプルプル震えている。
ようやく本性みせやがったな
「警察に出てこられるのは嫌みたいだな。上手くいかなかったら力づくってことか。何が穏便にだ、後ろから攻撃なんて卑怯もんが。それにな、始めに自分がイーブイを傷つけたこと言わなかっただろ。そんな嘘つきが信用できるか。それにな……あんた、『イーブイたちに謝る』っていう一言も無かったよな」
そしてこいつはさっきからイーブイたちを「モノ」のように呼んでいた。
だから、こいつはポケモンに対してまともな実験なんかしないと確信が持てた。
老人は柔和な笑みから一変、憤怒を浮かべて俺たちを睨んでいた。
「いいだろう、そんなに苦しみたいというなら望みどおりにしてやる!」
老人の後ろから現れた妙な制服を着た男が1人現れる。
その2人は合わせて6つのボールを投げる。
パルシェン、サイドン、オコリザル
ゴローニャ、ナッシー、オニドリル
まあ、まともなポケモンバトルなんて期待していなかったがな。
「やれえゴローニャ、『すてみタックル』!!」
ゴローニャの巨体がイーブイまで迫る。
――単純で助かった。
「スピアー“かわらわり”!!」
ゴローニャの後ろから飛来するポケモンがいた。
俺のスピアーだ。
スピアーは猛スピードでサイドンに突撃し、効果抜群の“かわらわり”を撃つ。
ゴローニャは苦悶の雄叫びを上げて倒れる。
「き、貴様、後ろから狙うのは卑怯などと言っておいて……!」
老人は苦々しそうな顔をして文句を言ってきた。
「悪いが俺はお前たちから信用されなくても平気だからな」
「おのれ、ならば全ポケモンで総攻撃だ!!」
起き上がったゴローニャを含めて6体のポケモンが強襲してくる。
俺はフシギダネもボールから出し。3体のポケモンで応戦する。
3体で6体に真正面からぶつかってもまともに勝ち目なんか無い。
だから、
幸い連中のポケモンは足並みが揃っておらず、時折動きが止まったり、味方に攻撃などが多々ある。
老人ともう1人の男も最初から数で潰すつもりだったのか、ひたすら攻めの指示だ。
俺はスピアーで空中から、イーブイの速さや“かげぶんしん”で攪乱しながら、フシギダネの“ねむりごな”や“やどりぎのタネ”で追い詰めて行った。
そして、パルシェン、サイドン、オコリザルを戦闘不能にして残り3体になったその時、
飛行タイプのオニドリルがスピアーに“ドリルくちばし”を撃つ。
効果抜群の大ダメージを受けたスピアーはフラついて着地した。
「スピ……」
「まずい……回復を……」
傷ついたスピアーを回復させるためのキズぐすりを出した時、オニドリルが追撃とばかりに襲い掛かってきた。咄嗟にスピアーを庇った俺はまとめて吹き飛ばされる。
「ぐうう!!」
「ブイ!?」
「ダネ!?」
俺を心配した、イーブイとフシギダネが一瞬こちらを見た。
その一瞬がスキとなり、ゴローニャとナッシーの攻撃をまともに受けてしまい吹き飛ばされた。
「イーブイ、フシギダネ!?」
「ははは、小僧、思い上がりもここまでだ。さあ、大人しくあの実験動物どもを渡してもらおうか」
老人は高笑いし、俺を見下した目で見ていた。
「ふん、あんなポケモンにくだらない感情移入しおって愚か者が。貴様先ほど「謝れ」とかほざいておったな。馬鹿なあんな実験動物に人間様が頭を下げると思っているのか?」
イーブイとフシギダネは立ち上がり、スピアーも再び飛行を開始する。
「もうあんたに謝罪なんか期待してないさ。ただな……あんたみたいなポケモンを蔑ろにする悪党がのさばってるのが我慢できないだけだ」
ははは、どこかの正義の味方みたいなこと言ってら、俺らしくない。
家族に聞かれたら笑われるな、それか引かれるか。
まあでも、ここで逃げるなんて選択肢は無いからな、見栄を張ってかっこつけるのも悪くないか。
イーブイもフシギダネもスピアーもまだ戦える。
相手も残り3体、まだ勝機はある。
みんな同じ気持ちなのか、敵を強く見据えたその時だ。
「「「ブイ!!!」」」
聞き覚えのある鳴き声、それはあの3体のイーブイだ。
「な、お前ら来るな!」
まだ安静にしてないといけないはずなのに!
「これはいい、実験動物が自分からやって来てくれるとはな」
イーブイたちはあの老人の前に立ちふさがる。
まさか、俺たちを助けようとしているのか?
しかし、イーブイたちの体はまだ震えていて、完全に恐怖を克服したわけでは無いみたいだ。
「飼い主に逆らう愚かなポケモンには躾が必要だな、やれ!!」
老人が命じるとゴローニャは動き、その突進に吹き飛ばされる3体のイーブイ。
「大丈夫か!!」
傷ついたイーブイたちはなんとか立ち上がる。
[newpage]
イーブイたちは恐怖に震えながらも自分たちに酷い行いをした人間を見据えていた。
あの酷い人間は自分たちを助けてくれた人間にまで酷いことをしようとしている。
彼を助けたい、けれど、弱い自分たちでは力になれない。
そう悔しく思っていた時。
イーブイたちは不思議な石を見つけた。
それはハチマンのバッグから飛び出したようで、イーブイたちはその石から目が離せなかった。
それが何かは外の世界を知らないイーブイたちには分からない。
けど、それが自分たちにとって重要なものであることは直感的に察した。
すると、ハチマンのイーブイが近づいてくる。
「ブイ!」
その目を見て理解した。
「「「ブイ!!!」」」
この石を使えば自分たちはハチマンの力になれると。
そして、3体のイーブイはそれぞれの石に触れた。
3体のイーブイの身体が輝き始める。
[newpage]
3体のイーブイはそれぞれ別の姿へと変わった。
「シャワァ!!」
「サンダァ!!」
「ブスタァ!!」
水の石、雷の石、炎の石に触れたイーブイたちはそれぞれ、水タイプのシャワーズ、電気タイプのサンダース、炎タイプのブースターに進化した。
ははは、まさかあの使わなかった石がこんな役割を果たしてくれるなんてな。
シャワーズ、サンダース、ブースターは俺たちの前に出て、連中の前に立ちふさがった。
「な、くう……進化するとは……まあいい、どちらにしろ連れて帰る、やれえ!!」
連中のポケモンが3体に襲い掛かろうとした。俺は慌てて図鑑を確認した。
「シャワーズ“みずでっぽう”、サンダース“でんきショック”、ブースター“ひのこ”!!」
ゴローニャ、オニドリル、ナッシーに対し効果抜群の攻撃が放たれる。
敵の3体が怯んだ今がチャンスだ。
「イーブイ“でんこうせっか”!!」
イーブイは素早く動きダメージを負ったサイドン、ナッシー、オニドリルを順に突撃して行った。3体は戦闘不能となる。
「お、おのれぇ……」
老人と制服の男は俺から逃走し森の中に入って行った。
俺は追いかけることにした。
「ハチマン君!」
後ろから呼んできたのはジョーイさんだ。
「あ、ども」
「大丈夫? 怪我は無い?」
「俺よりもポケモンたちを……それからあいつらを」
「あの人たちは大丈夫、さっき警察を呼んだから」
それは助かりましたよ。
俺はジョーイさんに連れられてポケモンセンターに戻った。
それから数分後、連中が捕まったと連絡が来た。
俺はあと一人伸びているこいつらの仲間がいることを伝えて、警察がポケモンセンターに来るのを待った。
[newpage]
ポケモンセンターに戻るとジュンサーさんの簡単な事情聴取を受け、ジョーイさんにイーブイたちのことを話した。
最初はイーブイたちが進化したことに驚いていたが、すぐに安心してくれた。
「勝手に進化させて申し訳ないです」
「いいのよ、きっとこの子たちが望んだことなんだから」
そう言われ、シャワーズ、サンダース、ブースターを見ると、みんな笑顔を向けてくれた。
すると、3体は俺の足元にすり寄ってきた。
おいおい、そんな足ばかり狙われたら転んでしまう。
あちょ、くすぐったい。
「ハチマン君、この子たちを連れていってみない? この子たちもあなたと一緒にいたいみたいだから」
ジョーイさんの言葉に俺は確認するようにシャワーズ、サンダース、ブースターを見る。
皆、ジッと俺をキラキラした目で見ていた。
うお、眩しい。
そうだな、俺の持ってた石で進化させてしまったんだから俺が責任を取らないとな。
俺は3体を順に撫でる。
「シャワーズ、サンダース、ブースター、よろしくな」
「シャワ!」
「サンダ!」
「ブスタ!」
元気に返事をする3体に俺も自然と口角が上がる。
「やほーお兄ちゃん元気してるー?」
親父とお袋に報告するために家に連絡すると出たのはコマチだった。
数日ぶりに見るコマチはあんまり変わっていない、当然だが。
こうして俺の旅の話を聞くことをいつも楽しみにしてる。相変わらず可愛いやつだ。
「ああ、まあなんとかな」
「ねえねえ、お父さんから石貰ったんでしょ? 誰に進化させたの?」
う……そっちからその話題振るのか。
「ああ、それなんだが……」
「ブスタ」
ブースターが画面にひょっこり顔を出した。
それを見たコマチの笑顔がパアッと花開く。
「わあ、ブースターだ! もふもふで温かそうだよね」
「サンダ」
次はサンダースが顔を出す。
「ええ、あれ、サンダース!?」
コマチは困惑した表情になる。
あ、そうか、経緯知らなかったら、イーブイが増えたと思って驚くよな。
「シャワ」
シャワーズまでもが顔を出し
「えええ!!? シャワーズ!? なんで、増えてる!?」
「ブイ」
そして、イーブイが俺の肩に乗ってコマチに挨拶した。
「わあああああ、イーブイがいる!! お父さああん、お母さああん!! お兄ちゃんが違法改造した、ポケモンコピーしたああ!!」
認識の許容範囲の限界を超えたのかコマチは叫んで親父とお袋に助けを呼んだ。
なんだよ改造って……
コマチが親父とお袋をつれてきたところで、シャワーズ、サンダース、ブースターは別のイーブイたちを進化させたのだと話したら誤解は解けた。
しかし……
「ずるいずるーい!! そんな可愛い子たちをいっぺんにゲットだなんてずるいよ! コマチも可愛いポケモンほしーい!!」
まだポケモン持てないんだから我がまま言うなよコマチちゃん。
お袋が宥めるとコマチは渋々と大人しくなり画面からフェードアウトした。
おーい、お兄ちゃんへの労いはどうしたー?
コマチのことは諦め、親父とお袋に俺のイーブイが進化を拒んだことを話したら、2人は笑った。
「思った通りだ、お前のイーブイは進化したがらないみたいだな」
「どういうことだ?」
「エーフィとブラッキーっているだろ? あれはイーブイが懐いたら進化するんだ。あれほどお前に懐いているのに進化しないのはどう考えてもおかしいからな。イーブイ本人が進化を嫌がってると考えるのが妥当だろうな」
それもそうか。自分で言うのもなんだが、俺はイーブイから信頼されて、懐かれている自負はある。
イーブイなりに進化しないこだわりでもあるんだな。
「それにしても、3体のイーブイをゲットするなんて妙な縁があるわね。しかもその子たちを進化させちゃうなんてね」
確かに一気に3種類のイーブイの進化系を仲間にするとは予想していなかった。
このままイーブイ進化系をコンプリート――なんてうまくいくはずないか。
ふと、俺は気になることがあった。
「なあ、聞きたいことがあるんだけど。服に『R』の文字がある団体って知ってるか?」
今日バトルした連中の着ていた服には『R』があったことを思い出した。
少し気になった程度で聞いたことだったが、瞬間、親父とお袋は瞠目した。
「おい、どこでそいつらにあったんだ!!?」
「ねえ、まさか戦ったんじゃないでしょうね!!?」
掴みかからんばかりの勢いでまくし立てる2人に俺は思わず後ずさる。
そして、俺はイーブイたちと出会った経緯を話すことにした。
「そうか……そういうことか……」
「あんたが巻き込まれるなんて……」
親父とお袋は考え込むような顔になった。
なにか知っているのか?
「そいつらは『ロケット団』。ポケモンを使って非合法なことを平気で行ういわゆるマフィアだ」
「そんな連中がいるのか」
「できればあんたにはそんな奴らとかかわらない旅をしてほしかったんだけどね」
溜息をつくお袋、いやはや申し訳ない。
そんな注意を聞く前に衝突してしまいました。
「ハチマン、今後、ロケット団にかかわることがあったら俺たちにも連絡するんだ。1人でどうこうしようと思うなよ」
「わかってるよ。言われなくても、んな無茶誰がするか」
「そんなこと言っても心配よ。あんたまたそのイーブイたちみたいな子たちに会ったら無茶して飛び出しそうだもの」
「……」
お袋が画面越しに俺をジト目で見ている。
いやあ、それは……どうすかね?
「いつでも力になるからな。背負い込まず俺たちを頼れよ」
「ああ、そうする」
連絡が終わると画面が暗くなり、俺の顔が映る。
ロケット団……ね。
今もあいつらに酷いことされているポケモンがいると思うとどうも落ち着かない。
けど、俺みたいな1トレーナーにできることなんてたかが知れている。
全部を助けようなんて傲慢な考えだ。
今の俺にできるのは、自分のポケモンたちを守っていくことくらいだ。
今は新しい仲間たちとこれからの冒険について考えよう。
俺は肩に乗るイーブイをただ撫で続けた。
[newpage]
[chapter:あとがき]
本編そっちのけでまた過去編になりました。
ハチマンはイーブイを相棒とし、スピアー、フシギダネをゲットし、シャワーズ、サンダース、ブースターまでゲットしていまいました。
ハチマンの最初のポケモンをイーブイにしたのは白状すると、レッツゴーピカブイを意識したからです。
だから、ハチマンのイーブイは進化しないポケモンになります。
もちろんサトシのピカチュウのように進化しなくてもすごく強くなります。
手持ちも6体になりましたが、まだまだ仲間は増えます。
シンオウで旅しているイーブイは最初のイーブイとは別の個体です。
最初のイーブイを連れていない理由は一から出直すという意味です。
そのうち本編にもアホ毛のイーブイが登場すると思います。
そして、スピアー以外は友情ゲットになってしまいました。
確かに友情ゲットの方がポケモンとの信頼を作るという意味では書きやすいですね。
今回ハチマンがクチバシティの次とその次に訪れた町はタマムシシティではなく、アニメでもよくあったオリジナルの町です。
内容や文章でおかしな点、直した方がいい点がございましたら、是非ご意見をお聞かせください。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これからも頑張ります。
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ハチマンの過去編第3話です。<br />本編も頑張ります。お待ちください。
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ポケモンたちと最強を目指すのはまちがっていない。過去編3
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10123380#1
| true |
黒崎一護、歳不明、髪の色、オレンジ、瞳の色、ブラウン。職業、死神。
普通の人より少々短く…いや、齢19で死んでしまったが、めでたく人としての生を終えた俺は、兼任でも代行でもなく、本当の死神になれたわけだ。しかし驚くことに俺の死神としての命はなんとも長寿らしく、俺が代行のときに知り合った奴らは既に全員見送ってしまっている。アイツらが死んだあとは知らないが、きっと輪廻の輪かなんかにのって転生しているんだろう。また人に転生するのか、死神に転生しているのか、もしかしたら犬とか猫かもしれない。転生しても霊圧が変わるのか知らないが、あいつらの霊圧を探し続けて300年。死神なんてとっくにやめてる。いいや、やめると斬月預けなきゃいけないから勝手に出てきた。鬼道はいつまでたっても苦手だったので霊圧は垂れ流しだ。それでも死神たちが追いかけてこないのは色々察してくれてるんだろう。まあ俺ワーホリかってくらい働いたんだからあと500年くらい休んでも大丈夫だろう。
しかしまあ300年も経つと現世は大きく変わっていた。50年経ったあたりに中国かどっかで光る赤ちゃんが生まれて、それからはもう目まぐるしい変化の渦だ。いや、本当にに目が回りそうだった。冬獅郎の氷輪丸のように氷を出すやつもいれば、狛村隊長のように顔が犬のやつもいる。色んな能力_個性_を持ったやつが生まれてきて、そして最も驚いたのは、その能力者たちは全員もれなく霊が見えるということだ。見えるどころか聞こえるし触れる。最初町中をブラブラしてたら道で人にぶつかったときの衝撃を忘れられない。そしてもう一つ驚いたのは霊に因果の鎖がなくなったことだ。そのせいか、整の霊魂はすぐ尸魂界に行くし、逆にすぐ虚にもなったりする。だから現世の奴らは自分たちに霊感なんてあると思っていない。見えても虚だし、その虚は俺や死神がすぐ退治しにきてるからな。
それからまた長い年月が経つと普通の人間なんてやつは極わずかになった。そのせいか俺の姿はほとんどの人間に見えていて、流石に死覇装は目立つので早々に脱いだ。それからはまさに隠居生活ってやつだ。もう個性やなんらの変化に疲れたから一回寝た。んで起きたら100年経ってた。その間にも世間はまた大きな変化を終えたらしく、気持ちよく起きたはずが目眩がとまらなかった。
今世間を沸騰させているのはヒーローという職業らしい。その個性とやらで悪行を働くやつらを成敗するとかなんとか。しかしこれは使える。実を言うと、見かけた虚を退治するとき色々大変だったのだ。人に個性が発現してから色んな法律が増えた。個性は人に使ったらいけないとか、敵だと思っても個性で攻撃しちゃいけないとか、そのせいで俺が虚を倒していると警察が寄ってくる。最近だと危うく逮捕されそうになった。未成年だとかなんだとか言われて親に連絡とかもされそうになった。親もいないし未成年でもない…。個性だって持っちゃいないのに…。撒くのにいつも手間取っていた。
しかしこのヒーローはそういうのが全部なしならしい。なにしても警察に怒られないしなにも言われない。そういう権利があるのか知らないが、実際なにも言われてない。羨ましい限りだ。
それにヒーローになってしまえばもしかしたらあいつらの目に止まるかもしれない。目覚めてから覚えのある霊圧がとても増えた。誰が誰とか、場所までは掴めないがきっとあいつらだ。200年前までは頑張って探していたが、次はあいつらから会いに来てもらうことにしよう。
✽✽✽
そんなこんなで第二の人生計画だ。ヒーローになるには色んな試験を受けなくちゃいけないらしいが、そういうのはヒーローの育成学校で全部受けられるらしい。つまりそこに入りゃたったの3年でヒーローになれるってことだ。3年なんて、俺にとっては瞬きも同然。楽勝だ。有名所で言えば、雄英高校と士傑高校だ。よくテレビなんかで聞く。雄英特集の雑誌が右、士傑特集の雑誌を左に置いて木の棒を倒すと右側に倒れたので雄英にしよう。あとは住民票やらなんやらだが、そこは死神に助けてもらった。現世駐在任務のときみたいな感じでパパッとな。300年近くもどっか行ってたから小言も言われたが、手助けしてくれてるあたりみんな俺に甘いんだろう。
そして俺は今ドデカイ扉の前にいる。ただ前にいるだけならよかった。俺は今日、この日、初の登校日、遅刻してしまったのだ。朝目が覚めて8時半だったとき肝が冷えるどころの騒ぎじゃない。生憎、現世駐在任務で与えられる一軒家を使ってるので、寂しいが独り暮らしだ。慌てて用意をして瞬歩で通学路をショートカットする。100年寝てしまった前科があるので目覚まし時計を5個セットしたのだが、これでも効果はまあまあだったようだ。
教室からは賑やかな声が聞こえてくる。まだ休憩時間なのだろうか。教室の後ろのドアを開ける。注目が集まってすこしむず痒い。
とりあえず教室の後ろに席順が貼ってあったので、そこで自分の席を確認して向かった。
「えっと…、まだ授業って始まってねぇ感じ?」
「え?ああ、まだ始まってねぇよ。でも今から体力テストらしいから着替えねぇと」
だからさっきから着替えてんのか。答えてくれた前の席の赤髪に礼を言って、机に置いてあったジャージに着替える。普通入学式とかそんなんじゃないのか。まあ学校なんて通うの何年ぶりかって感じだからもしかしたら色々変わってるのかも。
「それにしても登校初日に遅刻とかすげぇな」
「いやいやいや、まだ遅刻じゃねぇーって!授業始まってねぇからギリギリセーフ」
「ホームルームに遅れてくる図太い神経の話ししてんだよ」
もう一つ前の金髪野郎にもそんなことを言われる。お咎めがあるかどうかは今のところわからないのでなんとも言えないが、きっと大丈夫、多分、恐らく。
「てか体力テストってなにすんだよ」
「中学と同じ感じなんじゃねぇのか?でも個性禁止だからな~」
「俺はこんな個性だから、あんまテストとかには向かねぇけけど」
「そりゃ俺もそうだけど」
二人はグラウンドへ移動しながら答えた。
俺はその中学での体力テストを覚えてねぇから言ってんのに。
赤髪と金髪の会話で個性禁止っていう単語が出てきた。意味がわからん。現代の高校生にはついてけね~な~、なんて思いながら話し続ける二人の会話を聞く。
「俺は硬化。地味めだろ、だが硬さは人一番だぜ」
「いいじゃんカッケー!俺も派手さで言ったら負けないぜ」
金髪のやつがそう言って力むと、そいつの周りに電気のようなものが見え始めた。こうやって目の当たりにするのは案外初めてだったりする。いつも遠目だったり、ニュースとかで眺めてただけだったから。
「へ~!電気か!」
「すげぇな」
「そう!帯電!すげぇーだろ!」
金髪はすぐに電気を出すのをやめて、また歩き出す。ドヤ顔で言ってくるのがまたムカつくが、本気で凄いとは思う。
「じゃ、お前は?」
「え?俺?」
「そうお前」
「お前じゃなくて、黒崎一護だ」
じっと見てくる二人にそう言って誤魔化す。けっこう個性なんてものは曖昧なものだと思ってたけど、こいつらの話を聞く限り、「なんかこう念とかチャクラとかコスモとか気とかそんな感じのものが使える」じゃダメそうだ。
「おお、そーいや自己紹介まだだったな。俺は上鳴電気!個性はさっき見せたとおり帯電だぜ!」
「俺は切島鋭児郎だ!個性は硬化!」
自己紹介に個性も含まれるのが当たり前のように言ってくるなコイツラ。
「すげぇ仲良さそうだけどお前ら同中?」
「「ぜんぜん」」
「ははっ、意味わかんねぇ」
「おいお前らが最後だぞ。グズグズすんな」
先生…?なのか…?先生らしき人がグランドから俺らの方を向いてそう言った。後ろを見てみると誰もいないので、俺達は慌ててグランドへ走る。
「全員そろったな…よし、じゃあ今からお前らの個性把握テストをする。」
「個性把握テスト…?」
周りの奴らも頭上に?を飛ばしているが、俺なんてもっと?飛ばしてる。たぶん5個くらい飛ばしてる。
「入学式は!?ガイダンスは!?」
「ヒーローになるならそんな悠長な行事出てる暇ないよ。雄英は゛自由゛な校風が売り文句、そしてそれは先生側もまた然り。ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。中学のころからやってるだろ?゛個性゛禁止の体力テスト」
やってません、なんて言える雰囲気ではない。そもそも個性すらないんだから個性禁止って単語を使わない。これが鋭児郎たちが言ってたやつか。個性禁止の体力テスト。
「爆豪。中学のときのソフトボール投げ何mだった」
「67m」
「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい、早よ」
教師に爆豪と呼ばれていたやつは、ボールを持って大きく振りかぶると、「死ね!!」と叫んで投げた(死ね…?)。そのボールは爆発音をあげて見えないくらい遠くへ飛んでいく。爆豪の手からは煙が出てきて、個性を使ったということがわかる。
「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段。」
教師が見せた計測器には「705.2」と示されている。
「なんだこれ!!すげー面白そう!」
「705mっまじかよ!?」
「個性思いっきり使えるんだ!流石ヒーロー科!!」
クラス中が、その普通ではない体力テストに湧き上がっている。どうしようか…、個性が定まっていないぶん変に目立つわけにも、全力を出すわけにもいかない。適当に終わらせて誤魔化すか…
「面白そう、か…ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?よし、トータル成績最下位のものは見込みなしと判断し除籍処分としよう」
「はあああああ!?」
思わず周りと一緒に声をあげる。除籍処分…除籍処分…。死神だったころによく言われた言葉と似ている。俺が何度も無茶してことを大きくする度、総隊長に除名処分とかって脅されていた。終わりよければ全てよしって感じに俺の尻拭い俺でやってるので今まで除名処分になることはなかったが…。今回は勝手が違う。これで手を抜くわけにはいかなくなったわけだ…。
「生徒の如何は先生の自由!ようこそこれが、雄英高校ヒーロー科だ」
___
「しっかし…さっそくこれかよ…流石雄英クオリティ」
「あ~、俺の個性使える種目どれだどれだ!?」
第一種目は50m走なので移動していると、電気と鋭児郎がそんなことを話しながら近づいてきた。
「まあなるようになるだろ…」
「黒崎は余裕そうじゃねぇか?」
「余裕なわけないだろ…俺だって除名処分は嫌だ…!絶対に!!」
「除名処分?」
「え?ああ、間違えた、除籍処分だ、除籍処分。」
並んでいると、どんどん前の奴らが走っていく。しかも全員が結構な結果を残していってる。とりあえず50m走は瞬歩使ってやり過ごすか。
「…0.54!!」
早すぎた……!!!
「0.54!?は!?0秒台とか化けモンかよ!?」
「個性瞬間移動だったのか!!すげぇ羨ましい!!」
鋭児郎と電気がそう言って肩を組んでくる。
「まあ、な…。」
今はそうとしか答えられない…。
第二種目は握力、第三種目は立ち幅跳び、第四種目は反復横跳びと、あまり瞬歩を使わずにきた。目立ちたくないのもあるし、50mで一番取ったから大丈夫だと思ってやったが、こうも連続で一般的な記録を出していると少し心配になってくる。
「次はソフトボール投げか…爆豪が凄かったやつ」
「俺も上鳴もこの種目で個性使えないし、黒崎もそうだろ?じゃあ勝負しようぜ」
「おおいいね!1位は下二人になんか奢ってもらえるってことで!」
「俺はいいけど、知らないぜ?負けても」
「負けねぇよ!早いだけのやつにな!」
「早いやつはかよわいって相場が決まってるんだよ、イチゴちゃん」
「その言葉…後悔すんじゃねぇぞ…」
ぜってぇ勝つ。勝って一番高えの奢らせてやる……。
俺より先にやった電気と鋭児郎では、勝ったのは鋭児郎だった。二人とも一般的には最高評価の数値だが、このヒーロー科で見たらまあまあだ。一発目の爆豪が凄かったのもあってイマイチ迫力にもかけている。
「次、黒崎」
「ふんっ、奢るっての忘れんじゃねぇぞ」
「そっちこそ、奢ってもらうぜイチゴちゃん」
「おーおー!俺と一緒にコイツに奢ってやろうぜイチゴ~!」
「そう言ってられんのも今のうちってやつだ」
俺は円の中に入る。先生がボールを俺に投げた。
俺は一つ大きく跳躍し、霊視を固めて足場する。その感覚で、石田の弓のように手元に霊子を固めた。できるだけ、バットのような形状になるように…
「っぅおらっ!!!」
ボールは大きく楕円を描いて飛んでいく。固めた足場を解き地面に着地した。
「…205.3m」
「おい電気、鋭児郎、奢りだぜ。」
二人は間抜けに、口を大きく開けてこちらを食い入るように見ていた。
___
「ちぇ~、個性瞬間移動じゃねぇなら早く言えよなぁ」
「まあいい線いってるぜ」
帰り道、スタバにて二人に奢ってもらった俺はベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップキャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノを両手に二人の不満を聞いている。
「しかもこんな高えの頼むし、お、男二人だと頼みにくかっただろうが!」
「そうだ、そうだ!俺なんて何回噛んだことか!」
「俺も噛むしこんな女が頼むようなもん恥ずかしくて言えねぇから奢らせたんだ、あたりまえだろ」
しかしあの時、煽られたからって少しやりすぎた。ちゃんと考えてから行動すべきだったのに、これだから俺は…。個性把握テストであんなことやってしまったせいで個性はなんだと問い詰められる。今のところは瞬間移動の応用とか、瞬間移動っぽいやつとか色々誤魔化してるが、それも授業が本格的になるにつれ危うくなるだろう。
「しっかしまぁ、あいつもすごかったよな、もじゃもじゃ頭の」
「ああ、指やばかったやつ」
あれは本気で心配するくらい腫れてた。痛そうだったが、リカバリー…なんだ…、その、保険医だとかに治してもらったそうだ。さすがヒーロー科。あんな怪我もすぐに治せるなんて、いい世の中になったものだ。
「じゃ、俺こっちだから」
「おうまたな~」
「じゃあな~」
二人の声を背中に聞き、歩くのも面倒くさいので瞬歩で家路につく。しかし今日も疲れた。だんだん、霊力をつかうと疲労が溜まっていっている気がする。きっと寿命のほうに注いでるのだろう、そのせいでちょっと瞬歩を使っただけでもこの有様だ。寝たら治るからいいが、月牙天衝なんか使ったら最後、丸一日は寝たきりだ。それに最近腹も減らなくなった。さっきあいつらに奢らせたやつを戻してしまいそうだ。寿命を削るべきなんだろうが、まだあいつらに会えてない。せめて、会ってから、普通に戻そう。
そしてあいつらと一緒に死ねたら、それが一番だ。
[newpage]
「わーたーしーが!!普通にドアから来た!!」
そう言って明らかに普通じゃない入り方をした、オールマイト?が、キビキビとした動作でヒーロー基礎学に関する説明をする。
ヒーロー基礎学、詳しくは知らないが、聞くと戦闘訓練や救助訓練、本当にヒーローの基礎を学ぶ科目らしい。どんなのが出てきたのかによるが、あまり本気を出しすぎないように、あと目立たないように、でも単位はとれるように……なんて難しすぎるか…。
「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!そしてそいつにともなって…こちら!!!入学前に送ってもらった個性届けと要望に沿ってあつらえた…戦闘服!!!着替えたら順次グラウンドβに集まるんだ!!」
「はーい!!!」
戦闘服か…。戦闘服…?戦闘服…!?要望…?個性届…!?なんだそれ、そうだ俺入試もなにもかも死神たちに任せて記憶置換してもらったからなにも知らない!電気も鋭児郎も嬉々としながら戦闘服を手にとって更衣室にて着替えようとしている。仕方ない、変なのだったら破いて、もとから破れてたとか言って返却しよう。そうしよう。
更衣室で、戦闘服の入ったカバンを置き中身を見る。
そこに入っていたのは俺の死覇装だった。
「嘘だろ…」
「どうした~?着替えねぇのかよイチゴ」
「だから!!俺の名前は一等賞の一に守護の護!!次イチゴなんて言ったら殴るぞ」
「そ、そんな怒んなよな~…で、なにしてんだよ~…」
「あ~、いい、気にすんな。先行ってろ」
「お~」と腑抜けた声を上げて電気は先に向かった。しかし俺はどうするべきか…。てかこの 死覇装どうしたんだよ。なにか…?誰か作ったのか…?いや…なんか言われた気がする。一番動きやすい服はなにかとか、死神のやつらに聞かれて「そりゃ自分の死覇装が一番着慣れてる」って言った記憶がある…!それにこれマジモンの俺のじゃねぇか。現世で見られるようになってから脱いでそのままどこいったかわかんなくなってたのに、こんなとこにあるとは…。
周りはもうとっくに行っちまってて、今ここにいるのは昨日指腫らしてたもじゃもじゃ頭のやつくらいだ。
「しかたねぇ…着替えちまうか…」
随分とひさしぶりに纏う死覇装に、やはりこれが一番だと実感する。斬月はいつも柄だけは持ち歩いてるのでその柄を握ると刃が出現した。たしか酔ったときに何回折れても復活するからもしやあの馬鹿でかい斬月をコンパクトサイズに…?とか血迷ったことを考えた末のこれだ。あのときの自分はどうかしていたが、そのおかげでなんとも持ち運びが便利になったのでよしとする。俺が斬月に霊力を送らなくなればまた柄だけになる。完全に俺の力で動いてくれるわけだ。
「え!?なに!?なにそれ着物!?!?」
「しかもなんだよそのでけぇ刀!?イカすぜ!!!」
「うるせぇな…いいだろ別に。これが一番動きやすいんだ。刀は…うん、刀…。」
「意味ワカンネェ~!!なんなのお前んち寺!?神社!?」
「まあ、そんな家系とでも思っとけ…」
事実親父は死神だしな。
「始めようか有精卵共!戦闘訓練のお時間だ!!!いいじゃないかみんな!かっこいいぜ!!」
「先生!ここは入試の演習場ですがまた市街地演習を行うのでしょうか!?」
「いいや!もう2歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!!」
オールマイト曰く、これからヴィランVSヒーローにわかれて2対2の戦闘訓練をするだとか。設定的には、ヴィランが核兵器を隠していて、ヒーローがそれを処理する。ヒーローは制限時間内に核兵器を処理、ヴィランは制限時間内に核兵器を守るかヒーローを捕まえること。コンビはくじ引きで決めるらしい。
「このクラスって奇数じゃなかったか?」
「そうだったか?」
「そうとも黒崎少年!つまり一人余ることになるが、その子には特別に…私が相手をする!よくあるだろ?ペア組んでって言って作れなかった子の相手が先生になること。そんな感じさ!」
いやいや…レベルが違うだろ。とは誰も言わなかった。それを聞いてみんなの目の色が変わる。オールマイトと戦って自分の実力をアピールしたいやつと、オールマイトなんかと戦って痛い目みるのが嫌なやつ。俺は後者に近い。できれば戦いたくない…。あんまり目立つことはしたくない。
「さあはやく!」
オールマイトが急かすのでくじを引いた。
くじに書いてあるのは…★…?★??とりあえず同じ記号のやつを探そうと思って隣りに居た電気を見た。
…アルファベット…。
「なぁ…コレどう思う…?」
「星ィ??お前それもしかして…」
「ぜったいオールマイトじゃねぇか!?いいなぁ!運いいじゃねぇか!」
「ぜんっぜんよくない!!」
「その様子だと★を引いたのは黒崎少年だったようだね!よろしくたのむよ!」
オールマイトがそう大声で話すもんだから周りから注目を浴びる…。だから嫌だったんだ…。
✽✽✽
最初はお手本を見せるからと言ってオールマイトが先にやると言った。ペアの麗日さんも一番最初じゃなくて安心しているようだ。こうなると、オールマイトとやる黒崎君が可哀想に思えてくる。一番最初だしオールマイトが相手だなんて…。当の本人も憂鬱そうな顔だ。
「ヴィラン役は私が引き受ける!君はヒーローをやってくれ!」
「はい…。」
オールマイトがじゃ!なんて手をあげて建物の中へ入っていった。僕らは別室のモニターから彼らを見ることになる。
五分が経ち黒崎くんが建物に入っていく。黒崎くんの比較的仲の良さそうな切島くんと上鳴くんが後ろで話してるのが聞こえた。
「なぁ…これどっちが勝つと思う?」
「俺は…一護だなやっぱり」
「まあスピードは確実一護だろうけどよぉ…もしかしたらオールマイトの超人的反射神経で…!」
「それもあるかもしれないけど、普通に考えてそうだろ見本なんだからオールマイトが本気出してどうするよ」
その通りだと思う。オールマイトは手は抜かないけど手加減はする。僕らのレベルに合わせてやってくれるのだろう。そしてヒーロー側として黒崎くんを勝たせるために。
「わっ!また移動した!」
麗日さんが言うように、黒崎くんはいくつもの画面に何度も現れる。彼の個性は見たところ瞬間移動らしいが、個性把握テストでは瞬間移動だと確定する要素がなさすぎた。
移動し続ける黒崎くんを追っていると目が回りそうだ。そして黒崎はやっとオールマイトのいる部屋につく。黒崎くんは普通にドアから入る。なにか策がある様子もない。
「やあっときたな!!待ちくたびれたよヒーロー!!」
「あ~、はいはい。すみません遅れちゃって。ここがどれだけ丈夫か調べてたんで」
黒崎くんはそういって背中にかけていた刀をぬいた。オールマイトも構えてジリジリと距離を詰めていく。するとオールマイトの方から攻撃を仕掛けたようだ。黒崎くんは刀の逆刃で迎え撃っている。
「本当に斬る思いでこなきゃいけないぜ?」
「わかってますよ」
すると黒崎くんの姿が一瞬で消えるとオールマイトの背後に立ち、オールマイトではなく彼の足元を斬った。たちまち抜ける床。その隙に一護くんは核兵器に触れる。つまりこれはヒーローの勝ち…。
実技を終えたオールマイトと黒崎くんがモニタールームへ来る。
「いやいや!素晴らしかったね!剣さばきとその瞬間移動!これは驚異的だ!」
「はぁ。ありがとうございます」
「なんだよ一護。お前オールマイトに褒められてんだから喜べよ」
「いや、だって俺、瞬間移動も剣さばきも得意じゃねぇし」
「はぁ?何言ってんだよ。お前目に見えなかったぞ」
「…俺よりもっとすごい人がこの世にはいるってことだ。」
黒崎くんはこれで会話を終わらせるとすぐに周りの生徒に紛れ込むように奥へ行った。派手さはないけど、彼はきっとこのクラスの中で上位を争うのだろう。あの太刀も難なく振り回していたし、扱いにも慣れているようだ…。
「僕も頑張らなくちゃ…」
そんなことを言った途端、次が僕らで、しかも相手がかっちゃんになるなど思ってもいなかったのだ。
[newpage]
今、俺は船の上にいる。ちなみに水面にはヴィランがわさんさかだ。
災害とか救助を学ぶためのヒーロー基礎学だったはずが、いつのまに対ヴィランの戦闘訓練になったのだろう。しかもガチなやつ。頭が痛い。ここにいるのは蛙吹、緑谷、峰田の三人。この三人ならなんとか持って移動できるか…?
「おいお前ら…いいか…?絶対に俺から離れるんじゃねぇぞ。絶対にしがみついて離れんな」
「ど、どうして?」
「俺が今からお前らを抱えて飛ぶ。正直三人も抱える自信がない。だからしがみつけ、絶対にな。落ちるなよ」
俺はそう言って三人を抱き上げた。正直重いがそんなこと言ってられない。早くここから脱しなければ。
どうしてこうもヴィランというやつらは鬱陶しいんだ。とりあえずこの沈没しかけている船にはいてられない。足場に霊子を固め海上を瞬歩で渡った。ヴィランには構ってられないとは思ったが、あとから追いかけられても困る。片手に蛙吹、背中に緑谷、あと前に峰田という動きにくいにも程があるが、それでも斬月を使って倒していった。
やっとこさ相澤先生の元へ行くも敵にやられそうではないか。すぐ緑谷らを降ろし俺もそこへ介入する。相澤先生の頭を掴んでいたヴィランの手を切り落とした。
しかしすぐさま再生するところをみるとこれは殺さないといけないらしい。捕獲は無理か。ヒーローとして殺すなと学んだばかりなのだが、仕方あるまい。
その脳味噌剥き出しのヴィランの頭に向かって斬月を振り落とした。しかし斬月がそのヴィランを斬ることはなかった。あのワープ野郎が突然笑われて脳味噌を移動させやがった。
「おお、こわ。こいつ頭狙ってきたぜ。殺す気かよ」
「殺すもなにもそいつはもう死んでるだろ…色々混じってる…」
脳味噌ヴィランの霊圧は色んなものがぐちゃぐちゃにされたような霊圧だ。正直、感じる俺は不快になる。早くこいつを送ってやらないと。
「今、楽にさせてやるからな」
俺はもう一度斬月を振るった。
✽✽✽
「おいおい…アイツやばくねぇか…?」
隣りに居た峰田君がつぶやいた。それはまるでこれを見ている僕らの気持ちを代弁してくれているようだ。
それは黒崎くんに向けられた言葉で、黒崎くんは僕ら三人を抱えながらヴィランを倒し、今も相澤先生が手こずっていたヴィランを圧倒していた。
「クソッ…!こんなヤツいるなんて聞いてないぞ…!!」
「オールマイト倒す気で来たんだろ?なら別に変わらねぇ」
黒崎君はなんでもなさそうにそう言った。そのままヴィランを斬り伏せる。ヴィランから血が吹き出てそのまま蹲った。
「なんだ、お前は再生しないのか…。勘違いしちまった。殺す気でやっちまったじゃねぇか、死にたくなかったらそこで大人しくしてろ」
黒崎君はそのヴィラン__死柄木弔を一瞥し脳味噌ヴィラン_脳無へと斬りかかった。
その出刃包丁のような刀を、本当にただの肉でも斬るかのように振るっていた。脳無はいくら斬られても再生していくが、徐々にその再生速度が黒崎君の攻撃に間に合わなくなっている。
脳無の腕を輪切りにしたような肉片が僕らの前に転がってくる。その生々しさに胃にあるものがせり上がってきた。隣りに居た二人もそうなのか、手で口を抑えて息をつまらせていた。
「もう、楽になれ」
黒崎君がそう言うと、脳無の首が跳んだ。宙に舞ったその首は、黒崎君の刀で更に2つに斬られた。その斬られた肉片もまた2つに、それもまた2つ、また2つ、また。ボトリと落ちたときには、それはもうただの塊で、頭だったときの原型などとどめてはいなかった。首が離れた脳無の体が膝をついて倒れた。
「次はお前らだな。」
掠り傷一つ負っていない黒崎君がゆっくりコチラを振り返る。それは前にいる死柄木らに向けられた殺気なのだろうけど、その゙圧゙に気圧されてしまった。
「クソッ…!黒霧…引くぞ…ッ!……でも、その前にせめて一人でも」
死柄木弔が振り返り僕らの方を見た。黒崎君とは違い、目の当たりにしたその殺気、相澤先生の肘を砕いたその手が蛙吹さんの顔に向けられた。
「月牙…天衝ッ!!」
黒崎くんの斬撃が、飛んだ。比喩なんかじゃない。風とか、風圧とかそんなのでもない。本当に、飛んだ。飛んだ斬撃が僕らの頭上スレスレを行き、このドームの壁まで到達した。その壁さえも斬り、斬撃は彼方まで飛んでいく。
死柄木弔は黒霧によって助けられたらしく、しかしその背中には痛々しい傷が見えた。恐らく掠っただけのそれで、あそこまで深い傷がつくのか。そのまま死柄木弔は黒霧と共に逃げていった。
逃げたと理解するのに、暫く時間がかかった。しかし、徐々にあの威圧感がなくなり、場の緊張が解かれていく。隣りに居た二人も大きく息を吐いて肩を下ろした。
「終わった、のか…?」
「そうみたいね」
黒霧によって散らばっていた生徒らも集まり、飯田君が呼んできたオールマイトらのヒーローも来た。大丈夫かい?とオールマイトに声をかけられて、危うく涙が零れそうになった。
傷ついた相澤先生や、13号が運ばれていく。脳無は後に来る警察が処理してくれるらしい。
オールマイトに肩を抱かれ、僕らはその場から退いた。
「あ、あの、オールマイト、く、黒崎君が」
「黒崎少年?」
あれからその場からビクトもしない黒崎君のもとへ行く。ありがとうとお礼を言わなければならない。僕らを助けてくれたのは、ヴィランを倒したのは彼だと、オールマイトにも伝えなくては。
「く、黒崎君、その、大丈夫?」
黒崎君の肩を叩いて話しかける。うんともすんとも言わない。しかし、その変わりとでもいうのか、途端に黒崎君の口から溢れんばかりの血が零れた。口からだけではない、目や鼻からも血が流れている。
「く、黒崎!?血が!?ヴィランの攻撃が当たってたの…!?」
黒崎君はその大剣をついて体を倒れないように支えていた。大剣を持つ手は震えている。
「しんぱい、すんな…俺は、大丈夫だから」
「大丈夫なわけないじゃないか!はやくリカバリーガールに見てもらわなきゃ…!」
「意味ねぇ、し、いいよ」
黒崎君は大剣を引きずり歩き出した。フラフラと覚束ないその足取りは、どこから見ても無事ではない。
「黒崎君…!」
黒崎君は止まって僕を見る。そのまま微笑んで「心配してくれてありがとう」と言うと、瞬間移動で彼は消えた。
「彼がどうしたのかい?怪我をしたいたようだけと」
「ヴィランを倒したのは彼なんです…」
「つまり、あの残骸を作ったのは…」
沈黙で肯定を示した。
彼は何者なんだろう。戦い慣れているその行動は、ヒーローというよりも殺しに近いような気がした。事実、ヴィランは一体死んでしまっている。
ドームの壁を見た。黒崎君がつけたその跡は、どれだけその斬撃が凄まじいのかを物語っていた。
「黒崎君は、とても強かった…」
しかし、それに憧れという気持ちはなかった。
✽✽✽
「っぁ…はぁ…ぁ…ぅう…」
全身が痛い。まるで内臓が焼けているようだ。家について玄関にそのまま倒れた。もうここから動けそうにはない。
月牙天衝なんて、久しぶりに放った。あんなに霊力を使って体が追いついていない。休んで霊力を補充すれば治る。だがそれまでは一歩と動けないだろう。ここまで来れたのが奇跡に近い。しかしこのまま玄関で待つわけにもいかない。
僅かに残った力を使って黒腔を開いた。そこへ飛び込む。虚圏は霊子が濃厚だ。ここなら現世なんかよりかなり早く回復する。
荒涼とした砂漠に寝転がった。未だに止まらない血が砂漠を濡らすも、風で飛ばされ、また真新しい砂が濡らされる。
「はぁ…きもち…」
虚圏の風が頬を撫でた。
毎回こんなんじゃ、まともに戦えやしない。虚化や卍解なんてしたら…考えるだけで寒気がした。
「まあどうせ死ぬ程じゃねぇし…」
まだ痛みは引かない。これは一週間はかかるな。
そんなことを他人事のように思いながら目を閉じる。また100年寝るかも、なんてことを考えて、俺は眠りについたのだ。
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一護がヒーロー科に行く話<br /><br />注意<br /><br />誤字脱字<br />支離滅裂<br />捏造過多<br />視点がコロコロ変わります<br /><br />作者は一護贔屓
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黒崎一護:オリジン
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10123618#1
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何かを作って人にあげるというのは、その人の笑顔が見たいから。
でもアーサーはそれができない。自分が不器用だと分かっているからだ。
しかしなぜだかその日、アーサーは無性にお菓子がつくりたくなった。それは人にあげるためではなく、なんとなくだった。
そして出来上がったものは・・・ふわふわで甘い香りのするシフォンケーキ。いつもなら真っ黒焦げで元の形は無いのだが・・・珍しく成功した。一口切り分けて食べてみる。
「・・・美味い。」
思わず溢れそうになる涙腺を押さえ、丁寧に切り分ける。
ふと思いついて一つを丁寧にラッピングした。
「もらってくれないだろうな・・・。」
そう呟いてかばんに押し込めた。
次の日、場所はスペイン某所。仕事のためにアーサーはその場所に居た。昔ならまず考えられない場所に今立って居る。そして・・・
「アーサー!」
ビクンと反応して振り返るとそこには笑顔を振り撒く奴が居た。
「・・・よぉ。」
「ほな行こか。」
そう言ってさっさと歩き出す。
昔アーサーが追い詰めた奴であり国・・・アントーニョ。それが今は仕事相手になっているとは・・・昔の自分なら考えてもいなかっただろう。現に今も多少は話すが、ギクシャクした感じは変わらない。
案内された場所は少し狭い会議室だった。
「悪いな、ここしか空いてへんかったんや。」
「いや、別に構わない。」
カバンを置き、資料を取り出す。ふと朝入れてきたお菓子が目についた。渡そうか渡すまいか。多分アントーニョはただの仕事相手としか思ってないだろう。いや、もしくはまだ嫌いなままかもしれない。
「・・・これなんだが。」
アーサーは資料を机に広げた。
気がついたらいつも目で追って居た。色んな表情を見るのが好きになった。しばらくして・・・この感情が恋だと気づいた。
言えない。言えるわけない。だからアーサーはこの思いを胸に秘めていこうと決めたのだ。しかし最近はこうして仕事で会う事が多いので、嫌でも顔を合わせるはめになる。嫌ではなくむしれ嬉しいのだが・・・なにせアントーニョには嫌われてる。こうやって仕事の話でも目を合わせてくれないのだから。
「・・・というわけだ。これはやるよ。もうコピー取ってうちにあるから。」
「ありがとうな。」
資料を渡して立ち上がる。渡すなら今だ。渡して立ち去ろう。幸いしばらく会う用事は無い。
「あ、あのっ!」
「ん?」
カバンからお菓子を取り出して差し出す。手は震えるし声も震えてしまう。
「き、昨日作ったんだ。珍しく出来たからお、お前にやる!」
「俺に・・・?」
そっと顔を見ると嬉しそうな笑顔。あぁ、渡して良かった。
「べ、別にお前のために作ったとかじゃないからな!ア、アルにやろうとして余ったから・・・」
我ながら変な言い訳だ。アルのために作ったわけでもないのに・・・。するとお菓子を受け取ろう取り出して手を差し出したアントーニョにギュッと手を握られた。
「へ?」
「・・・アルフレッドに渡すつもりで作ったん?」
なぜだか目が怖い。なにかいけないことを言っただろうか。
「あ、いや・・・その・・・。」
「・・・なぁアーサー。もしまだアルフレッドに渡してへんのやったら俺に全部くれへん?」
「は?ま、まぁいいが・・・。」
手は握られたままでなんだか気恥ずかしい。
「次からはアーサーが作ったやつは全部俺にちょうだい?アルフレッドとかフランシスに渡す前に。な?」
「わ、分かった。でも・・・失敗の方が多いぞ?」
「ええよ。アーサーが俺だけにくれるんやったら。」
「?なんで・・・うわっ!」
手を引かれ、バランスが崩される
「アーサーの物ならなんでも欲しいんよ。作ったもんも・・・アーサー自身も。」
耳元で囁かれ、背中がゾクリとする。
「な?分かった?」
コクコクと頷くと満足そうに笑う。
「楽しみにしてるわ。」
アントーニョはスッと離れると嬉しそうにお菓子を見ている。多分今自分は真っ赤になっているだろう。しかしふと疑問に思う。
自分は嫌われているはずだ。なのになんだこれは。
「・・・なぁ。」
「ん?なんや?」
「・・・俺のこと嫌いじゃないのか?」
「・・・は?」
アーサーの言葉にポカンとした顔を向けられる。
「だって・・・昔のこともあるし、全然目も合わせねぇし、話も仕事の話しかしねぇし・・・。」
下を向きながらぼそぼそと喋る。話していると涙ができそうになる。そうだ、俺らはこういう関係だったんだ。きっと今までのも奴の作戦だ。持ち上げて落とすという・・・
「・・・やもん。」
「あ?」
「襲ってしまいそうなんやもん。」
「・・・はぁ?っ!?」
顔を上げるといつの間にか近くにいた。思わず後づさるとすぐに壁にぶつかる。くそっ、ここの会議室狭すぎる・・・!
「俺、一回もアーサーのこと嫌いって言ってないで?むしろ・・・大好きや。」
顔の両側に手を付かれ、逃げ場が無くなる。
「ずっと前から好きやった。でもアーサーは俺のこと嫌いやろうと思ってなるべく感情を出さんようにしてた。我慢してた。」
心臓がバクバク言っている。頭の理解が追いつかない。
「目合わせられへんのは恥ずかしいから。仕事の話しかせぇへんのは他の話して嫌われたくなかったから。」
頬に手が添えられる。
「手作りのお菓子くれて、しかも真っ赤になって。親分めっちゃ嬉かってんで?やのにアルフレッドにやる余り?それ聞いたとたんにもう我慢とか忘れてもうたわ。嫌われてもええ。アーサーを誰にも渡したくない。」
整った顔が近づいてくる。反射的に目を瞑った。
「・・・もう我慢せぇへんからな。アーサー。」
二人の距離は無くなった。
終わり
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色々書き直しているうちに方向性が変わってしまいました・・・。とりあえず私は英に片思いをさせるのが好きらしいです。お菓子作ってるときに思いついたネタです。
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距離(西英)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012385#1
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キースの初恋はジュニアハイスクールの時だった。キースの住む町に唯一あるハイスクールの生徒らしく、すっきりとした歩き方と、同学年にはいない大人びた雰囲気の少女に一目惚れをしたのだ。今まで恋愛感情に疎かったキースの初恋に周囲の友人はあれこれと聞いてきたが、名前も知らなければ年齢も分からない。そんな少女にもう一度会った時、キースは当たり前の様に思いを告げた。子供らしい好意を素直に告げられた少女は笑って、ありがとう、あなたがもっと大人になって素敵な人になったら考えてもいいわ。そう言った彼女は、バス停にいる少年に手を振ってその腕を彼の手に絡めた。
振られたと思っても、残念ではなかった。彼女の思い出はいつか、自分の中でよくある青春の一ページになると分かっていた。
それからもキースは奔放に恋をした。ハイスクールで初めて出来た彼女とは映画館や図書館によく遊びに行った。
シュテルンビルトに来て、ヒーローになるまでにも数人の女性と付き合ったが、ヒーローデビューしてからは恋をした記憶がすっかりない。ヒーローとして活動していくうちに、シュテルンビルトを犯罪者の手から守る事、それだけしかキースにはなく、本来人間が愛しい人にむける感情は、全てシュテルンビルトに向けられていた。
だからこそ、シュテルンビルト市民の失望は彼には堪えた。愛した人に詰られ、必要がない存在だと言われた男の様に悄然とし、ヒーローとしての意義も何もかもを失ってしまった。そんなキースにヒーローとして立ち直らせてくれた女性に、久方ぶりに恋をした。結果、初恋の時の様に叶う事がなく、それすらもキースの中ではいい思い出となった。
また、キースは、キースの持ちうる愛情を全てシュテルンビルトに注げると、思っていた。
愛とは、美しく尊いものだ、それをシュテルンビルトに向ける事の素晴らしさ、そう思ったキースに、彼の弟子は言った。
「それって、少し変です」
「どうして?」
「恋人がシュテルンビルトって…出来過ぎてませんか?」
そう言った彼の首筋には赤い痕が一つ。
「出来過ぎ…そうかな」
「そうです。シュテルンビルトでは、男が持つ当たり前の性欲は発散させられませんよ」
「私は…そういうのが薄いらしくて」
「それも変ですよ」
困った様に眉を下げたキースに怯んだイワンは、落ち着かない様子でスカジャンに包まれた手首を擦る。そこには擦過傷があった。まるで紐か縄で縛られた様な。
「君は?」
「え?」
「君は、どうやって性欲を発散しているの?」
男同士の気安さでキースがイワンに問うと、彼は可哀想な程顔を真っ赤にして首を振った。その首の頼りなさに、キースの腹の奥がつんと痛む。
「そ、その…あの…」
「あ、ああ、すまない。別に君の私生活に口を挟む気はないんだ。君は若いんだから…そういう事もあるよね」
「え」
「首。恋人に言った方がいいよ、見える位置にはつけては駄目だって」
今度こそ倒れるかと思う程に首まで赤く染めて、イワンが首を手で隠すが、残念な事にキスマークとは反対側だった。
「こ、恋人じゃありません」
消えそうな声でイワンが言って、慌てて踵を返す。そのまま走り去ったイワンを呆然と見送って、キースはイワンの台詞を反芻した。恋人ではない。では、どうして首筋にキスマークがあるのか。手首の擦過傷は何なのか。
キースの腹の奥が、また音を立てて痛んだ気がした。
イワンに恋人がいるらしいという話は一切耳には入らない。
仲の良いネイサンやパオリンにそれとなく聞いても、女の影は無いと言う。もしかしたら商売女に入れ込んでいるのかもしれないが、彼も真っ当な青年なのだから、そんな事をしていてもおかしくはない。
キースがかつての恋人に抱いた劣情を、イワンもどこかの女性に向けているのだろう。
「ねえスカイハイ。あの子はもう手のかかる子供じゃないのよ。もう立派な大人なんだから、恋人がいても、どんな遊びをしてもあなたには関係ないじゃない」
ネイサンがキースをじっと見下ろしながら、咎める様に言う。まるでキースの出方を窺っている様な物言いに、キースは首を傾げた。おそらく、ネイサンはイワンの私生活を――それも深い部分だ――知っている。知っていて隠している、そう確信めいた気持ちを抱いた。
また、腹の奥が痛む。
「そうだね、私には、関係ない…」
ネイサンの言葉を繰り返すだけのキースに、一つ溜息をついた彼女は、キング、と呼ばれなくなった愛称を呼んだ。
「誰にも懐かなかった猫を手懐けてご満悦なのは分かるけど、その猫が自分以外の人に甘えているのに嫉妬するのはやめた方が身の為よ」
「猫だなんて!」
「『それ』は恋愛感情じゃないの、間違えちゃ駄目よ」
とん、と指で胸を指されて、キースは狼狽える。そんなキースに、ネイサンは肩を竦めた。
恋愛感情とは、どんなものだったか、キースは自分に問いかける。
初恋の少女も、今まで付き合った女性も、公園の女性も、彼女達に向けたキースの思いは真っ直ぐで揺るぎなく、彼の中の美しい部分だけを集めた尊いものだった。
彼女達が好きだと言った物も素晴らしく見えたし、嫉妬するなど考えた事もない。嫉妬とは、キースが今まで歩んできた人生の中で一番縁遠い感情だった。
イワンの首筋にキスマークを付けた女性はどんな人なのだろうか、彼は、恋人をどんな風に抱くのだろうか。あの紫の瞳を、誰に向けるのだろうか。
(そうだ、これは恋愛感情じゃない。余りにも今まで違うものだ)
では、イワンに向けられたキースの気持ちは一体何だというのか、全く説明がつかない。
痛む腹の奥に辟易して、キースは溜息を零した。
シュテルンビルトの夜空にはいつでも美しく星が瞬いている。それを見上げてスカイハイは低空飛行をする。滑る様にビルとビルの隙間を縫うと、窓から誰かが手を振っていた。スカイハイの愛すべきシュテルンビルト。この街がこれからも穏やかで平和であるなら良い。
ジェットパックの軌跡がビル群を進む。そのままスカイハイはシルバーステージも走りぬけた。頭上にはゴールドステージの地表があるが、それでもネオンは煌めき、星も見える。
ぐるりとビルを一周した所で、スカイハイは路地裏に目を向ける。
土曜日の夜は多くの人々が不夜城を歩いているが、その中でスカイハイは、それを見つけた。
夜目にも煌めくプラチナの髪の毛。いつもの様なストリートファッションではなく、黒いスマートなファッションで、男と一緒に歩いているのは間違いなくイワンだった。歩く男は金髪も美しく、堂々たる体躯の美丈夫の様だ。そんな彼はイワンの肩を抱き寄せる。イワンも嫌がる素振りを見せずに、男に寄りかかった。まるで仲睦まじいカップルみたいだ。
「…折紙君」
呟いた声はジェットパックの音にかき消された。
イワンを見る度に腹の奥の痛みは強まっている。目前に迫ったビルを慌てて避けると、スカイハイは一度空に留まる。もうイワンの姿は確認出来なかった。彼らが向かったであろう先には、ピンク色のネオンがぎらぎらと輝いている。その一角が何なのか分からない筈がない。
「…これは、恋じゃ、ない」
言い聞かせる様に出した声は酷く掠れていて、キースを驚かせる。
当たり前の事を言っただけなのに、どうして動揺しているのかが分からない。イワンは男性で、キースも男性だ。今までも女性としか付き合った事がないし、同性を好きになった事もない。だから、この気持ちは恋ではないのだと導き出すには簡単すぎる式だったはずだ。それなのに、どうしてこれほど苦しくなるのか、キースは分からなかった。
しばらくイワンが消えた方向を見つめて、スカイハイは再び夜空を旋回する。
彼の愛するシュテルンビルトは相変わらず煌めき、キースに何も言ってくれる事はなかった。
珍しくトレーニング後には仕事もなく、一般のサラリーマンと同じ様にアフターファイブを過ごせる事になったキースは、本屋にでも寄って帰ろうと携帯端末を取りだす。好きな作家が新刊を出していたはずだ。
他にも目ぼしい本がないか検索して、結局贔屓の作家のみだと分かり、キースは鞄に端末をしまう。
ジャスティスタワーから排出される人の波が滞る。何だろうかとキースが人垣を覗きこむと、男性二人が言い争っているのが見えた。スーツを着た金髪のサラリーマンらしき男性と、派手な色のスカジャンを着た男性。その姿を認めた瞬間、キースの背がひやりと冷える。一方的に詰め寄られているのは、イワンだった。
周囲の人間が訝しんで輪を作り遠巻きに見守る中、キースはその人垣を掻き分けて二人に近寄る。
イワンの声は低く警戒する様な色を含んでいて、キースは身構えた。
「…家に?」
「そう、サウスブロンズのジャパンテイストの一軒家に住んでるよね。その若さであんな立派な一軒家を持ってるなんて凄いよ」
イワンの顔が青褪めた様に見えた。
キースは男を見定める様に見つめる。イワンが家を知られたくないと思っている部類の人間なのだろうか。どう見ても友人には見えないし、恋人とも言えそうにない。それにしても物騒な話だ。
震える声音でイワンが何事か男に言ったが、男は鼻で笑うだけだった。
「出る所?何て言って訴えるの?一晩だけセックスをした男に付きまとわれてるって?そんな事になったら君の職場での立場はどうなるの?」
声を上げそうになって、キースは唇を噛んだ。
この男と、イワンは、かつてはそういう関係だった。昔の恋人か、今はそうではないにしろ、男がイワンの体を知っているという事に怒りを覚える。
あまつさえそれを盾にしてイワンを恫喝しようとしている。許せる事ではない。
「ちくしょう、お高くとまってるんじゃないぞ、男娼風情で」
怒りに震えるキースの耳に激昂した男の声が聞こえた。イワンが冷静に答えているが、男は相変わらず興奮したままイワンに詰め寄る。身の危険を察知したイワンが身を翻そうとした瞬間、男がイワンの手を掴む。逃がさないとにやりと笑った男の醜悪な顔に、キースは奥歯を噛みしめる。
また腹の奥が痛む。いつもの様な痛みではない、はっきりとした痛み。
これは、嫉妬だ。
何て醜い感情なのだろうかと思っても、止められない。
「その手を離してもらおう」
自分でも驚く位の声音で男を威嚇する。嫉妬に駆られた顔をイワンに見られたくなくて、キースはワザとイワンの背中に覆いかぶさる様にイワンの手を掴む
「君は、彼の知り合いかな?それにしては乱暴な態度だ」
「あ…」
「何だ、君は」
「こちらが質問しているんだ。答えなさい、君は彼の知り合いか?」
まるで犯罪者と対峙した時の様な気分だった。出来る事なら今すぐに司法の場に引き摺りだしたいが、証拠がないのにそんな事出来る訳がないのを知っている。
「し、知り合いじゃありません」
イワンが縋る様に首を振ってほっとした。
「そうか」
恋人でもないのに、イワンの所有権を叫ぶ男に吐き気がしたが、それを押し留めて勤めて低い声で告げる。そうでなければ、このまま叫び出して殴りかかってしまうだろう。強い理性で押さえつけられた激情が、キースの胸の奥で叫んでいた。
「では、警備員を呼ばれる前に立ち去りなさい。それとも、警察を呼ぼうか?」
「…君も、そのガキに誑かされたクチか」
「なに?」
「止めて下さい!」
真っ青な顔で叫んだイワンを見て、キースは目を見開いた。
その隙に男はキースの拘束から逃れて二人から距離を取った。にやにやと笑う顔が憎たらしくて、拳を握り締める。
「男を手玉に取る事だけは得意なそのガキに、体を求められて骨抜きにされた?顔と声と感度だけは最高だからね」
かっと体中の血が沸騰した気がした。一歩踏み出したキースを止めたのは、イワンの悲鳴だった。
「この人は、そんなんじゃありませんっ…!」
「フォクシーちゃん、僕は諦めないよ。またね」
身を翻した男に、ほっと息を吐く。このまま対峙していたら、キースは確実に男を殴っていただろう。鍛えられたキースの拳は一般の男性のそれとはパワーが違う。病院送りにしていたのは間違いない。
収まらない怒りをどうしようかと思っていると、キースの顎の下でイワンが細く長く息を吐いた。男の恐怖から解放されて安堵したのだろう。イワンの置かれている状況が良くなった訳ではないのが気がかりが、とりあえずこの場は収まった。ジャスティスタワーの前で揉め事を起こしたと知られればイワンの立場が危うい。
大丈夫かい?とキースが言うと、イワンは青褪めた顔のまま頷く。傷付いた様子に、キースは慌てた。
「大丈夫です…。すいません、こんなお見苦しい所を見せてしまって…」
慌てたキースが余程おかしかったのか、青い顔のままイワンが少し笑う。笑う余裕があるなら大丈夫だろうとキースも肩の力を抜く。
男が去った方を見て、イワンを見て、キースは声を振り絞った。
「その、彼はもしかして君の…その、恋人だったとか…?」
これで頷かれたら、今のキースではイワンに何て言ってしまうか分からない。どうか首を横に振ってくれと思いながら問いかけた言葉に、キースの願い通りイワンは慌てて首を振る。
「いいえ!まさか!」
違います!と必死に言うイワンに、ほっとした。
「そうか。それなら良かった」
そう言われたイワンは何故か俯いてしまった。
あんな男と恋人だったのかと言われて落ち込んでしまったのかもしれないと、キースは話題を変える。キース自身、イワンの恋愛事情など聞きたくなかった。また腹の奥が痛みそうだ。
「しかしそうなると、またね、とは物騒な言葉だね」
「あ…」
再びイワンの顔が青褪める。
キースはどうかした?と言うと、イワンは首を振った。支えがないと立っていられなさそうな庇護欲をそそる姿に、キースは恐る恐るなだらかにカーブを描く肩に手を伸ばすが、イワンの声で我に返る。
「その…大丈夫です」
家がばれている事をキースに知られたくないのか、小さく背を丸めたイワンは俯きながら何度も首を振る。頼られる事のない自分自身に、キースは落胆する。自分はイワンにとってそれ位の存在なのだろうか。
大事な人を放っておく事など、出来ないのに。
「…確か、彼は君の家を知っていると言っていなかったかい?」
「そうですね、ばれているようです」
「まさか、ヒーローだとは…」
「そこまではばれていないみたいです。まさかヒーローが男漁りをしているとは思っていないでしょう…」
男漁り。やはりイワンはそちらの人なのだ。いつかネイサンに警告された事を思い出す。ネイサンは、イワンの性的思考を知っていたから、キースに釘を刺したのだが、それは、逆効果だった。
キースは気付いてしまったのだ。
初恋の少女、今まで付き合って来た女性達、公園の女性。彼女達に向けた愛とは違うけれど、確かにこれは愛なのだろう。
嫉妬に塗れて黒く淀んでいるけれど、紛れもなく、執着心と嫉妬心と独占欲を含んだ、愛だ。理解してしまえば、恥ずかしくてイワンを見られない。こんな醜い感情で彼を愛して申し訳ないと思った。
キースは顔を赤くしてきょろきょろと落ち着きなく目線を彷徨わせ、あのう、と問いかける。ここでキースの望む答えが聞けないと、キースはどうやってイワンを手に入れればいいか分からない。
「き、君はゲイなのかい…?」
「すいません、気持ち悪いですよね?しかもそんな僕があなたの弟子だなんておこがましい事を言って…すいません、これからはもう近寄らない様にしますから」
今日は助けていただいてありがとうございます。そう頭を下げたイワンに、キースは頬が緩んだ。ああ、まだ自分にも可能性があるじゃないか。イワンが直ぐに頭を下げたお陰でキースは表情を見られなくてすんでほっとする。こんなに醜い感情で微笑む顔など、見せたくない。
初めての感情に戸惑ったキースは、イワンが踵を返した事にすぐに気付けなかった。
背中を向けられ、キースは慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、折紙君!」
思わず掴んだ腕の細さにどきりとする。鍛えられていても、一回り違うキースの掌は易々とイワンの手首を拘束する。かつてここにあった擦過傷も、どこかの男が付けたものだったのだろうか。そう思うとまた腹の奥が煮える様に痛い。自分の方に引き寄せて、胸に当たったイワンの体に、キースははっとして顔を赤らめ、体を離す。そうしなければ、このまま抱き締めてしまいそうだったのだ。俯いたイワンの白い首筋が誘う様に震えている。
「これから、どうするつもりだい?」
「あ、家ですか…?小鳥か鼠か虫にでも擬態して家に入ります。明かりは別にいりませんし。家に帰って来ないならあの人も諦めると思います」
「そうだろうか…?」
「スカイハイさんが心を煩わせるような事ではありません。失礼します…」
小さく頭を下げたイワンを捕まえたい一心で、その手をまた掴む。今度は離す気はない。
「あの…」
「こうしないと、君はまた私の前から逃げようとするだろう?」
「スカイハイさん、あの本当にあなたが気にする様な事じゃないんです。ああいう手合いには慣れてますから、平気です」
「そんな事に慣れるものじゃないよ」
「本当です。あれならまだマシなんです。問答無用で拉致されそうになったり、衆人環視の中で服を剥かれなかっただけマシ…」
「君は、今までそんな目にあって来たのかい」
まさか、そんな事が今まであったとは。
どこかの男が彼の体に触れたというだけで腸が煮える思いがするというのに、まさか拉致されそうになったり、凌辱されそうになったと聞けば、自然顔が険しいものになる。
しかしキースもそれをどこか心の中で望んでいたのではないかと気付いて押し黙った。
目の前の美しい青年に不埒な事を考える自分を詰る。
(そうじゃない。私は、イワン君を傷付けたい訳ではない。傷を癒す手伝いをしたいだけだ)
柔らかい物で彼を包むように愛したいと思った。イワンがキースを好きではないなら、それでもいい。
「家に帰らなくてもいい」
「え、でも」
「その代わり私の家に来なさい」
「ひえっ」
怯えた様に視線を彷徨わせたイワンに、キースはやはりと肩を落とす。やはりイワンはキースを好きではないのかもしれない。それでも、あんな男のいる所に帰すつもりはない。ここで、弟子であるイワンを守り導きたいと免罪符代わりに師匠と言う権限を振りかざさないでどこで使うと言うのだ。イワンが唇を震わせる。いつもは血色のよい唇が、今は真っ青だった。
「…そんな、無理です」
「どうして」
「それはこっちの台詞です。不肖の元弟子にそんな情けをかけなくても」
「元弟子?何を言っているんだい」
「え、だって、こんな僕とは師弟関係は解消した方が…」
「私は君と師弟関係を解消した覚えは無いんだけどね。君を手放す気はないよ」
勝手に師弟関係を解消するつもりだったイワンに怒りを覚える。どう言われようが、キースはイワンを手放す気はない。
「あの、僕帰ります。失礼します、また明日」
「だから、おり、…イワン君」
懲りずに逃げようとするイワンの手を掴んだ。初めて呼んだ本名がくすぐったいが、その余韻に浸る間もなく、イワンを睨んだ。少し強引に連れていかないと、きっと彼はこのまま家に帰るだろう。そんな事になればあの男に何をされるか。
「今日は私の家に来てもらうよ。ストーカーがいるという事は、君の口から直接ヘリペリデスのCEOに言いなさい。もしも言いにくいなら私から言おう」
「そ、そんな大袈裟です。こんな事、珍しい事でもありません。時間が経てば解決する問題です」
「だから、こんな事に慣れないで欲しい」
声を荒らげそうになって、無理に押し留めた結果、声が震えてしまった。それに気付かなかったイワンの視線は地面に固定されたまま、キースからその表情を窺う事は出来ない。
「あ、あなたが、」
「イワン君?」
「今日の相手をひっかける事も出来ない僕の相手を、あなたがしてくれるって言うんですか?」
何と言われたか、キースは咄嗟に理解出来なかった。いや、理解したくなかったのだ。
イワンに明らかに拒絶をされた事がショックだった。男性の夜の相手をしろと言えば、普通の男性なら否定をすると、分かっていてそう言ったイワンに、キースは悲しくなる。どうして自分を頼ってくれないのか、どうして自分一人で抱え込もうとするのか、どうしてキースがイワンに手を伸ばす事を信じられないのか。
「…僕に構わないでください」
そこまで言うなら、イワンに自分の思いを知らせてやればいい。
そう思っても、キースは今まで恋愛対象は女性だった。ここで急に男性を抱けと言われても、上手く行くものか自信がない。やり方も知らないのだ。自分の無知さに呆れてしまう。
「…あの」
「…夜の相手を、私が勤めたなら、君は…あの男のいるだろう家に帰らないと言うのかい?」
「は?」
それでも、イワンに自分の気持ちを知ってもらうチャンスだ。
「あの、意味分かってますか?」
「勿論!と言いたい所だけど、私はその…男性と一晩を共にした事がないので…」
「同性と寝た事のある人の方が稀ですよ」
「そ、そうかい」
「だから、無理しなくていいです」
「無理なんかじゃ…!」
イワンに、キースの躊躇する気持ちが知られた様で悔しくて、その体を抱き締めた。するとイワンがキースの胸で唸る。抱き締めるのは不味かったのだろうか。
「スカイハイさん」
やんわりと呼ばれた名前の中にも、明らかな拒絶があった。
「君が、ノーとあくまで言い張るなら、」
緊張で口の中がからからだ。お願いだから、これ以上否定しないでと願う様にイワンを強く見つめる。
「このまま、飛んで私の家に行こう」
イワンの顔が不自然に歪む。笑おうとして失敗した様だ。
紫の虹彩が何度かキースを見つめて、逸らされて、再びキースの顔を見つめる。ここで引くわけにはいかなかった。イワンを抱けるか、抱かれるか、そんな事が出来るかは分からないけれど、今逃したら、永遠に彼を手に入れる事は出来ないだろう。
ふ、とイワンの表情が緩む。
「分かりました。その代わり、能力は使わないで下さいね」
「了解した、そして了解したよ!」
キースはイワンを抱き締める。イワンが力を抜いて身を委ねてはくれたものの、腕は決してキースの背中に回る事は無かった。
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ガチゲイ先輩のグッドマン視点です。もう少しお付き合い下さると嬉しいです。
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Mr.Angel
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012410#1
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変な夢を見た。
目の前で椅子が転がっている夢だ。夢の中の私は金縛りにあったみたいに身動き一つ取れなくて、その椅子をじっと見ているだけだった。しばらくすると椅子の向こうにあるドアが開いて、女の子の姿が見えた。若くて、たぶん蘭さんと同じくらい……高校生くらいだろう。見覚えのないその女の子は短い悲鳴を上げて、それからなにかにすがりつくようになにもない空間に「おねえさん、おねえさん」と何度も泣き叫ぶ。しばらくその女の子は泣いていたけど、ハッとしたように私を見ると、
「あなたも、置いていかれたの……」
と言って、私を抱き上げた。えっ、うそ、私小さすぎない? と思ったけど夢だからこんなもんかと思い直す。もしかしたら夢の中の私は犬かなにかなのかもしれない。動けないので自分の姿が確認できないのがちょっと残念だ。でも抱き上げられたことで、ちょっとだけ部屋の様子がわかるようになった。さっきまでは高いところまでは見えなかったけど、いまは天井まで見える。
……ん? なんで天井から縄みたいなのがぶら下がってるんだ? 新しいインテリアかなにか?
そんな風に疑問に思っていると、女の子は携帯電話で誰かに「すぐに来て、あれをあげるから」と連絡をとり始めた。それから、学生鞄みたいな大きなバッグから白い粉の入った袋を取り出して、それをじっと見つめたあとに、私を抱えたままうずくまる。
「私にも、あなたにも、おねえさんしかいなかったのにね……」
それからまたしばらく女の子は泣き続けた。誰も私の話を聞いてくれないだとか、みんな私を置いていくとか、とにかく女の子は嘆き悲しんでいるようだ。かわいそうにな、となんとなく思っていると、女の子が私の顔を覗き込んでくる。
「私が……わたしが、あなたのママになってあげるからね……」
――ずっとずっと、ずうっと……一緒だよ……。
その言葉が、どこか不気味に反響して聞こえた。
目が覚めると、自分でもドン引きするくらい汗をびっしょりかいていた。そんなに悪夢っぽくもなかったんだけど、最後がちょっと不気味だったからかもしれない。心臓がドキドキしていて、無意識に小さい手で胸を抑えていた。
「アンッ! アンアンッワフッ!」
ハロくんの声が聞こえて、透さんが寝室に入ってくる。透さんは最初不思議そうな顔をしていたけど、私を見るなりすぐに心配そうな顔つきに変わった。たぶん夢でうなされてた私の様子がおかしいと思って、ハロくんが透さんを呼びに行ったんだろう。ハロくんはとっても頭の良い子で、私を心配してくれているらしく、ベッドに飛び乗ってくるなり私の膝のあたりを前足でふみふみしてきた。
「なにか、あった?」
「えと……」
なんて説明するの? 変な、知らない女の子の夢を見ちゃったってこの口で言えるか? と思って口ごもる。すると、透さんが言える範囲で良いから言ってごらん、と言ってくれたので、もごもごしながらも口を開く。
「あの……い、いしゅ……おちてて……」
「椅子? どこに?」
「……えと、わかにゃい……あっ、えと……おにゃのこ、にゃいてた……お、おねーたん、て……」
透さんはハッとしたような顔をして、それからものすごく怖い顔で考え込んでいる。アンドレさんとか沖矢さんとか、ああ嫌いなんだなってわかる人の前でも怖い顔をしていたときがあるけど、その時とは比較にならないくらいに深刻そうな怖い顔だった。簡単に言えば今まで見たことないタイプの怖い顔だ。言っちゃ悪いが何人か殺してそう。イケメンの怖い顔ってそれくらい迫力がある。
なんかやべーこと言っちゃったかな? それとも私の言うこと伝わってない? とオロオロしながらハロくんに抱きつくと、ハロくんがぺろぺろとほっぺをなめてきた。ハロくんやしゃしい……しゅき……。
「きみが見たそれは、夢っていうんだ。でも、悪い夢だから……もう忘れるんだ。良いね?」
有無を言わさぬ感じの言葉に、お、おう、とうなずく。透さんのただならぬ雰囲気に、ハロくんも心なしか「ご主人どーしたの?」みたいな顔をしているような気がする。そんなハロくんと顔を見合わせると、今度は鼻の頭をなめられた。
朝っぱらからいろんな意味で怖い思いをしたその日は、毛利探偵事務所に預けられることになった。透さんは今日も探偵のお仕事があるらしい。本当にめちゃくちゃ忙しい人で、私を保護してから朝から暇そうにしてたのなんてほんの数回……いやもう三回くらい? 片手の指だけで充分っていうくらいしかない。そして暇そうにしてるって言ってもだいたいパソコンと向き合ってお仕事っぽいことをしてたりするので、たぶん実際には全然暇じゃない。たまにぼんやりしながらパソコンで知らない人たちの写真を眺めてるときは、よっぽどお疲れなんだろうなって思うくらいだ。
そういうわけで、幼女も忙しくて疲れてる透さんに迷惑をかけないように、最近は率先して握力を強化する訓練を行っている。って言っても透さんにもらったクルミをニギニギしたり、園子さんにもらった子ども用のやわらか~いハンドグリップとか謎のスライムっぽいおもちゃとかフニャフニャしたボールをニギニギしたりするくらいだけど。クルミばっかだと飽きるし手が痛いでしょーっていろいろ持ってきてくれた園子さんは神様だと思う。幼女が大人になったらお礼するので待っててください神様。
園子さんにもらったものといえば、例の試作品の矯正スプーンも大活躍している。しつけ箸はまだちょっとレベルが高かったのでまずはスプーンから挑戦してるんだけど、これがなかなかのスグレモノで、練習の結果プリンくらいならひとりで食べられるようになった。スプーンと口との距離が掴みきれなくて、たまにこぼしてしまうのはご愛嬌だ。いやごめんなさい。こぼしてもちゃんと食べるからゆるちて……。
でもこれまでの、スプーンを握るだけでも一苦労だったことを思うとかなりの成長っぷりだと思う。そう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、合コンのさしすせそみたいな勢いで蘭さんにべた褒めしてもらった。さいこーしんじられなーいすごーいせいちょうしてるー!
夕方、太陽が落ちるより早く透さんが帰ってきた。透さんは帰ってくるなり膝をついて私をぎゅーっと抱きしめてきて、ハァ、とため息をつく。その様子を見て蘭さんが「お、お疲れですね?」とびっくりするくらいには透さんは誰の目から見ても疲れていた。明日はおやすみだと良いんだけど、と思いながらナデナデしてあげると、もう一回ぎゅーっとされた。
「コナンくん、ちょっと」
そのまま抱っこされるのかな、と思ってると、透さんはすっくと立ち上がってコナンくんを誘って玄関から出ていってしまった。ムムッ、置いていかれてしまった。男同士の内緒話かしら、と蘭さんを見上げると、蘭さんに抱き上げられる。透さんに置いていかれて寂しがってると思われたみたいだ。だいたいあってる。抱っこしてもらえると思ったらしてもらえなかったときの肩透かし感ってつらい。
「今日の晩ごはん、白菜のミルフィーユ鍋なんだけど……安室さんも食べていくかな?」
「たべう!」
透さんはどうだか知らんが私は白菜鍋が食べたい。そんな気持ちが先走ってついうっかり食い気味にそう言ってしまった。すると蘭さんはサッと顔をそらして、片手で口元を抑えて「んふっ」とちょっと色っぽく笑いをこらえていた。そんなに面白いこと言ったつもりはないけど、JKは箸が転がっても面白い年頃だからな。己の食欲に忠実すぎる幼女が面白かったのかもしれない。
「じ、じゃあ、パパにお願いして食べていってもらわないとねー?」
うんうんとうなずいていると、ガチャッと玄関が開いて透さんとコナンくんが戻ってきた。お話し合い終了かな?
透さんはそのまま私を抱っこして帰ろうとしたけど、蘭さんに私が白菜鍋を食べたがってることを聞くと素直に毛利家に留まることを決めたようだった。
「もう準備は済んでるんですよね? 他になにかお手伝いすることは?」
じゃあ、と言いながらキッチンの方に向かっていく蘭さんと透さん。透さんに抱っこされてる私ももちろんキッチン行きだ。と思いきや、リビングのテーブルの前でおろされて、宿題をしようとしていたっぽいコナンくんの隣に座らされた。まあ幼女抱っこしながらお手伝いなんて出来ないもんね。すみません。
「べんちょ?」
「べんちょ、じゃなくて勉強。べ・ん・きょ・う」
コナンくんは、私が進んで握力トレーニングや歩く訓練をしていると知ると、言葉の訓練に重きをおくようになった。私が舌足らずに声を掛けると何度も根気よく正しい発音を教えてくれる。わかってはいるんだけどな、と思いながらも回らない舌でなんとか復唱する。
「べ・ん・ちょ……う……」
「うーん。なんで言えないんだろ。ちょっと舌だしてみて。あー、べろ。べーって」
ムムッ、さすがに舌くらいはわかる。でもわざわざわかりやすく言い直してくれたので幼女も素直にべーっと舌を出した。
「あいうえおって、べーってしたままゆっくり言ってみて」
「わ・い・う・うぇ・お」
コナンくんはじーっと私の舌の動きを観察して、難しい顔をしている。なんか宿題の邪魔しちゃってない? コナンくん頭良いからすぐ終わっちゃうんだろうけど、なんだかちょっと気が引けてしまう。
「舌の動き方が変だからきちんと発音出来てないのか」
うーん、と悩みながらコナンくんが自分のスマホに手を伸ばして何かを調べ始める。宿題しなくて良いのかな? とテーブルの上の紙を見てみると、ぜんぶ埋まっていた。さっすがー。たぶん確認してただけなんだな。
小学一年生らしく足し算と引き算ばっかりの宿題をしばらく見つめていると、コナンくんに声をかけられてそっちに意識を向ける。スマホでの調べ物が完了したようだ。
「ちょっとおしゃべりの特訓しよっか」
うんうんうなずくと、コナンくんがすっくと立ち上がってキッチンの方に向かっていく。ついていこうとすると、座ってて良いよと言われたのでおとなしく座り直した。ほんの数十秒ほどでコナンくんが戻ってきて、その手には割り箸が握られている。おしゃべりの特訓に割り箸? と思ってると、割ってない割り箸をくわえるように言われた。普通にご飯を食べるようにくわえようとしたら、そうじゃないと慌てて横にくわえさせられた。あっこれ知ってる、犬が骨くわえてるような……ハッついにそういう扱いに。
「わんわん」
「あってるけど違う!」
違ったらしい。とうとう犬扱いが最大レベルに達したのかと思って早とちりしてしまった。そういえばおしゃべりの特訓って話だったな。
正座で向き合って、割り箸をくわえたままコナンくんの言う簡単な言葉を復唱する。めちゃくちゃしゃべりにくいけど効果あるのかな?
「うん、良い感じだよ。舌の動きについてはこれで改善できそうかな……」
社畜的にはこの割り箸で何がどうなってるのかサッパリわけわからんのだが、コナンくん的には結構良い感じに成果が出てるらしい。まあ私には舌の動きは見えないし、コナンくんがイケてるって言うならイケてるんだろう。コナンくんへの信頼はカンスト済なので迷いなくうなずいておしゃべりの特訓を続ける。
そうしていると、蘭さんのお手伝いが終わったのか透さんがキッチンからリビングに戻ってきた。割り箸をくわえた私を見てすぐにスマホを取り出したので、サッと頭を抱えて顔を隠す。割り箸があるのでちょっと痛い。
「安室さんも懲りないよね……」
「かわいいところを見るとつい……今度は何をしてたんだい?」
スマホをポケットにしまうような衣擦れの音がしたので顔をあげると、コナンくんが自分のスマホでさっき調べていたものを透さんに見せているところだった。なるほどと興味深そうにしているので、今日は帰ったら手足のトレーニング以外にも滑舌トレーニングが追加されるかもしれない。透さんは特訓のときだけやたらとスパルタパパになるので滑舌トレーニングはお手柔らかにお願いしたい。
「じゃあ僕ともおしゃべりしようか。コナンくんは宿題があるからね」
「え、もう終わっ……」
「コナンくんは宿題があるからね」
「……ウン、ソウダネ」
さっき宿題のプリント見たとき全部埋まってたけど……透さんの圧がすごいからかコナンくんは私に背を向けてテーブルに向き合った。透さんはそんなに幼女とおしゃべりしたいのか。私としては、今日の透さんお疲れ気味だしおしゃべりするより座ってのんびりしていてほしいんだけど。
割り箸をくわえたまま透さんと膝を突き合わせると、その瞬間にカシャッというスマホ独特の撮影音が鳴り響く。さっきポケットにしまったはずでは? もう大丈夫だろうと気を緩めた瞬間に撮るとは卑怯なことこの上ない。私は遠慮なく透さんの膝を叩いたけど、力がないのでぺしぺし鳴るだけだ。弱すぎて笑われてしまった。
「コナンくーん、そろそろお父さん呼んできてー?」
しばらく透さんと滑舌トレーニングをしていると、蘭さんの声がキッチンから飛んできて、コナンくんが事務所に降りていく。もうそろそろ晩ごはんということで、トレーニングは一旦終了となった。透さんがまたキッチンに向かっていって、鍋敷きを持った蘭さんと、お鍋を持った透さんがすぐに出てきた。白菜鍋だ! とテーブルに置かれたお鍋を覗き込もうとしたけど危ないと怒られてしまった。あ、熱いことくらいわかってますとも!
「あれっ、割り箸なんてくわえてどうしたの? 新しい遊び?」
「えと、とっくん」
「あっ、いま特訓ってきちんと言えたね。えらいぞ」
ナデナデされて、ようやく口から割り箸を取ってもらえた。うーん、まだ口に割り箸挟まってる感じがする。でも短時間で結構成果は出たみたいで安心した。この調子でぺらぺらおしゃべり出来る幼女になりたい。
「く、口の形が……ん、んふふっ……!」
蘭さんが口元を抑えてぶるぶるしているので首をかしげると、透さんにほっぺたをやわやわと揉まれた。
「ほ、ほら、もうイーッてしなくて大丈夫だよ……フフッ……!」
口に割り箸挟まってる気がする、と思ってたら口の形がそれで固定されちゃってたみたいだ。でも自然とそうなるのでしばらく戻らない気がする……と思ってたけど、しばらくほっぺをムニムニされてるうちに元の形に戻った。一安心である。さすがに口がずっとイーッてなってる幼女はいやだ。
コナンくんに呼ばれた毛利さんが三階に上がってくると、私はすぐさま毛利さんの足に飛びついた。今日は何かの事件の参考とかなんとか、大事なお話があるらしく、おまわりさんが事務所に来てたのであんまりかまってもらえなかったのだ。コナンくんもちょくちょく事務所の方に降りていってしまっていたので、今日はほとんど蘭さんとふたりきりだった。
「ったくおまえっつーチビはよぉ。安室くんがいんだろーが?」
なんて常套句を言いつつも、幼女の好き好き大好きラブ光線を食らったからかまんざらではない様子で幼女を抱っこしてくれる。あっ、ちょっとアルコール臭がする。さてはおまわりさんが帰ってからビール飲んでたな?
ふんふんとにおいをかいでいると、蘭さんにべりっと剥がされて「お酒の匂い覚えちゃったらどーするの!」と激おこさん。社畜だった記憶があるゆえにすでにお酒のにおいを覚えているとは言えない……。
さてお待ちかねの白菜鍋だが、さすがにスプーンで食べられるようなものではなかったのでいつもどおり透さんと蘭さんにかわりばんこに食べさせてもらった。お味はもう言うことなし。常々思ってたけど蘭さんは料理上手、いつでもお嫁にいけるでしょう。……あ、でも、幼女がそこそこ育つまでは待ってくれると嬉しいかも……。いまのところ幼女のママ担当は蘭さんと梓さんくらいだから、お嫁に行かれると寂しい。哀ちゃんもママみすごいけど、あんまり阿笠博士のところには行けてないし。はあ、哀ちゃんと平ちゃんに会いたい。
鍋の残り汁を使ったおじやまでたっぷり堪能して、すっかり満腹になった私は透さんのお膝の上でうとうとしていた。夢の国に旅立つ準備は万端なわけだが、それでも意識を飛ばしていないのには理由がある。
『おわかりいただけただろうか? もう一度ご覧いただこう……』
よくある文言でVTRがもう一度流れる。暗闇の中に浮かび上がる女の顔がズームアップされて……キャーッと悲鳴があがった。蘭さんの悲鳴だ。
「チャンネル変えます?」
透さんが苦笑いを浮かべながらリモコンを取ろうとするのをがしっとその手を掴んで阻止した。私はこの番組が見たい。私が眠いながらも寝てないのはこの番組が思った以上に面白いからだ。
いま見ているのはいわゆるホラー番組。視聴者が投稿してきたものからネット上にアップされているものまで、あらゆるホラーな動画が特集されている。蘭さんはホラー苦手みたいだけど、怖いもの見たさというものがあるのか、この番組を最初につけて見始めたのも蘭さんだった。
「ホ、ホラー好きなんだね……」
コナンくんがちょっぴり引き気味に言ってきて、透さんがリモコンから手を離す。さっき悲鳴をあげた蘭さんはコナンくんを膝の上に抱えて、コナンくんの頭で顔を隠している。よっしゃホラー続行だぞい。
「夜眠れなくなったらどうしよう」
「いつもみたいに抱っこしてうろうろしてたらすぐ寝るんじゃない?」
「夜泣きとか」
「するタイプに見えないけど……」
透さんがコナンくんとなにやら相談しているが、私の意識は新しいホラーの動画に釘付けだった。なんか私のことを話している感じはするけどそれどころじゃない。蘭さんもこわごわとコナンくんの頭から顔を離してじっと様子をうかがっている。やっぱり気になるよね! またキャーッと悲鳴があがった。毛利さんが「こえーならみんなよ」と言いながらビールの缶をまた開けた。
『最後はこのお宅。一見すると普通の家のように見えますが……』
ナレーションがおどろおどろしい雰囲気を出しながら、カメラが家の中を進んでいく。これは視聴者投稿でもネット動画でもなく、番組が実際に取材してきたもののようだ。わざわざ霊媒者とかも呼んで、最後というだけあってなかなか豪勢にしている。
『このように、誰もいないはずなのに突然縄が垂れ下がることがあり……』
暗い廊下を進んでいくと、リビングにたどり着く。そこには部屋の中央に不自然に置かれた椅子と、天井から吊り下げられた輪っかの出来た縄があった。確かに誰も住んでいないというのならあまりにも不自然だけど、まあヤラセかな。霊媒者が『ここで自殺した魂が……』と言いながらあちこちを見回している。
自殺、自殺か。そういえば今朝見た夢も、なんかそんな感じのものを示唆するような夢だった。変に落ちてる椅子とか、泣いてる女の子とか、置いていかれたとか、そういうの。
そんなことを考えていると、テレビ画面からガタンッという大きな音と、蘭さんの悲鳴が聞こえてきてハッとした。テレビの画面の中では、夢の中で見たように椅子が倒れている。
「……い、しゅ」
呟いた瞬間、目の前が暗くなった。透さんの大きな手が、私の目元全体を覆っているのだと気づくのに時間はかからなかった。
「怖いから、見ないほうが良い」
私は、うん、とうなずいた。
胸の奥がざわざわとするのを、透さんは感じ取ったのだろう。
どうしてだか、倒れたあの椅子に、天井から吊るされた縄に、既視感があった。
…………おかあ、さん。
[newpage]
目覚ましの音以外で目が覚めたのは何年ぶりだろう。朝日で目が覚めるのはこんなに気持ちの良いことなのか。そんなふうに思いながら、目をぱちぱちと瞬かせる。目覚ましが鳴っていないということはまだ起きるには早い時間なのだろうけど、なんとなく気分が良いので二度寝せずに上半身を起こす。たまには時間に追われずに朝食を食べてから出勤するのも悪くないかもしれない。
それにしても、私の部屋のベッドはこんなに大きかっただろうか。っていうか、私の部屋はこんなにおいがしていただろうか。まるでホテルに泊まっていたような気分だ。出張の予定はなかったんだけどな、なんて思いつつ目をこすってベッドから出る。
いや……出ようとして、自分が身動き一つ取れないことに気づいた。もしかして、これが例の金縛りというやつですか。初体験だ。ドキドキしながらなんとか首だけを動かして部屋を見回す。天井の色も、カーテンの柄も、何一つ見覚えがない。やっぱりここ、どう考えても私の部屋じゃない。
やっべー誘拐? しがない社畜を誘拐ですか? 金銭目的なら失敗だとしか言いようがない。なにしろ実家の両親も資産家ってわけじゃない一般ぴーぽーってやつだし。身代金を要求されてもたぶん雀の涙ほどのお金しか届かないだろう。うん、人選ミスでございます。
「……あら、起きてたの? 今日はごきげんなのかな? 泣いてないからまだ寝てるのかと思っちゃった。ごめんね?」
部屋のドアが開くような音がすると、女の人の声が聞こえてきた。そこそこ若い……たぶん20代の中頃くらいだろうか? 金色の髪に、青い瞳が特徴的だけど、顔立ちは日本人らしさを残している。ハーフだろうか。とっても美人なチャンネーだった。この人が私を誘拐したのか? と思ったけどそれにしてはやけに穏やかである。
「あう」
「ふふ」
おっ喋れるやんけ、と思ったけど私の口から出たのは言葉にもなってない声だけだった。なんですと? と思ってると、美人なチャンネーに抱き上げられる。うっそやろ私抱き上げるとかどんな怪力美女だよ……いやこれ私が小さいのか? チャンネーの腕にすっぽり収まるサイズだ。
その時点でようやく気づく。これ夢だな! と。仕事のしすぎでとうとう夢に美人なチャンネーを求めるようになったようである。それにしても本当に美女、美女中の美女。この世の美女の全てを彼女にぶちこんだとしか思えないくらいの美女だ。夢って素晴らしい。目の保養すぎる。
「あのね、今日はパパが帰ってくるみたい。うれしいね? 私もうれしい」
「うーあ?」
「そうそう、パーパ。覚えてるかな? まだ両手の指で足りるくらいしか会えてないもんね……」
ほうほう。この夢の設定では私はこの美女の子どもで、現在赤ん坊。仕事で忙しいのかあんまり帰ってこないお父さんがいるらしい。本当に私疲れてるな……夢から覚めたらちゃんと栄養ドリンク飲んどこう。エナジードリンクも追加で、あとニンニン打破も買いに行こう。ちゃんぽんは身体に悪い? でもこれがないと仕事がやれないんだ……。
それからしばらくの間私は美女、いやお母さんのお世話になりっぱなしだった。こんなに現実に忠実な夢があるかよ? というくらいにガチに赤ん坊のお世話をするように大事にされた。なんというか、夢であると認識してるから耐えられてるけど、これ現実だったら社畜のプライドズタズタだろうな。
まあ社畜のプライドはともかくとして、夜になってお母さんが急に時計を見ながらそわそわしだした。どうやらお父さんがそろそろ帰ってくるみたいだ。楽しみだね、と話しかけられるけど、たぶん一番楽しみにしてるのはお母さんだろう。にしても滅多に帰ってこないお父さんとか、現実の私同様に社畜極めてそう。
「ただいま!」
玄関の扉が開くような、ちょっと重たい音がして、すぐに若そうな男の人の声が聞こえてきた。お父さんがご帰宅なさったらしい。お母さんが私を抱き上げて玄関に向かうと、すぐにお父さんが私ごとお母さんを抱きしめた。ウワッ、ラブラブだ! しかもお父さんも超イケメンだ。お父さんはお母さんの名前っぽいものと、なぜか私の本名を呼んでそれぞれに頬を寄せてきた。夢だからって私の名前そのまんまかよ……しかしお父さん無精髭生えてるからちょっと痛いぞ!
えっ、夢なのに痛いって……えっ。う、うん、いまの一瞬だけだし、気のせいだね? そういうことにしとこう。
「俺のこと覚えてるか?」
「覚えてるわよ。ほら、いまだってすごくうれしそう」
「そうか? そう見える?」
言いながら、お父さんがお母さんから私を受け取って壊れ物を扱うように抱っこしてきた。あっ、このにおい……社畜の父と同じタバコを吸ってますな? なんだっけ、マイル……? マイ……センだかなんだか、そんな感じの。あ、でも名前変わったんだっけ? 自分が吸わないから覚えてないや。やっぱり夢だからか、自分が知ったにおいがするんだろうなと思いながらお父さんのにおいをすんすんとかいだ。
「ちょっと、大きくなったな。重たくなった気がする」
「ちょっとだけよ? ヒロくんがめったに帰ってこないからそう思うのよ」
「う。そ、そうか……」
お父さんは苦笑いを浮かべていた。帰りたくても帰れない、その気持ち社畜にはよくわかりますぞ。赤ん坊がよしよししてやろう。頭までは手が届かないからほっぺたを撫でてしんぜよう。
「ぅ、わ。撫でられてる? 俺? なあ?」
「っふふ、そんな感動しなくても。真似してるのよ、私達の」
かわいい……とお父さんは目をキラキラさせていた。それから「写真、しゃしんとって。はやく。俺写さないようにして」とお母さんにせがんで赤ん坊と、自分の口元の写真を撮ってもらっていた。写真撮られるのは嫌いだけど思い出は残しておきたいってタイプかな。
翌朝には、もうお父さんの姿は家からなくなっていた。どうも赤ん坊が寝ているうちに出ていってしまったようである。もしかして夢だからサラッと時間経過したのでは? と思ったけど、部屋の中にあるカレンダー付きの電波時計が昨日から一日進んだだけだったので、夢の中でも時間はリアルに進んでいるみたいだ。寝たら覚めてほしかったけど、まあもうちょっと美女なお母さんと過ごすのもアリだろう。現実はつらい。社畜やめたい。
でも、何日経っても夢は覚めなくて、いよいよ私はこれが現実なのかもしれないと思い始めていた。えーと、赤ん坊なわけだし、非現実的だけど生まれ変わったとかそういうやつかな? 社畜だったとき何してたっけ……死んだような記憶はないんだけど。最後に空きっ腹にビール飲んで寝たっていう記憶しかない。あっ、もしかしてそれで急性アルコール中毒……うわっ、いやな死因だ!
とりあえず現実かどうかもわからない問題はその辺に置いといて。例のイケメンなお父さんは、いくつか日を置いて帰ってきては、赤ん坊の顔を見てすぐに出ていく、ということを繰り返していた。社畜の鑑や……と思いながらその背中を見送ること十数回。
「……兄さん! どうしたの?」
「ヒロ、あいつ、ここには来てないよな」
「え? ……うん、前に帰ってきたのは……」
えっ、美女なお母さんのお兄様? 見たいみたいおかーさま見せて。って思ったけどお兄様はすぐに出ていってしまったらしい。お母さんがちょっぴり不安げな顔をしてリビングに戻ってきた。ベビーベッドに寝かせられた私を抱き上げて、小さく「ヒロくん」と呟く。それからすぐに、嗚咽が聞こえてきた。なんだろう、嫌な予感がする。
お父さんはそれからずっと、帰ってこなかった。お母さんは日に日に水を与えられないお花のように萎れていって、やつれていった。
「メール、届かないの……ヒロくん……兄さん……」
たまに呟くお母さんは、こっちを見てくれない。ちゃんと面倒を見てくれるけど、前みたいにしょっちゅう声をかけてくれたり、かまってくれたりということがなくなってきた。追い詰められてるんだというのは、赤ん坊から見てもよくわかった。
元気だして、そのうち帰ってくるよ。そんな気持ちを込めてあうあうと言ってみても、お母さんはこっちを見てくれない。泣いてみると、一応面倒を見てくれるけど、やっぱり、お母さんに元気は戻らなかった。
そのうち私はお母さんに声を掛けることを諦めて、静かに過ごすようになった。お母さんもずっとしゃべらない。たまに、若い高校生くらいの女の子がたずねてきたときだけ、お母さんがおしゃべりする姿を見られるくらいだった。私も、その女の子が来たときだけ、ちょっとだけ言葉にならないおしゃべりをした。
いったいどれくらいの月日が経過したのかわからないけど、ある日誰かがたずねてきた。いつも来る高校生くらいの女の子じゃなくて、男の人のようだった。事務的な喋り方をするその人は、お母さんになんだかとても悲しいことを告げたようで、その人が帰るなりお母さんは泣き崩れていた。
泣かないで、と言いたくても、赤ん坊の身ではどうすることも出来ない。こんなにも歯がゆいことはなかった。
「ヒロくん」
あの男の人がたずねてきてからまたいくつかの日が経ったある日、お母さんが誰もいない空間にそう呟いていた。リビングの真ん中には椅子が置いてあって、お母さんはその前に立っている。
「わたしも、いくわ――」
お母さんはそう呟いて、私の方を見た。ごめんね――と。唇だけが動いて、でも音は聞こえない。
やがて、ギッ、という少し大きな音が立って、椅子がガタンと転げ落ちた。私は、その光景をじっと見つめていた。
「アンッアンアンッ!!」
犬の鳴き声が聞こえる。私はこの鳴き声を知っている。ハロくんの声だ。あんあんわふわふ、珍しく連続で、大きな声で鳴いて、私を起こそうとしている。
今のは、夢だったのか。とても、おかしな夢だった。
……でも、現実だ。あれは、私が忘れていた――忘れたかった、辛い現実だった。
「はお、くん」
起きると、目の前が真っ白だった。違う、変に濁ってる。なんでだろうと思いながら身を起こすと、ぼろぼろっと目から涙が溢れたことに気づいた。目が見えにくいと思ったら、涙が大量に溜まっていたからのようだ。何度か目をぱちぱちと瞬かせると、さっきの声の主であるハロくんじゃなくて、いまはもう見慣れた金色の髪が視界に入った。お母さんと、同じ。
「ぱぱ」
相変わらずの舌足らず加減で呼びかけると、ぐいっと膝の上に持ち上げられて、そのまま抱き込まれた。透さんの顔が近い。すごく心配そうな顔で見てくる。
「なんの……夢を、見た?」
私は少し考えて、おずおずと口を開く。
「おかあ、たん……おと、たん」
「……そうか」
透さんのおでこと私のおでこがくっついた。まばたきをすると、またぽろりと涙が一筋流れていく。それを透さんが長い指ですくい上げた。
「忘れてるなら、そのほうが良いと思った……でも、思い出したんだね」
至近距離で、透さんの青い目を見ると、お母さんの青い目を思い出した。それから、夢の中で――いや、記憶の中で聞いたあの声に、透さんの声はよく似ていると思った。お母さんの、お兄さんの声だ。
「あ、あ、えと……あ、」
「大丈夫、ゆっくりで良い。今は少し、混乱してるだろうから――あー、わからないことが、多いだろうから」
わざわざ簡単な言葉に言い換えてしゃべってくれる透さんにこくりと一度うなずいて、それから自分の中の記憶ともう一度向き合う。心がじわりと悲しい気持ちに支配されていく。
お母さんはいなくなった。私の目の前で。お父さんもいなくなった。私の知らないところで。
ちらっと、おでこをくっつけたままでいてくれる透さんの目を覗き込んだ。幼い私の顔が映り込んでいる。最初は、鏡で見ても、どこの子だろうなんて思っていた。いまでは、この顔が自分の顔だと思うようになっている。
私が過去の記憶を取り戻してしまったことは、もしかしたら、他人にとっては不幸なことなのかもしれない。実際、私はいまとてもつらい。だけど、思い出さなくて良かったとも思わない。思い出して良かったとも思わないけど、何も知らないまま生きていくよりは、ずっと良いような気がする。でもそれはきっと、いま決めるべきことじゃない。これから私が生きていく上で、考えていくことだ。
ぺたり、と透さんのほっぺに遠慮なく触ると、さすがにびっくりしたのか透さんが片目を閉じて、少ししてまた開ける。
私の目は、お母さんや透さんみたいに青くはない。でも、どうしてか、こうして触れるとあたたかいものを感じた。体温とも違うそれは、もしかしたら、血の絆というものなのかもしれない。
大丈夫、透さんが、ちゃんとそばにいてくれる。ハロくんだって、私が泣いてたからたくさん鳴いて起こしてくれた。
大丈夫だ。私は、ひとりぼっちじゃないし、社畜だったときの不思議な記憶もある。
「ぱ、ぱぱ……あの、おかあたんの、おにたん?」
「……うん。何回か、会ったことがあるね。さすがに覚えてないと思ったけど、そうか、覚えてたのか……」
くっつけていたおでこが離れて、抱き直される。透さんの膝の上で向き合うような形になって、その中にハロくんが飛び込んできた。おれも混ぜろと。そういうことですかハロくん。そうだね家族だもんね。
「きみがどこまでわかっているか、僕にはわからないし……きみも、わかったことの全てを伝える言葉を持たない」
お、おう。せやな。舌足らずが完全に改善されたらもうちょっと自分の意思を伝えられるだろうけど、いまはまだ難しい。それに、私は私の記憶と、まだ完全には向き合えていないし。ただ、前よりも、少しわかったことがあるってだけだ。
「でも、悲しいときはそばにいる。きみが僕を必要としなくなる大人になっても、僕は世界中の誰よりも、きみの味方であり続けるよ」
その言葉には、透さんの真剣な思いが込められているんだろうな、と感じられた。うん、とうなずくと、ナデナデされて、ぎゅっとハロくんごと抱きしめられる。ハロくんも心なしかご満悦気味だ。もう幼女も、泣いてないしね。
「だから、泣きたいときは、たくさん泣いて良いんだよ。……涙を見せてくれて、ありがとう」
そう言われた瞬間、はた、と思い至った。そういえば、幼女であると認識してから、透さんに出会ってから、私は泣いたことがなかったのだ。どんなに恐ろしい目にあっても、一度だって。なぜかはわからないけど。
でも、そっか。こんなちいさい幼女が一度も涙を見せたことがないとなると、透さんからすればそりゃ心配だっただろう。ありがとうなんて言葉が出てくるとは思わなかったけど、それくらい思い悩ませていたということだ。
おろおろして、なんて返そうかと考えていると、もう一回ハロくんごとぎゅっとされた。無理してしゃべる必要はないと、そう言ってくれているみたいだった。
「あ、あの」
「うん」
「えと」
うーん、と悩みながら、真ん前にいるハロくんのくりくりした目を見て、それから透さんの青い目を覗き込む。
「ぱぱ、だいしゅき」
やっぱりなにか言いたい、でも言いたい言葉が見つからない。じゃあ好意を伝えるだけでも、って言ってみたら、そりゃもうびっくりする勢いでぎゅっぎゅっとされまくった。ハロくんから「アンアンッ」と抗議の声が飛ぶくらいにぎゅっぎゅされた。透さん、愛がパワーに出るタイプですか? とても痛いです。
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安室透に保護されたらしいネームレス似非幼女と、昔の話。<br />保護者と血縁のあるオリジナルキャラクター(ネームレス)が登場します。<br />また、【死亡した】とわかる描写がありますので、苦手な方はご注意ください。<br /><br />最初はもっと事件に巻き込まれてアレコレっていう話だったんですが、思った以上のハートフルボッコストーリーになったので方向転換してじわっと過去の記憶と向き合うお話になりました。<br />前話までとちょっと毛色が違うかもしれません。幼女の意識も少しずつ変化していってます。
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little girl 9
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10124429#1
| true |
線香花火の小さな炎が雪ノ下の顔をボンヤリ淡く照らしている。
夜風に吹かれ、ハラリと顎先に落ちた後れ毛を耳に掛ける仕草が何とも艶かしい。
浴衣姿でまとめ髪の雪ノ下が、
しゃがんで線香花火の穂先を見つめている様は、
フォトグラファーでなくとも、
その瞬間を切り取って写真に収めたくなるような儚げな魅力があった。
「私、線香花火は初めてなの」
「子供の頃に姉妹でやったりしなかったのか?」
「花火をした事はあるけれど、
あの姉さんだもの。
素朴な思い出ではないわね…」
遊園地の思い出話から察するに、
それは雪ノ下陽乃の傍若無人ぶりを語る物語のひとつでしかないのだろう…
俯いて、ポトリと落ちて燃え尽きる小さな炎に視線を残したままの雪ノ下へ、
もう一本渡して、俺も雪ノ下の正面にしゃがみ込んで、
2本の線香花火に火を灯す。
「んじゃ、これが線香花火初体験って事で、
素朴な良い思い出になると良いな」
「ありがとう、比企谷くん」
火元に視線を落としたまま、僅かに雪ノ下の口許が微笑む。
2つの小さな炎が、向かい合う2人の顔を仄かに照らし始め、
俺達は、静かにその儚げに燃える小さな炎の行方を見つめていた。
視線を正面に向ければ、
すぐ目の前に雪ノ下の顔がある。
改めて見ると、やはりこの姉妹は顔立ちも良く似ているな。
ただし胸の部分が…
本人も時折気にしてるような素振りを見せるが、
大丈夫、希望は残ってるよ、遺伝的に考えればね…
なんて思ったりしたものの、
計算違いと言うのは、入力すべきパラメーターが欠けている事でも起こるのだ。
「昔から嘘をつかない子だったし。
でも本当の事を言わない事はある」
以前、俺が雪ノ下雪乃に抱いていた印象より、
きちんとした理解を持って、そう口にしていた雪ノ下陽乃は、
逆に言えば、彼女はその限りではないとも言える。
決して腹の底を見せない、あの外面だって虚構なのだ。
なのに俺は何故、あの胸も虚構である可能性を全く排除してしまっていたのか…
…ってか、俺はなんつーけしからん妄想を真面目に考察しとるのだ。
我ながら下品にも程があるな。
手綱を手放してしまった思考は、
意図せず取り留めもない方へ、連鎖反応的に彷徨い、
今ここにあるべき意識を乗っ取ってしまう。
マインドフルネスに対して、マインドレスな状態だな…
こんな不躾な方へ思考が飛ぶのも、
その発端は、昨夜初めて見た生身の女性の裸体、
そう…雪ノ下雪乃の肉体の記憶が、感触が、
今も生々しく脳裏に焼き付けられたまま、
その実体を目の前にしているからだ。
その時、言葉は何も無かった。
きっと俺達は誰よりもお互いを解り合っているのだと確かめたくて、
お互いに身も心も裸になり、
互いに抱き締め合い、互いに委ね合った。
慎ましやかな胸も、その確かな膨らみは、
彼女が女であり、俺が男である事を改めて実感させ、
母の胸元に還る[[rb:幼児 > おさなご]]の様に、
俺を素直で無垢な透明な存在に戻させる。
恥じらうように漏れる雪ノ下の吐息と声が、
俺の渇いた胸に響き渡るようだった。
俺も雪ノ下も、学校は別だが、
どちらも都内の大学に通学していた。
場所にもよるが、千葉県民にとって、
都内はなまじ通勤、通学圏内と言う事もあって、
故郷を離れて上京して来た連中とは違い、
かと言って都内出身の人間ともやや異なり、
東京に集う人間の中でも地元意識と言うのが微妙である。
単に生活圏内が都内まで広がっただけで、
かと言って、家に帰るのを『千葉に帰る』と言う程のものでもない。
しかし都内在住の連中からすれば、
『千葉から通ってる』と言う、外様的な見え方だろう。
都心のアスファルトジャングルの中で、
様々な人間が方々から集まり、
各々の孤独を埋め合う様につるむ連中とは相入れない俺も雪ノ下もまた、
誰も彼も何となく信じられなくて、
迷い疑いながら日々をめくり、
臆病になる事と、そんな自分を騙して強がる事との狭間で、
意地になれる若さもジワジワと薄れゆく頃、
真冬の窓を叩く小枝に、最後の一葉がしがみついてるのを見つめながら、
甘く温かなコーヒーを啜っていたカフェの片隅で俺達は偶然再会し、
地元とは言えない東京で、
かと言って、故郷を離れてやって来たとも言えない東京で、
そこに犇めく孤独達の集まりとも解り合えない孤独を分かち合う様に、
或いは自分達しか解り合えない共通項を確かめ合い、そこに安心を求めるかのように、
吸い寄せられるが如く、寄り添い合うようになっていた。
雪ノ下の場合は特に、かつて姉が指摘していた様に、
嫌いだけれど嫌われたくない。
支配から逃れたいけど認められたい。
そんなアンビバレントな感情を家に対して持ちつつ、
家から独立したいが、
家に大学に通わせて貰ってると言う現実にもまた、
もどかしい無力感と共に、
自己否定や自己嫌悪的な観念を背負っているのだろう。
モラトリアムな大学生活を謳歌している連中とは対照的な重々しさを纏っていた。
雪ノ下の問題は雪ノ下自身が解決すべきだ…
今の俺はそうやって、2人の間に一線を引いて距離を保とうとは思っていない。
勿論、家の問題に口出しは出来ないが、
2人の世界を2人で創り、
そこに2人で逃げ込むのも悪くないと思えるぐらいの存在にはなっていた。
こんなはずじゃなかった…と人生を悔やみながら、
田舎へ帰る事にしたと別れを告げる男と、
それに対して、何もしてやれず、何も言えない事に悔しさを滲ませる男の、
湿っぽいドラマを背にして、
いつものカフェでいつもの様に無言で啜るコーヒーに、
それ以上、角砂糖を追加する気にはなれず、
溜息混じりの黒い苦味と共に、どこにも居場所が作れない独りぼっちの怖さを噛み締めながら、
耳から胸に浸透して来る見ず知らずの男達の物語の、
歯痒い、やり切れなさを断ち切る様に、
俺と雪ノ下は、家を出て2人で暮らす事を決め、
お互いにバイトしながら、
千葉県内ではあるものの、実家よりも通学が便利な場所へ引っ越す頃には、
あの真冬の再会から半年も過ぎ、各地でお祭りや花火大会が催される夏真っ盛りになっていた。
それが初体験だったからと言う訳ではない。
あの雪ノ下雪乃が、その身を晒し、その心を委ね、
そして俺がそんな雪ノ下を抱くと言う事が、
とても特別な事の様に感じられた。
きっと相手が他の誰かだったら、
そんな感覚は無かったんじゃないかと思う。
俺はふと、初めて雪ノ下と出逢った日の事を思い出していた。
振り返れば、あの日以来、家族を除けば、
最も長く俺の隣に、俺の中に居続けた人間かもしれない。
衝突し、反目しあった時でさえ、
雪ノ下雪乃の存在はずっと俺の意識に在り続けた。
出逢った瞬間から、
それは必ずしも恋愛対象と言うだけには留まらずも、
俺にとっては、他とは違う特別な存在だったのだ。
告白して、付き合いましょうと言う様な儀式めいた事もなく、
ただ、お互いに必要とし、必要とされている事の実感を、
暗黙の了解の様に確かめ合いながら、
俺達2人は、他の誰かではなく〜と言う消去法の様に、
いつしか2人ぼっちで寄り添い合う関係になっていた。
寂しさが揺れる様に線香花火もゆらゆらと揺れる。
そしてまたポトリと、2つの小さな炎が落ちて燃え尽きてゆく。
「そろそろ、帰るか」
「そうね」
俺は立ち上がり、続いてゆっくり立ち上がろうとする雪ノ下の手を取る。
付き合い初めてアツアツの初々しいカップルの様な姿では無いのだろう。
俺も雪ノ下も。
2人で居ても、どこか、そこはかとない寂寥感の様なものが漂っている。
そんな2人だからこそ、結びついた2人だとも言える。
どこにも属さない、
そして他に代替のきかない、
だからこそ離れなれない、
そんな2人の人生のシナリオは、
きっと俺達にしか解らない、
俺と雪ノ下だからこそ共に抱き締められるものだ。
そして、そんな2人が、
一緒に帰れる場所があると言う事に、
きっと俺も雪ノ下も、
ホッとする安らぎを感じている。
花火大会の夜に、
浴衣姿になりながらも、
人混みの会場を避けて、
2人で密やかに手持ちの花火で過ごすと言うのも俺達らしくて良いなと思う。
「雪ノ下…
俺は、お前に出逢えて良かったなと思ってる。
今になって思えば、お前以外の相手は考えられない。
だから…
ありがとな」
「いいえ、それは私の方よ。
私には貴方しか居ないもの」
それ以上の言葉はなく、
お互い目を合わす事もないまま、
俺は雪ノ下の手を引き、
始まったばかりの2人暮らしの家へと、
ゆっくり足を向けた。
了
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そして再びback to ゆきのん。<br /><br />八雪はどうしても、情景や情感の描写になりがちですね。<br /><br />甘々な感情の迸りよりも、<br />詩的で、どこか物憂いな淡いフォトジェニックなものが向いてると感じてます。<br /><br />以下、俺ガイルSS全シリーズ、リンク一覧。<br /><br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9795973">novel/9795973</a></strong>
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【短編】寂しがり屋達の孤独なハーモニー
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10124808#1
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「別れて、ください」
学生時代からお付き合いをしていた降谷くんに別れを希ったのは一重に私のわがままだった。
プロポーズもされ、結婚前提のお付き合い。さっきまでのデートの最中では降谷くんは言葉にこそ出さなかったが、ショッピングモール内のブライダルショップに飾られているウエディングドレスに視線を向けていた。多分色々想像していたんだろうな。けれど私はそれとは真反対の、別れの言葉をいつ切り出すかをずっと考えていた。
人によってはマリッジブルーの一種だと言うだろう。
「なんで…理由は」
けれど私のこの衝動はずっと秘めていたものだった。それこそプロポーズを受ける前からの事だったのだ。
ずっと好きなのだ。降谷くんの事が好きなのだ。学生時代、降谷くんから告白された時に信じられなくて。嘘だと一週間逃げ続けた事は今では笑い話だ。それぐらい私にはもったいないぐらいの恋人だった。
「他に男ができたとかじゃない。そんなのできるはずがない」
私は降谷くんが、本当に好きなのだ。愛してるなんて恥ずかしくて言えないが、心の中では何度も何度も降谷くんに告げていた。
私にとって、降谷くんは唯一の人だ。
「でもね降谷くんの中で私は何番目の存在なのかな」
けれど、降谷くんにとってはどうなのだろう。
萩原さん、松田さん、伊達さん、そして景光くん。
「私、自信がなくなっちゃった」
──死んだ人には、どうしたって勝てやしない
彼らそれぞれの命日には花束を持って墓へと参る。それは構わない。
この料理好きだったんだ、と思い出を語りながら食事をするもの構わない。
でもね、
「あいつらの分まで、俺は」
そう言って何度も血塗れになり、死の淵に立ったことも一度や二度ではない。その度に病院にかけつけ心配ばかりしていた。危険なお仕事ばかりで辛くないのかと問いかけた事もあったが黙殺された。それ以降仕事について問うのはやめてしまった。
そうして何度目かの入院の時、許可が降りてないのに退院を強行した空のベッドを前に思った。
──降谷くんは私のために生きてくれるつもりはないんだろうな。
自然と溢れた言葉が、自分自身にとどめを刺した。
その直後にプロポーズされて反射的に頷いたが、ずっと悩み続けた。
「降谷くんにとって彼らの想いが一番なのは仕方がないよ。でもね、ずっと二番でいるのも辛いの」
同時期、仲の良かった友人の一人も同じようにプロポーズされたと報告してきた。心底嬉しそうに笑う姿は私と似て非なるものだった。上辺だけの笑顔の私と彼女はどこまでも違うのだ。多分他の人からみたら何も変わらない笑顔だろう。
私は彼女の笑顔が羨ましかった。
自分だけを見てもらえている友人を一度でも羨んでしまったら、その想いは加速度的に膨らみ心を占めてしまった。
「私は私を一番にみてくれる人と、生きていきたい」
私は降谷くんがくれたエンゲージリングを左の薬指から抜き、テーブルの上に置いた。そして頭を下げた。
「お願いします。私と婚約を解消してください。──そして、別れてください」
ここで泣くのは卑怯だと意地でも涙を流さなかった。
それは私なりの誠意であり、矜持だった。
これが三年前のお話。なのにまだ私は独り身だ。
降谷くんとお別れして私は数人の人とお付き合いをした。でも、誰も彼も降谷くんと比べてしまう。最低だ。あれだけ一番がいいと拘ってたくせに、自分の中の一番が揺るがないなんて。
降谷くん以外の人を一番にする、その覚悟が私にはなかったのだ。
「ま、しょうがないよ。あんたの元彼くっそイケメンだったからね」
「…私は理解を求めてるんじゃないの。詰って欲しいの」
「何甘ったれた事言ってんのよ。人に言われてじゃなく、自分で降谷さんを忘れる覚悟をしな」
また恋人と別れたと友人相手に場末の飲み屋の一角でクダを巻いた。
彼女の言い分は至極真っ当な事だ。もういい年だ。誰と付き合うだの誰と結婚するだの話は聞いてもらっても、その先を考えるのは自分自身でなければならない。人に助言してもらって決めるなんて誰にとっても誠意がない。
建前としてそう思っていても、なかなか人生うまくはいかないものだ。まだまだ若輩者。背中を蹴り上げてほしい日だってある。特に今日なんかがそうだ。
昨日三年前の夢を見た。喫茶店の片隅で降谷くんに別れを告げた日の夢だ。
三年ぶりの降谷くんもやはりかっこよくて、夢だと分かっていたのに起床してからもしばらく鼓動が高まったままだった。
夢の中の降谷くんにときめくなんて、もうこうなったら独り身を貫く方が心情的に楽かもしれないと思ってしまった。
友人にそうこぼせばそれも一つの人生よね、と言われた。
大分風潮が変わったとはいえ、まだまだ女の独り身は後ろ指指される世間。私の将来はなかなかな茨道のようだ。
ふ、と鞄の中が震えている事に気がついた。こんな宴もたけなわな時間に誰だろうかとスマホを取り出してみた。
「うわっ、なっつかしー」
「誰?出なくていいの?」
「降谷くんの部下の風見さんって人。……どうしようかな」
友人と会話をしている間もコールは止まずスマホは震えっぱなしだ。
風見さんと連絡先を強引に交換するまで降谷くんは私に入院の事実を隠す事も多かった。心配させまいとしてくれていたのだろうが、私からしたら入院した時点で心配しようが後になってしようが変わらない。ある日降谷くんの病室で部下だと紹介された風見さんに頭を下げて電話番号を交換した。風見さんの立場もあまり一般人と繋がりを持つことは推奨されていないらしいが、私という降谷くんの恋人との繋がりは持っておきたかったと後になって言われた。
なんでも降谷くんは連絡不通になると一ヶ月、二ヶ月平気で
割と強引に連絡先を交換したのだが、風見さんはいつも降谷くんの入院の度に私に連絡をくれていた。
三年前、までは。
「でなよ」
「うるさいじゃん」
「最近のスマホは周囲のガヤ消してくれるよ」
たった一つの理由を華麗に潰されたので、まだ途切れない着信に指を滑らせ通話に応えた。
「こんばんは風見さんお久し──」
「降谷さんが」
私の言葉を風見さんの焦った声音が遮った。慇懃無礼までに律儀な風見さんにしては不自然だった。
「降谷さんの事で貴方に連絡を入れるのはもう、お門違いだとは承知しています」
降谷くんと別れて以来一度たりとも連絡がなかったから、風見さんも私と降谷くんの顛末を知っているのだろう。どこまで正確に知っているかは分からないが、それでもこの声音から色々と知っているのだろう。
「ですが」
風見さんからの通話の殆どが降谷くんの怪我や入院、もしくは行方を問うものばかりだった。今思い返しても風見さんと電話口で世間話をした事はなかったと思う。
その風見さんが私に言い淀んだ。これは、降谷くんが大けがをした時の風見さんの口調だ。
もうお門違いだと理解しているのに電話をかけてきた理由。それは。
通話したままカバンを掴む私にただ事でない事を察した友人が行け、とジェスチャーしてくれた。それに甘えて店をでて大通りを目指す。
「いつもの病院ですか?」
私から水を向けると、風見さんはしばらく口を噤んだ後
「……はい」
絞り出すように答えてくれた。
「すぐに行きます。二十分もあれば到着できます」
通話を切り、流れていたタクシーを捕まえ言い慣れた病院名を告げた。
流れる景色を見ながら両手の指を握りしめた。
今度はどんな怪我なの、それとも病気なの。
目に入ってくるままに景色を見ていたが、知らず祈る世に指を組みそれを見つめる。まさかまさか、そんなはずはない。詳しい事を聞く前に風見さんとの通話を切ってしまったために、いらぬ想像だけが膨らんでゆく。
早く早く到着して。
たかだか二十分の道のりが数時間にも思えるのは初めてのことだった。
「着きましたよ」
「は、い」
やっと到着したが、今度はこの場に降りるのが怖く震える手で支払いをした。一度深い呼吸をしてタクシーから降りると懐かしい声で名前を呼ばれた。
「あ、風見さん…」
「こちらに」
勢いで来てしまったが家族でもないのにこんな時間に病院内に入れるのか、と思ったら風見さんが受付に縦長の手帳を出していた。それを見た警備員は何も言わずに通してくれた。
総合病院とはいえ個人オーナーの病院だ。元々警察が懇意にしている事もあり、融通が利くと聞いたのは一体何年前の事だっただろうか。
「こちらです」
「…は、い」
風見さんの後をついて誰もいない静かな、静かな病院内を歩く。薄暗い廊下ではタクシー内での嫌な想像ばかりが頭を渦巻く。それに拍車をかけるのが、今二人で歩いている廊下が……今まで一度も通ったことのない場所だからだ。
そして、ひとつの扉の前で風見さんが立ち止まった。
ガラス張りの扉には《集中治療室》の文字が。
靴を履き替えるように言われたので備え付けのスリッパに履き替えてから、近くにあったポンプ式の消毒薬でしっかり手を洗うように言われた。それをこなすと風見さんが足でスイッチを押すと、物々しく扉が開いた。
──ピ、ピ、ピ
──ピピ、ピ、ピピ、ピ
様々なセンサーの音が重なって聞こえてくる。何人の人がここにいるのかは分からないが、その数に見合わない多くの看護師と医者が居るのは分かる。
カーテンで区切られた一角。一番出入り口に近い場所にあるベッド。
そこに降谷くんは寝かされていた。
「…三日前です」
降谷くんはベッドの上で様々なセンサーに点滴、管まで装着されられていた。今までの似たような姿は見てきたが、そのどれもと段違いの物々しさ。
思わず駆け寄り手を取ろうと思っても、その手には点滴がしてあり握ることも触れる事も出来ずシーツを握るしかできなかった。
「何発もの弾を受けて大量出血、倒れたはずみで頭を強打。他にも裂傷もいくつか」
緊急手術をしましたが即死でなかったのが不思議なぐらいの満身創痍でした。
そう言う風見さんを見たら、首元から覗く白い包帯。風見さんも怪我をしている。
「そんな状態での手術です。…手は尽くしてもらいました。ですが、今日が峠だと」
タクシーの中で暗い廊下で様々な想像をしたが、その中で二番目に悪い想像が現実になった。
暗かった廊下では気づけなかったが、風見さんの目が真っ赤だ。目の下の隈も濃く、顔色も悪い。いつもきっちり着ていたスーツだってよれよれだ。
降谷くんの部下の中では風見さんが一番の古株だと聞いた事がある。本人には言ったことはないが、風見さんが一番信頼できると降谷くんがこぼしていた事もある。
三日前から風見さんは碌に休まずに降谷くんの傍にいてくれたのだろう。
「あなた方が別れたのは三年も前です。以降一度も連絡はしませんでした」
「…」
「今回もそのつもりでした。…降谷さんが、もし、亡くなった、としても他人となった貴方にはもう関係の無い事だと。ですが、」
風見さんが私の隣に立って何かを差し出した。受け取るときシャラと小さく鳴ったのは。
「これ、捨てるって言ってたのに」
血で汚れたふたつの指輪だった。
三年前に降谷くんに貰った指輪と三年前まで降谷くんがしていた指輪が揃ってチェーンに通されていた。ネックレスにでもしていたのだろうか。
「施術の邪魔になるからと俺に渡されました。……これを見てもまだ連絡をしないという選択肢が俺にはなかった」
でも賭けだったと風見さんは言う。
もしかしたら私の電話番号が変わっているかもしれない。繋がっても私が通話に出ないかもしれない。着信拒否をされているかもしれない。
そのどれもに風見さんは勝った。
「貴方と別れて以来、降谷さんは根無し草でした。気がつけばふらふらと国中を駆けずり回り、任務をこなす。肝を冷やすことばかりでした」
「そう、ですか」
「何度言っても俺の言葉なんて降谷さんには届かなかった」
そう風見さんは震える声で言ってくれるが、
「それは私も変わりませんでしたよ」
三年前、私の言葉だって何も届いていなかった。何度心配する言葉を贈ったか分からない。
そして私は諦めてしまった。
「何度も何度も怪我に気をつけて、体を大切にしてと言い続けました。でも降谷くんはずっと前だけをみて、隣に居る私なんて見えてなくて……そして私は降谷くんのこの姿を見たくなくて、彼から離れたんです」
なのに、
「風見さんの電話一本で駆けつけちゃう自分が……ほんと愚かで哀れになりますよ」
何のために降谷くんと別れたのか。自分自身で決断した事をこうも簡単に翻すなんて。
別れを告げた夜、一人で泣き続けたあの日の自分に謝りたい。
「すみません」
「いえ連絡を頂いて良かったです。……少なくとも指輪の事だけでも知れて良かった」
指輪は降谷くんの想いの残滓だと私は受け取った。私も亡くなった彼らと同じように降谷くんの中で忘れられない存在となれていたのだろうか。そうであれば一番になりたいとずっと泣いていた昔の私が、少し救われたような気がする。
「このまま夜を明かされますか?」
「はい。元婚約者のよしみです。……覚悟はこれからします」
風見さんに用意してもらった椅子に荷物を置いて再び枕元に立った。
降谷くんは顔中包帯まみれだし、見える肌にも細かい傷がみえる。
「イケメンなんだから顔は死守しなさいよ」
手を伸ばしたが頭を強打したと聞いたことを思い出し、指で顔をなぞるに留めた。あれだけ羨んだ肌は今はカサついている。記憶の中にある降谷くんよりも少し痩せている。食べることに誰よりも貪欲だったのにちゃんと食べていたのだろうか。
「ばか。何度も言ったのになんで、死にかけてるのよ」
今度は指で髪の毛を撫でた。いつものサラサラではなく、少しベタつく。
「指輪ずっと持ってるぐらいなら連絡してくれたっていいじゃない」
ぽたり、と降谷くんの頬に涙が落ちてしまった。
いけない、と思い何度も何度もぬぐっても止められない。鞄からハンカチを取り出す時に風見さんが場を外してくれた。カーテンの外には病院スタッフが大勢居ることから二人きりではないが、それでもこの場で二人でいられるのは嬉しかった。
「ね、降谷くん。一度でも連絡くれてたら、私は、多分」
意味の無いifを想像しては目の前の現実に涙する。
そんな事が馬鹿らしくて、私は降谷くんとの思い出を話すことにした。相槌は無いからただ一人で喋るだけだが。学生時代の事、互いに就職してすれ違った生活をした事。私が降谷くんのお友達についてどう思っていたか。プロポーズしてくれたのは本当に嬉しかった事。
とりとめも無く思い浮かぶままに言葉にしていた。小さい小さい声で時々センサーの音に声が負けた。
一度看護師さんが点滴を変えに部屋に来たが、笑顔だったのでこちらも笑顔になってしまった。
そうこうしていくうちに、夜が明けた。
医者の言う峠は越したが、降谷くんは目を覚まさなかった。
昨日の夜は越えたが、今日の夜は分からない。今日の夜は越えられても、明日の夜は越えられるか分からない。
降谷くんには肉親と言うべき親族は誰も亡い。そのため風見さんと同席した私が病状を聞く事になった。風見さんが病院スタッフさんに私の立場をどう説明したのか分からないが、彼らの視線が一様に切ないものだから多分、昔の立場を言ったのだろう。もしかしたら現在進行形なように言ったのかもしれない。
問われた事はないが、私が降谷くんの傍についていても誰も文句を言わなかった。
昼間は仕事に、夕方一気に家事をしてシャワーを浴びて、病院へ。集中治療室でしばらく過ごして後は家族用の待機室で夜を明かしてそのまま出勤。
自分でも無茶な事をしていると思う。
一日でも永く一緒に居れられればと思っていたが、ついに降谷くんの担当医師から一度帰宅し家で眠るように言われてしまった。運ばれた時に比べたら病状は落ち着いている。すぐすぐ何かが起こる事はないだろうとも。その場に居合わせた風見さんにも俺が付いていますから、と背中を押されるも私はその場にとどまりたかった。
帰ったところで眠れるわけがないと言うと、人生ではじめての睡眠薬を処方されてしまった。それが嫌なら温泉施設に行って大きなお風呂に入ってきてくださいと言われた。
睡眠薬に抵抗があったので温泉施設に行ってみた。大きな温泉はそれだけで気分が向上した。温泉に浸かったあと、仮眠室で夢も見ずにぐっすり眠っていた。あれだけ眠れなかったのに。
次の日早々に現れた私を見つけた医者に温泉施設のレシートを見せたら満足そうに頷いた。
「明日、一般病棟へと移ります」
「少しは良くなっていますか」
「少しずつですが。ですが確実に言えるのは悪くなってはいないという事です。流石ですね。我々とは身体のつくりが違う」
与えられた個室では家族の看病用のベッドをレンタルした。真夜中でも看護師さんたちが点滴を変えたり、身体の向きを変えたりするのでその度に意識が浮上し眠りは浅かった。けれど、ちゃんと身体を横にできるだけ楽だった。
「ごめん。起きちゃった?」
「大丈夫。明日は会社休みなんだ」
「よかった。じゃあ朝声をかけないからしっかり寝てね」
病院のスタッフさんとも仲良くなった三ヶ月目の事だった。
会社を飛び出し駆け込んだ部屋では、心拍モニターが嫌な音を立てていた。
「早かったですね、処置中ですのでちょっと待っててくださいね」
降谷くんの眠っているベッドの周りには珍しくカーテンがひかれて奥で何が行われているのか分からない。外で立って待っていると、ガラガラといくつかのモニターが運び出された。もう必要ないからだろうか。
ふ、と廊下の奥を見たら風見さんが早足でこちらに向かっていた。
「風見さんも早かったですね」
「貴方こそ。降谷さんは?」
「処置中だから待ってくれって言われました」
二人無言で待っていたら中から看護師さんたちが出てきて、どうぞと通された。いざその時となると脚が震えて動かない。
「俺が先に行きましょうか」
「お願い、します」
風見さんの背中に続いて部屋に入った。色々と取り外してもらえたのか、最初の日よりセンサーも管も、包帯も少なくなった降谷くんがベッドの上で横たわっていた。
「降谷さん」
風見さんが声をかけても目を開けない。
そばに寄って、風見さんが降谷くんの肩を叩いた。
そしてもう一度、
「降谷さん」
ゆっくりとだが降谷くんが目をあけた。
そして怪訝そうに風見さんと私を見て、何かをつぶやいた。三ヶ月使われていなかった声帯はうまく震えず、空気が漏れるような音しか出ない。
私は思わず寄って降谷くんの口元に耳を傾けた
[chapter:これは二番目は嫌だと言っていた私が、争う事すらさせてもらえなくなったお話]
「だれだ?」
「降谷さん、風見です!分かりますか!」
「かざ、み?」
「そうです。貴方の部下の!」
「ぶか?」
私には風見さんのように首を傾げる降谷くんに詰め寄る事も問いただすこともできなかった。そのための言葉が見つからなかったのだ。
私は降谷くんの何なのだろう。
私は風見さんと違って今はもう何もないただの他人だ。
それに思い至り静かに後ずさり、極力音を立てずに病室を出た。
病院からタクシーで自分の部屋に帰った。その間も何度も風見さんから電話がかかっていたがその全てを無視して部屋に戻った。まだスマホが震えているのが鬱陶しくて電源を落とした。
それから三日間、風見さんからの電話は全て無視をした。いっそ着信拒否をしようかと思ったがそれもできなかった。
もう病院に行くこともないから仕事終わりに何をしようかな、とぼんやりと社屋を出て最寄り駅までの道すがら手を掴まれた。
「捕まえましたよ。電話に出てください」
風見さんだった。
「目が覚めたなら、もう、いいじゃないですか」
「よくありません。話を」
「聞きたくありません」
「聞いてください」
「いやです。──もう、疲れました。さすがに三か月の付き添いは長かったです」
忘れられなかった元恋人が死にかけて、その傍にずっといて、あげく目を覚ましたら誰だ?の言葉。
なんだこの悪夢は
「降谷さんには全生活史健忘という診断がつきました。いわゆる記憶喪失です。全部を忘れてしまった」
「……聞きたくないと言ったじゃないですか」
「外因性か内因性かは分かりません。あの言葉はだから」
「分かります。理解できてます。だったら私はどうすればいいんですか?」
風見さんの腕をはずそうと大きく振ったが外れてくれなかった。二度三度振ってみても、まったく変わらない。ああもう何がしたいんだ。
「記憶を失った降谷くんの前に立って、私は何を言えば良いのですか?あなたの元恋人です?あなたの元婚約者です?それってただの他人じゃないですか」
「……」
「それとも恋人です、婚約者ですと詐称してもいいんですか?」
「それは…」
「しませんよそんな事」
そんなの誰も、私だって幸せになれない。
私がそう言ったあと風見さんは少しだけ黙った。分かってくれたのだろうと掴まれた手を振りほどこうとしたが、まだ離れない。離してください、そう言う前に風見さんが思いも寄らない発言をした。
「詐称してもいいじゃないですか」
「は?」
「……というか、とっさに俺が、降谷さんにそう言ってしまって」
何を風見さんは言っているのだろう。
降谷くんとはまた違うベクトルで真面目だと思っていた風見さんが、記憶のない降谷くんに嘘を言うなんで。
「降谷さんに聞かれたんです。彼女は誰だ、と」
「なんて言ったんですか」
「恋人で婚約者だと」
「全部嘘じゃないですか!」
真顔でなんて事を言っているのだろうかこの人は。
「この三か月、あなたを見てきたうえでの俺の答えです。少しぐらいいいじゃないですか。ご褒美だと思って、降谷さんの傍に居たっていいじゃないですか」
ニヤリと風見さんが人の悪い顔で嗤った。その顔が昔みた降谷くんの人の悪い笑顔と重なる。
忘れていたわけではないが、そうだこの人は降谷くんの部下なんだった。あの上司にしてこの部下ありなのか。
「全生活史健忘はいつかは思い出す事が多いです。いつか、思い出してから、このことを降谷さんが許さないのであれば逃げましょう。それから離れても遅くはないと思いますよ」
「……酷い人ですね、風見さんって」
けれどその考えに心揺さぶられている私も同じなのだろう。
今なら、何も覚えてない降谷くんであれば私は一番や二番にこだわらずに降谷くんの唯一になれるかもしれない。そんな考えが全く浮かばなかったといえば嘘になる。
そして目の前にそのチャンスが転がっているのだ。
「もうやだ。風見さんって私のしてほしい事を、ちゃんとやってくれるんですから」
「俺も貴方も降谷さんに振り回される人生ですからね。一度ぐらい、振り回してやりましょうよ」
「あっはは……そうですね。そうしましょうか」
仄暗い考えを企てていたにも関わらず、その時の私と風見さんはいやに明るかった。
そして私は降谷くんの恋人で婚約者だと偽る事にした。
それがもっと私を苦しめる事になるとは、思いもよらなかった。
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「別れて、ください」<br />プロポーズまでされたのに、私は降谷くんに別れを希った。<br />「なんで…理由は」<br />「他に男ができたとかじゃない。でもね降谷くんの中で私は何番目の存在なのかな」<br />萩原さん、松田さん、伊達さん、そして景光くん。<br />「私、自信がなくなっちゃった」<br />──死んだ人には、勝てやしない<br /><br />++++++<br /><br />こちらを「Remembrance」と改題し8/25インテックス大阪にて頒布いたします。<br />208ページ文庫<br />1600円<br />表紙・フルカラー挿絵:ゑとー様<br />通販につきましては8月インテが終わり次第Twitterにてアナウンスいたします。<br /><br />++++++<br />ツイッタで書き連ねていたものを大改稿
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私は降谷くんの一番になれない
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10124947#1
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「お前ら!ユニット名と曲決まったぞ!」
「ほ、本当ですの!?」
「あぁ、まずユニット名だが・・・『L.M.B.G』だ!」
「『L.M.B.G』・・・ですか?」
「リトル?」
「マーチング?」
「バンド?」
「「「「ガールズ!!!」」」」
千枝→薫→仁奈→みりあの順でユニット名についてリアクションする。
うん、子供らしい良い反応だ。
「んで曲名は『ハイファイ☆デイズ』だ」
「『ハイファイ☆デイズ』・・・それがわたくしの初めての曲・・・ですのね」
「っても俺のせいで出番はこの曲だけだけどな」
他のユニットを組んでいるアイドル達は新ユニット含め、出番が多々ある。
例えば武内さんが携わっている5人はニュージェネとしてもトライアドとしての出番がある。
だが、こいつらは『ハイファイ☆デイズ』の一曲しか歌えない。
「他のプロデューサーがスカウトすれば他にも出られたかもしれなかったんだけどな」
「何を言っていますの!」
「桃華?」
「もしのお話をするのでしたら、八幡ちゃまがわたくしに声を掛けて下さらなかったら・・・機会すらなかったかもしれませんのよ」
「うんうん!それにかおるは八幡おにーさんと皆とお仕事できるの楽しみだよ!」
「そうでごぜーますよ!」
「そうか・・・そうだよな!俺もお前たちとやれるの楽しみだ」
そう言ってくれると助かる。
俺はいつもこいつらに救われてるな。
「おし。そうしたらリーダー決めるか」
「リーダーでごぜーますか?」
「あぁ、ユニットを組んでいる以上必要だろう。立候補する奴いるか?」
個人的にはこの中でリーダーに向いているのは桃華だと思っている。
もし、最終的に立候補者が居なければ俺は桃華を推薦しよう。
まぁー推薦しなくても桃華が立候補しそうだが。
「ち、千枝・・・やってみたいですっ!」
「ん?千枝がか?」
大人しい千枝が立候補するのは意外だった。
正直この中で一番立候補しないだろうと思っていたし。
「だ、ダメですか・・・?」
「いやいや、駄目じゃないぞ。すまん、そんなつもりだったわけじゃなくてだな。なぁ、立候補した理由を教えてもらっても良いか?」
「えっと・・・千枝、年上の人と一緒にやる事が多くて、いつも頼っちゃうから・・・けど、それじゃダメだと思って。だから、チャレンジしたいんですっ!」
よく考えてる。
俺は千枝を見誤ってたな。
情けない・・・これからは気を付けないと。
「そう考えるのは立派な事だ。俺は良いと思うぞ。お前らはどうだ?」
「えぇ、わたくしは異論ありませんわ」
「私は千枝ちゃんの事応援するよ!」
「仁奈も応援するですよ!」
「千枝ちゃんならできるよー!」
「千枝、リーダー頑張れよ」
「は、はい!」
満場一致でリーダーが決まった。
とりあえず揉めなくて良かったー。
こいつらだったら揉めないか。
「立候補しなかったんだな」
桃華にだけ聞こえる様に俺は話しかける。
「誰も居なければ立候補していましたわ」
「なるほど。でもなんで誰も居なければなんだ?」
桃華の事だから仕方なくやるってのは多分違うだろう。
多分リーダーをやってみたいと言う気持ちがあったはずだ。
しかし、一歩引いていた。
その理由は何なのか。
単純に知りたかった。
「わたくしは舞台未経験者ですわ。そんなわたくしが皆さんを引っ張って行けるか・・・不安でしたの」
「桃華・・・」
桃華ならそれでもうまく舵を取れる気もするが。
「ですが!次はわたくしが皆さんを引っ張って見せますわ!」
「おう、お前なら出来る」
桃華は勿論、こいつらの誰がリーダーになってもこのユニットは上手くいく。
そんな気がした。
[newpage]
それからはライブに向けて練習あるのみ。
毎日のように歌にダンスに時間が許す限りレッスンを行った。
今日はトレーナーさん達なしでのレッスン。
見ているのは俺だけだが、中々これは・・・
トレーナーさん達が居る時は問題ないし上手くいくと思ってたんだけどなぁ。
「比企谷さん。こんにちは」
「あ、武内さん。こんにちはっす。今日はどうされたんですか?」
「比企谷さんの様子を見に来ました」
「そ、そうっすか。それで・・・どうですか?」
「えぇ、とても良いユニットだと思います。これからが楽しみですね」
よ、良かった・・・
「ですが、まだお互いのリズムが掴めていないように見えます」
「は、はい」
その通り。
やはりと言うべきか、経験者と未経験者での差が多少なりともある。
それを埋める為、必死に合わせようとしているが、それが仇となって上手くいかない。
多分本人たちは必死で気が付いていないだろう。
ただお互い頑張ろうと、次は上手くいくと言って続けている。
だからか今はまだ険悪なムードになっていない。
「俺に出来る事って何ですかね・・・」
しかしそれもいつまで続くか。
何か起きる前に手は打ちたい。
「・・・今回に関しては私が口出ししてはいけない気がします」
「・・・」
「その様子ですと分かっているようですね。では私は事務所に戻ります。頑張って下さい」
「はい。有難う御座います」
一礼し、武内さんが退出するのを見届ける。
そう。今回はなるべく助けを借りるべきじゃない。
それは常務の望むことではないだろうからだ。
美穂をユニットに加えようとしと考えた時に言われた。
甘えは許さない。と。
多分武内さんもある程度なら助言してくれるだろう。
が、ここは俺達で乗り越えなければならない。
多分そう判断したのだろう。
「八幡君っ」
「美穂?どうした?」
入れ替わりで美穂がやってきた。
「何か力になれないかなってっ」
「あー・・・今は大丈夫だ。ってより、多分これは俺達でどうにかしないといけない問題だろうし」
「そっか・・・うんっ、わかったっ!」
「悪いな」
「ううんっ、でもここで見てていい?」
「あぁ。むしろ居てくれると助かる」
精神安定剤ってわけじゃないが、心が落ち着く。
あれ?俺って美穂依存症になってない?
「なぁ美穂」
「何?」
「俺、今からあいつらに嫌われること言うかも」
「え?」
「もし嫌われたら・・・慰めてくれ」
「うんっ、分かった。私にできる事なら何でもするよっ!」
「助かる。おーい、ちょっといいかー?」
俺の声に反応して5人とも集まってくる。
あー、嫌われたらどうしよう。
立ち直れるかなぁ・・・
特に仁奈に嫌われたら・・・
うっ、考えただけで胃が・・・
でも伝えないと。
意を決して向き合う。
「なんつーか。素人目で見ても全然ダメだ」
「「「「「えっ・・・」」」」」
5人の表情が固まる。
そりゃそうだよな。
こんだけ頑張ってるのに否定されたら誰だってそうなる。
いや、ぶっちゃけ全然ダメってことはないんだよ。
ちょっと合わってないって言うか。
誤差の範囲って言うか。
なんていつもなら言うが、あえて俺はそう言う。
「まず表情が硬い。動きにも歌にもズレがある。みりあと千枝とは合ってるのに3人はバラバラ。桃華と薫は先行するし仁奈は遅い。トレーナーさん達が居ないからって気が抜けてるのか?」
あぁ、5人の表情が曇っていく。
特に仁奈はすげー悲しそうな顔してるよ・・・
なんちゃってー!って誤魔化してぇ・・・
いや、言う程悪くないんだぞ?
素人目から見たら本当に誤差の範囲内。
でも、その誤差が許されない世界。
特にこれから輝いていくこいつらにとって一つ一つのライブは大事だろう。
心を鬼に・・・鬼に・・・
「そ、そんなことありませんわ!」
「なら何でそうなるんだ?さっきから何度もやってるが今日は一回も合ってないぞ?」
「そ、それは・・・」
「ただがむしゃらにやるのは悪くない。けどな、個人だけでやってるんじゃない。ユニットとしてやってんだ。このまま間違ったまま進めば間違った方向にしか行かないぞ」
進めば進むだけその修正は困難になる。
誰が見てるからなんて関係ない。
どんな時でも上手くいかなければ本番で上手くいくはずがない。
「ハァ・・・まぁ疲れてるだろうしこれ以上やっても変な癖が付くだけだ。今日はここまでにするぞ」
本音としてはもうこの場にいたくない。
もう限界。
「は、八幡さん・・・!」
「なんだ?」
「もう少しだけ・・・もう少しだけ時間をくださいっ」
「・・・その時間で何をするんだ?」
「えっと・・・」
「具体的にないなら無駄な時間になるだけだ」
「・・・・」
千枝は黙ってしまった。
キツイ言い方だがこればっかりは納得して欲しい。
具体策がないなら解散して一度リセットしてからの方が良いだろう。
「ないのか?なら「いえ!・・・あります」なんだ?」
「何がいけないのか話し合いたいです」
「・・・それは今やる必要があるのか?この状態でまともに話合いできるのか?」
「・・・出来ます。してみせますっ」
「・・・わかった。ならあと一時間だけだ」
「ありがとうございますっ!」
「ただもうレッスンはなしだぞ。話し合いだけだ」
「はいっ」
5人は俺から離れ、話し合いを始めた。
それを俺は黙って眺めていた。
美穂も空気を読んで俺に話しかけてくることはなかった。
「一時間経ったが話し合いの結果を聞かせてもらって良いか?」
「はい。私達緊張し過ぎだったと思います」
「緊張?」
はて?何故に緊張?
「えぇ、トレーナーさん達が居る時とはまた違う緊張・・・ですわ」
「ん?どういうことだ?」
益々意味が分からない。
「みりあ達ね、八幡お兄さんに良い所見せようとしたんだっ」
「へ?」
「うんっ、かおるねっ、八幡おにぃさんに凄いぞーって言われたくて・・・」
「・・・つまり・・・お前ら頑張り過ぎてたってことか?」
「はいですわ」
原因はまさかの俺。
「誠に申し訳ございません」
それはそれは流れるの様な土下座だっただろう。
原因が自分なんて露知らず、あんなキツイ言い方をしたわけだ。
もう切腹したい。
誰か介錯してくれ・・・
「八幡お兄さんは悪くないよっ、みりあ達がいけないんだもんっ」
「そうだよー!だから顔上げてよー!」
「お前たち・・・」
あんなことしたのに・・・
「どんな状況でも最高のパフォーマンスをする。八幡ちゃまの前で上手くいかないのにお客様の前で上手くいくはずがありませんわ」
「だからもう一回だけ今日最後にもう一回だけやらせてもらえませんかっ?」
「分かった」
その出来は多分本人たちにとってまだまだ完璧ではなかっただろう。
しかし、今日一番であり、俺が見た中でも最高の出来だった。
そして約束通りこの日のレッスンは終わり、俺は謝罪とご褒美と言うことで5人と美穂にアイスクリーム奢った。
[newpage]
「美穂~撫でてくれ~」
「よしよしっ♪」
自宅に帰り、絶賛美穂に膝枕をして貰って甘えている。
こうでもしないと俺のメンタルは復活しそうにないんだ・・・
あ~癒される~。
が、
「俺は駄目な奴だぁ・・・」
今日の事とこの状況とダブルの意味で俺はダメ人間。
「そんなことないよっ!本心で言ってないって皆分かったと思うしっ」
「え、マジで?」
「うんっ、多分皆八幡君がどうしてそう言うのか一生懸命考えてた思うのっ。じゃないと八幡君はあんなこと言わないって思ったと思うしっ」
「まさか~。だって仁奈とかめっちゃ涙ぐんでたぞ」
思い出すだけで死ねる。
「ううんっ!絶対そうだよっ!仁奈ちゃんは褒めてもらえると思ってたからじゃないかな?」
「仁奈ぁ~ごめんなぁ・・・俺めっちゃ褒めるよ。めっちゃ仁奈の事褒める・・・」
「よしよし~♪明日会ったら一杯褒めて上がてねっ!」
「うん・・・」
最早幼児化してる。
だって美穂ママまじ聖母なんだもん。
来世は美穂から産まれたい。
いや、でもどこの誰か知らん奴と結婚するのは嫌だな。
「結果やっぱり来世も美穂と添い遂げたい」
「え!?は、八幡君!?」
「・・・」
どうやらまたポロっと本音が出てしまったようだ。
この後無言で撫でられた。
後日、宣言通りめっちゃ仁奈を褒めた。
それを見た4人も褒めた。
何故かやってきた橘も褒めた。
そして千川さんに怒られた。
[newpage]
[chapter:あとがき]
他の作品を書いていたのですが、突貫で書きました。ので、多分ノリがおかしい・・・かも。
何故突貫で書いたかと言いますと・・・
メットライフドーム一日目のweb先行当りましたー!!やったー!
って超個人的な事なんですけどね。
正直名古屋の二日目もCDの先行で当たって・・・
自分大丈夫っすかね・・・
無事参加できると良いんですが・・・
話しは変わりましてデレステでPCSの卯月来ましたね!
この間無料で来てくれたんですが、響子ちゃん居ないんですよ・・・
早く揃えたいですorz
また、このシリーズについてですが、12話いかない内に完結させたいと思っております。
色々書きたいことは多いのですが、一年の空き+gdgd~となりそなので、具体的には@5話くらいで終わらせればなーと思ってます。
ですので最後までお付き合頂けると嬉しいです!
駄文ですが、今回ここまでとさせて頂きますー
最後に、いつも読んで頂いている皆様、フォローやブックマークをして下さっている方々、拙い文章ですが御付き合い頂き、本当にありがとうございます。
また、御感想・御指摘・ご意見、また誤字脱字のご報告がありましたら、御手数ですがコメントのほう宜しくお願い致します。
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この作品はアイドルマスターシンデレラガールズとのクロスオーバー作品となります。<br />また、タグの内容が含まれている可能性があります。読まれる前にタグの確認をお願い致します。タグにある内容が苦手な方や不快に思われる方は読まれないことをお勧め致します。もし、それでも読まれる際は自己責任でお願いします。<br /><br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10097985">novel/10097985</a></strong>で番外編も載せてまーす。<br />それでは御暇潰しに軽い気持ちでどうぞですー<br /><br />御感想・御指摘・ご意見、また誤字脱字のご報告がありましたら、御手数ですがコメントのほう宜しくお願い致します。<br />※本編ちょいちょい誤字脱字を訂正していきます。
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日向の彼女を陰から支える者。第5話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10125029#1
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- 櫻 -
[chapter:1.七分咲き]
朝、といってももう昼に近かったが目覚めて眺めた天井がいつものものと違って一瞬、俺は自分がどこにいるのかわからなくて少しばかり焦った。ベッドから身を起こしてそのベッドのサイズにも違和感を感じた。実家の自分の部屋のものよりもうんと小さなベッド。あぁ、そうだ、俺は早乙女学園の寮にいるんだ、と寝起きの頭でようやくその事実にたどり着く。
入学式まであと三日あったが、入寮の手続きなどで早めに学園へ召集されたのだ。まったくやってられない。狭い部屋に、門限、ダイニングで供給される食事。入寮のオリエンテーションで顔を合わせた面々は、退屈しのぎには良さそうではあったが、そもそも俺は団体、共同生活に向いていない。大体にして、自分の意思でこの学園に来ているわけではないし、馴れ合いなんてまっぴらごめんだ。それに何より……
俺は、深く大きなため息をついて、部屋の反対側。あの忌々しい聖川真斗の居住スペースに視線を泳がせる。
聖川真斗。俺の家が対立している聖川家の長男。俺の持たない色々なものを当たり前のように持っている元幼馴染。そもそもあの聖川が俺と同期で、この学園に入学してきたことも驚きだったが、何の因果で最も顔を合わせたくない、世界で一番俺をイラつかせる存在とルームシェアなんかしなくちゃいけないんだ。
俺は、がりがりと頭を掻きながら、ベッドサイドに投げっぱなしのバスローブを拾い上げて、のろのろと滑らかな絹のローブに袖を通す。大体、起きてからすぐにこんな風にバスローブを羽織らなくてはいけない、そんな事すら忌々しい。起きぬけくらいは好きにしたいじゃないか。全然通じていないようだが、俺だって一応は気を使っているんだ、この面倒でやかましいルームメイトに。俺はそんなことを思いながら、視界に飛び込んで来た光景に文句を垂れる。
「何だよ、これ。お前、この狭苦しい空間をさ、男二人でシェアしてるってわかってんの?」
いくら相手が聖川と言えど、俺だってこんな風に朝っぱらから突っかかりたくはないが、だがしかし、これはない。
だって……共有スペースのテーブルの上には木の枝が山積みされており、聖川はいつもの生真面目な顔でそれを選別しているところだ。まったく、朝っぱらから何をしているんだ。意味がわからない。
「あぁ、すまない。それにしてもお前は随分、遅くまで寝ているのだな」
素直に謝るだけでいいものを、一言余計だ。眉間に皺を更に文句言い出しそうな聖川を牽制するように俺は言う。
「ただでさえ寝つきが悪いところにお前みたいな不愉快な奴と同室。その上、昨日は風がうるさすぎて眠れなかったんだよ。それにしてもなんだ、それ。聖川の家では蒔で茶でも沸かすのかい?」
鼻で笑った後に、俺は自分のスペースに置いたカウチにごろりと横になって、部屋の景色を逆さまに眺める。聖川は、心底、不愉快そうな顔をしながらも、何も言わずに新聞紙を拡げたテーブルの上に一本、一本、丁寧に枝を並べ、その先を男にしては繊細すぎる白い指先で丁寧に触れる。昨夜は、春の嵐というやつで夜中、ごうごうと大きな音を立てて風が吹いていた。窓ガラスを震わせる大きな風の音に邪魔されて、何度もベッドで寝返りを打った俺がようやく寝付いたのは風の収まりかけた朝の四時過ぎだったが、聖川は十時にはすぅすぅと健やかな寝息を立てていた。
「馬鹿なことを。いちいちくだらぬことで突っかかってくるのはやめろ。これから一年、居住を共にするのだ。気に食わないのは仕方がないが、だからってそれをわざわざ口にして不毛な言い争いをするなぞ子供っぽいと思うが?あえて互いが不愉快になることを何故、口にする」
もっともだ、とは思う。けれどその俺を見下すような、諭すような、言い聞かせるような物言いにむっとして体を起こし、テーブルに近づく。聖川が向かっているテーブルの上には小さな白いボウルがあり、その中はベビーピンクの花が入れられていた。
「はっ、お前にガキくさいとか言われたくないね。それに気に食わないものは気に食わないんだ、それを口にして何が悪い。言いたいことを口にしないなんてイライラするじゃないか」
そんなことを言う俺にふぅと大きなため息をついて、ちらりと座ったまま俺を見上げるように聖川は視線を投げる。
ぷつり、ぷつり、と。白い指で枝先の花と、花の房をちぎる作業を止めないままに。
一瞬、テーブルの上の枝だの、こいつがこうして摘んでいる花のボウルだのをまとめて全部ひっくり返してやろうかとも思ったが、それではそれこそ子供だ。俺はぐっと手を握りしめて吐き捨てるように言ってやる。
「……その棒っきれとか、ちゃんと後始末しろよ。何をしてるか全然わかんないけど、共有の部屋なんだからな」
そう強い語気で言ってくるり、と背を向ければ。独り言ともつかない声で聖川は言う。
「昨夜の嵐で咲ききれないうちに枝が折れてしまって。用務員さんが掃除を始めてはいたが、なんだか放っておくのも可哀想な気がしてな」
……え?可哀想って用務員が?それとも、この枝が?俺は背を向けたまま立ち止まる。
「七部咲きと言ったところか。桜という花はそもそも儚げな印象が強いが、こんな風に風で枝ごと折れてしまって、咲けぬままに落ちていると……なぜか哀しい気持ちになってしまって。折角だ、綺麗に美しく花弁を開きたかったろうに……」
その言葉が二人きりの静かすぎる部屋にとてもしんみりと悲しげに響いて。俺はいつもの様に絡み口調で何かを言えなくなってしまった。
だってその言葉があまりにも寂しそうだったんだ。
バカバカしいったらない。十六にもなった男が開ききれずに地面に落ちた花を可哀想だと涙を浮かべんばかりの姿で言うなんて。レディの前ならともかく男の前で花の美しさや儚さを語って何になるっていうんだ。しかも恥ずかしげもなく、よりによってアイツが嫌っているであろうこの俺の前で。
でも。多分。
だからこそ。
こいつは本当に、本気で咲けずに落ちてしまった桜の花を可哀想だと思っていることが分かってしまう。
そして、そんな風に言われると、ボウルに入れられる淡いピンク色の少しばかり膨らんでいたり、僅かに開いているその花先がひどく儚く悲しい存在のように思えてくる。俺は言葉を探して、そしてゆっくりと口を開く。
「……で、お前はその可哀想な花びらを集めて何をするつもりなんだ」
ぷつり、ぷつり。聖川は相変わらず、丁寧な手つきで……これ以上、可哀想な花が傷つかないようにとそんな風に祈りでも込める様な優しい手つきで花を摘んでは、ボウルに入れる。
「押し花にでもするのか?それにしちゃえらい量だし。桜だと香りもそれほど強くはないからポプリ……なんてわけでもないよな」
答えない聖川。沈黙が重苦しくて俺は言った。すると、聖川はようやく手を止めて、顔を上げ、俺をじっとまっすぐに見つめて言った。
「塩漬けにするのだ。桜の塩漬け。西洋かぶれのひどい貴様でもそれくらいは知っているだろう。和菓子や和食で使うものだ」
いちいち癇に障る言い方をしなければ気がすまないのか、こいつは。最もそれはお互い様だけど。そう思いつつ、俺は口を開く。
「……塩漬け……ねぇ。まったくどんな十六歳だ。そんなこと普通は考えもしなければ、思いつきもしないよ。まぁいい、そこで一人お料理教室するのは勝手だがちゃんと片付けろよな」
そう言って、俺は聖川にくるりと背中を見せる。俺の背中に向かって、お前にいわれるまでもなく片付けはするし、散らかすのはお前の方だ、一緒にするなとぶつぶつと文句を投げつける聖川の声が聞こえていたが、俺はそれを無視してバスルームへと向かった。
……花が可哀想、か……
俺はシャワーのコックを勢いよく開いて熱いお湯を出す。すぐにもくもくと蒸気の篭るバスルームで大きなため息をついた。
まったく……何でだ。聖川の横顔に。寂しげな表情に見惚れた挙句に、一瞬だけでもその悲しそうな背中を抱きしめてやりたいなんて思えたなんて。俺はどうかしてる。本当にどうかしてる。咲く前に落ちた桜。その花が可哀想だと呟いた聖川。
春の嵐は可哀想な花だけでなく、他の何かも俺の心に運んできてしまったのかもしれない。肌を打つ熱めのシャワーに俺は目を閉じてそんなことを思った。
[newpage]
[chapter:2・八分咲き]
「もう少しで満開ですなぁ」
明かりのない春の縁側。夜の闇に白くぼぅっと浮かび上がるよう咲く桜の花を一人で見つめていた聖川家当主真臣は、不意に暗い廊下からかけられた声に振り向いた。
「春とは言え、まだ少し冷えますし。旦那様はお忙しいからお花見にも行けぬでしょう。これ、如何でしょうか」
ついと差し出された漆塗りの膳には、濃い碧。薩摩切子の酒器と猪口、そして備前の皿に美しく小綺麗に盛られた酒の肴。切子の碧が月光に照らされ、きらりと眩い光を放つ。
「ありがとう、いただくとするか」
真臣は、低いがよく通る声で短くそう言った後に猪口を持ち上げると子供達の世話係であり、古くから聖川家で働いている藤川が阿吽の呼吸でさっと酒を注いだ。真臣がくぴり、と一口酒を含めば、かすかに甘く芳醇な味がぱっと広がる。自分の好みを知り尽くした藤川らしい選択だと真臣はそんなことを思いながらゆっくりと口を開く。
「あれは何か言ってきたか?」
「あれ……と、申しますと?」
自分の後ろに控える藤川がわざとそんな風にとぼけているのだと分かってはいたが、真臣はこほん、と咳払いをして言う。
「真斗のことだ。わかっているくせにわざとらしいぞ、藤川」
昨日、嫡男である真斗が家を出て早乙女学園で寮生活始めた。家を出る前、別れの挨拶らしい挨拶もなかった。真斗はいってまいりますと深々と畳に手をついてお辞儀をした。真臣は、真斗を見つめ、そうか、とあっさりと一言だけ返した。一時の事とは言え、初めて家を出て暮らし始める十六歳の息子とそれを見送る父のやりとりにしてはひどくあっさりしすぎていた。というよりは寧ろ、他人の目には、ひどく冷たいやりとりにすら見えるものだった。
「お気になるのでしたら携帯にご連絡なさればいいじゃないですか。番号、ご存知なのでしょう?」
連絡なぞしない、いや、できないことをわかり切っていて藤川はさらりと言う。真斗に携帯を持たせてから真臣は一度もその番号にかけたことがなかったし、真斗からかかってくることもなかった。月明かりの下で久しぶりにじっくり顔を合わせた藤川を見て、老けたものだと真臣は思った。自分の子供達と同じ様に、真臣もまた成人し家督を継ぎ、結婚するまでの長い間、この藤川が世話係として面倒を見て来た。だから聖川家の当主、財閥の長となった今でもこの老人に対して隠し事は出来ない。自分の性格や状況を知り尽くした上で藤川はこんなことを言うのだ。
はらはらと舞う桜の花弁がはらりと真臣の酒の杯に着地する。
「あぁ、これは真斗の桜の花だな」
藤川の言葉には答えずにゆらりゆらりと酒の杯の上で揺れる花びらをじっと見ながら真臣は言った。
「本当によろしかったのですか?一年とは言え、坊っちゃまを早乙女学園へ通わせることをお許しになって」
真斗が必死になって父に早乙女学園への通学を願ったのは誰よりも藤川が一番良く知っていた。それは、父親の前では萎縮して感情を表さない真斗が言った初めての『我が儘』だった。父、真臣が作り上げた聖川家の嫡男としての義務と責任を果たす為の将来像。真斗はずっと父の言う事には何一つ、逆らわなかった。正しくは、父とその意思の仲介役である藤川の言う事に、である。だから藤川自身も真斗が早乙女学園の話をした時は心底驚いた。だがそれ以上に驚いたのは真臣が真斗の『我が儘』を一年という期限付きではあったが、意外なほどすんなりと認めたことだった。その真臣の心情を藤川は図りかねていた。
「……そもそもあれに音楽の道を拓いてやったのはお前だろう、藤川」
「このじぃめにお怒りでございますかな?」
子供の頃はわかりやすい程にわかりやすく感情が表情に出る性質であった真臣だが、聖川グループの総帥としての顔を覚えた今の真臣の真意はその表情からは窺えない。藤川はにやりと笑いながらそんなことを言う。硝子の杯に浮かぶ桜の花弁を小指でついと掬い取って真臣はまた庭の桜の木々に視線を向ける。その横顔を眺めながら藤川は真臣の言葉を待つ。
「知らぬうちに、気付かぬうちに大きくなっていたのだな。ほら、あれ、あの桜と同じ事だ」
真臣は唇の端をぴっと歪めて、悲しそうな、愉快そうな何とも評し難い表情を浮かべて呟くようにそう言い、ふっと小指に張り付いた花弁を吹いた。酒を含み濡れた花弁はふうっと浮いた後にぺたりと縁側の床に張り付いた。真臣が眺める桜は、真斗が生まれた年に真臣が手ずから植えた八重桜だった。十六年という歳月を経て、今年もまた真斗の八重桜は濃く大き目のピンク色の花を咲かせている。静かな夜の闇に浮かぶ濃桃色の花々は、月の光を浴びて眩しく光っているようにも見える。
仕事ばかりでこんな風にじっくり庭の桜を眺めるのも久しぶりの事だと真臣は気づき、そう言えば、息子の顔を見て会話を交わしたのも早乙女学園の入学を懇願されたあの日が久しぶりの親子の対面だったと気づいた。自分は、大事な何かを失っているのかもしれないとかすかな消失感に身を覆われつつ、真臣は静かに言葉を続ける。
「家の為、もちろんそんな思惑もあるが真斗にはどこに出ても恥ずかしくないよう、あれが享受できる全ての幸せを願って厳しく躾けてきた。自分の親が自分にそうしてくれたように、いや、それ以上のものを与えたかった。厳しすぎると思わんでもない、だが、分かるだろう……」
真臣は言葉をそこで切るとふぅと大きな溜息をついて、酒を一気に飲み干した。みなまで聞かずとも藤川には分かっていた。真臣と真斗の親子関係は確かに一般的なものとは異なる。それは生まれてきた家、生まれながらに背負った宿命とでも言えるものだ。親として子供に幸を与えたいという純粋な気持ちと、そうする為には厳しく育て上げなければならないことを。真斗が持ってしまった嫡男としての人生は、真臣が与える以上の厳しさしか存在しない。真臣がビジネスを成功させた故に尚更、跡継ぎとしての真斗を見る他人の目は冷徹で厳しく容赦がない。だからこそ、この十六年間、藤川は厳しい真臣とそれを健気に受け入れようと努力する真斗の間で懸命に務めを果たしていた。そんな藤川が望んでいるのは真斗の、そして真臣の幸せだった。はたから見れば、そして真斗から見れば真臣の息子への愛情はひどくわかり辛い。でもだからこそ、藤川はそんな真臣の助けになりたかったし、父の威厳に畏敬の念を抱く真斗に救いを与えたかった。
「本当の事を言えば、あれが羨ましいと思えたのだ。俺には、親から与えられた道を進み、そこから先を切り開いていくことしか無かった。その事を後悔しているわけではない、だが、あんな目でやりたい事があるのだと言われればな……あれのあんな顔を見たのは初めてで驚いたのだ。あれは……何時の間にかあんな風に覚悟を決めた男の表情が出来るようになっていたのだな」
羨ましい。藤川は、真臣の言葉を驚きとやり切れない気持ちで聞いた。
「親として、子の望む幸せというものがあるのだと初めて気付いた。俺は間違っていたのだろうか、藤川」
はらはらと闇に舞う桜の花弁を目で追いながらそう呟いた真臣はひどく哀しげで、その顔が幼い頃と何も変わらぬ瞳だと気づき、藤川は優しく微笑みを浮かべ答える。
「誰しも親として生まれるわけではございません。親だって子と共に切磋琢磨していくものではないでしょうか。じぃはまだ昨日の事のように覚えておりますぞ。坊っちゃまが生まれた日のこと、あの桜を植えたことを。旦那様が何よりも、誰よりも真斗様、そして真衣様の幸せを願っておられることを。そして……」
藤川はそこで言葉を切り、空になった真臣の杯に酒を注ぎながら言った。
「大旦那様も同じお気持ちで旦那様を……いや、真臣坊ちゃんをお育てになられたのですよ。大旦那様もたまに、お酔いになられた時だけでしたが、今の旦那様と同じようなことをおっしゃっておられましたよ。もう随分、昔の話になりますがね」
そう言って、藤川も庭の桜を仰ぎ見る。真斗の桜の横にある一回り大きな染井吉野。それは先代が真臣が生まれた年に植えたものだった。その横には真斗の桜よりも小さな、小さな、まだ花をつけることのない桜。真斗の桜に寄り添う様に植えられている桜は、真衣が生まれた年に真臣と真斗が共に植えたものだった。
「……まだ世間知らずの箱入りだ、あれは。あの学園でどんな風にやっていくのか……」
心配だ、という言葉が漏れそうになり、真臣はその薄い唇をきゅっと噛んだ後にごほん、と咳払いをして言い直す。
「一年という約束だ。外にいるとしてもあれが嫡男であることには変わりはない。監視を怠るな、藤川。少しでもだらけているようなら即刻、家につれもどせ。わかったな」
そう言って自ら酒器から酒を猪口に注ぐと、真臣はまたぐっと一気に飲み干した。
「はい、承知しております」
藤川は恭しくそんな風に答えながらもまったく、素直になれないところは親子揃ってそっくりだと苦笑する。心配なら心配だとそう言えば良いものを。
「……何がおかしい?」
そう尋ねる真臣に、いえ、何もと短く答えてゆっくりと立ち上がる。真臣は、また庭の桜に目を向けて何かに……恐らくは真斗のことに……思いを馳せているようだった。
ひらひらと夜の闇に舞う可憐な花びらを真臣と藤川はそれ以上、何も言わずにただ、黙って見つめていた。
[newpage]
[chapter:3・九分咲き]
珍しく寝付けずに真斗は浴衣のまま、外に出た。桜が美しく咲き誇っている。どうせ寝付けずに布団の中にいるのなら過ぎ去る季節を愛おしむのも良かろう、そんな風に思って寮の庭をゆっくりと散策する。
時刻は真夜中。パーティだか、デートだかで出かけたレンはまだ帰宅していなかった。十二時前には帰るからと言って出かけたくせに……微かな苛立ちと心の底をざらりと泡立たせる不安があった。寝付けないのはそのせいだと真斗は気づいていたが誰に言える不安でも、淋しさでもない。裸足につっかけた下駄。指先や踵に柔らかく少しで湿った春の土が触れる。
何度、あいしている、と言われても。何度、大好きだと抱かれても、それでもこんな風にいつになるかわからない相手の帰りを待つことがこんなにも長く感じ、そして苦しいことだということを真斗は知らなかった。これまで自分が抱いた事のない他人に対する嫉妬や怒り……それは不特定多数の、神宮寺がレディと呼ぶ婦女子達に対しての……そんなものを抱いてしまう自分がひどく矮小で醜悪な存在にすら思えた。
満開に近い桜の木の下で立ち止まり、真斗は空を見上げた。薄桃色の花びらのカーテンがゆらりと風に揺れるたびにはらり、はらりと花びらが落ちて、桃色の隙間から月光と夜の闇が覗く。大きく太い幹にそっと触れると、そこにはこの桜がこの場所にいた年月の分だけのごつりとした硬くざらついた樹皮がある。黒く、ごつごつといびつな層を成す樹皮。あぁ、これはまるで俺の心の底に固まった怒りや嫉妬、素直になれないそんな感情と似ているかもしれない。ざらりとして、硬い樹皮に触れて真斗はそんなことを思いながら深い溜息をついた。
今夜、何度目の溜息だ……あいつを、あいつの心と言葉を疑っているわけではない。けれど、その全てを信じ、そして委ねるには俺自身に決意のようなものが足りず、そして幼すぎるのだ。初めての恋愛体験に真斗は熱中していたが、同時にいつだって躊躇いと不安、そればかりが心を覆っていた。こんな風にただレンの帰りを部屋で待つだけの長い、長い夜。その不安はじくり、じくりと真斗の心を侵食していく。
「……桜の木の下には死体が埋まっているんだっけ?」
突然、静寂を破ったその声にびくりとして振りかえって見れば、月光の下にレンがにこりとした笑みを浮かべて立っていた。フォーマルなパーティに行ったのだろう。見るからに仕立ての良い黒いスーツに身を包み、夜の闇に眩しく輝いて見えるほどの白いシャツ。いつものようにだらしなく胸元をはだけた姿で、少しばかり距離のある所から、レンは真斗を見つめていた。
『花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう』
真斗は、レンの言った言葉から物語の一節をぼんやりと思い出していた。急に声をかけられ、すぐさま返事ができずに、真斗は樹幹に手を触れたままの姿で止まる。あぁ、自分がこんなにも不安なのはこの桜のせいなのかもしれない、とそんな馬鹿げたことすら考えながら。
「満開までもう少しってとこだね。良かった、ほら、満開の桜は人を狂わせるんだよね?あの話さ」
そう言いながらゆったりと優雅な歩調でレンは真斗に近づくと木の幹に触れたまま、何故か夢見心地にも見える真斗を背中からふわり、と抱きしめた。
「……馬鹿め。死体が埋まっているのと、満開の桜が狂気を掻き立てるのは別々の話だ」
真斗がそう言えば、そうだったっけ?よく覚えてないけど死体だの狂気だのぶっそうな話だよね。と、背後から真斗の頬に自分の頬を寄せながらそう言って、レンは続ける。
「桜の花ってあんまり好きじゃない。ぱぁっと咲いてあっという間に散っちゃうだろう。あまりに潔い良すぎて何だか悲しい気分になるからね」
ただいま、とも言わず。帰りが約束した時間を過ぎたことへの弁解もせずにレンはそんな事を言う。人の気持ちも知らないで……待っていたなんて思ってもいないのか、こいつは。そんな苛立ちを抱きつつも。摺り寄せられる頬の暖かさと、レンの纏った香水の香りにほっとしながら真斗は答える。
「そんな風な花だから愛されるのではないか。儚く悲しいことだが、それでも精一杯、花を開く。それに、桜はあれだ、お前の好きなバラと同じだぞ。桜はバラ科の植物だ」
「お前って本当に物知りだねぇ」くすくすと笑いながらレンは言う。
「……でも、そうだな……狂ってしまってもおかしくないほどに、死体の養分を吸っているからと言われてしまえば納得してしまえるくらいに……美しいな、この花は」
ふぅと大きなため息をつきながら真斗は思う。
人間を狂わせる桜の花。
人間の生気を吸って美しく開く桜の花。
あぁ、まるでそれは俺を狂わせるこいつのようじゃないか。
美しく、華やかで……
「まるでお前みたいだね、美しく儚くて、潔が良くて……見る人を惑わせて狂わせる。お前みたいだ、真斗」
同じことを考えていた、レン。そんな風に答えようとした真斗の唇がレンの唇で塞がれる。絡み合う舌、きつく吸い上げられる唇。先ほどのまでの不安や苛立ちがすっと引いて行くのを感じながら、我ながら単純だと自嘲しながら真斗はその腕をレンの腰に絡めてぎゅっと体を押し付ける。
好きだ。軽薄で、不埒なこの男がどうしようもなく好きで。俺はもう狂ってしまっているのだ……そんな風に思いながらレンの胸元に額を押し付けて真斗は思う。
「どうしたんだい、今夜は?なんだかこんな風にお前からくっついてくれるなんてさ」
くすくすと笑うレンに真斗は言う。
「さくらのせいだ……」
そう言った真斗の髪にふわりと着地した花びらを指先で優しくつまみ上げてレンは真斗の唇をもう一度塞いだ。
はらはらと舞い散る爛漫の桜の花びらが、あたかも雪のようにふわりふわりと二人に優しく降り注ぐ。
[newpage]
[chapter:4・満開]
「起きろ。最期の日くらいきちんと起きれないのか、貴様は」
そう言って俺はすぅすぅと寝息を立てていた神宮寺のブランケットを剥がすと、相も変わらず全裸で寝ている神宮寺に部屋着でもあるバスローブをかけてやる。
「んっ……ん。いまなんじ?」
寝ぼけた声でごろりと寝返りを打つと神宮寺がブランケットを戻そうとするので俺はまたブランケットを引き剥がす。八時だと教えてやると式は十時からなんだしまだいいじゃないと文句で答える。
「ほら起きろ。卒業式なのだしきちっとした格好で出ろ。それにこんな行事ごとはきちんと、慎ましく神聖な気持ちで迎えるべきだ。人生の節目なんだからな」
そう言いながら、すっかり荷物の片付いた部屋を見回し、寂しい気持ちになる。入寮した一年前はこの男、神宮寺レンと同室で一体どうなることかと思っていたものだったのに。
「相変わらず、真面目だねぇ。くそ真面目だ。大体、節目だのなんだの言ってもどうせ卒業式もボスのオンステージ、いや、びっくりショーになるって決まってるのにさぁ」
そうぶつぶつ言いながら神宮寺は起き上がると、寝乱れた髪を手ぐしで整え、きゅっとポニーテールにする。かけてやったバスローブを羽織ると裸足のまま、ひたひたと音を立てて共有スペースに置いてあるテーブルに座る。いつもの朝の風景。いつの間にか日常になってしまったこんなささやかな朝の行事も今日が最後なのだ。
「何か飲むか?」
俺がそう尋ねれば、まだ目が覚め切っていないのかぼんやりとうんと返事してぼんやりと部屋を眺める。
「あっと言う間だったねぇ、一年さぁ。これからはお前にこんな風に叩き起こされることもなくなると思うとせいせいするよ」
くすりと微笑みを浮かべながら言う神宮寺の声を、簡易キッチンで聞きながら答える。まぁ、卒業と言っても皆、一緒にいるし新しい寮もマンションとは言え、隣同士だ。お前が寝坊せぬようきっちりと起こしてやるさ。そう言って、俺はお盆にお茶の道具を一式載せて運ぶ。口ではそんなことを言うくせに、俺はこのキッチンから眺める神宮寺の朝の顔は今日が最後なのだと思い、どこか寂しい気持ちになっていた。
「……ん、日本茶?」
いつもはコーヒーを淹れてやるものだから、神宮寺は俺の手にしている盆を見て怪訝な顔をする。俺はそれを無視して茶を淹れる。
「まぁ、でも考えちゃうよね。この一年、あっと言う間で、それにまさか全員揃ってグループデビューなんてね。人生って何が起こるかわかんないもんだよね。それに……」
神宮寺は、急に真面目な顔になって茶を淹れる俺の顔をじっと見て言った。
「まさか、お前とこんな関係になるなんてさ。現実は小説より奇なりってほんとこのことだよね」
垂れ下がった目尻、蜂蜜色の柔らかな髪。窓から差し込む春の朝の光が眩しく神宮寺を照らす。俺は目を細めながら尋ねる。
「後悔……しているのか?卒業を期に一度、けじめを……つけるか?」
そう言いながら茶を差し出せば、バカじゃないの?なんでそんな話になるんだよ。後悔だの、けじめだの、俺にはそんなこと必要ないんだけど?と、語気に怒りを含ませた口調でそんなことを言うから、俺はくすりと笑って言ってやる。
「冗談だ」
「まったく、お前の冗談はわかりづらいし、面白くないん……だ……あれ?これ……」
神宮寺は湯呑みを持ち上げて、その中身をじっと見つめる。
「桜茶だ。本来は、結納や結婚式などのお祝いの席では、「花開く」と縁起がよいものとして出すものらしいがな。こうして器の中に桜の花を塩漬けにしたものを置き、静かに お湯を注いで、塩漬けにした桜の花をお湯に浮かべ、ふわりと花が開いたところで飲むものだ。なんだか駄洒落みたいな言い草だが、今日は卒業式でめでたいし、俺たちの夢が花開いた……ってことでこれにしてみたんだ。味はどうだ?」
花開いた夢。それは歌えること、そして、卒業してもこいつと一緒に居られること。俺は気恥ずかしくなり、自分の湯呑みの中でぱぁっと美しく開いた桜の花を見つめた。桜の花の香りと器の中に広がる花びらが満開の桜の季節を想わせ幸せ な気持ちにさせる。
「……これってさ……あれだろ。お前が入寮したばっかりの時に、折れた桜が可哀想だって言って拾ってた……あれ……」
ぽかんとした顔で神宮寺はそう言った後、満面の笑みを浮かべて言う。
「ありがとう、真斗。一年間、ありがとう、そしてこれからもよろしくな。あいしてるよ、ずっと」
花開いた桜に、いただきますと柔らかな笑顔でそう言って、神宮寺はまた俺の手をきゅっと握りしめた。
「朝っぱらから歯の浮くようなそんな台詞はよせ、ばか者」そんな風に答えながらも俺は握り締められた手を握り返す。
さまざまの 事おもひ出す 桜哉 - そんな俳句を思い出しながら俺は思う。これから先、いくつになっても、どこで何をしていようとも、この学園の、この部屋で。神宮寺と二人、こんな風に桜を見つめた日を俺は一生わすれないだろう。俺はゆっくりと桜の香りのたつ美しい茶を口に含んで同じように、茶を飲む神宮寺の顔を見つめた。
【終】
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季節過ぎてしまいましたけど櫻のお話4本です。2話目:2ページ目は真斗父(真臣)と藤川じぃのやり取りでレンマサではないです。すいません。1,3,4はレンマサです。表紙画像は戦場に猫さま(<a href="/jump.php?http%3A%2F%2Fcatinthedeath.web.fc2.com%2F" target="_blank">http://catinthedeath.web.fc2.com/</a>)からお借りしました。
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【レンマサ】櫻 小話詰め【腐】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012507#1
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早いもので、季節は冬。街はクリスマスムード一色となり、どこもかしこも浮かれている雰囲気だ。が、彼はどうだろう? 元々猫背だが、さらに丸まっているようでもある。道行くカップルをみては......やさぐれた目で恨む様に目をやり、時折舌打ちもしている。が、彼の横には凛がいる。当然のごとく......周囲の男性からは、舌打ちや嫉妬の目線を受けている。
「......ね、八幡。ケーキどれにする?」
そんな事は気にせず、凛は目の前のケーキに夢中。どれにする? と聞きながらも、指先はチョコレートケーキに向かっている。実質2択だ。シンプルなチョコレートケーキか、ナッツなどが散りばめられている、少し贅沢なチョコレートケーキか。......当然凛の目線は......少し贅沢な方に向いている。
「......(選択肢ねえじゃん。見過ぎだろ......)......コレ?」
彼が指したのは......フルーツケーキ。当然酷い表情の凛。おそらくわざとなのだろうが......
「......の隣のコレがいいんじゃね?」
あっさり折れた。指は隣の贅沢チョコレートケーキ。うって変わって満面の笑みを浮かべて......
「......ふーん......こういうのが好きなんだ」
と、クールに言い放つ。
「......(素直に言えっての)」
彼は呆れ顔をしながらも、そのケーキを注文する。予約日は12/24。クリスマスイブだ。予約表を凛が受け取り、大事そうに財布にしまわれる。ニヤニヤする凛を他所に、彼はケーキの代金を支払う。どうやら前金制のようだ。店員に見送られ店を後にする2人。ホクホク顔の凛に腕を引かれ、素直に引きずられて行く彼。
「......ちょっと、ちゃんと歩いて」
「......お、おう」
引かれる彼の腕には......しっかりと凛の胸があたっている。
「......(お、おい......柔らけえっての......気づいて......ねえのか?)」
構わず彼の手を引く凛。......ニヤけるのを必死に我慢している様子の彼。その間にも、歩みを進める度にふにふにと......
「......(ご馳走様です)」
彼の顔が壊れた。
[newpage]
12/24。注文したケーキを受け取り、彼の家へと遠慮なしに入る凛。ケーキを冷蔵庫にしまい、即座に出かける。顔は綻んでおり、見るからに幸せいっぱいの様子だ。近所のスーパーに行き、あらゆる食材を買い漁る。彼の財布片手に。
なぜ凛が彼の財布を持っているのか。それは......渡されたのである。ほぼ毎日の様に夕飯を作り、その全ては凛のお小遣い。見るにみかねた彼が......渡したのだ。
最近では、レジのおばさ......お姉さんとも仲良くなり、話す機会も増えている。もちろん......タイムセールのタイミングもバッチリだ。籠に入っている食材を見て、お姉さんが一言。
「あれ! 今日は旦那にサービスかい?」
と。その問いに凛は......
「......うん。今日はイブだし」
と、さも当然の様に答える。旦那......でもなければ彼氏ですらない。一体凛は何歳に見られているのだろう? そんな事は気にもせず、支払いを済ませて袋を抱えて帰宅。
「......よし!」
気合いを入れて調理に取り掛かる。
3時間ほどたち、彼が帰宅する。いつも通りにバイクを駐輪所に停め、ヘルメット片手に鍵を開けドアを開く。途端に......パンッ!!!!
「......め、メリークリスマス......」
呆気に取られる彼の目線には......サンタ衣装の凛。スカートは短く、ヘソは丸見え。胸元も......よく見える。凛は顔を真っ赤にし、クラッカー片手にスカートの裾を抑えている。若干前屈みのため、胸元が......
「......た、ただ......いま?」
目線を逸らしながら疑問形で答える彼。無理もない。凛の衣装はオフショルダー。肩には......何も見当たらない。一歩間違えれば......ポロリもあり得る。
「......お......おかえり......」
ようやく凛からのも言葉が紡がれる。上ずっているのは緊張のせいだろう。
「......おう」と短く答え上着を脱ぐと、すぐさま凛が上着を受け取りに行く。
「......さんきゅ......はぁっ⁉︎」
......どうしたのだろう? 急に狼狽える彼。「え?」と凛も意味が分からなそうだが......上着を両手で受け取る凛。当然腕は寄せられて、衣装にも隙間ができ......見えている。しっかりと。
「お、おま......み、見えてるっての......」
「へ?」と、意味が分からなそうだが、視線が自分の胸元にいき......
「〜〜〜〜!?!?」
声にならない呻きをあげる。真っ赤になって上着で胸元を隠し、その場にうずくまる。
「その......すまん」
「......うぁぁぁぁ......」
顔を隠して謎の呻き声をあげる凛。彼もどうしていいか分からず、その場に立ち尽くしている。
数分たち、ようやく凛が復活。上着をハンガーにかけ、美味しそうな料理が次々と運ばれていく。最後に、グラスにジュースが注がれ準備完了。2人でグラスを軽く合わせ......
「メリークリスマス」
「......め、メリークリスマス」
2人だけのパーティがはじまった。
「コレ......初めて作ったから......うまく出来てるかわからないけど......食べてみて」
そう言って差し出されたのは立派なチキン。程よい焼き加減で、美味しそうな匂いが漂っている。正面から、両手で差し出される。......学習していない。
「っ!! お、おう......」
顔を赤くして受け取る彼。そしてそのまま一口......
「......う、うめえ.....」
「よかった......」
満面の笑みを浮かべる凛。本当に嬉しそうである。静かに、そして和やかにパーティは進む。
2人でケーキまで消化し、一休みした後。
「ね、お風呂入っちゃって」
「おう。んじゃ、行ってくるわ」
彼はお風呂に入るべく脱衣所へ。凛は手早く洗い物を済ませ......
「......よし!」
なぜか気合いを入れる凛。......なにをするのだろう?
湯船に浸かり、ぼーっとする彼。すると、突然......
「......湯加減どう?」
と、凛からの問いかけ。
「おー.....ちょうどいいぞ......」
本当に気持ち良さそうだ。
「......そっか。じゃ、私も入るね」
「おぉ......は? 何言って......」
彼が言い終わる前に浴室の扉が開かれる。そこにいるのは当然凛。タオルで前を隠し......真っ赤になって。
「ばっ! おまっ! な、にゃにしてんだよ!」
慌てる彼。
「な、何って......私も入るから......」
目を閉じ、顔を背ける彼。そんな彼をよそに、シャワーを浴びてから......凛が湯船へと入ってくる。
「......ね、足......広げて」
「......お、おう......」
彼に背を向け、足が開くのを待つ。一瞬気が緩んだのか、彼が目を開け、目の前には......凛のお尻。
「っ!!(まずい! まずいまずいまずい!)」
ゆっくりと身体を沈め、肩まで湯に浸かる。そして......彼に寄りかかる。
「......んっ......気持ち......いいね」
「......だ、だな」
無言になる2人。と、凛が彼の腕をとり、自らの腹部へと回す。彼が後ろから抱きしめている様な構図だ。
「......こうされると......落ち着くんだ」
「......そ、そうか......(やべえ......すっげえ柔らけえ! お、落ち着け......今意識したら......アレがアレしちまう! ......って、こんなこと考えてる時点でダメじゃねえか! あっ......無理だ......)」
「......やっ......ね、ねえ、八幡?」
「......にゃんだ?」
「......その......硬いのが......」
「......生理現象だ」
お互い全裸。そうなってしまうのも......無理はないだろう。
「......そ、そっか......(ちゃんと女としてみてくれてるんだ......よかった)」
「......(やべえ......めちゃくちゃいい匂い......うなじも色っぽいし......おぉぉぉ......)」
彼の目が泳いでいる。そのタイミングで、凛の手が彼の手に添えられる。ビクつく彼。
「んっ!」
「......(変な声出すなっての! やべえ......抱きしめてえ......こ、コレ以上はダメだ!)......か、身体洗っちまうわ」
「......うん。洗ってあげよっか?」
「......遠慮します」
凛が身体を起こし、立ち上がる彼。が、無防備に立ち上がれば......
「......え?」
「......へ?」
当然凛の目の前にはアレ。生理現象を起こしているモノが晒される。
「......い......いやああああああああ!」
「す、すまん!」
「うぅぅぅ......(見ちゃった! 見ちゃった見ちゃった! あ、あんなに大きいの? 無理だよ......あんなの入らないって......)」
物凄いスピードで身体と頭を洗い......
「で、出るわ。ゆ、ゆっくりしてくれ」
「......うん」
彼が出ていった。
[newpage]
入浴を終えた彼は、当然の如く悶えている。枕に顔を埋め、くねくねバタバタと。少し気味が悪い。どのくらいそうしていただろう? ようやく落ち着き、いつものコーヒー飲料を口にする。
「......落ち着く」
一言。と、部屋の扉が開き、凛が入ってくる。先ほどまでと同じ衣装で。
「......なんでソレなんだよ」
「......く、クリスマスだから......」
ささっと彼の隣に寄り添って座り、コーヒー飲料をひったくり一飲み。最近では、凛もコレを飲んでいる。......稀にだが。
「......あ、そだ。ちょっと待ってろ」
そう言い立ち上がる彼。バッグの中をゴソゴソと漁り、1つの包みを手に戻ってくる。
「......ほい、コレやる」
「......ありがとう。開けていい?」
「......おう」
包みを丁寧に開け、出てきた物は......
「......腕時計」
「......高校行ったら......必要だろ?」
「......うん。ありがとう......(う、腕時計って......同じ時を過ごしたい......や、やっぱり......)......あ、私も」
そっと時計を戻し、凛も1つの袋を取り出す。
「......はいコレ。メリークリスマス」
「......おう、サンキュー。いいか?」
「うん。開けてみて」
包みを開くと、出てきた物は......
「おぉ......マフラーか......助かるわ」
「貸して。巻いてあげる」
「お、おお」
マフラーを彼の首に一巻き。そして......自分の首にも。
「......おい。長えと思ったらソレかよ」
「......やってみたかったんだよね」
「......気持ちはわからんでもないが......俺だぞ?」
「......いいんだよ。コレで」
「......そか」
マフラーを2人で巻き、寄り添って座りお互いの手はぎゅっと握られている。離れないと主張する様に。
「......寝よっか」
「......だな」
マフラーを外し、歯磨きをしてから2人でベッドに入る。当然の様に。自然と。
凛に背を向け寝る彼。彼の方を向いて寝る凛。しばらく無言となる。
「......もう寝ちゃった?」
「......寝た」
「起きてるじゃん......ね、こっち向いて」
モゾモゾと寝返りをする。
「......なんだ?」
「この服......どう?」
「......似合ってる」
「......そ? ありがとう」
彼の目線が下......凛の胸元に向く。
「......また見えてるぞ」
「......いいよ」
「っ!!」
「......八幡になら......いい」
大胆な発言に動揺する彼。そんな彼の手を取り......自身の胸に添える。
「お! おまっ......」
「......触ってもいいよ」
「お、おい......」
一度目を閉じ......開く。そして......
「八幡......」
「な、なんだ?」
「......好き」
「......は?」
「あなたが好き」
固まる彼。
「八幡は......私の事どう思ってる?」
「......どうって......ソレは......」
「......私が中学生だから?」
「......さすがにまずいんだよ」
言葉を濁す。だが......自分の気持ちには気づいている様だ。
「......じゃあさ......卒業したら付き合って」
「......わかった」
「......それまで我慢する」
「......おう」
見つめ合う。
「......ね」
「......ああ」
何度目かわからないキス。が、いつもと違い......お互いの舌を絡め合う、濃厚な口付け。
「......ん...ふっ......ちゅ...じゅ......んはっ......」
長く......長く......
「ちゅる......ん...ちゅ......」
ぴちゃぴちゃと鳴り響く音。と、凛の胸に添えられていた彼の手が動き出す。
「......んっ...ちゅ......あっ......ちゅる...ちゅっ......やっ......」
一度離れ......
「......いいよ。全部あげる」
「......ああ」
長い長い2人の夜......これ以上語るのは2人に失礼だ。
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捻くれ者と蒼少女 11話<br /><br />次回から大きく物語が動き始めます。<br />今回は本当に甘いですから......お気をつけください......<br /><br />んでは、よろしぶりーん♪
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進展
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それは受験勉強真っただ中のことだった。
都立高校の受験日は来月に迫っていて、進藤も追い込みに走っていた。今日は日曜日だから図書館に行かなくては。
部屋で一人勉強しているとすぐにゲームや漫画に気がそがれてしまうのだ。ちなみに塾に通うのを絶対に嫌だと突っぱねた手前、何がなんでも自力で合格しなくてはならない。
今日はぜってぇにこの参考書コンプリートしてみせる。
意気込んで図書館に向かった進藤は、目的地が近付くにつれいつもと違う雰囲気を感じ取った。そして目を疑う光景を目の当たりにしたのだ。
図書館入口から離れた位置に集まる人垣。その隙間を縫うようにして前に行けば空に舞い上がる黒煙。上がる赤い炎。調子っぱずれに拡声器でがなっている不穏な男達。手にしているのは…銃!?
進藤は震えた。
現代の日本で銃を目にする機会など普通に暮らしていたらそうそうあるものじゃない。だから目の前の景色が現実感のないものに感じてしまう。とにかく、と買って貰ったばかりのPHSをいじった。
110番、110番しないと…!いや先に消防車か!?消防って何番だっけ?
肝心な時に大ボケをかます己の脳みそからどうにか119番を絞り出し、緑色に光る液晶に打ち込んで通報をする。
「とととと図書館が!図書館が燃えてます!銃を持ったやつらもいて!あ、あ、日野、日野図書館です!」
通話を切ろうとしたが手が震えてなかなか切ることが出来なかった。自分で自分の手を押さえながらなんとか通話を切り、今度は警察へ。
嘘だろ。なんだよこの状況!訳分かんねーよ!
進藤のPHS(ピッチ)が110番へ繋がった、その時だった。
激しい銃声。
おびただしい悲鳴。
進藤の見ている先で、燃え盛る図書館から逃げ出してきた人たちが次々と男達に銃で撃たれた。人垣からも無数の悲鳴が上がる。凄惨な現場を目撃して叫びながら逃げ惑う人たちが続出した。
目の前に銃があるにも関わらず呑気に野次馬なんか出来ていたのは、きっと銃を持っている男達を見ても頭のどこかでおもちゃじゃないかとか撃ちはしないだろうとか思っていたからなんだろう。
現実を目の当たりにして人々は雲の子を散らすようにいなくなった。
止めろ。止めてくれ。
ゲームや映画の中でしか見たことのない殺戮という場面を目の当たりにして、いなくなった野次馬とは反対に進藤は完全にフリーズした。電話の先で何か言われても答える余裕などありはしない。
空にのぼっていく黒煙、黒光りする銃、全てを焼き尽くそうとしている炎、それらは全部悪意の塊のように思えた。
その時、一人の男性が男達の前に立ちはだかる。
「君たちは───公序良俗を謳って人を殺すのか!」
叫んだ男性は十数歩を歩いて銃弾に倒れた。倒れた下には女性が。女性に血を吹きかけながら何かを語り掛けていたような男性はやがて、事切れたように動かなくなった。
進藤は一歩もその場から動けなかった。
そこから先は少し記憶が曖昧だ。
人が撃たれるというショッキングな場面に遭遇し、撃った犯人たちに恐れを抱いたのは確か。
その後、警察や消防や救急が到着したのはどれくらい後なのかも分からない。
とにかく目の前の景色が現実のものだとは思えなかった。
立ち尽くす進藤に警察が何かを訊いてきたから答えたとは思う。でもうわ言のように「…撃たれた…撃たれた」と繰り返す進藤にこれ以上訊くのは無理だと判断したのかいつの間にかいなくなっていた。
家に帰ると母が何か言っていたがそれすらも脳みそが受け取りを拒否し、進藤は自室に籠もった。
籠もって、そして思い出す。
そういえばあの図書館には同級生の子の父親がいたはずだ。
もしかして倒れた人々の中にいたのでは───。
急に動悸が強くなった。まさかな。きっと助かってる。ほとんど喋ったことがない同級生だ。図書館にいた時にたまたまその同級生が館員と親しげに話していたから翌日学校で訊いてみたら「お父さんなの」と答えてくれたことをよく覚えている。
それだけの。進藤にとったらその他大勢の中の一人でしかない同級生だが。祈らずにはいられなかった。同級生と、同級生の父親の無事を。
進藤の祈りは半分届かなかった。
翌日同級生は学校を休んだ。教室内は図書館の話題で持ちきりだ。
進藤は例の同級生と仲の良かった子に話し掛けた。蒼褪めた顔をしたその子は言った。
「ミユキのお父さんも亡くなったみたい」
やはりそうなのか。進藤が目撃したあの中に。
頭を殴られたような衝撃が走る。
「あの子受験…大丈夫かな」
今にも泣きそうな声で言うその子に進藤には掛けてやる言葉が見つからなかった。その友人が言っていたので初めて、同級生横森実幸が進藤と同じ高校を受験することを知ったくらいだ。
その子は結局受験日まで一度も登校してくることはなく、いよいよ受験という日。
目指す高校の教室で、進藤は実幸を目撃した。
シャンと伸ばした背中。強く引き締まった表情。いつもはおろしているセミロングの髪を後ろで一つに纏めて。
進藤が危惧していたような悲しみに暮れる少女はどこにもおらず、そこにはこれから受験という戦いに身を投じようとしている一人の人間がいるだけだった。
[newpage]
合格発表の日、進藤は無意識に彼女の姿を探した。
どのタイミングで現れるとも分からないのに、何故か自分が行くタイミングで彼女もいる気がしたのだ。
掲示板で自分の番号を探すよりも先に彼女のことを探し───見つけた。今日もポニーテール。
進藤の視線の先で、指を絡めて祈るように胸の前で組んだ彼女が一生懸命掲示板を目で追っている。
彼女の瞳が僅かに広がった。数秒のあと、震えるように長く息を吐いている。そして───あ、倒れる。と思った時には背中側から彼女の肩を支えていた。
彼女が驚いたように進藤を振り向く。後ろに纏めた髪の毛先が進藤の頬を掠めていった。いい香りだ。どこのシャンプー使ってるんだろう。
「番号あった?」
進藤は極めて平静な声でそれだけを問うた。彼女は蒼白い顔で小さく微笑んで頷く。それだけでホッとした。彼女は戦いに勝ったのだ。
「進藤くんは?」
彼女に言われてから気付く。
「俺?…あーそういやまだ見てなかったな」
彼女が驚いた顔をした。それからクスッと笑う。そのことが胸をくすぐった。
「一人で見るの怖いから横森も一緒に探してくんない?」
「進藤くんってそんな怖がりなタイプだったっけ?」
「いいじゃん。一緒に見てよ」
「いいよ」
彼女と一緒に番号を探せば進藤の番号もあって、二人で喜び合う。
「四月からもよろしくね」
「あぁよろしく」
二人で握手を交わしてから…「家まで送る」自然と言っていた。
「大丈夫だよ」
「いや、まだ顔色悪い。どっかで倒れられたら困る」
俺の見てないところで。とは付け加えられなかった。
こないだまでその他大勢だった同級生がやけに気になる理由はまだ自分でもよく分からない。事件のせいか、それとも。
でも目の前に倒れそうなやつがいるのにを放って帰るなんてあり得ないだろ。それに横森は辛い思いしたばかりなんだし。
心の中では言い訳が次々と浮かんでいる。どれも口には出来ないが。
彼女は一瞬困ったようにしながら…何も言わずに先を歩き始めた。それを了承の意だと受け止めて進藤も共に歩き始めた。
手にした封筒は先程合格者に渡された書類。
本当はすぐにでも帰って保護者に渡すべきなのだろうがそれよりもこれは大事なことだと思うから。
一応は隣に並んで歩いているものの微妙な距離感を保ったままニ十分。進藤が男友達の笑い話をいくつか披露すると彼女も笑ってくれている。少しだけ血色がよくなったように感じて安心した。
だが彼女は途中で止まった。先ほどよくなったように感じた顔色が再び失われている。
「ここで大丈夫だから」
「家の前まで送る」
「角曲がったらすぐだから本当にここまでで大丈夫」
彼女の強い眼差しに何かを感じ取り、それ以上押し通す術は中学生の進藤には思い浮かばない。せめて彼女が角を曲がるところまで見送ってから踵を返そうとしたら。
角の向こうから無数の声が聞こえた。
悪いとは思いつつ角からそっと顔を覗かせれば彼女が報道陣に囲まれていて。家の前には無数のカメラがあり、マイクがあり、人垣があり。
そこに渦巻くのは己こそがより多くの情報を搾取するのだという貪欲な気持ちだけ。一家の大黒柱を喪ったばかりの家族の気持ちなど考えてもいないことがよく分かる。
きっと今日が彼女の合格発表だと知っていて張っていたのだろうと進藤にも分かった。
お涙ちょうだいな記事でも書くつもりか!
気付けば進藤は人垣の中に突進していた。体当たりをかますような勢いで人垣の真ん中まで強引に割り込み、報道陣の罵声を物ともせず。
辿り着いた震える肩を抱いて同級生の名字の表札が掲げてある門扉をくぐる。
後ろ手に門扉を閉め、彼女の身体を自分の前に隠した。背中から無数のフラッシュと声が襲ってくるが、こんな醜い言葉を傷付いている彼女に投げかける連中の気が知れない。
鍵を出そうとする彼女の両耳を後ろから手で覆った。鍵が開いたと同時に玄関に入りすぐに鍵を閉める。すると今度はインターホンが鳴り出した。無遠慮で、不作法で、これが同じ人とは思えないインターホンの鳴らし方。
彼女の母親が奥から転げるように出てきて、インターホンのコンセントを抜いた。母親は彼女が持っている書類を見つけて涙を浮かべた笑顔で「おめでとう」と言った。次に進藤の存在に気付く。
「あ…そちらは確か実幸と同じクラスの」
「突然すみません。進藤です」
「進藤くんが守ってくれたの」
「ありがとうね。進藤くん。ビックリしたでしょう。進藤くんも合格したのね?おめでとう」
「ありがとうございます」
玄関ではなんだから。と居間に案内されれば、線香のニオイが漂っていた。
居間の隣の和室に後飾りの祭壇が。
「線香あげさせてもらってもいいですか」
「えぇ勿論。ありがとう」
進藤は図書館で何度も見たことのある顔が写った遺影の前で手を合わせる。
きっと無念だっただろうな。それくらいは進藤でも分かる。あの殺人は不条理すぎた。その後の報道で良化委員会の関与が取り沙汰されていたがすぐに報道されなくなったと進藤の母が言っていた。
あんなことが起こるだなんて。まるで検閲に抵抗する図書館に見せしめのように。
手を合わせながら故人にあの時のことを語り掛ける。
助けられなくてごめんなさい。すぐに手当てをしたら助かったのかもしれないのに。
進藤は知らない。実幸の父は心臓を撃ち抜かれて即死だった。それに武器も防具も持たない人間が助けに行けるような状況ではなかったのだ。
あの時の現場を自分が見ていたということは決して口には出さずに手を合わせ続ける。長々とそうする進藤を二人はどう思っただろう。
どうしてこの人たちの前であの場面を見たなんてことが言えよう。
心底悲しんでいるはずなのに、静かに悲しむことさえ許されない環境に身を置いたこの人たちに言えるわけがない。
「横森。俺、また来てもいいかな」
「え…でも、」
実幸の言いたいことは分かる。表の報道陣のことだろう。
「迷惑ならお前が俺んち来るんでもいいし。せっかくまた同じ学校行くんだし、仲良くしようぜ」
「…うん」
頷く実幸と連絡先を交換する。実幸はすでに携帯電話を持っているらしい。たった数日前に母親から渡されたというその携帯電話にはまだ家の番号しか登録されておらず、進藤は友だち一番のりなどとおどけながら番号を登録した。
[newpage]
高校に入学して再び実幸と同じクラスになり、二人が付き合い始めたのはいつの間にか…だった。
ハッキリとは伝えていないから時期は明確ではないけれど、初めて横森家を訪れた時から二人はしょっちゅう共に時間を過ごすようになっていたし、互いの家の行き来も盛んだった。
高校から一緒になった同級生の中には二人が入学当初から付き合っていると思っていた者もいたほどである。
それほど二人は二人でいることが自然に馴染んでいたのだ。
そして二人とも───将来は図書館を目指すとしたところも必然だったように思う。
大学三年生の時に図書隊が発足すると、進藤は当然のように防衛部を目指すことにした。実幸は勿論業務部である。
実幸は奨学金を貰いながらのキャンパスライフ。バイトをしながら司書の資格も取るのは容易なことではなかったが、それでも図書館で働きたいという実幸の意志は強く、進藤も応援していた。
図書隊が発足して三年目。
進藤も実幸も共に図書隊に入隊することが出来た。進藤は防衛部、実幸は業務部という希望も叶った形だ。
二人がこれ以上なく喜んだのは言うまでもない。
今度からは同じ独身寮に住まうことになる。男子寮と女子寮で棟こそ分かれているとはいえ、今まで住んでいた実家よりは格段に顔を合わせやすい近さだ。
教育隊に身を置いて、二人は夢の第一歩を踏み出した───
「図書特殊部隊ぃ!?」
進藤が声を上げたのは、図書隊発足翌年に起ち上がった図書特殊部隊への辞令が進藤に下ったからである。進藤は興奮した。
本を守る、言論の自由を守る、図書隊防衛部に身を置いただけでなく…その最前線へ。
実幸は心配そうにしていたが、進藤に断るなどという選択肢はなかった。
実幸の父親を殺したのかもしれない良化隊。直接手を下していなくたってその可能性は極めて高い良化隊に一矢報いることが出来るかもしれない。
進藤は銃の腕も特殊部隊に選ばれた精鋭の中でトップクラスで、早速狙撃班が編成されることになった。
隊長の玄田は三十路そこそこの男だが、貫禄からしてすでに四十は超えていそうな風貌である。その玄田にも「抗争の時はお前らが良化にとって抑止力になる」と言われ、進藤は俄然張り切っていた。
それは進藤が二度目の抗争に参加した時のことだ。
初抗争では初めて機能した狙撃班のおかげか図書隊の圧勝で抗争は終了した。
今回だってやってやる。息巻いて屋上に陣取る進藤に、狙撃班を纏めるまだ若干二十六歳の桑島三正は進藤の肩を叩いた。
「進藤、力み過ぎるな」
「俺、緊張なんかしちゃいませんよ」
「そうじゃない。図書隊は専守防衛だ。分かってるな?」
「分かってます」
「俺たちは良化隊の攻撃が激化しないようにする為にいる。それも分かってるな?」
「分かってますって!」
桑島は今さら何を言っているのか。
進藤の声が思わず大きくなった。桑島はもう一度進藤の肩を叩いてからポジションにつく。
進藤もライフルを構えた。スコープから覗く景色は離れているのに間近で戦闘に参加しているような錯覚を起こさせる。
だが戦場において間近で感じる音や風やニオイなどがないことが、離れた場所に身を置いていることを実感させるのだ。
抗争が始まって一時間ほど経った頃のこと。
『正門側、このままでは良化隊の勢いを止められません!狙撃班の応援頼みます!』
緊迫した無線が狙撃班のチャンネルに入ってきた。
正門側を狙っていたのは進藤と桑島だ。
すぐにスコープを覗き込む。正門側は良化隊が雪崩れ込もうとしていた。
風はない。視界も良好。
良化隊の一番前、盾で作られた隊列に鉛弾をねじ込もうと狙う。
引き金を引いてすぐ後、スコープの先の盾の群れが割れて後退した。
よし。
だがすぐさま後ろから別の盾がせり出してくる。
もう一発。
進藤が構えた時には別の鉛弾が盾の群れを割った。隣にいる桑島の狙撃である。
それなら。
進藤は別の場所に狙いを定めることにした。
もっと効果的に敵の戦力と闘志を削ぐ場所はないか。
狙撃をされても尚進行を止めようとしない良化隊は、まるでアンドロイドのようだ。
お前らが本当に人間なら、本当に人の心を持っているのなら。
あんなことは出来なかったはずだ。
人間なんかじゃないと証明してやる。
進藤は狙いを絞った。
その時、屋上を狙った火線が飛んだ。地上からでは狙いを絞れなかったようで屋上よりもはるかに上を飛んで行ったが、狙撃班を狙ったことには違いない。
専守防衛。最初の一発は甘んじて受ける。その一発目を自分達も受けた今なら。
引き金を絞った。
火線が地上に飛んでいく。
狙った場所に飛んでいった鉛弾は、敵の盾を撃った。
衝撃で倒れ込む敵の兵士。
その倒れた奴の胴体を狙った。
弱装弾なら防げる装備も、屋上からのライフルでは衝撃に耐えられないことは百も承知。
結果的に敵は被弾した。
「進藤ッ!!」
気付いたら桑島にライフルを取り上げられ、そして殴られていた。
何故殴られたのか訳が分からない。
専守防衛だろ。味方を守る為に撃ったんだからいいじゃないか。第一こちらが専守防衛だからって向こうさんが手加減してくれることなんて全く無いんだから。
「てめぇは何をやってる!見てみろ!」
桑島に引き摺られるようにして屋上から見た光景に進藤は目を疑った。
良化隊が、味方が撃たれたことに怒り狂ったように勢いを増していたのだ。見下ろす景色の中で、図書隊がどんどん後退していく。そして銃弾に倒れる味方が何人も。
「貴様がやったことだぞ!貴様が敵をヤると、そのせいで激化した敵を受けるのは全て下にいる味方だ!抑止力になるべくが激化させてどうするんだ!覚えておけバカタレッ!!!」
桑島はそこまで怒鳴ると再びライフルを構えて正門側を狙った。ここまで怒り猛っている敵に今さら狙撃での牽制が利くとは思えないがそれでも撃たないわけにはいかない。
裏門側を狙っていた狙撃手も呼んで正門を重点的に援護する。屋上からの援護に地上が盛り返し始めた。
進藤は殴られたまま空を仰いで固まっていた。
精鋭たちが集まる特殊部隊に選ばれたことに、その中でも選りすぐりが集まる狙撃班に選ばれたことに、己はうぬぼれていなかったか。
口の中に鉄の味が広がっていた。
[newpage]
結局敵は図書を奪っていった。その結果は進藤が招いたものだ。進藤はそう思っている。
始末書なら書いた。
上司からの叱責も散々受けた。
ここ数日反省ならした。味方に…ケガ人を出し、図書まで奪われて何をやっているんだ俺は。
「誠」
課業後、寮に帰るのも嫌で図書館の裏庭のベンチに座っていると、実幸が進藤を見つけた。
昔から実幸は進藤が一人でいるところを見つけるのが得意だ。何を言うでもないのに落ち込んでいる時にはいつの間にか実幸が隣にいることが多い。
進藤が喋らなければ実幸も何も喋らない。その代わり何か聞いて欲しい時にはちゃんと話を聞いてくれるのだ。
実幸はそっと進藤の手を握った。
分かっている。分かってくれている。
「…実幸。俺、あいつらと同じなのかな」
ここ数日で嫌というほど繰り返し考えたことだ。
人を殺そうと思ったわけじゃない。だけど戦線から離脱するほどの重傷を負わせるつもりはあった。その上で狙い撃ったのだ。
「実幸の親父さん…殺したやつらと」
進藤の手を握っていた実幸の手がピクリと動く。
実幸の顔を見ることは出来ない。見たら、言えなくなる。
「あのな…俺、あの日図書館に行こうとしたんだ。だけど入れなくて。図書館は燃えてて、銃を持った男達がいて。通報しなくちゃって通報してる時にあいつら───出てきた図書館の人たちを躊躇なく撃ったんだ。悲鳴が聞こえて、倒れていく人たちを見ているしかなかった。その中に実幸の親父さんもいたはずなのに、俺…」
実幸の手が震えている。いや、震えているのは俺か?
ずっと言えなかったことだ。あの現場に居合わせたなど。実幸の父親の最期を見ていたなど。
詰られるかもしれない。どうして助けなかったのかと。もしかしたら別れを切り出されるかも。
でも、いくら図書隊に入ったからといって当然の権利のように人を撃ってしまった自分は、これ以上恋人に隠し事をするなんて出来なかったのだ。
実幸が口を開いた。
「誠が…みてくれたんだね。お父さんの最期」
実幸が一層強く進藤の手を握る。その手の温かみが進藤の心をギリギリ保たせていた。
「あの時、日野図書館で生き残った人たちには訊くことが出来なくて。訊きたいけど訊けなかった…ずっと。お父さんがどんな死に方をしたのか。どうやって亡くなったのか。知っているのは警察からの情報と、ニュースの情報だけ。だから、誠がお父さんの最期をみていてくれたんだったら良かった」
「実幸、でも俺、」
「誠はあの犯人たちと同じじゃないよ。全然違う。あの人たちは無抵抗の人たちに銃を向けたんでしょう?」
言われてあの時の記憶が鮮明によみがえる。
そうだ。やつらは炎にまかれて命からがら逃げ出してきた館員たちをまるでゲームでもしているかのように撃った。
あの人もいた。現図書基地司令──稲嶺和市。銃口を前にして彼は立ちはだかったのだ。
そういう人の下で働いているのだ自分は。もっと自覚しなければならない。
何のために図書隊に入ったのか。何のために特殊部隊に選ばれたのか。その中でも狙撃班に選ばれた意味。精鋭に選ばれるだけの人間でいなければならない。
いつか…訊けるだろうか。司令に。あの時のことを。
司令は知っているだろうか。実幸が日野図書館館員、横森の娘であることを。
いつか訊こう。
今は雲の上の存在である稲嶺に、いつか。
その為には。
頑張るしかない。
こんなことでへこたれてる場合じゃない。
すっかり実幸の言葉に答えるのを忘れていたのに実幸が朗らかに「よし」と言った。
実幸を見れば、大きく頷いている。
分かってくれている。それだけで大きな力になる。
きっと…実幸に言おう。まだ半人前の自分には言う資格がないけれど。
きっと言おう。将来家族になりたいと。
進藤は一度は狙撃班から外されたのだが、桑島にも玄田にも何度も何度も直談判してどうにか狙撃班に戻してもらった。
次は絶対に失敗しない。もう二度と同じことは繰り返さない。
図書隊の狙撃手は味方を援護する為にいるのだ。味方を窮地に追いやる為にいるわけじゃない。
そして何度か抗争も経験し、狙撃手としての信頼を取り戻した頃だった。
「納得出来ません!」
進藤は玄田に食って掛かっていた。
誰もが遠巻きに、胡散臭そうに様子を窺う中で、玄田に噛みついていたのは進藤だけである。
「昨日まで敵だった人間を仲間に迎えて戦えと言うんですか!」
元、良化隊員。異色の経歴を持つ緒形明也が特殊部隊に入隊したのだった。
[newpage]
進藤は実幸と夕食を共にしていた。課業後の外飯、業務部と防衛部ではシフトが被らないこともあるし頻繁にとはいかない。それに入隊二年目の士長だ。互いに給料は知れている。
共に過ごすことが出来ればいいわけだから、雰囲気よりは手頃さ重視で近所のファミレスである。
進藤はハンバーグにチキンステーキがついたセット。実幸はオムライスとサラダだ。
肉ー!とはしゃぐ進藤を前に実幸は笑っている。
実幸との時間は仕事でのイラつきも忘れさせてくれた。何せ例の異分子とは寮まで同室なのだ。気にするなという方が無理な話である。
「あー美味かったー」
「ごちそうさまでした」
「この後どうする?」
「明日もあるし、もう帰ろうか」
「そう?そうすっか」
進藤としては実幸と一緒の時くらい消灯ぎりぎりまで帰りたくはないのだが、明日も仕事のある彼女に無理強いは出来ない。
仕方がないのでファミレスを後にすると素直に基地に向かう。だが基地に入ると繋いだ手を引っ張った。
「誠?」
「ちょっとだけだから。な」
グイグイと引っ張っていくのは官舎の方向である。
図書隊が設立してまだ三年と少し。官舎に入居している隊員は多くはない。空き室の多い官舎の裏は若い隊員たちの逢瀬に持ってこいの場所だった。
進藤も実幸と官舎裏に何度か来たことがある。だからここにくれば目的は分かるはずだ。
到着すると同時に性急に口づけ、久しぶりに実幸の柔らかさを堪能する。緒形へのイラつきが脳裏に浮かびそうになって慌ててキスを深くした。今だけは何も考えたくない。実幸と一緒にいる今だけは。
気付けば手が不埒な動きを始め、それを止める実幸の手は本気の抵抗とは思えず。抗えない欲望に実幸を貫いていた。
ここは外だとか、官舎裏だとか、明日も仕事だとか、───今さら関係あるか。
若い恋人同士が一緒にいるのだ。したくて何が悪い。
熱を持った二人は結局消灯が近くなってから寮に戻った。
実幸はいつも以上に進藤にくっついていた。
*
緒形はいつも一人だ。四人部屋なのに一人そういうやつが紛れていると辛気臭くてかなわない。
寮でも。食堂でも。特殊部隊でだって口をきくのは隊長と副隊長くらいのものだ。
相変わらず反発しまくっている進藤は、訓練で緒形の穴を見つけようと必死だった。
狙撃班に緒形が選ばれたことも気に食わない。
なんでなんでなんでなんで。
実幸の父親を殺したやつらの仲間を引き入れなきゃならない。稲嶺司令は何を考えてる。
進藤にはどうしても緒形が味方だとは思えないのだ。
緒形はいつかきっと裏切る。あいつらの仲間ならきっとやる。経歴を詐称していないのも逆に怪しくないか。スパイらしくない風を装って寝首を掻こうったってそうはいくか。
熱くなる進藤とは反対に緒形は静かに日々を熟しているだけだ。
その態度も気に食わない。全てが気に食わなかった。
「まーこと」
狙撃手ということだけでなく、編成班も一緒にされてしまい緒形とは四六時中一緒にいることになる。せめて寮では別々に過ごしたくて進藤は部屋を出ることが増えていた。
今日もロビーに実幸を呼び出しホッと一息ついたところだ。大体新入りのくせにあんたが気を遣えよ。あんたがずっと部屋に籠るせいで俺が出なくちゃならないんだろ。
緒形があまり外に出ない理由は分かっている。ほとんど味方がいない基地の中を、仕事中ならまだしもプライベートでうろつくなど相当肝が据わっていないと出来ることじゃない。だから四六時中部屋にいるのも納得ではあるのだが…やっぱり何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう自分がいたりして。
そんなことを常に考える自分にもいい加減嫌気が差していた。
「誠疲れてる?今日は帰って休んだ方がいいんじゃない?」
「疲れてない疲れてない!大丈夫だって」
実幸と合流したのについ緒形へのイラつきが顔に出ていたらしい。慌てて否定する。
せっかく実幸と逢えたのにあんな陰気な部屋に戻って堪るか。
「分かった。緒形士長のことでしょう」
「なんで」
「だって最近の誠、なんだか荒れてるって感じだもん。分かりやすすぎ」
「そうか?俺…まぁ荒れてるかぁ」
どう考えても荒れている。訓練では緒形と対抗して、寮や事務室では緒形に食って掛かることもしょっちゅうだ。
業務部の彼女は直接その姿を見てはいないとはいえ、察する部分も多いのだろう。
察しのいい彼女につい本音が零れた。進藤の中には緒形への不満がなみなみと溜まっているのだ。
「全くさぁ。訳分かんねぇよ。去年まで敵だった人間と命預け合って戦えって正気の沙汰とは思えない。実幸もそう思うだろ?あいつ元良化隊だぜ」
「うーん…そりゃ良化隊にいたのは事実かもしれないけど。もう辞めたんだから過去のことでしょ。そういう人が図書隊に入りたいって思ったとしても並大抵の努力じゃ合格しないと思うんだよね」
「だからおかしいって言ってんの。なんで司令はあんなやつ雇ったんだよ」
「緒形士長はここにくるまでに相当苦労したんじゃないかな。それにさ、あたしにはそんなに悪い人には見えないけどな」
「…は?」
「緒形士長。こないだ話したけど、穏やかでいい人だったよ?とてもじゃないけどスパイなんてやっている人には見えない。なんていうか…何か辛い経験をしたことがあるような影がある気がしたけど。たぶん相当な覚悟を持って図書隊に入ってきたんだと思うよ」
頬に赤みが差したのが自分でも分かった。
何を言ってる。緒形と話した?緒形の野郎いつの間に。それこそスパイ工作の一環じゃないのか。実幸があの時の館員の娘だと知って。
ぎりぎりと握った拳。手のひらに爪が食い込むのが分かる。
「実幸、ちょっと」
進藤はロビーのソファから立ち上がって玄関を出た。実幸は何も言わずについてくる。
玄関の外、かろうじて灯りが届く場所まで行くと進藤は実幸を振り向いた。
「さっきの本気か?」
「さっきって。緒形士長のこと?」
実幸が緒形のことを平気で呼ぶのも気に食わない。
あんなやつ。良化隊の犬かもしれないのに。
お前の親父さんは良化隊の犬に殺されたんだぞ!分かってるのか!
決して声には出せない言葉を呑み込み、言葉選びに苦労しながら進藤は自分の中の憤りを伝えた。
だが、
「たまたま最初に選んだ道が間違っていることってあると思うよ。良化隊が間違いじゃないって言う人も世の中にはいるかもしれないけど、私はあんな組織は間違いだって思ってるから。そこから自分の人生をやり直しした緒形士長はすごいって思うよ」
実幸は変わらないトーンで言った。まっすぐに進藤を見る瞳にはなんの曇りもない。
「なんでそんなにあいつのことが信じられるんだよ!」
「なんでって言われても…なんとなく?としか言えないけど」
「あいつは親父さんの仇かもしれないんだぞ!」
「お父さんの時の犯人は全員刑務所だよ」
「そんなこと…!分かってるよ!分かってるけど、あいつがあの時のやつらの仲間とかで、お前に取り入ろうとしてたらどうするんだよ!不用心にもほどがあるだろ!」
「だからそんな人じゃないって」
「あーもういい!勝手にしろ!騙されて泣いたって俺は知らないからな!」
言うだけ言って進藤は寮営門に向かう。後ろから実幸の呼ぶ声がしたが振り向いてなんかやるもんか。
警衛に近所を散歩してくると告げて外に出る。
少し頭を冷やしたかったが、夜風に吹かれても一向に進藤の怒りは鎮まらなかった。
[newpage]
実幸と気まずいまま数日が過ぎた。
部屋にいるのも苛立つのに実幸の顔を見るのが気まずくてロビーにすらうっかり行けやしない。
あぁもう…!
なんで俺がイライラしなくちゃいけない。こいつのせいで上手くいかないことばかりだ。
部屋で一人静かに本を読む緒形を睨み、進藤は言った。
「貴様、昔の仲間を撃てるのか」
こいつは去年まで敵だったやつだ。良化隊のスパイならきっとここで「撃てる」と言うだろう。
そう言っておいて、実戦で撃たなかった時は見ていろ。ほら見たことかと、怪しすぎるからと、すぐに上申して辞めさせてやる。
だが緒形は進藤の予想と違う反応を見せた。
「……今、俺が撃てると答えたところであんたは信用するのか?」
まっすぐな眼差しに嘘は見えなかった。
舌打ちするしかない進藤に緒形はあくまでも穏やかだ。確かに道理だ。実際に戦う機会が訪れなければ誰も信じまい。
信用に値するかどうか、俺の目でしっかりと確かめてやるよ。
はたしてその機会はほどなくして来た。
屋上に配置された狙撃班。
抗争が始まってすぐに緒形は公共棟側にも人員を配置するべきだと言い出した。
緒形と二人横並びに伏せて公共棟側でライフルを構えることになった進藤は、スコープの先に意識を集中しながらも緒形の気配も気にしていた。
するとしばらくして本当にこちら側に良化隊の一班が現れたのだ。
「指示を出しているのが指揮官だ。進藤士長はあれを撃て」
「どうしてお前が撃たないんだ?」
詰るような進藤に緒形は躊躇わずに言った。指揮官の隣の男が緒形の直属の上官だった男なのだと。
そして───撃った。進藤も、緒形も、敵の膝を狙いそして当てた。
「……認める」
「何を」
呟いた進藤に緒形の声は若干硬い。今まで散々食って掛かってきたんだから仕方がないだろう。
だが、認めざるを得ない。もしかしたら元上官になんらかの恨みでもあるのかもしれないが、そんなことは今進藤に関係のないことだ。
分かるのはただ一つ。緒形が最大限に敵の戦力を削いだという事実だけ。
確かに緒形は図書隊を援護した。隠密的に侵入を謀ろうとした敵は今回侵入を断念したはずだ。
「あんたは俺と同じ場所を狙った。一番容赦のない部位だ。狙撃で膝を壊すのは、戦闘職種として限りなく致命傷に近い」
撃たれた二人はこの先現場復帰は難しいだろう。膝を撃たれてしまうと最悪車椅子生活だ。元のポジションには戻れまい。
いくらフェイクで撃つとしても、まだ味方だったとしたら今後の人生を奪うかもしれない選択まではしない。出来る訳がない。
「……認める。あんたは図書隊の人間だ」
「光栄だよ」
硬かった緒形の声が和らいでいて、進藤は不貞腐れた。
なんだよ。実幸が言ってた通りじゃねぇか。
緒形に背を向けてゴロリと寝転がると、大きな溜息が出た。
───あぁ実幸に逢いてぇな。
無性に彼女に逢いたくなっていた。逢って、謝らなくては。謝ったら実幸は許してくれるだろうか。
[newpage]
結婚式には緒形も呼んだ。呼んだだけでなく、友人代表のスピーチなんかもお願いしてやった。
めずらしく緊張した様子の緒形に進藤は高砂席から笑う。
「なぁ実幸。緒形のあの顔見てみろよ」
「ちょっと、誠が頼んだんでしょう?緊張すること引き受けてくれたのに笑うなんて失礼よ」
「でもさ。あの緒形だぜ?いやぁこんな顔が見られるなら緒形にスピーチ頼んで正解だったな」
「あ…」
「なんだ?」
「今の誠の笑い方アレに似てる…えっと、あ、そうだ。トムとジェリーのトム!」
「俺をあの間抜け猫と一緒にする気か?」
新郎新婦が高砂席でコソコソと話している間に、緒形はマイクの前に立った。
何度か咳ばらいをした後でガチガチに緊張しながらスピーチを開始した緒形は、何度も噛んだ。
つっかえ、読む場所が分からなくなり、焦り、謝る。
「リラックスリラックス!」
特殊防衛員が集まったテーブルから野次が飛んで、益々緒形は身体を硬くした。
だが、スピーチが終盤を迎えると野次を飛ばす者など誰もいなくなった。
緒形の、言葉少ないながらも誠実で真剣な想いは、進藤にこれ以上なく届き。
進藤はトム笑いなどしている場合ではなくなったのだ。
会場のあちらこちらからもすすり泣く声が聞こえる。実幸だって泣いていた。
「クソッやっぱり緒形になんか頼むんじゃなかった!」
披露宴が終わって控室に戻ってからそう言った進藤の顔は晴れやかに笑っていた。
隣で笑う実幸の手にはピンクのチューリップがあしらわれたブーケ。
花言葉は───誠実な愛。
ブーケは稲嶺からの贈り物だった。司令は意外と花言葉に長けているらしい。
*
───十数年後。
地下の射撃訓練場で射撃訓練を行っているのは進藤班と堂上班である。
「笠原。今日は弾の無駄遣いにならなくて済みそうだな」
「進藤三監ひっど!あたしだって成長してますから!いったい何年目だと思ってるんですか」
結婚して堂上姓になった郁も、さすがに防衛部一般と比べて水準以上の射撃の腕にはなってきていた。特殊部隊の中では未だにびりっけつだが。
「まぁ、お前みたいに指導のしがいがあるやつがいる方が面白いしな。実戦に問題ない程度であんまり上手くなりすぎるなよ。副隊長なんざたまにしか訓練しねーくせに腕が落ちねぇったら」
トムとジェリーに出てくる猫のように笑った進藤に、郁も思わず笑った。ひどい言われようだがこの上官の言っていることなのである程度は受け流す。
「でも、なんだかんだ言っても副隊長と進藤三監て仲良しですよねー」
「な、仲良し…!?」
いい歳したオッサンを評するには随分子どもじみた単語に本気でズッコケた進藤に、郁は頓着せずに仲良し仲良しと繰り返す。
「ねぇ?堂上教官?」
「なんだ!?」
「あー、なんでもありませーん!」
今はプライベートではないのでまだ教官呼びの夫が郁の方を振り向いて声を張り上げた。
手塚の訓練を指導していた堂上には上手く聞き取れないボリュームだったようだ。
こんなところでもまだうっかりな自分に苦笑しつつ、郁はまた進藤に向き直った。
「副隊長とは出会った時から仲良しだったんですか?」
郁のクリティカルヒットな発言に進藤は「さあ、どーだったかなー」とはぐらかす。
「えー教えてくださいよ〜。聞きたーい!」
纏わりつく郁に進藤は珍しく厳しい表情を向けた。
「笠原、[[rb:時間切れ > タイムアウト]]だ。次は俺が撃つから交替しろ」
「あ、はい!すみません!」
進藤は郁と場所をかわるとすぐさま銃を構えた。
緒形に噛みついていた頃の自分を思い出して───腹いせに的のド真ん中を撃ち抜いてやった。
郁が隣でさすがとかなんとか騒いでいるようだが、こちとら伊達に十何年もスナイパーやってるわけじゃねぇんだぞと心の中で笑う。
今日は帰ったら久しぶりに結婚式のビデオでも観ようかな。そんなものを引っ張り出してきたら実幸はどんな顔をするだろうか。
思ったものの、緒形のスピーチで泣いてしまう自分しか想像出来なくてやっぱり一人でこっそり観ようと考え直した。
結局夜中にビデオ鑑賞しているところを妻に見つかって夫婦して泣き笑いしたのはここだけの話。
fin.
|
こんばんは!<br />今回は勝手にサブキャラを掘り下げてみよう第三弾!<br />なな、なんと進藤さんです~<br /><br />第一弾☆堂上静佳の話<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/series/986248">novel/series/986248</a></strong><br />第二弾☆吉田達也の話<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10025952">novel/10025952</a></strong><br /><br />えっとですね、自分のところでは投稿が久しぶりな私ですが、その間にあちこちのコラボに顔を出しておりました(笑)<br /><br />☆些細なイタズラの小さな嫉妬がめぐりめぐって曇りガラスに華を咲かす <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077407">novel/10077407</a></strong><br />☆crossover <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118203">novel/10118203</a></strong><br /><br />の二つなんですが^^<br />(まだの方は良かったら読んでみてくださいね♪)<br /><br />そのうちの一つ、ドエロいコラボの方を読んだ友人のちむ〇るさんの感想から湧いた話が今回のコレなのです。<br />この進藤さんの発言は経験則から来てますよね、的な感想をくれたち〇はるさんに「じゃあ進藤さんの奥さんも隊員か!」と返した私。<br />その発言からムクムクと湧き上がる妄想。<br />これはもう書くっきゃない!と書きました!<br />(決してちむはるさんとのコラボじゃありませんので期待した方はガッカリさせてごめんなさい💦)<br /><br />書くにあたって進藤さんの年齢を確認しつつ細かいところは予測しつつ。<br />図書戦の歴史と照らし合わせてたら閃いた!<br />という経緯で出来上がったお話なのです。<br /><br />でも、ドエロではありません(笑)<br />ふざけた感じもありません💦<br />暗いかもってことでシリアスタグを付けときます。<br />しかも進藤さんのあの発言、時期をちょっと捏造。本当は違う時に言うのに~って思ってもスルーしてくださいね♪<br />オリキャラ満載だし、堂郁は最後にちょこっとオマケで出るだけ。<br />それでも良し!って方だけどうぞ~<br /><br />表紙は理ヲ様<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/6510567">user/6510567</a></strong>からお借りしました!<br /><br />女子に人気ランキング 45 位に入りました!<br />ありがとうございます(*^^*)
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マコトノ話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10125356#1
| true |
こちらnmmn作品です。
1ページ目は目次とさせて頂きます。
srmf
『髪』~srr目線→[jump:2]
『口』~mfmf目線→[jump:3]
skur
『目』~skt目線→[jump:4]
『鼻』~urt目線→[jump:5]
smsn
『手』~sm目線→[jump:6]
『心臓』~snr目線→[jump:7]
ksam
『耳』~kstr目線→[jump:8]
『皮膚』~amtk目線→[jump:9]
[newpage]
srmf
『髪』
真っ白な、名前から想像できる予想通りの髪。
前は何色だったっけ。
気づいたら髪色が変わっている。
「……染めたの?」
「あ、はい。どうですか?」
「いいんじゃない?お前っぽい」
そう言えば嬉しそうに笑う。綺麗な笑い方。
髪色が変わろうが、この笑顔は変わらない。
相変わらず俺にとっては可愛いままだ。
ソファに座る俺の前にちょこんと座ってテレビを点けるまふ。
ふわっ、ふわっ、…と目の前で白い髪が動く。
まふまふ、って感じだな。
「……」
「うぁ!?ちょ、なんですか!?」
「…あ、ごめん。無意識だったわ」
「え、怖っ」
無意識のうちにまふの頭に乗せていた右手。
謝りながら一度手を退ける。
が、やっぱり乗せ直した。そして今度はゆっくりと動かす。髪の流れに沿うように。
「……そらるさん」
「んー」
「…僕、頭撫でられるほど子供じゃないんですけど」
「これ、撫でてるんじゃないよ」
俺の返答に「え?」とでも言うように振り向いたまふ。
やめなさい。急に振り向くから顔に手が当たりそうになったでしょ。危ない危ない。
整った顔の中で一際目立つ綺麗な瞳がジッと俺を見つめる。
その目に俺しか映ってないっていうのはなかなかの優越感。
「…俺がまふの髪を堪能してるだけ」
「髪、ですか」
「そ。まふまふの、まふまふらしい髪」
まふの髪を1束取ってするりと撫でた。
俺の手の中から抜けていく白くて細い髪。
この儚い感じ、持ち主とそっくりだな。
再度、髪を1束取って今度は顔を近づける。
ちゅ、と髪に軽く口付けると、大人しくしていたまふが一瞬だけ肩を揺らした。
「……恥ずかしくないです…?」
「別に。俺、好きなものは満足いくまで愛でる主義だから」
「……僕の髪、好きなんですか?」
「というよりも、まふが好きだからね。まふの髪ももちろん好き」
「……そ、うですか」
す、と顔を逸らしたまふの耳は赤い。
世間一般的に恋人と呼ばれる関係になってから既に3ヶ月が経っている。
いつまでも慣れなくて初々しい反応を見せてくれる恋人が可愛くて仕方ない。それが見たくて意地悪してる節もあるのに気づかないのかね。
「まふも俺の髪、……触る?」
「………」
言いながら頭をまふの方に寄せれば、未だに赤い顔をしたまふが恐る恐るこちらを向いた。
そして何も言わずに俺の頭に手を置く。
自分のものではない体温が触れてくるのはなんとなく違和感。でも、それがまふのものなら悪い気はしない。
「……ふわふわ」
「ふっ、…まふの髪もだよ」
「僕も、そらるさんの髪好きです、これ」
「髪だけ?」
意地悪く訊いてみれば、予想通り答えは返ってこない。
まあ慣れっこだけど。
この反応が見たくて言っちゃってるだけだけど。
「……知ってるくせに」
「さあ?俺の可哀想な勘違いかもしれないし」
「……そらるさん本体も好きです」
「本体って」
恋人なりの照れ隠し。
照れ隠しだけど、恋人なりに頑張った結果。
それを分かってるから、今日はこれで勘弁してあげる。
徐々に徐々に慣らしていけばいいしね。
「……。……まふまふさん?」
「はい?」
「いつまで触ってんの?」
「ダメですか?」
「別にダメではないけど」
もふもふとするだけだった手の動きが、さっき俺がやってたみたいな撫でる動きに変わる。
この歳にもなって頭を撫でられるとは予想外。
「……ふはっ、」
「…なに?」
「そらるさん、子供みたい」
……さっき子供扱いするなって言ったのはどっちだ。
お前が子供じゃないなら俺なんて以ての外だろ。
俺の頭の上をゆっくりと動く手を捕まえて、その持ち主をジッと見つめた。
少したじろいで逃げようとするけど、俺が手を捕まえてるせいで逃げられない。
「……お、怒りました…?」
「ちょっと」
「……え、っとぉ、……あ、僕の頭も撫でていいですよ!」
「……本音は?」
「……撫でて、ください」
「おいで、まふ」
俯きながらっていうのは残念だけど、この可愛らしい恋人が本音を言えただけでも大進歩でしょ。
掴んでいたまふの手を離して腕を軽く広げる。
パッと顔を上げたまふはふにゃりと笑って腕の中に入ってきた。
「……ふわ、さら、って感じ」
「…今日のそらるさん、髪ばっかりですね」
「なんかそういう気分」
だってお前の髪が綺麗だから。
お前の一つ一つを好きだと丁寧に伝えていきたいから。
今日がたまたま髪なだけ。
「僕もそらるさんの髪好きだって初めて気づけました」
「それは良かった」
今、俺が撫でている真っ白な髪。
明日は色が違うかもしれない。
長さが違うかもしれない。
でもそれらは全てまふまふの一部で。
それならば俺は全てが愛しくて仕方ない。
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srmf
『口』
ふは、と息が漏れた。
そらるさんのキスは長い。
えろるとか言われてるけど、えろいというよりも丁寧だ。
丁寧に、僕に気持ちを伝えてきてくれる。
『好きだ』と。こちらが照れてしまうほど丁寧に。
「…まふ、大丈夫?」
「だい、じょうぶです」
「…なかなか慣れないな」
「…頑張ります」
「無理しなくていいよ、可愛いから」
そらるさん曰く、息が苦しくなってきた時に僕がそらるさんの腕を叩くのが可愛いらしい。
可愛いなんて言うけどさ、こちとら酸欠状態で結構辛いんだからね?……なんて、言わないけれど。
だって言ったとしたらそらるさんは本気で心配してくれる。気をつかってくれる。
そしたらこの長いキスもやめちゃうでしょ?
僕に気持ちを伝えてくれるこの丁寧な行為をやめちゃうでしょ?
それは僕も嫌だから。
「…そらるさん」
「ん?」
「……もういっかい…」
「…珍しいね、まふからねだるの」
「そういう気分なんです」
ふ、と軽く笑ったそらるさんの顔が近づいてくる。
キスの度に思うんだ。
この人ほど綺麗な顔をした人は世界にどれだけ居るんだろうかって。
贔屓目かもしれない。それでも僕はこの人がどうしようもなく綺麗に見えてしまう。
「………まふ」
「…?」
キスする、という直前でそらるさんが口を開く。
お互いの距離はほぼゼロだ。
唇を動かしたら当たってしまいそうで目だけをそらるさんの方に向けた。
「…まふ、目、閉じて」
「…ぁ」
……忘れてた。
そらるさんの顔見てるのに夢中だった。
言われた通り、す、と目を閉じたらすぐに重なった唇。
一瞬だけ触れて、少し離れて、もう一度触れる。
最後に強めに唇が押しつけられて、触れていた熱が離れていった。
さっきよりも随分と短い。
「………」
「…なに、物足りないような顔してる」
「…してません」
だって、まだ伝わってきてない。
そらるさんの『好き』って気持ちが伝わりきってない。
僕だって伝えられてない。
こんな短いキスじゃ足りない。
「…まふ?」
「……だめです」
「どうし、ッ、」
強く、強く押しつける。
僕はキスが上手じゃないけれど。
長いのも得意じゃないし、テクニックがあるわけでもないけれど。
でも、そらるさんのおかげで、キスに気持ちを乗せるのは得意なんです。
好き、
好きです、
僕の世界の中で1番なんです、
貴方を想う気持ちは誰よりも強い、
だから、
そらるさんの気持ちもください。
「…っ、は、」
「…ど、うしたの、まふ」
そらるさんの息が乱れてる。
急なキスは呼吸の準備も心の準備も出来てないんだろう。僕もそうだし。
「……くださいよ」
「………」
「…気持ちを、ください…」
「…いいよ、あげる」
そう言って優しく重なる唇。
さっき僕がやったみたいな、ただ押しつけるだけじゃなくて、それなのにギュッと重なってるような感覚で。
……ああ、そらるさんのキスだ。
「…ふ、」
「…ッ」
笑みが溢れる。涙が零れる。
苦しい。息が。
くるしい。心が。
痛いほどにそらるさんの気持ちが伝わってきて。
そらるさんの想いの中に溺れる。
「…っ、はぁ、」
「………満足?」
「……そらるさん、」
苦しいよ、息が出来ないの。
長いキスのせいで酸素が足りないの。
だけどそれだけじゃない。
そらるさんの気持ちと僕の気持ちが混ざりあって意味わからなくなって、どうしようなく苦しくなる。
「…すきです」
溺れて。
そらるさんも僕に溺れて。
同じくらいに苦しくなって。
「…うん、俺も」
もう一度重なる。
馬鹿みたいだと思う。
言葉だけじゃ足りなくて、僕らはこの行為を繰り返す。
僕の気持ちが、呼吸が、全てが、そらるさんの中に吸い込まれていくような。
……ああ、貴方と居ると呼吸がままならない。
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[newpage]
skur
『目』
うらさんの目は凶器だ。
俺を殺す、最も鋭い凶器。
「…なに、さかた」
「…なんでもないで」
じっと見ていた俺に気づいたらしい。
ずっと見ていた横顔がこちらを向いた。
うらさんの目が、俺を、しっかりと捕らえる。
……捕まった。
「そんなに俺のこと見て何がなんでもない、だよ」
「…うらさん、ちょっとこっち見んといて」
「はぁ?」
ずっと仲間やった。
そんな仲間関係から進展して、恋人関係になったのがつい先日。
関係の名前は変わったけど、俺らの関係自体が大幅に変わったのかと言われれば違う。
今日も俺の家にお招きしたはいいものの、さっきまでゲームしてただけやし。今はうらさんの見たいテレビがあるとかでゲームは止めた。
……いや、へたれって分かっとるよ?けど、ほんまにうらさんの目が好き過ぎんねん。
うらさんの目にじっと見られると、なんか色々と堪らなくなる。
「お前ってさぁ、」
「おん」
「俺に見られるの、苦手だよな」
「……え、気づいてたん!?」
「気づかない方がおかしいだろ」
面白そうに笑ううらさん。
俺より年上の癖に、どこか幼さを感じさせる笑い方をする。前までそんなことなかったんに。……あれか、恋人の特権とかいうやつ。
……そうかぁ。俺、そんなわかりやすいんかな。
「…なに、俺の目が嫌い?」
「ち、ちゃう!それは絶対違う!!」
「うん、知ってる」
意地悪しただけ、と俺の目をじっと見ながら言う。
その目には明らかにからかいの色が浮かんでいて。
絶対楽しんどるやろ、この人。
うらさんが楽しければええけど。可愛いし。
「……うらさん」
「おー?」
「俺な、」
言いながらうらさんの頬に手を添えた。
逃がさないように、でも優しく。俺の顔を真っ直ぐに見てくれる位置で固定する。
うらさんの目に戸惑いの色が生じた。
可愛い。うらさんの目は他の何よりも正直や。
「…うらさんの目、好き過ぎてどうにかなりそ…」
「……好きなの…?嫌いじゃなくて」
「そ。めっちゃ好き」
じっとうらさんの目を見つめる。
……ああ、やっぱり好きやなぁ、なんて。
「好きで、好きで、じっと見られたら、俺、死んでまう」
「……ッ」
「……射抜かれる」
「も、わかったから、」
す、と目が逸らされた。
俺の目から逸らされた。
俺の好きな、好き過ぎる目が、俺じゃないものを映す。
……それはなんか、嫌や。
「……うらさん」
「ちょ、」
「こっち見て」
「なんでッ、」
苦手なんじゃないのかよ、って言いたかったんだと思う。うらさんの言葉を唇ごと覆い隠す。
うっすらと目を開けて見れば、驚いたような目が見えた。
その目には俺しか映っていない。
……あかんよ。俺以外映したら。
「……は、」
「急、だろ」
「ごめんなぁ?したくなった」
うらさんの目にはじわりと涙が浮かんでいる。
その目を細めて俺のことを軽く睨んだ。
怖くもなんともない、むしろ可愛いくらいやけど、一応反省してるフリしとかな。
「……俺も、さかたの目は苦手だ」
「……え、なんで、なんかした?俺」
じっと俺を睨みながら言ううらさん。
なんかしたやろか、俺。
少なくともうらさんは俺の目が好き過ぎるってことはないと思う。悲しいかな。
やって、俺くらいやろ。相手の目が好き過ぎてむしろ苦手になるなんてやつ。
「…さかたの目、全部伝えてくるから、受け止めきれない」
「……伝え…え?」
「俺のことめっちゃ好きなの伝わってきて、なんか、真っ直ぐすぎて、…こっちが照れる」
そう言ったうらさんはもう既に睨んでなんかいなくて。
むしろ照れてるようで、視線をうろちょろと動かす。
「うーらさん」
「……なんだよ」
「目、合わせて?」
恐る恐る、といった感じで俺の方に向く視線。
俺も俺でしっかりと真っ直ぐにその目を見つめる。
…好きやで、うらさん。
うらさんの全部が好きや。
目だけやなくて、
その初々しい反応も、
楽しそうに笑う顔も、
俺のことが好きで堪らないってところも、
全部、全部好きやで。
「……わざとだろ」
「何が?」
「……めっちゃ伝えてくるじゃん」
「……やって、うらさんのこと好きやから」
溢れてしまう。想いが。目から。視線から。
やっと気づいた。
俺がうらさんの目が好きなんは、俺の想いを全て受け取ってくれるからや。
その綺麗な目で、俺の目から溢れる想いを全て。
うらさんがその目で余さず受け取ってくれるから、俺はその目を含めて、全てが愛しくて仕方ない。
next→skur『鼻』
[newpage]
skur
『鼻』
支配される。
この空間に広がるこの匂いは、俺に毒だ。
嗅いだ途端に俺の世界がこれでいっぱいになる。
「……お邪魔します…」
小さく言って部屋の中へ足を踏み入れた。
この部屋の主、坂田は、コンビニに寄ってくからと言ってまだ来ていない。鍵だけ俺に預けて行った。
「…服脱ぎっぱなしじゃん」
坂田の匂いが充満する部屋。
その中に取り残されたあいつの服。
この部屋の匂いの源はこれなんじゃないか、なんて考えてしまう。
「…これ、昨日着てたやつかな」
ソファに脱ぎ捨てられていたパーカー。
それを手に取って顔に近づける。
ぶわり、と広がる落ち着く匂い。俺の、好きな匂い。
どうしようもなく堪らなくなって、そのままあいつのパーカーを抱き締めた。
体を包むこの香りが、まるで坂田に抱き締められているみたいな感覚にさせる。
「……変態かよ、俺」
「うーらーさん、」
手に持っていたパーカーを置こうとした時、後ろからかけられた声。……と一緒に匂いに囲まれる。あ、これダメなやつ。
「さ、かた、いつの間に…?」
「んー?うらさんがなんか可愛いことし始めた時くらい」
「……見てた、?」
「そんなに俺の匂い好きなん?」
俺の胸元には坂田のパーカー。置くタイミングを逃した。
後ろには本人。抱き締められている状況。
……これはダメだ。
前からも後ろからも坂田の匂いに支配される。
「さかた、離れて」
「……なんで?」
「……おれ、いきできない」
「……へ?」
す、と離れていく後ろからの匂い。
それはすぐさま前に回ってくる。
視界に坂田が現れた瞬間、その匂いが今までで1番強くなる。…から、思わず息を止めた。
「…え、ちょ、うらさん、なんで息止めてるん!?」
「……ッ、」
「息して!はよ、何してん!?」
「…ッふは、はぁ、…ふ、」
「…もー。…俺、臭いんかな」
坂田から顔を逸らして思いきり息を吸い込む。
顔を逸らしたところで、ここは坂田の部屋。どこを見ても坂田の匂いからは逃げられない。
…俺の、好きな、落ち着く匂い。
最近は落ち着くを通り越して、むしろ緊張してしまうくらいに好きな匂い。
「…くさくない」
「…そ?」
「…さかたの匂い、好きだし」
「……そっかぁ」
ふう、と息を整える。
そのタイミングを見計らってか、坂田が俺をもう一度抱き締めた。今度は正面から。俺と坂田の間にはこいつのパーカー。
「…どう?うらさん、俺の匂い」
「……しにそう」
「死んだら嫌やなぁ」
「……くるしい」
人間が匂いを感じ取る部位って鼻だけなはずなのに、坂田の匂いが全身に広がっていく感覚。
ふわり、ふわり、と香る匂いが、一瞬にして俺を包み込む。
「…うらさん、息しとる?」
「…してる、けど、」
くるしいよ、さかた。
本物の空気がわからない。
吸っても吸っても坂田しか感じない。
俺の世界が坂田でいっぱいになる。
「…すき」
「…え、」
「……俺のこと、いっぱいにして」
落ち着く匂い、
大好きな匂い、
それらは全て大好きな人のもの、
俺の世界をそれだけで埋め尽くして、
隙間なく坂田を感じさせて。
「……お、ちょ、うらさん…?」
「黙ってろ」
「照れ隠しにしては口悪過ぎん…?」
パーカーが手から落ちる。
手は坂田の背中に回す。
ギュッとして。
俺のこと、坂田でいっぱいにして。
視界だけじゃなくて、全てを。
「…うらさん、好きやで」
「……おれも、」
酸素が入ってくる気がしない。
吸っても入ってきてくれない。
坂田しか感じられない。
好きで、
好きで、
どうしようもなくて、
坂田でいっぱいになるのが苦しくて。
「…すき…だなぁ」
そう呟くとさらに強く抱き締められる。
これ以上、匂いが強くなったら俺は死んじゃうと思う。
言わないけど。
今でも十分苦しい。
でも離れたいとは思えない。
吸う度に自分の中に入ってくるのは酸素じゃなくて坂田ばかり。
……ああ、貴方と居ると呼吸をしても意味がない。
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smsn
『手』
がし、と手を掴まれた。
掴んだ本人は驚いたような顔をしていて。
いや、びっくりしたのはこっちなんやけど。
とりあえず開きかけていた扉を閉めて彼の方に向き直る。
「…どしたん?センラさん」
「え、あ、なんでも、ないです」
しどろもどろになりながら言葉を紡いで俺の腕を離す。
じっとその様子を見てみるけれど、どうやら本当に自分でも行動の意味がわかってないっぽい。
「…あ、っと…、しまくん、新幹線の時間大丈夫ですか?」
「おん、まだ大丈夫」
恋人に会いに名古屋まで来て2日間一緒に過ごして。
まだ足りないなとは思いつつも、明日からはお互いにお互いの仕事がある。
元からわかっていた事、我慢が多くなるのは承知の上。
そうは言っても会いたいのは仕方ないやろ。
会ったら会ったで離れたくないのは仕方ないやろ。
好きなんやから。
「…センラさん」
「はい?」
「志麻に帰って欲しくないん?」
「…ッ」
意地悪く笑って言ってやれば、ぼん、と音がつきそうな程あっという間に赤くなった顔。
自覚してなかったみたいやけど、俺の手掴んだのは多分そういうことやろ。
俺だけが離れたくないわけやない。
それはセンラさんも一緒や。
「…そう、ですけど、無理やないですか」
「…せやな」
「センラが、変なこと言って、しまくんが罪悪感感じてまうのも嫌やし」
「…おん」
「センラのとこ、居てくれる時くらい、良い子でいたいやないですか」
センラさんは優しい。
その証拠に、無意識で掴んでしまったと言っても本当に優しく掴んでいた。
俺が軽く手を降れば簡単に離れてしまいそうなほど軽く優しく。
無意識下であっても、センラさんの元の人の良さが出ている。
「…センラさん」
「…はい」
「俺もな、一緒やで」
「…はい?」
「センラさんと居る時くらい、かっこつけたい」
きょとん、とするセンラさん。
そんな顔も可愛ええで。
俺らは玄関で何話してんのやろ、とは思いつつもお互いに動こうとはしない。
外に出ようともしないし、もっと中に入ろうともしない。
お互いに逃げ道を作ってる。
良い子でいたい、かっこつけたいから、相手が困るような長居はしないように、いつでも出れるように。
素直になりたい、本音を言いたいから、相手と一緒にできるだけ長く居られるように、いつでも中に入れるように。
ずるいなぁ。
ほんまずるいわ、俺ら。
そんなとこも似てるわ。
「…俺なぁ、センラさんが思ってるよりずるいで?」
「何がですか」
「かっこつけやから、センラさんが求めてくれる方にいつでも動けるようにしとる」
「え?」
「今やって、センラさんがさよなら言うんやったら出てくし、まだ居て言うんやったら部屋入る」
「……」
「どっちがいい?」
そう言うとセンラさんは俯く。
返事に少し不安になるけれど、彼の真っ赤な耳を見る限り心配することはないだろう。
センラさんの中でも答えは決まってる、はず。
「…しまくんと、一緒に居たい、です」
「…おん、俺も」
手をギュッと。
今度は無意識ではなく故意に。
それでいて強く。
俺の手を握り締めながらセンラさんは言う。
一度履いた靴を脱いで、部屋に上がってから目の前の恋人を強く抱き締めた。
いつもは恥ずかしがって抱き締め返してくれへんのに、今日は恐る恐るといった感じで背中に手が回る。
そして弱々しく加わる力。
「…新幹線、どうするん…?」
「…んー、明日仕事ある言うても打ち合わせやからなぁ。しかもうらさんと坂田と一緒に」
「…あ、サボる気満々やないですか」
「体調悪いから恋人に世話してもらうだけやし」
「…実は、僕も明日の仕事は午後からなんです」
「一緒にお寝坊しよか?」
「たまにはええですね」
ふふ、と笑うセンラさん。
そのセンラさんの手はキュッと俺の服の裾を握っている。
かわええ。そんなとこまでかわええ。
「…とりあえず一緒にお風呂入ろか」
「それは嫌や。しまくん先どうぞ」
「えぇー」
センラさんの手を服から離して、代わりに俺がその手を握る。
細い、綺麗な手。
俺を掴んで、止めてくれた手。
センラさんの本音を伝えてくれた手。
「…俺、センラさんの手、好きやなぁ」
「急になんですか」
「いや、なんかそう思った」
ギュッと握れば、キュッと握り返される。
なぁ、センラさん。
いつかこの手が離れる日が来るのかもしれん。
でも少なくともその日まで、俺はこの手を離す気はないからな。
センラさんが伸ばしてくれるならその手を掴むし、
センラさんが俺の手を掴んでくれるなら立ち止まるから。
next→smsn『心臓』
[newpage]
smsn
『心臓』
はぁ、と頭上で息を吐く音がする。
少しくすぐったい。
座ってるソファの上で軽く身じろぎをすると抱き締める力が緩くなった。
「…センラさん?」
「…しまくん、今日は急ですね…?」
「何が?」
「ハグするの」
僕の家に来るなり僕を抱き締めた志麻くん。
僕は座ってて、志麻くんは立ったまま。
急いで来たらしく、そのせいで乱れ、漏れる息は少し色っぽい。
そんな呼吸を至近距離で聞かされたら僕の心臓は止まりそうなくらいにドキドキと忙しくなる。ラストスパートや!って意気込んでる感じ。
「……嫌なん?」
「…嫌、じゃないです、けど」
「…けど?」
「…どきどきが、止まらん…」
そう言うとまた抱き締められる。
…なんなん、この人。情緒不安定なん?
離したり、抱き締めたり。その度にバクバクする僕の心臓のことも考えてや。
「…なぁ、」
志麻くんの低めの声。
そこから漏れ出す声以外の息。
全てが僕の心臓に響いてくる。
「……可愛いこと言うの、やめてや。…俺の方こそドキドキ止まらんくなる…」
志麻くんがそう言うから。
耳を彼の胸に押しつける。
だって絶対に僕の方がドキドキしてる自信あるもん。
志麻くんの方が余裕綽々に決まっとるやん。
「…ぁ、」
「…どしたん?」
「…どきどき、言うてはりますね」
「……あんま聞かんといて」
す、と体を離される。
志麻くんの顔を見れば、いつもは余裕そうな顔をしてるくせにほんのり赤くなっていた。
……僕だけやない。しまくんにも伝染しとる、ドキドキが。
「…しまくん」
「ん?」
「…もういっかい、ぎゅ、してください」
「…えぇ、さっきの今でそれ言う?」
「しまくんの音、聞かせて…?」
「…ずるいなぁ、……ほんまずるいわ」
ボソボソと言いながらも僕の手を取る志麻くん。
引き寄せられて抱き締められる、と思ってたら、その掴まれた手は志麻くんの胸に当てられた。
手のひらを通して伝わってくる、忙しない振動。
「…俺の音、感じる?」
「…めっちゃ、はやい」
「俺、センラさんと会ってる時はいつもこんなもんやで?」
「…それは嘘や」
ドキドキドキドキ。
早まる鼓動は志麻くんのものか、僕のものか。
手のひらを通して僕の振動まで志麻くんに伝わってやしないか。
それは確かに少し嫌やけど、でも、これだけドキドキしとるんやでって伝わってほしい気もする。
「…もっと、」
「え…?」
志麻くんの胸から手を離して、それを志麻くんの背中側へ。
そのままぐっと体を近づける。
「ちょ、センラさん!?」
「……」
簡単に素直になれない。
だって恥ずかしいし。拒否されたら嫌だし。
志麻くんみたいに真っ直ぐ伝えるのが苦手。
ぴったりの言葉が見つからないし。照れるし。
だから、代わりに行動で伝えるしかない。
僕はこんなに志麻くんが好きで、
こんなにドキドキして、
もっと、
もっと聞かせて、
もっと伝わって、
心臓が止まりそうなほどの、
志麻くんへの想いが止まらないんです。
「…しゃあないなぁ…」
「…しまく、」
「……ほら、これ、志麻の音」
ぎゅう、と今まで以上に力強く抱き締められる。
お互いがお互いを抱き締めあって、今までよりも鼓動が力強く振動し合う。
「…ふへ、」
「なに笑っとるん」
「音が、混ざっとる」
わからない。
もうわからんよ、しまくん。
これはどっちの鼓動なん…?
「…混ざっとるなぁ…」
「……」
すき、
すきや、しまくん
くるしい。
しまくんのせいで自分の呼吸の仕方まで忘れてまう。
「…くるしい、しまくん」
「あ、ごめんな、きつかった?」
「……ちがう」
自分の想いが溢れて鼓動になって、
しまくんの想いを伝える鼓動が重なって、
呼吸のタイミングがズレていく。
「……すきや、しまくん」
……ああ、貴方と居ると自分の呼吸がわからない。
next→ksam『耳』
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[newpage]
ksam
『耳』
お湯が沸く音。
テレビから流れてくるどっかの誰かの音。
猫たちがじゃれてくる音。
少し、ほんの少しの音でさえ、僕は色々と音の出どころを考えながら拾ってしまう。
音楽家の性だろうか。
……いや、たぶん違う。
「……おはよ、ございます」
「おはよう。もう少し寝てても良かったのに」
「……朝ごはん…?」
「うん。食べられそう?」
「…少しだけ」
僕は彼の声を聞くためだけに周りの音に気を配る。
どんな彼の声でも聞き逃したくない。
「…少し、声枯れてるね」
「誰のせいだと…」
昨夜の行為を思い出させるような彼の声。
他の人が聞いたら、寝起きだからこの声なんだろう、としか思わないような微かな違い。
いつも声を気にしてる僕だからこそ違いがわかったんだと思う。……うん、自負してもいい。
「天月くん」
「ん、なんですか」
「今日はゆっくり家で過ごそうか」
「…はい」
温かいココアを入れながら天月くんに確認をとる。
彼はまだどこかボケッとしていた。
そんな所も可愛いけれど。
ソファの上に体育座りをした天月くんにココアを差し出す。彼は両手でそれを受け取った。
…なんか小動物みたい。
「……ほんとは、今日、」
「…ん?」
「髪、切り行こうと思ってたんです」
「……へぇ?」
天月くんはポケーッとしながらココアを飲んで、そのままゆっくりと話し出した。
僕も自分のマグカップを取ってから再度彼の方へ近づく。
天月くんの隣に座ると、彼がこっちを見た。くるり、と寝起きでとろんとした目が動いて僕を映す。
「でも、かしさんが会おうって言うから」
「ごめんね?」
「…嬉しかったんです。髪なんていつでも切れるし」
そっか、なんて言いながら天月くんの髪に触れる。
……うん、髪切ろうって思うのもわかるかもなぁ。前に会った時よりもだいぶ伸びた気がする。
さらさらと彼の髪で遊んでいると、形のいい耳が現れた。小さめのピアスがついている。
「ちょ、くすぐったいです」
「……伸びたね」
「ですよね?……うん、やっぱり早めに髪切ろ」
「……」
「うぁ、ねぇ、ちょっと歌詞さん!?」
耳、だ。天月くんの、耳。
彼が色々な音を聞いている耳。
思わず手で触っていると、天月くんがもぞもぞと逃げるように動く。
「……あ、くすぐったい?」
「もちろんですよ、ね、まだ触んの、」
「もう少しだけ、ね?」
「…これ、嫌、なんですけど」
くすぐったそう。
でも僕も気になっちゃうんだ。ごめんね。
僕が普段から気にしている些細な音を拾ってくれる耳。
彼はわざわざ言葉にすることはないけれど、僕並みに音を聞くことが好きだ。
「……ッ、」
「…………天月くん…?」
「も、限界…」
ココアをテーブルに置いて両手で耳を隠してしまった天月くん。……なんだ、残念。
「…天月くん」
「はい?」
「…僕の声、好き?」
「……なんですか、急に」
「天月くんの耳見てたら気になっちゃった」
訝しげな視線を投げかけてくる天月くんに向かって笑みを浮かべる。
少し緩んだ彼の手のガードを見逃さない。
彼の手を掴んで、隠されていた耳に唇を近づけた。
「……この綺麗な耳で、僕の声、ひとつひとつ拾ってくれてるの?」
「ッ、かしさ、」
「こーら、逃げないの」
「すき、すきですから、ッみみ、離れて、」
意地悪く耳に息を吹きかけてやれば、彼は弱々しく抵抗する。でも僕が手を掴んでいるから逃げられない。
昨夜の時点で、天月くんの弱点の1つに耳があることは承知済み。思う存分、これからもそれを使わせてもらおう。
「……好きだよ」
「……おれも、すきです」
彼の耳から離れて目を見つめながら真っ直ぐに伝えると、顔を真っ赤にしながら答えてくれた。
僕に対してツンデレな彼がデレてくれるのは貴重。可愛い。
「……やっぱり、髪切ります」
「え、どうしたの、急に」
自分の耳を触りながら天月くんが言う。
さっきまで僕が触っていた耳。
そんなにわざわざ強調するように触られると、余計にいじめたくなってしまう。
「……歌詞太郎さんの声、ちゃんと聴けるように。聴きやすいように」
「……。……ねぇ、」
やめて。そんな可愛いこと言うの。
どんだけ僕の声が好きなの、君。
僕が君の声好きなくらいに好きなんじゃないかな。
そうだとしたら相当だよ。
「……歌詞さん…?」
「……なら、しっかりとこれからも聞いててね」
君が僕の声が好きだと言うのなら。
余すことなくその耳で聞いてくれると言うのなら。
僕は何度だって言おう。
「…すきだよ、君の全てが」
天月くん、君の全てを愛していると何度だって伝えてあげる。
next→ksam『皮膚』
[newpage]
ksam
『皮膚』
は、と口から、鼻から、意識して呼吸をする。
じゃないと俺は死んじゃうと思う。
だってこんなに貴方で覆い尽くされてしまってるんだから。
全身の皮膚が覆われてる気分。皮膚呼吸なんてしてないようなものなのに、なぜか苦しい感じがする。
「……かし、さん」
「……ん、」
「くるし、」
「…あまつきくん…?」
うっすらと目を開けた彼はまだまだ眠そうだ。
でもここまでしっかりと抱き締められていると俺の方が寝れなくなってしまう。
彼が疲れているのは知ってるけれど、俺は抱き枕じゃない。貴方の恋人ですよ。
「……あ、ごめん」
「ちょっと、苦しかった」
「ごめんね」
どうやらある程度は覚醒したようだ。
俺の状態に気づいて腕の力を緩める。
抱き締められている状況は変わらないけれど、彼との間に隙間ができて、覆われている面積が少なくなった気がする。
……苦しいと言ってたくせに、これに寂しさを感じるなんて、俺は我儘な人間になっちゃったみたい。
「……どうかした…?」
「……いえ」
「ふふ、寂しそうな顔してる」
なんでわかったんですか、と言おうとしてやめた。
その言葉を言ったら負けな気がする。
この人にはなんか負けたくない。白旗なんか上げたくない。
「まだ夜中だよね。…寝よっか」
「…おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
……隙間が出来たままだ。
歌詞太郎さんは目を閉じる。
俺も目を閉じるけれど、どこか落ち着かない。
…何かが、足りない。
「……」
「…お、…天月くん?」
「歌詞さんは寝てていいです。てか寝ててください」
隙間を埋めるように。
ギュッと、ちょっと控えめに自分から彼に抱きつく。
俺より背の高い彼はすっぽりと覆い尽くしてくれる。
「…それは、ちょっと無理だなぁ」
「…う、わ、」
ギューッと、さらに強く。
彼の力は強い。逃げられない。苦しい。
全てが歌詞太郎さんで隠される。
「……苦しい?」
「うん、…苦しいです」
「嫌だ?」
「嫌じゃ、ない」
わかってるくせに。
この人はたまにこういう意地悪をする。
「……寝ましょ。満足、しました」
「このままでいい?」
「…苦しくなったら容赦なく叩き起こしますからね」
「いいよ、それで」
おやすみ、と言いながらもう一度目を閉じた歌詞太郎さん。
寝るのかと思ったけど、俺の体に回った腕に加わる力はなかなかに強いままだ。
……これは緩む時が来るのかな。
「……はぁ、」
小さく、こっそりと、呼吸をする。
意識して呼吸をしないと、息が止まってるみたいな感覚に陥ってしまう。
「……」
目の前の綺麗な顔。
この顔の持ち主は、俺の全てを覆い隠す。
そのせいで、息が、止まる。
「……。…天月くん…?」
ああ、ダメだ。
苦しい。けれどこの人から離れたくない。
呼吸がしにくい。けれどこの人と触れていたい。
「……かしさん、」
好きです、
伝わってますか、
好き過ぎなんです、
呼吸が出来なくなるくらい、
貴方と触れていたいんです、
ずっと近くにいて、
俺のことを覆い隠して。
「……うん、僕も好きだよ」
「……かしさんが、好きです。…好きなんです」
呼吸をしなきゃ。
皮膚は歌詞太郎さんにすっぽりと覆われてしまった。
口と、鼻で、息をしなきゃ。
でもダメなんだ。
想いが溢れてしまう。
呼吸より先に、貴方への想いがぽろぽろと溢れてしまう。
「どうしたの、今日は甘えた天月くんだね?」
「……たまには甘えたくなるんです」
「いいよ。いっぱい甘えて」
歌詞さんの全てが、俺の全てを隠してしまう。
呼吸でさえ、ままならない。
息が漏れる。
いつもどんな呼吸をしてたっけ。
やけに自分の息を吸う音が響いて聞こえる。
「…あまやかして、…ぎゅ、として」
「……とんだ誘い文句だね」
歌詞太郎さんも隠されてしまえ。
俺でいっぱいになって。
2人で呼吸が曖昧になって、お互いにお互いでいっぱいになって、そのまま溺れてしまえ。
息ができないの。
覆われてしまって呼吸がわからない。
……ああ、貴方と居ると呼吸の術を奪われる。
目次に戻る→[jump:1]
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<span style="color:#bfbfbf;">想いの波に溺れてしまえ。</span><br /><br /><span style="color:#32cd32;">意味のない呼吸をしてる。</span><br /><br /><span style="color:#ffd700;">自分の鼓動がズレていく。</span><br /><br /><span style="color:#dc143c;">隠れて覆って呼吸ができない。</span><br /><br />.<br /><br />.<br /><br />私が楽しいだけの短編集。<br /><br />まるで数人でリレーして書いたみたいな短編集ですが、実際の参加者は私1人。<br />わーい、たーのしー。<br /><br />1ページ目に目次があります。<br />読みたいところからどうぞ。<br /><br />好きな要素詰め詰めで書きました。<br />同じく好きだと言ってくださる方がいらっしゃいますように…。<br /><br />東北民が書く関西弁です。<br />おかしなところがあるかもしれませんが、寛大な心の中で訂正しながらお読みください…<br /><br />.<br /><br />.<br /><br />【2018/09/17:追記】<br /><br />2018年09月16日付の<br />[小説]女子に人気ランキング 87位<br /><br />2018年09月10日〜2018年09月16日付の<br />[小説]ルーキーランキング 3位<br /><br />頂きました。ありがとうございます。<br />過去最高でございます。嬉しや嬉しや。<br /><br />.<br /><br />【2018/09/18:追記】<br /><br />2018年09月17日付の<br />[小説]デイリーランキング 96位<br /><br />お邪魔しました。あばばばばばば。<br />皆様、本当にありがとうございます。
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呼吸くらいさせてくれ。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10125633#1
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子供の頃に一度、両親に連れられて、とある美術館に行ったことがある。
夏休みも折り返しの日。避暑と観光を兼ねた土地にある美術館には、大人たちばかりが大勢いて、まだ背丈の足りない俺の頭は人混みに埋もれて、展示された絵はまともに見えず、ただ息苦しいだけだった。
どちらかといえば放任主義の両親は、「美術館や博物館は自分のペースで回るものだ」という言葉を残して、早々とどこかに行ってしまった。
両親に似ず絵画に興味もなかった俺は、研究所や展示施設には独特の閉塞感があるように感じられて、途中の展示室を繋ぐ渡り廊下から中庭に出られることに気づくと、ふらりとその扉を開けた。
「……熱い」
外に出た途端、容赦なく直射日光と熱気が襲ってくる。避暑地だけあって、蒸し暑さはあまり感じないが、それでも太陽がジリジリと皮膚を焼く。外壁の白いコンクリートが、熱を溜めて照り返す。眩しい。室内から持ち込んだ冷気は一瞬で失われて、呼吸器官に熱風が入り、じわじわ体内を侵食される。遠くから、蝉の鳴く声がする。
他に人の姿はない。扉付近から見る限り、品よく手入れされた庭だが、名高い庭園を目指した造りではなかった。庭に必要な木々や花を、シンプルに配置しただけのような場所だった。
夏真っ盛り、人が美術館に集まる理由を考えれば、誰もいなくて当然かも知れない。特に美術館は、作品保護のために、強く冷房を効かせていることも多いと聞く。
それでも、すぐに中へ逃げ戻るのはなんとなく格好がつかない気がして、少しだけ外を散策することに決める。
……こういう行動を、むしろナンセンスというのかも知れない。
最近覚えたばかりの言葉を使いつつ、中庭を歩く。
綺麗に敷かれた芝生の中心には、右に弧を描くような白い煉瓦の道があり、両脇の木々は、一つ一つ丁寧に名札をつけられている。
その道を辿っていくと、青く繁った木々に隠されるように、ぽつんと、白い六角屋根の休憩所があった。
柱と屋根、内側に二脚だけ置かれた椅子。中心にはミニテーブル。内側もすべて白色で構成されたそこは、冷房器具はおろか壁もない。
それでも日差しを遮る屋根があるだけマシだと思い、どこか寂しい雰囲気の休憩所の中に入る。
そして――それから、椅子の一方に、銀髪の青年が座っている、そのことを、ようやく認識したのだった。
「……っ……!」
まったく気づけなかった。反射的に肩が跳ねて、身体は強張る。
けれど一度気づいてしまえば、青年は異様なまでに存在感を放っていた。恐ろしいほど整った横顔と、均整のとれた体躯が、息苦しいほど謹厳そうな雰囲気を纏っている。それでいて浮世離れした色合いの眼差しは、どこか遠くを見ているようだった。長い足は少し持て余されたように椅子から伸びていたが、それが青年の優雅さを損なうこともなかった。
青年はまだ、こちらに気づかない。
血の気の薄い頬をぴくりとも動かず、いっそモデルか俳優かというよりも、人の姿を真似た何かにさえ見える。
……そんな人が座っていることに、どうしてほんの一メートルの距離に近づくまで、気づけなかったのだろう?
とにかく、青年の邪魔にならないように、なるべく音を立てないように、ゆっくりと後退って、六角屋根から出ようとする。
しかし、ふいに青年は視線を動かしてしまった。空を写し取ったような瞳が、俺を捉える。
思わず、足がすくんだ。
その色は凪いだように穏やかで、青年の外見とは不釣り合いなほど深く老成しているように見えた。
恐怖にも似たものを感じて目を離せないでいると、それを不審に思ったのか、青年は少し首を傾げて口を開いた。
「こんにちは」
淡々とした声だった。落ち着きがあるというよりは、ガラスにでも隔てられているような無機質があった。
「……こんにちは」
気後れしつつ口を開く。
すると青年は何故か軽く目を見張った。
形の良い口が、は、と音の乗らないまま一度動き、それから、戸惑うように、今度は少し声を揺らした。
「……この美術館に来たということは……君は、絵が好きなのだろうか」
一瞬迷い、頷く。直感的に、本当は今日の展示内容にすら興味がなかったことを、青年に告げるべきではないと思った。
「はい。……その、好きです」
「そうか」
青年の硬い表情が、確かに喜色に染まる。
「では、第一展示室の入り口に展示してある絵は、どうだっただろうか」
「えっ」
「私個人が特に好ましいと思うのは三番目のものだが、やはり最初に目に入る作品は、今後いだかれる画家のイメージそのものとなる可能性が高いだろう」
「え、えっと」
「それを鑑みれば初期作品とはいえど彼の実直なまでに目の前の風景をキャンバスに映し出そうとする姿勢がよく現れている一枚目こそが――」
「あの、ごめんなさい!」
唐突に始まった青年の話の内容がほとんど理解できず、困惑と申し訳無さで、思わず遮るように声を上げる。
「人が多くて、まだ、あまりきちんと見れていなくて……」
「……そうか……」
青年は、露骨にがっかりした様子で肩を落としてしまった。いつの間にか堅苦しそうな雰囲気さえ霧散している。
もしかすると、本当はあまり怖い人ではないのかも知れない。無口に見えて、意外と会話も好きそうだ。少し、安心する。
その代わりに、自分よりもずっと年上に見える人を落ち込ませてしまったことに、何とも言えない罪悪感を抱いて、慌てて話題を変える。
「貴方は此処にいても、暑くないんですか」
外に出てからずっと、自分の肌にはじっとりと汗が滲んで、それをシャツが吸っては熱風でからからに乾かされていた。なのに青年は日差しを意に介さないような涼しい顔をしている。そもそも、あまりに似合っていて今まで気づかなかったのだが、真夏の外だというのに、青年は白い長袖のジャケットを羽織っていた。
「……ああ。意外と平気のようだ。日光も」
青年は苦笑して、まるで手を透かすように太陽に向けた。大理石のようにしっかりとして長い指が、逆光の中に浮かび上がる。
「だが君は暑そうだ」
青年の寒色の瞳が、再びこちらに向く。
「……少しだけ」
つい目を逸らす。嘘だ。倒れるほどではないが、本当はかなり暑い。けれど目の前の青年があまりにも涼しげで、ちょっと言いづらい。
もしかしてこれは遠回しに、邪魔だから館内に戻れ、と言われているのだろうか。そう考えたが、青年はさらに言葉を続けた。
「君は、ご両親とはぐれたのだろうか」
「いえ、美術館は自分の好きに回るように言われたので、出口で合流します」
青年が、ふむ、と一度考えるように顎に指を当てた。
「それならば、私に中を案内させてくれないだろうか」
え。と、一瞬暑さも忘れて青年をじっと見上げる。
「こうして誰かと話すのは久しぶりでな。いけないだろうか」
青年は照れくさそうに微笑する。
悪い人ではないと思えた。見知らぬ人についていくなとは言われているが、なにも美術館で、大勢の大人がいる場でおかしな真似をされる可能性は低いだろう。むしろこの誰も寄り付かなさそうな庭よりも安全に思える。
「……貴方がいいのなら」
少し躊躇ってから、頷く。
「ありがとう」
そう言った青年は、椅子から立ち上がると、俺の前に右手を差し出した。
その手に戸惑ってから、どうやら握手を求められているらしいと気づく。
大人からそんな対応をされたことは初めてだ。おずおずと、まだ随分と大きさの違う手を握る。
その瞬間、だった。
手や背の皮膚に滲む汗が、ぞっ、と凍った気がした。
「っ、!」
驚いて息を呑めば、もうその感覚は無くなって、生ぬるい風が頬を撫でる。
青年の手は、思いのほか冷たかった。まるで長い時間、氷や土の中にいた人のように冷え切っていた。こんなに暑い場所にいたのに、どうしてだろう? そういえばまだ日差しは強いのに、周りの空気が一段涼しくなった気がする。
すっと手を引っ込めた青年の表情が、微かに曇る。
「……もしも君の体調が優れないようなら、反故にしてもらっても構わない」
その顔が、たいして変化もしていないのに何故だか悲しそうに見えて、慌てて首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。あの、よろしくお願いします」
心なしか蝉の鳴き声が遠くなった世界でそう言うと、安堵したように微笑む青年の存在感が増した。
少なくともこの美術館は、私語厳禁ではなかったらしい。
楽しそうに一枚一枚絵を解説していく青年の後について、今度はちゃんと鑑賞する。
この企画展では、一人の画家の作品を集め、初期から晩年まで時代順に並べているそうだ。
印象派という当時新しい作風を確立させた一人で、今でも根強い人気のある有名な人だよ、と言われれば、確かに学校の美術の教科書に載っていたような気もする。
先ほどと変わらず、館内は酷く混雑していた。それなのに青年が歩を進めると、不思議なことに人だかりは青年を避けるように散ってしまった。
むしろ、こんなにも整った顔をしている青年に、誰も目をくれない。
だからといって周囲は、おそらく意図的に青年を避けているわけではないようだった。自分が知らないだけで、青年が目も合わせられないほど特殊な人物である可能性も考えたが、周りの大人たちは、畏怖しているわけでも、よそよそしくしているわけでもなさそうだった。
ごく自然に、きっと彼らは無意識に、なんの疑問に思うこともなく、なぜか青年に道を開けていた。もっと言えば俺自身も、不思議とそのことについて青年に追及しようとは思わなかった。ある意味強制的に周囲の空間を空けさせていることについて、少し悪いことをしている気分にはなったが、同時にこの奇怪な現象が、青年にとって当然のことのような気もしてしまったのだ。
結果として、館内を歩くのは、混雑時とは思えないほどスムーズなものになっていた。
青年が目を向けると誰もいなくなってしまった次の絵に、二人で近づく。
それは、光に照らされた荒々しい海と、その側の崖に建てられた見張り小屋の絵だった。
「彼の作品は、間近で見ると筆致も荒く、雑然と絵具の点を置いただけように映るかも知れない。しかし少し離れて見れば、点は隣り合う色と目の中で混ざり合って、荒々しい波とそれに反射した美しい光の粒になる」
「本当ですね」
青年に言われた通りに、絵から少し離れたり顔を近づけたりしてみる。角度を変えれば印象も変わって、絵に興味などなかったはずなのに、案外面白い物だと思えた。
けれど輝く海を背景に建つ小屋は、海と混ざり合うことなどなく浮き上がって、どこか物悲しく思えた。それが青年のいたあの六角屋根にもなんとなく似ている気がして、こっそり青年の横顔を見上げる。
「どうかしただろうか?」
「いえ……」
青年がすぐに気づいて、不思議そうな顔をする。慌てて首を横に振り、絵に視線を戻す。
雰囲気は柔らかいままだから、たぶん楽しそうなのだと判断する。それなら余計なことを言う必要はないだろう。
「このように鮮やかな自然の光を描写するために、彼は色を混ぜず、直接キャンバスに置き重ねた。絵具は混ぜると、くすんでしまうものだからね」
解説に慣れているのだろうか。青年の声はそう大きくはないのに、とても聞き取りやすくて耳馴染みが良かった。
次の壁は、同じような絵が何枚も並んでいた。
正確には、同じモチーフを、別々の時期、別々の時間帯に描いたものらしい。
「これは……?」
画面には、田園を背景に積まれた藁という、一見何でもないようなものが描かれていた。だからといって習作とも形容しがたいそれに、首を傾げる。
「連作というものだ。彼は同じ場所からの風景でも、時間や時期によって、光の具合や印象が違うことに意味を見出した。そして、その移り変わりを描き留め、並べて一枚の作品にしたのだ」
「へぇ……」
面白いですね。そう言おうとして、今度は青年の表情が曇っていることに気づく。
「もしかして、この絵はあまり好きではないんですか?」
そう口にしてから、余計なことを言ったかも知れないと、慌てて口を押える。
青年は決まりの悪そうな顔で俺を見て、苦笑した。
「いや……そうだな。初めて目にしたときは衝撃を受けたし、昔は好ましかったのだが……これは移ろう光の変化を描いているはずなのに、今は、このモチーフだけが時の流れから取り残されているようで、少し……寂しく感じるのかも知れない」
それからしばらく歩いたあと、俺が疲れた顔でもして見えたのか、青年から少し休憩しようかと提案されてしまった。
館内に設置された長椅子に、青年と並んで腰を掛ける。
隣の椅子には何人も詰めて座っているのに、この椅子には誰も近づかない。まるで青年と二人、周囲から遠巻きにされているようだった。
けれど青年の隣は、俺以外誰も知らないようだが、とても居心地が良い。
こうなると、いつの間にか苦手だと思っていた館内の閉塞感すら、悪くないもののように思えてくる。
「君はどの絵が気に入っただろうか」
そう問われて、手に持っていた展示作品のリストを見返す。
際立って目を引いた絵はあった。タイトルも覚えている。だがそれ一つを選ぶ理由が答えられそうになくて、迷いつつ首を振る。
「まだ、わかりません。貴方はどの絵が好きなんですか?」
「私か。どの作品も好ましい点はいくつもあるのだが、しいて選ぶなら――この作品だろうか」
青年の長い指が、今一番長く眺めていたタイトルを示す。
「……! それは、とても素敵でしたね」
思わすそう口にする。きっと絵画の好みなど、他人と合わせるようなものではないのだろう。それでもなんだか嬉しかった。
目の前の通路を、父親がこちらを見ることもなく通過していく。どうやらあまりにもスムーズに鑑賞できてしまったので、途中で追い抜いていたらしい。
そのあと少し遅れてきた母親とは一瞬目が合ったような気がした。しかし、青年のかっちりとした身なりのおかげだろうか? 見知らぬ青年といることについて、特に何かを言うこともなく遠ざかっていった。
再び歩き出してすぐ目に入った絵には、赤い薔薇園が描かれていた。
「この絵は、他に比べてずいぶんと鮮やかですね。それに、画風も少し変わったような……?」
「ああ。この頃の彼は、老化により視力を失い始めていたのだ」
「えっ……」
驚いて、絵を凝視する。描くことを生き甲斐にしている人が、もしも視界を失ったら、どんなに絶望しなくてはならないだろう。
しかし鮮やかな筆致で描かれるその絵には、たぶん迷いや戸惑いなどよりも、昔と遜色ない情熱があるように思えた。
「それでも彼は、長年の経験を活かし、自らが見てきた記憶を辿り、感じるがままに最期まで描き続けた。とても素晴らしく……羨ましく思う」
この画家よりずっと年若いはずの青年は、静かにそう続けた。
「これで終わりか」
しばらくして画家の生涯を記した年表が飾られた場所に来ると、青年は惜しむように呟いた。この先が展示室の出口らしい。
「君を珈琲の一杯にくらい誘えれば良かったのだが」
俺をちらりと見て、冗談めかすように微笑する。
どうやら子供扱いされているらしい。別に珈琲くらい(砂糖とミルクを少しづつ――を、三回ほど繰り返せば)飲める。追加でケーキを付けられるくらいの小遣いも、しっかり鞄の中に入っている。
それに、美術館の空調が効きすぎているのか、今は温かい物を飲みたい気分だった。最初に一人で回っていたときよりも、ずいぶんと肌寒いのだ。
だから、最初は青年を警戒していたことなどとうに忘れて、そう言おうと口を開く。
「あの……、あ」
しかし視線を動かせば、出口のすぐそばに両親の姿があった。明らかに俺を待っている姿勢だった。
俺が注視している方向を辿った青年が「彼らが君の?」と短く問う。
頷くと、「では、ここでお別れだな」と言う声がした。
当然のことだった。青年とは今日知り合っただけの他人だ。両親の前で、彼らを待たせてまで懐いて甘える理由など、見つけられるはずもない。
「……ありがとうございました。楽しかったです」
渋々という気持ちを隠して、なるべく青年の目に礼儀正しく映るように頭を下げる。
「こちらこそ感謝を。久しぶりに楽しいと思えたよ」
本当だろうかと見上げて確認した青年の表情は、最初に会ったときよりも、ずいぶん晴れ晴れとしているように見えた。
それなら、いい。……たぶん。そう自分に言い聞かせる。どうやら自覚していた以上に、俺はこの青年のことを好きになっていたらしい。
「さようなら」
と青年に別れを告げて、両親の元に向かい、声を掛ける。
すると二人は、ずっと出口のほうを見ていたくせに、まるで目の前に来た俺の姿に今気づいたかのように驚いた表情を浮かべた。
その瞬間、急に周囲のざわめきが大きくなったような気がした。まるで、さっきまで誰かに耳を塞がれていたのを、ふっと離されたかのようだった。
そのことを不思議に思いつつも、両親に美術館はどうだったかと聞かれ、あの青年に良くしてもらったのだと伝えようと、背後を振り返る。
けれど、いつの間にか室温が上がったらしい美術館の出口に、もう青年の姿はなかった。
[newpage]
――それで終われば、小さな子供の夏の思い出として、いつか青年との記憶は薄れていったのだろうか。
絵に興味がある、という嘘が真となって十年が経った。
俺は自分でも絵を描き始めて、描き続けて、美大生になっていた。
そして夏になり、ふと思い立って、一人であの美術館に行くことにした。
特にきっかけがあったわけではない。しいて言うならば、軽くスランプに陥っていて、気分転換がしたかった。原点に立ち返るなどしてモラトリアム期間を謳歌しようとしたと言ってもいい。ついでに自力で足を運べる程度には子供ではなくなったというだけの話だった。
適当な電車に乗り込んでから、ようやく開催中の企画展の内容を調べる。無意識に学内のポスターでも目にして覚えていたのだろうか。それは偶然にも、あの青年に会ったときと同じ内容で、少し、笑った。
相変わらず混雑した館内を、ゆっくりと歩き、立ち止まり、今度は一人で丁寧に鑑賞していく。
けれどその途中で、ふらりと渡り廊下から中庭に出る。
途端に押し寄せる熱気に、対抗するように、は、とまだ冷えている息を吐く。
やはり暑い。もはや蝉すら鳴いていない。絵画に限らず、情熱だか気迫だか、とにかく念の籠もったものが並ぶ場所から離れた瞬間は、大抵白昼夢から覚めたように現実に引き戻されるものだ。まして猛暑というのは過酷な現実の極みのはずだが、この人気なく整った中庭は、白煉瓦と晴れた空の眩むような視界が相まって、館内よりよほど非日常的な場所にすら思える。
白煉瓦の道を進み、やがて六角屋根が見える。
中にはもちろん誰もいない。二つ、空の椅子があるだけだ。
ここで俺が絵画の道に進むきっかけになった不思議な青年に再び会えるなどと、都合の良いことを考えていたつもりはない。ないが、確かに落胆はあった。
あのとき青年が座っていた椅子と、向かい合うように腰掛けて、軽くため息をつく。
本当は、旅先の些細な出会いだったのだろう。けれど、一方的に人生を左右された末、たまたま子供に対して面倒見が良かっただけの青年は、いつの間にか、俺にとって恩師同然になっていたのだ。
……行方を知りたい、貴方がこの道に進むきっかけだったと礼を言いたい、あわよくば自分の描いた絵を見てほしい――そう思い、青年の素性を探したこともあった。
現代の画家や評論家の写真を片っ端から漁り、見つからないのであれば、あれだけ見目の良い人物なのだから、モデルか俳優か、何かしら人目につく職業だろうと考えて、様々な形で検索したり、その手の方面に詳しい者に尋ねたこともある。
見つからないと逆にもどかしくなるもので、少しばかり形振り構わなくなった時期には、友人に恋患いのようだと揶揄されたほどだった。ほんのり自覚しているストーカー気質をオブラートに包んでくれたのか、放っておいたら二千年先でも探していそうだねとも言われた。冗談ではない。それはさすがに気が狂う。
しかし、今の情報社会で生きているならば、何をしていても目立つであろう青年が、見つかることはなかった。名前を教えてもらったわけでもないのだから、必死に探すほうがナンセンスなのかも知れない。ただ一度気まぐれに遊んでやっただけの子供に探されても、迷惑なだけだろう。そう何度も考えた挙句、結局かなりの時間をかけても、俺は青年を探すことを止められなかった。
今では諦めたふりをしていたが、この美術館に来れば、何か手掛かりが掴めるのではないかという漠然とした考えもまだあった。館内の職員の顔もそれとなく探した。だが、どこにも青年の姿はおろか、よく似た面影を持つ者もいなかった。
それでも確かにあの日、青年はこの机に組んだ手を置いて、一人ぼうっと空を眺めていたのだ。だから、きっと今もどこかにはいるはずだった。
その痕跡も見当たらない場所にむかって手を伸ばす。
そして机をなぞるはずだった指は――あまりにも冷えた白い手に触れていた。
「っ……」
反射的に、顔を上げる。
いつの間にか、目の前には、落胆した表情でうつむく青年の姿があった。
相変わらず、整い過ぎた顔は特に崩れることもなく、昔のままだった。
……正確には、目の前の青年の姿は、数年前と何一つ変わってはいなかった。
周囲の気温が一気に下がり、音が遠ざかる。
しんと静かになりすぎた場所で、自分の心臓だけが、バクバクとうるさく跳ねていた。その中で、青年はゆっくりと口を開いた。
「……君は、あの時の子だろう? ずいぶん大きくなったようだ。再びこの美術館に訪れてくれたということは、今も絵が好きなのだろうか」
うつむいた青年と、視線は合わなかった。目を見開いている俺に気づきもしないで、青年は淡々と言葉を続ける。
「と言っても、今の君には聞こえないだろうな。それでも……私は、とても嬉しく思う」
……通りで見つからないわけだった。今の今まで俺は、現代に生きている人間しか探していなかったのだ。
青年が組む手は、机の木目が透けて見えていた。青年に触れているはずの手は、ひんやりとした冷気のような頼りない感触ばかりだった。重ねているはずなのに、空中に浮いたようになっている俺の手を、悲しげに眺める青年は、実体など持っていなかった。
ほんの少し躊躇って、一度、深呼吸をする。心臓が緩やかに落ち着いていく。恐怖はなかった。
「あの……聞こえています」
青年の空色の目が、不思議そうに瞬く。もう一度「ちゃんと聞こえています」と告げる。すると青年はようやく顔を上げて、曖昧に苦笑した。
「……まさか、私の声が?」
「はい。姿も見えています」
ぽかん、と。口を半開きにした青年が、今度こそはっきりと俺を見る。
半透明だった手が、確かな色を帯びて、次第に白く光を反射する。
「お久しぶりです」
青年の髪が輝き、輪郭が鮮明になる。手のひらが確かな感触を得る。
それでも青年は、信じられないものを見たような表情を浮かべて固まっていた。
「その……たぶん、そこまで幽霊を驚かせたのは、今が初めてです」
しばらく待ってそう告げると、幽霊の青年は、まるで呼吸を思い出したかのように長く息を吐いた。
「貴方は、何者なんですか」
「この美術館を造った者だ。おそらく君が生まれるよりも先に死んでいる」
君に此処は暑いだろうと言われ、館内に戻る白い煉瓦道を歩く。
あの頃よりずっと伸びて、成長もほぼ止まった背丈は、どうも長身の青年と並ぶと未だに頭一つ低いらしい。
「私には、絵の才能が無くてね」
「そんなふうには見えませんが」
「デッサンは得意だったよ。小手先の技術の習得は早かった」
「それは凄い才能だと思います」
それとなく青年の手に視線を落とす。表向き美しく整った手の内側は、厚いタコができ、何度もマメが潰れ、荒れていた。幼少期には硬いとだけ思った、自分が描き始めてようやく知った、絵描きの手だった。
「そうかも知れない。だが、それだけでは画家にはなれない。最後に画面に表れるべき自我のようなものが、私にはなかったのだ」
確かに、と青年を横目に見る。記憶と違わず神の手で精錬されきったような横顔は、白銀の髪の一本、鼻梁の造形、頬の陰影から澄み切った青の瞳を縁取る長い睫毛、その影が落ちる角度にいたるまで、一切の不純物など見つからない。その外見が青年の生き方の表しているのだとすれば、いかにも我欲が薄そうだ。きっと細部まで整った、美しい絵を描いていたのだろう。
だが、芸術家を志しておいて、作品に個性を表明できないのは致命的だ。
「だから描くことを止め、才能ある者たちの支援に回ろうと、この美術館を造ったのだ。しかし、完成する前に、うん、事故死してしまってね。気がつけばこうなっていた」
「それは……その、ご愁傷様です」
本人に直接言ってもいい言葉なんだろうか、これは。
青年は「もう十数年も昔の話だよ」と頓着する様子はない。
「ですが、心残りがあったのでは?」
「そうだな。美術館の完成を見届ける、あるいは人々に才能ある者たちの絵を知ってもらう。そんなところだと思っていたのだが……それらが達成されてもここに留まっているあたり、私は自分で思っていたよりも、欲深いのかも知れない」
「……そうでしょうか?」
それなら館内に肖像の一つでも飾っておいて欲しいものだ。
館内に踏み込んでも、やはり青年に目を向ける者はいなかった。そのことを気にした様子もなく、青年が軽く首を傾げる。
「また、君と共に展示室を回っても構わないだろうか」
もちろんです、と頷く。すると青年は安堵したように笑った。
「解説は必要かな」
「いえ、大丈夫です。あの、実は俺も、今大学で油画を専攻しているんです。だから、」
――きっと昔より、貴方と話せると思います。
そう告げる前に、青年は「そうか」と目を細めてから歩き出してしまう。
その後を追って、今度は黙々と館内を進む。青年はあの時のように子供を気遣う真似はせず、それでも自然と合う歩幅が嬉しくなる。
周囲は相変わらず無意識に、幽体の青年を避けていた。しかし今になって気づいたが、彼らは青年だけを認識しないわけではないらしい。
いつからだったか俺が履き始めたヒールの靴は、踵の音が鳴らない物を選んでいても、男が履いているという点で目立つらしく、青年に会うまではちらちらと視線を感じていたのだ。だが今は、誰の気にも止められていない。
おそらくこの奇特な青年の影響を受けて、俺も存在が薄くなっている。
子供の頃、青年と別れて両親に話しかけたときのことを思い出す。あのとき両親は、俺から声を掛けるまで、俺が目の前にいることすら認識できていなかったのだろう。
「……神隠しとか、意外と簡単に起こせるんでしょうね」
「うん?」
「いえ、なんでもありません」
青年にその気がなくて良かった。相手が悪ければ、俺は十年前に行方不明になっていたかも知れない。
呆れたことに、青年の周りで起きる超常現象については、幼い頃と変わらず、案外すんなり受け入れられていた。むしろこの青年の場合、世界の明度や彩度を操っていないことが不思議だと思う。
相変わらず真白で汚れ一つない背を追いながら、そんなことを考える。そして、ふと脳裏に浮かんだ疑問に唇を噛んだ。
……もし青年が、この十年間一人でなかったなら。彼は今日、六角屋根の中で浮かべていたものとは、別の表情を浮かべていたのだろうか?
それにしても美術館という場所は、時間の流れが曖昧になる。
過去を鮮やかに閉じ込めた風景画、その時代に生きていた人々の姿、あるいは当時の社会問題、宗教観。それらに対する憂い、風刺、喜び、そして画家本人の想いなどが滲み出た画面が何枚も飾られ、一つの空間を造っているのだ。
時の流れから外れた場所に、迷い込むようなものだろう。
展示室の三分の一ほどを回ったところで、隣からの視線に気づく。
「あの、どうかしましたか?」
視線の発生源である青年の顔を見上げる。蒼の瞳がじっとこちらを見ていた。妙に悩ましげな表情を浮かべている。整い過ぎた顔に直視され続けるのは、同性とはいえど、なんというか、あまり心臓に良くない気がする。今すぐ不整脈になりそうだ。
「ああ……君の顔が随分と良く見えるようになったな、と」
「はい?」
返された言葉に困惑する。意図がよくわからない。
「いや、君が難しい顔をしていたから、どうしたものかと考えていたのだが、つい」
青年は、失言だったと言いたげに口元を押さえた。
「そんなつもりはなかったんですが……すみません」
俺は考えていることがそこそこ顔に出やすいらしいが、青年は無口に見えて、問えば案外答えてくれる。
目の前には以前と同じく、光り輝く海と小屋の絵があった。懐かしい解説を思い出し、首を傾げる。
「顔がよく見えるようになると、何か変わりますか?」
期待半分、冗談半分のつもりで聞けば、青年はふっと笑った。
「そうだな。私の知識では、もう君の気を引くのが難しいくらいに変わったと思うよ」
その表情は、笑みを形作りながら、あまりにも静かだった。そして、期待していたどの言葉とも違っていた。
……あ。と自分の声が遠く聞こえた。
「あの……少し、座りませんか。疲れたので」
近くにある長椅子を示し、青年の答えを待たずに腰を掛ける。館内はまだ半分も歩いていない。
隣に青年が並んで座ると、さらに頭の位置が近くなる。
だが、近づきすぎた絵は、点に戻ってしまうのだ。俺が子供の頃に良くしてもらえたのは、俺だったからではなく、きっと子供だったからに過ぎない。浮かれているのは、現状俺だけらしい。
なにも嫌われているわけではないだろう。だからといって先の回答を聞いて「俺が知りたかったのは、貴方の知識ではなく、貴方自身のことです」などと、伝えていい距離にいるとは思えなかった。
「……貴方は、ずっと此処にいたんですか」
代わりに投げた問いに、青年は意図がわからないという表情を浮かべたが、こくりと頷いた。
「そうなるな」
「俺の他に、貴方に気づいた人は」
「三人ほどいたよ。皆、子供だった。子供は霊感が強いという俗説があるが、そのせいだろうか。だが会話してくれたのは、君だけだったな」
青年は苦笑して「私は昔から子供に怖がられる性質でね」と続ける。
「ああ、最初は俺も怖かったです」
「え……っ?」
「本当に最初の数秒だけですよ。顔が良すぎて近寄りがたかったんです。話してみたら良い人だとわかりましたが」
距離を測るように茶化してみると、青年は自分の頬に触れて、軽く眉を寄せた。
「……表情が乏しいと言われたことはあるが」
そう呻く青年は、一見美人が怒ると怖いに似通った雰囲気になって、近寄りがたい。
だが、よくよく見れば、怒っていれば引き結ばれるはずの唇は軽く尖っていて、拗ねているのだとわかる。
ずっと年上の大人とだけ思っていた頃は、気づかなかった顔だ。それが嬉しくて、こっそりと頬を緩ませる。大丈夫だ、少しづつならこれから距離も縮められる。
「それと、俺は貴方以外を視たことはありません」
だから霊感とやらがあったかどうかはわからないし、青年のことは今も視えている。
確かに気迫が薄れていたが、それは俺が大人になって疑り深くなったからというよりは、青年の存在を主張するつもりのなさが原因ではなかろうか。
「言われてみると、私も私以外を視たことはないな」
青年以外の幽霊が仮にいたとして、悔恨の念にかられた身でそうそう美術館を観光に来たりはしないだろう。
「この美術館から出たことは?」
「それもないな。地縛霊ではないと思うのだが」
「でしょうね。……えっ、地縛霊じゃなかったんですか」
それなら自分の意思でどこへでも行けただろう。
だが青年は、そうしなかった。つまり青年は、他に行くあてもなく、この十年間ずっと独りだったのだ。そしておそらく、その前も。
……それなら実質、貴方を見つけたのは俺だけですか? ふっと浮かんだ思考を慌てて振り払う。なんて傲慢な言葉だろう。腐りきった果実のようだ。匂いだけは醜悪に甘く、その実は口にするだけで吐き気がする。青年に味わってもらおうなどとは到底思えない。
しばらく沈黙が続き、やがて青年が口を開く。
「君は今、大学で絵を学んでいると言っていたね。調子はどうだろうか?」
軽く息を吸うと、本来よりも冷えた空気がすっと胸に入って、上辺だけ清涼な気分になる。
「悪くはないです。少し悩んでいたこともありましたが、今日ここに来たら解消されました」
「それなら良かった。君はきっと迷いなく描き続ける理由を持っているのだろう」
そんなはずはない。純粋な憧憬と僅かな諦めは、解消されたのではなく、愚かな期待と理屈の通らないものに置き換わっただけだ。けれど迷走のような感情がずっと俺の原動力だった。青年は俺のそんなことも知らない。
代わりに青年は俺を見て、なんだか眩しそうに目を細めた。
「君は、本当に、随分と大きくなった」
「そうでしょうか」
そんなことはない、とは言いたくなかった。少なくとも背は伸びた。知識も経験も、十年分は確かに成長した。老いて死ぬまで創作し続ける者も少なくない芸術の世界では、若輩者もいいところだが、その分まだまだ才を伸ばせる自信はある。
そうすれば、もっと青年に近づける。数年後には並べるかも知れない。身長や容姿はともかく、子供の頃の面影などないくらいの大人として見てもらえるかも知れない。
……だから待って欲しい。あと、ほんの少し。貴方の目に魅力的に映るまで。
しかし青年は、音もなく息を吐いて、微笑むように唇を僅かに緩めた。その無感動な仕草は、拒絶に似ていた。
「君はじきに私を追い抜いていくだろう。年齢も知識も、何もかも。……いや、もう私は取り残されているのかも知れないな。ずっとここにいただけなのだから」
青年の声は以前と同じ聞き取りやすさで、けれど彼自身の解説を、俺はしばらく理解できなかった。
蒼い目は俺から逸れる。そして動くことのない絵画に向いた。
「だが、君は可能性を持って生きている。幽霊と話している時間はないだろう」
青年が話を終わらせるように立ち上がる。そして、足早に次の展示室に向かってしまった。
ひゅっ、と、自分の呼吸が怯えた音を立てていた。咄嗟になにか呼び止める言葉を並び立てようと、その背に向かってぱくぱくと無意味に口を動かすことが、精一杯だった。
呆然と見送ってから慌てて追いかけて、まだ一歩距離を空けていることを、取り残されるでなければなんだというのだろう。
つまり俺は、最初から勘違いしていたのだ。青年にとって俺と再会したことは、本当はけして心地良いものではなかったわけだ。
俺が青年に近づけたと喜んだ時間は、青年にとって何も得られなかった時間でしかない。
一つひとつの作品を慈しむような目で見つめていた青年が、積みわらのモチーフを描いた連作の前で、僅かに目を伏せた。展示作品の中でも目玉の一つであるその大作を、ほんの数秒立ち止まっただけで通り過ぎていく。
そろそろと後を追うと、青年は微かに俺に視線を向けて、困ったように呟いた。
「君はゆっくりと観て構わないよ」
「……以前、観ましたから」
一人で来ているならば、あるいは気の置けない友人とでも来ているのならば、最初から好きに回っている。その間に放っていかれようと気にならない。
だが、青年だけは別だった。俺が一人で過ごすはずの場所を、最初にそうでなくしてしまったのは、誰だと思っているのだろう。
視界の端に、風景に溶け込むような人物画を捉える。白い日傘を差した、顔もおぼろげな人の輪郭だった。
「この絵、以前好きだって言っていましたよね? 俺も、一番好きなんです」
青年の気を引くように、そう口にする。
数年経ったところで、好きな理由などわからなかった。後付けで好ましい部分を上げることは簡単だったが、初めて目にしたときの鮮烈な印象は、言葉に喩えられる類のものではなかった。それでも、今は好きだと言いたかった。
青年が、ちらとこちらを向く。それが嬉しくて……その先に俺はどんな言葉を期待していたのだろう。
「それは良かった」
青年は一言、淡々とした声を置いて、歩いて行ってしまう。
「……本当なんです」
その背に告げられたのは、青年には絶対に聞こえないような、自分でも情けなくなるような弱々しい声だけだった。
それから先は早かった。もはや何を目にしたのかすらわからない。多彩な色を使う画家の絵を鑑賞したはずなのに、まるで無彩色だったように思う。
いつの間にか出口の前に来る。ようやくこちらを振り返った青年は、それでも俺から目を逸したまま、ぎごちなく笑みを作った。
「ありがとう。とても良い時間を過ごせた。君はこれからも絵を描き続けるのだろう? 君の行く末を見ることもできない私が言えることではないかも知れないが、大成を祈っている」
するすると、あらかじめ決められた言葉を読み上げるような声だった。何も耳に残らないのに、青年の意図だけが急に深く心臓を突き刺すようで、いっそのこと派手に嘲笑ってしまいたい気分になる。
「もう絵なんて描きませんよ。……描けるわけがない」
描く理由は、たった今、完全に失われてしまった。長く無自覚ではあったが、綺麗さっぱりと突き放されてようやく理解する。
そのくせ青年は酷く困惑したように眉を寄せた。
「なぜ」
短い問いだった。ほんの少し顔が青褪めて見えたのは、どうせ俺がそう望んだ錯覚だろう。
それでも形式的な言葉でなく、やっと俺自身に関心が向けられたのだ。自然と口角が吊り上る。
「俺は、貴方の気を引きたくて、絵を描き始めたんです。いつかすごい絵を描いたら、貴方が気づいてくれるかも知れないと思って」
口にしただけで子供染みた理由だと思った。実際当初は子供だったが、俺はそれを十年も続けてしまった馬鹿だった。
青年は顔をしかめる。
「そういうことなら、私はこの十年間、新しい情報も得ず、無意味に存在していただけだ。やはり君の思っているような者ではないだろう」
「そうではないんですよ。本当は、貴方が絵を好むかどうかなんて、俺にはどうでも良かったんだ」
口にすれば、今度こそはっきりと軽蔑されるという自覚はあった。だが、視界の隅にも置いてもらえないような無関心より、ずっと良い。
「貴方が絵が好きだと言ったから、俺は絵を好きになったんです。俺は、名前も教えてくれない貴方に、俺が貴方に向けているだけの関心を示してほしかったんですよ」
例えば青年が珈琲を好きだと言うなら、珈琲を好きになる。慈善活動に勤しんでいればきっと真似をしたし、どこぞの社長だとでも言われれば同じ立場に成れずともその社員にでもなるだろう。それすら叶わないならば稚拙な手段で些細な傷でも残そうしたかも知れない。呆れた自己破壊のように、ちょうど今のように。
案の定、青年は目を見開いて、何かを測るでもなく、ただ呆気に取られたように俺を見ていた。
「どうして私に?」
「知りません、そんなこと」
深く息を吸おうとして、失敗する。
せめて青年に納得される理由を並べて取り繕いたかった。それができないならば、黙っていたかった。それでも数秒後には否定され砕かれてしまう予定の想いを、今さら誤魔化せない。
「俺が貴方を好きになるのに、なんの理由が必要なんですか」
それは告白などではなく、問いだった。
せめてもう少し余裕のある声を出したかった。震えまくった情けない言葉が、青年にとっての俺の最後の記憶になるくらいなら、第一印象の幼い子供のほうがマシだった。
青年の溜め息が、やけに大きく聞こえる。
「……必要だよ」
――そうでしょうね。ごめんなさい。ありがとうございました。忘れてください。頭の片隅だけはやたらと冷静にそう唱えるくせに、実際には声が出ないどころか、逃げる足すら動かせない。
青年は続ける。
「そうでないと、君の好意を否定する理由を探せない。これからも成長し続けて、次々と新しいものを得ていくはずの君を、私は引き留めたくなどなかった」
その硬質な声に意味を理解するには、少し時間が必要だった。
ただ一言、君は私に不要だ、と答えればいいはずの青年は、泣き笑うように表情を歪めた。
「なのに……私はもう、この場に留まって君を見送れない」
[newpage]
そして数週間が経った。俺の学生向けペット不可ボロアパートには、古い壁紙がこれ以上ないほど似合わない幽霊が住んでいる。
静かで画材の匂いしかしなかった部屋は、今では日常的にキッチンから珈琲を淹れる音と香りがする。
珈琲は昔から嫌いではなかった。けれど自分で豆から挽いて飲む余裕は無くて、一人暮らしを期に購入した安物のミルはいつの間にか棚の奥底に眠っていたし、舌はインスタントで満足していたのだ。
しかし、それを目敏く見つけた珈琲マニアの同居人が手ずから淹れる珈琲を飲んで、世界はぐるりと一変した。今では合板の安い棚に、奮発して買い替えてしまった高級珈琲器具一式が並んでいる。
考えてみれば二十年ほど生きた中で、まだ一緒に過ごした時間など多くはないのに、呆れるほど人生の大半に影響を受けている。それを嬉しいとさえ思っているのだから、概ね末期症状と言える。
「切りがついたら休憩にしようか」
静かに声をかけられ、その声が耳に入ったいうことは集中力が落ちてきたのだと判断して、課題を進めていた筆を置く。
小洒落たカップが並ぶテーブルは片手で揺らせるような代物で、椅子も座れば軋んだ音を立てる。そこに向かい合って座る幽霊は、俺を見て微笑むと、近所のスーパーで買った安物の茶菓子を優雅に俺に差し出してから、自分の珈琲カップを傾けた。
それに倣い、そっとカップに口を付ける。一口、二口と飲んだところで、思わずため息がこぼれる。
「いつ飲んでも美味しいですね。苦味と酸味のバランスが絶妙で」
自分でも淹れる練習はしているが、この人の味に追いつくには、まだまだ時間が掛かるだろう。だが、幸いその時間はたっぷりとあるらしい。
「それは良かった。私も、君に珈琲を振る舞うのが楽しくて仕方ないよ」
目の前の相手は、あまりにも耳触りの良いことを言って笑っている。これが本心だというのだから、本当に世の中どうなるかわからない。
……ただ、最初は俺が先に押したはずなのに、どうも最近は押され気味に感じる。まったくもって困らない事態だが、それがむず痒くもなるわけで。
「ああ、そうだ。さっき、何を描いていたんですか?」
わざとらしく相手が困りそうな話題を振る。途端、整っているくせに緩みまくっていた笑みが固まった。
「……何も?」
「嘘です。俺の後ろで、何か描いていたでしょう」
目の前の課題の制作に使っていない道具は、好きに使って構わないと告げてある。だからそれらで何を描いても構わないのだが、あまり背後で描かれては――それも、好きな相手であれば、内容くらい気になりもする。
「気づかれていたか」
嘆息とともに、渋々と近くの棚に隠されていた紙が広げられる。水彩で描いていたらしい。
「まだ細部が描き足りないのだが、どうだろうか?」
その絵を見て――しばらくの間、絶句する。
「……駄目だろうか」
「いえ」
慌てて首を横に振る。いや、やっぱり駄目だ。面映ゆくて言葉に詰まる。
「こんなの我欲しかないじゃないですか」
そこには、後ろ姿だけでわかるほど楽しそうに絵を描く青年がいた。癖の強い髪が、繊細な筆致で描かれている。優しく、そして力強く。描き手は、対象をよく観察したことだろう。髪は、珈琲色に塗られていた。
だが、絵の中の青年の感情は、きっと俺を観察しただけで描き出されたものではなかった。
筆は素直だ。否定しているものを描き表わせはしない。代わりに、肯定するものを鮮明な形にする。
つまり、この絵の描き手は知っているのだ。俺よりずっと昔から、絵を描くことがこんなも楽しいものだと。
「貴方が、こんなふうに描いていたんでしょう」
これは目の前の人の、過去の姿だ。長い指が繊細に筆を操って、けれど大きな人だから、案外のびやかに画面に色を与えて、口元は緩めて、真っ直ぐに自分の絵が表れるのを見ていたはずだ。そして今も、同じように描き始めている。
「君もこう描いているよ。以前、君は私に近づくために始めたと言っていたが、あれは間違いだろう。私に出会わずとも、いずれ他のきっかけで描いていたはずだ」
「それでもきっかけが貴方で良かった」
そうでなければ、こんな風にやたらと美味しくて少々冷めやすい珈琲を飲むこともなかっただろう。
筆を持つことのできる手が伸びてきて、ひんやりとした指先が俺の頬に触れる。
「できることならば、生前に君と出会いたかったな」
どうやらその手で撫でられるに合わせて、俺の頬は勝手に熱が溜まるようにできているらしく、その冷たさも心地良い。
「今からでも描いてください。俺だって、貴方の絵に恋をしたかったんです」
そうだ、この絵は描き上がったらきっちりサインを入れてもらおう。額装して、飾る場所はベッドの向かいにしよう。朝一番にこの絵を見て、そして美しい字で『Lucifer』と書かれた筆跡をなぞるのだ。考えただけでも幸せになる。ああ、額縁は何色にするべきだろう。水彩画だからマットも必要だ。真っ白で良いだろうか。淡いクリーム色でも良いかもしれない。アクリル板は高級な物に変えて少しでも保存状況を良くして、それからあとは。
「――サンダルフォン」
ふと妙に低い声が聞こえて顔を上げる。意識が完全に絵のほうへ向かっていたらしい。
目の前の画家は、いつの間にか以前のような取り繕うような澄まし顔ではなく、ありありとした不満を表情に描いていた。
「……私は、自分の絵に嫉妬する日がくるとは思わなかったよ」
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美術館で軟派する話かも知れない。<br /><br />・現代パラレル。<br />・ホラー系ではないんですけど、気持ち涼しめ。<br />・某絵画展の音声ガイドを聞いて心が暴走しました。<br />・登場人物が絵画に詳しい設定ですが、私が詳しくないので彼らの発言は適当です。すみません。
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Look at me
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10126048#1
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[chapter:リツカ、ポアロに行く。]
「ねえねぇリツカちゃん!一緒に安室さんのケーキ食べに行こー!」
突然の歩美からの誘いに下校のためランドセルに教科書を入れていたリツカがその手を止めた。
「安室さん?だれ?」
「安室さんはね、コナン君が住んでるお家の下にある喫茶店ポアロの店員さんだよ!すっごく料理上手なの!それでね、安室さんの作るケーキはすっごく美味しいの!」
美味しいケーキ。その心躍る言葉にリツカは目を輝かせた。エミヤの徹底されたカロリー制限のおかげで通常体重に戻ったリツカだが、久しくケーキを食べていなかった。
「うん、リツカも行くー!」
リツカは手早く荷物をまとめるとランドセルを背負った。そして元太や光彦も共に、喫茶ポアロに向かった。
カラン、とドアベルが鳴る。その音に反応して安室は笑顔を浮かべてドアの方向に顔を向けた。
「いらっしゃいませ。」
しかしその目線の先にはだれの姿も目に映らない。すると下の方から声がして目線を下に向けた。
「安室さんこんにちはー!」
「安室のにいちゃんケーキまだあるか!?」
「みんなでケーキを食べに来たんですよ!」
小さな子どもが4人。初めて見る子どももいる。安室は柔らかな笑顔を浮かべながらしゃがみ目線を合わせた。
「歩美ちゃん、元太君、光彦君、こんにちは。初めましての子もいるね。」
目を向けられた茜色の髪の少女はキョトンとした顔で安室を見つめた。その顔は年相応の幼い子どもらしい顔だ。安室はざっとその姿を上から下まで観察した。可愛らしいピンクのワンピース。お花の形をしたボタンやスカートの裾の凝った花の刺繍、スカートの下にはくるぶし丈のレースのついた白い靴下に赤い靴。かなりファンシーな服だ。親の趣味だろうか。そんなことを考えているとは顔にも出さずに、安室は言葉を続けた。
「僕は安室透って言うんだ。君のお名前は?」
「リツカ?リツカの名前はふじまるリツカだよ!」
一人称がまだ自分の名前であるところがさらにその幼さを強調している。あの小さな探偵のような子どもかと一瞬警戒したが、気にする必要もないただの子どものようだ。
「そっか、リツカちゃんっていうんだね。よろしくね。みんなケーキを食べに来てくれたんだね。」
「うん、そうだよー!」
元気よくリツカが返事をした。その無邪気な姿に安室は笑みが溢れた。
「用意するからちょっと待っててね。」
そう言って立ち上がると、カウンターでアイスコーヒーを飲んでいたコナンが声をかけてきた。
「おいオメーら、金は持って来てんのか?」
「大丈夫だよ!リツカお財布持ってる!」
そう言ってリツカはランドセルを下ろして中から子供用の財布を取り出した。コナンは目を見開いた。なんせ、その財布から諭吉が3人ひょっこりと顔を出したからだ。
「えっ、ちょ、おい待て待て!!」
明らかに小学校一年生が持つ金額ではない。しかも諭吉は3人どころじゃなさそうだ。コナンは目眩がした。
「0がいっぱいのお札だから、ケーキも食べられるよね?」
「…いや、まあ、そうだけど…。」
「ダディがね、お小遣いだって言って黒いカードをリツカに渡そうとしてたんだけど、ママがダメだって。だからダディが代わりにってこのお財布と一緒にお小遣い渡してくれたんだよー。」
黒いカード、それは恐らく本物の金持ちにしか所有が許されないブラックカードであろう。そんなブラックカードをこんな小さな子どもにお小遣いとして渡そうとしたのか。
「…金持ちって本当だったんだな。」
コナンも工藤家の長男であり金持ちの家の子供ではあるのだが、さすがにそんな金銭感覚が狂うようなお小遣いは渡されなかった。リツカの言うダディは余程の親バカだろうなとコナンは乾いた笑いを零しながら思った。元太や光彦は「すっげー!」「すごい額ですね!」とコナンと同じく驚愕していた。
カウンターに座った少年探偵団の子供たちの前に、安室のケーキが運ばれてくる。
「どうぞ、半熟ケーキです。」
リツカはそのケーキに顔を輝かせた。そして元気いっぱいに「いただきます!」と言って頬張り始めた。その口元にクリームをつけているのだが、リツカは気付かずに幸せそうに味わっていた。
「おいしいー!安室さんすごい!!ママみたい!!」
リツカからの褒め言葉に安室は笑った。
「リツカちゃんのお母さんも料理上手なのかな?」
「そうだよー!でもね、リツカが太ったからって最近はずっとケーキ食べさせてもらえなかったの!ママひどいよね!!」
ぷっくりと頬を膨らませてリツカは怒った。
「なんだよ、オメーもかーちゃんにダイエットさせられてんのか?」
元太からの言葉にリツカは勢いよく頷いた。
「そうだよー!ダイエット!もっとハンバーグとかカレーとかオムライスとか食べたいのにお野菜とお魚ばっかりなの!それにね、ハンバーグが出てもリツカの嫌いなにんじん入れたりするんだよ?!」
「ひっでー!」
「だよねー!」
リツカと元太は意気投合して口々に食事への不満をこぼしていた。
「ねえねえリツカちゃん、携帯光ってるけどいいの?」
リツカと元太の話が途切れたところで、歩美がリツカに声をかけた。リツカが首に下げた子ども用携帯が着信を知らせて光っていたのだ。
「あ、ママに連絡するの忘れてた!ケーキ食べてたの知られたらママに怒られる!」
リツカはサアッと顔を青ざめさせた。しかし気づくのが遅すぎた。カランとドアベルの音がしたかと思えば、褐色、銀髪の体格のいい青年が険しい顔をしてリツカを睨んでいた。
「下校時間を過ぎても帰って来ずあまつさえ連絡も入れずに何をしているかと思えば…なんだそのケーキは…。」
低い声で黒いオーラを発しながらその青年がリツカに殺気を向けた。
「ひえっ、エミヤママ激おこじゃん!!」
「え、あの男の人がリツカちゃんのママなの?!」
コナンはそのことに驚いたがリツカはコナンからの質問に答えている余裕などなかった。逃げるためにカウンターの椅子から降りて必死の形相で店内の奥に走ろうとしたが、ものすごいスピードでエミヤが追いかけてその身体をひょいとすくい上げた。
「覚悟はできているんだろうな?」
「できてない!!やだやだ!コナン君助けて!!」
突然助けを求められたコナンも突然のことで頭が働かずに呆然としていた。
「あ、あの!リツカちゃん怒らないであげてください!」
リツカへの助け舟を出したのは歩美だ。歩美は涙目でエミヤの足に縋り付いた。
「リツカちゃんにケーキ食べに行こうって誘ったのは歩美なの!だからリツカちゃんを怒らないであげてください!!」
そんな歩美に毒気を抜かれたのか、エミヤはその黒いオーラを霧散させた。
「…………そうか。」
エミヤはリツカを地面に下ろした。しかしリツカはまだ警戒して歩美の背に回りしがみついた。
「…騒ぎ立てて、怖がらせてすまない。いつもうちのリツカが世話になっているな。君が件の歩美ちゃんだな。リツカから話は聞いている。」
エミヤは床に膝をついて歩美と目線を合わせた。歩美はまだ怖いのか、少し身を引いた。
「エミヤママさいてー。女の子泣かせるとか男の風上にもおけな〜い!!」
リツカの言葉にエミヤは少し傷ついたのか顔をしかめた。
「あの、リツカちゃんの保護者の方ですよね?」
安室が声をかけると、エミヤは立ち上がった。
「ああそうだ。店の中で騒いで申し訳ない。」
「ねぇ、お兄さんはリツカちゃんのママなの?」
コナンは無邪気なフリをして聞くが、その言葉にエミヤは目をクワッと見開いて否定した。
「ママじゃないっ!!…っ驚かせてすまない…反射で叫んでしまうんだ。私はリツカの教育係だ。決してママではない。そう、決して。」
エミヤは全力否定した。そこで、カランとドアベルが鳴ったかと思えばゾロゾロと男がやってきた。
「あん?なんだ、嬢ちゃん見つけたのか。」
「帰ってこない連絡がないと騒ぎ立てるから仕方なく探したが…全然無事じゃねーか。過保護すぎんぞエミヤママ。」
「だからママじゃないと何度言ったら!!」
青い長髪の男が3人も来店してきた。しかもその顔は全員同じだ。1人顔に刺青のようなものが入っているが。
「クーだー!」
リツカはとたとたと走り寄りその長い足にタックルを決めた。クーと呼ばれた男の1人はそんなタックルを物ともせずにリツカをヒョイと抱き上げた。
「リツカも、ちゃんと連絡寄越せっていっつも言ってんだろ?この町物騒なんだから。なんかあったらどーすんだ。」
「そん時はねー、リツカの頭突きで倒す!!」
「いや…うん…相手が可哀想だからやめてやれ…。」
コナンは以前リツカが頭突きで成敗した男を思い出して身震いした。
「にいちゃん達顔一緒じゃねーか!」
「三つ子ですか?!」
元太と光彦は驚いたような声で叫んだ。
「クーはねー、3人ともクーなんだよー。」
リツカの説明に男は困ったように笑った。
「あー、まあ、そうだな。三つ子みたいなもんだ。」
「リツカちゃんとどんな関係なの?」
続々と現れるリツカの知り合いだという謎の男たちにコナンは興味を持った。そのコナンからの問いに3人の男は顔を見合わせた。
「………護衛か?」
「遊び相手とかか?」
「いや、普通に知り合いのにーちゃんとかじゃねーの。」
「クーはリツカのツッコミ役ー。」
「嬢ちゃんの認識では俺らツッコミ役なのかよ…。」
「否定できねーんだけど。」
コナンはそんな話をしている彼らを見てますますその関係性が見えなくなった。
(前から思ってたけどあいつの周りは一体どーなってんだよ…?)
リツカはクーと呼ばれた男の腕の中から脱出して、歩美の元へと駆け寄った。
「さっきはママがごめんね?ママすっごく怖いけど優しいから大丈夫だよ!それよりケーキ食べよ!!」
リツカは歩美の手を取って再びカウンターに座った。
「まぁ今回は見逃すべきだな。なぁエミヤ?」
クー・フーリンの言葉にエミヤは苦い顔をしたが、同じ年頃の友だちと遊んでいる姿を見てため息を吐いた。
「……リツカ、帰ったらちゃんと歯磨きするんだぞ。あと、何食べたか報告すること。門限は守りなさい。それから───」
「んもーエミヤママ口うるさいよ!こじゅうとみたい!!」
「どこからそんな言葉覚えて来たんだ!」
「まあまあ、そんじゃあ先帰ってるからな嬢ちゃん。チビ達も、うちの嬢ちゃんよろしくな。」
そう言って男4人はゾロゾロとポアロから出て行った。
「………賑やかな方たちですね。」
そんな安室の言葉に、ケーキを頬張ったリツカは首を傾げた。
「うん?うん、そうかも。お家はもっと賑やかだよー。」
「ねぇリツカちゃん、あのエミヤって人本当にママなの?」
「うん、リツカのママ!!でも他にもママいるよー!!」
リツカはニコニコ笑いながら言い放つ。コナンはますますわからなくなってくる。
「えっと…本当のママは?」
「え?みんな本当のママだよ?」
「いや…うん…そうだけどそうじゃなくて…。」
コナンはリツカから直接聞き出すのは無理だと判断した。
(………相変わらずこいつは謎だらけだな…。)
謎に包まれた子どもではあるが、無邪気な子どもであることに変わりはないためコナンは警戒するべきかわからなかった。
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安室さんようやく登場しました!!もっと絡み書きたかったのに無念!!でも楽しい!!リツカの交友関係謎すぎて困惑するコナンくんかわいいかよ…。<br />ギャグは描くのほんと楽しいです。
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【ギャグ】うっかり幼女化したぐだ子が少年探偵団に入る話4
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10126255#1
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徹夜はするな。アーチャーのエミヤやナイチンゲールの言葉である。婦長に至ってはもっとキツい言葉と説得(物理)をしてくるのだが、今はそんなことはどうでもいい。
だったら、俺が何を言いたいのかというと、もっと意識がしっかりとしていたなら変な黒いモヤに突っ込んで行かなかったということだ。
そもそも、レイシフト先にて変な黒いモヤがあったのなら、何かおかしなことが起っていると思ってしまうのは仕方がないはずだ。まぁそれでも普段の状態の俺であったのなら、皆に先に様子を見てきてもらう、ということをしたのだが。
今更何を言っても仕方ない。俺はとにかく今、目の前で起っている状況を冷静に判断しなくてはならないのだから。
「何だコイツ!?」
「ここの生徒か??」
「生徒だろうがなかろうがどうでも良い!おまえらヤっちまうぞ!!」
人間もいるが、異形な姿のものも居る。エルサレムの人の様に変わった姿になってしまっているのかと考えたが、それにしては異形のものも多いし、それを受け入れている人間が多すぎる。ただ、会話的に俺に痣なす存在であることはわかった。
さっきの森の中とは違う炎に包まれた町―特異点Fのそれとは別の人工的に作られた様なこの場から一度離れて町か何か話が出来るような人が居る場所に向かう必要がある。
兎にも角にも戦闘は覚悟していたので、腰に携えていた拳銃を引き抜いた。拳銃の使う要領で銃弾ではなくガンドを撃てるという魔術礼装だ。弾の代わりに自身の魔力を込めなくてはならないのが問題だが、ダヴィンチちゃん特製なので魔力量もしれた量で良いらしい。
今年の夏に水着の霊基のスカサハにスパルタで仕込まれたから銃の使い方はお手の物だ。じゃなかったら、今頃俺はここにいないだろう。
さて、それじゃあ敵を戦闘不能にしていこう。
本当は英霊に頼れれば良いんだけど、残念ながらはぐれてしまった。なるべく1人で今の状況を切り抜けて皆を探しに行く。そう考え、拳銃の引き金を引いた。
やはりこの火の海に包まれた町は人工的に作られた建物だったらしくこの場所から抜け出す出入り口を見つけた。
人工的にこんなものを作ってどういうつもりなのか作った人に聞きたい気持ちが芽生えたが、まぁ聞く日は一生来ないだろう。何せ皆を見つけて、カルデアの連絡がつながったらさっさと帰るからだ。
「皆も俺を探してるだろうし、見つけやすい場所に早く行こう」
こんな火の海の中だったら絶対に見つけられるものも見つけられない。
それに特異点Fを思い出すこの地にいつまでも居ていたくない。イヤな記憶を思い出す。
俺は出入り口の扉に手をかけ、すぐに外に出た。
「はぁ……?」
外に出ると、こことはまた違った様々な建物。それから、出たと思ったここも更に建物の中にあるということを知った。
火の海の町もなかなかの広さであったが、他の建物、というか場所もなかなか大きい。
景観的にここは防災訓練のために作られた建物なのかもしれない。防災訓練のためだけにこんなものを建てるなんて。もしかして、先ほど襲ってきた連中も防災訓練の一貫だったのかと一瞬頭を過ぎったが、あの人及び人と呼んで良いのかわからないものが防災訓練を手伝ってくれている存在なんてあり得ないだろう。長年の戦闘の経験からわかる。あの時の殺気は確実に本物の殺気であったと。
ということは、今この建物は何かの集団に襲われているのかもしれない。
そんなことを顎に手を乗せて考えていると、建物中央から爆発音が聞こえた。思わずそちらを見れば、高校生くらいの少年たちとそれに敵対するように立っているのがわずかに見えた。
助けなくては。俺は自身にカルデア制服の瞬間強化を施し、中央広場に向けて駆け出した。英霊たちとは比べものにはならないが、普通の人間より早い。
近づいて行けば行くほど、自身の居た時代ではあり得ない光景に徹夜明けと言うこともあり頭が痛くなる。
あと少し。
少年たちの視覚に入るぎりぎりのところで、脳をむき出しにした真っ黒な人間とは思えない様な生物が目つきの悪い少年に飛びかかる見えた。
「まっずい……!!」
咄嗟に持っていた拳銃を構えて、黒い生物を狙って撃った。
果たして、ガンドは見事に生物に命中し、動きを止めた。その生き物が動かないうちに俺は素早く少年たちの前まで移動し、手のマネキンを顔や身体にいっぱいつけた男と黒いモヤが服を着たような生き物に向けて拳銃を構えた。
「なっ!誰!?」
「んだこのヤロウ!!?」
背後に居る少年たちが驚きの声を上げているが、返事をしている暇はない。拳銃を向けている相手が、そんな隙を見せてくれないからだ。
手のマネキンをつけた男がヒステリックに叫び、首元をかきむしる。
「何なんだよ、次から次に。外からの応援早すぎだろ……!しかも、あんなガキに脳無が止められるとかありかよ……!!」
「生徒の中に厄介な個性の子が居たみたいですね……」
ぶつぶつと言っている男に相槌を打つモヤ。あれも人間なのか。
興味深げに、されど隙を見せないように観察しているとアメリカンヒーローかと言いたくなるような男性が近づいてきた。
「少年!君は何者なんだね?!」
「俺はしがない星見の観測者ですよ!それ以上でもそれ以下でもありません、と!!」
返事をしていると、ガンドの効果から復活した黒い生物が動き出した。そこにまた、ガンドを撃ち込み行動不能状態にする。
ただ、今日だけで何発も撃ったため、もうこれ以上は撃てそうにない。このままだとジリ貧だなぁ、なんて考えていると、アメリカンヒーローな男により彼の後ろに退かされた。
「その個性、それ以上使えないんだろ?少年が誰かはわからないが、敵じゃないのはわかる。ここは私に任せて生徒たちと一緒に避難してくれ」
個性にヴィラン。知らない単語がいくつか発せられた。この時代特有の言葉使いなのだろうか。
何はともあれ、俺的にもそろそろ魔力不足と徹夜が祟って倒れそうだし、それに彼は俺が近くに居ると足手まといに感じるだろう。
俺はアメリカンヒーロー風な男の言葉通りおとなしく、赤髪の全身が岩の様に硬化した少年たちが居る位置まで下がった。
「君たちと一緒に避難してくれと言われた。君たちに害為すつもりはない。だから、一緒に避難できるところまで連れて行ってくれ」
「聞こえてたっす!一緒に行きましょう!!」
こっちっす。
そういう少年について行こうとしたが、他の少年たちが動かない。赤髪の少年が、注意を促そうとしたとき、後ろから大きな風圧が不意に身体を吹き抜けていった。
思わず振り返ると黒い生き物とアメリカンヒーロー風の男が拳と拳で打ち合っている。
あぁ既視感を覚えるのは気のせいだろうか。主に某ドラゴンを連れた聖女もとい凄女のもとではよく見られる光景だ。
まさかのギャグ時空的な考えを頭から追いやって頭を左右に振っているうちに黒い生物が飛ばされていった。
「すっご……」
素直にすごいと感心してしまう。
でも、アメリカンヒーロー風の男が疲労困憊であるのが不安だ。これで追撃を受けると彼は太刀打ちできないだろう。
さて、相手がどう出てくるか。
見逃さないようにじっと見ていると、急に隣を緑髪の少年が飛んでいこうとしていた。
不味い。直感的にそう感じ、俺は彼の服を掴む。しかし、それで彼の飛ぶ速度が変わるわけもなく、俺を連れたままアメリカンヒーロー風の男の元まで飛んだ。
アメリカンヒーローに襲いかかろうとしていたのだろう、マネキンをつけた男がこちらに気づき矛先を変える。
この少年を傷つけさせるわけにはいかない。
俺は少年の緊急回避を施し、拳銃を男の伸ばしてきている手に向けた。が、ちょうど魔力が不足しているのか上手くガンドを出すことが出来ない。
緊急回避を施している少年から、相手の攻撃が俺の方に向く。男のこの攻撃の意味はわかっていないが、良くないものなのはわかる。
怪我をせずに、は無理だろうな。
苦笑いを浮かべ、攻撃を躱そうと一応試みた時、相手の伸ばしてきていた手に銃弾が複数当たった。
だだだだ、と聞き慣れた銃を撃つ音。今日の編成で弾丸を撃つのはあの人しか居ない。先ほどの苦笑いとは違い、嬉しさによる笑顔を浮かべながら少年をかばうように抱きかかえて、背中から不時着しようとしていると、あの人はいつも腰が痛いといっているのに抱き留めてくれた。
「ダディ。ナイスキャッチ」
「ナイスキャッチじゃないよ、マイボーイ。私をストレスで殺すつもりなのかね?」
はぁとため息をつきながらも、アメリカンヒーロー風の男の側に立たせてくれるダディ。ダディの近くを飛ぶ青い蝶々はいつ見ても綺麗だな、なんて思っていると、顔に出ていたのかまたダディがため息をついた。
「少年、この人は……?」
「誰……?」
「あぁ、大丈夫ですよ。ダディは味方です」
「こういうのってヒーローの仕事じゃないのかね。悪のカリスマである私にヒーローの真似事をさせるなんてマイボーイも人が悪いねぇ……」
そう言いながらも、笑っているダディ。たまにはヒーローの真似事してみるのも周りに混乱を与えられていいかもしれない、そんな顔だ。
ダディは俺たちを抱えるために消していた武器“ライヘンバッハ”を取り出す。そしてライヘンバッハを自身の首をかきむしる男と黒いモヤに向けた。
「モリアーティと“戦える”など、君たちは幸運だよ?」
悪のカリスマらしく怪しく笑うダディ。
敵も味方もモリアーティと聞いた瞬間に驚いた顔をしていたことから、これからはもう一つの戦闘開始台詞を言ってもらおう。そう心に決めた。
→
[newpage]
○設定○
●藤丸立香●
・新宿、アガルタと終えて新たな特異点に備えていた途中。
・徹夜明けのテンションで元特異点の散策をしていたので、黒いモヤに自分から飛び込み違う世界に来てしまった。
・違う世界に来たことに気づいていない。違う時代に飛んだと思っている。
・ダヴィンチちゃんの便利魔術礼装と一夏の経験()を元に拳銃を使って戦っていた。
・アメリカンヒーローより身近に居る英霊たちの方が好き。
・自己犠牲が緑谷より激しい。自分でそれが自己犠牲だと思っていない。
・個性とか何それ俺も欲しい!
・普通と異常の境界線が曖昧になっている。
・この後、ダディについても問い詰められるし、この世界から違うところから来たということで帰れるまで1-Aで過ごすことになる。そして、一緒に飛ばされてきた英霊たちを探しつつ彼らと一緒に学園生活満喫しながら、敵(ヴィラン)相手に無双したり、敵から狙われたりします……なんてね!続きはどっかに置いて来てしまったから書けないですww
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おはようございます!岬です!<br />前のキャプションで書いてた重い質問に答えてくれている人が居て嬉しかったですwありがとうございます。<br />あのですね、ちょっと好奇心で聞きたいんですけど、私の小説を読みに来る方でコ/ナ/ンって好きな人居るんですかね?良ければ、アンケ置いとくんで気軽に答えてください。<br /><br />さて、今回の小説は前回の投稿で言ってたとおり、FGO×ヒロアカの別設定の小説ですね!私的にはどっちの設定も気に入っているんで、こっちも支部に載せてみました。<br />なお、こちらの小説も原作乖離やキャラの口調や性格が迷子になっています。また、誤字脱字も毎度のことながら多いです!それでも大丈夫だよって人は読んでやってくださいな!<br /><br />そうそうもう一つ、前回の小説で言っていた嬉しかったこと、それはなんとフォロワーさんが2000名越えました!私的には小説を書き始めた頃からは想像もしていなかった数の人に応援してもらえて嬉しいです!そのうち何か企画できたらしようと思っていたり、いなかったり……<br />ま、まぁこれからも応援よろしくお願いします!!それがモチベーションアップにつながるんで。<br /><br />素敵な表紙はこちらからお借りいたしました↓<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/59629029">illust/59629029</a></strong>
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徹夜、ダメ絶対!!
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*降新というより降+新
*女装注意
*警官学校組過去捏造
*警官関連フィクション
*事件早期解決
壁の花君
とあるパーティー会場に捜査に来ていた降谷は、同行者の姿が暫く無いことに気がついた。
目立つ容姿から程なくして会場の隅で壁の花と化している新一を見つけると、降谷は近くのウエイターからジュースを受け取り彼の元へ近づいた。
「そこの花の君、パーティーはつまらない?」
と声を掛けると、新一はうげっと隠すことなく苦い表情を浮かべた。
「やめろよ降谷さん、寒い」
「傷つくなー」
そう肩をすくめた降谷は、持っていたジュースを新一へ手渡す。
「サンキュ」
「もう少し愛想よくしてくれ。君は僕の同行者で通しているんだから」
「わーってるよ。でも退屈なんだよ」
「もう少しの辛抱だよ」
愛想が悪い・・・そういえば昔、友人達が話していた壁の花の少女の話があったな、と降谷は封じていた記憶を起こした。
それは降谷が警察官になったばかりの頃。
その日警察関係者のみで集ったパーティーが、都内のホテルで開かれた。
警察学校からも将来有望とされる学生が数名、上層部との顔合わせも兼ねて招待されていた。
堅苦しい場が苦手な松田は同じく馴染めない伊達、諸伏景光を伴って早々に会場の隅に逃げた。
そうして一人だけ女性限定で挨拶を交わす萩原を遠目に見ながら、三人は他愛もない会話で時間を過ごしていた。
そんな中ふと、景光は隅っこに立つ一人の少女に目がいった。
黒いストレートロングを流し、水色のドレスと、同じ色のフォーマルな靴でしっかりと礼装された子供は、見た目は8、9才くらいだったが誰もが目を引く美少女であった。
むっつりとふくれ面を浮かべている子供に、景光は歩み寄る。
「一人でどうしたんだい?パパとママはいないのかな?」
「・・・・・・」
「迷子、じゃないよな?」
「どうしたんだ」
「この子が・・・」
「お、将来別嬪さんになりそうだな」
「伊達、おっさんだぞ」
好き勝手に言う友人達を無視して、景光は根気よく子供に話しかける。
「パーティーがつまらないなら、同じ年頃の子達と遊べばいい。恥ずかしいなら、俺が声を掛けてきてあげるよ」
「・・・・・・い」
「え?」
「みんなガキだからいらない」
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花は、しかし口を開けばとんだ跳ねっかえりであった。
「ガキって・・・お前もガキだろうが」
「陣平ちゃんストップ」
いつの間に戻ったのか、萩原が加わり松田をなだめる。
「難しい年頃なんだよ。お嬢さん、良ければ俺達とお話しないかい?」
「別嬪さんが勿体無いぜ。美味いメシいっぱい持ってきてやるから」
こういう場合、面倒見のいい萩原と伊達が率先して動いてくれる。
「お節介やめろよ。別に頼んでねーし」
「おうおうお嬢ちゃん、そろそろいい加減にしろよ。年上に対する礼儀ってもんを教えてやるよ」
パキッと松田は持っていたタバコを折ると、子供相手に凄みを利かせた。
「バーロ!嬢ちゃんじゃねーよ!!」
「松田!こんな可憐な婦女子に何てこと言うんだ!すまない、無礼はこいつだ。後で叱っておくから」
「おいテメー萩原!!」
「落ち着け松田。あまり騒ぐと目立つ。この子の身内によっては俺達がアウトだ」
「さーて嬢ちゃんは何食いたい?唐揚げか?ケーキか?」
「・・・じゃああのお兄さんが持ってるジュース」
「え?」
少女が指差す方には若い男のウエイターがボトルを持って各テーブルを回っていた。
乾杯用のワインであろう。
「あれはワインだ。君には早いな」
「あの人、さっきから辺りを警戒してるよ。クロスで隠しながらワインに何か混ぜてる。毒じゃない?」
『毒!?』
子供の口からとんでもない単語が飛び出す。凍る大人たちを余所に少女は構わず続ける。
「あそことあそこ、あとあっち。お兄さんが回ってたテーブル。あのワインは飲まない方がいいよ」
普通の大人が聞けば、子供の作り話として本気にしないかもしれない。だが4人は感じた。この少女の言葉は虚言ではないと。
目配せし、松田と萩原は各テーブルへ向かって怪しまれ無いようにワインを回収しつつ、その席のお偉方にワインの件を耳打ちした。
聞かされた本人たちはそれは驚いたが、やはり警察官。冷静に状況判断をし、犯人に気付かれないように黙って聞き入れてくれた。
二人が説明に回る間、伊達と景光はウエイターの行動を見張った。
気付かれていると思っていないのか、男はまた別のテーブルでワインを置きつつ、薬瓶で混入していた。
少女の言葉通りであった。伊達達は目に焼き付けた。
「どうする。声を掛けるか?」
「いや、仲間がいないとも限らない。このまま見張ってようぜ」
テロの可能性もある為、下手に動けない。
もしかしたら包囲されているのは自分達かもしれない。そんな言い知れない不安が襲う。
ウエイターの行動を監視していると、突然男の足向きが変わった。伊達はしまったと思った時には遅く、男と目が合ってしまった。
男の表情がみるみる内に変わる。
犯行がバレたと思ったのだろう。そこからの男の行動は早く、会場客を押しのけ、扉へと駆け込んだ。
「させるかあぁぁぁ!!」
体格のいい伊達が男に飛びかかる。体躯差がある為、男はあっさりと捕まってしまった。
「大した事ないな!」
「犯人はまだいるよ!今そっちの出口で二人出ていった!」
あの少女の声だ。
その言葉に景光が追跡へ向かった。
景光の後に少女が続く。
「君は来るな!」
「オレ犯人の顔見てる!」
「くそっ、参ったな」
子供を連れ立って犯人を追跡する警官がどこにいるだろうか。
だが今は一刻を争うと景光は今だけ子供の存在を遠くに追いやった。
「あ!あの女の人そうだ!そこの眼鏡のお兄さん!その人スリだよ捕まえて!!」
「え?」
丁度犯人の女が向かう先の角から、短髪の眼鏡を掛けた男性が歩いてきた。少女のとっさの言葉に、男はすれ違い様に女の手首を捻り上げるとそのまま押え込んだ。
「きゃあ!痛いッッ!!」
「これでいいか?」
「お兄さんやる!その人テログループの一人だから逃さないでね!」
「は?スリじゃないのか?」
「すみません!事情は後で!」
困惑する男性を通り過ぎ、景光と少女はもうひとりを追う。
「さっきの人、よく警官ってわかったな」
「だって今日は警察官しかいないパーティーでしょ?」
「はは・・・確かに」
先程から見せてくる子供の能力に驚く事ばかりで、景光は畏怖の念を抱きつつもどこか既視感を感じていた。
「あの先は出入り口だ!逃げられちまう!」
可憐な少女とは思えぬ言動にそっと目を伏せ、景光は犯人へ集中する。
(出た先に逃亡用の車があるのか?くそ、追いつかない)
なかなか距離が縮まらず、景光は焦る。だが天は見捨てはしなかった。
出入り口の自動ドアが開き、二人来客が入ってきた。
その一人に景光は目を輝かせた。
「君の活躍に期待しているよ降谷君」
「身に余る光栄です、必ずやご期待にこた「ゼローーー!!そいつを捕まえろ!」
犯人はいつの間にかナイフを取り出し、入口の二人に向けて突っ込んでいく。
だが犯人は知らなかった。目の前の褐色の男が、優男の皮を被った霊長類最強だとは。
素手でナイフが折れる事も犯人はこの瞬間初めて知った。
ドタバタなテロは無事に解決した。
動機は警察官への個人的な恨み。
計画はずさんで、一人でも多く殺せれば良かったらしい。
解決に貢献した謎の少女は、いつの間にか姿を消していた。
参加者リストに少女と思しき名前はなく、景光達はお礼も言えず肩を落とした。
「で、話を聞く限りその子供のお陰だったと。警察官がこれだけ揃っているにも関わらず誰も気が付かないとは」
情けないと降谷は首を振った。
「いーや、絶対お前がいても気付いてない」
「君より先に気がつく自信はあるぞ」
火花を散らす降谷と松田を宥めつつ、景光はああ、と思いついた声をあげた。
「お前に似てるんだ」
「は?誰が?」
「なるほど確かに。外見に騙されるが、こいつ血が昇ると怖いもんな」
「生意気な所もそっくりだな」
降谷以外の全員が納得し、降谷は訝しむが教えてくれる者はいなかった。
そんな事もあったなと記憶を思い出し、降谷はクスリと思わず笑ってしまった。
「そういえば、こうやって立ってると思い出すなー」
「何をだい?」
「昔親父に連れてかれたパーティーでさ、今みたいに壁に立って人間観察してたら声を掛けてくれた人達がいたんだ。オレあの時、母さんの変装技術の練習だか何だかで女装させられてすげー機嫌悪かったんだよな。その上毒入りワイン配ってる人見つけてますます嫌な気分になって・・・。オレ相当嫌なガキだったかも・・・悪いことしちまったな」
「・・・・・・」
降谷は言葉が出ず、そのままズルズルと座り込んでしまった。
「降谷さん!?どうしたんだ!具合悪いの?」
「・・・」
「降谷さん?」
「はは・・・・はははははははは」
突然笑い出した降谷に、新一はヒィッと後退った。
「・・・なるほど。似てるな、確かに・・・くくッふふふ」
「降谷さんが壊れちまった」
このあと降谷が説明すると、新一は今日一番の叫び声を上げた。
「ナイフ折った人!!」
(俺の印象それなのか・・・)
お前ら見てるか?壁の花は立派に成長してるぞ。
(誰も見抜けず) (とある女優の勝利)
終わる
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新一と警察学校組が出会っていたらのifです。<br />女装あります。気持ち降新ですが、ラブな絡みはないです。<br /><br />2019/10>一部修正<br />9/17≫ルーキーランキング5位のご報告頂きました!有難うごさいます!<br />9/16追加〉たくさんの反応有難うございます。どんなやり取りでも良いので、警察学校組と新一が会ってたら嬉しいですね。<br />あと途中で出る眼鏡の短髪(笑)は、未来の警部補です(笑)
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壁の花君(新一と警察学校組)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10126378#1
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[[jumpuri:第1話リンク > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10058467]]
--以下注意文--
筆者の好きなものだけ詰め込んだ、人を選ぶ小説です。
注意文も長いですが、確認をお願いします。
・どうあがいても夢小説(ココ重要)
・拙い文章
・DCMKと刀剣乱舞のクロスオーバー
・ご都合主義、原作改変、救済
・女主人公は亜種鳴狐転生者かつ審神者
・女主人公と別で極鳴狐が存在します
・原作知識あり→刀剣成り代わり→米花町
・n番煎じ
・ごっちゃ煮カオス
・キャラ崩壊
・作者の行き場のない妄想の発露先として書き出しているだけの産物
・乱、鳴狐、長谷部の極めネタあります
・刀剣破壊あります
・政府の設定など刀剣乱舞側の捏造設定が多いです
・架空の政府職員、審神者がでてきます、オリキャラです
・事故やテロ、事件や殺人などの表現がありますが、あくまで創作物でございます
・恋愛要素ある予定です
あなたの地雷を踏み抜く可能性があります。
自衛大事。なんでも許せる方のみどうぞ。
※上記はシリーズの注意点です。
+ + + + + + + + +
[newpage]
彼女は美しい。
[[rb:A secret makes a woman woman. > 女は秘密を着飾って美しくなるもの]]とは彼女の為にある言葉と思う程に。
だが彼女は美しいだけではない。媒体越しと現実が違うように、実際に彼女を目の前にすると気圧される。大女優の凄みと幾千もの修羅場を掻い潜ったであろうその独特な空気は間違いなく彼女の武器だ。妖艶に微笑む彼女の目的は、私。
「ようやく見つけた………ジンの子飼いだけあって中々捕まらないのね」
遠慮なく近寄る年齢不詳の美女――ベルモットと距離を取る。咄嗟に入った部屋は空き部屋で出入口は一つのみ。自ら窮地に立った私は今後訪れる施設の地図を脳に叩き込むことを決意した。そう考えている間にも、また一歩距離が縮む。
「あら、逃げなくてもいいじゃない。取って食いはしないわ。ただ、気になるのよ」
部屋の隅、逃げ場など無い。尚も距離を詰め、彼女が壁に手をついて私の逃げ場を奪う。
「ねえ、あなたの顔が見たいわ、[[rb:Cute little Helios. > かわいい小さな太陽さん]]」
彼女の手が私のフードに伸びる、その瞬間、もぞりと首まわりで暖かなものが動いた。
「ベルモット殿! これ以上のおいたはいけません! ジン殿に言いつけますよぅ!」
「あら。……子飼いらしい回答ね。でも、もう遅いわ」
彼女のスラリとした指がフードに触れた――もう駄目だと構えたその瞬間、けたたましい音と共に扉が開く。反射だろう、ベルモットが飛び退き銃を扉に向けた。
扉から現れた彼は、銃など見えていないかのように余裕のある微笑を浮かべている。長い黒髪を一つに纏め、流した前髪により右目は見えない。隠されていない黄金色の左目は真っ直ぐ、まるで射抜くようにベルモットに向けられていた。
「やあ、ベルモット。こんなところでヘリオスと逢瀬かい? 邪魔をして悪いけれど、ジンがヘリオスをご所望なんだ。君がどうしてもヘリオスを離したくないっていうのなら、そうジンに伝えるけど?」
「………ギムレット。またあなたなの」
苦虫を噛み潰すような表情でベルモットが彼を睨む。ギムレットと呼ばれた男は、目を細め[[rb:にっかり > ・・・・]]と笑った。
「僕が君の邪魔をしているわけじゃないよ。でも、僕の立場もわかるだろう? ここは引いてくれないかな? ………ねぇ?」
「………本当、ガードが堅いのね。いいわ。――またね、[[rb:Cute little Helios. > かわいい小さな太陽さん]]」
ヒールを鳴らしギムレットの横を通り去っていく彼女の背を呆然と見送る。扉が閉まり、彼女の気配が完全に消えたことを確認。緊張の糸が切れ壁を背にしてずるずると座り込めば、フードの中から黒い毛玉がふわりと降りてきた。
「ああ、凪、大丈夫ですか?」
黒い毛並みのキツネが心配そうに私を見上げる。ひと撫でし目を細めればキツネは一度尻尾を振って私の手に自分の額を撫で付けた。ああ可愛い、癒やされる。もふもふを堪能していると頭上で大きな溜め息の音。見上げればギムレット――にっかり青江が笑みを浮かべながらも眉根を寄せて困ったような表情を浮かべていた。
「…………君ねぇ、もう少し用心してくれないかな? 僕が駆けつけなかったらどうするつもりだったのか……やっぱり、お供の彼だけでは頼りないんじゃないかな?」
「ねえ、ボクもいたんだけど!」
「基本顕現を解いている君に何ができるのかな?」
「私めへの悪評が流されたような気がするのですが!?」
顕現した乱藤四郎も加わり、室内が一気に騒がしくなる。ここが組織の施設だということをうっかり忘れそうな程の実家感に煩かった心臓も落ち着きを取り戻していた。息を吐き、立ち上がればその場にいる全員の視線が私に向けられる。
「あお……ギムレット。ジンからの呼び出しっていうのは方便?」
「いや、それは本当だよ」
ジンの話題になった途端、不機嫌そうに頬を膨らませる乱の頭を撫でる。もう彼と出会ってから随分経っているというのに、未だジンが好きになれないらしい。「戻るよ」と言って顕現を解いた彼を懐に戻せば、キツネも再びフードの中へと入っていった。
「案内して」
「勿論。さぁ行こうか………ヘリオス」
青江の言葉に頷き、彼の後を追う。私達の服装は、全てが黒。所属する組織を表すその色を身に纏うようになってから、どれ程の時が流れただろうか。
少なくても、私がジンの子飼いとして幹部に認識されるようになり、にっかり青江がコードネーム持ちの幹部になれるだけの時間が過ぎていた。
+ + + + + + + + +
[newpage]
「テメエはもう踏み込んだ。逃しはしねえよ、ヘリオス」
あの日、ジンと二度目の邂逅を経て[[rb:逃さない宣言 > 死刑宣告]]を受けた私は、彼と答え合わせをした。勿論、あの日のジンの行動についての答え合わせだ。
ジンは“組織の命令”であの廃ビルに訪れていた。命令の内容は指定の時刻に廃ビルで相手の男から金を受け取ることのみ、それ以外の詳細は伝えられていない。だが取引相手は現れず、代わりに来たのは時間遡行軍だった。
あの飛行機テロの時もそうだった。ジンは“組織の命令”により渡米し、現地で金品の受け取りをする予定だった。
二回の時間遡行軍の動きにより導き出された仮説は、歴史修正主義者の狙いがジンの命ということ。
一度目の飛行機テロは、暗殺と事故死を狙ったもの。だがジンはこれを生き抜いた。
二度目は時間遡行軍の編成を暗殺に特化させジン一人を呼び出し葬ろうとしたもの。だがそれは乱藤四郎により防がれた。
この二つの暗殺を実行する為には、ジンの行動を予め知っていなければならない。そしてジンは組織から命令されて動いたと言っている。となれば、歴史修正主義者は組織内部にいる可能性が極めて高いという結論が導かれるというわけで。
ジンは既にその結論に辿り着いていたのだろう。態々私を密室に連れ込んだ理由はそれしかない。
「歴史修正主義者に心当たりは?」
「………ねえな」
「恨まれるようなことをした覚えは?」
「さあな」
あ、これあるやつだ。そりゃそうだよね、黒の組織の幹部だもんね、コードネーム持ちだもんね。そんな彼をこれから守るとなると、自身の胃が縮む痛みを感じる。
「怪しいのはジンに命令できる人と、伝令役、あとは取引相手とジンを恨む人……可能性が高いのは組織内部の人間」
「だろうな。……っち、面倒だな」
「……とにかく、ジンは私にとって保護対象になった。次にいつ襲撃が来るかわからない、出来れば近くに居たい」
ジンの傍なんて命がいくつあっても足りない。本心では傍に居たくないのだが、ジンの命を散らせるわけにもいかない。歴史修正主義者をさっさと捕まえてジンから離れよう。その為にもまずは組織に入り込まなければ。
ジンは私を見つめ、口の端を上げた。
「そっちの組織を抜けてこっちに来るわけじゃあねえんだろ?」
「無理だ。それは許されない………出来れば、ジンの所属する組織には入らずに傍に」
「無理だな。……分かってると思うが、こっちは犯罪組織だ」
はっきりと口に出された「犯罪組織」の言葉に眉間に皺が寄る。普段仕事しない表情筋も、さすがにこの言葉には反応するようだ。ジンは私の表情の変化に何を思ったのか笑みを深めた。
「一度入れば、抜け出すのは死を意味する……裏切りには制裁をもって答える――逃しはしねえと言ったな。テメエはもう、こっち側だ」
「………いつか裏切るかもしれない、組織にとっての頭痛の種を受け入れるの?」
既に黒の組織に入ることはジンの中で確定事項のようだから、歴史修正主義者を捕まえたらすぐに抜け出そうと思っていたのに。
「テメエは俺を裏切らねえよ」
「…………どこからくる自信?」
斜め上の回答に頭が痛くなった。
裏切るよ。それはもう綺麗に裏切って私という全ての痕跡を消してやる。ただの人間に殺されるつもりなどない。
「ヘリオス、今日からお前は俺の子飼いだ」
断定した物言いに了承する以外の選択肢はない。互いに命を握り合っている関係に変わりはないのだ。飼い犬ならぬ飼い狐として、首輪を引かれる道を歩もう。首を縦に振り、引き返せぬその場所へと飛び込んだ。
了承してから、目まぐるしい日々が始まった。
まずは説明を保留にしていた弧崎家に相模から連絡をし、正式に弧崎鳴を死んだことにした。黒の組織に入るからには両親の安全を確実にしなければならない。無関係の彼らが私のせいで危険な目に合わせてはいけないのだ。故に、弧崎鳴は飛行機事故に巻き込まれて、結局死んでしまったということになったそうだ。これで母は納得してくれるだろうが、父はどうだろうか。疑り深い性分の父の為、微妙である。
次に黒の組織に探られても痛くない戸籍の作成だった。相模によって作られた戸籍は以前ジンが作ったパスポートを元にしたというのだが、性別から名前までツッコミどころ満載だった。名前は相模凪、性別は男、年齢は今の自分と同じもの。苗字は後述の理由で相模自身の姓と、名前は私の前世の呼び名から貰ったそうだ。これは主が知ったら怒りそうな名前だ。それよりも性別だ。男って、男ってどういうことだ。相模に問い詰めると、パスポートの性別が男になっていたとのこと。つまりジンの仕業ということだ。ジンに性別のことを聞くと軽く流された。
組織用に用意したプロフィールはこうだ。交通事故によって両親を亡くした私は親戚の元で健やかに育っていたのだが、その親戚が組織の末端の者だった。親戚は情報流出という不祥事を起こした為、拳銃自殺で亡くなる(実際に同じ死に方をした夫婦がいるそうだ)。残された天涯孤独の私はジンの気紛れで拾われて見事子飼いに。その後ジンの命令で相模が私を引き取り世話をしている。しかし相模は住む家と金だけを与えるだけ与えて殆ど様子を見に来ない。という筋書きだ。
俺がネグレクトしてるみたいじゃないですか! と相模がジン作成の設定を見て嘆いていた。相模の安全の為に家を別にする必要があったのだが、これでは傍から見れば確実にネグレクトだ。そもそも黒の組織に関して相模を巻き込みたくはなかったが、相模曰く「今更です」とのことなので巻き込みに巻き込んだ。少しでも関わりを持たせておけば、後々便利だろうというのがジンの主張である。そんなジンと相模が対面した時の相模の顔の引きつりようは尋常ではなかったので、あまり会わせたくないのが本音だ。
こうしてこの世界に相模凪という人間が生まれた。
ジンと出会って半年で別人になった私は、子飼いとしての活動を開始した。と言っても、ジンに弾除け扱いされてばかりで大したことはしていない。他の幹部に会う時以外の時間、ほぼ常にジンの傍にいるという胃が痛くなる生活も慣れればどうということは……ないわけがない。
ある日ジンは何を思ったのか、私に銃の扱いを教え始めた。組織の射撃場に放り込まれ様々な銃で標的を撃つ日々は、自分が以前刀だったこともあり、銃という近代武器を扱うのは非常にストレスが溜まる行動だった。射撃場に行く時間が増えれば増える程、乱との手合わせも増える。木刀ばかり触っていたせいか、真剣が恋しくなっていた。
乱藤四郎は短刀で、打刀だったかつての自分よりも短い。長い刀を振るいたい、木刀ではなく真剣で。口が滑り乱に言えば、それはもう可愛らしく拗ねてしまった。
「そんなに長い刀がいいなら、鍛刀すればいいよ。ボク一振りじゃ限界があるってみんな言ってるし、丁度いいじゃない」
自身の失言の謝罪と愛刀のご機嫌を取りつつ、しかし乱の言う通り一振りでは限界なのも事実の為、相模に鍛刀許可が降りないか相談することにした。返事は「善処します」という期待薄な内容だったが、相談してから二週間で相模は成果を出した。
「指定する資材数であれば一振りのみ可能との許可を得ました……」
癖のある赤みがかった黒色の短髪に、黒い瞳を持つ美青年(見た目は二十代半ばだが、彼は三十代半ばである)――相模の顔色は悪い。いつにも増して疲労感の見える声で許可をもぎ取った彼は、資材を持って私の家にやってきたのだ。
相模のマンションではなく、ここは一軒家だ。相模曰く、本丸を持てないのならば見た目だけでも本丸に近い家を、とのことで純日本家屋である。用意したのはジンだが、横から口を出したのは相模という、何だかんだあの二人は仲が良いのではないだろうか?
高い塀に囲まれ敷地も広く庭園までついているこの家は、住心地はいいものの留守がちな乱と私だけでは管理が行き届かない。つまり少々持て余している。不満はもう少しある。住所だ。この家があるのは、米花町だ。事件の予感しか感じない。
そんな家の一角に増設した鍛刀部屋で、私は初めての鍛刀を行った。相模がその様子をカメラに向かって説明している。どうやら現行政府とウェブ会議しているらしく、このカメラの向こうがお偉いさんなのかと思うと嫌な汗が出た。
そうして鍛刀の妖精と協力しつつ鍛刀したのが、にっかり青江だった。
「僕はにっかり青江。うんうん、君も変な名前だと思うだろう?」
誉れの桜吹雪が舞い上がる中、私と相模は思わず口をぽかんと開けてしまう。鍛刀の様子を覗いていた乱も「ええ……?」と小声で驚いていた。
「………君が僕の主だろう? 僕を見てそんなに驚いてどうしたのかな? ……笑いなよ、にっかりと」
「…………色が」
私の呟きに「色?」と復唱したのは青江だ。
そう、色が違ったのだ。本来であれば青江の髪色はビロードのような暗い青みがかった緑色の美しい髪色で、左目が黄緑色だ。だが目の前の彼は艶のある黒髪に、見えている左目は黄金色の瞳だ。そしてそのカラーリングは――
「おや、どうやら主とお揃いなんだね?」
そう、私と同じだったのだ。嬉しそうに微笑む青江に、事前説明と容姿が違うことを現行政府に説明する相模。そしてお揃いということに嫉妬する乱という中々に混沌とした状況の中、かつての私と同じ亜種であるにっかり青江はその名の通りに笑っていた。
「つまり、主は僕を使ってくれるってことだね?」
様々な事情を説明した後、質問は無いかと問えば青江はそう言った。折角人の身として顕現したのに、その刀身を私が使う事に不満が出ると思っていた私は拍子抜けだった。曰く「主が使ってくれるなんて、刀としてこれ以上の喜びはないだろう?」とのことだ。私としてはとても有り難い話だ。勿論手合わせ以外では私が使う予定は無いと言えば「遠慮はいらないよ」と返されるので曖昧に頷く。
こうして私の愛刀「にっかり青江」が私の元へやってきたのだ。
+ + + + + + + + +
[newpage]
にっかり青江が顕現して二ヶ月もの時間が経っているが、まだジンには会えていない。青江と顔合わせをしたいのだが、ジンは組織の幹部との任務が続いているようだ。
ジンの意向により、幹部とは極力会わない方針だ。誰が敵か分からない上、私が審神者だとバレてしまえば組織がどう動くか分からない。私の愛刀達や周りの人間の為にも全てを伏せ、ジン子飼いとして動く……無茶振りにも聞こえるそんな課題をジンは私に課している。故に幹部がバディになる任務につくと、ジンは私を遠ざけていた。
あれ以来、時間遡行軍は出現していない。気を抜いていたと言えば嘘になる。
「………山梨!?」
思わず大きな声で言ってしまうのも仕方がない。
自宅庭で木刀を素振りしていた私に、時空移動のノイズ感知の知らせ――つまり、時間遡行軍が動いたことを端末が通知した。内容は至ってシンプル。約二時間後、山梨県の山林で時間遡行軍出現予定。
ここから山梨の山中、地図を見る限り東都寄りの場所だが、残された時間は二時間、間に合わない可能性がある。なんでこんなタイミングで、と思わず顔を顰める。最近はさっぱり出現していなかったからこそジンと私は定期連絡を取りつつこうして離れていたのだが、相手にそれがバレたのか。迂闊だ、離れない方が良いのか、でも幹部と会わない方針だし……とにかくジンに連絡しなければ。急ぎジンへ電話するが電波が届かない旨のアナウンスが無情にも響くだけだ。
「乱! 青江!」
「なんだい?」
「はーい!」
縁側へ顔を出す二人に、端末を掲げる。
「時間遡行軍の出現予定が出た、山梨の山林だ。準備して、今すぐ出る」
私の言葉に緩めていた表情を引き締め頷く二人は、各々の部屋へと駆けていく。私も自室へと向かい、黒いパーカーを着て黒色のカラーコンタクトを付け、使い捨てマスクをする。財布と自分用の刀装を確認し、玄関へと向かった。動きやすい靴を選び、玄関を出れば門の前には既に準備を終えた二人が居た。目立たないよう現代の服を着ているが、動きやすさを重視した彼らなりの戦装束だ。本体は人間に見えないように顕現中は隠しているらしく、見当たらない。
二人の刀装チェックとお守り装備の確認をする。にっかり青江はこれが初陣だ。初陣で折れるなんてことには絶対にさせない。その為にも私が出来る最大限の確認を手早く済ませ、走って大通りへ向かう。
大通りに着けば、すぐに青江がタクシーを拾ってくれた。助手席に乱が乗り込み、私と青江が後部座席に座る。端末で地図を表示させ、運転手に見せる。
「ここに、最短距離で向かってください。大急ぎで」
「高速は使っても?」
「はい、一番速いルートで」
タクシーの運転手は法定速度ギリギリで走り始める。その間に相模へメールを打っていると頭に重み。青江が私の頭に自分の頭を預けたのだ。本来なら肩に預けたかったのだろうが身長差からこうなったのか、そんな可愛いことをする子だっただろうか、と青江を見ても私の視界では青江の表情は見えず、どういった意図か計りかねる。不思議に思いながらもメールを打つ指は止まらない。数分後、メール本文の確認を終え送信。一息つき、まずは助手席の乱を見る。青江の行動には気付いているようだが特に言うことはないようで、じっと窓の外を見ていた。青江は相変わらず無言で私の頭の上に頭を負いている。
「青江」
「なんだい?」
「それは私のセリフだ」
「………ああ、うん、昂ぶっているんだ。だから落ち着こうかと思って」
君の傍が一番だから。そう囁かれれば何も言えない。彼の手を握れば、ぎゅ、と握り返される。
「初めてだからね、上手く出来るかわからなくて………護衛のことだよ?」
小声で言われた青江節に、どの本丸の青江もこの言い回し好きだよなぁと思いつつ、ジンの事を思い浮かべる。ぞわり、あの日当てられた殺気を思い出し冷や汗が出た。少なくてもあの人は護衛されるタイプではない。全て破壊尽くしそうなあの人が私の守護対象なんだと改めて思うと気が重い。
「………ある程度なら彼は自衛出来る」
「それは凄いねぇ……彼、ちゃんと人間かい?」
「人間だよ。だから斬られれば死ぬ。こちらは相手の総数が分からない、気を引き締めよう」
「そうだね。大丈夫……君の期待に応えるよ」
声色はいつも通り。でも握る手は冷たく、どこか空気も張り詰めている。いくら戦慣れした刀でも、人の身での初陣は緊張するか。極めで練度も高い乱藤四郎、初陣のにっかり青江という二振りでの出陣も相俟っているだろう。せめて打刀がいれば二刀開眼が出来るのだが……自分が刀ではないことが悔しい。
沈黙した車内、ただ時間だけを気にしながら車は山梨へと向かっていた。
夕日が差す中、目的地に到着した。道路から少し外れた森の中、遠ざかるタクシーを尻目に、端末を確認する。
時間は、間に合った。ただ正確な場所が不明だ。もう一度ジンに電話をかける。先ほどとは異なり、コール音が鳴った。数回のコール音の後、聞き慣れた低音が耳に届く。
『俺だ』
「私。ジン、今山梨にいる?」
『はぁ? 山梨だ? テメェ、何言ってやがる』
「……………アレの出現予定が出て、山梨に来ている――ジン、いるよね? 今わたし、山の中、なんだけど」
喋りながら、口の中の乾き始めたように感じた。心臓が、低く鳴る。どくどくと脈打つそれが、脳にまで響き始める。
ジンの口振りがおかしい。私は選択を間違えたのではないか?
まるでジンは――
『………嵌められたな』
ここにいないみたいじゃないか。
「あるじさんッ!!」
鋭い声に顔をあげれば、刃が私に向かっていた。寸でのところで避ける。フードが少し斬れた。
体勢を立て直し、辺りを確認すれば既に青江と乱は白刃戦を開始していた。見える範囲の敵は、短刀二振り、脇差一振り、太刀二振りの編成。乱は既に短刀を一振り屠っているあたり、一部隊六振りの編成のようだ。
「あるじさん、敵の目的はあるじさんだよ!」
「そうだろうね。乱、青江、私のことは気にせず制圧しろ」
「ッフフ、わかったよ、すぐ終わらせるよ――さあ、斬ったり斬られたりしよう」
敵の動きを注視しながら、端末を耳から離さない。
「ジン、今どこ?」
『香港だ』
海外に行っているなんて聞いてない、と思っていると視界の端で何かが動く。大振りで来た太刀の攻撃を避け、距離を取る。鍛え始めて正解だった、前世程ではないが動けそうだ。
「ッ、まだ任務中?」
『いや、予定より早く終わった。今日戻る予定だ』
「それって、誰かにっ……報告してる?」
『あの方以外に報告してねえな』
「じゃあ、今日戻ることはあの方しか知らない、ということ?」
『ああ』
「急いで戻ってきて、いつジンのところに遡行軍が行くか分からない」
『―――……家に戻ってろ』
「わかった――ぐぅっ」
太刀の一撃を刀装が受け止める。胸元から、サラサラと砂が落ちていく――ああ……一つ壊れてしまった。太刀の攻撃は重い、壊れかけの刀装では持たなかったか。砂となった主からの餞別、壊れていないのは残り一つ。後退りながら相手を睨めば、敵はニヤリと笑みを浮かべる。相手は刀、武器そのもの。私は鳴狐の魂を持った審神者とは言え、彼らからすれば只人。
「切る」
直前に響いたジンの怒鳴り声は聞こえないフリをして通話を切る。それと同時にもう一閃側面から来るが、飛び退きなんとか避ける――が、私が入ったのは誰かの影だった。しまったと振り返れば、黒髪がさらりと揺れた。
「笑いなよ、にっかりと」
敵を屠る青江は、黄金色の瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべていた。敵は人の身を保てなくなり、黒い靄と共に消えていく。
「主、終わったよ」
「………はぁ」
ぽす、と青江に体を預ける。入ったのは青江の影だった。良かった、青江でよかった。
「おや、僕に触れたいのかい?」
「うん。……軽傷か」
擦り傷に若干の刀傷、出血は殆ど無い……この程度で済んだのは奇跡だ。青江に渡した刀装は全て剥げているが、お守りも発動していないし、想定よりかなり被害は少ない。乱の方は刀装が少し傷ついただけで、ほぼ無傷だ。相手との錬度差があったのだろう「歯ごたえないなぁ」なんて呟いている。
違和感を感じるが、兎に角難は逃れたと思っていいだろう。
「さすが私の愛刀」
青江を抱きしめれば、頭上で「フフ」と笑い声が漏れていた。ずるい! と口を尖らせた乱も抱きしめれば、二人の誉れ桜が舞い始めた。そんな乱の耳に唇を寄せる。
「………索敵をして。なるべく広範囲を」
「――うん、任せて」
乱が飛び出し、木々の間へと消えていく。私は青江の手を引っ張り、木陰へと移動した。乱が戻るまでここで息を潜めていよう。
「誰かに見られていた、と思っているのかい?」
青江の言葉に小さく頷けば彼は首をコテンと傾げる。
「完全に日が落ちている中、僕らを見ることが出来るのかい? 周囲には人の気配は無いけれど」
戦闘中に日没時間になった故に、今辺りは真っ暗だ。少し離れた道路も反射板しか設置していない為、光源は月明かりのみ。
「この時代はただの人間でも暗闇で相手を視認する方法がある。それが遠い場所からでも」
「………成る程、僕らの索敵範囲を分かっている人間がその方法で見ていると主は踏んでいるだね」
「――青江、言い忘れたけど、外では凪だ」
「ああ、ごめんごめん。………おや?」
青江が私を抱き寄せる。何事かと思えば、低く響くエンジン音が耳に届く。それは黒い車だった。車種の判別がつかない程の猛スピードで車が山を降りていく。それと同時に、すぐ傍に乱が降りてきた。
「追いかける?」
「いや、いい。あれは追いつけない」
「わかった。さっきの車の人、遠くからボクらのこと見てたみたいなんだけど、姿を確認する前に動き始めちゃった。ごめんなさい」
「十分だ。マスクもフードもしていたから、私の顔は見られていない。青江と乱の姿は見られていると思うから、その人が歴史修正主義者なら審神者の介入には気付かない筈はない」
「案外、審神者の存在を知らない人間かもしれないよ。命令されただけの一般人、とかね」
「歴史修正主義者が単独とは限らないのが厄介だよね。一人でいてくれた方がこっちは助かるんだけどっ」
乱の言葉に頷く。
「とにかく、家に戻ろう」
……今回の報告は、色々と面倒そうだ。
+ + + + + + + + +
[newpage]
にっかり青江の眉間に冷たく硬い鉄の塊が突きつけられている。微笑みながら軽く両手を挙げている青江に、銃を突きつけている本人は舌打ちと共に武器を仕舞う。
「僕らの家なのに、随分な出迎え方だね? 刺激的で驚いたよ。ねえ、主」
さすが肝が座っている。そんなメンタルを持ちたいものだと思いつつ、刺激的な行動をした彼、ジンに向き合った。
「………彼は青江。乱と同じタイプの人って言えばいいかな」
玄関を開けた途端ジンが青江に銃を向けるものだから、何の罰ゲームかと冷や冷やした。乱は気にせずさっさと自室に向かっているあたりに慣れを感じる。
「報告は居間で聞く」
「うん」
返事を返せば不機嫌そうに居間へと消えていくジン。
「……僕は自室にいればいいかな?」
「うん、何かあれば呼ぶ。話が終わったら手入れをするから、準備だけして待ってて。眠かったら寝ていいから」
「フフ、眠るなんて勿体無い、君との時間を楽しみに待ってるよ」
妖しく笑った青江が去っていく。
既に時刻は深夜と言って相違ない。この時間から報告をして、一体何時に終わるのか。青江の為にも早く終わらせなければ、と気力を奮い立たせ居間へと出陣した。
居間にある座布団の上で不機嫌さを隠そうともしないジンの前に正座をし事の顛末を報告する。
話が進むにつれ彼の体から苛立ちが滲み出ていたが、最終的に彼は笑みを浮かべていた。ぶるりと体が震える程の、狂気に満ちた笑みだった。
「顔は見られてねぇな」
「………私は。乱と青江は見られている。もし未来から来た歴史修正主義者なら、乱と青江の顔は絶対に知っている。私の属する組織の介入は伝わっていると考えていい」
「なるほどな。………俺を[[rb:殺し > バラし]]損ねた理由をイカロスは突き止めた。だったらこっちも噛みつかねぇとな」
「噛み付く……?」
愉しそうに笑うジンは、私の首筋をするりと撫でた。
「ヘリオス、俺の子飼いとして正式に組織入りさせてやる。堂々と俺の傍にいろ。勿論、幹部の前でもな」
「―――………断りたい」
心の底から吐き出した言葉は、鼻で笑われ一蹴された。
「組織に居る時はテメエはテメエの存在を殺せ。声紋、指紋、顔、体格……全てがテメエの首を締める」
「……善処する」
「あと、あの胡散臭え男も組織に入れる」
「……? もしかして、青江のこと?」
ジンが頷く。青江はジンの子飼いではなく、ジンの紹介で組織に入る人間ということにするらしい。
「あのうるせえガキはテメエの懐に入れ、胡散臭え男を実働として動かせ」
「二人は私の武器だ、ジンが命令するのはやめて」
「俺の子飼いの武器なら、俺の武器も同義だろう。テメエは絶対の駒を持ってるんだ、それを使わねえ手はねえよ。それにな、テメエを主と慕うのなら、アイツはこの話に乗る。保証してやってもいい」
「青江の返答は青江にしかわからない。青江が拒否すれば、私はその命令をすることは出来ない。それだけは了承して」
「ああ、いいぜ」
「―――話はこれで終わりでいい? そろそろ、青江の手入れをしたい」
立ち上がり告げれば、ジンは「ああ」と返答し居間を出ていく。玄関とは逆の方向に向かった辺り、今日泊まるつもりらしい。三つある客間のうちの一部屋が完全にジン専用になっている。ちなみにもう一部屋は相模、残った一部屋が本来の意味の客間になる。
私は青江の元に向かい(やはり寝ていなかった)、その場で手入れを開始した。手入れをしながら先程のジンの話をすれば、結果的に言えばジンの予想通りになった。
「いいよ。僕が彼の組織に入ればいいんだろう?」
今日の献立決めレベルの気軽さで青江は組織入りに了承したのだ。本当に意味は分かっているのだろうか? 犯罪組織に入ろうとしているんだぞ? そう聞けば青江は笑った。
「分かっているよ。……フフ、心配してくれるのかい? 大丈夫、僕にも矜持はある。君の隣に立てなくなるようなことはしないさ。いや、寧ろ君の隣に行けるようになるから、待っててくれるかい?」
青江の言葉に内心疑問だらけだったが、有無を言わせない笑みに頷く他なかった。
後日、私は主に連絡をした。目的は二つ。
一つは、刀装を壊した為補充して欲しいということ。私は主の霊力が入った刀装しか刀装として効果を発揮しないのだ。つまり、私と契約している乱や青江が作成した刀装は彼ら自身で装備する分には問題ないが、私が装備しても何も弾くこともない、ただの球だ。
もう一つは、私のお供をこちらの時代に送って欲しいということ。――前世で鳴狐だった時のお供のキツネは生きている。[[rb:あの事件 > 私が折れて]]以降、主の元で日々穏やかに暮らしている事を知っていた。そんなお供を再び相棒としてこちらに呼ぶことは憚れたが、彼は長年私の言葉を代弁して来た。子飼いとして幹部の前に立つのならば、彼の手を借りたい。
主は青筋を立てながらも、その二つを了承してくれた。
刀装が壊れた事実は、私がそれだけ危険な目に遭っているという証拠故に主には口酸っぱく「危険なことに首を突っ込むな」「審神者が死ねば瓦解するんだぞ」と説教されたが「政府の融通がきかない以上、ある程度は仕方がない」と言えば説教から政府への文句にシフトチェンジした。
キツネについては、どうやら以前より私の元に行きたいと言っていたようだ。私のいる時代に時間遡行軍が現れ、私が頑張っているのにお供の自分が本丸で油揚げを食べている場合ではない、とのことだ。相変わらず可愛いやつだ。でも私は、出来ればずっと平和に油揚げを食べているお供で居てほしかった。
こうして私の元へ来たキツネと共に、私はジンの子飼い「ヘリオス」として正式に動き始めた。大きな黒いコートにカラーコンタクト、口元と首元を隠すネックウォーマー、これにコートについた大きなフードを被ればどう見ても不審人物の出で立ちだが、隣にいるジンのオーラにより霞むので有り難い。
青江の戸籍も用意した。彼は私の実の兄という設定になった。カラーリングが同じで住む家も同じということに説明をつけるのならばこれが一番手っ取り早いと相模は言う。ちなみに名前は相模青江だ。
私が幹部からの探りを懸命に躱し、ジンからの謎の英才教育を受け、時間遡行軍からの襲撃も対応している間に、私は十一回目の誕生日を迎えていた。その頃には青江は持ち前の隠蔽値を活用し様々な組織に侵入して殺し以外の事をして幹部にのし上がっていた。誕生日当日に「僕、ギムレットってコードネーム貰ったよ。褒めてくれるかい?」と言われた時にはとても複雑な心境だった。頑張ったのは事実のため、褒めはした。
私も、乱も、青江も、日々を懸命に生きていた。裏側の世界で、必死駆けずり回っていた。
だからこそ忘れていた。私は人間であり、まだ子供であることを。
ある日、相模が顔を青くして家にやってきた。それはもう血の気は失せており、一体どうしたのかと思い聞けば、衝撃の事実を聞かされた。
「児童相談所の方から、連絡がありました………」
小学校に行くことを、私はすっかり忘れていた。
+ + + + + + + + +
[newpage]
《ヘリオス/相模凪/狐崎鳴》
ナチュラルに男装。どんどん名前が増えていく。元々前世では鳴狐との呼び分けの為に凪と呼ばれていた。
ようやく二振り目だ! と顔には出さず歓喜している。
幹部に会わないからとのんびりしてたらガチ子飼い化してしまい、てんてこまい。
小学校に行くことすっかり忘れてた。だってそれ以外にすること沢山あったから! と言い訳を心の中で言っている。
今自分がどの小学校に所属しているのかも知らない。
《ジン》
日本で幹部と共に仕事していたら、突然香港に行けと指示が来た。その唐突さに不信感を抱いたため、与えられた期日よりもかなり早く任務を終わらせたら案の定だった。一番はやい飛行機で帰ってきた。徒歩下山+帰りは電車とバスを乗り継ぐというヘリオス達よりも早く帰宅。ずっと玄関で待っていた。
完全に喧嘩を売りに来た相手に噛み付く気満々。
ヘリオスを常時傍に居させる気だったのに、学校だぁ?
《乱藤四郎》
ジンの突飛な行動には慣れた。
最近もっぱら懐にいるのでほくほく。
後輩刀の青江とは仲は良いが、錬度差を気にしている。
早く強くなってボクと一緒にあるじさんの隣に立ってよね。
そういえばあるじさん小学生だったね、と言われてから気付く。
《にっかり青江/ギムレット》
笑いなよ、にっかりと。
アナザーカラーなにっかり青江。右目はしっかり赤い色。カラーリングは非常に気に入っている。だって主とお揃いだよ?
練度初期値で夜戦の六振り編成という地獄を見た。軽傷で済んだのは主と乱に攻撃が集中したから、つまり本当に運が良かった。
黒の組織に入る? いいよ、君を傍で守るには君のところまで行かなきゃね。僕をいれるには、僕は大きすぎるだろう? 勿論、懐のことだよ?
ギムレットというコードネームを貰い、そこそこテンションがあがった。
へえ、主は学校に行かなきゃいけなかったんだね。
《政府職員・相模》
この時代に来て十一年、ずっと苦労している人。
戸籍作ります、政府の相手します、報告書作ります、とにかく忙しい。そんな中アウトローなジンと対面して少し吹っ切れた。
ここに来て児童相談所から連絡が来て青ざめる。
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亜種鳴狐♀だった前世持ちの女審神者がコナン世界で巻き込み巻き込まれながらなんとか生き抜いていく話。<br /><br />前回はブクマ、いいね、コメント、スタンプありがとうございます!<br /><br />2018年09月10日~2018年09月16日付の[小説] ルーキーランキング 33 位<br />ランキング入りありがとうございます……!
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03:気付けば愛刀はコードネーム持ちになっていた
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10126435#1
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カーテンの隙間から射しこんだ朝の光の眩しさに目が覚めた。
薄目を開けて枕元に置いてある目覚まし時計を見ると、アラームをセットした時刻まで一時間もある。
すぐ隣で眠っている恋人は、すーすーと静かな寝息をたてている。
俺はベッドの中で牧の寝顔を眺めた。くっそー………寝顔までイケメンとかずるい。
自分が男を好きになるなんて、いまだに信じられない時があるが、「運命の出会い」をして「運命の恋」に落ちた相手が牧だったと俺はそう思っている。
しばらく眺めていると、牧の長い睫毛がぴくりと震え、瞼がゆっくり開いていく。
「まき、おはよ………」
なんとなく照れくさくて、だんだん声が小さくなってしまう。
「…………おはようございます」
牧は眠そうな声でそう言って、俺の上におおいかぶさって整った顔を近づけると、ゆっくりと唇を重ねた。
この顔で、こんなことをされたら、世の中の女子みんながノックダウン間違いない。
俺があっけにとられている間に牧はベッドから降りて、パジャマを脱ぎ始める。今からエッチなことをするわけではなく、出勤用のスーツに着替えるためだ。
俺がのろのろと上半身をベッドから起こしたときには、牧はもうスーツをきっちりと着こなしていた。
「すぐ朝食にしますんで待っててください」
牧は身体を少し屈めると、俺のおでこにキスをした。
「アッ、ハイ……」
牧は俺の反応を見て満足そうにくすりと微笑むと、朝食を作りに部屋を出て行った。
ひとり残された俺は恥ずかしさのあまり、ベッドの上でのけぞって悶絶する。少女漫画のような恋に憧れていた俺は、こういうシチュエーションにめっぽう弱かった。
「うぉああぁぁ!ときめきすぎて死んじゃうぅぅぅ!」
神様、俺の彼氏がイケメンすぎて辛いです。
なんとか気持ちを整理して下に降りると、いい匂いが漂ってきた。
「春田さん。ワイシャツ、アイロンかけておきましたから、それ着てください」
そう言って、牧はふたり分の朝食を手際よく並べていく。
「サンキュー」
ワンディッシュプレートみたいに、大きなお皿にはクロワッサン、スクランブルエッグ、ナポリタン、ローストビーフ、サラダが彩りあざやかに盛りつけてあって、しかもコーンスープまでもが手作りという徹底ぶりだった。
「うまそ~~!」
牧は非常にマメだ。母親のように世話を焼き、俺を楽に生活さてくれる。
そして飯が超うまい!
「ん~~!ん~~!うめーーー!」
ゆっくり味わって食べようと思ったものの、やっぱり、がつがつと食べてしまった。
「おあずけくらった犬じゃないんですから、ゆっくり食べてくださいよ」
しょうがない人だな、と言いつつも、牧は嬉しそうな顔をしている。
嬉しいなら嬉しいってそう言えばいいだけなのに。
牧は素直じゃないところがある。
10分たらずで全てぺろりとたいらげて、自分のぶんの食器を片づけていると、背中に痛いほどの視線が刺さるのを感じた。
「え、え、なに?どうした?俺、なにかした?」
振り向くと牧がチベットスナギツネのような表情……チベスナ顔で俺を見ている。
「俺と最初に暮らしていた時は皿も洗わなかったのに、部長と暮らしてから朝ちゃんと起きるし、好き嫌い減ったし、服たたむし、靴そろえるし、皿洗いするし……春田さんの悪いところが減りましたよね」
牧は負けず嫌いで超がつくほど嫉妬深い。「んなわけねーだろっつーの」の次の日には、俺の彼女たち(AV)は燃えるゴミに出された。
「え、ダメなの?」
悪いところが減るのはいいことじゃないの?
「俺が自分で躾たかったんですよ!!」
「えぇ……」
わっかりにくぅ……。
「料理も家事も俺がします!春田さんはこれからも、ぽんこつダメ男でいてください!俺なしじゃ生きていけない身体にしてやる」
「いや、俺もう牧なしじゃ生きていけないんだけど……無理!ちょっと想像しただけで心臓がぎゅってなった!」
「可愛いがすぎるぞ春田!!」
ぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめられる。
「可愛いって……なにが!?」
どうしてだか牧がなかなか離してくれなくて、ふたりで猛ダッシュでバス停へと向かい、遅刻ギリギリの時間に本社に飛び込んだ。
[newpage]一日の営業業務を終えた後は、時間が合えば駅で待ち合わせてスーパーでちょっとした買い物をしたり、近所のコンビニに立ち寄って家に帰るのが日課になっていた。
コンビニに入って俺がスイーツのコーナーを見ていると、最近、顔見知りになった就職活動中の大学生のバイト君が声をかけてきてくれた。
「いらっしゃいませ。お疲れ様です」
爽やかで明るい、礼儀正しい体育会系の好青年だ。目鼻立ちがくっきりしていて、牧とはタイプが違うがイケメンの部類に入ると思う。
「おお、ありがとう。就職決まった?」
「それがなかなか……就活って難しいっすね。春田さんのとこの面接受けてみようかな」
「お?うち来る?この仕事は難しいことも多いけど、なかなか面白いよ。俺は自分の仕事が好きだし、やりがいがあるとも思ってる。ま、やってみ~?」
「うっす……」
ポンと軽くバイト君の背中をたたいて、雑誌コーナーで立ち読みをしている牧のもとへ向かう。
「彼は?」
「ん?バイト君。就活中なんだって」
「…………そうですか。俺、自分のすませたんで、ここで待ってます」
「そ?じゃあ、レジに行ってくる」
ビールとスナック菓子を選んでレジに持ち込む。
「ありがとうございま…………す」
レジを打っていたバイト君の顔がちょっと変な顔になった。買い物をレジ袋に入れながら不思議なものを見る目で俺を見ている。
ふと買い物かごに目を落とすと、「SKYN コンドーム ラージサイズ」と表記されたパッケージが目に飛び込んできた。
「ちが……違う!!違うってえ!!俺のじゃないからあ!!」
このままじゃ俺が巨根だと思われる!男としては誇らしいことなのだろうけど、とてつもなく恥ずかしい。牧って、いつもどんな顔してコンドーム買ってんだ。
「すみません。ちょうど切らしてたんで、勝手に入れちゃいました」
スッと横に並んだ牧に助けを求める視線を走らせる。
「牧!??」
「なんですか?コレしないと困るの春田さんでしょ。それとも、ナマでしていいんですか?」
この顔は怒ってる顔だ。優しく、物腰柔らかで、その甘いマスクから「天空不動産の王子様」と呼ばれる牧の面影は欠片もない。
「まきまきまき!??どうした!?ここコンビニだぞ!?」
フォローにならなかったどころか、さらに現場が混乱した。早くこの場から逃げ出したい一心で代金を支払う。
それでなくてもバイト君が動揺しているところに、牧がとどめを刺すように言った。
「この人、俺のなんで。あげないよ」
「ありがとうございました…………」
レジ袋を差し出す手が震えている。
こんな、しんみりした「ありがとうございました」は生まれて初めてだった。
コンビニを出た後も牧の機嫌はよくならなかった。しばらく前を無言で歩いていた牧が突然に言った。
「あの店員、絶対春田さんに気があります」
牧は以外と沸点低めで、本心を隠し込むタイプだけど時々爆発する。
余計なことを言うと怒らせてしまうし、理由を聞いても怒る。牧が話したいと思ったときに話してくれるまで、心配だけど待つようにしている。
「え、そうなの?」
「春田さんは人の好意に鈍感すぎ」
ふとあることに思い当たってハッとなった。
「え、じゃあ、アレもそういうことなのかっ……!?」
「アレってなんですか?」
「アレ」というフレーズに牧の目が鋭くなる。 これはヤバいと思ったが、下手に隠したり誤魔化したりすると、もっとヤバいことになる、と身をもって学習している俺は正直に答える。
「実は、アパート探してるから相談にのってほしいって、連絡先を交換しました……」
「は?」
いつものチワみのある顔が嘘のように鬼の形相に変わる。
「でも!プライベート携帯は教えてないから!」
「あたりまえですよ。ほんと油断ならないな……」
「う、ごめん」
また牧に嫌な思いをさせてしまったのかと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「帰ったらお仕置きですから」
聞き捨てならない言葉が聞こえ、顔をあげるとドM垂涎の、ドS的表情をした牧と目が合った。
牧はドSだ。
見た目のチワワと正反対の、腹黒、毒舌、ドSである。
言葉責めの神様みたいな奴で、我慢するのを止めたらしい。
「え、それは決定事項なの?」
「決定事項です。明日は休みなんで、寝れないと思ってください」
「お、お手柔らかにお願いします……」
嫉妬深くて負けず嫌いで、素直じゃないところも内心では可愛いと思っている。
俺だけが知っていればいい。
そんな俺の牧取り扱い説明書。
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エンディング後のできあがってる牧春です。<br />トリセツという名の牧春がイチャラブしているだけの話です。<br />一番の被害者はバイト君(男)<br /><br />RevivalのMV最高でした(涙)スキマさんありがとう……!!(涙)
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牧凌太の取り扱い説明書
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10126444#1
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「流石女子校、綺麗なもんだな」
「そう? 私はもう慣れたよ」
放課後になった今、日菜は何か用事があったらしく一緒にいないが、リサは大丈夫だったらしく共に行動している。
というのも理由があり、俺が校内の案内をリサにお願いしたからだ。実際知っておきたかったし、これから通う事になるからな。知っておいて損は無い……。
「その中にいる八幡的に気分はどんなもんなの?」
「あー……もしクラスに馴染めなかったらさっさと帰りたい気持ちがあっただろうな」
「あんな話したらそりゃ皆、興味津々にもなるって。体育の時も皆聞きに来てたじゃん」
「あー……」
俺が体操服忘れてたから見学になって暇してたけど、皆暇を見つけては俺に話の続きをねだって来たんだよな。それで俺が注意される羽目になるし……睨みつける度にビビるのは笑ってしまったけどさ。
「嘘でも何でもねー、本当の事だけどな。平塚先生にも話した事が無かったから食いついていたしよ」
まさかクソ教頭に感謝する事になるとはな……あの爆竹は俺の恨みシリーズにやった最初のもんで、他にも色々あるんだが……まぁそれは今はどうでもいい。
「あはは、確かにそうだね。ヒナも凄い面白がってたし」
それにしてもこうやって女子と二人きりで話せるようになったの聞いたら、春道や皆が知ったらボコられそうだな。アイツら何気に嫉妬しまくりな連中だからな……ヒロミやマコを除いてだけど。
ブブブ……。
「ん? ……あ、やっべ」
「え? どうしたの?」
小町から連絡で『早く来て』との一言。リサによる高校案内を楽しんでいたせいで忘れてたぜ……ごめん、小町。
「そろそろ妹迎えに行ってやらねぇと……色々案内してくれてありがとな、リサ」
「ううん、気にしないでよ。早く行ってあげて」
「おう、そんじゃーな!」
早く行ってやらねーと小町機嫌悪くなるだろうな……さっさと行くか。
[newpage]
「もー、おっそいなぁお兄ちゃんってば……」
女子校なんかに通う事になった時から嫌がっていたから早く来てくれると思って校門で待ってたんだけど読み違えたか……しかしあのお兄ちゃんがねぇ。
「こまちゃん、もしかしてまだ来ないの? そのお兄さんって」
「うん、そうなんだよあこちゃん」
やー、それにしてもまさかあのあこちゃんがこの学校にいるとは思ってもいませんでしたよ。しかも小学校の時の付き合いだったのに覚えててくれていたのは嬉しかったですね……小町感激っ!
「バイク乗ってるって聞いたけど、どんな人なの?」
「え? もしかしてお兄ちゃんの事?」
「うん! ここでただ待ってるのもつまらないだろうし、聞かせて!」
あこちゃんって、こんな子だったっけ……小町も久々にあったから忘れてます。まぁ徐々に思い出すでしょう……。
「あー、うちのお兄ちゃんは基本面倒くさがりが凄い人だよ」
「え……そうなの?」
「犬の鳴き声を感知して言葉に表現するアプリがあったんだけど、お兄ちゃんそれに向かってワンワンって鳴いたら『働きたくないでござる!!!』が出るくらいだよ?」
「あはは……それ、凄いね」
これホントにあったから怖いんだよね……最初はアプリのバグかと思ったけど、お兄ちゃんらしいのが出たからビックリですよ。
「でも……いざという時は凄い頼りになって、いつでも小町の味方になってくれる良いお兄ちゃんなのです。今日だって学校まで送ってくれたから」
「……そっかー。あこにもおねーちゃんがいるんだけど、こまちゃん覚えてる?」
あー、確か小町たちより一つ上でしたっけ? えっと~……。
「ご、ごめんあこちゃん。久しぶり過ぎて忘れちゃって……」
「もー、仕方ないなぁ? 今度家に遊びに来てよ。その時に紹介するから!」
「うんっ! お願いしますよ、あこちゃん!」
フォンフォンッ!
『っ!?』
「やっと反応したか……何でこんなとこいるんだよ?」
「お、お兄ちゃん! ビックリさせないでよもー!」
いきなりコール鳴らすからあこちゃんもビックリしてるじゃん! それに注目されてるし……転校初日で何やってんの!?
「すまん、遅くなった」
「遅くなったのに加えて先程の罰として、帰ったらお兄ちゃんご飯作ってよね!」
「うぇ……めんどくせぇなぁ、おい」
「じゃーね、あこちゃん! また明日~!」
「う、うん……」
お兄ちゃんバイク走らせてあの場から去ったけど、明日絶対聞かれるよね……あー、どう答えましょうか。
[newpage]
「なぁ小町、あの子お前の友達か?」
「え? あ、そうだお兄ちゃん! あこちゃんがあの学校にいたんだよっ!」
「あこちゃん……って、さっきのか?」
「うん、宇田川あこちゃん! ほら、巴さんの妹さんだよっ!」
「……すまん、誰だっけ?」
お兄ちゃん……もしかして忘れてる? 全く……と言いたいですが、小町も忘れてたから人の事は言えません。
「小学校の時こっちの街にいたでしょ? その時の幼馴染だよっ!」
「は? え、何? 俺たち小学校の時ってこの街に住んでたのか?」
「う、うん! というかお兄ちゃん前見て前!」
「っと……すまん」
いきなり振り向いてくるから焦ったよ~。
それより、間違いなくお兄ちゃんは小学校の時の事忘れてるみたいだね。
「あー、中学で嫌な事色々あったから小学校の頃の事とか忘れたわ」
「! ……そっか」
お兄ちゃんがいた中学、私も一年の時に行ったけどお兄ちゃんの学年は本当に屑ばっかだったもんね……。
ギュッ……!
「お? どうした小町?」
「ごめん、お兄ちゃん……」
小町お兄ちゃんの妹失格だな。嫌な事思い出させるとか、やっちゃ駄目じゃん……!
[newpage]
「ばーか、気にすんな。お前が悪いわけじゃないからよ」
高校は楽しかった……ヒロミたちや春道がいたからな。だけど中学だけはクソだった。
平塚先生と教頭に恨みを持って俺と組んだ校長と先生と生徒数人以外は絶対に許さん。あの時一発だけじゃなく、もっとボコッとけば良かった。
「それに、今となっちゃ昔話だしよ……っと、着いたぞ。降りろ」
「ほ、ほーい!」
今日は帰ってくる日だよな……親父たちに色々と聞きたい事があるし、丁度いい。聞いてみっかね?
「おーい、ただいま。小町も一緒に帰ったぞー」
「おう。帰ったか……無事で何よりだ。当然八幡もだが、特に小町」
親父ぇ……相変わらず小町には甘いよな。
銀髪で俺と小町と同じくアホ毛が目立つこの男は比企谷[[rb:竜巳 > たつみ]]……俺たちの親父だ。
親父は俺にも味方だが、小町の事を特に気にかけている。子供の頃聞いたら絶対に嫌われたくないとの事だ……俺には嫌われてもいいんかいって思って聞き返したらそんな事はなかったので安心したけどな。
「もー、アンタは何やってんの……あ、お帰り小町。それから、八幡も!」
「あの……母さん。ハグはいらないから離れてくれません?」
現在進行形で素晴らしい果実を当てられている俺の母親である比企谷[[rb:夏美 > なつみ]]……オレンジ色の長髪を靡かせており、とても三十路とは思えん程に綺麗だ。
「あ、そうだった。ほら、アンタたち座りな。ご飯出来てるよ」
『はーい』
今日も美味そうだな……母さんのハンバーグ、好きなんだよな。これでご飯結構食えるから有難いぜ……って、そうだった。
「なぁ親父」
「ん? 何だ八幡?」
「俺が小学校の時、この街に住んでたんだっけ?」
さて、これでようやく今日からのもやもやが解消するかもしれん。親父たちなら知ってるはずだからな……!
[newpage]
「ああ、そうだぞ。何だお前、忘れてたんか?」
「まぁそんなとこ。今日、学校で赤メッシュかけた女に睨まれたのもあって気になってよ」
「赤メッシュって……お前、蘭ちゃんと会ったのか?」
蘭……? あの赤メッシュ女、蘭って言うのか。つーかそれより……。
「おい親父、何であの女の名前知ってんの?」
「お前……そこまで忘れたんか? ウチと蘭ちゃんの家は昔から長い付き合いがあるんだよ。つまりお前と蘭ちゃんは幼馴染って事だ」
「へー……」
そんなん全く忘れてたわ。というか気に止めてもなかった。もしかしてアイツ、俺のこと覚えてたとか……?
いやいや、そりゃ無いだろと言いたいが小町の友達の『あこちゃん』だっけ? その娘が覚えてたんだったらそういう奴がいてもおかしくはないな。
「親父、ありがとな。教えてくれて」
「フッ、いいって事よ……」
ったく、何なんだよその無駄なカッコ良さは……?
[newpage]
「アンタたち、話もいいけどご飯食べなさいっ! 冷めちゃうでしょう!?」
『あ、はい……』
「二人共、お母さん怒らせちゃ駄目だよ……」
最後の最後で締まらないのは俺たちらしいと思う……。
この後母さん特製の飯を食べてバイクのメンテに取り掛かるのであった……!
[newpage]
後書き
ご閲覧ありがとうございました!
という訳でロゼリアの二人目、宇田川あこちゃん登場でございました!
それではまた次回にお会いしましょう、さようなら!
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リクウ杯2に何とか勝てそうなラインまで到達した、華琳です。<br /><br />注意書き<br />キャラ崩壊の可能性あり<br />ご都合主義も出るかもしれない<br />設定等多少オリジナルになるかも?<br />その他誤字とか内容修正など色々あるかもしれませんが、それでもOKという方はどうぞお楽しみ下さい。
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4話 『家族団欒』
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10126809#1
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夜中に突然目を覚ましたクーは、ついでに何か飲もうとベッドを抜ける。
すっかり眠っていたと思った彼の愛しい男は、「トイレかね?」と声を掛けた。
「いや。目が覚めたから何か飲もうかなって……。お前は? 飲みたいものを持ってきてやる」
「別に。……早く戻っておいで」
たかが二階から一階へ行くだけなのに、大げさだ。
クーは小さく笑い、体を屈めて彼の頬にキスをして部屋を出た。
何やら胸の奥がもやもやする。
なんの夢で目を覚ましたのかは覚えていないが、とにかく胸くそ悪かったことだけは確かだ。
クーは「エミヤの昔の記憶でも拾っちまったか……? あとで抱き締めて宥めてやろう」と呟きながら、階段を下りる。
明かりがついてなくても関係ない。彼はサーヴァントだ。
それに、この遠坂邸はエヴァン・ヴァハのように住み心地がいい。
クーは居間の横を通り抜けてキッチンに行こうとして、ふと、扉の隙間から誰かの姿を視界に入れた。
月明かりに照らされた横顔が美しい。
ディルムッドだ。
彼はソファに腰を下ろし、ぼんやりしていた。
「……ディル?」
ギルガメッシュと喧嘩でもしたのだろうか? しかし、それにしてはいつもと雰囲気が違う。
痴話喧嘩の時は、まっさきにクーに走り寄り「聞いてください、クー!」と顔を真っ赤にしてジタバタするのだ。それが今はない。
クーは無言でディルムッドの左隣に腰を下ろし、そっと寄り添ってやる。
「御子、殿……」
ディルムッドがようやく口を開いた。
「おう」
軽く返して、それでおしまい。もう何も言わない。
ディルムッドの、膝に乗せてあった手は、固く握り締められていた。クーはその拳の上に自分の手をそっと重ねる。
するとディルムッドは、のろのろとクーに顔を向けた。
「御子殿」
「いつもみたいに、クーでいい」
「…………嫌な夢を見ました」
「おう」
「聖杯戦争の、夢です」
納得した。
ティル・ナ・ノーグと座を行ったり来たりして暇を持て余していたクー・フーリンの耳に、少々変わった英雄がいるとの噂が入って来た。
その男は、ティル・ナ・ノーグで暮らす資格があるというのに、それを頑なに辞して、座に留まったままひと言も口を聞かないと。
赤と黄の二槍を持ち、虚空を見つめたまま動こうともしない英雄の後ろ姿を、クー・フーリンは一度だけ見たことがある。すべてを拒絶してなお、なぜ座に留まっているのか理解できなかった。
あの時は、随分と変わった英雄がいるものだと思った。
フィオナ騎士団の一番槍。輝く貌のディルムッド。
「あれは誰だ」と尋ねたクー・フーリンに、英雄の一人でもある養父フェルグスが教えてくれた。
あやつは、ノイシュとディアドラの轍を踏んだ男。武勇に秀でた美しい男だが、結局は主に裏切られて悲惨な最期を遂げた、と。
「なあフェルグス、あいつはなんでティル・ナ・ノーグに来ないんだ? その資格はあるんだろう?」
するとフェルグスは、クー・フーリンの頭を愛しげに撫で回して「フィンがおるだろう? ちびクー。あやつはここには居づらいて」と肩を竦めた。
クー・フーリンは「そんな生前のことを気にしてどうすんだよ。そんなん気にしてたら、俺はフェルディアと話もできねえ」と、少し離れた場所からこっちを見て苦笑している金髪の青年を指さし言い返す。
フェルグスは「ちびクー。私の猛犬。みながお前のように強いわけではないのだ」と言って笑った。クーは意味が分からずに形のいい眉を顰める。そこにフェルディアが申し訳なさそうに口を挟んだ。「私には、あの男の気持ちが分かるような気がします」と。クー・フーリンは義兄を見上げて「じゃあ、フェルディアが教えてくれ」と言って、彼の腕を掴む。
フェルディアは「ちび犬。これは、人に習うものではないのだ」と、愛しい義弟の頬を撫でた。
その後、クー自身も分身の召喚に応じ、損な役回りを演じて最後を終えたが、それでも彼は「まあ、こんなもんか。仕方ねえ」と笑えた。
大事な誰かを守りきって死んだのだ、何を恥じることがある。理不尽な令呪の縛りがあったとて、こうして己は最終的に何一つ無駄なことはしなかったと。
だからこそ、クー・フーリンは笑顔でティル・ナ・ノーグの仲間の元に戻った。
そのとき、ふと、座に留まったまま何かを必死に待っている一人の英雄の姿が、クー・フーリンの視界に映る。
あの男はまだ、あそこで誰かを、何かを、待ち続けていた。
「まだ辛いか」
クーはディルムッドの向かいに跪くと、彼の頬に両手を添えてた。そして、彼の額と自分の額を押しつけ、記憶を共有する。
悪鬼の形相で血涙を流し、呪詛を叫びながら消えていくサーヴァントの姿を、共有する。
こんなものを何度も繰り返し夢に見ようものなら、それは拷問と変わりない。
クーは、己の散り際と真逆のものを見て低く呻き、眉間に皺を寄せる。
「申し訳……ありません……っ」
「俺が勝手に見たんだ。あやまんな……ばかディル」
優しい声で、叱ってやる。
渡英して、かつての主の血縁と出会った際に、それで何もかもを吹っ切ってしまえばよかったものを、この男はあまりにも真面目すぎる。
「終わったことだぞ? 何もかも、終わったことだ」
「分かっています……」
「セイバーを呼んできてやろうか? 俺ならひとっ走りだ」
「いいえ。……彼女は今、大事な人と新たな人生を歩んでいます。それを邪魔することは、俺にはできない」
「だったら一人で泣くな。……せめて、俺の前で泣け。誇りを穢されるのがどんなに腹立たしいことか、よく知ってる」
そういう時代に生きた。
だから分かる。
ディルムッドはぼろぼろと涙を流し、「御子殿」と唇を震わせた。
クーはもう何も言わない。
ディルムッドの目尻に口づけ、舌でそっと涙を拭う。宥めあやすように口づける。
するとディルムッドは、クーの体を力任せに掻き抱いた。
よしよし、と、クーは彼の背中を優しく叩く。
階段に腰掛けて、彼らの微かな言葉に耳を傾けるものが2人ほどいた。
「……我ではどうにもならんのか」
ギルガメッシュは頬杖をついて唇を尖らせる。
「この場合は仕方なかろう。適材適所だ」
隣りに腰を下ろしていたエミヤは小さなため息をついた。
「元はと言えば、貴様の養父が……」と言いかけて、ギルガメッシュは口を閉ざす。
そして再び、不愉快そうな声で「我は、貴様がキリツグかと思ったことがある」と続けた。
「は?」
「第五次聖杯戦争の、アーチャーのサーヴァントの真名は……最初はキリツグだと思った」
エミヤは渋い表情を浮かべ、隣りに腰を下ろしているギルガメッシュを睨む。まさかここで「養父」の名が出てくるとは思わなかった。
「本当に、貴様がキリツグであれば、我手ずから縊り殺してやったものを」
ギルガメッシュは肩を竦め、本気とも冗談とも取れる言葉を囁く。
「違っていて済まんな」
なぜギルガメッシュが、自分と養父を重ねたのかは、わからなくもない。
エミヤはそれが無性に可笑しくなって、低く笑う。
「そこで笑うか、雑種」
「彼は私に、私は凛とクー・フーリンに救済された身だ。笑ってもよかろう」
「は。貴様、たかが守護者の分際でよく言うわ」
その言葉には苦笑を返事に変えて、エミヤは耳を澄ました。
「きっとな、ディル」
クーが、ディルムッドの背を優しく叩きながら囁く。
「お前が今、すっげー幸せだから……、だからそんな変な夢を見るんだ。エミヤと同じだ。あいつもよく、夢にうなされてた。最近は随分と図太くなったから、俺も安心してんだけどよ、最初の頃はそりゃ酷かったんだぜ?」
サーヴァントは夢を見ない。だが、この異常現界では勝手が違った。
こうして暮らし始めてまだ半年も経っていないのに、クーは何十年も昔のことのように語った。
よしよしと宥めてやっているディルムッドの、嗚咽が小さくなっていく。
「幸せだって自覚していくほど、罪悪感に押し潰されていくんだと。面倒臭え奴だよな」
「…………帰国してから、俺もそう思うようになりました」
ディルムッドはクーの肩に額を押しつけ、顔を上げずに掠れ声を出す。
「最初は、サーヴァント同士の同居に驚き、戸惑い、毎日を過ごすので精一杯でした。けれど……」
思えば、ディルムッドの再びの召喚は、渡英し帰国してから始まったと考えていい。
彼にはかつての主の面影を持つ少女と出会い、己の傷を晒すことが必要だったのだ。
「おう。分かってる。今、すっげー楽しいよな? 楽しく楽しくて、楽しすぎて恐いんだよな?」
ディルムッドは顔を上げ、目を丸くしてクーを見た。
そしてぎこちなく頷く。
「恐いことなんかねえぞ? ディル。ここで、楽しい毎日を過ごすことが俺たちの『仕事』なの。わかったか?」
「…………御子?」
「だってよ? そうでなかったら……俺たちが今ここにいる理由がなくなっちまう」
この言葉に、階段で聞いていたクラス弓兵の二人が「ぶっ」と低く噴いた。
なんだろう、この光の御子の無敵振りは。
エミヤは肩を震わせ、王の中の王たる男は自分の肩に顔を埋めて続く笑いを堪える。
「幸せに、楽しく生活することだけを考えてよ、一生懸命生きるって……結構難しいんだぞ? だから、今度はそこらへんを真面目に考えてだな……」
「御子」
「俺もこれには、努力してる」
「…………随分と簡単に見えますが」
ディルムッドには、自分が行きあぐねているところをクーならば軽やかに走って行くイメージがあった。
「だとしたら、俺はたいそうな役者ってわけだ」
クーがふわりと微笑む。
ディルムッドも釣られた。
「お前は真面目だから、これからは楽しいことを一生懸命考えていけ。何をどうすれば楽しくなるか、それを必死に考えていけばいい。そうすれば、きっと」
クーはディルムッドの耳に「あんな夢を見ても鼻で笑って寝返りが打てる」と囁き、彼の耳たぶにキスをする。
「それでも、やっぱまだ辛いときは……構わねえから布団に入ってこい」
「それは、その……エミヤとクーの、寝ているベッドにという……ことですか?」
「おう」
階段では、二人の弓兵がピクリと同時に反応し、互いの顔を一瞥する。
そして眉間に皺を寄せた。
「いやそれは……さすがに……俺でも……」
「だったら、ちゃんとギルガメッシュに甘えるか?」
途端に、ディルムッドは口を一文字に結んで真顔になった。
「またその顔。強情を通すときの顔になってんぞ、ディル」
「いや……その……甘える、とは……」
ディルムッドは上目遣いでクーを見る。
「そこからかよ」
クーは大げさに両手を持ちあげて呻いた。
「申し訳ありません」
「ギルガメッシュがいつもお前にしてる我が儘を、まんま返してやればいい」
するとディルムッドは目をまん丸にして首を左右に振った。
「そんなことをしたら、嫌われてしまいます。俺はもう二度と主を失いたくありません」
クーは「バーカ」と言って、ディルムッドの頭を軽く叩く。
「あいつがお前を嫌う筈がねえ」
「そうでだと嬉しいのですが」
しょんぼりと項垂れるディルムッド。
すると突然扉が開き、パジャマ姿のギルガメッシュがえらい剣幕で現れた。
「さっきから黙って聞いておればっ! お前という男はっ! 我の寵愛を疑うかっ!」
「待てギルガメッシュ、お前が出て行っては話が大きくなる……っ!」
その後ろからエミヤも現れる。
彼はギルガメッシュの腕を掴んで引っ張ろうとしたが、タイミングがずれてこけた。
「夜中にうっせー……」
クーは眉間に皺を寄せ、現れたサーヴァントたちを睨む。
「ディルムッドっ!」
ディルムッドはおそらく、ギルガメッシュが本気で怒った顔を見たことがない。
だがそれは、クーとエミヤも同じだ。
クーなどは「なんだよこいつ、こんな真面目な顔が出来るのか」と、呆気に取られた。
しかしディルムッドは「は、はいぃっ!」と素っ頓狂な声を上げ、両手で慌てて顔を拭う。
ギルガメッシュは、その「真面目に怒っている顔」のまま、ディルムッドに右手を差し出した。
ディルムッドはその手を掴もうとして、慌てて引っ込める。
その手を、ギルガメッシュは強引に掴んだ。
「ええい、まどろっこしい!」
「あ、あるじっ!」
ギルガメッシュはディルムッドを力任せに抱きかかえ、クーに顔を向ける。
「同郷のよしみはこれまでだ、クー・フーリンよ。貴様はもうディルムッドの世話をせずともよい」
そう言って、ギルガメッシュはディルムッドとともに居間を出て行った。
「……これから愛のお仕置きタイムとみた」
冷静に呟くエミヤの頭を、クー・フーリンが無言で叩く。
「あれってさー……ええと、なんて言うんだっけ。日本で。ほれ、コトワザ……? とかってヤツ?」
言葉が出て来ずに悩むクーに、エミヤが「割れ鍋に綴じ蓋だ」と、言って笑った。
「なんか……あんまり……良い喩えに聞こえないんだが……そんなもんなのか?」
「ああ」
エミヤはまだクスクスと笑っている。
「……いつか座に戻ったら、今度は、ディルムッドに声をかけようと思う」
「ん?」
「セイバーにアヴァロンがあるように、俺やディルにはティル・ナ・ノーグがある。けどあいつ、俺が知る限りはティル・ナ・ノーグに足を踏み入れたことは一度もねえ。だから……今度こそ、連れて行ってやる」
もしかしたら、ギルガメッシュはどうにかするかもしれないが、基本的に英霊の安息の地というものは、それぞれ、限られた者しか入ることが許されない理がある。
「そうか」
「俺は比較的、自由な存在だからな。だから、お前の座に居座ることだって、きっとできるぞ。英霊エミヤ」
半神の英霊。アルスターの光の御子は、エミヤの顔を覗き込んで人なつこい笑みを浮かべた。
「私の座は、君の楽園のように美しくも住みやすくもない。燃えさかる炎と渦巻く砂塵、耳障りな音を立てる歯車で構成されている。君が居座ることなどできんよ」
「馬鹿だなエミヤ」
「失敬だな君は」
「分かってねえ。俺は、お前がいる場所なら、そこがどこだろうと構わねえっての。馬鹿、絶対に行くから覚悟して待ってろ」
クーはエミヤの額にこつんと自分の額を押しつけ、「これもゲッシュだぞ」と囁く。
するとエミヤは「そんな簡単に誓いを立てるな」と優しい声で叱った。
嬉しくてたまらない声だと、クーは思った。
紆余曲折はあったが、分身がこんなにも清々しく座に戻って来たのは初めてだ。
蓄えられた記憶が、クー・フーリンの体を駆け巡る。
クーはぐっと伸びをし、目当ての男を探しに行く。探しに行くと行っても歩いたり走ったりするわけではない。
正確に思い描くだけだ。
「ああ、見つけた」
クーは軽く頷くと、自分にすり寄ってきた愛馬マハの背にまたがる。
英霊クー・フーリンの座は、森と草原に彩られた美しい空間だ。そこには野生の馬と賢い猟犬が住まい、穏やかに暮らしている。
「行くぞ、マハ」
主に首を撫でられたマハは、嬉しそうにいなないて空を駆け出した。
時間の概念がない空間を白馬は駆け巡り、主の求めるものに向かってひたすら走る。
ようやく辿り着いたそこは、真っ白な砂地だった。
砂漠ではない。どこまでも白い砂の上に、一人の男が立っている。
褐色の癖毛と蜂蜜色の瞳を持った美貌の騎士。
輝く貌のディルムッド。
「ディル……ディルムッド・オディナ」
クー・フーリンはマハから降り、彼の背に声をかける。
すると男は、ゆっくりと振り返った。
「多分、お前の分身も……戻って来てると思うんだけど」
笑いかけると、ディルムッドは突然その場に跪き、「光の御子」と言って頭を垂れる。
「おい、俺はそれをやめろって言ったよな? ディル。……本体同士で遭うのは初めてだが、そういう記憶はちゃんとあるだろ?」
「…………お、恐れ、多くて」
「もしかして緊張してる?」
「当然ですっ!」
真顔で大声を出され、クー・フーリンは大きな声で笑った。
そのうち、ディルムッドも釣られて苦笑を浮かべる。
「クー・フーリン、光の御子。……そして、『ただのクー』」
ディルムッドはゆっくりと立ち上がった。
「おう。楽しい現界、だったな」
「はい」
「未練は、一つもねえな?」
「はい。俺は……最高の主と出会えうことができました。こんな嬉しいことはありません」
ディルムッドの言葉に偽りはない。その証拠に、彼は絶望の影を背負っていなかった。
「そんじゃ……あれだ。まずは俺と一緒にティル・ナ・ノーグへ行くぞ!」
「いえ……私には行く資格は……」
「ある。俺が認める。それとも、光の御子の言葉じゃダメだってのか?」
「いいえ。畏れ多いことです」
「オスカーやオシーンが待ってる。あれこれ文句を言う奴らなんて放っておけ。お前は立派な英雄で、俺の友で、英雄王の恋人だ。な? ディル。俺はお前を迎えに来たんだ。一緒にマハに乗って、ティル・ナ・ノーグへ行こう。こんな殺風景な座など放っておけ。お前はもう、座に立つ必要はない」
するとディルムッドは嬉しそうに目を細めて微笑み、涙を零した。
呪詛と共に流れ落ちた血涙ではなく、温かな幸福の涙だ。
「クー……俺は……っ」
「うん」
「俺なんかが……入っても、いいんですか……?」
「いいに決まってんだろ」
「……そう、か。いいのか」
「帰ろうディル、俺たちの楽園へ」
よしよしと頭を撫でてやると、ディルムッドは子供のように声を上げて泣き出した。
クー・フーリンは彼をそっと抱き寄せ、優しく背を叩いて宥めてやる。
「そのうち、我様全開のうるさい金ピカが、お前を攫いにくるぞ。覚悟しとけ」
「主にも……再び会えるのですか……っ?」
「ああきっとな。……こっちの世界と向こうは時間の流れが違う。受肉した体が朽ちるまで、どれほどの時間が掛かろうと……待っていられるだろう? ディルムッド」
「は、はい……っ、待ちます。俺は……待ちます」
ディルムッドは幼い仕草で涙を拭いながら微笑んだ。
ティル・ナ・ノーグについたディルムッドを待っていたのは、フィオナ騎士団の仲間たちだった。
みな、ようやく英霊の楽園に足を踏み入れたディルムッドとの再会を喜び、彼を連れて来た光の御子に対して跪いて感謝の意を述べた。
「金ピカ野郎に略奪されるまで、ここでのんびりしとけ」
クー・フーリンは最後にもう一度、ディルムッドの髪を、愛を込めてくしゃくしゃに撫で回してマハにまたがる。
「御子は……どこへ? まさか、座に戻られるのですか?」
ディルムッドの問いに、クー・フーリンは照れくさそうに笑って言った。
「……俺が、ティル・ナ・ノーグをあとにして行くところなんて……一つしかねえよ、ディル」
ディルムッドは「ああそうだった」と深く頷いた。
光の御子が向かう先は、炎と砂塵に包まれた錬鉄の座。
彼を待つのは、赤い外套の英霊。
クー・フーリンが去った後も、しばらく見送っていたディルムッドに、オスカーが声をかけた。
「ディルムッド。みなが、どういう経緯で君が光の御子と知り合ったのか気になって仕方がないそうだ。語って聞かせてくれ」
一晩や二晩で語りきれるものではない。
ディルムッドは笑顔で頷き、忠告をした。
「ああ……随分と長い話になるぞ。みな覚悟は出来ているのだろうな?」
おしまい
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<span style="color:#8d0000;">★ネタバレ有りです。</span>原作を読んでたから知っていたはずですが、やっぱ「oh……」ってなった。なのでディルムッドのお話。ディルムッドを救済するクーの話か。お話のベースは「集まる日」です。ある日の話。そしていつかの話。cpは基本四次金槍と五次弓槍ですが、エロいシーンはありません。でも仄かに漂ってる。★4/29の小説DR-38位ありがとうございます!★なにこれしあわせタグありがとうありがとう(´Д⊂グスン<span style="color:#bf2d96;">★ブクマコメントありがとうございます!コメント欄に返信させていただきました!</span>
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君のいる場所還る場所
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012705#1
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彼は王様、欲深き王様。私の身も心も食べ尽くす。
[newpage]
つまらぬ、豪奢な鎧を身に着けた男はただ一言、言い放つ。
陰気な場所だと召喚場所である遠坂家の魔術工房を非難されるのに持ち主は憤慨することなく、地上へと黄金のサーヴァントを招いた。書斎や応接間に案内したものの王がお気に召す部屋はなかったらしい、結局は夜半の庭園へと共に降り立つ。
月は中空、群青の夜空の下で再度名乗りを交わした。しかしこの世全て、ありとあらゆる贅を味わい尽くした王には召還した人間の願望は不興だったらしい、鼻を鳴らして嘲弄も隠さず言葉を継ぐ。
「この世の外に至るだと?魔術師とは随分と下らぬことを考えつくものだな。」
「魔術師とは外法の徒、王からすればさぞかし愚かな望みでありましょうが、これは我が一族の悲願であります故、」
時臣は頭を垂れたまま相手に見咎められぬよう、目を緩く眇めた。理解など求めない。だが忠節は尽くそう、この最古の王にはそれだけの価値がある。貴方は駒であれば良い。私を聖杯へと導くための強大な、力。
「王の中の王には、一振りの剣となって頂きたいのです。」
マスターが望む時にその力を遺憾無く発揮して欲しい、言外に示唆を滲ませれば案の定、王の纏う気配が変わった。
「…我を道具扱いする腹積もりか?」
声は白地に怒気を含み ひやりと時臣の背に夜気以外の冷たさが走る。地を這うような声音は周囲の空気を緊張で凝らせた。しかし、そうでなくてはならない。他を圧倒する英霊、己が主でさえ気に入らなければ殺してしまうサーヴァントを御してこそ、勝利への道が拓けるというものだ。存外気の短い王を諌めるよう鷹揚に首を振る。聖杯を自身の財だと主張し簒奪者を罰するために現界したサーヴァントは聖杯に抱く望み等ありはしない。己が陣営では願いを叶えるという協力目的の上で結ばれた真っ当なマスターとサーヴァントの関係は成立しないだろう。
だが、鼻先にぶら下げる餌はそれだけではない。時臣はゆっくりと顔を上げ、微笑みで表情を糊塗した。
「王は本来ならこの世界には存在しない稀人、しかし奇跡の一部として仮初ではありますが聖杯と私の魔力によって肉を得られた。ならば、聖杯戦争と言う舞台をお愉しみ下さい。」
「…貴様に遊興の指図は受けぬ。」
突き放す科白とは別に眼差しには僅かながら思惑の色が見て取れた。好奇心、人が最も抗い難いもの、そして人が最も破滅させられるもの。英霊と呼ばれはするもののかつては人であった性からは逃れる筈もなく、まして王などと名乗る輩は誰よりも欲深く、そして底がない。
「王の足元には及びませんが、様々な神話・歴史を彩る英雄がこの地に招かれます。彼等を弄ぶのも一興かと。」
不快そうに、それでも律儀に耳を傾けていた王はやおら近づくと顎を掴み上げた。覗き込んで来る、見透かすような紅い双眸。時臣は逸らすことなく受け入れる。
「貴方は私の願いを利用して存分に貴方の世界を賞味尽くせば良い―――――――――」
魔術師の割に随分と口が動く、裂けるように笑みを浮かべ呟いた唇がそのまま自分へと降りる。一瞬だけ目を瞠ってしまったが後は大人しく委ねた。単なる魔力供給、唇や舌が吸われると同時に己の内部を満たしているものが王へと流れ込むのが解る。経路は繋がれているというのにわざわざ肉を介すのは享楽的な意味合いが強いのだろう、醒めた思考の傍ら嬲るというよりは丁寧に探られて声が漏れそうになるのを時臣は堪えた。
「貴様の供物に免じて企みには乗ってやろう。」
散々、貪った後に柔らかく名残惜しげに口接けられる。更に魔力を得て只でさえ人離れした眼が炯々と赫く。
蛇の目、魔性の目、誘惑の赤。
「だが、娯楽は我が直々に探し出す。貴様は精々我がこの世に留まる価値あるものが見つかるように祈っておけ。」
哄笑と共に黄金の影は消え失せる。言葉通り散策へと向かったのだろう、経路が既に切られたことを苦々しく感じながらも時臣は安堵の溜息を吐いた。あまりにも長く、強く、経路を繋いでいるとサーヴァントの過去が流れ込むことがある。また、その逆としてマスターの過去や思惑まで伝わる恐れがあるらしい。故に聖杯戦争は長くとも1ヶ月を跨ぐことはない。経路が原因で互いの意識に障害が発生し、自己の区別が曖昧になり発狂した陣営の報告が過去にある。そうでなくとも、王などという人物に自分の過去を触れさせたくはなかった。何もかも手にして生まれてきた人間に。我知らず握り締めた拳を開きながら、時臣は先程の王の言葉を思い出す。精々価値あるものを。そうだ、価値がなければ存在さえ許されない。かつての自分がそうだった。そして己の力で価値を作り出した。今度は貴方が試される番だ。王に協力する姿勢が見られなければ即刻切り捨てよう。あの王を触媒に別の『ギルガメッシュ』を召還すればいい。貴方は所詮、英雄の写し、それを努々忘れなきよう―――――
夜風が頬を撫ぜる。冷たく、雪の兆しを孕んだ風。吹き上がる風に誘われるよう見上げれば月が己を見下ろしていた。いや、あれは月ではない。目だ。異界の目。世界を値踏みし続ける目。そして、己が向かう場所。
眩いほどの満月、紺青の天に薄く棚引く雲の残滓、夜露に凍えて白く染まる草木、この風景もあと数日で見納めかと思うと感慨深かった。
遠坂時臣は自分に才がないことを十分に承知していた。肉を抉って学べるならば喜んで腕を差し出した。骨を削って新しい概念に辿り着けるなら躊躇せず足を差し出した。
足掻く様は見せない。それは遠坂家に凡百の魔術師が生まれたという侮りに繋がるからだ。常に優雅に、そして余裕を持って。それが家名を汚さないため己に設けた縛りだった。自分は泥濘の塊、見栄え良く形を整え鍍金を貼った脆い泥団子。さくりと崩れてしまわないように、どんな傷も許されない。
そして自分には出来すぎた女性を妻に迎える幸運に恵まれ、授かった二子は正に宝石と呼ぶに相応しい才を持ち合わせていた。己とは違い、磨かずとも光を放つ輝石。強い光は悪しきものも引き寄せてしまうだろう、遠坂家当主として娘達が躓かぬよう環境を整えることに腐心した。そして時機良く、聖杯戦争の開幕が告げられた。自分が根源に到達できれば更に娘達の手助けとなることが出来よう、漸く当主として遠坂家に報いることができる。それは紛れもなく、幸福だ。
取り止めもない思考は劈くような轟音に引き戻される。だが、館の主である時臣は慌てもせず手元のワインを口に含んだ。手入れを怠ったことなどない庭は無残に抉れているだろう、だがそれは瑣末なことだ。自分と弟子が組んだ猿芝居、下らなくはあるが周囲の目を誤魔化すにはちょうど良い。そして件の王を試すにも。
召還の夜以降、サーヴァントは経路を切ったまま中々自分の側には帰る事はなかった。流石に焚き付け過ぎたかと少々後悔する。一体外にはどのような楽しみがあるのやら、問い質す気にもなれず漸く帰還した王に今夜の謀を提言した。案とは言うものの必ず乗って貰わねば話にならない。そこで拒否されるのであればこの英雄王を破棄するつもりだった。しかし渋い顔は見せたものの二、三の説得で首肯を得ることが出来る。元来、自分は気の短い方ではない。この程度の煩わしさは最古の王を選んだ枷として許容しよう。
自室に現われた王を慇懃に労う。こちらの口上に興味はないようだが視線はずっと注がれているのを感じた。威圧感に項がぴりぴりと痛む。あぁ、これは。時臣は右手の赤い紋様を意識した。徘徊の結果が主殺しなら仕方ない。なるべくなら貴方には良き臣下でありたかったが例え王であれ利害が一致しなければ首を刎ねられるという事を死んでなお学べば良い。けれども降りて来た言葉は揶揄に満ちて、何処か楽しげでもあった。
「何か不穏なことを考えているだろう?」
「…滅相もありません。」
見透かされたことよりも己のサーヴァントがスキルを隠匿しているのではないかということに眉を顰めた。常に抗魔術の装いを心掛けてはいるが読心、サトリの類の能力を保有しているならば更に対策を必要とするだろう。
「益体もないことを考えているようだが多分どれも、はずれだ。」
声は更に喜色を帯びて最後には弾けるような笑い声へと変わった。正直、何が起きたのか見当もつかない。先程の張り詰めた空気が微塵もなく吹き飛んでしまった。呆気に取られた間抜けな表情を晒してしまったのだろう、なるほど、これが驚いた時の味になるのかと王は訳の解らないことを満足気に呟く。
「澄ました面で取り繕っているが魔力は随分と正直だぞ?時臣。」
腕を取られて抵抗する間もなく抱き上げられた。慌てて王の肩に手をつき平衡を取ると自分を見上げる眼差しとかち合う。酔いを孕んだような滴る紅。
「本当に気づいていないのか、貴様の魔力は味がすると言っておるのだ。」
予想もしていなかった言葉に目を見開く。悪戯が成功した子供のように王は口と眼を撓ませて笑った。
「この二日間、様々な場所に出向いて摘んでみたが、やはり貴様以外味はしない…貴様が我のマスターだからなのか、 それとも血を重ねた魔術師だからなのか、それは解らぬが我の舌に値するから大したものよ。」
「そ、そんな前例は聞いたことが、」
反論は唇で封じられる。左の腕力だけで自分を持ち上げ、空いた手は後頭部に回り込み頭を押さえつけられ逃れることが出来ない。今更ながらサーヴァントの力を思い知り、結局は思うままに口腔内を舐られた。極上の酒の味だと下唇を嘗める相手が満足して開放してくれた頃には息も絶え絶えで全身の力も入らず、不本意ではあるが王の首に手を回して身体を支えた。まるで縋るような形。つまらん酒を嗜んでおる癖に当の本人は内部に美酒を湛えている、そんな軽口に返す余裕もない。返事がないのを気にも掛けず、王は上機嫌に魔力の味とやらを評した。感情に合わせて変化するらしいそれは、普段は熟した果実、緊張時は薄荷が加わり、更に先程は刳味が増したらしい。馬鹿な、と小さく呟けばサーヴァントはまるで何かを味わうよう瞼を閉じた。
「まだ信じ難いようだな、炭酸水のようになっているぞ。」
邪気のない笑顔が間近に迫り頬が熱を持つのが解る。王としての威圧感は変わらずあるものの棘の消えた表情にまるで少女のよう鼓動が高鳴った。
「貴様は我にこの世を愉しめば良いと言うたな?」
己の動揺まで魔力として伝わっているのか、含みを持った眼差しが迫る。王の愉悦とやらが今目の前に存在するものだと言わんばかりに視線を這わされた。思わず逸らしてしまったものの咎められることもなく、抱き上げた腕を下ろして向き合う形となる。
「我は貴様をもっと味わい尽くしたい。故に一族の悲願とやらは諦めろ。」
糾弾の声は手首を掴まれる事で叶わない。世界の外へとくれてやるには惜し過ぎると嘯きながら強張った身体を王は
嘲るように喉で笑い、そして愛しいかのように目を細めた。
「今宵のように我が納得すれば力も貸そう。聖杯も機会があれば賜ってやる。だが根源に行くことは許さぬ。」
傲慢な物言い、生まれながらの絶対者のみが持ち得る圧力。引き摺られる感覚に必死に頭を振り抗う。令呪の存在にさえ思い至らない。それだけ己が召還したサーヴァントの言葉に混乱していた。この英霊は抑止力なのか、自分が根源へと到達するのを阻む、世界の番人、でなければ何故こんな戯言を。
「とことん邪魔をしようではないか。到達できれば貴様の勝ち、我が阻止できれば貴様の負け…どうだ、面白き趣向であろう?」
総身に震えが走る。この王という輩は一族の切なる希望を打ち砕こうとしている、たかが遊興に耽るだけのために。理解した瞬間、時臣は口の中で短く詠唱を転がす。掴まれた手首から焔が上がった。英霊にとっては目晦まし程度の効力しか期待できないが不意を打つには十分だ。解放された手首を庇い、礼装の杖を構える。
「…ふん、抗うか。まぁ良い、抵抗も妙味の一つだ。」
言葉ほどに忌々しさは感じてはいないらしく、王は上機嫌のまま居丈高に笑いを放つとそのまま金の粒子となり、その場から消えた。
『覚悟しておけ、魔術師。博戯が決した暁には我を手古摺らせた分、思う様にしゃぶり尽してくれようぞ』
黄金の影が去り際に残した不穏な言い様に腹を立てる頭さえなく、想定外以上の出来事に時臣はただ呆けるしかなかった。
[newpage]
蓄音機の形を模した魔導器から弟子のやや籠った声が響いている。教会に無事保護されたこと、そしてそれぞれの陣営に間諜を張り巡らしたことに関しての報告。昨晩の計略はそれなりの功を成したらしい。どれをとっても手筈通りに進んでいる。だというのに知らず知らずの内に溜息が漏れ出てしまった、師よ、真鍮の朝顔から訝し気な声が返ってくる。
『…随分と、お疲れのご様子ですが?』
「あぁ、すまない。続けてくれ」
通信機を隔てて僅かな間があったが再び何事もなかったように報告が続く。促したもののほぼ聞き流しているような意識下で時臣は生じた誤算をどう修正すべきか繰り返し考えていた。危惧すべき事態は二つ、サーヴァントの度を超えた物見遊山。そして奇態な執着を向けられたこと。こちらが望んだ結果を果たしてくれるならば経路を断ったままの散策など気にも掛けない。だが件の英霊は己の遊びに自分を巻き込み、剰え根源の到達を阻むと宣言した。性質の悪い冗談だと受け流したかった。狼狽する己の主を愉しむだけの一時のものだと。
時臣は痛み始めたこめかみに労わるよう手を添える。今まで視界に入れまいと頑なに蓄音機ばかりに目を落としていたが限界らしい。王が持ち込んだそれは圧倒的な物量で己の工房を占拠し、暗く沈んでいた魔術師の室は今や極彩色の花弁で溢れ返っている。庭園かと見紛うばかりの薔薇の花束群。赤に黄色、橙、白、様々に濃淡をつけて、一重のものもあるが多重に折り重なったものまで様々に。薔薇の原種は八種類、王の所有する宝物庫には植物の起源まで納められているのか面影はあるものの自分が知り得る薔薇とは形や芳香が僅かに違って見える。
あれから王は数時間毎に自分の下に現れては置き土産を残していった。初めは精緻な宝飾品、香油の類、華美な陶器、凝った菓子類。目的が全く見えず、正直空恐ろしくもあったため全て丁寧に受け取りを固辞した。何度目かの遣り取りの後、射殺しそうな眼差しで薔薇の花束を突き出され、思わず受け取ってしまう。その結果が様変わりした現在の工房だ。呆気に取られた自分を横目に「どうだ、この世には貴様の心惹くものばかりであろう?」自慢げな英雄王の文言。正しく、途方に暮れた。どうやら本気で根源への到達を断念させる腹積りであるらしい。
だが、違う。現に対する未練の有無は問題ではない。これは義務だ。遠坂家当主、特に凡人としての才しか持たない己にしかできないこと。解って欲しいとは思わない。ただ汲んで欲しい。自分は其処に辿り着かなければ意味がないのだということを。
機会を逃すまいと王が訪れる都度に何かしらの妥協案も提示した。聖杯戦争時に幾らでも魔力を奪えば良い、王が求める限り注ごう。英霊である王が現界できるのは聖杯とマスターからの魔力供給があってこそ、戦争が終着すれば座に還るしかないのだから妙な気を起こさないで欲しい。つまりは僅かな日数しか存続できない応急の間柄なのだから特定個人への執心は意味がないと、そう説き伏せたかったのだが王は何故か勝ち誇ったように威嚇的な眼差しで喝破する。
「聖杯が我の宝物ならば戻る戻らぬ等、王の胸三寸ではないか。」
「貴様から我に注ぎ玩味させておきながら己の都合で打ち切るとは少々虫が良過ぎるぞ。」
「年齢を経て、どう変化するのかも愉しませて貰おう。」
「幼き頃も味わってみたかったが…まぁ我の宝物庫にはちょうど良い秘薬もあることだし、な。」
口を挟む余裕さえなく、羅列された言い草に文字通り血の気が引いた。これが並みの英霊なら放置もしよう、しかし己の呼び出したサーヴァントは『神嫌い』という理由だけで英霊としての位置に甘んじる規格外である。本来なら神霊化されてもおかしくない知名度と伝説の持ち主故に、どんな不条理を引き起こすかもしれず、時臣は内心頭を抱えた。否応なく右手の甲を意識する。確かに王の実力は手放し難い。だが、今の状況を鑑みるにそれすらも悲願達成の足手纏いと化している。聖杯戦争は戦端が開かれたばかり、契約を遣り直すには少々、遅くはあるが取り返しがつかないわけでもないだろう、が、しかし。召喚の仕切り直しも分の悪い博奕に違いない。今以上に厄介な『ギルガメッシュ』が招かれる確率もあるのだから。
『―――――、こちらからは以上です、師よ。』
つらつらと考え事に現を抜かしている内に弟子からの報告が終わってしまった。若干の申し訳なさを感じながら、ああ、うん、等とおざなりの返答しかできない己に嫌気が差す。このままではいけない。思慮深いのは美徳だが未段は過ちを招く、ましてそれが戦時下では直接的に死に繋がるだろう。袋小路入りした思考を振り払うように幾度か瞬きを繰り返した。ふと、思い付いたままに弟子へと質問を投掛ける。真鍮越しの声は固くはあっても拒絶はなかった。
「アサシンは魔力に味がするなんて君に伝えたりすることはあるだろうか?」
少しばかりの沈黙は問掛の奇異に眉を顰めたのと傍らに控えたサーヴァントへの確認の為だろう。答は自分の予想した通りのものだった。いえ、そんなことは一切ないと申しております。
礼を伝えて弟子を労い、蓄音機への魔力を遮断する。奇妙な問答への理由を尋ねなかったのは勘の良い弟子の気遣いだったのかもしれない。素直に感謝した。
そう些か気を抜いた時だった。頬にかさついた温かいものを押し付けられ仰天する。何事かと振り返れば悩みの元凶が白い紙袋を掲げて悪童めいた笑みを浮かべていた。武装を解いて其処等の若者のような遊び着を身に穿いた姿、つい嘆息してしまう。昨今の流行など解りはしないものの自分から見て悪趣味としか思えない王の服装は、それでも良く似合っていた。まさか、たった数日でここまで現代に馴染んでしまうとは。あまりの裏目続きに肩が落ちる。
「どうやら腹が空いているようだな、時臣。」
自分の様子に勘違いしたのだろうが訂正する気も起きない。当の英雄王は訳知り顔で頷き、紙袋から取り出したものを此方に突き出して見せた。
「こんな時代にも露店が存在するとは、しかも形が面白い。」
「…たい焼き、ですか?」
つい反射的に受け取ってしまった。王は更にもう一つ取り出して頭から噛り付いている。サーヴァントに食事など必要無い筈だが随分と現世を満喫しているらしい。渡されたものはまだ温かく、香ばしい匂いが鼻腔を擽る。両掌に乗せ、しげしげと眺めた。簡略化された魚の姿、一体何処から食べれば良いのだろう。
「何だ、嫌いだったのか?」
「…いえ、初めてなので何処から頂こうかと、」
「魔術師とは本当につまらん生き物だな。『知って』はいても『食べた』ことがないとは。」
失笑されたものの反感は沸かなかった。実際、自分は目の前の王より世俗に疎いのだろう。結局、歯を立てることを躊躇し細かく千切って口へ運ぶ。柔らかい歯触りと優しい甘さ、何処かほっとする。美味しいです、と率直に感想を述べれば、そうだろう、そうだろう、我の目に狂いはないと買ってきた当人は二つ目を満足そうに頬張っていた。彼の見る世界はそんなにも楽しいのだろうか。自分の口元が綻ぶのが解る。意識せずに微笑ったのは久しぶりかもしれない。
「ふむ?花よりもこちらの方が良かったか。」
案外、安上がりな奴だと三つ目に手を出しながら王は呟く。首を傾げる自分に意味ありげな視線が絡んだ。
「魔力がな、甘味を増した。」
魔力を通して感情が直截に伝道してしまってはどれだけ表層を取り繕っても看破されてしまうのだろう。厄介だと内心、臍を噛めば拗ねるなと邪気なく笑い飛ばされた。心底、楽しそうな表情、何気ない笑顔だというのに強く印象付けられる。王という生き物の持つ特殊な魅力なのかもしれない。彼の一笑のために様々な人間が誑かされ惹かれ惑わされ、そして連れて行かれたのだろう。
ひどく、忌々しい。
時臣は気付かれぬよう令呪を一瞥する。此処は工房であり、呼び出した際の魔方陣は薄らとではあったが未だ残存していた。令呪にて拘束し、召喚を遣り直すなら今しかない。この英霊は危険だ。予感がある。彼は自分の何もかも否定し、やがて価値さえ失わせてしまうだろう。
けれども。
再度、与えられた菓子を口に含み咀嚼する。美味しいです、とても。繰り返せば王は子供みたいに笑みを浮かべた。眩しいくらいの、破顔。目に痛い。あと、ほんの少し。もう少しだけ、見ていたかった。
そして自分はすぐに後悔する。後悔というのも生温い、正に生き恥だ。
時臣は己が右手の甲に目を落とす。紋様は一つ欠けて斑に痕を残していた。
倉庫街の乱戦にて令呪を消費しなければならない状況に陥った自分に歯噛みする。正体の未だ知れない敵方に対して宝具を限界まで展開させようとした王の軽佻浮薄、見過ごせるものではなかった。だが、王も自分と同様に相手を罵っているだろう。令呪による絶対命令、頭ごなしに屈服を強いられたのだ。古の王からすれば刎頸に価する行為に違いない。これを機会に訳の分からぬ幻想から目覚めてくれれば良いと切り札を一つ失うのと引き換えに自分に対する王の妄執が消え去ることを期待した。しかし、希望はあっさりと打ち砕かれる。
大した間を置かずに黄金の霧を纏って現界した王は口上には耳も貸さず、右手を掴み上げた。折られる程度は覚悟しているが令呪を皮膚ごと引き剥がされるのは堪らない。反射的に身を引こうとするが王の眼はじっと赤い紋様から離れずにいた。欠けた令呪。弧を描いた唇が会心の笑みを頬に刻み、痣が消えた部分にべろりと舌が這う。
「これを全て失えば貴様はマスターでなくなるのだろう?」
自分の愚かさと王の残酷な稚気に捕らわれた手をがむしゃらに振り払った。吼えたてようとする喉を無理矢理に抑え込む。無様に曝け出す気はない、そうでなくともこの目の前の王には魔力を通して自分の感情が筒抜けになっている。内部を情動のまま揺らしてサーヴァントを喜ばせてやる必要など微塵もない筈、そう奥歯を噛み締め、言い聞かせ、言い聞かせ、呼吸を静める。己の属性は炎。唯一であればあるほど強力となるが、その分魔術師の根幹となり易く翻弄される可能性が高まる。人間の欲望、憤怒、凄まじいまでの自我、全て火として表現される感情群。激しい情を内包した属性を制御するために幼い頃より徹底した操練を施した。たかがサーヴァント如きに今までの自分を覆されるわけにはいかない。
激昂が薄れるに連れて王の眼差しが不満げに染まる。内と外が一致せんのはつまらぬを通り越して気味が悪いものだな、噴飯物の言い様を敢えて恭しく受け止めた。そんなことで厄介な執心が消えるのならば安いものだ。繁々と顔を見詰められ王の指が頬を滑る。払いもせず、好きなようにさせた。注がれる鋭利な眼差し、まるで血を帯びた剣のよう。だが視線は逸らさない。経路も切りはしない。挑発。綺麗に微笑ってみせる。
掬ってみせろ。
貴方が私の内に踏み込むというのであれば、奥底から掬い上げてみせろ。
肌の上に刻まれた何かを辿るよう触れる指先。正視し難い程に整った顔が曇るように歪む。美しいものを曲げた罪悪感、そんな表情をさせたことに対して少しばかり痛みを覚えた。
「…なんだ、その火脹れは」
おぞましいものにでも触れたかのような声音。何を視たのか、何を味わったのか、こちらから窺い知ることはできないが不快な物言いに胸が空いた。都合良く王がお気に召すものばかりではないと思い知れば下らない娯楽からも興味を失うだろう。経路が切断されると共に王の姿が消える。何処を探っても黄金の気配は見つからない。そこでようやっと床へと膝を着いた。絨毯は音もなく部屋の主を受け止める。王の触れた部分が熱い。まるで炎で灼かれたようにじくじくと脈打ち、堪え切れない痛みを齎す。時臣は目を瞑った。これは余計な感覚だ、魔術師として当主として必要のないものだ。苦痛に気を取られることが無いよう、快楽に我を忘れぬよう、安楽に溺れぬよう、己を、どうしたのかを思い出せ。
痛い、という感覚を切り離す。消去するのではない。失くしてしまえば逆に動きは鈍くなる、故に認識は出来るが感受はしない。幼い頃よりそう作り替えてきた身体は何時も通りに痛苦を処理した。
何事もなかったように立ち上がる。夜の窓が鏡のように映し出す己の姿。要らぬもの全てを削ぎ落とした、理想の人形がそこには在った。
[newpage]
そうして夢を見た。
市場の雑踏、乾いた空気に干し肉や香料、穀物、そして鮮やかな果物、人いきれが混じって濃厚な空気を作り出している。空は驚くほど青く、日差しは黄金、河から吹くのだろう風が頬に気持ち良い。素朴な日干し煉瓦の建物群と連なった露店、往来は布を巻きつけただけの簡素な衣服の人々で溢れ返っていた。細い道が幾つも走り、羊や驢馬などの家畜が顔を覗かせている。商人の土間声、市場を冷やかす男達、娘等のはしゃぐ笑い声、子供の歓声や獣の嘶き、活気と豊穣に溢れた都市。覚えのない情景に気圧されながらも時臣は納得した。
これは、夢だ。
どうやら経路が強く繋がり過ぎたらしい、英霊の記憶らしき景色に自然と眉間に皺が寄った。頭中を覗き見されて面白いわけがない、まして件のサーヴァントは自尊心の塊のような気性の持ち主だ。しかし覚醒は一向に訪れない。仕方なくその内に目覚めることを期待して足を進めた。自分の姿は何時ものスーツ姿らしい、しかし通りの人間が誰も気に掛けない所を見ると不可視の存在になっているのだろう。
自然と避けていく人波を歩みながら様々な話が耳に飛び込んでくる。この国の言語など全く聞き覚えなどないが不思議と内容が理解できた。今日は神殿―――ジッグラトが都市全ての民に解放されているのだという。神官は勿論のこと、軍人や官僚や人民、そして奴隷さえも王に餞を送る事を許されたらしい。だからこの賑わいなのだと。路は自然と都市の中心へと繋がれている。
やがて白漆喰の巨大な神殿へと辿り着く。梯子段のように層を成した構造。美しい幾何学模様で飾られた彩色柱を幾つも通り過ぎ、頂上の聖殿を目指した。階段を埋め尽くした人々は、着飾り、杯を掲げ、上機嫌にさんざめいている。心地良い調べを奏でる隅々に配置された楽団、惜しげもなく焚き染められた香炉、この日のために全土から摘まれて壁や床に飾り立てられた花々。一体何の祭事が行われているのか、あまりの浮かれ具合に半ば呆れながらも更に高みへと向かう。
最上階は今までの在り様に加えて赤く染め抜かれた布が床を装い、碧い蝶が宴の席に放たれていた。蒼穹と相まって、まるで蝶が海の表面に浮かんでいるかのよう。この地に瑠璃の翅を持つ蝶は存在しない、今日という日のために我らが王が海を越えて運ばせたのだと偉大さに酔いしれるよう賓は口々に讃える。
時臣は神所の奥へと目を凝らした。一段と高く設けられた空間には金の椅子、青金石を潰した粉で彩色された引き敷に見事な鬣を持つ獅子を寝そべらせ、ゆうるりと身体を預けた男の姿。この国の王、最古の王、英雄ギルガメッシュ。
逆立てた金の髪は獅子の毛色よりも鮮やかで、陽を浴びて光を弾く。磨かれたような滑らかな肌と不吉なほどに紅く鮮烈な双眸。緩く布を纏い、首と手足に金細工を纏った姿は王としては質素と言っても良いのかもしれない。いや、彼の前ではどんな煌びやかな装身具も無意味なのだろう。
奇跡ともいえる黄金比を湛えた肉体、畏怖を覚えるほどの魔性染みた顔の造り、完璧な美がそこにはあった。正に神の血を引く王に相応しい容貌。視線が交る。まるで此方を揶揄うかのように持ち上げられた形の良い唇。それを目にして漸く時臣は気づいた、王に対して見惚れていた自分に。熱を持つ頬、一時でも我を奪われたことに己を恥じる。
すっと、均整のとれた腕が泳ぐように挙がって自分を指差した。瞬間、祝宴を耽溺していた様々な面が一斉に振り向き、痛いほど視線が注がれる。
花嫁殿が現れたぞ。誰かが放った一言にその場は騒然となった。
聞いたところによれば聖塔の巫子を王が見初めたらしい、あの碧眼のために王は蝶を運ばせたのだ、花嫁殿は赤を好むと聞いた王は様々な鉱物と動植物で布を染め上げ、そのため南の山は今では砂漠と化した、かまびすしく口々に喚きたてられながら時臣は踵を返し、宴の席から脱兎の如く駆け出す。何時の間にか革靴は素足へ、スーツは純白の布衣へと変わっていることに驚く暇さえない。この状況がかつて在ったことなのか、それとも王の仕組んだ絵空事なのか、そんなことはどうでも良い。何がどうあれ此処から逃げ出さねば取り込まれるという確信めいた焦燥ばかりが募って無闇に足を急かす。周囲は逃げ出した自分の行き手を遮ることはなく、逆に通りを空け、道を譲ってくれる。
あの者は王の所有物、何人誰ども触れることは許されない、そう王以外は。だれぞの声に観衆がどっと沸いた。
逃げろ逃げろと浮かれ声高に唱和する人々。花嫁殿が掴まれば六日七晩は王の寝所から出ることは叶うまい、早く逃げた方が良い、もっと遠くへ、王は一足で城壁を越えることができる脚の持ち主だ。
理不尽に囃し立てられるのに否定することもままならず、人の壁に埋め尽くされた長い長い階段を懸命に降りる。身に着けた長衣に足が縺れた。腕や足、首には金の装飾、小さな鈴がついたそれは涼やかな音を響かせては四辺に王の花嫁だと喧伝する。毟り取って捨ててしまいたい衝動に駆られたが皮膚にぴたりと誂えられたそれは溶接されていて容易に外すことが叶わない。凛、と鈴の音。これは王にしか外せない、王に捕まり王のものになった時に自然と剥脱するよう呪が施されていると言う。だが王の元へ下る訳にはいかない、自分は彼のものになる訳にはいかないのだ、何故なら。
息が上がる。夢だというのに心臓が痛い。全力疾走など子供の時分でも滅多になかった。息が切れて上手く頭が回らない。どうして逃げているのだろう。それは、自分が。青過ぎる空の下、己が何者かさえも解らなくなる。
混乱した頭はただ夢からの覚醒を求めた。賑やかに手を叩き笑いさざめく人々、甘やかな濃度を持った空気、眼が眩むほどの太陽、擽るような風、此処は己がいた世界とあまりにも違い過ぎた。これ以上は耐えられない、自分が自分でなくなる、価値を失う、意味を狂わされる。ふわっと身体が宙に浮いた。群衆から悲鳴のようなどよもし。迫る地面、蹴躓いて階段から足を踏み外したのかと妙に悠長な思考、叩きつけられて頭蓋でも割れば目も醒めるだろう、そう覚悟を決めて緩く目を瞑った。
腹に腕が回る感触、思わず閉じた眼差しを瞠る。若木のようにしなやかな伸び、ぐっと引き寄せられて鈴が鳴り響き高らかに謳い上げる。背に人の体温、反射的に弓形になるのを圧倒的な力で抑え込まれ、そして背後から抱き締められた。
くぐもった笑い声、素肌に触れる相手の温もり、優しく容赦なく拘束する腕。堪らず喉を迸らせ王の名を口にしようと瞬間、唐突に意識が弾けた。
逸る心臓の音に現実へと引き戻される。声を出さなかったのはせめてもの救いか、時臣はまだ寝起きで自由の利かない体をそのままに視線だけを巡らせた。辺りは暗いが地下の工房では陽が差さないから仕方がない。自分がいるのは奥にある備え付けの簡易ベッドだが移動した覚えはなかった。何時の間に、と回らない頭で考える。背中の温かみが蠢いて忍び笑いを漏らす気配。どうやら体が動かなかったのは起床したばかりの所為だけではなかったらしい。夢で散々に振り回してくれた王が自分に腕を回し、後ろから抱えるような形で寝転がっていた。
サーヴァントは睡眠を必要とはしない、まして夢まで。
だがこの王はまるで当たり前の人間のように何でも楽しみたがる。
「…王の仕業ですか?」
「眠りも夢も贅の一つだ、貴様に干渉する形でだが中々愉しませてもらったぞ。」
褒美でも与えるかのように額を項に擦りつけられる。共寝など不敬ではあるが当の王が拘束しているのだから仕方がないと己に言い聞かせた。事実、体は動かない。夢で走ったそのままに心臓はまだ暴れて落ち着かず全身が疲れ果てていた。肉という盾がない分、内部に土足で上がり込まれ柔い部分を踏み躙られたような不快感。事実、体だけでなく精神も憔悴し切っている。遣り切れない恥辱に時臣は唇を噛んだ。
「夢の中では誑かせると思ったが、そう易々とは行かぬか。」
快然たる軽々しい口調が余計に神経を引っ掻く。自らの供物を猶一層美味とするためならば人を壊すことなど毛頭気に掛けないのだろう。いや、崩れて絶望に墜とされて行く過程さえも王にすれば遊興の一つに過ぎないのか。拳を握り締める。食い込んだ爪が皮膚を裂き、血が滲んだ。吐き気がする。嘔気に背筋が騒ついた。給餌として見られていることではなく、この王と称する青年の有様が自分でも戸惑うくらいの嫌悪を催させる。
他者を自分の好むように変えるその傲慢、まるで呼吸するかのように備わった影響力、王と呼ばれる生き物として当然の在り方。誰もが逆らい難く、感激に咽び、声も失ったまま地に伏すのだろう。
なんて素晴らしい。なんて悍ましい。心の底から憎悪しよう。
時臣は自分の身体に回された腕を外すと何事もなかったように起き上がり、寝台から下りる。そして、そのまま跪き頭を垂れた。
「お見苦しい様を見せたこと、お許しください。王よ。」
餌には餌の矜持がある。喰らうなら幾らでも喰らえばよい、この肉体も精神も好きに調理すればいい。だが自分が生き様を曲げることは決してないだろう。
内部を踏み躙られようと暴かれようと一族の悲願を汚すことは許さない。畢竟、それは今までの自分の全否定だ。
「ハハッ!先般より随分と良い面構えになったではないか、時臣!」
魔力の味わいがより鮮明になった、前髪を掴まれ顔を上げさせられる。抵抗する餌に愉しみを見出したのか間近の紅は妖艶に煌めき、縦の瞳孔が膨らむ。誘惑の眼差しに子供の如き邪気ない笑顔、一つの顔に矛盾を設えながら、なお王は美しい。思わず息を飲む。
「我に抗うことを許そうではないか…その分、深く墜としてやろう。」
まるで誓願の証のように首の付け根へと歯を立てられた。
[newpage]
夢が襲う。
戦時下であるため睡眠は最小限に留まるよう魔力で濃縮し短時間で済ませるために調整していたが、それでも間隙を縫って王の意識が潜り込んでくる。
深い森、草花踊る丘陵、多彩な舟が行き交う河口、青い海、連綿と続く砂漠、記憶にはない様々な場所へと連れて行かれては五感を解放させられた。草いきれ、小鳥の囀り、海水の冷たさ、甘い果実、砂の手触り、王の懐で目覚める度に身体を硬直させ、揺れ動く感情を必死に抑え込む。なんて酷い暴力。確かに殴られたわけでも蹴られたわけでもない。ただ、夢を通して胸懐を抉じ開けられ今まで捨ててきたものを上回る形で、溢れんばかりに注がれ流し込まれた。
世界を塗り替えられる、これ以上の暴虐があるだろうか。
魔術師の薄暗く心地良い工房に籠ったまま、世界の鮮やかさに網膜を焼かれる。夢の中で王は必ず中心に居座り、心のままに笑い、憐みながら怒り、見下しながら讃えて、そうして自分へと腕を広げた。
まやかしだ、時臣は叫ぶ。これは王が造りだした紛いもの、世界が美しいだけである訳がない、と。王の晴れやかな豪笑と共に激しい雨が降り注いだ。
「その通りだ、魔術師!世界は美しい、そしてその逆も然り。」
全身濡れ水漬くになりながら仰いだ宙は地面を刺す勢いで水を叩きつけて来る。まるでダイアモンドを溶かしたような光を孕む雨礫が幾千も幾千も。思わず腕を掲げて一身に天からの恵みを浴びた。知らず知らずの内に惹かれる、限界まで削いだ心に何かが灯り芽吹き始める。王は己が呆ける様を満足そうに眺めていた。
「我は繁栄も滅亡もこの身で舐め尽くした。」
彼も全身に雨を浴び、水で洗い流された肌は磨き込まれた大理石のようだ。その彫像めいた指が自分の顎を掴み上げる。浮かべた笑みは獰猛で子供の企みめいていた。
「貴様には綺麗なものしか見せぬよ。」
傲慢、色欲、強欲、憂鬱、憤怒、怠惰、虚飾、無知、嫉妬、恐怖、盲従、疑心、世界の汚泥全て、そんなものは見飽きているのだろう?魔術師とは欲望の成れの果て、この世の真理を探究するあまり外法の徒と化し、醜く浅ましい業に晒され続ける輩。故に貴様には世界から美しい部分だけ切り取って呈そうではないか。驚きに笑え、喜びに踊れ、感動に叫べ。身の内に住まう者にのみ向けられる慎ましくも狭い愛情、それだけで満足する生を我は許さぬ。
王の哄笑、次の夢へと突き落とされる。
覚醒は望むだけ無駄だった。引き摺り回され、夢に追い立てられ、眠らぬ以上に疲弊した。
さくり、さくり。己の崩れる音がする。
贅肉を削り落として必要最低限な感情しか身に着けなかったのは全て悲願に辿り着くため。余計な重みは走るのに妨げとなるから殺いだというのに。歯車であった自分が歪められ、真っ直ぐ道を行くことさえ難しくなるのかという恐怖にも似た憎悪が胸を焦がす。既に嫌悪などという生易しい段階ではない。思い通りに事が運ばないことへの歯痒さでもなかった。胃の腑から呪詛染みた悪態を自然と吐き出してしまうのがまた苦々しい。以前なら考えることもしなかった感情群が制御を失い、己を悩まし、支配しようとしている。捨てたのではない、身が内で眠っていただけなのだと思い知らされ今すぐにでも消し炭にしてやりたくなった。
黄金の舟の下、醜悪な怪物が蠢いている。
濃密な霧を境とし、未遠河は異界と化していた。水面から突き出た馬鹿馬鹿しいまでの巨大なオブジェ、影形は花の蕾に見えなくないが表面はびっしりと細かい瘤に覆われ、呼吸するように蠕動している。
汚肉の集合体、ぬるつく触手を絡ませ合いながら近づく全てを飲み込み養分として更に肥え太って行く。喜悦を湛え、植物とも水棲生物とも判じ難い触手が乳色の闇に踊った。ヴィマーナからその様を眺め時臣は歯噛みする。他サーヴァントが幾度も切り裂き抉り潰して進行を防ごうとしているが尋常ではない再生力に全く追いつかない。王の持つ四挺の宝槍宝剣さえ再生する肉の前に為す術もなく埋もれた。
奥の手、乖離剣の発動を求めたが一喝の下、退けられる。伏せた表情は苦々しく歪む、感情に揺さぶられる忌々しさに支配されながらも時臣は漫然と立ち尽くすしかない。
己のマスターの煩悶を十分に愉しんだのか、王の視線が絡みつくように細められた。
「なにも抜かせたければその小癪な呪を使うが良い」
さて、我の至宝を汚物退治のため抜刀させるには幾つの令呪が必要であろうな。わざとらしく吹き散らし、王は濫りがわしい微笑みを刷く。
マスターの座からの転落、見え透ぎた意図に血液が心臓へとどっと流れ込み眩暈を呼び起こす。明確な殺意と凶暴な憤り、そしてひりつくような不安。全身に焔が走る。睨む眼差しさえ心地良いのか、王は経路から伝わる魔力に喉を鳴らし緩く目を瞑っていた。ふと、嘲るかのような笑みが消える。
「…貴様は身を引き裂いて憤るのか」
何を掬い上げたのか。
注がれた眼差しは刃にも似ている。王の血にも似た眼がゆっくりと解体し中身を暴く、ナイフを想起させ全身を刺し抜かれる様な痛みを感じた。
「血の味がする…貴様の心臓の味だ。」
経路を無理矢理に切断し視線を逸らす。咎めはない。背けた先は血飛沫と汚肉が躍る煉獄のような光景だったがそれでも王と視線を合わせるよりは随分とましだ。
「…貴様の焦燥と憤懣を賞味した上で問うが、」
自分は一体何を召喚したのか、王か、それとも自分の息の根を止める者か。
「真に聖杯を欲しているのか?」
己の意志で滅してやりたいと思った相手は王と名乗るこのサーヴァントが初めてだろう。
[newpage]
聖杯戦争の参加者といえども冬木の地を治める管理者としての責務は果たさなければならない。
監督役として奔走している言峰璃正神父から隠蔽工作の進捗状況や戦闘機の処理などの報告を受け、また魔術協会への橋渡しを行うために使い魔の応酬を繰り返し、一段落した頃に朝方に近い時刻だった。
自室の椅子へ深々と腰を下ろす。身を投げ出したと言う方が正解かもしれない。時臣は眉間を軽く指で押さえ、疲れからくる瞼の重みを散らした。疲弊が酷い。魔力の消耗はそれ程でもなかったが精神が摩耗しているのがありありと解った。魔術にて解体清掃を行えば快復するだろうが意識を失うのは抵抗があったし、今や眠りは安息を齎さない。夢にて王が介入し、奥底まで踏み込んでくる。特に断片化した精神を弄られては、どんな醜態を晒すかわからない。
「随分と疲れているようだな」
瞑った目を開けると王が自分の顔を覗き込んでいた。経路は切ったままだったから不意を突かれて慌てて繋ぐ。王は流れ込んできたものに顔を顰めると自分の手を引き、寝台へと放り投げた。
「寝ろ、魔力が淀んでいる。」
肩を掴まれシーツへと有無を言わさず押し付けられた。しかし、このまま休むわけにはいかない。聖堂教会の怪事への対応を見届けなければならなかったし、他陣営の動向、弟子からの報告もまだ受けていないのだ。何とか王の下から脱け出そうと腕や足を振り回すが簡単に抑え込まれるのが悔しい。
「…お離し下さい…っ、まだ雑事が残っておりますので、」
「その様で何ができる?大人しく目を瞑れ。」
両目を閉じさせるよう瞼に指を宛がわれるのを必死に振り払う。不敬だと思いはしたが取り繕うだけの余裕はない。何よりもこの王の傍で眠りたくはなかった。既に睡眠は休息ではなく己を暴かれ変質させられる恐怖でしかない。
手を、と叫んだ。こんな壊れた声が出るのかとぞっとした。こんなものは己の声でない。しかし、吐き出しているのは紛れもなく自分の喉だ。
「手を離して下さい!私は、眠りたくなどない…っ」
「…良いから目を閉じよ。王から逃れると思うな。」
こちらを一切斟酌しないやり口、瘧のように身体が震える。王が裁定し王が宣言し王が施行する、絶対唯一の存在ゆえの傲慢。泣き喚こうが懇願しようが、このサーヴァントは持ち得る全てを振りかざし周囲を磨り潰していく、ただ王であるというだけで。
「…何が、王だ。」
零れ出た言葉は怒りに滾り罅割れていた。自分に圧し掛かる王の顔が訝しげに歪む。その表情に失態を悔やむより、ざまあみろというせせら笑いが上回った。
「治めるべき領土も民もなく何が王だ…っ」
口にしてしまえば決裂は必定、それでも走り出した心は止まらない。
上質の魔力を味わうという下らない目的のために感情柵を取り外した目の前の男の責だ。故に何が悪いのか。全て目の前の王と名乗る男の責だ。
「貴方が王である証拠など何処にもないっ!空の玉座で威を張る失笑ものの王、それが貴方だ…っ」
口汚く罵りながら、それでも違うと否定するのは自分自身だった。
彼は王だ。他者に祭り上げられたわけでもなく、武力にて制圧したわけでもなく、王という生き物として産み落とされた稀有な存在。
生まれた瞬間から満たされた者、だから憎い。羨望に見上げ纏う光に目を眩ませながら、全身全霊で憎む。
魔術名門の実子として生を受けながら平凡な才しか授からなかった、欠けた人間である自分は、生まれながらの王などという生き物とは決して相容れない。己が裸足で一歩一歩踏み締めた灼熱の勾配も王の才気にすれば平坦な道でしかないのだろう。下らない嫉妬だ。解り切っている。だが言わせたのは、感情を解放させたのは貴方だ。
肩でせいせいと息を吐く。
慣れない激昂に喉が痛んで咳き込む。眦に薄らと涙が溜まる。見下ろす王は自分の惨めな様を不気味なほど静謐な目に映していた。何も言わない。当たり前だ、臣を願い出た男が王に泥を擦り付けたのだ、声を掛けられる価値さえ今の自分には存在しない。
手が翳されて顔が覆われた。頭を潰されるのだろう。目を閉じる。
不思議と未練がないのが可笑しかった。
冷たい石の室。
王が死にゆく彼を誰にも見せたくないと外から石を積ませ自分ごと閉じ込めてしまったのだ。
ぼんやりと流れ込んでくる情報を受け取りながら時臣は微かな音に導かれ耳を澄ます。初めは獣が唸っているのだと思った。それ程、人離れしていて激しく、重く、途切れることなく、喪失という悲しみ一色に染め上げられていた。横たわった男の髪は元は綺麗な若草色だったろうに今では枯葉のように変わり果てている。死は足元から刻一刻と這い寄り、既に下半身は土塊と化していた。それでも病み衰えた腕を王に伸ばして、はらはらと静かに泣いている。
王は損亡への嘆きと恐怖、身罷る者はこれから王を独りにしてしまう悲しみ、互いが互いを想いあって泣いていた。
ああ、まずい。此処は居てはいけない場所だ。
時臣は顔を背け、彼ら二人を視界から外す。此処は聖域だ。自分如きが覗いていい記憶では決してない。覚醒が望めないとしてもこの場に留まることは許されないだろう。こつりと、後退し、立ち去ろうとした時だった。
「…まろうどよ」
痛ましい程に涸れ潰れた声。
「何時かの我が許したのだろう?此処に在することを免じる。
そして見届けろ。我の親友のために知り得る全ての祈りを唱えよ。」
死は止まらなかった。王は嘆く。侵攻を防ごうと守るかのように彼の身体を抱き締めるが腕の間から指の間から土が命がぼろぼろと零れて行く。親友は泣きながら、それでも王を気遣うようずっと笑顔でいた。最後の土片が手から崩れて落ちる。全身を押し潰すか如きの慟哭。石の壁を震わし、国中へ響き渡る。人々は王の悲嘆に呼応し、跪いて王の親友の魂に安らぎあれと天を仰いだ。それでも王の哀哭は収まらなかった。到底、人の身では耐え切れない悲しみを背負い、忘れもせず、目を背けることさえなく、友の死を見詰め続ける。そして、奪った神を呪いながら己の無力感に苛まれながら荒野へと身を投じた。
夢は一瞬だったらしい。
視界を遮っていた掌が外されると先程と変わらずに王の眼があった。手の代わり、とでもいうように体が覆い被さって肩口に顔を埋められる。
「どうだ、貴様が大嫌いな王の無力ぶりは?」
表情を窺うことは出来ないが声には怒りも悲しみも感じ取れない。少しばかりの自嘲以外は穏やかと言っても良いくらいだった。何か返事をしようにも喉が渇き切って声帯が凝り、あ、あ、と意味の成さない呻きしか出ない。
溜飲が下がったであろう、舐るような物言いだが声は何処か遠く、記憶に沈んでいる。
泥人形だった彼に知を与え共に野や原を駆け回り、二人でいる楽しさと喜びを知った。神の意など介さず二人で思うままに振る舞った。
我から手を引いた、王は呟く。
もっと上へ、もっと高みへ。泥のまま人の身のまま神に並び立ち、神などを超えてしまえば良い。
そうして神々の不興を買ったのだと。
我が屠った様なものだと打ち明ける王に違うと叫びたかった。音にさえならなかったのは干上がった喉の所為だけでなく、王の絶対的な孤独の前では何を口にしようと拙い慰めにしかならないだろう。神によって成長のために友を与えられ、安寧と信頼を覚えさえ、互いになくてはならない存在になったところで理不尽に奪う。その後は罰の様な生だったのだろう。神話において死の恐怖に取り憑かれた王は不老不死の妙薬を探す旅へと向かう。後世では常により現世道徳の都合が良いよう事実が歪められる。違う。王は死を恐れたのではない。永遠に続く孤独という罰を自らに課そうとしたのだ。
目を閉じる。触れた部分から沁みるような体温。
王という生き物は憎い。許し難い。大嫌いだ。貴方が悲しみなんて知らなければ憎み抜けたのに。
内に介入し魔術回路全てを開く。
全身が激痛に痺れた。上手く痛覚を制御できず声が漏れてしまう。王の責で感受制御が綻びつつあるのに王の為にそうしたいと自ら思う己に正直呆れた。今まで以上に注ぎ込まれる魔力に王が息を詰めたのが解る。
「…どんな味がするか、そんなことは言わないでください」
肩口で笑うような吐息が肌を擽る。そのまま抱き締められて、心地良いと呟かれた。
体温か、注がれた魔力か。
背に手を回す。撫ぜれば更にと腕の力が籠った。あまりの頑是なさに、つい口から唄がまろび出た。幼い頃、聞いたままに、痞え痞え、祖母が一度だけ自分に聞かせてくれ子守唄。
「お前の声は良いな…もっと聞かせろ」
歌詞も危ういまま、思い出に残っている旋律をなぞって行く。
忘れていた記憶だ。多分、王がいなければ思い出すこともなかった。確実に自分は蝕まれている。
暴かれ、晒され、変貌したものにかつての価値は存在するのだろうか、つらつらと益体もないことを思いながら目を瞑る。力を抜いた身体はシーツに、寝台に、何処までも果てなく沈んでいきそうだった。
[newpage]
身体がゆっくりと沈んでいく。
海なのか夜なのか解りかねるが濃厚な液体に呑まれるよう取り込まれて墜落していった。薄らと瞼を上げる度に遥か上方の水面が煌めいて過去の記憶を映し出した。
根源へ到達すること。それが祖父の悲願、一族の願い。
父の口元、目尻の微かな皺、部分は鮮明に思い出せるのに全体となると酷く曖昧になる。
根源とは、始まりでもあり終わりでもある場所。故に根源へと到達できる人間はあらかじめ決まっている。努力でどうにかなるものでは決してない。才があるか、どうか。それだけが全てを決する。
父の声。自分の声。混じり合ってよく解らなくなる。
ただ言葉の奔流が身体を擦り抜け彼方へと泡の様に消えていった。
だが御三家にはその条理を曲げる術がある。聖杯戦争。しかし資格のないものが根源に到達できたとしても新しき魔術系統、魔法を生み出すことは出来ない。巨大な渦潮に一匹の羽虫が飛び込んだとして渦に何の影響が出ようか?そう、そういうことだ。ばらばらに引き裂かれ意識を失い渦の一部と溶け込むだけのこと。
(馬鹿な、ならば何故、目指す?)
誰の声だろう、一族の誰でもない。けれども何処か懐かしい。
だが、渦に巻き込まれた虫がいたという事実は残る。やがて到達する子孫は同じ血故に辿ることが容易くなるだろう。可能性の水増しだ。蜘蛛の糸。類稀ない才覚を持つ者ならば自力でも可能だが、更に確実を期すため、先々の子孫のため、お前は蜘蛛の糸となるべくして生を受けた。これは平凡な才のみを有するお前に相応しい役割ではないだろうか。
(それは自死と何ら変わらぬではないか!)
憤懣やるかたないといった声に思わず微笑みがこぼれた。
ひどく貴方らしい。
そして怒ってくれたのが嬉しかった。
沈むのをやめた身体はやがて良く見知った場所に降り立つ。革靴の先が硬質な音を立てて馴染のある床へと触れた。
遠坂の魔術工房。火はなく、冷え切った部屋。耳まで潰されるような静寂の中で石床に蹲った小さな塊を見つけた。
時臣は目を細める。
ああ、あれは私だ。娘達よりも幼い頃の自分。
己の道程が苛烈と知り、並みの心身では到達できないと知った頃の自分。
何らかの気配を感じたのか少年とも呼べない子供がうっそりと顔を上げた。目が合った瞬間に視界が転じて己が消える。途端、全身を串刺しにされでもしたかのような激痛に襲われた。思わずしゃがみ込むと触れた場所から新たに痛みが走る。空気が動くだけでも皮膚がじくじくと疼く。触ることも確かめることも出来ず、ただじっと腕を前に垂らし力を抜いた。視線を落とせば両腕には巨大な蟲が潜り込んだようにも見える幾つもの火脹れ。そして、其処だけではなかった。大腿や脚、腹部や背中、顔、痛みのあるところ全て焼け爛れているのだろう。変色した皮膚、焼け落ちて所々露出した肉身、一秒でもじっとしていることさえ叶わぬほどの激痛。
思い出した。幼い時分より幾度もこうやって火傷を負わせ、感受と知覚を分離させようと足掻いていた。才能が貧弱であれば努力するしかない。努力に、長く過酷な修練に、耐え忍ぶだけの肉体と精神を追い求めた結果の、成れの果て。
熱傷など魔術で治癒してしまえば痕など残らない。両親は自分達の子供が工房で一人、何をしているか把握はしていただろうが気づかないふりをしてくれた。今でもそれは恩情だと思っている。
この地下工房で様々なものを削ぎ落とし、結果が出たのは声変りを迎えた頃だったろうか。
無力で非才が唯一実行できる手段だった。それを不幸であり悲惨だとして取り上げられてしまえば正しく己は生まれた意味を見失う。例え意図的に目隠しされ、耳を塞がれ、選択肢を狭められた状況でその道しか行くしかなかったのだとしても遠坂家当主を作り上げたという自負の念は胸を飾り続ける。
夢を抱いた。
一つは次代への血を繋ぐこと、もう一つは根源へと到達すること。
多くの人間が夢を諦めるばかりの人生で願ったものが二つも叶う。それは僥倖だ。
例えそれ以上の未来が断たれているとしても。
子供はゆっくりと息を吐く。そうしないと火傷を負った箇所がまるで心臓でも生やしたかのように脈打ち、激痛を訴えるからだ。まだ完璧に断絶できていないことに唇を噛む。痛みにではない。もしかしたら成功しないのではないかという危惧が身を凍らせる程に恐怖を招く。痛みがどれ程のものだというのか、才がない人間は愚直に繰り返すしかない。だが、それが報われなかった時のことを考えると深淵を覗く眩暈の様な震えに襲われる。熱を持ち始めた目頭を抑える為にぎゅっと目を瞑った。泣いても喚いても何も変わりはしない。そんな暇があったら前へと研鑽を重ねなければ。その道が例え焼けた石で敷き詰められていようと歩くことが出来るなら自分は背を伸ばして進むだろう。
背後に人の気配がする。両親ではない。振り向かずとも解る。黄金の威容。
「…お帰り下さい。貴方にできることは何一つありません。」
生まれながらの王からすれば己の天分以上を求めて藻掻く様はさぞかし不快で滑稽だろう。祝福と共に生を受けた王という生き物に簡単に解って欲しくもなかった。最初から飛べる者と羽さえなく、それでも羽ばたくのをやめない者、交わる筈がない。
何時かのように背中から抱き締められた。貧相な子供の身体はすっぽりと王の腕の中へと納まる。痛みはない。まるで羽毛に包まれる様な優しい温もり。
「貴様の成したこと、否定はせん」
降り注ぐ声はまるで慈雨の様に焼け焦げた膚へと。
「だが、辛くはないか…?」
今更だ、そんな言葉。何の意味があるというのか。私は子供だった。どうしようもなく子供だった。求められて課せられて逆らうことさえ知らなかった。誇りとさえ感じた。痛かった。苦しかった。でもそれは覚悟していたことだ。苦しかった。痛かった。痛いということをどう表現したら良いのか見失った子供だった。だから大したことではない。そんな言葉は要らない。もう手遅れだ。遠坂家当主として完成された自分にそんな言葉が入り込む隙間はない。だから、要らない。期待してしまうではないか。未来が。
未来があるのではないかと。
胸が、喉がひしゃげて痞えた感情が滅茶苦茶なまま溢れそうになる。目の奥が発火したかのように熱を持っているのが解る。今や保護しそれぞれに隔絶させた痛覚受容は混乱し意味を成さない。息が詰まって苦しいから、口が空気を求めるように喘いで、そして。
「泣け、我の腕中で産声を上げよ。」
眼前で光が弾けた。
王に抱き締められたまま目を覚ます。目を覆った水の被膜が景色を歪ませ、瞬きすると溢れて頬へと伝うものがあった。何十年ぶりの涙、次から次へと溢れて王の肩を濡らす。声は上げず嗚咽を噛み殺す。静かな泣き方だった。それでもそれは確かに産声だった。新しき生に喜び恐れ戦く、希望ある叫びだ。
「貴様は我を民も国もない王と評したな?」
抱擁する力が強くなる。背と頭に腕が回されてぎゅっと、きつく。
「ならば、今日より貴様が我の民であり我の領土だ。我と共に歓喜を分かち合い、我と共に痛苦を共有せよ。
…故に手が届かぬ場所へと行くのは許さぬ。」
返事はしなかった。
ただしゃくりあげそうになるのを必死に堪えながら王の肩に顔を押し付け泣き続ける。
貴方と共に歩く、未来。
それは、とても素晴らしいのだろう。
だが、もう遅い。
遅いのだ。
「Humpty Dumpty sat on a wall、Humpty Dumpty had a great fall.」
子供の頃に繰り返した唄を舌に乗せる。
「All the king's horses and all the king's men. Couldn’t put Humpty together again.」
王様の馬、王様の兵士でも無理ならば王様自身にだって割れた卵は元には戻せない。鍍金の張った泥団子はどうしようもなく崩れてしまった。そう、壊れたものは元には戻らない、時臣は皮肉気に嘲笑う。
もう自分は根源へ到達できないだろう。一瞬でも未来をくれたあの王に自害を命じることなどできやしない。悲願を果たせぬ当主など飾っておく価値さえなく、要らなくなった道具は押しなべて破棄される運命にある。
蓄音機を模した連絡器を通してアインツベルンとの会談の件で同席して欲しいことを弟子に伝えた。承知しましたと何処までも従順な彼に何となく笑みがこぼれてしまう。
「話は変わるが、綺礼?」
「はい、なんでしょうか」
「英雄王が君を度々訪ねているだろう?」
真鍮の朝顔の向こうで息を詰める気配がした。弟子の滅多にない驚いた顔を見ることが出来ないのが少し残念だ、と喉を震わして笑う。ご存知でしたかと、些かの間を置いて返された返答は素直なものだった。白を切っても突き通せただろうに。何となくね、と笑い含みに答えればバツが悪そうな空気がこちらまで伝播してくるようだ。
夢を通して同調を繰り返した。常に強く結ばれていた経路は例え断ち切られたとしても朧気に伝わってくる場合もあるらしい、今回の聖杯戦争で学んだようなものだ。これは完全に王の落ち度だろう。だが、ちょうど良い。
「私が君に話した聖杯戦争の絡繰の件は覚えているね?」
沈黙は、あれ程一族の悲願に拘った男の意図を計りかねているのだろう。
「…何故、今それを仰られるのですか?」
「さあ?どうしてだろう」
自分でも声が浮かれているのが解った。今から死ぬ人間とは思えない。
「君に初めて出逢った時、魔術師は利害が衝突し合えば師弟間でも殺し合いに及ぶと教えた筈だ。
それは今でも変わらない事実だよ。」
脱落したマスターに令呪が再配布されるのは珍しい話ではない。そして己のサーヴァントは自マスターの資格失効を目論んでいる。ぴたりと一致した符号、今までも随分と隠れて画策していたのだろう。他愛ない子供の悪戯を発見したようで気分が良い。
「聖杯に託す望みがないと言った君が何かを見つけたのなら、それは師として祝福しよう。
…おめでとう、綺礼。君の歩む道に幸いの多からんことを。」
弟子の返答を待たずして魔導器への干渉を断った。何事にも動じない弟子が今頃、途方に暮れているのかと思うと少し愉快でもある。だが彼は止まりはしないだろう。求めなければ得られない。師を踏み台にするのであれば弟子の成長を素直に喜ぼう。綺礼は期待通りに英雄王へ聖杯戦争の絡繰を語ってくれるに違いない。王の怒りが執心を越えれば跡形なく自分のことなど興味を失う筈だ。家族への遺言書は用意した。遠坂家に凡俗の導き手は必要ない。これで全て、治まるべきところに治まるだろう。
引き出しの中に仕舞われていた黒檀の箱を取り出す。中を開けて確認した。精緻な宝石細工が施された一振りの短剣。新しき道を見出した弟子への贈り物。鋭利な切っ先を代行者である彼は寸分違えずに使用してくれるだろう。
お膳立ては全て揃った。後は舞台に上がるだけ。
[newpage]
王よ、貴方は嵐のような人でした。
水を氾濫させ、洪水を引き起こし、何もかも綺麗に掻っ攫いながらも、その後に肥沃な土を与え豊穣を約束する、
貴方が育った地と同じような、破壊と再生の使者。
強欲な王よ。
貴方は私の魔力、心、それでも足りずに命まで奪う。
だが、それ以上に私は貴方から頂いた。
ありがとう、そして。
さようなら。
[newpage]
長い微睡から覚めると見知らぬ天井が出迎えてくれた。
時臣は瞬きを繰り返す。果たして死後の世界とはこんなにも味気ないものなのか。何度、瞼をしぱたかせても風景は変わらない。記憶を探る。自分は弟子を招いて、短剣を渡し、そして背後から。胸を刺す痛み、視界がぐるりと回って、それで。
起き上がろうとすると着いた肘から力が抜けていく。大分、眠っていたらしく随分と体力が落ちている。何とか上半身を起こして周囲に視線を巡らせた。今使っている寝台は木製の質素な造りで調度品も素朴なもので占められている。
―――――――――――使われていない教会の一室を急拵えで造り替えた、と聞かされるのはもう暫く後だ。
「遅い目覚めだな、時臣。」
間違えようのない声だ。扉が乱暴に開いたかと思うと王がプレートを持って現れる。がっしゃんと乱暴に膝上に置かれたそれにはサラダと小振りのオムレツ、クロワッサンや温かいポタージュと牛乳や野菜ジュースが乗っていた。この部屋に窓はないが献立から考えるとどうやら朝らしい。
「しばらく目を覚まさぬから少々気が揉めた。食えるなら腹に入れろ。」
「…王よ」
「なんだ?」
「もしかして怒ってます…?」
死すべき自分が何故此処に居るのか、そして家族は、弟子は、聖杯は、事の顛末はどうなったのか。問い質すことは沢山あるだろうに、自分でも正直呆れた。どうやら思った以上に混乱しているらしい。王も流石にそう聞かれるとは思わなかったのだろう、大きく溜息を吐く。
「元より死ぬ気であったのだろうが、そう簡単にはいかせぬよ。」
代行者の正確無比な手際により骨や重要な臓器を避けた短剣の刃は刺した相手に殺されたと誤認させるには十分なものだった。絨毯に崩れ落ちた身体から令呪が剥がれ行くのを見届けそして弟子は治癒魔術を施したのが今の現状、らしい。
確かに手の甲に令呪はなく、王との経路は途絶えている。そして、王の肉体。魔力による仮初ではない現世の肉。
頭が混乱する。一体、何が。
「奴も貴様を喪うのは忍びなかったらしい。気が向いたら会ってやれ、少々体が妙なことになっているがな。
…聖杯は、そうだな、貴様は見ずに済んで正解だったやもしれぬ。」
そのまま抱き竦められ唇を塞がれた。触れるだけのそれを角度を変えて何度も何度も、緩んだ隙間から深く食まれ、歯列をなぞって舌を吸われると合わせ目から透明なものが溢れだす。息継ぐ度に名を呼ばれて頭が痺れる。
「ふ、…っあ」
「…やはり、貴様しか味はせんな。」
下唇を嘗められて肩が跳ねる。受肉したとはいえ魔力は必要らしい。一方的に嬲られる際に魔力も共に吸い上げられた。相変わらず好みの甘さだと久方ぶりの食事を終えた猫のように目を撓ませ、満足そうに額へと唇を落とされた。
「さて、時臣。これからの話をしようではないか。」
「…これから?」
「我は見た通り受肉した身ではあるがサーヴァントとしての能力も持ち得ている故、魔力の供給が必要だ。
つまりは貴様を手放す気はない。」
はぁと曖昧に頷く。どうにも事態に頭が追い付かない。まさか数日後にまたお話し下さいとも言えず、適当に頷いてみる。どうせ死を覚悟した身だ。魔力供給用にでも好きに使えばよい。自分の気乗りしない態度に焦れたのか王は苛立たしげに声を荒げた。
「賭けの件も忘れたとは言わさぬぞ。貴様は到達できなかったのだから我の勝ちだ。」
そうですね、とあっさり認めれば更に眼光鋭く、増々剣呑な空気を膨らませていく。
「…貴様が望むなら家族とも会わせてやろう、この狭苦しい場所からもすぐに引っ越して自由も与えよう。
だから、我の質問に心して答えよ。」
声は意外にも気弱な響きで、微かに震えていた。
「…我のこと、嫌いじゃないだろう?」
顔を俯かせて肩を怒らせ拳を固めて、金の髪から覗く形の良い耳は真っ赤になっている。
思わず、ぽかんと口を開けてしまった。
弟子はどのような形で聖杯戦争の真実を告げたのか、目の前の王を見る限り完璧誤解しているだろう、これは。
肩の力が抜けた。
寝台の隣で王は微動だにもせず自分からの返事を待っている。
これは、もう。
覚束ない動きでおずおずと王の首に腕を回す。これが答えだというように。
これは、もう、白旗を上げるしかないじゃないか。
[newpage]
彼は王様、欲深き王様。私の身も心も、そして未来までも。
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希望はいいものだ。多分最高のものだ。いいものは決して滅びない。希望とは形がない概念である。人間とはその形なきものに名をつけることができる唯一の生き物であり、どんな状況でも希望を見出す者はいる。何が言いたいかと言いますと原作がトゥルーエンドならどっかにハッピーエンドがある筈だ!ある筈なんだ、見つけられないなら作れ!という妄想力万歳!というお話でした。そんな訳でギル時です。内容は属性、混沌・善なんだから善の部分も見せろよ!という綺麗目なギルガメッシュと相変わらず妖精成分が少ない時臣師です。捏造に捏造を重ねて更に加速して捏造したのでご注意ください。それとエロがありません。大事なことだからもう一度言いますエロがありません。自分でも信じられません。でもないんです。■公式は眼鏡外して3M離れて見ました。■4/30、ブクマ・コメント・タグ・DR入りありがとうございます!X-DAYの日に上げるぞーと目論んでいたのですがそのX-DAYがとんでもないことになったので空気読め!とか怒られるかな、とびくびくしておりました。本当に読んで頂いた皆様に感謝です。時臣受けは滅びぬ!何度でも甦るさ!と叫びたい気分です。
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【ギル時】ごうよくなおうさま
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1012710#1
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幻太郎は、実はものすごくわかりやすい。
今日もパチンコ帰りにあいつんちに顔出して「飯行こうぜ」って誘ったら、「気軽に言ってくれますね。どうせ小生が出すんでしょう」って口先ではそんなこと言いながら、あいつはめちゃくちゃうれしそうな顔をした。うぬぼれみたいに聞こえるかもしれないけど、こういう時、幻太郎は俺のこと本当に大好きなんだなあ、って思う。だって、あいつが俺の誘いを〆切がやばい以外の理由で断ったことなんて無いし、なんなら誰かと先に約束してたとしても、俺が誘えばあいつはいつだって俺を優先すると思う。実際、そういうことが何度かあった。編集担当との打ち合わせを早々に切り上げて、一文無しになった俺を迎えに来てくれたことだってある。あいつの中で、俺の優先順位はかなり上位にあるらしい、と気付いたのは最近の話で、そしてそれは乱数に言わせると「なんか面白いね」らしい。何が面白いかはさっぱりだ。
確かに、幻太郎との関係は一言では表せられないし、そもそも俺は、幻太郎との間にぴったりとはまる言葉を見つけたことがない。仲間、友達、乱数の言葉を借りるならばポッセ。そのどれもが当てはまる気がしたし、どれも何かが足りてないような気がした。
「帝統、そこの長芋焼いてたもれ」
「あいよ」
「あとトウモロコシも」
「お前さっきから野菜ばっかじゃねーか! もっと肉を食え、肉」
「妾、牛さんが可哀想で食べられないでありんすぅ」
「はい出た嘘~」
「……あなた最近可愛げがなくなりましたね。さてはそなた帝統ではないな。返して! 可愛かったあの子を返しておくんなまし!」
「ビール一杯でそこまで楽しくなれんの燃費良すぎだろ」
「はて? 麿はいつでも楽しく過ごしてるでおじゃるよー」
「昨日まで原稿終わんねーつって散々鬱ってたじゃねーか」
「終わりよければ全てよしと言うでしょう。脱稿バンザイ。はい乾杯」
「何度目だよ、かんぱーい」
かちゃん、と乱暴にビールグラスをあてて、ふたりでまた酒を流し込む。幻太郎がちょうど脱稿したのと、俺がパチンコで大勝ちしたことを祝して、今日は焼肉に来ていた。ここは七輪で肉を焼くタイプの店で、肉以外のメニューもたくさんあって、幻太郎とは何度か来ている店だった。今日初めて頼んだ、色だけ見ると辛そうなユッケジャンクッパは、そんなに辛いってわけでもないやつで、幻太郎はこれが気に入ったらしく、黙々と口に運んでいた。乱数みたいに大袈裟なリアクションは一切ないけど、いつもに比べて口に運ぶペースが断然速い。これ好きな味だったパターンだ。俺はうれしくなって、肉の並んだ皿を持ち上げながら「夢野先生、次何焼きます?」と網と皿を交互に見比べた。網の上では、ちょっとだけ焦げはじめた上カルビが恨めしそうにこっちを見ている。
「うーん。小生はもういいです」
なんだよ、残念。
しかめっ面をした幻太郎は、今度は長芋を箸で掴んでもぐもぐと無感動に食べていた。幻太郎は飯を不味そうに食う天才だと思う。「美味しい」って言う時も、なぜかあいつはちょっとだけしかめっ面になる。眉間に皺を寄せながら言うもんだから、それほんとにうまいの?って他人から誤解を受けちまうんじゃないかと、俺は密かに心配している。
「もう食わねーの?」
「肉はもういらないです。あ、エリンギ。帝統エリンギ焼いてください」
幻太郎は自分ではまったく動かず、すっかり俺に七輪のメンテナンスを任せてしまっている。仕方ないから、エリンギを幻太郎に近い方に置いて、残りの肉を空いたスペースで一気に焼こうと並べる。幻太郎が食わないなら、もう俺のタイミングで焼いちゃってもいいだろ。そう思っての行動だったのに、幻太郎は「あーあーあー」と嘆いて、そのまま俺と七輪を交互に見た。なんだよ、お前どうせもう食わないんだろ。食う奴が好きなタイミングで焼きゃいいだろうが。
「ちょっと帝統、そんな一気に焼いてどうするんですか」
「だってよー、なんかちまちまやってたら飽きてこねぇ?」
「あなたね……ちゃんと全部食べてくださいよ。もったいない」
「食うって。つか幻太郎もちょっとは食えよ」
「小生いらないって言いましたー」
いや、言ったけどさ。言ったけどそこは食えって。
俺が火の通った上ハラミを無理矢理幻太郎の小皿に入れようとして、それを瞬時に察知した幻太郎が俺のトングから逃げるために皿を掴んだ瞬間、スマホがけたたましく音を響かせた。この鳴り方は俺じゃない、幻太郎のだ。
テーブルの上に出しっぱなしにしていたスマホを手に取って、幻太郎がさてどうしたもんかと唇を尖らせる。ここで出ようかどうか迷ってるみたいだ。「担当サン?」と訊くと「いえ、知り合いからです」と一言返された。俺は掴んでいた肉を自分の小皿に移し替えて「どーぞ」と声を掛ける。この席は店のちょうど奥まったところにあるから、電話を取るためだけに外へわざわざ出るのは面倒だ。
幻太郎は「すみません」と一言俺に声を掛けて、いまだに鳴り続けるスマホの画面に指を滑らせた。「もしもし? どうしました?」
肉がぷすぷすと音を立てて焦げてきたので、俺は箸を口にくわえたまま、とりあえず別の小皿に焼けた肉をトングですべて引き上げる。いつのまに食ったのか、エリンギだけはもうどこにも無かった。
そろそろお開きだな。最後に柚子シャーベットを持ってきてもらおうかと考えてると「え? 今ですか?」と幻太郎の怪訝そうな声が上がった。びっくりして思わず店員を呼ぼうとして呼び鈴に伸ばしていた腕が止まる。どうやら俺じゃなくて電話の相手に言ったようで、幻太郎はこっちをチラっと見て、すぐに「ちょっと今は……」と続けた。「そのお話、今度じゃ駄目ですか?」
話の内容はまったくわかんないし、完全に雰囲気だけど、相手は何やら深刻そうな話題を持ちだしてきてるみたいだ。俺が目だけで「どした?」と訊くと、幻太郎は受話器に手を当てて「なんだか、会って話したいことがあるそうで」とささやくように呟いた。そりゃ大変だ。本当はこのあと、幻太郎ん家に泊まらせてもらうつもりだったんだけど、そんなことしてる場合じゃない気がする。俺今日は勝ったしホテル泊まるわ、と言うと、幻太郎はさっきと同じように「すみません」と申し訳なさそうにして電話に戻った。俺がああ言わなかったら、きっと俺のことを優先したに違いない。
結局柚子シャーベットは二つとも俺が食って、今度またこの店来ようぜ、と約束したあと、幻太郎とはそこで別れた。例の知り合いが待ってるという店がここの近くにあるらしく、幻太郎は交差点の人混みの中に紛れるようにてくてくと歩いて行く。俺はその後ろ姿を見送って、今日はなんか飲み足りなかったなあ、とかそんなことをぼんやり考えながら、ちかちか点滅する信号を眺めていた。
そうだ、幻太郎ん家で飲もうと思ってたから、ちょっと控えめにしちまったんだ。なんか勿体ないことしたな。
駅前の安いビジネスホテルへ行く前にコンビニに寄って、煙草とビールを買って、店の外に出てすぐ「あ、二缶も買っちまった」と気付く。今夜はひとりなのに、間違えて多く買ってしまった。はあ、と思わずため息を吐いて、なんとなく空を見上げる。ぼんやりと半月が浮かぶそこは生憎の曇り空で、明日は雨かぁ、なんて余計に気分が急降下した。
ホテルの部屋に入ると、当たり前だけど部屋はびっくりするほど暗かった。誰もいない部屋は外と同じ暗さになっていて、そういえばここ最近、明るい場所に戻ることが多かったことを思い出す。突然マンションへ行っても「また負けたんですか。あなたの神様はどこに宿ってるんでしたかねぇ」なんて言って玄関で出迎えてくれる幻太郎の部屋は、いつも明るかった。
エアコンのスイッチをつけて、そのまま備え付けの冷蔵庫を開け、多めに買ってしまったビールを一缶入れようとしたら、幻太郎ん家の冷蔵庫に入っていたのと同じ銘柄のビールが三本、ドアポケットのところに並んで冷えているのが見えた。あいつはそこまで酒に強いわけじゃない癖に、何故か冷蔵庫でいつもビールが冷えている。それはいつだったか俺が好きだと言っていた銘柄のビールで、自惚れかもしれないけど、あれはきっと、俺のために用意されてるんだと思う。
とりあえず自分が買ってきた一本をまず飲もうとプルタブに指をかけると、ぷしゅっと小気味いい音がエアコンの稼働する音に混じって鳴った。明日は乱数の事務所で集まる予定があったけど、風呂は朝にすればいいや、とテレビも付けずに、ベッドの上に座ってちびちびと口に運ぶ。こうやって寝る前にアルコールを取る癖やめないとな、とは思うけど、もはや習慣になりつつあるからどうしてもこれが無いとぐっすり眠れない。案の定、一缶飲みきったところでちょうど良い感じに眠気がやってきたから、上着だけ脱いでそのままベッドに潜り込んだ。
結局夜中に幻太郎から電話が来てたことに気付いたのは、朝起きてからのことだった。
「帝統のほうが早かったんですね」
「おー」
「乱数は?」
「なんかまだ仕事の電話してる」
いつもどおり、目が痛くなるようなカラフルな乱数の事務所へやってきた幻太郎が、大きな欠伸をしながら、先にソファーでくつろいでいた俺の向かい側に座った。事務所の一角にあるスペースは、もはや俺たちポッセのたまり場になりつつある。つけっぱなしのテレビの音量を少し下げて、俺は少し寝癖のついた幻太郎の姿を眺め「わりーな、昨日電話取れなくて。なんか用あったんだろ?」と出来るだけ平静を装って尋ねる。幻太郎があんな夜中に電話を掛けてくるなんて滅多にないことだったから、きっと何かあったんだと思い込んでいた。けれど予想に反して、あいつの返答は「ああ、気にしないでください。なんでもない話なので。あ、そういえば肝心なときに電話に出ない人は死後、無音不通地獄という誰の声も届かない地獄に落ちるんですって」「えっ何それ怖っ」「まあ嘘ですけど」という素っ気ないもので、いやお前から電話しといて何だソレ、と思いつつ、ちゃんと出なかった俺も悪いのでその話はそこで終わった。
呼び出した張本人の乱数は、まだ仕事が片付いていないらしい。奥のデスクに腰掛けながら何やらよくわからない単語の飛び交う電話をしている。暇をつぶそうと思ったのか、幻太郎が文庫本を取り出したので、俺も興味のない天気予報を流すテレビに視線を向けると、ちょうど電話の終わったらしい乱数が「幻太郎、ちょっといい?」と声を掛ける。その呼びかけに幻太郎がすかさず立ち上がって、奥の窓際に移動した。置いてけぼりをくらった俺は、テレビを見るのに集中しているふりをして、じっと遠くで交わされる会話に耳をすませていた。
「あれから大丈夫だったの?」
「はい。すみません、あんな夜中に」
「それは別にいいんだけどさぁ……」
ふたりの口ぶりからして、幻太郎は乱数にも電話を掛けたみたいだ。乱数が「結局どうすんの? 僕が口出しするようなことじゃないけどさあ」と真剣な口調で聞くのに対して、幻太郎は曖昧にぼかして笑ってる。
肝心の話の内容はまったく分かんねーのに、なんだろ。すげぇ不安。幻太郎、昨日俺に何を話すつもりだったんだよ。スマホの着信履歴の一番上に表示された幻太郎の番号。時刻は午前一時を示している。
やっぱりなんかあったんだろ。なのに俺には言わずに、乱数には言ったのかよ。いや寝てて電話に出なかった俺が悪いんだけどさ、なんで「なんでもない」の一言で済ませたんだよ。俺にも教えろよ。
ソファーの向かい側に戻ってきた幻太郎に一瞥をくれると、目が合った。理不尽なことを考えてた最中だったから、思わず目を逸らす。そうだよな。別に全部俺に言わなきゃいけないってこともないんだよな。なんか、こいつとの距離感バカになっちゃってんなあ。そんな風に頭の半分で反省してるくせに、もう半分で「きっとそのうち飯でも食いながら話してくれんだろ」と期待している自分が居た。
予想通り一週間後の競馬帰り、駅前でばったり会った幻太郎から「帝統、お腹空いてません?」と飯に誘われた。その日も景気よく勝っていた俺は二つ返事で了承して、この前行ったばかりの焼肉屋を提案する。あなたあのお店好きですねえと笑う幻太郎は手に持っていたスーパーの袋を見せて「残念ながら今日はおうちご飯ですよ」と言った。
幻太郎が持つスーパーの袋の中には、俺の好きな銘柄のビールもやっぱり入っていた。
「鍋って、一人じゃなかなかしないんですよね」
でもたまに食べたくなって、と出汁の味見をしながら幻太郎が言う。俺も味見したい、と言うと、小皿に少し分けてくれる。薄味そうに見えて店のやつみたいに旨いそれは昆布と柚子胡椒が隠し味らしい。切った具材をまとめた大皿を持って「じゃあ適当に始めるぜー」と俺が鍋に投入しようとしたタイミングで、幻太郎がいきなり「実は先日、男の方に告白されまして」と話を切り出した。「は?」白菜と豆腐がおどろくほど鮮やかに、全部鍋の中へダイブする。周りに汁が飛び散って、テーブルの上はしっちゃかめっちゃかになった。
「……帝統、なにしてるんですか」
「ごめん、まじごめん」
傍にあった布巾でテーブルの上に零れたものを拭きとりながら「つうか、普通あのタイミングでそんな爆弾発言しねーだろー」と俺は何でもない風に答えていた。頭の中ではかなり動揺してたけど、なぜか言葉はするする滑り落ちていた。「え、つか告白ってなに? 相手って仕事関係、みたいな? 実際あるんだなー、そういうの」
幻太郎は無事に皿の上に残っていたえのきとつみれを適当に鍋に放り込みながら「ええ、一回りほど歳は離れてるんですが、同じ頃にデビューした作家仲間で。同期、とでも言うんでしょうかね。その方と、お付き合いすることになりまして」と呑気に答えている。
「え、付き合ってんの?」
「付き合ってますね」
「いま?」
「うん」
あ、なんかその「うん」って言い方可愛いな。じゃなくて。やばい、幻太郎の言ってることがわかんねー。全然わかんねーぞ。なんだこれ。
「あっ、いつもの嘘か?」
「まじなんですよねぇ、これが」
「ま、まーじかぁ」
「引いてます?」
「や、引いてはないけど、すげーびっくりしてる」
「へえ。引かないんですね」
俺の答えに幻太郎は意外そうな声を出して、具材をどんどん鍋にいれながら「あ、しいたけ買い忘れた」と微妙に悔しそうに言った。「舞茸としめじは忘れなかったのにな」
お前結構キノコ好きだよな。って、違う違う。いまキノコの話してねーよな。どうでもいいんだよ。「しいたけと言えば、その昔しめじの笠部分を大きくして新たなきのこを作り出す研究をしていた志井武男さんの名前を取って付けられたことは有名な話ですが」とかそんな話、今しなくていいだろうが、それどうせ嘘だろ。ってか、まじで付き合ってる話は嘘ですよって言わねーの? まじなのか?
このまま話が脱線してしまうのを恐れて、俺は早口で「相手、俺の知ってる人だったりする?」と問いただす。
「ええ。前世から知ってるはずですよ。あの方は武士だったあなたの刀を打った、名のある刀鍛冶で」
「そーゆーの今いいから」
「知ってるわけないでしょう?」
そりゃそうだ。俺とお前、共通の知り合いなんかいねーし、全然交友関係違うもんな。
「そもそもさ、幻太郎って男が好きだったのか?」
俺の遠慮の無い言葉に、幻太郎の箸が止まる。デリカシーの無い聞き方だっていうのは重々承知の上だ。でもだって、気になるじゃんかよ。最大の疑問だろ、そこは。百歩譲って、男に告白されることはありだとしても、その先に進むのって、それこそ自分にもその気が無いと普通無理じゃねえの? だって、もし俺がお前から告白されても、じゃあ付き合おうか、とはならねーよ。たぶん。うん、ならな……なるか? あれ? わかんねぇな。付き合うってなんだ? 一緒に遊んで、飯食って、相手の家に行って、困ったときは相談したり、参ってるときは愚痴を聞いてやったり……あれ、なんかほとんど幻太郎とやってることと似てんな。や、でもキスとかはしてねぇから違うな。……してねーけど、出来るかもしんねぇ。こいつ、きれいな顔してるからなあ……全然余裕でいけるよな。いやいや、別にしたいとかそういうんじゃなくて。
俺の頭の中の混乱は、幻太郎の「別に男が好きなわけじゃないですけど」という弁解の言葉によって一時中断を余儀なくされた。
「ちげーんだ?」
「まあ、一応。でも究極、相手が自分のことを好いてくれてるなら、それでいいと思いませんか?」
「夢野センセー、それ極論すぎねぇ?」
「ぶっちゃけ、好きってよくわかんないんですよね。好きってなんなんでしょう」
「急に哲学やめろー」
混乱を極めた俺は茶化すふりをしながら鍋の表面にたくさん浮かんだアクを取る作業に徹する。鍋はぐつぐつと煮立ってきた。
「好きかどうかもわかんないなら、なんで付き合うことにしたんだよ?」
肉はもう食べられる程度に火が通っている。あれだけ大量に入ってしまった白菜も、いまは鍋の隅でしんなりとしていた。
幻太郎は俺の質問に、ちょっとだけ首を傾げて、きょとんとした顔のまま言う。
「別に嫌じゃなかったから」
こんな幻太郎は知らない。だって幻太郎って、俺のことが好きなんじゃなかったんかよ。もっと分かりやすいやつじゃなかったんかよ。
いまの幻太郎は、なんだか俺の知らないやつみたいに思えた。
[newpage]
2
幻太郎が男と付き合いはじめても、俺たちの関係は何も変わらなかった。相変わらずふたりで飯を食ったし、困ったら金を貸してくれたし、頼めばあいつは迎えに来てくれた。ただあの鍋の日以降は、なんとなく幻太郎ん家に泊まる頻度を控えたほうがいいのか、なんて俺のほうが遠慮するようになった。
幸い、乱数が繁忙期でほとんどマンションに帰れてないらしく「誰か居たほうが防犯になるし勝手に部屋を使っていーよ」なんてありがたいことを言われていたので、宿には困ってなかった。俺がこんな調子だと言うのに、幻太郎は相変わらず、冷蔵庫の中に俺の好きな銘柄のビールを冷やしていたけれど。
そう、こいつはなんで、自分が飲まないビールをずっと買い置きしてんだろうか。これってやっぱり、俺のためなんじゃね?
幻太郎に借りている金を返しておこうとあいつの家に行ったら、ちょうど今から夕飯を作ろうとしていたのか、いつも部屋着にしている浴衣の袖をたすき掛けにした幻太郎が「夕飯、お蕎麦で良ければついでに作りますけど」と言ってくれた。ろくな食生活をしていないと思われているのか、幻太郎はいつも、ついでだからと飯を食わせてくれる。あんまり入り浸っていると付き合ってるやつに悪い、と思ったりもしたけど、出汁の良い匂いがマンションの廊下まで漂っていて、我慢できず、俺はふたつ返事で部屋に上がった。
「とりあえず茶ぁ出しとくぞー」
「あ、ついでに野菜室からネギ取ってください」
「おー」
働かざる者食うべからずの精神で、出来ることは手伝おうと冷蔵庫を開けると、やっぱり例のビールが冷えている。いつから買い置きしてあったんだ。これ、絶対お前が飲むやつじゃないよな。ついでに机拭いて食器出しといてください、と蕎麦を茹でながら指示する幻太郎に生返事しつつ「なー。このビールってさ……」まで言うと「ああ、飲んでいいですよ」なんて返された。いやそうじゃなくて。そうじゃねんだけど、結局それ以上聞けなくて「幻太郎もビール飲む?」と適当な質問をする。
「今日はいいです」
さすがに蕎麦でビールは飲めないので。幻太郎が言う。
「じゃ、俺一本もらうわ」
「どーぞ」
幻太郎はもともとお酒が得意なわけじゃないから、食べるときにとりあえずビール、という風にはならないらしい。俺も言うほど好きなわけじゃないけど、ここ数日、毎日一本は必ず空けていた。アル中ってほどでもないけど、なんか癖になってんのかもしれない。
ビールと食器を出して、いつのまにかお客用の食器類が全部俺専用になっていることに気付いて、これが乱数の言う「なんか面白い」ってやつなのかなあと漠然と思った。
ふうふうと息を吹きかけて、幻太郎が作ってくれた熱々の蕎麦をすする。天ぷらも食いてぇな、と思っていると「お蕎麦を食べると、天ぷら食べたくなるんですよね」と幻太郎がぽつりと呟いた。ときどきこうして幻太郎と思考が似る瞬間が、俺はめちゃくちゃ嬉しくて「わかる! 俺もいま同じこと思ってた!」なんて浮かれてしまう。「あっ、でも唐揚げのほうが好きなんだよなー」
こういうとき、幻太郎は本当に仕方なさそうに笑うので、俺のことガキにしか見えてないんだろうなと、悔しくなる。俺は幻太郎と「四つしか変わんねぇ」と思ってるけど、あいつは「四つも下」って感じのことをよく言うから。
「唐揚げ……そういえば久しく食べてませんね」
「えー。あんなうめーのに」
「揚げ物は何かと面倒ですし、ひとりだと作る気にならないんですよね」
「買ってきて食えばいいじゃん」
「某、出来合いのものを食べると蕁麻疹が出るのでな」
「えっまじで」
「嘘ぴょん」
「嘘の無駄打ちやめろ」
あっという間に蕎麦を食い終わってしまった俺は、手持ち無沙汰になって、ちゅるちゅると少しずつ蕎麦を啜る幻太郎をなんとなしに見つめる。あんな調子じゃ食うのに時間かかるだろうな、なんてふと壁にかかった時計を見ると、日付が超えるまでにまだ三時間も余裕があった。
今夜は乱数の家に泊まろうか、と考えていると、幻太郎が「お風呂沸かしてきてください。どうせ帝統も入るでしょう」と残りの蕎麦を啜って言う。
「……俺、あんま泊まんねぇほうがいんじゃねーの?」
「はい? 何を今更遠慮してるんですか」
「遠慮っつうか……」
一応気ぃ遣ってんだよ、とは言えず、お互いが黙ってしまったせいで微妙な気まずさが漂った。何か話題を探そうとするものの「その……最近どうなん」と結局はそこに行き着く。
「え?」
「いや、だからさぁ……その……あれだよ。……彼氏?」
ああ、という顔をした幻太郎は「別に、普通です」と七味を蕎麦に振りながら言う。
「普通って、なんだそれ」
「普通は普通です」
「喧嘩とかしねーの?」
「喧嘩? しませんねぇ……優しいんでしょうね、あの人」
ここじゃない、どこか違うところ見ながら微笑む幻太郎に、無性に胸がざわついた。なんだよ。そんな顔、俺見たことないんだけど。
おかしな話だけど、俺はあの日からずっと機嫌が悪い。幻太郎が誰かと付き合い始めたと聞いたあの日から。
幻太郎はなにも変わらない。相変わらず俺が一文無しになったと言えば迎えに来てくれるし、飯に誘えばついてくるし、泊まるところが無いといえば家に上げてくれた。男と付き合う前と、付き合った後で変わったことなんてほとんどない。それが逆におかしくて、何か隠し事をされてるみたいな気持ちになった。
そういえば、あいつは最初、乱数に相談したんだっけか。金もやることも無くて、夕方から乱数の事務所に居座った俺は、着信履歴に残ったあの日の幻太郎の番号を眺めながら、そんなことを思い出していた。
あの日は一緒に焼肉を食べていて、途中で幻太郎の知り合いから電話が掛かって来た。ほんとは幻太郎の家に泊まるはずだったけど「知り合い」の話を聞くために幻太郎は別の店に行った。たぶんその「知り合い」が、いま、幻太郎と付き合っている男。話したいことがあると言っていたのは、おそらく、そういうことだ。
あの日、幻太郎は乱数に電話して、何を話したんだ。男に告白されたことを相談した? 付き合うって俺より先に報告した? それとも全然違う話?
急にそのことが気になりだして、そしたらちょうど仕事に一段落ついたらしい乱数が「一旦きゅーけい!」と真横のソファーにダイブした。恐ろしいほどタイミングがいいことに、事務所には俺と乱数のふたりだけしか居なかった。
「あのさ、乱数」
「なーに?」
うつ伏せ状態から顔だけこっちに向けながら、乱数が気の抜けた声をだす。俺はソファーの横に置いてあったハート型の妙ちくりんな椅子に座って頬杖をついていたから、ちょうど乱数を見下ろす形になった。
「あのー……あれ。あれだよ。乱数ってなんだかんだ頼りになるよなーって」
「そう? ありがと~。どしたの。褒めてもお金は貸さないよ?」
「ちげーって、ほら、幻太郎も乱数のこと頼りにしてんだろうなーって」
「え~ほんとに? だったら嬉しいなっ」
「……やー……。その、なんつうか。えーっと……」
本題をなかなか切り出さず、日本語すら危うい感じに喋る俺にしびれを切らして、乱数が一言「それで?」と続きを促す。「幻太郎のことで、何か聞きたいんでしょ」呆れるように言われると、なんだか急に恥ずかしくなってくる。
乱数はテーブルの上に置かれたカラフルな飴に手を伸ばしながら「実際、帝統はどこまで知ってんの?」と尋ねてきた。俺は正直に「男に告白されて、付き合ってるってとこまで」と答える。「ふうん」飴の包み紙を丁寧に開けて、乱数が伏し目がちに呟く。
「幻太郎が告白された日にさ、電話掛かって来たんだよねー。夜中に」
あ、やっぱそうなんか。それそれ、それが聞きたかったんだよ俺は。本音言うとそうなんだけど、なぜか俺は別に興味無ぇんだけどなー、というふりをしながら「へえ。あいつが夜中に電話って珍しいな」と相槌を打つ。乱数は知ってるのに、俺が知らないという事実がどうにも腑に落ちなかった。
「『知人の男性から告白されたんですけど、これって嘘だと思います?』って。僕はてっきりアレ、帝統のことかと思ったんだよねぇ、最初」
「は? なんで俺?」
「帝統、幻太郎のこと好きでしょ?」
「そりゃー好きだけど、その好きじゃねーよ」
思いがけない言葉が飛び出して、うっかり椅子を倒しそうになる。手元のスマホも危うく落とすところだった。乱数は口の中で飴玉を転がしながら「帝統はさ、どう思う?」と漠然とした質問をする。
「どうって、なにが?」
「幻太郎がいま付き合ってる相手のこと」
「あー……まあ、恋愛は人それぞれだしな。いいんじゃねーの? 乱数はどう思ってんだよ?」
「僕は超反対で~す」
予想とは違う答えに、俺は思わず「え」と声を漏らす。いや、それが普通の反応か。そりゃそうか。けれど反対の理由は、さらに予想外のものだった。
「別に、男だからとか、そういうのは関係ないよ? 帝統の言うとおり、恋愛にはいろんな形があるしさ。でも、あの男はヤダ。あいつに幻太郎はもったいない」
「乱数、そいつのこと知ってんのか?」
かたくなに反対するってことは、乱数も結構知ってる人なんだろう。そう思ったのに、乱数は言葉を濁して「あんなやつ知らないよ~。池袋の知り合いに調べてもらったの」と言う。「あの男、結婚してるんだって。子どももいる」
「……は?」
「遊ばれてるって最初から分かってんのに、付き合う幻太郎も幻太郎だよ」
「最初から終わるってわかってたら、楽でしょう。相手が絶対に本気にならないって、結構な安全装置だと思いますけど」
マンションまでやってきて問い詰める俺に、幻太郎はさらりとそんなことを言った。幻太郎の家の玄関先で、俺は靴も脱がずに座り込む。「なんだそれ。向こうにとって幻太郎は都合の良い相手なだけじゃんかよ。お前はそれでいいってのか?」
幻太郎は寝る直前だったのか、何度も欠伸を噛み殺しながら、備え付けの靴箱にもたれかかる。
「お互いに求めてるものが一致してるんだから、これがベストな形なんじゃないですか? わっちはこれで満足でありんす。やさしくしてくれるし、束縛もないし」
わかるでしょう、と幻太郎は言うけど、俺には全然わからなかった。だって、結局向こうには本命がちゃんと居て、お前はただの浮気相手ってことなんだろ? なんだそれ。お前の存在、ないがしろにされてんじゃんか。「好きで居てくれるならそれでいいって、前に言ってたけど、その好きはどう転んでも二番目にしかならねんだぞ。幻太郎はそれでいいのかよ?」俺はなんか嫌だ、と続けようとしたのに、こいつはそれを遮るように「だから言ったじゃないですか。好きっていうのが、よく分からないって」なんて呆れたように言う。
俺の不満そうな目が居心地悪かったのか、幻太郎は一度短いため息をついた。
「ちょうど良いなって、思ったんです」
「何がだよ」
「……たまにね、どうしようもなく、虚しくなるときがあって。寂しいような、悲しいような。どこかに溺れそうな感覚、わかります? 何しても苦しいんですよ。そういうの紛らわせるのに、ああいう関係はちょうど良くて。都合よく使ってるのはこちらも同じ」
「……は? なんだそれ……」
「別にわかってもらえなくていいですよ。きっとわかりやしない」
「おかしいだろ、そんなん」
「何も知らないガキが偉そうに」
「んだと、俺はお前のこと心配してんだぞ!」
「誰も心配してくれなんて頼んでないだろ!」
そう吐き捨ててすぐ、幻太郎は緊張感の欠片もない大きな欠伸を漏らした。
「あ~~~もう無理です活動限界。今日何徹目だと思ってんですか、麿は寝るでおじゃ~。たくさんのご声援ありがとうございました夢野先生の次回作にご期待くださいサヨナラー」
くるっと反対方向を向いて寝室に戻ったかと思いきや、すぐにまた扉が開いて「帝統、あなたどうせ泊まるんでしょう?」と言って俺の分の客用布団を廊下に放り出した。「いまこの部屋散らかってるんで、リビングに適当に敷いてくださいね。あ、明日昼から担当さんと打ち合わせあるんで、小生起きてこなかったら起こしてください。ではおやすみなさい」とまた寝室に戻った。
いやいや、あんな言い合いしたのに泊めてくれるんかい。まじでお前、よくわかんねえ。言われるがまま布団をリビングに運ぶ俺も俺だけど。いや、俺が家無しなのが駄目なのか。チームを組んでから泊まる場所に困らなくなって定住を止めたけど、安アパートくらい借りといたほうが良さそうな気がしてきた。
「ちょうどいいって……なんだよそれ」
布団を敷いたは良いが、気持ち的には寝られるような状況じゃなかった。行き場のない憤りがぐるぐると胸のうちを暴れまわっている。お互いにベストな形? そんなことで、俺の知らないお前の顔を見せてる男がいんのかよ。いや、そもそも俺が口出しすることじゃねぇのは分かってるし、お前は満足かもしれないけど、やっぱり俺はなんだか納得できねーよ。
さみしいの紛らわせるのに丁度いいって? なんだよそれ。お前、そんな辛かったのかよ? 苦しかったなら、なんで俺に言ってくれなかったんだよ。さみしいなら、俺がいるじゃん。俺じゃ駄目なのかよ。そんなこと思う俺が、おかしいのか?
「幻太郎がわかんねぇ……」
[newpage]
3
「わっかんないんだよね~」
「いやわかれよ、自分の家だろうがよ」
乱数が無い無いと連呼しながら、幻太郎に借りた本を探している。事務所と同じくらいカラフルな乱数ん家は、幻太郎のマンションと違ってかなり広い。広いから、物を失くすと探すのがめちゃくちゃ面倒くさい。その上、こいつん家はまるで締切前の幻太郎の部屋みたいに色んなもので溢れかえってるから、余計に探しにくい。
「つか、散らかりすぎだろ。断捨離しろ断捨離」
「散らかってません~これはインテリアだよっ。あーあ、ここに置いたはずなんだけどなー。帝統、もっとちゃんと探してよ」
「うるせーお前も探せー」
「もー飽きちゃった。とぅっ」
「どわーーーダイブやめろ! さっきそこ片付けたんだぞ!」
ばかやろー、と叫んで思わず掴んだのが著者・夢野幻太郎なんて書かれた本で、お前の捜し物ってこれじゃねーのかとソファーに寝転ぶ乱数に渡すと「ブブー。これ、この前出たばっかのやつだよ」と開いてすぐの著者近影を指差しながら嬉しそうに話す。「発売前にね、献本たくさんもらったからって幻太郎がくれたんだ~。相変わらずハッピーエンドで面白かったよ。帝統も読む?」デビューしたという二十歳のときから写真を変えてないらしく、今よりどことなく幼い顔した幻太郎がこっちを見ていた。うん、やっぱきれいな顔してんなぁこいつ。
「知ってる。なんかちょっと近未来っぽいやつだろ」
「あ、もう読んだの?」
「読んだっつーか、書いてるの見てた」
「さっすが! 居候の特権だね~」
「居候じゃねーわ、住んでねーわ」
「四捨五入でほぼ住んでるじゃん?」
「何をどう四捨五入したんだよ。もう一週間くらい行ってねぇし」
「まだ一週間でしょー」
「うっ……」
分が悪いので、話を変えようと「幻太郎の本、全部読んだのか?」なんて適当に話しかけると、もうすっかり探すことは諦めたのか、さっき渡した本のページをぺらぺら捲りながら乱数が「一応ね~」と答える。
「幻太郎をチームに誘おうって思ったときに、そのとき出てたやつは一通り読んだよ。そこの本棚にあるから、読みたければ読めば~?」
「そのなかに恋愛小説ってあったか?」
「んー? んんん? 言われてみれば、無かったかも」
――好きってよくわかんないんですよね。
幻太郎が言ってた言葉を思い出す。わからないから、書けないのか。そういえば、嘘ですよって言ってなかった。やっぱあれ、嘘じゃなかったんだな。
「あー!」
「なんだよ」
「見つけた!」
ぴょん、とソファーから飛び降りた乱数は、本棚から一冊の宝石図鑑を取り出して満面の笑みを見せる。おいおいまさかの本棚。なんで最初からそこ探してなかったんだよ。俺の文句言いたげな顔を見ても何も思わないのか「これ、仕事に使いたいからってずっと借りっぱなしだったんだよね。帝統、幻太郎ん家行くでしょ? ついでに返してきて~」なんて呑気に乱数は言う。
なんで俺が、と言おうとして、結局黙ってその図鑑を受け取る。表紙を飾るエメラルドグリーンの石が、どことなく幻太郎の目に似てると思った。
一週間も会わなかったのは、この前幻太郎とちょっとだけ言い合いになっちまったのを気にしてたから。向こうは絶対になんにも思ってないだろうけど、なんとなく俺が勝手に行きづらく思ってただけ。だからこうやって行く口実が出来たのは正直ラッキーだった。
いつものようにマンションの住人が出てくるタイミングで、オートロックのエントランスホールを抜け、乗り込んだエレベーターですっかり通い慣れた階数のボタンを押す。あいつの住んでる階の廊下を歩くと、たまに見かける人とすれ違って会釈をされた。絶対にここの住人だと勘違いされてるよな。乱数に言われた居候という言葉を思い出した。
廊下は夕暮れ時のせいかいい匂いがしていて、腹が減る。インターホンを鳴らすとすぐに出た『また素寒貧ですか?』と言う機械越しのあいつの声が、たった一週間会わなかっただけなのにすごく久しぶりのような気がした。
「ちげーよ。乱数から使いっ走り頼まれたんだよ。なんか宝石図鑑? ずっと借りててごめんだってさ」
『ああ、乱数が持ってたんですね。すっかり忘れてました』
とりあえず上がってください、と言う声に従って、玄関のドアノブに手をかけると、相変わらず鍵がかかってなかった。エントランスがオートロックだからってこれは不用心だろ、と前に言ったことがあったけど、幻太郎は「昔の癖なんですよね。雪以外なんにもない田舎だったので、鍵をかける習慣がなくて、つい」と言ってどこか懐かしそうに笑っていた。あれは治す気がなさそうだ。
「なんかいい匂いすんな」
どうやら廊下で嗅いだ匂いは幻太郎の夕飯だったみたいで、キッチンから香ばしい匂いが漂っていた。ちょうどいま揚げたてなんですよ、と幻太郎がこっちを振り返る。
「なんだなんだ? 何作ったんだよ」
「唐揚げです」
「唐揚げ! まじで! お前、このあいだ揚げ物はひとりだったら面倒って言ってたじゃんかよ」
「今日あたり、あなたが来るかと思ってたんですよ」
我の勘が当たったな、とほくそ笑む幻太郎に、俺はどういう顔をすればいいかわからない。
だってよ、それじゃまるで、俺の為に作ってくれたみたいじゃん。俺が好きだって言ったから、用意してくれてたんだろ? なんでお前、そんなに俺にやさしくしてくれるんだろう。それとも、他のやつにも同じようにやさしいのか。俺だけが特別ってわけじゃない、かもしれない事実に勝手に落ち込む。なぜか今までは、盲目的に思い込んでいた。幻太郎は俺にだけ特別なんだって。今から思えば、何の根拠もないのに。
俺の考えてることなんかちっとも知らない幻太郎は「味見します?」と菜箸で唐揚げを掴んで、俺の口元に持ってくる。餌をもらう雛鳥のような気持ちで、それに食らいついてすぐ「んめー!」と叫ぶ。本当に美味い。幻太郎の作る飯は、だいたい美味いけど、これは一番美味い。
俺の感動が伝わったのか「あなた、本当に美味しそうに食べますよね」と幻太郎にしみじみとされる。俺はふたつめの唐揚げをねだりながら「だって唐揚げだぜ?」と言う。
「唐揚げ限定なんですか?」
「ちげーよ、でも唐揚げは特別だよ」
「特別ねぇ」
呆れたように笑い、幻太郎は「味見は終わりです」と大きめの皿を用意して、キャベツの千切りと一緒に、出来上がった唐揚げを盛り付けていく。湯気はすうっと消えるように、薄く、細く天井に向かって伸びていった。
「そんなに好きなら、帝統が死んだ時、棺桶いっぱいに唐揚げを詰めてあげますよ」
「おい、勝手に俺のこと殺すな!」
「うれしいでしょう?」
「や、唐揚げは好きだし、うれしいけど、棺桶に入れるならもうちょっといいもんあるだろうがよ」
「良いもの? 何か入れて欲しいものがあるなら、リクエストくらい聞いておきますよ」
「リクエストってお前なー」
つうか俺が先に死ぬ前提かよ。俺は行儀悪くつまみ食いした唐揚げを口に頬張りながら、棺桶に横たわった自分の姿を想像した。そこは狭くて冷たくて、悲しいほどひとりぼっちだ。好きなもので取り囲まないと、寒々しくて見てられないほどに。
一体なにを一緒に連れて行ったら、向こうでも楽しくやってけるか。そう考えると、答えは驚くほどあっさり出てきた。
「……幻太郎」
「はい?」
「幻太郎、入れといてくれよ」
ふ、と思い浮かんだ言葉を口にすると、幻太郎はきょとんとした顔で俺を見つめていた。見開かれた水分過多な目は、俺の知っている目の中でいちばんきれいな色をしている。
「それ、小生も一緒に入るってことですか?」
「んあーーー違う違う、やっぱいまの無し! 無しでお願いします」
いや、正直今のは無かったよな。どう考えても無しだ。さすがにどん引きしたわ、自分で。一緒の棺桶入ってくれってどうよそれ。
俺が慌ててさっきの発言を弁解する横で、幻太郎はしばらく口元に手を置いて、神妙な顔をしながら悩んでいた。もういいっての。この話は終わり。俺がそう言って両手を叩くと、幻太郎はぎゅっと眉間に皺を寄せて「でも」と首を少し傾けた。
「ふたりも入ったら狭くないですか?」
うん、そこじゃなくね?
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4
土産を買ったのは、単なる気まぐれだった。
ふたりでテレビを見てたときに幻太郎が珍しく「美味しそう」と呟いていた安納芋のシュークリーム。たまたま駅前で売ってるのを見つけて、買ってやろうと思った。ただそれだけ。ちょっと酔ってたのもある。一緒に麻雀打ってたおっさんと、一杯引っ掛けたから。
シュークリームがふたつ入った白い箱を右手に持ったまま、俺はガキみたいに「幻太郎喜んでくれるかな」なんてわくわくしながらあいつのマンションに行く。もしかしたら褒めてくれるかもしんねぇな、とか思うあたり、本当にガキだと思う。いつものようにエントランスを抜けてエレベーターに乗り、見慣れた顔に会釈してから、鳴らすインターホン。珍しく留守だったみたいで、幻太郎の声は聞こえてこない。
駄目元でドアに手をかけると、やっぱりいつもの癖で幻太郎は鍵を閉め忘れたみたいだ。その不用心さに今は感謝しながら、勝手知ったる部屋に上がって、ダイニングテーブルの上にシュークリームの箱を置く。終電はまだ走ってる時間だったけど、締切前以外の幻太郎は規則正しい生活をしてるから、もしかして寝てんのかもしれないと期待しながら寝室を覗いたけど、やっぱりもぬけの殻で。なんとなく不安になって、時間を確認するつもりでスマホを取りだしたら、指は勝手に幻太郎の番号を押していた。幻太郎は三コールめで電話を取った。
「もしもし、幻太郎?」
『もしもしぃ? どぉしたんですか?』
呂律の回らない声が、受話器の向こうから響いてきた。眠気から来る拙さじゃなくて、アルコールのせいで少し甘えたになったみたいな声。すこしくぐもった声で『ううん、こっちの話です』と別の方向へ話しているので、たぶん誰かとお酒を飲んでるんだろう。楽しそうにふふふと笑うあいつに無性に腹が立って、俺はろくに会話もせず「お前んちで待ってるから」と言って切った。急に言ったって帰ってくるわけないのに、なぜかそんなことを口走っていた。自分勝手にも程がある。それは分かってるけど、自分を抑えられなかった。
何に腹を立てたのか、自分でも分からなかった。勝手に土産を買っただけのくせに骨折り損になった苛立ちがないまぜになってしまったのか、それともあいつが俺の知らないところで楽しそうにしているのが嫌だったのか。ほんと、ガキかよ。自分に呆れるけど、どうにもモヤモヤしたものが喉につっかえる。
家主の居ないリビングでくつろぐ気にもなれなくて、拗ねた子どもみたいに玄関先で膝を抱えて、そのままぼんやりと時計の針がカチコチ動く音を聞いていた。
どれくらいの時間、そうしてたんだろう。うとうとし始めていた俺の意識は、突然聞こえたドアを叩く音によって完全に覚めた。
慌ててドアの覗き窓を見ると、そこには幻太郎が立っている。「あーけーて」と子どもっぽい声で喋る幻太郎に、思わず「なんで居るんだよ」とドア越しに会話する。
「だいすが待ってるって言ったから」
そうだけど。そうだけどお前、ほんとになんで帰ってきたんだよ。誰かと飲んでたんじゃねーんかよ。訳がわからないまま、俺はドアの鍵を開ける。「うー、ふらふらする」とよろけながら入ってきた幻太郎が、覚束ない動きでリビングに直行する。後を追って俺も部屋に入ると、幻太郎は腕の中にあったビールを、ダイニングテーブルの上に並べていた。
「おみやげです」
おみやげって、お前まだ飲むの。つーか、またこのビールだ。俺の好きなやつ。
「はい、だいすの分」
「帝統の分って……お前さっきまで飲んでたんじゃねぇの?」
「だぁからぁ帰ってこいっつったのあなたでしょーがぁ」
俺の質問に、幻太郎は答えになってない答えを不思議そうに言う。不思議なのはお前なんだけど。だってお前。「誰かと一緒だったんじゃねーの?」
「んー。また今度会うし、だいじょーぶです」
ぷしゅ、とプルタブの開く音。フローリングの上でぺたりと座り込んだ幻太郎が、さっそく缶を傾けていた。ちょっと待てよ、お前顔真っ白だぞ。それ、結構飲んだやつだろ。真っ赤になるの通り越してんじゃん。
そんなになるまで、誰と飲んでたんだよ。誰がそんなになるまでお前に飲ませたんだよ。幻太郎、結構危なっかしいんだから、そんな無防備なとこ見せたらだめじゃん。自分で思ってるよりも意外と抜けてるとこあんだぞ。
なんかつまみだしますか、と振り返る幻太郎の手から缶を奪い取って、もう寝んぞ、と声を掛ける。呼び戻しといて勝手だけど、さすがにこの酔っぱらいを風呂にいれてやる自信はない。
「えー。まだぜんぶ飲んでないです」
「いいって、もう十分飲んだろお前」
「あ。なんですかこれ」
テーブルの上に置いていたシュークリームの箱に幻太郎が手を伸ばそうとした拍子に、覚束ない足が絡まって、そのまま尻もちを付く。まだ半分ほど入っていた缶の中身が盛大に零れて、幻太郎の服に染みこんでいった。そういえばこいつ、珍しく普通の服だ。和服姿に見慣れたせいか、なんだか別人みたいに見えてくる。
何が起こったのか分からなかったらしい幻太郎は、しばらく呆けた顔をしてたけど、俺が声を掛けると、ようやく濡れた服を他人事のように眺めた。
「びしょびしょ……」
「あーもーこの酔っぱらい! すぐタオル持ってくっから、」
濡れた場所を確認するように、幻太郎が服の裾を持って伸ばす。瞬間、それは見えた。薄い肉から浮き出たあいつの鎖骨の上。白い肌だから余計に目立つ。自己主張の激しい赤い跡。ああ……そうか。
「一緒に飲んでたのって、あの浮気野郎か?」
「え?」
呆気無いほど簡単に、幻太郎の身体は押し倒せた。
床の上に転がった幻太郎は、いま起きている出来事がまるで理解出来てないみたいに、ぽかんと口を開けている。俺はそのままそこへ、噛み付くようにキスをした。舌を入れると、幻太郎の舌が怯えたように奥へと引っ込む。それを追いかけるようにして、もっと深いところまで貪っていく。大泣きしたときみたいに、頭ん中がじんじん熱くて、まともなことは何一つ考えられないかわりに、ドキュメンタリー番組で見た、ハイエナが肉の塊を噛み千切っていく映像をなんとなく思い出していた。
「はぁっ…や、だ……! だいす、っ」
「うるせぇ」
やっと現状を把握した幻太郎が暴れ出して、テーブルの足に当たる。上からシュークリームの入った白い箱が落ちてきた。悪あがきみたいに抵抗する腕が邪魔だったから、頭の上でひとまとめにした。馬乗りになっていたから、手を封じられるとあとはもう身を捩るしかない。幻太郎は必死になって俺の下から逃げ出そうともがいていた。
いい気味だと思うと同時に、俺から逃げようとするその姿に苛立って、「やめて」と「やだ」を連呼するその口をもう一度塞いだ。固く閉じられていた唇を無理矢理こじ開けて、今度は俺の唾液を飲ませるみたいなキスをする。
長い間そうしていると、左手で押さえつけていた幻太郎の腕が小さく震えているのに気付いて、俺はやっと口を離す。息を乱した幻太郎は、目の端に涙を浮かばせて、おろおろと視線をさまよわせていた。口の周りはどっちのか分からない唾液でべたべたで、飲みきれなかった分が端から垂れている。目元と頬がほんのりと色づいていて、散々甘噛みした唇は赤くなってやらしかった。
「なんだその顔。俺、見たことねぇ」
「……だい、す…?」
「あいつには見せた?」
「…ぇ……?」
ぐいっと力任せに∨ネックの薄手のニットを引っ張ると、きれいな鎖骨が見えた。右の骨が浮き出た場所に赤い跡を見つけて、そこに噛み付く。
「ぃ…たぁっ……」
「むかつく」
「あ、やだっ、なに? なにして、えっ」
何度も何度もそこを噛んで、舐めて、あいつの残した跡を塗りつぶしていく。名前も、顔も知らない、どこかの誰かの跡。そんなものが付けられた幻太郎なんて、俺の知ってる幻太郎じゃない。口を離すと、そこには新しく俺の歯型が付いていて、あの赤い跡は俺の噛んだ跡に上書きされていた。そこをそっと指でなぞると、幻太郎の肩が大袈裟に跳ねる。
「なあ、他にどこ触られた? 何見られたんだよ? 怒んないから教えてくれよ」
「…ぁ、だい、す……も、やめ…」
「言えよ」
「や、」
「言えって、ほら。げんたろー、いつもぺらぺら喋ってんだろ?」
俺の声に、幻太郎がごめんなさいと許してをうわごとのように繰り返すもんだから、それのせいで余計に腹が立った。なんだよ。俺には言えないようなことしてたのかよ? せっかく優しく聞いてやってんのに、お前まじでなんも分かってねーよな。
真っ赤になった耳朶を噛んで、そこに舌をいれると、すぐに甲高い声があがった。へえ、お前耳弱いんだ。知らなかった。なあ、もしかしてその声もあいつに聴かせた? 教えろよ。俺の知らないお前のこと。
アルコールでぐっしょりと濡れた服をめくると、日に当たってない真っ白な肌が見えた。良かった。こっちにはまだなんにもないな。
そのまま頭を下までさげて、へその周りを舐めると、幻太郎の足がびくつく。白い腹に吸い付いて、あいつと同じように跡を残した。真っ赤な鬱血の跡。ざまあみろ。
目の前に見えたベルトを外して、全部脱がせようと両手をかけると、急に髪を引っ張られた。ずっと頭の上で固定されてたせいで力が入らないのか、驚くほど頼りない動きだった。
「んだよ……」
鬱陶しいその動きに耐えかねて顔を上げると、幻太郎が泣いていた。怯えた表情をして、力なく首を振りながら、ぼろぼろと大粒の涙を零している。
あれ。俺、いま何した?
弱々しく呟かれる幻太郎の「もうやめて」の声。なんだこれ。なんでこんなことになったんだ? なんで俺、お前のこと泣かせちゃってんの? 床に落ちた箱から見える潰れたシュークリームが、俺を責めてるみたいだ。
「ご、めん……俺、」
何もかもが急に恐ろしくなって、俺はのろのろと幻太郎の上から退いた。乱れた服を直そうともせず、幻太郎が赤ん坊のように身体を丸める。俺を拒絶するように、顔は伏せられたまま。小刻みに震える肩と、微かに漏れ聞こえた嗚咽に、俺はもうどうすればいいかわからなかった。幻太郎が泣いている。俺のせいだ。俺が泣かせた。俺が。俺のせいで。
わけもわからず何度も謝って、幻太郎に触れようと手を伸ばすと、ぱしりとその手は払い落とされた。真っ向から示された拒絶に、心が急に凍りつく。泣くな、泣かないでくれ、俺を拒絶しないでくれよ、幻太郎。なあ、俺のこと、嫌わないでくれ。
――帝統、幻太郎のこと好きでしょ?
あの日乱数に言われた言葉が蘇る。なんでこのタイミングなんだよ。さいあくだ、俺。いま気付いた。
幻太郎のことが、好きだ。
ずっとずっと、好きだったんだ。
[newpage]
5
謝らなければいけない。それはわかっている。だけどこの二週間、俺は幻太郎と挨拶以外に何か会話を交わした記憶が無い。避けられているのは、当然のことだった。
一番きついのは、乱数に招集されて三人で集まる間だけいつもどおり振る舞って、それ以外では喋るどころか、目すら合わないことだ。チーム解散なんてことにならなくて良かったんだろうけど、そのせいでもしかして俺たちは一生このままなんじゃないかと不安で押し潰されそうだった。こんな調子でも、チームで活動は出来る。そのことが恐ろしかった。
幻太郎の振る舞いが完璧でも、さすがに俺の様子がおかしいことには乱数も気付いたみたいで、今日は幻太郎抜きで事務所に呼び出され「喧嘩でもしたの?」と問いかけられた。心配そうなその声に俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになって、曖昧な笑顔を浮かべ「もっと酷いことしちまったかも」と言うしかない。そう、本当に酷いことをした。
俺がそれ以上話したがらないのを察したのか、話を変えるように「帝統、風邪引いたんじゃない?」なんて乱数が眉をひそめて言った。喉を指さして言われたので、やっぱ乱数ってこう見えてもリーダーなんだなぁと苦笑する。
幻太郎とこんな風になってから、喉の調子は少しずつ悪くなっていた。帰る家を失くしたせいだ、なんて思ったけど、元々あそこは俺の家じゃない。居候、なんて乱数に言われてしまうくらい、居すぎたけれど。昨日から空咳が立て続けに出るので、たぶん、乱数の言うとおり風邪を引いてしまった。俺はなるべく乱数に伝染らないように咳を我慢したけど、そうやって我慢すればするほど、余計に咳は止まらなくなる。会話の途中で乱数がまた何か言いたそうにこっちを見た気がしたけど、それを遮るように「そろそろ帰るわ」と片手を上げて、事務所を後にした。
乱数と別れた途端、一気に脱力した。誰かと一緒にいると気が張るからいいけど、ひとりになるともう駄目だ。風邪を引くと、身体はだるいし、何よりこころが弱る。
きっと腹が減ってるのが駄目なんだ。乱数に飴でも貰っときゃ良かった。ちゃんと栄養のあるもの食べて、しっかり睡眠をとって、早く治さねぇと。あったかいものを食べれば、気分も上がるはずだ。たぶん、最近急に涼しくなったのがいけねーんだ。
のろのろと人混みで溢れる街を歩いていると、駅前の巨大な広告が、ビールの広告に変わっているのが見えた。いつも幻太郎が買い置きしてくれている、俺の好きな銘柄のビール。
ああなんでこっちを見ちまったんだろ、と慌てて反対方向を向いて早足でその交差点をあとにする。もうそのへんの店に入ってしまおう。路地を曲がり、ふわりと漂ってきた匂いにつられて裏通りに足を進めると、居酒屋の多い雑居ビルのとなりに、ぽつんと蕎麦屋がのれんを揺らしていた。蕎麦か。あったかいの食いてーな。そういえば、前に幻太郎と一緒に食べたっけ。天ぷらが食いたくなるとか、唐揚げが好きだとか、そういうくだらない話をして、俺たち笑ってた。お前のこと、勝手に分かった気になって、俺は。
「……幻太郎」
なんでもない日のことを思い出したら、急に泣けてきた。情けない。自分で蒔いた種なのに。大事にしたかったあいつのこと、なんであんな風に傷つけちまったんだろう。
今更何を言ったって言い訳にしかならないけどさ、俺、嫌だったんだよ。他のやつのものになるお前を見るのが。俺の知らない顔をするお前が。
ああ、そうか。
俺、大好きだったんだなあ、幻太郎のこと。
そしたらまるで見計らったみたいに、スマホが鳴った。大袈裟なバイブの音を響かせるそれをポケットから取り出して、画面に浮かび上がった文字を見た瞬間、指が震える。幻太郎からだ。
なんだ? あの日から今日まで、一度も電話なんて来なかったのに。怖くて、俺はひたすらその電話が切れるのを待った。
何コールか呼び出しが続いて、諦めたように電話は切れた。けれど数分も経たないうちに、今度はメッセージが送られてきた。これも幻太郎から。逃げるな、と言われているような気分だった。そうだ。いつまでも逃げてちゃ駄目なんだ。俺は恐る恐るスマホの画面に指を滑らせる。内容はシンプルなもので、簡潔に並ぶ文字。
『乱数から風邪引いたって聞きました。ちゃんと暖かいところで寝てくださいね』
なんでお前は、こんなときまで優しいんだよ。
気が付いたら俺は幻太郎に電話を掛けていた。
ぷつんと呼び出しコールが切れた瞬間、幻太郎の言葉もろくに聞かないまま、俺は舌を噛むんじゃないかと思うほど早口に捲し立てる。
「幻太郎、幻太郎ごめん。本当にごめん。俺、最低だ。お前に酷いことした。謝っても許されるようなもんじゃねーってわかってる、でも、ごめん。俺、あんなことしたいわけじゃ無かったんだよ。今更何言ってんだって思うかもしんねぇけど、本当なんだよ。もうあんなことしない、しないから、俺のこと嫌いにならないでくれ。前みたいに戻りたいって言うのはワガママだってわかってる。でも俺、お前に嫌われたらどうすればいいかわかんねぇんだよ。だから、三人で集まるとき以外でも、俺の目ぇ見て欲しい、それで、ちょっとでいいから喋って欲しい。俺、お前のことが好きだ……どうしようもないくらい好きなんだよ。嘘なんかじゃねー。俺のぜんぶ賭けてもいい。幻太郎が笑うと俺も嬉しいし、幻太郎が泣いたら俺まで悲しくなるくらい、すげえ好きだ。だから誰にも盗られたくなくて、あんな酷いこと……」
俺が話し終えるまで、幻太郎は黙って聞いていた。自分勝手な言い分に、呆れているのかもしれない。俺が黙ると、数十秒の沈黙が降りて、そのあと『見ぃつけた』と突然幻太郎がわけわかんねぇことを言う。
「は? 何が……」
『私、メリー。いま、あなたのうしろにいるの』
予想外の言葉に、俺は足がもつれて転げそうになるくらい、勢いよく後ろを振り返る。
耳に当てていたスマホを仕舞いながら、幻太郎が俺の方へ歩いてくる。
「このへんに居るんじゃないかなって思ったら、当たりましたね。ふむ、小生ギャンブラーの素質ありかもしれません。転職チャンス到来」
まあ嘘ですけど。そう言った幻太郎が持っているコンビニの袋の中には、冷却シートと桃のゼリーが入っているのが透けて見えた。なあそれ、俺のため? 風邪引いたって聞いて、わざわざ買ったのか?
「……お前、いつか損するぞ」
「何故です?」
久しぶりに合った目は、最後に見た日と変わらず、宝石みたいにきらきらした目をしている。そのなかに映る俺は、情けない顔をしていた。
「だって幻太郎、いつも優しいじゃん」
そういうやつは損するんだよ、と言うと、あいつはきょとんとした顔をする。
「帝統にしかしませんよ。こんなこと」
幻太郎の言葉に、さっきから緩みっぱなしだった涙腺がとうとう崩壊した。やっぱり俺、特別だったんだ。お前の中の、特別な場所にいられたんだな。
ぼろぼろ泣きながら膝から崩れ落ちた俺を、幻太郎が抱きしめてきた。同じ身長のはずなのに、俺よりも細い。俺は腕の中にある薄い身体を壊さないように、けれど離してしまわないよう、しがみつくように両腕を幻太郎の背中に回した。ふわりと、石鹸の匂いがする。路地裏で良かった。こんなの誰かに見られたら格好つかねえ。一番格好つけたい相手には、全部見られてるけど。
「別れたんですよ、昨日」
幻太郎が俺の背中をぽんぽんとあやすように撫でながら、ぽつりと言う。「虚しさを埋めるための手段だったのに、なんだか余計に苦しくなってしまって。帝統といる時間が減ったからですかね。なんだか、あなたと居るほうが落ち着くんです。不思議と」
ふふふ、と笑う幻太郎の声が、くっついた身体の一部から伝わってくる。俺は未だにぐずぐずと泣きながら「なんだよそれぇ」と嗚咽混じりに返した。幻太郎が静かな声で俺に問う。
「帝統、小生のこと好きなんですか?」
「……うん。好き。すげえ好き」
ぎゅっ、と幻太郎の背中へ回した腕に力を入れる。密着した身体は、ふたりの声を体中で反響させた。
「あのね、帝統。小生、やっぱり好きってどういうことなのかよくわかんないんです」
「もういーよ、それで。俺はそういうお前が好きだから」
「おや、諦めが早い」
白い指で俺の涙を拭いながら、幻太郎が「小生、いろいろ考えたんですよ」と何が楽しいのか、目尻を下げて笑う。「あなた、言ったでしょう。自分の棺桶の中に、小生を入れたいって。やっぱり、それは少し無理があるかな、と思うので」
「いやだいぶ無理だろ」
「ええ。だから、向こうで待ち合わせしませんか? たぶん、ふたりとも同じところに落ちるでしょうし。あなたとなら、地獄観光も良いかなって思ったんです」
待ち合わせ場所はハチ公前にしましょうか。幻太郎が笑う。嘘ですよ、の言葉は続かない。
なあ、幻太郎。それはそのまま、俺のことを好きってことになんねぇのって、そう思うのはうぬぼれかな。お前ってやっぱり、よくわかんねぇし、そんなお前が好きだ。幻太郎の胸に頭をうずめると、規則正しい心臓の音が脳内に響き渡る。すごくなつかしい音。なんだか、ずいぶん遠回りをしてしまったような気がする。
「地獄にハチ公なんかあるのかよ」
「それは先に着いたほうが確かめるということで」
「はは、なんだそれ」
なあ幻太郎。もし俺が先だったら、お前が来るまでずっとずっと待ってるからさ。お前はちゃんとこっちに来られるように、めいっぱい嘘吐いとけよ。そんで、こっちに落ちてきたお前は、ハチ公よろしく健気に待ってる俺を見て「まさか本当に待ってたんですか」なんつって笑うんだ、きっと。俺の好きな、仕方なさそうにした顔で。
いまを一緒に生きることも、一緒に死ぬことも簡単に約束させてくれないけど、そんなものよりずっと良いものをもらえた気がする。
こんな話、乱数に言ったら、きっと「なんか面白いね」って笑われるだろうけど。
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好きってなんなのかわからない幻太郎と、そんな幻太郎のことがめちゃくちゃ好きな帝統の話<br /><br />・幻太郎がモブ男性と付き合う描写があります。<br />・幻太郎が無理矢理そういった行為をされそうになる描写があります。<br />・帝統が等身大の二十歳で、幻太郎のことをものすごく好きです。<br /><br />※話のすべてが捏造です。捏造設定をお楽しみください。<br /><br />こちらの話の続きで夢野と帝統が遠出をする話や、夢野が乱数に好きな人が出来たことを報告したりストーカー被害に遭う話(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11670605">novel/11670605</a></strong>)があります。
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【帝幻】地獄で待ってる
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10127246#1
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わりと頭がおかしいボスと丸くなった某南国果実と案外常識的なカテキョーとかもろもろの愉快な常識をしたなんかすごい謎のイタリアンマフィアの上層部が面白おかしく黒の組織とか探偵さんたちとかに茶々いれしていくスタイル
・復活側はだいたい十年後
・コナン側はあんまり出てこない
・全体的にふわふわしてる
・トゥリニセッテってなんだろう
・海鮮系家族な時空になる予感
[newpage]
疲れが溜まると往々にして思考能力が低くなり、妙な考えに達することがあると言う。目の前の隈の酷い上司は今何を考えて笑っているのだろうか。報告書を片手に寄った執務室がとんだサバト会場のようであった。どうしてこうなるまでほうってしまったのか。ただでさえ突飛な発想の持ち主が更におかしくなったら誰が止められるだろう。
「ボス?」
触れる事が何だか憚れる雰囲気を醸し出していたので控えめに声を掛けてみる。が、反応はない。これは周りが見えていないらしい。
「綱吉君?」
ここまで周囲を探れていない様子は珍しい、と目の前で手を振ってみる。これで反応がなかったら仮眠室にでも持っていくべきだろうか。それとも遂に契約する機会に恵まれたと考えるべきか。
「沢田綱吉?」
全く反応がない。三叉槍を取り出すべきか否か。
「契約します?」
報告書で軽く頭を叩く。三叉槍を取り出したら多分睡眠時と同じ要領で撃墜モードに入るかも知れない。せっかく用意した報告書と一緒に燃やされたりはしたくなかった。
「……痛い?」
漸く壊れたスピーカーのような笑い声が止まり、心臓に悪い真顔が歪められる。どうにか彼は現実に戻ってきたらしい。
「報告書持ってきましたよ」
「……あれ、骸?」
「ええ、はい。六道骸です」
「いつきたの?」
「五分くらい前ですかね」
「ええ!?俺気づかなかった?」
「全く反応がありませんでしたね。遂に壊れたかと」
オルゴールだとかを内蔵している人形が壊れた様に少し似ていた。端的にホラーである。普段にこやかな分真顔で笑い声あげられても怖いだけだ。
「まじかあ……リボーンに何か言われそう……」
「流石にこの状態ならあのアルコバレーノも強くは言わないと思いますけどねえ」
綱吉が知っているかどうかは別として、案外あの家庭教師は最高傑作となった教え子に甘い。その甘さが修行の手心になることはないが、多分今の状態を見せたら格安で仕事を請け負ってくれる上に仕事を増やした守護者に焼き入れに行くくらいには甘い。
「そんな俺、酷い?」
「そうですね。なかなか類を見ないんじゃありませんか。何徹です?」
「ええっと……五?」
「寝た方が良いんじゃないですか?」
今度は骸が真顔になる番だった。右腕はいったい何をしているのだろう。そう言えばここに来るまでもここに来てからもあの銀髪頭を見ていない。
「うん……でも仕事終わんない」
「君の忠犬はどうしたんですか」
「隼人はねぇ、今仕事出来ないんだ」
「……特に襲撃とかありませんでしたよね?」
「ヴェルデ製の薬とビアンキのポイズンクッキングのコンボ決められちゃった」
「それはそれは……」
流石の骸も笑えない。酷いコンボ過ぎる。
「そう言えば骸は何の報告?久しぶりに本体見た気がするけど」
「君に頼まれてた組織に関してですよ」
「…………?」
綱吉はパチパチと瞬きをして小首をかしげた。既に成人して数年と言うのに幼い動作が恐ろしく似合う。こんな風だからボンゴレX世の不老説が途絶えないのだが、本人には自覚がない。厄介なものだ。
「はあ……忘れてるんですね。まったく、人を使っていると言うのに相変わらず良いご身分で」
「ごめん……どこ?」
「アメリカで君が放り込んで行ったんでしょう」
今更ながらとんでもない話である。アメリカで仕事の時、使い勝手がいいからと骸を護衛にして起きながら最終的にその護衛を置いていったのだ。ちょっと気になるから行ってきてと微笑んで抗争現場に置き去りにするのはどうかと思う。流石は悪逆非道なマフィアのボスだと感心すれば良いのか困惑すれば良いのか分からなかった。
しかし、嫌な事であるがこのくらいのボスのいい加減さには慣れていた。中学からの付き合いなのでもうだいたい十年は関係が続いていることになるが故だろう。骸は抗争の中で勝っている側の組織に近付き内部に潜入をした。そして潜入して2ヶ月、幹部に登り詰めたのでこうして報告にあがったのだ。
「ああ!なんかそんな事あったような気がする」
隼人に無茶苦茶怒られて大変だったと、鬼畜極まりない事を仕出かした割りに元凶はぽやぽや笑った。反省していない。やはり刺してやった方が良いのではないだろうか。ちょっと真面目に考えたいところ。
「取り敢えず幹部になってきました」
「すごい。お疲れ様」
パチパチと拍手をして骸を労るのは良いが完全に綱吉の語彙力と思考力は死んでる。明らかだ。さっさと報告を切り上げて仮眠室に放り込もうと骸は決意した。
「どうも。それで報告なんですけど、その組織は日本が拠点で不老不死を目指してるみたいです」
「にほん」
綱吉の目が死んだ。どうせまた仕事で帰郷計画が潰れたのだろう。
「今のところ不老不死の研究は大した成果は出てません。死ぬか若返るかのデッド・オア・アライブな薬くらいです」
「わあ、危険。ロシアンルーレットみたいだね。宴会の余興?」
「たまに毒素の検出されない毒として暗殺に使われてます」
「こわいね」
「そうですね。詳しい事は報告書見てください」
マフィアのボスが何か言ったが骸は突っ込まなかった。思考の死んでいる人間に何を言っても無駄である。
「見る見る。……わ、酒の名前なの幹部?[[rb:CEDEF> チェデフ]]みたいなセンスしてるね。骸はなんて言うの?」
「コードネームなんてそんなものですよ。僕はブロンクスです」
「ブロンクス?俺の色だね、ちょっと嬉しい」
「……君、疲れてるといっそう素直ですね」
「?」
「はあ……それでどうするんですか。一応盗れるだけの資料持ってきましたけど」
特に指示も無かったので骸の裁量で仕事をしたが、やはり最終確認は必要だ。恐らく超直感が働いた結果なのだろうし、何かしらあるはずなのだが。
「んーと……なんか、不思議なんだけど多分放置すると縦軸ぐちゃぐちゃになりそうな気がする」
世界規模だった。
「……いきなりスケール大きいですね。あの組織分類的には表側ですよ」
「そうなんだよね、なんでだろう。これから裏に来るの?」
予知ではないから詳しくは分からない、と綱吉は首を傾げて見せる。話を聞いている骸からすればどっちも理不尽なものであるし、一般人から見れば全部オカルトである。
「そんな話聞いてないですね。そもそもあれ以上深いところがあるなんて思ってもいないような組織ですし」
「だよねえ……。取り敢えず放置しても問題はないとは思うんだけど、後でユニに聞いてみようかな」
とても緩く世界の命運を分けるような話をしている気がする。けれどわりとボンゴレ内ではこう言う事がある。何だかんだで世界を支える三本柱の一つなのだ。それも大概超直感と言う理不尽なもので回避も解決も出来てしまうが。
ブラッドオブボンゴレは本当にどのように産み出された生体なのか、トゥリニセッテ関係者の中で話題を呼んでいたりする。
[newpage]
「日本に行こう」
綱吉は決めた。取り敢えず連れていくのは便利な術士と護衛に家庭教師。ついでに超直感が連れていくと面白いと言ったから右腕も巻き込む。仕事は門外顧問と暗殺部隊のボスに流せば良い。
「仮眠は十分に取れなかったんですね」
仮眠室に突っ込んでおいた上司が戻ってきたと思ったら何か宣言し出したのを聞いた便利な術士は憐れなものを見た。人間突き抜けるとああなってしまうのかも知れない。
「なんかランナーズハイみたいな状態で仕事してたから、スイッチ切れたら仕事したくなくなった」
事なかれ主義で怠け者なのが綱吉だ。ちょうど良いタイミングで口実がきてくれた事だし、大義名分を持って仕事をサボれるならサボる。実際問題、縦軸に関する問題が起こるのは本当だし、そうなると自分も守護者も使い物にならなくなる予感があるのも本当だ。仕方がないことなのだ。
「それで、日本に行ってどうするんです?」
「嫌がらせ」
「清々しいくらいに子どもみたいですね」
やっぱりまだ頭おかしいままだ、この上司。まだ十年前はまともだったけれど何が原因だろうと骸は首を捻る。
「酷いな。それだけじゃないって。なんか日本が問題の中心っぽいんだよね」
「ジャッポーネって特異点か何かなんですか?」
イタリアも裏社会云々で大概だが、日本は裏も表も何かしら起きている気がする。骸は真顔だった。
チェッカーフェイスなる人外は日本に居を構えているし強ち間違いでもないはずだ。
「さあ?」
[newpage]
「日本って案外治安悪いの?」
米花町周辺の資料を読み込んだ綱吉は首を傾げた。ここ数年内に起きた大まかな事件を羅列してある資料に地味に重量があった辺りから嫌な予感はしていたけれど、いったい何件起きていると言うのか。件の組織が活動の中心としている理由がわかる気がする犯罪率のクソ高い街だった。知らない間に日本はこれがスタンダードになったのだろうか。それとも表に出ないだけでこれが常だったのだろうか。綱吉が知る日本は町が一人に支配されてはいたがここまで治安は悪くなかったはずなので、流石に戸惑う。
「日本のヨハネスブルクだからな」
護衛として隣にいたリボーンがそんな綱吉に説明を加える。なんでもこのヨハネスブルクは銃刀法が余裕で忘れさられていて、爆発物が毎日のように仕掛けられているらしい。ついでに言えば事件ランキングをつけると一位は殺人、二位は爆弾、三位は誘拐、四位がひったくりとなるらしい。因みに強盗は大概殺人も引っ掻けているので殺人枠である。殺意が高い街だ。
「銃刀法と爆発物は並盛でも良くあったけど、みんなマフィアだったからなあ」
「筆頭が君の周りですしね」
「何だかんだで雲雀のヤツはマフィアに関わるまで法の範囲内に居たしな」
はじめの頃はあの恐怖の風紀委員長も武器は何も仕込んでいないトンファーだった。色々仕込みだしたのはマフィアとの関わりが深まってからのはずだ。
「群れを攻撃する以外はあの人本気で秩序なんだよねえ。並盛は一般人には安全な町だった」
不良とマフィア関係者には厳しいけど。
「米花は人間に等しく厳しいですよ」
「嫌な公平さ」
何度か既に米花町に足を踏みいれた事のある骸が言うには行く度に爆弾が設置されているらしい。何だかそれは米花町と言うよりは骸に対するもののような気もしないでもないけれどかわいそうだから綱吉は言わなかった。
「噂によると動物には優しいらしいです」
「何それ。今度ムクロウで行ってみたら?」
動物は大概被害者か加害者のペットでたまに証拠になるとかなんとか。ムクロウだとどうなるのだろう。綱吉はちょっと気になった。
「おい、もうすぐ着くぞ」
機内アナウンスがシートベルト着用を促していた。もうすぐ羽田で米花はすぐそこだ。ムクロウの件は後でやってもらおうと言うことにして静かに席につく。
「楽しみだね」
[newpage]
ふわふわしたボス→普段はもう少しまとも。五徹で脳細胞が死んでる
ブロンクス君→アレキサンダーにするかどう少し悩んだ
忠犬な右腕→連れていくと面白そうだけど今は仕事出来ない状態態
かてきょー→CEDEFの同胞に教え子の仇()を頼んだ
ムクロウ→もふもふ
並盛→驚きの独裁政治町。ここは日本
米花→ヨハネスブルク。マフィアのボスにやべえと思われてる
■カクテル言葉豆知識■
ブロンクス「まやかし」
オレンジジュース入りだからそんな色。
アレキサンダー「完全無欠」
パイナップルの花言葉を調べてね。
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プロローグ。最近の個人的ブームによるクロスオーバー。<br /><br />暫くパスワード忘れてログイン出来なかったからシリーズの方のブックマーク増えててビビった。ありがとう。<br /><br />9/17ルーキーランキング12位でした。ありがとう。ルーキーランキングがわからない
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やべえマフィアとやべえ街
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10127417#1
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原作総無視の捏造てんこ盛り設定。
妄想多発のお話。
朝チュンや下品な表現あります。
同人はファンタジー。
[newpage]
バーボンは一人度重なる悪夢に耐えていた。突如起こった親友の死。裏切り者には似合いの粛清だとでも言うように、銃を持った女が立っていた。座り込んでうつむくスコッチは微動だにしない。激情に突き動かされるように、頭に血が上って一人の女を撃ち殺した。本能に脳が操られた瞬間だった。マガジンが空になるまで撃ち続けて、ようやく女の死を確認した。仲間だと思っていたのは自分だけだったのかと、深い悲しみと絶望に突き落とされた気分だった。それからは、欠けた心の隙間を埋めようと、がむしゃらに生き抜いた。毎日毎日、何かに突き動かされるように時を過ごした。嵐のように過ぎ去る時間の中で、ライがFBIのNOCであったことも知ったし、赤井秀一という本名を持っていることも知った。撃ち殺した女も、CIAのNOCだった。これは赤井秀一から知らされた情報である。常々相性の良いチームだと思っていたが、それもそのはずだった。所属する場は違えど、皆黒の組織を暴こうと命を受けた者たちだったのだ。信念を持ったメンバーは、信念を共にすることで完成していた。だからこそ、瓦解するのも早かったのである。突発的に組まされたチームは、スコッチの死によってこれまた突発的に解散した。パズルのように組み込まれた仲間同士の信頼は見事に崩れ、まるで一夜の夢のように霧散して消えたのである。
眠ることも惜しんで任務をこなすうちに、バーボンは本当に眠れなくなった。眠っているように見えても脳は活動を止めない。どんな些細な音が立ってもすぐに体が臨戦態勢をとるし、熟睡の爽快感など、いつの間にか忘れてしまった。体が、睡眠を受け付けないのだ。どんなに疲れて横になっても、目を閉じて一時間や二時間もすれば頭のもやは晴れて体が活動しようと切り替わる。不便ではあったが、拒否したところで体は変わらないので許容するしかなかった。そんな毎日を続けるうちに、異変はいきなり襲い掛かってきた。
「おーい。ちゃんと聞いてるか?」
聞きなれた声にハッとして目を開けると、死に別れたはずのスコッチが自分の顔を覗き込んでいた。驚いて、僅かに身じろぎをする。そんな馬鹿な。だって、先ほど確かに自分はセーフハウスに戻り、着替えもせずにソファに横になって目を閉じたばかりなのに。
「お前、生きて…」
これは夢なのだろうか。久々に自分は眠ったのかもしれない。それとも、都合の良い幻で、とうとう気が触れて見えないものまで見えるようになったのかもしれない。
「なに寝ぼけているんだよ。お前が言い出したんだろバーボン。ここは検問が多くなるから、Aのルートで突っ切って行くかCのルートで迂回するかって」
スコッチが指で本を指し示す。人差し指と中指を立てて、表面を歩かせている。
「やっぱりリスクが少ないとすればこっちか?」
テーブルには地図が開かれていた。緑色で引かれたラインが、地図の上を走っている。
「だがそうなると小回りの利く車が必要になるな」
ライは視線で地図を辿った。周りは峠道。舗装もろくにされていない道なので、出来れば小さいながらも馬力のある車が欲しいとライが言った。スコッチの指が地図の上を滑る。目的地までの距離を計算しているようだった。動き回る指をぼけっと見つめていると、しっかりしろとスコッチに頭を小突かれた。頭が揺れる。頭蓋に走った感覚に、これは夢ではないのだと思い知った。いやに現実味がある。夢でないのならば、一体何なんだ。
「お子様にウィスキーはまだ早かったか?」
からかうように言ったのはライだ。テーブルを挟んだ向こうのソファに腰かけて、頬杖をついている。視線を落としてバーボンは手元を見た。酒が注がれたグラスをいつの間にか持っていた。
「いえ、そういう訳ではないのですが、」
取り繕うようにバーボンは愛想笑いを返した。とりあえず、現状把握のためにもこの場を知り慣れることが最善と考えた。考えたが、心は浮足立って平静を保てない。いつもならライの子ども扱いにムキになって嫌味の一つや二つを返すところだが、いかんせん状況が状況である。頭が混乱していた。出来ることならば考える時間が欲しい。なんで、目の前に死んだはずのスコッチがいるのか。どうして、自分は今この場にいるのか。考えるほどに訳が分からなくなってくる。出口がまるで見えないトンネルのように、疑問は深くなるばかりだった。不可思議なことが多すぎて解決の糸口が見当たらない。
沈黙した室内に顔を上げると、スコッチとライが驚いた様に目を丸くしていた。いたたまれなくなる程の視線だった。そこまでおかしな態度をとっただろうか。
「本当に、どーしたんだお前!?」
一人掛けソファから立ち上がって、スコッチが心配そうに詰め寄ってきた。
「熱でもあるのか?」と口にしたのはライである。
あまりの剣幕にバーボンは身を引いた。仲間の苛烈な反応は予想だにしないものだった。
「す、すみません。もしかしたら疲れているのかも。最近眠れなかったから」
バーボンにとってこれは本当の事だ。つつかれたとしても、ぼろを出さずに質問には答えられる。事実なのでなんら怪しまれる要素はないはずだ。
「まぁ最近は遅くまで任務が続いていたからな。話は明日にしよう。ライ、それでもいいか?」
「ああ。俺は構わん」
「だってよ。バーボン。今日はゆっくり休め。な?」
スコッチに背を押されて自室へと誘導される。3LDKの高級アパートは、仕事がしやすいようにとセーフハウスの一つとして借りたものだ。もちろん偽名で。費用は組織持ち。
まだチームを組んで日が浅い時に借りたものと記憶している。
「なにか欲しいものがあったら言えよ。買ってきてやるから」
一方的に部屋にバーボンを押し込んだスコッチが言った。すっかり病人扱いだ。部屋の備え付けの時計は夜の七時を指している。眠るには早い時間だ。バーボンはここに来てまじまじとスコッチを眺め見た。あの日失った存在が、生きて、動いて、語り掛けてくる。全てが現実だった。夢だとしても、醒めないままでいて欲しいと切に願った。目頭が熱くなって、喉の奥が締め付けられるほど苦しくなった。
「夢じゃ、ないんだよな」
自室の扉を閉める前に、バーボンはスコッチに言った。
「お前本当に大丈夫か?」
スコッチは呆れた顔をしていた。
「なんだろうな。寝ぼけているのかもな。ごめん、何でもないんだ」
定まらぬ感情に、バーボンとしての仮面が剥げていく。ひび割れた隙間から本来の自分である降谷が表に出ようとした。取り繕うにも、いっぱいになった水桶のように心は余裕を無くしていた。
「しっかりしろよ」ゼロ、と。スコッチは最後の言葉を音にはせずに口だけで表現した。
「おやすみ」
挙動のおかしな親友に挨拶して扉を閉めてやる。リビングに戻るとライが一人で酒を楽しんでいた。
「バーボン、酔っていたみたいだ」
グラスに酒を注いでスコッチは座る。
「珍しいこともあるもんだな」
向かいのライが囁くように言った。喉の奥で笑いを転がしている。ライのグラスはもう空だ。ピッチが速いので、酒の席に付き合うとすぐに潰されることをスコッチは身をもって知っていた。ライは一人で飲むよりも誰かと酒を飲むことを好んだ。気の置けない仲間と飲むのが酒の醍醐味だと言っていたが、その時はずいぶん信頼してくれたもんだと嬉しくなったのを覚えている。付き合わされた次の日は二日酔いのコースを辿ることが何回もあった。ライはザルを通り越してワクなので、酔いつぶれた所も、二日酔いで苦しむ姿も見たことが無い。ライだけでなくあの顔でバーボンも酒には強いから、二人に挟まれると最悪な結末になるのだ。今日はあまり調子が良さそうではなかったが。
明日も任務が待っている。出来るだけ、この場を早々に退散しようとスコッチは頭の中で計算した。
***
次の日目が覚めても、自分に都合の良い世界は壊れることなく現実のものだった。頬をつねっても叩いても時間が淡々と過ぎていくので、バーボンは甘んじて日常を享受することにした。
久しぶりの睡眠だった。夢さえも見ずに意識を手放していた。人の気配を感じるというのに、脳は我関せずを貫き熟睡していた。体の隅々までエネルギーが漲っているような、そんな爽快感を抱いていた。時計はAM10時。信じられないほど長い間眠っていたようだ。
部屋から出て洗面所に向かうと、そこにはすでに男二人が缶詰めになっていた。
「はよ。調子はどうだ?珍しくよく寝ていたな」
髭を整えているスコッチと鏡越しに目が合い声を掛けられる。
「おはようございます」
あくびをかみ殺しながらバーボンは返事をした。
「おかげさまで、ぐっすり」
それは良かったとスコッチが言った。バーボンは続いて歯を磨いているライにも挨拶をした。ライは目礼して答える。
何の変哲もない日常があった。
「飯、冷蔵庫に入ってるから」
ありがたいことにスコッチは朝食を残しておいてくれたらしい。洗面台をバーボンに譲って、スコッチは鏡の端を陣取った。蛇口を捻ってバーボンは顔を洗う。冷たい水が眠気をさらっていった。顔を洗い終わり、今度はライに場所を譲った。
「そうそう。ベルモットから朝連絡が来たんだ。新しいネームドを紹介するってよ。しばらくそいつを入れて四人で動けって」
スコッチの言葉にバーボンは反応した。脳裏にちらつくのは一人の女だ。スコッチを殺した、張本人。激情に任せて撃ち殺したことを今でも鮮明に覚えている。
「それって男性ですか?それとも女性?」
バーボンはとぼけて聞いた。
「さぁ。そこまでは聞いていない」
ベルモットの連絡は単純な内容だったようだ。どうせなら詳しく教えてくれれば良いのに。変な所でサプライズ精神のある彼女だ。新しい仲間に興味を持たせようと、必要最低限の情報しか与えずに想像力を掻き立てる。自分が思い描いた通りの女であるのならば、早々に始末をつけなければいけないとバーボンは思った。友を、仲間を、二度も失ってたまるものか。
「なんだよ。怖い顔」
スコッチがバーボンの顔を見て軽口を叩いた。
「お前変なところで人見知りするもんな」新しい仲間と上手くやれよ。子どもに言い聞かせるようにつけ加える。
「別に。そんなことないですよ」
バーボンはさして取り合わずに洗面所を出た。ぬるま湯でもいい。許されるのならば、束の間の幸せを大切にしたいと思った。親友と共に、任務を果たして故郷に帰る。大切なものを守るために、戦わねばならないと決意した。
***
本部のプレイルームに着くなり賭けをしようと提案をしたのはライだった。ベルモットが指定した時間までにはしばらく余裕があったので、それまでゲームに興じようと考えたのだ。賞品は一番先に上がった者が好きなものを決めていいということで、バーボンもスコッチも暇つぶしで即座に誘いに乗った。思い思い、欲しいものを頭に浮かべる。ビリヤード、ダーツ、ポーカーのどれにしようかと三人で意見をまとめて、容易にインチキがしやすいポーカーに落ち着いた。ゲームだからと言って、バーボンは手を抜こうとは考えていない。待ち合わせのベルモットが来るまでの間、テーブルの一角を拠点とし、三つ巴のポーカーが始まった。ルールは勝てばいいだけなので、誰がどのようにイカサマしようが関係ない。要は短時間でどれだけ手札を集めるかが勝敗の分かれ目だった。順繰りにカードを引き、トランプを整えているとベルモットがやって来た。
「ハァイ。お待たせ」
豊かな金髪をシニョンにし、黒のマーメイドワンピースに身を包んだベルモットが手を振った。
「三人でゲームだなんて、相変わらず仲が良いのね」
「まぁね。親睦を深めるのもチームワークの一つってわけだ」
ベルモットのおしゃべりに付き合ったのはスコッチだった。煙草を咥えながら手札を移動させていく。バーボンはベルモットの後ろに付き添う女に目を走らせた。アジア系が混じった顔立ちに、小柄な体に見合わぬショルダーホルスターの中のパイソン。ジャケットを脱いだままの女は、任務が終わってすぐこちらに連れてこられたのだろう。最初も、そういえばそうだったとバーボンは思った。前回はここで挨拶をして、四人でチームを組むようになったのだ。女が一人入ったので、セーフハウスも不便が無いように新たな場所に借り直したのを覚えている。間違いなく、目の前の女は件の人物だった。
ベルモットの紹介が終わった女は複雑な表情をしていた。過去を懐かしむような、郷愁を瞳に滲ませた眼差しに、バーボンは確信した。この女もどうやら過去を巡ったらしい。二度と親友の死を見るものか。これから先、起こり得るだろう悲劇を察知して、差し出された女の手を捻ってバーボンは床に叩きつけた。
トランプがばらばらと宙を舞う。ライもスコッチも、突然のことに手札を投げ出して立ち上がった。周りなど気にせず、バーボンは女をすかさず銃で撃ち殺した。頭の風通しを良くして、一度大きく跳ねた女の体はもう動かない。時が止まったような気がした。
ライも、スコッチも、ベルモットも、何が起こったのか分からないという顔をしていた。顔に飛び散った血液の温かさだけが、現実を訴えるようにゆっくりと滴り落ちる。
女と同じ過去に同じように出会ったバーボンは、信念にも似た何かが胸にすとんと落ちるのを感じた。親友を守るために、自分はこの女を殺し続けるのだ。人生は、巡る。
[newpage]
***
生き返ること何百回目。本にしたらベストセラー間違いなしだろう。タイトルは少し盛って『憶千回生きたわたし』。
憶千回生きたということは憶千回死ぬということだ。本当だったら冗談じゃないが、パンチを利かせるためにこれでいこう。一度聞いたら忘れない。涙なしには読めない感動大作だ。もしかしたらカーネギーホールでオペラ化されるかもしれない。夢が膨らむ一方だ。
何回死んで、何回生き返ったのか、もう数えるのも億劫になってきた。いつまでこんなことを続ければ良いのだろう。正直言って飽きた。人生に飽きた。死ぬことにも飽きた。親を悲しませないようサンタを信じる振りをするのも限界だった。早く終わりたい。タンポポの綿毛になっても良いから別のものに生き返りたい。降りた大地に根をつかせて花を咲かせるのだ。なんて素晴らしい。幼児期のおむつでの排泄が今のところ一番の苦痛だ。あと離乳食。塩気の利いたステーキが生後七か月で食べたくなった私は、冷蔵庫のバターをかじるという暴挙に出た。驚きに悲鳴を上げた母親に柵で囲われて脱走できないようにされてしまったので、青虫もびっくりな健康的な食生活にまた戻るはめになった。潰したトマトはもう食べたくない。
アパートの自室で今世の過去を思い返しつつ、一人掛けのソファに上半身を預けてのけ反った。天井の汚れがまた一段と酷くなっている。またこまめに掃除をしなければいけないなと思った。
「これはもう実力行使で行くしかないのかもしれない」
ため息交じりに私は声を上げた。向かいでライの押し殺した笑い声が聞こえる。あ、今馬鹿にしただろう。
「と、いうと?」
ライはとりあえず言ってみろと手を揺らして話の続きを促した。
「バーボンの暗殺。もしくは殺害」
「…ほー」
「……」
意味深な相槌を打ってライが押し黙った。なんと言われるか何となく予想はついている。相手の反応を口を閉じて私は待った。
長い沈黙の帳が下りる。ライの火のついた煙草は段々と先が短くなり、灰がポロリと落下する。私はすかさず灰皿を突き出した。セーフ。見事なキャッチだ。もしかしたらどこかのスポーツ協会からスカウトが来るかもしれない。
「…正気か?」
ようやく口を開いたライの言葉は予想通りのものだった。絶対言われると思った。次に続く言葉も、私には分かる。
「そもそも君に仲間が殺せるのか?」
そら来た。ビンゴ。商品は来世への幸福切符です。なんちゃって。
「それがネックなんだよねぇ…」
どうにもできすに私はため息をついて頬杖をついた。答えは簡単。全力でNOだ。
「出来るか出来ないかで言ったら、99.9%の確率で無理」
「だろうな」
今まで何度もバーボンに殺されてきた。生き残るために逃げ回って抵抗はしてきたけど、バーボンを直接傷つけるような真似はしてこなかった。うっかりを装ってあの世に送ってやろうと思ったこともあったけど、昔は相性の良い仲間だったから、過去が邪魔して行動には移せなかった。
「そういうライはどうなの?貴方だってバーボンに何度もあの世行きにされていたけど」
ライの殺され方は私に比べればとても紳士的で優しいものだった。銃で撃たれたところしか見たことが無い。私なんてネクタイで絞殺されるわ、毒殺されるわ撲殺もされるわで、思いつく限りの死因を試されたように感じる。あまりの理不尽さに腹が立ってきた。もう少しレディに温情を与えてくれたって良いじゃないか。あいつの体は血液ではなく液体窒素が流れてるに違いない。
「必要であれば出来ないこともないが、あまりやりたいとも思わないな」
「ふーん」
ほらみろ。ライだって一度心を許したものには限りなく甘いじゃないか。お互い、懐に入れてしまえば強く出られないのだ。悪党には根っこから向いていない。
「でも攻撃は最大の防御だと思うのよ」
やられる前にやる。先手必勝だ。
「だが君はいつも力負けしているな」
「…おっしゃる通り」
男女の筋力差は圧倒的だ。しかも敵はあのバーボン。男女じゃなくても差は開く。
「心を鬼にすれば何とかなるんじゃないか?」
ライのここで言う鬼というのは、質の悪いドラッグで理性を吹っ飛ばして仕掛けろというものだ。捨て身の攻撃だ。もう少し格好よく言うと諸刃の剣。そんな無茶な。
「まぁ0.1%の確率で出来るとしても」
私は顎に手を当てた。唇をつまんで弾いて、それから考える。
「勝率が限りなく低いと思う」
奇襲を仕掛けて運よく一割。お互い武器を持ってさしで勝負するとなれば勝率はゼロ。
「だって出会い頭に殺されるんだもんなぁ。後は整形するしかないか」
変装や変声機を使用してもいいが、黒の組織でネームドにならないと使わせてもらえないし黒の組織に入ればバーボンがいる。それならいっそのこと顔を変えてはどうだろう。
「止めておけ」
私の名案をライはお気に召さなかったようだ。
「俺は君のその顔が結構気に入っている」
「はぁ。どうも」
今まで何人の女をそのセリフで泣かせてきたんでしょうねと心中で私は思った。
「飲むか?」
「いえ。遠慮しておきます」
ライから缶コーヒーが差し出されるが、前回の思い出が蘇り私は断った。あの一件から、コーヒーが駄目になってしまった。何も入っていないと分かるのだが、心が受け付けずに
拒否するのだ。コーヒーが飲めないくらいで死ぬことは無いので不便を感じることは無い。
今世の私は、しがない会社の受付嬢をやっている。一般的に育ち、一般的な会社に就職した。CIAやFBIの潜入捜査とはまた違った大変さがあるが、命を狙われる心配はないし、やりがいがある。受付嬢をキャバクラだと勘違いしたクソ親父をあしらうのも慣れたものだった。とはいえ、ただ銃を渡されればちゃんと撃てるし、長年染みついた体の動きは転生したとしても変わることは無いらしい。現在は黒の組織に属していないので、バーボンとはまだ顔を合わせてすらいない。
「バーボンがNOCだとバラしてしまおうか」
良い考えだ。なんで今まで思いつかなかったんだろう。そしたら簡単に事が運ぶかもしれない。
「俺に飛び火する可能性も考えてくれ」
すかさずライが口を挟む。そうだった。ライもバーボンもスコッチも、NOCの塊チームだった。どこでボロが出るかもわからない。しかもバーボンはライもNOCだと知っているので道連れにされる可能性もあった。
「そもそも、バーボンを運良く片付けたところで盛大な恨みを買う気がする。スコッチの件も信じてくれなかったし。まぁやってみなければ分からないけど」
スコッチの件は正直言って、真実を暴露するタイミングが悪かったとしか思えない。もっと早く本当のことを伝えるべきだったのではと思うが、顔を合わせた瞬間に殺意を滲ませる奴に言えるかと言ったらもちろん言えない。口を開いた瞬間あの世逝き。ご機嫌を損ねてもあの世逝き。どっちに転んでもバーボンからプレゼントされるあの世は切っても切れない縁がある。ここまでこじれるとは思いもしなかった。人生の第一回目、あの時の良い人間関係ははどこに行ったんでせうねと問いかけたいくらいである。
「君が死んだあと、スコッチの事を俺からバーボンに言ったこともあったんだがな」
ライは記憶を前世に飛ばした。いくつか飛んで、記憶を引っ張り出す。
「逆ギレされた後に突然観覧車の上から突き落とされたな」
「ちょっとまってそれどういう状況なの?」
突っ込みどころが多すぎて私は口元に笑いを浮かべた。多分違うのだろうが、男二人で観覧車に乗ったのかと想像する。上というのが引っかかるが、なんとも面白味のある光景だ。だいたい、どうして観覧車でスコッチの話になるんだ。もっとちゃんと落ち着いた場所で話すべきだろう。ライは大事な所で失敗するタイプなのかもしれない。
「あれはもう言うだけ無駄だな。固定概念が強すぎる」
つまり、バーボンはスコッチが私に殺されたと信じて疑わないのだ。ライが言うには、前世のそのまた前世でバーボンは独自にスコッチについて調べたみたいだが、私に対する考えが改まってない時点でそうなのだろう。長すぎる人生は彼を孤独にし、性格を捻り曲げてしまったようだ。それこそヤドリギの枝のように。人の意見をまず聞かなくなってしまったのは大問題だと感じる。
「君を殺すことを生きがいとしているような気がするよ」
「それは曲解かと存じますよライさんや」
「知っているか?愛と憎しみは紙一重なんだぞ」
「げぇー。ライに仏心を出した私が馬鹿だったよ」
憎愛。如何にバーボンがタイラントの様な存在だとしてもそれは勘弁願いたいものだ。私は天寿を全うしてからさっさと記憶をなくして次のステップに進みたい。自分自身をこの螺旋階段の様な世界から解放すれば、ライもバーボン連鎖から外れるのではないかと考えた。確証はないが、いわゆる女の勘である。何がどうなってこんなループに嵌ったのか理解できないが、きっとどこかに逃げ道があるはずだ。
そもそも人生を馬鹿みたいに巡るきっかけとなったのはスコッチだ。彼がバーボンの手綱を握るキーパーソンなのは言わずとも知れている。彼がもしもNOCバレしても生きていたらバーボンも私の意見を聞く心の余裕が来世で少しできるかもしれない。その後説明。以降和解。良い計画かもしれない。まずはバーボンの暗殺を行ってみてうまく行かなかったら次にやってみようと思う。
度重なる人生の中で唯一の救いはスコッチに記憶がない事だろう。貴方を守るためにバーボンが何回も殺しに来るんですけど、と言ったら悩むに違いない。私だって逆の立場だったら悩む。良くて発狂。悪くて自殺だ。どちらもご遠慮願いたい選択肢である。
「一、射殺。二、毒殺。三、刺殺」
口に出すのも物騒な言葉だが、確実にバーボンを仕留めるともなるとこの三つの選択肢に絞られた。暗殺はライフルでも使えばいいのだが、如何せん私は長距離射撃が苦手である。頼んだらやってくれそうだが、自分の手を汚さずライに丸投げするのも気が引けた。
本当なら一撃必殺に洒落こみたいところが、バーボンがお手軽にやられるようなタマではないことは重々承知だ。今までやられっぱなしだったけど、普段と違うアクションを起こしたら何か変わるかもしれないと考えると試してみたい欲がとめどなく沸き上がった。連敗記録更新中なので、もしかしたら今回が初めての黒星となるかもしれない。
「二と三はまず無理じゃないか?向こうから来るならまだしも、君が一人で易々とバーボンに近づけるとも思えないが。そもそも君は体術が苦手だったな」
「うん。そうね。確かに苦手。どこか人気のない場所に呼び出して奇襲でも仕掛ければ結果は違うかもしれないけど」
「どうやって呼び出すんだ?」
「そりゃあもちろん。非通知でかけるとか」
携帯を耳に当てる仕草をしながら私はライを見た。
「それは無理だ」
「なんで?」
「あいつは非通知拒否設定にしている」
「なにそれ!マメな奴!」
携帯が駄目なら矢文にするか。いや。却下だ。ちょっと前時代的だし、建物はコンクリートだから刺さらずに落ちる可能性だってある。そもそも矢が撃てない時点で私は詰んでいる。呼び出しの工作はライに協力を頼もうと思った。
「もしも失敗したらいつもの場所に集合ね」
「ああ。今度こそ上手く行くことを願おう」
ライと私は、生まれ変わった後にお互いがすぐに分かるよう合図を決めるようになった。何度も転生して同じ時間軸を巡っているが、一からお互いを探すのはめんどくさいものがあった。黒の組織で合流するのも良いが、一人でバーボンと出くわすと私の平均寿命は途端に短くなるので、少しでもライと出会って生き長らえるようと提唱された密約である。その為、あらかじめ決められた国の、決められた街で決められた噴水広場に、決められた季節と日にちと時間で待ち合わせをすることをライと私は実行していた。今世もそうだ。まるで昨日約束したかのような素振りでライと出会った。もしも約束が守られなかった場合は、この世にすでにいない状態か、真っ白な記憶を手にできたかのどちらかである。今のところ毎回この約束は破られることなく守られている。
ライが腕時計を見て立ち上がった。そろそろ組織に戻る時間だ。
「またこちらから連絡する。くれぐれも外に出る際は気をつけろよ。バーボンが君を血眼になって探しているからな」
「忠告ありがとう。ライも気を付けてね」
「じゃあな」
ライを玄関まで見送って、私は扉に鍵をかけた。メインに加えて、上も下も鍵をかける。もしもバーボンにピッキングを仕掛けられても、鍵が多ければ多少の時間稼ぎになるためだ。万が一が起きないことを願うが、保険はかけておくに限る。
「さてと、夕飯何にしようかなー」
私は一つ伸びをして、冷蔵庫の中身と相談を始めた。今日は魚のムニエルにしようかな。
***
「遅いお帰りですね。どこかに寄り道でも?」
セーフハウスに戻ったライを出迎えたのは苛立った様子のバーボンである。面倒くさい雰囲気を感じ取ったライは、胸元にしまった煙草の箱を取り出した。一本口にくわえて火をつける。
「野暮用だ」
切り捨てるように言うが、バーボンは引き下がるつもりが無いらしい。常ならばライとセットになって現れる例の女が見つからないので、バーボンは躍起になっているようだった。それもそのはず。彼女は黒の組織に名を連ねていなければ接点も持っていない。ライが口を割らなければ、バーボンは一生彼女の居所を突き止められない。ライを疑うバーボンの目は鋭かった。
「単刀直入に言いますが、あの女は今どこに?」
バーボンは問いただす。ライは煙草を吸って、ゆっくりと息を吐き出した。二人の間に引かれた曖昧な境界線は、千々になって空気に溶ける。
「さぁ?誰の事か分からないな。バルの女か?それとも花屋のキャシー?」
「とぼけないでください。あなたの女性遍歴を聞いているわけじゃないんですよ」
バーボンの口調はますます厳しくなる。
「そんな顔される覚えはないぞ。もしかして君のガールフレンドを知らずのうちに寝取っていたか?」
ああ言えばこう言う。バーボンの詰問をひるむことなくライが躱すものだから、バーボンの貼り付けた笑みにひびが入った。
「誤魔化すのもいい加減にッ」
「お前らいつまでそこで騒いでんだ?飯出来てるぞ」
バーボンの怒りを遮るように入り込んだのはスコッチである。ライを出迎えたまま戻ってこないバーボンに痺れを切らした様子だった。
「何?またケンカか?お前らよく飽きないよな」
スコッチの態度は飄々としたものだ。始まりの原因の癖にとライとバーボンは思ったが、記憶持ちなのは二人だけなので、口に出してスコッチを責めることは出来ない。
「今行きます」
ライを問い詰めることを一時止めたバーボンは、先にリビングに戻るスコッチの背を追いかけた。
「いつまでも隠し通せるとは思わない事ですね」
去り際にライへと釘をさす。
「…これは厄介なことになりそうだ」
バーボンには聞こえないよう、ライは小さく呟いた。
***
ライとの作戦会議から数日後。私はライに貰ったマスクと変声期を身に着けて外を出歩いていた。外は太陽の傾き始めた16時ごろ。大通りは夕食の材料を買い求める人の往来で賑やかだ。
日が沈むと肌寒くなるため、私は薄手のコートを着用していた。季節は秋。黄色く彩られたイチョウの並木が目映く美しかった。風に吹かれてからからと落ち葉がワルツを踊る。何回か回って、地面の上に葉っぱが散らばった。
大通りを抜けて私は小さな小道に入り込んだ。突き当りを右に曲がって、二つ目のコーヒーショップを左に曲がって更に奥に進むと、アンティーク調のアパートが目に入った。ここはライが個人で所有しているセーフハウスの一つである。センスの良い外観は好感の持てる佇まいだ。どこからか香る金木犀の香りも私の気分をハッピーにさせた。
私が今日ここに来た理由は一つ。ライに手配を頼んでいた銃を引き取りに来た。6インチパイソンは、記念すべき第一回目の人生より共に生きてきた相棒だった。やや大きいが、どんな銃よりも私の手にしっくり収まった。組織に属していた頃は簡単に入手できた代物だが、一般人になると手に入りにくいのが難点だった。ライは私のアパートに届けてくれると言っていたが、何から何まで頼るのは忍びないので自分から足を運ぶことにした訳である。随分昔にライからはアパートの合鍵を貰っているので、勝手知ったる様子で私は扉の鍵を開け室内に踏み入った。家の中から、忘れずに鍵を閉める。ライからは、後でこちらによるとの連絡があった。私とパイソンの様子を見て、必要があれば他の物品を手配してくれるつもりなのだろう。私は部屋の奥まで足を進める。
必要最低限の物しか置いていない室内は殺風景だった。ただ体を休めるためだけにあるような場所だ。小さなテーブルに、小さな椅子。奥にはセミダブルのベッドが一つ。
こんなお洒落なアパートなのに勿体なく感じる。小さなテーブルに再度目を向けると、灰色の袋が置いてあった。中を覗けば待ちに待ったパイソンと邂逅した。これこれ。やっぱり銃はこれでなくちゃ始まらない。手に馴染ませるように、私は鈍色を掴んで眺め見る。まだ実弾は入っていないが、あとでライが持ってくるのだろう。一通り触って満足した私は、銃を袋の中に戻した。ライが戻ってくるまで暇である。窓から茜色になった外の風景を眺めていると、カタンと背後で音がした。ライだ。早めに任務が終わったのだろう。
「結構早く、」終わったのねと言おうとした私の言葉は詰まって消えた。振り返った先、佇んでいたのはハニーブロンドに褐色の肌。スーツに身を包んだバーボンだった。
バーボンもバーボンで、驚いた様に目を丸くしている。しばしの沈黙。先に冷静さを取り戻したのは私の方だった。顔も、声も、今は変装しているからバレることはないだろう。多分の話だが。
細心の注意を払って、私は努めて平静を装って彼に話しかけた。
「あの人、ノーマルだと思っていたけど可愛い恋人がいたのね」
呆気にとられていたバーボンは私の言葉を飲み込んだのだろう。我に返って、ぐっと形の良い眉を寄せた。その後すぐにあのうさん臭い笑顔に変わる。その顔を良く知っているぞ。人の秘密を暴いて追い詰める時の顔だ。もう何度も経験しているのですぐに分かった。
「失礼。まさか先客がいるとは思いませんでした」
ブルーグレイの瞳に剣呑さが滲んだ。私のジョークには取り合わないつもりらしい。そもそも私は玄関に鍵をかけたはずだ。ライ個人のセーフハウスの合鍵をバーボンが貰っているという路線はまずありえない。ここは私とライだけしか知らないのだ。つまりは、バーボンは単独でライのセーフハウスを突き止め不法侵入を果たしたのだろう。お得意のピッキングを使って。
何のために。それはもちろん、ライの周囲を探るため。もう少し奥深く言うなれば、ライの周辺にいるであろう私の居場所を特定するためだろう。バーボンに気をつけろと言われた端からエンカウントしていたら元も子もない。
平常心。平常心。どうにか慌てずに心を落ち着かせる。
「彼と今日夕飯を一緒にする約束をしていたんですよ。仕事がまだあるので先に家に行くよう言われていたのですが」
バーボンは饒舌に嘘偽りを言い述べた。嘘つけ。真っ赤な嘘だ。“ライ”を“彼”と表現した。名前を言わずに置き換える時点で怪しさ満点である。バーボンは私の出方を待っている。日陰者が、一般人に名前を教えることはまずない。バーボンの姿に驚いてライの名前を出さなくてよかった。もし出していたらきっと私は死んでいる。
「貴方、どこかでお会いしたことはありませんか?」
バーボンは私が何者で、誰なのかを知りたい様子だった。人好きのする笑顔と話術でもって、私自身を炙り出そうとしている。その手には乗るものか。
「人違いじゃないかしら。あなたの容姿はとても印象深いもの。もしも会っているとしたら、そうね。きっと忘れないと思う」
近づくバーボンに合わせて私も一歩後退する。背後は壁だ。すぐに逃げ場は無くなった。
「おかしいですね。とても懐かしい感じがするのですが」
「それって新手のナンパ?」
近づいたバーボンによって、私はやんわりと閉じ込められた。
「もしそうだとしたら、どうします?」
どうするもこうするもねぇよ。私は心中で悪態をついた。バーボンは相変わらず挑戦的だ。こうすれば女が全て落ちると思っているような態度である。私が尻軽そうに見えるのか?なんだかむしゃくしゃした。
壁に右手をついて私を追い詰めたバーボンの顔はとても近い。左手が私の頬軽くをなぞった。触れるか触れないかのぎりぎりのフェザータッチはむず痒い。
まずい。非常にまずい。もしもマスクをはぎ取られでもしたら一巻の終わりだ。落ち着きに固めた表情とは裏腹に、私の心は動揺で荒れに荒れていた。ライ早く帰って来いと何度も心の中でオンコールする。バーボンの左手は私の頬を滑ったのちに肩へと落ち、私の背中を上から下へと流れていく。一見すれば甘い雰囲気を醸し出すカップルのようにも見えるが、この手つきはコートの下に武器が無いか探している動作である。騙されてはいけない。
ホルスターの厚み、銃の固さ、体のラインを自然になぞるバーボンは手馴れている。ハニートラップを仕掛けるバーボンの常習手段だ。私の足を割り開くバーボンの膝はとても仕事熱心である。
期待を裏切るようで申し訳ないが、お前の探し求めている銃はそこの灰色の袋の中だよと思った。言わないけれど。
「それで、貴方は彼とどんな関係で?」
私のボディチェックに満足したバーボンは左手を私の顔の真横にスタンバイした。バーボンとの顔面距離が短くなる。こいつ、私の瞳孔の動きで心を読む気だなと悟った私は意識的に深い呼吸に切り替えた。尋問耐久訓練は遠い過去に何度も受けている。
「昔、ごろつきに絡まれたときに助けてもらったの。彼ってとても強いのね。私びっくりしたわ」
半分嘘で、半分本当の事だ。夜道を歩いていたら頭の悪そうな集団に絡まれたので、仕方なしに相手をしていたらいつの間にかライが参戦して助けてくれたことがある。かなり昔の記憶だが。
「そう。それで?彼とは恋人なんですか?」
恋人ではなく文字通りただの腐れ縁だが、そういう設定にしておこう。
「不特定多数のうちの一人よ。彼モテるから」
「今日は何しにここへ?」
「質問ばかりなのね。出会って三か月の記念日だから、サプライズしようと思って来ただけよ」
もういいだろうと辟易するが、バーボンは私を追い詰めた体制のまま身を引かない。お互いの吐息が掛かる距離は、はっきり言ってストレスフルな環境だった。今すぐ眼前のお綺麗な横面を殴りつけて包囲網から脱出したい。そしてパイソンで撃ち抜く。いいアイディアだ!絶好のチャンスではないかと思ったが、そういえばパイソンに弾が入っていなかったと思い出して諦めた。ライ早く来いライ早く来いと願っているうちに、部屋に別の誰かの気配を感じた。
「バーボン。なぜここに?」
ライだ。ようやく登場である。
「ダーリン!」
私はわざとらしくバーボンの体の隙間からライを呼んだ。舌打ちをしてバーボンが私から体を話す。助かったと私は心中で安堵した。早くこいつを何とかしろと視線を送りつつ、バーボンから距離をとる。
「すみません。貴方に伝えたいことがあったんですけど、急ぎでもないのでまた後にします」
ライが出てきた途端この変わり身の早さである。引き際が鮮やかだ。早く帰れと私は念を送った。
「邪魔者は早々に退散しますよ」
バーボンはライに言って、私の肩に触れた。
「お話、楽しかったですよ」
それだけ言い残し、ライの横をすり抜けてアパートを出ていく。
(助かった…!)
私は無言で手を合わせ、ライに祈りを捧げた。それから、右肩を前にせり出して首を傾け後ろを見やる。ちょうどバーボンが去り際に触れた所だ。私は口パクで肩を指し示した。
(背中見てくれない?襟のところ)
唇の動きを読んだライは、私の意図することを汲んでくれたようだった。近づいて、私の背に目を向けた。襟部分を軽く持ち上げて確認する。
(見事にお宝がくっついているな)
小型の盗聴器だ。
(あの野郎。なぁーにがお話楽しかったです。だよ。全然楽しそうにしてなかったよ)
(取るか?)
(さすがに何もせずすぐに取るのは怪しまれるよね)
(それもそうだな)
こんな付属物、すぐにでも窓の外に放り投げたい。とはいえ直ぐには外せない。何かアクションを起こして偶然見つけて外すのが自然と言えるだろう。どうしたものかと考えていると、いい案が思いついた。
どこかで聞き耳を立てているバーボンに嫌がらせをしてやる。
「やだ。ダーリン急かさないでよ」
さあ乗ってこい色男と私は視線で促した。ライは最初こいつおかしくなったのかとでもいうような軽蔑の眼差しで見ていたが、作戦に気が付いたのだろう。今の仕草はちょっと傷ついた。ライは煙草を咥えて腕組みした。
「仕事中君のことを考えていたんだ。早く会いたくてたまらなかった。少しくらい許してくれてもいいだろう?」
ライは付き合う女に、いつもこんなことを言っているのかと思うと笑いがこみ上げてきた。腕組みをしたまま、義務的に甘い言葉を吐くライの姿は中々シュールだった。こういうの、どこかで見たことがある。良く店の壁際にいて、胸のあたりにモニターがついていて話しかけてくる白いロボット。あれに似ている。しかも、無表情。ふき出して笑いそうになった。小刻みに肩を震わせながら、私は頬の内側を噛んで感情の手綱を握った。ここで耐えねば作戦が振出しに戻る。
「優しくしてね」
「可愛くおねだりできたらな」
(あれ?)
振りだけでいいのに、ライの手つきが不穏な動きを見せた。私のコートに手をかけて脱がしてくる。おかしいぞ。私の中では、茶番を口で語りつつ、自分でコートの盗聴器に気づいて壊す算段だったのに。
ライは脱げたコートを床に落として、流れるような動作で襟元を踵で踏みつけた。ぱきん、と盗聴器が壊れた音がする。私のコートはライが踏んだせいでくっきりと足跡が残っていた。いつぞやの仕返しか。買ったばかりなのに。
「勃った」
ライが何食わぬ顔で嘯いた。
「は?何が?」
「最近忙しくてご無沙汰だったんだ」
ライの言葉に誘導されるようにして視線を下に向けた私は後悔した。
「待って。ちょっと待って。なんでそうなるの?」
ライから距離を取ろうと足を動かすが、腕を掴まれて引き寄せられた。びくともしない。
「コールガール呼んであげるから。待ってってば。それかその無駄に良い顔でバーでも行って誰かひっかけてこい」
「今好き合っているやつはいるか?」
「ちょっと私の話を聞いて!」
ライはセックスをスポーツと思っている節がある。私はそんなのは嫌だ。心から好きになった人なら体を許せる。許せるはずだ。
「いるのか、いないのか」
「い、いない、けど」
「なら好都合だ」
ライの口調が段々熱を帯びてきた。低い声は甘みを含んで私の耳朶を刺激する。
「私たち、お互い趣味じゃないでしょ?」
随分前に悪ふざけで言ったフレーズを私は投げかけた。どうにか正気に戻ってくれと願いを込める。
「言ったな」
ぐいぐい迫るライが止まった。よし。もう一押し。と私が意気込んだところでライが笑った。
「あれは言葉のアヤだ」
言葉ではなくあなたは今感情のアヤを起こしていますよと思ったが、私が口にするよりも早く、ライはさっさと行動に移した。
「悪いが付き合ってもらうぞ。乱暴にはしない。安心してくれ」
「ま、待っ、ストップストーップ!!」
理性の外れたライは、手早く私の服をひん剥いた。その後のことは、お察しの通りである。
***
がらんどうのダンスホール。豪華なシャンデリア。窓際の端っこで、私は一人ワルツの特訓を行っていた。相手は居ないので、端末で映像をひたすら見るだけである。
ある祝賀会のパーティ―に潜入しろとベルモットからお達しがあったのだが、悲しいことに私はダンスの“ダ”の字も知らなければマナーも知らない。来週に迫った期日に私は焦りを感じていた。
(なんでよりによって私が)
こういうのはベルモットが似合いだろう。華があるし、まさに貴婦人だ。私が行っても足手まといにしかならない気がする。
「何やっているんですか?」
突如背後から声を掛けられて、私は飛び上がった。端末を落としそうになるが、済んでのところでキャッチする。
「バーボン!驚かさないで」
「すみません。そんなに驚くとは思いませんでした」
バーボンは笑いながら私を見下ろしていた。そんなにおかしかっただろうか。
「それ、なんですか?」
端末に流れるワルツの映像を、バーボンが興味深そうに覗く。
「今度の任務。一曲二曲踊れるようにしろってベルモットが」
ターゲットはエスプリの利いた貴族らしい。簡単に近づけるように予習しておけとベルモットに言いつけられた。
「ほー。貴方踊れるんですか?」
バーボンの目は好奇心の塊だ。ガサツな私が踊るとでも思っているのだろうか。
「いや。全然」
「まぁそうでしょうね」
あっさりと肯定したバーボンに腹が立った。こいつむかつく。
「バーボンは踊れるの?」
「ええ、一応は」
顎に手を当てて、バーボンは首肯した。そういえば、良くパーティーにスコッチと潜入しているしなと思い出した。私はライと裏方の仕事だ。ヒールを鳴らすよりもグラスを運ぶ方が性に合っている。
「こういうのは、見るよりも相手がいた方が良いんですよ。ほら」
端末を取り上げて、バーボンが私の手を取ってダンスホールの真ん中まで歩き出した。
「僕に合わせて」
速やかに手を回されてステップを踏む。
「ね。簡単でしょう?」
どこが簡単なのか分からないが、私はせっかくなので教えを乞うことにした。バーボンは私が足を踏んでも怒らない。
瞬時に、これは夢だと悟った。バーボンがそもそも私に笑いかけることは無いし、近寄ることもない。信頼関係の欠落が、大きな溝を生んだのだ。いつかあったヴィジョンを、私は別の場所から見下ろしている。
嗚呼。これは随分と懐かしい夢だ。
***
「腰が痛い」
気分は最悪だった。夕べ散々ライにおもちゃにされた体は全身が筋肉痛と関節痛に苛まれていた。まさかこんなことになるなんて、人生は分からないものである。色々なものでべたついていた私の体はすっかり綺麗になっていた。ライが洗ったのだろう。好き勝手やってくれたのだからそれくらい当然だ。ライの姿を探すが、アパートには私一人だけのようだった。
畳まれていた衣服と、丁寧に置かれていたマスクを身に着ける。テーブルの上にはサンドイッチと、メモ書き、それから昨日見た灰色の袋、それから実弾が置いてあった。メモ書き曰く、銃の事で何かあったらすぐに言うこと。腹が減っていたらサンドイッチを食えということ。最後に、このセーフハウスは引き払うので新しい場所が決まったらまた教えるというものである。食事は有難く頂戴することとし、メモ書きは丸めて灰色の袋の中に突っ込んだ。
ライとの事は、犬に咬まれたとでも思って忘れることにしよう。でなければ自分の頭はショックでどうにかなりそうだった。まさか仲間と寝るなんて。二度は無いぞ。ティーンの子どもじゃあるまいし。今後は自分も気をつけることにする。
決戦の日がやって来た。夜の23時過ぎ。指定されたポイントで、任務が終わったバーボンが通るであろう倉庫街に私は立っていた。等間隔に設置された街灯は手入れがされておらず、何本かちかちかと明滅している。おかげで20メートル先もはっきりとは見えなかった。うすぼんやりと暗闇が広がっている。
私はパイソンを握りしめ、道のちょうど真ん中に身を置いた。両脇は巨大なコンテナの集合地帯。逃げ場は前か後ろだけ。待つこと数分、待ち望んでいた人物が現れた。
バーボン。
マスクをつけていない私の顔を見るや否や、彼の顔は強張った。銃を構えて私に照準を合わせる。厳しい顔で彼が言った。
「今までどこに?」
「お菓子のお城」
私は茶化してバーボンに答える。バーボンは警戒心を露わに私を見据えているが、どこか注意力散漫な印象を受けた。仕事でヘマでもしたのだろうか。彼らしくもない。見た限り怪我をしているようには見えなかった。薄暗いため、分かりにくいのかもしれないが。
私はゆっくりと、銃をバーボンに向けた。仲間に銃口を向けるなんて、今までで初めての経験だった。銃を向け合って互いの動きを牽制する。バーボンの顔色が幾分悪い。ように見えた。私はバーボンに向かって走る。バーボンが発砲した。私は飛びのいて弾道から逸れる。かろうじて死を免れた。バーボンとの距離を詰めた私は、パイソンの銃床をバーボンの顎に叩きつけようと狙いを定める。叩きつける瞬間、肘を身代わりにしてバーボンは守りに入った。刹那、私の腕を拘束しようと手を伸ばす。身を捩った私は足を蹴り上げてバーボンの横腹を叩きつけた。見事に決まる。容易に攻撃を受けたバーボンに、私は違和感を抱いた。動きが、鈍い。銃で狙いを定めて発砲するまでの時間も長く感じられた。何かがおかしい。手ごたえがない。バーボンが何もないところでよろめいた。挑発的に私を見やる。
「薬をね。盛られたんですよ」
任務中に油断したとバーボンは言った。成程。だからこんなにふらついているのか。バーボンに盛られたのは強心剤の類だろう。多量の発汗と、促迫する呼吸。手も幾ばくか震えている。頼りない街灯の明かりでも、バーボンの瞳孔が開き、ぎらぎらとしているのが良く分かった。ここまでなったら体全体が怠いだろうに、気力だけで立っているのだろうか。だとしたら大した男だ。
「ははっ」
バーボンが少年のように笑った。いつもの貼り付けた笑みではなく、昔の様な親しみを持って笑っていた。
「なんて顔をしているんですか」
私はそんなにひどい顔をしているだろうか。バーボンは弱っている。殺すなら今だ。銃を向けられているのに、バーボンは反撃をしてこなかった。しないのではなく、恐らくできないのだろう。
とうとう立っていられなくなったバーボンは、その場で仰向けに倒れた。バーボンの手から銃がすり抜けて地面を滑る。バーボンは努力様の呼吸をし、天を仰いでいた。私は彼の傍らに立った。今までとすっかり立場が逆転している。私が狩る側で、彼が狩られる側だ。いたってシンプルな構造である。
「チャンスですよ。撃てばいい。スコッチにやったように」
早い呼吸の合間、唾液を飲み込んでバーボンが言った。あんなにも強靭で頭の回転の速い男が、標本のように倒れているのはどこか滑稽だった。結び目のように絡まり続けた思い違いが、私とバーボンの間に一定の距離を与え続けた。いつになったらバーボンは私の言葉を聞くようになるのだろう。もう無駄だと、そうこぼしたライの言葉が頭の中でリフレインする。
「私は、スコッチを殺していないよ」
分かって。バーボン。願いは届くことなく霧散して消える。
「嘘つき」
バーボンは一拍置くこともなく否定した。今更信じてくれるとは思っていないが、少しくらい受け止める素振りを見せてくれたっていいのになと思った。
「早く殺せよ。心臓に一発。簡単でしょう?」
バーボンはこんなにも悲しく声を出す人間だっただろうか。私は動揺した。殺さないと。早く。今がチャンスだ。
どんなに頭で考えても、体と心が正反対の位置にあった。嗚呼、やっぱり私には仲間が撃てないのだ。作戦は失敗。来世に期待するとしよう。
私はバーボンに向けていた銃口を天に向けた。引き金を引く。銃声。
ライへの合図だ。私が来世に行けるよう、手向けの花代わりに凶弾が飛ぶ。暗闇を裂いて飛んできた銃弾が私の頭を穿った。意識はここでぶつりと途切れる。
バーボンの体に熱いしぶきがかかった。一瞬の事だったので反応が遅れたが、女の体が地面に倒れたのを見て思考が働いた。
狙撃。脳幹への直撃。暗闇の中、こんなことを出来るのはあの男しかいない。
起き上がろうとして、心臓が一層跳ねた。強く波打つ鼓動に汗が噴き出る。バーボンは胸のあたりに手を這わしてシャツを握りしめた。苦しい。あえぐ様に呼吸を繰り返す。滲む視界の中、空を見上げた。ぽっかりと切り取られた空は真っ暗だ。星の一つも見えない。
「痴情のもつれか?火遊びも程々にしておけよ」
頭側から、人の気配。ニヒルに笑うライがバーボンを見下ろしていた。
「やはり、貴方でしたか」
なんで助けたとバーボンは続ける。自分が殺されれば、女を含めて自分の身の安全が確保できただろうに。
「仲間を助けるのに理由がいるか?」
ライフルケースを背負い直してライが言った。仲間などと、随分陳腐な言葉だ。
「白々しい。貴方、敵じゃなかったんですか?」
つっけんどんなバーボンの言葉に、ライの口元はへの字に曲がった。
「何を勘違いしているのか分からんが、昔も今も、敵に回ったつもりは一切ないぞ」
自分然り。彼女然り。言ってやりたいことは山ほどあるのだが、どうせバーボンは聞く耳を持たないのだろう。
「帰るぞ」
地面に倒れるバーボンの左腕を自分の右肩に回し、力を貸してやる。物言わぬ女の遺体に目礼し、ライはバーボンを引きずって家路を辿った。
***
考えを改めよう。
平和に生きていくためには、誰とも関わらずに生きていくのが一番良いのかもしれない。
誘惑に心が揺れた。しかし、私はどうにかして一回目からスタートした人生に区切りをつけたいのだ。誰からも恨まれず、(特にバーボン)誰からも殺されず(特にバーボン)誰からも疎まれることのない(特にバーボン)華々しい最期を遂げたい。欲を言うなれば田舎町でかわいい孫や立派に育った子どもたちに囲まれて死ぬのが理想的だ。
前世の計画は失敗したので、今世はスコッチの救済計画を実行することにした。上手く行くかは分からないが、やるだけはやってみようと思う。もしもスコッチを助けられたらきっとバーボンの私に対する虫けら扱いも少しはマシになることだろう。ほんのちょっぴり。極僅か。それこそミジンコ大の大きさの視点かもしれないが。
しかしバーボンは、あれでいてちょろい所がある。ウィークポイントを刺激してつけ込めばどうにかなるかもしれない。そのウィークポイントとなるのはスコッチしかいないだろう。
スコッチに接触するには黒の組織に属するしかないが、彼の背後にはいつもバーボンがいた。守護霊かと見紛うほどいつもいる。前回プランを立てて実行せずに諦めたのはこれが大きな原因だった。難易度が高い。四つん這いでハードルを飛べと言われているようなものだ。乙女ゲームで表すとすれば、隠しルートを攻略するためにまず登場キャラ全員と恋をするくらいめんどくさい。ちなみにデート時に同じ服を着たらいけないやつ。
一般的な家庭で一般的な教育を受けた私は、成人後家を出た。ライとの約束通りいつもの場所で落合い、今はライに紹介された教会に身を寄せている。正しくは、“教会もどき”。
スラム街にあるここは、ミサもなければ子どもたちに向けた勉学もない。やる事と言えば、掃除と情報の受け渡しである。どちらかと言えば後者がメイン。前者は暇つぶしの一環だ。教会もどきに住むのは同じく神父もどきの男であった。本物の神父は先々代で終わったらしい。私が紹介によってここの場に来るなり、子どものところで余生を過ごすからと、男は私に情報屋としてのイロハを叩き込んだ後に蒸発した。それ以来、この教会に住むのは私だけとなった。
修道女の格好をした私の朝は早い。一人で広い教会の掃除をしなければならないのだ。嫌でも働かなくてはならない。飴色から更に色を深くした木製の長椅子を乾拭きし、インタリヨの壁に付着したほこりを取る。祭壇の中央に設置されたステンドグラスの窓は中々きれいで、私のお気に入りだった。中の掃除が終われば今度は外の掃除である。外の掃除は、落ち葉と雑草がひどくなければやらないことにしていた。
教会を出て、中庭のポストを開ける。百合の切り花が二本添えられており、メッセージカードには時刻が書いてあった。ここの教会が情報屋の居住地であることは裏界隈ではとても有名な話である。酒場と違って人の集まりが無い分、聞かれたくない話も出来るし、比較的自由な時間に情報を貰いに来ることもできる。情報が欲しい人間は百合の花にメッセージと金を添えてポストに投げ込むのが通例であるが、私はこの奇妙な風習にピリオドを打ちたいと常々思っている。
百合の花はとても香りが良いのだが、花粉が厄介なのだ。そもそもこんな風習や決まり事を作った先々代に問いただしてやりたい。先々代は百合の花がとても好きだったらしく、それを起源として始まったとのことであるが、後のことも考えて欲しいと思った。
神父もいなければまともな修道女もいないここは教会として全く機能していない。それでも時々、ふらりとやってきては祈りを捧げる者たちがいた。銀髪の女性や、今世では関わりのないベルモット。(たまに情報を貰いに来る)あとは町に住む諸々の人々。それ程数は多くなく、月に一人来るくらいが良い方である。
情報のやり取りは懺悔室で行われることが多かった。百合の花に添えられたメッセージカードに記入された時刻に依頼者はやってくる。もっぱら一人を除いて。
「なにこれ?」
私はライに渡された紙袋と鉢植えを抱えて疑問を投げかけた。まだ蕾のまま縦に長い百合の鉢植えは結構な重量である。
「依頼料だ。期限はその花が枯れるまで。金は足りなかったら言ってくれ」
渡された紙袋には大枚が敷き詰められていた。
半年くらい遊んで暮らせるのではないかという額である。私は目玉をひん剥いた。
「い、いらない。持って帰って。こんなに貰っても困る」
そもそも使い道がない。24時間イルミネーションを行っても余りそうだ。昼夜光っているなんてどこのモーテルだ。
「悪いが返品不可だ」
ライは受け取る気が無いらしい。試しにベルトに札束を挟んでやったら頭をはたかれた。人権侵害だ。ジュネーブ条約に反するぞ。
「痛い」
「ふざけたことをするからだ。金は大事に扱え」
その言葉そっくり返してやりたい。札束を紙袋の中に戻して、ライが煙草に火をつけた。
「あのー。ここ禁煙なんですけど」
「そう固い事を言うな」
このニコチン中毒め。
「それで要件はなに?」
私は長椅子に座って話を聞くことにした。祭壇のステンドグラスから光が降りそそぎ、床を極彩色に染めている。私の前の席、体をずらしてライが座った。
「前回話した外交官と繋がっている組織について知りたい。それから交友関係。出来れば趣味と家族構成も」
「今回のターゲット?潜入するの?」
「その通り」
ライの言う外交官は、最近、横にも縦にも繋がりを広げる人間だった。パイプが多い分、顔も利くので裏でも相当悪さをしていると聞く。黒の組織にとって邪魔になったのだろう。気の毒なものだ。
一通り持っている情報を私はライに説明した。大金を受け取ってしまったのだから、残滓も出ないくらい、知っていることすべてを伝えた。
「これだけ聞ければ十分だ」
ライの顧客満足度は100%に達したらしい。良い働きが出来たと我ながら感心する。
「で、君の方はどうなんだ?」
「なにが?」
唐突な質問だ。私は目を丸くしてライを見た。
「珍しいな。まだ何も計画を立てていないのか?」
「あー、」
ライの言いたいことが何を意味するのか理解した私は、しばし沈黙した。
スコッチを助けたい。とまでは思ったのだが、スコッチを保護する場所が問題だった。
日本の警察は伝手が無いし、MI6にもCIAにも私は属していないのでこの手は使えない。
残る最後はFBI。ライにかかっている。が、そこまで頼っていいものだろうか。ライの負担が大きくなるのは目に見えていた。ここでお願いしますと頭を下げれば、ライはいいよと二の句もなく引き受けてくれるだろう。
考え込む私をライは別のものと受け取ったようだった。
「一緒に逃げるか?遠くに。そうすれば伸び伸びと暮らせるしな」
「…え?」
「俺なら一生養うこともできるぞ」
どうだ。良い物件だろうとライが言った。
とても甘美な誘いだ。そろそろコンテニューに飽きてきた私にとってはまたとない悪魔の囁きである。
「魔物って緑の目をしているのよ」
「ホー…」
私にはやるべきことが一つ残っているので、後ろ髪を引かれる思いだが断ることにした。
「自分でできることを、まずはやってみたいと思ってる」
断られるのを予測していたようにライが笑った。
「残念だな。君はもっと冷静な考えが出来ると思ったのにな」
「幻滅した?」
「いいや。それこそ相棒だ」
昔を思い出すような言い草だ。ファインプレーを見せた時にライが良く言う口癖でもあった。
「スコッチをね、助けたいと思ってる。それでライに頼みごとをしたい。無理なら断って。自分でどうにかするから」
「…良いぞ。言ってみろ。俺は何をすればいいんだ?」
ライが足を組み替えた。居住まいを正し、真剣な表情で私を見る。
「NOCであると発覚したスコッチを、FBIで保護してもらいたいの。本当なら日本の警察が良いんだけど、私にはそれを頼めるほどの権限もないし、証人を守るベースが確立しているのはFBIが断トツだと思ってる」
「果たしてスコッチが素直に来ると思うか?」
「薬でもなんでも使って、行動不能にすれば良いかと。スコッチを助ければ、バーボンの私を見る目が変わるかもしれない」
「それが目的か」
「大部分はね」
「分かった。出来る限りのことはやってみよう。少し時間をくれ」
「ありがとう」
私はライの瞳を見返した。美しく鮮やかな緑に、子どもの頃に見た初夏の訪れを思い出した。網膜を焼く命の濃さが、今となっては懐かしい。
***
ライが帰ってから教会は静かなものだった。一人情報を聞きに来た者がいたが、必要な事柄だけを確認した後にすぐに帰ってしまったので、午後は次の依頼者が来るまで暇になった。
何もせずただぼうっと天井を眺めていると、誰かが教会に入ってきた。二人目の依頼者だろう。長椅子から立ち上がって懺悔室に無言で向かおうとした私は、入ってきた人物を見るなり驚愕した。
「す、」スコッチ!?悲鳴を上げなかっただけ褒めてもらいたい。色々な組織を相手に情報を売っているのだから、出会う確率は確かにあった。今までが運が良かっただけだ。私はすっかり油断していた。
フード付きの上着に黒のスラックス姿のスコッチは、任務帰りのように見えた。硝煙のにおいが微かに香る。口を開けて固まる私に、彼は人好きのする笑みを浮かべて挨拶した。
「初めまして。情報を貰いに来たんだが」
一人で来たのだろうか。もしも背後にバーボンが居たら、私はすかさず逃げるだろう。待てど暮らせど、スコッチが閉めた教会のドアは開くことが無かった。教会にいる部外者はスコッチ一人だけのようだ。
「こ、こちらにどうぞ」
黒いスカートを翻して私は懺悔室に案内する。本来の用途とはかけ離れた使い方をされる部屋はなんだか可哀想なものである。
黒く厳めしい雰囲気の懺悔室に案内されたスコッチは、興味津々といった体で部屋を見ていた。
「ここで話を?」
疑問に思う気持ちは分かる。私は心中で頷いた。確かに、こんな狭い部屋に押し込まれて何かされたらと思うと、警戒心も上がる。身動きは取りにくいし、襲撃されたら自分も無傷ではいられないだろう。こんな考えをしてしまうほど、平和とは程遠い位置に私たちは居たのだ。常に最悪の状況を考えて、問題に対処してきた。
「ええ。他に聞かれるのを嫌がる依頼者の方もおりますから。不安であれば銃を構えてもらって構いませんよ。最も、そんな無作法を働く輩はここにおりませんが」
だから肩の力を抜いて安心してほしい。暗にそう言いたかったのだが、部屋の入口に立っていたスコッチはやや驚いた顔をしていた。ちょっとばつが悪そうな、複雑な面持ちだ。
「あー、いや。そういう訳じゃないんだ。何分初めてなもんで。気を悪くしたらすまん」
「いえ。そんなこと。初めての場所なら誰でも不安になると思いますよ。どうぞお気遣いなく」
努めてフランクに私は言った。
バーボン、ライ、スコッチとウィスキー三人衆の中ではスコッチが一番の常識人であることを私は知っている。スコッチが私を見下ろして破顔した。
「変わった尼さんだな」
「本物の修道女でもないので」
こうして軽口を叩いていると、昔に戻ったような錯覚を抱いた。懐かしい思いがしみじみと心にしみる。知らずの内に、ほろりと私の瞳から涙がこぼれた。スコッチがぎょっとする。
「あれ?なんで?」
袖で何度も目元を拭うが、次から次へと涙がこぼれた。間欠泉のように止まることを知らない。急に涙腺が馬鹿になったみたいだ。強くこすっていると手を取られて、スコッチがハンカチを私の目に押し当てた。
「目にごみでも入ったのか?あんまりこすると目ン玉傷つくぞ」
どこまでも穏やかな声だ。
「すみません。何でもないんです。ごめんなさい。すぐ止まりますから」
私はハンカチを受け取って、懺悔室の中に案内した。
室内は狭い。一つの部屋が、中間で仕切られているような構造の為、一部屋に一人しか入れない大きさである。私が左。スコッチが右の部屋に足を踏み入れた。私は椅子に腰かける。目の前は壁だ。相手の顔はもちろん見えない。私は深呼吸して呼吸を落ち着かせることに専念した。壁の向こうで、スコッチが着席した音がする。
「落ち着いたか?」
静かな声。薄すぎず、厚すぎない仕切り板は天井付近に網目状の穴が開いているので相手の声がはっきり聞こえた。
「…すみませんでした。お見苦しいところをお見せしてしまって」
「急に泣き出すからびっくりした」
そうでしょうね。私も自分でびっくりした。
「本当にすみません。貴方が知っている人に似ていたので、つい懐かしくなったのかも。気がついたら勝手に涙が出ていました」
壁の向こうで笑う気配がした。
「そんなに似てた?」
「ええ。とても」
瓜二つ。というよりは本人ですけれどね。私は心中で突っ込みを入れる。スコッチはこんなこと露ほども知らないだろう。それでいい。知らない方が良い時だってあるのだから。
「取り乱してすみませんでした。このことは、あの。すみませんがどうかご内密に」
沽券にかかわる。小娘が人の顔を見て急に泣き出したと周りが知ったら、あそこの情報屋はヤバいと閑古鳥が鳴きそうだ。
「それで、今日はどんなことをお聞きに?」
私は気を取り直して仕事用の仮面をかぶる。
「ああ。忘れちまった」
スコッチの言葉は意外なものだった。
「…は?」
私は間抜けな顔をしていたと思う。誰もいなくてよかった。
「色々聞こうと思っていたんだけどなぁ。まいったまいった」
全然参ったような声ではない。スコッチの声はとても明るかった。
「ここで聞いた話は外に漏れることは無いんだろう」
「もちろん。守秘義務も仕事の内ですので」
スコッチは安心したようだった。
「じゃあ、昔話でも一つ」
不用心すぎではないかと思ったが、そう言って、スコッチは語りだした。少しはフェイクも混じっているのだろう。彼の家族の事、親友の事、趣味の事。特に彼が通っていたという学校の話は面白かった。どんな学校なのかは想像つかないが、厳しい場所だったのだと推察できる。彼には何人も友だちがいた。その中でも、スコッチはとびきりの親友の話を行った。聞けば聞くほど、シリアルキラーと化した金髪褐色肌の男が思い起こされる。ええ。長い付き合いなので、彼の事は良く存じ上げていますよ。いつも仲良さそうにしていたもんね。任務の時だって、二人の息がぴったり合っていて、何度も救われたことがあった。
スコッチは一時間以上話していたと思う。良く回る舌である。そうやって自分のことを話しつくした後に、「あいつはすごくいい奴で、大事な親友なんだ」と締めくくった。スコッチは一切バーボンの名を出していないが、スコッチの言う人物は手に取るように分かった。ついでに、寡黙で目つきの悪いやつがライだということも。
「やべぇ!こんな時間だ!随分長く話しちまって悪いな。また今度よろしく頼むわ」
壁の向こう、スコッチが立ち上がって言う。そのまま、慌てた様に部屋から出て帰ってしまった。
「あ」
私は手に握ったままのハンカチの存在を思い出す。借りっぱなしだった。洗濯して、今度来た時に返せば良いかと納得した。泣いたせいで瞼が重い。私は懺悔室から出て、教会の長椅子をベッド代わりにして横になった。腕を枕にしてそのまま目を閉じる。睡魔はすぐにやって来た。意識はまどろみに溶けていく。
それから時々、スコッチは暇を見つけては来るようになった。ポストを開けると、黄色い百合と共にカードに時間が指定されている。色付きの百合などポストに入ることは初めてだったので、最初はとにかく驚いた。最初こそ懺悔室を利用していたものの、スコッチは情報を取りに来ることもなくただ本当に世間話をしに来るだけだったので、いつの間にか長椅子の上で話をする仲になった。花と一緒に金が添えられていたので、私は返そうとしたのだが受け取ってもらえなかった。
「言っただろ。情報料だって」
「私はなにもあげてないですよ」
「いいや。俺は貰ってる。例えばだが、」
三丁目のパン屋が美味いだとか、中央通りのバーは酒を水で薄めていてぼったくりだとか、アパートを借りるならあそこが日当たり良いだとか、スコッチは訥々と話し始めた。
「そんなのが情報?」
「俺はここに来たばかりで詳しくないからな」
そんなので良いのか。ああでも、探り屋のバーボンが傍にいるから情報屋はあまり必要としていないのかもしれない。ここに来るのは息抜きか。組織では誰がどこで聞いているか分からないものな。
何度もこの場に来るスコッチの印象で変わった事と言えば、銃を携帯せずに来ることだった。治安はあまりよくないと言えるのに、もしも途中で何者かに襲われたらどうするのかと思い口に出せば、「ここには不法者はいないんだろう」と笑われた。それは教会の中だけの話であって、外ではないと言ったのだが、あまり取り合ってはくれなかった。
「いつか親友を連れてきたいな」
今なんて。私は耳を疑った。
「今度出張から帰ってくるんだよ。遠いところに今いたからさ、君の話をしたら興味津々だった」
余計なことを。私の死へのカウントダウンが始まった。ような気がした。
間接的にスコッチは私を殺そうとしているのだろうか。私たち良い仲間だったよね?それとも大した情報を与えずにお金を受け取っていたことに本当は腹を立てていた?と問いただしたい欲に駆られたが我慢して耐えた。スコッチの見えないところで、顔が酷いことになっていたと思う。
数日後、予告通りにバーボンを引き連れてスコッチがやって来た。
「初めまして。友人が、お世話になっているようで」
ヒィィィ。怖い。顔は笑っているのに目が笑っていない。私の背を冷たい何かが行ったり来たりする。
私の顔を認めるなり、バーボンの雰囲気が戦闘態勢に変わったのが良く分かった。そんな水面下の出来事など、スコッチは全く分かっていない素振りで私の肩に腕を回して引き寄せる。
「前言っていた俺の親友。な。顔が良いだろう?」
「ハイ。ソウデスネ。オッシャルトオリ」
私の口はぎごちない。照れるなよとスコッチが私を野次った。照れてない。命の危険を感じているんだ。
幸いにも、スコッチがベタベタと嬉しそうに私の傍から離れなかったので、バーボンが手を出してくることは無かった。体幹付近に収められているであろう銃が火を噴くことが無いよう、私は祈るしかない。
「へぇ。情報屋なんですか。初めて知りました。今度僕も利用させて頂こうかな」
スコッチの司会の元、弾みもしない会話が繰り広げられていく。盛り上げているのはスコッチだけだ。お前には必要ないだろバーボンと思ったが言えない。是非ご遠慮してください。トム!お客様のお帰りだ。出入り口まで案内して差し上げなさい。イエスボス。頭の中で妄想する。早く帰れ。
携帯の着信音が鳴った。一瞬の沈黙の後、携帯を胸元から取り出してスコッチが出る。長椅子から立ち上がって、悪い、ちょっと外す。とジェスチャーをしたのちに中庭に出て行った。残されたのはバーボンと私二人きり。
あれ?これピンチじゃない?
空気が冷え込んだ気がした。バーボンが懐に手を入れるのと、私が長椅子から立ち上がり走り出すのは同時だった。
「どういう風の吹き回しですか?」
なぜ今更スコッチに接触したと言いたいのだろう。言うや否や、バーボンは発砲した。弾は私に当たることなく近くの彫刻を削り取る。銃声がか細く聞こえるのは、サイレンサーがついているせいだろう。あの野郎、初めから私を始末するつもりでここにやって来たなと舌打ちをした。
教会の奥に逃げ込む。柱を盾にしつつ私は逃げた。祭壇の右横の部屋に逃げ込みそこを通る。この廊下は弧を描くような廊下になっており、出口は入ってきたところとは反対の場所に出る。つまりは、祭壇の左側。後ろでバーボンの追いかけてくる足音を聞きながら、私は走った。廊下を出たところで懺悔室が目に入った。スコッチが戻ってくるまでの時間稼ぎをしたい。とにかく隠れよう。外に出るにしても、扉までは一直線なので、後ろから撃たれる可能性がある。狭い空間はまさに背水の陣になるが、考える余地もない。私は懺悔室の中に滑り込んだ。椅子の横を滑り、壁面机の下に潜り込む。中は暗いので、私の修道女の服は見事にカモフラージュの役割を果たしてくれた。体を縮こまらせて、手足を折り込む。なるべく奥の方。壁に沿うように密着した。
懺悔室の扉が開かれた。一筋の光が、床を走る。頼むから入ってこないでくれ。出来る限り息を殺して時が過ぎるのを待つ。こちらは丸腰だ。せめて銃でもあれば切り抜けられるのに。バーボンは室内に足を踏み入れて椅子を蹴飛ばした。突然のことに私は驚いたが、歯を食いしばって声を出さずに済んだ。危なかった。
バーボンはそれ以上部屋を掻きまわすことなく、私の居る場所から出て行った。扉がゆっくりと閉まる。
どっと冷や汗が流れた。震えるため息をついて私は壁に背をつけた。懺悔室の反対側にバーボンが立ち入る音がしたので、私は再度ゆっくり息を潜めた。
コン、と衝立となった壁の向こうから音がする。狭い室内だ。目がうす暗闇に慣れていなければ、手探りで移動しなければならない。コン、とまた音が鳴った。
音は段々と下に降りてくる。ノックするように、一直線に下降する。音が、くぐもった。
ちょうど私が背をつけている場所。まさか。
考えついた嫌な予感は的中した。壁を突き破って、バーボンの手が私の首元を捕らえた。このッ馬鹿力!
「捕まえましたよ」
壁の向こう、バーボンが言った。銃床で壁を叩き壊し、穴を広げていく。バーボンの顔と対面した。
「かくれんぼ、下手なんですね」
こんな命がけのかくれんぼがあってたまるか。私の文句は心で消える。
「何を企んでいる」
バーボンが、銃を私の顎に突き付けて問い詰めた。
「前回わざと死んだな。それも、ライと計画して。何が目的だ」
目的も何も、私は過去を清算したいだけだ。ただ、前回は心が割り切れずに失敗しただけ。
「別に、なにも」
答えたところでバーボンの尋問は終わることは無い。
「スコッチを取り入れてどうする気だ?」
「なにも。私はただの情報屋よ。探り屋バーボンさん」
銃を押し付ける力が強まった。
「貴方は、」
バーボンが言葉を続けようとした時だった。スコッチの、私たちを探す声が教会に響いた。
バーボンが舌打ちをして私を離す。銃を懐にしまって、懺悔室から出て行った。
「スコッチ。ここです」
バーボンが言う。私は身なりを正してよたよたと部屋から出た。
「なんでここに?」
スコッチは不思議そうな顔をして私を見下ろした。お前がいない間にひと悶着あったんだよと伝えられたらどんなに幸せだったろう。
「彼女に教会を案内してもらっていたんですよ。ね?」
話を合わせろと無言の圧力が降りそそぐ。ここで首を横に振ったら圧力ではなく血の雨が降りそそぐことになるだろう。どちらが賢明な判断かは自明の理だ。
私は首を何度も縦に振った。スコッチは組織から呼び出しでもあったのか、私の態度にあまり干渉はせずなにやらバーボンに耳打ちをする。
「長居して悪かった。またな」
じゃあ、と手を振ってスコッチはバーボンを引き連れて風のように去っていく。去り際に、バーボンは私に冷たい視線を投げかけていくのを忘れない。
(ライのところに今日逃げよう)
二人が去った教会で、私は即座に決意した。
***
「ということがあったんだ」
ライのセーフハウスに押しかけて11日目、家主がやっと帰って来たので私は状況を説明した。
「君は、ニコニコ笑いながら知らずの内に地雷原に飛び込んでいくタイプだな」
誰にも彼にも平気で愛想を振りまくからこうなるんだろうと注意された。誰でもではない。見知った顔だったら親身になるのは仕方ないだろう。何せ相手はあのスコッチだ。開き直りながらライの話を聞いていると、物品をテーブルに並べ終えたライが顔を上げた。
「これで全部だ。あと何か必要なものはあるか?」
スコッチ救出計画に役立つであろう物品がずらりとテーブルに並んでる。
「わ。すごい。充分だよ」
まるでどこぞの武器商人のようだ。私は連絡用の携帯端末とパイソンを手に取った後に、ペンタイプの注射器を触って確かめた。キャップを外せば細く長さ2センチほどの針が飛び出ている。針とは反対側の、持ち手の先端がボタン式になっていて、これを押せば薬剤が注入される仕組みらしい。
「そっちは痛み止めだ。必要な時に使うといい。しばらくは動けるだろうが、無理はするなよ。ああそれと、色違いのものは筋弛緩剤だ。調節して変えてもらってはいるが、打ちすぎると呼吸抑制がくるからスコッチに使うときは十分気をつけろよ。殺したくなければな。薬剤の注入量はだいたい1.5が目安だ。ダイヤルがついてるだろう」
ライに言われてみてみると、確かにボタンの側面に数字があった。マックス3で、ボタンの側面にあるダイヤルを回すと、0.5ずつ数字が変動した。
「痛み止めと間違って自分に打たないようにしろよ」
大の男でも立てなくなるらしい。君はそそっかしいからなと釘を刺された。針を刺されるよりかはましか。そんなの間違えるかよとは思ったが、用意してもらった手前文句は言わずに黙ってうなずく。
運命の時間は近づいていた。記憶が正しければ明後日、スコッチがNOCであると情報が漏れる日だ。ライが帰ってきてくれて助かった。暫く教会には帰っていないので、中庭の雑草が酷いことになっているかもしれない。礼を言い、私はライが揃えてくれた物品を丁寧にバックパックにしまった。これから忙しくなるだろう。最後の確認の為に、私は地図を広げた。スコッチの身柄を押さえた後ライに託す。バーボンは必ず来るはずだ。ライが容易にスコッチを移動できるよう、私が現れるバーボンをどこかにおびき寄せて現場から離す必要がある。うまくスコッチを保護出来たところでミッションコンプリートだ。もしも後で私がバーボンに殺されても、ライがこっそりバーボンに真実を伝えてくれる手はずなのでばっちりである。運よく生き残っていたら、ライは私が逃げ込んだ先まで迎えに来てくれると言っていた。可能な限りベストを尽くす。
ここまでやれば、スコッチに敵意は無いとバーボンも信じざるを得ないだろう。来世はきっとハッピーエンドに終わるはず。そして来世の来世では運が良ければ真っ白な記憶の中で転生できるかもしれない。全ては希望的観測だ。
「450メートル先に遊園地があって、そのすぐ手前390メートルに植物園があるんだよね。走り回るなら遊園地の方が良いかな」
バーボンはとにかく体力がずば抜けているので、狭い場所ではすぐに私は掴まってしまうだろう。
「遊園地は却下だ。あまり良い思い出が無い」
ライの言葉に、私はバーボンを植物園におびき寄せる方向となった。野球場ほどの大きさを誇る植物園は南国などの珍しい背の高い樹々があるので、身を隠すにはちょうどよいかもしれない。
「当日、よろしく頼むね」
「ああ。任せておけ」
お互いの動きを確認して、その日は上等なワインを開けて飲んだ。もしかしたらこれが最初で最後の贅沢かもしれない。
***
その日バーボンは教会に訪れていた。任務が明けて、その足で女を始末しようと思ったのだ。どんなに探しても女の姿が見当たらない。今日という日は、記憶する限りで最悪な出来事がある。女がスコッチに行きつく前にケリをつけるつもりだった。
教会を出て、中庭のポストに目を向けると何本もの百合の花が突き刺さっているのが見えた。数本は枯れており花が無残に散っている。
女がどこかに潜伏したのかもしれないと思い至って、バーボンは車に乗り込んだ。向かうは先はスコッチの元。
「無事でいてくれよ」
願うように、アクセルを踏み入れた。
***
『スコッチが動いたぞ。電話をしているな。相手は多分バーボンだろう。そのまま行けば5分後にはそちらに着くはずだ』
当日はあっさりとやってきた。これから分刻みの行動となる。ライの情報提供を頼りに、私はパイソンの弾を抜いてホルスターに収めた。ジャケットを脱いで動きやすいよう服装を整える。
「了解。これから接触する」
腕時計を確認して、私は立ち上がった。階段を上って屋上を目指す。
『幸運を祈る』
ライはそれだけ言って、電話を切った。静かになった端末をポーチにしまい、私は集中するために息を整える。一回しか見たことが無い廃ビルだが、鮮明な記憶となって私の頭に事実が蘇った。
NOCであると組織に漏れたスコッチが/わき目も振らずに逃げ込んだ場所/閑散とした廃ビルの屋上/ライの銃が奪われる/説得/足音/銃声/自殺/血だらけの体/バーボンの慟哭/私の死/
屋上から見る風景は、場違いにも美しく見えた。人が住む明かりが何百にも灯り、空気に揺られて煌々と輝く。屋上の端には、使われなくなった椅子や机が置いてあった。処分仕切れず放置されたのだろう。雨風に曝され所々錆びている。足音が背後でした後、息切れと共に言葉が吐き出された。
「…なんでお前が、」
振り返った先にはスコッチ。ライの予告通り5分きっかり。
「そうか。お前が俺を狙う番犬てわけか」
スコッチは諦めた様な表情で顔に笑みを浮かべた。
「逃げないの?」
私は問う。
「見逃してくれるのか?」
逃げるつもりはさらさら無いくせに、スコッチは逆に私に質問する。死を、覚悟したような眼だった。スコッチの視線が私のホルスターを追う。パイソンを奪って死ぬつもりなのだと、容易に予測が出来た。私は静かに、ペンタイプの注射器を握りしめた。親指を滑らせてキャップを落とす。
スコッチが動いた。一直線に私に向かって飛び掛かる。ホルスターに手が伸びた。銃を取られる前に屈んで、スコッチの足に狙いを定める。針を突き立てる前に蹴り上げられて私は吹っ飛んだ。無造作に積み上げられた椅子や机に叩きつけられる。山が崩れた。鉄の棒が体の動きを封じる中で、どうにか這って起き上がる。
「痛たたた、」
打ちどころが悪かったようだ。息が詰まって私は顔をしかめた。痛みに呻く。
スコッチが歩み寄って、目の前に立った。私はもう一度ペンを握りしめる。横殴りにスコッチの拳が走った。反射的にスコッチの懐に飛び込む。殴ろうとした手はフェイクだったらしい。
「悪いが借りるぜ」
スコッチの手が、私のホルスターから銃をひっつかんで抜き去った。パイソンの銃口を左胸に当てて引き金を引く。セオリー通りであれば、スコッチはここで死ぬはずだった。
ガチ、とシリンダーが回転した。無造作な音だけを発して、パイソンは沈黙した。スコッチは目を見開き固まった。
「残念。もう空」
パイソンの弾を抜いておいて正解だった。私は針を、スコッチの足目がけて突き刺した。
ダイヤルはマックス3のままだ。スコッチには悪いが、早々に機能不全にしておきたい。ボタンを押せば薬剤が注入された。
「何を、」
スコッチがパイソンで私を殴りつけようとして、ふらついた。さすが即効性だ。早く沈黙しろと思ったが、スコッチはその場に踏みとどまる。ついでに後ろを振り返り、屋上から飛び降りようとした。
「嘘でしょぉ!?」
適量の倍の筋弛緩剤を打ち込んだのだ。ライの奴、傷んだ薬を寄越したんじゃないだろうな。
もう一本薬を取り出し、動きの鈍いスコッチに打ち込んだ。そしてようやく、スコッチがその場に倒れこむ。ちょっと打ちすぎてしまったが大丈夫だろうか?2本目は減量して投薬したが、少し心配になってくる。倒れた拍子に頭をぶつけたらしいスコッチは気を失っていた。保護してもらったらすぐに病院で見てもらおう。私はスコッチの胸ポケットから携帯を取り出した。ポーチにしまい、落とした自分のジャケットを拾う。
「あー痛い。すごく痛い」
胸が痛んで、私は仰向けに倒れこんだ。
金属の塊に無造作に落っこちたのだ。受け身を取る暇もなく、ダイレクトに体が衝撃を受けた。神経が段々と高ぶってくる。
「大丈夫か?死ぬにはまだ早いぞ」
足音がしてライがやって来た。スコッチ回収係だ。
「肋骨2本くらいイッたかも。喋るのも辛い」
仰向けになったまま私は答えた。立ったまま私を見下ろすライの顔は陰になっていて見えない。胸を押さえながら起き上がる。痛みが段々ひどくなってきたように思える。呼吸をする度に、痛みが響いた。さて、次は作戦2に移行だ。ライがスコッチをFBIに引き渡して、バーボンをおびき寄せる。動こうとした私は痛みに歯を食いしばった。
「どうする?やめておくか?」
私が動けないことを察知したのだろう。ライが言葉を投げかけた。
「いや。ここまで来たんだから最後までやる」
息も絶え絶えに私はジャケットを手に取った。もたつく手を動かし、痛む部位を押さえるようジャケットを体に巻き付けるが、手に力が入らずジャケットを落としてしまう。
「貸せ」
ライが見かね背後に回り、私の体にジャケットを結んで圧迫固定を行った。完全に痛みが無くなったわけではないが、肋骨の動きが制限された分いくらかマシになった。応急処置にしてはお粗末だが、少しでも動けるようにしなくては。痛み止めを大腿部に打つ。
「スコッチのやつ、転んだ時に盛大に頭をぶつけていたから保護したら病院に連れて行ってやって」
「何本打ったんだ?」
「1.5本分。一本マックス打っても全然利かなかった」
「oh。それは問題だ」
ライがスコッチを担ぎ上げた。それを見届けて私も立ち上がる。
「後よろしく。気を付けてね」
「ああ。君もな」
ライはビル内部の階段を通って下に向かった。私は屋上から隣のビルを見て、距離を確認した。だいたい3メートルほどの距離だ。隣のビルの方がやや低い。助走をつけたらイケそうな気がする。薬のおかげで痛みは鈍麻し、動くことに支障はなかった。深呼吸をした後、私は走り出す。南無三。私は隣のビルの屋上へと飛び移った。数秒の浮遊感。着地時にバランスを崩して肩を強く打ち付けた。声にならない叫びをあげる。シャツの下から血がにじみ出たのが分かった。痛いのは生きてる証拠だ。痺れを残す手をどうにか動かす。歩きながらスコッチから抜き取った携帯をいじって、電話を掛ける。相手はもちろん、血相を変えるだろうバーボンだ。
バーボンは走りながら考えていた。スコッチに連れられ、初めて会ったその場で女を始末しておくべきだったと後悔した。廃ビルの屋上に続く階段を昇りながら、携帯が震えていることに気が付いた。着信相手はスコッチだった。二度目の電話に、スコッチがまだ生きていることが分かって安堵する。通話ボタンを押した。どうした、と言おうとして、電話口の相手が別人であることに気が付いた。聞きなれた女の声。バーボンの表情が、驚愕へと打って変わる。
『植物園で待ってる』
こちらが口を出すよりも先に、一方的に用件を伝えられて電話が切られた。再度かけ直すも電子的な口調で電話が応対するのみで、相手に繋がることは無かった。
「クソッ!」
拳を手すりに叩きつけて悪態をつく。すぐに身を翻した。植物園に急いで向かう。
***
運んでいる間はぴくりとも動かなかったスコッチだが、ライが極秘裏にFBIの仲間の元に到着して車の後部座席に投げ込むと、うめき声をあげて身じろぎした。
「……っ、」
うっすらと目を見開いてスコッチは起き上がる。頭が痛むのだろうか、後頭部を指で探っている。ややふらつく動作は見せたものの、しっかりと意識を取り戻したようだった。舌のもつれは少しだけ残っているようだ。
「ライ!?お前なんで!?」
煙草をふかすライを車の中から見上げて、スコッチは驚きに声を上げた。閉めたドアの外側で、ルーフに手をついたライは感心したように目を細める。
「驚いたな。君の体力は底なしお化けか」
バーボンと息が合うのも頷ける。
「何言って、」
「詳しい話は後だ。お前をFBIで保護する」
「は?」
事態が飲み込めない。スコッチは車のドアを開けようとしたが、外からライが蹴り上げて阻まれた。
「あいつに感謝することだな」
「…あいつ…?」
スコッチは思考を巡らせる。思いあたったのか、情報屋の女の名前を口にした。
「嘘だろ?俺は確か、ここで死ぬはずだったんじゃ…?」
スコッチは独り言を舌にのせた。不明瞭な自問自答を耳に拾ったライは、今度は自分が驚く番だった。
「スコッチ、君はまさか記憶が――――…?」
そんな素振り、今まで一回も見せたことが無かったのに。
スコッチはハッとして視線を上に向けた。
「ライ、もしかして、お前もか…?」
二人して顔を見合わす。スコッチもライも、信じられないものを見る目で互いを見やった。
「断片的にしか、覚えてないんだが、」
スコッチは一回目の記憶しか持っていないようだった。しかも、今世がデビューらしい。それに加えて、どうやら仲間の事はうっすらと覚えているが、自分の身に何がどうやって起きるかは虫食いのようにしか覚えていないようだった。いずれNOCであるとバレるのは承知していた。だがそれが、いつ、どうやってバレるのかは覚えていなかった。けれども、起こった事柄に対して自決することが大切なものを守るために最善策であるとの記憶は持っていた。ライがNOCであることは知っていたが、どこの組織に属しているのかは記憶が抜け落ちている。ライに説明されて今初めて知ったらしい。情報屋の彼女のもとに通ったのも、前世で仲間として関わった彼女が気になったからであり、バーボンに引き合わせたのも、また仲間で仕事してみたいなと心から思ったからでとの事だった。記憶があってもあえて黙っていたのは、自分の妄想や夢の一部だと思っていたかららしい。
「君に、協力してもらうぞ。人助けをしてもらいたい」
ライは言って、体を屈ませた。思わぬ援軍を手に入れたと、そう思った。
廃ビルから抜け出した私は植物園のエントランスにいた。非常灯のみしか作動していないため、園内は暗く、どこまでも静かだった。いつかは来たいと思っていた場所だが、まさかこんな形で訪れるとは思わなかった。ゲートを通り抜け、植物の楽園に足を踏み入れる。土と、花と、緑の香りが肺を満たした。歩みを進めると水の流れる音がどこからか聞こえてきた。大きな樹の名前を知りたくて名札を見るが、暗くて何が書いてあるのか読めなかった。白い板の輪郭だけが浮き上がっている。
しばらく思いのままに歩いていると、怒りを含んだような足音が聞こえてきた。確固たる意志を持って園内を突き進んでいる。
「お望み通り来てやったぞ!?スコッチをどこにやった!?」
まるで荒れ狂った獅子のようだと私は思った。出来る限り暗闇に身を潜めて私も口を開いた。
「そんなにかっかしなくてもいいじゃない」
銃声。どこかのランプが割れる音がした。
「生憎と、おしゃべりをしに来たわけじゃない」
「つれないね!それが元仲間に言うセリフ?」
「仲間だと?ふざけるなよ。何とも思って無いくせに!!」
バーボンの激情が響いた。足音からするに、声の出所を探っているようだった。音を立てないよう、私は身を低くする。バーボンが私を視認できないのと同じく、私にもバーボンがどこにいるのかは見当がつかない。同じフロアにいることは間違いないのだが、如何せん、ここは明かりが少なすぎた。ライはうまくやってくれただろうか。ふと、そんなことを思った。
バーボンが沈黙すると同時に、カンッと硬質な音が響いた。鉄製の筒が、もっとわかりやすく言えばスプレー缶が転がるような音だった。
刹那。閃光と爆音が広がった。しまったと思っても、もう遅い。バーボンは意外と近くにいたようだった。植物のおかげで直視は免れたが、視界が馬鹿になった。おおよそ分かっていた明暗さえ区別がつかなくなり、聴覚が完全に封じられた。スタン・グレネード。まさか持ってくるとは誰が思うだろう。
耳が痛い。骨の髄まで響く耳鳴りに吐き気がした。この場から一度離れよう。
体を起こした私を、一発の銃弾が撃ち抜いた。左の大腿部にのめりこみ、裏を通って貫通する。私はみっともなくその場に倒れた。うつぶせの姿勢から腕をついて立ち上がろうとするも背中を蹴りつけられて床に叩きつけられた。背中に足を乗せられ、バーボンに拘束される。薬で押さえられていた肋骨の痛みが主張を再開した。腰につけたシースからナイフを取り出そうとして、今度は右肩を撃ち抜かれた。
私は死を覚悟した。撃たれた場所から命が流れる。抵抗という抵抗を諦めて動くことを止めた。死ぬことにはもう慣れている。出来れば今度、植物園には明るい時に来てみようと思った。瞼が重い。意識が眠りに入り混じる。
グレネードを投げて女の位置を特定したバーボンの動きは早かった。女が逃げられないよう足を撃ち抜き負傷させた。受け身も取れずに倒れた女に歩み寄り、動きを封じる。女の右手がナイフを掴もうと動いたので肩を撃ち抜いた。女が死ぬ前にスコッチの居場所を吐かせようと思った。耳はしばらく使い物にならないだろうから、モールス信号でもなんでも使えば良いだろうと思った。女の背に足を掛けたまま膝を折る。女が呻いた。背中を叩こうとした時に、携帯が振動した。こんな時に。
携帯をとり画面を見る。ライだった。組織関連の話だろうか。今はスコッチの事でそれどころじゃないというのに。
『ゼロ!今どこにいるんだ!?』
「――――…え?」
あまりにも突然のことに、バーボンは携帯を取り落としそうになった。
***
体があまりにもふわふわしている。温かいような、心地よいような、例えるなら巨大なテディベアの腹に埋もれているような感触だった。そういえば子どもの頃にゴリラの大きいぬいぐるみを買ってもらったなと思い出した。レザー素材でできた鼻が珍しくて触り続けていたら、擦り切れて鼻が無くなったのを思い出す。母親が花柄のハンカチで補修してくれたっけ。
『喜べ。作戦は成功したぞ』
ライの声が聞こえた。そう。良かった。スコッチを助けられたんだね。撃たれた甲斐があったよと、私は微睡ながら微笑んだ。声を出すのも億劫だ。しばらくはこのままいさせて欲しい。バーボンはこれで、少しは私を見直しただろう。実績を重ねて、いつか前みたいに仲良く無くてもいいが、落ち着いて話が出来るようにしていこう。天寿を全うすれば、きっと神さまも満足して新しい人生をプレゼントしてくれるに違いない。深く息を吸って、私は身を縮こめた。なんだか心がとても晴れやかだ。
***
目を醒まして私は見知らぬ場所にいることに驚いた。そしてさらに驚いたのは、自分が大人の体のままガウンを着ていたことだった。病院に行くと着せられるような、木綿でできた薄っぺらい服である。私が困惑したのは、ここが病院ではなくよく見るようなマンションやアパートの様な一室だったからである。
ベッドの上、起き上がって私は視線を巡らせる。少しだけ開いた窓から風が入り込み、カーテンが上下に揺れていた。
私は自分の手を見る。記憶の中よりも随分と筋肉が削げ落ちて細くなっている。足も棒のように変化していた。なんだこれ。他人の体か?
布団を蹴って、立ち上がった。つもりだった。めまいがして崩れ落ちる。なんだか気持ち悪くなった。一体どれだけ、自分は眠っていたのだろう。
えづいていると、部屋のドアが開いて眼鏡をかけたスーツ姿の男性が入ってきた。ベッドから滑り落ちている私を見るなり、手に持っていた書類をその場に落とした。数秒の硬直。
「ふ、降谷さん!」
男性は慌てて部屋から出ていった。なんなんだ一体。それにしても、フルヤという名前には聞き覚えがあった。ふるや、フルヤ、降谷。誰だっけと頭をひねると同時に、スーツ姿の眼鏡の男性が戻ってきた。その背後にいたのは、
「ば、バーボン!?」
私は飛び上がってシーツを掻いた。何か武器になるもの、と無意識に手が捜索する。バーボンは私の前まで歩み寄ると、見下ろすような形でその場に立った。撃たれるか?蹴られるか?殴られるか?襲い来るであろう痛みを予測して私は身構える。
「随分長く目を醒まさなかった」
意外なことに暴力が飛んでくることは無かった。
「えーと、あの、バーボン?」
ここどこ?と視線で私は訴える。そうだ。ライ。どこにいるんだ。
「今は降谷だ」
「は?」
「その前に、スコッチを救ってくれてありがとう、と言うべきだな。それから、君の身柄は公安で保護している」
「え?」
どういうこと?頭が追い付かない。そもそもバーボン、態度が軟化しすぎてないか?一回スコッチを救っただけなのに。ちょろすぎるぞバーボン。
「風見。彼女に着替えを。病院に連れていく」
風見と呼ばれた男性は、バーボンの命令に頷くなり部屋を出て行った。
「今まで、すまなかったな」
すまなかった。スマナカッタ。SUMANAKATTA。
あのバーボンから、聞いたこともないフレーズが飛び出て私は思考が停止した。
バーボンは屈むなり、私の膝裏に腕を通して抱き上げた。ベッドの上に、優しく戻す。
鳥肌が立った。誰これ?双子の弟?
「取り合えず、ライを呼んでもらえない?」
私が声をかけると、バーボンの表情が固まった。
「悪いが違法捜査する連中とは付き合わない主義なんだ」
これは殺されるよりも厄介なルートに入ってしまったのではないかと、この時私は思ってしまった。
[newpage]
主人公:ふざけるのが大好きだがちょっぴりさみしがり屋の負けず嫌い。一度仲良くなった人にはとことん優しい。ライには色々手伝わせて悪かったと思っている。バーボンにトラウマを植え付けているときが一番いい気分だった。潰したトマトは一生食べたくない。
ライ:お人好し代表。バーボンと主人公には仲直りしてもらいたい。主人公の死後、何度もバーボンに真実を話すが玉砕。頼むから俺の話を聞いてくれ。最後仲直りしたのでよかったよかった。でもちょっと行きすぎじゃないか?
スコッチ:なぁお前らなんでこんなに仲悪いの?飯冷めるよ?
黄色い百合の花ことばは偽り。記憶が断片的にあるのを黙ってた。
バーボン:スコッチがいなくなったあまりのショックに何も信じられない。仲間なんてフェイクだ。殺しのスキルが上がりまくったので、物理的な攻撃が得意。最後に、スコッチを助けてくれてありがとう。今まで話を全くと言って聞かなくて悪かったと思っている。迷惑かけた分、最後まで面倒みようかと考えている。実を言うと、最初セーフハウスに戻ったときに、ソファの上で過労死している。その後ループの道へはいった。
このあと何回か病院の定期検診する内に、主人公は脱走してへばっているところをコナンくんと出会いポアロでオキヤさんと初めましてするかもしれない
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[前作 > <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10045476">novel/10045476</a></strong>]の続きです。<br />2/24秘密の裏稼業にて加筆修正版を頒布予定です。<br /><br />タグ ブクマ コメントどうもありがとうございます!
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絶対に殺しに来る男と絶対に殺される女が決着をつけた話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10127532#1
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いや〜時間が過ぎるのは早いものでもう二学期です!まだまだ暑いね!!!教室までの階段で汗が滴る。滴るはちょっと言い過ぎだったかもしれない。
「深月おはよう」
「!景光おはよう!!」
朝から推しの顔が輝きすぎて辛い!!目が!!目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!汗が!輝いてますね!!(物理)ちょっと眩しすぎだから持参してるサングラスかけるね!!え?夏に推しと話すんだよ??サングラスは必須でしょ??夏休みに満を持して買いました。
「夏休みどうだった?」
「筋肉痛だった」
「筋肉痛?」
コテンと首を傾げる景光。やめてください私には良く効きます可愛いなぁ全くもう。可愛いなぁ全くもう!(大事なことなので2回言いました)
で?なんだっけ??筋肉痛??休みとは名ばかりの手伝い地獄だったからね。子供をこき使いすぎだと思うの。草むしりは草刈り機と除草剤を使って欲しい。異論は認める。
「楽しくなかったのか」
「普通かな」
「俺は面白かった!!深月が!」
「だろうね!!!毎回毎回消えやがって!」
私は夏休み中に何回か2人に会った。プールでエンカウントしたり祭りでエンカウントしたり、呼び出されて行ってみたら降谷さんいたり。そして毎回どっか行く景光。仲を取り持とうとしてくれてるのか、面白がってるのか。多分後者。
2人になると降谷さんの目が死ぬんだよね!またこいつと2人なのか、って思われてたんだろうね!!!私もチベスナ顔だったよ!
くっそ!良い笑顔しやがって!!!イケメンだな!コノヤロウ!写真を!撮らせろ!!心のアルバムはもういっぱいだよ!もし現像できたら鈍器になっちゃう。毎日持ち歩いたら筋肉ムッキムキだね!そんな量を物理的にゼロにしている私って凄いのでは?凄い!画期的!!データにして持ち歩けばかさばらない!!天才!!!深月さん素晴らしいですね!!いやぁ!ありがとうございます!!!
「大変だったんだからね!?気まずいし!睨まれるし!不機嫌オーラ全開だし!ナンパされるし!!(降谷さんが)」
「へー」
「へーって!あれ??友達だよね?私達友達だよね?」
「え?」
「え!?」
「ははっ!冗談だって!ごめんな!」
「ん゙ん゙っ!!...やめてよね!」
はい可愛い〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!知ってた〜〜!!!目を細めてクシャって笑うんだよなぁ〜。でも全然反省してない〜〜!!許されると思ってんだろ!!許す〜〜〜〜!!!全然許す〜〜!!!いやでもちょっと文句は言いたい。でも顔が良い。私は自他ともに認める面食いなのでイケメンなら大抵の事は許せるぞ!
...もしかしなくても降谷さんに嫌われてる理由はこれかな???顔で判断する感じが嫌なのでは???あれ?もしかして私名推理なのでは!?これはもう降谷さんに嫌われてるのは諦めるしかないのでは??えぇ〜〜〜??でも睨まれるのも舌打ちされるのも嫌だぞ〜〜〜。好きの反対は無関心とか言うけど嫌われるのも辛いぞ?????凍るような視線hshsとか言ってる場合じゃないぞ??
うーん...私の面食いは前世からですぜ??今更変えたりはできませんぜ????降谷さんと仲良し大作戦☆は中止で!!凍るような視線じゃなくて遠くからhshsして心のアルバムに刻み付ける方向で!!!
「そういえば宿題どうだった??」
「話の変え方が強引すぎるよ...1日で終わらせた」
「うへぇ」
ただし始めたのは最終日前日から。半泣きでやった。最初に終わらせれば良い?うるせぇ!!できたら苦労しない!!やる気が!出ないんだ!!終われば良いんです〜。1日で終わったから良いんです〜。これでも元高校生だからね??中学生の夏休みの宿題で躓いてらんないって!分からなかったものがなかったとは言ってない。苦手なものは苦手なんだよ!!悪いか!
でもこの体、前世よりも随分物覚えが良い。それに運動もできる。あくまで前世よりは、だけど。
「景光は?」
「ゼロと一緒にやったけどゼロは夏休み前に終わってた」
「さすが降谷くん。凄いね」
「深月も1日で終わらせるなんてすげぇじゃん?」
景光が意地悪そうな顔をしている。なんだね。なんなんだね!
「え?お、おう?」
「まぁ深月1位だったもんな。この裏切り者め」
「うっ」
それを言われると痛い!確かに期末前は一緒に勉強して唸ってたやつが、急に1位取ったらそりゃあ「は!?」ってなるよね。教えてくれよ、ってなるよね。いやでも言い訳させてもらうとね!?私も必死だったから!そりゃもう禿げるかと思うくらい!!教えてる暇なんか無いよね。頑張り始めてからずっと1人で勉強してたし。
だから許して欲しいなぁ〜、なんて思ったり??
「まぁ良いけど!その代わり勉強教えろよ???」
「ありがとう景光!!」
でも夏休みの所業は許さんぞ!!
「約束だからな」
「いやでも景光は降谷くんに教えて貰ってたんでしょ?だったらこのまま降谷くんに教えて貰ったら?」
「早速破るのか???」
「いやいや降谷くんの方が良くない?」
「ゼロは2位で深月は1位なのに??」
「いやそれはあれでしょなんか違うからほら2人はプリキュアだしさ」
「プリキュアになった覚えはない」
うっそでしょ。降谷さんのゴリラって初代プリキュア並じゃない???そんなことないか。プリキュアの方が凄いもんね。プリキュアはヒビ入ってないフロントガラス割れるもんね。ぷいきゅあしゅごい!!!!
「とにかく2人はニコイチだからずっと一緒にいれば良いよ。末永くお幸せに結婚式には呼んでな」
「熱中症か...」
「私の思考は正常だからちょっと熱中症ってゆっくり言ってみて録音するから」
「保険室行ってこい」
景光くんドイヒーー!!!憐れむような目で見ないでっ!!!!そのちょっと細めた目も最の高!!色気の暴力かよ!!あ、やめて!!耳元でため息をつかないで!!あー!いけませんお客様!!お客様ぁぁぁぁぁ!!!!アッー!!!!!!
_______________
「...またお前か」
「...はい...」
ひぃん!!!怖いよ!!睨んでくるよ!!今5度くらい下がった気がするよ!!...気温が32度だから27度??あらやだ適温。
にしても保険室で降谷さんと会うとか!これも景光の計算だったら怖いよ!なんで来るんですかね!!本当に視線が痛い!え?一緒に居たくないなら出ていけば良い???いやいや!!どんなに気まずくたって私の方から出ていくのは失礼だろう!降谷さんに嫌な思いをさせてしまうだろう!!だから私からは出ていかない!!私と一緒にいる方が嫌な思いをするとか言ったやつ!正論は!時に人を傷つけます!!!!まぁ本音は怖くて微動だにできないだけですが。
だがしかし沈黙が辛いぞ?降谷さんは入って来るなりゴソゴソなにかしている。ちょっと具合悪いフリして横顔でも眺めていようかな。怒ってない、というか睨んでない降谷さんを至近距離で見られるなんて滅多にないしね。降谷さんとの距離!実に2m!!!!
これで近いとかやっぱり私嫌われすぎ???にしてもうーむ...イケメン。蜂蜜色の髪の毛が太陽でキラキラ光ってるし額の汗が小麦色の肌をゆっくり伝っっっっっっっっっっっっ!!!!!!!色気の暴力ぅぅぅぅぅ!!!Foooooooooooooooooo!!!!!私を見る時はいつも冷たい色を孕んでいるような目も、今は心做しか優しい光を帯びているような。いやあれ?優しいって言うよりはどっちかと言うと────あ、やべ目が合った
「さっきからなんなんだ。ジロジロと」
「え、あの、すみません、具合、悪い訳じゃ、無いのかなって」
ははははははは話しかけられたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!驚きだぜぇ!!めっちゃどもった。
でもせっかくだから聞いておきたいよね。降谷さんがここにいる理由。
「...委員会だ」
「え?保険委員...?」
降谷さんの委員会把握していなかった〜!!すみません!失格ですね!!降谷さんクラスタを名乗るのも烏滸がましいです!!!そういえば部活も把握していない!?しまった!!!!爽やかに汗を流す降谷さんを合法的に見られるチャンスなのに!!ちなみに体育は男女別だから見られないんだ!!ガッデム!!
いやでもまさか答えてくれるとは思わなかったよ。思わず聞いちゃったよ。大丈夫かな??私殺されないかな????でも今のところ舌打ちされてない!!凄い!!嬉しい!!!!!!あーあ!!舌打ちされないことに喜んでる事実が悲しいね!!!!
「生活委員だ」
「あっそうなんですね…」
またしても答えてくれた...だと!?どんな心境の変化なんだろうか。夏休み中なんて...いややめよう。自分で心の傷をえぐるのは。思い出さない方が幸せなこともある。
「...なんで居るんだ」
「あ、えっと、熱中症じゃないかって、景光に、言われて」
「は?」
ひぇ!!!怖い!!今のセリフのどこに地を這うような声を出す必要が!?景光!?景光なの!?確かに景光って言った瞬間目を細められた気がする!!怖い!全くもう景光大好きかよ。私の中の腐女子が顔を覗かせるよ??降景??景降??どっちも美味しいね!!!応援するよ!!!
あっすいません。なんでもないです。なんでもないんで怒らないでくれません???あっ、怒ってない。睨むのが通常。あっふーん。
「熱中症なら早く冷やして水分取れ」
「え、いや、保健室涼しいし大丈夫かと」
すんごく睨みながらも発言が優しい。これは心境がどうとかじゃ無いんだろうな。日本国民が体調不良だから、みたいな。まだ中学生なのに凄くない???さすが未来の公安エース。そこにしびあこ!!!!そういえばさっき景光にもしびあこしたな。私軽率に痺れすぎ???
そもそも熱中症は景光の言いがかりだし応急処置する必要はない。汗をかいてないのも保健室が涼しいからだし、顔が熱いのも降谷さんと近く(当社比)にいるからだし目眩がするのも降谷さんがかっこいいからだから全然問題ない。ついでに体が震えるのも降谷さんが怖いからであって私の体調は万全だ。
「...早く冷やせ」
「いや大丈 「早くしろ」 アッハイ」
降谷さんに逆らうなんて愚かでした。大人しく氷嚢をつくって首を冷やす。
探し物が見つかったのか、何かを記入し始める降谷さんの横顔を見る。
あぁ顔が良い。とっても良い。この顔が悲しみに歪んでしまったら嫌だなぁ。同期3人と幼なじみと親友死亡って何それ??青山神鬼畜だよ…
絶対みんな助けて伊達さんの結婚式に出席させてやる。そこで余興に女装ダンスでもすれば良い。萩原さんは絶対ノリノリで松田さんはキレッキレ。景光はウインクが超絶可愛くて降谷さんはベビーフェイスなくせしてムッキムキ。それをみんなで見ながら意外と似合ってる!!!なんて言って笑うのだ。
「そうなると良いなぁ」
へにゃりと笑って小さく呟いた。
「...チッ」
Why!?Japanese people!?
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好き勝手やってます。<br /><br />前作のタグ付けありがとうございます!!!たくさんの反応を頂けた故に期待に添えるか心配で投稿を渋ってしまいました꜀(。௰。 ꜆)꜄<br /><br />二次創作は楽しくやるのが1番ですね!(開き直り)
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推しに嫌われてる理由が分からん 2
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10127725#1
| true |
ガチャガチャガッチャンという音で目が覚める
絶対今皿割れただろ
てか、何で皿が割れる?!?
俺ひとり暮らしだけど!?起きたら嫁がいました!みたいな??
落ち着け落ち着け、よーく考え...れないね
とりあえず巨乳美人よろしくな
てか、お?ちょっと待てよ?ここ俺の家じゃないね!だって、もふもふのベッドにもこもこのふとんにレースのカーテンみたいな何かがあるもんね
思いきり飛び起きると腕が引っ張られる感覚がする
恐る恐る腕を見てみると
「...ッはぁぁぁあああ!??!!」
俺が叫んだ瞬間 バンッとドアが開きドアに向かって赤色や青色などのカラフルな光が向けられた
「ハッピバースデートゥーユー♪ハッピバースデートゥーユー♪ハッピバースデーディア............マイハニー♡♡♪ハッピバースデートゥーユー!!!!!いぇーーーーい!!!おめでとうございます!!!」
パーンッパーンッパーンッという音でクラッカーがいっせいに鳴らされた
俺、30歳。何やってるんだろう
今まで普通に生きてきた。普通だったんだ
それの何が、何が......
「あれ?そらるさーん?あの」
「なんだよ」
「おめでとうございます!ほら!ケーキ!!!!!」
目の前にだされたケーキにはどこから入手したのか分からない俺の写真と『30』のローソクが真ん中に刺されている
「ほら、ローソクの火消してください!ふーって!ふーってするんですよ!」
「てめえの命の灯火を消してやろうか!!!!(ありがとう、ところでここはどこ?)」
「「あれ?」」
「え、ごめんなさい。僕、何か間違えましたか???」
間違えだらけだよ、ふざけんな
そもそもマイハニーって俺お前のハニーじゃねえよ
てか、30って、何で人が気にしてることを誕生日というお祝いの日にさ、デリカシーないの?
別に誕生日もこの歳になると嬉しくないし
でも、こいつは社長。こいつは社長!
ガンバロウ!コノイノチガツキルマデ!
「なんでもないですぅ♡う、れ、し、い〜!まふまふ社長が用意してくださるなんてそらる感激〜」
「は?」
「は?」
「「......」」
「え、ごめんなさい。あの、とりあえずお皿に取り分けますね」
え?何こいつ、マジで
そうじゃないんだよなぁ みたいな顔で話変えようとしてんだけど
いっそ叱ってくれよ、そのほうが笑いに変えれたよ
その気遣いやればできる子なんだねぇ、きっと
お前との縁をキットカットしたい
「はい、そらるさんの分」
「え、はい、ありがとうございます」
「いっぱい食べてくださいね」
「はーい......ってこれ、ホール1個まるまる別の皿に移し替えただけじゃねえか!!!!!取り分けるって知ってる???分けてないよね?どこに分けたの??」
「だって僕にはデザートが別にありますもん」
「は?」
「え?そらるさんのことですけど」
俺もうこいつと話すのやーめた
会社クビになって違うとこで働くわ
オッケー、そらる頑張ろう
【目標】この家からの脱出
「そらるさん、その無言は肯定と捉えてもいいのでしょうか?」
「言い訳ねえだろ」
「え?」
「てか手錠の鍵早く寄越せよ、俺帰るし」
「嫌ですよ。ノコノコ着いてきた獲物を誰が逃がすって言うんですか。」
「...嫌だァァァァ」
ガチャガチャと腕を引っ張るが手錠はビクともしない
どんどん腕の痛みは増すし、この現実からも逃れられないし、涙も出てくるし、もう本当に嫌だ...
「そらるさん?泣いてます?何で泣いてるんですか?また僕が何かしてしまいましたか?泣かないで、お願いします」
「...だって、お前意味分かんないことばっかりするし。そもそも何で俺のことそんなに気にかけてくるの?俺男だから男のお前に好かれても嬉しくないし。てか、俺のこと本当に好きなの?嫌がらせばっかりしてくるじゃん」
「すみません、そらるさんの涙目上目遣いが可愛すぎて何も聞いてませんでした。ネコ耳をつけてもう一度よろしくお願いします」
「......帰る」
「帰しませんよ、何言ってるんですか。今日から1ヶ月は僕のものです。僕あなたの会社からあなたを貰うために200万円払ったんですよ。」
「...は?200万...?」
そういうことか。あの社長に俺売られたのか
グッバイ俺の1ヶ月
「わかった、一旦寝させて」
「はい!分かりました!」
無駄に返事がいいからタチ悪い
本当に今日は疲れた
変な男に目隠しされて、変な男に抱っこされて、変な男にケーキ渡されて、変な男がベッドに入ってきて
......あれ?
「お前何で隣で寝てるの?」
「夫婦が隣で寝るのは当たり前かと」
「あっそ、俺疲れたから何もしてくんなよ。おやすみ」
「おやすみなさい、そらるさん」
そう言ってギューッという効果音がつきそうなほど強く抱きしめられた
もういいや、ツッコミも疲れたし
今日は大人しく寝よう
「そらるさんの匂いだ、いい匂いする。抱きしめ心地も最高。天使と寝れるなんて!まさか初日から抱きしめて寝れるなんて思わなかった。これはもう両思いでしょ!
そらるさんかわいいかわいいかわいいかわいい」
「...」
「そらるさんかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい」
「うるせえ!!!!!」
そらる、30歳。こいつを好きになることは絶対に無い!
----------------------------------------
おまけ
まふまふside
結局あのままそらるさんは寝てしまい今も僕の腕の中でぐっすりだ
正直どこの誰かも分からない男の腕の中で安心して寝られると心配になる
まあ、もう僕以外をそらるさんのパートナーにはさせないつもりだけど
きっとそらるさんは変なやつにつきまとわれてると思ってるんだろう
それでもいい、彼に近づけるのなら
「愛してますよ、そらるさん」
彼が少しだけ微笑んでくれた気がしたから
「よーしっ!明日も頑張らないとですね!」
まふまふ、27歳。絶対に惚れさせてみせる!
________________________________________
今回もここまで読んでいただきありがとうございます!
初めて200以上いいねしてもらってもうすごい嬉しいでして、はい
この作品頭空っぽにして書けるし、こういう関係のそらまふ好きなのでどんどん書けるのですが、ここから1ヶ月分書いてラストも書いたらとてつもなく続くのでどうしようかなぁ、と考えています
あと、そらるさんの「まふまふのbioに続って書いてるの気づいた??俺は気づいたの!リスナーより俺の方が先に気づいたからまふまふ愛は俺が勝ちだね♡」
みたいな(そこまでは言ってない)
あぁ、本当にありがとうございます。という気持ち
「前から書いてました」という言葉を飲み込み私はそらるさんのツイートにまふまふさんがなんて言うのかとても気になりまして
もうおふたりは(自主規制)なのでしょうね
まふそら、というのがこれまた素敵なCPでして。需要と供給がね、ちょっと供給が少ないかなぁ?という感じだったのですがそらるさんが恵んで下さりましたね。
ロキ1000万再生おめでとうございます!そらまふの動画と言ってもいいのですかね?まふまふさんの動画というべきなのでしょうか?そらまふで投稿した動画をまふまふさんが他の歌い手さんと投稿した動画より伸ばしてまふそらの絡み増えろ、という私の狙い?計らい?みんなの願い?はーい、ありがとうございます。
そしてるすさん。るすさんのそらるさんへの絡みはとてもいいものがありますよね
ぜひまたコラボ動画を出してほしいものです
そらるすのゲーム配信とかとても良いと思うのですがそこら辺みなさんはどう思ってますか?
私は 叶わないなら夢より御話でいい という感じでまふそらを書いております
Let's go
そらるさんが年々可愛さが増していてまふまふさんは年々かっこよさが増していて、滲み出るものを察したからこの世界に来た。私たちは空気が読める女、男なのでしょうね
来世は社長になりましたね(完結)
デレステでSSRを3枚ゲットしましてテンションが上がっています。このあとがきの批判コメントは無しでお願いします。
冷静を取り戻したら消します。
では、ここまで読んでいただきありがとうございました。
Twitterのほうもね、よろしくお願いしたいところなんですが実は私あのー、ね、はい。
ありがとうございました。
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『お前が運命の相手だったら泣くわ』の続きとなっています。<br /><br />お名前をお借りしておりますが、ご本人様とは関係ありません。
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僕の嫁が可愛すぎる件について
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10127977#1
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翌日の放課後、生徒会室
撫子Side
撫子「で、三峰君とはどうなったの?」
紅緒「とりあえず、1週間付き合ってみることになったわ」
撫子「とうとう、あの紅緒も彼氏持ちねぇ、でも、教室ではそんな雰囲気全くなかったわよ」
紅緒「昨日の今日だしいきなりそんな雰囲気出せないわよ!それに、とりあえずは家族と言い出した撫子以外には内緒にすることにしたのよ」
撫子「なるほどね、それなら納得だわ」
ウソミタイー、プーニプニノ、ロリロリガメノーマエニッ
紅緒「あ、メールだわ」
撫子「その着信音には敢えて触れないわね……それはそうと、今どきLINEじゃなくてメールって誰から?」
紅緒「八幡よ。LINEとかよくわかんないし、基本家族に電話するだけだからいらないっ入れてないみたいなの」
撫子「ふーん、八幡ねぇ」
紅緒「あっ、べ、別に今は付き合ってるんだしこれくらいいいでしょっ」
撫子「別に、何も言ってないわよ?」
紅緒があたふたする姿なんて初めて見たわね
動画でも撮っておこうかしら……なんて流石に不粋ね
撫子「で、その三峰君からなんて?」
紅緒「明日の、デートの待ち合わせ場所とかを送ってくれたみたいね」
撫子「デート……意外と三峰君やり手?」
紅緒「いや、ましろたんの提案で半ば強制的によ」
撫子「よね、やっぱり。そういうタイプには見えないもの」
でも、あの紅緒がデート……
紅緒ファンが知ったら血の雨が降りそうね
撫子「で、三峰君からはなんて来たの?」
紅緒「えーと、『待ち合わせは駅前に10時で。』ってこれだけ!?」
撫子「一文だけとは、流石家族以外とは連絡しないってだけあるわね」
紅緒「にしても、同じ家に住んでるのに待ち合わせするのね?」
撫子「駅前で待ち合わせなんていかにもデートらしいからじゃないの」
紅緒「なるほどね、真白たんから言われて渋々だと思っていたけれどちゃんと考えてくれているってことかしら」
ちょっと顔がにやけているのはこの際だから内緒にしておきましょう
[newpage]
デート当日
八幡side
現在の時刻は午前9時、場所は駅前である
やべぇ……1時間も早く着いちまった
なんか、早くデートしたくてワクワクしてたみたいじゃん俺
いや楽しみじゃなかったかって言われると、初めてのデートだしそりゃぁ浮かれなかったといえば嘘になるが、べ、別にワクワクしてたわけじゃないんだからねっ!
きもいな。うん。
とりあえず自販機でなんか買って時間潰すかな
そう思っていると、こちらに歩いてくる夜ノも……じゃなくて紅緒の姿が見えた。まだ約束の1時間前なのに?
八幡「よ、よぉ!早かったな」
紅緒「八幡こそ早いわね。そのぉ……待った?」
八幡「そんなに待ってないぞ」
紅緒「そこは、俺も今来たところだじゃないの??」
八幡「どこのラブコメかよっ!そんなリア充みたいなことボッチにやらせる気か?」
紅緒「仮にも私とつ、付き合っているのだから今の貴方はリア充の仲間でしょう」
八幡「っ!確かに……ま、まぁとりあえずまだ早いし適当にブラブラ歩くか」
紅緒「今日の予定聞いても?」
八幡「今日はだな、デートの定番らしいし映画でも見てその後、ショッピングモールにでも行こうかと思ってる」
紅緒「そうね。じゃぁその……エスコート頼んだわ」
そう言って俺の手を握ってきた。
八幡「お、おう」
やべぇ俺、手汗大丈夫かな。ってか女子の手ってこんなにすべすべモチモチしてんのか。真白は赤ちゃんみたいなモチモチ感だからまた違うな。こうなんというか、子供とは違う女性の手って感じがする
やめよう……手を繋いで歩いてるだけ、そう、俺は歩いているだけで特に深い意味はない。だから紅緒も赤くなるのやめて!なんか可愛いから!」
紅緒「へっ/////」
八幡「!?どうした」
紅緒「い、いいいいいまっ可愛いって」
八幡「あ……口に出てた……?」
こくんと頷く紅緒
……
…
うあぁぁぁぁ!めちゃくちゃ恥ずかしい!俺のばーか、ばーか!!
あぁ……やっちまった、顔めちゃくちゃ真っ赤じゃん、100%怒らせたよなこれ
八幡「そのぉ、すまん」
紅緒「えぇ、いや別にそれくらい言われ慣れてるから」
八幡「お、おうそうか」
[newpage]
とりあえずブラブラして時間を潰すとは言ったものの、2人で1時間も時間を潰す方法とか俺知らないんだけど
流石に今スマホ触るのは失礼だよな
考えろ俺
紅緒「ねぇ、八幡」
八幡「ひゃ、ひゃい!?」
紅緒「その、一昨日はありがとう。私、家事は全然ダメだし、小紅が風邪ひくと家は全然回らなくなるのよ。でも今回は、八幡のおかげで小紅もすぐに回復できたわ」
八幡「いや、別に出来ることをしたまでだ。お礼言われるようなことは何もやってない」
紅緒「それでも、こういうことはちゃんとしておくべきでしょう?だからありがとう」
八幡「おう」
紅緒「あ、でも小紅はあげないわよ?小紅は私の大切な妹だもの」
八幡「とらねーよ!」
紅緒「ホントかしら、八幡ってかなりのシスコンだし、小紅は世界一可愛い妹だもの」
八幡「シスコンってなぁ、紅緒だけには言われたくねぇーよ……それと、世界一可愛い妹は真白だ。異論反論は認めん」
紅緒「真白たんは確かに可愛いわ!でも、その言葉は聞き捨てならないわ。修正しなさい、世界一は小紅よ」
八幡「ふん、この写真を見てもそんなこと言えるかな」
俺のスマホの真白フォルダの中でも五本の指に入る可愛さの1枚を見せつける
紅緒「グハッ!コレは……で、でも小紅も負けてないわよ!」
そう言って紅緒も取っておきであろう写真を見せてくる
八幡「こ、これは……」
可愛い。この一言に尽きる。上目遣い+涙目と構図は凄くあざといのに、そのあざとさを感じさせない小紅の天性の可愛さ。なかなかやりおる
こんな妹世界一論議を行っている間に1時間なんてあっという間に過ぎてしまった。
妹、恐るべし
[newpage]
紅緒side
小紅と真白たんの話しをしているうちに映画館に到着
妹世界一論議は一時休戦
紅緒「今日は何を見るの?」
八幡「それはだな、正直俺は紅緒の好みを知らん。だからまぁ、無難に今やってるディスティニー映画でどうだ?」
紅緒「今やってるディスティニー映画は、あっ、あの白くて丸くて大きいロボットのやつね」
八幡「そうそれだ。これでいいか?」
紅緒「ええ。今人気だし気になっていた映画だわ」
八幡「そうか、それなら良かった」
チケット売り場に向かい、学生証を提示し、チケットを購入する
映画館の中はまだ昼前のおかげか人はそこまで多くない
八幡「座る席にこだわりとかあるか?」
紅緒「前の方は首が疲れるからすわらないわね。あとは特にないわ」
八幡「そうか、じゃぁ……あの当たりでいいか?」
指されたのは、後ろの席
紅緒「そうね、そこなら全体を見やすそうだしいいと思うわ」
八幡「んじゃそこで。あ、なんかいるか?ポップコーンとか飲み物とか。ちょっとトイレ行ってくるからついでに買ってくるぞ」
紅緒「それじゃぁ飲み物をお願いしようかしらね。種類はお任せするわ」
八幡「おっけ」
そう言って、鞄からお財布を取り出そうとすると八幡は既にトイレに行ってしまった
帰ってきたら渡せばいいかしらね
鞄からお財布を取り出して待っておく
八幡が席を立ってから後もドンドン人が入ってくる
やっぱりディスティニー映画は人気があるわねぇ
そう関心していると急に知らない人に話しかけられた
「ねぇねぇお姉さん、今1人?良かったら隣いい?」
話しかけてきたのは恐らく同じ年か少し上くらいの男の人が3人
ニヤニヤしていて正直気持ちが悪い
紅緒「ごめんなさいね、連れがいるので」
「えー、連れって女の子?それならその子も一緒にいいからさぁ〜映画一緒に見ようよ〜」
離れてくれないどころか、ドンドン近づき、1人は既に隣に座り始めている
周りの人は遠巻きにチラチラと見てくるだけで助けてくれそうな人は1人も居ない
紅緒「あのね、ごめんなさいって私は断っているでしょう。なんで近づいてくるの?バカなの?日本語わかる?」
「っ!!この女……」
いきなり殴りかかってくる男
そこまで早い速度でもないとすっと顔だけ動かし避ける
紅緒「女性に殴りかかってくるなんて貴方、通報されても文句言えないわよ?」
しかし、避けたのが逆効果だったのか余計に腹立たせてしまい、再び殴りかかってくる
しかも次はもう1人加わって
流石に避けきれないと目をつぶって歯を食いしばる
が、しかし襲いかかってくるはずの衝撃は襲って来ずに、変わりに声が聞こえる
八幡「何してんだアンタら……こんな所で人の女を口説き、終いには二人がかりで殴り掛かるとか何考えてんだ?」
2人の拳を八幡が手で受け止め、3人組に話しかける
「うっうるせぇ!こいつが言うこと聞かないから悪いんだろ」
「そうだ!しかも俺の拳を避けて恥じ掻かせやがって」
「だからちょっと痛い目見て大人しくしてもらおうとしただけだよ兄ちゃん。男連れだとは思わなかったんだよすまんなあっ!」
そう言って1番リーダー格であろう男が八幡に殴り掛かる
が、八幡は一瞬で掴んでいた2人の手を払い除け、殴り掛かる手首部分を掴みひねる
八幡「いい加減やめませんか。ここは静かに映画を見るところですよ。騒ぎたいならほかの所へ行ってもらっていいですかね?他のお客さんの迷惑ですし、こっちは警察呼んでもいいんですよ?」
「っち!!おいお前ら行くぞ」
「「うっす」」
そう言って3人組は映画館を出ていき、それと同時に周りのお客様方からの拍手が鳴り響く
八幡は居心地が悪そうにしている。目立つことは好きじゃないものね
そっと私の隣に座る八幡
紅緒「その……また助けて貰っちゃったわね。ありがとう」
八幡「ん、いや別に例を言われるような事じゃない、あの場で動けるのが俺だけだったから俺が動いただけだ。ただの自己満だよ。それよりほらオレンジジュースとコーラどっちがいい?」
紅緒「もう、そこは素直にお礼を受け取ってちょうだい。そうね、オレンジジュース貰おうかしら。お代はいくら?」
八幡「さっきので忘れたからいい」
紅緒「いや、でもそういう訳には「ほらもうすぐ始まるから静かに」っ!!」
人差し指を口元に持っていき静かにとポーズをとる様に一瞬ドキッとしてしまう
ん?ドキッ?
それにさっき俺の女って……
動きも機敏だったしなんか、カッコよかったな八幡
そこで映画が始まる
あーもう!なんなのよ!頭の中は八幡のことでゴチャゴチャするし、さっきからなんだかドキドキして落ち着かないし、映画の内容が頭に全く入ってこないっ
[newpage]
八幡side
トイレを出て、ジュースを買い席へ戻ろうとすると、見知らぬ男共に囲まれている紅緒
紅緒の知り合いかと思って少し様子を伺ったがどうやらナンパのようだ
映画館のスタッフに声をかけようかと思っていると1番下っ端っぽい男が手を挙げる
何とか紅緒は避けたが、スタッフに声を掛ける時間は無さそうだった
それになによりも今ので俺がイラッときた
紅緒を傷つけていたらただじゃおかねぇからなっ!
そう思った瞬間に俺は動き出していた
再び紅緒に向かう手を受け止める。はん、なんだこの貧弱な拳は、山育ちの俺からしたらそのスピードは無茶苦茶遅い
それに、拳ってのは何かを守るために使うことはあっても、傷つけるために使っていいものじゃねぇ……
じぃさんの受け売りだが、この時ばかりはそう思った
守るべきものがないこんな拳を止めるのはなんてことない
八幡「何してんだアンタら……こんな所で人の女を口説き、終いには二人がかりで殴り掛かるとか何考えてんだ?」
2人の拳を受け止め、3人組に話かける
「うっうるせぇ!こいつが言うこと聞かないから悪いんだろ」
「そうだ!しかも俺の拳を避けて恥じ掻かせやがって」
「だからちょっと痛い目見て大人しくしてもらおうとしただけだよ兄ちゃん。男連れだとは思わなかったんだよすまんなあっ!」
そう言って1番リーダー格であろう男が手を挙げる
その瞬間に掴んでいた2人の手を払い除け、殴り掛かる手首部分を掴みひねりあげる
これくらいなら正当防衛だろ
八幡「いい加減やめませんか。ここは静かに映画を見るところですよ。騒ぎたいならほかの所へ行ってもらっていいですかね?他のお客さんの迷惑ですし、こっちは警察呼んでもいいんですよ?」
「っち!!おいお前ら行くぞ」
「「うっす」」
そう言って3人組は映画館を出ていき、それと同時に周りのお客さんからの拍手が鳴り響く
やべぇ……目立っちまった。無茶苦茶居づらいんだけど
軽く頭だけ下げて大人しく席に座ると紅緒が話しかけてきた
紅緒「その……また助けて貰っちゃったわね。ありがとう」
八幡「ん、いや別に例を言われるような事じゃない、あの場で動けるのが俺だけだったから俺が動いただけだ。ただの自己満だよ。それよりほらオレンジジュースとコーラどっちがいい?」
紅緒「もう、そこは素直にお礼を受け取ってちょうだい。そうね、オレンジジュース貰おうかしら。お代はいくら?」
八幡「さっきので忘れたからいい」
紅緒「いや、でもそういう訳には「ほらもうすぐ始まるから静かに」っ!!」
それから程なくして映画が始まった
いや、よくよく考えたら俺なにやってんの
うぉぉぉぉ……どうしよう俺の女とか言っちまった、は?なんなの俺
紅緒が男共に絡まれて、更には傷つけられそうだと思ったら、なんか落ち着かなくて体が勝手に動いて、感情がそのまま出ちまっただけなんだよ
本当にさっきの俺はどうかしてたんだって
あぁぁぁ
クソっ映画の内容が全く入ってこねぇ……
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一気に⑫まで投稿予定です!
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紅緒にも許嫁がいました⑨
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10128537#1
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「王様エチュード、やろ!」
始まりは、愛城華恋の一言だった。
「王様エチュード?なんどすか、それ」
寮の談話室に九九組の九人が集まっている。
「ベースは王様ゲームなんだけどね。王様は番号で人を指定して、その人が何を演じるのかの設定を言うの」
「へぇ。面白そうじゃない」
「その設定で五分間くらい即興劇をしてもらうってことで、王様エチュード!」
また華恋が変なことを言い出した、くらいにしか思っていなかった八人だったが、案外と面白そうな内容に耳を傾けていた。
「いいんじゃねーか?暇だし、わりと面白そうだ」
「即興劇というなら、良い経験になりそうですね」
「わ、私は華恋ちゃんが言うならなんでも…」
俗っぽいことに興味がなさそうな九九組主席様もノリ気ということで、九人で王様エチュードをすることになった。
「王様だーれだ!」
「あ、私だ!」
初めに王様となったのは華恋だった。
「じゃー、1番と2番さんでー」
手を顎にあてて考える仕草をとる華恋を、他八人が注目する。たまに突飛なことをやらかす彼女がまともな設定を考えるのかハラハラしているのだろう。
「1番の人は、2番の人のことがだーいすき!で、2番の人は1番の人がだいっきらい!っていう設定で!」
それを聞いて胸を撫で下ろした六人。宇宙人やら無機物やらが出なくてよかった、と。
しかし、表情をピキ、っと凍らせた二人がいる。
そう、1番と2番の二人である。
「1番は誰かな?」
「………私です」
苦虫を噛み潰したような顔をする真矢。いつも澄ましている彼女には似つかわしくない表情だ。
「えっと…2番は?」
「私よ…」
こちらもなんともいえない表情。主席様を必死で追いかける元天才子役、西條クロディーヌ。
「じゃあ、真矢ちゃんはクロちゃんが大好き、クロちゃんは真矢ちゃんが大嫌い、っていう設定で即興劇をやるのね?」
「ばなないす!そーゆーことだよ」
真矢とクロディーヌが向かい合う。互いに少し険悪である。
「真矢ちゃん、クロちゃん、これはエチュードなんだよ?役になりきれないようじゃトップスタァなんて目指せないんじゃないかな?」
ななの挑発するような言葉で表情が変わる。この二人は究極の負けず嫌いであり、ななの言葉により、役に対する不満よりも役を目の前の相手より上手く演じてみせるという気持ちが上回ったのだ。
「じゃーいくよ!よーい、アクション!」
パン、と華恋が手を叩いて即興劇が開始される。
「…あの、西條さん」
先に言葉を発したのは真矢だった。
「はぁ?何よ。気安く話しかけないで」
相手を大嫌いという設定より、冷たく突き放すような言い方をするクロディーヌ。初っ端のエチュードだというのに完成度が高く、周りから「おぉー」という感嘆の言葉が漏れた。
「ごめんなさい…でも私、西條さんとお話がしたくて」
クロディーヌの台詞に対して、捨てられた子犬のような瞳をする真矢。
あまりに迫真の演技で、一瞬クロディーヌはたじろいでしまった。
「私はあなたと話なんてしたくないから。話すだけでも不愉快極まりないわ」
多少の動揺を振り切って役を演じる。さすがは元天才子役。一向に真矢の方を振り向きもしない。
「西條さんは、どうしたら私を好きになってくれるんですか…?」
「そんな日は一生来ないわ。諦めて」
なかなか拮抗したバトルである。正しくいうとこれはエチュードでありバトルではないのだが、二人の雰囲気はどうも戦っているように見えるのだ。
仕方ない、という顔をして、真矢はクロディーヌの服の裾を掴んだ。
「クロディーヌ、さん」
服の裾を掴まれたことと不意に名前を呼ばれたことに驚き、思わずクロディーヌは真矢の方に振り向いてしまった。
その、瞬間。
「あ、やっとこっちを見てくれた。嬉しい」
天堂真矢とは思えない満面の笑顔。振り向いてもらったことを心から嬉しいと思っているようにしか見えない。全身から溢れる、「あなたのことが大好きです」オーラ。その笑顔の周りに花やらハートやらが散りばめられてもおかしくはない。
「は、はぁ!?何言ってんのよ!」
「好き」
動揺が頂点に達するクロディーヌに追討ちをかける真矢。
「あなたが後ろを追いかけてくるから、私は頑張れる。感謝しています。私は、あなたのことが好きです」
さきほどの笑顔とは打って変わって真剣な表情。その眼差しからは本気の好きが伝わってくるようだった。
「ちょ、は、何言ってんの、ばか…」
「はい、クロちゃんアーウト♪」
「えぇ!?」
ななからアウト判定が出てエチュード終了。
「ちょっと、なんで私がアウトなのよ!」
「だって、真矢ちゃんがだいっキライな設定なのに、赤面してデレちゃ駄目でしょ?」
「う…」
「二人ともお疲れ様ー!さすがだね!」
「ありがとうございます。愛城さん」
元の涼しい顔に戻った真矢。クロディーヌは顔を赤くさせたまま恨めしそうに真矢を睨んでいる。
「なぁ香子、今のって…」
「天堂はん、わりとガチじゃありまへん…?」
ひそひそと話す二人に鋭い視線を送って、「それ以上の追求は許しませんよ?」という表情の真矢。たまったものではないと急いで双葉と香子は口を塞いだ。
「じゃー次いくよー」
「王様だーれだ!」
「あ、私…」
次に王様となったのはまひるだった。
「じゃあ、4番の人は不良の生徒役、7番の人は更生させようとする教師役、なんてどうかな?」
「なかなか細かい設定ね。いーんじゃない?4番と7番は誰?」
「4番は私」
「7番は私だよ〜」
4番は純那、7番はななだ。
「じゅんじゅんが…不良…!」
「もう…笑わないでよ。性に合わないけど、やるからには精一杯やるから」
「私も頑張るね、純那ちゃん♪」
真面目な学級委員長の趣味純那が不良を演じるなんて、と皆物珍しく思った。しかし、純那は超がつくほどのバカ真面目であり、どんなことにも全力だ。こと舞台に関しては、常に向上心をもっている。先程の真矢とクロディーヌの即興劇の完成度を見て、自分も頑張らねばと思ってしまったのだ。その真面目さ故に。
「よーい、アクション!」
「んんっ、あーっ!純那ちゃん駄目だよ!またタバコ吸って…」
どうやらタバコを吸うという非行を注意する、という場面らしい。
「チッ…うっぜぇな。センコーなんかに何がわかんだよ」←ヤケクソ
どこから取り出したのか、純那はココアシガレットを持っている。
「私は純那ちゃんのためを思って言ってるんだよ?タバコは身体に悪いし…」
「知らねぇよ、そんなの」
普段仲が良い二人が殺伐とした雰囲気で演技をしているとなんだかハラハラしてしまう。
「純那ちゃん…どうしてそんなふうになっちゃったの?」
真剣な顔で問いかけるなな。
「別に…理由なんかないわよ」
純那は悩ましげに顔をそらす。
「嘘!私にはわかるよ!純那ちゃんが本当は真面目で良い子で、頑張り屋さんだって、知ってるから!」
「…ッ!」
緊迫した雰囲気の中、皆ごくりと唾を飲み込んだ。
「私じゃ頼りないかもだけど…悩みがあるなら、もっと頼って?」
ななはそう言って苦笑しながら純那に向かって両手を広げた。
「ななっ」
「純那ちゃんっ!」
純那が涙目でその腕の中に飛び込み、ひしと抱き合ったところで、
「カァーット!」
華恋の一言によりエチュード終了。
「短い時間で上手い具合に落ち着きましたね。お二人の演技もよかったですよ」
「ありがと、真矢ちゃん♪」
「ばななはやっぱり演技も上手だね!じゅんじゅんも…ふふっ、おつかれ」
「笑わないでよ!」
「グレてる純那ちゃん新鮮♡かわいかったよ」
「ななまで…」
純那がなかばヤケクソで演技していたのも確かではある。
「純那ちゃんのかわいい姿を見れたところで!次行きましょ?」
「そうだね!はい、みんなクジひいてー、王様だーれだ!」
「あ、私です♪」
今回の王様は大場なな。
「3番と5番の人が恋人同士!でも、5番は新しい恋を見つけて別れを切り出す役で、3番は別れたくなくて引き止める役ね?」
「なかなかエグい設定ね…」
「青春ドラマの次は昼ドラみたい…」
「さーて、3番さんと5番さんは?」
うへぇ、と面倒そうな声を出して手を上げる5番、によによとたくらみ顔で優雅に手を上げる3番。
石動双葉と花柳香子である。
「あら、なかなかナイスな人選。ばなないす♪」
「どこがナイスだよ」
「まぁ、そう言わずに。よーい、アクション!」
はぁ、とため息を一つついて双葉は役に切り替わった。
「香子…あたしらもう、終わりにしよう」
「は…?いややわ双葉はん。今日はエイプリルフールやあらへんで?」
「…わかってくれ、香子」
「嫌っ…嫌やそんなん!ずっとうちの側におるって言うてくれはったん、嘘やったん!?」
「それは…」
あまりに迫真の演技すぎる。主に香子が。真矢やクロディーヌに隠れて忘れがちだが、香子も幼い頃から日舞や演劇に触れてきたエリート様なのだ。それに、設定が設定なのであまり笑えない。
「ごめん…でもあたし、他に好きな奴ができたんだ…」
気まずそうに目をそらす双葉に対し、香子はワナワナと震えながら声をかけた。
「誰…?誰があんたをおかしくしたん?双葉はんにとって、うち以上の人って誰?」
「えっと…」
「名前だけでも、教えて…」
双葉は困惑した。浮気相手の名前と言われても、パッとは思いつかない。誰か違和感のない人物を選択しなければ、と思案する。
「そいつの名前は、ク、クロ…」
クロディーヌ、と言いかけてハッとする。わりと仲が良く、当たり障りのない人物かと思いきや。
鋭く凍った視線に突き刺されたのだ。
「まさか、クロディーヌだなんて言うつもりじゃないですよね???」そんな声が聞こえてきそうだった。真矢様ご立腹である。
当たり障りありまくりだった。
これはまずい、殺される…!
双葉はおおいに焦った。
「双葉はん?クロ、なんやて?」
「ク、クロ…クロコ…ダイルっていうんだ」
「誰て!?」
咄嗟に出てきた名前がひどすぎる。双葉は、肩を震わせて静かに笑う真矢を横目で睨んだ。
「ま、まぁその、クロコダイルはん(?)があんたをおかしくしたんやね…?」
香子も多少動揺しつつ、即興劇を続ける。
「あぁ、だからもう、別れよう」
「ふ、ふふふふ」
「香子?」
不気味に笑い出す香子に一同はゾッとした。
「いややわぁ、双葉。うちら二人で一つやん?欠けたら駄目です…」
じりじり、と双葉と距離を詰める香子。笑顔が怖い。笑っているのに目が死んでいる。
「うちのとこからいなくなるんなら、いっそこの手で…!」
「か、カーット!!」
「あら残念」
持っていないはずの包丁が見えるかのような演技。
これ以上バッドエンドに向かわぬよう、即興劇は中断された。
「香子ちゃん怖い…」
「失礼やわぁ。これは演技なんやから…」
ちら、と向けられた視線に双葉は少し怯えた。
「でも、双葉はんがうちじゃない人のとこに行く言うたらそんときは…」
何するかわかりまへん。
双葉にしか聞こえない声でそう言った。
双葉はそのとき誓った。
浮気は絶対にしないと。
「つ、次行こうか…王様は誰かな?」
「私です」
「真矢ちゃん!お題をどーぞ♪」
「では、5番、7番、8番の方」
「三人!確かに、二人じゃなきゃ駄目ってことはないよね」
「5番は探偵役、7番には犯人役をやっていただきます」
「今度はサスペンス…?」
「5番、私だよ」
「7番は私」
まひるが探偵役、ひかりが犯人役となった。そして…
「えっと、8番の私は何をやればいいのかな…?」
「8番の方は…死体役ですね」
「死体!?わたし、死体の役なの!?」
真矢様は少し遊び始めたようである。
「つべこべ言わず。よーいアクション」
間髪入れずに始まったエチュード。
慌てて華恋は床に倒れ、死体役の演技をする。
「か、華恋ちゃんを殺したのは、ひかりちゃん。あなたですね!」
初っ端からクライマックス。時間制限を考えると当たり前ではあるが。
「…違う。私は、やってない」
「まだしらを切るつもり…?」
「私には動機がない」
「動機は…えっと、そう!痴情のもつれ!」
探偵と犯人はお互い心理戦を繰り広げているが、死体はその場に転がるのみである。
「あなたは華恋ちゃんのことが好きだった…でも素直になれず、二人は行き違い、果ては殺人に…」
香子といい、なかなか発想がバイオレンスだ。乙女も行きすぎるとこうなってしまうのか。
「そ、それは誤解!」
「何が誤解だというの。そうやって慌てていることが証拠じゃない!」
ひかりは犯人役として、出来る限りもがかなければならない。あっさり容疑を認めては犯人役の甲斐がないというものだ。
「違う…だって私が好きなのは、まひる。あなただから!」
「え?」
急展開に目を丸くするまひる。
「私が好きなのはまひるだけ…信じて」
どうやら話をすり替える路線で切り抜けようとしているようだ。
「そ、そんなこと言われても…」
「まひるは私のこと、嫌い…?」
少しかがんで上目遣いで覗き込むひかり。大家族の姉であるまひるは、その庇護欲がかきたてられる瞳に弱い。
「嫌いじゃ、ないけどぉ…」
「じゃあ、好き…?」
「まあ、す、って違うでしょ!犯人さんなんでしょ!?容疑を認めなさい!」
ギリギリのところで我にかえったまひる。根本を思い出せたようだ。
「はぁ…観念するわ。私が犯人よ」
「やっぱり…」
「でもあなたへの気持ちは嘘じゃないから。それだけは、覚えておいて」
「ひかりちゃんっ…」
「カット」
不機嫌そうな真矢様からの中断である。
「演技は悪くないのですが…言い訳が苦しいというか、死体役の意味はあったのですか?」
「ぅえ?もー終わったの?」
「華恋ちゃん、寝てたの…?」
床に倒れていた華恋はどうやら寝ていたようだ。それを見て真矢はこめかみを抑えた。
「よーし、じゃあ次いってみよー!」
王様だーれだ。
こうして、九九組の夜は更けていった…。
|
王様エチュード。<br />私が考えた架空の遊びです!もしかすると誰かが既に考えているのかもですが。<br />カップリングは完全に私の趣味ですいぇーい。10話でテンションがおかしくなったよー。<br />時間軸としては5、6話ぐらいです。
|
王様エチュード
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10128936#1
| true |
このSSは、小説ではなく某掲示板形式です。
書き手は某掲示板についてはにわか程度の知識しかありません。
基本的にスレ民はヌクモリティ溢れております。
オリジナル審神者たちが出張り、乗っ取りプギャーするスレです。
刀剣男士のキャラ崩壊注意(物理)
二次創作ならではの、オリジナル女審神者が出ますので、オリキャラ苦手な方注意。
刀→主描写あります。
捏造、独自設定、独自解釈、お手の物!
各キャラクターの一人称、二人称、他呼び方ですが、確認できる範囲になかった呼び方について、独自の呼び方を採用しておりますが当方のみの設定です。
この話に出てくる捏造設定、独自設定、独自解釈も上記に即します。
話の流れ上、一部刀剣に対する扱いが悪く感じる描写がありますが、当方に刀剣男士を乏しめる意図はないことを、明言致します。
公式とは一切、関係ありません。
以上のようなオリジナル満載が苦手な方は、ブラウザバックプリーズでお願いします。
[newpage]
【乗っ取り】演練場にいるやつ今すぐ集まれ【ザマぁ】
1名無しの審神者さん
女審神者「え、それって、あんたその年で家から出ないで働いてもないってこと?
やだ、パラサイトシングルのガチニートじゃん、引く」
やめてよぉ!言わんどいてあげてよぉ!wwwwwwwwww
2名無しの審神者さん
なんだいきなりどうした
3名無しの審神者さん
心をえぐられる気配と面白くなりそうな気配を同時察知
4名無しの審神者さん
ようニート。まずはその襖開けて外に出る事から始めようぜ
5名無しの審神者さん
オマエモナー
6名無しの審神者さん
泣いてなんか、泣いてなんかっ
7名無しの審神者さん
ここに書き込めるってことは審神者なんだし、働いてないってのはないんじゃ
8名無しの審神者さん
>>7
様式美だ、気にすんな
9名無しの審神者さん
なんやて工藤
10名無しの審神者さん
せやかて工藤
11名無しの審神者さん
はいはい、テンプレテンプレ
12名無しの審神者さん
僻みと嘆きを一切考慮せずオレ、再☆臨!
今、演練場来てるんだけど、すげえわくわく展開に出くわしてるんで
勝手に実況するwwwwww
これ、確実に、乗っとり犯プギャーできる案件やで
13名無しの審神者さん
ガタン
14名無しの審神者さん
なんだ、と?!(゜ロ゜)
15名無しの審神者さん
おら、コテつけろ、ハリー、ハリー!!
16名無しの審神者さん
ヒャッハー乗っとりは消毒だあ!!\(^-^)/
17ミートボール
おまえらの乗り、嫌いじゃないぜ。
てなわけで、これまでのwktk展開を投下。
当方、美濃国審神者♂。審神者業6年目。
コテはさっき食った、演練会場の弁当ん中で一番美味かったおかずから。
本日の日課消化もかねて第一部隊を連れて演練参加。
今日の演練は、政府初の試みである各国入り乱れ戦てのは、事前周知の通り。
完全見知らぬ面子ばっかってのは、新鮮な気分だよな。
ウチの連中もどこかそわそわしてたし。
ノルマを終えたんで、ついでだから他の部隊のも観てくかなと皆で会場を回ってたら、
何やら妙に人だかりの会場を発見。
どうやらこれから演練が始まるらしいんだが、それにしても人が多い。
誰か有名人が来てるんかなーと野次馬にいってびっくり。
審神者が両名とも、20代半ばと言った頃のぎゃんきゃわな女審神者だったのです。
18名無しの審神者さん
わ、若い女審神者だと?!(゜ロ゜)
19名無しの審神者さん
しかも両方がぎゃんきゃわだと?!(゜ロ゜)
20名無しの審神者さん
ちょ、どこ、それどこ!!(゜ロ゜; 今すぐ行くから!!(゜ロ゜;
21ミートボール
おう、丑の三番会場だ、もう演練が始まりそうだから来るなら急げよ。
両方ぎゃんきゃわな女審神者と言ったけど、実は、片方が抜きん出て美人。
もう一人の方は、悪いんだが、可愛いけど美人と並ぶと霞みそうな感じの女審神者。
言っておくが、これはオレの好みや差別じゃない。
オレ、今日は三日月連れてきてるんだけど、片方の女審神者は、その三日月と並んだら、
お似合いと言えるレベルの美人なんよ。そういう女と比べると、こう、な。
22名無しの審神者さん
あー、なんかわかった。
23ミートボール
これ以上は容姿叩きに取られかねないから言わねえぞ。
二人は別国同士の審神者なんだろうが、
どうやら、美人の方は、女審神者を知ってるみたいだった。
演練前て、審神者同士、挨拶するじゃん?
その時、美人が相手にいきなり言ったんだよ。
美人「貴女のところは、三日月を引き取ったのでしょう?
どうやったら、私も引き取れるのかしら?」
女審神者「は?」
直前まで営業スマイルだった女審神者は、一瞬、表情を消した。
24名無しの審神者さん
え? これマ?
25名無しの審神者さん
美人、なに言い出してんの?
26ミートボール
女審神者は、すぐにスマイルを戻すと、美人に言った
女審神者「当方の三日月のことにお詳しいのですね。
自分は、貴女にお会いしたことも、
三日月のことをお話ししたこともございませんが、
どなたか、貴女にお教えしたのでしょうか?」
美人「あ、ごめんなさい。私のところ、三日月が連れていかれてしまって。
それなのに、鍛刀しても、皆に探しにいってもらってもちっとも来ないから、
他の方法がないか聞いたら、引き取りという方法があるって言われて。
だから、私の他に引き取りをしている方を紹介してもらって、
詳しいやり方を教えてもらおうと思って。
三日月を引き取ったことがある女性審神者って、貴女だけだったから、
是非、お話しをしたくって、今日を楽しみにしていましたのよ。
私のお友達にもなっていただきたいし」
こいつは何をいってるんだ?
27名無しの審神者さん
おい、おいおいこれマジか、この美人マジか、マジならまずいどころじゃねえぞ
28名無しの審神者さん
ツッコミどころが多過ぎてこんな時どんな顔をしていいかわからないの?!
29名無しの審神者さん
笑えばいいと思うよ、にっかりとできるかああああ?!
30ミートボール
始終笑顔で悪気一切なしって感じの美人に、ざわっとなるギャラリー。
さりげに、三日月を庇うよう布陣を取る女審神者の部隊。
三日月、袖で口を隠すも目が笑ってない。
焦り顔になる美人の刀剣男士。
らを、すっと、手の動きと視線で黙らせ、にっこり笑って美人を真正面から見る女審神者。
これだけで、女審神者すげえなとなるオレ。
なお、美人は周りに気づかず、女審神者が自分に向き合ってくれることを
単純に喜んでいるもよう。
わあ、こいつダメなやつや。
続けるぞ、下、開けといて。
31ミートボール
さんきゅー。
女審神者「三日月が連れていかれた、とおっしゃいましたが、
つまり、貴女は当初、三日月宗近を入手していたが、何処かへ連れさらわれた、
ということでよろしいのでしょうか?
でしたら、何故、取り戻そうとなさらないのです?
相手がわからないのですか?」
美人「相手はわかっているわ。前の審神者よ」
ここで、随分と苦々しい顔になる美人。
女審神者「前の審神者、ですか。では、貴女は、引き継ぎの審神者ということですか?」
美人「引き継ぎじゃないわ、私が正しい審神者よ!
私は、あの審神者の横暴に苦しんでいる彼らを解放したの!
そもそもここは元から、私のために両親が用意した本丸だったのだから!」
さあ、盛り上がって参りました!(棒)
32名無しの審神者さん
これは良い展開wwww
33名無しの審神者さん
続き、はよ、はよwwwwww
34ミートボール
女審神者「……お話を伺うに、貴女は最初、その本丸を運営する予定だった。
けれど、別の審神者に乗っ取られていた。
刀剣男士は横暴に苦しんだというのですから、乗っとり犯はブラック運営をし、
その後、貴女は本丸を取り返したと、これでよろしいでしょうか?」
美人「そうよ!」
女審神者「いつ頃、本丸を取り返したのですか?」
美人「二ヶ月前よ」
女審神者「二ヶ月前。ああ、そう言えば貴女の【国】はどちらです?」
ここの返答は、一応ぼかすな。
美人の答えに女審神者は、少々失礼、と断り端末を確認して告げた。
女審神者「変ですねえ。
二ヶ月前、その【国】ではブラック本丸摘発の事実は公表されておりませんが。
政府の公示ミスでしょうか。
貴女のおっしゃる本丸はいつから稼働していますか?」
ここで、焦った様子の美人の刀剣男士が美人を止めようとしたが、美人は、素直に答えた。
美人「五年前だけど」
女審神者は、端末に再び目を落とし、そして。
女審神者「五年前。……ああ、これでしょうか。
二ヶ月前、五年間本丸を運営していたある審神者が、
本丸にやって来た見習いに、本丸を強奪されていますねえ」
美人「ご、強奪って、私はそんなことしていないわ!!」
女審神者「ご存知の通り、通常、審神者業の引き継ぎはありません。
引き継ぐ際は、前審神者の霊力枯渇他、審神者に身体的問題がある場合、
刀剣男士に圧制を強い、顕現主以外の主を刀剣男士が求めた場合です」
美人「そうよ、だから」
女審神者「その際、本丸の設備は継続、刀剣男士の錬度は引き継ぎ審神者の
審神者レベルに合わせ、基本、錬度一に戻され、
また、前審神者は引退もしくは、捕縛されます。
仮に、これらに該当しない場合でも、双方の安全のため、国替えは行われます。
ですが、前審神者は審神者を続投、本丸の資材、設備、備品は
前審神者に引き継がれ、にも関わらず、貴女の審神者レベルは一ですが、
引き継いだ刀剣男士の錬度は継続、
政府から前審神者へ資材、小判が通常の5倍支給されていますね。
加えて、前審神者が国替えを希望したにも関わらず、希望が通っていない。
これは、刀剣男士ではなく、当代審神者となった貴女が希望したためとある。
書類上、譲渡、という形を取っておりますが、
譲渡は譲渡でも、強制譲渡、
平たく言えば乗っ取りと判断されるに妥当な状況です」
35名無しの審神者さん
36名無しの審神者さん
37名無しの審神者さん
38名無しの審神者さん
39名無しの審神者さん
40名無しの審神者さん
こ、ここは無言の多い、いんたーねっつですね……!!
41名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
42名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
43名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
44名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
45名無しの審神者さん
(゚д゚)ハッ!
46名無しの審神者さん
>>45こっちみんな
47名無しの審神者さん
え、え、おいおいおいおい?!
48名無しの審神者さん
マージーかーよー?!
49名無しの審神者さん
待って、ちょっと待って、今のご時世、もう乗っ取りとかほっとんど
ありえねーのに、プラスして、美人の希望とおりまくりって、ええええええええ?!
50ミートボール
美人「ち、違うわ、ここは元々、私の本丸であの審神者は
私に渡すために、本丸を作っていて」
女審神者「それは、前任様が就任なさる際に、織り込み済みだったのですか。
刀剣男士の方々も納得済みの?」
美人「お父様とお母様がここは、私の本丸だから、あの審神者のところに見習いに行って、
研修が終わる時に引き継ぎ書を出せば、相手は出ていくし、
政府にも話はとおしてあるからって」
女審神者「大事なのは、政府と貴女がた間だけで決められたことではありません。
前任様がご存知だったかどうかです。
これが最初からなされておらず、突然の辞令、しかも強行されたのなら、
貴女もご家族も政府も前任様を騙したことになります。
詐欺、恐喝、窃盗と呼ばれる行為ですよ。貴女は犯罪者ですね」
美人「ひどい、私、そんな」
女審神者「同時に、我々も政府を信用できなくなる。
いつ、何時、家の力だか金の力だかを笠に着た者が
自分たちの本丸を、刀剣男士を、審神者の命を塵芥のごとく
使い捨てにするのか。
遡行軍ではなく、味方に怯える日々を送ることとなる。
更に、刀剣男士に信を置けなくなる審神者も出てくるでしょう。
只でさえ、神格の高い刀剣男士が人の子に首を垂れてくれるのは、
審神者が彼らを顕現させる唯一絶対の主だからです。
特に圧制されたわけもなく、顕現主を裏切るモノがいるとわかれば、
我々審神者は、自身の刀剣男士に懸念を持ち怯えることになる。
貴女が唆したのか、刀剣男士が謀反を起こしたのか。
経緯や言い訳などどうでも良いのです。
貴女が乗っ取りを行い、刀剣男士が前任を裏切った事実は、
内部反乱の火種となる。
お答えを。
前任審神者は、貴女に譲渡することを織り込み済みで審神者に
就任したのですか。
刀剣男士も、顕現主でなく、貴女に仕えることになると、
最初から説明を受けていたのでしょうか。
前任審神者の国替え希望を拒否させたのは何故です」
誰もが、女審神者の言葉に対する美人の返答に、固唾を飲んでいた。
51名無しの審神者さん
そ……そうだよな、これが常態ってなら、オレ達の本丸も、いつ、どうなるか。
52名無しの審神者さん
一時期横行した本丸乗っ取りが、マジ、これだったんだろ、
政府高官とか、政治家の子供に、本丸プレゼントするために、一般人審神者から
本丸と刀剣男士奪ってたって、呪具とか呪術とか使って。
53名無しの審神者さん
あれ、レキシューサイドもかなり入り込んでたんだろ、だから、
今はもう、こんなん起きないように法整備が整ってんじゃん。
54名無しの審神者さん
でも、この美人、なんかよくわかんねえけど、お偉いの子供っぽいじゃん、
じゃあ、今でも
55名無しの審神者さん
刀剣男士も
56名無しの審神者さん
やめろ。
やめろ。
57ミートボール
美人「だって、だって三日月が、三日月があの審神者に着いていったんですもの。
彼は、私の夫なのに」
女審神者「は? ……結婚されていたのですか、三日月宗近と?」
美人「三日月は私の夫よ、あの審神者が奪ったの!
初期刀とか初鍛刀とか、どこにでもある刀剣男士程度がついて行くぐらい
私だって許してあげたわ、でも、三日月なのよ?!
どうして、どうして三日月、あんな審神者に!
私の方が、霊力は高いし、美しいわ、三日月は、あんな審神者より、私の夫に
なるのが相応しいのよ、あんなに私に笑いかけてくれていたのに、どうしてっ!!
あの審神者が、あの審神者が三日月を騙しているのよ、三日月は私を待っているの、
私の助けを、だから!」
女審神者「寝言は寝床で言え、念仏は仏壇の前で唱えろ。
あんたに付かない、イコール、振られたってことじゃん。
失恋したんでしょ、潔く諦めなさいよ。
仮にも刀剣男士が、あんた程度の助けを待ってるってどこのお姫様だ、
そもそも三日月宗近がそんなタマかい、勘違いストーカーかよ、キッモ」
58名無しの審神者さん
59名無しの審神者さん
60名無しの審神者さん
61名無しの審神者さん
62名無しの審神者さん
63名無しの審神者さん
こ、ここは無言のry
64名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
65名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
66名無しの審神者さん
ハァイ!(^▽^)/
67名無しの審神者さん
タ●ちゃんか!
68名無しの審神者さん
え、え、どゆこと?
三日月、美人の夫だったん??
69名無しの審神者さん
さあ、盛り上がってわからなくなってまいりました!!
70名無しの審神者さん
>>69どっちだ
71名無しの審神者さん
えーと、要するに、
美人は三日月が好きだけど、三日月は嫌ってた??
72名無しの審神者さん
つか、この美人の乗っ取りって、まさか三日月目当てだった?
73ミートボール
>>72
そこいらも含めて、女審神者が追及してくれた。
女審神者「お疲れ、こんちゃん、お使いありがとう、わかった?」
女審神者がここで呼んだのはこんのすけ。
ぽん、と女審神者の呼びかけに現れたこんのすけは、女審神者の肩に
ピカチュ●のように乗っかった。
こん「はい、主様。
そちらの審神者の乗っ取りを手配したのは、彼女の実家です。
彼女の霊力量の多さに、政府は一刻も早く審神者に就任して欲しかったのですが、
中堅程度の力がある実家が、自分達の権力をより強固にする等皮算用もあり、
初期の本丸ではなく、最高錬度の刀剣男士全振揃っている本丸を娘のために
用意せよと交渉したと記録にございました。
当時は政府も、霊力量が多い審神者の方が、より良い戦績が出せるのではないかと
寝言を信じていたかったようで、一人の審神者に本丸を育てさせ、
育ち切った本丸へ高濃度の霊力を持つ、
さらっぴん審神者を宛がった方が、旨みが二倍になるといった
底も低く程度も底辺という、くだらない皮算用もあった模様です。
尚、この話は、前任審神者の就任時に、説明はありませんでした。
政府は、彼女の実家の要求に該当する本丸を、要求のあった5年前から探し、
都度、あの審神者の実家に伺いを立て、親が許可した本丸を更に吟味し、
此度、強制譲渡させられた前任殿の本丸がお眼鏡にかなったというのが、
真相でございます」
女審神者「胸糞悪い話ねぇ。
で、実験結果はどーなってんの」
こん「そちらの審神者に頭が挿げ替えられた後、本丸の戦績は大暴落しております。
前任殿時代は常に国のランカー本丸だったのが、現在は、びりっけつ。
どころか、現在、あの本丸は、演練以外の任務をこなしておらぬ
国一番の怠慢お荷物本丸です。
一方の前任殿が現在治める別本丸は、着々と力をつけ先月はランク50に
入っております。
ただ、前任殿が最高本丸を指揮できないため、国全体の戦況が悪くなっております。
これで、前任殿に国替えをされていたら、この国はどうなっていたことやら。
そこな審神者の我儘が、国を水面下で救っているとは、皮肉なものです」
74名無しの審神者さん
うわ……うわあ……
75名無しの審神者さん
おいおい、政府さんよぉ?
76ミートボール
女審神者「そりゃそーでしょ。
審神者って、ただ、刀剣男士を顕現して維持すりゃいいって
お仕事じゃないもの。
それでよけりゃ、疑似霊力供給システムあるんだし、
あれを各本丸に設置すりゃ、むしろ、審神者がいる必要もないわ。
色目使われたんだか、金目使われたんだか、政府に都合のいい
占い結果出してもらったんだか何だか知らないけど、
ちょっと考えたらわかることもシミュレートできないとか。
とどめにたった二カ月でトップをどん尻にできる能力とか。
想像力がないって哀れねえ」
77名無しの審神者さん
疑似霊力システム? あったっけ、そんなん?
78名無しの審神者さん
え、知らないって、おまえモグリ? 養成所ちゃんと行った?
79名無しの審神者さん
は? 行ってるし。
80名無しの審神者さん
オレも知らん。
言っとくけど、オレも養成所出てるぞ、こちとら一期生だぞゴルァ。
81名無しの審神者さん
ひえ、センパイでしたか!
待った、ひょっとして77も一桁台卒?
82名無しの審神者さん
おう。オレは、六期生。
83名無しの審神者さん
チーッス、パイセン。
84名無しの審神者さん
じゃあ、知らんで当たり前だ。
疑似霊力システムってのは、審神者が病気や怪我で、長期、本丸を離れる
必要が出た時に使われる審神者の代替システムだよ。
簡単にいうと、これは予備バッテリー。
審神者が長期不在時、本丸内に審神者の霊力を審神者がいる時と
ほぼ同様に循環させるシステムで、本丸に組み込まれてんだと。
乗っ取り全盛期、審神者を無理やり怪我させたり、呪ったりして、本丸から離し、
そこに乗っ取りが乗り込んで、呪具で霊力を上書きって方法もあったらしくってな。
当時は、長期不在の際、必ず、審神者の代理派遣をすることになってたから、
そこを突かれた形だな。
で、このシステムを実働させることで、代理派遣制度を止める切欠になったんだと。
昔は、ブラック本丸解体時の刀剣男士向けか、乗っ取り対策にしか使われてなくって、
システムは監査部しか使用できなかった。
審神者が長期不在時に使われだしたのが、ここ10年ぐらいで、
養成所でこれを教えるようになったのも、せいぜい7~8年じゃないかな。
85名無しの審神者さん
へー!
86名無しの審神者さん
さんきゅー、ひとつ賢くなったわー!
87名無しの審神者さん
まあ、政府からのお知らせに常に目を通してるヤツなら、
養成所初期生だろうとなんだろうと、知ってて当然だけどなー。
88名無しの審神者さん
ギクッ
89名無しの審神者さん
ギクッ
90名無しの審神者さん
ギクッ
91名無しの審神者さん
ギックリゴシ(゚Д゚)ノ
92名無しの審神者さん
おう、大人しく寝とけやご老体
93名無しの審神者さん
つまんねえ、やり直しも必要なし
94名無しの審神者さん
山●君~、91の床板ごと引きはがしちゃってー
95名無しの審神者さん
はーい!(^O^)/バリバリィ
96名無しの審神者さん
茶番乙
97ミートボール
美人「あ、あなた、人のプライベートを勝手に、なんのつもりなの?!
最低な方ね!!」
女審神者「はい、巨大ブーメラン乙。
あんたこそ、ウチの、みかさんの情報、勝手に盗ってんじゃん。
本丸の規模も、そこにいる刀剣男士の情報も、
ましてや誰がどんな経緯で引き取られただのも、第一級機密事項よ。
普段、あたし達が見る事が許される本丸と審神者の情報は、
審神者ランクと数値上の戦績及び、所属している刀剣男士の数のみ。
それ以外の情報開示は、開示に足る理由を政府に申請、受理され、
正当性が認められた時のみ、開示に必要な部分だけの閲覧が許可される。
本丸担当者でもなく、管理者でもないただの一審神者が、
他人の軍事情報を覗き見る理由なんざないのは常識。
つーか、余所様のお宅事情をよくもまあ、公の場で暴露できるものね。
あたしもやったけど、お相子っつーか、
そもそも、乗っ取った側の情報は官報で公示されるし、
だからこそ、うちのこんちゃんは情報を持ってこれたんだしさ。
なのに、あんたはあたしの本丸の情報を漁ったのよねえ。
乗っ取りした本丸でもないウチの情報を。
何の権限があって、ウチの機密をハッキングした。
どこの誰があたしと、あたしの刀剣男士の機密を
貴様に売り渡しやがった」
美人「う、売るだなんて、そんなことされていないわ、
三日月が、三日月が私のところに来ないのが」
女審神者「あれれえ~?
ワタシの三日月がいるんじゃなかったの~?
夫に逃げられたんじゃなかったの~?
どうして、三日月を引き取ってる人のオハナシ聞きたいの~?
三日月宗近のガワにしか用がねえなら、金と権力にモノ言わせて
特注で等身大三日月宗近ラブドール作ってオナってろ、クソビッ●が」
98名無しの審神者さん
99名無しの審神者さん
100名無しの審神者さん
101名無しの審神者さん
102名無しの審神者さん
103名無しの審神者さん
104名無しの審神者さん
105名無しの審神者さん
お……女審神者サン、口、悪くていらっしゃる、ね……?(震え声)
106名無しの審神者さん
お、お怒りでいらっしゃるんですよ、きっと、そうだと言ってよバーニィ!!
107ミートボール
青「フフフ、主?
相変わらず不意打ちで、人の下心をくすぐる発言が得意だねえ?
蜂須賀君と、歌仙君の心もくすぐりそうだ。
今、君が彼女に投げつけた、下ネタたっぷりな罵倒語への怒りのことだよ?」
女審神者「おっと、口も柄も悪くてごめんよ青さん、
でもハチさんと之定君へのチクリはマジ勘弁してください、
ダブル説教はツラいの、あの二口怖いのよ、容赦ねーのよ審神者に」
青江「へ~え、じゃあ、堀川君へのチクりはいいってことかな?」
女審神者「止めて差し上げてくださいガチ怒った堀君の怖さは、
ひいいいいい思いだしただけでえええええ!!」
108名無しの審神者さん
どんなトラウマ持ってんだ、女審神者は
109名無しの審神者さん
堀君って、堀川のことかな?
110名無しの審神者さん
感じからして、じゃないかなー。
111ミートボール
>>109
多分そう。その後の会話聞いてたら、どうやら女審神者の初脇差が堀川っぽかった。
美人「あ、あなた、あなた、いい加減にして!
私へなんてひどい侮辱を!!
身の程を知りなさい、私は貴女とは、いいえ、誰とも違うのよ、
私は、三日月との子を産む選ばれた存在なのだから!!」
女審神者「は?」
オレらもまとめて、は?
112名無しの審神者さん
は?
113名無しの審神者さん
は?
114名無しの審神者さん
は?
115名無しの審神者さん
ひ?
116名無しの審神者さん
ふ?
117名無しの審神者さん
へ?
118名無しの審神者さん
ホォーウ!!
119名無しの審神者さん
>>118
くだらん、やり直しの必要もなし。
120名無しの審神者さん
……、え、まって、は?
121名無しの審神者さん
子供? 三日月との子供??
122名無しの審神者さん
は? え、何? どゆこと??
123名無しの審神者さん
審神者とは、刀剣男士と子供を作る仕事だった……??
124名無しの審神者さん
ははは、バカな
……バカな
125ミートボール
女審神者「……あんた、正気?
刀剣男士との間に子供できるわけないでしょ」
美人「貴女のような一般人と、私を一緒にしないでくださるかしら。
私は特別な」
女審神者「いや、生物学上の問題だわよ。
そもそもこいつら分霊じゃん。
本霊からポコポコいくらでも増えるのに、
分霊が子孫残す意味って何。
仮に残せたとしたら、その時点でこいつらは刀剣男士じゃないし、
神でも妖でもなければ、まったく新種の生態系もった生命体になる。
つーか、こいつら全口、種なしじゃん。
養成所じゃ教えてないの、こんな基本事項」
イイエ、教えられていません。
何よりも、女の口から聞きたくなかったこんな説明と思うオレは
女に夢を見すぎているのでしょうか
126名無しの審神者さん
いいや、おまえは悪くない。
127名無しの審神者さん
ああ、1、おまえは欠片も悪くない。
128ミートボール
>>126-127
ありがとう、同士達よ。
しかし、女審神者の説明はまだ続くんだなこれが(白目)
女審神者「第一、異種間交配で、加えて、妊娠期間がまるっと違う同士での受胎は、
それこそ一万回以上中田氏ハッスルして、一回、着床するかしないかでしょ。
あんたが特別だろうがなんだろうが、人間の枠組みは変わんないんだし、
ファイト一発で当たる確率は天文学的よ。
妊娠しても、母子ともに無事に出産できるかどうかの可能性も低い。
おまけに、無事に生まれたとしても、その子は一代限りじゃない。
あんたなんでそんな子供生み出したいのよ」
ヘー、ソーナンダー(沈黙)
129名無しの審神者さん
えろい……えろい単語を女の口から聞いているはずなのに、
欠片のエロさも感じられないのはどうしてだ……
130名無しの審神者さん
ほんそれ……
131ミートボール
美人は、女審神者からの怒涛の説明に、顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。
しかし、女審神者の攻撃の手は緩まない。
女審神者「審神者の養成所じゃなくても、この程度、学校の生物で習うでしょ。
あんた学校行ったことないの」
美人「ば、バカにしないで!!
私は●●校(ここは、プライバシーのため、ボカす)の出身よ!!」
女審神者「ああ、あの女子校。
あそこ出身なのに、あんた、全然、女子校精神も知識も知恵も
身についてないわね」
美人「あ、貴女のような平民は知らないでしょうけど、
女子校は女性が善き妻、善き母になるためにあるのよ、だから」
女審神者「は? 何いってんの、女子校の意義は、女がアンコンシャスバイアス、
つまり、無意識の偏見から解放されて、女性として人間本来のあるべき姿に
気付く感性を養い、社会の不条理にも気付け、
それに立ち向かえる論理と情熱を身につけられることでしょ。
善き妻、善き母になるためだけなら、わざわざ学校で勉強する必要もないわ。
現状、男性中心の社会である限り女はマイノリティーなんだから。
あんた、この理念第一人者のいい学校出てるくせに、何、学んでたの、
つか、審神者になるまでどこで働いてたわけ」
呆れ目線の女審神者に、美人は、女審神者を睨みつけてこう言った。
美人「働く? 何故、三日月の妻になる私が、そんなことをする必要があるの?
労働は、それに準じた身分のものがすることよ。
私の家は、家柄も高く、そこにあるだけで社会に貢献しておりますの。
そこの娘である私に、花嫁修業以外することが、あるわけないわ」
女審神者「え、それって、あんたその年で家から出ないで働いてもないってこと?
やだ、パラサイトシングルのガチニートじゃん、引く」
オレ氏と会場、この瞬間、噴出す。
悪くない、オレ達は、決して悪くないwwwwwww
132名無しの審神者さん
こwwwwwれwwwwwwはwwwwww
133名無しの審神者さん
ひーwwwwwww
134名無しの審神者さん
確かにwwwwww確かにいいいいいい!!wwwwww
135名無しの審神者さん
ちょっとー、みんな、草生やし杉ぃwwwwww
136名無しの審神者さん
>>135オマエモナーwwwwww
137名無しの審神者さん
>>135オマエモナーwwwwww
138名無しの審神者さん
>>135オマエモナーwwwwww
139名無しの審神者さん
_, ._
( ・ω・) ンモー !. .
○={=}〇, ; .'´ `. ゙ ; `
|:::::::::\,.'.;´," :´,´' . ゙ .` .
wwwwwwwwww.,し,,.,.,`(.@)wwwwwwwwwwwww
_, ._
(・ω・ ) …………
○={=}〇
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WWWWWWww.,.,し,,.,,,(.@)wwwwwwwwwwwww
゙ (・ω・`)
○={=}〇
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Ww.ヽ|〃wWww.,し,,.,,,(.@)wwwwwwwwwwwww
_ (・ω・ ) ♪♪
,,´\|__|)⊂ )
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Ww.ヽ|〃wWww.,.,し,,.,.,J,.,.-(.@)wwwwwwwwwwwww
140名無しの審神者さん
花、咲かせんなwwwwww
141ミートボール
>>139
このAAは初めて見たわwww
しかし、問題はここからだった。
女審神者が連れている演練面子。
彼らにより更なる地獄(笑)が始まったのだ。
142名無しの審神者さん
お? なんだなんだ?
143名無しの審神者さん
今更だけど、女審神者と美人が連れてる面子って誰?
144名無しの審神者さん
女審神者側に三日月とにっかりがいるってことはわかってるけど、
他のメンバーわかってねーな、そーいや。
145ミートボール
オレも言われて書き損ねてたの思いだした。
女審神者と美人の演練メンバー投げるな。
女審神者:三日月、青江(極)、五虎退(極)、同田貫(極)、御手杵、次郎太刀
美人:一期、鶴丸、鶯丸、江雪、小狐丸、燭台切
146名無しの審神者さん
わー、美人とこのメンバーがこう……
147名無しの審神者さん
すごく……わかりやすいです……
148名無しの審神者さん
一方で、女審神者部隊のバランスと極面子よ。
149名無しの審神者さん
見せびらかしお飾り部隊VSガチ実戦育成部隊、ファイッ!
150名無しの審神者さん
結果、見えてますやん。
151ミートボール
五虎退の極に至っては、70代、同田貫も50代、青江も40代を突破してるぞ。
マジ、育成&ガチって感じだな、女審神者のところ。
対して、美人のところは、錬度は全振80~90なんだけど、
演練しか出てないせいだろうな、誰の上にも誉桜がなくって、
おまけに、なんとなく刀としてくたびれている印象。
ウチの数珠丸が
「強奪までしておきながら、我々刀剣男士の意義を見失わせる審神者に、
主を裏切るという不忠を働いておきながら
被害者意識を垣間見せる刀剣男士。
どちらも本当に、罪深いことです……」
って、呆れかえった顔で言ったぐらいだからなあ。
152名無しの審神者さん
あー、数珠様にそこまで言わせるようじゃなあ。
153名無しの審神者さん
ほんそれ。
154ミートボール
さて、女審神者による、美人、ニート疑惑(笑)に、美人が固まったその時。
女審神者の袖を引くものがあった。
女審神者の五虎退だ。
155名無しの審神者さん
ごこたん! ごこたん!
156名無しの審神者さん
>>155
いち兄案件?
157名無しの審神者さん
>>155
お覚悟?
158名無しの審神者さん
>>155
ケビンパイセン?
159名無しの審神者さん
ちちちちちげーしっ!! あ、待って、しなのん、今のはごry
160名無しの審神者さん
>>159
惜しくない159を失った。
161ミートボール
五虎退は、女審神者に聞いた。
五「主様。ぱらさいと? にいと? って、なんですか?」
五虎退ハ、不思議ソウニ女審神者ニ尋ネテイル。
162名無しの審神者さん
ひいっ!!(゜ロ゜; ご、ごこちゃん?!Σ(゜Д゜)
163名無しの審神者さん
そんなの興味持っちゃらめえ!!(゜ロ゜;
164名無しの審神者さん
やめて待って、穢れなきマイエンジェルのごこたんに
なんてことを言わせるの、言わせるのおおおおおおお?!(゜ロ゜;
165ミートボール
>>162-164
オレも、全く同じ反応になったぜ……会場中も凍ったぜ……(泡を噴きつつ)
女審神者は、五虎退に困ったように問われて、ああ、と頷くと
女審神者「ごめんなさいね、皆が打たれた時代にはない言葉だわ。
ごこちゃんだけじゃなくて、他の子もわからないわね。
おばさんが悪かったわ」
ごめんねーと謝る女審神者に、オレも会場も、え、となった。
おばさん? どー見ても20代だけど?(;・∀・)
166名無しの審神者さん
そーいや、ミートボール、最初に女審神者のこと
可愛いって言ってたよな。
女審神者ってどんな感じ?
167ミートボール
刀剣男士らも好きな現世の昔のドラマで、【精霊の守●】ってあるだろ。
あれの●ルサ役、綾●はるか似。
168名無しの審神者さん
なんだそれ、めっちゃ可愛いじゃねえか。
169名無しの審神者さん
ちょっとまて、そんな可愛い女がいて霞むぐらいの美人って
見たい、めっちゃ見たい!!
170名無しの審神者さん
>>169
ただし、死ぬほど残念な脳内を持っている模様。
171名無しの審神者さん
あ、見なくていーわ
172名無しの審神者さん
素晴らしい手のひら返しww
173名無しの審神者さん
>>171
いいぜ、そんなおまえ、嫌いじゃない(サムズアップ)
174ミートボール
>>171
お前とはいい酒が飲めそうだ(サムズアップ)
女審神者は、五虎退からの質問に、はい、他の子も聞いてねーと、
明るく説明した。
女審神者「パラサイトシングルは、
親の脛だけかじって無駄飯食って生きてる、いい年した大人の寄生虫、
ヒキニートの引きは引きこもり、
ニートは働く意思さえない遊び呆ける穀潰しのことよ 」
女審神者の言葉があらゆる場面からあらゆる人々を乱れ打つうううううう!!(゜ロ゜;
175名無しの審神者さん
おおおオレたち審神者ですから働いてますししししし
176名無しの審神者さん
迷惑かけてごめんよかーちゃん、
仕送りがんばるっがんばるからあああああ!!。・゜゜(ノД`)
177名無しの審神者さん
やめろ、やめてくださいホンッとやめてくださいいいいいい!!
178名無しの審神者さん
あってる、あってるんだけど、間違ってないんだけどおおおおお!!
179名無しの審神者さん
日本語に訳する(?)だけで、この威力……!!
カタカナって、言葉をマイルドにするんだね……!!(白目)
180名無しの審神者さん
やめろ……やめろ……。・゜゜(ノД`)
181ミートボール
会場中のオレ達の心にダイレクトアタックする中、
五虎退の女審神者への質問は続く。
五「では、あちらの方は、ご両親に寄生する引きこもりの穀潰しの方なのですか。
あ、じゃ、じゃあ、審神者のお仕事も?」
ひょっとして、という五虎退の疑問に、反対するのは美人だ。
美人「ば、バカなこと言わないで!
私は、審神者よ、ニートとか、そんなふざけたものじゃないわ!」
五「ですが、演練以外の任務はされていないのでしょう?
それでは、審神者としてお務めを果たしているとは言えません」
美人「わ、私は、私は違うわ、選ばれた存在なのよ、
そ、そう、貴方たちの時代に合わせたら、私は姫だわ!
姫が庶民のように働く理由はないもの!」
自分を姫と呼ぶ成人女が実在する世界を知った。
182名無しの審神者さん
姫wwwwww姫てwwwwww
183名無しの審神者さん
ファーwwwwww
184名無しの審神者さん
腹ww筋www崩wwwwww壊wwwwwww
185名無しの審神者さん
勘弁してくださいいいいいいwwwwwww
186ミートボール
一気に沸く場内。
美人は顔を真っ赤にして震えている!
だが、五虎退の追撃は揺るがない!!
五「姫、ですか?
えっと……、姫君の一番の仕事は家を守り子供を産み育てることですが、
そもそも姫君の中で、賢くない方は一人もいません。
姫君の婚姻は、外交と他国の内通において
賢く役に立つ女性だと認められた証でしたし、嫁ぎ先で夫が戦に出る時は、
城代(じょうだい)としてのお役目があります。
基本的な政務は留守居役(るすいやく)が行いますが
城代である姫はその政務の決済承認を行わなければなりませんし、
高貴な身分であればあるほど、礼法他の教養を得るため
日々、切磋琢磨していらっしゃいます。
嫁ぎ先によっては、農業にも従事する場合もありますし、
家を守るために、男子を出産するまで妊娠を続けなくてはなりませんし、
お家を断絶させない為、主人の側室探しもされるのが普通です。
嫁ぎ先が戦に負けたら実家に戻りますが、有能な姫であればあるほど、
再び、他家へ嫁ぐのも当たり前のことでしたし。
ですが、姫君であろうと誰であろうと、
本丸は、歴史遡行軍と戦うための最前線です。
審神者はボク達刀剣男士に戦を命じる武将です。
どうして、本丸にいる審神者ですのに、貴女は審神者ではなく、姫なのでしょうか?
何より、トップランカーの本丸を引き継ぎ、ご自分が姫だとおっしゃるのなら、
尚更、それを証明する必要があるのが、姫という身分です。
ボク、主様に聞きました。
今の時代、女性は必ずしも結婚をする必要はないし、子供を産むことだけが
女性の仕事ではない、女性が審神者とし、将として前線に立つのは
審神者の才があるものとして、当たり前なのだと。
高貴な姫君と自覚しているのでしたら、より一層
務めを果たし、自ら乏しめることをしては、ならないと思うのですが」
違うのでしょうか、と純粋な五虎退の眼差しに、美人が返す言葉はない。
187名無しの審神者さん
ごこちゃんの正論が強え……
188名無しの審神者さん
しかもこれ、感じからして心底不思議そうに言ってるだろ?
反論してこないあたり、美人のやってることってww
189名無しの審神者さん
しーっwwwwwww
190名無しの審神者さん
言ってやるなしwwwwwww
191ミートボール
五虎退の澄んだ幼子のような眼差しから逃れようと、美人が更なる悪あがき。
美人「わ、私はっ、私は、あなた達が知る誰よりも、高貴な姫なのよ!
巫女としても優れているから、私の刀剣男士だって、戦わなくていいのよ!」
五「姫君で巫女? ですか?
あ……、ひょっとして、既に婚姻されていて、
嫁ぎ先の旦那様にご不孝があり、その供養のために」
女審神者「ごこちゃん、その場合は巫女さんじゃなくて、尼さんになるんじゃね?」
せやなwwwwww
192名無しの審神者さん
せやなwwwwww
193ミートボール
五「ああ、そうですね。
ええっと、でも、そうなると、ますますボクにはわかりません、主様。
あの方は、お話から察しますに、現世でも働いていなかったのでしょう?
お体に問題もなくて、本丸で審神者のお仕事もしておらず、
でも、現世のお家でも何もしていないようですし……
あ、も、もしかして」
五虎退、はっと、顔を上げると、
五「頭のご病気なのでは……?!」
気づいてしまった!! と言う顔に!!
194名無しの審神者さん
ご、ごこちゃんんんんんんん!!wwwwww
195名無しの審神者さん
ひいwwwwwww
196名無しの審神者さん
ひどいwwwwwww これはひどいwwwwwww
197ミートボール
とどめに
五「おかわいそうに……」
心底の同情の顔にwwwwwww
198名無しの審神者さん
wwwww
199名無しの審神者さん
wwwwwwww
200名無しの審神者さん
ファーwwwwwwwww
201名無しの審神者さん
ファーwwwwwwwww
202名無しの審神者さん
助けてwwwwwwwww 腹筋が息をしていないのwwwwwwwww
203名無しの審神者さん
割れるwwwwwwwww マイ腹筋、労せずシックスパックwwwwwwwww
204ミートボール
場内、爆笑の渦に覆われる中、怒りで紅潮し、涙目の美人、
遂に、怒鳴りだす。
美人「バ、バカに、バカにして、よくも、この、私を……っ!!」
さあ、反撃の狼煙は如何に?!
美人「貴女、五虎退みたいな子供に、人を馬鹿にするようなこと言わせるだなんて、
人として恥ずかしくないの?!
子供も躾けられないなんて、碌な母親になれないわね!!」
そうきたかwwwwwwwww
205名無しの審神者さん
躾wwwwwwwww うんうん、しつけ、大事ですよねwwwwwwwww
206名無しの審神者さん
そっすねーwwwwwwwww
審神者って、刀剣男士の親みたいなもんですしねーwwwwwwwww
207ミートボール
美人の更なる攻撃は続く
美人「そもそも、戦いに子供を出すなんて、
人でなしのやることだわ、貴女は審神者として失格よ、
彼らは守るべき子供なのに!!」
うわお、久しぶりに聞いたセリフwwwwwwwww
208名無しの審神者さん
盛り上がってまいりましたwwwwwwwww
209ミートボール
女審神者、五虎退、きょとんとした顔になり、お互いの顔を見合わせる。
五「主様。
ボクを戦に使わないのですか?」
女審神者「何で?
夜戦と室内戦、ぶっちぎり戦力の短刀、しかも、修行に出て、
極めてるごこちゃんを、戦に使わない理由はないわよ。
今、江戸城の遡行軍を叩き潰している最中だし、
生存の高い太刀以上に、偵察の高い極短刀たちがいない部隊なんて、
負け戦じゃない。
あんたたちに雪辱を味わわせることを、
主たるあたしが、するわけないでしょう」
バカを言っちゃいけねえぜとばかりに、答える女審神者。
210名無しの審神者さん
おお、ホントに勝つための編成だ。
211名無しの審神者さん
なんか、当たり前のように答える女審神者すげえな……
212名無しの審神者さん
流石、バ●サや……
213名無しの審神者さん
>>212
バル●で映像浮かんだだろうがwwwwww
214名無しの審神者さん
くっそwwwwwwくっそwwwwww
215ミートボール
女審神者「戦うために顕現したあんた達、刀剣男士を
戦いに出さないなんざ、本末転倒もいいところ。
仮に、戦いたくないと訴えるのなら、刀解してお還りいただくのが筋だし、
顕現維持する意味もないでしょ。
同時に、そうでないもの達を、戦わせない理由はない。
審神者は刀剣男士達を束ねる主。
眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせるもの。
助力を希った相手を見た目で判断し、人の基準で断ずるのは阿呆の証拠だわ。
刀剣男士が、本体の長さ、用途に外見が影響されることを
審神者ならば当然知っている。
見た目が子供だからって、戦いから引き離すのは、人間のくだらないエゴよ。
あんた達が、あたし達人間より格上だって、
審神者なら誰もが知っているのだから。
だいたい、ウチにいる子は、誰一口、鈍じゃない。
鈍とすることも、成長させぬこともあたしはしない。
ならば、あたしが、あんた達の主である限り、
あんた達が戦う意思を持つ刀剣男士である限り、
あたしはあんた達に戦えと、敵を屠れと、
敵将を討ち取れと命じましょう。
あんた達が戦う場を整え、常勝させましょう。
それが、審神者たるものの意義。
それが、この戦に関わったものの責任。
それが、使う者の義務。
それが、あたしの覚悟よ」
216名無しの審神者さん
217名無しの審神者さん
218名無しの審神者さん
219名無しの審神者さん
220名無しの審神者さん
221名無しの審神者さん
……か……カッコいい……!!
222名無しの審神者さん
なんだ、この、圧倒的武将感……っ!!
223名無しの審神者さん
あ、姐さん……っ!!
224名無しの審神者さん
抱いてっ!!
225名無しの審神者さん
クレバーに抱いてっ!!
226名無しの審神者さん
ひ、ひえええ……なんだ、この審神者、マジ、しびれる……っ!!
227ミートボール
オレも、危うく閣下! と叫ぶところだったわ……
ヤバイ、もう、ガチヤバイ。
会場でこれ見てみ? オレのしょーもねー文章と、熱量が違う。
審神者だけじゃなくて、刀剣男士らも、女審神者に熱い視線送ってたわ。
オレらも普段、審神者やってて、
あいつらを戦場に送り出してるし、モニター越しとはいえ、
戦いを知ってる。
知ってても、なんつーか、審神者の心っていうか、
それこそ、女審神者がいう覚悟を改めて見せられて、
ムネアツんなった。
すげーわってなったよ、語彙力? 知るかそんなん、考えんな、感じるんだよ。
228名無しの審神者さん
わかる。オレも会場いるけど、ミートボールの言うことわかる。
なんだっけ、気概の違いってのかな?
それに引き換えると、はっきり言って、美人が霞んだわ。
美人の方の刀剣男士も、女審神者のこと、すげえ羨ましそうに見てたし。
ひょっとしたら、裏切った元主のこと
思い出してたんかもしんねーけどな。
229名無しの審神者さん
ああ、トップランカーだったんだっけ。
230名無しの審神者さん
こいつら、なんだって、そんな有能な審神者を捨てて、
美人を取ったんだろう。美人だったから?
231ミートボール
>>230
いずれわかる。
女審神者の宣言の後、笑い声が聞こえた。
誰かって? 女審神者の同田貫だ。
同「ははっ! それでこそあんただ!
刀剣男士を率いる将たる審神者、オレの主だ!
いいぜ、主。
肥後国菊池が刀工・同田貫が一振、同田貫正国!
今、この時をもって、全ての同田貫の力を、このオレの刃を!
改めてあんたに捧げ、あんたの為に振るうと誓おう!
オレを好きに使え、オレはあんただけの同田貫正国だ!」
同田貫が高らかに名乗りを上げた。
232名無しの審神者さん
た、たぬき……?!( ゚д゚)
233名無しの審神者さん
おいおい、ちょっと待て、同田貫って、戦い大好きのトップだぞ?
実践刀は使ってなんぼ、の戦ジャンキーだぞ?
その刀剣男士が、こんな忠誠発言とか、マジか、マジか?!( ゚д゚)
234ミートボール
>>233
マジだ。
女審神者は同田貫に改めて名乗りを上げられて、
最初は、目をぱちくりさせたんだが、それも一瞬。
すぐに、笑みを作るとこう返した。
女審神者「勿論、あなたはあたしだけの刀よ、同田貫正国。
質実剛健のあなたは、まさに戦の為にある剛刀。
あなたに斬れぬものはなく、折れぬものはない。
同田貫の集合体であるあなたの全てを使い、行く手を阻む敵を、
あなたにも、あたしにも、歯向かうことができぬよう
叩き割ってしまいなさい」
同田貫は、刀を女審神者に掲げ、応と返した。
誉桜がふわりと舞った。
235名無しの審神者さん
た……たぬき……っ!!
236名無しの審神者さん
ムネアツ……ムネアツ……!!
237ミートボール
同田貫の宣言のすぐ後、今度は御手杵がゆるーく口を開いた。
御「なんだよー、正国。
そーゆーカッコいいとこばっか、すーぐ取っていって。
オレだって、主にいいとこ見せたいのにさー」
ほけーと笑いながら、同田貫の肩に腕を乗せる御手杵を、
うっせーと面倒そうに払う同田貫。
同「名乗りてえなら、おまえもやりゃあいいだろうが」
御「おう、そーする」
素直か。
238名無しの審神者さん
ギネwwwwww
239名無しの審神者さん
ギネネ、こーゆーとこあるあるwwwwww
240ミートボール
御「天下三名槍が一本!
刀工・五條義助の作りし、東に松平の御手杵!
主の邪魔をしようとする連中は、
あんたに近づくその前に、オレが全て刺し貫こう!
オレはあんただけの槍だ!
あんたに勝利をもたらす為、その為に、オレはここにある!」
誰だ、こいつを芋ジャーの地味メンとか言ったの。
しびれるわ。
241名無しの審神者さん
おまえ、おい、>>1、最後のおまえの感想はいらんかったわ!!
242名無しの審神者さん
返せ!! ギネネの見せ場を返せ!!
243ミートボール
外野、うるせーよ。
御手杵の名乗りに、女審神者は、誇らしい笑顔で応える。
女審神者「勿論、あなたもあたしだけの槍よ、御手杵。
天下三名槍、東の御手杵。
突くことに特化し、天候をも支配する気高き槍。
嘗て結城の殿が敵の首を、複数串刺しにして凱旋したように、
あたしの、あなたの、敵を突き黙らせなさい。
歯向かう暇も、口答えする瞬きもなく、
刺し貫いてしまいなさい」
女審神者の言葉に、当然、と言いながら、誉桜を舞わせたよね、御手杵。
244名無しの審神者さん
舞うわ。
245名無しの審神者さん
舞わんでどうするわ、これ。
246名無しの審神者さん
ギネネもカッコいいけど、女審神者……っ!!
247名無しの審神者さん
ほんそれ……!!
248ミートボール
慌てるなよ。
これで終わりなんて誰が言った?
女審神者の次郎が、二振の再口上に、けらけら笑いながらやってきた。
次郎「あっはは! 主にむかって真正面から、
戦馬鹿共が次々と名乗りを上げるんじゃあ、
次郎さんも、酔っぱらったまんまじゃいられないねえ」
次郎は、ダン! とデカい音たてて、大太刀の持ち手を地面に突くと、
名乗りを上げた。
次郎「越前国府中・國安作、
真柄隆基が用いし、大太刀、次郎太刀!
主の進む道を曇らせようなんて野暮な奴らは、このアタシが斬り祓う!
アンタに近づく隙さえ与えやしない!
アタシはアンタを潰そうとする無粋な輩を切り裂く嵐となろう!
アタシの嵐が、主の重石となる下郎、全てを吹き飛ばそう!」
とんでもねえイケメンがいた。
249名無しの審神者さん
惚れる
250名無しの審神者さん
抱いて
251名無しの審神者さん
やばい(ヤバイ)
252名無しの審神者さん
クッソ、こんなん、卑怯、こんなん、次郎ちゃんめ……っ!!(床ローリング)
253ミートボール
女審神者は、当然とばかりに頷き言った。
女審神者「ええ。知っているわ、あたしだけの次郎太刀。
熱田神宮に奉納されし、勇敢なる大太刀。
合戦の勝者からも敬意を抱かれた刀。
仲間の為の犠牲も、それ故の名誉もあたしはいらないわ。
あなたはあたしの敵を吹き飛ばすために、
あたしやあなたを野暮の極みにしようという不埒な連中を
蹴散らすための嵐となるのが粋なあり方よ」
女審神者の言葉に、もっちろん! と、次郎はウインクしながら桜を舞わせた。
くっそ、ウインクが決まるって、クッソ、イケメンえ。
254名無しの審神者さん
おまえの恨み節はいらん。
255名無しの審神者さん
マイナス補正抜かしてやり直せ
256名無しの審神者さん
(ファミチキください)
257名無しの審神者さん
(こいつ、脳内に?!)
258ミートボール
茶番乙。
もう、これだけで、ふおおとなっているのに、お次にやってきますわ、
にっかり青江。
青「おやおや、すっかり出遅れてしまったねえ。
機動はボクの方が上なのに、
燭台切君じゃないけど、これじゃあ恰好がつかないよね」
オレ達が知る、いつも、どこか人を食ったような顔の青江が
すっと表情と雰囲気を一変させると女審神者に向かって言った。
青「備中は青江貞次の鍛えし
丸亀藩主が京極に継がれる、にっかり青江!
君に仇なす不穏な影は、ボクが一切、斬りすてよう、
視線ひとつ、髪の毛一筋、君に気付かせぬ間に!
ボクは君に仇なす荒くれを斬り捨てる刀だ!
君の刀であるボクは、主! 君に害意を為すものを退け、君の道を開こう!」
凄味と雄味感じた。
259名無しの審神者さん
やばい(やばい)
260名無しの審神者さん
なんだこいつ、なんだこいつ?!
261名無しの審神者さん
え、まって、これが、青江?
嘘だろう、おまえから絶妙な下ネタ取ったら、
本気でただのイケメンやないか!!
262名無しの審神者さん
>>261
刀剣男士にイケメン以外おるんかい
263名無しの審神者さん
シッ!
264名無しの審神者さん
バカ野郎、現実を見せるなとあれほどっ!!
265ミートボール
女審神者は、不敵な笑顔で返した。
女審神者「当然でしょう、あたしだけのにっかり青江。
京極に過ぎたるものありと言わしめた、誉れ高い大脇差。
石灯籠をものともせず、怪異を斬る無代の刀。
数多の人と戦を見てきたあなたに、見える道は多いわ。
あたしやあなたの道を阻むバカ共を、
あなたの真価に気付く時間さえ与えず斬り捨てなさい。
怪異も害意も、あなたの刃に塵と消えるだけよ」
女審神者の言葉に、にっかりは、ふふ、ボクの価値をちゃんとわかっている君は、
本当にボクの主だよねえと、誇らしそうに笑って桜を舞わせた。
ちくしょう、うっとり笑いやがってこのイケメンがっ。
266名無しの審神者さん
ひ、ひええええ………!
267名無しの審神者さん
あの青江をただのイケメンにする女審神者……!
268名無しの審神者さん
ウチのずずさまが、推しを拝むひとみたいになった
269名無しの審神者さん
なるだろ、これは。
270ミートボール
なるな、これは。
そして、ここで名乗りを上げる刀剣男士。
その名は五虎退。
271名無しの審神者さん
ごこちゃん?!
272名無しの審神者さん
ごこたんごこたんpr、あ、待って後藤、こr
273名無しの審神者さん
惜しくない272を無くした。
274名無しの審神者さん
>>272
おまえ、159の審神者だろ。
275名無しの審神者さん
>>274
何でばれたし
276名無しの審神者さん
>>275
なんでばれないと思ったし
277ミートボール
五虎退は、主様、と女審神者の前に進み出た。
五「ボ、ボクは短刀で、他の皆さんのように
人の子でいう立派な成人の見た目はありません。
でも、ボクは、主様の刀剣男士です! だから!」
ここで、一旦、呼吸を整えると、五虎退は名乗りを上げた。
五「刀工・粟田口吉光作、
上杉家御手選三十五腰が一振、五虎退!
ボクは、主様にいかなる災いも近づけさせません!
主様を害する意思を持ったものを、その刹那、斬り貫きます!
ボクは五虎退! 五匹の虎を退ける逸話と越後の虎より勝利を奪えしもの!
主様の刀たるボクは、主様に這い寄る災いを瞬く間もなく斬りすてます!」
とうとさに たおれた おれは わるくない
278名無しの審神者さん
わるくない
279名無しの審神者さん
わるくない
280名無しの審神者さん
わるくない
281名無しの審神者さん
わるいわけがない
282名無しの審神者さん
季語がない、やりなおし
283名無しの審神者さん
ひどいこんなに尊いのに
284名無しの審神者さん
そうだね尊い、加点満点
285名無しの審神者さん
>>284
満点かよwwwwww
286ミートボール
女審神者は、五虎退の宣言に、とっておきみてーな笑顔を見せた。
女審神者「その心意気こそ、あたしだけの五虎退よ。
五匹の虎を追い払う逸話を持つ、異国の地においても尚、勇敢な短刀。
そして、生かす事を優先とし、義を重んじ道理をもった武将の愛刀。
短刀は最も間近で命のやり取りを行うもの。
子供の見た目に手心を加える阿呆、上等。
あなたを使うあたしを、あなた自身を侮り災いを連れる愚者に食らいつき、
減らず口が叩けぬよう、喉元を掻ききってしまいなさい」
五虎退は、はい、主様! と、誇らしげに満面の笑顔になり、桜を舞わせた。
そこら中の一期一振が、立派になってと目頭を押さえた。
オレも押さえた。
287名無しの審神者さん
ごこちゃん!!
288名無しの審神者さん
立派に、立派になって……っ!!
289名無しの審神者さん
う、うおおおんうおおおん、オレの初鍛刀がこんなにも勇ましいいいいいい!!
290名無しの審神者さん
女審神者も、よく五虎退のこと見てるよ。
おまえらだって知ってるだろ、
五虎退って、気が弱そうに見えても、戦いから逃げたこと、一度もないんだぜ?
291名無しの審神者さん
>>290
バカ野郎、勿論知っとるわ。
292名無しの審神者さん
>>290
ごこちゃんが争い好まない優しい性格なのは、
謙信公の影響だと、ワイ審神者は思っている。
293名無しの審神者さん
>>290
me too。
294ミートボール
そして、ここで遂に真打登場。
子作り役まで狙われた、三日月宗近の登場だ!!
295名無しの審神者さん
>>294
子作り役wwwwwwいや、確かにそうなんだけどwwwwww
296名無しの審神者さん
>>294
くっそwwwwww1、てめえ、この野郎wwwwww
297ミートボール
三「はっはっは。
ジジイ故、若いものたちから、出遅れてしまったなあ。
主よ。オレの名乗りももらってくれるな?」
平安おじいちゃんの、ほけほけ表情だったのもそこまで。
三日月は、自分自身である太刀を抜き、天に掲げると
凛とした声で宣言した。
三「三条小鍛冶宗近に打たれし、太刀 銘三条 附 糸巻太刀拵鞘
天下五剣が一振、三日月宗近!
日の本を象徴する一振の名に懸け、オレはおまえの刃となり主の敵を打ち払おう!
オレがおまえと共にある限り、おまえを儚く散らせなどせぬ!
オレはお前に美しき誉を届け続ける!
主よ! おまえに仇なす全てをこのオレが斬り落とそうぞ!」
てんかごけん の ほんきを みた
298名無しの審神者さん
ほんきをみた
299名無しの審神者さん
やばい
300名無しの審神者さん
やばい(やばい)
301名無しの審神者さん
ヤバタニエン
302名無しの審神者さん
おじいちゃんなんて うそだ
303名無しの審神者さん
こんな雄臭いおじいちゃんがいるか……っ!!
304ミートボール
>>303
ほんそれ
女審神者は、三日月の口上に、自信あふれる顔になった。
女審神者「ええ、あなたは、天下五剣、あたしだけの三日月宗近。
天下人の正室も手にした最も美しい太刀。
剣豪将軍も振るったと羨ましがられる名物中の名物。
不殺の刀なんて二つ名、あなたには意味がない。
美しさで上り詰めて結構、刀が美しい最強の武器なのは誰もが知る事実。
あたしの、あなたの敵を魅了し、あなたの美しさに、心を奪われ、
首を斬り落として欲しいと、頭を垂れさせなさい」
瞬間、桜吹雪が辺りに満ちた。
ああ、主、と三日月がとろけるような笑顔を女審神者だけに寄越した。
305名無しの審神者さん
うわ……これは……三日月、嬉しかろうなあ……
306名無しの審神者さん
そうだよな、三日月って、それこそ美しさで天下五剣になった一振だもん。
剣豪将軍の話も創作だって言われてる。
それでもそれを名乗りたがる個体がいるあたり、血の気多いっていうか。
307名無しの審神者さん
いや、おじいちゃん、ああ見えて戦闘意欲ばりばりじゃん。
誉取りまくりじゃん。
308名無しの審神者さん
>>307
わかる。おじいちゃん、ほけほけしながら誉泥棒。
でも、何より、この女審神者の言い方が、三日月をわかってるっていうか。
309名無しの審神者さん
考えたら、日本刀って全部美しいもんな。
美しくって世界最高の武器なんだから、美しさで天下とって当然だし、
もともと、太刀は室町時代、馬上から打撃するために使ってたヤツじゃん。
太刀って、銃弾6発耐える強度だぜ?
そんなんが美しいだけってあるか?
310名無しの審神者さん
>>309
ないなー。
311名無しの審神者さん
>>309
ありえんなー。
312名無しの審神者さん
>>309
結論。どの子も愛しく美しい。
313名無しの審神者さん
>>312
然り。
314名無しの審神者さん
>>312
然り。
315名無しの審神者さん
>>312
然り。
316ミートボール
>>312
然り。
桜吹雪が演練場を幻想的に彩る中、女審神者は、電光掲示板を見て、
美人たちの方に顔を向けた。
女審神者「失礼。少々時間を取ってしまいましたね。
では、演練を始めましょう」
切返しも早ければ、見事な営業スマイルで容赦もねえ。
317名無しの審神者さん
女審神者wwwwww
318名無しの審神者さん
いや、そーだけどwwwwwwwwwしなきゃなんないけどwwwwww
319名無しの審神者さん
このいかにも主って女審神者が率いる部隊と比較されて戦うのが
同じ女って性別でも別モンかよって、感じの美人ってだけの
女ってのが、これまたしんどいwwwwww
演練でもしんどいwwwwww
あ、これ、性差別でもなんでもないんで、
噛みつかないでくれると有難い。
320名無しの審神者さん
>>319
おま、ここでさらにぶっこむなしwwwwww
321名無しの審神者さん
>>319
ファーwwwwwwwww
322ミートボール
会場中からも、笑いが漏れてたが、
女審神者も女審神者の刀剣男士も気にせず、
さっさと準備に入った……と、思ったんだが、
ここで何故か三日月が待ったをかけた。
三「主よ。ちと、あちらの刀剣男士に話したいことがある。
演練前に、時間をつかってもよいか?」
女審神者「みかさんが話? あっちの刀剣男士に?
ええ~? なんか企んでない?
えっぐく心を撲殺する系のことを」
三「はっはっは。
オレはそれほど、主に信用がないのか、
悲しいぞ?」
女審神者「思ってもないこといいなさんな。
大体、あたしがあんたたちに持ってるのは、信頼ですぅ~。
……ま、いいでしょ。
いろんなものを燻らせたままじゃ、演練にも支障が出る可能性もあるし。
吐き出したいことがあるなら、やってらっしゃい。
先方さんにも許可取ってからよ」
といいつつ、女審神者は、自分の三日月の
我儘(笑)を叶えるために、まずは美人に
有無を言わせぬゴリ押しでOKをもぎ取り、
演練場役人にも許可させた。
なんつーか、この女審神者wwwwwwwww
323名無しの審神者さん
すげえ、流石、主wwwwwwwww
324名無しの審神者さん
自分とこの刀剣男士の願いは全力で叶えるスタイル、
嫌いじゃないwwwwwwwww
325ミートボール
そして、時間猶予オッケーが出たと女審神者が三日月に言うと、
三日月は、いつもの平安刀スマイルのまま言った。
三「すまんな。
ああ、そうだ主よ。
オレがあちらと話している間、目隠しと耳をふさぐことを頼めるか」
女審神者「おいこら、じいさん。
確実に企んでるだろうが、なにかを」
おじいちゃん、信頼がないwwwwwwwww
326名無しの審神者さん
これは仕方がないwwwwwwwww
327名無しの審神者さん
オレでも疑うwwwwwwwww
328ミートボール
オレも疑ったwwwwwwwww
だが、女審神者は三日月やオレらより五枚ぐらい上手だった。
三「企んでなどおらぬぞ?
オレは、ただ、あ奴らにオレの話を聞かせたいだけだ。
愛する主の不利になることを、何故、オレがせねばならぬ?」
女審神者「あー、まあね。
あんたが自発的に行動するのは、あんたのプライドのためと
あたしのためだもの。
ここで、演練以外の方法で相手を潰したら、
あたしの為にならないことを、みかさんは知ってる。
あたしゃ、あんたたちを信頼してるし、
あんたたちの主として、あんたがどういう子か
把握してるつもりよ。
だから、あたしの障りにはならないでしょうけど。
うーん、まあ、先にOK出しちゃったのはあたしだしなあ。
いいわ、みかさんがやったことで
問題が起きたら、あたしが責任を取るだけだし」
三「主はそれで構わぬのか?」
女審神者「上司や役職者ってのは、その為にいるのよ。
ま、それでもなるべくあたしに迷惑かからない範囲で
好きにしてらっしゃいな」
きっと、この女審神者は、迷惑がかかろうがかからなかろうが、自分とこの
刀剣男士がなにかしても、許すんだろうなって思った。
329名無しの審神者さん
女審神者……!
330名無しの審神者さん
そういえば、女審神者の三日月って、ブラックからの引き取りなんだっけ?
ブラックから引き取っただけでなく、
自分へ無償じゃないけど、全幅の信頼を持ってくれる主がいたら、
嬉しいだろなあ。
331名無しの審神者さん
良かった、三日月が幸せになれる審神者に引き取られてて……!
332ミートボール
>>331
幸せだとは思うが、全身で幸せかは、うーん、ちょっとなあ。
333名無しの審神者さん
は?
334名無しの審神者さん
え、何、まさか、女審神者
335ミートボール
ああ、うん、おまえらが心配するブラックはない。
それは断言できる。
まあ、オレの話を聞いてたらわかるよ。
女審神者からOKが出た三日月に、
指示されたわけでもないのに、御手杵が女審神者の後ろから目を手で塞いで、
同田貫が女審神者の正面から両耳を手で覆った。
ら。
女審神者「え、なに、これ、暗い暗い暗い、
いやー! 予想してなかった暗さと無音―っ!!
タンマタンマタンマ、これ怖いマジこわい、
外してー! 正国君、ギネ君、いったん、手を外して、
発狂するSAN値ピンチどこじゃないいいいいい!!」
一気にギャグ空間を呼び寄せた。
336名無しの審神者さん
こwwwwwwれwwwwwwはwwwwww
337名無しの審神者さん
ひいwwwwww女審神者wwwwwwひいwwwwww
338名無しの審神者さん
キャラ濃い、いいわーこの女審神者wwwwww
339ミートボール
会場にも笑いが起きたわwwwwwwwww
女審神者は、結構いい力で、御手杵の腕をタップしてたっぽい。
うええ~? 地味に痛いんだけど、主? となる御手杵に、
同田貫が呆れつつも、まず女審神者の耳から手を放し、
御手杵にも手を外させる。
女審神者「うあああああ、マジ、ビビった、
何、あれ、神様ノイズキャンセラー?!
半端なかったわよ?!」
同「んだよ、そんなにビビること、ああ、あんた人間だったな。
三日月が主に話聞かれたくねえっつーから、
完全に無音にしたの悪かったな」
御「あー、ごめんな、オレもついうっかり、
真っ暗闇にしちまった。
三日月、主に見られたくもないみたいだからさー。
それに、主なら平気だって、つい思っちゃうんだよなー、
普通に人間には辛い空間にしちゃったかー」
女審神者「こちとら、哺乳類ヒト科以外に
なったことないわよ、
あんたらは、あたしを何だと思ってんの。
あー、まあいいわよ、ちょっとだけ加減してくれればいいから。
って、まだ、まだダメ! ごこちゃん!
ごこちゃん、こっちに来て、おばさんと手を繋いでて~!」
女審神者の必死の懇願に、五虎退が、はい! と大慌てで
主の元に駆け寄り、きゅっと、その手を両手で掴んだ。
五「これで安心できますか、主様?」
女審神者「できる~、ごこちゃんがこうしてくれてたら、
ここにいてくれるって安心感、天元突破よ、よろしくね、ごこちゃん」
めっちゃ信頼してます、って顔の女審神者に、
五虎退が、誉桜を舞わせながら、すげー幸せそうに笑う。
五「えへへ、はい!
ボク、大好きな主様をいつだって御守りしますね!」
女審神者「やーん、嬉しい~、主もごこちゃん、大好きー!」
きゃー! といいながら、女審神者は五虎退を抱きしめる。
癒し空間発生に、あらゆる一期一振と粟田口推し勢が仰げば尊死していた。
340名無しの審神者さん
仕方ない。
341名無しの審神者さん
仕方ない。
342名無しの審神者さん
ならないわけがない。
343名無しの審神者さん
粟田口箱推しのワイ審神者も無事被弾。
344ミートボール
オレも気付けば拝んでいた。
345名無しの審神者さん
>>344
おい、ミートボール、てめえwwwwwwwww
お前とは良い酒飲めそうだな(ガシッ)
346名無しの審神者さん
>>345
へへっ、水臭い、その飲み会、オレも混ぜろよ
347名無しの審神者さん
>>345
仕方ねえなあ、城下町の店、オレが押さえてやるよ
348名無しの審神者さん
>>347
おおっと、何、一人でカッコつけてんだよ、オレも手伝うぜ?
349名無しの審神者さん
茶番乙カレー
_n_
// |ヽ\
┏─┐/ / | ヽ \
┃千│⌒⌒⌒∥⌒⌒⌒
┃利│ ∥
┃休│ ∥
┠─┘ [二]
┃ _ロ==(´・ω・)<綾鷹飲めよ
┃/ (::) ( >oy>o\
/日[二]と__)_{三}\
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
350名無しの審神者さん
>>349
すげえAAじゃねーのwwwwww
351ミートボール
>>349
またもやオレの知らないAAがwwwwww
女審神者と五虎退が、きゃっきゃしてる姿に、
御手杵が不満ぶーたれた。
御「なんだよー、主。
オレが背中支えてるのに、不安なのかよー」
女審神者「だまらっしゃい、壁とお手々の安心感は天地の差なの。
ギネ君があたしに怪我させないことはわかってるし、
攻撃されてもギネ君の腕の中にいれば安全なのは知ってるわ。
けど、さっきのあんた、背中支えるってよりあたしに圧し掛かる壁じゃん?
圧迫感、半端ないのよ、
つか、あんたらどいつもこいつも
無駄にデカくて腹立つんじゃ!
やっくんとほとんど身長変わんない
あたしに謝れ、あと5cm寄越せ!!」
352名無しの審神者さん
え?(゜ロ゜)
353名無しの審神者さん
は? 5cm?
354名無しの審神者さん
え、まって、まって、ひょっとして女審神者って、CHI BI??(゜ロ゜)
355名無しの審神者さん
やっくんって、薬研か、この感じだと??
え、薬研って153cmだろ、それと変わらないって
え、マジ?!(゜ロ゜)
オレ、何か、背ぇ高いイメージもってたぞ?!
356名無しの審神者さん
>>355
安心しろ、オレもだ。
357名無しの審神者さん
>>355
オレもだ。
358名無しの審神者さん
>>355
挙手。
359名無しの審神者さん
>>355
/|
|/__
ヽ| l l│<ハーイ
┷┷┷
360名無しの審神者さん
>>359
へーベルパイセン、チッス、チッス
361ミートボール
>>355
Exactly
女審神者、五虎退を抱きしめたじゃん。
ちょっと頭を前にしただけで、頬同士がくっつけられたんだよな。
五虎退だって背伸びもなにもしてなかったし。
尚、五虎退は135cm。
同時に御手杵に後ろから覆いかぶさられた女審神者は、
頭の位置が、御手杵の胸にぎりぎり届くか届かないかだったなーと思いだす。
ちなみに御手杵は192cm。
結論。女審神者、イメージはでかいのに、身長、ミニマム。
362名無しの審神者さん
(゜ロ゜)
363名無しの審神者さん
(゜ロ゜)
364名無しの審神者さん
(゜ロ゜)
365名無しの審神者さん
(゜ロ゜)
366名無しの審神者さん
(゜ロ゜)
367名無しの審神者さん
( ゚д゚ )
368名無しの審神者さん
>>367
こっちみんな
369名無しの審神者さん
はー……。でも考えたら、女だもんな。
そんぐらいが平均、か?
370名無しの審神者さん
オレの歴代カノジョどの子も大体160台だぜ。
平均ってそんぐらいじゃねーの?
どの子もモニターから出てきたことないから、
オレと並んだ時の身長差は聞くなよ☆
371名無しの審神者さん
>>370
ああ、うん……
372名無しの審神者さん
>>370
聞かねえよ……
373名無しの審神者さん
>>370
いつか、いい子現れるからさ……な? 諦めんなよ?
374名無しの審神者さん
おまいらみんなきらいだっ!!
375名無しの審神者さん
>>374
m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーッハハハヒャヒャヒャヒャ
376名無しの審神者さん
>>374
m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーッハハハヒャヒャヒャヒャ
377名無しの審神者さん
>>374
m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーッハハハヒャヒャヒャヒャ
378名無しの審神者さん
>>374
m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
379ミートボール
>>374
m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
女審神者「ごめんね、みかさん待たせちゃって。
準備できたから、オッケーよー」
御手杵と同田貫、五虎退にしっかりガード? される女審神者が、
手を繋いでない方の手を振って、三日月に合図を送る。
三日月は、うむと頷くと演練場に上がり、
美人側の男士に向き直った。
三「すまんな。時間をとらせて。
だが」
ここでいかにもといいう感じに、三日月は言葉をきると。
三「オレの主は、いい女だろう?」
孕んだ。
380名無しの審神者さん
は?
381名無しの審神者さん
は?
382名無しの審神者さん
は?
383ミートボール
三日月は、笑った。
オレらがよく知るおじいちゃんって顔じゃなく、
平安刀の鷹揚さでもなく、
雄の色気をふんだんに垂れ流し、
戦場で高ぶった時のような
御馳走を前に舌なめずり獣のような
とんでもなくエロい顔をした。
嫣然とって表現が合っていただろう。
演練の様子は知ってのとおりモニターで中継される。
会場にいた女性審神者のほとんどが顔を真っ赤にして、
声を殺すような悲鳴を上げ、
中には腰を抜かしてその場にへたり込んだり、失神したり、
男でも、全身ゆでだこみたいになるヤツ続出した。
オレが女だったら確実に孕んだ。
もう想像妊娠待ったなしだった。
384名無しの審神者さん
385名無しの審神者さん
386名無しの審神者さん
387名無しの審神者さん
388名無しの審神者さん
389名無しの審神者さん
390名無しの審神者さん
391名無しの審神者さん
392名無しの審神者さん
こ、ここは無言の多いいんたーねっつですね……っ?!
393名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
394名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
395名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
396名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
397名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
398名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
399名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
400名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
あ、400げと
401名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
>>400
オメ
402名無しの審神者さん
え、え、えええ……?! おじいちゃん、どうしちゃったの?!
403名無しの審神者さん
知ってるよ、そりゃ知ってるよ、
三日月、天下五剣で最も美しい刀だからな、
美しいよ、初めの三カ月は見慣れなくてリアルムスカ状態になって
その節は御迷惑をおかけしましただよ、
だからって、雄臭いって、エロイって、
ええ、ええええええ?!
404名無しの審神者さん
想像妊娠待ったなしって、ひい?!
405名無しの審神者さん
ミートボール! ミートボール、安静にしなきゃダメでしょ、
もうあなたひとりの体じゃないのよ?!
お産の時は任せろ、オレの前職は歯科医だ!!
406名無しの審神者さん
>>405
落ち着け、おまえは歯科医だったんだろうが。
オレに任せろ、実家は酪農家だ、牛馬に豚、鶏の取り上げはお手の物だ!
407名無しの審神者さん
>>406
おまえこそ落ち着け。
鶏は卵生だ。
408名無しの審神者さん
↑全員おちつけ。
想像妊娠はマジモン妊娠じゃないし、
ミートボールは男だ。
409名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
410名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
411名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
412ミートボール
( ゚д゚)ハッ!
413名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
て、まざるなwwwwww
414ミートボール
>>413
いや何となくwwwwww
会場中の審神者に魅了呪文(笑)をかけた三日月は、
周りの状況など歯牙にもかけず続ける。
三「そこな小娘が、オレの恥辱にまみれた過去を
好き勝手に暴露した故、
今更隠すことではないが」
ここで、三日月は一度、美人の方に視線を向けた。
途端、美人は三日月の眼光にビビって顔色を青くした。
尚、この美人もついさっきの三日月オス近さんの駄々漏れ色気に
直前まで顔を赤くしていた。
この落差にウチの浦島が
「なんだっけ、主さんが前、教えてくれた
りとますしけんし? みたいだね、あの人」
と、美人の様子を一刀両断したんで、
オレの部隊はあやうくこの場をシリアスブレイク
するところだった。
415名無しの審神者さん
>>414
浦島wwwwww
416名無しの審神者さん
>>414
おめーもなんだ、オス近ってwwwwwwwww
417ミートボール
>>416
一応、使い分けした方がいいかと思ったwwwwww
三「オレは、一度、人の子の欲に蹂躙された身だ。
この主以外、もう二度と他の誰に使われる気もないし、名乗る気もない。
子種漁りの相手など、もってのほかだ」
美人「ち、ちがうわ、私は!」
美人が言い訳をしようとしたが、三日月は
視線を向けるだけで、美人を黙らせた。
三「オレには穢れがあるぞと言えば、主は、
汚れは洗えば落ちると笑い飛ばした。
他の審神者に顕現された身だと言えば、
自分の元に来たなら、自分の刀だ、
手入れ部屋で手入れをすれば、主の霊力が加わる、
人間も、血液は120日で入れ替わる、それと同じだと。
もうオレは自分の刀だ、何かご不安かいと
慈母の笑顔を見せた」
当時を思いだしてるんだろう。
あえて三日月は、自分じゃなく多分女審神者の口調を真似た。
下、開けといてくれ
418ミートボール
㌧クス。
三「不安? 大ありだった。
人に身勝手極まりない汚辱を舐めさせられたのだ。
主が嘗てオレを顕現したモノと同じことをせぬとは限らん。
人間だからな。
オレをレア刀剣と人は呼ぶ。
何よりオレは美しい刀だからなあ。
血迷わんという確証がない。
前の顕現主は男でありながら、そうだった。
オレは男で、主は女だ。余計にその手の欲を持とう。
故に、オレを戦場に出さぬのではないかと問うた。
主はオレから言われ、驚いた顔になって、逆にオレに聞いたのだ。
じゃあ、あんた、何しにここへ来たの、とな」
ふふ、と三日月は嬉しそうに笑う。
三「刀剣男士は歴史改変を目論む遡行軍に
人間が唯一対抗できる手段を持った力だ。
その為に審神者は刀剣男士を呼び出し助力を請う。
顕現した刀剣男士も刀を振るう本能がある。
自分への信頼はともかく、
戦いたいからウチに来たと思ってたけど、
本音は働きたくないんなら、刀解しようかとまで
提案してきた、一片の躊躇いなくな。
純粋に。オレのことを案じたのだ。
ただオレのことを。
これがどれほどオレを驚かせ、喜ばせたか」
三日月は、わかるか? と美人サイドに微笑んだ。
419名無しの審神者さん
三日月……
420名無しの審神者さん
そうだよな、最近はそこまでレアじゃないって言われるけど、
やっぱ三日月はオレら審神者にとって、特別な刀剣男士だもんな。
鬼ヤバじゃない限り、刀解は惜しむよ。
421名無しの審神者さん
一緒にここ見てるウチの鶴丸が言ってる。
「この女審神者は良くわかってるんだな。
オレ達がやっているのは戦争だ。
非協力的なレアより協力的なコモンの方がいいに決まっているし、
戦う気が無いならどんな名刀も鈍だ。
この三日月は、それまで碌な扱われ方をしていなかったんだろう。
本来、そんな目にあった連中は、狂っているか生きていることに疲れている可能性が強い。
戦いたくないと言ったら刀解して本霊に還す方が
お互いの為にいいに決まっている」
厳しい意見だって見方もあるだろうけど、ホント、そうだよな。
422名無しの審神者さん
>>421
厳しいな。けど、ブラック被害にあった三日月なんだし、
還りたいなら、そうしてやるのがいいんだよな、本来は。
423ミートボール
>>421
結果として、女審神者の元に残ってくれたのは、
オレ達、審神者としても嬉しいし、有難いことだよな。
三「主はオレを、見事、刀剣男士に打ち直した。
戦事は知らぬため、主はオレ達に教えを請うぞ。
知らないことを知っていると無知を振りかざす方が罪だと、
何より、命がかかった時の失敗は、許されないものだと、
主は知っている故に。
そして、同時に審神者として、オレ達、刀剣男士が
何のためにあり、何のために戦うのか、何のため人に仕えるのか、
審神者は刀剣男士にとって何であるのか、
それを知り、オレ達と向き合い、オレ達を使う。
刀剣男士が将に掲げる相手として、これほどうれしいものがあろうか。
オレは、オレを顕現したものに、これだけは感謝している。
この主とオレを出会わせたことをな」
神々しいまでに、朗らかに笑う三日月に
会場はただ、三日月の話に聞き入った。
424名無しの審神者さん
三日月……。
425名無しの審神者さん
刀剣男士に打ち直し……そうだよね……!
426名無しの審神者さん
ちくしょう……ボックスティッシュがみるみる枯渇してきやがる……っ!!
427名無しの審神者さん
>>426
これ使えよ(´・ω・)つ使い捨てふんどし
428名無しの審神者さん
>>427
おう、ありがt、おにゃのこのじゃない!!
429名無しの審神者さん
茶番はそこまでだ
430ミートボール
三日月は美人サイドの刀剣男士に言った。
三「お前達も、オレと同じように仕える相手を変えた身だ。
前の審神者に不満しかなかったのだろうなあ。
望み叶って、さぞや今は幸せだろう。
オレは実に幸せだ、その証拠に、
ほれ、このとおり誉桜は咲き続ける。
……おや」
今更気付いた、とばかりに三日月は首を傾げると、
三「おかしいな。
お前達には、何故、桜が咲かぬ?」
何故、幸せではないのだ? と、尋ねた。
三日月宗近の攻撃! 相手はぐうの音も出ない!!
431名無しの審神者さん
ブッフォオオオオオwwwwwwwww
おじいちゃんwwwwwwwww
432名無しの審神者さん
容赦ねえwwwwwwwww
433名無しの審神者さん
さすが三日月宗近!
オレ達に出来ないことをやってのける!
434名無しの審神者さん
そこにしびれる!
435名無しの審神者さん
あこがれるぅ!
436名無しの審神者さん
おまえら連携ばっちーし!!wwwwwwwww
437ミートボール
一「わ、私たちは!
私たちは……ただ、あの方と対等にありたかった、
あの方は、私たちを導いてくださるが、
それだけでした、私たちは……!
私は、あの方に頼られたかった、
ただの部下として信を置くのではなく、
時に弱みを見せあい、些細な我儘でも言いあうような仲でありたかった、
私は、あの方に私と並んで歩んで欲しかったのです……っ!」
一期の告白に、三日月はだが辛辣だった。
三「そうか。
して、お前は前任に、自分を頼ってほしいという、
自分の望みは伝えたのか?」
一「そのようなこと、ただの部下に
言えようはずがありますまい。
あの方は古参の仲間に囲まれることが多かった。
後から来たものは、彼らの輪に
入り込めないものを覚えていたのですから」
三「なるほど。
お前は察して欲しかったのか、前任殿に
自分の気持ちを」
一「そうです、あの方は聡い方だった、
私の気持ちなどわかって当然だったはず。
なのに、あの方は」
三「そうか?
オレの主は、常に、言いたいことは
拙かろうとも時間をかけても構わぬ故、
溜めこまず伝えてほしいと
オレ達に言ってくるぞ。
自分じゃない誰かの内心なんて、言葉にされなければ
わかりようがないのだと。
オレ達は刀だ。
人に近い考え方を持とうと、人ではない。
所詮、人の気持ちなど、理解した気になるだけだし、
主も同じことよ。
そも、人は、血のつながりがあろうと
理解しあえぬものは、理解しあえぬものだ。
我らは歴史という時間の中で知っているはずだが」
そうだよね、刀剣男士って権力者のもと渡り歩いてきてるもんなあ。
438名無しの審神者さん
だよね。
いち兄の嘆きもわからんではないけど、
審神者一人に対して、刀剣男士って70口近くいるんだし、
全部に目が行き届くかっていうとさあ。
439名無しの審神者さん
古参は主と二人三脚だからなあ。
特に初期刀、初鍛刀とはどうしたって
距離が近くなる。
440名無しの審神者さん
気を付けててもなあ、こればっかりは、難しい問題なんだよ。
441ミートボール
一期も、一期以外の美人サイド男士も、三日月の
権力者同士の骨肉の争いって言葉に、はっとなったみたいだった。
構わず三日月は続ける。
三「ただの刀であった時と違い、
今のオレ達には、動く手足がある、
望みを伝える口もある。
うまくしゃべれぬ人の赤子なら、
泣いて訴え、親に察してもらうこともあろう。
だが、オレ達は刀剣男士だ。
最初から意思を伝える言葉を持っている。
主であった前任は、お前を粗雑に扱ったのか?
お前は前任の全てを知っていたのか?
本当に、前任の傍にいたのは古参だけか?
古参のものは、早く来ただけで信を貰えるのか?
ただ察しろ察しろと、都合のいい夢想をして
念だけ送り行動も起こさぬものに
どうやって己の背を任せられよう?
オレは途中参戦だが、主はオレを信頼しているぞ。
信を置くのも躊躇うような相手など、どうあがいても」
にいっと、三日月は楽しそうに笑うと。
三「頼りようもないなあ」
流石、天下五剣さまやで……!!(震え声)
442名無しの審神者さん
ひい……っ!!
443名無しの審神者さん
よ、容赦……容赦ねえ……っ!!
444名無しの審神者さん
お、お客様―っ! お客様の中に容赦はいらっしゃいませんかー!!
445名無しの審神者さん
もうやめて!! いち兄のライフはゼロよっ!!
446ミートボール
打ちのめされたような美人サイドを
一切気にせず三日月は
三「まあ、願いを口にすれば、必ず叶うとも限らんがなあ。
何せ主は、オレと枕を交わしてはくれぬのだ」
はっはっはと、笑いながら爆弾を投下。
447名無しの審神者さん
448名無しの審神者さん
449名無しの審神者さん
450名無しの審神者さん
451名無しの審神者さん
452名無しの審神者さん
453名無しの審神者さん
454名無しの審神者さん
455名無しの審神者さん
456名無しの審神者さん
……こ、ここは、むごんのおおい、いんたーねっつ……っ?!
457名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
458名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
459名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
460名無しの審神者さん
( ゚д゚)ハッ!
って、この流れ、もうええ!
枕?! 枕交わしたいっていった三日月?!
それって、女審神者とにゃんにゃん(古語)したいってことだよな?!
461名無しの審神者さん
古語ってwwwwwwwww
……枕を交わすは古語だから、間違いではない……?(混乱)
462名無しの審神者さん
>>461
お、おう、せやで。
つまり、女審神者の三日月は、女審神者のことが
好きということ……だよね? 過去形じゃないから、
女審神者が三日月の気持ちを知らんのか、相手にされてないのか知らんが、
いずれにせよ片思いなうってことだよね??
463ミートボール
杵「三日月―、抜け駆けすんなよー、
オレだって主と好い仲になりたいんだからさー」
おまえもかい
464名無しの審神者さん
わ、わあ、女審神者サン、もってもてー(白目)
465ミートボール
御手杵の主の彼ピ(棒)は譲らないぞー発言に、
あいすまん、だが、オレも主の彼ぴ(棒)は譲れぬのだと鷹揚な三日月。
あーあ、という感じに苦笑する他女審神者面子。
ちょっと和やか(?)な中、やってきましたヒロイン(笑)、
その名も、美人審神者!!(笑)
美人「私がいるわ、三日月!
私があなたを愛しているわ!」
な、なんだってー(棒)
美人「あなたは、私と幸せになる運命なの、
だって」
三「オレが貴様の愛を欲しいと、
一言でも言ったか」
美人「え」
三「聞こえなんだか。
オレが欲しいのは、主の愛だけよ。
三日月宗近の形であれば、節操なく股を開く
貴様の薄っぺらな愛に価値はない」
絶対零度の冷え冷えとした眼差し。
三日月パイセンの容赦は、完全に終了していた模様です。
466名無しの審神者さん
ひえ……っ!!gkbr
467名無しの審神者さん
き、キツい……、これは、キツい……っ!!
468名無しの審神者さん
最も美しい相手から、この仕打ちは、
例え片思いしていなくても立ち直れない!!
469名無しの審神者さん
三日月も、少しぐらい手加減をと思わんでもないが、
美人の今までの言動みてたら、うーん、よくやったと言うべき?
470ミートボール
三日月に完全に振られた美人は、さめざめと顔を覆って泣き出した。
そんな美人をほったらかし、三日月は、同田貫と御手杵に
主の目隠し終了を告げる。
女審神者「ヤバー、あんだけ暗くて音がないから、ちょっと寝そうになったわー、
ごこちゃんもありがとねー、って、何?!
なんかあの子泣いてない?!
ちょっと、みかさん、あんた何したの!!」
三「うん? 貴様とは付き合えぬと言っただけだが?」
女審神者「おいおいあの子、公開処刑かよ、勘弁しろよ~。
みかさん~、美人が泣いてたら、特に男は美人じゃない相手を
敵視すんのよ~、この場だと、あたしがあの子に嫉妬して、
あんたがあの子を振るように仕向けたって
誤解されるかもしんないじゃん~」
三「それは困るな。
だがオレは、好いてもおらぬ相手を好きと言えぬぞ?
ましてや、あれにオレの幸せを決められるなど我慢ならぬ」
女審神者「当たり前です。
あんたが嫌がる相手とのお付き合いなんぞ誰が認めるかい。
おまけにあの子、あんたのガワにしか用がないっぽいじゃん。
あんたを幸せにする気もないって、あからさまな相手を、
あたしが許すわけないでしょ。
みかさんを不幸にする相手は、主が持てる力の全てを使って粉砕します」
当然だろうと言う女審神者に、三日月はにっこり笑う。
その様子は、片思いであろうが、彼女のもとにいて
彼女に大切にされている今がとてつもなく幸せだと
物がったっていた。
471名無しの審神者さん
三日月……(´;ω;`)
472名無しの審神者さん
切ないのう、切ないのう(´;ω;`)
473ミートボール
更に三日月は女審神者に尋ねた。
三「ところで主よ。
あちらのものどもは、しっかりしすぎた審神者ではなく、
構いたくなる審神者が欲しかったのだそうだ。
これをどう思う?」
すごいや、天下五剣にかかると、一期のこくはくも
こんな話に噛み砕かれるんだ(棒)
女審神者は、三日月の問いかけに、ううん? と頬に手をやった。
女審神者「ええーっと、つまり、前任さんはトップランカーだったんでしょ。
そりゃあ、しっかりした大人だったってことよね。
大人はイヤで、よしよしと甘やかせる子供が良かったってことは……」
はっとしたように相手側に顔を向けて女審神者は告げた。
女審神者「え、ペド?」
なwwwwwwんwwwwwwでwwwwwwだwwwwwwよwwwwww!!
474名無しの審神者さん
ちょwwwwwwwww
475名無しの審神者さん
こwwwwwwwwwれwwwwwwwwwはwwwwwwwww
476名無しの審神者さん
ファーwwwwwwwww
477名無しの審神者さん
直球ううううううう!!wwwwwwwww
478名無しの審神者さん
ひどい、女審神者、これはひどいwwwwwwwww
479ミートボール
次「主、なんだい、ぺどって。
碌な意味じゃなさそうだけど」
次郎サン、そんなこと訊いたらいけま……
いや、次郎、大太刀だしな?
480名無しの審神者さん
う、うん、ごこたんと違って大人だし?
481名無しの審神者さん
狼狽えることはない……ないけど……
482名無しの審神者さん
いやでもやっぱ刀剣たちにはなるべく
穢れを知ってほしくないっていうのは、
審神者の親心っていうかっ!!
483名無しの審神者さん
>>482
それな!!
484ミートボール
>>482
それな!!
が、女審神者は、次郎の問いにあっさり答えた(血涙)
女審神者「ペドってのは正式名称ペドフィリアっつってね。
すっごく平たく言うと、幼児趣味の変態性欲者のことよ。
10歳以下の子供にしか発情勃起しないド変態ってことなの」
次「うわ、なんだいそれ。
昔から稚児趣味はいたけど、
だからって10歳以下の子供にだけ性愛覚えるって」
五「え、じゃ、じゃあ、あちらの刀剣男士たちは、
あの審神者さんを」
一「ちょ、お待ちくだされ!!
何故、我々がそのような」
女審神者「だまらっしゃい!
自分より年下の女がいいって公言する男は、十中八九、
自分のバカさ加減を女に指摘されたくないって
クソみみっちいプライドにしがみ付いてるだけじゃないの!
前任さんは自分より賢くって好き勝手扱えなかったから、
頭ゆるふわを自分達好みに仕込むべく乗り換えたのね、
外野から後ろ指刺されたくない、プラス、お楽しみのために
見た目だけ合法なのを選ぶとか欲望駄々漏れにも程があるわ、
ウチの子たちに変態性欲移ったらどうしてくれんの、
近寄らないでくれる?!」
485名無しの審神者さん
や、やめろ! やめるんだ女審神者!!
それ以上は一期たちだけでなく、オレ達も
場合によっては袈裟がけされる!!
486名無しの審神者さん
っしゃあ!! 熟女専のオレ勝ち組いいいいいい!!
487ミートボール
女審神者「あんた気をつけなさいよ!
こいつら、あんたがアホの子なのに合法ロリっていう
自分得だから前任から乗り換えたのよ!
あたしでさえ口先三寸で騙せること間違いなしなあんた程度、
神様パワーで、みかさんのガワでやって来られたら、
あんた大喜びで、玄関開けたらその場で合体しちゃうでしょうよ、
お相手、日替わりで本丸穴兄弟待ったなしよ!
女は堕ちるのは早いんだからね、
あたしゃ、忠告はしたわよ!!」
深刻なんだろうけどwwwwwwwww
いや、深刻な問題なんだけど、こうwwwwwwwww
女審神者の言い方wwwwwwwww
488名無しの審神者さん
くっそwwwwwwwww こんなん笑ってまうやろくっそwwwwwwwww
489名無しの審神者さん
突然のシリアルぶっこみやめーやwwwwwwwww
490名無しの審神者さん
なんつー極論wwwwwwwww
491名無しの審神者さん
たいへんwwwwwwwwwシリアスちゃんが虫の息なのwwwwwwwww
492ミートボール
女審神者のスラング(笑)の詳細はわからずとも、
自分がどういう対象に見られているのか、
美人は察したようで、一期たちから若干距離を取った。
美人「い、一期、あなた、私をそんな風に……?!」
一期「ご、誤解です!
貴女に対し、私は、いえ、我々は
その様なことを思ったことなど」
美人「私は、三日月の妻になるのよ、
それ以外の男が、この私に
触れられると思っているの、
身の程を知りなさい!」
三「オレにも選ぶ権利はあるのに、
身の程を知らぬものは厄介だなあ。
どのオレもあれの相手は御免被るぞ」
女審神者「こら、みかさん。
一応シリアスなシーンなんだから、
混ぜっ返さない」
おう、ブーメラン乙やで女審神者。
493名無しの審神者さん
それなwwwwwwwww>>ブーメラン
494ミートボール
美人「あ、あなたも黙りなさい!
私は三日月の子を産む
選ばれた女よ!
庶民は」
女審神者「つーか、聞きたいんだけど、
あんた、刀剣男士の子供産んで
どうする気なの?」
美人「え?
何をバカなことを言うのかしら。
愛しあう者同士に子供が生れるのは」
女審神者「そら、フツーの人間同士だったら
結婚して子供欲しくて作るのは
特に変な話じゃないでしょうよ。
あんた散々自分で言ってるじゃん。
自分は選ばれた存在なんだって。
さっきも言ったけど、異種間交配って
リスクがあるのよ。
一億六千万歩譲って刀剣男士と人の間に子供が生れたとして。
それが、選ばれた子だとして、その子とあんたは
誰に何を選ばれたの。
あんたを刀剣男士との交配種を産むために
選んだどこぞの誰かは
何の目的であんたを選ぶの。
ねえ、まさか、ただ結婚した夫婦に
子供がいるのが当然だからって
女のシアワセの究極形は、自分以外の女に羨まれる男と結婚して、
子供を産むことだからだとか、寝言を言わないわよね?」
くるくる変わる温度差にグッピーは全滅した。
495名無しの審神者さん
グッピー!!
496名無しの審神者さん
ひどい!! グッピーなにもしてないのに!!
497ミートボール
女審神者の指摘に、美人は、何を言われたのかわからないという顔になった。
ひょっとしたら、図星あてられて、理解したくなくて、
現実逃避ってたのかもしれない。
構わず女審神者は続けた。
女審神者「仮に、神のお告げかなにかで、
子供が某かの英雄になるとあったので、
子供を産むとしましょうか。
あんたは、ちゃんと子供が英雄になるよう教育できる?
英雄って、生まれた時からその期待に応える精神を
育てなきゃ英雄になれないわよ。
生まれた瞬間から民衆が期待してるんだから、
その期待に応える精神力と、そうなる教育を受けなきゃ、
英雄は育たないんだし。
只でさえ、子孫を残せないハイブリッド種は、
世界にたった独りという孤独を持つ。
親の愛で補えるのはその子に自我がない間だけよ。
あんた子供子供って言うけど、
その子供が生れた後、どうなるかって
ちゃんと考えた?」
そこんとこどうよ、と問う女審神者に、
だが、美人は、それは、でも、とまごまご言い訳をする。
すまん、下、書き込み続ける。
498ミートボール
㌧クス!
美人「そ、それは、三日月がいれば」
女審神者「子育てって夫婦で行うもんでしょ。
あんたワンオペ育児を亭主に押し付ける気なの。
それ以前に、ウチのみかさん見てる限り、
三日月宗近の子育ては不安なんだけど」
美人「バカにしているの?!
三日月は素晴らしい男性よ!
彼は美しく強く、いつだって私を愛して
何ものからも守って、私を幸せにするわ、
三日月は私を不安にさせないし、
苦しいことはなにも起きはしないの、
彼は私の人生を絶えない笑顔で満たすのよ!!」
女審神者「うげ、あんた自分の亭主に
恋人とナイトとホストと自分の父親役まで押し付ける気でいるの?
少女漫画脳すぎてドン引くわ」
美人の理想の夫婦生活(笑)を、女審神者のマジ声が一刀した。
499名無しの審神者さん
ちょwwwwwwwww女審神者wwwwwww
500名無しの審神者さん
容赦ねえwwwwwww
501名無しの審神者さん
美人の理想(笑)そうだけどさあwwwwwwwww
そうとしか聞こえないけどさあwwwwwwwww
502名無しの審神者さん
三日月の子育て不安は同じくwwwwwwwww
503名無しの審神者さん
三条派の子育ては、パッパ以外不安wwwwwwwww
504名無しの審神者さん
いや、パッパでも不安wwwwwwwww
505ミートボール
女審神者の言い様に呆ける美人に構わず女審神者は
美人に忠告する。
女審神者「まあ、あんただけの人生なら
今のままのあんたでも困らないんでしょうけど、
子供産んで親になりたいっていうなら、
その自分以外の周りが全てを整えて
幸せだって与えてくれるのよって、あっぱらぱーな考え方、
改めた方がいいわよ。
今のあんた、自分にも周りにとっても都合のいいお嬢様だわ。
私は大人だ、最上の女だって言い張るなら、
自分の言動に責任とることを覚えなさい。
最低でも、乗っ取ったその本丸と
奪った刀剣男士の誇りを地に落とさないこと。
あんた今、審神者なんだから
審神者として当然の責務でしょ」
キリもいいところだし、演練しましょと
言いたいことを言って女審神者は役人を促した。
女審神者の刀剣男士は、主の行動に異論はないと
すぐに指示に従ったけど、
呆けたままの美人は、やっぱりというかなんというか、
全く動けなくって、一応、一期が声かけたけど
何もできないから、溜息ついた一期が采配してる。
なんつーか、これ、明らかに主従逆転してるよな。
普段もこうな気がするけど、オレの気のせいかな。
506名無しの審神者さん
気のせいじゃないと思われ。
507名無しの審神者さん
演練以外の任務やってないんだろ?
この感じだと事務仕事は長谷部、演練仕事は一期って感じで
美人の本丸動いてんじゃね?
508名無しの審神者さん
うわー、容易に想像つくわー。
あ、遂に演練始まったって、おいwwwwwwwww
509名無しの審神者さん
ひでえwwwwwwwww五虎退の銃兵と投石、青江の弓と投石、
たぬきのダブル投石であっさりと美人サイドの刀装ぶっ壊れとるwwwwwwwww
510名無しの審神者さん
おいおい鶴丸がこれだけで戦線崩壊しとるぞwwwwwwwww
511ミートボール
なんだよここ来てるの結構いるじゃねーのwwwwwwwww
そうこうする間に五虎退の一撃で一期が戦線崩壊にwwwwwwwww
きゃあって悲鳴上がってるけど、あれ、ひょっとして
あの美人、気絶した? え、マジ??
あーっと、美人の気絶に気を取られた燭台切が
青江にざっくりやられたー!wwwwwwwww
512名無しの審神者さん
ファーwwwwwwwww
たぬきがうぐまるを一刀両断あっさり重傷にwwwwwwwww
513名無しの審神者さん
和睦さんをあっさり串刺すギネネ、楽しそうだなオイwwwwwwwww
514名無しの審神者さん
三日月がにっこり笑顔で小さい狐を重傷にしたうえ、蹴り飛ばしたwwwwwwwww
おじいちゃん、アグレッシブぅwwwwwwwww
515ミートボール
次「ほーら、どいたどいた!
重傷連中は次郎さんがまとめて
吹き飛ばしちゃうよーん!」
気付けば、戦線崩壊にいたってない連中を
中央にまとめていた女審神者サイドの刀剣男士。
次郎の声かけにさっとその場から離れると、
待ってましたとばかりに次郎が一閃。
全員、無事(?)戦線崩壊したったwwwwwwwww
女審神者サイドの完全勝利Swwwwwwwww
もう、もう、清々しいぐらいの完全勝利wwwwwwwww
516名無しの審神者さん
は、腹いてえwwwwwwwww
517名無しの審神者さん
全国鯖での配信マジアザーっすwwwwwwwww
518名無しの審神者さん
現地組のワイも、ウチの連中と共に拍手喝采wwwwwwwww
ここまで圧倒的な力量差だと戯画だよなwwwwwwwww
519名無しの審神者さん
すげえわ、争い事嫌いマンのワイんとこの江雪さんも
くすって笑っとるwwwwwwwww
破壊力のすげえ試合結果だwwwwwwwww
520ミートボール
演練終わったあともドラマ(笑)ありそうと見ているが、
そもそも女審神者と美人サイドの刀剣男士の様子が違う。
女審神者のところ、満開の花吹雪なのに、
美人サイドは全員がっくりしとるwwwwwwwww
女審神者のとこの誉は、今回、次郎みたいだ。
アタシはあんたの次郎さんだからねー! と笑いながら、
女審神者を軽々抱きあげて、想像以上の高さに
女審神者が悲鳴あげとるwwwwwwwww
女審神者「ひいいいい、タンマ、タンマ、ジロちゃん!!
高いっ!! 身長考えてえ!!」
次「やーだ主ってば、アタシがあんたを
落とすわけないじゃーん!」
女審神者「そったらこっちゃないですよおおおおお?!」
このまま平和(笑)に終わるかなーと思ったら、
やはり来ました、気絶から目覚めた美人のクレーム!(笑)
美人「む、無効よ!!
こんな一方的なこと、演練じゃないわ、
スポーツマンシップの欠片もないなんて、
こんなの、こんなの間違っているわ!!」
スポーツマンシップと来たよ。
521名無しの審神者さん
こwwwwwwwwwれwwwwwwwwwわwwwwwwwww
522名無しの審神者さん
流石は美人、期待を裏切らないwwwwwww
523名無しの審神者さん
スポーツマンシップってwwwwwwwww
大丈夫なの? 主に頭。
524ミートボール
>>523
大丈夫じゃないから、この結果じゃねーかなー。
美人「私の刀剣男士は錬度が高いのよ、
今までの演練だって負けたことなかったもの、
こんな結果なんてありえな」
女審神者「ありえない結果の男士にしたのは
あんたの責任でしょうが。
あたしらがやってんの、戦よ。
生き死に待ったなしの場所に
こいつら送り出して、生還させんのが
審神者の役目。
演練はあくまでも模擬試合だけど、
こいつらは殺し合いしてんの、
主たる審神者は部下に敵を殺せって
いつでも命じてんの。
審神者する覚悟もない、
大人になる気もない
女のプライドだけは一丁前に見せびらかしたがる。
自分を特別だとぬかして、
御大層なお題目唱えるわりに、
あんた真面目に何がしたいのよ」
女審神者はどこまでも辛らつだ。
見た目が、バル●だからか
525名無しの審神者さん
くっそwwwwwwwww
ミートボール、てめえwwwwwwwww
526名無しの審神者さん
綾瀬はる●って言えばいいだけなのに、
そこで●ルサ持ってくるから、
むっちゃ強い戦士しか脳内に出てこねーじゃねーかwwwwwwwww
527名無しの審神者さん
訴訟も辞さぬwwwwwwwww
528ミートボール
>>527
だが断る。
女審神者「あんたが今まで演練で勝ててたのは、
あんたの審神者レベルに対して、
刀剣男士の錬度が高かったおかげ、
前任のお情けでプライド保ててたってだけよ。
本来、審神者レベルに合わせて
男士の錬度も取られるってのに、
おめでたくて結構ですこと。
考えなしのあんたはともかく、
そっちの刀剣男士はわかってたんじゃないの。
わかってないなら、あんたの影響受けて
あっぱらぱーになったのね。
実にお似合いだわ。
貯金って溜めこむだけじゃ減る一方って理屈はわかるかしら。
刀剣男士の力も、現世でなら通用してた
あんたの減価償却される一方の魅力とやらも同じことよ。
使わない刀はあっという間に錆びて、
だらけた生活送る人間は、糖尿病とメタボまっしぐら。
この結果はあんたとあんたの元についた連中の
怠慢が招いたこと。
悔しいと少しでも思うんなら、
鍛え直せばいいだけの話でしょう。
少なくとも、前任さんは、そいつらを
錬度に見合った刀剣男士にしていたの。
あんたもそいつらも、戦いで死なない為の策を講じ、
鍛えればいいだけの話よ。
する気がない、やる気がおきないってんなら、
病院で診察してもらって適切な治療うけるべきね。
極つぶしも野良犬も疎まれるお荷物よ」
それじゃ、ご機嫌ようと、ひらりと手を振り、
女審神者は退場する。
同「おーい主、今日の夕飯、何だ?」
女審神者「今日? 今夜は薩摩汁とモヤシとネギの塩豚バラと
之定君が、牛筋のこんにゃく煮込み作ってたから
それの予定だわねえ。あ、わさびきゅうりも出そうか」
次「わさびきゅうり、酒のアテに最高なんだよねえ、
主、わかってるぅ♪」
飯テロしながら、和やかに帰る女審神者たちと
逃げるように会場を出ていく美人サイドは
すげー対照的だ。
つか、美人また、泣いてるし。
美人の泣き顔って絵になるんだろうけど、
なんつーか泣けばいいと思ってるって感じがして、
オレはこいつとだけは、お知り合いになりたくないなーって思う。
529名無しの審神者さん
わかる。
女に泣かれると、全部男が悪いってことになるの、
マジ勘弁してほしいわ。
530名無しの審神者さん
美人なのになー。
残念美人ってこういうことかね。
531ミートボール
>>530
残念美人っていうか、現実的じゃないってカンジじゃね?
なんて言うんだろうな。
この演練と流れを見てたヤツなら納得してもらえるって思うんだけど、
美人は、ホラ、男の妄想系?
かわいくておしとやかで、金持ってて、
機会あったらワンチャンオッケー、
お付き合いできたら、周りのダチに
オレ、あの美人とヤれたんだぜ、どうよ! って
自慢しまくるのに最適な女に見える。
恋愛したいーてより、ヤれて自慢できる彼女枠。
で、女審神者は、恋人になってほしいし、結婚したい相手。
彼女がいるから頑張れる、人生に張り合いができる、
全力で支えるし守るって思える相手。
それも、男の独りよがりじゃなくて、彼女も、
こっちが苦しいとき、支えあえて、
守ってくれるよなって思えるタイプ。
一生を共にするなら、こいつしかいないって思わせる、
人生でたった一度、命と引き換えにしてもいいって
狂えるぐらい惚れちまう相手。
男の妄想と現実て感じの二人だよな。
532名無しの審神者さん
>>531
あー、わかるー、男の妄想と現実。
533名無しの審神者さん
>>531
それだ
534名無しの審神者さん
>>531
三日月も御手杵も、女審神者の
そういところに惚れたんだろうな。
535名無しの審神者さん
なあなあ、女審神者って実際どうだと思う?
三日月とギネネの気持ち知ってると思うか?
536名無しの審神者さん
知ってるんじゃね?
537名無しの審神者さん
おじいちゃんが気付かせてないに1ドラクマ。
538名無しの審神者さん
オレは、知ってて知らない振りをしているに1ペリカ。
………
………………
………
701名無しの審神者さん
ここも過疎ってきたなー、。
702名無しの審神者さん
未だに書き込みしてるおまえ、すげえよ。
703名無しの審神者さん
>>702
オマエモナー。
704名無しの審神者さん
なあなあ! 昨日、政府が出した官報よんだか?
どっかの本丸が歴修に襲撃されたってヤツ!
あれ、美人のとこだわ!!
705名無しの審神者さん
>>704
は?!( ゚д゚)
706名無しの審神者さん
>>704
マジか?!( ゚д゚)
707名無しの審神者さん
マジだって、女審神者が調べた乗っ取り審神者の情報と
まったく同じ条件の本丸だもんよ!
ミートボールはぼかしてたが、あの後調べた官報と
これほど特徴当てはまるの他にいるわけねーだろ!
708名無しの審神者さん
マジかー?!
709名無しの審神者さん
うわ、マジだ、壊滅まではいかなかったけど、
通常運営には困難が生じること、また、本丸襲撃の責任をとるべく、
審神者は再教育の、うわ、これってつまり。
710名無しの審神者さん
再教育ってあれだろ、よからぬことやらかした審神者に
まだ霊力供給という使い道があるから、再教育という名の
霊力タンク行きまったなしコース講座。
711名無しの審神者さん
てことは、この本丸って事実上の解体だろうなあ。
712名無しの審神者さん
再教育(笑)後の美人、間違いなくこの本丸に再配置されるんだろうな。
美人が主になった後、刀剣男士が実権握ってたっぽいし、
本人も引き籠ってるのが性に合ってるっぽかったから、
お互いによかったってことで。
713名無しの審神者さん
なんと、美人の本性が、働きたくないでござるだったとは。
オレらと同じか、一気に親近感湧いたわwwwwwwwww
714名無しの審神者さん
政府も再利用できるものはどこまでも使うってことだよ。
エコ精神(笑)旺盛じゃん、政府ちゃんwwwwwwwww
715名無しの審神者さん
主をよしよししたい男士と、
男士からよしよしされたい引きこもり主の
とってもしあわせな本丸が誕生したんだ、
すごーい、お互いにとって、圧倒的はっぴーえんどだね!
END
|
ごこちゃんに「お可哀想に」と言わせたかっただけのネタだった。<br /><br />乗っ取る側がおなごの場合、おうちでもお外でもちやほやされて、働くなんてありえなーい☆<br />という設定が散見するので、フツーに考えたらそいつはパラサイトシングルのニートでね? という<br />疑問が発端だったのでした。<br /><br />池●さんの番組で、子供が大人になったらどうして働かなきゃいけないんですかという<br />疑問を出してた際「推しに貢ぐためやで」と真顔で呟いたのは私です。<br /><br />みんなー! 今日も元気に社畜ってるかーい?!(白目)<br /><br />このSSは、小説ではなく某掲示板形式です。<br />書き手は某掲示板についてはにわか程度の知識しかありません。<br /><br />オリジナル審神者たちが出張り、乗っ取りプギャーするスレです。<br /><br />刀剣男士のキャラ崩壊注意(物理)<br /><br />二次創作ならではの、オリジナル女審神者が出ますので、オリキャラ苦手な方注意。<br /><br />刀→主描写あります。<br /><br />捏造、独自設定、独自解釈、お手の物!<br /><br />各キャラクターの一人称、二人称、他呼び方ですが、確認できる範囲になかった呼び方について、独自の呼び方を採用しておりますが当方のみの設定です。<br /><br />この話に出てくる捏造設定、独自設定、独自解釈も上記に即します。<br /><br />話の流れ上、一部刀剣に対する扱いが悪く感じる描写がありますが、当方に刀剣男士を乏しめる意図はないことを、明言致します。<br /><br />公式とは一切、関係ありません。<br /><br />以上のようなオリジナル満載が苦手な方は、ブラウザバックプリーズでお願いします。<br /><br />また、表紙はあめいす様【<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/4155411">user/4155411</a></strong>】<br />ちゃんねるは、ちゃんねるジェネレーター様【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=901945">novel/901945</a></strong>】<br />よりお借りいたしました。
|
【とうらぶちゃんねる】演練場にいるやつ今すぐ集まれ【乗っ取り】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10129203#1
| true |
扉を開けると、カランカランと、ベルの音が鳴る。
漂うコーヒーのにおいと、中にいる人々の話し声が聞こえ、穏やかな午後の陽気を感じた。
「いらっしゃませ。...あら、リサちゃん。いらっしゃい。」
挨拶をした梓さんが、来客を確認して私だと分かると、もう一度、先ほどよりもにこやかに笑って招き入れてくれた。
だから、私も店内に入る。いつも通り、出口から一番遠いカウンター席へ。
「いらっしゃい。」
席に座るとそう言って、微笑む安室さんと目があう。
「うん。」
そう言って慣れた手つきで私はメニューを確認したのだ。
「今日はどうする?」
「んー...。コーヒー飲んでみたい。」
「そういえば、コーヒー系はまだ飲んだことなかったね。カフェオレとか飲みやすいんじゃないかな。」
「じゃあ、それにする。」
「かしこまりました。ミルクは多めにしとくね。」
どうだろうか、この安室さんとの流ちょうな会話ぶり。目を見張るほどの成長ではないだろうかと、誰に自慢できるようなことでないので、一人で得意げになっている。
初期のクソガキ具合からずいぶん成長した、気がする。実はこんなに流暢に話ができるようになったのは理由がある。
今日のように時々ポアロに行って話をしているのである。
先日私の問題行動を止めてほしいと、身勝手なお願いをどういうわけだか快く引き受けてくれた安室さん。私としては、変な行動をしているのを発見したら止めてもらう、くらいのニュアンスだったのだが、安室さんは本格的に私のお願いに向き合ってくれた。そして、対策として具体的に何をするという話になったとき、言われたのだ。
「たまに一緒に話をしよう。君が何かおかしなことを言っていたら僕が注意するから。」と。
そうすることで、私が問題行動に至るまでの思考や、物のとらえ方を観察して、問題行動を起こす前に未然にそれを防ぐ、という策らしい。
私は、なるほど、さすが頭いい人は考えることが違うな、と納得し、そういう時間を作ることになったわけなんだが、考えていただきたい。
安室さんは今迄、私がからかわれていたら心配し、熱中症になったら介護し、暴漢に襲い掛かったらそれを諫め、トリプルフェイスで忙しいのに合間を縫って女児の呑気はおしゃべりに付き合わせている。本当に至れり尽くせりである。これではまるで、動物園の飼育員だ。
なので、動物ではあるがその中でも人間に分類される私としては、そろそろ、彼に何か返礼をしないと罰が当たるし、なんならあむぴのファンに刺される気しかしない。
なので、話す場所をポアロにしてほしいと頼んだのだ。何故なら、ポアロに行けば必然的に金銭を払うことが必要になる。そして、安室さんの給料はポアロの売り上げから出ている。安室さんがバイトするポアロに金銭的に貢献することによって、一応彼へのお礼にすることにしたのだ。
もっとも、エリート公務員の安室さんには微々たるお金だと思うが。
ちなみに資金源は博士に家のお手伝いをして時に、お駄賃としてお金をもらっている。
タダで住まわしてもらっているのに、自分たちの生活に必要な家事をしただけでお金が発生するこの仕組みがいまいち釈然としないのだが、小学生の私はほかの形でお金を稼げないし、哀ちゃんが提案した策なので、私が思いつくよりまともな方法なのだろうと思うことにした。無理やり納得した。哀ちゃんの言うことは聞くべきである。おい、聞いているのか少年探偵。
博士が内職でもしてくれたら、一部手伝って給料の何割かを私がもらうことができるのに。
もちろん私自身が内職してもいいのだが。
まあ、そんなようなことを私は提案したのだが、貴方の本分は勉強と遊びよ、と本当に小学生に言っているかのようなことを哀ちゃんに言われた。彼女は私が幼児化したのを忘れてしまったのだろうか。
よって、週に1度、もしくは2週間に1度くらいのペースで、ポアロに通っている。
「他に何か注文はない?ケーキとか。」
「ない。お金は計画的に使うべき。」
「ああ。阿笠博士からのお小遣いだったね。何か簡単なものでも出そうか?」
「いい。過度のサービスは通いづらくなる。」
「了解。」
博士からお金をむしり取りたいわけではないので、いくらお手伝いで駄賃を稼ごうとも、大した額にはならず、精々ドリンクを一杯注文する程度だ。私の金策を聞いた安室さんと梓さんは、一度口元に手を抑えをて身震いをした後に咳ばらいをすると、それではかわいそうだと、お菓子を出してくれたり、新作スイーツの味見をさせてくれていた。二人共とてもいい笑顔で、おいしい?と聞いてきてくれた。客商売の手本かと思ってさすがだなと思っていたが、最近は断るようにしている。
だって、ドリンク一杯で結構な時間粘っているのに、サービスまでいつももらっていたら、他のお客さんの心象が悪いだろう。
しかも、安室さんはイケメンだ。下手に刺されるような事態は避けたい。
「あ、リサちゃん。今日はこの後用事ある?」
「ない。帰るだけ。」
「じゃあ、送るよ。今日は夕方で上がりなんだ。」
「わかった。ありがとうございます。」
「いえいえ。どういたしまして。」
仕事中では話ができないときもあるから、と安室さんのバイト帰りまで居座って送ってもらったのをきっかけに、時々こうして帰り道も一緒に帰っている。面倒を見てもらっている側として至れり尽くせりだ。
正直、すべてが許せたわけではない。
昔殺されたことも。今も正体がばれればどうなってしまうのか不安なことも。その問題は変わらず、私の心の中に鎮座している。
今だって、安室さんが怖い時もあるし、逃げたいと思うときもたくさんあるのだが、だからと言って、彼が栗栖リサにしてきたことを無下にしていいわけではない。
私は、自分を支えてくれている人に報いたい。
その中には安室さんも含まれている。
だから、とりあえず、今のところは、そういう方針で行動することにしたのだ。
彼に対するすべての感情に対して、一度に全部答えを出すことはできないから。
実質、物理で私の行動を止めれるのは安室さんぐらいだろう。コナン君も哀ちゃんも、私が本気で誰かに仕掛けているときは手出しはできないだろう。多分、何とかしようと思った時にはすべて終わらせてしまっている。だからこそ、この生活を揺るがすような取り返しのつかない行動を私がしてしまいそうになった時、頼れるのは安室さんしかいない。
そういう、打算的なところも含めて、利用している状態になってしまっているのだ。
もちろん、一番はあんな顔をさせてしまったことを謝りたかっただけなので、頼むのは本当に申し訳なかったのだが。
拒絶されたって、当然だと思っていたし、だからこそ耐えるつもりでいた。
「学校はどうだい?」
カフェオレを作りながらそんな何気ない会話を安室さんが降ってくれる。
だから、当然のように受け入れられて、何気ない話ができる時間を持てている、今が信じられなくて、多分浮足立っていたのだ。
「お待たせ。それじゃ、帰ろうか。」
カウンター席で本を読んでいた私は安室さんの一声で、一緒にポアロを後にした。
本は常に持参している。ポアロの仕事が忙しくなり、安室さんが私の相手ができないときも気を遣わせないためだ。もちろん、目下勉強中なので私のもメリットがある。
「なんの本を読んでたの?」
「シャーロックホームズの本。コナン君が貸してくれた。」
「ああ。なんというか、さすがだね。」
阿笠邸の隣にある工藤邸には書斎があり、様々なミステリー小説が置いてある。基本は図書館で借りるのだが、一度どんな本があるのかコナン君に尋ねた時に、貸してとは一言も言っていないのに、何故かこの本を手渡させたのだ。
「面白いかい?」
「難しい。」
一応児童書を多く出す出版社から出ている本を借りているので、翻訳はもちろん、読み仮名等は優しめに振ってあるのだが、いかんせん馬鹿な私には内容が難しいので、書いてあることを理解するのに精いっぱいで、コナン君と同じ心境には慣れそうになかった。私のこの返答に、安室さんは少し笑った。実際小学一年生でシャーロックホームズを読んでる子はあんまりいない気がする。対象年齢はもっと上なのではないだろうか。
「推理小説は、リサちゃんにはまだ少し早いかもしれないな。何か好きな本はある?」
「図鑑とか、辞書とか好き。知らないことがいっぱい書いてあって楽しい。」
前世の頃は、こんな回答をすることはなかっただろう。客観的に見ても図鑑と辞書が好きな小学一年生は余程勉強熱心な子以外あまりいない。けれど、前世の知識をすり合わせるうえで図鑑と辞書以外に適切な本はない。あと図鑑は写真が多く子供向けに書いてあるものばかりなので、とても読みやすいのだ。
言ってて悲しくなってきた。
実年齢は二十を超えていますからね!!一応!!!
「熱心なんだね。今度何か買ってあげようか?」
「え?」
突然の提案に思わず驚きの声が出た。安室さん、財布のひも緩すぎない?大丈夫?いやでも、小学生で図鑑が好きな女の子。将来優秀な人材になる可能性は高い、みたいな感覚か?子供の興味あることはできるだけさせてあげたほうが伸びしろがすごい的な???いやでも赤の他人なんだからおかしくない?たとえお金が有り余っていても老後にとっときな???
「いや、大丈夫。」
「そうかい?でもポアロでいつもお小遣いを使ってしまっているだろう?何か欲しいものとかあっても買えてないんじゃないかと思ってね。」
家の手伝いをしてもらえる程度のお金で図鑑は買えません。さすがに。
「大丈夫。図書館で借りてるから。」
「本当に?」
「大丈夫。」
私が両手の手のひらを見せてストップのポーズをすると安室さんはしぶしぶ引き下がった。お金がある人間の感覚って怖い。
「でも、遠慮なく僕に言ってくれていいんだよ。君がポアロに来るようになったのは、もともと僕の提案のせいだからね。お金を使わせているのは僕なんだから、その分何かで返させてくれ。」
ああ、なるほど。そういう意識なのか。元々謝礼のつもりでポアロに行ってるが、さすがに三十路手前の男が小学生に貢がれている様子はあまりいい光景ではないかもしれない。潜入捜査官だから人の視線を奪うような行為は避けたいのだろう。
確かに話す時間を作る場所をポアロにしようと言った時も、私がどうしてポアロを選んだかを説明してなかった気がする。だから、サービスとかしようとしてたのか。
「大丈夫。いつものお礼だから。私のお金で、ポアロの売り上げに貢献したら、安室さんも助かるでしょ。私は安室さんに助けてもらって、私も安室さんの助けになれる。等価交換、win-winの関係だ。」
というと安室さんは少しぽかんとした顔をした。
あ、すみません。私の微々たるお金でwin-winとか言ってすみませんでした。もう言いません。ごめんなさい。と私が自分の失言を猛省していたら、安室さんがしゃがみこんできた。
「リサちゃん。」
そう言ってこちらをじっと見てくる。なんとなく安室さんがしゃがんだりして目線を合わせて話をするときは大事なことを言ってくることが多い。イケメンの顔がいきなり近くに来るのは心臓に悪いが、話をしてくれているのだから、心臓に悪くても相手の目を見ないわけにはいかなかった。
「確かに僕はリサちゃんにとって有益な行動をとっているだろう。けれど、それに対してリサちゃんが無理に何かをお返しをする必要はないんだよ。これは僕がやりたくてやっていることなんだから。」
「やりたくて...?」
「そうだ。実際困ったら僕に言ってくれと言ったのも、君のため、というよりは僕の我儘だ。僕が、君が困っていたら力になりたいだけなんだから。」
その気持ちはとてもありがたい。だがしかし、それで私は、はい、そうですか、と言っていいものなのだろうか。
それとも、この迷いも私がまともな人間じゃないから抱くものなのだろうか。
いや、安室さんにとっては私は推定7歳児。だからこその感情なのかもしれない。
「でも、おかしい。」
「何がだい?」
「何かしてもらって、それがタダなんておかしい。私は何かお返しをするべきだ。」
安室さんにとってはそうかもしれないが、私にとってはそうではない。対価のない報酬なんてありえないのだから。
「だとしても、お金が絡むことである必要はないんだよ。君の面倒を見ている阿笠博士にだって迷惑はかけられないだろう。」
うっ。痛いところをついてくる。確かに実害が一番あるのはお金を出している阿笠博士だ。
一番いいお礼の仕方だと思っていたのに、うまくいかない。
「でも、他にお礼をする方法が思いつかない。」
「それは、おいおい考えていこう。僕も君の力が借りたいことがあれば言うから。」
そんな機会が訪れる未来が全く想像できないのだが。何とかうまく丸め込もうとしていないだろうかこの男。
ほんとにこの男にいろいろ任してよかったのだろうか。いや、私の感覚ってそんなにおかしいのか。博士と哀ちゃんには何も言われなかったのに。
「...。」
「そんな不満そうな顔しないで。」
安室さんが困った顔をして、そう言ってきた。うっ、罪悪感がすごい。彼は私の罪悪感を作る天才だと思う。私は今回は否はないつもりなのに、困らせたと思うと、なんだか間違っているような気持になる。あれか?イケメンのせいか?畜生。
そんな時、それはきた。
本人には全くその気はないだろうが、その登場は私たちの空気をぶち壊した。
「おや?君は...。」
その聞き覚えのある声に、私はハッとして声の方を振り向いた。
そして振り向いた先には。
「こんにちは。たしか博士の家の子だったかな?」
にこやかに私に挨拶をしてくる、お隣さんの沖矢昴の姿があった。
私は沖矢昴の正体を知っている。
前世の私ではない。栗栖リサは沖矢昴が赤井秀一であることを知っている。
理由は、私が阿笠邸に居候を始めた頃にさかのぼる。
阿笠邸で悠々自適に過ごしていた私は、隣の家から阿笠邸を監視するその視線に気づいてしまった。仮にも元暗殺者なので、その辺りの勘がいいのは、まあ仕方のないことだった。誰が住んでいるのか知っていたが、一応コナン君に聞いて、隣の家の工藤邸に沖矢昴という男が住んでいる、ということを知った。
その時はコナン君には「視線?気のせいだろ?」とはぐらかされ、私も前世の知識があるから必要ない問題には首を突っ込まない方がいいと思い、真実を追及することはしなかった。
だが、問題はここからだった。
私は元暗殺者なので、とても勘がいい、と思う。
それに加えて、自分を監視する視線に気づいてたら、当然警戒して神経を張り巡らす習性がついてしまっている。
なので、四六時中、ご飯を食べているときも、団らんしているときも、宿題をしているときも、不躾に阿笠邸を監視するその視線にいろいろ限界が来た。哀ちゃんが組織の気配を感じ取ったときの警戒状態ほどではないが、中々に神経をすり減らしていった。
決してこちらに対して敵意があって監視しているわけではないのだろうが、わかっていても体が先に反応してしまうのだから、仕方ない。どういう意図かわかっていても、ずっと誰かに監視される状態に耐えられなかった。
あまりに耐え切れなくなって、私はコナン君を問い詰めた。もちろん平和的にだ。決して暴力に出たわけではない。平和的に、端的に、ただの言葉のみで、彼に対して沖矢昴は何者だ、と問い詰めた。
ただちょっと、視線がうざすぎて何をしてしまうかわからない、と言っただけだ。コナン君は結構ビビっていたが、私のせいじゃない。
そして、彼がFBI捜査官の赤井秀一であること、組織に潜入していたライであることを知った。
直接ライと面識があるわけではなかった私は、へえ、そういえばジンが一時期気にしてたな、程度の印象しかない男だが、まあ、そんなこんなで正体を知ることとなった。
まあ、それであの監視の視線がなくなったというわけではないので、今でも時々視線に反応してしまう。
よって、沖矢昴に対する私の印象はとてもよくない。
「こんにちは。沖矢さん。」
そう返事を返すと、沖矢さんはすぐ安室さんに向き直った。
「それに、いつぞやの宅配業者の方もご一緒で、何やら仲がよろしい様子。お友達だったんですね。」
「ええ。沖矢さんも奇遇ですね。こんなところで。」
赤井絶対殺すマンの安室さんは、私と話すためにしゃがんでいた状態から立ち上がると、私の予想を超えて落ち着いた対応をしていた。
なんだ、安室さんって赤井さんの前だと猛獣のようになるイメージだったが、落ち着いている。安室さんの中では沖矢さんは赤井(仮)だからまだそんなに警戒していないのか?あれ?でも怪しんでなかったっけ?記憶は曖昧だ。
「買い物をして家に帰る途中だったんですが、知った顔を目にしてしまったので、思わず声をかけてしまいました。」
そう言うと沖矢さんは私を見下ろす。
「君とも、あまり話したことがなかったから、ぜひ仲良くしたいと思いましてね。」
その言葉に私はぞっとした。まて、赤井さんは灰原哀=宮野志保であることを知っている。そして、コナン君の正体も察しがついている描写が原作にはあった。
そんな二人のそばに、新たな小学生が仲間入りしたら、警戒されるのは当然なのでは?私は沖矢さんの視線に気づいているのに、沖矢さんが私が視線に気づいたことを知らないわけがない。赤井さんが元の私のことを知っていれば、瞳の色のこともあって、すぐ栗栖リサと元の私の関連性に気づいてしまうのではないだろうか。
もしかして、ピンチなのでは??
そう思って、思わず後ずさりした。
「リサちゃん?」
その様子に気づいた安室さんが不思議そうにこちらを向く。
「何でもない。」
落ち着け、ここで不自然な行動をとっては安室さんが怪しんでくる可能性もある。安室さんにも赤井さんにも正体がばれて、FBIと公安の挟み撃ちなんて末路だけは御免だ。
できるだけ、自然にこの場を離脱すべし。
「お二人はどうしてここに?」
「リサちゃんを家まで送っているところですよ。」
「そうだったんですね。よければ、私がこの子を家まで送りましょうか?」
ジーザス。神は死んだ。
「結構です。」
そういった安室さんの声は堅かった。
「そうですか。何やらお困りの様子だったので、お力になれたらと思ったのですが。私でしたら、家に帰るついででこの子を送れますしね。」
「たとえ困っていたとしても、貴方の助けは必要ありません。」
「手厳しいですね。では、貴方はどうですか?」
「は?」
ほんとは、ファ?と聞きそうになったが、そこを何とか気合で、は?と聞き返した私を誰か褒めてくれ。突然のお魚の名前の国民的芸人になって雰囲気ぶち壊すところだった。
「先ほど、何か彼と話して困っていた様子でしたが、大丈夫でしたか。」
背の高い沖矢さんが私を見下ろしてそう聞いてきた。いくら沖矢昴の顔が優し目だとしても、中身はあの初登場で組織のメンバーを間違えられたほどの人相の悪い男だ。威圧感が違う。
「大丈夫。」
「本当に?」
「うん。」
「そうですか。しかし、君はいつもと違って大人しいんですね。」
「いつも?どういうことですか。」
私でもちんぷんかんぷんだったその言葉に疑問を口にしたのは安室さんだった。いつも?確かにたまに夕飯のおすそ分けに来るが私はほとんど対面したことはなかったはずだ。いつも、と言われるほど、交流があるわけではない。全く身に覚えがない。
「ええ。阿笠邸からこちらを見ている君は、とても大人しそうな子供には見えなかったので。」
はあ~~~~????なんてこと言ってくれて、え、ええ???それおまいう????お前だってこっち見てる時ただの大学院生には見えねえだろうが!!!ていうか、それせめて一対一の時に言ってくれないかな????なんで安室さんがいるときに言うの?馬鹿なの???死ぬの???私が????
「へえ、随分阿笠邸を観察しているんですね。家の中でのこの子の様子を知っているくらい。」
安室さんが何やらどすのきいた声音で最高の助け舟を出してきた。そうだそうだ!もっと言ってやれ!!
まって、これ沖矢さんの正体がばれたらまずいのでは?工藤邸が血の海のなるのでは?それはまずいよな。きっと組織壊滅にはこの二人の力は必須だろう、スペック的に。
「ええ。よく料理を作りすぎてしまうことがあるので、家に誰かいるか確認するのですが、その時よくこの子と目が合うんですよ。」
先生ー。助けるべき相手が私に対して殺意全開の場合はどうしたらいいですかー?
「1人前の材料で料理を作ることさえできないんですか?材料がどのくらい必要か、なんて考えればわかるでしょう。」
「何分料理は勉強中でして。お恥ずかしい限りです。」
コナンファンが一度は思ったことがある沖矢さんに対する突っ込みを、安室さんが代弁してくれた。実際、作りすぎても一人で処理できないってとんでもない量作ってるよなって思わない?
違うそんなことはどうでもいい。
私はコナン君に組織壊滅に協力すると言ったのだから、ここで私を引き合いにして二人が言い争いをしているのはだいぶまずい。もしこじれて安室さんが沖矢さんの秘密に近づくようなことがあってはならない。コナン君たちにも段取りというものがあるだろう。きっと今はまだ駄目なはずだ。
どうする、どうすればいい。
困ったときは子供の振りだ。
「ねえ。早くおうち帰りたい。」
とりあえず、ここで立ち止まって言い争いをしている手も何も始まらない。話に飽きてしまった子供の振りをしよう。会話の内容はガン無視して。
「ああ、ごめんね。早く帰ろうか。」
「ああ、では私もご一緒しても?道は同じですし。」
コナン君!!!赤井さんの躾しといて!!!!協力者でしょ!!!私は内心頭を抱えた。なんなんだ...この人...。
いや、間違いなく私が赤井さんの視線に気づいてしまったのを見て、明らかに危険人物認定されているに違いない。そしてそんな子供と安室さんが一緒にいる。安室さんは赤井さんが嫌いだが、赤井さんはきっとそうでもないので、この場で警戒すべきは私のみ、ということになる。だからこその対応だ。
ならよっぽど、私のせいで、この二人の均衡が崩れるわけにはいかない。
「沖矢さんと、帰る。」
「え?」
よって、地獄の片道切符を私は買ってしまったのだ。帰りの分はない。赤井さんが私に敵意があろうとも、なかろうとも、この二人がこのまま同じ空間に居続けるのはまずい。だからこそ、安室さんにはここで退場してもらおう。別に不自然なことではないはずだ。お隣さんであることも事実だし。送ってもらうくらいのことは。
「じゃあ、帰りましょうか。」
そう言って微笑みかけてくる沖矢さんの方に向かって私が歩き出そうとした瞬間。
安室さんが私の腕をつかんだ。反動で、私はちょっと後ろにバランスを崩す。そのバランスを崩した一瞬のスキをついて、安室さんは私は器用に抱き上げた。
「え?」
「リサちゃん。やっぱり一緒に帰ろう。」
「いや、でも。」
「じゃあ、ここで君に頼む。一緒に帰ってくれ。僕を助けると思って。」
沖矢さんが来る前に、話していた会話の内容を思い出し、私は言葉を詰まらせた。確かに、別の形でお返しをするという話でまとまりかけていて、今その機会が巡ってきた。次、私が安室さんに何かしてあげれる機会はもうないかもしれない。
これは、いったいどうすればいいのか。
「感心しませんね。子供に対して無理やりそんなことを頼むのは。」
「それはこちらのセリフです。この子が貴方を怖がっているのがわからないんですか?」
その言葉に、沖矢さんは黙り込んだ。なんだなんだ?と思って抱き抱えられている状態から沖矢さんの方を振り向くと。
「怖がっている、か。」
沖矢さんは笑っていた。
「私には、ただ無表情で何を考えているかわからない様子でしたが、貴方にはわかるんですね。」
「当然です。それが何か?」
当然です、と当たり前のように答えた安室さんに対して、私が抱いた感情の説明はしにくい。
ただ、なんとなく、胸の中がきゅっとなって、抱きかかえられて必然的につかんでいた安室さんの服をぎゅっと強く握りしめてしまった。
「いえ。ただ、私は貴方たちの邪魔をしてしまったと気づいただけです。これで失礼します。」
は?帰んの?と呆然とした私と安室さんを置いて、沖矢さんは買い物袋をもってその場を去っていった。
阿笠邸の前につくまで、私は安室さんに抱きかかえられたままだった。友達にあって見られたら恥ずかしいと言っても聞いてもらえず、無言のままずっとこの状態だった。
正直つらい。
情けなさと、恥ずかしさと、理不尽さに打ちひしがれてた。
しかし、何とか耐えて阿笠邸までたどり着くと、安室さんは私を下ろしてくれた。
後はとっとと門をくぐって家に入るだけなのだが。
安室さんの様子が不穏過ぎて大丈夫なのだろうかと、若干不安になってしまう。
「あ、安室さん。それじゃあ、帰るね。送ってくれて、ありがとう。」
触らぬ神に祟りなし。いくら不穏でも、巻き込まれなければ被害はない。今日のことでいろいろこじれるかもしれんが、止めようがなかった。ごめんコナン君。あとは何とかしてくれ。私では無理だ。と思って私が阿笠邸の門を開けようとしたとき。
また後ろから腕を引っ張られた。ハッと気づいたときには、安室さんの腕の中にいた。不覚。
これが敵なら死んでいたな、じゃなくて。
「どうした?」
そう聞いても、安室さんに反応はない。逃れられるかと少し抵抗しても、安室さんの腕はびくともしなかった。さすがゴリラ。
「リサちゃん。」
ようやく、安室さんが口を開いた。私は抵抗する手を止めて安室さんに向き直る。
安室さんの表情は無だった。今まで私に向けてきた優しさもなければ、必死さもなかった。ただただ、何を考えているのかわからなかった。
ああ、私って普段こんな顔してるのか、怖いな。
そう、現実逃避にそんなことを考えていた。今日のことで、安室さんが何か勘づいてもおかしくない。隣の家からの男の視線にいちいち気づく小学生である。当然怪しまれると思っていた。
ああ、ここですべて終わりかもしれない。
そんなことを考えていたその時、安室さんが次の言葉を口にした。
「一緒に住もう。」
どうしてそうなった??????
◆◆◆◆
阿笠邸の門をくぐっていく少女を見て、何とも言えない気持ちになった。
また、この子は帰っていく。あの男のテリトリーの中にあるこの家に。
今日のことで沖矢昴がこの子を警戒しているということが十分に分かった。元々、普通の子供とは少し違った子供だ。おかしく見える部分はたくさんあるだろう。
しかし、あの男があそこまで危険視しているとしたら、話は別だ。
いつまでもこの家に置いておくわけにはいかない。
そして何より。
この少女が自分よりもあの男を選んだ瞬間、何かが爆発しそうになった。
例えそれが、険悪な雰囲気になった自分と沖矢を離れさせようとするために少女が起こした行動であったとしても。
この子が自分以外の誰かを選ぶ姿に、何か黒々とした感情が湧いてきたのだ。
それがどんな感情であったのかを近くする必要はない。ここに居ればこの子が危険であることが明白なのだから、自分はその危険を回避するために行動するだけだ。
「一緒に住もう。」
最初からそうしてしまえばよかった。どうして今までこの方法を思いつかなかったのかが不思議なくらいだ。自分の住居までこの子を連れてくれば、沖矢も手は出せない。場所も知られていないし、隣に住んでいなければこの子と沖矢の接点はなくなる。
「え、」
少女は呆然としていた。突然こんなことを言われて驚いているのだろう。
しかし、逃がしてあげる気など毛頭ない。
「君は、僕に何かお礼をしたいと言っていたね?」
その言葉に少女は頷く。
この子のその気持ちは、とても尊いものだと思う。ポアロに来るために家で金策を話し合って、手伝いをしている、と言った時は思わずにやけそうになる顔を抑えるために咳払いをした。隣で話を聞いていた梓さんも同じようにしていたくらいだ。
とても健気で、可愛らしくて、それを自分のためにやっているのだと思うと、たまらなかった。
あれだけ、警戒して、近寄りもしなかった最初のこともあって、破壊力は絶大だった。
でも、今はそれを利用させてもらう。
「阿笠博士の家でも、家事を手伝っているんだろう?それを僕の家でやってくれればいい。そうすれば、阿笠博士も君にお小遣いを払う必要がなくなるし、僕の助けにもなれる。いい案だと思うんだけど。」
ポアロでドリンク一杯を週に一度頼む程度のお金が、阿笠家の財政に打撃を与えているとは到底思わないが、金銭面に関するこの子の意識は高い。その博士に対する罪悪感をここで利用する。
「で、でも...。」
「どうしたんだい?何か問題があるかな?」
「他人に家には子供は住めないってコナン君が言ってた。」
「ああ、確かに保護者の同意なしに、子供を引き取ることはできないね。じゃあ、君を阿笠博士に託したっていう、君の親戚の連絡先を教えてくれないか?僕から事情を話すよ。阿笠博士もすでに子供を一人預かっているんだろ?たしか灰原っていう名前の子。」
その言葉に、少女の体が強張る。体同士が触れていると焦りや動揺が直に伝わってきて、わかりやすい。
あともう一押しだ。
「そうだ。阿笠博士にも相談しようか。それに灰原っていう君と同じくこの家に住んでいる子にも、同意をとる必要があるよね。一緒に住んで折角仲良くなったのに、離れ離れになるのは寂しいから、ちゃんと説明してわかってもらわないと。」
「...。わかった。」
最後の言葉がとどめになったのか、少女は小さな声でそう同意した。
その時の少女の顔を見ることはできなかった。腕の中にいた少女はうつむいていて、様子をうかがえなかった。
それでも、嫌がっていることぐらいはわかる。
でも、これは譲れない。君を守るためなのだから。
本当に?と頭の隅で自問する声を振り払いながら、ありがとう、と礼を言って少女を抱きしめた。
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ついにあの人が登場しました。おかげで安室さんは少し黒くなっています。<br />できるだけ完璧に善人みたいな感じを心がけていましたが、彼が出てきたならそういうわけにはいかないだろうな...って思って。実際そういう安室さんもとってもおいしい。<br /><br />続きが遅くなって申し訳ないです。いろんな人に見ていただけて...。ランキングやコメントやフォローやありがたいと思っています...。ありがとうございます。<br /><br />※注意<br />オリ主ガッツリ出てきます。<br />少しでも合わないなと思ったら、迷わずブラウザバックしてください。
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80億の男に殺されて幼児化したが生活水準上がったので恨んでない5
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10130278#1
| true |
※夢主は子猫です
※n煎じです
※夢主に名前あります
※景光の苗字は「緑川」にさせて頂きました。→2022.2/7に諸伏へと修正しました。
※苦手な人バック
[newpage]
誰か聞いて下さい。子猫に生まれ変わっていて、周りにいた子猫四匹も生まれ変わりでこの後どうするかと子猫会議をしていたら、褐色金髪イケメンと麻呂眉ワンコにエンカウント。寝床はイケメンが確保してくれましたが、寝床の中から私を含めた五匹の子猫が大合唱せずに円らな瞳で見つめ続けていたら、麻呂眉ワンコも寝床に無理矢理入ってきて一緒にイケメンを見上げ…勝利しました。えっ?何に勝利したのか?ふっふっふっ…聞いて下さい。イケメンの自宅に来ました!!!野宿じゃない!だけど殺風景!でも文句言わない!しかもシャンプータオルで体まで拭いて下さったんですよ。生後一か月経っていたらお風呂に入れたかもしれませんが、私達も何日に産まれたか分かりません。
「…連れて来てしまった…」
麻呂眉ワンコはシャワーを浴びたようで、タオルで身体を拭きながら現れたイケメン。ごめんなさい、そしてありがとうイケメン。でも子猫五匹の愛らしさに負けたのはイケメン、貴方ですよ。
『なぁうぅ(やったな。今の所は野宿回避出来た)』
『にぃー(ゼロの事だから飯も出してくれるしな)』
ホクホクとどこか満足している彼等は拭かれた順にイケメンの自宅を観察にポテポテと歩き出す。男の人の自宅なんて初めてなんで緊張で私は動きません。松田さんと萩原さん、伊達さんはキッチン周りを見ては、
『みゃう(降谷の飯食いてーな)』
『にゃう(無理だろうな。この体だと)』
ガックリと子猫の体から力が落ちるの見た。伊達さんは何をしているんだろうと探せば、諸伏さんと一緒に違う部屋へと入っていく。…私も動きますか。今なら麻呂眉ワンコは拭かれている最中だから。気落ちしている萩原さんと松田さんになんてフォローしたらいいか分からないので、良識人…良識子猫(?)の伊達さん諸伏さんペアの方へと向かう事に。ピョッコピョッコと走って、二匹が入った部屋に足を踏み入れた。い草の匂いに畳だと気付いた。簡素なベッドにテーブル、段ボールがあってその横に立てられたギター。イケメンはギターも弾けるんですね、スペックいくつあるのでしょうか。
ギターの近くで諸伏さんの猫背が見えた。隣へと走り(跳ねている様にしか見えないけども)彼の傍に。
『みぃ?(どうかしました?)』
『…にぃー(俺もギターを弾いていたんだ。懐かしいと思ってな)』
『みぃー(お二人ともされていたんですね)』
『にぃい(そうだな…まだゼロ弾いているんだな)』
ギターを見つめている円らな瞳は寂し気でありながらもどこか嬉しさを含ませているように感じます。え、どうしよう。なんで声かけにくい空気を出すんですか?えーっとお話は…
『…みぃっ(ど、どんな曲を良く弾いていたんですか?)』
『にぃ(あー良く弾いてたのは…故郷、か?)』
『みぃ?(故郷って…あの兎追いしーのですか?)』
『にぃーにぃう(そうそう…ゼロ…あの男のあだ名なんだけどな、よく一緒に弾いていたんだ)』
『みぃー(意外です…こう、ロックなのを弾きそうな方ですよね)』
『なぁう(降谷は日本が好きだからな。洋楽よりも邦楽派だぜ)』
ひょっこりと諸伏さんの隣に来たのは伊達さん。イケメンは日本好きなのか…愛国心溢れているんですね。
『みぃ?(諸伏さん達が警察の人ならフルヤさんもですか?)』
『…にぃ(…死んでいるし、子猫だから良いか…そうだ、ゼロも警察。公安だ)』
『なぁあう?!(公安?!…流石降谷だな!どおりで連絡が来ない訳だ)』
『にゃーう(降谷は公安だったのか)』
『みゃうぅ(主席だったからな、あいつ)』
跳ねてやってきた萩原さんと松田さんが私達の会話の輪に入ってきた。えーっと私には警察の仕組みがよく分からないのでコメントしづらいのですが…。一般市民だった私にはその輪に入れなくて疎外感。でも凄いな…彼等は命を懸けて仕事をしていたんだと思うと平和に暮らしていたのは彼等のお陰なんだと気付かされてしまって。感謝の気持ちを伝えたいと考えていたら、黙っていた私に気付いた伊達さんが名前を呼ぶ。
『みぃっ!(お巡りさん、ありがとうございました!死んでしまいましたが、私が平和に暮らして生きていけたのはお巡りさんのお陰です!)』
右手を床に付けて左手を敬礼の形にしてみたが招き猫の様な手の形になる。出来ない敬礼…。諸伏さん達は子猫の瞳を何度か瞬きしていたけど、萩原さんが笑った。
『にゃうにゃう(残念、鈴ちゃん。敬礼は右手なんだぜ)』
『みぃ…(え、恥ずかしい…)』
萩原さん達の生暖かい視線が痛いです。四匹はピッと右手で敬礼…という形を作るけど招き猫にしかみえない。
「…子猫バージョン招き猫」
ほら、イケメンもそう思っているようです。麻呂眉ワンコの毛を乾かし終えたらしいイケメンは和室へと入り、ギターの前にいる私達を見下ろす。麻呂眉ワンコも私達の近くに寄ってきては、ギターをキラキラと見つめてはイケメンへと振り向いて。イケメンは小さく笑ってギターを手に取り、胡坐をかいた。優しく弦を弾き子猫の耳にも優しい音色を拾う。
「君達もハロと同じでギターが気になるのかな?」
弾き出す曲は故郷。諸伏さんの言った通り、良く弾く曲なんだろうな…と思っていたら、麻呂眉ワンコが合いの手を入れていた。この麻呂眉ワンコは音楽が好きなのかな…と考えていたら、諸伏さんがポツリと
『にぃい(成程。ハロの名前はドとシの音の日本音名から名付けたんだな)』
『なぁう(遠吠えとかでコミュニケーション取るからな…特定の音に反応したドとシからか)』
何納得しているのか分からないのですが…ただ、麻呂眉ワンコの名前の付け方を推理している事だけ分かりました。この人達頭良いんだろうな…。麻呂眉ワンコの気が済むまで故郷を弾いていたイケメンはギターを置くと横一列に並んでいる私達を見下ろして口を開く。
「…さて君達の写真を撮るか…」
なんで?子猫にきゅんと来ちゃいました?キュンキュンしちゃいました、イケメン?疑問符が頭の中に埋め尽くされる私は首を傾げていたら、スマホを取り出してパシャリとカメラに収められる。やめて事務所通して下さい!
「白猫の君、可愛く撮れたよ」
何人の女性をも魅了し続ける笑顔で私の頭を撫でるイケメンに私も照れてしまいます。照れ隠しに撫でる手にじゃれついていたらコロンと転ばされてしまう。起き上がるのに時間かかるんです!
『アンッ(安室さん、僕もこの子と一緒にぱっしゃとして!)』
麻呂眉ワンコが私の首根っこを加えては座らせてくれる。んん゛っ!とイケメンから何かを押さえる様な声がしましたが…気のせいでしょうか。麻呂眉ワンコがイケメンをキラキラと見続けていたら、イケメンも小さく笑ってはスマホを取って隣に並ぶ麻呂眉ワンコと一緒に撮られた。
「よし…次は…」
『にゃうー(よっし、降谷!俺の愛らしさにメロメロになれよ)』
ゴロンとお腹を見せて可愛らしさをアピールしている萩原さんに伊達さんが少し引いていました。
『みゃう(俺も混ぜろ、萩原)』
それに悪乗りする松田さんは子猫の愛らしさがあるのにも関わらず、なんとなくあくどい笑みを零して萩原さんの近くに行きコロンと寝転ぶ。んん゛っ!!二回目が聞こえました。どうやら気のせいではないようです。大丈夫、イケメン?溶けるチーズのように溶けていますよ。段々と自分が何を言っているか分からなくなってきました。語彙力が欲しいです。
「次はカギ尻尾の子とグレーの子…あれ?」
色んな角度でどれが可愛いかを確認し納得出来たらしいイケメンは次に伊達さんと諸伏さんを撮ろうと探す。でもグレーの子猫である諸伏さんが見当たらない。伊達さんはポツンと猫座りをしては苦笑いをしている。
『みぃ(伊達さん、諸伏さんは何処に?)』
『なぁーう(アイツなら机の下だ)』
机?視線を机に動かせば、机の足から小さな尻尾が見えた。イケメンが周囲を見渡して、机の下へとかがんでは、
「見つけた。写真を撮らせてくれないかい?」
『にぃー(写真は駄目だ)』
と言って机の足から諸伏さんは違う隠れ場所へと跳ねる様に逃げていく。四つん這いになりながら諸伏さんを追いかけるイケメン。
『みゃう!(させねえぜ、降谷!)』
『にゃうにゃ!(オレも援護するぜ、松田!)』
『みゃう(足に行く)』
『にゃう(なら腕に行くな)』
と彼等の連携プレー。跳ねる様に走り、各々の言った場所、足と腕に飛び乗りよじ登っていく二匹。段ボールからひょっこりと顔を出して様子を見る諸伏さんはもっと邪魔をしろーと言っている。何しているんでしょうか、あの子猫達。そしてなんの遊びをしているのー?とはしゃぎながら麻呂眉ワンコはイケメンの周囲を回る。あ、松田さんがイケメンの背中に辿り着いて座っている。そのせいかイケメンが固まって動かなくなりました。好機とばかりに萩原さんは腕にじゃれつき邪魔をしていますね。私と伊達さんは苦笑いをしながら彼等の様子を見ているだけでしたが、十五分くらいイケメンVS諸伏さんのかくれんぼが続きました。落ち?落ちは伊達さんの背後に隠れてほんの少しだけ顔を出した諸伏さんのツーショットが撮られたと記しておきましょう。
―――――――――――――
先日、拾った子猫の五匹の里親募集と思いポアロで話をしていた。丁度、コナン君を含めた少年探偵団の子ども達が来店し、子猫を飼わないかと写真を見せれば可愛いと言って頬を染める。コナン君も少しばかり穏やかな笑みを見せてくれて。その時、歩美ちゃんの言葉に考えさせられた。
「安室さん、子猫さん達は兄弟なの?」
「え…どうなんだろ。一緒に居たのは確かかな」
「…兄弟が離れ離れになったら寂しいよね…」
「そうですね…」
「兄弟一緒に飼うのはオレんとこは無理だな…母ちゃん怒るかも」
人間の勝手で兄弟を離れ離れにさせる。それに景光達とも離れ離れに仕事をこなしていきながらも、会いたいという気持ちもあったのを思い出した。あの時、電話に出れば良かった。飲みに行こうと誘えば良かった。もっともっとあいつ等と馬鹿な話をし、肩を並んでいきたかったとの気持ちがふつふつと思い出して。あの子猫達もどうなんだろうか。離れ離れになったら寂しいと感じるんだろうか。スルリと脳裏に過るのは飼うという選択肢。だが俺は、ハロも居ながらの三つの生活を送っている。これ以上、他に面倒を見る事も出来ないと考えていたらポアロの閉店時間。終わらせて帰れば、ベッドの上にハロを枕にして眠る子猫達。お腹を見せているグレーと黒猫、電気を点けて眩しかったのか小さな手で目を隠す白猫。横になって眠る茶トラとカギ尻尾の猫。小さな小さな命を守りたいと思ってしまう。そうなると飼うという選択肢しか頭に入らなくて。
「…ハロも気に入っているし、良いか…」
子猫達が起きたら、名前を決めよう。俺に新しい家族が増えた。
取り合えず、新しい家族記念に写真を収めた。
[newpage]
一般市民だった白猫にゃん
静観に徹しようと決めた
子猫になってもカメラはNG景光にゃん
カメラから逃げるのは任せろ
ギターを今でも弾いている事に幸せを感じた
イケメンの背中に香箱座りした松田にゃん
萩原にゃんと悪ふざけするのが好き
イケメンのご飯が恋しくなった萩原にゃん
猫まんまでもいいから食わせてくれ
皆を見守る兄貴伊達にゃん
こいつ等(警察学校組)変わっていないなと笑っている
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私の家にも猫が三匹います。最初は二匹でした。動物病院で里親募集で二匹がいて、最初一匹が違う人に行き、残った猫が私となっていたのですが、動物病院の先生が二匹一緒に捨てられいたから出来れば二匹同時に可愛がってくれたらいいなとの言葉に私はそれもそうだ。と納得して二匹ともウチの子にしました。そんな事を思い出しながら酒を飲みながら出来ました。<br /><br />そして今回は子猫の可愛らしさが出なかった事が悔やみです<br /><br />P.S 酒飲みながらでないとこの作品が打てないと分かった今日この頃。<br /><br />前回の沢山のいいね!、ブクマ、コメントありがとうございます!タグがお酒だらけに笑いました。あ、日本酒と焼酎好きです←<br /><br />9/12デイリー26位、女子ランキング87位<br />9/13デイリー7位、女子ランキング7位<br /><br />…本当にお酒飲みながら書いているので申し訳ないと思っています。<br /><br />2022.2/7に緑川→諸伏へと修正。ほんの少しだけ加筆修正しました。
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転生したら子猫で、周りも転生子猫でした。続々
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10130325#1
| true |
あかねと二人きり。まさか修学旅行でこんな状況になれるとは思わなかった。
れいかはクラス委員なので先生からの呼び出しで、みゆきちゃん達は旅館を探検するんだとかで部屋から出ていった。てっきりあかねも探検に行くと思っていたのに、どういう訳か二人の誘いを断った。私と一緒にいたいから? なんて淡い期待をする自分がいる。
私が座って着替えやお土産などの荷物を整理している間、あかねも同じように鞄の中をゴソゴソと漁っていた。筈なのに、いつの間にか私のすぐ側に来ていた。
ニイィッと悪戯な笑みを浮かべたかと思うと、突然私の太股に自分の頭を乗せるように倒れてきた。俗に言う膝枕だ。急なことに驚きを隠せなくて、顔に熱が集中した。『なお真っ赤やー』としてやったりな顔で言われてしまった。 これが起きてから数分。状況は全く変わらない。いや、全くではないか。ニヤニヤしていたあかねだったけど今は真顔で、私の髪を触っている。おかげで私は身動きが取れず、荷物は散らかっている。あと足が痺れてきた。
「あかね」
「んー?」
「動けないんだけど」
「んー」
聞いてないな、この子。
やっぱりあかねは私の髪を触っている。軽く引っ張ったり指に絡めたりして。何が楽しいのだろうか。
と考えた途端、あかねの手は髪から離れた。次の目的地は頬。包むように触れて、親指で目尻を触ったり鼻を押したり。まるで何かを確かめているかのように。
私はされるがまま。抵抗する必要性がどこにあるか、いいや、ない。いつも私からあかねに触れてばかりであかねからはない。だからこういうのが嬉しいのかもしれない。 色んなところを触って、最後に辿り着いたのは私の唇。スッと下唇を撫でられた時、背中に電気が走った。
他のところと同様にすぐ離れるだろうと思っていたのに、なかなか離れない。あかねは何度も唇を触る。時には撫でて、時には軽く押す。一体彼女は何を考えているのだろうか。
ふと、真剣だったあかねの表情が緩んだ。でもそれは自然に出たように見えない。無理矢理か、自分を嘲笑っているような、そんなカオ。
「なおの唇、ぷにぷにやなぁー」
らしくない、とってつけたかのような台詞。
「それはどーも」
いい言葉が浮かばない。あかねの行動が気になってしょうがない。
何の目的があってどうしてこんなことをしているのか。何か深い理由はあるのだろうか。他の人、例えばみゆきちゃんにもこういうことをしているのだろうか。 こんな風に考えるのはきっと私の中でぐるぐる回るある感情のせい。そんな感情を抱かせた、彼女のせい。
「なぁ」
あかねの手が止まり、
「チュー、せぇへん?」
時は、動き出した。
Fin.
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今日のスマプリ良かった!来週はRGBトリオのようですがNISSANに期待。なおちゃんって何かとあかねちゃんの隣にいますよね…。<br /><br /> 修学旅行ということでこんなの書いてみました!<br />なおあかというよりなお→あかのようなもの。<br />今度これのあかねちゃん視点&続きのようなものを書こうかなと思っています。<br /><br /> 前回の閲覧、ブクマ、評価、タグありがとうございました!<br /><br /> ■追記:閲覧、評価、ブクマ、タグありがとうございます!<br />早速あかねちゃん視点を書き始めたのですが、やっぱり大阪弁難しいです。<br /> ■ルーキーランキング入りました!ありがとうございますっ!!
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触れられて
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1013037#1
| true |
!!諸注意!!
・オリキャラ女夢主(降谷妹)、原作知識あり、名前あり
・キャラクターの兄弟捏造
・(平凡オリ主が無条件に降谷さんに溺愛されるにはどうしたらいいかを考えたら妹になった)
・なんでも大丈夫な人向け
降谷さんの妹として転生した原作知識のあるオタクが、降谷さんのモンペになる(予定の)お話です。
以上が大丈夫な方は次のページへお進みください。
[newpage]
私には前世の記憶がある。尤も、それを思い出したのは最近のことだ。
今世の私の名前は降谷灯。七つ離れた兄は零という。
おわかりいただけただろうか。私が二度目に生を受けたのが『名探偵コナン』の世界だと。
前世の名前は思い出せないが、しがない社会人の端くれをしていた。特にブラックでもホワイトでもない職場で、社会の歯車の一部としてそれなりに頑張っていたと思う。
なんで死んだのかは全く覚えていない。ちなみに『コナン』はコミックスを全巻揃えるレベルには嗜んでいたオタク(30オーバー)だった。
ということで、前世の記憶が戻ってから最初に気付いたことは、このとんでもない顔面偏差値の兄が主要人物の世界に生まれてしまった、という事実である。
記憶がないときにもやべーなこの兄イケメンだなとは常々思っていたが、まさか顔だけでなく頭も良くて身体能力もゴリ・・・高い、ハイスペックなトリプルフェイスだとは。おまけに料理もできる。
前世を思い出してしばらくは混乱していたが、頭が落ち着いてくると、兄の今後の境遇を思うととても可哀想になった。この人、確か同期で仲の良かった人たちがどんどん亡くなっていくんだよね・・・。それはもう呪われてるのかと思うくらいに。
今世の兄はスーパーエリートお巡りさんだが、私は前世の記憶があるだけの、ただの女子高生(病弱)だ。死ぬはずの人を救う術なんて持っていないし、万が一上手く救えたとして、しっぺ返しが怖い。救済は早々に諦めた。
その分、私は何があっても最後まで兄の傍にいてあげようと思った。便宜上兄と呼んではいるが、記憶が戻った直後は前世の自分より年下の若造だったのだ。正直、私の中ではどちらかといえば弟のように思っている。
もしくは「鬼いちゃん」だ。対FBIの凶悪顔しかり部下の腕捻り上げたり巷で話題のガンギマリフェイスとか・・・紛れもなく鬼いちゃんだろ、これは。
話が逸れたがとにかく、特筆すべき能力もなく原作にはいないはずの凡庸な妹が鬼いちゃんにできることは、もうそれくらいしかない。私の今世の目標は「兄より先に死なない」だ。
そんな目標を掲げたはいいが、記憶を思い出したときに今世の自分が今までどんな風に生きてきたかはだいぶおぼろげになってしまった。急にめっちゃキャラ変してたらどうしよう。
まあ通っていた学校とか友達とか、名前や家族構成とかそういうものはデータとして脳みそに突っ込まれていたのであまり問題ない。ただ、自分の認識が甘かっただけだ。
今世の私は、簡単にいうと見た目だけなら病弱で儚げな少女。生まれつき体が弱く、ちょっとしたことで熱を出したり入退院を繰り返していたらしい。
しかし、前世の私は特に病気という病気にかかったことのない健康優良児だった。記憶が戻ったばかりだったこともあり、体が弱いことへの加減なんて知っているわけもなく、ちょっと無理をした結果、数年間病院とお友達になった。
二十歳を超えた私がまだ高校生やってるのはそういう理由である。決して素行不良とかそういう理由じゃないのはここで弁明しておく。
*
私が前世を思い出して早数年。やっと自宅療養も終わり久しぶりに高校へ戻った。私と同じ時期に入学した生徒はもう皆卒業してしまい、さながら転校生のような状態だ。元々あまり学校に行けてなかったらしく、友達という程の友達もいなかったけど。
2年生の半ばでドロップアウトしたため、また2年生からやり直すことになった。通学?基本的には兄の愛車送迎である。言い忘れていたが、私が兄のモンペになったつもりだったが、兄が私のかなり過保護なモンペになっていた。何を言っているのかわからねーと思うが大丈夫、私もよくわからない。
「あっ、あかりちゃーん!これから帰るところ?一緒に帰ろうよ!」
あかり、というのは私の偽名で、兄が例の偽名を使うようになった時に一緒につけたものだ。安室透の親戚、安室あかり。あんまり難しいものだと間違えそうだし(なにより考えるのが面倒臭いので)、苗字はそのまま貰って名前も本名を平仮名にしただけだ。あ行被ってるとか言ってはいけない。
兄は無理に偽名にしなくてもいいと言ってくれたが、同じ部屋に同居している若い男女の苗字が違うのはなにかと悪い方向に勘繰られそうだから、上京して親戚のお兄さんのところへ転がり込んでる、という設定を採用した。女子高生と同棲してる社会人とか、端から見たら事案だからね。
もちろん私は兄が危ない組織に潜入捜査してるなんて知らないし、ましてや兄が公安警察だってことも知らないことになっている。兄は私にそんな話は一言もしていない。警察学校に通っていた時代があるから、流石に警察官であるとは知っててもいいはず。
余計なことは言わないほうがいいだろうな、と思って何も突っ込まずにいるので、ぶっちゃけ兄がどう思っているかはよくわかってないけど。
また話が逸れてしまった。いま偽名を元気な声で呼んだのは、同じクラスの中森青子ちゃんである。面倒見の良い性格なのか、2年になって急に降って湧いたような私に積極的に声を掛けてくれる。
「ごめんね、迎えが来るの」
私がちょっと済まなそうに眉を下げてそう答えると、青子ちゃんは至極残念そうな顔をしてくれた。
「そっかあ・・・」
「迎えって、家の人でも来るのか?」
青子ちゃんの少し後ろを歩いていた男の子も声をかけてくる。青子ちゃんと幼馴染らしい黒羽快斗くん。そう、皆さんお馴染みここは江古田高校である。
なぜここに進学した数年前の私・・・!と思ったけど、理由は単純明快、「制服がセーラー服でかわいいから」だ。まあここには某死神小学生もいないし、殺人事件なんて物騒なものは早々起こらないはず、だ。
黒羽くんの問いかけにそうだよ、と頷いた。
「心配性でね、送り迎えするって聞かないから。まあ忙しいから今のうちだけだと思うけど」
肩を竦めると、黒羽くんはふーん、と相槌を打つ。
「あかりちゃん、病み上がりなんだもんね」
青子ちゃんが神妙な顔つきで深く頷いた。今世ではいつも病み上がりみたいなもんなので、上がったといえるのかはちょっと微妙だ。
じゃあせめて校門まで、と他愛ない話をしながら歩いていると、私たちが校門に到着すると同時に、まるで図ったかのように一台の白いスポーツカーが静かに停車した。助手席の窓が開いて、予想通りの顔が覗く。
「あかりちゃん、遅くなってごめんね」
いかにも申し訳なさそうな顔で謝るのは、褐色の肌に淡い金髪のイケメンもとい、兄。しっかり安室透の皮を被って物腰柔らかな好青年を演じている。それに合わせて私もよそ行きの笑顔を浮かべた。
「ううん、大丈夫。ありがとう、・・・透くん」
勝手に口が「れ」の音を紡ぎそうになり、慌ててひっこめた。間が開いたのを不審に思われただろうかとちらりと横の二人を盗み見ると、二人ともぽかんとした様子で突っ立っていた。全然こっちは見てないから大丈夫だろう。
兄の顔に「早く乗れ」と書いてあるので、さっさとドアを開けて助手席に乗り込み、開いたままの窓から二人に声を掛けた。
「二人とも、ありがとう。また明日」
ひらひらと手を振ると、はっとした様子で黒羽くんが片手を上げ、もう一方の空いてる手でどつかれた青子ちゃんも手を振ってくれた。
「ま、またね!あかりちゃん!」
そのやりとりを見届け、二人の方へ軽く会釈をしてから兄が緩やかに車を発進させる。私がシートに背を付けるように座り直すと、窓が閉まった。
[newpage]
「灯、あの二人は?」
安室透より幾分か低いトーンの声が運転席から飛んでくる。名前を呼び捨てで呼んだところからしても、今は降谷零なのだろう。
「同じクラスの青子ちゃんと黒羽くん」
「仲が良いのか?」
「青子ちゃんはよく話しかけてくれるよ。黒羽くんとは業務連絡くらいしかしたことなかったけど」
「ふうん?」
意味深な相槌を打って、私と同じサファイアブルーの瞳だけ探るようにこちらに向けてくるので、私も目を合わせて本来の呼び方で尋ねた。
「零ちゃん、今日ポアロは?」
「今日はシフト入ってないんだ。夕飯の買い物して帰ろう」
目は一瞬で逸れたが、口元はうっすら弧を描いていた。さっきまであまりよくなさそうに見えた機嫌が、いつの間にか直っている。妹に名前呼ばれるだけでご機嫌なのお手軽すぎん?
余談だがポアロにはまだ行ったことはない。バイト先に身内が来るの気まずいでしょ?と、私としては気を遣ってるつもりなのだが、零ちゃんはどうやら働いてるお兄ちゃんを見に来てほしいらしい。たまにそれとなく催促される。
その度に、ちょっと死神に遭う覚悟できてからにするわ、とは流石に言えないので穏便に断っている。
「オムライスがいいなあ」
「残念ながら今日は魚」
「ちっ」
「こら、女の子が舌打ちしない」
前世年齢合わせるともう女の子とか言える年齢じゃないんだわ察しろよ・・・あっ知らないよねそうだよね。はいはい貴方のかわいい妹は22歳のちょっとサバ読んだ女子高生ですよ~。
庶民的なスーパーの駐車場にいとも簡単に愛車を収めた零ちゃんは、仕方ない、というようにわざとらしく溜息を吐いた。
「オムライスは明日な」
「きゃーおにいちゃんイケメーン!」
「現金だな」
そう言って肩を竦める動作も様になっている。顔が良いって狡い。
[newpage]
▽降谷灯(安室あかり)
・降谷零の妹、22歳
・顔はあまり似てないけど黙ってればかわいい。目の色だけ同じの色白・黒髪。
・体が弱い
(前世は健康優良児だったため、前世を思い出してから虚弱体質の加減を忘れて高校入学後すぐ入院→数年後復帰←イマココ)
・零ちゃん、透くんで呼び分ける
前世では普通の社会人やってた30代。コナンは全巻愛読。
特にあむぴ推しではなかったが、転生して記憶を思い出してから、同期がどんどん死んでいく可哀想な人だと思ってる。
そのためブラコンではないが唯一の家族として自分だけは傍にいてあげないといけないという義務感を持ってる。
原作を変えるつもりは特にない。
ハガレンの影響で、何かを変えるにはそれ相応の対価が必要になるものだと思っている。オタクゆえ。
一人を救うには一人の犠牲が必要だし、それで兄や自分が犠牲になる可能性も視野に入れ、したくない。
※ただし兄の危機の場合この限りではないし命懸けでなんとかしようとする
▼降谷零
・シスコン
・妹のためならたとえ火の中水の中草の中森の中土の中雲の中(それ以上はいけない)
・病弱な妹を放っておけないので同居
・お兄ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?
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最後の応援執行してきた勢いで投げます。お台場の皆さんお疲れさまでした!<br />勢いだから短いわけじゃないけど短いです。<br /><br />*前作の閲覧・いいね・ブクマなどありがとうございます!<br />*読み手を選ぶ話になっているかと思いますので、1ページ目の諸注意をよくご覧ください。<br /><br />【9/18追記】<br />ひえぇ・・・ランキングにお邪魔している・・・!( ゚д゚)<br />ありがとうございます!
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降谷妹に転生した私の話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10130624#1
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「お前ってさ、ゲイなの?」
目の前の彼はちゃかすような顔でもなく「右効き? 左効き?」と訊くくらいの温度でそう言うものだから、俺も平気そうな顔で答えてみた。
「そうですよ」
そこで初めて春田先輩の目が泳いだから、その顔を見られただけでもカミングアウトした甲斐があったな、なんて考える。
春田先輩にはファンが多い。
教室の隅で本を読んでいるような俺でさえ名前を聞かない日はないってくらい、女子たちの会話に登場する彼は、聞けば聞くほど何故モテるのかよくわからなくなる逸話の持ち主だ。
遅刻常習犯で、寝癖が毎日違う方向を向いていて、リアクションがでかくて声もでかくて、勉強は中の下くらいの成績で、バスケ部だけどベンチにいる時間の方が長くて、練習も勉強もよくサボるのに何故か先生ウケがいい。
これでモテる理由はよっぽど顔がいいくらいしか思い浮かばないと思って、ちょっとした好奇心から放課後に体育館の横を通ってみた。何人かの女子が体育館の入り口に固まってて、「春田せんぱーい!」なんて黄色い声援をかけてるのを、ゆっくり歩きながら眺める。靴ひもを結び直すフリなんかしてみて。
「おお、なになに? 呼んだ?」
いかにもデレデレっとした声に、溜息をついた。期待外れ。こっちはだてにメンクイ名乗ってないぞ、と思いながら顔を上げたら。
上げたら、つい見惚れてしまった。不覚にも。
意外と真面目に練習してたのか、濡れた髪が持ち上がって、左の額に汗が光る。扉を抑える長い手足とか、ユニフォームの腹の部分で汗を拭ってるせいで丸見えの腹筋とか、ペットボトルを握る筋張った指とか、俺を見てにかっと崩れた笑顔とか。
「バスケ部入る? マジきっついけど」
ドドドッって心臓が鳴って、顔が赤くなる前に彼に背中を向けて逃げだした。うわ、なんだなんだこれ。ありえない。
トイレに駆け込んで、誰もいないのを確認して個室に入った。蓋がしまったままの便座の上に座って顔を抑える。熱い。
かっこいい、と思った。それだけじゃない。西日のせいか彼の周りがキラキラとしていて、髪の先から滴る汗までが眩しくて、全部がスローモーションみたいに見えた。俺の目を見て笑ったその顔まで、全部目に焼き付いて離れない。
落ち付け。全然タイプじゃない。そもそも俺は二〇くらい年上で、体育会系より断然理系の眼鏡で、経済新聞を隅から隅まで読むような人が好みなんだ。大丈夫、一個上のバスケ部なんて、全然好きじゃない。二度と遭遇しなければいいんだ。大丈夫。俺のテリトリーに彼はきっと現れないから、大丈夫。
なんて言い聞かせていたのに。
何故だかわからないけど、図書室で俺の隣に彼が座って、正確に言うと寝ているのは、一体どうしたらいいんだろう。
「先輩、もう行きましたけど」
溜息を押し殺しながら机の影を覗いたけど、うずくまる姿はぴくりともしない。
「春田先輩……?」
仕方ないので近くに回り込んだらいきなり腕を引かれた。
「わっ」
「バカ、呼ぶなって!」
手のひらで口を塞がれて抱きしめるみたいに抑えられる。無駄に長い脚が暴れる俺の身体に巻きつく。なんなんだこの人!
「だから、もう行ったって、」
「戻ってくるかもしんねーだろ!」
「来ませんよこの時間に図書室なんて、誰も!」
つい声を荒げてしまったけど、それは誰もいない本棚の隙間に広がっただけだった。
「ほんとにぃ?」
疑わしそうな声にバタバタと身体を捩れば、春田先輩はやっと腕と脚の力を緩めた。束縛から抜け出して、制服のほこりを払う。春田先輩がゲホゲホとわざとらしい咳をしているけど、無視する。図書室は静かにするところだって教わらなかったのかこの人は。
「つかマジ人がいねえ」
「テスト前くらいですよ、ここ使うのなんて」
「ふーん」
と言いながら、テスト前でさえ使ったことのなさそうな春田先輩が図書室を見回す。もしかして入ったのも初めてなんじゃないか、ってさすがにそれは失礼かな。
「俺初めて入ったわ」
うん、当たってた。
引き寄せられたときに落とした貸出カードを拾ってたら、「ありがとな」って言われて顔をあげた。
「匿ってくれて」
「いえ、別にそういうつもりでもないので」
「えーっと」
胸の辺りを指さされて、「牧です」と名乗った。
「一年の牧凌太です」
「はじめまして、だよね?」
「そうですね」
「でも、オレの名前」
あ、まずい。ついさっき、「春田先輩」としっかり呼んでしまった気がする。あー、と声に出して、まあいいやと正直に言った。
「春田先輩、有名人なので」
「えっ、俺そうなの?」
「ええまあ、良い意味でも」
「悪い意味でも?」
濁した部分を先に言われて少し笑ってしまった。
「いえ、殆どは良い意味です」
「フォローになってねえって」
渋い顔をしたあと、すぐに破顔する。表情がコロコロ変わるな、と思っていたらその口が丸い形に開いた。
「あ、体育館で会ってんじゃん。オレと牧くん」
気付いてたのか、とちょっと焦って、でも焦る必要もないかと平静を装う。あそこにいた理由を知られなければ問題はない。
そうでしたっけ、なんて言いながら話は終わりというようにカウンターに戻った。
「じゃあな」とか言って、春田先輩が図書室を出て行って、それで終わり。あとは校内で会ったときに会釈するくらいで、そのうち忘れられるんだろう。牧凌太って名前も、顔も。
「なあなあ、貸出カード作ってくんね?」
「は?」
想像に反して、春田先輩がカウンターについてくる。大型犬みたいに、しゃがんでカウンターに手をついて、俺を見上げる。
「なんで」
「なんでって、カードないと借りられないっしょ」
「借りるんですか?」
「借りるんですよ? だって図書室だし」
「マンガ、ないですよ」
「は? お前バカにすんなって……えっマジでないの?」
あからさまにがっかりした顔に、ふ、と笑いが漏れた。わかりやすい。
「まあ、はだしのゲンとかはありますけど」
「うわぁ……オレあれ小学校のとき読んでからトラウマ」
「わかります。俺も苦手なんで」
カウンターに座って、春田先輩と向かいあう。まっさらな貸出カードに「春田」と記入した。
「そーいち、ね。一を創るの」
「はい」
創一、と書きこんでナンバリングスタンプで続き番号を押す。パタパタと軽く振ってインクを乾かしてから、春田先輩にカードを渡した。
「これと借りたい本を持ってカウンターに来てください」
聞いているのかいないのか、春田先輩はカードをまじまじと見つめてから俺を見て、「牧くん、字うまいね」と笑う。
「俺の名前がすげえかっこよく見える」
そーいち、と呟く声につられて、「創一」と口に出した。
「いい、名前ですよ」
「そお? 牧くんもいい名前じゃん」
「牧、でいいです」
ついそう口に出して、しまったと思った。これでは、これからも呼んでもらいたいみたいだ。春田先輩と俺は、多分ねじれの位置みたいな人間で、この図書室を出たらきっと、二度と交わらないのに。
「じゃあな、牧」
カードをひらひらと振りながら春田先輩がドアの方に歩いていく。
「また来るわ」
「……はい、」
ドアが閉まる音がして、人の気配が消えた。しん、とした図書室で俺は一人でぼうっと座ったまま、一体なにが起こったのか考える。
カードを回収し忘れたことに気付いたのはだいぶ経ってからだった。
「春田先輩、絶対カードなくすよな」
そうしたら、また書いてあげようと俺はまっさらなカードを撫でながら、少し笑った。
それから春田先輩はちょくちょく図書室に来るようになって、まあ大半は部活や補修をサボって居眠りに来ていただけだけど、カウンターにつっぷして寝ている春田先輩を、たまに図書室に来た生徒がびっくりしたように見つめるのにも慣れてきた。
俺自身が、隣にいる春田先輩に慣れるのにはまだ時間がかかりそうではあるけど。
「あ、牧牧牧」
「春田先輩」
購買の前で手を振られて、ぺこりと頭を下げた。
「すげー。ここで会うの珍しくない?」
「あー……普段は弁当なんで」
「俺毎日ここ」
「一日三回くらい来てるじゃない」
なんて購買のおばちゃんにツッコミを入れられて「んーん、五回くらい」って春田先輩が口を開けて笑う。ホントに、春田先輩の周りはいつも明るくて楽しそうだなと思って、自然に俺も笑っていた。
けど、たまごサンドを買って振り向いたら、春田先輩の横の人たちの視線に気付いてしまった。俺を観察するような、値踏みするような、不躾な視線。俺は、この視線を知っている。
「牧ぃ、たまにはメシ一緒に食わねえ?」
焼きそばパンを振るその手を、横にいる一人が抑えるように止めた。
「ん?」
「なあ春田、あいつ誘うのはやめとけよ」
小声で、それでも何を言われているのかはなんとなく伝わる。春田先輩はわけがわからないという顔で俺とその人を見比べてて、そんな春田先輩を引き摺るように何人かが取り囲む。
ぼそぼそと呟かれる声はもう俺には聞こえなくて、それでも春田先輩の表情が硬くなるのが見えて俺は背を向けた。後ろから呼ばれた気がしたけど、今更春田先輩のところに戻る気はしない。戻れない。早くここを離れたくて早足になる。抱えたたまごサンドがぐしゃりとつぶれる音がした。
「は!? なんだよそれ!?」
春田先輩の声が大きく聞こえて、その直後にバタバタと足音が後ろから迫って来て、気付けば俺は春田先輩に腕を掴まれて階段を走っていた。
「え?」
春田! と後ろから呼ぶ声を無視して、春田先輩は俺とたまごサンドを掴んでひたすら階段を駆け上がって、俺は転ばないように必死についていった。何で走ってるのかよくわからないけど、春田先輩は階段を昇り続けて、屋上の手前でやっと足を止めた。
はあはあと息が切れる。春田先輩はさすがに殆ど息を乱してなくて、俺のたまごサンドは春田先輩の手の中で見事に潰れていた。
「……あの」
指をさすと、春田先輩はたまごサンドを見降ろして「……悪い」と呟いた。ぽん、と手のひらに乗せられる。
息が整ってしまうと、今度は沈黙がつらい。もういっそこのまま何事もなかったみたいに階段を下りてしまおうかと思ったら、春田先輩が「あのさ、」と口を開いた。
「お前ってさ、ゲイなの?」
思わず顔をあげた俺の目の前で、春田先輩はちゃかすようにでもなく、「右効き? 左効き?」と確認するくらいの温度でそう尋ねた。この人は、本当に知らないんだろうなと少し可笑しくなった。誰かの噂とか、悪口とか、きっとそういうものとは春田先輩は無縁なんだろうと素直に思う。
なので、俺も平気そうな顔で答えてみた。
「そうですよ」
そこで初めて春田先輩の目が泳いだから、その顔を見られただけでもカミングアウトした甲斐があったな、なんて考えて、でも春田先輩には罪悪感とかそんなもやもやしたものを持って欲しくなくて、俺はにっこりと笑った。
「でも春田先輩はタイプじゃないんで、安心してください」
「なんだよ、それ」
ふは、と噴き出すように笑う彼を見て、俺も笑いながら、そっと指先で目元を拭う。
これが、いっこめの嘘。
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ついったにあげた春牧の高校生パロです。<br />パロ書くのもRついてないの書くのも慣れなさすぎて春牧がこわいぃいい<br /><br />ごちの学ランから発症したものだと思うんですけど、<br />イメージでは春田先輩はブレザーの下にフード付きパーカー着てそう。<br />牧くんはブレザーの下はニット。<br />どうでもいいな。<br /><br />2018年09月11日~2018年09月17日付の[小説] ルーキーランキング 5 位<br />ありがとうございますマジか 嬉しい!
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いっこめの嘘
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10130771#1
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社会的にも精神的にもオトナなんて程遠い そんなコドモは、契約の代わりに遠回しな約束を望んだ
*
以前、黒子っちと一緒に雑貨屋に行った。いかにも女の子が好きそうな小物類やアクセサリーに、一人掛けの椅子などレトロな家具が並んでいる小洒落た店。店内には大小様々なぬいぐるみも並べられていて、男が一人で入るには結構な勇気或いは図太い神経が必要と思われる。
とまあ、そんな雑貨屋に黒子っちと入店した時のことだ。
男が、オレが欲しいと思うようなものは特に無く。彼女について店内を適当に眺めて、黒子っちが進んだら同じように進んで。一定のペースで止まったり進んだりしていたら、あるスペースで黒子っちは長らく立ち止まった。何をそこまで見ているのだろうと視線の先を追いかければ、ガラスの容れ物に収まっている指輪。指輪を見ては、黒子っちは自分の薬指を交互に見つめているのだ。
左手、の。
きっかけはそれで充分すぎる程だった。
感情と言う名の理由なんていくらでもついてくるし、湧いてくる。
分かってるのに、この子が恥ずかしがり屋なことくらい。
ただこの時のオレは直情でしか動けなくて、不躾に聞いてしまった。
「ペアリング、買う?」
もちろん、真っ赤になって慌てたように「いいです!」と即答された。
それからすぐに(黒子っちが)その売り場から離れ、結局なにも買わないままその日はバイバイ。彼女を家まで送り届けて帰路の途中オレは考えた。
あの様子じゃあサプライズでペアリングを贈っても、受け取り拒否をされなくてもはめてくれなさそうだ。せっかくのペアならば、平日休日とオレは学校でも毎日はめていたい。
「黒子っち、恥ずかしがり屋さんだからなぁ」
そこが可愛いんだけど。
一人で顔を緩めていたら、突然、本当に突然。我ながら良案をひらめいた。頭に落雷?たぶん違う、いや合ってる?大げさだけど、そんな感じだった。
*
「知り合いのスタイリストさんの誕生日が今度なんスけど、こないだ行った雑貨屋さん、付き合ってくれないスか?」
「いいですよ」
丁度いい口実が身近にあった。それを理由に黒子っちを誘い、いざ戦場へ!
やっぱり男一人であんなかわいい店なんて行けません。
「女の人って何あげたら喜んでくれるんスかねー?」
店に到着し、店内をなんとなくに見回しながら黒子っちに尋ねてみた。それが本命じゃないけど、一応口実だからね!
「そうですね…ここまで来て言うのも何なんですけど、知り合いの年上女性ならカットケーキあたりが無難なんじゃないでしょうか?」
「参考にするっス!」
でも、今日の本命はスタイリストさんじゃあなくて。
「一応ここでも探してみるから、黒子っち適当に見ててくれる?」
黒子っちはコクンと頷き、小物類スペースへ消えていった。どうかミスディレクションしてくれませんように!でも雑貨に埋もれる黒子っちっていうのもかわい、いや何でもない。
*
「――…みたいなの、ないっスか?」
「ございますが、お客様ペアリングはいかがですか?先日見ていらっしゃいましたよね」
「あはは、オレはそっちでも全然いんスけど、彼女が恥ずかしがり屋さんなんス」
「可愛らしい方ですねー」
「だから、紛らわしいけどそれの方がいいかなって」
「かしこまりました。包装はいかが致しましょうか?」
「そっスねー…
…そのケース、かわいっスね?」
「こちらですか?はい、入れ物には最適だと思いますよ」
「じゃあ、お願いしまっス!」
*
「ありがとうございました」
手提げの紙袋を片手に店を出た。妙に心臓がうるさい気がするのは気のせいな、はず。
…気のせいじゃ済ませないレベルだこれ。
どのタイミングで渡そうかそわそわするばかり、シチュエーションを具体的に考える余裕なんてどこにもないことに気付いた。気持ち的にはただのプレゼントじゃないから、余計に緊張してるのかもしれない。ああもうグダグダ考えてもしょうがない。
結局は行動するって選択肢しかないじゃないか。
「あのね黒子っち、歩きながらで悪いんだけど」
もぞもぞと不器用な手つきで鞄から包みを探す。彼女はオレを見上げ首を傾ける。あ、その角度すきかも、じゃない、ちょっとオイ、どこいったプレゼント!あ、あった。
「これ、あげる。開けてみて?」
「、え?」
「いーからいーから」
不思議な表情を浮かべたまま、黒子っちはスルスルとリボンをほどいていった。
二度目まして、オレの気持ち。
「…林檎の、ガラスケース?」
「うん、それは入れ物。中身もちゃんと入ってるっスよ?」
鮮やかなストロベリーレッドに夕陽が反射している所為か、ぱっと見では中が見えなかったらしい。黒子っちはそうっとケースを開け、顔を出したキラキラに目を丸くした。
「…かわいい、ですね…」
シルバーピンクの小さなハートがリング状になっていて、それにシルバーの小ぶりなチェーンが通っているブレスレット。
反応を見る限りは気に入ってくれたみたいだ。大きくひらかれた目がブレスと同じく光ってる、ように見えた。
「これ、貰っちゃっていいんですか?」
「うん、プレゼント!オレが勝手にあげたくなっただけだから気にしないで?」
「…ありがとうございます…」
申し訳なさそうな顔をしながらも、黒子っちはふわりと笑ってくれた。キレイですね、そう言いながらブレスを見つめている。ありがちな台詞しか出てこない、『黒子っちのがキレイっス』
ダイレクトなくさい台詞を言えるほどオレの心臓は出来上がってないけど。
「このケースもかわいいですね」
「でしょ?普通の箱よりそっちのがいいかなって思って」
「ふたつ共、大事にしますね」
深い夕焼けを背景に、歩みながら大事そうにブレスを仕舞う黒子っちの姿は素晴らしいくらい絵になっているのだけど。
ガラスの林檎が閉じきってしまう直前、オレは手を伸ばし形を成そうとする林檎を割った。
まだ、贈り物は完成していない。
「仕舞う前に、ちょっとオレに貸してくれる?」
「?はい」
差し出されたブレスから主役のハートリングを外して、分離したリングとチェーン。
細かなハートリングを彼女の手のひらに置いた。
これで、出来上がり。
「あげといて何だけど、このブレス部分だけオレにくれない?」
「…え、?」
「これね、二つで一個のアクセなんス。あ、でも片方ずつでも全然大丈夫!ペアリングだと黒子っちガッコとかじゃつけてくれないかなとか思って、だから、その、」
ペラペラと早口で言い訳でもするようにまくし立てた。
要するに、本当にプレゼントしたかったものは。
いつの間にか二人とも歩みを止めていた。道端に立ち尽くして向かい合う。
「…今は、ケースもリングもこんなんだけど…、大人になったら、もっとちゃんとしたの渡すっス。」
遠まわしで一方的な約束。それでも黒子っちは耳まで真っ赤になって、目を潤ませて、笑ってくれた。
ああ、キレイなんて言葉はまだ彼女には似合わない。今はまだ似合わなくていい。
「とりあえず、そーゆーことで、」
情けないことに、『今後遊びいく時につけてきてね』と言うだけで精一杯だった。彼女の薬指に触れるのはもう何年かしてからだ。
一足先に、オレはチェーンの調節をし始めた。
(早く、大人になりたいと思う反面。今のこの時間が愛しくてたまらない)
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昔のサイトから引っ張ってきたもの。黄にょ黒で黄瀬くん視点です
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心臓に約束
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1013091#1
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嘘は苦手だ。昔から馬鹿正直だと言われ続けた私は、アラサーとなった今でもまだ上手く嘘がつけない。なぜかすぐにバレる。周囲の人々曰く、「全て顔に出ている」らしい。
そんな私の嘘がバレなかったのはもしかしたら人生で初めての出来事かもしれないな、人間やればできるもんなんだな〜〜なんて考えながらキーボードを打つ。
「すみません先輩、頼まれてた資料作成したので確認していただいていいですか?」
「わかったわ、こっちにデータ送っておいて。……ちょうどひと段落ついただろうし、そろそろお昼でも食べて来たら?」
データの送信を行い、ちらりと時間を確認すればたしかに針はお昼休みの時間を指していたため、少し考えたのち先輩の厚意に甘えることにした。
「すみません、じゃあお先に行って来ますね。」
「えぇ、私もこれが終わり次第すぐに休憩にするから気にせずいってらっしゃい。」
社内でクールビューティと名高い先輩の煌めく微笑みに見送られ、私はデスクを立った。
やっとお昼だ〜〜とカフェテリアへ行き食事を摂る。いつものこと、ルーティンである。それをこなしながら思考は昨夜のことへと自然と移る。
昨夜、私は赤井さんといつものように夕食を食べに出かけた。その際に、意図せず彼のお財布を見てしまったわけだが…。
「あのお財布、どう見ても昴くんのだったんだよねぇ……。」
つい溢れた独り言。誰かに聞かれてやしないかと慌てて口に手を当て周りを見渡すも、中々の広さのあるカフェテリア内で私一人を注視するような人はいなかったため一先ず安堵の溜息を吐いた。
お財布なんて同じもの、同じブランドで使ってる人なんて山ほどいるだろうと思う。それはわかっているが、あの財布に関してだけは違うと言い切れる。
何故ならばあの財布は、彼のために私が特注した所謂オーダーメイドのものだから。昴くんのためにと人生で初めて特注品なるものに手を出したのだ、間違えるわけがない。
昨夜、それを見た私は勿論混乱した。何故赤井さんがそれを持っているのか理解できなかったから。何故量産品ではない唯一を、彼以外の人間が持っているのか。
それを見た瞬間ショックと混乱でつい赤井さんの腕を掴んでしまった。しかし、掴んだは良いが私の然程良くない頭では、その次に何といえばいいのかわからなくなってしまった。なんて言えばいい??何故あなたがこれを持っているの??昴くんを知ってるの??昴くんを知った上で私に近づいたの??それとも……。
そんな様々な可能性という名の憶測が脳内を駆け巡る。ぐるぐるぐると大回転する脳とは裏腹に、昨夜の私は嫌に冷静な判断を下した。
『……なーんて、ごめんなさい!知り合いのお財布に凄く似ていたから、同じものかと思って驚いてしまいました。こんな偶然もあるんですね!急に腕掴んじゃってごめんなさい。でも、今日こそは私のお財布からも集金していただきますからね?!』
なんとも自然な、過去最大級に上手に嘘を吐いた……つもりだ。赤井さんにこの咄嗟の誤魔化しがバレていたかどうかはわからない。だが彼は心のなしか安堵したような表情を一瞬浮かべた、ような気がする。すぐにいつもの完璧な御尊顔へと戻ってしまったため、よくわからない。
その後、結局私はスパダリ赤井さんにうまく言いくるめられお金は払わせてもらえなかったし家までマスタングくんで送っていただいてしまった。至れり尽くせりか。
帰りの車内でもあの財布のことが頭から離れず、いつもより少し口数が少なかったかもしれないが赤井さんにそれをつっこまれることも無く、無事帰宅したが、車を降りる直前赤井さんが何か言いたげな目でこちらを見ていたのを感じた。しかし、それに応える余裕は私には無かった。
「……赤井さん、何を言いたかったんだろう。」
財布のこと??
あのお財布は絶対に昴くんのものだった。それは間違いない。そうだとして、何故赤井さんが持ってるの?
……もし、もしもの話だが、昴くんがあの財布を要らぬものとしてネットオークションにでもなんでも出していて、それを赤井さんが買ったという可能性もたしかに0ではない。でも、それは違うと思うのだ。…いや、思いたい。だって、少なくとも私の知ってる昴くんは、贈られたものを売るような、そんな人ではなかったから。
なら、何故赤井さんが持っているのか。昴くんから譲られた??それなら昴くんと赤井さんは必然的に知り合いということになる。赤井さんは昴くんの知り合いで、彼の元彼女である私と偶然知り合った…?いや、そんな偶然あまりにも確率が低くないか。じゃあ元から私が昴くんの元彼女であることを知っていた??それで私と意図的に知り合った?……だめだ、目的が無い。私と知り合ったところで得られるものがあるとは思えない。
色々な案が浮かんでは消えていく。そんな中、敢えて触れず、また一番初めにありえないとして切り捨てた案が疲れによって薄く開いた口からまるで煙のように溢れた。
「…………昴くんと赤井さんは、同じ人…??」
まるでサイレンが鳴るように頭がグラグラしてしまうような考え。年齢も、顔も、職業も性格も、何もかも異なる人物が同一だなんて馬鹿げてる。
…でも、私の中でそれは最早笑って切り捨てられるようなものでは無くなっていた。だって、おかしいのだ。私の見ていた昴くんが全てだとは限らない。それでもやっぱり、彼は贈られたものをそのまま人に横流しするような人ではなかったと思う。じゃあ昴くんと赤井さんは同一人物なのかと。そんな考えを持ってしまう私は、客観的に見れば頭のおかしい、恋人と別れたショックで精神を患ってしまった女かもしれない。
それでもこの考えが捨てきれないのは、赤井さんと昴くんがあまりにも似ている、いや、似過ぎているから。
吸ってる煙草の銘柄、お酒の好みや節々の発言、そして時折される赤井さんのまるで私を昔から知っているような発言。
ーー加えて、世界に一つしか無いはずの財布。
『彼』と彼は、同一人物なのではないか?
じゃあ、もし、百歩譲って同一人物だったとして、ここで一つの疑問が浮上する。それは、どちらが本当の彼なのか。もしくは、
「……どっちも偽物だったり?」
あれだけのスパダリが何人もこの世にいるわけないと思っていたが、同一ならば納得だ。やはり彼はオンリーワンのスパダリだったんだな。アラサー納得〜〜。むしろアラサー女的にはどちらも偽物だったとしてもそのスパダリどうやって作ったんですか凄いですね。作り方教えていただいてよろしいですか?という気持ちだけども!
元恋人としては、ともすれば心に穴が開くようなそんな不安がある。
……もしかして、私が愛した彼は、本当は存在しない……?それとも、今いる彼が偽物なのか…?どっちが本物でも偽物でも、ただわからないのは一つ。
「どうして私の前に現れたの…?」
もし、仮に昴くんが赤井さんが変装した姿だったとして、何故その昴くんと別れた私に会いにきたの…?逆の場合でもわからない。
そこでふと、私はあることを思い出した。そうだ、確か赤井さんの職業は、
「FBI……ってことと何か関係してる?」
FBIの捜査に関連して、正体を隠すための隠れ蓑にしてたのが『沖矢昴』という人物で、その正体を隠す必要が無くなったから『沖矢昴』は、消えた…??まって、これは私にしては随分推理が冴え渡っているのでは??もしかして今私のI.Q400くらいあるのでは?天才じゃない??
じゃあ、架空の人物である『沖矢昴』が恋人を作ったのは何故……?アラサー女があまりにもしつこかったから…??あ、まってまって自分で自分の心抉りそう。でもちょっとあり得るのが辛い。え、アラサー女しつこ過ぎたのが原因なのかな?!待って考えたら辛くなってきた……。
え、じゃあそのしつこ過ぎたアラサー女の前に本体(仮)の赤井さんが現れたのは…?え、もしかして証拠隠滅に来たのかな……??そうとしか考えられないんだけど…。スパダリに悩殺されたアラサー女の知らないところで色々隠滅してたりしたの……??
「うーん、わからん………。」
私のお粗末な頭ではこれ以上の良い考えは出て来そうになかった。私は降参の意を込めてため息を吐くと同時に持っていた箸を置く。食欲もあまり無いし、そろそろ片付けてデスクへ戻ろう、そうしよう。
これぞ立つ鳥跡を濁さずとばかりに使ったスペースを片付け、いざデスクへ戻らんとカフェテリアを後にする。
もしかして、と考える。それは、あまり当たってほしくない考えだけど。
もしかして、
「私、ハニトラにでもあってたのかな…?」
好きだったのは、好きになりそうだったのは私だけだったり、するんだろうか。
もしそうだったら悲しいな、なんて思ってみたりした。
それが今日の昼休みのことなんですけどね??
時も進み今は帰宅タイムです。定時??うんうん、そんなものもあるよね。知らないけど!そんなお空も暗くなって都会の空に星の代わりにネオンの灯りが散らばるような時間。真っ赤な色のマスタングが、今日も今日とて会社の前に停まっていますね???
「お、おぉ…………。」
思わず溢れる謎の擬音。許して、頭がうまく働かないの。待って、待とう。もうね、わかってるの。あのマスタングにご乗車になっている御仁の正体はもう知ってる。見なくてもわかる。スパダリだ。間違いなくスパダリだ。
いつもなら多分困惑しつつも近づいて、挨拶して、そのスパダリ具合に悶絶したと思う。でもね、今日はさ、ほら、わかるよね??心の準備が必要なわけよ!!!
いや、いつも必要だよ?あのレベルのスパダリと渡り合うには準備も装備も必要だよ?でも今日はいつも以上に必要じゃん。お昼休み中に悶々とした心の葛藤が未だに解決してない。こんな状態で彼に会ったら何を口走るかわかったものではない。
どうしよう……。迂回する?それとも会社に入り直して、裏口から出るか…。
「お嬢さん。」
いやでも裏口に回るのも結構大変だし……、やっぱり迂回??でも前まだ赤井さんと知り合ったばかりのときに迂回して避けようとしたの見事に失敗したし……。
「…?お嬢さん。」
うーん、やっぱりここは面倒だけど裏口に出るしかないな。よし、そうと決まれば会社に戻って、
「お嬢さん、大丈夫か。どこか具合でも悪いのか。」
「ピェッ。」
……良いですか、ありのままに今起こったことを話します。
超絶至近距離に破茶滅茶に良い顔がありました。イケボ付きです。
あ、アカーン!!!!!!!
「あ、あ、赤井さん………?!?!え、いや、え?!?!いつ?!え?!」
あまりの顔と声の良さに言語を忘れた私に向ける彼の目には心配の色が見えた。え、こんな挙動不審なアラサーのこと心配してくれるんですか……。
「君が見えたから車から降りて来たんだが、呼びかけても反応が無くて心配した。大丈夫か?」
「お、おぉ……、だい、大丈夫です…。」
息も絶え絶えになりそうになりながら必死に応える。
そうか、何ともないなら良かった。そう言って薄く微笑みを浮かべる赤井さん。
「(あっ……。)」
その表情が、どうしても彼に重なってしまった。お昼休みのあの考えは、やっぱりどう考え直してもおかしいし、普通にありえない。それはわかってる、わかってるけど、本人を前にした今でさえ、やっぱり否定しきれないのだ。
「えーと、今日はな……、実は、あー……。」
複雑な数式をサラサラと解く数学者のように、あまり言葉に詰まることのない彼が珍しく言葉を選びかねている。何を話そうとしてるのだろう。何か、大事なこと??そう、例えば、
「あー………、君、昨日俺の財布を見ただろう?」
ーーー財布。
私の中で警報が、鳴る。これから何を話される??何を、言われる??
私が愛した人は、存在しない??惹かれていた、貴方も…??
良くないことばかりが頭を過る。怖い。怖い。どうすればいい。全部嘘だったら?どうすればいい……?!
「それで、実はな」
「待って!!!!!!!!!」
恐怖に駆られた人間はこんなにも腹から声を出すのだなと、どこか他人事のように考える。急に大きな声を出したからか、はたまた恐怖によってか震える自分の身体もなんだか遠くのことのように感じた。
突然叫んだ女に周囲も驚いて視線を向けるも、数秒もすればそんな視線も疎らになる。そうすればそこに残されるのは、私と彼の、二人だけだ。
「お嬢さん……?」
少し驚いたと言うように目を見開きこちらを見つめる翡翠に、ありえない想像が確信に変わる。
「ごめん、ちょっと待って……昴くん。」
どうか、笑ってくれと、それは誰の名前なんだと、俺の名前は違うぞと、言ってくれと願った。
しかし、彼の形の良い唇から紡がれたのは、私が願ったのとは正反対。
「………気づいたのか。」
その静かな肯定は、まるでハンマーで頭を殴られたかのような衝撃を私に与えた。
混乱は、しない。ただ、やっぱりそうだったんだという気持ち。
「昴くん、なの……?」
「俺は赤井秀一だが、そうだな…。『沖矢昴』であったのか、というならば答えはYESだ。」
『沖矢昴』は俺が変装していた姿、つまり架空の人物だ。
事もなげに淡々と真実を告げる彼に、私は呆然とすることしかできなかった。架空、架空…。
そうか、彼は、存在してなかったんだ。
じわじわと布に染み込む水のようにその事実を受け入れる。
その代わりとでも言うように、私の然程綺麗でもない瞳から、塩分を含んだ液体がぼたぼたと蛇口の壊れた水道のように流れ出したのはある意味自然なことだったのかもしれない。
ぼやけた視界で赤井さんがギョッと目を見開くのがわかった。すみません、こんなアラサー女の汚い泣き顔晒して……。
慌ててハンカチで涙を拭おうとしてくれる彼から咄嗟に距離を取る。また少し驚いたような表情を浮かべる赤井さん。そんな顔も素敵です。今日はなんだか彼の珍しい一面ばかり見るなぁなんて頭の片隅で考えながら、口を開く。脳内の混乱とは裏腹に、口の方は至って冷静なのが救いだった。
「なんで……、会いに来たんですか?彼女にしたんですか?私、私が、しつこかったからですか…?もしかして、迷惑かけたりしましたか。なんで、すぐほんとうのこと言ってくれなかったんですか?」
あれ、どうしよう。
「お嬢さん、少し落ち着いてくれ。俺もそのことで話したいことがあってだな、」
何か言われてるのはわかった。でもダムが決壊したように涙も言葉も止まらない。
「私っ、すごくなやみました。貴方がすごく、すばるくんに似てたからっ、前に進もうとしても、進めなくなった!あなたといると、どうしてもすばるくんを思いだして、すすめなくなった…!!めのまえのあなたをみようとしてもっ、振り返ってしまう自分が嫌だった…!なんで、なんで…?!」
うーん、やっぱり冷静じゃなかった。言いたいことありすぎて口だけは良く回るが頭が回らない。何を言いたいか全く纏まらない。涙も溢れて止まらない。ないない尽くしの地獄絵図が完成した。思ってたよりこの事実は私にとってショックだったらしい。
「へんそうって、なんです?へんそうしてる間につきあった私のことは、ほんとうは、ほんとうは……!!!」
良く回る口だが、ここから先は恐怖が勝って回らなかった。あぁ、そうだ。何が怖いって私はその事実が知りたくて、でも知るのが怖い。
昴くんは、本当に私のこと好きだった??
あの時幸せを感じていたのは私だけだった??
赤井さんは、彼は、
私よりも一足も二足も先に冷静さを取り戻した赤井さんが、口を開こうとするのがわかる。でも、だめだ。私は、それを聞くのが怖い。
臆病者と笑ってくれて構わない。人の話もまともに聞けないのかと叱って、批判してくれて構わない。ただ私は、保身のために逃げたのだ。
「………ごめんなさい、今日はもう、かえっていただけませんか。」
わたしはまだ、あなたの話を聞く心の準備ができていません。
聞き苦しい鼻声で言い切った私に何やら反論しようとしたが、それでも彼は諦めたように口を噤みただ一つだけ頷いた。
「……わかった。君がそうしてほしいと言うならば、それに従おう。」
その日以降まるで今までのことは夢だったかのように、彼は私の前から姿を消したのだ。
************
心の準備ができてなかったアラサー
頭は回らないけど口だけ良く回っちゃって不安とか全部ぶちまけちゃった人。赤井さんの前では計二回目のダム決壊を起こす。仕方ないね。元彼が別人になって現れてたとか普通の人なら卒倒する。院生のこと本当に本当に好きだった。その院生が実は架空の人で存在しないと聞かされてショックが隠せない。そしてその院生のフリをしていた赤井さんが今何を考えているのかぎわからなくて不安すぎる。赤井さんのこと好きになりかけてたけど、これってまたあれなんですか…?ハニトラ的な…?好きなのって私だけだったりするんです??不安が止まるところを知らない。
対応もタイミングも間違えたFBI
お財布見られたし、ちょっと彼女も察しちゃったみたいだからもう種明かしするしかないのでは…?と来てみたけど、でも自分でも何て言っていいのかわからずモダモダしてたらその態度が彼女の不安を煽ったことには気づいていない。院生のことももっと違う言い方してたらあそこまで拗れなかったはず。また泣かせてしまったこともショックだし帰宅を促されたこともショック。
やっとここまで来ました。あと少しです。
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<br />推理力はない。真実はいつも一つだけど迷宮に入っちゃうよね!!!という話。<br /><br />更新遅れてて申し訳ないです。あと少しで完結させるつもりなので、今しばらくお付き合いください。<br /><br />いいね!、ブクマ、コメントいつもありがとうございます。コメントの方も遅れ気味ですが必ず返信させていただいております。<br /><br />誤字脱字等ございましたらコメント欄でご報告いただければ幸いです。<br /><br />追記<br /><br />2018年09月17日付の[小説] デイリーランキング 72 位<br />2018年09月17日付の[小説] 女子に人気ランキング 39 位<br /><br />2018年09月18日付の[小説] デイリーランキング 41 位<br /><br />皆さまいつも本当にありがとうございます。
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大学院生にフラれたらFBIに待ち伏せされた6
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10131232#1
| true |
!ATTENTION!
・腐
・skur
・医者パロ
・nmmn
また、実在されている方の名前をお借りしていますが、ご本人様に関係はございません。
[newpage]
ー:side:urt
「い、いたい……」
キリキリ、と鳴る体の内部のどこかを少しでも抑えるため、胃のあたりを服の上からさする。
朝、起きたらなんだか胃がむかむかしてて、
昼過ぎたくらいから立ち上がるとかなりの違和感ある痛みを覚えた。
胃のあたりが痛いだけで、胃が悪くなったのかは分からないけど。
「つ、着いた」
歩いてそう遠くない病院に着き、
お腹を抑えながら中に入る。
「こんにちは、どうされましたか」
「…胃のあたりが痛くて、」
「胃ですね。痛みはどのくらいです?」
「まぁ…歩けないほどでは」
「…かしこまりました。では、そちらに座ってお待ちください」
看護師の女性に言われるままに、
くすんだ緑の椅子に座る。
広いスペースにたくさん人はいるけど、
その全員が俺みたいな症状ではないからか、
俺はすぐに案内できる、と言われた。
…あ、なんか少し楽になってきた。
ちょっと変なもん食べてきただけかな。
なんて、ぼんやり考えながら座っていると、
がら、と少し遠いドアが開く。
「浦田渉さーん、 こちらへ」
「あ、はい」
案外早いものだな、と思いながら、
手招きされた部屋に入った。
[newpage]
「えー、と…浦田渉さん?」
「はい」
「担当の坂田です。今日はどうされました?」
どうされました、ってか…やべぇイケメン。
イケメンな医者とか本当にいるんだ。
……どうしよう、ドタイプなんだけど。
さ「……?おーい、どうされました?」
う「っあ、えと、胃が痛くて」
さ「胃?今日とか昨日、何か心当たりあるもの食べました?」
う「…いや、とくには…」
さ「そっかぁー」
うーんと何かを考える様子は、
……さまになる。イケメン。
待ってどうしようドキドキする。
御察しの通り俺はいわゆるソッチ、っていうか、まぁ男が好きというか。
この状況は結構美味しい。
あ、胃の痛みなくなった。
さ「もしかしたらただの食べ過ぎかも」
う「…そんな気がします」
さ「一応検査しておきますね、心臓の音聞いてもいいですか?」
う「あ、はい…」
先生は首にかけていたものを耳につけ、
俺の服を少しまくる。
…う、おお…
さ「じゃあ、大きく息を吸って」
う「っ…、」
さ「吐いて」
ぺた ぺた
と先生が少しずつ聴診器を当てていく。
脇腹の方をされると、くすぐったくてついつい体が動いてしまう。
少しずつ上に手がいき、少し、
先生の指が胸の突起に触れた。
う「…んっ…」
その心臓に近いあたりの音を聞いているのか、ずっと乳首より少し下のあたりを先生の手が移動する。
その度に指が触れ、体がぴく、と反応する。
さ「……大丈夫?」
う「っえ、いや、何が、」
さ「なんか、ぴくぴくしとるから」
う「…してないっす」
さ「そ、ならええですけどっ」
また心臓あたりに聴診器を当て、
今度は確信犯かと思うほどに指を突起に擦り付けてくる。
う「ふ、…ぅ、っ」
さ「…ちょっと鼓動が早いですかねー」
う「っそう…です?」
さ「はい、でも…、こうした時だけみたいやね」
う「んやッ、」
すると先生は、急に突起をきゅ、と摘んだ。
いきなりの事で、あられもない声が漏れる。
う「ちょ、なにす、」
さ「んふ、はい。診断終わり。特に問題ないみたいやから、帰っていいよ」
う「…そ、そうですか…?」
さ「うん…それと、」
先生は自分の髪を耳にかけ、
俺の耳元に唇を持って行き、呟く。
「 」
う「……っ、!」
俺はばたばたと荷物を持ち、病院を出ると
急いで家に帰ってクローゼットを漁る。
胃の痛みなんて、いつしか忘れていた。
いつもとは少し違う、勝負服を探して。
(っ、まじかまじか…っ、!)
[newpage]
:side:ー坂田
さ「じゃあ次の人、通してええよー」
「はーい、」
看護師が扉の方へ行き、次の人を呼びに見えなくなったのを確認して、僕はにやにやする。
んふふ、今のコ、かわえかったなぁ。
真っ赤になっちゃって。
体はなんともないみたいやし、
やっぱり可愛い子前にして誘わないのは無理よね。
据え膳は食わないと。
……今夜はあの子めちゃくちゃにしたろ。
end.
[newpage]
【あとがき】
こんにちは、はむたーです(*´-`)
終わり方が怒られそうなくらいに雑。
ちょっと次に書きたいksrbの話を思いついてしまって、めちゃくちゃ急いでこれを書きました。
診断が終わった後に坂田さんが浦田さんに言った言葉は、ご想像にお任せします。
イメージ的には『今夜遊ぼうぜ』的な事言って誘ったと思ってください。(雑)
坂田さんはプレイボーイ悪く言えばヤリ○ンのお医者さん。
浦田さんはピュアな感じです。
おそらくこれから坂田さんは浦田さんに
恋に落ちますが、そのお話は皆様の頭の中で繰り広げていただければ(汗)
何かと雑ですみませんそれではノシ
|
こんにちは、はむたーです(*´-`)<br />医者パロ。<br />sktさんヤリ○ン医者って感じ(雑)<br />urtさんピュアピュア男子って感じ(雑)<br />今回もそんなに濃いえっちな描写は無いですが、一応R15くらい目安です。
|
据え膳食わねば
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10131290#1
| true |
[chapter:ユー・ノウ・マイネーム1]
キャデラックの運転席からひらりと降りると、アスランは後部座席のドアを開けた。
シートにもたれるようにして、目当ての人物は安らかに寝息を立てている。いつも存在を主張しながら見つめてくる黒い大きな瞳が今は隠れて、胸が規則正しく上下していた。
シートベルトを外してやり、その肩を揺する。夜とも朝ともつかない時間からの長距離移動は疲れているとわかっていた。もっと寝かせてやりたいが、起こさないと今度は夜に眠れなくなって困ってしまうだろう。
「英二、起きろよ。コロンバスについたぜ」
耳元で声をかけると、幼い顔をした青年は「んん」とむずがった。
「ほら、起きないと」
手で目を擦り、瞬きを英二は繰り返した。まだ完全に覚醒しきってはいないようだった。ぼうっとして視点が定まらない英二にこれ幸いと、アスランは後頭部に手を回して引き寄せた。そして、何かを言おうとした小さな唇を流れるような仕草で奪う。唇だけで柔らかく食んで、そっと舌を滑り込ませる。ミルクを舐める猫みたいに柔らかくしたままの舌で英二の上顎をぺろぺろと舐めると、後頭部に回した手にびくんと震えた振動が伝わった。
(起きたか)
「……っ、んぅ……っ」
目を開ければ、驚きに見開いた黒の瞳とばっちり視線が絡む。胸を弱い力で圧されているのに気づいたが、やめてやるつもりはなかった。
顔を傾けてより深く、吐息も奪うように口付ける。引っ込んでしまった英二の舌を絡めとってきつく吸う。甘い吐息が耳に入り込んで、もっと、と先を求める気持ちがとめられなくなったと同時に背後から声があがった。
「あのさあ……俺もいるからラブシーンはせめてホテルについてからにしてくれない?」
ジーンズのポケットに両手を突っ込んで、気まずそうに明後日の方を向いているスキンヘッドの男がそこには立っていた。
「しょ、ショーター……ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ。元はと言えば無理矢理くっつかって来たのはこいつらだろ」
英二は今度こそアスランを押し返す。逆らわずに離れれば、顔を真っ赤にして手の甲で口を拭う英二の姿があった。ため息をひとつついて車の外へと出る。英二も続いてシートから降りて車外へと出た。
「純情な男の子だから刺激が強くて。それに、公開プレイの趣味はないだろ?」
トランクを開けて、ボストンバッグを肩にかけながらショーターは言った。
「純情?むっつりの間違いじゃねーか」
アスランは芝居がかった仕草で肩を竦めた。その隣で英二は背伸びをする。
ニューヨークを明け方四時に出発して、一度ペンシルバニアで休憩を取ってからずっと車に乗りっぱなしだったため体中がだるかった。
「おーい。いつまでそこにいるんだよ。ホテル、取れたからチェックインしようぜ。ブルジョワ旅行じゃないしツインでいいだろ?」
三人は声のした方を振り返る。サングラスをかけたシンが車の方へと歩いてきた。シンは上背があるからまるでスパイ映画の敵のようだった。
「社長様ありがとう。程良くサービス悪い部屋にしてくれた?」
アスランがにっこり笑って問えば、
「知らねえよ。普通のビジネスホテルだ。五つ星のスイートだけは死んでも嫌なんだろ?」
「上等上等。そうなんだよ、俺ってば庶民的だからスイートの柔らかいベッドじゃ寝れなくて」
棒読みだった。アスランの適当な対応に英二は思わず吹き出してしまった。そんな英二を見てショーターも頬を緩ませる。
「英二、ああいうわがままばっかり言う大人になるなよ。今夜は俺と一緒の部屋に寝ようぜ。東洋人同士積もる話もあるだろ?」
ショーターは英二の肩に腕を回して内緒話をするように言った。その姿にアスランの整った眉がしかめられる。しかし、美貌の男が反論するよりも早くシンが抗議した。
「冗談きついぜショーター。俺にこの凶暴な猫のモーニングコールをやれってか?」
アスランの寝起きの悪さは公認となっている事項だ。シンが本当に嫌そうな顔をしたので、ショーターも吹き出してしまった。
東洋系のがたいのいい男が二人、ハリウッド俳優のように美しい金髪の男が一人、そして十代半ばに見える幼い東洋人が一人のなんとも関係性が想像しにくい一行がじゃれてる姿に通行人たちが振り返る。
四人はそれに気がつくと、咳払いをして各自荷物を持ち、シンが取ったというホテルの方へと歩いていった。
ことの始まりは英二の一言だった。
つい先日、英二は無事に芸術系大学の名門プラット・インスティチュート大学を卒業した。
黒いガウンとキャップを身につけた英二はチームメイトに「中学生より幼く見える」と言われてしまうくらい、服に着られてしまっていた。鏡を見た瞬間にそれは英二も若干感じていたのでぐうの根も出なかった。シンプルでだぼっとしたガウンはコンプレックスである童顔をいっそう強調した。
日本の厳かな式とは異なり、アメリカの卒業式は華やかだった。式の最後には全員でハットトスが行われる。英二も力一杯、空に向かってキャップを投げた。青い空に舞った黒い帽子とのコントラストが綺麗で、見ほれていると後ろから肩を叩かれる。振り返れば、四年間多くの時間を過ごした学友がそこに立っていた。
「アマンダ!」
「英二、卒業おめでとう」
「君もだろ。よかったよ、一緒に卒業することが出来て」
卒業式の少し前に髪をばっさりと切ったアマンダは少しだけ大人びて見えた。笑った顔がとってもチャーミングだ。明朗快活で聡明なアマンダに英二は随分と助けられてきた。
「英二は九月からニューヨークの観光局に入社するんだっけ?」
「うん、そうだよ」
二年生の冬に作成したインタビュー・ウィズ・ニューヨークのムービーがニューヨーク市観光局の人事担当の目に留まり、英二はリクルートを受けた。観光局は全く就職先として考えていなかったため、最初は迷った。しかし、自分の力が欲しいと言ってくれている場所で最大限力を発揮したいと思い就職を決めた。何より、ニューヨークで働けることが嬉しかった。英二にとって、ニューヨークは特別な場所だ。アッシュと、そしてアスランとの思い出が詰まっている。
「アマンダ、君は?」
アマンダは在学中ずっと水泳と学問を両立していた。どっちの道に進んでもいいように、手は抜きたくないと凛とした表情で言い切った彼女は言葉の通りにやり遂げて今日を迎えている。どちらの道に進んでも不思議ではないと思う。
「ふふふ。実はね、私、結婚するの!」
「へっ!?」
驚きに声をあげると、目の前の彼女はうっすらと頬を染めて続けた。控えめなピースサインを出しているのが見えた。
「け、結婚? それはまた急だね……?」
「うん。私もそう思う。でもね、こればっかりは仕方ないのよ。恋は理屈じゃないから」
自分なんかを好いてくれた彼女が言うのだから説得力があった。
「相手は?」
「13歳年上のドクターよ。去年から新しいスポーツドクターに担当が変わったの。その人が相手。あんまり見た目はかっこよくないけど、すっごく優しくて、何より私を愛してくれているわ。去年プロポーズはされてたんだけど、結婚は卒業まで待ってって言ってたの」
「す、すごいね」
二年生の冬にアマンダから好意を打ち明けられていた英二は少しだけほっとしていた。彼女のことは人として尊敬しているし、信頼もしているが同じ気持ちを返すことは出来なかった。
アマンダは素敵な女性だから、もちろん自分なんかよりずっとずっといい人を捕まえて将来は幸せに暮らすのだろうと思っていたが、まさかこんなに早くその報告を受けるとは思わなかった。
「で、ね。英二に頼みがあるの」
「僕に出来ることなら、なんでも」
「ほんと?」
ずい、とアマンダは一歩踏み出す。力強い視線にじっと見つめられて英二は一歩たじろいだ。
「あのね、写真を撮って欲しいの」
「うん?もちろんいいけど」
意外にも現実的なお願いだった。もっと無茶を言われるかと思っていたから。
「一ヶ月後にロサンゼルスの小さな教会で結婚式を挙げるのよ。英二に、その写真を撮って欲しい。英二の、カメラマンとしての最初の仕事を私に頂戴?」
驚きに目を見張った。一ヶ月後とはまた随分急な話だ。
「それはもちろんいいけど、僕なんかでいいの?ちゃんとしたプロを頼んだ方が。一生残るものだと思うし」
「ノンノン!」
アマンダは人差し指で英二の胸をつんと小突いた。
「あなただって、そのプロの仲間入りをするのだから変な謙遜はなしにして。私はね、あなたのファンよ。一人のファンとしてお願いしてるのよ。英二から見える私たちのさいっこうの幸せを撮って欲しいの。やりたくないなら無理には言わないわ。でも、ただ変な遠慮してるだけならひっぱたくわよ」
ふるふると首を横に振った。アマンダに打たれたらそれはそれは痛いだろう。
「あの綺麗な彼も連れてきてよ。見せつけてやるんだから。二人を私の結婚式に招待させて」
そう言うと、アマンダはガウンのポケットから白い封筒を取り出して英二の前に差し出した。封の部分に羽のシールが貼ってある。
招待状だった。
「ありがとう、アマンダ。僕に君をお祝いさせてくれ」
そう応えれば、アマンダは眩しいくらいの笑顔で「ええ!」と返してくれる。
白い封筒を英二はそっと受け取った。
お祭り騒ぎの式が終わって、英二はほっと息をついていた。入学式がない代わりに盛大に行われる卒業式には、親戚中がこぞって見に来る学生も少なくない。普段よりぐっと人の密度が上がった校内はどこも賑やかだった。
人並みから少し離れて、大学の前の広場へと歩いていると声をかけられる。
「英二!」
「シン」
控えめなネイビーのスーツを着たシンが両手を広げて英二をそっと包み込んだ。
「卒業おめでとう」
心からの言葉だった。胸の奥がツンと痛くなる。シンが見いだしてくれなければ、自分はきっとここにはいなかった。もしかしたら、夢だって諦めていたかもしれない。
卒業したら、英二はアスランと一緒に暮らすと決めている。英二は今日、シンと一緒に暮らした部屋から最後の行ってきますを伝えて出て来た。
シンと一緒に過ごした四年間を思う。
感慨に浸ってシンの背に手を回したところで、その腕を引っ張られた。
(あ)
覚えのある匂いがふわりとする。
「次は俺の番」
シンと同じようにシンプルなスーツを身にまとったアスランだった。長くなった髪を耳に流すようにかけて、弦が細いフレームレスの眼鏡をかけている。ただ立っているだけでも注目を浴びてしまう彼のことだから、おそらく変装も兼ねているのだろう。それでも匂い立つような美貌も美しさも全然隠せてはいないが。
英二を引き寄せて、ぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。
その姿をシンは苦笑しながら眺めていた。
「大人げねえなあ。あーあ、力加減してやれよ。苦しそうだぜ」
「一番は譲ってやっただろ。さすがにパトロン様差し置いてコングラッチュレイションズはまずいかと思って」
「苦しいってば!」
抗議すれば、やっと少しだけ腕の力を緩めてくれる。身長差があるため、顔を上げると見下ろす翡翠と目があった。柔らかな瞳だった。
「英二の名前が呼名されたときからずっと叫びたいのを押さえてたんだから褒めて欲しいよ。卒業おめでとう、英二」
「ありがとう。って、わ、わ、今度はくすぐったいんだけど」
英二の顔中にキスのシャワーが降ってくる。ちゅ、ちゅと軽い音を立てるそれはくすぐったくて、体をよじって逃げようとするけど更に追いかけてきた。
「おー、激しいな」
キス攻撃を受けながら耳にのんびりとした声が響いて、僅かに首を向ければ意外な人物がそこにいた。
「ショーター!…っ、助けて」
「無理だろ」
あっさりと却下されてしまった。
「俺は今来たとこなんだよ。式は出てないんだ。悪いな。英二、卒業おめでとう」
「うん、ありがとう……って、そうじゃなくてさ!」
しばらくすると、落ち着いたのか自然とアスランは英二から離れる。その頃には羞恥だとか焦りだとか色々なもので英二の息があがっていた。その様子を面白そうに後ろの中国人二人は見物している。
「もういいのか?」
「ああ。落ち着いた」
シンが聞けばけろっとしてアスランは答える。
そこで英二ははっと思い出して、ポケットを探って封筒を取り出した。なるべく早めに伝えた方がいいだろうと思って。
アスランに向けて差し出せば、「俺?」と返ってきて英二は頷く。
「羽?」
受け取った男は封筒をひっくり返して、裏のシールをみて呟いた。
「アマンダが結婚するんだって」
「え?ほんとに?」
「うん。でね、結婚式のカメラマンを頼まれたんだ。来月6月20日だって。ロスでやるんだけど、アスランも一緒に行こう?二人で来てってアマンダが」
シンとショーターも招待状を覗き込んだ。アスランは封を開けると、中を開く。上から下までざっと目を通すと、
「ウェイフェアズチャペル?結構田舎の海の方だな」
「そうなの? ロスだとやっぱり飛行機で行った方がいいかな。東海岸の端から西海岸の端だし」
「んー…そうだな」
アスランは少し考えるようにすると、何か思いついたのかパッと顔を招待状からあげた。
「車で行くか? 俺はどうせ暇だし、英二も九月までは暇だろ?二週間くらいかけて観光しながら。なーんて、さすがに……」
「えっ行きたい!」
英二が食いつくと、アスランは「へ」と目を丸くした。
「俺も行きたい。ちょうどその頃オクラホマで仕事あるし途中で落としてってくれよ。どうせシーズン中はバカンスなんて無理なんだ。だったら今から連休とれるように調整する」
「はあ!?」
シンが上機嫌に言うと、アスランはぎょっとする。「冗談だろ」と小さく聞こえたが聞こえないふりをした。
「そうなんだ!ショーターも行く?」
「行く行く!俺はネバダで落としてくれよ。七月からちょっくら潜入するとこがあるんだ」
「空路で行けよ!男四人で陸路の旅とかむさ苦しいだろ」
後ろからアスランの抗議が飛んできた。しかし、虚しくもそれは場外へと飛んでいき誰の耳にも入らなかった。
英二はアスランを振り返った。
「ね、良いだろう?みんなで旅行しようよ」
きっと楽しい。そう思ってきらきらと輝く目でアスランに詰め寄れば、少しだけ複雑そうな顔をしていたがやがてため息をひとつついて――「わかったよ。行こう」と承諾してくれた。
なんだかんだ彼は英二には甘い。
かくして、男四人で東海岸から西海岸への大横断旅行が決まった。
2
1日目 オハイオ州 コロンバス市
ニューヨークから車でおよそ八時間の位置にオハイオ州はあった。アメリカの観光地としてはややマイナー寄りではあるが、田舎と都会がほどよくミックスした風土は住みやすい土地として親しまれている。特に、英二達が現在足を踏み入れているオハイオ州でも最も大きな都市コロンバスは他国籍の食材が集まる巨大なマーケットが存在しており、いつでも人で賑わっている。
「なあ、ちょっとマーケットに買い物に行ってきていいか?」
スターバックスのコーヒーを飲みながらシンはベタに観光雑誌を広げて言った。
結局英二とアスラン、シンとショーターに分かれた部屋割りだった。今後の予定を立てるために英二とアスランの部屋に二人は来ている。先ほどドライブスルーで買ったドリンクを各々飲んでいた。
英二は部屋をぐるりと見渡す。シンが取ってくれたホテルには小さなキッチンと電子レンジが備えつけられていて、簡単な料理なら作れそうだ。
「僕も行く」
「よっし決定だな」
頭上で英二とシンは手を叩きあった。
「おっ、なんか料理すんのか?俺も行こうかな」
ショーターも同意を示すと、シンがアスランに目配せする。
「いや、ショーターは俺とパーク行こうぜ。ダウンタウンのすぐ横にあるみたいだ。長旅は体が資本ってことで走りに行くぞ」
(ああ、そっか)
英二はそのとき納得した。ショーターは料理が下手なのだ。
アスランがやや有無を言わせない気迫でショーターを誘えば、「そうかあ?」と首を傾げている。
長旅は体が資本、とはまさにその通りだろう。初日からまずい中華料理を食べたくないとアスランの顔には書いてあった。もちろん英二も食べたくない。
アスランが英二に「飯は任せた」と目だけで訴えてくる。うん、と声には出さずに首を小さく縦に振って了解した。
「じゃ、そういうことで。集合は六時頃でいいか?」
シンが三人に問えば、
「オーケーボス!」
よい子の返事が部屋に響きわたる。
一度解散する運びとなった。シンからは「いつから俺はお前等のボスになったんだよ」と小さく抗議の声が聞こえたが一同は無視した。
そんなものはノリだった。
アメリカは国土も大きければとにかく日本とは比べものにならないくらい色々なものがでかい。パブリックマーケットもその一つで、コロンバスのマーケットは英二が今までみた中で特に大きかった。なんでも、5大陸の食材は大体ここで揃うらしい。
「日本食ブース行くか?」
カートを押しながらシンは言った。手にはバドワイザーが握られている。飲むとすれば、何かつまみになるものを買っていった方がいいだろう。
「うん。でも、まずはおつまみ探そうよ。あのローストビーフ美味しそう。あ、あと生野菜も」
「エビとアボガドとレタス?」
「そうそう。実はあれで体重気にしてるから」
英二が軽い調子で応えながらアボガドをカートにいれると、ぶはっと隣でシンは吹き出した。
「ほんっとに英二といるとただの人間だなあいつは」
「人間どころか子どもみたいなとこ一杯あるよ。嫌いなものがサラダに入ってたら三日は根に持つし」
「あっはっは!最高!」
何かがツボにはまってしまったらしく、シンは隣で腹を抱えて笑っている。
「はー…おもしろ……英二も大変だな。戻ったらずっとあいつと暮らすんだろ?いつでも帰ってきていいぜ」
「そうだね。喧嘩したら帰ろうかなあ。シンは、僕にとってアメリカの実家みたいなものだから」
家族みたいなものだから、とはなんとなく遠慮して言えなかった。だけど、一緒に買い物に行ったり、ご飯を食べたり。卒業式には忙しい身なのに来てくれたり。英二にとって、シンは年の離れた兄のような存在だった。優しくて頼りになって、自慢の。
「実家ね。ありがとな。そう言ってもらえて嬉しいよ」
シンは照れたように笑った。
「お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとうシン」
まだ終わった訳ではない。スタート地点に立ったばかりだった。
旅だって始まったばかりだし、シンとはこれでお別れするわけでもない。それでも、次に帰る家はシンの元ではないと思うと、少しだけ寂しかった。
たらふく食べて、飲んで。暴飲暴食とは正にこのことかという程に詰め込んだ。
シンとショーターは自分の部屋に戻っていった。シンが珍しく飲み潰れていて、明日二日酔いになりはしないかと少し心配だった。シンが酔いつぶれるところを見るのはもしかしたら初めてかもしれない。英二の前では年上ということもあって羽目を外さないが、今回はショーターとアスランもいたから気が抜けたのかもしれない。
重くなった胃を労ることなく雑に英二はベッドに体を沈めた。大の字になって、ぐうっと手足を伸ばせば心地よい痺れを感じる。
時刻は既に午前0字を過ぎていた。明日も朝七時にはチェックアウトして1日でシカゴまで移動する予定だから、さっさと休まなければ計画に支障が出てしまうだろう。
とろとろと睡魔が体に重くのし掛かって来て、あらがわずに目を閉じた。
「こーら。シャワーくらい浴びて来いよ」
「ふぎゃ」
眠りに落ちる瞬間に鼻を摘まれて変な悲鳴が漏れてしまった。ベッドのスプリングが軋んで、アスランが英二の隣に座ったことがわかる。
重い瞼を開ければ、視界が陰って目の前の男が英二を見下ろしていた。
手を伸ばして、さらりとした髪を耳にかければ形のいい耳が顔を出す。ぼうっと見つめていると、アスランは目を細めて笑う。
「まだ目、覚めない?」
「んん?」
指先が唇に触れて、あ、と思った時には柔らかなもので口を塞がれていた。遅れてそれがアスランの唇だと気がつく。一瞬でそれは離れて行こうとして、名残惜しくて追いかけるように食んでしまった。
自分から求めるなんて、と羞恥を覚えた瞬間に見下ろす表情がにやっと嫌らしく微笑み、悪戯に今度は英二の耳から頬、首のラインを唇が這っていった。くすぐったさにぴくんと肩を竦めると、喉をべろりと舐められて「んっ」と声が漏れてしまった。
「しょっぱい」
舌を出して味わうように唇をぺろりと舐める仕草は猫のようだった。そして、同時に強烈な羞恥を感じた。今日一日ずっと車に乗りっぱなしで、午後はマーケットに行った。コロンバスは日本と気候が似て高温多湿だった。それなりに汗もかいたはず。つまり、そういうことだろう。
自分の状態を自覚した途端に英二は男のしたから逃げようともがき出す。
「ご、ごめん!シャワー浴びてくるから!」
「あらら?恥ずかしくなっちゃった?なんなら一緒に浴びる?今更恥ずかしがることないだろ?英二は俺の裸なんて見慣れてるんだから」
英二がその手の話題に弱いと知っていてわざと振ってくるのは確信犯だ。わざと恥ずかしがらせようとしている。
思わせぶりに不埒な指先が鎖骨あたりを撫で始めたところで、本格的に英二は焦った。
「それでも恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!」
そう。ただ単に恥ずかしい。体を繋げていようがなかろうがこればっかりは理屈じゃない。
腕で押し返せば、意外にもすぐに抜け出すことが出来た。逃げるようにして脱衣所へ行き、服をポイポイと簡単に脱いでシャワールームに入った。
レバーを引けば温かな湯が降り注ぐ。
肌に当たって跳ね返るそれをぼうっと見ていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
(楽しかったな)
今日一日だけで何回笑ったかわからない。
また明日もこんな風に始まるのだと思えば、先ほどまでの眠気は吹っ飛んで眠るのがもったいないと感じるくらいだ。
しかし、体は疲労感を覚えておりこうしている間にも睡魔は襲ってくる。温かい湯に体中を解されていると余計に眠気が助長された。いけない、とわかってはいながらもうとうとと眠くなってしまい―――気を抜いたその瞬間、英二はシャワールームで足を滑らせて転んだ。
「いった……!」
派手な音の割には尻しか打たなかったけれど、それでもそれなりに痛かった。
立ち上がろうとした瞬間、浴室のドアが勢いよく開けられる。
「英二!?どうした!?」
血相を変えたアスランだった。怪我はないかと手を差し出して起こしてくれる。
しかし、ぽかんと彼を見つめる英二に勘のいいアスランは事の成り行きを把握したようだ。
はあ、と深いため息が聞こえた。
「シャワーでも居眠りが出来るなんて随分器用なんだな?」
「えっと……」
彼の後ろから黒いオーラが見えるようだった。美人ほど怒ると怖いというのはよく言ったもので、アスランも正しくど真ん中ぴしゃりと当てはまっている。彼が本気で怒ると怖い。
一歩後ろに下がったが、あいにくと狭いシャワールームでは逃げ場なんて限られている。
「座れ」
「え」
「シット・ダウン。聞こえなかったか?」
アスランはシャワーのノズルを掴むと床に勢いよく湯をぶちまけて温める。その場を指さして英二に座れと命令した。断れば後が怖いので大人しく座ると、頭から湯がかけられる。
十分に髪が濡れると、一端湯を出したままシャワーをフックにかけた。そして、シャンプーを手にとって泡立てる。
「上から下まで綺麗に洗ってやる。オニイチャンに任せてたらまた転んで次は頭を打ちかねないからな」
アスランはジーンズとTシャツを着たまま、濡れるのも構わず膝立ちになって英二の頭を洗い出した。一緒にシャワーを浴びるのは恥ずかしいと言ったが、もはやそんなことを言っていられる状況でもないし、羞恥よりは申し訳なさが勝った。アスランが本気で怒るのは大抵英二が心配をかけたときだった。今回も、血相を変えた彼の表情からしてかなり心配させてしまったのだろう。英二だって、反対の立場でアスランがシャワールームに倒れていたら焦るだろうし、大いに心配する。
口調とは対照的に触れてくる指先は丁寧で、細く整った指先で頭皮を丁寧に刺激されると心地よかった。
忘れていた眠気がまた降りてくる。人間の三大欲求のうち一つの睡魔は三大というだけあって手強かった。さすがにまた寝るのはアスランの怒りに油を注いでしまうと眠気を我慢していると、ふっと背後で笑った気配がした。
「いいよ。寝ても」
「でも、悪いよ」
ふる、と首を横に振れば、後ろに体重をかけてもいいとでも言う風に体をアスランの方にそっと倒される。
「君には、甘えて、ばっかりだし……」
申し訳ない、と小さく呟いた声は聞こえていたのか。
「バカだな。こんなの甘えてるのうちに入らないだろ」
優しくて甘い声が安心させるように鼓膜に入り込んでもうだめだった。満たされて、心地よい眠りに誘われていく。
「もっと甘えていいから。甘やかされて、俺の側じゃないと生きていけなくなって。一生俺の側にいてくれ」
その言葉は甘い毒のようだった。意識が落ちる。今度はあらがわずに英二は深い眠りの中に落ちていった。
3
「飲み過ぎた……」
青い顔をして洗面所に座り込むシンの背中をショーターは撫でてくれる。そうしてもらうと不思議と少しだけ胃のむかつきが楽になった。
「情けねえな……飲み過ぎて吐くなんて学生の頃以来だ」
さすがに学生を卒業して一企業の長となってからは理性を手放すような遊びをしたことはない。根が真面目だと周囲にはよく言われるが、自分自身もそう思っていた。どこかで自制が利いてしまう。
「別にいいんじゃねえの。たまには羽目外したって。あいつなんて最近毎日外れてるしな。どこでも構わずイチャつきやがって」
あいつ、と表された男にシンは苦笑した。
洗面台から顔を上げると、ショーターがミネラルウォーターを渡してくれた。キャップをあけて、一気に半分飲み干す。胃酸で焼かれた喉に冷たい水が心地いい。
水を飲んで一心地ついたので口を開いた。
「まあ、今までの反動なんだろ」
見てるこっちが恥ずかしいくらいに幸せオーラを振りまいて、至高の宝物に対するように英二に触れる美貌の男はおとぎ話の王子のようだった。人間が英二と英二以外にカテゴライズされているような男だ。別に驚きはしないし今更だとも思うがなんとなく釈然としない。突然現れた男に愛娘を浚われた父親のような心境とでも言おうか。
「……ちょっと寂しいけどな」
ぽつりと呟いた言葉は独り言のつもりだった。それでもショーターにはばっちり聞こえていたらしく、背中に衝撃が走った。手の平で叩かれたのだ。そして、そのまま肩を組まれる。
「娘を奪われたパパの気持ちってか?まあわからなくもねえよ」
「暑苦しいから離せよ」
ショーターの声は優しかった。ずっと前の、前世のショーターからも感じた彼の温かな人柄を感じる喋り方だ。シンが認めた唯一のボス。照れ隠しに悪態をついてみたが、それさえもお見通しなのだろう。離してはくれなかった。
「初めて英二に会った時は、特に特徴もない地味な日本人だな、くらいしか感想を持たなかった。強いて言えば目がでっかいなぁくらいで。でも英二と一緒にいるアスランを見て納得しちまったよ」
眩しいものを見るようにショーターは目を眇めた。
「英二は、アスランの前で普通なんだよ。でもそれってすごいことだぜ」
ショーターの言わんとしていることがなんとなくわかった。
人は、特別なものに対峙すると多かれ少なかれ構えてしまう。魅了されるか敵意を抱くか。そのどちらかに傾いてしまうことがほとんどだろう。英二からはそのどちらも感じなかった。
「あのアスランを子供扱いだもんな」
「そうそう。サラダに嫌いなものが入ってたら三日は根に持つらしいぜ。五歳かよ」
「すげえしょうもない情報だな」
くっくと堪えるような音を立てて隣の男は笑った。しばし笑ったあと、真剣な瞳で口を開く。
「英二になりたいとは思わねえけどな、俺がもっと何かしてやれたんじゃないかって思う時があるんだ。でも、たぶん俺じゃダメだった。何一つ英二に適うはずない」
「なんだよ、ショーターも結局パパの心境かよ」
しんみりした空気を茶化すように返せば、軽い笑いが戻ってきた。
「そうだよ。とんでもない反抗期娘を持つパパは大変なんだ。サバイバル訓練のときに朝起こしてやって、何回殺されかけたかわからない」
「想像がつく。で、起きたらちゃっかり一番いい成績浚っていくんだろ。あんたも大概お人好しだよ、ショーター」
「もー、百万回言われてるっつーの。人の世話ってなあんか焼いちゃうんだよなあ」
組んだ肩はいつのまにか離れていて、ショーターはやれやれといった調子でツインベッドの片方に沈んだ。
「寝るのか?」
シンが問えば、
「寝る。おやすみ」
手を片方だけ挙げてGood naight と告げると直後に規則的な寝息が聞こえてきた。なんと寝付きがいいことか。
明日はシカゴだ。しかも、明日は英二とシンが運転する番だった。しっかりと休んでおかなければ差し障りがあるだろう。シャワーなんて明日の朝浴びればいい。
ベッドに腰を下ろせば、途端に睡魔が襲ってくる。固いスプリングのベッドに倒れて、あらがわずに身を委ねればいつの間にか意識が飛んでいた。
眠りに落ちる寸前で隣で眠るショーターの姿が視界に入った。
(相変わらずだな。ショーター)
人の心配ばっかりして、自分のことなんていつも後回し。アッシュのような強烈なカリスマはなかったが、誰もがその優しく頼もしい背に集った。自分もその一人だ。アッシュとショーター、どちらかを選べと言われたら迷わず後者を選ぶだろう。命にかけても守りたいと思ったボスはショーターただ一人だった。
(また、会えた)
瞼を閉じればすぐに眠りの波が意識を浚っていった。
Next → Chicago
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今回はとっても短いです。<br />アンケートにご協力いただきありがとうございました。懲りずにまた長編です。プロポーズ編と言いながらも趣味を詰め込んで続き物です。シンとショーターを巻き込んでアメリカの東海岸から西海岸まで車で移動して男四人でわちゃわちゃしながらイチャついたり喧嘩したり強盗と戦ったり……最後にはちゃんとプロポーズします。今回はR表現ないのでタグつけてないですが、ちょこちょこR18回も入ります。相変わらずのガバガバ適当描写ですがお付き合い頂けると嬉しいです。<br />ファム・ファタールシリーズ完結にあたり、たくさんのメッセージをありがとうございました。胸がいっぱいで、何度も読み返してます。こうして自分が書いた二次創作を通じてたくさんの人とBANANAFISHという作品を楽しむことが出来て嬉しいです。<br /><br />拍手↓<br /><a href="/jump.php?http%3A%2F%2Fclap.webclap.com%2Fclap.php%3Fid%3Dmeiko5858" target="_blank">http://clap.webclap.com/clap.php?id=meiko5858</a>
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ユー・ノウ・マイネーム 1
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身を縮こませるほどの冷たい風が緩み始め、ぽきりと折れそうに細い枝の先に赤い小さなつぼみが突き始めた頃、自身に縁談の話が持ちあがった。
20も当に過ぎたこの身は単に真選組としての物理的な戦力としてだけではなく政治的な意味合いとしても成熟しようとしていた。
18の頃ならとても理解できなかったそれが今となってはなんとなく納得できてしまう。未成年の主張ばかりを繰り返してきたがそれももう終わりなのかねィ、と見合いの釣書を手に取った。
どの写真の女も穏やかな表情で真っ直ぐにこちらを見ている。自分は昔っからこういったものの優劣をつけるのは苦手だ。本当に美しいものは泣いていても怒っていても、例え病に侵されていたとしても美しい、そう、姉のように。逆に言えばどんなに美しい外面を装っていたとしても、中身が汚いものはどんなに幾重に布を巻こうが蓋をしようが臭ってくる腐臭のようにじわじわと出てくる。
今は綺麗に写っているこのお嬢さん方のどれがそれなのか、今の自分にわかる気がしない。それとも当たりなどないのかもしれない。
「全部ハズレの腐りかけかねィ」
「ん?どうしたかね?」
「いーえ、なんでも」
風呂敷に包みきれる分だけ包んできたその釣書と幕府の使者をぼんやりと見る。面白くもないのに両の口端を引き上げて話すその姿。
ああ、なんでェ、どっかで見たことあると思っていたその表情。この間しょっぴいた爺さん婆さんから金巻き上げてた詐欺野郎にそっくりじゃねェの。つまりはやっぱりハズレクジだけの太刀の悪い祭りのくじ引き屋みたいなものということか。
「素晴らしい女性ばかりでしょう、選ぶのにも困ってしまいますなあ。まあ、どの方を選んでいただいても間違いはないですよ。由緒ある家柄の娘さんばかりなので双方のためになります。
あとはもう、顔のお好みで選ぶも良し、趣味で選ぶも良し、身体つきで選ぶも良し」
粘っこい視線と浮き出た魂胆が見え見えだ。横で近藤さんがよそ行きの顔を張り付けながらも自分のことを窺っているのがわかる。
信頼も責任も相応のものをしっかりと持たせてくれるできた上司だが、ことこういうことになるといつまでもガキ扱いで少しも信用がない。今回も『総悟は結婚なんてまだまだ』と風呂敷を開けさせようとしなかった。女に興味がないとでも思われているのだろうか。当たらずも遠からずだが。
「そうですね、どれもこれも芋侍が選ぶにはもったいないお嬢さん方ばかりで。壁に並べて張り付けて、こいつ投げつけて刺さった方に決めましょうか」
そう言って畳の上に鎮座している菊一文字を撫でてやると、目の前の親父は大袈裟に仰け反って笑った。いや、冗談じゃねえんだけど。
笑いが止まらない狐面を冷めた目で見ている前で近藤さんがこの話はここまでで、などと言ってこの場を締めてくれた。
部屋を出て見送るために近藤さんの後を続いて廊下を歩く。
ふと横を見れば、抜けるほどの青い空、細く茶色の枝の先に色の濃い梅のつぼみがついていた。少し前まで曇天の厚い灰色の雲と枯れた木が寒々しかったというのに。
季節が変わる、その分だけ年も変わる、人も変える。
朱のつぼみはあの日、白肌に染まった頬を思い出させた。
チャイナに告白されたのはいつだっけ。もう二月も前になるだろうか。
縁談の話を聞いた時、真っ先に浮かんだあの顔を思い浮かべる。
早く断らなくてはいけないのに、その気もないのに返事ばかり伸ばしていた。
お互いのためにならないのはよくわかっていたのに、それでもチャイナの顔を見ると言葉は言い澱み、踏み切れずにいた。
なぜかはよくわからない。
[chapter:遅咲きの梅]
「オイ、お前私のことどう思ってるアルか」
「どうって…伸びたり縮んだりできる食いしん坊万歳だろ?」
「言い方変えるアル。私に女を感じるアルか」
「あー、雌豚的なものは感じるな。縄で縛って吊るして炙ってみてェと思うから」
はああ…と目の前で深い深いため息をつかれ、なんでィと首を傾げる。
なんなんだこいついきなり。
町で出会い頭にメンチを切ってきたと思ったら手首を捕まれ狭い路地に引っ張り込まれた。正月明けからおまわりさんにカツアゲたァ、ろくなお年玉も貰えなかったか哀れだねェとせせら笑う。
しかし掴んだ手首は一向に動かない。
あーだのうーだの珍しく言い淀んでいるのを見て、段々とこちらも居心地が悪くなってきた。こんなチャイナは珍しい。
昼間っから薄暗い裏路地でこんな風に向き合っているのがただ具合が悪くて、白い指先が冷えているのが妙にざわざわする。
とりあえず一発殴っていつもの調子に戻そうとしたところで、先の質問を受けた。
真冬の日陰はどんどん身体の熱を奪っていく。ただでさえ真っ白な頬が青白く感じる。何だか分からないが早めに終わらせてしまおう。チャイナの裏の壁に足裏を押し付けた。
「なんなんのこんなところに引っ張り込んでその質問。まさかとおもうけど愛の告白かよ」
なわけねーだろこのハゲ!と怒鳴りこみ去っていくチャイナを期待して言っただけの言葉は。
「……………」
目の前の青白かった女の表情を赤く染めただけだった。白肌にさあっと色付く紅を差したような色合い。おいちょっと待てなにその反応。
俯いてその顔の赤さを隠すようにしていた女は、見る間に俺の眼前まで詰め寄ってきて顔を上げた。
「………あー、お前のことが好きですヨ、コノヤロー」
とりあえず、絶対に『コノヤロー』は余計だろ、コノヤロー。
「よー、サド」
後日また町中で彼の女と出くわした。相変わらず全く愛想のない顔でひらりと手を振ってこちらを見る。
「………よお」
久方振りに柔らかな太陽が注ぐ爽やかな陽気、暇な昼下がり、降って湧いた暖かさに活気のある町並みに行き交う江戸の人々。そこに紛れる橙色した頭の天人と黒い衣服着たおまわりさん。これだけを見ていたら平時と何ら変わりのない風景に思えただろう。
けど。
「おいチャイナ」
「あ?何アルか、今日は依頼があって忙しいネ。喧嘩なら依頼料持って一昨日来やがれアル」
「支離滅裂なこと言ってんじゃねえや。大体なんでてめえと喧嘩すんのに金払わねえといけねえんだ。こっちが貰ってやらぁ……じゃなくて。てめえこの間...あ、そうかあれは俺の夢かい。やっべ気持ち悪い夢だったな」
「告白のこと言ってるんだったら夢じゃないアル」
「そうか…あれが白昼夢ってやつかィ」
「白鳥だかなんだか知らんけどお前に告白したことだろ」
「なんでてめえそんな普通なの。
もしかしてあれハニートラップだった?仕掛けようとしてた?だったら銀魂既刊読み返して自分の振る舞い見返してこいよ。引っ掛かれって方が無理だろ」
「だから違うって言ってるアル!
今さらお前の前で変に女らしくすることなんて無理ネ。
いつもの自分でお前が私をちょっとでも意識してくれたらいいなと思って言ったアル。
返事はいつだっていいネ」
そう言っていつものように飾りっ気なく歯を見せてにかりと笑ったチャイナは、気負いのないいつものチャイナだった。
チャイナに告白されようと日々が変わるわけではない。いつも通り普通に町を見回り、喧嘩があれば仲裁に入り事件があれば駆けつけて、討ち入りがあれば粛々とそれをこなした。
たまにばったりあっても向こうから俺に何かをアプローチすることもないし、返事を強要することもない。表面上は全くまるで何もなかったかのように俺とチャイナはそれぞれの生活を過ごしているように思えた。
けれど俺にとってはほんの少しだけ、自分のチャイナに対する関係を振り返るきっかけになっていた。
当たり前だが、チャイナは悪いやつじゃない。大手を振って歩けなかったであろうこの地球の江戸で明るくバカ正直にまっすぐ生きていたのを知っている。共に闘ったすべての記憶が不本意ながら自分の大切なものの一つになっている。
俺の、真選組の背中を押してくれた万事屋の大切なひとり。
俺の一撃を子供が振り上げた拳のように笑っていなす数少ないひとり。
けれどそこに恋愛とか下心とかいったものはあり得ない。
第一もし俺に何らかの下心なんてもんがあったら万事屋の旦那と新八君、志村の姐さんが黙っちゃいないだろう。
近藤さんも土方ももちろん自分も、万事屋の連中のことは代えることのできない大切なものだと思っている。万事屋には返しても返しきれないほどの義理がある。だからこそあの2年があった。
その中でもチャイナは一等大切に扱われている娘のような妹のような、そんな存在だ。そんな風に大切に思われている女をどうしてそんな風に見れることができるだろうか。
会えば表面上は変わらないようにしているつもりだし、チャイナも普段通りに振る舞おうとしているのがよくわかる。
それでも、時折切ない顔をして俺を見詰めることがある。そしてまたある時は憂いを含んような瞳で俺に笑いかける。
恋を知った女は綺麗になる、姉上を見てそれは経験してきた。確かにその通りだと納得せざるを得ないような綺麗さがあった。それを隠そうとする儚さも含めて。
きっとこいつはこれからいい女になるだろう。あと2、3年もしたら誰もが振り返らずにいられないようないい女に。以前からその生命力溢れる快活な姿に沢山のやつの目を引いてきたのだから。
まかり間違っても俺がそんな女の芽を摘み取ることが正しいとは思えなかった。
縁談の話はいい切っ掛けだと思った。これでようやくチャイナに返事を返すことができる。訳もわからず返事ばかりを伸ばしている曖昧な自分から開放してやれると思った。
その日の晩、風呂上がりの髪をタオルで拭きながらふと目に入った見合い写真付きのそれを、何気なく自室の壁に並べてみた。そうして赤い柄を無造作に取って菊一文字を投げつける。
適当に投げつけたそれは、どの表紙にも当たるなくただ壁にその先を突き刺しただけ。刀身がしなって揺れていた。
衝撃で倒された見合い写真がまるで遺影の様だった。
昼間見かけた梅のつぼみがなぜか脳裏に過り、縁側から下りてその枝の中頃から無遠慮に握り手を捻る。
ちっとも力など込めていないのに、ぱきりと音を立てて簡単に折れた。
それを何の感慨もなく手に持って、散らばった写真の上に蕾がついた枝を置いた。まるで仏壇に飾る花のように。
きっとこの手折られた蕾は、花開くことはないだろう。自分のようなものと結ばされるこの娘達の行き先のように。
チャイナをこんな風にしてはいけないし、したくはない、と思った。
「お前、結婚するんだって?」
公園のベンチでぼんやりと座っていると、不機嫌そうなチャイナがこちらを睨み付けて近づいてきた。
「話が早ェな、姐さんかい?」
「お前のところのゴリラ経由のナ」
そういうのって一応機密じゃねえのかねえ、と首を傾げながら『まあな』と返事する。
「お前みたいな男と結婚する女の子はかわいそうアルな、お前結婚しても絶対いい亭主にはならなそうアル」
「いい亭主とか人それぞれだろ。大体相手から望んできてるんだから俺と結婚できた時点で100点だろィ。後のことは知らねえよ」
警察と繋がりを持てばその家の信頼も上がる。商売してても、政治に関わっても、悪いことはない。あえて言うなら亭主が早世しそうだということだむしろそれさえ利点だろう。
「大体てめえそれブーメランだから。そんな男に惚れたのはどこのどちらさんでしたっけ?」
からかうように告げるとぐっと一息飲むようにチャイナが唇を固く結んだ。我ながら最低な質問だ。
「それがお前の答えってことでいいアルか」
「ああ」
そっか、となんてことないように返事をしてどさりと隣に座ってくる。悩んでたわりにはあっさりしたチャイナの態度に拍子抜けた。
そんなに対した気持ちじゃなかったのだろう。たまたま近くにいた自分と同じくらい強い同年代の男に情でも移っただけだったのだろう。もしくは友達同士でそういった話でも流行って流れで告白してきただけなのかもしれない。
彼氏というステータスに群がる女はいくらでいる。こいつもその一人だったのかもしれない。それなら忘れることも容易いだろう。簡単に忘れ去られる事にほんの少しの寂しさを覚えるなんて、馬鹿らしい。
「お前結婚とか大丈夫アルか?結婚はおままごとじゃないアル。酸いも甘いも噛み締めて山あり谷ありをくぐり抜けて、爪がキレイとか小さな変化にも気づいてあげないといけないネ。なんでもない日に一輪の花とかプレゼントしないといけないアル」
「なんのトリセツだ。しねーよンなこと。なんなら家に帰るのとかも月一くらいじゃねえの」
真選組一番隊隊長が出入りしてるとあれば当然狙われる、ましてやそこに就寝しているともなれば。おそらくは今まで通り屯所暮らしの延長で必要があれば家に帰るという生活になるだろう。
何の気も無しに答えた俺の言葉にチャイナの顔が明らかに不自然に歪んだ。
「なんだヨそれ」
「まあ政略結婚なんざそんなもんだろ。お前も振られて正解だったって思うと思うぜ。お前は旦那からも新八くんからも色んなやつから大事にされてるからねィ、俺みたいなのと一緒になったりして不幸になったら殺されちまう」
突然立ち上がり、こちらを見下ろす。青い瞳は燃え上がるように滾っていた。
「黙って聞いてれば、何アルか。不幸になるの前提で結婚するのかよ。グダグダまどろっこしいネ、私のことが嫌なら嫌ってはっきり言えばいいネ」
「……てめえはいい嫁さんになるんじゃね?いい母ちゃんにもなれんじゃねーの。だから」
「サド、お前」
「やめとけ、俺なんて」
その瞬間に、物凄い力で横っ面を殴られた。
「私のことを好きじゃないっていうなら仕方ないアル。でも、お前をどう思うか決めるのは私ネ。勝手に決めんじゃネーヨ」
「ってえ...な、このアマ。人がせっかく忠告してやってンのに」
「私はお前がいいと思ったから、お前だからずっと一緒にいたいと思ったから、告白したアル。お前のジジョーなんて聞いてないアル。
お前のそういうところがほんとムカつくんだヨ!!お前がそんなんだから私はお前が気になって仕方ないんだヨ!諦めて欲しかったら、結婚して幸せになるからお前なんてメじゃねーってピースサインくらいやってみろこのヘタレ!!」
「チャイナ!!??」
思いの丈だけぶちまけて、そのままその場に崩れ落ちたチャイナ。慌てて駆け寄りその身体を支えるが既に意識はなくただ頬に伝った涙だけが顎を滑って地面に落ちた。
「毒?」
運び込んだ万事屋で、布団に寝かされたチャイナの腕の傷跡を撫でながら旦那が寂しそうに笑った。
「うん、やりあったエイリアンが毒持ちだったらしくてね。これ、ここの傷。2ヶ月から3ヶ月後に発症して昏睡状態になる。解毒剤はまだ開発中、ただ対処方法は解明してて神楽も協会からワクチン貰ってきて俺達も説明は受けてある」
「だったら早く打ってやったらいいじゃねえですか!」
「うん、でも本来の対処方法っていうのが血液なんだよ。毒に侵されてない他人の血液。一度それを取り入れたら同じ血を定期的に一生取り入れなきゃならないらしい」
「一生」
「だから普通は、パートナー、まあ夫婦とか、そういう奴から貰うらしい。量はほんの数滴でいいらしいんだけど。根治するための薬はいずれは出来るだろうって話だけどそれもいつかはわからない。
だから神楽、沖田くんに気持ち伝えることに決めたんだよ。一生一緒にいても飽きない男なんて沖田くんくらいだって笑ってた。」
「あいつそんなこと一言も」
「毒云々の話は返事がオッケーだったら言うって。話して断られても仕方ないくらい責任重大な話だしね。
だから駄目だったときはこのワクチン打ってくれって預かってた。協会指定の疑似血液。これなら一生協会から支給して貰える。ただ効力が弱いらしくて接種頻度が上がるんだって。月に1度。本物の血液だったら年に1度でいいらしい。あとは接種しててもまれに今みたいになったり、身体に負担が大きかったりするらしくてあまり薦められなかったみたい。
本当は俺があげたいんだけどね、俺もいいおっさんだから多分神楽より先に逝っちまうからね」
「僕も言ったんですけど、断られちゃいました。僕は全然構わなかったんですけどね。僕には迷惑かけたくないって。きっとちゃんと好い人ができた時に神楽ちゃん自身が後悔するからって」
やはり寂しそうに微笑んでチャイナに掛けられた薄掛けをかけ直す新八君が、こちらにまっすぐ向き直った。
「もうだいぶ前に神楽ちゃんに告白されていたはずです、答えももらえず毎日元気そうに振る舞う姿を見ていて辛かったです。沖田さんはクソゲス野郎だけどこんなに酷い男だとは思ってませんでした。もう結構です、あとは僕達で診ます。神楽ちゃんを運んでいただいてありがとうございました」
そう言ってその真っ黒な頭を深々と下げる。
その頭が『この場から出ていけ』と告げている。ふらりと立ち上がり玄関に向かう。
出ていく時に旦那が背後に立つのがわかった。
「妙に聞いたけど、見合いの話って本当?」
「あー、まぁ、はい」
「沖田くんドSとドM両刀使いだっけ?俺の記憶じゃM要素は皆無だけど」
「は?」
「真選組のためにお見合いとか、いつからそんなマゾヒスト的悲劇のヒロインキャラになったの?
合わないキャラ設定すると後がつらいよ?言っておくけどここからが長いんだからね人生は。20歳までの人生なんて蝉がやっと地面から這い出してきたくらいだから。あれ?そっから7日で死じまうんだっけ?そしたらあと短くね?俺もう5日目くらいの蝉?あれ?」
何やら思考のループに嵌まった旦那に振り返って、それでも正面から目を合わせることが出来ずに俯く。
「正直、俺はお宅の娘さんが嫌いじゃありません。でもこれが一番いいんでさァ」
頭を軽く下げると、苦笑するようにため息が聞こえた。
「俺から見たら、お前まだまだガキだよ。わかったような振りしてたら人生勿体無いよ?
……神楽心配してたよお前の見合いの事、無理してんじゃないかって。ったく、自分の事心配しろってーの。
ま、とりあえず今日明日で神楽が急変することはないから。俺達ももう一度よく考えてみるから」
もう一度頭を下げようとすると、玄関先に飾ってある一振りの枝が目に入る。
「ああ、新八が自分のところから持ってきたんだよ。神楽が梅が好きだからって」
枝先に小さく収まるつぼみは自分が手折ったものと同じはずだ。なのに、この場所でなら必ず咲くだろうと思えた。
屯所に戻り、自室への廊下をぼんやりと歩く。すでに夜も更け、最近ようやく感じられるようになった春の陽気は成りを潜め、肌寒さだけが身体を包む。
庭を見ると、自分で折った梅の枝の切っ先が胸を抉るように視界に入り、感じないはずの痛みが胸を刺した。
折れた枝の先に根付いた蕾はきっと開かない。
チャイナ自身もきっと俺の傍では開けない。
あいつは万事屋にずっといればいいんだ。そしたらきっと幸せに咲くことができる。
[newpage]
夢を見た。
出会った頃の小さなチャイナが旦那と新八君の傍で楽しそうに笑っている。見慣れたその光景が自分の前に広がっている。
見る間に沢山の人間がその周りに寄り添ってきて、この中には知った顔もあれば知らない顔もある。
けどその誰にも彼にもチャイナは笑い掛けながら、段々とその輪は広がっていく。
ふと、後ろを振り向いたチャイナが手を振った。そうしてこちらにゆっくりと近付いてきた。
1歩歩くごとにチャイナの背が伸び、また1歩進む間に手足が伸び、身体が丸みを帯びていく。ぼんやり見ている自分、その間にもチャイナの髪が伸びそれがふわりふわりと揺れて、そうしていつしか今のチャイナの姿が目の前に佇んでいた。
そうして目の前で立ち止まり、微笑んで俺の手を握った。
「サド。チンピラチワワ。沖田」
いつの間にか近藤さんや土方、真選組の仲間も旦那の隣に並んで笑っている。
自分の大切なものを大切にしてくれるこの女。
守られるんじゃなく守ってくれようとするその姿。
いつの間にか何にも代えがたい大切な存在になっていたことくらい当に気づいていた。
目の前のこの女の事が大切になっていた。代わりなどないほどに。
「好きアル」
嬉しそうにそう微笑んだそんな表情を自分に向けてくくれるなんて思ってもみなかったから戸惑った。けど本当はずっとずっと、欲しかった。
そのまま細い腰をさらって腕の中に閉じ込める。
「チャイナ、俺も」
そこで、夢は覚めた。
日差しが差し込む部屋で、目が覚めた。
夢の残像が鮮明すぎて一瞬どちらが現実なのかわからなかった。
倒れ込むように眠ってしまったらしい、畳の上に投げ出された状態の軋む身体を起こし、夢の記憶を辿りながら苦く笑った。
わかってた、恋愛感情を抱いていたのが俺も同じだったことくらい。
ただそれを認めたらまずいともうずっと逃げていた。何かのせいにして逃げていなければ、すぐにでもあの少女に捕らえられてしまいそうな自分が怖かった。
チャイナに返事を言い出せなかったのは、ただ見ていたかっただけなんだろう。チャイナが俺に恋している、その瞳を。
それがあいつにとってひどく酷な時間だったと知りながら。やっぱり自分は生粋のサディストだ。
しゃこん、と金物の鳴る音がした。立ち上がり、障子を開ける。
庭先の梅を見れば、山崎が鋏を片手に折れた枝を何やら手入れしていた。
「あ、沖田さんでしょこれ折ったの。駄目ですよこんな風に乱暴にしたら。折るならちゃんと鋏でやってくださいね」
「……は?折って、いいのかよ」
「ええ、桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿って言うでしょ。桜は切るとそこから腐っていくから駄目なんですけど梅は切ってやった方が強くて良い新芽が出ていいんですよ」
知らないでやったんですか!?どこの悪ガキですか!?と文句を言いいながら鋏をいれる姿に目から鱗が落ちた。
折った方が強くなるなんて、知らなかった、思いもしなかった。
大切にすることだけが必要で、それが出来ない自分じゃ駄目だと思っていた。
ふと横を見ると、小さな花瓶に一振りの枝が差してある。俺が立折ったあの梅だ。蕾だったはずのそれが密やかに花開いているのを見て目を見張る。
「総悟」
廊下から掛けられた声に佇まいを直す。近藤さんが何処かで見たことのある風呂敷を持って立っていた。
「昨日の日中、勝手に部屋に入らせてもらったんだ、すまなかったな。この見合い写真を返さないといけなかったから」
「いえ...汚ねえ部屋で申し訳ありませんでした」
ちらりと花瓶に目線をやると、ああと近藤さんが微笑んだ。
「落ちてたから花瓶に差したんだ。梅いいよなあ。梅の花言葉は、高潔、忠実、忍耐。侍にピッタリだ」
そんなことよく知っているなと目をしばたかせれば『お妙さんが教えてくれたんだよ』と照れ臭そうにする。チャイナもきっとそれを姐さんに教えてもらったんだろう。
「なんか、俺みたいのがこんな風に折っちまっても…ちゃんと咲くんですね」
「強い花だからな。水と空気と、ちょっとした手をかけてやればちゃんと自分自身の生命力で咲くさ。人も同じさ」
呆けたような俺の言葉に頷いて、ぽんと肩に手を置かれる。分厚くて力強くて温かい、その手。
何度も掬われてきた手。
夢で見たあいつを取り巻く沢山の手を思い出す。あいつも、あんなに多くの手を差し伸べられている。肩に置かれているそれと同じくらい力強く温かい、あのすべてがチャイナの力になる。
俺なんかが駄目にできるはずもない。自分はチャイナを不幸にするほどの力なんて持ち合わせていない。
何もかも、思い上がりだ。
自分はこの花を枯れさせることなんてできない。この梅がこうしてちゃんと自分の力で咲いたように。
わかったような気になって胸に刺さっていた枝の切っ先が、溶けるように消えていった。
何処でだって咲ける女が、何を間違ったか俺の元で咲きたいと選んだ。残念なことに自分もそれを傍で見ていたいと思う。ずっと、そう思っていた気がする。
隣で咲いて欲しいと思うこの気持ち、それは紛れもない恋心だ。
「すいやせん、近藤さん。その見合いの話ですが」
「わかってるよ」
だってお前は前々からたったひとつの梅にゾッコンじゃないかと笑われた。しっかり知られていたという照れ隠しで、そういうくせェところが姐さんに嫌われるんですよと伝えれば真に受け肩を落として部屋を出ていった。
身を整え電話口まで行き、受話器を取る。
「旦那ですか、沖田です」
「神楽ちゃん!これお弁当、宇宙船の中で食べてね!タッパーは紙だからそのまま捨ててきちゃっていいからね!」
「神楽~お前押し入れに紙の束残ってるぞー、エイリアン概要書?」
「ありがと新八!銀ちゃんそれリュックに突っ込んどいて!まだ読み終わってないアル~~~ああやばい!もう迎え来る!」
「チャイナ、てめェ早くしろい。俺も今から厄介な仕事あるんでィ」
玄関口で先程からかれこれ10分ほど待たされ、いい加減自分の時間もなくなってきた。痺れを切らして叫ぶと『待てない男は嫌われるアルよ~』などと返ってくる。
「よしオッケーアル!」
とんでもないでかいリュックを背負って勢いよく腕に飛び込んできたチャイナを、しっかりと抱き止める。目の前いっぱいに広がる青い目と橙色の髪の毛、そこに差し込まれた紅梅の飾りが付いた簪は先日贈ったそれだ。それらを視界の中に収めながら、文字通り噛みついてきたチャイナと唇を合わせる。
齧られる感触にほんの少しの痛みと共に広がる鉄の味。それを舌で舐めとるチャイナを同じように舐め返す。
「別に宇宙に行く度に接種しなくてもダイジョブアルけど」
「うるせェ、一応だろィ」
「なにあれ、別にあんな風に血吸わなくてもいいんじゃね?普通にやればいいじゃん。俺達の目の前でやることねーじゃん」
ブツブツ文句を垂れ流す旦那を尻目に最後にもう一度一舐めすると、真っ赤な顔で口を尖らせる可愛い姿。
「じゃ、行ってきますヨ」
「おう、やられんじゃねーぞ」
「お前もナ!お前のとことの合同花見までには戻るから、勝手にやるなヨ!」
「へいへい」
ガツンと拳を合わせて意気揚々と進むその背中を見ながら送り出せば、後ろから旦那に『少しは気い使え』と小突かれた。
「ようやっと咲いたんですね、これ」
万事屋の玄関口につぼみのままで鎮座していたそれが、紅く花を咲かせている。
「ん?ああ、なんかなかなか咲かねえから駄目になっちまったと思ってたけど、遅咲きだったみてえだね」
紅梅の花弁に優しく触れるその姿は、今まで大切にチャイナを守ってきたその姿と重なる。
「沖田くんさぁ」
「はい」
「神楽をよろしくね」
梅を見つめたままぽそりと告げられた言葉に、口端を吊り上げた。
「旦那だって人のこと言えねぇや。娘取られた悲劇の父親設定ですかィ?あんな女俺が一人で手に負えるわけないでしょうが。
あいつァまだまだ旦那達と勝手に楽しくやっていく気満々ですぜ。それに俺のことガキだって言ったのは旦那ですよ。
ガキはガキらしく、しばらくは売られた喧嘩買うだけでさァ」
死んだような目がキョトンと此方に向けられる。
それから、くっくっと笑いながらばしりと背中を叩かれた。
あの遅咲きの梅は、まだつぼみのまま。
愛でられ、手折られ、いつか紅梅咲かせる時がきたら。
その時は改めて、一生を誓おう。
柔らかな風が吹き込んできて、梅の花が応えるように揺れる。
「春だねえ」
慎ましやかな梅の香りが鼻を擽り、先ほど別れたばかりの女を恋しくさせた。
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数年後沖神の小話です。神楽ちゃんが沖田さんに飛び付いて唇に噛みつく、そのシーンだけ思い付いて書きました。後は自分の好きなお見合いと毒。<br />ブクマ、いいね、フォロー、コメントありがとうございます。素晴らしい作品が沢山存在してどんどん素晴らしい作品が増えていくその隙間にでも読んで頂けたらありがたいです!銀魂良かった!アニ沖神回もよかった!
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遅咲きの梅
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10131688#1
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独自設定多数
なんでも許せる人向け
かっこいい零くんはいません。
本当に好きな子の前ではナヨナヨになると美味しいなと思いました。
「別れてほしいの」
「絶対嫌だ」
高校のときから付き合いだして約11年。警察官になった零くんと連絡が頻繁に取れなくなったのが約7年。
家以外では安室透と呼んでくれと頼まれたのが約6年前。年に2、3回しか会えなくなったのが5年前。
喫茶店で働いている零くんらしき人を目撃したのが4ヶ月前。可愛い店員さんと笑ってる姿を見てしょんぼりしたのが3ヶ月前。
超絶美人な金髪のお姉さんを助手席に乗せていたのを目撃したのが1週間前。別れてほしいメールを送ったのが4日前。零くんが自宅に来たのが2時間前…。
長くなるが、ちょっと私の健気さを聞いてほしい。
晴れて彼は警察官になり、私は一般企業で事務員として働きだした。
彼が警察学校にいた時代は毎週末電話をしたり、おでかけしたり、彼の友人たちに会ったり。学生のときに比べて会える時間は格段に減ったけど、会う度に新鮮な気持ちになれてそれはそれで楽しかった。
警察学校を卒業して少し経った頃だっただろうか。彼の表情に曇りを感じるようになったのは。
配属先を聞いてみると刑事部と答えられたが、なんとなくだけど嘘だなと思った。嘘をつくということは一般人の私には言えないような部署なのかな。
たまに怪我して帰ってくることもあったので、やばい部署でやばい仕事してるんだろうなと思った。零くんの嘘に知らないふりをして傷の手当てをし、いつも通りに振る舞うことが唯一私にできることだった。
一緒に外で食事をすることが減った。昔よく行ったレストランやカフェに行けないのは残念だが、私が味と思い出を覚えているからいい。
手料理を食べてくれなくなった。見えないところで私が作るのがだめなら一緒に作ればいいじゃないか。
気がついたら写真が消えていた。悲しいけど私が目に焼き付けているからいい。
零くんと連絡が取れなくなった。不安で不安でしょうがなかった。もしかしてこれが自然消滅というやつかなと思ったりもしたけど、毎年必ず記念日と誕生日にはプレゼントが届くので、生きていることと別れたわけではないことが実感できた。
なんの前触れもなくふらっと私の家に来ては甘えてきて、数時間ほど私にべったりくっついてすぐに仕事に向かって行ったこともあったなぁ。あれは正にカルガモの親子だった。
頭を撫でても抱きしめ返しても何をしても零くんは心から笑ってくれていたのは確かだ。
長年一緒にいたから愛想笑いの見分け方ぐらい身についている。あれは心からの笑顔だった。
こんな平凡な私でも彼の心の支えぐらいにはなれているんだなぁと思うと同時に、自分の存在が重荷になっているのではないかと不安だった。
とまぁ、私も大概彼のことが好きだったので正直なんでも受け入れられたし、零くんから別れを切り出されるまではずっと側で支えるつもりだった。
そう、金髪美女との浮気(らしき)現場と喫茶店の店員さんと仲良く笑っているのを見てしまったとき以外は。
世の中の恋人がいる全女子にお尋ねしたい。
誰だって滅多に会えない彼氏が金髪美女をエスコートして助手席に乗せるところ見たら浮気現場だと思わんかね???
誰だって、自分とはなかなか会えないのに女性店員さんといつもニコニコ仲良くしているところを見たらモヤモヤしないかね???
共感してくれる???
いや、2番目に関しては仕事だからしょうがない。100パーあのおでこが可愛い店員さんが悪くないってことも分かっている。
頭では分かってはいても!!心は追いつかないんだよ!!!!!なぁ!!!そうだろう!?
「何か悲しませるようなことしてしまったか…?いや、心当たりしかないがどれなのか見当がつかない。ちゃんと気持ちを俺にぶつけてほしい」
「………まず金髪美女との浮、」
「それに関しては詳しく言えない。君の命に関わるからだ。でもあの年増にはなんの感情も湧かない。なんなら命をかけられる。なんか感情が湧いても若作り頑張ってんなぐらい」
待て待て待て待て。それ言っちゃっていいの!?あんな美女に年増とか若作りとか言っちゃっていいの!?
零くんの口からあの美女の年齢を聞き、驚愕した。え、何、人間ってそんな年齢でもあの美しさを保てるもんなの…?
え、怖い。でもあの美しさを保つためにめっちゃ努力してるんだろうなぁ…普通に尊敬する。でも同じ人間とは思えない。人間って怖い。
「…納得してくれた?」
「うん。零くん、年上好きだけどそこまで上は対象外っぽいもんね」
「待て。今も昔も対象なのは君だけだし、その発言は俺が納得いかない」
「だって初恋は人妻なんでしょ?やっぱ本能レベルで年上が好きなのかなーって」
「違う!いや!初恋はそうなんだけど!俺が本能レベルで好きなのはお前だから!」
あまりの剣幕だったので納得せざるを得ない。よし。金髪美女については納得した。
「ごめん。取り乱した。…他に何かあるか?この際話せることは全部話す。別れたくない」
「…その、言えないならいいんだけど、あのポアロって喫茶店で働いているのは零くんなの?」
「ああ。訳あってあそこでも安室透として働いている。申し訳ないがこれも詳しい理由は話せない。何かあったか?」
「……………私とはあまり会えないのにあの可愛い店員さんはいっぱい会えていいなーって」
「……………」
零くんが黙ってしまった。
言っちゃった。言っちゃったよ。絶対めんどくさい女だと思われた。
だって普通に考えて職場の同僚に嫉妬する女なんてめんどくさいの極みだ。
いや、でも零くんも零くんなのでは???
昔、私が同僚と飲みに行ったとき、夜遅くもなく頼んでもいないのにお店まで迎えに来てくれたことがあった。
「恋人がいつもお世話になっています」と。安室スマイルも忘れずに。
なんで来たのか車の中で聞くと、職場の男性相手に牽制するためだとか。なんとまあ。
あの後香水をプレゼントされたり、渡されたちょっとゴツめの腕時計を付けることを強要されたり、その他いろいろあったり。
嬉しかったりもしたけど、ちょっと、いやかなりめんどくさかった。
あれ、私もしかして今零くんと似たようなことしてる???
同僚に嫉妬するって点では一緒だよね?
うん、してるな。
あのときめんどくさいとか思ってごめんな。私も大概だわ。
「あの、零く」
「ごめんあまりの可愛さに我を失ってた」
「は?」
「ポアロのことだったな。うーん…辞めるわけにはいかないし、君ともっと過ごしたいしな…。そうだ。これから君も常連になればいいんじゃないか?」
えっそんなことしちゃっていいの???
だって警察官(のはず)なのに喫茶店でバイトしてるとか、潜入捜査的なことしてるってことじゃん。なら邪魔しないほうがいいのでは???
「いや!でもほら!邪魔になっちゃ悪いし」
「全然邪魔じゃない。例え何かあったとしても俺なら絶対うまくやれる。だって色々やってるし。それに同じ空間に一緒に入れるようになるに加えて、君は俺の働いてるところが見られて、俺は君が美味しそうに食べている姿が見られる。利益しかない」
“だって色々やってるし”。
警察官と喫茶店の店員以外にもなんかやってんのか。え、大丈夫かな。危険なこともやってるのかな。
おっと。私が首を突っ込んでいいことじゃないのでこれは一旦保留にしておこう。
言ったよ!!確かに昔、働いてるところ見てみたいなぁとは言ったけど!!
そうは言ってくれるが潜入捜査の情報収集的なやつの邪魔になるのは明らかだ。
でも私も普通の恋する人間なので、零くんの姿を今までよりも見られることに期待する面もある。だって人間だもの。
「どう?君をあの街に来させることは心配しかないけど、何かあったら絶対守る。俺は君ともっと会いたい。癒されたい。構ってもらいたい。だから、ね?」
あ、あざとい〜〜〜!!!首傾げた!!!
アラサーがしていい仕草じゃないのに様になっちゃうこの感じ。
こういうところだぞ降谷零。顔が良い。
こんなことされたら頷かざるを得ないじゃないか。私チョロいな。
「分かった、ポアロ通うよ」
「よし。ちなみにオススメはハムサンドだから」
おすすめメニューまで教えてくれた。
ハムサンドかぁ…零くんが作ってるのかな…楽しみだな。
「聞きたいことは他にある?」
「いや、今のところはもう大丈夫だよ。教えてくれてありがとう」
「………なぁ、それでもまだ別れたい…?」
何もそんな捨てられた子犬みたいな目をしなくてもいいじゃないか。
私が別れたいと思った事象に納得できる説明をしてくれた。
色々気になることは出てきたが、それは今は置いておこう。いつか向こうから話してくる日があるかもしれないから。
「もうそんなこと思ってないよ。今のところは」
「…なんか最後に不穏な言葉が聞こえたけどまあいいか」
別れてくれってメール見たときは心臓が止まるかと思った…
零くんにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
肩に額を押し付けて甘えてくるのは何か嫌なことがあったときのサインだ。
私が別れたいと言ったことは相当キタらしい。
愛されてるなぁ、なんて思ったり。
「明日ポアロ行くね」
「うん。待ってる」
「零くんが仕事してるとこ見るの楽しみだなぁ」
「これからいくらでも見られるよ」
「安室さんに恋しちゃったらどうしよう」
「は?俺がいるのに浮気するってか?いい度胸だな」
……どんな零くんでも好きってことなのになぁ。
その後、おでこが可愛い店員さんこと梓ちゃんと仲良くなって一緒に飲みに行く仲になったり、小さな名探偵に尋問されたり、少年探偵団に仲間入りしたり、蘭ちゃんと園子ちゃんと海に行ったり、やたらといい声の大学院生に助けられたり、花のJKたちに「あむぴの彼女…?お姉さんならもっといい人見つけられるよ。もっと安定した職の人探しなって」と心配されたりすることがあったとかなかったとか…
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もしかしたらあるかもしれない、高校3年生で恋が叶った降谷くんが数年後彼女から別れを切り出されて弁明する話。<br /><br />彼女のことを考えて別れを選択するタイプの降谷さんも好きですが、ここの降谷さんは「別れる?絶対嫌。俺のどこがいけなかった?治すから全部言って!」タイプです。<br /><br />いつもいいねやブクマ、コメントありがとうございます。<br />めっっっっっっっっっっっちゃ励みになっています。
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もしかしたらあるかもしれない数年後の話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10132131#1
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千尋が風呂から出ると、居間には誰も居なかった。
千尋の味覚・嗅覚・空腹感の突然の帰還により大騒ぎになった夕食は、元々始まったのが遅かったのだがそれから更に時間が押した。風呂から出て来た千尋が確認した時計の短針は、天辺を通り越していた。
それもこれも原因はやはり味覚の復活劇なのであるが、風見の男泣きも大きかった。
勿論千尋も泣いた。大声を出して泣くほど子どもではなかったが、しゃくり上げる程度には大泣きだった。色々な感情がまぜこぜになって思考停止状態で大泣きした後、まともな意識を取り戻した時には降谷に半ば抱き締められていたのだから相当な泣きっぷりだったのであろう。
しかしそれでも千尋は食事の時間を大幅に遅らせるほどには長時間泣き続けた訳ではない。千尋以上に号泣したのは風見だった。それこそ大泣きした千尋の涙ですら止めるくらいの盛大な泣きっぷりだった。
嗚咽の合間に紡がれる言葉の九十九パーセントは「よかった」だったので、千尋の味覚復活を喜んでの涙だというのはすぐに分かったし、そんな泣くほど心配してくれていたのだと、風見の人柄やその心に千尋も最初は嬉しく感じていたが、なにぶんその時間が長かった。
恐らく風見は疲れていたのだろう。そして寝不足だった。故に感情が振り切れて涙が止まらなかったのだろう。目を真っ赤にして只管千尋の味覚復活を喜び泣き続ける風見に、途中から千尋は嬉しさ以上に困惑と心配の感情が上回ってしまった。
降谷は泣き続ける部下を白けた目で一瞥すると、無視して食事を再開した。千尋の冷めた重湯を温め直すという優しさを見せる紳士であるくせに、千尋が視線で慰めてやらないのかと問いかけると口パクで「なぜ?」と返してくる薄情な上司だった。
降谷が見捨てるならと千尋が声を掛ければ風見の涙は悪化し、その言葉につられて千尋までももらい泣きするものだから、結局降谷から放置するよう命令が下された。
風見の嗚咽をBGMに食べる重湯は優しい甘さに満ちあふれており大変美味しかったが、後味が何とも言えない不思議なものになった。それでも決して悪い気はしなかったのは、風見裕也という人間の優しさがどうしようもないくらいに嬉しかったからだろう。
勿論降谷も優しかった。風見のぶっ飛んだ強烈な印象のせいで霞んでしまっていたが、千尋が泣いている間は黙って背中を叩いてくれていたし、服の一部を涙で濡らしてしまったことにも何も言わないで居てくれた。千尋の重湯が冷めたことに消化に悪いからと温め直してくれたし、泣いたことで熱が出てないか確かめるために額に当てられた手は母親のような慈愛に満ちていた。
そんなこんなで大幅に遅くなった夕食後、千尋は三日ぶりの風呂に入った。降谷と風見も、色々と千尋に聞かれてはまずい話があるだろうと気を遣ったのもある。そして全身すっきりした状態で出て来ると、風見は既に帰ってしまったようである。
降谷は千尋が風呂から出て来た気配を察して自室から姿を見せた。その手には部屋着が乗せられていたので、この後風呂に入るつもりなのだろう。
「遅くなったけど……、事件の話、明日にするか?」
「降谷さんが良ければ今聞いておきたいです。じゃなきゃ明日一日変な想像しちゃいそう」
ドギープッシーランドの話を後でするという口約束を覚えていてくれた降谷は、千尋の体調と睡眠体質を心配してくれているようだ。確かに病み上がりの体と、若干の眠気を訴える身体を考慮すれば、時刻的にも寝てしまうのが一番正しい選択なのだろうが、明日に繰り越しとなると中々想像が膨らみそうな話にもなるので、千尋は話を聞くという選択肢を選んだ。
予想していたのであろう。降谷は一言言ってから洗面所に服を置きに行くと、戻ってきて椅子に腰を下ろした。千尋もその向かいに座る。
降谷から告げられた事件の内容は、ほとんど報道している通りの内容だった。殺人犯は覚醒剤の陽性反応が出た重度の中毒者で、友人に金を借りようとその友人が家族で来ていた所に押しかけ、借金をせびるも断られた逆恨みでの犯行。凶器は刃渡り十五センチのサバイバルナイフで、テーマパークにそんなものを持ち込んだことから殺害や脅迫を視野に入れての犯行であろうとのことである。第一発見者は、血の臭いに興奮し吠える犬達に違和感を持ったボランティアスタッフで、遺体はナイフで全身を滅多刺しにされた凄惨なものだったらしい。
降谷と千尋がパークを立ち去った後に事件が発覚、例に漏れずスタッフの悲鳴に駆けつけたコナンによって犯人が割り出され、逃走しようと駐車場に居たところを確保されたそうだ。まさか滅多刺しの死体を少年探偵団の子ども達も見てしまったのかと千尋は不安に思ったが、それはコナンや阿笠の配慮で防がれたそうだ。
『コナン』が関わっていることで、降谷から千尋に知っている事件かどうか問われたが、見たことも聞いたこともないと答えておいた。『コナン』の被害者は大抵一撃か二擊殺害されているケースが多く、滅多刺しなんて精神衛生上よろしくない殺害方法はまず見かけられない。『コナン』が少年漫画であり、深夜アニメではないことからも、原作等々には無い事件だろうという千尋の見解もあわせて伝えた。
一通り話を聞いて、千尋は俯いたままぽつりと口を開いた。
「こう言っちゃ何ですが、私は個人的に事件に巻き込まれなかったことにほっとしちゃいました」
実際に殺害された被害者がおり、身内を失った被害者家族がいることを承知の上で、不謹慎だと分かりながら千尋はそう口にした。
ちらりと見上げた降谷は、何とも言えない表情で千尋を見ていた。
「殺されたのが自分じゃなくて良かったとか、そういうんじゃなくて、その……ほら、私、戸籍も国籍も無い、じゃないですか……」
改めて口にする無戸籍無国籍である自分の立場に、千尋の声が尻すぼみに小さくなる。生きる覚悟を決めたとしても、味覚や食欲が戻ったとしても、社会的に生きることを難しくする現実は、やはり言葉にするとどうしようもなく重い。
千尋は一度深呼吸をすると、へらりと力無く笑った。
「だから、もし警察に身分証明を求められても、証明する身分ないから……事情聴取とか、色々と大変なことになりそうだなぁって」
なるべく重くならないようにと声音に注意しながらそう言うが、降谷からは何の反応もなかった。
「私個人が疑われるならまだ良いんですけど……。あ、いや、良くないですね、全然良くはないんですけど、ほら、下手に降谷さん達に迷惑かけちゃうのはもっとまずいじゃないですか。だから、その……巻き込まれなくて良かったって、不謹慎ながら思っちゃいました」
被害者の方々には悪いんですけどねと、か細く呟く。声を小さく言っても、やはりその不謹慎な自分の発言に千尋は落ち込んでしまった。
そんな千尋の頭にポンと手が乗る。
「事件に巻き込まれたくないと思うのは普通のことで、直接被害者の方々に言うなら兎も角、こうやって吐露する分には不謹慎ではない。それに君自身言っている通り、君のように特殊な立場なら尚更な。君が落ち込む必要はないさ」
優しい声音で紡がれたことに、千尋は唇を噛んで俯いた。降谷の言葉は、どれも千尋が欲しかった言葉で、そのことがより一層千尋にとっては辛かった。
まるで降谷にそう言ってもらいたいがために態とらしく話してしまったのではないかという自己嫌悪に陥った。そんな悲劇のヒロインのようなことをしてしまった自分が悔しくて、降谷の手から逃れるように身を引いた。
「やっぱり、私、外出しない方が良さそうですね。どこで事件に巻き込まれるか分からないですし。あ、でも将来のことを考えると、事件に巻き込まれない立ち回りを練習しておいた方が良いのかな」
自分の感情を取り繕うために饒舌になる。千尋は少し早口でそう口にした。
今は降谷に保護された状態であるため外出を控えるべきだと考えたが、よくよく考えればいつまでもこの状態でいられるはずもなく、降谷に用済みと判断されれば無戸籍無国籍のまま一人で生きていかなくてはならない。
日本という国は無戸籍無国籍な人間が生きるには中々厳しい国なのだ。
戸籍も国籍も無ければまずまともな職に就くのは難しい。結婚は当然できないのだから恋人を作るわけにもいかないだろう。健康保険制度は利用できないから、病院にはかかれないので病気も怪我も御法度である。銀行口座も開設できないだろうから、アルバイトも現金手渡しの職に限られるだろう。
戸籍や国籍獲得しようにも、千尋の存在を証明してくれる人間はこの世界にいない。出生届未提出により無戸籍になった人達は、両親が存在していたとしても戸籍獲得が非常に困難であるというのに、そんな両親すら存在しない千尋の戸籍を国が与えてくれるとは考え難い。
弁護士を雇えるほどの稼ぎのある仕事には就けないだろうし、支援団体に救いを求めたところで千尋の身の上話をする訳にもいかない。
八方塞がり、前途多難。お先真っ暗な将来に絶望感は拭えないが、生きる覚悟を決めてしまった以上は腹を括るしかない。小さな幸せをかき集めて、精一杯の自分なりに幸せな人生を送るためには、強くならなくてはいけない。人に甘言を求めるような弱い人間でいては駄目なのだと奮起した。
──大丈夫。もう二度と会えないけど家族がいる。彼らがどこかで幸福に生きているのだと考えたら、それだけで生きる原動力になる。だいじょうぶ、ちーはひとりじゃない。
ばっと顔を上げた千尋と目が合った降谷は、恐ろしいほどに無表情で千尋を見つめていた。
びくりと実を跳ねさせた千尋の、テーブルの上に置いていた手を掴まれる。
「はっ? え、な、何?」
「君は──」
淡々と感情のこもっていない声で一言呟いた降谷は、唇を歪めて黙り込んでしまった。
混乱する千尋だが今下手に降谷に声を掛けるべきではないと判断し黙って待つ。暫くすると降谷が一度、深く息を吸って吐いた。
「君は、将来的にどうするか、考えているのか?」
「んー、とにかく頑張って生きていきます」
具体的には現時点では分からない。無一文な女一人が、この文明社会でどう生きていけば良いのか、具体的な指針を立てるには情報が少なすぎる。誰かを頼って生きていこうにも、そんな知り合いはこの世界のどこにもいない。
千尋は根性論を推し進めるタイプの人間ではないが、今はそうとしか答えられなかった。
しかしこの回答は不正解だったようだ。手の拘束が悪化する。
何やら海で体験した状況と似通っていることに気が付いた千尋は戸惑った。そして何が正解かを考える。
「えっと……、降谷さん達には迷惑かけないよう──」
更に力が込められた拘束に、千尋は言い切る前に口を噤んだ。口を一文字に閉じて黙る。
千尋は何となく、降谷が言いたくても言えないことに気が付いた。
降谷は恐らく自分達を頼ろうとは思わないのかと訊きたいのだろう。この場合の〝自分達〟は〝公安〟ということになる。
恐らく公安警察であれば千尋一人の戸籍も国籍も用意するのは可能なのだろう。FBIの証人保護プログラムのように正規のものではないので違法作業のくくりになるのだろうが、秘密裏に死を偽装せざるを得なくなった場合への対処として用いられる可能性は大いにあり得る。
しかしそれは公安的に何か利益があってこその違法作業であり、千尋にそんな価値は無い。公安の違法作業は国家のため、日本国民のために行使されるべきものであり、千尋という身元不明者ひとりのために行使されるべきものではない。
千尋一人が路頭に迷おうが、野垂れ死にしようが、日本国家に何ら不利益は生じない。国民ではない人間に違法作業を行使してまで救う義務はない。
だからこそ降谷もはっきりと明言しないのだろう、公安なら戸籍も国籍も用意してやれると。
無戸籍無国籍で生きていく覚悟を決める前に、最悪日本には居られなくなるかもしれないがFBIを頼ってみるのも手かもしれないと、千尋は考えた。あちらでは制度として証人保護プログラムが存在するし、どうにかコナンや赤井秀一に全ての事情を話せば信じてもらえるかもしれない。
自分の唇をもにょもにょと弄びながらそんな事を考えていた千尋が、ふと正面に目を向けると降谷が鬼の形相で千尋を睨み付けていた。
ぎょっと固まった千尋は、もしやFBIと口に出してしまったのではないかと思い返したが、FBIの事を考えていた時点で既に唇を弄っていたので、すぐにその考えは棄却した。
となれば何故降谷が怖い顔をしているのかと理由を考えるも、降谷の表情は非常に憎々しげで赤井関係で見せる表情としか考えられず、千尋はまさか心を読んだのかと不安になった。しかし下手な事を口走れば墓穴を掘るだろうと、訊くに訊けないまま千尋は沈黙を保った。
暫く続いた膠着状態を破ったのは降谷だった。
「FBIを頼るつもりなのか?」
重々しく紡がれた言葉にぎくりと千尋は身体を硬直させた。その反応で図星を指されたことを察した降谷の眼光がより一層鋭くなる。
何故千尋の考えたことが分かったのか。それだけでも十二分に恐ろしい察しの良さであるが、それ以上に恐ろしいのは憎悪を隠しもしない降谷に何を探られるかであった。
降谷に対して何も隠し立てしないと誓っている千尋であるが、彼に本気で探られたら思いも寄らないことまで暴かれてしまいそうな不安があるのだ。例の組織で探り屋として幹部にまで上り詰めた降谷に掛かれば、千尋を探ることなど赤子の手を捻るようなものである。
「赤井に『ヤイバー』のことを話すつもりなのか?」
千尋は否とも応とも答えられなかった。まだ話すと決めたわけではないが、今後の手の一つとして想像してしまった手前否定することは出来ない。状況によっては話す未来もあるかもしれないとなれば、ここで否定することは嘘をつくことに繋がってしまう。
黙り込んだままの千尋から読み取ったらしい降谷が、明らかな苛立ちを存分に含んだ舌打ちをした。
「君は本当にムカつくくらい嘘を吐いてくれないな」
「す、すみません……」
ほとんど言いがかりのような文句に千尋は条件反射的に謝罪してしまったが、どうにも腑に落ちず唇に力が入る。
どうせここで千尋が否と答えたところで、降谷は持ち前の洞察力ですぐにその嘘を見抜くだろう。そして同じように舌打ちをするに決まっている。むしろそんな些細な嘘を吐いたことで怒りを増長させるとしか思えない。結局は嘘を吐かない方が最善なのである。
赤井秀一が関わると見境無く凶暴になる男は、不機嫌顔のまま千尋の手を掴む力を強くする。
「君を赤井に──FBIに引き渡すわけにはいかない」
「……別に降谷さん達よりFBIをとろうと思ってる訳じゃないですよ」
千尋はこの世界での立場云々は抜きにすれば身も心も揺るぎなく日本人で、アメリカの自由で率直な意思表示等に好感は持ってはいるものの、国としてはやはり生まれ育った日本の方がずっと好きである。勿論警察組織もFBIよりは日本の公安警察の方が信頼すべきだと思うし、頼れるものなら公安警察を頼りたい。
FBIの証人保護プログラムに魅力を感じたのは事実であるが、できれば彼らが用意できるアメリカ籍よりは日本の国籍・戸籍が欲しいのが本心である。証人保護プログラムは選択肢の一つとして手札に残しておきたいと考えただけで、選びたい選択肢ではないのだ。
しかしそんな千尋の言葉で降谷が納得するはずがない。
「だが、俺が君から手を引いたら赤井に泣きつくつもりだろう?」
降谷は千尋が赤井及びFBIに情報を提供することを避けたいのだろう。
千尋の境遇は普通であれば到底信じられるような非現実的な話であり、赤井秀一が千尋の話を信じる可能性は決して高くない。しかしもし彼が信じるとなると、降谷に負けず劣らずの推理力・洞察力で千尋の脈絡ないヤイバー話から真実を読み取ってしまうかもしれない。その真実には降谷にとって不利になる情報が含まれているかもしれないと彼は考えているのだろう。
実際には劇中で降谷の情報は必要以上に明記されておらず千尋も大して降谷について詳しくないのだが、ヤイバー変換が邪魔をして降谷にはそれが伝わらない。そうでなくたって降谷が赤井秀一に自分の情報が漏れることを許すはずがない。
それは恐らく組織が壊滅した後であっても変わらないだろう。
千尋はFBIに頼ることを諦めることにした。成り行きとは言え最初に降谷を信じ頼った以上、降谷を裏切ることも意向に背くことも千尋の本意ではない。
「決めました。FBIには頼りません。降谷さんがそう言うならFBIには別の世界から来たってことも『コナン』のことも話しません。なのでもう手離してください」
FBIの選択肢を放棄することは少々名残惜しいが、千尋はきっぱりと宣誓した。千尋は降谷に嘘を吐かないと誓っている。彼がその言葉を完全に信じているはずはないが、その言葉通りの意思を貫いてきた千尋が降谷を安心させるためには、はっきりと言葉にすることが必要だと考えた。
千尋の覚悟は伝わったのだろう。降谷の表情と手の拘束が緩んだ。
「君はどうしてそうも真っ直ぐでいられるんだ?」
やわらかく微笑みながら言われた言葉に千尋は目を丸めた。そして慌てて首を横に振る。
「真っ直ぐ? え、いやいや、それはちょっと語弊があります。私そんな真っ直ぐなんて立派な人間じゃないですよ。不器用なだけです! それはもう超不器用!」
必死だった。兎に角必死で降谷の誤解を解こうとネガティブな単語を引っ張り出した。その必死な様子が受けたのか、降谷が吹き出すように笑った。
「不器用って、自分で言うか?」
「自分、不器用ですから……」
「君は女の子だし、その台詞君も俺も全然世代じゃないだろう」
「あ、このネタはこっちでも通じるんだ!」
今は亡き大名俳優の有名な言葉が通じた事実に、千尋が喜々とした声を上げる。千尋はそんな細やかな世界の共通点がたまらなく嬉しかった。
「でも君そこまで不器用でもないだろう? この前子ども達相手にうまいこと立ち回ってたじゃないか」
「あれはもう必死でした。でもほとんど嘘は吐いてないですよ? 下手に嘘吐いたらボロが出そうだったんで」
「そうだな。でもだから凄いと思ったよ。君は誰に対してもああやって素直な態度を貫くんだなって」
「子どもに対して上辺を取り繕う必要ないじゃないですか。向こうがあんなにも素直なのに」
素直にそのままぶつかってくる子どもに、同じくそのまま素直に対応することが誠意だと千尋は考えている。少年探偵団の子達は、普通の小学一年生よりはかなりしっかりしているが、それでもまだ六、七歳の子どもである。感情をありのままに表出する彼らに合わせてこちらもありのままに接すれば、子どもというのはより一層心を開いてくれるのだ。
「君のようにそう簡単に素直になれるものでもないだろう。大人になると」
「大人だって素直でいいと思いますけどね。変にひねくれて関係がこじれるくらいなら。まあ、仕事上素直になるわけにいかないって人も沢山いると思いますけど」
例えば降谷のように。暗にそう仄めかして千尋が言うと、降谷は苦笑を返した。公安であり組織の探り屋であり探偵である潜入捜査官は素直になんてなれるはずもない。常にボロを出さないように気を張り続けなくてはならない降谷の立場は、千尋の想像も及ばないくらい精神を摩耗するものだろう。
「いつもお疲れ様です」
降谷の精神疲労を想像した千尋は思わず労いの言葉を口にしていた。降谷から返ってくるのは相変わらずの苦笑いである。
「降谷さんも、ありのままのれー君でいられる相手がいたらいいんですけどね」
公安の人間であり潜入捜査官である彼は、旧友と会うこともかなわない。それに警察学校時代の友人など身近な人も悉く喪って、彼はとんでもない孤独に苛まれているのだろう。恋人でも友人でも、ありのままの姿をさらけ出せる相手がいればそれだけで降谷の疲れた心が安まるだろうにと、千尋はお節介なことを考えてしまった。
そんなお節介な千尋の言葉に、降谷はきょとんと目を丸めている。
「考えたこともなかったな」
「え、考えましょうよ、少しは自分の幸せも。ここなら気を許せる、素直な自分をさらけ出しても受け入れてくれるって場所や人が居ないと、本当に気疲れしちゃいますよ?」
「自分の幸せ……」
降谷は千尋の言葉をぽつりとオウム返しをすると黙り込んでしまう。
日本国家のためにすべてを懸けていると言っても過言ではないだろう降谷が、己の幸福に無関心だろうことは予想が付いていたとはいえ、寝耳に水といった反応をされてしまうとまでは思いもせず千尋も閉口する。
先程までに何度か訪れていた沈黙に、今回は別の居心地の悪さが生まれる。何と声を掛けるのが正解なのかと千尋が色々思考を巡らせていると、降谷が力なくどこか諦観した笑みを浮かべた。
「自分の幸せなんて考えられるような状況じゃないな……」
潜入捜査官という自身の危険な立場を考えたのであろう。更に加えて喪ってしまった友人らのことにも意識が向いたのかもしれない。曇った表情の降谷を見て、千尋はなるべく明るい声を出そうと腹に力を入れた。
「別に結婚とかそういう本気のやつじゃなくていいと思うんですよ。その場その場の一時しのぎ的な幸せでも」
「一時しのぎ的な幸せ?」
「例えば……えーっと、良い天気だと気分がいいなとか、今日のご飯はいつもよりも美味しく炊けたとか、そんな細やかな幸せを誰かと共有できれば。もちろん一人でも十分なんだけど、そんな細やかな幸せにそうだねって同意してくれる人がいれば幸せじゃないですか? そんでもって疲れた日に疲れたって言えて、それにお疲れ様って言ってくれる人がいたらもっと幸せだと思うんです」
幸せと言うと結婚出産に意識が向かいがちであるが、そんな幸せを求めるには降谷の状況は酷すぎる。いつ死んでもおかしくない綱渡りのような状況、死ぬつもりはないだろうが死をも辞さない覚悟を持って任務に就いている降谷が、己の死によって不幸になるかもしれない家族を作るとは思えない。
千尋の言う細やかな幸せ、前者は安室透として蘭や梓、少年探偵団とでも共有できるだろうが、後者となると難しいだろう。安室透の人格像として疲れを口に出すことは難しいだろうし、何より降谷零としての疲労を表に出すわけにはいかないだろう。となれば安室透の裏の顔や表の顔を知っている誰かとなるが、風見は部下で弱音を吐く姿を見せるのは憚られそうだし、赤井は論外だ。
「コナン君とか」
「何を言っているんだ君は」
険のある顔になった降谷に千尋は慌てて手を振る。
「あ、いや、別にコナン君と恋仲になれって言ってるんじゃないですよ?」
「それは分かってる。そういう意味で言っていたら色々と君を疑うぞ」
千尋の咄嗟の訂正は的外れだったようだ。胡乱な目を向けてくる降谷に必死で首を振る。前の世界でそういう漫画とか小説をネットで漁ってはいたが、あれはあくまでフィクションである。現実で両者に関わった今となっては想像すらも受け入れがたい。
「ほら、だってコナン君降谷さんのこと知ってるじゃないですか。安室さんがバーボンで降谷さんって知っていて、部下でもなければ天敵でもないコナン君相手なら弱音吐いても良いんじゃないかなぁって」
「相手は子どもだぞ?」
「まあでもコナン君頭良いし」
頭良くてもと、降谷の渋面は崩れない。降谷のようにプライドの高そうな二十九歳男性が小学一年生男児に泣きつけないその気持ちも分からないでもないが、意外と子どもは寛容に受け入れてくれるものだ。少なくとも千尋はコナンにお疲れ様と言われたら癒やされる。
「コナン君の前で弱みを見せたら、その隙にどんな探りを入れられるか分かったものじゃない」
「……それは確かに」
ほれ見たことかと得意げに笑う降谷に千尋は頬を膨らませる。降谷の足を蹴ってやろうかと考えたが、簡単に避けられることは予想できるし、何より反撃が半沢なので諦めた。
「君は、自分を候補には挙げないのか? 君の言った条件ならコナン君だけじゃなく君も当てはまるだろう」
千尋が膨れっ面で睨んでいると、推理をする時のように顎に手を当てた降谷が探るように問い掛けてきた。千尋はまさか降谷からそんなことを訊かれるとは思いも寄らず、驚きに目を丸める。
考えなかったと言えば嘘になる。降谷の言う通り千尋の出した条件に自身が該当することは分かっていたが、だからといって原作キャラの心の拠り所的ポジションに自分がなるのをヨシと考えられる夢乙女ではなく、むしろそれはちょっと遠慮願いたいと敢えて思考から除外したのである。
「……アイアムア要注意人物なり」
「英語と古文を混ぜるな。それに正確にはwasだし、なりけりだ」
ありのまま答えるのは流石に自意識過剰過ぎるだろうと、千尋はもっともらしい理由で断りを入れようとするが、文法的な間違いを指摘された。さらに訂正された事項に千尋は硬直した。
「か、過去形? え、私要注意人物じゃないんですか?」
千尋が驚くことは予想していたのだろう、降谷はしたり顔でテーブルに頬杖を付く。
「監視対象であることに変わりはないがな。君が危険人物である可能性は極めて低いと判断した」
人格を信じると言われた通り、完全に疑われたままではないことは千尋も承知していたが、まさか要注意人物という立ち位置まで変わっているとは思いも寄らず、戸惑う千尋に対して降谷の表情は穏やかだ。
警戒深い降谷の信用を得るに十分なエビデンスを持ち得ない千尋は、何故最警戒状態を解除されたのかの理由を求めて降谷に視線で訊ねる。
「良くも悪くも、君の身元は真っ白過ぎるんだよ。正直、君の所持品にもスマホのデータにも、君個人を特定する為に必要な個人情報は余るほどに存在していた。しかしそのどれもがでたらめのデータばかり。住所もGPS情報も、どれ一つとして現実と一致しない。免許証の造りもICチップも完璧に本物同然に作られているのに、記載された住所は現実に存在しない。真っ白も真っ白、君の身元は空白そのものと言って良い」
つらつらと挙げられる千尋がこの世界の住人ではない証拠に、唇を噛みながらも千尋は黙って耳を傾けた。全て分かっていた事実であるが、冷静な判断力で論理的に結論を出せる降谷の口から言葉にされるのは重みが違う。
しかし悲観して嘆く段階は疾うに過ぎた。その事実を受け入れ前を向く覚悟を決めた千尋の目に涙は浮かばない。
「そんなちょっと調べられたらすぐにバレる偽造、裏の人間や素性を隠さなければならない怪しい人物がするはずがない。少なくとも君の所持していた免許証や紙幣、小銭のように精巧な偽造品を作れるような人物ならな。最低限、実在する住所を記載するくらいはするはずだ」
「つまり怪しすぎて逆に怪しくないってことですか?」
「端的に言えばそうなるな」
後ろ暗いことがある人間であれば、少しでも怪しまれるような要素を排除する。千尋は降谷から言われて納得した。
千尋が持っている全てを開示し告白したのは、以前主張した通り嘘や隠し事および駆け引きが苦手だからという理由によるものだが、結局は自分の置かれた状況に絶望し自暴自棄になっていただけである。逃げも隠れも隠しもしないという意思は確かに存在していたが、逃げても隠れても隠しても自身の絶望的状況が変わらないと諦観していたのも事実なのだ。
免許証に記載されている住所も、保険証に書かれていた会社や住所も全てこの世界ではでたらめな情報になってしまうことは、降谷に向かって投げ捨てた時には知っていた。どうせ免許証番号も該当するはずがなく、しかし作りそのものは本物という怪しさ満載過ぎる偽造免許証となってしまったそれらが、まさか一周回って千尋が裏の人間ではないことの証明に繋がるとは考えもしなかった。
まさに寝耳に水といった事態に千尋は困惑した。
「そう驚くことでもないだろう。君のことを危険視したままだったら、外に連れ出すはずがない」
「確かに……」
千尋は納得の言葉を口にする。ドギープッシーランドでコナンに遭遇するまで放ったらかし状態だったことを鑑みても、降谷が千尋を危険人物として扱っていなかったことが分かる。
「え、じゃあ今私はどういう認識をされてるんですか?」
「別の世界から来たのだろう? 君がそう言ったんじゃないか」
思わず口に出た疑問に降谷があっけらかんと答えた言葉に、千尋は再び目を丸めた。
「言いましたけど……。え、信じたんですか? あんな妄言みたいな話」
「妄言……自分で言うか?」
「いや、だってどう考えても頭おかしい人じゃないですか。ネタとして話に付き合ってたんじゃないんですか?」
降谷が意味不明だろうヤイバー話を聞いているのは、千尋の不安定な精神面に配慮し、かつ少しでも情報を聞き出すために合わせてくれているものだと思っていた。千尋はそう思おうとしていた。そうでなければ空想的すぎるトリップ話を降谷のような人間が受け入れるはずがないと考えていた。
「安心しろ、まだ半信半疑だ。ただ君は中々に現実主義者だろう? 妄言を本気で口にするタイプではない、違うか?」
「いやまあ確かに、割と現実主義者かなぁとは思いますけど。えーでもトリップとかあり得なくないですか?」
「有り得ないとは今も思っているさ。だからこそ色々な方面から君を探ったし探っているが、君の言うその妄言とやらを否定するに至れていない。ほら、ホームズも言っているだろう? 〝不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる〟とな」
降谷はコナンも劇中で言ったことのあるホームズの名言を口にした。千尋は驚いていた。コナンと赤井秀一がシャーロキアンであることは有名である話だが、降谷がそうであるという描写は劇中にはなかったはずである。
千尋は何も口に出していなかったが、降谷には千尋の思考が読み取れたのだろう。呆れ顔を浮かべていた。
「これくらいシャーロキアンじゃなくても知っている」
「いや、私は知りませんでしたけど」
つい先日動画配信サービスでアニメを流し見ていたからたまたま記憶にあるだけのホームズの台詞は、決して一般常識に分類されるものではないはずだ。
「……読んだことないのか? シャーロック・ホームズ」
「読もうと思ったことはあります」
が、読んだことはありません。言外に千尋はそう答えた。
降谷は相変わらず呆れ顔である。降谷はシャーロキアンではないようだが、一通り読んだことはあるのだろう。彼ほどの優秀な頭脳を持ってすれば一度読んだだけでホームズの台詞を記憶していてもおかしくないと、千尋は納得することにした。
「でもそっか……今はとりあえず要注意人物ではないんですね」
千尋は改めて己の立場を認識し直すと、へにゃりと気の抜けた笑みを浮かべた。心の内は[[rb:欣喜 > きんき]]に満ちていた。疑われた現状を仕方がないと諦めていても、疑われていないという状況を知って嬉しくないはずがなかった。
しかしそんな千尋に相対する降谷の表情は固い。
「糠喜びさせるようで悪いが、君を解放してやることはできないぞ。君は色々と知りすぎている。君自身が危険人物でないとしても、君の抱える情報を野放しにすることは現状考えられない。それにはヤイバー変換のことも君自身の意思も関係ない」
降谷の言葉は、千尋も想定していたものだった。降谷が組織に潜入している間は解放されることはないだろう可能性は大いに高い。軟禁状態が解除されたとして、何らかの公安からの監視が付くことは覚悟していた。
しかし千尋は組織壊滅の時がそう遠い未来でないと思っている。
原作『コナン』が所謂サザエさん時空と言われる特殊な時空の元連載している為混乱しがちであるが、連載開始からまだ半年しか経過していないことは千尋の世界では割と有名な話である。千尋がこの世界に飛ばされた時点ではまだ連載中であり組織も健在であるが、コナンが小学二年生に──工藤新一が高校三年生に進級するまでの一年以内に組織壊滅するのだろうと千尋は予想していた。ただしその一年以内があと何年続くのかは不明である。
組織壊滅作戦がどのように決行されるのかは定かでは無いものの、降谷が作戦時にバーボンとして組織側で行動する可能性は低いだろう。となれば千尋が降谷=バーボンである情報を持っていることの危険性は弱まり、公安的にも用済みになるだろう。
それまで多少の不自由があったとしてもたったの一年程度である。
「降谷さん達の気が済むまで監視でも軟禁でも好きにしてくれて構いませんよ」
違法捜査はお手の物といった公安であっても結局は警察である。そこまで非人道的な扱いはされないだろうと千尋は考え、あっけらかんと口にした言葉は降谷のお気に召さなかったようだ。
突然鋭くなった眼光に千尋は蛇に睨まれたカエルの心地を覚えた。
「女性が安易にそういった言葉を口にするのはどうかと思うぞ」
「降谷さんなら変な風に捉えないだろうから良いかなって。一応相手は見極めてるつもりですけど」
「そういう問題じゃない」
そう言って降谷が吐いたため息は重々しく深かった。
千尋も言葉選びが少々不適切な自覚はあったが、向けた相手が相手だから構わないだろうとある程度は弁えているつもりである。監視も軟禁も事実であり誇張はしていないのだから、責められる謂われはないと強気の姿勢だった。
「危機感を持つなら、もっとちゃんと持ちなさい」
「危機感を持った上で降谷さんは大丈夫って判断したんですけど」
千尋とて生物学上女として生まれた以上、それなりに危機感は持っている。
それこそ恋愛経験は乏しいものの寄せられる好意には割と敏感な質で、かなり早い段階から脳内で警報が鳴る。〝来る者拒んで去る者追わない〟という非常に偏屈な千尋特有の性質と相まって、告白される前に有耶無耶にしてきたことが結構あるのだ。
そういった千尋のセンサーに降谷がまるでヒットしないので、安全牌と判断して警戒を緩めているのであって、無闇矢鱈と無警戒な訳ではない。
千尋は難しい顔をする降谷に懇切丁寧に説明した。しかし降谷の表情は険しくなる一方である。
「そのセンサーが必ずしも正しいとは限らないだろう」
「え、降谷さん安全牌じゃないんですか?」
「……その答えにくい質問はやめないか?」
「え、安全牌だって答えるの何かダメですか?」
「男にとって安全牌は褒め言葉ではない」
「ああ、なるほど」
降谷は千尋のセンサーが感知した通り安全牌であることに違いはないのだろうが、安全牌だと思われることも自ら認めてしまうこともプライドに傷がつくようである。
実に面倒くさい。千尋は心の中で毒づいた。
先程から千尋の心を読んでは追及してきた降谷だが、ギロリと睨むだけにとどめたようだ。
「そもそも男ってのは好みの女性でなくてもヤれるもんなんだよ」
「まあじゃなきゃハニトラとかやってられませんよね」
「……少年漫画にそういう描写があると考えたくないんだが」
「そんな描写あるわけないじゃないですか。……ってやっぱりハニトラやってるんですか? 降谷さん」
千尋の発言は降谷がハニートラップをしていると考えてのものではなかったのだが、降谷は墓穴を掘ってしまったようである。健全なる少年漫画である『名探偵コナン』にハニートラップな描写などあるはずがない。特に夕方放送のアニメでは。
ジンとベルモットに肉体関係があるよう臭わせる描写ですら削られたのだから、今や超絶人気キャラとなった安室透のそんな描写、作者が書いたとしても編集サイドが許さないだろう。
千尋の問いに降谷は答えなかったが、沈黙が全てを物語っている。
「ちょいと迂闊すぎやしませんか、潜入捜査官」
「君を相手にしていると気が抜けるんだから仕方が無いだろう」
国際的な大規模犯罪組織に潜入し、幹部にまで上り詰めた男とは思えない失態を千尋が指摘すれば、降谷は心なしか口を尖らせて拗ねたように言い返した。
「私なんか相手に気を抜いてるようじゃダメじゃないですか」
「安全牌などと言って警戒心を忘れた君だけには言われたくないな」
「忘れたわけじゃないです。降谷さんだから大丈夫って判断しただけで」
「だから何を根拠に。確かに君をどうこうしようだなんて考えていないが、俺だって男だ。何があるか分からないだろう」
「何があるか……え、いやいや、ないでしょ、ないですって。降谷さんが私をとか、想像付かないんですけど」
しつこい程に降谷が注意してくることから、少しだけ想像してみた千尋であったが、あまりにあり得ないことを想像も出来ずにすぐさま否定する。
降谷を男性として認識していないわけではない。生物学的にも社会的にも、恐らく性趣向的にも異性愛者の男性であろうとは思っている。当然そういったことを考慮した上で、千尋はあり得ないと否定した。
万に一つの可能性として、降谷が千尋に対してそういった感情を抱いたとしても、降谷が無理矢理にでも事に及ぶような直情人間ではないはずであるし、流石の千尋も降谷のそういった感情の変化を察知すれば当然警戒する。現時点で本人もそういうベクトルが向いてないと宣言しているのだから、やはり千尋はそういった警戒心を持つことはない。
本人の言う通り降谷も肉体的に男である以上、ムラムラとする時もあるのだろうが、それを発散する相手に千尋を選ぶようには思えず、かといってムラムラとした時でも理性的に行動する人間だと考えられる。
彼の強固な理性が崩壊するとすれば、何らかの薬物等の外的要因によって引き起こされる異常事態でのこと。そんな状態で降谷が逃げ帰る場所が、この部屋である可能性は限りなくゼロに近いだろうから、結論としてはやはり安全牌なのである。
頭の中でひたすら理屈をこねて自己完結した千尋が満足げに頷いていると、掴まれたまますっかり忘れていた手が締め付けられた。降谷は何故かパーフェクトスマイルを浮かべていた。
「どうしてでしょう。そう全否定されると何か起こしてしまおうかって気になりますね」
千尋のゆるゆるだった危機感が一気に強まった。反射的に安室の手を振り払うと、思いの外あっさりと解放された。
降谷は表情を一変させて、じとりと千尋を睨み付けてくる。千尋は戸惑い瞬きを繰り返した。
「どうして安室透にはこんなに反応するのに、俺のことをあんな無防備に信用なんてするんだ」
「や、だって……今のは何かヤられるって本能的に」
先程の笑顔や言葉は降谷としてのものではないと千尋は思っていた。恐らく安室としてでもなく、バーボンとして紡いだように感じたのだ。故にそのまま手を握られているのは危険であると、頭で考えるより先に本能で反応した。
降谷は不可解そうに千尋を見ていたが、ふと何かに気が付いたように一瞬視線が外れた。
「ちょっと待て。今の〝ヤられる〟はどういう意味のヤられるだ?」
「え、そりゃもちろん〝[[rb:殺 > サツ]]〟の方ですよ」
千尋はあくまでも正直に答えた。
先程降谷の表情や言葉、雰囲気に警戒反応を見せたものの、千尋は性的な危機感はさほど感じてはいなかった。かといって本当に殺されると思っての反応だった訳でもないのだが、どこか滲み出ていた犯罪組織幹部としての危険な雰囲気のようなものを感じ取ってしまったような気がするのだ。
「……今の〝僕〟はバーボンだったか?」
「バーボンと対面したことはないので分かりませんけど、ほぼほぼ安室さんだったかと」
「だったら何故〝殺〟の方に変換したんだ」
「何ででしょう?」
本能が感じ取った危険の分類の仕方は、本人である千尋とてよく分かっていない。ただ敢えて挙げるとしたらと、千尋は本能的分類について考察する。
降谷は安室透として言ったつもりなのかもしれないが、基本的に温厚で紳士的な安室透はあまり人を脅したりはしないのだろう。千尋の警戒心を刺激するつもりで紡がれた言葉に、自然とバーボンが滲み出たのだと千尋は推測した。
千尋は自分の考えを掻い摘まんで話せるほど言論能力は高くないが、しどろもどろにはならない程度にまとめて降谷に説明した。
「クソ、潜入捜査官として失格だな」
「えー、大袈裟。別に安室さんがバーボンだって知らなきゃ多分感じ取れないレベルのバーボン臭ですよ?」
「バーボン臭」
「多分コナン君とか、あー……コナン君とかコナン君くらいじゃないですかね、気が付くの」
「コナン君の他に誰を思い浮かべたのかは敢えて聞かないでおこう」
千尋が言い淀んだことに対しての言及は避けてくれたようだが、賢明な判断としか言えない。組織の人間を匂いで感知する灰原哀にはヤイバー変換が働くとしても、赤井秀一はそうはいかない。名前を聞くだけで殺意の波動に目覚めてしまう[[rb:禁句 > NGワード]]のことは、前もって予想立てていても耳にする気にはなれないようだ。
「それで、コナン君とかコナン君とかコナン君ではない君が何故察知出来る?」
「えー、そりゃ元々安室透にぞわってするからじゃないですかね」
降谷は千尋にコナンほどの洞察力はないと思っているようだ。千尋も全くもって同感である。
そのコナンより劣る洞察力の千尋が何故バーボン臭に気付いたのかが降谷は気になっているようだが、生憎千尋も良く分かっていない。故に半ば適当な理由を答えた。
しかし降谷はそんな適当な理由では腑に落ちないようだ。
「……君は降谷零と安室透とバーボンのことをどう認識しているんだ? 多重人格とは思っていないよな?」
「いや多重人格とは全然思ってないですよ。普通に外面とか営業モード的な認識ですけど」
「それじゃあ何でそれぞれ警戒心が変わるんだ」
「何でって、安室さんはただぞわってするだけですけど、バーボン臭がする時は何かヤバい雰囲気出てるんですもん。ぞわっていうかぞわわわっとかヒヤリ的な」
身振り手振りで説明するが、降谷には伝わらない。
降谷と安室は決定的に笑顔が違うので簡単に見分けがつくものの、にっこり笑ったバーボンと安室では然程違いはない。アニメや漫画では目や表情を描き分けられていたので分かりやすかったが、実際に目にしてみれば所詮は同じ顔であった。
では何故違いを感じ取れたかというと、はっきりとした理由はない。千尋とて論理的で明確な違いが分かっているのではなく、ただ本能的に感覚的な違いを感知し反応しているだけなので、うまく言葉に表せるものではない。
「安室透とバーボンを見分けている訳ではないと?」
「ぶっちゃけ違いは全然わかりません」
「じゃあ君の言うバーボン臭って何だ」
「何か安室さんよりもヤバそうな感じ」
「だからそのヤバそうな感じって何だと聞いている」
「だからぞわっじゃなくて、ぞわわわっとかヒヤッてする感じ」
「もっと分かりやすく言え」
「うーん……、鳥肌立つっていうんじゃなくて、毛が逆立つって感じかなぁ」
どうにも千尋の抽象的な説明を理解しきれないらしい降谷に見かねた千尋は、少し具体的な比喩を上げる。
降谷は難しい表情を浮かべていたが、どうにか伝わったようだ。深い溜め息が返ってきた。
「君はやたら理屈っぽいかと思えば、こういうところは動物的だな」
「人間もホモサピエンスって動物ですからね」
「そういうところが……っ」
理屈っぽいのは自覚済である。千尋は憤る降谷を見つめて苦笑した。
「私は理屈っぽい上に動物的本能に従って物事を考える面倒な人間なんですけど、そんな私が本能的にも理屈的にも降谷さんを信じるべき人間だって心底思っちゃってるんです。これを覆したかったら、悪い人にでもなってください」
軽い挑発だった。自身と覚悟を持って降谷を信頼している千尋にとって、その当人である降谷自身からとは言っても否定され続けるのは嫌だった。降谷の置かれた状況、立場全てを考慮した上での信頼だ。場合によっては降谷が千尋を害する行動に出ることもあるだろうが、それは決して降谷自身の意思によるものではない。その時は仕方ないと受け入れる覚悟を持って降谷を信用するという意思表示だった。
降谷はもう何度目になるかも分からない深い溜め息を長々と吐き出すと、ほとんど予備動作もなく立ち上がる。
「君の考えはよく分かった」
椅子をしまいつつ歩き出した降谷に腕を掴まれ強制的に立たされる。相変わらず危機管理センサーは反応しないが、スキンシップ避けたいセンサーは敏感に反応して少しだけ身構えた。
降谷に引かれるまま歩いた先は千尋の寝室だった。部屋に押し込まれるとリビングとの境の戸を締められ鍵を掛けられる。降谷はその戸の向こう側にいるので表情等は分からない。
突然の展開に思考が追いついていない千尋が混乱のままに無言でいると、戸の奥から降谷の声が聞こえてきた。
「君の信頼を裏切るようなことがないよう願っておくよ」
その声は内容とは不釣り合いなほどにげんなりとした疲労感が滲み出ていた。
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降谷と主人公、深夜の話し合い。<br />主人公の本音の意見を聞いて、降谷がどう思うのか、何を考えるのか。<br />私自身良く分かりません。降谷さんは今後どう変わっていくのでしょうか。何も変わらないのでしょうか……。<br /><br />大変遅くなりました。<br />もはや待っている人はいないかなぁと思いつつも、今更ながら続きを投稿しました。<br />今回はとってもとっても難産でした。<br />何せ主人公も降谷もまったくプロット通りに動いてくれない。<br />キャラが勝手に行動発言するもんだから、筆者、踊らされまくりました。<br /><br />**********<br /><br />現時点では恋愛感情は互いに存在しません。<br />今後発展するかどうかは未確定です。
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⑫コナンの世界にトリップしたら、恋が始まらないどころではなかった
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10133368#1
| true |
*ネームレスの夢主あり
*過去捏造
*設定だけクロスオーバー的(某牧場のお話)
*かっこいい降谷さんいません
*性格崩壊している
*スコッチの名前は景光のみ
*あだ名が出ますが、本名ではありません。
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[newpage]
降谷くんのアイコンが不機嫌通り過ぎて、キレかけてます。
テストも返ってきて成績はそれぞれの結果として残ったが、すぐに迎える夏休みに皆の意識が向き忘れられていく。
赤点を取った教科はなかったし、教科の先生から渡された宿題の量は1年の時とさほど差はなかった。
とりあえずのんびりと片付けて行けばいいと鞄に仕舞いながら、じんわりと湿気が多く含んだ熱風に顔を顰めた。
これから本格的な夏が始まるし、もう少しの辛抱だと薄手のワイシャツの第一ボタンを外してパタパタと空気を取り込みながら扇ぐ。
夏用のカーディガンを脱ぎたいのだが、隣に座っている降谷くんが脱ぐ素振りを見せた瞬間に恐ろしい形相と凄まじい量のアイコンで止めてくる。
仕方ないので我慢していたわけだが、降谷くんはワイシャツだけでとても涼しそうだ。
「...降谷くん...」
「ん?脱ぎたいって言うの以外だったら聞くが?」
―――ピコン!怒りのマーク。
「............なんでもないです」
さっきからこうなのだ。
茹るまではないが、着ているというだけで気分はどんどんと下がってだらしなくなっていく。机に頬と腕を密着させてちょっとの涼をとる。
それでも暑い。
「うー...うー...」
反論出来ないが文句をたれて下敷きを彼に差し出す。
最初は何だ?と首を傾げていたが、察しがいい彼はすぐさま受け取ってため息をついて扇いでくれた。
しょうがないと言わんばかりの苦笑を浮かべて、外の空気よりも涼しい風を送ってくれる。
ちょっとだけでも涼しいと感じて汗も少なくなったなぁ、と思いながら、目を閉じて甘える。
「あぁー気持ちいー...」
―――ピコン!音符マークがゆらゆら。
「他にしてほしいことはありませんか?お姫様?」
「...ない、かな...?降谷くんは?扇いでもらってるお礼で」
「俺?」
―――ピコン!エクスクラメーション。
彼は自分も暑くなってきたらしく、私の下敷きで自らを扇ぎながら首を傾げる。
さっきまでの涼が遠ざかり、再び熱風がじんわりと頭の後ろを撫でていく感触がきてまた顔を顰める。
それに気付き、こちらに扇いでくれる降谷くんはそうだな...と何か決まったらしく、ピタリと手を止めて下敷きではなく自分の顔を近づけてきた。
グイっと近づくが元々二人とも前を向いて座っているのでそこまで近くはないが、何だろうと思うぐらいには机1つ分の間を空けてこちらに顔を寄せる。
「遠出しよう」
「遠出?」
―――ピコン!朱色のハートマーク。
降谷くんは下敷きで扇いでくれる代わりにと、遠出の内容を楽しそうに語る。
そしてカミくんを巻き込みながら、彼のお願いはしっかりとした夏休みの予定として組み込まれたのだった。
*****
「折角の海...なのに...」
「海だからだろう?」
「ここまで来ると降谷くんが女難の呪いがあるとしか思えないよ...」
「ま、まぁ...ゼロはともかくとして、ヤバそうだぞ...」
自分たちの家から一番早く行ける海水浴場へやってきた。
家から水着を服の下に着て、着替えや貴重品を海の家と温泉施設が融合した建物にあるロッカーに預けて、萎んだままの浮き輪やビニールシートなどを持ちながら砂浜に出る。
3人で揃って砂浜をビーチサンダルで踏み、さらさらとした砂が太陽によって熱されて鉄板のように熱いので極力埋もれないように足を運びながら海に面している入口に備えられている電動の空気入れを借りる。
すぐに膨らんだ浮き輪を私が脇に抱えて、ビニールバックを持ってパラソルを借りてきたカミくんとビニールシートと飲み物を3本持ってきた降谷くんで海へと近寄る。
問題は、用意を終えてこれから海だと日焼け止めを置いて浮き輪を持ったあたりで起きた。
「良かったら私たちのグループと一緒に遊びません?」
友達同士で来ていた男女のグループに捕まったのだ。
女子が4人と男子が2人という数が多く、私たちの設置した場所を囲うように横に並んでいる。
私は降谷くんが1人でいないから早々に捕まらないと思っていたのだが、カミくんも部活で鍛えているのでバランスよく筋肉がついている。
顔だって幼さが残りながらもキリっとした目つきで、ほどよく日焼けをしていて服で隠されている部分が白く眩しい。
そんな二人の間に普通の私が交じっているならば、友達の集まりなのだと判断されたようだ。
女子が積極的に誘うために声を掛けているが、男子の2人は盛り上がっている女子に仕方なさそうに付きあって足止めをしている。今もため息をついてつまらなそう。
カミくんは3人で遊びたいと笑顔で断って、私と降谷くんの手を握ってその場を離れようとするも降谷くんは絶対に離すもんかと腕を掴まれる。
突然の接触に腕を振り離そうとするが、しつこく声をかける女子たち。
変にノリにのった女子の1人が私を指差す。
「もしかしてそっちの2人ってカップル?だったらこっちの人だけハブられてるし、ちょうど良くない?」
「そうそう!私たちと遊んだ方が楽しいって!」
「はぁ?!ちがっ―――!」
―――ピコン!怒りのマーク。
聞き捨てならないと指差してきた女子を睨みつける降谷くんに、顔を向けてくれたことに喜んで勝手にキャーキャー盛り上がって腕に引っ付き出す。
私なんかとは違って大事に育てられた大きい胸が彼の腕を挟み、楽し気に笑っている。
「は、離せ!」
―――ピコン!怒りのマーク。
「いいでしょ~?ちょっとの時間遊ぶだけでもさ~」
「ふ、降谷くん!」
「ゼロ!」
いくら何でも降谷くんが怒りそうだ。
威嚇状態の獣のように毛が逆立ち、瞳がいつもより小さくなって見える。
これだけ騒ぎになっているのに誰も私たちに近寄らない。
目を合わせないように少し遠ざかって、野次馬のように周りでジロジロとこちらの様子を見ている。助けようとはしない。
もうカミくんは私から手を離して、ズルズルと引きずられていく降谷くんの手を両手で必死に掴んで引き止める。周りに助けを求めてる暇なんてない。あてにもならない。
私も何とかしようと女子たちに放してくださいや、困りますと声を掛けるが笑い声が大きくかき消されいく。
手を上げられない降谷くんと引き止めるが引きずられているカミくんが離れていくのを黙って見ていられない。降谷くんの腕を掴んで私も参戦する。
「彼を放して!」
作戦のように黙っていた男子たちが私に近寄ってくる。
「彼氏も友達もほっといて俺らと遊ばない?」
ニヤニヤと笑う男子の1人が私の肩に手を置き、顔を近づけてくる。
もしかしたら作戦ではなく、女子たちと遊べなくてイラついてきて話しかけてきたのかもしれない。どちらにせよ、今はそんな暇もない。
しかし声を掛けられて思わず触られて顔を振り向いてしまい、近づいてくる顔がゆっくりと距離を詰めてくるのが視界に入ってしまう。
「やめろ!!」
―――ピコン!怒りのマーク。
「やっ!」
浮き輪を振り回して暴れるが、もう1人の手の空いていた男に止められて為す術がない。
手を離せば彼が連れていかれるし、このまま何もしなければ降谷くん以外に触れられてしまう。
くそっ、と力いっぱい腕を振り回し女子の拘束を振り払おうとする彼を横目に、私は嫌悪と気分の悪さが混ざって気持ちが悪く涙が出てくる。
いやだ、いやだ、と首を振るが、痺れをきらした男子の手によって頭が固定される。
―――ピコン!
―――ピコン!
―――ピコン!ピコン!ピコン!
彼の必死の呼び声、見えていないが怒りのマークを表示したアイコンの音が聞こえてくる。カミくんも呼び続けてくれる。
いやだ!!!と唇を出来る限り口に押し込みながら、歯を立てて噛みしめる。
今まで感じなかったきつめの香水が、降谷くん以外の体臭が、潮と砂の香りに混じって鼻孔をくすぐる。
もう近いところにいるんだと思って涙が出てくる。
はぁ、と生温かな息が顔にかけられた瞬間、腕を掴んでいた手の力が抜ける。
「んんんん――――!!!」
口を閉じながらなんとか助けて、とありったけの息を吐き出して―――。
「女の子に無理やりするつーのも、男としてどうなのかねー?」
お道化た喋り方をしているのに、剥き出しになっている怒りの部分が見え隠れして恐ろしい。
その声がしたと同時にさっきまでの生温かな吐息が横から突然割り込んできた手が遮り、私の口を隠す。
目を開けて確認すればカミくんではなく、ましてや降谷くんでもなかった。
「...」
グッと引き寄せられて助けてくれた人の胸へと倒れ込んだ私を受け止めて、男子たちから守るように体で隠してくれた。
への字に閉じている口元、サングラスをつけて、くるくると跳ねている黒髪をして、周りの海水浴客と同じ海パンだけの姿。
降谷くん以外に抱きしめられたこともないし、こんなに近くにいたこともない。
助けてくれたことで悪い人ではないが、戸惑いを隠せない私をサングラス越しに見下して何も言わず男子へと視線を変える。
ここまで近くにいるとサングラスが透けて、中の目が見える。かなり睨みつけている。
「だからって男を無理やり引っ張るってーのも、違うんだけどなー?」
もう1人が降谷くんの肩に腕を回して、ニッコリと女子たちに笑う。
女子も突然現れた2人の登場に驚きながら、その交互を見ている。
私を抱き寄せた人物とは違い、ニコニコとした表情なのに目が笑っていなくて、サラサラとしたちょっと長めの黒髪で海パンと上にパーカーを羽織っている。
そして彼も、サングラスの人同様にグッとカミくんへと引き寄せて、なんなく女性の拘束から降谷くんを助ける。
あまりにあっけなく私たちを助けた2人はそれぞれの相手を見つめた後、髪の長い方の1人は降谷くんの顔を1回マジマジと見てため息をついた。
「確かにコイツはそこらの男より顔がいいけども...もっとスマートに誘えなきゃ駄目でしょ」
「...っ!な、何よ!突然出てきて!」
「そ、そうよそうよ!」
説教じみた言い回しに黙っていた女子たちが反撃を始める。
降谷くんもあれだけの拘束を受けて怯えた様子で、カミくんの傍に少しずつ動いている。
腕を回していたのを素早く離してくれた上にポンと背中をカミくんの方へとひと押しして、その人は降谷くんの盾として間に入り込み、任せろとウインクをして見せた。
「人様に迷惑かけてまでナンパしてくるガキなんて、誰が尻尾振ってついて行くかっての。なぁ?松田」
「...なんでこっちに振るんだよ、テメェは」
私の方の人に同意を求めるフリをすれば、めんどくせぇと小さく舌打ちした。
言葉は悪いのにさっきから私を強引に引き寄せたりするのに優しく触れる彼は、決して悪い人ではない。今も恐怖の対象となったナンパの男子たちが近くにいるので、小さく震えている私の背中を軽く叩いてくれる。
「ま、そこのガキどもの相手はガキで十分だろうな、クソガキ?」
「あぁ?」
鼻で笑ったその人の一言でプライドを傷つけられた男たちが怖い形相でこちらを見てくるが、手を上げてヒラヒラと嘲笑うように動かせばあくどい笑みを浮かべる。
「わざわざ俺たちはオメーたちの為に駆け回ったんだぜ?」
野次馬が出来ている周りとは違う、走り寄ってくる足音が響いてくる。
左右から挟み込まれるように近づいてくる砂を踏む音は、野次馬を押しのけて私たちへその姿を見せた。
「すいません!ちょっといいですか?」
「大丈夫ですか?!」
砂浜の奥から海水浴場の名前と係員と書かれたTシャツを着ている人たちと、逆の方からは夏の制服の警官が来た。
男女グループ全員が驚きのまま蒼白になっていく。
次第に慌て出し、逃げ出そうとするも砂浜で足がもつれてこける。
しかし動きやすい靴を履いた警官や、動きなれている係員はすぐさまグループたちを押さえ、近くの係員専用小屋へと連れていかれる。
私たち3人と助けてくれた2人は係員から詳しい話が知りたいとついて来てほしいと言われた。
なんとか頷いて、私は一息つく。
ズルズルと脚の力が入らず、熱いなんて感じることもなく砂浜に座り込む。
サングラスの人の手から、体から滑り落ちた私に、降谷くんが私の名前を呼びながら近寄ってくる。
「大丈夫か!?」
―――ピコン!エクスクラメーション。
「う...、ん...なんとか」
「そうか...ごめん、俺のせいで」
―――ピコン!ぐるぐる。ぐるぐる。
私の横に連れ添うように座り込んだ彼も顔色が悪い。
降谷くんはさっきの事もあって不甲斐ないと思ってしまう自分と、自ら助けられなかったと悔いている自分のことでぐるぐるとしていた。
今までにないほどの恐怖があったのはお互いだし、助けられなかったのは私も同じだ。謝るのは彼だけじゃない。しかしどちらも決して悪くない。
「2人とも無事でよかった...」
何よりも誰よりも、心配をかけてしまったのはカミくんだ。
彼なんて2人を救わないといけない状態で、パニックだったはずだ。
私たちがカミくんに謝れば、彼もまた謝り出してくる。
罪なんてどこにもないのにお互いでそれを奪い合うように背負う。
「...ふはっ」
吹きだした人物に集中する。
降谷くんを守ってくれた人がサングラスの人の隣に近づき、声を殺して腹を抱えている。
私たちは今の話を置いといて、立ち上がって2人に並んで頭を下げた。
「ありがとうございました...!」
「本当にありがとう」
「ありがとう、助かったよ」
私、降谷くん、カミくんと続いたお礼に笑いを一時的に止めて、さっき見せたニッコリとは違う本当の笑顔でその人はサングラスの人の肩に肘をかけて手を振った。
「いーっていーって!災難だったな!」
「...」
対照的な表情の2人はそれよりも、と親指で自身を指さし、
「俺は萩原研二、こっちは松田陣平ってーの。そっちは?」
サングラスの人に次指差す。
自己紹介を始めた萩原さんに、降谷くん、カミくんが次々と名前を教えていく。
私も一番最後に続けば、萩原さんは軽い感じで可愛い名前だねと言ってくれた。
まさか名前で可愛いなんて言われるとは思わず、赤く照れてしまった。
ピコン!と隣の降谷くんは思いっきり面白くない顔で、ぐるぐるしていたがこれは仕方ないと思ってほしい。
いつもの調子になった降谷くんの様子をカミくんはホッとした感じで、落ち着けと宥める。
ぼそり、と私の名前が呟かれる。
松田さんだ。
それを聞き逃すことなく、松田さんに訝しげな視線を降谷くんが向ける。
「...なぁ」
「はい?」
サングラスを外し、私に声を掛けてきた松田さんはキリっとした目つきで私の名前をもう一度呟いてから、
「小学3年の時に転校したやつ、いなかったか?」
と訊いてきた。
ハッキリとした松田さんの顔を見上げながら、私はふと小学の記憶を掘り返してぼんやりとした小さな情景を思い出す。
確かに松田さんの言う通り、小学3年の時に今日みたいに暑い夏の時だった。
1学期の終業式を最後に通っていた小学校が変わってしまう男の子が泣いていた。私はお別れの言葉を送った。
『またね、まつだくん』
『...!おまえはおれとはなれるのへいきなのかよ!ばーか!!』
『ちがうよ!へいきじゃないもん!』
『じゃあ!ぜったい、ぜったいにまたあえたら、おれのおねがいきいてくれよな!』
『わかった!やくそく!』
そしてそんな彼が大きくなったら、目の前の松田さんみたいなパーマのかかった髪で身長が伸びているだろう。
くりくりとした大きな目が大人になって細くなる。
ぷにぷにしていた頬は必要な部分を残して、薄くなった頬肉。
「...俺のこと、分かったみてーだな」
「本当に、松田くんなんだ...」
あの頃とは違っていても面影だけが、今の彼の顔の横で朧げな記憶が重なる。
懐かしい気持ちで彼を見つめていれば、聞きなれた音がそれを遮るように割り込んできた。
―――ピコン!
お腹に回された両腕が交差し、繋がる。グッと後ろに引き寄せられて後退りすれば固い胸筋に頭がぶつかる。
顔の横に引き寄せた本人の顔があって、肩に顎を乗せて松田くんのことを威嚇するように睨みつける。
クラスや委員会などで見せる嫉妬なんて可愛いと思ってしまうほどに、殴りに行きそうなぐらいの怒気が含まれた感情。
彼の頭の上のアイコンは、いつもよりも大きく見える怒りのマーク。
「助けてもらってなんですけど、あんまり僕の彼女に、馴れ馴れしくしないでもらえますか?」
―――ピコン!怒りのマーク。
そんな彼を松田さんはフッと軽く笑い流しながらサングラスを付け戻し、相手を煽るように顎を上げて見下ろす。
「ちっせー男...」
―――ピコン!怒りのマーク。
ギリィ、と耳元で歯ぎしりの音が、大きく聞こえた。
[newpage]
景光と萩原さんに宥められながら、騒動の内容を伝え終え、再び自分たちのパラソルの下へと戻って来た。
俺の誘拐まがいと彼女の痴漢行為未遂...いや、あれはもう痴漢でいいと思う。
それらを踏まえて警官はより彼らグループを問い質す。
係員の心遣いのおかげで同じ空間からすぐに解放され、楽しい思い出に塗り替えてほしいと無料食事券やら温泉施設無料券をいただき、楽しんでいってと手を振られた。
なんとも手厚い優遇に騒動を起こしてしまった自分たちが申し訳なくなるが、同じく騒動を知らせてくれたお礼として無料券をもらっていた萩原さんが気にしないで遊ぼうぜと笑う。
隣にいる松田とかいう男は気に食わないが、萩原さんはさりげなく俺と松田の距離を離すだけでなく彼女からも遠ざけてくれる。
気遣いが上手い萩原さんは松田の肩に腕を回して、またな、と別れた。
懐いた様子の景光は元気におう、と返事を返し、彼女は二人に手を振っていた。
松田はやっぱり彼女が気になっているらしく、手を小さく上げていたし目線はずっと彼女に固定していた。
気に食わない男から危険な男に上がったのを感じながら、小さく頭を下げて見送った。
本当ならば頭を下げたくもないが、助けてもらったお礼だ。今後一切何があってもアイツにだけは頭を下げることはない。絶対にだ。
守れなかった彼女に何度も謝り、落ち込んでしまった俺に彼女は気にしていないと微笑んでくれた。その笑みさえも松田が守ったと思うと凄いムカつくが。
「降谷くんもカミくんも、私のこと必死に呼んでくれたからもう気にしてないよ」
確かに怖かったけどね、と俺の手に彼女の方から繋がれただけで舞い上がってしまった。
券類をバックに仕舞って今度こそ、と浮き輪を持って海へと向かう。
ひんやりと湿った砂を進み、波打ち際から水が足に触れる。
「つめたっ」
全身にぶわっと鳥肌が立つ。
少しずつ少しずつ進んで海に足が浸かる。景光が一旦下がって両腕を摩ってさみーと呟いている。
我慢強く彼女の手を引きながらふくらはぎ、太ももと深くなっていく水に徐々に慣れ始めてきた。
彼女は寒さに震えながらもついてきてくれる。
波が起こって思わず地面を蹴って浮き上がってまた進む。
お尻、腰、そして胸まで水がきた。
彼女は浮き輪に体を任せてプカリと浮き始め、俺も浮き輪に腕を引っ掻けて一緒に浮く。
「ひいいいいいいい!」
バシャバシャと寒さに押し負けないように走ってこちらに近づいてくる景光は、腰あたりで小さく波打った海水が思いのほか水しぶきを上げたせいで頭からびっしょりになっている。
もうそこまでなってしまえばどうにでもなれ、と顔を出したまま平泳ぎでこちらにやってきた。
「今日水温低くいんじゃね?」
「ヒロが寒がりなだけだろ」
「カミくん寒がりなんだ」
「寒がりってわけじゃないよ、ゼロが寒さに強すぎてそう思うだけだ!」
「...あー...うん、確かに」
「そうか?」
鍛えているのもあるから真冬でも半袖で外に出ることもある。体育の時はジャージ着てても始まればすぐに脱いで動き回ってる。
なんなら寝る時は服着て寝るなんて1年間1回もない。
2人が俺の寒さに対して異常だと訴えてくるのを黙らせるために、思いっきり海水をかけてやる。
「うわぷっ!?」
「ぎゃ!?」
「煩いぞ、2人とも」
彼女は張り付いた髪を退かしながら、反撃だと小さくかけてくる。
景光もそれに乗っかってくるが容赦なく、腕まで使って水の表面を削るようにかけてくる。
どんどんと白熱する掛け合いに、彼女は浮き輪を上手く使い、バタ足で水をかけてくる。
腕とは違って威力があり、近寄れず俺と景光は降参させられた。
掛け合いも終わり、彼女の浮き輪に掴まりながら水に漂う。景光も俺の肩に腕をひっかけて浮いている。
「あー...」
「おっさんみたいなクラゲだな」
「うっさいぞ、ゼロ」
「カミくん浮き輪使う?」
「んー...まだいい...もうちょいこのままで...」
ゆらゆらと揺り篭のように揺れながら、微睡む。さすがに目を閉じて寝たりはしないが、朝早くに起きたせいもあって欠伸が出る。
「それにしても...災難だったなー」
景光がふいに呟く。
さっきまでの出来事を思い返して、忘れられない感情と感触に再び奥歯を噛みしめる。
助けられなかった。大事にしている大切な彼女を。自分の手で。
それどころか自分が原因で、自分が守られる立場になってしまって、彼女と景光が俺を必死で守ってくれて。
いくら力があったって、いくら大事にしていたって咄嗟に守れなかった。
歯がゆかった。目の前で自分ではない男の腕の中で守られている彼女を見ていて、誰かに手を差し伸べてもらえないと何も出来ない自分に。
ぎゅっとビニール表面を掴んでいる力を強め、眉根を寄せた。
そんな俺の様子を知らずに、景光は続けた。
「松田さんたちと知り合いなのか?」
ぷかぷかと浮いている彼女は、さっきまで会っていた2人を空を見上げながら思い出す。
じりじりとした太陽の下で、焼けていく彼女の肌が目の前にあるのだが気にしてられず何を考えているのか分からない彼女の頭の中に居座るあの男に苛立つ。
「ううん、萩原さんは初対面だよ。松田くんだけ」
昔は可愛かったんだよーと思い出し笑いをした彼女は、俺の心の音が聞こえたのかこちらに目を向けて、さっと顔色を変えた。
困ったような、怯えるような、そのどちらとも違うような表情で、浮き輪を掴んでいた俺の手に手を重ねる。
「大丈夫だよ...?私の彼氏は...えっと...ぇ...ん...」
「ん?」
ズルズルと沈んでく彼女は最後のほうの言葉は海にのまれていく。
もう浮き輪には掴まってない彼女は穴の中心で顔だけを出しながら、ぶくぶくと泡を作っている。
手だけを重ねて赤くなっている。
中を覗き込みながら、聞き逃した言葉をもう一度聞きたくて首を傾げる。
「...何だって?」
「っ」
恥ずかしがっているのは分かっている。けれど本当に聞こえなかったのだ。
これほどまでに赤くなっている彼女が言った言葉は、絶対に俺が喜ぶ内容だと分かる。なんとしても聞きたい。
俺の手の甲を軽く摘まみ引っ張って、パッと手を離された。
全く痛くないそれを甘んじて受けていたら、彼女は逃げるように潜ってしまった。
まずい、絶対に今を逃したら忘れたとはぐらかされる。
そう思った俺は浮き輪をすぐさま後ろにいる景光に渡して、潜って離れていく彼女の後を追う。
海水でも目は開けられる。彼女の脚と後ろから見えるお尻や、足の間の布で隠された先が見える。
必死で追いかけていたために予期せぬ光景に、口に溜めていた空気が海水に漏れる。
ごぼっと大量の泡に視界を遮られて、残念に思う。
しかしまだ息は続くので、腕をより動かして彼女のくるぶしを掴んで止める。
驚いてバタ足を止めてこちらに振り返った人魚のような彼女を引き留めて、両手を使って引き寄せていく。
くるぶしからふくらはぎ、太もも、腰、そして胸の横を掴んで、2人で海面に浮上する。
「っ...はぁ...」
「はぁ...なんて言ったんだ?」
潜らせないように脇の下に腕を回して、彼女の水着に指を差し入れて逃がさないようにする。
張り付いた髪を払い滴ってくる雫を拭って、彼女は俺からの視線を逸らしながら観念したように口を開く。
「...だ、からね......私の彼氏は...ぇ...くん...ら...」
「もっと大きい声で、聞こえない」
「っ~~~~」
ほら、と促して言うと、俺の胸に触れている彼女の柔らかなそれがむぎゅり、と形を変えて押し付けられる。
騒動で同じ部分を押しつけられたのに、全然違う感触に興奮する。
心地いいそれは挟まれて潰されてより弾力を感じる。布の下に隠された果実の部分がちょこっとだけ違って感じ、ああここら辺にあるんだと唾を飲み込む。
まさか彼女は押しつけるのが目的なのか、と思えば、俺の肩に両手を乗せて頑張って耳元に口を近づけている。
「えっ...?」
まさかの状況に驚いた俺は、胸のあの部分の情報と大胆な彼女の近寄りに顔が赤くなっていく。
段々と積極的になっていく彼女に、俺は怖くなっていく。
「私の彼氏...れいくん...だけだから......ね?」
はぁ、と吐き出した息に耳がくすぐったい。緊張したとばかりに吐き出したのだろうが、俺には女の色を含んだ吐息に感じて、熱が降り始める。
マズイ、これはこれで、マズイ。聞かなければ良かったと後悔する。
「っ...ぐぅ...っ」
「ふ、降谷くん?」
こんなことで真っ赤になってしまったと見せたくなくて、近い彼女の顔をあげさせないようにグッと腕の力を加減なしに強める。
「え?ぐふっ!!?」
彼女の苦し気な呻き声がどこか遠くに聞こえながら、肩に顔を乗せていつかこの柔肌に噛みついてやると意気込む。
遠くで俺たちの様子を見ていた景光が、彼女の異変に気付いて引き剥がし始めるまで俺は徐々に力を込めていくのだった。
【絞め殺されそうになった彼女】
小学校の友達に再会した。見た目めちゃくちゃ可愛かったのを思い出す。
そういえば約束していたけど、なんだったっけ?と思い出した時には電車の中だった。連絡先交換してないけどまた会えるよね。
締め付けによって死にかけたけど、なんとか助かってしばらく降谷くんに浮き輪で浮いてもらってそれ以上の接近を拒否した。
さすがに骨が折られると思った。
【積極的な彼女によって色々と大変な彼氏】
女に手を上げるとか男に手を上げることが出来ない。格闘技をやっている弊害でもしも自らを助けるためだからと揮ってしまうと大怪我に繋がる。
それで何も出来なかったが、警察になったらそれすらも揉み消してやるぐらいの力をつけてやると決心。ただの刑事じゃ駄目だ、もっと上に行くべきだ。
彼女を助けた松田に感謝はしているが、近づく不逞な輩とインプット。
再びエンカウントしないように終わったらさっさと帰った。連絡先の交換がなかったので、よっしゃあ!とガッツポーズしたが裏切り者がいるのに気付かなかった。
それにしても、彼女の積極性はどうしたんだ?彼女の行動にちょっと理性が持たなくて恐怖する。
【ストッパーとして同行したが大変な目に巻き込まれた被害者】
デートに一緒に行った。邪魔かと思ったが双方からどうしてもと言われた。
親友もその彼女も両方守ってやるって軽い気持ちで迎えた当日、まさかの騒動になってどうしていいかパニックになった。俺にはどうすることも出来ないと諦めていたら、颯爽と現れた同い年の萩原と松田に尊敬の念を送る。
事情聴取の際、萩原と連絡交換をした。ちょくちょく連絡をすることになる。
部活以外で何か鍛えようかと考える。
【助けた長髪の方】
なんか騒がしいなと友達と歩いていたら、こりゃあまずいか?と係員を呼びに行ってた。
友達に様子を窺ってもらっていたら突然走り出して割り込みに行ったのが見えて、係員を置いて騒動の中心に入った。
普段から女に触らせなかった友達がいの一番に女子を助けたのにびっくりする。
事情聴取の時に景光と連絡交換して、仲良くなる。ちょくちょく松田にもその内容を流す。
【助けたサングラスの方】
なんか絡まれてる女子に見覚えがある。なんとなくだけど似てる。
彼女に男が近づいたのが許せないと思ってさっさと助けに向かってしまった。
自己紹介の時にやっぱり似ているんじゃなくて、本人だったと分かった。
約束のことを決めていたが、まだ時期じゃないと口を閉じた。
連絡先、と思い出した。萩原が彼氏じゃない方と交換したと聞いて、のんびり彼女が今どこにいるのかを把握していく。文化祭の時に行こうとマイペースに構える。
【今回の騒動を起こしたグループたち】
こってり絞られました。
[newpage]
「なぁ、松田?」
「なんだよ」
優待券をひらひらとさせながら、萩原は隣に並んで歩く松田に声をかけた。
友達となった小学校から中学、高校と一緒の学校の道を進み、夏休みに計画していた海へと他の男子たちと来ていた。
海の家で焼きそばやらラーメンを食べている他の男子たちにトイレだと海の家を出ていた2人は、助けを呼んで騒動に割り込んだ。
ちょっと時間はかかったがそろそろ戻らないとメンバーに怒られそうだとすぐさま別れたのだが、松田の様子がいつもと違っている。
あの、巻き込まれた彼女と再会した辺りから。
隠されたサングラスの下で、今まで見たことのない優しい眼差しを彼女に向けてた松田に、萩原は訊ねた。
「まさかと思うけど、彼女のこと...」
「さぁ...どうだかな」
「松田のそんな顔、見たことねーよ」
「......」
今は彼女を視界に入れていないためかいつもの仏頂面。
しかし長い時間傍にいた萩原は、今の松田の様子がどんなものかなんとなく分かる。
意外に熱いもんを隠し持っているコイツが、ここまで穏やかなのは諦めているんじゃないかとそう思えてならない。
「彼女、好きなんじゃねーの?」
「...」
「そう簡単に諦めて、いーのかよ...」
「...」
萩原だって分かっている。松田が向かい合う相手が、そう簡単に倒せる相手じゃないことぐらい。
けれど諦めてくれてやるほど、心優しい松田でもない。
押し殺したような雰囲気なんてらしくない姿に、萩原は怒りを滲ませる。
「...」
何も語らない。萩原にも言いたくないのか、それとも決心が固まっていないのか、分からない。
おもむろに松田は手の平をゆっくりと太陽に向けて、サングラスを掛けているのにも関わらず眩しそうに目を細めて、息を吐き出した。
「諦めちまうほど、軽くもねーよ...」
「松田...?」
太陽に翳した彼女の口に触れた手の平。
幼かった頃に抱いた想いが彼女に向いたと気付いた時に、触れることが出来なくなってしまった。
好き、なんて言えない口も、触れたいのにギュッと握りこんだ拳も、何もかもが苛立って口が悪く彼女に当たっていた。
それでも泣きそうになりながらも謝り、傍にいてくれた彼女に安心して繰り返していた。
一才、また一才、歳を重ねると彼女から笑顔が少なくなる。
ごめんね、と謝って遊んでいれば自然と笑ってくれていた彼女が、だんだんと俯いていくのが面白くなくてもっと酷い言葉をかけたことだってある。
小学校に上がって、帰り道に一緒に歩いていた彼女がランドセルを握りしめて松田に反論した。
『どうしてまつだくんは、わるぐちばっかりいうの!?』
『うるせーよ!』
ぐちゃぐちゃになった感情のせいで走り去った松田に、彼女はそれから一緒に帰ることをしなくなった。
気まずい学校生活を繰り返して、いつかは仲直り出来るだろうと思っていた。
親の転勤のせいで、お別れをしなくてはいけなくなって、無理やり一緒に帰った久しぶりの帰り道。びくびくとしている彼女に今までの暴言に悪かった、と謝れば、驚いた後に嬉しそうに笑ってくれた。そして今日が最後なんだと伝えると、
『またね、まつだくん』
彼女はなんでもないようにそう言った。
『...!おまえはおれとはなれるのへいきなのかよ!ばーか!!』
『ちがうよ!へいきじゃないもん!』
『じゃあ!ぜったい、ぜったいにまたあえたら、おれのおねがいきいてくれよな!』
『わかった!やくそく!』
折角謝ったのにまた暴言をぶつけていたが、彼女は気にしないで言い返す。
もう小さかった頃とは違って、向かい合ってくれた。
松田はそれがとても嬉しかった。もっと早くに謝れば良かったと後悔した。
でもお別れなんだと泣きそうになったが、彼女が最後まで笑ってくれる姿に負けじと泣かないように目に力をいれた。
そしてずっと、心の奥底に眠らせたのだ。誰にも語らずに。
今だって、彼女の隣に立っている男が居たぐらいで、霞んでしまう想いなんかじゃない。
綺麗になった。可愛くなった。そんな彼女を守れないアイツに、そうですかとあっさり手放せるならわざわざ思い出させないで立ち去っている。
アイツの前にそこに一番近いところにいた男を、思い出してほしかった。
「フッ...」
諦めの悪さに自嘲した。
松田が笑ったのを横にいた萩原は、いつもの調子が見え始めた松田の肩に腕を回して、ニヤリと笑って見せた。
「じんぺーちゃんはこれからどうすんの?」
「...うるせーよ、焦らず攻略してやるんだよ」
「へーへー...そうこなくっちゃな!ゆるーくいこうぜ」
楽し気な2人に、メンバーの呼ぶ声が大きく響く。
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海編。今回はさすがにやりすぎ騒動です。皆さんは人の嫌がることは絶対にしてはいけません。<br />やっと絡ませてやりたかったゲスト有り!そして2人に忍び寄るもう一つの影の正体とは!?<br />だいぶ遅くなりました!旅行に行って全部が天気悪くてほとんど雨という事態。悲しいかな…。<br />そして景光の隠されたベールがまた一枚捲れましたが、まだまだこっちの話では苗字は出ないです。<br />出るとしたら、景光の結婚式ぐらいに出してやりたいですね(願望)<br /><br />気付いたら1500人フォロワーありがとうございます!<br />投稿も遅くなり、お待たせすることも多々あると思います。<br />しかし完結に向けて色々とストーリーを作って、ハッピーエンドにさせたいと思います。<br />ゆるーく行きたいので、よろしくお願いします。<br />次は記念作品を上げます。前回のアンケで2位の人をあげますので、お待ちください。<br />ではでは、「降谷くんの頭の上にはそれがある。」16話どうぞ!<br /><br />2018年09月17日付の[小説] デイリーランキング 59 位<br />2018年09月17日付の[小説] 女子に人気ランキング 44 位 ありがとうございます!<br /><br />2018年09月18日付の[小説] デイリーランキング 36 位<br />2018年09月18日付の[小説] 女子に人気ランキング 68 位 ありがとうございます!
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降谷くんの頭の上にはそれがある。16
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曇天。
その言葉に相応しく、ウェイバーの見上げる空は厚い雲に覆われていた。
とはいえ、別にその天気に不満がある訳でもない。ただ、単純に「曇ってるなぁ」と見上げていただけだ。
けれど、そんな空とは打って変わって時計塔の中は耳障りなくらいに賑わっていた。
勿論、曇っているからといって生徒達にまで暗くしていろ等と思ってはいないし、実際そこまで深く考えてもいなかった。
ちなみに時計塔とは、正式名称を『時計塔学園』と言い……遥か昔には戦争なんていうものを引き起こしていた聖杯を、象徴として掲げている魔術師専門の学園だ。
「……もう、そんな時期か」
そんな時計塔学園では、毎年入学式に学長と優秀な講師達数人でとある儀式を行う。
この賑わいも、新入生を対象にしたその儀式のせいであることは容易に想像ができた。
儀式が魔術師としての生涯に関わる結果をもたらすものである以上、大騒ぎせずにはいられないのも仕方ないと思う。
――僕もそうだったのだから。
学園の屋上から講堂に向かう生徒達を見下ろしながら、懐古するように大仰な溜息を吐く。
過去の文献によれば、願望器として争いの中心にあった聖杯。
それがいつの頃からか、その力を以って『魔術師達全てにサーヴァントを与える』という役割を担う為の器となっていた。
勿論、サーヴァントと言っても昔のような英霊ではなく、あくまで魔術師の『使い魔』としての存在だ。
背後霊の如くその魔術師の先祖が現れる場合もあれば、赤の他人の場合も、聖杯戦争よろしく有名な偉人だったりする場合もある。そして、姿形も生前のままだったり動物等に変化していたりと多種多様だ。
それは、マスターとなる魔術師が持ちうる生来の魔力によるとも言われているが、実際姿形が実力に見合っているのかは定かではない。
現に、この学園の学長は梟(フクロウ)を連れているし、その梟の魔力も凄まじいらしい。まあ、ウェイバーはその魔力を直接見たこともないから噂の範疇にすぎないけれど。
とりあえず、白髪に白髭の容姿に梟という取り合わせが似合ってはいることは間違いない。
そして、サーヴァントは1人につき1体。
正式に魔術師と認定される入学式後の儀式で聖杯から与えられて以降、余程の事態が起きない限り変わることがない。 つまり、生涯のパートナーと言っても過言ではない存在だ。
だからこそ、自分の元に現れるサーヴァントを見て皆が一喜一憂する。真偽はどうあれ、本人が持ちうる力を具現化した存在であるという考えはこの時計台の生徒達の中で深く根付いていたから。
有名な人物や、伝説上の生き物等を召還した者は一種のヒーローのように憧れられ――逆の場合は、馬鹿にされる。
そういった所は、魔術師でも普通の人間でも変わらない部分なのだろう。
大体、普通の人間との間だけでなく魔術師同士の大きな争いもなくなったこの時代にそんなサーヴァントが必要なのかの言われれば、正直必要ではない筈だ。
ウェイバー的には、力を持て余した聖杯から魔術師へのサービス的なものだと考えている。
誇りと実力を誇示してばかりの魔術師にとって、恰好の表現材料になるのだから。
「僕もそうだったし」
今度は声に出して、また大きく息を吐く。
そして、ふい……と眼下から視線を逸らすように後を振り返ると、今まで手を乗せていた柵に凭れかかるようにしてゆっくりと腰を下ろした。
ウェイバーが儀式を受けたのは、ちょうど1年前。
ついに訪れた自分の順番に心躍らせながら学長達が描いた魔方陣の中心に立ち、サーヴァント召還の為の呪文詠唱を瞼を閉じて聴き入った。そして、詠唱が終わると同時に僅かな地響きを感じて瞼を開いた時には、すでに魔方陣から噴き出した煙が一面を覆っていた。
その瞬間、電流のように全身を駆け巡った感覚をウェイバーは今も覚えている。
才能があるという自負からくる驕りではなく、果てしなく大きな『何か』をビシビシと感じた。
デカイ。
きっと、とんでもなくデカイ奴がくる。
そんな期待と一縷の不安を抱きつつ、煙が晴れるのを待った。その時のことも、当然覚えている。
いや、忘れられよう筈がない。
目の前に現れたのは――紛れもない、犬だったのだから。
(どうした?坊主)
「ん?いや、別に」
(随分元気がないのう。腹でもへったか?)
「だから何でもないって」
若干苛立ちながら返事をした先は、ウェイバーの腿に顎を乗せている大型犬。
寛いだ様子でウェイバーを見上げてくる姿は、大型犬とはいえどこか可愛いとも思える……かも、しれない。一般的には。
ただ、こんな風に脳内に上から目線で語りかけてくるような犬なら話は別だ。
普通の犬では有り得ない真っ赤な毛色に、ある意味予想が当たった普通の犬より遥かに『デカイ』体躯。
動物の姿で召還されることは別に珍しくもないから、それ程気にはしてない。昨年は例年より有名な人物が多く召還されたとか、そんなことを断じて気にしてない。
(余は腹が減った。飯にするぞ)
「……寮に帰るまで我慢しろよ」
犬の姿でありながら、口調のせいかしっかり伝わってくる不遜な態度に思わず眉根を寄せる。
けれど、授業が終わってかなりの時間が経過しているのも確かなので、とりあえず夕食の催促に応えることにした。
(乗せてやろうか?坊主)
「……」
(全く。素直じゃないのう)
今ならば、皆が講堂の辺りに集まっていて特に誰に会うこともなく寮に辿り着けるだろう。そう思って周囲を見渡しながら階段を下りていたウェイバーの思いを知ってか知らずか、自らの背に乗れと促してくる犬を無言で睨みつけた。
サイズ的にそれが実現可能なところが、また腹出しい。
「これ以上、惨めになってたまるか」
(何がだ?)
「別に、何でもない」
(また『別に』か。さっきから煮え切らんな、貴様は。この姿より人型が良いなら、なってやると言っておるだろ?)
――わかってるなら聞くなよ。
小走りで寮に向かう自分の横に悠々と並びながら、呆れた声を漏らす犬に思わず舌を鳴らす。
動物の姿をしたサーヴァントは珍しくない。
ただ、人語を発することが出来ないサーヴァントは珍しい……いや、いないと言ってもいい。聖杯の力を享受できるだけあって、たとえ動物の姿でも当然のように人語を解し、人語を話す。
それなのに、この犬は人語を話せない。それが、ウェイバーの周囲の生徒達の嘲笑を買った。
「別に人型になってほしいなんて……言ってないだろ」
「顔が言っておるわ」
「……っ!」
漸く寮に着いて、部屋に入った瞬間耳元……より、かなり上からかけられた声にウェイバーは肩を揺らす。
「周りに誰かいれば虚勢を張っておるくせに、1人になった途端ウジウジしおって。しゃきっとせんか」
「うっさい!マスターに向かって偉そうな口を聞くなって、いつも言ってるだろ!」
正確に言えば、コイツは人語が話せない訳ではない。話せないのは、あくまで犬の姿をしている時だけだ。
それなら人間の姿になればいい、きっと皆が皆そう思うだろう。でも、それはウェイバーの無駄に高いプライドが許さなかった。
あの日――召還の儀式の後に改めてウェイバーの部屋で相対して、人語を発せず脳内に語りかけきた犬にウェイバーは絶望した。
サーヴァントと共に、学園で優秀な成績を収める。そして、魔術師の力量に血筋は関係ないのだと知らしめる。
そんな、幼い頃からの目標が学園生活の初っ端から打ち崩されたから。
********
この後書くつもりだった部分(笑)↓
力が強大すぎて、ウェイバーの魔力が足りずに犬のまんまなイスカンダルさん。
人型化しても、犬耳と尻尾が付いたままになっちゃって
人前に出せないウェイバーたん。
未熟者と思われるのも嫌だけど、コスプレさせてる変態だと思われるのも嫌だ
契約の印として名付けることがルール
でも、犬の姿のまま「ちなみに余の名は征服王イスカンダル!」とか宣言して
そのまま呼んでもらおうとするイスカさん
でも、ちょうどテレビに映った仮面ラ○ダーを観て
「じゃあ、ライダー」と名付けるウェイバーたん。
人間に変身したら良いのにな~と思ってしまったからなのは内緒
定番の魔力供給タイムも犬耳+尻尾のまんま。
過去に名の知れたサーヴァントは、結構そのまま呼ばれてたり。
※ディルムッドとかギルガメッシュとか。
ケイネスも時臣も講師(ディルは助手)
って感じで他キャラもいたら良いな~と。
そんな妄想SSでした(笑)
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原作設定に似て非なる、完全パラレル設定です。聖杯戦争とかがあった時より、少し未来のお話?として書き始めたものの、スパコミまでに全く終わる気配がなくて諦めた感じです(笑)<br />学園内に他のキャラ達を登場させたりしたかったな~と思いつつ、UP。終わってないどころか始まってもいない感じでスイマセンorz ■タイトルにも腐向け追記しました!タグ有難うございました! ■わっふる……?と、検索してみたら……有難うございます>< いつか形にしたいです(´;ω;`)
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【イスウェイ】終わってない【腐向け】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1013388#1
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あてんしょんぷりーづ!
※冬木ちゃんねるネタ?でクロスオーバー、モブメインという人を選ぶ仕様です。
※さらに登場するモブキャラが神と喧嘩するメガテンTRPG仕様なので基本アレです。
※ネタバレ、腐向け、独自設定の表現などが混ざる場合があります。
※以上の項目に嫌悪感を感じられた方はブラウザバックを推奨いたします…。
[newpage]
Side Chaos King
ランサー改め、ディルムッド…略称ディルの買い物デートの翌日、
いつもの日課でスレを見て、ヒーホーこといのりんが昨日の内にやらかしてた無茶に朝から文句言ったりはしたものの概ね爽やかな朝である。
今日はちょっと特別な用事があるので、シェロとディル、2人を連れてお出かけだ。
「出かけるのは構わんがね、我々2人も連れてとなると…物騒なイメージしか湧かないんだが?」
そう、ただ出かけるからと言われ、詳しい事情もないままにいることが不満なのか、私の右側に立って眉間にしわを寄せてるシェロが
どこか不機嫌そうにシルバーフレームの伊達眼鏡をツイ、と指先で押し上げながら、声をかけて来る。
…その身にまとう黒いシャツは、裾を同じく黒のズボンに入れることでその均整のとれた身体付きを見せつけ、袖は何回か折り、捲るという垢抜けた着こなしをさせた結果…
hollowの時のパジャマっぽさなど皆無の大化けっぷりを見せつけた。…同じ作りのシャツとズボンの筈なんだけど、ここまで変わるか。
…ちなみその上から赤いジャケット&マフラーと防寒具もキッチリ付けさせている。…本人が寒くなかろうと、見た目寒いとこっちが辛いし浮くからこれは仕方ないと諦めて貰う。
例えこの身がマガタマで氷結無効になっていようと寒いものは寒いのだ!
「それで、マスター。本日はどちらへ?」
そう心の中で力説していた所、反対側から声をかけて来たのは変装用…あまり効果ないけど…の少し野暮ったい黒フレームの伊達眼鏡をかけたディルだ。
その恰好は長い足をブラックスリムジーンズに通し、タイトなニットセーターに袖を通した上から、気に入ったらしい初めて一緒に街中に出かけた時の深緑色のコートを羽織っている。
…2人とも羨ましいぐらい男前で、正直ため息しか出ない。
「…?…マスター?」
「いきなり何だね、その態度は」
しかも2人とも鈍いし!
170まででいいから身長欲しいとか色々複雑な男心を理解しろ!この朴念仁ー!!
「…何でもない、気にしないで…今日行く所はちょっと男手が足りてないってことでね、お手伝いに行くの。ほら、あのお宅だよ」
と他所様のお宅の間から見えてきた目的の屋敷を指差して、2人の視線をそちらに向けさせる。
「…あれか…ほう、中々に瀟洒な屋敷だな……マスターもあんな味気ない作りの家ではなくもっとああいった……」
と感嘆混じりにシェロが何やら呟くが…
「…何と典雅な…!」
その隣に立つディルが、驚いた様子頻りで大きな声を漏らしてシェロの呟きを打ち消した。
…途中から聞こえなくなっちゃったけど何言ってたんだろう、シェロ?
「うん、素敵でしょ?今日はあのお屋敷でシェロとディルにはいろいろ頑張って貰うから。その為にお仕着せも持って来て貰ったんだしね」
「ああ、これはそういう意図だったか」
「では先日私の分を早々にお作りになったのも…」
と、鞄に入れてきたそれぞれの「お仕着せ」の意味を理解したからか、納得顔で頷く2人…。
ちなみにディルのお仕着せは悪魔なお針子さんが一日でやってくれました。流石です。
「そういうこと…っと、門の所、誰かいるね」
にこやかな笑みをこちらに向けて、軽く手を振ってくる青い髪の男性は…。
「ゾォルケンさん!」
わざわざ門前に立って待ってくれているその姿に、私は驚き、心持急いで歩を進める。
「ご足労頂き申し訳ありません、睦月殿。それとどうぞ私の事はマキリと」
…紳士の振る舞いで笑いかけて来る彼…話の流れから彼が一体何者か、理解したらしいシェロにディルは大きく目を見開いて驚愕の表情を露わにする。
「…ま、マスター…」
「…その、彼は…?」
「おや、これは失礼を…お初お目にかかります英霊のお二方。私は間桐 臓硯…魔術師としての名をマキリ・ゾォルケンと申します。
ようこそ我が間桐の屋敷へ、歓迎致しますよ?」
そんな風に一礼する、推定御歳500歳以上とはとても思えない若々しいマキリ・ゾォルケン…始まりの御三家の1人本人を、サーヴァント2人がぽかんとした表情で見つめていた。
…うん、私は一年くらいかけて如何にか慣れたけど…シェロなんかは摩耗しても若干の記憶はあるのか、筆舌し難い表情で固まってるし。
まったく、どうしてこうなった。いや、ぜーんぶ私のせいなんだけど。
[newpage]
one year and a half ago
放置され生い茂る木々や外壁を覆い隠す蔦によって年中陰鬱とした雰囲気を纏う、深山町界隈でも有名な幽霊屋敷…。
現在時刻は真夜中、草木も眠る丑三つ時…そんな時、そんな場所に向かって歩く、1人の中性的な少年と、その左右で手を繋いだ彼よりも幼い双子の少女という3人組が居た。
「らん、らんらららんらんらん♪らん、らんらららん♪」
まず愉しげにとあるフレーズを歌うのは白いエプロンドレス姿の少女、金の髪を揺らめかせ、とても楽しげに伸びやかに歌って見せれば
「ラン、ランララランランランランララララランランラン♪」
その歌に繋げるように、続けて詠うのは黒いエプロンドレス姿の少女。こちらも同じような声で同じように髪を振り、にこやかに歌って見せる。
「はいそこの2人ー、状況的にある意味ピッタリだけど今は真夜中、ご近所迷惑になるし自重するようにー」
『えー』
夜道を歩きながら歌うそんな双子に、少年が苦笑しながら注意すると不満そうにブーイングを…しかしキチンと言われた通り、小声で口にする少女達。
「そんなことより、もう着いたんだから」
苦笑をしながら少年が言う通り…3人組は幽霊屋敷の門の前まで辿りついていた。
「あっ、ホントだ!気付かなかったね、わたし!」
「びっくりだね、ワタシ!」
互いを私と呼び、笑い合う2人の姿に、少年は肩をすくめて
「はいはい、そんなことより点呼するよー…順番通りにね?」
と明るく可愛らしい双子の少女に笑いかけて、2人の手を放す。
「はーい、わたしはありす。白のアリス!」
「ワタシはアリス、黒のアリス!」
踊るようにくるくると回りながら、やがて2人並んで笑う「アリス」に、少年は1人頷いて…。
「はい、よく出来ました…それじゃ、これから私達がやることは?」
そう問いかければ
『蟲さん退治だよ、お兄ちゃん!』
「うんうん、良い子たちには花丸をあげましょう…それじゃ、いってらっしゃい?」
『いってきまーす!』
2人の「アリス」は少年に言われるままに、目の前の門をふわりと跳び越え、敷地の中に入っていく…。
「…さて、その間に僕は使用人さん達が巻きこまれないよう結界張るかな」
そんな2人を心配そうに見送っていた少年はそう言うと気を取り直し、くるりと敷地の塀に沿って歩き出した…。
Side Zorken
…馬鹿な…馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ?!
「一体何なのだ、アレはっ?!」
蟲に満たされた暗い一室の中、1人の翁が叫ぶ。
庭に放ってある使い魔が見つけた、幼く可愛らしい2人の侵入者。
大方肝試しなど、子供らしい好奇心で忍び込んだのだろうと考え…しかしこれで、新たな肉を取ってくれる手間が省けたと悦び、多くの蟲達を向かわせたが…。
…向かった蟲達は、全滅した。
あろうことか使い魔達はそのことごとくが、少女達が呟いた一言を聞いただけで、命を落としたのだ。
魔力の高ぶりも何もなく、ただ歌うように2人で一緒の一言を…。
「…呪詛にしても…あれほどまでの蟲全てを尽く殺すとなれば一体どれほどの…最早、人の扱える次元ではない…!」
そんな存在が何故こんな極東の魔術師の家にピンポイントで訪れたのか…疑問は尽きないが、今の間桐には考えるよりやらねばならぬことがある。
「クカカ…あれほどの力を持つのであれば…さぞかし…滋養に良かろうて…カカ…クカカカカカカ…!」
そう、どこか正気を失ったように笑う翁…この屋敷の主、間桐 臓硯はそう楽しげに言いながら、新たな先ほどよりも多くの蟲を侵入者たちに向かわせた。
…それが間違いであり、己が惑わされているのだと気付かぬままに…。
そして、静かに…静かすぎるほどに寝静まった屋敷に、入り込んだ少女達の、蟲の大群へ向けられた声が響き渡る。
『ねぇ…死んでくれる?』
…こうして、また新たに無数の魂が少女達に刈り取られた…。
しかし彼の翁は引く事に気付かない…2人の少女の魔性に魅せられて…。
Side Chaos King
間桐家の屋敷の塀をぐるりと一周、起点を複数作って結界を始動した後は門の前でただ待っているだけだった私の脳裏に、ふと声が響いて来た。
『お兄ちゃん、もうちょっとで一階のお掃除終わっちゃうよー?』
そう念話で問いかけて来るのはアリス。
蟲退治はありすに任せ、連絡を入れて来てくれたらしい。
「あ、お疲れ様アリス。結界はちゃんと動いてそう?」
『大丈夫~、ワタシが見た限りはキチンと皆寝てるし、蟲もちょっかいも出せないみたい』
「良かった、久しぶりに使ったから心配だったんだけど効いたんだね、【安らぎの園】」
防御魔法などは得意だが、御屋敷丸ごとなんて大掛かりな結界になると使ったのも数えるほどしかない為、自信のなかった私は安堵のため息を漏らす。
…キャス子さんなんかはその点凄かったんだなぁ…お寺丸ごと陣地化するとか私には無理、ぜーったい無理。
『お兄ちゃん、ワタシと話してばっかりずるーい!わたしとも話してっ、ちゃんと言われた通り一階の蟲さん達退治したんだから!』
と、考え込んでいると念話にありすも交じって来た。
「お疲れ様、ありす。蟲は話した通り、ありすが退治してくれたんだね?」
『うんっ、とっても大変だったけどお兄ちゃんからのお願いだったもん!頑張って浄化したよ!』
『それで、これからどうするのー?』
ありすをそう労っていると、アリスが横から割り込んでくる。
「そうだね…多分今頃、流石に間桐 臓硯も策を練っているだろうから…」
『………(どきどき)』
『………(ワクワク)』
そう呟いて、一端切れば…向こうでは静かに話しを聞くありすとアリスが、期待しているのを感じ取れる。
だから、私は彼女たち好みの策…なんて言うのもおこがましい「方針」を口にする。
「差し向けられる相手は正面突破、こっちはかくれんぼしているお爺ちゃんを探して見つける。簡単でしょ?」
『かくれんぼ、そっか、コレかくれんぼなのね!』
『分かったよお兄ちゃん!それじゃあワタシ達、頑張ってお爺ちゃん探してくるね!』
はしゃいだ声で笑い合う2人は可愛らしいけど…
「張り切るのはいいことだけど、くれぐれも直接攻撃魔法は禁止だからね?」
『『はーい』』
「ならよし、頑張ってね2人とも?」
そう返せば、向こうで笑いながら念話を終える2人の気配がする。
「…さて、また待ちの構えかな…」
[newpage]
Side Emiya
「…ってな感じの事があってね?」
「何をしてるんですかマスターッ?!」
ディルムッドが語られたマスターの一年半前の行動を諌めるが…
「…話を聞いている限り、マスター自身は安全地帯で2人の小さな淑女(リトル・レディ)の動向を見守ってただけのようだぞ?
そう危ない橋という訳でもなかったのだろう…それにマスターの強さは我々が一番知っているではないかね?」
「シェロ殿?!」
いつもならマスターを諌める役回りの私がそう言ったのが余程驚いたか、ディルムッドはこちらに振り返ってくるが…
「…確かに…マスターご自身があれほどの強さなのだから…だが、しかし…」
と、こちらの言い分にも一理あると理解を示し、しかしそれでも納得しきれない複雑な騎士としての思いからか、何やらぶつぶつと呟いている。
…やれやれ。マスターの事だから…恐らくはこの程度まだ「序の口」の話だろうに。
何せ目の前で己のやんちゃを恥ずかしそうに聞いているような態度の間桐 臓硯…マキリ・ゾォルケンが私の記憶に残っている姿とあまりにかけ離れ過ぎた若い容姿で居る理由等が一切説明されていないのだから。
…しかしマスターといい、ヒーホー…もとい依朔といい…召喚された両手の数に満たない日数の内に、とんでもない話には耐性が付いて来た気がするな…。
「ちなみにこの後、マキリは無事に捕獲して…」
そして、そのとんでもない話の続きをマスターは語り出す…。
one year and a half ago
Side Zorken
「くっ、放せ、放さぬかっ!小娘共っ!」
「ダメよ、これからお爺様にはお兄ちゃんにあって貰わないと困るもの」
「うふふ、お兄ちゃんに言われた通り、無傷で捕まえられたから褒めて貰えるかな?かな?」
目に見えぬ不可視の力に縛りつけられ、ワシは侵入者である童女の双子…その見た目にそぐわぬ膂力によって強制的に蟲蔵から引きずり出された。
事ここに至って漸く、目の前の2人が「人ではない」事に気づくとは…ワシも耄碌したものよ。
そう、どこか自重する様な思いで…しかし生きることも諦められず、縛りの中で懸命にもがき、せめて核の蟲だけでも逃がそうとするが…やはり、それは叶わぬ事。
「お兄ちゃん、お待たせっ♪」
「ごめんなさい、お兄ちゃん。ちょっと時間かかっちゃった」
「正面切って結局殆どの蟲を退治してたんだから時間かかるのはしょうがないよ」
…この童女の姿をした魔人の双子…その兄と呼ばれる存在が、目の前に立っていた。
「こんばんわ、間桐 臓硯さん、夜分遅くに申し訳ありません」
この醜悪なワシの姿を見てしかし、目の前の…少女と見紛うような少年は耳に響きのいい声がでそう言うと、にこりと穏やかな笑顔をこちらに向けて浮かべて来る。
「…中々に手荒な訪問・案内じゃったが?」
「重ね重ね、申し訳ありません。本来ならばもっとキチンとしたご招待をしたかったのですが…招待状をお送りしても来て頂けるかもイマイチ不安でしたので」
その申し訳なさそうに謝罪をして来るその姿に、こちらの方こそ申し訳なく感じてくるのだから…なるほど、この2人の魔人を使うだけの事はあるということか。
「…それで、何用じゃ。蟲という手足をもがれたワシはもはやお主たちの捕虜も同然。こんな老い耄れに利用価値もなかろう」
…これほどの術者で、力もある…しかも見た様子、正道を行くだろう相手に、ワシは問いを投げかける…さて、ワシの外道を見抜いたか、それとも別の要因か…。
恐らくは、このワシを誅する事が目的じゃろうて…ああ、このマキリもついにこの極東の地で終焉を迎えるか…。
「…はい、それでは…単刀直入に御伺いします、間桐 臓硯…いえ、マキリ・ゾォルケンさん。聖杯戦争の最初の成り立ちをお聞きしたいんです」
「…?…これは異なことを、聖杯戦争とは令呪を宿した7人のマスターが聖杯を巡って殺し合い、最後の1人がその所有権を…」
そう説明しようとするが…途中ですっと少年は手を差し出し、その言葉を遮る。
「伺いたいのは聖杯戦争の名目ではなく…始まりの御三家が何を思って協力しあい、この儀式を生み出したか、なんです」
「…ふむ、今のワシの聖杯への願望は、不死じゃが…」
…考えてみればほんの200年前の記憶も随分と摩耗しておる…ワシは…何を思って聖杯を望んだ…?
それを考え、脳裏に浮かんだ「白」に、もっとはっきりと思い出そうとするが…中々、それ以上の事が出てこない。
気にする事はない、摩耗してしまう程度の事だったのだと…そう思うのに、思い出せない事が気にかかってしまう。
「…ありす、アリス」
『はーいっ』
そう思っている内に…何やら少年が魔人達に目配せをし、2人はワシに近付いてグルグルと周りをゆっくりと、重なりある二つの円を描くように歩き出す。
徐々にあたりが霧に包まれ…2人の声が響き渡る…。
「マキリ、マキリのお爺様♪」「貴方の故郷は何処かしら?」
「…元は海の向こうの国、北のいまではロシアと呼ばれている所じゃよ…」
歌う様な声に釣られ、ワシの普段はあまり思い出さない遠い記憶が口から洩れる…そうして辺りの光景は…ワシ自身も忘れていた、懐かしき故郷の風景に代わっていた…。
「ロシアに生まれたお爺様♪」「貴方のお仕事何かしら?」
「…元はゾォルケン家の魔術師じゃ…既に衰退し始めておった…のぅ…」
そう、ワシの代で既にゾォルケンの魔術は衰退をはじめ…その否定の為にワシは生き永らえる必要があった…
だが何度子供が生まれても、ワシより優れた素質を持った子供は生まれず…だが、いつかはワシを継ぐ者が生まれて来ると信じて…今までを生きてきた…。
「魔術師のお爺様♪」「日本に来たのは何故かしら?」
「…聖杯戦争の為じゃ、アインツベルンのユスティーツァ…遠坂の永人…そしてワシの3人で、この聖杯戦争は始まったんじゃ…」
そうだ…記憶の「白」は彼女…ユスティーツァ…彼女が魔術師のルール…「秘匿」を破ってでも望んだもの…その尊さが自身の目指すものと同質だった故…ワシはこの地に…。
「…マキリ、マキリのお爺様…」「…聖杯への、お願いは?」
「…この世全ての悪の…根絶」
…そう、全てはそこに集約され…ワシ自身も忘れておった尊き理想が、内に蘇る。
楽園などないと知り、この世に無いのならば、肉の身では作る事さえ許されぬのなら、許される場所へ旅立とうと…故に、ワシとユスティーツァは第三を求めた…。
ユスティーツァとの出会いから、200年という記憶が周りの霧に映し出されては蜃気楼のように消えていく、その光景…。
…ああ、何故こんな大事なことを忘れておったのか…それを待つ為、生き続けることが成就に繋がると信じていたことがいつしか目的と手段が入れ替わり…このような…。
後悔をし嘆いても、全ては己が為してしまった事…嘆く内に、記憶の風景は崩れ、辺りから霧は消え去り…双子はいつの間にか、少年のそばに戻っていた。
「…マキリ・ゾォルケン」
「何を目的としていたかは分からぬが…礼を言うぞ、少年よ…ワシの事など最早処断してしまった方が早かったろうに…」
そう、礼の言葉を口にすれば少年は首を横に振り
「いえ…私は、私の目的がありましたから」
「…目的、とな?」
…外道にあったワシの魂を、正道に引き戻す必要のある…目的…?
首を傾げていれば、少年はすこし考えた末に口を開いた…。
「…マキリ・ゾォルケン…悪魔の身体に興味はありませんか?」
[newpage]
Side Diarmuid
「悪魔の身体…?では、マキリ殿のその身体は…」
「ええ、この身は悪魔のモノ…睦月殿が言うには「悪魔人合体」と呼ぶ技術だそうですが」
俺の言葉を受け、頷く彼の言葉に俺もシェロ殿も、驚きの表情を浮かべる。
「…失礼だが、我々から見ても人間と変わりないようにしか見えないが…」
「私もにわかには信じ難い事でしたが…一年と経たずに腐り落ちてしまう我が身が、この身体に変わってからはそのような気配もなく、健やかに暮らせていますから、間違いないかと」
…そうは言われてもまだ信じられない俺とシェロ殿の視線は、自然とマスターに向けられて。
「…気配を感じないのはマキリさんがそういった雰囲気というか…何というかを隠すのに長けてるからだと思うよ?500年も生きてればねぇ…私もほら、こんな風に擬態してるし。
まぁ後は、今のマキリさんの身体が人間由来の悪魔のモノだからとか、生まれ的に相性がいいからとかじゃないかな?」
『…相性?』
マスターの言葉に、俺とシェロ殿、それにマキリ殿の声が被る。
そんな些細なことも面白かったのか、マスターはくすりと笑って…。
「うん、今のマキリさんと合体した悪魔の名前は「クルースニク」スラヴ人の間に伝わる吸血鬼ハンターだよ…人種はともかく、位置は随分違うけど」
「…確か南西スラヴ人の伝承でしたか…私の生まれたロシアは東…まぁ、血故か相性は良かったのでよしとしましょう」
「考えたら負けだよね!」
はっはっは、と同じように声高らかに笑うマスターに、マキリ殿…それでいいんだろうか?
しかしそう考える私にポンと、肩に手を置く者が…
「…マスター達の言う通り、深く考えたら負けだ、ディル」
「シェロ殿…」
…自身で言うほどには納得いってないのでは?眉間のしわが凄い事に…。
「まぁそんな訳で、如何にか真人間に戻ったマキリさんだったんだけど…そこからが大変だったんだよね」
「いや全く、桜の養子話に関しては事情を鑑みても受けざるをえませんでしたが…間桐の魔術を教え込むというのはあまりにも無体が過ぎるというもの
…というより、マキリの魔術は本当に私でおしまいにする事にしましたから教えられないというのが正確ですが」
「他にもお屋敷の不気味さとか手がけなきゃいけない事は色々あったからねぇ…庭に手を入れて、お屋敷の図面引いて、藤村組に業者仲介して貰って…」
「今の形に持ってくるまで、色々無理を押して一年ほどかかりましたからな。使用人たちも随分減りましたし」
ほのぼのとした様子で、何やら2人遠い目で回想をし出す…一体何があったと言うのだろう…?
「…さて、いつまでも睦月殿をここに留めていては雁夜や慎二、それに桜に怒られてしまいますね」
「そうですね、それじゃあマキリさん、また後ほど」
と、回想を終えてひとまずはこの場をお開きにするらしく、2人とも会釈をして席を立てば…マスターは勝手知ったるとばかりに、部屋を出ていってしまう。
「この場は私が片付けましょう、シェロ殿にディル殿はどうか睦月殿と共に」
「…?…しかし…」
そしてその場に残り、片づけをしようとしていた我々に気付いたか、マキリ殿はそんな風に声をかけて来る。
「大変、美味しい紅茶でした。他の子たちにも是非飲ませてあげて貰えませんか?それに貴方達は…あの方の、従者でしょう?」
「…感謝する、マキリ殿。それでは失礼する…ディル」
「はいっ、失礼します!マキリ殿」
その心遣いに感謝を示し、我々は急ぎ退出する。マキリ殿の穏やかな視線をその背に受けながら…。
Side Chaos King
「それで…マスター、先ほどのマキリ氏の話ではあと3人会うようだが…?」
「うん、ディルは知ってるだろうけど、桜ちゃんは「今度来る時は最後に来てね」って、この間会った時にお願いされたからまずは先に雁夜さんと慎二くんに会うよ」
シェロの言葉に、会う相手の3人の内の2人に関して、ディルを引き合いに出して説明する。
「雁夜殿は存じていますが…慎二殿とは…?」
「雁夜さんの甥で、桜ちゃんの義理の兄…だね、とってもいい子だよ?…お父さんは…ちょっと入院中なんだけど」
今までの心労が報われたのは良かったけど、緊張の糸が切れて長期入院に入っちゃったんだよねぇ…結構無理押してたみたいで。
この間お見舞いに行った時は涙ながらに感謝の言葉を物凄い勢いで口にしてたから、まぁあの調子ならすぐ元気になると思うけど。
「睦月先生!遅ーいっ!」
「こらこら、慎二君。大方マキリ爺さんに引きとめられていたんだろう、先生だけのせいじゃないんだからさ?」
…と、噂をすれば影だ、待ちきれなくなったのかかいつもの待ち合わせの部屋から出てきたらしい青い髪の男の子…慎二君、
それに叔父である雁夜さんが仲良く手を繋いでこっちに向かって来ていた。
「ごめんね、慎二君。ついお話が弾んじゃって…」
「しょうがないなぁ、先生は。…まぁ爺さんも年が年だから、話が弾むとやたら長いし仕方ないか」
…しかしこの子、ホントに小学生なんだろうか…物凄いませてる気がするけど、これも一つのジェネレーションギャップ?
「そんなことより…そっちの2人は、先生のサーヴァント?確かやたらイケメンの黒髪の方がランサーだとは聞いてるけど…ていうか何でテールコート?」
「いやまぁ、従者だし?」
「…先生、それは従者違いな気がするんだけど…」
私の返答の何が気に入らなかったのか、はぁーと肩を落として溜息をつく慎二君。…それどころか2人に近付いて
「…先生こんなだし、アンタ達も大変だな…」
とか、ポンポンと軽く叩いてる労いの言葉をかけてるのはどういう意味かな?
「…いや、正直私は楽しんでやっている面もあるのでね…」
「俺も中々に面白い経験をさせて頂いてると思っています」
そんな2人の言葉に呆れた様子で慎二君は肩をすくめると、今度は私の手を取ってくる。
「…まぁいいや、ほら先生。この間習った事とか課題とか、頑張って解いたの見せたいから早く来てくれよ!」
「そうだね、俺も成果を早く見せたいかな?」
そう引っ張る慎二君に同調するように、雁夜さんも笑って背中に回る。
…というか近い、顔近いです雁夜さんっ?!
「ほら先生、行こう!」
「そうそう、くすくす笑ってごーごー!」
黒い桜ちゃんが使ってたその言葉なんで知ってんの雁夜さぁぁぁんっ?!
もしかして仕込んだの貴方っ!?貴方だったのっ?!
そう思いつつも口には出来ない疑問を抱きながら…私は2人に連れられて行くのだった。
[newpage]
Side Shinji
「さて、それじゃあまずは…慎二君の成果を見せて貰おうかな?」
あのあと、2階のいつもの勉強部屋に先生を連れて来て、先生の従者の1人…褐色白髪のシェロが淹れた紅茶を飲みながら勉強会は始まった。
「分かったっ、それじゃあ…」
先生に促されるままに僕はまず、習ったコンピュータ操作の復習を先生の前で実演してみせる。
「…ファイアーウォールに多重パスワード…それに巡回プログラムか」
先生が課題として作成したランダムで内容が変化する練習用プログラム、それが用意する障害をするりと潜り抜け、目的の仮想サーバにある情報を持ち出して見せる。
どれも対処方法は違えど何度も練習したことだ、これくらいなら簡単に解けるくらいにはなっている。
「よく出来ました、随分と上達したね。慎二君?」
「よく言うよ、先生。このプログラムまだ全然本気出してないだろ?」
先生はそう笑って頭を撫でてくるけれど、一度先生が実演したのを見たことがあればお世辞に近いという事が良く分かる。
先生ならもっと早く、そしてもっと多くのセキュリティを突破して多くの情報が掻っ攫える筈だ。
「まぁ、プログラム自体はもっとセキュリティを強固にすることも出来ると思うけど…慎二君の年でそれだけの事が出来る子ってまずいないと思うよ?」
最も、そう言う先生の言葉に素直に頷けないほど僕は子供じゃない。
先生は大抵本当の事しか言わないし、それが事実だと一年半ほどの付き合いでそれもよく分かってる。
「それじゃあ次は…もう一つの成果を見せて貰えるかな?」
「はいっ!」
…来た、さっきのコンピュータ操作何て比べ物にならないくらい、シミュレーターで練習した、本当の成果を見せる時が…!
「…メビウス、マシン・オペレーションスタンバイ」
”―Yes, My Lord.”
音声入力システムを介して、コンピュータの中に居る僕の相棒、電霊メビウスに命令をすると、電子音に似た声で返答が返ってくる。
それに伴って僕の中から幾許かの気力が抜けていくような感覚が走り…代わりに、コンピュータの画面にはワイヤーフレームで作られたモンスターの様なものが浮かび上がる。
「…マシン・オペレーション、ラン!召喚、電霊メビウス!」
”―OK, MOS(Machine Operation Software)Run.....success!”
メビウスの成功の返事が返ってくると同時、画面に浮かびあがっていたモンスターにはテクスチャーが貼られていき、それは飛びだして僕の胸の中に飛び込んでくる!
「ははっ、よしよし!いい子だ、メビウス!」
”Nice to see you again. Master.”
そんな僕とメビウスの様子を見ていたか、先生は嬉しそうな笑顔で声をかけて来る
「うん、マシン・オペレーションはちゃんと扱えるようになったみたいだね」
「ああっ、メビウスもよく手伝ってくれるし最高の相棒だよ、先生!」
「うんうん…ああ、勿論悪い事とかにメビウスを使っちゃ駄目なんだからね?」
笑顔で答えた僕に、心配性な先生は耳にタコが出来そうなほど何度も聞かされた忠言を口にして来る。
「分かってるよ、神秘の秘匿の観点からも僕らは絶対に魔術協会とかにバレる訳にはいかない。僕だって自分の身が可愛いし、家族は大事だからね!」
Side Kariya
「…慎二君、まだ小さいのに随分と大人になったなぁ…」
桜ちゃんの養子縁組の話を聞いて慌てて戻って来た時はまだ矯正されていなかったから随分と生意気だった子が…
義理とはいえ妹という守るべき存在とか、向上心をくすぐる教師という存在とか、色々なものが出来た御蔭で今の彼は誰の目にも恥じることのない立派な男の子だった。
『コレが男子三日会わざれば刮目して見よ、って奴だなマスター?』
『イヌガミ?どうしたんだ、まだ出番じゃないぞ?』
脳裏に響く、僕の相方の声に視線をあげて問い返す。
今の彼は警戒中の筈だったんだが…
『それがよぉ、今いつもの防衛ラインより深くまで入り込んだ使い魔が出ちまって…ケロの旦那が見られちまった可能性があんだよ、どーする?』
『…!?…ケルベロスがか?!』
…今の会話、ものすごーくおかしいと感じるかもしれないけれど…何の事はない、
魔獣ケルベロスは…マキリの爺さんの蟲を素材に悪魔合体で睦月君が生み出した悪魔だ、その縁でマキリの爺さんの言う事を聞いてくれるらしい。
ちなみに他にオルトロスにガルムと、ネームバリューだけならとんでもない悪魔が他にもいる。
…番犬ばかりなのは気にかかるところだが、今はそんな事を気にしている場合じゃない!
『入り込んだ使い魔は?』
『既に処分してあるぜ。見られたのは確実にほんの一瞬、案外白い毛皮くらいしか見てねー可能性もあるな…ああ、使い魔は倒したらちいせぇ宝石に変わったぜ?』
『時臣の仕業かーっ?!』
あんにゃろう、こっちに余計な心労を…桜ちゃんが養子入りしてからも一切様子を見るとかしたりしなかったくせに…!
『…あー、マスター?感情強すぎてこっちに考えてる事ダダ漏れだぞー?…ていうか顔に出てんじゃね?そんだけ強い感情だと』
『…おっと』
指摘されて周りを見れば…何があったのか不思議そうな睦月君に、シェロ、ディルの3人がこっちを注視している。
…教育に良くないと判断してくれたか、慎二君の事は睦月君が視線を遮って、メビウスとじゃれあうのに集中させてくれたらしい。ありがとう。
「…何かありました?」
「いや、先生が気にしてないとなると…そこまで致命的じゃないんじゃないかな?」
多分絶対確実に、ていうか何かあったらオラクルさんが報告するよね。
「…はぁ、分かりました…でもその様子だと念話、随分上達したみたいですね」
「ああ、便利だねコレは。いつでも仲魔のイヌガミとおしゃべりが出来るよ、イヌガミは話してると楽しい奴だし」
そう答えれば、守崎君も頷いて。
「ええ、雁夜さんには特に指導は必要なさそうですね。そのまま仲魔と仲良くなる事を覚えていって下さい」
と、笑顔で合格点をくれた。
「…それじゃあそろそろ、桜にも会いに行ってやってよ、先生!」
そんな俺達の会話から、勉強も終わったとみたか…慎二君が、まだ守崎君と会っていない妹の事を口にする。
…いやもうホントにイイお兄ちゃんになって…叔父さん感激だよ。
ま、確かに。桜ちゃんもいくら準備が必要とはいえ、流石に首を長くして待っている頃だろう。
「そうだな、もし問題なければ行ってあげてくれないかな?守崎君?」
「…ふむ、そうですね…分かりましたっ。それじゃあ今日の勉強はここまでで、課題は後でネット配信しますからねー」
慎二君だけじゃなく、俺にも促されれば流石の守崎君もこれ以上とどまる理由はない様で、そう頷いて最後に課題の事を口にして部屋を出ていく。
…それと一緒に、紅茶のカップだけ残して退出していくシェロにディルも。
「新しい課題楽しみにしてるよ先生!」
「それじゃ、桜ちゃんの事よろしくね、守崎君?」
そう背中に声をかけて…完全に扉が閉まったのを見て、一つため息。
「…ふぅ、お疲れ様、慎二君」
「雁夜叔父さんこそ…けどすっごい緊張したぁ…」
と、いつもなら不遜な態度の彼も、流石に英霊2人の前で実演というのは流石に違ったかガックリと電霊メビウスを抱いたまま机に突っ伏す。
「そうだね、以前街中で会った時は普通の好青年ってイメージだったけど…今日は危険な事になる可能性もあったからか、怖いくらいに真剣だったな」
「でもあんな2人を従えるなんて、やっぱり先生って凄いや!」
そうきらきらと輝いた目で俺を見つめて来る慎二君…ああ、この目には覚えがある。いつか自分もあんな風になれるかな?って夢を抱いた子供の夢だ。
…まさかこの家で、こんなにも希望にあふれた目を見れる日が来るなんて…。
「…本当に、守崎君には何度感謝をしてもし足りないな…」
ならせめて、彼の役に立てるよう…彼の教えてくれることを精一杯吸収して恩返しをしていこう。
それがきっと俺にも、彼にもためになることだ、きっと。
そう決意を露わにしながら…シェロの残して言ってくれた紅茶を一口啜る。
「…うん、美味い」
[newpage]
Side Sakura
準備に随分手間取っちゃいました。
でも先生が来てくれる前に間にあって、ホントに良かったです。
「サクラ、サクラ!先生がお見えになったわよ!」
最後の仕上げを確認していると、私の大事なお友達、妖精ピクシーのウェンディがヒラリと飛んできて先生達の来訪を告げてくれます。
「ありがとう、ウェンディ。案内もしてくれた?」
「そう言ったんだけど、サクラの場所は分かるからお見えになった事を伝えてくれって」
ウェンディが受け取った先生の返事に、自然と私は笑みが零れる。
…先生、私が緊張しないように心の準備を出来る時間をくれたのね。
「…分かったわ、もう少ししたら先生たちも来ると思うから、ウェンディも準備して」
「私はいつでも大丈夫よ、さっきまでお客様の前に出ていた訳だし…サクラも…うん、大丈夫。服の裾が汚れていたりとか、変な所はないわ!」
くるくると私の周りをまわって、リボンが解けていたりしないか、とか確認してくれたウェンディ。
彼女は一通りの確認を終えるといつもの定位置…私の右肩にふわりと腰掛ける。
…実際は「サクラの肩に腰掛けるのはまだ早い、いくら私が軽いと言っても子供だもの」と宙に浮いた状態でいてくれてるんだけど。
「こんにちわ、桜ちゃん」
と、考えている間に睦月お姉ちゃん…ううん、今は睦月先生、だね…がやって来た。
後ろにはこの間のディルさんとシェロさんがお仕着せ姿で着き従ってる…何だかそうしているとお姫様みたいね、睦月先生。
「ハァイ、久しぶりムツキ、元気してた?」
「ウェンディもこんにちわ、久しぶり?私は元気、そう言う君こそ元気そうで何よりだよ。充実してる感じだね?」
考えている間にも、今度は先生とウェンディが会話を始める。
「ええ、サクラはいい子だしガーデナーの爺さんが手を入れた庭園も素敵だし…チョウチョやミツバチ、アリに頼んでお手入れもしてるから維持も楽だしね」
「そう、それなら良かった。ガーデナーもちゃんと庭園の手入れが出来ているか、心配だったみたいだしね。枝打ちとか必要だったら言ってね?手伝いに来るし」
「ありがと、ムツキ♪」
そう笑い合う二人はとても仲が良さそうで…ウェンディから聞いた話、もともと彼女は先生が丹精を込めて生み出したらしい、
けれど彼女は優しいから(本人は臆病なだけだ、と苦笑したけど…)自分から戦いに飛びこんでいくことが出来なくてお家の手伝いとかをして過ごしていたらしい。
けれど今回、私が召喚を習うに伴って、私を安心して預けられる…守れるだけの強さを持っていて、
かつ私が召喚出来るほどのLVの高くない子、となると彼女しかいなかったから、2人で互いに話し合って…彼女は私の所へ来てくれたと聞いた。
「さて…それじゃあ桜ちゃん、そろそろ見せてくれないかな?頑張って準備した桜ちゃんの見せたい物って何?」
「あ、うんっ。先生、この桜の木なんだけど」
そう引っ張って、お屋敷でも一番大きな…桜の木の前まで連れて来る
「…この桜の木?」
「うん、この桜の木、ね?妖精たちに聞いて教えて貰ったんだけど、蟲の毒を吸って病気になっちゃってたんだって」
先生に教えて貰った白魔術の知識…その中にあった、妖精たちを呼ぶ輪っかの描き方を使って妖精を呼んでこの木の事を教えて貰ったのだ。
でも原因が分かれば後は簡単だ、これも白魔術の、薬草を使って作るお薬を毎日水に混ぜて木にあげて…。
「…ホントだ…この子、以前会った時と全然違う」
「でしょ?でしょ?」
ペタ、と桜の木の幹に触れた先生は、目を見開いてその触った感覚に驚く。
…毒に苦しんでいた頃のこの木は、幹もガサガサでポロポロと皮が剥がれ落ちるくらいにボロボロだった。
でも今ではウェンディのお墨付きが貰えるほど元気になって…今度の春にはきっと花を咲かせるだろうと、教えて貰った。
私を引き取ってくれたマキリお爺様の思い出の木だって言うから、きっと咲いたら喜んでくれる。
そうして本当に春に咲いたらお花見をするの、間桐の皆に、先生に、シェロさんディルさんに仲魔の皆さん。
皆笑顔でお庭一杯に咲く花の中、この木を見上げて楽しむの。…それはとっても素敵な事。それを私の手で生み出せそうだなんて、この家に貰われる前は考えたこともなかった。
「先生…私に色んな事を教えてくれて、ありがとう!」
「えっ、いきなりどうしたの、桜ちゃん?」
そう先生は驚くけれど、今私達がこうして楽しく生きていけるのも、皆先生が居てくれた御蔭だから、私はお礼を口にする。
「もうっ、鈍いわねぇ…こういう時は「どういたしまして」って分かっていなくても答えればいいのよ!」
「…いや、それは何かが違うと思うのだが…」
戸惑う先生に、腰に手を当ててそう言うウェンディに、シェロさんは呆れたように呟いて…クスクスとディルさんは笑い声を漏らし、シェロさんに軽く睨まれ口を噤む。
…本当に、先生は凄い人。楽しい人で、優しい人。お父様、お母様、お姉様。桜は、間桐の家に来て…先生の御蔭で幸せに、なれそうです。
「ふふ…ふふふっ、あはははは…!」
Side Emiya
「…志潰え、外道に落ちた魔術師をしかし処断することなく…心を救い、再度立ちあがらせる…か」
「…言うほど容易い事ではありません。「そうである」と知っていたとて、実際にこの状況にするのは…」
私の言葉を聞き、感想を口にするディルに一つ頷き返す。
「…それこそ万が一の「幸運」でもなければ…な、ああなるほど、あの自身の事には控えめなマスターや依朔が何故己の運の良さだけは胸を張るか…よく分かった気がするな」
恐らく、この世界では…私、エミヤが生まれることは、決してないだろう。
衛宮 士郎となる筈だった少年は、大火災に巻き込まれることなく本来の家族のもとで健やかに育ち、大成する。
…魔術といった世界の裏と関わるのはどうも逃れられないようだが…何、私の時に比べればはるかに条件がいい。
私の様な反英霊になどなることなく、正規の英霊にまで上り詰めることも可能だろう。
「…これもまた、かつての私の願いの成就に繋がるか…?」
そう、かつて抱いていた下らない願いが…こんなにも、あっさりと叶ってしまった世界に、笑いが止まらなくなりそうだ。
「…シェロ殿…?」
「何、少し下らぬ事を考えていただけだ…ディル、長い付き合いになりそうだ、これからも…よろしく頼む」
「…異論はありません、俺も…願わくば、マスターに忠誠を捧げたい」
私の様子に不思議そうな彼に返事をすれば…心に決めた様子で、騎士としての想いが返ってきた。
「相当に扱き使われるぞ?」
「構いません、マスター…いえ、主に平時も仕えるとなれば、今の世こういったことも出来て損はないでしょう?
それと…シェロ殿、やはりここは主に合わせてこう言い直しませんか?」
私の言葉に、気にした様子はなく…それどころか、どこか悪戯っぽく笑ってディルは一つの提案を投げかけて来た。
「…言い直すと言うが…どういう風に?」
「簡単な事です…今後ともヨロシク、シェロ殿」
…なるほど、マスターの仲魔達共通の挨拶を笑顔で口にしたディルに、納得がいった。
確かに…多くの仲魔を従える混沌王の元に就くのだから、その言葉こそ相応しい気がした。
「…ああ、今後ともヨロシク?ディル」
[newpage]
本日のおまけ・登場人物リスト
ありすとアリス(白のアリスと黒のアリス)
皆様御存知「死んでくれる?」でおなじみの魔人アリス。ただし二体。
ありすが白のアリス、アリスが黒のアリスなのは鏡の国をモチーフにしたからだとか(チェスの駒的な)
一応両者で得意分野が違っており、前者は破魔系即死魔法を後者は呪殺系即死魔法を得意としている。
なおマキリ・ゾォルケンに用いていた「蜃気楼」も彼女達が習得している攻撃スキルの一種で、相手に精神属性のダメージを与えながら混乱状態に陥れるというもの。
コレを使って記憶を引っかき回しHPを追いこむことで走馬灯を走りやすくしたとか、何度もかけて死んでしまう前に
メディアラハンで回復させてまたかけるとか外道な行いをしていたとか、いろんな意味で知らぬが花である裏事情が存在する。
マキリ・ゾォルケン(間桐 臓硯)
劇的ビフォーアフターの最筆頭、悪魔人合体で正義の吸血鬼ハンター・クルースニクとなった間桐 臓硯(若バージョン)
ちょっとやりすぎたかなー、とか作者は考えているが開き直った結果こーなった。
スペックとしてはクルースニクの身体・能力にマキリの魔術の技・知識諸々全てが詰め込まれたというチート仕様。
しかし理想を思い出した今あまり戦いに興味はなく方針としては専守防衛、倒された蟲達も折角だからと素材に悪魔合体された結果、後述の番犬3兄弟が生み出された。
表向きには間桐家の遠い親戚と名乗っていて、その容姿、紳士っぷりから最近はすっかり御近所の奥様のアイドルと化しているらしい。
番犬3兄弟
長男のケルベロス、二男のオルトロス、三男のガルムという、とんでもなく心強い間桐家のガーディアン。
ちなみに各自動物変身能力を有しており…
長男>チワワ、次男>ポメラニアン、三男>パピヨンと本来の姿とは裏腹な可愛すぎる外見に変化する。
初めて見たシェロもこれには「なんでさ」と言わざるをえなかったという…。
間桐 雁夜
みんな大好き雁夜おじさん!彼を含め、以下間桐家の子たちは少々方向性は違うもののメガテン的召喚能力を有する事になる。
使い魔に造詣深い家系は、魔術師としては劣化しても、機械技術に召喚を頼るメガテン世界においては変わらず大きなアドバンテージだったらしい。
ちなみにDDSを使っての召喚以外に、悪魔カードを使い捨てることで本来の上限制限を大きく上回る悪魔を召喚する事が出来るという隠し技を持つ。
相棒は魔獣イヌガミ、雁夜叔父さんの目となり耳となり、時に話し相手やツッコミ役等もこなす。ニクイ奴。
間桐 慎二
劇的ビフォーアフターPart2、ハッキング知識をインストールしたらバリバリ頭角現し出したよ!…という変化を見せた表向きの間桐家次期当主。
ハッキングはまだ失敗する事も多めな為に免許皆伝まではまだまだ遠く現在は努力する日々。
混沌王のカリスマに引っ張られ、性格が良い意味で矯正されつつあり、理想に相応しい紳士(マキリ)という手本もあることで将来が楽しみかつ怖いお子様。
ちなみに召喚適性はかなり高く、本来は扱いの難しいマシン・オペレーションシステムを悪魔召喚プログラムより先に習得してしまったというある種の天才児。
相棒は電霊メビウス、他の間桐家一家にはイマイチ分かりにくいらしいが、慎二にはその喜怒哀楽がはっきりと分かる魂のベストパートナー。
間桐 桜
遠坂のお家から来ました、遠坂 桜改め間桐 桜。でも髪の色は黒のままです!
間桐家の直系ではない為、DDSは扱えても召喚出来る種族に限りがあることを示す「限定的悪魔召喚」のスキルを習得している。
最大までランクを伸ばせば3種族まで使役できるようになるが、現状の彼女はまだ幼女なのでたった1つ、妖精だけである。
その他同時に、ドルイド系に当たる白魔法や精神に関わる魔術などを勉強中。
教師は睦月&ギリシャ神話の夜の女神ニュクス。P3ではなく真3のBARのママをするような彼女のハズだが…ラスボス臭がするのは何故だろう。
相棒は後述する妖精ピクシー、ことウェンディ。
妖精ウェンディ(ピクシー)
睦月が「こんなこともあろうかと」作成していたハイパーピクシー。ただしLV4。
通常のピクシーに【メギドラオン】【マハジオダイン】【メディアラハン】【サマリカーム】【電撃高揚】【食いしばり】【三分の活泉】【射撃武器】
以上8つのスキルが継承されているのだが、MPの関係でピクシーのデフォルトスキル、ディアやジオ、自分用の弓を使って射撃くらいしかまだできない。
作中にもあったが、本人の気質も元々戦闘に向いてない故に、普段は昆虫たちを使役して桜と共に庭園のお手入れをしている。
間桐家
一年半前は御近所でも有名な幽霊屋敷だったが…なんということでしょう!一年経つ頃には瀟洒で優雅なお屋敷に!
最近は素敵なガーデニングに御近所付き合いも良くなっているとあって、人気は完全ウナギ登りとなっている。
なお改築を手掛けて下さったのは藤村組傘下の建築会社の皆さん。どーもおつかれさまでした!
ちなみにマキリがこの家に異界化を施すと…?
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皆様おはこんばんにちわ、冬木ちゃんねる混沌王スレ作者です。<br />まずはこちら(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005024">novel/1005024</a></strong>)のアンケートご返答に感謝を、という訳で今回はダブルスコアでトップを獲得した<br />「あの日、間桐家になにがあったか!?」をお送りします。<br />準備に時間かかってごめんなさい!<br /><br />いつもなら1ページ目に入れる注意書きをこちらにも入れまーす。<br />今回完っ全に原作崩壊しています!<br />間桐家の人々のスペックにも色々テコ入れがされている為、<br />「こんなの皆の雁おじじゃなーい!」「かませなワカメを返せー!」といったご不満などが発生する恐れがありますが…<br />諦めて下さい(キッパリ)この世界はこの世界で独自路線突っ走る所存です。嫌悪感を感じられた方はブラウザバック!を推奨致します。<br />あと一応人様のお宅に関する内容なので、今回冬木ちゃんねるはお休みです(え、今更?)<br />さてさて、それでは混沌王スレ番外編第1弾、はっじまっるよーっ?<br />※同時刻、ヒーホー達は何をしていたかな?(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1016469">novel/1016469</a></strong>)<br />※4月29日付の小説デイリーランキング 75 位を頂きました、皆様ありがとうございます!
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【劇的】何ということでしょう、あの間桐家が!【ビフォーアフター】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1013471#1
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◆◆◆
いつもとなにかが違うと感じたのは、昼を少し過ぎたころ。
隣を歩くどれすとが、いつもより機嫌が良さそうで、さっき行(おこな)った商談が上手くいったからかなと思った。
昼食を取るために入った定食屋で、俺は焼き魚定食(塩鮭が美味しそうだった)、どれすとが野菜炒めの定食を頼んで。
少し遅めの昼食だから空いていると思っていた店内は想像していたよりも人が多くて、でも満員っていうほどでもないから、珍しいなとしか思わなかった。
ご飯を食べているときは、なんだか見られているような気がして周囲に視線を投げてみるけど俺を見ている人はいなかった。それでもキョロキョロと視線を動かす俺にどれすとが「どうしたの」って聞いてきたから見られてる気がすると答えたら「気にしすぎじゃない?」と言われた。
確かに気にしすぎているだけかもと無理やり自分を納得させて、食べることに集中していれば視線なんて気にすることもないだろうって。
どれすとがそんな俺を笑いながら見ていて、その笑顔にもいつもとなにか違うって思っていたのに――――。
やっぱりなにかおかしいと、確信したのは会社に戻ろうと歩いているときだった。
「どれすと」
「なに?」
「人、多くないか?」
そう、人通りが多いのだ。
ぴたりと歩みを止めたどれすと。数歩進んで俺も立ち止まる。
それこそ歩けば人にぶつかるほどの密度。
いま、どれすとと歩いているこの道は俗に裏道と呼ばれる会社までの近道。
車がギリギリ通れるかというほどの道幅。大人が横に五人並べるかどうかという狭さで、日常的にこの道を通っている俺は普段の人通りの少なさを知っている。だからこそこの光景は異常に思えた。
「うん、多いね」
どれすとも、この光景に驚いているだろうと思っていたのに彼の表情は、―――笑顔だった。にこり、と笑っているはずなのに俺の目にはニヤリと笑っているように見えて。
不意に背筋を冷たいものが滑り降りた。血の気が引いたと言ったほうがわかりやすいかもしれない。
目の前にいるどれすとは変わらず笑って…――いや、携帯を、持ってなにか、打ち込んで―――。
「そんな悠長にしてて、いいの?」
「な、に…?」
「エアルさんさ、今日はまだツイッター見てないよね」
「仕事のほうが優先だから…、」
「うん。オレ、エアルさんのそういう真面目なとこ好きだなー」
ツイッターがなんだっていうんだ。どれすとが話すたびにぞわぞわと悪寒が走る。
どれすとの手元の携帯は変わらず開かれたままで、時折何か打ち込むように指が動く。
「だから、オレ好き勝手ができるっていうか?」
「…どれすと、さっきから言ってる意味が、」
「わからないよねー」
へらり、とはぐらかす、彼。
このままでは埒が明かないと、どれすとが言っていたツイッターをチェックするために自分の携帯を取り出そうとスーツのポケットに手を差し入れたところで、彼は「あっ」と声をあげた。
「もういいかも!」
「…?」
「エアルさん、いまさらツイッターをね、見ても遅いよ」
今日一番の笑顔でどれすとは言った。
――――時間稼ぎは終わった。
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■5月6日CC大阪89で発行する新刊のサンプルです ■A5/20ページ/¥200 ■エアルさんのエロくてたまにドSでたこ焼き大好きで紳士でっていう自分の妄想を詰め込みたくて出来なかった。そういうふうに書いちゃうとページ数足りないもの!もっと余裕をもって取り掛かれば良かったって思ったけどこれこそまさに後悔先に立たずていうね…。まあ、エアルさんは鬼畜紳士ぶってるけどどれすとさんに振り回されてればいいよねそうよね。そういう本なんですよコレ。エアルさんを泣かせてみたいとか思ってないです。もしかしたらどれすとさんが主役なんじゃねって言われても仕方ないくらいどれすとさんが活躍してます ■追記:間に合えばPKMNパロでコピー本(小説)出します
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【CC大阪89】問1:エアルさんきょうのパンツなにいろ?
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1013473#1
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はじめに
実況者さん方の名前を借りているだけで、中身はまったく関係ない妄想話。
全てがフィクションです。ご本人様方や、実際の活動などとは、全く、関係ございません。
また、特定の誰かを貶める意図もございません。
実況者様方の名前と性格を参考にした登場人物が出ます。
小説の設定上、性格を参考にこそしてはおりますが、一部をかなり誇張し、キャラクター性を強く表現している部分が多くございます。
実際のご本人の性格、発言とは全く異なるものです。
とてもデリケートなジャンルですので、苦手な方は閲覧をお控えください。
また、ご本人様方や、こういったものに耐性の無い方々へ、ご迷惑をお掛けしないよう、ご配慮の上。
これらを念頭に置いていただき、無理の無いよう、個人的にお楽しみいただけたらと思います。
※血流、殺害描写がございます。
※読み方によっては不謹慎、及び不快感を与えてしまう可能性がありますので、嫌な予感がする方は閲覧をお控えいただき、そっと見なかったことにしてください。
問題等ございましたらコメント欄にてお知らせください。作品の削除等、対処をとらせていただきます。
尚、予告なく加筆修正を行うことがございますがご了承ください。
[newpage]
兄は隠れるのが得意で、だから私は、かくれんぼで彼を見付けられた事は一度も無かった
いつだって、どんなに探したって
彼の方から声をかけてくれなければ、私は彼を見つけられなかったのだ
*
街の視察、というのは重要だ。
特にそれが、治める者としての立場に立つと、よく分かったとグルッペンは話す。
グルッペンの仕事の一つに、街の視察がある。
といっても多忙な彼がそうそうに、大手を振って街中を闊歩出来るわけでもない。
大抵は幹部がそれを務める。
幹部の見回りは民へ安心感を与えると共に、観光客への威嚇も兼ねる役割となるのだ。
特にシャオロンは民草とも交流が深く顔も割れている為、シャオロン、引いては軍の重要人物が見回っているという事実を、その顔の知名度を持って知らしめた。
主は街の商店街や繁華街といった主要地は勿論、主要施設、路地の裏や住宅街にも足を運ぶことはある。
怪しいところはないか、変わったところはないか、民は苦労していないか。軍事国家として繁栄してきたこの国だが、戦争ばかりでは国は治まらない。
街の様子を直接その目で確かめる。自分の目で見たままのものから問題点を見つけ、解決案を、時には妥協案を。考えていく。視察はその材料を見付ける重要な仕事だ。
その仕事を、グルッペンが全くしたがらないという事は、先ず無かった。
仲間の目を信じていないわけではない、あげられた報告書から改善策を練り、時には民を救い、時には不埒な悪漢を捻り上げてきた。が、それでもグルッペンは自分の目で確かめたがる性格だった。
良いことだと思う。目で見て口で言う。他者の意見に左右され真に受け過ぎず、自分自身の目で確かめ、どの情報が必要かの取捨選択を行った上で己の感性を折り込み、更なる発展を目指す彼のそういった節は好ましい。
だが、それでも中々彼による視察が行われ無いことは事実だ。
それはただ忙しいから、ということだけではない。
それは彼自身の立場の事もあった。
命狙われやすい総統閣下。
軍施設内ならまだしも、人の目に晒され無防備になる街中へグルッペンを一人放り出すわけにはいかない。
故に、大抵が多かれ少なかれの護衛がつくのだが。
今日、その護衛をひとらんらんが務めることになった。
とはいってとこれはいつもの事でもある。ひとらんらんに特別用向きが無い場合は、大抵彼がその任を受けた。外交に行くオスマンの護衛にも彼がよく着いていく事で、ある種、護衛慣れしていることからこの役目が彼に降りかかることが多く、その内それが常習化したのだ。
「それでは、今日も頼むぞひとらんらん」
「それはいいんだけど、帰りがけに少しだけ道草しても良い?」
「ん?なんだ」
総統執務室。今日必要な書類仕事を終え、視察へと身支度するグルッペンにひとらんらんは。白い軍服のポケットからメモ用紙を取り出して、「ええと」と読み上げた。
「今日行く旧中央広場辺りに新しい茶屋が出来たから、お土産よろしくめうー。って」
「相変わらず抜かりないなオスマンは…」
「毎回毎回どこで見付けてくるんだろうね」
ひとらんらんは温順に唇の隙間から苦笑を漏らすと、オスマンから貰い受けたのだろうメモ書きをグルッペンに渡した。簡単にだが要所の目印が書き込まれた地図が描かれており。オスマンが恐らくわざとらしくそうしたのだろう丸みを帯びた筆跡が、グルッペンの霊感で一番美味しそうなの買ってきて、とお勧めのデザートの名前を連ねている。
グルッペンの直感を信用しそれらを一通り読んでから、うん、と一つ頷く。
オスマンが視察ついでに買い物を要求するのは初めてではない、それも、彼が指定する店は大抵が外れの無いものばかりなので、グルッペンはいつもこのメモ書きを見るのが楽しみだった。同じ甘いものを好む者同士、こういったところに妥協が生まれない辺りが、類を同じくした友だと実感せざるを得ない。
店の名前と場所、デザートの名前を覚えたところで、グルッペンはそのメモ書きを胸ポケットへ収めた。
「大丈夫そう?」
「ああ、問題ない」
「じゃ行こっか。出遅れるとゆっくり出来ないよ」
ひとらんらんが茶目っ気を含めて言うので、それは困るな、とグルッペンは碧眼を緩める。必要な準備を揃えたところで、二人は足並みを執務室の扉に向けた、瞬間である。
「グルさん?少しええか?」ノックとほぼ同時に、トントンの声が届いた。
グルッペンは少しだけ驚いた。何故なら、トントンはつい先程、視察前という事でグルッペンと諸々必要な確認事項を終えたばかりで、当分彼がこの執務室に訪れる必要は無い筈だったからだ。
「構わん、入れ。どうかしたのか?」
「視察前にすまん、ああ、ひとらんらんも。忙しくしてしもて」
「ううん。トンちゃん、仕事?グルッペンに緊急なら、俺は控えておくよ」
ひとらんらんは急かす事なく、柔らかく問う。
元々の気質があるのだろう。穏和な物言いと牧歌的な平時を好む彼は、我々の国の言語を鬱から学んだということも影響したらしい、人の名前を呼ぶ際、全員に対してというわけではないが柔和な敬称を付けることが多かった。鬱がよく好んで使う呼び方だ。
一歩後ろに下がろうとしたひとらんらんを制し、トントンは情報を慌てて書き連ねたのであろう書類を片手に首を振った。
「いや、大丈夫や。念の為耳に入れといてもらおうと思ってな。…というか、言っても視察に行くやろなあっていうのが本音」
「観光客か」
「ご明察」
察したグルッペンに、話が早い、とトントンは肩を竦めた。
「といってもまだ確定ではないねん。それらしい動きがあることを兄さんが掴んでな」
「兄さんが?」
「この間商人として入国してきた奴の動きが、妙に臭い、って気にしててな」
そう切り出し、トントンは報告を始めた。
[newpage]
普段は商人として自他国を練り歩き、あらゆる商い交渉を担う兄さんは少し前に成果と共に、帰国して英気を養っていた。
そんな彼だったが、少し前に幾人かの商人の入国審査を手伝った。突然欠員が出てしまったらしく、その穴埋めを任されたのだ。
それ自体は珍しい話ではない。休暇中であっても、ただ休んでいるだけも詰まらないからと、手に暇が生まれればトントンの書類整理を手伝ったり、誰彼と手合わせだってしている事もある。
まだトントンやコネシマもいなかった昔、書類仕事はもちろん、グルッペンの護衛役を兄さんが任されていたというだけあって、彼の体捌きはゾムやシャオロンでも侮れない。兄さんの能力はどこの方面へでも引っ張りだこだった。
その日、彼の能力は入国審査の手伝いとして駆り出された。
入国した商人は多くはなかった。念入りに違法物を持ち込んでいないかを検査していき、入国審査自体に滞りは無かったという。
だが一度だけ、兄さんは席を外す事になった。
それは数人目の入国審査に差し掛かった時、兄さんは役員から別件で呼び出され、ちょうど検査していた商人を別の審査官に任せざるを得なかったらしい。
呼ばれた内容は、同時進行で検査していた別の商人が怪しいとの事だったが、それに関しては役員のただの勘違いだった。
だが、兄さんが席を外している間に、元々兄さんが請け負っていた商人の審査は終わっており、その商人は既に我々の国内に入った後だった。
「けど、妙に気になることがあったらしい。何が、って明確には出来ひんけど、漠然とな」
「気になること…例えば?」
「兄さんが呼び出されたタイミングが、一番重要な荷物検査の時やったそうや」
共に聞いていたひとらんらんは、腕を組んで神妙に一つ唸る。
「タイミングが悪かった、で済まそうと思えば出来るけど。って感じなんだね」
「そう。兄さんも最初はそう思った、けど…」
兄さんはそれから厭に気になって、その商人の動向をそれとなく監視していたらしいのだ。
商人である以上、いずれ必ずどんな形でも店を出す。顔と名前は覚えているので、しらみ潰しに最近出来た店をピックアップして探っていたところ、物の見事に見付け出したのだ。
「場所は元々空き家になってて、テナント募集しとった建物やった。商売としてきっちり店を構えとる。けど、妙に店への、“同じ”人間の出入りが過ぎるらしい。近所の常連客が出来るにしては期間が浅すぎるし、仕入れ業者にしては、店に出しとる品物の量と“合わん”」
そうまでなってくると、逆に違和感しか生まれてこない、というわけだ。
兄さんはその店回りの調べについて、大体の見当がついているように見える。しかし、重要な“決定的”な証拠というものだけが手に入っておらず、確定ではないという結論で報告に至る事になっていた。
「気になるのは兄さんと代わった審査官もだね。そっちは?」
「こっちは先に調べてある。けど不思議な事に、その日兄さんと代わった審査官は、あれから直ぐに辞めたそうや」
トントンがする報告の、言わんとする事に。グルッペンは頬肉でぐいっと涙袋を押し上げた。
ただ、曖昧模糊な状態で、無理矢理に店に乗り込む訳にはいかない。同時に、相手に気取られ、警戒されて手の内を忍ばされては余計に手を拱く。
それ故に、調査は慎重に行っていく必要があった。物事には、確かな証拠が必要である。
「自分が管轄した事の内で見逃してもた事は自分で責任を取る、言うてな。兄さんが、ちょっと近辺の調査に行ってくれる言うとる。まあ、餅は餅屋やってな、商人の事は商人に任せろって奮起しとった」
「頼もしいなあ」
「全くだ。兄さんには昔から敵わんからな」
グルッペンが肩を竦めたのを見て、ひとらんらんは「そうなの?」と思わず返した。
そこそこの月日をこの国で過ごすひとらんらんだが、エーミール程では無いにしろ、幹部の面々の中では比較的まだ期間が浅い方だ。それに加えて、兄さんは当時から国外に赴いている事が多かった。
幹部として最古参。グルッペンに勧誘され、一番初めに軍幹部として働き始めたオスマンより昔から、ずっとグルッペンとの付き合いがあるという兄さんの詳しい事情や為人を、流石にその短期間ではひとらんらんも全て知りようがない。グルッペンも、それはよく分かっていた。
「そうだな…。商人の勘というか、兄さんの元々持ち合わせた勘だろうか。………昔から、やたら人の気配というか、機微と言うか、ちょっとした動向の違和感を感じ取りやすいというか。そういう、勘に聡い男だったんだ」
「へえ!初めて知った」
「ああ、私達がよくサボって逃げ出した時に、先ず見付け出すのは兄さんだったな。ふふ、あれは本当に鬼のようだったな」
文字通り鬼ごっこだった、と懐かしげに眦を柔ぐグルッペンに、ひとらんらんは首を捻った。
幹部の面々で訓練と称し、武器有のかくれんぼや鬼ごっこに興じることはこの軍ではよくあることだ。恐らくそれの事を言っているのだろうとひとらんらんは考えたが。
──兄さんって、その訓練やったことあったっけ?
それに、私達がサボった時とはいつだろうか。ひとらんらんが軍にまだ所属していない頃には、そういったことももしかしたら、よくあったのかもしれない。
そう思いつつ、グルッペンの言葉の端に、水が滲むような感覚。
釈然としない引っ掛かりを感じた気がしたのだが、それが明確になるより先に、トントンが「取り敢えず」と手元の報告書を捲り、グルッペンに目線を傾けやわら目周りの肉を柔げた。
「まあ、この件の調査はこっちでやっとくさかい、グルさんとひとらんはゆっくり視察して来てくれ。ただ、件の商人が塒にしてるっぽい場所と、今回行く視察場所が近くなくとも遠くもないもんやから、先に報告をと思ってな。…一応聞くけど」
「視察は決行するぞ」
「はいはい」
態とらしく仕方無さそうに苦笑を見せつけるトントンに、ひとらんらんも口許密かに肩を揺らす。
グルッペンの視察というのは前述通りそう簡単に行えるものではない。場合によっては何ヵ月も前から仕事の調整をして、漸く決行にこじつけられる貴重な機会だ。時にはそれでも悪条件が重なって決行出来ない事もあり、泣く泣く先延ばしや、視察自体無かったことになる。
グルッペンによる視察は国民への信頼やパフォーマンスに繋がることを抜きにしても、なまじグルッペン自身が楽しみにしている事でもあるので、軍側としても出来る限り決行に持っていってやりたいのだ。
要は、“行けるときに行く”。“嵐中止、雨天決行”がグルッペンの視察なのだ。
「運が良ければ釣りも出来るかもしれんしな。釣り針をものともせず餌に食いつく度胸が獲物に有れば、案外簡単に引っ掛かるかもしれんぞ」
「それ、俺らの胃が痛くなるやあつ。もう…絶対それ言うと思ったから、心配やから護衛を増やそうかと思ってな。……あっ、ひとらんを信頼してないとかいう訳違うぞ?ただ、事が事やからな…」
「ふふふ、分かってるよ。俺もその話を聞いた後じゃ、誰かが着いてきてくれる方が安心だよ」
微睡むような頬笑みと共にひとらんらんは胸を撫で下ろす仕種で、その安堵を本音として目に見えた形で示す。柔らかに行うそれに、トントンも目元を緩めた。
「ふうむ、しかし誰を連れて行くんだ?確か今日は……、大先生の手が空いていたか?」
幹部のスケジュールを思い返して名前に上がったのは鬱だったが、トントンは首を横に振った。
「いや、大先生は兄さんに協力して今回の近辺調査に着いて行くんや。
俺が護衛に着いて行けたら一番手っ取り早いんやけどな…」
「ならオスマンの所の護衛隊の者になるな。他に都合のつきそうなヤツはいなかっただろう」
「いや、話をしたらシッマが行けそうやってことでな。準備が出来たら先に入り口の方で待っとる言うてたわ。多分サボりも兼ねとるけどなアイツ」
トントンが微苦笑と共に告げれば、グルッペンは驚いた様子で眉を跳ねた。
ひとらんらんも珍しげに黒目を丸める。護衛役にコネシマの名前が出たことが意外だったからだが、彼がグルッペンの護衛をしたことがないわけではない。
「コネシマか!あいつと出掛けるというのも久し振りだな…」
「ああ、問題ないやろ。以上が伝達事項や」
「コネちゃんなら安心だね」
シャオロンと並び双犬の片割れとして名を馳すコネシマの強さは、勿論体術のすさまじさは去ることながら、一際際立つのは、そこに二丁の拳銃を交える独特の戦闘法を好むことにある。どうやら独学により身に付けた戦法らしく、先の読めない弾道は近接最強と謳われるシャオロンや、味方最大の脅威ゾムをも翻弄するのだ。
そんな彼が護衛に加わってくれるのは、実際とても頼もしい。
「それじゃあ…」
腰元に携えた日本刀の鞘を撫で、ひとらんらんは柔和な面持ちでトントンとグルッペンを見比べ、改めて心耳を澄ませた。
「視察、行こっか」
[newpage]
*
視察というと大袈裟に聞こえるかもしれないが、普段グルッペンとひとらんらんがこうして街に出てやることといえば、実は殆ど散歩に近かった。
勿論、視察を怠っているというわけではない。
道行く民草に挨拶を交わし、店先を冷やかして、時折店主に近況を聞く。街で不便していることはないか、道路の整備に滞りはないか、犯罪は蔓延っていないか、人々に不満が蟠っていないか。
現在はひとらんらんが担う畜産や農林産業政策などのお陰で、この国は安定した食料自給率を誇る。
それに加え、コネシマとトントンの隊が協力して進行した国土交通の便──道路の整備、街灯の設置、橋等の建設。元々、この国に敷かれていた道路もあるが国全体の領土が広がった事もあり、大通りを主とした道路網を改めて調えた。張り巡らされた道のお陰で、地方からの生鮮野菜や肉、魚等の食品を運搬する輸送力に繋がる。
昔は、前王の時代は、こういったそもそもの基盤を安定させる政策すら疎かであった。グルッペンが王に替わってから行われた政策のお陰で、国民を脅かしていた食料問題等の解決も順調に進んだ。
そういった、自分達の成果とも言える現状、そして今も早急に対処されるべきものをグルッペン達はつぶさに、自分の目で見て、肌で感じ“視察”していく。
立場ある者として振る舞いを、彼らは何より弁えている。
とはいえ、思いの外気ままな足取りで区画を練り歩いたり、帰りにちゃっかりお土産のデザートを買っている辺りは、気楽な散歩といった方が、醸し出す雰囲気としては合っていた。
そこにコネシマを加えると、視察として真面目な雰囲気が助長されたかといえばそうではなく。
実際のところ、いっそ“友達と街に遊びに来た”感が膨れ上がることとなっていた。
「いやあ、しっかしグルッペンと視察とか何年ぶりやろなあ!」
旧中央広場を中心に、広がるように発展した旧中央区。
グルッペンの横を歩きながら、コネシマは楽し気に体を揺らして大笑した。その笑い声に幾人かの市民が気を取られたようにこちらを凝視していたが。それがコネシマのそれである事が分かると、いつもの事だとばかり、皆の大体が慣れたような顔で受け入れていく。
我々の国の幹部は、程度の差はあるが皆がよくよく市井に足を運ぶ。その中でも、シャオロンや鬱と共に比較的頻繁に街中へ出るコネシマは、市民達にも親しみ広くその顔を覚えられている。
加えてその傍らにひとらんらんとグルッペンの姿を見付けると、それが総統閣下による視察であると察したらしい。人によっては礼儀よく会釈や景気好い挨拶を交わし、子供はそういった大人を倣って笑顔で手を振ってきた。
それに応えつつ、コネシマは斜め後ろを歩くグルッペンとひとらんらんを肩越しに振り返る。雲の向こうから、とろ火のような薄日がちょうどコネシマの目に射すようで、眼差しは少々眩しそうである。
「最後に俺と視察来たんて、結構前やんな」
「そうだな。ひとらんらんが来てからは、お前も隊士の訓練に集中出来るようになったからな」
「あ、でも、昔はコネちゃんが結構グルッペンと視察に来てたんじゃなかった?」
大ちゃんにそう聞いたよ、とひとらんらんは。傍らの店先から頭を下げて敬意を示す老爺に、丹念に会釈を返しつつグルッペンをやわら見上げた。
故郷は東の島国であるひとらんらんは、この国がある辺りの大陸では背格好が少し小柄に部類されるので、目を合わせようとすると大抵が必然的に顔を上げることになる。
そして、これもまた、この辺りでは物珍しいひとらんらんの黒い虹彩に気付くと、グルッペンは気軽く答えた。
「ふむ。トントンと半々くらいだったか。あの頃は、あとオスマンと大先生もいたが…、警護に自信がないと言われてな」
「あー、確かに二人とも、どっちかっていうと闘うイメージは無いもんね」
「ふふ、まあな。まあ、徐々に仲間が増えて、シャオロンやゾムも加わってからはアイツらにも警護をしてもらう事も多くなって…」
そこで一度言葉を切ると、グルッペンは短く黙考した。
「…ひとらんらんが来てからは警護の大部分を任せるようになったから、そういえば、お前と視察に来るのは、もしかして本当に久し振りなんじゃないか?」
グルッペンが疑心まじりにコネシマを見やる。コネシマとの視察が久方振りである事は分かっていたつもりだったが、改めてじっくり考えてみると、その期間の長さに実感が涌いて妙に疑い深くなったようだ。
え、うそ、まじ?そんなに経ってる?くらいの気持ちがあるらしく、それが伝染したのかコネシマも不可思議そうに指折りで何かを数え始めた。以前グルッペンと視察した日にちを逆算しているのかもしれない。
そんな二人がやけに微笑ましく見えて、ひとらんらんは温和に眉を下げた笑みを隠せなかった。幼子の戯れを見守るようなそれに、気付いたグルッペンが紛らせるように咳払いをして、気恥ずかしげながら態とらしく肩を竦めて見せる。
「だが、昔は本当に人手が無くてな、視察という視察も…あまり出来なかったものだ」
「あー、ほんまな。昔はマジでやばかった時期とか何回かあったよなあ」
「そうなんだ…」
自分が居なかった頃の我々軍事情。ひとらんらんは興味深そうに相槌を打った、昔の話は稀に耳にすることはあったが、そこまで詳細に訊ねたことはなかった。それもグルッペンがコネシマと語るという自体も珍しく、ひとらんらんは自然と耳を傾ける。
「なんや言うても、昔はまだ国も纏まってへんかったさかいなあ。グルッペンが革命を起こしたばっかりっちゅうこともあって、国民も結構神経尖らせてる奴が多かってん」
「あ、ええと…あまり詳しくは知らないけど、それって、まさか」
子細顔で説明するコネシマに、ひとらんらんは気まずそうに瞳を泳がせた。
グルッペンによる革命。
その言葉が意味する歴史は、ひとらんらんも知っていた。
それだけに、ここで、グルッペンの前で話してしまっていいのかと懸念する。
あまり踏み入ってはならないのでは、申し訳なさそうに狼狽えるひとらんらんなな、グルッペンは眉を柔いで碧眼を細めた。
「気にするなひとらんらん、誰でも歴史書を読めば知れる話だ」
「そう言われても…」
だからといって、厚顔に土足で踏み荒らす事が出来るかと聞かれれば、ひとらんらんには無理な話だった。
グルッペンが言うとおり、ひとらんらんも書物からその歴史を知った口である。
それだけ“グルッペンの革命”というのはこの国の在り方を変える大きな確変であった、現在のグルッペンの確固たる地位を築いた気高き業績であると共に、彼にとって非常に“デリケート”な問題であるとひとらんらんは感じていた。
ただの歴史、というなら未だしも。
これは、グルッペンの“身内”に関わる話だ。
「けどまあ、俺はあの頃まだ年齢条件に当てはまらんかったから参加出来ひんかったけど、グルッペンが造ったパルチザンは今俺らの軍の前身みたいなもんやからな。ひとらんにざっくり教えといたって良えんちゃう?」
コネシマが何気無く提案する。我々の幹部である以上、その軍の歴史を頭の片隅にでも置いておく事も必要だということだろう。
コネシマはこの国の出身であるが、ひとらんらんはこの国から遠く離れた島国の出身だ。すっかり慣れ親しんだとはいえ、他国の土地の歴史となると意識しなければ、自然と知識として得る機会は稀である。
存外読書家であり、真面目なコネシマらしい提案であるとひとらんらんは感じたが。
一瞬。グルッペンは、ほんの、ほんの僅かに、碧眼を前髪の影に落とした。
「……といっても、本に書いている以上に新しいことを話せる自信は無いがなあ…」
声色は変わらない。しかし、グルッペンより上背のあるコネシマからは見えなかっただろうが、ひとらんらんが少しばかり下から覗いたその面はどこか苦渋が滲んでいた。嫌悪というよりは憂いに似ている。
その事にひとらんらんが口を挟む間も無く、グルッペンはぱっと顔を上げた。その表情にはどこにも影はなく、刹那過ぎた憂いのそれは霧散するように晴れており、一瞬を置いただけで、本当にグルッペンがそんな表情をしていたのかどうかさえ定かではなくなった。
「それもそうか、結構色んな本に書いとるけど、内容は大体似たようなもんやしな」
「まあ、良い機会だ、少しだけ語ろうか。ひとらんらんはどの辺りまで知っている?」
石畳を踏み締め、訊ねるグルッペンにひとらんらんは頬を掻いた。正直な話、ひとらんらんは本が好きでも嫌いでもない。興味があれば勿論好んで読むが、こと歴史的なそれに厚い嗜好を持っているわけではないひとらんらんは、どちらかと言えば農業に関する本を読むことが多かった。つまり。
「じ、実はさらっとしか…グルッペンが、その……お父さんやお兄さんに革命を起こした。ってくらいかな」
実際にはもう少し具体的に説明出来るが、ひとらんらんは言葉を濁した。
仮にも本人を目の前にして、“私欲で父親殺しをした兄に、パルチザンを率いて反乱を起こした上で、その兄を絞首刑に処したんだよね”とは言えなかったからだ。
そんなひとらんらんの心情を察したか否か、グルッペンはひとらんらんの短い説明に深く言葉を差し込むことはせず、「そうだな」と切り出し。八百屋の先でやわら頭を下げた老婦人に軽く手を翳して見せながら、簡潔に話し始めた。
[newpage]
グルッペンの革命とはつまり、今から十年は前に遡る話。
圧政により国民を苦しませた先代王、つまりグルッペンの父に。当時十六歳だったグルッペンの双子の兄、カール・フューラーがレジスタンスを率いて大反逆を起こしたことにより全てが始まる。
これだけならば美談であった。父親殺しをしてでも、民の為にその血を粛清する決意の堅い王と崇められだろう。
しかし、カールが望んだのは国民の解放ではなく、自らの地位だった。
嫡男であったにも関わらず、カールは早急な富と地位を欲するばかり、国民を惑わし自らの駒として、実の父に対する謀反を決行したのである。
それは凄惨であった。彼の暴虐は父王にのみならず、彼に付き従った近衛隊や大臣といった者達にまでその刃は伸び、城は彼に殺された者の血で真っ赤に染まったとされる。
そしてカールはその手に王冠を掴み、齢十六の新たな王として玉座に就いた。
その暴虐非道な行いを咎め、彼に国は任せられぬと立ち上がったのがこの男。カールの双子の弟であった、グルッペン・フューラーだ。
彼は我々軍の前身であるパルチザンを造り上げ、革命を起こす。
元は国民であったレジスタンス達の目を覚まさせ、彼らの目の前で堂々たる決意と共に、兄、カールを捕縛する。
その罪深き身内の首は、憎まれるべき無惨な絞首にて清算され。国民の為なら、自らの兄の非道をも正せる気高き王として、グルッペンは齢十六にしてこの国の王となる。
それは、僅か十日にも及ばない酷く短い期間に起きた怒濤の革命であった。
「──と、いったところだろうか」
グルッペンは、まるで台本を読むように平淡に語ると、そう締め括る。何かの書物にそのまま記載されてるような語り口だった。
自らを他人のように語っているあたり、実際に本の内容を諳じただけなのかもしれないとひとらんらんは思う。グルッペンの説明に、補足するようにコネシマが口を開いた。
「その後、国民の中でも穏健派や過激派なんかがそこそこ生まれてしもて、暫くはグルッペンが街歩くんら、とんでもない時期があったんよ」
「でも、グルッペンは一応…暴虐な王様を倒した立場なんだよね。どうして街を歩けなかったの?」
なにに対する“穏健派・過激派”なのか、というひとらんらんの問いに、コネシマは当時を思い返しているのか、少し遠くを見た。
「そうだな、国民の大半は確かに歓迎してくれた。圧政から解き放ってくれた、暴虐の連鎖を断ち切ってくれた、と賛辞をたくさん送られたよ」
「中には狂信的にグルッペンを崇拝する奴とかおったりしたけどな。あれはあれで危険やったなあ」
しかし、とグルッペンは言葉を切る。そこで、一寸の間を置いたグルッペンは重そうな唇を一度無意味に開閉させてから、漸く吐く息に音をのせた。
「中には…、中にはな、兄を擁護する派閥も、確かにあったんだ」
彼は、その言葉にどんな感情を含めたのだろうか。
後衛としてグルッペンの斜め後ろを歩くひとらんらんは、しっくりとその金色を見上げてみる。しかし、殆ど金色の後ろ髪と、貝のようなとよく例えられる人の耳の裏側しか見えず、彼がどんな表情でいるのかは計り知れなかった。
所謂、カール派。王族の跡取りである兄弟それぞれに、利害云々によって生まれる派閥があることは珍しくない。聞くところによると、“グルッペン派”というのも、実際に存在したのだそうだ。
嫡男であったカール。王家にある血筋の掟と歴史を重んじる者は、如何なる場合においてもこの兄であり嫡男であるカール・フューラーが玉座に就くべきであり、その兄殺しをした弟グルッペンこそが暴虐の君主であると主張する者が、実はこれが少なからずいたのだそうだ。
「ただまあ言うても民衆の殆どは、王家より国民を優先したグルッペンを選んだし、カール派やった大臣も貴族も大反逆に大部分巻き込まれてたらしくてな、その内淘汰されたわ」
コネシマは通りすがりの露店を心持ち覗き込んだ。フランクフルトを売っていたようだが、帰って来たコネシマは小声で「ちゃうな」と溢す。どうやら気分ではなかったようだ。
「大変やったんやで?昔、まだひとらんらんとかゾムとかおらんかった頃やけど、グルッペンが視察中にカール派の元大臣に拐われた事とかあったし」
「え?!」
「カールの大反逆の時、たまたま市街に出てて逃れとったみたいでなあ。しかもやたら強くて、あん時は皆めっちゃ殺気立っとったわ。普段ヘラヘラしてる大先生までやで?」
あれは中々のもんやったわ、とコネシマは唸る。
そんな事があるほどならば、成る程それは確かに気軽に出歩けそうではないとひとらんらんも納得した。
「街の情勢が落ち着いてきていて、気が緩んでいた時期だった。あの時は迷惑をかけたな」
「別に迷惑とかは思ってへんけど。まあ、暫くは出入り禁止にはなったよな、グルッペン」
「そうだな…あの頃は、ゆっくり街を歩くだなんて事は考えられなかった」
人の足に長らく踏み均された独特の心地の石畳を、三人は並んで歩く。
穏やかで平和な雑踏。
賑わいのある通り界隈へ、グルッペンはその首を回す。ひとらんらんからは頬と顎のなだらかな線だけが見えて、グルッペンが言葉を紡ごうとしたちょうど、顎がやわら下がり、頬が動いた。
「こうして、ゆっくり歩けるのは良いものだな」
せやな、と。実感のこもった肯定をグルッペンに返し、コネシマも精悍な面差しに恵比寿顔を見せる。いつもの快活なそれというよりは、小鳥の囀りでも見守るような、やけに落ち着いたものだ。
グルッペンの声にも偽りは感じられない。人の虚偽に、経験的に敏感なひとらんらんにはそれがよくわかった。戦争狂である反面、ひとらんらんと共に農業に勤しむこともあるグルッペンの平和的な部分が、日常を生きる街の人達を眺めるその足取りは、戦争と戦争の間にある穏やかさを噛み締めているように感じられる。
だが、彼が纏う空気感が、どこか虚しさを含んでいるように思えるのは、ひとらんらんの気のせいだろうか。
否、そうとは思えず、ひとらんらんは静かに口を閉ざした。
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後衛として斜め後ろを維持するひとらんらんからは、今のグルッペンの顔は見えない。
しかし、いつもの視察の際に彼が浮かべる楽しそうな顔や、今の──過去の革命時にあった彼なりの葛藤が思い返されているのだろう──ひとらんらんが見たことが無かった表情。その隣で何気無く当時を語ることの出来るコネシマ。
そんな彼らを見上げ、ひとらんらんはぎこちなく、悔やみのような思いに眉を落とした。
「よく考えたら、俺まだこの国について知らない事、多いんだなあ…」
故郷を出て暫く。遠い島国から訪れ、言い知れぬ不安と共にあったひとらんらんを。グルッペンを始めとした我々の仲間達が救ってくれた。
すっかり仲間と慣れ親しみ、この国に対しても充分な愛着がひとらんらんに生まれている。
救われた恩に報いたいと思っているのも事実で、その為なら仲間の危機に身を挺することも厭う気はない。常は内ゲバばかりするものだが、皆背中を預けられる大事な仲間達だ。国に対しても、今では故郷となんら変わらない愛情を持っていると自負している。
だが如何せん、こうして自分の知らない此の国の歴史や、仲間の苦労が露になると、どうにも慢心の思いがひとらんらんを苛む。
人には過去がある。誰にも語れぬ、語りたがらぬものは、我々の仲間にも、きっといるだろう。それら全てを背負わせてもらえるとは考えてはいない。それは傲慢というものだ。当人にとっての並々ならぬ秘密を無遠慮に暴こうなどと、不躾な事をひとらんらんはしたいわけではない。
それでも、悩める仲間の苦辛や苦渋を察することもないまま、淡白に通り過ぎてきたのかと思うと、申し訳なさとやるせなさを覚えるのだ。
それが大切な仲間のものであるだけに、彼らが影で懊悩に苦しむ姿を見たくない。それがもし、自分と分かつことで軽くなるなら。任せてもらえるならば、理解させてもらえるならば。ひとらんらんは側に居るだろう。
しかしそれに至るにはひとらんらんは、この国に来てから、まだ五本指で数えられる年数では足らぬと考える。
全く何も知らないと言う程には仲間との付き合いは短くはなく、しかし、何でも知っていると自信を持っているかと聞かれれば、それは否。
付き合いがもう少し長ければ、語ってくれる事もあるのやも知れないが。いや、まだまだ。とひとらんらんは首を横に振る。自分は、まだそのような領域ではないのだと、一歩引く。
仲間との付き合いは、短くはないが長くもない。ひとらんらんは今、そんな少しばかり複雑で曖昧な時を迎えていたのだ。
「帰ったら、ちょっと書庫に行ってみよっかな」
直向きに勉強熱心な思いを募らせる。
つらつらと並べたものの、要は、ひとらんらんも少し寂しいのだ。同郷であるグルッペンとコネシマは、共通の認識を持っている。
その輪に入るには、同じくそれ相応の知識が必要だ。今までそれが露でなかった分、ふとしたこの瞬間、哀愁的な物悲しさがあった。故郷が違う、というものに対して、根底的な差を感じてしまったのである。
大事な仲間のことを。
もっとよく知りたい。
そして、その輪に堂々と、胸を張って居座れる自分でありたい。仲間を誇り、仲間に誇られる自分となりたいのだ。
そうとやる気を見せるひとらんらんに、グルッペンは改めて目を大きく瞬かせた。
「お前は凄いヤツだな」
「そんなことはないよ、俺もまだまだだしさ。出来ることはやっとかないと」
「いや、そうやって常に思考を停止させず歩みを止めないお前の姿勢は、本当に素晴らしいと思っている。武士道というやつだったか」
芯が一本通った心根のある精神。
仲間のため己のため、前向きに思考を止めぬ姿は傍目、一本の大木のようだとグルッペンは情感した。
「つか、故郷じゃない国の歴史とか、それこそ興味でも出やなわざわざ調べへんやろ!この国の人間でも、最近のヤツ等とかになったら学校でさらーっと習っても、そんなそんな詳しいことまで知ってるヤツおらんで」
「そういうものかな…」
「グルッペンは当事者やし、俺はあの頃ガキやったけど、一応当時を見てきたからある程度知ってるってくらいやで!ひとらんらんかて別に、故郷のこと隅から隅まで説明できるかって言われたら難しいやろ」
「だからそこまで気にせんでええと思うで」とコネシマはひとらんらんを振り返った。
物言いの語気は常の快活なそれであったが、纏う気遣いに彼の性根を見る。
ひとらんらんの心情をどこまで察し、汲んだかまでは分からない。それでも彼なりに元気付けようとする心意気を、ひとらんらんは印象付けられた。
「なんならいつでも訊いてくれたら良い。興味があるならば私は応えるし、学びたいのならば私は教える。この国の歴史というのであれば、エーミールやオスマン辺りも詳しいだろう」
「い、今更…とかになんないかな?俺だって、そこそこここで暮らしてるけど…」
「勉強に遅いも早いもあるか。興味をもった時に勉強するのが一番頭に入りやすいのだからな。
そもそも、お前は“したい事”があったから海を渡ってきたのだぞ?目的を持って行動し、それを見事制覇してみせたようなお前に、この国に興味を、愛着を持ってくれるだなんて、国の元首として嬉しい限りだ」
親しみを持って国を守り、民が為に軍人で在り、友が為にこの国で刀を振るってくれるひとらんらんに、グルッペンは心底の感謝し、信頼の念を抱いている。
元々ひとらんらんがこの国でグルッペンの誘いを受けたのは、相互の利害一致という淡白な間柄だった。
ひとらんらんは、とある復讐の為。
グルッペンは、その類い稀な戦闘知識を軍の増強に得る為。
彼らは手を取った。しかし、どんな思惑があったとしても。あの時、確かに彼らの縁は繋がったのだ。
「言っておくがな、私はこれでも…復讐心に燃えていたお前が、そう言って我々の国の事を大切に考えてくれている事を、底無しに喜んでいるんだぞ」
「ふふ…。その節はどうもありがとうございました、あの時グルッペン達が協力してくれたお陰で、今俺スッゴい楽しい」
「何よりだ」
アケビが開いたような笑みを見せたひとらんらんに、グルッペンも釣られて口の端が開く。大体の経緯を知るコネシマもまた、それを特別揶揄うこともなく、なだらかな足取りを変えなかった。
──ここでひとらんらんの復讐劇を語るには、少々紙面が足らない。
その上、ひとらんらん自身が、もう“済んだ事”として処理している為、その時の記憶は既に過去の出来事として清算されている。
今はそれ以上に、昔からやりたかった農業に精を尽くしている。健全なやりがいを見付けたひとらんらんの過去を、好んで蒸し返すような仲間は、この軍には居なかった。
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「まあ、そんなに気になるんやったら…この辺、詳しく説明するか?」
「え、この辺りを?」
「この国の歴史でそこそこ古いところやしな」
コネシマはグルッペンとひとらんらんを見比べると、ふと偶感したままに今視察している旧中央区を顧慮する。
旧中央区。旧中央広場を含む、この国の元祖ともいえる中心地区である。
今では国の発展と利便の関係から些か中心がずれたという事もあり、その名の通りの位置付けでこそなくなったが。それでもこの辺りは、今でもこの国を代表する我々の国の一部である。
ここは、グルッペンの父や祖父が我々の国を治めるより、遥か昔からの情緒溢れる佇まいをどこより色濃く雰囲気に含んでいた。
中性の時代から残る雅趣ある焦げ茶色の木組みの家々や、店の野趣を象った風韻ある吊り看板。
連なる赤褐色の鮮やかな三角屋根、ミルク色や卵色の体躯をした建物、情趣ある石畳の波。我々が我々となる以前より行われた戦争や大戦の影響は少なく、それを含めても至大に善美な状態での歴史ある風情が残っている。
それはまるで、絵本の中に描かれる愛らしい街並みであった。
ひとらんらんも、この旧中央区に何度も足を運んでいる。地形や道程、袋小路はないか。どんな店舗に、どんな店主が居るか。悪漢が集いやすいところはないか、視察で狙われやすいところはないか。襲撃されやすいポイントは。そういった基本的な事は既にひとらんらんもよく知っており、加えて個人的にも足を運んで、農具の調達に来ることもある。
コネシマもそれをよく知っていた。なので彼が説明すると言っているのはそういった基本的な事ではなく、昔はこうだった、という歴史の観点の事だ。その申し出を聞いていたグルッペンは、正直は最善の策とばかりに口角を上げた。
「おお、そうだった。この辺だな、お前の生家があるのは」
「え、じゃあコネちゃんが育った街なの?この辺!」
「んあっ?あー…まあな」
普段何気なく歩く街の事を、意外な方面に知る事が出来るのは思いがけず楽しい。
しかし、まさか仲間の生まれ育った場所でもあったとは、ひとらんらんにとって寝耳に水の思いだ。
グルッペンは、この国の王であるのだから言わずもがな。
外交でよく共にするオスマンも、この国の教会で生まれ育ったという話は聞いている。シャオロンもこの国の出身で、こことはまた別の区域で生まれたという風に聞いていた。
そしてコネシマの事も、この国の出身だということは知っていたが。
だが、まさかこの旧中央広場のある区域が彼の生まれ育った、密接な関係に当たる場所だとは思いもよらなかったのだ。
少し感動した心地で、ひとらんらんは新鮮な気持ちを抱く。
なのだが、それに比例して、コネシマの表情がやや曇った。
「お前…それを言うなや。折角忘れとったのに」
「おや、まさかまだセルマ殿と仲直りできていないのか?あまり突っ込んだことを言う気はないが、母君と少しは和解した方が良いと思うぞ?」
「昼飯に毎日同じ料理出し続けるヤツの事は知らん。あれのせいで、好物やったやつトラウマなって食われへんなったんやからな」
匂い嗅ぐだけで嫌なんやから、と呻くコネシマと、何故だかやけに微笑ましげなグルッペンに。ひとらんらんは、不意に思い当たるものを察した。
そういえば。コネシマが自身の家族の話をするのは稀であるが、時折珍しくも会話の端々に両親との思い出を滲ませることはあった。その時の彼の雰囲気や内容を繋ぎ合わせるに、そういえば、あまり実母との仲はよろしくなかったような。
「私も久しぶりにお二人に顔を見せねば、この間も芳書を頂いてな。楽しくご隠居されているようだぞ」
「また性懲りもなく…ええねんええねん、ほっとけば!」
豪快に手を横に振り、顔を顰めるコネシマに温柔な碧眼を細めているグルッペンが、ひとらんらんには不可解そうに頭を傾けた。
「グルッペンって、コネちゃんのご両親と知り合いって言うか、仲が良いの?」
「そうだな、とても良くしてくれた。私にも、実の息子のように接してくれたものだ」
眩しそうに目を細めて懐かしげに語る今の彼に、平時によく嬉々として戦闘機を語る邪気の滲むような様子は見られない。
珍しいこともあるものだとひとらんらんが見上げていれば、途端、グルッペンがにやりと口角を上げてコネシマを覗き込んだ。
「なんなら今からご挨拶に行くか?」
「絶対イヤやからな!!」
まるで軽快なコントのようなやり取りに、ひとらんらんは常の如く吹き出した。
[newpage]
*
旧中央区の一部には、暫く露店が続く通りがあり、三人はそれに差し掛かっていた。
その頃にはコネシマの両親の話から、連想するようにこの旧中央区の昔懐かしに馳せる会話を交わしている。
ただし、当時第二王子だったグルッペンは、市井に直接触れた回数が雀の涙程度だ。なので今は、コネシマが主としてひとらんらんに昔を一顧しつつ語るのを、寧ろグルッペンも熱心に聞き入っている状態だった。
「──コネちゃん、じゃああの店って比較的新しそうだけど、前は何があったの?」
「あん?あー、せやなあ、確かパン屋やったな、そこそこ上手かったで。その前は結構の間ただの空きやった」
よく建物に侵入して近所のガキとの遊び場だったと。コネシマが想起するそれらに、ひとらんらんは信服してふんふんと首肯を見せる。
普段何気なく歩き、慣れ親しんだと思っていた街の新しい一面を知る。それが快事で、ひとらんらんが学童のようにコネシマを呼んで見聞を深めようとするのを、グルッペンは興味深そうに傍観していた。
ひとらんらんが問い、コネシマが答える。
そのやり取りを暫く眺めていたグルッペンだったが、不意に一枚の羽毛でも投げ付けられたような不思議そうな顔をして、柔く首を傾けた。
「聞いていて、少し気になったんだが」
「え、なに?」
グルッペンの言葉に、コネシマとひとらんらんは殆ど同時に振り返った。
なにか面白い物でもあったかと周りを見渡す二人に、「いや、街の事ではないんだが」と慌てて前置きしてから、どう説明しようかと考えているらしくグルッペンが軽くひとらんらんを一瞥する。
「ひとらんらんは、この国の言葉を大先生から学んだんだよな?」
「そうだよ、凄く分かりやすかった」
ひとらんらんの故郷は世界でも珍しい言葉遣いをする。使う文字から発音の基本まで全部違うので、こちらの大陸の言葉を学ぶのは大変だったのだ。
それで、当時から外国語の翻訳なども携わっていた鬱に、一時的な先生としてひとらんらんはこの国の言葉を学んだ。
「訛りがあると覚えにくくなるからって、先ずは基本の標準語で教えてくれたんだよね」
「あー、それで訛りあんま無いんか」
思えば不思議だったのだ、とばかりコネシマも、ひとらんらんの語調について思い至る。西の訛りが強いこの辺りでは珍しく、ひとらんらんは標準的な言葉訛り。学んだ教科書が標準語だったのだろうと考えていたが、そういった経緯だったのかとコネシマはここで初めてそのことを知った。
そんな端で、ひとらんらんが突然小さく笑いだした。なんだ、と二人の目線を集めたところで、ひとらんらんは笑顔のまま「ごめん」と言う。どうやら思い出し笑いをしたらしかった。
「でも、ふふ。先生をしてくれた大ちゃんに倣って発音の練習してたもんだから、大ちゃんの無意識な言葉癖というか、そういうのが結構、俺に混ざってるみたいで」
「ああっ、大先生の“言葉癖”か。そのせいだろうか」
グルッペンが合点がいったように声を打った。
何に納得がいったのだと先を促すコネシマに、グルッペンは自分の口許を指差した。
「ひとらんらんは、オスマンの事を“マンちゃん”と呼ぶが、コネシマの事も“コネちゃん”と呼ぶだろ?」
「?うん」
「だが、大先生のことは“大ちゃん”というが、そういえばこれは何故だ?」
と、いうと?
どういった意図かを倦むひとらんらんの一方、コネシマは両腕を組むと指先でとんっと肌を軽く添えた。
「そういやそうやな。強いていうなら“鬱ちゃ”……“うっちゃん”?」
「あ、あー、そういう意味ね」
ひとらんらんも、グルッペンが言わんとすることを理解したようだ。
つまりは何故、名前ではなく愛称を更に綽名化させたのか、と。大した疑問ではないにしろ、何気無く気になったらしい。
緩い足取り、和やかな視察の中で、ひとらんらんは微苦笑しながらコメカミを掻いた。
「いや、だってさ…みんながみんな“大先生”“大先生”って呼ぶから。俺、てっきり“鬱”ってミドルネームとかそういうやつで、“大先生”がファミリーネームってやつなのかと思っちゃったんだよ…当時は!」
曰く、ひとらんらんの故郷は相手をいきなりファーストネームで呼ぶ習慣はない。
加えて、過去の語学勉強会中、鬱の“ちゃん付”を、“親しい相手につける敬称”と理解した時期があったのだとひとらんらんは話す。
なので手始めに、勉強を共にして遠慮が砕けた間柄となった鬱に対して、その呼び方を試したのが。ひとらんらんが、その“敬称”を使うようになった切っ掛けだという。
しかし後々“大先生”はそもそもの愛称であり、その意は固有名詞ではなく“偉大なる鞭撻者”である一般用語である事を知ったらしいが、その時すでに“大ちゃん”呼びは口に慣れ親しみ、鬱自身も特に嫌がりもしなかった為、結果この呼び方で定着したらしかった。
「ああ、つまり、“大先生”という名前だと思っていたのか」
「そうだよ…というか、それ知った時凄い恥ずかしかったんだからね!もう…愛称なら愛称って気を使わずに言ってくれれば良かったのに…」
ひとらんらんは気恥ずかしそうに、今はここにいない鬱に呻く。どこからか気軽い「ご、ごめーん」と浅い声が聞こえてきた気がして、誰ともなく笑った。
「この際だから話のネタにしちゃうけど、実は大ちゃんの時みたいに呼び方がややこしかった相手ってもう一人いるんだよね」
「え、例えば?軍曹とか?」
「軍曹は早い段階でこの呼び方でいいぞって言ってくれたから問題はなかったよ。 悩んだのはね、兄さん」
「え、兄さん?」どの辺りが悩むところだったのだろう、とコネシマが眉を捻って考えているようだったので、ひとらんらんは磨耗した石畳の滑らかになった感触に靴底を擦らせていく。
「最初、どこまでが名前かわからなくて…そもそもそれが愛称なのか本名なのかも分からなくて…暫く声をかける時、ちょっと不自然になっちゃう時期があったんだよね…今考えたら申し訳なかったなあ…」
「平気だとは思うぞ、兄さんはあまり、気にしないでいてくれるからな」
グルッペンは懐旧に声色柔く、瞼を心持ち垂れさせた眼差しで石畳からひとらんらんへ目線を移す。
「実際、私も呼び方に困っていた時期があってな、あの頃は色々重なって、とても大変だった」
「え、グルッペンもそうだったの?」
「ああ」
穏やかな風脚に、身を任せるような歩の運び。
いつもの露店通りを、いつもよりずっと時間をかけながら。三人三様しっくりとした足取りで進む。
「俺もさ、悩んでても仕方がないから思いきって直接聞いてからは“兄さん”って愛称呼びだね。そういや誰も本名で呼ばないなあ、兄さんって、誰かのお兄さんなの?」
「いや、詳しくは知らんなあ。……そういや、俺が軍に入って直ぐの頃は、皆まだ兄さんのこと名前で呼んでへんかったか?俺、兄さんのこと名前で呼んでた覚えあるし…けど、その頃からなんでかいつの間にか“兄さん”呼びになってたな」
「え、そうなの?知らなかった」
ひとらんらんにとっては初耳のことだった。
よく古参に分類されるコネシマより以前に軍に所属していた者というと、オスマンやトントンが幹部として既に働いていた筈だ。総統であるグルッペンは元より、昔から武器貯蔵庫を管理する軍曹。あとは確か鬱も、コネシマとほぼ同時期に幹部になっていたと聞く。
つまりはこの面々は、以前は兄さんのことを愛称ではなく実名で彼を呼んでいたというのが、コネシマの証言だ。
「それがいつの間にか、段々兄さん呼びが定着して…あれは何が切っ掛けやったんや?」
「…さあな、本当にいつの間にか、自然とな」
そう応えたグルッペンに、ふうん、と。コネシマが事の他、興味があるのかないのか判断がつかない相槌を返す。そこまで追及するほどの案件では、彼にとってはなかったのかもしれない。耳に留めこそすれ、執拗に問うまでのことを彼はしなかったが。
「おや」と、グルッペンが目を丸めたのを聞いて、これにはコネシマも反応を示し彼を流し見ると。
「噂をすれば影とはこの事か」
「?」
グルッペンの碧眼が通りの真っ直ぐ先を見詰めているのを見て、コネシマとひとらんらんも揃ってそちらを首向ける。
旧中央広場という名の由来。それはこの通りを進んだ先にある、旧中央区中心地にある。
その広場を見詰めた一同の目に、“彼ら”が映った。
[newpage]
「本当だ、兄さんと大先生だね」
ひとらんらんがその名を示す。
グルッペンが示した広場に、彼らはいた。
旧中央区の広場は、中心に噴水を据えて円形に広がる。古い噴水だが、流れる水は空の色を映し込んだ青が澄み渡って煌めいていた。
今も枯れる事のない噴水の側で、何気ない日常会話を交わす二人は気負いの無い笑みを浮かべている。
平和な様子で散歩をしているだけに見える兄さんと鬱だが、三人には察するものがある。柔い青い目も、細められた薄紫色の目も、細分なく情報を漏らさぬと真面な面持ちだ。
「トントンも言っていたな。兄さんもここずっと外国を渡っていたからな、最近のこの街については疎くなっていただろうから…大先生に協力を頼んだのは適任だな」
「例の調査か、”穏便“に探っとるんやろ?目立たせたらあかんし、話し掛けるんは止めとくか」
「そうだね。もう次の調査に行くみたいだし」
もう向かうのか、遠目に見える唇からは「行こっか」と動いているように見える。鬱は腕時計を見下ろし、時間を確認しながら違う通りを指差した。
「二人とも行ってらっしゃい、気を付けてね──」
「この距離やと流石に聞こえへんな」
目立たせるわけにはいかない。
ひとらんらんは、特に大声を出してそう声を手向ける。直ぐ隣にいる人間に話しかける程度の声量で、ひとらんらんは労りの言葉を二人に目掛けて投げたのだ。
勿論彼らに声が届かないことは分かっている、今の歩幅で向かえば、三人は余裕をもって彼らと入れ替わりに広場へ現れることになるだろう。そんな距離だ。
だから、向こうがこちらに気付くものとは、誰も考えていなかったのだが。
「あ」と、誰ともなく声をあげた。
一人だけだったかもしれないし、三人同時だったかもしれない。
兄さんが、ひとらんらんの呼び掛けに、応えるようにくるりと振り返ったのだ。
人の光彩には珍しい彼の紫を帯びた瞳が僅かに驚きに開かれて、次いで笑みに柔いでいく。ひとらんらん達に気付いて、微笑みかけてくれたのだ。
しかし。彼は人の気配に聡いとは聞いていたが、まさか、こんな小さな呼び掛けにこうも勘付かれるとは。
離れたこの距離だ。呼び声に応えたというよりは、気配や勘に近いものなのかもしれない。
そのことを思うとまるで、オスマンを護衛する際、周りを警戒して気配に敏感になっている自分と重ねるものがあった。自身では自覚がないのだが、警護の最中のひとらんらんも、遠く離れた仲間の声も察することがあるとオスマンに言われたことがある。
兄さんの側には今、鬱がいる。彼は基本的には基地の地下で情報戦を繰り広げる為にパソコンへ向かっていることが多く、軍人としてある程度なら体は使えるとは言えそれほど長けているわけではないとひとらんらんは聞いている。実際鬱が訓練所で鍛練している姿をひとらんらんは見たことがないし、鬱本人も自信がないことを明言している。
件の近辺の情報に詳しい鬱が同行し、調査することになっただろう今回。もしかしたら、外交官であるオスマンを守るひとらんらんのように。兄さんも、敵襲を見越してある程度の身構えの内に鬱への配慮も兼ねているのかもしれない。
ひとらんらんが、そう感心していると。
「……兄さ──」
そんな小さな呼び掛けが、ひとらんらんの耳にも届く。
グルッペンだ。あまりに声が小さかったので、最初ひとらんらんは、グルッペンの声だとは気が付かなかった。
ひとらんらんが、その小さな呼び掛けが、グルッペンの声だと気付いたのは。
腕時計を読んでいた鬱が顔をあげてから、兄さんが鬱の肩をつつき軽く一言二言口にした頃だった。
兄さんと共に、鬱も同様に振り返る。人混みの中からひとらんらん達を見付けると、こちらは既に兄さんに教えられた後だからか驚きはなく、いつもの笑顔を添えて小さく手を振って見せた。
ひとらんらんも小振りに手を振り返す。
兄さんと鬱がそのまま調査に戻って行くのを見送ってから、三人も視察に足を動かし始めた。
「本当に、兄さんって察しが良いんだね」
「まさかあっこまでとはなあ。大先生らずっと腕時計見てたのに」
「兄さん、もしかして俺の声聞こえてたのかな」
かもな、とコネシマはグルッペン達と共に、中央広場へ目指した。
活気の良い人通りを抜け、昼の日差しに明るい広場は程好い人の多さで満たされていた。
遊んでいる子供、散歩中の老人、ベンチで足を休める者、時折ここで楽器の演奏や手品を披露する者が居たりするのだが、今日は居ないようだ。勿論、兄さんも鬱ももう別の通りに移動した後でいない。
人々の何気ない日常を内包する、穏やかな昼の噴水広場。
旧中央区の中心地、人々が最も集まりやすいそこには、今も昔も、変わらない時間が過ぎていた。
「…しかし、いよいよの所へ来たな」
広場に敷かれた煉瓦に踏み込むと、グルッペンがぽす、と呟く。
ひとらんらんにこの街の“昔”を語っていた流れを追えば、確かにこの広場は“大詰め”と言っていい。
兄さんと鬱が居たことでなんとなく意識を躱していたようだったが、思えば先程からグルッペンの口数が妙に少なくなっていたなと、ひとらんらんはやんわりと反応を返しながら思う。
というのも、この広場に関しては──この広場で“何があったか”に関しては、ひとらんらんも書物で触れていた。軽く書物で触れていただけであったひとらんらんでも、知っているような事だったからだ。
「この広場は…私でも語れる。そうだな、少し色々あるんだ」
「…うん」
「今は、もう無いんだがな」
グルッペンが中々言い出さないのを、コネシマもひとらんらんも咎めはしなかった。
人々の穏やかな平時を担う中央広場。
その広場の一点を見詰めた碧眼が、琴線のような金色の睫毛により水を含んだように色濃く陰る。
「この広場、昔は死刑囚の公開処刑場だったんだ」
酷く静かな低い声だった。
「だからあそこには、罪人の首を絞める為の、絞首台があったんだ」
グルッペンは、指は向けなかった。
しかしその目は、しっかりとかつての場所に見詰めている。
それは噴水の傍らを示していた。
今では、引き語りをする演奏家が自慢の楽器を鳴らし、主婦が屯し話に花を咲かせたり、子供のかけっこのステージでしかないそこに。
かつては粛々と人を裁く処刑台があった。
「先程教えた、カール・フューラーを絞首刑にしたのもここだ」
「……そっか」
「ここは昔から人が集まりやすかった。人の目を集めるならこの広場だと、昔は暗黙の内に決まっていた」
だから、ここだった。
グルッペンは、頬に笑みを固めて話す。自然な微笑みにしてはどこか作り物めいていて、ひとらんらんは彼の表情から目を逸らした。あまりこういった表情を見るのは、得意ではない。
どう言葉を返そうかと倦むひとらんらんの、代わりと言ってはなんだが。今まで広場周りを、どこというわけでもなく観察していたコネシマが、不意に、ぽんっと記憶の一部が棚の上から溢れ落ちてきたそれを、反射で受け取ったように唐突に言った。
「あと、グルッペンが革命起こす前に、何回か大衆演説しとったんもこの広場やったやろ。俺も聞いたわ」
コネシマの言葉に、グルッペンは酷く驚いた。
固めてあった笑みが頬から落ちて、純粋に驚愕だけがグルッペンの目に自然と浮かぶ。
「聞いてたのか」
「たまたま一回だけ聞いたわ。出掛けたら、ちょうどやっとって。興味なかったから、半分くらい聞いて遊びに行ったけど」
「…お前らしいなあ」
酸い物を舐めたような微苦笑をしたグルッペンだったが、それは、コネシマのお座なりなそれに嫌気が指したから浮かべられたというわけではなさそうだ。いっそ聞かれていなくて、寧ろ良かったと言わんばかりの態度である。
一応、結果的にも未来を担う総統の革命演説を、そうお座なりにして大丈夫なのかと。ひとらんらんはその態度に疑問こそ思ったが、よくよく彼らの性格を考えればそんなことは些末だろう。
グルッペンは自分の演説を軽んじたという理由で人を叱咤するような質ではないし、そもそも幹部の面々は、良くも悪くも自分の素直な意見を落とす事を好まれている節があるほどだ。
それに、グルッペンが革命を起こしたのが十六歳。コネシマはグルッペンと然程年齢差が開いてはいない筈なので、当時は彼も似たような年齢だった筈。
コネシマの性格が今とあまり変わっていないならば、自分にとって“興味のない事”に時間を好んで割いていたとは思えないと、ひとらんらんは驚くほど納得した。それが未来を担う若王の革命演説でも、だ。
「けどまあ、随分と胡散臭い演説するヤツやなあ思とったわ」
「胡散臭い?まあ、グルッペン興奮したらワケわかんないこと言い出すからたまに胡散臭いけど」
「おまっ…、言うじゃないかひとらんらん」
ひく、と頬を引き攣らせるグルッペンに、ひとらんらんは素知らぬふりをしながらも安堵した。固い表情ではなくなったからだ。
一方でコネシマは当時を振り返っているらしい、コメカミを人差し指で掻きながら噴水の斜め上を見上げた。
「ああまあグルッペンは基本的に胡散臭いけど」
「おい」
「他の大人は演説聞いて、なんや感動しとったけど、俺にはどうもなあ」
「…ああ、心無いシマだからかな…?」
「じゃかましわ!そうやのうて!」
それはそれで納得してしまう程度にはコネシマの取捨選択の基準を知るひとらんらんに、コネシマは「誰が心無いじゃ」と噛み付きかけたが、今はその弁明より、と身を引く。
「別に、今のグルッペンがたまにする大衆演説とかを胡散臭いら感じたこと無いで?ただ、あの時の…革命前の演説は、なんや、やけに芝居がかった感じやったっちゅうか…」
「へえ…、ああ、でも当時ってまだ十六歳だよね、ある意味仕方ないんじゃない?」
「いや、いいんだ。そうだろうな、きっと、胡散臭かっただろう」
場数を踏んでいる歳ではないだろうと思うひとらんらんの隣で、グルッペンは、何故だか喜んでいるのではと思うような表情で、耐えられないとばかりに吹き出していた。
「それでいいんだ」
「?」
「はっきりと、そう言ってくれて、私は少し嬉しい」
そうまで言うグルッペンを、ひとらんらんだけでなく、話を持ち出したコネシマまで訝しい面持ちで碧眼を覗き込む。
グルッペンはその目をやわらと伏せたと思えば、少し嬉しい、という言葉の通り。偽りの無さそうな仕種でコネシマを見上げると、彼は眉を下げつつも口角を上げる、やけに人臭い笑みでこう言った。
「何せ今まで、こうして当時の“私”をありのまま教えてくれた人は、一人もいなかったからな」
[newpage]
*
「あと視察のルートって、どこ行ってないっけ?」
旧中央広場から工業区に続く通りを歩きながら、コネシマは欠伸をしつつひとらんらんとグルッペンに確認した。
視察の細かな道筋こそ普段は気ままな散歩のそれだが、大まかに必ず訪れる要所というものは予め決定されている。
その内の一つがこの工業区だ。国の財政にも繋がる貴重な輸出品も造るこの辺りの視察も、抜かりなく行われる。
「ここで終わりだよ、コネちゃん。あとは帰るだけ」
「ほーん、いや…久し振りやったけど、あっという間やったな」
グルッペンの斜め後ろで、ひとらんらんは黒い瞳を眇た。コネシマも、欠伸をした時に押し上がった頬肉に細められた瞳をで建物を見据える。
大振りに体を伸ばすコネシマに、グルッペンは前を見詰めながらルートの補足をした。
「ここから真っ直ぐ行ったところに、老朽化の加減で取り壊しが決定した工場が一つある。そこで今回の視察は終了だ。
今のところ報告はないが、こういった所には時々不法入国者が集うからな。一度私も見ておかなければと考えていた」
そうだったのか、とコネシマは頷き耳を側立てる。ひとらんらんは口許を引き詰め、据えた息遣いは辺りの空気が肌に触れる感触さえ意識を向けていた。
「帰りはお土産買いに行くんだが、コネシマも来るだろう?」
「ええけど、どうせ甘いもんやろ?」
「コネちゃんよく分かったね」
甘いものはそれほど好んでいないコネシマは肩を竦めて、辺りに目だけを向ける。斜視ような探る目遣いはどこかを射るようで、野性的にも思えた。
そんな両隣の二人の様子を、真ん中で。
察しながらグルッペンは、歩くままに揺らしていた腕を背に緩く回し、指先を組んだ。
「ところで、何人くらいいると思う?」
その、問いに。
二人は、顔を動かさず静かに辺りを一瞥した。
「あっちに三人でしょ」
「んで、向こうに四人」
「そして前方に二人か」
面々は漏らさず“数”を告げていく。
それにグルッペンは満足げに口角を上げる。しかし少し意外そうだった。言うなれば拍子抜け、というべきか。似たような表情をひとらんらんとコネシマも浮かべていた。
「毎度思うが、案外、上手く釣れるものだな。トントンの胃に穴が開いてしまいそうだ」
「その為にも、コネちゃんにも来てもらっててよかったよ。工業区は他より人通りが少なくなるからね、来るならこの辺りだとは思ってたけど」
「ほんまに来たな。視察の予定が抜かれてたんか、予定外かは知らんけど」
三人は、この工業区に入る少し前から、ちらつく影に気付いていた。
付かず、離れず。しかし時折、隠せぬ殺気。
悪質なストーカー。それも命を狙ってくる、暗殺を企む観光客。
明確なる、我々の敵の存在に。
彼らはいち早く反応していた。
「どうする?まだ一般人がちらほら居るから動きずらいで」
「理想なのは廃工場だな。あそこなら一般人を気にせず戦える」
「それまであいつら待つかな」
「一般人に通報される事を恐れてるんやったら、待つやろな」
「しかし、態々私達が戦いやすい環境まで連れていってくれるとも思えんな」
グルッペンは辺りを観察した。大抵の作業員は工場等の建物内に居るので、露店通りに比べれば道を歩く人影は少ない。しかし全くないわけではない。
彼らを護るならば、自ら人のいない路地裏へ入り彼らを誘き寄せるか、廃工場まで誘導するか。そのどちらかになるだろう。
だが路地裏へと潜り込む場合、近くの工場の作業員等の関係者でも時折しか使わないような、極端に狭い道となる。戦い方は限られた。
「お前たち、油断だけはしてくれるなよ」
「アホ抜かせ」
「それだけはないよ」
どちらにせよ、受け身となって彼らを迎え撃つのはこちらとなる。
どんな場合に陥っても、慢心だけは許されない。
しかしその危惧は杞憂である。コネシマは笑みを浮かべ、ひとらんらんは眼光を光らせる。
いつでも刀を掴める気構えができていた。全方位に意識を集中させ、グルッペンの“護衛”に務めていく。
さて、相手が件の商人と関係したものか、また別の観光客か。それはまだ分からない。
然れど、向かってくるなら敵である。
武器を構えてくるなら敵である。殺気を向けてくるなら敵である。
命を狙ってくるなら、敵である。
ならばすることは、変わらない。
何も。
「ウサギを狩るにも、獅子は全力を尽くすんだから」
刹那。
後方から、質量のある煙のような熱気が複数動く。
ひとらんらんが、それを察し取る。
カシャン、と。遠くから、僅かに聞こえる幾つかの金属音が響く。
コネシマの耳が、それを捉える。
前方、荷物を運搬する作業員だった筈の男二人が、前触れなく揃って“振り向いた”途端。
グルッペンは。
「残念ながら、路地裏コースだな」
碧眼を、猫の目の如く弓形に裂いた。
「走れ!」
グルッペンの号令と共に、コネシマとひとらんらんはグルッペンを挟んだ状態でそれぞれ建物と建物の隙間へと駆けた。
三人のその行動は想定外だったのか、囲んでいた敵の男達は動揺に僅かながら体を戸惑わせたが、それも直ぐに誰かが「追え!」と叱咤し動き出す。
その声を背にしながらコネシマとひとらんらんは前後を入れ代え、グルッペンを挟んで駆けていく。
路地裏は然程広くはない。地の利はあるが、刀剣による戦闘を主とするひとらんらんが、充分に暴れまわる間合いを常に確保できる場所であるとは言い難い。
故にコネシマは懐から一丁の拳銃を取り出し、殆ど後方確認せず、機械的にも思える無機質さで後ろ手に発砲した。
ぎゃっ、と悲鳴が聞こえ、人が倒れる音と、ガシャンという重みのある金属が地面に落とされた音。コネシマに撃たれた敵の一人が、拳銃を手放し撃沈したのだ。
「流石だなコネシマ。暫くは後ろを頼むぞ」
おん、と軽く頷いたコネシマに、グルッペンは前方を走るひとらんらんの白い軍服を追いながら続ける。
「この先に少し開けたところがあるな、そこならひとらんらんも存分に刀を振り回せるだろう。この辺りは手狭だ」
「別にここでも良いんだけどね、たまにグルッペンとコネちゃん掠めてもいいなら」
「いいわけあるかい」
冗談めいて言うひとらんらんに、コネシマは同じ調子で今度は脇の下から拳銃の挙動を悟られぬままに、もう一発。撃ちながら、呆れ混じりに笑い言う。
後ろから焦りと緊迫、苛立ちの怒号にも似た敵の気配を感じ取りつつ、コネシマは目前を走るグルッペンとひとらんらんに告げる。
「足音の数が、さっき居った人数と合わん。先回りして待ち伏せしとるかもしれんな」
「そうだな。それに、あれで全員であるかどうかも定かではない。場合によっては私も応戦、」
「うん、グルッペンは下がっててね」
「決断が早くないか」
「何のための護衛なのさ。いつものことだけど」
ひとらんらんが走りながらも器用に肩をわざとらしく窄めて見せるので、グルッペンは「私だって戦えるんだが」と眉を寄せる。違う、そうじゃない、といつものように笑いつつ。流れるような動きで、流れ作業のように敵をまた一人と減らしていくコネシマだったが。
背後からの撃鉄の音に眉をひくつかせた。
「ちょっと先行っとれ、面倒や、纏めて減らす」
「わかった」
告げると、コネシマは躊躇なく走る足を止め、反動のまま旋風のようにくるりと体を反転させ身を翻し敵と対した。
それに目を見開き驚く敵の男達だったが、コネシマの背後でそのまま走り遠ざかるグルッペンとひとらんらんを見るや、想定内とばかりその二人に向け銃を構え引き金に指をかける。
だが、彼等の銃から弾が放たれることはなかった。
「そんな走り方じゃ、ボールと友達にはなれんな」
嘲笑とも憐憫なそれともつかない、無機質な眼差しで男達を流し見て。
コネシマは懐から、するりと。風が吹くままに引き抜かれたもう一丁の拳銃を、彼らに向けて。
こちらを覗く幾つもの銃口に、鉛弾を撃ち込んだ。
この間、僅か三秒にも満たない速業であった。
「ぐあッ?!」「ギャッ!」撃たれた振動に堪えかね銃を取り零す者や、中には撃ち込まれたにも関わらず引き金を押し込んだ者がいたらしく、銃が暴発して男達の間で破裂した。
そんな隙を見逃す筈がなく。
コネシマは、素早く男達の足を撃ち抜き地に伏せさせた。
「固まって追い掛けるなとは、習わんかったんか?」
呆れた声も、隠さない。
一網打尽にされた敵の姿を確認していたコネシマの後ろからは、もう足音さえ聞こえない所まで二人が走り去っている事がよくわかる。
男達に投げ出されていた銃の幾つかを、サッカーボールのように遠くへ蹴り飛ばしながら、コネシマは両手に構えた銃を持ち上げ問い掛けた。
「さて、自分等の事を正直に沢山喋ってくれる奴はどいつや?そいつだけは、丁重に持て成したるわ」
据えた眼差しで、怯える敵の男達が醜く口を開くのを。
コネシマは、その気もなく眺めた。
[newpage]
「もうすぐだな」
後ろをコネシマに任せ、ひとらんらんとグルッペンは路地裏の細い道を駆け抜けた。
ここを抜けると、比較的開けた空き地へと出られるのだ。まだグルッペンが統治する以前。この辺りを開拓して工場を発展させていく内に、敷地の関係で自然と手付かずになった所だ。
四方を工場の壁で囲まれており、合間にどこからか伸びてきた路地裏が幾つか繋がっている。
「!…止まってグルッペン」
そこへ差し掛かろうとした時、ひとらんらんはその広場へ身を曝す数十歩手前で片腕を横に突き出し、グルッペンを制止させた。
「……居るな」
「かなりね」
道は細い。視界が開けているわけではなかったが、二人はこの先にある異様な気配の密集度を察知していた。
ここに仲間を呼んだのか。
はたまた。
ここに誘き出されたのか。
ひとらんらんは鞘を掴んだ。動揺はない。常は穏やかな黒目に真冬の北風のような警戒心を募らせ、グルッペンを背に深い呼吸を、一度。澄ませた鋭利な瞳の切っ先で、道の先を睨む。
「待ってて」
「ひとらんらん」
「少し片付けてくる」
凛と伸びた背中だった。
恐れを知らないのかと疑うほどに、白い肩が堂々と風を切る。
敵が居ると分かっている場所に、単身乗り込むというのだ、ひとらんらんは。
このまま策もなく広場へ突っ込んで行けば、蜂の巣になるのは目に見えている。そこへ護衛対象であるグルッペンを連れていく義理はなく、さりとてこのまま敵である者を放置するわけでもない。
「国の憂いは晴らさなきゃ」
ひとらんらんはそう言い置くと、敵が迎える出口へと歩き出す。
滑るようになめらかな足取だった、踏み出した足の振動に腰が振れることも、後ろ足が地面に引きずられるような事もない。まるで直立したまま体を送り出されているような、整った姿勢であった。
「気を付けろ」
「グルッペンもね」
笑みを含んだ吐息をそのままに、ひとらんらんは。
恐れも、疑いも、躊躇もなく。
正々堂々と、その身を曝した。
敵はそこにいた。
開けているといっても、手放しに遊べるほど広いわけではない。遮蔽物もこれといって有るのではないので、男達はこの空き地を囲むように、それこそ大御所を迎える上流ホテルの従業員の如く、彼らはひとらんらんを出迎えた。
軽く十人は越えている。物々しい作業服を着込んでいるお陰か、人数もあってやけに威圧的である。しかし、どれも銃を構えこそすれ、ひとらんらんを撃ってくる者はいなかった。
てっきり身を曝すと同時に発砲があることを想定していたひとらんらんだったが、男達を包む空気にどことなく嘲笑を含んで揺れている事に、遠からず気付く。
こいつなら安心だ。とばかりにひとらんらんの白い軍服を、そして、左の腰に備えられた日本刀に、同情にも似た視線が集まっていた。
この感覚には経験がある。
これは──嘗められている証拠だ。
鉄の棒を振り回す野蛮な人間。狩りもせず農耕に勤しむ腰抜け。
過去、故郷から海を渡り、大陸に足を踏み入れた当時、幾度となく受けた評価である。最近ではすっかりこの国で馴染み、そういった扱いをされる機会は減ったが、今でも外交の折りにこうした目を向けられることはあった。
正直な話、全くの害ばかりではないとは考えている。
「ねえ、御託はいいや」
どちらから切り出すとも無かった。緊迫というには、男達はひとらんらんの無防備な登場に油断の笑みを隠すつもりはなかったようであるし、ひとらんらん自身も、まるで定規で図ったような姿勢の良い背を崩す事なく、ただそこに立っていただけであった。
その彼が、火蓋を手に持つのだ。
「来るの?来ないの?どっちでもいいんだけどさ、早くしない?」
挑発する物言いに、男達を纏う空気が変わる。
情けさえ垣間見えた彼等の目付きに殺気が混ざり、銃を持つ手に力がこもる。
そんな彼等の変わり様をものともせず。
ひとらんらんは右手を刀の柄に触れた。
「帰って畑耕さなきゃ」
その言葉に、一人の男が銃を撃った。
それが、ひとらんらんの足元を抉る。外れたわけではない。元々ひとらんらんに向けられたわけではなく、威嚇や牽制を含んで彼等の一人が放ったのだ。
それを分かっていたひとらんらんは敢えて避けなかった。
避ける必要のない弾を、何故避けよう。
鍛練により身に付けられた動体視力と判断力。銃とは特殊な改造でもしなければ、大抵直線にしか動かない。それによってひとらんらんは、自分に向いた銃口が果たしてどんな弾道を描くかを彼は大まかに推測ができた。
しかし、簡単に出来る話ではなく、本来そうも見分けられるものではない。
傍目、銃を撃たれたにも関わらず、刀に手をかけたまま、抜かずに動きを見せないひとらんらんを。男達は、口では威勢のいい事を言って置いて、やはりこの人数に観念していたのだと口許に弧を見出だす。
そんな男達は気が付いていない。
この空間が、既にひとらんらんによって制されていることに。
開戦の火蓋さえ、ひとらんらんに握られていることさえも。
「たった二十一人だ、問題ない」
ひとらんらんは、ここで、漸く動き出した。
緩く膝を曲げ、重心を落としていく。脇を閉め、鞘を握り、体を屈めていく中で目線だけがじっと前を向く。
その異様な体勢に、如何様にも面妖な心地が男達を襲う。
油断の隙間に、少しずつ違和感と警戒心が詰め込まれていく。
糸を張ったような、息の詰める空き地。
心臓の鼓動も、呼吸も静かで。誰かの背に伝う冷や汗の感触まで冴え渡る、空間。
すっ、と呼息の音がした。
血管を通る血流の音さえ聞こえそうな錯覚を覚える、その瞬間。
「──打って出る」
ひとらんらんが、火蓋を切って落とした。
黒い軍靴が音もなく地面を蹴り、一番近くに居た敵の影に飛び掛かる。その動きには一分の無駄がなく、まるでバネで弾き出されてきたかの様な一瞬の接敵に相手は喉を引き攣らせた。硬直した筋肉が脊髄反射的に銃を突き出そうとする、直前に。
それは、正に、一閃。
鞘から刹那の銀色の輝きと共に引き抜かれた刃が、目前の肉を裂く。その瞬間まで、まるで無音であった。
静かなる慟哭。
男の胴は、ほんの刹那の瞬間を置いて。ずるり、と崩れ落ちる。
その崩れた胴が地面に落ちる、その間も無く。横凪ぎに振られた切っ先がくるりと円を描き、隣に立っていた男の体を下から銃ごと切り裂いた。
何が起こったのか、瞬きにも満たぬその一線を見極めた者は果たして一人でも存在しただろう。それは否。ひとらんらんの剣技を知るグルッペンでさえ、心して目を凝らしても追い付かなかったかもしれない。
「撃、て!!早く、何をしている?!」
味方を手早く葬られたことにより、男の誰かによって怒号から金縛りにかかっていたか、とばかり硬直していた敵達が動き出す。
数十の銃口が音をたてて此方に向かい、引き金を押し潰さんばかりに銃弾が放たれたひとらんらんは。
切り裂いた男が崩れる寸前に左手で手繰り寄せ、身を屈めて眼前に翳し盾にした。
肉に銃弾が埋まる生々しい音と感触を受けながら、再び駆け出す。肉壁によって敵の弾道を遮りながら、一切敵から視線を外すことなく下段に構えた刀を。
「来いよ」
振り上げた──。
*
瞬く間とはよく言ったものだ。
一掃とまでは言わないが、銃を持った男を数十人相手に刀一本持った男が無傷といっていいほどの体で、残り片手で余る人数を置いて一瞬にして滅してしまっていた。
地に伏せて折り重なった敵の姿の中、血の色が映えた軍服を着崩すことなくひとらんらんは残りの敵の姿を目でしかと視認した。黒い瞳にその姿を映し込む。
あまりに短時間で味方を失った衝撃か、それとも単純なる恐怖か。銃を構えながらも動かず後退を見せる彼等に、ひとらんらんは改めて刀を構えようとしたその時。
ガタンッ、と音がして、ひとらんらんは反射的にそちらへ首を向けた。
「えっ、」ひとらんらんは思わず息を詰める。
「なんでこんな所に…!」
そこには予想だにしなかった。
何かの作業か、それとも騒ぎを聞いて来てしまったのか。一般の作業服を来た工場員らしい青年が、怯えきった顔で棒を飲んだ様に立ち尽くしていた。恐怖にか、何事かを譫言のように呟いているらしく唇が震えている。
「ひとらんらん後ろだッ!」
その声にはっとして、ひとらんらんは流れるように日本刀の鋼を舞わす。
自分の重心を軸に素早く駒のように円を描き、背後にいた男の胴を斬り捨てる。
一瞬の出来事に、男は目を見開き倒れた。
「グルッペン、一般人が!」
「分かっている、任せろ!」
背後でグルッペンが一般人の男の元に駆ける音がする。これで警護対象が増えたわけだ、ひとらんらんはその二人を庇うように背を向けて、敵を睨み付け集中した。
「君!そのまま後ろの道を戻るんだ、ここは危険だ!」グルッペンが叫んでいる。
ひとらんらんが構えているからか、敵は総統であるグルッペンも一般人の男も狙ってはこないが、いつ銃口を向けてくるか分からない。
深く長息を吐きながら目の前の敵を睨むひとらんらんだったが。
何故だろうか。不意に、敵のいない筈の背後から。ピリッ、と肌を切るような違和感を感じた、直後。
「グルッペン!そいつに近付くな!罠やッ!!!」
高々と天を衝かんばかりのコネシマの声が、響いた。
追い付いたのか、と安堵するより先に。その言葉の内容に、ひとらんらんが本能的に振り向く。
そこには。
一般の工場員と思われた男が、グルッペンに向けて、銃を構えていた。
グルッペンは駆け付けようとしていた体に急ブレーキをかける、しかし、その反動でまともに銃口から大きく体を逸らせるような体勢に切り換えられる程の時間は、無い。
パンッと音がして、銃が撃たれた。
「グルッペン!!」ひとらんらんが叫ぶ。
グルッペンの頬に、銃弾が掠めた。
工場員の男が、恐々とした面持ちでガチガチと歯を鳴らしながら、グルッペンに向けて銃を向けていた。
ともあれそんな状態で、まともに銃が撃たれるわけではない。恐らくこの場にいる誰より銃の扱いが稚拙な、素人だ。頭や心臓どころか、あんなに震えている状態でグルッペンの頬を掠めたのが奇跡に近い。
「お前ッ何してくれとんねん!」コネシマがグルッペンの横を走り抜け、震えながら銃を構えていた男を押し倒し捩じ伏せた。
特別に鍛え上げられているとも思えないその体は、コネシマに捕らえられ身動きがとれそうにない。どう見ても、一般人のそれだった。
何故。そう思いながらも、ひとらんらんはグルッペンに、目線を移した。
「あっ、」ひとらんらんが、声を上げる。
グルッペンの頬に、うっすらと血が滲み、一筋流れる赤いそれを。
ひとらんらんの黒い瞳が、しかと視認した途端。
彼の、虹彩に紛れていた黒い瞳孔が、ギュウっと収縮した。
[newpage]
「くそっ、少しはまともに狙え!」男達が怒号を飛ばす。
だがグルッペンの血を見て、ゆら、とひとらんらんの体が揺らめいた。まるで目眩でも起こしたように、頼りなく。
しめた、と男達は思った。
男達は少なからず我々の幹部について調べていた。敵の情報だ、勿論徹底して彼らは街の人間への聞き込みをしたのだ。幸い、幹部の連中はよくよく市井に顔を出し、民にその性質を見せていた。
今日の護衛の内、コネシマはよく繁華街で風俗に入り浸るという。実際の風俗嬢や店員からは評判が良いそうだが、放蕩者であるには違いないとは男達の見解。しかし実働部隊を率いるコネシマの腕前は並々ならぬ。元は荒くれ者であったという補佐官のスパルタクスを懐柔した手腕や、戦争での実績は嘗めてはいられない。
だが、ひとらんらんに関しては、男達は大した脅威と見做していなかった。
民草に対しても穏和で懐深く接する彼は実力こそあるが、その性格から、取り分けこの軍幹部には珍しく“平和主義”。戦争を好むわけではなく、平時は部下さえ巻き込んで畑を耕すという体たらく。
ならば先ず護衛の数を減らすならば、このひとらんらんからだと男達が考えるのは、ある種の道理ではあったのかもしれない。
今回の奇襲にここまでの抵抗があったことは確かに計算外であったが、しかし、男達の間では全くの想定外であったわけではないのだ。
負け知らずのこの国の総統を暗殺するのに、これだけの犠牲で抑えられるならいっそ本望である。彼等にとって今日集まった味方は“ただの味方”であり、“頭数”なだけであった。
戦争国家の幹部であり、外交の折り護衛を勤めるだけでなく、戦場の最前線を駆け抜けるだけの手腕を持っているだろうとだけは確かに考えられていた。
しかしそれまでだ。
彼は、仲間を傷つけられ、動揺してしまう程度には“軟弱”である。平和主義であり、温厚な彼の性格は民達の間でも有名だ。
その動揺に、付け入らない策はない。
男達は、寧ろこの瞬間を待っていたといっても過言ではなかった。
一般人を囮にする作戦は誰ともなく考え出された。
これに銃を持たせ、警護の離れた総統を撃たせればひとらんらんならば動揺を誘き出せると踏んだ。
「今だ、殺せ、殺せ!!」この好機を逃すまいと男達が一斉に銃を掲げる。
ハッとしたコネシマとグルッペンが顔をあげた。
色めく敵とは逆に。
揺らめくひとらんらんを見たコネシマは。
血の気を浚われたように、さあっ、と顔を青褪めさせた。
そこからのコネシマの行動は、彼にとって殆ど反射運動だった。
ぐるりと体を反転させ、同じく顔を青白くさせたグルッペンを担いで退く。グルッペンの顔色が悪いのは銃で撃たれたからではない、彼もまた、今のひとらんらんを見ておののいているのだ。
──以前、この場にはいないオスマンが、ひとらんらんを軍神マールスと例えた。
農耕神でありながら戦の神として篤く崇拝されるこの神は、勇敢な戦士の理想像として多くの人に慕われる。この神に例えたオスマンを、当初は言い得て妙だと評価したが。
果たしてこの軍神も、戦の際にはこうして恐るべき狂乱の如き進軍を見せるのだろうか。
それは例えば、内ゲバで彼の愛する畑を荒らしてしまった時。
それは例えば、興味本意で彼にホラー映画を鑑賞させた時。
それは、彼の“怒り”の沸点に至った時に、巻き起こる。
「殺せ!」男達が、一斉にひとらんらんへ銃口を向けた。途端の事である。
地面に視線を落としていたひとらんらんが、遂にそのかんばせを上げた。
「──お前ら、ペンは剣より強しなんて言うけどさ」
彼の手で、刀が揺れる。
男達が確実に数を減らそうとひとらんらんに狙いを定め、引き金に指をかける、正にその瞬間。
闇のような目が、轟々と復讐の炎を燃やして男達を睨み上げた。
「一時の暴力に勝るものがあると思ってんじゃねぇぞクソ野郎共が!!ァア゙?!!挽き肉にしてドブ川に棄ててやろうかド腐れがッッ!!!」
男達は、その豹変に指を凍らせた。
顰めた目間に幾重とシワが寄り、頬には力んだ筋が殺気を浮かべる。刀を掴む拳からは何やらメキメキと細かに破滅の音が鳴り、短く切り揃えられた黒い髪が、今は僅かに逆立ってさえいるように見える。
そして何より恐ろしいのは、吊り上がった眦の中にある黒煙の如き眼であった。
それは正しく軍神とも呼ぶべき眼光、佇まいは今から進軍す最前の戦士であるが。
ひえ、と悲鳴を上げたのはグルッペンだった。
彼が反射的に押さえたのは左肩である。そこは、前にグルッペンがひとらんらんにホラー映画を見せた後、報復としてワンパンを食らった場所だった。
同じくコネシマも、グルッペンを敵から背に庇いながらも顔を引き攣らせていた。最早今のコネシマも、ひとらんらんの怒りが此方に来ないことを願いつつなるべく距離を取ろうと図っている。
「お前ら覚悟はいいかよクソがッ!!!」
ブオンッと風を斬り、刀をまるでガキ大将が木の枝を振り回さんばかり野蛮な動作で掲げると、「撃て!」と騒ぐ男に。
投げた。
「へっ、」っ間抜けな声をあげた、刀は吸い寄せられるように敵の男の額に突き刺さる。
刀を銃弾の如く打ち出したひとらんらんの、その軌道に、呆気に取られていた男達に次に襲いかかったのは。先程までの、いっそ美学さえ感じるほどの静寂を保った剣技とは裏腹な、荒々しい地鳴りのような足音をたてて駆け寄ってくるひとらんらんの鬼神の形相から繰り出される。
「オ゙ラァッ!!!」
重い拳であった。
それがまた一人と敵を減らす、とはいっても、これを横っ面に喰らった男は頬骨と幾つかの歯牙の損傷、そして脳震盪という比較的“軽い”症状で、現段階では生き延びているのだが。
まさか、誰が唯一の武器である日本刀を投げ捨て、残り少ないとはいえ銃を持った男に向かって、文字通り拳で戦いに来ると思うか。
拳に崩れた男はそのままに、ひとらんらんは先程刀を投げた男の額から日本刀を引き抜くと、その勢いを殺さないままに体を繰り出し、次へ、次へ。
結局、二十一人という数がこの空き地に存在した今回の敵襲は、拳を受けた一人を残し、あとは滅されたのだった。
「あ、あのー。ひ、ひとらん先生、話を聞く為に、リーダーっぽいその男は生かしてもらえると…」
グルッペンは、頬の傷もそのままに恐々とひとらんらんに申し立てる。かつてのワンパンの痛みが肩に甦っているらしく、どうにも控えめな震え声であった。
銃を取り上げられた一般人の男も、最早抵抗もなく茫然とひとらんらんの所業を見守っていたわけであり、それを抑えて拘束いたコネシマに至っては若干引き気味であった。
「……大丈夫、その為に置いてあるから」
ふう、と一度深い呼吸をしたひとらんらんは、懐から紙を取り出して日本刀に付着した脂や血を丁寧に拭き取った。
「で、取り敢えず……その人の話し聞く?」
その声色は、昼下がりのティータイムにミルクティーでも扱き混ぜるような、穏やかなものだった。
あ、収まった。とはコネシマとグルッペンの感想。どうやら復讐鬼モードは終了したのだと理解して、グルッペンは一般人の男に向き直り、本題に入った。
「単刀直入に聞こう。君はこの間、兄さんと代わって商人の入国検査を行った者だな?」
ひとらんらんとコネシマは驚いた顔をした。男もまた、眼球を溢さんばかりに目を見開き、地に伏せさせられたままにグルッペンを見上げた。
「入国検査員の選抜は私もした。彼はとても仕事ぶりも優秀だったから、見覚えがあったんだ」
「覚えて、くださって…」
「…何があった?この国に、不満を覚えたか?」
グルッペンは、責めるでなく、ただ優しく問うた。
戦争国家の名に相応しく、戦争ばかりを繰り返す我々だ。それに国民が嫌気を覚えるのも無理はない、とはグルッペンの見解。そうであれば、民草が敵の人間に協力し、手引きをするようになっても、それは自然であると考えていた。
一方で男は途端にぼろぼろと大粒の涙を流すと、顎を地面で擦り卸すように首を横に振った。
「不満など、まさか!この国を救い、この国を発展させ、今も多大な恩恵をいただく閣下に、不満など、ございませんッ!!」
「ならなんで?」
ひとらんらんが次いで問う。
男の話す様子がただ事ではなさそうだと察したのか、ひとらんらんの声色もあまり棘はない。
それに促され、男は吃り、つっかえながらも告げた。
「み、店に、男達の拠点に…、弟が、弟が人質にされているのですッ、わたしが、わたしが手引きし、閣下を撃たねば、か、代わりに弟を殺すと!」
その、言葉に。
グルッペンの指先が、静電気を受けたように跳ねた。
「こ、こうするしかッ、こうするしかなかったのです!!あ、ああ…、あああ申し訳ありません総統閣下─!私はこの国の人間でありながら…わたしは、私は!」
神に懺悔するように、男は額を地面に擦り付けた。コネシマに取り抑えられた状態でありながら、懸命に、今出来る誠意を見せようと、男は後頭部を晒す。
「総統閣下…!私は、わたしはどうなっても構いません!どのような罰も!絞首による刑も受けます!ですが、どうか、どうか!どうか弟だけはッ!!」
涙が混ざり始めた男の声に、グルッペンはやわら顎を喉仏に寄せた。帳のように前髪が目元を隠し、影を作る。
彼がどんな表情をして男の言葉を聞いているのか、ひとらんらんには見えなかった。
「弟だけは……どうか……まだ、まだ年端もいかない子供なのです…たった一人の、家族なのです……まだ、何も、何もしていない、弟なのです…」
それからしきりに、どうか、どうか、と懇願する男の声が空き地に虚しく木霊していた。
グルッペンは何も言わず、ひとらんらんも下手な処分は下せない。コネシマは頬を掻いた。
先に路地裏で敵の男から情報を聞いていたコネシマとしては、この一般人の彼の話しに偽りが無いことを知っている。弟を人質にして、一人の国民を脅し、協力させている。聞いた情報と矛盾はない。
コネシマはそれを告げようと、顔をグルッペンに向けた。ちょうどその時だった。
「兄というのは、難儀な生き物だな」
グルッペンは下げていた顔を僅かに曝した。毅然とした振る舞いというにはやや湿り気を帯びた、碧眼が痛みに顰める。それは頬の傷のせいか、はたまた別のものにか、誰にも判別がつかない。
「…処分は追って下す。今は、その潜伏しているという敵の者達をどうにかせねばならない」
「……せやな。軍の方に連絡は飛ばしてるさかい、直に…」
無線機で報せた、とジェスチャーをコネシマが見せる。
すると、まるでそれを遮るかのようにひとらんらんが持っていた無線機から通知音が鳴り響く。驚いたひとらんらんだったが、彼は慌てて無線機を着けた。
[ひとらんらん、まだ街にいるか?!救援を頼む!]
無線機から聞こえてきたのは兄さんの声だった。
その切羽詰まった声に、グルッペン達も緊迫した面持ちでひとらんらんの無線機に目を向ける。
「どうしたの兄さん!」
[今、件の商人がいた店が爆破した]
「なッ?!」
「そんな、話が、話が違う!」無線機の音が男にも聞こえたようで、彼は目を見開いて首を振った。
すると、今まで静かだったひとらんらんの後ろからけたたましい笑い声がした。
ひとらんらんが唯一拳で伸した、話を聞く為に残した敵の男だった。いつの間にか意識は回復していたようだが、逃げ出すほどの力はないらしい。
だが無線機の話しは聞いていたらしい。彼の手には、何やら小さな機械が握られていた。
「作戦が失敗したんだから当たり前だろ!お前の弟は、爆発でッ、」
バンッと音がしたと思えば、男が血を拭いて崩れた。
何事かと音の根元へひとらんらんが振り向けば、そこには釣り上がった目付きで銃を構えたグルッペンがいた。
彼も自衛の為に銃を持っていた、故にそれに関してはなんの疑問もない、だが。
何故、そんなにも。
[何かあったのか?]
「ごめん、兄さん、続けて」
[…わかった、取り敢えず………落ち着いて聞いてくれ]
余程急を要するらしい、兄さんは一度、自身を落ち着かせるように一拍置くと。
そっ、と、こう告げた。
[その爆破に、大先生が巻き込まれた]
息を飲んだ音がした。
自分のものだったか、誰かのものだったか。分からない。
しかし、「そんな、ウツー様まで」と震えた声で、コネシマに取り抑えられたままの彼が絶望に呻く声だけが、頼りなく空き地をふらついた。
[今、瓦礫の下敷きになっている。近隣住民の手を借りて救助活動をしているが、爆発に巻き込まれた範囲が少し広くてまだ見付かっていない。
コネシマ聞こえているな?今すぐ救助隊を作り、こちらへ応援を。
ひとらんらんは引き続きグルッペンの護衛を頼む、敵がまだ潜んでいる可能性があるから、今すぐ基地に戻ってくれ]
「おうッ」
「任せて」
切りよく是を返し、ひとらんらんは切れた無線機をしまい、コネシマは男を放した。
「一先ず、俺は兄さんの指示に従うわ」
「うん。グルッペン、一先ずここは…──」
「──さ、」
刃の先から、擦りきれたような吐息が溢れる。
ひとらんらんがグルッペンを向くと、そこにいた彼はまるで見たことがない程、“怯えた”顔をしていた。
グル、とひとらんらんが思わず呼び掛けようとした途端。
グルッペンは、身を翻した
「にいさっ──!!」
「え、─…ま、待ってグルッペン!」
「お、おいどこ行くねん!」
ひとらんらんとコネシマの制止も聞かず、グルッペンは、駆け出して行った。
[newpage]
*
兄は隠れるのが得意で、だから私は、かくれんぼで彼を見付けられた事は一度も無かった
いつだって、どんな時だって
彼の方から声をかけてくれなければ、私は彼を見つけられなかったのだ
*
そこは酷い有り様だった。
一つの店を中心として、倒壊した店の残骸の上を、住民らしい男達が必死に声かけをしながら慎重に救助活動していた。
グルッペンはここへ駆けていた。予めトントンから聞いていた住所だ。グルッペンを追って共に駆けて来ていたひとらんらんも、爆弾一つが生み出した悲劇に思わず顔を歪める。
「兄さん!!」
周辺を指揮していた兄さんは、駆け寄ってくるグルッペンとひとらんらんに稀色の瞳を見開かせた。頬が煤と汗で黒くなっている兄さんは、それを拭う間も無くグルッペン達に振り向いた。
「おっまッ、……ああ、いや、無線機聞こえてたなら、お前なら来ちゃうか……」
「すまん」
「ごめん、止められる雰囲気じゃなくて…」
「いや、俺も冷静じゃなかった」
「…それで、状況は」
まだ敵がいるかもしれなかったんだけどなあ。と額を抑えた兄さんだったが、グルッペンの問い掛けに篝火のような眼光を浮かべた。
「爆弾の影響を受けたのは例の店を含め三件だ。内の一つはあまり影響を受けていないから実質は二件なんだが、三階や四階あるからその分の瓦礫が多い。
怪我人は数名、死者はいない、けど、大先生と、爆弾の存在を報せてくれた少年が瓦礫に巻き込まれて行方不明だ」
「少年…?まさか」
グルッペンが顔を強張らせる。
兄さんはふうっと息を整えながら、ここでやっと額の汗を袖で拭った。疲れが滲み出た動作だった。
「見張ってた店から何人か男が出ていって…何事かと思っていたら、男の子が急に飛び出してきたんだ。そうしたら、爆弾があるから早く逃げてくれって叫びだして…」
グルッペンとひとらんらんは、兄さんが息を切らしつつ説明する内容を息を飲んで聞いていた。
集まった民の男達が力を合わせて瓦礫や木組みを退けていく、騒がしくも非常に慎重な作業音。それが実に嫌に彼らの耳に響いていた。
「事情を聞こうと大先生が近付いた途端に、店が爆発したんだ、…ッ俺が行けば…──、!」
努めて冷然と続けていた兄さんが、ここで苦海に沈んだような懊悩に口を締め付けた。音が鳴るほどに歯を削り、息を詰める。後悔に似た殺気。自分に向けられたそれに、紫に囲まれた瞳孔がぎゅうと窄められた。
「兄さん」
「…、……ああ、大丈夫、今は、それどころじゃない、早く見つけないと……!」
「分かった、とにかく救助を始めよう!」
ひとらんらんが言うと、グルッペンは返事をする間も無く瓦礫に向かって足を踏み込んだ。
あ、とひとらんらんも声をかけようとしたが、今は止められるものではないと言葉を飲む。兄さんと目配せをしてから、ひとらんらんも救助活動に入った。
先に救助活動していた民の男達は、幹部であるひとらんらん、そして、国の王たるグルッペン総統が自ら救助活動している事に気が付くと恐縮を見せる者もいたが、今は平伏を示す場でないと正す。
代わりにぐんっと士気が高まり、辺りは懸命に救助に努める者達が集っていた。
「大先生──ッ」
ひとらんらんは耳を澄ませていた。
ほんの一毫、一縷、毫末の。小さな声を聞き逃さない為に、慎重に、慎重に足を進め、瓦礫を退けていく。
その間にも、脳裏にちらつく可能性。
もし、もしも。
──もし、大ちゃんが、もう……。
否、と首を振る。
今は、そんな悲観的なことを考えている場合ではないのだ。
「…っ、」
ひとらんらんは、グルッペンを目線で捜した。鬱を捜すことも勿論だが、未だ彼が外敵から狙われていることも事実なのだ。常にグルッペンの居場所を把握していなければとも思いつつ、実は。
それ以上にグルッペンを心配に思うのは。
彼ンが、尋常でない程に、取り乱していたように思えたからだ。
何もグルッペンが、仲間を傷つけられて平然としていられるような男である、とひとらんらんは思っているわけではない。戦場から大怪我をして帰って来た仲間を見て、自身の指揮の不備を疑ったり、後悔に頭を悩ませる姿をひとらんらんは時折見掛けた。
だが、それにしたって、ここまで平常心を欠き、駆け出すような事が今まで彼にはあっただろうか。少なくともひとらんらんは見たことがない。
ひとらんらんがその黒い背中を見つけた時、それはあまりに頼りなく見えた。
元々細身であるが、今はそれが余計に際立って思える。それがふらふらと歩いて、瓦礫に膝をついて慎重に瓦礫を退けながら、じっ、と耳を澄ませていた。
砂ぼこりにまみれながら、ただ、じっと。
ずっと。
「っ、グルッペ、」
ひとらんらんは悲痛に眉を歪めた。今は、救助に集中すべきである。しかし、目の前にあるグルッペンの姿があまりにどこか、寂しげで、放っておくわけにはいかないと本能が告げた。
何故ならグルッペンのその背中が、かつて。
故郷から海を渡り、頼るものも何もなく、ただひたすらに捜し者を求め歩き回った。
自分の背中のように、思えたからだ。
ひとらんらんは足元に気を付け、ゆっくりとグルッペンの傍らに歩み寄った。
「駄目なんだ、私では見つけられない」
傍にひとらんらんが来たことが分かったのか、グルッペンは浅く息を乱しながら言う。
「いつもそうだ、あいつは隠れるのが得意だから、私はいつも見付けられなかった」
「グルッペン…」
「いつも、向こうから声をかけられて、それで漸く、私はあいつを見つけられるんだ」
ひとらんらんはグルッペンの隣に膝をついた。
「大ちゃん、かくれんぼ得意だもんね」
「ああ、そうなんだ、本当に。以前、国境まで越えて、私に身を隠していたこともあった」
「待って大ちゃん何したの、借金?」
ひとらんらんは語調に戯れのそれを強めながら、平時のそれを保ちグルッペンの背中を撫でた。柔く、柔く、宥めるように。
「その時も、向こうから帰ってきてくれた」
「…うん」
「それまで私は、一片でも彼の手がかりを掴めたことなど無かった…!」
グルッペンは。
「捜そうとすら、しなかった……ッ!!」
背骨が崩れそうなほど、頭を垂れて瓦礫を裂かんばかりに爪を立てる。
そんなグルッペンに、ひとらんらんは。金色の頭を、こつん、と拳で打った。
「でも今は、捜してるよ。此処に居るんだよ、大ちゃんは。この下に居る。だから、捜さなくちゃ」
「、」
「ほら、大ちゃんは結構しぶといんだから」
きっと誰でも、持っている。
暴かれたくない過去を、誰もがきっと、持っている。
復讐に塗れた過去を持つひとらんらんのように。
きっとグルッペンにも、この現状が、彼の精神的な傷を抉るような。そんな何かがあったのだろう。それを突き詰めたりはしない。ただ。
「きっと今も、グルッペンを呼んでるよ」
ただ、今は。
「だから聞いてあげなきゃ」
ね、と鼓舞し、ひとらんらんは近くの瓦礫の撤去を始めた。
これで動き出さなければ民の前であるとはいえ引っ叩いてでも…!と内心決意していたひとらんらんだったが。背後で小石が転がったような音がして、ほっ、と胸を撫で下ろす。
「聞こえる」
「そうだよ、耳を澄まさなきゃ声が…」
「聞こえた、」
グルッペンが立ち上がった音がして、ひとらんらんもばっとそちらを見上げた。
ひとらんらんには、何も聞こえていなかった。
しかしグルッペンは迷いなくそちらに向かうと、折り重なった瓦礫と木組みの破片を指差しひとらんらんや人を叫んで呼んだ。
「ここだ、ここに居る!皆手を貸してくれッ!!」
「っ信じるよ!?」
「ああ!」
グルッペンの声に人が集まり、迅速な撤去作業が始まる。
一つ、二つ、と取り除かれていくそれらを全員で掻き分け、慎重に、慎重に、ゆっくりと。
───ン。
「ッ、今」
「ああ、聞こえた!」
一際大きな木組みの向こう。くぐもった、確実なる人の声に面々の顔が明るくなる。
「これだ、この下だ!」
数人の男がかりで、それが持ち上げられた。
大きくきしんだ音がして、それが除けられる。
その、下から。
手を翳した男が、へらりと笑った。
「ああ、やっぱりグルちゃんやった」
少年を抱えた鬱が、ちょうど瓦礫と瓦礫の間にすっぽりと収まっていた。どうやら隙間を縫うようにして、運よく衝撃を逃せたらしい。
鬱は青い目を眩しそうに細めると、嬉しそうに頬肉で涙袋を押し上げた。
「見付けたぞ、大先生」
グルッペンは鬱に手を伸ばした。鬱がそれを掴むと、引っ張りあげて隙間から救い出す。
鬱に抱えられた少年は気絶していた。怪我の有無はまだ分からないが、一先ず安定した呼吸をしている。ひとらんらんが丁寧に鬱から引き取り、抱えあげた。
「ほら、大先生」
「え?」
瓦礫の上に座ったままだった鬱に両手を広げたグルッペンに、鬱はひくりと頬を引き攣らせた。
「まさかグルちゃん、僕を担ぐ気?ちょ、まてまて、歩ける、歩けるから」
「お前だって、どこを怪我しているか分からないんだ、頭だって気付かない内に打ってるかもしれない!」
「どこの国に部下を担ぐ王がおんねん!」
「王ではない、総統だ!」
「屁理屈め!」
瓦礫の山の上で騒ぐ二人に。ひとらんらんと兄さんは苦笑し、民達も漸く安堵して笑い出した。
辺りは、やっと緊張の糸が少し解れたのだった。
[newpage]
その後、コネシマが連れ立った救援部隊が到着し、以後の辺り一帯の復興作業は彼らが引き継ぐことになった。
コネシマもまた、鬱が無事だったことをいつもの様に揶揄い笑いながら、最後に真摯に喜んだ。
結局は鬱を運ぶのは兄さんの役割となり、グルッペンと共にしんぺい神が待つ軍基地に急ぐ。
鬱も、少年も、大きな外傷は無いことが診療で分かり、面々も肩の荷が降りる。
しかし安全を優先し、一先ずの報告書は兄さんがその日に書き、鬱からの詳細な話を聞くことは後日に改めてと言うことになった。
*
鬱が入院している部屋で、彼が座るベッドの横にはコネシマとひとらんらん、その向かいにグルッペンと兄さんが並んでいた。
「──で、建物周辺をそれとなく調べてたら、何人か男が出てって…そのあと、あの男の子が飛び出してきてな」
“この店に爆弾があります!逃げてください!”
「なんでも、兄貴さんを殺されたなかったらって言うこと聞かされとったみたいでな、拘束は無かったけど、逃げられんかったらしい」
「けど、爆弾が起動したことを男達から聞いて、慌てて周りに知らせに飛び出したそうだ」
その時には既に人質としての役割が無かった少年は、敵である男達には関係の無いものだったのだろう。少年が何をしようと、勝手な話だったと言うわけだ。
「で、僕が男の子抱えてさあ逃げようとしたらドカーンよ。あ、これ死んだ思たわ」
「ようほんま生きとったな」
「良かったよ、大ちゃんがしぶとくて」
なにを、と鬱がからからと肩を揺らして言う。冗談めいて無事を祝すひとらんらんの隣で、コネシマは神妙に腕を組んだ。
「しっかし問題は、店から逃げた残党やな。捕まえた奴に色々聞いたけど、どいつも雑魚過ぎてまともな情報が入って来ん」
「暫くは警戒が必要だな…」
「そうだな。あ、なあ、そういえばあの兄弟どうなったんだ?処分の方」
兄さんがグルッペンに思い立って訊く。
互いを人質にとられ、犯罪に協力させられていた兄弟。事が事であった、そう軽い扱いで家に返されたと言うわけではあるまい。
そう考える彼に、グルッペンの代わりに肩を竦めたコネシマが口を開いた。
「ま、兄貴の方はある程度の処分は下されたで。なんせ、一応はこの国のトップに銃向けたんやさかいな、何もお咎め無しじゃ示しがつかんし」
「一応てお前な」
「まあまあ。といっても、弟さんの保護もこっちでしっかりしてるし、お兄さんもそこまで重い罪にならなかったよ。というか、グルッペンが殆ど反故にしちゃったし」
仕方がないだろう、とグルッペンは呻いた。
「国を統治する私が、結局は撒いた種だからな。国民による反乱が全くないなど言い切れる政治をしているつもりはない」
「戦争が趣味やもんなあ」
「あー、フォローできねー」
コネシマと鬱が揃って揶揄うので、グルッペンはむぐむぐと口を閉じる。反論は無いらしい。
ひひ、と笑っていたコネシマは、周りが口を閉じたのを切っ掛けに自分の報告を始めた。
「復興の方も大分終わったで。トントンとこの“日雇い”と新しい店も建て終わった」
「流石、手練れ揃い。早いな」
「せやで。けどなあ、折角やから俺の芸術も披露したかってんけど、なんでか許してもらえんかった…」
名残り惜しげに不満足そうなコネシマに、「当たり前やろ」と鬱を主とした突っ込みが入る。彼の独特すぎるセンスが発揮されるのは、外観の関係もあってまたの機会となるだろう。
さて、大抵の報告はこれで終わった。後は鬱が退院した後に、細かな報告書をあげることになっている。
もう鬱の入院部屋に居る理由はなくなり、あとはゆっくり養生してもらう事になるのだが。
ここで、コネシマが思い付いたように口に出した。
「そうや、話し落ち着いたしさ、俺聞きたいことあるんやけどええか?」
鬱だけでなく、グルッペンや兄さん、ひとらんらんも目を向けた。
何か聞きそびれたことがあっただろうか。そう危惧した彼らの不思議そうな面持ちを視認したコネシマは、真っ直ぐと兄さんを見据えて、問う。
「兄さんって、なんで兄さんって呼ばれてんやっけ?」
一拍。
空白が満ちた病室で、「んっ?」と拍子抜けた兄さんの声で我に返ったグルッペンとひとらんらんが吹き出した。
「コネちゃん、今それ聞くんだね」
「後やったら忘れそうからな」
何故その話に至ったのかを。コネシマの脳内経緯を察したひとらんらんが微苦笑に言う。
一方で、何故そんな話になったのか分かっていない鬱だったが、どうやら仕事の話と言うよりは日常茶飯の他愛ない雑談の類いであると判断したらしい。
なら純粋にコネシマは訊ねているだけのようだ。
鬱が、ちら、と兄さんを見上げた。兄さんはその青い目に気付き、ニヤリと笑う。
「あー、なんだっけなあ。確か、誰かさんが呼び間違えたんやったな、なあグルッペン」
「うっ」
「そうそう。ほら、あるやん?学校の先生をお母さんって呼ぶやつ」
いひひ、と鬱が笑う。
鬱とコネシマは軍学校が同じだ。それ故、学校でよくあるような事象のそれらの認識が近しい。殆ど共通しているので、鬱はそれを持ち出すことは儘あった。
「あれ、ほんまおもろかったわなあ、兄さん。そういえば、あの場にはマンちゃんとトンちはおったけど、シッマはおらんかったっけ」
あれからなんだかんだと兄さんの綽名がそれになったのだ、と兄さんと鬱がどちらともなく笑い出す。
「なんや、そんなことやったんか。誰かの兄貴やったんかと思ったわ」
「俺には兄弟がいないよ。質問ってそれ?」
「おん、もうええわ」
「冷めるの早いな相変わらず!」
「あはは」
聞くことは聞いた、とコネシマは満足したようだ。
軽く体を伸ばすと首を捻って骨を鳴らし、ベッドから体を離した。
「まあ後ちょっとごたごたあるし、それ片付けてくるわ。大先生、退院したらいつもの店行くぞ」
「秒で治すわ」
「ゆっくり寝てろお前は。コネシマも誘うな」
グルッペンが頭を抱えるのを肩を揺らして眺めたひとらんらんも、ベッドから離れてコネシマと共に病室の扉に向かう。
「じゃあお大事に」扉を開け放ちながら、ひとらんらんは病室を出た。
コネシマもそれに続き、最後にひらりと手を振ってから彼らは扉を閉めた。
「さあて、謎も解けたし、さっさと仕事終わらせて寝るか」
「まだお昼だよコネちゃん」
それを柔く嗜め、それぞれの仕事に向けて歩き出す。
といっても医療棟を出るまでは道は同じなので、二人は揃って出口へと歩を進めた。
そんな折りに、ひとらんらんはどこか宙を眺めてから、コネシマを見上げた。
「ねえ、俺も一個だけ気になってたんだけど聞いていい?」
「あん?」
「無線機で兄さんに救援頼まれた後…グルッペンって、なんて言った?」
“──にいさっ、”
短く切られた、叫び声。
ひとらんらんは、単純に気になっていた。
簡単に考えれば“兄さん”を呼んだのだと思う。だが、ひとらんらんは。ひとらんらんの耳には。
護衛対象に対して、五感が冴え渡っていたひとらんらんの耳には、そうは聞こえなかった気がしたのだが。
「いやあ…イマイチ聞き取れては無かったけど、“兄さん”って言うとったん違うか?」
「やっぱりそうなのかな」
「なんて聞こえてん」
語尾は殆ど紡がれてはいなかった。だから、確証などないのだ。本当に、ただそう言っていたような気がする、というだけ。
ただ、それだけなのだが。
「グルッペン、あの時。
“兄さん”じゃなくて、“兄様”って言った気がしたんだけど」
気のせいだったかな。
ひとらんらんが呟いたのを、コネシマは訝しげに聞いていた。
[newpage]
「いやあ、しっかしげどちゃんとシッマもそうやけど、グルちゃんと兄さんにも迷惑かけてしもたなあ」
「迷惑なんて思ってねえよ。それより俺がちゃんと見ておけば良かったな」
ひとらんらんとコネシマが出ていった後、兄さんと話し込んでいる鬱を見詰め。
グルッペンは医務室の壁に寄りかかった。
金色の帳の下にある、梅雨のような碧眼をゆったりと細める。
極力遠ざかったまま、小さく、小さく口を開いた。
「──…にいさま」
それは、羽虫が鳴いたような声だった。
聞こえていないらしい。
グルッペンが見つめる先にいる黒い髪は、振り返らない。
グルッペンは、一度だけぐうっと奥歯を噛み締めてから、碧眼を潰さんばかりに瞼に力を込め、ふっ、と力を抜く。
「──………大先生」
粉雪が、溶ける音のようだった。
先程より、ずっと小さくか細い。
なのに。
鬱の青い目が、ぱっ、とグルッペンを振り向いた。
「なあに、グルちゃん。そんな端っこで」
どうしたん?
そう、彼は笑む。
“兄様”ではなく。
“大先生”と呼ばれて、彼は振り返る。
もう、彼は。
グルッペンの双子の兄では。
カール・フューラーではないと、そういうことなのだろう。
それもそうかもしれない。
カールとして生きた年数程ではないにしろ、もう十年は“大先生”と呼ばれ続けた。
カール、と呼ぶ者はいない。
もう、彼が。”にいさま“と呼ばれることも、ないのだ。
あの日、処刑された。
その時から、ずっと。
「なんでもない」
グルッペンは微笑んだ。
目を細め、白い頬に笑みをのせる。
ゆったりと足を進め、兄さんの横を通り過ぎた。
「私も戻ろう。トントンが待ち構えているんだ」
「あ、軍に戻らんと救助に来たこと、ちゃんと叱られとけよ」
「やかましい」
ふは、と笑って、その笑みを、医務室の向こうに隠す。
鬱と、兄さん。医務室には、この二人しかいなかった。
「“呼び間違えたんだよな”、あのとき」
兄さんは、滔々と溢す。
「お前のことを、グルッペンはうっかり兄様と呼んでしまった」
「だから、慌てて“兄さん”のことにした」
懐かしいね、と兄さんが口元を上げる。
鬱は、苦笑した。苦笑しかできなかった。それ以外に、なにも出来なかったのだ。
鬱は、医務室の扉を見詰めた。
今さっき、グルッペンが、出ていったばかりの、そこを。
先ほどの、呼び掛けを。
瓦礫の中から聞いた声を。
旧中央広場で聞こえたか細い声を。
青い目は。
一つ、静かに、その色を目蓋の裏に伏せた。
「──聞こえとるよ、グルッペン──」
[chapter:
お前の声を、逃すものか]
「だってお前は、かくれんぼが下手じゃないか」
END,
聞こえなければ、どうして顔が出せようか。
|
※始めに注意書をよくお読みください。<br /><br />相棒が為の物語編<br />シャルルシリーズ三部作、第一段です。<br />(※同じ主題を持っているというだけで、話し自体は一話完結します。一話ずつ区切るので単発でお読みいただいても問題ありません)<br /><br />街に視察に行く総統を、狂犬と復讐鬼が護衛する話。<br /><br />※狂犬の身の上設定を円滑に説明する為、このシリーズには“名前のあるモブ(狂犬の両親)”が存在します。今回は名前だけ軽く登場します。<br /><br />※現段階では、話の都合上まだ狂犬の後輩さんは我々軍入りしておりませんが、後々参加予定です。悪しからずご了承ください。<br /><br />そういえばこのシリーズの最終回の構想は、「シャルルという名の──」の頃にはもう決まってたんですが、今回の三部作計画はそれの布石になれば良いなあくらいには思ってます。<br />(予定は未定)(そもそも三部作になるかも分からない)(五部作とかになったらどうしよう)
|
お前の声を、逃すものか
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10134822#1
| true |
軽く注意
またしてもよくみたら誤字・脱字大量発生。
スパコミに持っていくつもりだったがリア友がいくらしいのでやめたクソ小説です。
アイチ女体化でパロです。
「大丈夫!」って方は閲覧どうぞ。
-------------------------
朝はいつもと変わらずアイチが目の前から消えて一年が経過している。
アイチは最後にレンの所に行ったはず…だった。あのアイチの性格を変えた忌々しい力ーーーPSYクオリアを所持したまま…俺と解れたはずだった。
だからこんな公園にアイチがいるわけない。
「…アイチ?おい、櫂!早く来い!」
「何なんだ。俺は「アイチに似た奴がいる…」!!」
そんなわけがない。アイチがいるわけない。アイチはアイチは…レンを、選んだんだ。
「…ア、アイチ…ッ!」
座り込みながらよろけた赤い服に黒いジャケット、ジーンズ、AL4なら基本つけているチョーカーを身に着けていた。
細い様子だとなにも食べてないようだった。
「…どうすっかな…エミちゃんはカードキャピタルで暮らしてるけど今この状態で会わせるわけには行かないし…うーん…。」
「俺が…アイチを預かる。」
「か、櫂?!」
レンが手放したと考えたらこれはチャンスじゃないか。アイチとまた入れる。だが、罠だったら?…よそう、まずはアイチのこれからを考えなければ。
「…ちゃんとわかれば連絡しろよ、俺も心配なんだしさ。」
ポンと肩を叩いてカードキャピタルに入っていく、戸倉ミサキと相談するんだろう。
最近アイチの両親が亡くなり親戚に引き取られる予定がアイチはレンに連れられ、エミはミサキのとこへ別々になった…はずだ聞いたところによれば。大切な人が消えていくのは俺も痛いくらいわかるアイチが泣いていたら今、少しは泣いていたかもしれない。アイチはやはりいじめにも両親の死にも耐えている、凄い強くなったが泣きたいのに泣けないのだろう。またその自分が迷惑を他人に掛けることで虐められると思って。単にいじめたやつはアイチが好きな故にからかう程度でいじめた行為だったんだろうが、アイチには傷ついたのだ。
とりあえずまだあまり濡れていない防水コートを被せアイチを自分の家まで抱き上げ連れていった。
「…寝顔は昔と変わらないんだな。」
一年前の出来事が蘇る。だが、今の俺には別の彼女がいる…アイチと顔は似てないが蒼い髪にターコイズブルーの瞳をした、アイチと外見がにているような、そんな女性が。
「…何故、お前は俺を捨てたんだ?…」
捨てた、はあまりこの内容に会わないかもしれないがこれに近かった。PSYクオリアに侵食されていく度にアイチが突き放していった。
突き放された痛みを思いしった。
それにたいしてはPSYクオリアに感謝するがあとは別問題だ。アイチを残酷な性格に変えて何がしたいんだ。
考えたくなくて、俺は寝室から出た。
ー翌日ー
寝てしまっていた。アイチはどうなったのだろうか。
「…ここは?」
「目が覚めたか?」
アイチは意識あるのか確かめる。
意識はあるらしいがやはり何か食べさせるべきだな。と思いおかゆを持ってくる。
一口食べさせたら美味しいと言った。
「あの…貴方は誰ですか?」
スプーンが落ちそうになる。今なんと言った?
「なっ…冗談は寄せ。」
冷静さを装いながらも凄く泣きたくなる。
だが、冗談だよ。とかそんな顔ではなく本当に分からないという顔でこちらを見てきた。
「僕自身のことも分からないんです。でも赤い人から逃げてきた…んです。気づいたら何が何だか分からなくて…」
赤い人とはレンのことだろう。レンのPSYクオリアは戻らず結局アイチも元に戻らなかった。
もしかしたら、PSYクオリアの方のアイチならば記憶を持っているだろう。
「俺はお前と、先導アイチとヴァンガードをよくしていたんだ。お前は全国大会優勝者で。」
あれからアイチは街で見かける度にいろんな人から声をかけられていた。
すべてを話しても結局記憶が蘇る感覚はなかった。
「多分、これがお前のデッキだ。」
見せるとアイチの目にPSYクオリアが出てきた。
「…フフッ、久しぶりだね。櫂トシキくん」
アイチが黒い笑みを浮かばせながらこちらを見てきた。
「なぜアイチの記憶がないんだ。」
「ああ、簡単な話だよ。レンさんから逃げたんだ。だから逃げた罰で記憶消失の薬を飲まされたんだ。」
「どうしたら戻るんだ?」
俺は渋い顔でアイチに問いかけた。アイチを元に戻す、そのためならば…なんだってしてやる。
「相変わらず暑苦しい男だね、櫂君」
「お前には言われたくないな。」
そういいフーファイター本部に向かうために…何かわかるかもしれないショップPSYに向かった。
アイチを何としても元に戻す。
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こんにちは!またしてもこういう話しか書けない月です。<br />前回はタグ、評価、ブクマありがとうございました!<br />またクソみたいな小説ですが見てくだされば嬉しいです。追記: 2012年04月23日~2012年04月29日付 の小説ルーキーランキング 76 位に入りました!ありがとうございます!これからよろしくお願いします!
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決意して。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1013509#1
| true |
!Attention
腐向け小説です。
本作品はnmmnです。お名前お借りしてます。
完全なるフィクションで、
ご本人様とは一切何の関係も御座いません。
拡散、共有、ご遠慮下さい。
無いとは思いますがパクリもやめて下さい。
捏造部分あります。ご理解お願いします。
ルールを守った閲覧をお願い致します。
何かありましたらコメントからどうぞ。
[newpage]
「あー、ぶち犯してぇ…」
何の脈絡もなく唐突にそう零した隣の人物から
今すぐ目の前の二人を連れて逃げ出したいと思った。
ちょっと待て。
一旦落ち着こう。
そうだ、落ち着け。
落ち着くんだうらたぬきよ。
こんなことで動揺していてはいけない。
いくら隣を歩く紫のド変態性癖くそやば野郎の言葉が犯罪的な意味を含むとしても
リーダーであって最年長である俺が
動揺していてはいけない。
そうだ、これは俺の聞き間違いだ。
目の前で楽しそうにお喋りして笑い合ってる
可愛い年下組をほっこりと眺めていたから
幻聴を聞いてしまったんだ。
うん、きっとそう。
ちょっと平和ボケしすぎたんだ。
「センラさんとセックスしてぇな…」
「幻聴にさせろ馬鹿野郎!!!!」
ドスッ!!!!と俺の右ストレートが
志麻くんの横腹に深く埋め込まれる。
渾身の右ストレート、流石俺。
見事なパンチだ。
「ぉ"お"ぅ……今の一瞬で天国が見えた…」
「お前が逝くのは天国じゃない、地獄だ」
「そんな親の仇を見るかのような目で
メンバーを見るか」
俺の唯一の癒しである可愛い可愛い
さかたとセンラ。
その二人を邪な目で見てみろ。殺す。
「いやでも俺がセンラさん好きなの
知ってるやろ!?」
「知らない。お父さん許したことない」
「身長の遺伝子は受け継がれんかったか…」
「よし殺す。今殺す。死んでも殺す」
「ごめん俺が悪かった。
その右手の拳をどうか収めて欲しい」
「うらさん、まーしぃ!
何してんの早よ行くで!」
「置いてっちゃいますよ〜」
「うん、今行く!!」
「このぶりっ子たぬき、
俺と年下組とで態度違いすぎやろ」
さかたとセンラに呼ばれて
志麻くんとの茶番もそこそこに、
さっさと前を歩いていってしまう二人の後ろを
のらりくらりと着いていく。
ああ、可愛い。
さかたもセンラもほんと可愛い。
あの天使の微笑みを見てるだけで癒される。
最高。俺は今とても幸せ。
「センラさんが可愛すぎて勃ちそうなんだけど
俺はどうしたらいいと思ううらたさん」
「取り敢えず今すぐ帰るか死んでくれ」
「慈悲がねぇな」
俺の隣にこの犯罪一歩手前の男がいる限り
俺に平穏は訪れない。
だからと言ってコイツを
あの天使二人組の中に放り込むのも
センラの貞操が危ういし、
純粋なさかたが穢れてしまう。
「いっそ遊ぶ時に志麻くん誘うのやめるか」
「堂々とした仲間外れ宣言やな?
志麻泣くで?」
「俺の癒しの時間が保たれるためなら
このうらたぬき何でもする覚悟だ」
「センラさーん!
うらたさんがいじめるー!」
うわーん!と気持ち悪い声を出しながら
センラに泣き付く志麻くん。
足を止めた二人はくるりと後ろを振り返った。
「志麻くん、うらたんにいじめられたんですか?」
「仲間外れにされてまう…」
「あ、それはあかん!
うらさん、めっ!やで!」
は???????
なに、何が起こった今?
さかたさん?貴方、今何て言った?
「めっ!」って言った?
は?ちょっと待って?可愛すぎて禿げそう。
「僕等はこんなに仲ええんやから、
年上組もちゃんとなかよぉしてや」
「俺は志麻くんとじゃなくて
さかたとセンラと仲良くしたい」
「本人の前でそれ言う?言っちゃう?」
「志麻くんとも仲良くしてや?」
「無理」
「断言された」
志麻くんと仲良くして俺にメリットある?
ないね。寧ろデメリットしかなくない?
そんなんだったらさかたとセンラと
仲良くした方がいいことだらけじゃん。
俺は毎日幸せになれるじゃん?
両手に天使だぜ?
なんてこった素晴らしいそこが天国か。
「うらたん、志麻くんいじめちゃあかんで?」
よしよし、と志麻くんを抱き締めて
その紫髪を撫でるセンラ。
ニヤニヤと笑いながらセンラの胸に擦り寄る
ド変態紫野郎にイラっとした俺は悪くないと思う。
「よし取り敢えず死ね」
たったった、と助走をつけて
華麗な飛び蹴りを横腹にお見舞いする。
「ぐふぉっ!?」
「志麻くん!?」
「ちょ、うらさんっ!?」
「はぁ、スッキリした!」
蹴りが入った横腹を押さえながら
丸まった志麻くんに満足する俺と
駆け寄る天使なさかたとセンラ。
「ねぇさかた、センラ!
俺、お腹空いちゃった!
いつも行くカフェの、
新作のパンケーキ食べに行こ!」
「それどころじゃなくない!?
まーしぃめっちゃ涙目やで!?」
「し、志麻くん大丈夫…!?」
「内臓飛び出るかと思った…っ」
「ねぇ志麻くん今からご飯食いに行くのに
食欲失せること言うのやめてくれない?」
「こ、このたぬき優しさが皆無や…!!」
「俺の優しさは全て
さかたとセンラに注がれてる」
「志麻くんにも分けたって…?」
「ハッ、無理」
「コイツ鼻で嘲笑いやがった…」
「悪魔や…」
「それより早くパンケーキ行こうぜ」
ぐいぐいと二人の腕を引っ張れば、
センラが志麻くんを優しく抱き起こして連れてくる。
「え、志麻くん要る?」
「要る!めっちゃ要るで!?」
「要らねぇな早く行こうぜ」
「…志麻くん大事にしないうらたんやだ」
「志麻くん大丈夫かよ!?歩ける!?
俺が肩貸そうか!?」
「このくそだぬきは二重人格か何かか?」
肩を貸してやろうとすれば「要らへんわ!」と
センラから肩を借りる志麻くん。
はぁ?何様だこの紫。
俺の優しさを無下にしやがった。
もう知らん。俺はさかたとイチャイチャする。
「さかた、早く行こうぜ。
センラも早く向こうでその手拭こうな?」
「俺をバイキン扱いするのやめろ!!」
「志麻菌ばっちぃな」
「センラは志麻くん好きやから拭かへんで」
「センラさん…!」
「俺のセンラが穢された!!」
「もう!早くパンケーキ食べに行くで!」
さかたに引っ張られながらしませんを見れば、
でれでれと顔を緩める志麻くんと
頬を染めて微笑んでるセンラに
俺の天使が一人取られたと悲しくなる。
やっぱり次から志麻くんハブろ。
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<span style="color:#53c900;">やっぱやだ!返せ俺の天使!</span><br /><span style="color:#3e027d;">ぜぇったいやだね!俺のやもん!</span><br /><br /><span style="color:#fe3a20;">…僕がおるからええやん。ばか。</span><br /><span style="color:#febc15;">あの鈍ちんたぬきめ。</span><br /><br />39作目。どうも、イヴです。<br />年下組を溺愛する緑色さんのお話。<br />今回はCP要素薄めです。<br />たまにはこういうのも楽しい。
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俺の天使はあげません!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10135095#1
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真名バレ、いろいろ捏造しています。
なんでも許せる方よろしくお願いします。
[newpage]
「すごいね、お父さん、コナン君。」
「あぁ、こりゃすごい。」
「ちゃんと服借りてよかったね、蘭ねーちゃん。」
ざわざわとしたパーティ会場。
かなり広い会場に着飾った上流階級らしき人々の姿。
耳をすませばどこそこから社長だ会長だとの会話が聞こえてくる。日本人だけでなく外国人の姿もかなり見える。
こんな場所にどーして俺達がいるかっていうと。
「蘭!おじさま!」
いつもの通り、天下の鈴木財閥のお嬢様。鈴木園子に招待されたからだ。
向こうからやって来る園子の服は上品に纏められていて普段とは違いしっかりとご令嬢の姿になっている。
「がきんちょもよく来たわね。園子様が招待してあげたんだから楽しみなさい。こーんなちょーVIPなパーティなかなか開催されないんだから。」
「あはは、ありがとう園子姉ちゃん。園子姉ちゃんにとってもすごいパーティなんだね。」
「まあね。いつもより大きな会社の人たちが国内外からたーくさん、きてるんだから。
うちとしては日本に来たい海外企業と日本企業の仲介役って感じかな?兄貴が初めて仕切ってるんだよね。」
「お兄さんって立香さん…だったよね?確か年は綾子さんと園子の間ぐらいだったっけ。小学校の頃は何度かあってたけどもう、鈴木家の仕事してるんだね。」
「そうそう、あ、噂をすれば。兄貴!」
目の前から園子のお母さん、朋子さんに似た色で顔立ちは父親の史郎さんに似た優しそうな男性とその後ろに美青年という言葉がまさにぴったりの中華系の顔立ちをした人がこちらに向かってくる。前を歩いて来る人が園子のお兄さん、立香さんだろう。
園子の声に気づいて笑顔で近寄って来る。
「こんばんは。鈴木立香です。毛利小五郎さんと蘭さんとコナン君ですよね?園子からよく聞いてます。毛利さんのことはテレビや新聞でよく拝見してます。コナン君もキッドキラーとして次郎吉叔父さんのライバルなんだよね?毛利さんには園子が迷惑かけたこともあるみたいで。名探偵なんだとか!」
「いやー、本当のことを言われると照れますなあ!!」
「こうしてお話ししていても毛利さんは俺の知っている探偵とは全然違ってとっても良い人なのが伝わってきます。」
「おや、知り合いに探偵が?」
「昔ですけどね。有能でしたけど人間としてクズでしたよ。」
探偵の話になった途端立香さんの目が死んだぞ。誤魔化すように口は笑ってるけど目が死んだままだ。
「まぁ、その人の話はどうでもいいので。蘭ちゃんは見ないうちに綺麗になったなぁ。園子からよく話は聞いてるよ。」
「ちょっと兄貴、蘭には幼馴染の旦那がいるんだから手出さないでよね?」
「そうなの?あー、そういえば、昔園子と蘭ちゃんの近くにいた工藤くん?よく睨まれてて嫌われてるのかと思ってたんだけどそういうことだったんだね。」
「え、あのそんなんじゃ…!もう、園子ってば!」
昔の話を出されて俺もつい顔が赤くなる。
あの時は蘭に近づく年上の男に威嚇してたかもしれねぇ。
微笑ましそうな立香さんとからかう園子、照れる蘭と不機嫌そうなおっちゃんに俺は苦笑いを浮かべていると今まで後ろに控えていた人が立香さんに話しかけた。
「申し訳ありません、マスター。スピーチの準備の時間が。」
「え、もう?ありがとう燕青。今日は美味しいものをたくさん用意したから楽しんでってくださいね。毛利さんはお酒も美味しいものを取り寄せたので是非。園子ももう挨拶しなきゃいけない人に挨拶が終わったんなら友達と楽しんで。」
「はーい、ありがと!兄貴も頑張ってね!」
立香さんはそういうと後ろにいた人と一緒にステージ袖の方にむかっていった。
「お兄さん久しぶりに会ったけど優しそうな人ね。」
「兄貴あぁ見えて結構やり手なのよ?最近で一番でかい契約のウルク社とテンティリス社の契約とって来たのも兄貴なの。パパの時は今は新規で日本と契約するつもりはないって言われてたけど兄貴がプレゼンしに行って契約もぎ取って来たんだから。
伍さんも相変わらずかっこいいわー。」
「伍さん?」
「さっきの兄貴の秘書よ!秘書!兄貴はなんでか燕青って呼んでるけど。なんでもすっごい熱意で兄貴に売り込みに来たらしいのよ。はぁ、何回見てもちょーイケメン…。」
燕青ねぇ、燕青っていえば水滸伝の登場人物だけど。確かにイケメンだよな。もしかして英雄のコードネームを使った組織が……なーんて、んなわけねーな。園子の兄貴の秘書だしな。
小五郎のおっちゃんはただで高い酒が飲めるとドリンクスペースに行ったっきり、俺は蘭と園子にどれが美味しいか聞きながら食事をしているとゆっくりと照明が落ちた。
「そろそろ兄貴のスピーチね。」
園子の声にステージの方を見ると、じょじょにスポットライトの灯りに照らされそこには
キャーーーーーーー!!
見知らぬ女性が胸に刃物が刺さった状態で倒れていた。
[newpage]
鈴木立香:元藤丸立香。前世で人理を守ったりしたおかげで今生ではお金持ちの鈴木家に生まれた。記憶持ち。やったぜ!人生勝ち組だー!と思ってたのに初めて任されたパーティで殺人事件が起こる。なんでや。
伍:燕青。中国でパーティに参加中父親と来ていた立香を見つけた。記憶あり。我が主!従者はもちろん俺だよねぇ!!鈴木家に押しかけ熱烈アピールをぶちかまし立香の頭を抱えさせた人。秘書の時は秘書モードになる。
とりあえずマスターの晴れの舞台を、邪魔したやつは殺す。
ウルク社とテンティリス社の社長:古代王達。凡人なりに努力しているみたいだな!良いぞ!フハハハハ!!
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<br />前世で人理を修復した藤丸立香♂が鈴木家の長男になる話。<br /><br />n番煎じです。よろしくお願いします。<br /><br />お借りした表紙<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/67053150">illust/67053150</a></strong>
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あぁ、俺の晴れ舞台
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10135122#1
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俺はタイガー。
新人のヒーローだ。
この前ヒーローをはじめて今日で一ヶ月だ。
今俺の目の前で銃撃戦が始まった。
「ドキューン、バキューン」
頭のハゲタ黒い服を着たオヤジが銃をうつ。
危ない!
俺はドキドキした。
危ない危ない!
そう思うのに声が出ない。
「危ないレジェンド!!」
思わず俺は声を上げていた。
レジェンドの後ろにオヤジが立っている。
オヤジの手には銃が握られている。
その指が引かれた。
「ドキューン!」
俺は固まった。
銃がレジェンドの背中に向けて撃たれたのだ。
「バキューン、ドキューン」
「うっ!」
レジェンドが倒れた。
「どす」
だけど俺の体が動かない。
どうしよう。
俺はすぐに走ってレジェンドのそばに寄った。
倒れたレジェンドは赤くなっている。
血だ!
そう思ったとき
「ドカーン!!」
何かわからない音がした。
音が聞こえて俺は振りかえった。
爆発だ。
ヤバイ逃げなきゃ死ぬ!
だけど体が怖くなって動かない。
店員も死んでしまう。
俺は危ないから、店員に逃げろといった。
「あ・・・はい・・わかりました」
店員があわてて逃げた。
俺はすぐにハンドレットパワーを使ってレジェンドと一緒にその場から逃げ出した。
******
「その時、レジェンドは俺の肩に手を置いて、お前はもう立派なヒーローだと言った・・・・っと」
カタカタと人差し指でキーボードを打ちながら虎徹はぶつぶつとつぶやく。
ブラインドタッチなんてできない。そのため人差し指で雨だれ戦法を使ってキーボードを打っているので恐ろしく時間がかかったが、今の虎徹の集中力はかつて無い程のものだった。
世界がパソコン画面と己の内面だけになっているほど集中をしていた。
朝からつけっぱなしだったTVが、砂嵐になっている。
そんな時刻までソファーに座り、ノートパソコンを前にしていたが、オフィスと違ってまったく苦痛を感じなかった。
これはきっとバーナビーが居ないからに違いない。
あいつは俺のひとつひとつの動作にあーだこーだ文句をつけるからウンザリする。俺だってやればできるんだからな!
妙な達成感が全身を包んでいる。
人差し指でゆっくり打ち上げた小説に満足した虎徹は、ほぅと小さくため息をついた後、もう一度原稿を読み返して頷く。それから大きく伸びをして首をポキポキ鳴らした。キーボードに慣れないのでずいぶんと時間がかかってしまったがもうこれで完成だ。
完全なる感動の短編に仕上がっている。
俺はひょっとしてネ申なんじゃなかろうか?
今、虎徹はひとつの小説を書き上げた所だった。
この小説を虎徹が日参しているSNSサイトに投稿するつもりだ。
小説というものは初めて書いてみたが、案外思うようにスルスル書けてしまった。
簡単じゃねぇか、と思いながらもイヤイヤ、待てよ、自分には才能があるのではないだろうかと鼻が高くなる。
これはいいんじゃね、俺すごくね?
そう自画自賛をしながら、虎徹は次の作業に移る。必要な情報を記入しなければ投稿が完了しないのだ。
「えっと・・・タグは何にすりゃいいんだ?レジェンド×虎とレジェ虎と、あとはシリアスとかか?」
感動の短編ストーリーを書き上げた事によって、妙な自信が腹の底から溢れてくる。
絶対にもうこれは涙なくして読めないと虎徹は思うのだ。
事実、自分で小説を書きながらも涙を流し、鼻水をすすりながら書き上げたぐらいなので、この小説は絶対に受ける!!という根拠は無いが、確かな確信があった。
虎徹が書き上げたストーリーは、レジェンドが銃撃戦に巻き込まれて負傷するシーンから始まる。
まだ新人ヒーローであるタイガーは恐怖のあまり、うまく動く事ができずに、そのせいでレジェンドが負傷するのだ。
タイガーは彼が負傷した事に罪悪感を覚えるが、レジェンドはお前のせいでは無いとタイガーを諭す。
このシーンなんて、自分でも感動しすぎてパソコンの画面が見えなくなった。
絶対にシュテルンビルト中の腐女子が咽び泣くに違いない。けしからん!もっとやれ!とでも悶え苦しめばいいのだ。
「瀕死の重症を負ったレジェンド!くぅううっ!この展開しびれるぜっ!」
我ながらなんて美しい物語を書いたのだろう。
透明感がある、あのお気に入りのサークルに引けをとらない出来ではなかろうか?
虎徹はソファーに座りながら全身で身もだえしながら足をバタバタさせた。
「後半の展開も納得の出来だぜ。ぜってぇ俺小説の才能あるわ、まいったなぁ」
物語の後半は、タイガーがレジェンドの入院に付き添い、献身的な看病をする間に淡い心の交流が生まれるという展開になっている。実にハートフルでピュアなストーリーを書き上げる事ができたと、自分自身でも納得の行く作品だった。
これならばどこに出しても恥ずかしく無いだろう。
死にネタは嫌いなので、最後は回復したレジェンドと二人でヒーロー業を再開をするというシーンで話は終わっている。
もしかして中途半端な場所で終了しているので「ココデオワルハズガナイノニ」タグがつくかもしれない。
ついたらついたで嬉しいし、期待に答えようか、などとワクワクと胸を弾ませながら虎徹は初期設定のタグを記入する。
これまたゆっくりとキーボードを打ったあと、最後にもう一度確認した。
業務の書類などは見直しなど一度もしないというのに、この時ばかりは慎重になる。
このタグが読者の層を決定する重要なものである事を、虎徹はSNSロム専の視点から心底理解しているからだ。何度希望のタグで検索をかけた小説に騙された事だろう。あのがっかり感は異常だ。自分の小説でそんながっかりユーザーを増やすわけには行かない。
ここでミスると誰にも読んでもらえなくなっちまう。
何とか記入を終え、いざ投稿しようと思ったところではたと気がつく。投稿者のコメント欄が空欄のままだ。
「あ、キャプションっての忘れてた。えっとじゃぁ、”兎×虎の流れをワイルドにブチ壊すぜ!”にしとくか」
これまた数十分かけて一言打ち込んだ後、虎徹は最後に「投稿」のボタンを押し、SNSに自分の小説が投稿されたのを確認した後、今度こそ満足のため息をついた。
ああ、良い仕事をした!
それから腕を組んで高らかに笑う。
「これが切欠でレジェ虎が復活することを願うぜ!!!」
一人暮らしのリビングに虎徹の自身あふれる高笑いが響いた。
そう、虎徹は今生まれて初めて小説を書き、それをワールドワイドウェブな世界に投稿したのだ。
自分が書いた作品をたくさんの人に読んでもらえる。
それは本当に素敵な事だった。
胸がわくわく、心が躍る。どんな感想がつくだろうか?タグが打ち込まれるだろうか?そう想像するだけで何だかそわそわしてしまう。
T&B小説50ユーザーとか、100ユーザーとか行っちゃったらどうしよう!などと夢を膨らませる。この称号をゲットできたら本当に嬉しい。
今まではロム専だったが、好きな小説家が軒並み虎徹の嫌いなバニー×タイガーになってしまったので、虎徹は自分で小説を書いて自家発電をすることにした。
レジェ虎の流れを同人業界に訴えかけるために自身でも作品を投稿してみることにしたのだ。
案外やってみると簡単なものである。
パソコンは苦手なので四苦八苦したし、この小説を書き上げるのに一週間はかかったが、それでも今虎徹は非常に満ち足りた気分に浸っていた。
「よっしゃ!アップされたぜ!!」
ガッツポーズをする。
全体で記入した文字数を見てみると801文字となっている。我ながら短編といえども凄い文字数を打ち込んだものだ。こんなに長い文章だったら前後編ぐらいにすればよかっただろうか?
少し不安になったものも虎徹はコーヒーを入れながら反応を待つ。
すると、すぐに画面左上の兎のアイコンに4という数字が表示された。
まさか、投稿したその次の瞬間に読者がついたのだろうか?!
これは嬉しい誤算だ。
どうやら早速、投稿した小説にタグがついたようだ!
「おおっ嬉しいじゃねぇか」
まさかこんなに直ぐに読者が現れ、しかも反応を返してくれるとは思わなかった。
さすがヒーロー物は人気のジャンルだ。
きっとそもそもの読者層が、他のジャンルよりも多いのだろう。
虎徹はいそいそ、ワクワクしながら両手をモミモミする。
それからゆっくりとマウスのカーソルを兎マークに合わせてクリックした。
[newpage]
そして目に飛び込んできたタグは--------
・この小説はヒドイ、というか小説じゃなくねvvv
・携帯小説乙!
・ドキューンにワロタvv
・擬音語多すぎ、シリアスじゃない。むしろギャグ
「だっ!!!!」
思わずパソコン机に額を打ち付ける。ゴン、と言う鈍い音が深夜の静寂を打ち破った。
何なんだこの意地悪なタグの一覧はっ!!!!
ヒドイ、俺がんばって書いたのに!!俺の一週間の頑張りが、無残にも心冷たいシュテルンビルド市民たちによって打ち壊された。
虎徹は両手を覆ってさめざめと泣く。
よもや見間違いでは無かろうかと、恐る恐るもう一度画面を見る。
そして再び撃沈した。
「くっそおおお何が悪いんだよっ!!!すげぇ良い話じゃねぇか!!!」
小説を書くということは、少なからず自分の持つ世界観を人に提示し、共有したいと言う願望の上に成り立つ。
「これが俺様の妄想力じゃぁっ!ドヤァ!!」と言う様な気分を有しているのである。
「俺の考えてること面白いだろ!!」という、ある意味露出狂的な倒錯感も含め発表しているのだ。
だからこそ、その世界観を受け入れてくれ、すごいとか面白いとか褒めてもらう事が快感に繋がるのだ。
自尊心がくすぐられ、非常な満足感を生む。
その満足感が次の作品作成への情熱につながるのだが、こうして心無い言葉をもらうと地底のそこまで凹む。
ヒドイとか気に入らないなら読まなければいいのだ。わざわざ作者を貶して心を傷つけるようなアクションをとらなくてもスルーさえしてくればいいのに!と虎徹は思った。
きっと兎虎が主流の中であえてレジェンド×虎を発表したのがそういう読者の神経に触ったのだろうか?だとしてもこれは意地が悪い。
嫌なら読むな!
嫌なら読むな!!である。
そういうわけで、その凹みはすぐに苛立ちに変わった。
虎徹は再びSNSの管理画面から小説の編集をクリックする。そしてキャプションを開き
「文句いうなよ。だったら自分で書いてみろよ!俺はただ感動してもらえればいいんだ!」と書き込んだ。
するとすぐに兎マークが赤くなり「2」という数字がつく。
お?今度は同意してくれたのだろうか?そう思ってマークをクリックすると今度は小説にコメントがついたようだ。
嬉しくなってコメントを開いて-----------------そして再びアッパーカットを喰らい、虎徹はスローモーションでソファーの上に撃沈した。
・文章が稚拙。感動も何も、情況が伝わらない。小説以前の問題。まずは文字の書き方から勉強しなおしたようがいいよ
・あおり体制ないなら物書きには向かない。早くキャプション消さないと炎上するぞ
「だあああああああああああああっ!!!」
今度こそ虎徹はマウスを投げ捨てた。
そして床に大の字で寝転び、幼い子供のように我を忘れて地団駄を踏んだ。
「もう無理!もうやだかんね!!俺もう二度と小説かかねぇっ!!!ヒドイ意地悪!!腐女子が意地悪するよともえぇえええっ!!!」
(ばっか、虎徹君。腐女子は目が肥えてるんだからねっ、もっと勉強して壁サークル目指して頂戴!)
お空の上から、友恵が叱咤激励してくれたような気がした。
虎徹はよろよろと立ち上がる。
それから拳を握り締め、小さく誓った。
「そうだよな・・・友恵、俺・・・・頑張るよ!!」
メラメラと闘争心が燃え上がる。
こんなところで負けてられるかあぁぁぁぁっ!!
「腐女子界でもワイルドに咆えるぜえええええええええええっ!!!!」
腐男子虎徹、人生で初投稿をけちょんけちょんに貶され、腐女子界の厳しさを身をもって知った瞬間である。
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おじさんが●●してみるの巻き。おじさんはたぶん表現力とか語彙が少なそうだなと。腐男子虎徹シリーズまさかの第三弾です。<br />このシリーズの虎徹さんは、アホの子です。アホの子なおぢさんを愛でてください。<br /><br />※携帯小説のモデルは「アタシの名前はアイ」をパロさせてもらいました。愛読者さんがいたらすみませぬ。
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【兎虎】腐男子虎徹の誕生 3
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1013513#1
| true |
あてんしょん!
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⚠️この作品はnmmnとなっております。
⚠️実在の方のお名前をお借りしておりますが、ご本人様とは一切関係ありません。
⚠️誹謗中傷はお辞め下さい。
⚠️SNSなどでの拡散禁止です。
◎関東人の書く方言です。
間違っていたら申し訳ないですが、温かい目で見逃してやって下さい。
nmmnやblが苦手な方は今のうちに回れ右↩︎↩︎
それでも読んで下さる方はどうぞ▷▶︎▷▶︎
[newpage]
side.Mfmf
┈┈┈┈┈┈
「…どう思います?うらたさん」
「全くです、まふまふさん」
僕が問い掛けると、向かいに座ったうらたさんが両腕を組んで大きく頷いた。
皆さんこんばんは、まふまふです。
今日はいつもの四人そらまふうらさか、もといまふそらさかうら──ではなく、僕とうらたさん二人で集まっています。
何故かというと…
「なんだよ、デ〇ズニーって」
「僕達がゲーム放送日を練ってる時に…」
そう、本当だったら今日は四人でゲーム放送でもしようかと考えていた。
だが、先に打ち上げの予定が入っていたそらるさんとさかたんに断られてしまったのである。
「僕もそらるさんとディ〇ニーデートしたい…」
「今頃絶対俺らの事忘れて楽しんでるだろ」
二人の間にあるテーブルの上に置かれた携帯電話に視線をやる。
その液晶に映るのは、被り物やサングラスをしてリア充してやがる恋人の姿。
僕の恋人そらるさんと、うらたさんの恋人さかたんは、スタプラメンバーと打ち上げでディズ〇ーシーに出掛けていた。
その為予定が無くなってしまった僕達二人で、こうして愚痴会になったのだった。
「打ち上げだから仕方無いですけどね…」
そう、スタプラメンバーでない僕とうらたさんが誘われないのは当然の事。
それを分かっていながらも、それでもやはり釈然としなかった。
「…こーなったら二人でゲーム放送してやる!行くぞ、まーふぃー!」
やけくそになったうらたさんは勢いよく立ち上がり、オープンレックスタジオへと僕を引っ張っていった。
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「今度僕達だけで行きますか」
「おーいいね。U〇Jとか行って楽しそうな写真載せようぜw」
そんなこんなでゲーム配信を始めた僕達。
リスナーさん達と楽しい時間を過ごし、気付けば空はどっぷりと暗くなっていた。
「折角ですし僕ん家で飲みます?」
「お、やった」
配信を終え、せっかくなので宅飲みしようと僕の家に帰る。
「おっじゃまっしま〜す」
途中コンビニに寄りアルコールやつまみを買い家に着くと、今回の元凶である彼らがSNSに写真を投稿していた。
「……」
「どうかしたんですか?」
そんな彼氏のSNSを前に固まっているうらたさん。
「お、おまえ…全然惚気けてんじゃんか!!裏切り者おおおぉぉぉぉぉ!!!!」
「えっ、いや、何の話です?」
勢いよく僕を振り向いたうらたさんに驚きつつ、目の前に差し出された携帯を見る。
そこには先程エンジョイしていたであろうそらるさん達が映っていた。
しかし、うらたさんが騒いでいる意味が理解出来ず頭上にハテナが浮かんでしまう。
「ここ!!」
そんな僕を見兼ねたうらたさんは、液晶のとある場所を指差した。
うらたさんの指先は、そらるさんの頭。
そんなそらるさんの頭には被り物が乗っていた。
「これ、まーふぃーも持ってなかった?」
「え、そうでしたっけ…」
そういえば持ってたような。
けど数年前の話であまり良くは覚えていなかった。
「うらたさん記憶力良いですね」
「まぁな…ってそうじゃなくて!
何ナチュラルにお揃いの物身に付けてんだよ!」
「お揃いじゃなくて似てるだけですけどね」
「どっちでもいーじゃん!
…いいなぁ、。
…そ、それよりも早く飲もうぜ!」
うらたさんは一瞬悲しげな顔をして何かを呟いた
かと思えばすぐにいつもの元気な姿に戻り、ソファに座り袋からお酒を取り出していった。
「…?」
「何ぼーっとしてんだよ!ほら!」
「…あ、はい…いただきます」
問いただそうとするがうらたさんに強引にお酒を持たされ、結局訊けず終いとなってしまった。
「…でさぁ、そん時さかた何て言ったと思う?『僕達にはまだ早いんじゃない?』だぜ!?ほんっっと無神経すぎるだろ!」
あれから1時間程が経過した。
うらたさんは珍しく早いピッチでお酒を飲んでいき、気付けば止められない程に出来上がってしまった。
どうやら酔った勢いで彼氏(さかたん)への不満が爆発した様子。
「…れだって…おれだって、さかたとお揃い、したいのにっ…」
ぷりぷりと怒っていた姿から一変、急に落ち込みぽろぽろと涙を零すうらたさん。
「だから、まふとかっ、お揃いの物とか記念日とか、すごい大事にしてて…いいなって…!ずっと、羨ましくて…でもおれ、素直じゃないから、さかたに言えなくて…!」
こうなってしまったうらたさんは赤髪の彼以外どうにも出来ない。
僕はうらたさんの愚痴に相槌を打ちながら、今頃帰り足であろう彼にLI〇Eを入れたのだった。
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side.Skt
┈┈┈┈┈
皆さんこんばんはっ!坂田です!
今日はスタプラメンバーの皆と〇ィズニーシーへ打ち上げに来てるよ!
「俺これにしようかな…」
「あ、可愛いっすねぇ!」
お土産コーナーにて、そらるさんが被り物を見つけてきた。
「確かこれと似たようなやつ、まふまふが持ってた気がするんだよね…」
「おお!お揃いってやつですか!」
「…そんなんじゃないけど。買ってくるわ」
図星を突かれたようで、そらるさんは顔をほんのりと赤く染めながらいそいそとレジへ向かっていった。
折角だし僕も何か買おうかな。
「ん…?」
様々な商品が並ぶ店内をぐるりと見渡すと、ある物がキラリと光った。
「これ…」
その正体は、ペアリングだった。
「何か良いのでもあったの?」
そこへ、会計を終えたそらるさんがこちらへ戻ってきた。
「このペアリング…前にうらさんとデートした時に、欲しがってたんです。
でもその時はまだ、付き合いも浅くて。
どうせならそれをプロポーズの時に渡したくて…まだ買わない、って断った思い出があったなぁって」
昔の思い出に懐かしんでいると、携帯から何か通知が入る音がした。
「あ、俺だ…」
どうやらそらるさんだったようで、携帯を確認している。
「坂田くんさ、まだうらたくんに指輪渡すつもりは無いの?」
「そうですね…僕自身まだ未熟者で、うらさんを養っていけないと思うんです…だから、もう少し待っててもらいたいんですよね」
本当は直ぐにでも指輪を買って、プロポーズして、うらさんをお嫁さんにしたい。
でもその為には、僕がもっともっと良い男になって、うらさんを守れる資格が必要なんだ。
「そっか…ねぇ坂田くん。
恋人にネックレスを贈る意味って、
“貴方を束縛したい”なんだって」
そう言ったそらるさんの視線に目をやると、先程僕が見つけたペアリングの横。
「ペアリングを前に待ってて、だなんて
俺は待てそうにないから、せめて何かで繋いでて欲しいなぁ…なんて」
そこには、ペアリングと同じデザインのネックレスが飾られていた。
「お土産、買うでしょ?」
少し意地悪そうにニヤリと笑うそらるさんに背を押されるように、僕はそのネックレスを手に取った。
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「ただいまぁ」
「あ、やっと帰ってきたぁ。も〜、遅いからうらたさん寝ちゃいましたよ?」
「ごめんごめん」
「うらさぁぁぁぁあん」
「ふぇ…?」
打ち上げからの帰り、うらさんがまふ氏の家にお邪魔しているとの事でそらるさんと寄った。
珍しくお酒をたくさん飲んだようで、眠そうなうらさんがたどたどしい足取りで玄関までお出迎えしてくれる。
「さかちゃん…?」
「そぉやで、ただいま、うらさん」
「んふふーおかえり!」
少しアルコールの匂いを漂わせながら、ふわりと笑って抱きついてきたうらさん。
酔ったうらさんまじ天使。ここは楽園か?
「うらさんがお世話になりました。また後日遊ぼうね〜!」
「うん。気を付けてね」
酔ったうらさんを送るべく、僕はまふ氏とそらるさんにお礼を言って踵を返した。
「んぅ…」
「ん?どうしたん、眠い?」
「んー…」
「しゃあないなぁ、ほい」
アルコールが入って眠いのか、目を擦るうらさんをおぶり、ゆっくりと帰り道を辿って行く。
「さかちゃん、あったかいね」
「んー?そうやねぇ」
えへへ、とはにかむご機嫌なうらさん。
うらさんは相変わらず驚くほど軽く、全然苦なんかじゃなくて。
うらさんはくっついてるからあたたかいと思っているのだろうが、僕は背だけではなく心まであたたかいと感じた。
「ほい、到着〜」
うらさんの家に着き、お土産だけ渡そうと荷物を漁ろうと腕を伸ばすと、うらさんの手によって阻止された。
「…?」
「…あがっていかないの?」
「ええの?」
あざとく上目遣いでこちらを見るうらさん。
こくりと頷いたのを確認して、僕は素直に部屋にあがらせてもらった。
「…今日、楽しかった?」
ソファに腰掛けると、うらさんは控えめにそう訊いてきた。
どうやら夜風に当たって酔いも覚めたらしい。
小さな両手をぎゅうっと握り締め、少し視線は斜め下。
この態度のうらさんは、何かを我慢してたり、素直になれなかったりする時の証拠。
…ああ、今日寂しい思いさせちゃったな。
って直ぐに分かった。
「…うん。でも、ずっとうらさんのこと考えとったよ。
このアトラクションうらさん好きそうやなぁとか、このデザートうらさん好きやろうなぁとか」
「…ふーん」
「だからな、今日は打ち上げやったけど、僕は次うらさんと行く時への下調べだと思ってんねん」
「下調べ…?」
「そう。せやから、今日食べて美味しかった物はうらさんと食べて、今日楽しかったアトラクションはうらさんを連れて行く」
「…ふぅん。楽しみだな」
それでもうらさんは両手を解かない。
「…うらさん、おいで」
「っ…」
優しく手を引けば、うらさんは素直に隣に座ってくれた。
「なぁうらさん。
前にデートした時に見つけた指輪、覚えとる?」
「っ…!」
「なんで早いって言ったか分かる?」
「…俺とお揃いは、嫌なんだろ」
そう吐き捨てるように涙声で呟いたうらさん。
…やっぱり。
僕はあほやから、ちゃんと理由を伝えられてなかったんだ。
「ちゃうねん。あんな、うらさん。
僕は、うらさんにプロポーズする時に指輪を渡したいんよ。
でもまだ、今の僕じゃうらさんを守れる程じゃない。
もっともっと良い男になってから、うらさんを僕のお嫁さんにしたい。
だからその時まで、待っててほしい」
「…っ、ばかっ…おれ、ずっと勘違いしてたってこと…?」
「そうみたい。不安にさせてごめんなぁ」
「ばかぁっ…!あほっ…!」
ついに瞳からぽろぽろと涙を零したうらさんを抱き締める。
そして、袋から先程買ったお土産を取り出してこっそりうらさんの首元に着けた。
「うらさん、こっち向いて」
「…?」
シャラリ。
うらさんがこちらを向いた瞬間、それは白いうなじを滑り鎖骨の間でキラリと光った。
「っ、これ…!」
「そう。あのペアリングと同じデザインのネックレス」
「綺麗…」
そのネックレスはうらさんの翡翠色の瞳にも反射し、キラキラと輝いている。
「似合っとるよ、うらさん。
僕が指輪を贈れる様になるまで、このネックレスと一緒に待っててくれますか…?」
「っ、はいっ…!」
大きく頷いてくれたうらさんに、僕も嬉しくて自然と綻ぶ。
僕達は将来を誓うように、どちらからともなく唇を重ねたのだった。
END.
[newpage]
おまけ。
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side.Srr
┈┈┈┈┈
まふまふからSOSの連絡が入り、さかたくんと帰宅すると、そこには困った顔をしたまふまふとべろべろに酔ったうらたくんの姿があった。
うらたくんは坂田くんに任せるとして二人で見送り、俺はそのまままふまふの部屋へとあがらせてもらった。
「はい、お土産」
「わぁっ…ありがとうございます!紅茶煎れますね」
お土産のケーキとクッキーを渡すと、それに合う紅茶を用意する為に席を立つまふまふ。
「それ、買ったんですか?」
その時に気付いたのか、俺の荷物を指差して興味深そうに見つめた。
まふまふの指の先は、先程購入した被り物。
「あ、うん…皆被ってたし折角なら俺も被ろうかなって」
「そらるさんナイ〇メア知ってましたっけ?」
「え?いや…詳しくはないけど」
グイグイと迫ってくるまふまふに思わず視線を逸らすと、ぐっと腕を引かれ顔が近付く。
「…僕とお揃いって自惚れても良いですか?」
「っ…!」
耳元でそう図星を突かれ、一気に顔が熱くなる。
まふまふはそんな俺の反応に満足したのか、再び紅茶を煎れにキッチンへ立った。
「紅茶出来ましたよ、食べましょ」
「…ああ、うん…」
用意してくれた紅茶を前に、二人でお菓子を頂く。
「今度、ちゃんとした物もお揃いで買いに行きましょうね♡」
「…ん。」
そんな俺達を見守るかのように、リビングの棚には二つの被り物が並べられていた。
[newpage]
あとがき。
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ここまでお読み頂きありがとうございます!
ここ最近仕事が忙しく、前作品から少し日にちが経ってしまいました;
久々の更新失礼致しましたm(_ _)m
この前(結構前になってしまいましたが)、スタプラのメンバーでディズニーシーに行ってましたね。
そこでそらるさんが被っていたナイトメア(ジャック)の被り物が、数年前にまふくんが身に付けていたものと似ていたのをご存知でしょうか?
よく見ると素材などが違うようですが、キャラクターは同じですので(無理矢理)。
ここで少し解説を。
さかたさんがお土産に悩むシーンでそらるさんの携帯に通知が入るところですが、
あの通知は前のページでまふくんが連絡を入れたところに繋がっています。
うらたさんの愚痴から汲み取ったまふくんが、何かアクションをという事でそらるさんに伝えたんですね。
理解の早いそらるさんはうらたさんの不安を救う為にさかたさんに背中を押すという手助けをします。
仲間想いのAtRですね。
そして今回うらたさんサイドだけ無いという…
こたぬきさん申し訳ありませんでした;;
しかも本当はまふそらメインの予定だったのですが、なぜかさかうらがメインになったという…。
まぁでもさかうらも最近ネックレスやイヤーカフがお揃いや色違いですもんね。
公式万歳🙌🙌
今回もここまでお付き合い頂きありがとうございましたm(_ _)m
では、また|_・。)ノ
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まふまふさんとうらたさんの恋人は、どうやら用事があるようです。<br /><br />「「なんで俺達も誘ってくれないの!?」」<br /><br />そんな嫉妬から、二人はゲーム配信を始める事にしました。<br /><br />さて、そんな彼らの会話とは…?<br /><br />______________________________<br /><br />フォロワー様300人を突破致しました…!<br />これからも皆様に楽しんでもらえるような作品を作っていけるよう頑張りますので、宜しくお願い致しますm(_ _)m
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嫉妬して何が悪い!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10135242#1
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キャプションはお読みいただけましたか?
大丈夫、という方のみ次のページからどうぞ。
[newpage]
真秀さんが倒れたことを知ったのは、米花百貨店での爆弾騒ぎが解決したすぐ後だった。
無事犯人を警察に引き渡して、さあ帰るかと皆と一緒に外に出た。そうしたら百貨店の前に警察車両に混じって救急車がいるものだから、まああの混乱の中怪我人が出てもおかしくないか・・・と他人事の様に見ていたら。
「――――あれ?昴さん?」
救急車に乗り込む見覚えのあり過ぎる人物の姿に慌てて駆け寄ると。
「、ああ、コナン君ですか。すみません、急を要するのでお話はまた後で・・・。」
「えっ、ま、ほろ・・・さん?」
目立つ行動は避けているはずの昴さんが爆弾騒ぎのあったところで救急車に同乗しようとしているなんて・・・一体何事だ!?なんて、興味半分心配半分で近付いてしまった俺は、直ぐにこの行動を後悔する。
ストレッチャーの上に横たわっていたのは、紛れもなく大切な友人の真秀さんで。
昴さんが珍しく焦りを顔に浮かべているのも、こんな騒ぎの中同乗をかって出たのも、全てはこの為だったのかと理解した。
そして。
気を失っているだけなのか。いや、そうであってほしいと願う程に真秀さんの顔には血の気が無い。真っ白な顔で力なくぐったりと横たわる様子に、俺の背中はスッと寒くなった。
「え、あの、す、ばる、さん・・・?」
「・・・大丈夫です。何かショックを受けたようで気を失っているだけですから。また連絡します。」
「う、ん。」
その真秀さんの姿は、本当に、まるで、息をしていないようで。
俺にとってそれは、どんなご遺体を見るよりも衝撃的な光景だった。
[newpage]
病院に到着した昴さんから聞かされた話は、到底受け入れ難いものだった。
―――――倒れた原因は不明、いつ目を覚ますか分からない、そうだ。
そう話す彼の声は、ボイスチェンジャーを使っていても、赤井さん自身の感情が透けて見えるような、喉の奥底から絞り出すような声で。
そうだ、一番辛いのは俺じゃない。とにかく赤井さんに何か言葉を掛けなければと必死になった。
原因が不明、という事は分かっている範囲で何か重篤な病気である可能性は低い。だとすれば問題は心の・・・・そこまで考えて、ハッとした。
「―――――昴さん。昴さんが真秀さんを見つけた時、彼はどういう状態だったの?」
「ああ、お・・・僕、が見つけた時にはとても苦しそうに壁に寄り掛かりながら蹲っている所でした。喉の辺りを抑えていたので、何か発作でも―――――!!」
「そう、真秀さんがそんな状態になる原因に僕らは心当たりがある。でもそれはあり得ないことだ。だとしたら、別の――――違う原因が“いた”ってことになる。ねえ、昴さん。何故あそこにいたの?何か、何か――――その原因について知っているんじゃないの?」
「・・・・・・。」
「火傷を負った、真秀さんのお兄さん・・・。」
「!」
「多分、その人が今回の原因、だよね?」
ジョディ先生が見たと言っていた、火傷痕のある赤井さん。勿論本人では無い事は分かり切っている。恐らく組織の人間、若しくはその関係者の変装と考えるのが妥当か・・・。いずれにせよその人物が米花百貨店にいて、それを知り昴さんは来た。そして、たまたま真秀さんはその赤井さんに出会い、過去の出来事をフラッシュバックさせるような何かをされた、か言われたか・・・。
「そうなると、厄介、じゃないかな・・・。」
「・・・ああ、そうだな。」
淡々と話す昴さんだけれど、口調が赤井さんに戻っているし、かなり怒っている。
そりゃそうだ、折角真秀さんと地道に距離を詰めて良い方向に向かわせていたところだったと言うのに、今回の一件でそれが全部水泡に帰す上、真秀さんが・・・。
「とにかく、奴についてはこちらで調査する。奴の狙いが俺だというのなら、これを機に真秀に狙いを付けないとも限らないからな。」
「・・・!そう、だね。僕も協力するよ。」
「ありがとう。真秀はとりあえずこのまま目覚めるまで入院することになる。俺も毎日様子見には来るが、ずっとはいてやれないのでな・・・すまないがボウヤも時々見に来てやってくれないだろうか。」
「そ、んな!時々じゃなくて毎日行くよ!なるべく傍にいるようにする!!」
「・・・・ああ、頼んだ。」
ただでさえ寂しがりやな真秀さんだ。
目が覚めた時に一人じゃ、泣いてしまうかもしれないからね。
[newpage]
【本当に、ご迷惑をお掛けしました。】
「ううん!迷惑だなんて思ってないよ!真秀さんが元気になって本当に良かった!」
「そうですよ、真秀さんが倒れて、しかも目が覚めないって聞いた時は私心臓止まるかと思ったんですから!ほんとーに良かったです!」
【梓さんも、マスターも。沢山お見舞いに来て下さったそうで。感謝してもしきれません。改めてお礼を。本当にありがとうございました。】
「いいんですよ~!大事な常連さんですもの!」
真秀さんが倒れてから、二か月。
今日は久しぶりに真秀さんがポアロに顔を出すということで、快気祝いも兼ねたプチパーティーをしていた。カウンターの隅で、ひっそりと。参加メンバーは俺と、梓さんと、マスターだけ、なんだけど。
「でも驚きました・・原因不明で一か月も昏睡状態なんて・・・本当にあるんですねえ。ドラマや映画みたい。」
【ええ、僕も驚きました。】
そう、結局。真秀さんは一か月もの間一回も目を覚ますことが無かった。皆も代わる代わるお見舞いに行きつつ、段々と本当に彼が目覚める日は来るのだろうか・・・?とつい思ってしまうほど、それは長い時間だった。しかし、そんな、ある日。昴さんがいつも通り病室に向かうと、そこには上体を起こし、窓の外を眺める真秀さんがいたそうなのだ。
慌てて駆け寄ると、ぼんやりと昴さんを見てから会釈をしたので急いで担当医を呼び、直ぐに精密検査の運びとなった。
検査の結果、やはり何処にも異常は見られず、原因は不明。ただ、一か月もの間寝たきりだった故に筋力低下が著しくリハビリしながらの回復が必要な事と――――――真秀さん自身に倒れる直前の記憶が無い事から、まだ暫くの入院が必要と判断された。
医者が言うには心に相当のショックを受け、それが強烈な負荷となってしまい、身体と心が真秀さん自身を守るためにその記憶を封じたのではないか、とのことだった。
その話を聞いた時、俺はとても恐ろしくなった。
真秀さんは、赤井さんという存在を核として生きている。その核を守るため、その核から“拒絶される”という現実にぶち当たった時、真秀さんは無意識に自身の一部を削り取り犠牲にしているのだ。以前は声、今回は記憶。
自分で処理しきれない出来事を、自分の一部と共に排出し、ダメージを軽減させる・・・。
その行為は、ある種の自傷行為のようで、いつか真秀さん自身が消えてなくなってしまうような不安定さを孕んでいる。
これ以上、この人にダメージを与えるわけにはいかない。
ショック療法だとか、過保護過ぎるとか、そういう次元の話ではない。俺たちの想定を超えるレベルで、赤井さんという存在は真秀さんにとって大きすぎるのだ。
本当に、双子としてこの世に産み落とされる前は一人だったような、一心同体ではなく、たった一人の人間だったような、そんな。
あらゆる常識から外れた感覚で、真秀さんの中に赤井さんが存在している。だから、普通のやり方では、駄目なのだ。
リハビリも終わり、退院が許可されても、記憶が戻ることは無かった。
真秀さんは、あの日何故百貨店に赴いたのか、あの時誰に会って、何をしたのか。その全てを忘れているままだ。
「今日からまた昴さんの所?」
【うん、心配だから暫く一緒に暮らしましょうって。優作先生にもそう勧められてね。確かに、一人で生活するには少したどたどしい部分があるから、とても有難いんだけど。】
「もしかして、また迷惑が、とか考えてる?いいんだよ、昴さんああ見えておせっかい焼くの好きなんだから。いっぱい甘えちゃいなよ!」
そして出来ることならば、そのまま昴さんに依存してくれるといい。
本当は、分かっている。彼を救うには赤井さんがいればいいってこと。でも、どうしても今の段階で赤井さんを出すわけにはいかない。だから、せめて。見た目が違くても、赤井さんに向けているベクトルが半分でも昴さんに移ってくれたら、少しは・・・なんて期待するのは横暴過ぎるだろうか。
【沖矢さんといるのは、楽しいよ。一人でいるのも寂しいし、正直、今回のお誘いは、嬉しい。】
「じゃあ、」
【でもね、駄目なんだよ。僕は、甘えるだなんてそんな資格、無いから。】
「ッ、真秀さん・・・!」
「おや、コナン君が声を荒げるなんて珍しいね・・・喧嘩?」
[newpage]
目の前から掛けられた声に目線を上げると、そこには今まで見たことも無い男性店員さんが立っていた。
「・・・?」
「ああ、初めまして、ですよね。貴方のお話はマスターや梓さんからも良く聞いていますよ。僕は安室透。私立探偵をやっていて、最近こちらでアルバイトを始めさせていただいたんです。」
【申し遅れました、私は赤井真秀(あかいまほろ)と申します。ポアロは良く利用させていただいています。よろしくお願い致します。】
流れるように自己紹介をして下さった安室さんに、こちらも慌てて返す。あ、普通に筆談で返しちゃったけど、吃驚していないかな・・・。
「声が、出ないんですよね?大丈夫です。勝手ながらお話は伺っております。こちらこそ、これからよろしくお願いしますね。」
そう言ってにこりと笑う安室さんは、男から見ても美しいと思うくらい容姿が整っている。こんな人がここでアルバイトか・・・女性の方たちが放っておかなそう。
事実、僕がいなかった二か月の間に、安室さんは大分お客さんとも打ち解けたみたいで、あちらこちらから声が掛かっている。
すごいなあ、一人ひとりにあんなに丁寧に対応すること、中々出来るものじゃないだろうに・・・。
「安室さん、今日シフト入ってたっけ?」
「ん?いいや、本当は依頼があったんだけど・・・急にキャンセルになったからね。いつも休ませてもらっているから出られる時に出ようと思ってさ。梓さんには上がってもらうつもりだよ。」
「ふーん。」
【じゃあ、梓さんは今日もうお帰りなんですね。】
「ええーっ!?私まだ真秀さんとパーティーしたいですよ!」
そう言って頬を膨らます梓さんはとても可愛らしい。
すごいな。美男美女の店員さんを揃えるなんて・・・マスターの人徳かな?
何にしても、ポアロは暫く繁盛しそうだ。
【いつも忙しくて大変そうですから。たまには早く帰って休まないと。僕ならまた前みたいに通わせてもらいますから、その時に続きをしましょう。】
「うう~、分かりました・・・真秀さんがそう言うなら・・・。お疲れ様です。」
「ええ、お疲れさまでした。」
「またね、梓さん!」
まだ少し身体を休めて、とのことで編集部からも休暇の延長を許可されている。そんなに次作を急いで執筆しなければならないということも無いし、持て余す時間が増えそうだから・・・今日の続きならすぐにでも出来るだろう。
その時には梓さんが好きだと言ってくれたチョコレートケーキを焼いてくるのもいいかもしれない。パーティー、だもんね。
「パーティー、というと・・・真秀さんの?」
「そうなんだ、真秀さんやっと退院になったからそのお祝いで!四人でのプチパーティーだったけどね!」
「ホォー、いいですね。では、梓さんの代わりに僕が参加しても?」
「えっ」
【構いませんが、ただお話してお茶するだけですよ?】
「ええ、十分です。寧ろ真秀さんともっとお話ししたかったので。願っても無い事ですよ。」
沖矢さんといい、安室さんといい、僕なんかと話しても大して面白い事も無いのに。
気を、遣われているのかな。病み上がりの人間には優しくなるものだ、誰だって。
【そう言っていただけると嬉しいです。】
「こちらこそ、ですよ。ああ、でも。退院されたばかりなんですよね。もしご病気にひびくようであれば無理には・・・。」
【いいえ。特に病気で入院していた訳ではないので。】
「・・・・差し支えなければ、詳しく、お聞きしても?」
【ええと、すみません。実は僕自身はその時のことを覚えていなくて。原因も分からないままなので、ご説明出来ることがそれほど。コナン君の方が詳しいかもしれないです。沖矢さんと一緒にずっとお世話してくれていたから。】
「そうなのかい?コナン君。」
「ん?んー、うん。全部分かってるのは昴さんだけなんだけどね。真秀さんを見つけたのも昴さんだし、その後救急車で運ばれた時同乗したのも昴さんだし・・・。」
【本当、沖矢さんには迷惑掛けてばかりだなあ。】
「だから!そんな事気にしなくていいんだってば!昴さんだって真秀さんの事すごく心配していたし、好きでやってることだから、って言ってたし!」
【うん、コナン君、ありがとう。】
優しい子だな、コナン君は本当に。
いつだって、僕の気持ちを考えてフォローしてくれて。あの時、君に話しかけてもらえて、こうして仲良くなれて、僕は幸せだなって最近思うのだ。
「僕も力になれることがあれば遠慮なく仰って下さいね。その辺りの一般人よりは役に立てると思いますよ。何より、」
「?」
「僕は貴方の小説の大ファンなので。貴方の為になるなら何でもします。」
そう言うと安室さんは一つウインクを飛ばした。
わあ、こんなに綺麗なウインク見たことないや。流石、かっこいい人はやることが違うし、とても様になっている。
というか、安室さん僕が小説書いてるって知っていたのか・・・。しかも読んで下さっているとは。ありがたいなあ。
【ありがとうございます。では何かあれば、お願いしようと思います。】
「ええ、是非。あ、ポアロでもお待ちしてますからね。」
僕の周りには素敵な人ばかりがいる。皆優しくて、温かくて、良い人ばかりだ。
僕なんか気にかけてもらえるような立場でもないのに・・・とても親切にしてくれる。
皆の足を引っ張ってしまっていないだろうか。皆が前に進む道を邪魔していないだろうか。そんなことがずっと不安で仕方ない。
大好きで大切な兄さんにしてしまったことを、また今度は皆にしてしまっていないだろうかと、酷く。
[newpage]
【それじゃあ、僕はそろそろお暇しますね。】
「あっ!僕送るよ!」
【ありがとう、コナン君。でももうすぐ暗くなるし危ないよ。僕なら大丈夫。】
「えっ、だけど・・・!」
「なら、僕がお送りしましょうか?」
「えっ」「!」
流石に、この時間帯に小学生を一人帰すわけにいかないとコナン君の申し出を断れば、そこに被せるように安室さんからの提案が。
僕、そんなに危なっかしく見えるのかな・・・一応これでも男、何だけれど・・・。
【いえ、でも安室さんお仕事ありますし。】
「工藤邸ですよね?車で直ぐですし、幸い今の時間帯はお客も少ない。それに、退院したばかりの大切な常連さんを一人で帰すなんてこと、マスターが許しませんよ。」
いや、でも・・・今日知り合ったばかりの人にそんなことまでしていただくわけには・・・。と、断りを入れようとした時、カラン、と入口のベルが鳴った。
これ幸いとお客さんも来てしまったことだし、やっぱり一人で、と伝えようとすれば。
「その必要はありませんよ、安室さん。彼は僕が連れて帰りますから。」
「!」
「昴さん!」
「・・・・・・。」
入って来たのは沖矢さんだった。
今日から一緒に暮らすという事で、帰りを待っていたのかもしれない。遅くて心配掛けてしまっただろうか。まさか迎えに来て下さるなんて・・・。
「ああ、まだ本調子ではないでしょうから。念のためお迎えに上がった次第です。そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。」
「、」
「いいえ。とんでもない。僕が好きでしている事ですから。」
その言葉に、思わずコナン君を見ると。ほらねっと得意げな顔をして僕を見ていたものだからつい笑ってしまった。
「そういうことで、安室さん。貴方はお仕事に専念して下さい。」
「・・・・貴方に言われるまでも無いですよ。そうさせていただきます。」
【安室さん、すみません。お気遣いいただいたのに。】
「いいえ!真秀さんは何も気にすることはありませんよ。お会計ですよね。こちらへどうぞ。」
どういう訳か、沖矢さんと安室さんはあまり仲がよろしく無い・・・のだろうか?
少し言葉が刺々しい気がする。
僕にはあんなにも優しくして下さる沖矢さんの見たことない姿に、少し胸がざわざわした。
何でかは、分からなかった。
「真秀さん、また是非いらして下さいね。次は僕が腕によりを掛けますから!お待ちしています。」
【それは楽しみです。必ずまた来ます。】
お会計の折、ニコニコと安室さんとお話していると、不意に後ろから腕を引っ張られる。
急なことに思わずビクついてしまうも、相手は沖矢さんで。
いつもはこんな強引なことはしないのに、珍しくて戸惑っていると。
「男の嫉妬は醜いですよ、沖矢さん。」
「貴方には言われたくありませんね、安室さん。」
本当に、どうしたのだろう。
二人から発せられる冷たい声に、少し昔のことを思い出しそうになって唇を噛みしめた。
胸が詰まるような思いがする。
暫く無言で睨み合った後、沖矢さんはそのまま僕の腕を引いて歩きだしてしまった。
混乱したまま引きずられていく僕に、コナン君が一言
「・・・真秀さんも大変だねえ。」
としみじみと諦めたような表情で言ってきたのだけれど・・・。
僕にはますます何が何やら分からなかった。
[newpage]
無事に目を覚ました双子弟
兄(偽物)に与えられたショックにより、昏睡状態に陥っていた。しかし防衛本能が働き、その瞬間の記憶だけを切り離すことで何とか生還。その回復方法の危うさ故、沖矢&コナンコンビからの過保護具合が増した。
リハビリも終え、日常生活に支障が無いくらいまでは回復をしているが、体力が著しく低下しているため、あまり長時間動き続けられない。結果、過保護モードを発動した沖矢&コナンコンビ(協力:工藤優作先生)によって一時沖矢さんと同居状態に持ちこまれる。実はこれが彼らの作戦で、もう二度と一人暮らしには戻れないという事は男主には絶対秘密なのである。
弟が心配でお迎えに来ちゃった双子兄
倒れた原因が分からず、目覚めるかも定かでないと言われた時は、本気で自分の変装をした野郎をぶち殺そうと思った。後日、監視カメラの映像で弟の倒れた原因がその火傷痕のある自分の偽物のせいだということは確認済み。
弟が目覚めた瞬間には、夢でも見ているのかと自分の目を擦り確認するというお茶目な一面も見せた。あまりにもぼんやりと焦点の合っていない目をする弟にかなり焦るが、体調には問題ないと知り、やっと息をついた。記憶の件に関しては仕方ないと思いつつも危機感を覚えている。このままいくと感情や思考まで切り離し兼ねないので、早急に偽物の自分を潰したい。
他人のフリをしている状態ではあるが、弟と再び一緒に暮らせることになって一安心。これからは心のケアに全力を尽くしていく所存。出来れば、心の拠り所の半分を沖矢に移行したい。と思っていた矢先に、何故だか弟に猛烈アプローチかます安室さん出現でおいおいおいちょっとそれはやめてくれないか。折角良い方向に向くようお膳立てしたのだ、余計な茶々を入れられると困る。笑いながら楽しそうに会話する二人を見て、何だかモヤっとしたのだが、これはそうだよな?作戦がうまく行かないかもという焦りのモヤモヤ、だよな?
弟に利用価値と少しの罪悪感を感じているポアロの新人アルバイター
新しく潜入した先で、先日会った宿敵の弟が今どういう状況なのかを謀らずも知ることになる。そして、彼がどういう人物なのかも。
無事に退院したと聞いた時には安心したし、ポアロに来ると聞いた時には近づいて何か赤井に関する情報を得られないかと画策した。依頼がキャンセルになって急遽バイトに入れたと言うのも真っ赤な嘘。本当は登庁予定だったのを変更してまで駆けつけたのである。
これから沖矢と共に暮らすようになるという言葉を聞いた時はますます取り入る価値があるなと確信した。帰りの足をかって出ることでうまく工藤邸に入り込もうと思ったが、まさかの沖矢本人登場でその作戦はボツ。
しかし、弟はここのかなりの常連だと言うし、今後も機会は腐るほどあるだろうとこの場は引くが、勿論、盗聴器を仕掛けるのは忘れない。
男二人の攻防に巻き込まれる双子弟が不憫でならない名探偵
男主の事は本気で心配だったし、もし目覚め無かったりしたらショックで泣いてたかもしれないと言うくらいかなり衝撃的な出来事だった。
今後はより一層守りを強固なものにする予定。自分が今小学生ということも忘れて送り役を申し出るくらいには心配している。
最後の昴さんと安室さんのやりとりには半目にならざるを得なかった。あんたらいい歳してんだからもっとスマートにやれよ・・・と思いつつも、男主の事になると割と大きな声出しちゃうので人の事言えないかもしれない。
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シリーズ前作までにたくさんのご反応、そして続きをとのお声、誠にありがとうございました!<br />大変お待たせ致しました、続きです。<br /><br />この作品には失声に関する表現が出て来ます。苦手な方は閲覧を控えていただきますよう、お願い申し上げます。<br />お読みいただいた後での苦情等は受け付けておりません。ご了承下さい。<br /><br />作者はDCにわかです。色々調べた上で今作を書いておりますが、おかしい所があるかもしれません。その場合はお教えいただけますと幸いです。<br /><br />いつも感想等とても楽しく拝見致しております。皆様のお声で本当に励まされます。<br />感謝してもしきれません。ありがとうございます!<br /><br />【2018/09/19追記】<br />2018年09月18日付の[小説] デイリーランキング 32 位<br />2018年09月18日付の[小説] 女子に人気ランキング 19 位<br />いただきました!皆様いつもありがとうございます!<br /><br />【2018/09/20追記】<br />2018年09月19日付の[小説] デイリーランキング 14 位<br />2018年09月19日付の[小説] 女子に人気ランキング 60 位<br />ありがとうございます!<br /><br />【2018/10/08追記】<br />大変遅くなって申し訳ございませんでした!コメント欄へ返信させていただきました。<br />皆様、温かいコメントやスタンプの数々、誠にありがとうございます。<br />もう少し続きを考えてみますので、何卒お待ちいただけますと幸いです。
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宿敵に双子の弟がいたんだが。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10135620#1
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◆春田Side◆
牧はさっ、俺のこと「春田さんは落ち着きがなさすぎる!」ってよく言ってたけど、今日の牧も大概じゃないかと思う。
小春がおやつ食べてくれたとか、風呂入ってる俺に泣きながら報告しに来るってどうなの?
ずっと威嚇されてたから嬉しいのはわかるげど、泣くほどか……?
しかもそれ以来ずっと「小春さん」とか“さん”付けだし……。
お前、うちにヒエラルキーがあるとしたら小春より下ってこと?
牧と小春は今朝も一緒に散歩に行った。
昨夜に引き続き三度目だからか、少しだけど小春の警戒心が解けて来たのかもしれない。
それにしても昨日の朝の散歩から帰った牧は、
も――――――っメチャクチャ可愛かった。
ほっぺと鼻の頭が真っ赤になってて、俺思わず両手で包んじゃった。
ヤバッ……と思ってすぐ離れたけど、あんなの反則だわ。
俺じゃなくたってやるわ。
きっと武川さんだってや………いやいやいや、武川さんはナシな!
とりあえず夜の散歩のときはやんないように気を付けた。
「今日もこたろうに会ったんですけど、飼い主さんが後でここにいらっしゃるそうです」
「へ? なんで?」
「春田さんにお話があるとおっしゃってましたけど」
「こたろうのおばちゃんとは毎朝ほぼ会ってんだけど、なんだろ……」
「お見舞いとかじゃないですか?」
「そっかなぁ……」
朝の散歩から戻った牧と一緒に朝食をとる。
今日も帰って来たタイミングで卵をフライパンに落としたら、1つ失敗してしまった。
黄身がつぶれた奴は俺の皿に乗せてテーブルに置く。
そしたら牧が「クスッ」とか笑いやがんの。
「なんだよ、その笑いは……」
「あ、見てました? いや、こういうの見ると以前の春田さんぽいなって」
「今も春田さんですぅ」
「はいはい。口尖らして子供ですか」
「子供はお前だっつーの!
小春さんが! 俺からおやつ食べたぁぁああああああ 、ってな!」
「チッ! 全然似てねぇし」
憎まれ口言いながら牧が照れている。
ああ……もう俺クラクラするわ。
この半年間がなかったような気分になる。
いや、その半年の間に小春と出会ったんだからなかったらそれはそれで困るし……うーん。
「あ、こら、小春さん!」
水をこぼした小春に牧が近付いていくと、ピューッと距離をおく小春。
それに地味にショックを受けているっぽい牧の背中……。
もう何回見たよ、このシーン……。
もしかして散歩行く時だけ仲良しのフリなのか?……小春。
その散歩もずっと牧を引っ張って走るだけみたいだし、仲良くなるにはもうしばらくかかるのかな。
…………………あれ?
ヤバッ! 俺、すっかり忘れてた……今日で三日目じゃん。
牧は明日の朝、またこの家を出てくんだ………。
いや、明日の朝だと出社するのに持って来たキャリーケースがジャマだから、もしかしたら今日の夜……?
え、それは嫌だ。
「まきまきまきまきまき、あの、あのさ」
「なんですか?」
「あのさ、今日三日目じゃん?」
「…………はい。そうですね」
牧は食事をしながら小さく返事した。
「牧は今日帰んの? それとも明日の朝?」
「!」
箸を持つ牧の動きが止まった……。
そしてゆっくりと顔を上げ俺の顔を見る。
大きな瞳が俺を見てる。
なんだろう、何か言いたげな……そんな瞳だ。
でもまた下を向き食事を再開した。
「春田さん明日から出社しますよね? 足がまだ心配だし春田さんさえ良ければ明日の朝一緒に出社しましょう」
「お、おう!」
そっか、朝一緒に出れば〝出て行く〟って感じじゃないよな。
だったら耐えられるかもしれない。
帰りはひとりだけど、家に着けば小春が熱烈大歓迎してくれるだろうし……。
こたろうのおばちゃんが訪ねて来たのは11時過ぎだった。
おばちゃんが持参した駅前人気店のケーキをお茶請に、牧が紅茶を入れてくれた。
「あ~あったかくて美味しい。牧君だっけ、紅茶入れるの上手ね~」
「ありがとうございます」
牧が褒められるとなんとなく気分がいい……ん? なんか前にもあったなこんなん……。
「小春はお利口さんで寝てるのね。ほんと可愛いわ」
「……おばちゃん、今日はどうしたんですか?」
「そうそう! 春田君にね、いいお話があるのよ。早く帰ってお父さんにお昼の支度しなくちゃいけないから手短に話すわね」
「はい?」
「誤解しちゃダメよ、いいモノがあるから買ってとかの押し売りじゃないからね」
「はあ……」
こ、これは“縁談話”かーーーーーーーーーッ?
や、ヤバイ。できれば牧に聞かれたくないッ!!!
しかし、こたろうのおばちゃんを邪険にもできない!
うをををををををををを! どうしたらいいんだ、春田ぁ!!!!!!
俺がパニクッているとキッチンから牧が出て来た。
「あのっ、俺、買いたいモノあるんでちょっとコンビニまで行って来ますね」
「えっ、いやっ、牧、まきまきまきまきまき」
上着をはおりながら牧が足早に玄関へ向かって行く。
「牧、牧、待てって」
立ち上がって牧を追う俺。
バタンッ―――――――――!!!
松葉杖はだいぶ必要なくなったけど、いかんせん今の俺の歩みは鈍過ぎる。
閉じたドアを見つめていると猛烈に膨らむ不安で気持ちが悪くなりそうだ。
あ……れ……待てよ、牧は何で出て行ったんだ?
え、え? あの流れで例えば牧も縁談話だと思ったとして、俺の縁談なんだから牧が出てく必要ある?
え、どういうこと………?
マジでコンビニに用があったってこと???
ダイニングに戻るとおばちゃんが小春を抱えていた。
「どうしたの? 大丈夫? 大きな音で小春が起きちゃったわよ」
「……いや、その……」
「でね、話聞いて、春田君」
「はあ………」
「聞いて欲しいことが二つあるの。」
「二つ?」
「そうよ。ねぇ昨日、動物病院の高橋さんお見舞いに来たでしょ」
「ええ、病院が終わってからわざわざ来てくれたみたいで」
「うふふふふふ、春田君、高橋さんどう思う?」
た、高橋さん? 高橋さんとの縁談なの? マジかっ!
高橋さんといえば、小春を保護した頃からお世話になってる、めっちゃ小春を気に入ってくれてる優しいお嬢さんだ。
たぶん俺よりちょっと年下くらいでいつも笑顔で対応してくれるし、なにより気さくで話しやすい、見た目は長澤まさみ系? な知的なお姉さんという感じ。
俺的にもメッチャ好印象です。
というのを、ひとまとめにして冷静に答えた。
「いい方ですね」
「でっしょ~」
こたろうのおばちゃんは俺が大絶賛したみたいにとっている。
まあ、そういっちゃそうなんだけどね。
「たぶんね、高橋さんは春田君のこと好きだと思うのよね。昨日私が春田君が捻挫して動けないって言ったら物凄く心配してたの。ここに来たって聞いてやっぱり! って思ったのよ。どう? 春田君は」
「へ? 俺ですか?」
「高橋さん、どうかしら? 春田君にその気があればおばちゃんが間に入るわよ」
「ええっ、いや、それは……」
「そろそろお嫁さん欲しいでしょ~」
「いや、欲しいかと聞かれれば欲しいですけどね」
「ま、考えてみてよ。それとね小春のことなんだけど」
おばちゃん、話仕舞うの早ぇええよっ! 結構重要案件じゃねぇの? え、小春?
「小春がどうかしました?」
そしたらおばちゃんがコソコソ話をするみたいに口元に手を当てて、俺の方に顔を突き出した。
なんで俺も前のめりになる。
「小春、そろそろ大人になるじゃない?」
「…………ん? どういうこと?」
「もうしばらくしたら、お母さんになれるってことよ」
「えぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええ?」
俺は目ぇひんむいて驚いた。
え、小春がお母さんってどういうこと?
小春まだ生まれて半年くらいだぞ! お父さんは許しませんよ!!!
「わんちゃんの女の子はね、大体早い子で半年くらいから大人になるのよ。小春そろそろ半年くらいでしょ?」
「………………」
俺はショックで何も答えられない。
頭の中で“あれか、お赤飯か”とか浮かんでグルグルしてる。
そんな俺のパニックをおばちゃんはスルーして言った。
「春田君、小春の避妊手術はするの?」
「はぁぁぁああああああああああああああああああああああ?」
春田、さらにパニックです!!!!!!
「あのね、そのことでお願いがあるの。小春の避妊手術待ってくれない?」
「はいぃ?」
もう次から次のおばちゃんの連射攻撃に俺の脳みそがついていかない。
大体俺の脳みそおばちゃんより年上だし。
「うちのこたろうって小春のこと大好きでしょう」
「こ、こたろう?」
「朝の散歩ほんとはコース違ってたんだけど、たまたまいつもと違うコースにしたとき小春に会っちゃって、それ以来そのコースじゃないと嫌がるようになっちゃってねぇ」
確かにほぼ毎日遭遇するこたろうは、もう食っちまうんじゃないかってほどの勢いで小春に突撃してくる。
「こたろうは私たち夫婦の子供みたいな犬なの。毎日小春に嫌がられているのが不憫でねぇ。今はまだ小春が小さくてこたろうのこと怖いんだろうから、もっと大人になってからお見合いさせてくれないかしら。お見合いしてダメだったら諦めるから。だからね、それまで小春の避妊手術しないで欲しいのよ。こたろうと小春の赤ちゃんだったら凄く賢くて可愛いと思うの!」
はぁあ? 自分の縁談より小春の縁談のインパクトがデカイわっ!!!
それからしばらくおばちゃんと話していたら、牧から『もう帰っても大丈夫ですか?』とLINEが入った。
「あらやだ、もんこんな時間! お父さんにお昼作らないと。春田君おじゃましちゃったわね」
牧に『大丈夫』と返信して、おばちゃんを玄関に送る。
すると牧が帰って来た。
きっと家に着いてから送信したんだな。
手にはコンビニの袋に入った犬のおやつ。
ほっぺと鼻の頭が真っ赤になってる。
走って帰って来たのか……?
「あら、牧君、お帰りなさい。おじゃましたわね」
「いえ……」
玄関を出るおばちゃんと入れ替わりで牧が入って来る。
「忘れてた! 春田君これ、釣書。見ててね、ああ見えていいとこの出なのよ」
おばちゃんの手から俺の手に渡されるそれを牧が目で追っている……。
俺がその時思ったことは間違っていないのではないだろうか―――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆牧Side◆
春田さん家から出た俺はとりあえずコンビニに向かった。
特に目的はない。
店内をブラブラして、ペットフードのコーナーで小春さんが食べてくれたさつまいもを使ったおやつを見つけて買ってみる。
さて、どうしよう。
話の続きを聞きたくなくて飛び出したけど、どこで時間を潰そうか。
それにしても、僅か三日の間になんだこの怒涛の展開は?
あれはたぶん縁談の話だ―――。
俺はこの家に来て、春田さんの変化を目の当たりにするたび不安になっていた。
一番不安にかられるのは春田さんの意識だ。
環境を変えようとする意識。
自分を変えようとする意識が凄く感じ取れる。
少しずつだけど、もう少ししたら誰の手助けもいらなくなってしまうんじゃないだろうか。
もちろん俺の事も……。
元々春田さんは結婚願望がある人だ。
そんな変わろう変えようとしている春田さんに、いい人が現れたら……。
“結婚”――――。
人生のターニングポイントじゃないか。
それこそ自分の人生をリセット出来るくらいの。
どうしよう……まさに変わろうとしている春田さんは縁談を受けてしまうんじゃないのか?
どうしよう……春田さんが受けてしまったら、俺がここに来たことはまったく意味のないことになる。
半年前、俺と一緒にいた時間と気持ちが春田さんの中から消し去られてしまうかもしれない。
一度は出た春田さんの家に、春田さんのお世話という口実を得て来た理由……。
それは春田さんと別れてからの日々で思い知ったからだ。
半年前、春田さんのお母さんが語ったひとり息子への想いが、春田さんと付き合うことになってどこか浮かれていた俺に、春田さんを俺の側へ引き込むことがどういうことなのかを思い出させた。
政宗が言った“あちら側の人間”と思いを遂げることは、春田さんの未来を犠牲にすることなんだと……。
それだけじゃない。
ちずさんを抱きしめる春田さんを見てしまった時、俺は、傷ついた―――。
ちずさんが春田さんに告白することを受け入れた時、不安だったけど心のどこかで春田さんを信じたかったのだと思う。
それが崩れてしまったのだと―――。
辛かった……。
きっと春田さんといたらこれから何度もこんなことが起こるんだろう。
そのたびに不安に駆られて傷ついて、そしていつか俺は捨てられるかもしれない。
春田さんはいつか女性を選んで俺を捨ててしまう。
そんな思いに囚われてしまい怖くて仕方がなかった……。
そうなる前に春田さんから離れなくてはいけない。
俺の心が壊れてしまう前に―――。
そうして逃げた俺は、春田さんがいないことがこんなにも辛いと思い知らされただけだった。
だからもう一度春田さんと暮らすことになったとき、自分自身を試そうと思った。
簡単なことだ。
春田さんと離れているときと傍にいるとき
――――どちらが幸せなんだろう―――。
――――どちらが辛いんだろう――――
実際小さな不安は生まれた……。
だけど春田さんや小春さんと過ごす時間は、それ以上に俺を幸せにしてくれると感じていた。
こんな幸福を得られるのなら俺の小さな不安なんて消し去れると思い始めていた。
でもダメだ。
肝心なことを忘れていた。
それは、春田さんの気持ち――――。
別れて数か月は俺に向いていた気持ちが小春さんとの新しい生活で消え去ったとしたら、きっと春田さんはお見合いするだろう……。
これから春田さん家にもどって審判が下されるのかもしれない―――。
「都合良すぎだよな、俺……」
「あれ? 牧君!」
ちずさんだった―――。
「今日午前休もらってて、これから出社なんだ。牧君はお休み?」
「はい……」
ちずさんと俺は、いつかのように肩を並べて歩いた。
俺は時間を潰さないといけないから、ちずさんを送って一緒に駅に向かって歩く。
「今、春田のお世話をしてくれてるんでしょ。アイツ牧君に甘えてるでしょ~」
「いえ、そんなことないですよ。それに今日までだし」
「え、そうなの?」
「はい……たぶん松葉杖ももうそろそろ必要ないと思います」
「そっか」
ちずさんが立ち止まった。
「………………あのさ、牧君」
呼ばれて俺は振り向く。
ちずさんは俺を睨んでいた。
「アタシね、牧君に半年前からずっと聞きたいことがあるの」
「半年前から?」
ちずさんの目が俺の目をとらえていてそらせない。
怒りを含んでいるような……そんな感じにも取れる。
でも、なぜ?
「半年前、アタシ牧君に春田に告白していいかって聞いたとき、牧君いいって言ったよね」
「………はい」
「あれは本心だった?」
「え…………」
「正直に答えて」
「なんで今頃……」
「その日のうちに牧君、春田を振ったって聞いてずっと気になってた。アタシのせい? って」
「いや、それは違っ……」
俺は嘘をつこうとした。
なのに、それをちずさんは許さなかった。
「アタシね、小春のことで牧君に意地悪したじゃない? あれ、牧君が春田のことどう思っているか試したの。最初に小春の話をして別れた後、牧君泣いてたでしょ。アタシ見ちゃったの、振り返ったら牧君うつむいて泣いてたね……」
「いや、あれは……」
「牧君、今でも春田のこと好きなんでしょ? だから小春を女の子だって思って泣いたんだよね」
「…………」
「アタシね、ずっと牧君と春田のことで自分が許せないの。アタシの自己満足で牧君と春田に辛い思いをさせちゃったって。それから、あの時平気なフリした……嘘ついた牧君が許せない」
見られていた……この人は俺の気持ちを全部知っている。
俺がちずさんに嫉妬したことも……。
ちずさんはそれまでと違う優しい声で言った。
「でも小春のことでわかった。牧君、今でも春田のこと好きなんだね」
「…………………はい……好きです」
声にして俺は震えているのがわかった。
「良かった~~~~~」
ちずさんがパッと華やぐような表情になり、俺の両手をつかむ。
「牧君、それ春田に伝えて! アイツ、小春のおかげでちょ~っとマシになったけど、基本春田だから! 春田ぜ~~っんぜん変わってないから! バカ春田のまんまだから!」
ちずさん……結構酷いこと言ってませんか……俺の好きな人のこと……。
ちずさんは続けた。
「牧君! 幸せになって! 私も幸せになるからさッ!!!」
ちずさん――――も?
俺は今、春田さん家へ向かって走っている。
ちずさんも幸せになる………。
ちずさんは今、新しい恋の相手がいるそうだ。
だけど、自分のせいで俺たちが別れたかもしれないとずっと気に病んで、その恋に踏み込めないでいたらしい……。
家の前で春田さんにLINEを送る。
すぐ既読になって『大丈夫』と返事が来た。
春田さん、もしちずさんが言うように春田さんが以前のまま変わっていないのなら、俺のことまだ好きでいてくれますか?
俺、謝りたいんです、半年前のこと。
許してもらえなかったら、許してくれるまで謝るつもりです。
そして、今も春田さんが好きだって伝えたい。
だから、お見合いなんてしないで――――。
「忘れてた! 春田君これ、釣書。見ててね、ああ見えていいとこの出なのよ」
俺の目の前で、こたろうの飼い主さんから “それ” を受け取る春田さん……。
「じゃ、よろしくね」
「はい。わかりました」
笑顔で返す春田さんがいた―――。
それは春田さんが俺がいない未来を選択したと知った瞬間だった。
ちずさんごめんなさい、俺、伝えられない…………。
「牧ぃ~お前、わざわざ小春のおやつ買いに行ったのかよ~」
「ええ……まあ………」
「寒かったろ、あったかいの入れる?」
「いえ、お昼を作るんでいいです」
「そ……う…ですか………」
自分でも驚くほど不機嫌な声が出てしまった。
春田さんは歩きづらそうにソファに向かって行くけど、もう松葉杖は使っていない。
ソファに落ち着いた途端、小春さんが春田さんの膝にピョンと飛び乗った。
「小春ぅ、なんか牧が怖い……」
と言ったのは聞こえないふりをする。
お昼の和風スパゲッティーを手早く作りテーブルに置く。
「あれ? 牧の分は?」
「俺、これからやることあるんで」
「はい………」
食事のときいつもうるさい春田さんが静かだ。
どっかに行ってたらしい小春さんが春田さんのところに戻って来て、椅子の足元でお座りをしている。
「小春ぅ、牧、なに怒ってんの? お前聞いてくれる?」
なに言ってんだか。
食事もとらず始めたのは、俺が帰ってからの春田さんの食事の作り置き作り。
せっかく大量に食材を買って来たのだから全部使い切ってやる!!!
「牧ぃ~そういえばさぁ~、さっきこたろうのおばちゃんが縁談持ってきてくれた~」
「…………………」
「悩むわ、俺。牧、相談乗って~」
ダンッ!!!
「な、なに? 今の音は」
「あーーーーー、気にしないで。ニンジンを切った音です」
「………そうですか……」
イライラする。
早く、早く全部使い切ってやる。
「痛ッ!!!」
「どうした?」
しくじって指を少し切ってしまった。
痛みに指をおさえていると春田さんがキッチンにやって来て俺の腕を取る。
春田さんについて小春さんもやって来た。
「なにやってんだよ、血ぃ出てっじゃん。危ねぇなぁ。牧らしくもない」
俺らしくない――――。
春田さんはなにげなく言ったつもりだと思う。
だけど俺には………俺にはこの三日間への想いを全否定されるような言葉に思えた。
俺らしくない――――。
もしかしたら……俺は変われるかもしれない……。
春田さんと一緒なら、自分に自信が持てるかもしれない……。
春田さんとなら辛くても苦しくなっても、もっともっとそれ以上に幸せなのかもしれない……。
そう思ったんだ。
でもダメだった。
春田さんは、俺を置いてさらにその先へ行こうとしている。
俺だけが半年前に取り残された……。
「まきまきまきまきまき、どうした? そんなに痛いのか? 待って絆創膏持ってくる」
「…………春田さん、俺、もうダメです」
「え……牧……どうした?」
「俺……この三日間で自分がやっぱりダメな奴だって思い知りました」
「は? お前のどこがダメな奴なの? そんなん言ったら俺なんかどうなんの?」
「春田さんはもう先に進んでるんです。でも、俺はいまだに半年前のままなんです」
足元で小春さんが春田さんと俺を見つめている。
小春さん、小春さんは春田さんと一緒に進んでいくんだな……うらやましいよ。
俺は決めていたことを予定より早く実行することにした。
「春田さん、すみません。俺、もう帰ってもいいですか?」
「えっ、なんで? 明日の朝一緒に出るって……」
「ごめんなさい。もう帰りたいんです」
表情を殺して泣きそうなのを必死で堪えた。
エプロンを脱いで椅子にかけ、涙が溢れる前にここを出たくて2階への階段を上がる。
春田さんが階段の下で見上げている。
なぜか小春さんが一緒に上がって来た。
「うわっ!!! なんで???」
春田さんの部屋に置いていたキャリーケースが水で濡れている。
入口のところで小春さんが「へへへへへへへへ」と犬独特の息遣いで舌を出して俺を見てた。
小春さんがオシッコかけたんだ!
「小春さん、勘弁してくれよ………」
仕方がないので俺は壁にかけていたスーツだけ持って階段を下り、下にいた春田さんに言った。
「俺の荷物、キャリーケースごと捨ててください!」
「牧ッ」
春田さんが俺の腕をつかもうとするのを払いのけ玄関に向かう。
「牧! 待てって、牧ッ!!!」
俺は急いで靴を履こうとする。
その時だ。
背後から春田さんに抱きしめられた。
それは以前抱きしめられた時よりも強く、春田さんは俺の首筋に頭を沈めている。
そして言った――――。
「行くなよ、牧。お前、ほんとは俺のこと大好きじゃん」
「…ち、違ッ………………」
「半年前だってそうだったんだろ………」
くぐもった春田さんの声に涙の色が混じっている。
「はるたさん……」
「俺も! 牧がめちゃくちゃ好きだよ。牧に冷たくされて何度も諦めなくちゃと思ったけどダメなんだ。俺ずっとずっと牧が好きだった。半年前、お前が出て行くのを止めなかった俺を毎日殴ってた」
「はるた………さ……」
「牧、ほら、こっち向いてみ……ほら」
春田さんは俺の身体を自分に向かせた。
春田さんの顔はもう涙でグショグショだ。
それを見た途端、俺の涙腺も決壊して春田さんに抱き着いた。
春田さんの腕が背中に回って俺を強く強く抱きしめてくれる。
「春田さあああぁぁん」
「牧、ほら、言ってみ。俺が好きって言って」
「俺、春田さんが好きです……大好きです」
「他には? 言いたい事全部言って。我慢すんなって」
「俺……」
「ほら、我慢すんなよ。牧の言うことなら全部聞くから」
「春田さん、お見合いなんかすんじゃねぇよ」
「うん。わかってる」
タタタタタタタタタタタタタタタタ
春田さんの肩越しに小春さんが向こうへ駆けて行くのが見えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆春田Side◆
「少しだけなんで水洗いで大丈夫かな……ダメだったらクリーニングに出します」
玄関で牧の手から落ちたスーツに小春がオシッコしてしまった。
幸いにもキャリーケースの方は中まで染み込んでなくて、昨日着たスーツがなんとか着れそうだからセーフだった。
ワイシャツはちょっとデカいかもしれないけど、俺の新品でいいだろう。
「いつも失敗しないのにどうしたんですかね。しかも何で俺のばっか」
「マーキング?」
「え、マーキングするのって雄でしょ?」
「いや、雌もするらしいんだよね。お前もそろそろお年頃なのかなぁ、小春ぅ」
「…………」
俺達は今ダイニングのテーブルに向かい合わせで座っている。
やっぱりこの位置がしっくりくる。
半年前と違っているのは、小春が俺の膝の上に座りテーブルに前脚をかけて牧を威嚇していることと、テーブルに置いてあるお見合いの釣書。
牧にいろいろ説明して落ち着かせないといけない。
「見ていいんですか?」
「うん。見てみ、ビックリすっから」
「ビックリって……はあぁ?」
ムフフフ……予想通りの牧の反応に俺は大満足。
「アイツ、あんな顔して血統書付きなんだぞ!」
「釣書って血統書? てか、こたろうってアメリカン・スタッフォードシャー・テリアだったんですか?」
「わっかんねぇよなぁ~見た目そこら辺の雑種と一緒だし、性格もなんか抜けてっし。俺、血統書付きってもっと品があるかと思ってたわ。動物病院に行くとそういうのいっぱいいるぞ」
「あの、動物病院と言えば……あの……春田さん高橋さんとは……」
そう言って、うつむく牧………。
あれ、お前、高橋さんのことも気にしてたの?
ほんとに牧って俺に惚れてんだなぁと実感しててしまう。
「春田さん、顔! なに“ふにぁ~”としてんですかッ」
ゴホン! では顔を引き締めて誤解を解きますか。
「こたろうのおばちゃんが俺にも縁談持ってきてさ、その相手が高橋さんだったんで驚いた。でも、俺、ずーーーっと牧に惚れてっから、高橋さんスゲーッいい人だからそんなんでお受けするの失礼じゃん。だからお前に言われる前にちゃんとお断りしてます」
「……………」
うつむく牧の耳が赤くなってきた。
ほんとコイツ可愛いよな、すんげーーーーーーーーーっ面倒くせぇけどなッ!!!
そこも含めて惚れちゃったからもうお手上げなんだけど。
抱っこしてた小春が俺の腕をペロペロなめた。
「ハイハイ、お前も可愛い可愛い」
「………も、ってなんですか………」
牧が上目遣いにギロッとにらんだ。
すると小春が「ワンワン」牧に吠え出す。
なんなんだよ、この牧と小春の関係は~~~。
「春田さん、じゃあ相談したい縁談て……この釣書?」
「そう、小春の縁談」
こたろうのおばちゃんの内容を牧に話す。
「ダメですよ! 小春さんまだ小さいのに!!」
「だから一年後とか二年後の話なんだってさ」
「婚約ってことですか……」
「スゲー話だよな~」
牧は無事納得してくれたようで、やりかけの料理を再開した。
俺としてはせっかく気持ちを確かめ合えたんだからもっとイチャイチャしたかったんだけど、牧がシャキーンと立ち上がってキッチンに向かったので諦めた。
だから小春と遊んだり、明日からの出社に備えて無理しない程度の足のストレッチしたりで、ゆっくりとした時間を過ごしている。
夕方、牧と小春は散歩に出かけ、その後、一度は無くなりかけた今晩の夕飯にもありつけた。
だけど俺のテンションは段々沈んでいく――。
明日には牧はまたいなくなる。
そりゃあ、お互いの気持ちを確認した今は半年前とまったく違うわけだけど、牧がいなくなるってことがこんなに苦しいなんて、俺もうどんだけ牧に惚れてんだよ。
時間は過ぎていく――――。
風呂から上がった牧はすでに布団に入った俺に、
「明日から仕事ですからね。おやすみなさい」
と一声だけかけて2階に上がって行ってしまった。
え――――――――――――ッ!!!
俺イチャイチャ・タイム待ってたのにぃ~~。
メッチャ突進してくる時とこの引き方が俺よくわかんねぇつ――の!!
「くぅ~」
今夜もサークルに入れられた小春が鳴いた。
小春ぅ、お前と牧、もしかして似てないか?
眠りに落ちかけていた頃、階段が軋む音が聞こえた……。
小春も起きたのかカサッとサークルの中で音がした。
牧が下りてきてリビングに入って来た。
「ど、とうした?」
「あの……俺……春田さんのベッドじゃ色々考えちゃってやっぱり眠れなくて。昨日もあんまり寝てなくて……」
「マジ? どうしよう…………」
「………………あのッ…一緒に寝てもいいですか?」
暗くて牧の表情が見えない。
でも、
イチャイチャ・タイム、きたぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!
俺は起き上がり牧に向かって「おいでッ」と両腕を広げた。
するとすぐに牧は飛び込んできて、二人で布団にくるまった。
おでことおでこが引っ付くくらい密着して、もっとこっちに来ないと布団からはみ出るからと牧の身体を引き寄せる。
すると俺の唇に柔らかい何かが触れてすぐ離れた。
驚いて牧を見ると、スンゲーいい顔して微笑んでんの。
「「フフフフ」」
なんだかおかしくって顔を見合わせて二人で笑った。
笑い声が止んで静かになる。
俺は牧の唇に自分の唇を合わせた。
その長~~いキスの主導権はいつの間にか牧に取られてたけど、ヨシとしよう。
途中、小春が「ふがっ!」と一声上げたのに驚いて当たり同時に小春の方を見たら、小春はサークルの一番奥に移動してたのがおかしかった。
そのあと、いろんな話をした。
俺が知りたかった半年前の別れの理由を知り、ますます牧がいじらしくなった。
牧は牧で、俺と一緒にいることで生じる苦しさよりも別れてからの苦しさ何倍も辛かったこと。
一緒にいることは、苦しさよりももっともっと幸せだとわかったと教えてくれた。
ちずが牧の背中を押してくれたことも……。
アイツにそのうち焼肉奢らないとな。
牧はほんとに夕べ眠れてなかったようで、いつの間にか俺の胸に頭を寄せて眠ってしまった。
睫毛が長くてほんと綺麗な顔してると見惚れてしまう。
今夜眠れないのは俺かもしれない――――。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◆おまけの四日目 牧Side◆
朝食をとり小春さんの散歩とお留守番の準備をして、春田さんと一緒に家を出た。
春田さんの足はまだまだ完全じゃないからゆっくり歩く。
一生懸命歩く春田さんの横顔を見てると、来たときとは真逆のなんともふわふわした想いに満たされる。
途中、春田さんが何か言いたそうにしてはやめるというのを何度か繰り返しているのに気づいた。。
「春田さん、どうしました? なにか忘れ物とか?」
「あ、いやっ、うん。……あのさ、牧。」
「はい」
「あのさ、また来るよな。俺んち」
「あ~一度は行かないと。キャリーケース置いて来ちゃいましたからね」
「一度? 一度だけなの?」
わざとそっけなく答えた俺に、でっかい声でマジにリアクションする春田さんを見て“ああ…ほんと可愛いな”なんて思う。
結構キてるのは自覚済みだ。
立ち止まって春田さんが言った。
振り向くと春田さんが真っ直ぐ俺の目を見て―――。
「あのさ、牧。よかったらさ、またうちで一緒に暮らさないか? 俺と小春と一緒にさ」
ああ、春田さんの未来には俺も一緒にいるんだ――――――。
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前回、途中で終わったにもかかわらずたくさんの方に読んでいただき、いいねやすき、フォローをいただきましてありがとうございました。<br />とにかくラストは牧を幸せにしないと! と書いていたら、またまた長くなってしまいました。<br />やっぱり牧の背中を押すのは、ちずだと思いました。<br />最後までお付き合いいただけますと幸いです。<br />おまけの四日目が最後にちょっとだけあります。<br /><br />タイトルにもある「小春」はワンコの名前です。<br /><br />一話目から読んでいただけると嬉しいです。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10103257">novel/10103257</a></strong><br />二話目<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10110826">novel/10110826</a></strong><br />三話目 この話の前編<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10121688">novel/10121688</a></strong><br /><br />部長との一年はなかったことになっています。<br />あまり文章が得意ではないので、表現がおかしかったり誤字があったらごめんなさい。
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春田と牧と小春の三日間(三日目)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10136027#1
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墜ちる、落ちる、おちる。
違う。
わからない。
私は本当におちている?
身体にかかる風圧が私がおちているといっている。
本当に?
周りに一切の光はない。
自分の手すら見えない。
感じるのは圧力だけ。
なら、私は本当はどうなっているの?
ここは、どこなの?
右手が燃えるように熱い。
頭が割れるように痛い。
誰か、誰か、誰か・・・
[newpage]
「この方が私たちの主ですか」
「そのようだな」
「このような女子とはなぁ」
「主は主ですよ」
「そうだな」
[newpage]
「主、書類です」
「ありがとう」
長谷部から受け取った書類に目を通していく。
「・・・」
「何?」
「お身体はもう問題ないのでしょうか?」
「大丈夫。心配かけてごめんね」
私には1ヶ月以上前の記憶がない。
何でも、本丸が時間遡行軍に襲われ、私も重症を負ってしまったらしい。
多分、その衝撃で記憶が飛んでしまったんだろうというのが医者の見立てだったらしい。
本丸の仕事が全然わからなくて、自分が誰なのかわからなくて初めは戸惑ったが、皆は優しいし、丁寧に色々な事をおしえてくれた。
今では何とかだけど昔みたいに本丸を動かせているらしい。
「・・・」
「主?」
「何でもないよ」
長谷部に向けていた視線を書類へと戻す。
違和感はある。
でも、それは取るに足らないことだと割り切る。
私はこの本丸担当の審神者。
時間遡行軍と戦うのが仕事。
自分の本当の名前がわからなくても、記憶がなくても、それが私の今の仕事だから。
[newpage]
1日の任務をこなし、審神者部屋へと戻る。
審神者部屋には小さなお風呂と冷蔵庫がある。
シャワーを浴びて部屋着に着替えてのんびりと寛ぐ。
審神者部屋へは基本的に許可しない限り刀剣男士達は入れないらしい。
だからここでどれだけ彼らに見られたくない格好をしていようが、ぐだぐだとしていようが見咎められることはない。
「・・・」
誰かから呼ばれている気がする。
ここで眼が覚めたあの日からずっと、ずっと。
誰の声なのかわからない。
記憶にない。
でも、1人じゃない。
何人もの人が私を呼んでる。
ずっと、ずっと、ずっと・・・。
「誰、なんだろう」
懐かしい気がする声。
誰?
あなたたちは誰・・・?
[newpage]
空には白い花が舞っていて、辺り一面が白い花で埋め尽くされている。
ここは何処だろう?
現実じゃないのはわかる。
とても幻想的で、でもとても安心する。
『・・・ド、ロード・・・マイロード』
「・・・だれ?」
『マイロード、やっと見つけた』
「誰?」
ふわりと甘い香りがすると、目の前に白い男の人が現れた。
刀剣男士達じゃないけれど、とても綺麗な男の人。
多分、人間じゃない。
『私がわからないのかい?あぁ、記憶が弄られているのか。今その魔術を解いてあげるよ。少し苦しいだろうけど、我慢してほしい』
彼の手が私の頭に伸ばされる。
そして、甘く香る香り。
この香りは彼からのものだと知る。
「っ!!」
彼が私の頭に軽く触れると嫌な音が頭に響き、頭を殴られたような衝撃に蹲る。
痛い、痛い、痛い。
脳内で再生されるのは皆と特異点を駆け抜けた記憶。
なんで忘れていたんだろう。
なんで忘れてしまえたんだろう。
これは私と皆の大切な記憶なのに。
「っ・・・」
蹲ったままの私に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ彼を見る。
『マイロード、私が誰かわかるかい?』
「・・・マーリン」
『うん。思い出してくれて嬉しいよ、マイロード』
にこりと笑いかけてくれたマーリンに安堵し、彼の服の端を握る。
マーリンは少し驚いたような顔をした後、私を抱き上げていつのまにかあった椅子へと座らせてくれた。
「マーリン、ここは何処?彼等は誰?」
『ここは君の夢の中だよ。私は夢魔だからね。君の夢を探し当てて潜り込んでるんだ。まぁ、私がもぐりこんでいるせいで私仕様の夢になってはいるけど』
その言葉に納得した。
私の夢ならこんな花畑みたいな夢になるはずがない。
「どうやったらカルデアに帰れるの?」
『今全力でその方法を探しているけどまだ見つかっていない』
「・・・そう」
『・・・マイロード、よく聞いてほしい。私でも頻繁にココには来られない。今君がいるのは違う世界なんだ』
「特異点みたいな?」
『違う。もっと複雑な場所だよ』
「複雑?」
『そう。とにかく君の傍にいる彼等に気をつけて。彼等は味方じゃない』
「・・・」
『必ず私達が迎えに行くよ。それまで待っていてほしい』
マーリンの声に焦りが生じ始める。
あぁ、もう限界なんだね。
「うん、待ってる。またね、マーリン」
『っ・・・マイロード!私はっ・・・!!』
マーリンは最後まで言うことなく姿を消した。
多分魔力切れだろう。
「私・・・待ってるから」
令呪のある右手の甲に触れる。
これがある限り私は大丈夫。
大丈夫・・・だ・・・。
[newpage]
「・・・」
布団で眼を覚まし、部屋の中を見回す。
ここは本丸だ。
カルデアじゃない。
「・・・」
気付いてしまった。
私が誰なのか。
試してみたけど通信機は使えない。
マシュも、ダ・ヴィンチちゃんも、皆もいない。
私は本丸からの出方を知らない。
ココはどこ?
どうやったらカルデアに帰れるの?
マーリンは刀剣男士は味方じゃないと言った。
そうは思いたくないけど、思い出してみると私は基本的に1人になることがない。
そこで観察してみて気付いた。
私は監視されている。
今までなら寝込んでいた私を心配してくれているものだと思えていたけど、最初から私を監視していたのだとしたら?
皆は優しくて、笑ってくれているけど、本心からじゃないのがわかる。
彼らの目的は何だろう?
【主】としての私の采配には従ってくれる。
私に何かをしようとしているようには見えない。
彼等の目的がわからない。
彼等の目的を考えながらもいつも通り任務をこなしていく。
マーリンからの連絡は無い。
マーリンのあの様子からすると暫くは無理だろう。
そして10日程経ったある晩、私は寝付けずにいた。
色々な事を考えすぎているのか、身体は疲れているのに脳は起きている。
これはカルデアにいた時にも何度もあった。
食堂に行けば数人のサーヴァントは必ずいたから、食堂で少し話をして、部屋に戻って寝た。
サーヴァントと違って刀剣男子士は人間だから睡眠が必須だ。
だから本丸の食堂に行っても誰もいないことはわかってはいたが、私の足は自然に食堂へと向かっていた。
[newpage]
食堂へ向かう廊下の途中で何人かの刀剣男士が集まっていた。
ちょうど良いと声をかけようとしたところで会話が聞こえてくる。
「気付いてないみたいだな」
「気付かれては困ります。彼女は新しい主なのですから」
「実際、なかなかよくやっている」
「監視は?」
「基本的に短刀や脇差などの子供達が担当している。審神者部屋にだけは許可がないと入れないからそれ以外だが」
「逃げられたら困るからな。そこは徹底してるさ」
「記憶が戻ることは無いのか?」
「それは無いだろう。政府からの通達にそうあった」
「だが、万が一ということもある」
「起きている間の監視は常にだ。問題があったら直ぐに知らせるように再度連絡しろ」
「わかった」
「それでこれからの事だが・・・」
マーリンの言った事は正しかった。
私が誰なのか知っているのかはわからないが、ここに閉じ込めるのが目的らしい。
記憶の無い私は格好の標的なのだろう。
どうしよう。
どうすればいい?
「ぬし様」
「!?」
「ここで何をされているのですか?」
「小狐丸っ・・・」
突然後ろから声をかけられ、驚いて振り向きながら相手を見上げる。
逆光で小狐丸の表情は見られなかったが、声が冷たいのはわかる。
そして、今は私の後ろにいる彼らからの視線。
直ぐに逃げろと私の脳が警鐘を鳴らす。
私はその判断に従い走り出した。
暗い廊下を走り、審神者部屋へと飛び込み障子を閉める。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
暫くはこの部屋で篭城して、マーリンからの連絡を待つしかない。
そして、刀剣男士達と話をするのも必要だ。
彼等は何か勘違いをしているようだが、私は彼等の主じゃない。
私はカルデアに帰らないといけないのだ。
だけど、事情を話せばもしかしたら協力してもらえるかもしれない。
どう話すかと考えているうちに部屋の前が騒がしくなった。
「ここを開けてください!!」
「主!!」
「主殿!!」
バンバンと障子を叩かれながら叫ばれて驚くが、この障子はその程度では壊れないことは知っている。
そして、刀剣男士はこの部屋には許可がなければ入れないことも。
「主様!!」
「大将!!」
「主!!」
「仕方ねぇ!ここを壊すぞ!!」
「大太刀や槍を連れて来い!!」
「ぇ?」
壊す?
ココを?
障子を壊す?
「っ・・・!!」
審神者部屋は安全だと思っていた。
でも、物理的に壊されれば意味が無い。
バタバタと足音が行ったり来たりする音。
障子を攻撃している音。
私を呼ぶ声。
反射的に右手を見て叫んだ。
「令呪によって命ずる!誰か返事をして!!」
令呪の1画目が消える。
でも、何の反応も無い。
「声が聞こえたぞ!!」
「中で何してるんだ!?」
「早くしろ!!」
「主様!!」
「あるじ!!」
「重ねて令呪によって命ずる!お願い誰か返事をして!!」
2画目も消える。
やはり、反応は無い。
「あるじ!!」
「姿が見えたぞ!!」
「もう少しだ!!」
「主様!!」
障子が刀剣男士達の攻撃に耐え切れなくなり壊れていく。
壊れたところから見える彼等に初めて恐怖を感じた。
「さらに重ねて令呪によって命ずる!誰か、誰か、返事をして、誰かっ!!」
3画目が消える。
反応は・・・無い。
バァンッ!!
「っ!!」
襖が切り裂かれ、刀剣男士達が部屋に入ってくる。
それでも思うように進めないのか、歩みはとても遅い。
しかし、部屋がそれほど広いわけではないため、私は直ぐに捕まってしまうだろう。
「あるじさま、こっちにきてください」
「主、来てくれ」
「大将、こっちに」
「主様、来てください」
「主さん、こっちに」
無数の手が伸ばされ、無意識に息を飲む。
悪意とは違う。
でも、善意じゃない。
怖い。
「っ・・・」
「さぁ、こっちに・・・」
誰かの手が私の腕を握り、強い力で引っ張られる。
思わず眼を瞑った直後に腕は開放され、重い何かが勢いよく落ちた音がする。
驚いて眼をあけて中庭を見ると誰かが庭に倒れていた。
その光景に驚いていると、風を切る音と共に黒い何かが高速で動き、部屋にいた全ての刀剣男士が中庭に飛ばされた。
「な・・・に・・・っ!」
背中から手を回され、優しく抱きかかえられる。
「オルタ・・・ニキ・・・?」
「あぁ。お前の槍だ」
「オルタ、ニキ・・・」
私の槍。
クーフーリンオルタが来てくれたことを認識した途端、身体から力が抜けていく。
そして、私は意識を失った。
[newpage]
一瞬何が起こったのかわからなかったが、自分達が攻撃を受け、主を奪われたのだと気付く。
そして、何故今まで気付かなかったのか不思議なほど今の彼女の身体は俺達よりも圧倒的に格上だとわかる存在の数多の陰を纏っていることにも気付く。
いや、陰というよりも執着や妄執に近いかもしれない。
ソレが今いないことが唯一の救いか?
「主から離れろ!」
「主様っ!」
「主!!」
「あるじ!!」
体制を整え、主を抱いている男に一斉に向かっていくと、黒い槍が頭上から何本も降り注ぎ、柵のように行く手を塞ぐ。
「本当にイラつく連中ですね。私達からマスターを奪おうなんて・・・殺すわよ」
「来たのか」
「勿論」
男と同様にどこからか女が現れ、大将の傍へと立つ。
黒い棘のある甲冑のようなものを着た男と、何故か旗を持ち、黒い甲冑を着た女。
目の前にいるのは2人だけなのに、圧倒的な威圧感と戦力差に身体が動かない。
「そこの線から入ってきたら殺します。どんな理由であっても殺します」
女が指を指した先には畳が抉られて線が出来ていた。
多分、男が最初に俺達を攻撃したときに出来たものだろう。
「主を帰してださい」
「私達のマスターよ。帰すもなにも、本来私達のものよ」
「帰せよ!」
「うるせぇ」
男から棘の付いた黒い槍が投げられ、それを避ける。
「ゴチャゴチャうるせぇ。俺に命令出来んのはコイツだけだ」
「私達は直ぐにでも貴方達を殺したいけど、今は必死に我慢しています。なので、さっさと消えてください」
自分たちはなんという存在を主にしてしまったのだと後悔したが、後の祭りだ。
どのみち、俺たちは彼女を主として祀り上げるしか方法がないのだから。
圧倒的強者の2人から主人を取り返すのは骨が折れそうだが、幸い時間はたっぷりある。
主だけはここから決して出ることができないのだから。
どちらが音を上げるかの長期戦の開始だ。
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n番煎じと言われそうなFGOと刀剣乱舞とのクロスオーバーです。<br />自分達の傍からマスターを取られてブチ切れ気味の英霊達と、折角の審神者を取られるのだけは阻止!!な刀剣男士です。<br />どっちも全然出ませんけど・・・。<br />刀剣男士視点は色々なキャラ視点が混ざっているので一人称も二人称も言葉遣いもバラバラです。<br />時間軸は1.5部くらいだと考えていただければ・・・。<br />捏造設定満載なうえに、認識間違いもあるかもしれませんので、地雷がない方向けです。<br />サーヴァント、刀剣男士達の立香に対して強い執着はあるものの、恋愛感情はありません。<br /><br />【追記】<br />2018年09月18日付の[小説] 女子に人気ランキング 81位<br />2018年09月12日~2018年09月18日付の[小説] ルーキーランキング 4 位<br />2018年09月19日付の[小説] デイリーランキング 74位<br />いただきました。<br />本当にありがとうございます。<br /><br />沢山の観覧、評価、ブクマ、コメント、スタンプなどありがとうございます。<br />忙しくて確認出来なかったらPixivからメッセージや通知が沢山来てて驚きました。<br />タグも付けていただいてとても嬉しいです。<br />続きですが、御礼としまして英霊サイドと刀剣男士サイドの短い話を後日あげる予定です。<br />多忙なためいつになるのかわからないですが・・・。<br />現時点までにいただいたコメントには一括でお返事させていただきました。
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マスターが審神者になるなんて絶対に許さない
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10136115#1
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「郁?」
ゴールデンウィークが終わったばかりの公休日の夜半過ぎ。
前日からの泊りがけデートの帰り道の途中で、郁は堂上と繋いでいた手を不意に外してその場にしゃがみこんだ。
図書基地まであと少しというこの場所は人通りも街灯も多く、特に変わった事は無い筈だが……と訝る堂上も郁の横に並んでしゃがみ、同じように足元を凝視する。するとそこには……
「キレイ」
地面に無造作に転がっていたのは薄いピンク色がきれいな直径2センチ程の丸い石で、郁は細い指先を使ってその石を拾い上げ自分の掌に載せると、堂上の目の前にほら!とばかりに差し出した。
「これ、穴が開いてないか?」
「本当だ」
先に立ち上がった堂上が郁に向かって手を差し伸べ、郁はそれに素直に縋って立ち上がる。郁が一人で立てない訳も無い事は堂上も承知だが、こうすることがもう既に当たり前のように二人の仲は近く、深まっていると言ってもいいだろう。
「何かのアクセサリーのパーツかなぁ」
「そうかもしれないな」
「どうしよう、これ。ここに置いておいた方がいいかな。それとも……」
「このままここに転がしておいても仕方ないだろう。誰かが踏みつけて割れちまう可能性もある。郁が見つけたのも何かの縁だ。財布にでも入れておけばいいんじゃないか?」
郁は自分が堂上に甘えてるなぁと認め、改めて堂上の懐の深さを思う。
キレイな石を偶然見つけて、それがなんだか嬉しくて。でもそれが誰かの大切なアクセサリーの一部なのかもしれないと思いついた時、郁は居た堪れない気持ちになった。
どうしよう、どうしよう。と迷う心を言葉にすれば、堂上は判りやすく選ぶべき道を示して郁の肩から責任の重みを引き受けてくれる。
本当にささやかな事だけど、こうして一つずつ支えられているのが嬉しくて、少しだけこそばゆい。
郁は「そうしますね」と笑って、バッグから財布を取り出しその中にピンクの石をしまい込んだ。
再び繋がれた掌がさっきよりも少し冷たく感じられ、もう少し一緒にいたいという二人の思いは歩く速度を鈍らせる。
「明日の夜」
「え?」
「明日の夜、特に予定は?」
「無い、ですけど」
「仕事の終わる時間にもよるが、外メシ行くか」
「……はい!」
昨日の夜から、もう24時間以上一緒に居るのに。同じ建物に帰って、目が覚めたら同じ職場で一緒に働くというのに。それでも未だ、恋人との時間が全然足りない。
それは、堂上と郁が同時に思う切なさだ。
小牧や柴崎にかかれば「御馳走さま」という所かもしれないが、周囲がどう思うか等そんな事はどうでもいい。ただ、離れ難い気持ちを共有していることが嬉しくて。
「ちょっとコンビニに寄って帰るか」
「そうですね!」
門限まではまだ余裕もある。
このまま部屋に戻り昨日から明日の夜にかけての二人の事を話したら、それぞれの親友に何か貢物を要求される展開が待っているのは先ず間違いない。だったらいっその事、先に何か買っておこうという言い訳を用意していた堂上だったが、「あたし、未だ堂上教官と離れたくないです」という郁の素直な言葉を聞いて、思わず「俺もだ」と同意するしかなかった。
天然無自覚には絶対勝てない!
いつだったか小牧に言われた言葉を思い出した堂上は、繋いでいた手を一旦離して郁の腰を抱き寄せる。
一緒に居たいのは。
離れたくないのは俺の方だ。
と、思いを籠めて。
予想通り、帰寮した郁は同室の柴崎に「明日の夜も課業後に食事に行くの?へえ~。そうなのぉ」と揶揄われ、顔を赤くしたまま俯きつつ高級アイスクリームを進呈した。
堂上は堂上で、やはり無言で堂上の部屋を訪ねてきた小牧に色々と口を割らされ、多めに用意していたビールをしっかり空にされた。
そんな事さえどこか嬉しい。
堂上と郁。
恋人同士の付き合いは至極順調で明るい未来しか見えない。
郁にとっては確かに初めて叶った恋。
だが、実は堂上にとってもこれ程のめり込む恋は初めてだと言ってもいい。本人は充分そう自覚しているが、それを郁に伝えるタイミングはなかなか訪れないようだ。
自分の口下手を認め、明るく許してくれる恋人に甘えているのはむしろ堂上の方なのだと言うことも、本当は承知しているというのに……
[newpage]
それから数日後。
堂上と郁がペアになって館内警備にあたっていた時、見回りのルートの中で一人の小学生の女の子が郁たちの目の前でランドセルを背負ったまま見事に転んでしまった場面に遭遇した。
「大丈夫?」
急ぎその女の子を抱き起こし床に座らせた郁の顔を見て、女の子は恥ずかしそうに頷いた。
「大丈夫……」
「どこか痛いところは無いかな?ちょっと変な風に手を突いてたみたいに見えたけど。ここはどう?」
郁が優しく女の子の手首を摩ると、女の子は小さく「いたっ」と顔を顰める。
「今日は一人で来たの?もし、誰か大人の人と来たのなら一緒に医務室に行って欲しいんだけど」
「仕事終わりのママとここで待ち合わせしてるの。もう少ししたら来ると思う……」
時刻はそろそろ17時半を回る頃合いだ。学童保育の帰りに地域の図書館で本を読んだり勉強をしながら保護者と待ち合わせをする子供も多いという。この女の子もその中の一人だろうか。
しゃがんだままの郁は堂上を見上げ、視線で次の指示を請う。
「君、名前は?今、小学何年生かな」
「加藤彩菜。小学一年生です」
思いっきり膝を折り、彩菜の視線に合わせて訊ねた堂上の問いに答えた後で、彩菜はポケットから子供用の携帯電話を取り出した。
「ママに電話してもいいですか?」
「それは構わないが、場所を移動して貰っていいかな?閲覧室で電話はまずい」
郁から彩菜を引き受けた堂上は、軽々と彩菜の体を抱き起こし立たせてからランドセルを外して郁に預け、痛めていない方の手を取って図書館入り口へと誘った。そこにはいくつかの公衆電話ブースがあり、携帯電話の使用も認められている。
「もしもし?」
電話に直ぐに応答した母親に、彩菜はしどろもどろで説明している。堂上は「いいかな?」と訊ねてからその電話を受け取り、自分の所属と名前、そして彩菜の状況を伝えた。
「娘がご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません。怪我は酷いようでしょうか」
「まだそれは判りませんが、どうやら転んだ時に手を突いたはずみで手首を痛めてしまったようです。差し支えなければ、このまま図書館の医務室へお連れしたいと思いますが、いかがでしょう」
「ありがとうございます。そうして下さると助かります。私もあと10分程でそちらに到着できると思いますので、直接医務室に伺ってもいいですか?」
「第一図書館に入って右手の受付カウンターに伝言を残しておきます。そちらで医務室の場所を確認してからおいで下さい」
堂上の話を聞いていた郁は一足先に受付カウンターに向かい、加藤彩菜ちゃんのお母さんを名乗る女性が来たら医務室に案内してほしいと告げた。
「堂上だ。館内で怪我をした少女を笠原と共に医務室に連れて行く。暫く警備から外れるので後は頼む」
「了解」
インカムで小牧に連絡を入れた後、二人は彩菜を連れて医務室へと向かった。途中、明るい図書館内とは少し雰囲気の違う廊下を通るのだが、その時、彩菜は堂上と繋いだ手に更に力をこめてきた。威勢はいいのに案外怖がりだった幼い頃の靜佳の様子を思い出した堂上は、自分も同じように少しだけ手に力をこめる。
それに気付いた彩菜は嬉しそうに堂上の顔を見上げ、笑顔を見せた。
彩菜を見下ろす堂上の眉間には皺も無く、視線を合わせ目元を緩めて微笑んでいる。
二人の後ろを歩いていた郁は、そんな様子を窺いながら温かい気持ちに包まれた。クマ殺しだ鬼だと称される事の多い堂上の、本当の優しさを知っている人間はそう多くない。どうしようもなく誇らしい、そんな思いが郁の心を満たしていく。
医務官が彩菜の手を取り、じっくりと動かしつつ様子を見ているその時、彩菜の母親が医務室に現れた。はあはあと息を切らし、これから10分ほどで行きますと話していたよりも随分と早い到着を考えると、途中でかなり走って来たのだろうと郁は思った。
「彩菜?」
「ママ!」
母親の顔を見てホッとしたのか、彩菜は回転式の丸椅子から立ち上がろうとしてバランスを崩した。
「危ない!」
彩菜の後ろに立っていた郁がさっと両手を出して、その幼い体を支える。郁の動きにつられるように彩菜に近づいた母親は、郁の腕の中でほうっと安堵の溜息を吐いている娘の顔を覗き見てから少しだけ語気を強めた。
「慌てないの!本当に気を付けてよ?」
「はぁい」
注意を受けた彩菜が恥ずかし気に頬を染める姿が愛らしい。そして、郁に向かって「ありがとうございます」と小さく頭を下げた彩菜の母親は、目を大きく見開いて郁の顔と胸元のネームプレートに注目した。
「あの。何か……」
「間違っていたらごめんなさい!もしかして、笠原郁選手ではないですか?短距離で活躍していた」
「えっと」
「私、香川由紀子です!学年も三つ上だし大学も違うから覚えていないかもしれないけど、笠原さんが大学一年の時のインカレでは、笠原さんが四位で私が三位でした。インカレの後、私は酷く膝を故障してしまって国体には出られなかったからあれが実質的な引退試合で。当時未だ一年生の笠原さんの走りは本当に素晴らしかった!私は笠原さんに追いつかれないように必死で走ったから表彰台に上がれたのかもしれないってずっと感謝していたの」
うーんうーんと唸りながら、郁は記憶の頁を捲っていく。
確かに大学に入った年のインカレでは表彰台に上った記憶は無い。大学四年間を通じて、インカレで唯一表彰台に上がっていないのはその時だけだ。だとしたら……
「あ~!思い出しました!」
相手の顔は覚えていないのは最早郁のデフォルトだが、そういう事があったのは間違いない。覚えている。
「結婚して今は加藤姓になったの、私。え?でも待って。笠原さんがここに居るって事は、まさか実業団じゃなくて図書隊に?」
「そうなんです。でも、あの。今は彩菜ちゃんの手当てを先に……」
「あ、そうだったぁ!ごめんなさい!」
まだまだ話し足りない様子の由紀子は、慌てて医務官に向き合った。
「あの。彩菜の様子は……」
「拝見したところ骨に影響はなさそうですが、明日まで様子を見て痛みが強くなったり腫れがひどくなった場合は整形外科を受診してレントゲンを撮って貰ってください。小さいお子さんの骨折やひびは、後日判明することも多いんです。今日はこのままシップの上から圧迫包帯で固定しておきますね。お風呂は止めて、今夜はシャワーで」
「ありがとうございます!」
由紀子がお辞儀をしている間に、堂上は彩菜を抱いて椅子から下ろした。
「良かったな」
彩菜の頭に手をやる堂上は、ホッとしたように微笑んでいる。そんな堂上を見た由紀子は、「先ほど電話で……?」と改めてその瞳を瞬かせた。
「はい。申し遅れました。堂上と申します」
「今日は彩菜がお世話になりました」
「いえ。大事に至らなくてよかったです」
短く整えられた黒髪と、暖かな温もりに溢れた黒い瞳。
すっきりと通った鼻筋に薄い唇を備えた堂上は、男性にしては確かに小柄だがガッチリとした体躯の持ち主だ。
なんだろう。この人、凄く魅力的!
娘の無事を知り安心したからこそ、こんな事を思う余裕があるのだろう。郁との再会も果たした今、由紀子は心躍る程に興奮していた。
閉館時刻が迫る中、堂上と郁は彩菜たちを正面玄関に見送りに出た。
別れ際にお互いの連絡先を交換した郁と由紀子は、またゆっくり会いましょうと約束をして握手を交わした。
「お気をつけて」
「ありがとうございました」
由紀子に手を引かれた彩菜は何度も振り返り、包帯で巻かれた手を上げてニコニコと微笑んでいる。二人の姿が正門から消えた後、堂上は郁に向き直って「やっぱりお前は本物の短距離ランナーだったんだなぁ」と感心したように告げた。
「なんですか、それ!」
「いやあ。大したもんだ」
破願した堂上は郁の髪を撫で、そのまま館内に戻って行く。
「小牧、待たせた。これから笠原と警備に戻る」
「女の子の怪我は大丈夫だったの?」
「ああ。今のところは心配なさそうだ」
「良かったね」
閉館迄一時間も無い。
堂上と郁は気持ちを引き締めつつ、警備に戻った。
[newpage]
その日の夜、郁はさっそく由紀子に連絡を入れてみた。
何度かメッセージアプリでやり取りをするうちに、今の由紀子の状況が段々と判ってきた。
学生時代最後の大会となったインカレ後の膝の故障は致命的で、由紀子は陸上選手の夢を諦めたという。大学在学中から付き合っていた年上の男性と、卒業後に『授かり婚』をしたこと。出産後も共働きで仕事を続けていたが、彩菜の小学校入学と同時に夫の海外転勤が決まり、今は先に単身赴任をしていること。赴任先の新学期が9月開始なので、それに合わせて由紀子は仕事を辞め、彩菜を連れて離日する予定だということも聞いた。
郁は、自分は高校生の頃からの志望を叶えるべく実業団には行かずに図書隊を目指したことや、今はタスクフォースに籍を置くことも伝えた。
そして、早くも数日後に控えている週末の夕食を一緒にいかがですか?、と郁は由紀子の自宅に招かれることになった。最初は固辞していた郁も、もうあと数か月で海外へ行くのだからと聞かされるとそう強くも断れない。幼い彩菜を連れて外食するより自宅に来てもらった方が助かるんだと言われ、最後は「伺います!」とメッセージを返した。
次の土曜日には仕事が入っている。課業後に行くとなると、帰りはそれなりに遅くなりそうだ。
由紀子たちが暮らすのは、武蔵境駅からバスに乗って三鷹方向へ向かった所らしい。駅から歩いても30分くらいだというので、少しくらい夜遅くなっても大丈夫そうだが、そうなると、お付き合いを始めてからは更に郁に対して過保護な発言が目立つ堂上に黙って出かけるのは難しいだろう。
由紀子とのやり取りを終えて、郁は直ぐに堂上に報告のメッセージを送った。
『こんばんは。お疲れ様です。今度の土曜日、課業後に由紀子さんの家に遊びに行くことになりました。彩菜ちゃんの手首は痛みが引いてきたそうなので一安心です』
あっと言う間に既読がつくのが正直嬉しい。
『痛みが引いてきたのは良かった。土曜日の件は明日詳しく聞かせてくれ』
『了解です』
『おやすみ。早く寝ろよ』
『おやすみなさい。堂上教官も、ゆっくり眠ってくださいね』
この様子だと、土曜日の予定は分刻みのタイムスケジュール表の提出を言い渡されそうだ。もう、自分の戦闘能力を堂上が信用してくれ無いんだなんて事は思わない。大好きな人に心配して貰える心地良さを、郁は既に知っているのだから。
流石に分刻み迄とはならなかったが、大まかな予定を堂上に伝えてから郁は未だ日の残る街を足早に由紀子の家に向かった。どんどん日が長くなる時期でよかった!と郁は心からそう思う。もしこれが冬の最中、真っ暗な道を行くのだとしたら、間違いなく堂上は郁が一人で出歩くのを認めなかっただろう。
そんな事を思うと、自然と顔がニヤケてしまって堪えきれない。郁は途中にある大きな花屋でお土産にテーブルフラワーを求め、そのまま歩いて由紀子と彩菜の待つ家に向かった。
手首に怪我をして以来、彩菜は図書館に来ていない。どうしているのか、その様子も気にかかる。
幹線道路から少し入ったところにある瀟洒なマンションに到着すると、郁は由紀子の部屋番号を押してエントランスのオートロックを外して貰う。
エレベーターで四階に上がり、ドアの前に立った途端にガチャガチャとその扉が開いた。
「お忙しい中、今日は来てくれてありがとう!」
「郁ちゃん、ありがとう!」
心配していた彩菜の手首にはもう包帯は巻かれておらず、肌色のシップが貼られているだけだった。
「こんばんは。お邪魔します!」
家庭の温かさに満ちた部屋は居心地が良く、郁は美味しい食事に舌鼓を打ちながら楽しい時間を過ごしている。
約10年ぶりともなる再会の時はあっと言う間に過ぎていき、大学時代は殆ど会話を交わした事さえなかったというのに、郁と由紀子は馬が合うのか会話が一向に途絶える気配も無い。
仕事の事。
家族の事。
趣味の事。
彩菜を交えての女子トークは、時折食事を挟みながらも留まる時を知らずに続く。
ここで郁は、何故図書隊を目指したのかを白状させられ、追いかけていた王子様と堂上が同一人物であることも、今、その堂上と付き合っていることまでついつい話してしまった。
素敵!ロマンティック!と目をキラキラと輝かせている彩菜と由紀子は、まるで小説みたいだわぁと声を揃える。
彩菜は自分の携帯の画面を開いて郁に見せ、「この子が保育園の時からの彩菜のボーイフレンドなんだ!」と負けじと自慢してきた。どれどれと郁が覗き込むと、そこには爽やかな少年の笑顔がある。
「かっこいいねぇ」
「でしょ?でも、パパには内緒なの」
「どうして?」
「だってヤキモチ妬いちゃってめんどくさいんだもん!」
彩菜の言葉に笑い転げる郁は、手にしていた彩菜の携帯に愛らしいストラップがついていることに気付いた。
「これ、可愛いね!前からついてたっけ?」
「ううん。これは今日、ママが作ってくれたの」
「え?由紀子さんが作ったんですか?すごーい!プロみたい!」
そういえば、由紀子の趣味は手芸だと言っていた。それにしても凄いなぁと感心する郁に向かい、「郁ちゃんもママに作って貰う?」と彩菜が訊ねる。
「ううん。あたしにはこういう可愛いのは似合わないから」
「そんな事無いわよ!どうしても重くなっちゃうから彩菜のストラップはプラスティックのビーズで作ったけど、郁ちゃんのならパワーストーンを使って作りましょうか」
「パワーストーン?」
「そう、こういの」
由紀子は自分の左腕に巻かれたブレスレットを郁に見せた。
「キレイですねぇ」
「でしょう?しかもこれ、一つ一つの石に違った意味があるのよ」
郁はふと、前回のお泊りデートの帰りに見つけたピンク色の石の事を思い出し、財布の中からお目当ての石を取り出して由紀子に見せた。
「これ、こないだ出掛けた帰り道で拾ったんですけど。これももしかしたらパワーストーンですか?」
「あー!これね!これはピンククォーツって言って、恋愛のパワーストーンよ」
「へえ~!」
「もしかしたら、堂上さんと出掛けた時に見つけたの?」
「えっとぉ、はい……」
「ふうん。だったら尚の事、この石には意味があるのかもしれないわね」
「そ、そうなんですか?」
「私も詳しくは知らないけど。恋人同士が出かけた先で拾ったのが恋愛の為のパワーストーンだなんて。これはもう、絶対ご利益ありそうよー!」
由紀子は立ち上がり、色々なパーツが並ぶ手芸用の箱を手にして戻ってきた。郁からピンククォーツを受け取ると、更にいくつかの石と金具を使って、あっと言う間にシンプルなストラップを作りあげた。
「良かったらこれ、今日の記念に受け取ってくれる?」
「え?いいんですか?」
「頂戴した素敵なお花のお礼です」
「そんな!あたし、沢山ごちそうになったし」
「いいのいいの。再会を祝して、郁ちゃんに使って欲しいな」
母親の真似をして、彩菜もどうぞどうぞと言葉を重ねる。郁はおずおずとそのストラップを手にすると、「ありがとうございます。大事にしますね」と微笑んで、早速自分のスマホカバーに取り付けた。
「可愛い!」
「郁ちゃんのイメージにピッタリね~!」
彩菜と由紀子に褒められて、郁は心から嬉しく、感謝の気持ちで胸が一杯になる。ふと壁にかかる時計を見ると、時刻は10時を数分回ってしまっていた。いつもの彩菜ならもう既に夢の国に旅立った後の時刻だろう。「もうこんな時間!」と郁は慌てて立ち上がり、今日のおもてなしのお礼と、出来たらまた会いたいと伝えて玄関に向かった。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ!遊びに来てくれてありがとう」
彩菜は目を擦りながら由紀子にだっこをせがんでいる。
「あらあら。彩菜も一緒に下まで郁ちゃんをお見送りに行きましょうか」
由紀子の言葉に慌てたのは郁だ。それは大丈夫です!と両手を振って断っている姿が何よりも怪しい。
「この時間帯ならタクシーも見つからないかもしれないし。暫く待ってみて捕まらなかったら電話して迎車を頼みましょうね」
「いえ、もう遅いですから……!」
言い募る郁を無視して、彩菜を抱き上げた由紀子はそのまま玄関でサンダルを履いて郁と共に扉から出た。エレベーターの到着を待つ間も乗ってからも、郁はしきりにここからは一人で大丈夫です!と繰り返すのだが、由紀子はお見送りを……と言ってきかない。
エレベーターを降りたら直ぐに、外に通じる自動ドアがある。何故かゆっくりと歩く郁を尻目に、由紀子は颯爽とその場所に向かった。
ガガガガガ
低いモーター音を立ててゆっくりとドアがスライドすると、その向こうに立っていたのは。
「堂上さん?」
「あ、これは……!」
郁から聞かされた予定をなぞり、堂上はマンションまで郁を迎えに来ていた。多少、郁の帰りの時間がずれることは織り込み済みだ。堂上は開いていた文庫本を慌てて閉じると、バツが悪そうに頭を掻きながら由紀子に向かって頭を下げた。
「遅くまで郁ちゃんをお引止めしてしまってごめんなさいね」
「ごめんなさいね」
由紀子の言葉を追いかけるように、彩菜も同じ言葉を続ける。何かを吹っ切ったような堂上は、郁の手を取り「今日は郁がお世話になって、ありがとうございました」と告げると、そのまま「失礼します」と踵を返した。
「あ、あの!本当にありがとうございました!」
「こちらこそ!また来てね」
「また来てねー!」
身を捩って由紀子と彩菜に手を振る郁を、堂上は振り向きもせずに引き摺って行く。
きっと堂上の頬は赤く染まっているのだろう。ぶっきらぼうに見えなくも無いが、こうして郁を迎えに来る辺りはどう見ても『王子様』対応だ!と由紀子は微笑ましい気持ちで二人を見送った。
恋人同士の甘い様子を思い起こしながら、由紀子は海外赴任中の夫を思い、彩菜は大好きなパパを思い出しては母子揃って切ない気持ちになった。
会いたいな。
どうしているかな?
時差を考えると、あちらは土曜日の午前中だ。
今ならビデオ電話も出来そうだ!と思いついた二人は大急ぎで部屋に戻り、大切な家族に電話をかけた。
[newpage]
「へえ!小学校の運動会に出るの?笠原さんが?」
五月末が近づく事務室で、堂上達は書類仕事の合間に四人そろってコーヒーを飲みながら一息ついている。仕事の話が一周した後、次の公休日が土曜日に重なることが話題に上り、その日に雨が降らなければ彩菜の小学校の運動会に行く予定だと郁は話した。
「いえいえ。出るっていうか、保護者が参加する競技の代打、みたいな?」
「彩菜ちゃんのお母さんも、お前と同じ短距離の選手だったんだろ?そういうの得意なんじゃないのか?」
郁と由紀子との関係は、手塚や小牧にもそのまま伝えてある。
「由紀子さんは膝を痛めただけじゃなくて出産後に股関節もやっちゃって、最近は激しい運動は避けてるみたい。これまでは旦那さんがそういう競技に出てくれてたのが今年はいないからって困ってたんだ。だからあたしが」
「お前の事だから、どうせ豪華な弁当でつられたんじゃないのか」
「な、なんで知ってんの!」
「知ってるも何も。これくらいの事は俺でも判るわっ」
「げー。やなヤツ!」
「うっせーわ」
「どっちが!」
末っ子二人がガシガシと座ったまま脚で蹴り合いをしているのを横目に、小牧は堂上に向かって「せっかくの土曜日の公休日も、お前も俺も出勤だからねぇ」と溜め息交じりで話しかけた。
「そうだな。まあ、今回は運が悪かった」
「お偉いさんの監察なら平日にお願いしたいよ」
小牧もまた、毬江との土曜日デートを潰された口だ。いかにも相手方の都合で振り回された感は否めないが、これも宮仕えの身の上ならいつでも引き受けなくてはならない事だ。ただ、少しばかり身内で愚痴を言うくらいなら許してほしい。
「早めに終わるような事も聞いたしな。お前はそれからでも毬江ちゃんと一緒に出掛けられるんじゃないか?」
「俺の都合で彼女を長く待たせるのは好きじゃない」
「それも判るが」
小声で話す上官二人のシリアスな様子に、郁と手塚は子供じみた喧嘩を中断し聞き耳を立てている。手塚は声のトーンを落とし、堂上に何があったのかと訊ねてみた。
「どうかしたんですか?」
「いや、別に」
「あたしが運動会に出るのがダメ、とか?」
「は?」
「図書隊にそういう服務規程ってありましたっけ?」
「はあ~?」
郁と手塚の真剣な様子に先に吹き出したのは小牧だった。そんなの無い無い!と手を振りながらゲラゲラと笑ってコーヒーの入ったマグカップを落としそうになる。
「小牧教官!大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫っちゃあ大丈夫!でも、本当に手塚と笠原さんは良いバディだね!」
これには郁も手塚も素直にそうだとは言いたくない。しかも、小牧に続いて堂上までもが口元を拳で抑えつつも笑い始め、いよいよ状況は訳が判らなくなってきた。
「どうして?なんで堂上教官迄笑ってるのー?」
「いや、すまん」
言える訳無いだろうが!
小牧と二人、今度の公休日のデートが流れた事をぼやいていたなんて事を!
喧嘩したり心配したり困ったり。
俺たちの部下二人はなんとも可愛い!と、堂上と小牧は目線でお互いの思いを確認した。
週末の土曜日は、文字通り雲一つない晴天だった。
郁は早朝から小学校の門の前に並ぶ由紀子と合流し、絶好のポジションに簡易テントを張る事に成功した。選手宣誓も応援合戦も、子供たちの精一杯の声やキビキビとした動作が頼もしい程だ。郁は「懐かしいー!」と大喜びで、由紀子と一緒に運動会を楽しく見ている。
彩菜の出番は案外多く、可愛らしいダンスも50メートル走も精一杯頑張る姿についつい声援の声を上げてしまう。彩菜が登場するプログラムでは由紀子は自然とカメラマンとなってグラウンド近くに貼りつくので、郁はテントの中で座ったまま応援することになる。遠くからでもなんとか……と、この正月に堂上に買ってもらったデジカメを最大限の望遠にして撮影を試みるが、これが難しくてなかなか思ったような写真が撮れない。
撮影を終えてテントに戻ってきた由紀子から見せてもらうと、流石母親は違う!と思わず唸るような彩菜の笑顔溢れるショットが並んでいる。
「由紀子さん、写真上手ですねぇ」
「ありがとう!でも、本当は夫の方が上手なの。この一眼レフも彼のだし。私は色々教えてもらった受け売りだから」
「そうなんですか?羨ましいくらいによく撮れてますよぉ。あたしにも極意を教えて欲しいくらい」
「いいわよ。えっとね……」
由紀子と郁は楽しそうに話しながら、子供たちの応援も欠かさない。そうこうするうちに時は流れ、郁お待ちかねの昼食タイムとなった。由紀子の料理の腕前の良さは、初めてごちそうになった時から知っている。今日は小学校に入って初めての運動会だから!と張り切って作ってくれた料理の数々は本当に素晴らしく、郁は何枚も写真を撮った。
「彩菜ちゃん。50メートル走、一番だったね!おめでとう!」
「えへへ」
「えへへじゃないでしょ?ありがとうございますって言うのよ」
「うん!ありがとうございます、郁ちゃん」
「走るのって楽しいよね」
「楽しい~!」
彩菜は本当に嬉しそうに笑うと、「いただきます!」と料理に箸をつけた。
「ねね。このから揚げ美味しいよ?」
「本当だ!美味しそう!」
「郁ちゃんも食べてね。沢山あるから」
「ありがとうございます」
色とりどりに並ぶ料理の数々を前に、郁は一つずつ味わうように食べ進めていく。普段は隊内の食堂で食べることが多く、時に外食をすることはあってもこういう家庭的な味とはやはり違う。由紀子手作りの料理には、懐かしい家庭の味がある。郁は急に泣きたいような気持になって、思うように食事が進まなくなってしまった。
「郁ちゃん?」
「あ。ごめんなさい!どれもこれも美味しいです!なんだかあたし、競技の前に緊張しちゃってるのかな?ドキドキしちゃって」
「大丈夫?無理しないでね」
「はい!」
郁も、なんとなく気付いていた。
今日に限って食欲が湧いてこない気がする、と。
でも、郁が参加する予定の競技はこれからだ。お腹いっぱいで動くより、少し軽めにしておいた方がいいかもしれない。
彩菜は大好物だという料理を沢山食べてから、元気に自分のクラスの椅子が並ぶ場所へと戻って行った。
そして。
二度目の応援合戦から午後の競技が始まった。
郁が自分が出る競技の前に……とトイレに立ち、少し時間を置いて戻ってきた。ちょうど低学年の子供たちの玉入れが始まるところだから!と、郁と入れ替わるように由紀子はカメラを持ってテントを離れた。一人お留守番となった郁は、小さく膝を抱えて応援もすることなく座っている。
あと、いくつかな?
郁がプログラムを開いて確認していると、由紀子が楽しそうな笑顔で戻ってきた。
「可愛かったねー!」
「あ、はい」
「……どうしたの?やっぱり郁ちゃん、どこか調子悪い?」
「いえ!そんな事は!」
言い淀む郁の背後から、大切な人の声が突然届く。
「郁」
「堂上教官?」
振り向いた郁の様子を見た堂上は直ぐにその場にしゃがみこみ、郁の両頬を両手で包むと、しっかりと目線を合わせた。
「どうした」
「それはあたしの台詞ですよ!」
「ああ。こっちはもう監察も終わったんで顔を出した。それよりお前……」
「大丈夫、ですよ?」
同じ姿勢のまま堂上は由紀子の方に顔だけ向き直り、郁が参加する予定の競技はこれからですか?と訊ねた。
「はい。次の次、です」
「その競技、俺が出ます」
「え?」
いいな?
堂上の問いに小さく頷く郁は、既に涙目だ。
スーツを着ていた堂上は直ぐに上着を脱ぎ、ネクタイを外してシャツの袖を捲り上げる。
「堂上さん。郁ちゃんの代わりなら私が!」
「いえ。俺が行きます。申し訳ないですが、郁を頼みます」
「……郁ちゃんを?」
由紀子と堂上がそんな会話を交わしている時、競技に参加する保護者の方は正面ゲートにお集まりください!と放送が入った。
「これ、かけとけ」
堂上は無造作に自分のジャケットのポケットにネクタイをしまい込むと、そのまま郁の肩にかけて髪を梳く。
「体を冷やすなよ」
「……うん」
じゃ、行ってきます!
そう言い置いてあっと言う間にテントから飛び出して行った堂上は、およそ競技に参加するとは思えない服装で駆けて行った。郁は、堂上の残り香と温もりがたっぷりこもっているジャケットの襟を掴んで引き寄せ、その顔を埋める。
「郁ちゃん、やっぱり体調が悪かったの?」
「そう、みたいです」
「みたいって!」
「いつもより少し早めに来ちゃったから。自分でも気づかなかったんです。ごめんなさい」
「それって……。準備とか、大丈夫?」
「あ、はい。それは一応」
郁は自分の下腹部に手を添えた。
「堂上教官には、直ぐにばれちゃった」
「そっか。なんか凄いね、堂上さんって。郁ちゃんの事なら何でも判っちゃうんだ」
「……はい」
情けないような顔で笑う郁は、更に体を小さく小さく縮めて俯いてしまった。由紀子は郁の隣に移り、その手を握る。
「素敵な恋人じゃない。郁ちゃんの全部を理解して、護ってくれてるっていう感じで」
「でもあたし、いっつも護って貰うばっかりで」
「そんな事はないと思うけどなぁ。お付き合いするのって、やっぱりちゃんとどこかで支え合ってる筈だもの」
「あたし、自信ないです。堂上教官を支えている実感なんて無いし……」
「郁ちゃんと堂上さん二人のお付き合いがどんな風なのか私は知らない。でもね、私も今、たった一人で頑張って彩菜を育てているつもりだけど、ふとした時に気付くの。私も随分と彩菜に助けて貰ってるなぁって。昔のドラマに出てきた先生の台詞を借りちゃうと、人という字は人と人が寄り添って成り立ってる!ってことなんじゃないかなぁ」
由紀子が最後の言葉を巧みに物真似の声色で話したので、郁は堪らず吹き出した。
「あ。ほら見て、彩菜が手を振ってる!」
郁が顔を上げると、堂上としっかり手を繋いだ彩菜が大きく手を振っているのが見える。二人三脚だろうか。二人ともハチマキで脚を結わえて小さく足踏みの練習をしているようだ。
それでは、これから父兄参加の障害物競争を始めます!
先ずは一年生たちの登場です!
普段、運動不足のお父さんお母さん。くれぐれも怪我の無いように気を付けて頑張ってくださいねー!
堂上と彩菜を含む沢山の親子が団子の様にスタートラインに並んでいる。大きなスターターの音と共に、全員が一斉に駆け出した。
イチニ、イチニと声を掛け合い、堂上と彩菜は順調に進んでいく。次のゾーンでは脚のハチマキを外し、大きな麻袋に両足を入れて二人並んでぴょんぴょんと飛んで前進だ。
次に控えるのは、高さが二種類ある大きな壁。低い方の壁は低学年の児童でもどうにかよじ登れる高さになっているので、大人が手助けをして壁を越えさせればよい。ところが大人の前に立ちはだかるのは2メートルを遥かに超える大物だ。申し訳程度にロープがぶら下がっているので、それを手掛かりに登れという事らしい。無事に彩菜の壁超えをサポートした堂上は、ちょっと待っててくれと言ってから二歩下がり、勢いをつけてそのまま壁を蹴って駆け上がると壁の上部に手をかけた。そこからは、まるで羽があるように軽々と自らの体を持ち上げて、あっと言う間に高い壁を乗り越えた。
他の大人たちは子供をどうにかサポートした後に、自分がどうやってこの壁を乗り越えようかと思案中だ。すっかり先を行く堂上達は、いよいよ最後のゾーンに突入した。
ここでは子供は平均台の上を歩き、大人は地面に張ってある網の下を匍匐前進をして進む。堂上は彩菜の手を取り、ペースを合わせて平均台の上を歩くのを助けた。続いてがばっと身を低くすると、ピンと張られた網の下をすいすいとくぐり抜けていく。
網から出てきた堂上は直ぐに彩菜を抱き上げると、そのままゴールテープを目指して全力疾走で駆けて行く。未だ、他の親子は壁を超えるのに四苦八苦しているというのに、堂上達はぶっちぎりの一等賞だ。
やんややんやの大喝采を浴びて、彩菜は照れ笑いを浮かべている。堂上はそのまま彩菜を下ろし、両手でハイタッチをして嬉しそうに破願した。
「やったな!彩菜ちゃん!」
「うん!堂上さん、凄くかっこ良かった!!」
二人の大活躍をテントから見守っていた郁と由紀子は、同じようにその場でハイタッチをして喜びを分かち合う。
「いやあ、堂上さんって凄いわ、ホント!」
「うふふ」
「見てよ!着ているワイシャツ、殆ど汚れてないわよ?匍匐前進したのにどうして?」
「あー。あれは腕立て伏せの要領でやるから汚れないの」
「さすがタスクフォース!あ。郁ちゃんも、か」
「あたしはオマケみたいなもんだから!先輩の上官達とは全然違いますって!」
由紀子と郁がわいわいと話している所へ、堂上は静かに戻ってきた。
「堂上教官!」
「堂上さん!」
「おう!」
堂上は郁の頭に手をやり一度跳ねさせてから「どうだ?大丈夫か?」と訊ねた。頷いた郁を見てから「無理はするなよ」と言いつつ胡座をかいて座り、由紀子から差し出されたペットボトルに黙礼をしてぐいっと一気に飲み干した。
「ありがとうございました、堂上さん。彩菜も凄く喜んでますよ、間違いなく!」
「俺も楽しかったです。運動会って懐かしくていいもんですね」
「堂上さんがお父さんになったら、絶対お子さんの運動会で大活躍しそう」
「俺が出る迄もなく、母親が参加すれば間違いなく優勝候補の筆頭になる事、請け合いです」
あらあら!
いかにも当然と語る堂上の言葉に、何故か突然顔を真っ赤にしている由紀子の様子を不思議に思いながら、郁はぼんやりと堂上を見ている。
いつでも、どこでも。
堂上教官は最高に頼りになる上官で、恋人だ。
大事な所でポカをするあたしとは違って……
ほんのりと傷ついた気持ちでいるのは、突然『女の子』になってしまった郁の体調の所為なのかもしれない。
それでも今は、なんだかとても居た堪れない。
笑顔で話している堂上と由紀子を、郁はテレビ画面の向こう側に居る人を見るように眺めていた。
[newpage]
時は移り、ハッキリとしない梅雨空が続く6月下旬の頃。
由紀子と郁は相変わらず時折メッセージのやり取りを続けているが、辞職や引っ越しの準備に追われている由紀子は忙しそうで、実際に顔を合わせるタイミングが取れないまま時間だけが過ぎて行った。
この日の特殊部隊は変則的な勤務状態だった。
現在、進藤班を含めた三班が奥多摩での訓練に参加しており、それには玄田も同行している。たとえ人数は少なくとも、熟す仕事量に変化はない。市街哨戒も館内警備も残った隊員達で回し、図書館も無事に閉館時刻を迎えた。事務室では各自日報を仕上げて解散となるが、進藤一正が不在の今だからこそ!と気合の入る狙撃班が課業後に特別射撃訓練を行うことになり、手塚と小牧もそちらに参加している。
堂上が彩菜の運動会で大活躍をして以来、ほんの少し毛羽立つ気持ちを持て余していた郁だったが、そんな気持ちもその後数回の堂上とのデートで解れてきたように思う。自分が堂上を支えているとはとても思えない!という言葉は伝えていないが、そんな郁の不安ごと受け入れてくれる堂上は、やはり最高の恋人なんだろうと郁は思う。
緒形も司令に呼び出されて離席している今、元々人数の少ない事務室に残るのは堂上と郁の二人っきりだ。日報も既に提出しているので郁がここにとどまる必要は無いのだが、小牧と手塚の帰りを実は待っていることなど堂上は勿論承知している。
「笠原」
「はい?」
二人っきりの事務室。もう課業後だというのに律儀に郁を『笠原』呼びする堂上は、まだオンモードのままだ。
「今、奥多摩の隊長からメールが来た。例によって明後日までの提出書類を忘れていたらしい」
「え?だって隊長が戻るのって明日の午後ですよね?また、堂上教官が代わりに書類を仕上げるんですか?」
「いや。今回の書類は俺が手を出せる範囲のものじゃない。ただ、資料を集めておけっていう話だ。それだけでも結構面倒なんだがな」
「資料って?」
「先月、監察があっただろ?あの件で色々と、な。どうやら三年前の資料から引っ張ってこないとならないらしい。ちょっとこれから資料倉庫に行ってくるから。お前はどうする?未だここで待つか?」
「だったらそれ、あたしが行きます!必要な資料の種類と年度を教えてください!」
「いや、しかし……」
「だって。堂上教官、今まだ仕事終わってないですよね?あたしはまあ、何となくここに居るって感じだし、急ぎ仕事も無いし。資料をピックアップするだけならあたしでもできますから!」
堂上は不服そうな顔を見せながら、渋々という態で郁にメモを書いて手渡した。
「何かあったら直ぐに携帯な?」
「はい!」
郁はご丁寧に敬礼までしてそのメモを受け取ると、颯爽と事務室を出て行った。もうすっかり暗闇に包まれた基地の奥にある資料倉庫までは徒歩5分という所だろうか。雨こそ落ちていないが、生暖かい湿気が纏わりつく。
「蒸し暑いなぁ」
ついつい独り言を呟きながら資料倉庫に到着した郁は、堂上から預かった鍵で重い扉を開けた。日中は主に総務部などの出入りも多い為施錠はされていないが、図書館の閉館と同時にこの建物には鍵をかける事になっている。省エネの為、半分に減らされた蛍光灯がうっすらと室内を照らす中、郁は目当ての資料を求めてまだ熱の残る室内を歩いて行った。
郁の求める資料は二階にある。大きな段ボール箱に詰め込む程の分量になりそうなので帰りは台車に載せないとならないだろう。郁は一階から台車をエレベーターに載せて二階に上がった。
古い建物につきもののかび臭いエレベーターは、ガタガタと音を立てつつ郁と台車を二階に運ぶ。降りたところにある筈の電灯のスイッチを手探りでどうにか見つけると、ぱちぱちと音を立てながらゆっくりと電灯が点いていく。
「もうそろそろLEDに換えないとねぇ」
郁はまた独り言ちて、台車を押しながら薄暗い部屋の中を進んだ。棚に貼ってあるラベルが読みづらいので、持参したフラッシュライトで確認する。これより前の年度の資料だともっと奥かな?と更に進むと、突然、上段から分厚いファイルが束になって郁の頭をめがけて降ってきた。咄嗟に一歩進んで体を縮めたのでどうにか頭への直撃は免れたが、躱し切れないファイルが数冊、郁の背中と腰に集中した。
「何?どうなってんの、これ?」
ズキズキと痛む腰を撫でつつ郁がゆっくり立ち上がろうとすると、その腕を誰かが取り、更に上へと捻りあげる。
「な、誰?」
郁はそのまま床に顔面をつける程に強い力で背中を押され、残るもう一つの腕も同時に背中で絡げられた。
「静かにしろ」
くぐもった男の声が背後から響く。
一体何者?何があった?
郁がそう思った瞬間、バチバチと赤く光る不穏な光が郁の体に押し付けられた。
[newpage]
「随分かかってるな」
郁が資料を取りに行ってから30分以上が経過している。堂上は自分の腕時計で時刻を確認してからスマホを取り出し、郁のナンバーをタップした。
「この電話は現在……」
機械的なアナウンスの声を聞いた堂上は、全てをそのままにして事務室から飛び出した。いくら郁が迂闊だとは言え、指定した資料を持ち帰るのにこれほど時間を取られるとは考えづらい。その上、電話まで通じないとなると非常事態が起きている可能性がある。たとえそれが杞憂に終わったとしても、それならそれで構わない!
走りながら小牧に電話をかけるが、相手は射撃場での訓練中だ。呼び出し音が通じる訳もない。
くそっ!
堂上は舌打ちすると、そのまま鍵が開いたままの資料倉庫へと吸い込まれて行った。
内部は真っ暗で、人の気配も無い。
記憶を辿れば、郁に頼んだ資料は二階にある筈だ。エレベーターに向かうと、二階にそのままとどまっているのが判る。
……という事は、郁は未だ二階に居るという事だろうか。倉庫の入り口の鍵も開いていたし、或いは今も資料を探している可能性もある。
だが。
堂上の『経験』と『勘』というアンテナが、今の状況が危険だと知らせている。
エレベーターを通り過ぎた先にある階段を使い、堂上は音を立てずに二階へと急ぎ駆け上がった。
やはり、二階にも暗闇が広がっている。この中で郁が資料探しをしているとは思えない。やはり何かあったのか?と心拍数は上がるが、それと反比例して頭はスッキリと冴えていく。
無機質なスチール製の棚が並ぶ中を、堂上は腰を落とし注意深く進む。すり足で一歩ずつ床を撫でるように行くと、足元に数冊のファイルが重なっているのに気付いた。目をこらせば、その先には一台の台車が放置されている。
間違いない。
郁はここで誰かに襲われたのだ……!
この建物は四階建てだが、三階以上は機密書類が詰まっているため三正以上のIDカードを複数枚同時に使わないと室内に入ることはおろかエレベーターさえ止まらないし、同じように階段室も封鎖されている。
やはりこのフロアか?
確かこの奥に、資料を一旦確認するための小さな部屋があった筈だ。
そう思いついた堂上は、更に気配を消してその小部屋を目指す。逸る心を諫める必要もない程に冷静な自分に驚きながら。
はたして。
その小部屋には小さくライトが灯っており、確かに人の動く気配があった。
扉に嵌め込まれているすりガラスの向こうに蠢くのは体格の良い男の影が一つ。だが、郁の姿は確認できない。このまま様子を見るか或いは……と堂上が逡巡しているその刹那、扉の向こうから郁の叫び声が響いた。
「止めて!!今直ぐその手をそこから離せ!!!」
いったい何が中で行われている?
堂上は、迷いなくその扉を蹴破った。
そこには、小さなデスクライトが揺らめく中で郁が後ろ手にパイプ椅子に縛り付けられ座らされている姿があった。
そして、体格のいい男が郁のシャツのボタンに手をかけ、外そうとしている。
突然開いた扉に驚き振り向いた男は、黒い目出し帽を被っていた。
助けに現れた堂上を見上げる郁の瞳に恐怖と悲しみが溢れているのを認めた堂上の、『理性』という名のストッパーは全て一気に解除された。
うおぉぉぉぉぉぉぉーーー!
咆哮を上げた堂上は右手を握り、一気に男をめがけて襲いかかる。
だが……
蹴破られたドアの向こう側に潜んでいたもう一人の男が素早く堂上の背後から頭に黒い巾着状の布を被せ、そのまま付属している紐で堂上の首を絡げて強く締め上げた。
息苦しさに堪らず腰を折った堂上の両手に手錠を嵌め、更にその頭を、郁のシャツのボタンを外そうとしていた男が隠し持っていたナイフで布の上から鋭く切りつける。
堂上は、ドサッとその場に倒れた。
「こんのぉぉぉーー!」
郁は渾身の力をこめて椅子ごと立ち上がり、堂上を傷つけた男に体ごとぶつかって行った。郁に押されて一度は倒れ込んだ男はやおら立ち上がり、勢いあまって床に転がる郁の腹を蹴飛ばして不遜に笑った。
「威勢のいい姉ちゃんだな。このままこのナイフで全部ひん剥いてやろうか」
蹴られた痛みで、郁は息がうまく出来ない。堂上は布越しに少ない酸素を吸いながら、「郁……!」と声なき声を上げるのが精一杯だ。切られたのは額の少し上あたりだろうか。大量の血液が額を伝い、じわじわと目に入ってくるのが判る。
どうする?
どうしたらいい?
冷静さを取り戻した堂上が必死に反撃の手段を探る中、新たな足音が遠くから響いてきた。
「お前ら!何を遊んでやがるっ!そろそろ時間だ、行くぞ!」
「こいつらどうしますか?」
「どうせあと30分もすれば全て終わるんだ。面も割れてないし、お前ら二人はここに残って見張ってろ!残りは俺がやる!」
最後に来た男が出て行った後、残された男二人はついでのように堂上の腹を蹴り上げ、ポケットからスマホを取り出してぐしゃりと足で踏み潰した。きっと、郁のスマホも同じように破壊されたのだろう。堂上が痛みに耐え浅く呼吸を繰り返していると、男二人は悪態を吐きながら一緒に小部屋を出て行った。鍵のかかる部屋ではないので、この入り口に立って堂上と郁が逃げ出さぬよう見張るつもりだ。
再びの静寂の中、郁は椅子に繋がれたまま堂上に体を少しずつ近付けていく。
「堂上教官……!」
斬りつけられた頭の傷はどうなってる?不安に駆られながら、郁は堂上の首に強く巻きついている紐を口でくわえて緩め、どうにか黒い巾着袋を堂上の頭から外した。
暗がりの中でも、おびただしい量の血液が流れていることは判る。その血液が堂上の瞼を糊付けしたように閉じさせ、どうにも開けることが出来ないようだが、堂上の意識ははっきりとしていた。
「郁。怪我は?」
「あ、ありませんっ」
「そのまま、動くなよ」
二人は見張りに気取られぬよう、注意深く小声で話している。
堂上はゆっくりと立ち上がり、後ろ手に手錠を嵌められたまま手探りで郁の縛り付けられているパイプ椅子を辿りつつ、ロープの結び目を確認した。
「少し、待ってろ」
不自由な指で、しゃがみ込んだ堂上は郁を縛っているロープの結び目を解いていく。どうにか腕が自由になった郁は、そのまま静かに立ち上がると勢いよく堂上に抱きついた。
「堂上教官!血がっ」
「ああ。大丈夫だ、もう止まってる」
「でも!」
「目は開けられないが、傷は問題ない。それより一体、何があった?」
「あたし、最初に襲われた時にスタンガンで眠らされたんだと思います。目が覚めたらこの部屋の中で椅子に縛り付けられてて。それで……」
その後に自分の身に起きた事を思い出した郁の、体が小刻みに震えている。
「郁」
「だ、大丈夫です!特にどこも何ともないし!あいつら、あたしを男か女か判らなくて確かめようとしてたんじゃないですか?」
「バカ言うな!俺は男に惚れる趣味は無い!」
今直ぐ郁を強く抱き締めたい堂上だが、両手を後ろ手にされ手錠を嵌められている今はその願いは叶わない。郁の心の傷を癒せるのは自分しかいないのは知っている。だが今は、何が起きようとしているのかを突き止めるのが先だ。
感傷的に郁に寄り添うより、堂上は任務に意識を集中させる方が今の郁には必要な措置だと判断した。
「あいつら、何か計画めいた事を話していなかったか?」
堂上の言葉に郁はスッと自分から体を離し、何かを思い出そうと目を閉じた。
「未だはっきりと覚醒する前だったと思うんですが。仲間がこの後、何かを基地内に持ち込むのを受け取るとかなんとか話していたと思います」
「あいつらは多分賛同団体の奴らだろう。図書館が開いている時間帯にこの建物に忍び込み、計画が実行されるまで潜んでいたんだろうな。そこにお前が突然入ってきたので捕まえたっていう所だろう。問題は、あいつらがこれから受け取ろうとしているものは何か、という事だが……」
選択肢は、そう多くない。
三人のうち、一人でも受け取れるほどのボリュームのもので、確実にこの図書基地にダメージを与えられるもの。
「爆弾、か?」
「え?」
「プラスティック爆弾を信管を外した状態で持ち込むのなら危険はない。それこそ、塀の外から放り投げられても爆発はしないしな。あいつらはこっち側で、その爆弾を受け取る予定なのかもしれない。その後で信管をセットして起爆装置に繋げばいい」
目を閉じたまま淡々と語る堂上の言葉の示す壮絶な計画を聞き、郁は背筋が寒くなる。
「そんな!酷いっ!!」
「先ずは俺たちがここから出ないと話にならん。他の隊員にこの状況を伝えるのが先決だ」
出る?
ここから?
どうやって?
この小部屋には窓もなく、出入り口は唯一あのドアだけだ。
しかも、ドアの向こうには屈強な男が二人。
いつもの堂上と郁なら、二人を相手にしても充分闘える。だが、肝心の堂上は手錠を打たれている上に酷い流血で瞼がひっつき目が見えず、郁一人で同時に二人の男を相手にするにはリスクが大きい。一人と闘っている間に、目の見えない堂上を人質に取られたらそれでアウトだ。
「郁」
「はい」
頭から顎に至るまで血糊でラインを引かれたような鬼気迫る堂上の、その口角がギリッと上がる。
「お前は椅子に繋がれたままのふりをして床に転がってろ。俺はお前の正面に向き合って座る」
堂上には何か具体的な計画があるのだろう。郁は黙ってその言葉に従った。
「これでいいですか?」
「ああ。俺は今からお前を襲う。大声で拒否しろよ」
「は?」
いいか?
堂上はぐわっとばかりに口を開き、郁の耳に当たりをつけて噛みついた。
[newpage]
「きゃあー、やめてー。たすけてーーー」
郁、渾身の叫び声を聞くにつけ、堂上はどうしても笑ってしまう。世に言う余りの『棒読み』ぶりに呆れてしまうばかりだ。それどころか、堂上が郁の首筋をぺろりと舐めると、「やん」と甘い声まで出す始末だ。
「おい」
「ご、ごめんなさい!叫びます!もっともっと叫びます!」
腹筋に力を入れた郁は、声を張り上げ「そんな所、触らないで!手を離して!いやああああ」と叫ぶ。堂上はその間、笑いを噛み殺して郁の頬にキスをしたり、鼻を甘噛みしたりで忙しい。
ドアの向こうで見張り役に徹していた男二人は、小部屋から漏れてくる郁の叫び声に驚き、顔を見合わせた。
「中で何やってんだ?」
「あれじゃないか?俺たちがあの女を襲ってるのを見て、男が興奮したとか」
「そんな外道があるかよ」
「いや、判らないぞ」
ああん。
だめぇ。
これまでになく色っぽい声が響いた後、一瞬で小部屋は静かになった。
「まさか、あのままおっぱじめちまったんじゃねえだろうな」
「さすがにそれは……」
男二人はゴクリと生唾を呑み込み、腰を落としてゆっくりと扉を引いた。
中には、相変わらず薄明かりが灯り、椅子に縛り付けられたまま床に倒れる郁に覆い被さる様に堂上が襲い掛かっているのが見える。
「お兄さんも結構クズだね」
その言葉を合図に堂上は立ち上がり、ぐるりと180度反転した。続いて郁も、何事も無かったように素早く立ち上った。
「てめえら!舐めた真似してんじゃねえぞ!」
男の一人が堂上に殴りかかる。
「11時!」
郁の声に従い、堂上は一旦腰を落としてから左斜め前に回し蹴りを繰り出した。堂上の脚は男の頭を確実に捕え、キックをまともにくらった男はその場に倒れ、白目を剥いて意識を飛ばしている。
呆気に取られていたもう一人の男が堂上の腰にタックルをかまそうと突進してくると、郁は後ろから堂上の腰を掴んで体を回してやり過ごした。
「4時!」
郁の声に堂上は同じように回し蹴りを繰り出すが、相手の男は咄嗟に身を引きそれは空を切った。それどころか、堂上の体を避けるように男は手を伸ばし、郁の髪を掴みにかかる。
郁はその手をかわして両手で掴むと素早く身を入れ腰を落とし、男を投げ飛ばした。
男は武道の経験者なのか、美しい受け身を取って前転するとその勢いのまま立ち上がる。
「9時!」
その立ち上がりざまをめがけ、堂上が怪我も厭わず頭突きをくらわした。身長差が功を奏して堂上の頭は男の顎を捕え、相手はぐらりと体を後ろに仰け反らす。その機を逃さず堂上の前に出た郁が続けて右フックをお見舞いすると、男は音を立てて後ろに倒れ込んだ。
「2時!80センチ先!」
堂上は体を捻ると全体重をかけ、男の腹部に肘を入れるように体を斜めに倒れ込んだ。
ぐえぇぇ
男の口から、断末魔の息が漏れる。
「どうだ?」
「成功です!二人とも戦意喪失。足元に転がってます」
「よし!外したロープで二人を縛れ」
「はい!」
郁が手早く二人の両手を縛ると、そのついでにズボンのポケットから手錠のカギを探し出した。
「今、手錠を外します!」
堂上の背中に回り込み、郁は堂上の手錠を外した。そして、小さな声で「6時」と呟いた。
「郁」
ぐるりと振り向いた堂上は、強く強く、郁を抱き締める。今が緊急事態なのは判ってる。でも、今こそ互いに抱き締め合いたい魂があるのだ。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
時間にすればほんの数秒。それだけで、二人のチャージは完了だ。部屋を出た後、郁は台車を持ってきて小部屋のドアノブに斜めにひっかけた。これで簡易的に相手を閉じ込めることが出来る筈だ。
郁に手を引かれ、堂上はトイレで目元を洗い流した。どうにか血の塊が融け、うっすらと目が開くようになったのを確認した二人は階段を駆け下り、資料倉庫から飛び出した。
堂上と郁は二手に分かれ、それぞれ別の方向へと駆けて行く。
郁はタスク事務室を目指し、点々と灯る明かりを頼りに全速力で向かう。事務室に誰もいなくとも、内線電話で射撃場に、あるいは指令室に電話を入れて現状を報告しなくてはならない。郁が事務室に通じる道を走る姿を、射撃訓練を終えて事務室に戻る途中の小牧の視線が捕えた。
「笠原さん!堂上って今、どこにいる?さっきから電話しても繋がらなくて!」
叫びながら小走りに郁に近づく小牧の後ろには手塚も、他の狙撃班の隊員もいる。郁は心からホッとして膝から力が抜けるようにその場に蹲った。
「笠原さん!どうしたのっ」
郁が地面に倒れ込む直前に、追いついた小牧がその体を下から支える。手塚は郁の背後に回り、その肩を両手で掴んだ。
「笠原!何があった?」
「小牧教官、手塚!侵入者が資料倉庫に!堂上教官が襲われて頭に怪我を……!確認した侵入者三人のうち二人は倒して資料倉庫二階の小部屋に閉じ込めてあります。堂上教官は残り一人を追っていますが、外部からプラスティック爆弾が投下される可能性があると言っていました!」
小牧の体から一瞬で冷気が発せられ、目線だけで手塚に資料倉庫へ向かえと指示を与えた。駆け出す手塚には二人の先輩隊員が続く。
「笠原さん。行ける?」
「行きます!」
「良し!」
図書館正門は車の行きかう道路に面している分、閉館後の警備は薄い。狙うならあそこか?と堂上が考えるのは間違いないだろう。
「堂上の怪我って?」
「頭部をナイフで切り付けられました。出血は止まっていると思いますが、その血が目に入り込んで一時は目が開かない状態でした。今は洗い流してほぼ見えている筈です」
「判った。詳しくは後で聞くけど、笠原さんもよく頑張ったね!」
図書館正門を目指して全速力で走りながら、小牧からの問いに郁は答えた。小牧からの労いの言葉に郁は泣きそうになったが、ぐっと堪えてただひたすらに脚を運ぶ。
走れ!今こそ自分の最速記録を塗り替えろ!
次第に郁が先頭を切り、小牧と他に数名の狙撃班の隊員たちが続く。
郁が正門近くに到着すると、小さく身を隠していた堂上に不意に手を引かれた。小牧たちもその動きに気付いて身を屈める。
堂上は全員に向かって人差し指を口元にあててから、その指を動かして正門右手の壁に寄り添うように立っている男を示した。
黙って頷いた小牧は、急ぎ緒形にメールを送る。
『敷地内に侵入者。現認した三名のうち二名は確保。一名は正門右手で外部からの接触を待機中。正門の外に協力者がいる模様。人数は未確定』
『了解』
緒形からの返事は直ぐに来た。これで門の外の配備は心配いらない。後はタイミングを見て、門の内側に居る男を確保するだけだ。
「俺が来た時には他に人はいなかったが、その前に既に外部から何かを受け取っていたという可能性もある。となると、ここは慎重に……」
堂上が小声でそう話している途中で郁は突然立ち上がり、「ちょっと、そこのあんた!」と叫びながら男に向かって突進して行った。
体をビクンと跳ねさせた男が振り向くより早く、郁は見事な飛び蹴りを男にかましてから直ぐに立ち上がり、今度は男の鳩尾に深く膝蹴りをお見舞いした。郁は両手を組んで大きな拳を作ると、身を曲げて痛みに耐えている男の頭めがけて遠慮なくそのまま振り下ろした。
倒れこんだ男の体を脚を使って仰向けに返すと、郁はその鳩尾に再び全体重をかけて膝を沈める。
言葉を発する間も無く失神した男に向かい、郁は「女だからって甘くみんなっ」と呟いて睨みつけた。
「お前のお姫様は随分と腕を上げたね」
「お姫様かどうかは知らんが。本気で喧嘩はしたくねえな」
郁の雄姿を見守る小牧と堂上は、他の先輩隊員たちと共に楽しそうに笑った。
[newpage]
緒形に先導された防衛部員が正門前で張り込んでいると、二人の男が車で乗り付け段ボール箱を手に降りてきた。
暗闇に紛れるようにその箱を開け、壁を何度か叩いている。
「残念だったな。壁の向こうのお相手は待ちくたびれて先に帰ったらしいぞ」
低く、鋭い緒形の声に続き、防衛部員たちがこぞって二人を抑えつけ、そのまま手錠を打って図書基地の敷地内へと引き摺って行った。段ボール箱に20個ものプラスティック爆弾が並んでいるのを確認した緒形は、「危なかった……」と呟いてその箱を持ち上げた。
「もう血も止まったし、こんな傷は舐めときゃ治るっ」
「まあまあ。これだけ派手に出血したんだから、キレイに縫合して貰っておいで」
「そうですよ!さっき迄、血糊で目も開かなかったくらいなんですから!」
小牧が要請した救急車が基地に到着すると、郁にも急き立てられた堂上は渋々そのまま救急車に乗り込んだ。
「悪い。ちょっと行ってくる」
「先に俺に権限移譲して行ってくれよ」
「そうだな。小牧、後は頼んだ」
「了解。じゃあ早速。笠原士長は堂上二正に付き添って病院へ向かうように!復唱は必要ない!」
「あ……、はい!」
郁は慌てて敬礼をすると、救急車に飛び乗った。
「お前、これ持ってけ!」
すかさず手塚が自分のスマホを郁に向かって放り投げる。
「いいの?」
「ああ。何かあったら直ぐに事務室に報告入れろよ。戻ってくるまで待ってるし。あ!柴崎には俺から連絡入れておくから」
「サンキュ」
もういいですか?
救急隊員に促され、後ろのハッチが閉められた。
堂上は救急車の中のベッドに座り、郁もその隣に腰を下ろす。
同じ空間にいる救急隊員に見えぬよう、二人は体をくっつけてそっと指を絡ませ手を繋ぐ。堂上の指が、郁の手の甲をじんわりと優しく撫でる。
「無事でよかった」
「堂上教官も」
救急車は、図書隊お抱えの病院を目指して夜の街を走り抜けた。
堂上の傷はちょうど前髪の生え際近くを横一直線に走る様にザックリと切られており、部分麻酔を施して12針縫う程の大怪我だった事が判明した。目元もきれいに洗浄して貰い、こちらは異状なしと診断された。基地に戻る前に郁は事務室に電話を入れ、状況は報告済みだ。
痛み止めと抗生剤を処方され、後日もう一度診察を受ける事として図書基地に二人が帰投した時には既に午後10時を回る時刻になっていた。
「お疲れ~!」
事務室に二人が入ると、狙撃班の全員が残って出迎えてくれた。最初に声をかけたのは緒形で、堂上達が不在の間に犯人三人は警察に引き渡したこと、プラスティック爆弾と、門の内側に居た男が隠し持っていた信管と起爆装置も含めて同じく警察に提出したという報告を聞くと、堂上は判りやすく眉間に深い皺を寄せ苦る。
「あいつらには未だ他に余罪がある!」
事務室が瞬時にざわめいたが、それが何なのかを問う前に郁が顔色を変えた事に気付き、波が引くように室内には静けさが戻った。
「堂上班は明日、全員公休日とする。これは奥多摩に居る隊長からの命令だ」
「緒形副隊長?」
「隊長の書類作成に必要な資料も既に用意した。犯人の余罪については、後で個別に話を聞かせてくれ」
堂上が隣に立つ郁を見ると、少し落ち着きを取り戻したのか真っ直ぐに視線を返してくる。その上で、「判りました」と郁は緒形に伝えた。
「堂上たちも無事に戻った。今日は遅くまで色々あったが、ここで解散とする。堂上と笠原はこのまま隊長室へ」
緒形の言葉に立ち上がった先輩諸兄が、入り口近くに立ったままの堂上と郁に労いの言葉を伝えながら部屋から出て行く。堂上は郁にいいか?と声をかけてから隊長室のドアをノックした。中では緒形が待っている。
「副隊長。堂上笠原、入ります!」
返事も待たずにドアを開けると、つい先ほどまでとは打って変わって柔らかな表情をした緒形が隊長のデスクを背に立っていた。
「二人とも、よくやった」
「はっ」
「堂上の傷はどうだ?痛みは?」
「問題ありません。特に行動の制限もありません」
「笠原はどうだ」
「はい。今はもう落ち着いています」
一瞬の間をおいて、緒形は堂上を見てから郁に視線を移す。
「それで?何があった」
「資料倉庫二階で襲われた時、スタンガンで眠らされてパイプ椅子に縛り付けられました。気付いた時、目の前にいた男があたしの体に触れていました」
「なんだと?!」
声を上げたのは堂上だ。
確かに郁のシャツのボタンを男が外そうとしていたのは堂上も見ている。だが、その前に郁は体を触られていたというのか!と、新たな怒りが心に渦巻く。
郁は堂上を見ることなく、緒形を見詰めたまま話を進めた。
「全身を撫でられるように触られていたと思います。段々と目が覚めていく中でそれに気づいて、とても不快でした。拒否する声を上げたら続けてシャツのボタンに手をかけられて。その時、堂上教官がドアを蹴破り部屋に入ってきてくれました」
緒形に報告を上げる郁の声は僅かに震えていた。隣に立つ堂上は俯いたまま強く拳を握り、怒りが暴発するのを堪えているのが判る。
「辛い目にあったな」
「副隊長……」
「明後日の堂上班の公休明け迄に、複数の心療内科をこちらでリストアップしておく。課業中でも構わない。なるべく早く受診してカウンセリングを受けるように」
「そんな必要は」
「これは提案ではなく命令と受け取って貰って構わない。必要なら堂上か柴崎に同行して貰え。柴崎に依頼する場合は俺の方から業務部に話を通す」
「ありがとうございます!」
礼を述べたのは堂上だ。
郁の事なら全てを請け負いたい堂上だが、今回ばかりはプロの手を借りる必要性を強く感じる。自分の判断力をはるかに上回る緒形の配慮に、堂上は心から感服するばかりだ。
郁の上官としても恋人としても、自分はまだまだ力不足だ……と改めてそう思わせてくれる緒形の存在がありがたい。
「今日は二人とも疲れただろう。明後日の朝まで、ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
敬礼ではなく、堂上と郁は深々と腰を折って緒形への感謝の思いを伝えた。
隊長室を出て事務室に戻ると、そこには二人を待つ小牧と手塚の姿があった。郁は、あ!と思いついて手塚にスマホを返した。
「ありがとね。助かった」
「ああ。お前と堂上二正のスマホ、戻ってきてるぞ」
手塚に言われて自分のデスクを確認すると、すっかり形の変わってしまったスマホが置いてある。それは堂上も同じだ。
「けっこう派手に壊されたね」
「仕方ない。重要なデータはパソコンに移してあるから問題はないと思う」
「え?そうなんですか?」
「普通そうするんじゃないか?これまでも散々スマホは犠牲になってきたし。まさかお前……」
「あー。バックアップとか、全然」
堂上と小牧、手塚も揃って深い溜息を吐く。郁は三人の顔を見渡しながら、てへへと恥ずかしそうに小さくペコリと頭を下げた。
「こ、これからは!これからは必ずやバックアップを取ります!」
「今更だ、バカ」
「バカって言う方がバカだ、手塚のバカ」
「またそれか!お前の反論は他にないのかよ!」
ぎゃいぎゃいと始まった郁と手塚の口喧嘩が、ようやく日常が戻ってきたと知らせてくれる。
「それはそうと。腹減ったな」
堂上の一言に一番最初に反応したのは郁だ。
「減りました減りました!もう、記憶がないくらいにお腹ペコペコ!」
「そうだね。俺も確かに腹が減ったよ」
「俺も、です」
「じゃあ、四人でこれから外メシ行くか。明日は公休日だし多少遅くなってもいいだろう。外泊届も忘れるなよ?」
バタバタと支度をし、一人残っている緒形に「良かったら副隊長もご一緒にいかがですか?」と堂上が声をかけたが「俺はいい」と笑顔で返され、四人はお疲れ様ですと緒形に挨拶をしながら事務室を出た。
相変わらず気温も湿度も十分すぎる程に高い夜だ。
四人は外泊届を出した足で、そのまま近くの居酒屋へと向かった。
[newpage]
今夜の堂上は禁酒しなくてはならない為、手塚は少しばかり遠慮がちにビールを飲んだ。小牧はいつものペースで飲んでいるが、事件解決の後ということもあり逆に酒量は増えたかもしれない。
三人とも、郁の様子を注意深く見守っている。
そうと気取られないよう配慮しながら、郁の食事の進み方や話す言葉の内容を心のメモに書きつける。
自分の命さえ預け合うバディとして、手塚は郁が受けたであろう蛮行を想像するだけで吐き気がする程腹立たしい。詳しくは何も聞かされていなくとも、柴崎と共に、堂上班で、タスクフォースの皆で郁を支えたいと切に願う。
小牧もまた、手塚と同じく。いや、それ以上に大きな怒りを心に秘めている。部下として、更には親友の恋人としての郁は、小牧にとってもやはり特別な存在だ。郁に何が起きたかなど、考えるだけで反吐が出る。同じように、恋人としてその現実を目の当たりにしたであろう堂上の気持ちを思うと居た堪れない。今夜の酒は、どれだけ飲んでも決して酔うことは出来ないだろう。
郁は、いつもと変わらない様子に見えた。
よく食べ、よく喋り、今夜も四人の中心に居る。
それでも、やはりどことなく違和感が残る。
これ以上は堂上に預けるしかないか……と手塚も小牧もそう思ったからこそ、この後二人は揃って先に帰って行った。
もうそろそろ日付も変わろうかという時刻。
堂上と郁は手を繋ぎ、のんびりとした歩調で遠回りをしながら図書基地近くの公園を目指した。流石にこの時間ともなると人影は無い。二人はいつものベンチに座り、郁は堂上に寄りかかる様に体重を預けた。
「郁。大丈夫か?」
「うん」
外気温は20度を優に超えているだろうに、郁の体は冷たいままだ。
「副隊長からの話、ちゃんと受けよう。俺が一緒に行ってもいいし、柴崎に行って貰ってもいい。郁が決めろ」
「……はい」
「それから。明日は一緒に新しいスマホを買いに行こう。今度は同じものを選んでもいいな」
「それって」
「何だ?」
「所謂お揃いって事?でしょうか……」
「ああ、まあ」
「うふふ。なんだか嬉しいな」
ほんのりと、郁の体温が上がった気がする。堂上は繋いでいた手を離し、そのまま郁の肩に回して抱き寄せた。
「由紀子さんに作って貰ったって言ってたあのストラップは無事だったんだよな?」
「はい!それは良かったーって思いました」
「それからアレだ。俺のスマホにあったお前との写真も、全部バックアップ取ってあるから」
「え?本当に?」
「ああ。心配いらない」
「よかったー!新しいスマホになったら、全部コピーさせてください!」
「それは構わんが」
「が???」
「そもそも俺達にとってはこれからの未来の方が長いんだ。昨日迄の事は確かに大事な思い出かもしれんが、俺にしてみたら明日からの郁との時間の方が大切だ、と思う」
「……堂上教官」
密着している郁の体が熱を持つ。
堂上は、更に郁を抱き寄せ空いている手を郁の頬に添えた。
「俺に、何かできることは?」
郁はポッと頬を赤らめ、「キス、してください」とゆっくり目を閉じた。
「望むところだ」
軽く、重ねるだけのキスがどんどんと熱を帯びてくる。堂上の掌は頬から郁の後頭部へと移り、更に深いキスを促すように郁を自分に近付けた。
郁の両腕が堂上の背中に回り、力強くシャツを掴む。
そして。
キスの味が突然変わった。
これまで涙を流していなかった郁が、何かから解き放たれたようにヒックヒックと息を詰まらせながら泣き出したのだ。息苦しそうだと堂上が唇を離しても、郁が追いかけるようにキスをねだる。
そうか。
泣き虫の郁がここまで泣けずにいた程、苦しんでいたんだな。
こんな単純な事にも気付けなかった俺はどんだけ阿呆だ!と心の中で己を叱責しながらも、同時に堂上が郁を愛おしく思う気持ちは止まらない。
数えきれない程の口づけを重ねた後、郁は堂上の胸に抱かれてホッとしたのかようやくその涙が止まった。
「あたし。ずっと堂上教官に支えられてばかりで。それが凄く悲しいって思ってました」
「何をバカなことを」
「堂上教官は最高の上官だって、最高の恋人だって判ってるのに。あたしも堂上教官を支えたい、護りたいって思うのはわがままなのかなぁって」
「今日の俺はざまあ無かった。拘束されているお前の姿を見た瞬間に血が逆流して見事に理性が吹っ飛んだ。他に犯人が潜んでいるかもしれないという当たり前な予想も出来ないままに突っ込んで、結構な怪我もした」
堂上は郁から視線を外して一瞬俯き、そのまま苦笑いしながら再度郁に視線を戻した。
「結果、大事な場面で俺は目を開けることが出来なくなった。あの時、郁が咄嗟に方向を指示してくれたからこそ、あいつらをぶちのめすことが出来たんだ。お前は俺の行く道を示す灯台みたいなもんだ。俺は充分、お前に支えられてるよ」
「ホントに?」
「お前、未だ俺を疑うか」
郁はまた涙を流しながら首を振る。
「やっぱり、堂上教官が大好き!」
「やっぱり……とは聞き捨てならんな」
「じゃあ。すごーく大好き!」
「合格」
二人は笑いながら、優しく唇を重ねた。
月日は流れて残暑の頃。
郁は柴崎と共に二週に一度のカウンセリングに通いながら、仕事も順調に熟している。次の診察次第で、服薬の必要もなくなりそうだ。
そんな中、翌週に引っ越しを控えた由紀子母子と郁は久しぶりに会うことになった。暫くは東京では会えなくなるかもしれないから、と堂上も一緒に来て欲しいと言われている。
真夏の日差しが降り注ぐ中、待ち合わせのカフェの中はとても涼しく、あっと言う間に汗が引いていく。
「由紀子さん!彩菜ちゃん!」
先に来ていた堂上と郁は、熱い空気を纏ったままの二人を見つけて手を上げた。
「今日はありがとうございます、堂上さん、郁ちゃん」
「こちらこそ!お忙しいでしょう?彩菜ちゃんもお引越しの準備、頑張ってる?」
「頑張ってるー!」
「そうか。偉いな」
笑顔の堂上は、自然と手を伸ばして彩菜の頭を撫でる。嬉しそうにはにかむ彩菜は、頬を染めて肩を竦めた。
穏やかに昼食と会話を楽しんでいるうちに、平和な時間はあっと言う間に過ぎていく。
いよいよ別れなくてはならない時刻が近づくと、由紀子はバッグから封筒を取り出して郁の前に滑らせた。
「これは?」
「あちらの住所と、ちょっとだけ郁ちゃんにプレゼント」
「ありがとうございます!わぁ、何だろう?開けてもいいですか?」
「勿論よ!」
繊細なレース模様をかたどった封筒は、それだけでとても特別なもののように見える。郁は丁寧に糊を外して封を開けた。
中には、アルファベットで住所が書かれたカードが一枚と、そして。
「これって……」
「覚えてる?運動会の時の写真なの」
そこには、真剣な眼差しで何かを見上げる精悍な顔つきの堂上と、これ以上なく優しく微笑む堂上の笑顔が写った写真が一枚ずつ入っていた。
確かに郁には堂上の二つの表情には、これまで何度か見覚えがある。
特に、自然な笑顔の写真はかなりレアで、そうそうお目にかかれない表情だ。
「ありがとうございます!すごく、すごーく嬉しいです!」
喜ぶ郁の手元を見た堂上は、げっ!とばかりに瞠目しているが何も言える筈も無い。彩菜ちゃんの前では……と眉間に皺を寄せる事をなんとか避けるのが精一杯だ。
「堂上さんが彩菜と一緒に親子競技に出てくれていた時に望遠で撮ったの。郁ちゃんは競技を見るのに夢中で気付いてなかったみたいだけど。ずっと渡したいって思ってたのに、なかなか時間が取れなくてごめんね!」
「そんなことないです!もう、これは両方ともあたしの宝物にします!」
おいおい……!と郁を諫める堂上だが、やはり眉間に皺は無い。
「でしょ?本当にこれってお宝画像よね。だから」
「だから?」
「ちょっと解析度を落とすことになったけど、郁ちゃんのスマホにもこの写真のファイル、送っておくね」
「やった!新しいスマホの待ち受け決定です!」
「流石にそれは止めろ!」
堂上が止める間もなく、郁のスマホからメッセージの着信音が響いた。郁が嬉しそうにスマホを取り出し由紀子から届いた二枚のお宝画像をニコニコと見ていると、由紀子が嬉しそうに「そのストラップ、使ってくれているんだね」と話しかけた。
「そうなんです!前のスマホは壊れちゃったけど、これだけは無事だったからホッとしました、あたし」
その時、堂上のスマホもぶるぶると震えてメール着信を知らせた。誰だ?と堂上がポケットからスマホを取り出し確認していると、それを見ていた彩菜が「あ!郁ちゃんと堂上さん。スマホお揃いだね!」と大きく声を上げた。
「そうだな」
堂上は、優しく微笑みながら彩菜に答えた。
急ぎの内容ではないと判断した堂上が黙ってスマホをしまった後、彩菜は待ちかねたように由紀子にねだった。
「ねえママ!堂上さんにも郁ちゃんとお揃いのストラップを作ってあげたら?」
「え?」
堂上は固まる。
固まったまま、救いを求めるように郁を見た。
「あ!それは無理、かも!!堂上教官はあたしと違ってスマホケースつけてないから!」
「えーーー!ママの作るストラップ、凄くかわいいのにぃ」
「そうだよね。それはそうなんだけど、やっぱり堂上教官のスマホにストラップっていうのは……」
話の流れを黙って聞いていた由紀子は、隣に座る郁の耳に小さく囁いた。
ほらね?
郁ちゃんはちゃんと堂上さんの事を護ってるじゃない。
人という字は……
得意げに飛び出した由紀子の最後の物真似に爆笑した郁は、心配そうに何があったのかと郁の顔を覗き込む堂上を涙目で見上げながら、確かな幸せを感じていた。
大好きな人を護り、支える。
それがあたしの、大事なミッション。
終
▽▽▽
最終ページは、リクエスト内容を含めた後書きです。
[newpage]
長いSSに最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
今回いただいたリクエストとは……
☆
リクエストさせて頂けるのであれば…!
・郁ちゃんに背中を預ける堂上さん
・郁ちゃんの肩にもたれる堂上さん
のどちらかが見てみたいです。
☆
というものでした。
これまで、堂上さんと郁ちゃんの二人で事件を解決するという流れを意識して書いたことが無かった私は、郁ちゃんが堂上さんを引っ張るような戦闘シーンを思い描いて書かせて頂きました。
強い堂上さんを、どうやって引っ張るか。
その状況を考え付いてから、こちらのSSを組み立てました。
緋崎桜さんには、書き終えたばかりの拙作を先立ってお読みいただき、お名前をキャプションに載せる事もご快諾頂きました。
内容にも御納得下さり、感謝の思いでいっぱいです。
大した実力も無いのにリクエストを頂戴し、どうにかこうにか纏めました。
お読みくださった皆様が、少しでも楽しんで下さったなら幸せです。
次回の投稿まで少しお時間を頂くかもしれませんが、季節の変わり目です。
皆さま、どうぞ体調にお気をつけてお過ごしくださいね。
最後になりましたが。
緋崎桜さん。
本当にありがとうございました!
そして皆さま。
いつもお支え下さり、感謝の言葉しかありません。
愛をこめて♡
bubu51
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ようこそおいでくださいまして、ありがとうございます。<br />珍しく、間をおかずに投稿します!(自慢♪)<br /><br />こちらは、この8月に3500番目のフォロワー様になってくださった、緋崎桜様<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/4628958">user/4628958</a></strong>から頂戴したリクエストにお応えした(筈の)SSになります。形になるまで時間がかかってしまい、申し訳ない限りです。<br /><br />リクエストの内容は最終ページにございますので、答え合わせは是非そちらで。そして、これってどうなの?という違和感は、どうぞそのままそっと胸の奥にしまって下さいますと助かります……スミマセン<br /><br />時期は、恋人期の5月。<br />公休日のお泊りデートからの帰り道。郁はあるものを見つけます。<br />心身ともに充実、安定しているこの時期でも郁には一つ、気になることがありました。それは……<br /><br />原作添いではありますが捏造も含みます。<br />オリキャラも登場しますので、気になる方はこちらからブラウザバックをお勧めいたします。<br /><br />これまで意識して書くことの無かった『状況』。<br />新しいご提案を下さった緋崎桜様には感謝の思いでいっぱいです!<br />ありがとうございました♡<br /><br />相変わらずの長さにも、言い訳は致しません!<br />お時間のある時にお読みくださいますと嬉しいです。<br /><br />表紙は、麻婆豆腐様<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/26536817">user/26536817</a></strong>から拝借しております。
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mission ;
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10136475#1
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「はぁ....はぁ.....!八幡君.....八幡君って言うんだ!!」
動画サイトに投稿された雄英体育祭、1年対人トーナメントの様子。
再生回数は10万、100万、500万......ヒーローのメジャーであるアメリカでも再生され続け、あっという間に2000万再生だ。
そしてその視聴者は一般人やヒーローだけでなく......ヴィランも含まれる。
「一杯血出てたかと思ったら急に傷一つなくなっちゃって.......でも、その後の顔......」
制服を着た少女、この少女もヴィランに部類される。
「すんごい好み....!!大好き!」
雄英に入学したばかりの少年は全世界に影響を与えた。
その肩書きとして与えられた名前。
正義だが悪、不安定な立場にいる事を見てつけられた蔑称......
『リバーシ』
白黒の少年。
[newpage]
「............」
「............」
放課後ティータイム......と言えばいいのだろうか?
帰り道で黒塗りのハイヤーに引き込まれ、その中にいた和服美人の御宅まで連れていかれて、そのまま紅茶をいただいている。
.......これなんて罰ゲーム?
「....................スカウトの取り消しですかね?」
間に耐えきれず、堪らず思い当たる考えを口に出した。
目を閉じたままゆっくりとカップに口をつけていたその人は、まるで全てを覗き込むように俺を見る。
「まさか........雪ノ下家として、二言は恥にしかなりません」
「なら.....」
「恐らく、あなたが納得する理由を私は持っていません。ですから、あなたには妥協していただく必要があるのです」
ピリッ.....と......
俺に異議を申し立てる程の権利は失われる。
「紅茶も頂いたことですし.....つまらない......ただのお話でもしましょう?それから発展すればあなたも楽しめるでしょ」
...........ただのお話、ね。
「こんなガキと....積もらせる話なんてあるとは思えませんね」
「分からないお人ですね。積もる積もらないなど関係なしに、私はあなたと話したいと言っているでしょう?」
「........」
「あまり、同じ事を言うのは好きではありません」
一高校生に向ける威圧じゃない。
うさぎ程度なら死んじまってもおかしくないぞ。
「それは失礼しました。しかし、もっと失礼な事を言わせてもらいますと....」
「............なんでしょう」
「俺はあなたと普通の話ができるほど肝の座った男じゃない。大事なお話でないなら即刻帰らせてもらいます」
ザワッと周囲の執事さんやメイドさん達が目を見開いて騒がしくなった。
「あら...........あらあら....................」
(うわ....怖ぇ...)
周りの人間の心音が聞こえてきそうだ。
皆が焦り狂いそうになっているのがこの張り詰めた雰囲気から手に取るようにわかる。
「それはもう随分と、甘く見られてしまっているようですね」
ヴィランなんかとは比べ物にならない迫力.......本能的に体が縮こまってしまう覇気......だが....
「逆ですね。むしろこっちの臆病さを甘く見ないでいただきたい」
俺はおいしいおいしい紅茶を口に含んでから、魔王のような眼光で俺を睨む雪ノ下さんとしっかり目を合わせる。
「!」
「強い相手とはまず関わらない。でも.....手遅れになった時は逃げ道を作りつつ相手に潰されないくらいに気をデカく持つ。俺流のやり方、気に障ったようで申し訳ないです」
決して目はそらさない.....否、そらせない。
こちらだって今はかなり追い詰められた状況であり、少しでも弱みを見せれば一瞬で飲み込まれる。
俺なんかには到底似合わない強気を盾に、スカスカな本体を守り通しているのだ。
「...........気は.....弱いですね」
「.........」
「しかし、それも相まってあなたの強さは相当なものです」
雪ノ下さんの先までの雰囲気はどこへやら..........目を細めてにこりと笑う姿に俺は冷や汗を流す。
「............やられましたね」
「アウェーでよく頑張ったと思いますよ?本当に内から楽しませてくれるお方です」
執事にメイド達、そして俺も困った汗をかいた。
してやられたのだ。この人は最初から怒ってなどおらず、俺がどのような反応をしてどのように状況を感じ、どのように乗り切ろうとするかを.......
「是非とも、懐に抱えておきたいですね」
楽しんでいたのだ。
「普通にお話なんてありえないと思いましたよ」
「あら、退屈しのぎにはなったでしょう?」
「もともと退屈なんて感じていません。それに暇を潰すと言うよりは潰されたと言った感じでしたし」
「違いありませんね」
相手の心理掌握と読心術に長けているのは恐らく自力だろうが....恐らくそれ以外にもある。
「.........心理系の...ですか?」
「あらあら.......へぇ」
「察しはつきます」
「お遊びが過ぎたかしら?」
「これくらいのモノは手に入れないと割に合いませんから」
どうやら当たり。
一瞬だけ余裕が崩れ、警戒の表情が伺えた。
「...........貴方達、少しの間部屋の前で待機していてください」
「畏まりました」
スッと右手を上げて、執事長らしき男性にそう告げるとズラリと並んでいたメイドに執事達が綺麗に部屋の扉から出て行く。
全く無駄がないな。
「.........さて......あまりいい個性ではないのですが.....」
「その系統の個性はあなたのような人が持つ事で存分な強さが発揮されます。まず対話や心理戦では勝ち目がない」
大事である。
会話は戦い、つまりはこの人との話での戦いは10割負けると考えて間違いはないだろう。
「相手の心の動き......焦りや喜び、余裕が手に取るように分かります。その感情の色が分かるだけで、自賛ですがこの頭を使い完封できてしまう訳です」
「........そうですか」
「............ふふふ、警戒...ですか」
「勘弁してください.....」
元の頭の良さと回転力があってこその....か。
予想通りだが恐ろしいな。
「少し、私の娘の話をしても?」
「急ですね。何か理由でも?」
「私が話したいからです」
「なるほど」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「まず、下の妹は今現在総武高校に通っています」
「!(折本と同じ....)、そうですか。優秀な娘さんな事で」
「それはどうも。そして、問題は姉の方なのですが....」
「姉?」
「はい、陽乃と言って非常に頭の回転が早く、周りを引きつけては.............無意識的に利用して潰してしまうような子だったんです」
雪ノ下は、表情一つ変えずにそう告げた。
「それは恐ろしい....できれば合いたくないですね」
「人の娘に随分な言いようですね.......まぁ、私もあなたの立場ならまず会いたくはないでしょう」
やれやれと言ったようにお茶を啜り、大きすぎるとも言える窓から広い庭を見下ろす。
「陽乃は...........私なんかよりもよっぽと手強いですよ」
「.........凄いですね、まだ会ってもいないのにお姉さんの株が急降下中です」
恐らく手強いというのは.....心理的なやりとりの事を言っているのだろう。
先程まで個性はあったと言えど、手のひらでタップダンスを踊らされていた八幡は、その雪ノ下がそれ程の評価を下す陽乃という人物をもはや恐怖の対象として捉えていた。
「先程はあまりいい個性ではないと言いましたが、陽乃に対してという面だけに言えば私は恵まれているとしか言いようがありません。もしこの個性がなければ私は陽乃をとても娘として見ることはできなかったと思います」
「.........」
「気が気ではありません。陽乃に何を言おうと心の色が変わらない。余裕の一色から変わらない。試行錯誤してようやくその壁を壊しますが.......私はついに陽乃の感情の色を見るのが怖くなってしまったんです」
「怖くなった?」
「同じ余裕にも色の違いがあります.........穏やかな色、白い余裕ならまず喧嘩ですらないリラックスな状態.....しかし、陽乃のような黒い余裕は......陽乃の黒い余裕は見たくないのです」
こんな苦しそうな話をよくもまあ声色も表情も変えずに話せるものだ.......
あくまで八幡には弱さを見せないつもりなのか。
「っ......敵対の余裕....」
「.........はい、陽乃は私や夫を家族と言う肩書きを持った敵としか見ていないのです」
「ただただ越えるべき壁として......ですか」
「自分で言うのも躊躇われますが.......私はその類の敗北を知りません。そんな私がもし、陽乃に負けてしまえば.......きっと陽乃と同じく、ちゃんとした娘として陽乃を見ると言うのはまず不可能だと思います」
八幡は密かに困惑する。
「つまり.....?」
「ふふ、何もありません。ただあなたには話してみたくなっただけです」
全く読めず解らない人間にさらなる道の話をされたところで、八幡は何か答えが出せるわけでもなく、出そうと言う気は起きなかった。
「あ、でも.......多分私なりの無意識的な忠告だったのだと思います」
「忠告?」
その補足として.....ではないが、付け足すように言われた言葉に八幡は思わず眉間にしわを寄せる。
「あの娘も、夫と一緒にヒーロー活動をしています。もちろん同じ事務所で」
「っ.........」
「お気づきですか。親である私が保証しますが.....現状、ヒーローとしてではなく、あなたにとって最も役立つ面を磨くなら我が夫の事務所以外に考えはないと思いますが」
雪ノ下陽乃と真正面から出会う機会。
「雪ノ下陽乃と接しろと」
「どうせ負けるのならば、あなたと接した後の.......さらに成長した陽乃に負けさせてください」
雪ノ下は娘の変化を望んだ。
[newpage]
すっかり日も沈み、街灯の光しかアテがない世界に大変身。
雪ノ下さんは家まで送ってくれると言っていたが、あのハイヤーは乗っていて落ち着かないのでお断りさせてもらった。
「.......................」
暗い夜道....嫌でも悪い考えをしてしまうものだ。
幽霊だとか怖い人だとか、後者はまだなんとかなるが、幽霊となるとどうしようもない、怖い。
バシュン!!
「!!」
だから、今回はその後者で良かったと思っている。
右斜め後ろから飛んできたエネルギー体を感知し、すぐに手のひらで吸収した。あっさり吸収できたあたり、手加減されている可能性を除いてはあまり強い個性ではなさそうだ。
「おお!さっすが雄英のヴィランだぜ!!」
そちらを見れば、路地裏や物陰からぞろぞろぞろぞろと.....私服を着た学生らしき男達が愉快そうに笑っている。
まず間違いなく厄介ごとだ。
「はぁ......」
ほっといて前に向き直る.......が、いつの間にやら前方にもウジャウジャとその仲間達と思われるやつらがいる。
これだから友達の多いやつは嫌いなんだ。鬱陶しいくらいに数がいて逃げ辛い。
「おいヴィラン、随分呑気に夜道歩いてるな」
いかにもって感じの顔をした男が挑発気味にそう言ってくる。
「『リバーシ』だっけか?似合ってると思うぜー?その名前」
え、何?俺そんな名前つけられてんの?
そんな裏表激しいの俺?
「.........退いてくれ、家に帰りたい」
そして家に帰ってひっそり泣かせてもらおう。誰が聞いても不名誉な名前をいただいた以上は枕を涙で濡らす他ない。
「は?行かせるわけないじゃん」
俺の言葉に対して男はそう返すと、周りの奴ら含めかなり乗り気に戦闘態勢に入り始めている。
.....いやいや、待て待て。
「おいおい......なんでちょっと喧嘩腰なんだよ」
「間抜けか雄英生.....んなもん....」
ボガアアアン!
「っと.....」
「喧嘩するからに決まってんだろ!!」
相手から放たれた......爆発性のエネルギー弾だろうか?
とりあえずそれを吸収すると、男達は一斉に俺を取り囲んで袋叩きにしようと攻撃を仕掛けてくる。
(正当防衛だよな?)
これで個性使って怒られるなんて......勘弁してほしい。
「よくもまぁ......」
「?」
「そんなヴィランに、喧嘩を売れたもんだ」
まぁ......俺ならまずしないな.........
「タイプ17」
バジジジ!!!
「っ!!く、来るぞ!!」
男達は各々で防御態勢に入る.....が、無駄無駄無駄無駄。
こいつらの防御くらいなら簡単に貫ける。
「[[rb:座標破壊> ポイントショック]]」
とりあえず目に見えている範囲の敵を一掃する。
エネルギーを溜めた右手を地面にそっと触れさせ、その全てを吐き出した。
コゴバババ!!!!!
「うがぁっ!」
「ぎゃああ!!」
「「「っ!?」」」
敵の位置情報を利用しての攻撃......効果は絶大、回避も困難、燃費もいい。
ある程度の敵ならだいたいこれでなんとかなる。
「な、なんだ!?」
「じ......地面に何か送って攻撃してきやがった!お前ら気をつけろ!!」
いや、素直に逃げた方が得策じゃないですかね?
「おい........」
「っ?」
「今なら......この程度で終わるが?」
どうやらプライドだとかなんだとか....くだらないもので退くに退けないらしい。
だからここは皆が認めるヴィランとして、より逃げやすい状況を作ってやるのが良しだな。
「!!!、お、お前ら!!一旦退くぞ」
(一旦って.....)
相手の心をそうやって突いてやると、面白いくらい簡単に崩れ落ちる。
まるで蜘蛛の子のように一斉に弾けるように逃げて行く姿は清々しいほどに滑稽で、思わず感嘆の声を上げてしまいそうである。
「はぁ.......」
(気絶した奴らは置いてけぼりか?)
しかし仲間意識についてはいまひとつ。
逃げることに必死になって俺が気絶させた奴らは御構い無し......見た感じしばらく起き上がる様子もない。
「...........帰るか」
........ま、特に構うこともない。
帰路を歩み、夜空を見上げながら帰宅するとしよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「八幡くーん.....っっ」
黙って家に帰ると言う判断をここまで悔やんだことはないかもしれない。
雪ノ下さんとの対面で精神的疲労もかなりあったし、2度目はないと決めつけて周りに全く注意を向けていないのもあった。
「.........お前みたいな知り合いはいないんだが」
恐らく.....先程の輩集団の中にいた男の一人。歯をむき出しにして息を荒げながら笑う姿には思わず鳥肌を立ててしまう。
「そんなことないよ、知ってるでしょ?」
ドロドロ......
「っ!?」
........それに追い打ちをかけるように、男の髪、肌、目、鼻、口。ついには服までもがドロドロドロドロと溶け落ち始める。
気味の悪さには中々耐性があると自負していたのだが......許容範囲外だ。
「私はずぅっと会いたいと思ってたんだ!」
「っ.............なるほどな」
『外側』が溶け切ったその素顔には確かに見覚えがある。
しかし、もう一度会いたかったかと聞かれれば俺は間も空けずに首を横に振るだろう。
「アッ...ハァ!!」
「っぶね!」
前に俺を襲った気狂い女だ。
「かっこいいねー八幡君!でも血を流した方がもっとかっこいいよ!!」
「またそれかよ」
どこから取り出したかも分からないナイフを振り回し、俺の頬を掠める。
血が噴き出す感覚を気持ち悪く思うが、今はそんなことに構っていられる余裕はない。
「個性使わないの!?」
「流石に.....近所迷惑になるっ」
なるべく周囲に気を使う......なんてったって、ここは俺の部屋の真ん前だ。
もう少し早く気づいていればご近所迷惑など気にせず、相手をできたのだが.......
「だから.....あんま大声だすなよ、全裸少女」
「やらしいねー!八幡君!!」
相手の手の動き、顔以外に注意をそらせばつい鼻血が吹き出してしまいそうだ。
童貞には刺激が強すぎる。
(なるべく小さいエネルギーで......)
「?」
しかし、今この状況を最もいい形で打開するには相手を内側から破壊して意識を削ぐ。つまり俺はこの裸体の何処かしらに直接触れることになる。
それなら派手な音も致命傷を与えることもない。
「伝い.....」
「っうわ!?」
とりあえず何処かに手が触れればいい話だと思い、強引に手を振り抜いた。
(げっ.....)
「らんぼーう♪」
.........が、どうやら俺は相手の戦闘能力を見誤っていたようである。
俺の攻撃はあまりにも情けなく躱され、その振り切ってしまった腕が狙われてしまう有様だ。
「やべぇ」
「ふふー!!」
鈍く光るナイフが不規則に動き回り、俺はそれを見てから捌いていく。
当然躱しきれない攻撃も数多にあって、俺の体に制服は霧跡だらけになってしまっている。
明日先生になんて言われるかは考えたく無い。
「似合うよ!!凄い似合ってる!!!」
「んの......」
そしてここまでやられてしまえば此方も辛抱の限界である。
なるべく地味なやり方でなんとかするつもりだったのだが.......そんなこと言っていたらどんどん風呂にしみる体が出来上がっていってしまう。
(味わえ.....相澤先生直伝.....)
またも俺の体をかすめたナイフではあったが、恐らくこれが最後の一太刀になってしまうだろう。
俺は見様見真似の技を繰り出すためにナイフが通り過ぎたのをしっかりと確認してから、空中に寝転ぶような形で跳び上がった。
「ふっ」
グルン!!
そのまま回転し、勢いをつけた右足を振りかぶる。
ゴシャアア!!
「ヴェ!?」
遠心力、そして落下する力、足の力.....ありとあらゆる力を乗せた蹴りは絶大で、ギリギリ間に合った左腕のガードなど関係なしに女を吹っ飛ばした。
「うぅ.......」
そのまま頭を強打し、女はぐったりとナイフを手から離して倒れこむ。
......とりあえずは俺の勝ちだ。
「はぁ......」
[newpage]
「っ......あれ?」
クレイジーガールことトガヒミコはまったく見たこともない部屋の中で目を覚ました。
まったく緊張感も危機感もない様子でキョロキョロと部屋を見渡し、しばらくの間を空けて思わず叫ぶ。
「いい匂い!」
「いきなり大声だすな」
すると、その声に反応した家主が眉間にしわを寄せてトイレの中からのそりと現れる。
その家主、比企谷八幡は今現在仕方なくこのトガヒミコを保護している状態であり、仕方なく服も貸し、仕方なく手足を拘束していた。
「八幡君のお家.....八幡君の匂いぃ....」
犬の様に鼻を鳴らして匂いを嗅ぐその姿は身を引かせるには十分であり、八幡は堪らずヒミコの鼻に洗濯バサミをつける。
「や、やめてよ八幡君!可愛くない、早く取って!」
「なら匂いを嗅ぐな、気持ち悪い」
少し大きめな八幡の短パンと八幡のTシャツをバタバタと揺らしながら暴れるヒミコに舌打ちをする八幡。
捕まっているというのに全くもって持たれていない緊張感、自分のオーラの無さに失笑する。
「でももっと地の混ざった匂いの方が好きだよ、八幡君」
「うるせぇ、こちとらお前のせいでかなり血失ってんだ。黙って捕まってろ」
「怖い。でも、好きだよ八幡君。恋してるんだよ八幡君」
「はいはい」
話を流しながら冷蔵庫を開け、中からマッ缶を取り出した八幡は1日の疲れを流すかのごとくなどを鳴らしてマッ缶を吸い込んでいく。
服もボロボロの制服ではなく、上下寝巻きのジャージと完全オフモードだ。
「んで.....お前は何が目的だ?」
「ヒミコ!トガヒミコって言うんだ!」
「............トガ、何が目的だ」
ベッドに腰掛けて遠くで縛られているヒミコにそう問う。
「ふ.......ふふふふふ....」
「?」
「簡単だよー........」
バタンと横に倒れ.......近くにあった八幡の学生鞄に頬を付ける。定まらない瞳をぎょろぎょろと動かし、ありとあらゆる情報を手に入れようとしていた。
そして.......
ベロ......
「っ!!」
「あっはぁ.......八幡君、血の味と血の匂い......私に頂戴.....私を八幡君にさせて....そして殺させて」
カバンに舌を這わせてから定まっていなかった注目を一気に八幡へ向ける。
並々ならぬ気持ち悪さと狂気、ここまで鳥肌の連続ではあったがこれは今までのものとは一線を画し、八幡に明確な恐怖を与えた。
「八幡君も分かるよね。みんな一緒だもんね。好きな人と同じになりたくて.....ボロボロにして、殺しちゃう。ふふふ、分かるよねー、みんな同じ。みんな殺したい。殺す前のあのお腹の辺りがジンジンする感じもいい.....でも、殺した後のその弾ける感覚.......たまんないよね?八幡君」
(やっばぁ.....怖ぁ)
気が違っていると言って間違いはないが......不思議と否定ができないのは自分がその立場になったことがないからか......
心の奥でひっそりと、八幡の好奇心がヒミコの言葉に耳を傾けていた。
「.............俺の事は諦めろ」
「......へ?」
「だから、俺の事は諦めろ。それなら今回は逃がしてやる」
八幡がこう言うのは、この後先を考えて面倒くさい事を避けると言う理由が9割.....
「もし嫌なら......お前が首を縦に振るまで痛めつける」
このまま逃がし、また無法地帯に戻ったヒミコがどう動くのか気になってしょうがない呆れた好奇心が1割。
ヒミコに近寄って胸ぐらを掴んで低い声を出す。怯えた様子は見えないが.....焦っているようには見える。
「死ぬのは嫌だなぁ」
「........」
「でも.....八幡君のこと諦めるのも嫌だ」
この時、ヒミコは八幡の言葉をどこか冗談だと思っていた。雄英に通って、ヒーローを目指すための学び舎で日々腕を磨いている.....たとえ学校祭時のような異例があったとしてもその本質は決して変わらないものだと勘ぐっていたのだ。
「そうか」
.......大間違いである。
ドッ!!
「っ!?ぶ.....」
鳩尾に八幡のつま先がめり込む。
「冗談だと思ったか?まさかヒーロー志望の雄英男子生徒がそんな拷問まがいのことをしないと思ったか?」
何もできず咳き込むヒミコ........そんな姿を、八幡はかつての弱い自分と重ねた。
「何もできないってのは...........死にたいよな」
人差し指を一本立てて、ヒミコの首にそっと当てる。
すると..........
バクンッッッ!!!
「んっ!!?.....ばぁ.....!」
「でも死ねない。そして思う......こんな思いを広めて、もしそれが1人のいい奴に行き着けば..............こんな理不尽を許さず戦ってくれる」
決して少なくはない刺激的なエネルギーを流し込んで悶絶させ、なんとなく頭に浮かんだ言葉をつぶやいていく。
「何もできない自分は嫌いだ。今のお前はそんな何もできなかった頃の俺に見える。腹が立って仕方ない。そうだな...........お前流に言うなら........」
ガッと髪の毛を掴み、顔目の前で告げた。
「殺したい..........よく分かるぜ、トガヒミコ」
「っ!!!!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「..................」
空白の時間だった。
自らを殺してトガを逃がすためにトガを痛めつけ続けた。
(気持ち悪い)
トガの考えにどこか興味を湧かせたのは本当だったが......決してあんなことを心から望んだのではない。
俺は、自分の安全が保障できればよかった。それ以外の面倒臭いイベントはなるべく避けて、一時の口約束だとしても安心していつも通りの睡眠を迎えられればそれでよかった。
(気持ち悪い気持ち悪い......)
トガの口から逃げの一言を聞き出すのに.....俺は自分の心を踏みにじって最も最低最悪な領域へと自ら足を突っ込んでしまったのである。
......トガをかつての自分と錯覚する程に、俺にとって強さの象徴、絶対的な支配者へと変貌することとなってしまったのだ。
(ふざけんな....)
親父だ。
俺はあの時間違いなく親父と同じ事をしていた。
それが嫌で嫌で仕方ない、気持ち悪くて仕方ない、死にたくて仕方ない。清々しいまでの自爆は思わず失笑してしまいそうなものである。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ.....!はぁ......!」
いまだに痛む腹部を撫でながら.......その痛みに反するようにどんどん女らしく火照っていく体を押さえつけるように1人不気味な吐息をこぼしていた。
「八幡君......はぁ.....八幡君!」
トガヒミコは初めて、血に染まらなくてもいいと思える人間を発見する。
自らの意思を噛み殺している顔に否定しきれない複雑な表情、気怠げながらも、気持ち悪がりながらもしっかりと1人の形としてこちらを見るあの腐った瞳を持つ少年........
「殺されるかと思った。殺されたかった!」
そのまま着て帰ってきてしまった八幡のTシャツから香る香りは骨の髄まで痺れさせる。
嗅げば嗅ぐほど今日見た八幡の顔が鮮明に思い浮かび、ますます息を荒げて唾液を溢れさせ続けた。
「あんなに怖かったけど.....分かってるよ......殺さないよねぇ、八幡君は」
2度でも3度でも何度でも出会いたい。
トガヒミコの心臓は高鳴る。
[newpage]
「ヴィランと交戦した?」
「はい」
ボロボロの制服と大量の切り傷を目立たせながら相澤先生と向かい合う。
「何時頃だ?」
「夜8時くらいですかね」
「その時間帯の外出は控えろと言っただろ」
呆れたようにこちらを睨んでくるが、これに関しては俺は悪くない。
拉致られた人間に対して帰ってくるのが遅いと言うヒーローがいてたまるか。
「ヒーローユキノシタの奥さんに捕まってたんですよ」
「.........何?」
「お話がしたいとかで。それから夜までしっかりと軟禁されました」
とりあえず事情を説明すると、先生は顎に手を当ててしばらく考え込むようなそぶりをとると、最後には大きなため息を吐いた。
「そうか.....あの人の強引さは俺もよく知っている」
「お知り合いなんですか」
「一応な。昔から人を振り回す天才だった」
...........それが意識的になったのならタチが悪い訳だ。
「!.......あの、一つ聞いてもいいですかね?」
「なんだ?」
「雪ノ下さんの娘、雪ノ下陽乃に会ったことはありますか?」
「.........お前の口から出てくると違和感しか感じない名前だな」
「........」
「会ったと言うよりは見ただな」
相澤先生はそう言って気づいたら手元にあった財布からゴソゴソと一枚のプレートを取り出して俺に見せる。
そこには.......
「ヒーロー資格?」
「ああ......雪ノ下陽乃がこれを取得する際に丁度試験会場に俺もいた」
「いつ頃ですか」
「約一年前だ」
プロヒーロー証明証、生年月日と相澤先生の名前、ヒーローネームが記載されていた。
「総武高の鬼才。高校三年生にも関わらず、数ある学校のヒーロー科卒業生達と渡り合った。もちろんうちの学校の卒業生もその会場に大勢いた」
ボサボサの長い髪をガシガシと掻きながら、忌々しそうに事を話していく相澤先生。
そして、1つの間の後に大きくため息を吐く。
「全員不合格、雪ノ下陽乃を除いて全員」
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11話目。<br /><br />ここらで色々と面倒臭くなってくるので駄作者っぷりが浮き彫りになり始めます。
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A組に俺が来た。11
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10136611#1
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「西條さん。ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが」
自主練を終えて、寮に帰る道すがら、隣を歩いていた天堂真矢が言った。
あのオーディションが終わって、いつもの日常へ。とはいえ、オーディションが終わってもやることは変わらない。
常に上を目指して日々練習を。
ただひとつ変わったのは天堂真矢とよく話をするようになったこと。
ちょうど今みたいに。
「何よ、天堂真矢」
真剣な顔した天堂真矢に思わず身構える。
「それです」
「は? どれよ」
天堂真矢が何を指しているのかわからなくて尋ねると、意を決したみたいに一度頷いて、天堂真矢が口を開いた。
「もう真矢とは呼んでくれないのですか?」
「は、はあ!?」
想定の斜め上から飛んできたそれに、思った以上に大きい声が出て、夕方の人気の少ない道路に響いた。
「そんなに驚くことですか?」
「そりゃ驚くでしょ」
あの天堂真矢が私に名前で呼ばれたいっての? 本当に?
こいつ熱でもあるんじゃなかろうか。
天堂真矢をじっと観察してみるも、特に変わったところは見当たらない。
そもそもこいつの様子がおかしかったら朝のうちから気づいてるか。
それくらい天堂真矢のことを見ているのだ。私は。
悔しいことこの上ないけど、こいつからは学ぶことの方が多いのだから仕方がない。
「おかしなことを言ったでしょうか」
内心で一人そう結論付けていると、天堂真矢が私に尋ねた。
心なしかしゅんとしているように見える天堂真矢に、悪いことをしたような気分にさせられる。
「い、いえ、別にそういうわけじゃ……」
って、なんで私が罪悪感を覚えなきゃいけないのよ。
「だいたいあんただって人のこと言えないでしょ」
「と、言うと?」
「あんただって私のこと西條さんって呼んでるんだからおあいこよ。おあいこ」
私の言葉に天堂真矢が軽く目を見開いた。
……ちょっと待って。今、私なんて言った?
さっきの言い方じゃまるで私も名前で呼ばれたいみたいじゃない。
「呼んでもよいのですか?」
「別に。好きにすれば? なんならあんたもクロちゃんって呼んでもいいわよ」
投げやり半分、からかい半分に言うと、そうですね、と返ってきた。
何? こいつまさか私のことクロちゃんって呼ぶつもりじゃないでしょうね。あの天堂真矢がクロちゃんって?
いやいや、いくらなんでもそれはさすがにコミカルが過ぎるでしょ。
「ではクロディーヌと」
「え、ええ」
なんだ、そっちか。
内心で一人安堵していると、もう一度、クロディーヌと天堂真矢が口の中で呟いた。
その大切なものを噛み締めるみたいな声音に、なんだか息が詰まった。
さっさと話題を変えようと思って、切り替えるためにふっと息を吐き出す。
「そういえばさ、あんたってフランス語話せたのね」
「ええ。これでも勉強しているんですよ」
「ふーん。そうなんだ」
勉強熱心なことで。
割と話せてたけどいつから勉強してるのかしら。
というかなんでフランス語なんだろう。
観たいフランスの舞台でもあるとか? それとも留学でもするつもりなのかしら。
足元から伸びた影を眺めながら考えていると、それにしても、と天堂真矢が言葉を続けた。
「ある程度理解できるようになっていてよかったです。またあなたの言葉を聞き逃すところでしたから」
「また?」
「あなたはよくフランス語を口走るから」
何よ、それ。じゃあこいつは私のためにわざわざフランス語を勉強してるってわけ?
「あんたって意外と私のこと好きなのね」
「意外と、ではありませんよ」
言葉を切って足を止めた天堂真矢に合わせて立ち止まる。
振り返ると天堂真矢が再び口を開いた。
「好きなのです」
目を細めて綺麗に笑んだ天堂真矢に息を呑む。
周りの音がやけに遠くなって、顔が熱くなった。
本当にこいつはどんなセリフもどんな表情も様になる。
それについては私だって負けるつもりはないけど。
それにしたってこれはずるい。
赤くなった顔なんて見られたくなくて、そっぽを向くと、天堂真矢が笑った気配がした。
「私のクロディーヌと言ったでしょうに」
「あれは舞台と私に合わせただけでしょ」
しばしの沈黙に顔を向けると、むっとした表情の天堂真矢と目が合った。
「覚えていないのですか?」
「何を」
「嫉妬深いと言ったでしょう」
「は? ああ、あのオーディションの話? それが……」
「あなたの話ですよ」
一体どうしたと私が言い終わる前に天堂真矢が言葉を被せてきた。
私の話?
意味がわからない。
あの話のどこをどう受け取れば私の話になるってのよ。
「どういう意味よ、それ」
「ふふ、どういう意味でしょう」
首を傾げてお茶を濁す天堂真矢はいかにも余裕って感じ。
……なんかむかつく。
そう思ったけど、今突っかかっても適当にあしらわれて終わりそうでグッと堪えた。
私だって日々進化中なのだ。
「私の真矢、と言ってくれたのに」
そう思っていたのに、たった一言で私の決意を無に帰す天堂真矢。
「なっ、あれは、別に、そういう意味じゃ……」
「わかっていますよ。もちろん。けれど、私はそういう意味で言ったのです」
「っ……!」
こいつこんな奴だったっけ?
確かに普段から率直な奴ではあるけど。
それにしたって、なんで今日に限ってこんなぐいぐい来るのよ。
「照れた顔も可愛いですよ、クロディーヌ」
「……うっさい」
ほんと勘弁してほしい。その心底楽しそうな顔なんなのよ。
「クロディーヌは私のこと、お嫌いですか?」
全部見透かしてそうな天堂真矢の瞳から視線を逸らす。
「ノーコメントよ。でも、まあ、あんたが私にとって特別ってことだけは認めてもいいかもね」
私の言葉に満足そうに微笑む天童真矢。
こんなセリフでこんな顔をするなんて、本当にまったくもって意味がわからない。
気恥ずかしくなってふいに思い浮かんだそれを口にする。
「フランス語。勉強するなら私に聞きなさいよ。……真矢」
「ならばさっそく。ちょうどわからないところがあったのです。そうと決まれば早く帰りましょう」
歩き出した真矢の後ろ姿はやっぱり綺麗で、それでいてどこか楽しそうに見えて、思わずフランス語で呟いた。
『ほんとはとっくにすきなのかもね』
天堂真矢という人間が。
その気高い在り方も、思考も、何もかも。
『聞こえていますよ』
返ってきたフランス語にハッとする。
「あ」
こ、こいつフランス語わかるんだった……!
さっきフランス語について話したばっかなのに、いつもの癖でつい。
「い、今のなし! なしだから! 忘れなさいよね!」
詰め寄った私を無視して真矢が言う。
「そろそろ急がなければ。門限に間に合わなくなってしまいますよ」
「人の話聞きなさいよ! ちょっと、聞いてるの真矢!」
「もちろん聞いていません。あなたが真矢と呼んでくれるのは嬉しいですが」
「つ、都合のいいとこだけ聞いてんじゃないわよ!」
寮に着くまでずっとこのやり取りが続いたけど、結局真矢が私の言葉に頷くことはなかった。
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なまえ
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