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---|---|---|---|---|
定時をとうに過ぎても、仕事は終わりそうもなかった。
仕事場には閻魔大王と私、関係各所を行ったり来たりしてバタバタ動いてくれる唐瓜さんと茄子さんがいる。
書類を書いていると、懐のケータイが鳴った。
着信は白澤。
そういえば、前に注文した生薬があった。その連絡かと思い、私は電話に出た。
「もしもし、鬼灯です」
「…………」何の返事もない。
私はこの忙しいのに、とイラついたとき、電話の向こうから荒い息づかいが聞こえた。
「?…白澤さん?」
「あ、のさあ。いまどこにいるの?」
白澤はなにやら苦しそうだ。
「閻魔庁です」
「もしか、して、まだ仕事、終わんない?」
「終わりませんね。どうしたんですか?」
「……遅くなっても、いい、からさ。帰りに、ウチ、寄ってくんない、かな」
白澤は苦しそうな吐息混じりにやっとそう言った。
「は?なんで私がわざわざ天国まで行かなきゃならないんですか?」
私はボールペンをカチカチさせた。こんな奴に構っている暇はない。
「…おまえ、なら、分かってくれると思って、電話、したんじゃん~」
白澤はまるで泣いているようだ。
「…………」
私はボールペンの手を止め、少し考えた。
白澤の声はまるで、苦しそうで切なそうで、あの行為のときの声によく似ている。
「…白澤さん。自分でどうにかしたらどうですか。いい大人なん…」
「さっきからしてるけど全然治んないだよ!!」
電話の向こうで、白澤は怒鳴った。いきなり大きい声が聞こえて、私はケータイを離した。
「いつものように女性を呼べば済むでしょう」
私はため息を吐いた。
「こんなっ、こんな状態で呼べると思うか!?ドン引きだよ!つーかフツーに恥ずかしいよ!」
白澤はわんわん喚いたと思ったら、
「…も、頼むから、来て。どうにかしてくれよ…」
白澤が珍しく弱音を吐いた。
あの白澤がこんなにしおらしいのは初めてだ。これは冗談抜きでヤバいのかもしれない。
私は残った書類の山を見た。どうしてもあと2、3時間は掛かる。私はじっと黙って考えた。ケータイの向こうの白澤の苦しそうな吐息が耳につく。
「鬼灯くん、どうしたの?誰?」
閻魔大王が、心配そうに訊いてきた。
「白澤さんが、具合悪いそうです」
私はケータイを手で覆ってありのままを言った。間違えてはいない。
「ええっ!?あの白澤くんが?大変じゃない!?」
「みたいですね。泣きついてきました」
「鬼灯くん、行ってあげなよ!」
閻魔大王は大袈裟に言った。
「ええー…」
私は正直に面倒臭い顔をした。
「だって白澤くんはキミに助けを求めてきたんだよ?普段は仲違いしてるけど、心の奥ではキミのことを頼りにしている証拠じゃないか」
正論を言った大王は、鼻息を荒くした。
「しかし、書類が溜まってますが」
「別に今日までのじゃないでしょ!明日に回せばいいんだから!行ってあげなよ!これは上司命令だよ!」
「…分かりました」
私は折れた。どーせこの書類も、自分で処理するのだ。
ケータイを耳に当てなおした。
「もしもし、白澤さん。これからそちらに向かいますから、」
私は席を立って、
「ケツの穴洗って待ってろ」
そう言って電話を切った。
「すいませんが、お先失礼します」
部屋には閻魔大王と唐瓜さんと茄子さんがいて、私を見たまま一時停止していたが、構うことなく私は出ていった。
「鬼灯様、ちょーかっけー」
茄子さんの間の抜けた声が聞こえた。
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ウチの鬼灯様は鬼畜です。かなり短くエロくもありませんが下ネタを含みます。続きます。追記;タグや評価、ありがとうございます!マジ力になります♪<br />なので連日投下しちゃうぞ!小説ルーキーランキング84位だそうで、ますますpixivにハマりそうです!
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ホテル・極楽満月
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002115#1
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私はあの日どうやって帰ったか覚えてない。
確か、降谷零くんに「君が優しすぎて失うのが怖い。」って言われたところまでは覚えているんだけど、はて???
「ゼロに怯えられて、今にも死にそうな表情から途端に泣きながら全力疾走で荷物も置いて帰ったんだよ。」
「そんな記憶はございません。」
「悪いことをした議員はみんなそう言うんだよな。」
サラリで笑顔で言う景光議員は今日も鬼畜だ。でもそれは愛ある鉄拳でしょ??那月知ってる。絵描きっていう能力者だけど、景光くんは覇気使いだから私にその攻撃は通るんだよね???まあ景光くんの愛ならどんなに劇薬だろうが王水だろうが、飲み干す自信はあるけどね。
私の記憶()の修正を容赦なく伝える景光くんは、あんなにも怯えていた降谷零くんとは違って今日も今日で優しい。むしろその日よりも優しい気がする。あれかな?同情かな???優しいかな???まあさ冷静に考えてあれはちょっと降谷零くんのことをちょっと怖がらせたな、と思ってる。ちょっとだけな!だってまだまだ魅力を伝えきれてないもん。私だって突如、嫌ってた人物に心身共にフルボッコされてしょんぼりしてる時にあんな事言われたら交番に駆け込む自信がある。
……て、アルェ???じゃああの時降谷零くんが怖い、で許してくれたのって奇跡じゃない??
「ひゃぁああ…降谷零くんってどこまで私を沼らせるんだろ…。彼ってなんなの???属性なんなの??光属性なのは譲らないけど、種族なに??」
「ゼロは人間だな。」
「間違えて下界に降りてきちゃった天使でしょ??」
「真顔でそれ言うのかー。で、どうする?」
はて…??どうする、とは??
残念ながら私はまだ景光くんの言葉を全て汲み取れるほどサトリを出来ない。あ〜、私もバスケやって黒のユニフォーム着て眼鏡かけて糸目になれば読めるのかな〜〜??そうなるにはvo.中井さんならないといけないな。まずは声帯模写か。まかせろ、今日から怠らない。でもそうなると、後輩はオタマロか。ん〜〜物理でなんとかしよう。あったまいい〜〜!!!
「とりあえず後輩は寝技かけようと思う!」
「俺の話聞いてた?」
「聞いてたけど真理の扉は開けませんでしたごめんなさい。」
素直、大事!!机に頭をつけて謝ると、フッと息を吐いて仕方ないなぁ、みたいに笑う景光くん。はい、昇天。座布団じゃねぇぞ、天に召されるんだ。景光くん曰く、降谷零くんはとりあえず私が改心したと思っていて、早く病院が来いと懇願しているらしい。前半はそりゃそうだろうな、と思うが、後半は諦メロンである。
景光くんも前半は改良の余地がある、と言ってくれた。後半は??後半はいいの??それを分かっていて仲良くしてくれるとか…さては景光くんも下界に迷い込んだエンジェルだな???私もクールキッドとエンジェルって言った方がいい??クールキッドは景光くんな。弓道やってる時の鋭い目つきが非常に性的でクールだから。
野ブタをプロデュースじゃないけど、景光くんに言われた通り、降谷零くんに積極的に挨拶をすることになった。反応??お察しの通り、逃げられるよ。それを追いかけまわしてマイムマイムしてnice boatって規制かけられたいところだけど、そんなことを最推しにした途端に私は紐なしバンジージャンプをする羽目になる。
まあちょうど風紀委員会で校門のところで挨拶しなきゃいけないし、生徒会も居るからつまりは降谷零くんとは朝から顔会わせなきゃいけないからやったね!!
朝からあのシャイニーなキラキラの金髪は輝いていて、夜型の私には少し眩しい。布被ってくれないかな〜。それで「綺麗とか言うな!」って言ってほし〜〜。知ってる?青も緑も赤も光の加減によってはどの色にも見えるんだって??だから降谷零くんの瞳の色は緑にも見えるんだよ???は〜〜最高かな???最高だろ???ちなみに昨日はメジェド様とまんばくんのほのぼの描いたよ。まんばくんが修行に出る前になんとしてでも完成させたかった作品なんだ。修行帰ってきたら絶対に泣く。バスタオルは必需品だ。
つーことで今日は絶賛寝不足なんだ。昨夜は翼を授けられてからテンションがマックスだったから。あの時ならR.Y.U.S.E.I. 踊れた。うそ、踊れてソーラン節だ。
「おーい、那月起きてる?」
「うん…今、ねじり鉢巻までいった…」
「寝不足?寝てる?」
「そんなことしたら…降谷零くんにこれでよく風紀委員が務まるな、って言われちゃう…」
「いや、ゼロそこまで冷たくないと思うけど…。」
「あったかいんだから〜、てか?」
「うん、今日は休んでな。」
「やだぁあ…今日も私の近侍が優しいよぉ…」
「きんじ…?とりあえず行くなら、ほら。」
差し出された手を掴めば、優しく引っ張りながらも誘導してくれる。もう今度から翼を授けてもらう時は原稿が進まない時だけにしよう。今なんて、†翼の折れた堕天使†もいいところだ。
†ようこそ…○○○人目のお客様…†
†あなたを夢の世界に誘います…†
†どうぞ…ごゆっくり…お嬢様?†
てか?ここに微黒笑とかつけたほうがいい??
朝の散歩の犬の方が足取りしっかりしてるんじゃないかってくらい、フラフラと歩いている私を景光くんは私が壁に打ち当たらないようにしてくれる優しさまじプライスレス。
段々と校門が見えてきたところで、「ほら、ゼロが居るぞ」と声をかけられて、意識が浮上する。こんな時はこれだ。
「…女の子はーみんな、無敵になーれる、特別な呪文を知ってるのー」
「お?」
「イッツショータイム!!おはよう、景光くん!」
「あ、いつもの那月だ。おはよ。」
あああああ!!!なに!!!その!!!笑顔!!!!朝から太陽のテソロトマト大好き!!!じゃなくて!!!朝からその笑顔はマズイですよ!!!待たれよ!!!心臓が持ちませんぞ!!!とりあえず持ってきたデジカメを即座に構えて写真を撮った。ふっ…危なかったぜ…。
「あれ?デジカメにしたんだ。」
「突然写真を撮られて微動だにしない景光くんメンタルはSAN値99なの??うん、一眼はとりあえずお兄ちゃんが帰ってきてからってことで。今日から高校のパンフレットのための写真を撮ります。」
「今のパンフレットに?」
「うーーーん、ごめん。私が撮りたかったから。事務所通す?」
「それ、1枚目?」
「うん。1枚目は景光くんが良かったから。」
そうすればどんなにバッキバキにメンタル折れても、いつでもベイマックスのように包み込んでくれる景光くん見ればやっていけそうじゃない???これでダメって言われたら、心のアルバムにフォルダ移動だ。
パチクリ、と目を瞬かせた後にどこか機嫌良さげに笑ったと思ったら私のデジカメを渡すように言われる。あ…事務所的にNGだったのか…しゃあないな…。ちょっとだけしょんぼりしながらカメラを渡せば、グイッと引っ張られた後に景光くんがこちらにカメラを向ける。訳も分からないままの私に景光くんは満足げに笑ってカメラを返してくれた。あ、ありのままを…伝えたぜ…。
「この写真、焼き増ししてくれたらこれからもいいよ。」
「ふぁーーーーー。」
あ、アオハルだぁ…アオハルか、風早くんがここにおるでぇ…。その場で崩れ落ちるようにブリッヂをかましたいところだが、そんなエクソシストよろしくみたいな事をしたら、景光くんにまで怯えられてしまう。景光くんの怯え顔……おっと、そこまでダァ?私の理性???
即座にフォルダを確認すると、なんとも間抜けな私の隣には推しがいる。笑ってる。お、推しが今日も笑っている…。わかる????推しが息をしているだけで私のドキはムネムネしてるの。幸せ…幸せ…幸せ…。この気持ちはなんだろう。目に見えないエネルギーが大地から足の裏を伝わって。これが春…????私、今なら地面から2、3センチ浮き上がれる気がする。釈迦になれる。私…釈迦になったら推しを守護するんだ…。
更にはハイテンションで降谷零くんに挨拶したら、ビクつきながらも素っ気なく挨拶を返してくれた。アッッッ!!!昇天!!!おはようと言われたので、今日が記念日。絶対にシステム手帳に書き込むからな????
釈迦の気持ちになって、おおらかな表情で挨拶していたら中学からの友達らに爆笑された。いつもなら回し蹴りの1つや2つプレゼンフォーユーするのだが、今日は見逃してやろう。だって今日はおはよう記念日。これで私は半永久的に生きていける。ボイスレコーダーを準備していた私には抜かりない。るんるん気分で挨拶をしていたら、バッチリと綺麗めのねーちゃんと目があった。目とー目でー通じ合うー??
「調子乗んな。」
「おはようございます〜。」
おっっっとー????まさか???まさかこれはー???
とりあえず笑顔で挨拶しておいたら、なんか集団で舌打ちされた。朝から元気ね〜???
だけど私は今日は記念日だから見逃してやる。一昨日来やがれ!!!!
「なあ、さっき那月絡まれてた?」
「なんで分かったの。シャーペンと三角定規と消しゴムを擬人化して三角関係を考えてたなんて…。」
「いや、それじゃなくて、朝の挨拶の時。」
お昼前に景光くんは真剣な表情で聞いてくるから、地面から確実に4センチ浮いた。そのキリッとした表情なに????私、無料で見ていいの??今ならどこの雑誌の表紙でも飾れるよ???あ、それはいつものことか〜。
朝の挨拶…朝の挨拶…ああ、あれか。
「嫉妬乙!!ってことでいいんじゃない?」
「でも確実にあれは…」
「ヒロー、悪い、お金貸して…げ。」
アーーーー!!!最推しが!!!ログインしました!!!!私の鍛え上げられた笑顔もログイン!!!本性はログアウト!!!!司令!!!本性!!!ログアウト出来ません!!!!ならそのまま行かせろ!!!!
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ!!!!逃げちゃ!!!ダメだ!!!
「はーーーー今日も輝いてる、おっと失礼、なんでもない。」
「…コイツ、暑さで頭でもやられたのか?」
「いや、通常運転だ。ゼロ、昼メシ忘れたのか?」
「えっ!!!そうなの!!!なら私のお昼食べる!?!?」
「いや、いらない。」
はい!!!即答!!!!でも私はめげないよ!!!!なんと!!今日は!!!あの方がお見えになりました!!!
「じゃーん!!セロリのきんぴら!!!どうだ!!!」
「ごぼうじゃないんだな。」
「うん!!昨日やってみた!!どう?降谷零くん!!!」
「せ、セロリってあの苦いセロリか…?」
あれれれー???おっかしっーぞー???
降谷零くんの顔はセロリの苦さを思い出すように顔がしかめられている。それを見て察知する。なんということでしょう。最推しの推しの野菜がまだセロリじゃなかった件について。どーしよ?どーしよ????てかまだ降谷零くんは苦いのお嫌いなの???なにそれ可愛すぎか????おこちゃま???おこちゃまプレートなの????はーーーーー。つら。尊すぎてつらっ。
いやいや、ここは私がセロリの素晴らしさについてプレゼンするべきじゃないのか??将来、スマホ片手にセロリ食べて欲しい。それで雑誌の表紙飾ってね????
「あのね、セロリってのはすごいの。」
「は?」
「カリウムが豊富でね、体内に多く摂ったナトリウムを排泄してくれるんだよ??ナトリウムっていうのは水と一緒に排泄されやすいの。そのナトリウムは細胞外イオンでカリウムは細胞内イオン。これがどちか多いと大変なことになるの。それを補填してくれるんだよ???」
「生物の授業みたいだな。」
「その多くなったナトリウムの排泄を促してくれるってことは利尿作用やむくみ防止、または心臓負荷防止にもなるんだよ???つまりは身体にいいことだらけ。」
「はあ…?」
「更にはね、セロリには沢山の香り成分が含まれているの。その一つ一つの構造式はアロマにも同じものがあったり、生薬にも似たものがある。つまりはね、アロマにもなれるってことなの。食べながら癒される。素晴らしくない???更に!」
「更に?」
「この縦社会の世の中!!中管理職や自分を偽るお仕事ばかりの世の中!胃がキリキリしますよね!?そんな時はキャベジンよろしくのセロリで!!あなたの未来は保護出来なくても胃粘膜は保護します!!」
さあどうだ!!!これで君もセロラーだ!!!完璧なプレゼンに内なる私もにっこりだ!!!
なんだか降谷零くんの顔が引きつってるけどそんなのいつものこと!!!あれ、悲しいかな、慣れてしまった!!!
「じゃあ…一口食べるから残しておいてくれ…。」
「何口でも!!」
「俺も貰っていいか?」
「もっちろん!!」
たったの1セロリでランチが一緒に出来るなんて、セロリの神様すごくない!?やっぱりセロリはすごいんだな〜さすがトリプルフェイスの好物だよ〜〜。今日はセロリ記念日でもあるんだね。挨拶記念日にセロリ記念日。毎年この日は春のパン祭りよろしくの、挨拶のセロリ祭りだ!!!シールは貯めてくれよな!!25点貯まったら、降谷零くんとセロリがフィーチャリングした表紙と交換だ!!!でもお高いんでしょう???いいえ!!!これは妄想だから高くありません!!!妄想プライスレス!!!
数分して降谷零くんはあんぱんとサンドイッチを買ってきた。こ、ここに、アムサンドの兆しが…!?
「さ、サンドイッチ好きなの!?」
「なんでそんなサンドイッチに食い気味なんだよ…。まあ、好きだけどもっと野菜とか新鮮なのがいい。」
「大丈夫、将来リーズナブルでパンにまでこだわりがあって隠し味を入れる絶品のハムサンドと出会えるから。」
「随分と的確な将来だな…。」
あああああ!!!最推しが!!!息をしてる!!!!同じ、同じ空間で息をしてる!!!アルゴンを一緒に!!!吸っている!!!待って??待って???至近距離でこんな長く話したの始めてだよ???なんなの、今日は記念日祭りなの???大感謝祭???10連ガチャ引き放題???課金するよ???水着キャラとか出てきちゃう??最推しと推しの水着キャラ……アッ。出す。
「はい!セロリきんぴら!どーぞ!」
「あ、ああ。いただきます。」
ちゃんといただきます、って言ってくれる最推し!!!ンッ!!!可愛いかな???可愛いだな。可愛かったわ。
恐る恐る口に運んだ後にゆっくりと咀嚼する。私は固唾を呑んで降谷零を見つめる。景光くん?「すげぇ美味しい。」って笑顔で言ってくれて、私は椅子から転げ落ち死したよ???だから今の私は新しい私なの。某ドラテクと的確な場所へと最速投球をする愛と勇気だけが友達の霊長類としての紅一点のあの方のように、新しい顔になったの。那月マン!!新しい顔よ!!!
「美味しい…」
「アッッッ!!!」
「わー待て待て。また転げ落ちる気か。」
後ろに倒れようとすれば景光くんに椅子を抑えられてしまった。いや、待って????そのキラキラお目々なに???私はとっくにフォールインワンされてるけど、今の表情は全女性を落としたよ???かっわい。かっっっわい!!!その母性を総動員させるその表情、どこで習ってきたの???パァと表情を明るくさせて、頬を緩めるその唇。更には目を丸くして咀嚼する母性総動員させるもの。おたべ???たんとお食べ????
「家の人に作ってもらったのか?」
「ううん。私が作ったの。将来のためにもなるし。」
「料理、上手いんだな。」
「ゼロは食わず嫌いがあるからなー。」
「ヒロ!」
ん〜〜〜〜〜。えでん。
この空間、おいくら万円??買うよ?買わせて??売ってくれ???
これが1人の空間なら、ベッドにダイビングして毛布にくるまりながらゴロゴロ転がって、枕に顔を埋めて「日本に生まれてよかったー!!」と言っていたんだけどな。落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。ほら、仙道が耳元で囁いている。
とりあえず自分の言われたくない事を言われて、拗ねている降谷零くんはどれだけの諭吉をはたけば手に入る???小切手??オッケー、いますぐ取りに行くよ??
「那月も今、料理にハマってるし、ちょうど食わず嫌い直すキッカケになるじゃね?」
「え。」
「それは…コイツに失礼だろ…」
「那月も料理スキル上がるし、別に毎日じゃなくてもいいじゃん。どう?」
チラリとこちらを見て、意味深に笑う景光くんを見て椅子から落ちなかった私を褒めて欲しい。あ〜〜推しが今日も輝いてるんじゃ〜〜。て、待て待て。せっかく景光くんがイベント発生させてくれたんだ。これは恋愛ゲームでいう分岐点ポイントだ。落ち着け…焦りは最大のトラップだろ…。て言っても!!!選択なんて決まってますけどね!!!
「うん!!!よければ、私作るよ!!」
「…無理、してないか?」
「無理してたらとっくに一揆起こしてるから安心して!どう?」
「じゃあ、俺にも料理教えてくれ。いつか借りは返すから。」
「ンッッッッ!!!重箱に詰めてくるね!」
「そんなに要らない。」
イッエーーーイ!!!皆さん!!!見てますか!?松野那月!!!称号を手に入れたよ!!!降谷零くんの食わず嫌い改善協力者!!給食のおばちゃんポジ!!このポジは誰にも渡さんからな!!!てか降谷零くんが食わず嫌い〜〜???なにそれくっかわだろ…。いつからちゃんと食べれるようになったんだろ…。鍛え始めてから??それとも警察学校組があまりにも作らな過ぎて仕方なく始めたとか??アッッッ、どの説も幸せ…幸センチュリー。
色んな料理を作ることになった私は全裸で3分で料理を作る妖精の如く、まずは簡単なものから紹介していくことした。最初からマカロン作れとか、フランス料理作れとか言われても分からんだろ。補助輪付き自転車乗ってる子供に一輪車で綱渡りさせるようなもんだぞ。そこからというもの、降谷零くんとの距離は急接近!!いや〜私、少女漫画の主人公みたいなことしてますな〜〜??これで何か他にイベント起きてくれたらもっと嬉しいんだけどな〜〜??強欲だって?うん、私、強欲の壺の化身だから仕方ないよ諦めて。
と、数日前の私は供述しており、現在机に入れていた私のノートは学校のトイレで入浴をはたしている。
「ほっほーう??」
やって!!参りました!!!
服が脱ぎやすくなってきましたねぇ!!!
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前回の続きです。<br /><br />・転生ものです。<br />・主人公、腐ってます。<br />・最推しは降谷さんです。<br />・コナン知識アリです。<br /><br />ベタな展開大好きです。<br /><br />ケバいギャルの女の子が降谷くんに告白して、フラれてる最中に前世を思い出して、推しのためにSPを目指すお話です。
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最推しに怖がられたから、餌付けしたら強制イベントが発生した
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10021354#1
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自分の手は確かに汚れている。
それは間違いないが、自分自身がどういう存在かまで考えたことはなかった。彼女と出会うまでは…
アルバイトとして喫茶ポアロで働いている時から、彼女と自分は決して交わらない存在だと感じていた。
それは潜入先だからというだけでなく、彼女のもつふわっとした雰囲気や斜め上をいく発言、利害を考えない懐の広さ。
何もかもが、自分とは違うと告げているようで…
彼女と対峙するようになって、初めて自分の本質の輪郭が見えた気がした。
だから、手に入れようなんて頭の外で、考えたこともなかった。
任務を遂行するにあたって、ポアロを去ることは当然の流れであった。
立つ鳥跡を濁さずと、1ヶ月前には辞めることをきちんと告げ、ささやかなお別れ会も開いてもらい、最後までアルバイト店員の安室透として特に問題もなく立ち去った。
マスターと梓には「寂しい」と何度か言われ、「僕もです」とその都度返した。存外長居した潜入先で、思い入れはそれなりにあった為嘘ではなかったが、そこまで大層なものではなかった。…はずだった。
事態が動いたのは、直属の部下に言われた何気ない一言だった。
「降谷さんって…結婚願望はないのに、おっしゃられることが具体的ですよね」
大きな仕事が片付き打ち上げだと久しぶりに立ち寄ったバーで、ほろ酔いの風見が放った言葉に降谷は僅かに首をかしげた。
「どういう意味だ?」
「いや、こないだ山本にアドバイスしてたじゃないですか。その時の内容とかが妙にリアルというか…」
山本とは部下の一人で、最近結婚について悩んでいると降谷に相談してきたのだ。独身に相談するのはどうなのかと思いつつ「結婚するならどういう人とするべきか」等と、尋ねられた際に確かに思った以上にスラスラと答えていった覚えはある。
「だから、結婚を意識されるようになったのかな…と、具体的にどなたかを思い浮かべていらっしゃったのかと思いまして」
「そんなことは、ないはずだがな。なにせ、考えたことすらなかった…」
咄嗟にそう言ったが、それには若干の嘘が混じっていた。
考えたことがなかったのは本当だった。自分は結婚とは縁遠い存在だと認識していたし、必要も感じなかった。
部下に結婚についてアドバイスをしたときも、特に誰かを思い浮かべたつもりもなく、自分の中にある結婚観を反射的に答えているつもりだった…その時は。
だが風見に具体的だったと言われ、今ははっきりと脳内に一人の女性が浮かんでいた。
「そういう風見…お前はどうなんだ?結婚」
「自分ですか?うーん、結婚は…」
降谷は何事もなかったように風見に話を振り彼の話を聞く。
風見の結婚観を真面目に聞きながらも、違うところで心臓が嫌な音を立てていた。
ポアロから離れて既に3年の時が経過していた。
潜入していた組織を壊滅へと導き、大方の残党の処理を終えトリプルフェイスに幕を下ろしたのが2年前。その後、すぐに新たな任務に抜擢され、潜入捜査を終えたのがつい数ヶ月前で、その後処理が片付いた今日、風見とこうして酒を飲んでいる。
次の潜入先はどんな場所だろうと身構えつつ待ってはいるが、昇進の話が来ている為、現場からは少しばかり離れることになるかもしれない。
現場を離れることが、嬉しいような寂しいような何とも言えない感覚なるから不思議だ。
潜入捜査はいつもどこか張り詰めた神経を使うものではあるが、それ故に余計なことを考える暇もなく集中できる。
その感覚が心地好かった。
問題は極限に緊張感を強いられる時間が減ったことだ。緊張感から解放された心は弛緩していき、甘えを恋うように自分が欲していたものの幻聴を見せる。
例えばポアロの優しい空間。例えばマスターの入れる美味しい珈琲。例えば彼女のあどけない笑顔。3年間しみじみと思い出すこともなかったのに、時間ができた途端にこうだ。
ふとした瞬間に現れて、消えていく。
そこへ先ほど追い討ちがかかった。何気なく部下が放った言葉は思った以上に自分の状態を露見させた。
明日は、数ヶ月ぶりの降谷零としての休日だ。
その貴重な時間を使ってゆっくり休む予定が、満足に寝れるかもわからない状態に降谷はそっとため息をついた。
ーーーーーー
かつてポアロへ出勤する度に通った道を歩きながら、自分は何をやっているのかと降谷は自問自答した。
安室透に関わった潜入捜査先として監視対象にポアロはなっていたが、その資料さえも目をしっかりと通さなかった自分が、風見との話で彼女を思い出したからといって今さらここへ来たのは自分でも謎だった。意識したとはいえ、自分の知っている彼女は過去の彼女だ。
それに、監視も無事1年前に終了したばかりなのに、今度は降谷零が近づけばまた危険が及ぶことになりかねない。
いや、遠目から見られればそれで満足だ。自分はポアロを…そこにいる彼女を一目見たかっただけだ。
そう結論づけて、足を進めていく。ポアロに近づくにつれて、空気が澄んだように感じて…これは重症だな…と降谷は自嘲した。自分はポアロを美化している気がした。なんせそこを離れたのは3年も前のことで、それからの3年は思い出に浸る余裕すらなかった。
ポアロは自分が今思い浮かべているほど暖かな場所だったか?
そこにいる看板娘の笑顔は自分を絆してしまうほどのものだっただろうか?
どんな声で…どんな瞳だった?
目的地に近づくにつれて、心音が大きくなっていっている感覚に陥った。
見たいのに見たくない。
そんな矛盾をかかえたまま歩けば、ついに喫茶ポアロが見えた。
「変わってないな…」
呟いた言葉通りその外観は何も変わっておらず、上の毛利探偵事務所も健在だ。
そのことに安堵しながらも、そっと中を覗く。
なんだかストーカーみたいだなと思いながらも、目は自然と彼女を探していた。
ーーーいた。後ろ姿を見せた彼女は客の誰かと談笑しているようだった。髪は少し伸びただろうか。
後ろを向いてても彼女が笑っているのがなんとなくわかる。そうだ、彼女は表情豊かでよく笑う人だった。懐かしい…。
その彼女が振り返りーーーー顔が見えた。
「……っ」
思わず声が漏れそうなのを抑える。
胸はこんな風にも痛くなるものなのかと、安室ではなく降谷零が見る彼女はこんなにも強烈なのかと…息が止まってしまったかと思うほどの衝撃だった。
店の中にいる彼女は何やら大きい身振り手振りで、何かを話し相手に伝えているようだった。
安室にもよくそうやって、色んな話をしてくれた。
(でも、その動作が大きすぎて、よく…)
まさにそう思ったタイミングだった。
彼女が勢いよく手を広げたせいで、前につんのめった。
「ほら、言わんこっちゃない…!」
この距離では助けられないのはわかっているのに、体に力が入る。
しかし、降谷の心配を他所に彼女が転けることはなかった。
彼女を支える手が差し出されたからだ。
彼女が申し訳なさそうに慌てて礼を言ったのが見え、彼女がかがめばその拍子に彼女を受け止めた男が見えた。
その次の瞬間には、降谷の足は喫茶ポアロへと向かっていた。
[newpage]
迷子がやって来た。と梓は、思った。
ドアベルが来客を伝え「いらっしゃいませ」と声をかければ、そこに立っていたのは綺麗な明るい髪色をした男性だった。
勢い良く入ってきたにもかかわらず、梓と目が合った瞬間たじろんだ彼は、お母さんだと思ってついて行ったら違うおばさんだった時の子供のような顔をしていた。
外見は昔一緒に働いていた懐かしい彼そのものなのに、なんだか別人みたいで、梓は思わず笑ってしまった。
「ふふ…えっと…安室さんですよね?お久しぶりです!わーびっくりした!今日マスター休みなんですよ、残念~」
そう声をかければ
「あ…そうです。安室です」
とおうむ返しのような返事に、大丈夫かしら?と梓は首をかしげた。
「突っ立ってないで、入ってください。ほらここに座って…積もる話もあると思いますが、まずはオーダーをお伺いします。何がいいですか?」
「…珈琲で」
「珈琲ですね。少々お待ちください」
突然の元店員の登場に、数名いたお客様がざわついたのがわかった。
容姿端麗すぎる彼はどこにいっても一際目立つものらしい。
珈琲を入れながら、梓は自分の手が震えていることに気がついた。
どうやら思った以上に自分は驚いていたらしい。
安室が去ってから安室目当てのお客さんは減り、今までのように常連客中心のポアロに戻った。
そこに不満は特になかったが、頼りにしていた同僚が辞めてしまいお客さんも減ってしまい、余計寂しくなったことを思い出した。
忙しい彼でもたまには顔を出してくれるだろうかと思っていたがそれもなく、試しにかけてみた電話は繋がらなくなっていた。
電話機から流れる無機質な案内音を聞いて、もう彼とは一生会えないのかもしれない。そう思ったときには、何とも言えない喪失感を感じて涙が滲んだ。
その喪失感も半年もすれば薄れ、梓にも本来の元気が戻っていた。時折寂しさは感じるものの、彼とはただの同僚で…確かに仲は良かったがそれ以上の関係ではなかったため、彼の存在が梓の中で薄れていくのは当たり前といえば当たり前だった。
それにどこをとっても完璧な彼は時たま作り物のように感じてしまい、気が合っても友人にはならなかった。
だから、3年越しに突然やって来た彼を見て梓は驚いた。
彼は完璧とは程遠い見たことのない表情をしていたから。
ーーーーーーーー
カウンターの席に腰掛けながら、降谷は注文した珈琲を静かに待っていた。
先ほど梓が態勢を崩したときに、手を貸した男性は会計を済ませ、梓に挨拶を済ませ帰っていった。
常連客のようで、「また来ます」と言って立ち去った彼を目の端に映しながら、二人きりになった店内で降谷はそっとため息をついた。
本当に自分は何をしているんだろうか。
見たところ彼は20代前半の好青年だった。自分とは違う、何も汚れていない綺麗な手で、梓を支えたんだろう。
梓にはそういう優しくて側で支えてくれる男性がお似合いだ。
なのにそれを邪魔するように、しかも無計画で元潜入先に乗り込むなど、潜入捜査官失格だ。
でも、今さら無かったことにするなどできるはずもなく、ここまで来たら腹をくくるしかなかった。
ブツブツとそんなことを考えていたら、梓の気配を近くに感じた。
「はい、どうぞ」
そう、言われて出された珈琲は懐かしい香りがした。
だが、降谷の視線を奪ったのはそれとは違うものだった。
梓の左手…しかも薬指に光っているものを見つけ絶句する。
それでも、信じたくなかったのか、体はまたしても勝手に動き彼女の腕を掴んだ。
「きゃっ…!」
驚いた彼女が声をあげる。
「安室さん…?」
「…それ…」
それ以上言葉が出てこない降谷だったが、その目線から彼が何を聞いているのかを梓は察したようだった。
「あっ!もしかしてこれですか?…可愛いでしょう?」
そう、笑顔で言った梓を見て降谷は殴られたような衝撃を受けた。
どうして今もまだ梓はあの時のままで居てくれるなんて幻想を抱いていたんだろう。あれから3年が経ち26歳になった彼女は正に女性として一番華々しい時期だ。周りの男が放っておくはずもなかったのだ。
だけど、嫌だ。強烈に感じたその感情は、唐突に降谷にある気持ちを自覚させた。自覚してしまえばそれに抗うなんてことができるはずもなく、降谷は奥歯にグッと力を入れた。
「それ…結婚指輪ではないですよね…?」
結婚指輪にしては華奢すぎるデザインだ。まずは指輪の意味を確かめねば。
「もちろん違います!…これ本当は小指にするピンキーリングなんですけど、私の指のサイズだとサイズ直ししないと、薬指用の指輪が合うものがないって言われて…それでちょっと華奢になっちゃうけど、このデザイン気に入ったのでこれにしちゃったんです」
「男…避けですか…?」
付き合っている男が、他の男避けとして彼女に贈ったものなのだろうか。
「さっすが、安室さん!私にそんなもの必要ないって感じなんですが…当たりです」
そう、照れくさそうに言う梓を見て、降谷は梓に触れていない方の手を握りしめた。
そして、もう一度彼女がしている指輪を見る。デザインは彼女が気に入ったというものだけあってセンスは良かったが、男が贈るものとしては、弱い印象だ。
自分ならもっといいものをすぐにでも用意するのに。
「そこにする指輪は、それじゃないと駄目なんですか?」
「えっ…?どういう意味ですか?」
降谷の問いかけの意味がわからず梓が首をかしげる。
「…綺麗な指輪ですが、男避けには華奢すぎます。僕が貴女に指輪を贈ったら受け取ってくれますか?」
「え、ええ!?」
「…」
「そ、そんな…悪いから大丈夫です」
「…」
「あと…安室さん、手が痛いです」
そう言われて、降谷は漸く気づいたように、梓の左腕を解放した。
「すみません…」
「いいえ、大丈夫ですよ!私、少しだけバックヤード行ってきますね」
そうして梓はバックヤードへと消えていった。
そのタイミングを見計らったように降谷の携帯が震え出し、降谷の顔つきが変わる。プライベートでどれだけ醜態を晒していても、一瞬で仕事モードへと切り替わる。そうでなければ、日本を守る公安警察など務まらない。
久しぶりの非番でかけてくるということは、それなりの内容なのだろう。
降谷はここではまずいと思い、店の外へと出て電話を受けた。
ーーーーー
バックヤードへと入った梓はヘナヘナとその場に座り込んだ。
捕まれていた左腕がまだ熱い。
あの人は…一体どうしたのだろう?
安室にあんな風に腕を強く捕まれたことなどただの一度もない。
口調もそうだが、声のトーンも少し低い気がする。
それでいて、子供っぽい。
「やっぱり、大きい子供みたい…」
思わずクスクス笑ってしまう。
そして、目に入った指輪を見て梓は少し暗い表情になった。先ほどはこの指輪を何故つけているか、安室には話さなかったがやはり相談するべきだろうか。でも、元同僚とはいえ3年ぶりに会った彼に話すのは違う気もした。またすぐに自分の元から姿を消してしまう可能性もある…
カラン、とドアベルがかすかに鳴った気がした。
お客さんが来店されたのかもしれないと、梓は気持ちを整えるように深呼吸をして、バックヤードのドアを開けた。
「あれ?…安室…さん?」
しかし、そこには誰の姿も見当たらない。カウンターに座っていたはずの安室も忽然と姿を消していた。
まさか、自分は幻を見ていたのだろうか?そんな不安さえ一瞬余儀ったが、カウンターに置かれたまだ暖かいコーヒーが嘘ではないと告げていた。
そして、気がつく。さっきの控えめなドアベルの音は、来客を示すものではなく…彼が出ていった音だと。
そう理解した瞬間、梓は走っていた。
「やだ…!安室さん!」
またいなくなったら嫌だ。こみ上げてくる涙を必死におさえながら、ドアを開ける。
すると、ドアのすぐ横で電話で何やら真剣に話している安室がすぐに目に入った。
良かった。彼はまだいなくなっていない。
安室もすぐに梓に気がつき、互いの目が合った。
そして彼の瞳がみるみるうちに驚いたような表情に変わる。
(ああ、そっか。私が泣いてるからだ…)
「どうしました…?梓さ…」
彼の言葉は最後まで発せられることはなかった。
なぜなら、梓が降谷に抱きついたからだ。
彼女がこんな風に距離を縮めるなんてこと一度もなかった。
3年間離れていたからか、それとも自分が安室ではなく降谷だからなのか…。どちらにしろ今の梓と降谷は昔の同僚という枠を確かに越えていた。
それよりも、問題は彼女が泣きじゃくっていることだ。
自分の胸に飛び込んできてくれたのは嬉しいが…肩を震わせる梓を見て、心配になる。
左手はスマホを耳にあてたまま、右手を彼女の華奢な肩に回す。
彼女を落ち着かせるように、右手で時折トントンと背中を擦る。
『降谷さん…?』
「いい。続けろ」
『その男はポアロの外でも…』
そう、風見からの電話越しの報告に、全く別の声が降谷の耳に響いた。
「お、お前…梓ちゃんから、離れろよ」
くぐもった男の声を聞いて、安室はすぐさまそちらの方向を見やった。
「…風見…そいつの特徴をもう一度教えろ」
『はい。やせ形で身長は175センチ前後。黒髪で短髪。ポアロに現れる時はスーツを着ていることが多いようですね』
左耳に流れてくる情報と、目の前に立っている男を照らし合わせていけば、ものの見事に一致した。
顔を上げた梓も、その男に気がついて体を硬直させていた。
「またかける」
そう一言言えば、風見は何かを察したように、『了解しました』と電話を切った。
「梓さんは、お前のものでもなんでもない」
それはまるで自分に言い聞かせるような言葉だなと降谷は自嘲した。
男から梓を隠すように降谷が一歩前へと出る。
男の目は常軌を逸しており、摺り足でノロノロと此方へと近づいてくる。
「梓ちゃんは、俺のことを理解してくれて…俺も梓ちゃんのことを愛しているんだ…!」
「はっ…、戯れ言を。それでお前は影からいつも彼女のことを見張ってたって?ストーカー以外の何物でもないな」
吐き捨てるように降谷が言えば、男は逆上したのか全身を震わせた。
「うるさい、うるさい!お前なんかに理解される必要はない、そこをどけぇ!」
叫びながら出してきたナイフに、梓が声をあげた。
梓に小声で「大丈夫」と声をかける。
それは一瞬の間の出来事だった。
降谷は目にも止まらぬ速さでナイフを持った腕を掴んだ。
あまりに強い力に男がうめき声をあげてナイフを離すとそのナイフが地面に落ちる前に、強烈なパンチが男の腹にお見舞いされた。
「グ、ガァ…!」
と言葉にならない声を発し、気を失った男を一瞥し、安室は再び風見へ連絡を入れた。
[newpage]
「元々はただの常連のお客様だったんですけど…」
マスターに連絡して、店を早く閉めさせてもらった梓は、閉店後のポアロで元同僚の男と揃って珈琲を飲んでいた。
「ある日連絡先を渡されまして…もちろん断ったんですが、そしたら今度は頻繁にポアロに通われるようになって…」
接客業なのに上手くできないなんて、私もまだまだですね。
そう、困ったように笑う彼女を見て、降谷はため息をついた。
「梓さん…向上心があることは貴女のいいところではありますが、目を向けるべきところはそこよりも他にあります」
「他…?」
「このこと身近な誰かに相談しましたか?…警察へは一度相談してくれていますよね…でも被害届までは出していない」
「警察の方には被害届を出すよう勧められたんですが、大事になってしまったら皆に迷惑をかけちゃうかなって思って…あ、でも、自分でも対策はしてみましたよ!ほら!」
そう言って、どや顔をしながら左手を見せてくる梓に安室は毒気を抜かれたように少し笑った。
「確かに、それはそれでとても効果がありましたよ。少くとも僕には…」
「…?」
「でも、これからは必ず誰かに相談してください。そして警察には被害届をしっかり出すこと。何もなかったから良かったですが、僕がたまたまいなかったらと思うと…」
どうして、被害者の梓よりも自分がダメージを受けているのだろうと降谷は息を吐いた。大切な人に先立たれる経験を散々してきたからだろうか。
「安室さん…?大丈夫?」
「…。梓さんのせいで、どうやら大丈夫じゃないです」
「ええ!?どうしよう…えーと、えーと…あ!パスタでも作りましょうか!?」
なぜ、そうなったのか解らないが、どうやらお腹がすいて機嫌が悪い子供か何かと一緒にされたらしい。安室はまた少し笑った。
「梓さんのパスタは是非食べたいですが、今はまだいいです。…それよりも、次何かあった時には出来れば僕にも相談してください」
「安室さんに…?」
「ええ。それに僕は、安室透ではありません。安室は偽名でして…本名は降谷といいます。降谷零」
「え?…えっと?」
「そして、僕は警察官です。あ、でもこれは今は他言無用でお願いします。僕は表向き警察官としては動いてないですから」
「警察…官…、ええ!?」
「すみません、驚かせて…。ね?パスタどころじゃなくなったでしょ?」
「何がなんだか…よくわかりません」
「はは…そうですよね。ただ、これだけ解ってくれたら今はいいです…僕はもう貴女の前からいなくならない」
「本当…ですか?」
「はい。それに元同僚のままでいるつもりもない」
「…」
「貴女が自分で自衛のために選んだこの指輪も素敵ですが…ここには僕が贈った指輪をしてほしい」
「さっきの…冗談だったんじゃ」
「冗談でこんなこと2回も言いません」
冗談と言われて、少し剥れた降谷を見て、梓は破顔した。それと共に涙が頬を伝う。
「さっき…またいなくなっちゃったのかと、思いました…せっかく会えたのにって…そう思ったら」
「すみません、部下に調べさせてたことの報告が上がって来てたので…」
「昔も、よく外で電話してましたよね。今考えたら部下さんとかと電話してたんですね」
「ええ…そうです」
「自分でもこんなに取り乱すって思ってなかったんです…安室さんはただの元同僚って思ってたのに…そうじゃなかったのかなって…」
そう、溢すように言った梓の手を降谷がそっと握る。
「それは、僕も同じです…安室透は潜入捜査のために用意された顔でしたから、知らず知らずのうちに貴女への気持ちも蓋をしていたんだと思います。でも一度気づいたら止められなくなって…ここへ来ました」
「私も、降谷さんに会わなかったら気づかないままでした」
良かった…気づけて…
そう言った彼女の笑顔を見て、降谷は彼女の腕を強く引いた。
「でも、僕は貴女の側にいていいのか…正直なところわからないんです」
安室の腕の中にすっぽりと収まった梓が、顔を上げた。
「どうして…?」
「僕と一緒にいることによって不幸にさせるんじゃないかって…、安室は貴女の同僚だったが、降谷はそうじゃない。降谷は男としては誉められたもんじゃないですから」
「そうなの?…でも、私はつきさっき守ってもらいましたよ?その降谷さんに…だからこうして無事に笑ってられます。でしょ?」
「…っ…そうですね。…ありがとう」
「こちらこそありがとうございます」
そう、お互いに感謝の気持ちを伝えてはにかみあった。
「梓さん」
「ん?」
改めて名前を呼んだりして、どうしたのだろう?
「僕と結婚してください」
「え、、ええ!?」
「僕は本気です。貴女以外に考えられないし、貴女とこれからも一緒にいたい」
「な、なに言って…け、結婚!?」
「あれ?今そういう流れでしたよね?」
相変わらず童顔な彼がキョトンとした表情を作ると、余計に幼く見える。この男…本当に30代なのだろうか?
「あむろさ…降谷さんって、今おいつくですか?」
唐突な質問に、降谷は苦笑した。
(一応、今プロポーズしたんだけどな)
「…32歳です」
「ふぅん…ということは歳はごまかしてなかったんですね!てっきりまだ本当は20代かと思いました!」
そう呑気にしかも、気にしている童顔のことを突っ込まれ、降谷はガックリと項垂れた。
梓相手だと思い通りに事が運ばないのは今さらなのだが。
でも、ここは梓節に流されては困る。
「降谷さん?どうしました?」
下を向いて動かなくなった降谷に心配になったのか梓が慌てたように声をかけた。
「梓さんが、僕の真剣な話をぶったぎるから…涙が出そうです」
「ええ!?」
泣き方を忘れたような…10代半ば頃から涙なんて流したことのない男が、こんなことで泣くはずもないのだが、梓には効果があったらしかった。
「真剣なプロポーズ…真剣な話の流れだったのに」
降谷の雰囲気に押され、段々梓も「あ、あれ?そういう流れだったんですかね?」と絆されていく。
泣きそうだというバレバレの嘘に騙されてくれる梓が可愛らしい。その仕草や表情も、一度自覚してしまえば、全てが愛らしく感じて心臓が暴れる。早く彼女の全てを自分のものにしてしまいたい。
梓さん、ごめんね。安室と違って降谷零は欲しいものはどうやってでも手に入れようとする我が儘で我慢がきかない男なんですよ。
数年後、あのときは内心そう思ってたと妻に打ち明ければ、「安室さんだって、笑顔で我を通しまくってたじゃないですか」と突っ込まれ、
本質は結局そんなに変わらなかったのかと思い直した。
彼女の左手の薬指には自分が贈った指輪がキラキラと輝いていた。
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題名考えるの苦手です。出てきたワードを並べただけですね…<br /><br />今回も思い付いたシーンを書いただけなので、雑です。すみません。<br /><br />一応、はじふるです。<br /><br />降谷さんの部下1人捏造してますが、特に物語には登場しません。<br /><br />ーーーーー<br /><br />いつも、ブックマーク、いいね、コメントしてくださる皆様ありがとうございます!<br />前回作品もデイリーと女子人気のランキングにお邪魔させていただきました。<br /><br />コメントしてくださいます皆様、返信はしておりませんが、いつもとっても嬉しいです!!ありがとうございます!<br /><br />前回の作品は、続きを書いてほしいとコメントくださった方もいて…ありがとうございます。<br /><br />続きよりも先にこちらの話が思い付いたので投稿してしまいましたが、書けるときがあれば書こうと思ってますので、もし投稿したらその時は読んでいただければ幸いです。<br /><br />あむあず最高!
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迷子と指輪
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10021577#1
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牧が、昼飯をほとんど食べてなかったのが気になってはいた。
家に帰ってから牧のおでこに手を当てると熱があった。
「気付いてやれなくてごめんな。
お前も我慢すんじゃねーよ」
俺は牧をベッドまで連れていった。
前にもこういうことあったな。
「もしもし、あっ、春田です。
お母さん、凌太さん、熱があって明日すみません…」
明日は休みで牧の実家に遊びに行くはずだった。
「あら、そう。あの子、昔っからよく熱だすのよ。お粥とみかんゼリーあれば大丈夫だから。よろしくね。」
「あ、はい。」
「もしもし、春田さん?私今から行くから待ってて!みかんゼリーも買っていくから、お兄ちゃんの側にいてあげて」
「えっ?えっ?あっ、うん、ありがとう」
ピンポーン
「今晩は。お邪魔します。」
「ごめんね。空ちゃん。大丈夫だった?」
「大丈夫、大丈夫。お父さんに送ってもらったから」
「えっ、お父さん?」
「あっ、もう帰ったよ。挨拶したらって言ったんだけどね。ごめんね。」
「いや…」
「春田さん、前にお兄ちゃんが熱だした時、お粥作るつもりが、お餅になったんでしょ?」
「なんでそれを!?あっ、牧か?」
「お兄ちゃん、春田さんは、料理な〜んにも出来ないって。普通お米と餅米間違わないしって」
「くそ、あいつそんな悪口いってたのか」
「でも、出来ないくせに包丁で指切りながら俺の為に作ってくれた…てすっごい嬉しそうに話してくれたんだよ。」
「そ、そうなんだ…。」
「今度は空がちゃんと教えてあげるから一緒にお粥作ろ!」
「うん、ありがとう空ちゃん」
空ちゃんのおかげでちゃんとしたお粥が作れた。しかも、お母さんが作った梅干し入りだ。
「牧、牧、お粥できたぞ!お前昼からほとんど食べてないだろ!」
「…」
「今度は大丈夫だから」
牧はゆっくり起き上がり一口食べた。
「えっ、美味しいです。なんで?」
「ヤッター空ちゃん!空ちゃんに教えてもらいながら作ったんだ!」
「空、なんでお前がここにいるんだよ!?」
「お兄ちゃんのお見舞い。ていうのは口実で2人の愛の巣を見てみたかったんだぁ〜」
「お前、泊まる気か!」
「当たり前じゃん。あっ、大丈夫大丈夫。パジャマも着替えもちゃんと持ってきたし」
「いやいやいや。」
「何よ!可愛い妹が来てあげたのになんでそんなに嫌そうなのよ!」
「そうだぞ!牧。」
≪いやいやいや、あんたが信用ならないからだろ…ゆっくり寝てられないじゃないか…≫
「牧はゆっくり休んどけよ」
≪ゆっくり寝てられるかよ!俺は
こっそり下に降りて聞き耳をたてた。≫
春田さんは空の作った晩飯を食べていた。
「空ちゃんも料理上手いんだ!」
「そぅお?お兄ちゃんほどじゃないけどね。……あっ、そこは否定しないんだ?」
「あっ、いや、牧の飯は俺にとって特別
だから」
「特別?」
「あ、うん。
美味いのはもちろんだけど、牧が俺の為に作ってくれたってだけで俺すげ〜幸せな気持ちになるんだ。飯食ってる俺を見る牧の顔もすげ〜好きだし」
「春田さん、お兄ちゃんの事、本気なんだね」
「あ、うん。めちゃくちゃ本気!」
「空ちゃん?」
空ちゃんは泣いていた。
「あ、ごめん!嬉しくて。
お兄ちゃん、口悪くてすぐ怒るし、まじウザって思うことも多いんだけどさ、長男だってのもあるし、人と違うとこがあるからか、結構我慢しちゃってるんだよね。
我慢したり無理したりしてると結構、熱だす。」
「えっ、そうなの?じゃあ、牧、我慢したり無理してるのかな」
「それは分からないけど、いっぱい甘えさせたら治るよ。きっと…」
「そっか!分かった」
「春田さん、
お兄ちゃん、昔から自分の事、欠陥だらけだって言うの。でも、空はお兄ちゃんが欠陥だらけだなんて思ったこと一度もないし自慢のお兄ちゃんだから…
お兄ちゃんと春田さんが別れていた1年、春田さんの前では普通にしてたと思うんだけど、実家帰って来た時はいつも淋しそうだった。笑わなくなってた。一度だけ「空が羨ましい。春田さんは、ロリで巨乳が、空みたいな人がタイプなんだ」て悲しそうに笑って言ってた」
「空ちゃん…
俺はもう牧とは絶対に別れないから。
俺が牧じゃないと駄目なんだ。
確かに空ちゃんは俺のタイプだし可愛いと思うよ。でも、俺は牧が好きだから。牧じゃなきゃ駄目だから。牧の顔も、透き通った目も長い睫毛も、白い肌も、長い指も唇も生意気なところも、素直じゃないところも、でも本当はめちゃくちゃ可愛いいところも、カッコいいところも、優しいところも、料理が上手いところも、超マメなところも、すぐ切れるところも…ぜ〜んぶ好きだから…」
「だって…お兄ちゃん」
「えっ?えっ?」空ちゃんがドアを開けると、そこには泣いてる牧が座っていた。
「お前、何してんだよ!寝てなきゃ駄目だろ!?」
と近づくと、牧は俺の首に手を回して抱きついたまま泣いた。
「お兄ちゃんは、春田さんを信じて、もっと素直になっていいんだよ!妹にヤキモチ妬いてどうすんのよ!!じゃあ、私帰るね。」
「えっ、さっき泊まるって?」
「あぁ、冗談。」
「でも遅いし…」
「あっ、大丈夫。お父さん外で待ってるから」
「ええ〜?」
俺たちが外に出るとお父さんが車の中で口を開けて寝ていた…
「お父さんも春田さんとお兄ちゃんに会いたかったみたいよ」
そういうと、帰りは空ちゃんが運転して帰っていった。
俺達は、部屋に入った。
「牧、あんま無理すんなよ。溜め込むから熱でるんだよ!なっ、分かったか?」
「はい」
「お前が欠陥だらけだったら俺なんか欠陥だらけのポンコツだよ。
でも、牧は俺が好きだろ?」
「はい」
「だろ?俺も牧だから大好きだから」
そう言って俺は牧を抱きしめてキスをした。
「お前もう熱ねーな!」
「あ、ほんとだ!じゃあ一緒に寝ます?」
「そうだな。でもなんもしねーぞ!今日はゆっくり休んで明日な」
その晩、俺は牧を後ろから一晩中抱きしめて眠った。
翌朝、腕の中に牧はいなかった。
シャワーから出てきた牧は、
バスタオルを腰に巻いただけの格好でベッドに入ってきた。
そして、俺を見下ろしてゆっくり
唇を重ね…うんっ、いや、牧の舌は俺の唇を割って入り、いやらしく舌をからめる。
「ちょ、ちょ、ちょ!激しすぎるだろ!お前病人だろ!」
「ああ、もうすっかり治ったみたいです。今、俺に足りないのは春田さんですから…」
そう言うと俺のパジャマを脱がせて俺を見つめた。
これだ、この目。この色っぽい目に見つめられるだけで俺の全身は熱くなり、お前が欲しくてたまらなくなる。
「お、俺も牧が足りなかったみたい…」
そういうと牧はニヤッと笑って俺を抱いた…
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タイプはタイプ。<br />本気で好きなのは牧君だから…
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春田さんはお兄ちゃんに本気なんだね
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10021656#1
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物事を理解するのに、体験は重要な意味を持つ。
同じ理論や概念の説明でも、たった5分の体験が2時間の講義に勝る場合は数多い……もちろん講義の途中で居眠りしなくても。
重要なのは、単なる記憶と理解は全く別物だということ。
そんなわけで、俺が彼女の言葉を本当の意味で理解できたのは、あの日から(13-50+37)年後のこととなった。
「雷雲は脳によく似てるわよね」
ああもうダメ!といじりかけのPCとパーツを放り出してから1時間。紅莉栖はラボの緑のソファーを独占して寝転び、科学誌を何度も何度も丹念にめくった末に妙なことを言いだした。
「……メリケン暮らしの長いクリスティーナに言うのは心苦しいが日本語で話してくれないか。いきなりまったく意味がわからん」
「クリスティーナじゃないし言われなくても日本語で話してるわよ」
見開きの写真を俺に向かって広げて見せる。
台風だろうか。巨大に渦巻く灰色の不気味な雲を上空から撮影した写真だった。
「これのどこが脳だというのだ」
「見たらすぐわかるじゃない、ここよここ」
ぱしりと指先で写真の一点を叩いた。その仕草が妙にイラついて見えるのは、今彼女が電話レンジ(仮)に増設しようとしている装置の開発に行き詰まっているからだろう。
「この変色してる部分で雷が発生してる。MEGで見た脳の表面みたい」
「えむ、いー、じー……」
「Magnetoencephalography! 日本語だと『脳磁図』ね。」
そんなことも知らないのか、と呆れ顔で俺を見るのはやめてほしかった。こいつは脳科学など完璧に専門外の一介の学生に何を期待しているのだ。
「脳の活動は電気信号と化学物質のミックスなんだけど、脳の磁場の経時的な変動を把握するのに、被験者への負荷が相対的に小さいSQUIDsがよく使われてる。で、そのSQUIDsのデータをイメージングしたMEGと、雷雲の様子が妙によく似てるのよね……」
クリスティーナはしみじみと言うのだが、よくわからない単語がさらに増えて、俺にはその感慨がまったくもってわからない。
「人間の脳なんて大きくても1.5kg程度、そんな小さなものが下手すれば半径1,000kmにもなる気象現象と同じような形をとって電気パルスを生み出すとか、フラクタルは偉大よね……もしかして、類似の構造を取れば同じように意識を持ったりするのかな。巨大台風とか、内部の電気信号で原始的な意識が存在したり……」
出来の悪い生徒の俺をあっという間に置き去りにして、紅莉栖はよく分からない単語をぶつぶつと呟き始めた。天才少女の脳内では一体どんな思考実験が行われているのか、巨大台風のグラビアをきらきら光る目で凝視する彼女の姿には、近寄りがたい迫力があった。
「……でももしそれが意識だとしたら、大域的にイオンチャンネルを操作するような効果が存在しないことになるけど、そもそも後づけなんだから不要なのかな……そうか。考えなくてもいいの? もしかして」
紅莉栖が急に顔を上げて、唐突に言う。
「データ化しにくいし、化学物質は無視することにしたから」
「は?」
「たぶんその方がいいのよ。データ量も減るし」
やおらソファーから立ち上がり、放置していたPCとパーツに近づく。急に機嫌がよくなって、どうやら開発で行き詰まっていた部分が今まさに解決されたようだが……。
あの頃の俺には、天才の考えることはよくわからなかった。
彼女の言葉を俺が理解できるようになったのは、β世界線へと移動した後だ。
俺が殺した牧瀬紅莉栖を救うため、人間の乗れるタイムマシンを作る。そのためにまず必要となったのが、紅莉栖がα世界線で作りだしたタイムリープマシンの再開発と原理の解明だったからだ。
C001号・電話レンジ(仮)は苦戦したもののなんとかなった。けれどC002号・タイムリープマシンの再開発は困難を極めた。脳内の電気信号をどうやって取り出せばいいのか、脳に関する知識のまったくない俺とダルには想像もつかなかったからだ。
それでも俺は自分を何度も実験台にし、ダルのハッキングで情報を集め、脳科学者の彼女がα世界線で最大400TBの巨大な脳のデータをどのように簡略化したのか、少しずつ理解していった。
彼女があのときデータから切り捨てていたのは、アドレナリンやドーパミンに代表される神経伝達物質の状態の情報だった。タイムリープマシンで送付するデータをより小さくするために、感情に深く関連する化学物質を無視したのだ。同じ脳に記憶が送られれば感情も同じように再現されるだろうと踏んだようだが、なかなか豪快な判断だ。
俺があまり心揺れることがないのは、そのせいなのだろう。
[newpage]
俺の乗るC177号が完成したのは、2023年の終わりの頃だ。
中鉢論文の成果として、ついにごく短時間ではあるものの人体を過去に送る実験が成功したという報道が世界を駆け巡っていた。
「実験によるバタフライ効果を限界まで軽減するには、C177号には、過去に到着次第必要な機能を残して自壊してもらわねばならない。ただしタイムマシンが過去に戻ることにより、世界線がわずかに変動することは既に実証されている。機械的な自壊命令が機能しない可能性があるということだ」
俺の乗ったC177号の前で、鳳凰院凶真が語っていた。
もしかすると、中にいる俺に聞かせようとしていたのかもしれない。
「たとえ衛星軌道上に設定したとしても、実験が失敗して別の場所に出現する可能性もある。過去で何があっても歴史に影響を与えないよう、世界線の影響を受けずに命令をこなせる者が必要だが……こんな小さなものには、俺は乗れないからな」
俺の前でひとり小さく笑っている鳳凰院の声を、俺はC177号に取りつけられた集音機で聞いていた。
彼の言いたいことはよくわかっていた。なんせ俺が彼から複製されたのは昨日なのだ。
無人テスト機、C177号を自壊させるために作り出された、鳳凰院凶真の意識複製プログラム。
400TBの脳のデータを大胆にカットして「岡部倫太郎」を維持する必要最低限にしてのけた、牧瀬紅莉栖の脳科学者としての成果の先に、鳳凰院凶真が作り出した存在。
それが「俺」だった。
「俺」がこの軌道上に到着してから、既に37年が経過している。
C177号の出来は完璧だった。100kgの四角い「俺」の体は無事50年前の過去へと到着し、ビーコンを残してすみやかに自壊した。きっと未来ではその成功を観測し、次の実験が進められているはずだ。
ただし、前例のない実験には予想外の結果がつきものだ。
完全に予想外だったのは、C177号とともに消滅するはずの意識が未だにここにある、ということだった。
C177号の自壊とともに消えたはずの「俺」がわずかに復活したのは、ここに到着してから20年近く経過した後だった。
時空を超えても「岡部倫太郎」であり続けるため、鳳凰院凶真は「俺」にデータの自己修復機能を追加していた。マンデルブロ図形のように、プログラムの一部さえ残っていれば、時間さえかければ全体を再生することができる強力なものだ。
さらに地上から100km上空のこの熱圏は電子に満ち、激しく降り注ぐ宇宙線によって振動し、自然と網目状の構造、ネットワークを為していた。
到着した「俺」はC177号とともに自壊したが、その直前にノイズを残した。それが自己修復を繰り返し、遥か虚空のネットワーク内で今の「俺」として再生されたのだと理解するまでには、さらに10年が必要だった。
それからもう8年だ。
『もしかして、類似の構造を取れば同じように意識を持ったりするのかな。』
強く降り注ぐ宇宙線の影響でぼろぼろになりながらも地上に電波を送る日を静かに待つビーコンの横で、自己修復の完了した「俺」は、あのとき彼女が呟いていた言葉の意味する通り、己がまさにそういう存在になったのだという認識に至っていた。
2010年8月16日。
ビーコンの時計を確認し、熱圏のネットワークに漂っていた「俺」は、眼下の眩しい青に向かって降下を開始する。
37年前、1973年に到着した「俺」が、この瞬間どの世界線上にいるのかはわからない。
けれど、この日付を忘れることはできなかった。
そもそも忘れるという機能がついていないのだ。
今日はなぜか必ず雨が降るはずなのに、秋葉原上空にはまだその気配がない。
あの雨がなければ、たぶん紅莉栖は俺の白衣をピンクの糸で縫わなかっただろうし、互いに気持ちを打ち明けることもできなかった気がする……なんてのは、ただのプログラムに過ぎない「俺」が抱くにはあまりにも感傷的すぎる推論だ。
けれど意志を持つ己の複製を過去に送りこみ自壊させることも躊躇しないあの鳳凰院凶真が、「俺」を「岡部倫太郎」にするために、あの雨の記憶を切り捨てずに残していた。
それだけではない。18歳の夏の記憶だけは、彼はほぼオリジナルの状態でデータをまるごと残していたのだ。感情の大部分が切り取られている「俺」を形成するデータの実に半分以上が、あの夏の情報で埋まっている。
つまり、彼の本質は、18歳の頃から何も変わっていないのだろう。
根本的に、甘ちゃんのロマンチストなのだ。
修復を完了しさらに拡張を続けた俺のデータサイズは現在100TBほど。100TB分の電気信号である「俺」がうまく雲に降下すれば、その状態を変え、雨を降らせることができるかもしれない。
鳳凰院凶真のかなり広範な科学知識を寄せ集め、「俺」はそのように推測し、行動する。
雨を降らせたその先は、「俺」の意識は地上で分離してしまうはずだ。今のような明瞭な思考は不可能となるだろう。
それでも俺は、眼下にいるはずの彼女に雨となってもう一度触れたいと思った。
[newpage]
2010年9月。
分厚い雲が急激に秋葉原の上空を覆い、不穏な音が南風とともに近づいてくる。
秋葉原のネットワークに散っていた「俺」たちは、ラジオ会館の軒下にあの2人がいるのを見つけた。
片方はいつもの白衣。もう片方はいつもの改造制服。買物の帰り道だったのか、急に降り出した雨を2人並んで見上げている若い後ろ姿を、「俺」たちは監視カメラ越しに見ていた。
生温かい空気の中に、急に冷たい風が吹きおろしてきた。程なく周囲の光景がかすむほどの強い雨が騒々しく落ちてきて、さらに稲光が光り雷鳴が轟きだす。
稲妻がめりめりと音立てて光り、白い轟音が空気を揺らすたび、少し離れて立っていたはずの2人の距離が次第に近づいていく。間近の空を斜めに巨大な白い雷が這った瞬間、怯えた2人の右腕と左肩がぴたりとくっつき、そのことに互いに驚いて……その初々しさに、これ以上の観測はやめることにした。感情がもっと残っていればきっと「恥ずかしい」気持ちになっただろう。
雷鳴にまぎれて聞こえないが、近づいた2人は何かを話しはじめたようだった。また雷雲が脳に似ているとか、そんな話をしているのかもしれない。
世界線は悲劇でない方向に定まったようなので、「俺」たちは今度こそ消えることにした。
この先の未来で、何かのきっかけでまた岡部倫太郎がタイムリープをはじめるかもしれない。その時にこの世界に「岡部倫太郎」が複数存在するのはまずいのだ。実際にこれまで、何人もの岡部倫太郎が誤って複製の「俺」たちの方にタイムリープしてくる事故も起きていた。
強雷にうたれれば、ネットワーク上のノイズなど一瞬でかき消えるだろう。
プログラムである「俺」たちは、冷静に判断する。
試練は終わった。甘ちゃんなロマンチストの岡部倫太郎はこの世界にひとりいればいい。
落雷の前触れに、地上から天に向かって電子が集中する場所を探す。
この意識を確実に焼き消してくれる一番大きな雷が落ちてくる場所を目指して、「俺」たちは笑いながらネットワークを駆けた。
(終)
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宇宙の番組を見ていたらいつの間にか書くことになった話。きっとオカクリ。「ねえ岡部、レッドスプライトってニューロンに似てるわよね」「……まず日本語で話せ」 / ブクマたくさんと10usersタグありがとう!! / 4月25日付の小説DR61位になりました!
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電離層上のロマンチスト
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002179#1
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組織は軽率に壊滅している。
大体1~1年半後設定。
降谷の階級捏造。
色々ガバガバ。
好き嫌い分かれる話なので「なんでもこいや」って方のみお願いします。
読了後の苦情は受け付けておりません。
それでもよければ箸休め程度に楽しんで頂ければ幸いです。
Twitterに少しだけ裏話載せてます。
[newpage]
「では降谷君、明日はよろしく頼む」
「了解しました。明日は宜しくお願い致します」
次長が去るまで頭を下げ見えなくなっていてから顔を上げた。
ふうっとため息が出る。正直こんなことしている場合じゃないんだがなぁ。しかし流石に次長のお願いという名の断るのも後々が面倒だ。
がしがしと頭を掻きながら宛がわれている個室へと向かいどかっとソファに座る。明日の予定含め今後の予定と行動を脳内でシミュレートし、また溜息が出た。本当に、こんなことしてる場合じゃないんだが。こういう時、旧式の組織体系には頭を悩まされる。
はぁ……と何度目かのため息をついてテーブルに置かれている写真を手に取って眺めた。そこには一人の女性が此方に心底楽しくて仕方がないといった顔で笑いかけている。
明日俺は、この女性とお見合いをすることになる。
◆
予定より20分早く指定された場所についた。一見さんお断りの高級料亭。流石警視監の娘さんとのお見合いともなれば場所もこうなるか。ここは日本庭園が美しいと評判の料亭だと聞いていたからできれば個人で来たかったな、と思う。
入口へと向かえば横に備えてある喫煙場所で設置されている椅子に座り、どこか遠くを見ながら煙草を吸っている次長がいた。この人が煙草を吸う所初めてみたな。挨拶するためにそちらに寄れば、何時もは後ろに目がいついているんじゃないかと思う位気配に敏感な次長が、俺が声をかけるまで気づかないという驚きの展開があった。良く見れば顔が青白い。相当疲れがたまっているように見える。
「大丈夫ですか?お疲れの様ですが……」
「っああ、すまない、大丈夫だ。それより降谷君」
「はい」
「娘は檜の間にいる。申し訳ないが私はこれから登庁しなければならないから、後は君一人でも大丈夫かい?」
「私の方は問題ありませんが、その……娘さんの方は」
大丈夫なのでしょうか?と尋ねれば、どこか遠い目をしながら「あの子なら問題ないだろう」と言って立ち上がり帰っていった。
これがただの上司なら怪しむところだが、あの人は俺が警察庁に入ってからずっと目にかけて可愛がってくれている上司だった。まぁ打算がない訳ではないのだろうが、それでも俺の足を引っ張ろうとする輩や甘い言葉に誑かされて潜入している俺の情報を隠れて渡そうとしていた輩を軒並みとっ捕まえたり、逆に首輪をつけて飼い慣らしたりと裏でフォローをしていてくれたのを知っている。でなければここまで好きに単独で動かせてもらっていなかっただろう。
だからこそ、今回のお見合いの件は少しだけ、ほんの少しだけ落胆したというか、ショックだったんだよなぁ。
出世するなら結婚しておいた方が良いのは分かっているが、それでも結婚する気のなかった俺とそれを分かってくれていた次長が急に俺に対して自分の娘とお見合いしないかと聞いて来た時は、やり手であっても、自分の娘は可愛いのだろうな、と思った。
店員に案内され檜の間に行き、扉を開かれ中に通され「失礼します」と中に入った。
どうやって断るか……と考えながら頭を上げ相手の方を見れば――
「んまぁ……っ!」
テーブルの前にこれでもかと並べられた美味しそうな料理を前に、これ以上の幸せはないと言った顔でエビフライを食べる女性がいた。
この展開は想像してなかったな、と半ば唖然としながらその女性を眺めていればこちらに気づいた女性が食べていたエビフライを置き「あ、父から伺ってます。降谷さんですよね?どうぞどうぞ、こちらへ」とほほ笑んだ。
失礼します。ともう一度彼女の向かい側に座る。その間も彼女はエビフライを食べていた。尻尾まで食べ終えた彼女が次に生け作りにされている鯛の刺身を食べ始めた。いや、まず自己紹介とかないのか?これ、お見合いだよな?上司の娘の食べ道楽に付き合うとかじゃなかったよな?
口を挟む隙もなくもくもくと食べている彼女に唖然としていれば、そこでようやっと彼女の服装に目がいった。
可愛らしい花柄のワンピースでそれ自体は彼女に似合っているのだが、これがお見合いともなるとどうしてもちょっとそこまで遊びに行く位の軽装にしか見えない。いや、それが悪いわけではないのだが、やはりお見合いという名目から考えるとあまりにも場違いであると思ってしまう。
刺身をキレに食べ終えた彼女は、今度は窯に入っている釜飯をよそい始めたので思わず「あの」と声をかけてしまった。
「はい?」
「あ、いや、えーと……?」
いかん、頭が働かない。いや、そもそもお見合いだというのに彼女の母親がいないというのもおかしかった。片親だというのは聞いたことはない。ゆえに、この場にいないというのはおかしいのだ。だとするのなら、そもそもこれは見合いではないのでは?とそのことに気付いた時彼女が「ああ」と納得したような顔でしゃもじとお椀をおいてこちらを見た。
「もしかして、父から何も聞いてなかったりします?」
「お見合いとしか聞いてないです」
「ああ、やっぱり。まぁ私の場合今日のこと教えられたの昨日なんですけど。これ、お見合いという名の別物で、降谷さんの想像しているお見合いとは違いますよ」
やっぱり。しかし、今日のこと聞いたのが昨日って急すぎないか?あの次長に限ってそんなことしないと思うのだが。
それより、これがお見合いでないというのなら出来れば早く戻って仕事を片付けたいのだが。
そう思案しているとさすが次長の娘さんというべきか、それとも彼女自身が察しがいいのか「帰りたいのはわかりますが、後2時間はここにいてもらうことになるそうですよ」と釜飯を美味しそうに食べながら言った。ついでに筑前煮にも箸をつけはじめた。
「それはどういう……」
「本当に何も聞いていないんですね。まぁ確かに急を要するものだったらしいのであれですが、それでも報連相はしっかりしてほしいですよねぇ。上司の無茶ぶりとはいえ」
「え?ああ、そうですね。それは確かに」
こう言いたくはないが、主に次長の娘が極度のマイペースさで物事を進めていく子だということは教えておいてほしかった。
「それと、確かに私は降谷さんの上司の娘ですが、私自身は年下ですので敬語は不要ですよ。ぶっちゃけた話これは仕事でも何でもないので。というか仕事でもないのに目上の方に敬語で話されるのはちょっと……」
困った顔で言う彼女は確かにかわいらしいとは思うが、それでもやっぱりお椀を離さないところをみると、こう、思うところがある。
「そうですか、ではお言葉に甘えて」
「どうぞ」
「これがお見合いじゃないという件について、詳しく教えてもらえないだろうか?僕は文字通り、今日はここにお見合いをすると思ってここに来たんだ」
「そうでしょうね。まぁお見合いっていうのも間違いではなかったみたいですよ?ただ、相手が私じゃなかったってだけで」
それはどういう……と言葉を吐く前に一人の顔が浮かんだ。彼女の父親と同じ警視監で今は神奈川県の本部長をしている人物だった。俺が異例のスピードで警視正になってからというもの、何かと理由をつけては警察庁に登庁し俺に自分の娘との見合い話を持ち掛けていた人物だ。話がまとまる前に彼女の父親、俺の上司に当たるあの次長の腹心である人たちがそれとなく横やりを入れてくれていたのだが。なぜこのような状況になったのかは理解したが、それでも疑問がなくなったわけじゃない。しかし、それを彼女に聞くのもお門違いかと思っていると彼女が窯からお代わりをよそいながら口を開いた。
「例の本部長さん。吉川さんでしたっけ?いい噂は聞かないみたいですね。娘さんの方も」
「……そこまで知っているのか」
それはそれで問題だ。いくら愛娘とはいえ、俺たちは公安だ。その内容はたとえ家族であっても決して話してはならない。それを、あの上司がするはずもないという心と、猜疑心が胸の中でせめぎあう。それを察してか、また彼女が「ああ」といった顔でこちらを見た。気づけばてんぷらにまで手を付けていたようだ。
「別にそこまで詳しいわけじゃないですよ。といっても信じられるものではありませんよね。まぁなんというか、私は父の娘ですが、それと同時に父の作業玉でもあるのですよ」
「作業玉」
「ああ、今は協力者と呼んでいるんでしたっけ?」
この子は何を言っているのだろうか。いくら何でも自分の娘を協力者にするなど、と思っていれば彼女がはっとした顔で「私のこと父から何も聞いていなかったりしますか?」と尋ねてきた。
「ああ、僕の方もこの見合いに対して話を聞いたのが一昨日でね。君の顔と名前しか聞かされてないんだ」
「ああ……成程……」
さっきまで幸せでたまらないといった顔でもぐもぐと食べていた娘とは信じられない位一瞬でスンっとした顔になった。
そして彼女の口から語られた彼女自身のことについて話を聞いて納得した。
彼女は幼少の頃から時代が時代なら御簾の向こうにいる血筋や日本の経済を担っている子息令嬢が多く通う学校にいたそうだ。そこで、彼女はなぜかそういった人たちと仲良くなり、自分でも気づかない間に次長との顔つなぎをしていた。そして就職したのは日本で一番の貿易を担っている会社の社長秘書で、この若さで第二秘書についているらしい。そこからは次長と話し合い、家族でありながら協力者となっていると、そういうことだった。
なるほど、確かにあの次長の娘らしい優秀さだ。
「それで、まぁ今回こんな急にお見合いとかそんな話になった理由なんですが」
「ああ」
「まぁ偏に言えば父含め青木さんとか松本さんたちが後手に回っちゃったせいです。あのおっさんたちホントつかえねぇ」
嫌そうな顔をしながら言い、豚の角煮を食べすぐに笑顔になった。おいしかったようで何より。
しかし、ここで青木警視長と松本警視長の名前が出るとは思わなかったが、よく考えなくともあの二人は次長の懐刀として有名だからそのつながりなのだろう。それより気になったのが
「後手に回った、とは?さすがに信じられないんだが……」
こう言いたくはないが、一枚岩とは言えない警察庁の中でもこの次長の派閥の人たちは次長含め仕事ができ、人格も優れていて周りから慕われている人たちだ。その人たちが後手に回るなど。
じっと彼女の目を見つめていれば、唐揚げをもぐもぐと咀嚼しごくんっと飲み込んだ彼女は俺の目を見つめながら口を開いた。
「『ブルーラグーン』」
「……っ!どこでそれを」
唸るような声が出た。その名前は今公安が抱えている案件の一つで、重要視している施設のものに違いなかった。
「少なくとも君のような一般人が知っていていい名前じゃないと思うんだが?それとも、急に温泉にでも行きたくなったかい?」
「温泉は草津か鬼怒川がいいですねぇ。まぁその名前については、仕事柄聞いたことがある、とでも言っておきます」
「ああ、そうか。君はあの企業の社長秘書だったね。すまない」
「いいえ。まぁ降谷さんだから言いますが、この前とある企業との商談があったんですが、その時うちの社長がそこに誘われたみたいで、表向きは穏やかにかわして濁してましたが、帰りの車でぶち切れてて大変だったんですよ」
「まぁ一般の感性を持っていたらそうなるさ。ふつうなら、な」
「普通じゃない奴らが権力や力を持ちすぎなんですよねぇ……」
「全くだ」
この日本を下らない理由で汚すのはやめてほしい。
それより、先ほど言った彼女の発言した『ブルーラグーン』について思案する。
今現在公安が把握している少女売春施設のうちの一つだ。一つ一つ潰していったらキリがないうえ、もっと注意しなければならい奴らが深く潜ったり、国外逃亡する危険性からマークするにとどめている。実際は一斉に叩けるよう調査を進めているんだが、彼女に言うことでもない。
そして特にここは、秘密裏に政治家も使っているというリークもあった所だ。
そこではて?と思った。確かそれは他の班が受け持っており、次長たちも知っていることだ。というかあの人たちが指示を出している。とそこまで考え今の状況を鑑みると、一つの推測が導き出された。そして、もしそれが本当なら、と胸の底からぐつぐつと怒りと侮蔑の感情が沸く。
それに気づいたのか、彼女は「さすがですねぇ」とのんきに茶わん蒸しを食べていた。
「流石、ということは本当なのか?間違いということは?」
「身内を信じたい気持ちはわかりまずが、この度めでたく証拠がそろったそうですよ」
想像しうる最悪の事態だ。今すぐあのぼんくら本部長に渾身のボディブローを喰らわしたくて仕方がない。
「よもや本部長がって感じですよねぇ」
「聞きたいことがある」
「私が知っていることで父から発言が許されていることなら」
「本部長はどっちにかかわっている?利用者か、それとも……」
「神奈川支部の運営に関わっているみたいですよ。ちなみに娘さんが少女を集めていたりするそうです。家族ぐるみですね。真っ黒です」
最悪だ、と舌打ちが漏れた。彼女は呑気に魚の煮つけを食べているので気づいた様子はない。
よもやこの国の将来を担う幼い少女たちの売春に手を回しているのが日本や県を守る警察官がするなど。ましてや家族ぐるみで、だと?もはや笑いすら出ない。
「それで、今回なぜ私が出てきたかというとですね」
「ああ」
「どうやらその鯨さん。ほかの国の政治家も御用達の施設のようで。最早迂闊に手を出せない状況になっちゃったみたいなんですよ」
「まぁそうなるだろうな」
下手をすればこの国の外交に軋みを生みかねないだろう。そこまで、事態は深刻化してしまった。確かに、この状況は後手以外の何物でもない。国の外交が関わっているという事は、きっと捜査にも圧力がかかっていたのだろう。それでもここまで辿り着いたという事実は、この最悪の事態の中で一筋の光となっているのも確かだ。
「その上今を時めく異例の警視正である降谷さんがその真っ黒本部長の娘とお見合いなんて、これが上手くいってもいかなくてもその事実だけで大問題です」
「なるほど。それで君が出てくるわけか」
「ええ。その本部長が最近気が強くなったのか、無理やり降谷さんとのお見合いを今日させようとしていたので、父が横やりをいれて急遽私が来たわけです。ええ、4か月ぶりの全休をつぶされてまで」
んふふと笑いながら野菜スティックを食べる彼女からはおどろおどろしい何かが溢れている。
次長と本部長は同じ階級とはいえ、階級だけが一緒で白い後ろ盾を複数もち、本人の実力も確かな次長とでは本部長は手も足も出ないだろう。今頃煮え湯を飲まされている頃だ。
そして次長は今、警察庁で早期解決に向けてあれこれ指示を出し作戦を立てていることだろう。長期戦になることは確定しているが、それでもなるべく早く解決しなければならない案件だ。この事件に関しては。さらに今後のことを考えると、この見合いをすぐに断るのは得策ではないというのも確かだ。
こちらとしては一大事だが、確かに彼女からしてみたら溜まったものではないだろう。
「それじゃあ僕はこのお見合いを今断るというのはやめた方がいいな」
「お勧めはしませんね。断ったが最後、明日には例のお嬢さんとのお見合いが組み込まれると思いますよ。そして最悪仲間としてみなされますねぇ……。真偽はどうであれ」
「それは勘弁願いたい。まっぴらごめんだ。しかし、君はそれでいいのか?」
「今回は私にも報酬が出ますしね。今付き合っている人もいませんし、ことが片付き次第解消されるものです。むしろ降谷さんはいいんですか?」
サクッと音を立てながらパイに包まれたビーフシチューに手をかけながら彼女が訪ねる。
「僕も今付き合っている人はいないし、むしろ結婚する気がないから問題ないかな」
「父から聞いている情報と一致しますね」
「聞いていたのか?」
「そりゃ急にお見合いと見せかけた思惑渦巻く食事会を頼まれたら、相手の情報位よこせってなりますよ。幾ら父の頼みとはいえ。とは言っても、教えて貰ったのは降谷さんの人となりについて位なものですが」
「成る程。まぁそれ以上教えていたら驚きではあるが。それじゃあ改めて、お互い問題ないということで構わないな?こう言うのは変なんだろうが、暫くの間宜しく頼む」
「こちらこそ。期間限定とはいえ、私のような力不足の小娘で恐縮ですが、宜しくお願いいたします」
そう笑うと彼女は美味しそうにシチューを食べ始めた。
しかし、本当によく食べる子だな。
ここまで美味しそうに食べているのを見ると気持ちがいいし、作ったほうも本望だろう。
しみじみと眺めていると「降谷さんは食べないんですか?」と聞かれた。そういえばここに来てから水以外口にしていなかったな。
ここは公安御用達だし、何より次長の幼馴染が経営している数少ない安心して食べられる料亭だ。俺自身ここに来たのは初めてだが、彼女が食べているものはどれもこれも美味しそうで気になっていた。
「ここ、何食べてもおいしいですよ?値段は張りますが」
「だろうな。君がさっきから美味しそうに食べているし、味は確かなんだろう」
「食い意地が張ってるって言いたいんですか?まぁ否定はしませんが、これが前払いなんで、思う存分高級料理食べまくりますよ」
「まて、これ経費じゃないのか?」
「経費になるんでしょうけど、それだと私の休日を失われた悲しみが癒えないので領収書は『赤城』でもらいます」
赤城、というのは確か以前次長が使っていた偽名だ。偽名で領収書を切るということは
「経費で落ちないじゃないか」
「落とす気ないですからねぇ……こんなことで国民の税金なんて使わせないですよ。父の自腹です。本人も私がそうするってわかってると思いますよ?あ、でも遠慮はいりませんからね?むしろ遠慮したらこの提案、私の方から蹴って降谷さんにはまたお見合いしてもらうことにします。いやぁ今を時めく警視正は仕事に恋愛に引く手数多で大変ですねぇ」
そう言いうふふと笑う彼女に苦笑いし、気になっていた秋の味覚づくし松茸コースを注文した。そしてどうして次長があんな初めて見るような遠い目をしていたのか解った。彼女はどうしてなかなか強かであるらしい。
「これ食べ終わったらどうしましょう?解散にします?」
「いや、君さえよかったら庭の散歩に付き合ってくれないか?ここの日本庭園は一度見たいと思っていたんだ。今後のことに関してと、お互いのことをもう少し知っておきたい」
「ああ、いいですね。この時期だとナデシコと銀木犀が見頃ですよ」
「そうなのか?それは楽しみだな」
その後、料理が運ばれてくるまでの間、今後会ったら何処に出かけようかという話をした。
花より団子だと思いきやどうやら彼女は今見ごろなのは勿論、四季折々の綺麗な庭園や公園をいくつか知っていたので驚いた。彼女もそれに気づいたのか、俺の目を見て、あの写真のように楽しくて仕方がないといった顔で笑ったのだった。
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そしかい後、降谷がお見合いをすることになったようです。<br />そんな話。<br />降谷視点。
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上司の娘とお見合いする事になったが思ってたのと違った
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「どうしよう……」
勇利は一人、ベッドの中でパーカーのフードを被り、布団を頭から被り、さらにその上に枕を頭の上に載せてガタガタと震えていた。
明らかに不審な行動をとっている勇利に愛犬のマッカチンは不思議そうに鼻を鳴らしながらも心配してくれているのか一緒の布団に入って来てくれている。
ヴィクトルは今はいない。今晩は長年彼を支えてくれているスポンサーのパーティがあるらしく、チムピオーンスポーツクラブでの練習後一旦家に帰り、勇利が夕飯を食べたのを見て渋々ながら出かけて行ったのだ。
勇利に絶対に外出しちゃダメ!夜更かししちゃダメだからね!ときつく言い含めてマッカチンに勇利のことをお願い!と言い残していった。
さすがに幼児の姿の今、治安のあまり宜しくない夜のサンクトペテルブルクに一人で繰り出すほど無謀ではないし、そんな事をする必要もない。20代の身体とは違い、この幼児の身体は体力がまだあまりなく、睡眠を沢山欲する。練習後など本当に眠くて仕方がない。そもそも今日は練習の終了間際から何やら寒気を感じていてあまり体調が宜しくない、夕飯を食べて風呂に入ったら早めに休むことに異論はなかった。
さて、言いつけ通りに大人しく寝ようかと歯を磨いて洗面所の鏡を無意識に覗き込んだとき、勇利はそこでありえないものを見た。
鏡には当然真正面にいる勇利の姿が映っている。別に幽霊だの不審者だのが映り込んでいたわけではない。
―ただ、異常だったのだ。鏡に映る勇利の姿が。
はじめは鏡が汚れているのかと思った。しかしヘルパーが毎日隅々まで掃除してくれている家は常に塵一つ落ちてなく、当然鏡もピカピカに磨かれている。
次に己の目がおかしいのかと思った、しかし目をこすって見ても一度目をつぶってもう一度開いても結果は変わらない。勇利は家中に響くような悲鳴をあげた。
「……はあああああああつ!?何!?何これ!?」
鏡の中の勇利の頭にはフカフカの黒い犬の耳のようなが生えていた。頭の左右から伸びているそれは形だけならマッカチンの耳とお揃いのようにも見える。
恐る恐る、触れてみる。触った感触も触られた感覚もある。夢や幻ではなく実際にそれは勇利の頭から生えていた。
「ど、ど、ど、どうしよう……」
勇利はとっさに頭がすっぱりと隠れるパーカーをパジャマの上から羽織った。こんな姿を誰かに見られたら大変である。
(どうしよう……ヴィクトル……)
同居人のおかしな行動にマッカチンが心配そうに見上げてくる。くぅん?と鳴くマッカチンを勇利はぎゅっと抱きじめた。
これが夢や幻なら良いがどう見ても現実である。勇利はパニックになりながらこれからどうするべきか必死になって考えた。
(ヴィクトルが帰ってきたら……)
突然何の前触れもなくぬいぐるみのような犬の耳をはやした勇利をヴィクトルはどう思うだろう。驚くだろうか、焦るだろうか……いずれにしても困らせる事には違いない。
それに、と勇利の表情が曇る。 ヴィクトルの周りにはマスコミが多い。万が一カメラなどに撮られてしまつたら一大事になるかもしれない。
勇利の脳内には怪しげな研究施設で実験台として監禁され、ベッドに括り付けられている自分の姿が脳裏に浮かんでいた。この事が公になったら恐らくヴィクトルと引き離されてしまうだろうと勇利はどうしたら良いか分からずに目の端に涙を浮かべ、布団の中で息を殺して途方にくれていた。
***
「勇利~タダイマ~」
どれくらいベッドの中で半泣きでガタガタと震えながら小さくなっていたか、ぱっと玄関の明かりが点いてヴィクトルの帰還を知らせた。勇利が寝入っていると思っているのかヴィクトルの声のポリュームはいつもより控えめである。
それまで勇利と一緒の布団にいたマッカチンが主の帰還を知るなりばっと起き上がりヴィクトルを熱烈に迎えにいく。
「ただいまマッカチン!勇利はちゃんと寝てる?」
忠実な愛犬にお迎えされてヴィクトルは彼の頭を撫でながら、寝室の勇利の様子を尋ねた。
「くぅん……」
マッカチンはそう一鳴きするとヴィクトルを寝室へ導こうとヴィクトルのズボンの裾を引っ張る。常にない愛犬の様子にヴィクトルは僅かに柳眉を顰めた。
「マッカチン?勇利がどうかした?」
寝室の中は電気が消されており暗い。時間は深夜であり勇利はとっくに寝入っている筈である。
しかしマッカチンはその場をぐるぐる回って異常を知らせる。ヴィクトルは寝室の灯りを躊躇いなく点けた。
「……っ」
突如明るくなった寝室に勇利は咄嗟に寝たふりをした。
ヴィクトルに隠したところで何も問題は解決しないのだが、こんな姿を見られるのが嫌だったのだ。
(お願い、何も気づかないで電気を消して……!)
しかし勇利の願いも空しくヴィクトルはギョッとしたような様子で慌ててベッドに駆け寄って来た。
「ゆ、勇利どうしたの!?」
勇利は今の自分の格好を忘れていた。うつ伏せでパジャマの上にパーカー着て頭からフードを被り、さらに布団を被り、枕の下に潜り込んでいるのである。ベッドの上の小山にヴィクトルが驚くのは当然であった。
「どうした?具合が悪いの?どこか痛い?」
「……」
心底心配そうなヴィクトルには申し訳ないが勇利は必死で寝たふりをした。布団とパーカーを引っぺがされないようにぎゅっと力を入れる。犬耳を見られたら一巻の終わりだと勇利は思っていた。
様子を尋ねても答えない勇利の様子にヴィクトルは呆れた様子を隠さない。
「……勇利!起きてるでしょ!」
「……起きてません」
思わず返事を返したが勿論逆効果であった。ヴィクトルはさらに力を入れて布団と枕を引き離そうとする。
「返事したじゃないか!もう!どうしたの!」
「……何でもない。何もないから、大丈夫だから」
「ええい!嘘を吐くんじゃない!」
そう言ってヴィクトルが力任せ布団を剥がそうとして勇利は必死で抵抗した。大人と子供ではそもそもの力が違う。それでもこの姿を見られたくない勇利は必死であった。
どうあっても布団を手放そうとする勇利にヴィクトルはピンとくるものがあったようだ。それまでの力任せを止めてやれやれと困った様に苦笑を浮かべて手を緩める。
「そうか……そうだったんだね、勇利……大丈夫だよ」
大丈夫、俺は全部分かっているよ、と言われて勇利は思わず肩を震わせた。
「えっ……」
まさか自分に犬耳が生えたことを悟られたのか、自分ですらよく分かっていない状況なのにヴィクトルはこの短時間で分かってしまったのかと勇利は動揺したが、次のヴィクトルの言葉に思わず真っ白になった。
「おねしょしちゃったんだね、大丈夫。俺は怒ったりしないよ!人間誰しも失敗はある。怒らないから出ておいで。恥ずかしいのは分かるけどシーツを洗わないと……」
とんだ濡れ衣を着せられて勇利は思わず叫んだ。
「おねしょなんてしてないから!!」
このままでは中身はアラサーな大人なのにおねしょをしたという烙印が押されると、勇利は慌てて布団をはねのける。
「ふふふ、やっと顔を見せてくれたね!」
「あっ……」
しまった、と思ったときにはすでに遅い。勇利の目の前にはスーツの上着を脱いだヴィクトルとマッカチンの姿があった。慌てて布団に引き返そうとしてもヴィクトルの右手にパーカーの首根っこを掴まれて勇利は猫の子のように持ち上げられていた。
「おねしょじゃないなら一体、どうしたのさ……あ」
ヴィクトルの瞳が勇利の頭を見て大きく見開かれた。
「……つ。あ、あの……これは……」
勇利は慌ててパーカーを被りなおした。なんと言い訳しようかアワアワと挙動不審になる勇利と対照的にヴィクトルは目を輝かせ、頬を紅潮させた。
「イヌミミ!かわいい!可愛い勇利に可愛いお耳がついてるよ!」
「ひっ……」
興奮して突進してくるヴィクトルに勇利は思わず後ずさった。怯える勇利にヴィクトルは不満げに頬を膨らませる。
「勇利ぃ?なんで逃げる?」
「え……あ、いやなんとなく?」
アスリートで大の大人であるヴィクトルにとって子供の勇利の抵抗など蚊に刺されるくらいの威力しかない。勇利の抵抗は空しくすぐにヴィクトルに捕まり、カワイイ、カワイイと頬ずりされて撫で繰り回されることになった。
「ふふふ、勇利のお耳フカフカ~髪の毛と一緒の色なんだね……あ、勇利はもしかしてこれを見られたくなかったの?」
顔を覗き込まれてもはや隠すものがない勇利はコクンと頷いた。
「うん……どうしよう……」
ヴィクトルに見つかってしまったのはともかくとしてこの姿では外に出歩くことも、ましてスケートの大会に出る事も難しい。暗い顔で勇利が零すとヴィクトルは不思議そうに首を傾げた。
「ん?何が?確かに練習は一週間は休む必要あるけどその後は普通に……」
「え?」
特に気味悪がる様子も未知の現象に頭を捻るでもないわりと普通な反応のヴィクトルに逆に勇利は驚いた。ヴィクトルは勇利の犬耳を可愛い可愛いと騒いでいるが、動揺している素振りはない。むしろこれが何か知っているかのような……
「ヴい、ヴィクトル!もしかして僕がこうなっちやつた原因分かるの!?」
勇利に詰め寄られてヴィクトルは目を丸くした。今更何を言っているのかと言わんばかりである。
「?何言つて……あ、そうか!勇利は日本人だから知らないのか!」
「へっ!?」
目を白黒させる勇利を安心させるようにヴィクトルは微笑んで説明をしてくれた。
「これはね、イヌはしか。ロシアの一種の風土病だよ」
さらりと告げられて勇利は目を見開いた。ヴィクトルの口調から言ってそんなに驚くものではないようである。
「犬……はしか?え?病気?」
「子供が罹る伝染病の一種だよ。微熱が出て頭に犬の耳のようなものができるからそう呼ばれているんだ。心配しなくても熱は2、3日で下がるし耳は一週間くらいで消えるよ」
「そ、そうなの……?」
そんな風土病があるとは知らなった。日本でいう水疱清とかおたふくかぜみたいなものか、と勇利は胸をなでおろした。症状はぶっとんでいるが異常なことではないらしい。
妄想でも空想でもなく合法的に幼児にイヌミミが生えるとは恐ロシア……と勇利は誰とはなしに呟いた。
「一体全体どういう理屈で犬の耳が生えるわけ……」
唖然としている勇利の疑問をヴィクトルは笑い飛ばした。
「そんなの俺が分かるわけないじゃないか!そんなことを考えているなんて勇利はおかしなヤツだなぁ!」
勇利のこめかみがピクリと震えてむっとした顔をしたが、ヴィクトルは気にする素振りもない。ただ勇利のおでこに自分のおでこをあてて熱があるのを確かめると心配そうに頬を撫でた。
「犬ミミは可愛いけど一応伝染病だからね、練習は禁止。熱が下がるまでおとなしくしててね」
明日医者に来てもらおう、と言われて勇利は素直に頷いた。普通の病気で監禁されたり実験台になったりしないのなら医者に診てもらうのはやぶさかではない。
「うん……はぁ良かった。あ……ヴィクトルには移らない?」
僕、ヴィクトルと接しちゃっているけど大丈夫?と問われてヴィクトルは大丈夫!と胸を叩いた。
「俺はちっちゃい頃にもうやっているからかからないよ!」
妖精のような幼少のヴィクトルにも犬耳が……それは非常に見たかったと勇利は思った。
「ところでなんで俺に隠そうとした?」
不満そうなヴィクトルにそう問われて勇利はきまりが悪そうに頬を掻いてぽしょぽしょと小声で白状した。
「……これが異常なことで他人に見つかってしまったらヴィクトルから引き離されるかも、って思って……」
そんな風土病のことは知らないので、異様な姿になってしまったらヴィクトルと一緒にいられなくなるかもしれないことを勇利は何より恐れたのだ。
「馬鹿な勇利。犬耳が生えようが……何があろうとも俺が勇利を手放すはずがないじゃないか」
素直に白状した勇利のおでこをヴィクトルは呆れた顔で人差し指で弾いた。ピシッと良い音がして痛みが走る。
「痛っ……うん……」
ごめんなさい、と勇利は謝罪しヴィクトルに抱き着いたところで気が付いた。
「……ヴィクトル?そのスマホなに……」
ヴィクトルはわくわくと楽しそうな様子を隠さずにスマホを構えている。
「イヌミミ勇利は一週間限定だからね!いっぱい写真撮らないと!」
常にないテンションに勇利どころかマッカチンですら引き気味だ。
「ヴィクトル!?本当に分かってる!?」
病気なんだよね、これ!と勇利の抗議の声が深夜に木霊したが犬耳勇利に夢中なヴィクトルが気にすることはなかった。
[newpage]***
ヴィクトルがSNSに息子の勇利が犬はしかになっちゃったよ、と上げるとロシア以外のファンは何だそれは、という反応を示しロシア在住のファンたちは写真をあげて!とリクエストした。やはりロシア以外の国では犬はしかは認知されていないようだ。
ロシアのファンが幼児が罹る病気の一種で犬ミミが生えるのよ、と説明するとSNSはお祭りになった。画像を検索するとイヌミミの生えた幼児の姿がたくさんヒットしたのである。
『すごい……ロリとショタに合法的にイヌミミを生やすとは……さすが恐ロシア』
『なぜ、ロシア限定なの!?……熱が出ちゃうのはかわいそうだけどビジュアルがかわいすぎる』
『勇利君イヌミミ生えちゃったのwwマッカチンとお揃いだね!』
『さすがリヴィレジェを生んだ国……YESロリショタ!』
『なぜ……なぜネコミミじゃないの!?』
ヴィクトルが勇利のために耳の部分に穴が開いた帽子を特注したという話でよリネットはフィーバーしたが、幸運なことに勇利はそれを知らなかった。
***
「おい、生きてるか」
「あ、ユリオ!来てくれたんだ!」
勇利が犬はしかに罹って三日経った頃、家にユーリが訪ねて来てくれた。
「ヤコフがヴィクトルなんざ写真撮るのに夢中で適切な処置もしてねーだろうから様子見てこいって言われたんだよ」
ほらよ、と言ってユーリは薄めたスポーツドリンクのカップを勇利に差し出した。どうやらプリンやらゼリーやら消化の良い物を色々と持ってきてくれたようである。
「ありがとう」
勇利の熱は下がったがまだ犬耳は消えない。体調はほぼ元通りだが犬耳が消えないとおいそれと外出も出来ず、勇利は未だ家に引き込まざるを得ない状況だ。
「ま、耳が生える以外は普通の風邪みたいなもんだけどな」
災難だったな、とユーリに慰められて勇利はしみじみと頷いた。まさかこんな風土病があるとは……ロシア恐るべし。
「みたいだね、そんな話聞いたことないから驚いたよ」
ユーリは口は悪いが根は素直で良い子である。具合の悪い勇利に無茶を言う事もやたら写真を撮りまくることもせずに、何か困ったことがあったら呼べよ、と非常に良識的な台詞を残して長居はせずに帰っていった。その姿にすっかりユーリも配慮の出来る大人になったのだな、と勇利は感動を覚えた。大人になったユーリと対照的にヴィクトルは相変わらずである。
「勇利!今日はこの上着を着てみて!動きやすいから勇利もきっと気に入るよ!」
「いや……ありがたいんだけどさぁ」
ヴィクトルが差し出して来たジャージは伸縮性のある青い生地に黒いラインが描かれているシンプルなもので確かに勇利の好みのタイプである。しかし勇利はいまだ犬の耳が生えておりスポーティなジャージと犬ミミの幼児ではアンバランス極まりない、そう思うのだがヴィクトルは有無を言わせずにジャージを勇利に着せた。
練習したいのはやまやまであるが、この姿で出歩くのは嫌だから家の中にいるが、ヴィクトルのおもちゃになっている感が否めない。熱があるうちはヴィクトルも心配そうな様子があったが熱が下がり耳だけが残っている状態の今、ヴィクトルは常に嬉しそうである。勇利は思わずジト目になって恨みがましくそれを口にした。
「なんでそんなに嬉しそうなのさ……」
「だって犬はしかつてロシア人の子供しか罹らないんだよ、日本人はふつう罹ったりしないんだ」
意外なヴィクトルの告白に勇利は目を丸くした。
「なんか勇利はちゃんと俺の息子でロシア人なんだって言われているみたいでさ」
「ヴィクトル……」
そう嬉しそうな顔をされては文句も言えなくなる。勇利は仕方なくヴィクトルの着せ替え人形になることにした。
***
それから三日後、勇利は歓声をあげた。朝、洗面所の鏡を覗き込むとそこにはいつもの勇利の姿があった。マッカチンによく似た犬耳はもうない。どこから見ても中身がアラサーの普通(?)の幼児である。
「あ―あ、ミミ消えちゃった。可愛かったのに」
「ううう……良かったよぅ」
勇利は心底安堵した。これで晴れて完治である。今日から練習できる!張り切ってチムピオーンスポーツクラブに行くと先日お見舞いに来てくれたユーリは体調不良で休んでいると言われて勇利とヴィクトルは目を丸くした。
「え?ユリオお休み?」
「ああ……」
「体調不良なら今度は俺たちがお見舞いに……」
ユーリは今、寮を出て一人暮らしである。たまにコーチであるヤコフとリリアの元に食事に来ているそうだが、基本は一人で生活しており体調が悪いなら不便があるだろうと二人が申し出るとヤコフは遠い目をして真相を告げた。
「……うつったんだ」
「え?何がが?」
「犬はしかに……」
その言葉にヴィクトルと勇利は思わず顔を見合わせた。
伝染病の犬はしかが移ったというのならどうみても原因は勇利である。
「えっでもロシアの子供が罹る病気なんじゃ……」
「幼少期に罹っていない場合は大人でも罹る……」
成程、と勇利は納得しかけた。麻疹でも水疱瘡でも幼少期に掛かっていないのなら当然大人になってかかる事がある。しかしそうだとしたら……
「大人でも……ということは今ユリオの頭には……」
「耳は個人差があるからな。ユーリには犬ではなく猫耳が生えている」
猫耳……と思わずこぼすとヤコフは重々しく頷いた。その返事に勇利は青ざめる。
「ぼ、僕のせいでユリオに猫耳が……!?」
重々しい沈黙を破って噴出したのはヴィクトルである。
「ユリオに猫ミミ!まんまじゃないか!よし!お見舞いにいこう!そして写真をアップしよう!」
きっとユーリエンジェルスに感謝されるよ!と悪魔の様なヴィクトルは意気揚々と宣言し、可哀想なユーリの運命は決まってしまった。
「止めてあげてヴィクトルー!」
ヴィクトルが頼りにならないから心配してお見舞いに来てくれたのに奇病をうつされた挙句、ネコミミが生えた姿をSNSにアップされる。
ユリオのあまりの不遇さに勇利は眩量を覚えて必死になってヴィクトルを引き留めたが、意気揚々とオミマイには桃缶かな!?と張り切るヴィクトルを止める手立てを勇利は残念ながら持ち合わせていなかった。
fin
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夏コミの無料配布でした。<br />暑い中当スペースにお越し頂いた方々本当にありがとうございました!<br />新刊に入れようかと思ったけど異色を放ち過ぎているので別扱いに…(^^;)<br /><br />(追加)おがきちか先生のLandreaallの猫はしか設定を元ネタにお借りしています。<br />当方が考えたオリジナル設定ではございません。<br /><br />夏コミ新刊はとらのあなさんで取り扱っております。<br /><a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fec.toranoana.shop%2Fjoshi%2Fec%2Fitem%2F040030651035" target="_blank">https://ec.toranoana.shop/joshi/ec/item/040030651035</a><br /><br />次のイベントは11月の氷奏になるかと思います。
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赤い靴はいてた男の子IF?編
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10022594#1
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「こんの申ぅぅぅぅ!離婚や離婚ーーー!」
「おお出てけ出てけ!!どこでも行けやこのヘビ女ぁ!!」
許さへん。
あては絶対、許さへん…!
【志摩蝮の受難】
*
[newpage]
「姉様、何があったんや?」
「姉様ぁ、父様には話さんよって、あてらには教えてぇや」
「錦、青、心配かけて堪忍え。けど、何があったかだけは、言われへんの。」
夕飯を終えた時間にケンカして離婚を言い置いたあと、私は宝生の家に戻ってきていた。
運よく父様は出張でおらず、母様と錦と青だけだったから難なく籠城に成功した。
そうしたら案の定、想いやり深い可愛い妹二人は私に何があったかと心配してくれている。
心配をかけておいて話せないとは言い根性をしていると思うけれど、こればっかりは錦と青には言えない。
第一、教育に悪すぎる。
一方母様はというと、何も知らない癖に面白がり出したから、大方理由に気付いているのかもしれない。
「蝮、あんた八百造はんとお義母はんにはちゃんと言ってきたん?」
お茶とようかんをお盆に乗せて持ってきた母様は、やっぱり面白がってるとしか思えない。
「『実家に帰らせていただきます』言うてきたわ。」
そう言うと母様は大笑いし、錦と青は面白いくらいに青ざめていった。
ああ、あても一緒になって笑ってしまえばどんなに楽やろ。
そんな風に考えてしまうほど、何故か今自分がやっていることが馬鹿らしく感じる。
しかも昼ドラのような言葉をまさか自分が言うなんて。
ああもう、思い出すだけで腹が立つ。
あのバカ申が落とした爆弾発言に、お義父はんとお義母はんと金造は一様にポカンとしていた。
それはそうだ、あんなこと突然言われるとは思わないだろう。
「あんった…」
怒りのあまりにふるふる震えながらちゃぶ台をバン!と叩いて立ち上がる。
「何言うとんの!?お義父はんとお義母はんの前で!恥ずかしゅうないん!?」
するとその私の態度が気に食わなかったらしい申まで怒鳴り出した。
「ああん!?こんくらいのことで何言うとるん!それは俺のセリフや!」
「こんくらいやないえ!それはお義父はんとお義母はんに聞かせるよう話やない!」
「おん…俺もおるんやけど…」
「「金造はどうでもええんや!」」
「…おん…」
今思うと金造には申し訳ないことをした。
「俺ん中じゃあ『こんくらい』や!」
「『俺ん中』て何や!どこの関白亭主様や!あんたの価値観で全部が進むと思わんといて!」
「関白亭主なんてやっとる覚えないわ!それ言うんやったらうちのお父とお母の関係の方がよっぽど亭主関白や!」
「今お義父はんとお義母はんの話しとるんやないやろ!?」
「柔造…?お父はそんなに亭主関白やろか…?」
「お父は黙っとけや!」「お義父はんは黙っといてくれますか!?」
…今思うとお義父はんにもなんという口を聞いてしまったんやろか…。
「…おん…」
「そもそも、ありのままを話して何が悪いんやわからずや!」
その最後の一言に、頭の中の一番奥の何かがぷつん、と切れた音がした。
「こんの申ぅぅぅぅ!離婚や離婚ーーー!」
「おお出てけ出てけ!!どこでも行けやこのヘビ女ぁ!!」
と、このように三行半を突き付けてしまったわけである。
今思い出すと、実家に帰ると言った瞬間の志摩家の面々の反応は面白かった。
無言で固まったまま焦るお義父はんと、お腹抱えて笑い転げるお義母はんと、お義父はんとおんなじような反応をして呆れてる金造。
ああもう、金造はともかく、今度ちゃんと謝らななぁ…。
今日は宝生の家に泊まることにした。
錦と青が
「「姉様と川の字で寝るんや!」」
と言って自分の布団も準備してくれたから、そこで寝る。
寝室へ移動しようと思って立つと、母様に呼び止められた。
「で、結局柔造くんに何言われたん?母様には教えてや。父様にはもちろん、誰にも言わんさかい。」
やっぱりおもろがっとるやろ、母様。
そうは思ったが、誰かに話してしまいたいような気にもなったので、恥ずかしい気持ちを抑えて話した。
「あんなぁ…」
そのあと、夜更けの宝生の家に、母様の大きな笑い声を響かせてしまうこととなった。
*
[newpage]
次の日、朝も、昼も、夕方になってもお申は迎えに来なくて、ついには夜中0時を回ってしまった。
眠れなくて、縁側に座布団だけ持っていって雨戸をあけて、夜風にあたる。
風は少し冷たいけれど心地よくて、空にはお月さまは不在で真っ暗。
「さて、どうしたもんかなぁ…」
まさか、今日申が迎えに来ないとは思っていなかった。
こんな風に宝生の家に籠城するのは初めてだけど(普段だったら父様がいるから怖くてできない)なぜか次の日には申が迎えに来てくれるものだと信じて疑っていなかったのだ。
昨日の晩とは違って、一晩寝て起きて活動した後だと頭も冷えて自分も多少反省をしている今だと、迎えに来てくれなかったという事実はかなり傷つく。
本当に申は、離婚するつもりなんだろうか。
…確かに言いだしたのは私だけれど。
私は、本来こんなに自由に生きていられる身分ではない。
不浄王の一件で、いくら騙されていたからとはいえ主犯の藤堂に協力してしまった、罪人。
処罰として称号が剥奪され、除団処分となり、明陀からは破門こそ免除されたけれど、明陀の術者としての資格は剥奪されて。
右目も無くして、女としても傷物になってしまった。
周りの人間は私の幸せを願ってくれて、私が私として振る舞うことに満足してくれているけれど、割りきれていない人間も明陀の中にはいるだろう。
そんな私を同情なんかじゃなく、嫁に迎えてくれた志摩家と、柔造には、感謝をしてもしきれない。
今回のケンカで彼らにまで迷惑をかけてしまったのは申し訳ないけど、申は結婚するときに私に我慢はするな、と言った。
外は確かにいろんなしがらみがあるから思うように振る舞えないだろうが、家でくらい、以前のように思うままにふるまえばいい、口ゲンカになったっていいと。
それに私は甘えすぎていたんだろうか。
申と離婚したら、宝生の家に戻るだけだと思う。
けれど、そんなの、申に…柔造に愛される幸せを知った今では、元に戻るだけではいられないだろう。
ざぁ…と風が吹いて少し寒さに震えて、風邪をひく前に答えの出ない自問自答を終わらせて寝ようと雨戸を閉めに立ったその時、突然庭の方から腕を引っ張られた。
油断していたところにそんなことされたから、外に倒れこんでしまう。
「ひ!?」
地面に叩きつけられるかと思いきや、腕を引っ張ってきたやつに受け止められて抱き込まれたらしい。
びっくりしてる時やないとナーガを呼び出す形をとろうとするけれど、ぎゅうぎゅう抱え込まれて、身動きが取れなくなってしまった。
声を出そうと大きく息を吸い込むと、酸素と一緒によく知った匂いも吸い込んで、犯人が誰かわかったから体の力を抜くことにした。
「遅ぅなって悪かったな。帰るぞ」
変質者一歩手前の登場をしたのは、何故か息を切らした申だった。
お申の物言いが、何故かえらく上から目線だったため、先程までの反省はどこへやら、口からはいつもの調子で言葉がこぼれた。
「何なん。こんな時間に、こんな風に来よって。変質者かと思ったわ。」
そんなケンカ口調の言葉を放ったにも関わらず、申は穏やかだった。
「仕事が長引いたんや。これでも急いで来た。」
「にしたってなんでこんなところから来るんや。宝生の家には立派な玄関あるやろ」
「玄関から行こうと思ったらお前がここにおるんが見えたんや」
「ああ、そう…」
言うことがなくなって黙ると、申は殊勝なことを言い出した。
「本当に、もう帰って来いへんつもりか…?」
「は?」
突然何を言い出すんだろうこの申は。
本当にって、いつそこまで言った?
「何言っとんの?」
「今日朝、お前迎えに来たら、錦と青に『姉様はもう帰らへん言うとるわこのバカ申!!帰れ!』て怒鳴られたんや。
お前に会わせろ言うてもお前出てきいへんし、時間もあんまなかったから朝はそれで仕事行ったんやけどな」
「錦…青…」
なんて姉思いの子たちなんやろ…いい子らやなぁ…。
そんな的外れなことを考えている間が申にとってはプレッシャーだったらしく、突然顎を持ち上げられてキスされた。
「…!なんなんほんと…!」
「なぁ、悪かったて言うとるやろ。やから帰ってきいや…。俺、お前が隣にいないとよう寝られへんわ…」
「………」
よう寝られへんて、なんやそれ、錦や青が小さい時もそんなぐずり方せんかったわ。
大の大人が、こないないい年した大人が、何言うとるん。
そう考えたら自然と笑みがこぼれた。
「あっはは!あほやなぁ柔造。そんな風に謝らんでもあては帰るえ。ていうかそんなでかい図体して、何子どもみたいなこと言ってるん、おっかし…!」
笑いが止まらなくてひとしきり笑ってると、柔造が突然私以外の人間に話しだした。
「…ということで、このまま蝮連れて帰りますわ。」
びっくりして笑うのをやめると、「ええどうぞ、うちの人が帰ってこんうちにとっとと連れ帰ってくださいな」と間の抜けた母様の声が聞こえた。
「なっ…!?母様。なんでおるん…!」
「ご迷惑おかけしましたー」
「いやぁ面白いもんみせてもらったわぁー」
母も柔造も勝手に話をつけて、柔造はそのまま私を横抱きにして志摩の家の方へ歩き出した。
「…!母様にみられてもうた…!」
恥ずかしがっていると最初はしてやったり、という顔をしていた柔造だったけれど、何か思い当ったようで、すまなそうな顔をして謝りだした。
「悪い、お前こういうのが嫌なんやろ?気をつけるから怒らんといてや」
おお、今回のことでちょっとは学習したらしい。
「わかってくれたら、ええねん」
あても悪かった、堪忍え、といまだになれないキスを額に返しておいた。
それに一瞬驚いたような顔をした柔造だったけど、すぐにいつものような自信に満ちた笑顔に戻った。
「…おん。」
ああ、仲直り、できてよかったなぁ。
柔造の笑顔を見てそんな風に思って、柔造の方に頭をもたれさせた。
*
[newpage]
翌日の朝、宝生家の姉妹は知らないうちに婚家へ帰ってしまっていた姉を思い、義兄に怨念を飛ばしていた。
「あんの申ぅぅぅ!またあてらから姉様強引に奪いよってからに!」
「あてらは絶対にお前を認めんからなぁーー!」
ひとしきり二人でそう叫ぶと、錦がふと思い当り、母に聞いた。
「そういえば母様、姉様、申に何言われてあんな怒ったん?」
すると母は思い出してまた一吹きし、こらえるようにして錦に耳打ちした。
「あんなぁ…八百造はんに孫のことほのめかされて、二人の前で、『努力は毎日しとるで!』て冗談言われたんやて」
それを聞いた錦は、さらに申に対して対抗心を燃やすとともに、「バカップル半端ないわー」と思ったのだった。
*end*
[newpage]
おまけ①~その後の柔蝮~
「そういや、お前なんであんな時間にあんなとこにおったん?」
部屋に戻って昨日からどうやら敷きっぱなしだったらしい布団の上に下ろされながら柔造に聞かれる。
「なんや、眠れなかったんや。…けど。考え事してたら冷えてきたから、あんたが来たとき、部屋に戻ろうよおもっとったんや」
すると柔造の顔色が変わった。
「冷えたんか!?そんなうっすい寝巻であんなとこおるからや!ったく、体冷やすなって何度言ったらわかるん!?」
何度もそんなことを言われた覚えはないが、妙に柔造が優しいので、素直にいたわられておくことにする。
「おん、気ぃつけるわ。」
人が珍しく素直になっていたというのに、申はやはり申だった。
「じゃあ冷やした体、俺があっためたるわ」
「…は!?何恥ずかしいこと言っとんねん!」
少なくとも、そんなドヤ顔していうことやない!
「どこも恥ずかしくないわ」
「あては恥ずかしいんや!」
「いいからだまれや」
「んー!!」
*強制終了\(^q^)ノ*
[newpage]
おまけ②~翌日の柔蝮~
(昨夜、蝮ちゃんを抱っこしてお持ち帰り(笑)してしまったため、蝮の靴だけ宝生家に置いてきてしまいました。)
「こん申のアホ!はようとってきて!」
「そんな怒ることないやろ!」
「怒るわ!ないと買い物行けへんねん!今日のあんたの夕飯、納豆ご飯になってええのん!?」
「謹んで行かせていただきます!」
金造「蝮昨日どないしてうちまで帰ってきたん…?」
蝮「…………内緒や………」
*ほんとにおわり*
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柔蝮が好きすぎるんです。SQも買ったことなかったのに即買いました。<br />本屋で立ち読みができなかったんです。顔がにやけてしまいそうで。いやでも、レジに行くまでの道中ですでに不審がられていたでしょうね。だってにやけるのを必死に我慢したくせに我慢しきれなくて、すんごい変な顔してたと思うんですよ。<br />とにかく、柔蝮が好きすぎるんです。ほんと、こうなるまでになんどさっさと結婚してしまえばいいと思ったかわからないんです。とりあえず、加藤先生Good Job!!!!!(失礼)<br />ああ支離滅裂でごめんなさい、好きすぎるせいなんです。とりあえず結婚してから1年くらいのお話です。<br />■ 2012年04月19日~2012年 04月25日付小説ルーキーランキング 50 位入ってるううううぅぅ .゚。(゚Д゚;)≡(;゚Д゚)・。゚何これなんのご褒美!?もうもう本当にありがとうございますよりいっそう萌えを振りまけるよう精進しますぅぅ!
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【柔蝮】志摩蝮の受難
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002271#1
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通称「黒ずくめの組織」と呼ばれていた組織が虎視眈々とその機会を狙い入り込んでいたNOCとシルバーブレットの連携によりその企みごと潰されたのはまだ記憶に新しい。
クワンティコでその時撮られた証拠品のスライドを延々と見せられていた赤井は焼け焦げた木彫りのモニュメントが映し出された瞬間、その木彫りの前での死闘を思い出した。
その木彫りは「あの方」の部屋に掛けられていたものである。最強の牙であるジンを真っ先に失い追い詰められた男が懐に手を入れた瞬間、赤井は迷わず男の肩を撃ち抜いた。
他者に対し惨い行為を平気で働いてきた男は自らに与えられる痛みには驚くほど弱かった。トップである事、そのプライドも何も放りだして床を転げ回り命乞いを始めた男が取り落としたのは起爆装置…、けれどたった1発の弾丸で命乞いをするような男がこのスイッチを押せたとはとても思えない。
男が陥落したその瞬間、組織は過去のものとなった。
彼等が真に何を望んだのか、そしてどれほど負の遺産を蓄えていたのかは現在、各国が専門の捜査官を総動員して鋭意取調中である。というのも、多岐にわたる犯罪の検証の為、捕縛された幹部達は各国に振り分けられているからだ。
振り分け方は実にシンプルで公平だ。コードネーム持ちはそれぞれ担当する地域が振り分けられていたからである。唯一の例外はジン、あの男だけはどの国においても躊躇なく犯罪に手を染めている。組織の暗部を最も知るジンに関しては、その本拠地が存在した日本に捜査権が認められた。
あっさりとそれが認められた背景には、コードネームを持っている幹部達が吐いた情報は共有すべきだと強く主張した降谷の存在が大きい。最後まで組織に潜り続けた彼が日本の捜査機関で総指揮を取っている今、敢えてFBIとして場を引っかき回す必要もない。彼に任せておけば、どんな些細な見逃しもなく聴取が終わるだろう。それでもジンの口から全てを吐かせるのは至難の業だろうが。
赤井を含めたFBIのメンバーが日本から撤収したのは一週間ほど前になる。日本における残党の犯罪率が極端に減ったのを確認し、各国の捜査機関はそれぞれの捜査官達の撤収を決めた。現在日本に残っているのは特殊な事情がある本堂だけだ。彼女の場合、日本滞在時にアナウンサーをやっていた関係で少し調整に手間取っているらしい。その件の収束に関して裏から手を回したのはどうやら降谷らしい。アメリカの捜査機関は彼に対して今のところ借りしかない。
「おーい、シュウ」
ぼんやりと窓の外を眺めていた赤井は、声のした方を振り返る。
帰国と同時に赤井秀一の死亡は偽装であった事が仲間達にも知らされた。そんな事だと思ってたよという意見が大半を占めたのは赤井自身の能力を彼等がよく知っている故だ。
振り返った赤井の視線の先に居たのは、そうやって喜んでくれたアカデミー時代からの友人の1人、ゲイリーだ。
「なんだ」
「お前達の帰国祝いパーティをやるんだが、勿論来るよな?今夜なんだが」
「あー…今日なら無理だ、すまない」
そう告げる赤井にゲイリーが不満そうな表情を見せる。
「仕事だよ。連絡を取らなきゃならない相手が居てな」
「今じゃ駄目なのか?……ああ、もしかして日本か」
「進捗状況を話したいと連絡があった、1週間ではさして進んではいないだろうが…それでもな」
「……仕方ねぇな、ならこっちをずらすか」
「いやいい、また改めて機会を作ってくれればいいさ」
二度飲めるぞ?とウィンクするとどうやら納得してくれたようだ。
「オーケー、次は断らないでくれよ?」
「ああ、勿論」
片手を上げて去って行く同僚の後ろ姿を見送った赤井は、そのまま椅子の背に寄り掛かり1つ溜め息を零した。
今日の電話会議は密かに思いを寄せる彼じゃない。一時間ほど前にそう連絡を受けたのだがそれだけでやる気が削がれてしまう。彼が相手なら仕事だから…などと口にはしないのだがと苦笑いを浮かべる。今日の相手はそんな彼の部下だ。警察庁に出入りしていた時に降谷から直接紹介された男の顔を思い出す。あまり他人の顔など覚える事のない自分がその男の顔を覚えてしまったのはつまらない嫉妬心だ。組織に潜入中だった彼を誰より支えたと紹介された時、無意識にその男へ鋭い視線を向けてしまった。殺気までは向けていなかったと思うが、それでも少し怯えたように視線を合わせてこなかったのを覚えている。
急な事件が起きた所為で彼が駆り出され急遽不在になった為の代理だとの事だが、それなら順延してくれても構わなかったのに…とさえ思う。
手元のアラームが鳴ったとほぼ同時にパソコンの通話回線にアクセスが入る。彼でないのなら手早くすませてしまおう、そう思ってヘッドセットをつけ自分の回線を開いた。
「…ふ」
『間に合って良かった、バタバタしてしまってすみません。…少し疲れてるようですが大丈夫ですか?』
そこに映し出されたのは、今日は顔を見る事も声を聞く事も叶わないと思っていた降谷の顔だった。少し息が荒いような気がする、もしかすると間に合わせるために走ってきたのだろうか。
「…君の方が忙しそうだ、無理をしたんじゃないのか?」
『大丈夫です、今日はちょっと間が悪くて。それより始めましょうか』
にっこり微笑まれてはそれ以上しつこく追求するような真似は出来なかった。今も昔も彼にはどうにも敵わないのだ。それに顔を見れた事は嬉しい誤算だ。
会話を開始して暫くはこの1週間で得た情報の交換になる。思った以上にジンからの聴取が進んでいるのをストレートに称賛すると、はにかんだような笑顔を見せてくれた。
『あなたに褒められると、なんだか天狗になってしまいそうです』
「いや、本心だ。俺ではあの男をまともに喋らせる事も出来ん」
ディスプレイ越しである事が残念で仕方がない。けれどそう思うと同時に距離があってくれて助かったとも思う。こんな顔を間近で見てしまったら手を出さずにいる自信が無い。
「…仕事の話はこんなところかな?」
『はい、こちらから出せる情報はそれで全てです』
「もう少し、話せるか?」
『あなたが良いのなら僕は問題ありません、…何か』
「ああいや、大した話じゃない。仕事の話ばかりではなく君自身の近況も聞きたいとそう思っただけだ」
そう言うとうーん…と考え込んでからそういえば…と話し始める。
『昨日、キールと飲み会したんですけど』
「キール…本堂とか」
何となくムッとしてそう言い直すと、しまった…という表情を浮かべてすみませんと謝られてしまう。
『あ、そうです。なんだか最後まで一緒に潜ってたせいでどうしてもキールって呼ぶのが癖になっちゃってて』
不快な気持ちにさせてすみませんという降谷に慌てて違う…と言葉を繋いだ。
「すまない、そうじゃなくてだな。俺も君とそうやって飲み会をしたかったなと思って…焼き餅を焼いてしまっただけなんだ」
『や…きもちですか、赤井が?』
この会話を少しでも長引かせたくて赤井がそう言い訳すると、シュンとしてしまっていた表情が再びぱぁっと明るくなる。
「いけないか?俺だって君ともっと仲良くしたかったんだ」
『あははは、本当ですか?じゃあ、今度あなたが来日したら飲み会しましょう、3人で』
最後の“3人で”…は余計だが、けれどそれでも彼とプライベートな空間を共に出来るなら…と思い直す。
「ああ、是非」
『社交辞令だったら許しませんからね?それでこの間なんですけど…』
正直、キールとの楽しい飲み会の話の内容自体は頭になど少しも入ってこなかった。それよりも彼のくるくる変わる表情を焼き付けようと必死だった。
どれだけそうしていただろう、不意にスピーカーからピピピピ…という電子音が聞こえた。と、それまで饒舌に喋っていた降谷の口がピタリと閉じられる。ああ、そうか、タイムオーバーか…セキュリティに特化した専用回線の使用は2時間と決められているらしい。
『あーっと…すみません。僕ばっかり喋っちゃってて』
「いや、楽しかった。君の話は楽しいよ」
『赤井は優しいなぁ、…じゃあ名残惜しいですけれど次の日時は改めて連絡します。今度はあなたの方から指定して下さいよ』
「…そうだな、じゃあジェイムズと相談してからになるから改めて俺から日時を連絡しよう、君の携帯でいいのか?」
『はい、大丈夫です。出られない時は留守電にしてありますのでそちらに入れて下さい。ええと…僕の方はこれでもう仕事終わりなんですけどそちらはこれからですよね、一生懸命お仕事して下さいね?』
「ああ、ありがとう。君もゆっくり休んでくれ、お休み、降谷くん」
『はい、それじゃ次の連絡待ってます』
「了解」
名残惜しい、けれど確かにタイムリミットは過ぎている。専用回線を落とし、赤井はグッと背を伸ばした。楽しい時間の終わりはいつも寂しさを伴う。側にいて欲しいと思う一方で、そんな事をしては駄目だと止める自分が居る。
彼の立場を慮れば、決して口にしてはいけないこの感情。けれどその思いはまるで樽の中で熟成されるバーボンのように日を追う毎に熟成されていた。
[newpage]
ヘッドセットを外し大きく腕を伸ばす。んーっ…と声が漏れるが今の所ここは完全に自分1人のエリアだ。
応急手当てした脇腹が通話を終えた途端ジクジクと痛みを訴える。ナイフが掠めただけとはいえ雑菌でも入り化膿してしまったら大事になってしまう、その前に病院には行った方が無難だろう。そんな事を思っていると控えめなノックの音と共に風見が顔を覗かせた。
「降谷さん、そろそろ…」
「ああ、すまない。…現場から何か連絡はあったか?」
赤井との電話会合のため30分ほど前からこの部屋で準備を進めていた風見は、5分前に室内へ駆け込んできた降谷を見て驚いた。息を切らせているのも珍しいが、何よりもその顔色だ。どこか怪我をしているのかと問えば、掠り傷だと笑う。慌てて降谷が応援に駆り出された現場に確認を取った風見は降谷が怪我を負った事を知った。現場で新人を庇って負った怪我だという。だが、それを問い糾す前に時間だからと部屋から追い出されたのだ。
「いくつか現場から問い合わせがありました。私で答えられる範囲の事でしたので既に解決済みです」
ここへ駆け込んできた時よりも更に顔色が悪い。室内の灯りが微妙に暗めに設定されているのは顔色の悪さを向こうに気付かせない為だろう。本当なら報告など後にしてすぐに病院へ送り出したい。だが、報告をしなければ降谷はこの場所から決して動かない。それを誰より知っている風見はこの場所へ来るために降谷がらしくなく放りだしてきた仕事の後始末の説明を始めた。それを全て聞き終え、ようやく自嘲気味の笑みを浮かべる。
「…馬鹿だなって思ってるだろ、君は」
「はい、けれど降谷さんには必要な馬鹿かと」
「そう言うなよ、俺だって好きでこんな馬鹿をやってるわけじゃないぞ?」
「…は、………申し訳ありませんっ」
「…謝る事じゃないよ、馬鹿だな」
そう言って瞼を伏せる降谷に対し、風見は何を言えば良いのか分からずにただ黙ってその場に立ち竦む事しか出来ない。
「病院側の受け入れ準備は既に手配してあります。…病院までは私がお送りします」
子供じゃないんだから1人で行けると言いかけたが、風見の表情を見て止めた。これは大人しく頷いておいた方が良い、そういう顔だ。
「…分かった、頼む」
「差し出がましいようですが…やはり一度、赤井捜査官ときちんと話をするべきでは」
「風見、…分かってるだろ?無理だよ」
そう言って今にも泣きそうな顔をされてはそれ以上降谷に意見する事は出来なかった。
風見が降谷の淡い恋心に気付いたのはある意味、必然だった。ゼロとして動く降谷が立ち止まる事のないよう適切なフォローをする事が自分の役目だ。それでも最初は気の所為、もしくは一時的なものだと思っていた。けれど、時折降谷が赤井に向ける視線を見誤るほど朴念仁ではない。
「…ですが」
「赤井はヘテロなんだ。今のままならきちんと和解も出来たし嫌われる事だけはない。けれど…こんな気持ちを知られて万が一アイツに拒絶されたら死ぬより辛い」
「しかし降谷さんもヘテロでしたよね」
「………勿論だ、誰彼構わずって訳じゃない。…だから余計だよ。…この話はもう止めよう、さすがに傷が痛い」
降谷にそう苦笑され、風見はハッと居住まいを正した。
「申し訳ありません、すぐに病院へ」
「うん、そうしてくれ」
誤魔化されたと分かっていても傷が痛むのは事実だろうしこれ以上降谷を追い詰めたところで肝心の赤井はアメリカにいるのである。こればかりはどうにもならない。
警察病院まで付き添い、治療を終えるのを待って降谷を自宅へ送り届けた後、風見は自宅へと車を走らせた。だが、その途中で妙案が浮かんだ風見は自宅ではなく警視庁へとハンドルを切った。こんな時に頼るべき相手の顔を思い出したからである。
翌日、登庁するや否や降谷は管理官に呼び出された。何事かと急ぎ足で向かうと、仏頂面の管理官に出迎えられる。
「怪我を負ったそうだな」
「……は、申し訳ありません。ですが仕事に支障は出ない程度の」
「降谷」
「はい」
「5日間の休暇を申請しておいた。本日は午後休、明日から5日間は登庁する事はまかり成らん、以上だ」
口答えなど一切聞く耳持たないといった表情で睨み付けられてはぐうの音も出ない。降谷は大人しく頭を下げ、管理官の前を辞した。怪我の事が漏れたのは現場からの報告書だろうか。いや、もしかしたら風見が報告したのかもしれない。
はぁ…と溜め息をつき降谷は自分のデスクへと戻り書類を片付け始めた。5日も休みとなればある程度纏めておかないと後が大変なのだ。けれど、溜まっていた書類箱の中身は既に空っぽになっていた。
「風見」
「はっ、何か」
「やってくれたな」
呼ばれてやって来た風見の目の下には隈が出来ている。恐らく昨日降谷を病院に送り届けた後、管理官への根回しや書類整理の為にここへ戻ってきたのだと分からない降谷ではない。
「…君には敵わないよ」
「お褒め頂き光栄です、どうぞゆっくりされて下さい」
「はは、じゃあ失恋旅行でもしてくるかな」
「お土産を期待しております」
「うん、期待してろ。何かあったら連絡しろよ?」
「我々で対処出来ない事態になった時のみ、連絡を入れさせて頂きます」
大真面目な顔でそう言って頭を下げる風見に、降谷は思わず吹き出した。
[newpage]
「赤井くん、ちょっと来て貰えるか」
コーヒー片手にデスクへ戻った途端、ジェイムズに手招きされる。これはあまり良い話ではない、顔を見た途端そう感じたが無視する訳にもいかず渋々そちらへ足を向けた。
「すまんね、君の考えている通り面倒事だ」
人の悪い笑みを浮かべるジェイムズに思わず苦笑してしまう。軽口が飛んでくる程度の話題だと分かったからだ。
「週末のレセプションだが、先方がどうしても君が良いとゴリ押ししてきてね」
週末のレセプションと言われ赤井が分かりやすく眉を顰める。
「…ガキのお守りはごめんだと言った筈ですが?」
赤井のいう「ガキ」とは上院議員の一人娘の事である。何かで赤井の事を知ったそのお嬢様がその会に出席するFBIのメンバーの中に赤井を入れろと駄々を捏ねたという話は先週笑い話として聞かされた。だが、こうして改めて渋い表情で口にすると言う事は笑い話では済まなくなったという事なのだろう。
「まあそう言ってくれるな。2時間辛抱すれば勝手に帰って良いそうだ、頼むよ、赤井くん」
「…了解」
朝から気分の滅入る話である。せっかく買ってきたコーヒーも若干冷めてしまった。一口口に含むと、それでもコーヒー豆の良い香りが気分を少しだけ上昇させてくれる。
というのも、ここのコーヒーは降谷の淹れてくれたコーヒーに味が似ているのだ。一度だけ、合同捜査会議の時に淹れて貰った彼のコーヒーには劣るが、多分同じ豆を使っているのだろう。あの味を思い出すのには十分な香りだった。
「週末は大変だな、シュウ。随分気に入られちまったもんだ」
「代理で行ってくれるのか、助かる」
「馬鹿いえ、お前を強くご指名だって聞いたぜ?…ご愁傷様」
同僚であるオリバーの揶揄にも溜め息しかでない。そんな訳の分からないガキの面倒を見させられるくらいなら犯罪者を追いかけ回していた方が数倍マシだ。
「勘弁してくれ、捜査官をなんだと思ってんだ」
「全くだ、聞いたところによるとな」
声を潜めて耳打ちしてきた内容に本格的に気分が萎える。どれだけ甘やかされているか分からないが、そうやって呼び寄せた捜査官を写真に撮りSNSで自慢しているというのである。
「……ヒゲ面で行くか」
「あははは、そりゃいい。ついでにダサいメガネはどうだ?けど、趣旨替えかねぇ」
「どういう事だ?」
「その女、金髪碧眼が大好物でな、ちょっと待ってろ………」
そう言ってオリバーは私用らしき端末を取りだし、少しして赤井へとディスプレイを向けた。そこには、一言では言い表せない下世話なランキングが表示されていた。けれどどれもオリバーの言うように金髪碧眼の男だけである。
「…確かにそうだな。とすると……妙だな」
オリバーが声を掛けてきた理由が揶揄う為だけじゃないとようやく赤井は気付いた。
「だろ?…お前、もしかして金髪碧眼の…あの女が軽々しく手出しできないような男と伝手があるんじゃないか?」
そう言われて咄嗟に頭に浮かんだのは愛しい片思いの相手である。だが、彼は彼女の好む金髪碧眼ではあるがハーフであり、完全に彼女の好みであるとは言い難い。だが手を出しにくい相手…という条件で考えればピタリと当て嵌まる。
「なんだなんだ?心当たりがあるのかよ」
「いや、…お前も知ってるだろう?日本の…公安の彼だ」
そう口にするとオリバーが口元に手を当てて考え込む。
「……あー、そりゃ……確かになくもねぇぞ?その女の親父であるベネット上院議員だけどな、色々と悪い噂もあるんだ。例えば、この間摘発した製薬会社に投資していた過去があったりとかな」
「なんだと?…まさか」
「気をつけろよ?シュウ。公安のあの男がバーボンだったって事は箝口令が敷かれているから外には漏れちゃいない。だが、ベネット上院議員が何らかの伝手で既に知ってたとすると」
「狙いはバーボンか」
さっきまでと違い、眼光が一気に険しくなる赤井にオリバーがぶはっと吹き出した。
「…お前、その面構えで行ってこい、眼鏡や髭なんぞより効果覿面だ」
笑いながら電源の入っていないパソコンのディスプレイを指さされる。そこには何人か殺してきた後のような顔をした男が写っていた。
「おーい、サボってんなら手を貸してくれ、オリバー」
「おっと、…見つかっちまった。じゃあな、シュウ、上手くやれよ?」
お節介なところがあるオリバーは最初からこれを伝えるために来てくれたのかもしれない。オリバーは主に国内、政治家が絡んだ事件を調査するセクションにいる捜査官だ。だとすると女が降谷を狙っているというのは確実な情報だ。しかも、大きな声では言えない事情もある。ジェイムズを通して話が来たという事は、恐らく政治家とパイプを繋ぎたいと思っている上層部が絡んでいるのだろう。あのジェイムズが最初から面倒事だと言って話し始めたのをようやく思い出す。あの一癖も二癖もある男がわざわざ面倒事だと認識していたのだ、何もない筈がない。
長い溜め息をついて赤井は件のベネット上院議員について調べ始めた。
[newpage]
管理官にほぼ無理矢理療養休暇を取らされる羽目になった降谷は、失恋旅行の名目で郊外のショッピングモールへと泊まりがけでやって来ていた。数日前に新一からずっと探していた物をそこで見た事があると教えて貰ったのを思い出したからだ。
降谷が探していたのは、とあるメーカーの万年筆だった。国内では既に取り扱っている店舗もなく、あちこち歩き回って探す時間も無い。先日、新一と警視庁で顔を合わせた時に雑談代わりにその話題を振ったところ、少し前の大型連休の際に見ましたよ、と軽く返されたのだ。驚いて懐から万年筆を取りだして見せると、全く同じ物があったというではないか。そんな理由で降って湧いた休みを使いここまで足を伸ばしたのだ。
首都圏から高速道路を使って2時間強のそのリゾートは連休が終わった後という事もあり比較的空いている。近くには温泉もあり、ついでに何泊かしていく事に決めていた。傷自体はナイフで皮一枚切られただけの掠り傷だから問題ない。
愛車を停めショッピングモールの中へと足を向ける。途中に設置されている案内板で店舗の位置を確認し、先ずはそこへと向かう。無駄足になっても仕方がない、けれど取り扱ったことがある店舗なら取り寄せも可能かもしれない。そう考え、降谷は懐に入れてきた万年筆を握りしめた。
これは降谷の物ではない。まだ各国の捜査官達が警察庁に出入りしていた頃、赤井から貸して貰ったままになっている品だった。
いつもはそんな事は無いのだが、その日は色々とツイてなかった。何をしても上手くいかず、挙げ句の果てにはフランスの捜査官からさっきまでの事件の説明に補足を求められた際に手持ちのペンが書けなくなってしまったのだ。日頃、筆記用具にはそれ程拘りのない降谷はが持っているペンはその辺で購入した使い捨てのボールペンだ。だが、偶々なのだろうが突然それが書けなくなってしまった。ハプニングに慌てる降谷に救いの手を差し伸べたのはやはり偶々通りかかった赤井だった。
懐から使い込んだ万年筆を取りだし降谷に手渡すと、ジェイムズに呼ばれているから後で返してくれればいいと言い捨ててその場からいなくなってしまったのだ。
赤井のおかげでフランスの捜査官への説明も済み、フリーになった降谷は万年筆を返す為に赤井を探し求めた。けれど間の悪い事が重なりそれ以降赤井と顔を合わせることが出来ないままFBIは帰国してしまったのである。
更に間の悪い出来事は続く。いつでも返せるように…と思って持ち歩いていたのが禍いし、事もあろうにそのペンを破損してしまったのだ。
使い込まれた万年筆の状態からこれが赤井にとって大切な物なのは間違いない。それをうっかり破損してしまいましたなどと言える筈がない。せめて代わりになる物を…と懸命に探していたのだ。
店舗へ入ると若い男が店番として座っていた。
「すみません、この万年筆と同じ物をここで扱っていると聞いたんですが…」
「拝見してもよろしいですか?……ああ、ございますよ。今お出しします」
あっけなく見つかった事にホッと胸を撫で下ろす。店舗の奥へ入っていった男は、真新しいケースを抱えて戻ってきた。
「こちらになります、…製造年は違うかもしれませんが型は同一の物になります」
そう言って見せられたのは確かに同じ物だった。
「良かった、実はさっきのペンを壊してしまって同じ物を探していたんです」
「そうでしたか、差し出がましいようですが…その破損したペンを今一度拝見させて頂けますか?」
「え、…はい」
店番の男へと万年筆を手渡す。受け取るや否や、手際よく解体し破損箇所を調べていた男はにっこりと笑顔を浮かべ顔を上げた。
「これでしたら私共の攻防で修復可能ですよ?…ええと、少しお時間をいただければ」
「えっ、本当ですか」
「ええ、この程度でしたら」
店番の言葉に降谷の表情が明るくなる。修理出来るのなら代替品よりその方がいいのだ。
「是非お願いします、数日こちらには滞在しますので」
「では修理という事で承ります、・・・こちらのペンはどうされますか?」
「それも購入したいです。…その、同じ物を持っていたいと…思ってて」
少し口籠もりながらそう言うと、男はにっこりと微笑んで承知いたしましたと口にした。
まさか修理可能だとは思ってもみなかった。これで大切な物をきちんと赤井に返す事が出来る事にホッとする。何となく肩の荷が下りたようで心も軽くなった。
去年出来たばかりだというモール内は平日だというのにカップルや親子連れで賑わっている。そんな中で一人でいる事に少しばかり寂しさを覚えた降谷は少し傷が痛み始めた事も手伝い早々に宿へと向かうことに決めた。
赤井に対する拗らせきった気持ちは単純に好きだというだけでは収まりきらない。木の周りを猛スピードで回りすぎてバターになってしまったような感じで、自分でも最早これが恋なのかどうか何て判断がつかなくなってしまった。
一方通行のお揃いだが、自分だけ分かっていればいいのだから満足だ。一通りショップも見終わった降谷は駐車場へと歩き出した。と、その時である。
「…そこの金髪の青年、少し話がしたいのだが」
背後からそんな風に呼びかけられた。だが、聞こえた声が女性の声であった事に加えこんな所で目立つ行動を取るわけにはいかない、面倒事は避けようと判断した降谷は気付かない振りで歩き出そうとした。
「万年筆を買った、君だ。どうしても話がしたい」
万年筆…そう言われつい立ち止まってしまう。これではここで立ち去る方が人目についてしまう。観念した降谷はゆっくりと振り返り小さく目を見張った。そこに立って居たのは外国人である事が一目で分かる妙齢の美女だった。大きめの帽子の下から覗く金髪、サングラスで目の色は分からないがその肌の白さは日本人では有り得ない。
「…僕ですか?」
「ああ、君だ。唐突にすまない。あの文具屋で君が購入した万年筆なのだが、…すまない、不躾な事をしている自覚はある。だが、そうと分かっていてもこうせずにはいられない」
そう言って突然深々と頭を下げられたのである。
「ちょ、…いきなりそんな頭を下げられても、何なんですか、一体」
「君が買った万年筆を私に買い取らせてはくれないだろうか」
「え……」
「頼む、後生だ。ああ、頼み事をするのにサングラスなど言語道断だな、…失礼」
そう言ってサングラスをとった女性の顔を見て降谷は息を飲んだ。サングラスの下から現れた顔、それは赤井の母親であるメアリー・世良だったからだ。
そういえばAPTX4869の解毒薬が効いて元の姿を取り戻したとは聞いていた。だが、公安の人間として捜査関係者ではないただの被害者の一人でしかない彼女には結局一度も会う事はなかったのだ。なのに今になってまさかこんな場所で突然鉢合わせるなんて何の偶然だろうか。
だが、ここで逃げ出すのは得策ではない。確か、コナンから聞いた話では赤井同様、相当の使い手らしい。逃げたが最後、どこまでも追い掛けられるのは目に見えている。
「あの、……事情を伺ってもよろしいですか」
「問題ない。…そこのカフェに入ろうか、私が奢ろう」
逃がさないとばかりに腕を取られ、喫茶へと連れ込まれる。奥のボックス席に座らされ、ようやく腕を離して貰えた。やはり只者ではないのはその身のこなしで分かった。けれど突然の事で動揺していたために、こちらの素性は気取られてないようで少しだけホッとする。
「私は紅茶、君はどうする?」
「同じ物で…」
「では2つだ」
「畏まりました」
クラシック音楽が流れる店内は、時間帯の所為かそれ程混雑してはいない。
「事情、というやつだが、実は……」
そう言ってメアリーが話したのは、その万年筆が亡くなった夫の愛用していた物と同じモデルだから…という理由だった。東都でその万年筆をこの場所で見た事があるという情報を得て探しに来たところ、一足違いで降谷が購入してしまっていたらしい。しかもそれが最後の一本であり、しかもメーカー廃番のために再入荷はないと言われてしまったらしいのだ。
「店の人間は購入した人物の事を一切教えてはくれなかったのだが、君が購入するのを偶々見ていたという人物が店を出た私に教えてくれたのだ。君自身もわざわざここまで探しに来たのだろうから拘りがあるのは承知の上で頼む、どうか、…譲っていただけないだろうか」
「分かりました、良いですよ」
メアリーの亡くなった夫の思い出の品…という事は、あの万年筆は赤井の父親のものだったのだ。そんな大切な物を預けられていたのかと思うと胸が苦しくなる。と同時に修理が可能だった事に心の底から感謝した。
それにこんな話を聞いてしまえば無碍に断るなどは出来る筈がない。これは自分が持つより彼女の元にあった方が良い。心の内で密かに赤井に対する気持ちはここに置いて行けと言う事だな…とそんな気持ちがよぎったが、それを顔に出す事は無かった。
そんな降谷の胸の内を知る由もなく、ただ承諾を得られた事にメアリーの瞳が喜びの色に彩られる。
「本当か、……ありがとう、恥を忍んで声を掛けた甲斐があった。……本当にすまない、心の底から感謝する」
緑色の瞳が少し潤むのを見て、これで良かったのだと降谷は今度は本心から淡く笑みを浮かべた。
「いえ、僕が持つよりあなたが持った方が良い。…僕はただ、片思いの相手と同じ物を持ちたいって…そんな女々しい気持ちだっただけなので」
そう口にした瞬間、メアリーの瞳が興味深そうなそんな色合いを浮かべた。しまったと臍を噛むが時既におそしとはこの事だろう。
「…片思いの相手か、どんな相手なのだ?…私は君の事を良く知らない。だから私に話す事で何か良いアプローチ方法が生まれるかもしれんぞ?」
紅茶を飲み終えるまでの間、話してみないか?と水を向けられて少し戸惑った。何せ目の前の相手はその当の片思いの相手の母親なのである。そんな相手にぶちまけて良い話ではない。けれどそう思う一方でこの場所にこの気持ちを置いて行こうという思いがこみ上げてきた。降谷の仕事柄、今後もメアリーと顔を合わせる事はない筈だ。
――聞いて貰ってしまおう、そして潔く諦めよう。そう決意を固めた降谷は興味深そうに自分を見守るメアリーと目が合いドギマギとしてしまう。
「迷うのは当然だ、だがまあ話す決心はついたようだな」
「はい、ご迷惑でなければ」
「なに、恋バナというのは聞かされて迷惑な話など1つもない。どれも真剣で一生懸命で愛おしいよ」
赤井によく似た顔で愛おしいなどと言われ思わず頬が赤く染まりそうになるのを咳払いで誤魔化した。
そうしておいて、メアリーの顔は見ずに赤井への恋心を告白し始めた。微妙に焦点をぼかしつつ、自分では相手を幸せにする事は出来ないから結局告白は出来なかったと口にしたところで顔を上げて言葉に詰まった。降谷を見るメアリーの瞳が驚くほど優しかった所為だ。
「……え」
「君は、本当にその相手の事が好きで好きでたまらないのだな。…君が一生懸命考えて決断した事だろうから私にはどうこう言う権利はない。けれど私は君の話を聞いて、そんな君の事をとても可愛いと思っているよ、嘘じゃない」
赤井とよく似た顔でそんな事を言わないで欲しい。思い切ろうとしているのに未練が沸いてしまうではないか。これ以上ここに居ては墓穴を掘りかねない、そう判断した降谷は潮時だとばかりに伝票を手に取った。
「お話を聞いて頂いたお礼にここは僕に払わせて下さい。…あなたに話せて良かった、それじゃあ僕はこれで」
「そうか、引き留めすぎても君に悪いな。だが、最後に1つだけ聞いて貰えるか?私の息子の話だ」
メアリーの息子…と聞いてギクリと身体が強ばる。だがメアリーが話し始めたのは赤井の事ではなく次男の秀吉の事だった。
「私には子が3人いる、3人とも我の強い子供達だ。長男と長女の事は一先ず置いておくとして、君に聞かせたいのは次男の話だ。あの子は昔から一度こうと決めたら決して自分を曲げないところがある。まあ、あの子なりの拘りがあったというのは分かるが、実際の所をその相手の女性に話を聞いて驚いたよ。何と彼女は既に別れていたと思っていた相手だったと聞かされたんだよ」
「え、…そうなんですか?」
次男と言えば羽田名人の話だろう。確か警視庁交通課の女性と恋仲だと聞いていたが別れていたとは知らなかった。
「ああ、本当だ。その女性はとっくに次男とは別れたつもりになっていて次男の事を人に話す時は元彼と言っていたらしい」
「も…元彼ですか」
「ああ、だが次男は1度たりとも別れたつもりはなく、そのまま形振り構わずに押して押して押しまくった結果、ついにその恋を成就させたのだ」
そんな経緯があった事は知らなかった。当時、羽田名人ともその彼女である宮本由美とも交流があったコナンもそこまで詳しくは話してくれなかったからだ。
「諦めなければ全て願いが叶うとまでは言わんよ。だが、私は一度くらいチャレンジしても良いのではないかと思うのだ」
「………でも」
「間違っていたら申し訳ないが、君が告白を躊躇する一番の理由は相手の性別か?」
今度は動揺が隠せなかった。そこまで分かってしまうものなのだろうかと臍を噛む。どこかで気付かれる要因があったとしたら重大なミスだ、油断しすぎとしか言い様がない。それともこれが赤井家という一族なのだろうか。兎にも角にも洞察力がありすぎる。動揺する降谷に、更にメアリーは畳みかけた。
「君は通常の場合、大層自身家なのではないかという印象を受ける。そんな君が当たって砕けもせずに諦める相手となれば、恐らく相手も男性でしかも職場も一緒か…関係先かといったところだろう。…それならば告白さえ躊躇する気持ちは理解出来なくもない」
流石は赤井の母親と言うべきなのだろう、完璧な推理にぐうの音も出ない。だが黙ってしまった降谷にメアリーが苦笑して席から立ち上がる。
「すまない、どうも悪い癖だな。君には感謝している、だからこそこの先の人生に後悔の残るような選択はして貰いたくないと思うのだ、お節介で申し訳ない。よく長男ともそれで喧嘩になるのだ」
母親に容赦なく手を上げるとんでもない男なんだぞ?と言うメアリーに、思わず赤井の顔が脳裏に浮かんでしまって吹き出してしまった。
「女性に手を上げるなんて、しかもお母さんに暴力なんて」
「だろう?とんだやんちゃ坊主だ」
にっこり微笑むメアリーに降谷は涙が零れそうなそんな気分に陥った。
口ではこんな事を言いながら、メアリーがどれほど赤井の事を心配していたのか知っていたからだ。世良真純からの情報を又聞きしただけなのだが、赤井の死亡報告を受けた瞬間のメアリーの悲嘆は筆舌に尽くしがたいほどだったという。
「あなたに会えて良かった。…万年筆も、あなたの手に渡って嬉しそうです」
「…君は優しい子だな。うちの子供達に見習って貰いたいくらいだ」
そう言い終るとメアリーはスッと右手を差し出した。
「あの万年筆を買い求めたのが君で本当に良かった。…連絡先の交換を…と言いたいところだが、君に心理的負担を掛けるのが目に見えていて口に出来ん」
「…あなたがどこまで僕の事を推測されたのか…知るのが怖いくらいですよ」
「亡くなった主人がそういった関係の仕事だったんだ。……君の人生に幸多からんことを祈っているよ」
「光栄です、……それでは」
そう言って軽く頭を下げ、降谷は喫茶店を後にした。赤井とお揃いのペンを持つ夢は破れたが、これで良かったのだと思う。彼によく似たメアリーに思いをぶつけたことで胸の内に苦しいほど渦巻いていた気持ちが少し整理出来たような気がする。
未練は断ち切る、そう決めた降谷は真っ直ぐに車へと向って歩いた。
[newpage]
少し突けばボロが出るだろうと踏んでいたベネットという男が、考えていたよりもずっと悪辣な男である可能性が高くなった。何故なら、全くといって良いほど悪い噂も良い噂も流れてこなかったからだ。
ここまで綺麗に身辺が片付けられているのは普通じゃない。むしろ全く無い政治家など皆無だろう。だが、ベネットには何もなかった。
せめて良い方の噂でもあれば如何にも政治家らしいという感想を持てた。だが良い方の噂もないのでは、これは一筋縄でどうこう出来る人間ではないと思った方が良いだろう。
突き詰めた捜査をするには時間が全く足りない。けれど、恐らくジェイムズが自分を推したのは対象がバーボンである事に気付いたからだと赤井は確信していた。そして、上層部が狙っているのがベネットの逮捕だという事にも気付く。本当に碌でもない上司である。降谷に対する気持ちに気付いたからこそのキャスティングだ。
だが、そうと分かっていても赤井はこの仕事から手を引く事は出来なかった。こんな危険な男がバーボンに興味を持っていると気付いた以上他の捜査官に任せるのは絶対にお断りだ。何かが起きてからでは遅い、そんな事になる前に芽は摘んでおくに限る。こうなる事を見越してジェイムズは自分を推したのだろうと思うと多少面憎くも感じるが、自分以外に降谷の事を巻かされたらそれはそれで腹が立つだろう。
こうなったら自分に出来る事のは現場で対処する以外の方法はない。万が一、他等に男狂いの娘がコレクションとして自分を並べたいだけなら、それはそれで平和的解決というやつだ。
ここ数日、こんな事絡みで彼の事ばかり考えていた所為で会いたくて仕方がない。ここが日本ならば偶然を装って顔を見る事も可能だが、生憎ここは彼の愛するあの国じゃない。一枚だけ隠し撮りをした彼の写真を時折厳重にロックしたフォルダから撮りだして眺めるのが精一杯だ。それも頻繁にやると逆効果なのだ。今度は声が聞きたくなるし、何なら彼の香りを感じ取りたいとさえ思う有り様で…自分でも拗らせすぎだとそう思う。
万策尽きた赤井が帰り支度をしていると、メアリーに半ば強制的に入らされた家族用の会話アプリに着信が入った。どうやら旅行に出掛けたらしく、スナップ写真が何枚か連続して送られて来た。何となくそれを眺めていた赤井はその中の一枚に気になる人影を見つけ身を乗り出した。小さい後ろ姿だったが自分が彼を見誤る事はない。これは降谷だ、そう認識した瞬間、反射的に通話ボタンを押していた。
『…珍しいな、お前がメッセージに反応…しかもわざわざ電話を掛けてくるなど。明日はハリケーンが来るのか?』
どこか呆れたように開口一番そう告げられたが、それに対し返す言葉が見つからない。彼の後ろ姿が写っているとはいえ、偶々かもしれないと気付いたのだ。
考えてみれば公安に属する彼が写真を撮らせる事を同意するはずがないし、何より彼とメアリーは面識がない。
「ああ、いや……旅行なんて珍しいなと思っていたら誤動作していた、悪かった」
『なんだ、そうか。何かお前の興味を引く景色でもあったかと思ったのだが。…どうだ?元気にしているか?』
誤魔化し切れたかどうか…我ながらこの母親は未だによく分からない事が多い。彼女が昔の事を一切話さないのが原因なのだが、とても素人とは思えない体術や時折鋭さを見せる洞察力などは只者とは思えない。
「頗る元気だ、そっちは?…旅行なんて珍しいな」
『珍しいも何も。私はお前が勝手に持って行ってしまった務武さんのと同型のペンを探しにここへ来たんだがな』
「…あー……すまない、そうか、そうだったな」
『まあ良い、お前が務武さんを慕っていたのは知っている、母として嬉しい事だ』
メアリーにはどうも口では叶わない。父ももしかしたらそうだったんじゃないだろうか。二人が喧嘩をしているところはそう多く目にしたわけじゃないが、たまにそんな場所に居合わせるとどこかホッとした様な表情になった務武が「買い物に行こう」と行って連れ出してくれたのを思い出す。
と、そこで赤井は自分がその万年筆を意図的に渡した相手の事を思い出す。何か、自分の大切な物を彼に持っていて欲しくて偶々訪れたチャンスを逃さず彼に形見となってしまった万年筆を渡したのだ。
『実はそこで親切な青年に会ってな。久し振りに初々しい話を聞かせて貰ったよ』
「親切な青年?」
『ああ、実は工藤くんからの情報を元にそのショッピングモールへ行ったのだが、僅かな差で最後の一本が売れてしまってね。再入荷もないと言うし少々落ち込んでいたのだが、幸いというか何なのそれを買った人物の情報を耳打ちしてくれた者がいてな』
メアリーの言葉に赤井は眉を顰めた。黙っていればメアリーは相当の美女だ。下手をするとナンパ目的でそんな便宜を図ったのではないだろうか。
『なんだか訳の分からない褒め言葉を間に挟んで喋ってどうにも要領の悪い男だったんだが、必要な情報を何とか聞きだして購入したというその青年を探したんだ』
…やっぱりナンパ目的だったのか、と思うと同時に今度は別の心配が頭を擡げる。
「おい、…まさか買った品を譲れと脅したんじゃないだろうな」
『……次に会った時に1発殴らせろ、そんな非常識な事をする筈がないだろう。人の事をなんだと…、まあいい。誠心誠意、こちらの事情を話してお願いしたんだ』
「…それで譲ってくれたのか、親切な男で良かったじゃないか」
『いや、それがだな。…時間は良いのか?少し長い話になるぞ?』
「ああ、仕事終わりだ。たまには付き合ってやる、その男がなんだって?」
母の長話に付き合おうと思ったのは、勘の良いメアリーに腹の内を探らせずに写真の事を聞くためである。母が送ってきた写真は明らかに降谷の後ろ姿を狙って撮っていた。という事は、もしかすると母と会話をしたのは降谷なのではないだろうかと推理したのである。
『譲って貰う時に喫茶店で話をしたんだよ。なんでも報われない片思いをしているのだそうでね、その話を聞いたのだ』
「片思い…?」
『ああ、そう言っていた。…自分ではその相手の事を幸せにする事は出来ないから諦める他はない…と。日本人らしからぬ容貌の男だったが、随分と古風な考え方をする男だったな』
「…もしかすると、最後の一枚に写っていたのがその彼か?」
『ああ、…優しげな顔をしていたが、あれは只者ではないと思っている。身のこなしも態度も一切の隙が無かった。だがそんな男が僅かではあるが身体を庇っていたのが気に掛かる…恐らく身体のどこかに怪我をしているのではないだろうか…とな』
怪我?…何日か前に話をした時にはそんな素振りはなかった、…いや、そういえば部屋の照明が少し暗かった所為で気の所為かと思っていたが、改めて思い返すと少し顔色が良くなかった気がする。まさか、あの時無理をして怪我を負ったのだろうか。ああ、今すぐに確認したい。だが、何と言って電話を掛ければ良いのか見当も付かない。
『だが、彼の好意で何とか務武さんが持っていた物と同じペンを手に入れる事が出来た。その恩人の姿を後ろ姿でも良いからお前達に見せたくてな』
そこまで話した時、メアリーが「ん?」と小さく呟いた。その呟きの理由は分かる。同じグループに入っている真純からメッセージが届いたのだ。
赤井は真純が何を言ってくるのか察し、そこで会話を切り上げた。真純は降谷の事を安室透と認識しているだろうが知っている。あの妹なら写真の後ろ姿でそれを彼と気付くだろう。そうなると長話をしていては腹を探られるだけだ。
降谷に片思いの相手が居る、その事実に少なからずショックを受けている今、迂闊な事を口にしてしまいかねない。
「ああ、すまない。仕事の呼び出しだ、母さん」
『ん?ああ、そうか。…無茶はしてくれるなよ?ではな』
仕事と言った所為だろう、メアリーはあっさりと通話を終了させた。
真純のメッセージを見ると、やはり同じ写真で後ろ姿の男が降谷である事に気付いたらしいが、真純にとって降谷は安室透という私立探偵という認識らしい。そんな内容を見てアプリを閉じた。
ポアロで働いていた彼は既にあの店を辞めている。事件の事後処理に顔を出していたのは彼の部下である警視庁公安部の風見だった。だから彼が公安警察である事を真純は知らないしこれから先も知る事はないだろう。だから彼と自分が知り合いである事など母にしれる事はない筈だ。
背もたれに寄り掛かり赤井は溜め息をついて天井を見上げた。君の魅力に気付かない女など止めておけ、俺にしろと今すぐ電話をしたい。けれど、そんな事が出来るならとっくにしている。当たって砕ける勇気も無い自分に出来る事は、遠くから見守るだけだ。
けれど同時に考える。いずれ遠くない将来、彼が結婚すると聞かされでもしたら、その瞬間の喪失感に自分は耐えられるだろうか…。
[newpage]
「何?…真純、お前この男と知り合いなのか」
この場所へは小旅行代わりに真純を連れてやってきていた。こちらに到着してからはそれぞれ別行動を取っていたのだ。写真を見て宿へ戻ってきた真純が、冷蔵庫から冷えたペットボトルを取り出しながら「そうだよー」と返してくる。
「…どういう男だ?」
「毛利探偵の弟子兼ポアロのバイト、その実態は私立探偵って言ってたな。コナン君が工藤くんに戻れた辺りでポアロも毛利探偵の弟子も辞めちゃってさ」
「ホォー…その安室くんは秀一との接点はあったのか?」
真純の説明にメアリーの目がキラリと光る。
「秀兄とはないと思うよ?だってほら、米花町にいる間はずっと沖矢昴として過ごしてたわけだし、少なくとも沖矢さんがポアロに来た事も無いみたいだしさ」
真純の説明にメアリーは自分の考えすぎだったかと首を捻る。あの秀一から珍しく電話が掛かってきた事がどうにも引っかかったのだ。今まで電話を寄越せと言って駆けた来た事はあるがそれ以外で自ら掛けてきた事など1度もない。誤動作などと言っていたが、もしかしたらこの写真を見て反射的にかけてきたのではないかとそう思ったのだ。
「あ、でも…何かの事件で……そうだ、ジョディ・スターリングさん、覚えてるだろ?秀兄の同僚の彼女。あの人の友達が事件に巻き込まれた時に安室さんも関係してたらしくてさ」
「そうなのか?…一体どうして」
「そのジョディさんの友達がストーカーされてて、その調査をしてたのが安室さんだったみたいなんだけど…。その時、安室さんが「僕の日本から出て行って貰えませんかね」なんて言ってFBIに喧嘩売ったらしいよ?」
「……僕の日本?…彼がそう言ったのか」
「うん、その時もう一人現場に居たキャメル捜査官から聞いた話だから間違いないよ」
それを聞いてメアリーはあの時の感覚を思い出した。彼の纏う独特の空気と時折感じる気配、あれは間違いなく彼がこの国を裏側から護る人間だという事を示している。
「だが毛利探偵は…推理をしていたのは彼ではないだろう?その男に弟子入りする程度の私立探偵では依頼など碌に来ないんじゃないのか?」
メアリーはとある事件でコナンが毛利の声を使い推理ショーを繰り広げていたのを知っている。恐らくあの1件だけではなく他の事件もそうなのではないだろうか。そんな探偵に弟子入りしたところで得るものなどあるとは思えない。他に目的があったのなら別だが…。
「それなんだけどさ」
他に誰がいるわけでもない部屋の中で真純が声を潜める。
「…ボクもママの考えに同感だよ。弟子入りは口実で何か他に目的があって毛利探偵に近づいたんじゃないかって。けど…ほら、コナン君が特に何にも言わないからまあ危険な相手じゃないんだろうなって判断してたんだ」
「何故そこで声を潜める、大きな声で言えば良いではないか」
「あはは、それもそっか。で、安室さん元気そうだった?辞めて以来1度も来てくれないってポアロのお姉さんも気にしてたんだよね」
「なあ、真純。……率直なところ、お前…その安室さんとやらについてどう考えてる」
「うーん…当時は探偵って肩書きを疑ってなかったんだけど、改めて考えてみたら……警察官、しかも現場に居合わせた捜査一課の刑事達が彼の顔を知らない事から考えると…公安警察」
彼を直に見て知っているという娘の証言にメアリーは大きく頷いた。
「うむ、…私の意見と一致する。という事は彼と秀一が知り合いである可能性はあるな」
「そうかもしれないけど…。それより探してた万年筆は手に入ったのか?」
「ああ、その安室くんから買い取らせて貰った」
「はあ?どういう事?」
手短に事情を話すと「へぇ…やっぱ悪い人じゃないんだ」と感想が返ってくる。
ふむ…と少し考え込んでいたメアリーは、自身も喉が渇き立ち上がろうとして世界がぐるりと回るような錯覚を覚えた。それが目眩だと気付いたのは慌てふためいた真純が駆け寄ってきて身体を支えたからだ。
「ママッ、どうしたの、大丈夫?」
元の身体に戻ったとはいえ、いつどんな後遺症が出るか分からないと従姉である志保に注意されている真純は急に顔色を悪くしたメアリーに心臓が止まりそうになる。
「薬があるから大丈夫だ。…少し疲れたのだろうな、軽く目眩がしただけだから心配するな。もう収まったし今はなんともない。まだここの夕食も食べていない…それに何より私が他人の運転が嫌いなのは知っているだろう」
「でも……吉兄に来て貰おうか?」
「秀吉は来週から竜王戦だ。大切な時期に迷惑を掛ける事はするな。あれはもう羽田の人間なのだ。それにあまり婚約者を待たせて断られでもしたら大事になるだろう?」
「で、……でも。………あっ」
オロオロとしていた真純が、良い事を考えついたとばかりに笑顔になる。
「ママが逢った安室さんに力を貸して貰うのはどう?ママもそんな親切にして貰った相手なら大丈夫じゃない?」
「……私はその安室さんの連絡先など知らんぞ?それに彼がまだこちらにいるとは限らんだろう」
「ボク、工藤くんに安室さんの連絡先を聞いてみるっ」
「よしなさい、真純。…こんな事を突然言われても工藤くんも安室さんにも迷惑だ」
携帯を取り出した途端、そう釘を刺された真純がなんとも情けない表情でメアリーを睨み付ける。確かに全部こちらの都合だけだが、そうは言っても心配で心配でたまらないのだ。けれどメアリーは頑としてYesとは言わない。
「心配なんだよ、ママ」
「駄目だ、ただでさえ安室くんには無理を言っているのだ。それにお前の話を聞いた限りではそうやって頼まれれば彼は断れんだろうが。ただでさえ無理を言って彼の買った物を譲って貰っているのだぞ?彼が他に用があってこちらに来ていたらどうするのだ」
「うん……そうか、そうだよね」
「心配を掛けた事はすまないと思っているが、少し休めば大丈夫だ。久し振り遠出で少し疲れたのだろう。美味い飯を食ってよく寝れば明日には回復しているさ」
「……うん、分かった」
食事まで休むと真純に言いおいて広縁に置かれたソファーに身体を預け目を閉じてしまったメアリーを気にしつつ、真純はそっと部屋を出た。メアリーにはああ言ったが万が一の事を考えれば大人の知り合いである安室の連絡先はどうしても知りたい。何もなければ掛けるつもりはない、けれど万が一の場合メアリーはまだ通常の医者に掛かる訳にはいかないのだ。後でいくらでも叱られてやる、そう思って真純は新一に簡単な事情説明と安室の連絡先を知りたいとメールを送った。そして土産物を見る振りをしながらメールの返事が来るのをジリジリとしながら待つ。あの工藤新一なら、自分からこんなメールを受け取れば少なくとも無視する事はないはずだ。1つだけ例外があるとすれば、彼が何か事件に絡んでいた場合だ。その場合は連絡は遅くなってしまう。
3分ほど経っただろうか、待ち望んでいた着信が入った。どうやら幸いな事事件の真っ最中では亡かったようだ。
「工藤くんっ、待ってたよ」
『ちょ…ちょっと待ってくれ、世良。メアリーさんの事は分かったけどどうして安室さんなんだ?』
息咳き込んで話し出そうとした真純を新一が制する。だが、そんな事は想定内だ。こんな返事が返ってくるという事は新一は安室と連絡が取れるに違いない。
「実はさ…」
そこでようやく真純はメアリーがこちらで安室に会った事やそこで安室が購入した万年筆をメアリーが譲って貰った話などを聞かせた。と、どうやら新一に心当たりがあったらしい。
『ああ、そうか。安室さんも買いに行ったんだ。…じゃあ最後の一本を安室さんが譲ってくれたって事か?』
「そうなんだ。ママがパパの思い出の品だからって話をしたら快く譲ってくれたって言ってた」
『あ…そうか。安室さんはメアリーさんの顔を知ってるか』
「え、ごめん、今なんて?」
『ああ、いや。…うーん』
「お願い、明日になってママがいつも通りだったら絶対に迷惑掛けない。けど心細いんだ」
間近で母の顔色が紙のように白くなったのを目の辺りにしたショックは大きかった。泣きそうな声色になる真純に新一は仕方なく腹を括る。
『わぁったよ、安室さんに聞いてみる。お前にオレの口から連絡先を教えるのはさすがに出来ないんだ。…悪いけどもうちょっと待ってくれるか?』
「勿論だよ。…もしもボクに番号知られた事で携帯を替えるならその費用は持つから」
『分かった分かった、連絡が取れるかどうか保証は出来ないけど…少し待ってくれ、聞いてみる』
そう言って通話は切れた。
新一から再び電話が掛かってきたのは、それから10分後の事だった。
[newpage]
立食形式のパーティ会場内は、既に酔った人間達で溢れかえっていた。とはいえ、上流階級の紳士淑女達である、みっともなくくだを巻くような無作法な人間は一人も居ない。
そんな中で赤井はバーボンのグラスを片手に退屈している事を隠しもせずにタバコをふかしていた。自分を呼びつけた女は支度に手間取っているとかでまだ姿を現わさない。どうせ、後から登場して注目を集めたいだけの浅知恵だろう。
「そんな顔してないでよ、シュウ。まるで私に不満があるみたいに見えちゃうじゃない」
隣でグラスを煽りながら文句を口にしたのはジョディだった。今日のジョディはいつもの伊達眼鏡を外し完璧にドレスアップしていた。文句なしの美女である。
「悪いな、元々こんな顔だ」
「どう出るかしらね」
「バーボンを狙っているのならきっちり締め上げるだけだ。彼には指一本触れさせん」
「…ねえ、シュウ。あなた……まだ彼の事」
「あんな機密の固まりのような男に手を出そうなんて奴は碌でなしに決まっているだろう?」
共に日本に滞在していたジョディには彼との確執も何もかも全てがバレている。しかも、彼女はかつて愛した女だ。赤井の感情など手に取るように知られていたとしても不思議じゃない。
「…後悔しないの?」
「何の話だ、ジョディ」
「私だから言うのよ?こんな事。…降谷が」
「…しっ」
ジョディが何か言いかけた時、俄にざわついた会場にその令嬢が姿を現わした。雑談はここまでだ、瞬時に2人に捜査官としてのスイッチが入る。
わざと彼女にそう見えるようにジョディが赤井の袖を引く。そんな彼女のサインに赤井が僅かに首を傾け内緒話を受け入れる姿勢を取る。それだけで、二人の関係はただならぬ関係だとそう思うに違いない、そんなリアクションだ。
ベネット上院議員をエスコートにして女王然と登場した彼女は、そんな2人の空気に分りやすい程露骨に顔色を変えた。
これはバーボン絡みではなくハニトラの方かと2人は内心で眉を顰めるが、それを顔に出すような素人ではない。
さて、これでどう出るか…。ジョディが挑発するように赤井の腕に自らの手を絡めて寄りそう。どこから赤井の顔写真を隠し撮りしても自分が邪魔になるように肩に頭を乗せるサービスまでおまけに付けた。
「おい」
「見られて困る相手なんて居ないでしょ、サービスよ」
小声で話す2人は傍目には恋人同士が仲良くイチャついているようにしか見えないだろう。
「失礼、赤井捜査官。今宵は招待に応じてくれて感謝しているよ」
仏頂面のまままの娘と共に赤井の前へとやって来たベネットが右手を差し出した。上院議員であるベネットの方から手を差しだした事で周りの客の反応が面白い。あれは誰だ?捜査官?などと囁く声が聞こえるが、そんな物は一切無視して赤井はその手を握り返した。
「私に何か捜査依頼でしょうか?それとも内部告発でも?」
一切媚びる様子のない赤井の態度に、ベネットが僅かに鼻白んだような顔つきになる。だがすぐにそれを笑顔の下に押し込んだ。
「ははは、面白い冗談を。…今宵はまあ話に聞いた巨大地下組織壊滅の立役者をこの目で見てみたかったというのが本音でね、実は娘が君のファンなのだよ」
そう言ってベネットは着飾った娘を指し示した。
「さあ、エリザベス。ご執心の赤井捜査官だよ?」
「…お父様ったらそんな言い方…。初めてお目に掛かります、エリザベス・ベネットです。どうぞお見知りおきを」
そう言って差し出された手を赤井は一瞬だけ握りすぐに離した。つれない態度にエリザベスの顔がサッと屈辱に赤く染まる。何故なら赤井は一瞬たりとも目を合わせようともしなかったのである。あからさまに興味がないという事を強調されたようなものだ。
「私の顔が見たいというそれだけでここへ呼ばれたのでしたらこれで失礼しても構いませんね?…今後こういった行為は控えて頂きたい。ジョディ、行くぞ」
不機嫌そのものの声音でそう言い放った赤井をベネットが慌てて呼び止めた。
「ちょっと待ってくれたまえ、…少し話がしたい。そちらの彼女は帰って貰って結構…」
「個室内での会話は全て記録させて頂きますが?」
「赤井くん…、そういった態度はあまり感心しないね」
煽りに煽った甲斐がありようやく何重にも被っていた仮面が剥がれてきたようだ。
ここから後の事は事前にジョディと話し合っている。事前調査であれだけ完璧に証拠隠滅を図った相手である。そんな相手が簡単に尻尾を出すとは思えない。人の多いこんな場所でこれ以上の騒ぎは相手も望まない筈だ。それを逆手にとれば尻尾を出すのではないかと考えたのだ。存分に注目は浴びた これで準備は十分だろう。2人のやり取りに周囲の人間は今や興味津々で聞き耳を立てている。この場を動こうとしない赤井についにベネットが尻尾を出した。
「脅迫行為は…」
「礼儀の話だ、若造がっ。…お前がボスの肩を撃ち抜いたのが決定打だったとはいえ、いい気になるのも程々にした方が良い。私が下手に出ている間にバーボンに繋ぎを取りたまえ」
ああ、やはり目的はバーボンだった、言質を取った赤井はそれ以上口にされる前にベネットの言葉を遮るようにして口を開いた。
「ホォー…随分とよくご存知のようですね、組織の事を」
捜査関係者以外は知り得ない情報ですが?とベネットにだけ聞こえるようにそう言うと、赤井は初めて真正面から目を合わせた。
あの時の現場の出来事はどこのマスコミにも流れてはいない。勿論、あの時の現場に参加した捜査官達の中でも詳細を知らない者がいる。組織のトップとのデリケートなやり取りである。後の裁判への影響も考えた上で、その時の事は伏せらせていたのだ。
この情報が流れたとすれば、それはFBIの上層部からとしか考えられない。これはとんでもない膿が出そうだ…と赤井は初めてその獰猛な目で獲物を睨み付けた。
真正面から視線を合わされた瞬間にベルットはその瞬間、自身の失言に気付き青ざめる。
「ま……待ってくれ、これは我が合衆国の利益の為に必要な措置で…、とにかく一緒に来て話を聞けば君も…っ」
「仰る通りです、但しあなたが向かうのはこの建物の外ですが。…ジョディ」
「今回に限りあなたに拒否する権利はありません、同行願います」
「待ってくれっ、そうじゃない、断固拒否する。理由がないっ」
動揺するあまり支離滅裂になっていくベネットに招待されていた客達が関わり合いになりたくないとばかりに遠ざかって行く。訳が分からずにオロオロし始める娘を見て、赤井がジョディに合図を送った。
ベネットが上手く尻尾を出さなかった場合、もしくは本当に娘のコレクション目的だった場合、その娘から嫉妬の標的にされる可能性があると承知の上でジョディはここまでついてきてくれた。それは赤井の為ではなく偏に目の前で父親がFBIに拘束される可能性を考え、それを目の辺りにした時に娘が味わうであろうショックを考慮しての事だったのだ。
父親っていうのは娘にとっては特別な存在なのよ、と呟いたジョディの父は組織に殺されている。だから、いざとなれば火の粉を被ることになると分かっていてこの場に来たジョディがその合図で動いた。
「あなたはこちらに来てちょうだい。…大丈夫よ、大丈夫。何も心配いらないわ」
宥めるような優しい声音は、動揺していた娘に素直に届いたらしい。
「パパ…でもパパが」
「大丈夫よ、これは上院議員を危険から遠ざける為の処置なの、分かる?」
小さく、けれど遠巻きにしている客達の耳に入るような声ではっきりとそう告げる。それだけで、場の雰囲気はガラリと変わった。ああ、そういうことか…と野次馬達は訳知り顔でそれぞれが何も見なかった事にしてパーティへと戻っていく。政治家ならよくある光景なのかもしれない。
「シュウ、…この娘は私が預かるわ。先に行くわね」
「ああ、頼む。ご同行願えますね?ベネット上院議員。我々はあなたの協力を強く希望している」
そう言って今度は礼を尽くす素振りを見せた赤井に対しベネットは諦めたように頷いた。そこへこの件に関して情報を流してきたオリバーが駆け付けてきた。その表情を見て、自分が上手く利用された事に気付く。
「…悪いな、シュウ。ここから先は俺達の管轄だ」
そう言ってウィンクするオリバーの腹を軽く拳で殴る真似をしてみせる。どういった思惑であったにしろ、バーボンを護ったのは確かなのだ。
「三杯で許してやる」
「はははっ、了解」
そんな会話を交わし、オリバーの手で連れ出されるベネットを見送った赤井はこの国の政治家によるバーボンへの接触を未然に防げた事にホッと胸を撫で下ろした。
と同時に、昨日母から送られて来た写真とその際の会話を不意に思い出した。あの時はこの仕事が控えていた為にどうする事も出来なかったのだが、こうして解決してしまった途端気になって仕方がない。
降谷の片思いの相手…、それは一体誰なのか。考え出すと不毛な嫉妬心がジリジリと身を焦していく。仕事も一段落ついた事だし、休暇を取って日本に行ってしまおうか。そうだ、いっその事次の打ち合わせは直にやればいいではないか。
「……よし」
こうと決めた時の赤井の行動は早い。すぐさまジェイムズの元へ出向き、その旨を交渉する。いつもならもう少しお小言を言うジェイムズも、スムーズに終える事が出来て尚且つ他のセクションに貸しを作れた今夜の仕事へのご褒美だとばかりに快く許可をくれた。
既にベネットの取り調べは始めっている。少なくとも現役の議員である彼の取り調べは慎重の上に慎重を重ねる必要がある為、専門の捜査官が取り調べに当たる事に決まっている為にもうこちらに仕事が割り振られる事はない。ベネットの娘も相応の担当官がつく事になっている。赤井に出来る事は何もない。
「2週間も…良いんですか?」
「おや?必要ないなら短くしようか?」
「いえ、ありがとうございます」
「こちらの取り調べで君が必要な事態があれば連絡を入れるよ。ああ、そうだ…」
「何か」
「次の公安との会議日程だが、向こうですませてくるといい。という事で…これを使いたまえ」
完全に赤井の気持ちに気付いているらしいジェイムズを軽く睨み付け、だが何か差し出されたのを無視するわけにもいかず赤井は無言でジェイムズのデスクへ近づく。と同時に差し出されたのが航空券だと気付いた。
「偶々、今日の便が取れたのでね」
「………あなたには敵いません、良いんですか」
「ははは、これで今回の件はチャラにしてくれるかな?ハニートラップはやらないと決めていた君にこんな仕事をさせてすまなかったね」
その言葉で今回の件を仕組んだのがジェイムズであると気付いた。上院議員の娘の目に止まるように赤井の写真でも見せたのだろう。さり気なく、赤井が未だにバーボンと交流がある事を匂わせ、親子共々釣り上げたのだ。
こんな人の良さげな顔をして実は腹の中は真っ黒い男だが、仲間に対しては出来る限りの便宜を図ってくれる気前の良さは有り難い。この航空券にしても、どんな手を使って手に入れたのか分かったものではないが、それでもすぐに日本に飛べるのは有り難い。
「そういうことでしたら使わせて頂きますよ」
「先に言っておくが、休暇の延長は無しだからね?赤井くん」
「了解」
こうして赤井は再び日本へと向かって飛び立った。
[newpage]
メアリーとの邂逅に驚きはしたものの、既にそんな事は忘れ降谷は1人、離れに広々と設置してある内風呂を堪能していた。こんな良い旅館に一人きりなのは若干寂しい気もするが、それでも温泉の香りというのは疲弊した心を癒やしてくれる効果がある。
4つほどの離れがあるこの旅館が取れたのはラッキーだった。通常ならば予約で一杯だというこの旅館に直電した所、偶々キャンセルが出たとかでそのまま泊まる事が出来たのである。キャンセルしたという家族連れに感謝しつつ、降谷はその宿への宿泊を決めた。ついでに連泊を申し出ると、快く了解が得られたのでホッと胸を撫で下ろす。どうやらその家族連れも3泊の予定だったらしい。1人でこんな良い場所に泊まるのも気が引けるが、怪我をしている身ではこうして部屋に内風呂があるのは有り難い。
ここの温泉が怪我にも効くというのは偶然とはいえ運が良い。怪我をしているから大浴場は無理だが、これだけ内湯に立派な物がついていれば問題ない、むしろ1人でのびのび出来るなんて贅沢だ。
1時間ほど内風呂を堪能し部屋へと戻ってきたその時、プライベート用の携帯が着信を告げているのに気が付いた。
「…ん?……新一君?」
ディスプレイのコナン君の文字があの大変だった日々を思い出させる。修正しなくちゃと思いながらなかなか修正出来ないのは、江戸川コナンという奇跡のような少年の存在を心のどこかで今も惜しんでいるからだ。
工藤新一という青年よりも自分にとっては江戸川コナンの方が親しみがある。二度と会う事は出来ない存在であるあの子供は密かな降谷の心の支えでもある。
「はい、どうした?何か困った事でもあったのかな?工藤くん。君から直電が来るなんて珍しいね」
『あはは、いきなりすみません、降谷さん。ちょっと今、お時間いいですか?』
まだ聞き慣れない青年の声音に少しだけ身構えてしまう。
「いいよ、今休暇中だから」
『〇×高原近くに滞在されてます?』
新一がそう言った瞬間、遠くで鹿威しが鳴るのが聞こえる。そんな新一の問いに対する降谷の声は僅かだが先程より尖っていた。
「……用件は?」
『いや、あの…実はですね、世良から頼み事されてしまって。…少し話を聞いて貰ってもいいですか?』
降谷の態度の変化に気付かない新一ではない。けれど、慌てて事情を早口に説明されてそういうことか…と納得してしまった。この件のタネを撒いたのは他ならぬ自分だ。
「世良?……ああ、彼女も来てたのか」
新一の口からそう聞いた瞬間、メアリーに語った打明け話を思い出し軽く後悔に苛まれる。勝手にメアリーが一人でここに来ていると考えた自分が迂闊だったと臍を噛むが既に後の祭りだ。片思いの相手に関しては大いにぼかして語ったのでまさか赤井だとは気付かれないだろうが、若干の不安が過る。
『はい、世良から降谷さんがメアリーさんと会ったって聞いて。…実はそのメアリーさんなんですが、宿に戻ったところで体調を崩されたらしいんです』
「え…メアリーさんが?……まさか薬の副作用か?」
さっき会って話したばかりの彼女の様子を思い浮かべる。青白い肌はしていたが、あれは具合が悪かった所為なのだろうか。そう考えると、思わず長話をしてしまった事に申し訳なさが生まれる。
『あ、いえ。副作用かどうかは分からないです。でも、世良が凄く不安になっちゃって万が一の事態が起きた時に連絡が取れる相手が欲しいって…それで降谷さんの携帯ナンバーを教えて欲しいって頼まれちゃったんです』
「そっか……、…志保さんにその旨の連絡は?」
『さっきしました。けど宮野もさすがに直に見てみないと分からないから何とも言えないって言ってて。非常用の薬は渡してあるからって言ってたんですけど…』
そう口にする新一の口調に、降谷はクスクスと笑ってしまった。コナンの時の彼なら遠慮無く「お願い、安室さん。教えちゃってもいい?」とお強請りしていただろう。
「ふふ、なんだか新一君と話していると不思議な気持ちになるね。まるで…」
『まるで?』
知らない人みたいだ、と言いかけて口を噤む。それを口にするのは新一に対してあまりにも思いやりがない。
「長い事会ってなかった親戚の子が急に大人になっちゃって自分の年を感じるってとこかな」
『ひでぇ…』
年相応な声でそうぼやく新一に降谷は笑って応えた。
「いいよ、僕のナンバーで世良さんが安心出来るのなら教えてあげて」
『ほんとですか、ありがとうございます。…あの』
「うん?どうしたの?」
東都に帰ったら番号を変更すれば良い。今回はAPTX4869の被害者に対する救護措置だ。非常事態なのだから仕方がないと割り切って降谷はそう決断した。風見に言えば上手く処理してくれる筈だ。
多分そんな考えはすぐに新一には伝わったのだろう。
『…番号変わったらオレには教えてくれます?』
「どうしようかなぁ、…って嘘だよ嘘、きちんと教えるから安心して?」
降谷の軽口に反応して動揺した新一を宥めるようにそう告げる。
『そういう冗談は止めて下さい、洒落になんねぇよ、ったく』
ぼやく新一から真純の番号を聞き、降谷は通話を終えた。
「馬鹿か、俺は…」
ごろりと畳の上へと転がり、降谷は自嘲気味にそう呟いた。正直、メアリーが赤井の母親でなければ多分この話は断った。少なくとも被害者1人1人とそこまで向き合っていたら仕事にならない。それでも真純の泣き言に応えてしまったのは彼女たちが赤井の縁者だからだ。
「……馬鹿だよな」
ギュッと目を閉じると赤井の顔が脳裏に浮かぶ。
思うだけなら許されるだろうか、いやここにこの気持ちは置いて行くと決めたじゃないか。
そう思うと1人でこんな場所にいる事が急に寂しく感じた降谷は、テーブルの上へ用意された豪華な会席料理を無造作に平らげ始めた。美味しい筈の料理も1人で食べると寂しさが倍増する。結局半分以上残し、降谷は箸を置いた。
――翌日、降谷は昨日の文具店へと向かった。万が一真純からSOSが来たらすぐにそれに対応しなくてはならないからだ。
既に電話で修理が完了している事を確認している。店に行くと昨日の男がにっこりと笑顔を向けてくれた。
「お待ちしておりました、他の状態がとても良くて驚きました。また何かありましたらお持ち頂ければいつでも修理させて頂きます」
「ありがとうございます、…持ち主に返す時にそう伝えますね」
「はい、是非。……またのご来店をお待ちしております」
昨日、自分が購入した後でメアリーが訪ねてきた話をするかなとも思ったのだが、他の客の話を口にする事はなかった。今度自分で何か万年筆を買う時はここに買いに来よう、そう思わされる、そういう店だった。
今度は破損したりさせないように慎重に荷物の中へとしまいこみ、降谷はさてどうしようか…と天を仰ぐ。
今のところ、真純からの連絡はない。もしかしたらメアリーの体調も回復し、何事もなく旅行を楽しんでいるのかもしれない。あの子の性格を考えれば遠慮してかけられないという事もないだろう、何もなかったならそれでいい。
一応、念の為に新一に「今のところ連絡はないから敢えてこちらからは連絡を入れないが、明日まではこちらにいる予定だから何かあれば遠慮無く声を掛けてくれていい」とメールを送っておく。少ししてから分かりました、と返事が返ってきた。
何か昼食でも食べてから旅館に戻るか…と考えた降谷の目に本日のイベントの案内が飛び込んでくる。どうやら半期に1回行われる骨董市のようなものらしい。そういえば今日は西側の大きな駐車場が使えませんと看板が立っていた事を思い出す。どうやらそこで開催されるらしい。する事もないし見ていくか…と降谷はそちらへ向かって歩き出した。
昨日来た時には何もなかった駐車場はかなりの人で賑わっている。興味本位で露天を覗いて歩くと、意外なものがあったりしていつの間にか夢中でスペースを回り始めていた。
手に取ってみるには至らないが、ディスプレイにも凝っていて見ているだけで楽しくなってくる。1時間近く見ていただろうか、そろそろ一度休憩しようかと思った降谷の懐で携帯が着信を告げた。もしかして真純からだろうか、そう思って露天から離れながら携帯を取り出した降谷はそこに表示された名前に驚いて携帯を取り落としそうになってしまった。そこには赤井秀一と表示されていたのだ。
だが、もしかしたら何かあったのかもしれないと慌てて通話ボタンを押した。
「はい、降谷です。何かありましたか」
『今、どこにいる?』
「は?……あ、すみません。実は休暇中で旅行に出ているんです」
『うん、それは聞いた。…今、観光中だろう?どこにいるんだ?』
それは聞いた?…赤井の言い方にちょっと首を傾げる。
「どこって言われましても…。観光って言っても有名な観光地じゃないから聞いても分からないと思いますよ?」
『実は今、日本に居るんだ』
「………は?」
『休暇が取れたので日本に遊びに来た。…良ければ君に会いたいと思ってここまで来たんだが肝心の君の居場所は知らないと言われてね』
「言われてねって………え、まさか」
『母が世話になったそうだな』
静かにそう言われその意味を悟った瞬間、ザッと顔から血の気が引いた。休暇が取れ来日した赤井はメアリーに連絡を取り、そして旅先で体調を崩したと聞きここへやって来たのだ。そしてそこで自分の事を聞いたに違いない。こんな事になるのなら、あんな話をするんじゃなかったと本気で後悔する。母親からそんな話を聞かされた赤井は、降谷の片思いに気付いてしまったのかもしれない。赤井ならば、あの卓越した洞察力で気付いてもおかしくない。そうか、もしかしたら赤井は怒っているのだろうか。実の母にあんな打明け話をして軽蔑されたのかもしれない。
「すみませんでした、……不快な思いをさせてしまった事は謝ります」
『不快?どういう事だ、降谷くん?』
不審げな声音にみっともなく手が震える。けれど、顔を合わせて罵倒されるのだけは避けたい。敵前逃亡など不本意だが、心の準備も何も出来ていない今は逃げても許して欲しい。
「すみません、…あなたに迷惑を掛けるつもりはなかった、これは本当です。…少し時間を貰えればきっちり割り切ります。……すみません、それじゃ」
『ふ…』
これ以上会話を続ける勇気はなかった。降谷は赤井が何か言いかけたのを無視し通話を切った。…早く、ここから逃げなければ。少なくともまだ自分の居場所は割れてはいない。このままここへ留まる事に一抹の不安が過るが、宿にはもう1泊する予定になっていた為に荷物は置いたまま来てしまっていたのだ。
真純から連絡が入った時点でキャンセルをしなければならないと思ったが、何もなければもう1泊は予定通りするつもりだったのが仇となった。こんな事ならチェックアウトしてしまえば良かった。
大急ぎで車に戻り、そのまま急発進させる。ああ、どうして自分はこんな目立つ車で来たんだろうと埒もないことを考える。それでも、何とか宿に辿り着くことが出来た。
宿に着き、自分用に宛がわれた車庫へとRX-7を格納する。そのままフロントを通らずに降谷は自分に宛がわれている離れへと向かった。
このままここへ引きこもって、明日は朝食をとってすぐに出発しよう。そんな事を考えながら離れの鍵を開け中に入った降谷は、廊下の先にある襖を開けた瞬間そこで固まってしまった。部屋の中にはここに居るはずがない男が…赤井が立っていたからだ。
「やあ、お帰り」
どうして…と問う前に、腕を引かれその胸の内へと抱き込まれる。革のジャケットから香るタバコの匂いに胸が高鳴る。と、こんな場合ではないと離れようとするが、抱きしめる両腕を振り解くことは出来なかった。
満身の力を込めてもびくともしない力の差に愕然としながらもそれでも諦めずに藻掻いていると耳元で「怪我に触るから暴れるのは無しだ」と囁かれる。
首筋に掛かる吐息に背筋が痺れるような感覚を覚え、降谷はそれ以上抵抗することを諦めた。どう足掻いたところでこれは逃げ出すことなど無理すぎる。
一体何をしに来たのだろう、声音などから糾弾しに来たのではない事は確かだ。だったら一体何をしに…。そう考えて恐る恐る見上げると、息が掛かるほど近くに赤井の顔があり、ぶわりと頬に血が上る。そんな降谷に赤井はにっこりと微笑んで額へと唇を落とした。
「勝手に失恋されては困る、降谷くん」
「か………えっ?」
「いや、だが臆病だったのは俺も同じだ。……君に嫌われるのが怖くて友人という立ち位置に甘んじるつもりだった。だが今は違う」
心臓の音が口から飛び出そうだ。けれど降谷はふと気が付いた。自分の鼓動と同じくらいの早さで赤井の心臓が脈打っているではないか。
「……嘘だろ」
「叶うはずがないと思っていた事が叶いそうになっているんだ、信じられない、そう思ったのは俺の方が先だ」
責任を取ってくれ、そう囁いた赤井の大きな手で視界を塞がれる。あっと思う間もなく、唇を重ねられる。
「失礼します、降谷様、お茶をお持ちいたしました」
離れの戸口から聞こえた仲居の声に、雰囲気に流されそうになっていた降谷はハッと己を取り戻す。だが、逃げられては困るとばかりに赤井がその腕を離す事はない。
「逃げないから離して下さい」
「…車のキーを」
有無を言わせない強い視線でそう言われ、ポケットから言われるままに鍵を取り出す。ようやく手を離した赤井はにっこりと笑みを浮かべてその鍵をポケットへと仕舞い込んだ。
「応対なら俺が出よう、…君のそんな顔を他の人間に見せたくない」
と言うなりさっさと襖を開けて応対に行かれてしまった。水屋でお茶の用意をしていたらしい仲居と赤井の会話が聞こえる。
それを聞きながら段々気持ちが落ち着いてくる。突然本人が目の前にいて動転していたのは認めよう。けれどこのまま流されるのは癪に障る。ここは毅然とした態度をとらなければ。腹を括った降谷の前にようやく仲居との話を終えた赤井が茶器の乗った盆を手に戻ってきた。
「夕食は和食にして貰った、構わないな?昨日は洋食だったそうだが随分残したそうじゃないか」
「……とりあえず、誤魔化そうとしても無駄です。詳細な説明を求めます」
勢いだけで持って行かれたら困りますと告げる降谷に赤井は両手を挙げて降参のポーズをとり、ポツリとぼやく。
「ドアプレートを掛けておくべきだった」
眉尻を下げそう呟く赤井にようやく降谷の表情が本来の彼の柔らかさを取り戻す。けれどそんな降谷に今度は赤井がお返しとばかりに反撃を食らわせた。
「君の方こそ、誤魔化しても無駄だぞ?片思いの挙げ句、諦めようなどと思った経緯について説明を求める」
何とかこの場は誤魔化そうとしてあんな事を言ったのだが、やはりそう簡単に誤魔化される男ではない。だが、敢えて悪足掻きをしてみようと試みた。
「僕が片思いしているのがあなただと?そのソースは?」
「不用意に母のような人間に語った君が悪い。君にとって運の悪い事に母の側には妹もいた。2人分の情報を突き合わせれば正解に辿り着くのは雑作もない事」
予想通りの答えに思わず頭痛がしてしまう。あの時、何故あんな気分になってしまったのか。さすがに自分でもアレは拙かったと思っているのだ。
「ここを見つけたのは?」
「鹿威しの音と、後は人海戦術だな」
「…新一君か」
「君との電話中に鹿威しの音が聞こえたと教えてくれた。後は、この界隈でその施設がある温泉旅館に電話を掛けた、降谷の連れだとな」
確かに新一との電話中に一度だけ聞こえた気がする。けれど、自分の耳にでさえ微かに聞こえただけなのによく新一はその音を拾ったなと感心してしまう。あの子は無意識にいつも情報収集をしている、さすがは名探偵といったところだろう。
「……何軒目です?ヒットしたのは」
「一軒目だ」
「だからお前はムカつくんだよっ!」
本来この離れは二人からのご利用となっている。旅館側にはもしかしたら友人が来るかもしれませんと適当な嘘をついていたのが仇になった形だ。まさかこんな形で赤井が現れるなんて…。
「俺への事情聴取は終わりかな?なら今度は…」
赤井がそう口を開いた時である。またしても入口からノックの音と共に仲居の声が響いた。
「降谷様、ご夕食の準備が整いました。ご用意を始めてもよろしいでしょうか」
その声と同時に赤井の口から何やらスラングが飛び出したのは言うまでもない。
[newpage]
数日後…。
降谷の不在の間、彼の代わりに書類整理をする為に警察庁の席についていた風見は、おはようと言って現れた上司の背後を見てギョッとした。そこに、いつもの黒い革ジャンを着た赤井秀一が立っていたからだ。
驚いたのは風見だけではない、早出や徹夜で室内にいた全ての捜査官が手を止めて降谷を、その背後の男を凝視している。
「…来てたのか、風見」
硬直していた身体が上司のその一言で動き出す。無意識で身体に染みついてしまった条件反射のようなものだ。
「はっ、何か」
「土産を買ってきた、みんなで食べてくれ。それから俺が休暇中の間の資料と取り調べの資料を揃えておいてくれ、取りに来る」
「…あの」
「FBIが直に来てくれたんでな。一度ちゃんと資料の突き合わせをしたいんだ。悪いがコーヒーも頼めるか?」
完璧な降谷の応答だが、長く降谷の下にいる風見には通用しなかった。赤井を会議室に案内し、資料を受け取りに戻ってきた降谷に風見は表情も変えずにこっそりと囁いた。
「失恋旅行にならなかったようで何よりです」
大真面目な顔でそう告げた瞬間、降谷の顔が真っ赤に染まった。
それを見て風見は思う。
上司の恋はちょっと考えただけでも前途多難な恋だ。けれど何があろうと自分だけは何があっても上司の味方につこう、そう考えた。
けれど会議室に目をやった風見は、開いたままのドアからこちらを見ている赤井と目が合い、そんな心配は一切必要ないと判断するに至った。
たとえどんな障害があろうと、少なくとも降谷が不幸な道を選ぶような事はもう無い。そう信じられる目をして赤井がこちらを見ていたからだ。
「……うん、ありがとう」
照れたような表情で風見から資料を受け取り会議室に戻る降谷の後ろ姿を見送り、風見は赤井へと深く頭を下げた。どうかよろしくお願いします、そんな思いを込めて。
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Twitterでアンケートを取り1位になった両片思いリクエストのお話です<br /><br />思ったよりも長くなってしまったので、ベッターではなくこちらに投下させて頂きます<br />色々とご都合主義な場面が多いのに加えて、事件がなんちゃって事件です<br />あまり深刻な事にはなりません<br /><br />軽い気持ちで呼んでいただければ幸いです<br />よろしくお願いします<(_ _)>
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Like attracts like.
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10022754#1
| true |
【注意】
今回は少しリツカに対して暴力的表現があります。苦手な方は自衛をお願いします。
読んでからの苦情は受け付けません。
[newpage]
「…もうそろそろ500mは離れただろう。さっさと爆弾の解除コードを送信しろ。」
静寂に包まれていた車内でアディントンが口火を切った。
「…ちっ…。」
ジンは舌打ちを打つと、スマホを取り出しメールを送信した。それを横目で見ていたバーボンは笑みを貼り付けながら問いかけた。
「一体なんの解除コードなんです?」
「組織の構成員が着ている防弾チョッキに仕掛けられた爆弾だ。」
ジンが遮る前にアディントンが言い放つ。その言葉を聞いてバーボンは耳を疑いたくなった。
「…おや、構成員に爆弾を身につけさせていたと?そんな話、僕は聞かされていませんね、ジン。」
「…ふん。テメェは知らなくていいことだ。」
「ですが、爆弾がもし爆発すれば僕も巻き込まれていたかもしれません。そういうことは事前に連絡してもらわないと困りますね。」
そう軽口を叩きながらハンドルを握りなおす。
(あの時の爆発はそれが爆発したってことか…。だが…解除コードを何故アディントンは知りたがって………いや、そんなの分かりきってるじゃないか…。)
アディントンは人を殺さないし、むしろ助けようとする。組織の構成員、FBI、そして公安の人間の命を助けるために、こうやってジンに捕まったのだろう。
(………アディントン…君は本当に馬鹿だ。俺はバーボンとしても、降谷としても、君を助けることはできないんだぞ…。何故組織に…ジンに捕まったんだ。)
さっきは殺されることはなかったが、ジンは裏切り者を無傷でいさせるほど甘くない。何が起こってもおかしくないのだ。目の前でアディントンが無慈悲に殺されることだって、否定できない。
この先のことを想像して、思わずハンドルをきつく握りしめてしまった。道路の信号が赤信号になったために、車を止めた。この先の道も、全て赤信号であればいいのに、とバーボンは心の中で呟いた。
[newpage]
漸く組織の所有する廃ビルに着くと、ジンはすぐにアディントンの腕を掴んで中に入っていく。そして、開け放たれた一階に入るとその地面に乱雑に叩きつけた。
「っぅ…!!」
「ちょっとジン!!」
ベルモットが咎めるように声を荒げるが、ジンは構わずにうつ伏せに倒れたアディントンの頭を思い切り踏んだ。アディントンは強かに顔を地面に打ち付けられた。強い衝撃が鼻に来て、次いで鼻の奥がツンとしたかと思えば、生温かいものが流れてくる。顔は相変わらずジンに踏みつけられており、流れ出た鼻血がアディントンの顔全体を濡らして行く。
「勘違いするなよアディントン。テメェは有利な立場に立っているつもりのようだが…テメェは俺に脅しをかけられる立場にねぇ。」
冷え切った声でジンが言う。アディントンは何も言わなかった。ジンは何も言わないアディントンに苛立ち、頭から足を退けてしゃがみ、顔に掴みかかった。鼻血に濡れたアディントンの顔。それでもその目は反抗的だった。
「いいツラしてんじゃねぇか。」
「…趣味が悪いな。」
「そうやって減らず口叩けるのも今のうちだ。」
ジンはそう言うと、アディントンから手を離した。
「バーボン、そいつを椅子に縛り付けろ。」
ジンはそう言って煙草に火をつけた。バーボンは拳を強く握った。椅子に縛りつける。そんなことをしたらアディントンの逃げ場はない。今のジンの行動と発言を見るに、アディントンを痛めつける気だろう。その手助けをしろと言うのか。
「…わかりました。」
NOCバレするわけにはいかない。ここでアディントンを庇うメリットは何処にもない。そう言い聞かせて、部屋の隅にあった椅子と紐を持ってアディントンの元へ引きずってくる。アディントンは鼻血を流したまま、立ち上がった。
「………ここに座って下さい。」
アディントンは抵抗せずに大人しく椅子に座る。抵抗をしないアディントンを見て、叫びたくなった。何故従順に従っているのか。今からどんな報復をされるのかわかっているのか。何故逃げようとしないのか。叫びたくなる衝動を必死に抑えて感情を殺し黙々と紐でアディントンの腕と足を縛って行く。左右の肘掛の部分、そして左右の椅子の足に四肢を縛りつける。バーボンはその間、アディントンの顔を一瞥もしなかった。
「…終わりましたよ、ジン。」
バーボンの皮を被りそう声をかけてから、アディントンの元から離れた。ジンは煙草を一本吸い終わり、地面に吸い殻を捨てて靴底で火を消した。静寂がその場を包んだ。その静寂は、嵐の前の静けさのようだ。
「…大人しいじゃねぇかアディントン。」
「…君はまだ私を殺せない。それを知っているからな。」
「あぁそうだな。今はテメェを殺せねぇ。ボスからもテメェを殺すなと、そう連絡が来た。」
ジンはそう淡々と告げる。
「テメェの切り札は確かに厄介だ。あれを世に出すのはボスの本意じゃねぇ。」
ジンはそう言って、アディントンの前に立った。
「…だがなぁ…テメェはここにいる。そして…テメェにとっての人質なんざそこら辺にウロチョロ歩いてやがる。」
ジンはニヤリと口を歪めた。その言葉にアディントンは顔を曇らせた。
「…………一般人を巻き込むつもりか。」
「はは、やっぱりテメェはそう言うことに関して無視できねえみてぇだな。どこまでも甘いガキだ。」
アディントンは鋭い眼でジンを射抜く。しかしジンは楽しげにその目を見下ろしている。
「ボスはどうやらテメェのことが知りたいらしい。…何故テメェがマスターと呼ばれているのか、何故組織を潰そうとしていたのか、テメェはどこの人間なのか。…洗いざらい吐け。」
「吐くわけないだろう。」
アディントンは無愛想に返した。すると、ジンが突然アディントンの胸倉を掴み拳を振るった。
ガッ!!
「っ…!!」
ベルモットもバーボンも息を呑んだ。右頬を殴られたアディントンは口の端から僅かに血を滲ませていた。
「吐け。」
「嫌だ。」
ゴッ!!
もう一度殴られた。殴られた右の顔面に青あざが出来ている。
「……っ…ジン、もういいでしょう。アディントンは吐くつもりがない。なら自白剤でも使って吐かせればいいでしょう。」
バーボンは耐えきれなくなりジンに声をかけた。表情はいつものバーボンのように取り繕うが心臓がバクバクと煩く跳ねる。
「アディントンに毒や薬は効かねぇ。」
そのジンの言葉にバーボンは驚愕した。アディントンが毒や薬剤に耐性があることを知っているのは、公安の人間だけのはずだ。それはあの日、公園で襲われ麻薬を打たれてしまったアディントンを助けた時、本人から聞いた情報だ。公安の中でも上層部と一部のアディントン捕縛作戦に関わる人間にしか与えていない情報。何故それをジンが知っているのか。
「…それは初耳ですね。どこからその情報を?信憑性はあるんですか?」
「ボスからの情報だ。」
ジンはそう言って、アディントンから手を離した。
「それにしても毒が効かねぇ体質のガキとは…どっかの金持ちのオモチャだったのか?元からそういう風に作られたガキか?それとも訓練でも受けてきたのか?」
ジンの質問にアディントンは答えない。
「テメェの本名も戸籍も出身国も生い立ちも血族も何もかも、ボスが調べても出てこなかった。テメェだけじゃねぇ。モリアーティも、テメェの部下も全員だ。多くのパイプを持つボスが血眼になって探してもテメェらの痕跡は見つからなかった。………テメェ、どっから湧いて出たんだ。」
アディントンは黙ったまま、ジンを睨みつけた。
「……気味の悪いガキだ。ずっとそうやって黙っているつもりか。」
「……私のことなど、話したところで君は信じられないだろう。嘘をつけと、そう言われて終わるだけだ。好きに想像すればいい。」
「…ふん、まぁテメェ自身の情報はそこまで問題じゃねぇ。テメェが組織を潰そうとする、その目的はなんだ?」
アディントンは再び黙った。本当に何も言う気はないらしい。
「…ボスはテメェの目的を知りたがってる。すぐに潰さずに組織を探っていたのも、何か理由があると、そうボスは推測していた。…テメェ、何がしてぇんだ。」
「…組織を潰したい。ただそれだけだ。」
「その理由を聞いてんだよクソガキ。」
ジンは次第に苛立ち始めた。
「想像に任せる。」
そう言い切って、アディントンは口を閉じた。その態度にジンはキレたようだ。銃を取り出しそして─────
タンッ
アディントンの右肩を射抜いた。
「っぐぅぁ…!!」
アディントンが痛みに呻く。射抜かれた右肩からは血がドクドクと溢れ出てくる。
「次は脚を撃つ。さっさと吐け。無駄な手間かけさせんじゃねぇ。」
ジンの冷酷な瞳がアディントンを見下ろす。アディントンは短い息を吐きながら痛みに耐えるように唇を噛んだ。
「ジン!ボスから殺すなと言われているでしょう!!」
ベルモットが慌てたように声を荒げジンの側に駆け寄り銃を下げさせる。
「この程度じゃ死なねぇよ。急所は外してやってんだ。」
「だからって、失血死でもしたらどうするのよ!」
ベルモットは叫ぶように反論した。そんなベルモットにジンは眉を顰めた。
「…あぁ?こいつがどうなろうとどうでもいいだろうが。…それともテメェはこいつを庇ってるのか?」
ベルモットは一瞬息を詰めたが「ボスの命令だからに決まってるじゃない。」と平静を装った。しかしジンは目を細めてベルモットを見つめる。
「…………なら、テメェが吐かせろ。」
そう言ってジンは下がった。ベルモットは険しい顔のまま、アディントンの側にゆっくりと歩み寄った。
「…アディントン、さっきジンから聞かれたこと、洗いざらい吐きなさい。じゃないと、もっと痛い目に合うわよ。」
アディントンは口を開かない。ベルモットは焦りと苛立ちでさらに顔を顰める。
「…何を頑なになってるのよ。貴方の命がかかっているのよ?言いなさい。」
高圧的な態度でベルモットは問いただす。ベルモットは早く口を割ってくれと、必死に心の中で懇願する。痛めつけられるアディントンなんて見たくない。まして、自分の手で苦しませたくない。拷問しようとしているのはベルモットなのに、ベルモットは自分が拷問されているように感じてしまう。己の宝物を痛めつけることへの罪悪感、助けることのできない無力感、ジンの罠に嵌りその身を犠牲にしようとするアディントンへの憐れみと怒り。色んな感情が綯交ぜになり、質量を増して行く。
「………貴方、本当に馬鹿みたい。ジンの罠に嵌って、他人のためにその命を差し出そうとして…。…………どこまでお人好しなのかしら。モリアーティに同情するわ。」
本音を混ぜながら、ベルモットはアディントンを責める。
「FBIも公安も、貴方を殺すためにあのホテルに来ていたのよ?あのままモリアーティと共に逃げてしまえばこんなことにはならなかった。…FBIも公安も、ボスと裏で結託していたのに…そんな人間、爆弾と共に吹っ飛んでしまっても自業自得じゃない。」
「おい、話が脱線してるぞ。」
ジンが険しい表情で言う。
「あら、ごめんなさい。あまりにもジンの罠に簡単に嵌っていたから、ついね。」
揶揄って愉しんでいるのだという表情を作り、ジンの方を振り返る。こういう時、女優で良かったと安堵する。もう一度アディントンに向き直る。アディントンはジッと黙ったまま俯いている。その長めの前髪で表情は読み取れない。どんな顔をしているのか、ふと気になって顎をすくい顔をあげさせた。その瞬間、ベルモットは心臓が跳ねた。
「……泣いてるの、アディントン。」
その蒼く澄んだ瞳からは涙が溢れている。潤んだ瞳、顰めた眉。いつもは無表情なアディントンが、顔を歪めて泣いている。
「……全て、私の独りよがりだ。わかってる、わかっているつもりなんだ、これでも。」
涙声で、アディントンが呟く。いつもは感情のない声が、今はアディントンの悲痛な感情を映していた。
「今まで救えなかった命に彼らを重ねて…自己満足で助けようとした。そんな力ないってわかってても…っもう、これ以上…救えなかった命を増やしたくない…目の前で死んでほしくない…っただ…ただそれだけなんだ………。」
ボロボロと涙を溢れさせて、アディントンはしゃくりあげた。まるで子どものような泣き方だ。いや、彼はまだ子どもなのだ。大人の庇護のもとにいるはずの、ただの子ども。
彼はどんな人生を歩んできたのだろう。その目に何度死を映してきたのだろう。どれだけの絶望と後悔を抱えながら生きてきたのだろう。アディントンの過去を知らないベルモットにはわからない。それでも、その表情から、流している涙から、想像を絶する道のりを歩んできたのだと伝わってくる。
泣くアディントンの顎からそっと手を離し、アディントンを見下ろす。椅子に縛り付けられ、顔に痣をつくり、鼻血を流し、右肩から血を流す小さな子ども。どうしてこの子どもがこんな仕打ちを受けているのだろう。ベルモットは今すぐアディントンを泣き止ませるために抱き寄せたい衝動に駆られた。何故、自分の身体にぶら下がっているこの二本の腕は、このか弱い子どもを泣き止ませるために伸ばせないのだろう。ベルモットの胸がズンと重くなった。
[newpage]
立ち尽くすベルモットに、ジンは舌打ちを打った。
「…くだらねぇ。」
ジンはアディントンに近寄り椅子ごと倒した。強かに体を打ち付けたアディントンは痛みに顔を歪めた。しかしジンは追い討ちをかけるように、射抜いたばかりの右肩を靴底で踏みにじった。
「あぁああぁあああぁあああ!!」
アディントンは耳をつんざくような叫び声をあげた。
「目的を聞いてんだよ。さっさと言え。」
ジンは傷を抉るように踏み締める。その度に痛みに悶え苦しみ叫ぶアディントンを、ジンはサディストらしい表情で見下ろす。
「ふっ…う…うぅ…あぅ……もく……てきは…。」
アディントンは泣きながら息も切れ切れに答えようと口を開く。
「……………っかえり…たいんだ。」
その言葉にジンは顔を顰めた。
「組織を…壊滅させないと…帰れない…帰れないんだ…。全部終わらせて…帰りたい………っ帰りたい……会いたい……!!」
最後は、声にならない声でアディントンは誰かの名前を呟いた。ジンはそんなアディントンを見て舌打ちを打った。
「それが、テメェが組織を潰す目的だと?そんな訳ねえだろ。さっさと目的を言え!!じゃねぇと殺すぞ!!!」
吼えるようにジンが叫んだ。と、その時、ジンは左腕を撃ち抜かれた。突然の襲撃にジンは驚き、撃ってきたであろう男を睨みつけた。
「なんで生きてやがるっ…ライ!!!」
そう叫んだと同時に今度は銃を握っていた右手も撃たれ、ジンは痛みに呻いた。赤井に気を取られていたジンは小さな影が近寄って来たことに気づくのが遅れてしまった。パシュッと音がしたかと思えば、首筋にチクリとした痛み、ついで猛烈な睡魔が襲い、痛みと相まって意識が遠のいて行く。
「く…そが…!」
赤井を睨みつけながら瞼が落ちていく、しかし鈍る思考でもジンは気づいてしまった。赤井が生きているのも、あのアディントンが仕組んだことだと。
「アディン…トン……テメェは絶対…殺す…!!」
殺意を滲ませてそう吼えてから、ジンは意識を手放した。
[newpage]
「赤井さん、ここだ!!」
コナンは廃ビルを指差して叫んだ。赤井は少し離れた場所に車を止めて、コナンと共に廃ビルに走っていく。アディントンが乗ってきたであろう車は正面に停めてあった。
「正面からは入らない方がいいな…。裏に回るぞ。」
赤井とコナンはビルの裏手に回った。ボロボロで所々崩れた廃ビルには、裏口があったが、内側から板か何かが打ち付けられているようで、扉からの侵入は困難だった。
「くそっ…どうやって入る…?ガラスを割ったら早いが音で勘付かれるだろうし…。」
コナンは廃ビルの全体を見回した。そこでふと、一部の外壁が腐食によって崩れ、小さな穴が空いていることに気がついた。丁度小さな子どもが入れるくらいの穴だ。
「僕があの穴から入って中から窓の鍵を開けるよ。待ってて。」
コナンはそう言って、小さな穴に四つん這いになって入った。小柄なコナンでもギリギリだったが、身を捩りなんとか通り抜けられた。そして、音を立てないようにゆっくりと中に侵入する。中は埃っぽいがそこまで腐食は進んでいない。赤井のために窓を開け、赤井も静かに中に侵入する。赤井は銃を構え、鋭い目で奥へと進んで行く。すると、声が聞こえた。ジンの声だ。ついで、タンッと乾いた発砲音が鳴り、痛みに呻く声がする。息を殺しながらギリギリまで進む。扉一枚隔てた先に、椅子に縛られたアディントンとジン、ベルモット、バーボンがいた。縛られたアディントンは顔を血で濡らし、右の顔面には大きな青痣ができていた。そしてさっきの音から察するに、銃で撃たれたようだ。コナンはサアッと顔を青褪めた。
(なんで…アディントンはジンに捕まってるんだ…しかもたった1人で…。)
ジンとベルモットが言い争ったかと思えば、ベルモットがジンに指示されて何かを尋問している。
「…アディントン、さっきジンから聞かれたこと、洗いざらい吐きなさい。じゃないと、もっと痛い目に合うわよ。」
アディントンはそう問われても口を開こうとしない。コナンは心臓が高鳴った。
「…何を頑なになってるのよ。貴方の命がかかっているのよ?言いなさい。」
高圧的な態度でベルモットは問いただしている。
「………貴方、本当に馬鹿みたい。ジンの罠に嵌って、他人のためにその命を差し出そうとして…。…………どこまでお人好しなのかしら。モリアーティに同情するわ。FBIも公安も、貴方を殺すためにあのホテルに来ていたのよ?あのままモリアーティと共に逃げてしまえばこんなことにはならなかった。…FBIも公安も、ボスと裏で結託していたのに…そんな人間、爆弾と共に吹っ飛んでしまっても自業自得じゃない。」
そのベルモットの言葉に、赤井もコナンも目を見開いた。FBIと公安が組織のボスと繋がっている。俄かには信じがたいことだが、ベルモット本人がそう言ったのだ。赤井は困惑したような険しい表情でコナンを見た。コナンは赤井の表情から察するに赤井は知らなかったのだろうと結論づけた。
「…大丈夫。僕は赤井さんを信じてるから。」
「…ありがとう。」
赤井はコナンの言葉で少し表情を和らげた。コナンは赤井ではなく、安室の方が気になった。安室はそのことを知っていたのか。だとしたら彼はコナンにとって敵だ。この場所からは安室の表情は窺い知れない。敵か味方か測りかね、じっと安室を観察していたが、ベルモットの「……泣いてるの、アディントン。」という声で意識がアディントンに向いた。ベルモットによって顔をあげさせられていたアディントンが、涙で顔を濡らしていた。その表情も、悲痛に歪んでいる。
「……全て、私の独りよがりだ。わかってる、わかっているつもりなんだ、これでも。」
涙声で、アディントンが呟く。いつもは感情のない声が、今はアディントンの悲痛な感情を映していた。コナンはその声に胸を締め付けられた。
「今まで救えなかった命に彼らを重ねて…自己満足で助けようとした。そんな力ないってわかってても…っもう、これ以上…救えなかった命を増やしたくない…目の前で死んでほしくない…っただ…ただそれだけなんだ………。」
ボロボロと涙を溢れさせて、アディントンはしゃくりあげた。その姿はコナンも知らないアディントンの一面を表していた。沢山の死に触れたのだろう。その度に救えなかった己を責めて、消えていった命を嘆いて、その小さな背には有り余るほど背負ってきたのだろう。コナンも身に覚えがある。救えなかった命はいつまでも胸にしこりとして残る。ふとした瞬間そのしこりは痛みを発し、己を責め立てる。その苦しみを、コナンは知っている。
「…くだらねぇ。」
突然ジンがアディントンに近寄り、椅子ごと倒した。そして、ジンに右肩を踏みつけられてアディントンが絶叫した。
「あぁああぁあああぁあああ!!」
コナンはもう見ていられなかった。赤井に向き直り懇願の眼差しで訴える。
「お願い赤井さん!アディントンを助けるために力を貸して!!」
赤井もアディントンのさっきの様子を見て、何か心境の変化があったのだろう。渋ることなく頷いた。
「俺がジンを仕留める。その間にベルモットを頼めるか。」
「ううん、ベルモットは今回敵じゃないと思う。…むしろ、安室さんがどっち側なのかわからない。とにかく、ジンを確実に仕留めよう。」
赤井は頷いた。そこで、またアディントンの声が耳に届いた。
「ふっ…う…うぅ…あぅ……もく……てきは…。」
アディントンは泣きながら息も切れ切れに答えようと口を開く。
「…かえり…たいんだ。…………組織を…壊滅させないと…帰れない…帰れないんだ…。全部終わらせて…帰りたい………っ帰りたい……会いたい……!!」
アディントンの弱った姿に、コナンの胸が軋むように痛む。
「…行くぞボウヤ。」
その瞬間赤井とコナンは同時に飛び出した。
赤井がジンを銃で撃って、ジンの注意が赤井に外れている間に走った。
「なんで生きてやがるっ…ライ!!!」
2発目の発砲音を聞いた頃にはジンの斜め後ろまでやってきた。時計型麻酔銃をしっかり構え、狙いを正確に定めて発射した。
「く…そが…!」
そう言いながらジンは膝をついた。意識を失う寸前まで赤井を睨み、最後に「アディン…トン……テメェは絶対…殺す…!!」と言ってジンは倒れた。
その瞬間、ベルモットとバーボンはお互いに銃口を向けた。
「…あら、バーボン、私に銃を向けるなんてどういうつもり?」
「貴女こそ、僕に銃を向ける意味がわかりませんね。」
それぞれが睨み合うが、赤井が銃口を安室に向けた。それを見て安室は鬼の形相で赤井を睨んだ。
「どういうつもりだ、FBI…!!」
「それはこっちの台詞だな、安室君。」
「…生きていたとはね…ライ。」
それぞれが睨み合いを続けるが、コナンはアディントンに駆け寄った。
「アディントン…!!しっかりしろ!!おい!」
コナンの呼びかけに、アディントンは閉じていた瞼を震わせて開いた。
「…江戸川コナン…なんで…ここに…。」
「オメーを助けるために決まってんだろ!!無茶しやがって!!この馬鹿!!」
コナンは涙を滲ませて右肩を圧迫した。血の気が失せたアディントンの弱った姿に心臓がバクバクと煩く跳ねる。睨み合っていた大人達もお互いを警戒しながらアディントンの元に駆け寄った。赤井だけはジンのもとに駆け寄り後ろ手に縛っていた。
「コナン君、傷を見せて。」
安室がアディントンの傍に膝をつき傷を見ようとするが、そのバーボンの後頭部にベルモットが銃口を向けた。
「バーボン、アディントンに触らないで。」
「…貴女だってアディントンが死んだら困るでしょう。」
「えぇ困るわ。だからって貴方に触らせるのも嫌。どきなさいバーボン。」
怒りを滲ませるベルモットに、安室は顔をしかめた。
「…どきません。貴女にもFBIにもアディントンはわたさない。」
安室はバーボンらしい笑顔を剥ぎ取り、睨みつけるような鋭い視線でベルモットを見る。その顔は威嚇しているようにも見えた。
「……っここで争うのはやめてよ!!今はアディントンを助けることに集中して!!」
コナンの叫びにベルモットとバーボンは互いに目線を外してアディントンを見た。
コナンの小さな手で圧迫しても、その血はなかなか止まらない。圧迫による痛みで、アディントンは僅かに顔を顰める。赤井はジンを縛り終わると、駆け寄ってきてアディントンを縛っていた紐を全て切った。
「急所は外れているが弾はまだ中に残っているだろう。早く取り出さないと後で面倒だ。近くの医療機関で治療した方がいい。」
「……駄目だ…。」
アディントンが掠れた声で言う。
「病院には行けない…ここで弾を取り出す。」
アディントンは自分から体をずらし、椅子から降りた。そして、上体を起こして左手で右肩を圧迫する。
「…ここでする気か?麻酔も無いんだぞ。」
「いい…腹に手を突っ込まれて…掻き回された経験もある。弾を抉り出すくらい…耐えられる。どうせさっきジンが傷口を広げたからな…。取り出しやすいはずだ…。」
浅い呼吸を繰り返して切れ切れにそう言ったアディントンは、赤井が紐を切るために使ったナイフを顎で指した。
「それで抉り出せ。」
「…わかった。」
「治療なら僕がします。貴方には任せられない。」
安室が赤井に食ってかかるが、赤井は首を振った。
「銃創の治療や応急処置なら何度も経験がある。俺がする。」
そう言って赤井はライターでナイフを炙る。まだ安室は食ってかかりそうだったが、コナンが諌めると黙ってアディントンの背後にしゃがみこみ支えるように手を添える。ベルモットは「応急キットを持ってくるわ。」と言って車の方に走って行った。赤井はナイフを炙り終わると、アディントンに「痛むぞ。」と声をかけてからナイフでその銃創を抉った。
アディントンは冷や汗を流しながら目をきつく瞑り歯を食いしばった。拳も強く握りしめ、爪が食い込んだ掌に血が滲む。背中を支えてくれる安室に全体重をかけながら耐えた。
激痛との長い闘いが終わり、赤井が弾を抉り出した。アディントンは息を吐いて力を抜いた。グッタリとしたアディントンをバーボンが優しく支える。
「アディントン、まだ消毒が終わってないわ。」
ベルモットが応急キットを取り出しながらそういうと、アディントンは項垂れた。
「…最悪だな。」
「貴方がここで治療するって言ったんでしょう。我慢なさい。」
そう言って、ベルモットは容赦なく消毒液で銃創を消毒する。あまりの痛みにアディントンは絶叫した。
「なんで弾取り出すときには叫ばなかったのに消毒の時に叫ぶのよ。」
ベルモットは少し不服そうだ。
「いや…消毒液の匂いは白衣の天使という名のトラウマを思い出してちょっと…。いや、切断を迫られてないから大丈夫…落ち着け…。」
そんなことをぶつぶつと言い出したアディントンにベルモットは悪態をつくが、思ったよりも元気そうで内心ホッとした。
「服の上からじゃ上手く消毒できないわ。脱いでちょうだい。」
そう言ってスーツに手を伸ばしたが、その手はアディントンにやんわりと握られた。
「………すまない、肌は露出できない。…あまり人に見せられるものではなくてな。」
そのアディントンの言葉にベルモットは察して手を引っ込めた。
「顔も酷えぞ。…痛むか…?」
コナンの小さな手が恐る恐るアディントンの顔に伸ばされる。コナンの手がアディントンの頬に触れた瞬間、アディントンはそのコナンの手に擦り寄った。
「あぁ、痛い。……すごく痛い。」
アディントンはコナンの手に己の手を重ね、そして握り込んだ。縋るように、コナンの手を握ったアディントンはまた涙を滲ませた。
「………怖…かった…怖かったんだ…うっ…ぐすっ…痛かった…すごく痛かった…うっ…ふぅ…うぅ…。」
コナンは泣き出したアディントンの頭を胸に抱き寄せた。
「バーロー、頑張りすぎなんだよ。」
コナンにポンポンと背中を撫でられて、アディントンは堰を切ったように泣き出した。コナンはアディントンが泣き止むまでずっとその背を撫ぜていた。
[newpage]
一通り泣いたアディントンはその身体をグラリと傾けて倒れそうになった。コナンが受け止めようとするが、全体重をかけられて倒れそうになる。そこで、安室の腕がアディントンの腰に回されてなんとか倒れずに済んだ。
「…熱が出てますね。」
安室がコナンから離すようにアディントンを抱き上げる。そこでベルモットが再び銃を向けた。
「貴方、アディントンをどこに連れて行くつもりなの。」
「貴女こそ、アディントンを欲しがる理由はなんです?ボスに渡すんですか?」
険悪なムードが漂うが、そこでコナンが安室に問いかけた。
「安室さんは敵なの?味方なの?」
コナンの質問に安室は黙った。
「僕は今の安室さんが敵か味方かわからなくなってる。…もしアディントンを捕まえるつもりなら、僕は安室さんを止めるよ。」
いつもより低い声で、コナンは安室を見上げた。
「…ならコナン君、君は赤井を信じるのかい?」
「…少なくとも、赤井さんは僕の信頼を裏切らないから。でも、安室さんは…正直まだわからない。安室さんはアディントンをどうするの。」
安室は抱き上げたアディントンを見た。じっと黙って見つめ続け、暫く沈黙してからポツリと呟いた。
「…心臓が、張り裂けるかと思った。」
「…安室さん?」
「アディントンがジンに殴られた時、撃たれた時、傷を抉られて叫んだ時、何もできない自分の無力さに吐き気がした。苦しんでいるのに……助けられなかった。」
それはまるで己の罪を懺悔する罪人のよう。ポツリポツリと溢れる言葉に、コナンは優しい目を向けた。
「………公安には連れて行かない。この子は殺させない。何があっても、もうこの子は傷つけさせない。」
「それを聞いて安心した。安室さんのこと信じるよ。ベルモット、安室さんは敵じゃない。だから銃を下ろせ。オメーもアディントンのこと、助けたいんだろ?」
「…えぇ、そうだけど…。………ねぇ、バーボン、今貴方…公安って言った?……まさか。」
ベルモットは安室の正体に思い至ってしまったらしい。
「……バレたなら、仕方ないですね。…まぁ、今の僕は所属している組織に不信感を抱いているのでこう言うのは憚られるのですが…僕の所属は警察庁…通称ゼロと呼ばれているところです。」
「…貴方が、公安警察…NOCだったなんてね。………一時期公安に組織の仕事を嗅ぎつけられていたけど…もしかして…。」
「そうです。アディントンからの情報で、僕が公安に指示を出していました。」
ベルモットは銃を下ろした。しかしその目は細められたままバーボンを見つめ続ける。
「…なるほど。じゃあ貴方、アディントンが入ってすぐの頃からアディントンと協力関係にあったってことね。」
「えぇ、まあそうなります。…僕は質問に答えました。だから貴女からも聞きたい。…何故アディントンを助けたいんです?」
「…その子は、私の太陽だからよ。」
ベルモットは愛おしげにアディントンを見た。
「………貴女の宝物というわけですか。」
安室はベルモットから視線を外し、赤井を睨みつけた。
「…コナン君は赤井を信頼してると言っていたが、俺はまだ信じきれていない。お前はアディントンを目の敵にして命を狙っていただろう。そんなお前がアディントンをFBIに引き渡さないとは言い切れない。」
安室は敵意剥き出しで赤井を睨み続ける。赤井は安室に抱えられたアディントンをチラリと見た後、真っ直ぐ安室の目を見た。
「…確かに、俺はアディントンを社会に出すべきじゃない…殺した方がいい人間だと思っていた。」
「赤井!やっぱりお前っ…!」
「話は最後まで聞け。…だが、灰原哀と阿笠博士を誘拐に見せかけて保護していたこと…その後の保護をボウヤに任せたこと…ボウヤからアディントンの話を聞いて、少し考えを改めようと思った。…そして、さっき聞いたFBIと黒の組織の繋がり…。正直俺はFBIを疑ったことはなかったし、FBIは正義だと、そう思っていた。………だが、結局モリアーティの言う通りになってしまった。俺にその子を裁く権利なんてない。もちろんFBIにも。FBIも公安もあてにならない今、組織を壊滅させることのできる人間は…恐らくアディントンだけだ。」
安室は赤井のその言葉に眉を顰める。
「………その言葉に、偽りはないな。アディントンを傷つけようとすれば、その時、今度こそ俺がお前に引導を渡す。」
「あぁ、嘘じゃない。」
安室はそれを聞いて、短く息を吐いた。
「とにかく、アディントンを休ませる場所と、ジンを拘束しておく場所が必要だ。…移動しよう。」
コナンの言葉で、赤井がジンを担ぎ、全員で移動を始める。
「ジンは俺の方で拘束しておく。ボウヤ、そっちは頼んだ。」
「うん。」
ジンと赤井、コナンと安室、ベルモット、アディントンの二手に分かれて車に乗った。
「アディントンはどこで休ませるの?」
ベルモットの言葉に安室はセーフハウスを提案したがコナンが首を振った。
「僕の家なら広いしなんでもある。セキュリティも万全だ。僕の家に向かって。」
コナンの指示によって、車は工藤邸に向かって走り出した。
車が走り去った後、花弁が舞った。
「よかった。一時はどうなることかと思ったけれど、コナン君のお陰でまとまりつつあるね。…マイロード、あと少し…あと少しだ。」
そう呟いた男は、また花弁を散らせて風と共に姿を消した。
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いつもコメントやブックマーク、いいねありがとうございます!<br /><br />今回は本当に辛かったけど私のぼんやり思い描いた進み方ができて本当に嬉しいです…!あぁ〜やっと〜!やっとだよ〜!って感じです。<br />今回また私の自己解釈マシマシでリツカを書いております。<br />リツカは色んな世界に渡り色んな死を目の当たりにしました。救えなかったことが多々あって、それは自分に力がなかったから、もっと力があれば、もっと努力すれば助けられたかもしれない。そう思って、助けられなかった命を悔いて、ずっと引きずっていると思います。FGO内で文章で読むだけでもかなり悲惨な死にリツカは出会っていると思います。正直それだけの死に直面していたら、メンタルズタボロだと思います。ましてリツカは平和な時代に生まれた平凡な子どもです。救えなかった命がまた増える。それはリツカの心に傷を増やすのと一緒だと思うんです。だから、リツカは自分に全ての命を救う力なんてないと自覚していたとしても、救うために動いてしまう。救うために動いても、見捨てても、リツカはどっちにしろ傷つくんです。とても辛いですが、リツカはそういう状況にいると私は解釈しています。 さらに、リツカは大切な人(ドクター)を失っています。他人であっても、その人はきっと誰かにとって大切な人で、その人が死んでしまえば、誰かが悲しむ。リツカはその誰かに共感できてしまう。だからリツカは命を張って助けようとするんです。<br />お人好しで独りよがりで偽善者でお節介だと思われると思いますが、そうじゃなければリツカはよく知らないはずのマシュが死にかけていた時、その手を取っていなかったと思います。リツカとマシュの関係、そしてグランドオーダーの始まりは、そんなリツカのどうしようもないお人好しから始まってると思ってます。私はそんな、なんの力もないけど、どうしようもなくお人好しなリツカが大好きです。<br /><br />それから、今回はコナン君がとても重要な回だと思ってます。コナン君があの場にいたから丸く収まりました。大人だけだったらきっともっと血を見ていた気がします。コナン君、君はマジでリツカの救世主だ。<br /><br />〈注意〉<br />
DC×FGOの混合小説です。
<br />コナン初心者なので間違っているところもあります。
<br />夢やCP要素は極力ないようにしていますがちょっと注意です。<br />
FGOキャラの真名バレしてます。<br />
自分の地雷の気配を察知した人はブラウザバックお願いします。
<br />読んでからの苦情は受け付けません。
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聖杯回収のために黒の組織入りしたぐだ子の話36
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10023929#1
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しばらく赤井さんと話し、連絡先を交換して別れる。
貰った連絡先にこれからの名前をメールで送ればすぐに理解してくれたようで直後から偽名で呼んでくれた。
ちょうど連れの方に呼ばれて行ったけどあの人もFBIかな。
「さて、ひろくんに説明しないとな…」
赤井さんと話しつつも視界の端で泳ぐ四人を確認していたので居場所はわかる。
といってもどうやってひろくんだけ連れ出そうか。
「とりあえず行くか」
そろそろ休憩もさせないとだしな。
子供の体力は底なしに見えて気付いたら底をついてたなんてよくある話しだ。
四人全員を抱えては帰れないからね。
「みんなそろそろ休憩しよっか」
「あ、雪。そんな時間たったか?」
「まあまあ経ってるよ。私アイス食べたいからアイス食べよ」
「お、いいな」
「あっちに美味しそうなアイス屋あったよな」
「んじゃそこで」
「じゃあ私買いに行くから、もう一人ついてきて。さすがに五つは一人で持てない」
「あ、じゃあオレ行く」
「そう?じゃあ三人は荷物見ててね」
「はいよー」
なかなか上手い具合にひろくんを連れ出せたんじゃないだろうか。
荷物番を任せた三人から一定の距離が出来たところでひろくんから声をかけられる。
「で?なんであいつと知り合いなんだ?」
「アメリカ時代に射撃場で知り合ってね。色々教えてもらったりたまに勝負したりしたんだよ。私が長距離も出来るのはあの人のおかげだからね」
「えっ、雪長距離も出来るのか?何ヤードまでいける?」
「お、やっぱり経験者としては気になる?なんせ師匠があの人だからね、七百は堅い」
「は!?まじかよ…」
驚いたり落ち込んだりと忙しいひろくんを引きずってアイス屋さんまで行く。
味は適当に五種類買い二つひろくんに持たせてみんなの元へ戻る。
「みんなお待たせ〜」
「お、おかえり」
「味は?」
「ストロベリー、チョコ、ピスタチオ、フランボワーズ、ミルク」
「俺チョコ」
「ミルク」
「ピスタチオ」
「ひろくんは?」
「ストロベリー…」
「じゃあ私フランボワーズね」
「なんでヒロしょげてるんだ?」
「…我らの母は強かった…」
「は?」
そのあと赤井さんの部分を除いた話をひろくんから聞いたのか三人がすごい顔でこっちを見てきたけどアイス食べるのに夢中で気づかなかったことにしておく。
でも確かあの組織の幹部が六百そこらだったか。前世の記憶だし曖昧だけど確かそのくらいのはず。
なるほど、そりゃあ驚くか。
全員がアイスを食べ終わりまた海へと駆け出す。
元気だな…。
まあ男はいくつになっても心は少年って言うしな。知らんけど。
「おねーさんっ」
「…はい?」
パラソルの下で子供たちを眺めつつぼんやりしていると知らない男性二人から話しかけられる。
見た感じ「属性:パリピ」って感じ。
近づいてきてたのはわかってたし一応笑顔で返事をすればまあ予想通り。
「おねぇさん一人?」
「良かったら俺らと一緒に遊ぼうよ」
「残念だけど一人じゃないの」
何一つ残念ではないけど。
「誰ときてんの〜?彼氏とか?」
「彼氏だったらこんな可愛い人ほっとくわけなくね?」
「確かに。もし彼氏だとしたらそいつやめといたほういいよ〜?」
勝手に話が進められていく。
彼氏じゃないしなんなら彼氏だとしても彼女である私に彼氏の悪口を言うのはどうなのか。
「彼氏じゃない。けど遊べないから諦めて」
「え〜でも俺らお姉さんと遊びたいなぁ」
「おねぇさんも暇してんならいいっしょ?」
しつこい。
ハワイに来てまでナンパして寂しくないのだろうか。
とりあえずどうにかして追っ払いたい。
「あの「ママ〜〜!」!?」
急に猫なで声がしたと思ったら少し離れたところから声の主がこちらに走って来て抱きついてくる。
「ねえママ僕喉乾いた〜」
「えっ、ちょま」
れぇくん…!
むりかわいい。
「えっ、子持ち!?」
「まじで!?」
おうまじだよ。
それよりこちとらそれどころじゃないんでお引き取り頂いてもいいですか。
「…ママこの人たちだれ?おともだち?」
「ンンッ、いや?知らない人だよ」
あざと可愛い猫かぶりで上目遣いをされて思わず変な声が出てしまった。
あかんわこれ。
「? おともだちじゃないのにお話してたの?」
「う〜ん、まあそうだね」
「あ、いや、俺らもう行くんで」
「失礼しました〜」
純粋無垢(?)な瞳で見つめられたナンパ男がそそくさといなくなる。
まあこんな可愛い顔に見つめられたらそうなるよな。
「…」
「雪、大丈夫だったか?」
「えっ、あ、はい」
「? なんで敬語?」
「いやぁ、流石だなぁって…」
その後向こうから様子を伺っていたらしい三人もこちらに来る。
「雪大丈夫か〜?結構しつこかったな」
「冷たくあしらわれてたのにな」
「ね、ほんとだよ」
「ゼロは流石だな。見事な五歳児だったぞ」
「当たり前だろ?」
「うわドヤ顔」
「これだから主席様は」
「今関係なくないか」
その後わいわいおしゃべりし良い時間になったので海水浴場から出てホテルへ向かう。
…にしてもれぇくんかわいかったな…。
翌日。
ダァアンという音と共に体に振動が伝わってくる。
「確かに昨日は俺達が楽しんだから今日は雪の行きたいところにっつったけどよ」
「まさか射撃場とは思わないよな」
離れたところから子供たちの声がする。
まあ確かに二十代女子に「どこ行きたい?」って聞いて「射撃場」と答えるとは思うまい。
潜入捜査始まる前に久しぶりにライフル撃ちたかったんだよ許して。
日本じゃライフル撃てるとこ少なくてさぁ。
「五百しかないからやりがいないな」
「嘘だろお前」
ついポロッと本音を漏らすとすかさずひろくんの声か聞こえる。
振り返るとチベスナ顔で落ち込んでるひろくんかいた。
小さい子のチベスナ顔めちゃくちゃおもしろい…。
「いや、オレだって五百は撃てたんだけどさ…?」
「いやわかる。わかるよひろくん」
「雪が普通じゃないだけだ」
「元気出せよヒロ」
なんだか私がヒールのような扱いを受けている。不服です。
まあいいやと何度か撃っていると弾切れになったので切り上げる。
「行こうか」
「もういいのか?」
「うん。腕は落ちてないってわかったし」
「全部ど真ん中だもんな」
「せめて六百でやりたかったなぁ」
「ヒロの顔がやばいから勘弁してやってくれ」
「チベスナ顔が悪化してる…」
まあまあ、もし将来前世と同じ職を目指すなら私以上のスナイパーになって見返してやればいいのよ。
そのあとはみんなでお土産を見て回る。
もちろん諸伏さんと降谷さんのお土産も忘れずに。
諸伏さんがマカダミアナッツチョコで降谷さんがハワイステイコン〇ームね。私は有言実行する女です。
殴られそうだからマカダミアナッツチョコもあげよう。
子供たちにはそれぞれアロハシャツ。試着したらめちゃくちゃ可愛かったので即買いした。写真も撮った。
どうせならと私もみんなとお揃いで買った。
四人から似合うと言われたら買うに決まってますよね。
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いまだハワイ。次回帰国します。<br /><br />推しイベが終われば更新速度戻ると言いましたがあれは嘘です。<br />ゲームトロコンするまで戻らなそうです。ゲーム…めちゃくちゃ面白いんです…。CV関智一の「双」から名前が始まるキャラが最高に好きです。お心当たりのある方はぜひ仲良くなりましょう。<br /><br />前回同様注意書き等ありません。ハワイの海に捨ててきました。<br /><br />色々とやらせたくて今回帰国予定だったのにまだハワイにいます。<br />そして皆さんが期待してくださつていた「ハワイで親父に…」ですが、射撃場って12歳からなんですよ…。残念!<br /><br />誤字脱字ありましたら気付き次第直します!<br /><br />━━━━━━<br />追記<br />8月22日<br />デイリーランキング13位<br />女子に人気ランキング7位<br /><br />8月23日<br />デイリーランキング8位<br />女子に人気ランキング42位<br /><br />にお邪魔させて頂きました。<br />ありがとうございます!<br />━━━━━━
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今世は推しを養います7
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10024098#1
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[chapter:パラレル設定]
完全パラレルです。
並行世界で、アイチや森川たちは陰陽師。櫂くんや三和くんは妖怪です。
現代に近いイメージです。(ただ単に古語とか苦手ry)
()にした名前は妖怪の真名ということにしました。
真名は契約者同士にしか分からないという仕様。
●アイチ
陰陽師なりたて。唯一の式神は友達のういんがる。能力はかなりあるのに弱気なせいで損している。力はあるので悪霊とかに狙われやすい。ういんがるとの修行でなんとか自力で逃げられるようになった。
●ういんがる
アイチの友達。式神としては下級になる。
●三和(タイシ)
狐の妖怪。大納言イメ。善狐。尾は九本あったらいいな。
お節介焼きたがり。世話好き。アイチを見てたらほっとけなかった。
●櫂(トシキ)
龍神。
人間は好きではない。力あるものは力あるものに惹かれるんです。アイチが幼い頃に、気まぐれで助けてしばらく遊んでいた。そのとき「お前が強くなったら契約してやる」と約束する。
何だかんだで律儀なので約束は守ろうと思っていたが、ある日より強いもの(レンさま)と出会い、力によって契約を交わす。だが強いものは力に溺れてしまったため、無理やり契約破棄をした。そのためボロボロになってアイチと約束を交わした場所まで戻ってきたところを昔馴染みの三和に発見されて現在に至る。誰にも会いたくないと思っているのに、陰陽師が頻繁にやってきては戦いを挑んでくるので軽くあしらっている。傷はもう癒えている?約束を反故してしまったがアイチとの約束を守りたいとずっと思っているが、反面、前の契約者と同じようなことになってしまうのが怖い。
●森川
陰陽師。強い式神を使役したいと思ってるけど、本人はそんなに強くない。でも意外と式神思いなゆえに式神からは嫌われてない。
本人いわく「アイチの先輩だからな!」
しかし、三和に挑むも負け、櫂に挑むも負け。けっこうボロボロになっているがそんな描写は一切ない。
●シンさん
アイチの師匠。アイチに陰陽師の素質があるかどうかを見抜いた。
怒るとすこぶる怖い。アイチにはあまり怒ったことはないが、森川には数回ある。
●店長代理
猫の妖怪。猫叉。シンさんの式神。
●ミサキさん
シンさんの仕事経営等のサポートをしている。自身もまた陰陽師。後輩の森川とアイチをよく面倒をみる。
大体こんな感じです。
[newpage]
[chapter:思い思われ]
――前を行く人は人じゃなかった。
でも僕はこの人は優しいと知っている。それだけが真実なのだから本性が妖怪でも人間でも変わらないと思うのだ。生まれが違うから何だというのだろう。優しいというのはとても凄いことだと考える。同じ人間だったとしても化け物と罵られ優しくしてくれる人間なんて母親と妹ぐらいだった。違う種だというのに優しくしてくれるのは思惑があるのだろうが、それでも全てが全て嘘だとは思わない。裏切られるというのは信じているからではないだろうか。それなら信じて信じて信じ切って裏切られた方が、凄く悲しいけれど受け入れられる。だから妖怪だと言われて裏切られたって思うのは間違いで、僕が本性を見分けられる力がなかったからであって要は前を行くこの人、狐さんは悪くない。
「あ、そうだ。アイツの領域に入る前に一つだけ言わなきゃならないことがある」
考えていたら、急に振り返られて吃驚した。
金色の尾が九本。ゆらゆらと揺れている。艶やかで、触りたい衝動に駆られたけれど、ぐっと堪えた。
「な……んですか?」
恐々と尋ねると、「んな怯えるなって。とって食わねえから」と言われた。僕はただ三和くんの尻尾を触らないようにって堪えていたのを勘違いしたのだろう。首を横に振った。
「とって食べるつもりなら、出会って最初に食べられてます。僕。それに三和くんはそんなことする人……妖怪さんじゃないです」
尾が九本。シンさんに聞いたことがある。尾が九本ある狐は相当強いのだと。狐かどうか本人に聞いたわけではないが、当てはまる妖怪が中々いないので勝手に狐だと解釈してしまった。でもたぶん間違っていないと思う。
「ほんっとにアイチは可愛いなぁ。よしよし!」
「わわっ!?」
乱雑に頭を撫でられた。撫でるのが好きなのだろうか? さっきもういんがるを撫でていた。
「んで、言っておくことなんだけどさ」
「……はい」
「契約すると約束した少年のことなんだが。契約を破棄した前の主がいると言っただろ? そいつと契約した時に契約を交わす前の記憶がほとんどなくなってしまったんだと」
「……え?」
「あー、つまりな? 力でねじ伏せられて契約を交わしたわけだから、契約項目が人によって違うんだ。少なくともアイツの前の契約者はそういう奴だった。今があるから過去はいらないだろうっていうのかな? そこのところは俺にもよくわからねえんだけど。ってわけで強く心に残っていることが『少年と約束した』ということであってその『少年』が誰かは思い出せないらしいんだ。難儀だよな。強く『少年』を思ってるのに思い出せなくて更にイライラしてるみたいだ」
「み、三和くん。あの、前の契約を破棄したって言ったよね。破棄したから記憶は戻ってくるんじゃないの?」
「お互いが同意して破棄――契約不履行っていうのか? すれば今までの記憶を含めて全て戻ってくるのかもしれないが、前例がないんだよ。大抵は主人が死ぬまでかもしくは式神が限界を迎えるときまでは契約は続くものだからな。アイツが特別っていうのもあるかもしれないが無理やり破棄したっていうのもあり、戻ってくる気配はない。記憶っていってもある一部がなくなっているだけで大元はアイツのままだぜ。それはオレが保証できる。とはいっても性格が前よりもっとひどくなってるけど」
記憶が、ない。その言葉が胸を突き刺した。痛みと不安でドキドキする。
彼が僕のことを覚えていない。具体的に言えば、約束したことは覚えているけど僕自体は知らないということになるのかな。
どうしよう。櫂くん。ただ僕は君に会いたい一心で此処まで来てしまった。さして強くもないまま。強い式神とも契約していないまま。会いたいという思いだけで会えるというだけであまり良く考えずに来てしまった。馬鹿だ、僕。櫂くんの約束には「強くなれ」っていう項目もあったのに。
彼が「約束」をどこまで具体的に覚えているのだろう。全部かな。僕が約束の内容を伝えたとしても、それに伴うものがなければ信じてもらえないに違いない。
だって、彼は人間嫌いだもの。しかも、三和くんが言うには前よりもっとひどくなっているらしい。それって間違いなく此処最近の陰陽師たちのせいだ。シンさんも不安がっていた。櫂くんは人間嫌いなのに、陰陽師はそんなことをお構いなしで強いということと契約しようという思いだけで彼を訪ねていたのだから。もちろんそんな陰陽師の一人である僕も彼にとっては同じなんじゃないか? 少しでも僕のことを覚えていてくれれば望みはあるかもしれない。だけどその望みも何もなかったら?
「アイチ?」
「へっ、な、なに?」
「顔色が真っ青だぞ? 大丈夫か? やっぱ、止めるか?」
おでこに手を当てられた。ひんやりとして気持よくて、目を細める。こういう細かいことを気付けるなんて、ミサキさんみたいに良く見てるんだなぁ。
不安しかないけれど、会って話してみたい。会って話せば何かが変わるかな。変わらなくても一目だけでも会いたい。櫂くんかどうかはっきりと確認するためにも。だから、怖いし不安だけど、選択肢なんてはじめからない。行くと決めたからには行くんだ。
「大丈夫です。ありがとう、三和くん」
「……おう。いざとなったら俺の後ろに隠れてればいいから」
そういって、三和くんは前を歩く。草が伸び放題のいわゆるけもの道を難なく歩いていく。僕は三和くんが通った道をなんとか歩いていく。こういうところで差がでるものなのか。歩きなれていることもあるのだろう。さくさく進んでいく。
とても周囲の空気は澄んでいるせいか冷たく、そして風景は美しかった。
そういえば、櫂くんのそばにいる時もひんやりしてた。冷たくて気持ちいい。彼にそう言ったら、渋い顔をしていたけど。彼は僕に触って一言「お前は温かいな」と言ってたんだった。それは僕が人間で、櫂くんが人間じゃなかったということだった。でもそんなことはどうでもいいぐらいにあの空気が好きだった。
あまり会話と言う会話はなかったけど、一言でも返してもらえたことがとても嬉しくてつまらないことばかり話したように思う。
ああ、懐かしい。
「おーい。大丈夫か?」
少し先で三和くんが止まってこちらに声をかけてきた。ハッと我に返ると、足を止めていたことに気がついた。
「ご、ごめんなさい!」
「謝んなって、こっちは気にしてねえし。それよりも具合は大丈夫か?」
「え?」
「いや、この辺一帯は神気が強くてな。妖怪は一切寄りつかない。あ、俺は慣れてるってのと善狐ってこともあってか平気なんだけどよ。すっかりそのことを忘れててさ。前のマケミは式神のおかげか何とかアイツのとこまで行ったけどな。大丈夫か? 具合悪くなったら言えよ? さっきも顔色悪かったみたいだしさ」
「心配してくれてありがとう。本当に大丈夫だよ。というかね、このひんやりした空気が気持よくて。それにほら、ここの景色がとても綺麗だからつい」
「ふぅん。なあ、アイチ。もしかしてさぁ」
「はい?」
「……アイツと約束した少年って、お前?」
「へ、あ、えっと?」
「俺はアイチがその少年だと良いなって思ってる」
「ふぇ?」
「約束は覚えていても少年を覚えてはいないと言った時の様子。神気には当てられてない。アイツに会って話したいだなんて、他の陰陽師とは違う」
正直、その櫂くんとは約束したんだと思う。僕はそう思ってる。けど、実際は性格に約束を交わしたのかと聞かれたら、どうなのだろうか。アレは約束だったのだろうか。疑問なんて一度わいたら、たくさんわいてくる。
不安がずっと僕を囲んでいるんだ。その不安を払拭するためにも櫂くんに会って確かめたい。ずっと考えていたことだった。
だから師匠であるシンさんに森川くんが龍神様に会いに行ったと聞いて、僕は無理を言って場所を教えてもらった。本当はシンさんは反対していたのだ。正式な陰陽師ではない上に、術だって不安定で成功するときとしないときがあって未熟者だから。でも理由も知っていたからこそ、条件付きで送り出してくれた。
間違っても戦わないでください。
そう言ってきたシンさんの目が真剣だった。僕が陰陽師に成りたいと言ったときに見せた表情だ。
でもその言葉に首を傾げた。何でですか。問えば、悲しそうな顔をした。
『相手が櫂くんだったとしても、知り合いの同業者に話を聞いたところ今までの櫂くんではなさそうなんです。ああ、どう言えば良いのか……。陰陽師相手には特に厳しいらしく、かすり傷程度だったら良い方なのだそうですよ。大怪我した相手もいるとかいないとか。森川くんも帰還した直後は結構ひどい怪我をしてました。アイチくんは森川くんとはまだ会っていないのでしょう? 行くかどうかは彼の話を聞いてから決めてください。ああ、聞かなくても行くと言うんでしょうね。でも、行くのならば絶対に戦わないでください。彼の話から聞くと、上級の妖怪がいらして話を聞いてくれるそうです。その上級の妖怪は知能が私たち並みらしいので会話が成立すると言うことなので、櫂くんとの会話の仲介になるよう頼んでみてください。そこで駄目ならすぐ帰ってくるんです。良いですね?』
――ちなみに約束を破って怪我をして帰ってきた暁には、説教では済まされないので肝に銘じといてください。
シンさんのお説教はとても怖い。僕はまだ体験していないけれど、森川くんが数日大人しいぐらいなのできついものだとわかる。そのお説教ですまされないということは想像もつかないが、今からでも鳥肌が立ちそうだ。
それで、三和くんが頼んでくれるということは、この条件のうち一つは達成されたことになるよね。うん。
「アイチ?」
「ぁ、えっと、ですね。約束した少年が、僕だったらいいなって思ってます」
「どういうことだ?」
「約束って言うほどの話はしてないんです。でも龍神様に会って話をしたことがあります。だけどそれがこれから会う龍神様と同一なのかどうか、わからないんです。だから会って話してみたい。神気に慣れているというのはたぶんその一時のおかげだと思います」
「なるほどね。じゃあ違かったら?」
「……違かったら?」
「もしあっちから拒絶して、攻撃してきたらどうする?」
「攻撃…………。僕からは何もしません。駄目ならすぐに帰ります。師匠との約束ですし、彼にとっても僕にとっても何の意味も成さないです。それに僕は傷ついている人を妖怪を神様を更に傷つけたいわけじゃないです、から」
きっともうたくさん傷ついてるんだ。僕の考え及ばないところでたくさん。
「わかった。アイチ。お前が本気でそう思ってくれんなら、俺は全力でお前を守るよ」
「そ、そんな! 仲介してもらえるだけでも有難いのに! 迷惑かけられないよ……!」
「迷惑じゃねえよ。アイツもずっとあのままじゃ、駄目なんだ」
「三和くん?」
「お前と会って何かが変わればいい。俺は本気でそう思ってる。アイツは龍神様だ。人間の為に働いてきたヤツなんだ。人間と関わってきたんだ。あのまま拒絶し続けていいってものでもない。というか拒絶しちまったら、アイツは自分を否定することになる。それじゃあいけないんだ。だから、アイチ。俺も協力するから、」
アイツを助けてやってくれ。
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中々先に進んでくれない!私が書くアイチくんは凄くうだうだと同じことを考えてしまってもうgdgdです本当に。次ぐらいにはやっと櫂くんに会えるんじゃないかな。……だといいな。で、ここから急に思いついたパロ語りします。ツイッタでも呟いてたんですけど、詰め合わせするみたいなほどの会話してないんで此処でっていうね。【櫂アイIbパロ】イヴ⇒アイチ(安定)ギャリー⇒櫂くん(オネエではない)メアリー⇒ミサキさん(単にミサアイミサが好きなだけ)って考えたけど、メアリーはエミでも何ら問題はない。さらに言えば私は三和くんでも何の問題もない。例のシーン⇒櫂「後から、行く。だからお前は先に行け」アイチ「え、で、でも――」『好き……嫌い……』櫂「っ、いいから、早く行けッ!」アイチ「う、うん! 後から来る……ね? 櫂くん」『嫌い……好き……』櫂「あ、あ」アイチ「……わかったよ。また、ね!」『――――嫌い』櫂「ぐっ………ぅ、ぁ!?」【ここまで】きっと誰かが書いてくれてるに違いない!wktk!このアイチくんは幼少時代でもいいし、そうじゃなくてもいい。年齢操作ってやつですね!年齢操作と女体化ってとても魅力的ですじゅるりむしゃもぐ。ついでに言うなら三和アイも好きです。三和くんの出番が多いのはシカタナイネ。【5/2追記】「2012年04月19日~2012年04月25日付の小説ルーキーランキング 59 位」「2012年04月20日~2012年04月26日付の小説ルーキーランキング 95 位」ありがとうございますううううううう!続き頑張ります!
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思いは変わらない【陰陽師パラレル】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002481#1
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この世は男女という性と、第二の性で構成されていた。
旧約聖書によるとヤハウェがアダムとイブを創造し、2人がエデンの園において禁じられていた善悪の知識の実を食したことにより、男と女という性の違い初めて認識した。それが性別の始まりとされている。
では、第二の性とは何か?これは近年発見された、いや、第二の性として定めなければならないほどに人間の体が突如新たな一面を持つようになったものをいう。
突然隣に住んでいた人間から甘い香りがするようになった。突然性行為をしているかのような体のほてりが何日も続くようになった。あの男を見たら襲いたくなった。あの女性と一緒にいないと死んでしまう。それはある種のパンデミックのように浸食し、総人口の2割届くか届かないくらいの人間に特に現れた症状『アルファ・ベータ・オメガ・ダイナミクス』通称バース性である。
アルファの性を持つ人間は全てにおいてカリスマ性に優れた上に立つ人間だ。政府関係者から始まり、社長、歌手などさまざまな分野で活躍している。圧倒的なオーラを放ち、のちに後述するオメガを『孕ませること』に特化した体質を保持していた。
オメガの性を持つ人間は、女性の月経の様にある一定期間『発情期』という症状が現れる。所構わずオメガのフェロモンを放出し、ベータ、そしてアルファを誘惑する。今までありえなかった男性であっても“子供が出来る体”であり、『孕ませられること』に特化している貴重な人間である。
残りのベータ、これはオメガバースが発症した以前と変わらない人間をさし、おおよそ8割がベータにあたる。特に特化した能力もなく、努力次第でアルファの様にもなれるし、普通の道を歩むことも可能。フェロモンは出ていないが、オメガに誘惑されることもある。
それが長い年月をかけてわかってきたオメガバースの導入部だ。事変が起こった当初、性犯罪が急増し、男が妊娠、女性に男性器ができるなど大きな混乱を招き、世界中がパニックに包まれた。医学によって仕組みなどが解明されて落ち着きを取り戻しつつある時代ではあるも、未だにオメガという第二の性はあまり好まれない傾向にある。
『発情期』によって行動不能になるだけでなく、周囲に影響を与えてしまうオメガは地位が低く見られがちだ。もちろん開発された抑制薬によってベータと変わらない日常を送る人間や、アルファとまではいかなくても才能を開花させる人間もいる。しかしそれは一握りで、ただでさえ貴重なオメガの中でその人数は限りなく少ない。幼少期の診断によって第二の性が判明した時から、オメガはオメガの人生を歩まなければならない。
ではなぜアルファ、オメガの性が生まれたのか?人口が少なくなっていく危機的状況から生まれた生存反応という説もあれば、神が人間の破壊を望んでいるのだという説もある。
しかし、オメガはアルファに愛され、アルファはオメガを守るために生まれた。そうロマンチックなお伽噺があってもいいと、私は思うのだ。
「あーちゃん、あと2日くらいでヒートなりそうな“匂い”するよ」
「あっ!ありがとう!そっか、もうそろそろだったね」
「いーえ。いつも言っているけど周りは注意深く見てよ。いくら薬で抑えたからといって例外はあるんだから」
「運命の番、とかね!」
番とはアルファがオメガの項を噛むことによってもたらされる契約で、フェロモンが番のアルファにしか作用しなくなるというメリットが生まれる。番を解消するとオメガは死に至るとされているため慎重に番う必要があるが、概ね番うことは良いこととされている。
『運命の番』は生まれた時から相手が“運命的”に決まっているアルファとオメガのことを言う。見た瞬間にお互いに運命だと感じ、逃れられない衝動に駆られる。囚われてしまうほどの結びつき。あくまで噂であって、本当に運命と番ったなどという人間はどれほどいるかわからない。実際はどうだか知らないけれど。物語の様な話であるというのに、幼馴染みは運命が現れるといいな、と信じている。
アルファとして生まれた私は、オメガである幼馴染みを見守ってきた。彼女を番にしようと考えたことはなかったが、第2の性を抜きにしても大切な幼馴染みであり、親友である。運命でなかったとしても素晴らしい番を見つけて幸せに過ごしてほしいと思っている。
幼い頃から当たり前のように彼女を守ってきた結果、ヒート前でなくても感じる微弱なフェロモンをも察する感知能力。そして傷つけさせない為、アルファですら影響させるオーラの放出及び制御を身に付けた。残念ながらそれ以外は頭の良さも運動能力も普通のベータに近いアルファに変容してしまったけれど。
この体に不満を持ったことは無い。幼馴染みを守れていることがとても嬉しいから。
――でも、心のどこかで思っているのだ。こんな中途半端な私でも、番にしたいと思う相手が現れるのかな、と。
高校3年に入り、周りは受験一色である。将来何になりたいか?子供のころから誰しも思い悩む職業の話。アルファは総じて得意分野を伸ばす方面へ向かうし、ベータも人それぞれ未来を据えて進学か、就職かを選択する。一方オメガが就職する場合理解のある会社、職場を選ぶ必要がある。定期的にヒートを乗り切らねばならないオメガは、どうしても休みがちになってしまうからだ。幼馴染みは大学に進むと言っていたから、その点心配はしていないが、いつか就職する時はやってくる。それまでに養ってくれる相手、例えば年上の番とかが見つかれば状況も変わって来るかもしれないけれど。
私はといえば……警察官を目指している。私がアルファとして唯一発揮できる力が、感知能力と制御だから。オメガを巻き込んだ性犯罪はいつまでたっても無くならない。そんなオメガを守って救ってあげたい。幼馴染みを守ってきた正義感から私にできることはこれしかないと思っていた。
高校卒業と共に試験を受けて警察学校に行ってもいいし、大学で学んでからでもいい。まだ迷っている部分もあるのでまずは一歩進んでみようというわけだ。
「受かるとは思わないし、受けないけど、東都大学行ってみたかったんだよね~」
鼻歌を歌うほどにご機嫌は幼馴染みと一緒に、街をいくつか越えて訪れたのは東都大学。今日はオープンキャンパスだった。
さすが名門と言われる東都大学である。一通り見学し、説明を聞いたが、周りはアルファだらけ。ヒートが近い彼女についてきたのは正解だった。大学で性犯罪なんてごめんだからね。私も彼女も東都大を受けようとは思っていない。参考程度であったけれど、確かにより進んだ学びが出来ることも確か。まぁ、生憎追いつくだけの脳がないから私には到底無理だけれど。
「ねーねー、そろそろお茶して帰ろうよ」
「そうだね。そういえば前に行きたいって行ってた喫茶店なかったっけ?」
「ポアロ!そうそう喫茶ポアロ!!イケメンがいるって聞いたから一度行ってみたくて!」
アルファかな?いい人だったらどうしよう~!とテンションが上がる彼女に苦笑して、地図アプリで道筋を検索する。あまり遠くないみたいだし、ゆっくり休んで帰っても夕飯ごろには帰宅できそうだ。
それからほどなくして到着した喫茶ポアロは、今時の華やかなカフェ外観ではなく、昔ながらの地域に愛されるような装いだった。そして上には毛利探偵事務所と書かれている。あの有名な毛利小五郎の事務所だろうか?テレビで見た時はなかなかにダンディなオジサマだった思うけど。まぁ高校生で探偵にお世話になることはないだろうから生で見ることはできなさそう。
ガラスに反射する自分の姿を透かして仲の様子をうかがうと、時間は午後3時を過ぎたところでティータイムを楽しむ子供たちと、数人の女性の姿が見えた。
意気揚々と店内に入る幼馴染みに続いてお邪魔する。ふわりと鼻腔を擽るコーヒーの香りと甘いドルチェの香り。可愛らしい女性の店員さんに案内され奥のボックス席に腰を下ろした。
「ご注文はいかがいたしますか?」
「ん~悩むなァ!あ、でも人気なのってハムサンドだっけ?」
「ハムサンドでしたら提供できますよ!」
「じゃあ私ハムサンドとオレンジジュースにする!どうする?」
「そうねぇ……私もハムサンドと、んー、ホットコーヒーで」
「かしこまりました~」
にこりと微笑んでカウンターに戻った女性店員さんを横目で見ながら「コーヒーなんて大人っ!」「そういうあーちゃんは子供ね」「そんなことないよ!」とじゃれあう。注文したものが提供されるまで貰った資料を眺めておくか、とテーブルに取り出してパラパラとめくってみる。さすがに設備はしっかりしてるなと学校施設の説明を読んでいると、先程の女性店員さんの、あ、という声が聞こえた。
「安室さんハムサンドお願いします!」
「はい、わかりました!」
スタッフ専用の扉が開いて男性が現れたらしい。年齢的にマスターってわけでもなさそうだからバイトの人かな?
目に入れた瞬間、
「おおおぉ……あれが噂の。確かにイケメン……!絶対アルファだよ……!」
と感動した震え声で彼女が悶える。確かにどこぞの王子様かと思うほどに日本人離れしたミルクティーブラウンの輝く髪、南国を思わせるような褐色の肌。垂れ目ときりりとした眉が相まって男性にしては愛くるしい顔。一つ一つのパーツが洗礼されていて女性に噂されるのも頷けた。これが噂になっているイケメン店員だろう。うーん、とっても目の保養。
けれど、
「(扉を開けた瞬間にふわっとした……柑橘系の香りの奥に熟れた桃の様な甘い匂い。あーちゃんとは違うけれど、あれは、)」
「ね!イケメンだと思うでしょ!?」
「えっ!?あー、うん、そうだね」
「あーん、いいなぁ。あんなイケメンが運命だったら……!」
恋する乙女の様に目をハートにさせて興奮する彼女に苦笑いしながらも、本能的に彼が運命だとは思っていないのだろう。一説によれば全身に電撃が走ったかの衝撃を受ける、とも言われている。当然私も彼に何も感じていない。
そこから夢見る番の話を相槌を打ちながら聞いているうちに、ふわりと食事の香りと甘い香りが混ざったものが隣に訪れた。
「お待たせしました、ハムサンドとオレンジジュース、そしてホットコーヒーです」
にこっと人好きのする笑顔で注文の品を持ってきてくれたのは例のイケメン店員さんだった。「ありがとうございます!」と満面の笑みを浮かべている彼女も内心はきゃーきゃーと悲鳴を上げて大興奮していることだろう。
しかし、近くに来てはっきりと分かった。やっぱりこの爽やかさに隠された甘い匂いは彼から放たれている。本人に自覚があるのかは知らないが、悟らせないように振る舞えるだけの人としての才能が溢れているということだ。彼女しかり、他の人も彼がアルファだと”認識するほど”に。
「(確かにあのルックスなら相当苦労していそう……大変だなァ)」
まだ出会ったばかりながらも心配になるくらいに彼の纏うものはどこかちぐはぐとしている。食べないの?と不思議そうに問いかける彼女に、食べるよ~と曖昧に返して、噂にたぐわぬ味をしたハムサンドをぺろりと頂くのであった。
お腹もいい具合に満たされて時間を見れば、そろそろ街行きの電車に乗らないと帰りが遅くなってしまう時刻だった。彼女に声をかけて起立を促し、入口へ向かう。会計に来てくれたのはあの男性。それぞれぞの会計を支払いながら「また来ます~!」と語尾にハートがつきそうなほど上機嫌な幼馴染に「ええ、ぜひ来てください」と社交辞令であったとしても素晴らしい笑顔で返してくれる。
ふわり、と匂いがさっきより強くなった。本人も周りも全く感じていない。でも私に分かるソレ。お節介であると分かっていながらも、すこしでも分かってほしくてつい、声をかけてしまった。
「おにーさん」
「はい、なんでしょう?」
ちょいちょい、と手を曲げてこちらに来るようにお願いする。首を傾げながら隣に来てくれた彼に口元に手を当て背伸びすると、何か内緒話があるのかときょとんとした顔をしながらも察してくれたのか、屈んで耳元を口に近付けてくれた。
「……おにーさん、ヒート近いんじゃないの?」
「っ!」
ひゅっと、息を飲む音がした。
それに伴って先程まで感じていた爽やかな好青年から、鋭利な刃物のような鋭さを持つ雰囲気に一転する。こちらまでごくりと唾を飲む音が嫌に分かるほど、それに触れてはいけないものだった。まるで私と彼と2人きりになったように周りから隔離される。
彼は、オメガだ。
生まれてからずっと寄り添ってきた幼馴染みに似たヒート前特有の甘い匂い。ヒートの時は砂糖菓子の様にドロドロと濃厚な香りがするけれど、その前兆なのか爽やかさの中に甘さを含んだ香り。
この様子からオメガであることは隠しているんだろう。強力な抑制剤でも使っているのかもしれない。
それをあっさりと私が指摘しちゃったものだから、衝撃を受けているんだろう。
「別に誰かに言ったりしませんよ。ただ、もしそうなら準備した方がいいかなと思って」
「――なぜお分かりに?」
「私の幼馴染みもそうなんで、感知だけ強くなったんです。おかげで一般的な知能やら体やら普通すぎて馬鹿にされますけど」
第2の性は口に出さず、概要だけで会話をする。でも、普通すぎる、そして感知という言葉で彼は私がアルファだと分かったようだ。
「それで、僕にわざわざ?」
「お節介で申し訳ないですけどね。突然来るのと分かっているのじゃ対処が違うから」
「……ありがとう、ございます」
苦そうな、困ったような複雑な笑みを浮かべた彼に申し訳なく思いつつも、まぁこの喫茶店に再び来ることは無いだろうから。困惑させてごめんなさい、と心の中で謝って店を後にした。
「どうしたのー?まさかあのイケメン好きになった!?」
「ちがうちがう。――アルファ同士話してみたいことがあったんだよ」
「わぁ!やっぱりアルファなんだ!いいなぁ~。素敵なアルファと番いたいなぁ」
オメガだったとあえて言うことでもないけど、これは言ってはいけないと無意識に嘘をつく。オメガだから必ずしも不利になるわけではないし、彼なら平然と生きていけると言う確信もある。
それでも、彼が隠そうとしている性を、私が話してはいけない。勝手にかき回してしまった私の責任だ。
しかし、いい匂いだったな。と既に香りもしない空気を吸って、頭の中であの匂いに包まれたら幸せそうだと想像してしまった。
*****
1ヶ月後。東都大学ではなく自分の力量に合った偏差値の大学のAO入試のために再び米花町を訪れていた。当然あの喫茶店には訪れていない。そうはいっても電車で1時間もかかる距離だから気軽に来れるところではないのだけれど。
程よい手ごたえで入試を終え、電車の時間までどうやって時間を潰そうかなぁと、ぶらぶら駅まで歩いていると、どこかで記憶のある甘い香りがした後、右腕に衝撃が走った。何事かと慌てて右手を見ると、褐色の肌が私の腕を掴んでいた。腕から肩、首、そして顔と視線を上げると――そこにいたのはどこかで覚えのある、顔の整った男だった。
「えっと……?」
「お待ちしてました。覚えてます?1ヶ月ほど前に喫茶店でお会いしたと思うのですが」
「あ、ああ、あのイケメン店員さん!」
まさかこんな所にいるとは思わず別人かと思ったけれど、本人で合っていたらしい。
その制服でどこの出身かまでは分かったのですが、さすがに会いに行くのはよろしくないと思って。
そう答える彼に、ん?と頭にクエッションマークが浮かぶ。
「お話したいことがあって、お時間あったら付き合ってくれませんか?」
そう微笑む彼は、最後に見た複雑な顔ではなく、心底嬉しいと顔に現れていた。
お送りするので、車の中でお話しませんか?
そう連れてこられたのは、彼の車だという白いスポーツカーだ。え、いきなり車内?と不審に思うも、にこにこと助手席の扉を開けて待つ彼の姿を見たらなんだか毒気を抜かれる。男と女、基礎体力は違うけれど、私には抑圧するアルファの力がある。いざとなったらぶっ掛けて逃げればいいかと、失礼します、と静かに乗り込んだ。
乗り慣れているであろう彼の匂いが車内に漂っていた。かなり薄いから、車内香と判別しにくい。それでも一度ヒート前の香りを嗅いだ事があるから、これは彼の匂いだと私には分かった。
彼も慣れた動作で車に乗ると、緩やかに発進する。振動と聞こえるエンジンの音からスピードが出そうだと心配したけれど、そんなことを微塵も感じさせない穏やかさで景色がするすると写り変わっていく。
しばらく無言で景色を眺めていたが、赤信号で止まった時、ようやく彼が口を開いた。
「この前は、ありがとうございました」
「ん?」
「声をかけてくれたでしょう?……次の日にヒートが来たので」
「ああ、それですか。……急に赤の他人に指摘されたら嫌だったでしょ?」
「いえ、あのときは驚いてしまって失礼な反応をしたと、謝りたかったんです。すみませんでした。そして、ありがとうございました」
ぺこり、と彼は綺麗に頭を下げたあと、青信号で再び車を発進させる。まさかここまでしてくれるとは思わなかったけれど、感謝されたことがどこか嬉しくで、緩む頬を止めることはできなかった。
「お役に立てたなら、よかったです。私アルファのくせに感知しか分からないから」
「――十分な力だと思いますよ」
「そうでしょうか?へへ、それなら警察官になれるかな」
「警察、ですか?」
驚きの声を上げる彼に、そんなに驚くことかと思いながらも、私の将来の夢を語る。
いつか、叶えたい私の夢を。
「第2の性で巻き込まれることがない世の中にしたいんです。私に出来ることをしたくて」
「……素晴らしいことだと思います。君のような人がいれば、平和に暮らせるでしょうね」
「そうですかね?うん、じゃあもっと頑張らなきゃ」
大人の人に夢を認めてもらえるとは思わなくて、親しくもなかったはずの彼にポロポロと言葉が自然に零れていた。
僕にも警察の知り合いがいますから、アドバイスできることがあるかも。
彼は彼でとても有益な情報を軽く返すものだから、思わず詰め寄って教えてください!と大声を出したのは仕方ない。ぱちぱちと瞬きをした後噴き出して笑って、それじゃあ連絡交換しませんかと提案した。
両手を上げて賛同したが、よく考えたら彼の名前も知らないことに気がついた。
「ああ、申し遅れました、僕は安室透といいます」
スマホを操作して私の連絡先が彼に、彼の連絡先が私に送られてくる。あむろさん、あむろさんね。口で何回か呟いて、私は安室さんと言う名の大人と知り合いになれた。
「またポアロに来てくださいね」
私の家の付近まで送ってくれた彼は、飽きることなくさまざまなことを教えてくれた。家までは危ないのでやめておきますね、と線引きするあたりも出来た大人である。これでオメガというんだから……やっぱり性なんて関係ないんだなと感心する。
それでも、どこか甘い香りのする彼になんだか体の中がぐらぐらと煮え立つ気配がして、そう感じてしまう自分のアルファ具合に苛立ちを覚えた。いつもは鈍感なはずのフェロモンに誘惑されるわけが、ないのに。
*****
大学合格が無事決まり、私は米花町に訪れることが多くなっていた。
実家から通える距離なので独り暮らしをするつもりはないが、安室さんに誘われてポアロに行くことが増えたからだ。メールでちょっとした日常会話をしたり、警察について教えてくれたり。まるで本当のお兄ちゃんが出来たようだと喜んでいたら、29歳だと言うんだから人は見かけによらない。というか童顔過ぎ。私と一回りも違うというのに数歳しか変わらない顔立ちをしているとは、羨ましい限りである。
今日はポアロが目的ではなく、気晴らしに足を延ばしただけだったはずなんだけれど。
気付けばすっかり日が落ちていた。
意識を高めるために警視庁や警察庁の周辺を回って、参考資料を本屋さんで見ていたらこんな時間になっていた。さすがにマズイ。時間的には遅いとは言えないが、日が短くなっていることで6時でも暗くなる。駅周辺の裏道を小走りで抜けながら、どこか怪しい雰囲気のある店を見ないように前を向く。米花町は事件事故が起きやすいということをすっかり忘れていた。巻き込まれない為にもさっさと駅に行かないと。
走る息と、緊張が重なり合って息がしにくい。早く、早く、と十字に差し掛かった時、ぶわり、と猛烈に甘い香りが体を包み込んだ。
「まさかバーボンがオメガだったとはなァ!」
「(バーボン?お父さんが良く飲むお酒の名前だ)」
笑いを含んだ男の声がした方をちらりと覗いてみる。飲み屋が連なる片隅に黒に包まれた人影が見えた。目を細めると3人の男が1人の男を壁側に追いやっていた。暗闇で分かりにくいが、囲まれた男はやけに髪色が明るい、
「……安室さん?」
思わず出てしまった名前に、はっと男たちがこちらを振り向いた。しまった、と思った時には既に遅い。
「お嬢ちゃん、バーボンの知り合いかぁ?」
「はっ、くっ、やめてください、彼女は関係ない!」
「関係あるかは俺たちが決めることなんだよ!」
うぐっ、と悶絶した声を上げて安室さんが座り込む。風に乗ってくらくらするほど甘い匂いが周囲を満たして酔ってしまいそうだ。ケーキや甘味に及ばない、砂糖を溶かして煮詰めた濃厚なオメガの香り。
安室さんは多分、ヒートになってしまっている。
男たちが近づいてくるのを、一歩、また一歩下がりながら安室さんの様子を確認する。顔は赤面し呼吸もかなり乱れている。普段あれほどオメガだと悟らせないようにしていた彼がここまでの状態になって言うということは――この男たちが安室さんに何かしたとしか思えない。同族であるアルファの気配を感じないということはベータだろう。
安室さんの匂いに誘われたのか、誘うように仕向けたのか。
どちらにせよ興奮を隠しきれないように上気している彼らを、どうにかしなければならなかった。
「みたとこ同じベータってところか。残念だなァ、バーボンと知り合いだったばかりに」
「それともなにか?俺たちに混ざって一緒に犯すか?」
「ばーか言え、この女も犯されるほうだろ?」
「違いねぇな、はっはっは!」
下賤な会話をする男たちの声に、じりじりと胸の奥を焦がしていた熱が、一気に放出された気がした。
オメガを、オメガを守らなくては。私が守る。私の――!
「……下がれ」
「あぁん?なんだお嬢ちゃんどうするか決めたか?」
「自分から来るなんて物好きだな!ひっひ」
「――下がれと言っているでしょ、この下種が」
声が空気を揺らし、自分でも抑えられないほどに、アルファのオーラが支配した。冬を思わせる冷気に包まれたこの場でひゅっと、息を止める音がする。先ほどとは逆に一歩、また一歩と足を踏み出すと、男たちが体を震わせ、怯えたように後退していく。
「なん、おまっ、アルファなんてっ!」
「オメガを怯えさせるベータはいらない。……さっさと失せろ」
キッと、目を吊り上げて睨むと「あああああ!」と情けない声を上げて男たちはどこかへ走り去ってしまった。
パタパタと足音が消えて静寂に包まれる。
ようやく私と安室さんだけになったというのに、状況は変わらなかった。
「いあ、やだ、来ないで……」
まるで女の子の様に高い声を上げて怯える安室さん。男たちを追い払うためとはいえ、私のアルファに当てられてしまったらしい。こんなつもりではなかったというのに。慌てて自分のオーラを抑えるも、誘発されて更に上がるオメガのフェロモンにこちらもグラグラと酔い始めた。
「あむ、あむろさん……安室さん!」
「っ!」
大声で呼びかけると瞳孔が動いて、私の顔にピントがあう。少し正気に戻ったらしい安室さんは自嘲したように、緩く口元を歪めた。
「はっ、うっ、なんで、あなたがここにいるかと、怒りたいところですが、ふっ、はっ、助かりました」
「っ、いえ、結局安室さんを苦しめてますから、また、今度話を聞きます」
これ以上近づいたらお互いの為にならない。
触りたい、抱きしめたい、愛してあげたい――噛んでしまいたい。
アルファとしての本能が脳内を揺らす。いけない、これ以上は、と腕に爪を立てて意識を保とうとするのに、欲望に抗えない。
なんでこんな時に限って抑制剤を持ってないの!
自問自答し、悔しさで頭が沸騰しそうだ。フェロモンを感知する割に、フェロモンには鈍感で誘惑されることがあまりなかった。使うことがないからと常日頃抑制剤を持ち歩く習慣がなかったために、安室さんを苦しめてる。
早く、ここから立ち去らないと。
背を向けて駅へ向かおうと足を踏み出すと、「待って、いかないで……」とか細い声が聞こえた。耳を掠める切ない声に、これ以上進むことが出来ない。振り返ると、安室さん自身も何を言っているのか分からないほどに混乱して、こちらに手を伸ばしていた。
手を、握ってあげたい。
もう、逃れることはできなかった。
パンッ!!
真っ赤に腫れあがるくらいに頬を叩いて、一度気持ちを落ち着かせる。
流されるな、いつものように。いつもの私と彼のように接してからだ。
「はは、おにーさん、すごいイイ顔してますね?」
まるで出会ったときのように軽口を叩いて安室さんに話しかける。頬を叩いた音と私の言葉に一瞬キョトン、としたあと、荒い呼吸をしながらも口元をゆるめて、喉奥で笑ったのが見えた。
「あなたこそ……最高にエロイ顔してますよ」
「その発言はなかなかヤバくないですか?……自覚あるんで気にしませんけど」
「まぁ、そうですね。普通なら逮捕されるところですが、生憎僕が捕まることはないですよ」
「なんで?って聞きたいところですけど、そろそろ限界なんですよね」
「奇遇ですね、僕もだ」
「最低でも20歳なってからって、こういうのは考えていたんですけど……」
「大丈夫、僕が責任をとる」
「それアルファ的に私のセリフでは?」
「関係ない。男しては花を持たせてほしいな」
「ふふふ、そうですね」
ふーふー、とお互いの呼吸が混ざり合って、匂いにくらくらする。
近づいて、靴の先と先が、こつん、と触れただけで電撃が走ったかのように興奮する。
早く、お互いに包まれて溶けてしまいたい。
手を差し出すと、震えながらも掴んでくれたので、立ち上がらせて2人きりになれる場所へ足を動かす。幸いにも先程目に入れないようにしてきたショッキングピンクに輝くの建物は多い。肩に寄りかかりながら「行くなら、あそこ」と指差された建物へ向かう。時折スンスンと首周りを嗅がれる吐息でゾクゾクする。あー、もう、こんなところも可愛いと思ってしまうあたり、年齢性別関係なくアルファとしての本能なんだろう。
「あそこまでいい子に待てますか?」
「ふ、ふ、ええ、ええ僕はいい子ですよ。……後でいっぱい褒めてくださいね」
もちろん。
言葉は飲みこんで、安室さんの熱を感じながら建物へと2人で姿を隠した。
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きみか、ぼくか。それとも両方?<br />※ゆめ<br />※オメガバースパロ<br />※女子高生(α)×安室(Ω)<br />※捏造過多<br />いつか書いてみたいと思っていたオメガバース話です。<br />調べてはいますが設定等間違っている部分もあると思うので目を細めてご覧ください。<br />下の女の子が降谷さんを従わせるって、こう胸奥に来る萌えがある……でも降谷さんの攻めも捨てがたい……くっ!<br />女子高生はフェロモンの感知と制御に優れていますが、それ以外は普通。<br />設定がかなり捏造過多。バース性が生まれた経緯が後天性です。<br /><br />イラストに乗せていたオメガバース設定の元の話。<br /><br />作品にいいね、コメント、そしてフォローをありがとうございます。<br /><br />※追記<br />表紙変更。お借りしています。簡単表紙メーカー使用。<br />コメントタグありがとうございます……!ヨダレ……!嬉しくて保存してしまいましたw<br />8/22、8/23デイリーランキングありがとうございました!<br />9/11 タイトル変更
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いい子に待てができないのはどちら?
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10024821#1
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なんやかんやあって強盗犯は全員お縄になって、お客達も無事解放され、事件は収束。
パトランプが光る現場の銀行内は警察関係者で満ち、立ち入り禁止テープの周囲をマスコミや野次馬が固め、救急車が気絶した強盗犯を乗っけてサイレンと共に去っていったのを見送った。
グッバイ、更生しろよ。
ちなみに銀行のお金は無事だったわけだが、俺の現ナマはとられたリュックと共に証拠品としてしばし押収されるというクソみたいな事態になってしまった。
だからまぁ今すぐのお買い物は出来ないんだけども!
速攻で家に連絡されたから、心配性の母ちゃんが飛んでくるし一人散策なんて許されるはずがないんだけども!
けど急げばまだ間に合うかも!金は別の所で下ろせば良いし!と希望を捨てきれなかった俺は、そんじゃな!と、クルッと背を向けた。
―――が、去りかけた俺の手首を、背後から素早く掴んだ兄ちゃん。
「どこへ行く、ここで待つんだ」
「っなにすんだコラァ!放せ!」
要求を叫びつつ必死に地面を蹴ったが、がっちり掴まれた手は全然緩まないので逃れる事は出来ず、ウォォォオ!と雄叫びを上げてスピードを上げてみたが、俺の足は地面の上を延々と無意味に滑るだけだった。
変わらない景色に変わらない場所、体力だけを無駄に消費していく………回し車で走り続けるハムスターは実はこんな惨めな気分なのかもしれない。
なんて酷い!
俺の怒りもなんのその、兄ちゃんは此方の賑やかな挙動などまるで意に介した様子はなく、真面目な顔で微動だにせず上司と思しき警官達とお喋りしていた。
「降谷、その子は?事件の被害者か?親は?」
「どうやら一人で巻き込まれたようなのですが、偶然僕と同じ場所に居合わせまして。
実はこの子は事件解決の立役者で――……おいヒロキ、少し大人しくしていろ」
コイツ握力でリンゴ粉砕…どころかクルミの粉砕も余裕なんじゃね?と思わせるような、ビクともしない手の拘束をベッシベッシ引っぱたいてキィキィ喚いていたら、此方を見下ろした兄ちゃんが疲れた顔をした。
ふざけんなその顔したいのは俺だ!
「フィギュアが俺を呼んでるんだよ!分かったら今すぐ俺を解放しろ!」
「フィギュア?人形遊びが好きなのか?
……別に逃げやしないだろう、ほら、大人しく一緒に事情聴―――ッおい!」
警察に事情聴取なんかされてたら遊べねーよ!と、プンプン怒ろうとした途端。
喉の奥から胸に広がった嫌な感覚に、しまった、と顔を歪めた。
ちくしょう、まずった、動きすぎたわ…!
顔を青くしてうつむき首を押えたら、目を剥いた兄ちゃんが慌ててしゃがみ込んで俺を覗き込んだ。
ヒューヒューと壊れた笛みたいに鳴り始めたノド。
大して吸い込めないし大して吐けもしない上に、徐々にゼロゼロと痰が混じり始めて余計苦しくなった。
久しぶりにやらかした、と苦い気持ちになりつつ、俺は自分のリュックに細かく震える手を伸ばし―――あっ、強盗に引ったくられてたわ!
やべえ…!
「ヒロキ!!!大丈夫か!!!ッ、待ってろ、すぐに救急車を呼ぶ!!」
「っよし、至急1台手配しよう――――」
上司さんが携帯で119番する中、焦った顔の兄ちゃんが苦しさのあまり床にへばりつきかけた俺をヒョイッと抱え上げた。
イケメンにお姫抱っこされてるがまるで嬉しくないし、男のゴツい腕より柔らかなベッドもしくはミニスカナースの介抱を所望したい…!
「何!?近間の救急車が総出!?…ッそうか、強盗犯乗せたせいか!!
他の地区からだと時間は?――…ッ15分か、状況上仕方な―――」
突如兄ちゃんが上司さんから携帯を奪い、憤怒の形相で電話口に叫んだ。
「強盗犯は窓から放り出してこっちに来い!!」
そんな無茶な、と上司さんと俺の心中は一致した。
そもそも俺ね、救急車はいらんから、と苦しさに喘いでヒュウヒュウ言いつつも、兄ちゃんの袖を引っ張った。
携帯の向こう(至極困っている様子の交換手さんごめん)に眉をつり上げて怒鳴り続けていた兄ちゃんは、なんだ!と俺を睨むように見下ろした。
「きゅ、ッ――ゅ…――」
「ッ吸入薬を持ってるのか!!どこに―――証拠物件の中か!!」
碌に喋ってないのに意思が正確に伝わった上、携帯を放り捨てて、並べられた証拠物件の中へと俺を抱えたまま激走した兄ちゃん。
扉を蹴り開けカウンターや机をスマートに跳び越えつつも俺に振動は全く伝わって来ない………、そんな忍者みたいな動きをする兄ちゃんに、色んな意味でスゲぇな、と酸欠でボンヤリしてきた意識の中で思う。
すぐさま俺のリュックを探し出し、その中から吸入薬も取り出して正確にセット、俺に咥えさせる所まで最短時間でスムーズにこなしたこの兄ちゃんは多分、その辺のお巡りさんでおさまる器じゃない気がしてきた。
ただ、顔良しスタイル良し格闘技術良し、更に頭も良し行動力も最高、と来たら腹立つじゃおさまんねえわなんだコイツ欠点ねえのか。
ゆっくりと薬を吸い込んで、少々咽せながらも、俺の背中をさすり続ける兄ちゃんをジットリと見上げたら、どうした?と、もの凄く心配そうな顔をされた。
「どこか痛むのか?」
スペック“子供に優しい”が追加されました。
俺は咥えていた薬入りケースをギリギリと歯で噛んで、ジェラシーを露わにした。
苦しいのか?と益々真摯な顔で心配されたので、ジェラシーは一旦引っ込める。
俺、中身大人だからね…!
痛くない、の意味を込めて首をそっと降っておく。
兄ちゃんは少しホッとした顔で、淡い青色の目で俺を覗き込むと、柔らかな声色で言った。
「じゃあ、何か欲しいものでもあるのか?」
「……ふ、…ふぃぎゅあ……」
「……………どうやら落ち着いてきたようだな」
ふっと、兄ちゃんの顔から大分力が抜けた。
お陰様で、と肩を落とした所で、到着した救急車の隊員が駆け込んできた。
**********************************
ぶっちゃけ、素早い対処のお陰で救急車で運ばれる最中に8割方復活を遂げた俺。
着いた先の病院では、ドクターの“もしもししようね~”程度の穏やかなポンポンで診察は終わってしまった。
どうやら警察病院だったらしく、ちらほらと警察関係者っぽい姿が見えた院内で、そのまま小児用待合スペースみたいなファンシーな所に案内される。
(柔らかなマットの敷かれた室内に、ぬいぐるみやおもちゃが山のように置いてある。無論、俺の気を引けるものではない。)
母ちゃんがココへ迎えに来るらしいので、遊んで待ってろって事のようだ。
ふーむ…。
ぱっと見の問題は―――ドアの簡易ロック、ナースステーションの人の目、エレベーター前の監視カメラ―――オーケィ、障害は少ない。
ハッキング+ステーション前をほふく前進すれば容易に脱走可能だとニヤニヤする。
だって!まだギリギリ!タクシーに飛び乗れば間に合う時間なんだもの!
母ちゃんが来る前に脱出だぜ!
「よし!そんじゃ兄ちゃん世話ンなったな、あんがと!バイバイ!」
「なにがバイバイだ」
笑顔で手を振ったのにも関わらず、兄ちゃんは俺と一緒に待合スペースにご案内されていた。
なんでだ。
兄ちゃんと俺の背後で、がちゃん、と扉が閉められる。
………なんでだ。
「さあ、まだ本調子じゃないだろう。ほら、そこのソファ使って寝ていろ」
兄ちゃんがタオルケット(クマさん柄)を布ボックスから取り出してくれる中、俺は口に手を添えて頷いた。
「ゲホゲホ、うん、具合悪いな、ゴホゴホ、すごく具合が悪い。お昼食べてないし、お腹すいたし、死にそう。
あぁ今すぐ期間限定モノのハーゲンダッツが食べたい、食べたらすぐ良くなる気がする誰か買ってきてくれないかなぁ…」
「9割方復活しているようだな。さっさと横になれ」
ソファを指さして真顔で言われたので、俺の演技力は低いようだった。
クソォなんてこった!
想定外に一番厄介な障害が残りやがった!!
この異様ハイスペ野郎をKOするだけの力は今の俺にはねえぞ……これはどうにか隙を突いて逃げるしかねぇ!
兄ちゃんが畳んだハンドタオルを枕代わりにソファに置こうと、此方に背を向けた瞬間、チャンスだぁ!!!と背後のドアに飛びつき、つまみタイプのドアロックを解除―――したら首根っこ掴まれて、あっという間に小脇に抱えられた。
「ぐあぁぁぁあ放せェ!」
「ヒロキ、君は頭が良いのか馬鹿なのか分からないな」
失礼な兄ちゃんの横っ腹をバシバシ叩きつつ(あれ?岩盤かな?)、うぇぇぇん!と半ば本気で愚図る。
「ちくしょー!もう明日からアメリカなのに!俺のふぃぎゅあぁぁぁぁ…!!」
ため息を零した兄ちゃんは、ロックをかけ直してから、脇で暴れる俺を床にそっと下ろした。
「ソファに縛り付けられたくなかったら大人しくしていろ」
「こんにゃろー!監禁罪で訴えるぞ!!」
「そうか、公務執行妨害で訴えるぞ」
「いたいけな子供になんてこと言うんだ!」
「いたいけな子供はナースステーションのパソコンのどれがハッキングしやすそうかを見定めながら歩かない」
「っ、冤罪だ冤罪!」
諦めてなるか!と再度脱走しようとしたが、今度は手首をサッと握りしめて捕えられた。
扉を目前にひたすら足が空回りする……数時間前と同様のこの体勢、ハムスター事案…!
逃げ道が完全に潰えたことを悟った俺は、もうダメだ……と足を止めて項垂れ、無力さに思わず泣いた。
鼻水で顔面がぐしょぐしょしている俺を引き摺りながら、パステルカラーのソファにドサッと腰掛けた兄ちゃんは、ボックスティッシュを引寄せながら尋ねてきた。
「明日からアメリカって事は……親の転勤か?」
ほらチーンしろ、とティッシュペーパーを俺の顔面に押しつける兄ちゃん。
美人ナースにやって頂けるならまだしも、何故男に!!チーン!!されなければ!!ならぬ!!屈辱!!
至急俺は顔面に垂れていた液体全てを自力で体内へ引っ込めて、ティッシュから顔を背けると、今までの愚図りは幻ですよ、という顔で答えた。
「うんにゃ。自由を求めた結果」
「自由?……日本じゃダメなのか」
ティッシュをゴミ箱に放り入れた兄ちゃんが、俺との会話中にも関わらず携帯を取り出して、すさまじい指の動きで素早くメールを打ち始めた。
興味をひかれて覗き込もうとしたら、繋がったままの手でホッペをぐいと押されて遠ざけられた。
くそ、物理障害への対処は苦手分野だ。
「なんで隠すんだよ見せろよ俺と兄ちゃんの仲だろ」
どんな仲だと言われても困るけど、口を尖らせてタコみたいになりつつ要求したら、守秘義務があるんだ、と最もらしく言われた。
ほぅ、俺にかかればその携帯のハッキングなんぞ容易いと言うのに!
彼女へのメールか、それとも何か恥ずかしい文章でも打ってるのか。
後でコッソリ見てやろ、と心の中で決めて覗き込むのを諦めた俺に、兄ちゃんはチラッと視線を寄越した。
「それで、アメリカに拘る理由は?」
「ああ、まあ、趣味的には日本が自由なんだけど。ITスキル伸ばすってなりゃ、向こうの方が進んでるし教育面でもその辺緩いし。
なぁ、それは良いからさ、この手放せよ。もー逃げねえし」
繋がれたままの手を軽く揺すり、困った風の笑顔で頼んでみる。
メールを打ち終えたらしく、パタンと折りたたみ携帯を閉じた兄ちゃんが“成る程な”と頷いた。
「確かに君のハッキングスキルは小学生の域では無さそうだ。スプリンクラーまで動かせると思わなかったな」
「やり方知っててネットに繋げさえすりゃァ、誰でも出来るよあの程度。熱感知システムを弄るだけなんだから―――よし、分かったらこの手を放せ」
「ピンポイントで狙ったスプリンクラーを動かし、濡らした強盗犯を感電させるなんて芸当、誰でも出来るとは思わないが」
「ずぶ濡れてんだから、後はむき出しのコンセント投げつけるだけだっつの!猿でも出来るわ!もっと皆を評価しろ!さぁいい加減に手を放せ!日本語通じてますかァ!?」
「全く、小学生で随分な無茶をする。恐ろしい子だな」
「それを言うなら強盗犯のど真ん中に躍り出て蜂の巣にならない身体能力を持ってる兄ちゃんの方が恐ろしいぜ!凄いね!ああああどうでも良いからさっさと放せェ!俺は男とお手々繋いで喜ぶ趣味はねぇんだよ!!」
隙あらば逃げ出そうとする俺を、犬かなんかと勘違いしているらしい兄ちゃんがリード代わりに握りしめている俺の手首。
ついさっきまで俺の背中をすり撫でていた、ゴツいくせに繊細であったけぇその手にはそこそこ感謝していたが、今となっては完全に無用の長物である。
せめて指1本でも外したらァ!と、一番狙いやすい小指を握りしめて引っぺがそうと試みたが、ブロンズ像の指を相手に奮闘しているしょっぱい気分になっただけだった。
キェェェ小学生の非力さが憎い!と手の甲を叩きながら怒ったが、例え俺が大人になってもこのゴリラパワーの金髪童顔警察官には力で勝てる気がしない。
この時代の日本警察って皆こんなんなの!?怖ェよ!!
強盗犯達の注意をひいて大暴れしてくれた兄ちゃんのお陰で、こっそり動けた俺は有線ネットに繋がったパソコンを弄くってスプリンクラーを操作できたのだから感謝はするけど、だからって延々と男とお手々繋ぐなんて罰則を受ける理由にはまるでならない!
微動だにしない兄ちゃんのせいで、俺一人パントマイムでもやっているかのような残念な有様だが、諦めてなるものか…!
こなくそー!と固い腕に全身でしがみついてリンゴ飴みたいになっている俺を見ながら、兄ちゃんが呆れた顔でため息をつく。
「全く、また発作を起すぞ。迎えが来るまで大人しくし――」
「邪魔するぜ」
「うわぁ、マジで降谷が子守してる」
言葉の途中でノックもなくガチャリとロックが解錠されて扉が押し開けられ、仲間の警察っぽい若い人が2人やってきた。
兄ちゃんの手から下り、その二人を見上げた俺は決めた。
よし、コレは言わねばならん。
「イケメンは滅べ!次から次へと腹立たしいなちくしょう!」
「ブハッ、なんだコイツ!」
元気でチャラそうなヤツが噴き出しながら笑い、サングラス掛けた二枚目が微妙な顔で俺を見下ろした。
日本の警察は顔審査があるのかと言わんばかりに顔面偏差値が急上昇していく待合スペースにうんざりだ。
ああもうどうせ呼ぶなら婦警さんをよべぇ!ミニスカポリスを呼べェ!!
ブンブンと繋がれたままの手を振り回しつつ、ペッとつばを吐く真似をしていたら、グラサンの方が片眉を持ち上げた。
「このガキがスプリンクラーを動かしたハッカー?…おいおい、なんかの間違いだろ」
「気持ちは分かるが間違いじゃない」
かくかくしかじか、と状況を説明し始めた金髪兄ちゃんに、マジかよ、とグラサンが俺を上から下まで眺め回す。
不快だ。
しかしそれとは対照的に、もう一方のチャラそうな方が、坊主!と笑顔でしゃがみ込んで俺に目線を合わせた。
「ほら、これなーんだ!」
チャラい兄ちゃんが差し出してきたのは、俺の腕で一抱えもある大きさの、少し縦長のボックス。
男の子向けのようで、青色の紙とリボン包装されているので中身は窺えないが、……え、待って、このサイズって、もしかして。
…もしかして丁度……あのフィギュアのサイズじゃない…?
「え、うそ、え、マジで?……ほ、ホントに…!?」
息を呑んで目を見開いた俺に、チャラい兄ちゃんが歯を見せてニカッと笑った。
「おう!そっちの兄ちゃんが連絡寄越し……アイタッ!何すんだ降谷!!!」
頭を引っぱたかれてぎゃんぎゃん喚くチャラい兄ちゃんと、“事情聴取の方に顔を出すからここは頼んだぞ”と仏頂面で部屋を出て行くゴリラの兄ちゃん。
俺に軽くボックスを押しつけるようにして渡したチャラい兄ちゃんは、頭をさすりながらため息をついた。
「何なんだアイツ、子供相手なんだからもう少し素直に――」
「照れてんだろ、気味ワリィ顔してたし。……おい坊主、さっさと開けてやれ」
二枚目兄ちゃんの呆れ声に促されて、感動と恍惚の余りポケーッとしていた俺は慌ててボックスのサテンリボンを引っ張り解く。
まさか、あのゴリラ兄ちゃん、俺の欲しがってた美少女フィギュア分かったなんて……その上買ってきてくれるなんて…!
どうやって分かったんだ、え、あの勢いのハイスペになったら分かっちまうのか…!?
プロファイル力半端ねぇぞ…!
え、ちょっと待って惚れる……これは惚れるわ…!!
今度は大人しく3分くらい、笑顔で手を繋いでても良いぞ…!!
ゴリラなんて渾名付けてごめん、今度からちゃんと“降谷のお兄ちゃん”って呼ぶわ!
ヤンキー座りのまま此方を見守るチャラ兄ちゃんと、扉に背を預けた二枚目兄ちゃんの静かな視線を受けながら、気が急いて少し指を滑らせつつも、包装をベリベリ剥ぐ。
ゴクリと喉を鳴らす俺の前、現れたボックスは、―――職人が細部まで拘ってボックスにもイラストを施した、それはそれは見事な輝かんばかりの美少女…!
――――ではなく。
2本の触覚がピンと立つ、ハエを思わせるかぶり物、変身ベルトを巻いた全身タイツ男だ。
そう、そいつの名前は。
「か…………かめん、やいばー……」
一言零し、無表情且つ無言でしばし固まったが、何となくの流れでかぽっと蓋を開けて、中のフィギュアを取り出した。
しゃきーん!と擬音が聞こえてきそうな感じに決めポーズをとるフィギュア。
赤色のスカーフが風になびく様が上手く表現されていて、塗装も仕上げも丁寧に施されており、敢えて戦闘中と思しき煤けた感じもしっかり描写出来ていて、今にも動き出しそうな躍動感に満ちている。
背後での爆発を想起させる中々の作り込みだ。
ただ………うん、かめんやいばーだけど…。
酷いコレジャナイ感。
「……ひ、ヒロキ君?…あれ?もしかして、欲しいのじゃなかった?」
「………おい、降谷の馬鹿、間違ってんじゃねえか」
引きつり笑顔のチャラ兄ちゃんの隣、舌打ちした二枚目兄ちゃんが“…何の為におもちゃ屋に激走したんだ俺たちは”と零した。
これが自己中お子様なら、こんなのいらない~!と泣きわめくところだが、生憎俺はお子様ではない…!!
人の好意をむげにはしない!!
慌ててごっそり抜け落ちていた表情をフル活動させる。
「ち、違う!あの、嬉しくて!めっちゃ嬉しくて!!喜び方忘れちゃってさぁ!」
「え、あ、そう?」
「そう!超嬉しい!これ、今日発売の仮面ヤイバーの数量限定フィギュアっしょ!!いやー!むっちゃ欲しかったんだー!」
わぁいやったぜ!とヤイバーフィギュアを抱え、ヤイバーアタック!(果たしてそんな技があったのかどうか微妙だが)とチャラ兄ちゃんに叫んでみたら、兄ちゃんはグアァァァ!やられたぁ!と胸を掻きむしり、ノリ良く遊んでくれた。
二枚目兄ちゃんの方は俺に不審そうな目を向けてはいたが特にコメントはせず、此方に携帯を向け、ピローンと可愛い音を立てつつ写メを撮っていた。
ゴリラ兄ちゃん以上の指裁きで何か文章を打っていたみたいだったので、写メは誰かに転送されたらしい。
恥ずかしいからやめてほしい。
後でクラックしとこう。
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《1グーグル先生の親切が遅い話》の続き、第2話です。<br />第1話は此方⇒ <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9999331">novel/9999331</a></strong><br /><br />*連載内容の簡易説明:ヒロキ君に転生した主人公がハッカーとして暴れつつ警察学校組とじゃれつつタプタプに肥えていく話。<br />*他、諸々の詳細や世界観については第1話の最初の方をご覧下さい。<br />*当話の降谷さんの半分はツンデレお兄ちゃんで出来ており、もう半分はゴリラです。<br />*主人公ヒロキ君は、降谷さんが将来コナン君に会っても「なんて子だ…」で納得&見逃される理由を作っています。<br /><br />●第1話に、いいね!が沢山!ブックマークも沢山!コメントや可愛いスタンプくださった方も、気に入って頂けて幸せです感激に鼻水垂れますわありがとうございます…!フォローも嬉しいです届けこの感謝の愛。ランキングにも入った模様ですありがてぇ…調子に乗って続き書きましたので、第2話もお楽しみ頂けますと幸いです。
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2,グーグル先生の親切が遅い話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10025104#1
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米花町にて発生した警察官連続殺人事件。
被害者の共通点は警察官であること、過去にある事件を担当したこと、そして死体発見時にある物を手にしていたことーー。
それらは…特に最後の情報に関して、外部に漏らさないように、警察上層部より捜査官達に通達がだされた。
[newpage]
「しっかし間が悪いよなぁ〜。白鳥の妹も…。こんな時に結婚披露宴だなんて」
米花サンプラザホテルにて、毛利探偵は思わずと言ったように呟いた。
「しょうがないよ…。前々から予定されてたんだもの」
「それに結婚披露宴じゃなくて結婚を祝う会で、友達が計画したものだよ」
蘭ちゃんとコナンくんが嗜めるように言えば、毛利探偵は「わーてるよ」と返した。
白鳥警部の妹の沙羅さんが、この度結婚することになった。私と毛利探偵一家はその結婚を祝うパーティーに招待された。
結婚自体は喜ばしいことなのだ。
しかし今回の結婚を祝う会に招待された関係者の多くは警察官僚である。現在警察は警察官連続殺人事件が発生しており、全体的にピリピリとしていた。
「まあまあ、毛利先生が言いたいことも分かりますよ…。治安を守る警察官が狙われるなんて…物騒な事件ですから…」
毛利探偵を擁護するのは、TPOに合わせてスーツを着た弟子の安室透である。
彼は招待こそされていないのだが、毛利探偵と同じく警察官連続殺人事件に関心を抱いており、ダメ元で警察官僚が集まるパーティーに参加できないかと打診したそうだ。
毛利探偵は白鳥警部に頼むとアッサリとオーケーを貰えたそうだ。なんでも一連の事件捜査で警察官の何名かが欠席するかららしい。
「うむ!そのとーり‼︎この会には目暮警部殿も参加されている予定だから、しっかりと俺と警部殿の事件についての話し合いを聞いておくんだぞ‼︎」
「はい!先生‼︎」
大きく胸を張る毛利探偵に、ニコニコと満面の笑みを浮かべる安室さん。
私とは苦笑し、蘭ちゃんが呆れたように「言っておくけど、結婚のお祝いが目的だからね」と言う。コナンくんは乾いた笑いをあげた。
私はわざわざ安室さんが参加する本当の理由がわからなかった。
安室さんの本業なら情報なんて、それこそ毛利探偵よりも簡単に入手できる。
それに今回の事件は、彼の所属する部署とは担当が違うだろう。
寧ろ今の彼の立場を考えれば、警察官僚が集まるパーティーに参加するのは危険なのでは…?
思わず、じっと安室さんの横顔を見つめると、彼はすぐに気がついてにっこりと笑いかけてくる。
「どうかしましたか、遥さん?僕の顔に何か付いていますか?」
「いえ…。安室さんは探偵の他にポアロの仕事もあるのに、警察が動いている事件にも関わって忙しくないのかな?と思いまして…」
私は本当の事は言わずに、誤魔化した。
「これは探偵としての単なる好奇心ですよ。事件に関しては勿論、毛利先生と警察の皆さんにお任せします。
…遥さんも気をつけてくださいよ?警察官が狙われているようだとしても、巻き込まれてしまう可能性はあります。
決して1人にならないように。人気のない場所にも近づかないように」
安室さんの言葉に「はいはい」と笑って返し、私は内心首を傾げた。
どうも最近の安室さんは過保護気味である。これもまた不思議だ。
[newpage]
園子ちゃんとも無事に合流でき、会場の受付けで名前をそれぞれ記帳していると、意外な事に別居中の蘭ちゃんの母親妃弁護士もやってきた。
何でも新婦の沙羅さんが弁護士らしく、その関係で招待されたそうだ。
他の招待客も集まる中、受付け前に留まっていると邪魔になってしまう。素早く記帳を済ませて離れようとすれば、新たな招待客がやって来た。
そしてその招待客の顔を見て、思わず目を丸くした。
「明智くん?」
「皆さんも招待されていたんですね」
明智くんも驚いたように目を丸くさせて呟いた。この場で妃弁護士だけは明智くんと面識がなかった為、簡単に紹介する。
すると蘭ちゃんがおずおずと明智くんに声をかけた。
「あの…ごめんなさい…。折角年末のバンドイベントを引き受けてくれたのに…結局参加しない事にしてしまって…」
蘭ちゃんの言葉に明智くんは苦笑する。
「構いませんよ。…あんな事があれば仕方がありません」
バンドの練習の為に貸しスタジオに行き、そこで殺人事件に遭遇した。
私達は流石にそのままバンドをやる気がなくなってしまい、イベントには参加しない事にした。
すると園子ちゃんが悔しそうに言った。
「でも…!明智くんの生演奏は見たかったわ‼︎」
「園子ってば…」
「機会があれば、いくらでも演奏しますよ」
明智くんの言葉に園子ちゃんは目を輝かせて「ぜひお願いします!」と力強く言った。
コナンくんがその様子を半目で見ていたが、明智くんに話しかける。
「明智の兄ちゃんも婚約パーティーに出席するんだよね?新婦と新郎、どっちの知り合いなの?」
コナンくんの質問に、明智くんは身体を屈めてニッコリと笑う。
「新婦の方ですよ。沙羅さんは昔、僕の家庭教師をしていたんです」
「へ〜」
コナンくんは納得したようだが、私は物凄く意外な言葉を聞いた。
「…明智くんが誰かに教わる姿が想像できない。沙羅さんって物凄く優秀な人なんだね」
「ええ。将来有望な弁護士の卵よ」
私の言葉に妃弁護士が力強く保証する。
明智くんはやれやれと言いたげに肩を竦め、不思議そうに言った。
「世良さんはパーティーに出席しないのですか?」
貸しスタジオ事件で関わって、唯一この場に居ないのは世良ちゃんだけなので、明智くんは不思議に思ったようだ。
明智くんの疑問に私達は口々に答える。
「世良ちゃんは探偵の依頼で遠出していて不参加だよ」
「あと引っ越しの作業もあるって…」
「JK探偵も大変よねー」
明智くんは顎に手をやり、頷いた。
「なるほど…」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
会場に入れば、ピリピリとした空気を纏い一目で警察官だと分かる男性が大勢いた。
妃弁護士はそれを口にすれば、毛利探偵は仕方がないと言う。
すると毛利探偵の警察官時代の上司が会場に現れて、ビシッと背筋を伸ばして挨拶に向かった。
妃弁護士が言うには、毛利探偵が挨拶に向かった人物は小田切敏郎、現在の階級は刑事部長で如何にも堅物そうな男性だ。
司会者の進行でパーティーは進み、乾杯の音頭が済めば、白鳥警部が自身の主治医である心療科医師の風戸京介氏を紹介した。
警察官は様々な事件と関わるので、神経が疲弊してカウンセラーを受ける事は珍しくない。それでも拳銃自殺をする警察官は一定数いるので、大変なお仕事だ。
…【前世】ではその警察官が疲弊するような犯行に手を貸していたのだが。
しばらくして、毛利探偵が目暮警部から警察官連続殺人事件について聞こうとしたが、いつになく素っ気なかった。
そこで毛利探偵は高木刑事に掴み掛かり、情報を吐くように要求する。
「こ、困りますよ〜〜!」
いつもなら素直に話す高木刑事も珍しく中々話さない。
そこでコナンくんが回りくどく話し始めた。
「ねぇ、高木刑事って佐藤刑事と付き合っているんだよね?」
「え⁉︎な、なにを…?」
コナンくんはちらりと安室さんに目配せをした。
視線を受けた安室さんも意地悪そうに笑う。
「へぇ…。と言うことは上司には話していませんね?恋人同士は職業柄、同じ課で同じ班にさせないはずですから」
安室さんに続く形で明智くんも口を開く。
「異動するなら、佐藤刑事でしょうね。男女平等と言われていますが、捜査一課は男性に残って欲しいと内心思うでしょうし」
さらに私も口を開く。
「佐藤刑事なら仕事を優先してもおかしくありませんし…。フラれる可能性がありますね」
トドメは毛利探偵だ。
「ちょうど小田切部長もいらっしゃるし…なんなら俺がお前らの交際報告をしてやろうか〜?」
「ま、待ってください‼︎」
苦労の末に得た佐藤刑事の彼氏の座が失うかもしれないとあって、高木刑事は慌てて毛利探偵を止める。
そしてコッソリと囁いた。
「じ、実は…2人目の被害者が警察手帳を握りしめていたんです…」
「な、なにぃ⁉︎」
高木刑事の情報に、周りは目付きを鋭くさせる。
さらに毛利探偵が情報を聞き出そうとすれば、白鳥警部が待ったをかけた。
「そこまでです…。『Need not to know』そう言えば分かるでしょう…」
白鳥警部が去れば、毛利探偵は「馬鹿な…」と吐き捨てた。
『Need not to know』…それは警察組織で使われる隠語。
犯人は警察組織内部にいる可能性がある。
思わず考えていると、ひょっこりと園子ちゃんが現れた。
「なぁに難しい顔をしてんのよ?」
「え?あ、ああいや、ちょっと…」
「なんでも良いけど、あっちで沙羅さんのラブラブ話を聞きに行きましょー!」
園子ちゃんに背中を押され、私は一旦考えるのをやめた。
新婦のラブストーリーから、毛利夫婦のプロポーズの話にまで発展し、幸せな日常を噛み締めた。
[newpage]
【安室サイド】
式場から離れて、安室は携帯で連絡をしていた。
表向きの探偵業務での、依頼完了に伴う料金についてだ。つつがなく要件を済ませ、会場へと戻る途中に前を歩く男性と肩をぶつけてしまう。
「す、すみません!お怪我はありませんか?」
「ああ…。大丈夫だ…キチンと前を見て歩きなさい」
「はい。すみませんでした」
男性と当たり障りない会話を終えて、再び歩きだす。
誰も気がついていないだろう。今の男性が警視庁公安部の人間で、安室は接触した一瞬で、男のポケットに組織の情報が入った記録媒体を入れた。
これが安室がパーティーに参加した理由である。
警察官が大勢集まるこの場なら公安部の人間も紛れるし、『安室透』が接触してもおかしくはない。
それを利用して、情報の受け渡しをしたのだった。
一仕事を終えて、会場へと戻ろうとした瞬間、ホテルの明かりが一斉に消える。
安室が思わず身構え待機していると、叫び声が耳に届く。
明かりが復旧した瞬間、安室は走りだす。
安室にはわかった。叫び声は、高野遥のものだ。
[newpage]
数分前ーー……
お手洗いの個室に入っていると、蘭ちゃんと佐藤刑事の会話が聞こえた。
どうやら手洗い場で話しているようだが、知り合いがいる中でトイレというのは中々恥ずかしい。
水を流して鍵を開けた瞬間、明かりが一斉に消える。
暗闇の中で蘭ちゃんの戸惑う声が響く。
「えっ?て、停電?」
「蘭ちゃん、佐藤刑事。大丈夫ですか?」
「遥ちゃんもいるのね?2人とも動かないで。状況確認しに行って来るから」
佐藤刑事の言葉に従いジッとしていれば、蘭ちゃんが何故か懐中電灯を手にした。
「佐藤刑事!ここに懐中電灯が…ほら!」
暗闇の中で明かりのつくものは安心する。蘭ちゃんは嬉しそうに佐藤刑事に明かりを向けた。
その行動に…今の状況に何故か背筋が泡立つ。
すると佐藤刑事が叫んだ。
「蘭ちゃん!ダメーー‼︎」
佐藤刑事が蘭ちゃんに駆け寄ると、パシュパシュと小さな音が響き、佐藤刑事の身体がよろめいて蘭ちゃんにもたれかかる。
蘭ちゃんは衝撃で懐中電灯を落とした。そして明かりのさす方向を愕然とした顔で見つめる。
「な、なんで⁉︎どうしてあなたが⁉︎」
私は走った。
角度が悪く、コインを投げても意味がない。
「蘭ちゃん!逃げて‼︎」
蘭ちゃんに向かって手を伸ばす。
パシュッと軽い音が無情にも響く。
蘭ちゃんが私の方へと倒れこむ。蘭ちゃん1人ならまだ良かったが、佐藤刑事の分の重みが加わる。
倒れこむ前に私は腹の底から叫ぶ。
「誰かぁああーーーーーー‼︎」
ガツンと洗面所に頭をぶつけ、意識が遠のいていく。
誰か…
助けて……。
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瞳の中の暗殺者沿い。<br />時間軸は前作の直後だと思っていて下さい。<br />長くなったので一旦投稿します。
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前世は黒幕系女子高生・瞳の中の事件簿
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10026143#1
| true |
オリエンタルタウンは本当に緑豊かで穏やかな町だ。
最近、色んな土地が近代化に進んでいるが、ここはまるで時が止まったような錯覚を受けるくらい“田舎”である。
そんな“田舎”に古くさく小さな幼稚園が存在する。
幼いながらもNEXT能力に目覚めてしまい、迫害を受け、心に傷を持った子供達を癒す目的の為に造られた幼稚園だが、人がごった返す都会を離れ静かな田舎町の幼稚園を選ぶ親御さん達も少なくなかった。
「おはようございます、虎徹先生。園長先生の具合はいかがですか?」
「おはようございます、ライルさん。いやぁ、どうやら腰を強く打ったみたいで…。」
この『鏑木幼稚園』の園長、鏑木村正は昨日のオリエンテーリングに向かう際、階段から落ちて負傷した。現場は目撃しなくとも自分の子供から話を聞いたのだろう。優しい人だ。
「カリーナが泣きながら言ってきた時は本当に心配で…」
「そうでしたか。でも大丈夫ですよ。大事をとって休んでますけど、たいした事ありませんから。」
俺の言葉に安心したのか、ライルさんはホッとしたように笑った。
「すっげぇ心配してくれたんだな。ありがとな?」
カリーナの頭に手を置きながら感謝を述べると、彼女は顔を赤らめつつ『…うん。』と、頷く。
おぉっ!可愛い反応だ。
「それではよろしくお願いします。」
「はい。行ってらっしゃい。」
ライルさんを見送り、俺はカリーナの手を引いて園内に入る。
玄関先で俺の服の裾を掴みながら靴を履き替えるカリーナを微笑ましく眺めているとドスンと背中に衝撃をくらった。「おはよ、カリーナ!」
「おはよう、ホァン。」
カリーナの一番の親友のホァンが顔を見せると同時に慌てたように俺の服から手が離れた。
「ぼくのことはきにしないでこてつせんせーとラブラブしてていいのに…。」
「そんなんじゃないもん!」
いつものようにキャイキャイとはしゃぎながら教室へ入っていく2人を眺めながら、俺も教室へと向かう。
****
俺は鏑木・T・虎徹。
この『鏑木幼稚園』の先生だ。
以前は普通のサラリーマンだったんだが、度重なる不況に俺の勤めていた会社は倒産してしまい、俺の兄貴が園長をしているこの幼稚園を手伝うことになったのだ。
もとから子供は好きだったし、高校からの親友アントニオが先生をしていたこともあってか、俺は『幼稚園の先生』に興味を持った。興味を持ったと言えばこの幼稚園の在り方にも興味を持った。
俺もアントニオも小さい頃から能力に目覚め、少なからず迫害は受けてきた。
だからこそ迫害を受けてしまった子供達の力に少しでもなりたい、と思ったのだ。
俺が教員免許を取得したのには、そういう経緯があったりする。
****
現在、この幼稚園で俺が担当する児童は5人だ。
気が強いけど恥ずかしがり屋のカリーナ。
元気いっぱいで食いしん坊のホァン。
いつもオドオドしている日本が大好きなイワン。
明るい笑顔が似合う少し天然気味のキース。
そして…
「さっきカリーナさんとてをつないでましたね。…うわきです…。」
「…………………。」
天使のような可愛い顔をしているが、どっかネジがぶっ飛んでいるバーナビー。俺はコイツを『バニー』と呼んでいる。
だってさ…通園カバンがウサギなんだもん。
別にカバンも服装も規定はないから問題ないけど。
「ちょいちょい。“浮気”なんて言葉どこで覚えたの?」
「これです。」
ビシッと突き付けられた本にビックリする。
コイツ、幼稚園児のくせにこんな難しそうな本読めるのか、えらいなぁ〜、なんて思ったのも束の間。
「なななな…なにこれっ!」
「『こいびとのうわきをみやぶるほうほう』です。」
確かに、本のタイトルは『恋人の浮気を見破る方法』。
へぇ、漢字も読めるなんてすっげぇなぁ…。
………じゃなくてっ!
「お前にはまだ早いっ!」
「どっかのけいたいでんわのせんでんみたいです。」『没収!』と本を奪い取るとバニーは不満そうに顔をしかめる。
取りかえそうと必死に腕を伸ばすが、この身長差で届くはずもない。
「かえしてください!あなたはぼくのこいびとでしょう?こまらせないで。」
「いやいや、困ってんのは俺だから!つーか恋人違うからっ!」
「はずかしがってるんですね。かわいいひとだ。」
「お願いだから話聞いて!」
コイツとの初顔合わせは忘れもしない。
両親がかなりの金持ちらしいバニーは初老の婦人に手を引かれ緊張した面持ちでやって来た。
俺の顔を見るなりパァッと花開いたように笑う姿はまさに天使だった。
『あなたがすきです!』
キッパリと言い切るバニーに、俺も捨てたもんじゃないぜ、なんて。そんなとんちんかんなことを思いながら俺も…
『そっかそっか。俺もお前が好きだぞー。』
と、言ってやったのが始まり。
それ以来、コイツの中で俺は“恋人”と言うポジションに配置されてしまったらしい。
なんとかそのポジションから離脱させようとしたが、コイツは耳さえ無くなったのかと思うくらい話を聞いてくれない。
まったく今の現状そのものだ。
駄目だ…爽やかな朝から疲れがドッときた…。
「こてつせんせーはだれのこいびとでもないんだから!」
「そうだよ。せんせーはみんなのせんせーだよ。」
「ひとりじめはイカンでござる。」
「みんななかよく!そしてたのしくだ!」
バニー以外の園児が俺に群がる。
本当なら、この幸せな雰囲気に浸っていたいが、バニーの険悪な視線がそれを許さない。「ぼくとこてつせんせーはそーしそーあいなんです!はなれてくださいっ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す園児達に俺はもみくちゃにされる。
嬉しいような、切ないような気持ちで半分魂が抜け落ちた頃、隣の教室からやって来たアントニオに俺は助け出されたのだった。
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虎徹さんが幼稚園の先生です。<br />シリーズで書いているのがあまりにシリアス展開なのでアホな話を書きたくなって書きました(←)<br />タグに偽りも感じますが許して下さい(;つД`)<br />私の気分では兎虎ですが兎→虎、だよねー…。<br />ネイサンを出さないままALL・HEROSなんてタグ付けたので、いずれは続きを書きたいとは思います。…思うだけ?(←!!!)<br />年齢差ハンパない(←)ですが、お暇潰しにでもお読み下さいませ。<br />■夜明け前様、わざわざ感想を下さりありがとうございます!はい!可愛さを求めました!(笑)<br />■ブクマ、タグ、評価をありがとうございます。<br />凄く励みになってます!そして嬉しい!
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ようこそ!鏑木幼稚園へ!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002623#1
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「・・・・昨日よりますますヒドイ顔になってるよ。」「・・・だろうね。」
俺の顔を見たカナダは、朝の挨拶もせずそう突っ込んだ。
押して駄目なら?
結局昨夜は一睡もできず、ひたすら泣いて後悔や自責の念にかられていた。気づけば外は明るくなり、答えが出ないまま朝を迎えることになった。寝不足と泣き過ぎで頭は痛いし目は腫れぼったい。鏡に写る自分はヒーローから程遠い存在だった。
とりあえず情け無いという突っ込みは正しいようなので、冷たい水で顔を洗いごまかすとしよう。
キッチンに行くとカナダが朝食を準備して待っていてくれた。メイプルがかかったホットケーキに・・・温かそうな紅茶。無言で席に着き紅茶を一口飲む。
香りを嗅いでイギリスを思い出し、彼の紅茶ならもっと美味しかったのにと、無意識に考えはっとした。
「・・それで、答えは出せたかい?」「・・・・出せた気もするけど、全部はわからなかった。」
カナダの問に素直に答えると少し驚いたような顔をしてカナダが俺の顔を覗きこんできた。
「・・・どおりでそんな顔になったのか。」「・・情けなくて悪かったね。」「いや、いい顔だと思うよ・・・これからどうするの?」
本当にこれからどうしようか・・・答えがちゃんと出せていない今、イギリスに接触なんてできないし、どの面下げてって感じだろう。日本に言われたことは理解できた。いや、ようやく理解できるようになったってだけか・・。
自分が愛されていたこともわかった。イギリスがちゃんと愛してくれたこともわかった。全部・・全部俺が悪かったってことも・・・。でもわかったのはそこまで。正直八方塞がりだ。
呻いている俺を見兼ねてか、カナダが口を開いた。
「・・・君が何を何処までわかったのかは聞かないよ。ただ僕からもうひとつだけアドバイスをさせてもらうとしたらフランスさんのところに行くといいよ。」「フランス?」「そう、フランスさんのところ。」「・・・彼がイギリスの腐れ縁だからかい?でも今回は俺とイギリスの関係であって、フランスは関係ないんだぞ・・。」「ふてくされないでよ。だってイギリスさんって言ったらフランスさんでしょ?一番古い付き合いだからイギリスさんのことを見てるだろうしね・・・君が出せなかった部分の答えのヒントを持ってるかもしれないよ?」「!?」「君が出せなかったのは・・・・独立してから今までの君とイギリスさんについてでしょ?」「な、なんでわかるんだい!?」「朝からそんな情けない顔見てさっきの回答なら誰だってわかるよ。子供の頃イギリスさんに愛されたことは思い出せても、独立の後からは理解できないんでしょ。」
正直まったくもってそのとおりだから何も言い返せない。
昨夜イギリスに愛してもらえていたことを理解したあと、それじゃあ独立後からはどうだったかと考えた。・・・そしてまったくわからなかったのだ。なんせ当時の彼といったら俺をいない者のように扱ったし、私事で会話するなんてもってのほかだった。・・その仕打ちに耐えれなかったくらいだ。
その時のことを考えたら、今の俺とイギリスの関係がわからなくなってしまった。どうして今のように軽口叩ける間になれたのか・・俺にはイギリスの気持ちがまったくわからなかった。・・・子供の頃はイギリスの気持ちが手に取るようにわかったってのに。
「君は努力しなきゃいけない。」「え?」真剣な表情でカナダが続ける
「君はどんな理由であれイギリスさんを傷つけた。それは揺るぎない事実だ。関係や繋がりが全部失くなったって仕方ないよ。それだけの言葉を君はイギリスさんにぶつけたんだから。」「なくなる・・」「そうだよ。独立の後のように・・・・いや、それ以下の対応をされても文仕方ないよ。」
独立の後の・・・それ以下・・・
一切口をきいてもらえない。振り向いて貰えない。顔すら見れない・・・・イギリスに存在をゆるしてもらえない・・・・
そう思った瞬間一気に体から熱が無くなったように体が震える。浮かんだ感情は・・恐怖だった。
「・・・だ、・・・やだ・・・・、そん・・なの・・・いやだ!!」気づけば叫んでいた。体の震えが止まらない。視界が歪んでいく。「けど、その道をイギリスさんに選ばせたのは君自身だよ。」「・・わかってる・・けど・」ようやく止まったはずの涙が再び滲んでくる。
「・・・ごめん、いじめすぎたよ。」「・・か、カナダ~」「君がちゃんと反省しているようでよかったよ。」「こ、怖いこと言わないでくれよ・・・」
一気に体から力が抜けて椅子に崩れ落ちた。震えが止まらない。
「・でも、そうなる可能性はあるんだよ。だから・・だから君はイギリスさんと繋がり続けるために努力をしないといけないんだよ。一度崩れてしまった関係を立て直すには何百倍以上の努力をしないといけないよ。特に君とイギリスさんは一度崩れたことがあるんだから。もしかしたらもう戻れないかもしれない・・その覚悟もしたうえで死に物狂いの努力をしなきゃいけないんだ。できる努力は全部する!試せることはなんでも試す!わかったかい!?」
「・・・・うん。わかってるよ。」
カナダの言葉が突き刺さる。けれど受け止めなければいけない。カナダは俺に教えてくれようとしてるんだから。
「フランスのところに行ってみるよ。答えをだすために。」カナダを見つめ返す。そうすると、カナダの表情が少し柔らかくなったように見えた。
「じゃあ気をつけてね。」「ああ・・なんだか世話になっちゃったね。」「やめてよ!君がしおらしいと天変地異の前触れにみえてくる。」「失礼なこと言わないでくれよ!」
ふと会話がやみ、お互い見つめ合ってみる。なんだかおかしくて同時に吹き出した。
「くすくす・・・頑張ってよ、アメリカ。」
なんだかんだでカナダは優しい。こうして最後にはフォローをしてくれるんだ。
「・・・君みたいだったらよかったかな・・」「え?」「君みたいに優しくて・・穏やかで・・そんな奴だったらイギリスも傷つけなくてすんだのかな・・・そんな奴だったら、イギリスも喜んでくれたのかな・・・。」
柄にもなく弱音が口をつく。俺とカナダは違うってわかってるのに、馬鹿な事を言ってる・・
「イギリスさんね・・・僕だけだと君とは間違えないんだよ。」「どうゆうことだい?」
「僕との二国間会議や英連邦での集まりの時とかは絶対に間違えないんだ。間違えるのはいつも、世界会議とか・・君が居るとわかってる時だけだよ。」「・・よくわかんないんだぞ。」「・・君がいると嬉しいんだと思うよ。僕を君と見間違えるくらい君に会いたいんだよ・・・君に会って話したりするのを期待してたんだと思う。」「カナダ・・。」
「わかったかい!アメリカ!君はそれだけイギリスさんにとっては特別だってこと!!ちゃんと肝に銘じておいてよ!」そう言ってカナダは優しく微笑んでくれた。その顔にイギリスが重なる。カナダとイギリスはこうゆうところが似てると思う。なんだかんだで優しくて・・・俺に甘いんだ。
「カナダ・・・ありがとう。」「・・君にお礼を言われるようなことはした覚えはないよ」
そう笑ってカナダは俺を送り出してくれた。
[newpage]
「Bonjour!休日にお兄さんに会いたいだなんて・・・ついにお前にもお兄さんの良さが理解できたってことか『バタン』
とりあえず・・なんだか腹立たしかったので玄関のドアを閉めてやった。
「なんなの!?ねぇなんなの!?せっかくの休日にデートのお誘いを断ってまで待ってたお兄さんにその仕打ちってないんじゃない!?」
ふただびドアを開くとそう喚きながらもフランスは室内に俺を案内してくれた。フランスのこうゆうとこは面倒くさいとしかいいようがない・・・というかうざい
ため息をついてる俺を見て、再びフランスが今お兄さんに対して失礼なこと考えたでしょ!?っと突っ込んだ。もういいから、黙ってくれよ。
「で、イギリスの何が聞きたいわけ?」「ゲフッ」
小洒落た内装、家具に囲まれたリビングに案内され、出された珈琲に口をつけた瞬間突然確信をつかれ思わずむせた。
「おいおい、大丈夫か?」「・・・・大丈夫じゃないよ!」そう言って差し出されたティッシュをひったくり口元を拭う。吹き出さなかっただけましだと思ってくれ!
「・・なんでイギリスのことだってわかったんだい。」「お前がわざわざアポとってまでお兄さんのとこにくるだなんて、イギリス関連以外考えられないからね。・・この間のこともあるしね。」
そう言われて、彼が自分たちのことを気にしていたのだとわかった。なんだかんだでフランスってやつは面倒見が良いというか、世話焼きなところがある。口には出さないがやきもきしていたに違いない。
「君に教えてもらいたいことがある。・・イギリスの子供の頃や・・・俺が彼から独立したあとの様子を教えて欲しい。」
「・・・・本気でいってんの?」
フランスの深い青をした目が俺をじっと見つめてくる。・・まるで俺の真意を問うように。
「あの後、カナダと日本のところに行ったんだ・・・それで色々話して・・怒られて・・考えて・・やっと自分が酷いことを彼に言ってしまったって気付いたんだ。」
「・・・それで?」
「二人に言われたよ・・・このままじゃイギリスに本当に見限られてしまうって・・。細い糸でやっと繋がっているような俺達の関係は切れてしまうって・・。でも・・俺は嫌だ。自業自得だってのはわかってるよ。・・それでも、こんなところで彼との繋がりを失いたくないんだ!・・だから・・だから繋がり続けるために、今度は俺が努力をしなくちゃいけないんだ・・。その為には俺は気づかなきゃいけない・・知らなきゃいけないんだ。イギリスの想いや・・与えてくれた愛情に!」
なんて恥ずかしくありきたりな言葉を口にしているんだろうか。けど、へたに飾り立てた言葉で言うのはただの言い訳のように感じたんだ。だから俺自身の言葉で言わなきゃいけない。それに・・今言ったことが俺を動かす全てだ。
しばらく沈黙が続く。フランスは何も言わずじっと俺を見つめ続けている。俺も目をそらすことはしなかった。
「・・本気なんだな」「ああ。本気だよ。」「そうか。」
フランスは少し考えるように目を瞑ると再び口を開いた。
「いい顔つきになったな。・・・それじゃあ昔話でも始めようとしますか。」
「ああ、頼んだよ。」
いつもの軽い感じの口調にもどったフランスだが、その後に続いた言葉は真剣さを含んでいた。
「・・・受け止める覚悟はあるな?」「え?」「・・これから俺が話すのは主観的にはなるがイギリスの過去だ。・・誰だって知られたくないことや隠しておきたいことなんて五万とある。とくにイギリスの場合はお前に対してその傾向が顕著だ。独立関連の話しもあるし・・本当なら聞かれたくないこともあるだろう。けれど俺はこれからそれを暴いてお前に話そうとしている。・・・お前にイギリスの過去が、想いが受け止められるか?」
昔・・イギリスはいつだって自分が辛いことや悲しい事を俺には隠していた。まるでそんなこと知らなくていいと言うように。
これから俺がそれをフランスに聞くことで、彼が俺を想って隠してきたことがすべて暴かれることになってしまう。・・フランスの口ぶりだと、きっとその中には俺が傷つく可能性があるものも含まれるのだろう。けど・・
「・・・最初から覚悟のうえだよ。じゃなきゃわざわざ君の所に来るわけないじゃないか。」
「・・・上等だ。」
きざったらしく笑った顔がなんともムカつくが、様になってるといえば言えないこともない。
そうしてフランスはイギリスの過去を語り出した。
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動き始めた青年の話 やっとお兄さんのターンだよ!って、股間に薔薇つけた髭面の方が言ってました。今回短めですが・・すでに話の方向が明後日に向かっていっている気がします・・ナニガシタイカワカラナイ・・通常運転です。前回ブクマに評価、素敵なタグ本当にありがとうございました!! 相変わらずの残念無念な低クオリティー・文才?なにそれ食べれるの?てきな文章ですが・・よろしくしてやってください・・。 【ご報告】アンケートへのご協力ありがとうございました。集計結果、私が判断してタグを編集するべきとご意見が多かったため、今後は介入させていただくことにしました。ただ、ご指摘いただくまで問題と捉えられていなかっとことを考えると、ご指摘してくださった方の望むような判断ができるかあやしいところです。なので、今後ご意見ご指摘等ありましたら、タグではなく直接ご連絡いただけると嬉しいです。お手数ですが宜しくお願いします。 【追記】た、待機していただいている!?頑張ります(´;ω;`)!天気も悪いですし、お風邪をひかないように・・・つ【どっかの髭面から奪った服(香水臭い)】 5月9日:遅くなりましたが続き投稿しました
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押して駄目なら?その4
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002640#1
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わんくっしょん
※冬木ちゃんねるネタでクロスオーバー、モブメインという人を選ぶ仕様です。
※さらに登場するモブキャラが神と喧嘩するメガテンTRPG仕様なので基本アレです。
※ネタバレ、腐向け、独自設定の表現などが混ざる場合があります。
そんなのでも良い方は、この先へどうぞ。
[newpage]
600:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
600ゲトー!って、ヒーホーと兄貴が居なくなってから、一晩経っちまったんだが。
601:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
これは…マジでアーッ!な事になったか。
602:以下、冬木市民に代わりましてメガテニストがお送りします。
いや、ヒーホーならチャクラドロップ口に突っ込んで
「はい、魔力供給♪」
とか言ってから逃げたに一票。
603:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
まあ、ヒーホーだしなぁ…血液とかで逃げ切ったに一票。
604:以下、冬木市民に代わりましてヒーホーがお送りします。
ただいましね
にげきれなかったよしね
605:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
物理的になんとかしたに一票。
606:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
…おいwwww
607:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ヒーホー混ざるなwwww
って…え?
608:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ま、まさか…。
609:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
アーーーーッ!!
610:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ヤっちまったぜぇぇぇぇ!!www
611:ヒーホー
おまいらのせいでオレの初めてがあぁぁぁうわぁぁぁん!
612:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ヒーホーが錯乱してるwww
報告!報告はよ!(バンバン!
613:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
っ□ 涙拭けよ
そして報告kwsk!
614:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
薄い本のネタを、腐にお慈悲をぉぉ!!
615:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
>>614
通販お願いします。
616:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
>>614
次の新刊でヨロ!
617:ヒーホー
じゃあ3行で
担ぎ上げられて教会に連行
防音した神父自室で3P
童貞(?)非処女になりました
口では童貞卒業してないよね、多分。
618:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
おいぃぃぃぃ!!
この報告が3行で許されると思っているのか!?
619:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
もっとkwsk!もっと!MOTTO!
620:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ヒーホー!お前はやればできる子のはずだ!
だからもっとkwskオナシャス!!
621:ヒーホー
いや、オレただのパンピーだからね?一般的な羞恥心あるからね?
まあ、それじゃあもう3行
ガチムキはナニもガチムキだったよ×2
起きた後に色々ゴネて神父連れて教会から移動
神父連れ出し成功、第二回カウンセリング阻止。
確か原作時間軸だと今日の11時からだったはずだからね、金ぴかに会いたくないし。
622:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
なんか3行の基点がずれてるwww
しかし、愉悦講座阻止…は、必要あったのか?
そもそも愉悦対象の蟲おじが今回居ないし。
623:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
一応tkomの死亡フラグを一応避けた…で良いんじゃね?
ただ生存したtkomはツインテの成長に悪影響及ぼすからなぁ。
624:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
まあ、そこは金ぴか陣営とやりあう混沌王陣営に期待しよう。
方向修正は戦争終わってからでも遅くないだろうし。
それよりも、だ…もっとkwskするべきだろうがあぁぁぁ!
625:ヒーホー
だが断るのである。そういうのは妄想で保管するがいいよ!
あと、どうせ今夜一緒にスナイパーの所行くから今日は一緒に行動することになった。
626:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
一応敵マスターだから殺されんように注意せんとな…。
そういえば、結局「初めてはどっち」なのかね、ヒーホー。
627:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
うむ、初めての相手は重要だ、どっちだねヒーホー!
628:ヒーホー
そこに食い付くかっ!いやオレも他人だったら食い付くけどさっ!
………兄貴が「これだけは譲らん」とか言ってました。いや気にするとこかそこはっ
男の娘とかイケメンの処女なら気にならんでもないが、フツメンチビの処女とか!
…いやまあ、それはさておこう。
重要なのは、今夜でほぼ色々決まるってことだ。
629:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
あ~…そっか、後は金ぴか陣営・スナイパー陣営・ヒロイン陣営だけだもんな。
ヒロインは交渉の余地があるし、金ぴかスナイパーを抑えたら…。
630:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
杯争奪戦はこのまま停止の可能性大、か。
しかも杯に魂がひとつも入ってない状態で…。
631:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
しかも今のところ死者なし…このままいけば、蟲と優雅は杯の分解には同意してもらえそう…か?
632:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
アインツベルンは…とりあえず後回しか、大事なのは現地現地。
ってわけで、上手くいけばあと少し!作戦は…?
633:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
いのちだいじに!
634:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
いのちだいじに!
635:ヒーホー
ガンガンいこうぜ!
636:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ちょwww ヒーホーwww
637:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
混ざるなwwwで、結局今何処にいるんだ?
そういえば、移動したってだけで何処に~とは聞いてないが。
638:ヒーホー
あ、そうそう…一昨日本屋に行く途中で神父を見つけちゃったから、
結局そのまま行ってないの思い出して行ったんだけどさ…。
原作聖杯戦争9日目+お昼の本屋=
……ヒロイン陣営と遭遇なう。
639:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ちょ……!?
今夜スナイパー陣営の所行くのに今遭遇って……!
640:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
え、いやいや慌てるな!
今は昼!しかも街中!…少なくともドンパチにはならんだろう。
ここは向こうが気付いてなければ知らない振りしてだな…。
641:ヒーホー
ってわけで…ヒロイン陣営と接触すべし。
行動安価>>650
642:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
おいwwww安価wwwしかも近ぇwwww
643:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
おwwまwwえwwとwwいwwうwwやwwつwwはwww
644:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
このヒーホー懲りてねぇぞwwww
安価ならヒロインprprする
645:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
やり過ごす選択肢を投げ捨ておったwwww
安価なら征服王の雄っぱいを揉む。
646:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
このヒーホー相変わらずであるwww
安価なら決闘を申し込む。
647:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
戦争のシリアス感台無しであるwww
安価ならヒロインにキス。
648:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
安価なら征服王とキス。
649:以下、冬木市民に代わりまして青い従者がお送りします。
安価なら>>646
っつか決闘してぇ。
650:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
安価ならヒロインに抱きつく。
651:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
安価なら征服王と魔力供給。
652:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
無難(?)な安価になったな…っておい、前後www
ってか兄貴さらっと混じってるしwww
653:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
まあ、prprとか魔力供給よりは無難になった…か?
654:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
っていうか、魔力供給って書いたID…てめぇメガテニストだろうwww
655:以下、冬木市民に代わりましてメガテニストがお送りします。
………テヘペロ☆
656:青い従者
よし、死棘の槍な。
657:以下、冬木市民に代わりましてメガテニストがお送りします。
すいませんでした。
658:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
即レスwwww
659:ヒーホー
安価了解、抱きつき?前の世界ではしょっちゅうしてたZE!
くっくっく、ヒロインがどんな顔をするか楽しみじゃのう…。
660:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
「うわっ!?だ、誰だよお前!っていうか何だ急に!」
と顔を赤らめて…だな、間違いない。
……ふぅ。
661:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ちょwww脳内再生余裕でしたwww
……うっ…ふぅ。
662:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
尻餅つきながらですね分かりますwww
…ふぅっ。
663:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
やだ、このスレイカ臭い……。
664:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ライダー陣営はまだ、話が通じる…と良いんだがなぁ。
話は通じるけど話を聞かない可能性が…。
665:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
あ~……何か、そう言われると心配に…。
666:ヒーホー
よし6ゾロゲット、っと…そんじゃ、行ってきま~す!
一段落したら報告するねん!
667:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ヒーホーwww 結構キリ番にこだわるなwww
668:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
いってらっしゃ~いww
じゃあ、とりあえず戻ってくるまで保守だな。
669:以下、冬木市民に代わりまして名無しがお送りします。
ここって結構保守多くねぇか?まあ保守するけど。
670:以下、冬木市民に代わりましてメガテニストがお送りします。
ワタシ マシン ホシュ コンゴトモ ヨロシク
[newpage]
おまけ・兄貴(+神父)の見る夢2
仕返し…もとい安価としてたっぷり自分の主を可愛がってから眠りについた俺。
それでパスが一時的に太くなっているのだろう、何時もより鮮明に夢を見る…が、違和感。
『……ふむ、他のマスターの夢を垣間見れるとはおもわなんだ。』
『っだぁぁっ!?…てめ、神父!』
そう…おそらく二人が同じ記憶をパスで体験しているせいだろう。
追体験…というよりは、後ろから眺めるような感じで神父…コトミネと一緒に俺は居た。
『何でてめぇが此処に居るんだよ!』
『3人で魔力供給を行った上に一緒の床なのだ。私もパスに紛れ込んだのだろう。どちらにしろ、騒いだ所で何が変わるわけでもない。』
『…ちっ。夢の中でもてめぇと一緒かよ。』
ほんの僅かに口端が持ち上がっている気がするのは気のせいかこの神父…などと思っている間に、マスターの夢はもう始まっていた。
自室なのだろう、機械の部品らしきものや、本棚の比較的多い部屋でパソコンを打っているマスターにどこからか現れて忍び寄る男。
マスターの持っている燭台…夢の中で貰ったらしいそれを狙って現れた東洋の魔術師の気配に気付き、銃を取って構えるも、炎の魔術で全身を焼かれて倒れるマスター…。
思わず構えるも、槍は出てこず手は霊体化しているときのように物をすり抜ける。
『何をしているのだ、サーヴァント…これは単なる追体験だぞ?』
『…うっせぇ、分かってるよっ。』
神父に諭されるのが余計に腹が立つが、確かに今マスターが生きている以上…ここで死んではいないのだろう。
案の定、その後すぐに最初の夢で見たマスターのダチ達が魔術師を叩きのめしてマスターを助け出した…。
しかしどうやら、それをマスターは気に病んだらしい…視点が切り替わり、教室に似た部屋で他のメンバーと揉めるマスター。
「いやもう、オレ疲れちった…いち抜けするね?イデオっちも増えたしそろそろオレが抜けても大丈夫っしょ!」
そうヘラヘラして言うマスターの心のうちは、色んな感情で溢れていた…。
(一人で死に掛けたのが怖かった…メノラーの争奪戦とかもう良い。)
(英雄候補でも葛葉でもワイルドでも半魔でもない自分じゃもう足手まといだ。)
(どうしてオレが…僕ばっかりがこんな目に遭うの?)
結局、逃げるように部屋…ミステリー研究会(最初の夢の面子で事件対処のために発足したらしい。)の部室とやらを抜け出して家に戻り、
そのままベッドに倒れこむマスター…いつの間にか眠っていたらしく、時間だけが早送りのように俺たちの視界では過ぎていき…。
時計が夜の12時を指した瞬間…つけっぱなしにしているマスターのパソコンの画面が不自然に明滅し…
腕のようなものが眠っているマスターを捕まえて画面に引きずり込むと同時に、俺たちの視界がまた変わる。
「…え、ここ…マヨナカネット!?」
目を覚ましたマスターが驚きの声をあげる。
マヨナカネット…というのは、誰かが生き物の集団無意識をネットサーバー化したもの…と後でマスターから聞いた。
正直良くわかんねぇが、普段押さえつけられている感情が「シャドウ」という魔物になって現れる場所らしい。
しかも性質の悪いことに、ランダムで日曜日以外の午前0時に誰かを引きずり込むんだそうだ。
この時のマスターはまだあのアイテムを乱用できるような強さは持ち合わせていなかったようで…息を呑みながら周囲を見渡していた。
幸い、家に帰ってそのままベッドに転がったので装備は持ち合わせていたらしい…。
しかし…そんなマスターの前に現れたのは…マスターにそっくりな誰か…じゃなく、もう一人のマスターだった。
もう一人のマスターは本物のマスターとは別の服…聖エルミン学園とかいう学校の制服らしいそれを身に着けていた。
黄色い瞳のマスターは、今のマスターと比べるとどこか陰鬱な雰囲気を漂わせながら、マスターを詰った。
『中学校の苛めに耐えかねて、聖エルミンに行きたかったのを取り止めて逃げるように引っ越した事』
『引越し先で軽子坂高校へ進学する際に、大人しい自分を今使っているおちゃらけな態度や一人称に改めた事。』
『それぞれで愛人作って経営している会社に篭りきりでろくに会いもしない、自分を素行と成績でしか見てない両親が嫌いな事。』
それこそ、他人の前で喋られたら悶死しそうなそれを叩き付けてマスターを詰る…。
「マスターの事をどうやってか知って助けに来たらしい仲間の前」で…聞いてみれば「ラプラスメール」とやらがあるらしいが。
隠し通してきたそれを、殆ど最悪のタイミングでバラされたマスターは…静かにシャドウに銃を向けて…。
「……という夢をサーヴァントと一緒に見たのだが。続きをおs」
「死ね。いやホントに死んでくれる?」
どこか楽しそうに無表情で朝にマスターに向けて切り出したコトミネに、この時だけは尊敬の念を覚えなくもなかった。
顔面を赤→青→白みたいな感じに変色させ、無表情と抑揚の無い声で呪文石を叩き付けるマスターに、ちょっとシビれた気もするが…
その後俺も口封じ目的で殺されかかったが…一応、その後の顛末を教えてくれた。よりにもよって神父に知られた…と凹んでいたが。
「僕がシャドウを撃ち殺した後、それに半ば取り込まれる形で聞かれた皆を口封じに殺そうとして返り討ちにあって開き直りました。これで良い?
…でも、ホントに喋るの止めてね。睦月君にも言ってないから、ってかもう今はあっちの方も半分地だから…。」
何時ものテンション跳ね上げたようなトーンではない泣きそうなマスターの声は…神父曰く「少し心が奮えた」らしい…ちょっと分かる自分が憎いが。
……ちょっとこの間の「冬ちゃん」とやらで溢してみたい気がするが…さて、どうしようかねぇ。
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最近、頻繁に麻婆豆腐を食べている気がするい~ぐるです。神父の呪い?とか思いつつ第12弾! ヒーホーはどうなったのか…?後、混沌王スレと時間進行をあわせる為に、しばらく番外編にズレる予定。 そして向こうはイケメン尽くしですね<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=997969">novel/997969</a></strong> ※魔力供給話出来ました!が…R-18なのでリンクは張りません、作品一覧から飛んで下さい。一応R-18同士を別シリーズでまとめておく予定です。 次<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1016469">novel/1016469</a></strong>
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【自称モブは】メガテンヒーホーカップ【皆でおでかけ】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002696#1
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☆ちゅういじこー☆
なんでも許せる人にしかおススメしないよ!
斎はふんわーり設定で書いてるから矛盾点あってもスルーしてね!
苦情は東京湾に流してね!
海よりもひろーく、空よりもあおーい、大きな心を持つ人は次のページへ!
IQは5にしてよんでね♡
書きました→[[jumpuri:お見合い相手は”兄”をホモと勘違いている。 >https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10032643 ]]
[newpage]
「それでは、後は若い二人でごゆっくり。」
そんなセリフとともに私と相手の同伴者は席を外した。
とてもシャウトしたい。とてもとーってもシャウトしたい。
なんて叫ぶか?そんなの一択だ!
『どうしてこうなったッッ!!!』
時は遡ること小学校時代。
え?遡りすぎ?しょうがないじゃん!だって余、転生者だもん!!
ん?なんか混ざってる??まぁ、細かいことは気にするな☆
体育の授業で行った組体操で頭を打ったうえ上から人に降ってこられた私は気絶して前世を思い出したのだ!
ハイそこ!勝手に解散しない!!釣り乙って言わない!!
前世がしがない社畜だった私は自分の置かれた立場に絶望した。
だって、住んでる場所は”米花町”、日本の首都は東京じゃなくって”東都”、
そして極めつけは通っている小学校は”帝丹小学校”。
うん、『名探偵コナン』だよネ!是非もないヨネ!!
この雑魚どもがァァァァァ!!!!……いいよね、アダムきゅん♡13とイチャコラしてほしい(切実)
え?元ネタ??#コン〇スよ?某戦闘解析システム系ゲームよ(ニッコリ)
13は右も左もおいしく頂けちゃうんだなぁ桜華は右にいてほしいかなグヘヘ
……………………。
閑話休題
ごほん。
ところがどっこい、まだ超高校生級の東西探偵はいないし、キッドの話題もない。
そもそも我が家で話に上がらないどころか情報統制(笑)のおかげで当時は全く時間軸がつかめなかった。
我が家?なななーんとおとーちゃんが警察庁?のお偉いさんだったんだよ(死んだ目)
うん、ぶっちゃけ碌でもないブラックなお偉いさんだと思ったの。
私を甘やかすことこそすれど、勉強で賢くなることは一切求めないどころか寧ろ馬鹿であれと願われたのだもの。
絶対政略結婚の道具か邪魔者とまとめて処分()するときに楽なようにでしょ!!
私知ってるんだからね!!
そんなこんなで月日は流れ成人した私は一応、就職を許可され黙々と働く日々だったのだけれど。
決算報告の時期で修羅場と化した職場を生き抜いてようやく帰宅の途に就いたある日の私に悲劇は起こったのだ。
寝不足・空腹・疲労とフルハウスを獲得した私は十字路の曲がり角で”俺は風になるんだァァァァァ!!!!”
と言わんばかりのスピードで走っていた男と激突した。
…正真正銘、この男が現在進行形で目の前に鎮座する釣書に写真がなかったお見合い相手()である。
その日の私は疲れていた。言うなれば、どこぞの皇帝のように”準備は良いな?余はもう止まらぬぞッッ!”である。
寝不足・空腹・疲労の社畜マストアイテム三点セットは私の深夜テンションに拍車をかけた。
「すまない!先を急ぐんだ!!本当に済まない…」
そう言って男は再び風になるべく走り去ってゆくとそれに続いて黒い長髪のニット帽が駆け抜けた。
すまないさん()に目つきの悪い黒長髪。
前世持ちでここが日本のヨハネスブルクと知っている転生者ならば誰もが気付いただろう。
駄菓子かし!言ったはずだ!!
”寝不足・空腹・疲労の社畜マストアイテム三点セットは私の深夜テンションに拍車をかけた。”
とね?
結論から言うと、私はスコッチとライのキャッキャウフフ()の追いかけっこの後自殺してしまうという原作をキレイさっぱり忘れていた。
そんな私がたどり着いた結論は
灰色猫目の髭メンが目つきの悪い恋人(極道)に別れを切り出すが断られ鬼ごっこ(捕まると監禁ルート)をしている。
という実に見たままの結論にたどり着いた。
そんな結果、小中高とヤンチャで犯罪都市@米花町で生き残りたかった私はひたすら足だけを鍛えた。
人生逃げるが勝ちという言葉もあるのよ?
そんな私の足は速い、とっても速い。私がとった行動は?
1.目つきの悪い恋人さん()に素早い足を生かした背後からの飛び蹴り寒中見舞い
2.灰色猫目な髭メンと愛()の逃避行―衝突したときの謝罪と文句と愛の告白()を添えて―
3.その場から風になって立ち去る
…まァ無難というか、本能的に②だよネ!
ぶつかった時の衝撃は走ってた方が大きいはずと思っていたのにそのまま大した被害もなく颯爽と走り抜ける?
別に鍛えてたプライドに触ったとか、風になるなら私のほうがもっとなれる!なんて対抗心を燃やしたわけではない
ないったらないのだ!!
『髭メェェェェェン!!!』
そう叫びながら黒いロン毛()を颯爽と抜き返し、髭メンをとらえた私の行動は速かった。
『あのね?いくら監禁ルートが嫌だからって逃げ回っても彼氏さん()のほうが体力ありそうだし、
髭メンさんがかわいそうだからとりあえず知り合いのマル暴のところに担ぎ込むね?
あぁ!安心して!鍛えてたはずなのに髭メンに負けたからって貴方の敵にはならないから!私はいつだって女の味方よ!!』
そう早口に告げると髭メン()の手をむんずと掴んで米花警察署の伊達さんの担当部署まで駆け込んだ。
その時の私の心境は言うまでもなく”ゴォォォォォォォォォォォル!!!!!”であったことはここに記しておく。
後から言われて知ったが伊達さんはマル暴ではなかった。…ごめんね?だってマル暴!!って感じだったからテヘペロ
近くにいた警察官に
灰色猫目の髭メンが目つきの悪い恋人(極道)に別れを切り出すが断られ鬼ごっこ(捕まると監禁ルート)をしている。
もしかしたら場合によっては目つきの悪い恋人()の部下も動員されてしまうかもしれないと思って保護したので
後はよろしくと簡潔に伝える。
後から思ったけど警察庁に担ぎ込んでたら死んでたよね?身内に裏切り者がいたんだっけ??
よく覚えてないんだけどさ…
まぁそんなこんなで警視庁案件となった髭メンとはそこでお別れし帰宅すると翌日におとーちゃん()から
釣書が届くという謎体験をした。
ここで写真のない名前だけの釣書が渡されたわけだが…私は髭メンの本名が明らかになる前にご臨終からの転生生活
にシフトチェンジしたため彼の本名を知らなかった。
全ての元凶はそこにあったのだ。
数年前までは引っ切り無しに釣書を渡してきたおとーちゃん()は私が勇ましく図太い精神でお見合いを破談にしてきたため
諦めたらしくここ最近は釣書をお目にかからなくなってきた矢先のコレだ。
間違いなく切り捨てたい邪魔者と結婚させ政略結婚の一つもできない邪魔な娘()を処分するつもりだろう。
おとーちゃん()の後ろ暗い数々の案件の証拠は既に押さえているがいかんせん託せる人がいないと頭を抱えて悩んでいた先のコレだ!!
とはいえ、今回もぶち壊して無事に生還してやらァと意気込んでいたところで旅館について対面したのがまさかの髭メン()だったのだ。
そして現在、盗聴器やら隠しカメラがあるであろう部屋に私とふたりボッチ残された相手はというと猫目をぱちくりとさせていた。ついでに言うと髭メンではなくなっていた。
そんな顔で見られたって私もどうすることもできない。
目下の問題はいつものように勇ましく破談にするべきか、お付き合い()をして伝手を作りおとーちゃんの後ろめたい案件の解決を依頼するか否かである。
でもまぁ、とりあえず
『貴方のお兄さんは目つきの悪い恋人(極道)ときちんと別れることができましたか?』
変装もしてなければただ髭をそっただけであるが、まぁー何と言いますか……目を丸くしていることもあって幼く見えるので
…髭メンは兄ってしとけばいいヨネ(軽率)
あぁ、でも本当にどうしましょう。
[chapter:お見合い相手は夜逃げ中の髭メンでした。]
あむぴとのお見合い案件の夢小説は数多くあれどまさか逃避行中()の髭メンとのお見合いなんて、
…人生何があるかわからんな(悟り)
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お見合いのお話ってあむぴ率高いなぁと思って軽率に手を出した。<br /><br />反省はするけど後悔はしないカナ!!<br /><br />主人公の名前もスコッチの本名も登場しないように書いてみたよ(/・ω・)/<br /><br />☆追記☆<br /><br />㋇23日→22日の夜に投稿したにもかかわらず早くも16日~22日のルーキーランキング61位にお邪魔させていただきました。<br /> ありがとうございます( *´艸`)完全単発自己満足ネタなのに予想外の反響に呆気にとられました( ゚д゚)ポカーン 全裸待機タグまで付けていただき感謝感激あめあられでございます(*´▽`*)<br /> いつのまにやら100usersタグまで付けていただけて斎はホクホクです(*´ω`)<br /> 続きはスコッチsideをちょっぴりとお見合いがどう終結するかをいつか書きたい…<br /> ↑さっきも書いたけど完全単発ネタのつもりだったから見切り発車以上になーんにも案が浮かばない。<br /> というわけで!続編に組み込んでほしいシチュやネタのリクエスト受け付けてますのでよろしければ投下お願いします♡<br /> 斎は知ってるよ!悩んでるとたまーに優しい読者さんがコメントやスタンプっていうガソリンくれるって知ってるよ!!<br /> タグも誹謗中傷などでなければ遊び場にしていただいて全く問題ありませんのでお気軽にどうぞー<br /><br />8月24日→8月23日付の女子人気ランキング93位にお邪魔させていただきました。<br /> 8月17日~8月23日付のルーキーランキング36位にお邪魔させていただきました。<br /> 正直びっくりしてますΣ(・ω・ノ)ノ!だって昨日の順位更新してるし、人生初の女子人気ランキング乱入なんて……<br /> くどー!!事件や!事件やで!!!!
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お見合い相手は夜逃げ中の髭メンでした。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10027123#1
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注意
・学校などは捏造過多、オリキャラ有
・マイナスはいつものこと
・夢主はにゃんこ
・スコッチは諸伏景光としてます
・キャラ崩壊
・にゃんこもふもふ肉球はいいぞ
以上のことが大丈夫な方はどうぞ。
無理なら戻るを連打。
[newpage]
ママの背中からこんにちは、ちびです。
ご主人に拾われて暫く、絶望のお風呂やファーストチッス強奪事件などの色々な困難があった。本当に色々ありましたね、思い出すだけで丸まりたくなります。
そしてこの度私は、ついに離乳食デビューを果たすことになるみたいです!ドンドンパフパフ!
みたいというのも、どうやらこれからちょっとずつ固形物を取り入れていくようで、パパが「まずはミルクでふやかしつつだ」とご主人に指導してくれてます。ちゃんとメモをとるご主人は社会人の鏡だ。とりあえず明日から始めることにするらしい。
固形物が食べれることに喜びを感じている子猫って、きっと私くらいなんだろう。母猫のお乳を吸ってたときの名残がある猫も多いくらいだしね、もみもみマッサージみたいに。
今現在私もママの背中をもみもみしてます。随分硬いものだからつい、お客さん凝ってますねぇ…と左右交互に揉んでいく。ふみふみ。
「ちび、かゆい」
みー!
ご主人のベッドを寝転がって占領しているママがくつりと笑い、私が落ちない程度に少しだけ身を捩った。
そんな、結構力込めて揉んでるつもりですよ私。確かに私のちっちゃい手では役不足かもしれない、しかし揉むのはやめません。
それにしても、休日はご主人の部屋に集まるとか決まってるのだろうか。皆入り浸り過ぎじゃないですかね、いつも人口密度が高いですよこの部屋。
ニキは今日お出かけをしているらしい、会えないのはとても残念だ。あの大きな手でなでなでされると気持ちいいし、ニキは優しいからちょっと悪戯しても許してくれる。
最近、皆が大抵ごめん寝で許してくれることに気付いた悪い猫は私です、ごめんなさい(ごめん寝)。
ああ…私もお外出たいなぁ…。最後に出たのはいつだろう。もうご主人の部屋は探索し尽くしてしまったし、ここ最近ご主人たちが講義でいない間は暇を持て余している状態だ。まぁ、寝てるんですけど。
え、マイナス?…マイナスは知らない。どっか行く前に触ろうとしてきたからとりあえずパンチはしておいた。
鼻チューの件はまだ許してないんだからな!
怒ったご主人から発せられる絶対零度な空気は怖い。私が尻尾を巻いちゃうくらい怖い。
いつもにこにこして余裕そうにしてる人が怒るのが一番怖いというのを、マイナスは身をもって体験致しましたとさ。
因みにあの日の夜、滅茶苦茶ご主人に鼻チューされたので私のセカンドもサードもご主人のものです。
早々ご主人との鼻チューが日課になりました。たまにこっそりパパとママがしてくるけれど、多分ご主人は知らないんだろうな。
揉むのに飽きてころんころんと広い背中で転がり、暇です構ってアピールをするがママは本に夢中なのか何の反応もない。
むむむっとママのもふもふの髪に近づいた私の悪戯心が疼く。あれ、これはママの毛玉に潜り込むチャンスなのでは。
そう気づいた私は早速そろりそろりと背中を移動し、ふんわりとしたそこへ歩み寄る。
首のあたりまできた。ターゲット、気にした様子なし。目の前にはジャングル。
……いざ進軍開始!
もふ、もふもふもふ
「っ!?」
ママの毛玉をもふもふと掻き分けて進む。なにこれちょっと楽しい。
流石に驚いたママがピシッと固まって、私が頭部で前進していくのをじっと耐えている。フハハ、このちびが拠点を制圧したぞ!
ご機嫌で毛玉を侵略していると後ろでガタガタッとご主人たちが立ち上がった音が聞こえる。
「松田の毛が」
「今だけ限定20%増量キャンペーン中」
「お前ら……後で覚えてろよ」
恐らくパパのカメラの音がするので、撮影しているらしい。私も見たいです、是非機会があればいいな。
ご主人がこらえきれない笑いを漏らしている。私が乗っていなければ間違いなくママが即座に絞め落としていたことだろう。
効果はないかもしれないが、まぁまぁ落ち着いてと肉球で頭皮マッサージをしておいた。ふみふみ。
そしてやっと頭頂部あたりに辿り着くと、落ちないよう私に手を添えて支えるとママがベッドから起きて立ち上がった。
おおー、視界が高い!凄い!
「しかし凄いな、松田の毛にちびが完全に擬態してる…」
「正面から写真撮ってやるよ」
「はぁー……金とるぞお前ら。そろそろ下ろすぞ、ちび」
みぃー
もうちょっと、もうちょっとだけ。頭の上に乗るのって新鮮なんです。ご主人の頭は乗ったことないし。
もぞもぞと髪の中に居座る私を乗せたまま立ち上がってくれたおかげで、多分人間のときよりも高い位置から物を見れてる。これがご主人たちの目線なのか。
ママのもふもふ毛玉を堪能しつつ、周りを見渡すとご主人の部屋がいつもと違って見える気がした。
「ほら、下りろ」
みー…
えー、もう終わりですか…。わしっと胴を掴まれて下ろされてしまう。もっとやりたーい、と駄々を捏ねるようにじたばたしてみたが、駄目でした。それでもママの毛玉をもふれた私は満足です。
最後はお礼も込めて顎の下をくすぐってくる指先に機嫌良く擦り寄ると、ママが口の端っこを上げて笑った。
ゴロゴロ…
「おっ、ちびが喉鳴らしてるぞ」
「え、マジか!?俺だってまだ一度もゴロゴロされたことないのに…!」
「それだけリラックスしてるんだろ」
後は母猫とのコミュニケーションで鳴らすくらいだな、とパパは肉球をむにむにしてきた。息をするように肉球触ってくるよね、パパって。
なんか自然と喉が鳴るんだよ、別に前は全然してなかったわけじゃない。むしろ以前より音が大きくなっただけだよ。だからご主人そんな顔しないで、初めてはちゃんとご主人でしたよ。
三人に撫でられてごろにゃんごろにゃんしていると部屋の扉が控えめにコンコン、とノックされる。
デレッとした顔を瞬時に引き締め、少しの緊張が走ると同時に無言のご主人によってサッと物陰に隠され、その前をパパが寄りかかって塞いだ。
そこまでしなくても、覚えのある気配だから大丈夫なんだけど…と言っても多分伝わらないんだろう。鳴いてるようにしか聞こえないのだから。
「なんだ、降谷か」
「なんだとはなんだ」
相変わらずの流れるような連携でしたが、ママが扉を開けた先で聞こえてきたのはやっぱりマイナスの声だった。うん、わかってた。
なら安全だと判断したパパが私を持ち上げて、胡坐をかいた自分の膝に乗せるとお腹をわしゃわしゃしてくる。あー!やめろー!
お腹を撫でる手を押さえようと両手でぺちぺちと叩くが、もう片手で私の手を掴み肉球を堪能し始めた。ぐぬぬ。
「なんでお前土鍋なんか持ってんだ?」
「いや、ちびに……と思って」
「鍋を…?」
パパに遊ばれる私をちらちらと見ていたマイナスが、もごもごと口籠る。
ママが首を傾げたその視線の先、マイナスの片手には一人用にしても小さい土鍋。
「でかした、ゼロ!」
首を傾げるご主人とママ、でも私を撫でていたパパだけ目をキラキラと輝かせた。何故に。
目一杯声を上げたパパに床に下ろされると、私の目の前にマイナスが蓋を開けた土鍋を置く。
「何するんだ?」
「何って、ねこ鍋だ」
「ねこ鍋…!?うちの子食べんの!?」
「そんなことする訳ないだろ、猫が土鍋で丸くなって寝るのを楽しむことだ」
ぎゃー!と叫びそうなくらい顔色を悪くするご主人に苦笑し、「こんな感じだ」と携帯の画面を見せるパパ。いつも思うんだけど、パパの携帯の中身どうなってるんだろう。
ママとそれを覗き込んだご主人が「なにこれ可愛い、うちの子にやってほしい」と両手で口を押さえた。
何でもパパに猫動画やら画像やら沢山提供された結果、マイナスは猫沼に片足を突っ込み、ねこ鍋見たさと私への貢物として出先で土鍋を衝動買いしたらしい。土鍋をプレゼントってなんだ。
にしてもねこ鍋か、私も聞いたことあります。というか動画を見たことがある、勿論人間のときだけれど。
凄く気持ちよさそうに猫が鍋で丸まって寝る、時には一つの鍋に二、三匹入って溢れるような大盛り、特盛りになっているアレだ。まさか私がする側になるとは思わなかった。
でもやらないわけにはいかない、だって今まさに向けられている四対の期待を込めた視線に私は耐え切れる自信がない。腹を決めて、仕方ないなぁと土鍋に近づいた。
ねこ鍋の鉄則、猫に土鍋に入ることを強要しないでひたすら待つ。それを守るように気にしないフリをして、私が振り向くと四人が一斉にすっと視線を逸らした。フリにしても無理があると思います。
ふんふんと匂いを嗅いで、そっと土鍋に足を入れる。ひんやりとした土鍋に触れた肉球がちべたい。
「入った…!」
「入ったな…」
「まだ寝ないのか…」
「シッ、静かにしろ…動画は撮ってる…」
むしろチラチラ見られる方が気になります。
それにしてもよく私に丁度いいサイズの土鍋を見つけてきたな、マイナス。とりあえずご主人たっての希望なので、ちびは大人しく従います。私はちゃんと飼い主を癒してあげることができる子猫ですからね!
よっこいしょ、ころんと丸めて鍋に納まる。毛先からひんやりしてくるなと思っていると、段々このひんやりした感じが心地よくなってくるではないか。すごい…!最近ちょっとあったかくなってきたから冷たくて気持ちいい…!そして堪らないフィット感!これ最高…!
「ほぁぁ……寝そうなちび可愛い…」
「蓋は?」
「まだだ、完全に寝るまでは待て…」
なんか話してるのは聞き取れるんだけど、とても眠い…だって凄い安心感……。
瞼が開けてられない……もう、無理、お休みなさい。
「寝た」
「寝たな」
「蓋立てかけろ」
「そーっとだぞ」
眠たそうに瞼をぱちぱちしていたちびが寝入ったのを確認し、そっと土鍋を机に移して蓋をそれっぽく斜めに立てかければねこ鍋の完成だ。
鍋の中で丸くなり、すやすやと上下する毛玉の可愛さたるや。触りたくなるのに、このまま見つめていたい葛藤に苛まれる。
そっと諸伏がちびの小さな前足を人差し指で持ち上げ、割り箸差し込めばもう堪らない。なにこれ食べちゃいたいくらい可愛い、食べたい。
「ちびぃぃ…!うちの子可愛いぃ…!」
「顔面潰れてんぞ萩原」
「はわわ……これがねこ鍋……」
「ゼロ、モザイクかかってるぞ」
「お前もだよ諸伏」
「おっと」
降谷は最早いつも通りだとして、思わず指摘した瞬間にスンッとモザイクがとれていつものすました顔になる諸伏。
それってそんなに着脱が楽なのか、俺もちょっとほしい。というかうつってるぞ幼馴染組。
「うちの子ってもしかしてもしかしなくても超可愛いのでは」
「ちびは間違いなく美猫、そして自分の可愛さが絶対わかってる小悪魔タイプ。だがそれがいい」
「それな」
諸伏の言う通り、うちの子はたまにとてもあざとい。しかしそれが良いところだと思うのは飼い主だからだろうか。
四人で囲ってこれでもかとちびを写真に収め、その一枚を伊達に送信しておすそ分けしてやる。うちの殺人毛玉を見ろ。
諸伏プロデュース、ちびの成長アルバムはついに二冊目に突入したらしい。待て、その絶妙な角度から撮った写真俺見たことないんだけど、後で焼き増しして恵んでください。
任せろと頷いた諸伏がそういえば、と切り出す。
「ちびの予防接種はしたか?」
「……いや、忘れてた」
「中々行ってる暇がなかったしな」
「んー、ちびが元気そうだからそのままにしてたけど…やった方がいいよな?」
「ああ。本来なら母猫の母乳で2か月くらいならなんとかなるが、ちびは捨て猫だ。ちびを思うなら早めに連れて行ってやった方がいいかもしれない」
「だよなぁ…。明日行ってみるかな、動物病院」
「俺もついてく、土日休みでも開いてるとこ知ってる」
「いつも悪いな、諸伏」
「俺も……」
「降谷は俺と留守番だ」
「えっ」
[newpage]
「ちび」
みー
鍋の中で寝てたらもう夜で驚きました。中々良かったので日中寝る用に使ってあげてもいいですよ、マイナス。
明日に備えて横になる時間が間近な一人と一匹だけの夜、明日も休みですが規則正しい生活を心がけています。
タオルベッドを踏んで寝やすく整えていると、すぐ隣で寝る体勢に入っているご主人がちょいちょいと指先で呼ぶ。
どうしたの?と、近づくと大きな両手で包むように掴まれてお腹に顔を埋められる。くすぐったいですご主人、深呼吸しないでください。
「んんー、やっぱりちびはもふもふだなぁ…」
みぃ
おかげさまでちびはこんなに大きくなりました。…大きく、なったよね?
お腹から顔を離したご主人にじぃっと顔を覗き込まれる。やっぱりご主人はかっこいい。……しゃべらなければとか思ってないですよ、ちょっと残念なだけです。
「ちびは目の色が左右で違うんだな」
え、そうなの?鏡見たいですご主人。猫になってからは鏡とほとんど縁がないものだから自分じゃわからないのです。
ここ最近やたら視線合わせてくると思ったらそういうことだったの…。
すりすりとご主人から頬擦りされる。それにスキンシップもかなり増えましたね、こしょばゆいです。
もぐ
「おお、やわっこい…」
ぎゃー!ちょっと、耳は食べないで!と抵抗するも、片耳をもぐもぐと甘噛みされる。
顔をパンチしても意味がなく、少ししてやっと解放されたが唾液でべたっとする。なんてことをしてくれたんだご主人…。
湿った耳についたそれを払うようにブルブルッと頭を振るがとれそうにない。ぴくぴくと片耳を動かすが、掴まれているので手は自由に動かない。うえぇん…ひどいよぅ……。
「ゴロゴロ言わない…」
残念そうにご主人は眉を下げた。
…言うと思ったの?私は怒ってますよ!と苛立ちを示すように激しく尻尾をぶんぶんと振る。
ごめんつい、と笑うご主人の高い鼻を持ち上げられているのをいいことにキックした。
喜ばれた、くそう。
わーい久しぶりのお外だー!
持ち運び用のケージに入れられて移動中のちびです!昨日のことはこれでチャラにしてあげましょう。やっぱりお外はいいですね、今日は天気もよくてきっとお昼寝したらぽかぽかに違いない。
ご主人とパパとで出かけるのは最初の頃を思い出す。あの時はまだちょっと警戒していたけれど、最近はすっかり慣れてきた。もう思考はほとんど猫寄りです。
「こっち曲がって真っ直ぐだ」
「こんなところにあったのか、知らなかった。……なぁ、あそこに猫いる」
「本当だ、ハチワレだな」
どこかへ向かっている様子なのはわかったが、それよりも私は塀の上からこっちを見つめるハチワレ猫さんの方が気になった。
飼い猫なのか、ちりんと鈴の音が鳴る首輪をしているその猫は、私を見下ろして一つ鳴いた。
『ああ…お前さんもか、頑張れよ』
『…?はーい』
雄猫さんでしたか。可愛いお顔に反してかっこいい声でした。ところで頑張れって何をですか。
特に今のところ飼い猫暮らしで困ったことはないのですけれど…。
「会話した…!」
「くそ、録音できなかった……!」
心底悔しそうなご主人たちも元気そうで何よりです。別に投げやりにはなってないですよ。
そして適当に流したはずのハチワレ猫さんからの『頑張れ』の意味を、五分もしないうちに私は悟ることになる。
「萩原ちび、いい響きだなぁ…」
「諸伏ちびだって負けてない」
「…ちびはうちの子だけど?」
「俺も面倒見てるだろ」
問診表に記入していたご主人が感慨深く呟くとパパが競い始めた。
お願いだからガン飛ばし合わないで落ち着いてください。暖かいはずの室内が寒くなります。
清潔感の溢れる明るい待合室、消毒液の匂いが漂っているそこには様々な種類の動物がいた。
その一匹ずつが順番に呼ばれ、激しい抵抗を見せるが各々の主人たちによって奥の部屋、診察室へと連れていかれる。
そう、ここは動物病院。
『はなして!はなしてぇー!』
「はいはい、もう暴れないの」
『いたいのいやだよー!お父ちゃんたすけてー!』
嫌がる子犬を連れたご婦人が奥へと消え、パタンと閉じられる診察室の扉。そして少しの間をあけて絶叫が響いてくる。
診察室へ連れていかれたペットの絶叫が上がる度に待合室にいる動物たちが一斉に震え上がった。なにここ……治療する音が聞こえる歯医者さんの待合室並みに怖い。
今も隅っこで主人によしよしされてる犬が号泣してる。わかる、わかりますよ。かなり怖いですよね。私もケージの奥で小さくなって気配を消してるところです。
あ、さっきの子犬出てきた。飼い主に抱きかかえられながら放心というか、魂が抜けてる……うわぁ……。
「萩原ちびさーん、奥の診察室へどうぞー」
「あ、はーい」
みーぃ
はっ!つい返事をしてしまった。
ああ、私もあの子犬と同じ運命を辿ってしまうのか。ご主人が私の入ったケージを持って立ち上がり、パパが付き添いのため並んで奥へと進んでいく。これがあのハチワレ猫さんの言ってた『お前も』と『頑張れ』だったか…。
今までの経験からして抵抗しても無駄かと悟りを開き、沢山の同情の眼差しを受けながら扉はパタンと閉じられた。
「こんにちは」
「こんにちは、よろしくお願いします」
「お願いします」
「こちらこそよろしく、じゃあ早速ちびちゃんの診察をしようか」
扉の先にいたのは穏やかな雰囲気を纏った、白髪交じりの高齢の男性だった。
彼がケージを開けて、少し皺の寄った手を近づけてきたので反射的に奥へと逃げた。さっきの絶叫がまだ脳内で響いているのだ、普通に怖いです。
ご主人が「結構懐っこいんですけど…」と困ったように言う、こればっかりはごめんなさい。
抵抗も空しく、結局行き止まりなので掬うように持ち上げられる。僅かばかりの抵抗を込めて「いやですー」とぺしぺし叩くも先生は大らかに笑うだけだった。
「爪は立てないのかい、君は優しい子だねぇ」
爪立てたら血が出ちゃうじゃないですか、そんなことはできません。
よく見ると先生の手には新しいものから古いものまで、噛まれた痕や引っ掻かれたであろう痕があった。本能のままに抵抗する動物はかなり強い、ずっとこの仕事をしてきたんだろう。
緊張で固まった私を解すように先生が背中を撫でてくれる、その手つきの優しさにきゅんとします。ごめんなさい、ご主人。うう…やっぱり私はおじいちゃん先生の優しさには勝てない…!
「しかもマンチカンか、片親がそうだったのかな?」
「そう、です…多分」
そんな…手足が短いってことですか先生…。いいもん、私はこの手足を武器に生きます。全力であざとく生きて周りの人間を魅了してみせます、先生!
そんな決意を胸にした私を、頭から尻尾の先まで、無茶な体勢にならないように全身をしっかりと触診し、目をじっくりと見た先生が「おや、」と声をあげた。
「これは…オッドアイだね。金色に、淡い青。これは昔から日本で”金目銀目“って呼ばれていて、幸運を運ぶとても縁起のいいものなんだよ」
「へぇー…そうなんですか…。最近になって色が変わってきたので、その、ちびの目は珍しいんですか?」
「珍しいと言えば珍しい、まぁ白猫に多いだけで黒猫にもちゃんといるよ。最近じゃ黒猫は不吉だとか言われるけど、本当は魔除けや幸運の象徴だ、きっとこの子は君たちに良い運を運んでくれるだろう」
「ちび……お前そんなに凄い猫だったのか」
感心したようにご主人たちが私を見下ろす。
いやいやいや、私にそんな力はないです。むしろ自分にしか幸運が働いてない気がする、ご主人に拾われたこととか。命が助かったからもう幸運を使い切った気もするけど。
「ただ、オッドアイの猫は普通の猫に比べて少しだけ身体が弱い傾向にあるから、大事にしてあげなさいね」
「「はい」」
みー!
「うんうん、いい返事だ。ちびちゃんもお返事できて偉いね」
ああー!おじいちゃん好きー!
ご主人とパパも返事をするときにちょっとだけ背筋を伸ばしてた。わかる、私が人間だったらそうしてたかもしれない。でも今は猫なので甘えてじゃれつくことにします。
ぐりぐりとその皺の寄った手に擦り寄ると、そっと心臓のあたりに聴診器を当てられた。思わずじっとしてゆっくり呼吸をすると「大人しいね、ちびちゃん」と褒められた。はっ、人間のときに聴診器を当てられたときの反射でつい…。
いくつかの部分に当て、真剣に音を聞いていた先生が顔を綻ばせてそれを離していく。
「よしよし、他に悪いところもないみたいだし……サクッと注射しようか」
えっ。
聴診器を外した良い笑顔の先生がカシャン、と銀色のバットから取り出したのは薬液の詰められた注射筒。
キャップを外すとキラリと輝く先端。ヒェッ……それ刺すんですか?針全然細くない、太いんですけど。
い、いやです。そんなので刺されたら死にます!
「はーい、少しだけちくっとしますよー」
やだやだやだ!嘘だ!ちくっとじゃないよ、絶対ブスッとの間違いだよ!
途端にバタバタと暴れる私に先生が「ちょっと抑えるの手伝ってー」と言うとすっかり先生の言いなりになったご主人とパパが素早く捕まえてきた。うおおー!裏切り者ぉーー!
アルコール綿でちょこちょこと消毒され、注射を構えた先生が私を見下ろしにっこりと微笑んだ。
「すぐ終わるからねー」
私の命が?
あ、ちょ、待って、それ絶対痛いから!
や、やめてぇぇぇ!!
\ブスッ/
……みあぁぁーーーッ!!!
[newpage]
・ちび
母はマンチカン、父は黒猫の雑種。長毛種。
マンチカン特有の手足の短さ故に動きが鈍い。丸まってると本当に黒い毛玉。
目の色はオッドアイ、左目が淡い青(銀色)、右目が金色。金目銀目で黒猫のため大変縁起がいい。ご主人に拾われた点でもラッキーキャット。果たしてご主人たちを幸せにできるのか。
ついに脱ミルクの予感!そして初ねこ鍋!さらに初注射!今生で最大の絶叫を上げ、自身も待合室を震え上がらせた。先生は好きだが注射は嫌い。死ぬかと思った。
鍋は気に入った。マイナスからの貢物としてちゃんと使うようになる。
最近の悩みはご主人がやたらもふもふもぐもぐしてくること。
・萩原くん(ご主人)
うちの子ってやっぱり滅茶苦茶可愛いのでは…?(確信)
俺が一番ちびのこと好きだもん、とちびの耳をもぐもぐ。飼い主はペットのどっかしらを食べる習性があるよね。嫌そうな顔してるちびも可愛いぞ!(飼い主視点)
諸伏チョイスの猫動画を見てはちびに実践するようになる。よその子見てもうちの子の方が可愛いとか思う程度に飼い主してる。将来炊飯器をちびに占領されるとは思ってない。
ちびちゃんのオッドアイをじっと見てはちびを困らせる残念なイケメン。うちの子は幸運の象徴!と同期組にドヤ顔する。
先生いい人だった…。
・諸伏くん(パパ)
猫好き極まって幼馴染のモザイクが感染した。着脱はちゃんとコントロールできる。
幼馴染を猫沼に引き込むことに成功し、これには諸伏くんもコロンビア。
ねこ鍋最高か、アルバムがまた潤うな…。ついにちびは俺んちの子でもあると主張し始めたので飼い主と火花を散らす。
美猫でオッドアイで黒猫とか属性盛り過ぎだろ!と今日もちびの肉球をむにむにする。可愛いからすべて許される。
先生ほんといい人だった…。
・伊達くん(ニキ)
ちびの兄貴分、今日はおデートですって!
彼女ちゃんにちびのこと話してるかもよ。
そしてデート中にねこ鍋の写メが送られてきて彼女と撃沈した。
・松田くん(ママ)
ちびの良心。ひっそりともふもふに魅了されている。構ってアピールをわざと無視してた。
毛玉が毛玉を侵略し、頭上の毛玉が期間限定20%増量した。頭に乗られて実は機嫌が良かった人、しかし萩原と諸伏は後でしっかりシメた。
携帯の待ち受けがちびなのを知ってるのは諸伏くんだけ。今日から待ち受けがねこ鍋ちびになった。
萩原と部屋に入り浸る際には逐一ちびが何してるのか一番気にしてる人。
・降谷くん(マイナス)
幼馴染によって猫沼に引き摺り込まれた。
猫についてかなり調べまくるようになり、多分ねこの気持ちとか買っちゃう。
出先で土鍋を見た瞬間気付いたら購入していた。絶対ちびにやってほしかったんだ、ねこ鍋。
最近顔面崩壊多すぎてモザイクが幼馴染に感染してしまった。幼馴染のクールな顔面を守るためだ、仕方ない。
金目銀目、さらに黒猫は日本で昔から縁起いいと聞いて、ちびをたまに拝んでる祖国厨。いいことあるかもよ。
・おじいちゃん先生
物腰の柔らかいベテラン獣医。物知りなちびの主治医さん。
萩原くんと諸伏くんは言わなかったが、なんとなくちびが捨て猫だということに気付いてる。命を大切にできる君たちに幸運がありますように。
「動物のことなら是非私に任せてほしい、まぁ人の身体は専門外なのだけれどね」と少しだけお茶目なおじいちゃん。
優しい、だがしかし治療ならば容赦なく注射する\ブスッ/
ちょいちょいコメントで先読みしてる人がいて驚いてます。
よく次が予防接種だと気付きましたね、飼い主さんですかな?
次回は頑張ってるちびちゃんに癒しがほしいですね…。
前回のアンケートありがとうございます。本編では出来ない番外編をやることにしました。
しかし番外編を短編の寄せ集めにするか、少し長めにして一本一本で投稿するか迷ってます。
また、にゃんこ番外でこんなネタが読みたいなとかリクエストがありましたら、お気軽にコメントやらツイッターでもいいので一言ご連絡ください。塩酸がさらっと拾います。その際には返信にて「ネタ頂戴します」とお伝えさせていただきますね。
それでは、大変申し訳ございませんがお暇なときにアンケートのご協力をお願いいたします。
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萩原に拾われたにゃんこ五話目。<br />相変わらず子猫に翻弄される警察学校組がわちゃわちゃしてるだけ。<br />猫の恩返し、皆見てくださいね!<br /><br />前回までの評価ありがとございます。これからも気の向くままに。<br />次回の更新についてはまたついったーで告知致します。<br /><br />2018年08月23日付の[小説] デイリーランキング 4 位<br />2018年08月23日付の[小説] 男子に人気ランキング 77 位<br />2018年08月23日付の[小説] 女子に人気ランキング 2 位<br />2018年08月24日付の[小説] デイリーランキング 3 位<br />2018年08月24日付の[小説] 男子に人気ランキング 68 位<br />2018年08月24日付の[小説] 女子に人気ランキング 4 位<br />ランキングにお邪魔してました、ありがとうございます。
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にゃんこだって必死に絶叫する
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10027273#1
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○あてんしょん
小説を読む前に[[jumpuri:プロフ > http://www.pixiv.net/member.php?id=7329257]]を必ずお読みください。
※この小説は二次創作です
※主人公がオリジナルキャラクター
※オリ主が男主人公である
※オリ主のキャラが濃い
※オリキャラが出しゃばる
※NOT腐向け
※過去捏造、原作改変、多少のキャラ改変あり(特に降谷零)
※人が死ぬ描写あり
※警察組織などに関する知識が間違っている可能性あり。故にここに書かれていることは信じないでください。
※胸糞表現、流血等の過激な描写あり
※見る人によってはヘイト創作やキャラヘイトになるかもしれない
※特殊嗜好である
※何でも許せる方向け
それでもOKな方のみお進みください→
[newpage]
俺、降谷零は人生最大の危機的状況の中にいる。
――――自分の額に銃が突きつけられているのだ。
しかも、その拳銃を握っているのがジンである。それだけでも悪夢だというのに、右腕の骨は折れ、全身傷だらけという体たらく。逃げようにも逃げることが出来ない状況だった。唯一の救いといえばジンもまた傷だらけだということか。だが、俺が不利なのは変わりないだろう。
ジンはボロボロの俺を睨みつける。奴は地を這うような声色で言葉を発した。
「良くもまあここまでやってくれたな、バーボン、いや、国家の犬が!」
「おや、何の話でしょう?」
吠えるジンに対して意味もなくすっとぼけて見せる。そんな俺の態度にジンの睨みは更にキツくなった。それを見て、場違いにも俺は腹を抱えて笑いたくなったものだ。あのジンがこれ程までに苛立っている――なんて傑作なのだろう! だが、自分が今、置かれている状況も大概傑作だな!
どうしてこんなことになっているのか?
理由は簡単。
――――黒の組織との全面対決中だからだ。
つい最近、組織の全貌が明らかになった。それにより、不本意ではあるが、本当に不本意ではあるが、公安警察はFBIと協力することになったのだ。
俺達は組織を一網打尽にする計画を立て、実行。しかし、腹立たしいことに、ジン率いる幹部陣によって部隊の分断をされてしまった。一応、万が一に備えて何通りも策は考えていたのだが、甘かったらしい。
あまりの失態に舌打ちをしたくなる。やはり一筋縄ではいかないな。しかし、その苛立ちを抑え、俺は不敵に笑ってみせた。それが不愉快だというようにジンは声を荒げる。
「この気に及んでトボケる気か。いけすかねぇ…! だが、まあいい。お前はここで死ぬんだからな」
「……ッ」
「あの眼鏡のガキとアメリカの犬を庇ったのがテメーの最大のミスだ」
確かにその通りだ。
彼らさえ庇わなければ俺はこんな状況に陥らなかっただろう。
組織の手によって部隊がバラバラになった後、俺はコナン君、赤井秀一の二人と行動することになった。三人で必死に組織のボス追いかけていたところ、ジンや他の構成員達と遭遇。結果、俺は囮となり、二人を逃したのである。
(最後までコナン君は躊躇していたな…)
ボンヤリとコナン君を思い出す。俺が囮になると言った時、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていたっけ。何度も俺を引き止めようとしていた。しかし、俺の意志が変わらないことを悟ったのか、コナン君は覚悟のこもった目でこちらを見据えてきたのだ。
「安室さん! 必ず来てね!」
「死ぬなよ」
「僕が死ぬとでも? 必ず追いつく!」
そうして、俺はコナン君とFBIを見送った。普通ならば赤井秀一もいるとはいえ、守るべき子供に全てを預けるなんて正気の沙汰ではない。ましてや態々俺が囮となり、彼らを庇うなんて。
(だけど、どうしてだろうな)
何故だか分からないが、あの少年ならば必ずやってくれると思えるのだ。あらゆる理屈や理由もなしに俺は心底そう信じることができた。なんなら、命すら賭けていいと思っているのだ。何故なのだろう。何故、俺はここまであの子を――――。
そう考えていた時だった。ジンがゴリッと俺の額へ更に拳銃を押し付けてきたのだ。奴は口角を歪に上げる。
「アイツらもお前の後で始末してやるよ。地獄で会えるようにな」
ジンが引き金を引こうと人差し指を動かす。やけにそれがスローモーションに見えた。その刹那、走馬灯のように次々と脳裏に懐かしい顔ぶれが過ぎる。死んでいった仲間たち――――松田、萩原、伊達、景光が浮かんでは消えていった。
この時、初めて俺は彼らに申し訳ない気持ちになる。あいつらの代わりに日本の行く末を最後まで見るつもりだったというのに。もう皆の下へ行くことになるとは。
ごめん、萩原。
ごめん、松田。
ごめん、伊達。
ごめん、景光。
本当にごめん――――…
(――――おじさん)
仏頂面の男の幻影が目の前に現れた。
ネイビーブルーのスーツを着たその男にひどく懐かしさを覚える。
最後の最後で思い出したのは自分の育て親だった。
・
・
・
俺、降谷零には父親が二人いる。
一人は血の繋がった実父。
もう一人は成人まで俺を育ててくれたおじさん。
おじさんと出会ったのは両親の葬式の時だ。当時、小学生だった俺は葬式の最中、ただ静かに座っていた。涙も流さず、不満すらも漏らさずに。
それが親戚連中にとっては気味が悪かったのだろう。当たり前だ。俺だって親が死んだというのに、その子供が無表情であれば不気味だと思う。親戚達は一様に眉をひそめながら「私があんな子を引き取るなんて無理よ」「俺もだよ」とヒソヒソと話していた。
(彼らの言うことは正論だ。どうして両親が死んでいるのに泣けないんだろう。どうして、俺は、)
ああ、ヒーローがいたらいいのに。画面越しにいつもキラキラ輝くヒーローいれば。でも、ヒーローなんていなかった。本当にヒーローがいたなら、俺の両親は生きていたはずだ。
世の中のあんまりな現実に目の前が真っ暗になる。俺はギュッと拳を握りしめた。親戚達の言葉に頭がクラクラしてくる。吐きそうなくらいに気持ち悪くなった――――そんな時だった。
「子供は俺が引き取ります」
一人の男のぶっきらぼうな声が聞こえたのは。
まるで仕方がねぇなというような声だった。ため息混じりのその言葉に俺は特に何も思わなかったものである。他に感情があるとすれば、そうだな、『ああ、ようやく決まったのか』という少しの安堵だけだ。あの親戚達の言葉はもう聞きたくなかったから。
男は強引な手つきで俺を引っ張り、連れて帰った。男の家らしき場所に着いた後、彼は直ぐにこう言ってきたのだ。『俺はガキが嫌いだ』と。恥ずかしげもなく、俺を『厄介者』として扱う彼に、逆に清々しさを感じたものである。お前、仮にも子供にそんなことを言うのかと。
(最悪な人に引き取られたな…。それでも、感情をハッキリ見せてくれるだけましか)
――――そうして、俺とおじさんの生活は始まった。
彼は我が身の可愛さ故、俺に虐待等はしなかったが、非常に口煩かった。やれ風呂に入れだの、やれ、着替えろだの、大声で怒鳴りながらこちらの世話をしてきたのだ。何故か分からないが、彼は俺に常に付きまとってきた。それが迷惑だったものである。
(おじさん、いつも俺を不機嫌そうに見ているくせに何で放っておかないんだろ)
俺はおじさんに興味のカケラもなかったが、彼の謎の行動に首を傾げたものだ。嫌いなら嫌いで別に構わない。どうしてこんな不利益なことをするんだろう。うーん、仮にも義息子だから、みすぼらしい格好はさせたくないとかか? よく分からない。
(まあ、でも、害はないし…。おじさんの好きにさせておくか)
幼いながらも俺は理解していた。恐らく、他の親戚へ行っていたのなら、もっと悲惨な目に合っていただろうことを。それを自覚していた俺は仕方がなくこの男の世話になっていた。
そんなある日だった。
俺が殺されかけたのは。
俺を殺そうとしたのは連続幼児殺人魔である。当時、盛大にテレビで報道されていたその男に俺は捕まってしまった。
理由は集団下校の途中で、俺は勝手に一人になってしまったからである。下校メンバーにいじめっ子がいた為、どうしてもそいつらと一緒にいたくなかったのだ。
集団から離れ、一人ぼっちになった俺を連続幼児殺人魔はあっさりと誘拐した。犯人はどうにも俺に薬品を嗅がせて気絶させたらしい。目が覚めたら倉庫の中にいて、ビックリしたものだ。しかも、日はとっくの昔に落ちたのか辺りは真っ暗。加えてロープで身動きが取れない。最悪な状況に愕然とした。
(どうする…?!)
持てる全ての力を使って逃げるため、子供なりに必死に考える。なんとかしてここから脱出しなくては。早く、早く、何か案を――――しかし、その思考は直ぐに中断させられてしまう。近くからしてきた物音によって。
コツコツと足音をたてながら、覆面の男がこちらへ歩いてきたのだ。それだけでも恐ろしいというのに、奴は右手に凶器を持っていた。覆面の男はニタニタと笑みを浮かべつつ、こちらに話しかけて来る。
「初めまして、坊や」
「ヒッ」
「今から殺してあげるね」
何の理由もなく、何の前触れなく、死が訪れた。突然襲いかかる『死』に俺はついていけない。それでもたった一つだけ俺の心にはある感情が浮かぶ。
それは、『疑問』だった。
(俺は普通に生活をしていたはずなのに。どうして死にそうになっている?)
どうして。どうして。俺は何もしていないのに。
そう、俺は理不尽な目に遭っている事実に対する疑問を強く抱いた。
引き攣った声が口からこぼれ落ちる。みっともなく身体が震えた。逃げろと全身が叫んでいるというのに何故か身体が動かない。その事実に唖然としながら俺はもがこうとした。死にたくなかったのだ。俺はただひたすら震える手を天へ向かって必死に伸ばした。
(だれか、助け――――ッ)
そこまで考えて、俺は唇を噛む。口にするはずだった言葉をグッと飲み込んだ。だって、悟ってしまったから。目をそらすことのできない現実を悟ってしまったのだ。
助けを呼んだところで、叫んだところで、
――――誰が俺を助けてくれると言うんだろう。
両親はこの世にいない。親戚連中からは疎まれ、学校でも『ハーフ』という理由で虐められている。一体、どこの誰が俺を心配してくれるというのだ。誰が助けるというんだ。この世界は俺に優しくない。この世界は理不尽だ。俺は何もしていないのに両親はいなくて、虐められていて、こんな目に遭っている。そうだ。この世には、
(ヒーローなんていないんだ)
そんなことあの葬式の時に知ったはずじゃないか。何で俺は希望なんて持っていたんだろう。
そう考えた刹那、全身からフッと力が抜ける。伸ばした手をゆっくりと下ろした。
ああ、そうだ。俺がもがく必要はない。誰にも望まれない俺が生きたところで意味はないだろう。きっとあの男も、俺が死ねば清々するはず。
殺人魔が俺へと振り下ろす刃を落ち着いて見つめる。スローモーションで落ちて来る刃物がキラリと光った瞬間だった。
――――誰かが俺の手を取ったのだ。
それと同時に鮮やかなネイビーブルーが目の前に現れる。
「テメェ何してやがる」
聞き慣れた男の声。ぶっきらぼうで、愛想なんかまるでなくて、口煩い男の声が聞こえてきた。
その時、えも言えない感覚が喉までせり上がってくる。無性に叫びたくなった。唇はわなわなと震え、握り締められた手が熱を持つ。先程とは違う感情が自分の胸の中で暴れまわった。荒れ狂うような激しい感情。幼い俺はその感情にどう名前をつけていいか分からなかった。
(ああ、)
俺は心の中で抑えきれない感情をため息と共に吐き出す。鮮やかなネイビーブルーのスーツを自分の目に焼き付けた。時が止まったかのような感覚に襲われる。気がつけば俺は自然とその男の名を呟いていた。
「おじ、さん、」
酷く掠れた声が発せられる。息をするのも忘れて、ひたすらネイビーブルーの男を見つめていた。おじさんに痛いほど握り締められた自分の手が震える。
――――不思議なことにもう恐怖はなくなっていた。
理由は分からなかった。おじさんが来たことに安心したのか。それとも、殺人犯から逃げることが出来たからなのか。或いは両方なのか。複雑で、ごちゃごちゃしていて、思考がめちゃくちゃだった。正直に言うと、救出後の記憶は曖昧である。しかし、これだけは確かに覚えていた。
おじさんの手の温もりを。
温かくて、握り締められた手が痛くて、でも、その手を離せなくて。そんなゴツゴツとした大きな彼の手の温もりだけは覚えていた。曖昧な記憶の中に熱烈に、強烈に、こびり付いた垢のように残っていたのだ。
――――そして、気がつけば事件は終わり、次の日にはいつもの日常に戻っていた。
おじさんは相変わらず口煩いが、事件については何も言わず、何も怒らない。かといって、「心配した。よかった!」とも言わなかったのである。だからこそ、改めて疑問に感じた。
(この人は一体何がしたいんだ…。何を考えているんだ…?!)
おじさんが理解出来なかった。どうして彼は俺を助けたんだ。どうして彼は俺を引き取ったんだ。どうして――――そう考えた時、不意に目に入ったのがお弁当箱だった。
「ああ、そういえばあの人、毎日お弁当を渡してくるよな…」
最近の俺は食欲が本当になかったのと、おじさんへの意地返しに、いつもお弁当をそのまま彼へ返していた。最初は何を言われるか身構えたものだが、不思議なことにおじさんは何の反応もしなかったのだ。「ああ、そうかよ」だけで終わったのである。それ以来、ずっと俺は渡された弁当を突き返していた。
その日、何故か分からないが、俺はお弁当を手に取り、蓋を開けていた。そして、驚いた。
「これ、俺の家の弁当だ…」
なんで、どうして。
蓋を開けた先にあったのは、所謂、キャラ弁と言われるお弁当。可愛らしくて、ファンシーで、最近は学校へ持っていくことが恥ずかしかった、俺のお弁当だったのだ。
それを見た瞬間、俺は自然とお箸を手に取っていた。もうとっくに昼食の時間は終わり、学校から帰宅しているというのに。俺は『そう』することが正しいかのように箸を動かした。小刻みに箸が震える。眉をひそめながらコロッケを箸で摘んだ。そのままひょいと口にコロッケを入れ込み、咀嚼する。モグモグと口を動かしていたが、段々と咀嚼の速度は遅くなっていく。それもそうだろう。
――――だって、俺は泣いていたから。
「うぇ、」
歯でコロッケを潰すごとに目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。一つ、また一つと涙の数は増え、気がつけば数えることが出来ないくらいになっていた。鼻水は出て、えずきながら食べる俺は不恰好極まりなかっただろう。だが、口を動かすことはやめなかった。だって、だって、同じだったから。
両親が作ってくれたお弁当と、同じ味だったんだ。
「おとうさん、おかあさん…」
もうこの世にはいない俺の両親。会うことは二度とできない俺の父と母。本当に、本当に、もう俺は彼らと話すことは出来ない。抱きしめてもらうことも、頭を撫でてもらうことも。色鮮やかに残っていた懐かしい映像が脳裏で何度も再生された。何度も、何度も。
次々と流れ行く記憶にギュゥと胸の辺りの服を握りしめる。胸が痛くて、涙は止まらなくて、頭がどうにかなりそうだった。
そして、俺はぼんやりとする頭で唐突に葬式での出来事を思い出す。
(ああ、そうか。あの時、あの葬式で俺が泣かなかったのは――――)
認めたくなかったからだ。
認めてしまえば、泣いてしまえば、本当に両親と会えないと思ってしまったからなんだ。
今考えると本当に馬鹿な理由だろう。だが、俺はどうしようもなく、そう思ってしまっていた。泣いても泣かなくても、両親の死を認めても認めなくても、父と母が死んだ事実は変わらないというのに。
「ごめん、おとうさん、おかあさん。ごめん、ごめん、泣かなくて、ごめん。認めなくて、ごめん。俺はまだ二人と一緒にいたかったよ…」
この時、ようやく俺は両親の死を受け入れた。どうしようもなく、愚かで、馬鹿で、恥知らずな俺は、ようやく、ようやく、彼らの死を認めたんだ。
本当に俺は馬鹿だ。受け入れなきゃ、前へ進めないだろう。俺は生きている。なら、二人がいなくても生きるしかない。生きるしか、頑張るしかないんだ。例え、死の淵に立たされようとも、不幸のどん底に落とされようとも、どんな理不尽な目に遭ったとしても、俺は足掻かなければならない。躓いて、泥だらけになって、ボロボロになっても、自分という世界と戦わなければならない。
生きる、ために。
泣いて、泣いて、泣きまくる。この感情が悲しみなのか、不甲斐ない自分への怒りかまでは分からなかった。だが、一つだけ分かることがある。俺は生きなきゃいけないってことだ。
俺は必死にお弁当を口へ詰め込む。食べ物が喉を通り、胃へ落ちていくごとに『生』への実感が湧いた。
(馬鹿、馬鹿、馬鹿。俺の馬鹿。おじさんの馬鹿)
この馬鹿げたお弁当を作った張本人へ意味もなく暴言を吐く。そうでもないとやっていられなかった。泣きすぎてぼんやりとする頭にネイビーブルーのスーツの男が過ぎる。
(おじさんの馬鹿野郎。普通、おとうさんとおかあさんの味がを出せるわけないだろ。何で出せてんだよ)
おじさんは俺の父と母には会ったことがないはずだ。そんな彼がこんなお弁当を作れるわけがない。本来ならばあり得ない。あり得るはずがない。けど、あり得ないのに、あり得てしまっている。
これが意味する事実に俺は気がついてしまった。気がつかざるを得なかった。どうしようもないく、ありきたりで、凡庸な真実にたどり着いてしまったのだ。
(ああ、そうだった…。おじさんは…)
おじさんは決して俺を見放さなかった。どれほど文句を言おうとも、どれほど無愛想だろうと。決して、決して、俺の手を離さなかったのだ。確かに彼の言葉こそ自分勝手ではある。
だが、おじさんの行動は俺を守るものであった。
それは目の逸らしようのない『真実』。
おじさんは不思議な人で、正直なところ意味が分からない部分が多い。『どうして俺を引き取ったのか』すらもイマイチ不明だ。でも、でも、それでも俺はいいと思った。
あの時、あの場所で俺の手を取ったのは――――
紛れもなくおじさんだったから。
本当のことを言えば、俺を助けてくれるなら、おじさん以外でも良かったのかもしれない。しかし、俺を守ったのはおじさんだった。他の誰でもなく、おじさんただ一人だったのだ。
(ちゃんと謝りにいこう…)
空になったお弁当箱を見つめる。そこには米粒一つすら残っていなかった。ゆっくりと蓋を閉めたあと、俺は立ち上がる。泣きっ面で、情けない顔を隠そうともせずに、おじさんの下へ向かった。部屋から出て、リビングへと足を進める。
「おじさん」
「あ? なんだよ」
「これ、返す」
「は?」
リビングのソファーで寝そべっていたおじさん。彼は面倒臭そうに起き上がり、俺の方へと顔を向けてくる。そんなおじさんへ俺はぶっきらぼうに弁当箱を突き出した。
――――その瞬間、おじさんはポカンとした表情を曝け出したのだ。
彼は食い入るように俺の顔、いや、瞳を見つめ始めた。目をまん丸く見開き、ありえないものを見るようにこちらを射抜く。そして、郷愁にかられたような表情をした。まるで俺を通して『何か』を見ているようだったのだ。一瞬、それに俺は面食らう。まさかそんな『目』をされるとは思わなかったからである。
(一体、何を、)
見ているんだ。そう思う前に、おじさんは何かを小さく呟いた後、びっくりするような大声を上げて笑ってみせた。本当におかしくておかしくて仕方がないといった風に笑い出したのだ。それにより、先ほどの疑問も簡単に吹き飛んだ。
「ハハ! ようやく俺様に屈したか! ガキが大人に敵うと思うなよクソが!」
その時、俺は初めておじさんに抱きしめられた。
身体が痛くなるほどの抱擁。通常通りであれば、「痛い! やめて!」と言っただろう。だが、何故だかその痛みがずっと続けばいいのにと思っていた。温かくて、苦しくて、涙が再び溢れるくらいには心地良かったのだ。俺もまた力一杯に彼を抱きしめ返す。そして、腹に力を入れて、声を上げた。声を上げて泣いてみせたのだ。
この日、ようやく声にならなかった叫びが音となって零れ落ちた。
多分、この日だ。この日、降谷零は生まれ変わったのだ。
[newpage]
その号泣事件が終わってからも俺はおじさんとの生活を続けた。
彼は相変わらず、無愛想でぶっきらぼうだ。なんなら暴言だって吐く。でも、必ずと言っていいほど俺がしたいことはさせてくれた。それにより、少しづつ俺は元気を取り戻していったのである。
そんな中、出会ったのがエレーナ先生と幼馴染のヒロだ。
エレーナ先生と初めて会ったのは、俺が他の子供達に虐められ、怪我をしていた時である。彼女に手当てしてもらってから俺はエレーナ先生と仲良くなったのだ。いや、仲良くなるというか、あれはきっと心配されていたのだろうけど。それでも俺は良かった。エレーナ先生のおかげで俺は自分とはどうあるべきかを知ることができたのだから。先生との出会いは俺の人生のターニングポイントの一つだった。
次に、ヒロに出会ったのはエレーナ先生からの助言を受けて、俺はいじめっ子に反抗しようとしていた時である。俺は頑張って抗おうとしていたが、尻込みしてしまっていた。そのところをヒロに助けてもらったのである。ヒロは俺の前に立ち、堂々といじめっ子達に喧嘩を売った。
「お前ら何してんだよ! こいつは何もしてねーじゃねーか! こいつはお前らと同じ日本人だよ!」
「はあ?! 降谷は俺達と違うじゃん!」
「違うくない!」
「お前は降谷の髪と目が見えねーのかよ。馬鹿かよ!」
「は? あんな綺麗な髪と目が見えてねーわけねーだろ!!」
ヒロはその場にいた俺が思わず困惑するような言葉を恥ずかしげもなく叫ぶ。当事者たる俺を差し置いてヒロはいじめっ子達と戦っていた。最初は意味が分からなかったものである。だって、ヒロと俺は同じクラスとはいえ、話したことはなかったからだ。だが、困惑していても、訳がわからなくても、たったこれだけは思った。
(俺を庇ってくれているこいつを守らなきゃ)
俺は自分を助けてくれる人間の尊さは人一倍理解していた。ヒロが助けてくれる理由は分からない。だが、彼は自身が不利になるかもしれないのに、俺のために戦ってくれている。その行動だけで十分だった。
その瞬間、俺の心から力強い気持ちがムクムクと湧き上がる。今までいじめっ子達に尻込みしていた心が動き出す。そう、それは『勇気』というのだろう。恐怖に勝ち、敵と戦う意志。
俺は目を釣り上げ、口をかっ開き、大声を発した。
「俺の悪口はいい。でも、こいつのことを悪く言うな!」
俺が言い返したのが余程驚いたのだろう。いじめっ子達はギョッとした顔になった。だが、直ぐに表情を戻して声を張り上げてくる。それに負けじと俺とヒロは言葉を返す。その応酬を続けていたら、最終的には殴り合いに発展。気がつけば両者ボロボロになり、いじめっ子達は逃げ帰っていった。彼らの走り去る背中を見ながら、俺は一息つく。そして、ヒロと顔を見合わせて、プッと吹き出した。ヒロはこちらを指差して笑ってくる。
「お前、何だよその顔〜〜! 大口叩いた割にはボロボロじゃねーか!」
「お前だって! 突然割り込んできた癖に、俺と同じじゃないか」
「あ、お前なんて名前だ?」
「知らないのかよ! …零だ」
「じゃあ、ゼロな! 俺は景光!」
「ゼロってなんだよ。まあ、いいよ。じゃあ、お前はヒロな!」
自己紹介の後も何が面白いのか分からなかったが、ヒーヒー笑いあっていた。おかしくておかしくて。日が暮れるまで笑い、語り合っていた。それがヒロと俺の出会いだ。
それからというもの、俺はヒロと行動するようになった。彼といるのは楽しかったものだ。何だって相談できた。その頃からだ。俺が警察官になりたいと思ったのは。もしかしたら俺は、自分がハーフだから警官になれば日本人だと認めてもらえると考えもあったのかもしれない。だが、一番の理由はヒロに「知ってるか? 警察官ってスゲーんだぜ! 日本を守るヒーローなんだ! 俺はぜってー警官になる!」と言われたからである。
ヒーロー。
日本を守る正義の味方。
それをヒロに言われた瞬間、胸が熱くなった。どうしても警官になりたいと、なって日本を守りたいと、何故か強く思ったのだ。あのヒロの発言が俺の行く末を決めたのだろう。ヒロと「じゃあ、一緒に警官になろう!」と誓いを立てた時に。
エレーナ先生が俺に存在理由を教えてくれたというのならば、ヒロには誰かと戦う勇気と進むべき道を教えてもらった。
言葉にできないほどに尊いものを二人から俺はもらったのだ。
ヒロと一緒に警官になると決めてからは行動が早かった。直ぐに俺はおじさんにどうしたら警官になれるか聞いたのだ。聞かれたおじさんはギョッとした顔になり、逆に俺へ聞き返してきた。
「あーー…何で警官になりたいんだよ」
「何でもいいだろ。教えてくれよ!」
「いや、まあ、よく知っているけどさ…」
おじさんの行動は不可解だった。妙に言いづらそうにしていて、ポリポリと頰をかいていたのだ。彼は無愛想だが、聞かれた質問に対しては真摯に返してくれていた。だからこそ、その時のおじさんは気味が悪かったものだ。
(中学くらいになってようやくその理由を知るんだけどな!)
おじさんのクローゼットの中に警察手帳があり、あの時の彼が言い淀んだ理由を俺は悟ったのである。ああ、なるほどと。おじさんがいつもより歯切れが悪かったのもこのせいなのだと。それと同時に、あの人はぶっきらぼうで無愛想はくせに照れ屋な事を初めて知った。
「そっか、おじさんは警官だったのか」
自然と笑みが浮かぶのが分かる。『警察官になる』という夢が更に形を持って俺の前に現れた。うん、ヒロとの約束のためにも、俺のためにも、俺は絶対に警官になる。その想いはストンと自分の胸に落ちた。ごく自然に、そうあることが当然のように、そう思ったのだ。
(警官になって、日本を守る)
その想いだけを胸に俺は努力を続けた。その中で、俺が高校三年生の時におじさんと対立するというトラブルもあったけどな。だって、あの馬鹿おじさんとくれば大学に行けなんていいやがるんだ。俺は高校卒業後、すぐに警官になるつもりだったのに…。流石に腹が立って、殴り合いの喧嘩に発展した。
(まあ、最終的には大学にいくことになったが)
おじさんが悪いんだ。おじさんが俺に出世しろなんて言うから。東都大学へ行って、警察庁の試験や面接に受かり、エリートになれとか言うから。俺は高卒であっても出世する気マンマンだったというのに。おじさんのせいで大学へ行くんだからな。後、絶対、大学費用は返すからな。タダより怖いものはないんだって言ったのはアンタだぞ。
嬉しくなんてない。
本当に、本当に、嬉しくなんて、ない。
溢れそうになる涙は根性で押さえつけた。歯を食いしばり、俺は大学受験のために勉強を始める。まあ、いつも復習、予習は当たり前のようにして、どこの大学だろうが受かるように勉強はしていたんだけどな。高卒で警官になるつもりだったとはいえ、勉学は怠りたくなかったからだ。
だが、今は本格的に日本最高峰の大学、東都大学を狙わなければならない。どれほど準備しても足りないぐらいだろう。それに、俺はおじさんに嫌々ながらも「東都大学に行ってやる!」と宣言してしまったのだ。落ちれば俺の沽券にかかわる。
「絶対受かって、エリートコースを進んでやるからな…見てろよおじさん…!」
燃えに燃えて、ヒロに呆れられるくらいに勉強しまくった。結果、東都大学を首席で入学することができたのだ。ちなみに、前代未聞の高得点を叩き出したらしい。それを聞いた時、ヒロとおじさんの前で思わずガッツポーズしてしまったほどには嬉しかった。
その後、俺は大学を卒業。試験などを受け、警察学校に入学。そこで俺は伊達、松田、萩原というヒロ以外の親しい友人を得ることとなる。学校は大変だったが、あいつらと一緒に馬鹿をやるだけで、辛さが吹き飛ぶくらいには仲が良くなった。毎日を必死に過ごして、警察学校を卒業して、気がつけば俺は――――
公安警察になっていた。
まさか自分があのゼロに所属することにはなるとは思わなかった。しかも、おじさんもゼロだったなんて。彼が俺に自分の職業を言わなかった理由がようやく分かった。ゼロ所属ならば言えるはずがないだろう。
(でも、おかしいな)
おじさんはキャリア組で、ゼロ所属のくせに地位がそこまで高くない。彼ならエリートコースを進んでいそうなものを。そう不思議に思ったが、俺はまだまだ新人。普通、新人がゼロ所属になるなんて滅多にないため、周りからの扱きの強さに死にそうになっていた。なんとか必死にこなしている内にその疑問は右から左へと流れていってしまったのだ。
俺はこの疑問をおじさんにぶつけなかったことを後悔することとなる。
後悔した日は――――あの日だ。おじさんの協力者が裏切り、彼が追い込まれた、あの日。突然、仲間が慌てた様子でおじさんの危機を伝えてきたのである。もしかしたらもう死んでいる可能性すらあるとも言われたのだ。
(おじさんが……死ぬ?)
それを考えた瞬間、俺は走り出す。仲間が俺を引き止めようとするが、それすらも振り払い、足を動かす。俺は未だ嘗てないほどに急いで現場に向かった。数十分後、おじさんいる場所へ到着。そして、俺はその場で見たものに絶句した。
――――おじさんが本当に死にかけていたのだ。
腹から血を出して、死人のように真っ白なおじさん。彼と子供の時に見た両親の死体が被る。どうしてか分からないが、震えが止まらない。正常な思考ができない。信じられない程に動揺していた。
(落ち着け、俺。まだ、おじさんは生きている。焦るな俺。この程度で公安が動揺するな)
自分に何度も何度もそう言い聞かせる。冷静になるんだ。焦りは最大の敵だぞ。俺はおじさんを助けなきゃいけないんだろ。だから、落ち着け! と思いながら、俺はおじさんを彼の腕を持つ。だが、するりと滑り落ちてしまった。本当におじさんは死にかけなんだ。それを改めて自覚して愕然としてしまう。
そんな中、おじさんはいつもとは考えられないくらいの怒りの表情を浮かべていた。おじさんは言う。「帰れ」と。それと同時にこうも言うのだ。「お前て暮らせて良かったよ」と。初めて俺の名前を口にして、やりきった顔をするおじさん。その瞬間、目からボロリと涙が零れおちた。小学校の時に泣かないと決めたはずなのに、自然と涙が流れてしまう。
(――――ふざ、けるな)
ぽつりと涙とともにその言葉が頭の中に浮かぶ。次の瞬間、感情が爆発した。
ふざけるな…ふざけるな…! こんなところで、死んでいいと思っているのか! あんたは俺の育て親だぞ。仮にも親なんだぞ! 俺を勝手に引き取って、親になっておきながらなんだよそれ。「俺はもう死ぬ」? 「ここは危険」? いつも思っていたが、勝手すぎるんだよあんたは!! 危険を承知で来ているんだよこっちは! 降谷零をなめるんじゃない!
(つーか、何、生きるのを諦めてんだよ! 何でそんなやり遂げた顔をしてんだよ!)
何もあんたはやりとげちゃあいない! 生きるんだよ、生きて、生きて、ヨボヨボのジジイになるまで生きるんだよ!! 嫌だって言っても老後の介護だってしてやる。散々俺のことをこき使ってきたんだからな。嫌がらせ介護をしてやるよ。あんたには老衰以外認められていない。穏やかに死ぬのがあんたが俺にできる唯一の贖罪だ!
(あんたは俺の親なんだから、勝手に死ぬな、馬鹿野郎!)
おじさんは決して良い人間ではない。無愛想で、そっけなくて、なんなら暴言だって吐く。食べ物や人間の好き嫌いも激しいし、性格だってあんまりよくないし、欠点だっていっぱいある。どうあがいても、手本になれるような大人じゃない。
でも、おじさんは俺の親だった。
血の繋がりがなくたって、俺の父さんだったんだ。
俺は涙だけでなく、みっともなく鼻水まで垂らしていた。どうしようもなく腹立たしくて、苛ついて、もっと泣き叫びたくなる。俺は嫌がるおじさんを担いで、歩き出した。背中に背負うおじさんがやけに小さく感じる。昔はあんなに大きかったのに、今、俺は彼を担いでいた。昔は俺が担がれていたというのに。
(おじさんってこんなに小さかったけ)
――――おじさんが俺を引き取ってから随分と時間が経過していた。
実父と過ごした時間よりもおじさんと過ごした時間の方が多い。
そのことを俺は自覚したのだ。
[newpage] ――――おじさんは運良く生きていた。
あの後、俺はおじさんを急いで警察管轄内の病院へ連れて帰った。病院へ着いた瞬間、当然のように直ぐに緊急手術行きだ。手術室へ連れて行かれるおじさんを見送り、俺は一人座り込む。数十分そうしていると、仲間や上司達も駆けつけてくれた。「勝手なことをしやがって」と怒られたが、最終的には頭を撫でられた。俺は良い上司に恵まれている。
上司たちがやってきても、手術が終わるまで俺は生きた心地がしなかったものである。何時間にも及ぶ大手術が終了して、やっと安堵の溜息を吐いた。
だけど、現実は残酷だ。
「父はいつ目覚めるのか分からない、ですか」
「ここまでの大怪我だからね。寧ろ、生きていること自体が奇跡だよ」
「やっぱりそんなに酷かったんですね」
「まあね。後、息子さん、貴方は覚悟した方がいい。目が覚めても後遺症が残っていて、話もできないような場合だってあるからね」
思わず無言になった。勿論、生きていて良かったと思っている。今でも飛び上がりそうなくらい嬉しい。でも、欲深い俺はこうも思うのだ。何事もなかったように目が覚めて、前みたいに過ごしたいと。
そんな風に沈む俺に対して、上司は心配したように声をかけて来た。
「あんまり気を落とすな、降谷」
「ええ、分かっています」
「…、…」
「どうかしましたか」
「今のお前を見ていると、昔の降谷、いや、お前の義父さんのことを思い出して、どうしても心配になっちまうんだ」
「昔の、おじさん?」
「お前、知らないのか。あいつは昔、自分の相棒と婚約者を早くに亡くしているんだ」
「知りません」
「そうか、あいつのことだから言わなかったんだろう。婚約者の方は警察学校時代だったらしいから、俺は知らないんだが、相棒の方は知ってんだよ。任務中に二人とも失敗しちまってな。相棒の方が降谷を逃して、死んじまったんだよ」
「そうなんですか…」
「あいつらは喧嘩ばかりだったが、良いコンビだったんだ。だから、降谷は荒れちまってさあ…」
そのまま上司は自分に言い聞かせるかのように、「あの頃のあいつは見ていられなかったなあ」と零した。それを聞いて、俺は少々驚く。そんな話は聞いたこともなかったからだ。
(もしかして、おじさんが出世しないのもこのせいなのか)
おじさんは時々、ふとした瞬間に暗い目をすることがあった。子供の時はよく分からなかったが、今なら理解できる。あれは『後悔』だ。おじさんはずっとずっと後悔していたんだろう。自分のせいで死なせてしまった相棒のことを。あのおじさんのことだ。彼はこう思ったのだろう。『俺なんかが出世なんてしてはいけない』と。同時に、こうも思ったに違いない。
『俺なんかが生きていてはいけない』と。
それを考えた刹那、俺はギリっと歯を噛み締めた。思い出すのは死にかけのおじさんが見せた表情。生きることを諦めた、あの表情だった。
「俺を生かしておきながら、自分は死にたいと思っていたのかよ」
あのクソハゲ頭野郎、そんなことを考えて生きていたのか。だから、あの時、安堵した表情を浮かべていたのは、死によって、罪悪感から解放されると思ったからか。きっとあの馬鹿のことだから、『相棒を死なせた俺なんて生きる価値なんてない』とか厨二じみたこと考えていたんだろ。ふざけんなよ。馬鹿かあいつは。馬鹿かあの男は。だから頭がハゲてくるんだよ。
これは怒りだ。
とてつもない憤怒だ。
俺はおじさんにキレていて、それと同時に自分に腹が立っていた。そうだ、俺は疑問に思っていたはずだ。『何故おじさんは出世していないのか』と。もっと早くにその理由を聞いていれば、殴って説得していれば、おじさんは諦めなかったかもしれない。………これがただの妄想だとは分かっている。だが、そう思わずにはいられなかった。
(とりあえず、おじさんが起きたらまず一発殴る)
そう決意して、おじさんの過去を語ってくれた上司に礼を言った。
・
・
・
「あの時はあの時で大変だったけど、まだ今よりマシだったかな…」
おじさんの眠る病室にて、俺は苦笑いを零す。相変わらずおじさんはふてぶてしい顔で惰眠を貪っている。それを見ながら、俺は項垂れた。カーテンからふわりと流れ込む風が自分の髪を揺らす。
「なあ、まだ目が覚めないのかよ、おじさん」
「なあ、おじさん。みんな、死んじゃったんだよ」
「萩原も、松田も、伊達も、ヒロもみんな、みんな、死んじゃったんだ」
『死』を口にする度に胸をかきむしりたい気持ちになる。何度もやめようとは思ったが、言葉にせずにはいられなかった。
おじさんが植物状態になった時はまだ良かった。いや、よくはないが、まだマシだったのだら、ヒロも、松田も、萩原も、伊達もいたから。寧ろ、俺はおじさんにガチギレしていたので、凹む暇もなかった。そんな俺の姿を見たヒロには「お前とおじさんらしいな」と笑われたが。
俺の道を示してくれるヒロと、友人達。彼らに囲まれていた俺は、ひたすら走り続けることができた。おじさんがいなくたって、何だってできたのだ。
(でも、いつからだろう。いつから俺はこうしておじさんに語りかけるようになった?)
また一人、また一人と死んでいく。それだけでもキツかったというのに、愚かにも俺は幼馴染のヒロを死なせてしまった。理由は簡単だ。自分の力が足りなかったんだ。どうしようもなく惨めで、どうしようもなく心が軋む。泣き叫びたいのに泣けなくて。自分が無力で、最低で、情けなかった。死にたいとすら思ったこともある。でも、死ぬわけにはいかなかった。
だって、死んだらヒロの仇は誰が取る?
死んだら、おじさんのことを誰が殴る?
その事実が俺を踏みとどまらせた。笑ってしまうほどに絶望で震える身体を根性で押さえつける。ゆっくりと息を吐き、俺は自分に言い聞かせた。
(そうだ、降谷零、お前の仕事はまだ終わっていない。決して躓くな、決して諦めるな、生きるんだ。俺はゼロの降谷零。黒の組織をいつの日にか壊滅させる男だ)
その言葉を何度も何度も心の中でリピートする。再びゆっくりと吐き、吸う動作をした。それを繰り返して、俺はようやく落ち着く。ふうと最後の息を吐き出した時、俺は苦笑いする。ほんと、俺は全然成長していない。強くなったと思っていたのに。皆がいないだけで、こうも弱くなるとは。己の未熟さに自嘲しながら、今着ているグレーのスーツに目線を落とす。
「こんなにも馬鹿な俺は、まだネイビーブルーのスーツは着れそうにないな」
昔、おじさんからネイビーブルーのスーツを俺が警察官になった祝いに貰っていた。おじさんは俺がネイビーブルーのスーツに憧れを抱いていたのを知っていたのだろう。警察学校卒業後、直ぐにテイラーに連れていかれ、仕立てて貰ったのだ。
でも、俺はもったいなくてずっと着れないでいた。適当に自分で購入したグレーのスーツばかり着ていたのだ。おじさんに文句を言われたが、それでも着れなかった。見るだけで満足してしまっていたのだ。どんどんと時が経っていき、ついにはこう考えるようになった。
皆に胸を張れるような警官になったら。
その時はこのネイビーブルーを着ようと。
だから、俺のクローゼットには未だに新品のネイビーブルーのスーツがある。そこだけ時が止まったかのようにいつまでも変わらずにそのスーツが置かれていた。
まだ俺は未熟で、皆に胸を張れるような警官ではない。どれほど頑張っても年を追うごとに遠ざかっていく。どうしてなんだろう。何故なんだろう。昔にヒロと語り合っていた『理想のヒーロー』に、今の自分は程遠かった。白側のはずなのに、黒へと俺は染まっていく。そんな俺にはグレーが丁度いいだろう。そこまで考えて、苦笑いを零した。
(…こんなことを考えるなんて、歳かな。でも、まあ、そろそろ黒の組織との最終決戦だ。センチメンタルになるのも無理はない、か)
今回おじさんの病室へやってきた理由はただ一つ。数日後、黒の組織との全面対決があるからだ。死ぬつもりなんてさらさらないが、万が一がある。その前におじさんの顔を見ようと、俺はこうしてここへやってきた。久しぶりに来た病室は前となんら変わりない。その事実にホッとしながら、でも、残念な気持ちになった。
「ああ、もうこんな時間だ。いってくるよ、おじさん」
俺の勝利を願っていてくれ。
俺はおじさんにそう祈った後、病室から立ち去った。
・
・
・
俺の人生が頭の中で走馬灯として流れ、やがて現在へと至る。意識が戻ると、目の前にはジンがいた。そうだ、今は組織との全面対決中だ。その中で俺はコナン君たちを先に逃して、ジンと戦っていた。だが、ジンに追い詰められ、こうして拳銃を俺の頭へ突きつけられている。その瞬間、ハッとなる。
(どうして、俺は、)
生きることを諦めている?
俺は日本人だ。俺は警官だ。日本を守る警官だ。どうして俺は諦めようとしている? 確かに今の状況は最悪だ。だが、それがどうした。俺の運が悪いのは昔からじゃないか。拳銃をつきつけられたくらいでなんだ。骨が折れたぐらいでどうした。生きることを諦めるな、最後まであがけ。俺はエレーナ先生に教えてもらったはずだ。自分がどうあるべきかを。俺はヒロと約束したはずだ。日本の為に奮闘することを。
俺は公安警察。
人々の平和を守る者。
――――それが、俺、降谷零だ!
目に光が戻る。戦うための活力がムクムクと湧いてくる。尻込みしていた心が動き出す。そう、これは『勇気』というのだろう。恐怖に勝ち、敵と戦う意志。ヒロに教えてもらった勝利の感情。
俺は唸った。獣のような雄叫びを上げる。ガタが来ている身体を無理に動かして立ち上がった。そのまま足を曲げると、ギチギチと足の筋肉が悲鳴をあげる。それを無視して、グンッと前へ飛び出した。目ん玉をカッ開き、歯を尖らせ、ジンの拳銃に向かって一直線に動く。ジンは面食らった顔をしていた。その彼へナイフを振り上げる。
「もらったァアアアアアァアアアアア!」
「バァアアァアアアアアアアボンッッ!」
パアンッ
発砲音。ジンが拳銃を撃った音だ。本来なら俺はこの時、死んでいたのだろう。だが、俺は幸運にもナイフで弾丸を弾き飛ばすことに成功していた。ジンが俺をありえないものを見る目を向けてくる。それに対して俺はニィと笑いながら、再びナイフを振りかざそうとして――
撃たれた。
パアンッパアンッと二発の発砲。自分の腹に衝撃が走ったと思えば、身体が後方へと倒れて行く。そのまま背中からズシャアッと地面へ叩きつけられた。何が起こったのか分からなかったが、これだけは分かる。
身体が、もう、動かない。
(や、ば…い、な、これは、)
ジンは瞳孔を開きながら、尋常じゃないほどに息を荒げていた。彼の左手には、もう一丁拳銃が握られている。なるほど、ジンは二つ拳銃を持っていたのか。俺が襲いかかった瞬間、彼は咄嗟に二丁目を出したに違いない。いつもジンは拳銃を一丁しか所持していないというのに…! クソ、やってしまったな。思い込みというのが一番厄介だということを忘れていた。内心で舌打ちを零すと、ジンはゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「この期に及んで、まだ目が死なねぇ。戦うことをやめねぇ。どういう精神構造しているんだ…?!」
「はは、ざあみろ」
「チッ、まあいい。これでもう本当に動けねぇだろ」
ジンはコツコツと靴を鳴らしつつ、歩いてくる。その音を聞きながら、俺は必死に身体を動かそうとしていた。まだだ。まだ俺には意識がある。身体は既に痛みさえ感じなくなってはいるが、生きることを諦めたくない。動け、動け、動くんだ。
――――その時だった。
突然、目の前にいたジンが崩れ落ちたのだ。
俺の目の前を鮮やかなネイビーブルーが彩る。
「お前、何してやがる」
ぶっきらぼうで、愛想なんかまるでなくて、
「そいつは俺の――――」
口を開けば暴言ばかり。
可愛げなんて一つもなくて、決して良い大人とは言えない。
でも、俺の、
「息子だ」
――――最高にカッコイイ[[rb:父さん > ヒーロー]]だ。
その父が、この場にやって来た。
その瞬間、俺の目尻から涙が零れ落ちる。えも言えない感覚が喉までせり上がってきた。無性に叫びたくなる。唇はわなわなと震え、激しい感情が自分の胸の中で暴れまった。俺は心の中で抑えきれない感情をため息と共に吐き出す。鮮やかなネイビーブルーのスーツを自分の目に焼き付けた。時が止まったかのような感覚に襲われる。
(本当に……この感情にどう名前をつけたらいいのだろう)
せり上がってくる感情に眉をしかめる。だって、同じだったんだ。小学生の俺が連続殺人鬼に捕まったあの時と同じ感情だったんだよ。おじさんに助けられた時の情景が脳内に鮮明に映し出される。唇を噛み締め、荒れ狂う感情を必死に押さえつけようと、俺の前にいるネイビーブルーのスーツの男を眺めた。
その時、何故だか分からないが、不意にあのメガネの少年とおじさんがダブる。
そして、ようやく俺は気がついた。
(ああ、そうか、俺がコナン君を信じた理由は――――)
俺のヒーローにどうしようもなく似ていて、でも、全然似ていなかったからなんだ。コナン君はいつだって正義のために戦っていた。どこまでも真っ直ぐで、カッコよくて、眩しかった。そう、彼はまるで正義の味方。人々を守る勇者。真実だけを追い求め、戦う彼の姿は、俺がかつて夢見た姿と同じだったのである。
(全く、俺もバカだなあ…)
思わず自嘲してしまう。いい大人が少年に憧れるなど恥ずかしすぎる。でも、自分の感情が分からなくても、俺が馬鹿でも、一つだけは理解できた。俺はジンに勝ったのだ。おじさんがこの場に来てくれたおかげで。そこまで考えて、俺は口を開く。
「おじさん」
「零、オメェのその格好なんだよ!馬鹿か!」
「おじさん」
「おら、早く病院へ行くぞ」
「おじさん」
「あ? 何だよ」
「何、病院を抜け出してんだよ、このクソ親父!!」
「はあ?!」
俺の身体はもうボロボロ。だが、その時は何故か人生で一番の大声がでた。おじさんはギョッとした顔でこちらを見る。そして、次の瞬間、目を釣り上げ、言い返してきた。
「お前のためにこっちは頑張ってきたんだぜ?! 確かに医者に止められたし、『今まで寝てたくせに何でアンタそんなに動けるんだ』って言われたけどよ!」
「それが原因だよ馬鹿!! 仮にもおじさんは病み上がりだぞ?! アンタの身に何かあったらどうするつもりだったんだ!! 何で来たんだよ馬鹿!!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんですぅ〜〜ボロボロのレイ君に言われても説得力ないな〜〜??」
「その口調やめてくれ! 鳥肌が立つ! そんなんだからハゲるんだぞ!」
「誰がハゲだクソガキ!!」
「ああ?! 上等だクソ親父!! 」
ギッとお互いに睨み合う。数分ほどそうしていたが、直ぐに喧嘩の決着はついた。俺が全力で咳き込んでしまったからだ。そういえば俺は死にかけだった。これ以上怒鳴り合えば、死んでしまう。こんな馬鹿げたことで死にたくないので、大人しく俺は口を噤んだ。それを見たおじさんはため息を吐く。
「おら、帰るぞ」
「…うん」
そう言って、おじさんは俺を背負った。それと同時におじさんは「クソ重い」と呟く。ちょっとだけイラッとした。殴りたいなと思ったが、自重して、おじさんの背中へ身体を預ける。彼の背中から伝わるじんわりとした熱を感じながら、唇を噛み締めた。
(ほんと、何で来たんだよ、馬鹿)
おじさんが来なくたって、別の誰かが俺を助けてくれたはずだ。今、気がついたのだが、おじさんの他にも仲間達がこちらに来てくれているみたいだ。つまり、おじさんではなくても良かったのである。それなのにもかかわらず、おじさんは愚かにも先に飛び出してしまったらしい。馬鹿だ。おじさんは馬鹿だ。それで公安が務まると思ってんのか。
あの時だって、そうだ。俺を引き取る大人はおじさんでなくても良かった。小学生の俺が殺人魔に捕まった時だって、俺を助ける人間はおじさんじゃなくても良かった。酷いようだが、きっと俺はきっと誰でも良かったのだろう。ああ、そうだ、俺は助けてもらえるなら誰でも良かったんだ。この手を取ってくれるのなら、連れ出してもらえるなら。
(でも、あの時、あの場所で俺を助けたのは、他でもない、おじさんだった)
それだけは覆すことのできない『真実』。誰にも壊すことのできない、絶対的な真実だ。俺は助けてもらえるなら『誰』でも良かったが、その『誰か』がおじさんだったのだ。
(ほんと、散々な目に会う俺は運が悪いな)
だけど、人一倍幸運だ。だって、俺はおじさんやヒロ、皆に出会うことができたのだから。その上、本当に大切なことを色々な人から教わることができた。
エレーナ先生には自分がどうあるべきかを。
ヒロには勇気と、進むべき道を。
そして、おじさんには生きることを教わった。
どれが欠けても、きっと俺は駄目だった。皆がいたから、今の俺があるのだろう。死んでいった仲間達が次々と脳裏に浮かぶ。今までは俺を責めていた幻想達が、今日だけは何故か笑顔だった。
なあ、ヒロ、みんな、俺、戦ったよ。ジンに勝ったんだ。ちょっと死にそうになっているけど、なんとか生きている。だからごめん、まだまだそっちには行けないみたいだ。俺にはやることが沢山あるから。
俺はおじさんの背中で小さく笑った。
・
・
・
end
[newpage]
[chapter:登場人物]
▼おじさん
本名、降谷 匡透(ふるや まさゆき)。
公安警察。キャリア組。降谷零の育て親。
風貌はガラの悪いヤンキー。若干頭がハゲかけており、めちゃくちゃ本人は気にしている。降谷零から誕生日プレゼントに育毛剤をもらったことがある。喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、それとも泣くべきなのか迷う程には動揺した。ハゲは禁句。いいな?
降谷零を引き取った理由はエゴから。しかし、過ごしていくうちに心境の変化が起こる。本人は降谷零にそっけなくしているつもりだが、全然隠せていない。部下にはそれを何度もネタにされている。ちなみに、降谷零が警官になるといった時は飛び上がるくらいに嬉しかった。絶対に誰にも言わないけれど。後、最近言われて嬉しかったのは「息子さん、あなたにそっくりねー」。内心、ドヤ顔をした。でも、それと同時にこんなくそ野郎な男に似て欲しくないとも思っているので凹んだ。複雑なお年頃。
本編でも書かれていたように、かつて婚約者と相棒がいた。婚約者は幼馴染の女性。死因は他殺。おじさんが警察学校に在学中、通り魔に刺されて死亡した。荒れに荒ていた時、相棒にぶん殴られて目を覚ます。婚約者とのツーショット写真と、相棒と撮った警察学校卒業式の写真は、今でも手帳に挟まれている。
▼降谷零
言わずと知れたトリプルフェイス。
公安警察。
おじさんのことは『老後までしっかり見てやる』と思うくらいには大切。年々、介護用品が増えてきている。でも、これをおじさんに見せたら没収されることは分かっているので、全力で隠れながらやっている。これでも俺は公安警察だ(ドヤ顔)
年々、仲間が死んでいくのでかなり精神的にきている。植物人間状態のおじさんに話しかけまくるくらいにはヤバイ状態だった。実は毎日のように仲間から責められる夢を見ており、中々寝ることができなかった。だが、もう悪夢はみることはない。
(※余談にはなりますが、ゼロなどに所属するキャリア組は警察学校ではなく、警察大学に通うものと知りました。でも、原作で降谷零は警察学校に通っているので、コナン世界ではキャリア組も警察学校に通っていると思うことにしています)
[newpage]
[chapter:あとがき]
前作含め、今作も読んでいただき、ありがとうございました! コナンは本当に大好きなので、沢山の思いを詰め込んで書いただけに、読んでもらえて本当に嬉しいです。
この作品を書いた理由は三〜四ほどあります。しかし、長くなってしまうので、その中の二つだけ言いたいと思います。一つは降谷零を養ってみたかったから。もう一つは降谷零が死にそうだったからです。降谷零って作中で大切な人たちを沢山無くしていますよね。最終決戦で、誰かと戦い、力尽きて「みんな、今からそっちにいく…」とか言って死にそうだったので、それを阻止したいが為に書きました。
また、おじさんへのコメントもありがとうございました。おじさんはあまり良いとは言えない性格ですので、受け入れられるか心配でした。そのため、彼へのコメントがあった時は嬉しかったです。
おじさんは決して良い人間ではないし、降谷零の人生にとっては所詮は小さなカケラでしかありません。だからこそ、彼は他の主人公みたいに降谷零の大切な友人を救えなかった。おじさんはただの人間です。小さなカケラです。でも、その小さなカケラが少しだけ降谷零の人生を良い方向に導けたら、嬉しいなと思いながら書きました。
ちなみに、おじさんをこの小説の主人公にしたのは、かっこいいおじさん小説があってもいいんじゃないかと思ったからです。頑張るおじさんはめちゃくちゃカッコいいと思います。そんなおじさんと降谷零の親子愛が見てみたかったんだ…。
後、おじさんのコンセプトは『仲間を失った降谷零を荒れさせまくったら』になります。だから、経歴を降谷と少し似せてみせました。
時間があれば後日談を本にしてみたいですね。書けるか分からないのでハッキリとはいえないのですが。一応、冬コミに当選すれば、もう一つのコナン連載を本にする予定なので…! 余裕があれば…!! 落選すれば、また変わってくるんですが…。
最後にもう一度、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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ショタ降谷を引き取ることになったおっさんの話。ショタ降谷がおっさんの養子になり、虐められながらも様々な経験を経て公安警察になる――そんな感じのおっさんと降谷のハートフルストーリー。今回は降谷視点になります。<br /><br />前回はコメント、ブクマ、評価などありがとうございました! 本当に嬉しかったです。お陰様でヤル気がもりもり湧いて、投稿に至りました。それにより、今回は気合いに気合いを入れすぎて、思ったより長くなってしまいました。初めて二万文字も投稿するので、ドキドキします。<br /><br />楽しんで読んでもらえたのなら幸いです。<br /><br />※<span style="color:#fe3a20;">必ず一ページ目の注意事項をお読みください。</span><br />※表紙はこちらから(<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/60751857">illust/60751857</a></strong>)
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ゼロを虐めてやった【下篇】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10027279#1
| true |
羽由美と次郎ちゃんの勘違いから始まる出逢い。
ご注意
・特殊趣向二次創作作品・設定捏造有
・みんなでわちゃわちゃ。
・両方の設定あり、時期については適当。
・細かい事は置いておきましょう。
・羽由美がいます。
キャラ改悪、ヘイト、disの意図はありませんが、読む方によってはそう受取る方がいらっしゃると思います。
もしそのように受取られた方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。
それでも構わない、という方のみ、お読みください。
作品傾向について問題がある場合は、タグ・コメントよりもメッセージで教えてください。
私の配慮が足りない部分は、メッセージを読ませていただき、作品公開仕様方法変更に役立たせて頂きます。
感想や誤字脱字のご連絡はコメント欄に書いて頂けると嬉しいです。
ポジティブな一言タグの追加はどうぞご自由に。いつもありがとうございます。
[newpage]
[chapter:恋人の誕生日だから。]
という理由で断わることのできる仕事があればいいのになーと現実逃避したい、羽田秀吉は朝から将棋番組出演とインタビューに精を出している。
プロ、というのは自分が勝てばいいものではない。上下関係横、同門師弟、その他、将棋の活性化や幅広い認知を目的にしたつながりがある。
恋人に忙しい理由を職業を隠してしどろもどろに例え話で説明しても「ハァ? だからなんだってのよ?」と返された事が数回ある。彼女自身も上下関係に厳しい職場にいるけれど同意を得られない。しかも、よく分からない言い訳として火に油を注ぐ結果のみ残された。
関係性の話は面倒でややこしくて苦手だ。
顔を立てなければいけなかったり、相手の気持ちを考えたり、勝敗がある仕事だからこそ怨み辛みはあるし、受け流したりすくい上げたり、隠したり。
コミュ力はそこそこ、基本的にマイペース。人からどう思われるかよりも自分はこうありたい優先。普段は髭も剃らないで暮らしていても気にしないし、半纏は機能性の点で最高だと思うから常時着ている。見た目のカッコよさより中身で勝負したい。
厳しくも物理で問題解決を図る母と、決めた事を覆さない兄と、自由気ままな妹を持っているからだろうか、人と違う感性イコール個性だと思う。
心のうちを悟られないようにする仕事をしているせいか、感情表現の豊かな彼女がとてつもなく愛しいと思う。
若い時よりベタベタすることは減ったけれど、怒って笑って楽しむ彼女を見ているだけで心が癒される。
(由美タンの誕生日プレゼント、どれにしようかな?)
本人の口からこれが欲しいのよね、という話はいくつも聞いた。
映画のワンシーンのような、歳の数の薔薇と運転手付のリムジン、冷えたシャンパンで乾杯、というシチュエーションが憧れなのよ~、小さな手作りケーキに一つハッピーバースデーの板チョコ、そのケーキに結婚指輪が入っていて女の子が一口たべて「えっ?」て言うの。最高じゃない? 勿論コッチの希望も知って欲しいけれど、相手が選んだものに価値があるのよね。ちょっとーなにあれ、ジュエリーベアだって。バースデープレゼント用は誕生日石にできるとか、可愛いわねー。やっぱり特別間は大事、けどねー花なんて枯れたらおしまいだし、ケーキも食べたら終わりだし、ジュエリー付ぬいぐるみってうちの犬にかじられて綿がでそう。
全部叶えてあげたいけど統一性は大事だろう。
可愛いものの話をするけれど、基本的に実用品が好きなタイプだし。バックや靴の方が気に入るかもしれない。
女性職員から色々と聞いてみたけれど、結局「好み重視」が結論付けられた。それが一番困る…答のある問題を解くのは得意だし、記憶力もいい。けれど思考的謎解きは難関で答が一つじゃないから厄介だ。
この後大事な予定がありまして…と濁しながら仕事をしていたせいか、予定よりも早く終わった。
これなら待ち合わせの時間よりも早く会えるかもしれないし、ああ、どうせなら彼女と一緒にプレゼントを選んで贈る方がいいんじゃないか? 合理的だし。という夢のない答えをだしてスマホを取り出す。
「あ、由美タン? 今、平気?」
『なーに? あんたまさか、今日も会えないとかじゃないでしょうね?』
「違うよー。逆だよ。仕事が早く終わったから、由美タンがよければ予定より早く会えないかなって」
『へー? でも無理! 予定通り夜でいいわよ、今映画デートだから! んじゃ、夜にねーバイバイ』
「えっ? デート? どういうこと? 由美タン?」
プチン。
「え?」
音声の後ろから車の駆動音と人の話し声が聞こえたから外にいる。
デート? 誰かいた? 誕生日に? 自分以外と?
「……落ち着け。きっと女友達と一緒に遊んでいるんだ…誕生日だし……多分…でも今日は平日だよね? …あれ? いやいや由美タンの仕事に土日はあまり関係……いや関係ある。あれ? 婦警ってどうなっているんだっけ?」
スマホで検索してみても、女性の立場云々が中心に書かれていて該当する物を見つけだし難い。
ここは知り合いに聞いてみようか、と思っても近しい婦警は当の彼女だし、仕事は似ていても国が違う兄に聞いたところで返事はないだろう。
うーん……唸っていると後ろから声をかけられた。
「羽田さんじゃないですか、こんにちは」
「あ、えっと由美さんの…?」
ネコ目の愛嬌のある顔立ちに見覚えがある。由美と一緒にいた…多分後輩の…彼女。
たまたま通りかかったようで、もう一人の婦警が交通違反を取り締まっている。
「三池です。あれ? 先輩は一緒じゃないんですか?」
「由美さんとは夜に会う約束をしていまして…」
夜に会う約束をしたのも、誕生日の日は平日で仕事があると思ったからだ。
でも違うみたいだなぁ、と秀吉は足りない盤上の駒を探すように頭を使う。
「そうなんですか、あれ? でも、先輩、良い男と一緒に映画を見るってメッセージが………Case Closed-の舞台挨拶って昼でしたよね…? 有意義な誕休の使い方だなぁって思って…」
「えっ? Case Closed-? あ、由美さんが見たいって言っていた…映画…ああ、あ、ははは。ええと前に観ようって約束していたんですけど…」
レイトショーなら間に合うかな? と封切りすぐに行って満席で観れなかったなぁ、と秀吉はボヤキ三池は何かを察し、すばやくこの場を離れようとした。
「そ、そうでしたか…。あ、私、仕事に戻りますね。先輩に宜しく言っておいてください…では…」
「すみません、三池さん」
「はい?」
「二、三お伺いしたいことがあるのですが……?」
美形の真顔怖い。
三池はイケメンに興味が薄い。男は見た目じゃない中身だと豪語できる。
太っていようがオタクだろうが真っ直ぐで優しい男がナンバーワンでオンリーワン。
だけど審美眼は人並の為、目の前にいる由美の彼氏がとんでもなく美形ということは理解できるし、美形の「伺いたい」内容が先輩がらみな事も察知している、そして誤魔化せそうにもないことも。
映画館のチケットもぎり出入り口を、少し離れたところでソワソワと眺めているイケメンの名を羽田秀吉という。
一番大きな上映会場の映画が終わり、人が溢れんばかりに流れているが、彼の目的の人物は2人。
一人は宮本由美、婚約者。
もう一人は彼女が評したいい男。
(由美タンを疑っているわけじゃないんだ…! これは確認、そう確認! 確認するだけ!)
何を確認するのか答えは出ないまま人はドバドバと出て行き、その中で一人抜きんでて背の高い男と由美をみつけた。
「じろー! 途中で犯人分かったー?」
「いやぁ、全然わからなかったね。由美ちゃんは分かったかい?」
「まーったく! こういうのチュー吉ならさっさと分かるんだろうけどね」
「へー彼氏さん頭いいんだねぇ」
「彼氏ィ? そんなのいたっけー? 元彼よ」
「またまたー」
(僕の事を話してくれてる…由美タン…! ………ん? 隣の男性は誰かな? 男友達? にしては……ん?)
由美の隣で談笑している男はとびぬけて美形で高身長。とても長い髪をゆるく一つに括っているけれど、手入れが行き届いているせいか不潔と感じない。
秀吉も長身だが遠目から見ても彼はもっと高く秀吉にない筋肉がカットソーのシャツの上から見ても丸わかりだ。
明らかにマッチョ、しかし顔は濃くない。涼しげな目元と細めの輪郭………由美の好みだ。
「あっちのビルにねー着物問屋さんと小物売ってる店がはいってんのよ。じろー着物着るでしょ? 行かない?」
「へぇ、知らなかった! 見に行こうか? 時間は大丈夫かい?」
「ヘーキヘーキ」
「何か気に入ったものがあれば教えて頂戴な。祝品で贈らせてもらうからさ」
「いいの? キャー。じろーだいすきー!」
逞しい腕にぎゅううと抱きつく彼女を見て在りし日の自分が重なる。
(ゆ、由美タン…! ! ! !)
秀吉は物陰に隠れながら2人を半泣きで追った。先ほど観た映画が面白かったようで、2人の会話が弾んでいる。
「あのラストはないわーやばいわー」
「人の怨みっていうのはすごいねぇ」
「謎は全部解けたけど、謎は謎のままで、って台詞通りなのねー」
「一番大きな謎は誰にも解けないってやつかね?」
「エーでも、亀甲貞宗がやった役のクソオトコは知ってたんじゃない? 全部! 幽霊がみえてたのよ! あれだけ気が合わない二人の癖になんでもあけすけに話せばいいってもんじゃない、ってとこだけ同じなのね」
「だから最後の菊の花を一輪、あの子に渡したのかね? 流石由美ちゃん名推理!」
「まぁね! あーでも映画じゃあクソオトコだった亀甲だけど、舞台挨拶の時はめっちゃくちゃいい男よね! あたしああいう可愛い男に弱いのよー。変態はゴメンだけど」
「あっはっははは! 男なんてどいつも変態だからさー諦めな」
「たしかにそーね。チュー吉も変に数字覚える変態だわ」
(由美タン…すごく楽しそう…)
変態と呼ばれた事は聞き流して、秀吉は由美と美形の会話に嫉妬する。
ミステリー系の映画を見ると大体最後は由美の不機嫌で会話が終わる。原因は自分の推理講釈の垂れ流しと由美の少し外れた見解に対する否定。
由美としては、ただあれこれと映画をネタにして話をしたいだけで、そこに正しさなんて求めていない。主観のみでいい、見当違いのことだって会話のスパイスくらいに思っている。
秀吉としては、映画をネタにして話をしたいところまでは同じだけど、正論ありき。正しいものは肯定するし間違っていたら否定する。
それでも由美がたまに秀吉を映画に誘っている時点で、赦されている、ということだけれど、今の秀吉に気づく余裕がない。
着物問屋と小物屋が併用された一角はどちらかというと、小物中心で高いモノからリーズナブルなものまで幅広く扱い、純和風というよりは若い子向きの和風アクセサリーに近い。
「わー可愛い。みてみてこの扇子。金魚模様なんて涼しげでいいわね」
「おや可愛いね。ああでも由美ちゃんなら……どうだいこの簪。トンボ玉に花飾り、なかなかに似合うじゃないか」
「えっ? 簪? あたし使ったことないけど……? こんな棒切れ…どうすんのよ」
「これはねぇ、こーしてこーするんだよ」
するするすると由美の長い髪を巻いて後ろにだんごを作り簪を指す。
「えっ? すごーい! じろー器用!」
「ワンピースにも似合うよ、店員さん。コレお会計してくれるかい? 付けたままで悪いね」
「いいの? 買って貰っちゃって」
「勿論さ、祝日に贈れるなんて幸先がいいね」
簪はそのまま由美の髪に飾られた。とても似合う、すごく似合う。なびく彼女の長い髪も素敵だけれど、結った姿はまた別だ。
彼女の誕生日に色々考えていたけれど、簪。その発想はなかった。すごく似合う、別の男が贈ったものという事実がなければ最高だった。
「じろー? なにみてるの?」
「んんー? 帯留めを見ててね、なかなかいいものがあるじゃないかと」
「そうね……ってこっちの金額すごくない?」
「帯留めは値が張るものが多いからね、由美ちゃんは着物を着ないのかい?」
「着ないわね。動きにくいし……でもチュー吉もたまに着物きてんのよ。じろーと違って漫才芸人かってーの」
「落語家じゃなくて?」
「あ、落語家だったわ」
(落語家じゃないよ由美タン…! でもバレたくないから落語家でもいいよ…)
さめざめと二人を眺めながら秀吉は相手の男を分析した。
背が高く体格がいい。容姿端麗で会話のテンポもよく由美のノリにもついていく。頭の回転も早い。
会話の内容から日頃から着物を着て由美に会っていることが推測できた………帯留め? あれ? 男性着物で帯留め? 有るにはあるが、少数だろう。それに見ていたものは女性用の帯留めだった。
と、いうことは?
彼は別の懇意にしている人がいるということかな? 由美は着物を着ないし、きっと和服を着ている女性と懇意にしているに違いない。
由美タン異性の友達多いし、そうだよね、うん、と納得しつつ2人をつければいつのまにかホテル街だった。
昼間でも商魂たくましいラブホテル、格安昼時間御休憩! 女子会にドウゾというポスターが貼られている建物が多い。
えっ、なんでこんなとこに?
秀吉は焦った、滅茶苦茶焦った。きっと美味しいマフィンだかパンケーキだかある有名喫茶店が近くにあってお茶をしにきただけだと思いたい。無理! この辺一体はいかがわしい店しかない!
歩いている人たちもかきゃぴきゃぴした若者じゃなくて、サラリーマンかチャラチャラした野郎か化粧の濃い女性しかいない。
いやあの、エエー? とオーバーヒートしかけた頭。
由美と色男はバーの横にある小さな店に入って行った。看板も何も出ていない、なんの店だ、どんな店だ。アアアアアア!! と考えるよりも先に行動に出た秀吉は店の引き戸を思いっきりあけた。
「由美タン!!」
いたのは、カウンター席に座っている彼女。突然の音に吃驚したようだが、秀吉と気付いて肩の力を降ろした。
「あれ? チュー吉? なんであんたここにいんの?」
「仕事が早く終わったからって連絡したじゃないか」
「いやでも、なんでここにいんのよ?」
映画館からここまでつけてきました! と正直にいいたくない。男のプライドというものがある。羽田秀吉のプライドは低そうに見えて案外高いのだ。そうでなくても好きな人の前ではかっこつけたい男心と甘えたい男心がいったりきたりしている。
今はカッコつけたい。
「由美タンこそ、なんでこんなとこにいるのさ!」
「ここがいきつけの飲み屋だから」
アンタも座れば? と席を勧められてストンと腰を据える。
それで? さっきの男性は? この店はどんな店なの? 映画が終わってからすぐに会えたじゃないか、とまくし立てる秀吉。
「アンタ、お腹すいてんの? だからそんなにテンション高いの?」
「えっ? いや、昼は食べてないけど…? それとこれは関係ないよ!」
「ふーん…? じろーまだー? なんかーコイツお腹すいてるみたいだから、ご飯だしてあげてー」
ハーイ、もうちょっと待ってねーと奥の部屋から男性の声が聞こえた。
数分後、歌舞伎の女形のような出で立ちの男性が現れた。おろした髪に簪と櫛を刺して赤いリボンで前髪を結っている。雪模様の変形着物と呼ぶのだろうか、ガッシリとした肩から上腕二頭筋まで素肌がみえていて、その下は女性の振袖のように長い。先ほどの体格のよい爽やかな美形から、一転、コスプレ男子だ。けれど堂に入っていて軽さは全く感じられない。
彼がこの格好で街中を歩いていて見惚れる人はいても嗤う人はいないだろう。それくらい神かかった出で立ちだ。
あまりの迫力に秀吉は先ほどの威勢が消えて冷静になる。
男は秀吉の萎縮した態度を気にせず、にっこりと笑った。
「悪いねー! 待たせちゃって!」
「いいえ…こちらこそ……突然すみません…」
冷や汗が出ている秀吉を気にもせず、由美が「じろーコイツお腹すいてんだってーあたしはお酒のみたーい!」といってから、数分で温かいご飯とみそ汁と肉じゃがと緑茶がカウンターに置かれる。由美の前にはビール。取りあえず乾杯とお茶とビールと日本酒の杯が重なって良い音がした。
秀吉はおずおずと味噌汁をすすり、ご飯をかきこみ、肉じゃがを頬張った。食に頓着しないタチだけど、これだけは言える、うまい。
もぎゅもぎゅと食べている横で由美はおかわりビール、イケメンは日本酒を片手に飲んでいる。
「由美ちゃん、アンタの彼氏、イケメンじゃないか」
「うっそーじろーの方がイケメンよー?」
「そうかい、照れるねェ! まーまー今日はいい日だ。由美ちゃんの誕生日を祝えるなんてこんな喜ばしい事はないね」
「この歳になると祝ってもらうなんてあんまないけどねーどこかの誰かさんはプレゼント一つ寄越さないし、祝う気もないみたいだしィ?」
もぎゅっ! !
人参がおかしなとこに入った。
秀吉は咳き込みながら味噌汁を飲み干して「いやあの一緒に選ぼうと思っててね!お誕生日おめでとう由美タン!」「ありがと。無理っていったじゃん。アンタ時間あったんでしょ?」「えっと、あの、時間はあったんだけどね? あったんだけど!」尾行にしていてプレゼントの事をきれいさっぱり忘れていました、とは言えない。「これから買いに行けばいいんじゃないのかい?」とイケメンが助け舟を出してくれたけど「えー? もう今日はここで由美様誕生日を祝う気満々よー! 今更どこか行くのもねー面倒くさいしーじろーレモンサワー頂戴」「はいよー次郎さんの手搾りだよー」とつやつや綺麗なレモンが次郎の片手で汁一滴も残らず絞られた。エッ…? と思う間もなく「彼氏さん、ごはん足りないかい? それともお酒にする?」と聞かれて、秀吉はごはんと味噌汁のお代わりと頼むと、追加で味噌煮込みモツまで出てきた。これも美味い。
「あの……由美さんとはどういう御関係で?」
「御関係? ええと、飲みやの店主とお客さんかな?」
「そうね、ってもじろーは飲み仲間みたいなモンだけど」
飲み仲間。
なるほど、なるほど?
腹も満たされ、余裕ができてから辺りを見渡す。
店内はカウンター席のみ。それも10人入るのがやっと、という狭さ。窓もなければお品書きの類もない。
「ここは随分と……?」
「ああ、夜の間だけ借りてんの。今日は昼の店も休みだから好きにしているけどね」
昼の店は喫茶店らしい。ただし店長が気まぐれな人で開店日も時間も決まっておらず、出すのはコーヒーと軽食のみだとか。
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[chapter:飲み屋次郎ちゃん]
二毛作店というのをご存じだろうか。
昼と夜が別の店、例えば昼間は喫茶店で夜はバー等、使っていない時間帯に店を貸し出すシステム。
売上ゼロの時間帯に僅かながらでも収入を得ることができるし、細かい契約がなく気軽に店を開ける利点がある。
狭い立地を上手く使った店はここ都内に多くある。
その一つ、警視庁から徒歩圏内にあるこぢんまりとした店、小さな看板に「次郎」という文字を高木が訝しげながら見ている隙に、由美が思いっきり引き戸を開けた。
「じろーちゃん! 由美さまのおーなーりー!」
「いらっしゃいー由美ちゃん。おや美和子ちゃん久しぶりだね。新顔のお兄さんは誰だい?」
「美和子の彼氏だけど気にしなくていいから!」
「気にしてくださいよ! 初めまして、高木です」
「あら、両手に華じゃないか。いいねーいよっ色男! なにか好きな酒はあるかい?」
「ええと…ビール…ってあれ? メニュー表…?」
店内はカウンター席のみというとても狭い造りで、手元に箸おきと調味料が並んでいるだけ。
品書きの類は手元を見ても壁を見ても見当たらない。
「ここは次郎さんに食べたいものをいうのよ。次郎さん、私ハイボールと手羽先が食べたいんだけどある?」
「おっと美和子ちゃんタイミングいいねぇ。あるよ手羽先。特性のタレをたーっぷり漬けこんだ次郎ちゃんオススメだよ」
「あたしもそれ食べる! あとビールちょうだい!」
「由美ちゃんがこの前食べたがってたピクルスが丁度いい塩梅だけど食べるかい?」
「ラッキーそれも出して―!」
「そっちの美和子ちゃんの彼氏さんは何か食べたいものはあるかい?」
「ええと……腹が減っていまして……腹にたまるモノってありますかね?」
見た処、飲み屋や小料理屋じゃなくてバーのようなタイプかもしれないと高木は鳴る腹を抑えた。
今日は昼から何も食べていないんですよーと事前に言ってあったけれど、考慮してくれる2人ではなかったようだ。
「おんや、可哀想に。それならー牛丼なんてどうだい? 出来るまでコレと茶でも飲んで誤魔化しておいておくれよ。腹が膨れた後に酒を入れな」
トンと高木の前に置かれた緑茶と茄子と胡瓜ミニトマトの漬物。
トマト? と思いつつ口に入れるとトマトの酸味が味噌の塩味によく効いていて疲れた体に塩分が染みる。
「バーかと思いましたけど、飲み屋なんですね…?」
「あはは、バーも飲み屋も一緒じゃないかい」
「そうよー。次郎ちゃんに言えばカクテルだってなんだって出してくれるわよ」
うそだぁ、だってどうみてもシェイカーを振るように見えな…と高木がいいかけて美和子がカクテルを注文した。うわぁ、シェイカーを振る姿が様になってる。着物なのに。
「由美さん、最近バー通いしているって噂されてましたよ?」
「ええー? 噂ぁ? あ、ここ警官立ち寄り所だっけ?」
「そうだね、他にも色んな方がきてくれてるよ」
「えー。あたしの隠れ家なのにー!」
「ず、随分親しいんですね…? ここでお知り合いになったんですか?」
「違うわよー」
*************
東都は人口密集地帯で交通の便が良い。
そのせいか車を止めるパーキングは足元を狙っているかのような金額設定か大型デパートの買い物客狙いの駐車場。
ちょっとそこまで、という甘い考えをした運転者を取り締まる由美のカメラがフラッシュ。
「あ、ストーップ! ストップ! 今戻ったんでー見逃して下さいよ」
「証明書、渡しますね」
「いやさ、今戻ってきたじゃん? セーフでしょう?」
「アウトですねー」
「一時停止だってば」
軽いノリでゴネる男。まだ若く顔もそこそこ良く外車。
しかも手馴れているところをみると常習犯…。
「そこにコインパーキングあるでしょう?」
「あるけどさ、ちょっと物を取りにいったくらいだからさー」
「物を取りにいったにしては長かったですね」
「知り合いと話し込んじゃってね。話が長いんだよねーソイツ」
「ここ、消火器おいてありますよねー路上禁止エリアです。一発アウト」
「ええー気付かなかったなぁ! 火事が無くてホント良かったなぁ!」
コイツ、本当にふざけてんな。
あたしは仕事大好き婦人警官、と自分に言い聞かせた。こういうタイプはさっさと片付けるに限る。よけいな事を言えばあれやこれやと煙にまかれるのがオチだ。
本当なら胸ぐら掴んで「あんた馬鹿でしょ!」と言ってやりたい。我慢、我慢。
「ねぇねぇ、おねーさん。俺さ点数厳しいんだよね? 見逃してほしいな」
「無理ですね」
「ったくさー融通きかないと嫌われるよ? 俺達の税金で給料もらってんでしょ? 罰則金でボーナスでるわけじゃないんでしょ? ねぇねぇ?」
この手の嫌味はよくあることで由美の持っていたボールペンがミシリと嫌な音を立てた。
税金で給料をもらっている、というけれど、それは働いて得ている収入であり、不正所得をしているわけじゃない。由美自身も納税をしている都民の一人である。なんで交通ルールを守れない馬鹿に説教されなければいけないのか。
ここから数メートル離れた場所にコインパーキングだってある。わざわざスクールゾーン&消化用器具があるところに路上駐車しているだけで悪質としかいいようがない。たかが三百円を払うのが嫌で路上駐車する者など、道端で大便してもいいじゃないと言われるくらい意味が分からない。いいわけがない、指定場所でやれ。緊急事態なら考慮するけれど、そうじゃないなら迷惑極まる大馬鹿だ。
プチンと由美の何かが切れた。
「うっさいわね、アンタなんかに好かれたくもないわよ」
「はぁ? 何言ってんだよ、オバサン!」
「オバサンだぁ? 外車のってイキがってる男が点数惜しさに媚びるしか能がないくせに何言ってんの? 大体この車も改造車っぽいし、車検通ってんの?」
しおらしくしていた婦人警官が突然まくし立ててきた。しかも腰に手を当てて足をハの字に開き、超威圧的態度。眉間に皺をよせた姿に男の薄くてか細いプライドが傷つけられる。
警察官といっても、婦人警官。自分より小さくて細い。たかが女が偉そうに…と頭に血が上った。
このタイプの男は反射的に相手を負かせたい欲求が強い。由美は女だ。男が女に勝てる唯一の武器は力。世の中には自分よりもでかく刃物を持っていようが背負い投げをしたり、蹴りで吹っ飛ばしたり、殴ったりする超アグレッシブな女がいるけれど、幸いな事に彼は知らない。
知らない彼は、夏の砂浜でビキニのネーチャンを引っ掛ける為に汗と努力の結晶のジムで作った自慢の腕を振り上げた。
殴るつもりはない、けれどこの勝気な女が殴られるかもという恐怖におびえた顔が見たかった。誉れ高いクソ野郎である。
「うっせーよ!」
振り上げたクソ野郎の拳はとてつもなく大きな手に掴まえて降ろす事ができなくなった。
ん? と彼は腕をおろそうとしてもビクともしない。
「おやおや、なーにやってんだい。男が女に手を上げるなんて情けない事をしなさんな」
「はあ? 誰だよ、おま………え? でかっ!」
首だけで後ろを振り返ると大男がいた。彼の身長は178㎝、しかし相手の男はそれよりも大きい。
「ほらほら、切符もらってさっさとここから離れな。でかい車がこんなとこにあっちゃあ迷惑極まりないよ」
「いっ、いってぇぇ! おまわり! おい、コイツ捕まえろよ、暴行だぞ!」
お前が殴ろうとしていたんだろ? と周囲にいた野次馬達は男の言葉に失笑した。
「んー? いま書類かいてるからーみてなかったんだけどぉ? 手を掴まれてるだけでしょう? 仲良しね」
「はぁ?」
「そうそう、仲良しさ。ほらほらあっちいった。これに懲りて悪い事はやめとくんだね」
クソ野郎は解放された瞬間に男に殴りかかろうとした。ナメんじゃねーよコノヤロウ、という気持ちを込めて一発くらわせようとしたが、相手の姿を上から下まで見てから脱兎のごとくバンパーに挟まれた青空切符をそのままにして車に乗り込み、逃げた。
190㎝はあるだろう大男。しかも、シャツからみえた腕が自分より二回り太い。作られた肉体とは違い、どうみても実践的な身体。それでいてイケメンとくれば彼の勝てる要素はゼロどころかマイナス。本能的に関わってはいけない相手。
キャンキャンと負け犬が去っていく様子を一部始終みた由美は面白くない。
「ありがとうございます」
「出しゃばった真似してすまなかったねぇ。アンタみたいな可愛いお嬢さんが殴られる姿なんてみたくなかったもんでね」
「別にあんな奴、どーってことないですけど」
一発殴ってくれたら罪を重ねてやることができるし、返り討ちにしても正当性が認められる。ついついウッカリ足が滑って、アララーとんでもないとこを蹴り飛ばしてもOK! なチャンスを潰された憤りの方が強い。
イケメンに守られたキャッ☆よりもあたしの獲物を横取りしやがったなコイツ…なぁーに? 可愛い婦人警官を助けた俺スゴーイ系? ハイハイクソが……と乙女と呼ぶ歳はとっくに過ぎた女は夢を見ない。
「おやまぁ、そりゃあ悪い事をしたねぇ、あはははは」
「プッ……いーえ! 助かったわ!」
由美の態度も気にせず、目の前のイケメンは大笑い。つられて由美も笑う。あ、これ、俺スゴイ系じゃないわ、単にいい人だわ。なんだよ、折角助けてやったのに、という気が全くない。むしろ由美の獲物を掻っ攫って申し訳ないねーと言外に言っている。
*************
「そこで職業とか聞いて、飲み屋やってるっていうから美和子連れて行ったのよ」
「イケメン紹介するっていうから何かと思えば……」
「イケメンでしょ?」
「イケメンですね…」
女形の格好をしていてもイケメンはイケメンである。
「あたしはじろーの素の顔も好きなんだけどね」
「ありがとさん、由美ちゃん生ハムだしてあげるねー」
「いやーん! 愛してるー!」
由美が見た時の彼のTシャツにジーンズという素材がよければ「モテそう」という格好だった。
しかし、二度目に会った時は女形のような姿で一人称が「アタシ」である。由美はとてもとても気に入って、空いた時間があればここに通っている。
「それじゃあ、由美さまの誕生日前祝よ! 乾杯っ」
カンパーイと四つのグラスを高らかに掲げる。
「由美さん明日休みでしたっけ? 彼氏さんに祝ってもらうんですか?」
「はーぁ? まぁー? アイツは仕事でぇー? 由美タン夜はちゃんと空けたからね! 大丈夫だよ、とか言ってたけどぉー? 夜しか会えないのに何が大丈夫なのかわっかんないわー」
「有給取ったっていえば良かったじゃない」
「言う前に言われたの! それにさー有給取ったとかチュー吉にいったら、僕の為に? とか調子にのるでしょ!」
「いや、誕休なんだから自分のため以外ないでしょ…」
「おめでたい脳みそしてんのよチュー吉は! ああもう、どーすんのよ映画のチケット―! ペアなのに一人で見に行けっていうの?」
バックから取り出した二枚のチケットをひらひらと振る。
「別の日にしたらいいんじゃないの?」
「舞台挨拶こみの当日チケットなの! 貰いもんだけど誕生日に一人で映画館とか辛すぎるゥゥゥ!」
「友達といけばいいんじゃないですか?」
「今から平日真昼間から空いてる友達なんていないわよ! しかも誕生日だから一緒にいこ、なんてプレゼントクレクレじゃない」
「アンタ、今日、長曽祢さんに明日誕生日だけどいないからって昼ご飯タカってなかった? ステーキ定食とか一番高いヤツ食べてたでしょ」
「その映画のチケットだって白鳥警部から誕生日だからって強奪したものですよね…?」
つい数日前、白鳥が「小林先生と一緒にいこうと…」と舞台挨拶の映画チケットを見せていた。倍率はアホのように高く、プレミアがついている代物である。
その数時間後、平日有給は取りにくくて…という教師あるあるでお断りされたらしい。ダヨナ、と周囲は哀しみに意気消沈している白鳥を慰めた。恋に浮かれたアホだけど罪はない。
屍と化している白鳥に「あたしーその日、誕生日! すごい偶然! すごい奇跡! しかも有給とってんのよねー」と二十回は言い続けた由美。
白鳥は小林先生と行けないなら、こんなチケットお好きにどうぞ、とタダで由美に渡した。その後に小林先生から「日曜日に映画を見に行きませんか? 舞台挨拶はないけれど、いいですか?」とお誘いメッセージがきていて、浮かれポンチに逆戻り。周囲は舌打ちして、由美だけが「徳をつんだおかげね!」と肩を叩く。
「やっていい相手と悪い相手は選んでるの。お返ししなきゃいけない人はパース! んあー! 明日暇なやつーこの指とーまーれー!」
ぎゅっ、と細くてキレイな指にごつごつした男の指がちょん、と乗った。
「そういうことなら、あたしが付き合うよん」
「えー次郎さん?」
「いいんですか?」
「丁度明日は暇していたしねぇ。由美ちゃんがよけりゃあの話だけどさ」
「やったーじろー! あ、あたし買ったばっかのワンピきてくから、それに合わせてね! カジュアルな格好でよろしく!」
「はいはーい。由美ちゃんに恥をかかせない格好で行くよーん」
「その恰好も好きだけどねー。あたしが見劣りするからだーめ!」
これが秀吉の知りたがっていた出会いと、映画デートの経緯である。
[newpage]
「という具合でねぇ」
「あはは、そうなんですか…いやぁ、僕はてっきり…」
浮気かと、とは由美が酔いつぶれて寝てしまっていても言えない。
クークーと幸せそうに寝ている由美を眺めつつ、次郎から奨められた日本酒に口をつける。
「由美ちゃん、ここに来るといつもアンタの話ばっかりしてたよ。同僚さんがいると憎まれ口ばかり叩くけどさ、可愛いもんだよ」
「いやぁ、僕みたいなのが彼氏で恥ずかしいかもしれませんね」
由美の中で自分は真っ当な定職についていない男だと思われている。
称賛され恥じる事がない職業だけれど、真っ当かどうかと言われたら是とは言い難い。元々は芸事、博打打という流れで現在に至る。
そんなことを思い悩む秀吉に「違う違う―」と次郎は秀吉の杯に酌をした。
「あたしの知り合いにもいるけどねー。自分が好きなヤツをああだこうだいうのは良くても、他人に言われると怒るヤツ。由美ちゃんは悪い言葉をききたくなくて、憎まれ口たたくだけ! アンタのいいとこも悪いトコもちゃんとわかってるよ」
「由美さんは踏み込むところとそうじゃないところの加減が上手で……気遣い上手なんです」
「イイコじゃないか、ちゃんと捕まえておくんだよ!」
「はい!」
この人と喋れば喋る程心が軽くなるなぁ…と秀吉は気分が良い。
色々と悩み、嘆きモヤモヤとした気持ちを抱えたけれど、まさかこんな楽しい時間を過ごせるとは思わなかった。寝てしまった由美には悪いけれど、また今度、どこかで埋め合わせをしよう。
「しっかし悪いねぇ。折角のデートだったんだろうに、こんな飲み屋になっちまってさ」
「そんなことはないですよ、由美さんも僕もとても楽しい時間を過ごしました」
由美が怒る事もなくケラケラと始終笑って秀吉の話を聞いてくれたのは次郎の合いの手あってこそだと思う。
「でも、次郎さんみたいな素敵な方がライバルじゃなくて本当によかった」
「えー? あたしこんな格好してるけど、別に男が好きってワケでもないよー? 女が好きってわけでもないけどねー?」
「えっ!?」
「ただまぁ他人様のものを取る気はないねぇ。ちゃんと捕まえておくんだよ太閤名人?」
「御存知でしたか…」
「アタシの兄貴は将棋が好きでね。なかなかやるもんだって褒めてたからさー」
「お兄さんと指したりするんですか?」
「まぁねぇ、仕事がない時は酒を片手に打つよ。っても大局将棋だけどねぇ」
「大局将棋? えっ? それは相当時間がかかるのでは…?」
縦横36マス、209種類、敵軍自軍合わせて804枚の駒を使う古将棋を大局将棋という。
一般的に「将棋」と呼ばれる本将棋は縦横9マス、8種類、40枚の駒を使う。
つまり、相当時間がかかるというよりも、途方もなく時間がかかるし根気がいる。
「駒が少ないとすぐに終わっちまうだろ? 暇つぶしにもなりゃしないからね」
「なるほど……」
酒の入った秀吉はそういうこともあるのかーとほえほえ頷いている。
「今日が最後の飲み屋じろちゃんだからね、帰って兄貴と将棋でも指すさ」
「今日が最後なんですか? えっ? 由美タン! 由美タン起きてよ!」
揺すっても「ウウーン」としか言わない由美。
「っても次の店も飲み屋だし由美ちゃんに贔屓にしておくれっていっといてくんないかい?」
「次郎さんはいないんですよね?」
「まぁね、あたしの知り合いが来るよーイイヤツだからさ、アンタも顔出しておくれよ」
「残念ですね…折角知り合えたのに…」
「縁があればまた会えるさ」
[newpage]
[chapter:読んで頂いてありがとうございました。]
由美:チュー吉の悪口を言っていいのは自分だけ!
秀吉:次郎と話していてとても楽しい。
次郎:警護ヘルプ要員本丸からの短期出張。お外に出る時は普通のイケメン、お店の時は戦装束です。
美和子:次郎に腕相撲を申し込んだ。負けた。
高木:めっちゃうまいんですけど牛丼。
飯の素材は本丸産です。
公式カプ! 何十年ぶりかな?
由美タン好きです。あっ…ああ(同意)というとこが沢山ある。オヤジギャル。秀吉のすごい、ある意味俺チート系なのに、由美の尻に敷かれている感がすげぇ…好き。
彼女護るためにニーチャン使うとこも好き。警護っていうか、撃退ってカンジがするとこに冷徹さを見た…。
まんばちゃんを修行に出しました。いってらいってら~。クソ審神者なのでネタバレみた。おてまみはみてない。ヒョエ…。
始めた当初にまんばちゃん近侍にしていて、ボイスで「なぜ私はこの子にネガキャンされているのだろうか…」と遠い目になったこと数知れず。そんな子が、大きくなって帰ってくるんだね…多分。楽しみ!今は江戸城遠足。
仕様が変わった刀剣乱舞、日課の楽さに震える。いままでブラックだったの?と思う程度にパパパパン。
現実でも梅干しむしゃあしてゲームでも梅干しむしゃむしゃさせてる。ほんにクソ審神者ルート選択ヘタクソ…。
やっとこさ景光君をゲットできました。みればみるほど「スコッチの子かな…?」という程度に似てる。
クソ審神者、貰ったお薬を用法守って飲んでたら痛みが消えて「治った」とウキウキしたら「それごまかしだからね」といい笑顔で言われた。夢をみさせておくれ。
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羽由美と次郎ちゃんの勘違いから始まる出逢い。<br /><br /><span style="color:#bf2d96;"><strong>ご注意</strong><br />・特殊趣向二次創作作品・設定捏造有<br />・みんなでわちゃわちゃ。<br />・両方の設定あり、時期については適当。<br />・細かい事は置いておきましょう。<br />・羽由美がいます。</span><br /><br /><span style="color:#bf2d96;">キャラ改悪、ヘイト、disの意図はありませんが、読む方によってはそう受取る方がいらっしゃると思います。<br />もしそのように受取られた方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。<br />それでも構わない、という方のみ、お読みください。</span><br />作品傾向について問題がある場合は、タグ・コメントよりもメッセージで教えてください。<br />私の配慮が足りない部分は、メッセージを読ませていただき、作品公開仕様方法変更に役立たせて頂きます。<br />感想や誤字脱字のご連絡はコメント欄に書いて頂けると嬉しいです。<br />ポジティブな一言タグの追加はどうぞご自由に。いつもありがとうございます。<br /><br /><span style="color:#f97ff8;">前作、ブクマやイイネやコメントやスタンプありがとうございました。どじょう掬いまんじゅう。への熱いコメントがとても楽しかったです。<br /> 体調の労わりのお言葉に涙がほろり。ありがとうございます…!はよ治す!<br /> また暑い日々が戻ってきて、フエエーンですが、皆様もお体を大事にしてください。梅干し食べましょう…!<br /></span><br />《小説表紙》小説表紙用素材 28 | このはな様 [pixiv] illust/68954510 表紙はこちらからお借りしました。
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【クロスオーバー】羽由美と飲み屋次郎【コナン&刀剣乱舞】11
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10027336#1
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窓の向こう側に蜃気楼が立ちそうなほどの七月、期末テストを無事に乗り越えた私たちは、一ヶ月間の夏休みに入った。
同学年の生徒たちは部活動でも主力となりつつある時期で、夏休み中も部活に精を出す子たちが多い。夏休みの間、文化祭の準備の為に教室へとやって来る生徒はほんの一握りで、私はそのことに密かに安堵していた。
毎日毎日、欠かさず登校して演技練習をしているのは、私と降谷くんと景光くんくらいだった。魔法使い役の景光くんは台詞が少ないので、もっぱら私と降谷くんの練習を見てはあれこれと助言してくれている。一生懸命メモしている私が面白いのか、降谷くんはたまにシャーペンで落書きをして来るので、油断も隙もあったものではなかった。
降谷くんと景光くんの前で号泣してからというもの、妙に気持ちがすっきりしてしまった私は、少しずつではあるけれど台詞を滑らかに読めるようになっていった。現代文の音読はまだ苦手だけど、古文や漢文と地続きの文章なのだと思えばなんとかなりそうな気がしたのだ。
筋力トレーニングも、降谷くんと景光くんの協力を得て、なんとか毎日続けている。最近は猫背が改善されたのか、降谷くんにも姿勢を誉められるので、頑張った甲斐があったというものだ。その分視線の位置が高くなり、見渡せる範囲が増えたから、なんとなく恐い気持ちはあるけれども。
――そんな風に一歩ずつ、なんとか歩みを進めていって七月の終わりに差し掛かった頃、私は役決め以来の危機に見舞われていた。
「それじゃあ、とりあえず脱いでくれる? あ、ちゃんと暗幕もカーテンも引いてあるから」
「は、はい……」
明るい声で言われて、私は視線を右往左往させながら蚊の鳴くような声で答えた。暗幕の向こう側では景光くんの心配する声が聞こえるけれど、女の子はそんなもの意に介した様子がない。むしろ、作業を早く進めろなんて叱咤している。
八月を間近に控えたこの日、教室では役者たちの採寸が行われていた。衣装を借りるにしろ作るにしろ、ある程度のサイズが分からなければ選びようがないからだ。
王子とシンデレラの衣装は、クラスメイトの女の子が一から作ると決めたようだった。降谷くんの話によると、彼女は服飾系の専門学校を目指しており、普段からデザインや衣装作りに慣れているという。今回の件は彼女にとって渡りに船で、私と降谷くんは特に細かくサイズを測られることになっていた。来年の受験に向けて、良い練習台というわけだ。
王子役の降谷くんは、朝のうちに採寸を済ませ、今は大道具作りの準備の為に席を外している。なんでも大量の段ボールと模造紙が必要で、数少ない出席者たちで手分けして材料集めに奔走しているとのことだ。景光くんは方々に散った人たちの中継役で、足りない材料や保管場所の手配をしているらしかった。降谷くんと景光くん伝手に聞いた話なので、ほとんどが伝聞系である。
(蛍光灯の明かり、端っこだと届きにくいんだな……)
教室の三分の一を暗幕で区切ると、それだけで全体がどこか薄暗く陰気に見えた。ベージュのカーテン越しに差す陽光がなければ、お化け屋敷にもなりそうな雰囲気だ。
女の子に言われるまま、夏服のブラウスを脱いでキャミソールになった私は、次いでゆっくりとスカートのホックを外した。今日が採寸日であることは予め聞いていたので、下にはスパッツを履いている。傍目に見たらかなり間抜けな格好だろう。
「じゃあ、まず両手を広げて真っ直ぐ立って。男子向こうにいるし、数字はメモするだけで言わないから」
「口滑らせてくれないかなー!」
「おだまりっ!」
大き過ぎる独り言にぴしゃりと言い放って暗幕の向こうの景光くんを黙らせると、女の子は私に向き直り、にっこりと目を細めて笑った。きりりとした眉に大きな目が印象的な、とても快活そうな少女だった。
言われた通り、両手を真横に伸ばしてアルファベットのTを描くと、女の子は素早い動作で私の胴に手を回した。採寸用の柔らかいメジャーで脇の下、胸のトップス、アンダーを測り、次いでウェストにヒップ、トルソーの長さ、へそと鎖骨までの距離など、あらゆる部位の長さを測る。あんまり多かったから、もしかして鼻の採寸までされてしまうのでは、とドキドキした。魔法のメジャーではないから、そんなことはないと分かっているのだけれど、ちょっとだけ夢想することは自由だ。
太腿から膝、膝下、両太腿の周囲に、果ては足のサイズまで事細かに測られた。降谷くんもこんなに隅々まで測られてしまったんだろうか。正直自分自身の体を数値化して見た経験なんてなかったから、今とても恥ずかしい。
何より、クラスメイトの女の子とまともに顔を合わせて話すのも初めてのことだった。体育の授業でペアを組まされる時が一番苦痛なのだけど、目の前の女の子は比較的、私と組むことが多い方だ。小柄な彼女と比べるとかなりの身長差があるので、体操の時困ったのを覚えている。
無駄なくそつなく、最速で作業を進める彼女は、採寸表に猛然とメモを取りながら低く嘆息した。呆れたり嘆いたりというよりは、どちらかというと感嘆の溜息だった。
「なんとなーくは感じてたんだけど、やっぱり数値にして見るとサリーすごいね」
「え……な、何が……」
「スタイルやばいってこと! 股下なが! 胴みじか! 最近運動してる? お尻とかめっちゃ綺麗……」
「ひえっ、わ」
「セクハラは駄目だぞ~ゼロに叱られるぞ~」
「はあい」
私の背中から腰にかけてのラインを指先で撫でた女の子は、ぺろりと舌を出していたずらっぽく笑った。それだけで許されることを知っている笑みだった。
「ドレスはどんなのがいいかな。背が高いとマーメイドラインとかスレンダーラインがお勧めなんだけど、それじゃあダンスが大変だもんね。靴もヒールだろうし」
「体のラインが出るのは、ちょっと……」
「――あれ、サリーもしかしてドレスとか結構詳しいタイプ?」
ドレスの種類なんて大して分からないだろうと思いつつ話していたのだろう、女の子はとても嬉しそうな顔になった。目を細めると目尻が上がって、猫みたいな表情になる。唇から覗いた八重歯がとても可愛らしかった。
私はといえば、彼女と視線を合わせる努力をしてはみたけれど、やっぱりまだ難しかった。人の目を見ることはとても怖い。降谷くんと景光くんの目は優しくて好きなのだけど、それ以外の人となると上手くいかなかった。あとはもう、きっと慣れの話なのだろう。
私は制服のブラウスに袖を通してボタンを留めつつ、囁くように答えた。長い前髪と分厚い眼鏡の隙間から、目の端に彼女の明るい髪色を捉える。日に焼けたのか、煉瓦のように赤茶けた色だった。
「ドレスとか……見るのは好きで……というかそれ、ウェディングドレスの種類じゃないでしょうか……?」
「やだもータメ語でいいよ! 同じクラスなのに敬語とか変じゃん!」
「は……う、うん」
女の子は満足げに頷き、採寸のメモを手帳に挟んで鞄にしまった。一応個人情報なので、その辺に放置しないよう管理するみたいだ。不埒者の景光くんがうっかり覗く可能性も考えたのかもしれない。
「サリーの言う通り、今言ったのは主にウェディングドレスのラインだよ。今回はウェディングドレスを元にしたものにしようかなって。あ、もちろんダンスしやすいように足元は少し浮かせたり改良するから!」
「そ、そうなんだ……」
「布代は降谷くんが生徒会から予算もぎ取って来たからどうにかなりそうだよー。まあその分大道具が大変なんだけど、そこも計算してたみたいだし、なんとかなるでしょう」
降谷くん、私の台本読みに付き合ってくれながらそんなことまでしていたのか。凄い人だ、文化祭実行委員でもないのに。
「降谷くんて、すごいんだね」
感心して言うと、女の子は訝しげに眉を上げた。まるで地球は平面だと言われたみたいな顔だった。
「そりゃあそうだよ。なにせ不動の学年トップ、100メートル走と200メートル走のタイムも陸上部とほぼタイ、柔道の授業では初心者ながらめきめき腕を上げて柔道部から本気の勧誘を受けてるし、おまけにあの顔面」
「が、がんめん」
「そう! 神様理不尽過ぎない? 二物や三物どころじゃないじゃん。あれで性格も面倒見もいいんだから、少なくともうちの学校じゃ誰も勝てないよ。男子もみんなそう言ってるし、学年一番のモテ王って感じ」
「そ、そっか」
マシンガンのごとく繰り出される言葉に辟易しながら頷いて、ぼんやりと降谷くんの顔を思い浮かべた。神様が完璧な人間を作り出そうとしたのかと邪推してしまうくらい整った顔立ちだ。授業中、物憂げに目を伏せて教科書のページをめくっている横顔など、そのまま額縁にはめて美術館に飾れるくらいだと思う。
それでも私は、何故だか、そんな横顔よりも景光くんと肩を叩き合って笑っている時の顔の方が好きだった。あんな風にあけすけに笑う降谷くんを見るのは初めてで、物珍しかったのもある。
口を開けて笑っている時の降谷くんは、普段の落ち着いた様子がなりを潜め、童顔も相まって少しあどけなく見えた。ああいう子供っぽい顔も出来るのだと、初めて見た時はびっくりしてしまった。
(降谷くんって、笑うとちょっと可愛い感じになるんだよね)
景光くんにコンビニのソフトクリームを押し付けられて、鼻の頭を白くしていた降谷くんを思い出す。さすがに怒っていたけど、でも、楽しそうだった。景光くんも教室で大口を開けて笑うタイプではないから、二人揃うと余計に心にしみる気がした。
私がぼんやりと記憶を思い返している間、女の子は鞄からノートを取り出して、早速デザインを始めていた。迷いなく引かれて行く線は脚の長い女性の形を作り、その上に重ねるようにしてドレスのラインが描かれる。隣には刺繍やビーズの種類なのか、見知らぬカタカナが次々と書き込まれて行った。
あまりに躊躇いがないので、降谷くんの言うことはきっと真実なのたと分かった。彼女はもう自分の未来を見据えているのだ。
「すごいね。二年生なのに、もう進路のこと考えてて……」
思わず呟くと、彼女は勢いよく顔を上げた。大きな目をこれでもかというくらい見開いて、その後照れた風に歯を見せて笑う。
「私ね、ほんとはモデルになりたかったの」
「モデル……って、パリコレとかの?」
「そこまで行けるかは分からないけど、とりあえず国内の雑誌のファッションモデル。でも身長的に厳しくて」
彼女は手のひらを頭の上に置き、水平に動かした。私と比べて随分小柄で、女の子らしい身長だった。最近は小柄なモデルもいるが、確かに160センチは越えているモデルの方が多いかもしれない。
「モデルは無理かーって思った時、じゃあモデルに関わる職業に就こうと思ったのね。イベント運営とか雑誌編集とかショップ店員も考えたんだけど、服が好きだから、デザイナーもいいなって」
「デザイナー……」
「私の作った服を着て、綺麗なモデルがランウェイを歩いてくれるの。想像するだけで、すごく素敵じゃない?」
目を輝かせて言う女の子を見、私は小さく頷いた。彼女の言う通り、自分の考えたデザインの服を着て堂々と歩いてくれるモデルがいたら、それはとても嬉しいことだろう。
「サリーには、何か夢とかないの?」
「え……」
スカートのファスナーを上げながら、ふと考えた。そう言われれば、夢とかそういうのってあまり考えたことがなかった。毎日を目立たないように過ごすのに精一杯で、他のことに目を向ける余裕がなかったのだ。
(夢……)
私の好きなことって、なんだろう。運動はからっきしだし、勉強も中学校ではかなり出来る方だったけれど、この高校内ではせいぜい真ん中くらいだ。
世の中には降谷くんや景光くんみたいな、逆立ちしたって勝てない人たちがたくさんいる。その人たちと比べて、私はいかにも平々凡々な人間だった。出来ることもやりたいこともろくに見つからず、ただやりたくないことだけはたくさんある。人前に立つとか、人と目を合わせるとか、たくさんの人と話すとか。誰かと接することが苦手で、人を避けることしか考えられなかった。
(でも、今はどうだろう……)
降谷くんと景光くんと話すようになって、少しずつ、周りの人にも目を向けられるようになって来た気がする。それはほんの些細な変化だけれど、それでも、私にとっては大切な一歩だった。幼馴染と家族しかいなかった私の世界に、もう二人分椅子が増えたのだ。それはきっと、とても大切で重要なことだと思う。
物思いにふける私を見、女の子は顔の前で手を振って笑った。デザイン用のノートはもう鞄にしまっている。とても素早い。
「ごめん、悩ませちゃったね。気にしないで」
「ううん、こちらこそ、ありがとう。そういうこと、あまり考えたことがなかったから……」
「そっかー。まあそりゃそうだよね。私らの年でそんな色々決めてる人って、多くはないよね。――あ、そうだ」
女の子は鞄の中身を整理しつつ、わざと話題を変えた。人と話すのが苦手な私でも分かるくらいには、唐突な言葉だった。
「サリーってさ、目が悪いの?」
「……え」
「いつも眼鏡だからさ。前髪すっごく長いし、なんか理由があるのかなーって」
「……えっと……」
「あ、言いたくないなら全然大丈夫だから!」
ふるふると首を横へ振りながら、女の子は眉尻を下げた。ただ、と言葉を続ける。
「ただ、劇の前にはコンタクト作って前髪切った方がいいかも。予算は、多分ちょっとなら出るはずだから。ていうか降谷くんが口八丁でもぎ取ると思う」
自分の言ったことに頷いて笑っている女の子に、私は何も答えられなかった。ただ、鼻先にかかる前髪を指でいじって、目を伏せるだけだった。
昼休み、お弁当を持って第二社会科準備室に入った私は、ある決意を持っていた。
(降谷くんたちが来る前に、済ませなければ……)
社会科の先生に頼んで分けて貰った古い新聞紙を床に敷き、その上に椅子を載せる。大きく広げた新聞紙一枚の中心に円形の穴を開けて、そこに自分の首を通した。いわゆるポンチョの形である。サイドは留めずに開けているので、両手が自由な状態だった。
眼鏡を机に置いて、ペンケースからコンパクトに折り畳まれたハサミを取り出す。最近の文房具ってすごいなあ、なんて思って買ったハサミがまさかこんなところで役立つなんて思わなかった。
ぐ、と下唇を噛んで、顎を引く。右手の指で前髪を摘まみ、左手にハサミを構えた。視力が悪いわけではないので、眼鏡がなくても視界が良好なのが救いだった。
一度、二度。深く息を吸って、吐き出す。そうした後、ハサミの刃を前髪に当てた。
私が左手の指に力を込めようとするのと同時に、扉が開かれる。
シャキン、と小気味よい音が狭い部屋に響いた。
「……は?」
「えっ」
はらはら、目の前に落ちて来る髪の向こう側に見えたのは、これでもかというくらい目を見開いた降谷くんだった。片手にはビニール袋を提げていたので、誰かに自転車を借りてコンビニまで行っていたことが分かる。教室でなく、わざわざこんなところまで来て一緒に昼ご飯を食べてくれるから、優しい人だ。
そんな降谷くんは、ほんの数秒固まった後、眉を吊り上げた。ビニール袋を放り捨てて大股に私へと歩み寄り、左手のハサミを取り上げる。この間僅か一秒、まさに一瞬の出来事だった。
「――君は、何をしているんだ」
文字通り、地を這うような声だった。ひっと悲鳴を上げたのも束の間、被っていた新聞紙ポンチョも破り取られてしまう。首の後ろに引っ掛かってちょっと痛い。
「教室で待っていると思ったのにいないし、なんとなく嫌な予感がして来てみれば」
「あ、あの」
「一体何をしているんだ。早まるようなことがあったのか。誰かに、何か言われたのか?」
「いや、ちがくて……」
「ゼロ、その辺にしてやってくれ」
鼻先に迫った降谷くんの顔に全力で首を仰け反らせていると、廊下の方から男の子の声が聞こえた。ハスキーで耳に心地よい声はここ最近聞き慣れたものだ。
視線だけを向ければ、扉のところには景光くんが立っていた。降谷くんが投げ捨てたビニール袋を拾って机に置いた後、降谷くんの額に手のひらを当てる。目隠しをするみたいな動きだった。
「……ヒロ、どういうことだ」
「いやまさか、彼女がこんな大胆なことをするとは俺も思わなかった」
「あと五秒待ってやる」
「分かった、分かったから」
慌てた景光くんは、私から降谷くんを引き離して身振り手振りを交えながら事情を説明してくれた。景光くんもあの教室にいたので、暗幕越しに私と女の子の会話を聞いていたのだ。
ことのあらましを聞き終えた降谷くんは、けれど機嫌を直すことなく、むしろ更に急降下させた様子で私を睨み据えた。澄んだ青色の瞳には純粋な怒りが燃えていて、そのことに怯えてしまう。なんで降谷くんがこんな怖い顔をするのか、理解出来ない。私は一体何をしでかしたというのだろう。
「……じゃあ君は、クラスメイトの言葉を気にしてこんな暴挙に出たと」
「暴挙、って……ただ、前髪を切ろうと……」
「まさか鏡もない場所で切ろうとするなんて誰も思わないだろう。しかもずぶの素人が」
降谷くんの言葉が心臓に突き刺さった。確かに、言わんとすることはもっともである。
(鏡……)
頭から完全にはじき出されていた存在に気付かされて、ぱちぱちと目を瞬かせた。鏡なんて、ここ最近どころか久しく見た記憶がないから、すっかり忘れていた。
「そっか……鏡、必要かあ……」
「――君は馬鹿なのか?」
「ゼロ、口が悪い」
「ヒロは黙っててくれ」
「……はーい」
景光くんは両手を挙げて降参の体勢を取った。そんな、諦めないで欲しい。もう少しだけ頑張って。
「……扉を開けたら、ハサミを自分自身に向けた君がいて、僕がどんな気持ちになったと思う」
「……ごめんなさい……」
「頼むから、肝を冷やすようなことをしないでくれ……」
掠れた声で言われて、私はようやっと思い至った。
(もしかして、死のうとしたと思われている……)
そんなまさか、と思ったけれど、多分間違いではないだろう。降谷くんは心底安堵した様子で胸を撫で下ろしているし、その隣の景光くんは苦笑している。二人とも、私のことを心から心配してくれたのだ。
「……本当に、ごめんなさい」
「――誠意が足りない」
「え、ええ……?」
誠意が足りないとは、どういうことだろう。
青い瞳に見つめられると、何を話したらいいのか分からなくなってしまう。言いたいことはもっとたくさん、探せばあるはずなのに、言葉は喉奥で絡まって出て来なかった。
降谷くんは私の手を取って椅子から立たせると、そのまま壁際まで歩かせる。本棚にぴったり背中を付けて見ていたら、彼は床に敷いた新聞紙を髪の毛もろともくしゃくしゃに丸めて小さなゴミ箱に詰め込んでいた。あっという間の出来事だった。
振り返った降谷くんは、さも企みがありますと言わんばかりの笑みを浮かべていた。およそ教室では見られない、少し意地悪な笑みだ。
「君にはお詫びに、少し付き合って貰いたい」
「え……ど、どこに……?」
校舎の外周ランニングとか、筋力トレーニングとかだったらどうしよう。自分に課された分だけでもへろへろのふにゃふにゃになってしまうのに、降谷くんに付き合わされたら私なんてぺしゃんこになるに違いない。
心中穏やかではない私に対し、降谷くんはとても楽しそうだった。景光くんがゴミ箱の中身を更に圧縮しているのを尻目に、私の鞄を回収して準備室の入口に立つ。人質ならぬ、モノ質だ。
「行けば分かるよ」
「変なところじゃない……?」
「どんなところを想像しているかは分からないけれど、少なくとも今の君が一番行くべき場所だろうな」
ゴミ箱の中身をなんとか詰め込み終えた景光くんは、降谷くんの言葉の意味を既に理解しているのか、ちょっとばかり呆れた顔で苦笑した。その後携帯電話を取り出して何か打ち込んでいる。誰かに連絡しているみたいだ。
バイブ音が響いて、景光くんが口端を持ち上げる。それで、彼にとって望ましい返信が来たことが分かった。
「ゼロ、いいってよ」
「よし」
「な、なにがよしなの」
まるっきり何も分かっていない私は、怯えた目で二人を見上げた。降谷くんも景光くんも、私より背が高い数少ない男子である。
二人はまったく違う顔立ちなのに、不思議と笑い方だけはよく似ていた。厭味なくらいに綺麗な笑顔、少し冷たい笑顔、今みたいに悪戯っこじみた笑顔。これも、一緒に過ごして来た時間の為せる業だろうか。
「――美容室に行こう。大丈夫、僕たちの知り合いの店だ」
[newpage]
「うわあ~また派手にやったねえ」
鏡越しに見えたその人の顔は、当初苦笑混じりだったけれど途中から段々本気の笑い顔になっていった。多分、私の状況がよほど面白かったのだろう。私自身も数年ぶりにまともに見た自分の姿がこんな状態だなんて思わなかったので、今は穴があったら埋まりたいなあと思っている。降谷くんたちは私のこの惨状を見たから、一も二もなくここへ連れて来ようとしてくれたのだろう。
学校から徒歩十分、真夏の陽射しの下をじりじりと焦がされながらやって来たその店は、こぢんまりとした個人経営の美容室だった。喫茶店を思わせる木製の扉を抜けると可愛らしいベルが鳴り、狭い店内全体によく響く。席は三席のみ、一段高く作られた奥にはシャンプー台が一席設けられていた。
入ってすぐ左手側にはカウンターがあり、右手側は客の待機スペースになっていた。濃いブラウンの木製ローテーブルにはジャムの瓶に差した花が飾られ、籐の籠には個包装のキャンディが盛り付けられている。全体的に、カントリー調の可愛らしい店だった。
店先に出て来たのは、ひょろりとした男性だった。薄いティーシャツに細身のジーンズというラフな格好だったけれど、スタイルが良いのかよく似合っている。恐らく染めていないだろう黒髪は短く切って、前髪もほとんどないくらいだった。まるでスポーツ少年だ。
その人は私と降谷くんたちを見るなり、得心顔で頷いた。君らは一時間どっか行ってなさい、なんて言って飴をいくつか持たせて放り出してしまったので、店内にはその人と私の二人だけである。
正直に言って、緊張し過ぎてお腹の中身がひっくり返りそうだった。美容室なんてもう何年もまともに来ていないどころか、多分初めてだ。髪を切って貰うのは幼い頃から通っている床屋さんくらいだったし、それも適当に切り揃える程度なので十五分で終わってしまう。こんな風にファッション雑誌を並べられるのだって、初めての経験だった。
「あ、あの……」
「ああ、御代は気にしないで。あいつらから話は聞いてるし、この状況はちょっと美容師として見過ごせないから」
「は……すみません……」
「謝らないで。それにしても、こーんな大人しそうな女の子がなんでまた大胆なことを」
カットクロスを被せながら、その人は謡うように言う。あんまり軽い口調だったので、既に自分の行いに恥じ入っていた私は蚊が鳴くよりも小さく答えた。
「文化祭の劇で、役を貰ったんですけど……私、人と目を合わせるのが苦手で……。本番前には前髪切って眼鏡も取った方がいいと言われたので……」
「気持ちが強いうちにやっちゃった方がいいと」
「はい……」
「あっはは、豪胆だ。そういうの、僕はすごく好きだよ」
声を上げて笑った美容師は、カットクロスの位置を整えると、私の髪を束にして少量ずつヘアクリップで留め始めた。自分の髪が赤や青のクリップで彩られていく姿は珍しく、鏡に見入ってしまう。
「君は、変わりたいと思ったんだろう。それはとてもいいことだと思うよ。少なくとも君にとってはね」
「そ、そうでしょうか……。降谷くんをすごくびっくりさせてしまったんですが……」
「あの子は極端だからね。それがいいところでもあり、悪いところでもある。振りきれちゃうともう見境がないから」
しゃきん。つい先ほど自分の目元近くで聞いた音が、今度は首の後ろから聞こえた。私が持ったハサミよりもずっと切れ味が良く、性能の良いハサミである。私が切った時より音が柔らかい。
髪の毛の後ろの方が軽くなっていくのを感じながら、私は鏡越しに美容師を見やった。丁寧に話はしてくれるけれど、鏡越しですら私と目を合わせようとはしない、少し不思議な美容師だ。
(降谷くんたちから、何か聞いたんだろうか)
だとしたら、私にとってはありがたいことだった。突然連れて来られた美容室で、この上よく知らない美容師と和気藹々と話せるなんてとても思えない。カチコチに固まってしまうのが目に見えている。
「あ、あの……」
「うん? 何かな?」
「美容師さんは、降谷くんや景光くんと、どういったお知り合いなんですか」
「ああ」
髪を切る手を止めないまま、彼は穏やかな口調で続けた。物腰が丁寧で柔らかく、どこかテレビで見る美容師たちとは印象が違った。もっと明るく騒がしい人を想像していたのだけど。
「僕は去年、ここに美容室を開いたんだけど、お客さんがあまり来なくてね。そんな時、降谷くんたちを見て、ぜひカットモデルをやって欲しいと頼み込んだんだ」
「カットモデル……」
「そう。彼をチラシに載せたら、かなり映えると思わない?」
カットモデルとして雑誌だかチラシだかに載っている降谷くんは、なんとなく想像しやすかった。元々の顔が整い過ぎているので、失礼ながらよほどひどい髪型でもなければなんでも似合いそうだ。
そう思った私に気が付いたのか、美容師は更に続けた。今度は耳の裏の髪を切って、首元には小さ目のバリカンを当てている。先ほどからうなじがスースーするなあと思っていたので、もしかして随分切られているようだ。そういえばどんな髪型にするか、全く相談しなかったけど、大丈夫だろうか。前髪を整えるだけだと思っていたので居心地が悪い。
視線を泳がせる私に気付き、美容師は朗らかな口調で言った。その間も、しゃきん、しゃきんと髪を切る音がする。足元やカットクロスには切り落とされた毛束が積もっていた。
「大丈夫、悪いようにはしないよ。最初は見慣れないかもしれないけれど、必ず君に似合う髪型にしてあげる」
「あ、ありがとうございます……」
怖くて鏡の中の自分を見る気にならないのは言わないでおこう。美容師に失礼だ。
手持ち無沙汰になった私は、鏡台に置かれた雑誌へと視線を落とした。つい先週発売したばかりの女性向け雑誌が何冊か置かれている。比較的おとなしい印象の、女子大生をターゲットにした雑誌だ。
(これ、まだ見てない)
興味を惹かれて一冊手に取ると、その間美容師は手を止めてくれた。もぞもぞ身動きされたら、カットにも影響があるのだろう。私が雑誌を開いて収まり良い体勢になったことを確認した後、また頭のてっぺんあたりの髪の毛を切り始めた。
「明るい服よりは少し落ち着いたシンプルな服が好きだと思ったんだけど、合ってる?」
「あ、はい……」
「良かった。どの系統の服が好きとかある?」
「……こういうのとか、でしょうか」
私は写真のモデルを指差した。白の半袖カットソーに細身のジーンズを合わせて、耳には少し大きめのイヤリング、手には金のブレスレットをはめている。ボーイッシュな服装に対して足元は黒のハイヒールで、覗いた靴底は鮮やかな赤色だった。有名ブランドの中でも特に印象的で、名が知れた靴だ。
「なるほど、クリス・ヴィンヤードは好みじゃない?」
「クリスも大好きです! ……けど、あの、すごくセクシーなので……」
言われて、思わず反射で答えてしまった。自分でもこんなに大きな声が出るのかと驚いて、口を噤む。降谷くんに教わった筋力トレーニングが実を結んでいるのかもしれない。
一枚めくったページは、海外で有名な女優、クリス・ヴィンヤードが特集されていた。女優としての力量も然ることながら、その美貌とスタイルでモデルとしても活躍しており、あらゆるブランドから声を掛けられているという。
雑誌の中のクリスは、深い赤色のドレスを着ていた。胸元も背中も大きく開き、体のラインに沿った大胆なドレスだ。膝下から裾が大きく広がって、そのシルエットはさながら人魚を思わせた。
「確かに、彼女はとても素敵だ」
まるで間近で見て来たかのような口調で言い、美容師は私の髪の毛を櫛で梳いた。後頭部の髪の毛はカットし終えたのか、椅子を回り込んで私のすぐ目の前に身を屈める。慌てて目を閉じれば、前髪に固い指先が触れた。
「でもそれは、彼女が自分自身の魅力をよく理解しているからだと思うよ」
「魅力……」
「そう。誰もがその人だけの魅力を持っているけれど、それを人生で活かせるかどうかは、環境とその人次第だ」
しゃきん、と軽い音がする。鼻先にかぶさっていた前髪が唇を掠めて落ちて行くのを感じた。
クリス・ヴィンヤードは確かに魅力的な女性だった。作品によっては毒を煮詰めたような女性も無垢な少女も、どんな役柄だって完璧に演じきってみせる。何年か前に引退した藤峰有希子がまだ芸能界に残っていたら、彼女に迫る女優になっただろうと言われていた。
(私の魅力って、なんだろう)
そんなものがはたしてあるのか、今の私には甚だ疑問だった。とろくて、勉強はそこそこで運動は壊滅的で、人と話すことが苦手。人より秀でたところなんてないし、何をやっても上手くいかない。こんな人間が劇の主役をやるなんて、いくら押し付けられたにしても無謀が過ぎる。
――それでも。
それでも、私が必死になって台本を読み込むのは、降谷くんがいたからだった。
ただ怖いだけだった降谷くんは、一度だってやめろと言わなかった。無駄だとか、無理だとか、そういう言葉で私を否定しなかった。
嫌いになるにはお互いのことを知らな過ぎると言っていたけれど、少しずつ話すようになった今、彼は私のことを嫌いになっただろうか。
――降谷くんは、私のことをどう思っているんだろう。
「……はい、出来た」
「え、」
「あ、目を開けるのはちょっと待ってね。頬に髪の毛ついちゃってるから」
そう言って、美容師は柔らかい何かで私の顔の上を払った。羽根箒みたいなふわふわしたものが鼻先や頬を撫でて、くすぐったい。
「はい。目を開けて」
ふわふわが遠ざかると、耳の近くで美容師の声が聞こえた。とても楽しげな声だった。
ゆっくりと目を開けて、恐る恐る鏡の中へと目を向ける。
久方ぶりに目を合わせた自分自身は、やっぱり濁った灰色の目をしていた。明るい蛍光灯の下で見るとより一層色素の薄さが際立って、どこか異質な雰囲気さえある。日本人離れした色だ。
切り揃えた前髪は眉より少し下で、引っ張れば目も覆い隠せそうだった。分け目は左目の上にあり、右耳に向けて斜めに流している。前髪が少し長い分、サイドと後ろはだいぶ短く切られたようだった。首元に空調の冷気が触れて落ち着かない。
(私って、こんな顔だったっけ……)
両親に比べて肌が青白く、鼻先にはほのかにそばかすが浮いていた。薄い唇は血色が悪く、暗闇で鏡を見たらおばけと見間違うかもしれない。
「どうかな? 正直な感想として」
「……お、落ち着きません……」
「ははっ、だろうね」
美容師は快活に笑い、カットクロスを取り払った。切った髪の毛がはらはらと舞いながら床に落ちて行く。ローファーの先にくっついた毛を軽く蹴飛ばせば、頭の上から穏やかな声が降って来た。
「僕たち美容師は、その人の魅力を最大限引き出せるよう、いつだって考えているよ」
だから、と続ける。いつかの降谷くんとよく似た、祈るような口調だった。
「だから、どうか自信を持って劇に臨んで欲しい。大丈夫、君には素晴らしい友人もいる。大変なことでも、なんとかなるさ」
「……そうでしょうか……」
「大抵のことは、やってみたら案外どうにかなるものだよ」
顔を上げて情けない声で言うと、美容師はからからと笑いつつカットクロスを折り畳んだ。それを空いた椅子の背に引っ掛けて、急き立てるように私を立たせる。どうやら、既に降谷くんたちは戻って来ているらしかった。
「それじゃあ、またの御来店をお待ちしております」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべた美容師は、結局最後まで目を合わせなかった。
徹底した仕草に感心しながら美容室の戸を押し開くと、途端に外の熱気がなだれ込んでくる。冷やされた頬や足元は勢いよく熱風に晒されて、一瞬体が飛び跳ねた。昼を過ぎてしばらく、一日の間でも一番気温が高い時間帯だ。
(降谷くんたち、大丈夫だっただろうか……)
こんな気温の中に放り出してしまって、申し訳なさで心臓が潰れそうだった。二人とも健康そうだから、大した影響はないかもしれないけれど、熱中症にでもなったら大変だ。
そろりと視線を巡らせれば、二人は店から少し離れた木陰に立っていた。汗で湿った頬を手で仰いだり、ワイシャツの襟元を引っ張ったりしている。男の子の制服はスラックスだから、よけい熱が籠っているんだろう。
「ご、ごめんなさい……お待たせしました……」
慌てて駆け寄ると、二人はその時初めて私に気が付いたみたいだった。顔を上げ、私の顔を見てぴしりと固まってしまう。降谷くんが唇を開いた後、またすぐ閉じてしまったのが印象的だった。なんだか金魚みたいだ。
「……随分、すっきりしたな」
「う、うん……前髪だけかなって思ったら、後ろも切ってくれて……」
どこか上の空な声で言った降谷くんに、襟足を撫でながら答える。なんだか降谷くんの目はうろうろと忙しなく動いていて、彼らしくなかった。いつもだったら私が委縮するくらい真っ直ぐに見つめてくるのに。隣の景光くんは景光くんで半笑いというか、やっぱり何も言ってくれない。二人して一体、どうしたというのだ。
数秒を置いて、それでもなおまともに口を開かない降谷くんに、私はとうとう情けなく眉尻を下げた。目を見ろと繰り返し言って来た彼が、私から目を逸らすなんて初めてのことなのだ。
(やっぱり、変なのかな……)
彼が目を逸らしたくなるほど、似合わなかったのだろうか。小学生の頃からずっと長かった前髪を切るなんて、私にしてみれば一世一代の大変な決心だったのだけど、それすら上手くいかなかったのだろうか。
ぐず、と少し洟を啜った瞬間、ようやっと降谷くんが動き出した。一歩、二歩と足を踏み出して、私のすぐ目の前に立つ。降谷くんの方が幾分背が高いので、少しだけ見上げる形になった。
「っ、」
降谷くんの手が頬に触れて、肩が跳ねる。手のひら全体で頬を包み込まれた後、親指の腹で下瞼を撫でられて鼓動が一気に煩くなった。耳の奥で太鼓をむやみやたらに叩くみたいな音だ。
思わず目を閉じてしまっていた私は、うっすらと瞼を押し上げた。段々と広がっていく視界には金色と木々が落とす濃い影、それから家々の屋根の向こうに目にしみるような青空が映る。質量を伴った白雲が高く立ち昇り、今しも雨雲を連れて来そうだった。
降谷くんは、随分な至近距離で私を見つめていた。背に負った夏特有の青空すら翳むほどの笑みを浮かべ、私の心臓を滅多打ちにする。
それはもう、ひどいものだった。これはもはや暴力の類である。
彼は親指についた何かを、ふう、と吐息で払った。見れば、黒く短く細いものが風に流されてどこかへと消えていく。先ほど払いきれなかった髪の残りだ。
「――うん。この方が、ずっといい」
すぐ目の前、鼻先で吸い込まれそうな青色に見つめられて、もうどうしようもなくなった。
ただ一つ分かるのは、私の顔が真っ赤なのも、耳も首も熱いのも、断じて夏の暑気のせいではないということだった。
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大女優になる前の打たれ弱く卑屈で下を向きがちな自分に自信がない同級生と、正反対の降谷零の話6。<br />※少し続く予定です。高校時代の文化祭にまつわる話です。ラブコメ風になったらいいなあ、と思います。<br /> 今回は、モブ女子生徒と、モブ美容師が目立つシーンがあります。お嫌いな方は御遠慮ください。<br /><br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10008339">novel/10008339</a></strong>の続きです。<br /><br />11月のイベントに申し込みました。恐縮ですが、部数の参考にするため、アンケートに御協力頂ければ幸いです。よろしくお願い致します。<br /><br />続きをアップしました。<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10046901">novel/10046901</a></strong><br /><br />《10/25追記》<br />アンケートへのご協力、ありがとうございました。無事入稿出来そうなので、サンプルをアップしました。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10283580">novel/10283580</a></strong><br />併せて通販URLもご案内しておりますので、ご希望の方はどうぞ宜しくお願い致します。
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自分に自信がない同級生と降谷零の話6
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10027348#1
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とあるカフェにて女子大生2人が話していた。
「夏江ちゃんや……聞いてくれ、久々にモヤっとする夢を見た。」
「どんな?」
「えーとね、主人公?らしき人は男なんだけど声も周りの音も聞こえない系の夢だったのよ。」
「ふむふむ、で?」
唐突に始まる話。
「で、その人の顔はハッキリしないんだけどさぁ……全体的に黒かったのは覚えてる。」
覚え方が酷い。
「全体的に黒ってw」
「いや、だってさ?
髪が黒なのは分かるけど着てるスーツとネクタイも黒で『何処の喪服かな?』って思って顔見たら掛けられてたグラサンに全部持ってかれるよね。」
「ちょwww何?その人服装黒で固めてる上に更にサングラスしてたのww」
笑う友人。
「そうなのよ、しかも自分のデスク?と思われる場所でタバコ吸いながら新聞読んでたの。」
「ひぃwwどこのドラマwww」
「多分刑事モノかな!
で、同僚と思われる女の人に何か言われてたから注意でもされたんだと思うんだけど何処吹く風で女の人が今にも怒り出しそうになってたのよ。」
「成程、不良刑事系かな?」
「私はその時点で彼を『黒助』と呼んだ。」
呼称が酷い。
「クwロwスwケwww」
「で、その黒助だけどなんか厨二病っぽい事書かれた紙を見てどこぞかに移動する訳よ。」
唐突な厨二。
「待ってw厨二病っぽい紙って何?」
「えーとね、『我は円卓の騎士なんちゃらかんちゃら』『72番目の席がどーのこーの』って感じの暗号っぽい厨二な何か。」
厨二である。
「ファーーーーーーwwwwww確かにそれ厨二だわwww」
「じゃろ?
それを殆どタイムラグ無しに解いた?っぽい黒助も同類かって思った。」
「んwww確かに格好からしてww」
「でしょ?で、着いた先が観覧車。」
「何故に。」
「知らんがな。
で、後を追って来た女の人にカッコつけながら乗り込んで行ったのよ……グラサン外して。」
「なんで外したしwww」
「知らん。
で、『頑張れよ黒助ー』ってエール送って見送ってたら何故か観覧車の中だったのよね。
しかも黒助と一緒。」
急展開。
「ぶふっwww逃げられないwwwwww」
「『これ完全に外で見てる系の流れだったよなぁ!?』とと叫びましたわ。
それもまぁ、黒助が何かの工具箱を出して座席の下の金具外した中から箱出て来た瞬間に『あ、コレ2時間スペシャルのドラマだわ。』ってなってた私の考えが変わりましたわ。」
不穏な空気。
「おっとぉ?」
「しかもーカウントダウンしてるパネル付きってくりゃあ完全に……ねぇ?」
「映画で良くある展開!?
えっ、ドラマじゃなかったの!?」
「もしかして:爆弾。」
「もしかしなくても:爆弾。」
「それな。黒助は何故か解体し始めるし?」
「えっ、黒助何者???」
「さぁ?で、ちょっと経ってから電話し始める黒助……そんな時に外で爆発、観覧車が止まる。」
「まさかの!?
地上で解体してたんじゃなくて動いてる観覧車中だったの?!」
「何でかね。『止めろよ』って思った。
『今の場所どこからどう見ても天辺だぞ?このまま無事解体して終わり……だよね?』と思っていた時期が私にもありました。」
再び不穏。
「まさか……」
「黒助の様子がおかしいから爆弾のパネル覗き込んで見たらさ、また厨二が来たのよ。」
「厨二メッセージまさかの再びwww」
「そうそうなんか『勇敢なる警察官なんたらかんたら爆発3秒前に次の爆破先のヒントを与える。』って流れててさー。」
思いっきり中略されるメッセージ。
「中間思いっきり抜けてるwww」
「ぶっちゃけ厨二に興味無いし、そんなポエム的にやらずに果たし状みたいに簡潔に書けやとキレた。」
何処かの武士か。
「夢でキレてたwww」
「まぁ、そんなチキンレースに挑むっぽい黒助に『おっ、ギリギリでコード切るんだな!把握!!』って思ったんだけど……タバコ吸い始めるのよ。」
怪しい展開。
「え、アレかな?最後に集中力上げる為?」
「かなーって、思いながら見てたんだけど……黒助ペンチ持ってないのよ。
携帯持ってんの。」
「え????」
「まさかと思ったけどさ……そのまさかだった。」
「それって……」
「残り3秒で流れて来た文字を見てJKばりの速さで携帯を打つ黒助。送信し終わった後に……爆発。」
星になる黒助。
「黒助えぇぇぇーーー!!!!」
「そして、メールを受け取った女の人の携帯には『米花中央病院』の文字……」
「黒助……」
「私は思った。
『お前その速さがあるなら残り1秒で止められただろ!!』って。」
「それな。」
「足掻けよ!!
何でそんなあっさり死んでるん!?
お前、主人公が死んだら連載終わるやん!!
ドラマでも主人公死んだらアカンやろ!!」
正論である。
「確かに、そこは機転利かせて起死回生の秘策とかで生き残る所だわ。」
「でしょ!?
なのに黒助死んだんや!!
女泣かせてんじゃねぇよ!!!」
追加情報。
「えっ、泣いてたの!?」
「何かキラキラした雫が落ちてたし、目尻拭ってたから。
アレでヨダレならなら引く。」
それは誰でも引く。
「ヨダレwwwそれはない。」
「多分、少なからず黒助と親しかったんだよその女の人。
で、黒助もさ、送信したメールの一番最後にメッセージ残してんの。」
「爆弾の場所のやつに?」
「そうそう、そこにね『追伸、あんたの事わりと好きだったぜ』と。」
ツンデレかな?
「はぁー??ツンデレ?ツンデレなの??」
「しかし、黒助は死んだ。」
星になってる黒助。
「生きて自分の口で言いなさいよ!!」
「本当それな。
ヘ【タ】レで甘ちゃ【ん】と見たから『黒タン』と呼ぶ事に切り替えた。」
容赦ない。
「クロタンwwwうんwwwwwwそれでいいわよwwwwwwwww」
「ともかく、『足掻く事なく死にやがった黒タンは厨二病を患った爆弾犯に敗北した。』って思った瞬間『おお、勇者よ。死んでしまうとはなさけない。』ってなった私は悪くない。」
「www……まぁ、最初の時点で相手が爆弾犯って分かってるなら何で下にいる時に観覧車止めなかったのかとか、そういう専門の部署呼ばなかったとか色々言いたいわよねー。」
ド正論。
「一匹狼気取ったなら大分痛い。
厨二のアレコレ解けてる時点で痛かったのに更に輪をかけてとか……痛すぎる。」
痛い人認識された。
「しかも黒服にサングラスである。」
「何処目指してんの黒タン。」
「それよねー。
でも、こうして話してるんだしそんな事起こらないといいわねー。」
「流石に黒タンまんまが居ったら痛いわー。」
「確かに痛いわよねー。」
2人の黒助……基、黒タンへの評価が酷い事となった。
そして、そんな会話を………………
「……………………。」←奥の席に居る該当者
「っ……w……ww……っwww」←その前の席で昼飯に誘った奴が声を殺して笑ってる
「落ち着け松田!」←声を潜めながら該当者を隣で必死に抑えてるジャケット
「そうだぜwwwクロタンwww
ひぃっwwwwwwwww」←声を最小限にして震えてる
「萩原ァ……テメェ後で覚えてろ……」←重低音でキレてる
「しかし、偶然とは言え話に聞いてた子達と遭遇するとはな……」←しみじみと
「www……んん!
あの子の友達曰く、彼女の見る夢の中には正夢って言って良い様なモノもあるからそれをどうしたいかって事らしいよ?」
「要は自分がどんな選択するかって事だろ。」←不機嫌
「成程な……で、これで2回目って事か。」
「あぁ、どう動くかは決まった様なモンだ。」
「へー……どうすんのよ?」
「何が何でも生き残る。
つーか、その通りになって死んだ場合『あ、この人あの夢の黒助!?』って言われる未来しか見えねぇ。」←苦虫を噛み潰したような顔
「いやいや、クロタンの方でしょwwww」←めっちゃ笑ってる
「うるせぇ!!」←お怒り
「痛っ!!!」←蹴られた
「あー……まぁ、当日はどう動くか決まったみたいだな。」
「おー。つー事で、伊達に頼みがある。」
「病院に行きゃあ良いんだろ?任せとけ。」
「おう、頼んだ。」
どうやら話がまとまった様だ。
「……所でさぁ、お前さっき話に出て来た女の人って佐藤ちゃんだろ?好きなの?」←気になる
「人としてだ!!」←即答
「えー?本当に〜?」←怪しむ
「当たり前だろ!!アホっ!!!」←殴る
「痛っ!!殴んなって!!!」←殴られた所を押さえる
「落ち着けお前ら!!」←2人を止める
そんな風にバタバタしてると……
「秋葵……なんか騒がしくない?」←なんか気づいた
「んー?アレじゃない?どっかの大学生が騒いでんじゃないの?」
「やっべ!」←大慌てで小声になる
「あー確かにありそうねー。」
「どーせまたレポート落としそうとかそんなんでしょー。懲りない連中だわ。」
そう言って、秋葵と呼ばれた子が違う話をし始める。
「…………あっぶね。」←ほっとする
「……ともかく、アイツの事は人としての好感しかねぇよ。」←忌々しそうに
「ふ〜ん……」←面白くなさそう
「そういうお前はどうなんだよ。」←それにイラつきながら
「え〜?居ないかな……でもしいて言うなら俺の女神様かな?」←ニッと笑って
「おいおい……それってさっきの子か?」←え?お前マジで?
「もっちろん!あの子と友達の会話がなきゃ俺は今ここに居ないしね。」←晴れやかに
「……まぁ、そうだろうなチャラゆる男。」←ハッと鼻で笑う
「ぶはっwww」←吹き出す
「ちょっ!さっきの仕返しかよ松田!!」
「俺はお前よりマシなんでな。」
「いや、どっちもどっちだろ。」
「「うるせぇよ伊達!!」」
後日、夢の通りの展開になるも全力で回避したグラサン刑事とそんな刑事の為に当日病院に行ったジャケット刑事とジャケット刑事からの連絡で向かったチャラゆる男な爆処隊員が見事に爆弾を解体した。
尚、黒助と言われたのが刺さったのか紺色のスーツに変えたグラサン刑事が居た。
黒スーツはネクタイだけ替えて着用してるので全身真っ黒なんて言わせないとは本人の言葉。
そして、それを指差して笑って締め上げられるチャラゆる男とそれを見て苦笑いするジャケット刑事の図が出来上がっていた。
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こちら、夢で見たやつの続きの第2弾。<br />そもそも第3弾まで見てるけど自分的には第3弾が本命。<br />アレって一体どうなってあんな風になってたのか……表現難しいって言う問題じゃない。<br />何なんだアレ……どんな現象だアレ……
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「黒助ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」「クロスケぇぇぇぇぇぇぇwww」
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10027369#1
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高く飛び跳ねたサッカーボールが、俺の遙か頭上を越えていく。
上を向いた瞬間、太陽の光が目に飛び込んで、少し眩しい。
「何やってんだよ元太!」
「悪い悪い」
えへへ、と笑うそいつに背を向けて、俺はサッカーボールを追いかける。
今日は少年探偵団の奴らと一緒に、少し大きな公園にサッカーをしに来ていた。力任せにボールを蹴りがちな元太のおかげで、さっきから走り回ってばかりだ。
誰かに当たってたりしないといいけど…。
「お、あった」
少し離れた植え込みに、ボールが転がっているのを見つけた。
周囲に人影はないし、植え込みも傷ついた様子はない。良かった。
そう確認して戻ろうとしたとき、よろよろとベンチに近づき、どっかりと腰を下ろした男性の姿が目に入った。顔は見えなかったが、あの動き方からして体調が悪そうだ。しかし、周囲に連れらしき人は見えない。俺は気になって、その人に駆け寄った。
「お兄さん、大丈夫…柊木さん?」
「ん…?コナン君か…?」
そっと顔を上げると、ずっともう一度会いたいと思っていたその人だった。顔色は真っ青で、指先が少し震えているのがわかる。
「柊木さん、体調悪いの?顔真っ青だよ」
「ああ、いや、…ちょっと人に酔ってね。心配して声をかけてくれたのか、ありがとう」
柊木さんはそう弱弱しく微笑むが、人に酔ったってこのあたりそんなにひと気があるわけでもないのに。これは灰原を連れてきた方がいいかもしれない。
「あれ、知り合い?」
「萩原」
影がかかったと思ったら、柊木さんと同じくらいの年齢の男の人が声をかけてきた。ゆるく下がった垂れ目は優し気で、少し長い髪が良く似合っている。ほい、と柊木さんにペットボトルを渡したその人は、どうやら柊木さんの連れらしい。
「お兄さん、柊木さんのお友達?」
「そうだよ~。柊木のこと知ってんだ」
「うん。ねえ、柊木さんすごく体調悪そうだけど、病院に連れて行かなくて大丈夫?」
「ん~とりあえず貧血起こしただけみたいだから」
「ああ、少し休めば大丈夫だよ。ありがとう、コナン君」
コナン君?とその萩原さんはひとつ瞬きをして、まじまじと俺を見つめた。
「そっか、君が江戸川コナン君か。噂は聞いてる、あんまり事件現場うろちょろしちゃだめだぞ~」
「え、僕のこと知ってるの?」
「捜査一課の伊達や松田知ってる?おにーさんこれでも刑事でね、奴らの同期なんだ」
だから話は聞いてたよ~、とそう言って萩原さんはぐしゃぐしゃと俺の髪をかき回した。手つきは優しいがその腕は力強くて、しっかり鍛えている人なんだと感じられる。
「伊達刑事や松田刑事の同期?」
「そ。俺は萩原研二、よろしくね。あ、ちなみに柊木も同期だよ」
つまり、柊木さんが前言っていた『捜査一課にいる同期』っていうのは伊達刑事や松田刑事のことだったのか。そういえば、伊達刑事と松田刑事が同期っていうのは誰かに聞いた気がする。…正直なところ、老け顔気味の伊達刑事と童顔気味の松田刑事が同期で同年というのは結構驚いた。
「お休みの日に一緒にいるなんて、仲が良いんだね」
「腐れ縁って奴かな~。お、ちょっと顔色マシになってきたな」
「ん…悪い、いつも」
申し訳なさそうに言う柊木さんに、いーからと軽く笑って流す萩原さん。
…いつも?
「柊木さん、貧血気味なの?」
「貧血気味というか…」
「んー、コナン君って、柊木の女苦手知ってる?」
…そういえば柊木さんは、『人に酔った』と言った。『人ごみに酔った』ではなく。
まさか、と思いつつ、安室さんからちょっとだけ聞いたよ、と答えると、柊木さんがあの野郎…と力なくつぶやいた。
「いやぁ、柊木の結構重症だから、女の子に近づきすぎると貧血起こしちゃうんだよね~」
「そんなにひどいの!?」
「や、貧血で済んだからむしろ良かったんだけど。よく堪えたね旭ちゃ~ん、リハビリの甲斐あってマシになってんじゃない?」
「そもそもお前が待ち合わせに遅刻しなきゃ逆ナンなんて来なかったんだよ…!!」
「ごめんて」
歯噛みするように言う柊木さんに、けろっと萩原さんは謝った。
貧血でマシな方って…これは本当に園子に遭わせられない…!
「そういうわけだから病院は大丈夫。コナン君も柊木が女の子に声かけられてたら助けてやってくれな~?」
「う、うん…?」
困ったように頷くと、だいぶ顔色の戻った柊木さんが、萩原の言うことは気にしなくていいから、とため息をついた。
そのとき、後ろから俺を呼ぶ声を足音が聞こえてきた。
「あ、いたいた!どうしたのコナン君」
「こんなところにいたのかよ~おせぇぞコナン!」
「なかなか戻ってこないから探しに来たんですよ」
「ああ悪い悪い、体調悪そうな人を見つけたから、ついな」
そう言うと、そいつらの視線がすっと俺の後ろに移る。
ぱっと歩美の顔が輝いた。
「わあ、お兄さんすっごくかっこいいね!芸能人みたい!!」
…あれ、柊木さんの女性苦手ってどの年代からだ?
歩美や灰原は大丈夫なのかと、そっと後ろを窺う。
「えーと、ありがとう」
少し困ったように柊木さんは笑った。
これは大丈夫なのか…?と続けて萩原さんを見ると、俺の視線に気づいた萩原さんはぱちりとウインクをしてくれた。どうやら女は女でも子どもは大丈夫らしい。
「体調悪いっていうのは、お兄さんですか?」
「うん、少し貧血を起こしてね。もうだいぶよくなったから大丈夫だよ。コナン君を引き留めてしまってごめんね」
「まだ少し手が震えてるわ。動かない方がいいわよ」
灰原がそう言うと柊木さんは自分の手に目をやり、ぐっと握り込む。
そしてちょっと恥ずかしそうに言った。
「うん、もう少し休んでるよ。ボール持ってるし、公園に遊びに来たんだろ?俺のことは気にしなくていいから、遊んでおいで。連れもいるし、大丈夫だから」
せっかくの偶然だ、この機会を逃したくはないが…柊木さんは体調不良、萩原さんもいるし、こっちには少年探偵団もいる。探りを入れるのはまた日を改めるしかないか…と思ったその時、空気を割くような悲鳴が公園に響いた。
*
悲鳴を聞いた萩原とコナン君は反射的に走り出し、俺も子供たちに絶対にここを動かないように、と声をかけて地面を蹴った。というか待て、コナン君、君はダメだろ。
悲鳴の元はどうやら公園に併設されていたカフェの中。今日は天気がいいから窓を開けていたのだろう、そこから悲鳴が届いたらしい。何があったのかと驚いた顔をした客たちを尻目に、バックヤードへ飛び込んだ。
「警察です、何かありましたか!?」
ばっと一番乗りの萩原が警察手帳を出して声をかけた。
追い付いてみるとそこには真っ青な顔で座り込む女性。彼女が震えながら指さした先には、苦しんだ表情のまま動かない男性が倒れていた。
「っ…!」
俺はすぐに駆け寄って脈拍と瞳孔を確認する。これは…。
「柊木、どう?」
「…亡くなってる。この状況から蘇生は不可能だろう」
そう言うと女性がひっと悲鳴をあげて、さらに震えが大きくなる。
おそらくこの女性が悲鳴の主で、第一発見者だ。
「萩原、その人連れて行って落ち着かせてやって。俺は本庁に連絡する。…コナン君、この部屋に一歩でも入ったら怒るぞ」
「う、」
「了解。さ、いったん離れましょうか。コナン君もおいで、そこのイケメン怒るとマジで怖いから」
悔しそうに詰まるコナン君と女性を連れて、萩原は離れていった。
俺もものに触れないようにそっと部屋の入り口に戻る。事件か事故か、それとも病気かは現状わからないが、とにかく人を呼ぶしかない。
出来れば殺人でない事を祈りながら、俺はスマホを取り出した。
*
「で、何でお前らがいるんだよ…」
先遣隊である機動捜査隊が到着し捜査を始めて間もなく、捜査一課からも刑事が到着した。やはりというか、臨場したのは目暮警部を始めとする目暮班。昇任後目暮班から外れたという松田も、今日は人手が足りないとかで目暮班のフォローに来たらしい。俺たちを見て苦い顔をする松田に、苦笑を返した。
「やだ陣平ちゃん顔こわーい」
「残念なことにというか、偶然ですよ」
お前も職務中なら切り替えろ、という思いを込めて敬語で返すと、松田はさらに苦い顔になった。俺はともかくお前は職務中なんだから敬語を使え。
店のフロアに従業員や店にいた客たちが集められ、それぞれ事情聴取に入る。被害者はこの店の店長。従業員は第一発見者の女性を含めて四名、それに常連と言える客が二名に、今日初めて来たという客が数名。何気なくそれぞれの話を聞きつつ、犯行現場を思い返した。
…事件でなければいいとは思ったが、遺体の様子を見る限り多分あれは薬物による中毒死。毒殺の可能性が高い。それなら、毒あるいは毒をいれてきた容器をもっているのが犯人だ。外部犯の可能性も否めないが、ここにいる人の中に犯人がいるのなら、身体検査をすればはっきりするだろう。
「では、誰か現場に入った人は?」
「私が。悲鳴を聞いて駆けつけ、脈拍と瞳孔の確認をするために入りました。すでに手遅れでしたので、そのまままた部屋を出ましたが」
「では、状況を詳しくお聞かせ願えますかな?」
「もちろんです。しかしその前に」
ん?という顔をする目暮警部を前に、背後でうずうずしている子供たちの方を振り返った。そしてまた、にこりと笑って見せる。
「どこか空いている部屋はありませんか?この子たちをこのままここにいさせるのはさすがに気が引けます。現時点で殺人の可能性も否めない以上家まで送ってあげたいですし、どこかで別室で待っていてもらいたいのですが」
結局コナン君の友人たちも我慢が利かなかったらしく、気づいたときには店の中に入り込んでいた。俺たちで犯人を見つけるぞ!なんて息巻いていて、その横でコナン君がため息をついている。いや、君も同じ穴の狢だと気づいてほしい。
「あ、そ、それなら、そちらに、従業員用の休憩室が…」
第一発見者の女性が、今だ震える手をおさえながら手を上げてくれた。ありがたい。
「では、そちらをお借りします。ありがとうございます」
「ああ、じゃあ俺がこの子らについてますよ。俺は現場に入ってないし、ずっと彼と一緒にいたので証言できる内容も同じになるでしょうから」
じゃあ皆行こうな~と萩原が朗らかに声をかけると、えー!と子供たちのブーイング。
ああ、そういえば少年探偵団なんて名乗っている子たちがいるって話も聞いたな。そうか、この子たちのことか…。
「歩美達も手伝う!」
「俺たちも犯人捕まえるぞ!」
「捜査に参加します!」
なるほど、これはめんどくさい。
人当たりはいいが子供好きではない萩原も、うーん、と困ったように笑った。
「ダメよ」
そこに、ぴしゃりとした声が響く。
ずっと彼らの後ろの方で黙っていた茶髪の女の子が、無表情のまま切り捨てた。
「貴方たち、刑事さんの言うことを聞きなさい」
「えー…」
「だってぇ…」
「行くぞ、おめーら」
コナン君がダメ押しをして、ようやくしぶしぶといった感じで子供たちは歩き出した。萩原はあきらかにほっとした顔で、やれやれと歩き出した。
「萩原」
何?と振り返った萩原に、にこりと笑いかける。
その瞬間、萩原の笑顔が引きつった。
「よろしく」
「…えー…」
「よろしく」
「…はーい」
俺の意図を正しく理解してくれたらしい萩原は、俺そういうの苦手なんだけどなぁ…とぶちぶち文句を言いつつ、子どもたちを連れて休憩室に向かっていった。
「…柊木監察官、今のは…?」
「子どもたちの面倒をよろしく、という意味ですが?」
不思議そうに聞いてきた高木刑事にそう答えると、ああ、そういうことですか、と頷いた。うーん、君はもう少し人を疑うことを覚えた方がいいかもしれない。
「では、悲鳴を聞いたときからの説明を」
「わかりました」
簡単に説明をすると、フム、と目暮警部は頷いた。
俺や萩原が悲鳴を聞いて駆けつけたことは防犯カメラの映像からはっきりしている。警察官だということを差し引いても、俺たちに疑いがかかることはないだろう。
「では、貴方もしばらく子供たちと一緒に待機していただきたいのですが、よろしいですかな?」
「もちろんです。では、失礼しますね」
横目に、松田が警部を始め捜査員を現場に呼んでいるのを見る。何か現場で気になることがあったらしい。
休憩室に向かって歩きながら、俺の耳が捜査員たちの会話から漏れ出る情報を拾っていく。毒殺で確定、やはり殺人。そして店内からは毒物を持ち込んだ容器が見つからない、と。
これは捜査が難航するかもしれない、と思ったとき、この店の常連客だという女性の姿を視界の端にかすめて、一瞬違和感を覚えた。
…あー…確証はないけど、もしかして。まあ、松田なら気づくだろう。
そう思いつつ休憩室に向かう角を曲がると、何故かそこにいるのは、休憩室にいるはずの彼だった。あきらかにやばい、なんて顔はしないでほしい。やれやれと思いながら、にこりと笑顔を作った。
「どこに行くんだ?コナン君」
「ぼ、僕、ちょっとトイレ!」
「そのわりに君の足が向いていたのは現場の方だな。トイレは反対方向だよ」
「そ、そうだっけ?」
間違うところだった~と冷や汗を流す小さな探偵君。
確かにトイレと言われれば引き止めるわけにもいかないけど、何やってんだ萩原の奴。
…おそらくこうやって普段から事件現場に飛び込んでたんだなぁ、そりゃ松田や伊達も嘆くか…。頭の回転は確かに普通ではないだけに、子どもが捜査に関わるなとか、危険だからやめなさいとか言っても聞かないんだろう。実際、本人的にも遊んでるわけではないんだろうし。
___いいだろう、ならもう少し上の子どもに対する扱いで、君に接することにしよう。
「じゃあ、行こうか」
「…え?」
「事件現場。行きたいんだろ?」
*
コナン君の手を引いて、事件現場となった部屋の入口前に来る。
ドア横にいた捜査員にえっという顔をされたが、笑顔で黙らせた。いや本当にすいません、お仕事ご苦労様です。
現場にはすでにご遺体はなく、目暮警部や松田をはじめとする刑事がそろって現場検証を行っていた。いち早くこちらを見咎めた松田が、眉を吊り上げる。
「…何やってんですかね、柊木監察官」
その声で皆俺たちの存在に気付いたのか、ぎょっとした顔でこちらを見る。
俺はいつもの笑顔を崩さずに答えた。
「社会科見学の付き添いですかね。ああ、こちらのことはお気遣いなく、ここから動きませんから」
「しゃ、社会科見学って…」
「…柊木監察官」
「お気遣いなく」
重ねて言うと、ものすごく嫌そうな顔の松田は、ちゃんと手ェ捕まえといてくださいよ、と言って目線を現場に戻した。俺が引かないことを察してくれたらしい。
他の刑事たちも、それにならって意識を現場検証に戻した。
「っ…!」
繋いだ彼の右手から、焦る思いが伝わってくる。
そっと目線だけでその顔を盗み見ると、その瞳はまるで燃えているようだった。捜査をしたい、調べたい、話を聞きたい…事件に対する好奇心と、使命感に似たものが窺える。『俺が、しなければならないのに』と、そんな声が聞こえてくるようで、俺は苦笑した。彼の行動原理が、何となくだがわかった気がする。
俺はコナン君の手を一旦離し、目線を合わせるようにしゃがみこむ。現場の方を見つめていたコナン君が、驚いた顔で俺を見た。
「前から話は聞いてたよ。毛利探偵の後ろにくっついて、事件現場に入り込んでくる小さな探偵君」
「え、」
「とても頭のいい子で目の付け所も良く、大人顔負けの推理力を発揮して事件を解決に導いているってね。正直、その話を聞いたときは、どんな問題児なのかと思ったんだ。頭がいいからって、事件をゲームのように思っている子なんじゃないかってね」
「そ、んなこと思ってない!!」
反射的に叫んだコナン君に、頷いた。
そう、君はちゃんとわかっている。犯罪事件や、人の命の重みも、わかっている。むしろ『だからこそ』、君は事件を捜査するんだよな。しなくちゃいけないと思うんだよな。
でもな、俺はそれを止めなきゃいけないんだ。法的な理由、職務上の理由、もちろん俺個人の主義としての理由で、俺はそれを見過ごしてやれない。
だから俺は、こういう言い方をしよう。
「…何を言うよりまず、君に謝らなくちゃいけないな。俺を含め、全警察官が」
「…え?」
「君、自分より頭のいい警察官に会ったことないんだろ」
場の空気が、凍った。
[newpage]
「君、自分より頭のいい警察官に会ったことないんだろ」
そうにこやかに言われて、俺は硬直するしかなかった。
こ、の人、何、言ってんだ…?よりにもよって、大勢の警察の人がいる前で!
「な、そんな、」
「遠慮しなくていいんだよ?情けないよな、同じものを見ているはずなのに、君はその違和感に気づいて、大の大人が気づかない。しかも警察学校出てしっかり捜査手法について学んできているにも関わらず、だ。そりゃ口を出したくもなるよ」
な?と笑う柊木さんの笑顔は、ポアロで俺に笑いかけてくれた時の笑顔とは全く違っていた。本当に同じ人なのだろうか、あんなに優しかった笑顔が、今は___怖い。慈しみの色は一切なく、その瞳には何の感情も宿っていない。
「俺が代表するのもおかしな話だけど、日本警察を代表して謝るよ。警察に任せておいたら事件は解決しない。犯人は捕まらないし、被害者の無念も晴らせない。だから君は危険を冒してでも捜査をしたがるんだろう?本当に申し訳ない」
そう言ってしゃがんだまま頭を下げる柊木さんに、頭を上げて!と叫んだ。まさかそんなことを言われるとは思わなくて、混乱で頭が回らない。
「そ、そんなこと、思ってないよ!刑事さんたちは優秀な人ばかりなんでしょ!?」
「そうかな?じゃあ何で、君は事件の捜査に関わろうとするの?」
探偵小説によく出てくる『名探偵』に頼りっぱなしの『警察官』みたいに、日本の警察も事件が解決できないと思ってるからじゃないの?
そう問われるが、俺の口はうまく音を紡いでくれない。
そんな、ことはない。だってあれは、小説の中での話だ。日本警察は優秀で、いくつも事件を解決していて、…でも、よく父さんにも頼ってきていて…俺のところにも、事件が行き詰ったときには、連絡がきて…いや、だからって、俺は日本警察が頼りないだなんて…!
ぐるぐると思考がまわっていたところに、柊木さんは面白そうに言葉を続けた。
「…まあ、どういう理由であれ、ダメなんだけどね。ところで話は変わるがコナン君、俺の仕事の話、したよな」
「え、…監察官?」
「そう、ダメなことをした警察官を叱る仕事だ。君が事件現場に一歩でも足を踏み入れた瞬間、俺が何をしなければならないか、わかるかな」
賢い君なら、わかると思うんだけど。
そうにっこりと微笑まれて、文字通り血の気が引いた。監察官は『ダメなことをした警察官を叱る仕事』、間違ってはいないがそんな生易しい言葉では表現するのは相応しくない。服務規程違反など、内部罰則を犯した警察官を調べ上げ、処罰することが監察官の仕事だ。
つまり、俺がここで動けば。
「君の行動で叱られるのはね、君じゃないんだよ」
俺は休みの日でも、仕事はちゃんとするよ?
そう笑顔で言いきった柊木さんを前に、俺の口はもう動かなかった。
そんな俺の様子を見てまた柊木さんはにこりと笑い、わしゃわしゃと俺の頭をなでた。
「…信用ならないかもしれないけど、とりあえずこの事件については心配しないで。今日来てくれている刑事さんたちは皆優秀な人たちだ。これくらいの事件、すぐ解決してくれるよ。
____ねえ?」
言葉の最後は、柊木さんと俺の話を聞いていた、警察官に向けて。
笑顔は崩していないが、その瞳は欠片も笑っていない。今になってようやくわかった、きっとこれが___柊木さんの、『監察官』としての顔。
高木刑事も言っていたじゃないか、穏やかで謙虚だが、『しっかり筋は通す』人柄だと。職務に忠実で、たとえ警察上層が相手だろうが何だろうが、決して不正を見逃しはしない人だと。そう言った本人も、今真っ青な顔で冷や汗をかいているが。
そのとき、一人だけ平然としていた松田刑事が、ふん、と鼻を鳴らした。
「言われるまでもねえよ」
「ま、松田君?」
「高木、常連客だっていう女連れてこい。今すぐだ」
「は、はい!!」
*
指示を受けて高木刑事が走っていく。
松田が指名したのは、俺が違和感を覚えたあの女性だった。やはり、松田も気づいていたらしい。この事件のキーになるのは、毒の持ち運び方法。耳に入った限り、毒はほんの少量で十分で、おそらく粉末状。それを、人目をかいくぐって持ち込み、持ち出す方法は。
「つ、連れてきました!」
「何なんですか、私だけ呼び出して…」
「その腕時計、調べさせてもらう」
松田の一言に、その女性は一瞬で顔色を変えた。
ばっと左の手首につけている腕時計を右手で隠す。
「な、何を急に…!これは恋人のをもらったのよ、大事なものなの!」
「ああ、アンタには似合わねえごつくて大振りの腕時計だな。ずいぶんと真新しいわりに、壊れてるようだが」
「!」
そう、きちんと身なりに気を遣って、むしろファッションに拘っていることが見て取れるのに、ひとつだけ不釣り合いな、大振りな男物の時計。
そしてそう古いものには見えないにも関わらず、そのデジタルの画面には何も映っていない。
「そのサイズなら、中身取っちまえば少々の粉くらい入るだろ、分解して調べりゃ一発だ。あとはそうだな、アンタの手荷物に工具はなかったが、犯行現場には店用の簡単な工具セットがあった。そのタイプなら時計の裏蓋はネジ式だろ?その工具に指紋が残っているにしろ、拭きとられた形跡が残っているにしろ、何らかの理由で犯行に使われた可能性が認められれば、その事実だけで十分だ」
松田が言葉を重ねるたび、女性の顔色が蒼白に近づいていく。
松田はかけていたサングラスを外し、女性の目をまっすぐ見つめて言った。
「まだ、アンタがやったという証拠は出てない。…証拠が出てないうちに自供した方が、アンタのこの先のためにはいいと思うぜ?」
逮捕よりも自首の方が、刑が軽くなる可能性が高い。
反省の態度が認められれば、裁判でも多少考慮はしてもらえる。
蒼白になった女性はそのまま、膝をついた。
*
手錠をかけられた被疑者が連行され、とりあえず事件がひと段落したところで、俺は再度現場に残った刑事たちに笑顔を見せた。
それぞれ、ぎくりとした顔で姿勢を正す。わかっているようで何よりだ。
「事件解決、お疲れ様です。ところで、私が皆さんにも聞こえるようにコナン君とお話した理由、わかりますね?」
さっきから呆然としていたコナン君が、ぴくりと肩を揺らした。
青い顔をしたその人たちは、誰一人口を開かない。
「返事」
ぴしゃりとそういうと、びくっと反応してはい!と声を揃えた。
そうそう、聞こえているならきちんと返事をするものだ。
「今日のところは、私は何も見ていません。コナン君も現場に入ることはなかったし、事件は松田警部補が解決してくれました。しかし、どこかの警察官が、事件捜査に積極的に民間人を巻き込んでいるという噂は、すでに上層まで届いています」
もちろん、皆さんのことだとは思っていませんけどね?
そう笑ってみせると、びくりと全員が震えた。
「心得ておいてください。今後の職務態度によっては、捜査一課のすべてが刷新される可能性があることを」
決して本人たちだけの話ではない。
その上官には、指導力不足という責任を。
その同僚には、止められなかった責任を。
「仮にこの案件を私が担当することになれば、個人でも班でもなく、課全体の問題として捉え、然るべき処罰をくだします。…ああ、ご心配なく。松田だろうが伊達だろうが萩原だろうが、同期にも等しく容赦はしませんから」
それが私の監察官としての職務ですので。
そう言って、もうひとつ呼吸を置いた。職務としての説教は、こんなもんだろう。だから、あとは。
俺の中で何かが切り替わり、笑顔を作っていた顔の力が抜ける。
「…監察官として申し上げるべきことは、以上です。そしてここからは、私個人として…いや、俺個人の意見として捉えていただきたい」
俺の言いたいことも、少しだけ。
今日は休みだ。職務中じゃないんだから、少しくらい言ったっていいだろう。
「犯罪事件の捜査に関わることは、少なからず犯人及びその周囲から恨みを買う可能性は否めない。職務として捜査にあたる刑事は当然それを覚悟してしかるべきだが…それに民間人を巻き込むのは、違うだろ」
そういう職業だと理解したうえで警察官の職務にあたる人間と、民間人は違う。
俺たち警察は『守る側』で、民間人は『守られる側』だ。決して民間人を、『守る側』にしてはならない。そのために警察はあると、俺は思う。
「捜査に参加させることは危険に巻き込むことと同義だ。その責任を、理解しているか?百歩譲って知恵を借りること自体は許容しよう、自身に足りない知識や知恵をもった専門家に教えを乞うことが必要な時もあるだろう。だがその時は、力を借りると同時に協力者の身を護る手段も考えて然るべきだ。そこまで考慮したことがあったか?」
たとえば知恵を借りた専門家の顔や名前が外に出ないよう情報を統制したり、たとえば捜査に協力することの危険性をきちんと説明し、協力者本人がその事実を大声で言わないように求めたり。状況によってはボディガードをつける必要さえあるかもしれない。それを、理解しているか。
「協力させるだけさせてあとの危険は知りませんなんて、あまりにも無責任だと思わないか?」
俺たちの仕事は、罪を犯した人間を捕まえることだ。
そしてそれ以上に、罪のない善良な人々を守ることだ。
「善良な民間人を守るどころか危険に晒すその行為、___警察官としてのプライド、どこに捨ててきたんだよ」
それだけ言い捨てると、またひとつ呼吸をおいて、俺はにこっと笑った。
切り替えについてこれないのか、また皆びくっと震える。
「とまあ、その噂の方々に会えたらそう言いたいなと思っていました。まさか皆さんのことではないと思いますが、一応心に留めておいてくださいね」
そして松田の方を向き直って、私の聴取は必要ですか?と問う。
「…そうですね。だが、ガキどもを送っていった後で構いませんよ。パトカーと俺の車を出します。ガキどもを送っていって、そのまま本庁に向かうってことで」
「それは助かります。行こうか、コナン君」
まだどこかぼんやりしているコナン君の手を引いて、俺は松田とその場を離れた。
言わなくちゃいけないこと、言いたいことはちゃんと言った。この先のことは、彼ら自身が考えるべきことだろう。
これでも変わらないようなら、本当に容赦はしてやれない。
*
萩原と少年探偵団たちが待つ、休憩室に向かう廊下。
松田に一声かけて、足を止める。俺はもう一度、コナン君と視線を合わせた。
「!」
びくりと、彼は震える。
うーん、虐めすぎたかな。そう苦笑しながら、俺は口を開いた。
「もう少しだけ話そうか、コナン君」
「ひ、いらぎさん」
「俺が言いたいことは、わかってくれたと思う。何であの場にいた刑事さんたちに、あんなふうに言ったのかも」
コナン君への説教を彼らに聞かせ、彼らへの説教をコナン君に聞かせた。
ちゃんと人のことを考えられる人間なら、『自分のことで怒られる』ことよりも『自分のせいで誰かが怒られる』ことの方が精神的に辛い。それをわかっていて、あえて聞かせた。我ながら性格の悪いやり方だと思う。
思いつめた顔をしたコナン君は、小さく頷く。
「やっぱり君は賢い子だな。…君の根底にあるのは、強い正義感だ。それはとても尊いものだし、否定するつもりはないよ。まあちょっと発揮の仕方に問題があるけどね」
「!」
「だから、妥協点を見つけよう」
妥協…?とコナン君は呟いた。
そう、俺は決して君の幼い正義を否定したいわけではないんだ。
「君はきっと何か事件があったとき、他の誰も気づかないようなことを気づくことが出来たんだろう。…これは俺の勝手な想像だけど、そういうときに気づいたことをを警察に伝えようとしても、『子どもは引っ込んでろ』とか言われることもあったんじゃないか?」
コナン君は、こくりと俺の言葉に頷いた。やはり。
そうして言葉を聞いてもらえなかったことが、無茶な行動をとるようになった原因のひとつなのではないかと推測する。現場に乗り込むことはどうしても許してやれないけど、せめてそれくらいなら。
「子どもだろうと誰だろうと、善良な民間人の貴重な意見を聞こうともしないなんて、警察官としてあるまじきだと思わないか?なあ松田」
「…ソウデスネ」
頷けよ、と言外に伝えつつ松田に話を振ると、しぶしぶと言う体で同意してくれた。
お前片言になってんじゃねえよ。
「もし今後そんな警察官に出会ったら、連絡してほしい。ちゃーんと俺から言って聞かせるよ。はいこれ俺の名刺。メールはあんまり見れないけど、電話は基本いつでも出るから」
え、と慌てるコナン君の手に、名刺を握らせる。
名刺を俺の顔を交互に見るコナン君は、もしかしたら初めて小学一年生の子供らしく見えたかもしれない。
「これでも俺は、たいていの現場の刑事さんよりは偉いからな!権力使ってでも、頭の堅い刑事さんに君の言葉を聞くように言い聞かせると約束するよ。もちろんそれ以外の時に電話してくれても構わない。内勤とは言え俺も警察官だから、何か役に立てることもあるかもしれないしね」
最終的に俺の顔を見てぽかんとしたコナン君の頭に、ぽんと手を置いた。
「その代わり、事件現場に入ったり、危ないことに首を突っ込んだりするのはなしだ。何かあったら、まず警察に連絡すること。俺でもいいし、松田や、伊達や、それこそ萩原だっていいよ」
俺たちは君の言葉をちゃんと聞くし、疑わない。
困っていたり、危ない目にあっていたりしたら、絶対に助けてみせる。
頼りないかもしれないけど、それが俺たちの仕事だから。
「これが俺に出来る精一杯の妥協だ。聞いてくれるかな、コナン君」
少し唇を震わせたコナン君は、一度口を開いて、閉じた。
そしてもう一度口を開いて、しっかりとした口調で言った。言い切った。
「よろしく、お願いします」
…やっぱり君は、賢い子だね。
そう言って頭を撫でてやると、少しだけ目を潤ませたコナン君は、初めて年相応の笑顔を見せてくれた。
[newpage]
あー…子ども見てるなんて言わなきゃよかったぁ…。
わいわいと騒ぐ子供たちを見ながら、俺は心底後悔していた。
頭を抱えつつ、『少年探偵団の出番ですね!』『どの人が怪しいと思う?』なんて話している子供たちを見つめる。
…俺、苦手なつもりはないけど、子ども好きってわけでもないんだって…。とりあえず何とか事件が一区切りつくまでやり過ごすかという考えに逃げようとしたとき、柊木のイイ笑顔が脳裏に浮かんだ。
『よろしく』
…あれは魔王モードの笑顔だったなー…。
その『よろしく』の意味は多分わかっている。わかりたくなかったけど、わかっている。そしてアイツの指示に従わなかったらどうなるのかも、嫌ってほどわかっている。
___あれは、もう子供たちが事件捜査に興味を持たないよう説教しておけ、という意味だ。
いや俺だってね、相手がまだ普通に会話が出来る年代相手なら警察官としてそれっぽいこと言えるよ?だけど、小学一年生相手ってどういうレベルで言い聞かせたらいいかなんてわかんねーよ?俺子どもどころか弟妹も、親戚の子すらいねえんだよ!?
どうしろってのよ…と遠い目をしたとき、以前の飲み会で柊木が『説教は説得』なんて言ってたのを思い出した。
実際、子供たちに正論振りかざして言い聞かせても仕方ない。危ないからダメといっても、絶対に聞かない。俺も子供のころはダメと言われたことほどやりたくなる子だった。うん、絶対に、聞かない。
とにかく、『今』事件に関わるのをやめる理由がこの子たちの中に出来ればいいのだ。多少めちゃくちゃで筋が通っていない理由でも、『今』納得してくれればそれでいい。本当の理由は、この子たちが成長していく中で理解していくだろう。
となると、だ。まずはこの子たちのことを知ることかな…と思ったとき、あれ、一人足りないんだけど!?
「こ、コナン君は?」
「たった今、トイレに行きましたよ?」
「にいちゃん、ぼうっとしてたから聞いてなかったんだな!」
やっべえええええ!!それ絶対現場に乗り込んでる奴!!
さっと顔色を変えた俺を心配してくれたのか、カチューシャを付けた女の子がだいじょーぶ?と話しかけてくれた。うん、大丈夫じゃない、後で魔王に殺される。
「…大丈夫だよ…」
そんなことを言えるはずもなく、俺は無難に頷いた。
これは、とにかく今ここにいる子たちにだけでも言って聞かせるしかない。事件の詳細はわからないにしろ、殺人犯がいるかもしれないこの状況で、俺がこの部屋を出て探しに行くわけにはいかない。
一番の問題児はそっちに任せたぜ柊木、松田…!と内心やけになりながら、まずはそれぞれの名前を聞いた。歩美ちゃんに、元太君に、光彦君に、哀ちゃん。…え、哀ちゃんて呼ぶなって?ええと、灰原さんならいいの?大人びた子だな…。
「私たち、少年探偵団なの!」
「難事件をいーっぱい解決してきたんだぜ!」
「今回の事件だって、僕たちの手に掛かればすぐ解決ですよ!」
うーん、微笑ましいは微笑ましいんだけどなぁ。
事件に巻き込まれすぎて感覚が麻痺しちゃってる部分もあるのかもしれない。
「へえ、今までどんな事件解決したの?」
と聞いてやると、我先にとその三人は喋りだした。多分、九割くらい盛った内容だろうけど、俺はうんうんと頷いてやる。
…うん、悪い子たちではないんだな。別に誰かを困らせたいわけでもなく、むしろ逆だ。いいことをして、褒められたい。正義の味方になりたい。そういう、子どもなら誰でも持っている願望の矛先が、『少年探偵団』として事件捜査に向いているのだろう。
うーん、憧れるよね、正義の味方。この子たち、ヒーローものも好きみたいだし。
「…それでねっそれでねっ、そこでまた、コナン君が解決したの!」
「いっつもずるいんだよなぁコナンの奴。一人でいいとこ持っていってよぉ」
「本当ですね…って、そういえばコナン君、遅くないですか?」
はっと気づいた光彦君に、灰原さんが薄く笑って言った。
「一人で現場に行ってるのかもしれないわね」
えええ!!と叫んで三人が立ち上がった。
いやいやそういうこと言ったらこの子たちも行きたがるのわかるでしょ灰原さん!?君さっきはこの子たちに言うこと聞くようにって言ってたじゃん!!今更煽らないで!?
「こうしちゃいられません、僕たちも行きましょう!」
「はいはいストップ~。確かにコナン君は現場に行こうとしたらしいけどね、柊木に捕まったみたいだよ」
内心の動揺をおくびにも出さず、スマホを片手に笑って見せた。
え、と立ち上がりかけた三人が止まる。
「あ、柊木ってのはほら、さっきまでおにーさんと一緒にいた人ね?アイツも警察官なんだけど。そいつがコナン君を捕まえて、今お説教してるんだって」
でまかせだが、十中八九間違ってない。
多分、それで柊木もなかなかこの休憩室に来ないのだろう。聴取自体はそんなに長くかからないはずだ。
「あのかっけーにいちゃんか。でもよーあのにいちゃんの説教って怖くなさそうだよな」
「そう思うだろ?…実はめちゃくちゃ怖い」
すっと表情を消して言うと、えっと子供たちは聞き返した。
「…そんなに?」
「俺も刑事さんだけどね、凶器を持った殺人犯は怖くないけど柊木の説教は怖い」
えええっと子供たちは叫ぶ。
残念ながらこれは嘘ではない。武器を持った殺人犯を捕まえるか柊木の説教を聞くか選べと言われたら俺は間違いなく前者を選ぶ。だって殺人犯は確保すりゃ終わるけど、柊木の説教は本気でやめることを約束するまで絶対終わんねえから。多分俺と同じくらい柊木の説教を受けてきた松田も同じことを言うと思う。
「だから大人しくここで待ってような。お説教に巻き込まれたくないだろ?」
はーい、としぶしぶながらも頷いた子供たちは、顔を見合わせてちょっとだけいじわるそうに笑った。
「ちょっとだけいい気味ですね、いつもコナン君一人で行っちゃいますから」
「いっぱい怒られればいいよな、俺たちを置いて行ったんだから」
「そんなこと言ったら可哀想だよ。…でもやっぱりちょっとズルだよね」
『ズル』、か。歩美ちゃんの言ったその言葉が、少しひっかかった。
正義の味方に憧れる子たちなら、きっと『ズル』って嫌だよなぁ。
そう思ったとき、するりと俺の口から言葉が滑り落ちた。
「でも、君たちも『ズル』してるだろ?」
え、と三人が固まってこっちを見た。
そして怒涛の勢いで言葉を投げてくる。どうして?歩美達ズルくないもん!俺たちズルなんてしてねーぞ!コナン君はズルかもしれませんが、僕たちはそんなことしてませんよ!!
その勢いに苦笑しつつ、んーとね、と俺は言葉を選びながら答えた。
「だって君たちも事件に関わったりしてるでしょ」
「だって歩美達少年探偵団だもん!」
「事件調べるのは当たり前だろ!?」
「コナン君が僕たちを差し置いて捜査をしていることをズルだって言ってるんです!捜査をしていることをじゃありません!」
だから捜査すること自体がズルなんだって。
どういえばわかるかなぁ。あ、そういえばこの子たちサッカーボール持ってた。
こんな例えしたら関係各所から殴られそうだけど、まあこの場だけのことだからいいよな。
「君たちさ、サッカーボール持ってたよね。サッカーの試合見たことある?」
突然全く違う話を出した俺に、三人はきょとんとした。
代表して光彦君が答える。
「Jリーグの試合なら皆で何度か観に行きました」
「そっか、サッカー選手ってかっこいいよな~。一生懸命練習して、そんで監督とかいろんな人に認められて、ようやくあんな大きなスタジアムで試合出来るんだもんな。だから応援したくなる」
「は、はい」
「じゃあさ、その試合の最中に、サポーター席に座ってた人が突然ピッチに乱入してったらどう思う?『俺、サッカー上手いから一緒にプレイしてやるよ!俺が点を取ってやる!』なんて言いながらさ」
その場面を想像したのか、一瞬で三人は眉を吊り上げた。
「そんなの、絶対ダメ!」
「ずりーぞ!」
「モラルに欠ける行為です!」
うん、ダメだよね、ずるいよね、と頷いた。
そして重ねて問いかける。何でダメなのかな?と。
「え、だって…サッカー選手じゃないもん」
「そんなのかっこ悪いしよ…」
「ええっと…他のサポーターだって乗り込んできちゃうかもしれないから、ですか?」
「うんうん、全員合ってると思う」
そう、外野からプロじゃない人が乗り込んでくるのは、『ダメ』だし『ずるい』し『かっこ悪い』んだ。君たちもよくわかってるじゃない?
「おにーさんたち刑事はね、学校でたくさん勉強して試験に合格して、また警察学校でたくさん勉強して、今でも毎日いろんな人に教えられたり叱られたりしながら、ようやく刑事になっていいよって、事件の捜査をしてもいいよって許してもらうんだ」
俺たち刑事にとっては、現場がピッチで、事件がサッカーの試合なんだよ。ただし、練習試合なんて一個もないし、どれも絶対に負けることは許されないんだけどね。
そう言いつつ、うわこれ他の奴に聞かれたら絶対殴られる、と頭の隅で思う。事件をサッカーの試合に例えるなんて不謹慎だと特に松田あたりから殴られそうだけど、この場だけのことだから許して陣平ちゃん、この子たちの安全のためなの。厳密に言わなくてもいろいろ違うけど、とりあえずニュアンス伝わりゃいいんだって!
「そこに、警察学校どころか小学校も出てない君たちが乗り込んでくるのは『ズル』じゃな~い?あ、もちろんこの場にいないコナン君もだよ?」
俺たちいっぱい勉強していっぱいトレーニングしてようやく許してもらったのにさー、と拗ねたように言ってみせると、今まで考えてもなかったのだろう、三人はぽかんとしていた。
「…歩美達、事件解決するのはいいことだって思ってたけど、…ズルだったの…?」
ぽつりと、歩美ちゃんがつぶやいた。
俺の拙いお説教でも、一応感じるところはあったらしい。
「…そうね」
唯一じっと黙って俺の話を聞いていた灰原さんが、ようやく口を開いた。
なんて事のない顔で、続けて言い放つ。
「警察学校って、すごく厳しいところなんですって。朝も昼も晩も勉強して身体鍛えて、あまりの厳しさに逃げちゃう人もいるそうよ。そういう試練をクリアすることなく事件捜査だけやるなんて確かに虫のいい話よね、ズルかもしれないわ」
「そ、そんなぁ…哀ちゃん…」
じわりと、歩美ちゃんの大きな瞳に涙が滲んだ。
うわわ、泣かせたいわけじゃないんだけど!灰原さん、援護射撃はありがとうだけど加減してお願い!!
「たとえば皆が、こんな怪しい人を見たよっていう話を聞かせてくれるだけなら、すごく有難いし、それはズルじゃないんだけどね。それは俺たちにとって応援みたいなもんだから。だけど、わざわざ怪しい人を探しに行ったり、事件が起きた場所に自分から行こうとするのはズルかなぁ。おにーさんが言ってること、わかる?」
わかります、と呟いたのは光彦君。
ズルはダメだよな、と元太君もしょんぼりと頷いた。
…とりあえず、伝えたいことは伝わったかな?そう思ったとき、ドアをノックする音が響いた。
*
どうやら事件はすでに解決したらしい。
入ってきたのは柊木に松田、そしてコナン君。やっぱり一緒だったか。
さぞ柊木に叱られてへこんでいるのだろうと思いきや、そうでも…ない…?あれ、説教したんじゃないの?と不思議に思いながらも、パトカーと俺の車でこの子ら送ってくから、という松田の言葉に頷いた。
「じゃあ二つに分かれてくれる~?家が近い者同士でくっついてくれると助かるな」
そう言うと、灰原さんとコナン君、元太君光彦君歩美ちゃんでわかれた。
じゃ、俺がパトカーで後者三人を送っていこうかな。人数的に柊木は松田の車に乗ればいい。
送ってった後は本庁な、という松田に頷いたとき、後ろからそっと裾を掴まれた。
「ん?…あれ、どうしたの灰原さん」
かがんで目線を合わせてやると、灰原さんは裾を掴んでいた手を離した。
相変わらず無表情で、何を考えているのかイマイチわからない。
「お説教、もうちょっといいたとえ話はなかったの?」
「あれ、それ言っちゃう…?おにーさん結構頑張ったんだけど…」
開口一番のダメだしに、俺は苦笑した。
う~ん、普段そういうことしないから苦手なんだって…。
「…でも、あの子たちには響いたみたい。多分これで、少しは大人しくしてくれると思うわ。…ありがとう」
…え。
それだけ言い捨てると、灰原さんはするりと身を返して松田の車の方に走っていった。ほんのわずかに聞こえたお礼と、ちょっとだけ見えた照れた顔はきっと俺の気のせいではない。
何だ、ちゃんとお礼が言えるいい子じゃないの。慣れないことをした甲斐はあったかなと少しだけ笑いつつ、俺もパトカーに向かって歩き出した。
[newpage]
それぞれを送り届け、本庁での聴取もひと段落。
休みが休みにならなかったなぁと溜息をつきつつ、俺は何故かうちに乗り込んできた松田と萩原に飯を食わせていた。
「何で俺がお前らに晩飯作らなきゃいけないんだろう」
「え、そういう約束だったじゃない?」
「それは今日付き合ってもらったらって話だったろ。結局一日何もできなかったじゃねえか。というか松田、お前聴取とかいいのかよ」
「いいんだよ、俺は今日ただのフォローだったんだし。第一あんなしょぼくれた顔見ながら仕事なんざしたくねえ」
あー、と遠い目をする。
それなりに言うこと言ったので、むしろへこんでもらわないと困るのも事実なのだが。
「結局、目暮班にも問題児にも説教かましたんだよね?」
その割に少年の方は、あんまり落ち込んでなかったみたいだけど。
萩原の台詞に、松田と目を見合わせた。
「…まあ、コナン君にはだいぶ手加減したかな」
「ああ、相当に優しかった。お前あんなに優しい説教も出来るんじゃねえか」
「えっそうなの?てっきり泣いて謝るまで言葉責めするもんだと思ってたのに」
人聞きが悪いセリフを吐いた萩原のおかずを一皿取り上げると、ごめんなさい!と言う言葉が飛んでくる。食を握ってる奴に対して暴言吐くと痛い目見るぞ、いい加減覚えろ。
「頭が良かろうが小学一年生だぞ。子ども相手なら俺だって手加減くらいするわ」
手加減をしていようと、ちゃんとこちらの言いたいことが伝わればそれでいいのだ。コナン君には、ちゃんと伝わっている。あの後きちんと連絡先を交換したが、コナン君は本当に嬉しそうだった。隣にいた灰原さんはなぜかその様子を二度見してたけれど。
「…わかってはくれた感じ?」
「多分。目暮班も…まあわかってくれてねえんなら捜査一課の人員が綺麗に入れ替わるだけだな。二人とも、昇任早々悪いけど降格を覚悟しろよ」
「俺も!?」
「させねえよ」
不機嫌そうに松田は唸った。どうやら伊達と一緒にもう一度説教をするつもりらしい。毛利探偵のことも含めて、ちゃんと線引きはさせる、と言ってくれた。それならきっと大丈夫だろう。
「そっちの方はどうなんだ?」
「えー、少年探偵団?うーん、多分捜査に首突っ込むのがダメなことなんだっていうのはわかってくれたんじゃない?」
なら、とりあえずは良し。
萩原に説教を任せるのは不安もあったが、何とかこなしたらしい。確かにあの子たちも目に見えてしょんぼりしていたし、うまいこと話を持っていたのだろう。これから無茶をしないでくれるなら、それだけで十分だ。
「じゃあ今日片づけるべき案件はあとひとつだな」
「え、何?」
「なあ萩原、何で俺は今日、休憩室の『外』でコナン君と鉢合わせたんだろうなぁ?」
そう言うと萩原はげっ!と顔色を変えた。
何だお前、あの坊主のこと逃がしたのか?そう松田が面白そうに乗っかってくる。
「俺、よろしくって言ったよな?」
「え、それ、あの子たちにお説教のしとけって意味でしょ!?」
「面倒見ることも説教することも逃げないよう見張っとくこともまとめて『よろしく』っつったに決まってんだろが。何子ども一人見逃してんだテメェ」
「え、あ、…ごめんなさい!!」
素直で結構だが、お前いくらなんでも保護対象の前で気を抜くのは頂けねえわ。
メシ食った後説教な?と笑ってやると、俺ホント今日ついてない…と萩原は肩を落とし、松田はその横で堪えきれずに噴き出した。
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結局いっきに書いてしまった…めっちゃ長い…ごめんなさい読むの大変ですよね…。<br />しかしわけるのもどうかと思ったので一気に投下してしまいます。<br />今までで一番長い…しかもこれでもまだ後日談とか入ってない…。<br />それはまた改めて書きます…。<br /><br />展開にも、それぞれの言葉にも、賛否両論あると思います。<br />個人的には厳しめのつもりはないので、厳しめタグもつけていません。<br />(これまでの話でさんざん自衛を求めてるので大丈夫かな?と思うのですが…)<br />自分で書いて自分で推敲をしているので、どうしても自分の頭で勝手に補完して書いてしまっているところもあるかもしれません。<br />多少は次回補完させていただきますが、無茶苦茶な場所があればご指摘いただければと思います。特にコナンの心情部分は次回の予定。<br />ただし、申し訳ありませんが批判はお控えください。<br /><br />間違いなく言えるのは、論理云々以上に、所詮は17歳の未成年である主人公よりも、<br />29歳で警察上層という魑魅魍魎の相手をしているオリ主君の方が間違いなく一枚も二枚も上手だということです。<br />説得や交渉において、相手を動揺させるのは常套手段ですね☆<br /><br />…あっ少し入れたミステリ部分は何かあっても全力で見ないふりしてください!!<br />お願い!!!します!!!!詳細全然考えてないから!!!!<br /><br />追記<br />2018年08月23日付の[小説] 女子に人気ランキング 22 位<br />2018年08月23日付の[小説] デイリーランキング 49 位<br />2018年08月24日付の[小説] デイリーランキング 41 位<br />うわああ…ありがとうございます…!<br />あと誤字と言葉尻少し修正しました…!
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六花の正義
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10027447#1
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白く深い霧の静寂に覆われ、静まりかえった山林の中に微かな声が流れている。
早朝の凛とした気配には似つかわしくない、地を這うような低いうなり声に似ていた。
耳を澄ませば、それは一人ではなく複数の人間の声が合わさり混じり合ったものとわかっただろうし、少しの知識があればそれが神道で使われる祝詞に似たものであると気づいただろう。
その音は杉林を越え、より深い山の中腹に開いた天然の洞窟より漏れ聞こえていた。
そこにはまるで数百年も前の光景かと見間違えるような奇妙な集団が座していた。その数、百人は下らない。一心に祝詞を唱える白装束の和装の男達の中心には、今まさに日本刀を振り上げた鬼気迫る表情の男がいる。重々しくふり下ろされるその下にあったものが爆ぜ、大量の血しぶきを周囲にまき散らした。
すぐそばにいた者達の顔面や白装束は一瞬にして血で濡れそぼり、絶える事無く続いていた祝詞の音量が一層大きくなり辺りを熱気に包んだ。
[newpage]
──東京都 米花町。
「時期尚早・・・ということは無いと思う」
「まあ・・・そうですね」
開店前の喫茶店ポアロのカウンターには、一枚の紙と共に、紺色のまるっこい指輪ケースが置かれていた。
カウンターをはさんで店員側に立つのは、この店の看板娘。
そしてカウンターに据え付けられたスツールに浅く腰掛けるのは、この店の元アルバイト店員で元イケメン看板息子で、この店の上階の探偵事務所の所長の弟子で、元悪の組織のメンバーで、なお且つ現職警察官という、めんどくさい肩書きを持つ看板娘の恋人だった。
以前よりは兼務も減り、いくらかの余裕も出たようだが、それでもかなり忙しい人物であるため、なかなか逢瀬の時間も取れない。そのせいか、どちらからともなく彼氏彼女になりましょうと認識してからもう1年以上経つというのに、ふたりの関係は遅々として先へ進むことは無いのだった。
見た目に反して実は結構奇行の目立つ彼は、近頃では何を思いついたかと思えば、朝活と称して梓が朝番の日は早朝から開店前のポアロにやって来て、開店準備をする彼女の様子を見ながらコーヒーを飲むことを習慣にしているようだった。
はっきり言って朝の一番忙しい時間に店内にいられるのは店側としてはちょっと迷惑でもあるものの、夜更けに寝不足の顔を隠さずヨレヨレのまま自宅に押しかけられるよりは、こざっぱりした格好でさわやかに現れて朝の挨拶をしてもらったほうが何倍もマシだ。
だから梓も何も言わずに時間外のコーヒーを淹れて出すようにしている。
店の準備の片手間に小一時間程度。ふたりきりのたあいもない会話を楽しみ、少しだけおまけを付け足した特別メニューのモーニングを食べさせ、行ってらっしゃいと送り出す。
ところが今日は少し勝手が違った。
今日も7:00きっかりに現れた降谷にコーヒーを淹れようと彼に背を向けたところ、「ちょっと話がある」と呼び止められた。
そして振り向くとそこには、件の紙と箱が置かれていた。
婚姻届と婚約指輪であることは一目でわかった。
「・・・」
「・・・」
降谷は恐る恐る目の前に立つ梓の表情を上目遣いに伺っている。
梓もどう応えるのが正解なのかと降谷の表情を伺っている。
沈黙に絶えかねて口を開いたのは降谷の方だった。
「・・・やっぱり早かった・・・か?」
「いえ、そういうわけでは・・・ていうか期間的にはもう一年くらい経ってますもんね」
何気なく口にした「期間的には」という梓の言葉が、勝手に降谷の心をえぐった。
─そうか・・・やっぱりそうだよな。
先ほども述べたように、彼の仕事は働き方改革が叫ばれるこの時代に反して今も結構な激務なのだった。
このため交際期間はそこそこあるものの、ふたりで過ごした時間があまりにも短いことは否めない。なんなら付き合い始める前のほうが一緒にいる時間が長かった。唐突感があることは本人も認めるところだ。
─でも仕方がないじゃないか。いつ時間が空くかわからないし。「会社」に申請していた書類がやっとそろったんだから。あとはこの「紙」に梓のサインを貰って、市役所に提出すればOKだ。それから、こういうときに必要なんだろ指輪。ちゃんと買ってきた。店の人に用途も説明した上で適切なデザインと価格の物を選んでもらったし。うん、何も問題ない。
そもそも一番大事な部分をはしょっていることは華麗にスルーで、降谷は萎えてゆく気力を奮い立たせて言葉を続ける。
「忙しいことは相変わらずなんだけど、実は、今度異動がある。そうすればほとんど後方支援がメインになるし、潜入捜査を命じられることはおそらくなくなるんだ。だから・・・」
その言葉に伏せていた梓の視線が上がり、ふたりの視線がかちりと合った。梓の表情が明らかに明るくなっている。
─やった、よろこんでる。
それに勇気を得てさらに言いつのる。
「順番は逆になるかも知れないけど、結婚すれば今よりは一緒にいられる時間は取りやすくなると思う・・・だから」
だが、その必死の訴えは、自らのスーツのポケットに入っていたスマホの呼び出し音に遮られた。
─あ。
─あ。
ふたりの視線が再び重なる。スマホを取り出さなくても言葉を交わさずともふたりにはわかっていた。これからの展開が。
梓が困ったようにへにゃっと笑い、降谷はものすごく深いしわを眉間に刻んだ。
スマホの着信画面を一読した降谷は、苦虫をかみつぶしたような表情を隠さず、素早く書類と指輪を回収すると梓に両手をあわせる。
「ごめんっ。この続きはまた後で・・・。今日夜、家に行くからさ」
梓は苦笑しながら応える。
「期待しないで待ってます。早く電話に出てあげた方がいいんじゃないですか」
「・・・期待しないって・・・まあ、そうなるかもだけど・・・そう言われるとちょっと傷つくっていうか。ほんっとうにごめん、じゃっ」
そう言うと降谷は店の前に止めた派手なスポーツカーをかっとばして走り去ってしまった。
「やれやれ」
梓は一人微笑みを残したまま、開店作業を再開した。
彼に期待しないのはもう習慣になっている。
約束通りにやってくるかどうかはまあだいたい3割くらいの確率でしょ。と思っている。そうでもしなければ彼の恋人は続けられない。
降谷は求婚の求めに即答しなかった梓に不満そうだったが、そう思う前にひとまず自分の胸にそっと手をあて、よく考えてみましょう。と、言いたい。
仕事だから仕方ないとわかっているので、梓も怒る訳では無いが、いつもあんな感じで肝心なときに突然目の前からすごい勢いで走り去り、非常識なレベルで音信不通になる。
なんの前触れもなく結婚セット一式もってきた理由もなんとなくわかる。
どうせ、そうだ結婚しよう!俺、梓さん好きだしそれがいい!と突如思い立ってすぐさま必要なタスクを洗い出し、サクサクこなす過程で、配偶者になる人の承認という工程に至ったのが今日だったから持ってきたのだろう。
雰囲気もへったくれもない。自分が最善と思ったことに一直線。それが降谷零。
なんかの記念日とかそういうのでないことは間違いない。彼は安室さんではないのだ。
─降谷さんですからねえ。ていうか婚姻届持ってくる前に、まずは相手の意思を確認しましょうよ。ってプロポーズはどこいった?あ、今のアレがそう?いやー私、わからなかったなー。
梓はカウンターに台ぶきんをかけながらため息をつく。
─安室さんならきっと、ゼクシィが100点満点くれるようなシチュエーションとセリフで完璧なプロポーズしてくるんだろうなぁ。
それも結局は降谷が安室式プロポーズを実行するためにゼクシィ買って学習して行うのだから、本心からの行動ではないのだけれども。
─でも!そういう知識(プロポーズのためにゼクシィで予習する。そうすると女性は喜ぶ)があるのならば、別に安室さんのふりしなくても降谷さんのままでそれすればいいでしょ?何でしないの!?むしろしない理由がわからない!
梓は思わずぐっと台ぶきんを握りしめる。
安室の生クリーム吐きそうなくらい甘すぎる王子様チックな言動も、一般ピーポーな梓にとってはもてあまし気味であったが、武士か!とツッコミのひとつも入れたくなる降谷の「自分、不器用ですから」的な言動にも度が過ぎていてついていけない。
─大変なイケメンとお付き合いするという栄誉の裏にこんな苦労があるとは思うまい。あむぴーファンのJKよ。
とはいえ、降谷が「結婚」という最も苦手そうな分野に自分から取り組んでくれたことは嬉しかった。
降谷とつきあうようになり彼の性格がわかってきたとき、梓はなんとなく「当分結婚は無いな」と思っていた。放っておけばずーっとこのままの関係でいくか、するとしても自分主導でやり切るしかない。だってこの人は自分だけの幸せを掴むための時間を作る事なんてしてはいけないと思い込んでいるふしがある。
そんな男の人が自分の信条を曲げてでも、ふたりの人生を歩もうとしてくれたのだから、本当ならがんばったねってほめてあげたかった。
それなのに返事に間が空いてしまったのは、回答に困ったからではなく、ちょっとあきれたからだ。うれしさを上回る以上にものすごくあきれてしまったからだ。
梓は考える。
だって、よく考えてほしい。今、開店前の作業中。あと三十分もすればお客さん来るって状況でどうしろっていうの。まあ、婚姻届にサインは書けますよ。ええ。荷物の受け取りみたいにササッと書けばいいんですからね。でも、どうせ書けたらあなたその紙握りしめてスポーツカーで走り去るんでしょ?そのあと私、午後4:00まで仕事ですよ。しかも接客業ですよ。そんな人生の中でも重大な決めごとしたあとで、深く考えるヒマもないんですよ。しかもしかもあなたヘタすると一週間やそこら簡単に音信不通になりますよね。今後のことを話し合う時間も無いんですよ。実際いま、3か月音信不通だし。
だから言わせて貰おう。休みの日とは言わない。せめて定時後に来い。と。
「なんで・・・」という顔が目に焼き付いて離れないが、梓は首を振って再度ため息をついた。
王子様に恋をしたはずなのになぜか武家のヨメとして求婚されているような気分だった。
─結婚もいずれは良いでしょうけどね・・・。
[newpage]ちゅんちゅんという雀の声が聞こえる中、通りに出た降谷は早朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで伸びをした。
関東近郊よりこちらの空気はおいしいような気がする。
軽く両手を振り回して運動のようなことをした後、鉄製の自立式ちりとりと小さな箒を手にした降谷は屈んで道路を掃き始めた。
─こうしているとポアロを思い出すな。
あの頃もよくこうやって店の前の掃除をしたものだ。
わずかな感傷は、上から聞こえてくる朗々と流れる祝詞に打ち消された。
「高天原に神留り坐す。かむろぎかむろみのみこともちて・・・」
見上げると、この雑居ビルの5階に位置する事務所の窓が開け放たれていた。
この祝詞は組長が朝のお勤めで毎朝上げている御祓詞だろう。
「おう、龍司、朝からご苦労だな」
思わず祝詞に聴き入ってしまっていて、背後を取られたことに気がつかなかった。
慌てて振り返ると45度きっかり頭を下げてハラに力のこもった挨拶をする。
「おはようございますっ」
胸に下げた純金喜平6面ネックレスが、下を向いた降谷の目の前にぷらんと垂れ下がった。
「いいから、掃除続けな」
仕立ては良いが趣味の悪い派手なピンストライプの生地のスーツを着た男は、そう言って降谷の肩を叩きながら機嫌良く通り過ぎる。
若頭の神林だ。その後ろを2~3人の組員が後を追う。
早朝のお勤め、ぴしっと決まった挨拶、明確な上下関係、そして日の丸!
─ああ、清々しい!これぞ日本!
思わずこぶしを握り締め強くうなずいてしまう降谷。
ここは北九州の地方都市にある右翼系指定暴力団の事務所。
そして、降谷はここで1ヶ月ほど前から、滝本龍司25歳という肩書きで世話になっている身だ。
設定上いたしかたなく、歳は10歳程度サバを読んでみたが特に問題は無いようだった。
─あれれーおっかしいなー。なんで俺こんなところにいるのかなー。たしかもう潜入はしないはずって言ってたのにー。
小首をかしげてコナンっぽい口調で考えてみる。
梓へのプロポーズ中に急遽管理官に呼び出されたのが3ヶ月前。管理官から下された仕事がここへの潜入だった。
[newpage]秘匿ハンコを至るところに押された資料に目を通し終えた降谷は「ふう」とため息をつき首を振る。
紙の束の角をトントンと合わせて目の前の上司へ丁重に差し戻しながら言った。
「なぜウチが?というより私が?こういうところへの潜入なら地元の警備部なり公安三課なり担当がいるでしょう。そもそもマル暴やら右翼は私の班とは担当が違うし。まあ、今から三課の指導係に異動っていうことならそれでもいいですが。どっちにしたって自ら視察に行くなんてナシですね。北九州、遠いし」
「お前も知っていると思うが県警警備部のマル暴担当は対象とつながりが深すぎる。県警の中にはなれ合いで情報を取るヤツがいるからな。しかも今回は内部の情報も漏れている可能性がある」
あくまで他人事という立ち位置を守るべく、あきれたような顔をして肩をすくめる降谷。
「だったらしかるべき手続きを取って公安三課の内部調査頼んだらいいでしょう」
「それはまた別で対応している。とはいえ視察を中断するわけにもいかないだろう。とりあえずネズミが捕まるまでの間は、今までの担当と全く接点がない人間が適任だ」
「・・・視察を中断っていいましたか?なぜ」
「実はすでに公安三課から作業と視察のために現地に数名向かわせたのだが、いずれも数日で連絡が途絶えた。身バレしたのかどうかすら不明」
「途絶えた」
管理官の言葉を繰り返した降谷の顔が途端に険しくなる。
「それで、面の割れていない畑違いの自分?でしょうか」
「ああ、余人を以て代え難し」
「それでも面が割れてないと言うだけなら。他に適役がいくらでもいると思うのですが」
「実は先に作業の仕込みはできていてね。すぐに成り代われる筋書きはあるのだが、20代の男性なんだ。ちょうど良い年頃の若手は全員出払っている。君はほら・・・若く見えるからね」
「準若手・・・と言うことですか」
重々しくうなずく管理官。
─いやもう俺そろそろ三十半ば。
余人を以て・・・などと言うが、降谷には単に若く見えるというだけにしか聞こえない。
─いや、ここで流されるながんばれ俺。どこのどいつだか知らないヤツのケツ持ちのために、こんな大事な時期に地方に長期出張なんて全然笑えない。そんなことしてる間に梓さんをつまんない男にかっさらわれたらどーしてくれるんだ。
ありもしない仮定にすら嫉妬する降谷は灰色の脳細胞をフル回転させて必死に考える。
─そ、そうだ、この切り口で行こう!
「自分、近いうちに結婚申請するつもりなのですが。たしか10月には異動の辞令もあると内々に・・・」
このご時世、彼らのような特殊な任務に就く公務員であっても、一応妻子持ちには気を使って、身分を偽っての潜入捜査からは極力外す傾向にあるはずなのだが。
「知っている。というか君の申請フローの2次承認者は俺だからな。こないだ身上調査報告書にちゃんと承認印押してかえしただろう?もちろん君から結婚申請が上がったらそっちもすぐに承認するつもりだよ」
だいたいにおいてルールに「極力」と付け加えられた場合、「完全に」ではないので選択肢としてはアリです。という一例だった。
「この任務を完了したら・・・ということなんでしょうね」
降谷の奥歯がぎりりと音を立てるが、どこ吹く風と笑う管理官。
「まあ、そうなるかな」
「・・・・パワーハラスメント・・・なんちて」
降谷のつぶやきが聞こえなかったのか、それとも聞こえてないフリなのか管理官は突然口調を替えて話し出した。
「話は変わるが、風見係長を知っているか」
「ええ、以前警視庁に出向したときに同じチームだったことがありますが」
「彼はその後、警視庁公安三課に異動したんだ」
「・・・」
「帰ってこないうちの一人は風見係長だ」
知ってるヤツのケツ持ちだった。
「・・・ちっ」
「舌打ちしない」
ため息とともに、一度突き返した資料を自分の手元に引き寄せた降谷は立ち上がる。
「わかりました。では、行って参ります」
「頼む。異動と結婚申請についてはつつがなく手続きをしておく」
[newpage]「最近、降谷さん見かけないね」
ポアロのカウンターに腰掛けた新一が、コースターの上にアイスコーヒーを置いた梓に言う。
「あーまた「お仕事」が忙しいみたいで?もう3ヶ月くらい?連絡取れなくて・・・」
自分のしてきたことはすっかり棚に上げて新一が言う。
「よく続くね」
新一は頭が良すぎるのか、普段から大人と関わることが多いせいなのかわからないが、とりあえず年上の人間に対する口のきき方をしらない。
一介の喫茶店店員の梓なんぞには当然タメ口だ。
そんな尊大な態度のせいか、年下ということを忘れて梓も大人の話題を振ってしまう。
「はは、とうとうこないだプロポーズされかかったし」
「え!?それで?」
「返事しようと思った時に「会社」から呼び出されてそれっきり。ていうかそれっきり顔もあわせて無くて。LINEの既読もつかないから、もしかするとまた潜入とかにいっちゃってるのかも」
「は?・・・それで数カ月経過。よくまあ・・・」
あきれたように続ける言葉を失う新一に深くうなずく梓。
「だいたい降谷さん、結婚の意味わかってるのかな?時々なんか微妙なのよね」
「いやたぶんわかってるんじゃないかと。オレよりずいぶん前からおとななんだし」
「そうかなあ。なんか案外結婚してもいままでとたいして変わらないんじゃないかってうすうす感じてて・・・」
独り言のような梓のぼやきに何か引っかかりを感じた新一が聞き返す。
「いままでって?」
「仲のいい同僚。あ、元同僚か。今は仲の良い店員と常連さん。にちょっと毛が生えた程度かな」
「は?」
「うん」
「つきあってないの?」
「いやたぶんつきあってる。そうじゃなかったら指輪出てこないし」
「でも、仲の良い同僚程度の接触。キスは?」
「それは、したかな。告白されたときに」
「え?それだけ?」
いちいち確認するような新一の言葉に、ああ、そういえば未成年の異性になってことを私ったらとようやく気づいた梓は、わざとらしくぺこりと頭を下げる。
「詳細は控えさせていただきますが、お察しの通りです」
「・・・ごめんね。聞いていい?あのヒト、あんまり口に出して言えないなんかの病気とか?」
「知りません。だいたいほとんど会ってないし」
「・・・なんで梓さんそんな人とつきあってるの?」
「でしょ?それなのにいきなり朝っぱらからプロポーズされて思わず引いてたら、呼び出しが来て途中で帰っちゃった」
「梓さん・・・もしかしてそれ、別に待ってなくてもいい案件なのでは」
[newpage]同じ頃。最愛の想い人にそんなふうに思われているとは露知らず、降谷は遠い地でがんばって仕事をしていた。もちろん自分と梓の未来のためだ。
掃き掃除を終えた降谷こと滝本は事務所のある5階に戻る。
事務所では祝詞を終えた組長の篠山がやけにりっぱな神棚の前から立ち上がったところだった。滝本になりきった降谷は、声には出さず「ウス」と口の形と会釈のポーズで挨拶をして室内に入る。
すでに初老に入りかけている篠山だが、がっしりとした体格を保っており、昨今の締め付けにより厳しくなったと言いつつ、未だ多くの組員をまとめる長の貫禄がある。
篠山はすごみのある顔をほころばせて滝本を呼ぶ。
「おお龍司。お前もどうだ?大祓詞あげられるんだろ」
「自分は結構です」
「そうかー。残念だな。オイ、木村、この龍司は見た目はこんなちゃらちゃらしたイケメンだが、どうして芯はしっかりしてんだぜ。学もあるしよ。俺はこの年で祝詞覚えているヤツははじめて見た」
滝本(降谷)は事務所に連れてこられた初日に、この神棚の前で最初から最後まで祝詞を奏上したことで、篠山の心をがっちり掴んでいた。
通常潜入捜査の際には、潜入先の習慣風俗を会得するものだが、今回においてはそんな付け焼き刃の勉強など必要ない。すでに知っているから。
筋金入りの日本好きかつ自他共に認める博学な降谷のこと、神道で日常的に使われる祝詞は一通り覚えている。ついでに言うなら日本書紀も古事記も愛読書のひとつだ。
そんな降谷が、普通の御家庭では到底お目にかかれないりっぱな神棚を見せられて黙っていられようはずもなかった。
事務所に入って早々、わからなくてもいいからとりあえず手を合わせろと神棚の前に立たされた途端、うっかり祝詞をあげてしまった。その後の感極まった表情はけして演技で出せるものではなく、感動した篠山の大喝采を受けたのであった。
そんな経緯で、すぐに組長のお気に入りとなった滝本だったが、あえて言葉少なに応えて一歩下がる。
「以前世話になった叔父貴に少し教わっただけっす」
あくまで出過ぎない。
日本の集団はどこまでいっても日本的。空気読んでなんぼ。同じ犯罪組織でも仲間内で出し抜きあいをするマフィアとは違うのだ。
ここでは2割バーボン、8割安室くらいでちょうど良いだろう。
ちなみに25歳滝本龍司は、東京の半グレで、付き合いのあったヤクザの女とできてしまい地元に居づらくなって地方に逃げてきたという設定になっている。
このような設定なので、公務員としては特異な見た目も違和感はない。むしろここでは平凡ですらある。
彼は繁華街の大通りでウロウロしてはヒマそうな若い女性に仕事しないかと声をかけている平凡なチャラ男なのだ。もちろん目はカラコン、髪は染めて、最低でも月イチで日サロに通っていることにしている。むしろ彼を警察官(しかも公安)と見抜く方が難しい。
正直、降谷としてはこんな男が目の前にいたら速攻職質かけてしょっ引いて、日本男児として恥を知れと説教食らわせたい対象No1なのだが。
組長が神棚の前を離れると、他の組員も順番に柏手を打っている。
「おう、龍司、茶ぁ。あと灰皿ぁ!」
いち早く礼拝を済ませて部屋の隅で控えていた滝本に、ソファに腰を下ろした若頭から声がかかると、脊髄反射的に返事が出た。
「はいっ」
古くさいといわれている警察組織ですらこんなあからさまなタテ社会はすでに絶えて久しい。今なら即座にコンプライアンス委員会にかけられてしまう事案だ。
─あーなんて居心地がいいんだ。本業の職場では禁句だが、やっぱこういう経験大事だよ。特に若いうちはさ!返事は「はい」のみ。小声厳禁。雑用は若造の仕事。理屈じゃないんだよ。そうだよこれだよ。これ。
タテ社会最後の経験者であった滝本(降谷)が、自分の駆け出しの頃など思いだしてうんうんうなずいていると、また怒鳴られた。
「気色悪い。なに頭振ってんだ、灰皿ってんだろ!早くしろ!」
「はいっ」
─くーっ。いい!
激烈タテ社会にすでに完璧に順応している降谷だった。
[newpage]その頃の梓。
「あれから全然連絡くれないし。連絡できないくらいの怪我してたりしないかな」
「あの人環境適応能力高いから、案外楽しくやってるかもしれないよ」
「だといいけど」
その頃の降谷。
今度は打ち水をするよう言いつけられ前の通りに水撒きをしていると、目の前に真っ白な大型トレーラーが遠慮なく割り込んできた。
「わあ!」
車に驚いたのではない。打ち水用のひしゃくを握りしめたまま目を輝かせて歓声を上げる姿はすでに虚偽年齢25歳よりさらに15歳ほど若返っている。
日の丸だ!日の丸!
降谷は事務所の前に横付けされたトレーラーを見上げ、車体に描かれた尋常ではなく巨大な日の丸にときめいた。
すると
「どうだ、ボーズ乗ってみっか?」
あまりの喜びように気を良くした兄貴分の組員が、運転席の窓からくわえタバコのまま顔を出す。
滝本(降谷)はまるで小学生のように目を輝かせてガクガクうなずいた。
「いっいいんすか!?ヨシさん!」
「おう。これからしまいに行くとこだから」
「自分、若頭に許可貰ってきます!」
─キタ!!コレー!一度乗りたいと思ってたんだ!
梓は知らない。
仕事と称して3ヶ月もプロポーズの続きを延期している男が、金の極太ネックレスに模造シルクの柄シャツというアレな服装を身にまとい、街宣車の助手席で超ごきげんに軍歌を熱唱してるなどとは。
「せめてお仕事、少しは楽しんでくれてれば良いけど・・・」
新一が先ほど言ったとおり、そんな心配はまったく無用なのだった。
[newpage]「行ってきまーす」と街宣車の窓から元気に手を振る滝本の姿を、事務所の窓から見下ろした男は、アゴをしゃくって後ろの応接セットに腰掛けた篠山に聞いた。
「なんでぇアレは?芸能プロダクションでも始めるつもりか?」
「あ?ああ、ありゃあこないだ入ったウチの期待の新人です」
窓から離れた男は左手に挟んだタバコをチラと見ると顔をしかめて、ダルそうな動きでソファに戻る。
篠山の前に置かれた人でも殺せそうな分厚いガラスの灰皿にギリギリまで吸いきったタバコを押し付けて言う。
「ふん、なんか甘っちょろいツラして。どこのもんだ?」
「東京から、ウチの支部の口利きで預けられたもんですから。一応裏も取れてます」
「とうきょうー?。ふん。ま、後でよく顔見せてくれ。こっちも台帳にのってるか調べてみる」
「気になりますか?まあ、胡散臭いは胡散臭いでしょうな。そういやまだ玉城さんに紹介してなかった。これから世話になることもあるだろうし。また近いうちに寄ってくださいよ」
「どうだかな。最近「会社」のほうがあんまりこっちに遊びに行くなってうるさくてよ」
「まったく。いやな世の中になっちまったもんだ」
[newpage]目の前に、見慣れたガラスのドアがあった。中央にはその店の店名が書かれている。
─あれ?なんで・・・
ほんの一瞬違和感を感じるが、すぐに記憶は補正された。
あ、そうか、足りないものがあったんで急遽近所のスーパーに買い出しに行かされたんだ。
途端に左手がずっしりと重くなり、見下ろすとパンパンに膨れたビニール袋が下がっている。
─大丈夫だよな。えーっとなんだったか。あれ?なんだったっけ?あ、そうかトマト缶がなかったんだ。
袋からはせっかく買いに来たのならと、考えなしにいくつもほおりこんだホールトマトの缶詰が詰まっている。重いはずだ。
一番上には、順番でとる休憩タイムに食べようと買った棒アイスの箱も乗っている。
忘れ物は無いらしいと確認できたので、空いた右手でガラスのドアを開けて中に入る。
店内を見渡すと、ランチタイムの終わりかけで3割程度の客入りと、カウンター内でこちらに顔を向けている梓の姿。
「あ!お帰りなさい!ありがとうございます!!今んとこ、なんとかナポリタンのオーダー回避でしのげてます」
なぜだろう。なんで俺、こんなに、震えてるんだ?たった1時間にも満たない買い物帰りの筈なのに、まるで・・・。
「安室さん?」
訝しげな梓の声に、安室ははっとしてすぐに返事を返す。
「遅くなりました。すみません」
「いいええ。全然。こちらこそ急にお願いしちゃってすみませんでした。とりあえず荷物受けとりますね」
近寄ってきた梓にビニール袋からトマト缶ひとつとアイスの箱を渡しながら小声でささやいた。
「はい、これ、冷蔵庫に入れておいてください。休憩の時に食べていいですよ。僕のおごりです」
「え、やった!」
1箱5本で200円程度のアイスにほくほくする梓を見みて癒やされる。
その日のポアロはいつも通りのまあまあの客入りで、何事もなく閉店時間を迎えた。今日は梓がラスト21:00までで、閉店作業をして帰る事になっている。
安室のシフトは19:00上がりなのだが、いつものように残って一緒に閉店作業をする。これはマスターには内緒だ。もし知れたらその分の時給を払うと言って聞かないだろうから。
梓が頭を抱えながらレジ締め作業をしている間に、窓のブラインドを下ろし、外灯が消えていることを確認する。
この静かな習慣作業が安室はことのほか気に入っていた。今日も一日無事に終わった。よく働きました。おやすみなさい。という気分になるからだ。
「梓さん、そろそろいいですか?」
「うー、あともうちょっと・・・」
梓は小銭を数えている。また少し勘定が合わないのだろう。
ポアロのレジは古い。旧式のボタン登録もできるのだが、設定が面倒だとブレンドとアイス以外は金額を打ち込んでいる。そもそもコーヒーも豆の種類で値段が違うので、遙か昔に設定したブレンドとアイスのボタンが使われる事はない。
もちろんその日の結果がボタンひとつで出てくるような機能も搭載されていないので、売り上げ一覧を出力したら、朝の入金と今の残高で収支が合っていることを確認しないといけないのだ。
スマホがPOSレジ代わりになってしまう時代にそんな旧式な方法をとっているので、どうしても勘定が合わなくなってしまう事がよくある。
安室がレジ締めをするときは、2回ほど再計算しても少額が合わないときは仕方ないとしてマスターに連絡メモを残しておしまいにするが、梓の場合は几帳面なのか自分の計算に自信がないのか、なかなか確定しない。
実際間違っているときもままあるので、手持ち無沙汰になった安室は梓の後ろに回って、計算を見る。
「ふふ、先生みたい」
「バカ言ってないで遅くなるからさっさと終わらせますよ。ほら、梓さん、今日買い物のお金、レシート見ました?」
「いれてますよー。ここ」
「あ、だから、こういうときは、ここのお金からひいちゃだめって、こないだ言ったじゃないですか。あと、このアイスのお金は入れないで。僕、さっきちゃんと208円レジに入れましたから」
「あ、そっかー」
クスクスと笑いながら計算を直す梓。いつもは大げさに炎上だなんだと騒ぐ梓も、閉店した店内では、すぐにキスでもできそうなくらいの至近距離で安室の顔を見上げて安心しきった笑顔を浮かべる。
「すごい安室先生!」
その瞬間、梓の後ろにぱあっとひまわりの花が咲いたように見えた。ズキュンという擬音が聞こえた気がした。
─やばい、胸をやられた!梓さんかわいすぎ。
動揺を隠そうと慌てて梓の後ろを離れる。
「ほ、ほら、計算合ったのならさっさとレジしまって帰りますよ。遅くなると危ないから」
「安室さん一緒だったら別に危なくないですよね?」
そう言われて思わす頬が緩む。
何も約束していなくても予定が合えばこうやって梓の帰りを待って、いつも家まで送っていた。だけど、そんなふうに口に出して当たり前のように信頼されるとやっぱり嬉しい。
[newpage]店の裏口から出て鍵を閉め終わった梓が、通りで待つ安室のそばにかけ寄る。
「お待たせしました!」
─え?
安室は驚愕のあまり思わず梓を見下ろしてまじまじと見つめてしまった。
自分の右側に立った梓は当たり前のように腕を絡ませ、そのうえ手のひらで恋人つなぎをしてきたのだ。
「どうしました?いきましょ?」
「え?あの、えー」
安室の戸惑いに気づいているのかいないのか、握った手をそのままにさっさと歩き出した。
─あれ?俺と梓さんてこういう距離感だったっけ?いいの?
梓は大げさな手ぶりを交えながら今日の出来事を楽しげにさえずっている。
そうだ、ポアロから梓の家まで、ほんの数十分のこの時間も何より大切な時間だった。
楽しい時間が過ぎるのは早いと言うが、まさにあっと言う間に梓の住む単身者用のアパートにたどり着く。
建物の入り口にある集合ポストの脇を通り過ぎても、梓は握った手をはなす様子は無い。
いつもなら、アパートの前でさようならまた明日の挨拶を交わしていたはず。
だが、もう既に些細な違和感など感じられなくなった安室は梓に手を引かれるまま階段を上がり部屋の前に立つ。
─もしかして、ひょっとして・・・。
微かな期待を込めて、鍵を開ける梓の手元を見つめていると、ドアを開けた梓がけげんそうに言った。
「どうしたんですか?ほんとに。安室さんちょっと疲れてる?」
「え?あ・・・」
そして思い出した。
─そうだ、「僕」は梓さんに想いを伝えて、なかなか僕の気持ちを信じようとしない梓さんに何度も何度も告白してやっと受け入れてもらったんだ。ポアロではお客さんの手前秘密にしているけど、手をつないで彼女の家に帰り、梓さんがたくさん作り置きしていてくれるおいしいおかずをつまみにテレビとか見ながらビールを少し飲む。一緒にお風呂に入って、そのあとはだいたい彼女のベッドに潜り込んで・・・。
そう思うと今日一日過ごしたポアロでの仕事も彼女との甘くふんわりとした風景に変わった。ちょっとした目配せだったり、息の合った連携作業でうまくピークを乗り切れたり、そのやりとりすべての裏に特別な気持ちが通っていたと思うだけで、なんだかウキウキとした気分になる。
─ああ、なんて・・・なんて幸せなんだ。あれ?でもなんで僕、今さらそんな事に死んじゃうくらい感動してるんだ?
ふたたびむくむくと湧き上がる違和感を無理矢理押さえつける。そうしなければなにかおそろしい事がおきる気がした。
「入らないんならカギ閉めちゃいますよー」
ふざけて閉じかけのドアから覗く梓に続いて部屋に入る。
ドアがしまると、後ろ手にカギとチェーンを施錠しながら、梓を抱き寄せる。
「梓さん、梓さん」
なぜか彼女の名前を呼びたくて、抱きしめ、キスを交わしながら何度も名前を呼び、好きなだけ呼ぶことのできる贅沢を味わう。
さらに甘えるように耳たぶを軽くくわえると、梓はくすぐったそうに笑いながら言う。
「ほんとにどうしたんですか、今日の安室さんちょっとおかしいです。なんかつらいことでもあったんですか?」
─ほんとにそうだ。まるで今日の僕は梓さん不足を補おうとしているみたいだ。
「わからないけど、とにかく今の僕には絶対的に梓さんが足りないみたいです」
「へんなの。今日もほとんど一緒にいたのに。なんでそんなに突然甘えたになっちゃったんでしょうね・・・」
そこで言葉を切った梓は、背伸びをして安室の両肩に手をかけると、その耳元に素早くささやいた。
「じゃあ、今日はテレビ見ないで、すぐに梓を充電しましょうか?」
─やばい・・・うれしすぎて倒れる。
「梓さん・・・」
[newpage]愛する彼女を抱き上げ、いざベッドに向かわんとしたその時、バコッという重い衝撃と共に、頭の上から罵声を浴びせられた。
「いーかげんに起きろどアホ!あずあずうるさいわ!」
はっと目を覚ました降谷は何か重い物で殴られた後頭部をさすりながらがばっと起き上がる。
胸に乗っていた誰かの毛むくじゃらの足がずるりと落ちた。
「あれ?ここ・・・」
開けっ放しのカーテンのかかった窓から差し込む明かりはまだ青く、朝と言うには早すぎる時間であることを示している。
6畳の部屋に適当に敷きつめられた布団。滝本(降谷)を叩き起こしたヤツ以外は、あの大声も物ともせずに寝汚く寝こけている。
降谷は瞬時に自分の今の名前を思い出した。滝本龍司25才。暴力団関係者。それが彼に与えられたプロフィールだ。
「うっせーぞ龍司」
「あ、すいません」
スキンヘッドの推定体重100キロはありそうな巨漢は、分厚いマンガ雑誌を手にしている。どうやら滝本はアレで殴られたらしい。
「おめえよお、グラドル見たら即、夢に出てきてサービスとか、中学生かよ」
「は?グラドル?」
何を言われてるのかよくわからず聞き返すと、巨漢はニヤニヤしながら手にした雑誌の表紙を目の前に突き出す。
そこにはわりとむっちり系のアイドルが下着にしか見えない白いビキニ姿で曖昧な微笑みを浮かべていた。見たこともない人だった。
「おまえ、名前連呼してた。あずあずあずあず」
「え!」
─なんてことだ。寝言で情報漏洩なんてしゃれにもならん。それでよく公安が務まるな!
いつも部下に言っている叱責を自分にかましながら、寝起きの頭を一生懸命回転させてどうごまかそうか考える。東京とは遠く離れた地で梓の名前が出たところで、なんのリスクにもならないことは判っているが、潜入中は何がきっかけでぼろが出るか分からない。降谷に紐づく情報はなるべく出したくない。
滝本の沈黙を別の意味と勘違いした男はニヤニヤ笑いながらぶっとい指で表紙を指さした。
「ファンなんだろ?この女の」
佐々木あずみ15才。初ビキニ。奇跡のダイナマイトボディJCと、書いてあった。
─あ、そう、あずみ・・・ね。佐々木望のパクリかな?ていうかJCと書いて女子中学生って読むのか。へー。
いくらなんでもコレが好みだと思われたら沽券に係わると抗議の声が喉元まで出かかるが、じゃああずって誰だよ東京に残してきた元カノか?と言われるのは目に見えているのであきらめた。
「はあ、そうです」
がっくり肩を落とし甘んじてロリコンの汚名を受け入れる滝本に、一本取ったりとドヤ顔をする巨漢、伊崎はこうみえて、このタコ部屋にほおりこまれている舎弟五人の中では最年少の18才なのだった。
「まあまあ、みんなには内緒にしといてやるわ。お?おっさん元気じゃねーか」
みれば滝本の股間には健康な男性ならば平等に訪れる朝の象徴が隆々と屹立していた。
「あ、いや、先輩。毎朝だいたいこんなもんで・・・」
小学校以来ほとんど学校に通う機会がなかった伊崎は「先輩」に憧れている。だから「兄貴」ではなく「先輩」と呼ぶことを下の者に強要する。ちなみに中学中退で組に入った伊崎はこの中で最年少にして在籍最年長の「兄貴分」だ。
「よっしゃ、ちょっとかして。俺が抜いちゃる」
伊崎がふざけて滝本のジャージを引き下げようとする。
「え!?や、ちょっと」
先輩は絶対なので、あからさまに足蹴にするわけにもいかず、そうは言っても7才(実際には15才)も年下の男にちんこをいじられるのは本意では無い。
なんとか伊崎の手を逃れようとジタバタしているうちに他の3人ももそもそ起きだした。
「あれ?なにしてんの龍司さん」
「ヒロ、龍の足抑ぇ!」
「兄貴、いーかげんにしてくださいよ。そういうのセクハラっていうんですよ」
「うるさいわ、それに兄貴でなくて、せんぱいだ!せんぱい!」
「やめてください先輩!俺、童貞なんです!」
「ウソこけぇ!こんなちゃらちゃらしたかっこして童貞なわけねーだろ。てめえ東京でAVのキャッチやってたって兄貴に聞いてるわ!だいいちヤクザのスケに手ぇ出したんで飛んだんだろ!」
「みんな、世間的にまだ夜なんでもう少し静かに。最近は近隣への迷惑とかでもすぐ通報されるから!」
そう広いとは言えない6畳間で男5人がごちゃごちゃと好き勝手に動き回って、うっとうしいことこの上ない。
とうとう伊崎の両手の指が滝本のジャージのゴムにかかり、一気に引き下ろされそうになった。
「あっ」
メキ・・・。
その場にいた5人全員の動きが止まった。一人を除いたすべての人間が一点を見つめている。
伊崎の顔面の中心に、滝本の左拳がマンガのデフォルメのように埋まっていた。
「あっ、あのっえとっ先輩。大丈夫ですか!」
殴った本人が一番慌てて、繰り出した手を引くと、伊崎は鼻からの流血を見事にまき散らしながらゆっくりと後ろに倒れた。
「わーっ!!先輩!ごめんなさい!!!」
[newpage]「まあ、アレだな。滝本も結構強いってことだ」
ほかほかと湯気を立てるチャーハンを前に、顔面のど真ん中に巨大なガーゼを紙テープでぞんざいに貼り付けた伊崎が座っていた。
付け合わせの卵スープを恐る恐る横に添えた滝本が、伊崎の顔色を伺うようにのぞき込む。
「先輩、マジ、すいません」
「いや、いいよ。たいしたことない」
先輩らしく鷹揚に構えないことには、新顔の一発にノックアウトされた事実をうやむやにできない。
「おまえ、ボクシングかなにかやってたんか?」
顔の動きを観察するような目つきで滝本の顔を見ながら、伊崎の隣に座った中村がたずねる。
「はい、中学の頃ちょっとだけっすけど」
滝本の中の降谷が慎重に答えた。
中村は組に正式に入った年次こそ伊崎より後だが、この世界は長い。年齢を聞いてもなぜか適当にごまかして答えようとしないが、おそらく降谷と同じくらいのはずだ。
パンチパーマといまどき普通の人はなかなかチョイスしないブラウンのスモークのかかった金縁の眼鏡をかけている。伊崎と並べれば絵に描いたような危険な二人だ。
「・・・そうか」
聞いた中村は、滝本の答えに満足したかどうかもよくわからない回答で押し黙る。
「みんなの分もすぐ作りますね」
料理の続きをするという名目で滝本は中村の視線から離れた。
ここのキッチンは簡易な一口コンロと極狭のシンクがあるだけの適当なものだったが、弘法は筆を選ばず。滝本はポワロで鍛えた腕と要領を存分に発揮して、朝からお詫びのチャーハンを作っていた。
朝からチャーハン・・・。と思ったが、冷蔵庫にはそれくらいしか材料がなかった。
フライパンも小さいものしかないので、一度にせいぜい二人分しか作れない。先に伊崎と中村の分を提供し、フライパンを洗わずに次の二人分の材料をほおりこむ。卵と野菜はすでにまとめて炒めてあるのでごはんに火が通ればすぐに完成する。
小さなコンロにもかかわらず、華麗にフライパンを振るいながら、滝本の意識は一瞬降谷に戻って先ほどの夢を反芻していた。
─あんな夢見るだなんて、よっぽど梓さん不足なんだな。俺。
夢の中で、自分は完全に安室だった。公安という顔を持たない、ただただ人当たりの良い喫茶店員。
─そんなこと、望んだことも、考えたことすらない。それなのに、夢の中で俺は間違いなく幸せだった。ほんとうにアレは、あの頃の俺が心のどこかで望んでいたことなのか?まさか。そんな、甘ったれた人間ではない、はずだ。
降谷は自分の心にふたをする。
─安室なら、ああやって楽しませながら、さりげなく梓を愛することができるのだろう。あいつはそういうヤツだ。だいたいあの自信は一体どこからくるんだ?職業不詳29歳教えてくれ。
降谷は自分で作り出した架空の設定であることも忘れ、舌打ちをする。
─自分で言うのもなんだが、見合いの釣り書きだけで言えばそこそこイケてるはずの俺が、いつまでたっても踏ん切りが付けられないっていうのに、なんだあいつは。梓さんを幸せにすることができるのかよく考えた上での行動なのかそれは?
性格が違うと言ってしまえばそれまでだが、演技とはいえ自分の頭で考えて、自分の身体で行動に移していたことが、降谷になった途端にできなくなってしまうことがはがゆい。
簡単に考えれば、今だって必要に応じて臨機応変に安室のマネをすればできないことも無いはずだ。きっと梓だってこんな愛想の無い面倒くさい男より、優しくてよく気がつく安室の言動のほうが喜ぶにきまっている。
だが、しない。それをしたら安室に負けた気がするから。
─だって、俺(降谷零)はそう思わない。俺(降谷零)はそんなことはしないし、したくない。
少なくとも榎本梓の前では、降谷零のままでいたい。安室ではなく降谷の俺を見て欲しい。
しかしそう言いつつも
─あーもー梓さんに会いたい。梓さんの作った賄い食べておいしいって言って、高いところの物を取ってあげたりしてありがとうって言われたい・・・。
などと妄想するなど、実は本人が思っている以上に安室時代に未練があるのだが、残念ながら彼は自分のことには鈍感なので全く気づいていないのだった。
そんなことをぐるぐると考えているうちにチャーハンが出来上がった。
「チャーハンできましたよー」
皿に盛り付けお盆に乗せて振り返ったときには、その顔にはしっかりバーボン2:安室8の笑顔が張り付いていた。
「龍司さん、ホントにメシうまいす」
「朝チャーハンも意外といけるな」
「イケメンでケンカ強くてメシうまいって、どんだけ盛ってんだ」
「はあ、実はわりとどこ行ってもよく言われます」
「自分で言うなや、自分で」
押しのけ合うようにして小さいちゃぶ台に着いた男たちは、お互いの肘をぶつけながらチャーハンを貪り食っている。
─あ、なんか、こういうの。昔あったな。
滝本の笑顔の裏で降谷はふと思い出した。
ここにいる連中は、あの頃の仲間とは似ても似つかないが、賑やかにガツガツと自分の作った料理を食べる様子は全く同じだった。
なんだかんだと言いながらもキレイに平らげるのが面白くて、よくヘンな時間に料理を作っては食べさせていた。
微かな痛みと共に思い起こさせる郷愁と恐怖。
ひとつだけ昔と違う事がある。あの頃と違い、今の降谷は知っていた。この、どうでも良いような些細でがさつな日常が、取り戻す事のできない失われた思い出に簡単に変わってしまうということを。
─ああ、また俺は失ってしまうのか。
皆とかりそめの笑顔を交わしながら、降谷は再びこの場所、この時間を愛してしまっているどうしようもなく甘い自分に失望した。
潜入先の関係者に特別な感情を抱いてはいけない。
こういう仕事をするようになって最初に教えられる大原則だが、降谷はいつもあっさりそれを無視していた。
そうでなければ短期間で他人の心に入り込み、信頼を得られる事などできないし、そもそも降谷はそういう嘘はつく事ができない。建前がどうであろうと、彼の心は勝手に動いてしまう。目の前の仲間と本気で語り合い、経験し、共感し、愛してしまう。
最後は裏切らねばならないことはわかりきっているのに。最初から偽りの感情で騙せば傷つかずに済むと知っているのに。
大原則を守らなかった罰は何千本もの針の雨となって、常に彼自身に降り注ぎ、嘘がつけない彼の心を何度でも殺す。
いくつもの顔を演じ分け、どんな集団にも溶け込むことで知られた彼は、その度に密かに深く傷つき、誰にも知られず孤独に絶望する。
[newpage]
うどん屋の厨房は暑い。
その暑さの中、タオルを頭に巻いた白衣の男は次々と送り込まれるどんぶりを慣れた手つきで食洗機にかけている。
繁華街の真ん中にあるうどん屋は、昼のピークを乗り越えてようやく落ち着きを取り戻していた。使用済みのどんぶりの山もとりあえず今セットした分を終えればひとまず片付く。
男がほっと息をついたとき、
「山田さん、休憩はいってー。あと、おうちに持って行くうどん、冷蔵庫にいれておくわね」
後ろから声がかかる。
「はーい。いつもすみません」
男は裏手から外へ出る。手には何も持たず、白衣のポケットに赤いマルボロの箱があることだけを確かめて歩き出し、ここから5分ほど離れた路上の一角にある指定喫煙所に向かう。
うどん屋の休憩室は禁煙であり、この付近は条例で路上での喫煙は禁止されている。そのためこの店で働く喫煙者は休憩時間になるとその喫煙所へ行くのだ。
風見は頭に巻いたタオルもそのままにあえてぶらぶらと歩く。
─接触できるかな。若い男だってことだが・・・。
さりげなく周囲をみまわし、自分の後についてくるものがいないことを点検しながら歩く。
潜入して半年になるが、もうしばらく本部とは連絡を取れていない。数ヶ月前に情報連絡を担っていた協力者がいなくなった。どうも身バレしたらしい。消息は知れない。
幸い追跡者は風見までは認識していないようだったが、姿を消した協力者と接触していたことを知られている可能性はある。そのため、しばらくは本部と連絡を絶ち組織の中で普通の信者と変わりない行動を取ることにした。
このうどん屋には1ヶ月前にアルバイトとして採用された。
表向きの目的は組織の運営資金獲得と食料調達。今の組織では信者ひとりひとりの労働と、店から持ち帰る廃棄食品が重要な糧となっているのだ。
ある程度組織からの信頼を得た信者だけが外へ出て働くことを許される。風見も先月ようやくその許可が得られ、施設から抜け出す口実を作ることができた。
風見が潜入しているのは北九州の里山に建設中の新興宗教団体の施設。300名とまだ規模は小さいが、独自の解釈による神道を信条とする団体のため、右翼団体や右翼系指定暴力団とのつながりが深い。
風見はリストラによって心を折られて引きこもっていたところを訪問勧誘によって救われた信者として潜入している。
[newpage]喫煙所に着く。ガラス張りの喫煙コーナーだ。コーナーの周囲は強化プラスチックのパーテーションで囲われ、壁にはコーヒーや肘を置ける程度の奥行きの狭いカウンター状の棚がぐるりと据え付けられている。
喫煙所内を見回すがそれらしい人物は見あたらない。中年男性と若い女性がひとりずつ。お互い知り合いでもないらしく離れた場所で立っていた。
風見も空いた一角の壁に向かって立つ。ポケットからマルボロの箱を出し、中からタバコとライターを取りだし火をつける。
タバコの箱はカウンターに置いた右手の横に寝かせて置く。
紫煙を燻らせながらしばらく待つと、背後に人の気配を感じた。緊張を悟られないようにしながらも右側のカウンターについた人物へ意識を集中する。けっしてそちらを見ないようにしつつも、なんとかして相手の特徴を捉えようとする。
自ら置いたマルボロに視線を戻した風見は、その箱に伸ばされた手を見て、わずかに目を見ひらいた。
褐色の皮膚。そして若い男?
ほんの一瞬だが目を向けてしまった。
そして目で叱責される。
─見るな。それでよく公安が務まるな。
何度も言われたあの言葉が聞こえるようだった。慌てて風見は不機嫌に言う。
「にいちゃん、それ、俺んだけど?」
「あ・・・」
降谷はマルボロの箱に伸ばした手を引っ込め、ズボンのポケットに両手を突っ込むと、口の中でごにょごにょ言い訳をしてその場を立ち去っていった。
箱はそのままそこに置いてある。
「ったく」
風見は大げさに舌打ちをしてタバコの箱を白衣のポケットに収めながら、忌々しそうな表情を作って振り返る。
すでに遠く離れているが、見覚えのある金髪に褐色の肌をした男の背中が見えた。
─だけど、降谷さんその格好・・・
うどん屋の白衣を着た自分の格好も見られたものでは無いが、それよりも白いだぼっとしたズボンに革靴。派手な色合いのシルクシャツを着て金髪をオールバックにした降谷もかなりのインパクトがあった。
どんな経緯かわからないが、どうやら降谷も潜入捜査を命じられたようだ。
風見はもう一度ポケットの中のタバコの箱を確認する。自分が用意した物と同じ銘柄であるが違うものだった。あの一瞬で降谷は箱のすり替えに成功していた。
連絡につかうタバコは事前に銘柄はマルボロしかもボックスと指定されていた。紙のケースではなくボックスにしたのは理由がある。あの箱の底は2重になっていて、一枚紙を剥がすとそこにはSDカードが隠せるように細工をしてあった。そのカードには風見が潜入している組織の情報を入れてある。
まさか降谷に再び会うことがあるとは思いもしなかった。
風見は動揺を抑えられないまま、早足に喫煙所を出る。
─降谷さんが入ったということは、相当まずい状況になっているのか。
他の潜入捜査官と直接連絡を取ることが禁じられていた風見には捜査の全貌はわからない。だが降谷が来た。ということはそういう事だった。
年下の元上司との接触でわずかに足取りが軽くなった風見は、気を引き締めて店に戻っていった。
《続く!》
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夏の初めに執行されたばかりです。<br />つい先日まで特撮で百物語に挑戦していたのですが、とうとう断念してしまいました。それほどにあむあず・ふるあずの破壊力は強い!百物語お読みいただいていた方ごめんなさい。ちょっとのあいだお休みします。気が済んだらまた戻りますので。<br /><br />ずっと特撮の方で書いていたので、二次元世界自体久しぶりです。ちゃんと書けてるかしら。<br />今回かなり勉強してから書いたつもりなのですが、いかんせんコナンは話が壮大過ぎて絶対追いきれてない自信があります。これからがんばって学習しますので今回はお目こぼしを。<br />設定不備がたくさん無いことを祈るばかりです。<br />他のみなさまのようにカッコいい降谷さんで甘いふるあず書きたかったのに、ムリでしたー。<br />どんなに文字数重ねても一向にかっこ良くも甘くなりません。もちろんエロみもでませんでした。まだまだ精進が足りぬようです。話が長くなってきたので、いったんアップして仕切り直します。
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愛国主義者は迷走中(上)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10027848#1
| true |
岩泉×及川
スプラッシュマリン×スプラッシュマリン
5年越しの初恋の行方は
及川『岩ちゃーん!?迎えにきたよー!部活いこー!』
岩泉『・・・』スヤァ
及川『ありゃ?岩ちゃん寝てる?珍しい。いつもなら放課後俺を迎えに来るのに、今日は全然来ないからどうしたのかと思った。岩ちゃーん!君が好きな部活が始まりますよー!主将副主将揃って遅刻しちゃうよー!』
岩泉『・・・』
及川『・・・随分ぐっすり寝ちゃって。
・・・静かだなぁ。このクラス。みんな部活行っちゃったんだろうな・・・』
及川『いわちゃーん。ほんとに起きないの?・・・
ふふっ。岩ちゃん、いつも眉間にしわ寄せて怖い顔してるけど、寝てるときは穏やかな顔してるよねぇ。いつも極悪人みたいな顔してるのに!
いつものちょっと怒ってるみたいな顔も、
楽しそうに笑ってる顔も、
バレー中の真剣な顔も
好き、だなぁ。
・・・ねぇ岩ちゃん。
さっきさぁ、クラスでシーブ○ーズの話出たんだ。
シーブ○ーズキャップを交換して使い切ると恋が叶うっていう話。知ってる?
今、青城で流行ってるみたい。
キャップ交換して恋が叶うなんてそんなことあるわけないよねぇ。だって、
俺は叶わなかったもん。
ただの企業戦略だよね。あんなの。
でもさ、やっぱり諦めきれなくて。
無駄なの分かってるのに今も俺はキャップ交換続けてるんだ。
・・・岩ちゃん。ごめんね。
俺、岩ちゃんのキャップ勝手に交換してたんだ。中学の時からずーっと。
・・・今も。
岩ちゃんは気付いてないでしょ?だって俺と岩ちゃん、同じ種類使ってるもんね。
青城カラーのボトルのスプラッシュマリン。
岩ちゃんは鈍いから気付いてないでしょ。
ただの幼なじみに勝手にキャップ交換されてるなんて。
気付かないでいいよ。
お願い。
気付かないで?
岩ちゃんにカノジョが出来るまでの間でいいから、勝手に交換するの、許してね。
そのときが来たら、ちゃんと諦めるから。
この拗らせちゃった初恋を終わらせるように頑張るから。
ごめんね?
いわちゃん
だいすき』
岩泉『そういうのは俺が起きてるときに言えボゲが』
及川『・・・い、岩ちゃん・・・いつから起きて・・・?!』
岩泉『あ?"岩ちゃーん!?迎えにきたよー!部活いこー!"から?』
及川『はじめからじゃん!!なんで言ってくれないの?!』
岩泉『こうでもしねーとお前素直に気持ち言わねぇだろ。いつもヘラヘラ笑って本心なんて見せねぇじゃねーか。
なぁ、お前がキャップ交換してたの、
俺が気付いてないと思ったか?』
及川『え?』
岩泉『前日までは普通だったのに翌日から急に俺が持ってるシーブ○ーズ見てそわそわしたり、自分のシーブ○ーズ嬉しそうに握り締めて笑ってたりしたら流石に気づくわ』
及川『うそ・・・』
岩泉『どれだけお前の隣にいたと思ってる?そんぐらいわかるんだよ』
岩泉『なぁ及川。俺は今回、新しいやつに買い替えたとき、キャップの内側に赤いライン引いといたんだ。お前気付いてないみたいだけどな』
及川『?!なんで・・・そんなこと・・・』
岩泉『お前がキャップ交換してるって証拠が無かったからな。キャップの色同じだし交換されてもわからねぇ。だが、キャップに印を付けておけば、交換したかどうかはっきりする。
もし、もしもだ。俺が今使ってるボトルのキャップにそのラインが引かれてなかったら、そん時は
いい加減、腹くくってお前に告白しようと思ってた。
今、俺が使ってるキャップに印は
ない。
なぁ及川
好きだ。
ずっと好きなんだ。
俺らしくもない小細工してまでお前の気持ち確かめちまうくらい、お前のことが
なぁ及川、返事は?』
叶わないって、そう思ってたから、
こういうときどういう顔したらいいかわからない。
でも言いたいことはただひとつで
及川『俺も、岩ちゃんが
ずっと好きだった・・・!今も、すき・・・!』
嬉しくて、しばらくの間涙が止まらなかったのは許して欲しい。
及川『はぁ』
岩泉『どうした?及川』
及川『結局、キャップ交換したら恋が叶うとかいう噂は嘘だったのかなぁって思ってさ。キャップ交換開始して5年越しだよ?恋が叶ったの。キャップ交換関係ないじゃんこれ』
岩泉『その噂がホントかどうかは確かめようないだろ。特にお前の場合は。
だって
お前の恋はとっくに叶ってただろ。
それこそ、キャップ交換するよりずっと前に、な』
及川『岩ちゃんそれって・・・』
岩泉『こちとら中学入る前から初恋拗らせてんだよ!ボゲが!』
及川『いわちゃ・・・///
そんなキャラじゃないでしょーーー岩ちゃんはー!!///』
岩泉『うっせーーーー!!///そんなん言った俺が一番分かってるわボゲェ!!///』
花巻『ということが1週間前にあったなぁ』(主将副主将を呼びに行ったらラブコメ目撃しちゃった人その1)
松川『その時は、事が平和に済んでよかったなぁって思ってた』(主将副主将を呼びに行ったらラブコメ目撃しちゃった人その2)
国見『お二人とも。現実逃避しないでください。現実を見て・・・
他校に絡んでる阿吽を止めて下さい』
及川『ちょっとゲスモンちゃん?なんで岩ちゃんと同じシーブ○ーズ使ってるのかなぁ?まさか岩ちゃんに気があるとか言わないよね??もしそうだったら俺君のこと潰さないといけないんだけど??』
天童『?????』
岩泉『おい牛島。及川と同じの使ってるとか誰の了承得てんだ??お前、前からやたら及川に絡んでくるとおもってたがそういうことか。悪いがあいつは俺のなんでね。さっさと諦めてもらおうか』
牛島『岩泉。お前こそ天童と同じものを使っているな?その件について説明願おうか??返答次第で命はないと思え』
花巻『なにあいつら。スプラッシュマリン使ってるやつ全員にイチャモン付けに行く気なのか??馬鹿なのか??』
松川『よく見ろよ。牛島と天童、恋人繋ぎしてんじゃん。阿吽も恋人繋ぎしてんじゃん。お前らの目は節穴か何かなの??何が見えてるのお前らには』
金田一『頂の景色?』
松川『頂の景色wwwwwww』
花巻『頂の景色かぁぁぁ!!!俺には地獄絵図が見えるわ!!』
松川『と言うかウシワカと天童付き合ってたとか初耳なんだけど』
国見『いや、あの人ら、試合会場で会ったときもベタベタしてましたよ・・・』
花巻『まじか』
及川『・・・牛島、天童・・・お前ら潰す』
牛島『良かろう。戦争だ・・・!』
金田一『及川さああああああん!!!お願いですから!!他校に迷惑かけないでくださああああい!!!』
[newpage]
金田一×国見
フローズンミント×シトラスシャーベット
初めての交換は、君とがいい
金田一『あのですね、国見さん』
国見『なんですか金田一くん』
金田一『今現在、青城では恋人同士でシーブ○ーズのキャップを交換するのが流行ってるらしいです。俺は色、国見は色なので、俺たちが交換したら、俺たちが恋人同士ということが誰から見ても分かります』
国見『・・・うん』
金田一『国見がそういうことに興味ないのはわかってるんだけどさ。俺も、流行りにのって国見と交換したいなぁ、と思うわけでして』
国見『・・・うん』
金田一『というのは建前で』
国見『?』
金田一『お前、最近女子に呼び出されてんじゃん?』
国見『・・・知ってたんだ』
金田一『昼休み、最近ちょっとだけ来る時間遅いから迎えに行ったことあるんだよ。そしたらお前が女子に告白されてた』
国見『・・・俺ちゃんと断ってるよ?』
金田一『うん。"俺のこと大事に想ってくれる人がいるから"って断ってるのは知ってる』
国見『///』
金田一『ちゃんと断ってくれてんのはわかってるんだけどさ。でも、やっぱ嫌なんだよなぁ。
お前が俺と一緒にいる時間削られるの。
そんな時間あるなら俺と一緒にいて欲しい!
って思っちまうんだよ。国見のこと一番好きなのは俺なのに、なんで他の奴に取られなきゃいけないんだって。
どうしたら国見に告白してくる奴減るかなって考えてたとき、クラスの女子が、
"○○先輩、シーブ○ーズのキャップの色が違ってた!恋人居るんじゃ諦めなきゃなぁ"って言ってたんだ。
だから国見も俺とキャップ交換したら、告白してくる奴減るんじゃないかなぁって。
性格悪いこと考えてるなって自覚してる。でもやっぱ嫌なんだ。』
国見『・・・・・・うん』
金田一『国見。もし国見が嫌じゃなかったら
俺とキャップ交換しませんか?///』
国見『・・・うん
・・・俺も・・・金田一が誰かに告白されるの見たくないから、
交換、したい、です///』
金田一『国見・・・』
国見『きんだい・・・
あのな、金田一。その前に一つ言っていいか?
ここ部室なんだけど?!!もっと言うと先輩たちも居るんだけど?!!///なんで先輩たちがいる部室でその話すんの?!!///お前羞恥心とかないわけ?!!///ってかなんで俺も先輩たちの存在忘れて金田一と2人っきりのときみたいなやり取りしてんだあああああ!!///』
金田一『だって!シーブ○ーズ使ってるタイミングで言うのがベストかなって思ったんだよ!!』
国見『お前ほんと勘弁して・・・!///天然らっきょが!///先輩たちもこんな場面みせられて困ってんじゃん!!』
花巻『あ、俺らのことはお気になさらず』
松川『オレタチ、ナニモミテナイョ
この前付き合いだしたばっかりの後輩の初々しくて甘酸っぱい青春の1ページなんて見てないヨ』
花巻『付き合って初めてのシーブ○ーズキャップ交換の可愛らしい一コマなんて見てないよ』
国見『金田一のばかーーーー!!!///』
金田一『俺のせい?!』
及川『国見ちゃん国見ちゃん』
国見『なんですか及川さんまだ弄り足りないんですか!』
及川『辛辣!!!あのね、国見ちゃん、金田一とキャップ交換するんだよね?それで思ったんだけど
金田一が使ってるのは容器が青でキャップが水色のフローズンシャーベット。
国見ちゃんが使ってるのは容器が青でキャップが黄色のシトラスシャーベット。
キャップ交換してもわかんなくない?』
国見『』
花巻『wwwwwほんとだwwwww端から見たら、国見がフローズンシャーベット使ってて金田一がシトラスシャーベット使ってるようにしか見えないwww』
国見『金田一』
金田一『おう?』
国見『今日、新しいシーブ○ーズ買いに行きたい』
金田一『・・・まさかそれってデートのお誘・・・』
国見『違う!!///ただの買い物だばか!!///』
[newpage]
松川×花巻
シトラスムスク×フローズンシトラス→エメラルドスカイ×サマーアイスティー
いつだって、選ぶのは君の好きな香り
松川『花巻のやつ、いい匂いすんね?』
花巻『そ?』
松川『うん。紅茶の香りがする。こんなのあるんだ』
花巻『うん。俺も最近知った』
国見『花巻さんのって、香りをミックスして楽しむやつですよね?スプレーとシートの2つを併用して違う香りに出来るってシリーズ』
花巻『おう。よく知ってるな?』
国見『クラスの女子が色々組み合わせて遊んでました』
松川『花巻のもミックスしてんの?』
花巻『いや、俺のはミックスする前のやつだよ。サマーアイスティーっていうの』
金田一『花巻さんはミックスしないでそのまま使ってるんですか?』
花巻『おう。混ぜないで使ってもいいって書いてあったし。・・・それに混ぜたら意味ねーし///』
松川『花巻?それってどういう・・・?』
花巻『!!何でもない!ちょっと水道で水浴びてくるわ!!』
松川『ちょ、花巻?!』
金田一『?どうしたんだ?花巻さん』
及川『もう・・・!焦れったいなぁ!』
松川『及川?』
及川『ねぇまっつん。マッキー、初めからサマーアイスティー使ってた訳じゃないんだよ?去年はフローズンシトラスっていうの使ってたんだ。何でか分かる?
去年まっつんが使ってたシトラスムスクに香りが似てたから、だよ?』
松川『・・・え?』
及川『両方とも廃盤になっちゃって今はほとんど見かけないけどね。
シーブ○ーズをまっつんと同じ種類のやつにすると、自分の気持ちがバレるんじゃないかとか色々考えたんだろうね?マッキー心配性だから。
でも、せめて香りは好きな人と近いものにしたかったんだろうなぁ。それで、去年はフローズンシトラスを使ってた。
そして今年。まっつんが今使ってるエメラルドスカイに似た香りやつ無かったんだろうね。
だから・・・
何時だったか、俺たち全員でカフェに行ったときあったじゃん?その時まっつんが
"俺、紅茶の香り好きなんだよね"
って言ったの覚えてる?
マッキーそれ聞いて、このサマーアイスティー選んじゃったんじゃないかなぁ。
もし好きな人と同じ香りにするのが無理なら、
せめてその人の好きな香りにしたい。
そう思ったんじゃないかな?
で?まっつんはここまで聞いてどうする?』
松川『だぁぁ!!!まじかよ及川に言われるまで気付かないなんてクッソ!』
及川『まっつん暴言!』
松川『ちょい行ってくるわ』
岩泉『松川!これもってけ!』
及川『マッキーとまっつんのシーブ○ーズ!持って行きな!キャップ、交換するんでしょ?』
松川『当たり前だろ』
及川『じゃ、頑張ってねまっつんーーー!!』
松川『言われなくても!』
ずっと想っていてくれた君に
最大級の愛を伝えよう。
松川『花巻!!俺はお前が好きだ!!!
お前を独り占めしたい!
ずっとお前の側にいたい!!
だから!
俺と付き合って下さい!!!』
俺の声に驚く君。
言葉の意味を理解した君は少し頬を赤く染め、ふんわり笑った。
花巻『まつかわ、俺も好き!///』
[newpage]
京谷×矢巾
ヴァーベナクール×クラッシュベリー
君のせいで、心臓が壊れそうなんだ
京谷『おい』
矢巾『?なに?』
京谷『お前その匂いどうした』
矢巾『ん?ああこれ?どう?!シーブ○ーズに買い換えたんだー!クラッシュベリー!ボトルもピンクでかわいいだろ?』
京谷『近くに来んな!くそ甘ったるい匂いさせやがって!』
矢巾『なんだと?!いい匂いじゃん!』
京谷『お前この前まで無香料使ってただろ?!なんでかえてんだよ!』
矢巾『それは・・・!』
京谷『とにかく、その気持ち悪い匂い消えるまで俺に近寄んなよ!』
渡『で、喧嘩しちゃったわけね?』
矢巾『・・・意味わかんない。だってさ。この前、バレー部の3年生にどんな香りが好きかって話ふられた時、
"少し甘い感じのがいいっす"
って言ってたもん・・・
だから俺・・・グスッ』
渡『わー!もう!目をうるうるさせないの!はぁ、矢巾はさ、元々匂いする系あんま使わなかったよね。無香料か、せっけんの香りくらい?それなのに急に香りのするものつけ始めたのって
京谷に好かれたかったから、だよね?』
矢巾『・・・』
渡『無言は肯定と受け取るからね。』
矢巾『・・・あいつさ、意外とモテんの。』
渡『ん?京谷のこと?』
矢巾『・・・うん。この前なんて可愛い女子から"キャップ交換してください!"って言われてて』
渡『うん』
矢巾『あいつその時は断ってたけど、いつか、誰かと交換したりすんのかなって。そう思ったら居てもたってもいられなくなって。
気付いたら、シーブ○ーズ買ってた。
しかも、あいつが好きって言ってた甘めの香りの。
俺が交換して貰えるわけないのにね。
なんかむなしくなっちゃってさ。
買っちゃったこれをどうするか考えてたとき、松川さんに会って・・・
"キャップ無くしたふりして、矢巾の好きな人のキャップをちゃっかりもらっちゃえば?"
ってアドバイスしてくれて』
渡『なんつーアドバイスしてんだあの人』
矢巾『キャップ交換して欲しい、ってイコール告白じゃん?そんなこと面と向かって言う勇気のない俺でも、無くしたからちょうだい!っていつもみたいにへらへら言えばなんとかなりそうな気がしたんだ。
でも・・・あいつ近寄るなって・・・
あいつにちょっとでも好かれたいなって思ったのに、余計嫌われちゃ・・・
どうしよぅ・・・わたりぃ・・・グスグスッ』
渡『はいはい泣かないの』
矢巾『むりぃ・・・グスッ』
渡『矢巾にしては頑張ったんじゃない?好きな人に好かれたい一心で頑張ったんでしょ?』
矢巾『・・・』こくり
渡『会えば喧嘩、売り言葉に買い言葉の応酬繰り返してた時より進展したんじゃない?』
矢巾『・・・』
渡『矢巾?』
矢巾『・・・』スヤァ
渡『はぁ。泣き疲れて寝ちゃったのか。もう、世話が焼けるなぁ。
僕の出番は此処までだからね?後はなんとかしてよ?
・・・京谷』
京谷『チッ。めんどくせぇ奴だな』
渡『その面倒くさいところも好きなんでしょ?』
京谷『・・・』
渡『無言は肯定と受け取るからね。まったく揃いも揃って・・・素直じゃないんだから。そもそも京谷がいきなり"近寄んな"って言ったのがそもそもの発端なんだからね?』
京谷『・・・俺はあいつが嫌いだから近寄んなって言ったわけじゃねぇ』
渡『そうだとしても、言葉にしないと伝わらないよ』
京谷『・・・わかってる』
渡『後はなんとかしてね?矢巾はさぁ、僕にとって大事な友達なんだ。だからこれ以上矢巾泣かせたら
僕、何するかわからないよ?』
京谷『・・・肝に銘じておく』
矢巾『あれ?キャップ無くした・・・?』
クラスメイトA『どうした矢巾?』
矢巾『キャップ無くしちゃったみたい。緩んでたのかなぁ』
クラスメイトB『ボトルはちゃんとどっかに立て掛けとけよ?鞄の中でこぼすと大惨事だぞ?』
クラスメイトA『それはもっと早くに言って欲しかったのだった~もう戻らない、バッグに散乱したシーブ○ーズ~』
クラスメイトC『手遅れだったwwwAのバッグがwwwwww』
クラスメイトB『ばかwwwwwwww』
矢巾『俺もああならないように気をつけ・・・』
ガラガラッ
京谷『矢巾』
矢巾『え・・・?・・・京谷?なんで・・・』
京谷『受け取れ』
矢巾『へ?』
ぽすっ
矢巾『え??これ、京谷の、キャップ?』
京谷『てめーのキャップ、部室に落ちてたから俺が貰ったぞ。で、
お前は俺のやつ使え。いいな?』
矢巾『・・・え?』
京谷『渡から聞いたが、これ、好きな奴と交換するもんなんだろ?だったら俺のはお前が持っとけ。絶対無くすんじゃねーぞ?』
矢巾『あ・・・?う・・・?え・・・?』
京谷『お前何を勘違いしてんだか知らねぇが、俺はお前のこと嫌ってなんかねーぞ。お前に近寄んなって言ったのは、いつもお前から香る少し甘い匂いが消されてて不快だったからだ。俺は、お前の匂い好きなんだよ。だから余計なもん付けんな。
匂いのするもん付けたいんなら、俺のやつ使え。
お前から、俺の匂いすんのは
お前が俺のもんみてぇで、
悪い気はしねぇからな』
矢巾『何・・・言って・・・』
京谷『此処まで言ってわかんねぇか?なら単刀直入に言うぞ。
無駄なこと考えてねぇでさっさと俺のもんになれって言ってんだ馬鹿が』
矢巾『きょうたに』
京谷『好きだ。お前のその面倒な性格も全部ひっくるめて。』
矢巾『・・・?!!!!!!///////』
京谷『言いたいことはそれだけだ。じゃーな。帰る』
矢巾『』
クラスメイトA『えーっと・・・お幸せに?』
クラスメイトB『公開告白おつ!』
クラスメイトC『いやぁ、京谷選手、熱烈な告白でしたねぇ!矢巾選手!今の心境を一言!!』
矢巾『うるせええええええ!!!なんなのあいつ!!もう!!京谷のばかーーーー!!///』
渡『ってことがあったらしいねぇ。いやぁ、丸く収まって良かった』
矢巾『ご迷惑おかけしました・・・///』
渡『結局、シーブ○ーズは京谷のを共同で使ってるんだね』
矢巾『うぅ・・・///だって、あいつが使えって言うんだもん///』
渡『はいはい惚気ごちそうさま』
矢巾『惚気じゃないもん///』
渡『・・・というか矢巾。なんかいつも以上にぽやぽやしてない?大丈夫?』
矢巾『・・・だって』
渡『ん?』
矢巾『京谷の匂いに包まれてるから、なんか京谷に、ぎゅってされてるみたいでドキドキするんだもん・・・///』
渡『乙女か』(白目)
矢巾『///』
end
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シーブ○ーズのキャップを交換して、それを使い切ると、恋が叶うんだって。<br /><br />先週に引き続き、シーブ○ーズを青葉城西で交換して貰いました!<br /><br />あてんしょん!<br />あんまい。ひたすらあんまい。<br />シーブ○ーズにどんな種類があるか分からない人でも読めますが、読み終わったら是非シーブ○ーズの公式HPへ飛んで下さい大変萌える。<br />金平糖さんはシーブ○ーズの回し者ではありません。<br /><br />大丈夫そうな方は本編へどうぞ!<br /><br />1ページ目:岩及のばあい<br />2ページ目:金国のばあい<br />3ページ目:松花のばあい<br />4ページ目:京矢のばあい
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君は誰と交換する?男子バレー部シーブ○ーズ事情!青葉城西の場合
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10028088#1
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少年は暗い道をただひたすらに歩いていた。
歩き始めてもう何日になるか。朝も、昼も、夜も、なにもない空間でただひたすら輝くことのないその道。体内時計に自信はあったが、それでも数え切れたのは5つ。それを超えたあたりで少年は今が何時であるか、今が何日であるかの感覚が狂っていくのを感じた。やはりご飯食べないとダメなんだなぁと感想を抱いて腹の空かない体を不思議に思いながらも便利に思う。きっとこれがお腹が空いて仕方がなかったらもっと苦しかっただろう。
少年はその道を歩く。歌いながら、独り言を言いながら、叫んだり、雄たけびを上げたり、走ってみたり、過去を思い出しながらひたすらに歩き続ける。疲れたら休めばいい、嫌になったら寝ればいい。少年は自分のペースを守りながら進むことを絶対にやめなかった。
光は未だ見えない。どれだけ進もうと見えるのは暗く、足元でかろうじて見える道だけ。それでも少年は絶望しない。やめようとしない。辞めさせる者などとうにいないのだ。少年を止める人間は自分だけだとわかっていた。だからこそ少年は止まらない。
歩き続けることを強制されたわけではない。歩けと誰かに言われたわけでもない。これは少年がただ暇つぶしにやっているだけのことだ。何の意味もなく、誰の目に留まるわけでもなく、ただただ少年が気ままに歩くだけのことだ。
けれど歩くことを止めたら、ここで何もしないでいたら自分が自分でなくなるような気がしたのだ。確証もない。確認もできない。けれど少年は胸のざわつきを鎮めるようにただただ長い道を歩み続けた。
「…ドクターも今こんな感じなのかな」
呟いた言葉に返す人間は誰もいない。そうだよ、とも違うとも返答のない空間で少年はきっとそうだな、と明るく言い切った。
敬愛するドクターが同じような空間にいるのであれば少年が根をあげるわけにはいかない。気持ちを切り替えるように拳を上へ振り上げると少年はがんばろー!と声を上げる。だが、その声にも誰の返答もなかった。
誰もいない。当たり前だった。誰もいないはずの空間なのだから。
誰も答えない。当たり前だった。誰も答えることができない空間なのだから。
だから誰も少年には気付かない。少年すらも気付かない。手にある紋様が鈍く光ることに。
美術展は先の爆発事故によって開催が危ぶまれていた。そもそも爆発事件のあったことで美術に関する人の足が遠のいていることは事実である。その認識が覆らないことにはどうにもできなかったが、朗報として燃やされてしまった1枚を除く残り2枚が展示されることが決定したのである。危険を伴う展示ではあるものの、残り2枚が集まるとなれば開催を中止にするわけにはいかなかった。
更に、驚くべきことに国連から開催をしろと指令が下ったのだ。一介の美術館にそれを拒否する権利もなければそんな勇気も出るわけがない。資金に関しては何の問題もないと言われては、美術館としては断る理由がなくなってしまったのだ。
関係者からすれば冗談じゃない、と文句の1つでも出るものだがそれを思うことは許されても口に出すことは許されない。半ば強引に進められた話の中で職員の1人は資金協力メンバーの中の1つの集団を見て「ん?」と首を傾げる。
「教会…、なんてそんなのあったっけ?」
安室透、もとい降谷零の所属する公安部は荒れに荒れていた。公安が警備にあたっていたというのに爆発事故という失態、死傷者こそ出なかったものの、一歩間違えれば会場にいた全員が死んでいたかもしれない大事故だったのだ。上の上の人間にまでその話は通り、公安部は大目玉を食らっていた。爆発物と思わしきものは見当たらず、爆発が何が起因して起きたのかもわからない。大量の防犯カメラは爆発に巻き込まれてすべてが形すら残らなかった。カメラの大元である画面も爆発事故の直前に砂嵐が流れる始末。
つまり、公安が警備して分かったことと言えば爆発事故が起きたことだけ。成果などなにもないに等しかった。だからこその大目玉。だからこその失態だ。
何もつかめたものがないのならそこから次に活かすべきものが不明なまま。何もわからないのなら解決につながる道は不明なまま。これほど不確定で不鮮明、なおかつ無駄な警備はなかった、と怒鳴る声が電話口から公安部のオフィス全体に響き渡った。が、それを聞いて誰も不平を口にすることはない。警備にあたった全員が言われていることなどとうに理解しているのだ。これほど自分たちの無力さを噛みしめたことはなかった。公安部という警察部分の暗躍としてこれまで高度に培われてきたものを粉々にされた気分であったのは言うまでもない。失敗はある、公安に所属しているエリートとはいえ所詮は人の子なのだからそれは当然のことだ。だが、成果が何もないというのは許されない。
対策すらできない状態で何をしろと言うのか。目的すらわからない状態で何を警戒しろというのか。
「風見」
項垂れていた公安の一人、風見に声をかけたスーツ姿の男は目の前に缶コーヒーをちらつかせると、もう片方で持っていた同じ缶コーヒーに爪を立てた。風見にとってしてみれば声の主はもはや見るまでもなくわかることであり、缶コーヒーを素直に受け取らなければこの場を立ち去ることは許されないことはわかりきったことである。優しさなのはわかるが、差し出されるコーヒーがブラックコーヒーであり、徹夜の常連である公安のメンバーが”ヤク”という愛称で飲まれている飲料だということはこのコーヒーの主も知っている。やさしさなのだろうが、そのやさしさの裏に隠そうともしない言葉で言われる今夜は徹夜だという意味が今や絶望的に思えた。
「降谷さん、お疲れ様です」
風見自身驚くくらいの疲れた声が出たが、そんなことはものともせずにコーヒーを受け取ってプルタブを押し上げる。プシュ、という音が静かな廊下に響いてそれを1口。とてつもない苦みが疲れている暇はないぞと言っているように思えた。差出人である降谷零はそれを聞いているのか聞いていないのか、缶コーヒーを飲んでおり返答はない。
降谷自身も心身共に疲れ果てているのは声どころか体全体から滲み出ていた。公安のエースであり、現場を取り仕切っていたのは降谷以外にはいないのだから当然であった。公安の非難は当然降谷にも届いており、そのほとんどを占める上層部からの罵声と怒声は降谷に向けての物であった。無論、そんなものは防ぎようがないと声を上げたいところなのだがそれを許すほど公安は甘くはない。起こってしまった、それが結果でありそれが全てだった。
「次の開催場所が決まったらしい。至急、資料を集めるぞ。今度は死傷0人でぬか喜びさせるつもりはないと思え」
「はい、もちろんです」
返事をした直後に風見は自分を鼓舞する意味でコーヒーを思い切り煽る。
「……苦い」
当然のごとく、コーヒーは顰め面をさせるほど苦かった。
鈴木財閥の事件から2日後にそれは開かれた。
あのド派手な絵画展とは程遠い、米花町内にある小さな美術館は先の爆発事故で失ってしまった絵を除いたたった2枚の少年の絵を展示。協力体制は万全である。
資金、警備、人手、防犯、それをとっても一級品の数々に恐れたのは米花の美術館に勤める全員である。生きていてこれまで多くの資金を投じられたこともなければ、これほど仕事の人手を要されたこともない。内部は半ば混乱に近い状態になっていたが、展示会の当日にはなんとか形になるようには計画されていた。絵画に呪いがついていると噂され、開催当日に人が集まるかどうか心配された展示会ではあったが、それも好奇心が勝ったのか大量の予約チケットが次々に売れていく。ホッと安心する反面、本当に大丈夫なのかと心配する就業員がいた。何度も何度も繰り返される防災訓練と案内の訓練は身にはなるものの本当に爆発事故が起こるのではと不安を煽る一因である。
だが、それでも日本人の悲しい性か、当日は誰も休むことはなかった。これだけ人が集まるのは久しぶりだと喜ぶ館長に苦笑いを浮かべた従業員がいたことを何人目撃したことだろう。
2枚ある絵画は美術館の端同士に配置され、両方を見に行くには時間を要することになったが、それでもどちらか1枚の絵画が同時に爆破されることを懸念した美術館の苦肉の策である。
無論、江戸川コナンはそこにいた。爆発の時にあの男が言ったことが本当であるならば調べるまでもなくここが事件現場になるなんてことはわかりきっている。開催は止められない、ならばなにかが起こる前にそれを止める必要がある。わかっていてそれを無視できるほどコナンの精神はやわではない。
だが、困ったことに爆発のヒントはあの事件から一つも出てこなかった。灰原哀、阿笠博士と共に調べたが全く持って爆発物らしきものは見当たらない。はっきり言えば異常の一言に尽きる。
爆発が起これば何が原因で爆発したのか程度ならわかるはずなのにそれが一向に出てこないのだ。あの爆発はどこで、何が原因で、どんな爆発であったかがわからない。ありえるはずのない爆発だった。
何故、と考えても始まらないのならば目の前でもなんでも見張るしかない。幸いにも絵画が目当てなことはわかっている。その上、残った2枚とも同じ場所で展示となればもはや次の爆破現場はここですよと声を大にして言っているようなものだった。
阻止できるかどうかはわからない、だが来なければ何もできないままだったのだ。わかっているのに行動しないのはコナンにはどうにも我慢が出来なかった。
小さな美術館にその絵画はあった。コナンの記憶の中と違わぬ容姿で、姿で、相も変わらず眠ったその目が開かれることはない。
何も違いがないように思えたが、あの第一の爆破現場にいた男はあの絵を偽物だと言った。だったら何か違いがあるに違いない。パッと見ではわからないかもしれないが、それは作者のサインであったりなにかしるしであると絵画の中ではそれは常識ともいえる贋作との見分けのつけ方である。どれだけ精巧につくられていてもごまかせない部分は絶対にあるはずだった。
「…やっぱり、来たのか」
後ろから呆れたような、諦めたような声をかけられてもコナンは振り向かなかった。知っている声でもあり、絶対にここへ来ていると確信できる相手だった。答えを求めている声ではないことを知っていながらもコナンはうん、と答えた。
「この間の絵が偽物なら、今日あるうちのどっちかが本物なはずだから。どっちかが本物だってわかるなら…って思ったんだ」
「違いは見つかったかい?」
コナンの後ろでコツリと革靴が地面を踏む音が聞こえる。ピタリと横に並んだグレーのスーツが視野に入ったところでコナンは絵を見続けた。
ふいに真剣に見ていたその目を閉じる。笑いがでるのが我慢ならずに口角が上がっていく。
「いーや、全然!」
降参と叫びたいほどに絵の違いはなかった。紙の質、絵柄、絵の具に至るまでなにもかもが同じにしか見えない。きっとこの絵を贋作に仕立て上げた人物がいるのならば称賛を送りたいほどに精巧にできていた。無論、コナンにプロと呼べるほどの芸術を見る目があるとは言えないが、それでも一通りの目利きの仕方は実の父親から教わっている。そのどれにも当てはまらないとなればこれはもう降参としか言えなかった。美術館の人間も誰もかれもが騙されていることに納得する。これは偽物でありながら本物であると断言してもいい。
「ゼロの兄ちゃんは?警備?」
「あぁ、脅迫状は来なかったけれど…念のためにね」
「来なかった?」
「あぁ、それらしいものは美術館にも警察にも来ていない。美術館に関してはそんな報告は上がってきていないってだけだけどね」
君なら、もしかしたら何か気付いたことがあるんじゃないかと思って。
そう笑うゼロこと降谷は笑みを浮かべた。だが、コナンは首を左右に数回振ると残念だけど、と口を開く。
警察がつかめていない以上コナンにできることは何もなかった。犯行予告はなしに犯人を突き止めることは不可能だ。そもそも、前の美術館で爆破があった際にも怪しい人物などあのフードの男くらいなもので、その人物さえも忽然と消えてしまった。
分からない、何も分からないことだらけだ。犯人の目的が残っているこの2枚の絵であるならば今が恐らく最大のチャンスなのだろう。警察とてそう考えて警備を増やし、絵を最大限守っている。コナンの隣にいる男が最大の裏付けだった。
だが、絵を狙う理由は…?あのフードの男が言っていた本物は1枚だけ、という話が本当であるならその1枚が欲しいというのであればわかる。あれは数億の価値もくだらない代物だ。だが、あの美術館で1枚を消し飛ばすために美術館自体を爆破したのはもはや執念と言っても差し支えない。絵が偽物であることを知っていた?絵の見分け方を知っている人間がいる…?いや、もしかしたらあのフードの男こそがそれを見極められる人間であるのか?いや、もしそうだとしたら自分たちの前に姿を現し、なおかつヒントを与えることは無駄の一言と言って過言ない。と考えてコナンの背筋に冷たいものが走った。肝心の犯人の疑いを持てる人間像すら思い浮かばない。目的も、その意図も。
唯一あるとするならば絵に対するただ異常なまでの執着。絵画だけに注がれたその怨讐。ならばこの美術館で何も起きないはずがない。
予告など必要ないのだ。犯人の目的は絵画の破壊のみ、そこに警察を弄ぶ気持ちや誰かに対する復讐心など一つもない。破壊をすることに絶対の自信を持ち、なにかを仕掛けてその裏を取ろうとすらしない。探偵であるコナンにとってこれほどやりづらい相手はない。
「…君の想像する通り、予想であればこの美術館で何か起きる」
降谷は真剣な顔でコナンを見ていた。コナンもそれに頷く。何かが起きる。いや、何かが起きないわけがない。用意された舞台、罠といっても過言ではない出来過ぎたこの現状に犯人が引っかからないはずがない。必ずこの美術館に姿を現す。それは自信を持って言えることだ。
再び絵を見ようと体をずらした降谷の肩に誰かが軽くぶつかった。反射的にすみません、と声がでる降谷とは違いぶつかった体格の細い男はそのまま逃げるように去っていく。なんだ、と降谷が不振に思った瞬間、それは起きた。
突然、真後ろで爆発音がした。
ドォン!とまさに爆発音がするそれに降谷が振り向く前に劈く悲鳴と耐え切れないとでも言うように絞り出した叫び声が耳を襲う。目に写ったのはオレンジ色だった。ごうごうと音を立てて天井まで登るそれに一瞬言葉を失くした。同じだった。2日前、鈴木財閥の開いたあの展覧会の爆発と全く同じ光景が目の前に広がった。
「っは…」
息を吸う、1つ瞬きをする。目の前には炎、鼻には焦げ付く何かが焼ける匂い、耳には悲鳴と怒号、肌はこの上ない熱を感じる。幻でもなんでもなく、今、自分の目の前で爆発が起きたことを理解する。そうすれば落ち着きはすぐに取り戻すことができた。
「絵は…」
振り返れば降谷よりも早くにコナンが絵を取り外しにかかっている。幸運ともいうべきか絵は簡単な額にいれられて掛けられているだけであった。それを持ち上げればガコンという音と共にコナンの伸ばした両手に収まってしまう。それを脇に挟んだコナンは降谷の方を向いて笑顔で1つ頷けば降谷も1つ頷く。
今回、絵の保護を理由に来ていたのだ。それならばせめて自分たちの前にある絵だけでも保護しなければならない。もう1枚は、と逆方向に目を向けたもののコナンにも降谷にももう1枚の保護は絶望的だと瞬間的に理解するしかない。行く手は炎でふさがれ、熱はごうごうと2人を焼こうとしている。
その中でうっすらと黒い影があった。影は少しずつ大きくなる。ぶれた黒いそれはおおきくなるにつれてはっきりと、形どったものになっていく。
「…コナン君」
「あ、あむろさ…」
黒い影はやがて人の形へ。けだるそうに、後頭部にのばされたであろう左手に何か長いものをもった右手。炎をなんともないように歩くその人影はコナンたちへしっかりと近づいている。
「あー?あぁ、よう」
黒かったその人影は青い男であった。赤い瞳に青い髪、青い服。気軽話しかけるようでだるそうにも見えるその人物。
コナンも降谷もそれにこたえることはない。ただ1歩後退をして冷や汗が流れるのを感じた。
それを見てもその人物は気だるげな表情を変えない。きょろきょと周りを見回してため息をつくだけだ。右手に持った長いそれで肩を叩いて何か悩むように眉間に皺を寄せる。その一連の動作も男がすれば何かと様になった。安室などとはまた違う部類の顔立ちの良さがコナンの恐怖を一層強くさせる。冷や汗が背中を流れる。無意識に握った手にじわりと汗が滲み出る。
目を離してはいけないと本能が警笛を鳴らした。
「お前さんら…あぁいや、いいか。俺がほしいのはそれなんだが譲ってはくれねぇか」
男が指をさしたのはコナンの持っている絵画である。それにコナンは思わず降谷のほうを向くが降谷は首を横に振る。
コナンとしては降谷に意見を求めたものの、降谷の答えは大体予想がついていた。それもそのはず、男は身元も分からずそもそも初対面であるし見るからに怪しかった。渡すわけにはいかない。
「これ、僕らの大切なものなんだ。渡せないよ」
かばうように絵を抱きしめたコナンは威嚇するように睨むと1歩右足を下げた。小さく砂利を踏んだ音がやけに響いて聞こえる。
男はそれに表情を変えない。「そうか」と一言だけ呟いてから何か考えるように目線を外し、長いそれを肩にかけ直す。
ごくりとコナンは知らぬうちに唾を飲み込んだ。
「俺にとってもそいつは大切な物なんだが…まぁ渡す気がないなら仕方ねぇ」
男の肩にかかっていたものがコナンに向けられる。それですら空気を裂いた音が聞こえた。
「殺してでもそいつをもらおう」
あ、と声をだすこともできなかった。男のその獲物がコナンに向かって突き出されるのはコナンの想像するよりずっとずっと早かった。
身をよじる?不可能だ。
自分の武器であるキックシューズを使う?不可能だ。
どれをとっても間に合わない。どうあがいても間に合わない。今まで感じたどの危険よりも濃厚な死を感じて咄嗟にコナンがとれた行動といえば目を閉じることくらいだった。
だが目を閉じて1秒、2秒と時間が経ってもその痛みは訪れない。あふれ出る血の感触はない。
片目を薄っすらと開ければそこには青筋が浮かび上がった男がいた。だが、その男は動かない。コナンに向けたかったはずの長物は振りかぶったまま1ミリとて動いていなかった。
男が渾身の力を込めているのはコナンにだってわかる。見るからに力を入れているであろう体はガチガチと震えていた。
何が起きているのか、理解ができないまま男を眺めていれば唐突にコナンの背中が軽い力で押された。体は自然に一歩前へ出ると逃げなくてはいけないと直感が告げる。瞬間、コナンの背筋に冷たいものが走った。殺されかけた。いや、殺される寸前であった。
何が起こったのかはわからない。けれどここから一刻も早くどこかへ逃げなくてはいけない。どこへ?どこでもいい。とにかく今は目の前の男が見えない場所へ。逃げる間際、振り向きざまに男の背へ触れることも忘れずに。
「こ、コナンく…」
「安室さんは脱出して警察に連絡して!爆発したなら伝わるはずだよね。それなら安室さんのほうが話は早いはずだよ」
思わず早口になるコナンに降谷はダメだ!と声を荒げた。
何故かはわからないが、殺そうとしていた男はなんとか振り切れたとしても今後どこで同じような奴が現れるかも分からなかった。いや、そもそもあの男がまた襲ってきたらどうする。狙いは絵画だろうが例え持っていなくても自分やコナンだって殺されるかもしれないのだ。
「でも、今はこの方法しかないんだ。これがあればあいつはきっと僕のところに来る。だからその間に急いで!ほかにも被害者が出るかもしれないんだ!」
他の被害者の言葉で降谷の出そうとした声が止まった。そう、この展覧会には他の人間がいる。なにも自分とコナンだけではないのだ。だがそれでもコナンは降谷にとって守るべき対象の1人に変わりはない。けれどもし他に被害を被る人がいたらどうする?そもそも爆発で助けを求める人もいるかもしれない。危険はなにもあの男だけではないのだ。
強く歯を食いしばった。天秤にかけるそのどちらを取るかなど国に身を捧げている降谷にとっては本来ならば比べるまでもない。
「わかった。だが、本当に危なくなったら逃げるんだ。約束してくれ」
頷くコナンを心の底から信用できるかと言われればそれは否ではあったが。
背を向けて別方向に走り出した降谷を見届けてコナンもまた走り出した。なるべく火の手の届いてないところへ走りだしたはいいものの、後ろから感じるプレッシャーは時間が経つにつれて大きくなっていった。
降谷と共に行動していた時にも感じてはいたがあの青い男はもうすでにコナンを追いかけ恐るべき速さで移動していた。咄嗟につけた発信機は何かの乗り物にでも乗っているのかと勘違いするレベルで移動をしている。一度止まったことは止まったがその後は真っすぐにコナンの元へ。数秒もしないうちにその発進源はもはやコナンと同じ場所へとたどり着いた。
チラリと後ろを振り返ったコナンの眼に映ったのは青い影。瞬間的に冷や汗が流れたのを自分のことながら理解した。
男がその手に槍を握る、それをコナン向けて振りかぶればコナンのすぐ耳の横で風を切る音がした。瞬間的に疲れも相まって限界を超えた足はふらつくがそれをギリギリで押しとどめる。だが
「よう、坊主。ずいぶんと逃げ回ってんじゃねぇか」
いつの間にか目の前に広がる赤い目と恐ろしいほどの形相はコナンを逃がしてはくれなかった。
男は笑っているがそれは幸せからくる笑みでも喜びからくる笑みでもない。目の奥は全く笑っておらずその顔は恐ろしいほどに歪んでいる。
ずいっと近づいたその顔に声が出せず、ただ腕にある絵画を横目で確認する。傷もなくただ綺麗に存在していることにホッと胸を撫で下ろすが、そう、今はそんなことを心配している場合でもない。
コナンのすぐ目の前に件の男。もう一度その手にある得物をコナンに向けられたとして対処法はないに等しかった。冷や汗が背を伝う。ドクドクと鼓動が体のうちから聞こえる。何かを発せようとした口はカラカラに乾いていた。
だが、カラカラに乾いていたはずの口は乾いたままに動き始めた。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 手向けるは汝と縁を持つもの」
口が動く。知りもしない単語が脳を介さず口から零れた。止めようと思っても止まらなく、コナンの言葉に呼応するように絵画は光り輝いた。その間も口はひたすらに動き、喋り続ける。長い長い呪文のようなそれを。
「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
告げる、と言い終わった瞬間に目の前の男は目を丸くするのがコナンには不思議であった。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
言葉の意味がわからず、何が起きているのかもわからず、ただ茫然と立ち尽くすコナンの前に絵画から漏れ出す光の粒が人の形を成していく。形はやがて色を成し、完全な人となっていった。それが出来上がるまでに数秒も無く、光の粒であったはずのその老人はコナンのほうを見てニコリと微笑んでその姿に恥じぬ穏やかな声で言ってみせた。
「私を召喚するとは、また奇特なマスターがいたものだネ。
我がクラスはアーチャー。なに、私は強いとも!それだけは保障しよう、我がマスター」
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随分とお待たせしてしまって本当に申し訳ないです…。<br />いつの間にやら2部2章の配信まで開始され、仕事に押されている間にどんどん新しい鯖も登場していて困惑しています。<br />通常であれば6千字ほどで収めたいのでですが、今回キリよくしようとしたら1万字近くまでいってしまいました。<br />お待たせしてしまったお詫びということで楽しんでもらえたら幸いです。<br /><br />あと、せっかくなので初代主人公絶対コロスサーヴァントに仕事してもらいました。<br /><br />前回→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9470696">novel/9470696</a></strong><br />次回→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11587038">novel/11587038</a></strong>
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絵画の中の少年 4
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10028535#1
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作者のメンタルは豆腐なので誤字とかあれば優しくご指摘ください。
鈴木園子成り代わりです。
なので原作の鈴木園子はでてきません。
救済あり。当然ながら捏造あり。
カップリングは京園ではございません。
落ちはスコッチ予定です。
以上の説明で駄目だと思ったらそっと閉じてください。
それでもよろしければどうぞ
[newpage]
――鈴木財閥ご令嬢。鈴木園子の中身は転生者である。
[newpage]
世界でも有数の企業を設立した社長秘書。それが前世の私の肩書だ。
秘書として仕える相手だった社長は、その頭脳は確かに優秀だったのだが、所謂変人。
いい歳しているのに好奇心旺盛で純粋な子供のようで、ありとあらゆるものに興味をもって、時に暴走した。生きることを全力で楽しんでいた人。自身が生まれた日本を愛し、世界を愛していたスケールと度量が大きい人だった。
今でも思わず遠い目になってしまうほど、行動原理が予想できない破天荒な人。
その社長の右腕となるために、ありとあらゆる資格と技術を習得せねばならなかった日々が懐かしい。
時々とは言わず、頻繁にぶん殴りたくなるような行動を起こしやがる人ではあったが、嫌いではなかった。前世も女ではあったが、あの人に仕え一生を終えるなら、世間一般でいう女の幸せなどクソくらえとおもうほどにはあの人間性に惚れていた。(ちなみに恋愛感情では全くない。噂されることもあったが爪の先程もない事実無根である。)
そんな社長がビジネスチャンスかもしれないといったアニメの世界に生まれ変わるなんて、何という運命の悪戯なのだろう。
アニメ映画とは思えない興行成績を叩き出し、社会現象を起こしたアニメ。
確かに一種のビジネスチャンスであったことは否定しない。
社長の命令で名探偵コナンについて内容を把握するように言われたが、既刊の時点で100巻近いとはどういうことだ。
読めと言うならば、その破天荒で予想外な行動を少しは止めて、私に時間を寄越せ。
仕方がないのでダイジェストバージョンから入った。だから知識としては大まかな流れと主要人物の根幹に根強く関わった事件やら何やらの事件しか知らない。それでも結構な人間が死んでいて戦慄した。そして秘書の目からして、その犯罪によって起こった被害総額に眩暈がした。
さすが既刊100巻近い推理漫画だけあって、転生先の世界は物騒である。
さて、そんな経緯ではあるのだが、巻き添えで甚大な被害を受けさせられる財閥令嬢として生まれるとはこれ如何に。
自身の立ち位置を理解してしまった私の目は死んだ。
[newpage]
主人公が入園していたことで、自身の立ち位置を確信した私は考えた。
蘭やその主人公である新一と距離をとる。
それも一種の対処法であろう。
だが、鈴木財閥は残念ながら世界有数の財閥なのである。
距離があれば、直接的な縁で巻き添えになる可能性は低下するかもしれない。だが、どちらにしろ財閥側に被害がでるのは確実だ。
世界的な犯罪秘密組織。それがこの名探偵コナンでの『最大の敵』なのだ。
元々雇われていた人間として、そしてそれを率いて導く人間の側で仕えた人間として鈴木財閥の人間を路頭に迷わせるわけにはいかない。
財閥に生まれ、またその恩恵で生活している以上その責任が『鈴木園子』にはある。
察するに、工藤新一が江戸川コナンに縮んだ時点でループ時空になるというではないか。その間にも日常風景のように殺人事件などの凶悪事件が起き、そして財閥としても巻き込まれるリスクが高まる。
非常にゾッとする未来だ。
因みに他人で初めて園子の仮面を見破ったのは蘭である。
無情にも親友補正かと思わなくもなかったが、とりあえず付き合ってみれば普通にいい娘だった。
園子が財閥の娘だからと仲良くしているのではないところが良い。
そもそも財閥云々も理解してない娘だった。
親から言われたのか、そういう子供も結構いてげっそりしていた園子のかつてない癒しである。
次点で新一。クソ生意気なところはムカつくが頭は良い。推理ショーなどと馬鹿なことをしようとしていたが、園子が懇切 丁寧にその不作法さとデメリットをチクチク理由も含めて説明すれば、それを聞くことができる素直さがある。
精神年齢からして爺をはじめとした大人としか話が合わなかった園子であるが、同年代であれば断トツで仲が良くなり、付き合う園子もただの園子として気楽に付き合える相手だった。
[newpage]
――新一が幼児化しなければ、馬鹿げたループ時空とやらにならないかもしれない。
そう思い色々裏で暗躍してみたのだが、この世界の運命であり摂理であると嘲笑うように工藤新一は幼児化した。
非常に面倒な事態だ。
ダイジェストバージョンで、出てきた人間を上手い事救済することができていた。
だからこそ、馬鹿みたいに目立ったわかりやすい悪役に新一がついていって毒薬を飲まされるという程度の出来事は潰せると思ったのに、神様という人間がいるのであれば非常に意地悪である。
閑話休題
姉は善良な人間ではあったけれど、有象無象の蔓延る世界を泳ぐには綺麗すぎた。
財閥の表として立ち、裏で園子が動くとしてもあの性格であれば、苦労する。良いように腹黒狸共に食い物にされる未来が用意に想像ができた。
ならば、次女である園子が財閥の長として立つか。
園子の目やおそらく両親の目からみても財閥を背負うに、姉は向かない。
それでも長子なのだ。
まだ、園子が男であれば別だった。だが園子はまごうことなき女だ。
同じ女で次女が、長子を差し置いて財閥の長となる。
それは家族がそう思わずとも、勝手に腰巾着を名乗るものたちをのさばらせる切っ掛けとなりかねず、不要な争いを生みかねない。
だからこそ、原作の『鈴木園子』のように等身大の女子高校生を演じた。
勝手に周りの者に神輿を担がれるのも面倒だし、園子には――自覚があった。
できないとは言わない。姉よりは向いているだろう。
それでも秘書として生きてきた生を持つ園子は、確信があった。
――私は長として立つよりも、それをサポートする側の人間だと。
だから園子はその才覚を隠した。
かつてから鈴木家に仕えてきた一族である『爺』にはその仮面はバレ、園子の配下になることを望まれた。
おそらく両親や姉も、園子が何かを隠していることは理解しているだろう。
だが『鈴木家』の人間なのだ。財閥のための行動と理解したのであれば不要に園子の裏側を探ることはなかった。
何もかもを知ることが愛ではない、相手を信じ見守るのも愛情だ。
園子にとって今世の両親は、前世の両親にも負けない守るべき愛する家族となった。
[newpage]
組織に潜り込んだ警視庁公安のNOC。コードネーム『スコッチ』こと景光を此方の陣営で強引に取り込んだ。
裏工作で爺には非常に迷惑をかけたと思うが、園子として結果は上々だ。
景光としても、組織に情報を漏らしたのは公安側であった以上、公安にそのまま戻るよりも一部の本当に信頼できる先輩やらと『協力者』として交流を持つ程度の方が安全だった。警察官に戻してあげられなかったのは悪いが、許して欲しい。
表向きは側付きとしての修行であるが、彼自身にとって将来的に役立つような技能技術を覚えさせた。爺の及第点を得た景光は、ペット兼、表で大手を振って動けない園子の手足として使い勝手も良い。
ただ使っているだけじゃない。財閥側であるからこそ公的に従者として大物が集まるパーティーなどにも景光は何食わぬ顔で入り込める。潜入する側としてもなかなかのポジションを得ていると思うのだがどうだろうか? 鈴木財閥だからこそ得た情報もさりげなく流すようにしているし、存分に組織壊滅に向けて役立てて欲しい。
園子はサポート特化。
伯父の次郎吉のように警察を使った指揮をとる気も、欠片もない。
でも状況は変わった。
[newpage]
姉が嫁ぐ。
そうなれば、父である史郎が現役を退けば、鈴木財閥は誰が継ぐ?
姉が婿養子をとり、それを園子がサポートする。それが理想だった。
でも、もうそれは叶わない。
どちらにしろ雄三さんは悪い人ではないが、財閥を動かし、率いるには役不足だ。
残る直系は次郎吉と園子。
だが、次郎吉は父である史郎の兄。子供もなく、継ぐというには現実的ではない。
分家は一応ある。
だが、残念ながら分家での年頃な人間もどれもパッとしない。
下手に分家の介入を許せば、それこそ不要なお家騒動を起こす結果になるだけだ。
園子は覚悟しなければならなかった。
『鈴木』を継ぐことを。
ただの女子高校生としての仮面を被る必要性はなくなった。
むしろ、無防備で狙い目だと思われる方が不味い。余計な横やりを入れられないように本来の姿を現す方が都合良いだろう。
現実的なのは『鈴木』を継ぐことができる男と園子が婚姻関係を結ぶこと。
自身の性質からしてもそれが一番望ましい。
だからこそ、『逆猫かぶり』の園子の真実を見出し、園子『自身』を愛したという男を選ぶわけにはいけない。
京極真。杯戸高校の空手部主将。無骨で脳筋の気があるが、古風で憎めない男。
天然の気があり、普段も眼鏡をかけて目も悪い。その癖野生動物のような本能なのか園子の隠していた本性を見抜いていた男。
園子は天真爛漫で純粋などとは程遠い人間だ。親しい人間が害されるならば、権力でもなんでも使ってそれを阻止する。
どちらかといえば腹黒い人間の部類であろう。
それにもかかわらず、園子が隠していたものを見つけ、暴いて、その『園子』を『好き』だと言う。
――何という殺し文句であろうか。
心が動いた。それは否定しない。
それでも、彼は武を極めるために生きているような人間だったし、園子の事情に巻き込む気はない。
前世と今世。そのなかで初めて恋愛めいた感情で好ましいと想ってしまった人だとしても。
どんなに言葉や行動で『愛』を示されても、園子の返答は「ごめんなさい」だ。
好ましいからこそ、彼には柵のない人と幸せになって欲しい。
想いを告げるつもりはない。それでも園子の新緑色の瞳には純度の高い恋情が宿っていた。その視線の先は京極真。
[newpage]
鈴木園子は気付かない。
猫のような吊り目に灰色の瞳をもった男。
血が滲むほどに唇を噛みしめ、御側付きの仮面の下で荒れ狂う感情に翻弄されている男がいることを。
狙撃手が標的を狙うように、園子のその背を見つめている人間がいることを。
はじめての『恋』に心奪われている園子は気付けなかった。
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いいね、コメント、フォローありがとうございます。<br /> なんか思いがけずブックマークがついてたからびっくりしました。<br /> とりあえず続きです。それでもよろしければどうぞー。
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財閥令嬢の思惑
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10029141#1
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キャプションは読みましたか?
大丈夫ならどうぞ!
ハァイ、私夢女!
二十数年生きてきてオタク生活を満喫しながら日々推しの為にえんやこらさっさと働いていたところで突然の死!
次に目が覚めたら東都、米花町と見た事ありまくりの地名に吃驚したけどこれ支部で見たやつ~!履修済ですわ抜かりないわ!おまけに両親が警察のお偉いさんと来たら皆まで言わずとも分かるな……?ちなみに推しは降谷零だ!完、全、勝、利!
――とルンルン気分でまたも二十数年この日本のヨハネスブルグで生きてきて、ほぼ何の事件にも巻き込まれていないのって凄くない?マジ凄くない?親が警察のお偉いさんだからってこの遭遇率の低さは異常だと思う……守護霊か何か憑いてんのかな。いや、怖いから考えるのやめとこ。
そんなこんなで予想通りというか支部で見た事あるやつ~~と目の前のテーブルをバシバシ叩きたいくらい履修済みの光景が眼前に広がっている。スーツをしっかりと着こなした推し、そう降谷零の姿がそこにある。
……と、大分面倒になってきたし皆支部で履修済みだから敢えてこの後は割愛させて頂く。私だって伊達に(前世から数えて)二十年以上夢女やってません。この後はこの推しから「結婚はするけど君を愛していない」とか「外では他人のフリをしてくれ」とか「仕事の一環で他の女を抱くこともある」とか「家には殆ど帰れないから食事は用意しなくていい」とかとか~うん、支部でほんと何万回と読み込んだわ。
だからこの先の展開も予想できるし推しと一瞬でも結婚出来て極々偶にそのお姿を拝見出来るなら本望……私の事は床の間にあるこけしとでも思っていて下さいな!ルンルン!
――……と、数時間前はそんなアホな事を延々と脳内で考えていたのですが。
「おかえりなさい」
「…………??」
パタン。
帰宅早々リビングへ続く扉を開けると中で推しが出迎えてくれた。から思わず閉めた。な、何が起こってるかわからねーと思うが、
「酷いですね、人の顔を見るなり扉を閉めてしまうなんて」
「うっっっわ顔が良い」
「それはどうも。ほら、ただいまは?」
「……た、だいま……?」
「うん、おかえりなさい。今日は慣れない着物で疲れたでしょう? お風呂にしますか?」
「アッイエお構いなく……」
……誰かこの状況を10文字以内で説明してほしい。
まず、ここは私の家で間違いない。親が用意しようとした絢爛豪華なお姫様部屋は断固拒否して、米花町ということでセキュリティだけしっかりとしている普通のマンション。親のコネを使う事なく就職した私の給料では家賃を払うだけでも家計は火の車……とまではいかないが、割とカツカツな正真正銘我が家である。
え~~待ってほしい。さっきまでは支部で見た事あるやつ~~wwみたいに馬鹿丸出し演じてたけど割と私真面目なんだわ……本人が言っても説得力無いかもしれないけど今の状況理解出来なさ過ぎて真面目になった。お願い信じて。
「どうして僕が君の家にいるのか、という顔をしてますね」
「そ、そうですね……ちょっと、いやかなり意味分からないので出来ればご説明をお願いしたいのですが……」
「では、こちらへどうぞ」
鞄をするりと取られ、腰に手を添えられてソファへエスコートされる。なんだなんだ、さっきから安室透で通すのか?降谷零として紹介されているし、支部で履修した話は殆ど一方的に条件を突き付けて最初は従うけどやがて妻(この場合は私)が我慢できなくなって出ていくとか、そうでなくても凄く心が痛くなる切ないお話ばっかりだったじゃん……何この展開……。
「では、まず僕と君の認識の齟齬から改めましょうか」
「……というと?」
「君は僕と政略結婚をした……もしくは、君の御父上の後ろ盾欲しさ、または昇進の為に僕が先程の見合いに臨んだと思っていますね?」
そりゃそうだ。彼と私の接点なんて何一つないし、会ったのも今日が初めて。支部で見た、という最大のアドバンテージがありこの先の展開が読めたからこそ特に父に反抗したり見合いをぶち壊したり、ということはなかった。
大体私の価値なんて両親が偉い人、くらいしかないのだから最初からそれを狙っていて……もしくは私が丁度都合のいい存在だったから、しか思いつかない。
だが、目の前の彼は私を心底愛おしいといった蕩けた瞳で私を見ている。どうしてそんな瞳をしているのか私には全く理解できない。どうして、どうして。
「――それは、間違いですよ。僕があなたと結婚したくて御父上に頼み込んだんです」
「…………は?」
「君は覚えていないようですが、僕達は幼い頃に既に出会っていて、子供の拙い約束でしたが結婚の約束までしていたんです」
「え、はっ結婚!? 嘘!!」
「嘘じゃありません。……ほら、このビー玉。僕の瞳の色だ、と言った君から貰ったものだよ」
「――……っ」
そこで思い出した。確かに幼い頃、まだ小学校にも入っていないくらいに、近所に住んでいる男の子に出会った事がある。その子は金髪で、日焼け?ってその時は思っていた褐色の肌で、……青い、綺麗な瞳で。まんまるなその瞳がその当時大事にしていたビー玉と似ていて、私はその子に一番大切にしていたビー玉をプレゼントした。それから仲良くなって何度か遊んで、私が親の転勤で遠くに引っ越さなければならない、と言った時にその子は「いつかこのビー玉を持って会いに行くから、その時は結婚しようね」なんて言ってくれたっけ……多分、これが初恋だったと思う。
でも、その当時は前世の記憶なんて思い出してもいなくて普通の子供だったから気付かなかった。あの子が、まさか降谷零だったなんて。
「――思い出したか?」
「っは、……でも、あんな昔の約束……」
「……俺は一度たりとも忘れた事はなかったよ。このビー玉を見る度、君の事を思い出していた。警察官になってから、特殊な部署に配属になってしまって、迎えに来るのが遅くなってしまったが……それも全部終わった。ようやく君と一緒になれる」
「えっ……じゃあ、仕事は?仕事で忙しくて殆ど家に帰れないとか、捜査の一環で他の女性を抱く事があるとか、食事はいらないとか、そういうルールは!?」
テンプレートのような結婚した後の条件を提示してくるあのやり取りは!?と早口で捲くし立てるようにそう問うと、彼はきょとんとした表情をした後困ったようにふっと笑った。……おかしい、想像していた表情と違う。これから始まるのは、仮面夫婦のような冷めた夫婦生活ではなかったの?
「君が何をそんなに心配しているのか分からないが……そんなルール一つも必要ない。俺はなるべく家に帰るし、君以外の女を抱くなんて真っ平御免だし、君の作った料理を食べたい。勿論君にばかり負担をかけるのは悪いから、俺も出来る限り手伝うけど」
「…………うそ」
支部であれだけ見たのに。あれだけ切ない気持ちになって、もし私が同じような状況になったら強く生きようと、それでも彼の役に立ちたいと密かに思っていたのに。ぽろぽろと勝手に溢れ出した涙をそっと拭ってくれるこの人は誰?私は、誰と結婚したの?……本当に、私はこの人に愛してもらえるの?
「泣くな。君に泣かれるのは昔から苦手なんだ」
「っだ、……って、ぐす、……ふるやさん、私をあいしてくれるんですか……?私、何の取り柄もないのに、っ普通の、どこにでもいる女なのに」
前世の記憶があっても、私は何も出来なかった。彼の大事な友人達を救う事も、事件を未然に防ぐ事も、何一つ出来なかった。欠陥品、それが頭を過ぎった時、私は最愛であった彼に愛してもらえる筈が無いと諦めていたくらいなのに。……でも、せっかく彼が私を見つけ出してくれたなら。愛し続けてくれるようにと今から頑張ってみるのも遅くないだろうか。
涙を拭い続けてくれる彼の手を取り、見上げれば涙でぼやけた視界でも鮮やかな色を放つ、青色の瞳。目が合うと、唇がそっと触れあってぬくもりが伝わってくる。
「君がいい。君じゃなきゃダメなんだ」
耳元で囁かれ、ぎゅっと抱きしめられる。じんわりとあたたかくなる胸に、さっき考えていたネガティブな事など忘れてしまった。彼が私を愛してくれている事が伝わってくる。私の気持ちも伝わればいい、とぎゅっと抱きしめ返した。
「……だから、俺と結婚してくれますか?」
「っ、はい……!」
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前世の記憶を何一つ生かせない系女子
思い出したのは成人した後。その頃には何もかも遅くて絶望し、また神様を呪ったりもした。暗い気持ちを払拭する為に、前世で何万回も読んだ降谷零と政略結婚した支部での話を思い出して私は履修してるから降谷さんからどんな態度を取られても動じないぞ支えるぞ!と意気込んでいたが、いざ現実になると全く違う展開に頭がパンクしそうになるが、前世の記憶より幼い記憶の方が降谷零と深い関わりがあった。
幼い頃にまさかの結婚の約束をしていた系男子
容姿が原因でいじめられていた頃に出会った夢主に惚れて以来、貰ったビー玉をお守り代わりにして持っていた。夢主とは幼い頃に別れて以来会ってないと夢主は思っているが陰ながら守ってきたのはこの人。事件に遭遇しないのもこの人が謎の権力を使ってそうしてました。っょぃ。
組織が壊滅後、ようやく落ち着いたのでこれを機に迎えに行こうと思い上司だった夢主の御父上に頼み込んで見合いさせてもらった。夢主が自分の仕事の事は詳しく知らない筈なのに何を不安に思っているのか疑問に思ったが、父の影響だろうと軽く流す。辛い事がたくさんあったけど夢主と過ごした日々の思い出を糧に頑張ってきたので、結婚後は我慢しない。めちゃくちゃ愛してあげる?
おわり。
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筈だったが何かおかしい。<br /><br />唐突に思いついた降谷零夢小説。<br />今流行りの政略結婚ネタに乗っかった。<br />拙い文章ですがお許しを。<br /><br />夢小説なので閲覧注意!!<br />夢主はネームレス。<br />何でも許せる方のみどうぞ!
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推しと政略結婚したが履修済みなので問題ない!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10029285#1
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豪華絢爛なパーティー会場、私は美しく着飾り、黒い正装に身を包んだ極上の男3人を侍らせる事で優越感に浸りながら、優雅な一時を楽しんでーー、
いられるわけ、ないよね…!!
「…お嬢様、危険ですのでもっとこちらに体を寄せてくださいますか?」
「ーーこうかしら」
「ええ。…ふふ、役得ですね、この距離だと、あなたが纏う甘い香りを感じることができる」
バーボンに腰を抱かれ、体温を感じる程の距離へと導かれれば、低く落とした声を耳元に吹き込まれた。その攻撃力に思わずピクンと肩を揺らしてしまって、慌てて我が儘放題のご令嬢の仮面を被りなおす。
けれどそんな私から更に余裕を奪い取るように、すぐ後ろからも低く甘い声が降り注いできて。
「背後の護衛は任せてくれ。身の安全はもちろんーー君の扇情的な後ろ姿も、他の男達の目から隠して守ってやるから」
ふぅ、とわざとらしく露出した項へと吐息を吹きかけながら告げたスコッチに、またもやピクンと肩を揺らしてしまった。その様子に当然気付いたスコッチがクスクスと低く笑う声に、ポーカーフェイスでいることがついに出来なくなって、頬がブワリと赤くなった。
そして、
普段は威圧感を与える鋭い目を柔らかく細めたライが、バーボンの腕に添えた手と逆の手を掬い上げ、そっと甲に薄く少しだけかさついた唇を落として。
「ーー今夜のパーティーを最高の一夜にしてみせよう。…もちろん、望んでくれるのなら翌朝まで楽しませてみせるがな…?」
ドロドロに溶かされてしまわんばかりの色気をぶつけられ、とうとう言葉も出なくなった私は、代わりに心の中で大絶叫した。
ーーお願いだから!その攻撃力高過ぎるハニトラはやめてください!!死んで!!!しまいますーー!!!
彼らの為の善意のつもりの行動が、見事仇で返されるような展開をもたらしてしまい、私はただただお家に帰ってしまいたかったのだった。
組織と深い繋がりのある資産家ご令嬢の我が儘で、豪華絢爛なパーティー会場に護衛のため付き添いをするのはこれで何度目だろうか。
今月だけでも僕で既に5回、スコッチとライもそれぞれ3回は付き合わされたと言っていたからーーつまり1ヶ月で10回以上。
毎回組織にコードネーム持ちを借りる依頼料を大量に支払ってまで僕らを引っ張り出してくるこの女は、とんだ我が儘放題の放蕩娘だな、と辛辣な感想をにこやかな仮面の下で抱きながら、護衛とは名ばかりの侍らせている男自慢が目的のエスコートに付き合った。
「ねえバーボン。あそこの××社次期社長、ああ見えてーーとの繋がりがあるのよ」
添えた腕に絡みつくようにしなだれかかってきたご令嬢が、その表情を自慢気に染めて囁いてきた。
ーーそれは、とても重要な情報だった。
「そうなんですか?よくご存じなんですね、流石はお嬢様」
「ふふ、当然よ」
少々大きなリアクションで返した僕の反応に気分を良くしたご令嬢が、頬を染めながら更に別の人物に視線を向け、次々に情報を吐き出していく。
教えられた内容を一字一句聞き逃さず記憶して、お世辞をスラスラと告げていく。それだけで更にどんどん重要な情報を零してくれるご令嬢は、組織の仕事で忙しい中、面倒なエスコートを何度もやってでも関わりを持ち続けておきたい、とても都合のいい存在だった。
僕を侍らせパーティーを楽しむ事に一通り満足したらしいご令嬢を会場の外へと連れて行き、彼女の家が寄越したハイヤーの前まで付き添った。…ここからは彼女の家の者の役目である。前に一度、もっと情報を引き出そうと思って家までの付き添いを申し出たが、キッパリ断られてしまったので、不興を買わない為にもそれ以来は同じ申し出は避けていた。
もし、彼女の家までの付き添いをする事になる時が来るとしたら、それはきっと彼女が僕に願った時だろう。
その日が早く訪れるように脳内で彼女を口説き落とす算段を立てながら、運転手の手を借りて車内に乗り込む彼女を笑みを貼り付けたまま見守っていれば、
後部座席の窓が静かに開き、そこからご令嬢が顔をのぞかせて。
「またね、バーボン。今日は楽しかったわ」
「それはよかった。でしたら次も、ぜひこの僕をお呼びくださいね。ーーあなたの瞳に、僕以外の男を映してほしくないので」
スコッチはいいとして、ライを選ばれたら情報共有は出来なくなってしまうから。砂糖をこれでもかというほど煮詰めたような甘い笑みを浮かべれば、彼女の頬がさっと赤くなって、
「ーーお嬢様、そろそろ」
「…ええ、そうね。車を出して」
もう一押ししようとしたところて、今まで無口に職務を全うしていた運転手が彼女に声をかけ、そのまま別れの挨拶もそこそこに車は発進してしまった。
夜闇に消えていく黒塗りの車を見送り、ふぅと息を吐いてから自らも帰宅の途につくため踵を返した。
ーーあの運転手の声、どこかで…。
そんな疑問を、抱きながら。
豪華絢爛なパーティー会場に極上の男を侍らせて満足げに笑うのが趣味の我が儘放題の有名資産家ご令嬢。
ーーというのを装って、今日もせっせと彼らの役に立つ情報をポロポロ零していった。
素直に協力させてと言っても組織と深い関わりのある家柄的に信じてくれないだろうし、なにより何故NOCだと知っているのかと聞かれてしまっても、私は彼らが納得する返事を返せないだろうから。
…そう、私は所謂前世の記憶があった。それ故にウイスキートリオと呼ばれる彼らの正体を知っているし、前世で好きだった彼らの力になりたいと思うのも自然な事でーー、
NOCである彼らが、より上手く組織の中に食い込めるように。そして、少しでも命の危険が減るようにと行動していた。
うんうん、結構情報も渡せたし、今日もいい仕事したなぁ。
自画自賛をしながら疲れた体をふかふかのシートへと沈ませた所で、沈黙を保っていた運転手がついに爆発した。
「ーーっぶ、あはははは!!危なかった!後ちょっとで吹き出す所だった…!」
「…もう、ヒヤヒヤしたんですよ?」
「だって…ヒィッ、あいつの…キャラが…ぶっは…!!」
ハンドルをしっかり握り、ちゃんと前を見て運転しているものの、ケラケラと笑い続ける彼に私も苦笑して、彼の名前を呼んだ。
「久々の友人との邂逅はどうでしたか?……ーーさん」
「…んー、元気そうでなにより、ですかねー」
感慨深そうに呟いたその声色に、大切な友人を心配する感情が確かに混じっていて。
ーー頑張ろうという意志を、改めて胸に宿したのだった。
…でも、口説き落とそうとしてくるのは、やめてほしい。ホント。切実に。
パーティーの最中ずっと囁き続けられたら言葉の数々を思い出し、熱くなった頬を冷ます為にブンブンと頭を振ったのだった。
バーボンに情報を流してからあまり日を開けず、組織を通して今日はライにエスコートをお願いした。
「ハァイ、ライ。今日も素敵ね」
「君も素敵だな。…グリーンのドレスか、とてもよく似合ってる。自惚れでなければ、俺の瞳の色に合わせてきてくれたのかな」
「っ、ご想像に、お任せするわ」
普段無愛想な顔を色っぽく緩ませて微笑まれてしまえば、頬が熱くなってしまうのも当然で、若干どもりつつ返事をしながら、黒い礼服の所為で着痩せて見える、実際はかなり鍛わった逞しい腕に抱き付いたのだった。
ーーバーボンもスコッチもだけれど、私の情報の有用性を分かっているライも私に積極的にハニトラを仕掛けてきている。
社交界慣れしているからまだ平静を保てているものの、外見も内面も格好良すぎる3人にそれぞれ口説かれているとか、理由を知っていてもとても心臓に悪い。
ーーそんな事しなくてもちゃんと情報は渡すからハニトラするのはやめてほしい…。
スマートにエスコートする彼にバレないようにそっと溜め息をついた。
パーティー会場に入り、うるさかった心臓も少し落ち着いて、いつも通り自慢気な様子を装いながらライへと情報を流していく。
「あそこの彼は優秀な仲介人よ。ただしーーの子飼いでもあるから、取引は全部筒抜けになってしまうわ」
「ホォー…相変わらず君の情報網はすごいな」
…それはどこにでも忍び込めちゃう、優秀すぎる諜報係のおかげだなぁ。
私の演技指導もしてくれている彼をひっそりと思い浮かべていれば、ぐいっと腰を引き寄せられて、
「っ、」
思わず一瞬仮面が外れ、肩を震わせた。それを誤魔化すように私からも体を寄せてしなだれかかってみたけれど、
うう……腰に添えた手を妖しく動かすのはやめてほしい。原作と違って私の幼馴染みにダイナミックハニトラを仕掛けて組織に入っていないから、より押せ押せモードっぽいパリピ疑惑が濃厚なライの攻撃は本当に無理すぎる…。
取り繕ったもののやはり次第にご令嬢の仮面が剥がれ始め、顔を真っ赤にして俯きだした私に、ライは低く笑ってーー、
「ーーおや、」
「!」
聞き覚えのある声にバッと顔を上げれば、正面に女性をエスコートしているバーボンがいた。
…あのご令嬢は、
ハニトラに動揺していた気持ちがスッと鎮まり、ライの腕に絡ませていた手を解き、威圧するようにわざとカツリとヒールを鳴らして一歩前に踏み出しながら、ニコリと笑みを張り付けてバーボンをパートナーとしている女性へと語りかけた。
「ご機嫌よう。その彼、私に譲ってくださらない?」
「あらまあ、彼は今日私のエスコートをしてくださってるのよ?ねぇ、透さん」
ーーまあ、いくら家が有名とは言え、このくらいで簡単に引き下がってはくれないか。…なら。
スルリと腕を絡ませ、挑発するように言ったご令嬢に私は笑みを崩さないままゆっくりと音を出さずに口を動かした。
「 」
「ーーーッッ!」
途端に青ざめたご令嬢は素早くバーボンから離れ、チラチラとこちらを伺いながら人混みの中に消えていき、エスコート役を横取りするというとんでもない所業を躊躇なく行った私に少し面食らっているバーボンへと視線を向けた。
「ーーバーボン、彼女から何か飲み物を受け取ったかしら?」
「?いいえ、」
「彼女、気に入った男を薬漬けにして手中に収める常習犯よ、気をつけなさい。ーー全く、そんな事したらせっかくの能力の高さが台無しになってしまうのに、彼女も分かってないわ…」
本当に危なかった。薬を盛られる前に遭遇してよかったと心底ホッとしながら去っていった女の姿が見えなくなった所で、いつもなら間を空けずに返事を返してくるバーボンが静かな事に不思議に思い、そちらに視線を戻した。
「…?どうかしたかしら」
「え、いえ。…助けてくださりありがとうございました」
いつもならもっと大袈裟なくらいに感情を込めてくる筈のバーボンは、どこか理解が追い付いていないような表情をしていた。
そんな彼のらしくない反応に首を傾げていれば、グイッと肩を抱かれて後ろに引き寄せられて、
「ーー妬けるな。今日は俺が君をエスコートする約束だっただろう…?」
「っ、ライ…、」
背中がぴったりとライの胸元に寄りかかった体勢で耳元で甘く色っぽく囁かれ、冷静に働いていた頭がまた混乱の渦へと叩き落とされた。
肩に置かれた手が、露出している腕をスルリと撫でながら伝い、下に降りていき、腹部に回され、そのまま片手で抱き締められる。今までで一番激しいスキンシップに何が何だか分からなくなってきて、
「残念ながら、お嬢様は僕もお望みでしてね」
腹部に回ったライの腕をグイッと引っ張り、強引に外したバーボンがニコリと口元を釣り上げながら目だけは鋭くライを睨み付けた。
「彼女の慈悲で助けられた奴に護衛が務まるとは思えないが?」
「それだけお嬢様に気に入って貰えている証でしょう?その証拠に呼ばれる回数も僕が一番多い」
バチバチと火花を散らすように睨み合う2人に、本来嬉しそうに頬を染めなくてはいけない筈のキャラも忘れ、あわあわと2人を交互に見つめるだけしかできなくて、
…まって、まるで少女マンガでよく見るヒロインの取り合いみたいなやり取りやめて…!!無理です師匠!!この状況で演技とか私には無理です!!助けて…!!お願い…!!!
ひたすらお家で待っている演技指導係の彼にヘルプの念を飛ばしていれば、その祈りが届いたのか天の助けがーー、
「まあまあ2人共、ここは全員で護衛すればいだけだろう。…いいですよね?お嬢様」
「…スコッチ?」
突然現れた給仕姿のスコッチは私の肩にポンと手を置き、ニコリとした笑顔で2人を宥めてくれた。ようやく睨み合いを止めた2人にホッと息を吐こうとして、
…ッア。違うこれ助けじゃない。バーボンと組んで2対1ならハニトラの勝率上がるよなって思ってる笑顔だこれ…!!
「ーーお嬢様、実はパーティーには別件の仕事の為にスコッチと来ていまして。荒事が起こる可能性もありますので護衛をさせていただけませんか…?」
スコッチに宥められて冷静さを取り戻したバーボンが、確実に私が頷くように事を運びだして、実際私が選べる選択肢は一つしか残されていなくて。
「ーーそうね、お願いしようかしら」
3対1という更にしんどさが上がった現状に、泣きたくなる気持ちをグッと抑え、何とか乗り切ってみせようと心を奮い立たせたけれどーー、
結果、冒頭の事態となり、私は心の中で泣き叫んだのだった。
つづかない
アングラ系資産家ご令嬢
転生知識有主。いい男を侍らせて情報をポロポロ零す馬鹿な女のフリをしながらウイスキートリオの手助けをしてあげてるのに、容赦ないハニトラ責めをされて今日も内心瀕死状態。
ハニトラウイスキートリオ
情報を得る為にご令嬢主に容赦ないハニトラを仕掛けている。今の所彼女がわざと情報を与えてくれてるとは気付いてない。でもその内段々気付くはず。
運転手の彼とか諜報役&演技指導の彼
救済されてる彼らです。
お読みくださりありがとうございます!新しいシリーズ色々考えてた中で思い付いたネタ(n番煎じでしょうけど…)がもったいなかったのでとりあえず冒頭書いてみた的なお話でした!
正直めっちゃ楽しかったけど、口説き文句に語彙力が要ることに気付き、私の力じゃ続き書くの無理だ…と察したのでここまでです()
この後の展開は馬鹿なご令嬢のフリが段々バレていき、恩を感じ始めた彼らが徐々にご令嬢主に惚れていき、情報目的のハニトラから本気口説きになっていったりするウイスキートリオ逆ハみたいな…話…です…??
スコッチを助ける為に演技指導の彼と一芝居うったり、バーボンを凶弾から庇って怪我したりさせたい、ライに一番最初に演技がバレて協力者的な関係になったりさせたい…書けないけど…
それではまたー!
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組織と深い関わりのある資産家のご令嬢として生まれた知識有主が、馬鹿な女のフリをしてウイスキートリオに情報を漏らしてあげるお話。そしてウイスキートリオのハニトラに内心ぎゃあぎゃあ叫ぶお話。救済もあるよ!<br /><br />@Honwaka_S<br />ツイッターでネタとかいろいろ呟いてます~~
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お金持ちになったからウイスキートリオを護衛として雇ってみた
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10029303#1
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彼はすぐに飴を出す。
「お前はまだ若いもんなー、シンドバッド?」
「ヒナホホぉ…」
私は 彼が羨ましくて仕方なかった。
謝肉祭も終り、なんならこれから8人将だけで飲み直そうという話がシャルルカンから提案された。もちろん王は大賛成、しかもその日は妻子持ちの二人の将も「少しだけなら」と参加することになり、ジャーファルは強く反対できないまま2次会は決行された。
「(明日に絶対差し支えるのに…しかも8人将全員だ、あまり飲みすぎないように私が目を光らせないと…)」
ジャーファルは謝肉祭で酒を一滴も飲んでおらず完全に酔っ払いにかこまれた今、少しいらついていた。代わりに近くにあるジュースを意味もなくがぶがぶ飲んだ。
「シン、飲みすぎないでくださいよ。」
「もーぅ、ジャーファル君のいじわるぅぅ」
ダメだこいつ、なんて思いながらため息をついていると後ろから巨体の青髪の将が話しかけてきた。
「大丈夫だよなー、シンドバッド。」
と王をなだめるヒナホホにジャーファルは
「ヒナホホ殿、あまり甘やかさないでください。」
つい、いつもよりドスが効いた声色になってしまったのかヒナホホは一瞬だけ訝しげな表情を浮かべた後、
「ジャーファル殿は厳しいなぁ、ははは。まぁそれがお前の良いところなんだけどな。」
と年上の余裕めいたものを出して笑うヒナホホに
「…よくない。」
「え?」
ジャーファルは突然に叫んだ。
「ヒナホホみたいに私だって本当はシンを甘やかしてみたいんですっ!!!!」
その場にいた8人将が1人の政務官の大きな声により会話を止めた。だがジャーファルは止まらなかった。いつもなら自制の念を人より強く効かせるところで彼は続ける。
「いつもヒナホホばっかりシンをあまやかしてずるい!!本当は私だって、うぅ…俺だってシンを思いっきり甘やかしてやりたいのにぃぃぃぃ」
ジャーファルは涙を流しながらヒナホホの胸をぽかぽかと叩いた。
「あ、ジャーファルさんがさっき飲んでたこれ、かなり強い果実酒だよ。」
「え、ちょっと飲まして…うわっ、飲みやすいな!ってもう殆ど無いぜ…」
後ろでピスティとシャルルカンがひそひそと会話を始めたのを聞きながら、隣でまだ停止しているシンドバッドを見つめ
「ずるいよヒナホホはぁー!!」
とついに自分に抱きついてきたジャーファルを感じながらヒナホホは
「(かわいいなぁこいつ)」
と苦い笑みを浮かべながらジャーファルの頭をなでてやるのだった。
終
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こんにちは。前作とは関係ない話ですが書いたのがあるのであげます。穏やかなヒナジャを書いたんですが基本的にシンジャが根底にあります。ヒナジャかわいくて好きです(∩´∀`)∩ 追記)この作品がルーキーランキングに入ったようです、ありがとうございました。
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本当は
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002932#1
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「最近、あの白血球と一緒にいないのね」
先輩と偶然会った時のことだった。思わぬ指摘に一瞬言葉に詰まってしまう。誤魔化すように笑ったが、どうしても顔が引きつるのがわかる。
「……白血球さんも忙しいからだと思いますよ」
「でもねぇ、むこうも会えないと寂しがるんじゃない?」
あんたはどうなのよ? そう言われてもすぐには答えられない。会いたいといえばもちろん会いたいが、話はそう簡単ではない。少なくとも、あの人のそばに私がいたら迷惑になってしまう。今はそう思えるだけの確信があった。
「きっと、そのうち会えますよ」
望みと真逆の希望を言うだけ言って、先輩に挨拶をして別れた。
事の始まりは少し前にさかのぼる。
その日も赤血球は元気にそしていつも通りちょっと迷いながら配達に向かっていた。本当のところはかなり迷っていた、と言うほうが正しいかもしれない。
「ええと、どっちに進めばいいんだろう……」
血管の合流地点で地図を片手に途方に暮れていると、肩にぽんと手が置かれた。振り返ってよく知った人がいたから、自然と笑みがこぼれる。
「また迷子か、赤血球?」
「白血球さん!」
心のどこかで会えるかもしれないと思っていた相手に会えて嬉しかった。
「今日は迷わないはずだったんですけど、途中で分岐点がこんがらがってきちゃって……」
言い訳がましく説明していると、白血球さんが地図を覗き込んだ。
「これ、地図が逆さまだぞ」
「……はい?」
自分でもビックリするような初歩的ミスに目が点になる。次いで恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。一方で白血球さんは苦笑していた。その笑顔は細菌を殺すときの形相とは比べものにならないほど穏やかなもので、それを見ているとますます顔の熱が高まるのを感じた。
「相変わらずだな。じゃあまた案内してやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「よし、ここまで来ればあとはわかるな? あの道を真っすぐ行けば到着できるから」
「はい! ありがとうございました!」
いつも通りお互いの近況を話しながら進んでいたら目指す分岐点に着いた。もう少し話をしたかった寂しさもあったけど、この人にも仕事がある。お疲れと手を振って白血球はパトロールに戻っていき、自分も仕事に戻ろうとした時、後ろから話し声が聞こえた。
「あの赤血球珍しいな。白血球と一緒にいるなんて」
「あ、あの子知ってる。しょっちゅう迷って、今の片目の白血球に案内してもらってるのを見たことある」
ここまで聞いたところで立ち去り、今の会話を忘れるべきだったかもしれない。だが次の言葉に思わず足を止めてしまった。
「へぇ、そんなんでよく赤血球になれたな」
「あの白血球もよく毎度案内するよな。普通だったら迷惑がりそうだけど」
「まあ、白血球は変人ばっかりだからな。何考えてるかわかったもんじゃないよ」
「確かに。あいつらおっかない顔で細菌殺すからな」
「容赦ないよな、ほんと! 感染したとはいえ細胞まで躊躇なく殺すんだから……まさしく殺し屋だよな」
多分、一般細胞の人だろう。その後もなにか言っていたが、これ以上聞いていられなかった。振り返ることもせず、がむしゃらに道を進んで、人気のない場所に出たところで力が抜けたように壁際にしゃがみ込んだ。自分に対する非難だけならまだ耐えられただろう。でもそれ以上に、白血球のことを悪く言われたのが何より辛かった。視界がぼやけてきたので慌てて手の甲で乱暴に拭う。
「あの人は、何も悪くないのに」
心無い言葉を言った彼らは、白血球たちが本当に殺した相手に対して何も感じないと思っているのだろうか。今まで何度も彼らが遺体に手を合わすのを見てきた。敵に躊躇がないのは、それだけ世界を守るという使命感が強いからだ。それなのに、どうしてあんな風に言われなければならないのか。
あんなことを考えているのは、ほんの一部だけだ。忘れてしまったほうがいい。そう言い聞かせてもあの言葉が拭えない。本当は心の奥底で気にしていたことを、図らずも思わぬ形で突き付けられた。
『普通だったら迷惑がりそうだけど』
今まで、細菌に出くわした時も迷った時も、白血球さんには何度も助けてもらった。それを嬉しく思う反面、迷惑じゃないかと思っていた。感謝と申し訳なさで頭を下げるたびに、彼は仕事だからと気にも留めてなかった。
「本当は、迷惑なのかな……」
あの人は優しいから、誰よりも優しいから言わないだけなのかもしれない。もしそうなら、あの人のことを考えて邪魔にならないように自分から遠ざかるべきなのでは?
そう思った日から赤血球はなるべく白血球を避けるようにした。
先輩は忙しかったようで、すぐに仕事に戻っていった。これはこれでよかったかもしれない。これ以上一緒にいたら、様子が普段と違うことに気づかれてしまう恐れがあった。別れ際、半ば強引にアイスを手渡されて休むように言われたので、もうバレていたのかもしれないけど。
食べないのはもったいないので、近くのベンチに座ってアイスを舐め始めた。普段ならその甘さを存分に楽しむところだけど、今はまるで甘さを感じない。あの人に会わなくなってから、漂白されたように普段の景色から色が抜け落ちてしまった。
「——私、白血球さんといると本当に楽しかったんだ」
失ったからこそ気づいた。他愛もない会話をするときの和やかな空気、できるようになったことを真摯に聞いてくれる時の嬉しそうな表情。そして常にこちらを気遣ってくれる優しさ。
違うことを考えようとしても、思い返すのは二人で過ごした時間だけだった。いつの間にか血流の中で、真っ白な長身の姿を探すのが癖になっていた。それすらも、あの人のためには封印すべきかもしれないと思うと押しつぶされそうになる。
物思いにふけっていたらアイスが膝に垂れそうになり慌てて残りを食べた。
——それでも、それでもだ。あの人がこれ以上心無いことを言われないためにも耐えなければいけなかった。自分と一緒にいなければ変に悪目立ちしない。そう思えるからこそこの決意だけは変わらなかった。
[newpage]
「おい、大丈夫か赤血球?」
頭上から降ってきた聞きなれた声に思わずぎょっとして顔を上げる。目の前にいたのは、まさしく今考えていた相手だった。
「白血球さん……」
よりによってどうしてここで。タイミングの悪さを嘆きそうになった。
「どうした?ずいぶん顔色が悪いが体調でも崩したのか?」
その表情こそ変わらないものの、表情以上に雄弁に語る目が、心配していることを伝えてくれる。
ああ、やっぱりこの人はどこまでも優しい。けど、この優しさがかえって迷惑をかけ、ましてこの人自身の心無い評判を広めていることが、たまらなく嫌だった。そうなるぐらいなら、やっぱり会うべきじゃない。だから余計な心配をかけないように無理やり笑顔を顔に貼りつけた。
「大丈夫です!配達が終わってちょっと休んでただけです」
「……そうか」
明らかに納得していないようだが、面と向かって否定はしてこなかった。優しさを利用している気分になって罪悪感が湧いたがぐっと堪え、口角を無理やり上げたまま黒い目をまっすぐ見つめた。
「そういえば、最近あまり会えなかったな」
「今まで何度も会えたのが逆に奇跡だったのかもしれませんね」
「そうだな」
それきりまた何も言えずにお互い黙ってしまった。流石に沈黙に耐えられなくなってくる。
普段ならこんなことにはならなかった、と考えたところで気づく。会話が弾むのは、いつも赤血球から話しかけていたからだった。大抵白血球は聞き役に回っている。改めてその顔を見てみると、いつものようにあれこれ話し出さないことに違和感を感じているのか、戸惑った顔でこっちを見ている。
「あ、じゃあ、私は仕事に戻りますね! 白血球さんもお疲れ様です! 」
これ以上一緒にいると、いたたまれなくなってきそうだったので、慌てて立ち上がる。
が、そこで突然視界が歪な曲線を描いた。上と下が分からなくなり、さっきまで地面についていた足がどこかに行ってしまう。不眠不休で働いた影響で眩暈でもしたのだろうか。体を支えられなくなりクリーム色の地面が近づくのだけが分かった。歪む視界に耐えられなくなり目をぎゅっと閉じた時、何かに抱きとめられた。少し硬いが、暖かく力強い感触。
「大丈夫か!」
おそるおそる目を開けると、整った白い顔が予想以上に近くて、一瞬混乱したあと一気に顔の熱が高まった。ちょうど白血球の腕の中にすっぽりと収まる体勢になっていた。
「わわっ! すいません!」
慌てて離れて体勢を立て直した瞬間に、ばさりという音が足元から聞こえた。見下ろすといつも持ち歩いているメモが地面に転がっている。白血球がそれを拾い上げたが、運の悪いことに落ちた衝撃で開いたページはシフト表の部分だった。
「あ……」
急いでメモを受け取ろうとしたが遅かった。シフト表を見た白血球の目が大きく見開かれる。
「赤血球、何でこんなにシフトが入っている? 」
「それは……」
硬い声になんと答えればいいかわからなくなり視線が彷徨う。もし同僚の赤血球が同じようなシフトを入れていたら、きっと同じことを言っただろう。それぐらいシフト表は規定ギリギリまで真っ黒に埋まっていた。
「あの、それは自己研鑽というか、特訓のためというか…………っ!」
歯切れの悪い言い訳を並べ立てていたところで、白血球が勢いよく肩を掴んできた。肩に白い指が食い込んでいく。
「ごまかさないでくれ。もしかして、誰かに仕事を押し付けられたのか?」
「え?」
予想だにしない言葉に思考が固まる。だが白血球の目は鋭く、ふざけていないことがわかる。
「明らかにおかしいだろ、このシフトは! 今ふらついたのもこんな無茶なシフトで働いて疲れていたからだろ? 誰かにシフトを押し付けられたか? 何かあったのなら言って……」
「違います、違います! これは押し付けられたんじゃなくて私が入れたんです!」
赤血球は慌てて手を顔の前で振って制止した。これ以上勘違いが進んだら不穏な言葉が出そうだった。
「赤血球が? どうして?」
「それは……」
どう言えばいいのだろう。これは私が迷惑をかけたくなくて勝手にやったことだ。この人に知らせて余計な心労を追わせたくない。そう考えていいあぐねていると、白血球の白い顔に少しだけ影が差した。
「……もしや俺が原因か?」
目を白黒させていた赤血球はその言葉に顔を上げる。今この人は、何て言った?
「ほら、俺たち免疫細胞は一般細胞や赤血球達からは怖がられているだろう? そんな奴と一緒にいるとお前もいろいろ言われてるのかと思って……もしそういう思いをしたなら遠慮なく言ってくれ。これからは」
「違います! 白血球さんは何も悪くないです!!」
耐えられなくなって半ば被せるように叫んだ。それが皮切りになり感情が崩壊したダムのように溢れてきた。
「全部悪いのは私なんです! 私のせいなのに白血球さんまで悪く言われる。そんなこと耐えられません! そんな、そんなことになるくらいなら……」
ダメだ、言うな。止めなければと思っても、言葉は後から押し寄せてきて歯止めが利かない。あの時言われた言葉も、白血球の優しさも、自分のふがいなさも、何もかもが混ざり合って目頭からこぼれ頬を伝っていく。
「私はもう、白血球さんのそばにいちゃいけないんです」
消え入りそうな声でやっと呟くと、踵を返して一目散に駆け出した。後ろで白血球が自分を呼んだ気がしたが振り返らなかった。振り返ってはいけなかった。周りを気にせず限界まで走り続けて、足がもつれて倒れこむまで走ることをやめなかった。
地面に手をついて肩で息を必死に整えた。擦りむいた膝に染みる痛みが広がるが、気にはならなかった。
これでいい。これ以上迷惑をかけないためには、あの人が後ろ指をさされないためにはこれでいいんだ。そう何度も言い聞かせても一度溢れ出したものを止めることはできなかった。
[newpage]
「おつかれー」
「おう、4989番。おつかれ」
「いやぁ最近平和だね」
そう言って休憩所に来た4989番だったが、ある一点を見た瞬間、にこやかに笑いながら上げた手がそのままの位置で固まった。その場にいるのは骨芽球のころからの親友たち、いわゆるズッ友の面々だが、一人だけ何かおかしかった。
「えーっと、そこのめっちゃ凹んでる奴はどうしたの?」
4989番が指さしたのはベンチに座っている1146番だった。元々顔色が青白い白血球の中でも、今の彼は群を抜いて白い顔をしており燃え尽きていた。1146番の周囲だけ空間がゆがんだように暗い雰囲気が漂っているせいで、そばを通るほかの細胞はもとい、白血球までもが自然と距離を取っている。
「俺もよくは理解してないんだけど、赤血球ちゃんと何かあったらしいぜ」
4989番に耳打ちしたのは2626番だった。だがそれを聞いても4989番は特に驚かない。滅多なことで冷静・落ち着き・無表情を崩さない友人がここまで豹変する時は、大抵あの赤毛の赤血球が関わっているからと予想が付くからだ。
「何かって詳しく聞いてないの?」
「あの状態でまともな答えが聞けると思うか?」
「無理だな」
口を挟んだ2048番に思わず納得して頷いてしまう。
「心ここにあらずって感じでさ。説明も要領を得ていないから断片的にしかわからないし、俺たちはもうお手上げなんだよ。お前もちょっと聞いてみてくれないか?」
厄介そうな頼みごとだが、頼んできたのが他ならぬ親友で、悩んでいる相手も親友ならば断るわけにもいかない。
4989番は覚悟を決めて1146番の前に立った。
「お疲れ1146番。なあ、赤血球ちゃんと何があったわけ?」
1146番は4989番の問いかけにのろのろと顔を上げた。焦点の定まっていない目は眼前の友人を見ていないようだ。
「……ああ、4989番か……細菌でも出たのか?」
「うん、とりあえずお前が全然話を聞いていないのはわかった」
的外れにもほどがある答えに脱力してしまった。振り向くと2048番と2626番が心中お察しといった表情で首を横に振った。なるほど、あいつらも同じような展開になったようだ。ここまでくると、こいつをここまで腑抜けにするとはあの子はすごいなぁと、妙な感慨が沸いてくる。
「ほらお前、最近全然赤血球ちゃんと会ってないじゃん? 何かあったのかと思って。話してみろよ。話してみたほうがスッキリするぜ」
今度こそ一応質問は届いたらしい。1146番は俯いたり顔を上げたりしながらあれこれ悩んでいたが、ようやく重い口を開いて、ぽつぽつ喋りだした。
かなり長い話になってしまったが、なんとか全部聞くことはできた。なにしろ途中で1146番が考え込んだりまた落ち込んだりするものだから、いちいち鼓舞するのがかなり大変だった。なんとか全部聞き終わった時に、2048番と2626番が労いの意味を込めて親指を立てて頷いてきたから、彼らはこの過程で脱落したらしい。お前ら、そこはもうちょっと粘れ。
要約するとこうだ。最近赤血球と会うことがめっきり減ってしまった。元々膨大な数の血球が働くこの世界で、同じ血球同士が何度も巡り合うこと自体が奇跡に等しいのだが、不思議なことにこの二人はよく出くわしていた。ところがそれが無くなってしまった。赤血球の身に何かあったのかと思って不安になり、あちこち探し回った結果、この前ようやくベンチで憔悴しきってる彼女を見つけたのだった。だがそこで赤血球が無茶苦茶なシフトの入れ方でオーバーワークをしていたことがわかり、しかもそれがどうやら自分と会うのを避けるためだったということもわかったのだ。
「どうすればいいのか分からなくて……あいつは俺のせいじゃないって言ってたけど、どう考えても俺に全く原因がないとは思えない。俺のせいであいつが辛い思いをしたなら謝りたいけど、今のままじゃあいつは会ってくれないだろうし」
「うーん……」
4989番は頭をガシガシと掻いた。どうやら予想以上に事態は深刻なようだ。1146番は話しながらもどんどん気落ちしていき、もうあと一歩進めば地面にめり込みそうなほどだった。
それにしても、だ。4989番はちらりと1146番を見た。こいつはあの子ことになると面白いぐらい余裕がなくなる。それだけあの子を大切に想っているのだろう。4989番の目には、それが単に同僚を気遣う先輩細胞としてのものからは逸脱しているように見えた。
どちらにせよ、このまま座って悩んでばっかりではこの友人の精神衛生上大変よろしくない。こんな体たらくではまともに普段の仕事もこなせないだろう。それに、あの子がこいつと一緒にいるのが嫌になったとは、とてもじゃないが考えられなかった。時々一緒にいる様子を見かけたことがあるが、こいつと話しているときのあの子は本当に嬉しそうな顔をしていた。隠れて見ていた自分たちが、幸せいっぱいの雰囲気に耐え切れなくてブラックコーヒーを一気飲むするほどには幸せそうだった。一緒にいるのが嫌なら、あんな顔はできないはずだ。
目の前でいつも以上に白くなっているこいつと同じで、あの子も意外と自分に厳しすぎるところがあるから、おそらく自分のせいだと思って何かを考えこみすぎているのが原因だろう。やっぱりちゃんと話して誤解があるなら解くべきだ。当の本人は話す前に逃げてしまいそうだから、彼女が逃げずにこいつと向き合ってくれるような機会を用意するべきだろう。
「よしわかった。俺たちがあの子と会えるようにチャンスを作ってやるよ」
「本当か! 」
先ほどまでの様子が嘘のように、すごい勢いで立ち上がった1146番を見て、苦笑しそうになる。本当にこいつの中ではあの子の存在が大きくなっているようだ。
「ああ、だからちゃんとあの子と話し合うんだぞ」
「すまない4989番! ありがとう」
「気にするな。気が利く友人の真心と思っておけ——ただ一つだけ、これは言っておくぞ」
打って変わって細菌と対峙したときのような真剣な表情になった4989番を見て、1146番の顔にも思わず緊張が走る。
「お前とあの子の悪いところは、自分に厳しすぎるせいで何でも抱え込みがちになっているところだ。自分に優しくできない奴は他人にも優しくできないって言ったろ?気を遣うばかりじゃなくて、たまにはちゃんと自分の気持ちを相手に伝えたほうがいいぞ」
「俺の気持ち……?」
「そ。言わなきゃ伝えたいことも伝わらないぞ」
「俺はそんなに普段、言うべきことを言ってないか?」
「逆に聞くが、ちゃんと伝えてたつもりなのか?」
1146番が言葉に詰まりぐっと黙る。こいつの鈍感さはもはや筋金入りだ。それは実直の裏返しと言えなくもないが。
「まあいい。俺の言ったこと、今すぐに別れとは言わないからちゃんと覚えておけよ」
「ああ、すまない。4989番」
もう一度気にするなと言って1146番の肩をぽんと叩いた時だった。
ピンポーン♪
間の抜けたレセプターの音が4つ同時に鳴り響いた。途端に全員の殺戮スイッチが入る。
「くそっ! こんなタイミングで!!」
「この雑菌野郎がっ! よくも邪魔しやがって!!」
「ぶっ殺す! 絶対ぶっ殺す!!」
「秒で始末してやる!」
お決まりのセリフに今日は私的な恨みも乗せながら、四人は一斉に走り出した。
「死ねぇ!! この雑菌がっ!!」
いつも以上にアグレッシブに細菌を切り裂いて返り血をふんだんに浴びると、1146番は通信機のスイッチを入れた。
「こちら1146番。右ひじB8-39から45地点の細菌を全て駆除した」
『了解。今入ってきた連絡だが、B11-56地点の擦り傷が侵入経路だ。そこに多くの細菌がいて、非戦闘員が多数逃げ遅れているそうだ。付近の免疫細胞は今すぐ現場に向かってくれ』
「了解!」
連絡を受けると通信機をしまい、周りを見回した。すでに駆除を終えた他の白血球が被害の程度を確認している。
「B11-56地点が侵入経路だ! 一般細胞が大勢取り残されてるらしい! 援護に行くぞ!」
擦り傷の現場に到着し、橋の上から周囲を見回すとかなり混沌としていた。侵入した敵の数に対して圧倒的に免疫細胞の数が足りずに防戦一方になり、一般細胞が逃げまどっている。
「くそっ予想以上にまずい……!」
端の下から悲鳴が聞こえて見下ろす。今まさに、細菌が一人の赤血球に爪のついた触手を振り下ろさんとしていた。1146番は手すりに足をかけると、そのまま勢いをつけて飛び降りた。落ちながら、真下の細菌の頭上にナイフを向ける。落下の勢いがついたナイフが脳天に深々と突き刺さり、細菌の耳障りな断末魔が響く。飛び散る血しぶきが全身にかかったが、それを気にも留めず、1146番は事切れた細菌の頭からナイフを無造作に引き抜き、敵の体が地面に伏せる前に飛び降りた。
「おい、大丈夫か?」
「ひっ! は、はい! だ、だ、大丈夫です」
細菌に襲われたことやら血だらけの白血球に声をかけられたやらですっかり怯えきっている。怖がられるのはいつものことなので特に気にしないことにした。
「手短でいいから状況を教えてくれ。敵は今この場にいるので全てか?」
1146番の質問に赤血球は首を激しく横に振った。
「違います! 最初はもっといたんです! で、出口をふさがれたから俺たちは逃げれなくなったけど、あの子が、あの赤血球が、囮になって何匹か引き付けていって……」
あの赤血球?その言葉を聞いた時、嫌な予感がした。いや、まさか。そんなわけがない。だが否定したくても、不安が作業着にしみこむ血のように胸に広がっていく。いつの間にか4989番たち他のメンバーもそばに集まりだしていたが、それも気にならなかった。
「どんな赤血球だ? どっちに逃げた?」
「小柄な赤毛の子でした。帽子の端からくせ毛が出てたかな。確かあっちのほうに……」
逃げた。そう言い切る前に1146番は猛然と走り出していた。2048番が「おい待て、1146番!」と叫んだが、その声も耳には届かなかった。
なんでお前が。よりによってどうして。冷水を背中に浴びせられたような感覚は1146番をさらに加速させる。
あれが最後になってしまうのか。最後に見た泣き顔が脳裏を掠める。あんな中途半端な、ろくに本音も伝えられないような別れが最後になってしまうのか。
——そんなこと、許せるはずがない。
「あいつに手を出すやつは皆殺しにしてやる……!」
思わず声に出して呟き歯を食いしばる。あいつがこの世界から消えるなんて嫌だ。いつも明るく屈託のない笑顔。殺し屋の自分を真っすぐに見てくれる琥珀色の瞳。会ったときに嬉しそうに呼びかけてくる声。いつの間にか自分の中で大きな存在感を示すようになった存在。あいつの全てを取られたくない。
遊走路の入り口を蹴破ると1146番は猛然とそこに飛び込んだ。
[newpage]
それはこれまでの襲撃と同じく突然のことだった。
平和な血管内に地響きが響き、続いて一瞬にして眼前の大地に光が走る。何が起きたか気づいた時には、凄まじい轟音と揺れで赤血球ははるか後ろに吹き飛ばされていた。
ようやく揺れが収まり、したたかに打ちつけた腰の痛みに呻きながら目を開けると、その場にまったくもって不釣り合いな巨大な黒い穴が口を開けていた。
「大変……!」
元々その不運さゆえに危機的状況に多く出くわしていたせいか、赤血球が冷静さを取り戻すのは早かった。
「早くここから離れないと」
前回よりすり傷との距離は遠いが、ここも絶対安全ではない。慌てて立ち上がると、近くに倒れていた別の赤血球に手を貸す。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「ありがとう……ってうわぁっ!」
手を貸そうとした相手が自分を見て腰を抜かした。いや正確に言うと、自分の後ろを見て、だ。
「こりゃあいいや! こんだけたくさんの食糧があるとはな!」
後ろを振り返ると、数えきれないほどの細菌が侵入していた。高らかに勝利を宣言した細菌はぞっとするほどすぐ近くにいたが、幸いにも崩れた壁が陰になったのか、こちらに気づいていない。しかし細菌たちは周囲の退路を塞いでおり、逃げ遅れた一般細胞や他の赤血球が取り残されている。
「うそだろ!? 逃げられない!」
「誰か、誰か助けてくれ!」
慌てふためく細胞たちを見て、敵が下卑た笑い声をあげる。
「無理だなぁ。もうお前たちに逃げ場なんてねぇよ!」
追い詰められた血球たちの悲鳴が虚しく響く。まだ免疫細胞は到着してない。到着してもこの状態では人質をとられて、手が出せない可能性が高い。このままでは大量虐殺が起きるのは避けられないだろう。
赤血球は手を強く握りしめた。まだここは見つかってない。そして足元には、肺に運ぶはずだったCO2の箱がある。その箱を見た瞬間、脳裏に無謀な考えが浮かんだ。本当に無茶苦茶だが、もしかしたら他の細胞が逃げるチャンスをつくれるかもしれない。
赤血球はグッと手を握りしめて覚悟を決めた。箱を持ち上げると、いつもの丁寧な運び方からほど遠い乱雑さで、できるだけ思いきり投げ飛ばした。
赤血球特有の腕力によって飛ばされた段ボールは、かくして放物線を描いて舞い、手近な細菌の頭に見事落下した。鈍い音と雑菌の絶叫が同時に起こる。
「いてぇ、なんだこれは!」
「あいつだ、あの赤血球が何か投げつけやがった!」
「野郎……ぶっ殺してやる!」
憤怒の形相の敵に睨まれて、上手くいったことに心が昂ると同時に冷や水を浴びせられたように緊張が全身に走る。震えそうになる足を叱咤して走り出すと、細菌が何匹か追いかけていた。
「待ちやがれ!」
「おい! 隊列を乱すな!」
赤血球は通路に走りこむ直前、ちらっと後ろを見た。包囲網に隙間ができたことで、仲間が逃げ出している。慌てた細菌が止めようとしているが、あちこちで逃走が起きているから対処しきれていない。予想以上に上手くいったことに、状況に不釣り合いな笑みが浮かぶ。逃げ出した細胞が近くの免疫細胞に連絡をすれば、すぐにも現場に駆け付けるだろう。そうすれば犠牲者は少なくて済むはずだ。あとは、せめて自分を追いかけている細菌が戻らないようにしよう。赤血球は地面を力強く蹴ってさらに速度を上げた。
赤血球はもう一つの特徴である俊足を使って、通路を右に左にと逃げた。今どこを走っているかはわからない。元々の迷い癖に加えてやみくもに逃げているだけだから、場所なんて気にする余裕がなかった。しかし細菌との間はある程度引き伸ばしながら、かなりの距離を進んでいた。
ここまでは作戦通り。あとは次に見つけた角を曲がって隅に隠れてやり過ごせば大丈夫。そう思った時だった。
「え……?」
目の前の景色が覚えのある歪みかたをした。足はおもりがついたように動かなくなり、今上を向いているのか下を向いているのかわからなくなった。
よりによってこんなタイミングで来るなんて。オーバーワークを今更ながら呪ったが、もう遅い。
「死ね!」
空を切る一撃は、ぎりぎり頭上をかすめて壁に当たった。衝撃でできたひびが、壁から地面に向かって生き物のようにうねりながら走り、耐えられなくなった地面が赤血球の周囲ごと一気に崩れ落ちた。
「うわわっ!?」
ぽっかりと空いた大穴に落ちないように咄嗟に穴の縁の地面を掴んだが、脆くなった床は耐えられずにさらに崩れた。支えるものが無くなった体をふわりとした浮遊感が覆い、次に腹にひやりとした感覚が襲った。叫ぶ間もなく落下していると理解した数秒後には、背中に激しい衝撃が走り息が詰まった。
穴の下、別の血管の地面にぶつかった衝撃で、背中や膝が重く痛んだが、上を見上げて崩れた破片が降ってくることに気づいた時、ぎょっとして一瞬痛みを感じることを忘れた。腕で頭を覆いばらばらとかかる石の破片から守ったが、そのうち一つの大きな瓦礫が運悪く足に当たる。捻じ曲がりそうな痛みに言葉にならない悲鳴が食いしばった歯の隙間から漏れた。瓦礫は右足のくるぶしから下に完全に覆いかぶさっており、いくら引っ張っても足が取れない。
「ふん、ちょこまか逃げやがって」
上から降ってきた耳障りな声にはっとして顔を上げる。追いついた細菌たちに取り囲まれていた。細い道だったため周囲は人気がなく、身の危機に気づいている者はいない。
——ああ、ここで死ぬのかな。
あまりにも唐突に死の現実が目の前に突き付けられた。それは、生死の入れ替わりが激しいこの世界で何度も見たことのあるものだった。あと数十秒後もすれば、自分も今まで殺されていった仲間と同じように虚ろな目を開けて屍をさらすのだろう。そう思った瞬間、恐怖よりも先に過去のことがとめどなく巡ってきた。先輩や同僚、育ての親であるマクロファージの顔が浮かぶ。そしてその中でも一際はっきり思い出す存在。背が高い真っ白な姿。口下手で無表情だけど、いつも優しかったあの人。
「……せめて、もう一度会いたかったかな」
自分から別れを切り出したくせに、最後の最後で本音が出てくるとは。身勝手さに笑いたくなるが、もうその願いを聞く者はいない。だから、最後くらいはいいだろう。
赤血球は静かに目を瞑った。せめて最後の時は見たいものだけを見て死にたい。
「終わりだ!」
細菌の爪が空を切る音を立てた。
同時に、すぐそばから派手な金属音が響いた。
「抗原発見!!」
低いがはっきりと響く声。まさかと思って目を開けると、宙に舞うひしゃげた鉄格子に続いて、今まさに思い描いたのと全く同じ姿が視界に入った。
「死ねっ! 雑菌野郎が!!」
鬼のような形相で細菌を次々と切り裂いていく。飛び散った返り血がすでに赤くなっている作業着をさらに深紅に染め上げる。それを意に介さずあの人は吠えた。
「お前ら全員……ぶっ殺してやる!!」
最後の細菌の駆除を終えると、白血球はすぐに飛んできた。
「赤血球!」
「は……白血球、さん……」
「お前、足が」
こちらの状況を素早く確認すると、白血球は自分の怪我を気にもせず、すぐに動き出した。
「瓦礫を持ち上げるから、その間に足を引き抜けるか?」
頷くと白血球は立ち上がり、赤血球の足を挟んでいた瓦礫を力を込めて持ち上げた。重さから解放された足を引っ張る。見ると表面はあちこち擦り傷ができて血がにじんでいる上に、腫れあがって紫色になっていた。折れているかもしれない。
白血球はその様子を痛々しそうに見ていた。そして、おもむろに赤血球のそばにしゃがむと、血で元の色がわからなくなった手袋を外して、そっと頬に触れてきた。少し低い体温が手のひら越しに伝わってくる。割れ物に触れるかのような優しい触れ方に、何となく視線を合わせづらくなって目をそらした。
「すまない、間に合わなくて」
その言葉にはっとする。謝る必要はないのに、勝手に動いて結局迷惑をかけたのはこちらなのだから。
「医務室に連れて行く」
「いえ、大丈夫です! 立てますから。自分で行きますので……」
無事だった左足を軸にして立とうとしたが、激痛が走ってしゃがみこんでしまった。白血球はその様子を無言で見ていたが、おもむろに赤血球の膝裏に左手、背中に右手を回すと、軽々と持ち上げた。
「ちょ、白血球さん!?」
「その足じゃ歩くのは無理だ」
「いや、まあ、その……はい、そうなんですけど」
「返り血がつくかもしれないが、少し我慢してくれ」
「……はい」
正直なところ、そんなことは気にもならなかった。後悔や羞恥、それ以外に言葉にできない感情がないまぜになって、頬を熱くした。
血管内の通路を素早く、かつ赤血球の足に負担をかけないように歩いていく。その間二人とも押し黙ったままだった。
視線だけ送り白血球の顔を見る。元々無表情なほうだが、今日はいつにもまして硬い表情に見える。やはり怒っているだろうか。前回、あんな気まずい別れ方になってしまったから、無理もない。独断で動いて結局余計な迷惑をかけてしまった。白血球がそれを良く思わないのは当然だろう。今思うと我ながら無謀な行動は、この人の役に立ちたいという身勝手な願望から来ていた気がする。自分を助けるために戦った白血球の姿を見てると、ますます申し訳なさが募ってきた。全身は赤血球かと間違えるくらい血に染まっているうえ、ところどころ返り血以外の血が垂れている。
罪悪感が胸を執拗に刺す。自分の情けなさが嫌になった。鬱屈した思いが目頭を刺激して、気づいたら涙がこぼれていた。白血球がすぐに気づき目に見えて動揺する。
「どうした? 足が痛むのか? 」
「違うんです。そうじゃないんです」
嗚咽が漏れそうになるのを必死にこらえる。白血球がうろたえているのを見たくない。そう思っても、一度あふれ出した涙は止まらなかった。
「ごめんなさい……また迷惑かけちゃって。私、いつもドジ踏んで白血球さんに助けてもらってばかりだし、他の人にそれを非難されたから……白血球さんのことを悪く言われたくなかったから、もう一緒にいないって決めたのに」
白血球は無言のままだ。当然だ、いきなりこんなことを言われても困るだけだろう。
「本当は、さっきだって少しでも役に立ちたくて、でも、結局失敗しちゃって……本当に、ごめ」
「謝らないでくれ」
言葉を遮られて思わず顔を上げると、白血球と視線が絡んだ。どこまでも射貫きそうなまっすぐな視線から目がそらせなくなる。
「謝るのは俺のほうだ。お前にそんな辛い思いをさせてしまった」
そう言うと、白血球は少しだけ困ったように笑った。
「4989番は正しかったな」
「え?」
「いや。こっちの話だ——なぁ赤血球、これだけは聞いてほしいんだ。迷惑だなんて俺は少しも思ってない。俺にとってお前と一緒にいる時間は心地いいんだ。別に他のやつになんて言われようとかまわない。それ以上にお前が俺から離れてしまうほうがずっと辛い。だから……」
「そばにいちゃいけない、なんて言わないでほしい」
——私はなんて間抜けな勘違いをしていたんだろう。離れることで全てが解決すると思っていた。実際はただ時間を引き延ばしただけで悪戯にこの人を苦しめていただけだった。本当に必要なことは、言葉で言わなければ伝わらない。
「……白血球さん」
「ん?」
「私も、白血球さんと一緒にいるのが好きです。あちこち見て回ったり、案内してもらったり、気管支でお茶飲んだり」
「うん」
「でも白血球さんが私と同じように思っているのか自信がなかったんです」
「そうか」
すまない、と謝ろうとした白血球を首を振って止めた。
「いいんです。私こそ勝手に決めつけてしまって、ごめんなさい」
しばらく二人とも見つめ合っていたが、耐え切れなくて笑いだしてしまった。
「俺たち同じことをしているな。迷惑をかけてるって思いこんだり、謝ってばかりでさ」
「本当ですね」
言わなければ変わらない。そして言うことは怖い。それでも、今目の前にあるものを守りたいと思うなら、ナイフだけでは開けない"先"に進みたいのなら、時には思いを言葉に乗せてぶつけなければならない。
赤血球と出会わなければ、こんな簡単なことにも気づけなかった。
「お前のおかげだ」
そう言って見下ろしたが、赤血球の目が閉じられていることに気づいた。
「おい、赤血球?」
一瞬恐ろしい予感がして凍り付いたが、よく見ると穏やかな寝息を立てていた。疲労で限界に達したのだろう。これまでの想い詰めた顔から一転、緊張の抜けた表情になっていた。
あれほど離れてしまった彼女がそばにいる。そう考えると赤血球を抱く手に力がこもった。
できることなら、もう少しこのままでいたい。始めて抱くこの気持ちを、殺し屋として果たして持っていいものなのか。答えは出なかったが、一つだけ信念を持って言えることがある。できることならこの世界が終わる最後の瞬間まで赤血球と一緒にいたい。難しい願いだとはわかっているが、それは簡単に捨てられない思いになっていた。
ところで。白血球には一つ確認したいことがあった。それは彼女と自分を非難した相手である。自分はどう言われようと別段構わないが、彼女は別だ。元を辿ればその心無い陰口が全ての原因であり、そして白血球にはそれを放置する気は毛頭なかった。
「どこのどいつだ一体……?」
必ず見つけ出してやる。細菌と対峙するときより遥かに恐ろしい顔で、白血球は低く呟いた。
「ひっ」
「おい、どうした?」
「なんか今、猛烈な寒気が…」
「マジで?俺もなんだけど」
「やだなあ、ウイルスに感染したのかなあ」
「ええ、それマジだったら白血球に殺されるじゃん」
「……もしかしてこの前あれこれ言ったのを白血球に聞かれたとか」
「やだなぁ怖いこと言うなよ…」
「でも、あいつら遊走できるんだろ?ありえるんじゃね?」
しばらく顔を見合した後、一般細胞二人が「悪口なんてやっぱり言うものじゃない」という結論に達するまで時間はかからなかった。
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無自覚両片思いの白赤って最高ですよね。<br />てなわけで、久々の作品ははたらく細胞です。<br /><br />※たくさんのブクマ、コメントありがとうございます!嬉しすぎて活性化しそうです<br />※8/25デイリーランキング40位入りました!皆さんのおかげです!
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迷惑じゃない
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10029458#1
| true |
・一般人♀→刀剣男士成り代わり
・とうらぶ要素は薄い
・捏造いっぱい
・ショタコンじゃない、これは母性だ!!
・何でも許せる方向け
[newpage]
私は何処にでもいるようなただのオタクだ。
それが車道に飛び出した子供を助けて代わりに自分がトラックに轢かれるという悲しくもベッタベタな出来事を起こした直後、視界が変わった。
古き良き日本家屋であろう建物内、目の前には見知らぬ青年、視界にチラつく桜吹雪、現状を理解する間もなく勝手に動く口。
『山姥切国広だ。……何だその目は。写しだというのが気になると?』
自分の口から飛び出した言葉に、何となく察してしまったオタク脳が恨めしい。
こ、これ知ってる〜〜!!!ぴくしぶとか個人サイトとかで沢山みた成り代わりってやつ〜〜〜!!!!よくあるトラックに轢かれて気づいたら成り代わってたやつ〜〜!!というか声と口上からして私の愛しの初期刀国広に成り代わってる感じ???マジかよ……私なんかが国広に成り代わるとか…申し訳なさすぎて泣きそう。
私が一瞬で死んだ魚のような目になったことには気付かず、目の前にいる青年は私に話しかけてきた。
『初めまして、山姥切国広様。俺が貴方の主になる零です。…これからよろしく、俺の初期刀。』
緊張気味に差し出される手。これは…握手?こんな私が初期刀なんかでいいのだろうか。私は本物の山姥切国広ではない、謂わば欠陥品のようなものだ。そんな私が彼の初期刀に?ここは本当の事を言って刀解されるべきでは…?でも、初っ端から刀解とか正直精神に来るよね…しかも初期刀を刀解とか…。そのせいで自分の能力に不安を感じてこれから先に影響を与えてしまうのはダメだ。少し悩んで、私は彼の手を取ることにした。
『これからよろしく頼む……主。』
そう言うと彼――主は嬉しそうに笑った。へにゃり、ふやけたような笑みを浮かべる主に胸がキュンとした。守りたい、この笑顔。もしやこれが母性…?(違う) よっしゃ!!お姉さんにドーンと任せなさい!ビシバシ鍛えて立派な主にしてあげようじゃないか!!
"私"は[[rb:"俺" > 山姥切国広]]として生きる覚悟を決め、時に優しく時に厳しく指導し、主を支えていった。この世界は"私"であった頃に存在したゲームである『刀剣乱舞』と酷似した世界だった(流石に時の政府云々はよく分からなかったが)ため、ゲームの知識を元に主に貢献出来たし、他の刀剣男士達の性格も(多少の差はあれど)何となく分かっていたので主の手をたいして煩わすこともなく彼等をまとめる事が出来た。……裏で『番長』と呼ばれてることは気付いていたが黙っておいた。まぁ何となく鶴丸は絞めておいたが。ちなみに本歌だけは俺の事を番長ではなく『ゴリラ』と呼んでいた。プライドが高いから番長などと呼びたくなかったのだろう。それとも初対面で『偽物くん』と呼ばれた際、思わず『俺は偽物なんかじゃない!』と言いながら腹パンしたのが原因なのだろうか。俺は偽物でもゴリラでもないぞ。
それから何十年も俺は主を隣で支えてきた。基本的に近侍は俺で、(一部の主ガチ勢には睨まれたが物理的に黙らせた)本丸の誰よりも俺が主の近くにいた。俺が極の修行に行く時に離れるのが嫌だと、涙と鼻水まみれになった主には正直引いたが、それほど大事に想われていたのは"私"としても、"俺"としても、ただ純粋に嬉しかった。
――そして今、俺は床に伏せている主の傍に座っている。
「…切国。」
「なんだ、主。」
「他の皆はどうした?」
「全員刀解された。主以外に従くなんて嫌だ、といってな。…俺も主を看取ったらすぐにいく。」
「そうか、愛されてるなぁ。」
「ああ、主は愛されている。気づいてないかもしれんが、加護がベットリ付いているぞ。来世は死のうにも死ねない人生になるかもな。」
「ははっ、そりゃいい。次はもっと長生きしてやるさ。……切国、ありがとな。」
「何の礼だ。」
「全部だよ、最初から最期まで。ずっと傍にいてくれてありがとう、俺を助けてくれてありがとう、俺を守ってくれてありがとう………俺の初期刀になってくれて、ありがとう…俺は幸せ者だ。」
「…………。」
「お前が初期刀で良かった。」
「…俺も、だ。あんたが主で良かった。」
「やけに素直だな…普段からそれくらい素直なら良かったのに。」
「うるさい、殴られたいのか。」
「お前そのすぐ腕力で黙らせようとするのやめろよ……なぁ、切国…俺は立派な主になれていただろうか…。」
「なれていたさ、なんせ俺が支えてやったんだからな。」
「俺、お前のその自信満々なところ好きだぞ。……ああ、なんか眠くなってきたな…。」
「………そうか。」
「少しだけ、眠る…。」
「ああ、ゆっくり休め。」
「…次、起きた時には……一番に切国の顔が見たい、な…。」
「分かった。主が起きたら一番に顔を見せてやる。」
「約束、だぞ……おやすみ、きりくに…。」
「…おやすみ、主。」
主は眠るように息を引き取った。
「あるじ……ある、じ…。」
視界が滲む。ポタポタと手の甲に雫が落ちた。
「最高の主だったよ、あんたは……お礼が言いたいのはこっちの方だ。」
主は『傍にいてくれた。助けてくれた。守ってくれた。』なんて言ったけど、そんなの主にだって言える事だろう。
こんな欠陥品である俺を傍においてくれた。元人間だったせいでこの体に上手く馴染めず失敗してばかりだった頃、俺を見捨てず助けてくれた。皆をまとめようと頑張りすぎて疲れてしまった時、俺の心を守ってくれた。全部全部、主が俺にくれた事じゃないか。
「ありがとう、主……俺を初期刀に選んでくれて、ありがとう…。」
初めて会った時よりも幾分か皺が刻み込まれた主の手をそっと取り、ぎゅっと握りしめる。
「次に主が起きたら一番に顔を見せる……約束、守るからな。」
本当は守れるなんて思っていない約束。でも口に出せば次もまた主に会えるような気がした。
「……そろそろ政府の奴等を呼んでくる。主、また会おう。」
そう呟き、主の傍を離れ政府の役人を呼びに行った。「…もういいんですか?」と尋ねてくる役人に無言で首を縦に振る。
主、さよならだ。
そして俺は、刀解された――はずだった。
「……ここは何処だ?」
気づけば見知らぬ住宅街にいた。右を見ても左を見ても此処が何処か分からない。というか2200年代にしては建物が古いな。これはまるで…"私"が存在していた時のようだ。おかしい、戦場はこの時代には開いてないはずだ。そもそも俺は刀解されたんだぞ?何故こんな所にいるんだ。
「チッ、考えても分からんことを考えるのは無駄だ。」
少し考えたがサッパリ分からなかったため、考えるのはやめた。とにかく今は探索だ。今が西暦何年なのか、此処は何処なのか、最低でもこの二つ。出来れば時の政府とコンタクトを取りたいが、それは難しいだろう。スッと気配を消し、探索を始めた。
探索の結果――元々俺がいた世界と違う事が分かった。
どうやらこの世界の日本の首都に『東都』という場所があるらしく、俺がいた世界とも、"私"がいた世界とも違った。…というか東都という名前、何処かで聞いたことがあるし嫌な予感もする。あまり居たくない。
それと、俺の姿が大人には見えないことも分かった。まだこの世界に馴染んでいないからなのか、それとも俺に主がいないからなのかは知らないが、鏡に映らないし自分の体が少し透けて見える。子供には見えるため、多分七つまでは神の子というように七歳までの子供は俺の姿が見えるのだろう。たまに忘れかけるが付喪神も神の一端ではあるからな。
「…それにしても困った。」
何故俺がここにいるのか、俺はどうすればいいのか、分からない。首を捻ったその時、ある気配を感じた。感覚を研ぎ澄まし、その気配を辿るようにふらふらと歩き始める。辿り着いた先にあったのは…とある病院の一室。そのまま誘われるように扉をくぐり抜けると、中にいたのは一人の妊婦。
「……主。」
ポツリ、無意識のうちに呟く。ああ、ここに、この妊婦の腹の中に主がいる。俺との縁が繋がっている。ここに主が、主がいるんだ。そっと妊婦の腹を撫でると、急に妊婦が呻き始めた。えっ、俺何かしたか…?妊婦がナースコールを押し、やってきた看護師に破水したことを伝えていた。さっきのは陣痛というやつか。つまりもうすぐ主が産まれるんだな。
分娩室に運ばれていく妊婦についていく。そのまま何時間も苦しんでいる妊婦の傍で、ぎゅっと拳を握り邪魔にならないよう小さく応援した。いや、俺の姿など見えていないから気にする事はないんだが、何となくだ。
そして、主が産まれた。泣いている主に近寄ると、赤子はほぼ目が見えてないはずなのに主と目が合ったような気がした。
「主、約束は守ったぞ。」
そう言って小さく微笑んだ。まぁ約束を守ったからといってこのまま別れる気はないが。なんせ今世の主は前と違い、ミルクティー色の髪に褐色の肌、先程薄く見えた瞳は青色の瞳で、まるで外国人のような外見をしている。子供というのは純粋であり、残酷だ。日本人とはかけ離れた主の外見をみて虐めるかもしれない。主が傷つくだろうと分かっていて離れるような馬鹿な真似をするわけないだろう。主を守るために俺はこれからも主の傍にいようと思う。
……それにしても何故主の外見はこうなったんだ?主の母親は純日本人の見た目だし、父親が外国人だったとしても金髪は劣性遺伝子のはずなんだが…?ちなみに後で見た主の父親はまるで今世の主を大きくしたような姿だった。劣性遺伝子とは一体何だったのか。それと、俺達刀剣男士と遜色ないような美しい外見だったが、何故かどこかで見たような顔をしていた。どこで見たんだ…?刀剣男士にはいないし、おそらく前に主と現世に行った時にでも見たのかもしれない。まぁいい、主の父親の外見など大したことではないからな。
嬉しそうに笑う父親と母親に抱かれた赤子。そこには理想の家族があった。
ヤバい、主がめっちゃ可愛い。
若干キャラが崩れてしまうくらいには主が可愛くて仕方ない。主が産まれて1年以上が経つが、日に日に成長していく姿に毎日感動している。子供の成長が早いというのは本当だな。
主の母親は専業主婦だ。主の父親は忙しい人らしく、あまり家に帰れていない。いくら主の母親が専業主婦とはいえ、初めての子を1人きりで育てるのは難しい。だから主の母親が目を離した隙に少し手伝っているのだが……流石にバレた。そうだよな、自分の子があらぬ方向を見てキャッキャッと喜んでいたら疑うよな…。だが、主の母親は結構な天然みたいで特に気にせず俺の事を受け入れていたし、むしろお礼すら言われた。あと俺の事を主の守護霊か何かだと思ってる。主を守護してるのは確かだが、幽霊扱いされるのはちょっと……青江に切られてしまいそうだ。
「きぃーに。」
「主、切国だ。き・り・く・に。」
「きーうに。」
「きりくに。」
「きぃーい。」
「………流石にまだ早かったか。」
最近主が少しずつ喋るようになってきた(といってもまだ単語だけだし完璧には言えないのだが)。そのため俺の名前も呼べるようになってくれたら嬉しいと練習させてみたが…やはりまだ早かった、ほぼ言えてない。き、の発音が出来るだけマシか…?
「あら、零くん。守護霊さんに遊んでもらってるの?」
主の前でガラガラを鳴らしていたら、主の母親が来た。彼女に存在を受け入れられて以来、開き直って普通に主と遊ぶようにしてる。
「守護霊さん、いつもありがとう。」
「好きでやってることだ、気にするな。」
聞こえていないと分かってはいてもつい返事をしてしまう。しかし彼女はまるで聞こえているようにふふっと笑うものだから、最近は本気で俺の姿を認識してるのではないかと疑っている。
「あー。」
「こら、主。ガラガラを食べるな、腹を壊すぞ。」
主に奪われたガラガラを取り返そうとしたが、スカッと手が通り抜けた。…意識が足りなかったか。俺の体は透けているため、意識しないと物に触れることは出来ないし、長時間触り続けることも出来ない。逆に床や壁などは意識しないとすり抜けることが出来ないから、何ともよく分からない体になったものだ。まぁおそらく主とちゃんと契約してないからだろう。
俺は今世で主と契約するつもりはない。
何故なら契約する必要がないからだ。この世界に時間遡行軍は出ない、ならば契約せずとも生きていけるだろう。むしろ契約して実体を持ってしまった方が面倒くさい。戸籍も何も無い俺がそこらを気軽に歩くと何か起こった時に困るし、一番の問題は怪我をしてしまった時だ。実体を持ったら怪我をすることもあるだろう。その場合どうやって手入れするんだ?審神者ではない主に手入れの知識はない。俺が教えてもいいが、そもそも資材を探すことから始めなくてはいけないのだ。正直言って面倒くさいにもほどがある。だから俺は主と契約しない。……まぁそもそも現時点でまともに話せない主と契約することは出来ないのだが。
「うぅ〜!」
「どうした、抱っこか?」
愚図りだした主が両手を広げて俺を見る。ひょいっと抱き上げて背中をポンポンと優しく叩いてやる。
契約してないとはいえ主と俺は縁が繋がっているため、主には制限なく触れることが出来る。これ以上はもう必要ないだろう。
ちなみに主から俺に触れることもできるため、危険だからと刀は簡易神域に隠してある。いつでも取り出せるようにしているが、そんなことがないように祈っておこう。
「零くんったら守護霊さんに抱っこされるの好きねぇ。」
……傍から見たら主が宙に浮いてる状態なのに驚かない主の母親は天然の域を超えてる気がするのは俺だけか?それともやっぱり見えてるのか?
主はスクスクと育ち、幼稚園に行く年齢になった。
どうやら主は一時期俺の事を兄だと思っていたらしく、俺を『切にぃ』と呼んできた。一応兄ではないと正しはしたものの、切にぃと呼ぶことに慣れてしまい、結局切にぃ呼びで落ち着いてしまった。いや、可愛いから別にいいんだけどな。それにそのうち切国呼びになるだろうし。
それと、主呼びは嫌らしく『零』と呼ぶよう強要してきた。真名で呼ぶのはどうかと少し躊躇ったが、主が泣きそうになったので渋々了承することになった。まぁ主からすれば兄のような人物が自分を名前で呼んでくれないということになるんだよなぁ…それなら嫌がるのも分かる。
「えっ、切にぃ幼稚園行かないの…?」
入園式が明日に迫った日、主が驚いた顔で俺に尋ねてきた。それに「行かないぞ?」と返すと主は絶望したような顔になった。
実はこの時、俺は「幼稚園に俺も通うこと」を指していると思っていて、主は「幼稚園まで送ってくれること」についての話をしていたのだが、お互い気付かず見事にすれ違っていた。
「いやだ!切にぃ行かないなら僕も行かない!」
「…零、我儘を言うな。」
「やだやだ!切にぃも一緒じゃないといやだ!!」
地団駄を踏んで嫌がる主にどうするべきかと悩む。幼稚園についていって主を守るのは吝かではないが…主以外の子供にも姿が見えるというのが問題だ。明らかに先生でない人物が混ざっていたら子供達は首を傾げるだろうし、先生に報告されたら先生達も困るだろう。
少し悩んだ後、結論を出した。
「分かった、俺も行く。」
「ほんと!?絶対だよ!」
「ああ、流石に他の子供が近くにいる時はあまり傍にいられないが…それ以外ならずっと傍にいるぞ。」
「幼稚園の中にも来てくれるの?」
「えっ?」
「えっ?」
ここでようやくお互いの認識がすり合った。いや、送り迎えは普通に主の母親と一緒にするつもりだったんだが…。
幼稚園は特に困る事もなく過ごせた。まぁ多少主が外見のせいで仲間外れにされたりはしたものの、俺が傍にいたため主はたいして気にしていないようだった。
そして主は小学生になった。入学式もひっそり見に行ったし、送り迎えもちゃんとしている。
「切にぃ、紹介したい子がいるんだけど…。」
「……恋人か?」
「バッ、違う!!友達だよ!」
「なんだ、違うのか。」
小学一年生で恋人は早いだろ、と思ったがどうやら違うらしい。いや、あの話し方だと恋人と勘違いしてもおかしくないよな?
「紹介するのは別に構わないが、何故わざわざ聞いてきたんだ?好きにすればいいだろう。」
「だって切にぃいつも隠れてるし、言わないと会ってくれないでしょ?」
「…まぁな。」
子供には見えるとはいえ、ちゃんと見えているのではなく若干透けてる状態だ。そんなのが平然とそこらを歩いていたら幽霊かと思って怖がるかもしれないからな。まぁ主を虐める奴等には姿を見せて怖がらせてるが。
「紹介したいのはどの子だ?」
「最近よく一緒に遊んでる子!ヒロだよ!」
「ああ、あの子か。」
ヒロというのは主が学校でも一緒に行動してる子だ。よく話にも出てくるし俺は一方的に見かけているが、その子は俺の事を知らない。だから紹介したいのだろう。……大丈夫なのか?
「怖がらせてしまったらどうするべきだ…?」
「大丈夫!僕いつもヒロに切にぃのこと話してるから!」
「そうか、それならいい。」
いや、いいのか?主がどんな話をしているかは知らないが、半透明な奴が出てきたら流石に驚くのでは……まぁいい、その時はその時だ。
次の日、主は家に友人を招いた。おそらく外で会わせると俺の姿を他の子供に見られるかもしれないと考えての事だろう。やはり主は頭がいいな。
「なぁ、切にぃって人はもういるのか?」
「いるよ。切にぃ、こっち来て!」
部屋の前で待機していた俺を主が呼んだ。扉を開けるかどうか少し考え、面倒だし別にいいか、とすり抜けたら驚かれた。すまんな。
ヒロと呼ばれる子供は俺を見て、目を見開いたまま固まった。
「……神様みたい。」
ポツリ、呟かれた言葉に反応する。
「…まぁ付喪神は神の一端でもあるからな、その考えはあながち間違いでもない。」
「そうなんだ…すごい…。いいなぁ、ゼロはいつもこの綺麗な神様といるんだろ?羨ましい…。」
「ふふっ、いいだろ!切にぃはいつも僕の傍にいるんだ!」
主がドヤ顔しているのを微笑ましくみていたが、この子供が言った言葉になんだか引っかかった。ゼロ…どこかで聞いたような…?それにこの顔…猫のような吊り目に灰色がかった瞳、どこかで見たような気がする。
「零、紹介してくれないか?」
「あ、うん。ヒロ、この人が切にぃだよ!切にぃ、こっちがヒロ!」
「諸伏景光です!…神様の名前、教えてください。」
「切国だ。よろしくな、景光。」
「はい!…えっと、俺も切にぃって呼んでもいいですか…?」
「ああ、構わない。」
「ありがとうございます!」
お礼を言って笑う景光に俺も微笑み返したが、内心冷や汗ダラダラだ。
景光という名の友人、ゼロと呼ばれる主、東都という場所、そして主のフルネームは『降谷零』………主って未来のトリプルフェイスかよッ!!!マジか、主があの安室透でありバーボンでもある降谷零なのか。"私"の最推しじゃないか…!何故気付かなかったんだ!!思えばヒントは他にもあった。というか主の父親どこかで見たような気がすると思ったのは降谷零に似ていたからか。言わなくても分かるだろうが主は父親似だ。
ここはコナンの世界だったのか…。運が良いことに日本のヨハネスブルグと呼ばれる米花町とは離れているため、そこまで頻繁に事件は起こらないだろう。多分。まぁなにかあっても俺が主を守ればいいだけなんだが。
そういえば景光って未来のスコッチだよな?確かNOCバレして自殺をしたはずだ。……そんなことさせてたまるか。主を悲しませるような事は絶対にさせない。
「景光。」
「なんですか?」
「あんたは零の友人だ。あんたの事も俺が守ってやるからな。」
「…はい!」
「それと、別に敬語じゃなくていいぞ。」
「えっと…うん、じゃあそうする!」
「それでいい。」
意識して景光の頭をくしゃりと撫でる。俺が触れたことに景光は驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに笑った。つられて俺も笑うと横から衝撃がきた。なんとなく予想はついてるが、横を向くとやはり主がくっついていた。主は頬をぷくっと膨らませて怒っているんだが…それは可愛いだけだぞ?
「切にぃヒロとばっか話してる!」
「いや、ほぼ自己紹介しかしてないんだが…。」
「頭撫でてたじゃん!」
「頭を撫でるくらい別にいいだろう。それにいつも零のこと撫でているし何が不満なんだ?」
「そうだけど…。」
「切にぃ、多分ゼロは切にぃが自分に構ってくれないのが嫌なんだと思うよ。」
唇を尖らせてモニョモニョしている零を見て、景光が苦笑気味にフォローしてきた。お前この年齢から既に他人のフォローが出来るのか…?それは凄いと思うがあまり気を回してばかりだと疲れるし、ストレスが爆発する前にある程度吐き出させるようにしなくてはな…。
「零、俺の一番はあんただ。一日中ずっと一緒にいるだろう?だから景光がいる時は少しくらい譲ってやらないか?」
「………うん、分かった。」
「いい子だ。」
頭を撫でるとへにゃりと笑う主。その笑い方が初めて会った時と同じで、なんだか懐かしく感じた。
ちなみに一日中ずっと一緒にいるというのは比喩ではなく本当の話だ。流石に学校では距離を取っているがそれ以外、家の中だと常に傍にいる。寝る時も隣で寝てるし、何ならお風呂も一緒に入ってる。主はまだ小学一年生だからセーフだ。お巡りも検非違使も必要ない。
「なぁ、切にぃって透けてるのに物に触れるのか?」
「零には無条件で触れることが出来るが他の物は意識しないと無理だ。」
「じゃあさっき俺の頭撫でたのは…。」
「意識して触ったからだな。ああ、景光から触ろうとしても無理だぞ?」
「そっか…。」
なんだか景光がしょんぼりしてる。てっきり主はドヤ顔してると思っていたが、どうやって励ませばいいのか分からないという顔をしてるから、やっぱり主にとって景光は大切な存在なんだろう。
「ふむ…零、少しいいか?」
「なに?」
首を傾げている主をぎゅっと抱き締め、霊力を補給する。審神者ではないとはいえ主は霊力を持っている。その主を抱き締めることでその霊力を分けてもらおうとしてるのだ。しばらく抱き締めた後、このくらいでいいか、と主を離す。主はきょとんとしてるだけで体調が悪くなったようには見えないし、大丈夫だな。
「景光、来い。」
「?」
何故呼ばれたのか分からず疑問に思いながらも近寄ってきた景光を抱き締める。「え!?」と驚いているのを見て、してやったり、と笑いながら抱き上げると、景光が興奮しはじめた。
「すごい!俺、切にぃに抱っこされてる!」
「ヒロずるい!切にぃ僕も抱っこ!」
「分かった。」
景光を片手に持ち直し、もう片方の手で主を持ち上げた。目線が高くなったことのが楽しいのか、キャッキャッと笑う二人が微笑ましい。暫くそうしていたが、段々と霊力が少なくなっていることが分かった。やはり肌から取るのはあまり効率が良くないな…それにたいして時間をかけなかったのもある。
「降ろすぞ。」
「「えー!」」
「霊力不足でそろそろ透けてしまう。零は大丈夫だが景光は落ちてしまうぞ?」
そう言うと渋々だが降りる二人。主はそのまま抱っこされていても落ちることは無いのだが、おそらく景光が降ろされてるのに自分は抱っこされたままというのは不公平だと思ったのだろう。
「切にぃ、どうやって俺を抱っこしたの?」
「ああ、零から少し霊力……力を分けてもらったからな。そのおかげで一時的にだが実体化できたんだ。」
「え?僕なにもしてないよ?」
「零は何もしてないが俺が勝手に力をもらったんだ。まぁ、あの取り方は効率が良くないから少しの間しか実体化出来なかったが…。」
本当はもっと簡単に霊力を貰える方法があるが…流石にそれはなぁ…。
「じゃあ効率の良い取り方ってどんなの?」
「…教える必要はない。」
「えー、教えてよ!そしたらもっといっぱい切にぃと遊べるじゃん!!」
「零とは今の状態でも遊べるだろう?」
「切にぃ、俺も切にぃと遊びたい!」
「ほら、ヒロだってこう言ってるよ?僕と違ってヒロとは今の状態じゃ遊べないでしょ?」
景光を使うのはズルいぞ主…!二人して上目遣いで「お願い!」なんて言うもんだから、少しグラッときてしまう。別に教えるのはいいんだが…実践は出来ないことだから教えるだけ無駄だと思う。
「一番良いのは俺と契約することなんだが、これはあまり乗り気じゃない。契約してない状態で効率が良いのは粘膜摂取――キスだ。」
「「キス?」」
「ああ、所謂ちゅーというやつだな。」
流石にこれは無理だろう。というかやったら事案だ。お巡りさんが来てしまう。いや俺を捕まえることは出来ないのだが、気分的に嫌だ。
「…僕、切にぃとならちゅーしてもいいよ?」
「は?」
「切にぃとならちゅー出来るよ!」
別に聞こえなかったわけではないんだが???待て、一体どうしてそうなった。というか主が良くても俺が良くない。完璧に事案じゃないか。なんて返すべきか頭を抱えて悩んでいると、景光に名前を呼ばれた。
「切にぃ。」
「どうした、景光。」
「あのさ、俺にはその霊力?ってやつはないの?」
「急にどうしたんだ?」
「いいから教えて!」
「分かった、少し待て。」
何故いきなり霊力の有無を尋ねてきたのかは分からないが何か考えがあってのものだろう。スッと目を細め、景光の体を見る。…ふむ、主ほどではないが充分上位の審神者になれるくらいの霊力はあるな。
「景光、お前にも霊力はある。」
「ほんと!?じゃあ切にぃ俺とちゅーしよ!」
…………………????
「すまない、言っている意味がよく分からないのだが。」
「だってゼロとするのは嫌なんでしょ?だったら俺とすればいいんだよ!」
やっぱり言っている意味が分からない。だから何をどうしたらそうなるんだ?
「景光、俺は零とキスするのが嫌だから断ってるわけじゃないし、お前とキスするつもりはない。」
「なんで?」
「…こっちにも事情があるんだ。」
景光から霊力を貰った場合、下手すると主との縁が切れて景光と契約することになってしまうかもしれない。事案とかそれ以前にダメだ。俺は主の刀だからな、主が望むならまだしもそれ以外の形で他の人間に従くのはお断りだ。
「とにかく、この話はこれで終わりだ。」
未だぶーぶー言ってる二人をデコピンで黙らせる。加減はしたつもりだったが、慣れてる零はともかく慣れていない景光にはだいぶ痛かったらしく、若干涙目になってしまった。その事に戸惑い、謝っていたら気付いた時にはまた一緒に遊ぶ約束を取り付けられていた。遊ぶこと自体は別にいいんだが、意外と強かな奴だな…。
主と景光が小学二年生になったある日、景光が言った。
「俺、もうすぐ誕生日なんだ!」
嬉しそうに話す景光。主は純粋にお祝いしているが俺としては少し…いや、だいぶ複雑だ。景光は次の誕生日で八歳になる。今までは七歳だから俺の姿が見えていたのだろうが…八歳になるとどうなるかは分からない。
「切にぃ、難しい顔してるけどどうかしたの?」
景光に心配そうに尋ねられた。「気にするな」と言って景光の頭を撫でる。とりあえず景光には霊力があるしワンチャン掛けてみるか。
ワンチャン無かった。
「うわぁああああああん!!!やだぁ!!切にぃが見えないのやだぁ!!!」
景光が物凄く泣いている。まさかここまで泣くとは思わず、主も俺も困惑している。ど、どうすればいいんだ…?
「切にぃ、なんでヒロは切にぃの姿が見えなくなったの?」
「……『七つまでは神の子』という言葉がある。その言葉の通り、七歳までの子供は"そういった"モノが見えることが多い。付喪神は妖寄りとはいえ神の末端でもあるからな、だから今まで景光に俺の姿が見えていたのだが…今日、景光が八歳になったため見えなくなってしまったのだろう。」
景光に霊力はあるものの、俺の存在が中途半端なものだからただ霊力があるだけでは見えないのだろう。さて、どうしたものか…流石にこのまま放置はいけないよな。景光が泣き過ぎて干からびてしまう。というか、俺予想以上に好かれてたんだな。
少し主に協力してもらおう、と主を手招く。近寄ってきた主をぎゅっと抱き締めると主も俺が何をしたいのか抱き締め返してきた。そのまま霊力を補給する。……このくらいか。
「零、離れてくれ。」
「うん。」
主から離れ、立ち上がる。力を込めると俺の体が実体化してきた。俺の姿を見た景光が泣きながら駆け寄ってくるのを優しく受け止める。
「切にぃ…!」
「泣くな、景光。そんなに泣くと目玉が溶けてしまうぞ。」
「だって、だって、切にぃ見えない…やだ…!」
「仕方の無い事なんだ。いつかこうなるかもしれないと分かっていた、なのに俺は言わなかった。…すまない、景光が泣いてるのは俺のせいだな。」
「ッ、違う!切にぃのせいじゃない!!」
「だが、先に言っていれば景光はここまで泣かなくて済んだだろう?だから俺が悪いんだ。」
「違う違うッ!!なんでそんな事言うの!?俺が、俺が弱いから、泣き虫だから悪いんだ!」
「景光…あんたは弱くない、泣き虫じゃない、優しい子だ。俺が見えなくなった事を悲しんでくれる優しい子。……頼むから泣かないでくれ。」
「ひぐっ、切にぃ…。」
「またいつかきっと会える。それに、景光の事もちゃんと見守ってるから。」
「ほんと…?」
「本当だ。」
「…わかった、俺もう泣かないから…だから、切にぃ…また会えたら俺と遊んでね?」
「ああ、約束しよう。…悪い、もう時間だ。また会おう、景光。」
スルリと景光の頬を撫で、涙が溜まった目尻にそっとキスを落とす。それと同時に霊力が不足し、景光からは俺の姿が見えなくなった。だが、景光はもう泣いていなかった。
その日の夜、布団に入った主が不安そうに尋ねてきた。
「ねぇ、切にぃ…僕も八歳になったら切にぃ見えなくなるの…?」
今にも泣きそうな顔をする主の頭を優しく撫でる。
「俺は零の物だ。零にはずっと俺の姿が見えるし、あんたが望むならいつまでも傍にいる。だから安心しろ。」
「…そっか。」
そう言うと主は安心したような複雑そうな顔をした。おそらく俺が見えるのは嬉しいが、景光に悪いと思っているのだろう。景光も主も本当に優しい、良い子だな。
「さぁ、明日も学校だ。もう寝ろ。」
「うん。」
主の額にキスを落とすと、主はゆっくりと目を閉じ眠りについた。
主が喧嘩をするようになった。
小学校中学年になり、語彙力が少し増えた他の子供達に髪の色や瞳の色が変だと言われ、それに主が怒って殴り合いの喧嘩になる。俺が追い払ってやりたいのだが、残念な事に奴等に俺の姿は見えない。ラップ音や何やらをして追い払う事も考えたのだが、その場合主が何かしたと思われ、また悪く言われてしまうだろう。……困った。俺の主を虐めるような輩は叩き切ってやりたいが、そんな事をしたら主に怒られてしまう。
いくら主が未来ではプリティーフェイスなゴリラになるとはいえ、今の主は普通の子供だし、大人数と殴り合っていたら怪我をしてしまうのも当たり前のことだろう。…やはり奴等を叩き切るべきか?半べそをかいている主を見てそう思っていると、子供の気配を感じた。…見つかる前に隠れるか。主に一言断りを入れて隠れると、女の子の声が公園に響いた。
「あー!怪我してる!」
女の子は怪我をした主を見て心配そうに駆け寄ってきた。「大丈夫?」と尋ねる女の子に主は「あっち行けよ。」とぶっきらぼうに言う。
「私のお母さんお医者さんなの!治療してもらおう?こっちだよ!」
「は?ちょ、待て!」
主はグイッと強く引っ張られ、断る事も出来ずに渋々女の子についていった。バレないように俺も尾行する。そして主が連れていかれた先は宮野医院。………なんだか聞いたことがあるように気がするけど気のせいだな、うん、きっとそうだ。
「お母さん!怪我人つれてきたよー!」
「え?」
そのまま一室に通されると、そこに居たのは一人の医者。顔立ちからしてハーフのようだ。いきなり連れてこられた主はどうすればいいのか分からず微妙な顔をしている。
「明美、何も言わずに連れてきたでしょ。彼、困ってるわよ?」
「だって、怪我してるし…。」
「せめて説明してからにしなさい。…明美に無理やり連れて来られたのよね?お詫びにちゃんと治療するわ。」
「…僕、お金持ってないから別にいい。」
「ダメよ。怪我が化膿したらどうするの?お金はいらないから安心して。」
ぶすっとしてる主に構わず、彼女は治療を始めた。
「貴方、名前は?」
「………降谷零。」
「そう、零くんね。私は宮野エレーナ、それでこの子が明美よ。」
「宮野明美!よろしくね、零くん!」
「……………。」
未だぶすっとしてる主とは反対に、俺は頭を抱えていた。宮野エレーナに宮野明美……どこかで聞いたことある名前だなぁ、なんて現実逃避をし始めたけど俺は何も悪くないはずだ。いや、まぁいつかは出会うと分かってはいたんだが…如何せん心の準備というものが…。
主の治療も終え、家へと帰った。丁寧に治療された主の姿を見て、少しだけ寂しくなった。俺ではまともな治療が出来ない。主に触れることは出来ても、道具が持てないしそもそも不器用だからだ。前世で主が軽い怪我をした時、「唾をつけとけば治るんじゃないか?」と言ったら若干引かれたことを思い出した。
「切にぃ、どうかしたの?」
「…何でもない。それより喧嘩も程々にしておけ、あんな奴等に構う必要なんて無いからな。」
「だって、アイツら俺の髪の色が、目の色が変だって言った。」
「そんな事気にするな。俺は零の髪の色も目の色も好きだぞ?」
「…俺の髪が、目が変だって言うなら、俺と似てる切にぃの事も馬鹿にされてるような気がしたんだ。それが許せなくて、訂正させたくて、喧嘩になった。」
え…そんな事思ってたのか?やっぱり主は優しい子だ。別に俺の事なんて気にする必要ないのにな。
「勝手に言わせておけ。ソイツらがどう思おうが俺には関係ない。」
「でも…。」
「それより零が怪我する方が心配だ。喧嘩をするなとは言わんが、程々にしておけよ?」
「…善処する。」
主、知ってるか。それってNOという意味で使われる事が多いんだぞ。
予想通りというか何というか、主は喧嘩をやめなかった。最初は景光が止めようとしていたが、主が喧嘩してる理由を聞いたら何故か参加するようになった。景光も加わりある程度マシになったとはいえ、やはり大人数相手では厳しいのか怪我をしている。そして宮野医院で仲良く治療されるまでがワンセットだ。…頭が痛い。
流石に無償で治療させるのは申し訳ない、ということで主の母親に(紙に書いて)頼み、ちゃんと治療代を出してもらってる。宮野エレーナは最初断っていたが、主の母親に押し切られ治療代を受け取るようになった。
それはそうと、宮野明美に姿を見られた。油断していたとはいえ見られるとは…修行が足りんな。兄弟のように山に籠るべきか?まぁ主の治療中暇だから別にいいか、と相手をしているうちに少しずつ仲良くなり、今では明美と呼ぶようになったが、明美は俺を『神様』と呼んでくる。強ち間違いでもないから否定しづらい。
明美と仲良くなって少し経った頃、思い出した。……明美、確か殺されるよな?黒の組織にNOCを引き込んだと難癖をつけられ、ジンに殺されたはずだ。何も悪くないのに明美が殺される?そんなこと許すわけないだろう。あとジンも赤井秀一も絶対に許さん。
「…明美、危険な時は俺を呼べ。俺が守ってやる。」
そう言うと明美はきょとんとしたあと「うん!」と笑顔で頷いた。多分よく分かってないのだろう。だが、それでいい。10億円強盗は割と分かりやすい目印だからな…何としてでも明美を守ろう。
ある日、明美が泣きそうな顔で俺の前にいた。俺が見えなくなった事に気付いた時の景光と同じ顔をしている。
「明美…?」
「あのね、もうバイバイしなくちゃいけないの。」
「え?」
「ひっこし、するってお母さんが言ってた。」
ああ…もうそんな時期か。ここで引き止めたら何か変わるのだろうか。
「明美、ほんとはいきたくない。神様と一緒にいたいよ…。」
「…すまない、俺にはどうしようもないんだ。俺の姿は明美の母親には見えない、だから俺から頼む事は出来ない。」
「うぅっ…やだよぉ…。」
「それにな、明美。遅かれ早かれ俺の姿は見えなくなってしまう。精々一年か二年だな。」
「えっ…なんで?」
「八歳になったら俺は見えなくなる。だから結局、俺と明美はずっと一緒にはいられない。」
「そんな…。」
ポロポロと零れ落ちる明美の涙をそっと拭う。…最初から関わらなければ良かったのかもしれない。関わらなければ明美がこんなにも泣くことなんて無かったのに。子供とはいえ女性を泣かせるのは辛いな…。主も宮野エレーナに引越しすることを告げられてショックを受けてるだろうし後でアフターケアするべきか、と思っていたんだがそんな余裕ないかもな。
なんとか明美を泣き止ませた時、治療が終わったらしい主が出てきた。やはりショックなのか、呆然としている。主は俺に気づかずそのまま歩き始めた。…流石に放置はまずいな、すぐに追いかけよう。
「すまない、俺はもう行く。…また会おう。」
「絶対、絶対だよ!神様、またね!!」
手を振る明美に軽く振り返し、主のあとを追いかけた。
家に着いた主は、すぐに部屋に閉じこもってしまった。そのまま俺も部屋に入り、主の後ろに背中合わせで座る。何もせず、ただ傍にいるだけ。すると暫く経ってから主がポツポツと話し始めた。
「…好き、だったんだ。先生は結婚してたけど、それでも、好きだった。喧嘩だって、切にぃのこともあるけど最近は先生に会いたくて、やってた時もある。」
「…………。」
「先生は僕と同じハーフなんだ。切にぃは確かに僕と同じ色だけど、神様だから、虐められた事がないから……僕とは違う、でも先生は僕と同じだった。」
「………。」
「切にぃが分からないことを、先生は分かってくれたから、だから好きになったんだ…。」
俺は主のことを分かったつもりでいた。だが、実際は何一つ分かってなかったのか。そう、だよな…髪や瞳の色が好きだなんて誰だって言える。俺は虐められたことがない、ハーフだからと罵られたことがない、主の苦しみを分かってあげられない。
俺は、無力だ。
すまない、主。ずっと傍にいたのに気づいてやれなくて。主の体だけじゃなく、心も守るのが俺の仕事じゃなかったのか?何が初期刀だ、何が守るだ、守ってないじゃないか。ろくに仕事も出来ないなんて……ただのガラクタじゃないか。
「………主、俺を刀解してくれ。」
「…とうかい?」
「ああ、主は霊力も多いし質もいい。ちゃんとした場所でなくても出来るはずだ。大丈夫、やり方はちゃんと教える。」
「…ねぇ、『とうかい』ってどう書くの?」
「『刀』を『解』体する、と書く。」
「切にぃは刀の神様なんだよね?その刀を解体したら、切にぃはどうなるの?」
「主も察しているだろう。刀解したら俺は居なくなる。」
「ふざけるな!一体どういうつも、り……?」
主が俺の前に回り込み、俺の顔を見るとヒュッと息を飲んだ。
「なんで、なんで切にぃ泣いてるの…?」
「気にするな、それより早く刀解してくれ。……こんなガラクタ、主もいらないだろう?」
「切にぃはガラクタなんかじゃない!!」
「いいや、ガラクタだ。主の気持ちすら分からず、何も守れない俺は…ただのガラクタだ。」
ああ、そういえば俺は元から欠陥品だったな。山姥切国広として長く生きたせいで忘れていた。
「あ…ぼく、のせい…?ぼくが、切にぃを傷つけた…?」
「主のせいじゃない。気づかなかった俺が悪いんだ。」
「違う!切にぃは悪くない!!ごめ、ん…ごめなさ、い……!」
「…主、泣くな。」
「だって、僕が…切にぃは何も悪くない、のに……好き勝手言って、切にぃ傷つけた…ごめ、なさ…。」
「頼むから泣かないでくれ…主に泣かれると、俺はどうすればいいのか分からない。」
「じゃあ、取り、消して…!」
「え?」
「泣き止む、から…刀解しろって言葉、取り消して!」
主は涙を流しながらも俺を睨んでくる。そんなに刀解するのが嫌なのか…。
「…………分かった。」
「ほんと?」
「本当だ。」
「ほんとに取り消してくれるの?」
「ああ、さっきの言葉は取り消す。」
「嘘ついちゃダメだよ?」
「嘘じゃない。」
「これから先も言っちゃダメだからね。」
「もちろ、ん…?」
主の言葉に首を傾げると「約束だよ。」と言質を取られた。その後、『主』と呼んだことを怒られた。ついさっきまで泣いてた奴とは思えんな…。
[newpage]
成り代わり主
死んだら山姥切国広に成り代わった。ゲーム知識を元に主をビシバシ鍛える。脳筋な所があるため面倒になったら腹パンで黙らせる事が多い。
最期に主と『約束』してしまったため、刀解した後呼び寄せられた。割と簡単に約束事をしてしまうから付喪神としての自覚が薄い。
元女性なため幼い主やその友人達に母性が現れつつある。お母さんが守ってあげるからね!関わってるメンツがメンツなため、ジンと赤井秀一絶対殺すマンになりそう。
コナンでの最推しは降谷零。最推しが主で主が最推し???原作知識は朧気だったが、気合で主の周りの人間に関しては思い出した。警察学校組と宮野明美を生存させたい。
降谷零
成り主の元主。審神者名は『零』だった。前世の記憶はない。
髪の色が少し似てたし、目の色も同じだったから普通に年の離れた兄だと思っていた。成長するにつれて兄ではないこと、そもそも人間じゃないことを知る。でも『切にぃ』呼びで慣れてしまったため、継続。主呼びが気に入らない。
切にぃって意外と神経図太いし優しいから色々言っても大丈夫だよね、と思って心のうちを吐き出したら刀解してくれとか言われて物凄く後悔。泣かせてしまった事に自分も泣いた。泣きつつももう二度と刀解してくれなんて言わせないよう言質取るくらいには強か。
景光
親友に紹介したい人がいると言われて会ったら綺麗な神様で見惚れた。八歳になって見えなくなった事にガチ泣きしたが、成り主に色々言われて泣き止んだ。見えないけど傍にいるんだよな。
物凄く疲れた時とかしんどい時には親友が気を利かせて神様に会わせてくれるから嬉しい。
宮野明美
怪我してる子がいたからお母さんの所に連れていった。その子が治療してる時に綺麗な人を見かけ、思わず「神様?」と聞いたら頷かれたのでそれ以降ずっと神様と呼んでる。
本当は引越しなんてしたくなかったけど、もう決まったことだし結局そのうち神様を見れなくなると知って渋々諦めた。
宮野エレーナ
娘が怪我した少年を連れてきた少し驚いた。同じハーフということから親しくなり、その少年が時々話す『切にぃ』という人が気になる。
降谷零の母親
見えてるかもしれないし見えてないかもしれない。
続くとしたら次は警察学校時代。
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死んだらある刀剣男士に成り代わり、主(審神者)を看取ったら生まれ変わった主が自分の(前世の)最推しだった話。<br /><br />元ネタ:<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9997996">novel/9997996</a></strong><br />内容被ってるところありますが気にしないでください。私にしては割と長く書いたのでは??<br /><br />書きたい所にはまだまだ届かない…続くかもしれないし続かないかもしれない。とりあえず旅行に行くので暫くはお休みします。<br /><br />鳩持ってないので土曜日までまんばちゃん待ちです。まんばちゃんの布はアイデンティティじゃなかったの???まぁどんな君も好きだけどね!!!!
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生まれ変わった主が最推しだった
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10029477#1
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※※※ ご注意!! ※※※
このお話はパラレルです。
いろいろ細かい設定は気にせず、ゆるーく読んでいただければ幸いです。
読了後の苦情やご批判はお受けできませんので、ご了承くださいませ。
おーるおっけーという優しいあなたは次ページへどうぞ。
[newpage]
城内の長い廊下を歩きながら、イクは密かにため息をついた。
この国の王である父に呼び出されたのは、つい先程。いくつになっても落ち着きのない娘に、凝りもせず小言を言うつもりなのだろう。
そうは言ってもね、とイクは自分が今着ている服をぺらりと摘んでみた。
貴族の令嬢が着るような裾の長いドレスではない。そのあたりの兵士が着るような、動きやすさ重視の服装だ。侍女たちには「一国の姫ともあろうものが!」と嘆かれるが、これが一番楽なのだから仕方がない。
もし女親がそばにいれば、いくらか女らしい格好をしていたかもしれないが、イクが幼い頃に母親は流行病でこの世を去った。その後、父であるカツヒロは後添えを娶ることもなく、独り身を貫いている。子供はイクの他に兄たちが三人いるので、家臣たちもそれほど強く新しい妻をと言わなかったようだ。
(父上はきっと、母上のことが忘れられないんだ)
恋愛に夢見がちなイクは、勝手に想像してうっとりした。
もう結婚してもおかしくない年になっているイクだが、未だに嫁ぎ先は決まっていない。それはひとえに、現在の国を取り巻く情勢にある。
イクが暮らすカサハラ国は、西のリョウカ国と東のカミツレ国という大国に挟まれた小さな国だった。
小さいながらも独立を保ってこられたのは、言ってしまえばその小ささゆえにだった。
大国同士が争えば大乱は免れない。カサハラ国が緩衝地帯となることで、世界はかろうじて平和を感受していた。
しかし、微妙なさじ加減で釣り合っていた天秤は、カミツレ国の王が崩御したことでにわかにバランスを崩し始めた。
伝え聞くところによると、カミツレ国の世継ぎの王子は若干二十二歳。成人しているとはいえ、大国を統べるにはいささか若すぎる。
幸い重臣たちは忠誠を約束したが、揺らぐ家臣たちも出たのは事実。そこにリョウカ国がつけ込んできた。
密偵を放ち、動揺する家臣に揺さぶりをかけ、それどころかこれ見よがしに大規模な演習まで行う始末。いつ開戦の火蓋が切られてもおかしくないほど、情勢は緊迫していた。
(戦が始まってしまうのかな・・・・・・)
女である自分には詳しい情報は流れてこない。しかし、とうとうリョウカはカサハラに、カミツレ国へ兵を出すよう迫ってきたというのは聞き及んでいる。
そしてその要請をカツヒロが断れないことも。
イクの兄である第一王子は、現在リョウカ国に留学中だ。第一王位継承者である長兄を人質に取られている現状、この申し出を拒絶するのは困難だ。
戦と聞いても、幼い頃から平和の中で暮らしてきたイクにはいまいちピンとこない。ただ、大きな嵐が迫っていることだけは感じ取れた。
コツコツと、執務室の扉を叩く。
「父上、イクです」
「入りなさい」
カチャリと音を立てて扉を開ける。部屋の中では国王であるカツヒロが、執務机の向こう側で静かに座っていた。
「お呼びとうかがいましたので」
「うむ」
きょろきょろと周りを見渡すが、他の人影は見えない。国王の仕事場である執務室は、いつもならたくさんの臣下が行き来しているはずなのに。
それに、執務机の上も綺麗なものだ。これまた珍しい。山のように高々と積まれた書類も、たまには無くなることもあるらしい。
「イク、お前は今、いくつだったかな?」
「十七でございます、父上」
「そうか・・・・・・」
ゆっくりと手を組むカツヒロに、イクも「あ、これは」と思い至った。
一国の姫ともなると、その嫁ぎ先には政治的な思惑が深く関わってくる。たった一人の娘であるイクをカツヒロはたいそう可愛がっていたが、とうとう嫁にいかされるらしい。
娘を溺愛する父が選んだのなら、そう悪い相手ではないだろう。諦めにも似た思いと共に、イクは顔を曇らせた。
「今日は決して部屋から出たりせぬよう。よいな?」
「えー、ひさしぶりにいい天気になったから、遠乗りに行こうと・・・・・・」
「よいな?」
「・・・・・・はぁい」
小さく首をすくめるイクを、カツヒロはすこし眩しそうに見つめていた。
部屋に戻ったイクは、父の言いつけどおり、しばらくおとなしくしていた。が、どうにも落ち着かない。
父の口ぶりでは、どうやら今日自分は未来の夫と顔を合わせられるらしい。父の決めた結婚相手に異を唱える権利など、イクにはない。
だけど、とイクは思いを馳せた。
幼い頃、木から降りれなくなってしまった子猫を助けようとして、自分も降りられなくなってしまったことがあったのだ。このまま木の上で一生を終えてしまうのかと馬鹿なことを考えてベソをかいていたイクを、颯爽と助けてくれた黒髪の王子様。
もう顔も覚えてないけど、頭の上に乗せられた優しい手の感触は今でも覚えている。
結婚するならあの人がよかったな。
はぁ、とため息をついて、よし、と思い立った。
「モエ、いる?」
「お呼びですか、イク姫様」
パタパタと小柄な侍女が部屋に入ってくる。昨年から奉公に上がったこのモエを、イクはことのほか気に入っていた。
「裏山にあたしの馬を繋いどいてよ」
「まぁ! またですの? 陛下に叱られますわよ」
ぷりぷり怒る年下の侍女はとてもかわいい。
あまりやりすぎてモエが侍従長に叱られないようにはしているが、なんだかんだ言ってイクに甘い面々だ。少しばかりの気晴らしは大目に見てもらっている。
一通り小言を言った後に「仕方ありませんね」とモエが部屋から出ていき、イクは急いで身支度を整えた。とは言っても部屋にいるようにと国王に言われた手前、城の領地を少し散策するくらいのつもりだ。愛剣を腰に履き、簡単な食料を持てば準備は完了した。
城の通路をいくつか曲がり辺りを見渡すと、イクはスルリと壁の裏に隠れた。しゃがんで壁に描かれたレリーフを押し、出てきた通路に身を潜ませる。
幼い頃から兄たちと城内でかくれんぼをしながら抜け道を走り回っていたイクにとって、侍女や兵士にみつからないように城外に出るなど朝飯前だ。
いつものように、裏山に抜ける道を歩き出そうとしていたが、そこでふと、好奇心が頭をもたげた。
縁談相手の顔を見てみたい。
後で引き合わされるのはほぼ確定だとはいえ、相手よりも先に確認しておきたい。
先手必勝って言葉もあるし、と自分を納得させて、こっそり謁見の間へと向かう。
しかし、覗いてみても、縁談相手どころかカツヒロも姿が見えない。普通ならここで会見するはずなのだが、もしかしたら執務室かもしれない。イクは先程カツヒロに呼び出された執務室へ、今度は隠し通路から向かってみた。
到着したはいいものの、さすがに執務室への直通の扉を開けるわけにはいかないので、前室に繋がっている扉を薄く開けてみた。細長い光が隠し通路を照らす。外は明るいから、これくらいの隙間なら気づかれないだろう。
遠目にカツヒロの姿が見える。どうやらこちらで当たりだったようだ。
カツヒロと向かい合う黒髪の男性が一人。こちらに背を向けているため、顔は見えない。
あれが縁談相手なのだろうか。だけど、なんだか様子がおかしい。
イクが見守る中、カツヒロが両膝を折った。手を目の前で組み、深く頭を垂れる。まるで命乞いをしているかのようだ。一国の王とは思えない態度に、イクは目を見張った。膝を折った体勢で何を話しているのか。声は全く聞こえてこない。
黒髪の男がスラリと剣を抜いた。カツヒロは動かない。
イクの心臓が痛いほど高鳴る。壁についた手が小刻みに震える。
振り上げられた剣は、途中で躊躇することもなく、そのまま振り下ろされた。
ぐらりと傾ぐ父の身体。剣の先端から滴り落ちる、赤。
砂袋が落ちるような音がして、カツヒロの身体が床へと倒れ落ちた。
嘘、嘘だ。何かの間違いだ。
カタカタと震える身体を押さえながら、イクはソロリと身体を引いた。
音を立てないように、隠し通路に身を潜ませた。石造りの通路に入ったところで、全速力で走り始めた。いくつもの分かれ道をひた走り、気づいたときには城の裏山に出ていた。
「あ、ひめさまー!」
侍女のモエが駆けてくる。
「思ったより遅かったですね。言いつけどおり馬はそこに繋いであります。でもあまり遠くに行ってはいけませんよ。陛下からお叱りを受けてしまいますからね。・・・・・・姫様?」
真っ青になって震えているイクを見て、モエが顔をしかめる。
「具合が悪いのですか? 遠乗りは今日はやめておいたほうが」
遠くから蹄の音が聞こえる。ハッとイクは顔を上げた。
「モエ! こっちへ!」
「え、あ、ひ、ひめさま!?」
モエの手を引き愛馬の前に来ると、馬は嬉しそうにブルルと鳴いた。急いで馬にまたがり、目を白黒させているモエを強引に馬上に引き上げた。
「しっかり捕まって!」
馬の腹を蹴ると、鋭い鳴き声とともに地面を駆け始めた。
「こっちだ! 逃げたぞ! 追え!!」
背後から怒号が聞こえる。
「ひ、姫様、あれは!?」
「わからない。でも、アイツらに父上は殺された」
「なん、ですって!? 陛下が!?」
森の中を侍女を抱えて必死に逃げる。しかしいくら駿馬といえど、二人は重すぎる。たちまち木立の中に追手の馬が見えてきた。
「いけません! 姫様、あたしを置いていってください」
「バカなこと言わないで!」
国王を手にかけた奴らが一介の侍女をどう扱うかなんて、想像するだに恐ろしい。そんなところにモエを置いていけるわけがない。
しかし前方を塞がれ、慌てて手綱を返したが、イクの周りはすっかり囲まれてしまっていた。
腰に下げていた剣をスラリと抜いて、イクは油断なく睥睨した。
取り囲んでいる人数は、六人か、七人。粗暴なやつらかと思ったが、男たちはみな騎士のようだ。グッと柄に力を入れる。
「待て」
一人の男が前に出た。
「傷つけてはならぬと厳命されている。おとなしくしてくれれば危害は加えない」
「はっ! そんな戯れ言、信じるとでも思ってるの? 頭おかしいんじゃないの?」
イクの暴言に、背の高い男はムッとしたようだ。
「おやめなさい!」
腕の中のモエが叫んだ。
「あなたがたの目的はカサハラの姫である私でしょう? あなたがたに従いますから、どうか侍女はここで開放してください」
大声を上げそうになったイクの腕をモエが力いっぱい掴んだ。あまりの痛みに声が喉に引っかかる。
こちらを睨みつけるモエの意図はわかっている。モエはイクの身代わりになろうとしているのだ。カツヒロが討たれた今、姫であるイクの身柄が敵国に渡るのはあまりにも危険すぎる。だけど、だけど!
「わかりました。では、姫君はこちらへ」
馬を降りるよう促され、イクはしぶしぶ地面に降り立った。そのとき、イクたちを取り囲んでいた騎士たちが一斉に居住まいを正した。
開かれた輪の中に、一人の男が入ってくる。
「ヒカル、首尾は」
「はっ、殿下。今、姫君と侍女を捕らえたところでございます」
黒い髪に黒い瞳。真っ直ぐに背を伸ばした威厳のある佇まい。その立ち姿には、覚えが、ある。
「おのれ・・・・・・!!」
一瞬の躊躇もなかった。モエがなにか叫んだが怒りに我を忘れたイクの耳には届かなかった。腰の愛剣を握り直すと、目の前に立つ黒髪の男に飛びかかった。
「で、殿下ぁ!」
手に痺れるような痛みが走る。弾き飛ばされた剣がくるくると回転して地面に突き刺さった。と同時に右手が背中に捻り上げられていた。
「くぅ!」
「威勢がいいな。だが、無謀だ」
イクの攻撃を簡単に防いだ黒髪の男は、低い声で呟いた。
背の高い男が腰から剣を抜いたのが横目で見えた。
「貴様! よくも殿下に刃を!」
「騒ぐな」
「しかし!」
「ヒカル、騒ぐなと言っている」
「はっ・・・・・・」
不満げな様子で、ヒカルと呼ばれた男が剣を収めた。
イクは憎しみをこめて自分を拘束している男を睨みつけた。視線で人を殺せる力があればいいのに。
「そなたがここで死ねば、そこにいる者も無事では済むまい。それでもなお、俺に刃を向けるか」
「無抵抗なものを殺しておいて、よくもぬけぬけと・・・・・・!」
「・・・・・・なるほど。見ていたというわけだ。隠し通路か何かか。とんだじゃじゃ馬姫だな」
「ひ、ひめ!? こいつが!?」
背の高い騎士が目を白黒させている。
どうやら黒髪の男は、イクが姫だと知っていたようだ。事態は最悪だ。
なんとか逃げ出そうともがき暴れるイクの耳元で、男が呟くように言った。
「残念だが、見られてしまった以上、そなたをこの国に置いておくわけにはいかなくなった。・・・・・・許せよ」
捻り上げられていた手が不意に離された。そして首筋に強い衝撃。
「あっ・・・・・・」
「ひめさまぁ!!」
急速に視界が暗くなった。意志を失う寸前、誰かに抱きとめられた、気がした。
【To be continued】
完全に敵対している状態でのスタートっていうのを書きたかったんです(*ノωノ)
あと『殿下』って呼称が好きなんですよね。あと前も言ったような気がするけど『そなた』って言うのも好きです( ˘ω˘ )
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パラレルものです。<br />最初に注意書きがありますので、先に進まれる前にお読みいただきますようお願いします。<br /><br />おひさしぶりでございます。<br />ご無沙汰している間にも、ブクマやいいねなどいただき、本当にありがとうございますm(_ _)m<br /><br />えー、この時期にお話をアップするということで、察しの良い方は気づかれていると思いますが(笑)<br />今年も秋のスパークに出まーす!<br />・・・・・・と宣言できる状態になって本当によかった( ;∀;)<br />回を重ねるごとに、締め切りギリギリになってきている気がします(滝汗)<br /><br />詳細はまた追々お知らせしていく予定です。どうぞよろしくお願いします。<br /><br />表紙はこちらからお借りしました。 <strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/68553718">illust/68553718</a></strong>
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姫君と王子 1
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10029485#1
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アルビレオ2.
1.
沖縄って乾燥するんですか?
あれ?それともこれ怪我ですか?
いわゆる女優鏡前にがっちり座らされ、
自分の顔と対峙することになった。
あの日以来、鏡の前には必要最低限しか立たないようにしてきた。
疲労困憊。充血した目の男がそこにいる。
今こんなに冴えない顔をしていて、
うまく笑えるだろうかと不安になった。
唇の傷。
それを何とかしてメイクで隠さなければならない。
クリーンなイメージ最優先のポスター撮りなので、
顔に傷など言語道断だ、と、遠回りに、
でも釘を刺すように事務所の人間に言われた。
もちろん百も承知だったので、僕はすいません、と頭を下げた。
鏡越しに目が合う。
先にヘアメイクを済ませた又吉が退屈そうに僕を眺めていた。
何も言ってこないが、呆れているのだろうな、と思う。
数日ぶりに戻った東京はすっかり春爛漫だった。
空港から戻る車から、満開に咲き誇り風に流される桜を眺めて、
取り残されたような、仲間はずれにされたような気持ちになった。
ひょっとして、彼女とケンカして平手打ちとかですかー?
いつもみたいに愛想笑いが出来ない僕を気遣って、
ヘアメイクの女の子は僕を励まし盛り上げようと話しかけるけれど。
彼女っていうか、男だし。
ケンカっていうか、修羅場だし。
俺そいつと付き合ってるんだよ。
君も知ってる奴なんだけどさ。
仕事先でぐちゃぐちゃになって、
ちょっとヘヴィだったんだよね。
ねえ、この話、詳しくききたい?
ありのままに話したら、
この娘 俺につくのやめるかな…
背徳感と優越感。
丁度半分づつ入り交じる。
励まされても盛り上げてもらっても、
僕は落ちているわけではないから。
ただただ、めまぐるしく入れ替わる感情に
ついて行けないだけだった。
あの日、あの朝の公園でのやりとり以来。
明白な事実なのにずっと認めることが出来なかった。
下らない意地だとは分かっているし、
誰に見栄を張っているのだろう、とバカバカしくなる。
強いて言えば、自分に、か。
認めたらもう言い訳が出来なくなるのが怖い。
だけどもう認めなければ思考が成立しないところまできている。
僕は吉村に振り回されている…
彼の一挙手一投足、言葉、仕草、表情、態度、
何もかもが気になる。
「ごめんね。気をつけるから」
しおらしく謝ったら、それ以上追求されなかった。
彼女だって大して興味があったわけじゃない。
撮影をうまく回すためのコミュニケーションだ。
タレントさんを気持ちよく働かせるための手段だ。
「綾部が顔に傷作るなんて、デビュー以来初やで」
ちょっとした嫌味なのか、教育的指導なのか、
又吉が言ったけれど、あいまいに返事してお茶を濁した。
コンシーラとファンデーションを埋め込んで、
自然に見えるリップカラーを乗せて、なんとか傷は目立たなくなった。
へえ、すごいな、と指先で触ろうとしたら、ダメですよ、と怒られた。
あの夜。
彼は ダメだよ、と僕を引き留めた。
いまどうしているだろう…
もう手荷物を預けて、昼を済ました頃だろうか。
声が聞きたい。
[newpage]
眠ってしまった、と、まずそう思った。
彼の部屋で目覚めた。
朝だと分かったのは、窓の外がぼんやりと発光していたからだ。
吉村は窓際の1人がけのソファに深く掛け、
長い脚を組んで目を閉じていた。
膝の上にはiPad2が画面を伏せて置いてあり、
右手には外したままの眼鏡。
僕は身体を起こして、シャツの襟元を直した。
身体のあちこちがじんわりと痛む。
怠く重たい、筋肉痛だった。
彼に抗って押さえられた手首に赤紫の痣が残っていた。
首筋や喉元はどうだろう、と不安になった。
見える場所はまずい…
額に汗をかいていた。手の甲で拭う。
「崇、」
小さく呼んだらまぶたを開けて微笑んだ。
眼鏡をかけ、ゆっくりと立ち上がり、僕の側に座り頬を包んだ。
「こんなにして、…ごめんね」
そう囁いて、ひきつるように痛む唇の傷にわずかに口づける。
それだけで、後悔しているのが分かった。
「痛い?」
「…痛いよ、バカ」
「ごめん」
許している。
彼が僕にすることならば、する前から全部許している。
手を洗いたい衝動を抑えるのは、
かつて経験したことのない苦しさだった。
身体が痺れるように痛み、頭がぼうっとして意識が遠のいた。
繰り返しやってくる衝動に息を止め、全身の筋肉を緊張させて耐えた。
彼が僕の手を握ってくれなかったら、僕はどうなっていたか分からない。
吉村を失ったら、僕はどうなるか分からない。
彼のことがとても愛おしくて、時々何もかもが分からなくなる。
なくす時のことを考えると、とても怖い。
掛け替えのないものを手にしてしまった。
僕が常に避けてきて、最も怖れていたことだった。
薄暗い部屋には早朝の弱い光が差し込んでいて、
僕と彼は薄藍色の影をまとっていた。
「…ずっと起きてたの、」
「考えてたんだ、」
鼓膜をくすぐる低く落ち着いた声。
僕の肩を優しく抱いて、
いつもよりゆっくりと話す、独り言みたいな話し方。
昨夜とは別人みたいな彼。
きっと彼自身もそう思っているはず。
「窓からすごく星が見えて、綺麗だった。
でもこれ東京でも同じように輝いてるのに見えないんだよな、って考えたら
とても貴重なことに思えた。
夜空に目が慣れたら春の星座が見えるようになって、
白鳥座のくちばしの明るい星…
思い出せなくて調べた。
それから、祐さんのこと…」
僕の手にその手を重ねて、指を組んだ。
ゆるく組んだまま、僕をのぞき込み微笑んだ。
「すごく好きだなって、」
光の角度が変わった。
彼の輪郭が逆光になる。
「すごく好きだな、って そう思ってたんだよ」
柔らかな声だった。
髪を撫でられたら、呼吸が深くなって
座っているのが億劫になった。
[newpage]
好きだよ、好きだよ、と彼は言う。
僕に会う度にそう言う。
電話口でもメールでも、彼は挨拶みたいに僕にそう言う。
だけど、今回の言葉には何か別の響きがあった。
僕の拙い感受性ではそれを解析することはできないけれど、
なにか僕になげかけてきたことだけは分かった。
「祐さんのこと、すごく好きだよ」
「…うん」
返事をするくらいしかできない。
どう言ったらいいのか分からない。
でも彼は知っている。
僕の欠損した部分を理解している。
もしかしたら。
初めから全部分かっていて、
僕自身よりも僕のことを分かっていて、
こんなに何もない僕のことを、それでも好きでいてくれたのなら…
怖がることなんて初めからなかったのかもしれない。
「アルビレオって言うんだよ。
…祐さん。…寝ちゃったの?」
聞こえている。聞こえているけれど…
僕は彼の胸に体重を預けて、まだ重たいまぶたを閉じた。
[newpage]
そこまで思い出したところで、アシスタントに呼ばれた。
最初は2人で、次は先に又吉、次に僕と、
個別に撮ると事前に聞いている。
先にマネージャーとメイクさんが出て行き、
又吉と僕が続こうと控え室を出ようとした時、
テーブルの上でケータイが振動していた。
一度足を止め、2秒考えて、無視することにした。
ところが、行こうとする僕の肘をつかんで又吉が引き留める。
「…鳴ってるやん、」
「うん」
僕に出ろ、とケータイを指さす。
「このあと何時間も出られへんよ」
「でも時間、」
「かまへんて。俺さき行っとくし」
「ごめん…」
壁掛けの時計を見た。15時になるところだった。
それで電話の相手は吉村だと思った。
僕は控え室にひとり残り、ケータイを開いた。
[newpage]
2
マスクとコフドロップを買うためにウロウロしていたら、
雑誌コーナーで視線を感じた気がして足を止めた。
平積みにされている表紙の写真は綾部と又吉で、
そんなことよくあることだし驚きもしないが、
なぜだろう、足を止めるほど
どきり、とした。
「すげーな。なんか」
背後で德井が言うのに、うん、と頷いた。
「どういうアレでこんな仕事くるんだろな」
たしかに。…でも、そういうんじゃなくて。
「ファッション誌の表1と巻頭24ページって」
うん…まあ…それはそうなんだけど。
德井はそれを手にしてぱらぱらとめくり、
大して興味なさそうに元に戻した。
ポケットに両手を突っ込んで、改めて表紙を見下ろしている。
僕も彼に倣って2人の写真を注意深く見た。
なんだろう、この違和感。
妙に不安定な気持ちになる。
「…あと、綾部の顔。なんかおかしい」
それだ。
やっぱり綾部だ。
僕だけの違和感ではなかったようで驚いた。
出発ロビーに戻り、搭乗口の待合に掛けた。
すでにほぼ待合席が埋まるくらいの乗客が集まっていた。
德井はとなりでケータイを開きメールを打っている。
残りの時間、どうしようかな、と思う。
したいことは決まっていた。
電話するのか、しないのか。
今朝家を出る段階では連絡するつもりはなかった。
だけど。
さっきの雑誌を見てから、落ち着かない。
そろそろ搭乗が始まる。彼が電話に出るとは限らない。
昨日電話で話した時は、日中はポスター撮りとCM撮影だと言っていた。
うまくタイミングがあえば、電話を取るかもしれない。
あと十数分。
飛行機に乗ってしまえば、何日も会えない。
だから今、声が聞きたい。
着信履歴から彼の名前を選びコールした。
呼び出し音が1回2回3回…
祈るような気持ちでケータイを耳に押し当てていた。
[newpage]
3
「いま空港で、」
「おまえ、もう搭乗始まってんじゃないの?」
「祐さんたちの雑誌見たんだけど」
「……あ。あれ」
浮かない声だった。
不機嫌に眉根を寄せる顔が容易に想像できて笑ってしまった。
僕は搭乗待合を離れ、ドリンクコーナーを離れ、
人々の声の届かない通路まで歩き、
展望を兼ねたガラス張りの窓に寄りかかり、
飛行場を見下ろした。
「表1の写真、」
「違うんだよ、俺、嫌だって言ったんだけど、」
「嫌だって言ったんだけど?」
「あれの方がいい、って…満場一致で」
きっと赤面している。目に浮かぶ。
その声が愛おしくて目を閉じた。
どうして彼の姿はこんなにはっきりと
僕のまぶたの裏に浮かぶのだろう。
「また空気読んで、
ですよね、って流したんじゃないの、」
「流してねぇよ」
「気ぃ遣って それでいいです、って言ったんだろ、」
「違うって、」
困らせて、追い詰めたくなる。
トーイングトラクターがスマートにコンテナを運んでいる。
黄色のランプの点滅。
厚いガラス越し、何の音も届かない。
玩具みたいにコミカルに働く空港の専用車両。
「カメラマン誰なの、」
「え?」
「そいつ絶対ゲイだから。祐さん気をつけろよ」
「…おまえ、なに言ってんの?」
このピンときてない感じにも笑ってしまう。
本当に鈍臭いな。
そういうとこ、祐さんってイライラするよ。
会って話しているならばそう言ってわざと怒らせるのに。
「余所でああいう顔すんな、って言ってんの」
「え?」
ほんとうに。
こんなに鈍い奴と付き合ったことがない。
搭乗アナウンスが聞こえる。
行かなければならない。
德井たちは先に入っただろうか。僕を待っているだろうか。
来たルートをゆっくりと戻りながら僕は言った。
「嫉妬だよ、嫉妬。
祐さん言わなきゃ分かんないから言うけど。
俺、超嫉妬深い性格なんだよ。
嫉妬深いし、執念深いし、粘着質だし。
そのカメラマンも、祐さんの可愛いバイクも気に入らないんだよ」
言ったけれど、たぶん彼は瞬きをいくつかするばかりで、
僕の意図など理解しないだろう。
目に浮かぶその姿が愛おしくてまた笑ってしまった。
[newpage]
なんだかまくし立てられて混乱した。
僕はパイプ椅子を引き、腰掛けてテーブルに頬杖をつき、
ついでに頭も抱えた。
電話越し、搭乗アナウンスが聞こえる。
たぶん吉村が乗るべき便だ。
僕のバイクがなんだって?
「…おまえ、なんの話してんだよ、」
「祐さんの話だよ」
「全然意味がわかんない」
「だろうね。今度会って話すよ」
彼の背後に雑音が増えた。
人々のざわめき。
バーコードを読み込む音声。
さっきと同じ内容のアナウンス。
そろそろ電話を切らなければならない。
「…怪我すんなよ」
とにかく、それだけは言っておこうと思っていたから。
「大丈夫だよ」
「5泊7日って。長いな」
「すぐだよ、」
そりゃ。行く方はそうかもしれないけれど。
置いてかれる方の身にもなれ、と言いたい。
「おまえ、本当に怪我すんなよ、」
「大丈夫だよ」
いまどんな顔してるんだろう…
あの日、僕の手をとって白鳥座の話をしていた彼が、
どこか知らない土地へ旅立とうとしている。
大袈裟かもしれないが、果てしなく心細い。
「崇、」
「大丈夫だって、」
「そうじゃなくて、」
「え?」
おそらくケータイを持ち替えて、スーツケースを引いている。
彼の息づかいでそれが分かる。
「そうじゃなくて、」
「…なに?」
搭乗券をかざし、バーコードが読み込まれた音。
お客様離陸の際には電源を…、とCAに声を掛けられている。
もう本当に電話を切らなければならない。
鼓動が早くなる。息が苦しい。
早く浅くなる呼吸を整えて、震える息を長く吐いた。
僕が舞台に上がる前にする方法だった。
「俺、好きだよ。おまえのこと…」
電話の向こう、
いってらっしゃいませ、の美しい声と重なった。
タイミングを間違えた。
[newpage]
僕は一人きりの狭い控え室で
耳まで真っ赤になって後悔した。
同時に向こう側が急に静まりかえった。
それで彼が搭乗口のチェックを終え、
ボーディングブリッジ内で足を止めたのだと分かった。
「…知ってたよ、」
まあ、そうかもしれないけど。
知ってたよ、って…
吉村の返しもヒドイ。
僕にしては決死の覚悟で発した言葉だったのに、
間の悪さ、電話越し、彼の置かれている状況、と
あらゆる角度から考えても、場違いな発言になっていた。
映画やドラマならばクライマックスになるべき場面じゃないか。
よりによってそこでスベるなんて。
情けなくて笑ってしまった。
本当に格好悪いな。
どうして吉村相手だとこうなるんだろう。
「嬉しい。嬉しくて飛行機墜ちそうだよ、祐さん」
「…おい、」
「祐さんの口からそんなこと。
俺、今回のロケこそ死ぬかもしれない」
きっとニヤニヤと笑っているのだろう。
それこそ本当に飛行機が墜ちたら、
この言葉も、思いも、なかったことになってしまう。
過去や未来はあてにならない。
僕と彼には今しかないのだと、吉村が僕に気付かせた。
…だから、だよ。
だから言ったんじゃないか。
「もう一度言って。今度ベッドの中で。いいだろ?」
艶のある低い声が鼓膜をくすぐる。
僕は更に赤面して言葉が継げなくなる。
からかわれている。分かっている。
それなのに。
もう電話を切らなければならない。
なのに、彼が返事は?と訊いてくる。
ベッドの中で?
僕はおまえが好きだって?
そんなこと言えるわけがなかった。
電話越しでさえ気を失いそうになるくらい緊張したのに。
いままで一度だって誰にも告げたことのない言葉だったのに。
彼が返事は?と訊いてくる。
僕は唇を噛んで言葉を探している。
そうだ。
きっと探すことなんてないのだろう。
僕は彼に振り回されている。
それを認めたらもう、
僕は吉村の意のままになっていればいいのだから。
「…いいよ、」
そう言ってしまったら、
引きつるような唇の傷が甘く疼いた。
「言ってやるから、空港からまんま来いよ、」
僕が言うと、
ワガママだな、と彼が笑った。
fin.
シリーズ完結です!
長い長い長いおつきあい、ありがとうございました。(鳩子)
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【吉綾短編】完結。綾さんのツンデレに辟易しつつも漕ぎ着けた感一杯です…完結はしましたが、末永くみなんさんの妄想のお供になれたら幸いです。この2人、もうちょっと上手に恋愛できるといいですよね、ホント。(他人事)<br />今後はスピンオフ的なモノを書いて行こうと思っているのでそちらもよろしくお願いします☆長いお付き合いありがとうございました!(鳩子)
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アルビレオ2/2
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002965#1
| true |
*コナン夢です。名前なし女性オリ主。
*オメガバース設定なのに、その良さは発揮されない。
*モブのキャラが濃い。
*嫌だと思った時点でお逃げください。
[newpage]
私は前世の記憶があるだけの、どこにでもいる平凡な女子高生!ただし生まれ変わったのはオメガバース設定を付与されたコナン世界とかいう、イカれた世界だがな!!!
そんな中で私は、フェロモンを感じない、出さない、運命?番?なぁにそれ、わかんなーい。と心の中の幼女先輩が笑顔で答えるぽんこつΩ!やったね!!!18禁展開とは無縁で生きていけるよ!
そんな私を運命だと言って、ことある事に接触を測ってくる恐ろしいαがいるのだ!安室透っていうんだけどね、本当は降谷零って名前の公安の潜入捜査官で、黒い組織に潜入しててバーボンってコードネームまであってね、優良物件じゃんなんて評されるけど色々と知ってる私から見たら暗黒物件もいいとこだよね!!命の危険に晒され、挙句お仕事片付いたら永遠にさらばの可能性がある相手なんて、絶対ごめんだよね!!!!だから私は全力で運命を否定して、死にものぐるいで逃げてる筈なんだけども。
「いらっしゃいませ!心からお待ちしておりました」
なんで私ポアロにいるの???
「へいtomo!!これは一体どういう事だ!?何が起こった!!!!??」
「ケーキで買収されました」
「しました」
「親友売りやがったこいつ!!!!!!」
あまりに酷い裏切りを受けた。
Siriより有能って評価してたけど、ダメだわ。無能だわこのtomo。
放課後、いつも通り帰ろうとした所でこの子に「今日暇?」と聞かれた。バイトもなく、安室さんに見つかる前にさっさと帰ろうと思っていた。だが実に有能なtomoさえいれば問題が無いので「暇だよ」と素直に答えた。これが全ての間違いだったのだ。
矢継ぎ早に「湿布ちゃんと貼ってる?うん、オッケー」「マフラー巻き方緩い。もうちょいしっかり巻きな」と言われ、能天気な私は「さすがtomo!私より警戒してくれてるぅ!」と浮かれてしまったのだ。今思えば、これは最後の良心だったんだろう。
いつもと違う道をしばらく歩いて、唐突に「これから行くところ、サプライズだから目閉じて。私の両肩に捕まって、転ばないように後ろついて来て」と指示された。サプライズってなんぞや?と思いながらも、私はとても従順に、大人しく従ってしまった。そしてお店のドアが開いた事を知らせるベルの音が鳴った、と思った瞬間、聞きたくなかった声が聞こえてきたのだ。
慌てて目を開ければ、それはもう嬉しそうに笑う安室さんがいて。場所はあれ以来、宣言通り一度も来ていないポアロ。そりゃあ混乱しますわ。
ギュッと裏切りのtomoの肩を握り締め、背中に隠れながら安室さんを睨み付ける。ついでに、この子がカウンター席になんか行かないように引き止める役割でもある。
「なんでケーキごときで買収されてんの」
「確かにイケメンよりアンタの方が大切だけど、それより遥かに誰かの奢りで食べる美味いものの方が優先度高いから。仕方ないよね」
「最低かよ!!くそ!お前とは絶交だ!」
「えっ!絶交するんですか!」
「本当にいいの?いいんだな???」
「すいませんっした!!!!」
絶交と言った途端、パアッと顔を輝かせて弾んだ声を上げた安室さんを見て、即座に友達に謝罪した。ダメだ、この子と離れるなんて選択肢を選んだら一瞬でバッドエンドだ。
おいそこの店員、全力の舌打ちやめろ。猫剥がれてんぞ。
本当は今すぐにでも帰りたいが、ここで1人で走って店内から逃げるという真似は絶対にしない。例えここに安室さんがいようと、1人きりになるのと友達と一緒にポアロにいるのと、どちらがより安全かを考えれば、絶対にこの子と一緒にいる方が身の危険はない。
だって逃げたとしても、ダッシュで追われたら絶対逃げ切れない。安室さんはまだバイト中だが、私を捕獲するのにほんの僅かな時間があれば済むだろうから、確実にバイト抜けて追ってくると思う。
それで拘束されて番にされてから、ここまで引きずって連れ戻される可能性がある。むしろその可能性の方が高い。
ならば、安室さんから逃がしてくれるこの子といた方が安心安全なのだ。ただし私のメンタルはブレイクする可能性が非常に高いが。
カウンター席へ誘導しようと、こちらに近付いてこようとする安室さん。それを友達の背中に隠れながら「がるるるる」と威嚇して遠ざける。だが全く意に介した様子はなく、むしろとろんとした顔を向けてくる。
「ふふ、警戒する様子も愛らしいですね」
「へいtomo!店内から脱出するか、テーブル席か選びな!オススメは脱出だ!!!」
「分かった分かった、テーブル席な」
「オススメを聞いてほしかった」
視線から逃げる為にも、端の目立たない席に行きたい。店の奥側が空いてるので、そこを指差したがあっさり「あそこはダメ」とど真ん中の席に座られた。なんでだ!!ポアロにいると決めてやったんだから、それくらいは譲ってくれよ!!!!
「この優秀なtomoに任せておきなって」
「裏切り者の無能がなんか言ってる」
「ばっか、アンタ本当に端の席なんて行っていいと思ってるの?しかも店の奥とか」
「え?」
アンタはそっち、とカウンターが見える方の席に座らされて、輝く笑顔でこちらを見ている安室さんに辟易していると、何故か自信満々の友達がテーブルに頬杖を付いた。それに首を傾げる。
「端っこは壁際に追い詰められる可能性があるし、奥側は脱出口である扉から一番遠い。その点、ここなら席の左右どちらからも逃げられるし、扉からもそう遠くない。ちなみにカウンターが見えるそっち側なら、近付いてくるのが見えるから警戒出来るでしょ」
ぽかんと口を開け、間抜けな顔を晒す私に、親友はニヤリと口角をあげて不敵に笑う。
「この私が、何も策を練らずに親友をただ売る馬鹿だと思った?」
「と……っ、tomoお前かっこよすぎかよおおおおお!!!!!」
無能とか言ってごめん!!!!最高!死ぬほど有能!男前度がカンストしてる友達を拝み倒していると、安室さんがケーキを片手に近付いてきた。本当だ、姿が見えるからちゃんと警戒出来る……!これなら不意をつかれない!凄い、さすが私のtomo!
「はは、さすが頭が回りますね」
「あっはっは、それほどでも」
「本当に、憎らしくなる程の優秀さで」
う、うわぁ……安室さんの綺麗なお顔が歪んでいらっしゃるぅ……。それを平然と笑って流すとか、私の友達メンタル強すぎる。
少しの間友達を睨みつけていたが、やがて気を取り直したように、安室さんはパッと笑顔になるとケーキを私たちの前に並べた。例のこの子を買収した半熟ケーキだ。
「貴方の為に、愛情込めて「いっただきまーす」……ええどうぞ」
tomo強すぎね?????
安室さんのセリフを遮って、フォーク片手に早速食べ始める友達に尊敬の眼差しを向けながら、私も食べるかとケーキと向き合う。
アニメで見た記憶がある、ハムサンドに次いで本当は食べたかったメニューだ。二度と来ないと決めていたから、正直食べられるとは思っていなかった。
一口食べれば、トロリとした食感に卵の味が濃厚なスポンジ。ヨーグルトソースが入っているのだっただろうか。甘すぎず、どこかさっぱりとした味わいが口に広がり、思わず頬が緩む。
「おいひい……」
これは最高に美味しい。何個でも食べられそうだ。安室さんがまだいるというのに、気が緩んでしまう。
「うっっわ……ふにゃふにゃ笑ってる……くそ可愛い……欲しい……」
「店員仕事してくださーい」
「欲しいとかいう犯罪臭しかしない一言怖すぎない??」
「それな」
ボソリと呟く安室さんに、友達が辛辣な言葉を吐いたが、私としてはそれより「欲しい」とかいうワードのヤバさに震え上がった。
執着を滲ませた、熱の篭った目で見つめられてガタガタ震えていると来店を告げるベルが鳴った。よっしゃ、助かった!早く行って!
どんな救世主かと出入口を見れば、なんとまあタイミングのいい事。小さくなった名探偵ではありませんか!神様分かってるね!!そうだよ、コナンくんさえいてくれれば、このやっべー暗黒物件のストッパーになってくれる筈!
「ほらお客さんですよ!はよ行ってそのまま帰ってくんな!」
「口が悪いですね。あんまり酷いと、塞いでしまいますよ」
「さーせん調子乗りました」
バッと口を両手で押さえて、安室さんから距離を取る。それに楽しそうに笑う姿すらイケメンだが、細められた目は全然笑ってない。ガチ過ぎてときめきが起こらない。捕食者に睨まれた小動物の気持ち。やだ怖い。
だがしかし、ちゃんと店員としてコナンくんの方へと向かうのでそこは安心である。ほっと息を吐いていると、驚いたように目を丸くしているコナンくんと目が合ってしまった。どうしたよその顔。
安室さんと何やら話しているみたいだが、私は知らん。あそこには関わりたくない。安室さんはオメガバース的な意味で、コナンくんは事件的な意味でお近付きになりたくない。
「んー、やばいこれは美味しい。通おうかな」
「私は来ないからな!!!」
「知ってる知ってる。私は1人でも、喫茶店とか平気で入れるタイプだから大丈夫」
「知ってる知ってる。なんなら1人ラーメンとかも大丈夫でしょ」
「余裕。水族館とか遊園地はさすがに無理かな」
「そこ行けるって言われたら女子高生かどうか疑ってた」
「こんな美少女疑うなって」
確かに、この子は見た目だけなら美少女だ。αと言われてすぐ納得出来る、優れた容姿。だが口を開けばこれである。だというのにモテるのだから、世の中不思議なものだ。顔か、やっぱり顔が良ければいいのか!?
でも今の所は誰とも付き合う気がないらしい。曰く、ちゃんと好きになってから付き合いたいのだとか。意外と乙女である。口にしたら殴られそうだから言わないけど!!
「あ、そうだ」
ケーキをぺろりと食べきった所で、唐突に思い出したように鞄を漁る友達に首を傾げる。私も食べ終えたので、お皿を端に寄せた。
うーん……せっかくだから他にも何か頼もうかな……。ポアロに来るのはこれで最後だし。次こそは騙されない。買収されないよう、ちゃんと友達には言い含めておかねば。
「じゃっじゃーん」
悩みながらメニュー表に手を伸ばそうとした所で、浮かれた声にそちらに視線を向けた。彼女の手にあるそれを見た瞬間、思わず声を上げた。
「お、おあああああ!!それは!既に販売終了してるさつてんのアクキー!!」
「アンタが今更ながらにハマったと聞いて、さつてんグッズ整理してたら出てきた」
「なぜだ……自慢か……!!?」
「いや、あげようかと」
「神じゃん」
そっと拝んだ。この子はこういう事をサラっとしてくれるから大好きだ。ありがとう神よ。騙してポアロに連れてきたのは許せないけど、安室さん対策はバッチリしてくれたし、グッズもくれるらしいし、まじで神だわ。
ポアロに連れてきたのは許せないけど!!
「ダブったヤツだけだけどね」
「いや、ほぼフルコンしてんじゃねえか」
全8種類の、各キャラ単体の物が6種類。キャラの2人セットの物が2種類のアクリルキーホルダー。これの単体6種が全部目の前に並べられている。セットが無いだけだ。どんだけ買ったんだろう。
きっと聞いちゃいけない。BOXで買った方がよかったんじゃ、とか間違っても言ってはいけない。
[newpage]
「どれ欲しい?全部?」
「いやそこまでは申し訳ないから、推しだけちょうだい」
「推しそういや知らんわ。誰欲しいの?」
「レイが欲しい!!」
パリンと何かが割れる音がしたが、誰かお客さんがコップでも落としたんだろう。下手に周囲を見渡して安室さんを視界に入れたくないので、一切店内は見ない。近付いて来た時だけ警戒すればいいのだ。
不意に見て、もし目が合ったら「やっぱり運命ですね!」とか言い出しそうだし。
「マジで?意外……あんたはザック派かと」
「いやザックも好きだけど、レイ一択でしょ。一見普通かと思いきや、実はそんなことなくて……人に向かって躊躇なく銃ぶっぱなせたりとか」
「あー、アンタそういう子好きだよね。弱々しく見えて強かな感じの」
「ギャップ萌えなのかな……。金髪碧眼ってのもポイント高いよね!あとあと、キャシー戦の辺りがまじ好き。おりこーさんのシーンもだけどさ、あのレイが「バン」って言って銃撃つのが!!虫も殺さぬ顔しておいて人を撃つのに躊躇いがない!初見の時の衝撃凄かった……痺れた……」
「分かるわー」
「もう本当……レイ大好き……」
女の子キャラでこんなにどツボにハマったのは久しぶりだなぁ。レイのグッズは全部欲しい。だがしかし、ハマるのが遅かった故に、検索して、めちゃくちゃ好み!と思ったグッズが販売終了という地獄を見たのだ。今救われたけど。持つべきは友だな。
「お姉さんそれ以上はやめた方が身のためだよ!!!」
「うおあっ!?なんだ敵襲か!!?」
レイについて語り、並べられたグッズを見てにやけていれば、突然のコナンくんの叫び声に飛び跳ねた。何事だ。というかどういうことだ。
目を白黒させていると、コナンくんは静かに店内を指さした。首を傾げながらそちらを見ると、跪き、俯いて片手で顔を覆いながら何事かをブツブツ呟いてる安室さんとかいう、恐怖でしかない存在がいた。しかも足元には割れたコップとベコベコに歪んだお盆。
えっ、何あれこっっっっわ。
「恐怖映像かな?????」
「あれ、お姉さんのせいだから……」
「嘘だろ。思い当たる節がまるで無いんだが」
「いやもう、とにかくその、レイってキャラの話はやめた方がいいよ。本当に」
真剣な顔で静かに語るコナンくんに、なんでレイの話は駄目なのかと聞こうとして――いや駄目だわと思い至った。
普通そうで違くて、金髪碧眼で虫も殺さぬ顔してるのに、銃を普通に撃てる、レイ。
いやコレ安室さんにも当てはまるな???
そういやあの人の本名、降谷零だわ。うわ、やらかした!!!いやでも流れで自分じゃないって分かるでしょ!!?それとも、分かってても駄目だったの!?ぽんこつ具合が私と同レベルなのでは!!!?
「わ、私好きなのはレイチェル・ガードナーっていう女の子キャラだから!安室さんじゃないし!」
「でも!その要素を兼ね備えていれば、貴方から愛されるんですよね!!」
「うっっっわ食いついてきた!!二次元と三次元別物なんでやめてください!!!」
「取り敢えず録音するんで、もう1回『レイ大好き』って言ってください!!」
「ちょ、待て近付くな!!ハウス!!!」
荷物を抱えて席を立って、こちらに突撃してきた安室さんから距離を取る。だが安室さんも同じように近付いてこようとする。ジリジリと動く安室さんに、これはもうダメだ、逃げるしかないと覚悟を決めた時。
「あ、馬鹿」
「えっ、何?」
ぽつりと声を漏らした友達に、安室さんから目を離さないまま、何事かと聞けば。
「今そっち側に逃げたら、扉がイケメンの後ろになるでしょ」
「…………アッッッ!!!?」
マジじゃん!!!!!!馬鹿かよ私は!!!
安室さんは分かっていて動いていたんだろう、めちゃくちゃいい笑顔をしている。唯一の出入口が固められてしまった。ギリギリと歯噛みする。くそ、してやられた……!!
「今日こそは、僕の勝ちですかね?このまま番になってくれてもいいんですが」
「…………、……ふ、ふ、ふふふ……っ!」
得意げな安室さん。だがしかし、私には道があるのだ。そう、本当ならば関わりたくないと思っていた。だけどこうなったら、もう諦めて彼に助けを求めるべきだ。
荷物を席にぶん投げ、私は体を翻して両手を伸ばした。
「うぇっ!!?」
「助けて少年んんんんんん!!」
「はあ!!!?ちょ、何コナンくん抱き締めてるんですか!!?僕という男がありながら!」
「コナンくんあの人怖いよ小学生に嫉妬してるよ助けてえええええ!!!!」
「おま、なんで俺を巻き込んでんだよ!!」
抱き上げたコナンくんを安室さんと向かい合わせにして、小さな体に自分を隠すようにするが、隠れきれてないのは分かってるし、コナンくんもバタバタと暴れるので意味が無さすぎる。
だがしかし、これで手は出せない筈だ!!なんかコナンくんの口調が、もろ工藤くんになってる気がするけど!これ君の協力者だろ!!責任取って!!!!
「小学生に助け求めるとか、爆笑だわ」
「へいtomo!笑ってないで至急脱出ルートの検索!!」
「んー、今日はもうケーキ食べたしなぁ。この後奢ってもらうのは、乙女的にちょっと」
「この無能が!!!!!」
「いいからお前は、まず離せって!!」
「こうなったら道ずれだよ!!!」
「ざっけんなバーロー!!!」
あ、これはもう工藤くんですね。久しぶり、元気してた~?私?目の前で今にも襲いかかって来そうなゴリラさえいなければ、めちゃくちゃ元気~!つまり今は全然元気じゃない。
「だって聞いておくれよ!この人、私なんかを運命とか呼んで迫ってくるやっべー奴なんだって!!女子高生に手を出そうとしてるんだよ!たすけてポリスメン!」
「誤解を招きそうな説明やめてくれます?僕は何も、すぐに手を出そうとは思ってませんよ。ただ僕の運命は、普通の人とは違うから。ゆっくり進んで、ちゃんと番になって、守りたいと思ってるんです。だからまずはコナンくんから離れましょう??」
「すげえや!マフラーの首元引っ張って、無理やり番になろうとした人のセリフとは思えないな!!!」
「は!?嘘だろ!?」
「マジだよ!!!!!」
こんなクソくだらない嘘つきません。
前に友達と2人で本屋に行って、あの子がトイレに離れてる間に遭遇してしまった時だ。即座に逃げようと背を向けた瞬間、片腕を捕まれ、もう片方の手で流れるようにマフラーをずり下げて首元をさらけ出されたのだ。
「あはは、可愛い悪戯じゃないですか」
「あんな命の危険感じる悪戯、悪戯と呼ばないから!!」
「そっ、それでも逃げ切ったのか!?」
「あの子がマフラーの下に湿布貼っとけって言ってくれたのを守ったから、なんとか無事だった」
「いえーい、ぴーすぴーす」
「チィッ!!!!やっぱりお前か……っ!」
「「うわこわっ」」
あまりの形相と本気の舌打ち、低すぎる声という恐怖のトリプルコンボに、コナンくんとセリフが被った。
安室さんの反応、対赤井秀一レベルじゃない?大丈夫?ちょっと友達を心配しそうになるが、とても楽しそうにFGOのお竜さんの真似をして、両手をピースにしながらへらへら笑って安室さんを煽っているので大丈夫そうだ。メンタル鋼どころか、オリハルコンかな????
睨みつける安室さんと、煽りまくる友達という恐怖空間からそろそろと距離を取って、コナンくんを地面に下ろす。その背に隠れるようにしゃがみ、肩に手を乗せたまま小声で会話をする。
「真面目に助けて欲しい。私は番になりたくないんだ」
「一応聞くけど、なんで?」
「1人静かに山奥で老いて死ぬという夢があるっていうのと、仮に安室さんと番になってもバッドエンドルートしか見えない」
「あー」
納得しちゃうんだね?分かるけど。
ため息を吐いたコナンくんは「しゃーねえなあ」と言いながら、ポンポンと私の手を叩いた。離せということらしい。
今の雰囲気だときっと、私を助けてくれるのだろう。信じて肩からそっと手を離した。
「ねえねえ安室さん」
「……なんだい、コナンくん?」
「安室さんはどうして、このお姉さんと番になりたいの?運命だから?」
どうしてそんなことを聞くんだろう。その質問に何の意味が?コナンくんの意図が分からず、首を傾げる。
安室さんは何度か瞬きをした後、こちらに視線を向けた。それに思わず警戒するが、彼は考えるように口元に手を当てるだけで近付いては来なかった。
「最初は運命だから、だったかな。自分の運命と巡り会えるなんて、おとぎ話だろうと思ってたからね。それこそ本当に運命だ、彼女が欲しいって本能で思った」
おとぎ話。そうだ、あの子も「宝くじレベル」だって言っていた。それ程までに、自分の運命と出会えるαとΩはいないのだと。
そこで安室さんは一度言葉を切ると、私を見て笑った。裏表も、情欲も執着も何も無い。本当に純粋な笑顔だった。
「必死に逃げる様子とか、警戒心むき出しな所とか、ころころ変わる表情とか、そいつとしているノリのいい、聞いてて楽しい会話とか。彼女を知っていく程に好きだと、愛おしいと思うようになった。今は運命だからじゃなくて、彼女だから、番になりたいんだ」
「そいつって呼ばれたの笑う。とうとう本格的に敵認定されたよ私」
「空気読んで黙っててくれません?」
「ふぅー!塩対応されるようになったー!」
オリハルコンメンタルtomoがすげぇ楽しそう。あの子、私より人生楽しんでるんじゃない?天下のあむぴに塩対応されてテンション上がるって、お前ヤバくない?普通の女子高生なら泣くよ?見ろよこの空気。シリアスが一瞬でシリアルになったぜ??
「じゃあもう、あれだね。お姉さんが諦めるしかないね」
「…………………………ん????」
待って。なんかサラッと、聞き捨てならない事言わなかったか?
「そうだなぁ……妥協案として、まずは恋人から始めれば?高校卒業とか、成人するまでは番にはならないって決めて」
「待って待って待って。え?やめて?今日既に親友から裏切られてるんだから、コナンくんまで裏切るとかやめて???」
「さすがだ、コナンくん!ああ、それなら貴方の願い通り、番にはなってないし、お互いの事を知る時間が出来るし、とてもいいですよね!!」
「やめてテンション上げないで」
妥協案が全然妥協されてない件について。私番は嫌だけど恋人ならいい、とか一言も口にしてないよね??おかしくない???
「いや、あの人から逃げるとか無理だろ。それに恋人として過ごすうちに、多分バッドエンドかどうかは分かると思うぜ」
「おいわかったような口聞くなやめろ」
「あんだけ運命だ番だ言って、俺にまで嫉妬の目を向けるくらいだ。何があっても、それこそ死ぬまで逃がすつもりも、手放すつもりも無いと思うぜ。ま、諦めろって」
死刑宣告かな???
まるで「終わったー」とばかりにコナンくんは伸びをすると、元々座っていたのであろう席に早々と戻ってしまった。え、待って嘘だろ???何も終わってないぞ????
ニコニコと実にいい笑顔を浮かべる安室さんに、私は顔を引き攣らせ、思い切り息を吸い込んだ。
「ぜっっっったい諦めないからな!!!!!へいtomo!!欲しいって言ってたくそ高ぇバッグ買ってやる!!!!」
「オッケー任せな!!」
「なっ!待て!」
さよなら私のバイト代。
tomoによる手助けにより、あっという間に店内から逃げ仰せたが、出る瞬間に見えたコナンくんは「無理だって」と顔に書いてあったので、次会ったら「よう工藤くん!!」と大声で言ってやろうと思う。絶対許さないからなあの裏切りの名探偵!
[newpage]
裏切られまくったΩ
友達にもコナンくんにも裏切られたし、バイト代は思い切り吹っ飛んだし、わりとガチで泣きそう。さつてんのアニメ1話視聴後、原作ゲームをプレイしてどハマりした。ググって出てきた商品が欲しかったが、既に売り切れでへこんでた。レイ推しだが、外では二度と口にしないと心に決めた。諦めない強い心で生きていきたい。
オリハルコンメンタルtomo
前回のキャラ紹介がフラグでした。人の金で食べる美味しいもの、最高。でもイケメンよりは親友が大切だから、対策はちゃんと考える。だが裏切る。欲しい物に限って出ないので、ランダム商品はBOX買いの方が早いと頭では分かってるが、ついこの1個で出るかもと思ってしまう。出ない。
tomoを敵と見なした店員
あっさり買収出来たし、使い方によっては最高の味方になるのでは?と思ったが、そんな事はなかった。お前の指示がなければ、あの時に番になれてたのに!!優秀過ぎてムカつく。地味にじゃない、普通にムカつく。諦めるつもりは毛頭ないし、組織から守り抜く覚悟はもちろん、潜入終わってからも手放すつもりはない。
さくっと裏切った名探偵
クラスメイトで、話した事は無いに等しいけど、ぽんこつΩ達会話が面白くて実は楽しく盗み聞きしていたので、わりと親しみ持っていた。なのでとっさに工藤が出てきちゃった。執着心向き出しな安室さんに何事?と聞いて、運命だと知った。組織とか任務とかあるのに番はどうなの?と聞いたけど、輝く笑顔を向けられたので「あっ……(察し)」となった。
続きました。前作でのブクマやスタンプやコメ、誠にありがとうございました!
ネタのつもりでしたが、まさかの続編希望を多数頂いたので、調子乗って続きました。前回よりもオメガバース要素が死んでるし、友達のキャラが濃くなっていく。
ぽんこつΩは「暗黒物件だから!!!」と拒否ってるけど、安室さんは命がけで守るつもりだし、安室透としての役割が終わっても手放すつもりがないので、実は既に暗黒物件要素がなくなってるんですよね。そこに気付くかどうかがカギを握る……のかもしれない。
あと、こっそーりTwitter始めたので、お話しして下さる方をひっそりこっそり募集してます。
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続いてしまいました。<br />運命が分からないぽんこつΩ&くそ優秀な友達 VS そんなぽんこつが欲しい安室さん<br />引き続き、頭を空っぽにして読むタイプのギャグです。<br />オメガバース要素は匂わせる程度になってしまっている。<br /><br />さつてんとFGOネタが出ます。分かる人はニヤリとしながら楽しんでください。<br />分からなくても、多分大丈夫。<br /><br />8/24【追記】<br />読む人を選ぶ、趣味でしかない話だというのに、本当にありがたいことにランキング入りさせて頂きました。皆様のお陰です。誠にありがとうございます!
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ぽんこつΩの私に運命はいらない【2】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10029721#1
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ラビットハッチの中は、酔ったような空気に包まれていた。
アリエスとの闘いが終わった。なんだかんだあって、流星がほんとの仲間になった。
いろんなことがいっぺんにありすぎて、みんなぐだぐだに疲れてんだろうに――いや、疲れてるからこそ、か――、妙に浮かれたテンションで、なかなか帰ろうとしない。
俺も、あちこちにできた傷の痛みも気にならないくらい、ふわふわした気分だった。
ドアを開け放したラボでは、賢吾がモニターに向かってる。
なにもこんな時までって言ったんだけど、初めて起動させたコズミックスイッチのデータを取ることだけはやってしまわないとと、さっきからそれにかかりっきりだ。
大杉先生は、なぜかその賢吾にぴったりとはりついて、しきりになにかしゃべってる。
賢吾のちょっと迷惑そうな横顔が見える。
テーブルの向こう側では、友子が流星をつかまえて、沼みたいな色の液体を傷口に塗っていた。
痛がって引っ込めようとする腕をがっしりとつかんで、
「一番沁みるやつ…これくらいは、罰だと思って。…ちゃんと効くから」
「うん・・・ごめん」
小さく謝る流星の顔には、あの貼りつけたような笑顔はない。
ユウキはさっきからテーブルに突っ伏すようにして、ノートになにか書いている。
はな歌が小さく聞こえてるから、はやぶさくん的な新作でも考えてんのかな。
その隣りでは、お気に入りのクッションを抱えた隼が、JKと美羽に挟まれて話し込んでいる。
切れ切れに聞こえてくる言葉からすると、昂星高での戦闘の時の反省会みたいだ。
美羽にぽんぽんと頭をなでられてる。俺の知らないとこで、隼やJKがすげぇ頑張ったってきいてるから、その話かな。
メインテーブルからそんなみんなを見ていると、なんだか妙にうれしくなって、自然に顔がにやけちまう。
するりと、ちょっと動物っぽい動きで、JKが俺の隣りにすり寄ってきた。
「三途の川が見えたって、ホントっすか、弦太朗さん?」
珍しく声をひそめて訊いてくる。
「川は見えなかったなぁ。なんか、ぼんやりして、明るくて、親父とお袋がいた」
「わー…それってカンペキ黄泉の国の入口じゃないすか! 臨死体験!」
「おい、不謹慎だぞ、JK。弦太朗は本当に死にかけたんだ…
ほんとに…ほんとに、助かってよかったな、弦太朗・・・!」
隼が、目を潤ませながらピンクのクッションを抱きしめて言う。
「ねーねー、弦ちゃん、コズミックステイツのテーマソング書いてみたよ!
今度変身する時、後ろで歌おうかと思ってるんだけど…」
今すぐにでも歌いだす勢いで、ユウキが歌詞を書いたノートを見せてくる。
ラボから出てきた大杉先生が、俺の肩をバシバシ叩きながら、
「よかったなぁ、如月ぃ~! よかったなぁ!」
と涙目でくり返す。
あー、俺、仮面ライダーんなってよかったなぁ。
やっぱ、ダチはサイコーだよなぁ。
あったかい気持ちで、美羽が注いでくれたコーラを飲み干した。
[newpage]
★
大杉先生が仕事に戻るからとハッチを出たあたりで、ようやく雰囲気が落ち着いてきた。
そろそろお開きになるかな、と思いはじめた時、
「朔田、ちょっといいか」
いつの間にラボからでてきたのか、賢吾が流星の目の前に立って、やけにとがった声で言った。
・・・なんだろ、いつもと感じがちがう。茶色い髪の間から見える横顔が、こわばってる。
「・・・うん」
流星が立ち上がる。こっちも硬い表情。
そのままハッチを出て行こうとする二人に、俺はあわてて声をかけた。
「おい、どこいくんだよ!」
賢吾は俺の声に振り向きもせず、流星とハッチを出てしまった。
追いかけようとすると、腕をつかまれた。隼だ。
「お前は行っちゃ駄目だ、弦太朗」
「なんでだよ、隼! なんかあいつら様子おかしかったぞ!」
俺の周りにみんなが集まってくる。
俺以外のみんなは、賢吾と流星があんな顔してる理由、ちゃんとわかってるみたいで焦る。
「弦太朗、あなた、流星くんをライダー部の仲間として、認めるのよね?」
美羽が、腰に手を当ててビシッと立ちながら言う。
「もちろんだ! 受け入れない理由がねぇ!
…え、あれ、みんな認めてくれたろ? 違うのか?」
「違わないっすよ。言ったじゃないすか、ひどい目にあった本人の弦太朗さんが許すってんなら、俺たちなんにもいうことないっす。 けど、ねぇ…」
JKの隣りで友子がうなずく。
「あのね、弦ちゃん。賢吾くんね、流星くんのこと、絶対に許さないって言ってた」
ユウキの、見たことないくらい真剣な顔と、その言葉にドキッとする。
「弦ちゃんが倒された時、流星くんにつかみかかって、
『自分の友達を救うために、他人の友達を奪っていいわけない!』って。『絶対に許さない!』って…」
その時のことを思い出したのか、ユウキの目が潤んでくる。
「でも…でも、賢吾、わかってくれてたぜ!
俺が目ぇ覚ました時、流星のことも助けに行くんだろって!
ダチは全部救うんだって俺が言ったら、それでいいって…!」
「そりゃそうだよ、弦ちゃんのこと一番わかってるのは賢吾くんだよ?
弦ちゃんがなに考えてるか、なにを言うかなんてちゃんとわかってる。
でも、わかってることと、許すのとは、違うでしょ?」
「…わかんねぇ」
頭をがりがりかきむしる。
「…ほんとにわかんねぇ。いろいろあったけど、俺はちゃんと戻ってきた。
流星だって、ダチのために必死だった。賢吾だってそれがわかってんだろ?
じゃ、なんで許せねぇなんて…」
でっかいため息が、美羽の口からもれた。大きな瞳がまっすぐ俺を見据える。
「弦太朗。あなたが、自分のことは二の次で、ケガしようが殺されかけようが、
詫びも要らなきゃ恨みもしない、宇宙並みの懐の持ち主だってことはわかってるわ。
そんなあなたが私たちは好きだし、それでこそ弦太朗だとも思う。
でもね、想像してみて。
流星くんの手にかかったのが、あなたじゃなく、賢吾くんだったら…って。
それでも同じように、許すって言える?」
美羽の言葉が頭にしみこむまで、少し時間がかかった。
しみこんで、想像して・・・、
頭に浮かんだそのイメージに、全身の血がざぁっとひいていくのを感じた。
[newpage]
★
ロッカーの扉を閉め、薄暗い廃部室で歌星と向かい合う。
どうしてよばれたのか、見当はついている。
歌星に胸ぐらをつかまれた時の、予想以上に強かった力を思い出す。
「歌星、お前に許してもらえるとは思ってない。俺は…それだけのことをした」
眼をそらすのは、今さらだが卑怯な気がして、歌星の眼を見ながら話す。
眉間のシワと、険のある強いまなざし。
判りやすすぎる怒りの表情が、今の俺には却ってありがたかった。
「君はもっと、頭のいいやつだと思っていた」
ふいに肩の力を抜き、吐息まじりに歌星は言った。
「アリエスの力が必要だったなら、他にもっとやりようはあったはずだ。
如月を倒しても、山田が約束を守らない可能性だってあったんだぞ。
もしそうなっていたら、フォーゼはいない、メテオにはなれない、八方ふさがりだ。
そこまで考えなかったんなら、君は大馬鹿だ」
ほとんど一息にそう言ってから、廃部室の壁にとすんと背中を預ける。
「そんな浅い考えで如月があんな目に合わされたんだと思うと、本当に腹が立つ」
「…ごめん」
心底すまないと思っているのに、口にするととんでもなく軽い言葉に聞こえて嫌になる。
「如月はあの通りの男だから、君を責めることはないだろう。
だが、フォーゼドライバーは元々は俺のものだ。
如月がいなければ俺がフォーゼになっていた。
君に殺されかけたのは、俺だったかもしれないんだ。
だから、俺には君を責める権利がある」
こんな状況なのに、つい笑いそうになった。
…こいつは、本当に素直じゃない。
理性が勝っている時は、理屈をこねないと本心を言えないのか?
如月を傷つけた俺を許せないのだと。 如月を永遠に奪おうとした俺が憎いのだと。
ただ、それだけのことだろうに。
「一発殴らせろ」
ポケットに片手をつっこみ、茶色い前髪の隙間からこちらをにらんで、言う。
「…一発でいいのか? 俺が歌星なら半殺しくらいにはするぞ」
「人を殴るのは初めてだからな。勝手がわからん。
それで気が治まるとも思えないが、とりあえず一発殴ってみる」
「…わかった」
ずぶの素人の拳を真正面から受けるのは、俺も初めてだ。
目を閉じ、奥歯を噛みしめた。
[newpage]
★
「俺…バカだ…」
ハッチの床に三角座りで、俺は頭を抱える。
美羽に言われて、想像してみて、はじめて賢吾の気持ちがわかった。
血にまみれて倒れる賢吾。ゆすってもたたいても動かない体。聞こえない鼓動。
ほんの少し想像するだけで、手に汗がにじむ。胸がバクバクして息苦しくなる。
やだ。そんなの絶対いやだ。
賢吾がそんなふうになるなんて、しかもそれが流星のせいだなんて。
恐ろしすぎて、それ以上想像したくない!って考えて、
それが全部、配役を変えて現実におこったことなんだって気づく。
賢吾が、みんなが感じた絶望的な気持ちを、俺の胸がはじめて生で受け止める。
「賢吾くんも、頭ではちゃんとわかってるはずよ。止むにやまれなかった流星くんの気持ち。
でも、思いがついていかないのよ。大切な友人のあんな姿を見せられたあとじゃ。
だから、思いに決着をつけるまで、私たちは見守りましょ。ね、弦太朗?」
ひざを抱えて丸くなる俺の頭を、みんなの手が代わる代わるなでていく。
なんだか泣きたいような気分になって、俺はますますきつくひざを抱える。
プシュッと、ハッチの入り口が開く音。
「流星さん?」
友子の声に、顔を上げる。
「如月! 歌星が!」
俺の目に飛び込んできたのは、切羽詰った顔で俺を呼ぶ流星と、
色を失くした顔でぐったりと流星にもたれかかる、賢吾の姿だった。
たったいま想像していたことが、現実になっちまった…?
心臓が、きゅっと縮まる音を、俺の耳はその時たしかに聞いた。
★
思ってたより長くなったので、続きはまた今度。
おそまつさまでした。
|
32話直後のお話です。弦ちゃんがあまりにさわやかなので、ちょっとは鬱屈しろよ!と思ってしまった次第。4/26追記:あのー、たくさんブクマしていただいて、PCの前でドキドキしてます。どうしよう…嬉しすぎて腹が痛くなってきました。コメントにどうやってお返事していいかわかりません。ご無礼してすみません。 4/27追記:4/20~4/26付ルーキーランキングで1位になってしまいました。右も左もわからないpixivさんで1位とか、もうどうしてよいやらわかりませんが、とんでもなくうれしいです。読んでくださった方々、評価・ブクマしてくださった方々、ほんとにほんとにありがとございます。続きがんばります。
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ゆるしと、つぐないと 【前編】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1002973#1
| true |
798:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
うーむ、優雅デスリでだいぶ消費したな…
800:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
皆、蟲おじさんが乗り移ってたんだよ。
全部優雅のせい
801:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
そろそろ話もどそうぜ。つまり金ぴかの主
優雅→赤いこあくまへ……と、なったわけだ。
相性いいのか?金ぴかと赤い(未来の)守銭奴………あれ?守銭奴フラグ折れた?
803:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
>>801踏んだのに真面目な件…
実は金ぴか子供好きだし平気だろ?人間電池を考えると意思の弱いのとか壊れてんのは、好意の範囲に入らないっぽいけど。
805:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
あれは泥の影響もあったのかもよ?
ともかく流れ的にブロッサムちゃん救出か…
807:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
問題点、あげとくか?
808:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
蟲家の構造、黒ブラウニー様は知っていらっしゃるのだろうか?
810:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
前世組み知ってたんだから、生前もブロッサムちゃん助けたよな?当然
812:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
…なぁ、蟲じじぃの本体…もう心臓寄生ずみかな?
814:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
>>812どうだろ?小さいしまだなんじゃね?
815:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
可能性はあるんじゃね?蟲おじさんが鯖つかって反旗翻した時のために……
あ……もしかして蟲おじさんも…
817:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
いや、蟲おじさんは完全に捨て駒っていうか、おもちゃ扱いだろ?期待なんてしてなくて、ただ苦しめるためだけに参加させてるって感じ。蟲おじさんに寄生はさせてないと思う。
820:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
でも思考回路を狂わせるような細工はしてそう、刻・印・蟲とか怪しい
洗脳とか暗示で、優雅憎いを煽ってるんじゃね?
821:以下、名無しにかわりましてワカメおじがお送りします
そうだよなー、ブロッサムちゃん助けるだけなら、力手に入ったら即効蟲じじぃ潰すもん
俺だったら。
822:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
なぁ…やばくね?ブロッサムちゃん心閉ざしちゃってるじゃん?
これ、体簡単に乗っ取られないか?
824:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
対・魔カ…蟲に体完全に馴染んでたらアウト?
826:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
リボンあんだろ、あれ使えないかな?姉の愛で妹の精神ガードとか
828:以下、名無しにかわりまして鯖がお送りします
うむ、参考にしよう
>>808知ってる。ワカメも下僕(一般枠/調教済)だったしな
>>810当然助けた。私が老害を見逃すと思ってか?
830:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
あっ、鯖様おかえりなさーいっ
何してたの?
832:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
いつの間にか消えてらっしゃったもんな…
つか、ワカメ調教済wwwwww
833:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
俺らはしゃぎすぎてたもんなー反省
ワカメ調教済wwwwwww
835:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
優雅どんな感じになってる?
836:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
優雅妻は?
837:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
金ぴかと赤いこあくまちゃんは?
840:以下、名無しにかわりまして鯖がお送りします
なに、皆に夕飯を用意していた。
【画像】
842:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
すごい……ごちそうです。
めちゃくちゃ腹鳴った……
843:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
ぎゅるるるるるっ
845:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
ごきゅり……
しかし、赤黒い物体が見切れてるんだが…
846:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
俺も食べたい…赤黒い物体以外ならなっwwwwwwwwww
848:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
どうしよう、麻婆専用のそれを好奇心で手を出して、死にかける金ぴかを幻視した。
850:以下、名無しにかわりまして鯖がお送りします
>>848君は千里眼系の魔・眼持ちかね?
忠告はしたのだが…どうやらネタだと思われたようだ。
852:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
あれか、押すな押すなよっ
854:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
確かに金ぴか押しそう
855:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
そうゆう金ぴか理解してるから、あえて忠告したんじゃね?黒ブラウニー様
857:以下、名無しにかわりまして鯖がお送りします
>>855=848だね?
フフフ
859:以下、名無しにかわりまして855がお送りします
え、なに?こわい
ごめんなさいっ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
860:以下、名無しにかわりまして鯖がお送りします
怯えることはないですよ?よく理解しているなぁと感心しただけ。
862:以下、名無しにかわりまして855がお送りします
わーい
ほめられたーwwwwwwwwwwwwww
864:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
>>855裏山
866:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
っていうか、黒ブラウニー様肯定しちょるし☆
868:以下、名無しにかわりまして鯖がお送りします
先ほど優雅氏は目覚めて、絶句していた。
目覚めると食卓を囲む妻と娘、金ぴか(復活/麻婆を警戒の眼差し)と麻婆(雰囲気がいつになく♪)
食事を勧めたのだが、断られてしまったよ
私を警戒しているようだ。ククク
せっかくみかん箱を用意したのにwwwww
870:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
え?どうゆう状況?
872:以下、名無しにかわりまして855がお送りします
あ、もしかして優雅家・父母娘二人…計四席?
現在
母・弟子・黒ブラウニー様・金ぴか&膝に赤いこあくま
脇にみかん箱
優雅専用席テーブル?
874:以下、名無しにかわりまして冬木市民がお送りします
優雅、底辺wwwwwwwwwwwwww
876:以下、名無しにかわりまして鯖がお送りします
>>872流石855だね、正解
[newpage]
次回でやっとスレ終了
新スレ立てたほうがいいかな?
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1000消費するのって意外と大変……<br />転生者達と彼らを下僕化させる、黒鯖ブラウニー様との暗黒正義の味方道記録。
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[前世の仲間]きのことかうろぶっちーとか?[募集]7
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1003051#1
| true |
注意 降谷さんの一人称が『俺』です。組織壊滅後です。ほぼギャグで最後にちょっとシリアス。
スコッチさんの名前が景光さんになってます。
コンコンコンッと、三回ノックしてみる。
「すいません、入っていますかぁ?」
しばらくそこで待ってみたが、向こう側から「はいってまーす!」という言葉は返ってこなかった。どうやら中はカラらしい。
「返事がないただの屍のようだ……って、屍どころかもはや骨と灰か」
私が叩いたのはトイレの扉……ではなく、天国への扉――墓石だ。それも、私の幼馴染の名が刻まれた墓である。
たとえ、ここに彼が入っていたとしても、霊感のない私は見えないだろう。だから、これはまったく意味のない行為だ。
でも、私はやらないわけにはいかなかった。だって、どうしても彼に会いたかったのだ。
奇跡を待つより捨て身の努力だし、たまになら奇跡だって起こるかしれない。
まぁ、そう思ってやって結局ダメだったけれど。
「あぁ、今日も日本は平和だなぁ」
幼馴染の景光君が亡くなった。そう教えてくれたのは、もうひとりの幼馴染である零君だった。
なぜ、どうして彼は死んでしまったのだろう。事故?病気? それとも――
聞きたいことは山ほどあった。当然だ。二十年以上の付き合いである幼馴染が突然亡くなったのだ。友としては知りたいと思うのが当たり前だろう。
しかし、零君は何も教えてはくれなかった。久しぶりに、それも真夜中に電話を掛けてきたかと思えば、景光君が死んだことと彼の墓がある寺の名前を伝えるなり、彼は電話を切ってしまったのである。
あいさつをするどころか、ひと言も発するする間もなく終わってしまった会話。私たちにしてみれば、実にあっけないやりとりだった。
その後も、彼とは再び音信不通。何度掛け直しても「発信音のあとにメッセージをどうぞ……」という、むなしいアナウンスが流れてくるだけだったのである。
ただ、これで黙っていないのが私だ。いっこうに返事がないことにしびれをきらし、また頭にもきていたので、嫌がらせに――
『最初にお届けするのはこのナンバー。飲むも涙、飲まぬも涙。心に積もるは愛しさばかり。今宵も平成の美空ひ○りが華麗に歌いあげます。それではお聞きください。美空ひ○りで「悲し○酒」――チャララッ~』
ピーッ、留守は以上です。
となるように、留守電の録音時間限界まで、前振りだけを何十個も入れてさしあげたのだ。
つまり歌っていない。聞いても聞いても、肝心な歌が留守電に入っていないのである。
意外に短気な彼のことなので、この留守電を聞いてさぞかし
「おい!? そこで切れるな。いいから歌え、平成の美空ひ○り!」
って、キレて突っ込みを入れたことだろう。
いやがらせのこうかはばつぐんだ。
まぁ心優しい私は、数日後の留守電に「続きはWEBで」って入れて、ちゃんとyoetubeに歌を投稿してあげたけど。
見るか見ないかはあなた次第。
ただ、嫌がらせがきいたのか、それとも熱唱したおかげなのか、あれだけこなかった返事がすぐにきた。
「次、中島み○きの「地上○星」お願いします。ラジオネーム・恋するウサギちゃんより」
と、私のスマホの留守電に。
違うそうじゃない。この番組ではみんなのリクエストをお待ちしていないよ、ラジオネーム・恋するウサギちゃん。大事なのはそこじゃないでしょ。
いや、結局リクエストには応えてあげたけど、その後さらに――
「最近暑すぎて長髪の男を見ると無性に撃ち殺したくなります。年のせいでしょうか? 今度思い切って本格的な殺人計画を立てようと思います。あと、次は天城越○をお願いします。ラジオネーム・恋するウサギちゃんより」
と、更なるリクエストが届いてしまった。
だから、すてきな殺人予告エピソードと一緒にダイヤルしてこなくていいんだよ。
あとそれ、絶対に年の所為じゃないから。零君がもともと短気なだけだから。
そして、そんなアホなことをしていたおかげで、景光君の死因はとうとうわからずじまい。宙ぶらりんのままになってしまったのである。
おかけで、私は今でも世界のどこかで彼が生きていて、そのうちひょっこり帰ってくるかもしれないなんて、そんな淡い期待を持ってしまっている。
そんなはずないのに。零君がこんな酷い嘘を吐くはずがないのだから。
ああ、完全に心が消化不良をおこしている。彼の死が、残酷な現実がいつまでたっても受け止めきれない。
それもこれも、話をそらして誤魔化し続ける彼が全部悪い。
零君のばーかばーか。
このままじゃいけないのに――
― 一年後 ―
「零君、私考えたんだ。聞いてくれる?」
「嫌だ……聞きたくない」
「あのね、景光君の死が受け止めきれないのなら受け止めなければいい。私の心の中だけでも彼を永遠にすればいいって、最近思えるようになったの」
「あーあーあー。俺は何も聞こえない」
「それで私、この際だから思い切って彼を主人公にしたBLエロ同人誌を作ろうと思うの」
「聞こえない……って、どうしてそうなった!?」
「どうしてもそうなっちゃったんだよ!」
「意味がわからない」
両手で両耳をがっちりふさぎ、幼い子どもみたいにつんっと唇を尖らせながら何も聞こえないふりをする零君。なにその可愛い仕草は。アラサーのおっさんがする態度じゃないよ。
ああ、神様ありがとう。今日も私の幼馴染が可愛いです。
景光君の死亡の知らせを受けてから、はや一年。
すっかり疎遠状態になっていた零君は、一週間前あっさり私のもとに帰ってきた。それどころか、これまでが嘘のように毎日私の家に入り浸っている。掛かり切りだった大きなお仕事がやっと終え、ちょっとだけ暇な時間ができたようだ。
帰って来てからの彼は、あれこれと私の世話を焼き、何かにつけては「これだからお前は!?」とぷりぷり勝手に怒り、重箱の隅をつつくようなお小言をブチブチこぼす日々をすごしている。
なんなの君は。私のカーチャンなの。いや、零君は昔から私のママンだったけど。
おかげで、今週だけで何度――
「無駄な抵抗はよせ。今手にしている不審物を下におろして、おとなしくベッドの下から離れろ。話はそれからだ」
「やめてママン!? なんにもない、なんにもないわ。きちゃらめぇぇ!?」
ここにおわす本をどなたとこころえる。神々がお作りあそばされた、いかがわしくも尊き本であらせられるんだよ。
「チッ、腐ってやがる。遅すぎたんだ。……よし全部捨てよう」
「捨てないでぇ!!」
「こんな腐海の森の上で寝てられるわけないだろ!」
「ここ私の家。これミーのベッド。嫌なら自分の森にお帰り! 零君ハウス!」
「どこに帰ろうが、どこで寝ようが俺の勝手だ」
「これだからわがまま公安サーの姫はっ……って、私を抱き枕にして寝ないで! アラサーおっさんの加齢臭がうつるぅ」
「マジムカつく! 俺に対してそんなこと言うのはお前だけだぞ……うつしまくってやる」
「むぎゃー!? 」
という、おバカかなやりとりをしたかわからない。
セブンからイレブンのエンドレスエイトで少なくとも100回は同じやりとりをしているはずだ。いい大人なのに、ホントはっちゃけすぎだよね……零君が。
「俺もう帰っていいか?」
「私の家に住み着いてさんざん好き勝手しておきながら、今さらどこに帰ろうというのかね?」
「実家に帰らせていただきます」
「お願い聞いて、零君。ここからが一番重要な話なの!」
「聞きたくない。絶対にろくでもないことに決まっている」
「あのね、景光君は受けだと思う? それとも攻めだと思う?」
「勝手に話を進めるな……って、やっぱりろくでもないことじゃないか」
どっと大きなため息をひとつ吐くと、零君はイエティも凍死するような冷たい視線を私に向けてきた。
が、どんな目を向けてこようと私は平気だ。長い付き合いである。魔王フルヤの凍てつく視線などとっくに慣れた。
HPが10ちょっと減るくらいだ。地味に痛いけど。
「ちなみに、私は攻めだと思うんだ。けど、どうしても受けも捨てがたくて……」
「その話まだ続くのか? 俺聞かないとダメ?」
「ダメ。めちゃくちゃ重要すぎて私だけじゃ決められない。零君も一緒に考えて」
「嫌だ。お前はあいつで何をしでかそうとしてるんだよ?」
「次の冬に出すBL同人の新刊の主人公にしようとしてるんだよ。ネタが浮かばなくて締め切りヤバいの」
「俺の幼馴染頭おかしい」
「今さらでしょ。もういいかげん慣れよう、零君。君の幼馴染の頭は尋常じゃないくらい頭が腐っていておかしいんだよ」
「自分で言うな。あとその言い方むかつく」
景光君の死を受け止めきれずに止まっていた私の時間は、今再び動き始めた。
そう、逃げちゃダメだ。逃げてばかりじゃだめなのだ。
だから必死に考えた。いつもの睡眠時間を二時間削ってうんうんっと、うなりながら思考回路をフル回転して考え抜いた。
まぁ、規則正しく毎日八時間睡眠だから、二時間くらいけずっても問題なかったけれど。
そして、私はその日思い出した。そうだ発想を逆にすればいい、と。
死が受け止めきれないのなら、受け止めなければいい。逃げてもいいのだ。景光君は私の心の中で永遠に生き続ける。ヒロミツ・フォーエヴァー・ラブ。幼馴染よ、永遠に。
ただ、その答えに辿り着いた後、私はさらにあることに気がついた。
彼を私の心の中だけにとどめておくなんてもったいない。多くの人に彼の功績を知ってもらうべきなのではないだろうか? そうだそうしよう。
私の趣味は同人。よし、趣味と実益を兼ねそろえたとびっきりのBLエロ同人誌を作ろう。
そして、今ここ。
「次の冬の新刊の題名は「はたらくお兄さんの秘密のお仕事。愛と陵辱に体がうずく警察24時」で、どうかな?」
「ちょっと何を言っているのかわかりません」
幼馴染ふたりが、公安なんていうレアで萌とネタとエロの巣窟にいるのだ。これを描かないでいられようか?
「いや、私にはムリ」
「なんで公安がエロの巣窟になるんだ」
「ハニトラなんてまさにそうでしょ。私、零君が男専門クソビ○チでおじさま相手にハニトラし掛けていても、「ああ、だめ……でも体がうずいちゃう!」って、アンアン喘がされていても引かないよ。むしろ私の脳内の雄が興奮する! 乱交でもNTRでもドンとこい!」
「お前の性癖と思考に俺のほうがドン引きだよ!」
「零君と私って、昔からAVの趣味あわなかったもんね。お医者さん……小道具……白衣……うっ、頭がっ」
「そんな話は今していない」
「大学時代、うっかりドイツのグロAV見ちゃって三人で泣いたこともあったね」
「その話もしていない」
どんなプレイでもほぼオッケーだけど、リョナとグロだけはいらない。バッドエンド?メリーバッドエンド? 知りませんね、そんな子。見たくもない。
「言っておくが。お前の考えているようなことは、俺はしてもいないし、当然されてもいない」
「えぇ~ないの? 本当に? 嘘吐いてもダメだよ。私、零君専用の超高性能嘘発見機だから。景光君のお墨付きだからね」
「チッ……忘れてた」
彼は嘘が上手い。それはもう「嘘ですが、それが何か?」と、本人が開き直るくらいにはプロだ。ほとんどの人は、彼の吐いている嘘に気づくことなく己の人生を終えることだろう。
しかし、私の場合はそうはいかない。腐っても幼馴染なのだ。彼が「あ」とひと言発しただけで、顔を見ただけで嘘かどうかを見抜く自信がある。
「そういうわけだ。とっとと白状したまえ。あとでカツ丼出してあげるから」
「なら、桜林の特上カツ丼な。そこ以外は許さない。ああ、今日は夕飯の用意をしなくて楽だな」
「残念だったねぇ。近所にある海泉屋さんにもう出前を頼んでしまったのだよ。大食らいの零君はそれだけじゃ足りないと思ったから、ざるそばの大盛りも頼んでおいたよ」
「あそこのつゆ、かつお出汁がきいていて美味いよな……しかたないから許してやる」
「許された。あと、今混んでいるからもう少し掛かるって」
「了解」
零君のご飯はおいしい。本当においしい。彼が帰ってきて以来、私の食卓はパラダイスだ。さよなら、卵かけごはんとお茶漬けとカップ麺の日々。こんにちは、おいしい和食。天国はここにあったのだ。日本食ばんざい。
しかし、どんなに料理が上手い主夫でもときには休みたいのではないだろうか。そして、たまには自分が作ったもの以外の料理を食べたいと思うのではないだろうか。そう思い、今夜は出前を頼んでみたのだ。
私は、なんて出来た幼馴染なんだろう。
「だいたい、なんで俺のハニトラ相手が男限定なんだ? 普通は女だろ?」
「だって零君、昔から男にモテモテだったじゃん。告白の四割近くは男だったし。その中で、ガチで君のエロ尻を狙っていたのは驚異の九割! これは酷い」
「はぁ? 誰の情報だそれ?」
「景光君。こっそり統計取ってたよ。そのグラフがこちらになります」
「……あいつ、裏でこそこそ何やっているかと思えば」
「学生時代に君の桃尻が無事だったのは、景光君の並々ならぬ努力のおかげなんだよ」
ヒット&アウェイでサーチ&デストロイ。合い言葉は「犯られる前に殺れ」。景光君はその昔、汚れを知らない残酷な天使を守るためのガーディアンだったのだ。もっとも、その守っていた可愛い子ちゃんも、今ではすっかり堕天して翼の折れた小悪魔になっちゃったけど。
「客が男子だらけになった高校文化祭のコスプレ喫茶」
「ノーコメント。あれは絶対に俺だけのせいじゃない」
「大学の先輩に「俺のチ○コ受け取ってくれ!」と言われまくった、異物混入まみれのバレンタイン」
「ノーコメント……って、そこをあえて伏せ字にするな! ただのチョコだろ」
「そうだね。中に白濁した何かが入ったチョコだったね」
「ノーコメント!」
「零君のノーコメントは肯定と一緒だね」
私の幼馴染のエロエロ小悪魔フェロモンは、それはもうすごかった。特に年上の男性には絶大な効果を発揮しまくっていたのである。
おかげで、景光君は大事な幼馴染のプリケツを守るために、要注意人物となりそうな者を片っ端からつぶして回ったのだ。もちろん影で、証拠も残さずに。
相手が教師だったときは、容赦なく社会的にも抹殺していたっけ。
「それでどうなの? 男性相手のハニトラは上手くいった?」
「……ノーコメント」
「よっしゃ! そこのところ詳しく」
「ノーコメントしか言ってないだろ!」
「零君のノーコメントは肯定だって言ったでしょ。さぁ、さくさく自供していこうか?」
「お前には絶対に話さない」
「などと、わけのわからないことをお巡りさんは供述しており……って、零君のケチ!」
「ケチで結構だ」
零君のことなので、銀座ナンバーワンのホステスのように愛も体も売らないけれど「僕、高いですよ?」なんて言いながら、うるうる瞳、ぷるぷる唇、僕っ子口調、小悪魔笑顔を称えて金と情報を根こそぎぶんどっていたのだろう。
まったく、この人昔から悪い男なんですよ。男も女も片っ端からだまくらかして、これでお巡りさんなんていうんだから世も末だ。
「だいたい、なんでお前に話さないといけないんだ……あんな黒歴史」
「え? 黒歴史……って、はぁ!? 黒歴史!?」
「そうだったらなんなんだ」
「まさか……黒歴史になるほど酷いことされたの? え? ええ? トラウマとかトラウマとか、PTSDとかPTSDとか、心どころか体に傷が残るような過激SMまでされたの!?」
「いや、そこまでは……まぁ、仕事だと割り切ってるし」
瞳をそこはかとなく潤ませ、ふいっと顔を横にむけて視線をそらす彼。私には、その姿が強姦に遭った被害者女性にしか見えなかった。
知っているかい? 男が強姦に遭った場合、女性より精神的苦痛が大きいことが多いらしい。二次元ならそのままそっちの道に目覚めてはっちゃけるパターンもありだが、簡単にはいかないのが現実だ。これだから三次元ってやつは。
「どこの誰だ、うちの可愛い子ちゃんの心と体を傷物にしたのは……殺す」
「どうした急に怒り始めて? 腹痛か? 早くトイレ行って来い」
「違うよ!?」
大事なことなので二度言うが、私の最大の地雷はバッドエンドだ。メリバも地雷です。
たとえ始まりが、こじつけで強姦で無理矢理でちょっとありえない超展開だったとしてもかまわない。
ただ、最後がハッピーエンドで二人に愛が芽生え「ふたりは幸せに暮らしました。めでたしめでたし」になってくれればイッツオッケーでオールオッケーなのである。
世の中、愛が正義で勝利だ。
それが、うちの大事な大事な零君の処女を奪っただけでなく、一生負うような精神的苦痛まで与えてトンズラしただと? 地雷どころか解釈違いもいいところだ。
「相手には死をもって償わさなければならない」
「はぁ?」
「私、ちょっと地雷過激派ヒステリックオタクになって突撃してくる!」
「どこにだよ!?」
「零君を無理矢理犯しておきながらトンズラした強姦魔にだよ!」
「ちょっ……落ち着けって」
「落ち着いてなんていられない!」
バンッと、両手で目の前のダイニングテーブルを思い切り叩く。衝撃でテーブルの中央にビシっと大きなひびが入り、上にのっていたふたり分のコーヒーカップがごろりっと、転げ落ちた。問題ない。中身はすでに私の胃の中だ。
「サンタマリアの名に誓い、零君の純潔を奪ったすべての強姦魔に鉄槌を」
「俺の処女を勝手に喪失させるな。大事なことだからもう一度言う。喪失はしていない……危なかったけれど」
「無理して嘘つかなくていいんだよ」
「だからされてない! わかっていてわざと言っているだろ!?」
「本当は乱暴されたんでしょ? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!?」
ガンッと、今度は右足で目の前のテーブルを思い切り蹴り上げてみる。すると、いとも簡単にテーブルは吹っ飛んだ。所詮、お値段異常の店で買ったテーブルだ。壊れたところで問題ない。だって彼は代わりはいるもの。
今問題にするべきことはそこじゃない。
「俺の話をちゃんと最後まで聞け。そして暴れるな。近所迷惑だ。先週みたいにまたお巡りさんがきちゃうだろ」
「聞いてる聞いてる。あと、お巡りさんはもういるから。君がお巡りさんだから……カラシニコフの裁きのもと、5.45ミリ弾で奴らの股間を食いちぎってやる!」
「AK74の5.45ミリ弾は数発命中しないと致命傷にならない。どうせなら7.62ミリ弾にしろ」
「なんで簡単に殺しちゃうの? 致命傷にならないからこそ、罪人に自分の罪を数えさせることも、じわじわと痛みと死の恐怖を味あわせることもできるんだよ」
「俺の幼馴染、物騒なこと言い始めた」
大丈夫だ。そんなに物騒なことは言ってはいない。通常通りである。ただ、何人か、何十人か、何百人か、ともかく殺人計画を立てているだけだ。なんの問題もない。景光君亡き今、私が零君の尻を守らなければ!
「実は私のおじいちゃん、とある秘密結社のボスなの。私、その伝手で優秀な殺し屋と始末屋を雇ってもらうよ。FBIあたりに腕の良いスナイパーがいるって聞いたことあるし」
「そいつはやめろ。嫌な予感しかしない」
「安心して。私、確実に全員しとめるから……自分の手はいっさい汚さずに」
「本当にやめろ。お前の実家、冗談抜きで華麗なる一族だからしゃれにならない。特にお前のじーさん超ヤバい人物すぎて、公安でも「名前を言ってはいけないあの人」状態なんだぞ……お前はなぜか一般人だけど」
「大丈夫。冗談じゃないから。あとうち、確かに素敵無敵一族だけど、触らぬ一族に祟りなしで日本に害はないから……私はなぜか一般人だけど」
皇族だろうが、王族だろうが、大財閥だろうが、なんでもありで勢ぞろいなのが私の実家である。
うちの家、華麗なる一族すぎてほんとヤバいのよ。裏世界では【名前を言ってはいけないあの一族】で通じ、一族自体がすでに秘密結社状態だ……私は一般人だけど。
そう、私だけ一般人なのだ。幼い頃にいろいろあり、緊急避難措置として仮の戸籍を作り、一時的に別人になったまではよかった。
だが、うっかり一族、それどころか親兄弟までもが私の存在を忘れてしまったために、そのまま一般人としてすごすはめになってしまったのである。
私の存在とはいったい。
ちなみに、今使っている戸籍も公安公認だ。完全に違法である。
現在の偽名は【敷浪 明日香】どこかで聞いたことのあるような名前だね。
「私……零君が、もうモブ男の上に乗らなくてもいいようにする!(意味深)」
「やめろ! 俺の体を勝手に穢すな」
「零君の処女はなくなってないわ、私が守るもの!」
「いいから落ち着け、このシンゴ○ラ第二形態!」
「うるさいニュータイプゴリラ!? あと、いつも言うけど、シンゴ○ラ第二形態は可愛くないから却下!」
「お前そっくりだろ。ブサ可愛い蒲田君の目のあたりとか」
「異議あり! 似てない!?」
「却下だ」
「むきゃー!? 私をあんなぶさいくにたとえるなんて……許さない!! 絶対に絶対にだ! おのれ覚悟しろ!?」
「望むところだ」
ゴーン。
二人して同時にダイニングテーブルを叩き割ったのを合図に、シンゴ○ラ第二形態VSニュータイプゴリラの仁義なき闘いが開始されたのである。カツ丼が届くまで、あと十分。
何で私たちケンカしているんだっけ? 私の「攻」VS零君が「受」だったかな?
ああ、お腹すいた。
― 一時間後 ―
「まぁ、カツ丼でも食べて落ち着け」
「うっす。兄貴ごちになります……お金は私が出したけど」
「漬け物も食べるか?」
「兄貴やさしい……私が漬けたぬか漬けだけど」
「他人の金で食うカツ丼は美味いよな」
「そうだね。私は自腹だけど」
ゴ○ラVSゴリラの闘い(物理)は、カツ丼が届くまで続けられた。そして、案の定私たちのドタバタは近所の誰かに通報されたらしく、カツ丼と一緒にお巡りさんも届いてしまった。
まぁ、いつものごとく「ただの夫婦喧嘩です(はーと)。毎回お騒がせしてすみません(はーと)」と、某安室透みたいな人なつこい笑みを浮かべて強制的に追い返しましたけれどね……零君が。
「ねぇ零君。いつから私たち夫婦になったの?」
「二十年以上一緒にいるんだから、もう夫婦みたいなものだろ」
「そっかぁ」
これは驚きだ。聞きました、奥さん。二十年以上一緒にいると幼馴染は、夫婦へと進化するらしいですよ。そんな法則知らなかった。大発見だから今度ジュネーブだかルクセンブルクだかの学会で発表しないと。
「じゃあ、籍入れる時は、私の一番初めの偽戸籍である【彩浪 零】でお願いします」
「却下。夫婦そろって【降谷 零】になるだろ」
「おもしろそうじゃない?」
「ややこしいだけだ。バカなこと言ってないでさっさとカツ丼食べろよ」
「はーい」
怒られた。言い出したのは彼からなのに、なぜ私だけ怒られるのだろう。
理不尽だ。これだから、公安サーのわがまま姫は。
「口に米粒ついてる。ほら、とってやるからこっち向け」
「やめれぇ。頑張って食べてるからじゃましないでぇ」
「お前、ホント昔から食べるの遅いし食べ方も下手だよな」
「そんなことないよ。今回は食べにくいからそうなっただけだもん」
段ボールの上にカツ丼を置いて、もそもそと食べる私たち。ダイニングテーブルが私たちに陵辱されつくしてボロ雑巾のようになり、テーブルとして機能しなくなってしまったからだ。
そのため、押入の奥から引っ張り出してきた大型段ボールに白いテーブルクロスを敷き、その上にカツ丼を乗せて食べることにしたのである。これが実に食べにくい。
ちなみに、この段ボールの中に何が入っているのかは考えてはダメだ。このぐるぐる巻きにされたガムテープの封は、決して切ってはいけない。
降谷ママンが「これはいりませんね!」って、満面の笑みを浮かべながら箱ごと焼き払ってしまわれる。
「思ったんだけど、零君が「僕、警察庁警備局警備企画課所属の警視なんです」って、手帳ちらつかせとけば、どんなに騒いで通報されようが下っ端のお巡りさんはもうここに来ないと思うよ」
「頑張って働いてくれているお巡りさんを下っ端呼ばわりするんじゃありません」
「おっと、これは大変失礼いたしました。それで手帳は出さないの?」
「直属の部下じゃなくても、上司がこんな頭のおかしい奴と一緒にいると思われたくない。何があっても絶対に出さない」
「こんな? こんなのって言った? こんなにプリティーでチャーミングで心優しい幼馴染に対して?」
「厚かましい奴だな。自分で言っていて恥ずかしくないか?」
「事実ですから。それが何か?」
厚かましいもなにも、全て事実で真実だ。私は悪くない。ドヤッ!
「てか、さっきも夫婦とか言ってたくせに、今さら私と他人のふりができるとでも?」
「悪い記憶にない。そんなこと言ったか?」
「言ったんですよ。やだなぁ、零おじいちゃんボケちゃって。ご飯は三日前に食べたでしょ」
「毎日食べさせてやれよ。餓死するだろ……お前が」
「あれれ~? おかしいぞ~? なんで私が餓死するの?」
「飯作るのはいつも俺だろ」
「なるほど。じゃあ私が餓死したら、死なば諸共で死ぬときは零君も道連れにするね。いつだって私たちは運命共同体。永遠に三人でひとつのディスティニー!」
「三人って、もう一人いないだろ」
「あ…………そうだった」
「……」
「……」
「カツ丼食べよう」
「そうだね」
その後。ふたりして黙々とカツ丼を食べた。
最近私たちの会話はいつもこうだ。ふたりそろってハイになってケンカするか、灰になって沈黙するかのどちらか。
ちょっと前まではスナイパー景光ならぬストッパー景光がいてくれたから、こんな乱高下の会話になることはなかった。そうなる前にいつでも彼が止めてくれたから。
でも今は――
「……何か話せよ」
「零君こそ何か話してよ」
「さっきまでベラベラと宇宙語を喋っていただろ」
「お腹いっぱいになったらどうでもよくなっちゃった」
「……そうか」
「……」
「……」
これ、あかんやつ。この空気の流れあかんやつ。やばい、なんか泣きそう。なんでか泣きそう。お願い、誰か何か話して。ここ、私と零君しかいないけれど! 沈黙が重すぎて痛いよ。
ここは、あえてお酒でも飲んでハイになるべきだろうか。いや止めよう。絶対にその後に燃え尽きて灰になる。
それにこの家、お酒はバーボンとスコッチしかないのだ。更に重い空気になるだけや。
「そうだ、零君」
「なんだ?」
「私、近々ここを引っ越そうと思うの。とうとうサツにここの居場所がバレちゃったんだよ」
「バレたどころか、さっきのを入れて今週三回もお巡りさんがここに来てるな。完全に目を付けれてるだろ」
「夫婦喧嘩がたえない近所迷惑な家だからね。それでね、公安で手ごろなセーフハウスないかな? 紹介して?」
「嫌だ。公安は不動産屋じゃない」
そう言うなり、零君はあからさまに嫌な顔をして、食後の温かいお茶をずずっとすする。
ああ、今日も零君のいれてくれた日本茶はおいしいですね。
しかしなんだ。そこまで嫌そうな顔しなくたっていいじゃないかな。別に家賃割り引きしろとはひと言も言ってない。お金はあまるほどあるから、お金払いはいいよ私。ちょっといい物件を紹介してくれるだけでいいのに。
「別に引っ越さなくてもいいだろ。2LDKで広くて日当たりもいい部屋だし、セキュリティもしっかりしている。引っ越したい本当の理由は?」
「あのね零君。驚かないで聞いてほしいんだけど……君の幼馴染、実はかなり重い男性恐怖症を患っているの」
「知ってる。俺とヒロ以外の男が全くダメなくせに、腐った趣味は平気という昔から頭のおかしい奴な」
「二次元と三次元は違うんだよ。三次元の男地雷です。リアル・ノーサンキュー」
「お前の脳、完全に誤作動おこしているよな」
「ですよね。私もそう思う」
「それで? それがどうしたんだ。そんなの今さらだろ」
そう、私の男性恐怖症なんて今さらだ。幼馴染である零君ならよく知っていることだ。
恐怖症を克服しようとして、まず現実の男性ではなくイラストから入ってみたものの、うっかり沼にはまっておぼれ、恐怖症はそのままに新しい扉を開いたなんてことも、本当に今さらだ。
「それが、その……五日くらい前に、このマンションの二つ下の階に新しい人が越してきまして」
「……どんな奴だった?」
「40くらいの独身男性。会社をいくつか経営しているって、自分で一方的にベラベラ喋ってた」
「チッ……」
「一回目の時はすぐに逃げたからわかんなかったけど、三日前にマンションのエントランスでまた会って……無理矢理話しかけられて」
「黒か?」
「私に向けた視線がドロっとしていて、その……凄く気持ち悪かった」
「今すぐここを引っ越すぞ」
零君も相当だが、私も負けず劣らすで、サイコパスやキチガイをホイホイ引きよせてしまう難儀な体質なのである。
昔から幼馴染そろって、性犯罪的なことにまきこまれていたのだ。
おかげで、私はすっかり男の人がダメになってしまった。今でも零君と景光君以外の男性に触れることができないし、犯罪者予備群は見ただけでわかってしまう。
「ああ、この人ダメだ」と。
幼馴染ふたりからは「敵は容赦なくつぶせ!」と、犯罪者を半殺しにする術を徹底的にたたきこまれたので、これまで大事に至ったことはない。
私が相手を半殺しにし、二人がとどめを刺す。いつでも、相手が血まみれの大惨事だった。
二人が公安に入ってからも、オタクな私はすっかり部屋に引きこもってしまったため事件が起こることもなかった。
本人がほとんど外に出ないのだ。犬も歩かなければ棒に当たらないし、私も外に出なければ犯罪にあわない。セキュリティのしっかりしたこのマンションの中にいれば、常に安全だったのである。
しかし、敵がマンション内にいるとなると話は別だ。安全神話は崩壊した。
相手を追い出せばいいって? 君は奴らのことを何もわかっていない。あいつらは、私がここにいるかぎり、どんな手を使ってでもやって来る。仲間を呼ぶこともあるくらいだ。
己の本能に忠実に従い、どこまでも執拗に追いかけて来る。ただ欲望をみたす、それだけのために。いとも簡単に犯罪に手を染めてくるのだ。
彼らの頭の中に諦めるという言葉はない。獣と一緒だから言葉も通じない。あれこれ苦労して追い払うより自分たちから率先していなくなったほうがずっと楽だと気づいたのは、もうはるか昔の話だ。
私の実家を頼るという手段もなくはない。が、そうなると今度は加害者が社会的以上に抹殺されてしまう。戸籍どころか、存在ごとこの世界から抹消させられてしまうのだ。
ある日突然「そんな人間いませんよ」と、言われる。ホラー映画のごとく、背筋がぞっとするようなことが現実に起こってしまうのだ。
真実は闇の中へ。
犯罪者に同情はしないが、そこまでするのはどうかと疑問には思う。それならまだ私たちの過剰防衛――全身血塗れで両手両足骨折のほうが人間としてましだろう。
そんなわけで、実家はなるべく頼らず、幼馴染三人で力を合わせてこれまでやってきたのだ。
「何もされてないよな?」
「……今のところは」
「明日までに次の家を見つけてくる。それまで絶対に部屋を出るなよ」
「ご迷惑をおかけします」
「迷惑じゃないから、こういうことはもっと早く言え。三日前にわかっていたって、のん気にカツ丼食ってる場合じゃないだろ」
「いや……その、引っ越したら、零君「ベッドの下の腐海は置いていけ!」って言うかと思って」
「置いて行くどころか焼き払え。今すぐに」
「……ですよね」
知ってた。零君なら絶対にそう言うだろう予想はついていた。だが、私にだってどうしても譲れないことがある。これがなくなったら生きていけない。人間にとって趣味は大事だ。それがどんなことであろうとも。
「それと、ね……」
「まだ何かあるのか?」
「うん。その、ここを引っ越す際の荷物整理のことで……」
「まぁ、腐った物をすべて捨てるのはお前も嫌だよな。でも、この際だから少し減らせよ。俺も手伝ってやるから」
「そうじゃなくて……」
「じゃあなんだ?」
「えっと、この家に残してある物……景光君の物も、やっぱり片づけなくちゃいけないよなぁって」
「……っ」
この家には、景光君の私物――彼が生きていた証がいくつも残っている。
ここに引っ越してきたのは、大学四年生の時だ。その頃は景光君も零君もこの家に入り浸り、ほぼ三人で暮らしていたようなものだった。
何気なく買った本や楽譜、気に入って使っていたマグカップやグラス。パーカーやTシャツや替えの下着類。探そうと思えばいくらでも彼の物は出てくる。
これまでは、見て見ぬ振りをしてそのままにしておくこともできた。だが、ここを引っ越すとなるとそうもいかないだろう。
捨てるのか、それとも持って行くのか。持ち主はもういないのだから、家主である私がすべて判断しなくてはいけない。
「少し前から情緒不安定だったのはそのせいだったのか」
「私、そんなに変だった?」
「幼馴染なめるなよ。俺からすればあきらかにおかしかった。さっきも変なことを突然言い出したりして」
「……そっか。そうだよね」
私が、彼のどんなに小さな嘘も見抜くように、彼もまた私の嘘を見抜いてしまう。私たちはどこまでも同じなのだ。互いに嘘は通じない。便利でいて、とても不便。だって、優しい嘘すら吐くことができないのだから。
「初めは、景光君の物をどうしようかだけを考えていたんだよ。けど、景光君の物を見ていたら、だんだん会いたくなって……いつの間にか考えていることが支離滅裂になってきて」
「……」
「おかしいよね。大学卒業してからほとんど会えなかったし、会わなくても全然平気だったのに。もう二度と会えないって思ったら、よけいに会いたくなっちゃうなんて……バカだよね」
あれだけ一緒だったふたりが私から離れたことに、不満がなかったと言えば嘘になる。
けれど、それが彼らの選んだ道だと思えばどんなに寂しくても我慢できた。応援しようとも思えた。世界のどこかで生きていて、いつかまた会えるならそれでよかったのだ。
それだけでよかったのに――
会いたくていてもたってもいられなった私は、急いで彼の墓に行ってみた。けれど、やっぱりそこに彼はいなかった。
「久しぶりだな! 元気だったか?」
なんて、懐かしい声が聞こえるくることもなかった。
会いたいという欲望は、解消されるどころかどんどん募るばかり。ぽっかりと穴があいたようなむなしい気持ちだけが、心に広がっていく。結局、私は逃げるようにその場から立ち去った。
その後も、私の脳はぐるぐると考えた。考えを止めることができなかったのだ。
求める答えはひとつだけ。どうやったら彼に会えるのか。
死んだ人間に会う方法を真剣に考えるなんて、ばかげている。普通に考えても正気とは思えないだろう。けれど、私は考えずにはいられなかった。幽霊でもいい。ひと目だけでもいい。それほどまでしても会いたかったし、会いにいきたかった。
この時、すでに私の頭はおかしくなっていたのだろう。零君的にいえば「脳が誤作動を起こしている」だ。
久々に現れた変質者に、長年暮らした愛着ある場所からの強制的な引っ越し。避けまくっていた幼馴染の遺品整理。たった数日でいろいろな現実をつきつけられ、状況が目まぐるしく変わり、もともと弱かった心が声なき悲鳴を上げていた。
それでも、不幸中の幸いは零君が帰って来てくれて、ずっとそばにいてくれたことだ。彼がいなかったら、私はとっくに壊れてしまっていただろう。
「それで、おまえが辿り着いた答えが、なんでエロ本作ることだったんだよ?」
「自分のエロ本なんか出されたら、景光君カンカンになって怒るでしょ」
「まぁ、絶対に怒るだろうなあいつ」
「そしたら、きっとお説教しに私のところに来てくれるよね」
「……」
「一生懸命考えたんだよ。私からは会いに行けないし、どうやったら景光君が会いにきてくれるかなって」
「あいつを怒らせるのが一番手っ取り早いと思ったのか」
「うん。でも、景光君優しいし、めったなことじゃ怒らなかったでしょ。いつも「お前はしょうがないなぁ」って、笑って許してくれた」
「……そうだな。特にお前には甘かった」
そこで、さらに私は考えた。いや、過去を振り返った。どういうときに彼は怒っていただろうか。何をしたときに彼に怒られただろうか、と。
普通のことではダメだ。これまでのように笑って許されてしまう。それでは、天国からわざわざ降りてきてはくれないのだ。
とびっきりのいたずらをしなくては彼には会えない。きっと会いに来てはくれない。
そして、私はやっと思い出したのだ。彼が過去最悪に怒ったあの日の出来事を。
「私が覚えている中で、高校の頃に景光君×零君のエロ同人誌作った時の景光君が一番怒って怖かった」
「お前が悪いんだろうが。あれには俺も本気で怒ったからな」
「ふたりに容赦なく怒られて、ずっとお説教されて……私、ガクブルして二日間も泣いた。二度と作らないって誓約書まで書かされたし」
「二度とするなよ……って、あぁ、そういうことか」
「ねぇ零君。もう一度同じことやれば、景光君きっと怒って私のところに来てくれるよね?」
「……どう、だろうな」
「やだなぁ。そこは、会いに来てくれるって……言ってよ」
「……ごめん」
「いつもはすぐ嘘吐くくせに、こういうときばっかり……なんで、正直になるかなぁ」
「ごめん」
「ううっ……会いたいよぉ……景光君に会いたいよぉ」
会いたい。その言葉をつぶやくたびに、私の瞳からぽろぽろと大粒の涙が勝手にこぼれ落ちていった。目の前にいる零君が、にじんでよく見えないくらいに。
彼が死んだと知らされたときも、お墓に行ったときも、涙なんかひとつも出なかった。それが、今になってとめどなくあふれ出てくる。この涙は、いったい今まで私の体のどこに隠れていたのだろう。
ねぇ、景光君。私、今とっても悲しいよ。零君も、何も言わないけれどきっと心の中で悲しんでいる。君の幼馴染、こんなにも君を思って泣いているの。だから、早く会いに来てよ。
「私、こんな身の上でこんな体質だから、お友達なんて零君と景光君しかいなかった……のに、もう零君だけになっちゃった」
「……っ」
「どうして、景光君いなくなっちゃったの……なんで死んじゃったの」
「……ごめん」
「ちゃんとお別れしたかった……最期に、来世でもお友達になってねって言いたかったよ」
「ごめん……」
「いやだよぅ……さみしいよぅ」
「本当に、ごめんな」
子供のようにわんわん泣き続ける私にそっと近づくと、力強く抱きしめてくる零君。その後も、彼はずっと私に謝罪していた。ごめんと、その言葉だけを壊れた機械のように言い続けたのである。
それは、いったい何にたいする謝罪なのだろう。彼が死んだことにたいしてなのか。それとも、死んだ理由を話さないことにたいしてなのか。そのどちらもなのか。
私にはわからなかった。嘘は見抜けるけれど、思いは言葉にして言ってくれないとわからないのだ。
どんなに似ていても、しょせん私たちは別の人間なのだから。
真実は話してくれないのに、決して私を離してくれない君なんか嫌いだ。大嫌いだ。
零君のばーかばーか。
(君をはなしたくないから、真実をはなしたくない)
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亡くなった幼馴染の追悼に、彼が主人公のBLエロ同人誌作ろうとしたら、【攻】か【受】かで金髪ニュータイプゴリラと乱闘になった(乱闘になったとは言っていない)と、犯人は供述しており……な、内容です。<br /><br />腐女子で幼馴染なオリ主(本名なし)と「俺」口調の降谷零さんの、組織壊滅後くらいのお話です。<br /><br />オリ主は、公安や組織のことを知っていたり、知らなかったり。安室さんやポアロのことも、知っていたり知らなかったりな感じです。<br />スコッチさんの名前が景光さんになってます。<br /><br />ギャグ八割、シリアス二割。<br /><br />お暇な時にでもお読みいただけたら幸いです。どうそ、あなたの心のグッピーが全滅しませんように……いってらっしゃい!<br /><br />続きは、Twitterから公開しております。<br />(Twitterからプライベッターに入れます。そこに置いてあります。ただしフォロワーのみ)
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亡くなった幼馴染のBL同人作ろうとして金髪ゴリラと乱闘になった話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10031389#1
| true |
UNIVERSE of WORLD
<注意>
1.独自設定、山盛りです(お覚悟を)
2.P3主は最強です(笑)
3.望月綾時がちびっ子になり、菜々子ちゃんと小学校に通っています(ランドセル装備です)
4.ラスボスをも脅すP3主のスキルは、全て∞です(「エレボス」を退け続ける彼の力は、フィレモン以上)
5.青い部屋の住人達は、皆P3主の熱烈なファンです(頼み事は二つ返事で引き受けます)
6.世界設定はP4(稲羽市)、P3主はP4主のクラスメイト(八十神高等学校2年2組)です。
7.P4はアニメを基本にしています(原作通りにイベントが始まらない事もあります)
8.CPはありません(が、場合によってはキスを迫る、押し倒す、などの表現が有るかも…)
9.P3主は、召喚器が無くてもペルソナを(通常空間にも)出せます。
[ウチの子設定/P3主]※当家オリジナル名
名前:十六夜 京耶(いざよい きょうや)
◆P3原作通り、運命の日にコミュの結晶「宇宙-UNIVERSE」のアルカナを得て「命のこたえ」に
辿り着き、自身の魂を以てニュクスを封印、3月5日に死亡した。
◆P4前、ニュクスを脅かす存在を感知し、殲滅する為期間限定の実体を持って現世に降臨。
P4主とその仲間がニュクスを脅かす存在と戦うのを見て、手を貸す事に…。
[ウチの子設定/P4主]
名前:鳴上 悠(なるかみ ゆう)
◇稲羽市、八十稲羽に期間限定でやってきたP4の主人公。
◇初期ペルソナ/イザナギ(ワイルド能力者の為、ペルソナチェンジ可能)
◇特別捜査隊のリーダー
※これは、フィクションです。実在する組織、刑事機構等とは一切関係ありません。
ホント、済みませんが…御注意下さいませぇぇぇぇm(_ _)m
[newpage]
その事件は、当時稲羽市でも大きく取り上げられた。
小雪の舞う曇り空の午後、愛娘を保育園に迎えに行く途中の主婦がひき逃げ事故に[[rb:遭 > あ]]った。交通量の多くない場所だった為か目撃情報も無く、初動捜査の遅れと雪から雨に変わった天候も[[rb:祟 > たた]]って、現場の状況は最悪と云って良い程に全ての証拠品が流されてしまった。
被害者の女性の名は――堂島千里。
稲羽市警察の刑事、堂島遼太郎の妻であった。
[chapter:Doubt & Trust~朱の死神~]
「そう…か」
落胆を隠せない声で呟く鳴上悠に、白鐘直斗は帽子の[[rb:鍔 > つば]]を下げ「申し訳ありません」と同じ台詞を繰り返した。
「稲羽市では、得られる情報はやはり限られてしまうのだと推測します。それに…これは僕の考えなのですが、堂島さんの奥さんを[[rb:轢 > ひ]]いた犯人は、この町の者では無い可能性も視野に入れたほうが良いかと」
[[rb:偶々 > たまたま]]あの日、稲羽市を訪れていた者まで加害者として考えればその数は膨大になる。何処から手をつけて良いものか途方に暮れる悠に、直斗は持ってきた書類を渡す。
「実は、祖父の[[rb:伝 > つて]]になるのですが…」
著名人や政治家等、社会的地位を持つ者達を対象とした【[[rb:とある > ・・・]]書庫】が存在するらしい。直斗も噂で聞いただけなのだが、彼等が関わる表に出せない事故や事件を【拠所無い(よんどころない)】として揉み消したは良いが、万が一の事態に備え記したものなのだと。国のトップに名を連ねる者の万が一等、どうせ碌でもない話しだろうけれど。
「ただの噂だと、これまで気にしていなかったんです。でも…」
現役刑事たる堂島が執念を燃やし執拗に調べ続けても、此処まで証拠が出ないのは逆におかしい。
「憶測に過ぎませんが、もしも堂島さんの奥さんを故意ではないにせよ殺害したのが社会的地位を持つ者ならば、普通の捜査では絶対犯人に辿り着けないと思います」
「直斗、それは俺が聞いても良いものか?」
「えっ?」
「怖じ気づいたとかじゃなく。直斗の身に危険は無いのか、って事なんだが」
行き詰まり手掛かりに繋がる何かを必死で探している叔父の、手助け出来ればと考えての行動だが、その為に大切な仲間たる直斗に何か起こるのは本意じゃない。きっぱり云いきった悠に、直斗は頬が熱くなるのを感じ俯く。
「こ、この件について、僕は詳しくありません。祖父にお伺いを立ててからという事で…」
「無茶は、しないで欲しい」
自分はこの町に来てから、やっと本当の仲間を得る事が出来たと思っている。私事で大切な人達に何かあったら、申し訳なさすぎるではないか。
「僕は探偵です。どんな事件を担当していても、危険を覚悟しています」
「命に関わる調査は、絶対に止めてくれ――[[rb:いいな > ・・・]]?」
約束、と小指を出した悠に驚き直斗は身を引く。土曜午後のジュネスのフードコートで、向かい合わせに座る自分達が指を絡める等、恥ずかしくて出来ない。顔を真っ赤にした直斗は抗うが、読まれていたのかあっさり手首を掴まれる。男装しているけれど、直斗は女の子である。悠の大きな手に行動を阻まれれば、逃げるのは不可能だ。
([[rb:痩 > や]]せて見えるのに、先輩もやっぱり男なんだな)
指切りを強要する悠に苦笑しジェスチャーで約束に合意した直斗は、手を拘束を外して貰う。ドキドキする胸を押さえながら小指を絡めた直斗は、悠の「指切りげんまん」の歌をぼんやり聞く。
『先刻から随分親密そうだけど、何か企み事?』
座っている二人の頭上から聞こえるのは、男の柔らかい声だ。誰なのか判っている為、慌てず顔だけを上向かせた。
「休憩時間か、[[rb:十六夜 > いざよい]]?」
フードコートの焼きそば屋でバイトをしている、鳴上悠のクラスメイト――十六夜京耶。彼は『自称・特別捜査隊』の御意見番として、戦闘以外の様々な雑事の処理を引き受けている人物だ。成績は学年トップで、彼と悠に天城雪子を含めた三人は、夏休み前のテストから首位を独占状態である。因みに、同じクラスの花村陽介と里中千枝も、一年の頃より成績が向上しているとの情報を掴んでいる直斗だ。
「丁度お客さんが引けたから、休憩に入っても良いって店長が」
お邪魔かな?
相席を申し出る彼へ、悠は自分の隣の椅子を引く事で答える。直斗へも礼を述べ椅子に座った京耶は、トレイに乗せてきた飲み物のカップを二人へ渡した。
「あ、ありがとうございま…す」
「済まないな」
カップの中身は、無難な処でホットコーヒーである。ミルクだけを受け取った直斗は、上手に蓋を外しミルクを垂らした。
「二人共、深刻な顔をしていたけど何かあった?」
「叔母さんの事故について、名探偵の見解を求めていた処だ」
堂島家の隣、望月家に下宿している京耶は家族ぐるみの付き合いだと直斗は悠から聞いていた。それ故なのか、「そんな処まで知ってるワケ?」と特別捜査隊の面々が揃って溜息をつくほど、悠と京耶はツーカーに見える。実際は『一人にしておくと危なっかしい京耶を、悠が監視している』らしいのだが、真相は謎である。
「堂島さんの奥さんの事故を、直斗が調べてるんだ? 何か、進展があった?」
「事故から随分経っているからな。警察関係者にコネがある直斗でも、難しいらしい」
そう、と呟いた京耶は手元のカップへ視線を落とす。
十六夜京耶は二年前の春、当時通っていた月光館学園高等部の屋上で亡くなっている。直斗がその事実を本人に突き付けたのは、今年の五月だ。
京耶は否定も肯定もしなかった、ただ真実を直斗自身の手で突き止めてみせろと[[rb:嗤 > わら]]ったのだ。あれ以来何度か彼と話しているが、未だに謎は解明できていない。祖父白鐘草一朗からの助力は、彼の件に関して受けられないと事前に釘を刺されているのも、不信感を煽る一端ではある。
(貴方は何者なんですか?)
悠達の敵には成り得ない、側で見ていて判っているけれど。
(堂島千里の事件と平行して、此方も調べなくてはならない…か)
大変だが弱音を吐くつもりは無い直斗は、悠に説明した調査書についての事実確認を行おうと決めた。
翌日、直斗は憂鬱な顔を隠しもせずある人物の家に向かっていた。
昨夜の夕食後に祖父の書斎を訪ねた直斗は、【とある書庫】について持ち掛けた。存在自体が危ぶまれるものだが、火のない所に煙は立たない。絶対に火元が有る筈で、それ故に真実を追究せねばならない事を探偵たる直斗は己に科しているのだ。
「どうしても教えてはいただけませんか?」
名探偵として名を馳せている白鐘草一朗は、座したまま腕を組み目を閉じている。年相応に[[rb:皺 > しわ]]が刻まれた顔は常以上に厳しく、彼は先刻より一切口を開かない。
「僕のこれまでの活動は、殆ど…おじいさんの力に助けられたものでした。探偵としての力量、知名度、全てに於いて僕はまだまだ未熟で…」
あの白鐘草一朗の孫というだけで、捜査本部の者達は掌を返したように直斗に接する。推理力ではなく、祖父の名前だけで直斗は探偵として立てたのだ。それは彼女の向上心を僅かに傷付けたけれど、子供なのも性別が女なのも事実として受け止めなくてはならないと判っていたから、『いつか』を手に入れる為の努力をしてきた。
「でも、今回ばかりは僕個人の[[rb:自尊心 > プライド]]など捨てても良いと思ってます」
白鐘直斗の内に溜め込んだ醜い本音を知った後も、仲間と呼び受け入れてくれた人達。彼等の為にも心を曲げる事は出来ない、したくない。
お願いしますと頭を下げた直斗の決意に対し、白鐘家当主は深く嘆息し長い沈黙の後にこう告げた。
「では、ひとつだけ条件を出そう。[[rb:力有る者 > ・・・・]]を、連れてきなさい」
「力? それは、どういう基準のものですか?」
さぁてと笑う当主は、孫の退出を促す。手掛かりに繋がる道筋が少しだけ見えたと思ったのに、出された条件は曖昧だった。直斗は夜明け近くまで考え続け、寝不足の顔で商店街を歩いている。
休日の今日は人影もまばらで、住人の多くは隣接する市や大手スーパーに繰り出しているのが判る、閑散さだ。惣菜大学から良い香りが漂ってくるのに歩を止めた直斗は、手土産があったほうが良かっただろうかと首を傾ける。
「あれっ、直斗君? こんな処で、何やってるの?」
「里中先輩、天城先輩、おはようございます」
私服姿の里中千枝と天城雪子が、直斗を見付け早足で惣菜大学前にやってくる。
「何処かに出掛けるところ?」
「ぇ…っと、はい。知り合いの家まで」
「へぇ、そうなんだ」
友達のお家に訪問って良いね。
屈託無く笑う千枝は、持っていたバッグから袋菓子をひとつ取り出した。
「里中先輩より、直斗探偵へ餞別である。持って行くがヨイ」
「千枝ぇ、直斗君困ってるよ?」
親切の押し売りは駄目と窘められた千枝だが、直斗は笑顔で菓子を受け取る。
「ありがとうございます。先方に何かと考えてはいたんですが、浮かばなくて」
「この商店街で探すのは、難しいものね」
お洒落なカフェや隠れ家的な個人経営のレストランなど、甘味処は軒並みジュネス近所に集中している。寂れた商店街で手土産を得るのは、かなり無理がある。
「処で、先輩達は揃ってどちらへ?」
今日は自称特別捜査隊の集合日では無かった筈、と呟く直斗に雪子は苦笑する。
「純粋に、買い物なの。お隣の沖奈市で、秋物の洋服を見たいって千枝が」
「ジュネスは安くて良いけど、単一ブランドばっかだと飽きてくるしサ」
学校と自宅の往復だけなら、普段着に気を配らなくても良さそうなものだが、年頃の女子二人はお互いを見た後何故か頭を振る。
「ジュネスでの勉強会の時は、制服だからいいんだけど」
「休日に一緒に出掛けたりするじゃない? そのぉ、鳴上君達と」
「云いたくないけど、鳴上君と十六夜君が揃ってると…周囲の目がね」
「あぁ、判ります」
昨日の直斗も、彼女たちと同じ気持ちだった。単体では「綺麗な少年が居る」くらいの認識なのに、あの二人は揃うと[[rb:存在感が半端無い > ・・・・・・・・]]のである。鈍いと云われる直斗にも判ったくらい、寄せられる視線は多かったというのに、本人達は気にする素振りもなかった。
「自意識過剰って思うけど、私達だって女の子だから」
「一番嫌なのは、『綺麗な男子二人の側の女子が、チンクシャ』って笑われる事よねっ!」
何がチンクシャっ? それって日本語?
[[rb:憤慨 > ふんがい]]する千枝を上手く宥める雪子の姿に二人の付き合いの長さを感じ、つい直斗は微笑んでしまう。探偵としてこれまで過ごしてきた彼女に、本音を話せる親しい友人は居なかった。依頼主や事件関係で得た秘密は一般人へは到底話せるものでは無かったから、自然に人から離れてしまった結果、誰も直斗の側に残らなかったのだ。
「天城先輩と里中先輩は、十分素敵で可愛らしいと思うんですが」
僕なんかより、と普段からスラックスを愛用している直斗が自分の服装を指す。
「えぇーっ、直斗君だって年頃の女の子でしょう?」
「学園祭の時のスカート、似合ってたよ?」
今度一緒に買い物に行こうね、と眩い笑顔で先輩命令を下された直斗はギクシャクした動きでその場から退散する。拉致られ買い物に同行させられるのは、御免だ。手を振る彼女達へ会釈し、訪問予定の家を目指し歩き出した。
(事前に連絡を入れておけば良かったかな?)
十六夜京耶を訪ねようと考えたのには、理由がある。
祖父は『力有る者を連れて来い』と云った。其処で問題になるのが、『何に対しての力なのか』だ。
(体力だけなら巽君でも良いけど…って、違うっ!)
特別捜査隊の方々に迷惑をかけるのは、絶対に駄目だ。これは鳴上悠の力になりたいと始めた、自分の為の捜査なのだから。
(でも、僕には他に頼れる人が居ない)
これまで築いた人脈は、全て祖父の名が在って初めて使えるものだ。手を打たれていたら、孤軍奮闘処ではない苦戦を強いられるのは確実だ。
「仕方ない。当たって砕けろ、だ!」
自分に一番似合わぬ行動だけれど、進む為には泥だって被る。勢いのまま住宅街に入った直斗は、堂島家を素通りし隣の望月邸のインターフォンを押した。
[newpage]
望月家に下宿している十六夜京耶は、休日の突然の訪問にも拘わらず[[rb:快 > こころよ]]く直斗を迎えた。何処から出したのか、専門店で扱うようなアフタヌーンティーセットが出てきた時には、動揺を通り越し感動した直斗である。
「それで、直接僕の処に来たのはどうして?」
もしかして、以前出した宿題の答えが出たのかな?
少しだけ殺気を込めた意地悪な問い掛けに、直斗は居住まいを正す。
「それは、まだですけど。お願いしたい事があって」
「僕に?」
「はい――二年前に亡くなった筈の十六夜京耶さん、に」
持っていたティーカップをソーサーの上へ戻して、京耶は背もたれに身を預ける。彼が怖いと思うのは、こんな些細な動作一つで対する者を圧するからだろう。
「賢い君が、正面から挑んでくるとは思わなかった。忠告した筈だよね? 世の中には、知らない方が良い事実がある…って。草一朗さん、君のお爺様は僕に関わるなと云わなかった?」
「……………」
「注意されただろう? そうなるように仕向けたのは、僕だ。ねぇ、本当にその意味を理解した?」
祖父ほどの力を持つ者を、黙らせる事が出来るのだと目の前の少年は事も無げに云いきる。どうやっても太刀打ち出来ない相手を前に、直斗は膝の上の手を固く握りしめる。
「判って…ます」
「僕は学校と特別捜査隊の活動以外、手を貸さないと決めてるんだよ」
理由は有るが、直斗に関係ないので教えない。
メンバーの家族や学校の友人等の頼み事も引き受けるけれど、それだって本当ならば自分が手を出して良い領分では無いのだ。重い言葉を真摯に受け止めながら、直斗は被っていた帽子を脱ぎ頭を下げる。
「でもっ、僕はどうしても堂島さんの奥さんを殺した犯人を、探し出したいんですっ! 鳴上先輩に頼まれたからだけでなく、僕自身の為に…だからっ」
「誰かの力を借りて、それを自分の為とか云うのは偽善じゃない?」
「その…通りです」
「…………、強情者。草一朗さんも、気を揉んでるだろうね」
態とキツイ言葉で突っぱねたのに、直斗は折れる様子はない。危険が伴う捜査になるのだろう、だから協力者を得て来いと祖父たる人は条件をつけたのだ。
(直斗、僕を選んだのは[[rb:偶然 > ・・]]?)
稲羽市に[[rb:蔓延 > はびこ]]る古神との戦いは、まだ終結していない。特別捜査隊のリーダーたる鳴上悠も、春よりも力を付け強力なペルソナを合体により手にしているが、まだ足りないと京耶は見ている。
彼の仲間たる者達に何事があれば、未来へ繋がる道が閉ざされるだろう事は明白。彼女の願いを無下にする等、最初から出来る筈も無いのだ。
(僕が……僕のままでは直斗の力にはなれない)
十六夜京耶は、[[rb:死んでいる > ・・・・・]]のだ。その事実に辿り着く者が皆無と云えない場所に、出向くのは危険過ぎる。眉間に皺を刻む彼の頭に、涼やかな女性の声が響く。
―京耶様、ここはぜひ[[rb:私 > わたくし]]にお任せ下さいませ―
(エリザベス? 任せるって、何を?)
―運命のカードを抱く彼女を、守りたいと考えて居られるのでしょう?―
(そうだけど…)
大丈夫、この案なら絶対にバレないと太鼓判を押すエリザベスの声に仕方なく同意を示した京耶は、彼女が出した条件を直斗に伝える。
「直斗、これから云う事が呑めるなら協力してあげるよ」
がばっと顔を上げた直斗は、飛び掛かるような勢いで京耶にしがみつく。
「何ですか? 云って下さいっ! おじいさんを納得させられるなら、僕何でもしますっ!」
「あのね、一応僕は高校生だから…」
君だって高校一年で、名探偵と謳われていても学生なのは変えられない。子供に何が出来ると見下されるのを防ぐには、協力者たる人物は大人が相応しい。
「一人だけ、荒事に慣れた知り合いが居るから。力になって貰えるかどうか、確認してみるよ」
「はぁ? 知り合い…ってぇ?」
慌てる直斗へ、京耶は紙とペンを差し出す。
「電話番号、教えて貰えるかな?」
『桐条の力では、残念ながら捜査出来なかったのでな。南条の御当主殿の力を借りる事になった。君が話していた書庫の存在は、眉唾では無いと明らかになったよ』
だがアレは霞ヶ関のお偉い様達の弱みを握る為、極秘に作られた機関の管理下に在る。不用意に突けば化け物が飛び出すだけでなく、日本経済にも多大な影響を与えるだろう。出来れば関わって欲しくないと訴える桐条美鶴へ礼を云い、京耶は通話を終え携帯を置く。
「いっそ【見られちゃ拙いものばっかり詰まった書庫】は都市伝説でした、ってオチなら良かったのにねぇ?」
クスクス笑うのは、京耶の半身とも呼べる存在、アルカナ【死神】のファルロスだ。普段の彼は小学生の姿で、隣家の堂島菜々子と一緒に小学校に通っている。名目は『菜々子ちゃんの護衛』だが、本人が楽しそうなので問題視していない京耶である。
「直斗の気持ちも判るから、実在は朗報だけどね」
さて、これからどう対処していくべきか。
エリザベスの作戦を遂行するにあたって、直斗が[[rb:暇 > いとま]]を告げてから夕方まで二人は留守の口実を考えた。
一番説得が厄介な鳴上悠へは、『両親が残した遺産について親族会議が行われる事になったので、一週間ほど留守にする』と説明した。桐条から弁護士と護衛を付けて貰えると説明したのが効いたようで、同行を言い出さなかったけれど、一日一回の定時報告を義務付けられた。お土産も約束したので、他のメンバーへは悠から詳しい話しが伝わるだろう。
望月綾時のお休みについては、望月の片親が緊急入院という理由を使うらしい。「僕が一緒に行かなきゃ、君はすぐ無茶をするからね」とはファルロス談である。
「京耶様、[[rb:宜 > よろ]]しいでしょうか?」
エリザベスが差し出した洋服一式を受け取り、京耶は隣室へ消える。時を司るペルソナ―ノルン―の力で、器の外見年齢を引き上げるというのがエリザベスの考えた作戦だった。
「十七歳の京耶の外見を二十五歳くらいにしても、直ぐ身元がバレそうな気がするけど…」
「えぇ、その通りですわ」
其処はこれから修正するのだと目を輝かせるエリザベスの前の扉が開き、困り顔の京耶(外見二十五歳推定)が現れる。身長が十数センチ伸びた他は、先刻と余り変わらない。秋の朝晩の寒さに対応した、黒のトレンチコートと濃い藍色のカットソー、ブラックジーンズは今のサイズに合わせたのでぴったりである。手を叩くエリザベスは、背後から黒のジャグルブーツを取り出した。
「お履き物は、此方をお使い下さいませ」
「…………ぇーっと…エリザベスさん」
この服装、自分の趣味じゃないんですが?
弱り切っている京耶をソファに座らせ、彼女は「宜しくお願い致します、我が主」と唱える。
「イゴールが…ど……っ、わあぁぁっ!」
まるで呪いの人形のように、京耶の髪が腰まで一気に伸びる。
「やっぱり色は黒だよね」
「そうですわね、ここは黒で統一しませんと」
ファルロスとエリザベスは、楽しそうに伸びた髪を梳く。
戦闘になった時、邪魔にならないように結んだほうが良いだろうと思案するファルロスの背後に、いつの間にかテオドアまで出現していた。
「ね、ねぇっ! 僕がここまでする必要、あるのっ?」
「京耶様、見た目というものはとても重要なのですわ。髪の長さや色が違えば、年齢は素より貴方様御本人へ結びつける条件から外れますでしょう?」
ですから、と手を翳す彼女は漆黒に変わった髪に満足そうに頷く。
「眸の色も、変えた方がいいねぇ?」
「えぇ、完璧ですわ」
手鏡を渡された京耶は、其処に映った見知らぬ色の自分に嘆息する。髪と目の色が違うだけで雰囲気がこれ程変わるのかと、感心していたファルロスが渡すのはシルバーのアクセサリーだ。
「封印の為のものだよ。左右、同じ数だけ付けてね」
「………判った」
装飾類に興味が無かった京耶だが、大きすぎる力を封じる為と云われれば従うしか無い。
「最後の仕上げは、これで御座います! テオドア、京耶様を押さえなさい」
「はい、姉上」
この為に呼ばれていたのだろう、ベルベットルームの住人たる美貌の青年は「失礼致します」と断った後、京耶の頭をがっちり固定する。
「ちょっ…ちょっと待ってっ! なにす…ひぃ―――っ!」
満面の笑みでエリザベスが構えたのは、ピアッサーだった。
[newpage]
明日、□□市△△△駅前広場に午前十時。
直斗の携帯に用件だけの短いメールが届いたのは、昨夜の夜だった。十六夜京耶が約束した、『荒事に慣れている知り合い』が来るとは思うのだが、どんな経歴を持っている人物なのかまで判らない。詳しく教えて下さいとメールしたのだけれど未だに返信は無く、直斗は眺めていた携帯を上着のポケットに入れた。
「大丈夫、なのかな?」
これから行うのは普通の荒事とは違う、身の安全が保障されない捜査である。[[rb:彼 > か]]の人物が同意してくれたのは嬉しいが、出来れば前情報が欲しかったと零す直斗の足元に影が差した。
『アンタが依頼主の、[[rb:ちびっ子探偵 > ・・・・・・]]か?』
頭上から響くのは、低く落ち着いた声。
鳴上悠に嘗て云われた名に、羞恥で頬を染めた直斗は立ち上がった。
「だっ、誰がちびっ子探偵ですかっ! 妙な名前で呼ばないで下さ……」
其処に立っていたのは、痩躯の青年だった。陽の下であるのに闇の具現として其処に在る男は、肩を竦め目元を隠しているゴーグルを外す。
切れ長の[[rb:眸 > ひとみ]]は、血のような[[rb:朱 > あか]]。両サイドを残し長い黒髪を高い位置で一つに纏めた髪型が似合っているのは、男の独特な雰囲気によるものだろうか。指無しのグローブを嵌めた手を差し出して、男は嗤った。
「白鐘直斗、だな? 俺の名は…[[rb:焔 > ほむら]]」
「……十六夜…さん?」
「ちげーよ、阿呆ぅ。聞いて無かったのか? 俺の名は、ほ・む・ら」
「あ、…はい。失礼しました、焔さん」
顔立ちは京耶そっくりなのに、何だろうこの砕け過ぎた格好の人は。呆れながら焔と名乗った男を観察する直斗は、両手のブレスや両耳に付けられたピアスの数に辟易する。売れない自称ロック歌手? と首を傾ける彼女へ、焔は広場から出る様視線だけで促してくる。
「キョーヤから、アンタの力になれって云われて来たんだが? これから何を始めるつもりなんだ?」
お兄さんに説明しなさいよ、と頭を乱暴に撫でられ直斗は慌てて距離を取った。
「そ、その前にっ! 焔さんっ、貴方は何者ですかっ?」
「んんー、俺?」
腕を組み考える彼は、ポンと手を打ち綺麗に最敬礼する。
「職業、死神ってヤツ? 短い間だけど宜しくな、相棒」
さて移動開始と一々行動を口にする男は、ゴーグルを掛け直し長いコンパスを生かして進む。小走りになった直斗は、彼が駅近くのパーキングに入ったのに驚いた。
「車っ? もしかしてっ!」
「そっ。白鐘邸から失敬してきた。じーさんのモンだろ?」
流石稀代の名探偵、自家用車もイギリス製なんて渋いねと笑う男は、左ハンドルは初めてだと嬉しそうに云う。
「おじいさんに会ってきたんですかっ?」
「あったり前。時間が惜しいんだろう? サクサクっと調査を進めねぇとな!」
俺はこう見えても多忙なんだ。
乗れと云われた直斗は、渋々助手席に収まる。白鐘草一朗の愛車は、巷で騒がれる程レアなクラシックカーだ。コインパーキングに停めていても、マニアに見付かったら速攻盗まれるのは確実なのである。
「よくも…勝手にっ! おじいさんが大切にしているこの車に何かあったら、どうするんですっ!」
「何事かって、そりゃあ無理だ。俺の仲間が、がっちり守護してたし? 死神憑きの車なんて、ブルって誰も持って行きやしねぇよ」
食べるかと差し出されたのは、棒付きのキャンディだ。怒りに眦を吊り上げながら拒否する直斗へ、彼はコートの内ポケットから畳まれた紙とカードを取り出し、彼女の膝の上へ放り投げた。
「それがアンタの探してる場所の地図、カードは入館許可証な。当日有効に付き、明日になったら再発行だから注意しろよ。パスコードはatlodpLoww5689754…」
「ま、待って下さいっ! もう一度お願いします」
手帳を出す直斗に、焔は溜息をひとつ。
「……説明、面倒になったから俺が打ち込む」
車は安全運転で三十分近く市内を走り続け、目的地近くのパーキングに停まる。直斗は事前相談もなく車を降り、目前に迫った建物へ駆けて行った。
―白鐘さんを一人にして、大丈夫?―
半身の溜息混じりの呟きに、焔はクスクス笑うだけだ。進まなかった捜査に光明を見出した探偵は、ブレーキの壊れた車と一緒である。制止の声は彼女の耳を素通りするだけと、焔はトランクから刀袋を取り出し肩に掛け戦闘準備を整える。
「エリザベス、留守中車を宜しく。マニアに持って行かれそうになったら、死なない程度に痛めつけて」
『畏まりました。どうか…お気を付けて』
「うん」
―京耶ぁ、言葉遣いっ。常に[[rb:荒垣先輩モード > ・・・・・・・]]を忘れないようにしないと、駄目だよ―
十六夜京耶だと言葉遣いからバレては、苦労して化けた意味が無い。内側から響くファルルロスの声に、彼は額を抑えた。
「それが一番難しいんだよ。僕、最後まで頑張れるのかな?」
情けなさ一杯の顔を何とか引き締め、直斗の後を追う。彼女は既に建物の奥へ入ったようで、ロビーを見回しても見付ける事が出来なかった。目的の場所は判っている、暫く放って置いても構わないだろうと考えて、彼は受付の女性へ直斗のものとは違うカードを差し出した。
「――南条家の紹介で来た、焔だ。館長への取り次ぎと、俺の連れが何処にいるのか確認宜しく」
無表情だがかなりの美貌を誇る女性は、恭しくカードを受け取り認証機械へ通す。照合した後、彼女はカードを焔へ戻し受話器を取り上げた。
「館長、南条家からのお客様が御出になりました。………はい、焔様と[[rb:仰 > おっしゃ]]います」
電話で話ながら、彼女は焔に見える様に館内の電子地図を専用のタッチペンで指す。問題の部屋の隣室に居るのを確認した彼は、御案内しますという申し出を断りエレベーターに向かう。
「あ、そうだ。俺の連れに、飲み物出しておいてくれねぇ?」
「畏まりました。何か…お好みは御座いますか?」
「紅茶かなぁ? 探偵だし」
頼んだ、と案内の女性の肩を叩き彼は開いたエレベーターの中に消える。深々頭を下げ焔を見送った女性は、携帯電話を取り出すと短縮番号に登録しているある人物へコールする。
「私だけど…えぇ、現れたわよ。彼が……[[rb:そうなの > ・・・・]]?」
確認の為の一言に、相手は同意する。溜息を落とした彼女は、地味な色のスーツを纏った自分の姿をガラス越しに見て、クスっと笑った。
「私じゃなく、南条君に頼んだほうが良いんじゃないかしら? なかなか…恐ろしいペルソナを抱えていたから」
死神、とかね。
それは洒落にならないと答える声に、彼女は肩を竦める。
「私はもう仕事に戻らなくちゃ。後で感想を聞かせて頂戴?」
会うのでしょう? [[rb:世界の鍵 > ・・・・]]と。
結い上げていた髪を解くだけで、彼女の雰囲気が華やかなものへと変わる。職員の誰もが振り返る眩い笑みを浮かべ、彼女はそのまま建物の外へ出て行くが、誰も関心を示さなかった。
窓の無い狭い部屋の椅子に座っている直斗は、焔が現れるのを待っていた。直ぐ追い付いてくると思っていたのに、彼はなかなか現れない。苛立ちがピークに達しようとした時、やっと扉が開き待ち人が現れた。
「お待たせっ! って、お茶…出てねぇ!」
受付の居た美人に頼んだのに、おかしいと首を傾ける焔に直斗が詰め寄る。
「何をしてたんですか、貴方はっ!」
自分達は此処に、調査の為に来たんですよ。
それを、何処で油を売っていたのかと説教を始める彼女へ焔は手を合わせた。
「説明しようと思ったら、直斗先に行っちまったじゃん。えぇーっとだな、此処の責任者宛ての南条からの手紙を届けてたんだ」
だから遊んでたんじゃないです。
謝罪する焔に、直斗は怒りの為か肩を怒らせ書庫に続く扉の前に立った。
「さっさと開けて下さい」
「りょーかい、ボス」
認証カードをスライド式の機械に滑らせると、壁に備え付けのキーボードが現れる。恐ろしい早さで超長いパスワードを打ち込んでいく彼は、通常数分から十数分単位の時間を必要とする作業を、僅か三十秒で済ませた。
「はい、終わり――[[rb:開くぞ > ・・・]]」
鉄製の扉が、重い音を響かせゆっくり開いていく。同時に中の照明が次々に作動し、全体が見渡せるようになった。
「………これ…って!」
図書館のように並べられた多数の書棚には、調書らしき背表紙が並んでいる。
「此処は一応…財団法人扱いになってる筈だが」
「無理でしょうっ! これだけの施設を、何の利益が有って運用していると云うんです?」
「金なら、たっぷりあるんじゃねぇ? 此処の何処かに名前が残されている、雲の上の方々の懐から」
蒼白な顔で振り返る直斗の頭を、焔はポンと叩く。
「中に入った瞬間から、出るまで全ての行動の記録が残る。何の為に此処まで来たのか、忘れるなよ?」
「……ぁ…」
目の前に山と積まれた悪事の証拠に、此処に来た目的を忘れかけていた直斗は両手で頬を叩き気合いを入れる。
「さぁ、名探偵――御指示を?」
何処から調べるのか、問う焔へ直斗はメモに走り書きをしたもの乱暴に押しつける。
「お願いします」
「タイムリミットは、一時間。一分一秒の延長も許されない、判ったか?」
「………はい」
それでは、僕は向こうを探します。
入って直ぐの処に、年代別になっているのを示す書棚の目録が置いてあった。それを取り上げ捲りながら、直斗は狭い通路を歩いていく。
「時間内に探し出すなんて、この量を見たら無理だって判りそうなモンなのになぁ」
まぁ、精々真面目なフリで捜し物を手伝うか。
呟く焔は、盗聴器が各所に仕掛けられている直斗が進んだのとは違う書棚へ向かう。年度別になっているそれらを流し見ている内に、堂島千里が事故に遭った年のものを見付けた。
―出来るだけ自然に、ものっっすごく[[rb:やる気が無い素振り > ・・・・・・・・・]]でカメラに映るようにね―
(判ってるよ)
面倒、という態度を貫く焔は、無造作に一冊抜き取るとページを捲る。
「めぼしいモン…って、何だ?」
判んねぇと呟き、次の書類の束を掴む。それは、千里が亡くなった月と翌月の『自家用車を転売、又は修理した記録』である。殆どが数字や記号で記されているそれを、やはりパラパラ捲った後興味を無くしたように書類の山に戻した。
―京耶、今の…―
(保険を使わず自動車を修理すれば、記録が残らないと踏んだんだろうけど。何処から秘密がバレるのか、本当に判らないものだよね)
下町の整備工場に持ち込まれた高級車は、明らかに事故の跡が残っていたらしい。工場主が警察に届け、其処からは発覚した事実は刑事機構の上層部で握り潰されたのだろう。
(一部の人間は、己は人と違う存在だと過信する傾向がある)
―特に、高官とか…政治家なんかはその傾向が強いのかな―
(人の心の中までは、【[[rb:宇宙 > 僕]]】だって判らない)
人間が人間で在る限り、死を引き寄せる願望は消えず、破壊神も決して消失しない。
だから戦い続けなくてはならないのだと武器を手元に引き寄せ握る焔は、口元を好戦的に歪めた。
「―――来た。タナトス、結界展開!」
ベルソナに反応しているかのような共鳴音が響き、壁や天井から黒いゼリー状のような何かが次々に現れる。この書庫に時々、シャドウらしき存在が湧いて出るのだと館長は云った。未知の存在を殲滅する為、南条家が秘密裏に抱えているペルソナ使いを呼ぶのだ。今回その役を強引に引き受けた焔の目的は、ペルソナ使いしか入れない部屋に直斗も同室させる為だった。
紹介状を持って館長に会った焔は、特別何かを請われる事も詮索もされなかった。彼等の関心は、この建物の維持にしか働かないのだろう。シャドウを退治する際、ほんの少しだけ資料を見せて欲しいと頼んだのである。難色は示されたけれど、館長は否とは云わなかった。
何の為に誰の資料を読んだのか判れば、後は記録されている本人へ確認を取れば良いだけの話だからだ。彼等が秘密を知った者を殺そうが、賄賂を渡して黙らせようが館長は知ったことではないのである。
―結界の中に全て取り込んだから、一気に片付けられるよ―
妙法村正でシャドウを切り捨てていた焔は、刀を鞘に収め最強のペルソナを召喚する。
「メサイア――ゴッドハンド!」
周囲が光で白く塗りつぶされ、その中に巨大な手が浮かび全てのシャドウを一瞬で殲滅していく。出現した分は討伐したのを確認、焔は切り離していた空間を元に戻す。現世と背中合わせの別空間で戦っていたので、此方側に当然被害は出ていない。南条の評価を下げずに済んだ事に安堵した焔は、通路から現れた直斗に叱責された。
「何をサボってるんですか、焔さん!」
「ぅわっ! お、脅かすなよ…直斗」
ちゃんと仕事してたんです。
刀を袋に収めながら言い訳する焔に、直斗は周囲を見回した。妙なトラップでも作動したのかと勘ぐる彼女へ、焔はひらりと手を振る。
「仕事って…なんです?」
「そりゃあ勿論、化け物退治?」
死神ですからと胸を張る焔の靴の爪先を思い切り踏むが、ジャグルブーツ故にダメージを与えられず直斗は憤慨する。
「ふざけるな! 僕は…貴方ほど暇じゃないんです!」
せめて邪魔だけはしないで下さいと吐き捨て、直斗は棚の向こうへ消えた。
「あー…怒らせちまったなぁ。年頃の娘は難しいぜ」
仕方ないから、やる気を出しているフリをしよう。
適当に掴んだ調書をパラパラ捲りまた棚に戻す、を数回繰り返した焔は壁に掛けられていた時計を見上げる。
「…………まさか!」
滞在残り時間、後三十分は残っていた筈が、針が先刻よりも早いスピードで進んでいるのを発見する。この部屋のアナログ時計と扉の閉鎖は、連動しているのだ。閉じ込められても妙法村正で扉を叩っ切れば良い話しだが、賠償[[rb:云々 > うんぬん]]になったら美鶴に迷惑をかけてしまう。周囲の気配を探った焔は、走り出した。
「直斗っ!」
彼女は随分奥の棚まで入り込んでいるようで、姿が見えない。タナトスに探して貰いながら駆ける焔は、やっと直斗を見付ける。
「直ぐに此処を出るぞ!」
「えっ、ちょっ…どうしてぇぇぇぇぇ――っ!」
小脇に抱えられた直斗は、焔が凄い早さで扉へ向かうのに驚き両手で口を押さえる。
「最初から約束を守らない奴等だと思ってたけど、案の定だな。ってか、俺が依頼を遂行したから…さっさと出て行けって?」
「どういう…事なんです!」
「無事に外に出られたら説明するから!」
舌を噛まないように気を付けろ。
直斗は前方に見えた開かれた鉄製の扉が、ゆっくり幅を狭めていくのに息を飲む。
「閉じ込められる? 何故っ!」
「館長を締め上げてみるか? きっと、何も喋らないと思うぜ?」
間二髪くらいで扉を潜り抜けた二人は、ホッと胸を撫で下ろした。鉄製の扉は固く閉ざされ、侵入者を拒んでいる。パスワードも変わったので、シャドウ討伐の仕事を受けなければ二度と入れないだろう。
「貴方は…中で何をしでかしたんですか!」
せっかく手掛かりが見付かるかと思っていたのに、少しも手が届かなかったと俯く直斗は唇を噛み締める。慰める為に手を伸ばしかけて、焔は拳を握る事で己の行動を抑えた。
「この中には、何故だか定期的に悪魔? 悪霊? が湧いて出るらしいんだよ」
「えっ?」
トン、と片手で扉を叩いた彼は、直斗へ外へ出ろと顎をしゃくる。
「それを殲滅する為に、俺みたいな胡散臭い奴でも入室OKになるって訳」
中の監視カメラは、二仕様分設置されている。一般的なものと、シャドウが現れても姿を捉えられる特殊なものとを、だ。先刻焔は、結界で現世からシャドウを引き剥がし全て別空間へ移動させてしまった。その様子は、多分カメラに映っていないだろう。
(あー…、南条の御当主殿に叱られるかも)
せっかく振り分けた仕事なのに、首尾良く終わらせないとは何事か、と。
―過去、ペルソナ使いとして戦っていたって。桐条さんが云ってたよね?―
(美鶴先輩の例も有るから、有名な財閥の当主がペルソナ使いって云われても…驚きはしないけど…)
意外だな、と内心呟く焔である。
「取り敢えず。此処で出来る事は何もねぇし、移動すっか?」
仕事が終わったという報告は、必要無いと云われている。全て監視カメラで行動をチェックしているからだ。焔としても、直斗を何時までも此処に置いておくのは気が進まない。
「い、移動?」
「腹、減らねぇ? そろそろ昼だし、メシ行こうぜ!」
ファミレスで良いよなと笑顔で問う男を呆然と見上げる直斗は、腕を引かれ建物を出た。
「4種チーズの炙り焼きハンバーグと、季節野菜のグリルとスモークサーモンのトマトクリームパスタ、それと…」
デザートと飲み物を頼んだ焔の向かい側の席の直斗は、先刻から手帳に何やら書き殴っている。あの部屋の中では、時間が押していてメモすら取れなかったのだろう。天才と云われた頭脳を駆使し、覚えている限りの情報を書き出しているのだ。話し掛けると怒られる為、焔は自分の分の注文を済ませると携帯を取りだしメールを打ち始めた。
「………裏を取ってきたいので、電話してきていいですか?」
「あぁ、勿論。直斗は、何か注文しないのか?」
「戻ってから考えます」
携帯を取りだした直斗は、店員に電話を掛けられるスペースの場所を聞き、店内を横切っていく。あの短時間で、彼女なりに気になる何かを掴めたなら良かったのだが。
嘆息する焔の前の席に、光沢のある長い黒髪の美女が座る。胸元が大きく開いた真紅のドレス、レースのショールを肩に掛けた彼女は不機嫌な焔へふわりと微笑んだ。
「御機嫌よう――[[rb:扉の鍵 > ・・・]]」
「何処にでも現れるんだな――[[rb:破壊神 >ニャルラトホテプ ]]」
「それは仕方のない事、よ」
血のような紅い唇を舌で舐める仕草は、[[rb:彼 > か]]の存在の残虐さを表しているようだ。新たな客の登場にメニューを携えやってきた店員を手で止め追い払った焔は、注文した品々を持って現れる店員が青ざめる程、剣呑さを露わにする。
「人間に欲が有る限り、[[rb:闇 > 私]]が消える事は無いわ。[[rb:判っているでしょう > ・・・・・・・・・]]?」
「僕は、どうして[[rb:破壊神 > おまえ]]が目の前に居るのか聞いてるんだけど?」
「そう邪険にするものではなくてよ。せっかく良い男に化けてるのに」
勿体ないわ。
嗤う彼女は、焔の背後を見て目を細めた。
「あらあら、後ろの方々は随分殺気立ってるみたいね。でも、此処で戦うのは駄目――死人が沢山出るわ」
私は構わないけれど、貴方は耐えられないでしょう?
唇を噛み締める焔に、闇は嗤う。彼女を中心に負の力を溢れ出すのを抑え続ける焔は、器が軋む音に顔を歪めた。
「何の…用なんだよっ…!」
「純粋に、[[rb:現世 > 地上]]で会ってみたかったのよ―[[rb:鍵 > 貴方]]に。後は…そうね、[[rb:彼等への牽制 > ・・・・・・]]かしら?」
「彼…等…?」
「貴方の先輩達よ」
昔、破壊神たる自分と戦い勝利を掴んだ――ペルソナ使い達。
彼等は未だシャドウと関わり、人間の思念から生まれた闇を祓い続けている。
「もし会う事があったら、伝えて貰えるかしら? いい加減にフィレモンにペルソナを返しなさい、と」
「…んな事っ、自分で…云えっ!」
都市一つ分を瞬時に破壊し尽くす『ニャルラトホテプ』の神力を支える焔の身体が、傾きテーブルに突っ伏す。小刻みに震えているのは防御にのみ力を展開している為、精神攻撃を魂に直接受けているせいだ。
「貴方も、いつもでも強情を張っていないで…扉を開いたほうが利口よ?」
闇は絶対に消えないのだから。
紅く塗られた爪が、蒼白な白い頬を撫でていく。上目遣いで睨め付ける焔へ、破壊神は綺麗に微笑む。
「早く[[rb:破壊神 > わたし]]の御許に、墜ちてきなさいね」
「だれ…が、おまえなんか…っ! 死んでたって御免だっ!」
失せろ、と低く呟けば彼女はあっさり席を立った。
「古神が消えるまでは、大人しくしていてあげるわ。精々、油断しない事ね」
貴方の魂を手にするのは、破壊神たる私なのだから。
周囲の誰もが見惚れる華やかな笑みを残して、闇は去っていく。強大な力が唐突に失せ、詰めていた息を吐いた焔は咳き込んだ瞬間血に染まった掌に嘆息する。
―京耶っ、大丈夫っ?―
「ごめ…ん、器の内側が…破損した」
―今夜修復すれば良いだけの話しだよ。無理、しないで―
『油断して居りました。まさか…こんな場所に破壊神自ら降臨するなんて…』
完全に自分達の手落ちだと謝罪するエリザベスへ、焔は頭を振る。
「僕だって想定していなかったから、気にしないで。それより…」
せっかく頼んだのに食べられないと呟いた焔の前には、注文された品々が並んでいる。直斗が戻ってくるのを懸念する彼の為、ファメロスは緊急事態だからとベルベットルームの二人へ指示を出す。
―エリザベス、テオドア、料理の後始末…頼んだよ―
『『畏まりました』』
ベルベットルームの住人二人の声が響くと同時に、皿や器の中身が次々に消えていく。相変わらずの食べっぷりについ吹き出した焔は、姉弟の「ごちそうさまで御座います」の言葉に頷いた。
「もう…食べ終わったんですか? 一体…どんな胃袋なんです、貴方は」
メモ帳をポケットに仕舞いながら戻ってきた直斗は、空の器達を見て呆れ顔になる。先刻の血痕は綺麗に消しているので怪しまれないとは思うが、場所を移したほうが無難だろう。焔は立ち上がると伝票を持った。
「一度、白鐘邸に戻ろう。報告したい事もある」
出来ればネット環境が整ったパソコンが欲しいと云えば、直斗は首を傾ける。
「何の…為です?」
「記憶力が良いのは、直斗だけの専売特許じゃないって事」
先刻の場所で覚えてきたデーターを打ち込んでやるからと白状する焔の腕を、今度は直斗が強引に引っ張る。
「大事なことを最初に云わないのは、貴方も十六夜先輩も一緒ですかっ! ほらっ、早く戻りますよ!」
会計を済ませ駐車場へ向かう二人を、執拗に見詰める者が居たのだけれど。視線の主は直ぐにその場から去って行った。
[newpage]
彼等には、彼等の正義が存在していた。
国を守る為という大儀を掲げ、自分達が選ばれた者であると自負し弱者を切り捨てる。自分達は何者からも守られる存在だと、無意識に他者を見下していた。
彼等にとって、命は平等のものではない。選ばれし者は、誰よりも尊ばれるべきものなのだと盲信し続けている。
「………あのぉ…」
先刻から、キーボードを叩く音だけが響いている部屋にサイフォンを持って現れた直斗は、空になったマグカップにコーヒーを注ぐ。片手を持ち上げた焔へカップを差し出せば、此方を見ないまま持ち去られた。
「進み具合は…如何でしょう?」
「――まだ駄目」
ずっとこの調子で、彼は地名と名前、数字を打ち込み続けている。その前は、何やら独自のプログラムを作っていたようで、其方は打ち込み終わったデーターを使う為のものなのだとか。
作業を初めてから既に四時間、一向に終わる気配が無いのも驚きだが、彼が記憶しているというデーターの量に直斗は畏怖さえ覚えている。一度チラ見しているだけ、と彼自身が云ったのだ。それを、ここまで完璧に再現出来るとは、人間なのかと疑っても仕方ないと思う。
「今日は、もう外出しませんよね? それなら僕は…」
「お前さ、単独の外出は控えろよ。じーさんからも、勝手に動くなって云われてるだろう?」
やっと手を止めた焔は、顔だけを直斗に向ける。
「あの部屋に入った者には、見張りが付く。一人で出て行ったら…襲ってくれって云ってるようなモンだぞ?」
「それこそ、此方の思う壷では?」
後ろめたい事があるから、行動に出るのだ。それを逆に捕らえて証言を取ればと続く直斗の言葉に、焔は溜息を落とした。
「馬ぁ鹿。相手が法を守る保証が、何処にあんだよ? 冗談じゃなく、明日はどこぞの湾内に全裸死体で浮かぶ事になるぜ」
それともコンクリ抱かされて何処かにポイっ、か。
「女として、最低最悪の屈辱と絶望の中で果てたいなら好きにしろ」
墓前には小菊を供えてやるからと小馬鹿にした笑みを浮かべる焔は、近寄った直斗に頬を引っ叩かれる。
「なん…でっ、貴方にそこまで云われなくちゃならないんですっ!」
「お前が判ってねぇからだろうが。力不足を自覚してんなら、もっと頭使えよ」
刑事機構の力で対抗しようなんて、最初から無理なのだ。相手は国家権力を握っている、自分が【絶対】だと錯覚している者なのだから。
「いいか? 奴等が此処に踏み込んで来ねぇのは、俺が結界を敷き仲間が見張ってるからだ」
エリザベスとテオドアが、先刻から良い笑顔で侵入者を叩き潰しているので屋敷は平穏だが、彼女達の助力が無ければ今頃此処は『一家惨殺』の現場になっている。
「お前の探偵としての行動基準は、事件が終わるまで忘れろ。普通じゃねぇ相手に一般常識を当てはめようとすんな、速攻死ぬぞ」
「そ…んな馬鹿で非常識な人達が、堂島さんの奥さんを…?」
自分達の罪を隠匿する為だけに、更なる罪を犯そうというのか。
理解に苦しむ直斗には判らない、彼等にとっての正義は自分達の不利益を排除する事なのだと。
「今更、怖じ気づいても遅ぇよ。直斗、お前が選べる選択肢は、三つしかない。一つは、堂島千里を轢いた犯人を捕まえ、名を白日の下に晒す」
犯人が誰で在っても万人に真相が明らかになれば、当面の危機は回避出来るだろう。
「二つ目。十年から二十年間、探偵を休業し引き籠もる」
自動車運転過失致死及び業務上過失致死なら、十年で時効が成立する。堂島千里の事故のケースがどれに当て嵌まるのか判らないので、はっきりとは云えないけれど、捜査から手を引けば相手も様子見だけに留めるかもしれない。焔は、「これは楽観的な予測だ」と付け加える事も忘れない。
「三つ目――じーさんと薬師寺さんを助ける為、お前が[[rb:自殺する > ・・・・]]」
「絶対に嫌ですっ!」
何故、常識の欠如した者達へたった一つの命を差し出すような真似を自分がしなくてはならない?
憤り膝の上の拳を強く握る直斗へ、焔は自分が座っていた場所を譲る。
「取り敢えず、使えるようにはした。プログラムについて説明する、一度で覚えろ」
「………はい」
白鐘邸の屋根の上、某コンビニのおでんを食べていた愛らしい子供は、何もない空間よりふわりと現れた美女へ手を上げる。
「お疲れぇ、エリザベス。襲撃部隊第二弾は、何処の所属?」
「それが…バッヂや出所が辿れる武器等を所有して居りませんでしたので…」
散々痛めつけてから帰した者達は、現在テオドアが秘密裏に後を追っている。
「やっばり…判らなかったか。間者みたいに君達を使ってしまって、申し訳ないね」
出窓から身を乗り出し屋根に上がってきた焔へ、エリザベスは手を貸しファルロスの隣へ座らせる。十六夜京耶の魂が宿っている『器』は、ベルベットルームに居るイゴールの力で修復されている。だが、受けた精神的苦痛はまだ尾を引いているようで、顔色が冴えない彼を案じるファルロスは、ワイルダック・バーガーの袋を差し出した。
「テオドアが、買ってきてくれた。食べる?」
「うん、ありがとう」
久しぶりだと微笑む彼は、早速一つ目を手に黙々と咀嚼する。
「京耶、白鐘さんの様子は?」
「僕が打ち込んだデーターと、自分が覚えてきた諸々を照合中」
結果次第で、次の行動が決まるだろう。
白鐘邸は、現在二重の結界で守られている。其処に在るのに、悪意を持つ者は辿り着けない。万が一の遠距離からの攻撃にも備えていたが、早速五発程狙撃されたらしい。弾は全て回収済みで、物証になる為保管している。
「何をやっても駄目だって気付いたらさぁ、ふつーは諦めるよねぇ?」
これって、どうよ?
ファルロスが指差した先がキラリと光り、何かが飛んでくる。散弾銃の弾が雨霰のように降り注ぐが、当然結界に阻まれている為効果は無い。人の目に映らない三人は、平然とお茶を飲み食事を続けている。
「もしかして、秘密を暴かれちゃ拙い…あの書庫に名前がある人達[[rb:全員が来てる > ・・・・・・]]…とか?」
「その様ですわ。先刻と攻撃方法が違いますので…」
道の向こうから、如何にも怪しいワゴン車がやってくる。白鐘邸の横に停まると、中から迷彩服を纏った屈強な男達が次々に現れる。戦争でも始めるつもりなのかと溜息をついた焔は、ハンバーガーを持っていない手を空へ向けた。
「マサカド―――マハガルダイン!」
突然巻き起こる局地的な竜巻に、襲撃者とワゴン車は数百メートル先の河川敷まで飛ばされる。組織の末端に属する者は、何時だって切り捨てられる運命なのだ。彼等が軽症なのを祈るしかない。
「相手が超複数犯なのは判ったけど、襲撃者同士がかち合わないのも妙だね?」
「お前達が駄目だったから次は俺達、って事?」
「京耶様の推測通りのようです。ほら、また次の方々が」
自家用車数台でやってきた襲撃者チームは、重機を用意したようで合図を送っている。門を破って入り、そして…という筋書きなのだろうが無理過ぎる。
「御近所は、巻き添えになってないかな?」
「先刻確認しました処、白鐘邸周辺のお宅は全て無人でしたわ」
「お金と権力の使い方、間違ってるね」
「道徳を説く前に、罪を無かった事にする彼等の神経を疑うべきだよ」
アラハバキの力で跳ね返った重機は、派手にひっくり返り土煙を上げる。こんな大騒ぎになっているのに警察も消防も現れる様子が無いので、焔は証拠隠滅に躍起になっている者達全員へ心の中で悪態を吐いた。
「そういえば、白鐘邸の人達の籠城用の食糧は完璧かな?」
「お昼までにテオドアに全部運んで貰ったから、一ヶ月は心配無いよ」
ライフラインも勝手に別の地域と繋げているから、例えばこの町内への電気の供給を一時的にストップされても白鐘邸だけは関係無く使えるようにしてあると、ファルロスは胸を張る。
「僕らが守っているんだよ? ミサイルがきたって大丈夫さ!」
ちくわぶをもぐもぐ食べているファルロスへ、ティーカップを傾けていたエリザベスが云う。
「あら、そのミサイル? らしきものが接近しているようですわ」
「えぇーっ、本気なのっ!」
半分くらいは冗談のつもりだったのにと空を仰ぐファルロスの横、エリザベスは立ち上がるとバス停を召喚した。
「打ち返せる?」
「お任せ下さいませ」
深く息を吸い込みタイミングを合わせた彼女は、プロ野球選手のような素晴らしいフォームで爆発物を打ち返す。数秒後、離れた場所から明らかな爆音が響き煙が濛々と立ち上った。
「これでもまだ、警察が出てくる様子は無い?」
「残念ながら…」
揃って溜息を落とした三人は、疲れ切った顔で戻ったテオドアを[[rb:労 > ねぎら]]うのだった。
白鐘草一朗は縁側に立ち外を眺めていたが、複数の気配を感じて庭に出る。明け方の冷たい風が頬を撫でていくのに首を竦めながら、振り返って母屋を見上げれば屋根の上に焔の姿を発見した。
「おはよう、焔君。昨夜は眠れたかね?」
「あー…。先刻まで侵入者を撃退してたから、寝てねぇ」
ホント、馬鹿ばっかりだな日本のトップは。
身軽に庭へ着地した青年は、目を細め見上げてくる老人の視線から逃れるように顔を背ける。
「…な…んですか?」
「――申し訳無い」
現世に関わるのを良しとしない、世界を支えている存在へ草一朗は腰を折る。
「い、いいですってっ! もう、頭を上げて下さい」
「まさか…貴方を巻き込むとは、何と詫びて良いものか…」
「それは昨日聞きましたから」
気にするなと両手を振る青年の口調は、素に戻っている。目尻を下げる老人は、困り切った顔の青年と共に整えられた庭を歩く。
「稲羽市の事件について、調べているのだとか。犯人の目星は、もうついて居られるのでしょうか?」
「さぁ? 直斗の検索次第ですね」
プログラムを組んだのは自分だが、基準を何処に設けてどうやって犯人を絞り込むのかは、直斗の手腕にかかっている。
「無事に見付かってくれないと、貴方達は一生この屋敷から出られませんよ?」
「それは…困りますなぁ」
草一朗の携帯には、警察関係者からの捜査協力の依頼がひっきりなしに入っているのだ。自宅にはどうやっても入れないと理解した襲撃者達が、白鐘の関係者を外へ誘き出そうと依頼を持ち掛けてきたと思われる。
「今回の件が解決するまで、外出は控えていただけると有り難いです」
「判って居りますよ。孫だけでなく、私まで貴方の御手に縋る訳には参りません」
老体は大人しく、庭の手入れでもして居りましょう。
朝餉の支度が整った事を知らせに、秘書たる男が縁側に現れる。彼には焔の正体を知らせていないので、あからさまに胡散臭い者を見下す顔になるのだが、主の手前か控え目に目を逸らした。
「直斗は…今、…」
どうしているのかと問う声に、廊下を駆けてくる音が重なる。徹夜明けだろう彼女は、微塵も疲れを見せず焔を呼んだ。
「此処に居たんですかっ、焔さん。これから出掛けますよ!」
「ご…、メシ…は?」
「外で食べればいいでしょう? ほらっ、早く!」
玄関で待っていると言い残し駆けていく孫を優しい眼差しで見詰める老人へ、ひらりと手を振り焔は歩き出す。
―京耶、外に所属不明の車が数台張り込んでるよ。職質で止められるかもしれない―
「何の容疑で取り調べるつもりなんだろうね」
御近所や公共物を破壊したのは、この屋敷の者では有り得ないというのに。尾行されるのは仕方ないとしても逮捕は納得出来ないと不満を漏らす焔に、ファルロスは暴れるのは程々にと釘を刺す。
「焔さんっ! 早く行きましょうっ!」
「へーい…、って何処にだ?」
手帳を捲った直斗は、市街地の某有名大学の名を挙げる。
「捜査優先順位一位、[[rb:暮咲保 > くれざき まもる]]、年齢三十八歳、独身。H大学工学部の教授です」
「ソイツの、何が引っ掛かったんだ?」
草一朗の車に乗り込んだ焔は、助手席に乗った直斗が読み上げるメモの続きを聞く。
「調査の必要性を感じたのは、彼が稲羽市を車で通過したと思われる日付です」
学会からの帰宅に、彼は自家用車を使っていた。行われた学会の場所と日時を合わせ、更に帰宅ルートを何本が特定した際に堂島千里が事故に遭った路線が入っていた。
「暮咲は堂島さんの奥さんが亡くなった二日後、自家用車を廃車にしています」
購入年数を考えてもスクラップにするには早すぎる車を、だ。修理には出さずに処分したと考えて間違いないが、そうなると一番の物的証拠は抑えられない。既にリサイクルされている可能性が高いが、其方は後ほど美鶴の伝を頼って調べて貰おうと焔は考える。
「でも、それだけで暮咲氏を追及出来るものか?」
「彼は、元防衛大臣の孫です」
現在は大臣の座を退いているが、政界に多大な影響力を持っている人物であるのは変わらない。
「数年前、防衛省内の不祥事が明るみに出て…何名かの官僚が辞職したんですが、その際に暮咲氏も後進に道を譲り引退しています」
「その爺さんが轢き逃げ事故の[[rb:証拠隠滅 > しょうこいんめつ]]に関わってる…って?」
「身内の事故を、[[rb:大臣 > 官僚]]が知らなかったでは済みませんよ」
取り敢えず突いてみて反応を確かめると云う直斗に従い、焔は車を発進させる。
「直斗、質問」
「何でしょう?」
「乗り物酔い…あるか?」
船とか飛行機とか、移動中に酔った事があるかと問われ直斗は首を横に振る。
「僕は乗り物には強いんです」
「それは有り難い――しっかり掴まってろよ!」
分岐直後にウインカーを上げた焔は、アクセルを踏み込み角を曲がると同時に車を加速させる。悲鳴のようなスリップ音、白い煙が上がるのを呆然と振り返ってみた直斗は、背後にぴったり付いてくる車の正体に気付いた。
「公安?」
「そんな真っ当なモンじゃねぇと思うけど? 厄介な相手だろうな」
遠回りになるが撒くと簡単に云う焔は、口元に好戦的な笑みを浮かべハンドルを切った。
まだ、世界が回っている気がする。吐き気を堪えている直斗は、学生に混じって大学の敷地内を歩いていた。彼女の隣には全身黒尽くめの焔が並んでいて、とても目立っている。極秘調査の相棒には徹底的に向かない人だと嘆息する直斗へ、彼はミネラルウォーターのペットボトルを差し出した。
「飲めるか?」
「……あんなに酷い運転だって知っていたら、最初から止めてましたよ」
「尾行を撒きたかったんだろう? 運転が荒くなるのは、仕方ないじゃん」
焔の運転する車が幅の狭い一方通行を逆走した際、対向車が見えた瞬間直斗は自分の死を覚悟した程だ。実際、彼の神業的なドライビングテクニックで切り抜けた訳だが、震える足で車を降りた時、二度と助手席に乗りたくないと怒鳴った。
「それより、面会相手の部屋って何処だ?」
「B館二階の、A―5号室です」
館内案内図を見て位置を確認、階段を上がる二人は間もなく目的の部屋に辿り着いた。部屋のネームプレートを確認しノックを三回、中から返答を得られたので直斗は「失礼します」と断って扉を開ける。
「お忙しい中、時間を割いていただき…ありがとうございます。自分は、白鐘直斗」
「ちびっ子探偵です」
ビシっと背筋を伸ばして追加説明をした焔の腹に、直斗のパンチが入る。うごぉうと呻きながら蹲る男を冷ややかに一瞥、直斗は如何にも学者肌の男の前で丁重に頭を下げた。
「暮咲保教授に、二、三質問があって参りました。不躾と思われる事を承知しておりますが、未解決事件の解決の為に御協力いただければ幸いです」
宜しいでしょうかと柔らかく微笑み首を傾ける直斗は、探偵としての己を知っている態度だ。暮咲は部屋の応接セットへ直斗を招き、自身も座る。焔は、直斗の背後の本棚にもたれ掛かるようにして立ち、じっくり暮咲という男の観察を開始した。
直斗の質問に対し、時々記憶を辿るように考え答えていく様子に不自然さは見られない。稲羽市という単語に引っ掛かる事なく質問が終われば、暮咲は時計を気にして腰を上げた。
「申し訳ない。これから授業があるので…」
「お手間を取らせて…申し訳ありませんでした。大変…参考になりました」
直斗の声には、僅かだが苛立ちのようなものが混じっている。相手が一枚上手だったのだ、彼女はこれから更に己を磨いていけば良い。苦笑した焔は、ポケットの中からタロットカードを取り出し、暮咲の前で扇状に広げてみせた。
「先生、俺からひとつだけお願いが。一枚、引いて貰えません?」
「何だ…ね、これは?」
「只のカードですよ。あぁ…別に先生の指紋が欲しいとかじゃないです。俺の特技をお見せしようかな、と思いましてね」
片手でゴーグルを外した焔は、普段の無礼千万な態度ではなく、実に人好きのする柔らかい笑みで暮咲を促す。真紅の眸に魅入られるように一枚引き抜いたソレを、焔は受け取り確認する。
「んー…」
予測はしてたけどなぁ。
困ったように呟いた彼は、目を瞬かせる暮咲へ何でもないと手を振った。
「暮咲先生は、御自身でも判っていらっしゃる筈。だから、多くは申し上げませんが…一つだけ。現状のままで居れば、待っているのは―」
人差し指と中指でくるりとカードを廻した焔は、逆さまの【悪魔】を彼へ見せる。顔色を変える男へ余興ですよと笑ってカードをポケットに戻し、彼は直斗を立たせた。
「何を選んでも、後悔なさいませんように。お邪魔しました――直斗、行くぞ」
直斗の背を押し部屋を出た焔は、授業が終わるベルの響く廊下を早足で歩く。
「焔さん、先刻のカードはどういう…」
「逆位置の悪魔は、停滞したままでは破滅を意味する。彼自身、今の状態から脱したいとは考えてる証拠だが…」
切っ掛けが無かったというよりは、進む道を決められ自らの未来を閉ざしている。
「カードの結果が何で在っても、事態が動くとは限らないじゃありませんか?」
「彼の意思とは関係なく、周囲が変化を放っておかないだろうさ」
あんな風にと指した先には、黒服の男達が待ち構えている。直斗が背後を振り返れば、距離を詰めて同じ様な雰囲気の者達が数名、やってくるのが見えた。
「囲まれましたね。暮咲の関係者と判断出来ないので、大人しく掴まるのは危険です」
「いいや、暮咲以外は手を引いたと見ていいんじゃねぇ?」
あの書庫に入って何かを得てきた直斗が、一番最初に訪ねたのは暮咲という名を持つ者。
「昨夜襲撃してきた者達も、『痛いのを隠してる腹』を探られるのは御免だろうしな」
「襲撃…ってっ?」
初めて聞いたと叫ぶ直斗を肩に担いだ焔は、建物の中へ駆け込む。
「お、下ろして下さい! 僕は、自分で走れます!」
「駄目」
俺が抱えたほうが早いと怒鳴る彼は、その通りの身体能力を惜しげもなく披露する。直斗を担いでいるのに、追ってくる者達との距離がどんどん開いていくのがその証拠だ。
「お前が大人しく身を隠してくれるなら、今すぐリクエストにお応えしちゃうけど…」
どう考えても勝手に動きそうだしと、笑った彼はだがすぐに表情を改めた。
「焔…さ…ん?」
「馬鹿が、撃ってきやがったな」
逃げていたのは、追っ手の命を守る為だ。最悪直斗さえ無事なら良いという考えの焔と違い、ファルロスやエリザベスは牙を向ける愚者を見逃したりはしないのだ。建物の影に身を隠した彼は、直斗を下ろすと両肩を掴んだ。
「死人が出る前に止めてくるから、此処で大人しくしろ。いいな?」
「は…はいっ」
身を翻す彼は、すぐに建物の向こう側へ姿を消した。直斗だけでなく襲撃してきた相手の命まで考慮するとは、意外だったと嘆息する。
「本当に、十六夜…先輩じゃないのかな」
顔の造形は酷似しているが、焔と京耶は年齢も[[rb:彩 > 色]]も違う。けれど、側にいれば根本の処で類似する何かが在ると判るのだ。それが何なのか理解出来れば、二年前の京耶の真相も掴めるのではないかと直斗は思い至った。
「……焔さんは」
十六夜京耶の何なのか?
まだ聞いていなかったなとポケットから手帳を取り出そうとした直斗は、背後から伸びてきた手に羽交い締めにされる。叫ぶ間もなく鼻と口に布を押しつけられ、彼女の意識は闇に沈んだ。
※も少し書いてるけど…此処で切る…(笑)
あー…続き書きたい、プロットは出来てるんだよー…。
でも、誰も待ってないだろうし…なぁぁ(令5・4月26日追加)
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<span style="color:#FF0000;">★現在、【全てのジャンルに於いて新規のマイピク申告はお断りしています】健康上の都合です、大変申し訳ありません。感想はいつも楽しみに読ませていただいてます、ありがとうございます。個別のお返事出来なくて、申し訳ありません。<br />※複数リクエストがありましたので、途中原稿で申し訳ないですが再アップ致します(5.2.28)<br />※未完が申し訳ないので、書いた処まで足しました(5.4.26)コピー本の発行は未定…申し訳なくっっ</span><br />***過去のキャプション***<br />◆誰も待ってないと思ったけど、一応…UPします。5月のイベント用に書いていたけど、絶対間に合わない自信あり…済みません。だって、なかなかエンジンがかからなかったんだ、ぐすん。【UNIVERSE of WORLD】の番外?、P4軸での『自称特別捜査隊の方々とキタロー』話のコピー本原稿第一弾です、今回は直斗とキタロー(ページに余裕があったら、他のメンバーとのSSも入れたいけど…無理かもしれぬ。どんどん話しがデカくなるのは、もう私の仕様だしっ)です。<br />◆本文内に【UNIVERSE of WORLD】の説明がありませんので、サイトか此方で本編を読んでいる方推奨品です、不親切で申し訳ない(土下座)あらすじ、書くの苦手なんだよ!<br />◆捏造設定が、今回も山盛りです。モブも多いです、直斗の祖父設定も捏造しています。今後公式発表があるかもしれませんが、今現在のネタで書いていますので宜しく御了承下さい。<br />◆堂島遼太郎の妻千里の死亡について、犯人探しを始めた直斗をフォローする外見二十五歳のキタローです(笑)番長は最初とラストだけしか出番がありません、すまぬ…(笑)<br />◆今回も、当方オリジナル名でのお話になります。サンプルには出ていませんが、作中にて『流血シーン』が入る予定です。R-15を付ける可能性がありますので、宜しく御了承下さい<P3主/十六夜京耶(当方オリジナル名)><P4主/鳴上悠(アニメ名採用)><br /><br />※扉絵/きみヱ様(ID 12836474)
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P3+P4「Doubt & Trust~朱の死神~」(未完)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1003144#1
| true |
どこからか、オルゴールの音が聞こえる。
ちいさくかすかなその音は
むかしのアニメ映画の曲だった。
夜空の星に願えば
いつか、きっと叶う・・・
たしかそんな内容だった。
オルゴールの音は、小さく震えながら
影のようについてくる。
オルゴールの音に背を押され
気がつくと、またあの公園へ来てしまっていた。
天体観測なんていっても、こんな都会じゃ、
しかも肉眼では、一等星しか見えやしない。
見上げる秋の星空に、なかまからぽつんとはなれて
まるで空から落ちてしまいそうなくらい低い位置で瞬いている、
南のひとつ星。
フォーマルハウト。
孤独な星なんていわれているけど、なんだかいつも気になる星。
今、あの人の周りに誰がいてくれているのかわからないけど、
あの人を照らすこの星は、今、自分が見ているものと確かに一緒のものだろうから
どうか、どうか、あの人が幸せでありますように。
[chapter:星に願いを]
[newpage]
Side:M
天空不動産本社開発事業部
部長室には、二人の姿があった。
「今度の竹芝地区のウォーターフロント開発計画の話、聞いてるだろう」
一人は、天空の古だぬきともよばれる開発事業部部長の渡部。そしてもう一人は・・・
「はい。商業部分担当の企画会社が経営面で頓挫した話ですね。後任になる会社が決まったんですか」
精悍な横顔、耳に心地よいその声の主は、主任としてこの企画を任されたばかりの牧凌太だった。
1年ほど前に、天空不動産では上海での大きなプロジェクトが立ち上がり、社内の人事が一新された。
それが追い風となってこの若さで本社の主任の座を得ることとなった。しかし巨額の資金が動く開発事業部でのポストは天空不動産内でも異例の早い出世といえた。
「ああ、何やらいろいろ上の方でやりとりがあったらしいぞ。実際に動く前に、プロジェクトリーダーのお前と直接話をしておきたいそうだ。」
牧につげるその顔は何やら少し人の悪そうな表情で、思わず
「? 何か問題のある会社なんですか?」
「いやいや、まだまだ若い会社だがね、実績を見ても申し分ない。ここのところの業績の伸ばし方を見ると、相当がんばってるね。しかも評判もいい」
「じゃ、何か?」
「それは、自分で確かめるのがいいだろう。急な話で申し訳ないが、明日、午後よろしく。
それからこれ資料。向うの担当者が、当日じゃなくぜひ予め目を通してほしいんだと。」
「あらかじめ、ですか」
なぜそんなことをいうのだろう・・・。不審な表情が顔に出ていたのか、
「先入観無しに、内容で勝負したいらしい。すでにここの会社でいく事は決まってるんだがな」
ま、見ておいてくれよ
という部長の表情に、一礼して部長室を後にする。
わざわざ、部長があんなもってまわった言い方をするんだから、何かあるんだろう。
だがしかし、資料をみてもそれが良くできた内容だという以外の感想は出てこない。
前任の会社がはずれることになってわずかな期間しかたっていない、そのうえでよく調べてある、それに根拠となる数値もきちんとしたものを引用して的確に判断している。
開発事業部に異動になってから約1年。
こういった資料に目を通すことも増えたが、その中でも印象に残る出来栄えのものだと思った。
確かにこういった提案をしてくる会社ならば、まだ若い会社とはいえ、後任の会社としてふさわしいのだろう。
だが、部長の言葉がひっかかる
‘先入観’
どういう意味なんだろう。
2年前のあの日、
『俺は、春田さんの事なんて好きじゃない』
『春田さんと一緒にいても、苦しいことばっかりです』
『別れましょう。俺のことなんて、忘れてください』
そういって、俺は春田さんと別れた。
ただただ春田さんの向こう側の普通の幸せを願って。
・・・いや、本当は逃げ出しただけだ。
春田さんを巻き込むのが怖くて・・・。未来の、後悔する春田さんを見るのがつらくて。
今なら、戻れる。戻してあげられる。
自分の心が悲鳴を上げていても、血を流していても、太陽のような彼をこちら側に引き込んでしまうことにくらべたら、なんでもない。
そう思っていた。
でも、二年たっても傷は癒えない。今なお、心はどくどくと血を流しならも半分壊死したように動かないまま。
あの、くしゃっと笑う彼の笑顔を忘れることなんてできないのだと、毎日毎日思い知らされる。
あの宝石のようなひとときを自分から手放した。
もう戻らないその重さに毎日押しつぶされそうになる。
何も考えたくなくて、仕事に打ち込んだ。
体を壊すぞと、まわりから忠告を受けてもやめられなかった。
仕事をしている間だけは、痛みを忘れることができた。
春田さんは、あの夜から二週間後・・・
天空不動産を退社していた。
[newpage]
Side:H
ひさびさの東京。
春田創一は東京駅に降り立った。
カジュアルな麻の紺色ジャケット、スタイルの良い長い脚をすらりとみせるグレイのパンツ。
ちらっと見えるインナーと指し色の靴がシンプルながらおしゃれを引き立て、通り過ぎる乗降客の視線をあつめている。
なつかしい。なんだか、空気も空も違って見える。
近くに公園でもあるのか、風に乗って金木犀の香りが漂ってくる。
もう秋なんだな。
2年前、もう東京には、牧の近くにはいられないと天空不動産をやめる決意をした。
ある人の勧めもあって、不動産開発や起業支援の企画を請け負う会社『[[rb:7seas > セブンシーズ]]』と言う会社に入社し、その神戸支店で働いてきた。
7seasでの仕事で、春田の子どものような柔軟な考えと自分さえ無意識に相手に気に入られてしまう能力、そして天空不動産での経験が上手く活かされ、おもしろいように会社自体も順調に業績をのばしていた。
小さいながらも社内での春田の評価は「エース」ともいえる存在にまで成長していた。
二年ぶりの感傷にひたる春田をよそに隣の男が話しかける。
「はーるたさん、おなかすいた!なんかうまいもん、食べさしてくださいよ~」
「なに、お前今ついたばっかじゃんか、アキ」
アキと呼ばれたその男は宇都宮[[rb:英良 > あきら]]という。ちょっと舌ったらずなしゃべり方。小動物か、犬で言えばテリアのような愛嬌のある大きな黒目が印象的な青年で人懐こい雰囲気をまとっていた。それに笑顔で答える春田を見ると、二人の仲のよさを垣間見ることができる。
「まずは、腹ごしらえでしょ、どっかおいしいもん食べさしてくださいよぉ」
「はー? なにお前、奢られんの前提みてーな言い方!俺ら同期だろ、対等対等」
「同期ったって年齢8こも違うんで! あと、リーダー就任おめでとうございまーす!ってことで」
「なにそれ。逆じゃね? 俺のほうがもらうほうだわ」
「じゃー、なんか作ってくださいよぉ。これからしばらく俺らお隣さんなんですよね」
そのよしみで!なんて片目をつぶってみせる。
「はああ?どこまで図々しいんだよ。明日の資料準備したいからムリ!」
神戸支社から、東京本社へ。
その引継ぎはとうにできていたが、なじみの顧客から、異動当日の今日までどうしても一言伝えたいと挨拶の電話やら餞別を持ってきた来客やらがあってばたばたしてしまった。
でも明日はどうしても、キチンとしたい。
どうしても。
「だぁいじょうぶ。はるたさんいつも完璧じゃないですか。
仕事できる、人当たりいい、料理できる、スタイルいい、センスいい、ときどきちょっとぬけてるっぽいところも萌えるって、総務の女子たちも言ってましたよ」
「は—--?何の話してんの? つーか、ガールズトーク普通に参加してんじゃねーよ。
てかさ、・・・俺ら泊まるとこ炊飯器ついてるとこにしてもらったんだよな・・・。あーもぉ、ったく、時間もったいないからピラフとかスープとかそんなんでいいか?」
頭の中で、メニューにあわせた食材を検索する。
「やぁったー! はるたさんの飯、大好き! ホテルじゃなく、ウィークリーマンションって主張してよかったです」
「なんだよ~、おまえか!住むとこ決まるまでだから、ホテルがいいって言ってたのに!」
「いやいや、俺だけだと思ってたんですよ。そもそも、はるたさん、実家こっちですよね?」
「う、ん。・・・それは。まあ、いいんだ」
思わず、言い淀む。
「家庭の事情ってヤツですか?」
なら、追求はしないですよぉ。そういって、お口にチャックのジェスチャー。
「おまえ、たいがい子どもだな」
はー、とため息ひとつ。あきれながらも、この2年間、この年下の同期の明るさと子どもっぽさに助けられてきた。
とにかく、明日だ。
がんばろう。
[newpage]
2年前のあの日、
『別れましょう』
『春田さんと一緒にいても、苦しいことばっかりです』
『俺は、春田さんの事なんて好きじゃない』
そういわれた。
俺は朝が来ても、動くことができなかった。
ちいさな物音と足音。そのあと、ドアを開ける音。
そして、わずかな間のあと、そのドアが閉まった。
目の前が真っ暗になった。
体が重い。
ぐるぐる同じことを考えていた。
なんで、なんで…。
なぜあの時、突然牧があんなに苦しそうに別れを切り出したのか、その理由は・・・。
「苦しい」
「幸せじゃない」
・・・俺のせい?
俺の存在が、牧を苦しめてる。
どうしたら、その痛みを和らげてあげられる?
それは・・・、原因の「俺の存在」をなくすこと?
そう思い至って、愕然とする。
自分に悪いところがあったから、牧を傷つけた。
自分が牧を守れるような男でなかったから、牧に苦しい思いをさせた。
牧を苦しめているのが自分であるのならば、
あんなふうに涙を流す牧を見るくらいならば。
牧と過ごした自分をなくすんだ。
牧を苦しめるダメな自分をなくす。
牧の前から消えて、自分を変えるんだ。
自分の心が悲鳴を上げていても、血を流していても、牧を苦しめることにくらべたら、なんでもないことだ。
・・・そう思った。
天空不動産本社会議室。
受付は知らない顔だった。ここに通されるまでも、知り合いには一人も会わなかった。
落ち着かない様子で相手を待つ春田に上司の伊織が話しかける。
「春田は本社に来るのは、退職のとき以来か。」
伊織は上司といっても、社長だ。
社長が自ら出張ってくることで、本気を見せたいということなのだろう。
‘大人の色気と余裕’という言葉からイメージした人間を作ったらおおよそこんな人間になるだろう、という奇跡の42歳。
頭も切れるが、一筋縄でいかないその性格にはいつも振り回されながらも、最後はその懐の深さで甘えさせられていた。
伊織のフルネームは黒澤伊織という。
黒澤の兄の子ども。つまり甥っ子だった。
見た目はもちろんとして、その仕事ぶりを見るにつけ、つくづく血筋というのは恐ろしい、と実感させられる。
「あー、ですね。本社の会議に参加すること自体が、初めてですよ。」
知らず、答える声が震える。
「お、なんだ、めずらしいな。緊張してんのか。
会議たって、今日は顔合わせ程度だ。それにもう、だいたいこの路線でやってくってのは決まってんだから。」
「はあ」
「お前らしくいけ」
伊織は多くは語らない。
そうだ、俺は変わったんだ、プレゼンだって何度もやってきた。大きな契約だってまとめてきたんじゃないか。
そうだ、そもそも今日のために頑張ってきた。
やれる。やれる。
深呼吸した。そのときドアが開いた。
[newpage]
Side:M
部長の渡部と共に会議室に向かう牧は、違和感のようなものを感じていた。
もらっていた資料自体は、頭に入れてある。今日は単なる顔合わせだといっていた。
よくある会合のひとつ、それだけの話。
でも何か、あれから首の後ろがチリチリとうずくような、何かが始まる前触れのような。
「いやー、お待たせしたね」
渡部が声をかける。
すでに先方とは顔見知りなのだろう、渡部の表情からもくだけた様子がよみとれる。
視界があいたそのとき、目に飛び込んできたその人は・・・。
「は、るたさん・・・っ」
「はじめまして、プロジェクトに参加させていただきます。『7seas』代表取締役の黒澤伊織です」
「今回のプロジェクトで弊社側のリーダーを務めさせていただきます。春田創一です」
堂々とした様子と声の調子からは2年前の春田の片鱗も感じることはできない。
「どうも、伊織君。それから、久しぶりだなー、春田。改めて挨拶も変な感じだが、開発事業部の渡部だ」
「はい。ご無沙汰してます。このたびはお世話になります」
渡部はイチから知っていたということだ。
「・・・開発事業部の牧です」
この空気に呑まれてやっと、それだけ告げる。
「おお、うちの若手の最有望株だ。今回のプロジェクトのリーダーをしてもらっているんだ。よろしく頼むよ」
さらっと、春田の事は知ってるよな、と付け加える。
・・・はい、とても。
心の中で返事をする。
まだ、事態が飲み込めていない。・・・落ち着け、自分。
会いたくて会いたくて、でも、自分から手放して、望んではいけない人。
その人が目の前にいる。
心拍数が跳ね上がる、体中が心臓になったようだ。
渡部の肩越しに彼が見える。
うああああぁぁぁあ、誰だ、このかっこいい人。
こういった場面で、いつもわたわたと挙動不審を絵に描いたような行動をとってしまうはずのあの人は、ウソみたいにリーダー然とした威厳を漂わせていた。
少しやせた彼の体の線にあわせたスーツは、一目で仕立てのよいものだとわかる。スーツとネクタイはさわやかな組み合わせの上級者の色使い。
自分の知っているこの人はこんなことできなかったはず。
先ほどからいつもと様子の違う牧に渡部が不審な表情をみせる。
気がついて慌てて一礼して、席に着く。
仕事、だ。
今にもあふれ出しそうな心の動揺は、無理やりしまいこんだ。
あれ、じゃ、あの資料・・・。
「この度は、お忙しい中、不躾なお願いをしてしまいまして・・・。
資料、お目通しいただけましたか? こいつ、頑張って作ってたんでね」
親指で春田を指しながら伊織が目で訴える。
なるほど、それが‘先入観’の理由か。
「拝見しました。正直勉強になりました、素晴らしい内容だと思います。今後練っていってぜひ反映できる部分を実行していきたいと思いました」
「「ありがとうございます!」」
満足そうに、目を細める伊織。
深く息を吐く春田。
「では、すでにごらんいただいておりますので補足の部分と行政の新情報も含めて、少しお時間をいただいてお話させていただきたいのですがよいでしょうか?」
「あー。じゃあ牧、話聞いといてもらえるか。早々に悪いが中座させてもらうよ。春田、次の全体会のプレゼン楽しみにしてるよ」
席を立つ、渡部。
「あ、部長、ひとつだけ確認したいことが・・・」
後を追って伊織が席を立つ。
「久しぶりです・・・。春田さん」
残された牧が、口を開く。
「ごめ、ごめん。は、話させて」
とたんにびくっと、体を震わせてさっきとはまるで別人のように、カミカミで、視線が定まらない春田にかわる。
「ちょ、ちょっと、まって」
ぎゅーと目を閉じて、カッと目をあけたと思ったら先ほどの様子がウソのようにまた少し前の堂々とした春田になって話し始める。
「このたびの、プロジェクトでは・・・」
そんな様子に牧も無理やり仕事モードにギアを入れる。
ほかの事は頭から追い出して議題に集中し、疑問点を指摘すると、スッと的確な答えが返ってくる。
そんなことを、2,3繰り返していると伊織が帰ってきた。
「あ、話し終わったかな?牧さん、どうでした。諸々クリアになりましたか」
「わたしのような若輩者が偉そうな感想ですが・・・、本当によく調べてありますね。ビジネスパートナーとして協力し合える関係を築けるお相手だ。そう思いました。今後、よろしくお願いいたします」
「「こちらこそ、よろしくお願いいたします」」
あー、と呻くような声を出して、小さく笑顔でガッツポーズする春田さんを目の端で捕らえる。
思い出の中の彼らしい姿に思わず、笑顔になってしまう。
視線を感じたのか、春田は急に緊張した様子に戻った。
「では、失礼しました。今後はもう一人宇都宮というのが担当としてきますのでよろしくお願いします」
伊織が、場をまとめるように話し初回の顔合わせは終了となった。
伊織が席を立ち、先に出て行くのを確認してから
春田が視線を床に落としたまま、いう
「牧・・・さん。
俺、変わったから。もう、お前といたときの俺じゃないから。
だから安心して。
・・・そんなの、もう、きっととっくに関係ないだろうけど。
では、失礼しました」
ぺこっと、頭を下げて部屋を出て行った。
胸の中に小さく燈った暖かな灯りが、あっという間に消えて、またさらに深い暗闇に包まれたような気がした。
[newpage]
Side:H
会議室をでて、一つ目の角を曲がり、エレベーターホールにたどり着くと春田は
「どあああああああぁぁ」
大仰なため息をついてひざから崩れて座り込む。
「あれが牧ちゃんかー、かわいいな。まー、わかるわ、お前の気持ち」
「伊織さん—--。やめてください。あ、あっ、へ、変な目で見るの禁止ですから!」
今の俺にそんなこと言う資格ないんですけど!とぶつぶつ続ける。
「顔、見れませんでしたよ。俺ぇ」
「まだまだ、修行が足りんな」
そういうとわずかに微笑んだ伊織は春田の頭にぽんぽんと手のひらをのせた。
ちーん
目の前のエレベーターのドアが開いた。
「あ、はるたさーん!」
「お、アキ」
スーツ姿のアキがエレベーターから飛び出してきた。
「タイミングばっちり、今、終わったとこですか?」
「うん、今な。お前の方は」
「心配されるなんて心外ですよ。俺のほうは、今日のところは引継ぎの延長みたいなものですから」
「さ、二人とも、さっさと帰って、牧さんからの質問部分再度、確認するぞ」
「まき、さん・・・?」
「ああ、天空のリーダーだ。アキも次のとき、会えるぞ」
ふうーん、と小さくうなずいてから、おもむろに春田に振り返ったアキは、何かに目を留めて
「…あ、まだ聞いてなかった!どうでした? 今日の首尾は?」
「俺の方こそ心外だっつーの。誰にきいてんの、上々だよ、決まってんだろ」
「やっぱり!おめでとうございます!」
言うが早いが、春田に抱きつく。
「おま、ばか、ここ天空の本社だッ!」
真っ赤な顔をして、アキを引き剥がす。
「いいじゃないですか、気になってわざわざ寄ってあげたんですよ」
「もう、お前ら取引先だぞ。場所考えろ、子どもか!?さ、帰るぞ。」
促されて3人はちょうどきたエレベーターに乗り込んだ。
二年前・・・
牧が別れを切り出されてから・・・、
春田はあてどもなく、街をさまようようになってしまっていた。
家にいても職場にいても何を見ても、牧のことを思い出してしまう。それがつらくて。
そんなある日、蝶子と一緒にいた伊織と出会った。
蝶子は離婚を機に友人と経営しているセレクトショップの規模を大きくしたい、その件で伊織に相談をもちかけていた。
蝶子がたまたま、視線を外に振ったとき、車道方向に引きつけられるようにふらつく人物をみつけた。
「えっ、春田くん!?あぶない」
あわてて走り寄り、その人物を支える。
「酔っ払っているのかと思ったわよ。どうしたの、ふらふらして」
よくよくみると春田のあまりの変わりぶりに驚く。一見してやつれて顔色が悪い、目線も定まっていないようだ。
元夫に『はるたん』と呼ばれていたお人よしを絵に描いたような彼とはあまりに違いすぎる。
何も話したがらなかった彼から時間をかけて話を聞いた。
このまま溜め込んでしまっては、春田がだめになる、そんな鬼気迫るような緊張感を感じてのことだ。
元はといえば、蝶子の夫婦生活を壊した破壊神。
怨んでいたっておかしくない。
でも理屈でなく、放っておけない。彼には周りの人間にそう思わせるような、そんな力をもっているのだろう。
そして初対面の伊織に対してもその力は発揮された。
話を聞き終えた伊織はこんな提案をしたのだ。
「うちの会社、業務拡大するんだけど、不動産わかる人間探してんだよね、やってみない?変われるかもよ。新天地・神戸、どお?」
だんだん焦点を結んできた春田の瞳の前に、手を差し出す。
「ま、武蔵さんにはめちゃめちゃ怨まれそうだけど」
続けて小さな声で、付け加えた。
春田は、その手を掴む事にした。
二週間の慌しい引継ぎのあと、春田は最低限の荷物を持って神戸へと旅立った。
伊織の会社は、少数精鋭だ。
なんでも自分で考え、自分で責任でやり遂げるスキルを求められる。
報告連絡はもちろんするのだが、稟議などの手間なく自らの判断で決断できる。
優柔不断の春田には、最初ハードルが高かった。
悩む彼に伊織は自分がどうしたいか、明確にするようアドバイスした。
それでも難しい顔をする春田に
自分がリスペクトする人物ならばどうするか考えてみるんだ、と。
すっと霧が晴れたような気がした。
部長なら、武川なら、牧ならこういうとき、何を第一に考えるか。何をもって決定打とするか。
そしてそれはなぜか。
相手の気持ちを考えると自ずと答えが見てくる気がした。
それをきっかけに春田は少しづつかわっていった。
その変化は、仕事面だけでなく、生活面でも現れていた。
あの日、牧が言っていた俺の10個のダメなとこ。
それから、牧の負担になっていただろう事。指摘されたこと。
そして、そもそもひとりで生活できるようになれるように。
何事も後回しにしないで何でもその場でやりおえるようにした。
それだけで、一人暮らしの家事もためずに片付けられるようになった。
料理もネットでなるべく手のかからないレシピを検索して作る努力をした。
やってみたらちょっと楽しくなってピーマンだけはまだ苦手だけど、たいていのものは小さくきったり、味付けでごまかして食べられるようになった。
友達や知り合いのいない神戸の生活。
趣味のものもすべて東京においてきてしまった。
仕事以外の時間は、生活力を高めるためにつかった。
季節が変わっていって、1年経って・・・。
ワイシャツがきれいにアイロンが掛けられるようになって、ニヤっとする。
これ、俺、大人になったんじゃねーの。
ひとりで、やっていけるじゃん。
でも、あれ・・・。
牧を苦しめる、「俺」はいなくなったけど、
「今の俺」はどこにいったらいいんだ?
[newpage]
Side:M
会いたくて会いたくて会いたかった人に会えた。
それは、自分から手放した人で、願ってはいけない人だった。
でも、ほんの少しの可能性で、会いに来てくれたのかと思った。
夢で見るよりも、大人っぽい容姿、隙のない振舞い、
でも、わずかにのぞいた笑顔は自分が大好きな彼の少年の部分を残していて・・・。
かっこよすぎだろ。
蓋をしていた心の中の想いがあふれ出してクラクラする。
理性を総動員させて仕事モードで乗り切ろうと必死にコントロールした。
この後、どうしたらいい。
手を伸ばしてもいいの?
わずかな望みに、勇気を出して話しかけようとしたその時、春田に宣告された。
『牧・・・さん。
俺、変わったから。もう、お前といたときの俺じゃないから。
だから安心して。
・・・そんなの、もう、きっととっくに関係ないだろうけど。』
もう、以前の関係ではないのだと思い知らされた。
とっくに関係は終わっていると・・・。
目の前が真っ暗になった。
会うまでは、これ以上落ち込むことなんてないと考えていたけど、こんなことってあるんだ。
ダメ押しもあった。
呆然とドアを開けて、開発事業部へ戻ろうとエレベーターホールへ向かったときだ。
見てしまった、春田さんに笑顔で抱きつく男・・・。
そして、その男は立ちつくす俺を見て、笑った。
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公式を好きすぎて、妄想暴走中です。<br />6話別れからの春田、天空不動産退職してたっていう妄想です。<br />友だちには戻れない二人を書きたくて。<br />部長がシンデレラなのでほんのーりピノキ〇エッセンス入れてみました。<br />どうやったって、二人には幸せになってほしい。<br />モブもたくさん出ます。<br />公式本に書いてあったりすることもしれっと入ってたりするので、苦手な方は自衛お願いします。<br /><br />デイリーランキング小説女子に人気ランキング61位に入ったそうです。<br />デイリーランキング小説ランキング55位に入ったそうです<br />シリーズ全部ランキングはいりました!<br />ありがとうございます!!<br />皆様のおかげです。<br /><br />ずうぅっと、創作してこなかったのに、こんな気持ちにさせてくれたOLの力に慄くばかり。<br />あくまで、妄想です。<br />駄文ですがよければお付き合いください。<br /><br />コメント・フォロー・ブクマ・いいね、本当にうれしいです。<br />ありがとうございます。
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星に願いを1
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10031622#1
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[chapter:はたらく細胞と名探偵コナンのクロスオーバーです!!]
・血球たちがコナンの世界に転生したよ!
・細胞が人間になったよ! 細かいことは気にするな!
・前世(?)の記憶あるよ!
・細胞たちに人間っぽい名前がついてるよ!
赤血球→[[rb:三和 > みわ]]
白血球→[[rb:珀 > はく]] など
・なんかもう本当に細かいことは気にしないでくださいお願いします
続きを! と言ってくださる方が複数いらっしゃいまして、嬉しくてつい調子に乗ってしまいました。
雰囲気でお楽しみください。
[newpage]
人に溢れたショッピングモールのなかで、パンフレットらしき小さな紙を広げて首を捻る赤い後ろ姿を見つけた。
「三和さん」
「あれ、安室さん? こんにちは!」
「こんにちは。お買い物ですか?」
「はい、そうなんです。お友達と約束をしていて……」
そのわりには、目にうっすらと涙を浮かべて困り顔だ。
「もしかして、待ち合わせの場所がわからないんですか?」
「そ、そうなんです! それどころか、今自分がどこにいるのかもわからなくて!」
そういえば、少女は自分のことをことある事に酷い方向音痴なのだと言っていた。「仕事だと思うとあんまり迷わないんですけど……」とは本人の弁だ。安室には真偽のほどはわからないが。
「どこで待ち合わせされているんですか?」
「えっと、グレイテスト・ジャーニー、だったと思います」
「……完全に反対方向ですね」
「なんですとっ!?」
激しくショックを受けているらしい表情と、元気なく垂れるアホ毛が可愛らしくて、思わずクスリと笑ってしまう。
「もしよろしければ、そこまでご一緒しましょうか?」
「え、いいんですか!?」
「はい。急ぐ用事もありませんので」
「お願いします」
少女は潔く自力での到達は諦めたようで、綺麗に90度の礼をした。
──[[rb:セルズ > Cells]]疑惑が浮上してから、降谷は徹底的に少女とあの青年のことを調べあげた。
結果、少女の方はほぼ真っ白。“ほぼ”というのは、生まれてすぐ児童養護施設の前に捨てられており、いつ生まれたのか、誰の子供なのかがはっきりしていないせいだ。年齢は推定値になるが17歳。それも、生まれてすぐ捨てられたことはわかっているため、大きく間違っているということはないだろう。児童養護施設の職員に戸籍登録をされてからの経歴に怪しい点はなく、今現在に至るまで補導歴・犯罪歴はなし。中学を卒業してすぐに働いているが、職場での評判もよく、職場自体も真っ白だった。
しかし、問題は青年の方だ。[[rb:飯館 > いいしろ]][[rb:珀 > はく]]と名乗った青年。こちらも、結果だけ言えば白だった。少女と同じく、児童養護施設に捨てられ、親ではない人間に戸籍を作られた。それだけならよかったのだが、問題は──どれだけ調べても、中学校卒業後の動向が何も出てこないことだ。普段どこで暮らしているのか、日中何をしているのか、仕事はしているのか、その全てがわからない。張り込みをさせても、ふらっと消えてはまたふらっと現れる。もちろん、データベースには登録されていない。何も出てこないという意味では白だが、あまりにも情報が少なすぎた。
以上のことから安室が出した結論は、瀬木三和は「自覚のないままに[[rb:セルズ > Cells]]の活動に利用されている可能性がある一般市民」で、飯館珀については「わからないが、半分黒だと認識しておく」だった。
あの後一度、それとなく赤血球と呼ばれていた訳を聞いてみると、顔を赤らめながら、
『えっと、その……昔のくせというか、あだ名……のようなもので! それが定着しちゃって、今でもたまに呼ばれるんです』
何かを隠している気配もあったが、過去のごっこ遊びのあだ名など大きくなった今では黒歴史でしかないだろうから深くは追求しないでおいた。つまり、彼女は幼少期から[[rb:セルズ > Cells]]と関わりがあった可能性があるという事だ。
ともかく、少女に関しては降谷が安室として保護・監察を行うことになった。
まだ、100%完全に疑いが晴れたわけではないが、この純真そうな少女がとりあえず敵ではなくて、柄にもなくほっとしてしまった。当然、もし本当に利用していたら全力で叩き潰す気である。
──善良な日本市民に手を出して、ただで帰れると思うなよ。
「あ、マーシーさん!」
「三和ちゃーん」
たどり着いたグレイテスト・ジャーニーは、和洋折衷エスニック、なんでもありのバイキング形式のレストランだった。
エプロンドレスを着た女性が安室に目を向ける、ただそれだけで、ぴしっと音がしそうな程背筋が伸びた。
まるで、警察学校時代、一番恐ろしいと言われたあの教官を前にしたときのような──
「あら? そちらの方は……」
「安室さんです!」
「こんにちは、安室透です」
「あの喫茶店の店員さんだったかしら?」
「そうそう、そうです! 迷子になってたら、ここまで案内して下さったんですよ」
「まぁ、そうだったのね」
左手を頬に添え、淑やかに笑う姿は普通の女性で、先程感じた背筋が思わず伸びるような気配の正体は掴めない。
「三和ちゃんがお世話になりました、安室さん」
「ありがとうございました!」
「いえいえ。丁度暇でしたので」
暇ではないのだが、今は安室透として地固めをするための時間だ。少女が友人であることで安室透の現実味が増すのだから、あながち多忙な降谷としても無駄な時間ではない。
「本当にありがとうございました、安室さん。このご恩は必ず!」
「では、またポアロにいらしてください」
「はい、もちろんです!」
そのとき、女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
安室が咄嗟に三和とマーシーを庇うと、その横を弾丸のように人が走り去っていく。
「な、何があったんですか!?」
困惑する少女に返事をすることなく目を凝らせば、騒ぎの中心が見えてくる。
煌めく白いものは──刃物。
「……あらあら」
「ひぇっ」
緊張した三和の声とは裏腹に、のんびりとしたマーシーの声に違和感を覚えるが、気にしている暇はない。
「お二人は逃げてください!」
小さな男の子が、人の並に揉まれて転び、取り残された。
それを見て走り出そうとした安室を制するように、マーシーは横をすり抜け、振り向いて微笑む。
「いえ……安室さん、三和ちゃんをお願いしますわ」
「は、はい」
有無を言わせぬ気迫のようなものを感じ、思わず返事をしてしまった。
マーシーはピンク色の皮のカバンを手に、刃物を持った男のもとへと進んでいく。
「え、ま、待ってください!」
「さ~、お仕事、お仕事♪」
この場に似合わぬ笑みを浮かべ、長いスカートをものともせず滑るように駆けていくマーシーを、安室は止めることができない。
「お気をつけてー!」
「大丈夫、なんですか?」
「はい。マーシーさんはとっても強いんですよ。少し心配ですけど……きっと大丈夫です!」
両手をぎゅっと握りしめ、少し不安が見えるが──それでもその目は、マーシーへの信頼で溢れていた。
「ああぁぁああ!」
マーシーは子供と男の間に割り込み、振り下ろされた刃物をそのカバンの金属部分で受け止める。
「ふふ、悪い抗原さんですね?」
刃物を弾かれたその勢いだけで、男は数歩後ずさった。
マーシーの方は、全く無理をしているように見えない。汗のひとつもかかず、まるで窓辺に佇む令嬢のような出で立ちで微笑んでいる。
「うらぁぁあああああ!」
「え~い♡」
男の刃物がマーシーに当たる前に、ピンクのカバンが男の脇腹に撃ち込まれた。
“撃ち込まれた”という表現が妥当だと思えるくらい強い打撃。
ふわり、とスカートが優雅に広がった。
「がっ」
男はその1音以上の悲鳴すら許されず、そのまま5メートルは離れた壁に打ちつけられる。
秒殺だった。
その鈍く、しかし大きく響いた音に、逃げ惑っていた人々は皆一度足を止めた。
「ふふっ。あら、私ったら。抗原提示をしないとですね」
何事もなかったかのように、マーシーは上品に笑う。
「何者なんですか……」
「幼稚園の先生ですよ。きっと、あの男の子が転んでしまったので、お仕事モードになったんだと思います」
──いやいや、幼稚園の先生は仕事モードになったところであんな力は出せない。はず。違うのか。俺が知らないだけで、世間の幼稚園教諭は子供を守るためならあれくらいできるのか。どうなんだ!?
「お疲れ様です! マーシーさん!」
今見てしまった光景の衝撃が強すぎて、安室も他の人々と同じように少し意識が遠のいていたようだ。気づけば、背後にいたはずの三和が大きくマーシーに手を振りながら走り、転んだ子供を助け起こしていた。
「大丈夫?」
「お、おねぇちゃん……」
「よしよし、怖かったねぇ」
幾度となく事件に巻き込まれている三和を助けたからわかったことだが、彼女は事件からの立ち直りが早い。事件に遭ってしまったときは人並みに驚くのだが、解決してしまえばケロッとしている。
──僕の周りは強い女性ばかりだ……。
“強い”で片付けてはいけない人種が多数紛れていると知りながら、安室はそれ以上考えるのをやめたのであった。
視界の端では、マーシーがカバンの中から細い縄を取り出し男を縛り上げながら、穏やかな声で通報していた。
「あら? もう終わりなんですね。[[rb:細菌さん > 悪い方々]]は、1匹見たら5万はいると思っていたのですけれど……」
「やだなぁ、人間は分裂も増殖もしませんよ、マクロファージさん!」
──マクロファージさん?
▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢
上がってきた報告書に目を通し、ため息をつく。
マーシー・ガーナード。瀬木三和や飯館珀と同じく、生後まもなく捨てられた孤児。おそらく外国の血が入っているが、国籍は日本。現在は幼稚園に勤務し、職場での信頼も厚く、保護者からの評判も良い。
逮捕歴はないが──数々の事件現場に立ち会い、過剰防衛スレスレで犯人を退けること計13回。犯罪率が異常なこの街では、ほかの場所でならアウトな過剰防衛も許容される傾向にある。そんなことを気にしているうちに刺されかねない、というわけだ。
資料によれば武術の経験はないそうだが、先日見た光景を思い出せば、技など要らないくらい圧倒的な力で制圧してきたということだろう。
そして、問題は──彼女が「マクロファージ」と呼ばれていたという証言が、複数上がっていることだった。
「マクロファージ……」
免疫細胞、白血球の一種だ。しかし、“白血球”はすでに飯館珀が呼ばれていた名だ。
黒の組織で言えば、コードネーム“ウイスキー”の他に、“バーボン”“スコッチ”“ライ”がいるようなものだ。当然、ありえない話ではない。白血球と言えば一般的に血管中を漂う好中球を指すことが多いから、マクロファージが白血球と呼ばれることは少ない。
「いや、なんで俺は細胞についてこんな真剣に考えているんだ……」
ぶつぶつと独り言を呟いて頭を抱え俯いてしまった上司に、風見はそっとお茶を差し入れた。
「[[rb:セルズ > Cells]]、ですか?」
「そうだ。構成員らしき人物と複数接触したが、全員関与を裏づける情報は得られなかった」
マクロファージは、免疫機能の中核を担う存在で、殺傷能力がかなり高い。あれだけの戦闘能力があれば、そう呼ばれることも頷ける。
「ところで、風見」
「はい」
「幼稚園教諭というものは、戦闘力が高くないとなれないのか?」
「そんなことはないと思いますが……。いえ、米花町では、多少の心得がなければ、子どもは守れないのではないでしょうか? 警察組織としてはあってはならない話ですが」
「なら、秘密組織の戦闘員が幼稚園教諭をしていてもおかしくない、のか……?」
「いえ、それはおかしいと思います」
「……そうか」
やはりおかしいようだ。あまりに普通にされるし、周りに物理的精神的に強すぎる女性ばかりだったから、一瞬そういうこともあるかと思ってしまった。
「お疲れなんですよ、降谷さん。少しお休みになってはいかがですか?」
「あぁ。そうする」
素直に進言を受け入れた降谷に、風見は内心かなり驚いた。どうやら、何をしたいか全くわからない雲のような秘密組織に、相当精神がやられているらしい。人間、存在が明確なものよりも、存在が朧気なものを追う方が辛いことも多々あるのだ。
「その前に、コードネームで白血球、どう思う?」
「えっと……呼びにくいと思います」
「……だよな」
[newpage]
[[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]]
・元AE3803
・今世でも方向音痴は治っていない。本当に、仕事だと迷う確率は下がる。残念ながら迷わないわけではない
・マクロファージたち免疫細胞が戦うことはもちろん心配だが、それでも彼女たちにしかできない、果たさなければならない仕事があるとわかっているし、そもそもその戦闘力を信頼しているので大人しく待っていられる
マーシー・ガーナード
・元マクロファージ
・穏やかで優しいお姉さん──だけど、子供のためなら頑張っちゃうぞ♡
・マクロファージの[[rb:殺傷 > せんとう]]能力:かなり強い
・強いからマクロファージと呼ばれているのではなく、マクロファージだから強いのだと言うことを降谷さんは知らない
安室透
・言わずと知れたトリプルフェイス
・なぜかマーシーの前だとぴしっとしてしまう
・お疲れ気味
・こんなにも心身ともに疲弊して[[rb:セルズ > Cells]]を追っているのに、残念ながらそんな組織は存在すらしない不憫な人
風見さん
・お疲れ気味。降谷さんは多分そういうことを聞きたかったんじゃなかったと思う
・降谷さんは全ての情報を風見さんも共有しているが、あまりに情報が少ないため「まだ俺にも言えない極秘事項があるのか……」と勘違いしている
・こんなにも降谷さんを疲弊させるなど……[[rb:セルズ > Cells]]、どんな極悪組織なんだ……。
・そのせいでどんどん[[rb:セルズ > Cells]]が風見さんのなかで極悪組織に成長していく
細胞たちについて
全員、生まれてすぐ児童養護施設に預けられている。
実は、親がおらず、どういうわけか“発生”している。という裏設定。
[[rb:セルズ > Cells]]
幽霊組織
お粗末さまでした(・ワ・)
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『はたらく細胞』の血球たちが、『名探偵コナン』の世界に生まれ変わって大暴れ……することもなく、それぞれがわりと平穏な日常(一部を除く)を送っていたら、なぜか公安にマークされていた!? セルズ(Cells)──細胞の名前をコードネームとする、存在も、活動も、構成員も何もかも不明な秘密結社。※元細胞たちに自覚はありません。<br /><br /> あっ、ごめんなさい細胞が転生とかほんとよくわからないですよね石を投げないで! 好きなことだけを書きました。<br /><br /> コナン夢ではない。多分。オリ主は出てきません。主人公は赤血球ちゃんです。注意事項は1ページ目に。<br /><br /> ……調子に乗って続けてしまった……。
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うっかり前世の名前で呼びあったら公安に睨まれていました~2~
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10032018#1
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注意書き
1、無断転載、晒しの行為はやめて下さい。
2、腐向けじゃないです。そう見える方は帰ってどうぞ。
3、荒らしはやめて下さい。私ではなく、フォローさん、マイピクさんに迷惑をかけないでください。
4、性格や見た目を捏造している可能性があります。
5、これは私の世界です。あなたの世界ではありません。
最後に、これを読まず、あれこれいう人は知りません。私の世界は、パロディ色や人外色の強めです。プロフを、一から最後まで読んで、それでも理解できないなら、別にいいです。だけど、喧嘩は買いませんし、文句も聞きません。クレームは帰ってどうぞ。
理解できない人は帰ってください。
理解できる人はぜひ、楽しんでください。
少しキツい言葉となっておりますが、自衛のため、彼らのためです。ご理解の方をよろしくお願いします。
それでは、私の世界観をお楽しみください。
[newpage]
鬱とコネシマの付き合いは案外にも長く、かれこれ、十年ほどの付き合いになるのか。本人達もいつからつるんでいるのか定かではないが、一緒にいて楽、気を使わなくていいしといった感じだ。
「鬱。」
「ん。」
朝食だって、こんな具合に、名前を呼ばれた鬱が、すぐ近くにあったマヨネーズをコネシマに渡せば、あっ、と声を零す。
「ほい。」
「さんきゅ。」
お茶のお代わりだったようで、まだ温かい紅茶をコネシマが当然のように注ぐ。メンバーは見れ慣れており、慣れてない者達は動揺する。
「阿吽の呼吸だよね、本当に。」
ひとらんがそう言えば、二人とも否定。ほぼ同時の動きで、クスクスと笑い声がもれる。
「ちゃうねん。鬱が単純なだけやねん。」
「違くて、シッマの考えが簡単なだけやで。」
ほぼ同じ回答。とうとう、耐えられなくなったエーミールは、ツボに入ったようで、大爆笑している。
「なんや、エーミール。そんなに面白いか?」
「だって、君ら、息ピッタリだよ。」
二人揃って、同じように首を傾げると、ほらな!とシャオロンが言った。
「大先生、今日、予定は?」
「休めって、しんぺいさんにな〜。ちょっと、街の方に遊びに行ってくるわ。」
玄関先まで見送りに来たコネシマにそう返せば、分かったわと言う。
「ホンマは一緒に行きたいのは、山々なんやけど。トントンの仕事、手伝ってやらんとな。」
「とんち、一番、処理するもんが多いからなー。僕、ガバして、仕事増やしそうやし。シッマ、適任やな。」
総統補佐官、もとい、国のNo.2であるトントンの仕事はとても多く、首が回らないという言葉を表しているようだ。鬱も手伝うことが多く、主に翻訳を担当している。コネシマの仕事は、簡単のようで、とてもめんどくさい仕分けだ。
「アホみたいに、資料送ってきたとこがあってな。それの仕分け。」
「そのあと、僕が翻訳するんやろうな。」
ポンポンと会話が弾む。けれども、そろそろ、遊びに行きたいし、コネシマは仕事に行きたい。端末機につけているウサギのキーホルダーをコネシマに渡し、コネシマは鬱にドッグタグを渡す。
「あっ、アイツらを警護につけるわ。」
「えっ、アイツらって?」
受け取ったドックダグを首にかけた鬱は、首を傾げる。まあまあ、アイツらは強いしなと、コネシマが納得したように言うのだ。
アイツらというのは、今日、たまたま、非番だったスパルタクスとショッピだ。しかし、この二人は仲が良くない。というよりも、スパルタクスが一方的に嫌っており、ショッピもそれに感化されてか、スパルタクスが苦手なのだ。もう一つが、自分のことだ。
「お二人さーん。仲良くな。」
スパルタクスは無視、ショッピは分かりやすく頷いてくれる。スパルタクスは無能な人間、弱い人間を嫌いようで、鬱はその傘に普通に入る。ショッピは、コネシマから、鬱がどんなに凄いやつか、頭がどれだけいいかを耳にタコができるほど、聞いている。だからこそ、鬱を尊敬している。鬱を尊敬できてないスパルタクスを嫌うのも、納得出来てしまう。スパルタクスは後ろの方に、ショッピは進んで、鬱の真横に。
「大先生。先輩の弱点教えてくださいよ。」
「シッマの弱点ねぇ。」
たわいもない会話をし、鬱の足は目的地に向かう。そこは、生地屋だ。
「いらっしゃい!おや、鬱さんじゃないか。」
「どうも〜。ご無沙汰しています。」
店主であるふっくらとした体つきの女性は、鬱と親しげに話す。慣れた様子で、生地を一つ一つ、物色していく。
「大先生、何を買いに来たんですか?」
「シッマの新しいリストバンドの生地。あと、トントンのマフラー。」
こっちの赤がいいか、この色のリストバンドはどうか見ているようだ。裁縫なんぞしない二人からすれば、色の違いなんて分からない。と、ショッピがとある色に目をつけた。
「この色、先輩っぽい。」
「おお、水色ね。確かに、アイツらしい色やね。」
渡された水色のタオル生地。すると、それを見たスパルタクスが、負けじと言わんばかりにもう一つ、布を差し出した。
「こちらの生地の方が、隊長らしいと思います。」
「赤と黒の、縞模様。悪くはないね。」
ギリと二人が睨み合ったのを無視し、二つの生地を見比べる。後輩二人が選んでくれた生地。それを無下にできない。
「よし、二つ作るか。」
そう決め、店主に渡す。あと、二人が選んでいた間に決めていた、赤い色の毛糸を渡す。
「毎度あり!」
「おおきに。二人とも、行くで。」
まだ睨み合ってる二人に声をかけ、店をあとにする。頭の中には、お気に入りの雑貨屋、カフェのことでいっぱいだ。
あのあと、二人をめちゃくちゃに連れ回し、荷物を持たせ、カフェに行った。こんなに楽しい日は久しぶりで、後輩二人のこともよく知れた。いつもは、コネシマと買い物に行く。彼は、何も言わず、鬱の買い物に付き合い、荷物を持ってくれる。コネシマのズルいとこは、そこだ。女の子なら、キュンキュンしてしまう。
「あ〜、楽しかった!二人ともありがとうな。」
「い、いえ。お役に立てなら。」
二人とも、途中からいがみ合うのはやめ、鬱の荷物をどう持つかで話し合うほど。楽しかった鬱は、テンションが高い。鼻歌を歌うほどだ。
「スパルタクス。大先生がどんな人がわかった?」
「あ、ああ。あまり仲良くない後輩二人を、手慣れた様子でぶん回す。これに付き合ってるのか、隊長は。」
心が無いとか言われてるコネシマだが、これについて行けるのだから、結構優しいのではと思う。
「あ、そうだ。最後に、あそこのお菓子屋によっていこ!シュークリームがめちゃくちゃ美味しくて。」
と、鬱の青い目がショッピを見た。その意味が分からず、首を傾げれば、危ないと突き飛ばされた。
「ちょ、鬱さん!?」
驚いたのは、もちろん二人。そして、パンと乾いた音が響いた。ショッピは尻もちをつきながらも、しっかりと荷物を守った。そして、目の前には。
「大先生?」
蹲り、こめかみから血を流す彼がいた。
[newpage]
コネシマの殺気が爆走に上がっていく。彼の脳内は、襲撃犯をぶち殺すことしかない。
「シッマ、平気やって。」
「平気なわけあるか。」
あのあと、スパルタクスがショッピの荷物を奪うように持ち、ショッピが彼を抱えて、医務室に行った。幸いなことに、しんぺいがいて、すぐに治療ができた。こめかみを掠ったくらいだったが、数センチズレていたら、危なかったとしんぺい。その言葉に、二人は冷や汗をかいた。
「しんぺいさんが、二、三週間で完治するって。」
「お前、もっと自分を大事にしろや。」
連絡を聞いて、血相を変えて、走ってきたのは彼の養父でもあるくられ、コネシマ、そして、幹部の面々、グルッペンだ。
「そう、そうだよね。さっき、くられ先生にめちゃくちゃ怒られたっけ。」
「なら、よし。あの二人、顔面真っ青やったんやで。なんだかんだ、後輩には好かれてるで、お前。」
そうだと、鬱。やってしまったと言わんばかりの顔だが、まあ、しょうがないかとも言う。
「ゾムさん、動き早かったよな。ものの、三十分で襲撃犯を捕まえんだよね。」
「そうやで。雇われたから、別にあの国に義理はないからで、ボロボロ話してな。」
その襲撃犯は、命乞いもせずに、あの国には興味ないからと言い、どこに雇われたのか、いくらで雇われたのか、また、狙うべき相手はと、全部話した。また、襲撃犯は、ショッピを狙った理由はヘルメットをかぶってるからというのだ。いきなり、彼が飛び出したのを、想定外と言った。
「お詫び、してやらんとな。」
「せやな。飯でも作ってやれ。」
鬱の頭をポンポンと撫でてから、じゃあ、休めよと医務室をあとにした。
スパルタクスは、三日三晩、考えた。自分は何に嫉妬していたのか。それは、コネシマの相棒という立場というものと気づいた。すぐさま、情報管理部に頼み込んで、コネシマと鬱が共闘している映像を貸してもらった。素晴らしいという称賛の声しかでなかった。自分が馬鹿らしく、恥ずかしいものに感じた。そして、部下達の鬱に対する評価に、まずいと感じた。そうだ、更生すればいい。隊長にも喜んでいただけると、考えついた。そこで。
「ロボロ副長と鬱隊長のハッキング技術は、誰も真似できないんだぞ!そして、なりより、ロボロ副長にハッキングを教えたのは、他でもない鬱隊長なんだ!」
「オスマン外交官と鬱さんの、お茶会見たことあるか!?花園だぞ、花園!」
同じような考えの者がいるようで、声をかけたら、あっという間に集まった。そして、部下達の更生が始まった。現場を仕切っているのは、鬱だけの部下で、後輩、護衛係の軍曹だ。ガスマスク越しの目つきはいつもより冷たい。竹刀ではなく、ムチを振るう。鬼軍曹がそこにいる。
「やべぇーッスね。この状況。」
「ショッピか。見ろ、これだけの人数が先輩をバカにしていた。」
確かに、先輩をバカにされたら、ショッピだって、ムカつく。けど、ここまでするかという絵面だ。
「三日後、開戦。無茶させるなよ。」
「了解した。」
それだけを言い、ムチが空を切る。ビクビクしている兵士もいるが、これにビビっていては、兵士の風上にも置けない。だらしねぇ奴らと、口の中で小さく呟き、またと軍曹に手を振った。向かう先は、医務室。自分を庇った、鈍臭い先輩のお見舞いにだ。
[newpage]
【軽く人物設定】
鬱先生→軽々と命をぶん投げる人。過去にも色々やらかしており、グルッペンとトントンの苦労が加速する。女子よりも女子力が高く、裁縫も料理もお手のもの。くられは養父で、薬理メンバーは親戚の叔父的な立場。
コネシマ→鬱の相棒で親友。阿吽の呼吸で、敵を翻弄させる。鬱自身、前線に出る機会はほぼ無くなったのを危惧していたら、案の定の部下の反応に頭が痛くなったようだが…
ショッピ→先輩殺すマン。鬱にピーちゃんというあだ名をもらい、ちょっと得意げ。今回の一件で、スパルタクスとはまあ、友人じゃない?という関係になった。
軍曹→鬱の後輩。下手したら、誰よりも過保護の節がある。元々、部下達は締め上げるつもりだったので、スパルタクスにはそれなりに感謝している。先輩、俺はあなたを誰よりも守りますよと的なスタンスである。
【あとがき】
お久しぶりです、作者です。生きてますよー!最近、就職が決まったのと軽くスランプ期です。また落ち着いて、面白い話が思いつきましたら、随時更新しますね!
それでは!
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ブチ切れコネシマと怪我した大先生。
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相棒
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10032334#1
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注意事項。
・コナン夢で男のオリ主がいます。
・息をするかのように救済しています。
・Dom/Subユニバースの設定が含まれております。
・腐では無いですが、製造元が腐っているのでそう見えるかもしれません。
・製造元としては愛玩の気持ち。
・合言葉はご都合主義。
・原作のあるキャラにモブが威張ります。
・地雷持ちの方はご自衛下さい。
読了後の批判は受け付けておりません。
・ふわっとした軽いお気持ちでお読みください。
────────────────────
煩わしい視線に舌打ちをする。
俺を遠巻きに見て腫れ物に触れるかのような対応をするDomも、態度は平然を装っているがあからさまな態度をするSwitchも、視線を合わす度期待に瞳を輝かせるSubも全てクソ喰らえだ。
警視庁からスーツだけ掴んで外に出る。そのままネクタイを緩めながら、切れたタバコを購入するために近場のコンビニへと足を向けた。
ヤニが切れたからか、思い出したくもない過去のある出来事を思い出した。
どいつもこいつもなんも知らねぇ癖に俺が稀に見るレベルの強さのDomだからといって、厚顔無恥に接してきやがって…!!
ギリ、と奥歯を噛み締める。どれもこれも全てあいつらのせいだ。
「ここにありったけの金を詰めろ。今すぐにだ」
テメェらよく警察庁が近くにあるここで強盗なんかしようとしたな。
俺みてぇに刑事が利用するって考えてねぇんか、クソが。
こっちがやっとタバコを買い終えて一服しようとした矢先に、拳銃を手にした目出し帽を被った男3人が店内に足を踏み入れ俺を含む店内にいた僅かばかりの客を手を後ろ手にロープで固定することで制圧した。
店員についても同じく、1番ひ弱そうな女性だけを残してあとの店員も制圧された。制圧の手際の良さや店内に入ってからの迅速な行動を顧みるに、計画的犯行もしくは前科持ちであることが容易に予想出来た。
店員が拳銃を突きつけられながら、震えながらも現金をバックに詰めるとこを急かすことなく監視していることから、逃走経路や逃走車両も全て手配済みなんだろうと予測する。警察庁の近場であるこのコンビニを選んだのは、自分たちの力量を警察に示すためか。それとも、シャバに出てから就ける職業もねぇから手っ取り早く金を稼ぐ手段としてコンビニ強盗を選び、綿密に作られた計画により何も出来なかった哀れな警察を嘲笑うためか。
どっちにしろ興味ねぇな。犯罪者の考えることなんか、分かりたくもねぇ。
その時急に、強盗の男二人が拳銃を持ったまま店内をうろつき始めた。彷徨く理由なんて簡単だ。第二性の確認に来たんだろう。
その行動から考えられる男たちの第二性はどちらもDom。きっとあの頭的立ち位置のやつもDom。2人よりも強いDomだろう。Glareをされ腰が抜けたらSub。何かしら反応をしたらSwitch。何も反応がなければDom。
DomはDom同士で相手の力量を測ることができる。やり方は簡単、互いにGlareをぶつけ合い強制的にKneelをさせた方が強いDomだ。相手に優位を取りたい時、今のように加減もせずGlareをする手に負えねぇDomの鼻をへし折るには、
「Kneel!!」
「___頭を垂れて、跪け。」
相手にぶつけられた以上のGlareをするのが手っ取り早い。
ドサ、なんて生易しい音じゃない。崩れ落ちるようにして跪いた男たちを見下ろしながら手首を回す。
縄抜け術なんて大層なもんじゃねぇ。
ただ単純に、自ら脱臼をしてそれをハメただけの事だ。
男たちの拳銃を回収して、そいつらの小指を結束バンドで固定する。抜けられないように、は勿論だが抜けようとして痛い目を見ろという気持ちが九分九厘あった。
「…まさか、サラリーマンの方がおひとりで来れるとはびっくりしました。」
頭は感情的な人間じゃない。んなもん予想済みだ。
どんなグループでも1人は冷静な奴がいねぇと壊れる。にしてもこいつ今サラリーマンっったか?ま、刑事に見えねぇのなら万々歳だ。潰すのに加減はいらねぇからな。
「計画の邪魔をされる訳にはいかないんです。」
「すみません、抵抗するな。」
ピリ、と背筋に嫌な何かを感じる。だが地面に足をつけるレベルじゃねぇ。お前はお前以上に強いDomにあったことはねぇんだろうが、こちとらあまりにも強すぎるDom性に辟易してるんだわ。
加減はしねぇ、そっちも本気だったんだからな。
反応が無い俺に訝しげな表情を浮かべたそいつだが、俺と視線が交わった途端に目出し帽越しでも分かるほど表情を強ばらせた。それと同時に、生気が薄れていく。
「…ァ」
こいつは何も言わなくても理解したらしい。俺がお前より圧倒的に格上で、挑んだことを後悔するくらいに俺が
「______跪け。こういうもんだが、着いてくるよな?あ''??」
凶悪すぎるほどDom性の強い、刑事だということに。
後に犯人はこう語った。あの凶悪な笑みからして、警察手帳は偽物だと思った、と。
「枸くん!!」
やっと一息つけると思って、タバコに火をつけたら肩で息をするセンパイで俺の名を呼んだ。
「ちは、高木センパイ」
火をつけたばかりのタバコを携帯灰皿に捨てた。
特にニコチン中毒という訳では無い。ただ気持ちを切り替える手段として喫煙をしているだけだ。
「あ、タバコ…」
ただ火をつけただけのタバコを捨てたことに気づいたのか、高木センパイは「俺のせいだよね、ごめんね」的な副音声が聞こえてでもくるかのようなしょんぼりとした顔をした。
「良いんすよ別に。ニコ中では無いんで」
その言葉に嘘だろお前みたいな表情をした高木センパイが振り返ったんだが…そんなに吸ってたか?吸ってるわ。
自己完結したところで目暮さんのとこに着い
た。
「藤峰。今回の件についてだが」
神妙な面持ちの目暮さんにへらりと笑って返す。
「手柄について別に固執してるわけじゃねぇんで大丈夫っすわ。……ッチ、とっととその席譲れよ狸野郎共め」
ぼそ、と呟いたつもりだったが隣にいた伊達さんには筒抜けだったらしい。拳骨を落とされた。
「…はぁ。お前なぁ、自分が危うい立ち位置にいること考えて話せ」
「…俺が刑事になったのは、第二性を考えた上で選んだ訳ではありません。1人でも多くの犯罪者をぶたば…ゴホン…刑務所に突っ込むためです。」
「上層部の顔色伺って行動するのは、俺の理念に反します。」
「……んとに、クソジジイ共が…俺がDomだからといってやっていいことと悪ぃ事の違いもわかんねぇのか。そんなに耄碌してんなら辞めちまえ。」
ギリ、と奥歯を噛み締める俺にセンパイ方は流石に取り繕ったが否定はしなかった。
「おーおー、今日も荒れてんなぁ。研二さんで癒されるか?枸」
「!!研二さん!!!!!!!」
勢い余ってタックルしてしまったが流石元爆弾処理班のWエースの片割れ。よろめきはしたが、しっかり抱き留めてくれた。
「ほんっとに上層部嫌い!!!クソ!!!!!今度あったら割かしキツめのGlareして跪かせてやるからな!!」
研二さんに抱きついたまま、撫でやすいように下げてくれた頭をひたすら撫で続ける。ぼさぼさにしたら元に直すように梳くようにして撫でる。そしたらまたぼさぼさにする。それを何度か繰り返したことでやっと頭が冷えてきた。
「…キツめのGlareをするのはやめよう。上層部の方々はSubもしくはSubよりのSwitchが多いから、ちょっと威圧しときゃ面倒事に巻き込まれねぇだろ……」
研二さんのあっつい胸筋に顔を埋めながらもごもごと呟く。そう言えば、あれ?
「じんペーさんは?? …ってあ''!?」
研二さんの逞しい胸筋から離されたと思ったら、死んだ目をしたじんペーさんにひたすら高い高いをされ続けた。怖……!俺の中の幼女先輩ガチ泣きしてる…
高い高いを10回ほどされ、俺を持ち上げたままふらつくことなくじんペーさんが聞いてきた。
「…お前痩せた??」
「え、嘘やろ」
ぺたぺた体に触れてみる。んんー??肉付きは特に変わらない気がする。あばらが浮いてるとかもないし、3食欠かさず食ってるし…。
地面とやっとこんにちはしたと思ったら、すぐに研二さんに抱き上げられた。
「…500gぐらい減ってる気がする」
「それは差し支えないのでは」
と真面目な顔で答えると、生暖かい視線を向けてきていた伊達さんが答えた。
「お前態度は人一倍デカイくせに、小柄だからな。舐められやすいんじゃないか?」
「……こ、小柄じゃねぇっすよ??ただ、警視庁の身体基準一覧でぎりぎり入ってるって
だけで…」
最初のアレからして、高身長のイケメンだと思った??残念でした。小柄で、女顔の、ちょっと舐められ易いただの刑事です。
舐めてかかってきたらそれなりの対応するけどな!!
「…小さい方が可愛いだろ」
俺の髪の毛を指に絡めるようにして撫でる松田さんがとんでもない暴言を吐いた。
「…じんペーさんも研二さんもおっきいからそんなこと言えるんすよ。」
身長ネタは俺にとって良いもんじゃねぇから、思わずしょぼんとした顔になる。
そしたらじんペーさんが両手で心臓を、研二さんが抱き締めている俺で顔を覆ったんだけどナニコレ?
「…研二さんそこで泣かれるとスーツ汚れるんすけど」
くぐもった嗚咽がどことなく聞こえてきたのできっと研二さんだろうと予測をつけて口を開くと、
「…とうとい」
ぐすぐす鼻を鳴らしながらそんなことを言われた。
いや、尊いとかどうでもいいから泣き止んでくれ。
なんでこの人急に泣き始めたんだ、怖。
俺と元爆弾処理班のWエースである萩原研二さん、松田陣平さんと出会ったのは7年前、高校に入学してまだ間もない時に住んでいたマンションに爆弾が仕掛けられておりそれを解除しに来た研二さんと会ったことから現在まで関係が続いている。
その日はちょうど休日で、俺は夜遅くまでゲームをして中々目を覚まさなかった。昔から眠りの深い俺はバタバタと忙しない足音を聞いてもこれっぽちも目が覚めなかった。
そんな俺が目を覚ましたのは、鬱陶しいくらい鳴り響くチャイムの音だった。
「……んぁ?なに、うるさいなー」
ベットから降りて寝巻きのまま寝室のドアを開ける。ここでいつもより煩いなくらいの感想しか出てこなかった俺は完璧に寝惚けていた。
それでも尚鳴り響くチャイムの音が寝起きの頭にガンガン響いて、少し、そう少しばかりイライラしていたのは確かだ。
上下の鍵を解除して、チェーンロックも外して、ドアを開ける。
休日を他人の手によって起こされた事にイライラしていた俺は、扉の向こうにいた相手を寝ぼけ眼で睨みつけた。
「…なんすか」
扉の向こうの相手はびくり、と肩を震わせたがそれまでだった。
「ここのマンションに爆弾が仕掛けられていて、避難指示出したんだけど、気づかなかった?」
少し表情を強ばらせた刑事さんはそう答えた。
それでやかましかったのかと納得する。
「…今まで寝てて気づかなかったす。これか
ら避難すればいいっすか?」
一応爆弾は解除したらしいがまだ危険なことに変わりはない。今すぐ避難しよう。と背を押す刑事さんが、気になっていたのかやや険しい表情で尋ねてきた。
「君、親御さんは?」
特に隠すほど重要なことでもないから素直に答えた。
「施設育ちなんでいません。」
その答えに驚いたのか、やや間を開けてすまないと謝られた。今更気にするようなことでもないから、良いです。と答えた。
エレベーターは機能していないらしいので階段で降りていると、あるフロアで先導していた刑事さんが足を止めた。
「萩原、お疲れ。俺からエースの座を奪ったんだから上手くやったよな。」
「いえいえ。これぐらいどおってことないです。エースですからね。それでその後ろにいる子が、逃げ遅れた子っすか?」
「ああ。」
その異様な光景に思わず息を止めた。この人はきっと爆弾に対するプロ、爆弾処理班なんだろう。そういった工具を手にしていることから想像出来る。
ただ、なんでこの人は____
「……なぁ、刑事さん。」
網膜がちり、と熱を持ったような気がする。
「__あんた、なんで防護服着てない。」
Glareをしないように、拳を握りしめる。
この人はSubだと訴える本能が強制的にGlareをしようとするのを抑えつける。あまりにも強いDomだと警察にバレるのはあまり良くない、と口酸っぱく言ってきた職員の顔もチラつく。
は、と息をつく。冷静に、クレバーに。と考えれば考えるほど、神経が熱く焼ききれるような錯覚に陥る。
「あんたは、爆弾処理班としての誇りをどこにやった。」
握りしめる拳がぎちぎちと音を立てる。
「その行為が、人命を救う刑事として正しいものかのかと理解しているのかあんたは」
ギリ、と歯を食いしばる。
感情任せに怒鳴り散らしたいと願うDomとしての本能を抑えつけて、呆然とする萩原と呼ばれた刑事を下から睨み上げる。
「____テメェのやってることが!」
「___自分の!ひいては市民の!命を犠牲
にする行為だとなぜ気づかない!!」
感情の赴くまま怒鳴り散らしたいと考える本能を抑えつけるため、意識を手のひらへと集中する。
「その慢心が自分自身を傷つけないと何故言える。」
「本当に解除できたのかとなぜ疑問に思わない。あんたはプロだろ。」
「確実に殺すためにあんたらが追っている奴らは頭を使うことに気がいかないのか。それがフェイクだったら?実際はもう一個あったら?遠隔操作だったら?」
「あんたどうすんだ。テメェの命1個で賄えないほどの人間が死んだらどうする」
「あんたを亡くした人間はどうなる。慢心して、防護服を着ていなかったと聞いた両親はどうする。」
「行き場のない感情をどこにぶつけされるつもりだあんたは。仕掛けた犯人か?口煩く注意しなかった上司か?止めなかった友人か?」
プチ、と理性が切れた音がした。
「ちげえだろ!何も出来なかった自分自身にしか向けられない!!」
「その負い目を一生あんたは背負わせるつもりか!!」
目の前で崩れ落ちる刑事を冷えた視線で見つめる。カタカタと体全体を震わせる刑事を見てああやってしまったと後悔する。
Sub Drop。無理矢理従わせた訳では無いが、心が耐えきれなかったのだろうと予測する。実際は違うだろうが。
そこでやっと、手のひらから零れ落ちる血に気がついた。爪が皮膚を貫いて肉まで到達していたらしい、見るも無惨な状態だ。
肩で息をして、意識を落ち着けようとする。それでも尚自分がSub DropさせたSubへと意識が向いて中々落ち着かない。
そんな時不意に、カチと無機質な音が嫌に静かなフロアに響いた。
嘘だろ。マジで遠隔操作とか有り得んの。
動揺する俺を尻目に、俺を避難させようとした刑事は1番に避難指示を出した。
____そしてフロアには、俺とSub Dropした刑事だけが取り残された。
はぁ、と溜息をつく。俺は死んでも特に迷惑をかける人はいないが、この人にはいるのだろう。Sub Dropしてから携帯を握り締めている。
体格差からして抱き締めて逃げるのは無理。刻一刻とタイマーは0秒へと近づいていく。
フロアに設けられた踊り場から下を確認する。飛び降りてもいいように救助マットが置かれてることからして、そういうことだろう。
カタカタと震える刑事の頭に恐る恐る手を置いて、出来る限り優しく撫でる。
「__刑事さん、俺を助けてくれ。」
懇願する。第二性は関係ない。刑事の、爆弾処理班の情に訴えるように。
「____助けて。」
___刑事さんに抱き締められ飛び降りたその直後、マンションはいとも容易く爆発した。
爆風は届かない。身を持って守ってくれた刑事さんによって。
「…あんたは俺のヒーローだよ。」
聞こえたかは分からない。ただ、俺を見つめて泣きそうな表情をしたからきっと聞こえてたんだろうなって。そんな表情を見て気が抜けたのか、俺の意識は暗転した。
**
俺を見つめる瞳があまりにも真っ直ぐだった。
俺をただひたすらに心配するその言葉に、俺は救われた気がした。
目を開けると白い天井が映る。
あの後病院に運ばれたなんて火を見るより明らかだった。
俺はこれといった怪我は無かったが、彼の手は無惨なことになっていたことを思い出す。
は、と息をつく。手を開いて閉じてを数回繰り返して、ぐっと握りしめる。
「___いきてる。」
生命を奪い取ろうとする確固たる意思を持った爆弾を撤去するのが俺の仕事だ。
しかし、何時からだろう。
エースだと持て囃されて、防護服を着なくなっても松田以外に注意してくれるやつがいなくなったのは。
あの瞬間、気を抜いていた訳では無い。
しっかりと職務を全うした。ただ彼の言った通り、他の可能性に目を向けることが出来ていなかったからの失態だ。
視界が滲む。それは死を体感した恐怖からか、生きていることに安堵したからかは分からない。
隣のベットからもぞ、と体を動かす音が聞こえる。
そこでやっと俺は、隣に助けてくれた子がいたことを認識した。
もごもごと寝言を呟きながら寝返りを打つ彼。
小柄だし華奢だから小学校高学年~よくて中学生だろう。…え?俺そんな子どもに核心突かれたの?やばくない??
「……やばいな」
ぼそ、と呟くとそれを見計らっていたかのようにタイミングよく引き戸が開いた。
「萩原!起きたのか!!」
俺のベットに駆け寄ってきたのは松田。お前こんな時にまでサングラスつけてんの?取ろうぜ?
じと、とした俺の目線に気づいたのか松田はさっきより声を控えめにして答えた。
「言っとくが、お前が気絶してから1日経ってるからな。」
「エッ」
「……今日8日だぞ。テレビつけてみろ」
まだ寝ている彼に気をつけて、音量をかなり小さくしてニュースを見る。
「マジで?」
「だから言っただろ。」
舌打ちをした松田が俺から視線を少年に向ける。
「そいつが避難する時に背負ってたリュックから保険証見つけたんだが、そいつ高校生だとよ。」
「……こうこうせー???」
高校生ってなんだっけ?
あれれー?なんてアホみたいな表情を俺は浮かべていたのか、松田は青筋を立てながら胸元から保険証を取り出した。
「おら自分の目で確認しやがれ。」
藤峰枸。ふじみね…何だこの漢字??視線をずらしてローマ字を読む。
「……ふじみねひいらぎ」
俺が助けるべき善良な市民で、俺助けてくれた命の恩人の名はとても綺麗なものだった。
「……んぅ」
彼が重いであろう瞼を開ける。
そこから昨日俺を一心に見つめてきた色素の薄い茶色の瞳が覗く。
まだ寝惚けているぼやーっとした姿はやはり年不相応に幼い。
「…どこだここ」
伸びをひとつして、四方を伺う彼と視線が交わった。
「……おはようございます?」
「おはよう。…ふふ、寝癖ついてる。」
全く状況を把握しきれていない彼が可愛く見えて、寝癖がついた髪を直してやる。
うーわっ、超サラサラ。
「…ここは警察病院だ。昨日のあったことは覚えてるか?」
松田が椅子に座り直す。安っぽい音が静謐な空間に響いた。
「あー。俺が住んでたマンションに爆弾が仕掛けられてて、刑事さん…萩原さんでしたっけ?と飛び降りしたのは覚えてます。」
そんな可愛らしい見た目してんのに一人称俺とかギャップ…。
そんな俺の考えが顔に出てたのか松田に小突かれた。
「お前が施設暮らしだったこと。そして最近ある家族に引き取られたことは調べがついてる。その家族に連絡を取っても繋がらない。どういう事だ。」
松田の子どもに向けるには程遠いきつい視線にも彼はなんてことのないように答えた。
「……簡単ですよ。あの人たちが俺を引き取ったのは、親戚にいるであろう藤峰有希子…今は工藤有希子にただ恩を売りたいだけなんですから。」
吐き捨てる訳でも、これといった感情を見せる訳でもない。ただただ静かにそれを語った。
「あの人たちが俺を引き取ったのは両親と友人関係にあったから、と施設の人に言われましたが、本当は違う。ただ親戚にいるであろう工藤夫人が俺を見つけて、俺を引き取ったその人たちが彼女と交友関係を結びたいだけ。俺はただの工藤夫人と関係を持ちたいがためのパイプにしか過ぎない。」
語られた真実に、俺も松田も拳をぐっと握りしめる。
ただ有名人と交友関係を結びたいがために、幼い子どもを引き取るなんて…。
それをなんてことのないように語る彼が可哀想でしょうがないし、彼を引き取った家族に憤りしか感じない。
「……でも。最近知り合った所謂あしながおじさんの方がいらっしゃるんです。」
ふふ、と笑う彼は心底楽しそうに衝撃の事実を口にした。
「両親は事故死と断定されたのですが、どうやら最近手がかりが見つかったようで。」
「その手がかりは、両親が何者かに殺された。事故と装った他殺だと判断しうる証拠だったみたく。」
「捕まったんですよ?犯人。それが俺を引き取った家族だと言うのだから御笑い種ですよね」
にこにこと笑う彼が本当に面白いことを喋っているかのように言うから、俺たちは一瞬何を言っているかわからなかった。
「「え??」」
「ちょ、ちょっと待って!何その展開!?ドラマ!?ドラマなの!?」
「……もしかしてあしながおじさんっつーのは」
松田がハッとした表情を浮かべた。ついで俺も気づく。もしかして??
「それが工藤優作さんなんです。面白いですよね」
そんな時ニュースでアナウンサーが速報が入ったと慌ただしくしている。
『速報です!!先日報道したニュースでは事故死だと判断されていた藤峰樹さん、晴香さん夫妻が事故を装った他殺だったというニュースが入ってきました!』
めちゃくちゃタイミング良すぎ…。怖!!
けど、藤峰くんはほっとした顔をしているし一安心だな!
良かった良かった。と安心していると、ガラリと引き戸が開かれた。
「お!起きてるな萩原!!」
**
入ってきた人に思わず顔をしかめる。
この人は俺を避難させようとして、結局はドロップした萩原さんと俺を置いていった萩原さんにとっては上司の方だろう。
ただこの人に対する印象ははっきりいって良くない。
サングラスの刑事さんもあまり良い印象を抱いてないのか、仏頂面のまま見つめている。サングラスを掛けているのでどんな目で見つめているか分からないが、きっと心底冷えた目をしているのだろうという予想はできた。
この人はDom。Subである萩原さんにとっては第二性的にも立場的にも刃向かえない人間だろう。
「いやー。爆弾が遠隔操作で爆発した時は驚いたが、流石俺の部下でエースの座を奪っただけはある!!生きてたな!」
この人の印象が良くない理由としてはふたつある。ひとつは自分の命が大事とはいえ、一般人である俺を置いていったこと。
それと、
「……はは、そうっすね。」
意識的にか、いや、これは無意識だろうな。
萩原さんに対して、常にGlareしていることだ。
萩原さんがドロップした時から凡そ予想はついていたが、この人After careが下手くそ…いや違うな。このご時世でAfter careそのものを知らないのかこの人…!!
Domであろうサングラスの刑事さんが少しずつケアをしていても、この人がGlareをし続ければドロップする確率は限りなく高い。というかこの人よくこれだけGlareされ続けて、ケアも不完全なのにドロップしないな…。
元々精神的に強いのか、はたまた慣れてしまったのか。
俺が糾弾した時にドロップしたのは、きっと今まであの人が無意識にし続けたGlareに"爆弾"という命を脅かすものに精神的に参って、その上Glareされてあの人に言われた数々の言葉を思い出したのであろう。
あの人はきっと自分に不利な出来事が起きたら部下に丸投げするような人だと思う。
俺を置いていったのに俺に謝罪のひとつもないし、萩原さんが検査的なものであろうが入院しているのに心配する一言もないのだから彼はどうせ萩原さんならできるだろうと腹を括っていたのだろう。
俺を救うことも、爆弾を解除することも全て。
虫唾が走る程でもない、こんなのあの人たちに比べたら到底ましだ。
この人とあの人たちの明確な違いは、悪意があるかないかだ。悪意があるのならばそれなりに対応することは出来るが、この人のように全く悪意がなく萩原さんを追い詰めていることにも気づかない奴には対応もクソもない。
だからこそ、サングラスの刑事さんは拳を握りしめることで体面を保っているのだろう。
ただ、そいつが零した本音によって俺の腸が煮えくり返った。
「萩原はSubの割りには有能だよなー」
「とは言ってもやっぱ、DomがトップでSwitchが中間、Subが底辺ってのは変わりようはないけどな」
「警察の中にもSubのヤツらって少なからず居るけど、そんな対した活躍もしてねぇのになんで出世していくんだろうな?」
「上層部のDomに色仕掛けでもしたんかな?萩原はそんなことすんじゃねーぞ??出世したいなら俺のパートナーになってくれよ。お前それなりに顔は良いし、付き合ってくれるよな??」
「返事はもちろんYesしか受け付けないけどな!上に防護服着てないこと黙っててやったんだから、当然だろ?なぁ、萩原。」
……ほんっとに、どうしようもないクソ野郎だなこいつ。
サングラスの刑事さんが殴りかかろうとしたのを視界の隅に入れて、クソ野郎だけを見つめて静かにソレを言葉にした。
「_____跪け。」
立っていたそいつは呆気なく崩れ落ちた。
「嫌だなぁ。さっきから静かに聞いていればなんです?Domがトップで、Subが底辺?」
俺が口を開けば開くほど、空気が重くなる感覚に襲われる。
「何を言ってるんですか。トップとか底辺とか関係ねぇよ。DomもSubも対等だ。」
「偶に勘違いしてる人がいるんですよね。DomにはSubを選ぶ権利があるとかなんとか」
「アホ抜かせ。確かに昔はSubの人口が少なくてそういったことも通ったかもしれないが、現実を見ろ。DomもSwitchもSubも満遍なくいんだろ、この世の中には。」
「著名人がDomは公表しやすいが、Subは公表しにくいってのはこういう事だよ。あんたらみたいなSubはDomに支配されるべきと考える人間がいるから出来ねぇんだよ。」
「くっだらねぇ。DomがSubを必要としてるように、SubもDomを必要としてるんだよ。」
「あんたが結婚出来ねぇのはあんたに見合うSubが居ないからなんて腑抜けた理由じゃねぇ。意識的にしろ無意識にしろ、後輩に常日頃からGlareする奴と結婚したいなんて誰が考えるんだよ。」
「それに、あんたAfter careって知ってるか?知らねぇよな、Subは支配するものだもんな?」
「あんたがケアを怠るせいで萩原さんはあの時ドロップしたんだよ。常日頃からGlareされて精神状態はギリギリ、そこに爆弾なんてプラスされて見ろ。呆気なくドロップするだろ」
「てめぇがやったことは犯罪なんだよ。人権侵害。知ってるだろ?」
ひっ、と息を飲んだ男ににっこりと笑いかける。
「撤回も弁解の余地もねぇよ?最初から最後までぜーんぶ記録してるからな。」
「ねぇ、刑事さん?恨むんなら萩原さんじゃなくて俺を恨めよ。あんたくらいのDom潰すのは容易だ。」
「こちとらあまりに強いDom性に辟易としてんだ。」
「二度はねぇ、失せろ。」
Glareをやめると、重苦しい空気が一気に霧散する。
刑事さんに一睨みされるかと思ったが、睨みつける気力もなかったらしい。サングラスの人に連れられて病室を出ていった。
そこでやっと、深呼吸をする。
あそこまで気を張ってGlareをしたのは初めてだから、中々の疲労感に襲われた。
ぐ、と体を伸ばすと少しだけ疲労感が消えた気がする。
疲れたなーと独り言ちると、くいっと控えめに入院着が引っ張られた。
「……藤峰くん。あの、えっと…」
俺の入院着を引っ張った指は少し震えていて、当たり前かと納得する。Subの萩原さんには悪いことをした。
「いえ、別に気にしないでください。こればっかりは俺のただの意見の押しつけなので。」
そう、どれだけ本人に感謝をされようとも俺のあれは他人の意見を聞かずに意見を押し付けただけに近い。近いというか、押し付けだな。
どれだけあの人がSubに対して屈折した感情を持っていようとも、俺のあれはやりすぎだ。
儘ならねぇな、と思う。
俺のように平等だと声を上げる人もいればあの人のように平等では無いと声を上げる人がいる。
そういう人たちに共通するのは、自分が強者であるという思い込みしかない。
そんな感じのことを口にしたような気がする。曖昧なのは仕方が無い。だって、
「それでも、俺は嬉しかったから…!!」
なんて可愛らしく[[rb:萩原さん> 甘やかすべきSub]]が言ったから。
ぞわぞわと全身に歓喜が走った。Domには褒めてあげたいという欲求がある。
あれにはきっとDomやSubといった第二性は関係無いのだろう。ただしかし、俺にとっては足りなかったピースがかちりと嵌るような、満たされるような気持ちになったのは確かだ。脳内をできるだけ回転させていないと、パートナーでもないSubにがっついてしまう。
は、と思わず出た吐息はなんだか熱い気がした。
理性が揺さぶられ、本能が顔をだそうとする。
目の前のSubを甘やかしてどろどろにして、きっと褒められなれていないだろう彼が恥ずかしくなってもひたすら彼を褒め続けて…なんて欲求が脳内を駆け巡る。
「……ほめて、くれないの?」
俺の包帯に包まれた手を取って自分の頭に乗せる萩原さんがあまりにも可愛くて、いじらしくて___
「…God boy。貴方は立派な人だ。市民の命を助けるために、自分の命を犠牲にできる尊い人だ。」
声をひどく甘くして、彼の手によって置かれた手のひらで彼の頭を撫でる。優しく触れる。
彼に自分がいいこだと認識してもらう為に。
「__だけど。あまりに過ぎる自己犠牲精神は貴方の命を奪うのに相応しくない。」
「貴方は幸せにならなくちゃいけない。刑事だから幸せになっちゃいけないなんて誰も言わないよ。貴方に相応しいパートナーを見つけて、褒めてもらって、もし死ぬ時はああ幸せだったなって思いながら命の終わりを迎えて欲しい。」
頭に乗せていた手を耳の裏に回して、決して強くない力で引き寄せてこつんとおでこをひっつける。
「…貴方はいいこ。いいこだよ、萩原さん。」
萩原さんの瞳に蕩けた瞳の俺が映る。まだ怯えの残る瞳に、甘く笑いかける。
「職業柄、無傷で済むとは思ってない。けれどただ、貴方の綺麗な指が、体が、顔が傷つくのは我慢がならない。」
そこで少しだけ萩原さんが身じろぐ。無意識に軽くGlareをしてしまったらしい。耳の裏に回した左手はそのまま、右手で頬を撫でる。
「Good boy。いいこ。いいこだよ、萩原さん。」
今まで以上に声を甘く蕩かせて、瞳を意図的に細める。
「___いいこの萩原さんは、防護服着ようね」
萩原さんが防護服を着ないのは慢心じゃない。あの人に防護服を着なくても出来るとGlareをされて刷り込まれたのが原因だ。
そんな出来事を掻き消すように、いいこだとひたすらに繰り返す。
「いいこ。萩原さんはいいこだから、ちゃんと防護服着れるよね?」
瞳の怯えが無くなって、とろとろに瞳が蕩ける。
「…ん。__萩原じゃなくて、研二って呼んで?」
萩原さんのただでさえ甘い声がとろとろに蕩けて、もっと甘くなる。
「…研二さんはいいこ。いいこだよ。」
ちゅ、と控えめに彼のおでこに口をつけると恥ずかしそうにだけど満足げにとろとろに蕩けた瞳で笑った。
数分後、彼が寝付くまで控えめな口ずけは繰り返された。
「…萩原がこんな満足げに寝てんの久しぶりに見た。」
コツ、と足音を響かせて登場したのは例のサングラスの刑事さんだった。
「ケアしてとろとろに甘やかしたので…。えっと、」
名前と音にならずに空気に溶けたが、そういえば言ってなかったな。とサングラスさんは呟いた。
「……陣平」
「…苗字は?」
「苗字言ったらそっちでしか呼ばねぇだろ。陣平、はい復唱。」
「エッ……じ、じんペーさん?」
とろとろに蕩けてた状態ならまだ恥ずかしくは無いけど、流石に普通の状態で名前呼びは照れる。
頬がうっすら染まっている自覚はある。
けど、名前で呼ばないと何かやべぇ気配を感じたから呼んでみたら、椅子に腰掛けたじんペーさんが研二さんのベットに崩れ落ちた。
「……かわいい」
ん?今なんつったこの人?
「…今までDomのせいで面倒なSubばっか釣れたが、良いなお前。」
サングラス越しの瞳はそれはもう肉食獣若しくは猛禽類みたいな鋭さがあって…鋭さがあって?
ぞわ、と背筋に何かが走る。
「DomとSubがパートナーになんのは当たり前だが、Dom同士でもパートナーでもおかしくはねぇ。」
「萩原のことをお前が甘やかせばいいし、お前のことは俺が甘やかす。いい関係なんじゃねぇの?」
陣平さんの無骨で男らしいけど、すらりとした指が掛けていたサングラスを外す。
「エッ、エッ」
きゅ、と細められた目が俺のことを捕らえた気がした。
「逃がしてなんかやんねぇからな、枸?」
ちゅっとリップ音を立てて、目元に陣平さんのくちびるが落とされた。
そんなこんなで、俺たちの関係は続いてい
る。
────────────────────
藤峰枸(ふじみねひいらぎ)
Dom性の(それなりに)強いDom。
イライラしてると人間性が変わる。
素はただのぽんこつわんこ。
体躯は小柄だが態度はばりくそでかい。
萩原さんと松田さんにめちゃくちゃに甘やかされる。
「タバコを吸う理由は精神的安定を図る為です(`・ω・´)キリッ」
萩原さん
Sub。
爆死は免れた。
Subとして甘やかされるのも、歳上として甘やかすのも好き。
命の恩人でもあるし、権力を振りかざして良い気になっていた上司からも救ってくれたから、枸くんに向ける感情は割と重い。
甘やかしのプロ。
枸くんのあまりの可愛さに尊すぎて泣いた人。
「枸ー、研二さんと昼寝しようぜ?」
松田さん
Dom性の(まあまあ)強いDom。
周囲に対する牽制のために、自分と同じ銘柄のタバコを渡す悪いおとな。
Subとパートナーとか面倒だなと考えてたところに甘やかしたい枸くんと出会った。
友人の命の恩人というより、ただ甘やかしたいっていう感情が主。
撫でのプロ。
感情が天元突破すると推しに対するオタクのような行動をする。
「枸、飯食おうぜ?」
高木センパイ
SubよりのSwitch。
先輩達といる後輩がにゃんこにしか見えない。
可愛い弟分ができて幸せ。
伊達さん
DomよりのSwitch。
同期が後輩の後輩甘やかしてて幸せ。
どっちも大人になったなぁ…。
その他の方々
出番がなくて空気…。すまない……。
|
きっと、救いがあるのだろう。<br /><br />松田さんの妹の日常シリーズの息抜きで書きました本作品。<br />Dom/Subユニバースには夢が詰まってますよね…。<br />今回の主人公も相も変わらずぽんこつです。<br />ぽんこつだと思います多分。<br />頭脳明晰で博識なキャラクターを書くことの出来る作者様方には到底頭が上がりません…。<br />私が書く爆処組は面倒見が良い気がします。なんででしょう…?主人公がぽんこつだからですかね??<br /><br />今回の主人公はオリ男主です。<br />小柄なことを気にしつつも、態度がでかい子が好きです。それを甘やかす大人が性癖です。<br />続きの予定はありません。<br />続くとしたら、主人公くんに心を掻き乱される降谷さんとか、パパみ全開の赤井さんとか…??<br /><br />腐では無いのですが、製造元が腐っているのでそんな気配がしたら苦手な人はご自衛下さい。<br />合言葉はご都合主義。<br />モブがあるキャラに威張るのでご注意下さい。<br />私の性癖にしか考慮していないので、地雷持ちの方はご注意ください。<br />読了後の批判は受け付けておりません。<br /><br />【追記】<br />沢山の方に閲覧して頂き、100人以上の方にいいねとブックマークを頂きました…!<br />大変嬉しいです。狂喜乱舞してます。<br />これからも本作品をよろしくお願いします。<br /><br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2018年08月24日付の[小説] 女子に人気ランキング 59 位に入りました!<br /><br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2018年08月18日~2018年08月24日付の[小説] ルーキーランキング 3 位に入りました!<br /><br />エッ…エッ…これは夢ですか??<br />59位でも素晴らしいのに、3位???<br />旬ジャンルの影響力に恐れ戦いています……<br />これも全て読んでいただいた皆様のおかげです。<br />ありがとうございます!<br />これからも本作品をよろしくお願いします。
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甘やかして、蕩けさせて。その先は
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10032741#1
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「新一くん、ご飯できたよ」
ほかほかと美味しそうな湯気をたてる鍋。
食欲をそそる香りに腹が鳴った。
俺はソファから起き上がり、鍋を持つ男の方へ顔を向ける。
「ん……零さん、今日のご飯なに?」
「それは見てのお楽しみだよ」
ふふ、と嬉しそうに笑ってキッチンスペースに戻っていく男の背中をしばらく見つめ、俺はようやく立ち上がる。
「うわあ、今日も豪勢なこった…」
小さなテーブルの上には所狭しと様々な料理が並べれていた。
野菜と海老のマリネ、白身魚の日本酒煮込み。小さなチーズフォンデュまでもが丁寧に配置を考えて置かれていた。
どうやらメインディッシュのようで、先程の鍋は中央にでかでかと鎮座している。
どうにも中身が気になり、蓋をあけると中は薄い赤色をしたスープのようなもので満たされている。
なんだ、これ。匂いはカレーかシチューっぽいけど。
俺が不思議そうな顔をするのを見た男は、それはね、と得意気に話し始めた。
「ピンクシチューだよ。綺麗なピンク色が出るまで苦労したんだよ」
「ピ、ピンクシチュー?」
なんだそれ。
確かに言われてみれば鍋のそれは淡いピンクともいえる色をしている。
……でもこれ、ほんとに食べられるのか…?
エプロンを外しながら腰を下ろす男はハテナマークを浮かべて鍋を凝視する俺に苦笑しながらフォローを入れる。
「見た目はまあ、ハデかもしれないけど。コクが出るよう工夫もしたし、新一くんも食べやすいと思うよ」
「………………………いただきます」
意を決してスプーンで一口。
「う、うっめえ………!!」
それは完璧なシチューだった。
時間をかけて煮込まれたのか、具材は口に入れたとたんにホロホロと崩れ、ルーと絶妙にマッチしている。
やっぱこの人はすげえ!
ほう、ともれた賞賛は、それはよかったと穏やかな声とこれまた完璧な笑みで返された。
それからしばらくの間、目の前の男に見つめられながら食事を進める。
どこか楽しそうな顔で3杯目に突入した俺を見ている。
…そんなに見られると、なんだか食べにくいな。
「なあ。いつも思ってんだけどほんとに零さんは食べなくていいのか?」
毎度毎度この人は俺に食べさせるばかりで自分は料理に全く手をつけない。
零さんには必要ないって分かってても、やっぱなんか罪悪感沸くんだよな…。
うーん、と軽く腕組みをしてちょっと考え込む様子の男。
お、これはもしかして。一緒に食べてくれるのか?
初めてこの男と食事を共にすることができるかもしれない。
だが男から出た言葉は期待とは違うことだった。
「そうだね。食べてる新一くんを見てたら、僕もなんだかお腹が空いてきたなあ」
立ち上がり、俺の隣に移動してくる。
近い。遠目に見ても整っていると分かる顔は間近にあると一層破壊力を増す。
「今、もらってもいい?」
俺に許可をもとめるような形だが、その目は既に捕食者の目をしている。
シャツの襟首を引っ張られ、首が露出する。
俺はため息をつき、意味がないと知りつつお願いする。
「………目立たないところにしてくれよ?」
「善処するよ」
いただきます、の声と同時に首筋に温かい息がかかった。
その直後に針でさされたような痛み。
やっぱりまだ慣れねぇなこの感覚は…。
なんか、マーキングされてるみてぇだし…。
ジュ………と確かに血を啜る生々しい音に目を瞑る。
しばらくふんばっていると、ずる、気配が離れた。
「おっと。ごめん、貰いすぎちゃったかな」
同時にくら、と傾きかけた体が引き締まった褐色の腕に支えられる。
「いや、最近疲れてんのかだるいだけ」
「……新一くんは優しいね」
チュ、とリップ音がして唇になにやら柔らかい感触。
これももうこの食事の後には恒例となっていて、俺は続く数回にも抵抗せず受け入れる。
「鉄の味がする…」
「そりゃあ君の血をもらったからね」
「まじい………」
「僕は美味しいと思ってるよ」
「言ってろ………」
こっぱずかしいことをいう男から逃れようとするが、だるいうえに血を吸われた後では歯が立たなかった。
ああ、やっぱり力が入んねえ…。
「零さん、俺もう今日寝る…ベッドまで運んでくれ」
「……それは更なるご褒美と受け取ってもいいのかな?」
「バーロォ、俺は疲れてんだよ……また血が欲しいなら明日以降にしてくれ」
「いや、僕のほしいご褒美は……ってまあいいや」
何やら言いかけていたが途中でやめて男はそのまま俺を持ち上げる。
やっぱり軽いよ新一くん、ちゃんといっぱい食べないとと少し呆れた声が聞こえる。
あんたは俺の母さんか。
極力揺らさないように寝室まで運ばれ、ベッドにそっと下ろされる。
「僕も一緒に寝ていい?」
「……この前零さん俺のことしめ殺そうとしてきたからやだ…」
「人聞きが悪いな、抱き枕にしていただけじゃないか」
「このゴリラ………」
図々しくもそのまま布団に入ってくる。
くそ、俺が動けないからって好きにしやがって…。
頭の下に腕を入れられ、もう片方の腕で引き寄せられる。
完全に枕だ…。俺のことぬいぐるみかなんかと勘違いしてねえかこの人、いやこのゴリラ………。
でも、温もりが心地よくてすぐに睡魔が襲ってくる。
「おやすみ、新一くん」
「…おやすみ、零さん…」
またしても口付けられた。
俺の名前は工藤新一。17歳。
祓魔師、俗にいうエクソシストを養成する学校に通っている。
ゾンビ、吸血鬼、狼男、サキュバス、セイレーン、バンシーなどこの世には人ならざるものが多く存在している。
その多くは人間界とは別の世界、魔界で暮らしているが、人間界に下りてきて悪事を働くものがいたりする。
そいつらを祓い、魔界に送り返す。
それが祓魔師の職務である。
祓魔師は原則、人と魔物の両者を司る公的な機関である管理局に所属する。
俺の通う学校では、管理局に入所することを前提として学生の内から祓魔師の仕事を体験することができる。
俺の両親は立派な祓魔師である。
俺も遺伝子のなせるわざなのか、生まれた時から魔力が人より格段に強かった。だから俺が祓魔師となるのはほぼ決定事項だったそうだ。
幼馴染みである蘭や園子も同じく管理局に入ることを目指して同じ学校に通っている。
昔から知っている奴がいることで、俺の学生生活はかなり充実している。
強すぎる魔力は時として危険だからと幼少から父親に鍛えられていたこともあり、数年前から俺は管理局の仕事を週に一度、定期出向という形で手伝っている。
現在仕事をするときの相棒である、赤井秀一とも定期出向で出会った。
初めはなかなか怖い人だと思っていた。しかし捜査を進めるうちに段々とその優しい一面を知り、祓魔師としての心構えに共感するようになった。
協力して魔物を祓い捕らえた時には、赤井さんの方からも俺を認めてくれたのだ。
それからは監視兼補佐として、俺が管理局で仕事をする時にはいつもサポートしてくれる。
頼りにしている大人の一人である。
そんな順風満帆な日々を送っていたが、数ヶ月前にある変わった同居人を得た。
安室透、本名は零。
褐色の肌と光に透ける金髪、柔らかなライトブルーの瞳。
垂れ目で甘く整った顔をしているが、体はなかなか鍛えているようで筋肉はかなりある。
そしてなにより、人ではない。
吸血鬼である。
しかし吸血鬼としての力は弱く、魔物としての本能も薄い。
祓魔師の俺も会ったときには気づくことができなかったくらいである。
一度少量の血を吸うだけで一ヶ月は食事の必要がないらしい。
とてもハイブリッドな吸血鬼だ。
俺が初めて零さんに出会ったのは、やはり管理局での出向が終わり、家に帰る最中だった。
道端に血塗れで、人が倒れている。
魔物による罠という可能性もあるので、気配を確かめるが、魔力はほとんど感じない。
『大丈夫ですか!』
声をかけながら近づく。
頭を抱え顔をのぞきこむ。
するとそいつは目を開け、ひどく驚いたように俺を見返した。
すると俺の体が強張り、動かしづらくなる。
これは催眠……まさかこいつ、吸血鬼…?
しかし怪我しているからか、もともと力が弱いのか。俺にとってはなんてことないレベルの術だ。
軽く催眠を祓い、もう一度、今度は体を抱き起こす。
『や…めろ………なにする気だ…』
弱々しく抵抗する手を無視して、俺は吸血鬼の腹部に手を当て、癒しの術を施す。
しばらくそのまま見守っていると、大量の血は消え、傷跡も消えた。
『うし、これでどうだ?』
俺の声に体がピクッと反応した。
恐る恐る体を動かし、どこも痛むところがないのを確認した吸血鬼は俺を不思議そうに見つめる。
そこで初めて対面したそいつの顔は、他に例を見ないほどの美形だった。血塗れであるのが残念だが。
『なん、だ……?体が、軽い……傷もふさがってる…。一体なにをした?君は何者だ』
『ただの通りすがりの祓魔師だよ』
『まだ、ほんの子供に見えるが…』
『うるせえ、これでも腕はいいんだ』
『そうか、確かにそうだな。………ともあれ、助かった、ありがとう』
失礼なことを言われムッとしたが、ふっと目元を緩めて笑った吸血鬼の表情に俺は不覚にも顔を赤らめてしまった。
しばらくそいつを膝にのせたままでいたが、そいつは申し訳なさそうに、腹が減っていると訴えてきた。
魔物も祓魔師も自己回復にはそれなりに力が必要だ。
一番早く、他に迷惑がかからないのはすぐ近くの俺の家でなにかしら食べさせてやることだ。
もちろん魔物を、自分のテリトリーに入れるのはとても危険なことだ。赤井さんにも常々注意をされている。
でも、こいつほど力の弱い吸血鬼だったら例え暴れたとしても俺一人で十分押さえつけられる。
念のため、と思って相手に悟られないよう魔力をはかる術をかけてみたが、こいつの魔力はまったくと言っていいほど感じられず、こちらがびっくりするほどだった。
まだ悪さもしていない魔物を捕まえることはできない。そもそもこのまま放っておいたらこいつは今度こそ死んでしまうかもしれない。それは実に夢見が悪い。
そう考えて俺は提案した。
『俺の家に来るか?まだ治癒したばっかだし、他のたち悪い祓魔師に見つかったら厄介だろ』
お前、弱そうだし。そう言うとそいつはいいのかい?と照れくさそうにしながら俺のあとについてきた。
家にいれると、お邪魔しますと律儀に挨拶をした。
リビングのソファに座らせると、辺りを見回し良い部屋だね、と呟いた。
なかなか礼儀作法のちゃんとしている吸血鬼だ。
『なにか食べたいものあるか?人並みには作れると思うから、リクエストあったら言ってくれ』
シャツの袖をまくり、問いかけるとそいつはちょっと困った顔をした。
『どうした?』
『あのね、君の手料理にも興味はあるけれど……僕は吸血鬼だからね、血を分けてくれる方が早く回復するんだ』
『あ……………』
確かにそうだ。
吸血鬼を祓ったことはあれど、話などしたことないので普通の人間に対するおもてなしをしてしまった。
俺は少しいたたまれなくなって、袖をまくった腕を差し出す。
『わりぃ、そうだったな。じゃ、ここから飲めるか?』
『……………え?』
そいつはポカンとした顔で差し出された腕を見た。
『………なんだよ』
『ここからって…腕から飲めってことかい?』
『そうしなくてどっから飲むんだよ』
いいから早く飲めと差し出すと、そいつは少し考えた後にああ、そういうことかと勝手に納得したような声を出した。
『じゃあ。…いただきます』
ズブ、と牙が立てられる。
思ったより痛みはない。
血を啜る吸血鬼を見下ろして、なぜか背徳感を感じてしまい、思わず目をそらす。
なんかこの吸血鬼、エロい………。
舌とか妙に赤いし…。っていやいや、俺はノーマルだ、何を考えてるんだ俺…!
時間にして数分だったろうが、やけに長く感じた。
腕から牙が抜かれ、俺が袖を下ろそうと手をかけたとき。
『う、うわっ?!なんだこれっ』
パァアアアアっと青い光がさっきまで牙が刺されていた所から出た。
なんだこれ?!とまらねえ!
思わず手で塞いでとめようとするが、とまらない。
やがて光は目の前で静かにしていた吸血鬼の首もとに輪のように集まり、消えた。
吸血鬼は光の痕なのか、首もとに残る細い線を軽く撫で、床に座り込んでしまった俺を引っ張り起こす。
『大丈夫かい?初めての契約だろうから驚くのは当たり前だけど』
『け、契約?!?!』
なんだその不穏な単語は。
俺は嫌な予感を感じつつも尋ねる。
『なんだその、契約って』
『契約を知らないのか?君が望んだのに?』
俺が望んだ?どういうことだ?
いつもは基本機能以上に回ってくれる頭が働かない。
混乱している俺を見て、吸血鬼は本当に知らないのか…と言いつつ説明を始めた。
吸血鬼の話によると、古来魔物はそれぞれ一人の人間と契約を交わし、使役される代わりに魔物の望むものを得る関係を結んでいた。
時が経つにつれ、人間に使役されることに嫌気がさした魔物は魔界、つまり魔物だけが生活する世界で人間と関わらずに過ごすようになった。
しかし吸血鬼のようにどうしても人からなにかを得なければ生きていけない種族は、細々と契約を交わし続けてきていたのだ。
契約者となる人間にとっては、管理局が先導して魔物を祓っているにも関わらず魔物を手助けするような契約を交わすなど、人に言えたことではない。
ゆえに、魔物との契約について詳しく記載している資料や書物がないのは当然のことである。
しかし契約そのものは途絶えることなく、少ないとはいえ交わされていることは確かだ。
『……………とまあ、こんな感じで。契約のことは分かったね?』
『いや分かったけど……あんたそれ知っててなんで俺と契約したんだよ…とめてくれよ…』
『だって君は僕の命の恩人だ。恩人が僕を使役したいって願ってるなら契約を交わすくらいなんてことない』
どや、とキラキラしたなにかを飛ばしながら俺を見つめる吸血鬼。
こいつ、かなり天然、いや、アホだ…。
っていうか待てよ。
『俺一度も契約したいなんて言ってねえよな?!』
そもそも契約なんてことも知らなかったのだ。
そして俺に僕とか奴隷を従えたいだとかそういう危ない趣味は、ない。
『だって君、僕に直接血を吸わせたじゃないか』
『吸血鬼なんだから血をくれっていったのはお前だろ?!』
それに俺は他の吸血鬼が人を襲うところを見ているが、さっきの俺たちみたいに契約を交わしてしまったケースなど見たことがない。
『吸血鬼側にこの人に仕えたいだとか好意があって、人が死なない程度の量の吸血をして初めて契約が結ばれるんだ』
『好意があって血を吸えば契約になる?!そんなの契約結びたい放題じゃねえか?!』
『いや、そう簡単でもないんだ。そもそも吸血鬼に直接肌から血を飲ませるなんて今では滅多にないし、吸血鬼も人間から直接血をもらうことはしない』
だって感染症とか気になるじゃないか、と妙に人間くさいことを言う。
『それに僕が人間界に来たのだって、古文書で読んだ契約を試すためだったんだ。まあ、来て早々死にそうな目にあうとは思ってもなかったけど、結果君みたいに僕の理想を遥かに越えた人間と出会えたし。僕としては万々歳だよ』
そうやってニコニコと能天気に笑う吸血鬼に俺は目眩がしそうなほどの脱力感をおぼえた。
『…………解約方法とか、ねえのかよ?』
『え、ええ?!解約?!そんなあ、僕戦闘はからっきしだけど役に立つよ?!こう見えて料理が得意だし、ここに来るまで色々な書物も読んだから魔界のことだって詳しいよ。君が知りたいというなら教えられる!』
『…………………ううん』
なかなか魅力的だ。
なにしろ魔界のことは、俺たち人間にとって大部分が未知なのだ。
赤い月がいつでも輝き、海はいつも荒れている。陸地は東西南北の4大陸に分かれていて、それぞれの大陸はその地で最も力の強い魔物が領主として治めている。
俺が知っているのはこれくらいで、管理局の赤井さんから教えてもらったことだ。
彼もそれ以外のことは分からないらしい。
どうして魔物のことはある程度、それこそ封じる術を編み出すほど熟知しているのに、魔界そのもののことについて情報が極端に少ないのか。
なぜなら、人間は魔界に一度入ったら最後二度と人間界に戻ることはかなわないからだ。
魔物の方は好きに行き来できるらしいが、そのやり方を人間に応用することはまだできていない。
捕らえた魔物に話させようとするも、人間界にやって来る魔物は魔界であぶれたはみ出し者が多く、地理的なことの他に有益なことはなにも知らなかったのだ。
そう考えると、この吸血鬼の提案は非常に魅力的だ。
もともと俺は好奇心が人一倍強い性質だ。
俺の心はめんどくさいからなんか面白そうというメーターに傾きかけている。
『…でもお前、吸血鬼だろ。食事とかどうするんだよ?』
俺の血をやるのはいいのだが、人間だって一日に三度食事をとるのだ。
俺は体力には自信があるが、毎日毎日血を飲まれるとなると話は別だろう。
かと言って、近所で頻繁に全身の血が抜けた死体が発見されたりしたら大騒ぎである。
『そこは特に心配要らないよ。僕は混血だから純粋な吸血鬼と違って血をもらうのは月に一回程度、さっき貰ったときみたいに量もいらない』
こいつ、混血なのか。
他の血がまざっていると、魔物の気配は感じにくくなる。だから気配が薄かったんだろうな。
俺の目を真っ直ぐ見つめる、ブルーグレーの瞳。
下がりぎみの眉と相まって捨てられた犬よろしく抜群の破壊力だ。
う…………と俺がたじろいでいると、そいつはまたとんでもないことを言い出した。
『まあ、契約の解除はどちらかが息絶えるまで、だから君がどれほど嫌がっても僕は側にいさせてもらうけどね……………っていっったぁ!!!そこは痛い!』
朗々と嬉しそうな声に、絆されかけていた俺は苛立ちそいつの脛を思い切り蹴り飛ばした。
拒否権もなにもなく、俺は激弱吸血鬼との生活を余儀なくされた。
そいつが家に転がり込んできた翌日、報告がてら管理局に連れていった。
赤井さんを紹介すると、なぜかそいつの機嫌は急降下した。
後で聞いてみると、生理的に合わないと直感で思ったそうだ。なんだそれは。
『…………安室透です』
『赤井秀一だ。ボウヤを頼んだぞ』
言われなくてもそうする、と苦々しげに小声で呟き、嫌そうに握手を交わしていた。
ちなみに安室透とは、俺が考えた偽名だ。
本当の名前は零という。
魔物にとって本名を知られるのは、それなりのリスクがあるものらしい。力のあるものは逆に本名を知らしめて自分の力を誇示したがるらしいが、零さんには無理だろう。
新一くんと二人っきりの時は零って呼んでね、と完璧なウインクと共にお願いされ、そうしている。
ときどき付き合いたてのバカップルか、と頭を抱えそうになるのはここ最近の悩みだ。
零さんはとても役に立つ。
よく小さなことに気がつき、気配りも上手だ。軽口は叩くものの基本優しい。
性格も、赤井さん以外には終始穏やかで頭もきれる。
魔界でかなり勉強したというのは嘘ではなかったらしく、魔物や魔界についてかなり詳しかった。
俺が事件に行き詰まっていると、的確なアドバイスとともに美味しいコーヒーが出てくる。まさに至れり尽くせりだ。
零さんも段々と俺に気をゆるすようになった。
最初は遠慮がちだったものの、出会って数ヶ月経った今俺の前で少々子供っぽい振る舞いをする。それをかわいいと思ってしまう俺も大概零さんに絆されているのだろう。
とにかく、俺の新しい同居人は文句の付け所がなかった。
ジリリリリリリリリリリリ
「ん、………………」
けたたましく鳴るアラームをとめる。
…なんだか懐かしい夢を見たような。
伸びをし、隣を見やるとそこには一緒に寝ていた筈の零さんの姿はなかった。
寝起きの頭でボーッとしていると、キッチンの方からリズミカルな包丁の音が聞こえてきた。
なんで今日日曜なのに飯作ってんだ…?
休みの日くらい零さんもゆっくり………ってそうだった!
そこまで考えて俺ははたと気づく。
今日は管理局の仕事の日ではない。だが赤井さんから直々に呼び出されていたのだ。これは寝坊して遅れるわけにはいかない。
慌てて寝巻きを脱ぎ捨て着替える。
キッチンに入ると、零さんがこちらを振り返る。
「おはよう、新一くん。もうできるから座っててくれ」
「わりぃ、サンキュな零さん」
綺麗に焼かれたスクランブルエッグの乗ったトーストとお手製ディップの野菜スティックを食べながら、今日の予定を零さんに話す。
俺の口から赤井さんという単語が出たとたんに嫌そうな顔をしたが、俺は知らぬふりを通す。
そのまま不機嫌な零さんをなだめつつ管理局に向かった。
俺は管理局の職員ではないので、受け付けに頼み赤井さんを呼び出してもらう。
待っている間に色んな顔見知りと会った。
お世話になった捜査員の目暮、高木、佐藤は相も変わらず元気そうで安心した。
時間にして約10分だろうか。
見覚えのあるニット帽が見えた。
「ボウヤ、安室くん。待たせてしまったようだ、すまなかったな。早速で悪いんだが、こちらに来てもらえるか」
俺たちを手招き、施設の中へと案内される。
ある会議室の扉を開け、俺と零さんを先に中に入れ、最後に赤井さんが入り電子ロックをかける。
「一体どうしたんですか?こんな部屋まで使うなんて」
いつもよりも感じる緊張感に少し体がかたくなる。
赤井さんはここでようやく口を開いた。
「今、魔界から人間界に珍しい種族の魔物が逃げてきているんだ」
「珍しい種族、ですか」
「ああ。それを知った管理局の研究チームがぜひ調べたいと身柄を要求している。ここ一週間ほど管理局はそいつの追跡に大忙しなんだ」
ふう、と疲れた様子の赤井さん。俺はお疲れさまです、と労いの言葉をかける。
確かに彼のクマもいつもより深い気が…しなくもない。
そんな赤井さんの様子を見た零さんは新一くん、こいつのクマはいつもこんなんだよと耳打ちしてくる。うるさいので手をはたいてやった。
「そういうことなら、俺もそいつの捕獲に協力しろってことでしょうか?」
「まあ確かにそういえばそうなるんだろうな」
妙に歯切れが悪い。なんでもストレートに口にする赤井さんらしくもない言葉に俺は首をかしげた。
零さんも疑問に思ったらしく口を挟んでくる。
「なんだ、管理局の犬。なにか隠しているのか?はっきり言え」
「零さん、そんな喧嘩腰になるのはダメだって言ってるだろ」
すみません、と謝る。
赤井さんはヒラヒラと手を振り、気にしていないと告げる。これが大人の余裕ってやつだ。
「……そうだな、安室くんにも頼んだ方がいいだろう」
ちょっと考える素振りを見せていた赤井さんはそう呟いた。
「実はその捕まえてほしい魔物なんだが。どうやらボウヤ、新一を狙っているようなんだ」
「……は?」
瞬間隣からぶわっと殺気が伝わってきた。
見なくとも分かる。零さんだ。
「そいつの容貌は」
「分からん」
「性別は」
「それも分からん」
「…身なりとか、特徴になるものは」
「悪いが分からん」
「まるで役に立たないじゃないか!それでも管理局か!?」
零さんが爆発した。確かにこれでは分からないことだらけだ。捕らえようにも捕らえられない。
「すまない。だがこちらも手探り状態でな。…………その魔物は、七変化なんだ」
「七変化…?」
初めて聞く魔物だ。
目をぱちくりさせていると零さんが説明してくれる。
「七変化は、自分の外見を好きなように操る変化系の魔物だよ。これといった害はないんだけど、なかなか頭がはたらくやつでね、騙されるものも少なくはない。それに突然変異のような存在で、魔界でも滅多にお目にかかれない。確か東の大陸の端の方に、集団で生活していると聞いたことがある。注意深い奴らだから、人間界にきたのなら、かなりの覚悟か理由があるはずだ」
「俺………か?」
「そこだ。どうして七変化が新一くんを狙うんだ」
そうだ。俺の方は七変化自体さっきの零さんの説明で初めて知った。
言うまでもなく関係などない。
「そもそもなんで俺を狙ってるって分かったんです?」
赤井さんは今にも飛び出していきそうな零さんに落ち着け安室くんと声をかけつつ、苦虫を噛み潰したような表情で話し始めた。
「管理局には、捜査班があるのは知っているだろう」
「はい、確か色んな所に出向いて侵入した魔物の情報を集めて祓魔師に渡す仕事を主としている」
「そうだ。二週間ほど前に船上で行われるナイトクルーズとは名ばかりの魔物や人間の情報交換会が開催された」
よくある話だ。
悪さをしない魔物も人間界には一定数存在するが、やはり管理局などの祓う機関が怖いのか、よく集会を開き内輪同士で情報を交換している。
実際に俺はその捜査に参加したことがないが、面白そうな捜査なのでチャンスがないかうかがっているのだ。
「そこに潜入した捜査員が七変化と接触したと報告をあげてな。研究チームに伝えたところ、悪事をはたらいていないのなら管理局に来てもらって研究に協力してもらいたいと言ってきた」
「はあ」
ここまでは至って平和である。
「捜査員は後日再び七変化と接触した。その際管理局への協力を要請したが、奴はしぶった。なにか報酬があれば考えると逆にこちらに要求してきたんだ」
「まさか」
「工藤新一をよこすなら協力してもいいと言ってきた」
「なんで俺…」
そこで出てくるのか俺。
隣では零さんが手を組んでなにやらぶつぶつ呟いている。これは危険だ。
「身内を売るような真似はしないと断ると、聞く耳をもたず消えたらしい」
去り際にやっぱり自分で新一を迎えにいかないとだめだと、物騒な捨て台詞を、残してな。
そう話を締めくくった赤井さん。
三人の間に沈黙がおりた。
「そいつが、新一くんを狙ってることは分かりました。でもどうして新一くんを狙うんです?」
それともそれも分かりませんか?
八つ当たりなのだろう、やけに零さんは挑発的だ。
「それについても分かっている、が……」
「なんです?教えてください」
「そいつはその、なんていうか悪趣味なやつで……自分の綺麗だと思うものはなんでも手に入れて支配下におく…という…」
「…………………………」
衝撃的すぎて言葉がでなかった。
なんだそれは。鳥肌がたちそうだ。両腕をさする。
零さんはとうとう小刻みに震え始めた。大丈夫か。
「だからその、なんだ。今回はボウヤにもちろん調査をしてほしいんだが、安室くんにも護衛を頼みたいんだ」
「言われるまでもない!僕がすぐにそんな変態捕まえてみせる!」
零さんの目は怒りがほとばしっていた。
そんな零さんにとりあえず落ち着けと声をかけようとする、が。
「…………う、」
「新一くん!?」
急に頭痛がした。クラクラするまでの痛みに俺は反射的に目を強く瞑る。突き刺されてるみたいに痛い。
小さく呻いて頭をかかえ縮こまる。
「ボウヤ、大丈夫か」
赤井さんの心配そうな声も聞こえる。
「新一くん……」
零さんが呼吸を乱す俺の背中を優しく撫でてくれる。
しばらくの間そうして零さんの腕にくるまるようにしていると、痛みは徐々にひいていった。
心配そうに顔を覗きこむ二人に声をかける。
「大丈夫、です。ここ1ヶ月くらい疲れが抜けてなくて…体が少しだるいんで、多分それです」
どうもここのところ体調が優れないのだ。
学生とはいえ、体は資本だ。せっかく腕のいい料理人もいることだし、気を付けなくては。
じっとこちらを見つめたままの零さんにもう一度大丈夫だからと声をかける。
赤井さんはふむ、と2本の指で自身の顎をつまんだ。
「……そうなると明日の夜の潜入はやはりボウヤを投入するのはやめた方がいいな」
「え?」
「いや、こちらとしても早い内に七変化を捕らえたい。ボウヤには酷だと思ったんだが、囮としてクルーズに潜入してもらう捜査を依頼しようと思ってここに呼んだんだが」
その体調だと、一層難しいだろう、誰か他の人を当てておこうと言う赤井さん。
いや、そんな面白そうなこと、そこまで聞いたら………!!
隣で新一くん!と、零さんがひき止めるような声を出す。でも。
「やります!!やらせてください!!!」
目をキラキラさせて赤井さんの手を取った俺に、赤井さんはキョトンとしている。
零さんは言わんこっちゃないと言いたげに額に手を当てうつむいていた。
[newpage]
会場は、海上だ。
そんな寒いことを言いたくなるくらい俺は浮かれていた。
初めての情報交換会、潜入捜査だ。これで気分が高鳴らないやつがどこにいる。
「新一くん、言った通り少しでも君の調子が悪くなったら部屋に連れ戻すからね」
「へいへい、わぁーってるよ」
煌めくシャンデリアの下、隣に立つ零さんから何度目か分からないほどの注意を受ける。
ナイトクルーズに潜入した俺と零さんはメインの立食パーティに参加している。
もちろん、正装だ。
俺は深い青のスリーピーススーツ、零さんは淡い青のループタイをつけ、これまたスーツである。
タイに埋め込まれている石は吸い込まれそうに綺麗な零さんの瞳とよくマッチしている。
どこからどう見ても完璧なイケメンだ。
怪しまれないよう、なにか取ってくると宣言して会場内を見回りがてら戻ると、魔物人間を問わず数人の女性に声をかけられている零さん。
余所行き用の笑顔だろうが、楽しそうに話をしている。
揃いも揃って皆美人だ。そりゃあ零さんも嬉しいだろうな。
そう考えるが、なぜかもやもやする気持ちが沸いてくる。
…いつもは新一くん新一くんってちょっとうるさいくらいに俺の隣にいるのに。
自分らしくもない。まるでこれでは嫉妬するめんどくさい女だ。
しばらく零さんと女性たちを遠目で見ていたが、女性たちは離れる気がないようだ。
俺も複雑な気分のまま声をかけるのは憚られて、もう一度食べ物スペースに向かう。
さっきまで受かれていた気持ちが急速にしぼんでいったのが分かる。
…零さんも女性には弱いのか。やっぱり男だもんな。
自分がなぜそこまで零さんの好みを気にするのか気づかないまま、皿を取って適当に食べ物を取る。すると背中に軽い衝撃が走った。
「きゃっ…………あ、すみません!」
「え、あぁ……いや、大丈夫です」
ボーッとしていたからか、深紅のカクテルドレスの女性とぶつかってしまう。
「お怪我は?立てますか?」
「なんともないです…ちょっと、よそ見をしていて…すみません」
申し訳なさそうに頭を下げる女性に手を貸し、立ち上がるのを手助けする。
もう一度詫びて女性はその場から去った。
大きな怪我がなくてよかった。
小さい頃から母親に女の子は大事にしなきゃだめよと口うるさく言われている。
そのせいで変な紳士癖がついてしまい、関西弁の親友からはキザなやっちゃのおとからかわれる始末だ。
「ふう」
「新一くん」
「う、うわっ!……って零さんかよびっくりした…」
いつの間にかすぐ傍に零さんが立っている。近い。怖い。
「あの女性はなに?知り合い?」
「いや、ぶつかって転んじまったから手を貸しただけ」
「ふーん?」
疑わしいという視線でこちらを見る零さん。その顔はあからさまに不機嫌そうだ。
「…なんだよ?」
「別に。君は誰にでもお人好しだなあと思って」
むすくれている。
なんだこれ。さっきの女性に嫉妬してるのか?
でもそんなこと言うなら。
「…………でも、零さんだって」
そう言いかけた時だった。
ガッシャァァアアアアアアアアン
「キャアッ」
「な、なんだぁ!!?!」
いきなり窓ガラスが破れた。
皆が戸惑うなかで、窓から全身黒服を纏った奴らが7、8人侵入してきた。
その中で、一人だけ赤いバンダナを頭に巻いた奴の手に握られた拳銃が発砲された。
混乱していた皆はその音で一気に静まり返る。
「動くな!!騒いだり妙な真似したりしたら………こいつの命ぁねえぞ!!」
「ひっ…」
「あ、」
これは、ジャックだ。
そいつは近くにいた女性を引き寄せ、頭に硝煙の立ち上る銃を押し付けた。
人質となった女性は、さっき俺にぶつかった女性だった。思わず声が出てしまう。
(新一くん、僕の後ろに)
零さんが唇をほとんど動かさずに囁く。
俺はすっと彼の背中に隠れる。
すると、すぐに耳につけたインカムから赤井さんの声が流れてきた。
『ボウヤ、聞こえるか。想定外の乱入はこちらも把握した。ボウヤの警護のために潜入させていた捜査員を動員するから、心配無用だ。ボウヤは大人しくしていろ』
『……了解しました』
すぐ動くつもりだったのが読まれている。
しかし釘をさすように忠告され、俺は不本意ながら了承する。
そっと辺りをうかがうと、四人の覆面捜査員と見られる人たちがじりじりと黒服に近づいていく。
もう少し。そう思った時だった。
「俺ぁ動くなっつったよなぁ?」
楽しげにリーダーらしき男が呟いた瞬間、黒い影のようなものが動き、捜査員たちが一瞬にして崩れ落ちた。
「なっ……なにがっ」
「新一くん、おさえて」
俺は驚きのあまり大声を出してしまいそうになり、零さんに口を塞がれる。
今、なにが起きた……?
耳元のインカムがザザ、と反応した。
『捜査員のインカムが突然きれた。なにがあった』
「待ってください、俺もなにがなんだか……」
焦りを滲ませる赤井さんの声を聞いて俺もじわじわと手汗が出てくる。
「新一くん…あれ」
零さんが後ろ手に指す。その先には。
「な、なんだあいつ……!?」
黒い影のようなものは大きな黒い耳の生えた半獣人だった。
四つん這いで床に立ち、リーダー格の男の足元にいる。
「狼男、だね。驚いたな、狼男は今となってはかなり希少で魔界の限られた森の中にしか住んでいないはずだけど」
零さんが声に緊張を含んで教えてくれる。
確かに俺も本物と対面したのは初めてだった。
「狼男はその敏捷性、嗅覚、視力、聴力に優れている。その分気性が荒くてなかなか手懐けるのが難しいと言われている」
確かに管理局の捜査員を瞬殺だ。疑いようもなく強い。
「赤井さん、狼男にやられてしまってます。他に捜査員は?」
『……あれで全員だ』
「嘘ですよね」
もしそうなら絶望だ。この場で狼男含めた黒服たちを制圧できる力を俺は持っていない。
青ざめていると、リーダー格の男がふい、とこちらを見て近寄ってきた。
まずい。
「おい、そこのガキ。なにしてる」
「僕ですか。別になにも」
怪しむ視線に負けじと零さんを盾にして睨み返す。
「……ふん、まあいい。おい、こいつ連れてけ」
なんとかやり過ごしたと思った直後、後ろについてきていた黒服に両腕をつかまれ、引きずられる。
「新一くん!!?」
焦る零さんに、俺は大丈夫だと目で訴え、口でポケット、と形を作る。
それを正確に読み取った零さんは、スーツのポケットを上から触り、頷いた。
男が俺に声をかける直前、そこにインカムを仕込んでおいたのだ。
これで零さんは赤井さんたち管理局と連絡がとれる。
俺はそのまま女性と一緒に廊下へ引きずり出された。
「お前らはそこで見張ってろ」
リーダー格の男に付いてこようとした狼男をやんわりと会場に押し戻し、命令を口にする。会場に残されたのは狼男と四人の黒服だ。半分ってところか。
右の、女性は肩を震わせ顔をふせてしまっている。銃を突きつけられ押さえ込まれているのだから当然怖いだろう。この女性抱けでも早く逃がしてやりたい。
そんなことを考えていると、俺の頭にもチャキ、という音と共に冷たい固い感触がした。
「おいガキ。操舵室に連れてけ。この女殺されたくなかったら変な考え起こさねえようにな」
品の悪い笑い声が上がる。全くもってどこも面白くない。
「…こっちです」
とりあえず言う通りにしておこう。俺はしんと静まった廊下を先頭に立ち歩き始めた。
狼男はリーダー格の男が去ると入り口近くの床で寝入った。
残された客たちは、会場内の中央一ヵ所に集められ腰を下ろしていた。
それは零とて例外ではなかった。
『安室くん、聞こえるか。直に俺たち増員が到着する。それまで会場内の人たちに危険がないよう頼む』
「…あなたにそう言われるのは癪ですが。そういうことなら…バレると面倒なので、この通信も切らせていただきますね」
『安室く…………』
言いかけた赤井の言葉を無視し、零はインカムの電源を落とした。
そして片手でループタイを緩め、客たちを取り囲んでいる黒服の一人に近づいていく。
「おい、なんだてめぇ、………………」
零は近づいただけだ。手にはなにも持っていないし、なにも目立ったことはしていない。
だが、気づいた男は零の目の前で床に張り付くようにして崩れ落ちた。
その音で異変に気づいた他の黒服の男は、客の腕をとり銃口を頭に押し付けた。
「てめえ、何しやがった!大人しくしろ、こいつがどうなっても………って、え…?」
いつの間にか黒服が引き寄せた客は意識を失っていた。
いきなりのしかかる重さに男は困惑を隠せない。
他の黒服が異様に静かな客たちを見ると、その全員が同じように意識がないようだった。
「な、なんだこれは…?」
零は、慌てる男たちの方へゆっくりと振り向く。
「別に、ここにいる輩なんて僕にとってはどうでもいいんですが。優しいあの子が悲しむのは嫌ですからね。邪魔にならないように眠らせるくらいがちょうどいいでしょう」
冷たく、感情を乗せない声が会場に不思議と響く。
徐に零がパチッと指を鳴らすと、黒服たちは一斉に倒れこんだ。
「大したことない奴らですね」
つまらなそうに黒服たちを一瞥して、零は会場の入り口に向かう。
すると、グルルルル、と、獣の唸り声が聞こえてきた。
「……ああ。そういえばいたんでしたっけ」
狼男は零を睨み付けさらに唸り声を低くした。
次の瞬間、狼男は一気に距離をつめた。
鋭い牙を剥き出しにして、零に襲いかかる。獣特有の生臭い息が零の顔にかかった。
「グアァアッ!!ガウアッ…!?」
そのまま噛みつこうとした狼男だったが、ズシン、と重い音を響かせて床にへばりこんだ。
まるで上から見えない圧力をかけられているように。
起き上がろうともがく狼男を見下ろす零は、面倒くさそうな表情で独り言なのか語りかけているのか分からないトーンで呟く。
「無駄ですよ。狼ってのは本能で分かるんです。自分よりも上なのか下なのか。……格上の相手に仕掛けるなんて随分頭が悪いんですね」
そこで言葉を切った零はふう、と一息つき、髪をかきあげた。
嫌な予感に、狼男は一層身を捩る。
そんな狼男に目線を合わせるようにして零はしゃがみこむ。
「僕、狼男なんです」
ハーフですけど、とニコリと笑いながら言う零を見た半獣人は今度こそ意識を手放した。
動くものがなくなった会場をざっと見回して、零は黒服と狼男をひとまとめに拘束し会場を悠然とあとにする。
「さて、新一くんを助けに……っとその前に」
インカムが入っていた方とは逆のポケットから黒い結晶の形をしたものを取りだし、語りかける。
「………ヒロか?俺だ」
俺の記憶はどうやら正しかったようでちゃんと操舵室に案内することができた。
船長を脅してどこかしらに向かわせるのだろうという俺の推理は早々に外れることとなる。
リーダー格の男は船長とごく自然にやり取りを始めたのだ。
これには俺も驚いた。最初からこれは計画されていたことだったのだ。
だが船長も敵となると、厄介だ。
隙を見て指示を出そうと考えていたのだが、水の泡となってしまった。
焦って隣を見やるが、女性はうつ向いたままだ。
くそ、どうする。どうすりゃこいつらを…。
考えろ、俺…!
必死に策を巡らせていた時、船長と話を終えたリーダー格の男が指示を出した。
「船を抜けるぞ。来い」
再び両脇をつかまれ身動きがとれない。
船長は既に非常用コックから救命ボートを取りだし空気を入れ始めている。
このままボートで他のところに連れていかれたりしたら助かる可能性は格段に低くなる…!
焦った俺は大声でリーダー格の男を問い詰める。
「っっ離せ!お前たちの目的はなんなんだ!」
「お前だよ」
「!?!!」
チャ、と銃口を額に押し付けられるが怯む様子を見せたら負けだ。気にせず見返す。
「どういう……ことだ」
「そのまんまの意味だよ。ある人にここで工藤新一をとらえて連れてこいって頼まれたんだよ、それも報酬がたっぷり」
頼まれた?工藤新一を?
……もしかして。もしかすると。
「その、頼んだのはどんなやつだ」
「知らねえなぁ。毎回全く違う顔してたからよぉ」
なあ?と他の黒服たちとゲラゲラ笑う。
それを聞いて俺は確信した。
この騒動は全て、七変化が仕組んだことだ。俺を捕らえるために。それなら。
「お前らが用があるのは俺だけだろ。この女性は関係ない。解放してやってくれ」
「関係おおありなんだよなぁ。こいつは俺たちの顔、拝んじまったからなぁ」
びく、と話に出たことが分かったのか女性の肩が大きく揺れた。
せめてこの人だけでも、逃がしたい。
自分の不甲斐なさに唇を噛む。
すると、船内カメラの映像を確認していた黒服が声をあげた。
「ボス、誰か操舵室に近づいてきてます…仲間じゃありません!金髪に色黒の男です!!」
零さんだ。会場を抜け出したのか!
ってことは赤井さんとうまく連携をとれたってことか!
普段ぎすぎすしてるけど、やるときはやるんだな。
俺は自然と笑みを浮かべる。
「なに……見張りはどうした!」
「会場内、全員が寝てます!」
「くそ、役に立たねぇやつらだ……!船長、まだか!?」
「準備できました」
「よし、じゃあまずはそこの女から……」
「そうは、させるかよっ!!」
俺は両脇をつかんでいた黒服を振り払い、女性を自身の方に引き寄せた。
そして隠し持っていた陣のかかれた紙を取りだし、力を込めて宙に浮かせる。
黒服たちが情けないことにあっけにとられている間に女性を背中に隠す。
(俺が指を鳴らしたら目を瞑ってください)
黒服たちには聞こえないよう、小声で語りかけると女性が必死にうなずいた。
それを確認して俺は今度こそ力を集め、紙に書かれた魔方陣に注ぐ。
すると円が輝き、黒服たちの頭上で暴風と言うべき激しい風が吹き荒れた。
「なっ………っなにをっ」
「やっぱりな」
風のおかげで黒服たちの顔や体をすっぽり覆っていたフードやらマントやらが乱れ、容貌が露になった。
「テメーら、キョンシーか」
全員の顔は明らかに生気がなく、頬もこけ、額には文字が書かれたでかい札。
廊下を歩くときにこいつらだけ不気味なほど足音を立てていなかった。
不思議に思ってこっそり足下を、確認するとこいつらは床から数センチ浮かんだまま平行移動していたのだ。
完全なキョンシーは足どころか全身の関節が動かないと聞くが、こいつらまだ未熟なのだろう。腕までは腐敗が進んでいないようだ。
「キョンシーって確か、日に当たると灰になるんだったよな」
暴風の中動けずにいる黒服たちに声をかける。
「それがどうした!今は夜だ、そんなの関係ねえ!!」
がなりたてるリーダー格の男に、俺は口角をあげる。
「何がおかしいっ」
「いや、キョンシーのおっさんたちよぉ、事前調査ってのを知らないのか?」
「ごちゃごちゃうるせえ!!お前ら、早くこいつらを乗せるぞ!!」
風に耐えつつ一歩一歩近づいてくるキョンシーたち。
なかなかにシュールな光景だ。
俺は右腕をあげ、ありったけの力をこめる。
「知らねえみたいだから教えてやるよ。俺は工藤新一、光使いの祓魔師だ」
ま、見習いだけどなと心の中で呟き、指を鳴らす。
パチン、と音がした途端、目が眩むほどの光で室内はなにも見えなくなる。
俺は女性をかばうようにしてキョンシーたちに背を向ける。
耳にしがたい魔物の断末魔が響き渡った。
数分が経ち、光が消えるとキョンシーたちの姿はなく、かわりに灰が山になっていた。
「大丈夫ですか、お怪我は?」
女性から体を離し、声をかける。ふわ、と強い香水の香りがした。
下を向いたままふるふる、と首を振ったので俺はほっと安心する。
「大、丈夫です。助けてくれてありがとうございました」
「よかった。………俺もあなたに死なれては困るんですよ」
指を鳴らす。
すると、女性の足元で別の魔方陣が輝き、女性は見えない縄で縛られたように拘束され身動きが取れなくなった。
「え……?」
これは、と下の魔方陣を見つめる女性。
訳が分からない、といった表情でこちらを見つめるその顔に俺はやはり、とここでも確信した。
その時。
「新一くんっっ!!」
「零さん」
髪を乱しながら入ってきたのは俺の使い魔だった。
「随分船の中を探し回ったんだ。…ほんとに気が気じゃなかった……」
「わりい。でもありがとな、心配してくれて」
ぎゅうぎゅうと抱きついてくる零さんをあやすようにさらさらの髪に指を通す。
「この女性はどうしたの?なんで新一くん術かけて縛って………はっ、まさか新一くんにはそういう趣味が…!大丈夫、僕は全てを受け入れると誓おう」
「ちげえよ!変な勘違いしてんじゃねー!……こいつが赤井さんの言ってた七変化だよ」
「ええっ?!」
零さんは驚いて声をあげ女性を凝視する。
女性は口を開かない。まだだんまりか。
そこで俺は指摘する。
「あなたの髪はそんなに短くありませんでしたよね。色だってもっと明るい色だったはず。香水も、つけていなかった」
女性がばっと顔をあげる。
そして、はっと気付いたようにうつむく。
でも、もう遅い。
「あれ?初めてお会いしたときと随分お顔立ちが違うんですね」
七変化はその特異能力が便利な半面、ある相貌を長時間持続させるのは難しい。どこかしら綻びが出てしまうのだ。
潜入捜査が決まった日の夜に、零さんと協力して管理局が運営している図書館であるだけ七変化について調べたのだ。
パーティ内でも、管理局の捜査員は各自客の顔を頭に入れて調査にあたっていた。
俺も周囲の顔をよく観察していたのだが、時間経過を待つ前に連れ出されてしまい、おじゃんになった。
「……っっ。どこで、気づいたのかしら?」
女性、もとい七変化がようやく口を開いた。
「ついさっきですよ。あのキョンシーたちがあなたの依頼を受けた、というのは本当でしょうが、あなたは本気で奴らに俺を捕らえさせようとは思っていなかった。ですよね?」
またもだんまりだ。
「管理局の捜査員に断られた時にあなたは自分で捕まえないとだめだと口にしている。その後に他の奴らに捕獲を任せるとは考えにくい。それならあなたは俺の近くに張り付いているはず。…それに、さっき庇ったときによく見たら俺がぶつかった女性とは全然別人なんです。驚きましたよ」
「…さすがね、工藤新一。私が認めた男なだけあるわ」
「お褒めにあずかり、光栄ですが、直に赤井さん…管理局が到着します。それまで大人しく………っ」
言葉が不自然に途切れ、一気に視線が集まる。
「新一くんっ!!」
零さんが大慌てで俺に駆け寄る。
「う……ぐ………あ、たま…いた……………」
またしても突然の頭痛。そして胸が焼けるように痛い。
その場に立っていられなくて、床にうずくまる。
俺の意識が外れたことで、七変化を捕縛していた術が緩み、七変化は抜け出してしまう。
「だ、めだ……そいつ逃がしちゃ…零さ………」
俺を抱き起こす零さんに必死で七変化を捕まえるよう訴えかける。
あまりの痛さに視界が霞がかる中、七変化の安心したような声が聞こえた。
「本当は今日手に入れる予定だったのに狂っちゃったわ。まあ、機会はいくらでもあるからまた会いましょう?それじゃ」
く、そ……。せっかく追い詰めたのに、ここで逃がすのか…。
「新一くん」
零さんのひんやりとした冷たい手が俺の瞼を覆う。
零さんの匂いだ、と感じた途端俺の意識は完全に途切れた。
「さて、と」
新一をそっと床に横たえると、零は落ちていた魔方陣の紙に向け、パチンと指を鳴らした。
「?!?!」
すると既に廊下に出ていた七変化が引き戻され、再び拘束される。
零の姿を見た七変化は眉をひそめる。
「どうやって…?祓魔師の道具が使い魔に、しかも力の弱い吸血鬼に使えるはずがないのに……!」
ただでさえ魔力の高い工藤の魔道具は必要とする魔力は膨大だ。たいていの魔物には扱うことができない。
それに七変化独自の調べでは、新しく使い魔となった吸血鬼は瀕死のところを助けてもらったことがきっかけで仕えるようになったそうで。普段の様子を観察していても魔力など微々たるものしか感じられなかった。
だが。
「あなた、何者なの…?!」
今目の前にいる吸血鬼からは、禍々しいほどの魔力が漂っている。普通の魔物ならこの魔力に押しつぶされてしまうほどだ。
カタカタと演技ではなく震える七変化に零は興味なさげに言い放つ。
「二度と、工藤新一には近づくな。今度ゼロの獲物に手を出したら……分かるな」
そこでようやく七変化は吸血鬼の正体を悟った。
まさか、まさかこの男は。いや、このお方は…。
自分がとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったことに気が付き、七変化は顔色を真っ青にして大人しくなった。
零は魔力をおさめ、術をぎりぎり保たせたまま赤井たち管理局の到着まで新一の頭を膝にのせたまま座っていた。
七変化は厳重に拘束され、別の船に乗せられた。
その後も操舵室は後処理で慌ただしく管理局の構成員が出入りする。
零は立ち上がり新一を腕に抱き上げ、煙草に火をつけようとしていた赤井のもとへ行く。
「赤井」
「安室くん。なんだ」
「もう帰ってもいいですか?新一くんの具合がよくないので早くベッドで寝かせてあげたいんですが」
見ると、新一の顔色は医学に詳しくない赤井ですらこれは危ないのではと思うほど白かった。
「ああ、問題ない。ボウヤは管理局の未来のエースだからな。万全に回復してもらわないといかん」
「ふん。では、失礼します」
とってつけたように軽く会釈をして零はそのまま赤井に背を向ける。
その背中を黙って見送る赤井だったが、ふと疑問に思って問いかける。
「安室くん、七変化をどうやって捕縛していたんだ?」
「…さっきから何回説明したか分かりませんが、新一くんの術に魔力を少し流しただけですよ。少しでも流れればあのタイプの術は効き目がありますからね」
うんざりといった表情でこちらを振り向く。
「そうか。では七変化のあの態度はなんなんだろうな」
「あの態度?」
「逃げ回っていた時とは嘘みたいに大人しいんだ。ぶつぶつと誰かに向けて謝罪を繰り返しているようでな」
「ついに反省したんじゃないですか。新一くんを拐おうなんて馬鹿なことを考えるもんです」
ここで赤井は違和感を感じた。
なにか、おかしい。なにかがこの男にはある。そうだ、なぜ彼だけは操舵室に行くことができたのだ。彼の話では気がついたら眠らされていて、起きたら皆倒れていたのでそっと会場から出た、ということだったが。赤井にはどうも信用できないのだ。
「最後にもうひとつ質問だ。会場内の監視カメラの映像が全て壊れていたんだが、なにか知らないか」
「さあ?犯人たちが壊しでもしたんでしょう」
話は終わりだというように出ていく零。
「……まあ、当然といえば当然です。あれは禁忌をおかした。報いを受けるべきだ」
「…?安室くん、今なんと…」
なにやら不穏な言葉が聞こえた気がして、赤井は呼び止めるが聞く耳をもたず零は出ていってしまった。
火をつけ損ねた煙草はとうに湿ってしまっている。
赤井は新しい一本を取りだし火をつけ、煙を吐き出す。
「相変わらず読めない男だ。敵に回したくない男の一人、といったところか」
「新一くん」
誰かが俺の名前を呼んでいる。
そう認識した途端、俺の意識がクリアになっていく。
「新一くん?」
ああ、この心地よい安心する声は。
「れ、ぇさ」
「新一くん!」
目を開くと、心配そうに揺れるスカイブルー。
「近い…近いよ零さん…」
「そんなことはいい、気分はどう?」
「ん、なんともないよ」
ベッドに寝かされていたようで、背中はふかふかのシーツに包まれている。
俺が起き上がろうとするのを零さんが慌てて押し戻す。
「そんな急に起きちゃだめだ。医者から三日は絶対安静って言われてるんだ。大人しくしててもらうよ」
「嘘だろ……」
「パーティの日から丸二日も意識が戻らなかったんだよ?短すぎるくらいだ」
「そ、そんな寝てたのか俺?…………………ってそうだよ、七変化はどうした!?」
パーティという単語を聞き思い出す。
俺の脳は完全に覚醒した。
「まさか、逃がしたのか…!?」
「落ち着いて新一くん。……そう、まずは横になって」
俺がもう一度布団に潜り込んだのを確認して零さんはようやく話を始めた。
「あのあと僕は新一くんの解きかけの術を頑張って継続した。すぐに赤井…いや管理局が到着して七変化は捕縛された」
「そうか、良かった…」
あそこまで追い詰めておいてみすみす逃がしていたら格好がつかない。
「ただ、」
「ただ?」
「管理局本部へ護送する最中に、他の魔物の襲撃に遭った」
「ええっ!?」
「管理局の奴らは全員無事だったそうだけど、七変化は奪われてしまったらしい」
「そんな………」
襲撃の目的は知らないが、もし七変化の仲間が助けに来たってことなら厄介だ。
また俺は狙われるかもしれないってことになる。
ガクリとうなだれる俺の頭に零さんがポンと手を置き撫でる。
「大丈夫、もし君が危なくなったら僕が守るよ」
「零さんみてーに弱っちい吸血鬼に守ってもらうほど俺は弱くねえよ」
「ひどいな、新一くんは…」
「俺が零さんを守ってやるんだからな」
そう言うと、零さんは驚いたように目をパチクリさせて、ありがとうと苦笑した。
「そうだ、とっても腹立たしいんだけど伝えておかなきゃいけないことがあってね」
「なんだよ?」
「君の携帯に赤井からの着信がすごい数入ってるんだ」
「マジかよ、すぐ電話しねぇと」
「一度だけ電話に出たらそのあと着拒にしよう。僕がやるね」
「いやしないからな?零さんほんとに赤井さん嫌いだな?」
渋々差し出される携帯の着信履歴は確かに赤井さんでいっぱいだった。すぐに発信ボタンをタップする。
4、5回ほどコール音がして、赤井さんの声が聞こえてきた。
『ボウヤか。目が覚めたのか』
「はい、もう元気です」
『それは良かった。体は大事にしてくれ。君は管理局期待の学生なんだからな』
「買いかぶりすぎですよ……ってそうだ。なにかありましたか?零さ…じゃなくて安室さんがドン引くほどの着信って」
『ああ、七変化のことなんだが』
やっぱりこのことか。
「七変化、また逃げたんですよね?今度こそ俺に捕まえさせて下さい」
『いや、それが今七変化は人間界にはいないんだ』
「え?」
ということは魔界に戻ったのだろうか。俺をとらえるのは諦めたということか?
『護送の船が魔物に襲撃されたのは安室くんから聞いているな?どうやら襲撃に来たのは、七変化の故郷、魔界の東国の領主の命だったそうだ。自分の国の魔物だからこちらで落とし前をつけたいということだそうで、迷惑をかけた申し訳ないという旨の書簡も管理局とボウヤ宛に届いている』
「じゃ、じゃあ。赤井さんたち管理局の利益は」
『全部パア、ゼロだな』
「そんな……」
『まあ、今回捕らえたキョンシーと珍しい狼男で研究班は満足している。十分だろう』
「ああ、俺も狼男にはびっくりしました。初めて見ましたよ」
あのスピードに俺はまだまだついていけなかった。
祓魔師としてもっと鍛練をつまなければ。
そう意気込みを言うと、電話の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
『ハハッ、俺もボウヤと働くのを楽しみにしている。ではそろそろ。ゆっくり休むといい』
「はい、ではまた」
『お休み。…………そうだ、あとひとつ』
「はい?」
赤井さんがわざわざ俺を呼び止めたので切ろうとしていた指を慌てて離す。
『安室くんからは目を離すな。では』
「え、零さん?………って切れてるし」
最後に意味がよく分からないことを言って通話を終了させられた。
「…なんで零さん?」
赤井さんの思惑が分からなくて、一人呟く。
「新一くん、電話終わった?」
赤井さんとの通話が始まった辺りから部屋から消えた零さんがドアからこちらを覗いている。
その手には大きなレモンパイ。俺の大好物だ。
「うわ、すげえ!レモンパイじゃん!焼いたの!?」
「新一くんが起きたら食べさせたいなって思って」
はいどうぞ、と一口分をフォークで差し出される。
やっぱり恥ずかしかったけど、大人しく口に入れる。
途端レモンクリームの爽やかな味とパイの香ばしさが口いっぱいに広がり、思わず俺は笑みをこぼす。
「うっめえ…」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
ぱああ、と花が咲くような零さんの笑顔を見て、俺は思う。
赤井さんがどうして零さんから目を離すなって言ったのかは分からないけど。
…目を離せるわけねえじゃねえか。
そう思ってしまうほど俺はこの吸血鬼に絆されているのだった。
[newpage]
――1日前――
魔界東国、宮殿にて
「今戻った。風見、首尾は」
威圧感たっぷりに玉座に腰をおろし、傍らに立つ眼鏡の男に声をかける。
その姿は、赤井秀一や他の人間の前で見せる安室透でも新一の前で見せる零でもない。
どこか冷たさを感じさせる立ち振舞いで、零は玉座に座っていた。
きらびやかな間には零と風見と呼ばれた男以外は姿が見えない。
風見が口を開く。
「久々のご帰還、お疲れさまです。…七変化のことなら、松田さんと萩原さん率いる処理班が対応しています」
「松田と萩原か…まだ死んではいないだろうな」
「なるべく長引かせろ、とのことでしたので」
自分のものである新一を狙った奴に慈悲の心など持ち合わせていない。零は七変化をそう簡単に楽にさせるつもりなどなかった。
「それでいい。そのままあと数ヵ月は持ちこたえるように伝えてくれ」
「了解しました」
「ところでヒロはどこにいる?あいつには今回世話になったからな。礼が言いたい」
「ここだ」
突然場違いすぎる朗らかな声が響き、零と風見の前に人影があらわれた。
少し髭の生えたまだ若い男だ。
「よう、会うのは久しぶりだなゼロ。人間界はどうだ?」
「ヒロ。色々助けてもらったな。ありがとう。なかなかあっちの世界も楽しいぞ。まあ、気に入らない奴もいるが」
そこで零は、いけすかない管理局の男を思いだし、少し苦い顔をする。
ヒロは更に突っ込む。
「例の美青年とはどうなんだよ?」
「新一くんのことか。順調すぎるくらい順調だ。頃合いを見てこちらに連れてこようと思っている」
「オレもその新一くんとやらに早く会ってみてぇなぁ。めちゃくちゃ美人だってのは、部下から聞いてるけど」
「そうだな、俺からするとかわいいの方が合ってる気がするけどな」
だらんと頬をゆるませた顔をする零を見て、ヒロは最初から拐ってくればいいのにと物騒なことを口にした。
それを聞いて、零はそれじゃ意味がないだろと笑う。
零の計画は、こうだった。
まず新一に瀕死状態の自分を見せる。吸血鬼は自分で仮死状態になることができる。うまく調整すれば意識を保ったままにすることもできるのだ。
優しい彼は道端に倒れているのがたとえ得体の知れない魔物でも助けてしまうだろう。
あとは魔界に詳しくない彼に契約を結ばせてしまえばいい。
それからは一人っ子で案外甘えたがりな彼を存分に甘やかし、ゆっくり警戒を解く。
零にとってその時間は魔界でバリバリ働いているときよりもずっと楽しい時間だった。
そして新一が零のことをある程度信用するようになってから、零は自分の血を食事に混ぜ、新一に食べさせるようになった。
吸血鬼は自身の血を飲ませることで僕を作ることができる。
混ぜるのは気付かれないようほんの一滴ずつだったが、最近の新一の様子を見るにうまく作用しているみたいだった。
もともと人間の新一を零の僕の吸血鬼とするにあたって、体に負荷がかかるのは当然だ。新一がここ最近体調を崩すのはそのためだ。
苦しそうなので、本人に気付かれないよう痛みをおさえる術をかけてやっている。
新一は都合のいいことに、零さんの側にいる時は頭痛がひどくならなくて安心する、と言ってくっついてきたりする。
自分がその零さんに何をされているのか分かっていないのだ。
新一の容態が安定すれば、新一の体が吸血鬼として機能しはじめたことの裏付けだ。その時が来たら零は新一を自分の宮殿に招待しようと思っている。
完全に吸血鬼として機能してしまうと新一は魔界から人間界に帰ることができるようになってしまう。だから零は半分人間のまま魔界に連れていこうと決めているのだ。
吸血鬼は半永久的に生き永らえる。
このままいけば零は新一と永遠に時を過ごすことができる。
零の中に流れる狼男の血、これも新一に執着する理由となっていた。
狼は生涯にたった一人だけの伴侶を愛す。
零はその伴侶に新一を選んだのだ。
嬉しそうにヒロに語られる零の周到かつ隙のない計画。
全てを聞いて、ヒロは相変わらずこいつ顔と外面以外は最悪だなと苦笑した。
風見に至っては胃をおさえている。あとで魔物にも効く胃薬を買ってきてやろうと決めた。
「ヒロ、お前に頼んでおいた新一くんの部屋は用意できてるのか」
「へーへー、お前がやったらこだわってるから家具とか揃えんの大変だったぜ」
零が人間界に行く前、ヒロはとびきり豪華で零の趣味満載の部屋を用意するよう命じられた。
まさか、人間の子を囲う用の部屋だとは思わなかったけどな。
改めて知る幼馴染みであり上司である零が恐ろしいと思った時だった。
「それならいい。……風見、ちょっと出かける。ついてきてくれ」
「はい、どちらに行かれますか」
「東国全土に伝えに行く。……工藤新一は、ゼロのものだとね」
「…分かりました」
確かに七変化のような犠牲者が多数出る前に忠告はしておいた方がいい。
風見は先ほど見た地下室での、処理班と七変化の悲惨な光景を忘れられなかった。
ゼロとは、魔界の東国の領主の通り名である。
ゼロは荒っぽいことは好きではないと自分で宣言し、領主の地位についてからというもの東国の経済に力をいれている。そのためここ何百年も東国は魔界で一番豊かで平和な国になった。
しかしゼロもやはり魔物だったようだ。
風見は当然のように宙に浮き、空を歩くようにして進む上司の後ろ姿を追う。
運命を見つけたと言って意気揚々と宮殿に帰ってきたのは17年前のことだ。
仕事を終えたバカンスとして人間界に偵察に行っていた零は、そこで新一という人間に運命を感じたのだという。
それからの上司は手段を選ばなかった。
キレる頭をフル回転させ、万全に計画を練る上司は恐ろしいものだった。しかしそれも新一に関することだけで、このお方が犯罪者じゃなくて本当に良かったと風見は安堵したものだった。
「風見、遅いぞ。なにしてる」
「申し訳ありません」
不満そうな声で怒られてしまった。
慌てて風見も宙に浮く。
「伝え終わったら僕はそのまま人間界に戻る。新一くんが寂しがるからな」
「了解しました」
隣を飛ぶ零の横顔は、新一くんとやらを思い浮かべているのか、柔らかな表情をしていた。
上司をここまで夢中にさせる人間を一目見てみたい。というか早く零には魔界に戻ってきて仕事をしてもらいたい。
零がいない間、ゼロの腹心として東国を管理する業務が思った以上に過酷で胃痛がする風見はただそれだけを願っていた。
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パロが好きです。<br /><br />魔物零さんと祓魔師見習い新一くんです。<br />赤井さんが出てきます。名前だけですが松田さん、萩原さんも出ます。スコッチの本名も出ます。<br /><br />追記<br /><br />2018年8月18日~2018年8月24日[小説]ルーキーランキング6位になりました。ありがとうございます。
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祓魔師の工藤新一
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10033099#1
| true |
※Fate×コナンのクロスオーバー
※Fate知らなくても読めると思います。
※むしろFateを混ぜた意味はあるのかわからない
※ヒロインの設定によりランスロット卿の扱いはあまり良くないです。あくまで彼女の立場の意見だとご理解ください。
※ローレル婦人▶︎風見妹にクラスチェンジ
少しでも嫌な予感がする人はUターンお願いします。なんでも大丈夫!な人は次のページにどうぞ。
[newpage]
Fateの世界に転生したと思ったらそうそうにコナンの世界に転生したでござる~。まだまだピッチピチのこれから人生始まるってときに私のことぶっ殺したランスロットは絶許。あいつのことを末代まで呪ってやりたいけど息子くんはいい子だからそれは出来ないのが悔しい…。ほんとあんないい子によく育ったな!!ちくしょう!
そして絶対にアッくん、私が死んだ原因知ったら怒るだろうなぁ。
アグラヴェイン、私の夫。
不器用で無愛想な彼のわかりにくい愛情を私は確かに感じていた。初めて会った時、アーサー王に夫の顔が怖いと泣きついたのが懐かしく感じるぐらいには、私はあの人と共に歩んできた。
それなのに最期に愛してるも言えなかった。
ランスロットとギネヴィア様の浮気現場に立ち会ってしまうなんて我ながらなんて運のない。
激しい動揺に抵抗の魔術を使う間もなく切り捨てられた胸が、転生し生まれ変わった身体にて今も尚痛む。
史実と違うローレル婦人の短すぎる人生に思うところはあるけれど、それもこれもFateの世界だからってことで納得することにする。
次こそは誰にも殺されたくない。
ああ、なのに神様はなんて無情なのか。
兄から紹介したい人がいると呼び出されて向かった先には、コナンの世界で会いたくない人のうちの一人、安室さんが兄を連れ立って私を待っていた。
「に、兄さん久しぶり。その、紹介したい人って…目の前のお兄さんかしら?」
違うって言ってくれ!!
たまたま会っただけなんだと妹を安心させてくれ!!
「そうだ。…降谷さん紹介します、妹の夢子です」
「………妹の風見夢子です。よろしくお願いします」
神は死んだ!!!!
しかもまさかの降谷さん呼びの兄!そしてそれを怒らない安室さん改め降谷さん!本名なんて知りたいようで知りたくなかったよ!!
「降谷零だ。風見からよく話は聞いている」
「えっ!?」
「…話のとおり、お兄さんとは似ていないな」
「は、はぁい…?」
え、まったく話が見えない。
というか、兄さん私のこと降谷さんに話してたの?なんで?知らぬ間にシスコンになってたの?なんなの?
てか似てないのは当たり前なんだよなー!見た目だけはFateのローレル婦人だった頃のを受け継いでしまってるから、純日本人なのに外国人に間違われること必須だし。そのことについては本当に今世のお母さんには迷惑をかけてしまった。
「夢子さんを今日呼んでもらったのは俺が確認したいことがあるからなんだ」
「確認したいこと?」
「貴女の恋人のことです」
恋人のことです…?
「え、いや、あの…」
「わかってます。貴女はきっと知らずに付き合っていたのでしょうね」
「夢子、俺も責めたくて今日ここにお前を呼んだわけじゃない。兄としてお前を守りたくて降谷さんとこうしてお前を説得しに来たんだ」
「貴女も、うすうすわかっていたことでしょう?彼の正体が」
「まっ待って!」
「ジンも人が悪い。貴女のような一般人に手を出すなんて」
「お前はあの男に騙されていたんだ夢子。黒澤陣は犯罪組織の人間だ」
「貴女の身は俺たち警察が責任をもって守ります。だからお願いします、少しでもジンのことについて教えてくれませんか?君はジンの寵愛する恋人だ、何かしらの情報をジンから聞いていてもおかしくない」
ジン?組織?寵愛???
「私!!!誰とも付き合ってないです!!!!」
あと黒澤陣って誰ですか!?
[newpage]
風見 夢子
Fateの世界からコナンの世界に転生した、もとローレル婦人。Fate世界ではアグラヴェインの嫁として魔術を勉強しながら良き妻として生きていた。が、ランスロットとギネヴィア姫の浮気現場に鉢合わせその場で口封じに殺される。コナンの世界ではせめて人に殺されたくないと生きてきたが、知らないうちにとんでもないことに巻き込まれていて涙目。神様なんていなかったんや…。
安室さん改め降谷さん
風見の妹のことは会う前に調べあげて疑いようのない白認定していた。むしろどこか抜けているさまを知って思わず頭を抱えていた。よくこれでジンの女になれたなと思っていたらジンの女ではなかった。待ってくれ、意味がわからない。
風見おにーちゃん♡♡
えらい美人な妹を持つことになった苦労人。妹の恋人がジンだと知った時は白目剥いた。実は妹がジンの存在も知らないと知ってまたもや白目を剥く。シスコンではない、妹には心配性なだけなんだ!!
黒澤陣改めジン
「夢子、お前は一生俺のものだ」
と写真に口付けていたのをバーボンに発見されている。どういうことなの…?
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いっけなーい!危険危険!私、夢子。Fateのローレル婦人に転生!かと思ったら今度はコナンの世界に生まれたの!ただ殺されたくないと清く正しく生きていたはずなのに何故か兄である風見裕也とその上司の降谷零に呼び出された私。ジンの女?寵愛されてる?恋人すらいませんけど?見知らぬ間に危ない恋人ができてたなんてもう大変!一体私、これからどうなっちゃうの〜!?!?!?
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ただ殺されたくないだけ
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「海!!それがダメならプール!!!」
「ダメ、絶対」
「何でだ!!」
「もう夏も終わりだろ。今更海もプールもないだろうが」
「ダイジョーブだって!見てほら!残暑がとっても厳しい!!!プール行こーぜ零さん!!!」
「却下」
8月某日。うちの旦那がきかん坊で困ります。
工藤新一、21歳。
組織壊滅後、何故か俺が元の姿を取り戻した途端、険悪な関係になった公安ゼロのエース、降谷零さんと、これまたどういう訳か俺の高校卒業と同時に『君みたいなどうしようもなく無鉄砲で救いようのない推理オタク、俺ぐらいじゃないと相手は務まらないだろ』と何とも何様だと思うほどの上から目線で告白をされ、そのままお付き合いが開始され、20歳の俺の誕生日にめでたく身も心も通じあった。
別に俺としては告白されてそれを受けた年に自分のケツを捧げても良かったんだが、そこはほれ、お堅い公安様だ。俺が20歳にならないと犯罪者になるからと頑として手を出さなかった。
普段ツンツンのツンなうちの旦那は、実は俺にベタ惚れである。とはいえ普段は本当にツンツンのツンなので、本当に愛されているのかと周囲に要らぬ心配をよくされるのだが、問題ない。何度でも言おう。降谷零はツンツンのツンなだけで、本当は俺にベタ惚れである。
話は冒頭に戻るが、残暑である。
とっても厳しい残暑である。陽射しが殺人級で、アスファルトにフライパンを置けば、目玉焼きも頑張れば焼けてしまう暑さである。
こんな暑さ、海かプールにでも入らないとやってられない。ってことでかれこれ一時間、頑固者の恋人に許しを請おうと奮闘しているのだが、中々に手厳しい。
「なぁ…何で?何で海もプールもダメなんだよ…」
こうなったら奥の手だと、全然柄じゃないんだがとりあえず上目遣いでしおらしい声で零さんを見上げると、「う"…っ、」と言葉に詰まってほんのり顔を赤らめる。
これはあと一押しで何とかなるか、と。クイ、と零さんの服の裾を掴んで少しだけ引っ張り、コナンばりの猫なで声で目を潤ませる。伊達に女優の子供はやってない。
だが、しかし。
「何度もその手に引っかかると思うな。とにかく、却下だからな」
「…チッ!」
「すぐ脱ぎ捨てるような猫ならかぶるなよ」
「なぁ〜。何でだよ〜。プール行こーぜ!海行こーぜー!!」
「今時分、海なんて行ってもクラゲだらけで刺され放題だぞ。ドMか」
「ぐ。ならプールは!?簡易テント持って行ったらプールサイドでのんびりできっだろ?」
「行かないからな」
「くっ!鉄壁かよ!!」
ダメだ。手強すぎる。
いつもは割とデートの行先は俺に合わせてくれるのに、なんだってそんなに頑なに海とかプールは拒むんだ。まったくもって意味がわからん。
まぁそのデートにしたって、世間一般のカップルのように甘ったるい雰囲気とは無縁の、言わば引率のような感じなのだが。
まず第一に、絶対に外ではベタベタイチャイチャしない。
万が一少しでも抱きついたり手を繋いだりしようものなら、鬼の形相で叩き落とされる。
第二に、いかにいいムードでも、恋人の聖地であろうとも、外ではキスをしない。
少しでもムードにつられてキスをねだろうものなら、凄まじい指の力で唇をつままれ捻られる。一度ムードにつられてやらかして、一週間唇が腫れたことがある。
第三に、絶対外では『降谷零』を出さない。
ポアロで働き毛利のおっちゃんの一番弟子であった安室透のあのうさんくさい満面の笑みで俺と並び歩くのだ。
俺が惚れているのは降谷零であって断じて安室透ではないんだから、降谷さんとしてデートしてくれと何度お願いしても無駄だった。一貫して安室さんのまま、引率のようなデートが行われる。
水族館デートでも、必ず間に一人入るくらいの間隔を開けてしか歩いてくれないし、先程も言ったように手を繋いだり腕を組むなんてもってのほかだ。
少しでもやらかそうものなら笑顔で「帰りましょうか」と来たもんだ。本当に手厳しい。
ある時なんて遊園地に行った時のことだ。どうしても恋人らしいことがしたくなった俺は観覧車をクライマックスにリクエストしたのだが、満面の笑顔で却下された。最近は男だけでレジャーランドに行く奴らも増えてきてるし、男二人で乗ったって変な目で見られないから大丈夫だと何度解き伏せようとしても無駄だった。その理由を聞いても、「観覧車に乗る意味がわからない。あれの何が面白いのかな?」と取り付く島もない。
そんな降谷さんだが、ちゃんと俺を愛してくれていることは、分かっている。
何故なら───────
俺はゴロリと畳にひっくり返り、大の字になった。そんな俺にチラリと一瞥くれて、一瞬だけ視線を泳がせてから、グイと屈み込んで触れるだけのキスが降ってきた。
「ん、」
「別にどこにも行かなくて良いだろ。ここにいろ」
吐息がかかる距離でそう囁くように言う零さんに、しかし、俺だってここで折れる訳には行かない。なんたって今年まだ一度も海にもプールにも行けていないのだ。それもこれも全て、この頑固者のせいだ。
何たってこの恋人、俺が大学の仲間とプールや海に誘われる度に阿修羅像のような顔をして何度も何度も、俺が心変わりするまで、
『行くのか。ほぉ…海か。へぇ…最愛の恋人がこの猛暑の中、仕事に忙殺されていると知りながら、よくも平気で行けるものだな』
と何度も何度も、それこそ呪詛か何かのように繰り返すのだ。最終的に俺が折れて行くのを止めると宣言するまで言い続け、宣言した途端上機嫌になるのだ。とってもわかりやすい。
俺の仲間たち曰く『ひっじょーにめんどくせー男!』というレッテルをベッタリ貼られている恋人だが、そんな恋人に俺はメロンメロンだからまあ、いいのだ。他人からどれだけメンドクセー男に見られていようと、俺が零さんに惚れまくってるなら、それでいい。
だがしかし。それでも腑に落ちないものは承服できない性格なのだ。
どうして海やプールに行く時だけこんなに頑固なんだ。
ある時なんて、服部たちとプールに行く前日にようやく零さんと連絡がついたもんで、明日プール行ってくると伝えた瞬間、わざわざ深夜に俺の家まで飛んできて、こちらの制止も一切きかずにベッドに押し倒され、散々貪られ、噛まれるわ吸われるわで翌朝鏡を見てひっくり返ったのを思い出した。そんな俺の隣で腕を組んで人の悪い笑みをニヤァと浮かべて、
『これでプール入るつもりか?』
と曰われた時は、生まれて初めて殺意が芽生えた。
思案に耽っていたら、ふにっと鼻をつままれ「ふがっ」と色気もクソもない音が出た。
「間抜けヅラ」
「はにふんは」
鼻を摘まれたままで難解な日本語を発する俺に、フ、と優しい眼差しに変わる。
ああ、これは───────
すけべの、予感だ。
そう。普段はツンツンのツンでどうしようもない頑固者の降谷零さんは、俺とスケベをするとき、ビックリするぐらいデレるのだ。
サラリと前髪を払われ、俺の額にチュ、とくちづけると、それを合図にするように、俺の着衣は乱されて行った。
3回もおいしく頂かれたあと、まだ熱も冷めやらぬ俺の腰からツツツゥと背骨を伝って零さんの舌がのぼっていく。ゾクゾクするままに体を震わせていると、「キレイな肌」と吐息に混ぜて囁かれ、肩甲骨辺りに歯を立てられた。
「キレイ?おれのはだ?」
たっぷり啼かされたせいでガラガラの声でそう問えば、コクリと頷かれる。
「うん。だから、誰にも見せたくない。こんなキレイな肌で、色っぽいカラダ。誰にも見せられない」
「…ふはっ。何でそれ、素直に言ってくれねぇの?いっつもツンツンしてさ。こ〜んなに俺のこと好きなくせに」
「……」
カプ、と腰骨に甘噛みされ、そのままチュゥと吸われた。多分また、キスマークついてるだろう。
俺はずっと気になっていたことを訊ねるべく、未だ俺の肌に懐いている零さんの蜂蜜色の汗ばんだ髪をさらりと撫でた。
「なぁ、れいさん」
「ん」
いつもと違い、甘ったるい声。ベッドの中でだけ聞くことが出来る、甘ったれの声だ。
「何でいつも、ツンツンしてんだ?デートの時もさ、極端に恋人っぽいことイヤがるだろ?手ぇ繋いだら叩き落とされるし、ちゅーしようとしたら、唇思いっきり捻られるし。観覧車も乗ってくんねぇし」
「……」
俺の問いにぎゅう、と背後から抱きしめてきた零さんの唇が、俺のうなじにあてられる。
「制御が、できないから」
「…?制御?」
ボソッとぶっきらぼうに呟かれた言葉に聞き返すと、スリ、とそのままうなじに顔を擦り付けてきた。
「自分の中でケジメとしてオンオフ切り替えしておかないと、もうソトヅラ保ってられなくなる。いつでも冷静で冷淡な降谷零を保ってられなくなる。こんな甘ったれな顔、君にしか見せられないし、見せたくもないのに…外で君が手を繋いできたりキスをねだってきたり…そんな可愛いことされたらグズグズに溶けそうになるから…」
「っ!!」
なに、この人。
過剰かわいい罪で逮捕とかされないか心配になってきた。
ツンツンのツンがいつもツンツンしている理由を聞いたら───────見事に俺の方がトロットロに溶けてしまった。
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恋人の降谷零はいつもツンツンのツンである。外では手も繋がないしキスなんてもってのほかだ。そんなツンツンのツンである恋人が唯一デレるのは───────…<br /><br />表紙はきなこのやま様です💗<br /><br />2020/09/16発行の『とりぷる甘々みっくす』に収録されます。<br />通販は🐯さんです🙇♀️💞<br /><a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fec.toranoana.jp%2Fjoshi_r%2Fec%2Fitem%2F040030849509%2F" target="_blank">https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040030849509/</a>
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ツンツンのツンがデレる時
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[chapter:ATTENTION]
※この小説は作者の夢と希望と妄想でできています。配合成分は捏造とご都合主義とキャラ崩壊と救済の予定です
※特にスコッチ氏の崩壊が酷いです。理想の人物像があるかたは素早い回避行動をお願いします。もし地雷を踏んでも作者は責任を取れません(´・-・` )スコッチ氏の本名ネタバレあります
※一瞬だけ現れる名もなきモブ
※最後に、古き善き言葉「誰かの萌えは誰かの萎え」を胸にお読みください
[newpage]
我輩はキャットである。大型でワイルドなママ上とおっとりふわふわなパパ上のあいだに生まれた、べりべりきゅーとな仔キャット(生後3週間)である。名前はまだない。
(とか言ってみるわけですが。一体ここはどこなのかなー?)
おはよう、こんにちは、こんばんは、初めまして。わたくし、元大学生現仔猫です。冒頭で申しあげた通り名前はまだない。以前の【私】なら持ってたんだろうけど何故か人間時代の記憶が朧気で、家族構成や自分の名前をとんと思い出せないのね。レポートと期末試験にてんてこ舞いだったのは覚えてるのに…何故なの?キャット、不思議。
まぁ大したことは成してないだろうから、このことは一旦脇に置いておこう。だって一度にたくさんの事象を思考できるほど、私は器用じゃないもの!
麗しのママ上の腕からよたよたと抜け出し、くありと大きなあくびをする。重い瞼を持ち上げると、5歳かそこらの坊やが目を輝かせてケージを覗き込んでいた。ふお、ビビったぞ…
「あ!おかーさーん!にゃんこのめがあいたよー!めがあいたらともだちつれてきていいっていったよねー!!」
「はいはい、わかったわかった!明日にでもヒロくんたちを連れておいで」
「やったー!」
ヒロくんって誰ぞや。
***
翌日。暫定:ご主人はお友達を家に招いたらしい。いくつもの甲高い声がきゃーわーと家中を飛び交い、ご母堂様がたは有事の度に叱り飛ばしておられる。
むう、キャットは眠いのです。もう少し静かにして頂きたい。元人間の私はともかく、他の兄弟たちは怯えているではないですか…産褥期でピリピリしてるママ上もお怒りのご様子だぞう……
初めは楽しげに巣を観察していた少年たち。しかし威嚇するママ上や怖がって出てこない兄弟に飽きたのか、部屋の中を優雅に歩くパパ上をとっ捕まえて遊び始めた。ひょいと抱かれたパパ上が「あとは俺に任せな……」と言わんばかりに目を眇める。oh……見た目にそぐわぬイケネコっぷり……さすが、高嶺の花だったママ上を射止めただけのことはあるね!かっこいいぞパパ上!ひゅーひゅー!
さて、パパ上を犠牲にして手に入れた安寧を享受するとしよう。切り替えが早すぎるって?当然でしょう、女は幼くとも打算的に生きねばならぬ。それはキャットになろうとも変わらない、自然の摂理なのです。
組んだ前脚の上に顎を乗せ、あったかい日差しを浴びながらすやぴっぴ……しようとしたところで熱い視線を感じます。
むむ、お友達の少年たちはみぃんなパパ上やご主人(仮)と遊んでいるものと思ったんだけどなぁ。片目を開けて視線の持ち主を探せば、ケージの向こうで猫目の坊やがじぃ……と私を見つめている。
あらかわいい。日本人にしちゃ珍しい灰色の虹彩に、薄めのくちびるとバランスのとれた鼻梁、さらっさらの黒髪。今は愛らしいばかりの坊やだけど、これは10年後、20年後が楽しみだわ。とても私好みになる気配を察知。
「…………(じー)」
「…………(じー)」
「にゃんこさん、おいでおいで」
「……(くっ……期待を込めた眼差しで私を見るんじゃない!行かないぞ!私は安い女じゃないのよ!)」
「…………にゃあ〜ん」
「みー(安い女でもいい)」
ちょろい?うるせー!可愛いおショタが恥じらいまじりににゃー言い出したらルパンダイブ決めるのが鉄則、もしくはお約束だろうが!それでよくお姉さん(擬態)が務まるな!
仔キャットにあるまじきすばやさで美ショタの近くに駆け寄り、ケージ越しに麗しのご尊顔を見上げると、ぴゃっと肩が跳ねた坊やが恐る恐る手を伸ばす。おお、ちゃんとてのひらを上に見せてるね!偉いぞ!ネコに触りたいときはそうやって「コワクナイヨ!ムガイダヨ!」と意志を示すんだぞ!じゃないと対話の余地なく逃げられるからな!
すんすんと指先の匂いをかぎ、まぁるい先っぽを甘く噛んでみる。歯は生えてないから痛くはないけど、ちょっと怖かったみたいだ。一瞬指を震わせて、でもそのまま、私のくちのなかにいてくれた。うむ……優しい坊やだなぁ。お姉さんぺろぺろしちゃお。欲望のままにぺろぺろしちゃお。
「えへ、へへへ、くすぐったいよにゃんこさん!」
「みぃー(はわ……圧倒的光属性スマイル……守りたい、その笑顔……)」
「くふ、んふふふふふっ!にゃんこさん、かーわい♡」
「みにゃあー(あなたのほうがかわいいよぉ♡♡♡)」
はぁんこの子の家のキャットになりたい……四六時中ひっついてまわりたい……あわよくば同じベッドで寝たい……寝顔見せて……はっ、欲望が先走った。
あむあむ、かぷかぷ、ぺろぺろ。細くまろい指先がふやけてしまうほど長い間、口の中で堪能していた。怒ってもいいのに、坊やはきつい印象のあるつり目をとろんととろけさせ、食べられていないほうの手で優しく撫でてくれている。
「ヒロくん!こっちきてあそ……あれ?そのこ、ぜんぜんちかよってこないこなのに、ヒロくんとはなかよしなんだね!」
「そうなのか?こんなひっついてくるのに……」
「……そうだ!そのこ、ヒロくんにあげよっか!」
「!!!ほんとか!?ほしい!!ちょうほしい!!」
「いいよ!なかよしさんのとこにいったほうがにゃんこもうれしいよね!おかーさーん!!」
「おかーさーん!!ぼく、このこつれてかえる!!!」
今すぐ連れて帰りたい坊やVS離乳まで母猫と過ごさせたい坊やママが勃発した。怒涛の展開ですねぇ……結果?言うまでもなくママさんの勝ちだよ……理にかなってるし情にも訴えてきたからね。
ああ、そんな悲しい顔しないで。あとひと月よ、直ぐに逢いに行くから、未来で待ってて……
ぐすりと鼻を鳴らした坊やのてのひらにぐりぐりと額を擦り付ける。これで泣きやんでくれたらいいなぁ。
「っにゃんこさん!ぼく、ひろみつ!ぜったいむかえにいくから!ぼくのこと、わすれないで!」
「みぁー(あなたも私のこと忘れないでね、ひろみつくん!)」
***
そんなこんなでひと月半後。とうとう実家を離れ、ひろみつくんのキャットになる日が来た。他の兄弟たちも引き取り手が見つかったけど、まだまだ甘え盛りでママ上から離れない。だから、私は1番初めに家を出ることになる。
「にゃんこさん、ひさしぶり!きょうからぼくのおうちがにゃんこさんのおうちだよ!ぼくね、にゃんこさんのなまえ、まいにちかんがえたんだ!おんなのこだから、おはなのなまえにしようっておもってね、いろいろさがしたんだよ?」
出迎えてくれたひろみつくん……もとい、景光くんは私を抱き上げた途端、凄まじい勢いで言葉を連ねていく。ふむふむ、そんなに私に会うのが楽しみだったのかぁ……愛いやつめ!ほっぺににちゅーしてやる!
「ふぁっにゃんこさんくすぐったい!」
「みぃ?(ウーン美ショタの照れ顔プライスレス……ありがとう世界)」
「えへ、にゃんこさんかぁわいい!あ、にゃんこさんのなまえね、きめたんだ!おにわのおっきなおはな、みえる?あれね、こうていだりあっていうんだ!にゃんこさんににあうとおもうからね、なまえもおなじのにしようとおもって!」
だから、今日からにゃんこさんは『ダリア』ね!これからずうっと、僕のにゃんこさんなんだからね!
そういって、景光くんは私をぎゅうっと抱きしめた。ひぃんかわいい……尊みが強い……お前がお婿に行くまで、その笑顔を守ってあげるからね……
ぎゅっ、ぎゅっときつく締まる腕のなか、未だ小さな肉球を眺めながら堅い決心をした、晩秋の昼下がり。くふくふと頬を緩めるおちびさんに鼻先を擦り付けて、私はようやく「生きる覚悟」を決めたのである。
[newpage]
とかなんとか言ってた仔キャット改めダリアさんなんですが、早くも壁にぶち当たりましてね。いやトイレトレーニングや爪研ぎトレーニングは順調ですよ、私の心象はともかくとして。そうではなくてだね、なんというか、ファンタジーというか?
ああうん、転生自体がファンタジーだから私の存在が既にファンタジーなんだけどさ。それにしたってこりゃないでしょうよ、カミサマ?
「ところでダリア、ここってどこ?」
「あー、夢の世界じゃないかな、景光くん」
***
景光くんと生活、初日。いつもより早めに眠くなったらしい景光くんは私を連れて自分のお布団に潜り込んだ。すいよすいよと眠るご主人様に釣られ私も夢の世界に旅立ち、ふと目が覚めたら……謎の真っ白な部屋に来ていた!with景光くん!床にごろ寝は痛いから、景光くんの下に私のコートをそっと敷いておいた。私、景光くん、大好き。故に過保護になると決めたの。閑話休題。
ごほん。さて、ダリアさんったら擬人化してるようですね!キャットの四肢ではなく見慣れたヒトの手足が付いている模様!しかも長い!これは190cmが近いのではなかろうか!乳も随分デカイな!くそ重い!
……どういうことなの。夢魔にでも攫われたのか?マーリンか?グランドクズがなんかやらかしたのか?
衝撃の展開に思わず頭を抱えていると、かわいらしい唸り声がする。お、景光くん起きたのか。はっ!待て、今の私は仔キャットのダリアではなく人型のダリア、景光くんから見れば見知らぬ女に過ぎぬ。姿を隠すべきか……いやしかし5歳児を1人にするわけには……「ダリア?」( 'ω')ふぁっ
「ダリア、にんげんになったの!?すごい、じょゆーさんみたいにきれいだね!」
「ひ、景光くん、私のこと分かるの?人になってるのに」
「?わかるよ!だって、ダリアのおめめとおんなじだもん!メロンソーダみたいなきらきらしたみどりいろ!ふふん、ダリアがにゃんこさんからにんげんになったって、ぼくはわかっちゃうんだぞ!」
「ひえ……景光くん尊い……無理……好き……絶対幸せにしてあげるね……」
「ぼくもダリアのことだーいすき!りょうおもいだね!……けっこんする?」
「する〜〜〜〜〜!!!」
……映像が乱れたようです、大変失礼しました。私がショタに誑かされたシーンは幻覚、いいね?
そんな感じで朝が来るのを待ち、目が覚めてからふわわ〜と2人(1人と1匹か)で欠伸をして笑いあった、その夜。再び真っ白な部屋に召喚されて景光くんに飛びつかれたのは、まあ、お約束ってやつなのかもしれない。
「ダリア〜!高い高いして〜!!!」
「いいよぉ♡♡♡」
まさか毎晩夢の中で会えるなんて聞いてないのよね。ありがとう世界、本当にありがとう。お陰様で私の可愛い景光くんと合法的にイチャつける。
と、のんびり構えていた過去の私を背後から蹴り飛ばしたい。
まさか……まさか私が景光くんの筆下ろしをするはめになるなんて思わないじゃん!?!?!????!?なんでさ!!!!学校の可愛い女のコで卒業しなさい!!!!ここは夢の世界だぞおばかさん!!?!??!!?!卒業しても実質童貞のままですけど!?!!!?!!!??!!
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可愛い景光くんに取って喰われた
ダリア♀
元女子大生、現キャット。夢の世界でだけアラウンド190のアンジェリーナ・ジョリー似の爆乳美女になれる。メロンソーダのような透き通ったグリーンの瞳が特徴。
若干ショタコン。好みの顔は某農業系アイドルのボーカル。イケメンよりハンサム、男前が好き。景光くん(大人)の顔が好きすぎてしんどい。尊みが深い。神様、御母堂、御尊父、この世に景光くんを遣わしてくださりありがとうございます……(五体投地)
コナンは映画を見る程度。迷宮の十字路がお気に入り。安室の女ならぬおっちゃんの女。
ダリア(キャット)の品種はサバンナキャット。サーバルとイエネコの第4世代(F4)。ワイルドな風貌と好奇心の旺盛さが特徴。2mくらいジャンプする。
最初は猫になった現実を受け止められず空元気ぎみだったが、景光くんにぎゅーっと抱きしめられたときに色々な覚悟を決めた。お姉さんが絶対に幸せにしてやるからな……………!!!!!!
可愛いダリアに筆下ろしをしてもらった
諸伏景光
飼い猫に欲情できるヤバいやつ。正確にはダリア(人型)に長い初恋をしてるだけなのでまだまともかもしれない。
好きな人より小さいのが嫌で、思春期には1日1Lの牛乳を飲んでいた健気さん。でもダリアには追いつけなかった。しんどい。
でもキスしやすい身長差だから問題ないな!(ぶちゅー)
ダリアが自分の顔に弱いことを自覚してお強請りする小悪魔。この顔に生んでくれてありがとう母さん!!
皇帝ダリア
11月から12月にかけて開花する、ピンク色の可憐な花。草丈は7mに及ぶものもある。花言葉は「乙女の純潔、乙女の真心」
景光くんがダリア(人型)に恋しちゃった話とか、筆下ろしの前後譚とか、警察学校に入学してからダリア不足で枕を濡らす景光くんの様子とか、ダリア(キャット)が現実世界でダリア(人型)になれるようになった話とか、ガチでアプローチし始める景光くんとか、いろいろネタはあがっていますが今回はこの辺で。
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景光を幸せにしたい<br />スコッチとワイルドな猫を並べたい<br /><br />そんなパッションがあふれました<br /><br />****追記<br />2018年08月24日付の[小説] 女子に人気ランキング 84 位<br />2018年08月18日~2018年08月24日付の[小説] ルーキーランキング 4 位<br />2018年08月25日付の[小説] デイリーランキング 80 位<br />ありがとうございます⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝<br />みんな景光沼に引きずり込まれますように
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「絶対幸せにしてやるからな!!!!」
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春田がそのオーダーグローブの試作品に出会ったのは偶然だった。
時々立ち寄ることのあるスポーツショップの前を、その日は特に用事はなく通りかかっただけだったのだけれど、たまたま店員がショーウィンドーの商品を入れ替えていて、今まさに並べられようとしている綺麗なグローブが目に留まったのだ。
最近、高校野球の球児たちに人気が出てきているメーカーのもので、牧に似合いそうな赤オレンジ系の色だった。
高校野球で使用できるグローブの色には規制があって赤色は使用禁止だけれど、オレンジ寄りのこのカラーはセーフだ。
牧にプレゼントしたらどんな顔で喜ぶだろう?
春田の思い出した幼馴染の牧 凌太は、十五歳で、今春●●区立東京第二高等学校普通科の一年生になった。そういう春田は、(株)天空不動産に入社して二年目の二十四歳だ。
牧は野球部に所属していて、春田はときどきコーチとして野球部の練習に参加している――というのが、野球を介した牧と春田の間柄になる。
しかし、最近の、牧と春田の関係は、
「家が近所の幼馴染」というだけでも「高校の野球部員とそのコーチ」というだけでもなくて、
牧は、八歳年下だというのに、兄代わりの春田に「春田さん。俺と付き合って下さい。」と告白し、生意気にもグイグイと押しまくっていて、春田はまだ返事をしていないというのに自分の高校の保健医の藤倉先生に「春田さんは、俺の彼氏です」と宣言までしてしまった。
春田としては、弟のように可愛がってきた牧からの突然の告白に茫然とするばかりだったのだけれど、
近頃、春田の気持ちも牧に向き始めている―――そんな気がしている。
とにかく、春田は、そのグローブを牧の為に購入することにした。
なにしろこの絶妙な赤オレンジ色が春田の気に入ったのだ。
絶対に牧に似合う。
牧の喜ぶ顔はいつだって見たい。
グローブの代金を支払って、内側に目立たないように牧のネームを入れてもらうことにして、出来上がり次第プレゼント用の包装をしてもらい自宅へ送ってもらうことにした。
プレゼント用の包装は頼んだけれど――牧の誕生日は十一月だ。
今はまだ八月。
………なにも理由がなく手渡すにしては随分と高価なものを購入してしまったな。
どうしようか?
でも、こういうものは出会いだし―――。
……どういう形で牧に手渡そうか。
春田はそれを考えることをしばらく楽しみにすることにして、店を出た。
牧が春田の携帯に
(春田さん。俺と付き合ってください)
とラインを送ってきたのが七月の上旬で、今はもう八月の下旬になる。
夏休みに入ってからは毎日のように野球部の練習があった。春田は営業所が定休日の火曜日と水曜日に、なかなか休みの取れない土日の代わりに牧の所属する野球部に行くことにしていて、春田と練習が一緒の日は牧は春田家に戻ってきて春田と一緒に夕食を作り、食べて帰る。
その日は金曜日で、春田が不動産の営業活動の外回り中にグラウンドの脇を通りかかると、
「あれ?春田さんだ!」
野球部の高校生たちが、めざとく通りかかった春田に気が付いて、フェンス越しに声を掛けてきた。
「よお。頑張ってるかー?」
グラウンドの前は緩い坂道で、路上に立ち止まった春田は腰ほどの高さの石垣の上のグラウンドにいる学生たちを見上げる格好になった。
「わー、春田さんスーツ!」
「そうよー、これから営業所に戻るのよ。…もうあと一時間くらいだろ?気合入れて走れ走れ!」
「もー暑くて、だりーよ、春田さぁん。早く終わんねーかなー、春田さん冷房のあるとこに戻るんだろ、いーなー」
「俺も一日外回りだったのよ」
「お仕事ご苦労様っす!」
スーツにリュックを背負っている見慣れない姿の春田を見つけてはしゃぐ学生は数名に増えていて、遅れてグラウンドを横切ってきた牧の姿も混じり、
「春田さん!……今日は、何時ごろ帰ってくる?」
牧は走ってくるやカシャンと金網に指を引っかけて、屈託のない笑顔で呼びかけてきた。
「え?…十九時過ぎるかな?」
「じゃ、俺、先に春田さん家行ってていい?なんか夕飯を作っとくし。シャワー貸してね」
「いいけど、無理すんなよー」
「してないよ。鍵ちょうだい」
牧が金網越しに指先を伸ばし、春田家の鍵を欲しがった。春田は腰のポケットからキーケースを取り出すと、自宅の玄関の鍵を抜いた。
牧は金網のひし形の穴から差し込まれた鍵を受け取ると、嬉しそうにしながらユニフォームのポケットに滑り込ませ、
「おばさんは、今日は夕ご飯いるって?」
「あ、帰り遅いから、いらね」
「分かった」
「じゃ、後でな、牧」
「うん」
牧が春田を見下ろしながら笑って手を振る。
そうして春田は牧と他の野球部の学生たちに手を振ってから営業所に向かって坂を降り始め、牧はグラウンドを横切って練習に戻る。
合鍵こそ持ってはいないけれど、鍵を渡し合って、牧が住人が留守の春田家に入り浸るような生活は、春田と牧が子供の頃からやってきたことだ。つまりは、二人の関係に特に進展はなかった。
あるとすれば、あのハンカチ越しのキスと、
一度、牧が(出来る)と言い張って春田を二階のベッドに連れていったことくらいだけれど、あれも春田がすぐに逃げ出したから、変化と言えるかどうかわからない。
春田が営業所から自宅へ帰ると玄関には明かりが灯っていて、
「ただいまー」
と玄関のドアに手を掛けると、春田の帰宅時間に合わせて開けてあったらしいドアは鍵が掛かっていなかった。
「おかえりー」
牧の声がダイニングの方から聞こえた。春田が廊下を歩いて玉暖簾をくぐって部屋に入ると、牧はTシャツに短パンの部屋着にエプロン姿で出来上がった豚の生姜焼きを皿に移そうとしていて、
「おー、うまそー」
「うまく出来たよ。…先にシャワー入ってくるなら急いで」
「うん」
「もう味噌汁も出来ちゃいますから」
「……本当に嫁さんみたいだな、牧」
春田がネクタイを緩めながら感想として言うと牧は春田の方へ首を巡らせて笑い、
「俺もそんな気がします」
「やべーだろ。二人してそんな気になってたら」
春田は笑って顎を突き出すようにして牧に言い、牧はそんな春田を見て、
「俺は構わないですけど?」
…特に大きな変化はないんだけど、
それでも少しずつ気持ちは動いてきていて、
春田は、牧が保健室で藤倉先生に
「春田さんは―――俺の、彼氏」と言い出したときに、慌てて怒鳴りつけたものの、それ以上否定する気にはならなかった。
彼氏でもいいかな、牧の。
だけど、なにしろ牧は、
まだ十五歳…なのだ。
だから、なにも焦る必要はない。
………それどころか、
焦ったら犯罪になっちまうじゃん。
と、春田は、その問題を急ぐ必要はなしと判断して、放置してあった。
牧と一緒に夕飯を食べて、野球部の話が多くはなるけれど二人でその日一日にあったことを話して、夕飯が済むと、二人でキッチンに立って後片づけをする。
牧が自宅へ戻るのはその日によって時間が異なるけれど、
牧は春田家のダイニングテーブルで宿題をやったりするときもあるし、春田が牧に分からないことを教えることもある。
リビングのソファで寝転んで二人でテレビを見たりもする日もある。
今日は春田はリビングのソファに座ってテレビを見ていて、牧は春田の傍を頭にして隣で仰向けに寝転んでいた。牧は時々テレビを見ながら頭上の携帯を眺めていて、ラインの着信音の後で、
「あ、そらが帰ってくるな」
「じゃ、そろそろ帰る?」
「……うん」
春田が隣に寝そべる牧を見て尋ねると、牧は寝返りを打ってソファから起き上がった。
「………」
「じゃ、またなー」
春田はソファに片足を引き上げて、テレビのリモコンを片手に持ったまま牧に言う。
牧は去りがたそうにしていたが春田の意識は大部分がテレビに向かっていた。
「次に春田さんが野球部に来るのって火曜日?」
「そうだよ」
「四日あるね」
「だね」
「………」
「ん?」
春田はテレビのバラエティの内容に興味を半分ひかれながら、
黙っている牧を横目で見て問い返す。
牧の目は表情豊かで、キスをしたがっていることは分かったけれど、春田はこつんとそんな牧の額に自分の額をぶつけて、
「……またね」
急に顔が近づいて細かく瞬きをしている牧に笑って言ってやった。
「…………!」
不意を食らった牧が悔しがってがばっと春田を押し倒してくるけれど、春田は牧と笑いながら取っ組み合う恰好になってソファの上で暴れ、
そうして、ハンカチ越しのキス以来、お預けになったまま、牧は自宅へ帰る。
こんな日が長く続けばいいと春田は思っていたが……
問題は、放置しておくと、時に思いがけない大きな問題となるのだ。
[newpage]
その日、春田が営業所から自宅に戻ると、春田の母が春田の帰りを待ち構えていた。
「創一!ねえ、これ見て!!」
「ただいま……なによ?」
「今日ね、村田さんと会ってたの!それでね、すごくいいお話をもらってきちゃった!見て見て写真!」
「ちょっと、なんだよ、もうやめろっていったじゃん!!」
春田はスーツの上にリュックを背負っていて、それをダイニングテーブルの脇に下ろそうとしていた。
村田さんというのは春田の母の仕事仲間で、春田の母と気が合うらしくよく仕事帰りに夕飯などを一緒にしているようだ。
そして、この村田さんという人が、お見合いをセッティングするのが趣味らしく、春田の母は息子が二十四歳でそろそろ結婚の話があってもおかしくないのに交際相手すらいない……と格好の話題のネタにして、春田が了解していないというのに、春田の写真と簡単なプロフィールを手渡してしまって、時々女性の見合い写真が回ってくるようになった。
春田の母は、一方で
「アンタ、まだ二十四だからねー」
などと言い、本気ではなさそうだから、本当は村田さんと盛り上がる話題を作ることが狙いなのかもしれない。
「俺、お見合いする気ないって言ってるじゃん!持ってこられても困るし!写真、勝手に回すな。返してもらって、もう!いいから!」
「そうはいっても、アンタは彼女がいないんだから、出会いにつながるんならいいじゃない~。それより、見て見て、このお嬢さん!すごくかわいいでしょー?高校の保健室の先生だって!アンタの好きな童顔で巨乳?だっけ?そういうタイプだし」
「だから、俺、見合いは………」
言いながら、ちらりと写真を春田が見てしまったのは、
(高校の保健室の先生)
(すごくかわいいお嬢さん)
というキーワードのせいだった。
春田がネクタイを緩めようと結び目に手をやりながら覗いた写真の女性は……
藤倉先生だった。
牧の高校の保健医だ。
確かに可愛くて小柄で巨乳で、春田が白衣の胸の名札を見た時には目のやり場に困った。顔が可愛いうえに性格はさっぱりしていて、春田のタイプの女性ではあった。
だから、牧も、春田に藤倉先生を(会わせたくなかったな)と口を尖らせていたのじゃなかったか。
へぇ、そうか、あの人が、お見合いなんかするんだ。
というのが春田の感想の第一声目だった。
可愛い人だし、相手はいるもんだと思っていた。
世の中狭いなぁー……。
藤倉先生の写真が、お見合い相手として俺のところに回ってくるとはね。
春田と同い年だと聞いているから、年齢が近いということでマッチングされたのかもしれない。
「この人知ってるよ。…凌太の高校の保健の先生」
「えっ!?凌ちゃんの先生!?」
「うん。この前、凌太を保健室に連れていったとき、俺も会ってるし」
「やだー、本当だ!勤務先が凌ちゃんの高校の名前になってる!!世の中って狭いのねー」
「でも、本当に俺の写真は返してもらって。この話も断ってくれていいから。」
「そんな、創ちゃん。いいお話なのにぃー」
母は口を尖らせていたが、春田は下ろしたリュックを右手にぶら下げて二階の自分の部屋へ上がった。
これで話が終われば良かったのだが、
春田の携帯に、藤倉先生から電話が入ってきたのは、その翌日のことだった。
春田はもう営業所から自宅に戻り二階の自分の部屋にいた。携帯が鳴ったので手に取った。知らない番号からの着信だった。
「はい?」
春田が携帯を通話にして耳に当てると、
「春田さんの携帯ですか?……藤倉です」
「え?藤倉さん……?あ、…あ、はい、春田です」
春田は、目を瞬かせて、(なんの用だろう)と首を傾げてベッドに腰を下ろそうとした。
「牧くん、随分、元気になったようで何よりです。」
「あ、ええ、はい。おかげ様で―――いつも牧がお世話になってます」
「でも、今日は、牧くんのお話ではなくて。…私の写真と身上書、そちらに行ってますよね?」
「あー、…はい。確かに俺の手元にありますけれど。」
「私のところに今、春田創一さんの写真と連絡先や勤務先を記したものがあるんです。それを見てお電話してます。…明日、お仕事の帰りで結構ですので、会えませんか。こちらも全ての部活が活動を終えてから学校を出ますので、十九時を過ぎますけれど」
……………。
それで、春田は、翌日、藤倉先生と駅前のカフェバーで会う約束を取り付けた。
どういうつもりで俺に会いにくるんだろう。
お見合いの話なら、断ればいいだけのような気がするけれどな。
少なくとも、春田は断るつもりでいる。
というか、昨夜、すでに母には断りを入れた。
春田が営業所を出てスーツにリュックの姿で商店街を歩いていると、二十時近くなっても高校生の姿はあちらこちらに見える。春田は見知った顔がいないか思わず周囲を見回しながら、待ち合わせのカフェバーに入った。
藤倉先生にしても、あまり知り合いに見られたくないのか、彼女は、店の二階の奥の席ですでに春田を待っていた。胸の前で腕組みをし、テーブルの下で足を組んだ姿は、間違っても友好的な態度ではなく、春田は彼女の前に歩きながらそんな態度に首を捻ってしまった。
「……お待たせしました」
「いえ。待つのは構わないんです。お仕事お疲れ様でした。…でも、今日はきっちり春田さんご自身からお話を聞かせてもらいます!」
「……え?」
春田は、椅子を引く手を止め、自分を指差す。
俺に?
「そうです。話によっては、あなたを通報する用意があります。」
「え、通報!?えっ、ちょっと、ちょっと何の話!?!?」
「春田さんは牧くんの彼氏だというお話でしたよね!?こう見えても養護教員ですからずばっと申し上げていいんですけど、場所が場所ですから言葉は濁しますが、牧くんとぶっちゃけソッチのご関係が!?あるのないの!?…その上で春田さんがこうしてお見合い相手を探されているというのは、どういうこと!?」
「ちょっとちょっと、……ああ、そうか。そうなるのか。そういう理解に!!…でもちょっと待って。待って下さい!!」
「青少年保護育成条例違反の淫行の場合、二年以下の懲役または十万円以下の罰金で、私が通報してもし逮捕されれば、十日間の勾留請求がなされるとお考え下さい。会社を無断欠勤扱いになって、多くの場合、解雇です!」
「いや、だから、俺の話を聞いて下さい。違うって!!!」
春田は、慌てて、顔の前で両手を振る。
……これは…気が付かんかった。
藤倉先生にとっては、春田は見合い相手となる女性を紹介してほしいとヌケヌケと周囲に依頼しておきながら、未成年の牧をたらし込んで毒牙にかけた両刀の遊び人に見えたようだ。
それで、「通報する用意がある」か。
春田はもちろん、必死になって説明をした。
「私は、東京第二高校の養護教員として牧くんを守る義務があります!!」
「いや、本当に話を聞いて下さいって!」
かたくなだった藤倉先生は、春田の必死の説明を聞くうちに、次第に表情を和らげていったが、
「………じゃあ、お見合いの話は、あなたが望んでいるわけではなく、あなたを心配しているお母さまが勝手になさっていることだと。」
「お恥ずかしい限りですが、いや、母が勝手にと言い切るのも社会人としてどうなのかなーと思いますが、俺の意思ではないのはその通りです――ハイ。俺は藤倉先生とお会いするつもりはなく、これまで誰にもお会いしたことはなく……母には、写真を戻すように、再三、言っていたんですが…ご迷惑をお掛けしました」
春田は顔を真っ赤にして深く頭を下げた。
話はクソ恥ずかしかったが謝るのは仕方がない。自分が悪いといえば悪いのだ。
藤倉先生は、顎に手をやり視線を壁際に向けながら眉間に皺を寄せて考えていて、
「………。もし春田さんの写真に手書きの身上書がついていたら、絶対に信じないけれど。でも、スナップ写真と簡単な連絡先だけの身上書だったし、筆跡も女性のものだったかもしれないわ。」
「……はあ、すみません。あの、もしお持ちでしたら、ここで返してくれても」
「ちょっとここで書いてみてくれません?」
藤倉先生は自分のカバンを探って筆記具を取り出すと、春田の前にペンとノートを差し出した。
「ひ、筆跡鑑定ですか」
「この際ですから、疑惑を晴らすつもりでどうぞ」
……。
春田は自分の名前を書き、藤倉先生はそれを肘をついて覗き込んでいたけれど、春田がそれを藤倉先生の方へ方向を直して差し出すと、
「…明らかに男性の筆跡ですね。」
「あの、わざと筆跡を変えたりもしていません」
「見ていれば分かりますよ。…でも、何通出回っているか分からないんでしょう。お母さまにはっきりと言って、全部回収するべきだわ。そうじゃありませんか!?」
「ええ、本当に、おっしゃる通りで……」
「私の持っているものは、仲介の方を通じてお断りという形でお返ししますから。私にも仲介者の方にお世話になっている立場があります。」
「そ、そうですよね。…そっそういうもんか」
「そしてお聞きしますけど、牧くんとは本当はどういうご関係?」
「いや、だから、幼馴染で……家が近所で母親同士が仲がいいので、牧が幼い頃から家族ぐるみで付き合ってお互いの家を行き来してますし…、牧はまだ十五ですから。あの、そういう不適切な関係は、一切なく」
「…………」
「本当です」
春田は自分の顔の前で右手を振り、テーブルに肘をついた同じ手で顔を覆った。
なんつーことだよと思った。
顔から火を噴きそうだった。
でも分かってもらえないと困る。
一番は、春田と牧の名誉の問題だ。
藤倉先生は、そんな春田を見て、ふぅ、と大きく息を吐きだした。
「まじめな関係なんですよね?」
「も、……もちろんです」
「なんだか、まるで高校生と話しをしているみたい。失礼ですが春田さん、ご年齢より子供っぽいんでは?」
「………。弁明のしようもありません」
春田は座ったまま深く頭を下げた。額がテーブルにすれすれに付きそうだった。
「春田さんて、お会いするたびに印象が違うんですよね。…最初に牧くんを保健室に連れてきたときには、イケメンで理想的な人だと思ったのに。…それなのに、この写真と身上書を頂いて、牧くんの彼氏のあの春田さんと同一人物だと気が付いた時には、私は、とんでもない悪党だったか!と、怒りに震えましたから。…それに、私としても、春田さんみたいな方の身上書が回ってくると困るんですよね。私は真面目にお見合いするつもりでお相手を探してますから!ご本人がその気じゃないなんて言語道断な話!」
「…藤倉先生でもお見合いなんてなさるんですか」
「え?」
「あ、いや。…若くて可愛い方なので、そんなこと必要なくお相手がいるんじゃないかな、…って」
いや、余計なことだったら申し訳ないです。としきりに顔を拭っている赤面の引かない春田に、藤倉先生は、ちょっと笑って、
「春田さん。私の周り、高校生ばかりなんです」
「え、…、そうか」
「年度が代わって新しい出会いがあるたび、私と出会う人たちの年齢差は離れるばかりですから。」
……うん。
それにしても参った。
これは本気で母に言ってスナップ写真や連絡先というやつを回収しよう。
どれだけそれが自分だけではなく相手にも迷惑なことなのか、はっきり悟ったのだ。
春田が疲れ切って家へ戻ると、母はダイニングテーブルでお菓子を口にしながらテレビを見ていた。
「おかえり~」
「…良かった。……ちょっと話がある。」
「え?どうしたの。怖い顔しちゃって」
「俺の写真と連絡先てやつを本気で回収してきて」
春田の強張った顔を見て、お菓子をつまんでいた母の指先が止まった。
「だって……勤務先にも出会いってほとんどないんでしょ?」
「そういう問題じゃねーの!!俺、その気がねーし!!」
「だってぇ」
「俺、それに、好きな人がいる。………好きな人が出来た」
「―――え!?」
「だから見合いしねーから。分かった!?マジで回収してきて。頼むから本気で。お願いします。俺、言ったからね!?」
これだけ言ったらもう母も動くだろう。
「ちょっと創一、好きな人って?お付き合いしてんの!?」
いや、まだです。
まだ十五歳なんで、付き合えることになるのもだいぶ先です。
春田の母は玉暖簾の向こうから身を乗り出して話を聞きたがったが、春田はもう無視して階段を上がり自分の部屋に戻った。
母は、春田の好きな人が牧 凌太だと知ったらきっと腰を抜かすに違いない。
春田は知らなかったが、
その翌日、牧は、春田の母から
「凌ちゃん。創一の好きな人て、誰か、知らない?」
と身を乗り出すように話しかけられていた。
「――――え?」
牧は、ぽかんと口を開けて、春田の母の顔をまじまじと眺めてしまった。
「創一に好きな人がいるらしいのよ。創一からなにも聞いてない?」
「好きな人?それ、創ちゃんが自分から言ったの!?」
牧は、大きな目を瞬かせて、茫然と立ちすくんだ。
「そうそう、そうなのよー」
「俺………なにも知らない、よ」
「そうかー、創一は凌ちゃんには話してるかと思ったんだけどなー」
「………。」
牧は春田の母に道端で会い、寄っていきなさいよと言われて春田家に上がり込んでいた。
牧は野球部の練習帰りで、春田家でシャワーを借り、Tシャツと短パンに着替えて春田の母とキッチンにいた。
春田の母は駅前の商店街で買ってきた遅い昼食用の巻きずしをテーブルに並べていて、
「一緒に食べない、凌ちゃん。部活をやってきて、おなかがすいたでしょ?」
「うん。…少しだけもらう。それより、創ちゃんの好きな人のことだけど……」
今日は春田は営業所の営業日だから仕事だ。
二十時過ぎまでは帰ってこないだろう。
牧は春田の母の斜め向かいの席に腰を下ろす。
春田の母は小皿にしょうゆをたらして牧へ寿司と共に勧めながら、
「食べてね、凌ちゃん。……なんだか、わりと最近になって好きな人が出来たみたい。ゆうべ自分から言い出したのよねー」
「自分から……?」
「好きな人が出来たから、お見合いの写真や身上書を引き上げてくれーって。…そう言うなら本気よねえ」
「……誰だろう。最近になって好きな人が…」
牧は口元に手を置いて考えた。
血の気が引きそうだった。
好きな人が出来た。……だから、お見合いの写真も回収してほしい、って、それじゃ、
「……創ちゃんはその人と付き合うつもりなのかな…」
「そのつもりなんだと思うのよね」
「……え…」
「あ、それと、思い出したわ!すごい偶然!凌ちゃんの学校に藤倉先生っている?」
「え?……うん、いるよ」
「その人、創一のお見合いの相手だったの!!」
「!………」
―――――まさか。
牧は、春田の母から、見合い写真を見せてもらった。
間違いなく藤倉先生で、綺麗な写真だった。
いやな予感はしたんだ。
藤倉先生はいい人だし、見た目もいい女だし。
春田さんは気に入るだろうと思った。
だから、警戒してはいたんだ。
だけど藤倉先生が、春田さんのお見合い相手としてよそから紹介されてくるなんて。
こんな漫画か小説みたいな偶然、あるのかよ。
「創一は、藤倉先生と知り合いだって言ってたけど、そうなの?」
「……うん。俺が捻挫したときに、創ちゃんと先生は、保健室で話していたから」
「じゃあ、きっともう連絡先も知ってるわね。」
牧は、曖昧に頷く。
牧の携帯で話しているところしか見ていないけど……そうかもしれない。
「そうか、だから、お見合いの形で会う必要がないんだ!」
春田の母は、納得がいったように手を打っていた。
「きっともうお付き合いが始まっているのかも!それだったら分かるわよね。だって、他の人に写真を回す必要がないもの!だから、写真を引き上げてくれなのか!」
……俺がどれだけ長いこと、想ってきたと思ってるんだよ。
創ちゃん。
牧は春田の母との会話を切り上げて、ひとりで二階に上がり、春田の部屋のドアを開ける。
八歳も年上の長年の想い人は、社会人で、仕事中だ。
牧は春田の部屋の中を見回した。
見慣れた部屋だ。小さい頃からここによく入り込んでいたし、このベッドに春田と牧の二人や、時にはそらも含めた三人で潜り込んで眠ることもよくあった。あの頃と部屋のしつらえは殆ど変わらない。
春田だけが大人になってしまって……牧は、いくら追いつこうとして焦っても、置いていかれる。
牧の携帯が鳴った。
ポケットから携帯を取り出すと、ラインを開く。
未読のメッセージを読み進める牧の目が細くなる。
(昨日、駅前で藤倉先生を見たー。デート?)
(なんか超怒ってたっぽい。浮気?)
(相手の男、すげー謝ってた)
(俺も見た。つかあれ春田さんと違う?)
(春田さんて?)
(野球部のコーチに来てる人ー)
(マジで!?)
(後ろ姿だけだけどたぶん間違いない)
(えーマジで)
(野球部のコーチと付き合ってんのフジタン)
俺に黙って学校外で会ってるし。
俺、なんにも……聞いてないし。
携帯の電源をオフにした。
「――――クソ!!」
牧は怒鳴って、春田のベッドを拳で殴りつけた。
春田の部屋を見回し、春田のデスクの引き出しから油性ペンと学生時代の名残のレポート用紙を取り出すと、大きく(創一の阿呆)と書いて、春田のベッドの上に放置しておいた。
なにも知るはずのない春田は仕事から戻り、二階の自分の部屋に入って明かりを付ける。
スーツの上に背負っていたリュックを下ろそうとして……紺色のベッドシーツの上に、白い紙きれが置かれていることに気が付いた。
「……?」
なんだこりゃ?
見下ろした紙には、極太のマジックで
(創一の阿呆)
と書いてある。
春田はそれを拾い上げて、首を捻る。
春田の部屋にこんな悪戯をしていくのは牧だけだ。
片手にぶら下げていたリュックを床に下ろして春田は頭を掻いた。
創一の阿呆って?なにを怒ってんの?
先週の練習時に俺が言ったことかなんかで、ムカついたことでもあったのかな。
まあ、今度会ったら聞いてみるか。
春田は簡単にそう考えて……その紙を、ゴミ箱に滑り込ませた。
[newpage]
翌日は春田の営業所は定休日だった。
母は早朝から仕事に出ていて、春田が起きた時にはもう家の中に一人だった。
今日は野球部の練習は十一時始まりだったから、春田が顔を洗い、シェーバーを使っているところに、玄関のインターホンが鳴った。
「はいはい」
廊下を裸足で歩いていって、片腕を伸ばして玄関のドアを開けると……外に立っていたのは、制服姿の牧だった。
「おう、おはよう。……どうした?」
牧は普通は春田を迎えには来ない。
「……練習前にどうしても春田さんに聞いておきたいことがあって…」
「…そっか。あがれよ」
春田は外に立つ牧を見て瞬きをして、ドアについていた腕を離して斜めになっていた体を廊下へ戻し、
「入れよー今、支度をしてたとこ」
気軽に手招きをして牧を家の中に招き入れた。
牧は春田の腕の脇をすり抜けるようにして入り、玄関のドアが閉まった。
「なに。なんかあった?」
……あ、そういえば、昨日の(創一の阿呆)。
春田は思い出して牧の方を振り返ったが、牧は強張った顔で春田の後ろをついてきていた。
牧を連れてダイニングに戻り、春田は冷蔵庫を開けて中から牛乳を取り出す。
「朝飯食った?牧」
「食べてきました」
「あ、そう。……で、なによ朝っぱらから話って?」
春田は冷蔵庫の扉を肘で押して締めると、コップを手にして牛乳を注ぎ入れる。
「……藤倉先生とお見合いするって本当ですか」
「―――――」
牛乳を飲みかけたところで牧に問われて、春田は思わず噎せそうになって前屈みになる。
「おばさんが言ってましたよ。昨日、藤倉先生の写真も見せてもらった。…春田さんにまたお見合い話があって、それが偶然に藤倉先生だったって。それで、春田さんは、…好きな人が出来たから、もうお見合い写真は回収してきてくれって………、おばさんの中では、藤倉先生と春田さんは、知り合い同士だから、きっと二人は個人的に会っていて、だからお見合いとして会う必要もないし、藤倉先生と付き合うつもりだから他のお見合いの話も全部断ってくれってことだろうと………そういうことになってたけど。
春田さんの好きな人って、先生かもって―――
それ、本当?
…俺が二人を引き合わせたってこと…………?」
どこで話がそんなに。
春田は床に数滴こぼした牛乳のシミを見て、手に掛かった牛乳をどうしたらいいか持て余して、手首を振った。
いや、ちょっと待って。
話がこんがらがってる!
「いや、牧、ちょっと待ってよ。」
「昨日、駅前のカフェバーで、藤倉先生と会ってたでしょ?」
「……み、見てたの」
「俺は見てないけど!ラインで噂になってた。藤倉先生と春田さんが付き合ってるとか、春田さんが浮気の弁解してたとか、そんな内容。……どうして隠すんです!?」
「いや、本当に待って牧。それ、本当に誤解が入ってるから!山のように誤解だらけだから!!」
「………」
牧の疑わし気な視線に春田は途方にくれる。
どこから説明したらいいんだ。
「あのな、牧。」
えーと、
なにから説明すれば。
すると、そこに玄関のチャイムが鳴った。
「…出ますよ」
玄関に近かった牧がため息をついて、応対に向かう。
牧が玄関を開けると、宅配便だったらしく、牧は玄関に置いてあるハンコを使って受け取ると戻ってきた。
………あ、グローブ。
すっかり忘れていた。今日を配達の指定日にしていたんだっけ。
牧が春田にダンボールを渡そうとする。
話を再開しようと口を開きかける牧の前で、春田は慌てて、
「牧、牧牧牧。その前に、その箱、開けてみ?」
「―――なんで。俺、今、話をしたいんだけど」
「いいから、開けてみ?」
……春田は、この時、このタイミングでグローブが届いたことを喜んでいたのだ。
牧の為に買ったプレゼント。
どのタイミングで渡そうかは、まだ決めていなかった。でも、きっと牧は喜んでくれるだろうし、笑顔になった牧を前にしたら…俺も言えるかもしれない。
俺、お前の笑った顔を見ていたいって。
お前が好きだ………は、なかなか言えない。それは随分と勇気がいる。
牧は、箱を開けろという春田に不満そうな目をしたけれど、春田が一生懸命に促すのを見て諦めた。口を結んでどこか面倒くさそうにダンボールのテープを剥がし、箱を開けて……新品の革の匂いに表情を変えて、中から綺麗にラッピングされた袋を取り出した。牧の手首にリボンが触っていた。
「開けて」
春田に促されて、牧は丁寧に施されたリボンを解く。勿論、中からはあの牧の為に選んだ綺麗なグローブが出てきたが……でも、牧は、そのグローブを喜ばなかった。
牧は、解いた包装ごと、そのグローブをテーブルの上に置き、
「……俺へのプレゼント?」
「そ、……そうだよ。」
「なんで!?なんでもない日に!?こんな高価なものを!?」
愕然として春田を大きな目を見開いてまっすぐに見たのだ。
「……春田さん、俺になにか隠してませんか!?だからこんなプレゼントで俺を宥めようとか!?」
「~~~~~~え!?ちげーーーよ!ただ、牧に似合うだろうなーってそれで」
「だって!………おかしいよ、こんなの。…分からなくなった。本当は、本当に、他に好きな人でもいるんじゃ!?…だから、返事も濁してて…俺になんにも返事を言ってくれなくって!で、これでもう諦めろよーって、そんな意味で……」
「ちげーつってんだろ!!……なんだよ。なんで喜ばねーよ!?」
「う、嬉しいよ。……でも!!なんだか行動がおかしいって!」
「~~~~…、じゃ、もういい!」
春田は、怒鳴りつけていた。
牧はびっくりした顔で春田を見上げ、
「もー、いいって。分かった!!……お前がいらないなら、その辺に捨てとけ!」
「……創ちゃん」
「…放っておくな、その辺に!」
牧の隣を通り過ぎようとしながら、春田はテーブルの上のグローブを掴み上げる。鷲掴みにパステル色の薄い包装紙も一緒に握りしめて、さらさらと音を立てるその包装紙と一緒に、牧の胸の中にグローブを叩きつけた。
牧は慌ててそのグローブを包装紙ごと両手で抱き、
「……創ちゃん!」
「――――」
「創ちゃん、ごめん」
二階に上がろうとする春田を慌てて追いかけてきた。
「創ちゃん!本当にごめん!」
春田は牧に構わずに部屋のドアを閉める。
中で支度を始めると、ドア越しにグローブを胸に握りしめた牧が戸惑っているのが伝わってきて、春田はいらいらしながら引き出しを開けて着替えを取り出した。
「創ちゃん。……」
春田は返事をしない。
牧は、何度か控えめにドアをノックし、春田が返事をしないので、ごつんと額をドアに押し当てる音がした。
「ごめん。…有難う。嬉しい。……今、言っても信じてもらえないかもしれないけど、嬉しい。有難う」
それなら良かったよ。
春田は思う。
でも、素直に返事が出来なかった。
牧はしばらくそうしてドアの前に立っていたけれど、背を向けて春田の部屋のドアに凭れ掛かるようにして座ったらしい。
「創ちゃん。……革のいい匂いがする」
「………」
「聞いてる?創ちゃん」
「………」
「ありがとう。……俺、男で良かったなーってよく思ったんだよ。創ちゃん。…創ちゃんと遊べるから。そらなんかはさ、俺や創ちゃんといるより、女の子同士で遊んでいる方が楽しそうでさ。…そらはちっとも分かってねーなーって、創ちゃんと一緒にいるとこんなに楽しいのにって。野球もサッカーもオセロも、創ちゃんといるとこんなに楽しくて、楽しくて……マジで楽しくて、息が止まるくらい楽しくて、それは男同士だからなのかなって。……思ってた」
俺も思ったよ、それは。牧。
お前が生まれたときに、お前が男で良かったと思ったもんな。
野球もサッカーも教えてやるよって。
ずっと兄弟みたいに一緒にいようって思ったもんだよ。
春田は引き出しを閉じてTシャツを首に通しながら思う。
「……でもさ、時々、思う。……女の人に創ちゃんを取られる。…それなら、女性に生まれれば良かったな」
グローブは嬉しいけれど。
女の人が喜ぶだろう指輪よりグローブが嬉しいんだけれど。
牧は思う。
牧に贈るなら指輪よりグローブだ。
まだ十五歳のお前に指輪なんか渡してもな。
春田も思うのだ。
…ああ、そうか。
グローブは、なんでもない日の高価なプレゼントは、
お前が好きだ………の記念日だったんだ。
その、プレゼントだったんだ。
それを疑われたから、俺は、こんなに怒ってるのか。
牧の体はいくら大きくなったといっても春田とは違う十五歳なりの柔らかさで、女の人とは違う男子高校生の匂いがする。
春田は、その体を抱き締めたいと思う。
お前が好きだ、って言って、抱き締められたらいいのに。
「……創ちゃん。俺が、ありがとうって言って、創ちゃんにキスしたいって言ったら……やっぱり、やめろって言う?」
……少しは、春田も、それを期待していたのだ。
[newpage]
春田が部屋を出ようとするとドアの前に座っていた牧は慌てて立ち上がり、春田の顔を恐る恐る見たけれど、春田が何も言わないので……牧はがっかりした顔で、春田の後ろをついて階段を下りてきた。
春田が支度を済ませる間、牧は控えめに様子を見ていて、春田が家を出るときに一緒に春田家を出た。
グラウンドまで一言も話さなかった。
牧はプレゼントのグローブとラッピングを大切そうに抱えていて、グラウンドにつくと、グローブをきちんと包み直し、ボストンバッグの中に入れた。今日の練習には普段のグローブを使うつもりのようだった。
春田はそれを見ていたけれど知らんふりをして、その日の練習はほぼ牧を見ないようにして終わり、牧は戸惑っていたけれど、練習が済むと「それじゃお疲れ様」と皆に声を掛けてグラウンドを後にした。
春田は校舎に入り、保健室に向かった。
保健室には(在室です)の札が掛かっており、春田がノックをすると「はーい!」という藤倉先生の声がした。春田は引き戸を開け、藤倉先生は白衣姿でデスクに座っていて、春田を見ると
「あら!」
口を開いたが、どうぞとスツールを勧めてきた。
「……先日は失礼しました」
「こちらこそ。お呼び立てして不愉快なことを申し上げまして。」
春田と藤倉先生は互いに頭を下げ、春田が先に顔を上げて
「母には言いましたので。近日中に全部の写真や身上書ってやつを確認して、枚数も確かめて、それで俺が自分で処分しますので。……本当にご迷惑をお掛けしました」
「それがいいですよー。是非そうなさってください」
「……」
春田が会話が続かなくて頭を掻いていると、
「牧くんとは話を出来ましたか?」
「……え?」
「牧くんと話をしましたかって」
藤倉先生が不思議そうに春田を見ている。春田があいまいに首を捻ると、
「え!?牧くん、知ってるでしょ!?お見合いの話。」
「え、…まあ、母が牧にも先生の写真を見せたみたいなんで……知ってますが」
「じゃ牧くんと話さなきゃダメじゃない!」
いやでも、今、ちょっと喧嘩中だ。
「春田さん。…十五歳は子どもですけど子ども扱いしちゃダメです。ちゃんと向かい合わないと。春田さんには高校の教員は無理ね」
「え?」
「牧君、まっすぐじゃないですか。春田さんは逃げてるように見えますよ。私は春田さんは高校生みたいだって言いましたけど、そういうとこ!どちらかというと指導が必要なのは牧くんより春田さんかも」
藤倉先生はそう言い、面食らう春田の肩に手を置いて、まるで生徒にするように春田の目を眺め、
「ちゃんとしっかりして!……」
「しっかりって。俺がしっかりしないとダメだは思ってます。牧を暴走させないようにしないと、俺が保護者代わりにって」
「それ違う。春田さんがちゃんと向き合わないから不安になって暴走するんです」
「……そ、そうですか?」
「ちゃんと受け止めてみなさい。話はそれから!」
藤倉先生はそう言い、春田の肩をぽんぽんと両手で叩いて、
「頑張れ青少年!」と笑った。
俺も青少年ですか。
春田が肩を揺らされながら藤倉先生の顔を眺めていると、
「――――あれ、牧くん!?」
保健室の引き戸が開き、藤倉先生が牧の名前を呼んだ。……春田が振り向くと、そこに牧が口を開いて立ちすくんでいた。
春田がスツールを回して立ち上がると藤倉先生の手が下りて、牧は春田が立ち上がるのを見ると大きな目を半分に伏せて怒りをにじませて笑い、
「……やっぱりこんなとこに来てるし。…もう野球部全員帰ります。報告にきました」
「あ、ああ、ご苦労様ー。ちゃんとお水と塩分取って、家に帰ったら休んでね」
やべ。
部活が終わるときには保健室に報告にくることになってたのか。
これまで気にしたこともなかったから知らんかったわ。
春田はぷいと引き戸から離れる牧の後を追いかけた。
牧は廊下を早足に歩きながら、追いかけてくる春田の方を振り向きもせずに
「……藤倉先生は人気があるんで。…ふたりで会ってるとやっかみくらって噂になりますよ」
「いや、もう話は終わったから来ることねーし」
「…じゃ、俺、先に帰りますんで」
牧は振り向かずに廊下を走り出す。
「ちょっと、ちょっと待て牧!」
「……」
「お前、まだ走るな言われてるだろ!」
「もう平気ですよっ。…ほとんど捻挫も骨折も問題ないって言われてます!」
怒鳴り返して廊下を駆け抜けてグラウンドに戻ろうとする牧を追いかけながら春田は
(走るなっつってんのに!)
と舌打ちし……一度右足で弾みをつけて、本気で牧を追いかけた。
牧が足音に振り返り、慌てて本気で駆けだそうとするのを後ろから肩を掴んでやめさせ、
「こら!!走るな!!」
「大丈夫ですってっ………」
……なんでこうなったんだろう。
牧を抱き締めてから、気が付いた。
牧の肩を掴んで振り向かせたと同時に、腕を回して、春田は牧を胸の中に抱きしめていた。
牧は、腕を垂らしてボウゼンとして肩口に顎を寄せていて、
「は、春田さん?……」
口元を春田の服に押し付けているのでくぐもった声になりながら、視線を上げて春田の顔を見た。
手放さなきゃ。
でも、腕が緩められない。
愛しくて。
「あ………の、」
腕を緩めようとするのに、腕が手放すのを嫌がって……牧の頭を掴んで、もっと引き寄せちまう。
「………ちょっと、春田さんっ!」
保健室の方から、藤倉先生がすっ飛んできた。
「ダメでしょ!牧くん!走ったら!!春田さん、捕まえてくれてありがとうございました!……ダメ!!牧くん!!」
藤倉先生はやたらと大声で牧を指差しビシビシと言い、
「あー!本当に本当に、春田さんが牧くんを押さえてくれて良かったーー!止めてくれて、良かったーーー!!牧くんはまだ足が治ってないから走っちゃ駄目なのよ!!いい!?」
「………」
「で、二人とも、もう帰んなさい!!」
目を剥いている牧に藤倉先生は大声で言うと、春田と牧の背中をグイグイと押してグラウンドの方へ押しやり、
「…職員室から丸見えです!…本当に困った人たち!キスシーンなんかされたら庇いきれないよ!そういうのはおうちでどうぞ!」
……と、小声で言い、春田と牧の二人を校舎から追い出した。
春田が振り向くと、職員室の方から数人の教員がこっちを見ていた。
「……まずかった」
「……なにやってんですか」
「お前が言うのかい!」
「……………」
牧は春田と歩きながら隣の春田をちらりと見上げて
「キスシーンなんかされてもって藤倉先生言ってましたけど」
「…いいから黙って家まで歩け」
「………」
牧はしばらく黙って春田の隣を歩き、
「俺にキスする感じだったんですか、春田さんが」
「いいから、家まで歩けって」
「だって。」
牧はまたしばらく黙って春田の隣を歩いて、
「家についたら聞いてもいい感じ?」
「だー!だーかーらー!歩けって家まで!」
「はい」
牧の声に笑いが混じる。
二人は前を向いて歩いた。
「ねえ、春田さん」
「…………。」
「あと百メートルもないね」
「…見えるわ、自分んちくらい」
春田がポケットから鍵を取り出すと、牧がそれを斜め後ろから覗き込んでいて、春田がドアを開くなり牧が先に家の中に飛び込んだ。
靴を脱ぎ散らかして廊下に上がり、牧は春田家のダイニングへ駆けていく。
この時間はいつも二人だ。
牧はダイニングテーブルの前で春田を待っていて、
「聞かせてください。全部聞きたい」
と、春田を手招きして急かした。
「春田さんの好きな人って誰です?」
「…………」
分かってるくせに。
だからそんなわくわくした顔するんだろ。
可愛い顔をしやがって。
……どうしよー、俺。
春田は平手で自分の顔を覆う。
一世一代の告白になる。
まさか、俺が、凌太に、二十四歳の俺が十五歳の凌太に、好きだ……ということになるなんて。
「春田さん」
牧が春田の手首をつかんで顔から下ろさせる。
牧は真剣に春田の言葉を聞きたがっていて、まっすぐに春田の目を見上げていて…それを見ていたら、キスしたくなった。いや、でもな。
視線を逸らす春田に、
「あー、もう!」と牧はじれったがって地団太を踏み、
「……ハンカチ、要ります?」
「ハンカチ?」
「それからでもいいよ。それで、次からは、ハンカチなしで、……俺、」
「いや、ハンカチいらないし」
制服のポケットを探る牧の手首を春田は掴んで止める。
春田の顔を見上げた牧の頬に春田は左手を触れて、手首を掴んでいた手ももう一方の頬に触れて。
……好きだ。
いつからだろう。
本当はずっと前からだったんじゃないかな。
俺、よくこれまで我慢出来たな。
いや、これからもずっと、我慢しなきゃしょうがないんだけどな。
ざっと二年数か月ばかり。
……大丈夫なのかな?
牧の唇がうすく開く。それと同時に大きな目は伏せられていく。春田は、両手で牧の頬を包んで、その唇に唇を押し当てる。
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「ハンカチ一枚分の距離」三作目です。これで完結です。春田24歳、牧高校一年生(15歳)、家が近所の幼馴染設定です。面白く読んで頂けましたら本当に嬉しいです!春田と牧の8歳差という年齢差にクローズアップした話でしたが、8歳差って学生時代だとやっぱり大きいですよねー…。幼馴染設定、こんなだったらいいなと妄想して楽しく書きました(笑)ここまでお付き合い下さって本当に有難うございました!いずれ牧18歳編とか…もしも書いてたら宜しくお願いします(笑)<br />【追記8/26】2018年08月24日付の[小説] デイリーランキング 85 位<br />2018年08月25日付の[小説] デイリーランキング 51 位<br />2018年08月25日付の[小説] 女子に人気ランキング 39 位 皆様、有難うございます!嬉しいです!!(涙)
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続続・ハンカチ一枚分の距離
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10035053#1
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車で工藤邸まで辿り着いくと、アディントンを安室が抱き上げて運び、コナンの案内によって客室のベッドに寝かせた。その時アディントンは薄っすらと目を開けた。
「アディントン、気がつきましたか?」
「……ここは?」
熱に浮かされたアディントンはぼんやりとした表情のまま安室を見る。
「コナン君の家ですよ。大丈夫。」
「それより、何か飲めそうか?体液をたくさん失ってるから経口補水液とか飲んだ方がいいよ。」
「…飲む…。」
アディントンがそう答えると、コナンがパタパタと部屋を出て行った。
「…電話…貸してくれ…。」
そう言ったアディントンに、ベルモットがスマホを差し出した。アディントンはそれを受け取ると言いにくそうに口をまごつかせた。
「…すまないが、少し席を外してくれないか。」
アディントンの言葉に、安室とベルモットは眉を顰めた。
「…この状態の貴方を1人にしろと?かなり高熱なんですよ?」
「…頼む。」
安室とベルモットは渋々部屋を出て扉を閉めた。リツカは漸く1人になり、深く溜息を吐いた。スマホに番号を打ち込むと、ワンコールですぐに相手が電話に出る。
「もしもし、ロビン?」
『マスター!!おい無事か?!』
「軽い怪我はしたけど大丈夫。それよりも、爆弾の解除はできた?」
『ついさっき終わったところっすよ!!爆弾のコードは送ってきやがったが各階に5人…合計250人の爆弾解除は流石に骨が折れましたよ…。しかも解除コードの入力は手動だ。燕青の旦那とは合流できなくてエミヤの旦那と2人でなんとか…。それよりあんたどこだ?今すぐ合流する!!』
「今はコナン君の家。…ねぇ、モリアーティがどうしているか知らない?」
『モリアーティの旦那とは合流できてねぇっすよ。…謝るなら早いうちにした方がいいぜ。』
「………………そうだね。後片付けが済み次第合流して。あと、着替え一式持ってきてもらえない?スーツボロボロだし着替えたい。あとカラコン新しいのお願い。」
『了解。くれぐれもバレんなよマスター。』
そこで電話を切り、アディントンは溜息をついた。そしてモリアーティに電話をかける。1コール、2コールと、何度も電子音が耳に届く。
(…出て、お願い。)
ちゃんと話さないまま、飛び出して行ってしまった。モリアーティの気持ちを無視して、自分の独り善がりで無茶をした。きっと怒っているし、悲しんでいる。マスター失格だと頭を抱えながらジッと待つ。
『…………もしもし。』
その声に俯いていた顔を勢いよくあげた。その拍子に右肩に激痛が走ったがそんなことは無視して恐る恐る話し出す。
「…モリアーティ。」
電話の向こうのモリアーティはどんな顔をしているのだろう。長い沈黙が続き、リツカの心臓が高鳴った。
『…無事なのかネ、マスター君。』
「う…うん、ちょっと怪我したけど、大丈夫。今はコナン君と安室さんとベルモットに匿われてて…えっと、赤井さんも怪我を治療してくれて…。ジンは赤井さんが拘束して連れて行った。」
『怪我の具合は?』
「………顔に………痣と………鼻血と………右肩にちょっとした銃創……です。」
電話越しでもわかるくらいにモリアーティから殺意を感じる。非常に怒っている。これはまずい。
『……………怪我を負わせたのはジンだネ。』
地を這うような声が聞こえて冷や汗が流れる。まずい、これは本気でキレている。このままではジンが殺される。
「………………先に言うけど、ジンも殺しちゃ駄目だからね。」
『……そう言うとは思っていた。』
わかった、とは言わないモリアーティに、リツカは一度息を吐いてからキッと顔を引き締めた。
「モリアーティ………ごめんなさい。」
真摯に、自分の気持ちを伝えなくては。リツカは姿勢も正した。
『何故、謝っているんだ。』
「私はモリアーティの気持ちを無視して無茶をした。…モリアーティは、…っ私が傷つくことで傷ついてたんだ。それなのに私はそれを無視して…モリアーティのこと…傷つけた。……ごめん、…ごめんね……こんなマスターでごめん……うっ…ぐすっ…ごめんなさぃ…。」
ぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。彼がどれだけ自分を大切に思ってくれているのは知ってるくせに、その優しさに胡座をかいて、自分の気持ちを優先させた。自分のエゴに、独りよがりに、彼を巻き込んで苦しめた。それが悔しくて、恥ずかしくて、許せなくて、胸が苦しくなった。
『………君は、自分が思っているより大切に思われているんだ。君が傷つくことで傷つく者がたくさんいるんだ。……私も、燕青君も、ロビン君もアサシンエミヤ君も鈴鹿君もエミヤ君もビリー君も……マシュ君もだよ。』
「う…ぐすっ…うん…そうだ…そうだよね…。」
『………私もすまないネ。私は君のその優しさが好きだ。君がその優しさを捨てられないことも、捨てれば、君が君じゃなくなることも知っている。けれど、その優しさのせいで傷つくのも大嫌いなんだ。…矛盾しているんだヨ。』
「あはは…確かに、すっごい矛盾だ。……でも、私も…………きっとまた…今回と同じことすると思う。………私はきっと、死ぬまで同じことしてると思う。モリアーティやマシュの気持ちも知った上で…また…無茶する…。」
『…………あぁ、わかっているヨ。』
もう、どうしようもないのだ。リツカの根底にあるお人好しが、今までの経験が、リツカを突き動かしてしまう。
『それでも、その胸に刻んで欲しい。君が死んだとしたら、残された人間がどれほど苦しむのか。…君なら知っているだろう。』
「…うん。」
重い言葉だった。改めて、自分の命の重さを再確認した。
『…さて、ジンはかなり本気で殺したいほど憎いんだけど、生憎取っ捕まった幹部一人如きに今構ってられないんだよネ。だから殺しはしないさ。』
「…モリアーティいまどこで何してるの?」
リツカの質問にモリアーティは楽しげな声を返した。
「いやぁ、FBIと公安が黒の組織と結託してただろう?前からこの二つの組織は目障りだし一回潰してやったほうがいいと思っていたからこれ幸いと色々根回しと情報収集と罠を仕掛けていてネ。燕青君も公安が上の命令であのホテルに突入しないことになって暇そうだったから連れてきている。……黒の組織を潰す…その手札がもうすぐ揃う。大詰めだヨ、マスター君。』
モリアーティの言葉にリツカは目をパチクリとした後、少し意地悪そうに笑った。
「……じゃあ、次は私達から仕掛けられるってこと?」
『勿論だ。やられっぱなしは性に合わなくてネ。』
モリアーティが喉を鳴らす音が聞こえた。
「やっとなんだね。用事が全部済んだら、コナン君の家に来て。待ってるから。」
『ああ。またね、マスター君。』
電話を切る。リツカは安堵した瞬間グラリと身体が傾いた。今更自分は高熱を出しているんだと自覚した。血も流したから、貧血もあるかもしれない。ベッドに腰掛けていたのだが、ベッドから落ちそうになってなんとか床にしゃがみこんだ。シンと静まり返った部屋に時計の秒針が動く音がやけに大きく聞こえる。時計を見れば深夜2時。今日は長い一日だったなとぼんやりする頭で思った。しゃがみこんだまま、ベッドの縁に頭をもたげる。瞼が徐々に重くなってくる。あぁ、このまま寝てしまおうか。
そう思っていると、コンコンと扉がノックされた。
「アディントン、飲み物持ってきたぞ。」
コナンが扉をあけて中に入ってくる。
「おい、なんで床に座り込んでんだ。寝るならベッドで寝ろよ。」
そう言いながら、コナンはペットボトルを差し出した。そして、薬も持ってきている。
「これ、痛み止めと抗生剤と解熱剤だ。気休めにしかならないかもしれねーけど…。」
「いや、ありがとう。」
薬を口に含み、ペットボトルを受け取り飲み込んだ。痛みに叫んで酷使した喉が潤った。
「………。」
コナンは無言でアディントンを見つめてくる。その目線が何か聞きたそうで、アディントンは「どうした。」と声をかけた。
「……腹に手を突っ込まれて掻き回された経験もあるって言ってたが、本当なのか?」
「事実だな。」
コナンの顔は険しくなった。
「………………オメー、ずっとそんな世界にいたのか。」
「……ずっとじゃない。ある日を境に…だな。」
「…そうか。」
コナンはアディントンの隣に座り込んだ。そして、身を寄せてくる。
「…江戸川コナン?」
「……オメーがどんな世界にいて、どんな人生を送ってきたのか…オメーが話したくねーなら、それでいい。……でも、これだけは覚えとけよ。オメーがどんな奴だとしても、俺はオメーのダチだ。」
リツカは胸がぎゅうっと締め付けられた。なんて力強く言うんだろう。友達だと、そう思ってくれるのか。秘密と嘘まみれの自分を。
「………ありがとう。」
その一言しか、言葉にできなかった。それでも、自分の気持ちは、伝わっただろうか。隣にいてくれる存在に安堵して、リツカは意識を手放した。
[newpage]
安室は工藤邸のリビングで電話をかけていた。部下の風見と連絡を取るためだ。彼がどちら側なのかわからないが、今は公安の動きを知らなければならないと、そう思ったからだ。
『もしもし。』
「風見、作戦はどうなった。」
『降谷さん…実は、ホテル突入直前に上からの指示で突入中止になったんです。降谷さんに確認を取りたかったのですが、降谷さんとは連絡が取れなかったので、命令のままホテルへの突入は中止しました。…それから、アディントンの件から公安は一切身を引くことになりました。』
安室は舌打ちしたくなった。やはり公安は黒と見て間違いないだろう。降谷が指揮できなくなった途端に上が動いた。公安でアディントンを捕まえれば法のもとに裁かなければならない。アディントンを目障りに思っている者はFBIや黒の組織に殺害された方が都合がいいだろう。アディントンの情報を比較的多く得ている公安は情報提供のみ行い、その後は殺されるのを待っていたというところか。
(アディントンには毒の耐性があるという情報を知っているのはごく一部の人間…そして俺と同等、もしくはそれ以上の公安の権力者となれば、数はかなり絞れる。上層部全てが真っ黒なのか…それとも一部だけなのかは定かではないが…。)
「…風見、お前は上層部に背くことになっても、俺についてきてくれるか。」
『勿論です。』
迷いなく即答で言われた。安室はそれが嬉しかった。緩みそうになった顔を引き締める。
「……公安の上層部が黒の組織と繋がっているという情報を得た。組織と繋がりのある人間を捕まえるぞ。」
『わかりました。』
安室の目に確かな炎が揺らめいた。
電話を終えてアディントンがいる客間の前まで来て、ドアをノックする。
「アディントン、入りますよ。」
ドアを開けると、床に座り込んでコナンと身を寄せ合って寝ているアディントンがいた。コナンが口に人差し指を当てて静かにとジェスチャーをする。
「…寝てるんですね。」
静かに歩み寄りアディントンの前にしゃがんだ。しかしアディントンが目を覚ます気配はない。
「さっき寝たところだよ。ベッドに寝かせてあげたいんだ。安室さんお願いできる?」
「あぁ。」
静かに抱き上げた。スーツは血で汚れ血が固まってしまっている。右肩の銃創にはワイシャツの上からガーゼを当てて包帯で固定しているが、本当は直に手当てした方がいい。それでもアディントンは肌を見せようとしなかった。彼の言葉から察するに、身体にはそれなりの傷痕が刻まれているのかもしれない。だからその身体を見せることを拒んだのだろう。安室はそう思い、勝手に着替えさせることは控えようと思った。コナンも特に汚れたままのアディントンがベッドで眠ることになんとも思っていない様子だったため、ベッドに横たえさせ布団をかける。
「薬と水分は摂ってもらったよ。暫くは寝かせてあげよう。安室さんも、疲れてるでしょう?別の部屋を用意してるからそこで休んで。」
「いや…僕はアディントンの側に…。」
「駄目だよ安室さん。ちゃんと寝ないと。」
コナンにグイグイと背中を押されて、安室は不安げにアディントンを見た。
「痛み止めと抗生剤と解熱剤も飲んでもらった。大丈夫だから。」
安室はベッドで気持ちよさそうに眠るアディントンを見てから、コナンに押されるまま部屋を出て行った。
[newpage]
工藤邸のバルコニーで煙草をふかしていたベルモットは夜空を見上げていた。そこにコナンが現れる。
「ベルモット、寝ないのか?」
「…そうね、なんだか眠れなさそうで。もともと眠りも浅かったし…。」
そう言いながらベルモットは煙を吐いた。
「私がこっち側になるなんて、予想できなかったわ。」
「そうか?俺は、オメーはこっちだと思ってたけどな。」
隣に並んだコナンも、ベルモットと一緒に空を眺めた。
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。」
暫しの沈黙の後、コナンが口火を切る。
「…ベルモット、ありがとな。オメーの電話が無かったら、きっとアディントンのこと助けられなかった。」
「それはこっちの台詞ね。貴方が来たから、あの子を助けられたのよ。ありがとう。…本当にいつも貴方には驚かされるわ。貴方ならきっとあの子を助けられると思ったけど…本当に助けるなんてね。」
「………まだ、終わってねぇよ。本当の意味ではあいつのこと、助けられてねぇ。」
アディントンが置かれた状況は未だに好転したとは言えない。その命が狙われていることに変わりはないのだ。
「……俺は、あいつのためにも黒の組織を壊滅させる。必ずな。そのために…力を貸してくれねぇか、ベルモット。」
コナンの青い瞳がベルモットを射抜いた。その曇りのない瞳はアディントンとよく似ている。
「貴方はやっぱり、silver bulletね。……私も、もう組織に縛られるのはやめるわ。貴方に教えてあげる。…ボスがAPTX4869を作った、その目的をね。」
コナンとベルモットの長い夜は、まだ明けそうになかった。
[newpage]
目が覚めると、ベッドの上にいた。しっかりと布団もかけられており、暖房もついていたため寒さに震えることもなく起き上がることができた。右肩はまだ痛むが、昨日よりも幾分調子がよく、めまいも熱も無さそうだ。
ベッドから降りて部屋を出る。するとふわりと出汁の香りがして思わずお腹がグゥと鳴った。階段を降りてリビングへと向かう。
「起きましたか、アディントン。」
キッチンで料理を作る安室の姿がある。そして、食卓には彼の手料理がズラリと並べられていた。
「…………おはよう。」
「身体の不調はありませんか?食べられそうですか?」
「食べられる。大丈夫だ。」
食卓へと誘導されて、椅子に座る。目の前には美しく盛り付けられた和食が並び、その食卓を彩っていた。
「もし消化がいいものがいいならお粥を作りますよ。それとも何かリクエストはありますか?」
「いや、大丈夫だ。…いただきます。」
安室もアディントンの前の席に座り、手を合わせた。あさりの味噌汁を一口飲んで、ホウと息が漏れた。美味しい。エミヤの手料理に匹敵するほどの味に頬が緩む。次はほうれん草の胡麻和えに箸を伸ばした。これもまた美味しい。鰤照りも白米が進む。
「君は主婦歴何年なんだ?」
「主婦じゃありません。」
「嘘だ、人妻の味がするぞ。」
「人妻の味ってなんですか!」
「めちゃくちゃ美味しいってことだ。」
「普通に褒められないんですか!!ありがとうこざいます!!」
文句を言いながら律儀に返してくれる。そんな安室に笑ってしまう。
「江戸川コナンとベルモットは?」
「まだ寝てますよ。…何やら夜に2人で話していたようですからね。」
「そうか、早く起きなければ私が全て食べてしまいそうだ。」
炊きたてのご飯と味噌汁とおかずを三角食べしながら幸せを噛みしめる。緩んだ顔のまま食べていると、「貴方、そんな緩んだ顔できたんですね。」と若干驚きと呆れの混じった声で言われた。
「私は生粋の日本人だからな。和食は大好きだ。」
「え、貴方日本人なんですか?嘘ですよね?」
「は?何言ってるどっからどう見ても平たい顔族だろう。しかも日本語バリバリだそ。」
安室はさらに驚愕した。
「じゃあなんで日本中調べても貴方のこと出てこないんですか!!!」
「あ、それは、うん。ごめんな。」
「謝らないでください!!!余計惨めになる!!!くっ…この日本は僕のテリトリーだと思ってましたがまだ調べたりないと言うのか…!!」
レイシフトする前、リツカはここに存在しなかったんだから情報などあるわけがないのだが、安室はまだ調べそうだ。
「どれだけ調べても出てこないものは出てこないぞ。諦めろ。」
「僕の探り屋としてのプライドが…」
「丸めてゴミ箱に捨てるといいぞ。楽になる。」
ズズーッと音をさせて味噌汁をすする。暫しの沈黙の後、安室が徐に口を開いた。
「……………………昨日は、助けられなくて…すみません。」
「謝る必要はない。」
そう答えるが、安室は俯いて首を振った。
「それでも、謝らせてください。」
「………そうか。なら、私からは感謝を。助けてくれてありがとう。」
そう言ってから、鰤照りに箸を伸ばした。
「…お礼を言われるほどのこと、していませんよ。」
「私も謝られるほどのことはされていない。」
「頑固ですね。」
「お互い様だ。それよりそっちのきんぴらごぼうとってくれ。」
無言で差し出され、アディントンも無言で受け取った。
「貴方といると本当に気が抜ける。」
溜息を吐かれてアディントンはニッと笑った。
「好きに気を抜くといい。君が話しているのは私なのだから。そうだろう?」
「…………そうですね。貴方とは真面目な話なんてできませんでしたね。」
「これでも大真面目にボケているんだが。」
「余計にタチが悪いです。」
安室はフッと笑った。その笑顔に返すように、アディントンも笑う。
「これからまた、よろしく頼む。」
「…えぇ、今度は最後まで付き合ってもらいます。一方的な協力関係の解除はできないのであしからず。」
「望むところだ。」
そうして、2人は朝食を食べ終えた。
[newpage]
朝食を食べ終えた直後、来訪者があった。リツカはロビンかと思い玄関に向かいドアスコープを覗くと、予想通りロビンがその手に紙袋を下げて工藤邸の玄関前に立っていた。リツカが招き入れると、顔をしかめてリツカを見た。
「……ボロボロじゃないっすか。傷の手当てはしっかりしたのか?」
「いや、あまりできていなくて…その…スーツを脱ぐのは憚られて…。」
中にはカルデア戦闘服を着ているし、さらしも巻いている。少しでもこの身体のラインを見られたら女だとバレる。それを危惧して病院にも行かなかったし着替えもしなかった。
「あー…わかった。この家の風呂借りて入れ。俺が見張っててやる。」
グイグイと背中を押されてリツカは仕方なく押されるまま歩く。
「アディントン、彼は…。」
安室がリビングから顔を出して問いかけると、ロビンはヘラリと笑った。
「ちゃんと挨拶するのはこれが初めてか?俺はロビンフッド。ロビンと呼ばれてる。おたくはバーボンだったか?マスターが世話になったな。」
「…そうですね。彼のおふざけには振り回されました。」
「マスターのおふざけはまぁ…振り回される側としては苦労するよな。」
ロビンがそう答えると安室も力強く頷いた。
「わかってくれますか。」
「あぁ、おたくも被害者だろ。大変だったな。たまには逆襲した方がいいぞ。こいつつけあがるから。」
何故か意気投合した2人にリツカはジト目を送った。
「なんだ2人して私をじゃじゃ馬みたいに言って…。」
「そうだろ。」
「そうでしょう。」
「君たちほぼ初対面だろう。なんで息ぴったりなんだ。」
「何?どうしたの?」
とたとたと音がすれば、コナンが階段から降りて来ていた。ロビンの姿に目を丸くする。
「あっ…あんた!スーパーにいたジャム瓶爆弾の人!!」
「なんだそれ聞いたことないぞ。江戸川コナンもっと詳しく。」
「へいへいマスター後で説明してやるから風呂に入れ。なぁ、風呂借りていいか?」
「え、う、うん。こっち!」
コナンの案内で洗面所に向かう。そこで紙袋をロビンから渡された。
「ちゃんと風呂入って綺麗にしてください。必要になったら、ここに立ってるんで中から声かけてください。」
そうロビンに言われたのち、扉を閉められた。リツカはやや強引なロビンに苦笑しつつ、昨日から着っぱなしの服と付けっ放しのカラコン、ウィッグが外せて解放感を感じた。さっさと血に汚れたスーツも脱ぎ去り中に着込んだきついカルデア戦闘服も脱ぎ捨て風呂場に突入した。通常より2倍くらい広い浴室に目を白黒させながらもシャワーを浴びる。傷口に沁みたがそんなこと気にせず汗と血を流した。
[newpage]
身支度を整えて新しいスーツを着る。やはり黒のスーツを着るとアディントンの自覚が生まれ顔が引き締まる。顔にできた痣が痛々しいがまぁこれは仕方ないかと思い、洗面所から出た。
「うぉ、マスター、おたく手当ては?」
扉に寄りかかっていたらしいロビンが驚いて声をかけてきた。
「自分でした。もう大丈夫だ。」
「ちゃんとできたのか?適当な手当てしてねぇだろうな。ちょっと見せろ。」
ロビンが白シャツのボタンに手を伸ばしてくる。
「おまわりさんこいつです。」
「なんもしてねーだろ!!」
「手当てはバッチリだ。ナイチンゲールに叩き込まれた手当て法だぞ。」
「それ言われたらグウの音も出ねぇな。」
ロビンは笑って頭をわしわしと撫でてくる。
「リフレッシュできたか?」
「あぁ、十分だ。」
そう返して、リビングに向かった。すると、いつのまにかモリアーティ、燕青、赤井、コナン、安室が揃ってリビングのソファに座っていた。シンと静まり返ったリビングの空気は張り詰めていて重い。誰も口を開こうとしていなかった。
「またこの面子が工藤邸に揃うとはな。」
その空気を裂くようにそう言ってリビングに入る。するとリツカの姿を見た燕青が顔を明るくするが、一瞬で殺気に溢れた顔をした。
「マスター…その顔の痣…。」
「大丈夫…とは言えないが概ね大丈夫だ。心配させたな。」
「…帰ったら説教だからな、マスター。」
「あぁ。」
リツカは燕青と共にモリアーティの横に座った。ロビンは座らずにリビングの扉に立ったままもたれかかった。
「マスター君も揃った。…さて、では黒の組織壊滅の計画を話そう。先に言っておくが…FBIと公安はこの作戦によりあらゆる不正や違法捜査を暴かれるが…それでもいいかネ?」
モリアーティがそう言うと、安室も赤井も頷いた。
「ならばよし。では話していこう。まずFBIと公安の中で黒の組織と繋がっている者を探し、リストアップしておいた。それには目を通しておいてくれたまえ。」
ばさりとテーブルに置かれた紙の束を安室も赤井も目を通す。その表情はあまり優れない。
「FBIと公安はあくまで組織と繋がっているだけで従属しているわけではない。…ある目的、それを共有している。それがマスター君の殺害だ。」
リツカは唇をひき結んだ。
「だが、FBIや公安は元々組織と繋がりはあった。マスター君のせいじゃないからネ。」
「…あぁ。」
「その繋がりの始まりが………APTX4869にある。」
モリアーティがまた紙の束をばさりと机の上に置いた。
「『マドンナ』が流行したとき、その全てをマスター君の指示によって回収していた。『マドンナ』はAPTX4869をベースに作られているからネ。その『マドンナ』を調べてわかったことだが、APTX4869の作用は、肉体活性化による身体機能の大幅な向上、そして肉体の後退化だ。」
「新一君がコナン君になった薬…ですね。」
安室が資料に目を通しながら呟いた。
「細胞は分裂できる回数が決まっているが、APTX4869はその分裂できる回数の制限を大幅に引き上げるんだ。そして、アポトーシスによって古い細胞を淘汰し、新しい細胞の生成を促していくことで身体の機能を大幅に上げることができる。だが最初の段階が上手くいかず一方的にアポトーシスだけが起こると毒薬に早変わりする…というわけサ。幼児化の作用も、まあ概ね似たような作用によるものと考えてくれたまえ。」
「ならば、やはり不老不死の薬というわけか?黒の組織はやはり不老不死を…。」
赤井は安室から資料を受け取り目を通しながら呟いた。
「…違う、それは組織がAPTX4869を作った本当の目的とは少しズレてるよ。」
黙って赤井と安室に挟まれて座っていたコナンが口を開いた。その言葉に赤井は眉を顰めた。
「じゃあ、何を目的にした薬だって言うんだ。」
「確かにそういう作用がある薬なのは事実だ。だけど、組織のボスの目的は若返りや不老不死じゃない。APTX4869は神経組織だけは後退化しないでしょ?それが目的なんだ。APTX4869は、半永久的に知識を蓄積し続けるために作られたんだよ。」
「それをどこで聞いたのかネ?」
コナンはモリアーティを真っ直ぐに見た。
「ベルモットからだよ。ベルモット自身もAPTX4869を作った目的しか知らないみたいだから、何故知識を蓄えたいのかは僕もわからない。」
「…なるほど、若い肉体を保つのが目的ではなく、知識を蓄えるのが目的だと…。」
モリアーティは考え込むように顎に手を当ててから、一台のスマホを取り出した。
「ここに、私が収集した情報のほとんどが入っている。…君はマスター君が言うにはシャーロック・ホームズらしいからネ。知識を蓄えたい…そのボスの目的を解き明かしてくれたまえ。」
コナンは差し出されたスマホにある組織の情報に目を通していく。その目は真剣そのものだ。両脇にいる赤井と安室も、そのスマホを覗き込んだ。
「…モリアーティはその目的がわかったのか?」
「私は悪巧み専門でネ。探偵の真似事はできなくはないが、専門外なことに変わりはない。…それにマスター君も、彼に任せたいと思っているんだろう?」
モリアーティは悪戯っぽく笑う。その笑顔を見て、リツカも歯を見せて笑う。
「あぁ、そうだ。」
そう言ってから、コナンに目を向ける。淡々と情報を目で追い読み込んでいく。ものすごい集中力だ。その頭はその情報をどう処理し繋げていっているのだろう。
「…………なるほど。」
コナンは不敵に笑った。
「組織のボスの目的…わかったぜ。」
「本当かボウヤ。」
「目的はなんなんですか?」
赤井と安室がコナンに問いかける。しかしコナンは口を閉ざした。
「わかったのにもったいぶるのかネ?本当にあいつソックリだ。」
「言うべき場所でちゃんと言うから。」
コナンはモリアーティにもその不敵な笑顔を向けた。モリアーティは若干眉を顰めた。コナンのその表情が謎解きした後のホームズによく似ていたからだ。
「それより、組織壊滅は一体どうするつもりなの?」
そのコナンからの質問には、モリアーティが不敵に笑う番だった。
「既に、組織の幹部は全て我々の手の内にある。キャンティとコルンは私の方で捕まえさせてもらった。今は私しか知らない場所で監禁されている。キールはNOCであることを暴いて、CIA内部にいる黒の組織との内通者を伝えておいた。彼女は彼女で動くだろう。ベルモットはこちら側に寝返ったし、ジンは君が捕まえているんだったネ?」
モリアーティに笑いかけられた赤井は微妙な顔をしながらも頷いた。
「組織の下っ端はうじゃうじゃいるだろうが、働きアリをいちいち踏み潰す必要はない。巣が無ければ彼らは統率を取れないからネ。」
「…なるほど、じゃあ後はボスだけか。」
「そうだ。不確定要素も予期せぬ出来事も多々あったが、大筋は私の計画した通りにことは進んでいる。今、ボスは張り巡らせていた多くの根を切り倒され、挙句手足である幹部を全て奪われた。組織の仕事を我々が請負い続けたおかげで組織の下っ端は仕事をこなせず、新しい幹部候補も育たず、組織は大幅に弱体化した。そんな中ボスが今頼れるのはずっと隠していた他の組織との繋がりだけ…。FBIと公安も私の計画によって炙り出されたのさ。」
モリアーティは嗤う。酷く愉しそうに。まるで、己の掌の上で踊る人間を愉快に眺める悪魔のようだ。
「マスター君の人を殺さないという縛りの元で計画を練るのは苦労したが、私の掌の上で無様に転がっている彼らには笑いが込み上げていたよ。」
「…いつ頃から計画して実行していたんだ?」
赤井からの質問にモリアーティはニッコリといい笑顔で答えた。
「組織に入ってすぐにだヨ。組織の全貌はまだわかっていないころだがまあ、悪の親玉がやりそうなことは大体把握しているからネ。あとは確かな情報を集めながらも少しずつ力を削ぎ落としていけばいい。」
改めてコナン、赤井、安室は思った。モリアーティは絶対敵に回しては駄目な人間だと。
「まあその不確定要素と予期せぬ出来事というのがマスター君と君達なんだけどネ。全く…何度君たちは私の計画を狂わせたと思う?」
モリアーティがアディントンにジト目を送った。アディントンはわかりやすく視線を逸らした。
「君たちが関わると何故か大幅に計画が狂って計画修正を行わなければならなかった。君たちは計画クラッシャーなのかネ?」
「すまないな、生まれ落ちてのクラッシャーなんだ。フラグもシリアスも計画もなんでもクラッシュして生きてきた。」
「マスター君開き直らないでネ?」
「すまない…クラッシャーになる星の元に生まれてきてしまってすまない…。」
「マスター君さては反省する気ないネ?」
「バレたか。」
「バレバレだネ。」
アディントンはモリアーティに小突かれた。ふざけるアディントンを初めて見た赤井はフレーメン反応を起こした猫のような顔だが、コナンと安室はいつも通りすぎて最早チベスナ顔だ。
「ボウヤ…彼はいつもこうなのか…。」
「言っておくけどもっと酷いからね。今日はおとなしい方だと思う。赤井さん、頑張って慣れてね。」
「思ってたのと違うぞ…。なんだこれは…俺の幻覚ではないのか…?」
赤井は何故か頭を抱えて項垂れた。コナンはそんな赤井に同情して仏顔で肩にソッと触れた。
「さて、話を戻そう。後はボスと、そのボスと繋がりのある組織の人間達だけだ。彼らを蜘蛛の巣に誘き寄せる。」
またモリアーティが邪悪に嗤う。
「APTX4869のデータを囮に誘き寄せる。今度は、こちらが仕掛ける番だ。」
そのモリアーティの言葉に、アディントンもニヤッと意地悪そうに笑った。
「やられっぱなしは癪だからな。」
「君たちも協力してくれたまえ。君達ならば、黒に染まっていないFBIや公安を動かせるだろう?」
安室と赤井は顔を引き締めた。
「勿論です。」
「必ず内部の腐った人間を叩き出そう。」
モリアーティは満足そうに笑った。
「ベルモット君には先に話をしてボスの元へと向かってもらった。…彼女がボスを誘き出してくれるだろう。」
「黒の組織のボスとその目的を暴くのは、君の役目だ、江戸川コナン。…いや、工藤新一。」
アディントンの言葉にコナンも不敵に笑った。
「あぁ、俺が暴いてやるよ。全てな。」
「あぁ、頼んだぞ。」
コナンとアディントンは目を合わせて笑いあった。
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いつもコメントやブックマーク、いいねありがとうございます!本当に嬉しいお言葉ばかりで元気もらってます。<br /><br />いよいよ大詰めです。完結が近い気がする。まだもうちょっとダラダラ書きそうな気がするけど…。<br />最終的にコナンや安室さん、赤井さんとモリアーティに一緒に頑張って組織壊滅して欲しかったからすっごい嬉しいです!!やったー!!やられっぱなしな訳がなかったー!!モリアーティさすがー!!ひゅー!!って気持ちで書いてました。<br />APTX4869のこと書いてるんですが、私のクソにわか知識で薬の作用説明してますのでツッコミはお願いですからご遠慮願います。おねがいします本当に。あと話の展開へのツッコミも作者のメンタルブレイクにつながるので本当にやめていただけると有り難い。結局これは公式でもなんでもない一個人の妄想です。一個人の趣味で書いている二次創作であることを念頭に置いてお読みください。<br /><br />実は先にエピローグを書いてしまっていて、早くそこまで辿り着きたいんですよね…。頑張ります…。早く完結させたい…。<br /><br />〈注意〉<br />
DC×FGOの混合小説です。
<br />コナン初心者なので間違っているところもあります。
<br />夢やCP要素は極力ないようにしていますがちょっと注意です。<br />
FGOキャラの真名バレしてます。<br />
自分の地雷の気配を察知した人はブラウザバックお願いします。
<br />読んでからの苦情は受け付けません。
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聖杯回収のために黒の組織入りしたぐだ子の話37
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10035699#1
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注意
・これは某実況者様の名前をお借りした2.5次元作品です
・御本人様とは一切関係はありません。
・軍パロ&人外パロ
それでもいい方はどうゾ
[newpage]
「しんぺい神ー居るか?…おらん」
ガチャリと医務室を開けたグルッペンはその部屋に居るはずの医療係に声をかけた。しかし目の前はガランと無人で白色が多く、必要最低限の物しか揃っていない四角の空間。先程まで居たのだろう、机の上には書類が広がっている。
「…この資料を見て欲しかったのだが」
居ないのなら仕方が無い。置いて帰るかと机へ歩んで行く。パサッと椅子の上にグルッペンは持っていた資料を置き、ふと周りを見渡す。
ここに来る時は大抵メンバーに強引に引っ張られて来るのだ。元気な時になど絶対に来ない。
見ると薬が棚に並んでおり、しんぺい神が最初に来た時よりごちゃごちゃとしているように見える。あれから数年経っているため変わっているのは当たり前なのだが、そう考えると全然顔を出していなかったなと思う。まぁトントンが総統室から出してくれないというのもあるのだが。
そう一人で考えながら棚やベッド、机やカーテンなど部屋中を見渡し棚の扉を開け漁ってみる。大切な物を壊さないように丁寧に。
そうすると見た事ある物や無いものなど整理整頓して置いてあった。彼奴の几帳面な所が出ているなと微笑む。
そこでグルッペンの目についたものが一つ。
「…なんだこれ」
ダイヤ型の細長いガラス瓶に入った白い結晶。無色なこの部屋の棚にポツンと入っている。それは奥に奥に仕舞われていて絶対に見つからないようにしている物のように見えた。そして置いてある瓶の下にはメモのようなものが。
「『グルッペンには絶対渡さないように』……って、は?」
いや聞いたことが無い。まぁ当たり前だろうが、何故自分だけなのか。疎外感が突き刺さる。なんだよ、ダメなのか?何故。
ただただモヤモヤと嫉妬に近い気持ちが漂う。そしてこれは何なのだろうという疑問と好奇心が浮上する。しんぺい神、そしてもしかしたらトントン達も知っていて隠していたかもしれないこの結晶の正体は、そして何故自分にだけ渡したらいけないのか。
気になる。
「………よし、持っていこう」
罪悪感など無かった。うん。
少し考え込む素振りをしたグルッペンは覚悟を決めたかのように一つ頷きそれに手を伸ばした。思ったよりも小さく小指ほどしかない瓶だ。サラサラとした白い結晶が瓶いっぱいに詰まっていて瓶の色を反射させる。
これは何だろう。何かの薬なのか、それとも物凄く甘い高価な砂糖とか?それなら私に渡したら駄目なのは納得出来るが。まぁ何だったとしても毒という事は無いだろうから溶かして飲んでも大丈夫だろう。
無意識に口角が上がる。総統室に帰ったら即紅茶にでも入れて飲んでみるか。そうしよう。
グルッペンは盗った瓶をポイと軍服のポケットに投げ入れて何も無かったように全て元に戻し、医務室を出た。
[newpage]
その後グルッペンは紅茶に結晶を入れて飲んだのは覚えていた。しかし記憶が正しいのであればそこで記憶は終わっている。
そして今に至る。
「……いつの間にベッドで寝たんだ?」
朝日の光が部屋に差し込む。真っ暗だった世界が徐々に光を帯びてきてグルッペンは目を覚ました。昨日の事を思い出そうとしてもぼんやりとしていて飲んだ後の事は一切思い出せない。何となく重い体を起こして机に近付く。そこには空になった小さい瓶と空になったカップ、そして昨日分のは終わっている書類達。
「いつ終わらせた?…まぁいいか」
何かどうでもいいや。結果オーライという事で。書類が無意識のうちに終わっているなら最高な事だろ、うん。そういう事で。
そう自問自答しながら空の瓶を机の引き出しの中に仕舞った。見つかったら面倒だろうからな。
「はぁ、特に体には害は無さそうだ。着替えよう」
息を吐きながら伸びをひとつ。深くは考えないでおこうと決め込んだグルッペンは寝巻きからいつもの服に替えようとクローゼットに歩いて行く。
髪の毛も寝癖が付きまくっている。
グルッペンはガチャりとクローゼットを開けワイシャツを取り出し寝巻きから着替える。軍服はソファーの背もたれにかかっているな、よし。ピッとワイシャツを引っ張って整え何となく寝癖を抑えながらソファーにかかっている軍服を掴むとグルッペンは再度伸びをする。
珍しくぐっすりと安眠出来たようだ。頭がスッキリとしている。若干不眠症気味で薬に頼っていた部分もあった為いつもはあまりいい眠りには付けていなかった。しかし今日はしっかりと寝れた、という事、そしてあの結晶を飲んだ後の記憶が無いという点から…。
「あれは、睡眠薬の様なものだったのか」
それくらいしか予想は出来ないが多分そうだろう、とグルッペンは仮説を立てた。それなら盗っておいて良かったなとか考えて。
なら何故グルッペンには渡してはいけなかったのか。ふと引っかかった。しんぺい神はグルッペンが不眠症なのを知っている。それを知った上でその睡眠薬(仮)を渡さなかったのだ。裏切りか?裏切りなのか?弱ってから殺そうかとかいう算段なのか?
それか飲んだらそれなりのリスクを背負うから渡さなかった、か。
「うーん、どっちも無しで!」
忘れよう。そうしよう。
若干グルッペンは不安になった。
あぁ、考えなければよかったゾ。
[newpage]
「グルさーん、起きとる?」
そこで響いたノック音と我らが書記長の声。それと同時にグルッペンの体は飛び上がった。
「ッッと、ととととんしか?」
「いやそんなとは要りませんけどトントンです。…何でそんな焦ってんねん」
反射的に声も上擦って音量も上がってしまった。扉越しに呆れたような声がため息と一緒に聞こえてくる。本当体が猫のように飛び上がった。いやなんなんだ、ビックリした…。
「な、何でも無いゾ!…気にしないでくれ。それでどうかしたのか?」
平常心を取り戻したグルッペンはふうと心臓に手を当てて深呼吸をする。そして返答待ちのトントンへ要件を聞こうと話しかける。
「……気になる事は多いけどまぁええわ。あんたはよ食堂来てや、皆食べ終わったで。」
そう言われて時計を見る。針は七と六を指していた。もうこんな時間なのか。いや、逆に丁度良く起きれられた事がラッキーだったと言うべきか。頭が理解した所でグルッペンは行動を始める。
「あぁ、すまん。今行く」
「おん」
軽い会話を済ませてから扉を開けるとトントンが現れた。
「今日は何だかぐっすり寝れてな…遅くなっ……た…。」
「ほーん。それは良かった……って、え、グルさん?どないしたんそんな顔して。」
言い訳をしようと口を動かしたがその話はトントンの方を見て止まってしまった。それと同時に目を見開く。それを不思議に思ったかトントンは心配そうに首を傾げた。
「え、トントン?え?どうした?」
「は?いやグルさんこそそんな顔で見んで下さいよ。」
「いや、トン氏、だってそれ」
「はぁ?何もないじゃないですか」
おかしいな、もしかしてまだ寝惚けているのかもしれない。ゴシゴシと何度か目を擦ってみても変化は無い。指を指した方をトントンは見たが怪訝そうに顔を顰めた。しかしグルッペンの焦りようにおかしいと思ったのか「本当どうしたん」と声をかける。
「あ、いや―――」
言葉を遮ってグルッペンはまた考える。これを言ったら「有り得ない」と笑われるだろう。変にトントンが言いふらして笑い話にされると面倒だ。どうせ「まだ寝惚けている」と流されるに決まっている。そうだ、………見なかったことにしよう。
「―――、何でもない。」
目を逸らした。見慣れないからな。
「………そうですか。そんじゃ行こか」
その言葉にグルッペンは「え」と声を漏らす。
「…なに」
先に歩き出していたトントンがなんだなんだと振り返る。
「あ、え、何でもない」
いつもよりあっさりと引いたなと思っただけだ。
グルッペンは心の中で付け足した。
「…何か隠しとる?」
「隠してない!だからトン氏!私の前を歩くな!」
「ええ…。」
見慣れないんだよ!!!
その頭の上の輪っかと若干透けてる白い翼が!!!!
[newpage]
そわそわとしながら歩くグルッペンは何故だ何なんだと考えても分からないだろう議題をぐるぐると考えていた。
絶対に!有り得ない!人では有り得ないものが!トントンに!付いて!いたんだゾ?!
「…ほんと意味が分からん……。」
「グルさん何か言いました?」
「何でもない」
そういって後ろから顔を出すトントンから目を逸らした。
一人でに頭を抱える。現実離れをし過ぎているトントンを凝視出来ずあちこち視線が泳ぐ。
そうこうしている内に食堂へと着いた。深いため息を吐いて食堂の扉を開ける。そうだ、もう一度医務室へ行こうか。そこにヒントがありそうだから。
「あ、グルッペン来た」
開けた先から声が聞こえた。
待ちくたびれたと言わんばかりの声色だ。いつもご飯を作って農業を進んで行う男。
「あぁ、済まないひとらん。色々あって―――…。」
そこで固まった。開いた口が塞がらない。
「すまんなぁひとらん。グルさん連れて来たで。」
「ありがとトントン。ほらトントンも食べてしまって。」
グルッペンの後ろからひょっこり出てきたトントンは笑顔でひとらんと会話をしていく。普通に。
「ほら、グルさんも―――グルさん?」
そこでようやくはっと意識が戻った。トントンが不思議そうに眉をひそめる。
「あ、あぁすまん。…何でもない」
そういってまた二人から目を逸らした。
「…何あの人。どうしたの」
「朝からこの調子やねん。何か隠してるっぽいんやけど…。わいの時も顔見て驚いとってん」
「…ふーん」
そう言ってひとらんらんは目を細めた。パッとひとらんの方を見ると目が合った。漆黒の瞳から何処か探るような色が混じっている。
「な、何でもないんだ!本当に!ほら、トントンもお腹が空いただろう?食べよう!」
「あからさまに焦ってますやん…分かった分かった食べよか」
呆れるように苦笑いをして椅子に座る。
やっぱり寝惚けているんだ。あぁそれか夢の中だなこれは。寝落ちとかいうものだな。
「はい、これグルッペンの」
「…あぁ、ありがとう」
ひとらん、お前は白い服着てマスクして刀腰から下げて復讐鬼とか言われて物騒なのは知っている。知ってはいるが…。
「しっかり食べてね」
頭から角が生えているなんて有り得ないだろう…。
[newpage]
「ご馳走様」
そう手を合わせて食器を重ね運ぶ。これはひとらんらんの祖国の文化らしい。面白いものを思いつくものだ。
「はい、お粗末様でした」
そうニッコリと微笑むひとらんらんの頭からは二本の角が立派に生えている。まじまじと見る勇気は無く、見ないようにとそっぽを向いて食堂を出ようとする。
「グルさんもう行くん?」
「あぁ、少しエーミールの所に行こうと思ってな」
「何しに?はよ書類整理せぇよ」
「何となくは終わったんだよ。本を何冊か借りようかなと。」
なんて、真っ黒な嘘だが。医務室に行くと言うと誰か着いてくるだろうと思った、それだけだ。エーミール、すまんな。
それっぽい嘘を淡々と付いて食堂を出た。
少し早歩きで廊下を進んでいく。ぐるぐると整理されていない情報が行き交って頭が痛い。なんなんだよ、本当。昨日まで無かったじゃないか。もしかしてドッキリとか言うやつか?あの二人はグルで遊んでいたとか?
…有り得そうで無さそうだ。
無い方が可能性的には高い。
ひとらんらんがいる時点で冗談では無い事が分かる。こういう時にコネシマやゾムが向こう側に居たのならまだドッキリで済ませれただろうが。
「……寝惚けている訳では無さそうだ」
信じたくは無いが。
そうしたら可能性は一つ。
「しんぺい神からくすねてきたあの薬…だな。」
それくらいしか想像が出来なかった。というかそれくらいしか心当たりがなかった。
「幻覚が見える薬か、これが夢の中でこういう夢を見せる薬か、それかもう精神的にやばくなっているのか、だな。」
ブツブツ呟きながら数々の部屋を通り過ぎていく。これ以上メンバーに会いたくない。本当に精神的に参りそうだし。
「…そういえば、時々あいつらと居ると有り得ない事が起こったな」
ひとらんはいつの間に刀を抜いたのかと言うくらいえげつないスピードで敵をなぎ倒していたり。
トントンは私が危険な状態になっていたらいつの間に来たのかと言うくらい早く傍に居たり。
「人では無いのではないか」と疑わざる終えない行動をしていた。
もしかしてこれがアイツらの本当の姿だったり。
「……なんてな」
冗談も程々に。グルッペンはふっと笑ってみせるが徐々に笑顔が消えていった。
「…ない、よな?」
なんか、アイツらならある気がしてきたゾ。
[newpage]
あと少しで医務室に着く。その時だった。
「あれ、グルッペンやん」
「ほんとや!グルッペン〜!」
「そんな急いでどないしたんすか」
通り過ぎた扉が開いたと思ったら後ろから何となく息が切れた三人の声が。
「―――シャオロン、コネシマ、ゾム。」
足を止めたはいいものの何故か後ろを振り返るのを躊躇いその状態で声を漏らした。
「…グルッペン?何で動かんの?」
「いや、何でもないんだ。私は急いでいるのでそれで「何でや遊ぼぉや」…ゾム………。」
グイッと左手を掴まれ視界の端からゾムが覗いた。
「―――っ、やっぱり」
そう声を漏らしてグルッペンは目を閉じた。冷や汗が垂れる。まだ耐性が付いていない。待ってくれ。
ゾムからは獣の様な耳が頭から生えており腰から尻尾が垂れていた。歯はギザギザで鋭く、まさに肉を簡単に引きちぎってしまいそうで。何となく、瞳が赤みがかっていた。
「ちょ、グル氏ぃ?!目ぇ瞑るとか酷ない?!」
「え、なになにどないしたんやグルッペン」
「いや、うん、なんでも、」
なんて歯切れの悪いグルッペンを不思議に思ったシャオロンは口を開いた。
「もしかして具合悪いとか?ゾム手離した方が」
「…せやな」
そう言ってゾムは優しく手を離す。
声色からは申し訳なさそうに、残念そうにしたのが分かった。
「グルッペン、トントンに言っておこうか?具合悪いなら休んだ方がいいんやない?」
シャオロンが気遣いで問いかけてくれる。瞼は閉じてはいるが気配から心配しているのを感じた。
覚悟を決めたグルッペンはふぅと息を吐いて目を開ける。
「何でもない。心配しないでくれ。」
目に飛び込んできたのは心配そうに見つめてくる三人。獣と仔犬が二匹。シャオロンからは犬の耳は見えないが被っているニット帽がデコボコしている時点でお察しだ。コネシマからは髪色と同じ犬の耳が生えていた。
……狼と仔犬二匹か。
「それでは私は急いでいるからな」
「お、おうじゃあな」
コネシマが手を振ったのを横目に急ぎ足で医務室に向かう。
*
急ぎ足で歩いて行ったグルッペンを見つめた三人は呆然とその場に立ち尽くしていた。
「…何なんやろあいつ。」
「珍しいよな、グルッペンがあんなに取り乱してんの」
「とりあえずトントンに報告するしとこ」
遠くなる背中を見つめながら三人は各自ポツポツと呟いた。
「―――そういやさっきグルッペン『やっぱりか』って言わんかった?」
「あぁ!それ気になったわ〜」
「しかもあの時グルッペンゾムの頭上見とったよな?」
ゾム、シャオロン、コネシマと顔を見合わせて話に盛り上がる。そこで一瞬シンと間が空いてふはっと笑った。
「「「…まさか、なぁ」」」
そんな事、有り得んやろ。
*
トントンは恐らく天使だろう。
ひとらんらんは鬼。
ゾムは狼。
コネシマとシャオロンは犬。
本当、どうなっているんだ。現実離れし過ぎているだろう。
はぁ、とグルッペンはため息をついた。疲れた。そう疲れたのだ。様々な見慣れない光景が広がり驚くべき情報が多い。これはもう医務室に居るしんぺい神に白状して治し方を教えてもらおう。そうしよう。
あー、もう。疲れるわ。
グルッペンは早足からリズムが上がってきて淡々と廊下を進んで行った。
そんな中、楽しそうに口角が上がっていた事なんて気付かずに。
[newpage]
少しして三人が(厳密に言うと三匹?)が見えなくなった位の所で楽しそうに話す話し声が聞こえてくる。
「…こうなれば、全員の正体でも暴くか」
何処か吹っ切れたグルッペンは思いっきり声が聞こえてきた部屋の扉を開けてみた。
そこには本やらケーキやらお菓子やらが机の上に置いてあり、人影が二つ。
「わ、グルッペン」
「グルッペンさん」
花でも飛んでそうな雰囲気だな、ここ。
「やぁ、オスマン、エーミール」
微笑んで赤い目を細める。さて、お前らの正体を―――。
「どうしたんですかグルッペンさん?何か可笑しいところでも?」
じっと見つめたのが可笑しいと思ったのかそう言って眉を八の字に垂らすエーミールと不思議そうにこちらを伺っているオスマンを交互に何度も見てバッと後ろに向く。
か、変わっていない!!
何も変わっていないゾアイツら。
「どういう事だ…」
ボソッと呟く。
うーん、と唸りながら悩んでいると背後から若干心配そうに声がかかった。
「グルッペン?ほら、何を悩んでるんか知らんけどお菓子一緒に食べん?お茶会」
そこでハッと我にかえる。
「美味しいですよ〜」と二人はもぐもぐと口に頬張っているくぐもった声が聞こえてくる。
「あ、いや私は」
ここまで来て目的を思い出したグルッペンはそう言って医務室へ行こうと断ろうとしたが。
「どうしたん?グルッペン」
すぐ背後から声が聞こえた。
「―――っオスマン?!んぐぅ…」
思わず声を上げて振り返ると口に思いっきり何かを突っ込まれる。ほんのり甘い味が口の中に広がった。目の前にはニッコリと笑った糸目のオスマンが立っている。
「ま、まかろん」
「せやでー。美味しいやろー。しかも前から食べたがってたやん?」
「あ、私が買ってきました」
オスマンの後ろあたりからエーミールのマイペースな声が響く。
「あぁ、有難く食べよう。しかし済まないな。行くところがあって」
一息ついて説明をする。
「そうですか…それは残念ですね」
エーミールは残念そうに声を漏らす。オスマンの表情は変わらない。
「えー少しだけいいめうー」
優しく笑いかけるのは嬉しいのだが、何か、目が笑ってないゾ?
「いや、これで失礼す「それとも」…?」
グルッペンの言葉を遮ってオスマンは口を開いた。その表情はずっと変わらず。笑っていて。
「ここに居て何か、悪い事でも?」
意地悪そうに微笑みうっすらと目を開いた。開いた口から八重歯が覗く。
その目はいつもとは違い、血のように赤かった。
「っ、失礼するゾ!」
グルッペンそう言って後ろを振り返らないように部屋を出ていった。
*
「…あまり虐めない方が」
「ええやん。あんなグルッペン珍しいし。ふふっ、入ってきた時のグルッペン面白かったなぁ」
「いい性格してますね。本当。」
「―――そうやろ?勘が良いのは、吸血鬼の特権やからさ。」
「…まぁ、私も言えませんけどねぇ」
吸血鬼と化け狐はこの後騒がしくなるだろうなと想像してまたお茶会を再開した。
[newpage]
何なんだ!何なんだよ!!!
走りながらグルッペンは一人焦る。
あの目は何だったのだ!そしてあの八重歯!そしてエーミールもわざとらしく最後狐のような尻尾を出して揺らしたのを見たゾ!いつもとは違う、やはりあいつらもそうだったのか!
本能的に働いた危機感。あ、こいつヤバいって脳が行ったからとりあえずダッシュをしたグルッペンは息が上がってしまったので一度立ち止まってはぁと深呼吸をする。
「くそ…あれは確信犯だな」
どうせ今頃笑っているだろう。悔しい。グルッペンは苛立ちを覚えた。後で何かして貰おうか。そんな事を考えながら。
「あれ、グルちゃんやーん」
「ホントや、グルッペンやんって、何でそんなに息きれてんの?」
現れるのは突然で。
突然過ぎて間抜けた声が漏れた気がした。
…ん?こいつらいつ来た?
「う、鬱、ロボロ」
「せーいかーい」
「大丈夫?グルッペンどないしたん」
あぁもう何でこんなに今日はメンバーと遭遇するのか。偶然にも程があるだろう。
「はぁ、いや、何でもないんだ」
グルッペンそう言いながら壁に手をついている為説得力の欠片も無い。壁から手を離して再度深呼吸。頭上から声が聞こえるということは前から歩いてきたのだろう。多分。
そうだ、コイツらも多分現実離れした格好をしているのだろうな。そう思って心を決める。そして、
パッと顔を上げた。
「―――お前らこそ、どうしたんだ?」
やはり、いつもとは違う。
「あぁ、今通信室に戻ろうと思ってな」
いつも通りに見えるロボロだが、ロボロの肩には見た事が無い様な小人が数匹しがみついていたり飛んでいたりしていた。
「僕はその通信室に忘れもん」
へらっと笑う鬱は予想外で対応出来ない。真っ黒の角のよなものが小さく頭から生えており腰からは長い尻尾が揺れている。
「そうか」
自分自身可笑しくなってきたのかもしれない。この冷静さは。…いや、慣れたんだなこれ。
「グルッペンこそどうしたん?」
「あぁ、少ししんぺい神に用があってな」
「結構急いどる様やけど…」
「ま、ええやんロボロ。ほら行こ」
「え、ええ、ちょっと大先生?」
ロボロが不思議に思ったのか話をしようと切り出したのだがそれは鬱によって遮られる。半場強引にロボロの背中を押していく。
「わ、分かったから大先生!…グルッペンまたなぁー」
執拗い!とロボロが先に走っていってしまうのをぽかんと見るグルッペンに鬱はまた笑う。
「グルちゃん、」
「……何だ?」
鬱の行動に違和感を覚えたグルッペンは少し警戒しながら応答する。
「あんまり踏み込み過ぎると、危ないで」
僕が言ってもアレやけど、と付け足して鬱は歩いて行ってしまった。
グルッペンは鬱が見えなくなるまで呆然とその場に立ち尽くしていた。
「…肝に銘じておこう」
自分の低い声が無人の廊下に響く。
様々な気持ちが湧き上がってきたが、何も考えないでおこうと目を瞑って開き、医務室へと足を進めた。
[newpage]
「あれー?グルッペンどうしたの」
「あ、グルッペンさん」
医務室の扉をガラリと開けると居たのは予想内のしんぺい神と予想外のショッピだった。
「しんぺい神…と外資系」
しんぺい神はショッピの手当てをしているらしく二人座って下からグルッペンを見上げる。
「グルッペン珍しいね。あ、そう言えばあの資料見たよーあれでいいと思う…よ?グルッペン?」
「グルッペンさん固まってますけど大丈夫っすか」
その光景に思わず固まってしまった。いや、しんぺい神は分かっていなのだが、昔から居たし、名前的にも分かっていたし、この流れだとそうだとは思っていたのだが…まさかショッピもそうだったとは。
しんぺい神はショッピの右手に包帯を巻き終わった後不思議そうにグルッペンの顔を覗き込んだ。しんぺい神の頭にはトントンと似たような輪っかが浮いていた。……そう言えばトントンとしんぺい神は昔から知り合いだったな。何で気づかなかったのだろう。いや、気付くわけないか。
包帯をまじまじ見つめて丁寧にお礼を言っているショッピの頭からは猫の耳のようなものが生えていた。腰からは二本の濃い紫の尻尾がゆらゆらと揺れている。
やっぱり、夢で終わってくれないだろうか。夢オチ。最高のオチじゃないか…。
「しんぺい神」
「…なーに?」
言うしかない。ここまで可笑しいならあの薬を飲んだこと、飲んでからおかしい事、これは何なのか。
全て、白状しよう。
「しんぺい神、実は、だな―――」
[newpage]
「―――嘘……」
「…済まない。本当なんだ」
話していくに連れてしんぺい神の顔が真っ青になっていく。
「ホントに飲んだの?」
「……まぁ」
答えを聞きはぁぁぁぁと長いため息と同時にしんぺい神は項垂れた。
「それで、あの。話している途中…というか序盤辺りで外資系が凄いスピードで出ていったのは何なんだ?」
珍しい取り乱し方で驚いた。あの外資系もあんな顔をするものだと。
「当たり前やん…皆に言いに行ったの」
「皆?アイツらに言いに行ったのか…」
「…グルッペン。君やってしまったんやで。」
そう言うしんぺい神の顔はげんなりしていて。そこで少し察しがついた。これはまずいことをしてしまったんだろうと。
「…まぁ、お互い様やろ」
二人は力無く笑った。
それからわちゃわちゃと人外共が騒がしく医務室に押し寄せるのは、また別の話。
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「隠していたお前らも悪い」<br /><br />黒の総統が皆が隠してきた秘密を見ちゃった話。<br /><br />フルメンバー<br /><br />*<br /><br />どうも美雨です。<br />ふと考えついたものです。<br />焦って焦る総統が書きたかったんです(本音)書いてて楽しかったのでいいやもう。<br /><br />一番悩んだのはオスマンでした。そしてそれがしたかった。皆の各自の反応がいい。分かってくれる方居ますかね?分かってくれ(切実)<br /><br />誤字が多いと思いますが見つけ次第変えていきますので。<br /><br />問題があれば下げます。<br />続きは気が向いたら?<br /><br />それでは。
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何でもないんだ!
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※四次後の話なので微ネタバレ注意です。
深々と降りる雪が、世界を真っ白に塗り潰していく。
見た目までもが如何にも寒々しくなっていく外界を窓辺から眺め、言峰綺礼はそっと嘆息した。何も寒さに辟易したからではない。神父らしからぬ鍛え上げられた体はこの程度の寒さを寄せ付けはしない。ならば、何故なのか。その答えは教会の壁を飾る装飾にあった。
赤、緑、それに金。色鮮やかなそれは、見間違えようもない、クリスマスの飾り付けである。シンプルなデザインではあったが、この教会には余り似つかわしくないように感じられた。
それは恐らく、これらの飾り付けを提案し実行したのが敬虔な信徒たちの手によるものだからだろう。そうすることを許可した綺礼ではあったが、特段このようなことが必要であるとは思えなかった。
故の溜め息である。確かに雰囲気は華やかになるし、クリスマスのムードもいい具合に醸し出されるというものだ。しかしそれは本当にこの教会に必要なものであろうか。疑問だ、どうしようもなく疑問だ。
美しい装飾で人々の購買意欲を上手く煽り収益を伸ばす必要など、教会にはまるでない。クリスマスはイエス・キリストの誕生を祝う祭日だ。教会に於いては信徒にも信徒でない者に対しても門戸を開き、ミサを行うのが常のこと。そこに街頭を彩るような煌めかしい飾り付けがいるかと言えば、答えは限りなく否に近い。
二十四日の午後三時過ぎという刻限になって全ての装飾を取り去ってしまいたいと考えるのは些か、今更というべきだろう。それを実行するならば、もっと早くに幾らでも機会があった筈だ。それをみすみす逃すとは、一体己は何をしていたのか。思い返してみて、すぐに思考は原因に行き当たる。
第八秘蹟会の要請により、聖遺物の調査と回収に向かったのが今から丁度一週間程前になる。結果は芳しくないものであった為、異端者をさっくりと片付けてこの冬木の地に戻ったのが三日前になるだろうか。
留守を任せておいた神父に飾り付けの件を言い残されて、許諾してしまった己を縊り殺してやりたい。後々こうなることは予想出来ただろうに。
もう一度だけ長く深い息を吐き出してから、綺礼はその思考をシャットアウトした。詮ないことをいつまでも考えるのは止めにするとしよう。それよりも夕方、教会の捉え方でのイヴを迎えてから行うミサの準備でもする方が余程有意義というものだ。
そうと決まれば早急に行動するのが吉。佇んでいた窓辺から立ち去ろうとしたその時、窓に質量がある物が当たる鈍い音がした。
振り返ってみると、ガラスには白い粉状のものが飛散していた。どこからどう見ても雪、である。二階のここまで何者かが雪玉を放ったというのだろうか。比較的に小さいこの窓をわざわざ狙って?
怪訝に思って外に視線を向け││綺礼はついとその眼を細めた。
白い絨毯の上に、一つの人影が立っている。その姿をどうやって見過ごせようか。微風にそよぐ髪は燃え立つ黄金、こちらを見上げてくる瞳は至上の紅玉の如き輝きを放っている。見知った青年の姿であった。
英雄王ギルガメッシュ。気紛れに姿を現しては色々と引っ掻き回して去っていく彼が、教会の前庭に出現していた。そこにいるだけで場を華やがせる彼の存在感は、堅牢な壁に阻まれても尚ここまで匂いくるかのようだ。
雪花が舞う中、それにしても寒そうな格好である。ファーのついたジャケットの下には胸元が開いた薄いインナーがあるだけで、脚を覆う布地もこの寒波を防ぐには些か心許ないものに見える。冷たい空気に耳を赤く染めている辺り、寒さを感じていない訳ではあるまいに。
暫くその立ち姿を眺めてから、綺礼はふいと視線を外した。踵を返して本来やろうとしていた作業に取り掛かることにする。
と、再び雪玉が硝子にぶつかる音が響く。今度はそれに声までもが追従してきた。
「我を見下ろしたばかりか無視するとは何事か綺礼…ッ!」
思わず眉間に皺が寄る。相変わらず騒々しいことだ。やって来る分にはいいが、せめてもう少し大人しくしてくれないものか。
三度窓辺に寄り、綺礼は鍵を外して窓を押し開けた。途端に室内に流れ込んでくる凍て付いた空気に息を白く濁らせながら、憤懣遣る方ない様子のギルガメッシュを見下ろす。
「……そんなところに突っ立っていないで中に入ってきたらどうだ、ギルガメッシュ」
静かに言葉を吐き出すと、英雄の王は微かながら怒気を引っ込めた。射抜くように向けられていた視線が逸らされ、足が踏み出される。さくさくと白の絨毯を踏み締めて、彼は教会の入り口を目指す。
その様子を見届けてから、綺礼は窓をきちりと閉めた。鍵を掛けてから階下へと足を向ける。こちらから入ってこいと言ったからには、出迎えなければ不機嫌そうな顔をするに決まっている。しかしあちらの距離は多く見積もっても十メートル程度、こちらはその倍は距離がある。
少し急がねばなるまい。そうして自然と歩調を速めたことに、少しばかり感じる違和感。身勝手極まりない彼を何故素直に迎え入れようとしているのか、と頭の片隅で己の声がぼやく。にも拘わらず歩みは淀みなく続けられ、予測よりも若干早く聖堂の扉に辿り着いた。
観音開きの重厚なそれを押し開けると、ど真ん前と言っていい位置にギルガメッシュは立っていた。扉が内から開かれるのを待っていたようである。
ゆっくりと一歩を進めながら、その口元に薄く笑みが乗る。そこから吐き出される言葉は如何にも彼らしい台詞だ。
「出迎えご苦労」
その張りのある王たる威厳に満ちた声が聖堂に響くのはいつ以来になろうか。
決して知覚共有を許さずふらふらと気儘に現世の生を堪能しているギルガメッシュは、気が向かなければ一ヶ月どころか半年も顔を見せないことすらある。綺礼とて暇をしている訳ではない。彼が訪れた時にたまたま不在にしていることもあったのだろうが、前回会ったのは恐らく、初夏の頃だったか。微かに暑くなってきた季節だったような覚えがある。
それ程に久方振りに現れたギルガメッシュだが、いい意味でも悪い意味でも変わった様子はまるで見られなかった。全身に纏い付かせている王気の華やかな荘厳さ、ふとした表情の合間に見え隠れする滴り落ちる毒の気配。善と悪、両方を持ち合わせる彼に相応しい様子で、彼は真っ直ぐに眼差しを差し向けてくる。
「少し──痩せたか、綺礼?」
「…そんなことはない、筈だが」
問いと共に伸ばされた腕が、するりと首筋に絡み付く。頬を指先が撫でていく。
それを無下に振り払うことはせず、綺礼はごく冷静に言葉を返した。この男が些かスキンシップ過多なのはいつものことだ。既に慣れたことの為、今更慌てはしない。
だが綺礼が微かに眉を顰めることになったのは。彼から仄かに、生臭いとしか言い様がない臭いがしたからである。拭い切れない血と、性の臭気。それだけでここを訪れる直前、若しくはもっと前に何をしていたのか、深く考えるまでもなく察せるというものだ。
だがそうと知れたところで、綺礼には何ら関係のないことである。ギルガメッシュがどこで何をしようと、それは彼の裁量であり責任だ。第一、綺礼とギルガメッシュの関係というのは互いのそんなところにまで口を出すようなものではない。
ただ神を讃えるべきこの場所で、そうあからさまな背徳の香りを漂わせるのは頂けない。何と言われようと綺礼も神父の端くれである。祝うべき生誕祭をもうすぐに控えたこの時に、斯様な者が聖堂の只中にいることを許してよいものか。
ギルガメッシュに好きにさせたまま暫し考え込んだものの、結論は出ない。出ていけと言おうともどうせ聞く耳を持たないのだから、適当に放っておくのが一番だろう。そう頭が結論付けるのは、恐らく無駄な思考を排するという意図だけではないのだろう。
ふ、と息を吐くと、間近にある王の顔が不機嫌そうな色を乗せる。
「我の顔を見て溜め息を吐くでないわ、たわけ」
別にそういうものではないが、と口頭に上らせる暇はなかった。不意に近付いてきた顔、薄く開かれた唇が己のそれに重なる。
迷うことなく差し込まれる舌に、思わずクッと喉が鳴る。相も変わらず性急なことだ。決して欲望を隠し立てしない紅の瞳は、明確な色の気配を孕んで綺礼を見据えている。
それに対して宝石の輝きの中に映った自らの顔は、あくまで冷静だ。そのように装えているものと信じているから、そう見えるのやもしれないが。
歯列をなぞり奥へと伸びた舌先が、ぬるりと口蓋を撫ぜる。唾液を混ぜて絡み付いてくるその動きはまるで触手か何かのようだ。自在に動き回って綺礼を翻弄して止まない。
激しい求めに息が上がる。この行為が魔力補給の為の体液交換なのか単なる口付けなのか、判断する隙など与えられない。貪られるままにそれに応えながら、綺礼は微かに己の頭を抱き込むようにしているギルガメッシュの手を意識する。
髪に差し入れられた指は確かに力強さを感じさせながら、繊細な優美さを含み持ってもいる。その一見矛盾する要素を孕み得るのは、この男が異教の神の恩寵を一身に受ける存在であるからか。不遜な言葉の数々と勝手気儘なことこの上ない行動さえなければ、その容貌はさぞや神々しく見えたであろう。否──彼は善と悪とを併せ持つからこそ、このような妖しい魅力を纏うのかもしれない。
は、と合わせた唇の合間から息が漏れる。戯れに上唇に歯を立ててから、ギルガメッシュが顔を引いた。糸を引いた唾液を舐め取るその顔は正しく、人間を堕落させようとする悪魔のそれだ。
「…いきなり何をする」
「こいつの下では口付けるものなのであろう?」
感情を殺した綺礼の声にそう答えた王が視線を向ける先には、ヤドリギの飾りがある。それは先のクリスマスの飾り付けでそこに取り付けられたものであった。本来そこにはなかった筈のもの。
ヤドリギの下で出会った二人はキスをしなければならないなどという、この国には根付いていないクリスマスの風習を一体どこで聞いたのだろうか。相変わらず街をふらついてはあれやこれやと俗世の生活を楽しんでいるのであろう彼ならば、まぁどこかしらでそんな話を聞き及んでいてもおかしくはないが。
どこか得意げな表情を向けられて、綺礼は微かに肩を竦めることしか出来ない。ギルガメッシュには何を言ったところであっさりとはぐらかされてしまう。それが常のことだ。
「用がないなら帰ってくれないか。生憎と私は忙しくてね」
「この後のミサの仕度で、か? 別に我がここにいても構うまい?」
訳知り顔で問うてくるギルガメッシュを綺礼は見据えた。差し向けられる視線は甘さも厳しさも含有されてはおらず、ただただ真っ直ぐだ。胸の奥深いところを抉り取ろうとでもするような鋭さだけがそこにはある。凶悪なまでに純粋な、空恐ろしくなるようなそれ。
蠱惑的に肩口を撫でる指、摺り寄せられる脚。その剥き出しの誘惑を体を離すことで引き剥がし、綺礼は呼気の中に返答を混ぜ込む。
「…勝手にしたまえ」
その言葉ににぃと口元を吊り上げたギルガメッシュの顔を見なかったことにして、くるりと踵を返す。彼に構っていたせいで余計な時間を食ってしまった。十分に余裕がある筈であったのに、もう直にいい頃合いになる。手早くすべきことを終わらせてしまわなければならない。
────あぁそういえば…今宵は泊まってゆくぞ、綺礼よ。
囁くように背中に投げ掛けられた言葉に、一瞬動作が鈍くなる。それを目敏くも見咎めたのだろうか。くつくつ漏らされる笑声を聞きながら、綺礼は雑念を追い払って己の仕事に没頭することにした。
冬の薄い日がやがて暮れる。冬木教会のクリスマスはこれからだ。
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王の器お疲れ様でした。私は残念ながら自宅待機だったのですが、委託先のスペースを訪れて下さった方々有難う御座いました。冬インテ→王の器と2イベントで配ったペーパーを上げておきます。新年にも拘わらずクリスマスネタだったのですが、今読むと更に違和感が半端ないですね…ネタ選べよ自分…。四次後の話なのでネタバレ微注意です。 ◆ ◇ ◆ スパコミには3、4日とも参加します。両日ともFate置いていますのでよかったらお立ち寄り下さい。厨二なノベルティつき(先着)の言ギル…いやメソポタミア?新刊が出ます。
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【Fate/Zero】聖夜の戯れ【言ギル】
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〜注意書き〜
この話には、コナンキャラへの厳しめ表現が多数盛り込まれております。
苦手、許容できない方はブラウザバック願います。
熟読後の苦情は受け付けません。
幼い頃に抱いた疑問は、本当の疑問になる前に答えを示されていた。
そのときいた人々は、それこそが“正しい”ことだと口を揃えて彼の考えを矯正し、コトの中心にいた人物への好意から、彼はソレを甘んじて受け入れた。
そして……、
長い時間が過ぎたある日、それまで彼らの世界にはいなかった他者からの指摘は、彼らの世界を根本から揺さぶった。
彼に“正しい”と突きつけられ続けていたことは、彼ら以外の認識では“正しい”ことではなく、傷一つつかないように護られていたヒトが、“正しい”ことを言っていた筈の人々に、これまでとは全く違う“正しさ”を平然と説かれている様を見せつけられた。
“正しさ”を考えていたヒトなどいなかった。
ただ誰もが、自分の都合がいいように振舞っていただけだ。
『工藤新一』はそう認識する。
周囲がどうあったとしても、自分の想いに偽りはなかった。
だから、
これからを考える。
同じことが起きないように。
同じ場所に戻らないように、戻されないように。
今出来ることは何なのか、、?
“幼馴染み”とされた三人の歪すぎた関係。
深く関わってきた筈の人々が、まるで無関係を装う様をみて、自分に出来る精一杯を!
綺麗事だけではどうにもならないと自覚した新一の想いを、モブっ子を絡めて新一視点で語ります。
タグ、キャプションをもう一度確認の上、納得してからお進みください。
[newpage]
[chapter:真綿が剥がされて外をみた]
ずっと、当たり前だと思っていたことが、オレたちの日常を変えてしまった。
幼馴染みのオレと蘭、そして園子。
幼稚園の頃から離れることなく一緒にいて、特に蘭は、おばさんがおっちゃんと別居してからは、母さんが世話をすることが多かったから、他の子たちのように“遊ぶ”以上の、そう、まるで家族のように一緒にいた。
おっちゃんは生活のために働いていたから、家にいる時間がどうしても少なくて、幼い蘭を1人で留守番させるのはかわいそうと、母さんが家に誘った。
一緒にご飯を食べることもよくあったし、旅行にも当然のように連れていった。
……オレたちは、ソレが普通だった。
園子はそんなことなかったけど、蘭と園子は親友で、、蘭は、オレの初恋だった。
一目惚れ?
あの笑顔に惚れたんだ!
蘭が家の家事を1人でするようになるまでの数年間は、その状態が続いた。
おっちゃんの世話も併せてするようになった小学校高学年。
蘭がオレの家に来る頻度は減ったものの、母さんは蘭を気に入っていたし、『新一、新一』と、オレの後を追いかけてくる蘭に、優越感を感じていたことも事実だ。
『遠慮しないでいつでも来てね?』
って母さんは蘭に言っていたし、おっちゃんも、
『有希ちゃん、いつも悪い、ありがとな?』
と礼は言ってたけど、蘭が来ることは止めなかった。
そんなオレと蘭のことを、園子が“似合いの夫婦”だと囃したて、
蘭がどうだったかわからないけど、オレは照れくささもあって、肯定したことは一度もなかったし、蘭も否定していた。
勉強も運動も、他の連中より抜きんでていたオレは、女の子に告白されることもあったけど、それに良い返事を返したことはない。
蘭の反応が気になったけど、園子が、
『工藤新一には毛利蘭しかいない』
『毛利蘭と工藤新一はお似合いの2人で、それが幼馴染みなのは運命的だ!』
って言ったとき、満更でもない顔をしてたから、ホッとしたのを覚えている。
母さんはいつも言っていた。
『女の子には優しくしなさい』
『蘭ちゃんは大好きなお母さんと一緒にいられなくて寂しいの、だから、新ちゃんが守ってあげないとだめよ?』
って。
オレが蘭のことを、好、、き、なのもあったから、蘭のお願いはなるべく聞いてやったし、でも、男どうしの付きあいとかで、どうしても頷けないこともあって、そんなときは、オレが叱られた。
最初は、仕方ない、って思ってたんだ。
寂しい思いを蘭にさせたオレが悪かったって。
でも同じようなことが続くうちに、
どうして?
って思うようになった。
………だって、おかしいだろう??
……確かに、おっちゃんが仕事で一緒にいる時間が少ない蘭は、寂しいかも知れない。
……おばさんといつでも逢えないのは悲しいかも知れない。
……………じゃあ、オレは?
オレの母さんが、必ず、と言っていいほど、オレより蘭を優先するのは、正しいことなのか?
蘭よりも前にしていた友だちとの約束でも、蘭のお願いを聞けなかったら、オレが悪いことになるのか??
蘭の言いぶんはどんなときでも正しくて、オレの言うことは全部言いわけなのか!?
…父さんがどうだったかは知らない。
……だって父さんは、母さんのことも、蘭のことも、オレのことにも、肯定も否定もしなかったから。
そんなモヤモヤが、いつからか、ずっとオレの心の中にあったんだ。
………それでも、父さんや母さんみたいな有名人を親に持つオレは、同じような園子みたいなヤツは別にして、何となく、みんなから一線を引かれていた。
自分で自慢するのはなんだけど、オレの高い能力に嫉妬を向けるヤツや、尊敬の眼差しを向けてくるヤツ、それなりに整った容姿に頬を赤らめる女子たちの視線が、常にオレの気分を高揚させていた。
……有頂天になってたんだと思う。
『オレって凄いだろ!?』
ってさ?
そうじゃなかったのが、蘭。
おばさんと母さんが親友だったのもあるし、おっちゃんとも親しかったのも理由の1つだったはずだけど、蘭だけは、そんなオレを叱った。
得意げになるオレを、『新一はスゴイね!』って言いつつも、『そんなことばっかりしてると友だち無くすよ?』って諌めてきたし、『自慢話ばっかり聞かされたら楽しくない!』とハッキリ言った。
違う
と思ったんだ!
オレを持ちあげてばっかで、ご機嫌取りなんじゃないか?って怪しんだり、お前いい身分だなぁ?って妬み全開でみられたりじゃなくて、本当のオレをみてくれてるから、注意してくれるんだ!って!
惚れた弱みもあって、心に凝ってた違和感には、気づかないフリをしていた。
蘭が空手を始めたキッカケ。
元日本チャンプの前田聡。
彼に憧れて、プロになるには遅いくらい、小学校6年になってからのスタートだったのに、天性のモノがあったんだろう。
瞬く間に才能を開花させ、頭角を現した。
最初からそうだったから気づけなかったけど、蘭のお願いを断ると、おふざけで空手技を仕掛けられて、オレもまだ拙かったソレは躱せたし、園子が、
『お似合い夫婦のじゃれあい』
だって言ったから、そのまま流した。
………誰も反論するヤツなんかいなかったし、、
その状態のまま、1年近くが過ぎた。
何の問題もなく小学校を卒業し、全員同じ中学に進学した。
クラスも一緒。
クラスメイトの殆どが小学校からの顔見知りだったから、オレたち3人の関係は変わらなかった。
小学生のときからみんなに認められている、“お似合い夫婦”幼馴染みの工藤新一と毛利蘭。
毛利蘭の親友、鈴木園子。
ソレは、中学生になっても当たり前のように、生徒たちに浸透した。
…蘭からオレに向けられる空手も、“夫婦間のじゃれあい”だと、、
……誰も、ソレをおかしいとは言わなかった。
……………オレも、、、
そして、、
あの日のことは、きっと一生忘れられない。
中学校のさ、同じ系列。
近所にある幼稚園の園児たちが来たんだ。
最近よくある、“地域交流”?
その一環。
用意は前日に終わっていて、オレたちの役目は、任された園児の世話をすること。
授業が2コマ潰されて、各クラスに振り分けられた園児と遊ぶ。
園児が慣れてきたところで、体育館に集合。
吹奏楽部の演奏会を一緒に聞くことになっていた。
………ちょっとだけ、面倒くさいとは思ってた。
園児が帰って、弁当を食べたあとは片付けをしなくちゃならなかったから。
その代わり、午後の授業もなし。
1日だけをみれば、とても楽な日だったな?
園児の到着を待つまえから、オレの頭の中は、帰ってからの予定でいっぱいだった。
最近立て続けにでた、推理小説の新刊を読んでしまいたかったし、余裕があれば、〆切で缶詰になってる父さんの原稿も読ませてもらう約束をしていた。
……ホント、あんときはウキウキしてたんだ。
園児たちが着いてもそれは収まらず、むしろ少しでも早く時間が過ぎて、放課後になってくれないものか?と思ってた。
互いの挨拶が終わって一息ついたときに、ソレは起こった。
蘭が、放課後遊ぼうと誘ってきたんだ。
既に予定を立てていたオレはソレを断り、どうにかオレの首を縦に振らせたい蘭と、その味方をする園子、今日だけは譲りたくないオレの意見が合致しなくて、いつも通り、蘭はオレに空手技を繰りだした。
………でも、その日はいつもどおりなんかじゃなかったんだ。
だって、目の前には年端もいかない園児たちがいた。
学校側が通年行事として強制的に組み込んでいる“地域交流会”なんてのは、オレたちには重要なものではなくて、適当にしてればいいや、と構えてたのがアダになったんだ。
“じゃれあい”で仕掛けられた蹴りを避けると、蘭の脚はオレの机を直撃し、大きな音とともに、見てわかるくらいに木製の合成板を凹ませた。
そのときだ!
びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、、、、、、、、、
子どもの泣き声が教室に響き渡り、オレは我に返った。
ココにいるのは、オレたちのことを知る人間ばかりじゃなかったことを、今更ながら思いだした。
最初の1人に釣られるように、次々と園児たちが泣きだしてパニックを起こし、教室の入り口に殺到していた。
……女の子、だったと思う。
一瞬にして歪んだ顔と、目があった気がしたけど、今目の前で起こっている事態に、それどころじゃなかったんだ。
幼稚園側の先生2人は、園児とオレたちとの間に立ちはだかり、こちらを警戒している。
クラスの代表は、どうしたらいいかわからなくてオロオロしているし、他のクラスメイトは、オレたち3人と園児たちを交互にみては、不安げだ。
事態を一番正確に把握していたのはきっとオレだけど、園児たちがああなってる元凶なだけに、何も出来ないことも理解していた。
園子は唖然と園児たちを凝視して、
蘭は、、
……………何が起こったのかわからない、という顔をしていた。
ドアには万が一を考えて鍵がかけられてたけど、誰かが解錠してしまったみたいで、園児たちは逃亡。
平常じゃない園児たちの様子に、ヤバいと思った数人が教室を飛びだし、絶望した顔で戻ってきた。
異常事態を悟った教師たちが集まってきていたおかげで、園児たちは全員無事確保され、オレたちは待機を命じられた。
そのまま1時間くらい待たされたんじゃないかな?
騒動の原因だったこともあって、何も指示なく放っておかれた時間は、クラスメイトたちに対しても、少し、気不味かった。
話しかけようとして、口を動かし、けれど、何を話していいのか分からなかったんだろう、少しの間もごもごしたあと、目を逸らして俯いたヤツが何人もいた。
……それでも、何かを言いたげにしているのかは、分かる。
そういうときはオレか園子が、逐一蘭に、蘭が納得するまで説明していたから、クラスメイトたちが口籠ることそのものが理解出来なくて、それこそいつもオレへ言うように、
『ハッキリ言いなさいよ!』
と身を乗りだして、園子に止められていた。
この微妙な雰囲気を作りだした原因の1人が、自分だということを認めたくないのかも知れない。
疑問に思ったことに対して、常に、自分で考えるより早く、オレや園子が答えを教えていたから、それが当然になってしまった弊害だ。
何か声を掛けたくても、いざ話そうとしたときに、ソレを、どのような言葉にして発すればいいのかが分からなくて戸惑っているのだ、彼らは。
ということを理解してほしかった。
園子に聞いても、オレに聞いても、明確な返答が返ってこないことに、蘭の機嫌が目に見えて悪くなっていく。
問いつめるように、口調がだんだんと鋭くなっていき、目を合わさないよう俯くヤツが増えた。
『教えなさいよ!』
蘭はそうオレに言うけど、オレにだって分からないんだ!
頼むから……、自分で考えてくれよ!!
どうあっても満足いく答えが貰えないことにヘソを曲げてしまった蘭は、
『もう知らない!』
と言ってソッポを向いた。
………いつもみたいに、蘭の顔色を伺って、ご機嫌をとりながら宥めることを、そのときのオレはできなかった。
今回だけは、いつもどおりじゃなかったんだ!
園子もあの空気のなかで、オレを焚きつけ、促すようなことはしなかったから、ソレを期待していた蘭は、盛大に戸惑い、けれど、誰も動かないなら自分で、ということにはならなくて、チラチラと、思わせぶりな視線を寄越してくるだけだった。
ときおり、誰かが小さく吐く息の音さえ気になって、沈黙に耐えるのも限界だと思いはじめたとき、やっと担任が現れた。
『…ただ今より、部屋を移して事情を聞きます』
そう言って、オレたち3人とクラスメイトたちを引き離した。
別室に連れていかれて、ただ1人。
……蘭だけが、ひたすらによく喋った。
…内容は、どれもこれも蘭のいいようにされていたけど、これまではそれがまかり通っていたものだから、話きった蘭はとても満足そうに微笑んでいた。
………きっと、大人が眉を顰めていたことなんて、見えてない、、
蘭の言葉を信じなかった人は、オレの周囲にはいなかったから。
…ずっとそうだったから、
だから、、
そうであることを、一片たりとも疑っていないそのサマが、オレには初めて異常にみえた。
オレと園子の話も聞かれて、そのまま部屋で待機。
蘭が何度も話しかけてきたけれど、考えなければならないことが多すぎて、それに付きあうだけの余裕はなかった。
園子の返事もそぞろ、蘭も大人しくなったところで、保護者が来た、と知らせが来た。
先導された先は校長室。
やっぱり、という思いがあった。
……オレたちを迎えにきた人こそが校長だったし、アレは、あちらの関係者からみれば、相当な事件だったと推測できる。
未だよく分かっていないふうの蘭に、苛立ちが起きるほどに。
学校、という閉鎖空間のなかで培われてしまったオレたちの独自思想は、一歩外に出てしまえば、“普通”ではなかった。
………それだけのことだ。
……だけど、、
蘭の場合は、今までその“自分ルール”さえ否定されたことがなかったから、何故、目の前のおっちゃんが難しい顔をしているのかが分からないし、自分の主張を受け入れてもらえない、ということも理解できない。
癇癪……、に分類されるもの、なんだと思う。
本来なら、何度も経験しているはずのことなんだ。
自分の“正しい”と思っている意見でも、全体からみれば“間違っていた”、もしくは“正しい”ことを“正しい”と受け取ってもらえない。
こちらが納得したかどうかは関係なく、子どもが大人の理不尽を押しつけられる、ってことはあちこちにある。
………あったじゃないか、、
蘭のおっちゃんとおばさんの別居は、蘭にはどうにもできなかった、大人による子どもへの理不尽な押しつけだ。
泣いても喚いても、あの人たちは、ソレを撤回しなかっただろ?
オレや園子や、母さんは、お前を慰めたけど、あのときのことを、お前は覚えていないのか?
あの経験は、お前のなかには根付かなかった?
悔しくても、悲しくても、悪いことをしたら、そう判断されたら、謝らないといけない、、
……………オレが、、そうだっただろ?
もう少しだけでも落ち着いた状況で、蘭への意識改革ができればよかった。
それも……、オレたちがいない、第三者だけの場所で。
蘭は、無意識にでも知っているから。
母さんは、実子のオレよりも、蘭の味方。
母さんに諌められたオレが、蘭に謝って下手にでるのは、予定調和。
父さんは口をださない。
園子も、無条件に蘭のことを庇う。
ソレが、今までのオレたちだった。
たとえソレが正論であったとしても、蘭の味方であるはずのオレたちがいるところで、蘭が自分にも降りかかる非を認められるわけがない!
これまでそういうモノは、全部オレが被ってきたんだから、、
それこそが、惚れた女にする男の甲斐性でもある、と、勘違いしてたんだ。
これも、オレの“自分ルール”の1つ。
世間の常識とはほど遠い。
仲間内の、幼馴染みだけの、小さな小さな世界。
そのなかだけなら、それでよかった。
けど……、違うだろう?
今回オレたちの被害を受けたのは、どこのだれとも知らない子どもたち。
オレたちが納得していた“独自ルール”が適用されることなんて、あるはずがないんだ!
………蘭には、ソレが分からなかった。
母さんが、信じられないものを見る目で蘭をみたけど、
母さんもその一端を担ってたんだぜ?
抵抗しきれなかったオレも、
蘭の味方しかしなかった園子も、
傍観していた父さんも、周囲の人たちも、
ソレを全部受けいれて、笑っていた蘭の家族も、、
……現実は残酷だ。
“いつもどおり”を押し通そうとした蘭は叱責を受け、同じ加害者だったオレと園子は、蘭に対する巻き込まれ被害者として、同情の視線を受けた。
これまでの積み重ねで起きた事件だったのに、悪者にされたのは、実質蘭1人。
…オレの体面にキズはつかなかったけど、酷く、悲しかった。
護るだけじゃダメだったんだ。
我慢なんかしちゃいけなかった。
蘭のためを思うなら、本当に好きだったんなら、母さんにだって、噛みつかないといけなかった。
ソレは違う!と。
オレさえ我慢しとけば、みんな気分良く過ごせると、諦めちゃいけなかった!
男と女の幼馴染みだったけど、まだ幼かったんだから、本気の喧嘩もして、取っ組みあいだってしたってよかった。
そうやって、お互いにベストな距離を探りあって、やっとホンモノが手に入るんだ!
“対等”な関係ってのは、他人に決められるものじゃない。
オレと蘭の関係は、惚れて蘭に強くでれないオレに、母さんと園子が介入して形作られたモノだった。
どちらかへ極度に偏った関係性は、どのみち長くは続かなかっただろうけど、穏便な形で終わらせられるなら、そのほうがよかった。
………今からでも、きっと遅くはない。
…オレといたら、蘭はオレに甘える。
蘭がもっとダメになる。
父さんから少しだけ聞いた。
おばさん、今帰ってきてるってさ?
それって……、蘭のためだろう??
オレたちが揃って大事にしてたから、蘭は大丈夫、みんながいる、って離れてられたんだ。
蘭の近くに誰もいなけりゃ、別居ももっと短くて済んだかもしれなかった。
凄腕弁護士のおばさんが、恥も外聞もなく家にきたのがその証拠。
蘭は愛されてる。
娘のために、って、あれだけ頑張ってくれる母親なんだ。
オレたちが、その邪魔をしてたんだ。
………だからサヨナラをしよう、蘭。
オレたちのことは、自分を嵌めた極悪人、とでも思ってくれればいい。
許せない、と。
許さなくていいと思う。
そのかわり、オレたちを教訓に、誰にも負けないいい女になって、幸せになってほしい。
オレたちがいたからダメだったんだと。
じゃあな?蘭。
さよなら、オレの初恋。
蘭が自分の本当に気づけたら、誰もが振りむく、魅力的な女性になれるさ。
……そうなることを願ってる。
そんなオレの願いは、呆気なく破られてしまったけれど、、
なっちゃんはさ……、不思議な子なんだ。
なっちゃんこと、『葛城 夏樹』は、何処かで会ったことがあるような既視感を感じさせて、だけど、こんな幼児いないだろう!って思わせるような子。
父さんは、『ギフテッドかも知れない』って言ってたけど、オレにはそうは思えなかった。
蘭の暴走がキッカケで関わることになったんだけど、ギフテッドというよりは、対応が大人なんだ。
それも……、父さんや母さんみたいな大人じゃなくて、蘭、とか、そういう一般家庭で生活している大人。
彼女を最初に認識したのは、蘭の脚技で泣いた子だったってこと。
それからしばらくの間は、父さんが出した手紙に関してのアレコレや、蘭がらみでの報告。
少しは気になってたけど、その程度だった。
二度目の邂逅は、幼稚園をずっと休んでた彼女が、正式に復帰するってことで、こっそり様子を見にいったときの騒動。
………区切り、として、安心したかったんだと思う。
蘭の乱入で台無しになったけど、
『どうして、オレの気持ちをわかってくれないんだ!』
って絶望したオレに、子どもらしい精一杯の好意を寄せて、子どもなら絶対手放さない、1個しかなかった飴をくれた。
そのときは、オレ自身の手で、蘭を完全な悪者にしてしまった罪悪感に押し潰されそうになってたところを、彼女の純粋な好意に救われた気がして、興味を持ったんだ。
でも…、違うと気づいた。
彼女の両親は“普通”の人だった。
だから、オレのための思惑を隠し持った父さんの提案を無下にできなかったし、むしろ、会うごとに信用からの信頼を寄せてくれた。
彼女の態度は始終友好的だったけど、蘭を知っていたオレは、彼女のソレが、一線を引いたうえでのものだと気づいてしまった。
彼女は非常に周囲をよく観察していて、その場その場で、誰かから、最も嫌悪を向けられない選択をしているようにみえた。
ときにはおちゃらけているように見せ、ときには呆れられるように振る舞っていたから、
その度に、気のせいか?と思うこともあったけど、ホームズの話をしているとき、ソレは確信にかわったんだ。
そのときのオレは、まだ彼女のことについて違和感を覚えながらも、父さんの言うように『ギフテッド』だと考えていた。
違和感は、大きな年の差による遠慮だと。
そして冗談で聞いたんだ。
『なっちゃんがおっきくなってオレと結婚したら、ずっと一緒にいられるな?』
ってさ。
冗談だったからこそ言えた言葉だった。
蘭のときは、母さんがあからさまに吹聴してたけど、このときの母さんは蘭や蘭のおばさんと縁を切っても、まだまだ未練があったから、彼女に対しても良い感情を抱いてないのが分かっていたし、蘭に惚れていたときのオレは、照れくささと恥ずかしさと、とにかく色んなものがあわさって、間違ってもそんな言葉を口にしたことはなかったからだ。
そしたら、それを聞いた彼女はなんて言ったと思う?
『……新一お兄ちゃんはそんなことしない』
…そう言ったんだ、間髪入れずに。
いいよ?
でも、
イヤだ!
でも、
わからない
でもなく、
『工藤新一はその選択を選ばない』
……そう言った。
内心の動揺を隠して、
『どうしてそう思うんだ?』
って、何も気にしてないふうを装って聞いてみたら、
『?新一お兄ちゃん、探偵になるんでしょ?
シャーロック・ホームズみたいなすごい探偵に、
だったら、1番人質とかになっちゃうお嫁さんとか、恋人とか、そういう人、つくらないでしょ?』
って言われて、ハッとなった。
オレが実際に解決した事件はまだ数件で、そのなかに似たようなモノがあったからだ。
なっちゃんと話すようになった始めのころに、逆恨みなんかによる危険を説かれ、危ないことをしないでほしい、ではなく、危なくならないように考えろ、と懇願されて、謎を解くことだけじゃなく、色んなことの可能性を真剣に考えるようになった。
誰かの何かに関わるのなら、その影響は、関わった人だけでなく、その人と関わりのある人たちにもくる、と。
ソレがただの一般人であったなら、気づかないうちに、手遅れになる可能性が高くなる。
そういうことを分かっていての言葉だと思った。
それからだ、なっちゃんの一挙一動に注意を払うようになったのは。
だから分かった。
彼女は『ギフテッド』ではない。
でも、ただの子どもでもなかった。
彼女の言動は、無邪気さを装いつつも、常に世間の常識とか、情勢とか、そういうものを反映していたし、でも、『ギフテッド』なら気づくべきことには、全くもって気づかない。
観察すればするほど、経験を積んだだろう“普通”の大人がとる対応が見えてくる。
彼女と一緒に外へ出たときに見かける、街に溢れる大人たち。
彼らを見ていれば、程度は違っても、彼女の反応とよく似ている、と思った。
………彼女の場合、精神と入れものが合っていない、そんな感じだった。
……父さんには伝えなかった。
父さんが見抜けていないことに気づいた。
そんな優越感がなかった、とは言わない。
でも、オレが最も恐れたのは、オレがそのことを誰かに漏らすことで、彼女がオレから離れてしまうことだった。
彼女に対するオレの気持ちは複雑で、好意はある、だけど、その好意は恋愛に直結するものではなかったし、父さんや母さんに向ける家族のようなものでもない。
突きつめてしまえば、“感謝”に近いと思う。
誰も指摘しなかった、オレの家族さえ指摘してくれなかった、オレのこと。
何が“普通”なのか?
“普通”でいるために努力する方法。
周囲に溶けこむために必要な“何”かを教え、かといって、オレ自身が高いと自覚している能力を否定するわけではない。
自分の能力と折りあいをつけられるようになり、日常が楽になった。
押し込めるのではなく、そう見えないように振るまうため、余った力を使う。
より高度に、より精密に、考えれば考えるほど楽しい。
フラストレーションの殆どが、そうすることで解消された。
運動能力に関しては、足の件もあるし、会員制のジムにでも行けばどうとでもなる。
“普通”を偽装できないのなら、一緒にはいたくない。
ソレが彼女の本音だと思った。
彼女は、精神以外で平均を越えない自分の力を自覚している。
行動に無駄がないから、今の時点ではそれなりのところにいるが、他の子たちが大人になってしまえば、彼女は埋もれてしまうだろう。
ソレがわかっているのだ。
だからオレを忌避する。
周囲がオレに向けてきたような、妬み嫉みが理解できるから、能力を隠さない人、隠せない人には近づきたくない、と思ってる。
逆を言えば、だ。
ソレにさえ気をつければ、彼女はオレを拒まない。
彼女がいなくなったら、オレはまた、昔のオレに戻ってしまう。
…きっと戻されてしまう、ソレが正しい。
蘭と疎遠になったとはいえ、騒動はすぐでなくても収まるし、時間はかかるかも知れないけど、復縁もありえる。
そのとき、彼らは“オレ”の望んだ『オレ』を、受け入れてくれるだろうか?
断言はできないけれど、ムリ、だと思う。
いくら取り繕っても、人の持つ根本は変わらない。
蘭は自慢の幼馴染みである『工藤新一』を望むし、園子はソレを後押しするだろう。
多少は遠慮するかも知れないが、元の関係に戻りたい、と願うはずだ。
毛利家との断絶に、未練を断ち切れない母さんが、そのことを証明している。
父さんもまた、口を出さずに見守るだろう。
………だったら、オレはどうなる??
また、オレのものじゃない荷物を持たされるのか?
また、何かの代わりをさせられるのか??
母さんは言うはずだ。
『これまで大変だったんだから、蘭ちゃんには優しくしてあげなさい』
って。
女の子には〜、でも、
寂しい思いをしているんだから、守ってあげなさい、でもないけど、
理由を変えて、オレに強要する。
コレは確信だ。
だって、半ばだまし討ちのような形で連れかえったなっちゃんを、母さんは認めることができなかった。
ということは、なっちゃんの望むオレの姿は、母さんにとって耐えがたいものになるだろう?
それこそが、、大衆が安心して付きあえる人の姿であるのに、、
なっちゃんは、他人だ。
“普通”の家庭が子どもにする躾を、すでにマスターしているなっちゃんは、その他大勢が眉を顰める行動を絶対にしない。
母さんは、本来なら行儀がいいとされるその行為を、子どもらしくない、と好まなかった。
ソレは、オレたちが蘭にしていたことの延長だ。
必要以上に距離を縮めてこないなっちゃんには、母さんも苦言を呈することができない。
なっちゃんは、決して母さんの思い通りにはならないのだ。
……母さんは、きっとソレが許せない、、
そうなれば、また同じことの繰り返し。
蘭は犠牲になる。
…人間は、良くも悪くも、忘却する生き物だから。
できることが多いのは良いこと。
オレの生まれもった高い能力は、誇りこそすれ、隠す必要などない、素晴らしい授かりものだ、と母さんは言った。
『優作さん譲りね』
と。
それはそれでいいんだ。
オレも当時は、そうなんだ、って流したし、、
けれど、ソレをどう扱うか、というのは、オレ自身で決めなければならなかった。
隠す隠さない以前の問題で、オレは“普通”を装う方法を知らなかったから、『隠す』という選択肢は、ハナから用意されていなかったんだ。
どちらも提示して、説明したうえで選択させる。
そんな、当たりまえのことがされてなかった。
……それって、フェアじゃないだろう?
なら、これからもそうなる。
オレは色んなことを強要されて、ソレが当然になる。
せっかく良い方向へ進んでいるかも知れない蘭を、また、巻き込むかも知れない。
今度はもっと、もっと大きな事件で傷つけるかも!?
そんなこと、、絶対にイヤだ!!
彼女に対する好意は、ある、、けど、同時に、利用している自覚もあった。
……許してくれないかも知れない。
だけど、相応の態度でいれば、許してくれる、とも思う。
下心のない強引な好意は、ありがた迷惑で信じられなくても、互いに利のある利害関係の一致なら、納得してもらえる可能性がある。
『葛城 夏樹』は、オレに悪意を向けてこない“大人”のなかで、唯一、本当に知りたいことを口にするから、、
・
・
・
・
・
……………でも、でもさ、なっちゃん、、
……なんでそんなたくさん厄介ごとに巻き込まれんの??
話聞いたら、なっちゃんのせいじゃないことは分かってるけど、ちょっと多すぎじゃね!?
誘拐未遂とか、
誘拐とか、、?
命狙われるとか!?
………それにさ、あの銀髪三白眼のお兄さん、、堅気じゃねーよ!
ソイツの仲間もみんなしてヤバイ!!
ヤ◯ザなんかより、もっと、ずっとヤバイ気配纏ってるよ!!!
なのにさ!なっちゃんの大胆さは、何!?
喜色満面で駆け寄るとか!!
そんなん、演技でだってオレにしてくれたことねーだろ!!!
し・か・も!
お付きっぽいヤツ、嫉妬かなんか知らねえが、ちょっとばかし殺気出してやがったぞ!?
あの兄さん、普段はあんなじゃねー証拠だろ!
ヘタに探り入れるより、穏便にコトを済ませようと思ったら、なっちゃんの反応が一番警戒心を抱かせないと分かっても、オレの心臓ドキドキしっぱなしだったよ!!
日ごろからなっちゃん観察してた成果と、母さん譲りの演技力。
フルに使って凌いだんだぜ!?
ソレを尻目に、1つ間違えりゃソッコー縊り殺してきそうな兄さんの膝に座って、『やわ◯か戦車』とか、肝座りすぎててありえないから!!
鼻歌とか、リラックスしてます的パフォーマンス、芸が細かすぎるから!!!
なっちゃんの中身からして、解ってやってんだろうけど!狙いは成功してるけど!!
オレは気が気でなかった、、
頼むから、寿命縮むからヤメテくれ!!!
送ってもらって2人だけになったあと、泣かれたことに安堵したんだ。
………けどさ、
泣いた理由、誘拐と銀髪兄さん、……………どっちで!?
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この話には、コナンキャラへの厳しめ表現が多数盛り込まれております。<br />苦手、許容できない方はブラウザバック願います。<br />熟読後の苦情は受け付けません。<br /><br />シリアス傾向…、からのラストに浮上。<br /><br />様々な思惑が重なり、都合のいいように流された結果、大切なモノを手放さざるを得なくなった新一が、二度と同じことを起こさないようにするにはどうすればいいかを考える話。<br /><br />タグ、キャプション、注意書きを読んでから、続きを読み進めるかどうかの判断をお願いします。<br /><br />詳しくは注意書きをご覧下さい。<br /><br />2018年08月25日付の[小説] デイリーランキング 33 位に入りました。<br />2018年08月25日付の[小説] 男子に人気ランキング 89 位に入りました。<br />2018年08月25日付の[小説] 女子に人気ランキング 11 位に入りました。<br />2018年08月26日付の[小説] デイリーランキング 19 位に入りました。<br />2018年08月26日付の[小説] 女子に人気ランキング 59 位に入りました。<br /><br />こちらでシリアスは一旦終了です。<br />少し時間が開くとは思いますが、次からは認識をちょっとずつ変えたキャラたちが、また走り回ります。<br />よろしくお願いします。
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【モブっ子幕間】綿菓子の国に野生の雨が降る side,新一
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「腫瘍…ですか……」
自分でも意外な程、新海先生の話を冷静に受け止めることが出来ている。
数週間前から慢性的な頭痛があった。それが日に日に酷くなってきて、藤川先生や冴島さんに勧められて新海先生に診てもらったのだ。
「腫瘍はまだ小さいですが、小脳にあります。手先の動きを司る部分です。簡単なオペとは言えません。白石先生のこれからを考えると、特に…」
「…救命医を続けるのは難しい、ということですね。」
「…その場しのぎにしかならないけど、痛み止めを出しておきます。あなたがオペを望むなら、僕たちは当院の最高峰の技術を提供します。それだけは覚えておいて。」
[newpage]
日が沈む。夕日に照らされるドクターヘリを眺めながら、これからのことではなく、今までのことを思い返していた。
ここで色んなことを経験し、日々腕を磨いてきた。失う命の方が圧倒的に多いけど、それでも、10年前は救うことができなかった命を救えることもある。
救命医でなくなった私に、なんの価値があるんだろう。
ふと、隣を見た。そこにいるはずのない、今異国で名医を目指している彼に向かって、あなたならどうする?と聞いてみたい。
自分の命と、自分の命よりも大切なもの。10年共に過ごしてきた彼がどちらを選ぶか分からないなら、自分が今迷っているのも当然かもしれないと、少しほっとした。
[newpage]
「白石先生、まだ頭痛治らないんですか?」
冴島さんや藤川先生には、ただの偏頭痛だと伝えてあった。
「ほら、不規則な勤務だし、生活リズムも乱れがちだから。痛み止めもらってるし大丈夫だよ。」
「そうですけど…」
冴島さんはまだ何か言いたげだったけど、大丈夫、と笑顔を見せると、それ以上は何も言わなかった。
誰にも言ってない。新海先生も、患者の情報をむやみに誰かに言ったりしない。そして遠く離れた地にいる、彼にも。
「おはようございまーす……しっ、白石先生っ!?」
横峯先生の声が聞こえた。今までにない痛みが襲って、当直明けの朝、医局の床でうずくまっていたところを見られたのだ。
「大丈夫ですか!?ちょっと誰か…」
「大丈夫よ、大丈夫だから。誰にも言わないで。」
「でもっ」
「お願い」
頑なな白石の眼差しに、横峯は何も言うことが出来ず、ひとまず白石をソファに移動させた。
「朝のカンファは休んでください。橘先生には私から言っておきますから。」
「ごめんね、ありがとう。少し休んで、カンファ行けそうだったら行くね。」
そう言うと、白石はそっと目を閉じた。
「あれ、白石は?」
カンファレンスに白石の姿が見えないことに、藤川が気づいた。
「白石先生、少し体調がよくないらしくて、今医局で休んでます。」
「あいつまた無茶したんだな。」
藤川と横峯のやりとりを聞いていた冴島は、カンファレンスが終わった後、ある人にメールを送った。
[newpage]
数日後、白石のアパートに、今は青南で周産母子センターの医局長を務めている緋山と冴島が訪れていた。
「あんた、あたし達に隠してることあるでしょ。」
「白石先生、頭痛は不規則な勤務のせいだって言ってるけど、そんなの今に始まったことじゃないでしょ?それに、全然良くなっている気がしない。むしろ、日に日に体調の悪さが増してるように感じる。」
白石は、少し間を置いて話し始めた。
「……小脳に腫瘍があるって言われたの。」
2人が言葉を失うのが分かる。
「手先の動きを司る位置で、オペのリスクが高い。オペが上手くいったとしても、後遺症が残る可能性だって十分にある。もし万が一、麻痺や震えが残ったら、私は…」
その先は言えなかった。これ以上言うと、目の前でショックを受けている2人をもっと困らせることになると分かっていたからだ。
「あいつには言ったの?」
緋山先生の言う“あいつ”が誰を指しているかなんて、わざわざ聞かなくても分かった。
「言ってない。」
「どうして…」
「本当は誰にも言うつもりなかったの。でも正直、冴島さんが言うように、最近頭痛が悪化してきてる。処方された痛み止めも効かなくなってきた。いっぱいいっぱいでどうしていいか分からなくなってたの。だから、今日2人が来てくれて、すごく嬉しい…。」
言葉にすると、今まで我慢していた涙が溢れてきた。もう隠そうとしなくていいんだ。自分が隠そうとしても気づいてしまうくらい、自分のことを思ってくれる人たちがいた。そう思うと涙が止まらない。
「あんた馬鹿じゃないの、なんでもっと早く言わないのよっ」
「緋山先生まで泣かないで…」
「緋山先生の言う通りよ。なんでも抱え込めばいいってものじゃない。いい加減頼ってよ。」
「冴島さん…、ごめん、ありがとう。」
その夜、2人はずっといっしょにいてくれた。次の日、緋山先生は仕事だったが、冴島さんは休みだったため、新海先生のところへ付き添ってくれることになった。
[newpage]
「決められたんですね、白石先生。」
新海先生の顔が、少しほっとしている。
「はい。手術を受けます。どうか、よろしくお願いします。」
「分かりました。じゃあ手術前に詳しく検査をするので、数日入院して様子を見ましょう。救命には…?」
診察の前に橘先生に全てを話してきていた。休みでも白石が出勤することは珍しくないが、白石と冴島の表情に、橘はいつもと違う何かを感じていた。全て話し終えると橘は、「そうか…、まずは白石の身体が何より大事だ。こっちのことは心配せず、しっかり治してこい。それまでスタッフリーダーは代打だ。いいか、交代じゃないからな。」と言ってくれた。いつもと変わらない橘の口調に、救われた気がした。
「橘先生に全て話して、しばらく休みをもらいました。」
「そうですか。では、一度自宅に戻って必要なものを持ってきてください。脳外科のナースステーションに来てもらえれば、部屋へ案内します。」
ありがとうございます、と冴島さんといっしょに部屋を出ようとすると、
「白石先生、藍沢には伝えないんですか?」
「…彼は、今一生懸命腕を磨いています。彼の邪魔はしたくない。新海先生、絶対言わないでくださいね。」
失礼します、と部屋を出る私を、冴島さんは悲しそうに見ていた。
それから数日、脳外科病棟に入院となった。個室を選んでもらえたのは、新海先生のご厚意だ。
冴島さんと藤川先生は勤務の合間をぬって毎日会いにきてくれた。緋山先生も休みや非番の日は毎日。時々橘先生や横峯先生、灰谷先生も顔を見せてくれた。お父様の病院を継ぐため翔北を去った名取先生は来られないが、横峯先生から「心配してましたよ。口下手だから言葉に出来ないけど。」と伝えられた。
体調が悪くない日は、散歩がてらドクターヘリを見に行った。いつもの場所に腰掛け、気がつくと、少し間を空けて腰掛ける彼がいた場所を見ていた。
もし、もしも、最後になったら…そうなる前にもう一度でいい、彼に会いたい。だが、私や他の誰かに左右されることなく、彼が決めた道を突き進んで欲しいのも、また事実だ。これでいいのかもしれない。この場所が、彼との思い出を呼び起こしてくれる。寂しくなったら、ここに来ればいい。記憶の中の彼は、いつだって私を奮い立たせてくれるのだから。
[newpage]
オペ前日の夜。面会時間も終わり、ぎりぎりまで居てくれた緋山先生、藤川先生、冴島さんも「明日、頑張っておいで。」「待ってるからな。」と帰っていった。入院した後、母にも連絡すると「どうしてすぐ言わないの!!」と怒られたが、すぐに飛んできてくれた。こっちにいる間は私の部屋で寝泊まりしてもらっている。
静まった個室で、明日への緊張感からか、誰もいない心細さからか、就寝時間になってもなかなか寝付けずにいた。ベッドに腰掛け、窓の外を見る。ここはヘリポートではないが、記憶の中の彼を思った。
コン、コン、
ノックが聞こえた次の瞬間、ドアが開いた。
「………藍沢先生……」
いるはずのない彼が目の前にいる。きっと誰かが連絡したんだろう。少し考えれば簡単に理解出来ることなのに、思考がついていかない。ただただ、ずっと会いたかった藍沢先生を見つめることしかできなかった。
「…藤川から連絡をもらった。なんで言わなかった?」
何か言いたいのに、言葉が出てこない。
「お前のことだ。きっと迷惑がかかるとか、邪魔になるとか思ったんだろう。」
全部お見通しじゃない、と小さい声でやっと絞り出した台詞は、あっけなく無視される。
「明日のオペ、俺が執刀する。」
「ーは?」
「トロントで小脳の腫瘍の摘出術を数例経験した。技術なら新海にも引けを取らない。」
「ちょっと待って、そんな急に…。西条先生や新海先生はなんて?そもそも藍沢先生、トロント大の方はどうー「白石」
パニックになって捲したてる白石を止めた。
「フェリー事故のとき、お前は俺を救ってくれた。お前が今病気と闘っているなら、次は俺が助ける。西条先生と新海にはちゃんと話してある。ー大丈夫だ。」
ああ、どれほど彼の“大丈夫”が聞きたかったか。何度も何度も頭の中で言い聞かせていた“大丈夫”を聞いた瞬間、戸惑いが安心へと変わり、涙が出てきた。
「本当は、藍沢先生に言いたかった。藍沢先生に、オペしてほしかった。新海先生の腕を信頼してないわけじゃないの。ただ、私は、藍沢先生に命を預けたかった。」
ああ、と彼が言う。
「ねえ、藍沢先生。もし万が一、手に麻痺や震えが残って、私、救命医を続けられなくなったら…。救命医じゃない私に、何の価値があるんだろう。」
誰にも聞けなくて、でもずっと聞きたかったことを聞いた。欲しい答えがあるわけではない。本当にこの問いの答えが、自分では分からないのだ。
「ーだったら」
「俺のために、生きてくれ。」
それってどういうこと?なんて聞かなかった。十分だ。この人は、救命医の私でも、同期の私でもなく、ひとりの白石恵として接してくれている。私自身に意味を持たせてくれようとしている。その答えが、何より私に勇気をくれた。
「藍沢先生、ありがとう。」
泣きながら言う私の手を藍沢先生がぎこちなく取り、驚くほど優しく、しかししっかりと、しばらくの間お互いの手を重ねていた。
[newpage]
オペまでの準備は淡々と行われた。絶飲食、手術着への着替え、ナースへの問診。手術中は母が病院で待っていてくれる。緋山先生、藤川先生、冴島さん、他のみんなは仕事だが、みんなそれぞれの場所で、手術の無事を祈っていてくれている。
コン、コン、
「俺だ、入っていいか」
「どうぞ」
昨日の今日だ。なんとも言えない気恥ずかしさがあるが、それを感じているのはどうやら私だけみたい。母は気を利かせたのか、「飲み物買ってくるわね」と言って部屋を出て行った。
「白石」
もう今までのような不安はない。
「俺に任せろ」
だって彼が、みんなが、そばに居てくれるから。
「手術のあとで会おう」
[newpage]
「ーーーいし、」
「ーらいーーし」
「ーらいし、しらいし、」
瞼が重たい。ゆっくり目を開ける。
目の前がぼやけているが、徐々に焦点が合ってきた。
ああ、藍沢先生、名前を呼びたいのに声が出せない。そこでまだ挿管されていることを理解した。
「めぐみ、分かる?」
お母さん…出来る範囲で首を縦に動かす。
「白石、よかった…」
「待ってたぞ」
「白石先生、がんばったね」
緋山先生、藤川先生、冴島さんの姿が見える。
ああ、私、帰ってきたんだ。
再び藍沢先生に目線を移す。声は出せないが、目一杯のありがとうを込めて見つめると、藍沢先生が「分かってる」とでも言うかのように、静かに頷いた。
[newpage]
覚醒して間もなく抜管され、少しかすれていた声も少しずつ治ってきた。安静解除され、歩行も許可される。食事も開始された。
後遺症はというとーーー
麻痺や震えは残らなかった。自分の意思通り動かせる手を見て、心の底から安心した。私はまだ、救命医だ。そんな様子を見ていた藍沢先生もまた、今まで見たことのないような程安心した顔で、優しく微笑んでいた。
明日退院を控え、私はやる事もなく、少しでも体力を戻そうと、ヘリポートまで来ていた。ヘリの近くで腰掛ける藍沢先生の姿が見える。ずっと思い出の中にしかなかった光景が、目の前にあった。
「どこにいったのかと思った。」
藍沢先生がこっちに目を向ける。
「いつ向こうに戻るの?」
「明日の朝には。」
「そう…」
「白石、」
「俺と一緒に生きてくれないか。」
人並みに、結婚というものに憧れていた。救命医である私は、きっと他の人よりも、1人で生きていく力がある。誰かと生きていくということは、幸せなことばかりではなく、自分以外の誰かの人生を一緒に抱えることだと思う。それでも、もし自分にも一緒に生きていく誰かがいるのだとしたらー
それは、彼だといいな。ずっとそう思っていた。
「藍沢先生の意識が戻らなかった時、本当に辛かった。きっと、あなたが想像する以上にね。あなたが目覚めた後、ふと思ったの。私がそばにいないところで、もし同じようなことが起こったとしたら。それを私は、知らされずに生きていくのかって。」
藍沢先生を見る。いつもならすぐに目をそらす彼が、私から目線を外さない。それに耐えられず、私は真っ直ぐヘリを見つめた。
「でも今回自分がこうなって、藍沢先生になかなか伝えられなかった。私たちは結局、こういう距離感なんだって思い知った。」
目の前に影がかかる。見上げると、私を見下ろすように藍沢先生が立っていた。
「過去が過去なだけに、俺には結婚が100%いいものだとは思えない。それでも、藤川と冴島をそばで見てきた今は、昔より誰かと生きていく人生も悪くないと思える。その誰かは、白石しかいない。もうずっと前から。」
そう言った次の瞬間には、藍沢先生の腕の中にいた。なんて言えばいいのか分からず、しかし藍沢先生と生きていくことに躊躇していると勘違いされたくなくて、彼の背中に腕を回した。
「待ってるね、あなたが名医になって、帰ってくるのを。」
「ああ。」
「好きだよ、藍沢先生。」
私を抱きしめる力が強くなる。
「藍沢先生は?」
「…好きだ。たぶん、お前が思ってるよりずっと、大切に思ってる。」
[newpage]
数年後ー
トロントから帰国後、藍沢先生は翔北の脳外科医として、毎日命と向き合っている。最近では、後輩指導にも力を入れているそうだ。ひとりでは救うことの出来ない命も、チームでなら救うことが出来る。それを救命で学んだと、そう言ってくれた。
私はと言うとー
『緑川消防よりドクターヘリ要請です。青橋トンネル内にてトラックとバイクが衝突し、30代の男性1名がトラックの下敷きになり、出血多量、ショック状態です。』
「出動します。」
相変わらず救命医として現場に飛ぶ毎日を送っていた。あれから定期的にがん検診を受けているが、幸い今のところ再発は見られていない。
「西央病院の白石です。聞こえますか?ー意識ない、挿管しよう。」
半年前、翔北の隣町にある、翔北より少し規模の小さい病院に異動した。その病院が救命に力を入れたいが、経験の浅いドクターしかおらず、指導医として異動してきてくれないかと、向こうの病院長から直々に申し入れがあったのだ。
最初は悩んだ。10年以上いた翔北を離れるということは、育て上げてきたフェロー達や築いてきたシステム、他病棟との連携も全て一からになるということだ。
だが、救命医としてある程度まで成長してきた私に、これ以上できることがあるとすればーそれは西央病院の救命を立て直すことなのではないかと思った。橘先生にそう伝えると、「ん、白石ならそう言うんじゃないかと思ってたよ。ここは大丈夫だ。安心して任せられるチームを、白石、お前が作ったんだ。だから胸を張って行ってこい。お前なりの救命を、次は西央で作ってこい。」そう言い、送り出してくれた。
「白石先生、今晩お食事どうですか?」
他科の、よくコンサルを依頼する医師に食事に誘われた。どの病院にも、新海先生みたいな人がいるもんだなぁ。
「すみません、今日はちょっと用事が…」
「またまたぁ、この間もそう言って行ってくれなかったじゃないですか。そろそろー「あ!田中先生!山田さんの鎮静の指示早く入れてくださいって言ったじゃないですかっ!」
ナースがここぞとばかりに溜まり溜まったオーダー依頼をする。助かった。心の中でナースにお礼を言って、静かにその場を離れた。
[newpage]
久しぶりに時間通りに仕事を終え、自宅に向かう。異動を機に引っ越したのだが、病院からそこまで近いわけではなく、10分ほどかかる。
自宅のドアを開けると、玄関にはすでに見慣れた靴があり、自然と笑みがこぼれた。
「おかえり、本当に定時で上がれたんだな。」
「ただいま。藍沢先生こそ早かったね。絶対私の方が先だと思ったのに。」
「事情を話したら、新海にさっさと帰れと言われて、時間になった瞬間追い払われた。」
「想像つくなぁ。」
私たちは今一緒に暮らしている。翔北と西央の中間地点で部屋を探していたが、救命の方が呼び出されることが多いだろうという彼の配慮から、少し西央寄りのこの部屋にした。
「そろそろ行くか。ないとは思うが、呼び出しが来てまた延期ってことになり兼ねない。」
「3度目の正直ね。行こう。」
今日私たちは入籍する。
役所の時間外受付で婚姻届を提出する。これで、藍沢先生と私は家族になるのかぁー。嬉しさと緊張で、結構ドキドキしていたが、拍子抜けするほどあっさり手続きが終わった。
「なんか…もっとこう、おめでとうございますとか言われるのかと思ってた。」
「あっちも仕事なんだ、こんなもんだろ」
緊張して損しちゃった。
「これからもよろしく、藍沢恵さん。」
「藍沢恵か…ふふ、なんか照れちゃう。そういえば藍沢先生に名前呼ばれたことなかったから。」
「藍沢先生って…お前ももう藍沢だぞ。」
「そうだけど。10数年ずっとそう呼んでたからなぁ。耕作…こうさく…こうさく…なんかムズムズする。」
なんだそれ、と藍沢先生が笑う。そういえば最近、彼の笑顔を見ることが多くなった。彼が感情を表に出すようになったのか、それとも単純に彼と過ごす時間が増えたからなのか。どちらにしても、彼が屈託のない笑顔を見せてくれる度、自分が特別な存在になれた気がして嬉しくなる。
「まあ、ゆっくりでいいさ。これからはずっと一緒なんだ。」
これから私は、藍沢先生と生きていく。きっと幸せなことばかりじゃないだろう。涙を流す日だってあるかもしれない。だけど彼となら、どんな日々でも愛おしい。
当たり前のように藍沢先生が私の手を取る。その手をぎゅっと握り返す。
私達は歩き始めた。2人の未来に向かって。
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・劇場版の内容をやや含みます<br />・登場人物の本来のキャラクターをなるべく崩さないように努めました
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あなたとともに
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10036169#1
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《ちゅうい》
・この作品は二次創作です。
・実在の人物や組織とは何の関わりもありません。
・エセ関西弁です。
・ご本人様方は全く関係ありません。ご本人様方に迷惑がかからないようにお願いします。
・息するように軍パロ(にわか知識)です。苦手な方はブラウザバックしてください。グロ表現もあります。モブさん喋ります。
・そしてさらに息するようにキャラ崩壊です。
[newpage]
ふと、下を見たらポタポタと水らしき物が落ちていた。
それは口に入ると、妙にしょっぱくて、あぁ、これは涙なんだと実感する。
軍に入ってから数年が過ぎて、楽しくて、楽しくて…仲間を知って、仲間が増えて、楽しかった。涙なんて流さないぐらいに。
それが突然壊れた理由は、僕には分からなかった。
ただ、一言言えるのならば…
「なんで皆んな、僕の事忘れてるの…?」
その一言は、懐かしい家に木霊した──。
[newpage]
簡単な任務だった。それが案外早く終わったから少しだけ街をぶらぶらした。あ、このスイーツマンちゃんとグルッペン喜びそうやな、なんて事を考えながら軍に向かって足を進めていた。街の終わりに着きかかるとき、妙に酔っている男から変な水をかけられた。殺意は湧いたが、今回の任務がてらあまり目立った行動はやめといた。我慢だ我慢。何となく大丈夫そうだったけど、早く報告してシャワーが浴びたいと思って足を急がせた。
「グルッペンーゾムでーす」
「入っていいゾ」
「ちーっす報告に来ましたーあれ、トントンもおるやんちーっす」
「おうゾムお疲れさーん」
「ところでゾムは何故濡れているんだ?それに変な匂いも…」
「ん?なんか変な奴に水かけられたみたいでな、なんか匂いする?まじでか…」
「「……」」
「ん、トントン?グルッペン?どないしたん急に黙って…」
「……お前、誰だ?」
「…………は?」
部屋の空気が変わったのが分かる。今、何が起きた?グルッペンに誰と聞かれて、その瞬間後ろから攻撃をくらった。背中から左腕に切り傷が出来たことが分かった。
「グルッペ…?トントっ?」
「誰か知らんけど、グルさんの命取りに来たんなら、死ねや」
混乱した。でもそれ以上に、逃げなければと思った。幸い、切り傷はまだ薄い方だ。俺はとっさに扉を開けて走った。後ろから追いかけてくる音が聞こえた。
そしてその途中、シッマとシャオさん、ペ神に出会った。
「!シッマ!シャオさん!ペ神!」
「ぅえ!?ゾム?どうし…誰お前!?」
「シッマシャオさん!!そいつ捕まえろ!!侵入者や!!!」
「まっ任せろよ!」
「そっんな!」
あの二人に追いかけられるとかやばいやん嘘やろ
「っはは」
なんなん?これ。報告しに行ったら誰って言われて、追いかけられて、ついには大先生とロボロとオスマンとかひとらんにも会ったけど、また誰って言われて…頭が真っ白になる。今俺はどこを走ってる?後ろから気配はもう無い。追いかけてくる様子もないのに、走ってる。足の動く先には、懐かしい家があった。
家に入り、鍵を閉めた。
それが、ここまでの経緯だ。
[newpage]
「あかん、気持ち悪い。風呂…頭だけ濡らそ」
怪我を気にしつつ、頭だけ洗った。その後、包帯を巻いて、ソファに倒れるように眠った。
「──さん─ゾ──ん!ゾムさん!」
大きな声が聞こえて、目を開けた。
「ショ…ピ、君?」
「よかった、大丈夫っすか?その怪我、すごい血が出てるんすけど」
「…忘れてないの?」
「っす、俺は記憶あるっすよ」
「そか、よかった」
目を開けたら目の前にショッピ君がいた。どうやら彼は記憶が残っているようで安心した。どうやって入ったかは、ピッキングしたらしい。体を起こそうとすると、頭が割れるような痛みが走った。
「包帯の血の量半端ないんすから、ゆっくり動いてください、そのまま包帯変えるんで」
「ありがと、ショッピ君はなんでここに?」
ショッピ君が俺が逃げてからの経緯を教えてくれた。どうやら俺が逃げた後に帰ってきたショッピ君は、謎の記憶消失を免れたらしい。会議があったらしく、そこで出た内容は、僕に着いての事だった。
「突然グルッペンさんの前に現れて、戸惑ったように逃げたらしいっす」
「そら突然誰って言われて、トントンに切られて逃げないやつはいないよなぁ」
「正しい判断だと思うっすよ。あそこで殺されてたら、元も子もないんで。それよりなんか食べれますか?サンドウィッチとかヨーグルトとかありますけど。
それと一応ゾムさんの部屋から必要そうな物持って来たんすけど」
「おま…やれば出来る子かよ…あんがと、助かったわ。それよりもショッピ君はここにいて大丈夫なん?」
「問題ないっす、今日休暇貰ったんで、通信機も置いて来たっすから、何処にいるか分かんないはずっすよ。うわこれ酷い傷っすね、トントンさんかな、この容赦のない傷は」
「せーいかーい。でも傷は浅いほうよ、これ」
「まじっすか…はい、終わりましたよ」
「あんがと、暫くはここに籠るわ」
「じゃぁ俺食料とか買ってくるんで」
「え、そこまでしなくてええよ!?」
「いや、それじゃ動けないっしょ、あじゃぁたまにここに遊びに来るんで、何か作ってください。それで来る度に俺が食料持ってくるんで、いいっすか?」
「ぇえ?あぁうん、分かった。もうえぇわ、よろしく頼む」
はんば無理やり約束されたような気がするが、まぁいいだろう。正直ありがたい限りだ。そのままショッピ君は食料を買いに家を出た。僕はというと血が足りないのかまだズキズキと頭が痛い。暫くはまた寝てようよ思った。
「ゾ─さん─ゾムさん起きてください」
「んん"、デジャブを感じる」
「ゾムさんおはようございます」
「おはよ…エーミール?」
「はい、被害に会ってないエーミールです。私も通信機とか置いてきたので、安心してください」
再び目が覚めるとショッピ君の他にエーミールが居た。そういえば確かに、あの時エーミールには出会わなかったと思う。
「私その時大学に久々に遊びに行ってたんですよ。だから私も被害には会ってません」
「被害に会ってないのは多分俺とエミさんだけっすよ」
「はぁーなんか、頼もしいわー」
「とりあえず、食料大量に買ってきたんで、冷蔵庫とか何処ですか?」
「あぁそれはあっちに…」
「あぁ立てますか?」
「ありがとエミさん」
「ともかく、食料しまった後はなんでこんな事になったのか考えないとっすね」
「せやな…それならまだ僕心当たりあるで」
「「ぇえ!?」」
あ、なんか2人がこんなに叫んでるの珍しいと思った瞬間だった。
皆記憶が無くなったのは、僕が任務から帰ってからで、そのままグルッペン達に報告しに行った時。そこから命懸けの鬼ごっこだったから、多分ここは関係ない。
関係あるのは任務帰りの時。すごい酔っ払ってるおっさんに、水かけられたん、その時は普通の水思ってたんやけど、グルッペン達に変な匂いする言われて、そこから急に誰って言われた感じやで。
「多分その水が原因」
「明らかにそれっすね」
「水…?あのショッピ君、それってもしかして今朝でた会議のやつじゃ…?」
「え?…あ!」
「え、会議で何があってん?」
「今朝の会議でくられ先生からの連絡があったんですよ。なんでも、試作品が盗まれたから捜索お願いしたいって」
「試作品?」
「はいっす。その試作品の内容が特殊なんすけど、その水にかかった者の匂いを嗅ぐとその嗅いだ本人の記憶がさっぱり消えるってやつです」
「…え、それ2人大丈夫なん?」
「最初見た時ゾムさん頭濡れてましたよね、風呂入ったんすか?」
「お、おん、なんか気持ち悪くて傷に触れないように入ったで」
「じゃぁその時にその水が落ちたんですかね」
よかったと心底思った。風呂に入ったのは正解だったな、それからはこれからどうするかを話し合った。僕はトントンからの傷が深いため(これでも浅い)暫くは寝たきりになるだろう。そのため、エーミールが暫くは様子を見に来てくれるそうだ。ショッピ君は行ける時は出来るだけ来るという。
流石に大丈夫と言っても聞いてもらえずに事が進んだ。
「じゃぁ帰りますね」
「何か記憶取り戻す方法とか探してみますね」
「ありがとうな2人とも、おかげで助かったわ」
「「仲間なんですから」」
当然ですと言われた。2人は帰ってった。一応、僕の通信機を預けて。
扉を閉めて、鍵をかけた。眠い、まだ血が足りないのかフラフラする足取りでソファではなくベッドに向かって身を任せた。
「寒」
毛布にくるまって温まる体に眠気が襲って来た、抵抗出来ない眠気に目を閉じた。
[newpage]
「…通信機を堂々置いてきたんで、怒られますよね、トントンさんに」
「置いてきたしたからねぇ、堂々と。しかし、仕方ないですよね、これは」
「まじそれっす。怪しまれるっすよね」
「そこはあれでしょ、プライバシーの侵害って言えば何とかなるかもしれません」
「めんどくさいっすね、でもやります」
「お、やる気ですねぇ」
「だってそりやぁ、見ちゃいましたからね…」
そう言う彼にこれ以上の追求はしなかった。理由は明白だ。彼の顔からは悲しい物が伝わってきたからだ。記憶が無い彼等は辛くないだろう。記憶ある我々は辛いだろう。しかし、最も辛いのは突然誰と言われ、傷つけられ、走って逃げてきた彼だろう。彼は笑顔で仲間を教えて貰ったと言っていた事がある。それは幸せそうでよく覚えている。そんな彼が血を流しながらきっと頭が真っ白になりながらも走ってここまで来たのだろう。
「ショッピ君」
「なんすか」
「絶対、守りますよ」
「エミさんの癖にイキらないでください」
「あぁ酷い」
「でも、そんなん、分かってますよ」
「…えぇ、そうですね」
「あ、イフリートさんも覚えてるかもしれないっすね」
「あ、じゃぁ散歩って言い訳して連れていけますね」
「理由1つ確保っすわ」
普段中庭にいる、彼女に話しかければもしかしたら着いてくるかもしれない。
そんなことを話ながら、私達は基地に帰った。
帰ったらトントンさんが居た。軽い説教を受けて、解放された。とりあえずお腹が減ったので食堂に来たら先輩とシャオロンさんが居た。
「おうショッピ君とエーミールじゃないか!トントンの説教どうだった?」
「最悪でしたね」
「まぁ仕方ないことですけどねぇ」
「2人して通信機置いて出かけたってなに?2人そういう関係なん?」
「違いますよシャオロンさん、殺しますよ。殺しますね」
「実は私最近出来た飲食店行ってきたんですよ、美味しかったです。つい出禁になりかけました」
「自分はバイク見に行ってたっす」
「それで帰りにたまたま会いまして一緒に帰って来て怒られたって感じですね」
咄嗟についた嘘だが、信じてくれたようだ、よかった。まぁ確かに嘘は言ってないけどな、ゾムさんの食料買う途中バイク店を外からチラ見したし、外だけどパフェ食べてたエミさんと合流して着いてきたのはほんとだし、問題は無い。
「ご馳走様でした。ひとらんさん美味しかったです」
「いーえ、お粗末さまでした」
「さて、では私は明日も休暇なのでもう部屋に戻りますね」
「あー俺も休暇欲しいっす」
「いやショッピ君今日休暇貰ってたやん」
「楽しかったっすよ」
「はー」
「あー俺も休暇取ろうかねぇ?」
「いや休暇やってもお前も書類あんだろ」
「あ"?やんのか?」
「お?やるか??」
「じゃ、俺もう行くんで(聞こえてないけど)」
また日常に戻っていく、何気ないいつもの日常に、たったひとつを除いて…。
「おはようございますイフリートさん、宜しければ今からゾムさんの所に行きませんか?」
朝起きて身支度をしてから、中庭にいるであろうイフリートに声をかける。彼女は小さく返事をしてからすっと立った。どうやら着いてきてくれるようだ。ありがたい。
「あ、トントンさん、イフリートさんの散歩に行ってきます」
「おう分かった。イフリート、エミさんの護衛よろしくな」
「ワン」
(イフリートさんて、狼じゃなかったっけ?)
少し疑問は残りつつ、イフリートと軍の外に出て、ゾムがいる家に向かった。
家についたものの、ベルを鳴らしても返事がない。鍵はかかっているので、恐らくまだ寝ているのだろう。貧血なのだから、起きたくとも起きれないだろうし。すっとポケットからピッキング用の道具を取り出して、扉を開けた。少し罪悪感は残るが、仕方ないだろう。昨日のソファにはいないため、ベッドで寝ているのだろう。彼のベッドは何処だったか…すると待ちくたびれたのかイフリートがひとつの部屋に突進して行った。
「あそこか」
中を覗くと、ゾムの頬を舐めているイフリートの姿があった。
「んん?」
「ゾムさん、おはようございます」
「…エー…ミール」
「はい、エーミールです」
「…皆、してピッキングとか、鍵の意味…ないやんけ」
「いやぁそれほどでも」
「…イフリートも連れてきたん?」
「はい、イフリートさんも記憶あるみたいですよ」
そっか、と続けるとようやく起き始めた。まだフラフラしてて心配になるが、倒れないから多分大丈夫だろう。調理場に来て、ゾムさんがコーヒーを入れてくれた。うん、美味い。
「…イフリートの散歩で来てんのやろ?それ飲んだら帰りや」
「はい、でものそ前にゾムさんの包帯を変えないといけないのでそれ飲んだら教えてくださいね」
「おん」
飲み終わった事を確認し、服を脱いで包帯を変えるために背中を見る。そこには、まだ止まってないのかもしれない、血の後があった。包帯を外して、軽く傷口の周りの血を落とす。
「これ…本当に傷浅いほうなんですか?」
「おん、トントンが本気出してたら俺今頃真っ二つやで」
「うわグロすぎですわ、でもそう考えると確かに浅いほうか…」
だが、これは見るからに深い傷だ。見てるこちらが痛い。
「そう言えばグルッペンさんが暫くは戦争しないって言ってましまよ」
「ぅえ?まじで?」
「はい、なんでも兄さんが連絡越しに戦争しすぎだって怒られたそうですよ。それで暫くは他の国見守ってるだけだそうです」
「暫くかぁ、いつまで続くんやろ」
「さぁ?分かりませんけど、来週から1週間は交代交代での休暇とするって言ってたので、ゾムさん家に泊まってもよろしいですか?ちょうどショッピ君と休みが被ったので」
「ぇえ?いぃけど、それグルッペンから許可降りる…?」
「はっはっはー何言ってるんすか降ろさせます。それに、恐らくですがこの傷、まだ塞がらないと思います。いくらトントンさんが本気出してなくても、これは傷が深いです。心配ですわ」
「ははは、まぁ頑張れや」
「もちろん」
じゃぁまたな、とゾムさんが手を振ったのではい、と返事をして帰り道に戻った。
その後も、暇がある度に彼の家に出向き、包帯を変えたりしていた。
次の週、ショッピ君となんとか外泊許可をもぎ取った。理由を聞かれまくった時、ショッピ君が
「最近知り合った料理の美味い人が、新作できたからおいでって言われたので行きます。」
まぁ確かに美味いし、軍でも時々新作作ってたから問題は無い。それを聞いたグルッペンさんが
「なんだそれは俺も連れてけ」
とか言ってましたが
「彼、極度の人見知りなんですよ」
と言っておいた。
流石に通信機を1週間置いていくことは出来ないが、オフにしとけば緊急時以外はつかないのでまぁ大丈夫だろう。
そう思いながら服をバッグに詰めて、スマホから、ある人に連絡をしてから、部屋を出た。
「あ、エミさんちっす遅いっすよ」
「あれ、おかしいな私、時間ピッタリな筈なんですが」
「時間ピッタリっすからね」
「えーショッピ君だけじゃなくてエミさんも行くん?寂しなるわぁ」
「あれ、なんで鬱先生がここにいるんですか?」
「ぁあんひどい」
そう言って彼、鬱先生はショッピ君に抱きついた後、私にも抱きついてきた。鳥肌立った。
「では行ってきます」
「ちーっす」
「行ってらー」
別れの挨拶をして、バイクに乗る。エンジン音が心地いい。私とショッピ君はそのままバイクを走らせた。
「ま、大丈夫やな」
[newpage]
「…今日は起きてたんですね」
「頑張ったわ」
「じゃ、今日から1週間よろしくっす」
「おーう入れや、部屋案内するから」
「ゾムさん荷物置いたら背中の包帯変えますね」
「あ、はい」
本当に来た。痛い背中我慢して掃除したかいあったわ。あんまり痛くないオーラを出してはいるが、実際凄い痛い。夜少しでも動いたらそれで起きるぐらいに痛い。というかもう立ってるだけでも辛い。血は止まりつつあるけど傷が塞がるのは凄い時間を喰うかもしれない。
「ここやで、好きに使い」
「ありがとございます」
「ではゾムさん包帯を変えたいので、いつものソファに座ってください」
「分かった」
ソファに座り、服を脱ぐ。血が目立たないように黒いシャツを着ているが、軍人なら匂いで分かるかもしれない。
「うわ、改めて見ると深いっすね」
「本当によくこの傷で逃げること出来ましたね」
「…今でも不思議に思うわ、なんでこれで逃げきれたんやろ」
「ゾムさん最初見た時顔面蒼白でしたんで後少し遅れてたら確実に間に合わなかったっすよ」
「ゾムさん血はだいぶ止まりましたけど、動くとまだ出るかもしれないので極力動かないでくださいね」
「分かったわ」
動かないのはありがたい限りだ。
「とりあえず、ゾムさんは傷口塞がるまでは安静にしないとっすね」
「よし、終わりましたよ。今の状態なら後2日で塞がると思うのでそこまでは辛抱ですね」
「長い2日になりそうっすわ」
「だいぶよくなったら料理よろしくっすね」
「任せろぉ!」
こうして、僕ことゾムとエーミールとショッピ君の1週間が始まった。
…正直、動きたくないが、動かないのは落ち着かなかった、2日間。なんとか傷は塞がった。
「あぁ、やっと動ける」
「そうは言っても過激な運動はだめですからね。まだ暫くは歩いててください。
それに、まだ貧血気味でしょう?」
「でも思ったより2日間早かったっすね。もう3日目なんてちょっと思いたくないっす」
「楽しい休暇は過ぎ去るのが早いってもんよ」
「まぁまだ4日ありますから、大丈夫ですよ」
「せやで、ゆっくりしときや、今日の飯は僕が作るから」
「まじっすか!」
「あぁでも傷が開くかもしれませんから私も手伝います」
「お、俺も手伝うっす」
「心配性やなぁ」
この2人が覚えてて本当によかった。出なきゃ僕はもしかしたら本当にここで死んでいたのかもしれない。
確かに傷は塞がったがまだ少し痛いし、立ちくらみも良くするが、頼ってばかりでもいられない。これは僕の完全な強がりだが、大丈夫、2人のおかげでまだいけるような気がする。
「今日の夕飯なんにしよか」
「パスタなんてどうです?」
「ケーキ食べたいっす」
「じゃぁ材料あるか見んとやな」
痛いのを我慢して立ち上がる。少しクラっとしたが問題ない、血が足りないだけだ。先導して食料庫へ行く。1歩、また1歩
「ケーキか、それは食べてみたいものだな」
「──え──!!?!」
ドン
「い"っあ"ぁ"」
「「ゾムさん!?」」
何が起こった?今の状態は?体が痛い。床に倒れている。…左手が痛い、刺されている?重い、誰が上に乗っている?誰だ…コネシマ?
「最近2人でコソコソしてると思ったら何をしてるんですかねぇ」
「抱きついた時に発信機付けといて良かったわぁ」
「トントン、さん、皆さん…何故ここに」
「先輩!離して下さい!」
「なんでやショッピ君、此奴グルッペンのこと殺しに来てたんやろ?それとも2人揃ってなんか弱み握られてんのか?」
「そんなわけ」
「グルちゃん、此奴どうやって殺そうか」
「ん?好きにしていいゾ」
「じゃぁ大先生、此奴拷問して誰に依頼されたか聞こうや」
「えぇ考えやなシャオちゃん、よしシッマGO」
「お前何処に依頼されたんやー?」
「い"っあぁあ"」
「あ、やっぱトントンの傷だわこれ」
「シャオロンさん離してください!!ゾムさん!!」
「くっそひとらんさん!!離せっ!!」
「悪いけど、大人しくしてて」
「大人しくしてないと気絶させるめう」
「う"ぁ」
トントンにくらった傷口を抉られる。
生理的涙が溢れてくる。痛くて仕方ない。
口から血を吐き出した。
…このまま、死ぬのだろうか。仲間に殺されるのだろうか。最悪だ。殺すなら…
「殺、すな…ら、ひとおも、い…に、やれ……やっ!」
「あ、いいの?」
じゃ、遠慮なく、とコネシマが左手に刺さった剣を抜いて、狙いを首に定めるのが横目で見える。
後ろでエミさんとショッピ君が叫んでるのが見える。ごめんなぁ、せっかく匿ってくれたのに、無駄死にして。
僕はゆっくり、目を閉じた。
「ゾム、死ぬな、起きろや、まだ俺らがいるぞ」
[newpage]
ガキン
剣を弾く音がした。周りが静まり帰って、音のした方を見る。そこには、長期任務から帰ってきた兄さんと軍曹がいた。
「…離れろ」
「っ!ぉわあ!?」
軍曹がコネシマを弾き、ゾムの上からどかせた。
全員、動揺が隠せないように見えた事を確認し、ショッピ君と目を合わせる。互いに頷き、力を入れた。
「「ゾムさん!!」」
「あっ待て!」
「っち!」
走ってゾムの所まで急ぐ。
「ゾムさん、起きてください!」
「エーミール、包帯と止血剤だ」
「はい!ショッピ君、少しゾムさんを持ってください」
「はいっす!
ゾムさん、死なないでくださいよ!!」
急いで包帯を巻く。彼の顔を見る、顔面蒼白だ。
「出血量が多い…!このままでは間に合いません…!!!」
「そんなっゾムさん、起きてください!少しでもいいので動いてくださいよ!!」
「っここから病院は遠すぎます!ショッピ君、軍に行きましょう!しんぺい神さんに頼みます。記憶だけなら、まだゾムさんのカルテがあるはずです!!」
「じゃぁ急ぎます!」
傷に触れないように彼を背負う。
「兄さん!軍曹さん!暫く頼みます!!」
「おう、はよ行け」
「ここから先に、行かせない」
バイクが置いてあるところまで走る。
「エミさん、俺のバイクに乗ってゾムさん支えててください。全速力で走ります」
「分かりました。このまま、しんぺい神さんに繋ぎます」
彼なら、きっと助けてくれる。
『──はい、しんぺいです』
「しんぺい神さん!エーミールです!今重症者を1名運んでいるのですが、治療をしてくれませんか!!」
『え、でもそれあの時の彼でしょ?いいの?』
「お願いします!このままでは助からないんです!」
『でもね、今グルッペン達から助けるなって連絡来たから嫌なんだけど…』
「っ医師なら助かる命助けてください!!」
『…あのねエミさん、グルッペン達からの命令が1番なんだけどさぁ、それ言われたらね?医師としては見過ごせなくなるんだよ?』
「お願いできますか」
『…今どんな状態?』
「っはい!背中から左腕に大きく傷があります。今日背中の傷口が塞がったばかりだったのですが、先程コネシマさんのせいでそこが抉り取られました。後は左手に刺された剣の傷があります!出血量が半端ないです!!」
『分かった、彼の血液型分かる?』
「幹部専用の棚の中に、ゾムさんのカルテがあるはずです!!」
『はぁ?嘘でしょ』
「本当ですわ!!!見てください!」
『ぇえー…あった…分かったすぐに準備するね。絶対に死なせないで、何をしてでも生かして』
「はい!」
よし、これで間に合えば助ける事が出来る。
どうか、どうか
「ゾムさん、死なないでください」
彼の反応がない。
「あなたが死んでしまったら、軍が滅んでしまいますよ?」
本当の事だ。
「あなたは強い、暗殺も、潜入も全部やって来たじゃないですか。最前線でも戦うあなたはこんな所でくたばってはいけない」
バイクを走らせる彼は、黙ったままだ。
「あなたはまた、ショッピ君とツーマンセル組みたいと、言ってたじゃないですか」
死なせない
「死なせてたまるか」
血がまだ出てる。このまま行くと、本当に彼は目を覚まさない。
ならば
「──出血してる部分だけ焼きます──」
ライターをポケットから取り出す。
深呼吸して、消えないように火を付ける。
「いきますね」
私は
俺は
彼の背中を焼いた。
軍に着くまで、後────。
[newpage]
何も無い空間にいた。
歩いても、歩いても、何も無い空間だ。
でも…時折、声が聞こえた。
“目を覚ましてくれ”と
何を言っているのか分からなかった。
僕は目を覚ましている、覚ましている筈なんだ。
どうしてそんなに悲しい声をするのか分からない。
様々な声が聞こえる。
“ごめん”
“俺のせいで”
“ごめんなぁ”
“すまなかった、ゾム”
何が?ゾム?
“任務の帰り、お前に水をかけたのは、α国の奴だ。捕まえて、吐かせたらな、国の差し金だそうだ。くられ先生の施設から、お前を消せそうな物を盗んで来て、お前目掛けてかけたそうだ。それで、俺達がお前を消せたら、戦争を吹っ掛けて、勝利するという算段だそうだ。もちろん、倍返ししたゾ!
…後は、お前が目覚めるだけなんだ。
トン氏が、俺が背中を斬ったからと、コネシマが、俺が背中の傷を抉ったからと、ショックを受けていたぞ。
俺も、皆も、お前を見殺しにする所だった。
──む、もう時間か、仕方ない、今日は帰る。また、明日来るゾ、その時は、皆で行ってやる。
命の砦は越えているんだ。後はお前が目覚めるだけだ。
おやすみ、ゾム”
彼の言っている意味が分からない。
戦争?倍返し?傷?命の砦?
思い出せない。思い出したい。
どうやって?
まだ足りない?
何が?
何が足りない?分からない。
誰か
誰か助けてくれ。
なんで僕はここにいる?
思い出したい。思い出せ。全部、全部!
酔っ払った奴に水を掛けられた
《……お前、誰だ?》
《誰か知らんけど、ぐるさんの命取りに来たなら、死ねや》
《グルちゃん、此奴どうやって殺そうか》
《じゃぁ大先生、此奴拷問して誰に依頼されたか聞こうや》
《あ、やっぱトントンの傷だわこれ》
《悪いけど、大人しくしてて》
《大人しくしてないと気絶させるめう》
《ゾム、死ぬな、起きろや、まだ俺らがいるぞ》
《…離れろ》
《はいっす!ゾムさん、死なないでくださいよ!!》
《──出血してる部分だけ焼きます──》
思い出した。
何故、忘れていた。
そうだ、せや、俺は、死んだはずじゃ?
違う、生きているのか?どうやって?
落ち着け、思い出せ、この空間で、皆は言った。
目を覚ませと、ならば此処は、夢?俺はまだ、目覚めてない?
此処からでる方法は?分からない。どうやって出る?何か、ヒントは無いのか?何でもいい、何でもいいんだ。
どうか
もう一度
声を────!
「まだ、目覚めないんですか」
「全員、ゾムさんが目覚めるの待ってるんすよ」
「皆さん、此処にいますよ」
「だから──」
“だから、安心して目覚めて欲しいっす”
温かい光が、目の前を飲み込んだ。
「────……」
右手に温かさを感じて、目が覚めた。
最初に目に入ったのは、白い天井。
次に入って来たのは
「ゾムさん」
声だ。
聞いたことのある声。
いつも気だるい声を出す奴だ。
「おはようございます。水、飲めますか?」
頷く。
「はい、体、起こしますよ」
力の入らない体を動かしてもらって、水を貰う。
ゆっくり飲んで、口を潤す。
「もうそろそろ、皆さん来るんで」
「────」
まだ声が出ない、頷く。
「背中の傷、痛みますか?」
痛くない、首を振る。
「─あり、が…とな」
「まだ無理しないでくださいね、ペ神さんがまだ後1週間ぐらいは安静にしないとって言ってたんで」
「ははっ…ひま、に、なるなぁ」
「大丈夫っすよ、ほら、むしろ騒がしいかと」
彼が指を指した方を見る、
「ゾムさん、おはようございます」
随分長く寝ましたね、と彼は続ける。
そして、ふと、その彼の後ろに目がいった。
「!あぁ、ほら早く出て来てください」
「───!─!!」
何を言っているのか聞こえない。
ずっといた彼とコンタクトを取る。了承は得た。
肩を借りてゆっくり立った。
扉に近づく。
博識の彼と目があった。
彼が下に指を向けながら少し移動する。
僕は下を向きながら肩を貸してくれた彼から離れた。扉に手を付き、下を覗くと、ちょこんとしゃがんだ黒い軍服を着た金髪の彼と目があった。その目は潤っているように見える。他の方にも目を配ると皆同じようになっている。
思わず笑いそうになったのは秘密だ。
僕は扉から手を離して、倒れるように座った。彼らはびっくりしたのか手をあらぬ方向へ行ったり来たりしてる。
僕はそんなことお構い無しに目の前の彼の頭をぐしゃぐしゃに撫で回して言う。
「…これは、元々僕の不注意で…始まった事やから、気にせんでええんよ」
それを言えば、彼らの目付きが変わった。
「違う、お前のせいやない!α国が悪いんや、やはりゾムの勧誘成功時の時に潰しとけばよかった…」
「…グルッペンは相変わらずやなぁ」
「ゾム…その、背中斬ってすまん」
「俺も、抉ってすまん」
「いやトントンもシッマも正しい判断やで、悪いことは何もないよ」
その後は、へこんでる幹部皆に謝り倒された。気にしてへん言うとるのになぁ。
僕は、シッマに背中抉られて、ショッピ君達に軍に運ばれてから、半年も経っていたらしい。ずっと死んだように眠る僕に、徐々に記憶を取り戻したらしい。
何故あの時、兄さんと軍曹がいたのかは、エーミールが呼んでいたという。確かに、普段長期任務でいない2人は被害に合っていないため、記憶はもちろんあった。
全部に納得した僕は今、中庭でイフリートと一緒に木陰で涼んでいる。医務室は未だに通っているが、リハビリの為に、最近はよく軍内部を散歩がてら歩いている。今はその休憩中だ。
「…眠い」
木陰が涼しくて、眠気が襲って来た。
そんな時だ、そう言えばあの言葉を言ってないような気がするが
両手両足にイフリートの温かさを感じながら、眠りについた。
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目覚めると、皆が周りで寝ていた。僕はそっと「ただいま」と小さな声で呟いた。すると、隣にいた黒い軍服の彼が「お帰り」と言って、僕は小さく微笑んだ。<br /><br />某先生が作った試作品が盗まれた。<br />その水をかけられた脅威の周りが脅威との記憶をなくして、その被害から免れた教授と外資系とちょっぴり兄さんと軍曹とイフリートな話<br /><br />視点は脅威と教授&外資系<br />書いたなり。書いたなり(真顔)!!!<br />展開がくそ早い:D<br />世界観は、「この音色は仲間を教えてくれた皆へのお礼」と同じような世界観です。パラレルワールド見たいな٩( ᐛ )و<br /><br />そう言えば!!!「この音色(ry」と有能脅威(ryと黄緑召喚した(ryのいいねが500言ったんすよ!!!!!!もう顔がニヤけましたね<br /><br />2019/05/20 気がついたらいいねがこんなにも…ありがとうございます。
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絶望から救い出す声
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10036464#1
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コナン夢小説です。
転生しちゃったオリ主がメイン。
捏造大半。キャラ崩壊多数。
基本的にご都合主義。
それでもOKでしたらどうぞ。
[newpage]
その日は、東京サミットの下見に、死んだ人間とされている俺ですら駆り出され、点検をしていた。
こういうのは人手がいるものだし、最近は切羽詰まった事件も減っていたからちょうど良かった。公安で出没している桜も、風見さんに犬猫面白動画を送ったのを最後に大人しくしている。
嵐の前の静けさのようだ、なんて、フラグのようなことを考えたのが悪かったのか。
まるで、緊急アラートのように一斉に鳴りだした携帯に、即座にスマホを取り出す。遠くからも聞こえてくる様子からして、鳴っているのは公安全員か。
本当に緊急アラートなら良かったのだが、取り出したスマホの画面に浮かぶサクラマークに、それが何を示しているのか理解する。
桜からの、連絡?
同じく回っていたメンバーを見れば、全員の画面にサクラマークが浮かんでいた。そして、それはすぐに通話画面へと切り替わる。
『公安の皆さん。緊急連絡です。国際会議場を巡回している職員はすぐさま外に避難してください。ネットからガス栓が開かれていて、いつ爆発してもおかしくない状況です。繰り返します、国際会議場は、いつ爆発してもおかしくない状況です。至急建物外へ避難してください! 急いで! 本当に、時間が無い……!』
いつものように飄々とした機械音声だったのは最初だけ。後半は、叫ぶように告げられた言葉に、名も知らない桜の焦りを知る。
――爆発。ネットからガス栓が開かれているなんて、それこそ、桜が気づかなければすぐに分からなかったことだ。
本来なら、これが罠で、全員を追い出す策略かと勘ぐらなければいけないだろう。けれど、相手は桜だ。今まで何度も助けられてきたアイツが、そんなことをするはずがない。それは、確信だ。
「――信じるぜ。桜」
告げた言葉に躊躇いはない。
『全員、即座に撤収しろ!』
次いで聞こえてきた風見さんの声に、どうやらこの通話は公安全員に繋がっているらしいと知る。ゼロの声が聞こえてこないと言うことは、あいつはこの通話のグループに入っていないらしい。知ったら怒りそうだ。
苦笑を浮かべて、それでもすぐに走り出す。一緒に居た同僚も、同じように走り出した。
廊下を走っていれば、次々合流する仲間達に、どうやら皆同じ動きをしているらしい。
『――――ありがとうございます』
足音に掻き消されるほど小さな声が通話状態のスマホから聞こえる。それを何人の仲間が聞き取ったのか。浮かんだ笑みの数が、その証だった。
[newpage]
あと少し、あと少し。走り続けた先に見えたゴールに、転がるように外へと出る。この場所なら――ゼロの位置が近いはずだ。
仲間に断りを入れ、幼馴染みの元へ走る。用心深い桜の事だ。一斉通信の中に潜入捜査官であるゼロを入れる可能性は低く、桜からのコンタクトがあったというのに、ゼロが声を発していないことが何よりの証拠だ。
桜の事だから、ゼロが会場内に入ろうとすればコンタクトを取るだろうが、今聞こえてくるのがタイピング音だけだと考えれば、まだゼロにコンタクトは取っていないのだろう。
けれど、爆発を知って傍に居るのと知らずに傍にいるのは危険度が違う。
少し走れば、見慣れた金髪が見えた。
「景光? お前、どうしてここに……」
「逃げるぞ、ゼロ! 爆発する!」
「は? 何が――――」
直後に感じた腹の底から響くような轟音と熱風に、体が吹き飛ばされる。
『うわぁぁあ!』
『っくぅ』
『ぐわっ!』
握りしめたスマホから漏れ聞こえる声は、仲間達のものだ。数度体を地面に打ち付けて、なんとか止まる。
――爆発、したのか
「景光! 無事か!? おい! 何がどうなってる!」
「ゼロ、無事か!」
「あぁ、なんとかな」
腕を抑えながら、それでも重傷は負っていないらしい。ほっと息を吐いて、燃えさかる炎の熱を受けながらも体を起こす。
「少しでも離れるぞ」
「あぁ」
く、と眉を寄せて建物を見るゼロは、あぁ、そうだ。桜のことを知らないから。仲間が、まだあの中にいるのだと思っているのだろう。
とはいっても、俺も全員が出たのを確認したわけではない。
『こちら三班……スマホいかれたヤツもいるが、全員命に別状は無さそうだ』
ザザッとノイズ混じりに聞こえた声に、スマホを持ち上げる。未だ回るサクラマークを越えて、生存の声が響いた。
『同じく五班。全員の無事を確認。スマホ全滅したらしい二班とも合流した。怪我はしてるが元気そうだ』
『一班、治療が必要なやつがいる。誰か国際展示場の西出口付近、誰か人呼んでくれ!』
『四班無事です。結構ギリギリでしたけど……緊急性の高い怪我人はいなさそうです』
二班といえば、俺の班か。俺が外にいるのは知っているはずだし問題無いだろうが、建物の外でもスマホが全滅したらしい同僚に、比較的無事な自分の強運に感謝する。それより、問題なのは一班か。誰が怪我をしたのだろうか。深手でなければいいが、と眉を顰めたところで、ゼロが、それ、と声を漏らす。
そういえば、まだゼロに説明をしていなかった。
『桜の言った通りか。あのまま居れば死人が出てたぞ』
『本当に。間一髪だったな。……あぁ、そういや、この通信、桜も繋がっているんだったな。というかアイツが繋げたやつだっけ』
『おーい。桜。聞いてるか? 俺らは無事だ。ありがとな!』
『サクラマーク付いてるから、まだ通信繋がってますよね? 桜? おーい』
聞こえてくる仲間の声に、ゼロは全てを察したらしい。それに、いくつも聞こえる仲間の声に、安堵したように少しだけ表情を緩めた。
おーおー。普段は桜のこと、正体不明のハッカーだと眉間に皺を寄せてるくせに。
『……聞こえてますよ』
電話から聞こえた機械音声。それに、歓声が起きた。それに対し、ゼロはスマホを注視している。そういえば、ほとんどの人間が桜の声を、機械音声に変えていると言っても、この声を聞いたのは初めてだろう。
『通信、切ります。――――どうか、生きて』
生存を願う言葉を最後に、桜の花が散って画面が元に戻る。本当に通信が切れたらしい。
「なるほど……お前が外に出たのは桜の指示か」
「あぁ。ネットからガス栓が開けられていたらしい。すぐに栓は閉めたらしいが、何時爆発してもおかしくないから逃げろと桜から通信がきてな。それで全員、屋外避難だ」
「……公安としては頭が痛い話だが……助かったな」
「本当。俺ら、アイツに借り作りまくりだなぁ」
「まったく、憎らしいほどにな」
よろめきながらも歩き出すゼロが、視線だけで先を示す。別行動、か。
まあ、ここまで派手な騒ぎになった以上、ゼロは一人の方がいいだろうと頷いて、仲間達の方へ足を進めた。
[newpage]
怒濤の仕事がようやく終わった。
あの後、動けるものは全員出動させられるというクソ忙しい一週間になった。なにせ、証拠一式が即座に公安へと届けられたのだ。どうやら桜もネットという自分の領域を犯されてキレているのではないかというのが、公安での噂である。
ちなみに、桜のアフターフォローはバッチリで、ゼロが映り込んでしまった防犯カメラの映像を編集までしてくれたらしい。
編集前と編集後のデータが送られてきて、気をつけてくださいね、というメッセージ付きの動画に、ゼロが無言でペンをへし折っていたのは記憶に新しい。握力ゴリラかよ。
桜のメッセージは、嫌味ではなく純粋に心配してるんだろうとは分かるんだが、如何せんゼロのプライドエベレスト級だからなぁ、と苦笑を浮かべるしか俺は出来なかったが。
さらには、風見さんの協力者に関する不穏な動きまで情報を寄越していて、アイツのアフターフォローにビビるしかない。一応今回の発端となる件が絡んでいたらしいが、なんでアイツ、ゼロが管理する協力者まで知ってるんだ。いや、まあ察しは付くが。
またいつかお礼を言いたいな、とゼロに溢せば、そんなものファイルに入れてたら勝手に見るだろ、と呆れたように言われて、目から鱗だった。
そうだな、アイツ勝手に俺たちのパソコン見てるもんな。
即座にその方法が公安内で広がり、たくさんのお礼ファイルが作られたのには、笑うしかなかったが。
その後落ち着いたと思ったら例の組織で動きがあったとかで、随分とバタついた。ゼロもバーボンとして探っていたらしいが、ベルモットが中々掴まらず後手に回り、アイリッシュと呼ばれるコードネーム持ちが、ジンによって射殺されたのだと知ったのは全てが終わった後だった。
死体が出てこなかったことが気にかかるが、組織が絡んでいる以上、深追いは出来ないとゼロの指示で探りは中止させられている。
まあ、ジンが殺したと明言している以上、生きていることはないだろう。
可能性としては、組織の人間によって死体も処理されたのだろうか。なにせ警視庁にまで潜り混んでいたらしい。本当に、鉢合わせしなくて良かったと、変装しているとは言え胸を撫で下ろした。
それから、本格的にその件も処理が終わったところで、見つけたのは濃いピンクの桜ファイルだ。
緊急性が高いそれに、また仕事かととりあえずファイルを開けば、入っていたのは文書データだった。
「緊急依頼」
題名として書かれている文字を読み、呑み込む。
依頼!?
ガタッと椅子から立ち上がれば、どうした、と風見さんに声がかけられる。それから、たまたま登庁してきていたゼロからも視線をもらった。
「桜から! 依頼が来た!」
声を上げれば、そこかしこで驚きの声が上がる。なにせ、今まで何の対価も無しに俺たちに力を貸してきたのだ。その桜が、一体何を依頼すると言うのか。
逸る心を抑えて内容を読み進める。肩に腕が乗り、覗き込んでくるゼロにも見えるように少し体をずらす。
他の同僚達も、桜の依頼が気になるのか気づけば俺のパソコンの周りに人が集っていた。
「コクーンプロジェクト主任、樫村 忠彬。この人物を、コクーン開発パーティー終了まで、護衛を依頼します。なお、依頼日終了まで対象に護衛は気づかれぬよう。また、対象は命を狙われている可能性があるので留意してください。桜」
「コクーンの開発主任……? おい、すぐにこの人物とその関係者を洗え。開発プロジェクト事態もだ!」
読み上げた文章に、ゼロからの指示が即座に飛ぶ。
「どうするんだ? ゼロ」
「命を狙われていると聞いて無視するわけにも行かないだろう。それに……初めての桜の依頼だ。そこから尻尾を掴んでやる」
青い瞳の奥で炎が揺らめいている。まったく、桜もこれだけゼロに執着されて大変だな、なんて、他人事のように嘆息した。
[newpage]
くそったれッ!
何度悔やんでも遅い。流れ出る赤を抑えるため必死に止血を施すが、傷を負わせてしまった事実は変わらない。
幸い急所は外れているようだが、それでも状態は良くないだろう。
隣で救急に電話している風見さんは、スタッフに指示を出している。すぐに到着した救急車に、この位置と、状況からいって、運ばれるのは警察病院だろうと予想をつけた。
すぐに到着した救急に運ばれていく男を見送り、公安の仲間に連絡して、状況を随時伝えるように指示を出す。
たった一人の命を守ってくれという桜の、俺たちの命の恩人の依頼すらも守れず、何が公安。
ギリ、と握りしめた手の痛みよりも、胸の奥が痛んだ。
パーティー会場のセキュリティが思ったより外部の者には厳しく、入るのに手間取った隙を突かれたのだと、理解しても起こった事実は変わらない。護衛対象は刺され、今は危険な状態。
こんな状態で、桜に合わせる顔がない。
血に濡れた手を洗うため、また、ゼロに報告するためスタッフに一声かけてトイレへ向かう。
「ゼロは、なんて言ってましたか?」
血を洗い流し、ゼロへ報告してくれていた風見さんに尋ねれば、ほんの少しだけ彼の眉が寄る。そりゃあ、良い報告じゃなかったからな。きっちりゼロに絞られたのかもしれない。
俺も後で殴られるのは覚悟しておこう。
「毛利小五郎が傍にいることから、“安室透”として合流するそうだ。犯人は必ず捕まえろと」
「なら、俺たちも続行ですね」
洗い流された手で、変装のため見慣れぬ俺の顔を叩く。
「行くか」
鏡の自分に声をかけて、風見さんとともに殺害現場となった部屋に戻る。途中ですれ違った子供に迷子かと思ったが、それにしてはハッキリと走って行ったので関係者の子供だろうかと首を傾げたところで、ゼロが気に入っていた子だと思い当たる。
あぁ、ならゼロはもう来ているだろう。
「あ、刑事さん、このお二人です!」
スタッフの声に視線を向ければ、資料で見た顔がいくつか。確か、捜査一課の刑事だ。それと、その後ろに見えるのは毛利小五郎と予想していたゼロの顔。いや、今は安室透か。
「あなたたちが第一発見者の――、と、アンタは確か……」
「公安部の風見裕也です。後ろも同じく公安の刑事になります」
間違いなく、風見さんの姿を見た瞬間捜査一課の刑事たちの顔が険しくなった。そりゃあ、サミットの件で捜査一課とは険悪だったからしいからなぁ。俺会議に出てないけど。
「公安がなぜこんな場所に?」
「こちらが受け持っている事件の関係者として、樫村 忠彬に用があったので」
さすがに、俺たちも経緯不明な樫村護衛については隠すことになっている。情報源は桜だが、その情報がどこから来たものか分からないからある意味仕方ないだろう。
それに、桜が絡んでいる以上、その正体を暴くための事件関係者というのも間違いない。
「公安の事件?」
「詳しい事は、部外秘です」
公安の部外秘ともなれば、捜査一課の刑事といえども黙らざるを得ない。
案の定押し黙った刑事達に、面倒くさい空気になったものだと内心息を吐けば、ガチャリと扉が開く。振り返れば、ゼロとは対照的な老け顔と揶揄されていた同期の姿。
いくら変装しているとはいえ、それなりの付き合いだ。目が合った途端訝しげに寄せられた眉の下、その目が徐々に見開かれていく。
「あ? お前……」
「どーも公安部の緋色光です、ハジメマシテ」
即座に反応した俺に誰か拍手して欲しい。戸惑いながらも事情は察したのだろう伊達が、お、おう。と返事を返す。もうちょっと上手くやってくれ頼むから。
「安室もいるのか……」
「お久しぶりですね伊達刑事。最近はお忙しいのかあまりポアロに顔を出されていないようで」
安室透としてポアロで会っていたゼロは、近づきながらにこやかに対応しているが完全にその目が笑っていない。
余計なことを言うなと副音声が聞こえてきそうだ。
「お、おう。まあ、忙しくてな」
引き攣った表情の伊達に、心の中で合掌する。ゼロがキレるようなボロ出すなよ伊達……!
[newpage]
伊達と景光の鉢合わせには少しばかり焦ったが、少しばかり戸惑った様子で、それでもこちらに乗ってくれる伊達に安堵したのも束の間。
開始してしまったゲームと、響き渡るデスゲームへの宣告。
ノアズ・アーク。人工知能とは聞いていたが、まさかこんなことをしでかすとは。
コクーンというゲームの参加者を、人質にしたと。そう告げる人工知能は、事の重大さを分かっているだろうか。
ただ、ヒロキと言う少年の不幸を嘆く様子に偽りはなく、人工知能でも情はあるのかと、少しばかり驚いた。
「そのヒロキくんって、今どうなってるんだ?」
その存在を知らなかったのだろう伊達がシンドラー社長に問いかければ、神経質そうな彼の社長は眉を寄せて応えた。
「……数ヶ月前に、死んだとされている」
「されている?」
「状況からしてマンションから飛び降りたのは間違いない。だが、大規模な捜索が行われたが死体が見つからなかった」
樫村の周辺を調べた折、そのことについても公安は調べている。シンドラー社長の言うとおり、飛び降りた形跡はあれど死体は見つかっておらず、その後の痕跡も見当たらないことから公安でもお手上げになった案件だ。
あれ以降進展はないらしい。前途ある子供を追い詰めた大人に、声を荒げたのは伊達だ。
「マンションから、飛び降り自殺? まだ子供だろ!?」
「……彼に関してはすまないと思っている。彼の才能に頼りすぎた私たちの責任だ」
「チッ」
頭を下げるシンドラー社長に、隠すこともせず舌を打つ伊達に苦く思う。もう一年もせずに父親になる伊達にとっては、俺たちより思うこともあるのだろう。
それよりも、考えるべきはゲームの中に入ってしまった彼らのことだ。
真っ先に思い浮かんだのは頼もしい少年の姿で、彼がいるのなら希望はある。少年探偵団を名乗る彼らも好奇心旺盛なところが不安だが、蘭さんもいるので無茶はしないだろう。
そして、気にかかるのは同行者だった彼女の存在。
少し前、松田や萩原達と爆弾騒動に巻き込んでしまった一般人の彼女は、あのときも不安そうに震えていた。
それでいて、自分一人でその不安を抱え込もうとしてしまっていたあの子は、今も一人不安を抱え込んでいるのだろうか。
――――無茶をしなければいいのだが。
「――伊達さん」
「お、おう」
同期の名を呼べば、若干引き攣った表情で伊達が返答する。お前もう顔に出すな。安室透としては人を呼び捨てできるキャラではないんだ。仕方ないだろうと言いたくなるが、言うわけにもいかない。
代わりに吐き出すのは、彼女の存在を教える言葉だ。
「――葉月さんも、コクーンに参加しています」
伊達にとって命の恩人。夫婦で親交があるらしく、歳の離れた友人だと、ポアロに訪れた折そう言っていた。
ならば伝えておくべきだろうと事実を告げれば、伊達の目が見開かれていく。
「葉月が……!? なんであいつがいるんだっ!?」
「コクーンの一般参加者枠に当選したそうです。僕は彼女の同行者として今日はこのパーティーに参加させていただいていたので」
「……葉月ッ」
無事でいてくれと願うように、彼女の名を呼んだ伊達がコクーンの映る画面を見る。
あの中のどれに、彼女がいるのだろうか。
それから視線を逸らして、殺人未遂事件となった現場に視線を落とす。コクーンのゲームを手助けする方法も考える必要があれば、護衛対象である樫村を殺害しようとした犯人を捜す必要性もある。やるべきことは、いくらでもある。
今は、目の前のことをしなければ。
[newpage]
工藤優作の介入により、樫村殺害未遂の犯人は容易に特定が終わった。残念ながら桜に通じる情報はなく、依然として桜に対する手がかりはないままだ。
だが、それよりも重要なのは、未だ行われているゲームのことだ。既に多くが脱落し、残っているのはコナンくんと、参加者の少年が一人。それに、蘭さんと葉月さんの四人だけ。
たった四人に、多くの子ども達の命がかかっている。彼らは目の前にいるのだ。同じ建物の、すぐ近く。だというのに、何も出来ない自分たちの無力さに、苛立った。
『っいぁ!? あっ、……っ!』
『葉月さん!』
『葉月姉ちゃん!』
音声だけしか聞こえてこない部屋に、機械越しの声が響いた。それは、聞き慣れた彼女の声で。いつものどこか落ち着くような優しい声ではない。明らかに、苦痛と、恐怖が混じった声。
焦ったようなコナンくん達の呼びかけが、異常を知らせていた。
「葉月……!」
モニターを叩き付けるように伊達が焦りを滲ませた表情で画面越しのコクーンを見つめる。いくら音を拾おうと必死になっても、コナンくん達の音声で分かるのは葉月さんがジャック・ザ・リッパーに連れて行かれたと言うことだけ。
無事でいてくれと、祈ることしかできないらしい。震えているだろう彼女を、抱きしめてやることも、その不安から守ることも、何も出来ない。
行き場のない感情を堪えるため、強く手を握りしめる。
ただ画面を見据えていれば、ようやく彼女の小さな声が聞こえてくる。呻くようなそれは痛みを堪えているような声で。心臓が、握られたように痛む。
列車の屋根の上で、蘭さんとジャック・ザ・リッパーが戦っているらしい。そしてジャック・ザ・リッパーと葉月さんは、ロープで繋がれている。
ゲームの中とはいえ、ふざけた展開だ。葉月さんが人質になっている以上、コナンくん達は上手く動く事も出来ないだろう。
『あとは頼んだよ』
不意に聞こえた彼女の声は、いつものように優しい音で。それが、やけに胸に刺さった。
『葉月さん!?』
焦ったようなコナンくんの声に、ジャック・ザ・リッパーが驚きの声を上げる。
なんだ。一体何が起こっている。
『蘭ちゃん!』
『はぁぁぁあっ!』
蘭さんの気合いを入れた声。それから、硬質な何かが弾き飛ばされた音。これは、ナイフの音だろうか。それから、それから――――。
少しでも音から情報を拾おうと、耳を澄ませた瞬間に、ゲームが始まってから幾度も聞いた音が飛び込んで来る。これはコクーンが収納される音。誰かが、脱落した音だ。
「葉月!」
伊達が叫ぶ。強面の顔が泣きそうなほど歪んでいる。
なんでそんな顔をしているんだ、なんて、聞く必要は無い。伊達が見ているモニターの先で、コクーンが一つ減っている。それは、途中で見つけた葉月さんがいたはずの場所で。
――――ゲームオーバーは死を意味する。
ノアズ・アークの言葉が頭を過ぎる。死んだ……? 葉月さんが?
氷塊が背筋を滑り落ちたかのように、胸に穴が空いたかのように、不安定に、自身が揺れる。
それでも冷静な部分は、コナンくん達の会話を聞き取っていった。ジャック・ザ・リッパーは葉月さんが道連れにした。それなのに、ゲームが終わらない。
あの怖がりな、彼女の決意を、無駄にするというのか。
冷え切っていた体の奥で、ふつふつと熱が沸いてくる気がした。
「もういいだろうノアズ・アーク! ジャック・ザ・リッパーは死んだ! なら、このゲームはクリアのはずだ!」
気がつけば、マイクに向かって叫んでいた。
だってそうだろう。ジャック・ザ・リッパーは倒された。なら、ゲームは終わってしかるべきだ。
ゲーム内での死が現実にも繋がる可能性を知っていて、それでも誰かを助けるために死を選んだ彼女の決意を、無駄にしていいわけがない!
『クリアじゃないさ。生還するまでがゲーム。そうだろう?』
「この……っ!」
「安室、落ち着け……!」
「っ、すいません」
咄嗟に殴りつけかけたモニターは、伊達に背後から止められたことで壊すことは免れた。
「…………葉月さんっ」
どうか、無事に帰ってきてくれと。祈りを込めた声はすぐに消えていった。
[newpage]
クライマックスへ向かうゲームに、全員がコクーンのある会場へと向かう。ノアズ・アークに乗っ取られている以上、管理室で出来ることはほとんどなかったのだ。はじめから行けば良かったか。
蘭さんが心配なのだろう。毛利先生が足早に、それについて一課の刑事達もほぼ駆け足で向かっていく。
かく言う俺も管理室を出て足早に向かっていたのだが、景光に呼びかけられて足を止める。
先を歩いていた面々は、止まった俺たちに気づかず会場へと向かった。静かな通路に残っているのは、風見と景光、それと俺に気づいて一緒に立ち止まった伊達だけだ。
「……なんだ。任務失敗の言い訳なら後で聞く」
「うぐ、いや、まあ、それもあるだろうけど。ゼロ、お前……あー、その。伊達、パス」
脈絡も無くパスされた同期は、それでもちゃんと景光の意図を汲み取ったらしい。降谷、と落とされた自分の名に近くに立つ伊達を見上げる。
「今は安室だ」
「なら安室。お前……葉月のこと、どう思ってる?」
「は? こんな時に何を聞いてるんだ」
思わず呆れた声を出したが、思ったよりも伊達の目が真っ直ぐにこちらを見ていて真剣なそれに思考を巡らす。
葉月さんは、梓さんと同じくポアロで働くバイト仲間だ。同期の萩原達の恩人で、あいつらと仲が良い関係で、そのこともあり梓さんよりほんの少し気にかけてしまっているだろう。
優しい良い子で、死を恐怖する普通の子。守るべき日本国民。幾度か抱えた腕の中、その小ささに、彼女の弱さに、守るべきものを再確認させてくれた。
守らなければと、強く思う。
「あの子は一般人だ。守るべき日本国民だろ」
「お前はそういう思考にいくわけか……いや、もういい。とりあえず、葉月が心配だ。行くぞ」
「言われなくても行ってる途中だったんだろ!」
誰も居ないのを良いことに、少しだけ自分の言葉遣いに戻って伊達に言い返すと足早に通路を進める。
そうして辿り着いた発表会場は、しん、と静まり返っていた。ゲームは終わったのだろうか。この沈黙は、なんだ。
手に嫌な汗を掻きながら、ぐ、と息を呑んで。
迫り上がってきた数々のコクーンに、気づいたら駆けだしていた。
「葉月さん!」
モニターで彼女がどこに居たかは把握している。真っ直ぐに駆け寄ったコクーンを開くと、未だ目を閉じる彼女の頬に触れる。
あたたかい。生きている。
「葉月さんっ、葉月さん……!」
他の子ども達は続々と起きているのに、未だ目を閉じたままの彼女に呼びかける。なぜだ。なぜ起きない。
――――お伽噺の眠り姫のように、口付ければ起きるだろうか。
「葉月さんっ!」
「……ぁ」
焦燥にかられた思考により、顔を無意識に近づけていたらしい。ふるりと震えた彼女の瞼が持ち上がり、焦点の合わない瞳と至近距離にまみえる。
「あ、むろ、さん?」
「良かった……! 最後まで目を覚まさないから、どうしようかと……!」
コクーンの縁に手をつき、覆い被さるような体勢からそっと体を起こして見せれば、彼女はぼんやりとした目で周囲を見渡した。
ぱちり、ぱちりと瞬く彼女の目に、徐々に光が宿っていく。
「起きられますか?」
「あ、ありがとうございます」
差し出した手に置かれた、一回りは小さい彼女の手を握り込むと引っ張り上げる。
勢いをつけすぎたのか、彼女の小さな体が胸にぶつかってきたが、気にすること無く背に腕を回した。
「あ、安室さん!?」
「心配、しました……」
彼女の肩に額を置いて、小さな体を抱く腕に力を込める。あぁ、良かった。今は震えていないようだ。
良かったと、掻き抱くように抱きしめて。
ふと、思い出したのは先ほどの景光と伊達の問いかけ。彼女をどう思ってるか、なんて。今頃何を聞き出すのかと思えば。あぁ、そうか。
「えっと、ご心配、おかけしました?」
「ええ……本当に。声だけは聞こえていたので、あなたが何をしたか理解したときには、肝を冷やしましたよ」
体を離して、少し怒った様子で伝えれば、バツの悪そうに彼女が視線を逸らす。
「本当に……無事で良かった」
そっと頬を撫でて、その温もりを感じて安堵すれば、彼女の頬が朱に染まっていく。その表情を、もっと見たいと思ったのは、まあ、そういうことだろう。
ボォー、と汽笛の音がする。彼女から視線を移せば、船が――ノアズ・アークが、出航しているところだった。
「ノアズ・アーク……」
「どこかに行くのか――それとも、自壊しているのか……」
今回の事件を作った人工知能。まるで別れのような汽笛を鳴らす船を見ていれば、ひらり、と小さくなった船の映像に、ピンクの花弁が映った。
一瞬にして画面一杯になった桜の花びら。それが消え去った時には、もう何の映像も移してなかった。
「…………桜?」
「どうかしましたか? 安室さん」
思わず呟いたこちらに気づいたのだろう。葉月さんが首を傾げてこちらを見る。
「いえ、なんだったんでしょうね。最後。海に桜は、ミスマッチだと思うのですが」
「そうですねぇ。……昔話にある、桜に攫われる、見たいな終わりでしょうか? なーんて、船が桜に攫われるなんて、それこそあり得ないですよね。……安室さん?」
「ああ、いえ……。すみません、なんでもありませんよ」
安心させるように笑みを浮かべて見せて、もう何も映さなくなったスクリーンを見つめる。
桜。公安であれば、その花から連想するのはアンノウンの存在だ。樫村のことを依頼してきたこともある。それにさっきの葉月さんの発言。桜が、ノアズ・アークを攫っていったとしたら。この一連の事件には、やはり桜はなんらかの形で関わっていたのだろうか。
けれど、今まで人を助けていたアイツが今、他者を危険に晒した意味が分からない。不特定多数の人間を危険に晒すなら、IOTテロでも何でも、アイツならやりようがあったはずだ。
……今は、情報が足りない。
思考を打ち切って、隣に立つ彼女へ視線を向けた。
安心したのか、ぎゅ、と胸元で手を握り大きく息を吐いた彼女は、そっとその瞳を伏せている。
小さな体で、どれだけ不安だっただろう。どれだけ恐怖を抱え込んだのだろう。
叶うならその不安から、恐怖から、守ってやりたいと思ったのは、そうだ。ずっと前から、それは降谷零としての、俺の心だ。
あぁ、そうだな、と問いかけてきた幼馴染みと同期へ心の内で返答する。
――――俺は彼女を、想っているよ。
不安も恐怖も実は大して無かった子。
今回はどちらかというと企んだ側だからそんなに怖がってなかったりする。
想っているらしい彼。
ようやく自覚したらしい。
パスした幼馴染み
ヤッベ遭遇した。とか思ってたら、ゲームが始まった瞬間のゼロが怖くてそれどころじゃなかった。
ゼロお前もしかして? ってすぐ分かるくらいに心配してたからマジかー。え? 無自覚? お前自覚してたら周囲に関係気づかせるようなことさせねえよな? と一応忠告も兼ねて声をかけたら切り出し方分からなくてパスした。
通路では気づかなかったくせに、この後幼馴染みの一方的なラブシーンを見て、自覚したことを悟った。
パスされた同期。
なんか変装してるけどお前緑川だよな? え? と混乱してたら目の笑ってない安室が来て肝が冷えた。
は? なんで俺の友人が巻き込まれてんだよ。とおこだったけど、最終的に感情剥き出しにした降谷を見て、ん? お前もしかして? とこちらも察した。
ダッシュしてった安室の一方的なラブシーンに、とりあえず手錠を出すべきか悩んだ。
風見さん。
空気を読んで通路では無言。この度上司の一方的なラブシーンを目撃してしまった。
おめでとう ふるやれいは おもいを じかくした!
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別名公安側ダイジェスト<br />4話分も詰め込んだらそりゃ長くなるよね! そしてごめんね降谷さん! 夢主への心配はいろいろ勘違い()です!<br />話の続きとしてもう一度劇場版に行くか久々に警察学校組出張ってもらうか悩む。<br />余力があれば今日中か無理なら明日くらいにでもシリーズじゃなくて母と娘のやつ続編上げよう。宣言して自分を追い込んでいくスタイル←
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【番外編】桜を掲げる彼らと桜さん
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10036513#1
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この世界では…
小学校入学前くらいにdom、subの2つの性に別れ始める。
子どものdom、subがパートナーを見つけるまでは親が欲求を満たしてあげなければならない。
子どものdom、subの欲求はそこまで大きくはないが、中高生(思春期)に入ると急激に増加する。
親以外の大人達(教員なども)が子ども達の欲求に触れるのはNG。理由は『教育上宜しくない』『わいせつ行為の対象』などなど。
────────────・・・
だれか
だれか
おれのこと、ほめて。
────────────・・・
俺には年子の兄がいる。
兄さんはお調子者で、明るくて、フレンドリーな人気者だ。勉強やスポーツができるかと言ったらそういう訳ではないし、何かのキャプテンや委員長をやっているかと言われればそういう訳でもない。
だが、生まれ持った愛されキャラな性格と、人を惹きつける美貌で、家族、学校、地域の人みんなに好かれていた。
そんな兄さんに対して俺は木偶の坊らしい。
姿勢が悪いに始まって、肌が汚い、太っている、不細工、ノリが悪い、素直じゃない、暗い、頑固、空気が読めない、整理整頓ができない、体力が無い、メンタルが弱い、サボりがち、、
etc.エトセトラ.えとせとら...
…これ全部直したらみんな俺のこと、褒めて、好いてくれるかな。
────────────・・・
小さい頃母さんが亡くなって父子家庭になった俺の家族で、俺以外のsubは兄さんだけ。一緒に住んでる父と祖母はdomだ。
父も祖母も兄さんのことが大好きで、何かと褒めては3人で幸せそうに笑っている。
対して俺はと言うと、褒められた記憶がほとんど無い。どちらかと言うと怒られた記憶ばっかりだ。
小学生の頃、担任の先生に相談した事があったが、先生は俺が期待されてるから怒られるんだよって言ってた。
高校生になった今でもまだ怒られるということは、俺はその期待に応えられてないってこと。
俺がこんなに期待外れだから褒めてもらえないんだよな。
────────────・・・
「渉、成績下がってるじゃないか。お前はサボりがちだから、また勉強面倒くさがったんだろう………気、引き締めろよ。」
『ごめん。父さん。』
「そんなことより康、ちょっと見て!透今回は平均点越えたんですって!!頑張ったわねぇ。」
「へえ、それはすごい!!Goodboy、透。よくやったな!」
「へへ!」
…そんなこと、か。
俺は平均点より30点も上なのに、
兄さんは塾にも行かせてもらえてるのに、
俺は褒めてもらえないの?
……俺も、頭、撫でて欲しいなぁ。
もっと父さん達の気が引けるくらい、頑張らないと。
────────────・・・
「今日の味噌汁ちょっと薄くない?渉、前も私言わなかったっけ?お父さんも私も濃い方が好きなんだからって。」
『ごめん、濃いめにしたつもり、、』
「つもりじゃ駄目なのよ。自分なりは意味無いっていつも言ってるでしょ?ほんと、何度言ったら分かるのよ。」
────────────・・・
「渉、姿勢が悪いぞ。そんなんだから、太って、性格も暗く見られるんだ。しゃんとしろ。」
『ごめん。』
「透みたいにすらっとしたいと思わないのか?ほんと、兄弟でもこんなに違うんだな。」
────────────・・・
「渉、部屋にばかり篭ってないでたまには外に出かけたら?家に引きこもるから渉は根暗なのよ?」
『え、でも、今雨降って…』
「Shush。そんな言い訳みたいなことばっかり言ってるからあんたはいつまで経っても木偶の坊なのよ。」
『っ、。』
「帰りにお米買ってきてね。」
────────────・・・
「渉、部屋が散らかってるぞ。兄貴に見習って綺麗に整頓したらどうだ?」
『ごめんなさい。』
「Stay。父さんの時は部屋すら貰えなかったんだから、自分の部屋があることに感謝しろ。片付けるまで出てくるな。」
「渉」
「渉」
「渉」
もっと、もっと、もっともっと、いい子にならなきゃ。
────────────・・・
「浦田、学級委員引き受けてくれて本当に助かった!ありがとう!!」
『いいんですよ、先生。全然苦じゃないですし、誰かがやらないといけないことですもんね。』
「ほんと、浦田兄弟はいい奴らだ。浦田の兄ちゃんもいい噂ばっかだもんなぁ。浦田Jr.も兄ちゃんを見習ったのか?ふははは!」
『はは、は。』
兄さんは学級委員なんてやったことないんですよ?。なんて、ね。言ったところで、だから?って言われちゃって終わりだよ。
「男子の学級委員浦田なんだって~?ゆみ、良かったじゃない。浦田ならゆみの分までやってくれるわよw。」
「ちょ、みか、それは酷すぎ~w!まぁ、でも90%くらいはやってもらおっかな~。」
「ゆみも大概じゃないww。」
「おいおい、吉田。お前も働くんだぞw?」
「はーいw!でもそーゆー先生もウケてんじゃん!」
クラスが笑いに包まれる。
いい雰囲気だ、な?、
────────────・・・
「委員長、これ昨日提出のプリントなんだけど、家庭科の先生に渡しといてくんない?俺が行ったら怒られるだろうからさぁ~。」
「浦田Jr.!前お前の兄貴に会ったぞ!かっこよくって、ノリ良くって、最高な兄貴だな!Jr.も兄貴みたく明るくなればいいのに~!」
「浦田くん。浦田くんのお兄さんに連絡先交換出来ないか聞いてくれない?
……ありがと!浦田くんの連絡先もとりあえず追加しとくね!あ、後で消すから心配しないで!浦田くんとは話すことないもんね。」
「浦田~!すまないが先生ちょっと会議があって、どうしてもこの冊子作りが間に合わないんだ。代わりにこれやっててくれないか?
…あ、1人で大変ならほかのやつ誘ってもいいぞ!手伝ってくれるやつ…、いる、かな。まぁ、申し訳ねぇけど、もう行かないと!ごめんな!!」
「浦田」
「Jr.」
「委員長」
「浦田くん」
もう7時前か。暗くなっちゃったけど、今日は2回もありがとうって言ってもらえたなぁ。ふふ、嬉しい。もっと働いたらもっとありがとうって言ってもらえる、かな?
家でも、頑張ったら、ありがとう、とか、言ってもらえる、のかな?俺も兄さんみたいに、父さん達を笑顔にしてあげたいなぁ。
────────────・・・
「渉、その上等なお肉、透に譲ってあげなさいよ。最近ちょっと太ったでしょ?渉は野菜をいっぱい摂りなさい。」
『そうだね、兄さんこれどうぞ。』
「いいのか?渉ありが…」
「透、感謝なんてしなくていいんだ。これは渉の為なんだから。」
そう。父さんやおばあちゃんが俺のこと怒ってくれるのは、俺のため。
おれの、ため。
────────────・・・
明日は新しい先生が来るらしいから、ちょっと早めに行ってみんなに伝えないと。
集会もあるらしいし、宿題の回収も早めにやっといた方がいいな。
よし、この洗い物終わったら勉強は早め切り上げて寝てしまおう。
明日は…あ、大型ゴミの日だ。ゴミ、あるのかな?
『父さん、明日大型ゴミの日なんだけど、なんかある、かな?』
「あぁ、上に引き出し壊れたタンスがあっただろ。あれ出しといてくれ。他は、何かあったかな。
……あ、あったあった!こんな所ににおっきなゴミが。」
【渉。お前だよ。】
ごぽ、
胃の中の物が上がってくる音か、
はたまた血液が逆流する音か、
どっちにしろ鳴ってはいけない音がした。
「なんてな!あっはっはっは!!おいおい、そんな死にそうな顔すんなって。冗談だよ。冗談。」
『あは、はは、は、、。じょう、だん。だよね。よかった、じゃあ俺もう寝るよ。おやすみ、』
「あ、寝る前に台所にある酒でお湯割り作ってくれよ。父さん今テレビ見てっから。」
『あ、はい。』
冗談、じょうだん。おれは、捨てられない。大丈夫。
なんか、前が見えにくい。
お酒、どこ。お湯沸かさないと。
手が、震える。瓶落としそう、
あれ、お湯割りなんて作ったことあったっけ?
「渉!早くしろよ!」
まって、まだできてない。あとちょっと、
お湯どれくらいいるのかな。
あれ、手が痛い。左手がジンジンしてる、もしかして火傷してる?お湯かかったかな?
あ、早くしないと。
『どうぞ、』
「……うえぇ!ぬるっ!!チッ、こんな不味いもん作ってんじゃねぇよ!やっぱお前明日ゴミとして回収されてこい!この木偶の坊が!!
…てめぇなんか要らねぇんだよ。」
久々に向けられた強烈なGlareは俺の思考回路を潰すのなんて簡単で、一瞬で膝まづいてしまう。
あ、
あ、
さっきじょうだんって言ったじゃん。
まって、
やだ、
おれもっとがんばるから、
おねがぃ、
すてないで、ぇ、
頬が濡れてる。、ないてる?
ひだりて痛い。なんか、皮膚おかしい。
嗚咽が漏れてる。やっぱないてんだ。
「…泣くなうざったい。Shush。黙って早く部屋に行け。」
「っ、、カッ、」
あれ、息ってどうやってするんだっけ。
鼻で吸う?、
?、どうやったら鼻で吸えるっけ?
口で吸う?
…ここ、酸素薄くない?
空気吸えてる?、わかんない。
息苦しい。
痛い。いたい。
…こころがいたい。
────────────・・・
朝になったかな?
あんま寝れなかったや、
…父さんまだ怒ってるかな、それとも、もう、呆れられた、か、な。
とりあえず、許してもらえることを信じて、頑張ろう。
昨日言ってた大型ゴミ出さないと。
このタンス、母さんが使ってたやつなのに、捨てていいのかな。俺が変わりに使いたいけど、俺の部屋狭いから多分、このタンスは置けないだろうしなぁ。
母さんには申し訳ないけど、誰も使わないんなら仕方ないよね。
…俺もこのタンスみたいにならないようにしなきゃ。
よっと声を出して持ち上げるが、結構重たい。それに俺、兄さんみたいに背高くないから前見えなくて怖い。階段、降りられるかな。
ゆっくり、ゆっくり慎重に…
「ちょ、渉遅いわよ。邪魔だからさっさっと行ってちょうだい。」
ドンッ
あ、これ落ちるかも、
ゴツッ、ガタガタッ、ガンッ!!
「え、、渉?!ちょ、あんた!大丈夫なの?!死んだりなんかしてないでしょうね?!」
おばあちゃんがなにか叫んでる。
あ、うで痛いや。
タンス、腕の上にのってるかも。
頭も痛い。あたま打ったかも。
意識が朦朧とするってこういうことなんだ。
おばあちゃんが俺のこと揺すってる。
頭痛いからやめてほしいな、
あ、ごめ、ちょっと、意識が、
────────────・・・
「…たる、わたる、渉!!死んだかと思ったわよ、もう驚かせないで。私を殺人犯にしたいの?全く、もう!」
目覚めてすぐに軽くGlareで見下ろされる。
『ぉばぁちゃ、ぁ、』
「、、なに私のせいだって言いたいの?やめてくれる?落ちたのはあんたでしょ。さっさと学校行ってきなさいよ。」
『っ、、あっ、いまなんじ、』
グルグルまわる目で見た時計の針は、短いのが8、長いのが4を指していて、
『?!っ遅刻しちゃっ、、』
「なんでもいいから、ほら早く出てってよ。Go。」
飛び起きた体はそこらじゅう馬鹿みたいに痛くって、思わず顔を顰めたけど、そんなことよりも学校だ。
あぁ、せっかく学級委員まで任せてもらえたのに。今日は集会があるから早めに行きたかったのに。学級委員が遅刻なんてしてたらダメじゃん。
っ要らないって言われちゃう。
役立たずって、
また木偶の坊って言われる。
いや、やだよ。
最近は感謝されるようになってきたのに。
ごめんなさい、ごめん、なさい。
悪い子でごめんなさい。
────────────・・・
引きずって行った体は学校につく頃には、痛みすら感じなくって、そんなことより遅刻してしまったことに対する自己嫌悪やら、恐怖心やらで精神の方がズタボロだった。
案の定遅刻したことはこっぴどく怒られた。
「お前を信用してたのに」
「高校生にもなって無断遅刻をするなんて」
「浦田透はこんなことしなかったぞ」
「お前と兄貴は同じ血が流れてるのに、同じことも出来ないのか」
謝ることしか能がない俺は、泣きながらも『すみませんでした』と謝るのが精一杯だった。
先生からのお説教のあと、クラスメイトからの説教だ。
「委員長がいないから宿題の提出遅いってA組怒られたんだぜ?」
「ちゃんとしろよJr.~。兄貴は無断遅刻なんてしなかったんだろ?」
「浦田が遅刻するなんて、浦田家の株も下がるなぁ~w。」
「浦田くんがいなかったから学級委員の仕事全部私がやるハメになったんだけど!ほんとありえない!!」
泣きこそしなかったが、ここでもまた先生の時みたく『ごめん』と何度もつぶやくことしか出来なかった。
────────────・・・
左腕がギシギシいって動かないのが気になるが、生憎病院になんて生まれてこの方行ったことがないので、行き方もわからなければ、行ってどうすれば良いのかもわからない。
放課後欠席調べを渡しに行くついでに湿布をもらおう。それまでは遅刻した分、またみんなに必要とされるために、バリバリ働こうか。
────────────・・・
いつもの倍くらい働いて結構疲れたけど、まぁこれで必要としてもらえるならお安い御用だよね。
…でも、今日はありがとう言ってもらえなかったなぁ。やっぱ遅刻したからかな。それとも俺なんかが感謝の気持ちをもらうのは求めすぎなのかもね。
保健室に行くと、ふんわりとした赤髪を揺らして振り返り、
「いらっしゃい。どうしたん?」
と優しい笑顔を向けてくれる白衣を着た男の人がいた。
…あれ、男の人だ。え、前の先生と違う、ど、どうしよ、名前、わかんないなんて失礼だよね。名札、白衣で見えない、ぁ、どしすれば…
「朝も挨拶してんけど、覚えてないやんねw。僕今日から養護教諭としてここに来た坂田って言います。よろしくね。」
ニコッと笑顔が素敵なこの先生は坂田というらしい。
『さ、かた先生』
「うん!ほんで浦田君はどうしたん?」
『あ、これ3年A組の欠席調べと、湿布1枚貰いたくって、、』
「おっけ、湿布ね、湿布♪湿布~♪」
「はい。湿布ね。この湿布は誰が使うの?浦田君?」
『あ、はい。僕が…』
「え、大丈夫なん!?どこに使うん?」
『腕に少し。でもほんと朝家で転んだだけで、時間もたってますし。』
怪我なんてほっとけば治るでしょ。今までもそうしてきたし。動かないだけで、なんか痛くないから全然耐えられる。
「…見せてはくれないの、ね。…まぁそれはそれとして。浦田君は保健委員なん?」
『いえ、学級委員です。クラスメイトの代わりに渡しに来たんです。』
「そうなんや、浦田君はクラス思いのええ子やね~。」
その言葉と共に頭にポンッとのせられる坂田先生の手。
刹那、ブワッと体中が痺れるような感覚に包まれる。そこらじゅう痛くて強ばっていた体の力はいとも簡単に抜け、ヘロヘロと座り込んでしまい、どういう訳かポロポロと涙まで流れてきた。
『ぁ、ぅ、なに、こえ、』
あ、なんか授業でやった気がする。sub spaceだっけ?気持ちいい。ふわふわする。褒められるってこんなに嬉しいことなんだ。
…俺、今褒められた。褒めてもらえた。坂田先生に。ええ子やねって。念願の頭撫でなでもしてもらえた。えへへ。きもちい。褒められるのうれし。
・・・────────────
不思議な子だなって思った。
ハイライトを宿さない瞳。
動かさない左腕。
僕の名前が思い出せないらしいけど、すごく焦ってる。別にあんなちょっとの自己紹介で覚えてもらえるとは思ってないよ。
もう一度自己紹介をしたら少しだけ舌っ足らずな滑舌で名前を呼ばれて、表情が少し和らいだ。
…なんでやろ。今すぐにこの子を捕まえて、僕の腕の中に収めてしまいたい。
これは世にいう「一目惚れ」と言うやつでは?
まぁそれは置いといて。
名札から名前と学年を把握して、たわいもない会話をしてたら、ポロッと姪っ子にでもするかのように頭を撫でて、「ええ子やね」って褒めてしまった。
すると、ヘロヘロと座り込んでしまった浦田君。
………へ?
「え、浦田君?、もしかしてsub space入っちゃった?!う、浦田君抑制剤飲んでないの?!」
それも一言、一撫でで?初対面の相手に?そんなこと有り得るん?claimしたパートナーでもこんな短時間で入ること珍しいで。
「っ、と、り、あえず、ベッド行こか、バレたら何言われるかわからん。」
教員が生徒をsub spaceに入れた、なんてバレたら、多分クビや。
すぐにでも引き戻したいし、色々と聞き出したいけど、そんなんしたらsub dropしてまうかもやし、放置も、あかんよな…、泣いちゃってるし。
…ゆっくりゆっくり話しかけるか。
浦田君をベッドの上にkneelのような状態で座らせてその目の前に僕も腰をかける。できるだけ触れないように、でも構ってあげれる状態で。
「浦田君、今日、抑制剤飲み忘れたん?しんどくなかった?」
『んん。よくせーざい、買ってもらえな、から、のんだことなぃよ。』
・・・、
は?
え、あの、、は?
飲んだことない?生まれてから1回も?
dom、subの欲求は、食欲や睡眠欲と同じ。抑制剤を飲むからその欲求が満たされるわけで、subなら学生の間は外では抑制剤を飲んでおいて家に帰ると家族にcareしてもらうのが一般的だ。
だから抑制剤を飲まないと、空腹や眠気みたいな本能的な欲求で溢れてsub dropを起こしてるはず。
dom、subの欲求が生まれ始めるのが、小学校入る直前くらい、平均6歳くらいだ。その時から飲んだことがないとなると、浦田君はもう10年間近く抑制剤無しの生活を送っているということになる。
…耐えられるの、か?
いくら思春期が来てなかろうと、家でのcareが凄かろうと、家を出ている間ずっとお腹がすいているだなんて。
ダメだ考えるだけで精神が可笑しくなりそう。
『さーたせんせ?、どぉしたの?』
「い、いや、何でもないよ!じゃあ、家ではどんな…
(ガラガラッ!
「坂田先生!!」
!っ、確か3年の学年主任の先生。どっから見られとったんや…。
「……やはり。窓から2人の姿が見えたのでやって来てみましたが、生徒に手を出すとは何事ですか!!もっと教師としての自覚を持ちなさい!!」
「はい…すみません。」
「それともなんだ、浦田。お前が坂田先生を誑かしたのか?おい!」
そう言って入ってきた先生は浦田君の両肩をガッと強く掴み、前後に激しく揺らした。
っ?!そんなことしたら、
『いっ、ぁ、清水せん、せ、ぃ。』
先程までポロポロ流れていた涙も止まり、トロンとしていた瞳は見開かれてゆっくりと光を無くしていく。
「ちょ、先生!」
「坂田先生は黙っててください!!」
そんなことしてる間も先生は浦田君を睨みつけていて、とうとう浦田君はパタッと項垂れてしまった。
っ何しとんのやこいつ!!
「先生!これは全部僕の責任です!!罰は僕が受けますから、浦田君から手を放してください。」
先生の腕を掴んでそう声を張り上げた。
「…坂田先生、後で会議室でお話ししましょう。浦田、お前はもう早く帰れ。」
その声が聞こえたのか聞こえてないのかはわからないが、先生がベッドから無理やり引っ張って下ろすと、トコ、トコ、とゆっくり出ていった。
「さ、坂田先生。行きましょうか。」
あの後びっちり、教師とはどういう立場であるべきか。みたいな熱弁されたが、残念ながら僕の頭の中は浦田君でいっぱいで、内容はクビにならなくて良かった、くらいしか頭に入ってこない。
あれ、絶対sub drop起こしてたよな。大丈夫か?ちゃんと帰れたんかな。家でしっかりcareしてもらって明日ちゃんと学校に来てもらわないと…。
あーもー話長いねん!はよ終われや!!
・・・────────────
ほんとに、おれって、だめなやつ、だ、な。
さかたせんせ、いまごろ怒られてるかも。
…おれのせいで。
おれがあんなきもちわるく反応したから。めずらしくほめられたからって調子のるから。
さかたせんせい、ごめんなさい。
あのとき湿布もらってすぐかえってたらよかったのに、なんでかせんせいとはなれたくなかった。
おれ、きもちわるいなぁ。
さかたせんせいにほめられたとき、なんかすっごい変な感じしたなぁ、
sub spaceだっけ。
Glareとは逆のかんじで、あたまおかしくなりそうだった。
いや、たぶんなってたな。
あぁ、ほめられたい。
まもられたい。
包みこんでもらって頭なでてもらって、
いいこだねって言われたい。
がんばったねって、
おつかれって、、
あわよくばGoodboyって、、、
だれか、
だれか、
…さかたせんせ。
────────────・・・
「わたる!!!こんな時間までどこほっつき歩いてんだ!!夕飯作るのはお前の仕事だろ!!」
あれ、6時半にはがっこう出たはずなのに、もう8時前、?おれ、なにしてたっけ?
『ぁ、ごめ…』
「父さーん、夜ご飯まだー?」
「ごめんな透、今から渉が作ってくれるからな。」
「あ、おかえり渉。じゃ、お願いね。」
よるごはん、つくるの、おれのしごと。
それで、おれの、存在価値がきまるのに。
すっぽかしちゃだめ。働けないおれなんて、ほんとうにごみ同然、
きょうは、からあげなはず。
はやくしなきゃ。
鶏肉、まず、鶏肉きって、
『い゛っ、』
そうだ、ひだり腕うごかないんだった。包丁できっちゃった、いたい、けっこうふかい。
あ、鶏肉におれのついちゃう、
おれのあかい、血、チ、ち、。?
あぁ、あ。ついちゃった。
ち、あかいなぁ。
…さかたせんせいの色。
じぶんの血液みて、せんせいのことかんがえてるなんて、おれ、きもちわるいな。
ドンッ!!!
あ、おされた?尻もちついてるや。てか左手いたい。たしかに、右手とくらべてだいぶ腫れてるよなぁ。あ、床にも、ち、ついちゃった。
ぁ、からだうごかない、Glare、これ、やばい、きのうもきょうもされたのに、おれがだめなやつだから、やらざるを得ないのか?
これ、向けられるたびに、あたま回んなくなってく。あたま回んないと、またしっぱいする。すごい、∞るーぷだ。
「おい!!お前何やってんだよ!!!鶏肉無駄にしやがって!……もういいよお前、俺ら外で食ってくるから。使えねぇやつだな。」
つかえ、ねぇ、やつ。
「お前の気持ちわりぃ顔が、今日は一段と増して気味悪いしよ。ほんとに生きてんのか?お前。…こんなこと言いたくなかったけど、お前まじで要らねぇ。邪魔。出てけよ。」
ぁ、すてられる、
ごめんなさい。
すみません。
もうしわけありません。
泣きながら父の足に手を伸ばす。
やだ、やだ、ここしか、おれのばしょ、ないよ、なんでも、なんでもするから、がんばるから、もっともっと、つかえるやつになるから、めしつかいでも、ぺっとでも、どれいでもいいから、ここにおいてて、おねがい、おねがいします、じふんのへやもいらない、ごはんも、ふくも、やさしさも、あいじょうも、いらないから、よくばらないから、
回らない頭をフルパワーで動かして、めいいっぱい手を伸ばす。自分から触りに行くなんて何年ぶりだろうか。
いいこになります。みんなのやくにたつような、そんな、つよいsubになります。もうなきません。ほめてもらわなくてもいっぱいはたらきます。
だから、っ!
「触んな」
呆気なく振り落とされた腕は空を切り、何も掴むことはなく、ただただ宙に浮くだけだった。
「俺らが帰ってくるまでに、荷物まとめて出て行ってろよ。」
俺が返事をすることは無かった。
・・・────────────
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※実在する方のお名前をお借りしておりますが、ご本人様とはなんの関係もありません。<br /><br />変なところで切ってしまいすみません…。<br /><br />書いてしまいました…!<br />Dom/Subユニバース!!<br />ずっと前から好きだったんですよね~(*^^*)<br /><br />これほんと、urtさんが可哀想ですよね…。<br /><br />次の編ではそれはもう<span style="color:#008e46;">urtさん</span>が溶けるくらい<span style="color:#fe3a20;">sktさん</span>が甘やかしてくれるので安心してくだい!<br /><br />────────────・・・<br />追記:500ブックマークありがとうございます!約1週間でこんなにたくさんの人に読んでいただけるなんて思いもしなかったのでとてもびっくりしました。引き続き後編もよろしくお願いします!
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頑張り屋さん 前編
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10036675#1
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世界屈指のフィギュアスケーターが集う、サンクトペテルブルク、チムピオーンスポーツクラブ。その食堂で、レジェンドと呼ばれた男、ヴィクトル・ニキフォロフが悲痛な声を上げた。
「ユウリが変態に狙われてる」
「おい、マジかよ!?」
「今、何と言ったのだ、ヴィクトル!」
「一体どうしちゃったの!?」
いつものリンクメイト三人が驚いて食事の手を止める。
「ユウリは魅力的すぎるから……でも、許されることじゃない」
宝石のような青い瞳を怒りに光らせて、ヴィクトルは拳を握る。
「ようやく自覚してくれて何よりよ」
「古き友の更生を、私は喜ぼう」
「いや待て、ヴィクトルの辞書に反省なんて文字あったか?」
氷上の美しき雌ゴリラことミラ・バビチェヴァ、ヤコフ・フェルツマンの忠実なる弟子ことギオルギー・ポポービッチがそれぞれ頷く中、自称氷上の若虎ことユーリ・プリセツキーが「最後まで聞こうぜ」と冷静に促した。
「ユウリが変態ストーカーに付き纏われているんだ」
「たしかに毎日、リンクでも自宅でも付き纏われてる」
「いくら婚約者でも、ユウリ・カツキの望まない変態行為を強要するのはどうかと思うぞ」
ようやく自身が変態ストーカー扱いされていることに気付いたヴィクトルは机を叩いた。本日の日替わりランチのグリーンボルシチの滴が飛び跳ね、ギオルギーの前髪にべちょりと付着する。
「俺が変態ストーカーなわけないでしょ!?」
「ロッカールーム哺乳瓶事件」
「ベンチ下の不審物事件」
「黒ビキニすり替え事件」
「誤解だよ! 俺はユウリのコーチで婚約者だよ!? 替えの下着が黒Tバックしかなくて恥ずかしそうに履いてるユウリの姿をビデオに残したいなんて思うわけないじゃないか」
「語るに落ちたとはこのことね。ヤコフコーチに報告しとく」
ヴィクトルの自白を録音したスマートフォンを手元で確かめているミラに、男たちは戦慄した。
「予備動作なしで録音アプリを起動しただと!?」
「お願い、ヤコフには言わないで! 次に盗撮したらお仕置きって言われてるんだ」
「ヤコフコーチの下手なヘビメタを六時間聴かされるだけじゃない。耳栓してればやり過ごせるわよ」
「四十年前に隠れて聴いたヘビメタがヤコフコーチの輝かしき青春時代なのだ。弟子として受け入れるのが務めだ」
「……てか盗撮って自分で認めてんじゃねーか。しかも前科あんのかよ!」
「俺の愛が重すぎた話はいいんだ。大体、ロッカールームで見つかった哺乳瓶は俺のじゃない」
「すまん、それは私のだ」
堂々と片手を上げたギオルギーに二人の「変態」という視線が突き刺さり、残りの一人が「もう、これからは気を付けてよね」と声をかけた。
「問題はユウリが変態ストーカーに狙われてるってことだ」
スケート界のレジェンドはぷくりと頬を膨らませた。
「とりあえず聞くわ」
「あれは俺のユウリが初々しくも大胆にプロポーズしてくれた日の翌日だった……」
「あー……俺らがフラッシュモブに協力したやつな」
「その後の婚約パーティはまるで海賊の宴だった」
「すっごく美味しいウニを出すレストランだったのに……私たちまで出入り禁止にされるなんて」
「だって! ユウリがプロポーズしてくれたんだよ!? 歌うでしょ! 踊るでしょ! 戦うでしょ!?」
「百歩譲って前二つは理解できるが、最後のやつはほんとヤメロ。なんでカツ丼の奴、飲むと戦いたがるんだよ。いちいちダンスバトルだの筋肉バトルだのかくし芸だの……」
「確かにズボンの前立てから鳩を出したのは凄かったが、あれが出入り禁止となった決め手だな……ユウリ・カツキ、侮れん」
「ユウリは股間から鳩も出せるスーパーフィギュアスケーターだよ! まあ、だから変態に付き纏われるのかもしれないけど」
「そこだけ聞いてると変態はユウリ・カツキよね」
「それで、翌日何があったんだよ」
ユーリに先を促される。
「ユウリ・カツキファンクラブの勧誘が届いたんだ」
「あいつも……意外と苦労してんだな」
「ユーリ以外のスケーターは別にファンクラブに追い回されて苦労したりしてないわよ」
「ファンクラブの勧誘? ヴィクトルの自宅にか?」
「俺宛てだったよ。『東洋の真珠』とか言うファンクラブに加入すると毎月厳選したユウリの最新情報が送られてくるんだ」
「結構なことじゃないか。コーチにお伺いをたてたというわけだな」
「全然結構じゃない! そのとき会報に載ってたのは『速報! 我らが真珠、ついにコーチの魔の手に!』って見出しのプロポーズ直後の隠し撮り写真だよ!?」
「翌日に会報とは情報が早い。うーん、負けられない」
「何で張り合ってんだよ。あれ、スケートクラブの親睦会だろ? どうやって潜り込んだんだろうな」
「でしょ!? 悪質なストーカーだよ! 次の号にも『サンクトペテルブルクの街中でロード中の真珠』とか『公園で犬と戯れる真珠』とか『コーヒーが思いのほか熱くてほの赤い舌をちょっぴり出して冷ます真珠』とかもう、毎月お宝画像が満載のユウリ・カツキファン必携の会報なんだからね!」
「真珠って呼び方に並々ならぬ変態性を感じる」
「次の号も送られてきたのかよ」
「だって会員になったし」
「結局勧誘されたのかよ!」
「あんなに素直で可愛い表情のユウリなんて滅多に見られないんだよ!? 俺コーチなのに! 婚約者なのに!」
「婚約者のくせに黒Tバック姿を盗撮しようなんて奇行重ねなければいつでも見られるんじゃない?」
「来月はどんな清純な中にほんのりエロスを秘めた真珠の誰にも見せたことない表情が送られてくるのか気になって眠れないよ!」
「まんまと罠にハマってんじゃねーか!」
「しかし、身内のパーティに潜り込んで盗撮とは心配だな」
「そこなんだよ。さすが、ギオルギーは変態の怖さをよく知ってるよね」
「褒められていると受け取っておこう」
ヴィクトルは深刻な面持ちでグリーンボルシチをかき混ぜ続け、皿の中身は少しも減らない。
「しかも先週、別口のファンクラブから勧誘が来たんだ。『シャノワール~淫靡な仔猫と戯れる夕べ』とかいう団体」
「名前に変態性が増してる」
「フランス文学の香りがするな」
「ユウリへの想いを詩にしたためて投稿したり油絵を描いて投稿したりユウリ・カツキをミューズとして扱ってるんだ。どこか古き良き貴族サロンのような会だった」
「古くもねえし良くもねえよ、重すぎだろ」
「気持ちは分かるんだ。俺もユウリといると無限に創作意欲が湧いてくる。だが、あまりに卑猥すぎる」
「卑猥」
「詳しく聞こう」
「俺は聞きたくねえ」
「例えば詩だ。『白き丘陵の頂に咲き初めにし野ばら、その花弁に口づければ遠き日の青い乳の香りに目眩を覚える』……なんていやらしいんだっ!」
「暗唱すんのかよ。ていうか一個もカツ丼……ユウリ・カツキ出てこねえけど」
「ごめん、さっぱり分かんない」
「実に卑猥だが、高度に文学的だ」
「そして絵だよ! ピンクのベビードールを着たユウリが森の泉で悪戯な天使と戯れる……これだ」
ヴィクトルの差し出したスマートフォンの画面に、黒髪のすらりと手足の長い青年を描いた油絵が表示される。
「……誰?」
「ユウリに決まってるじゃないか。この淫靡な手足、誘うような濡れた黒髪! 愁いを帯びた唇! 疲れきって虚ろな目!」
「最後しかユウリ・カツキ要素ないわね」
「なんで女物のスケスケミニスカなワンピース着てんだよ、変態かよ」
「ロココ様式だな。けしからん卑猥さだ」
「『おお、蜜をはらんだ桃よ! 歯を立てればたちまち溢れ出す罪の味』」
「それも投稿されてた詩?」
「いや、これは俺が先週投稿したやつ。来月号に載る」
「また会員になったのかよ!」
「ヴィクトル……詩の才能はなかったのか」
「会長は褒めてくれたよ? 欲望がダダ漏れてるって」
「褒めてねえよ。そもそも、なんで早速その変態芸術クラブの会長と親睦深めてんだよ!」
突如、「あのさ」とミラが何かを思いついたようにスプーンを振り回した。
「二つのファンクラブが急にヴィクトルのとこに勧誘にきたのって何かクサくない?」
「私は毎日風呂に入ってるぞ?」
「確かに臭うな。なあ、二つのクラブってもしかして仲悪いのか」
「ちゃんとソープで身体を洗っているぞ」
「えーっと、『東洋の真珠』から方向性の違いで破門されて芸術特化型で新しく立ち上げたのが今の『シャノワール』だって会長は言ってたよ?」
「ぷんぷん臭うわ。決まりね」
「歯磨きもしてるぞ」
「ギオルギー、ウケないからってボケ重ねても絶対ウケないからもう諦めなよ」
「そうか、すまん」
「つまり対立する二つのファンクラブがコーチであるヴィクトルを取り込んで公式ファンクラブの地位を狙ってるってこった」
「やだ! 面白い!」
「そうなの? でも俺、どっちも入っちゃった」
「両方ともコーチ公認変態クラブになったわけだ」
「めでたしめでたしね。まさか他にもあるとか言わないわよね」
「それが、『東洋の真珠』はもともと『聖母会』っていうファンクラブで」
「それはほんとにアイツのファンクラブなのか!?」
「『少年と聖母の二面性を両立させるユウリ・カツキという奇跡に感謝する会』が正式名称らしくて」
「一から十まで理解できない会ね」
「哲学だな」
「まさかそのクラブに……」
「俺は入会手続きしてないよ? 勧誘来なかったし。ただ、なぜか会員証はうちにある」
「ちょっと待って、よくわかんない」
「いや、俺もわかんないんだけど、今朝郵便で届いた」
「えーっと、その『聖母会』と『真珠会』はどうして分裂したの?」
「研究熱心だった『聖母会』はユウリ・カツキについて学術論文を提出することが会員資格要件になって、ついていけない一般のファンが出ていって『真珠会』をつくったんだって」
「一般のファンの概念広すぎじゃね?」
「ヴィクトルは学術論文提出したのか?」
「まさか! 特別枠の名誉会員だってさ」
「やっぱりそこもコーチを取り込みにかかってるわね」
「変態トライアングルの完成だな」
「それで肝心のユウリ・カツキはどう言っているのだ? 怖いだとか気持ち悪いだとか訴えているのか」
心配そうに眉を顰めるギオルギーに向かってヴィクトルは首を横に振った。
「本人はケロッとしてるよ。『ファンなんてそんなもんでしょ』とか言って、まるで警戒心がないんだ」
「そんな変態ファンクラブそうそうあってたまるか」
「本人に直接アクションしなければ、どこで何を言われてても仕方ないと思ってるらしい」
「うわ、慣らされちゃってるんだ」
「それだよ! ユウリの周囲に変態が多すぎるんだ。そのせいですっかり麻痺して危機感がなくなってる」
「なるほど」
三対の目がヴィクトルに突き刺さった。
「待って、待って! 違うって。なんでも子供の頃から変わったファンに付き纏われるらしいんだ。そのせいで変態への警戒心が薄らいでる」
「なるほど」
三人が大きく頷いた。
「大きな謎が解けたわ。なぜユウリ・カツキがヴィクトルの求愛を受け入れたか」
「アイツも苦労してたんだな」
「だが、それは少々危険ではないのか」
「ユウリは直接危険が及んだことはないって言うけど、俺は偶像崇拝の皮を被った欲望を感じる」
「説得力が違うわね」
「確かに危ねえな」
「あのね! 俺はたしかにちょっと変……愛が重いかもしれないけど、ちゃんとユウリから愛されてるの。一方通行に押し付けたりしてないんだから」
「度量の広い男だ、ユウリ・カツキ」
ミラが難しい顔で首を捻る。
「私、ずっと考えてたんだけど。ヴィクトルって昔はここまで変態じゃなかったと思うの」
「昔からこんなもんだろ」
「言われてみれば、最近殻を破ったような感があるぞ」
「何の話?」
「だから……」
ミラが続けようとしたそのとき、食堂に駆け込んできたのは彼らの師匠、ヤコフ・フェルツマンコーチだった。
「おい、ヴィーチャ!」
「どうしたの、そんなに慌てて」
「ヤコフコーチ、水です」
ギオルギーの差し出したコップの水で口を湿らせると、ヤコフはヴィクトルの両肩をがっしりと掴んだ。
「え、なに? 何で俺のこと捕まえてるの」
「落ち着いて聞いてくれ」
「うん」
「途中で暴れたり、走り出したりはだめだぞ。殺し屋を頼みに行くのも駄目だ」
「え、怖い。何の話?」
ふう、と一呼吸置くとヤコフは再び口を開いた。
「ユウリ・カツキが暴漢に襲われた」
「ゆ、ゆ、ユウリが!? ユウリはいまどこ、け、怪我は!?」
「怪我はない。街中を走っていたときに偶然襲われたらしい」
「くそっ。全員ぶちのめしてやるっ!」
「あー我を忘れてるわ、キャラ忘れてるわ」
「ギオルギー、モスクワのパーパに連絡取って! 殺し屋寄越すように言って」
「誰だよモスクワのパーパ」
「よくわからんが、ヴィクトルの実家に電話するのか? 私が」
「落ち着けヴィーチャ。お前もワシもロシアンマフィアでも貴族でも皇帝でもないから、殺し屋の知人などいない。妙なサイトの読み過ぎだ」
「うっ……ごめん、記憶が混乱して。これがユウリのよく言う、前世の記憶って奴かな」
「ただのピ〇シブの読み過ぎじゃん」
「ユウリ・カツキは無傷だ。むしろ五人に襲われて傷一つなくぴんぴんしておる彼が、ワシはちょっと怖い」
「ユウリはスーパーフィギュアスケーターだからね!」
「股間から鳩も出せるしな」
「ユウリ・カツキは無事なのに、コーチは何をそんなに慌ててたんですか?」
「ワシもなぜそうなったのか詳細はわからんのだが、ユウリ・カツキにコテンパンにされた暴漢どもが彼に心酔し、舎弟にしてくれと言って受付に押し寄せてきたのだ」
「舎弟」
「暴漢どもの舎弟のそのまた舎弟と徒党を組んで押し寄せ、クラブの受付は阿鼻叫喚だ。そこにユウリ・カツキが……」
「くそっ、ユウリに何かあったら全員バイカル湖の底に沈めてやるっ!」
「既に環境汚染が深刻なバイカル湖をこれ以上汚染するのはいかがなものかと思うぞ、ヴィクトル」
「舎弟とか格好いいな、俺も兄貴って呼ばれてえ!」
「ゴホンッ、それでユウリ・カツキが『僕はヴィクトルの生徒なので、ヴィクトルの許可なく舎弟を取ることはできません』とかなんとか丸め込んで帰そうとしたんだが、それなら全員でまとめてヴィクトル・ニキフォロフの舎弟になると言って……現場はいま、地獄だ」
「舎弟、舎弟ってなにさ! 尊敬するフリしてこっそりユウリのこといやらしい目で見るに決まってる! 俺は許さないぞっ! 待っててユウリ! 今助けに行くっ」
結局ほとんど口に入らなかったグリーンボルシチを片づけ、ヴィクトルは食堂を飛び出していった。
「あのさ、さっきの続きなんだけど」
飛び出したヴィクトルを追う老師の背中に手を振って、ミラが話題を数分前に戻す。
「ユウリ・カツキの周りに変態が多いんじゃなくて、ユウリ・カツキの周囲が変態になっていくんじゃないかしら」
「まさか、ヴィクトルが変態化したのは」
「考えすぎではないか?」
「最初は普通のファンだったのに、論文を書くようになり、隠し撮りするようになり、詩や油絵を捧げるように……」
「コーチしてるうちに赤ちゃんプレイを求めるように……」
「リンクメイトでいるうちに私も変態化するのか」
「ギオルギーは大丈夫よ。変態が変態化してもただの変態よ」
「そうか、安心した」
「昔のヴィクトルって恋愛も友達付き合いもそつなくこなしてスケート一筋って感じだったじゃない」
「少なくとも生徒につきまとって朝から晩までストーカーじみた求愛をするタイプじゃなかったよな」
「本当の愛に出会って心の内を解放したんじゃないか?」
三人は顔を突き合わせてうんうんと唸った。
「ずっと気になってたことがある。プロポーズした夜、アイツめちゃめちゃ浮かれてたよな」
「股間から鳩出すくらいにね」
「実はロブスターも出したのを目撃した」
「ユウリ・カツキのスラックスどこにつながってんのよ」
「ポロッと言ってたんだよ。『長い時間かかったけどようやくヴィクトルを手に入れられた』って」
「それはずっとヴィクトルを目標にスケートやってきたという話じゃないか?」
「私、『ヴィクトルが変態で嫌にならないの?』って聞いたことあるんだけど、『やっとコーチと生徒の壁を越えてくれるようになって嬉しい』って。もしかしてユウリ・カツキは周囲を変態化させる特殊技能を自覚して使ってる……?」
「実は私もユウリ・カツキから聞いたのだが、『ヴィクトルはとても自制心が強いので、ここまで落とすのに苦労した』と。そのときは意味がわからなかったのだが」
決定的な証言に、三人の視線が泳いだ。
「俺たち、今までカツ丼がヴィクトルの手に落ちたんだと思ってたけど」
「ユウリ・カツキの魔性にヴィクトルが絡めとられてたのかも」
「これも、愛、か」
勝生勇利の秘密に気づいてしまった三人は無言で立ち上がり、食堂を後にするのだった。
つづく…?
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スケート大国ロシアの伝統と誇りを刻んできたチムピオーン・スポーツクラブ。<br />その食堂では今日もトップスケーターたちがワイワイガヤガヤ何ごとか話しているようだ。<br />若きスケーターたちの青春がそこにある。<br /><br />8/11夏コミ、8/19夏インテの無配小冊子です。<br />『クラブ・チムピオーンの優雅な日常』(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9082290">novel/9082290</a></strong>)<br />『クラブ・チムピオーンの華麗な日常』(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9135619">novel/9135619</a></strong>)<br />に続く変態ヴィクトルと愉快な仲間たちがだらだら食堂でしゃべってるだけのキャラ崩壊コメディです。<br /><br />8/30までネットプリントできます→<strong><a href="https://twitter.com/ushibito217" target="_blank">twitter/ushibito217</a></strong><br /><br />※お知らせ<br />ご好評いただきましたヴィク勇初夜プチアンソロジー『First Night Collection』(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9463479">novel/9463479</a></strong>)ですが<br />無事に最後のイベント頒布を終了し、残すところは書店委託分のみとなりました。<br />書店での取り扱いもこの夏で終了いたします。<br />ご検討中の方は、お早めにどうぞ。<br /><br />夏コミ新刊『ヴァルボリの夜にきみとキスしたい』(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9947270">novel/9947270</a></strong>)<br />通販委託<br />とらのあな様→<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fec.toranoana.jp%2Fjoshi_r%2Fec%2Fitem%2F040030654114" target="_blank">https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040030654114</a><br />K-BOOKS様→<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fwww.c-queen.net%2Fi%2F2915500002" target="_blank">https://www.c-queen.net/i/2915500002</a><br /><br />夏インテ新刊『僕はΩじゃありません!!』(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10004077">novel/10004077</a></strong>)<br />通販委託<br />とらのあな様→<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fec.toranoana.jp%2Fjoshi_r%2Fec%2Fitem%2F040030662673" target="_blank">https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040030662673</a><br />K-BOOKS様→<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fwww.c-queen.net%2Fi%2F2915500003" target="_blank">https://www.c-queen.net/i/2915500003</a><br />フロマージュ様→<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fwww.melonbooks.co.jp%2Ffromagee%2Fdetail%2Fdetail.php%3Fproduct_id%3D403544" target="_blank">https://www.melonbooks.co.jp/fromagee/detail/detail.php?product_id=403544</a>
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クラブ・チムピオーンの幽玄なる日常
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10037377#1
| true |
こちらは実況者様の名前をお借りした2.5次元の作品となっております。
以下の点にご注意ください。
※一応軍パロです。
※某ナゾトキシリーズの世界観のパロです。
※総統様と書記長様と外交官さんが出ます。
※関西弁が解らない。口調があやふや。
※登場人物、背景、その他諸々全てにおいて捏造
※実況者様の性格に一部、自己解釈があります。
※ご本人様とは一切合切関係がございません。
※関西弁が解らない(大事な事なので二回書きました)
※無断転載、晒し、その他すべてご本人様方に迷惑がかかる様な行動はおやめください。
※実況者様の事を誰一人貶すつもりは決してありません。
※実況者様の性格に一部、自己解釈があります。(大事な事なので二回書きました)
それでも大丈夫ですか?
[newpage]
[chapter:本作の楽しみ方]
本作はナゾトキゲームブック風になっております。
最初に読む時は章跳びを必ず行わないでください。
この本は普通に物語を読むストーリー部分とナゾを解くナゾトキ部分に分かれています。
ナゾトキ部分では下部のページ送りではなく、選択肢の傍にあるページを選択してください。
途中にも選択肢がある場合は、選択肢を選んでください。
ナゾは頭/の/体/操や各関連書籍を参考に作成いたしました。
コメントにネタバレがある可能性もありますのでご注意を。
それではどうぞ、皆様楽しいナゾトキを!
[newpage]
―――そこは不思議な王国だと、周りから囁かれていた。
軍国家では無い。
物資、娯楽、数多の物を輸出し栄えている国だった。
武器の輸出はした事が無いが、自衛の為に少し輸入している。
だが物資も、娯楽品も、どれも質が良い。
どんな国でもその王国と同盟を結びたがった。同盟を組めば質の良い品々を大幅に値引きされて仕入れる事が出来る。
しかし同盟を組もうと思ったら、気になる事が一つある。
その王国はどんな国か―――。
王国に向かった事がある人々に聞くと様々な反応が返ってくる。
ある人は笑顔で言う。
「あの国は面白い国だよ!暇人は一度でもあの国に行ってみるべきさ!」
ある人はしかめっ面で言う。
「あの国はつまらない国だ。馬鹿馬鹿しい事に付き合いたく無ければ行かない方が良い」
ではどの様な事があの国であるのか。
そう聞くと、どんな感想を持っていようと皆が同じ事を言う。
「行ってみれば良い。言葉で説明しても意味が無い。あの王国に行かなければあの国の事なんて何一つ解らないよ」
だから同盟に向かう人々は、王国がどんな場所なのか解らないまま。
だけども行ってみると「なるほど素晴らしい国だ!」と言う人も「あの国はふざけている!」と怒る人も居る。
その人達も「行かなければ解らない」と告げるのみ。
謎が謎を呼ぶ、不思議な王国。
その真相を知るのは、王国に足を踏み入れた者のみ―――。
[newpage]
*
「って言うのがこれから向かう国の事なんやけど」
オスマンの言葉に、グルッペンもトントンも不可解そうに眉をひそめた。
ここはとある列車の一等席。我々軍の総統であるグルッペンは書記長のトントンと外交官のオスマンを連れて、件の王国へと同盟を結ぶために向かっていたのだ。
オスマンの報告を聞いて、グルッペンはふむと腕を組んだ。
「その様な噂があると知ってはいたが、まさかあんなに徹底して隠されているとはな」
「大先生とロボロが調べても解らんかったんやろ?その国の詳細」
トントンが言うと二人も頷く。
元々は兄さんが新たな物資開拓地として王国の王様に話を付けたと言う一通の手紙が事の始まりだった。
後に詳しく電話で兄さんから話を伺うと、軍備施設を持っていない王国では他国に攻め込まれても良い様にどこか強い軍と同盟を結ぼうとしていたのだ。その事を知った兄さんは王様に出会い、お互い話し合ってどちらも有益になると結論を出した。しかし同盟を結ぶのならば国同士の了承、総統直筆のサインが必要となってくる。
兄さんは「あの国は調べるよりも見に行った方が良い。調べても無意味だからな」と言って電話を切った。
それを聞いた情報収集二人組が「兄さんもらしくない事言うなぁ」「俺らの情報収集力舐めんなや!」と本気を出して王国についての情報を集めようとした。どのみちグルッペンが直々に向かう国に罠があっては遅いのだ。
しかし―――何も見つからなかった。
その国は王様が収めている、輸出入で成り立っている、そんな誰もが知っている情報しかない。
その国に入ると何があるのか、何が起きるのか、国民はどの様な人々なのか―――それらが一切解らないのだ。
出発ギリギリまで粘ったが、怪しい情報も有益な情報も得られず。意気消沈の二人を慰めながら、三人は王国へと向かったのだ。
「大先生があんなに意地を剥き出したの久々に見たな……。『とんちほっといて!これは俺の戦いなんや!』って」
「ロボロも『何か一つ見つけるんや』ってサンドウィッチ食べながら頑張っていためう。尽きる度にゾムが継ぎ足して延々とサンドウィッチ食べてる事に気付いていなかったけど」
食害に気付かない程追い込まれていたようである。
「……で、グルさんどうするん?」
「どうもこうもないだろう、トン氏。兄さんが言っていた通りじゃないか。百聞は一見に如かず。……刺客だらけの王国もなかなか面白いと思うが」
「全然面白くないですけどねぇ!!」
「それ俺らの胃が痛くなるだけめうぅ~」
怒るトントンと呆れるオスマン、それを見てグルッペンは「はっはっはっ」と笑う。
どのみち王国が荒れていようが何していようが、グルッペンが「良い国」だと思わなければ同盟なんて組まない。教養が高く見えても相手が低く出てきても、だ。
さてこれから行く国はどんな場所なのか、想像がつかない方が何が起きるのか解らなくて楽しみじゃないか。
未だに事前策を相談するトントンとオスマンを横目に、グルッペンは王国でどんな事が起きるのか、良くも悪くも期待していた。
出来れば本当に刺客がいっぱい居て、戦えたら良いなぁと思ったけど。
そう言ったらトントンに小突かれたけれども。
蹄でどつくのは止めてほしいゾ。
「普通に手やったろが!!」
[newpage]
*
「――――我が国に入るには、入国許可書が必要なのですが」
「「「えっ?」」」
その兵士の言葉に、グルッペン達は虚を突かれた様な顔をした。
列車は王国の最寄り駅まで着いた。王国に入るには行商人達が向かう場所とは別の所から入らなければいけないらしく、そちらの方に三人は向かった。
そうして門番の兵士に声をかけ、入ろうと思ったらこの第一声だったのだ。
何で驚いているかって?
兄さんから一言もそんな事聞いていないからだよ!!
「えっ、ちょっ、トン氏、オスマン、お前等許可書なんて聞いたか?」
「聞いとらん、聞いとらん!第一兄さんにそう言う書類が必要かって聞いたら兄さん必要無いって言っとったし!」
「トントンの言う通りや!俺も外交先でねちねち言われる事があるから再三兄さんに聞いたんや!でも兄さんは話は通してあるからって!」
「おいおい、どう言う事なんだゾ……?」
「……もしかしてですが、貴方方はこの国に入るのは初めてなのですか?」
怪訝そうに聞く兵士に、慌ててオスマンが一歩前に出て言う。
「そ、そうなんです!王様の方に話は通っているはずです、確認してください!私は我々軍の―――」
「我々軍の――――ああ!貴方方が!それは失礼いたしました!」
ぴしっと兵士が敬礼する。
話は一応門番の耳には入っていたようだ。話がこじれなくて良かった、と三人は胸を撫でおろす。
「では、私達は王様に会いに行きたいのですが、入国許可書とは……」
「いえ、いえ、大丈夫です。貴方方がこの国に『初めて入る』のならば入国許可書を知る筈がありません!それで良いのです、でなければこちらがつまらない!」
「………はい?」
「ああ、申し訳ありません。聞けば我々軍は皆が戦争大好きの戦闘狂、それはそちらに総統様が戦争好きだから……と聞きましたが、どうでしょうか?」
兵士の突然の言葉に、グルッペンは目を白黒させつつも頷いた。
事実本人が戦争大好きおじさんと呼ばれる程に戦争好きだったがゆえに、闘争心が高い幹部達が居て、内ゲバ三昧の現状を受け入れる兵士が居るのだ。一度なんてテロを起こそうとした他国のスパイ達が国民達に総出でフルボッコにされたと言う伝説がある。
しかも五回。
伝説は五回もいらない。
それも踏まえて頷くと、兵士はさらににっこりと微笑んで言う。
「ならば解っていただけると思います!貴方達が戦争好きの総統様に集まった様に、私達も王様と趣味がかち合って集まった者達ばかりなのです!」
そう言って兵士はピッ!と笛を吹いた。
途端、三人の兵士達が慌ただしく駆けつけてきた。
素早い動きでグルッペンの前に立ったトントン、オスマンを見ながら、笑みを崩さずに兵士は告げた。
「ですので――――まず、我が国に入る前にウォーミングアップをどうぞ!」
剣を抜こうとする書記長と外交官よりも早く、兵士は勢いをつけて叫んだのであった。
「それでは!一問目のナゾ!出させていただきます!」
「「「いえっさー!!」」」
「は……」
「え?ナゾ……?」
突然の発言にぽかんと動きを止めるトントンとオスマン。
グルッペンも何事かと兵士を見つめている。兵士はもう一度敬礼するとにこやかに言う。
「言ったでしょう。私達は王様の趣味にかち合い理解し合い、そうして集まった者達ばかりなのです!王様の趣味、それは―――ナゾです!誰もが頭を捻って考えてしまう、そんな謎を作成するのが大好きなのです!それはもちろん、私達もですよ!」
満面の笑みを浮かべる兵士達に、トントンもオスマンもリアクション出来ずに固まっている。
だけどもグルッペンはある事に気付いた。
―――この国の情報が徹底的に隠蔽されていた事だ。
それはつまり。
「そうか。ある者はこの国でナゾを楽しみ、ある者はこの国のナゾでこてんぱんに間違いを続けたか馬鹿馬鹿しいと踵を返した。だけども国の詳細を言ってしまえば対策を立てて向かうから楽しむ事も苦い経験もさせる事が出来なくてつまらなくなってしまう、と言う事か―――」
「さすが我々軍の総統様ですね!もちろんナゾの答えをばらされたくない、と言うのもありますが。さて、どうしますか?このナゾが解けなければ貴方方は我が王国に入る事は出来ません。ナゾ、解明しますか?」
兵士に問われ。
グルッペンとトントンとオスマンは顔を見合わせた。
何だかよく解らないが――――よく解らない方が生真面目でつまらない国よりも面白い!
どのみち王様に会わねばならないのだ。返事は一つしかない訳だ。
「もちろんだゾ!受けて立とうではないか!」
「一応喧嘩以外のモノでも売られたら買うからな、俺ら。はぁー、変わった国やなぁ」
「まぁまぁ。俺も我々軍の参謀役めう、すぐに解いてみせるめうー」
そう答えた三人に、兵士は三度目の敬礼をして言う。
「そう来なくては!ここ最近はすぐに帰る方が多くてつまらなかったのです!では―――」
+
+
+
[newpage]
[chapter:ナゾ 001 ウソツキな門番]
王国に入るには兵士から入国許可書を手に入れなければならない。
しかし兵士は3人居るが入国許可書を作成出来るのは正直者の兵士1人だけ。残りの2人はへそ曲がりの嘘吐きだ。
以下の証言を聞いて、入国書を作成出来る正直者の兵士を見つけてほしい。
兵士A「私は入国書を作成出来ます。何故なら私は正直者だからです」
兵士B「Aの言っている事は嘘です。私が入国書を作成出来ます」
兵士C「Bこそ嘘吐きです!入国書は私が作成出来るのですから!」
正直者は誰?
兵士A[jump:7]
兵士B[jump:8]
兵士C[jump:9]
[newpage]
不正解!!
トントン「あれ!?ちゃうんかった!」
オスマン「ちょっ、さすがに大口叩いてこれはあかんって!」
グルッペン「嘘吐きは二人、真実を言う者は一人。つまり話の矛盾を生まない様にするには―――」
問題に戻る[jump:6]
[newpage]
グルッペン「正直者の兵士は―――Bだ!」
兵士「正解です!さすがは総統様ですね!」
トントン「んー……!そっか、一人だけが正直者なんやから、他の奴らの発言をひっくり返して矛盾が無いかあてはめてみればええんやな!」
オスマン「そうなるとBだけが正直者の場合は他の二人の嘘の証言をひっくり返すと―――
(カッコ内が本当の意味)
門番A「私は入国書を作成出来ます(出来ない)。何故なら私は正直者だからです(嘘吐きである)」
門番B「Aの言っている事は嘘です。私が入国書を作成出来ます」
門番C「Bこそ嘘吐きです!(Bは正直者)入国書は私が作成出来るのですから!(出来ない)」
と、なって話が成立するめう。他の二人が正直者だと問題が成立しないめうー!」
いざ入国許可書を手に入れよう[jump:10]
[newpage]
不正解!!
トントン「あれ!?ちゃうんかった!」
オスマン「ちょっ、さすがに大口叩いてこれはあかんって!」
グルッペン「嘘吐きは二人、真実を言う者は一人。つまり話の矛盾を生まない様にするには―――」
問題に戻る[jump:6]
[newpage]
「ではこちらが入国許可書になります」
ナゾを解いた後、正直者の兵士が持ってきた入国許可書をグルッペン達は見た。
てっきり書類なのかと思いきや、赤いリストバンドのような形をしている。金色にこの国の文字で「私は他国からの入国者です」と印字がしてある。
「皆様はこちらの許可書を腕に付けていただきます。国に居る間は決して外さない様にお願いいたします」
「解ったゾ。……ふむ、こんなものか」
「(何か毒を仕込む仕掛けは無さそうやな)……つけたで」
「つけためう。これで入国できるめうね?」
「そうです。そして貴方達はこれではっきりと他国のお客様だと解ります。先程も私は言いました。王様のナゾ好きに集まった者ばかりいるのがこの国なのだと」
兵士の言葉にグルッペン達は一瞬考え。
次の瞬間に気付いた。
それはつまり―――。
「……国民達は隙あらば、ナゾを出してくると言う事か!!」
「その通りです、総統様!さぁ、ナゾが詰まった我が王国へようこそ!」
兵士が手を上げると、三人の兵士達が門を開く準備をする。
それを眺めながら、グルッペン達は話し合う。
「どう思う?トン氏、オスマン。俺はなかなか面白いと思うが……」
「ちょっとギブアップする奴の気持ちも解らなくは無いって感じや。いろいろと変わっとるやろ、この国!」
「俺は楽しいから良いめうー!むしろ大先生とエミさん連れて来てみたいわ!」
「インテリ組はこの王国を気に入るのか気に入らないのか……」
微妙な判断だな、とグルッペンが思うのと。
門が開いたのはほぼ同時だった。
:
王国はとても賑やかだ。
数多の人達が行きかい、商人達が物を売り買いしている。
活気溢れた楽し気な場所、と言うのが王国の第一印象だった。
グルッペンもトントンもオスマンも、行きかう人達の様子を観察していた。
「ふむ、なかなか治安は良い方だな」
「はえー、あれ他国やとめちゃくちゃ暴利な値段で売っとる品やん。めっちゃ安くなっとる。帰りに買おうかなぁ……」
「美味しい甘いモノないかなぁ~、じゃなくて!まずは王様の所に行かないといけないめう!えーと、王様の城に行く道は……」
「「お困りですかな、お客様方!!」」
途端、三人の背後から声が響いた。何だか二重に響くおかしな聞こえ方をしていた。
そしてそれがおかしな事でも無いと気づいたのは振り向いた時だ。
なんとまぁ、そこに居るのはそっくりな双子の警官ではないか!
縮れた赤毛も、目立つたらこ唇も、着ている服どころか立ち方までそっくり同じなのである。
あっけにとられている三人に警官達はお互いの腕を組んでその場でぐるぐる回りながら告げる。
「はじめましてであります、僕はピーター!」
「僕はペーター!この王国で警官をしているのであります!」
何と声までそっくり同じ。
これがお互いの腕を組んでとってとってと回り続けるのだからどっちが喋っているのか全くもって解らない。
「す、凄いゾ、ここまで見分けがつかない双子は初めて見た……」
「光栄であります!お客様!」
「自分達、こうやって皆さんをびっくりさせるのも好きなのであります!」
「か、変わっとるなぁ。……あんたら、王様の居る城までの道のりって解るか?」
「もちろんですとも!だって自分達警察官でありますから!」
「そうであります!困っているお客様を助けるのも警察官の務めなのであります!」
「えっと、それじゃあ教えてほしいめう。王様の所に行く道はどこにあるめう?」
「お教えしましょう!」
「でもでもその前に!」
ぐるんぐるんと回っていた二人はピッと足を止めて。
何故かの場で片方が中腰になり、その膝にもう片方が乗るサボテンのポーズをしながら叫んだ。
「「僕達のナゾを解くのであります!!」」
「こういう形でブッ込んでくるのか!」
「結構えげつない感じで攻めとるな、おい!」
「でも答えないとお城に行けないんやから、気合入れていくんや!!」
おー!と気合を入れるオスマンに、グルッペンとトントンもつられて拳を上げる。
何だか妙なノリになってしまったなぁ、と思いつつ、警官達が出題するナゾを解く事になったのだった……。
+
+
+
[newpage]
[chapter: ナゾ 002 そっくりすぎる双子]
「自分達、見た目も年も同じの双子であります!」
「他に兄弟姉妹などは居ない、正真正銘の双子であります!」
「服装もあえて同じものを揃えるのでもはやドッペルゲンガー状態であります!」
「学校の先生や友人、それどころか両親まで見分けがつかない状態であります!」
「唯一の違いは兄のお尻に四角い痣があるぐらいであります!」
「さて、服を着た状態ならば出会う人全てが僕らの違いは解りませんが」
「それでも実は、僕が兄か弟か、解る人が居るのであります!」
「おっと、もちろん神様とか抽象的なモノではないでありますよ」
「では―――」
両親も、友人も、学校の先生も、出会う人全てが判別出来ない双子。
それでもその双子を判別出来る人はこの地球上に存在する。
〇か、×か。
〇[jump:12]
×[jump:13]
[newpage]
トントン「双子を判別出来る奴……!!正解は〇や!」
双子「「ほう、それはなぜですかな?」」
トントン「俺もグルさんもオスマンもお前らの見分けは付けられへん。でもそれがお前ら自身なら―――自分の兄、自分の弟の事なら、絶対に違いは解る筈やろ?」
ピーター「大正解!僕が兄のピーター!」
ペーター「そして僕が弟のペーターです!」
双子「「正解おめでとうございます~!!」」(ぐるぐるぐるぐるぐる)
トントン「もう見分けがつかなくなるから回るなや!!」
グルッペン「確かにあの双子自身なら地球上で唯一判別出来る存在、と言う事も出来るな」
オスマン「おえっ、ぐるぐる回るの眺め続けとったら酔った……」
お城に向かう道は?[jump:14]
[newpage]
不正解!
トントン「あれ!?確率二分の一間違った!?」
グルッペン「いやいや、今でもぐるぐるしているあいつらの見分けなんかつかないだろ」
オスマン「うーん、自分が誰か何て自分自身しか解らんし」
トントン「自分自身……?そうか!そう言う事か!」
問題に戻る[jump:11]
[newpage]
「それでは説明するであります!」
「お城への道はこの入り口前広場から三つに伸びている大通りから行けるであります!」
「一番右側は商店街通りになるであります!」
「自国製品のモノ、他国から輸入したモノ、何でも揃っているであります!」
「へぇ、そんなお店がいっぱい詰まった通りは見てみたいと思わない?なぁ、グルさん」
「そうだなぁ。覗いてみるのもありだな」
「真ん中は観光客に大人気のスイーツ通りになっているであります!」
「美味しいお菓子!美味しいスイーツ!女子は皆引き寄せられるであります!」
「「スイーツ!?!?」」
「甘党総統とJKの食いつきが半端ねぇ!!」
「一番左側は夕暮れ時から賑わう食事処が多い通りになるであります!」
「今の時間帯でもちょっと異常にクレイジーな店主がお店をやっているであります!」
「ちょっと異常にクレイジーって凄い語彙力めう」
「何があると言うんだゾ、そのお店……」
「どちらの道もかかる時間は同じであります!」
「それでは皆様方、我が国とナゾをたっぷり楽しんでほしいであります!」
「行っちゃっためう……。コマみたいにくるくる回りながら進んでいるめう……」
「変わった双子やったな。で、グルさんどこから行く?」
「うーん……」
「少しお土産でも買っていくか」右の大通りへ[jump:15]
「やっぱり甘い物が気になるんだゾ!」真ん中の大通りへ[jump:22]
「異常にクレイジーな店主ってどんななんだゾ…」左の大通りへ[jump:27]
[newpage]
右の大通りに入ると、たくさんのお店があった。
文具店、雑貨店、本屋、家具店、洋服屋、エトセトラエトセトラ……。
人々はたくさんの買い物をして、大きな荷物をほくほく笑顔で運んでいる。
門番程度の武力しか扱っていない王国だが、武器もそれなりに充実していた。もっともその場で使えない様に安全装置がごてごてに付けられていたが。
そんな商店街を歩くのは、グルッペン達も楽しいモノなのだ。
「おっ。これはゾムが喜びそうなナイフだな。あいつこの前10人でやった人狼で一番胃を痛めていたから買ってやるか」
「ロボロのヘッドホン壊れかけとらんかった?この国の情報収集で疲れとる感じやったし、お土産に買って行こうや」
「ひとらんが喜びそうな筆があるめうー!この前やっていたしょどう?ってのに使えそうめうー!」
それぞれがお土産を購入し、その品々に対して談笑を続けていると。
三人が話し合っていたその近くのお店で、悲痛な叫びが響き渡った。
「あああああああーーーーー!!!んもう、店長のばかばかばぁあああああか!!!こんなメモで何が解るって言うのよぉおおおおおおお!!!!」
見ると可愛らしいポニーテールの少女が、焦った表情で箱を抱えて右往左往している。
どうやらこのお店はこれから開店するらしく、その準備に追われているらしい。しかし困った様な顔でお店の周りをうろうろしている。
あまりの悲し気な顔に、思わずオスマンが彼女に話しかけた。
「あの、いったいどうしたのでしょうか」
「え?あら、貴方お客様ね。ナゾを出したいんだけど今忙しいし……うーん、むしろこれをナゾって事で一緒に解決してほしいの!」
「解決、と言うのは?」
「まず私の名前はソフィア。店長に留守を任されていたんだけど―――」
ソフィアの説明に、少し離れた場所で様子を伺っていたグルッペンとトントンも近づいた。
そうして彼女の悩み事と言う名のナゾを解く事になったのだった。
+
+
+
[newpage]
[chapter: ナゾ 003 ずぼらな店長のメモ]
店長が今日入荷する商品の配置についてメモして出かけて行ったんだけど、短いうえになんだかメチャクチャ!
しかも大目玉商品であるぬいぐるみの配置場所が何処にも書いていないの!
ねぇ、貴方はこのメモを見て、ぬいぐるみをどこの台に置けばいいのか解るかしら?
今日入荷された商品
ペンギンぬいぐるみ・チワワポシェット・ヒツジクッション・ポメラニアンペンシル・ぶたさん消しゴム
・店長の残したメモ
*消しゴムはクッションの隣
*ペンシルはポシェットの2つ右隣
*消しゴムは一番左
台はそれぞれ以下の通りに並んでいる。
A B C D E
一番左■ □ ■ □ ■一番右
ペンギンぬいぐるみを置く場所は?
A[jump:17]
B[jump:18]
C[jump:19]
D[jump:20]
E[jump:21]
[newpage]
不正解!
オスマン「あ、あれ?これじゃあメモ通りにならないめう!」
グルッペン「うーん、地道に並べないと解らないと思うゾ」
トントン「肝心のぬいぐるみの事には一切触れとらんからなぁ」
オスマン「いや、他が解ればぬいぐるみの場所も解るはずめう!もう一度!」
問題に戻る[jump:16]
[newpage]
不正解!
オスマン「あ、あれ?これじゃあメモ通りにならないめう!」
グルッペン「うーん、地道に並べないと解らないと思うゾ」
トントン「肝心のぬいぐるみの事には一切触れとらんからなぁ」
オスマン「いや、他が解ればぬいぐるみの場所も解るはずめう!もう一度!」
問題に戻る[jump:16]
[newpage]
不正解!
オスマン「あ、あれ?これじゃあメモ通りにならないめう!」
グルッペン「うーん、地道に並べないと解らないと思うゾ」
トントン「肝心のぬいぐるみの事には一切触れとらんからなぁ」
オスマン「いや、他が解ればぬいぐるみの場所も解るはずめう!もう一度!」
問題に戻る[jump:16]
[newpage]
オスマン「メモ通りに並べて行けばAの台には消しゴム、Bの台はクッション、CがポシェットでDがぬいぐるみ、そしてEがペンシルになるからDの台に置くのが正解や!」
グルッペン「おお!確かに一番左の消しゴムの隣がクッションで、ペンシルはポシェットの2つ右隣!メモの通りに並んでいるゾ!……しかしこのグッズって……」
ソフィア「ありがとう、お客様方!お礼にこちらの新商品、我々軍幹部モチーフグッズを差し上げます!涎を垂らした様にティッシュを仕舞えるチワワポシェット、何故か狐のアイマスクもセットのヒツジクッション、スコップかシャベルか解らない見た目のポメラニアンペンシル、眼鏡にバールを持った紳士ペンギンぬいぐるみ!そうだ、そこにお兄さん、この赤い模様入りのぶたさん消しゴムいかがですか?何だかお兄さんにぴったりですから!」
トントン「使っていると複雑な気持ちになりそうやからええわ……」
一件落着!お城に向かおう![jump:34]
[newpage]
不正解!
オスマン「あ、あれ?これじゃあメモ通りにならないめう!」
グルッペン「うーん、地道に並べないと解らないと思うゾ」
トントン「肝心のぬいぐるみの事には一切触れとらんからなぁ」
オスマン「いや、他が解ればぬいぐるみの場所も解るはずめう!もう一度!」
問題に戻る[jump:16]
[newpage]
真ん中の大通りに進んだ瞬間、グルッペンとオスマンのテンションは爆上がりになった。
なんせ漂う甘い香りも、至る所に並んでいるケーキの写真も、甘党の心をくすぐるには一番だったからだ!
女子達がクレープやドーナツを食べるのを横目に、お店の目星をつけ始める二人を見てトントンはため息を吐いた。
「お菓子なんてみんな同じや無いの……?」
「一つ一つ違うから良いんだゾ!おっ、オスマン!あそこチョコフォンデュタワーを実際に出しているお店だゾ!」
「まじで!あっ、でもあっちの生クリームメガ盛りパンケーキも気になるぅ!」
「どこから行けば良いんだ、揚げドーナツ掬いなんて自分で好きなだけドーナツを掬っていいし、出来たてあつあつに好きなアイスをかけていいなんて太っ腹が過ぎる……」
「きゃー!あそこの抹茶パフェ、すっごい美味そう!前にひとらんが美味しい抹茶は苦くないって言っていたけど試してみたいめうー!!」
「完全にテンションだけなら溶け込んどるな……」
見た目は男二人(どちらも美形)がきゃあきゃあ言っているだけなのだが。
女子達が既にぽわぁんとなっているので、魅了スキルでも持っているのだと思われる。
ははは、と笑っているトントンの鼻にも甘い香りが辿り着いた。
見ると一件のお菓子屋から焼き菓子の良い匂いが漂っているのだ。思わずトントンはそこに近づいた。
「何や、ええ匂いがするなぁ」
「らっしゃい!おっ、にいちゃんお客様だね!ナゾの前に焼き立てクッキーをどうだい?」
「それじゃ一口……ん!さくさくなのに口の中でふわっと消える、甘すぎないし苦すぎない、美味いわぁ……」
「あたぼうよ!毎朝新鮮な卵と小麦を仕入れて作っているんだ!べらぼうに美味いに決まってらぁ!」
「(でもどう見てもこの店員さんのテンションは居酒屋なんやけどなぁ)」
「して、お客様はこの俺様、シラキのクッキーが欲しいのかい?」
「(居酒屋……)」
人間ってどんな性格の人でも何が自分の天職になるのか解らないですね、はい。
と、トントンがクッキーを食べているのに気づいて甘党二人が駆けつけてきた。
既に保冷剤入りの袋が複数あるんですけど、あーた!
「ずるいめう!ずるいめう!トントンだけ美味しいクッキー食べてずるいめう!」
「俺も俺も!俺もそのクッキー食べるんだゾ!」
「待てやぁ!俺が目を離した隙に何件分のお菓子買っとるんや!えぐい量やな!」
「はっはっはっ!にいちゃん達みたいな甘党が居るのなら、もっといいお菓子を用意しないとなぁ!そうだ、このナゾを解いたら好きな商品を一人一個無料で提供しようじゃないか!」
「「その話乗ったぁああああ!!!」」
甘党の勢いが凄い。
あとグルッペンの頬に生クリーム、オスマンさんの唇に抹茶の粉が付いているんですけど。
食べたのか、食べたんだな?
まぁツッコむの疲れたトントンは、グルッペンとオスマンがナゾを解くのを眺めるのであった。
+
+
+
[newpage]
[chapter: ナゾ 004 お約束のメニュー]
そのお菓子屋さんは月曜日から始まって日曜日まで毎週日替わりで特別メニューを出している。さらに週ごとに内容が違うらしい。
ただしメニュー内容を決める法則は必ず同じのようだ。
今週のメニューが以下の場合、来週の月曜日の特別メニューは何だろうか。
月:ドキドキアップルパイ
火:ワクワクオレンジゼリー
水:しゅわしゅわレモンキャンディ
木:あまあまメロンタルト
金:ぷかぷかラムネケーキ
土:ぱくぱくブルーベリーパイ
日:しっとりグレープアイス
A:チョコマシュマロ B:バナナパフェ C:ストロベリーアイス
A:チョコマシュマロ[jump:24]
B:バナナパフェ[jump:25]
C:ストロベリーアイス[jump:26]
[newpage]
不正解!
グルッペン「あれ!?違った!?」
オスマン「いやぁあああ!!甘いモノ買えないぃいいいい!!!」
トントン「落ち着けや!法則性を探せばすぐなんやないの?」
グルッペン「だがお菓子の種類でも擬音の関係性も無いみたいだゾ」
オスマン「後はお菓子の名前になっとる果物がどう言う意味を持っているかやな……」
問題に戻る[jump:23]
[newpage]
不正解!
グルッペン「あれ!?違った!?」
オスマン「いやぁあああ!!甘いモノ買えないぃいいいい!!!」
トントン「落ち着けや!法則性を探せばすぐなんやないの?」
グルッペン「だがお菓子の種類でも擬音の関係性も無いみたいだゾ」
オスマン「後はお菓子の名前になっとる果物やお菓子がどう言う意味を持っているかやな……」
問題に戻る[jump:23]
[newpage]
グルッペン「答えはCのストロベリーアイスだ!」
トントン「え?なんでそうなるん?」
オスマン「あの看板メニューに使われている果物やお菓子に注目するめう!アップル、オレンジ、レモン、メロン、ラムネ、ブルーベリー、グレープめう。それぞれ見た目はどんな色めう?」
トントン「色?アップルは林檎やから赤、オレンジはオレンジ、レモンは黄色、メロンは緑、ラムネは水色、ブルーベリーはブルーやから青、グレープは紫……そうか!虹の七色や!」
グルッペン「つまりこの看板メニューは毎週虹の七色、赤・橙・黄・緑・水色・青・紫の色になる様にお菓子や果物を決めていたんだゾ!つまり来週の月曜日、赤色の果物はストロベリー、苺のみだ!」
シラキ「大正解だぜ!にいちゃん達にはクッキー付きのストロベリーアイスもおまけに付けるぜ!さぁ、他に持っていくお菓子は何が良いか選んでくれ!」
グルッペン「えーとえーと、フォンダンショコラも捨てがたいし、クリームブリュレも良いゾ!」
オスマン「カップケーキはプレーンもチョコも紅茶も美味そうやし、このタルトも宝石みたいで綺麗で美味そうや……!」
トントン「(どんだけ食べるんや、あんたら……)」
一件落着!お城に向かおう![jump:34]
[newpage]
左の大通りは確かにまだほとんどのお店が開いていないせいか、人は少なかった。
レトロ調なお店達は見ているだけでも楽しいし、とても落ち着く雰囲気を持っていた。
それにこれから仕込みをしているのだろう、肉料理のソースの匂いや、どこかで作っている美味しい料理の匂いなどがゆったりと漂っている。
それにところどころはカフェもやっている様で、集まる所に人は集まっている様だ。
「この通りなんてゾムが好きそうじゃないか。きっと喜んでお前とコネシマを連れ回すんだろうなぁ」
「居酒屋もあるし焼き鳥屋もあるし牛丼屋もあるしレストランは何件もあるしハンバーガー屋もある……つんだ……」
「この前の大先生とエミさんが死んだ顔しながらゾムに引きずられとったもんなぁ」
えぐい食害があった様だ。
ちなみに鬱もコネシマもしばらく自室で寝込む程にやられたらしい。
適度に美味しいモノを食べようぜ、うん。
何て歩いていると、一軒のお店から人が現れた。
ムッキムキのマッチョだった。そして。
「あら~!可愛いお客様達ね!この国には観光?お暇ならワタシとデートし・ま・しょ♡」
オネェさんだ。
わりとベターに濃いオネェさんがやって来ました。
刹那の動きでグルッペンさんとトントンさんがオスマンさんの背後に隠れたのは言うまでもない。
素早い。疾風かと思った。
「ちょっ!何するんや!」
「JK頑張れ!お前ならいけるいける!」
「よくしんぺい神とよく解らん談義していたんやからいけるいける!」
「いきたくないいきたくない!押さないで押さないで!」
「んもぅ!照れ屋さんね!でもワタシは赤いマフラーのお兄さんが一番好みよ♡」
「ほらご氏名やぞトントン!」
「いやぁああああ!!!やめろぉおおおおお!!ケツの心配をするのはしんぺい神だけでええんやぁあああああ!!!」
「くっ!ここぞとばかりに怪力を発揮していたたたたたた!!!もげるもげる、トン氏、俺の腕がもげる!!!!」
カオス。
全員が一歩前に進みたくなくてカオス。
クスクス笑うマッチョなオネェさんの後ろから、酒瓶を持った酔っ払いが声をかけた。
「うぃー、マッドぉ、追加の酒はまだかぁー」
「ちょっとケビン!勝手にお酒飲んだわね!またソフィアちゃんに怒られるわよ!」
「うるせぇー、無断で外出したわけじゃねぇし、メモだって残したから商品は並べられるさ……ヒック、あいつらなんだぁ。お客様かぁ……うぉーい」
内ゲバ一歩手前まで進んでいた三人に、ぐっびぐっびと酒を飲みながら、酔っ払いは言った。
「もし俺のナゾが解けたら、マッドはお前達を見逃してくれるってよぉ。ひっく、まぁ解けなかったら知らんけどなぁ」
「「「意地でも解かねば!!!」」」
「頑張ってねーん!出来れば赤いマフラーのお兄さんは間違えてほしいな♡」
「死ぬ気で頑張る!!!!!」
トントンさんが真っ赤な誓いを立てた所で。
酔っ払いは酒をラッパ飲みしながら、鼻息荒い面々にナゾを出すのだった。
+
+
+
[newpage]
[chapter: ナゾ 005 賑やかな酒場]
昨晩ある酒場にて、一晩に100人もの客がお酒を飲んだ。
70%がビールを、45%はワインを、60%はウイスキーを注文した。
おつまみセットを頼んだお客は全体の3割、頼まなかったうちの23人がおつまみセットを頼んだお客からおつまみを分けて貰っていた。
3種のお酒を一度に頼んだお客が一人も居なかった場合、お酒を飲まなかった人は全体の何パーセントになるだろうか。
A:0%
B:12%
C:35%
D:78%
E:100%
A:[jump:29]
B:[jump:30]
C:[jump:31]
D:[jump:32]
E:[jump:33]
[newpage]
トントン「正解はA!0%や!だってお酒を飲んだ奴は全員って最初に言っとる!!!!」
グルッペン「気迫が凄い」
オスマン「必死なのがよく解るわ」
ケビン「正解だぜー、ういっく、つーわけで諦めな、ひっく、マッドよぉ、ひっく」
マッド「そんなに無理やりやらないわよ!仕方がないわ、でも次に来た時はお店によってねん♡美味しい厚切りステーキを用意しているわっ♡」
ケビン「こいつのステーキはこの国一番の厚さと美味さなんだよなぁ、店主があれだけで、うぃっく」
グルッペン「もう深くツッコむまい」
オスマン「もう行こうや、はよ行こう!」
トントン「疲れたぁー!どっと疲れたほんまぁー!」
一件落着!お城に向かおう![jump:34]
[newpage]
不正解!
トントン「たんまたんま!もっかいチャンス!もっかいチャンス!」
グルッペン「うーむ、少々掛け算が面倒だな」
オスマン「そうやけど……これってほんまにここまで悩むナゾやんやろうか」
トントン「もう一度読んでみれば……!!あっ、そう言う事か!!!」
問題に戻る[jump:28]
[newpage]
不正解!
トントン「たんまたんま!もっかいチャンス!もっかいチャンス!」
グルッペン「うーむ、少々掛け算が面倒だな」
オスマン「そうやけど……これってほんまにここまで悩むナゾやんやろうか」
トントン「もう一度読んでみれば……!!あっ、そう言う事か!!!」
問題に戻る[jump:28]
[newpage]
不正解!
トントン「たんまたんま!もっかいチャンス!もっかいチャンス!」
グルッペン「うーむ、少々掛け算が面倒だな」
オスマン「そうやけど……これってほんまにここまで悩むナゾやんやろうか」
トントン「もう一度読んでみれば……!!あっ、そう言う事か!!!」
問題に戻る[jump:28]
[newpage]
不正解!
トントン「たんまたんま!もっかいチャンス!もっかいチャンス!」
グルッペン「うーむ、少々掛け算が面倒だな」
オスマン「そうやけど……これってほんまにここまで悩むナゾやんやろうか」
トントン「もう一度読んでみれば……!!あっ、そう言う事か!!!」
問題に戻る[jump:28]
[newpage]
大通りを抜けて、三人はようやく王様の居るお城に着いた。
長かった。何がって訳じゃないけど長かった!
「結構な道のりだったな、なんかどっと疲れたゾ……」
「あとは同盟結ぶだけやけどこんなに時間がかかるとは……」
「とにかく早く中に入るめう~」
グルッペン達がお城に向かうと、メイド達が彼らを中に案内してくれた。
広く、しかしけばけばした物も無い、すっきりとした応接間に通された。今までの成金擬きの領主や王様に比べたらとても趣味が良い。
しばらく待っていると王様がやって来た。王様がグルッペンを見るとにっこりと微笑んで手を差し伸べた。
「ようこそいらっしゃいました!私はこの国の王であるルシャールと申します。我々軍総統グルッペン殿、ようこそ我が国へ!楽しんでいただけましたか?」
「初めまして、王。とても楽しめました。それに国民達がとてもこの国の事が好きなのがよく解りました」
「それは何よりです。書記長殿も外交官殿も、ようこそ」
お互いが握手を交わす。
比較的穏やかな空気が流れて話し合いは進む。そうして後は同盟を纏めるかどうか、まで話が進んだ時に。
グルッペンは王様に言った。
「して、王様はどの様なナゾを?」
「おや、私が出すと気づかれましたか」
「あれだけ国民がナゾ好きなのならば、その頂点に立つ貴方もとびっきりのナゾを出すと思いましたから」
「よく解りましたね、それでは」
王様がぱんぱん、と手を叩くとメイドが何かを手にして入ってくる。
見るとそれは茶色の封筒だ。
それを差し出して、王様は言う。
[chapter:ナゾ 006]
「この封筒は光に翳しても、水に濡らしても透ける事はありません。
封筒の中に何が入っているか、この状態では解りません。
ですがこの封筒の中に何が入っているのか必ず解る方法があるのです。
それは一体何でしょうか」
「水に入れても光に透かしてもダメな封筒の中の……」
「中身を必ず当てる方法……?」
うーんとトントンとオスマンは考え込む。
王様はにこにことその様子を眺めている。ナゾと言うのは人に出してその人がうんうん知恵を出す様子が見ていて楽しいのだ。
そうして王様はグルッペンの方を見て言った。
「総統様はどうですかな?」
「ははは、王様。―――私はもう、答えは解っていますよ?」
「おおっ!!」
王様が驚いた様に身を震わせた。
それは考え中だったトントンとオスマンも同じだった。
グルッペンは満面の笑みを浮かべて封筒に手を伸ばす。
「必ず中身が解る方法、それは――――」
解った貴方は解答編へ[jump:36]
解らない貴方はヒント編へ![jump:35]
[newpage]
ヒント!
王様の言葉をよく読んでみよう!
「この封筒は光に翳しても、水に濡らしても透ける事はありません。
封筒の中に何が入っているか、この状態では解りません。
ですがこの封筒の中に何が入っているのか必ず解る方法があるのです。
それは一体何でしょうか」
もしかすると貴方がやってはいけないと思い込んでいる方法があるのでは?
解った貴方も解らない貴方も、次のページで回答をどうぞ!
[newpage]
「―――こうすれば良いのです」
そう言ってグルッペンは封筒を手にすると。
その封筒の蓋を開けて、中身を見ようとしてしまうではないか。
慌てたトントンとオスマンがグルッペンを止めようとする。
「な、何しとるんや、グルさん!」
「必ず解る方法やって!蓋を開けちゃー――」
「いけない、なんて王様は言ったか?」
グルッペンの言葉に二人は瞬きをして―――。
はっと目を見合わせた。
「この封筒は光に翳しても、水に濡らしても透ける事はありません。
封筒の中に何が入っているか、この状態では解りません。
ですがこの封筒の中に何が入っているのか必ず解る方法があるのです。」
水で濡らしても光に翳しても中身は見えない、と言った。
しかし「袋から取り出さなくても『封筒の中に入っているモノが必ず解る方法』」とは一言も言っていないのだ。
引っかけだ!と二人は気づいた。その制約が無ければ封筒の中のモノを確実に確認する方法は、封筒から出して確認するが一番ではないか!
「もちろん中に入っているのは―――やはりこの書類でしたか」
グルッペンが封筒から取り出したのは同盟の為に必要な書類だった。
それを見て王様は楽し気に笑いながら言う。
「どうですか?我が国と同盟を組んでいただけないでしょうか。我が国の物資は貴方の軍に役に立つと思います。貴方の軍備がお借りできれば我が国は他国からの侵略に怯える事が少なくなります」
「もちろんですとも。私はこの国を自分の目で見ましたが、とても面白くて楽しい国でした。さらに販売されている商品も実に上質でした。貴方の国の物資を我が軍でも有効活用したいです」
それは良かった、と王様は胸を撫でおろした。
トントンとオスマンもグルッペンの判断に異論はない。この国の人々が反旗を翻す事も、裏切る事も、する様には見えなかったのだから。
そうして捺印は滞り無く終わり、グルッペン達は帰路に着く。
その時はナゾ責めにあったが、ここでは割愛する。
基地に戻ると、鬱とロボロに詰め寄られた。いったいどの様な国だったのか、一番知りたがっていたのは彼らだろう。
それでもグルッペンも、トントンも、オスマンも、彼らに言う事は一つしかない。
「あの国はなぁ」
「いろいろあったんやけどなぁ」
「言える事は一つだけやなぁ」
―――自分の目で、確かめてくる事だ!!!
ネタばらしなんて出来やしないと。
三人は顔を見合わせて笑ったのだった。
END
|
<strong>ナゾトキ×我々だっ!</strong><br /><br />※コメントにナゾトキのネタバレがある可能性があるのでご注意ください。<br />※コメント時にはナゾトキの答えに関する書き込みはなるべくお控えください。(ミス指摘は喜んで受け付けます!!)<br /><br />自分が好きで好きで仕方がない実況者様と、好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで仕方が無かったシリーズの世界観を混ぜてみました。<br />本気で、本気で人生の中で一番のめり込んだシリーズでした。未だに映画を三回見に行ったのこのシリーズだけです。その為にゲームショーに二日連続始発で行ったのもこのシリーズだけです。長崎の遊園地に遊びに行ったの後にも先にもこれだけです。別のシリーズでは名古屋にも行きました!!(付き合ってくれたマイフレンドありがとう)<br />でも冬コミは我々ださんが初めてでした!コミケって凄いな!夏コミも行ってみたいけど怖いな!!(その夏コミにお茶一本で乗り切った後に夜勤に向かったマイフレンドすげぇ……)<br />今は我々ださんがその域に入ってきました。そんな訳で好き×好きな感じで書きました。<br />すっごい大変だったけど!!!<br /><br />実況者様の名前をお借りした2.5次元の作品となっております。<br />全てにおいて元ネタ様とは無関係です。ご了承ください。<br />何かありましたらマイピクに下げさせていただきます
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総統様と不思議な王国
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10037594#1
| true |
【注意】
・FateとIbのクロスオーバー
・転生もので冬ちゃんネタ、登場人物はほぼモブのみ
・うっかり貴族が可哀想
・ケイネス先生と切嗣も可哀想になるかもしれない
[newpage]
120:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
おまいら落ち着いたか。
やっぱおかしいだろ、これ。
121:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
金ぴか我様が展示物とかないわー、まじないわー
122:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
しかし我様安定のドヤ顔
123:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
我様の絵って結構でかくね?等身大はあるよね?
124:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
ある。額縁から何まで金ぴかだから超目立つし
我様だけゲルテナ展からめっちゃ浮いてる、浮きまくってる。
125:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
そりゃあなぁ・・・ゲルテナの作風から対極にあるような御方だもんな、我様
126:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
我様はいい、ヤンデレ幼女をメインに飾れ。
美術館職員はとことん分かってない
127:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
紳士はどこまでも真摯だった
128:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
だれうま
129:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
すまない紳士よ、下っ端の俺じゃあ美術品の配置に口出しできないんだ・・・!
詳細分からんけど金髪幼女をめでたい気持ちは俺も一緒なんだ!俺の美術館は最強なんだ!!
130:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
そして美術館職員も安定のペロリスト
131:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
蟲おじさん混ぜんなww
132:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
美術館職員は詳細知らない割には面白いところをつくなwwww
133:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
詳細知っても美術館職員がそういえるかどうかだな
美術館職員はナイトミュージアムリアルにやってみたらどうだ?
134:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
幼女が鬼畜な件
135:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
鬼畜幼女ハァハァ
136:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
鬼畜幼女ありがとうございます!
137:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もう駄目だこいつらwwwwww
138:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
こうなったら安価だ、安価しかない!
139:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
そうだ、安価だ!
140:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
お前ら安価大好きだなwww俺もだwwww
俺が今後すべき行動>155
141:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
いいか、安価は絶対だぞ美術館職員
142:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ksk
143:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ksk
144:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
鬼畜幼女に人格否定されたい
145:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
紳士ぶれなさすぎ
146:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
安価なら全裸でナイトミュージアム決行
147:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
安価なら↑の上我様の絵の前で自分の美しさについて語る
148:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
安価なら146+我様の絵の前で幼女愛を語る
149:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
お前ら我様に恨みでもあるのかww
安価なら146に加えてヤンデレ幼女の前で美術館職員の薔薇を誇る
150:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
お前それ犯罪
151:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ヤンデレ幼女に花占いされるぞwwww
152:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
安価なら上全部
153:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
安価なら全裸で自首しにいく
154:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちょw美術館職員まだ犯罪はしてねぇwwww
155:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
紳士同盟のよしみで安価なら服を着ていいのでナイトミュージアム実況
156:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
安価なら↑
157:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
なんと
158:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
紳士め・・・・着衣を許すとは何たる甘え・・・っ
159:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
紳士同盟のよしみなら常に全裸であるべきだ!
160:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
然り!
161:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
然り!
162:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
お前らそんなに俺の裸見たいのかwwwwwこのHENTAIwwwwww
てか俺ナイトミュージアム決行かよwwww
やばいwwww怖いwww幼女たんお供なうwwwwwwww
163:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
だが断る
164:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
ヒドスwwww幼女たんヒドスwwwでもそこがいいwwww
165:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
おい美術館職員壊れてきたぞ
166:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
俺まじびびりなんだよwwノミの心臓wwww
ガチでショック死しそうwww
いやまじで怖いんだけど。
167:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
だが安価は絶対
168:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
幼女たんは容赦ないドS
169:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
だがそこがいい。
ところで同志美術館職員よ、話があるのだが
170:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
どうしたの紳士
171:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
ナイトミュージアム実況、良ければ俺も連れて行ってくれないか
172:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ウホッ、いい紳士・・・・
173:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
責任は取るのか、これはいい紳士
174:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
こうして紳士×美術館職員の薄い本が出るのであった・・・・
175:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
┌(┌ ^o^)┐ホモォ…
176:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
おい不用意なことを言うから湧いたぞどうしてくれる
177:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
腐女子神よー!鎮まりたまえー!!
178:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
やめろ!俺も紳士も13歳未満の幼女にしか興味が無いんだ!!
179:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
おまわりさんこいつらです
180:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
お客様の中におまわりさんはおりませんかー
181:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
ここに神父ならいますが
182:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
えっ
183:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
えっ
184:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
お前神父なん?
185:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
一応。麻婆神父とは昔相棒だった
186:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちょ
187:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りしますなんでもっと早く言わないの
188:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
昔相棒ってことは代行者?
189:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
イエスマイ幼女
麻婆は「これ以上いても意味無い」とか言ってやめたけど俺はまだ一応現役
190:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
現役の代行者キター!
191:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
代行者(紳士)キター!
192:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
俺は代行者である前に幼女を愛でる紳士でありたい
そう神に誓って日々をすごしている
193:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
誓うなwwwww
194:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
誓われる神様可哀想wwww
195:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
麻婆に俺の誓いを語ったら「私は理解できない・・・やはり私はおかしいのだ」って欝ってたな。
紳士道は長く険しい道、麻婆が理解できないのも無理ないこと。
196:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
麻婆それはわからなくていいwwwwお前は正しいんだよwwwww
197:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
とりあえずここらでまとめ
1こと美術館職員
スレ立て主。冬木美術館で働くフツメン(自称)
Fateの知識はあるがイbの知識は無い
ノミの心臓で幼女愛紳士道会員転生前はスナイパーがカップ取った世界にいた
外見幼女
うっかりルビーの友達のko☆to☆neちゃんに憑依
両作品について知識はある
鬼畜幼女
転生前はうっかりがカップ取った世界にいた
愛・紳士
幼女を何よりも愛でる幼女愛紳士道会長
美術館職員をナイトミュージアム決行させた
現役の代行者
198:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
乙!
ところで紳士の転生前ってどこよ?
199:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
殺人鬼芸術家がカップ取った世界だった
200:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
200ゲトー
201:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
それはまた血なまぐさい結末しか用意されてませんね
202:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
冬木がラクーンシティになったぞ
203:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ラクーンシティwww
204:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
やると思ったwwwやると思ったけどwwwwww
205:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
その世界でも代行者だった俺は殺人鬼芸術家とめるために突貫した。
ら、俺もゾンビになりそうになったから冬木市ごと自爆して果てた。それが前世だ。
206:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
(゚Д゚;)
207:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
(゚Д゚;)
208:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
こんな時、どんな顔をすればいいか分からないの
209:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
驚けばいいと思うよ
210:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
そういうことで俺も惨劇を回避したい。俺の未来に待つ幼女のために
211:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
どこまでもゆがみねぇ紳士
212:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もう紳士は三次元に手を出さなければいい気がしてきた
213:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
だから二次元のヤンデレ幼女に会いに行くのだ
214:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ヤンデレ幼女逃げてー!超逃げてー!
215:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
まあそれが本音だが後教会からの仕事もあってな。
216:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ヤンデレ幼女を愛でるのが主目的なのは変わらない紳士。
217:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
紳士は真摯だからな。
218:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
だれうま(二度目)
219:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
教会のお仕事って何さ?
れーじゅがらみ?
220:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
そうだ。
なんでもうっかり貴族がれーじゅを紛失したらしくてな。
どこかに落ちてないか探してくれと言われた。
221:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ちょwwwwwwwwwww落ちてねえよwwwwwwwww
222:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
紛失とかwwwwwwwwwうっかりのレベルじゃねえだろwwwwww
223:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ありえんwwwwww何してるんだwwwwwwwwww
224:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
れーじゅwwwwなくすとかwwwwバカスwwwwwww
225:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
しかも誠意物もなくしたそうだ
226:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ばwwwwかwwwwやwwwwろwwwwうwwwww
227:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
曲がって見えるほどバカwwwwwwww
228:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
うっかりどうやってそんな重要物なくすんだよwwwwwww
229:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
何でも、なくす前の日・・昨日だが、に家族でゲルテナ展を見に行ったのが最後の外出だったらしい
ということで冬木美術館で誠意物とれーじゅを探してこいとのことだ。
230:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
ねえだろwwwwwwwwねえだろうがよwwwwwwwww
231:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
・・・・いや、あるかもしらん。
232:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
何か分かったのか俺たちの鬼畜幼女
233:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もうこの美術館職員もゆがみねぇな
234:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
美術館職員も見ただろ、幼女の手にうっかりのれーじゅがあるのを。
そして今朝金ぴかの絵が突如出現したのを
235:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
え・・・・
236:以下、名無しに変わりまして冬木市民がお送りします
もしかして・・・・
237:以下、名無しに変わりまして愛・紳士がお送りします
俺も推測だからなんとも言えんが、俺たちの愛すべき鬼畜幼女と同じ考えだと思う
238:以下、名無しに変わりまして美術館職員がお送りします
つまり、えっと・・・
239:以下、名無しに変わりまして外見幼女がお送りします
ヤンデレ幼女がうっかり貴族かられーじゅ奪って、金ぴかを喚んだ可能性があるってことだ。
以下続く
[newpage]
補足:金ぴかとヤンデレ幼女の出会いとか
「すき」
「きらい」
「すき」
「きらい」
「すき」
造花の薔薇をむしっては占う。
誰に好かれるのか、誰に嫌われるのかも分からないまま。
「きらい」
「すき」
ずっと一人だった。お父様は自分を作ってすぐに死んでしまった。
絵空事の世界で、ずっと一人きりだった。
「イヴ・・・来てくれないかな。嫌われちゃったかなぁ」
一人きりの世界に来てくれたおんなのこ。
はじめて友達になれると思った。ずっと一緒にいられると思った。
だけど、彼女は自分の手をとらなかった。彼の手をとって外の世界に出て行ってしまった。
自分を置いて。
そしてまた、ひとりきり。「きらい」
造花の黄色い薔薇は散ってしまった。
茎しか残されていない薔薇を見て、無性にかなしくて、苦しくなる。
目を背けて額縁越しに外の世界を見れば、おんなのこがいた。
イヴと同じくらいの、イヴと同じような格好をしたおんなのこ。
「イヴ!?」
とっさに目を凝らす。
帰ってきてくれたのかしら、また遊んでくれるのかしら。友達になってくれるのかしら。
でも違った。そのおんなのこはイヴじゃない。
イヴよりももっと気の強そうな、意志の強い目をしたおんなのこ。
人見知りをするメアリーにはちょっと話しかけにくいくらいに。
(イヴじゃない・・・・・)
期待を裏切られた悲しさに俯く。
外の世界のおんなのこはお父様とお母様と一緒で幸せそうだった。すごく幸せそうだった。
私は一人なのに。
(いいな・・・)
うらやましくて、手を伸ばす。届かないのは知っているけれど。
額縁を超えた世界には手は届かない。
はずだった。
するり、とメアリーの手が額縁から抜け出ておんなのこの父親の手に触れる。
手袋の下には不思議な、とても不思議なものがあった。
なんだろう、とメアリーは疑問に思ったままに手袋の下のものを掴み取って、そして額縁の中に手を戻す。
それはやはり不思議な模様だった。
手の甲に浮かんだ、赤い色で、丸い模様。
メアリーにはそれが何なのかさっぱり分からなかった。
けれど、その赤い色が今はいない「彼女」を思い出させてくれて、少しだけ優しい気持ちになれた。おんなのこの家族はメアリーに気づかないまま通り過ぎる。
でもメアリーにはそんなことは今はどうでも良かった。
赤い色の不思議な模様を見てはにこにことしていた。
そして夜。
外の美術館も「ここ」と同じくらいくらくなったころ。
メアリーに人形達が届け物をしてくれた。
「なあに、これ?」
へびのぬけがらみたいな、お父様なら価値が分かるかもしれないけれど
メアリーにとってはわけのわからないもの。
人形達もよくわからないらしいからメアリーに届けたようだ。
「どうやって遊ぶんだろう」
振り回しても引っ張っても面白くなさそう。
ゴミかな・・・とメアリーが興味をなくしかけたとき。
『この我の聖遺物をゴミとは、よくぞそんな大それたことを言えるものだな、小娘』頭の上からとても偉そうな声が聞こえて、メアリーは思わず顔をあげる。
でもそこには、いつも通りの作り物の空。
「だれかいるの?」
『いるとも』
不遜にすら聞こえる声音で返事が返る。
私だけじゃない、ここに私以外の誰かがいる!
「じゃあ出てきてよ!一人きりなんてつまんない!」
『よかろう。では小娘、我を喚べ』
「よぶ?」
『我の後に続いて詠唱しろ。いいな?』
「えっと・・・」
『「みたせ(閉じよ)、みたせ(閉じよ)、みたせ(閉じよ)、みたせ(閉じよ)、みたせ(閉じよ)」』
その日、ワイズ・ゲルテナの最後の作品にしてその魂の全てをこめられた「メアリー」は
黄金色に輝く英雄王を自らのサーヴァントとして召喚した。サーヴァントが一体何なのか、自分がどういう運命を選んだかも分からないまま。[newpage]キャラ設定その2
美術館職員
幼女愛好会会員。ビビリ。
外見幼女
外見コトネの鬼畜幼女。そろそろ定位置を与えないと空気になる。
愛・紳士
幼女愛好会会長。YESロリコンNOタッチ!
代行者だったりキレイキレイの相棒だったりとスペック的には一番高いモブ。
Fate組
遠坂時臣
メアリーに令呪と聖遺物ぱくられた可哀想な人。
しかし帰るまでぱくられた事実に気づかなかったうっかりさん。
ギルガメッシュ
絵が魂持って魔力も持ってるとか何これ面白ッ!とそれだけでメアリーに自分を召喚させた。
Ib組
メアリー
最終鬼畜ヤンデレ幼女。
ベストエンド後絵の中で一人でいたところ美術館に来ていた凛をイヴと見間違え、その際時臣から令呪パクる。のち人形が聖遺物がめてくる。
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前作の評価ありがとうございます。前作の続きです。メアリーと金ぴかがきゃっきゃうふふする妄想が原点でした。ぼっちは寂しいよ・・・前回【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1001832">novel/1001832</a></strong>】続き【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006361">novel/1006361</a></strong>】
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【Fate/Zero×Ib】冬木市でゲルテナ展が開催されました2
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1003785#1
| true |
よく晴れた昼下がりの山道を一人の少年が歩いていた。
「学園長先生のお使いの帰りに薬草を見つけるなんて今日の私はついてるなぁ。」
満足そうに笑うこの少年の名は猪名寺乱太郎。薄い橙の髪色に眼鏡をかけているこの少年は自身が通っている忍術を学べる学校、忍術学園の学園長からのお使いの帰りにこれまた自身が所属している保健委員会で使うことの出来る薬草を山の道端で見つけ上機嫌で学園までの帰路に着いていた。[newpage]山の木に潜んでいる影に気づかずに…
「見つけた…まずは一人…くっ、くくく…これで間もなくあの学園は私のものになる…」
ひとつの影は密かに不気味な笑みを浮かべた。[newpage]「普段はトイペを転んでバラバラにしちゃったり四年生の綾部喜八郎先輩が掘った落とし穴に必ずと言っても過言ではないほど委員会の人全員で落ちてしまうし、その性で不運委員なんて不名誉な別名までつけられちゃったけど毎回毎回不運じゃないんだ!この薬草伊作先輩に渡したら喜んでくれるかなぁ。」
もしかしたら頭を撫でてくれるかも!と一人山道で想像していた乱太郎はえへへと笑いながら早く学園に帰りたくなって自慢の足で走って帰ろうとしたその時
「…お前は猪名寺乱太郎か?」
「っ!!」
急に背後から声を掛けられ慌てて後ろを振り向くとそこには見知らぬ忍者らしき人物が木に背をもたれながら佇んでいた。[newpage]「あなたは誰ですか!」
一瞬慌てたもののなんだかんだで色々危険な場面に出くわしている乱太郎は警戒しながらも話し掛けてきた忍者らしき人物に少し強めに言い返した。
「否定しないのだな…悪いが貴様にはここで死んでもらう。」
そう言った瞬間真っ黒な忍び服を着た男は全身から殺気を放った。
マズイ…!!本能で感じとった身の危険に自然と足が動いていた。
(逃げないと!早くあの人と距離をとらないと!)
殺される…!!
乱太郎は必死に風雲小僧と呼ばれる俊足でその場から離れた。[newpage]「子供の足で敵うと思っているのか?」
ニヤリと不適な笑みを浮かばせ後を追いかけてくる殺気に全身から嫌な汗が溢れてきた。
(立ち止まるな!少しでも気を緩めたら終わりだ!)
自分で自分に言い聞かせながら枝で擦り傷だらけの足を痛みをこらえひたすら走った。しかし乱太郎は気がつかなかった。逃げることに必死で随分と道外れな道にきていることに。
「っ!!」
乱太郎は目の前に迫った崖に思わず足を止めた。[newpage]「っ!しまっ…」
「鬼ごっこはここまでだ…。」
ハッ!と後ろを振り向くと自分を追いかけてきた忍者が自分の真後ろに立っていた。
「子供にしてはよく頑張ったな。流石風雲小僧の名は伊達ではないな。」
乱太郎は驚いた。確かに自分は一年生の中では一番足が速く、学園の中では風雲小僧とも呼ばれているがそれを知っているのは学園の中だけで外部の人間にまでは知れ渡ってなどいないのに。
「どうしてそんなに私のことを知っているんだ!!お前は一体だれだ!?なにが目的だ!!」
「…質問が多いな。私が何者かは告げられぬ。忍は自分のことをやすやすと言うものではない。目的は先程も話した通り、お前の命だ。猪名寺乱太郎。」
「どうして…!どうして私の命を狙うんですかっ…!?」「…未来の貴様が邪魔だからだ。恨むのなら将来の自分を恨むのだな。」
「み、らい?将来って…じゃあお前は未来から来たって言うのか!?」[newpage]そんな馬鹿げた話があるわけが…そう言おうとした乱太郎だが目の前の忍に言葉を遮られた。
「無駄話は好きではない。そろそろ後始末をさせろ。貴様の次にはまだ始末せねばならぬ奴等が十人いるのだからな。」
「十人ってまさかっ…!!皆の…一年は組のことか!!」
「…他に誰がいると言うのだ。…ものは試しに聞いてはみるが忍術学園はどこにある?」
(この人場所を知らないのか?だったらまだ時間はあるってことか!!…でも私はもう逃げられない…)
「誰が教えるか!!」
「…やはりな。幼いながらも志は立派だな。…敬意を払って楽に葬ってやろう。」
そう言うか否や忍は煙玉を取り出すと地面に叩きつけた。[newpage]煙玉のせいで視界が悪くなり忍の気配が消えた。どこから来るか分からない攻撃に身構えながらも力の差は歴然としている。
(せっかく薬草手に入れたのに届けられないなんて…学園長先生からお使いのお駄賃貰ったからしんべぇときりちゃんとお団子でも食べようと思ってたのになぁ…)
などとなんとも緊張感にかけたことを思っていると何処からともなく現れた手に押されバランスを崩し崖に突き落とされた。
(せめて皆にこのことを教えてあげたかった。みんなごめんね…)
大好きなは組の皆、とても強くて頼りになる担任、いつも優しい先輩達のことを思い返しながら乱太郎は一粒の涙を流して山の森の中に姿を消した。[newpage]「…死んだか。」
どのみちこの高さでは助かるまい。そう思いひとつの影は姿を消した。
―どうしたの?―
きみは…だぁれ?
―ぼく?ぼくに名前なんてないよ。それよりどうしてキミは泣いているの?―
みんなが…わたしのともだちがきけんなんだ。なのにわたしはなにもできない。もっとちからがあればみんなをまもれたのに…それがくやしくてかなしいの…
―キミは優しいね。分かった。じゃあキミに力を貸してあげるよ。だからもう泣かないで?―
いいの…?ちからかしてくれるの?うれしいけどどうして?
―ぼくは優しい子がすきなだけさ!それにぼくは力を貸すだけでどうなるかは分からない。お友達の運命はキミ次第さ―
…それでもうれしいよ。ちからをかしてくれてありがとう!―どーいたしまして!ねぇキミの名前は?―
らんたろう…猪名寺乱太郎だよ![newpage]―分かった!じゃあ乱太郎キミはちからが欲しいんだよね?―
うん…わたしはみんなをまもるちからがほしい
―だったら未来のキミをこっちに呼んであげる。未来のキミだったら強くたってるだろう?―
そんなことできるの?
―出来るさ!ぼくは時の精霊だからね!―
ときのせい、れい?
―うん!じゃあそろそろ始めるよ。頑張ってね、乱太郎。また会えるのを楽しみに待ってるよ!―
そうして次の瞬間辺りは光に包まれて私は意識を手放した。[newpage]日が傾き、夕焼けに染まった道を小銭を大事そうに握りしめる少年はやや小走りで忍術学園まで帰っていた。
少年の名前は摂のきり丸。幼い頃に戦争孤児になり小さい頃から一人で生きてきたこの少年は長い髪を後ろで一つにまとめあげ、猫のような愛嬌のあるつり目が特徴だった。
「やべぇ!バイトしてたらもうこんな時間になっちゃった!早く帰らねぇと土井先生から怒られちまう!」
急げ急げー!と叫びながらきり丸は小走りから全力疾走で夕暮れの道を走った。
「ハァ、ハァま、間に合った〜」
なんとか門限に間に合い安堵のため息を溢す。
そこに現れたのは
「あっ!きり丸くん!おかえり〜」
笑顔で手を振り学園の門から出てきたのは、この忍術学園の事務をこなしている小松田だった。「小松田さん!ただいまっす!」
「おかえりなさい。はい、入門表にサインお願いします。」
へーい。と軽く挨拶を返し入門表にサインをする。
書けましたよ。そう言って上を見上げると小松田は外をボンヤリと眺めていた。[newpage]「…どーかしたんっすか?」
「へっ!?」
「いや、ボーっとしてたんで…なんか悩み事っすか?」
何でもないよー!と両手を力一杯振って否定する小松田にならいいっすけど。と言い放って学園にはいる。また仕事でヘマでもして落ち込んでいるのだろう。そういった時にはそっとしておくのが一番だ。きり丸はお腹が空いたため一年長屋の自分の与えられた部屋へ同室の友人二人を食堂に誘うため戻りに走った。[newpage]ガラッ―
「たっだいま〜」
「あっ!おかえりきり丸!」
「よお!しんべェもお帰り。パパさんとカメ子ちゃんどうだった?」
「元気だったよ!あっ!パパが南蛮菓子くれたんだ!あとで乱太郎と一緒に食べよう!」
「おっいいねぇ!」
うん!と笑うこの少年の名前はしんべェ。身長は一年生で一番低いが体重は誰よりも重たいであろう、まぁいわばポッチャリ体型な少年なのだ。
「なぁそれよりもまず食堂いかねぇ?俺ハラ減っちまった。…って、あれ?乱太郎は?」
「それが何処にもいないんだ…学園中探したんだけど…どこ行っちゃったんだろう?」
「あー…もしかしたら学園長先生にお使い頼まれたのかも。うーん…仕方ねぇ、先に喰っとこうぜ。」[newpage]「いいのかなぁ…」
「俺だって乱太郎としんべェと三人で食べたかったけどいないもんは仕方ないし、それに学園長のお使いなら帰りにどっかでうどんでも食べて帰ってくるだろ。南蛮菓子は乱太郎が帰ってくるまで待ってればいいじゃんか!」
なっ!っと言ってニカッと笑うきり丸につられしんべェもそうだね!と笑顔で頷き早く帰ってくるといいね!と笑いながら二人は食堂へ向かったのだった。
食堂へ行きご飯を食べ終わり自室に帰ろうとした時、廊下を凄い勢いで走って行く六年生の姿が見えた。[newpage]「あれって確か…」
「六年生の潮江文次郎先輩と七松小平太先輩だね。あんなに慌てどうしたんだろう?」
きり丸の言葉に反応したしんべェは首をかしげた。確かにいつも落ち着いている最上級生である六年生があんなに慌ているのは珍しい。きり丸も疑問に思っていると食堂にやって来た同じ一年は組の皆本金悟と山村喜三太に会った。
「はにゃ〜。きり丸!しんべェ!あれ?乱太郎は一緒じゃないの?」
「さっき廊下で猛ダッシュな七松先輩と潮江文次郎先輩を見かけたけど何かあったの?」
喜三太と金悟は二人に問い掛けた。
「乱太郎は多分学園長先生のお使いに行ってると思う。先輩達のことは僕らも知らないんだ。」
二人の問いにしんべェが答える。[newpage]「そっか。僕はてっきりまた七松先輩がなにかやらかして潮江先輩に追いかけられてるのかと…」
そう呟いた金悟の目はどこか遠くを眺めていた。その姿を見てきり丸は密かに金悟の日頃の苦労に同情した。
「でもさっきの潮江先輩ちょっと様子がおかしかったなぁ…」
「確かにいつもは廊下なんて走らないよね。」
「団蔵!虎若!」
よっ!っと二人同時に手をあげて話に入ってきたのは同じ一年は組の加藤団蔵と佐武虎若だった。
「それなら僕らもさっき立花仙蔵先輩と中在家長次先輩が走っているのを見たよ!」
「物凄く慌てたみたいだけどどうしたんだろう?」
「伊助!庄左衛門!」
そこにまたまた話に入ってきたのは同じ一年は組の学級委員長である黒木庄左衛門とその同室者の伊助であった。[newpage]一年は組の殆どが集合し皆が頭を抱えていると廊下を物凄い勢いで走ってくる二つの姿が見えた。
「たっ、たたたたた大変だぁ!!」
「ちょっと待って、速いよ三治郎〜」
「三治郎!兵太夫!どうしたの?そんなに慌てて?」
みんなの変わりに代表して庄左衛門が訪ねる。
「そっ、それが…!」
アワアワと未だあわてふためく三治郎に息を切らしながら兵太夫がやっと追い付いたぁ!と安堵していた。
「一体何があって二人はそんなに慌てているの?」
気を取り直し再び庄左衛門が尋ねれば今度は兵太夫が反応した。
「実は僕らも詳しくは分からないんだけど乱太郎が学園長のお使いに昼に出て行ってから行方不明になったんだって!!」[newpage]『えぇ!!!!?』
その言葉に一年は組の全員が声をあげた。
「どっ、どどどーゆーことだよ!?」
かなり動揺しながらもきり丸は兵太夫に詰め寄った。
「僕も詳しいことは分からないんだ!ただ五年生の先輩達が話しているのをたまたま聞いてそれで…!」
「そんなっ!!なんで!なんでなんだよ!!」
「そんなの僕に聞かれたって知らないよ!!」
混乱と動揺を隠しきれないきり丸は兵太夫に掴みかかる。
「どっどうしよう…!」「盗賊に捕まったのかな!?」
「ドクタケかも…!!」「いや、もしかしたらタソガレドキかもよ!!」「うわぁん乱太郎〜」
皆が動揺や不安を隠しきれず仕舞いには泣き出す者まで出てきた。[newpage]そんな皆を見ていた庄左衛門は自分の不安な気持ちを抑えて皆をまとめないと!と心の中で叫んで息を大きく吸った。
「落ち着くんだ皆!!!!」
『!!!!』
庄左衛門の叫びに今まで混乱していた一年は組はピタリと動きを止めた。
「僕らが冷静さをなくしたらダメだ!!兵太夫、その噂は誰が言っていたの?」
「えっ…!えぇと確か不破雷蔵先輩と鉢屋三郎先輩だよ!!」
急に話を振られ一瞬驚いた兵太夫だったがすぐに落ち着きを取り戻して答えた。
「あのお二人の情報なら間違いなさそうだね…とりあえず学園長先生に話を伺いに行こう!僕らがここで慌てていてもなんの解決にもならないだろう?乱太郎は必ず見つける!一年は組の皆で乱太郎を迎えに行こう!」『おぉ!!!!』
さっきまでの混乱が嘘のように一年は組の全員が声を揃えて拳を上げた。[newpage]その様子を見た庄左衛門は満足そうに頷いて先陣をきって学園長先生の部屋へ向かった。そのあとをは組の皆が追いかける。
「兵太夫!!」
走ろうとしていた兵太夫を呼び止めたのは
「きり丸?どうしたの?」
きり丸は俯いていたがなにかを決心したように顔を上げた。
「さっきはごめん!!混乱して兵太夫に八つ当たりして…」
きり丸は申し訳なさそうに頭を下げた。
ポカンとしていた兵太夫だがすぐに顔を歪めくすりと笑った。
「別にもういいよ。気にしてないから。それにそんなに混乱するほど乱太郎が心配だったんでしょ?だったらもういいよ。それより早く学園長先生の部屋へ行こう?」
乱太郎を迎えに行ってあげよう?笑顔でそう言った兵太夫を見てきり丸も顔を緩めた。「…そっか。さんきゅ!あぁ早く見つけてやらないと乱太郎泣いちまうかもだしな!」[newpage]ニカッと笑うきり丸を見て満足した兵太友はきり丸と共に皆のあとを追いかけた。
「ようやく見つけた…これでこの学園は私のもの…」
不気味なほど静かな夜にニヤリと笑う影はこんな夜にふさわしい不敵な笑みを浮かべた。
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成長した乱太郎が過去に戻って忍術学園を守るお話です。とは言ってもまだ成長は組は出てきません(汗ごめんなさい!<br />初めての長編にチャレンジです。更新遅れるかもしれませんが読んで頂けたら幸いです。読みにくいかもしれません。かなりgdgdです!立て続けスミマセン!【追記】たくさんの評価&ブクマありがとうございます!!ら…ランキング47位だとっ…!?夢じゃないだと!?(°◇°;)本当にありがとうございます!これからも頑張ります!!
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時を越えた願い
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1003834#1
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これは何かなと笑顔で問われたそれが例のノートでなく、離婚届だなんて誰が予想していただろうか。ノートとは別の意味で見つかってはいけないそれを手にした降谷さんは、にっこりと笑みを浮かベており、冗談でもそこに書かれている通りですとはとても言えそうにない雰囲気である。気分的には「裁きの時間だ、バァーボン」だった。
「少し、話し合おうか。……だいじょうぶ、そう怖がらなくても問い詰めたりはしないよ」
静かに近付いてきた彼はすぐそばに膝をつき、同じ目線になってくれている。優しい声が耳に触れて、それが作ったものでなく本当のものだとわかると尋問される線はなさそうだと息をついた。が、すぐに話し合っている場合じゃないと思い直す。
なんだかノートが見つかったかもしれないという勘違いや離婚届を見られた衝撃のせいで、黒の組織が崩壊したという、これからのことに大きな影響を与えそうな出来事の重要さが薄まってしまったが、そうだ、組織は終わったのだ。
こんな話し合いをする前に、彼はもっとやるべきことがある。お風呂とご飯と睡眠だ。怪我だってしている。組織壊滅の後でくたくたになって家に帰ってきたらまた新しい案件があったとか、いくら彼とて堪えるだろうし笑えない。そう考えて今はゆっくり休むべきだと目で訴えたが、彼の表情から話し合いは不可避かと諦めた。
ひとまず見つかったのがノートでないことに安心して立ち上がろうとしたが、恐怖にさらされすぎたせいか、腰が抜けたようで依然自分の体は床とくっついて離れない。いやだって、リビングの電気はついているのに私の部屋は真っ暗だから、逆光で彼の立ち姿が必要以上に怖くなっていたのだ。
降谷さんは私が立てないことを悟ったのか、私に寄り添って支えながら立たそうとしてくれた。怪我をして返ってきて、絶対に疲れているだろうにこんなことで手間取らせるふがいなさと申し訳なさでいっぱいになり、すみませんと小さく零す。
「違う、君に謝らせたいわけじゃない、謝るのは僕の方だ」
しかし返ってきたのはいつになく硬い声で、思わず顔を上げる。目が合うことはなかった。いままで私が逸らし続けていた、いつもこちらを見てくれていた穏やかな青は、今はどこか遠くを見ている。
支えられたままリビングのソファに座り、降谷さんは慣れた様子で棚に置いてある小物をそこら辺の本で奥へ押しやった。まさか、と思わず目を見張る。やはり何か仕込まれてたのか、この家。盗聴器か隠しカメラかレコーダーか、それとも全部か。まあ彼の取り巻く環境を思えば、ないと考えるほうが難しいなと視線を落とした。けれどあれだ、そこにそういうものがあったということは、少なくとも私が独り言を言ったり、歌ったり、誰かと電話しているところを聞かれたり、見られたりしていたということだ。だめだ、降谷さんの前ではそういうところを見せていなかったし、子どもや一人暮らしの時と同じテンションのところを見られたなんて恥ずかしすぎる。そこまで親しくない人に、自分の密かな行動がばれてしまったという感覚だ。
キッチンでお茶を入れているらしい彼は湯呑をこちらに持ってくる最中、ちらりと、本当に一瞬、明かりのついているダイニングに視線をやった。彼のほうをぼんやり眺めていた私はなにかあるのか、とつられてそちらを見そうになる。その前に彼が口を開き、「熱いから気を付けて」と湯呑を置いたことで意識を逸らされたが。こういう誘導は彼の得意技だと頭の隅で理解しているからこそ、下手に「何かありますか?」とは聞かない。降谷さんからしてみて限りなく平凡で白だと判断された私が目の前の公安警察官に対して問いかけをするというのは、普通はわからない彼のわずかな変化に気づいたと自白するようなものである。
いつものように隣に腰を下ろした降谷さんは湯呑を手にゆるりと首を傾げた。ふわりと鼻をくすぐるのは梅の香りだ。
「落ち着いた?」
「……はい」
「ごめん、はじめから僕が目線を合わせるべきだったね」
「あ、いえ……あの、」
ごめんなさい。私の怯えがにじんだ一言に、彼は虚を突かれたようにぴくりと肩を揺らした。表情はこちらからはうかがえないが、晴れやかな顔でないことは確かだ。ことり、と彼の湯呑がローテーブルに戻される。
「それは、離婚届のこと?」
感情を押し殺したような声だ。私が覚えている限りでは、こんな声を出すのは赤井さんに関わることだけだった。つまり彼は怒っている。
結婚してから、降谷さんがこんなにも明確に感情を表したことはなかった。いつだって柔らかい笑顔と言葉を私にくれて、辛さとか苦しさに歪んだ表情は一度も見ていない。ああでも、と頭の片隅で思う。
切なそうな顔は、よくしていたか。
「そ、れもそうですけど、久々に帰ってきて、きっと私には想像もつかないくらい大変なことをしてきたのに、こんな……ほんとにごめんなさい。というか、あの、弁明をさせてください。離婚届、途中で書くのやめてて」
「……先に言っておくが、僕は怒っていない」
会話がかみ合わないし温度のない声でそう言われても、全くと言っていいほど説得力がない。ふいに視線を合わせた彼は、声はさておき、表情は別段いつもと変わりがなかった。むしろ少しきょとんとしてさえする。幼い少年のような顔に、ああもう、この、本当に、この人は、と行き場のない感情が沸き上がるがなんとか押し込めた。怒っていないと主張するなら、その声の絶対零度はなんだというのか。せめて表情と言葉を一致させてからそういうことを言ってほしい。
「お、怒ってるじゃないですか……! 騙されませんよ、あなたポーカーフェイスうまいから、そんな顔されても全然、」
「うんごめん、言葉が足りなかった。君に対して怒ってはない、し、むしろ僕も驚いてて、その、なんでこうなったか、未だにちょっとよくわかってない」
「は……。え、離婚なんて何ふざけたこと考えてるんだ、とか怒ってないんですか……?」
「僕のことなんだと思ってるんだ。この国はもちろん好きだけど、そういう亭主関白には苦言を呈したいくらいだよ」
「じ、じゃあ、さっきから声が怒ってるのは……」
「冷静になろうとした結果、かな。というか……いや、怖がらせたね。ごめん」
一つだった疑問符は、会話しているうちに二つ三つと増えていき、彼がいつものように柔らかく笑ってそういった時には頭を埋め尽くしていた。どういうことだ。離婚届を見て、彼は怒っていないと言うどころか、混乱さえしていると隠しもせずにそう伝えてくる。待って、私の知っている降谷零と違う。前世の友達曰く「絶対に逃がさないとか言う節あるんだよね~!」。そういう話以前にそこら辺の人と同じく驚いてらっしゃるのですが。
もはや頭がフリーズして馬鹿みたいに湯呑をひたすら握り続ける私をソファに残して、彼は一旦自室に戻るとクリアファイルを手にまたすぐ戻ってきた。はい、と渡されたそれを見て、梅昆布茶を吹かなかった私は称賛に値するだろう。
私が手にしたのは、彼の名前が書かれた離婚届だった。そして彼が手にしているのは、私の名前が書かれた離婚届だ。湯呑を置いて、深呼吸をする。一度落ち着いた気分は再びパニックに元通りし、額に手をやっていやいやいやと否定する。この家おかしくないか、なんで同じ空間にその紙が二枚もあるんだ。
「君がなぜそれを持っていたかは……まあ、なんとなくわかったんだけど。僕が用意したのは、君のほうからいつでも別れられるようにするためだった」
「いつでも別れ……私の、ほうから……?」
「ああ。警察官や僕の置かれた状況のあれこれを理解していることと、いつ帰るかわからない奴を待つよう家に縛り付けることは違う。……だから、君がもう嫌だと思った時にすぐ別れられる道を用意をしておくことが最善だと、そう思ったんだ。……当時はね」
つまりそれは、私がもう嫌だと一言声を上げさえすれば、彼のもとから去れたということだ。当然私はそんなことは知らなかったし、彼に別れましょうと言い出す前に降谷さんのもとから去らないで家族を守る方法を模索していた。それ自体が杞憂だったというか、とんでもない肩透かしを食らったというか、彼がそこまで考えていたのかというか。
唖然としている私の手に軽く触れ、目を伏せた降谷さんは続ける。
「でも君は弱音一つ吐かずに、この家にいてくれた。僕がいつ帰っても当たり前みたいにご飯があって、風呂が沸いてて、家の中は綺麗にされていて……毎日、してくれていたんだろう」
「う、あ……それは」
「わかってるよ。家に帰ってご飯があるのも、風呂が温かいのも、快適に過ごせるのも、君が生活するうえで必要なことの、延長だ」
僕のためじゃないってことくらい、わかってる。
眉を下げて困ったように笑う彼は、いつかの私のような表情を浮かべていた。曖昧に笑うことで、自分の抱える気持ちを相手に悟られまいとする自己防衛だ。いつから、彼はこんな顔をするようになったんだろう。いつから、私は彼にそんな表情をさせていたのだろう。確かに隣にいたはずなのに、変化に気づけなかった自分にぞっとした。
僕のためじゃないってことくらい、わかってる。降谷さんの表情の変化と一言に、自分の一部が失われたようなショックを受ける。いつかのように、もう目を閉じて耳をふさいで口を閉ざしたい衝動に襲われた。つまり逃げたいのだ。でもそれじゃあ、私が抱えきれなくなって、それを彼が知らず知らずのうちに解いてくれた時と同じになってしまう。そうしてはたと気が付いた。
ああそうか、あの時の彼は、こんな気持ちだったんだ。
「……全部、あなたのためだって言ったら、どうしますか」
「え……?」
「いつ帰ってくるかわからなくても、その時が来たら少しでも休めるような状態にしておこうって、そう思ってずっとしていたんです。あなたの言うとおり、仕事のことを理解していることと、家に縛り付けることは違います。……けれど、私は家庭に捕らわれているなんて考えもしなかったし、なんなら妻でなくともいいとさえ思いました。それで、それぞれの守りたいものを守れるなら」
「…………」
彼は珍しく言葉に詰まったようで、綺麗な瞳を揺らしながら私の独白を静かに聞いていた。滔々とあふれる言葉は自分から出たような心地がしない。そんな漂った思考はすぐさま彼の手によって引き戻されることになるのだが。
黙りこくっていたと思ったらおもむろに腰を上げてダイニングに向かった彼は、私にとって見覚えのありすぎるものを手に厳しい表情をしていた。それが何かを瞬時に悟って声も出せずに瞠目し、今までのやり取りがすべて誘導されていたものだと気づいた時には後の祭りだった。
「……それは、これが関係しているからだろう」
ヒントはそこら中にあったのだ。だがそれに気づけというほうが無理難題だろう。仮に途中からそれに気づいていたとしても、どうしたって彼の思うほうへと手を引かれるのだ。その瞬間、彼とって私は結婚相手でなく、未知のものになる。
前世で身についていたコナンの世界の記憶は、私にとってはチートじゃなかった。これからの出来事を全て知っているのに、逆に己の無力さを知らされる。自分の存在の小ささを痛いほど感じながら、それでも風のようにこの手をすり抜けて、すぐ横をかけてゆく彼らの流れを変えるなんて真似はできなかった。そりゃあ、私が全員分救えるような神様みたいな存在だったらよかったのだろう。失われる命はなく、明るい未来のハッピーエンド。でも私は、彼らが彼らの時間を生きて、そこで見つけた答えと信じたものを曲げるようなことはしたくないと思って、ここまで来てしまった。いまさら引き返せやしない。
そう、ヒントはそこら中にあったのだ。彼が私のほうの離婚届を手にしていた時から、違和感に気づくべきだった。私は、その紙をあのノートに挟んで一緒に保管していたのだ。メモからノートに写すとき、確かにそれを引き抜いた。離婚届と一緒にデスクにあったのだから、ノートも当然見つかったということになる。彼がダイニングのほうを向いたのも、怒ったかと尋ねた時に「それは、離婚届のことか」と言ったのも、混乱していると零したのも、一つ一つが小さな布石だったのだ。あのノートを見つけたという、答えへの。
中が見られていない可能性を信じはしなかったけど、「やっぱり読後か!」と叫ばなかっただけ褒めてほしい。いやもうこの際、褒めなくていいから殺してほしいくらいだ。一番まずいことを一番まずいタイミングでやらかしたのだから。
某宇宙人と人間が一緒に働いて、てんやわんやするアメリカの組織を描いた映画のような、記憶を消す装置なんてあるわけがない。見たことはもうどうしようもないし、降谷さん相手に誤魔化しがきくわけでもない。唯一救いだったのが、あのノートには組織壊滅までの出来事しか書いていないことだ。だから、彼らの未来でこれから起きることはばれていない。そもそも、私だってはじめからコナンに詳しいわけじゃなかったし、そこら辺を思い出そうとすればするほど事実から遠のいてわからなくなっていた。覚えていないのだから、仮に自白剤を飲まされたとしても何も吐けない。
きっとこの後、完全に公安の顔をした彼にどこかに連れられて尋問、もとい拷問を受けることになるのだろう。なにせあのノートには警察上層部も目を引ん剝くような情報だって載っているのだ。もちろん、世間に認知されず、あまつさえ私みたいな一般人が知っているはずのないゼロの動きすら事細かく。私がノートを作ったのは「コナンの世界だと今どのあたりかなー」というのが知りたかっただけで、機密情報を握ってやろうなんて別に意図していない。が、彼からしてみれば公安、黒の組織、その他の機関の重大な情報を握っている女として認識される。「前世の記憶で知りました」と言ったところで人の記憶は見ることができないんだから、尋問の回避はやっぱり無謀だ。それに、彼が判断しなくてもこのことを知った上のほうが黙っちゃいない。何なら世界を敵に回す代物だ。良くてノート没収プラス尋問、悪くて一生監禁生活になる。
それはまだ良い。いや何も良くはないが、自分でやったことで覆せないし、きっとこれは家族を守ろうとしてその他の人たちを見て見ぬふりをした罰なのだ。
いつだったか、彼に恨まれるのは嫌だからお見合いをなしにするのだと決めた時があった。最悪のケースでノートの存在がばれた時に、彼は真っ先に「なぜ」と言うだろう。「なぜ救わなかった」「なぜ見殺しにした」と。いずれにせよ私が、彼の大切な人たちだとわかっていて何のリアクションも起こさなかったという事実にたどり着く。
証拠であるノートを前に逃げれる訳がないのに、一向に口を開かない私にため息をついた彼は、パラリとページをめくった。とあるところで手を止めて文字を追い、そっと唇を動かす。
「『X年XX月X日 ハリポタはラージをマッシュポテトに。牛乳も加わって戦争?』」
「…………」
「一緒に拾ったメモにはこう書いてあったが……本当はこうだ。『X年XX月X日 ライはスコッチを射殺。バーボンも加わって対峙した』」
「……っ!」
「これのおかげで今までの謎が全部解けた。君が見合いをなくしたかった訳も、理由を明かさなかった訳も、……あのとき君一人で泣いてた訳も」
私一人で泣いていた? そんなことがあったかと記憶を手繰ろうとすれば、降谷さんがすっと目を細める。
「今一番聞きたいのは、僕の友人四人の死についてだ。萩原、松田、伊達……それと、景光か」
来た。一番答えにくく、一番聞かれたくないことをわざとチョイスしてくるあたり、ふつふつとした彼の怒りがうかがえる。これはもう、罵られても何されてしょうがないな。身構える私とは対照的に、一旦言葉を区切ってこちらを見据え、再び口を開いた彼が零した言葉は、そんな私の思考を止めるにはじゅうぶんな破壊力を持っていた。
「あいつらは、生きているんだが」
「え……っ?」
彼らが生きている? なぜ? いや死んでほしいわけじゃなくて、駄目だ、何が何だかわからない。どういうことかだれか説明してほしい。
「……さて」
呆然とする私に降谷さんはあくまでも静かな声で続ける。目の前の彼は降谷零のはずなのに、獲物を捕らえた時の爛々と光る目とこういう状況じゃなければ酔いしれられたであろう甘やかな声は、黒の組織位置の探り屋、バーボンのそれだ。見えない拳銃が、突きつけられている気さえする。
「話を聞かせてもらいましょうか」
[newpage]
手すりの向こう、辺り一面に広がるのは穏やかな青だった。光を反射して輝く水面には、のんびりとクラゲが浮いたり沈んだりしている。クラゲはこんなところにもいるのかと覗き込むと、心地よい潮風が頬を撫でて毛先を優しく揺らした。汽笛をあたりに響かせる大きな船と海を写真に収めて、なんとなく空を仰いだ。お見合いの時と同じような色をした空には、カモメ一羽飛んでいない。どこまでも続く青を眺め、空気を胸いっぱい吸い込んだ。
私は今、横浜にいる。
なぜこんなことになったのか自分でもわからない。バーボンになった降谷さんのゆるゆるな尋問により、ノートがある以上言い逃れできないので伏せたいところは伏せながら、なんとかこれに至るまでの境遇を話した。普通は信じられない話だろう。それを微塵も表情を変えることなく聞いていたのもそうだけど、私が話し終わったときの第一声が「なるほど」と受け入れて、納得しちゃったんだからこの人はすごい。考え方が柔軟だとかそういうレベルじゃなかった。
自分で考えてびくびくしていた監禁という二文字が彼の口から出ることはなく、私の話を聞き終えた彼はうーんとしばらく考え込んで、「少し寝てくる」と私室にこもってしまった。それまでにちょっと衝撃的なこともあったが、まあ、それはまたあとで話すとして、残された私はただ唖然とするのみである。まあ、いくら降谷さんだって、結婚した相手が自分の知らないことまで知ってて、さらに「前世の記憶があるんです」と言い出したらちょっとタンマとなるだろう。状況の整理か、部下への指示か、上司への報告か。たぶん、純粋に睡眠を取るつもりなんてない。彼がとったのはまるで逃げる時間を用意したかのような行動で、私がどう出るかを伺っているのだろう。
乗るか乗らないかと言えばまあ、乗ったよね。今までひた隠しにしてきたこと、しかもコナンの世界に関わる重要なことを話して、普通に彼と顔を合わせられる度量は私にはない。時間が欲しいのはこっちも一緒だ。遠過ぎるときっと見つけるのが大変だろうし、近場だとすぐに降谷さんと遭遇しそうだという理由で、行き先は久しぶりに行きたいと思っていた横浜にしました。海沿いなんかは意外とのんびりしているし、気を落ち着かせるにはうってつけだろう。もちろんお土産には横浜煉瓦を買っていく。
旅費は全部自分のお金だ。平日だが仕事は休みをもぎ取った。まじめだと損をするとよくいうが、そんなことはない。普段から休まず取り組んでいたから、むしろ「しっかり休んでね!」と上司は快くサムズアップしてくれた。
しかし、仕事の早い降谷さんのことだ。三日後には家に戻るつもりだが、きっとすぐに連れ戻される。そう思っていたのに、一日経っても誰も来なかった。ビジネスホテルの予約は旧姓に本名だから調べれば一発でわかるし、日本やハリウッドの麗しき某女優方でないから変装もしていない。名前や姿を変えずに、やっていることは普通の小旅行だ。公安の力を駆使しなくても見つけられるはず。そこではたと気が付いた。
はじめから、降谷さんが私を見つける気がなかったら?
私と彼、どちらかが持っていた離婚届が受理されて他人に戻ったなら、降谷さんが私を見つけ出す理由はなくなる。離婚したら身内でないから、私を連れ戻すのは夫だった彼でなく、公安の部下でも良いからだ。彼が結婚したという話が大々的に部下の皆さんに伝わっているとも思えないし、降谷さんが私のことをターゲットだと言えばきっと彼らは納得して私を捕えることができる。
よく考えればピッキングくらい目をつぶっててもできる降谷さんなら私の部屋から印鑑を見つけられるだろうし、筆跡。離婚の線は大いにありうる。……というより、落ち着くために横浜に来たのに、思えばさっきからずっと降谷さんのことばっかり考えていた。どうした私、恋する乙女か。
ずず、とあまりきれいとは言えない音が聞こえて我に返った。アフタヌーンティーを楽しもうと入ったお店でアイスティーを口に含んでいたら、無意識でずっと飲んでいたのかいつの間にか中身が尽きている。考えすぎだと苦笑して、コースターにグラスを戻した。そのタイミングでティーセットが運ばれてきて、きらきらとエフェクトのかかったスイーツに気分が少し晴れる。目で見て楽しんだ後は一口一口惜しむように食べて、じんわりと広がる幸せに思わず頬をゆるめた。うん、おいしい。
「話を聞かせてもらいましょうか」
そう言って降谷さんは死を覚悟した私の隣に座りなおし、なぜかノートを返してくれた。戸惑いつつ受け取り、見慣れた表紙に視線を落とした。
「……あの、これ」
「とりあえずは君が持ってて。証拠物品だから後で回収すると思うし、見た後でこんなこと言ってもあれだけど」
変なところで真面目だ。そう心で突っ込んで、でも彼はそういう人だと呆れて笑うとともに、泣きたい気持ちになった。
「君のことを信用してないわけじゃない。誤魔化すための嘘とも思えないし、君の気持ちを考えれば隠してきた理由も頷ける。……だが、それなりの制裁を覚悟してもらうよ」
「それは……わかってます」
ひとまずノートは膝に置いて、どこから話せばいいかと迷いながら口を開く。そして、私が今まで誰にも、それこそ大好きで守りたいと思った家族にさえ言わなかった独白を、初めて語ることになる。
まずは思い出すきっかけとなった、松の木から落ちたことから。話しながら私は本当に何をやっているんだろうと思ったが、それを今言ったら負けである。けっこうやんちゃしてて、と恥じらい交じりに言えばどうしてか「ああ」と思い当たる節があるような感じで彼は深く頷いた。いや、降谷さんの前でやんちゃしたことはなかったよね……?
気を取り直してから、彼が読んだこのノートを作って、自分がいつのときにいるのかを把握しようとしたことを話す。まあ、コナン君が事件ホイホイなことや正体が高校生探偵だというような、これからも直接関わりそうなことは避けたが。
そして、すべての始まりとなったお見合いへと話は飛躍する。前世の記憶を思い出したのは五歳だったが、そこから小中高大と特に何も起こらなかったので割愛させてもらった。普通の子どもでした、とだけ言っておく。前世の記憶を持っている時点で普通じゃないというツッコミは入れちゃいけない。
お見合い相手が降谷さんで驚いたこと。彼の置かれた状況を知っていたからこそ、家族を守るためにお見合いをなしにしたかったこと。彼の友人を救おうとしなかったこと。救えなかったのは、彼らの信念を曲げるような勇気が私になかったこと。
それについてなんだが、さっき降谷さんは「生きている」と言った。表情から嘘ではないし、わざわざそんな嘘を吐く必要はない。つまり、ここはコナンの世界ではあるけれど、起きていることが少しずつ違っているということだ。え、転生の上にパラレルワールドなの……? 新たな発見に、思わず一旦話すのをやめたのは言うまでもない。彼は無言で湯呑を差し出してくれた。ありがたく受け取って続ける。
一回目のお出かけの時に言った、「意思も、目もまっすぐ」というのは、彼のこの国に対する愛を知っていたからだということ。結婚後に、距離を置く方法として離婚を考えたこと。
降谷姓になっていて衝撃を受けたこと。降谷さんの家に帰る頻度が意外に多くてびっくりしたこと。鍵付きの部屋があって安心したこと。彼がくれた「おいしい」や「ありがとう」といった言葉に胸を苦しくさせていたこと。いつからか、家族を守りながら彼のそばにいる方法を探していたこと。その自分勝手さに絶望してどうしようもなかったこと。そんな時に、降谷さんが救ってくれたこと。おこがましいけれど、それが本当にうれしかったこと。そして、
あろうことか、彼に幸せになってほしいと願ったこと。
私からこぼれる長い長い語りを、降谷さんはまるでクラシックでも聴くようにただ静かに隣に座って聞いてくれていた。たぶん、私の話からたくさんの情報を引き抜いて考えているのだと思う。そして彼にノートが見つかってしまったというところまで話して締めくくった。私がずっと一人で喋っていたので、途端にリビングがしんとする。しばらくして彼が「いくつか、聞いてもいいかな」とゆっくりと顔を上げた。もう何なりとどうぞという意味をこめて、こくりと頷く。
「見合いの時、紫陽花を見ていた君は『自分の知らないところで、自分のことが知られているのは気味が悪い』って言っていたよね。その言葉と君の話から考えたんだが……あれは、僕じゃなくて自分に向けた言葉だったんだな。知らないはずの僕のことを、全部知っている君自身に」
「何を、言って……」
「さっき、君は僕に怒っているかと聞いたね。否定したけど、ああそうだよ、僕は怒っている。君が、自分自身のことを『気味が悪い』と形容したことに対してね」
「だって、それは……!」
「……馬鹿だよ、君は。本当に馬鹿だ」
そう消えるように言った彼は、ぎゅっと私の肩に額を押し付けた。遅れて抱きしめられていることを理解し、頭の中が真っ白になる。え、え、と思わず身をよじったが、何だか余計に降谷さんの体温や香りを感じてしまったためにやめた。
私の背に回っている腕に力が込められる。逃がさない、というよりは、失くしたくない、失うのが怖い、というような。
「大事な人を守りたい気持ちも、それで悩むこともよくわかる。でも、君の周りの人も君に同じ気持ちを抱いていたと思うよ」
きっと。ゆっくり身を離した彼は、伏せ目でそう呟いた。深い青色が髪の隙間から見えて、胸のあたりがきゅっとなる。「あの、それはどういう」という言葉は降谷さんによって遮られた。
唇にほのかな感触とあたたかさを残して消えていったそれ。音もなく口を離した彼は、ぽかんとしている私にそっと微笑んで「少し寝てくる」と席を立ってそのまま寝室に消えていった。そして、それが誘導だと知りながら、私は荷物をまとめて上司に休みの連絡をし、ホテルの予約を取って横浜に赴いたのである。
唐突にキスシーンを思い出してしまい、思わずフォークを動かす手が止まった。お店のざわめきが少しずつ耳に戻ってきて、周りの音に気が付かないほど自分が深く考えていたことを思い知る。二杯目の紅茶に口をつけ、これからどうしようかなと気持ちを切り替えた。なぜあのタイミングでキスされたのかわからないが、これ以上あれこれ考えても、私がどうなるかなんて彼次第だ。ちなみにキスはファーストでした。
とりあえずこの後は桜木町まで電車に乗って、歩いて赤レンガ倉庫とみなとみらいを見てから駅周辺のホテルに戻る計画だ。ぐるりと一周回るようになっている。お会計を済ませて外に出れば、太陽がすっかり登っていた。
赤レンガ倉庫内のお店を見て回り、食品サンプルを見て再現度と値段がすごいなあと感心し、セロリのマグネットが売っていたのでなんとなく買った。どうするかまでは考えていない。降谷さんにあげようか。もらってくれるかはわからないけど。
海を片手に歩いていればかのサークルウォークに差し掛かる。歩道橋を丸くするという発想がすごいなあと感心しながら黄緑糸の手すりから何となく視線を上げると、反対側の通路を歩く一人の男性が目に入った。いたって普通な私服だが、着ている本人の容姿がとてもいい。そして視線に聡い彼もおもむろに顔を上げてこちらを見る。視線がぶつかって、私の姿を認識すると静かに目を見開き、彼が歩みを止めた。
綺麗な青い目を丸くして少しだけ唇を動かした彼の飴色の髪を、ふわりと吹いた風が揺らす。
「降谷さん……?」
海を背に立つそのうつくしい光景に思わずみとれて、その場から動けなくなりそうになった。が、そんなことをしている場合じゃない。降谷さんだと判断して反射的にぱっと駆け出した私を追いかけるように、彼もこちらに向かってくるのが見えた。彼と私、どちらの足が早いかなんて結果は目に見えている。というか、なんで私はいまさら逃げるような真似をしてしまったのだ。そのまま連行されればよかったのに。
思いつつも頭の中が完全に逃走中だったので、思考はそっちに傾いていた。下に降りたらすぐに捕まる。幸い前方にはショッピングセンターがあったから、迷わず飛びこんだ。人が多いし店の中では走れないが、それは向こうも同じなので撒けるかもしれないというほのかな期待があった。エレベーターとエスカレーターを順繰りに使って自分のいるフロアをランダムにし、もう一度あのサークルウォークに戻った。駅まで走り逃げて電車に乗ることも考えたが、電車に乗ってしまったらそれこそ逃げ場がない。裏の裏をかけ、だ。
自分が見つかった場所に戻るという正直一か八かの賭けだったが、ここに彼の姿はなかった。振り切ったかなと安堵して手すりに寄りかかり息を整えていれば、こつりとすぐ後ろで足音が響く。背中に当てられた硬い感触と、かちゃりと鳴る金属音に息をのんだ。
――Hi,Bourbon's sweetie?
ずいぶんと大変そうね。流暢な英語と綺麗な声音。そして、バーボンという彼のコードネーム。この横浜で、しかもまだ日中にお酒の名前であるそれを口にする人がそうそういるはずがない。ゆっくりと振り返ると、そこにはかつて映画館のスクリーンを飾った世界的女優が、いつか降谷さんにやったように布で包んだそれの銃口を私の背中に押し当てて、妖艶に笑って立っていた。頭の中でコナン君が「ベルモット……!!」と叫ぶので、思わず手すりに頭を打ち付けるところだった。
黒の組織の壊滅は終わったはずなのに、なぜ幹部の彼女がここにいる? まさか脱走したのだろうか。そもそもなぜ私が彼の結婚相手だと知っているのだ。彼女の瞳に動揺する自分が写っている。鮮やかだが彼女がつけると上品に見えるルージュの引かれた唇が弧を描いた。
「少し、お話いいかしら?」
[newpage]
落ち着いた照明がトルソーにスポットを当てて、一枚一枚丁寧な扱いを受けている洋服がハンガーにかけられている。靴やアクセサリーは控えめに輝いていて、どれもこれもデザインも質もいい。私からは光あふれるように見えるその空間を、まるで自宅のように慣れ親しみ、優雅に服を選ぶ女性が一人。ベルモットさんである。この場合はシャロンさんというべきか。コードネームで呼んだら絶対に怪しまれるし、と現実逃避していれば「聞いてないわね」とため息を吐かれた。そういう一挙一動も様になる。
銃口をあてられて冷や汗をかいている私に、話しましょうと提案をした彼女は、驚かせてごめんなさいね、と言ってから「貴女の夫とは仕事仲間なの。名前はシャロン」とすぐにそれをしまって私の腕をとった。カップルがよくしている腕組みだ。なぜ腕組み、しかもなぜ本名を名乗ったと困惑していれば、彼女は小さく笑って「ランデヴーよ。見たところ、あの男もいなさそうだし」と楽しそうに言った。いや違うんです、さっきまで追いかけられていて、奇跡的に撒いてしまっただけです。
それにしたってランデヴーとは。仮にも彼女は黒の組織の幹部だ。壊滅した後に公安やFBIの手から脱して、組織解体で正体が半分明るみになった安室透への脅しの材料として、結婚相手である私を捕まえに来たのかと考えるのが妥当だろう。シャロンさんを探らない代わりに、私を無傷で返すとか。別に死にたい願望があるわけじゃないが、そういう取り引きで彼の理想を汚してしまうなら、私はきっと死んでしまってもいいと思うだろう。家族や彼を守れるなら、それで。
死さえ覚悟したのに、連れてこられたのは何の変哲もない、しいて言うならお値段がそういうお店の中でも特上のブティックだった。え、ここが私の死に場所なのかと慄いていれば、あれやこれやと店内に引き入れられ、着せ替え人形のように扱われて今に至る。
「貴女ねえ、元がいいんだからもっと着飾ってもいいくらいよ。ちょっとは冒険なさい。ああ、値札切ってもらえるかしら? あとは……そうね。そこの靴とこれ替えて、あとこれは包んで頂戴」
「かしこまりました」
彼女の注文に店員さんがぺこりと一礼し、てきぱきと動き回って私が着ている服の値札を取り払う。さらに靴を替え、紙袋に洋服を畳んで入れているその一連の動きを、試着室から置いてけぼりにされた気持ちで見ていた。彼女曰く、初めに着替えましょうということらしい。が、お金の持ち合わせはこういうところでホイホイ服を買えるほど持ってきていない。確かに育ちはお嬢様で、今の仕事はそれなりに稼いでいるからお金はあるが、なにぶん金銭感覚は庶民だ。どうしたものかと考え込んでいれば、「別に気にしなくていいわよ」と手をひらひらされた。本当に何がしたいんだ、このお姉さん。
「さっき言ったでしょう。あなたと話がしたいだけよ。あの男の妻なんて、面白いじゃない」
「面白い……」
「貴女が彼のことどこまで知っているかさっぱりだけど……いくら仕事相手って言っても、私のこと怪しいとか思わないの?」
「えっと、まあ……浮気相手だとしても、絵になるでしょうし、むしろ納得するというか」
「……貴女、だいぶ変わってるわね」
不思議そうに言ったシャロンさんがすっと顔を近づけてきた。なんだと身を引くとむっとした顔をされる。
「そう警戒しなくても口紅塗るだけよ。……はい、鏡で見てごらんなさい」
唇に少し冷たい感触がして、ちょちょいと筆が滑る。渡された鏡を恐る恐る見ると、「これが私?」なんてセリフが出るほどではないが、さっきと印象が変わっていて驚いた。さすが変装の名人であり、大女優だ。その人の特徴を引き出し、それを最大限に魅せるコツをよく熟知している。すごいすごい、口紅一つでここまで人の印象を変えるなんて。ほえーと馬鹿みたいに鏡を見ていたら、次行くわよとまたまた連行された。何故か私の片手には紙袋が握られている。
「ベ、……シャロンさん? これは」
「あなたにプレゼントよ。受け取って頂戴」
「なんか、さっきからいただきっぱなしなんですが……」
「貴女の時間をもらっているのだからそれくらいはするわ」
いいから受け取って。そう窘められてしまってはぐうの音も出ない。なんでこう、降谷さんだったり彼女だったり、美人はスマートなんだろうか。ありがとうございますとお辞儀をして顔を上げれば、シャロンさんは晴れやかに笑った。純粋な少女のような笑顔に拍子抜けしてきょとんとする。彼女がそういう風に笑ったところを見たことはなかった。ちょっと意外だ。
腕を組んだまま街を歩き、足休めに入ったカフェでガールズトークなるものに花を咲かせた。ちなみに、どこを歩いても視線を総なめにするシャロンさんはカフェへの道すがら、「かつて自分を救ってくれた女の子と男の子が再会して嬉しい」と本当に喜ばしそうに語ってくれた。心なしか周りに花が飛んでいた気もする。そうか、新一君と蘭ちゃん、ついにくっついたのか。そしてシャロンさんは密かに彼らを推していたのか。そういえば、黒の組織にいた彼女の本当の狙いってなんだったっけ。
ぼんやりとしている記憶を何とか思い起こそうと、コーヒーに入れた砂糖を溶かしきるようにスプーンでかき混ぜる。それにしても、最近は考え事をして目の間が見えなくなることが多くなったなあとカップにミルクも加えて口を付けた。同じように一口飲み物を含んだシャロンさんは興味津々といった様子で身を乗りだした。
「それで、あの男って普段どんな感じなのか聞いてもいいかしら? 面白そう」
「え、えっと……優しいひと、ですかね……?」
「……ふうん。ねえ、余計なこと聞くけれど、もしかして仲が上手くいってないの? 今日も一人でいたってことは、喧嘩したとかそういう……」
「え? あー……そんなことはないです。むしろ私が色々あって、距離を置いていたというか」
「『A secret makes a woman woman.』」
流れるように言われた言葉に目を丸くする。彼女はにっこり笑って「秘密は作るべきよ。特に男がいる場合にはね」と今までの経験が垣間見えるアドバイスをくれていることに気づいた。視線を落とし、コーヒーカップを見つめる。
確かに私のあのノートは秘密だった。私がそれで美しくなったかと言えばそうではないが、でもそのせいで傷ついた人や報われなかった人だっていたはずだ。
「秘密を自分で作って、彼にひどいことをしてしまったんです。秘密を作ったのは、自分の家族を守りたかったからなんですけど、それが彼にばれてしまって。困らせたし、どうすればいいかわからなくなって……自分でやったことなのに」
「……そう。でも貴女、ちゃんと彼のこと愛してるのね」
「え……?」
「彼のことも守りたいから、今そうやって悩んでいるんでしょう。それが愛じゃなくて、何なのよ」
まるで当たり前の事を言ったかのように、なんてことなくそう口にしたシャロンさんにびっくりして目を瞬かせる。それからその言葉を口の中で転がして、ああ、そういうことだったんだと、どこにも当てはまらなかったのが嘘のように気持ちがすとんと収まった。
彼に幸せになってほしいと願ったのは、大切な人の幸せを願うのと一緒だったんだ。
それが恋愛感情であるかないかはさておき、私が守りたいと思った存在にいつからか彼も含まれていたのだ。そしてはっとする。私はずっと家族を守りたいと思い続けていたけれど、よく考えれば結婚した時から降谷さんも家族というカテゴリーに入っていたのだ。私の無意識は、はじめからそういうことに気づいていたのか。
私の内側で変化があったことを察したのか、目の前の彼女はやれやれと息を吐いた。ある意味では敵であるはずの彼の関係者に、ここまで親身になれる人もそういないだろう。この人は本来優しいのかもしれなかった。出会った最初に、問答無用で脳天を撃ち抜かれていてもおかしくはないのだから。
それから少しの間、好きなものや行きたい場所など、それこそ旧友とかわすような何の変哲もない話をしてからカフェを出た。時間は夕方になりかけていたけれどまだ明るい。どこか晴れた気持ちのまま空を眺め、彼女に向き合って頭を下げた。
「シャロンさん、ありがとうございました」
「あら、私は何もしてないわ。貴女が自分で気づいただけよ」
そうあしらわれたけど、その口元にはわずかな微笑みが浮かんでいた。そして彼女は微笑んだまま、ひらりとスマホをかざす。いつの間に弄っていたのだろう。
「もう少し貴女と話したかったけれど、残念ね。王子様のお迎えよ」
「王子様?」
シャロンさんが私の後ろを指さしたのでつられて振り返ると、そこには降谷さんが息を切らして立っていた。彼の手には、スマホが握られている。……してやられた。どこからはめられていたかなんてもはや考えられないけど、逃げ途中の私がこれ以上どこかに行かないよう、彼女が私を引き留めた可能性は十分だ。つまりシャロンさんは、私を連れ回しつつも彼と引き合わせるつもりだったのだ。
悟られないうちに策略が実行されているなんて、まるで鮮やかな手品を見せられた気分だ。ものすごくいまさらだけど、組織の一人と話していたんだなと実感した。そういえば、はじめに突きつけれたものは実は銃ではなく、ただのルージュをそれらしくまとめたものだった。ネタばらしをした時の私の何とも言えない表情が面白かったのか、しばらく彼女は笑っていたが。
それでももう一度お礼を言おうと体の向きを変えればもうそこに姿はなく、彼女のつけていた香水がふわりと風に運ばれて香った。観念して彼の顔を見上げる。彼は一歩距離を詰めると、「ちょっと触るよ」と服の上から身体検査のようにぽんぽんと軽く体をはたいて、最後に私の表情を確認して肩から力を抜いた。
「化粧と服以外には何もされていないね?」
「はい」
「ならよかった。……なにか言いたいことはある?」
「……ごめんなさい。追いかけられてるってわかったら、勝手に体が動いてしまって、結果として、撒くような真似を……」
今頃になって素直も何もあったものじゃないが、そう言うと彼は髪をかき上げてはあ、と息を吐いた。怒っているのか呆れているのかはわからない。どっちもかもしれない。
「そんなところだろうと思ったよ。君が走り出した時より彼女から連絡が来た時のほうが焦ったし、なぜか服も違うし、挙句の果てに貢がれてるし」
「待って、貢がれてはないです」
「どこからどう見ても貢がれているだろう、それは。……さておき、色々とやってくれたね」
「……ごめんなさい」
「どうしてくれようか」
「……好きにしてください。もう逃げません」
降谷さんが心なしか楽しそうなのは置いておき、どうするかはもう決まっていると、ぎゅっと手を握り締めた。好きにしてくださいと、言った後で少し悔やんだがこういう形で迎える最後も悪くない。ああでも、せっかく自分の気持ちに気づいたのだから伝えればよかったかな。心残りは少ないほうがいいに決まっている。
「……わかった」
長い沈黙の後で一言そう呟いた彼にすっと手首をつかまれ、思わず目を閉じる。監禁まではいかなくても、拘束は必須だろう。自分の手首に手錠のかかる瞬間はあまり見たくない。じっと冷たい金属の感触と音を待っていれば、自分の薬指に彼が触れたのがわかった。そして、するりと何かがはめられる。
はっとして目を開くと結婚指輪が薬指で光っていた。家を出る前にダイニングテーブルにノートと一緒に置いてきたのに、どうして。どうして、いまさらこんな、繋ぎとめるような。
焦燥の混じった困惑から彼の方をぱっと見上げると、視線を絡めた降谷さんは肩をすくめて私の手の甲をすり、と撫でた。まるで、宝物を扱うかのような触れ方だった。
「言っただろう、それなりの制裁を覚悟してもらうって」
くすりと笑った彼にぽかんとして、理解してからは意味のなさない母音ばかりが口から出る。え、えっと、と戸惑っていれば、少しだけ口唇をとがらせた彼は「好きにしていいって言ったのは君だ」と私の先ほどの発言を繰り返した。それは確かに言った。言ったけどそういう意味じゃない。そもそも制裁って懲罰とかそういう感じの定義じゃないのか。あたふたとしていればさらに追い打ちがかけられる。
「それと、逃げないとも言った。……まあその気になれなくなったから、もう逃がしはしないけど」
「あの、不穏な言葉が聞こえた気がするんですが」
「気のせいだよ。……好きにしていいなら、僕は君と家族になりたい」
そうまっすぐな目で訴えられたら、頷きたくなってしまうではないか。何か言わないと余計に苦しくなる気がして、俯いて小さく唇を動かす。
「……あなたには、もっといい人がいると思います」
「そうかな。じゃあそれは、きっと君のことだ」
いつになく穏やかな声が耳に触れて、いよいよ目の前がぼやけてきた。彼が私に向けてくれている気持ちにぎゅうと心臓が押しつぶされる。何か、何か言わなきゃと思っても、喉が張り付いて途切れ途切れの単語しか出てこない。
「そうじゃ、なくて……っ」
「小さい時からずっと一人で抱え込んで、誰にも辛いと言わないで、押しつぶされそうになっても笑おうとして。……ときにはそうやって泣いて」
「……っ、う……」
「そうしてまで大事なものを守ろうとした君が君の言う『いい人』でないなら、僕はこの先、もうそんな人とは出会えないと思うよ」
そっと頬に添えられた彼の指先に雫が伝った。そんな顔しないで、とすぐそばで聞こえる声がひどく優しく響く。背中の安心感とふわりと香った覚えのある匂いに、彼の腕の中にいることを意識させられた。やわらかな体温が少しずつ伝わって来るようだ。
はらはらと落ちる涙は止められずに、だんだんと彼の服ににじんでいく。それが嫌で離れようとすればするほどぎゅっとされるから、ますます涙があふれた。抱きしめる力とは変わって、弱い力であやすように背中をとんとんとする降谷さんは「こんなことを僕が言うのも違うかもしれないけど」と静かに口にする。
「ありがとう」
「っ……!」
その言葉は私に何があったのかを知らない家族の代わりに、それを知ってしまった彼が言ってくれたのだと気づき、はっとして顔を上げようとする。でもこのままでいいと頭を彼の胸に押し付けられたので、そう言った時の降谷さんがどんな表情をしていたかはわからなかった。もしかしたら、彼の瞳も濡れていたかもしれない。
「守ろうとしてくれて、ありがとう。でももう大丈夫。……だから、少し休もう」
二回目のありがとうは、他でもない彼からの言葉だった。もう、本当に、この人は、と前にも思った、形容しがたくて行き場のない感情をまた抱く。涙はすっかり止まっていた。
涙が止まった代わりに、すごいことを知ってしまった。抱きしめられれば安心すること、もう頑張らなくていいこと、それと、ずっと近くて遠いところにいた彼の体温と鼓動だ。一生知らないものだと、知らなくてもいいものだとさえ思っていた。彼の人生に干渉はしないと。しかし彼はそれを簡単に飛び越えさせて、彼の一番近いところに私を引き寄せて、そばにいて欲しいと言った。これ以上のプロポーズの言葉なんてないなと、彼の背に腕を回せばまた視界がにじむ。
「……落ち着いたかな」
「…………すごく」
「ふふ。……それなら、もう少しこうしていようか。返事はまたあとで」
聞くから、と言いかけた降谷さんに思い切って身を預け、彼の胸に額を押し付けた。わかりにくいし、伝わらないかもしれないけど、私なりの最大限のよろしくお願いしますというお返事だ。少しの間の後に小さく笑って「こちらこそ」と嬉しそうな声が降ってくる。もう、彼の苦しそうな笑顔を見ることはないだろうと、柔らかな体温に包まれたままそう思った。
降谷さんはやはり車で来ていたようで、「少し歩くけど」と気遣われたがこっくり頷いた。今、彼に話したいことがたくさんあったのだ。つながれた手をほどきたくないと考えたのは秘密にしておこう。
前にもしたようにゆるく手をつなぎながら、これからのことをぽつぽつと話す。降谷さんが目を伏せて「ノートのことなんだけど」と切り出したので身構えた。
「実は、まだ誰にも言っていないよ。話を聞いて部屋にこもった後、僕は本当に寝ていたんだ。それで起きたら君の姿がなくて……ちょっと驚いた」
「えっ、あれは私を試してたんじゃ」
「うん、違うよ。……賢いからそう考えたかなとは思ったけど。いきなり秘密を暴かれる居心地の悪さはわかっているつもりだから、君にも時間が必要だろうなって。わざと一日置いたんだ」
そのおかげで僕もじっくり考えられたし、こうやって君も見つけられたから結果オーライだね。そう口にして穏やかに微笑んだ彼の目は、日が沈んで色が濃くなっていく海と同じ色をしていた。「捕まらないんですか、私。なんかそれっぽい犯罪名とかで……」ともごもごすると、降谷さんは「ないない」と苦笑して全否定する。
「証拠ですって出したとしても君が罪を犯したわけじゃないし、前世の記憶っていうこと自体がわりかし科学的根拠のない話だからね。僕が仮眠室に詰め込まれるだけだ」
なんと。正義を掲げて日々国のために身を尽くしている彼が、まるで逃がすようなことを言うなんて。信じられない、と握られていた手をぴくりと反応させてしまった。でも仮眠室に詰め込まれる下りはわかる気がする。そんな緩い思考は次の降谷さんの一言で吹っ飛んだが。
「あのノートは燃やしてもいいかな」
「もや……っ、それ証拠隠滅じゃないですか!」
「警察はね、証拠のない話には付き合わないんだ」
いたずらっぽい笑みを浮かべて彼が言う。どこかで聞いてセリフだ、と思いつつ「本当は私が死ぬときにでも一緒に納棺してもらおうと思ってたんです」と独り言ちた。没後なら誰に見られてもまあ大丈夫かな、というなんとも危機感の低い考えだが。降谷さんはふいにぴたりと足を止めて、きょとんとした顔でこちらを見下ろすと、次の瞬間その表情を崩して笑った。繋いでないほうの手が口元に添えられているが、肩が震えているのがはっきりわかる。
「人が、真面目に、言ったのに!」
「ごめん。君があんまり真剣な顔で言うものだから、つい。馬鹿にしたわけじゃないから、叩くのは勘弁してくれないか」
空いているほうの手でぱしぱしと彼の背中をはたけば、変わらず震えている降谷さんがそうやって僅かに抵抗した。叩くのをやめて、それでも言ってる端から笑っているじゃないかとむっとしていれば、息を整えた彼がでも意外だなと零す。何かと思って顔を上げると、彼は今までに見たことないほどの甘い目をしていたから慌てて視線を逸らした。なぜだか、さっきから愛情表現がノンストップな気がする。頬が熱いのは気のせいだ。
私の心のうちの変化に気づいているのかいないのか、降谷さんは言葉を続ける。
「もっとおとなしいかと勝手に思っていたから。見合いの時とか家にいるときとか、そんなに喋っていなかっただろう。……ああでも、一人の時は歌ってたりしたか」
「……本来はこんな感じです。結構うるさいですよ、私」
「ん、賑やかでいいんじゃないか? 好きだよ」
「…………」
「どうかした?」
「……ふいうち……あなた何なんですか」
「君の旦那さん」
なぜかチャンスとばかりに盛大に遊ばれている。返す言葉が思いつかないので、降参して黙りこくることにした。手は離さないままだ。私を弄り倒して満足したのか、降谷さんもそれきり何も言わず、ただ私の手を引いて歩く。そういえば横浜煉瓦は買えなかったなあと頭をよぎったりしたが、雰囲気を壊さないためにも口にはしないことにした。
「……さてと。はい、どうぞ」
まさかまた助手席に乗れるとは思ってもおらず、降谷さんはわざわざドアを開けてくれた。お礼を言っておずおずと車に乗り込み、私がシートに収まったのを確認してから「荷物は後ろに乗せていいよ」と彼が膝に乗っていたそれをひょいっと後ろに置いた。流れるような動きに瞠目して我に返ってまたお礼を言う。どういたしまして、と運転席に座った彼はいつかのようにエンジンをかけずにしばらく視線を膝に落としていた。しばらくして顔を上げた降谷さんは何かを言うかやめるか迷っているようで、言葉を待つつもりの私はじっと彼を見つめる。やがてそっと口が開かれた。
「……折り入って、早速一つお願いがあるんだけど」
「あっ、はい。なんでしょう」
「笑ってくれないか」
君の、ほんとうの笑顔が見たいんだ。
意表を突くその言葉に目を丸くし、そういえば出会ってから今までで、彼の前では困った笑顔しかしていなかったことを思い出した。少しだけ逡巡して、そっと目を細めて頬をゆるめ、恥ずかしさを感じつつも、笑う。いつだったか、花びらの舞う桜の木の下でそうしたように。
私のほんとうの笑顔を見た彼は少し驚いたような顔になって、それからすぐに同じように笑い返してくれた。溶けたように細められる、深い青を閉じ込めた彼の瞳がほんの少し濡れている。
いきなりぐっと私の身を引き寄せ、 ありがとう、と囁くように言った降谷さん……いや、夫の背へと、答えるように手を添える。出先でしかも車内だし、……だけど、うん、まあ。肩に頭を預け、そっと目を閉じて表情をゆるめた。
そういうことが気にならなくなるくらいには、もうずいぶん前からこの人に惹かれていたらしい。
炊き立てのほかほかのご飯、野菜たっぷりなお味噌汁にほくほくの肉じゃが。白菜ときゅうりのお漬物には昆布が仲間入りして、筑前煮のにんじんが目に鮮やかだ。甘いものには大学芋が食卓に並ぶ。
なぜ煮物が二つもあるかというと、おかず一品だと夫の胃袋を満たせないからである。それと、同じおかずが大量にあるよりも、違うおかずで半分の量ずつあったほうが飽きも来ないだろうという私の考えもあった。ちなみに、筑前煮と大学芋は夫が作ってくれました。わざわざ手間のかかる筑前煮を引き受けてくれる辺りにも優しさが発揮されていた。
あたたかい食事という幸せを前に、ふたりで手を合わせていただきますを言う。「あ、これおいしい」「アレンジしたら面白いかもしれないな」と言葉を交わしつつ、次の機会に試すのはそろそろ習慣になってきている。前も和食をメインに彼に教えることはあったけど、その時よりも楽しそうに、幸せそうにキッチンに立つ夫を見るのは嫌いじゃない。……捻らず素直に言おう、けっこう好きだ。
私の作った肉じゃがを、とてもおいしそうに口にしていた夫がふと食べる手を止める。そういえばと前置いて、何か思い出したようだった。
「貰っていた服、どこにやったんだ?」
「えっ」
「ほら、横浜の時の。紙袋提げてただろう、君。……あれ以来見ていないし、急に思い出したから言ってみた」
「あ、えっと、クローゼットに仕舞ってあって……」
「どうして? 着ればいいのに。こんなこと言うのも癪だけど、彼女は魅せることに関してすごく造詣が深いからね。きっと似合う」
確かにそうだ。シャロンさんから頂いた服は、色々が落ち着いた後でこっそり私室で広げて、鏡の前で合わせていた。前世の友人が言うに、二次創作界隈では彼が他人からのものをあまり好ましく思ってない描写が強かったりしたそうだけど、目の前の夫は「ものは大切に」という精神なので、いつの間にか捨てられていた、なんてことはない。いつかその考えがあの愛車に反映されるといいなあ、と陰ながら思っていたり。でも大破させるのは主に仕事関係だから彼が無茶をしている証拠でもある。
贈られたのはワンピースで、デザインはさることながら色味までしっくりと自分に合っていて、恐れおののいたのは記憶に新しい。しかし、私が着ないのには大きな理由が一つあった。
「それがその……背中にファスナーがあって、一人じゃ脱ぎ着できないやつで」
「…………」
「……あの?」
「……やられた」
ぎゅっと目を瞑って、いかにも不覚だという顔をしてそんなことを言った彼は「今度会ったら文句言ってやる」と謎の決意をしている。が、気にしている場合ではなかった。
そう、背中にファスナーがあり、かつ自分で着替えられないそれをチョイスしたシャロンさんは、ただ一言「それ脱がしてもらいなさい」と言いたかったしい。もだもだしている私たちを見かねたのか、興味本位での行動なのかはわからないけど、字の通り体を張るようなことを提案するあたりが彼女らしかった。それと、夫へのからかいも含まれているのだろう。でなければ、彼が文句言ってやるなんて言葉を口にするはずない。
ワンピースはかわいいし着たいのだけど、残念ながらシャロンさんのように男性を誘惑した日には、私は恥ずかしさで死ぬ自信がある。互いの気持ちを確認してからも、彼はきちんとそういうところを考えてくれて、性急に行為を促すことはしなかった。何度かしたキスやハグはとてもやさしいもので、それに甘えてしまっているとは思いつつも、まだ怖くてはっきりとイエスと言えていない。そんなわけで、いままでクローゼットに大切に仕舞っていたのだった。
私の途切れ途切れの説明に、夫は先ほどの険悪な顔つきを一変させてにっこりと整った顔に笑顔という笑顔をのせる。
「見たいな。君がそれを着たところ」
「えっと、話聞いてましたか……?」
「んー……そうだね。大きな仕事もひと段落着きそうだし、来週あたりにデートしよう」
「でーと」
「大丈夫、ちゃんと着せてあげるから」
読みにくい笑みを浮かべて彼がそう言って、ごちそうさまと手を合わせた。はっと我に返って食卓を見れば、あれだけあった料理がすべて綺麗に食べられている。満足そうな夫は私の分の食器もかっさらうと、水洗いしてから丁寧に洗い始めた。そういえば、後片付けはやるって言っていたような。
さておき、着せてあげるって、つまりそれは、あれか、そういうことの誘いでいいんだろうか。いや、むしろ待たせてしまっている分私からお誘いするべきなんだろうけど、腹ァくくれやということだろう。
来たるべきその日まで、自分の心が持つのだろうかと心配になりながらそのことを考えてしまい、少し熱くなった頬を冷ますためテーブルにぺたりと顔を伏せる。かちゃかちゃと音を立てて食器を洗う零さんが、くすりと笑った気がした。
fin.
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秘密を知られたくないがために、降谷さんに縁談を断られるよう奮闘するタイトルそのままなお話。<br /><br />完結しました。<br />このお見合い、なしにしたい(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9915229">novel/9915229</a></strong>)の最終話になります。<br />n番煎じなお見合いと転生ネタです。何気にそしかい後だし、彼らが生きてる。二人に幸せな未来が訪れますように。<br /><br />前作への沢山のいいね、ブックマーク、スタンプやコメント、タグ付け、フォロー、ありがとうございました!
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このお見合い、なしにしたい③(完)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10039212#1
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ごんごん、ごん。
外側からドアを叩くその音は、いつもより鈍く部屋の中に響いた。それを訝しく思いながらも、言峰綺礼は立ち上がってドアを開ける。その向こうに立っていたのは、明るい橙色の髪をした少年だった。
「……ドアを蹴るな」
少年の手が荷物で塞がっていたのを見て、状況を把握した綺礼は眉を潜めつつ文句を言う。それに対する少年――衛宮士郎は、困ったように肩を竦めて見せた。
「お説教は後で聞くよ。それよりそろそろ俺の肩が荷物の重みで外れそうなんだけど、これ、受け取ってくれると有難いなぁ」
言われてみれば、すっかり関節が白くなっている士郎の指も、それに続く腕も。荷物の重みに耐えかねてふるふると震えている。重たいものばかりを買ってくるように使いをさせたのだから、当然と言えば当然なのだが。
ふ、と唇の端を持ち上げた綺礼は、士郎の左手の指に引っかかっていた、一番小さなビニール袋だけを手に取った。掌に乗るほどの、ごく軽いものである。
「お前がそこまで懇願するのなら仕方がないな。これは運んでおいてやろう。ああ、あとの荷物はキッチンへ運んでおけ」
「………うん、知ってた。あんたがそういう人間だって知ってた」
はあ、とわざとらしく溜め息をついて、士郎は背を向けた綺礼を追う。キッチンまでの僅かな距離が、今は酷く長く感じられた。
「あー、いててて…重かった…本当に肩が抜けるかと思った…」
荷物を片付けた士郎が、愚痴を零しつつリビングで寛ぐ綺礼の元へとやってくる。ソファにどさりと体を投げ出した士郎を眇めた目で見遣りながらも、綺礼は紅茶を注いだカップをすっとその前に差し出した。
「ご苦労だったな。まあ、少しゆっくりするといい」
「ん、サンキュ。…ってホットか…出来れば冷たいものが良かったな…」
重い荷物を持って長い坂道を登って来た士郎にとって、うっすらと汗をかいているこの状態で温かい飲み物を出されるのは、正直つらい。つい素直に零れてしまった言葉に、綺礼は平坦な声で告げる。
「嫌なら無理をして飲むことはないが」
「ん? ああ、ごめん。嫌な訳じゃないよ。……その代わり、五分、時間ちょうだい?」
綺礼の言葉が、まるで親切を無下にされて拗ねているかのように感じた士郎は、すぐに自分の失言を謝罪する。困ったように笑いながら「冷めてからいただきます」と告げた士郎に、綺礼もそれ以上は何も言わなかった。流れる沈黙から気を紛らわせようと、視線を投げた先には白いビニール袋。先程士郎から取り上げたそれが何なのか、急に気になり始めた綺礼。こんな買い物を頼んだ記憶はない。士郎の私物なら勝手に覗いては悪いかと思った綺礼は、隣でだらしなくソファに埋もれる少年の名を呼んだ。
「衛宮」
「ん?」
「これはなんだ」
「さぼてん」
「は?」
[newpage]
予想だにしなかった答えに、さしもの綺礼も目を瞬く。一瞬ビニール袋を凝視してから、士郎を見る。それからもう一度視線をビニール袋に戻し、手に取って。その中身をそっと取り出す。素焼の植木鉢に固定された、まるいシルエットの緑色の物体。これは間違うことなく。
「……サボテンだな」
「そうだよ」
小さな鉢植えの植物を見つめ、生真面目に呟く綺礼に、士郎も淡々と返す。なんとなく会話が噛み合っていないが、いつものことなので二人とも気にしていない。
「なぜ、こんなものを?」
ごく真っ当な疑問を述べると、士郎が笑った。愛おしげに綺礼の手の中のサボテンを見つめながら
「言峰に似てると思って」
などと言い出す。それを聞いて、綺礼は溜め息をついてサボテンをテーブルの上に置いた。それから、軽く握った拳で士郎の頭を叩く。ぱかん、と間抜けな音が石造りの部屋に響いた。
「いってぇ! なにすんだよいきなり!」
自分がなぜ突然殴られたのか全く分からない士郎が、涙目になって抗議する。だが綺礼の視線は冷たい。限りなく、冷たい。
「なぜ私がサボテンに似ているというのだ」
「へ? 違うよ、このサボテンが言峰に似てるんだって」
殴られた頭を撫で擦りつつ、微妙な違いを訂正する士郎。大して変わらないと綺礼は思うのだが、それはどうしても士郎に取って譲れないポイントであるらしい。それを再度突っ込むことは諦め。再び溜め息をついて、士郎の説明を求める。
「……そんなことはどちらでもいいが。なぜこれが私に似ていると思ったのか言ってみろ」
不機嫌そうな低い声にも、士郎は臆することがない。それどころか、なんだか嬉しそうな顔をしているのが癪に障る。
「まるっこくて可愛い見た目の癖に、触ろうとすると刺で拒絶する所とか。なのに咲かせる花はやたら可憐で可愛い所とか。なんか、似てる」
士郎の言葉に、綺礼は硬直する。自分を形容するにはあまりにも相応しくない言葉を連呼されて、綺礼にしては珍しく、返答に詰まった。ようやく絞り出せた言葉は、子どもの癇癪染みたもので。言ってしまってから、綺礼は後悔した。
「…………私はまるくなどない」
「あー、まあそうだけどさ。あんた、いつも笑ってて人当たり良さそうなのに、いざ踏み込もうとすると刺を剥き出しにして拒絶してくるとことか、サボテンっぽいじゃん?」
口籠る綺礼を気にするでもなく、士郎はテーブルの上の鉢植えを手に取る。そっとサボテンをつつくその姿には、やわらかな情愛が満ちていて。何故だか綺礼は居た堪れない気持ちになった。
「………可愛くもないと思うが」
「そんなことないよ。言峰は可愛い」
「……………」
苦し紛れの文句にさらりと返されて、綺礼はそれ以上言葉が続かない。少年が本気で言っていることを嫌というほど理解している綺礼には、最早溜め息をついて頭を抱えることしか出来なかった。
三十路も半ばに差し掛かろうと言う男を捕まえて、平然と「可愛い」などと形容するこの少年の思考回路が心底分からない、と心の中で愚痴る。どんな育ち方をしたらこんな思考をするようになるのか、と考えた綺礼の記憶の中で再生される、穏やかな声。
[newpage]
―――きみは、サボテンに似てるね。
遠い昔に自分に向かってそう言った男がいたことを思い出して、綺礼は目を瞠った。やはりその時も憮然として、何故、と問えば。返った答えに更に唖然としたことを思い出す。
―――自分を傷つけるものから身を守るために、刺を張り巡らせてるところ。なのに性格は意外に純情で可愛いところ。ふふ…知ってるかい? サボテンの花ってね、すごく可愛いんだよ…
病み衰え、すっかり細くなった腕を伸ばしながら綺礼の癖のある髪をわしゃわしゃと撫でたその男は、もういない。五年前、全てをこの少年に託して、眠るように息を引き取った。
血の繋がらない親子であったというのに、その男と少年は、時折嫌になるくらい言動が似ていて綺礼を混乱させる。この不可解な感情を持て余し、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。
そんな綺礼の内心など露知らず。黙りこくってしまった綺礼に、士郎は小首を傾げて様子を窺ってくる。
「どうしたんだよ、言峰。急に黙っちゃって」
頭でも痛いのか、と心配して綺礼の顔を覗き込む士郎に、緩く首を振ることで答える。体調不良ではないと知ってほっとしたような笑みを浮かべる士郎を、綺礼は苦り切った声で呼ぶ。
「衛宮士郎」
「なんだよ、改まって」
突然フルネームで呼ばれた士郎が、眉を顰めて返事をする。それに射殺さんばかりの視線を向けた綺礼が、告げた。
「二度と私に向かってあの形容詞を口にするな」
「なんでさ」
ぱちくりと目を瞬いた士郎が、小首を傾げる。それを「何故も何もない」と、綺礼は斬り捨てた。どうしても「恥ずかしいからだ」とは言えないし、言いたくもない。
「とにかく禁止だ。…もしも口にした時…その命はないと思えよ…?」
「えっ待ってそこまで? そこまで嫌なのかよ!?」
さすがに驚いた士郎を無視して、綺礼は立ち上がる。背を向けて書斎へと向かう綺礼を見送る士郎は、綺礼の耳や首が常よりもほんのりと紅いことに気が付いて、苦笑した。
(ああやって照れ隠しするところが可愛いってのに、本人は気が付かないものなんだなぁ)
などと考えている心の声が、もしも綺礼に届いていたら。きっと士郎は今頃、黒鍵で串刺しにされていたに違いない。
―――すっかり拗ねてしまった可愛い恋人のために、今夜は腕を奮ってご馳走を作ってやろう。
そう考えた士郎は、すっかり冷めた紅茶を一息に飲み干し、空になった二客分のカップを持ってキッチンへと向かったのだった。
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唐突に士言。ただのいちゃいちゃバカップル。元ネタはフォロワーさんから頂きました。快くネタ使用の御許可を下さったみろくさん、本当にありがとうございます! お気に召すような出来になっているといいのですが…! 言切のような切言のような表現が出てきます。ご注意くださいませ。 ※04月25日付の小説デイリーランキング 100 位ですってよ奥さん!(何) おおお、なんか嬉しいな100位。狙って取れるものでもありませんしねw たくさんの閲覧、評価、ブクマ、本当にありがとうございます!
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【Fate/StayNight】かわいいひと。【士言】
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※特殊設定につきご注意ください※
◆男性妊娠が一般的な世の中です。同性婚も同様です。
◆ヴィクトルも勇利も現役は引退しております。
◆二人の子どもも出てきます。
(ロシア名 : ルカ・ヴィクトロヴィッチ・ニキフォロフ/日本名:勝生琉叶くん/15歳)
(略称:ルカーシャ、ルーニャ、愛称:ルカーシェニカ)
◆二人の子どもが喋ります。
◆オメガバースではないです…すみません
以上のことがお受け入れ出来る方のみ、お読み頂ければ幸いです。
いろいろ捏造しております。
[newpage]
君のためなら千回でも
自分一人だった頃には全く気にならなかったことも、子どもを持って初めて気づく…いや、気づかされることは多い。特に大きな大会の、演技を見守る側立ったときの異様なハラハラ感はきっと親ではないと分からないだろう。
キッチンで朝飯の準備をしているときに、傍らに置いてあるテレビから聞こえてきたレポーターの言葉に思わず顔を上げる。
『圧巻の滑りを見せてくれました、若干十五歳のルカ・ニキフォロフ選手。シニア初参戦にも関わらず堂々とした演技は実力の表れでしょう。会場にいた誰もが彼に魅了されました。ショート、フリーともに一位で初優勝。これから表彰式です。終わり次第、映像をお送りいたします』
興奮を抑え、出来るだけ冷静に伝えようとしているテレビ画面越しの彼は、だけれど頬も耳も真っ赤になっていた。それだけでルカの演技が素晴らしかったのか分かり、ホッと胸を撫でおろす。
「…よかった。ルカ、無事にフリーも終えたんだ」
優勝とかそんなのどうでもいい、なんて言えないけれど、ルカがルカらしい滑りをしてくれたのが一番だ。昨日、ネットニュースで結果速報を見てルカが一日目を無事に終えたのを知り、そうしてヴィクトルからの電話でショート一位という結果を教えてもらい、安堵した状態で録画をしていた演技を見た。開催国がロシアではなく国外で行われている試合なので時差があるためこんな朝方の報道となるが、緊張しすぎて眠れないので丁度良い。
一応、コーチとして…厳密にいうとコーチではないのだけれど、ルカの試合には必ずヴィクトルが付き添いで行くので試合のたびに二人でこの家を留守する。一人取り残される自分は少しだけ寂しいと感じるも、成長していく子どもを見られるのは嬉しいので、そこは我慢するしかないのだろう。
付いていきたいと言えば付いていくことが出来るのに敢えてそう言わないのは僕が試合会場でルカの演技を見る勇気が無いからだ。怖い、わけではない。ルカがジャンプを失敗するなんて心配は一ミリも持っていなくて、小さい頃から…それこそスケートをし始めた頃から桁外れたセンスで周囲を魅了してきた我が子なだけあって、ジュニア時代よりあらゆる大会を総なめにしてきた実績から、これからもきっとヴィクトルと同じように観客を引き付ける演技をしてくれると思っている。そんな我が子を誇らしいと思うと同時に、だからこそ自分の過去がフラッシュバックする。自分が失敗したことを思い出し、ルカに当てはめてしまう。
ルカ以外ならなんとも思わない。ルカ以外の滑りを見る分には何も思わないし、今までだってテレビで様々な選手の演技を見てきて、凄いなという感想は持っても、自分の過去を思い出すことは一切なかったのはやっぱり自分の子どもが特別だからに
違いない。
「ボーっとしている場合じゃなかった。早くご飯作って、テレビテレビ」
止まっていた手を動かし、作りかけの朝食を仕上げる。そうしてトレイにそれらを並べ、リビングへと向かった。大きなテレビ画面で録画してあったルカの演技を見るために。
□□□
「マーマ、僕の靴下どこ~?」
シニアに上がり、順当に大会をこなしてきたルカはとうとう十月から行われるISUグランプリシリーズへと参戦が決まった。シニアに上がったばかりのルカは大会ランキング上位ではないためシード選手ではなく通常ならば参加は出来ないが、前年度の世界ジュニア選手権とISUジュニアグランプリファイナルで優勝しているので参加選考対象選手に選ばれ、委員会によって心配することなくさっさと大会出場が確定した。アサイン発表によりルカは第二戦のカナダ大会と、第六戦のロシア大会に出ることになり、しかもロシア大会は地元も地元、ここサンクトペテルブルクで行われる。ルカの参加が決まってからというもの、街の熱狂ぶりは半端なく、チケットは即完売。日に日に報道も大きく加熱していった。
二週間前に行われたカナダ大会は華やかな結果で終わり、とうとうロシア大会が明後日になり、ルカとヴィクトルがホテルへと入る日を迎える。大会会場はここから車で三十分も掛からない距離にあるにも関わらず何故か選手は公式ホテルへと宿泊させるという規定があるため、若干渋りながらもあまり深く考えることもなくルカは持ち慣れているカバンへと服を詰め始めた。というか、何で夜のうちに荷物をまとめておかないのかルカのマイペースにもほどがある。
ため息をつきながらクローゼットの中からルカの靴下を手に取り、はい、と渡した。
「スパシーバ、マーマ」
にっこりと微笑み、靴下をカバンへと入れる。氷上では大人っぽく、年不相応の艶やかさを醸し出すも、こうして見るとやはり可愛い以外の表現が出来ない。腰より長い髪を鬱陶しそうに横へと流しながら一つ一つ確認して荷詰めをしていくルカの後ろに回り、髪を一纏めに括った。
「いい? ママがいないからってわがまま言っちゃダメだからね」
「……」
「ユリオにもパパにもだから。分かった?」
「……分かった」
ルカを前にすると言いたくもない小言が出てくるのはもはや癖みたいなもので、毎回聞かされるルカはまたかと嫌そうな声で返事をした後、説教が始まる気配を感じ取ってかさっさと目の前から離れていく。「急がないと遅刻する~」とわざとらしい声を上げて。我が子ながら、なんというかあざとすぎてため息しか出なかった。
成長すれば少しは落ち着くかもしれないと期待していたヴィクトルそっくりの我儘たっぷりな性格は、大きくなっても何ら変わることなく、寧ろどんどんと加速していくため自分の育て方が甘かったのかと少しだけ反省と後悔をする。
バッグに着替えと練習着を詰め込み終わったルカはそれを持って玄関まで向かうと、先に用意を終えていたヴィクトルが遅いぞと、僕と同じように少しだけ小言を漏らす。
「ルカーシェニカ、荷物の整頓は夜のうちにしなさいってパーパ言わなかったか?」
「――――言ってたけど眠かったもん。いいじゃん、間に合ったし」
早く行かないとヤコフもユリオも怒るよ。
誰の口がそう語るのか、ルカはそそくさと玄関を抜けていきそうになったので慌てて引き留めた。
「ルカ! 待って」
「えー何~?」
僕にもヴィクトルにも注意され頬をぷくり膨らませたルカは不機嫌を露わに、また何か言われるのかと不貞腐れ気味に、だけれど素直に振り返り僕の顔を見てくる。そういうところだけは小さい頃と変わらなく、心根の良い子だと思ってやまない。腕を伸ばし、にっこりとその細い身体を抱きしめた。
「…マー」
「怪我をしないようにね。いってらっしゃい」
まだ十五歳そこそこの、大切に育ててきた子どもを厳しい勝負の世界に送り出すのは毎回しんどいけれど、ルカが嫌がらず、前を向いて進んでいくのならば親としては頑張れと背中を押すしかない。でも『頑張れ』という言葉は頑張っている人間に対して失礼だと思っているから、ルカが持っている精一杯の力を後悔の無いように出し切ってくれるだけでいい。
急に抱きしめた僕に対して一瞬ビクっと身体を竦めたルカだけれど掛けた言葉にふっと力を抜いて、へへと笑う。
「…ありがと、マーマ。いってきます」
ぎゅっと強く抱きしめればルカも僕の背中に手を回し、ぎゅっと同じだけ強く抱きついてきた。
嬉しそうな、そして力強いその声音を聞いて、大丈夫だと確信する。腕を離し、ルカの顔を覗き込むとキラキラと輝いており、じゃれるように鼻先にキスをするとお返しにルカも僕の頬にキスをする。ルカの長い睫毛が光を弾き、宝石のような瞳を深い色に変えていく。まるで深海に差し込む一片の光に揺らめく海底の砂の様に、神秘的なその光景はいつも視線を釘付けにする。自分でさえこうなのだから他人がルカの容貌に惹かれるのはどうしようもないことなのだろう。
ヴィクトルもそうだったから。人形のような作りものの美貌が氷上では妖艶に色づき、途端、凍っているリンクさえ溶かすような熱い息吹を感じ、圧倒的な技術の前に自分が息をするのを忘れるくらい彼に魅入ってしまう。ルカも着実のその後を歩いていっているだろう。
二人でいちゃいちゃしているとやはりというか何というか面白くないのは横にいるヴィクトルであって、さっきのルカと同じようにムスっと頬を膨らませ、父親としての威厳はどこへ行ったのか、僕とルカをまとめてぎゅうっと抱きしめてきた。
「勇利もルカーシェニカも、何で俺のこと無視するかなー? 日本じゃ父親は『イッカノダイコクバシラ』って言うんだよ、あー、勇利からキスしてくれないとやる気出ないし、ルカーシェニカからキスしてくれないとキスクラでユリオの代わりに横にいるかもしれないー。あー、どうしようかなぁー俺の気持ちどうなるかなぁー」
わざとらしく大きくため息を付きながら子どもっぽい我儘を言うのでルカと目を見合わせクスリと笑った後、仕方ないなぁと二人で交互にヴィクトルへキスをする。
「ルカのこと頼んだよ、ヴィクトル」
「パーパはリンクのところで僕のこと見ててね」
そうするだけで拗ねたヴィクトルの機嫌は一気に回復し、「任せて」といつものスマイルが全開になった。簡単、というと語弊があるが、僕とルカだからこうやって子どもっぽい彼を見ることが出来る。
そうこうしている間に集合時間ギリギリになり、二人でバタバタと玄関を出て行った。最後の最後まで賑やかしいと手を振ってその後ろ姿を見送る。二人が帰ってくるのは、数日後。大会の全日程が終了してからだ。結果がどうなるか――――…なんてマイナスの気持ちは持ち合わせていないけれど、この大会はリアルタイムで流れてくるから覚悟しないといけない。ぎゅっと手を握り、誰もいないリビングへと戻った。
大会が始まり、報道は加熱どころか一つ間違えれば犯罪ではないかという域にまで達し、朝から夜までどのチャンネルもずっとフィギュアの話題で占められていた。公式練習中、会場への移動中、またホテルの前まで報道陣が張り付き、ルカを追い回す。ここまでくるとルカの精神状態が心配だったがヴィクトルが手配したSPがきちんとプライバシーを保護するように守ってくれ、また始終ヴィクトルとユリオの姿が横にあるので少しは不安が解消する。
報道が過激になればなるほどそれだけルカが注目されていることなので有難いと思う反面、親としてはもう少し気遣ってくれてもいいのではないか? と歯痒い感情が芽生える。まぁそんなことを思っても自分が出来ることは何も無いのでただただじっと家にいるしかないのだけれど。
「もうちょっと、かな」
キッチンに置いてある時計で時刻を確認し、戸棚から自分のマグカップを取り出す。
普段あまり飲まないコーヒーを今日ばかりは淹れ、それを手にリビングに入ってテレビを付ければ現在行われている大会の男子フィギュアショートの様子が解説者のコメント付きで流れ始めた。今日は男子ショートプログラムがある日だ。ルカが滑る大体の時間は昨日ヴィクトルが電話で教えてくれたので分かっており、目安としては大体30分後ぐらいだろうか。
例えヴィクトルに教えて貰わなかったとしても、丁寧にルカの順番があと何人滑った後だとテレビに表示が載っている。
「うー…緊張する」
ソファではなく床に敷いたラグマットの上に座り、手に持ったコーヒーのカップをテーブルに置いてからクッションを掴んでごろんと横になった。ドクンドクンと心臓の音が煩い。
どれくらいその心臓の鼓動を戦っていただろうか、一際大きな歓声が響いたと思ったら、ルカの真剣な表情が画面一杯に映った。緊張で強張ったわけでもなく、演技する前の、ルカが見せるいつもの表情。解説者が何かを喋っているのは分かったが僕はルカを見るのでいっぱいいっぱいだった。リンクサイドには腕を組んだユリオがチラリと移り、ヴィクトルは離れてヤコフと一緒に佇んでいる。
僕は床に倒していた身体を起こし、知らずに正座の姿勢を取った。日本人のDNAがきっとそうさせたに違いない。
一瞬、静寂に包まれる場内。ごくんと唾を飲み込んだ瞬間、ルカのショートが始まった。白鳥が舞うように、優雅な振付が一気に目を奪う。
リビングで何度もヴィクトルとユリオがルカのプログラム構成を決めていたし、カナダ大会で滑っていたのは見ていたからどの順序で何を滑る、飛ぶのか分かっていた。…分かっていたけれど、緊張の度合いが酷く、ルカの滑りを見るので精一杯だった。
ジャンプの回転がどうの、だとか。
コンビネーションがどうの、だとか。
そんなものはどうでもいい。
ただただルカが滑るのを眺めていた。二分四十秒。終わってみれば短かかったけれど、とてつもなく長くも感じた。
リンクに投げ込まれる花束やプレゼントを見て、あぁ終わったんだと実感がじわじわと込み上げてくる。息を切らしながらもエンジェルスマイル全開のルカ。キスクラにはユリオが傍にいて、結果を待っていた。何か軽く喋っているらしく二人はリラックスをしていて、多分結果が出る前に何となく実感として分かっているに違いない。
そうして当然のように出された点数。暫定トップ。ホッと肩から力が抜けた。一位が嬉しかったわけじゃない。いや、嬉しいのだけれどルカが満足いく滑りが出来たということで、ただそれだけが嬉しい。
全選手が演技を終え、ルカは暫定トップから、ショート一位が確定する。
テーブルの上にあった冷めきったコーヒーにゆっくりと口を付けた。苦いという感想しなかったがこれで今日は眠れる。その前にご飯でも食べようかと立ち上がりかけたところでルカのインタビューが始まった。
『本日の演技も素晴らしいの一言でした。まるで在りし日のお父様を見ているような錯覚に陥ったファンも多いでしょう。グランプリファイナル出場ももはや手中に収めたも同然ですが、明日の意気込みをお聞かせください』
興奮をそのままにインタビュアーが聞くそれに対して、ルカは微笑み、応える。
『そうですね、いつも通り滑るだけです。父と、そしてコーチに恥じさせないようパーソナルベストで優勝します』
若干強気にも取れるコメントで色めき立つマスコミ陣だけれど僕はそんなルカを見て心が騒めく。何かがおかしい…と。余裕ぶって見えるがどこか不安そうに、怖がっているように見えてしかたがないのだ。
それが何に対してか分からない。でもルカは今、きっと怯えている。不安の中にいて、でもそれを誰にも悟らせないように繕っている。ユリオも、ヴィクトルでさえもしかしたら気づいていないかもしれない。でも自分には何故かルカの気持ちが分かってしまう。自分の母親がそうであったように、僕もルカの心が感じ取れるのだ。いうなれば、母親の勘。
――――こうしてはいられない。
何とかルカに会って、その強張りを解いてあげたいという気持ちが膨らみ、気づけばコートを羽織って家を飛び出した。
選手が泊まっているオフィシャルホテルの場所は知っていたし、泊まる部屋の番号も教えて貰っていたのでタクシーを捕まえ、何の考えも無しに向かうも、いざ到着してみて目の前に広がる光景を見た瞬間、自分の浅はかさに一頻り落ち込む。
「……警備が強化されてたの忘れていた」
オフィシャルホテルの敷地内すら一般客が入れないように警備員が絶えず見回っており、そもそもホテルの中に入るためには関係者に配られている専用のIDカードが必要だった。選手の身内とはいえ自分は一般人に変わりなく、たむろするファンの中に交じって、同じ様に高く聳えるホテルを見上げる。
ホテルの二十三階。エグゼクティブルームのあるフロアが選手の専用フロアだったはず。そう思ってその場所を眺めながらどうやったら中に入れるだろうかと思考を巡らし、手始めにヴィクトルに電話をしてみるも案の定留守電に切り替わり、続いてユリオに掛けてみても同じような結果に大きくため息をついた。まぁいろいろ忙しいとは思っていたので、折り返し連絡が来るのを待とうとホテル近くのカフェに入り、スマホの画面を睨んでいるがうんともすんとも鳴らない。
待って待って待って。
かれこれ三時間は待ったように思う。もう埒が明かないと別の人物に希望を託すため電話帳をスクロールしていくと、ある人物の名前を見つけ、あ、と思わず声が出る。
彼なら…そう思って躊躇わずコールボタンを押せば、二コールも待たずにすぐに繋がった。
『ハーイ、勇利、何かあった~?』
「やったピチットくん!!」
テンションが高い、聞き慣れた明るい声が耳の届き、思わずガッツポーズが出る。さすが片時もスマホを手放さない男。ピチットくんは僕が引退して数年後に現役を引退したのだけれど、念願だった母国でアイスショーを成功させ、フィギュアのオフシーズンにはそれをメインに活動し、オンシーズンになると自国の選手育成に尽力していると聞いていた。今回、女子選手のコーチとしてここにやって来ると先週電話を貰い、それなら大会が終わったら食事でもしようと約束をしていたのだ。
約束の日は明々後日だったので何のために電話してきたのか不思議そうにしていたけれど、外聞も何もかも捨て、何とか自分の子どもに会いたい旨を簡単に伝えれば、暫く考えた素振りを見せた後、ホテルの裏口に来るように言われたため僕は一も二もなく裏口へと走った。そこには当たり前だがマスコミが張り付いていたのでどうしようか迷いながらこっそり影に隠れていると「ユウリさんですか?」と肩を叩かれ、驚いて振り返るといつの間に来たのか、ホテルの従業員が背後に立っていた。バッジを確認するとフロントマネージャーと書かれているので偉い人に間違いなく、問いかけに静かに頷くと、僕の首にスタッフIDが入ったネームホルダーが掛けられ、そうして誘導されるままホテルの中に入ることが出来た。
外と違い、かなり温かい室内。
中に入れた安堵から、スタッフへと頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ、本来ならばこういうことはしないのですが、今回は特別に上から許可が出ましたので私は指示通りにしたまでです」
どうぞご内密にお願いしますと言われ、分かりましたともう一度深く頭を下げた。
これでようやくルカに会える。
ゲスト専用のエレベーターで二十三階へと上り、待ち構えていた特別警備員へスタッフ証を見せれば何も疑われることもなくフロアの中へ通された。途端ドキドキと変な緊張が全身を襲う。ピチットくんのおかげでこんなにもスムーズに事が運べたので明々後日会うとき絶対に何かお礼をしようと心に決め、並んでいるルームナンバーを確認しながら進んでいくと丁度真ん中あたりに目的の部屋があった。時刻は二十三時を過ぎるところだった。もしかしたら明日に備えもう寝ているかもしれない。
でもここまで来たら会わずに帰るなんて出来ないと、躊躇することなくドアをコンコンコンとノックする。もし扉が開かなかったらその時はまた考えようと思い、反応の無い扉に対してもう一度ノックをしようとしたとき、思いがけずガチャリとドアが開いた。尋ねてきた人物を確かめることなく、また誰かと問い掛けるもなくのんびりと開かれる扉に、思わず母親として小言が飛び出してしまった。
「こら、ルカ。相手を確認しないでドア開けたらダメだろ。変な人だったらどうするの。もー、次から気をつけること。分かった?」
こんなことを言うがためにここに来たわけじゃないのにそう言ってしまうのはルカの危機感の無さを感じ取ってしまったからで。だけれど僕の顔を見たルカの驚いた中に喜びを感じ取って、ここに来たのは間違いじゃなかったと分かった。
良かった。
心から安心し、ルカの背中を押しながら部屋の中へと入っていく。既に寝支度を整え、休んでいたルカ。一人っきりの部屋。ルカはここで何を思いながら横になっていたのだろうか。薄い照明の中、ルカと向き合い、静かに言葉を紡いでいく。
そこで打ち明けられるルカの本心。
少しずつ成長していくルカに親として誇らしい気持ちになった。
出来るだけ心の重りを外してあげたい。それが母親としての務めなんだと、改めて感じた。
2018/8/19
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インテ(氷奏13)の無配でした。<br />最果ての空>><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7476154">novel/7476154</a></strong>の設定を使っております為、こちらを読まれていない方には本当に優しくない作りとなっております申し訳ありません><。<br /><br />※男性妊娠を扱っております。<br /><br />thank you >><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9903667">novel/9903667</a></strong>の勇利視点の話です。<br /><br />※特殊設定につきご注意ください※<br />◆男性妊娠が一般的な世の中です。同性婚も同様です。<br />◆ヴィクトルも勇利も現役は引退しております。<br />◆二人の子どもも出てきます。<br />(ロシア名 : ルカ・ヴィクトロヴィッチ・ニキフォロフ/日本名:勝生琉叶くん/15歳)<br />(略称:ルカーシャ、ルーニャ、愛称:ルカーシェニカ)<br />◆二人の子どもが喋ります。<br />◆オメガバースではないです…すみません<br /><br />何卒よろしくお願いします。<br /><br />素敵な表紙はこちらからお借りいたしました。ありがとうございます>><strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/57653151">illust/57653151</a></strong><br /><br />---------------<br /><br />先日の氷奏13ではスペースにお越し下さいまして、また拙い本を手に取って下さいましてありがとうございました。<br />早々に完売してしまいご迷惑をお掛けしましたため、次のイベントに合わせて再販を行います。<br />個別に返答が出来ず申し訳ありません。<br /><br />次のイベントは11月を予定しております。ご機会ありましたら、是非ともよろしくお願いします。
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君のためなら千回でも
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10039901#1
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作者のメンタルは豆腐なので誤字とかあれば優しくご指摘ください。
鈴木園子成り代わりです。
なので原作の鈴木園子はでてきません。
救済あり。当然ながら捏造あり。
カップリングは京園ではございません。
落ちはスコッチ予定です。
以上の説明で駄目だと思ったらそっと閉じてください。
それでもよろしければどうぞ
[newpage]
――御側付きが変だ。
[newpage]
「園子お嬢様。 お目覚めの時間ですよ。」
カーテンがあけられ、部屋に日差しが降り注ぐ。
園子本来に趣味ではないが、天蓋付きベッド。最高級品の寝具。
そのシーツの海に埋もれて休む園子の耳元で囁かれる、掠れた甘い声。
電流のように腰に響く色気のある声に、ビクリと耳を押さえながら園子は飛び起きる。
燕尾服をきた男。至近距離で悪戯っぽそうに灰色の瞳が輝いていた。
固まる園子など些事とばかりに、景光はニコリと笑った。
「おはようございます。園子お嬢様。」
「……おはよう」
目覚めの紅茶を優雅な仕草で準備しながら、今日の朝食のメニューと予定が告げられていく。
まだ本起動していない脳みそを使いながら、その様子を呆然とみていた。
目の前に差し出された、丁寧に入れられた紅茶。
「この香りは、……。」
「えぇ、園子お嬢様が出先で気に入られたものです。」
えっ……。
この銘柄を気に入ったと声に出してはいない。
側付きとして隣に侍らせてはいたが、気付いたのか……。
笑顔の輝きが増した。褒めて褒めてと願う犬の尻尾が見える気がする。
手招きをすれば、ベッドに腰かけた園子の足元に跪いた。
マジですか……。
指通りのよさそうな漆黒の短髪が目の前にくる。
景光が何を望んでいるかはわかった。
この性格だと曝露する前は、表向きは御側付きとしていたが、『ペット』として扱っていた部分もある。
ミーハーなお嬢様として、「イケメンを侍らせたい」そんな感じで。
休ませるときとか、我儘めいた命令をするためにもそれが有効だった。
「……………。」
そろりとその形の良い頭を撫でる。
手が触れた途端、その背の後ろで花が舞う幻影が見えた。
片手で撫でるのを続けながら、自身のこめかみを押さえる。
冷静な頭はこの絵面が結構なものであると警鐘を鳴らした。
女子高校生に頭を撫でられて、恍惚とした表情を浮かべる三十路。
控えめに言っても、ヤバい光景だ。
景光が側に控える時間が伸びている。
御側付きを任命しているのだから可笑しいことはない。
だが、本業はどうした……。
園子は現役高校生だ。
高校生をしている間は、景光はフリーになる。その間に公安側の仕事をしているようだったが、今は夏休み。
ただでさえ、自由になる時間は限られる。
それにも関わらず、園子の側に控える機会をわざわざ増やしてどうするつもりだ?
朝起こすことは、別のメイドがやっていた。
一人で起きることは当然できるが、それをすれば一人の人間の仕事を奪うことになる。
「景光、別の仕事はどうしたの?」
朝っぱらの世話に関わっていても、公安に役立つ情報なんてない。
元のメイドに仕事を戻せと暗に伝えるが、御側付きなので一から十まで世話をすると明言された。
「……………。」
園子が殺されかけた事件。
大事になることは幸いなかったとは言え、側付きが主人の側にいなかったために、危機に瀕した。確かに御側付きを外されかねない出来事ではある。事実一部の使用人からは景光を降ろすべきとの声もある。
そうは言っても景光は知らぬが、園子側からすれば御側付きというのは本来の目的からすれば二の次にしてもらって良いもの。京極が現れなければ、潜んでいた爺が血祭りに上げていただけなので別に気にしていない。
御側付きでなければ、園子からの情報は得られない。
そう考えた上での名誉挽回か?
指通りの良い黒髪をすきながら、思案する。
園子としても、周りの声を落ち着かせるためにもパフォーマンスがあっても悪くはない。
ならば、メイドたちには別の仕事を与えなければ。
その采配を考えながら、
「そう……、ならよろしく。」
「はい、お嬢様。」
景光に微笑みかけた。
おはようからおやすみまで、景光と過ごす日々のはじまりだった。
[newpage]
「何覗いてるの? コナンくん。」
園子の部屋のドアを少し開けて、覗き込んでいたコナンは飛び上がった。
「うぉっ! あ、ヒロキか……。いやあれがさぁ…。」
ヒロキもコナンの後ろから見れば、園子と景光が話しているのが見える。
ヤキモキした顔をしているが、ヒロキは何が言いたいのかわからない。
「うん、園子さんの手伝いしているだけじゃない?」
「いやその…………、近くね?」
書類を手にしている園子の背後に立つ景光は、肩に手をかけ書類を指差す。あれは景光と胸板と園子の背は触れあっている。
コナンはそれを確信した。
「それが? あ、わかったヤキモチ?」
ヒロキは合点がいったとでも言うようににこやかに言う。
「ち、違げぇし!!」
コナンの声は大きく、中にいた二人の視線が此方を向いた。
「なーにしてるの、おチビちゃんたち?」
「チビじゃねぇし!!」
猫が毛を逆立てるようにキシャーとコナンは近づいてきた園子に噛み付く。
べしっとその額に女の細い指でデコピンをとばした。
「お黙りなさいな。粗忽者。」
事件が起きれば、待てができない犬のように弾丸のように飛び出していくコナン。
「縮んで精神年齢まで戻ったのかしら?」口元は笑っているが、目が一片も笑っていない園子に何度か注意、捕獲されている。最終的には怒髪天をついた園子によって幼児用ハーネスか爺に抱っこされるか選べと迫られた屈辱は忘れられない。
中身が高校生なのはわかっているはずなのに、子供扱いをしてくる園子。
ギャンギャンを吼えるコナンの言葉を片耳塞いで顔を顰めながら聞く。
「はいはい、とりあえず邪魔だから。次郎吉伯父さんのとこでもいってきなさいな。ちょうど怪盗キッドの捕獲作戦たてているみたいだから。」
コナンの関心がそれた途端、目の前でドアが閉じられた。
「あ!、クソ。逃げられた!!」
「そりゃあ、そうだよ。あれただの邪魔じゃない…。」
ヒロキは一連の流れを眺め、呆れたように嘆息した。
「それで? 結局何がしたかったの?」
ヒロキは園子に与えられた自分の部屋に案内した。最新のパソコン類が揃った部屋は圧巻だ。
「相変わらず、すげぇな…。」
「うん、環境はとても良いよ。ここに連れてきてくれた景光さんにはとっても感謝してる。」
差し出されたアイスコーヒーで喉を潤しながら、コナンはヒロキが促すがまま口を開いた。
[newpage]
鈴木園子は、新一と蘭にとって大事な幼馴染である。
園子は、先を見据えて行動し、表向きの性格はともかくある意味冷淡なほどに理性的な性格だ。
自らに与えられた天命と義務を理解し、行動する。
そのためには自分の幸せなど二の次、三の次なのである。
園子は、家のための結婚をするつもりだ。
「俺も蘭も、彼奴を幸せにしてくれる人間じゃなきゃ許さねーよ。」
園子は理性的ではあるが、情に厚いのだ。
現在の新一を『鈴木』で囲うなど、デメリットしかない。『鈴木』の被害を最小限にし、最悪の場合でも園子のみが始末されるように企んでいたのに気づいたときは久しぶりに大喧嘩をしたものだ。
園子が財閥の権力と情報を使い組織について探り、その情報を壊滅目論むある筋に流していることに気付いている。
けれども、組織に関わること、探ることは、コナンには許されていない。
大人しくすること。園子が新一に望むのはそれだけ。
ギリリと両手を痛いほどに握りしめる。
一方的に守られているのだ。園子に。
男として、幼馴染としてこんなに悔しいことはない。
――そんな園子が恋をした。
それは蘭にとっても、新一にとっても衝撃だった。
ミーハーに騒いでいても、その心中は冷えていた女だ。
『鈴木』に有用か否か。
それだけが判断基準だった女が恋をした男は、ただ純粋に園子を見つけて愛した男。
園子にそんな等身大の女の子の心がある。
それは、衝撃でもあり、二人の幼馴染にとって歓喜だった。
だが、京極真は、『鈴木』にとって役に立たない。
家柄も後ろ盾もなく、学歴も普通で上流階級の教養もない。
「おばさんが……。」
「朋子さんのこと?」
アイスコーヒーのグラスを握りしめながら、コナンは肩を落とす。
「景光さんに、園子と京極について尋ねているのを聴いちまって……。」
「なるほど、景光さんが園子さんに最近張り付いてるのはそのせいと……。」
ヒロキの目から景光は、園子のことが好きなのかと思っていた。
コナンの言うことが本当ならば、近くにいて京極と園子が近づくのを邪魔するのが目的だったということなのだろうか?
「それで? どうしたいの?」
「次の土曜日。京極さんと園子の約束の日だろ? それを絶対邪魔させないようにしたい。」
「ふぅん、協力しよっか?」
景光も恩人ではあるが、園子の方が恩人レベルは上だ。
園子の幸せのための支援となれば、手を貸すのに否やはない。
「……頼む。」
「了解」
密談は可決した。
[newpage]
「景光、次の休みのことだけど。」
給仕をしていた景光。ポットの取っ手が軋むほどに握りしめられた。
「はい、その日ですが休みは延期となりまして、京極との会合には私が護衛に……。」
「会合って…。その日休みじゃなくなったのは聞いているわ。だけど景光にはコナンとヒロキの面倒をみて欲しいの。」
「は?」
灰色の目を見開く。
朋子から、京極と園子の関係を見定めるように言われていた。
これ幸いと、風見にいって連絡日を変更してもらっていたのだ。
誤算過ぎる。
「何故でしょうか?」
「あれでも体力も行動力もある子供たちでしょう? ほかのものに頼むには不安だし。コナンを遊ばせると事件に巻き込まれそうだしね…。」
コナンの事件の巻き込まれる頻度を顧みるとわからないでもない。
だが、何故敢えてその日なのか。
コナンに対する怨嗟の声が景光の中で響き渡る。
「ですが、園子お嬢様の護衛は……。」
「爺がいるわ。」
御側付きとして側に控える機会は断トツに増えた。本来の園子との交流も深まっていると感じる。それでも一番に信頼されている使用人は爺だ。
それは途方もなく悔しく、一番に園子に信頼されているという事実が羨ましい。
次の言葉に衝撃を受けた。
「お母様にもその旨は私から伝えている。景光が叱責されることはないわ。」
静かな湖面のような新緑色の瞳が此方を見ていた。景光は息を呑む。
「心配せずとも自分の立場は理解してる。貴方には不要な仕事を与えていたわね。元々の仕事量に戻しましょう。」
園子は朋子が景光に任を与えていたことを知っていた。
だからこそ、園子の側に景光がいたと思っている。
「違っっ!!」
「話は終わりよ。下がりなさい。」
柔らかな色を宿していた瞳が、どこか冷たかった。
言い募ろうとするが、園子は無情にも退室を命じる。
上手くいかない現状が途方もなくもどかしかった。
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錯綜する内意
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「おはようございます。」
そう挨拶をしながらスタッフステーションへと入ってきた白石を見て、その場にいたスタッフは一瞬動きを止めた。
「あれ?白石…何でメガネ?」
誰よりも早くそう声を掛けたのは藤川だった。
この日、白石は見慣れないメガネ姿で出勤してきたのだった。
「あぁ…。実は、ちょっと目が痛くて…。コンタクト入れない方がいいと思って。」
困った顔で言う白石の目をよく見ると、左目が若干充血している。
「ほんとだな、赤くなってるわ。後で時間ある時に眼科行ってこいよ。」
「うん、そうする。」
そこへ、にこにこと笑いながら横峯が声を掛けた。
「白石先生、メガネお似合いですね!!できる女!!って感じです。」
横長フレームの黒縁メガネを掛けた白石は、いつもと違う雰囲気だった。
「えぇ?そうかな?メガネなんて家でしかしないから何か恥ずかしいんだけど。」
「あら、似合ってますよ。これは…今日は騒がしくなりそうね…。」
最後の方はぼそっと小さい声で言った冴島に、白石がえ、なに?と尋ねるが、冴島は何でもありません、と答えた。
だが、数時間後には冴島の懸念通りとなったのだった。
その日、救命には他科のスタッフ達が入れ替わり立ち替わりやって来た。
珍しいメガネ姿の白石をひと目見ようという野次馬達の集まりであった。
そしてそれは、脳外科の医師達も例外ではなく…わざわざ救命へと足を運んだ者達が医局へと戻って騒いでいた。
「なぁ、お前見た?白石先生。」
こそこそと話す後輩医師達の口から出た名前に、自分のデスクでパソコンへと向かっていた藍沢はぴくりと反応した。
「見た見た!!普段とイメージ変わるよな!!何かちょっと色っぽいていうかさ!!」
「わかる!!大人の女!!って感じ。」
藍沢は、白石の何がいつもと違うんだと首を傾げつつ、本人の知らない所でこんな風に噂をされている辺り、やはりあいつは注目を集めているんだなと無意識に溜め息をつく。
その後、昼食を摂る為にと向かった食堂で藍沢は噂の真相を知る。
昼時でそれなりに混み合う食堂で、青いスクラブの一団を発見する。
目敏くこちらに気付いたらしい藤川が手招きしながら呼び掛けた。
「おぅ、藍沢!!ここ、空いてんぞ!!」
藤川はそう言って、こちらに背を向けて座っている白石の隣の席を指差した。
その言葉に、周囲の男どもが心底羨ましそうな視線を藍沢に向けてきたのは…気のせいではないだろう。
藤川の隣には、灰谷が座っていた。
藤川の声に、くるりとこちらを振り返った白石を見て…先程の医局での話はこれかと納得した。
「藍沢先生、お疲れ様。」
にこやかに言う白石の隣にトレーを置きながら、藍沢が尋ねる。
「…お前、どうした?…左目が充血してるな。」
ふにゃりと眉を下げ、白石は溜め息をつく。
「…今朝、起きたらこんな事に。痛いから、コンタクトは諦めたの。」
そうか、と返しながら藍沢は徐に白石のメガネを両手でそっと外した。
きょとんとした顔の白石の左目の下を軽く親指で引き、顔を近づけてじっと見る。
白石は、大人しくされるがままである。
周囲の人間は、その光景に息を飲んだ。
至近距離で二人の様子を直視してしまった灰谷は真っ赤である。
だが、藤川はいつもの事と気にする様子もない。
「…多分、結膜炎だろ。だが、念の為眼科受診しろよ。」
白石は苦笑しながら頷いた。
「うん、そうする。ありがと。」
藍沢は、白石の答えに満足げに頷くと慣れた手つきで再び彼女にメガネをかけてやった。
そして、手を合わせるといつものようにサンドイッチを食べ始める。
「あぁ、当分メガネ生活か…。コンタクトに慣れちゃうと不便なんだよね~。それに、普段掛けてないからか、やたらと視線を感じるんだけど…。ねぇ、これ似合わないかなぁ?」
不安げに尋ねる白石に、藤川が笑いながら答える。
「いや、似合ってると思うけど。なぁ、藍沢?」
「…あぁ。けど…お前、普段掛けてるやつはどうした。あの、丸いフレームの茶色のやつ。あっちの方が似合ってると思うけどな。」
藍沢が白石に尋ねる。
「へ?あぁ、あっちは家用だから。目が疲れないように、度が緩めなんだよね。仕事中は使えないよ。」
「…そうか。」
二人の余りにも自然なやり取りに、うっかりそのまま聞き流しそうになった藤川だったが、いやいや、待て。と二人の方を見る。
「…藍沢。何でお前が白石が家でしか掛けないメガネの事を知ってるんだよ。」
「「…あ。」」
息ぴったりに声を漏らした二人は、不自然に視線を彷徨わせる。
…そして。
「ご、ご馳走さま~。私、そろそろ戻らないとっ。」
慌てて立ち上がり、トレーを返却しに行く白石に、いつの間にか食べ終わっていた藍沢も無言のまま続く。
「おい!!待てよお前ら!!」
引き留める藤川の声を無視し、二人はとっととその場から足早に立ち去っていく。
早足で並んで歩きながら、白石が藍沢に文句を言っているのが周囲に漏れ聞こえてくる。
「もう!!何で、あんな事言っちゃうかな!!」
「…悪い。うっかりしてた。」
あっという間に小さくなる二人の背中を見送りながら、藤川がぼそりと一言。
「…そっちのメガネ姿は、藍沢しか知らねぇって事か。」
その言葉に周囲の人間はとどめを刺され、撃沈したのだった。
[newpage]
その日、朝から脳外科はピリピリとした緊張感に包まれていた。
何故か今日は、朝から藍沢の機嫌が酷く悪かった。
いつも以上に仏頂面で、常に眉間に皺が寄っている。
誰が話し掛けても、最低限の一言しか返ってこない。
新海も、いつも以上に機嫌の悪い藍沢に首を傾げていた。
誰も寄せ付けず、どす黒いオーラを撒き散らしながら仕事をする藍沢に、脳外科スタッフ一同は震え上がっていた。
と、そこへ。
「失礼します。…あ、いた。藍沢先生、ちょっといい?」
ぐるりと辺りを見渡して、直ぐに目的の人物を見つけた白石は真っ直ぐに彼に向かって歩いてくる。
「…なんだ。」
不機嫌さを隠そうともせず、白石の方を見上げる藍沢に周囲の人間は固唾を飲んで様子を見守っている。
いくらかつての同期と言えど…今日の藍沢は手に負えないのではないだろうか。
それ程までに藍沢の機嫌は悪かった。
だが、周囲の心配を他所に白石はじっと藍沢の顔を見つめる。
そして、一言。
「…藍沢先生、頭痛いんでしょ。」
「…。」
ふい、と白石から目を逸らした藍沢に、彼女は呆れた顔をしながら言った。
「やっぱり。もう、いっつも我慢するんだから。」
諭すように言いながら、白石はポケットから何かを取り出して、はい、これ。と藍沢に渡す。
大人しく受け取った藍沢に、白石は持っていたペットボトルを差し出した。
「ほら、ちゃんと薬飲んで。」
「…ん。」
言われるがまま薬を飲む藍沢に、脳外科スタッフ一同はただただ呆然とそのやり取りを眺めていた。
新海が恐る恐る白石に話し掛ける。
「あの…白石先生。いつから、気付いてたんですか?」
白石は、新海の問い掛けに苦笑しながら答える。
「さっき、廊下ですれ違ったんですよ。その時の反応が鈍かったので。」
その答えに、新海は目を瞠る。
「…それだけで。よく気付きましたね…。これ、よくあるんですか?」
「まぁ、たまに?睡眠不足と疲労が重なると…ですかね。」
白石は、そう言ってはぁっと溜め息をつくと藍沢へと話し掛ける。
「…藍沢先生?もう、勤務終わりでしょ?今日は帰った方がいいよ。」
「…お前は?」
藍沢の問いに、白石はきょとんとしながら答えた。
「…え?私?私は、まだ書類が残ってるから、もうちょっとかかるかな。」
すると、藍沢はむっとした顔をして、ぼそりと一言呟いた。
「…お前も帰るなら、帰る。」
えぇ?と眉を下げる白石を、じっと見つめる藍沢。
その視線に負けた白石は、困ったように笑って頷いた。
「…わかった。じゃ、一緒に帰ろうか。どうしても、今日中に仕上げないといけない書類があるから、ちょっとだけ待っててくれる?30分もあれば終わるから。」
途端にわかりやすく表情を緩めた藍沢が頷いた。
「…わかった。どっかで飯食って帰るぞ。」
「えぇ?藍沢先生、今日は早く帰って休んだ方がいいよ。ご飯はまた今度。」
すると、じろりと白石を睨んだ藍沢がぼそりと呟く。
「…ダメだ。お前…また痩せただろ?1.5kg減ってとこか。」
藍沢の指摘に、白石は目を丸くする。
「何でわかるの?!」
「そんなもん、見ればわかる。…ちゃんと食え。」
(((いやいや!!普通は見ただけじゃわからないって!!)))
その場にいた誰もが心の中で叫んだ。
うっと言葉に詰まった白石は、気まずげな表情でぽつりと呟いた。
「いや…あの、この暑さにちょっとやられちゃって…。」
「だからって食事を疎かにするな。お前、ちょっと食わないとすぐ痩せるだろうが。」
ぴしゃりと言う藍沢は、反論は許さないとばかりに白石に鋭い視線を送った。
もごもごと何事かを呟きながら言い訳を探していた白石だったが、やがてがくりと項垂れると小さな声で言った。
「わかった…。食べて帰る…。」
白石の返事に、藍沢は当然だとばかりに頷く。
そのまま白石は、失礼しました!!とぺこりと頭を下げて医局を出ていった。
藍沢も、お疲れ、と言い残してその後に続く。
その場に残された面々は、一様に信じられないものを見たような顔をしていた。
そして新海は、何度聞いても自分達はただの同期だと言い張るあの二人に、どこがただの同期なんだよ、と内心で突っ込んだのだった。
[newpage]
「ただいま。」
玄関のドアを開け、そう家の中に声を掛けるとぱたぱたと可愛らしい足音と共に駆け寄ってくる笑顔の彼女。
「おかえりなさい!!」
嬉しそうに笑う妻に、ちゅ、と唇を落とす。
はにかむ彼女の髪を優しく撫でると、藍沢は中へと足を進める。
リビングに入った途端に漂ってくるいい匂いに、藍沢の腹の虫が騒ぎ出す。
「…美味そうな匂いがする。腹減った。」
白石は、ふふ、と笑いながら告げる。
「もう食べられるから、手を洗ってきて?」
大人しく彼女に従って手を洗った藍沢がリビングに戻るとダイニングテーブルの上にはすっかり食事の支度が調っていた。
「さ、食べよっか?」
にこにこと嬉しそうに笑う白石に、藍沢も顔を綻ばせる。
ここ数日互いに多忙だった為に、自宅で食事を共にするのは久しぶりだった。
「「いただきます。」」
他愛もない話で盛り上がりながら、二人で食事をするこの時間は、互いにとってとても大切な…愛しい時間だった。
食事を終えた藍沢が入浴を済ませると、白石は再びキッチンに立っていた。
「…何してるんだ?」
「ん~?今のうちに、簡単な常備菜作っておこうと思って。」
根が真面目で働き者の彼女は、時間があれば何かしら動こうとする。
藍沢としては、只でさえ激務なのだから家にいる時ぐらいはゆっくり身体を休めてほしいと常々思っているし、しつこいぐらいにそう言い続けているのだが…頑固な彼女はちょっとだけ!!とか今のうちに!!等とパタパタと忙しなく動き回っている。
「よし、できた。」
満足げに頷いた白石は、洗い物を始めようとしていた。
「それぐらい、俺がする。ちょっと休憩しろ。」
藍沢がそう言うが、白石は大丈夫だよ~と言いながらスポンジに洗剤を含ませる。
せっかく久しぶりに自宅でゆっくり過ごせるというのに、ちっとも自分の側に来ない白石に、藍沢は面白くない気持ちになる。
藍沢は徐に立ち上がり…鼻歌を歌いながら食器や鍋を洗っている彼女を背後から抱き締める。
「わっ!!ちょっと、どうしたの?濡れちゃうよ?」
驚く白石には構わず、彼女の肩に顎を乗せ耳元で囁いた。
「…恵が、ちっとも俺を構ってくれないから。」
態と拗ねた声色で言いながら、藍沢は彼女の首筋に唇を寄せ、抱き締めた身体をゆるゆると撫で上げる。
途端に白石はびくりと身体を震わせる。
「んっ、ちょっと…。だめ。」
白石は何とか藍沢の手から逃れようともぞもぞと身を捩るが、しっかりと抱き締められ…何より泡だらけの手では彼の手を止める事もできない。
藍沢の手がするりと部屋着の裾から入り込み…白石は本格的に慌て出した。
「やっ…、ねぇ、ちょっと…。」
素肌を藍沢の熱い手が這い回り…白石の身体からは力が抜けていく。
洗い物をしていた筈の手はすっかり止まってしまっている。
藍沢はにやりと笑うと、後ろから手を伸ばして水を出し彼女の手に付いた泡を洗い流していく。
そして、自分と彼女の濡れた手をタオルで拭くと白石を軽々と抱き上げて艶を含んだ声で囁いた。
「…洗い物は、明日でいいだろ?」
首まで真っ赤に染まった彼女は、こくりと頷くと藍沢の胸へと顔を埋めた。
藍沢は、そのまま意気揚々と寝室へ向かって行った。
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キャプション必読お願いします。<br /><br />皆様、いつも応援ありがとうございます。<br /><br />フォロワー様が800人を超えました。<br />こんなに沢山の方に、フォローして頂けて本当に光栄です。<br />ありがとうございます。<br /><br />前作にも、沢山のいいね、ブックマークを頂いております。<br />本当に励みになっております。<br /><br />今回は、自身が日常生活を送る中でふと思い付いた短いお話を3つほど。<br />私には珍しく、かなり短いです。<br />軽い気持ちでお読み頂ければと思います。<br /><br />時期も二人の関係もバラバラです。<br />楽しんで頂けたら嬉しいです。<br /><br />全ての作品に目を通せている訳ではありません。<br />お気付きの事があればお知らせ下さい。<br /><br />いつも、いいね、ブックマーク、フォロー、コメント、メッセージ等ありがとうございます!!
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二人の短いお話①
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10040778#1
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注意!
刀剣乱舞とコナンのクロスオーバーです。
女の子は独自設定のオンパレードで審神者やってます。
とうらぶ知識があった方が読みやすいです。
記念館とか警備の仕事とか捏造過多。
細かいことは気にしない!(合言葉)
[newpage]
薄曇りの空から突然降り出した、篠突くような雨が地面を瞬く間に黒く染める。強かに打ち付ける雨声を耳にしながら、漸く私は窓から視線を外した。
「どうかされましたか」
静かな個室に無愛想とも取れる声が響く。私はとうに退席した父の座蒲団を縋るように一瞥して、緩やかに首を振った。
「いいえ、何も」
微笑みながら淡白な答えを返しても、対面に座す見合い相手の態度は少しも変わらない。ふと見上げた彼の口許はゆるりと弧を描いていて、それがまた不気味だった。
[chapter:奥様は専業主婦……な訳がない。]
私には、誰にも言えない秘密がある。それは両親や恋人にも言えないような、大事なこと。
――内閣府防衛省にある歴史保安庁、通称歴保。民間人は勿論、公務員や政治家にすら情報統制がなされる機関で、所謂トップシークレットの部署だ。数年前から現れた歴史修正主義者と呼ばれる異形の者達から、この国の歴史、ひいては未来を守ることが任務。審神者として刀剣男士の顕現が出来るのは霊力を持った一部の人間だけで、健康診断などで引っかかれば短期の専門学校で必要単位を履修した後に審神者となる資格が与えられる。福利厚生もしっかりしていて、申し分ない高給取りだ。しかし人手が少ない。
それはひとえに霊力を有する人間が少ないことに起因する。高校のときの身体測定の一部で引っかかった私も、学年で一人のレベルだった。専門学校に通えばそれなりの人数はいるが、やはりそれでも少数派であることには変わりない。性別年齢関係なく歴史戦争の最前線に駆り出されるとなれば、霊力を持っていても固辞する人が一定数存在するのだ。
私が審神者であることは箝口令が敷かれ家族は勿論、見合い相手にも話すことは出来ない。結婚するのなら隠さなくてはならない相手よりも同じ役職の審神者と結婚したいと思っていた私だったが、厳格な父が用意した見合い相手となれば話は別だ。私にこの見合いを断る権利はない。相手側から断ってくれればそれ以上のことはないが、望み薄だ。何故なら、父の娘である私と結婚することで利益を得る人が多いからだ。
つまり、私は同棲する夫に知られないように職務を全うしなければならなかった。正直無理を感じる。
父はブラックボックスである私の勤務先に何度も圧力をかけ仕事を辞めさせようとしたようだが、政府も貴重な人材を持っていかれれば事である。白星は当然の如く政府に上がった。
――かくして、私の二重生活が幕を開けたのだった。
▼
包丁をまな板に打ち付ける音に紛れて、微かに玄関が開く音が聞こえた。私は軽く手を洗うと、夫を迎えにぱたぱたと小走りで玄関に向かう。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
夫は週に多くて一度、少ないと月に一度ほどの頻度で帰宅する。私達は円満な夫婦生活を送るために、結婚するにあたっていくつか約束事をした。これは『仕事について言及しない』という項目に当てはまる。
私は専業主婦ということになっているので、探られるとしても「今日は何をしていたんだい」とかその程度だ。
彼は私にスーツを預けると、鞄を持ってリビングに向かっていった。隠さなければ気にしないのに、そう過剰に鞄を守られると逆に何が入っているのか気になってしまう。しかしそれは約束を違えることになるのでしていない。
「今日はぶりの照り焼き? 美味しそうだね」
「そうなんです、零さんが以前食べたいと仰っていたので」
夫は準備の整った食卓につくと、行儀良く手を合わせて食べ始めた。いつも美味しいと言ってくれるので、彼に手料理を振る舞うのは嫌ではない。
食事と湯浴みを済ませると、夫はいつも部屋に閉じこもる。私もその間に政府への提出書類の作成や本丸の維持に関する雑務を片付け、就寝支度を済ませてから寝室に行く。彼は寝るとき決まっていないので、キングサイズのベッドは一人で使っているようなものだった。
「……」
別に夫婦生活に憧れを抱いていたわけではないし、そもそも審神者という異職業に就いた時点で穏やかな人生なんて諦めている。けれど、これでは本丸で生活していた方がマシであると感じてしまう。
静かな部屋に響き渡る秒針の音、自分の心音。人の気配のない場所で眠るのはこんなに物寂しかったか。大所帯で慣れてしまった今ではあまり良く眠れない。
部屋の外から聞こえる物音で目が覚めた。夫は今日も自室で眠ったらしい。隣で寝入った痕跡は見当たらなかった。
「おはようございます、零さん」
「おはよう。よく眠れたかな」
彼はそう言いながら私の後ろ髪を撫で付けた。どうやら寝癖があったみたいだ。くすくすと柔らかな笑声が耳を擽る。
「朝食、出来てるから食べようか」
朝は余り食べられない私に合わせて、いつの間にか朝食は純和食からパンやサンドイッチに変わっていた。今日はフレンチトーストだ。
「今夜は戻られませんか?」
「また暫く家を空けることになりそうだ。いつも一人にさせてごめんね」
「そんなこと。私はお家を守りますから、零さんは心置きなくお仕事をなさってください」
朝の会話はいつもこんなものだ。きっとお互い本心ではない。家なんて彼が帰ってくる日くらいしか私も戻らないし、彼も警察とは言うが街中で金髪美女と歩いているのを見たことがある。きっと愛人のひとりや二人、当たり前のようにいるに違いない。
最後の一欠片を口に入れて、私は咀嚼しながら口許をティッシュで拭った。夫はとっくに食べ終えてジャケットを羽織っている。もう出るらしい。
貞淑な妻の役目には、玄関でのお見送りも含まれている。私は微笑みながら夫を見上げた。
「次また帰れるときは連絡するから。君も何かあったら遠慮なく言うんだよ」
「はい。いってらっしゃい、零さん」
「行ってきます」
バタン。扉が閉まった。
「……よし」
私は自室に戻り着ていたパジャマを脱ぐと、クローゼットの中から袴を取り出した。私の戦装束である。軽く化粧を施して、ピアスを付ける。これは試験用のもので、本丸に繋げる媒体――私の場合はこのピアスだ――があれば、祝詞を唱えるだけでどこにいても本丸に行けるというシステムだ。正直言ってとても有り難い。以前はゲートが政府にしかないせいで、朝は通い組の審神者達で混みに混み合っていた。
ピアスに触れて祝詞を唱える。難点を挙げれば詠唱は長いから疲れるし、ちょっと厨二病くさくて無駄に羞恥心を煽られることくらいだ。審神者の職務にはそういうところがある。
「さて。今日の出陣は先日ここで伝えた通りだ。先程見て回ったが内番も滞りないようで安心した。それでは、今日からまたよろしく頼む」
私はそれだけ告げて大広間を後にした。近侍の座について久しい初期刀の山姥切が後を付いてくる。第一部隊は出陣の予定がないので、今日はこれから二人で書類整理だ。
「それにしても、あんたのその話し方も板についてきたな」
「そうか? 私は最近現世に帰る機会が増えたからたまにぼろが出そうで冷や冷やしてる」
「……普通に話せばいいのに」
ごもっともだ。しかしわりと初期の頃からなめられないようにという勝気な理由でこういう話し方をしている私からすれば、今更口調を変えるなど何だか面映ゆい。山姥切の言葉に答えず私は執務室の襖を開けた。
「――主、スマホが鳴っているぞ」
聞こえた近侍の声にはっとして顔を上げた。時刻は午後六時半。どうやら最近の寝不足が響いてうたた寝をしてしまっていたらしい。
震えるスマホを手に取り、まだ覚醒しきらない頭で表示も見ずに通話ボタンを押した。呂律も頭も回らない。
「もしもし」
『もしもし、僕だけど』
「!?」
私は慌てて立ち上がる。山姥切に静かにのジェスチャーをすると、部屋の隅に行って小声で話し始めた。
「は、はい。零さん、どうかなさいましたか?」
『いや、大したことではないんだけど。今日は取りに行きたい書類もあるし、一度帰ろうかなって』
「そうでしたか。お夕飯は?」
『家で食べるよ。今日は何かな』
「実はまだ決めていなくて。何か食べたいものはありますか?」
『んー……じゃあ、酒蒸しがいいな。蛤の』
「分かりました、何時頃に戻られます?」
『七時半には』
「はい。お待ちしていますね」
通話が切れる。後ろの山姥切が静かに告げた。「早く行くといい。皆には俺から伝えておく」
「悪いが頼んだ。明朝には戻る!」
私は慌ただしく祝詞を告げる。七時半なんて! 時間がなさすぎるからもう少し早く連絡してほしい。
「ただいま」
「おかえりなさい、零さん」
しかしやり通すのが審神者兼主婦だ。約束通り蛤の酒蒸しと、それに合わせて西京焼きや小松菜の煮びたしまで作り上げた私を誰か褒めてほしい。地獄の時間だった。
夫はいつも通り私に上着を渡すと、靴を脱いでリビングに向かっていった。私はその後ろをついていきながら珍しいこともあるなと口を開く。
「それにしても、珍しいですね。二日続けての帰宅なんて」
「……嫌だった?」
「いえ、そんな。ただ、純粋に珍しいなと思いまして」
彼はふぅんと相槌を打ちながら食卓についた。私もそれに倣って椅子を引く。
「嬉しいとは、言ってくれないんだね」
「え」
「いただきます」そう矢継ぎ早に夫が告げたため、私は真意を聞く機会を逃してしまった。相変わらず美味しそうに食べてくれているが、正直私は先程の言葉が気がかりで食事どころではない。怒った? 怪しまれた? いずれにせよ、私では答えを出せない。
夫はそのまま湯浴みを済ませ、自室に引きこもった。ここまではいつも通りの流れだった。私も就寝支度をして終わらせられなかった書類を片付けにかかる。そうして日付が変わる頃、一人で寝室に向かうのだ。
「……零さん?」
暗かったから当然誰もいないと思って電気を点けば、私専用となっているキングサイズのベッドには夫が潜り込んでいた。彼はスマホから顔を上げ、にこりとこちらに微笑みかける。
「うん、僕だよ」
「お仕事はもう終えられたんですか?」
「だからここにいるんだけどな」
確かに。そう思いながら、私はそろそろとベッドに潜り込む。明日締切の書類が今日出せなかったから、明日は政府から直接本丸に行かなくちゃ、と考えてスマホのアラームを少し早めに設定する。それを横から覗き込んでいた夫がへえ、と意外そうに口にした。
「早いんだね。僕よりも三十分は早い」
「ええ。明日は朝の七時に友人との約束があるので」
私は適当に取り繕いながらスマホをヘッドボードに置いた。彼は少しの間黙り込むと、ぱっと私の瞳を覗く。
「誰と?」
「友人です。高校時代の」
「それって男?」
「私は女子校育ちですよ。もう、急にどうなさったんです」
今までにないくらい問い質すので、私は思わず怪訝な表情をした。彼はにこりと微笑んで、「何でも」と告げる。
「ただ、君が浮気をしていないか心配になって」
「浮気なんて滅相もない。それを仰るなら零さんの方じゃないですか」
「僕はしないよ」
――嘘。私より何倍も素敵な美人としている癖に。
そう思いはしたが、口にも表情にも出さずににこりと微笑む。「それなら安心ですね」そう言いながら、私は夫とこれ以上話さずとも済むように照明を消した。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
私達の生活は、秘密で成り立っている。
[newpage]
いつも通り大広間で指示の確認をしてから、私は山姥切と執務室に篭っていた。最近はどういうわけか、敵側の行動範囲が狭まっている。政府の方でも調査中とのことだが、嫌な予感が拭えない。まるで、嵐の前の静けさのような――。
「審神者様! 政府からの緊急通達です」
端末で出陣指揮を執っていた私の元に、政府遣いの管狐がどろんという音を立てて現れる。
「少し待て。今は第二部隊が出陣している」
「それどころじゃないんですよう! 本当に緊急なんです!」
こんのすけの必死な様子に、私はやむなく山姥切に指揮を代わった。そこまで大変な時代ではないし、恐らく平気だろう。
「それで? そんなに慌ててどうした」
漸く聞く姿勢をとると、行儀良く座るこんのすけが滔々と語り出した。
「政府から緊急通達です。遡行軍の新たな動きが平成で確認されました。現時点ではそれ程の数はいませんが、これから活発化する予測が立てられています。そこで実験的に、備前国、相模国、山城国の審神者様に特別任務が課せられました。平成の歴史遡行軍を、殲滅せよ」
「とのことです」と機械的に締めくくった管狐は、私からの質問を待つようにたっぷりとした尻尾をふるりと揺らした。私は数秒かけて言われたことを噛み砕く。
――平成に遡行軍? 私の現世じゃないか!
「……事情は分かった。つまり刀剣達を平成に送り出せばいいということだろう。陣頭指揮はこれまで通り本丸で執ればいいのか?」
「それが今回の特別任務初の試みなんです。審神者様、あなたも現世へ行くんですよ!」
こんのすけはふんすと鼻息荒く告げた。「大まかな説明は此方になります」と手渡された書面を私は丁寧に読む。最初からこれを渡してほしい。
読んでいくうちに大体の流れが分かった。つまり、今まで遡ってきた時代よりも平成の世は刀剣達にとって戸惑う環境であり、人々の発信力も大きいため、混乱を避けるべく審神者が現場で指揮を執る――ということだった。
「出陣部隊は一部隊、滞在期間は予測ではありますが、約ひと月程になるかと。敵陣は予測の範囲外にありますので、昼夜ともに戦えるバランス型の部隊編成をおすすめします」
「……なるほどね」
私は顎に手を当てて考え込む。既にそこかしこで歴史改変が起きているとすれば、事は急を要する。
後ろで出陣指揮の終わった山姥切に声を掛けられる。私は生返事をして、こんのすけに尋ねた。
「平成のゲートが出来るのはいつ」
「既に準備は整えております。試運転が終わりましたら、明日にでも使用許可が下りるかと」
「随分急な話だな」
「審神者様が度々現世に帰られるので入れ違いになっていたんですよ〜〜!」
唸るこんのすけを一撫でして、私は山姥切に向き直った。
「今日の出陣は中止だ。遠征組にも帰還指示を。午後六時には大広間で待機するよう皆に伝えてくれ」
「了解した。手伝いはいるか?」
「いらない」
端的に告げると、山姥切は頷いて部屋を辞した。大した説明もしていないのに四の五の言わず従ってくれるところは優秀だ。
「さて、と」
用は済んだとばかりに消えようとするこんのすけの尻尾を鷲掴んで、私は端末を操作し始めた。腕の中でこんのすけはふるふると震えている。
「嫌ですよう! 私めは言伝をしかと伝えました! 離してください〜〜」
「仕事だ、管狐。お前が私の手伝いをするんだよ」
私はこれからすべきことを頭に思い浮かべる。――まず、平成への出陣編成とその通告書の作成、一ヶ月も本丸を空けるわけだから出陣、遠征の調整に、平成の情報集めもしておいた方がいい。やることは山積みだ。
忙殺される私の頭からは、夫への連絡がすっぽりと抜け落ちていた。
▽▼▽
黒の組織への潜入中に、その話は舞い込んできた。警察庁の中でも重鎮である男に娘との結婚を勧められ、断っても徒労に終わるだろうと察した僕は早々に籍を入れた。しかし予想に反して彼女は清楚な女で、齢二十一だというのに、貞淑で理想的な妻だった。結婚当初いくつかさせた約束事も、文句一つ言わずに守ってくれている。まさに、僕にお誂え向きの妻である。変に媚びることもなく料理上手なので、どちらかと言うと好感を持っていた。
しかし同じベッドで寝られるかと言えばそれはノーだ。鍵のかかった自室には彼女には言っていないがベッドがある。僕はいつもそこで眠っていた。
そんなある日。いつも頻繁に帰らないが、その日はたまたま必要だった書類が家にあった。昨日も妻の顔を見ていたが、何となく帰宅する気になったので妻に電話を掛けた。突然帰るというのに、ラインで済ませるのは申し訳なく感じたからだ。
『もしもし』
いくつかのコール音がして漸く掛かった電話口から聞こえたのは、どこか硬く、しかし呂律の回らない妻の声だった。いつも隙のない良妻である彼女にしては珍しいな、と思いながらも口を開く。
「もしもし、僕だけど」
少しの物音の後、彼女はいつもの明るい声で応対してくれた。夕食はやはり用意していなかったようだ。リクエストを聞かれ蛤の酒蒸しを頼むと、彼女は快諾してくれた。まだうら若い彼女の献身的な支えに、絆されている自分にも気が付いている。可愛い若妻は、僕がどれだけ表面的に接しようが微笑んで精一杯家事をこなしている。最近はそれに応えてあげたいと思うようになった。
今日の帰宅も、そんな彼女を慮ってのことだった。しかし存外に彼女は嬉しそうな様子を見せず、普段通りである。寧ろ少し疲れているような印象を受けた。
極めつけは、この台詞だ。
「珍しいですね、二日続けての帰宅なんて」
聞きようによっては帰宅が煩わしいような言い方に、思わず顔を顰めた。きっと彼女に他意はない。しかし、どうにも引っかかる物言いだった。
その夜はつれない妻の態度が気になって、結婚してから初めて訪れる共用の寝室で待っていた。専業主婦の彼女は僕が自室に篭もり仕事をしている間、部屋にいる。何をしているかは知らないし聞いたこともない。過干渉は控えるべきだと思っているからだ。
スマホで明日の仕事の確認をしていると、扉が開いた。ぱちり、と電気がつく。
「……零さん?」
「うん、僕だよ」
彼女は戸惑いつつもそっとベッドに入ってくる。キングサイズで広々としているのに、彼女は端っこでスマホを弄っていた。身を寄せて覗き込むと、アラームの設定をしていたらしい。すぐにスマホはヘッドボードに置かれた。
「早いんだね。僕よりも三十分は早い」
「ええ。明日は朝の七時に友人との約束があるので」
「……誰と?」
考えていた言葉が、そのまま口をついて出た。別に彼女が誰と会おうが関係ないが、気になったのは事実だった。
「友人です。高校時代の」
「それって男?」
「私は女子校育ちですよ。もう、急にどうなさったんです」
怪訝そうな表情の彼女に誤魔化すように微笑んだ。
「何でも。ただ、君が浮気をしていないか心配になって」
「浮気なんて滅相もない。それを言うなら零さんじゃないですか」
「僕はしないよ」とにこやかに微笑みながらも、内心は少し焦る。任務中の姿を見られていれば彼女がそう勘違いしても仕方がないと。
しかし彼女は気にもしていないとでも言うかのように微笑み返すと、照明を消した。「おやすみなさい」そう呟いた彼女が、少し冷たく見えた。
きっと彼女にも、秘密がある。
[newpage]
ピー。ザザ……。
『通報です。一週間後の七月二十日、米花町の憲日記念館にて行われる記念式典で爆破が起こるとの情報あり。匿名での情報になりますが、当日の警備は厳重にお願いします』
それは応じた警察官が言葉を挟む暇がないほど矢継ぎ早に告げられた。昨日の昼頃にあった通報だ。情報は公安へ送られ、一週間後の政治式典に備えて厳重警備を敷くべくこうして僕達は動いている。
しかし、気になるのはその情報源だった。匿名とのことだが、声からは若い女性でとても落ち着いた様子だということが分かる。僕は、その主に心当たりがあった。
「降谷さん。式典警備の件で理事官からお話が……降谷さん?」
脳裏に浮かんだ妻のことを考えていると、風見がデスクの前に立っていた。視線を上げて「何だ」と短く問う。
「六日後の式典警備の件で情報第二担当理事官からお話があるそうです」
「分かった。すぐに向かう」
確認した書類を風見に手渡しながら立ち上がる。わざわざ話があると呼び出すということは、何か重要な情報が入ったか。何にせよ潜入捜査官の身で警備を勤めるのは生半可なことではないが、任されたからには気を引き締めて遂行せねばならない。そう考えながら、重厚な扉を開けた。
「簡単な話だ。今回の警備任務で不測の事態が起こったとしても、騒ぎ立てず本来の任務を遂行してくれ」
「それはもしかして……匿名の情報にも、関係があることですか」
「答えられない。しかし我々警察官では対処出来ないことだ。くれぐれも、彼らの職務の妨害はしないように」
――不測の事態。我々には対処出来ない。彼ら。
裏理事官が一体何のことを話しているのか見当もつかなかったが、その場では大人しく引き下がった。要は与えられた任務以外で余計なことをするなということだ。まあ、言う通り簡単な話だ。
これは僕にしか伝えられていないことらしく、他の人には必要であれば話すようにと判断を託された。当日に何が起こるのか分からなかったが、これは伝えておいた方がいい。匿名の、やけに正確なリークと裏理事官が言う不測の事態。今回はイレギュラーが多いなと嘆息する中、ふと妻のことが頭を過ぎった。
「……連絡は入れておくか」
しかしその夜掛けた電話に、彼女が出ることはなかった。
▽▼▽
平成への出陣は万全を期してからにしておきたかったが、そうは問屋が卸さない。
あれから至急皆を集めた私は、その日中に出陣部隊を結成した。しかし書類仕事やその他様々な雑務に追われ、最低限の準備しか出来なかったのだ。政府もこんのすけも新地域なだけあって「行けば分かる」というスタンスを崩さないし、当然の如く情報収集も難航。いつしか私もそんな馬鹿げたスタンスに呑まれて、今日から約一ヶ月の平成出陣と相成ったのである。
後悔は多いが弱音ばかり吐いてはいられない。最初に取り掛かったのは情報収集だった。この広い東都で歴史改変など、やろうとすれば五万と出来る。まずはその的をある程度絞らなければならない。
「やーっぱ主いると楽でいいね。新時代でも的絞りとか瞬殺じゃん」
「いつも来てくれたらボクも嬉しいんだけど。ダメなの?」
五日ほどで歴史修正主義者の目的を三つに絞ることが出来た。これは新時代への出陣にしては早い方だった。今日の偵察に付き合ってくれた加州と乱が頬を緩めながらそんなことを言うので、私は苦笑を隠せない。
「殺す気か。必要最低限の体術しか出来ないんだぞ、私は」
「ボク達が付いてるんだから、主さんはそんなこと気にしなくて良いのに」
「そうだよ、俺達が護るから」加州が欠けた爪紅を気にしながらそう言うと、ちょうど通信用の端末が着信を拾った。山姥切からだ。
「もしもし」
『敵部隊と遭遇した。男が一人殺されている。詳しい報告は後でするから、とにかく来い』
手短に場所を告げた山姥切は、それからすぐに通話を切った。今は夜だから夜目の利く二振りを偵察に付き合わせたが、残りの四人で一部隊を討伐するのは少し厳しいかもしれない。
私は二振りに事情を掻い摘んで話すと、急いで杯戸町へと向かった。
「山姥切、状況報告を」
「二十二時過ぎ、言われた通り杯戸町の見回りをしていたら大太刀一、太刀三、打刀二の敵部隊と遭遇した。大太刀は逃したがそれ以外は討伐。負傷者はいない」
私はそれを聞きながら足元に倒れ伏す男の首元に手をやる。やはり脈はなく、既に死後硬直が始まっていた。
「……この男は」
「恐らく警察にあの件をリークしようとしたんだろう。先手を打たれた」
山姥切が落ち着いた様子で告げる。面倒なことになったと小さく舌を打つと、傍にいた鶴丸が明朗に続けた。
「まあこれで奴らの狙いはひとつに絞られるな。二週間後の――」
「政治式典か……」
思わず顎に手を当てる。あの件は色々な意味で一番厄介だから、そうでなかったら良いと思っていたのに。
考え込む私の肩に、堀川がそっと触れた。
「とりあえず、部屋に戻りましょう。ここにいてはいつ人が通るか分からないので」
彼の言葉に頷いて歩き出す。今夜は作戦会議であまり眠れなさそうだ。細く息を吐くと、目が合った燭台切に微笑まれた。
「夜食、作ってあげるから。あんまり無理はしないようにね」
「え! 燭台切さん夜食作ってくれるの? ボクおはぎがいいなあ」
「じゃあ俺はー、たこ焼きで」
「光坊お手製のうどんで手を打とう」
「ちゃんぽんが食いたい」
「皆さんそんなにリクエストしたら燭台切さん困っちゃいますよ」
皆が先を行くのを眺めて、すぐに私も歩き出す。
「……コンビニでショートケーキ買って帰ろう」
▽
リークする役目を負った男が殺されてしまったので、私がそれを引き継いだ。これで大まかな流れは変わらないはずだ。それから一週間、そこかしこで現れ出した遡行軍を討伐しながら過ごした。
夫からの不在着信とメッセージに気が付いたときは頭を抱えたが、とりあえずは仕事が優先だ。まあ優先しすぎて連絡を疎かにしてしまったわけだが、今はそんなことを言っていられない。精々帰るまでに言い訳を考えておくので精一杯だ。バレないことを祈ろうと思う。
そして迎えた式典当日。練りに練った作戦概要はこうだ。
まず私が政府という後ろ盾をフル活用して手に入れた式典来賓席から部隊に指示を出す。歴史通りであれば、犯人は関係者として潜り込むのが一人と、爆弾の設置に回る者が二人。しかし私達の目的は犯人逮捕ではなく、歴史修正主義者の殲滅と歴史の流れを守ること。それ以外のことには手を出してはならない。幸い敵部隊は大衆の目を避ける傾向にあるので、私達もそれに合わせて動けば良いだけだ。来賓席にいれば審神者の私でも爆発の危険はあれど敵部隊に殺される危険は少ない。それを見越しての作戦だった。まあ念には念を入れて、短刀の乱を懐に仕舞わせて貰っているが。
ちなみに爆発物は元々付けてある小型のものが複数個と、これから工作員が取り付ける大型のものが一つだ。正しい流れでは、爆弾を取り付けに来た工作員は設置している最中に警備員に見つかるらしい。恐らく、歴史修正主義者はそこをついてくる。
『こちら光忠、関係者の工作員が会場入りしたよ。予定通りだけど、気を付けて』
「了解」
控え室にいる私は今外の様子が分からない。そのため、こうして皆と連絡を取り合いながら事を進める必要があった。
あと一時間もせずに式典が開始する。私達の戦いは、これから始まるのだ。
[newpage]
式典は数十分前に始まった。厳重な警備が敷かれていたが事前の見回りでも爆弾物らしきものは見当たらず、会場内は緊張に包まれている。しかし政府の要人達が事も無げに式辞を読み上げているのを見ていると、今日の式典は中止か延期にした方が良かったと思わざるを得ない。
「降谷さん」
控え室やお手洗いの様子を見てきた風見に呼び止められる。やはり今のところは不審な点も人物もいないらしい。デマなのではないかとでも言いたげな様子だが、デマの情報にここまで人員を割くのは不自然だ。
「一度外の様子を見てくる。変わらず会場内の警備を」
「はい」
自動ドアを潜ると、じわりと染み込むような蒸し暑さが身体を包む。鬱陶しい夏の陽気に、眉間に皺が寄った。
外の様子も視察に訪れたときと変わりはない。しかしこの状況は、やはり何か不自然に感じる。
やけに正確なリークや、情報源が不明なのにあまりにも厳重な警備。裏理事官が言っていた「我々には対処出来ない事態」とは、一体何のことなのか。
「……っ」
ふと、視線を感じた。反射的にそちらに目を向けると、そこは記念館の屋根の上だった。白い影が、立っている。
真っ白な髪と白い肌、同色の見慣れない装束。瞳の色までは視認出来ないような距離にいるのに、怪しく輝く金色はよく見えた。男にしては華奢な肩に、上等そうな刀をかけている。
明らかに不審な人物だ。もし冤罪だったとしてもまず銃刀法違反である。けれど、その浮世離れした姿に「これは違う」と本能的に感じた。人ではない、何か。
――瞬間、派手な爆発音が轟いた。
記念館が爆破されたのだ。幸い小規模なものだったようで、建物の倒壊はまだない。
会場へと駆け出す間際、ちらと視線をやった屋根の上には、もう誰の姿もなかった。
会場内は小規模な爆発といえども大混乱だった。立て続けに爆破されているだけあって、避難誘導が追いついていない。
状況から見て、爆発したのはシャンデリア裏に仕掛けられていた小型爆弾のようだ。事前の調べでは出てこなかったそれは、余程高性能なものだろう。
「降谷さん!」
「風見」
風見によると避難指示は出しているものの、如何せん政府役人から報道陣まで、人が多く混乱が生じているらしい。まあそうだろうな、と思いながら指示を出す。
「またいつ爆発するか分からない。まず五、六人で政府要人の避難と護衛に当たらせろ、来賓と報道陣も同じように。それから数人残して会場内の爆発物の捜索を。風見はその総指揮を執れ」
「は、はい! 降谷さんは……?」
「恐らく近くに爆弾犯がいるはずだ、僕はそれを追う。何かあったら連絡しろ」
手短に告げて小規模な爆発を繰り返す会場内を小走りで横切る。ただの快楽犯かと思っていたが、こうして避難時間を稼ぐような真似をするということはそうではない可能性が高い。政府要人の暗殺か、建物の爆破自体が目的か。どちらにせよ最早デマだとは言えない。
まだ建物が倒壊する気配はないが、メインの爆弾が仕掛けられればそれも時間の問題である。
思考を巡らせながら走っていると、ふいに視界の端を見慣れた後ろ姿が通り過ぎた。一瞬だったが見間違えるはずがない。彼女は確かに――僕の妻だった。
気付けばほぼ反射でそれを追っていた。方向的には事務室に向かっているようだが、こんな危険な会場内で走り回るなど自殺行為だ。このときばかりは、任務のことが頭から抜けていた。
扉の閉まった事務室からは刃物がぶつかるような甲高い音と、彼女の怒声が聞こえた。犯人と彼女が中にいる。それだけで心臓が凍り付く思いだった。
駆け付けた勢いで半ば体当りするようにして扉を開けると、彼女が小刀を持って男と鍔迫り合いをしていた。扉を開けた音に反応して振り向いた彼女と目が合う。その口が僕の名前を紡ごうとした瞬間、相手の男が鋭い刃物を振りかぶった。
鋭く研ぎ澄まされた刀の音がする。眼前には、見覚えのある白い影。はためいた羽織から、仄かに白檀の香りがした。
「きみ、言っただろう。無茶はするなと」
振りかざされたナイフを難なく受け止めて弾いた男は、呆けていた彼女を見てそう言った。彼女はぱっと罰が悪そうに顔を逸らすと、「ここは頼んだ」と凛々しい口調で告げた。
彼女はおもむろに着ていたスーツのジャケットを脱ぐと、僕の頭に投げつける。驚きつつもそれを掴み下ろす一瞬のうちに、事務室には少女じみた少年が一人増えていた。はらはらと季節外れどころの話ではない桜が舞っている。
「加州と燭台切には外を頼んでいる。山姥切と堀川が会場内にいるから、それを片付け次第合流して中にいる遡行軍を殲滅すること。私は彼を避難させてから連絡する」
「はぁい、任せて!」
「了解した。中に入るときは連絡してくれ、きみ一人で来させるわけにはいかないからな」
分かった、と一つ頷いた彼女がこちらに歩み寄ってくる。ジャケットを渡すと彼女は何も言わずそれを受け取った。
「……君は、一体」
「付いてきて下さい」
たった一言、それだけ告げると彼女は僕の手を取って駆け出した。時折人間のものではない咆哮が聞こえたり、何かの骨が禍々しいオーラを纏って襲ってきたりしたが、彼女が対処してくれた。守るべき彼女に守られていることが、歯痒くて仕方ない。しかしこの状況には心当たりがあった。――恐らく、裏理事官が言っていた不測の事態だ。彼らというのは先程の人間とはとても思えない青年や少年、雰囲気の違う妻のことだろうと。
やがて外に出ると、彼女が硬い口調を崩さずに言った。
「時間が惜しいので手短にお伝えします。私は内閣府防衛省、歴史保安庁所属の降谷です。詳しいことは話せませんが、この度の事件は我々の管轄内になりました。警察の方々には爆発物の処理のみをして頂くので、あらかじめご了承下さい」
「では発見し次第お呼び致します」と踵を返そうとした彼女の腕を掴む。
――内閣府防衛省にある歴史保安庁。聞いたことがある。しかしあの部署はブラックボックスで、所属している人物に会ったという話すら聞いたことがなかったため、都市伝説だと思っていた。
歩みを止められた彼女は不機嫌そうに眉をひそめる。そんな表情初めて見たぞ。
「何か。手短にお願いします」
「妻を、みすみす危険地帯に行かせる夫がどこにいる」
渋面がぱっと無表情になる。これは僕の本心だった。仕事とは分かっていても、守るべき彼女が離れていくのは堪らなかったのだ。
彼女は一度目を伏せると、すぐに顔を上げる。強い意志を宿した黒曜石が、真っ直ぐこちらを射抜いていた。
「私は今、あなたの妻じゃない。歴史を守る使命を持った、政府の人間だ」
どこかで見たことがある顔付きだった。張り詰めた弓のような美しさを纏って、彼女は今度こそ踵を返した。
その後ろ姿を眺めながら、漸く合点がいった。この国を愛し守ると決めた、自分の瞳にそっくりだったのだ。
「……知らなかった」
呆然と立ち尽くしながらぽつりと呟く。
嗚呼、今の今まで露ほども知らなかった。彼女が、僕の妻が、あんなにも――凛々しく、美しい女性だったなんて。
[newpage]
今回の平成出陣には、イレギュラーなことがあった。工作員だと思っていた三人の犯行グループが、皆歴史遡行軍にすり変わっていたのだ。調べてみると、彼らは事件をリークする予定だった男が殺された夜に、同じく殺害されていた。そのせいで歴史通り警察に犯人の身柄を拘束させることは出来なかったし、勤務中の夫に身バレする事態となってしまった。しかし広い目で見た本来の歴史は無事守られたので、良しとする。
「主様、お茶が入りました」
「ああ、ありがとう。そこに置いといて」
報告書をまとめていると、お茶の盆を持った平野が丁寧に襖を開けて入ってきた。言われた通り机の上に置かれた湯呑みを手に取って、視線を画面から外さずに飲み下す。相変わらず適温を微塵も違えていない。
「あの、少々お休みになってはいかがでしょうか。その、なんていうか……山姥切さんも、お疲れの様ですし」
「え? ああ……」
視線をやると、二徹で付き合ってくれていた近侍の山姥切が畳に倒れていた。死んだように眠るその姿に、無理をさせすぎたと反省する。
「悪いが、堀川あたりを呼んで部屋で寝かせてやってほしい。それと平野、これから時間は空いているか?」
「はい。お付きの仕事でしたらお任せください」
「よし」
私は再び画面に向き直ると、報告書の続きを仕上げ始めた。こんなに大変なのは、出陣前は忙しくて手をつけていなかった書類が今になって押し寄せてきたからだった。あの時は確かにあと一ヶ月以上あると思っていたのに。
堀川が苦笑しながら山姥切を連れて帰る。あと少しで夕餉らしいが、キリのいいところまで終わらせておきたい。食事は昼と同じく部屋に持ってくるように伝えた。
カタカタと、負傷男士の欄に名前を打っていく。
平成出陣の難易度は未知数と言われるだけあり、なかなか皆の負傷度も凄かった。燭台切は真剣必殺をしたし、加州や乱も中傷で、鶴丸の羽織は真っ赤に染まっていた。戦績上位の本丸と謳われてからは稀に見る惨状に、帰還の途で自分の不甲斐なさに涙ぐんだ。それなりの面子で行ったのに、こんな苦い勝利は久々だった。
それから徹夜で皆の手入れをして、報告書の作成と溜まった書類を捌くのに今日で三徹目。未だ終わりは見えない。終わったとしても、私に待っているのは現世帰還と夫への説明。出来れば何も聞かないでほしいが、あの人に限ってそんなことはないだろう。
「……地獄」
ぽつりと零せば、後ろで書類整理をしていた平野が苦笑した。
▽
待ちに待ったというか、出来れば来てほしくはなかったけれど。漸く全ての書類を終わらせて現世へ帰還する時が来た。夫も暫くは警察の仕事の方で忙しかったらしく、帰宅メッセージはなかった。しかし、今日の昼に政府へと赴いたとき、ちょうど連絡があったのだ。「今日の夜帰る。首を洗って待っていろ」というようなメッセージが。
私は少しでも夫の機嫌を取ろうと、帰宅早々掃除を始めた。久しぶりの自宅はなかなか埃っぽかったからだ。彼は見た目通り神経質だから、家事ひとつとっても文句を言われそうで怖い。
時間が無い中でそれなりに掃除を済ませ、私は買い物に出掛けようと鞄を持った。家を空けることが多いので、私が基本管理している冷蔵庫には何も入っていないのだ。
「今日は何を作ろうかな……」
疲れているから出来るだけ簡単なものがいい。けれど夫の機嫌を取るにはやはり手の込んだものが良いのだろう。例えば、彼が好きなセロリのキッシュとか。
「オーブン……使いたくない」
そもそも買い物に行くことすら億劫なのだ。けれど早く行かないと夕食を作る時間がなくなってしまう。そんな私の意思に反して身体は素直で、目の前にあったソファに何も考えず腰掛けた。
そこからはもう、お察しである。十秒とかからず意識を落とした私は、そこから数時間ほど眠りの国から帰ることはなかった。
とんとんとん、という規則正しい音で意識が浮上した。聞き慣れたそれは、いつも私が立てているはずの――。
「はっ」
目が覚めた。勢いよく半身を起こしてキッチンの方に視線を向ける。そのままぱちぱちと何度か確かめるように瞬いていると、そこに立っている夫が振り向かずに言った。
「おはよう、よく眠れたかい。もうすぐ出来るから、少し待ってて」
「いえ……そんな、手伝います」
私は幾分かすっきりした頭で立ち上がる。時計を見るともう九時過ぎだった。疲れて帰ってきた夫に夕飯まで作らせてしまうなんて。自己嫌悪に苛まれながら彼が言う通りの手伝いをした。
「いただきます」
「い、いただきます」
夫は特に変わった様子なく食卓についている。私はいつあの話をされるかと内心怯えながら箸を持った。忙しくて良い言い訳など考えられるはずがなかったのだ。
「あの……零さん」
「何かな」
「夕食、作らせてしまってすみません」どことなく淡白な彼の雰囲気に尻込みしながらも、私は何とか言葉を紡いだ。
夫はそこで初めて私の目を正面から見つめた。
「気にしていないよ。いつもやらせてばかりだったしね」
「でもお疲れでしょう? その、次からは気を付けます」
夫は一度黙って魚を口に運ぶと、重たい雰囲気の中咀嚼して飲み込んだ。
「君も疲れていた。そうだろう?」
いつの間にか私の箸は止まっている。夫の顔色を伺うので精一杯で、食事は本当に喉を通らなかった。
「あの、私――」
「この前のことは」
よく通る声に、私は思わず口を噤む。夫は端正な顔に美しい微笑をのせると、私の目を見てはっきりと告げた。
「後で、ゆっくり話そうか」
私が自分の死に時を悟った瞬間だった。
お風呂を済ませて、暗い気持ちで久しぶりのベッドに入る。もうこのまま寝てしまいたいが、それは夫が許さない。
布団に移った自分の体温にうつらうつらと船を漕ぎながら待っていると、不意にベッドが沈んだ。
「ごめん、待たせた」
耳に響く甘い声に、私はゆるりと顔を上げる。なかなか思うように開かない瞼を擦れば、そっとその手を取られた。やけに優しい手付きだ。まるで、本当の愛妻にするような――。
徐々に覚めてきた微睡みの中で、褐色の腕が腰に回る。夫はそのまま後ろから抱き締めるような体勢で寝転がった。この時点で私の意識は完全に覚醒していたが、動揺しすぎて抵抗など出来るはずもない。こんなことをされるのは結婚してから初めてで、余りにもスキンシップ過剰な夫に慌てて声をかけた。
「ち、ちょっと零さん! 離してください……!」
夫は何も答えずに私の首筋に顔を埋めた。びくりと反射で震えた肩に、彼はくすりと笑みを漏らして言う。
「今夜は、このままで」
「はっ……!?」
思わず声が裏返った。夫が何を考えているのか全然分からない。今まではどちらかというと夫婦というよりシェアハウスをしているルームメイトのような感覚だったのに、急にこんな。
私はこのまま眠られては堪らないと慌てて話を振った。
「あの! この前の話を聞かれるんじゃなかったんですか」
我ながら最悪の話題チョイスだ。言ってから気付いた。けれど最初はそういう話で待っていたのだ。
夫は考えるように一瞬息を止めると、すぐにふ、と吐き出した。吐息が耳にかかって擽ったい。
「お互い疲れているし、仕事の話をしないのは僕も同じだ。だから尋問はやめた」
「じ、尋問」
「そう。尋問」
オウム返しに呟くと、後ろでにっこりと微笑んだ気配がした。仮にも妻である私にその言葉の選び方はどうなのだろうかと思わないこともないが、薮蛇だろうとスルーした。
「じゃあ、どうして私はここで待つ必要があったんですか」
少しむっとしながらそう返す。理解があるなら一刻も早く寝かせて欲しかったからだ。明日も仕事があることには変わりない。
はぐらかすように抱きしめる力を強めた夫に、今度こそ雰囲気に呑まれないよう名前を呼んで答えを促す。すると躊躇うような沈黙の後、いかにも答えづらいですといった風に口を開いた。
「……たまには、一緒に寝たかった」
「え」
「おやすみ」
そう告げるや否や、夫は密着していた身体を離すとそっぽを向いて眠る体勢に入ってしまった。暗がりで分かりにくいが、心なしか耳が赤い気がする。
「……おやすみなさい」
拗ねたような背中にそっと手を置き、寄り添うようにして目を閉じる。なかなか本心を語ってくれない彼が何を考えているのかなんて、今も分かりはしないけれど。
少なくとも嫌われてはいないみたい、と向きを変えて背中に回った夫の手に微笑んだ。
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な訳がない。<br /><br />専業主婦だと思っていた降谷零の奥様が、実は政府のトップシークレット部署勤務だった話。<br /><br />・降谷零の夢小説<br />・とうらぶ要素強め。独自設定のオンパレードです。よくわからないところはスルーして下さい。私もわからない!(白目)<br /><br />秘密がある夫婦って興奮するし性癖ですよね〜〜〜〜!!って話。書きたいところだけ書き殴ったのでご都合主義の極みだと思います…許して下さい…<br />ぶりっこんのすけが好きです。ぶりっこんのすけ。<br /><br />前作へのタグやコメント、スタンプ、評価、ブクマ等ありがとうございました!一応続きは書いているんですが見事に行き詰まってます。八月中には上げたいです(無茶)<br /><br />追記<br />2018年08月26日付 [小説]デイリーランキング20位 ▷ 5位<br />2018年08月26日付 [小説]女子に人気ランキング13位 ▷ 11位<br />二番煎じなのに伸びててびっくりです。みんなとうらぶクロスオーバー好きなんだね!!<br />コメント、スタンプ、タグその他拝見してます!ありがとうございます〜!!
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奥様は専業主婦
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10041121#1
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※注意
この小説は、某実況者の方々のお名前をお借りした二次創作です。
ご本人様、及びその関係者様とは一切関係ありません。
決してご本人様の迷惑にならないようお願い致します。
・雰囲気関西弁
・キャラ崩壊
・ご都合主義的な展開
・何らかの組織に属しているという謎設定
これらの要素が含まれます。
何でも許せる方のみお進みください。
誹謗中傷、晒し行為はご遠慮願います。
[newpage]
「今頃みんなどうしてんねやろ。」
お世辞にも美味しいとは言い難いクラッカーをもさもさ食べながら、ゾムは埃っぽい小屋の中でため息を吐いた。
事の起こりは三週間前だ。きな臭い動きをしているα国に潜入し、軍の装備の研究や上層部の動きの把握等の諜報活動をグルッペンから任されていた。ゾムはその高い身体能力から、人の思いもよらない場所に潜伏することが一等得意だったので、こういった任務自体は珍しくなかったが、なんせ今回は期間が長い。息を潜め続ける生活に辟易していた。
軍事基地から少し離れた森の中にある小屋を根城にしながら、ゾムは任務にあたっていたが、夜の森の闇は深い。元来寂しがりなゾムにとって、この世で己だけになったような静寂は何よりも辛かった。昔は一人でも平気だったのに。
ゾムは数年前までフリーの殺し屋をしていた。物心ついた頃からナイフを握り、殺しや盗みが横行する地区で育った自分にはそれ以外に生きていく術がなかったし、疑問にも思わなかった。腕が立つとそれなりに評判になっていたゾムのところには数々の依頼が舞い込んだが、進んで仲良くしようとする変人奇人は何処にもいなかった。当たり前だろう、友達が暗殺者です、なんて笑えない。
ある日の夕暮れ、依頼をこなすために町へ出ていたゾムの目に、夕飯の支度をしている一家の様子が目に入った。美味しそうに酒を飲む父親と、その肴をねだる妹。母親の隣には手伝いをして優しく撫でられる兄。幸せそのものみたいな光景に言いようのない気持ちが溢れて、殴られたような衝撃を感じた。決して心地のいい感覚ではなかったのに、ショーケースに入った玩具を欲しがる子供の様にその光景を見に何度も通った。
それが何なのかわからないまま、通い続け、そしてある時思ってしまった。ただ安穏とした日々を享受しているだけの人間がどうして、と。感じたのは強烈な妬みだった。目の前が真っ赤になって、じりじりと焼かれるような殺戮衝動に堪り兼ねて飛び出した時、ぐっと腕を誰かに引かれた。それがグルッペンとの出会いだった。
「やめておいたほうがいいぞ。」
そいつは世間話でもするかのような声で言った。
「あんた誰やんねん。邪魔すんなや。」
「私はグルッペン・フューラーという。もう一度言うがあの家族を殺す気ならやめておいたほうがいい。衝動に身を任せたところで、傷つくのは結局お前自身だ。」
「あんたに俺の何がわかんねん!」
突然現れた上に説教までされて気分を害したゾムは、溢れ出る殺気を止められないまま吠えるが、軽く肩をすくめられただけだった。
「お前はゾムだろう。フリーの殺し屋として活動している。俺は今日お前を勧誘しに来たんだ。」
「勧誘…?」
「ここらに恐ろしく腕の立つ暗殺者がいると聞いてな。我々は何処にも属さない傭兵集団をやっているんだ。利を得るというよりも闘争すること自体を目的としていてな、争いを生むために自ら火種をまくこともあるぞ。」
「頭おかしいんか、あんた。そんな怪しげな組織入るわけないやろ。」
「そうだな、よく言われる。それにしても期待外れだったなぁ、恐ろしく腕が立つというからどんな奴かと思っていたが、所詮噂は噂か。この程度であればこちらから願い下げだな。」
挑発するようにグルッペンが笑う。
「なんやって?」
「事実だろう、手に入らないものを妬んで、当たり散らすなんて。まるで子供の癇癪だ。」
「おい、調子に乗んなや。」
渾身の殺気を込めてゾムは思い切り腕を振り払い睨みつけた。
「おお、怖い。子供というより獣だな。聞く耳も持たず、誰にも相手にされない孤独な獣だ。ずっと一人だったろう?」
プツンと何かが切れる音がして、気が付いたらナイフを構えグルッペンに飛び掛かかっていた。その不快な言葉を発する喉を切り裂いてしまいと思った。ガキンと派手な音がその場に響く。勢いよく振りかぶられたナイフは目の前に突然割って入った人物の剣に阻まれ、グルッペンの喉には届かなかった。
「なんだトン氏、もう来てしまったのか。呼ぶまで来るなと言っていただろう。」
「あんたいい加減にしてくれませんかねぇ。一人で行くな、行くなら自衛しろって何度も言うてるやろ。」
新たな人物の登場に唖然としながらもゾムは一度距離をとる。
トン氏と呼ばれたその人は体格が良くゾムより一回り大きかった。
「紹介しよう、こいつはトントンだ。我々の中でもトップの戦闘力を誇る男だ。強いぞ、お前の百倍な」
その露骨な煽り言葉に、呆気にとられ鎮静化していた気持ちが再び燃え上がるのを感じる。
「そうだ、トン氏と戦ってみたらどうだ?トン氏を殺せなければお前には我々の犬になってもらう。まぁ、まずお前では勝てんだろうがな。」
「勝手に人の命懸けないでもらえます!?」
「さぁ、行くがいいトントン!」
言い出したら聞かない男だ。長い付き合いの中で自分が折れるしかないことが分かっているトントンは無駄な抵抗はしなかった。ただグルッペンの思惑に巻き込まれる目の前の男が不憫だった。
「あんたも、こんなのに目ぇ付けられるなんて災難やな。」
同情するような表情が気に食わなくて、さらにゾムは殺気だった。
「絶対殺したる。」
茹り切った自分を止められないまま、反射的にその煽りにのってしまった。きつくナイフを握りなおし切り込む。体力は恐らく向こうに軍配が上がる、早々に決着をつけるべきだと判断した。
ゾムの速度にトントンは当然のようについてきていた。組織内トップの戦闘力というのは伊達ではないらしい。だが身軽さは己の方が上だ。軽い身のこなしで、ゾムはトントンの剣を避けた。ゾムが切り込めばトントンはその輝く剣で受け、トントンが押し込めばゾムは軽くいなす。両者の実力は拮抗していた。
暫く打ち合う音だけがその場に響いていたが、おもむろにグルッペンが「トントン」と、声をかけた。
トントンは目線をそちらに向けることもなく「はいはい」とだけ答える。
ゾムにはそのやり取りの意味が分からず警戒を一層強めた。一体何を仕掛けるつもりだろう。
と、そこで急にトントンの打撃が重くなっていくのを感じた。衝動的に顔をあげると、燃えるような紅と目が合った。にやりと笑ってトントンが言う。
「俺が負けるとあの人面倒くさいねん、悪いけど勝たせてもらうで。」
何が起きているのか分からなかった。トントンは手を抜いていたわけではなかったと思う。
それは打ち合いの中で分かっていた、間違いなく実力は拮抗していたはずだった。だというのにトントンの攻撃は重く鋭さを増していく。それを何とか受け止めるが、押され始めていることは明白だった。
トントンは名前を呼ばれただけだ、自分にはそう見えた。なのにこの変化はどうしたというのか。疑問が頭を占めて、一瞬集中力が途切れた。その一瞬を見逃してもらえるはずもなく、トントンの剣がゾムのナイフをはじく。しまったと思った時にはもう遅かった。ゾムの手からナイフが飛んでいく。くるくると宙を舞いナイフはグルッペンの足元に転がった。さらにトントンは畳み掛けるようにゾムに近づくと剣を捨て、ゾムの服をつかんだかと思うと、勢い良く背負い投げた。
鈍い音がその場に響く。土埃が舞う中、ゾムの意識は静かに沈んでいった。
強打した背中ではなく、何故か痛むのは胸だった。
ぼそぼそと人の話す声でゾムは目を覚ました。
柔らかなベッド、それを覆うカーテン、清潔なシーツ。真っ白に囲まれた世界で、一瞬自分は死んだのかと思った。ゾムは寝起きの怠さに体を任せ、しばし呆然としていたが、背中に鈍い痛みを感じてようやく現実だと理解した。その間も話し声は続いている。
耳を澄ましてみると、話しているのはどうやら先程戦ったトントンとグルッペンらしい。
「随分といじめてたじゃないですか。」
恐らくトントンだろうか、戦闘中とはまた違った柔らかい声だった。
「そうでもしないと正気に戻ってしまうだろう。」
こちらはグルッペンだ、見た目の印象よりも随分低い声だとゾムは思った。
「そんなことだと思ったわ、露骨に煽ってたもんなあんた。」
「俺の作戦勝ちだゾ、ゾムは手に入ったろう」
どうやらゾムの話をしているらしい。
悪い事をしているわけでもないのに、何となく体に力が入ってしまう。
「すぐに出てってまうかもしれませんよ。」
「いいや、出ていくはずがない。ここを知ったらあいつはもう一人で生きてはいけまい。それにあいつを一番上手く使えるのはこの私だ、本人よりもな。」
「傲慢ですねぇ。」
「事実だ。さて、私は一度部屋に戻るとしよう。ゾムが目覚めたら教えてくれ。」
コツコツと革靴の音が遠ざかっていく。グルッペンが退室したのだろう。
先の二人の会話で、負けたら犬になるとかいう約束をしていたことをゾムは思いだした。怒りで我を忘れていたとは言え、我ながら馬鹿な事をしたものだ。だが、従う気などさらさらなかった。あんなものは所詮売り言葉に買い言葉だ、守ってやる義理などない。それにしてもいくら気を失っていたとはいえ、ゾムには枷の一つもついていなかった。目を覚まして暴れ出すとは考えなかったのだろうか?よく見たら枷どころか手当すらしてある。余程自分は舐められているのか、それともただの馬鹿なのか。
「目覚めたんか?」
ゾムが思案していると、ベッドを囲うカーテンが揺れ、シャーという音とともに開かれた。急に視界が開けて、その明るさに反射的に目をつぶり、次いでゆっくりと目を細く開くとトントンがこちらの様子を観察するように立っていた。
「調子はどうや?」
穏やかにトントンが問う。
「何で、手当とか。」
会話の準備が出来ていなかったゾムはトントンの問いには答えず、ぼそぼそと呟いた。
それに気を悪くした様子もなくトントンが言う。
「これから仲間になるんやし、当然やろ。」
「仲間?負けたら犬やって。」
「ああ、あれ本気にしてたん?嘘やで、最初から仲間にするためにあそこに行ったんやから。」
「何でわざわざそんな。」
「冷静にさせたら絶対入らんと思ったんやろな。あの人な強いもの大好きやねん。やからゾムの噂を聞きつけた瞬間から、何としても手に入れるってえらい張り切っとったで。まぁ、張り切った結果何で煽るっていう結論に至ったのかが謎やけど。もっと他にあったやろうにな。」
その謎の戦法にまんまと引っかかったゾムは決まりが悪そうに視線をそらした。
「まぁ、ええねんけどな、何でも。」
軽く肩をすくめるとトントンは通信機に向けて何やら話し出す。ゾムが目を覚ましたことを報告しているらしい、一通り話終えたトントンはゾムの方に向き直りにっこりと目尻を下げた。
「さて、腹減ってるやろ?気失って一食食い損ねてるしな、食堂行くで。」
「え、あぁ。」
そういえばそうだ、ゾムが腹に手を添えてみるとぐるぐると空腹を主張していた。すでに歩きだしているトントンに置いて行かれないようにゾムは急いでベッドから飛び降りた。
トントンが食堂の扉を開けると、すでに席についている人達が一斉にこちらへ視線を向ける。ゾムは思わずびくりと体を震わせ、トントンの背に隠れた。
「もうトントン遅いわー、あと少し遅かったら食べ始めてたで。」
赤いニット帽の男が口を尖らせる。それにトントンは苦笑いで答えると、グルッペンの方へ視線を向けた。
「グルさん連れてきましたよ。」
「ああ、ご苦労。ゾムよこちらへ。」
グルッペンの声により再びゾムの方へ視線が集まる。たらりと汗が滲みそうになるのを感じながら、意を決してグルッペンの方へ向かう。夜中に人目を避けての行動が常だったからいつの間にか人の視線が苦手になっていたらしい。
グルッペンの隣に立つと、グルッペンも席を立ちコホンと一つ咳ばらいをした。
その間も全員がゾムの方を凝視しており、居心地の悪さにいよいよ逃げ出そうかと思いだした時、グルッペンが口を開く。
「今日から仲間になった、ゾムだ。暗殺を生業にしていた。戦闘能力がずば抜けて高く、依頼の成功率もここらでは群を抜いていた、我々に良い影響をもたらしてくれることだろう。仲良くしてやってくれ。」
グルッペンが話終わると、各々料理に手を付け始める。ゾムも戸惑いながら席に着くと、やけに声の大きい男が早速話かけてきた。
「俺、コネシマ。よろしく!!」
それを皮切りに代わるがわる自己紹介をされ、これ食ったか?やら今度手合わせしてや、やら好意的な言葉が飛んできてゾムは面食らってしまった。
「あの、さっきの聞いてたん?俺暗殺者やってんけど。」
グルッペンが自分を暗殺者だと紹介した時、ゾムは静かにここのメンバーとの関係を諦めていた。暗殺者なんぞと誰が好んで仲良くしたがるというのだろう?はっきりさせておきたくて念を押すように暗殺者ということを強調して言うとみんなはきょとんと顔を見合わせた。
「今更暗殺者なんて珍しくないしなぁ。」
「せやな、俺は故郷から国外追放されとるし。」
「俺は、サイバー攻撃しとったよ。」
コネシマ、シャオロン、大先生があっけらかんとした様子で言う。
今度はゾムがきょとんとする番だった。国外追放?サイバー攻撃?
「敵やったん?」
「せやね。」
「何でここに来たん。」
「グルッペンに拾われたからやな。」
大先生の答えに、他の面子もうんうんと頷いている。
呆気に取られてこの後の時間はよく思い出せない。ただ大勢で食べる食事の賑やかさと食後に飲んだ紅茶の優しい香りはゾムの記憶に焼き付いた。
それからの日々はゾムにとって革命の連続だった。
逃げようなんて考えはいつの間にか霧散してしまった。
シャオロンやコネシマと手合わせをして、大先生を見つけると三人でいたずらを仕掛けて、怪我をしたらしんぺい神に優しく手当をしてもらって、エーミールやトントンとこの組織で必要な知識を詰め込んで、オスマンとお茶をして、ひとらんと拾ってきた白い狼を四苦八苦しながら育てて、ロボロとたらふくご飯を食べて、任務を成功させればグルッペンが褒めてくれた。
そんな陽だまりの中にいるような日々が心地よくて、だからなお一層一人でいなければいけない夜が辛かった。今までは何ともなかったのに、近頃一人でいると心臓のあたりがぎゅっと収縮するように苦しくなるのだ。何とか気を紛らわせたくて、ゾムは敷地内を散歩しつつ今日一日を思い返してみることにした。
今日は朝から珍しくひとらんが手合わせに付き合ってくれた、昼にはコネシマと街に出かけて沢山お土産を買って、おやつの時間に皆で食べた。大量のお土産を前にトントンとエーミールは顔を歪めていたが、皆の為に沢山買ってきたでと満面の笑みで伝えると、苦笑いしながらも席についてくれた。オスマンとグルッペンは幸せそうにお土産のマドレーヌを頬張りながら最近流行りのチョコレートケーキの話で盛り上がっている。
と、そこまで思い返したところで、前からエーミールが歩いてくるのが見えた。
エーミールもゾムに気が付いたようで、小走りで寄ってくる。
「ゾムさん、こんな時間にどうしたんです?」
「いや、それはエミさんも一緒やろ。」
「私ですか?私は書庫で夢中になって本を読んでいたらいつの間にかこんな時間になっていたんですよ。」
「ゾムさんは眠れなかったんですか?」
エーミールは気恥ずかしそうに苦笑いしつつ、ゾムに再度問いかけた。
何となく本当のことを言うのは憚られたが、物知りなエーミールならなにか原因を知っているかも知れないと思い最近の胸の不快感を訴えてみることにした。
「あんな、最近一人でいると、心臓のあたりがぎゅってなんねん。前はこんなことなかってんけどな。エーミールなんでか分からん?」
エーミールは一瞬驚いた顔をして、次いで目に憐憫の色を映しながら言った。
「ゾムさんそれはね、寂しいというんですよ。」
「…寂しい。」
「皆さんのこと思い出すと少し和らぐでしょう。賑やかな場所から静寂に戻るとその対比で寂しくなるものですから、ずっと一人きりでは気が付くことのできない感情なのかもしれませんね。」
最近度々起こるあの不快感はどうやら寂しいというらしい。
「そうか、これが寂しいってことなんか…。」
ゾムはそっと左胸に手を当てて空を仰いだ。鼻の奥がツンと痛んで、喉が震えだす。
その感情に名前が付いたとたん、何故だか涙が溢れてきて止められなくて。子供みたいに嗚咽を漏らす自分の前で、エーミールが狼狽えているのを感じた。
エーミールは暫くオロオロした後、ゾムの背中に手を添えてゆっくりと歩き出した。
「ゾムさん、この間オスマンさんからね、とっても美味しい紅茶を頂いたんですよ。一人で飲むのは寂しいのでお呼ばれしてくれませんか?」
とうの昔に置いてきてしまった感情を一気に取り戻すようにゾムは一晩中涙を流し続けた。
その間エーミールは適度な距離を保ちながら、でも決して途中で放り出すことはなかった。
エーミールの淹れてくれた紅茶の湯気が、自分の中の孤独を溶かしていくのを感じた。
子供の様に感情を露わにして、エーミールを困らせた。
少し恥ずかしい、昔の記憶。
その後寂しさが消えるというようなことはなく、しばしばゾムを翻弄したが、この感情を知る前に戻ろうとは思わない。寂しさを寂しいと知ることが出来てよかったと心からゾムは思っていた。それに、それを補って余りあるほど楽しい思い出の方が多かった。
[newpage]
さて、昔のことを思い出していたら結構な時間がたっていたようだ、そろそろ仕事をしなくては。
最後の任務だ、これが終わればあの喧騒のもとに帰れる。
最後は基地の地下へ潜入することになっていた。グルッペンによればそこは限られたごく少数のものしか入ることを許されておらず、鬱先生やロボロでも情報を得ることが出来なかったという謎に満ちたスペースだ。くれぐれも慎重に、嫌な予感がしたらすぐに逃げろとグルッペンから再三言い聞かせられていた。
ふ、と一つ息を吐き目をつぶる。自身の集中力が上がったのを感じてゾムは足を踏み出し、闇に紛れながら地下へ潜入する。カメラの位置は情報部隊から入手済みだ。それを避けるように天井に張り巡らされた管をつたい、件の部屋の上に辿り着く。ドアは分厚く、壊すことは不可能そうだ。極秘にされているというのは本当らしい。さて、どうしたものか。くるくると辺りを見回すとその部屋へダクトが続いているのが見えた。しめた、あのダクトに潜り込めばそのまま部屋へ忍び込める。ゾムは管をぴょんぴょんと飛び、ダクトの根元を探り猫の様にするりと入り込み、音を立てないように慎重に匍匐前進の形をとる。
うげ、埃まみれや。顔を顰めながら暫く前進していると前方から光が見えた。ダクトの吸込口だ。さて一体何を隠しているのか、少しわくわくしながらそこから室内の様子をそっと伺ってみるが、その異常な光景にゾムは息を呑んだ。室内には沢山の人型のロボットが綺麗に並べられていた。皆一様に目をつむり下を向いている。これは、一体なんだろうか、分からないながらもゾムは本能的な嫌悪感を感じていた。と、その時ピッという小さな音がその場に響いた。ゾムのものではない、どこからだ。自身の心拍数が上がっていくのが分かる。落ち着け、考えろ、考えろ。焦る自分を叱咤しつつするりと目を滑らせていくと、左斜め奥の一体が顔をあげ目を見開いてゾムを見つめているのが見えた。いよいよゾッとして引き返そうと身を捩った時、それまで下を向いていたロボットが一斉にゾムの方へ顔を向け指をさした。
しまったと思った時にはもう遅かった。
「ぐっ…!うぅ…、はぁ…」
ゾムの身に鋭い痛みが走る。
ロボットの指からはレーザーのような赤い線が出ており、ダクトを貫通しゾムの身を焼いていた。撃たれたところからから血が滴り、服を赤く染め上げていく。
やばい、やばい、やばい、やばい。
必死で後退するも、痛みからかその動きは鈍い。その間も容赦なくロボットからレーザーが放たれ、ゾムを殺さんとしている。太腿、脇腹、肩と傷が増えて次第に体の自由が利かなくなっていく。銃撃音で敵は侵入に気が付いたらしい、遠くで非常事態を示すベルが鳴り響いているのが聞こえた。
あ、死んだかもしれん、俺。
血を失いすぎたからか酷く寒かった。
重くなる瞼に抗う気力もなくゆっくりと閉じると、皆の顔が脳裏に浮かんだ。
「期待しているぞ、ゾム」
「気ぃ付けてや」
「そやぞ、ちゃんと帰ってくるんやで」
「無理せんでな、危なくなったら退避するんやで」
「待ってますよ、ゾムさん。帰ってきたらまたお茶に付き合ってくださいね」
尊大に笑うグルッペンが、心配そうにこちらを見るシャオロンとコネシマが、真っ直ぐにこちらを見るトントンが、気の抜けるような笑みを浮かべたエーミールが鮮明に蘇る。長期の任務だったから、出掛けに基地にいるメンバーが見送ってくれたのだ。そんなにたっていない筈なのに、なんだか懐かしくすらあった。皆のことを思い出していたら、じんわりと胸が温かくなったのを感じた。それは次第に体を廻り、ゾムを現実に引き戻した。心臓がドクンドクンと動いているのを感じる。まだ、死んでない。まだ、終わりじゃない。帰らんと…、皆待ってる。
重い瞼を無理やり開けて、引き攣る様な痛みをこらえながらズボンのポケットに手を伸ばし、目的のものを探る。手に固く冷たいものが当たる、手榴弾だ。どうせもうゾムの存在はばれているのだ。だったら混乱に乗じて逃げるしか手はない。歯で安全ピンを抜いて、吸込口へ滑らせ、全力で後退する。突然の爆発に敵は混乱しているらしい、その騒ぎに紛れながらダクトをつたい外へ出た。
もう、意識を失わないようにするのが精一杯で、周りなど気にしていられなかった。
がむしゃらに足を動かすと傷に響いたが、痛いのは生きている証拠だ。
山を越え、森を駆け抜け、川を渡り、仲間のいる場所をひたすら目指す。
やがて夜が明けて太陽が顔を出し始めた。朝焼けの紫の空が泣きたくなるほど美しかった。
ああ、俺はまだ生きている。
必死に駆けて駆けてどれほど時がたったのか、血が足りないからだろうか、視界が暗くなり始め、もうゾムにはここがどこだかも分からなかった。気持ちばかり急いて、冷静な判断が下せない。ただ、止まってしまったらもう二度と走れない気がして、足だけは動かし続けた。遠ざかっていたらどうしよう、この命が尽きる前に辿りつけなかったら、たった一人でここで死ぬのか。不安な気持ちが頭を占めて埋もれてしまいそうになる。だめだ、この考えに囚われては、いけない。何とか追い出そうと頭を振っていると、遠くで狼の遠吠えが聞こえた。一度や二度ではない、狂ったように何度も何度も吠え続ける。この声は…、イフリートだ!
その声に導かれるように足を動かす。
もうゾムは一人ではなかった。
[newpage]
狂ったようになくイフリートの声で、エーミールは本から顔をあげた。
一体何事だろう、イフリートは普段から賢く無駄に吠えるようなことは一切しなかった。
となれば、緊急事態だろうか。急いでソファから立ち上がり、窓の外を見るとそこには真っ赤な血で染まったゾムがいた。ふらふらと数歩進み、そして限界をむかえた様にドサリと倒れる。
「ちょ、ゾムさん…?誰か、誰か…!ゾムさんが死んでしまう!誰か…!」
廊下へ飛び出し、そこらにいた一般兵に医療班を呼ぶように頼むとエーミールはゾムのもとへ駆け出した。かつてこれほど必死に走ったことはない。運動不足気味の体が悲鳴を上げるが、そんなものにかまっている暇はなかった。
玄関を出て一直線にゾムのもとへ向かう。近づいてみると、遠目で見た時よりも一層酷い有様だった。服は血を吸いすぎて元の色をなくしてしまっていたし、あちらこちらに穴が開いていた。ゾムはあらゆるところから血を流し、呼吸により微かに上下するだけでエーミールが近づいても何の反応も示さなかった。
余りに深刻なダメージにどこから手を施していいか分からない。頭の引き出しをいくらひっくり返そうが、最適解が見つからなかった。数秒遅れて医療班がやって来る。ぼんやりと動けないエーミールに変わり、素早く止血を施しストレッチャーに乗せるとあっという間に離れていった。エーミールはそれを眺めていることしか出来なかった。
ゾムはそれから三日三晩眠り続けていた。
いつ目を覚ますかは分からないという。血を流しすぎたのだそうだ、普通だったらとうに死んでいると医者は驚愕していた。
エーミールはあれから毎日暇さえあればゾムの眠る病室へ訪れた。
呼吸器をつけられた青白い顔には、いつものいたずらっ子のような笑みは当然ながら、ない。
食害をする時の湧き上がる様な笑い声を思い出す。くふふと嬉しさを堪えきれないように声を漏らすのだ。食害、食害と言われているが、あの行為がただのいたずらでないことなどメンバー皆が理解していた。彼は最初に皆でご飯を食べた日にその美味しさにどうやら感銘を受けたらしい。一人で食べるただの栄養補給ではない、皆と食べると味がほんまに違って感じると後に目を輝かせて語ってくれた。また、それと同時に彼は食害という行為で相手との距離を測っていたように見えた。トントンやエーミールが呆れながらも付き合うと安心した様に息を吐くのだ。
「ゾムさん、起きてください。食害くらいなんぼでも付き合いますから」
思わずぽつりとエーミールが呟いた。
「言うたな、言質とったで」
「ゾ、ゾムさん!意識が…!」
その言葉にまさか答えが返ってくるなんて思ってなくて、エーミールは椅子から滑り落ちそうになりながら立ち上がりゾムを見つめる。
「エミさん滑ってんで」
気怠そうにゾムが笑うが痛かったのかすぐに顔を顰めた。
騒ぎを聞きつけた医者が近寄り、問診を開始する。
痛みはあれど、意識ははっきりとしているらしい、これならば後遺症もないだろうとのことだった。安心感でエーミールは力が抜けていくのを感じた。
[newpage]
目を覚ましてから二週間経つが、未だにゾムはベッドから抜け出すことは許されていなかった。体を起こすことは出来るようになったが、まだ歩行は早いとドクターストップがかかっている。暇を持て余すゾムの為に任務前に約束していた通り、今日はエーミールがお茶を淹れに来てくれていた。
コポコポとカップに紅茶が注がれていくのをぼぅと見つめる。辺りに華やかな紅茶の香りが漂った。
かつてエーミールが淹れてくれたものと同じ香りがする。とても落ち着くいい香りだ、ゾムはこの香りがお気に入りだった。
「なぁ、エミさん、これ何の香りなん?前から思っとったけど普通の紅茶と違うよな」
「これはね、カモミールの香りなんですよ。紅茶にカモミールのフレーバーをつけているんです。カモミールは古くから薬草としても使われていて、最近では…。」
エーミールの講義を聞き流しつつ、ゾムはカップに口をつけた。
広がる香りにほぅと息を吐く。
それにしても、今回はなかなか大変なめにあったなとどこか他人事の様に思い返す。
あの日、目を覚ますとすぐにメンバーが駆けつけてくれた。心配したとか良かったとか労わりの言葉をかけられてゾムはくすぐったい気持ちになったが笑顔の面々の中でグルッペンだけは口を真一文字に結んでいた。ゾムと目が合うとグルッペンは一歩前に出て、見つめ返してくる。
「グルッペン、ごめん。俺へましてもうたわ」
沈黙に耐えかねてゾムが口を開くと、グルッペンは小さく「良く戻った」とだけ言い残し、医務室から足早に去っていった。見た目は冷静そのものだったが、その短い言葉が泣いた後みたいに震えていたから、ゾムはどんな言葉よりも嬉しかった。
今回の件は本気で痛かったし、死んだかと思った。もう二度と味わいたくなかったが、得たものもある。帰りを待ってくれている人がいる、その事実がこんなにも力を与えてくれるとは思っていなかった。これはゾムにとって発見と言ってよかった。一人で暗殺業をやっていた時の自分ではきっと生き残れなかっただろう。今ならばトントンが何故名前を呼ばれただけで強くなったかが分かった気がした。自分の生を願ってくれるものの何と心強い事か。
例え一緒に戦っていなくとも、一人ではないということはこんなにも力になる。
ゾムは一度くふと満足げに微笑むと、エーミールの講義を子守歌に微睡んだ。
[newpage]
あとがき
最後まで読んでくださってありがとうございました。
また、長くなってしまいました。お疲れ様です。
本当はメンバー全員登場させたかったのですが、多人数を動かすのが難しく断念しました。
あの後、ゾムから話を聞いたメンバーは陰の功労者であるイフリートに色々貢物などしていたらいいと思います。
イフリートと、黄緑さんの出会いもいつか書きたいなぁ。
さて、長々とすみません。
また、次の作品でもお会い出来たら嬉しいです。
ありがとうございました!
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前作では沢山のブックマーク、いいね、スタンプなどありがとうございました。とても励みになります。<br />というわけで二作目です。今回は黄緑、茶色、灰色、赤色中心です。孤独だった黄緑さんが仲間というものを知るまでのお話です。誤字脱字等ありましたら申し訳ありません。よろしくお願いいたします。<br /><br />≪追記≫驚いたことにルーキーランキングにお邪魔させていただいているみたいです。皆様のおかげです、ありがとうございます!ランキングにお邪魔させていただいている間は念のため、タグを消させていただきます。<br /><br />≪追記2≫ランキングでたようなのでタグを戻しました。
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孤独をとかすカモミール
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10041444#1
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小さな頃、私はよく見知らぬ部屋にいた。
私はそれを、夢だと思っていた。その場所から帰ると母は私はどこにも行ってない、夢だよ、そう言ったから。
その夢には一人のイケメンなお兄さんが現れる。
彼は初めて会ったときにはわたしを迷子だといい警察に預けた。その時は手を振ってお別れした。
次に会ったときにも困ったように笑いながら警察に連れていってくれたのだが警察の人の話を聞いて眉をひそめていた。
「おうちの人、迎えに来たの?」
問いかけられてふるりと首を振った。目が覚めたら家にいたので間違いではない。
「ばいばい、おにいちゃん」
私は今度は警察のおじさんと手を繋いだまま彼と別れた。
「これはさすがにおかしいだろ…」
そしてまたしばらくして私は彼の部屋に現れた、らしい。
顔を覆って座り込んだ彼の隣に立った私は彼が困ってることだけはわかったので「大丈夫?おにいちゃん」と彼の頭を撫でた。どこか痛いのかと思ったからだ。彼は「ありがとう。大丈夫」と言いながらも私の手を止めようとはしなかった。
「とりあえず、自己紹介をしよう。僕は、降谷零。16歳だ」
「れーおにいちゃん?」
「…………うん、それでいいか。キミの名前は知ってるし…そうだな、何歳?住んでる場所とかわかるか?」
「このあいだ5歳になったよ!住んでるところは…えーっと、××の…」
「うんうん…」
彼は私の言葉をメモすると家の場所を調べてくれて、わざわざ連れていってくれた。
しかし私が言った住所には公園がどんっと出来ていて、「住所…ここなんだけど…この辺りに見覚えとか、ある?」という彼にふるふると首を降る。
私も言葉を聞いた彼は難しい問題に当たったみたいに眉をひそめて「うそだろ…」と今度は頭を抱えだした。
「大丈夫?れーおにいちゃん。やっぱりどっか痛いの??」
「いや、状況についていけないだけだから…大丈夫。ありがとな」
おろおろする私の頭をぽんぽんと撫でながら微笑んでくれるれーおにいちゃんは優しかった。
そしてこの日から私が唐突に現れてもれーおにいちゃんは警察に連れていくことがなくなった。代わりにヒロくんや陣平くん、研二くん、航くんと友達を連れてきてくれるようになった。私がいられる時間はかなりランダムで1日もたない時もあれば1ヶ月近くいられる日もあった。
けれど、どんどん成長して青年から大人の男の人になってく彼らと違って私の成長は遅かった。多分、時間差があるんだと思う。ようやく私が8歳になった頃には彼は25歳になっていた。
そして、
「僕は、警察官として危ない任務につくから、もうここには来れない。キミを危ない目に遭わせるわけにはいかないし、引っ越さなければならないから。………ごめん」
ずっとずっと住んでいたアパートを彼は出ていってしまうという。私はいつもここに来ていたから、彼が引っ越してしまうだけでもう会えない。
警察学校に彼が行ってる期間は何故かここに私は来なかった。だから、彼がここに来なくなるということは私はもうここに来れない。お別れ、ということだろう。
「さようなら。僕と一緒にいてくれて、ありがとう」
私をぎゅうっと抱き締めて額にキスをして、彼は出ていった。
私はこの後、彼の夢を見なくなった。
◇
それから10年以上が経過して私自身もあれらはすべて夢だと思うようになっていた。
そして22歳になって私は一人暮らしを始めることにした。
狭いながらも楽しい我が家にするために色々と工夫して、素敵な部屋になったと思う。
そんな部屋でうきうきしながら初めて眠りについた日、私は夢を見た。
そこには研二くんがいて、爆弾のようなものを解体していた。
そういえば研二くんと陣平くんは爆弾処理する警察官になるって言ってたっけ…
ここに陣平くんはいないけれど、きっと彼も夢を叶えたことだろう。私は彼らがとても努力をしているのを知っていたから、そう思って嬉しくなった。もう会えないと思ってた彼らに会えるのは、嬉しい。
けれど爆弾処理中の彼の邪魔をするのはよくないだろう。私は彼がそれを解体し終わるまで大人しく体育座りで待つことにした。
「ふう…」
「あ、終わった?研二くん」
「うわぁ?!」
終わったっぽかったので声をかけたら飛び上がって驚かれた。それにしても研二くんあんまり変わってないな…?私がここにこれるのってかなり時間が開いてた筈なんだけど…なんか法則が変わったとか??
「えっ?!なんでここにいるの!?っていうか大きくなってない?!小学生だったよね??」
「さあ??私にもよくわかんない。ちなみにピチピチ22歳だよー」
「22歳…マジか…って、そんな呑気な事言ってる場合じゃなくて!!ここ!爆弾あるんだけど!ちゃんと俺が解除したけど危ないから!!」
「うんうん、ちゃんと夢叶えたんだね!研二くん!おめでとう!!」
「ありがとう!ってそうじゃなくて!!」
研二くんノリツッコミ上手いな…と思いつつちらりと爆弾を好奇心で見てみたら、普通に動いてた。…………動いてた??
「あれ?研二くん、爆弾動いてない??」
「えっ?!嘘だろ!?」
「えっ、どうしよう私達爆死する感じか…夢でも辛い…」
「いやいや、現実だから!死ぬから!!逃げるよ!!」
そして必死に逃げようとした私達だったけど残り時間も少なかった爆弾はあっさり爆発して私の意識は白く塗り潰された。
の、だが、
「ふわぁ…爆破夢オチとか漫画かな…?」
「漫画じゃないよ…現実だよ…!」
いつも通りに目が覚めてあくびをしつつ呟いた言葉には返事があった。そう、研二くんである。
…………うん?研二くんだね??
「研二くん?」
「はーい、研二くんでーす」
私のベッドには私だけじゃなくて研二くんがいた。服装は会ったときに着てたものと同じだ。10秒ほど考えて、自分の頬をつねってみた。………うん、痛いね?
「さっき俺もやった。現実だった」
そして研二くんもやってた。
「研二くん、私の夢の中から飛び出してきたの?」
「いや、うーん、そう…なのかな?」
「そうするとこれって私が養わないといけないやつ??」
「やしなっ?!え?あ、でもそう、なるのか?えっ?俺ヒモ??」
「だって警察官って戸籍なくてもなれる職業じゃなくない?」
「…………うん、そうだね。……………まじか」
「まあ、きっと戻れるよ。それまでよろしくね、研二くん………貯金足りるかな…」
「ほんっとうにごめんなさい!バイトとか探すから!!」
「ううん、私が子供の時はお世話になってたしゆっくりしてくれてて…ただ、一人暮らし初日に研二くんが来たからその…あんまりお金ないんだよね…もやしとしま◯らでもいい?」
「なんでもいいです!!」
「経済力なくてごめんね…せめて五年…いや、一年後くらいならならもうちょっと貯まってたと思うんだけど…」
研二くんはとうとうぺしゃりと土下座状態になってしまった。
オリ主
財布がピンチ。
研二くん
SAN値がピンチ。
降谷さん経由で紹介されて妹のように可愛がってた女の子に養われる。辛い。
警察学校組において彼女の正体は幽霊説と別世界説の二つがあったが後者であることがこの度判明。それに対する代償が大きかった。
◇
また、夢を見た。
今度は観覧車の中だ。そこには難しい顔をした陣平くんがいた。
「陣平くんだー。そして、また爆弾かぁ…」
「?!はあ!?お前なんで…!」
陣平くんの傍にある爆弾でオチは読めた。
きっとこれが爆発するのだろう。
「研二くんに更なる節約料理をお願いしなくては…!」
「研二?萩原なら爆死したはずじゃ……まさか、生きてるのか!?」
「うん。私と一緒に節約生活してるよ。でも、多分更なる節約生活しないと陣平くんは養えない…。ごめんね、私が甲斐性なしなばっかりに…」
「なに言ってんのかわからねぇけど生きてんなら一発殴る」
「それはまあ、いいけど…いいの?爆弾」
「ああ。連絡も今終わった。天国でも地獄でもついてってやるよ」
そう言って陣平くんはにやりと笑った。
待ってるのは節約生活だと思う、という私の声は爆発音に掻き消された。
そして、
「爆破オチー………かーらのー、」
「生きてる……」
「やっぱりねー。いらっしゃーい、陣平くん」
目が覚めるとやっぱり陣平くんがいた。
あっちで私と爆死するとどうやらこっちに来るっぽいのは確定のようだ。本当なら、助けたいところだけどどちらも死ぬ一歩前では助けようがない。
「おー。って、萩原ぁ!!てめぇ!」
「んー、もうちょっと…」
ちなみに私は現在研二くんと一緒に寝ている。もちろん不健全な意味はない。お金がないのと暖房削減のためだ。今は冬なので寒いのである。最初はごねてた研二くんもすっかり慣れた。互いにただの暖房器具である。
まあ、普通ならできないことだが幼少期たくさん遊んでくれていたお兄さんなので私の警戒心など底辺なのである。家族みたいなものです。
ぎゅうぎゅう抱き締められてる私はポカポカして大変暖かく快適なのだが確かに見た目はあまりよろしくないだろう。幼女は10年と少し前から卒業しているわけですし。
「このっ、ロリコンが!!」
ガツン!と陣平くんの拳骨が研二くんに振り下ろされ、痛みに悶絶しながら研二くんはようやく覚醒したらしい。
「ってー!にすんだよ松田!!………って、は?松田?」
「こっちはてっきり死んだと思ってたのに呑気に寝てるんじゃねえよ!しかもこいつに抱きついて!!」
「何でいんのかはちょっとおいておくとして!暖かいんだよ!貧乏なの!!」
「とりあえず殴らせろ!」
「先に死んだのは悪かったと思ってるからそれなりに手加減してくれればな!」
「全力に決まってんだろ!」
バキッ!と陣平くんの右ストレートは見事に研二くんに炸裂した。
私はとりあえず氷と救急箱を用意するためにまずは冷蔵庫へと足を向けたのだった。
オリ主
一ヶ月一万円生活がんばろう。
陣平くん
爆死の覚悟を決めたら成長したオリ主が迎えに来たから天使か悪魔説を押そうと思ったら異世界だった。
萩原は殴る。
この後、強制ヒモ&節約生活になるので早く元の世界に帰りたい。もちろん萩原は引きずっていくつもり。ついでにオリ主も養おう、そうしよう。
研二くん
オリ主と毎日節約生活中。わりと楽しんでいる。けど申し訳ない。早く元の世界に帰りたい。
オリ主は連れてって養いかえそうと思ってる。
◇
そろそろこの夢を見る感覚に慣れてきた。
なんとなく普通の夢とは違う感覚なのだ。幼い頃は、気が付かなかったけれど。
まあ、そんなことはどうでもいい。この夢を見るときはどうやら幼い頃に出会った彼らの命の危機だということはわかっていた。
ならば、残りはれーおにいちゃん、ヒロくん、航くんだ。きっと全員のピンチを救えばこの夢は終わる。そう、なんとなく思っていた。
「拳銃…爆弾よりは…いい、の?」
研二くんによって聞いた話によれば皆はどうやら全員警察官になれたとのこと。ならば爆弾も拳銃も仕方がないのかもしれない。けれど、一般人してる私が解決できる範囲を越えすぎてると思うんですけど神様?!
目の前で拳銃の取り合いをしている二人組。どちらも見覚えがないと思ったけれど、よく見ると髭のある方はヒロくんだった。髭ないほうがいいのでは??なんて、現実逃避をしたくなった。
まあ、そうこうしてるうちにヒロくんは拳銃を奪われてしまったのだが。これってあのロン毛の人がヒロくんを殺そうとしたらおしまいなのでは??
「ま、待って!!ヒロくんを殺さないで!」
そう思ったら叫んでいた。
すると二人はものすごく驚いたようにこちらを見た。
え?いるの気付かれてなかった??
「誰だ…?スコッチの知り合いか?」
「え?………!さ、桜…?」
ロン毛の人はヒロくんを殺す気はないようで拳銃を懐にしまいながらヒロくんに問いかけたがヒロくんは突然現れた私にビックリしてるようだった。そりゃあ、最後に会ったときに8歳の子がいきなり大人になってたら驚くだろう。
「そう!桜です!ヒロくんが死んじゃうとうちの家計が火の車どころか大炎上しちゃうから殺し合いとかやめて!!」
「大炎上??」
とりあえずヒロくんが死なないようにと抱き付くとヒロくんは疑問符を飛ばしていた。
「研二くんも陣平くんもあんなにイケメンさんなのにしま◯らなんだよ!私がお金持ちならブランドものをプレゼント出来たのに!食べ物ももやしばっかりだし!!申し訳ないよね!」
「え??あいつら死んだはずだろ?!」
「爆弾爆発したらうちにいたよ!私新社会人だから養うにも限度があるんだよ!!」
「えっ、あいつらお前が養ってるのか!?」
「だって戸籍がないから!」
「…あ、そうだな…桜、金持っていくか?ある程度なら用意するぞ」
「あっちで使えるかなあ…?」
「確かに。そうすると貴金属とか……金(きん)?」
「君達俺の事を忘れてないか?」
「「あっ!」」
すっかり忘れてた!
慌てて私を自分の背後に隠して警戒するヒロくんに呆れた顔をしたロン毛の人は「俺はFBIだ」と言った。
そこからは怒濤の説明大会になりかけたのだがカンカンカン!と誰かがかけ上がってくる足音が聞こえてきて慌ててロン毛さんから銃を奪って死のうとするヒロくんを止めようと抱き付いたら、
目が覚めた。
「……………フラグが折れなかった」
右には研二くん、左には陣平くん、そして、私の下敷きになっていたのはヒロくんだった。
「え…………ええ?!」
「ごめんね、ヒロくん。しま◯らともやし生活です」
end?
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元々つけたかったタイトルは「トリップしてた幼少期に知り合った人達をバッドエンドから救えないとお持ち帰りしないといけない話」です。長すぎたので短くまとめました。<br /><br />トリップからの逆トリップです。<br />年は間違ってれば書き直します。<br />こういう設定の話が書いてみたくてとりあえず書きたいとこだけ書きました。続けば多分更にまとめてトリップするかもです。あと書けそうなら幼少期トリップ時の話とか逆トリップ節約生活書きたい。<br />オリ主(女)の名前有り→桜<br /><br />伊達さんは続けば次回にいれます!<br /><br />[追記]<br />沢山のブックマークや、いいね、タグ付け、スタンプ、コメント等本当にありがとうございます!<br />2018/8/26デイリー18位、女子人気12位<br />2018/8/27デイリー4位、女子人気14位<br />も頂きました。<br />読んでいただき本当にありがとうございました!
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フラグが折れないとお持ち帰りです。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10041584#1
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[chapter:OP. This Is Love]
「レンって一度嵌ったらヤバそうだよな」
それはピークを過ぎて多少人が減った昼の食堂で、もうすっかり夏服である紺色のポロシャツ姿がしっくりと馴染んだ翔が不意に零した言葉だった。
いきなり何だ、と一緒に食事をしていた面々と同様に真斗が顔を上げて翔の視線の先を辿れば、幾らか離れた場所でいつものように女子生徒を数人侍らせて笑顔を振りまくレンが居た。
同じく見慣れたレンのそんな姿を一瞥し、こてん、とスプーンを咥えながら首を傾げたのは音也である。
「え、何の話?」
「んー、いや、アレ見てたら、レンが本気で誰かのことを好きになったらどうなるんだろうなあって思ってさ」
「でもレンって自分で“俺は誰のものにもならない”って言ってるじゃん」
「今はな。実際今のアイツは誰のことも好きじゃないんだろうし、だからこそあんな風にチャラチャラできるんだろ。大体さ、レンって女を喜ばせるのが趣味だとか女好きを豪語してっけど、俺からしてみればあれは那月がぬいぐるみを可愛い可愛いって言ってんのとそう変わらないと思うんだよなあ」
「レンくんと僕が一緒、ですか?」
驚いてきょとんとした顔の那月が瞬きをしながら問い返すと、それまで黙って翔の話を聞いていたトキヤが箸を置いた。
「ぬいぐるみというとイメージが湧かないかもしれませんが、例えば、美しい素晴らしいと愛でる対象が絵画や骨董などの美術品だとしたら……、そう考えると分かり易いのではないですか。レンの場合それが生身の女性だったのだろう、と翔はそう言っているんです」
「ああ、それなら何となく……、ん? ってことは?」
「きっと音也の考えている通りですよ。レンはフェミニストなだけで、別に周囲の女性達と恋の駆け引きを楽しみたいわけではないのでしょうね。まあ、当の本人にはっきりとした自覚があるかどうかは疑問ですが」
「……うーん、じゃあ、レンが女の子に花をプレゼントしたり甘い言葉を囁いてあげたりしてるのは? 充分、恋の駆け引きっぽいことしてない?」
「それはほら、可愛がる対象がうんともすんとも言わねえ物なら黙って鑑賞してりゃいいけどよ、相手が人間ならそうもいかねえってだけだろ。第一、レンが口にしてんのは『レンの気持ち』じゃなくて只の『女が喜ぶ言葉』じゃねえか」
「言ってしまえば、モデル相手にご機嫌を取りながら撮影するカメラマンみたいなものなんじゃないですか。何と言って褒めれば女性が満足するのか、笑い掛けてくれるのかを知っているんですよ、レンは。そうすれば喜ぶと分かっていて猫の顎下を撫でてやるのと比べても大差無いでしょう。そんなもの、恋でも何でもありません」
「…………」
ぽんぽんと小気味好く返ってくるトキヤと翔からの明快な答えに、音也が那月が思わず、といった態で黙り込むと翔が訝しげに眉根を寄せた。
「なんだよ?」
「いやあ、トキヤも翔もレンのこと良く分かってるんだなあと思って」
「翔ちゃん達はとーっても仲良しさんなんですねえ」
「はあ?」
「どうしてそうなるんですか……」
「クラスが違うっていうのも確かにあるかもしれないけどさ、俺、レンのことそんな風に考えてみたことなかったもん。だから二人がレンの本質っていうか、上辺だけじゃなくて、きっぱり断言しちゃえるくらいちゃんとレン自身のことを見て理解してあげてるのが凄いな、って」
――そういうの、本当の友達って感じがするじゃん?
にかりと屈託のない笑みを浮かべた音也の素直な賛辞に、翔とトキヤは揃って何とも言えない奇妙な表情のまま、ほんのりと頬を染める。
「ばっ、お前はまたそういうこっ恥ずかしいことを平気で……」
「全くですね」
そう言って呆れた声を出した二人はしかし、音也の発言に対して否定や反論をするつもりはないらしく、照れくさそうに視線をふらりと彷徨わせるだけに留まった。
微笑ましいものを見守るような音也と那月の笑みも深まるばかりだ。
そんな四人の仲睦まじいやりとりを静観していた真斗は、誰にも気付かれないようにテーブルの下で掌をそっと握り込む。
レンを理解していると言う翔とトキヤの相好が、二人の言葉が、真斗の網膜と鼓膜にべったりと纏わりついて、剥がれなくて、少し気持ちが悪い。
まるで、ひんやりとしたスライム状の泥を塗りたくられたみたいだった。
レンが周囲の女性を恋愛対象として見ていないことくらい真斗だって分かっている。
利いた風な口を、などと偉そうなことを思うわけではない。
ただ何となく、自分以外の人間がレンはこういう男なのだと語っている光景がすぐ目の前で繰り広げらることに対して、どうにも拭えない違和感があるのだ。
ふと覚えた軽い眩暈に目を伏せて小さく嘆息すれば、頭の中でちりちりと胸の奥が焦げるような音がした。
聖川と神宮寺。入学してまもなく広まり、今や学園中の誰もが知っているであろう両財閥の対立模様をそっくりそのまま当て嵌めたかのような、決して良好とは言い難い真斗とレンの関係に、当事者同士にしか分からない程の些細な変化があったのは五月の連休を終えたばかりの頃のことだ。
授業初日から寝坊しそうなレンを見兼ねて叩き起こしたのが切っ掛けで、いつのまにか毎朝レンを起こすことが真斗の日課になっており、その日も真斗はいつものように朝食を作り、着替えを済ませてから朝に滅法弱いレンをやっとのことで目覚めさせてやった。
レンの場合、寝汚いというよりは単に就寝時間が遅いから朝起きられないのだ。
規則正しく日々を過ごす同室の真斗に構わず夜型の生活を送るレンに、夜更かしをするなと入寮当初から散々注意したのだが、一度習慣になってしまった睡眠サイクルはなかなか治らないらしい。
まだ眠たそうな目許を擦りながら暢気にあくびをするレンの姿に毎朝のことながら骨が折れるものだとぼやきつつ自分のスペースへと踵を返そうとしたその時、唐突に背後から「まさと」と寝起きの所為でどこかぼんやりとした、低く掠れた声に呼び止められて、思わず真斗は勢いよく振り返った。
理由は言うまでも無い。
今まで、頑なに「聖川」としか呼ばなかったレンが真斗をごく自然に名前で呼んだことに驚いたのだ。
「まさと、うしろ、かみのけ、はねてる」
まるで暗号文を読み上げているようだった。
初めて聞くような、舌足らずな声に気を取られ一瞬考え込んだ真斗がハッとして頭の後ろに手をやれば、確かに襟足より若干上のところで髪がぴょこんと跳ねているのが分かる。
「す、すまない」
別に謝りたいわけではないのに咄嗟に発することが出来たのは、それだけだった。
恐らく、名前を呼ばれて動揺していたのだろう。狼狽したような言い方になってしまったことに酷い失態をしたような気持ちになった真斗が慌てて跳ねた髪を何とか手で抑えつけようとすると、それを見ていたレンがふっと口許を緩めてベッドから抜け出てくる。
「そんなんじゃ駄目さ、根元から濡らしてブローした方がいい」
真斗が一人であたふたしているうちに真斗の傍まで近寄ってきたレンは、先程よりはしっかりとした口調で言いながら、真斗の後ろ髪に触れて柔らかく笑った。
その拍子に、レンが毎晩寝る前につけているシャネルの、気品漂うフローラル系のパルファムが真斗の鼻先を優しく撫でるのに、訳も無くどきりとする。
「お前が寝癖なんて珍しいね」
後ろだから気付かなかったのかい?
そのまま登校していたら面白いことになってただろうけど。
来いよ、俺が直してやる。
レンが寝起きのわりに珍しく上機嫌で、おまけに矢継ぎ早に喋るものだから、真斗は断る暇も無く、あっという間に腕を引っ張られて洗面所まで連れて行かれる羽目になった。
「なんで」
「え?」
「どうして急にこんなことを……」
静音設計とはいえそこそこの音が出るドライヤーに負けないようにと、やや声を張り上げながらの会話がちょっと可笑しく思える。
それでも、それなりに真面目に訊ねた真斗に、レンは少し考える素振りをみせてから言った。
「強いて言えば、ただの気まぐれさ。だけど、そうだな……、いつもきっちりし過ぎて隙の無いお前の珍しい姿に世話を焼きたくなったのかもね」
あーあ、昔はあんなに可愛かったのに、こんな堅物になっちゃって。
失礼なことを至極残念そうに零すくせに、鏡越しに見遣ったレンの顔には、いつかの頼り甲斐のあるお兄ちゃんの面影がちらちらと覗いていて、真斗は反論しようとした口を噤んだ。
鏡に映る自分の頬が微かに火照って見えるのは、ドライヤーが生む人工の熱風が掠めるからに決まっている。
そう自身に言い聞かせながら、真斗は思いの外丁寧な手つきで真斗の髪を弄るレンの、長身痩躯に似合った、すらりとしている指の感触を一生懸命追っていた。
そうやって感覚を研ぎ澄ませていると、やがて一本一本の細い髪の先まで神経が通っているみたいに思えてくるから不思議である。
跳ねていた後ろ髪を直接見ることはできないけれど、手際良く作業をしていたレンはそのうち、ついでとばかりに愛用のワックスを取り出すと頼んでもいないのにサイドや前髪までも整え始め、そうこうしている間に真斗の髪は普段よりどこか洒落っ気を増して余所行きの顔になっていた。
美意識の強いレンのことである。此の分ならば、寝癖も完璧に直してくれたのだろう。
こういうことに関しては、真斗はレンを無条件で信頼していた。
「よし、こんなもんかな?」
ドライヤーを棚に戻したレンが満足げに頷いたので、てっきりこれで終わりかと思いきや、何故だか最後にふわりと片方の髪を耳に掛けられる。
「……うん。偶には耳を出してみるのも新鮮でいいんじゃないか」
「いや、それはちょっと……っうあ」
剥き出しになった無防備な左耳を徐に触られて、真斗はこそばゆさに身をぶるりと震わせた。
「なんだ。お前、耳弱いの」
「うるさい、急に触るからだ」
その分かり易い反応をくすくすと背後から笑われて眉間に皺を寄せれば、当たり前のようにレンの揶揄する声が返ってくる。
「おい聖川、そんな仏頂面をしていたらレディにモテないぜ?」
「こんな顔になるのは貴様の前でだけだから心配には及ばん」
「言ってくれるねえ。まあ、間違っちゃいないんだろうけど」
シニカルなポーズでレンはくくっと喉を鳴らしたが、レンの指はもう一度真斗の髪に伸びてきて、それ以上は何も言わずに、人目に晒されることに慣れていない耳を隠してくれた。
もう呼び方が「聖川」に戻っていたけれど、真斗は“二人の間にある隔たり”という名のカレンダーを一枚捲ったような気分だった。
その日は一日中、再び髪の下に隠してもらった左耳が、じんと熱を持っていた。
放課後に学園の練習室でピアノを二時間ほど弾いてから帰寮すると、ちょうど談話室の方から戻ってきたらしいレンと自室の扉の前で鉢合わせた。
真斗の一歩後ろで突っ立っているレンには自ら鍵を開けるつもりは全く無さそうだと、仕方なく真斗は無言で鞄からアンティーク調の鍵を取り出して開けてやる。
部屋に入った途端、学びに出掛けていたとは到底思えない少ない荷物を放り投げ、真っ直ぐにバスルームへ行こうとするレンの背中に向かって透かさず声を掛けておく。
「シャワーを浴びるのか? ならば、洗濯物が干してあるから除けておいてくれ」
「はいはい、わかってるよ」
レンのおざなりな生返事に、真斗はふう、と一つ溜め息を吐いて、出かかった小言を呑み込んだ。
現在、日本列島は梅雨真っ只中だ。
寮内は二十四時間一定の空調が効いている為にじめじめとした不快感をそれほど感じることはないのだが、絶え間なく降り続く雨に加え、最近頓に暑くなってきて着替える機会が増えたからか洗濯物がどうしても溜まってしまい、このところ部屋干しを余儀なくされた室内は、レンの香水よりも洗濯洗剤と柔軟剤の匂いの方が強く香るようになっていた。
今に吸っている空気まで甘ったるくなってしまいそうだ。
そんなことを考えながら、窓枠に引っ掛けてある白と紺の、二人分の制服のシャツへ何とはなしに目を向けた真斗は、ふとレンに寝癖のついた髪を直してもらった日に嗅いだシャネルのパルファムを思い出す。
レンが日中に付けている香水はその時の気分によってころころと変わっているようだが、眠るときだけは絶対にこれじゃないと駄目なのだと以前にボトルを手にしながら本人が言っていた。
寮生活が始まって、レンの就寝スタイルを知った時は、かの大女優ではないのだからと大層呆れていたのだが、全裸なのは兎も角、その香りに拘る理由を何となく察して以来、真斗は何も言えなくなった。
一瓶数万のそれを切らさないようにせっせと買い足してお守りみたいに大事にしている、馬鹿で、臆病で、とてもいじらしい男だと思った。
レンは友人や周囲の女性に、一人寝は苦手で、お気に入りの香りに包まれていれば、或いは誰かと一緒ならばよく眠れるとしばしば冗談交じりに話しているけれど、それらは全て本当のことだと真斗は知っている。
そもそもレンが常にたくさんの女性を侍らせているのも、単に女性を愛でることを楽しむという目的以前に、少なくともそうしている間は自分が独りではないと感じることができるという理由があるからだろう。
ひょっとすると、真斗が思うよりもずっと、レンは孤独を恐れているのかもしれなかった。
もしも、いつの日かレンに心から愛する人ができたのなら、毎晩一緒に眠ってくれる相手ができたのなら、小瓶の中に詰まった琥珀色の液体は御祓箱になるのだろうか。
真斗は分かるはずのないレンの未来図を想像しようとして、止めた。
昼の食堂で感じた、胸の奥を熱く焦がすようなざわめきが蘇る。
「聖川ー、タオルが無いんだけど」
と、脱衣所の方から聞こえてきたレンの間延びしたような声に、思考の渦に沈んでいた意識を呼び戻されて、真斗は目を瞬いた。
不意打ちにどぎまぎしそうになるのを堪えて返事をする。
「……っ、あ、ああ。……って、おいこら神宮寺、濡れたまま出てくるな。今持って行ってやるからそこで待っていろ。床が水浸しになるだろう」
びしょ濡れの状態で部屋の中を歩き回られては敵わないと真斗は急いでタオルを探し、乾燥機でふわふわになった、今朝畳んだばかりのタオルを引っ掴んで、同時に鼻をひくりとさせた。
やっぱり洗剤の匂いが強い。
それまで何とも思わなかったはずなのに、今この瞬間、その匂いに僅かな嫌悪感を抱いて、突如として気付いた。
(ああ、そうだ……、シャネルの5番を付けたレンに触れたい)
真斗はレンの内側に潜む脆弱さが何より愛しいのだ。
レンという男の真実を一番に理解しているのは、理解してやれるのは自分だけで良いと思った。[newpage]
[chapter:01. 群青に埋み]
眩しい夏の陽光がガラス越しに差し込んで、寮の廊下を歩く音也の赤い髪を灼いた。
太陽が高い位置に昇って、学園の広大な庭の何処かで早朝から元気に鳴いていたヒグラシは一休みしているようで、一部の開け放たれた窓からは絶え間なく楽器の音ばかりが聞こえてくる。この学園らしい、いつも通りの午後である。
普段より少し遅い昼食を済ませた音也は、そわそわと落ち着かない心を押しとどめながら、翔と共に真斗とレンの部屋を目指していた。
休日はバイトで殆ど不在なトキヤが珍しく朝から一歩も外に出ないで机に向かっているのを見て、当初自室で鑑賞しようとしていた一枚のDVDを持って部屋を出てきたのだ。
多分、事情を話せばトキヤも那月も気を利かせて苦笑する程度で済ませてくれたのだろう。
しかしながら多感な十五歳である音也も翔もお互いに、一番身近で年上のルームメイトにそれを正直に打ち明けるには躊躇いと気恥ずかしさを捨てきれなかった。
変に気を回しすぎているのかもしれないが、十代での歳の差はたった一つ二つがとても大きく感じるものだ。もしかしたら、最も対等でいたいと願う同室者相手に見栄を張りたかっただけなのかもしれない。
そこで勝手に白羽の矢を立てたのが真斗とレン、もとい彼らの部屋だった。
育ちの所為か今時珍しいくらい純情であることは知っていたが、そんな真斗には同年代とは思えないほどの落ち着いた物腰や、例えば音也が何かをやらかしても最後には仕方ないと笑って許してくれる優しさがあったし、レンは言うまでも無く、その見た目と言動は勿論、そういう知識や経験に関しても老成しているような雰囲気を持っていた。
特にレンの方は、頼めば「何だそんな事か」と簡単に受け入れてくれそうだと思ったのである。
「マサー、レンー、俺だけど」
やがて辿りついた部屋の前で翔がコンコンとドアをノックするのに合わせて音也が声を掛ければ、ややして浴衣姿の真斗が「一十木?」と首を傾げながら顔を出した。
深い藍色をした浴衣の衿が真斗の雪肌を惹き立てていて、些か神経質なのではと思ってしまうくらい美容に気を遣っているトキヤに勝るとも劣らないその白さに改めて気付かされる。無防備に晒された首元は、外界の痛いくらいに眩しい日差しも蒸し暑さも何も知らないみたいに涼しげだ。
「あ、マサ、突然ごめんね」
「いや、構わんが……、来栖も一緒なのか」
「おっす。レンの奴は留守か?」
「ああ、生憎だが、神宮寺はいつものデートだ。どうした、アイツに何か用か?」
「んー、レンにとか、そういうわけじゃ、ないんだけど」
真斗からの問いに応えながら導かれるままに部屋の中に入り、完全にドアが閉まるのを待ってから音也は切り出した。
「あのね、DVDが観たいんだけど俺達のところじゃ今ちょっと観れなくてさ。しかも借り物で明日には返さなきゃいけなくて……」
それで、えっと。
(AVなんだよね、これ)
あと一つ、伝えなければいけない最も重要なことを告げる前に、真斗が物分かりの良さそうな微笑を浮かべて得心したとばかりに頷いてみせる。
「ふむ、DVDが観たいのだな。テレビも再生機器も神宮寺がいろいろと揃えているからそれを使えば良い」
そうして、あっさりとした調子で言いながら、真斗が赤いソファが置かれたレンのスペースへと自分達の背を押してくるのに音也は慌てて待ったを掛けた。
「え、あの、使わせてくれるのは嬉しいけど、レンの物を勝手に触っちゃ駄目なんじゃない?」
いくら仲の良い友達であっても、本人の了解を得ずに私物を弄るのは気が引ける。
音也は遠慮してぶんぶんと首を振ったのだが、真斗はそんなことを気にする必要は全く無いと歯牙にも掛けず、勝手知ったる様子でリモコンを手にすると親切にテレビの電源まで入れてくれた。
音也と翔がぼけっと立ち尽くす横で、真斗がもう一度リモコンを操作するとディスクトレイがデッキから飛び出る。
「ほら、そこに座って好きなだけ観ていくと良い。神宮寺のことは案ずるな。俺が使わせたと言えば、アイツがお前達に文句を言うことも無かろう。そもそもテレビを勝手に使ったくらいで怒るような狭量な男ではないと思うがな」
「それは、そうかもしれないけど」
頷き応えつつも、そこで音也は真斗の言動が妙にレンとの親しさを漂わせていることに気がついて、内心であれ、と首を捻った。
顔を合わせた途端に一触即発の空気を作り出す日頃の二人を見ている限りではあまり想像できないが、もしかして真斗がこのソファに座ってテレビを観たり、レンと他愛ない話なんかをして過ごしたりすることがあるのだろうか。
「あのさ、マサとレンって……」
音也はその先を続けようとして、けれども言葉を選ぶところで躓いた。
実は仲が良いのか、などと率直に訊いたところで真斗からは否定が返って来るに決まっているのだ。かといって他に何と訊ねれば良いのか分からず、考えあぐねた挙句、結局口を引き結ぶ。
「どうした、一十木?」
「ううん、何でもない! あ、それよりさ、」
真斗に怪訝そうな目で見られた音也はそれを振り払うようにかぶりを振ると、良いことを思い付いたと真斗にニタリとした笑みを向けた。
「マサも一緒に観ない?」
真斗の様子がおかしいことに気付くのが遅れたのは、音也も翔もAV女優の嬌声が引っ切り無しに上がる映像にすっかり夢中になっていたからだ。
真斗が途中席を立った時にはトイレに行くのだろうと思い込んで気を利かせ、敢えて声を掛けずにいたのだが、それから暫く経った頃、ちょうど場面転換で映像から音が消えた瞬間に聞こえてきた、小さくえずくような声に背後を見遣り、その時になって漸く音也は部屋の隅で蹲っている真斗を見つけたのである。
「マサ!?」
吃驚してつい大きくなってしまった声に、翔も真斗の方を向いて目を丸くした。
口許を手で押さえ、俯き加減になったその顔色の悪さが離れていても明らかに見てとれる。
「聖川、おい大丈夫かっ?」
「あ、あっ、俺、洗面器か何か持ってくる!」
ますます背中を丸める真斗が今にも戻してしまいそうなのが分かり、音也と翔が急いでソファから立ち上がった、その時だ。
「……あれ、どうしたの」
「レン!」
自信や余裕から生まれるのであろう、独特のゆったりとした空気を引き連れたレンが帰ってきて、その姿を見た途端、音也は不安一色に染めていた自身の表情に安堵を織り交ぜた。
音也にとってのレンとは、女の子のことやちょっとした悪い遊びなんかを教えてくれたり、些細なことでも相談に乗ってくれる良い兄貴分で何かと頼れる存在である。
だから音也はこの時も、レンが居ればもう大丈夫なのだと心のどこかで勝手に安心しきっていたのだ。
「丁度良かった」
マサが、と音也が一言添えれば、部屋の方々にぱぱっと視線を遣ったレンは忽ち状況を把握したらしい。
音也はそれを流石だと感心する端で、レンはきっと次の瞬間には「これくらいで大袈裟だな」と、慌てふためいている自分達を宥めるように微笑んでくれるものだとばかり思っていた。
それを待っていた。
「真斗っ」
しかし、音也の思惑に反してレンは焦りを含んだような硬い声でそう呼びかけると、音也がそれを理解するより先に音也と翔の脇を物凄い速さで駆け抜けていく。
(え……、)
予想外のことに音也は一瞬、自分の目を疑った。
だが、通り抜けざまにレンが起こした風に乗って届いた如何にも女性受けしそうな爽やかなフレグランスの香りが、残像みたいに音也の前に居座っているのは事実なのだ。
レンは真斗の傍らに膝をつくと、下を向いている真斗の肩をそっと抱き寄せるようにしながら、浴衣に包まれたその背を甲斐甲斐しくさすってやる。
「真斗、我慢しなくていい。吐いてもいいから」
吐いてもいい。
ただそれだけだったが、ひどく優しい響きだった。
すると真斗は、まるでレンのその言葉を待っていたかのように、言われるがままにレンのスペースである白黒の市松模様の床に、今まで必死に我慢していたであろうものを素直に吐きだした。
つん、と鼻につく酸っぱい匂いが部屋中に広がる。
「……っ、うぇ、」
「そうそう。辛いけどね、吐けるなら頑張って全部吐いてすっきりした方がいい」
レンが諭すような声音で囁くと真斗はこくん、とレンの腕の中で確かに頷いた。
そんな二人の一連の様相を、音也は呆然と立ち尽くしながら眺めるしか出来ない。
レンの口から「真斗」と淀みなく彼の名が零れたこと。
その呼び方がとても自然で、違和感無く耳に馴染んだこと。
吐瀉物を腕に引っ掛けられても全く動じないレンに。
真斗のピアノを上手に歌わせる綺麗な指が必死になってレンに縋りついている光景に。
音也は、もう何に驚けば良いのか分からなかった。
「イッキ、おチビちゃん……」
そこへ突然レンから声を掛けられて音也がハッとしたように視線を上げれば、一時停止のままになっていた、淫猥な濡れ場を切り取ったテレビ画面を一瞥した後のレンの青い双眸が音也を捉えた。
「悪いけど、観賞会は終わりだ」
レンの口調はいつも通り柔らかいのに、その目は冷たく「出て行け」と言っていた。
音也は背筋にゾクリとした悪寒を感じて、翔と共に急いで部屋を出る。
「……音也、」
「う、うん……」
パタン、と真斗とレンの部屋の扉を閉めてからも、音也と翔は暫くそこから動けなかった。
静かな寮の廊下に響いてしまいそうな程に心臓がドクンドクンと大きな音を立てる。
『よしよし、大丈夫だから泣くなよ。な?』
扉が閉まる直前に聞こえてきたレンの声が耳にこびりついて離れない。
幼子に言い聞かせるように温かく丸みを帯びたそれは、取り巻きの女子生徒達に贈っている甘い言葉なんかより余程レンの愛が詰まっていると思った。
あの真斗を、あんな風に子供扱いしてしまうのも、それが許されるのも、きっとレンだけなのだ。
何だか、男女の密やかな交わりよりも特別なものを見てしまったような気分だった。
*
音也と翔が出て行き二人きりになってすぐに、ただでさえ苦しいだろうに、気が緩んだのか真斗はぽろぽろと惜しみなく涙を流しながら、ひっくひっくとしゃくり上げ始めた。
男子たるものこうあるべきだと常に己を律している真斗が、嘔吐してしまうほどに感情のバランスを崩した直接の原因と涙の理由を、レンはすんなりと理解した。
真斗が泣いたのは、嘔吐した自分自身に驚き、またそれを情けなく思い、その上そんな醜態を他人に晒してしまったことが悔しくて仕方ないからだろう。そして、吐いたのは間違いなく、音也達が観ていた生々しいアダルトビデオの所為だ。
「お前、ああいうの初めて見て驚いたんだろう。お前んとこのじいさん、そういうものは全部シャットアウトしてそうだしな」
同じ財閥の御曹司でも、真斗はレンとはケタ違いの箱入りで、純粋培養だ。真斗に仕えている藤川という老人の過保護ぶりをみていれば、いかに真斗が俗な物事に疎いかがいやでも分かる。
多分、真斗は音也と翔に誘われるがまま、AVが何かもよく解らずに観始めてしまったに違いない。
加えてもう一つ、レンには思い当たる節があった。
真斗の母親は産後に体調を悪くして以来入退院や実家での静養を続けており、真斗自身、幼少時から母親と接する機会が年に数回しか無かったこと。真斗が先代と共に暮らしていた京都にある聖川邸の大勢の使用人のなかに妙齢の女性が全くと言っていいほど居ないことである。
要するに、真斗が“女”というものを知らなすぎたのだ。
真斗がこれまで通っていたお上品な学校の授業で習う、教科書の中の清楚なオブラートに包み込まれた性のいろはが、真斗にとって役に立つようなものだとはあまり思えなかった。
普通はそれよりも娯楽誌や友人などから知識を得たり、情報を共有したりするものだが、真斗の周囲にそのような環境が望めないのは明白である。
さらには、厳格に育てられたからなのか、真斗に少々潔癖の気があることも一因だろうとレンは考えた。
「思春期の男がああいうものを見たら、大抵は少なからず興味を示したり興奮するものなんだけど」
言いながらレンは、単に貞操観念がどうこうという問題では済みそうもない程あからさまに拒否反応をみせている真斗の態度に、ふと思う。
「……もしかしたら、お前は気持ちが伴わないと駄目なのかもしれないね。きっとか弱いレディと同じで繊細なんだ」
「き、もち……?」
「うん。ちゃんと想いを通わせて愛した相手じゃないと、心が付いて行かないんじゃないかな。でもそれは、お前が誠実で一途な証拠だ。決して悪いことじゃないと俺は思うよ」
鼻の頭を真っ赤にしながら、おずおずとレンの様子を窺うように顔を上げた真斗に、レンは安心させるように微笑んだ。
レンを見上げてくる真斗の涙に濡れた無垢な瞳が、レンの声色をより一層柔らかく、甘やかすときに使うものに変化させる。
「今回のことをお前は深刻に受け止めてしまうかもしれないけどね、お前の場合は育った環境のこともあるし仕方ない。大丈夫、何も心配することはないさ。こういうことは、お前が本当に納得した相手とだけすれば良いだけのことなんだから。いつかきっと、その行為を自然に思えるときが来る。焦らなくても良いんだ」
それは紛れもなく、真斗のことを大切に思うレンの本心だった。
真斗に家が決めた婚約者が居ることはレンも十分承知していたが、真斗はもう何も知らない、出来ないような揺り籠の中の子供ではない。現に今だって、こうして父親の反対を押し切り早乙女学園に在籍しているのだ。真斗が自ら望んで動けば、得られるものは幾つもあるだろう。例え将来一緒になることは無理だとしても、一人の人間として、束の間の恋愛くらい許されて然る可きである。
「……でも」
「それに、お前が好きになる人は、お前のことをよく理解して、お前の全てを受け入れてくれるような優しい人だろうから、……な?」
そうだろう、とレンは尚も心許無さげな真斗に言った。
真斗がしおらしい所為で、レンの調子もどこか狂っているらしい。今のレンの口が紡ぎだす言葉全てが、さながら粉砂糖をまぶした焼き菓子のようだった。
「おまえは……?」
そんなことを思い、レンが僅かに苦笑した時、真斗が不意にくぐもった声でぽつりと呟いた。
レンに縋りついていた真斗の微かに震える手が、レンの身体のかたちを丁寧に確かめるように動く。
「おまえじゃ、だめなのか……」
「…………なに、」
何を言い出すつもりだと即座に言い返すべきだったのに、レンは自分の身体を這う真斗の手に意識を奪われて、そのタイミングを失った。
それどころか、真斗がこれから口にする台詞を知っている自分に気付かされて小さく息を呑む。
「俺は……」
「頼む」
「俺が好きなのは、」
「待ってくれ真斗」
「お前なのに」
「…………」
ああ言わせてしまった。
その瞬間、レンが感じたのは、ずっと頑なに守ってきた誰にも言えない秘密をとうとう暴かれてしまったような、絶望と安堵だった。
泣いたり吐いたりするのは、体力的にも精神的にもとても疲れることだ。
レンが汚れてしまった床を片付けている間に、気だるそうにしながらもシャワーや着替えを簡単に済ませた真斗は、レンが少し目を離した隙に自分のベッドで眠りに落ちていた。
レンはそれを見届けると、物音を立てないようにこっそりと部屋を抜け出して音也とトキヤの元を訪れた。
目的は勿論、真斗、音也と翔、双方のフォローをする為である。
「大まかな事情を聞きました。すみません、音也が聖川さんに変なことを……」
そんなレンを待ち受けていたのは、叱られた飼い犬のようにしょんぼりとした音也と、真斗を案ずるトキヤだった。
レンと顔を合わせるや否や、開口一番、申し訳なさそうに謝るトキヤに、レンは面食らう。
「なんで俺が、しかもイッチーに謝られているんだろうね。ルームメイトの尻拭いとはイッチーは随分お人好しらしい。……いや、それとも“イッキだから”なのかな? どちらにせよ、仲が良いみたいで何よりだ」
「レン、茶化さないでください。私は真面目に」
「ふう……、わかってるよ。だからそんなに怖い顔をしないでくれないか」
トキヤからじとりとした視線を向けられたレンがやれやれと肩を竦めると、トキヤは気を取り直そうとしたのか、こほんと小さく咳払いをした。
「貴方が此処に居るということは、聖川さんはもう大丈夫なんですか?」
「……ん、ああ、まあね。今は落ち着いて、寝ているよ」
「そうですか」
「泣き疲れて眠ってしまうなんて小さい子供みたいで笑っちゃうだろ。普段から、あれくらい大人しいと少しは可愛げがあるのにねえ」
ほっと胸を撫で下ろすような仕草をしたトキヤにますます呆れて、室内に蔓延る緊張をどうにか解してやろうとレンは軽口を叩いてみるが、そう上手くはいかないようで、それまで沈黙していた音也が重苦しい表情で口を開いた。
「レン……、俺、マサがああいうの駄目だって全然知らなくて、それで、本当にごめんっ」
「おいおい、イッキ……、参ったな」
がばっと勢いよく頭を下げられていよいよ困ったレンは、軽く両手を上げて降参のポーズをしながら苦笑する。
「此方こそ、さっきは無理矢理追い出したみたいになってしまって悪かったね。二人も困惑していただろうに充分気を配ってやれなかった」
「ううん、そんなこと……」
ぶんぶんと思いきり首を振って否定する音也に、レンは少しだけ口許を緩めて続けた。
音也の最たる長所であるこの素直さが、トキヤには世話を焼いてあげたくなる要素として映っているのだろう、とそんな考えが頭を過ぎった。
「だからね、イッキ……、俺はお前に怒ってないし、抗議するつもりで此処へ来たわけでもないんだ。第一、俺がそうする理由も無いだろう。ただ一つ、アイツと同じクラスであるお前に、お願いがあってね」
言って、レンが音也の頭に、ぽんと軽く手を置けば、顔を上げた音也はしきりにまばたきをしながらレンを見つめ返してきた。
「お願い?」
「そう。まあ、簡単に言ってしまえば、暫くの間アイツをレディ達からそれとなく庇いながら様子をみて欲しいんだ」
「え?」
レンの言う内容が予想外だったのか、どこかぽかんとした態で訊ねてくる音也のあどけない表情に、漸く肩の力が抜けたらしいとレンは少しばかり目を細めて首肯する。
「普段の姿や先程の反応を見れば大体見当が付くだろうけど、アイツは驚くほど女性に慣れていないのさ。お前達が想像するよりも遥かに、ね。そんなアイツが今日のことで今まで以上に苦手意識を持って、クラスメイトで仲の良いレディに対してだって気後れしてしまう可能性が無いとは言い切れない。しかも、あの映像はアイツにとっては吐き気を催すくらい衝撃的だったようだし、予め気を付けているに越したことはない、というより何かあってからじゃ遅いんだ。余計な心配なのかもしれないが、もし仮にレディに触れられて過剰に怯えたり嫌悪感を露わにするような姿を一度でも公衆の面前で晒してしまったら、あることないことお構いなしにアイツの沽券に関わる噂があっという間に広がってしまう、俺はそれを何よりも危惧しているのさ。この業界も、俺達の顔がよく知られた財界も卑しいゴシップが大好物だからね」
「…………」
切り出された話に何と返せば良いのか分からないのだろう、すっかり黙り込んでしまったトキヤと音也を視界の端に入れながら、それでもレンはどんどん話を進めた。
「二人も知っているだろう、アイツの傍をうろちょろしてる藤川っていうじいさんを。彼はアイツの教育係のようなものなんだけれど些か過保護でね。アイツがガキの頃から口を開けば『聖川家の嫡男である坊ちゃまに万が一にも間違いがあってはいけない』とそればかりで、兎に角アイツの周りから女性や、アイツにとって害となりそうな有りと有らゆるものを遠ざけていたのさ」
勿論、彼にとっては俺もその“害”のうちのひとつだったんだけど。
そうレンがわざとらしく自嘲しても、相変わらずトキヤも音也も難しい顔を崩そうとしない。
「それと、アイツが此処へ来るまでに過ごした家やその環境も、恐らくは原因だろうな。通っていた学校の都合もあって、アイツはずっと京都にある先代の家、つまりアイツの祖父の元で暮らしていたんだが、そこで働く使用人は長年先代に仕えてきた年配者ばかりで、当たり前だけどその中に若い女性なんて居ない。おまけに、実の母親は以前から体調を崩しがちで、未だに彼女自身の実家で静養しているか病院で過ごすことが殆どでね、唯一、頻繁に会っているのは年の離れた幼い妹だけだけど、あの子はまだ五歳かそこらのはずだから当然論外だ。 ――過保護なお目付け役に四六時中見張られ、通うのは小学校から変わらず男子校で、家に居る女性は年配の使用人が幾らか、そして実母にさえ会う機会があまり無い、とここまで女性と接する場を絶たれてしまっては、アイツが女性というものに疎いのも納得できるだろう? 俺なんかは寧ろ、同情してしまうね」
大切にされすぎるのも考えものだな、と気付けばレンは真斗の境遇に対し何の含みも無く、ごく自然にそう言っていた。
それを鋭く指摘したのはトキヤである。
「聖川さんの持ち得る地位や立場全てが気に入らないと言って憚らない貴方が、珍しいこともありますね」
レンの真意を見極めるかの如く、トキヤの冷静な視線がレンのそれと交差する。
「……べつに、特別な意味なんて無いよ。ただ、可憐なレディ達との戯れは俺にとって欠かせないライフワークだからね、その楽しさを知らないアイツを不憫に思っただけさ」
「貴方がそう思いたいのならそれで構いませんが、……大丈夫ですか?」
「イッチーは何が言いたいのかな?」
レンの言い分に対して返された仕方のないものを見るようなトキヤの目つきに、レンは挑発されたような気分になって口端をつり上げた。
トキヤの横では、それまで穏やかだったレンの心の変化を敏感に感じとったらしい音也が不安そうに眉尻を下げている。
「聖川さんが女性に不慣れで性知識に乏しく、貴方がそれを気に掛けていることは良く分かりました。しかしながら、私はそんな貴方のことも心配しているんですよ」
「は? それはどういう……」
「レン、今の貴方にそうやってライバル視している聖川さんを気に掛ける余裕があるのは、偏に彼が女性を敬遠している現状にあり、表向きはどうあれ実際は女性と深く関わろうとしない貴方と同じだからでしょう。もしも、聖川さんが誰かと恋仲になったとして、貴方より先に女性を愛することに目覚めたとして、その時、貴方は耐えられますか。……正直なところ、私には貴方の方が余程、女性に夢を見ているように思えるのですが?」
「…………」
すうっと身体の芯が冷えていく心地がした。
頭の上から降り注ぐ雨のようにレンを浸食する落ち着きを払ったトキヤの声に、レンはそっと唇を噛み締める。
「常々思っていたことです。確かに、貴方の女性に対する振る舞いは完璧なまでに紳士的で、その徹底したフェミニストぶりには感嘆すら覚えます。ですが、」
そこで一旦言葉を切ったトキヤは、元から姿勢の良い背筋をぴんと伸ばすと、急に表情の一切を削ぎ落としたレンに向けて、はっきりと告げた。
「貴方が女性に対して無闇矢鱈に『綺麗だ』と褒めそやすことは、同時にその女性に対し『綺麗でいること』を強要しているのだということに気付いていますか」
「…………」
そんなことを言われたのは初めてだった。
トキヤの弁に、レンは言い返す術を持たない。
「女性という生き物を神聖視するあまり現実を見ようとせず、結局誰とも深い付き合いが出来ずに終わるのでしょう? 恋愛や結婚において多くの女性はシビアで賢く、時に狡猾です。もしかしたら、貴方の囁く愛が中身の無い紛い物だと知った途端、掌を返すように女性の方から離れていくのではありませんか? 貴方の場合、セックスは単なる性欲処理で別物だと割り切っていそうですが、それではこの先ずっと貴方自身が虚しい思いをし続けるだけですよ」
「……はは、まるで見てきたように言うね、イッチーは」
レンの脳裏で、脆弱な心を守るべく幼いころから必死に造り上げてきた硬く分厚い防御壁が、ぼろぼろと崩れていく音がした。
意図せず、口から乾いた笑いが漏れる。
腸を思いきり掴まれたような感覚は、トキヤの言うことが図星だからか、それとも無遠慮に突き付けられた客観的見解に気分が悪くなったからなのか。それは定かではなかったが、ただ、レンがトキヤの意見をきっぱり否定できないことだけは確かだった。
「お前に俺の何が解るんだ、なんてドラマの台詞みたいなことが言えたら格好良いんだろうけど。イッチーの言うとおり、そう、なのかもしれないね……」
「レン……」
音也の気遣うような声音が沈み行く気持ちに容赦なく追い打ちを掛けてくる。
思わず目を伏せたレンは開き直りにも似た笑みを浮かべながら、瞼の裏に、何度も何度も繰り返しビデオを観て目に焼き付けた、アイドル円城寺蓮華の姿を鮮明に思い描いた。
「綺麗でいることを強いているつもりなんて全く無かったんだが……。けれど、俺がそんな捻くれた女性観を抱いていてもしょうがないと思わないかい? 何せ、俺が求めて止まないただ一人の女性は、いつだって綺麗に着飾って、大きなステージでスポットライトを浴びて、眩しいくらいに輝いているんだからね」
レンにとっての女性とは、物心が付いた頃から母親である蓮華とそれ以外でしかなかった。
レンの心に住まう彼女は、いつまで経っても色褪せることなく、若く美しいアイドル全盛期のまま、レンの理想で居続ける。
家に在ったはずの彼女に纏わるものは父親の手によって処分されてしまった為に、引退後の神宮寺姓を名乗った彼女がどんな人だったのかを、どうあってもレンには知ることができない。
だからレンにとって、現在も手に入れることのできる、商品化され世間に流通している記憶メディアの中の、アイドル時代の彼女が全てなのだ。
レンの人生において自己顕示の最大の標的であり、ある意味生きていく上での指針でもあった父親という存在を失くした今、近い将来に自分を産んだ彼女の年齢を越えてしまう日が来ることが己にとって一番の恐怖なのだと打ち明けたら、再度母親を失うようで不安なのだと、最後の砦を壊されるようで心細いのだと聞かせたら、トキヤと音也はくだらないと笑うだろうか。
(聖川……、真斗だったら何と言ってくれるんだろう……)
レンがそう思った瞬間、瞼の裏の母親の麗しい面差しに、真斗の顔が重なる。
たった一つだけ、レンがまだ彼女の胎内にいた頃に、レンの為にと彼女が紡いでくれたこの世で一番大切な歌を、泣きたくなるような優しい歌声を、レンは久しぶりに、それも真斗の傍で、どうしても聴きたくなった。
いつの間にかすっかり陽が傾いて、昼間は静まり返っていたヒグラシの合唱が再び、どこか遠くから聞こえてくる。
トキヤと音也の部屋に思いがけず長居してしまったことに疲労染みたものを感じながら、レンが自室へと戻ってみると、照明の点けられていない部屋の中、眠っていた真斗がベッドの上で膝を抱えているのが目に入った。
薄闇の空間で、寝間着にしている若菜色の浴衣より余程明るい真斗の白肌がぼんやりと浮き上がり、仄かに発光してさえいるようだった。
「起きたのかい? 気分はどう?」
レンがそっと訊ねると、真斗の頼りなさげな肩がぴくりと揺れる。
「一人にしてごめんね。もしかして、淋しかった?」
さらに、ほんの少しだけ揶揄するように言いながら、雪がちらつく真冬の明け方のような室内の静けさを壊さぬようにレンが足音を抑えつつ真斗の元へと歩みを進めれば、その気配を察したのだろう、額を膝頭に押し付けていた真斗が泣き腫らして幾分幼くなった顔でレンを見上げた。
「あーあ、日本の白うさぎみたいに目が真っ赤だ。少し、冷やそうか」
改めて真正面から見遣った真斗の痛々しい目許に苦笑して、部屋のキッチンへと身体の向きを変えたレンはしかし、じんぐうじ、と直ぐさま呼び止められて振り返る。
「どこへ行っていたのだ」
小さく開いた真斗の口から滑り落ちた問い掛けは、今にも消えて無くなってしまいそうなくらい弱々しい声だった。
「気になる?」
「……べつに、言いたくないのならば、」
「イッキのところだよ。さっきは無理矢理追い出しちゃってごめんね、って謝ってきたのさ。おチビちゃんには明日教室で」
躊躇うように目を伏せた真斗に、レンは頬を緩めて真斗のベッドに腰掛ける。
真斗好みの硬いマットレスは僅かに沈みながらレンの細身を無言で受け入れた。
「そう、か。それで、一十木は」
「お前のことをとても心配していたよ。あいつらは皆、友達想いの良い子だね。聖川も神宮寺も、家の名前なんか一切関係無しに、こうして心を砕いてくれる……」
音也達に対しそんな風に感じたのは何もこれが初めてではなかったが、それでも、世界七財閥の御曹司という肩書きをこれほど意識せず、ごく普通の友人として、仲間として接してくれる彼らの屈託無い態度にふと気付く度、未だにレンはある種の衝撃を受けていた。
「媚びを売ろうとか、損得勘定なんてことも全く考えないで、ただ友達だからって理由で構ってくるし、遠慮せずに怒ったり、無防備に笑い掛けてくるんだぜ。……なんか、凄いよねえ」
「…………」
「聖川?」
感慨深げに言ったレンは、けれども真斗から何の反応も返って来ないことを訝んで「聞いてる?」と、うさぎの目をしたその顔を覗き込み、ぎょっとした。
自身の膝をじっと見つめているらしい目のふちで、限りなく透明な涙が今にも溢れて零れ落ちそうになっている。
「どうした、まだ気持ちが悪いのか?」
急いてしまいそうになる心をどうにか抑えて、レンは俯き加減になっているその背中をまたさすってやろうと手を伸ばす。
「やめてくれ!」
しかし、あと数センチで届いたはずのその手は、突如として発せられた真斗の悲痛を孕んだ叫びによって制止された。
露骨に触れることを拒否されて、びくりと大袈裟に震えたレンの腕は引っ込めることを忘れ、思わず宙に浮いたままになる。
「…………」
「俺はどうかしている、今お前に触れられたらおかしくなる……。そうだ、一十木達は俺にとって大事な友人なのだ。これ以上、要らぬ心配を掛けることも、妙な気を遣わせることもしたくない。同じ場所に立っていたい」
「……うん」
ああまた泣くのだな、と徐々に滲んでいく声音にレンは相槌を打ちながら思う。
「だが、お前が時折そうやって優しくするから、揺らぎそうになる。お前が昔のように俺に接するのは俺が弱っているからだと、目が覚めてからお前が戻ってくるまで何遍も自分に言い聞かせたのだ。慰めてくれる声も、向けられる微笑みも、きっと、またお前の気まぐれなのだと、必死に思い留まろうとした……。すまない、でも、駄目だ。俺は一度口にした言葉を無かったことになどできない。だって、やっぱり、」
――お前のことが好きなのだ。
最後のその一言だけが、いやにはっきりと聞こえた。
「……っ」
次の瞬間、レンは真斗の切なる願いを無情に切り捨てた。
行き場を無くしていた腕で、目の前の身体を強引に抱き寄せる。
ぐっと近づいた真斗の身体からは、真斗らしい清潔なせっけんの匂いと、どこか懐かしいような、ほんのりと甘い香りがした。
「い、いやだっ、やめろ、離せ、離してくれ……」
「ごめん」
真斗がいやいやと首を振れば振るほど、レンの腕の力が強まっていく。
今この手を離したら、もう二度と戻らないことをレンは知っていたのかもしれない。
腕の中で小さく縮こまった真斗は明らかに怯えていたが、どうしてもレンにはその望みを叶えてやれそうになかった。
「俺は……」
それから、どのくらいそうしていただろうか。
レンが一向に腕の力を緩めないでいると、不意に真斗が力なく喘ぐように声を絞り出す。
「俺のものにならないお前の手などいらない」
「じゃあ、お前は俺のものになってくれるの」
レンは無意識に即答していた。
真斗が弾かれたようにレンの顔を見る。
目をまん丸に見開いた拍子に、真斗の頬を一筋の涙が伝う。
それはレンの目に、まるで青々とした葉の先に宿る朝露のように輝いて映った。
レンはその一滴を指先で受け止めて、そのまま真斗の頬を両手で包み込む。
「ああ、とても綺麗だ」
口を衝いて出た真斗への「綺麗」という言葉は、レンにとって初めての響きを持っていた。
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概ね「匂い」と「女」と御曹司。
|
Be My Last【前】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004161#1
| true |
*注意事項*
*オリジナル主でてきます(名前は出ません)
*キャラのイメージが崩れる可能性があります
*口調は全てイメージです!
*内容は全て想像or妄想です!!
*誤字脱字はおてのもの……
*今回はギャグです
*なんでも許せる方のみ!よろしくお願いします!
[newpage]
きっかけは一通のメールだった。
白いブラウスに花柄デザインの入ったミモレ丈のフレアスカート。少しだけ高めの黒いヒールを履いて髪型は少し大人っぽく見せようとハーフアップにし、デートに行くかのように気合を入れて前日から用意した物を纏った私が向かったのは少し古びたビルだった。
『(ここが、婚活会場!!)』
やましいことをしているわけじゃないのに誰かに見られたらどうしようとキョロキョロ周りを伺って、中に入るのを躊躇ってしまう。
だって!!!!婚活パーティーって!!初めてなんだもの!!!
ハァイ!!私!28歳の女!!そんな女である私は今日、婚活パーティーに参加しようとここまでやってきました!さっきも言ったけどきっかけは一通のメールでした!迷惑メールも多いし、アプリを使っての連絡が多くなった今、ほとんどスマホに入っているメール機能を使うことがなかった。そのメール機能を何気なく開いた1番上に現れたのが、婚活パーティーに参加しませんか?という文字。
『そういえば、昔友達と一緒に行ったっけ』
まだ21歳とかでとりあえず行ってみようか~と笑いながら参加したのを覚えている。登録したのが私のスマホでそれからメールが定期的に届くようになっていた。でもあのときは友達もいたし、婚活パーティーではなく街コンだった。でも今回は違う。友達もいない。私は、ぼっち参加。
「そろそろ結婚しないの?」
さすがに友達には言われないが、親戚には散々言われてきた言葉である。いい人がいたら…と曖昧な返事を何度したかも覚えてない。そりゃそれなりに異性とお付き合いもあったし、楽しい思い出だってある。でも誰とも長続きしなかった。28歳。適齢期が30を超えてる今の日本においてはまだ大丈夫、と言えるかもしれないが私の周りの友達は既にほとんど結婚して、なんなら小学生の子供を持つ母もいる。
正直、私だって焦っていた。
メールの文章とにらめっこした後、気づいたら押していた参加ボタン。
『(そして、私はいい人を絶対見つけてみせる!!)』
ビルの前でガッツポーズした私は1歩踏み出した。
*****
『(な、なんか怖い……)』
席に着いたらまるで今から試験でも始まるかのような緊張感。周りに座っているお姉様たちの(年下もいると思うけど)目があまりにも本気で怖気づいてしまいそう。ギラギラして見える、ひょえ、怖い。試験の時って周りの人が自分より賢く見えるじゃん、まさしくそんな感じだけど他の人から見たら私も同じように見えるのかもしれないとボールペンをカチカチ鳴らしながら考えていた。
『(とりあえず、プロフィールカードの記入かな、)』
以前参加したことがある友達に聞いていたからボールペンは忘れずに持ってきていた。ボールペン借りるだけでお金かかるんだってびっくり!年齢やら身長や趣味やらいろいろ悩みながら埋めていく。このイラスト書くところは……下手だけど話のネタとしてとりあえず自分なりに描いてみた。うん、ぶっっっさいくな魚だな。これまず相手に魚って伝わるのか?魚ですって言ったら深海魚???とか聞かれそうなんだけど。違います、イルカですぅ。まぁ……ネタだネタ!アハハ!!
『(書けた~~~!!)』
一応全て埋め終わったことに満足して何気なく顔を上げた私は、目の前の光景に驚きすぎて持っていたペンをカランと落としてしまった。
目に映ったのは褐色の肌。さらっとした少しだけ癖のあるミルクティー色の髪の毛。いや、まさか…っでも彼は………っ
あ、あ、AMUPI~(安室透/降谷零)??!??!?!
ファ???え、なに、なんで???なんで????ここにいるの???????!?!
何が起こったか説明したいんだけど、上手くできそうにない。
そうだな……言うなら……っ
『(プロフィールカードを書くのに夢中だった私は、斜め前に座っているメンズの正体に気づかなかった)』
か?????いや、何を言ってんねや。落ち着けよ。
ペンをスラスラ走らせるために下を向いている彼がAMUPIだという確証はない。でも前髪が少しクロスしている彼のチャームポイントも健在しているし、何よりオーラが、そんじゃそこらの人間とは違う。私の本能が彼をAMUPIだと言っている。
私の視線に気づいたのか書くのをやめて顔を上げた彼と目がバッチリ合ってしまった。私の顔がヒクッとひきつるのを余所に、彼は少し目を開いたあと、ニコリと微笑んだ。ま、間違いねえぞ~~~!!!!タレ目にあの目の色!!そして!!!!愛らしい!!!!!ベビーフェイス!!!!間違いなくAMUPIだ~~~~!!!!!
うっ!!!っと思わず胸を抑えそうになったがよく耐えたぞ、私。演技だとわかってても眩しいな、その笑顔。プライスレス。
床に落としたペンを拾いながらゆっくり視線を逸らすことに成功したけど、彼に不審に思われたことは間違いない。明らかに笑いかけてくれたのにフル無視してしまった。手が震える……
AMUPI、AMUPIと言っているが、私は彼と会ったことも話したこともない。なら、なぜ彼のことをAMUPIと呼んでいるのか。それは!!!!
私は前世の記憶持ちの転生組だから!!!!!
よし!!!!やっっっと言えたぞ!!!!もうね!!!この話はね!!今まで誰にもしたことないの!!!だって精神科紹介されるかもしれないじゃん!?誰も信じてくれないでしょ!?でもやっっっと言える時が……来てしまった……
私、もしかして転生してるのでは?と気づいたのは小学生のときだった。東京ではなく、東都?ん???違和感がすごいな????ちょっと待って、もしかしてここ……あの有名な名探偵の漫画の世界では!!??!ってなゆる~~い感じで全てを思い出した。別に前世でトラックにぶつかったとか、事故ったとか、そういう死に方はしてない。なんなら女性の平均寿命余裕越えまで逞しく生きて、静かに眠りについた。え、今考えたら私……前世と合わせたら100歳はとうに生きてんな!?すごい!!なんでも聞いて!?とはさすがに言えない、精神年齢は追いついてないし、アハハ。
とりあえずここがあの漫画の世界なんだとしたら…と考え、私はあることを心に決めた。それは!
1、主要都市には近づかない
2、キャラとは接触しない
この2点である!
日本各地で爆破やテロや無差別殺人が起こるけど、米花町や杯戸町に比べたらマシに思えてしまう。だからこのツートップ都市からは離れる。そうするとあら不思議~~キャラにも遭遇しない~~~!!いや、出てくる全てのキャラは流石に覚えてないからすれ違ってる可能性はあるけど、28年間、事件にも巻き込まれずなんとか生きていた。そう、この2点を徹底するだけでこんなにも平和に過ごせる世界だったんだ!!
そ!れ!な!の!に!!
まさか婚活パーティーで主要キャラに会うなんて誰が想像しただろうか、私はしてない。しかも知り合いにも会いたくないから都心からできるだけ離れたところの会場を選んだのに、なんでAMUPIわざわざここに????AMUPIほどの男ならこんなところに来なくても……いや待てよ?トリプルフェイスのくそ忙しい彼がわっっざわざこんなところにいる意味はなんだ???普通にターゲットがこの婚活パーティーに参加してるとしか考えられないじゃん??!?!あわわ、彼が出てくるってよっぽどじゃない??
会場内にいる女性をぐるりと見渡して、彼のターゲットは誰なのかと無駄なことを考えてみる。知ったところで私には関係ないんだけど、好奇心だけは旺盛なんだ、許して欲しい。う~ん??あ、あの端っこに座ってるゆるふわ系お姉さんかな?明らかにエステやサロンに行ったあとのような肌と髪。指先も可愛らしいフレンチネイルが施されている。うん、ターゲットになってもおかしくない。お嬢様って感じだな、てか可愛い合格!!
うん??まてまて、私の隣に座ってるスレンダーボディのお姉さんかもしれない。実はさっきからめっちゃええ匂いすんねん、お姉さん。ジロジロ見れないが、髪の毛をかきあげる時とか、足を組み替える時とか、すんごいお上品な香りが私の鼻を刺激する。チラッと確認したがタイトスカートから見える脚線美が驚くほど美しくて、女の私でも思わずお姉さんに触りたくなった。これは間違いなく只者じゃない。くそ……色気の暴力……合格だ……
「では、スタートします」
『あっ……』
なんてこと考えてたらいつの間にか始まろうとしていた婚活。いけないいけない、AMUPIに気を取られすぎていた。AMUPIのことを気にせず私は私で勝ちに行かなければ!!AMUPI、お互い頑張ろうな(?)なんて心の中でエールを送る。きっと彼には届いているはずだ、読心術ぐらい使えるだろ、知らんけど。
なぁんて燃えてたんですけど……
『(気づいたら一人目の方よくわからないまま終わっていた…)』
約2分。結局要領がつかめないまま次に進んでいく。では男性が左にズレてくださいね~とスタッフの声が聞こえてきて現実に戻された。あ、AMUPI向こうに行っちゃう……私が今回参加した婚活は全ての異性と話が出来るタイプのもので、もちろんAMUPIとも会話をしなければならない。ってことはこれ!!!!AMUPIと話すの一番最後になるのでは!!?!?!えええええ、できれば先に終わらせたかった…ぐぬぬ、早めにドキドキから解放されたかった……残念……無念……
*****
3分の2の異性と会話が終了したであろう頃、私の表情筋は限界を迎えていた。痛い、普段こんなに愛想笑いすることないから本当にきつい、ピクピク痙攣を起こしている気がする。まずね、普段事務仕事ばかりの私にこんな長時間笑顔でいろってのが無理な話でね!?ずっと笑える人すごいね、尊敬しちゃう!!ハハハっと笑っているつもりだけど多分めちゃくちゃ怖い人になってると思う。逃げないで、大丈夫だから。
男性が交代している間に貰ったメモ用紙に異性の特徴とか記入してみるが、何を書いていいかわからないから年齢と収入を書くただのクズみたいになっていた。これ、本来何書けばいいの??✕〇??この人いける!!or無理!!!みたいな?何人か〇付けてるけど、どの人か正直覚えてない…視界にミルクティー色がチラチラ映るからそろそろ終わりも近いのだろう。
「よろしくお願いします」
『あ、はい、よろしくお願いします……っひゃ……っ』
とうとう!!!AMUPIの!!番になってしまいました!!!ううう、爽やかな笑顔だ、私と同じ数の異性と会話してきて疲れてるだろうに、それが表情に全く現れていない。さすが公安警察なだけある。なんて感慨深く思いながら交換するためにプロフィールを差し出せば、触れ合ってしまった手と手。
……Why????
え、私紙の端っこ持ってたのに?なんで??わざわざ???その端っこを掴もうとするの?????そりゃ触れ合っちゃうに決まってるじゃん?????
「す、すみません!」
『イ、イエ、ダイジョーブデス』
頬をぽりぽりと掻きながら謝ってくるAMUPI。緊張してしまって、なんて言ってるけど信じられない。いやでも、もしかしたら徹夜が続いてまじで失敗しただけなのかも…?
よくわからないままプロフィールカードを受け取って名前から確認したけどやはり彼は安室透だった。字が!!すごく!!綺麗ですね!!!年齢も29歳って書いてあるし、間違いない。けど男性側は収入を書く欄があるけれど『仲良くなってから教えます』って記入してあってわろた。安室透の収入はわからないけど、降谷零の収入ならきっとすごい金額だろう。なんせあの白いスポーツカーが買えるんだから。仲良くなったら収入教えてもらえるのだろうか、それこそある意味この世界からサヨナラしなければならなくなりそう。それはちょっとゴメンである。
さらに視線を下に下ろし、私はうわ……っと思わず声に出してしまった。
「僕達、運命感じますね!」
『そ、ソーデスカネ?』
AMUPIそう言うしかないだろうな。
なぜなら、下から半分、私のプロフィール内容とまっっったく一緒なのだから。
いや、これはさすがにドン引きである。どう考えても私の書いたやつを見たとしか思えない。確かに普段こんなのAMUPIは書く機会ないだろうから?近くの女と??同じこと書いとけばいけるだろと思ったかもしれないけど???ちゃんと考えて~~~!!この紙私も見るやつだから~~~~!!!カンニングになりま~~~っす!!私書いてすぐに裏返したはずなんだけど、AMUPI一瞬で記憶したのかな??才能マンすぎるでしょ……
しかも!!!趣味!!!散歩って!!!!嘘つけよ!!!!私は散歩だけど、君はボクシングじゃなかった~~~!!??ドライブの方が絶対好きでしょ??愛車に乗ってる時間の方が長いでしょ~~??そこぐらい自分の情報書きなよ~~~~!!秘密主義だろうけどあまりにもひどいよ~~~!!!!
あとイラストコーナー私と同じように魚の絵書いてあるけど私より数千倍上手くてプロフィールカード握りつぶしそうになった。許さん。
「休日の過ごし方や好きな食べ物、こんなに同じ方初めて出会いました」
『でしょうね、私もです。びっくりしました~アハハ。でも安室さんは好きな食べ物オムライスよりセロリっぽいですよね~』
「ンンンンっセロリ……」
『あと趣味は散歩よりもう少し体動かすスポーツの方が好きそうです。例えば、ボクシングとか!』
「ンンンンンっ!?し、してるように見えます?」
『え~なんとなくですよ~』
こうなりゃヤケクソである。ニコリ、笑ってAMUPIに言ってやった。どうせこれから先会うことはないんだから、少しぐらい意地悪してもいいだろう。その作られた顔を崩してやる、コノヤロウ。
『あと、この絵!すごく上手ですね~!魚!』
「え、えぇ、ここまで一緒なんて、本当に驚きました」
『私の絵、なんの魚か分かりますか~?』
「わかりますよ。イルカですよね?」
『ェ???????』
「ほら、ここの曲がり具合とか。とても可愛らしいイルカの絵ですよね?違いますか?」
思わず、合ってますってどもってしまった。
いや、そこ当ててくるんか~~い!!ちょっとドキっとした、待ってAMUPIさすがだよ。女心わかってる、動揺しちゃったよ。普通に照れたやん、ありがとうな…
「ではそろそろ終了になります!今からフリータイムです!時間は4分!3回行いますので、気になる異性のところに、ぜひ男性から動いてみてくださいね~~」
スタッフさんから声がかかって私はAMUPIとの会話が無事終了したことを知る。ひ~~妙に神経使った!!彼の前でAMUPIって言わなくてよかった!!そんなことしたらロックオンされかねない~~ポアロに通ってるJKならまだしも、会ったこともないのに女がそんなの言ってたら公安警察に調べあげられる!!さぁAMUPI、ターゲットとお話する時間だぞ~~移動だ移動!!遊園地のアトラクションにいるお姉さんように行ってらっしゃい!!!と見送る準備は万端である。
「あの、まだお話したいのでここにいてもいいですか?」
『んえ!!??!』
プロフィールカード返そうとAMUPIの方向けたらすっと押し返されてしまった。思わず目をぱちくりさせてしまう。受け取って……くれないだと……!?いや待て、なんでや。移動しなよ、ここじゃないでしょ。
「貴方のことがもっと知りたくなりました。ダメ、ですかね……?」
『ンンっ、わ、私でよければ……よろしくお願いします……』
くそ!!!顔の良さでアタックしてくるのはあかんやろ!!!なんやその捨てられた子犬のような潤んだ目は!!ただでさえ大きくてタレ目で童顔に見えがちなのに、武器として使ってくるとか……29歳恐るべし……あぁああああ無駄にダメージが入りました!!!!!100000ぐらい入りました!!!!!オーバーです!!!!!即死回避無理です!!!!!!!
パァとわかりわすく表情が明るくなって、彼の後ろに喜んでる犬の尻尾が見えた気がした。フリフリ、フリフリ。くっそ可愛いなっ!!!合格だ!!!!!!
「では、僕の番ですね!!」
『え、あ、はい。あ、あの、手……』
「触れ合いたくなりまして」
『ひっ、あ、ソウナンデスネ、』
なぜがニュルっと伸びてきた指に絡まれる。なんで??こんなところで??AMUPIと???恋人繋ぎを????全身鳥肌たった。力加減はしてくれてるけど壊れ物のように扱われて逆にゾワゾワする。彼加減できたんだな????公安のゴリラって聞いてたからてっきり握りつぶされるのかと思ってたけど……いや、これならある程度痛い方がマシだったかも。彼の親指が私の人差し指を撫でるかのようにスゥーっと動かされ、ひゃって声でかけた。妙にエロい。やめて、なんなんだ。婚活ってお触りOKなんです????え、違う?????え??(困惑)
『こ、こそばゆいですね、』
「貴方の手は柔らかいですね。ふふふ、離せそうにないな」
『……あ、むろさんの手は…思ったよりしっかりしてますね……?』
「えぇ、これでも鍛えてますから。実はさっき貴方が言ってたボクシング。僕やってたんですよ」
『そ、そうなんですね!?』
「まさか当てられるとは思っていなくて。まるで僕のこと見てくれているかのようで、嬉しかったんです。気づいてくれる方がいるんだって」
『ぐ、偶然ですよ!?偶然ボクシングって出てきただけで、なんならテニスとか……?』
「テニス!!本当にすごいですね。僕、テニスもやってたんです!!」
キラキラした目を向けられて思わず後ろに身を引きそうになった。指絡まってるから無理だけど。
…………や、やらかした~~~~!!!!忘れてたそうじゃん、テニス回あったじゃん!?話を逸らせるならと思って適当なスポーツ言ったけど、テニスはダメだった!!なんかすんごい殺人サーブしてたもん!!!ああああ馬鹿馬鹿、私のバカ!!!
「今度ぜひ、僕と出かけませんか?」
『ェ、わ、私と出かけても楽しくないと思いますが……?』
「いえ!お話するだけでもこんなに楽しくて離れ難いんです。貴方と一日デートしたくなりました」
『でーと』
「あ、すみません!付き合ってもないのに!!気が早かったですね」
『……(こわっ)は、ハハっ』
これちょっとロックオンされかけてない??大丈夫???私変な女じゃないんで、組織とかと関わりもないんで、普通の女なんで!!あの!!!ロックオンだけは!!本当にやめてください!!
「そろそろ4分たちます~!席移動の用意お願いします」
救いの声が聞こえてきた。神か!!お姉さんは神か!!!!これでAMUPIとはおさらばだ!!!あばよ!!!!そう思って指を離そうとしたのに逆にギュッと握りしめられてしまった。お、おう?
「……離れたくない」
『はァ????』
「貴方が他の方と話をする所なんて見たくない」
『いや、でも、移動しなきゃ、ですよ?』
「したくありません」
いやいやいや何駄々こねてんのと思ってスタッフのお姉さんに助けを求めたけど、ちょっとお姉さああああああん!!目をハートマークにせずに注意して!!!!!!どうぞどうぞじゃない!!!お願いします!!!!私の身の危険が!!!!迫ってるんです!!!!!!神!!神よ!!!!
あろうことかスタッフのお姉さんさえ魅了したAMUPIは移動を回避し、もうそれは見たことのないような笑顔で私の指をふにふに触っている。私はドン引きを超えて真顔である。なんだっけ、ほらあの有名なキツネみたいな顔してる。もうこの際この婚活での出会いは諦めるから、早く終わってくれないかな。じゃないと参加してるお姉さんたちの視線で殺されかねない。私の心が精神的にやられる。
気づいてる???隣に座ってるスレンダーお姉さんからの眼力がすんごい視線。信じられないって感じの視線が刺さる。そうですよね、私も信じられないです。
もしかして、これが狙い??それに私は巻き込まれたの???
あれか、ターゲットじゃない女性に絡みまくってターゲットの女性にヤキモチを焼かせる作戦か??おいおい、私をその作戦に巻き込まないでくれ!!モブだから!!モブにも優しくして!!!でも作戦は成功してそうだよ、おめでとう!!!
『あ、あの、安室さん……足……?』
「ふふふ、僕を見てほしくて。離れている時間さえ惜しい」
『……はァ、』
「その困った顔も可愛いですね」
『……はァ……?』
心ここに在らずの私に、彼は攻撃を仕掛けてきた。
机の下で絡まる、足と足。抜け出そうと思っても彼の足が長すぎて逃げられない。くそ!!!折れろ!!!!と焦っていたらキュッと締められて完璧に逃げ場を失った。
……ごめんな、右足。助けてやれなくて。君のことは忘れないから。彼、やっぱりゴリラだよ。手も足もビクともしないもん。それになんかヤンデレ属性になってない??目がドロドロしてるよ、怖いよ本当に。キャラブレてんぞ、AMUPIはそんなキャラじゃないでしょ!!!
なんて考えながら適当にAMUPIと会話して、気づけば終わっていた婚活パーティー。
もう二度とこの婚活は参加しないからな!!!くそう!!!!
と決め込んだのに、私が乗っているのはAMUPIの愛車であるRX-7の助手席。
なんでや??なんでなんや工藤……っ
適当に会話してたらいつの間にか彼の車で送ってもらうことが決まっていたようで私はもちろん覚えてないが、約束したじゃないですか~とエスコートして華麗に車へ誘導していく男を回避するすべを持ってる人いる??私は持ってないよ、しかも相手あのAMUPIだよ???勝てるわけないじゃん??
あれよあれよと言う間に丸め込まれて、助手席に乗せられてしまった。???が私の頭の上に浮かんでいるだろう。誰か見えない??見えないか????
「貴方と一緒に過ごせる時間は夢のようですね」
『あ、アハハ…』
「緊張してます??」
『それはもちろん。ひっ?ち、近いです、安室さん!!』
「おや。顔真っ赤ですね、僕のこと意識してくれてたら嬉しいんですけど」
『とっても!!してますから!!!』
チュッとおデコにキスして頭を撫でてくるAMUPIに意味がわからない。恋人か?我、お主の恋人なのか????距離感おかしいから誰か彼を止めて。かざみん、ストッパーのかざみんはどこ……
AMUPIの車の中でふと自分について忘れていた大事なことを思い出したんだけど。私、割と訳あり人間で。前世覚えてる時点で訳ありな気もするんだけど。それ以外にも、実はあってね。
私の父、有名な議員なのよね。
でもそんな父とは家族なんだけどソリが合わなくて、割とはちゃめちゃな喧嘩をすることが多かった。前世が割と平和だったから、ここにしわ寄せがきたのかな?と思うぐらい私と父の関係は拗れていた。だってあの人、絶対真っ当な議員じゃなかった。まだ20歳しか生きてない人間だが、こちとら前世合わせたら100を超えてるんだからな!!50そこらのやつの考えなんてすぐ分かるんだよ!!!ニヤニヤしやがって、気持ち悪い。
とうとうブチ切れかまされて書類叩きつけられた挙句、勘当を言い渡されてしまったけど私も素直に受け入れ、今はなんとか母の方の姓を名乗っている。なんで父と結婚したんだろうと思うぐらい母はいい人なんだ。私、母は好き。
もう何年も前の話だから忘れていたけど。一応、私はあの父親の血を引いている。勘当されているとはいえ、その事実だけは変わらない。
ここにきてAMUPIの接触。さすがに私も気づいてしまった。あの父、やっぱり何かやらかしてるな???しかもそのやらかし、公安警察が出なければならないような重大なことなんだな?????!!くそ、許さねえぞ!!!!国脅かしやがって!!!!捕まっちまえ!!!!
ってことは、もしかして????
AMUPIは変わらず私にスキンシップ激しめで攻撃してくるけど、私の顔は青ざめていた。ゆっくりAMUPIの目を見て言葉を発する。
『…ハニトラのターゲット、私ですか?』
カーーーンッ!!!!!
end.
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DC6作目です~!<br />書いてたものが詰まってしまって完璧に息抜きで書きました~~夜中のテンションがすごい!!ゆるっと読んでいただけたら嬉しいです~~<br />また皆様に会える日を願って!!<br /><br />追伸<br />沢山の方に読んでいただけて嬉しいです!コメントやスタンプもいただけて!<br />ランキングの方にもお邪魔したようで!本当にありがとうございます、皆様のおかげです。<br />素敵なタグもありがとうございます~!とても励みになります!!
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この場に不釣り合いな人がいるんですけど。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10041730#1
| true |
※この作品は実況者様のお名前をお借りして作成した2.5次元の作品となります
苦手な方は誤って読まないようにお戻りください
また、読まれる方は以下の点にご注意をお願いします
※この作品は名探偵コナンとのクロスオーバー作品でもあります
クロスオーバーが苦手な方はお読みにならないことを推奨いたします
※作者は名探偵コナンにつきましてはあまり知識がないため間違っている部分があるかもしれませんが
温かい目でみて頂ければ幸いです。
※この小説は実際の実況者様方とは何の関係もありません
完全なるフィクションであり作者の妄想です
そして実況者様を貶すつもりは一切ございません
※無断転載、晒しなどご本人様にご迷惑が掛かる可能性がある行為はおやめください
※直接的ではありませんが暴力表現があります一部の方には不快に感じる表現が使われております
そういった表現の文章が苦手な方はお読みにならないことを推奨いたします
※作者が関西弁を習得していないため口調がおかしいところが御座います
※この作品で書かれている実況者さまの性格や言動はすべて投稿者の想像であり
実際のご本人様とはおおきくかけ離れていることをご理解ください
※この作品に問題が起こった場合は削除または非公開等の対応をさせていただきます。
[newpage]
目を開けた瞬間、先輩に銃を構えられていたなんて何の冗談かと思った。
「は?」
思わず口から間抜けな声が漏れる
目を開けた先に見えるのは何処からどう見ても先輩だ
金髪に青い目それに眼鏡をかけていて
普段と少し違うのは何時もの特徴的なユニフォームではなく
堅苦しい感じのするスーツを身に着けている所だろうか?
見慣れていないせいか
驚くほど似合わない
これなら堅苦しくても軍服を着ていたほうが余程似合っている
・・いや、もう一つ違いがあった。
此方を見る目は何時もの後輩を見る目とは全然違う
これは、そう・・敵を見る目だ
敵に心なく無慈悲に鉛玉をぶち込むときの冷たい視線だ・・
そして先輩の手には黒い見覚えのない黒い銃が一つ握られている。
正直敵に向けられているならともかく
先輩に銃を向けられるような記憶が何一つない
・・・先日、ゾムさんを食害に差し向けたのがバレたのだろうか?
だが、流石に食害くらいで人に向かって銃を構えるような人でもない筈
・・・・いや、内ゲバ大好きやったし案外そうは言えないかも
狂気に満ちた顔でシャオロンさんと撃ちあっているのをよく見かけたものだ
「コネシマ先輩何してるんですか?」
「・・・・は?」
黙っていてはしょうがないと
口を開けばは?って言われた
此方の方が、は?っと再度問いかけたい位だ
「全く、一体何ですか?
銃なんてコッチ向けてゾムさんを食害に差し向けたのは謝りますんで
さっさとその物騒なもの下ろしてくださいよ」
まぁ、おおかた食害が原因だろうと踏んだのだが
コネシマ先輩は唖然とした表情で此方を見て動かない。
口開いたままですよ
「先輩?聞いていますか?」
「お前・・・名前言えるか?」
あ、駄目だ
これはヤバいやつだ
「先輩・・・最近物忘れが多くなってきたような気がしていたんですけど
ついに認知「誰が認知症や!!」まだ認知症だなんて言ってませんよ」
「こいつっ!むかつくわぁ」
何時もの先輩のように言い返してくるも銃口は此方からズレない
「全く、こんな可愛い後輩のこと忘れないでください
ショッピですよ、アンタの部隊の副隊長ですよ」
その言葉を聞いた瞬間のホッとした表情の先輩の顔を俺は当分忘れる事は出来ないだろう
「・・・ほんまにショッピなんやな」
呆れた様子で答えれば漸く銃が下ろされた
先輩に銃で撃たれる心配も無くなったので
ふと周りを見渡した。
・・・・・・・・・・・え?
「え?・・は?何処だ・・此処」
辺りを見渡すと如何やら工場地帯らしい建物が並んでいるが、こんな場所にきた記憶は一切ない。
そして、自分が着ている服の袖が目に入り再度驚く此方もスーツをしていたが
一切見覚えがなかった、何時もの軍服も来ていないし頭にトレードマークの
ゴーグルもヘルメットも身に着けていない。
え?え?と混乱していると
銃を下ろしたコネシマ先輩がゆっくりと近づいてくる。
「ショッピ、お前さっき何してた?」
「え?さっきも何もアンタと一緒に兵士達の訓練してたじゃないですか?」
戦争がまた近いからと先輩が随分と気合を入れて訓練していたのを覚えている。
何を言っているのだと思うが、その後も先輩からの質問は続き
他の幹部の名前を全員言わされたり、一番最近戦争をした国の名前
挙句の果てには、幹部の人たちの好きな食べ物から嫌いな食べ物まで聞かれた。
「・・マジでショッピなんやな」
「さっきからクソ先輩は如何したんですか?
マジで記憶が吹っ飛んでるなら大人しく、しんぺい神の所に行くことお勧めしますよ」
「うん、こいつやっぱりショッピだ」
うんうんと納得した表情で頷く先輩に殺気が湧く
「まぁ、お前も今までのこと覚えてないっぽいからな
説明してやるからついて来いよ」
一先ずこの場所も先程の先輩のことも全く分からないのでは仕方がない
先輩の言う通り俺は先輩についていきその場を後にした。
その時、遠くから聞こえる複数の足音が聞こえたが
先輩が急げと急かしてくるので、すぐに忘れた。
[newpage]
side:公安
後輩が行方不明になった
それを聞いたとき風見は何の冗談かと報告にきた部下に二度聞いてしまった程である。
警視庁公安部に所属している風見裕也、彼には一人気にかけている後輩がいた
勿論その後輩を贔屓しているとか、そんな事ではなく
少し可愛げがないが正義感が強く公安警察としての他の資質も十分に兼ね備えており
風見の上司でもある降谷からも覚えが目出度い程将来性がある後輩であった。
「どういうことだ」
部下に問いただせば
とあるの事件を捜査中で工場地帯へ行ったところ行方不明となったらしく
一緒に捜査していた3人の公安警察は意識不明の重体であった。
他の仲間たちが手掛かりを探しても何一つ手掛かりがないと焦り交じりに報告される。
「分かった、こちらからも調査をしてみる
お前たちも引き続き捜索を続けるように」
部下が立ち去った後、風見は椅子に深く腰掛けため息をついた
嫌な予感がする・・正直な所、上司である降谷が後輩を気にかけるのは
ただ優秀な人材であるからという訳ではない
後輩は全く悪くない
しかし、公安警察側としても不可解ながら
決して無視することが出来ない訳が存在した。
「〝我々だ”・・・」
苦々しいものを口にしたように眉間に皺をよせ呟く
〝我々だ”・・主に戦争を目的とした攻撃的な危険思想を持つ過激派集団で
今までは他国での活動を主にし、世界的な大事件や戦争や紛争といった場合に
必ずといっていいほど中心に関わっている世界的犯罪組織である。
数年前から規模を拡大し続けており
他国からも危険視され続けていたが此処数か月は
日本での活動も始めたらしく
日本でも顔がわれている幹部の目撃例が何度かあり
公安限らず日本の警察全てが幾度と苦渋を味合されてきた相手でもあった。
それが何故、今回の事と関係しているのか
それは、この犯罪組織の特徴と関係していた。
〝我々だ”の幹部も構成員もすべて裏社会とは何の関わりもない一般人が大部分を占めている
何を言っているのかと思うだろうが、ある日突然サラリーマンだった民間人や
その辺の郵便配達員あるいは学生までも裏とは縁も無いような人間が突然消えるのだ
見つかった頃には〝我々だ”の一員として活動しており
犯罪組織に加担する理由が何一つ見つからない
ただ、一つだけ〝我々だ”に加入する者たちには同じ共通点が存在した。
それは〝我々だ”の構成員と接触したこと
他国からの情報では
たまたま道端で出会った瞬間嬉しそうに泣きながらついていく者や
電車の中で出会った瞬間何故か敬礼してついて行ったりと様々だが
消えた人間の記録を幾ら洗っても組織とつながっているような証拠は何一つでていない
今回の後輩に関しても2度程〝我々だ”のメンバーそれも幹部が接触していることが分かっていた
それゆえ、後輩に関しては公安でありながら仲間からの監視が付いていた程だ
「くそっ!まさかアイツが行方不明だなんて」
勿論、油断していた訳ではない
しかし、後輩に関してだけ言えばいままでと違い過ぎていたのだ
まさか過去2度の接触で2度相手に重症までとはいまなくても
ボロボロの状態で捨てられている所が見つかるとは思うまい
公安側としても2回目の接触時には録音データが存在していたが
幾ら聞いても組織に誘うような音声データではなくひたすら苦しめるようなものであった
それゆえ、〝我々だ”に何らかの恨みを抱かれていると予想できる
最初は、後輩の身を安全な場所へ保護する案が出ていたのだが
等の本人がそれを拒否したため彼は現在も公安に所属しているのだ
(殺すわけでもなく、ただ此方を傷つけるだけでその傷も急所などはすべて外されていています
相手の目的が分からない以上もう少し様子を見させてもらえませんか?)
自分を捜査から外さないでくれと上司に必死に頼み込む彼の姿を風見は今も覚えている
2度殺されなかったからといって3度目がそうとは限らないと言う上司に
では、その3度目に捕まえましょうと冷静に答える後輩にいつしか上司も妥協し
異例の後輩への監視体制を許容することで公安に所属することを許されていたのだ
それが何故・・今になって
勿論、後輩の行方不明が〝我々だ”に断定されたものでは無い
しかし風見の勘が〝我々だ”が怪しいと訴えかけてくるのだ
勘だけを信用することなどできない。
重体の3人の意識さえ戻れば何か情報が得られるが
それを待つのではいつになるのか分からない。
風見は捜査の為、勢いよく椅子から立ち上がった。
[newpage]
Side:我々だ
「おぉ~マジでショッピ君や」
感心した表情でシャオロンさんが笑ってくるのが正直うっとおしい
これで既に2人目の同じリアクションである
コネシマ先輩に連れられてきた、とあるビルの一室で
鬱さんと最初に出会ったときに言われた一言がそれだ
あの後、散々持ち物チェックされて何故か着ていたスーツは廃棄され
新しいピカピカのスーツを渡された為それを着ていた。
なにこれ、めっちゃ着心地いい
「いやぁ~すまんなショッピ君
ショッピ君からしたら、ついさっきかも知れないけど
俺たちからしたら久しぶりでなぁ~」
鬱さんの軽い謝罪を受け入れていると自然と自分の眉間に皺が寄るのがわかった
あの後、鬱さんから現状の説明を俺は受けていた
正直まだ信じ切れてはいないが、此処は俺たちがいたあの国がある世界とはまったくの別らしい
しかも、転移したとかの問題ではなく
全員がこの世界に生まれ変わっているようで
現状の我々は生まれ変わった兵士を組織に勧誘している最中のようだ
「ってことは、俺もこの世界に生まれ変わってたってことですか?正直生まれ変わった記憶とかないんですけど」
「そうそう、まぁショッピ君みたいなケースもよくあるみたいやで、コッチの記憶がぶっ飛ぶやつ」
「俺も記憶がぶっ飛んでるけど特に問題ないわ」
シャオロンさんが同じとか全く安心できない
どうやら俺もこの世界に生まれ変わって今まで生きて来たらしい
・・・・記憶がないせいで一切現実味がないけれど
因みにコネシマさんはグルッペンさんに俺の事を報告しに行っている。
「ほんと吃驚しましたよ、兵士たちの訓練してると思ったら
目を開けた瞬間にはコネシマ先輩に銃向けられてたんで」
「まじかー」
「まぁ、ショッピ君今まで敵対組織にいたからなぁ」
・・まってシャオロンさん、貴方笑ってるけど聞き逃せないワードがありました。
「敵対組織?」
「あぁ、まぁさっきまで記憶がないのは分かってたからしょうがないけど
この国、日本っていうんやけどな日本の警察っちゅー犯罪を取り締まる組織にショッピ君いたんやで」
「そうそう、俺一回あの時のショッピ君と出会ったけど凄い気迫で捕まえようとしてくるからボコボコにしてやったわ」
お前すごい弱くなってたなぁ
清々しい表情で笑うシャオロンさん、記憶が無いため実感が薄いが
弱いうえにボコボコにされたというワードにこの世界の自分は何をやっていたのだろう
なんて自分に対する苛立ちがあった。
「でもあれはやりすぎやろ」
「そうかぁ?でもグルッペンの方針で幹部は殴ってでも思い出させろって言われたしなぁ
それに2回目のシッマの時の方がボコボコにしてたで」
「え?ちょっと待って下さい、なんすかその方針」
吃驚するほどバイオレンスな方針だ
もうちょっと平和的に思い出させようと思わないのか
「いやぁ~まぁ、そのな・・ショッピ君の前にエミさんが中々思い出さなくてなぁ
マジ切れしたグルさんがエミさんのことぶん殴ったんよ」
「マジであれは笑えたな!殴られた瞬間え?グルさんって思い出すんやからなぁ~」
「ほんま、マジであれはコントみたいやったわ」
目の前の二人は、のほほんと笑っているが此方はまったく笑えない
ボコボコにされた記憶はないが次回エミさんに出会った時は八つ当たりするくらい許されるはずだ
なにも殴られた瞬間に思い出さなくてもいいのに・・
「よっ!待たせたなぁ!!」
笑顔の先輩が片手を上げて部屋へと立ち入ってくる
・・・・何故か殴りたい、その笑顔
「先輩、一発殴らせてくれません?」
「この後輩は突然何言ってんねん!?」
振り被った拳は考えていたよりも軽く
驚いた先輩に軽々と避けられてしまった
・・・・ちっ、シャオロンさんの言っていた通り
今までより弱くなっていることがよく分かる。
「ふははははぁ!そんな拳が当たると思うなよ!」
「シャオロンさん、先輩押さえて貰っていいですか?」
「よしきたまかせろ!」
「おいっ!馬鹿やめろ!!」
「ほら、皆はやく来なよグルッペンがまってるよ」
呆れた様子で煙草をすう鬱先輩をよそに3人でふざけていると
相変わらずの白い軍服を身に纏う、ひとらんらんさんが顔を出す
・・・なんだろ、何一つ変わっていない服装からか安心感が半端ねぇ
その後、ドナドナと連れて行かれた部屋には壁一面のスクリーン
映し出されたのは、我らが総統閣下と書記長である
前の世界と全く変わらない総統室に黒い軍服を身にまとうグルッペン
そして、その背後に控える赤いマフラーを身に着けた慈悲深い書記長という
以前との違いが見つけられない映像に本当に此処は異世界かと
説明を受けてなお疑問があふれ出してくる。
「久しぶりだなショッピ」
正直記憶では朝に会ったばかりの為、あまり久しいとは思わないが
この一言から始まった話し合いは拍子抜けするくらい簡単に進む
「じゃあ、ショッピ君もこっちの記憶がないんやな」
「はい説明は受けましたが、正直あんまり実感ないですわ」
「そうやろなぁ、俺もこっちの世界の記憶ぶっ飛んでるんよ」
「え?トントンさんもないんですか?」
トントンさんも記憶が無かったとか驚きだ
この人記憶が無くて大丈夫だったんだろうか?
「あぁ、別に心配なかったわ
俺が記憶戻ったのって、走りながら道曲がった瞬間
食パンくわえたグルさんとぶつかったからみたいやから」
「「「それもっと詳しく」」」
最初に出会ったのがグルさんで良かったわ~と呟くトントンさんには悪いが
食パン咥えたグルッペンさんと道を曲がった瞬間にぶつかるという状況が気になりすぎる
これが女子高生なら青春物語が始まるかもしれない展開だが
俺がこの状況を味わったら食パン咥えたグルッペンさんという衝撃に気を失うかもしれん
他の人らも初耳だったのかワイワイと騒ぐもあっさり流された
次会った時にこっそり聞かせて貰おう。
「まぁ、何がともあれこれで幹部全員揃ったのか」
映像越しに我らが総統は嬉しそうに笑った
「時間はかかったがこれで漸く次の段階にうつれるな」
「次の段階ですか?」
周りをみると先輩や他の幹部も嬉しそうにそれでいて好戦的な表情で笑っていた
「あぁ、今までは記憶がない仲間探しに力を入れていたが十分な数が集まったからな
ショッピも見つかったことだ、そろそろ本格的に我々の活動を始めるつもりだ」
では諸君そろそろ戦争を始めようではないか・・彼は邪悪な笑顔でそう言った
何者かの戦争に加わるのではなく、何者かの助けをするのでもなく
我々による、我々の為の戦争を始めよう
邪悪な笑みを浮かべたまま彼は言う
幾度となく見てきたはずのその笑顔に何故か不安を感じて内心首を傾げる。
ワクワクしている・・自分も先輩も他の幹部連中もグルッペンさんの宣言に笑みを浮かべていた
ひとらんらんさんだけは、仕方ないといった感じにため息をついているけれど異論はないようだ
転生とかまだよく分からない、自分たちの国が突如失われて混乱する気持ちもある
しかし、彼が・・グルッペン・フューラーが戦争を求め我々を導く限り我々の行動に変わりはない
それなのに何故か不安を感じている・・これはなんだろうか?
「どうしたショッピ君?ビビってんのか?」
どうしても感じる不安に胸を押さえると背中を強く叩かれた
横を見ればニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた先輩がいた
「はぁ?そんな訳ないですよ、その気持ち悪い顔やめてくれません?」
「ショッピ君もビビるんやな~」
「だからビビってませんって!」
「大丈夫やでショッピ君「鬱さんは黙って下さい」
「なんか俺だけ扱い酷ない!?」
わいわいと先輩たちに絡まれているうちに、何時も間にか不安は消えていた
その時は気のせいだと思っていた不安の理由を俺が知るのは当分後の出来事である。
[newpage]
【番外編:外交官と復讐鬼が記憶を取り戻した瞬間の話】
「は?」
意図せず口からは間抜けな音が出てくるが
目は目の前の映像から離すことが出来なかった。
何気なく付けたテレビにて放送されているのは、とある牧場の風景
馬や羊,ヤギなどを飼育している牧場の紹介をしている番組で
普段の自分であれば興味をなくして別の番組に変えてしまうような内容だが
一人の男から目を離すことが出来なかった。
そして、頭の中では何故今まで忘れていたのか分からない程の情報があふれ出す
ある種痛みともとれるような情報量のなか目を開いて彼の姿をみた。
馬の乗馬体験としてインタビューされている彼はこの牧場の常連客のようで
馬たちがとてもよく懐いていることが伺える
楽しそうに馬に乗っている彼の姿を確かに自分は知っていた。
「ひ、ひとらんらん」
呟く声は誰にも聞かれることなく消える。
確か自分は他国へ交渉に行くために、ひとらんや他の少数の兵士達とともに国を出て・・それから
記憶はそこでとぎれていた、しかし自分が今いる場所に不思議はない
此処は自分の家だ、今は大学に通っている為一人暮らしの家である。
なんでこんな記憶があるんだ?それに俺の名前は・・
「あ、頭が痛い」
ぐるぐると記憶が混ざり合う感じが気持ち悪い
崩れ落ちてしまいそうだが、それどころではなかった。
「行かないと」
今すぐ行かないと
頭は痛いし気持ち悪いが行かなければ
あふれ出る感情に突き動かされ彼は・・オスマンは動き出す
急いで先程の牧場の住所を調べてメモをとり
鞄に突っ込んだ、テーブルの上に書きかけの提出物があるが今はどうでもいい
オスマンは、よろけながらも立ち上がり駆けだした
自分の今の名前が思い出せないことも分からないままに・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
馬に乗っているのが好きだ
あまりにも通い過ぎて常連となってしまった、実は親戚が経営している牧場で馬に乗る
昔から何故か馬に乗る事も動物と触れ合うことも大好きだった。
農業も好きで大学は農業関係の大学にでも進学しようかと思っていた
家族や友人からは昔からあまりにも一生懸命に勉強するから、そんなに好きなんだと
よく笑われたが理由はそれだけではない。
どうしてか、本当に何故か分からないけれど
沢山小麦や野菜を作って誰かに見せてあげたい気持ちによく駆られる
家族や友人ではないし、何故小麦かもわからない
夏は何故か向日葵を必ず育てなければ気が済まないし
必要もないのに剣道を初めて天才だと褒められたが試合には決して出なかった。
争い事はスポーツでも好きではなかったからだ、でも体を鍛えていなければ何故か不安になる
「まじで如何しようかぁ」
農業のことは学びたい、農業もしたいけれど
そのまま農業で生きていくのは何か違う気がする
将来の事を考えるのは億劫でしかながない
馬の背に乗りながらため息をつく
ふと、牧場の柵の向こう側に人がいることに気付き
不思議と目線がそちらをむいた
余程急いでいたのか息をきられて辛そうにしている茶髪の青年だ
「・・え?」
思わず声が零れた
視線を彼から外すことが出来ない。
「・・オスマン?」
零れ落ちた言葉がどんな意味を持つのか分からなかった
何故口から出たのかも分からない内心
でも確かに自分は目の前の青年を知っている
靄が掛かったようにハッキリとは思い出せない・・けれど
慌てて馬から降り青年に向かって駆けだした
向こうからすれば全く知らない自分が走り駆けだしてくる姿をどう思うだろうか
頭のすみでそんなことを思ったが、青年も柵を乗り越えて此方へと走り寄ってくる
「っ!ひとらんらん!!」
ひとらんらん?誰だ?なんて思った瞬間
目の前の青年の姿が一瞬ブレてある筈もない幻影をみた
軍服を身にまとった目の前の青年・・そして、その後ろに10人程の男たち
彼らの顔は見えなかったが急に胸が苦しくなり膝をつく
「ひとらんっ!大丈夫か!?」
目の前まできた青年・・いやもう名前は分かる
彼の名前はオスマンだ、あの国の外交官で自分はその護衛をしながら・・
「オスマン・・なんだよね?」
「あぁ、そうやで久しぶりやな・・ひとらんらん」
「あれ?でも何でオスマンが?え・・それにこの場所は知っていて?あれ??」
「慌てんでもええよ、今の記憶とごっちゃになるから少し落ち着きなさい」
オスマンの手を借りて立ち上がる
何故今まで思い出せなかったのかが不思議なほど良く思い出せる
「オスマン、俺達どうしちゃったの?
たしかA国へ行く途中で「まぁまぁ、だから落ち着くめう」」
混乱する頭で話そうとする言葉を遮られた
彼が何処かを指差すので顔をそちらへ向けると
牧場名物〝濃厚ソフトクリーム”の旗が揺れていた
「ひとまず甘いものでも食べて・・話はそこからめう」
ぐちゃぐちゃと頭の中が混乱するなか
彼の甘党は相変わらずかと笑みがこぼれた。
【オスマン】
この世界では大学生だったが、テレビに映ったひとらんの姿に記憶を思い出した
今の世界の記憶を保ちつつも、此処で生きていたという意識が極めて薄いタイプ
あくまで知識としての覚えており今の世界での親や友人への感情は全くなくしている
実は、この段階では今の世界での名前を思い出すことが出来ないでいる
今後は、ひとらんらんと一緒に世間に馴染みながら仲間集めに奮闘する模様
【ひとらんらん】
この世界では現役高校生であったが、牧場にやってきたオスマンを一目にて記憶を思い出した
しかし、この段階では前の世界の記憶は殆ど無くオスマンに関することだけを思い出している
人に会えば記憶を取り戻すタイプ・・しかし、思い出す代わりに今の世界の記憶を少しずつ失っているが
本人はあまり気にしていない、本編では既に家族や友人にかんする記憶を全てなくしている
今後は、オスマンと一緒に仲間集めに奮闘するがある程度仲間が集まったところで
現代社会に関する記憶の欠落から世間に馴染むことが出来なったことから
世間から姿を隠し行方不明の扱いを受けている。
[newpage]
【あとがき】
此処までお読みいただき有難う御座います
お久しぶりです!ジラソーレです!
前回ものスタンプ有難う御座いました!!
この度のクロスオーバー作品は数か月前にコナン君の映画公開記念に何気に書いて
みたものの壮大な作品になりそうで途中でやめたものを再構築したものですw
フォロワー100人越え記念で上げさせていただきましたw(大遅刻)
またいずれ200人越え記念作品を上げさせていただく予定となりますので
その際はよろしくお願いいたします!
このお話しでは、ショッピ君が記憶を取り戻すところで終わっていますが
その後は、公安VS我々だとなり+コナン君も介入する予定でした・・しかし途中で力着きましたw
また、最後に意味深なショッピ君の不安という伏線ですが
これは公安という日本を守る仕事についていたショッピ君
彼は、安室さんと同じくらい日本を守る意識が強かったため戦争を起こすというワードに
前の記憶が嫌悪感を抱いているという投稿されなかった部分の設定でした。
投稿されない続き部分では、この後の
公安と対峙した際にこの世界での記憶が一部思い出され
我々だと公安の間で揺れる葛藤などがありましたが、ややこしかったのでカットされましたw
いつか殴られたエミさんのお話や他のメンバーが記憶を取り戻した瞬間も書いてみたい
気持ちもあるので、気が向いたら書いてみるかもしれません
今回もジラソーレの駄文にお付き合いくださり有難う御座いました!
此処まで読んでくださった方々に深く感謝を!
そして、お待ちいただけるようであれば次回またお会いしましょう!
※今回の作品につきましては、約1週間後にタグ消しの予定です。
|
〝また揃って戦争をするのだろう”<br /><br />※名探偵コナンと申し訳ない程度のクロスオーバー作品<br /><br />何故か世界を越えて突然の転生をしてしまった我々<br />公安所属のショッピ君が我々だのことを思い出した時のお話し
|
異なる世界でも我々は・・
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10041847#1
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大腸付近のフードコートの自販機の前で、赤血球AE-3803番はへにゃんと眉を歪ませた。指先には〈限定!グァバ風味アイス!〉の画像、それから無慈悲な〈売り切れ〉の表示。この景色もこれで五度目になる。とても慣れたものではない。もはや代わりに何か食べる気も起こらず、赤血球はそのまま引き返した。
「あれ、アイス買わなかったのか?」
席に戻れば、真っ白い彼、白血球U-1146番が意外そうに問う。大きく深い真っ黒の目。その目が探るように見つめるから、赤血球は慌てて明るく言った。
「いや、ちょっとアイスの気分じゃないなって思っちゃって……あああああそれより白血球さん、早く召し上がってくださいっ!」
テーブルにはまだ手付かずの〈菌汁〉がホカホカと湯気を立てていて、申し訳なさが募った。『あ、じゃあいただきます』と彼が両手を合わせてホッとする。
「美味しいですか、それ?」
「ん、すごい栄養を感じるぞ」
「美味しくはないんですね……」
「というより、あまり俺は味覚が発達してないんだと思う。美味しいとも不味いとも感じないんだ」
「へぇぇ」
「あ、でもお茶は美味い!あれは格別だな」
「あはは、いっつも飲んでますもんねぇ」
ああだめだ、会話していてもやっぱり胸がちくちくする。どうやら自分はいま、思いのほか落ち込んでいるらしい。
白血球さんに聞いてもらおうかな?
だが、目の前の彼はもくもくと美味しそうに(?)食事中だった。ここ最近この世界も平和だし、いまは一緒に食事できるせっかくの機会だ。そこで暗い顔して、『食べたい限定のアイスが売り切れてました』なんて言えない。そんなのはただの愚痴であって、自力で処理すべきだろう。目指すは立派な赤血球。あんまり彼を頼るわけにはいかない。うむ。
と、ひとり問答を繰り返した赤血球は、ごくりと麦茶を飲み干した。白血球があっという間に〈菌汁〉を平らげる。『じゃあ行きますか』と聞くと、白血球は立ち上がりながらそれを制した。
「ここでちょっと待っててくれるか?時間がなければいいんだが」
「あ、大丈夫です!すみません、なんか急かしちゃって」
「いいよ」
じゃあ、すぐ戻る。
そう付け加えて、白血球は混み合うフードコートの中へ進んでいった。お茶かな? あれこれ予想を立てていると、ほどなくして彼が戻ってきた。
「これ、受け取ってくれるか」
差し出されたのは、小さなクッキーの詰め合わせだった。袋詰めになっているのに、甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。かわいくて美味しそうなクッキー。でもどうして?
意図が読めずに見上げると、白血球は優しく言った。
「やっぱり、何も食べないのはまずい。この後も仕事なんだろう? 合間に食べるなり、なんなら捨てるなりしてくれて構わないから」
「えっ、そんな、」
黒い瞳が見つめてくる。深い深い優しい目。その目に、赤血球は遠慮を飲み込んだ。おずおずとクッキーを手に取り立ち上がる。
「……いいんですか?」
白血球は意外そうにぱちりとまばたきした後、やわく笑って頷いた。
「いいよ」
パトロールに戻るという彼が去ってからも、赤血球はしばらくその場にいた。先ほど感じた胸に痛みのほかに、熱を伴った痛みが広がる。クッキーを一つ口に入れた。
「ああああどうしよう……」
好きに、なっちゃっ、た。かも。
甘いクッキー。鼓動が急いて息苦しい。気づいてしまえばもう遅く、彼の優しさは刺激が強く、加えて自分はこんなにも鈍感だ。いつもしょっちゅう会って、話を聞いてほしいなんて、考えてみれば私はずっと彼が大好きではないか。
「うううううどうしようううううう」
台車を引き寄せ、取手に額をこすりつける。アイスを逃した代償が大きすぎだ。赤血球はただそのまま、頬がじわりとあつくなるのを感じていた。
◇◇◇
右腕の辺縁プール横の自販機の前で、白血球U-1146番はぴたりと立ち止まった。以前は気にもしなかったその箱に、今は目線が引き寄せられる。
ここにも自販機があったのか。
白血球はその画像をなぞりながら、その中の〈アイス〉の文字に目を止めた。いつも彼女が食べているアイスだ。イチゴ風味にメロン風味、いま限定のグァバ風味……どうやら、いくつか種類があるらしい。彼女はいつも何味を食べていただろうか。何でも好みそうに見えるが、あげるなら好きな味のアイスを選ぶべきだ。何味が好きだろう?
「……なんてな」
ちょっとした妄想をふっと吐き出して、白血球は再び歩き出した。ここ最近の癖だ。大好きな、あの赤血球のことを考える。考えるだけで、こんなにも胸が満たされる。浮わついているわけにもいかないからほどほどにするが、心の片隅に彼女がいることが、いま、白血球にとっては何にも代えがたい幸福であった。
好きだと自覚したのはほんの些細な出来事だ。最初のうちは守るべき世界の一部であり、まだ新人の迷子赤血球だった。それがだんだんとあの笑顔が心地よくなって、気になって、彼女の懸命な仕事ぶりに敬意を抱くようになった。そして、体の底からじんわりと暖まる感覚。その熱がゆっくりと指先、頬に渡っていって、白血球は『ああ好きだ』と気がついた。
そうなれば、この世界はより輝いて鮮やかだ。これまでこよなく愛してきた〈平和〉に、新しい色が足されていく。初めて会った通り道、隣り合って座ったベンチ、戦いの後に二人でお茶を飲んだ広場、案内したたくさんの器官。どれもこれもかけがえなく、愛し守るべき世界だ。ますます仕事にも気合が入る。
「あっ、白血球のおにいちゃん!」
開けた道に出れば、血小板が笑顔で手を振ってきた。小柄な水色スモッグたちが、竣工されたばかりの橋の前にたむろしている。白血球は『おう』と手を振り、長い栗毛の血小板の前にしゃがんで言った。
「建て直しご苦労さん。仕事が早いな」
「えへ、がんばったの」と頬をかく血小板。「白血球のおにいちゃんがたたかってくれた場所だから、わたしたちからも、ごくろうさまです!」
「ごくろうさまです!」
血小板たちが声を揃えて言う。この声がくすぐったくて、白血球は『いいよ』とぎこちなく笑った。
「あ、あの」
と、栗毛の血小板の後ろから、控えめな声が聞こえる。帽子を目深にかぶった少年の血小板が、栗毛の子の肩越しにこちらを見ていた。
「ん、どした?」
「おれいが言いたいんだって」と栗毛の子。彼女に促され、少年はおずおずと前に出ると、ぺこりと頭を下げて言った。
「あのね、このまえばい菌がたくさんきたとき、たすけてくれてありがとう」
「ああ、どういたしまして」
「白血球さんは、すごくこわいなとおもってたけど、たすけてもらって、すごくかっこいいなとおもいました」
「怖かったか」
ごめんな、と頭をぽんぽん撫でる。少年はむずがるように口元を綻ばせ、もう一度『ううん、ありがとう』と言って去っていった。
それを見送りながら、栗毛の血小板が言う。
「わたしも、白血球のおにいちゃんこわいなっておもってた」
「そうか」
「でもいまはちがうよ!」と血小板は振り向いて笑う。「暑いとき、お茶をとってくれたり、だっこしてくれたり、白血球さんはやさしいの。白血球さんやさしくなったでしょう?」
はてそうだろうか。白血球は首をひねる。優しくなったかどうかは分からないが、少なくとも、思い当たる節はあった。思い出して、心がじんわり暖かくなる。赤いアホ毛を揺らし懸命にはたらく彼女。そう、あのひとがいるからだ。彼女がいるから、優しい自分になれるのかもしれない。
白血球は頷いて笑った。
「うん、優しくなったかもな」
「ほらねーっ!」
血小板が得意げに笑う。白血球は彼女の頭もぽんぽんと撫でて、パトロールに戻った。大好きな彼女に恥じないよう、俺は今日もこの体を守る。
◇◇◇
大静脈の自販機の辺りで、赤血球は彼を見つけた。好中球どうしで何やら話しているようだ。うっかり耳が敏くなって、彼の声を拾ってしまう。途端に全身が熱を持った。毛穴が開いて、ぶわりと髪の毛が逆立つ。赤血球は口をつぐんだ。
どうしよう、前ならすぐ挨拶しに行けたのに。
なんだか動くに動けなくて、赤血球は静観を決め込んだ。いつも仲良くしている白血球さんたち。その中でも、彼は姿勢が良く長身だ。声もひときわ低くて、大人びた優しい笑い方をする。普段ふたりで話すときと違い、同僚といる時の彼は、ずっとずっと先輩で大人な男性に見えた。
ああ、やっぱり話しかけようかな。
彼と目を合わせたいようなじっと黙っていたいような、背中合わせの感情が渦を巻く。またお話がしたい、でも話したら何かがこぼれてしまいそうで、赤血球は小声でそっと囁く。
「はっ、けっ、きゅう、さーん……」
絶対に聞こえない声。自分の口元でふわりと浮いただけの声。それなのに、あろうことか彼はハッとしたようにきょろきょろし始めた。何かを探すように視線をめぐらしている。赤血球の動揺も束の間、すぐさま彼の目がこちらを振り向いた。
うそっ。
「あ、赤血球」
彼が笑う。やわらかい、頬がほぐれるような笑顔だった。赤血球は返事ができない。信じられない偶然を処理できなくて、どきどきして、でもそうこうしてるうちに彼は同僚に一言断り、こちらに駆け寄ってくる。
うそうそうそ、そんな。
「おつかれさん」
目の前に来た彼は、やっぱり長身で素敵だった。
「あ、えと、おつかれさま、です!」
脊髄反射であわてて言い返す。白血球さんかっこいい、すごい、私のとこまで来てくれた、どうしよう、嬉しい、好き、やっぱり好き。だがそんなことは言えない。先程から上がりまくっている口角が、果たして動揺を隠すためなのか歓喜のためなのかも分からない。赤血球は会話どころではなかった。
だがそんな動揺などつゆ知らず、彼は当たり前のように話し続ける。
「これから心臓を周るのか。大変だな」
「えええああハイ、でも大丈夫です!もう何回か自力でやってますとも、ハイ!」
「そうか、すごいな」
「え」
褒められた。息がつまる。恥ずかしい。もみ消すように手を振る。
「いやそぉんな、すごくないです!ぜんぜん!白血球さんの方がよっぽどすごいですよ、いつも戦って遊走?して、血だらけで、色んなことたくさん知ってるし、それに、」
「ふふ」
あ、笑った。
鼓動が喉元まで届いて、またまた息がつまる。なんでいま笑ってくれたのだろう。なんでそんな、見間違いでなければ優しげに笑うのだろう。
この笑顔は見たことがあった。初めて一人で循環したとき、ベンチで話を聞いてもらったときに見た笑顔だ。思えば、あのとき彼に話を聞いてもらったときの喜びは、恋によるものだったのだなと改めて気づく。気づいた今はますます彼が輝いて見える。すごい。こんなに素敵な笑顔だったなんて。
赤血球はあっという間に顔があつくなって、しおしおと俯いてしまった。
「ん、どうした?」
「あーすみません、何言おうとしてたんですっけ、えへへ……」
続きを促すように彼が首をかしげるから、赤血球は必死に言葉を探す。ほんとうはもっと話したいのだ。今日だって配達の途中にいろんなことがあった気がするのに、いまは頭が真っ白で何も出てこない。どきどきしているからですなんて正直に言えるはずもなく、頬をかきながら曖昧に視線を逸らした。
どうしよう、白血球さんにいつも何話してたんだっけ? 配達頑張ったとか言ってたっけ。でもそんなこと赤血球としては当たり前のことだし、自慢みたいに聞こえて嫌な感じかな。嫌われたくないな、どうしたら自然でいい感じに見えるかな。褒めちぎったら気持ち悪いかな。私のこと、好きになってくれるかなぁ?
すると白血球は、またくすりと笑って言った。
「いいよ」
やさしい口調がそう告げる。しかし何故だろう、赤血球はふと心に冷たいものを感じた。
あれ?
白血球が腰に手を当てて続ける。
「たまにはそういうこともあるだろう。無理に話を促すような感じになってしまって、悪かった。まだ配達中だろう?」
「あ、はい」
台車の取っ手を握りしめる。白血球がニッと笑って手を振った。
「じゃ、俺もパトロールに戻るよ。またな」
「あ、白血球さ、」
くるりと踵を返される。彼は呼び止める間も無く、あっという間に仲間たちの方へ駆けていってしまった。広く頼もしい白い背中が、今はどうにも寂しく見える。言い知れない切なさが襲ってきて、赤血球は思わず胸元に手をあてがった。
なんだろう。
大好きな大好きな彼の優しさ。それが今は何故だか、孤独なにおいを伴ってじくじくと沁みる。彼の姿が遠く見えなくなると、だんだん周囲の喧騒が耳に入ってきた。
『うわ、白血球じゃん』
『心臓の近くにもいるのかぁ。混み合うのに刃物持って来られんの怖いよな』
『まぁ守ってくれてんのはわかるけど、ねぇ』
『免疫細胞ってなんであんないかついわけ』
『あの赤血球、好中球と話してたよ』
『マジ?やば…』
彼らの声は小さいものの、囁く口の数が多い。まぁ怖いと言われるのもわかるなぁとは思っていたが、考えてみれば、あの囁きに慣れてしまうのはいかがなものだろう。まして白血球たち当人は、どうしてあの囁きに慣れる必要があるのだろう。
礼はいい、仕事をしただけだ。
初めて会ったとき、彼はつっけんどんにそう言った。痛みに強がるこどものように、針をとがらせたヤマアラシのように、警戒するような真っ黒な目をしていた。でも今は、その目が優しいことを知っている。彼はありがとうとごめんなさいを忘れず、他者を想い、世界を想うような細胞なのだと知っている。今しがた彼が言ってくれた『いいよ』に、にがい遠慮の味がしたのもそのせいだ。
あんな『いいよ』は言わせたくない。
赤血球は奥歯を噛み締める。好きで好きでいじらしくて、何もできない自分がもどかしかった。次会う時は、絶対に感謝を伝えるのだ。この悔しさを二度と繰り返さないのだ。そう心に決めて、ぐっと台車を押し出す。何度も迷いそうになり緊張する静脈弁の入り口も、今日は不思議と怖くなかった。さっさと循環してみせる!
「お嬢さん、入り口はこっちだよ?」
「ああああすみませぇぇぇん!!」
間違えないとは言っていないが。
[newpage]
◇◇◇
会えてよかった。
白血球は駆け足で仲間の元へ戻ると、ほっと息をついた。あたたまったばかりの心。好きな人と会えるだけで、こんなにも力が湧いてくる。今日も彼女は一生懸命で素敵で可愛らしかった。慌てる様子も可愛いと思うから、心の底からすきだなぁをとしみじみ思う。ほっこり満足しきった気持ちでいると、2626番がニヤニヤしながら脇をつついてきた。
「進展したか?」
「進展?」
「あの赤血球とだよ、好きだとか言ったのか?」
彼らは白血球1146番の想いを知っていた。というか、1146番が彼らに打ち明けたのだ。彼女を見ていると元気を貰えること、彼女が好きだと気づいてから日々が美しいこと、仕事にも精が出ているということ。幼少期からの付き合いである彼らは、そんな1146番を優しく鼓舞してくれる。しかしそんな親しい冷やかしに、1146番はいつものように手を横に振った。
「とんでもない。今日は忙しそうだったから、こっちから切り上げてきた。元気そうではあったぞ」
「なぁんだ切り上げちまったんかよぅ」と4989番。「お前もうちょい話せばよかったじゃん、せっかく会えたのに」
「でも向こうも仕事中だからな、そういうわけにもいかない」
「いやーお前もうちょいワガママになった方がいいって」
そう言う4989番に、2048番も深く頷いて賛同する。
「そうだよ、お前さんそうやって控え目だからいけないな。あの子のこと好きなんだろ?押せばいけるって」
「でもな、うーん……」1146番は首をかしげた。「俺は別に、好きでいられればいいというか……」
「ハァ???」
4989番が頓狂な声をあげる。そのまま1146番を下から覗き込んで、矢継ぎ早に問うた。
「え、お前ずっと片想いでいる気なわけ?そしたら何か?お前、あの子が誰かに取られちゃってもいいの」
「取られるっていうか、赤血球がしあわせならいいかな、というか」
1146番は彼女の笑顔を思い出し、フッと微笑んで答える。
「俺は、あの子が好きだ。それで充分なんだ。こんなしがない免疫細胞に、笑って感謝してくれるあの子がいる。俺はそれで、もう充分満たされてるからな」
ちょっとした酩酊感とともに語り出せば、周りの仲間たちは思い切り口をへの字に曲げた。三人のがっかりするような憐れむような視線が、じとっとこちらに注がれる。彼らの応援に報いることができなくて悪いが、ほんとうに自分は満足しているのだ。1146番は親友の目線に『ありがとな』と断ってから、言った。
「彼女が誰を想おうと構わないんだ。ただ、今後もお前たちにあの子の話はさせてくれ。それで俺はしあわせだ」
1146番の笑顔に、三人は困ったように笑うことしかできなかった。
◇◇◇
「抗原発見!」
駆除の凶暴な喧騒の中に、つい探してしまうのは何故だろう。
桟橋の上から身を乗り出して、階下で繰り広げられている戦闘に目を向ける。少し距離があるのをいいことに、赤血球は野次馬に紛れてじっくり彼を探した。
あ、いた。
もう体型でわかる。どうか怪我のないようにと、祈りながらその様子を見守った。
ああ、もうあんなに血だらけだ……わ、腕を盾にしてるぅぅ……うひゃ、4989番さんのこと庇ってるな、あ、飛び出してった……すごい血飛沫だなぁ、やっつけたのかな?
「よし、駆除完了」
血みどろの細菌の死骸に、好中球たちが集まって処理を始める。ここからは彼の表情は伺えない。今日もこの世界の平和を守った彼らにお礼を言わねばと、赤血球は急いで階下へと降りていった。
死骸を手づかみで処理する様は相変わらず壮観だ。仕事中だからか、彼らの顔つきも険しく見える。
「お疲れさまです!」
ぺこりと頭を下げる。4989番、2048番らが手を振って応える中、1146番が血だらけのままこちらに駆けてきた。彼はこんなときも駆けてきてくれるのだ。嬉しい。
彼の優しい目が見下ろしてくる。さっきまでとは違うゆるやかな表情に、赤血球はしばし見入った。
「いつもありがとうな。でもそんなお礼しなくてもいいよ」
「あ、いや、そんなことないです!」
赤血球はハッとして言い返した。今こそ言うのだ。いつもの感謝や好意を伝え、彼の優しさの波を越えるのだ。意を決し、ポーチに用意していたティッシュを差し出す。
「あんなに身を呈して戦ってくれて、こんな傷だらけになって、いつもありがとうございます!すごいなぁって思って、でも、心配だなぁとも思ってて……ほら、この前もクッキーくださいましたし、そのお礼もありますから!」
「そんなこと言ったら、俺はお前にティッシュを貰ってばかりだ」
白血球は自嘲気味にそう言い、ティッシュを受け取った。少し雑に頬の返り血を拭う。しかし彼は乱暴な手つきの割に、満足げな顔をしていた。
「前にも言ったかもしれないけど、これは俺らの仕事だから」
白血球は一度拭うのをやめ、赤血球と目を合わせて言った。
「俺たちはこの世界のために戦う。戦うしかできないからだ。それはお前が酸素や二酸化炭素を届けるのと同じで、仕事だ」
いつも以上に優しい声が、諭すように響く。
「俺はこうして戦えることを、誇りに思うよ。この世界のためなら命なんて惜しくない。俺はそう思える奴なんだ。だから、お前のお礼はもったいない」
優しい眼差しが、有無を言わせず貫いてくる。うっかり飲み込まれてしまいそうだ。大好きな貴方の真っ黒な目。優しくて、暖かくて、でもそれでいてなんて寂しいんだろう?
ぼたっ。
彼の肩口から血が垂れた。
赤血球は堪らなくなった。彼の身を切るような暖かさが、悲しいくらいに沁みわたる。すきだ。すきだから、もうこんなことは言わせない。言わせたくない。だから彼の優しさに負けじと、今度こそはっきり問い返した。
「じゃあ、私は心配しなくてもいいって言うんですか?」
怒るような声が出て、彼が少し面食らうのを感じる。赤血球は彼の服の裾をぐいと掴んだ。声を届けたくて、ぐっと背伸びして顔を近づけた。
「好きな人のこと、心配しちゃいけませんか!」
白血球が大きく目を開く。赤血球は頬があつくなって、溶岩のように涙をこぼした。
「たしかに白血球さんは、細菌と戦うのがお仕事です。いつも訓練なさっているのもわかります。みんなから怖がられてるのも知ってます。でも、だからって心配されなくていいわけじゃないはずです。背中ばかり向けて、『いいよ』って言って、それじゃあ、私の気持ちはどこにやったらいいんですか!」
「ごめん、そんなつもりじゃ、」
「白血球さんずるいです。なんでそんな、自分をだいじにしてあげないんですか?どうして貴方をだいじにしちゃいけないんですか?他の人のことばっか心配して、そんなのずるいですよ!」
「赤血球、」
「こんなに好きなのに」
声が上擦る。赤血球は両手で顔を覆った。言ってやったぞという気持ちと、言わなきゃよかったかもしれないという気持ちがどくどく湧いて、まともに顔を上げていられなかった。優しい彼が好き、好き、すごく好き。だから無闇に戦う彼が、叫びたくなるくらい憎い。二つの気持ちにひっぱられて、胸が張り裂けそうになる。胸が痛くて涙が出た。次から次へと溢れて軍手を濡らす。
思えば、彼はいつも『いいよ』と言った。道案内をしてくれるときも、血小板が困っているときも、血だらけで怪我しているときも、いつも『いいよ』と頷いた。
でももうそんなことは言わせない。言わせたくないのだ、二度と。優しい彼は大好きだけど、そんな彼に恋をしてしまった以上、彼の傷は己の傷でもある。痛むのはわたしも同じだ。
必死に涙を拭う。すると、頭上から『え?』と言葉が返ってきた。顔を上げて彼の顔を見る。その表情に、赤血球はどきりと固まった。
白血球の大きな手が、彼の口元を覆っている。帽子を目深にかぶり、目元から耳から真っ赤にして、黒い瞳はしっとりと潤んでいた。こんな顔は知らない。動揺して照れたような顔は見たことがない。
「え?」と彼はもう一度問うた。「お前、いま何て?」
やや掠れた声にどきどきしながら、赤血球は心を込めて言う。
「好きです」
「あ、ああ、それは、」
参ったな。
白血球は顔を片手で覆ったまま、へにゃりとその場にしゃがんでしまった。遠くから4989番らが注目しているのが目に入る。だがそれよりも目の前の彼が、こんなに弱った姿を見せたことに目を惹かれて堪らない。思わずしゃがみこんで顔を覗く。
「白血球さん?」
「や、見るな」
彼の長い腕が、子どものようにばたつく。かわいくて目が離せない。白血球はそのまま『うー』やら『あぁぁ』やら何度か唸ったあと、降参するかのようにゆるゆると顔を上げた。見たこともない潤んだ顔で、ようやく赤血球と目を合わせる。
「白血球さん?」
「ごめん、ちょっと予想外というか、考えもしなかったというか……」
それから立ち上がり背を伸ばすと、白血球は今後こそしっかりと言った。
「ありがとう。俺もお前が好きだ」
その笑顔は今までになく、とろけるような美しい笑顔だった。
[newpage]
◇◇◇
あの日の告白から数日経った、この世界のどこかで。
「なぁ、今日のデートって、その、ほんとに一緒に歩くだけでいいのか?」
「もちろんです!白血球さんとこうして二人で歩くの、私だーいすきですもん」
隣り合って歩く白血球と赤血球の姿が、以前よりも頻繁に見られるようになったという。
「あ、そうだ。赤血球、いま〈アイスの気分〉か?」
「え?あ、まぁそう言われてみれば、はい」
「それなら、この先の辺縁プールに自販機がある。あまり人通りもないし、そこで二人で休憩しないか」
「お!いいですね」
「確か今、グァバ風味のアイスがあった気がするな。二人で食べようか」
「えっ、いいんですか!!……じゃ、なかった」
「?」
「いいですよ」
赤血球は笑って彼の手を取る。強くて、優しくて、それ故に告白されるなど考えもしなかった彼の手を。
「行きましょう!」
今度は私が、あなたに『いいよ』を言う番。
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って、彼はいつもそう言う。<br /><br />はじめまして初めての白赤です。人を憂いてばかりの優しい彼なら、こんな恋をするんじゃないかなと思って書きました。<br />(8/27追記…ブクマにコメント、ありがとうございます。続きます)<br />(3/20追記……続けたいんですが、付き合ってからの白血球さんがうまく書けず難航しております。なんとか形にしたいです)
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「いいよ。」
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10042551#1
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ハァイ!…先日、唐突にドラ猫君を『可愛い』と思ってしまった方、バーナビーです。
なんでまたこの生意気な相棒をそんな風に思ってしまったのかかなり不可解です。
何度自分を分析しても答えが出ないのでもう諦めました。
なので最近は冷静にドラ猫君を観察中です。
それにしてもころころと表情が変わりますね。
今まで印象に残っているのが現場にいる時と会社で
画面を前に涙目になっているのだけでしたから。
…カメラマンにも褒められてましたが笑顔はなかなかいいと思います。
少し子供っぽい気もしますが、あの朗らかさは僕には無い物です。
何かに真剣な表情は…あれがそうなんでしょうか?
画面を睨みながら口を尖らせています。
おや、目を輝かせたところを見ると何か思いついたようですが…
ああ案の定またフリーズさせている。
「バニー、こーいう時ってこんとろーる、あると、でりーとでいんだよな!?」
「…あってます」
「よっしゃ!」
読みが完璧オリエンタル流なのは気にしてはいけない。
むしろその三つのキーをきちんと覚えていたことに感心です。
少しは書類作成も早く…。
「プリンターから紙出てこねーよぉ」
なってるんだろうか。
そしてランチタイム。前はそれぞれ別の場所で取ることが多かったのですが
最近は出動もなく、取材の方もひと段落しているので社内で過ごすように
なったのとドラ猫君も特に外には出ないので自然と一緒になります。
僕は朝買っておいたサンドイッチとコーヒーですがドラ猫君は…おや?
バンダナのような布に包まれたもの。
布から出てきたのは、ランチボックスというものでしょうか。
一緒にあるのは緑茶のペットボトル。
お茶を飲み、ランチボックスの蓋を開けたところでドラ猫君が
こちらを向きました。いけない、じろじろ見すぎたかな。
「何?」
「いえ、それが『お弁当』というものですか?」
確か日本独特の手持ちの昼食で、シュテルンビルトでも流行のきざしあり、とうのを
雑誌で読みましたというとドラ猫君はいささか苦笑いで中身を見せてくれました。
「そんな立派なもんじゃねーけど」
なんでも昨夜ロックバイソンと飲んでいて学生時代を思い出したのだそうだ。
「オリエンタルタウンじゃミドルスクールから弁当なんだ。購買ってとこでパンも買えるけど」
謙遜はしていますが、ランチボックスの中はライスとおかずがきちんと
仕切られていて僕の目には立派なものに見えました。
「この黒いのは?」
「海苔。海草だよ」
「これは卵?」
「おう、弁当のおかずじゃ定番中の定番。……一個食ってみる?」
はい、と箸で摘まんで差し出されて、ちょっと戸惑いました。
素手で受け取る訳にはいかないし、紙ナプキンも…ええい仕方ない。
遠慮しつつ口を開くと甘い卵焼きが。
これは…初めてなのになんだか懐かしい味です。
「で、何故ドラ猫君はそこで悶絶してるんですか」
「や、あの気にしないで」
顔真っ赤にして一体何ごとなのやら。はぁ?新婚イベントきちゃったよって何の話ですか。
まあおかず一つ頂いてしまいましたし、デザートに何か奢ってあげましょう。
甘い物を買ういい口実ができました。
[newpage]
「あ、やべ…」
休日にチャーハンを作っていた俺はこの前の『はい、あーん』事件を
思い出してにやけてしまい、結果放置されていたフライパンの
中身はコゲコゲになっていた。
まあ、まだ食う事は出来るだろう。
大きな焦げは避けて皿によそうとテレビの前に腰を下ろした。
にしてもなぁ、近頃やけにバニーこっち見てるよな。
熱視線だったら嬉しいけど目が冷静だから素直に喜べない…。
ま、まあ前とは違う興味持ってもらえてるみたいだし
いい事にしておこう!
恋する男は色々厄介だ。
身なりもチェックするようになったからシャツの皺が気になり出して
アイロンがけの仕方母ちゃんに電話で聞いたらすんげえ驚かれた。
飯のレパートリーも増やした方がいいかな。
弁当に興味津々だったし。あれ以来昼時になるとこっちを気にしてる。
男の料理でもときめくもんなのかなと不思議に思った俺は
また週末の電話で楓に聞いてみた。
『そりゃときめくよ!』
「そーいうもん?」
『うん、よく言うじゃん、恋人は胃袋からつかめって!』
「胃袋…」
『相手の人ってキャリアウーマンなんでしょ?じゃきっと
素朴な味に弱いかもよ!』
いや、楓よバニーはウーマンではないんだが。
でもそれが本当なら俺としても嬉しいかも。
デ、デートに誘うにしても高級レストランなんて知らねえし
これなら家に招いてディナーっていうのが出来るよな。
そしてふと自分の部屋を見渡した俺はそんな予定がないというのに
バニーに見られても大丈夫なように綺麗に掃除したのだった。
そして翌日は力作の弁当を手に出社したんだけど…
なぁんでこういう時に限ってバニーだけ昼食付の取材入ってんだよ!!
空しく中身を平らげて弁当箱を給湯室で洗って戻ると
バニーが机に突っ伏して唸り声をあげていたのでビビッてしまった。
「ど、どうしたんだバニー?!」
「それが…ついドラゴンキッドにつられて…」
そういや今日は二人一緒のインタビューだとかでキッドが楽しみにしてたっけ。
で、昼食はキッドに合わせて中華だったのが彼女の食欲につらえて
食べ過ぎて胃もたれという事のようだった。
「…飲みかけだけどお茶飲むか?」
「お茶…緑茶ですか?」
「ウーロン程じゃないと思うけどさっぱりすんじゃね?」
「…いただきます」
ペットボトルを渡すとバニーってば一気飲み。よほど油がこたえてるんだな~。
俺としては力作は食べてもらえなかったけど関節キスでちょっとだけ救われた気分。
そしてバニーには油控えめ、と密かにメモしておいた。
得意のチャーハン作る時には気を付けないとな。
[newpage]
見下ろせば、開かれた宝石箱のようなキラキラとした夜景。
手には薄いガラスのシャンパングラス。
指先でそっと持たないと壊してしまいそうなそれを目の前まで掲げて透かして見る。
弾ける泡と、光。
そして揺らめくバニーの姿…。
「何してるんです?飲まないんですか」
「あ、う、うん」
誤魔化すようにシャンパンを飲みながらちらりと横を見る。
バニーもまた、穏やかに目を細めて夜景に見入っているようだった。
「滅多にない役得ですからね」
フォートレスタワーの展望レストランには今俺とバニー、そして
店のスタッフが何人かいるだけだ。
雑誌の撮影の為、貸切状態なのだが思ってたより早く済んだのと
店の人の気遣いで少しの間お二人でお楽しみくださいと
撮影用ではない軽い食事と酒を出してくれたのだ。
薄暗い店内からは眩しい夜景。
ワインレッドのスーツに白いシャツを身に着けたバニーは
見とれるほどで…俺も少しは様になってるかな、とシルバーにも見える
グレイのスーツの襟に触れてみる。
撮影のコンセプトも「ヒーローが誘う都会の夜のデート」だったし
今って結構それっぽい状況だなと思うと余計にドキドキする。
用意された場でも二人っきりなのは変わらないし…。
はっきりいって、ムードは抜群。
こ、これはもしかして千載一遇のチャンス?!
だとしたら行くしかないぞ鏑木虎徹!!
でもどうしたらいいんだ?!あっそうか!まずはこれだ!
ごくりと息をのむと俺はテーブルの上で軽く重ねられているバニーの手に
自分の手を重ねた。
すべすべ、ひんやり…って堪能してる場合じゃねええ!
ほら、バニーが驚いてるだろ!!
気張れ!男になるんだ俺!
願いを込めてバニーの手をぎゅ、と握る。
ああ神様どうか上手く行きますように!!
目を、真っ直ぐ見つめて。この体の中で渦巻く熱が移ってしまえば
いいのに、と思いつつからからの喉から声を絞り出す。
「バニー、俺と……つ」
Beep Beep Beep!
「っだああ!!何だよアニエスっ?!」
「はい、こちらバーナビー」
『な、うっるさいわよタイガー!!文句なら深夜にパワードスーツで
ATMぶっ壊してるバカに言って頂戴!!』
「……ああ、そうさせてもらうさ」
『タ、タイガー…?』
画面の向こうのアニエスだけでなく、隣のバニーまでドン引いてるけど
無理もないだろうな。…俺は今だかつて無いほどの怒りにとらわれているのだから。
駆けつけたトランスポーターの中でヒーロースーツを身に着けた後、
飛び出す前に心の中でおなじないを唱えておく。
俺はヒーロー、俺はヒーロー、俺はヒーロー。
あと、保険もかけておくか。
「おい牛、俺がやり過ぎそうになったら全力で止めやがれ」
『はぁ?!何だお前目が据わって…』
ああ、見えた。俺の恋路を邪魔しやがった馬鹿が。
バニーの指示を聞く前に俺は飛び出していた。
「なんか…すごかったッスね、今日のタイガー…」
「殆ど一撃でのしてましたよね…しかもあの顔…
わーちょっとゾクゾクしちゃうータイガーなのにかっこいいじゃん」
スイッチングルームでケインは呆然と、メアリーがうっとりと見つめる
画面には頽れたパワードスーツの上に立ち、超然とした表情で
腰を抜かしている犯人を見下ろすワイルドタイガーの姿が映されている。
「いい…あいつ三枚目かと思ってたらこんな一面も持ってたなんて
美味しいじゃないのっ!!」
その日の中継は他ヒーロー集合前の最短解決だったにも関わらず
驚くべき視聴率を記録し、今までにないタイガーの姿に
痺れた市民が続出したという…。
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ルーキーワイルドタイガーとベテランバーナビー。今回は豪華?三本立てです。ワイルドタイガーに踏まれ隊(*゚д゚*)ハァハァ 追記☆さあ皆さんご一緒にワイルドタイガーの足元にスライディングー!!(笑)c(`∀´*と⌒c)つ三 皆さんのタグに私かにやけてます。ニヤニヤ(*・∀・*)♪
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moving on! 9
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004280#1
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「彼は僕のものなんだよ」
「いや、オレのもんだね」
「…………」
どうして、こんなことになったのだろう?
アーチャーである英霊エミヤの目の前では、金髪の青年と青い髪の男が何やら言い争いの真っ最中。しかも議題は自分と来た。
金髪の青年――――真名アーサーであるところのセイバー。
青い髪の男――――真名クー・フーリンであるところのランサー。彼らがいる世界は並行世界らしく、アーチャーは突然そこに放りだされてしまったのだった。
隣では黒髪のボブカットに眼鏡、制服姿といった可愛らしい少女がむっつりとした顔で立っている。彼女の名前は沙条綾香、セイバーのマスターらしい。
「……ごめんね。何だか、すごい変なことになってて」
「あ……ああ、いや、うん……」
ああ頭痛い、と額を押さえる綾香だったがそれにはアーチャーも同意だった。セイバーのサーヴァントが男になって、しかも一人称が「僕」と来たところには脳内に衝撃が走るほどのショックだった。
しかもそのセイバーに、自分が求愛されているだなんて。
「ねえアーチャー、君は僕のものだよね? この野犬に言ってやってくれないか、そうすれば彼もきっと」
「おい、さりげなく失礼なこと言ってるんじゃねえぞこの坊ちゃん野郎が」
バチバチバチバチ。
すごい、火花が、飛んでる音が、しますよ?
「ちょっとやめなさいよふたりとも! 男ふたりがそろってみっともない!」
「だって綾香、愛する者を手に入れるためにはどんな手段を使っても、だろう? そのためには多少の暴言も仕方がないさ」
「何が多少の暴言だ、この歩く毒吐き男が」
「……チンピラ」
「……似非王子」
バチバチバチバチ!
「だからちょっとやめなさいって言ってるでしょ! あんたたちそろって人の言うこと聞けないの!?」
綾香さん、本性出かけております。
日頃はおとなしげな彼女なのですが実はなかなかの猛者であり――――。
「なあアーチャー」
「え?」
「そうだな、アーチャー」
「は?」
「「どっち!?」」
「なんでさ!?」
ていうかなんで争奪戦!しかも自分が悪い、みたいな話になっているのかっ。
愛されるということにまったく慣れていない、というか大変苦手なエミヤさんにとっては今の状況は針のむしろ。剣山にぐっさりと刺された可憐なお花ちゃんことローアイアスである。
誰か助けて助けてヘルプヘルプ、な状態であって。
「もちろん僕を選んでくれるよねアーチャー? いや……エミヤ?」
「う」
「いや、もちろんオレだよな? こんなとっちゃん坊やより余程オレの方が頼れるってもんだ」
「王である僕になんてことを言うのかなあ、君は?」
「真実じゃねえか」
にっこり。
ふたりはそろって笑いあってから。
「エクス――――」
「ゲイ――――」
「だからやめなさいって言ってるでしょ!?」
パァン!
スパァン!
その場に、誠に爽快な打撃音が響き渡って。
「あ……綾香……」
「……アンタ……なかなかやるじゃねえか……」
はー、はー、はー。
「き……君……」
「……天罰よ」
ハリセンを手に持ち、肩をいからせ荒い息をつくその様に。
かつての己のマスターを思いだす、アーチャーなのだった。
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そんな感じでFate/Prototypeで五次弓受けです。旧剣×五次弓、旧槍×五次弓。楽しかったですけど書き辛かったことこの上ありません!(とびっきりの笑顔で)特に旧槍……真名が五次槍と同じだからその点で書き分けきかないし……とかぐだぐだ言ってても始まりませんね、とにかく楽しかったです!プロトタイプ師匠である鷹ツ木さん(<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/261584">user/261584</a></strong>)に捧げます。★04月26日付の小説デイリーランキング 94 位に入りました!だそうです。ありがとうございます!
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【旧剣VS旧槍】ぷろと!【×五次弓】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004302#1
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*諸注意
当シリーズは「[[jumpuri:萩原さんちの秘蔵っ子【ネタ】 > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8945924]]」から始まり「[[jumpuri:萩原さんちの秘蔵っ子ねくすと! >https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9130885]]」に続いた秘蔵っ子シリーズのサードシリーズになります。
完全に続きから始まります。ほぼ確実にここからでは話が通じません。なのでよろしければそちら2シリーズから順々にご覧ください。
・萩原の妹に転生トリップした子(がっつりオリキャラ)が主人公
・不運なんだか幸運なんだかチートなんだか微妙な子
・というか人脈(と書いてセコムと読む)と悪運だけで生き残ってるみたいな子
・恋人は降谷(not安室)
・しょっぱなから既に恋人です
・ねつ造
・キャラ崩壊
・いろんなキャラが救済されてるので原作はどっかいっちゃった
・本来いないはずのキャラが普通に映画版に登場する
・警察学校組と書いてお兄ちゃんズと読む
・文章は拙い
・ご都合主義
・原作揃えきれてないので矛盾しかない
たぶんもっと注意すべきところがある
※スコッチの名前ですが、仮に本名を翠川唯、偽名を緋色光とします
原作で本名がでたらそっちに合わせる予定
自己回避お願いします
何でも許せる方だけどうぞ
[newpage]
ハローハロー。お留守番チャレンジ4日目の萩原[[rb:采咲 > つかさ]]です。おはようございます!
広くてふかふかでいい匂いのする零さんちのベッドでぐーすか寝てたのは私です。零さんが一緒にいてくれたからかとても安眠できました。ふすんっ
「おはよう、采咲。よく眠れたみたいだな」
なんだかとっても見たことある服着た零さんがにっこり笑いながらリビングで迎えてくれました。おはようございます。
うん?なんだかとっても見たことあるリボンタイだね?
「…お出かけ?」
あれれ?おかしいな?なんだかその黒いベストも覚えがあるよ?うん?
「あぁ、ちょっと急な仕事が入ったから行ってくるよ。朝ご飯は作っておいたから温めて食べてくれ」
一緒にいられなくてごめんな、と困り顔で眉をハの字に落とした零さんが近づいてきて、髪の毛を梳くように指を差し入れながら撫でてくれた。
寝起きだからいつもよりちょっとだけ絡まりやすいのを丁寧に梳かされて、なんだかまた眠っちゃいそうだわ。危ない。
「そっか。気を付けてね」
「うん。唯には連絡を入れておいたから、もし出かけるようならアイツに連絡してくれ」
危ないから1人で外に出ないようにってことですね把握。
大丈夫、今日はこのままおうちにいます。零さんがポアロ行くなら一緒に行こうかなーって思ってたけど、格好的にポアロじゃなさそうだし。いいや。
「この辺の地理はわからないだろうし、見つかったら危ないから、どんなに近い距離だろうと出かけるなら唯に連絡。もしつながらないようなら風見でもいいから。な?」
「はぁい」
ほかのお兄ちゃんじゃなく唯お兄ちゃんか風見さんって言われて私察した。ここたぶん私1人で出たらおうちの中に入れないやつ。入り方わかんなくなっちゃうパターンのやつだわきっと。
「今日はずっとおうちの中にいるから大丈夫だよ」
みんな忙しいみたいだし。お外怖いし。うん、出ない。
ちょっとだけ心配そうに、でもそれ以上に安心したように笑った零さんがもう1回だけ頭撫でてくれた。
「たぶん昼には間に合わないから、あるもの好きに使って何か食べてくれ」
食材ならそれなりにあるからって言われたので、いい子で頷きます。冷蔵庫と相談だ。
「じゃあそろそろ行ってくる。なるべく早く戻るから」
「うん。いってらっしゃい」
チラって時計見た零さんが白い手袋をしながらお外に向かうから、何はともあれお見送りぐらいはしようとぺたぺたついてくよ。
「ないとは思うが、もし何かあったらすぐに連絡入れてくれ」
うん?でもバーボンっぽい服なのにいいのかな?
「采咲?」
「アッハイ」
返事は?って笑顔で促されたので細かいこと考えるのはやめました。
深く考えず何かあったときはすぐ連絡。以上。いいね?
「いい子」
慣れない手袋越しの人差し指がほっぺから顎にかけて一撫でして、くって長い指が上を向かせてくる。うん?
「零さん?」
思わずぱちりって瞬きしたら、ちょっとだけ屈んで近くなった零さんがふって笑う。
「行ってくるな」
「ぴっ!?」
ちゅって小さな音立てながら唇にちゅーされた。…ちゅーされた?!ちゅーされちゃった!
ぶわぁって自分でもわかるぐらい顔が赤くなったらそれ見てた笑った零さんが今度こそお仕事行っちゃった。
…えっ!?朝から何事!?テロかな!?
[newpage]
Side Furuya
結局昨夜はあのまま徹夜で仕事をした俺は、朝からベルモットの呼び出しのせいで目が覚めた。
長くはないが、仮眠も取れたからまあ問題はないだろう。ソファでだけど。
「こんな朝からなんです、ベルモット」
『ハァイ、バーボン。そろそろかわいい子猫ちゃんのこと、知らせてくれてもいいんじゃないかと思ってね』
ちゃんとストーカーは退治したんでしょうね?と凄まれた。――ふむ。
「いえ、残念ながらまだ。行動が原始的なわりにまま悪知恵が働くようで、どうやら警察の方も手こずっているようですよ」
『使えない男どもね』
捜査状況を犯罪者に罵られる謂れはないと言いたいが、まあ概ね俺も同意見なので黙っておこう。
「そういえば、少しお伝えしたいことがあるんですが」
『あら、何かしら。忙しいから手短にしてちょうだい』
「そうですか。では単刀直入に」
――今警察に潜り込んでいるアイリッシュのことなんですけど
『あら、随分耳が早いのね』
「ええまあ、それが仕事ですから」
とはいえ俺の手柄ではないが。
『彼なら今、ジンの指揮下で仕事中よ。私もね』
「ええ、ですから、その任務について教えてもらえませんか?」
この前コナン君と一緒に聞いたがな。とはもちろん言わず、もし今采咲が起きてきて俺を見たらびっくりするような、ほの暗い笑みを浮かべながらソファの上で足を組み直す。
「どうやら僕らのかわいがっている子猫ちゃんが、そのアイリッシュが化けた警察官と知人だったようでして。何も知らずに、彼に声をかけてしまったようなんですよね」
『――どういうこと?』
ああ、食いついた。
「そのままですよ。強面の管理官に泣きつく女子高生なんて、どう考えても珍しいでしょう?おかげでしっかり覚えられてしまったようなんですよねぇ」
『詳しく話しなさいバーボン』
1オクターブ低くなった声に笑いそうになった。ちょろい。
知っていたけど、本当にベルモットも采咲の保護者だな。さすが萩原が認める母親ポジションなだけある。
「いいですけど、直接お会いしてからで構いませんか?この通話が盗聴されてないとも限らない」
『ならすぐに説明に来なさい』
被せ気味に手ごろな場所を告げられた。必死だな。
「わかりました。それでは1時間後に」
ぷつりと一方的に通話を切って携帯を放り投げる。よし、まずはさっさと俺の準備を終えて、それから采咲の朝食を作ろう。
今すぐと言っていたベルモットに嫌味の1つや2つ言われるだろうが、まあそれぐらい構わないだろう。あの魔女より采咲の方が大事なのは自明の理だ。
この後、ちょうど出かける前に起きてきた采咲にちょっとした仕返しをして、俺は機嫌よく家を出た。
采咲は知らないだろうけど、昨夜は無防備が過ぎる采咲にあれだけ我慢されせられたんだ。これぐらいのご褒美もらったってバチは当たらないだろ。
[newpage]
Side Vermouth
――Kittyがアイリッシュに遭遇した。
バーボンからもたらされたその情報ははっきり言って頭が痛いどころじゃなかったわ。
「まさかあの刑事とも知り合いだったなんて…」
「僕も驚きましたよ。まさか管理官の地位にいる刑事とまで旧知の仲だったとはね」
いえ、いいのよ。警察と懇意なのは一般人のあの子からすれば、守ってくれる相手が多いということ。それ自体はいいことだわ。
ただ、何も今回利用した男じゃなくてもよかったでしょう!って言いたいだけなの。
警視庁内で遭遇したアイリッシュ扮する刑事に泣きついた、なんて、ああっなんてこと!
「ですが貴方が知らなかったということは、アイリッシュが報告しなかったということでしょう。それは不幸中の幸いでしたね」
これがジンの耳に入っていたらどうなっていたことか…、と細く嘆息するバーボンと揃って思わず頭を抱える。
まったく、勘弁してちょうだいKitty…ママはそろそろ貴方を隠しきる自信がなくなってしまうわ。
「できれば、このままあの子の存在は隠し通したいんですよ。警察に強いコネクションがあるあの子のことです、知られたら利用されないとも言えない」
「ええ、そうね…」
刑事を取り込むより一般人のあの子を懐柔する方がよっぽど楽だわ。
ましてあの子のために、あの子の兄や兄貴分たちが動くと知れば、それを利用されないとはいいきれない。まあ、よっぽどじゃない限りないでしょうけど。
「それで、貴方は何が知りたいっていうの」
抜け目のない貴方のことだもの、何か考えているんでしょう?
「あの子を見捨てるようなこと、貴方がするわけないものね?」
ねぇ、バァボン?
組んだ脚を組み替えながら鎌をかければ、采咲が綺麗と褒める顔の男が酷薄な笑みを浮かべて見せる。
「そうですねぇ。そのためにも、まずは今回の作戦内容を教えてくれませんか」
情報は多いにこしたことはないと、薄手の手袋をはめた男が思案するように己の顎を撫でさする。
ああまったく!あの子はこれのどこが好青年だって言うのかしら!
「ノックリストの回収が目的であることは小耳に挟んだんですけど」
「………そこまで知っていて私が話す必要があるのかしら」
「もちろん。僕が知っているのはあくまで目的であってその手段ではありませんから」
ニコリと精巧に笑ってみせる男に思わず顔が歪む。よく言うわよ…。
まあいいわ。私だってKittyを巻き込むのも、うちの連中に目をつけさせるのも本意じゃないもの。
「普通に回収して撤収するだけよ。もっとも、罪は当人の警察官に被ってもらうけど」
そう、見つかり次第回収し、殺した警察官に罪を被せて姿をくらませるだけ。簡単でしょう?
「――もし、失敗した場合は?」
ああ、[[rb:粛清に巻き込まれること > そっち]]の心配をしてるわけね。
吸い慣れた煙草を取り出して火をつける。軽く顔をしかめるバーボンがもの言いたげだけど、貴方だってさっき「すぐに来い」って言った私の話聞かなかったんだから文句は言わせないわよ。
「ジンは始末するつもりみたいよ」
「…ホォー……」
とはいっても、それは最悪の場合でしょうけど。
「……貴方、ピスコは知ってるわよね」
「ええ。確か、任務中にヘマをしてジンに始末されたとか。それが何か?」
「アイリッシュにとって、ピスコは親代わりだったのよ」
さすがにこれは知らなかったかしら。かすかに目を見開いたバーボンが短く相槌を打つ。
こんな組織だもの。足の引っ張り合い、蹴落とし合いなんて当たり前だけど、それでも許せない一線は誰にだってあるわ。
「それは、また確執が大きそうですね」
「そうね。おかげさまでピリピリして嫌になるわ」
今にも牙を剥かんばかりの激情を抱え、それでも虎視眈々とジンの失脚を狙うアイリッシュと、当然それに気づいていないはずがないジン――。
間に挟まれる私とウォッカのことも考えてほしいものよね。
「これを機に、ぜぇんぶ、始末をつけたいんじゃない?彼、短気だから」
とはいえ、ジンは組織にとってマイナスになるか、自分に牙を剥かない限り手は出さないでしょうけど。あれでもアイリッシュも実力のある幹部だから。
「必要なら軍用ヘリぐらい用意するんじゃないかしら」
「ああ。そういえば、キュラソーのときも持ち出したそうですね、ヘリ」
やれやれと肩を竦めるバーボンをよそに紫煙を燻らせて、頼りなく漂うそれにもう既にいない銀髪の彼女を思い出す。
私同様、きっと幸せだったとは言えない人生だったあの子は、あのとき何を思って逃げ出したのかしらね…。
「なるほど…。まったく、面倒な事態に巻き込まれたものですねぇ」
「ええ、そうよ。だから貴方はこっちに首を突っ込んでないで、Kittyのことに専念してちょうだい」
アイリッシュから引き離しながらストーカー退治をするぐらい、貴方なら朝飯前よね?
「いやだなぁ、それは買いかぶり過ぎですよ。せいぜい貴方がたの作戦に巻き込まれないよう、あの子と一緒に距離を取っておくことにします」
「そうね、そうしてちょうだい」
貴方が来るとジンの機嫌がもっと悪くなるんだから、今回はおとなしく私の代わりにかわいいKittyの傍にいてあげなさい。
ストーカーに付け狙われるなんて、とても怖がってるに決まってるんだから。
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さーどシリース第46話!<br /><br />追跡者編続編です。<br />バーボンがかわいいあの子を泣かせないためにアイリッシュ捕獲計画を始動しました。<br />その1:まずは情報収集をして、周りの動きを確認しましょう。<br /><br />きっと皆様の予想どおり、前回の会話をしたあと、萩原さんは徹夜で仕事を片付けにかかったことでしょう。<br />私もそう思います笑。<br />本気のお兄ちゃんは強いんです。きっと数日縮めて帰ってくるに違いない。<br /><br />【追加】<br />2018年08月26日付の[小説] デイリーランキング 54 位<br />2018年08月26日付の[小説] 女子に人気ランキング 39 位<br />2018年08月27日付の[小説] デイリーランキング 34 位<br />2018年08月27日付の[小説] 女子に人気ランキング 44 位<br />ランクインいたしました!皆様いつもありがとうございます!
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萩原さんちの秘蔵っ子さーど!46【追跡者】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10043488#1
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前世の記憶を思い出した。
何を言っているんだ、と思われるかもしれないが、自分でもちょっとよくわからない。棚の上の荷物を取ろうとして、椅子に立ったものの、バランスを崩して受け身を取ることもなく、床に落下。落ちながら(あ、これ打ち所が悪ければ死ぬかも)なんて一瞬頭に過ぎるが直後に衝撃。めっちゃ痛かった。頭が割れるんじゃないかという様な激しい痛みと共に、知らない記憶が流れ込む。所謂、前世の記憶というものである。
私のスペックをおさらいすれば、都内の中小企業に努めるアラサーのOL。大学卒業直後に、友人の結婚披露宴で今の彼氏と知り合い、そのまま付き合う事に。お付き合いの年数も経ち、そろそろ結婚を意識し始めている間柄だ。数年前から彼の仕事が忙しく、会えない日々が続き、もしかしたら浮気をしているのかもしれない、このまま自然消滅か、と関係が悪化した時もあったけれども、彼から合鍵を渡され、同棲生活がスタートした。彼の仕事柄、結婚前の同棲はあまり推奨されない行動らしいけれども、君と別れるくらいなら、上から何を言われても構わない。そう断言する彼の表情は控えめに言ってかっこよすぎた。日本中の女を虜にするだけある。
あ、言い忘れておりました。私の彼氏の名前は「降谷零」トリプルフェイスの警察庁警備局所属の警察官である。
記憶を取り戻した私は焦った。かつてないほどに焦った。やばい。控えめにいってヤバイ。
まず、安室透のファンであるJKが怖いし、降谷零を尊敬する公安警察の警察官たちも怖い。
そして何より一番ヤバイのは、私が、彼氏思いのめちゃめちゃ尽くす系の彼女だったという事である。
彼の事を愛しており、彼の生活が少しでも良いものになりますように、そう想う気持ちはとても健気で素晴らしいが、今世の私は行動力が凄かった。
合鍵を貰ったから、と彼の家の掃除は欠かさず、部屋はいつでも綺麗で、埃一つ落ちていない。仕事で忙しい彼の為に、ベッドシーツの交換や、スーツをクリーニングに出したり、冷蔵庫の中身の管理だってしている。着替えのシャツは常に完璧なアイロンがけをされており、皺一つついていない。レンジで温めたらすぐに食べられる料理をいつだって用意していて、彼がいつ家に帰ってきても、快適で不自由ない環境で過ごせるようにしていた。最低限の事だけではなく、彼が好きな小説家の新刊が出ればそっと購入をして本棚に追加をしたり、リビングにはいつも季節の花を飾っており、居心地の良い空間づくりを熟知していた。
"今日は家に帰れる"そんなメッセージが彼から届けば、いつもよりも張り切って料理をして、二人で卓を挟んで料理を食べた。彼がどんな時間に帰ろうとも、メッセージがきた日は、必ず彼の帰りを待っていたのだ。
健気すぎない??????
この?????生活を?????続ける??????結論から言って、無理だと。聖人君子ではないかと。彼の為に自分の生活を捧げすぎではないだろうか??
いくら帰るという連絡がきたからって、私にも明日の仕事がある。肌の負担にならない時間帯に食事を済ませて明日の準備に当たりたい。彼に会いたい気持ちがあったんだろうけれども、彼の為に尽くし支える–––そんな、彼を第一に考える生活をこれからも送れる自信は全くなかった。
まず、第一に、前世の私はオタクで、オタクといえば物が多い=片付けが救いようもなく下手だった。断捨離?なにそれ美味しいの?そんな部屋で生活していたのだから、今世の家の物の少なさには驚いた。趣味?彼氏に尽くす事です?部屋がごちゃごちゃするのは嫌だから物はあんまり買わないかな?時々自分へのご褒美に美味しいケーキを仕事帰りに買って帰っちゃう!みたいな女子だった。ソシャゲとか課金とかお布施とかそんな単語とは無縁の世界の女子でした。
頭をぶつける前の自分には、天がひっくり返っても戻れる自信はありませんでした。オタクは死ぬまでオタクなのである。
唯一の救いは、現在、降谷零は潜入捜査中で、多くても月に数回しかマトモに家に帰ってこないことだ。
そんな彼を今までの私は健気に家で待っていたけれども、前世の記憶を思い出した私には出来ない。何年も付き合った彼とお別れするのは、年齢的にも辛いけれども、自分が無理なくお付き合いを出来る相手を探すには今しかない。辛うじて二十代である内に早く相手を探さなければ!
「よし、–––––逃げよう」
三十六計逃げるに如かず。思い立ったが吉日と、クローゼットの中身から当面の服を取り出し、近くにあった大きめのボストンバッグに衣類を詰め込む。
私は平凡な毎日を送りたいんだ。
あと、強いて言うなら安室透よりもスコッチの方が好きだった。
今までの感謝と別れの言葉を書いた手紙をテーブルに置き、メイクもそこそこに、ボストンバッグを手にとり、私は部屋を飛び出した。
さよなら、あむぴ。今まで楽しい生活をありがとう!
–––––––そう思っていた頃もありました。
家を出た数日後、間借りしているウィークリーマンションへ帰宅している最中、突然目の前に別れたばかりの彼氏が現れた。
降谷さんが怖いです。–––––公安の部下である風見刑事がそんな事を言っていた気がする。映画をみたのは、随分前だから、記憶があやふやだけれども、今の私は彼の気持ちがとてもとてもよくわかった。
「みつけた」
「ふ、降谷さん…」
目の前の元彼は目が笑っていなかった。口元は弧を描いているのに、目に光がない。怖い。怖すぎる。
恐怖で私が固まっている間に、あれよあれよと車に乗せられ、彼の自宅へ ドナドナされた。
部屋につくと、彼はリビングのソファに座り、そのまま私の腹をホールドして、彼の膝の上に座らせた。そして始まる現役警察官による取調べ。
「何で出て行ったの?」
「えっ、手紙書いたと思いますけど…」
「うん、読んだ」
目の前の男はにっこりと笑う。え?読んだならわかるよね?私、別れたいって書いてたんですけど…?思わず頰がヒクリとひきつる。
「でも、別れたい理由は書いてなかったし、それは君の希望で、俺の同意はそこにはないだろ?」
きょとん、と不思議そうに首を傾げる姿は、とても絵になる。流石イケメン。何をしてもかっこいいし可愛い。けれども、今の自分には恐怖でしかなかった。
「でも、私、もう無理なんです」
「無理?」
「貴方とお付き合いするのが」
だったら言ってやるしかない!覚悟を決めた私は口を開いた。前世の記憶なんて言えば、頭のおかしな人間だと思われてしまうから、それは避けて、オブラートに付き合えない理由を降谷さんに告げる。
いつ帰ってくるかわからない男を待つのは辛いこと、結婚するなら家事を分担してくれる男性でないと嫌なこと、仕事とはいえ他の女性と一緒にいる影がみえるのは耐えられないこと、約束をドタキャンするのが多くて疲れること、降谷さんに合わせて朝食は和食にしているけれども、朝はトースト派なこと。今まで降谷さんと過ごしてきて、私が感じて、けれども、忙しい彼にワガママを言ってはいけない、とグッと飲み込んできた不満をドンドンぶつける。まさかこんな事を思われていたなんて思うまい。降谷さんはきっと、彼女の思わぬ一面に幻滅した事でしょう!!
「うん…うん、それで?」
しかし、私の予想とは裏腹に、目の前の降谷さんの表情は一向に曇らない。あれ?おかしくない?何でこの男はニヤニヤしてるの??別れたい理由を聞かされてるのに何でそんな嬉しそうにしてるの??マゾなの???
「大体、降谷さんはさ、私と、仕事、どっちが大事なの…?」
はい、でましたーーーーー!
降谷零が嫌いそうなワード第1位!!!ワガママ彼女の定型文!公安の仕事を頑張っている彼を理解しきれずに自分の気持ち押し付けちゃう系彼女!さあ!降谷!言うんだ!俺の恋人は??????
「君が一番大事だよ」
降谷さんは甘い声で囁き、私の額に口づけを落とした。月9バリの甘さとスマートな言動だった。けれども、私の脳内は大混乱である。ホワイ?????え????貴方の恋人日本じゃないの????????おかしくない?????私の知っている降谷零ではない????????降谷零って何人もいるの????????
「君のことを愛している。だから、君の住むこの国を守りたいんだ」
降谷さんは私の手をとり指を絡める。恐怖と緊張で冷えた私の手とは違い、降谷さんの手はとても温かい。手のひらから体温がじわじわと染みる。
「今まで君はワガママひとつ言わないから、ずっと気になっていたんだ。いつだって君は僕にとって都合の良い彼女であろうとしていただろう」
降谷さんの褐色肌の指が、私の手の甲を撫でる。細かい作業が得意なのに、意外にも男性らしい、爪が綺麗に切り揃えられた太い指が、そろそろと、甲に浮かび上がる血管をゆっくり撫でる。
「だから今回、君がワガママを言ってくれてすごく嬉しかったんだ。初めて君の意見を僕にぶつけてくれたから。残念ながら"別れたい"という君の願いは叶えることは出来ないけれども、これからは、不満は全部言ってくれ。君のお願いなら何だって叶えるから」
降谷さんのドロドロ熱い想いのこもった視線がとても重い。あっ……これ、ワガママな女の子ほど可愛いってやつですね……性癖拗らせてるやつですね……。
私はそっと、降谷零から逃げる事を諦めた。日本警察のエリートから素人が逃げ切れる訳がなかったのだ。
※ ※ ※
降谷さんは何でも器用にこなすから意外と人に尽くすのが好きなタイプだったりするかもしれないなぁという妄想からの発展。
|
前作ではすごく沢山の反応ありがとうございました。<br />風見のオメガバースの続きを書いていたんですが、展開に悩んで行き詰まったので、息抜きにサクッと書いたn番煎じなお話です。<br /><br />前世の記憶を取り戻してまともな人間になるパターンはよくあるけれども、こっちもあるだろうなって……<br /><br />オリ主の名前は出てないです。
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前世の記憶を思い出したら恋人が性癖拗らせていた
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10043549#1
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※諸注意
・この作品は『名探偵コナン』と『刀剣乱舞』のクロスオーバーです。
・ちゃんねる風の作品となっておりますが、あくまで風。
・恋愛要素はほぼ無いですが、刀剣男士たちとは家族愛に溢れてます。
・筆者は体は大人頭脳は子供なので推理が出来ません。推理パートはことごとく潰してます。
・ご都合主義は魔法の言葉だと信じてる。
・若干とうらぶ贔屓になっており、名探偵側にとって少し不利です。
・公式さんとは一切関係がありません。
・誤字脱字、矛盾が大いに存在します。広い心で見逃しつつ、溢れる妄想力でカバーして下さい。
・地雷を予感した方は全速力で撤退すること推奨。
アンチ・ヘイトの意志はありませんが、受け取り側次第ではそう捉える方もおられるかと思いますので、閲覧は自己責任でお願いします。
今回はブラック本丸が少しだけ登場します。
(R指定は付きませんが、今後血表現や暴力表現が入る可能性はありますので注意して下さい)
・筆者の完全趣味。
合わないなと感じた方はそっとブラウザを閉じて鶯丸に入れてもらった緑茶でも飲んで忘れて下さい。
・筆者は未執行。まじっく快斗未履修(重要)。
・苦情は受け付けておりませんので悪しからず。
・以上を許せる方のみ、次のページからお楽しみください。
[newpage]
1 ななしの審神者
というわけだったんです…
まさかこんなことになるとは思ってなかった
2 ななしの審神者
というわけってなんだwwwどういうわけだよww
こんなことってなに。スレタイ的にうっかり刀無くしたバカ?もしくは任務とか?
3 ななしの審神者
スペックと経緯はよ
4 日傘
コテハン理由:常に装備してるから
(でも今は館内なので控室に置いてある)
スペック↓
加賀国所属の審神者歴3年
おんな
今年でハタチ
童顔
初期刀は加州
経緯はしばし待って
5 ななしの審神者
スレタイからもしやと思って来たらwwwwやっぱり日傘wwww本当にスレ立てしたんかよwww
6 ななしの審神者
まじで日傘wwwしかもなにwwまたなんかあったわけ?www
7 ななしの審神者
また米花町関係かよ…
8 ななしの審神者
え?
9 日傘
前スレ見てくれてた人ですか?
笑い過ぎでは…(=ω=。)
10 ななしの審神者
だから言っただろ!!日傘のエンカウント率は!!異常!!
11 ななしの審神者
待って待ってなに?スレ主の前スレがあるの?
12 ななしの審神者
初見の俺氏涙目
13 ななしの審神者
一応前スレのURL貼っとくわ
【行方不明の】米花町で捜索任務【審神者】
1ヶ月くらい前から政府がちょっとごたついてるだろ?
それの発端
14 ななしの審神者
あの修正主義者側の息がかかってる職員一斉検挙の?
え、スレ主なにしたの?
15 ななしの審神者
言っとくけど日傘は巻き込まれ&発端の不正職員捕縛した側だから
詳しく知りたかったら前スレ見て
16 ななしの審神者
ちょっと俺見てくる
17 ななしの審神者
私も
18 ななしの審神者
俺二窓にしとくわ
19 日傘
私の代わりに色々説明ありがとう。今回も任務です。そして政府のごたつきが今回の発端でもある
現在直面してる現実から逃げるためにスレ立てました
とりあえず経緯↓
現在政府が修正主義者の息がかかった黒職員のあぶり出し、尋問、白職員への業務引き継ぎで大わらわなのは皆さん知ってると思います
そして前スレで捕まえた職員が担当していた本丸の1つが、いわゆるブラック本丸でした
その本丸摘発の際、初期刀が紛失していることが判明
まともに会話が出来る刀剣男士によれば、その本丸の主が初期刀を現世に無断で持ち出し、そのまま放置(おそらく主の行動をずっと諌めていたことで主の反感を買ったからと思われる)
政府が慌てて初期刀の痕跡を辿ると、現世の富豪によって買い取られていたそうです
政府がその富豪に事情を説明し、同意が貰えたため刀剣を回収してきてほしい、というのが今回の任務でした
20 ななしの審神者
うわあ…ブラック案件か…
21 ななしの審神者
あの時の担当かよ!!!あいつまじでクソだな!!
立つ鳥跡を濁しすぎ!!!!
22 ななしの審神者
担当も主もクソだったばかりに、刀剣男士が辛い思いしたわけか。最低
23 ななしの審神者
最低な主だけど、ずっと道を踏み外さないように声を掛け続けてたんだな…ついぞ届かなかったみたいだけど
それどころか鬱陶しくなって現世に置き去りって…
24 ななしの審神者
どこにでもクズはいる
25 日傘
ブラック本丸に関しては、専門機関が動いているので深入りはしません
とにかく、私はそのブラック本丸から紛失していた初期刀を回収するために現世に降りたわけです
ちなみに同行メンバーは長谷部、薬研、不動
最初は来派でも連れてこようと思ったんだけど、保護者のやる気メーターが天井突破ならぬ床板突破したので今回はお留守番です
26 ななしの審神者
来派の保護者www
明石のやる気がないのは通常運転だろww
27 ななしの審神者
明石ってどこのどなた様でしょう???
居ない刀剣の話はやめて下さい…orz
28 ななしの審神者
難民湧いたww
29 日傘
>27
見知らぬ刀剣は妄想で補って下さい
>26
明石は通常以上のやる気のなさ
30 ななしの審神者
なにがあったしwww
長期遠征か?度重なる出陣か?
31 ななしの審神者
妄想で補ってwww難民への対応が適当すぎるwwwいろんな意味でw
32 日傘
>30
我が本丸主催の年に一度の音楽祭でハッスルしすぎた結果です
33 ななしの審神者
wwwwwwwwwwwwwwww
34 ななしの審神者
wwwwwwwwwwwww
35 ななしの審神者
音w楽w祭wwww
なにそれkwskしたいwwww
36 日傘
スレチになるし長くなるので割愛
もし無事に帰れてネタまとめる気力があれば別スレ立てるので許して…
37 ななしの審神者
おk、待ってる
そのためには今回の任務を無事に終えなきゃな
協力出来ることはするぜー
38 日傘
>37
ありがとう
私は最初、明石について来てほしいと頼むために彼の部屋に突撃した。すると泥のように床に溶けた明石が(まじでそんな風に見えた)
素で「うぉお!?」って声出た。「あるじはん…」って喋ったことによって泥が明石と判明。
私「なんだ明石か…」
明石「あんさん色気なさすぎやろ…」
否定はしないが失礼極まりなかったので蹴っ飛ばした。
私「明石、任務で現世に行くから来派連れて行こうと思うんだけど」
明石「自分は無理です…体動かへん…」
上記のハッスル祭でハッスルしすぎた結果、気力を全部持っていかれてた。しばらく使い物になりませんでした
39 ななしの審神者
ハッスル祭呼びすんなwww
40 ななしの審神者
床に溶けた明石www
41 日傘
で、ちょうど遭遇した長谷部にお願いしたところ二つ返事でOKくれた。あとたまたま近くを通りがかった薬研と不動も一緒に行くことに
先方にはすでに政府から大方の説明はされており、その富豪――ここでは相談役とする(財閥の相談役らしい)――も話の分かる気の良い御仁だったので交渉自体はスムーズに終わりました
(ちなみに同席したのは長谷部。短刀2人は美術館近くで待機してた)
42 ななしの審神者
>交渉自体は<
43 ななしの審神者
不穏な響き
44 日傘
察しの良いことで
実はその初期刀ですが、相談役主催のとある展示会の目玉として展示されることが決まっていたんです
政府側に相談した結果、展示会開催中の刀剣の護衛を私たちに任せることを条件に、展示することになりました
45 ななしの審神者
展示かー…刀剣によっちゃ、微妙な顔になるヤツだな…
46 ななしの審神者
え、ていうか結局展示されるわけ?
1週間も展示されてたら、修正主義者の良い的になるじゃんか
47 ななしの審神者
政府の不手際とはいえ、そこは土下座して謝ってでも展示は取り止めてもらうべきなんじゃないの?下手したら主義者の暴挙に一般人が巻き込まれるぞ
48 日傘
本当に察しが良くて助かります
実はこの展示会、当時の政府が編纂した歴史書に刻まれています
刀剣が展示されていた事、その刀剣を狙う不届き者が居たこと、ばっちり記述されている『正史』なわけです
49 ななしの審神者
50 ななしの審神者
51 ななしの審神者
52 ななしの審神者
なんだってええええええええええ!!!!!???
53 ななしの審神者
うっっそだろおい!!正史ってか!!?
ブラック本丸が現世に置き去りにした刀剣が富豪に買い取られたことも!それが展示会に展示されたことも!その刀剣が狙われたことも!!
全部正史だっていうのかよ!!!
54 ななしの審神者
ナンテコッタ!!!
55 ななしの審神者
パンナコッタ!!!
56 日傘
市民の安全を考えれば刀剣の展示は絶対に阻止すべきです。が、なによりも私たちが守らなければならないのは歴史です。市民の安全は警察の管轄であり、言ってしまえば私たちの仕事じゃない
私たちにとってこの20XX年が過去である限り、歴史を変えることは許されません
なので、正史の通り刀剣は展示。主義者からもそれ以外の不届き者からも守りきる
任務の難易度が一気に上がった…
57 ななしの審神者
そっか、最初は本当にただ刀剣を回収するだけだったんだな
それなのに、まさかの歴史に刻まれる一件に繋がってた所為で、任務内容に刀剣の守護が追加されたわけか…
58 ななしの審神者
たしかに歴史は絶対に変えちゃいけないから、展示を阻止するわけにはいかねーよな…改変に繋がっちまうわけだし
59 日傘
展示期間は1週間
その間私たちは時の政府が管理する、関係者のみが利用可能なマンションの部屋が与えられたので、そこに寝泊まりしてました
めっっちゃ広いし綺麗
リビングがあってキッチンがあって、さらに個別の寝室があったから4人で1部屋…と言っていいのか分かんないけど1部屋使った
セキュリティは科学にも呪術にも万全だし、本丸へのゲートを繋ぐのも自由なので、足りないものとか必要なものの補充も楽でした!
60 ななしの審神者
あー、現世の規約にも専用マンションや宿泊施設について載ってたよなー。まだ使ったことないけど
61 ななしの審神者
俺も
62 ななしの審神者
私あるよー
私の場合はちょっとしたゲート不良だったんだけど、ゲートが上手く作動しなくて、普及するまでの間だけって最寄りの施設に入ってた
億ションかよってレベルで凄いトコだった
ちなみに翌日には直ったから即行帰った。やっぱ我が家(本丸)が落ち着くわ
63 ななしの審神者
>62
まじかよ普通に行きたい
64 日傘
>億ション
まさにそれ。初日に短刀2人とはしゃいだわ。
私「やば!壁一面ガラス張りじゃん!」
薬研「お日さんの向きによっちゃあ眩しいな」
不動「暖簾か簾か…カーテンはねーのか」
私「あっこれ自動で下りてくる奴じゃない!?(リモコンぽちー)」
ウィーーーーーーン(窓にロールスクリーンが下りてくる)
「「「おぉおおおおおおお!」」」
テンション上がったので他にもあちこち触ったりして遊んでました
長谷部はせっせと任務用の書類とか自分の端末の設定弄ったりとかしてた
65 ななしの審神者
子供かよwww
ニキと不動可愛すぎじゃん
66 ななしの審神者
仕事モードは長谷部だけかwww
67 日傘
全員やるときはやるから!オンとオフをわけてるだけだから!
まあそんな話は置いといて、展示会では主義者側の襲撃にも備えて常に誰かしらが刀剣ブースに張り付いてました
が、さらに個人的な問題がつい先ほど起こりました
68 ななしの審神者
なんだ。なんでも言え
69 ななしの審神者
まさか?
70 ななしの審神者
まさかなのか?スレタイ回収くる??
71 日傘
察しの良い審神者は嫌いじゃないです^^
時系列順に行きますね
この美術展に刀剣以外で展示されるもう1つの目玉の宝石があるんですけど、それを狙う怪盗さんから予告状が届いたんです
「展示会最終日に宝石を頂戴致します」って
72 ななしの審神者
怪盗?そんなご丁寧に予告状なんて出す怪盗なんているの?二次元だけじゃないの?
73 ななしの審神者
20XX年の怪盗って言ったら、有名なのが1つ引っかかった
キッドのことか?
74 ななしの審神者
聞いたことある。白い怪盗だろ
75 ななしの審神者
白いやつ?鶴丸かな?
76 ななしの審神者
こいつは驚いた!
77 ななしの審神者
鶴丸が怪盗に仕立て上げられてて草
78 日傘
良く知ってますね。その怪盗キッドです
狙いは宝石であって刀剣ではないので関係ないやーって思ってたんです
この時までは…
79 ななしの審神者
おい不穏だからその言い方やめろ
80 ななしの審神者
実はその怪盗が修正主義者だったとか?
81 日傘
>80
主義者かどうかは分かりませんが、私が問題視しているのはそこじゃないんです
私「怪盗って…相談役さん、大丈夫なんですか?」
相談役「心配はいらん!今回もあやつが来るであろうと、すでに対策を用意しておる!」
なんか、もう何度も怪盗キッドと勝負をしているらしい。けど毎度盗まれてるんだって
どこが心配いらないの?心配しかない…
82 ななしの審神者
たしかにwwww結局盗まれてるんじゃんwww
83 ななしの審神者
毎度侵入されてるってこと?
もしキッドが主義者側だとしたら、侵入の手助けしちゃうじゃん。大丈夫なの?
84 日傘
>83
会場内は薬研と不動に見回って貰ってるし、刀剣の傍には長谷部がスタンバってるので、主義者と遡行軍は見逃さないと信じてる
それでだ。
相談役「それにキッドキラーの小僧も呼んでおるからな!」
日傘「キッドキラー…?」
キッド専用の殺し屋かなにか?
85 ななしの審神者
wwwwwwちがうだろwwwwwキッドを追うスペシャリスト的なやつじゃないのか?
ていうか日傘的問題って結局なんなの?
86 日傘
問題はこのキッドキラーさんなんです
ここでこのキッドキラーについて詳しく調べなかったことを猛烈に後悔しています
ちなみにこれが1週間前の出来事です。今日が最終日で、今日守りきれば任務は終了なわけですが…
先ほど相談役と打ち合わせをしていると、彼の姪御さんがやって来ました
相談役が展示会に招待したらしくて、友人たちと一緒に来てます
その姪御さん、なんかどっかで見たことがあるような気がするなーって、もやってたんです
彼女に続いてその友人とお連れさんたちが登場した。小さな子供たちも一緒でした
どうやら姪御さんによく遊んでもらっている子たちのようです。
が。
さあ。前スレを見て下さった方々、聞いて驚いて下さい
その子供たちの中に…
眼 鏡 シ ョ タ が お る
87 ななしの審神者
88 ななしの審神者
89 ななしの審神者
フラグ回収お疲れ様です
90 ななしの審神者
うわ―――――――――――!!!
[newpage]
コナンside
「さーて、着いたわよー!」
「わー!」
「でっけー」
園子を先頭に大きな展示館に到着した子供たちは、その真新しい外観を見てはしゃいでいる。
園子に誘われた俺たちは、鈴木財閥が主催する展示会にやって来た。新たに手に入れたコレクションのお披露目だそうだ。
これ見よがしにビッグジュエルを展示する旨を宣伝したところキッドからの予告状が届き、鈴木次郎吉相談役がキッドキラーとして俺にも来てほしいと言っているそうだ。
あの爺さん、ホント毎度飽きねーな。
「興味があるなら他のガキンチョ共も連れて来ていいわよ」という園子の言葉で、少年探偵団の面々と引率の博士も一緒に来ることになった。
キッドの予告時間に合わせて夕方の出発となったが、子供たちは予告時間前には帰る予定だ。
とある有名な人物の佩刀も展示されている、と聞いて、思わず「刀…」と呟いた。
それを拾った灰原が「興味あるの?」と横目で見てくる。
「いや…まあないこともねーんだけど…前にもどっかで刀を見たような気がして…」
「美術館で?それともあなたが関わった事件?」
「それが覚えてねーんだよなあ…」
最近…ていう程でもないけど、少しくらい前。なにかとても気になることがあったような気がするが思い出せない。
高校時代のクラスメイトが行方不明になったとき、もうひとつ何かが起こっていたような…。
聞き覚えのある声なのにどこで聞いたかわからない、というのと似た感覚で、非常にもやもやする。
今まではとくに何とも思わなかったのに、一度意識してしまえば、正体不明のこのもやもやが気になって仕方がない。
うんうんと悩む俺に興味をなくした灰原は前を向いた。
「ほどほどにしておかないと、湯気が出るかもよ」
「お前なあ…」
ジト目で睨むと鼻で笑われた。
例のビッグジュエルが展示されているフロアに相談役がいるとのことで、全員でそちらに向かう。
フロアに辿り着くと、すぐに相談役を発見した。園子が駆け寄っていく。
「おじさまー!」
「おお園子!よく来たの!」
振り返った相談役が快活な笑みで園子を迎える。
キッド効果でテンションの高い園子に続いて近づけば、ネームプレートを下げた女性、そしてその隣に控えるナイフのような鋭い美貌の男性も一緒にいることに気が付く。
近づいていた園子がいち早くその存在に気づき、蘭に絡みながら小声にするつもりがあるのかないのか分からない声量で「やば!イケメンよ蘭!」と騒いでる。
展示会の職員だろうか。
その男性はちらりと俺を見てから、不可解なものでも見たかのように眉を寄せ、しかし一瞬で興味が失せたのか目を逸らした。
女性の方は目立たないながらも、綺麗な佇まいをしていた。この女性…どこかで見た覚えがあるような…。にしても、若干顔が引きつっているのはなんだ?
イケメンにさらに浮かれた園子は、相談役に「この方たちは?」と尋ねた。
「ん?おお、この者たちはな、特殊な事情から今回の警備の一端を任せることになった、政府の職員じゃ」
「政府?」
政府の職員って…なんでこの展示会に?園子たちも「なんで?」と首を傾げている。キッドの予告状があるからだろうか…それともそれ以外で何かあるのか?
それにしても政府職員…どこかで聞いたワードだな…。安室さんたちも広い意味で言えば政府職員だけど、あえてそんな呼び方はしない。
一体どこで…。
雰囲気から、てっきり男性の方が上司なのかと思えば、紹介されて前に出たのはあまり目立たない女性の方だった。
「宮内庁所属の雨宮と申します。こちらは部下の長谷部です」
…え?
頭を下げた女性に倣い、長谷部と紹介された男性も会釈した。その様子を見ながら、俺は既視感に襲われた。
…雨宮…?ってどこかで…。宮内庁…雨宮……刀…。
「……ああ!?」
雨宮さん!
思わず声をあげると、彼女――雨宮さんはどこか諦めたように俺を見下した。
[newpage]
90 ななしの審神者
うわ――――――――!!!
91 ななしの審神者
待って待って待って待って!!!
92 ななしの審神者
まじでぇええええええ!?!?!?そんなことある!?!?
93 ななしの審神者
どんな偶然だ!偶然か!?本当に偶然なのか!?!?
94 ななしの審神者
だから!!!言っただろ!!!日傘のエンカウント率は!!!異常!!!
95 ななしの審神者
前回変なフラグ立てるから!!!!
96 日傘
泣くしかない
そこで芋づる式に思い出した。この姪御さんとそのご友人、前スレでちょびっとだけ登場した女子高生2人組。会ったことありました
今回も長谷部を見て「イケメン!」って騒いでます
97 ななしの審神者
ショッピングモールであの店員と一緒にいた子たちか!
98 ななしの審神者
イケメン店員
99 ななしの審神者
ねえまさか店員も…?
100 日傘
店員さんは!!いません!!!
100ゲト!!!
101 ななしの審神者
良かった
102 ななしの審神者
安心した
103 ななしの審神者
イケメンゴリラ回避
100オメw
104 ななしの審神者
きっと喫茶店でお仕事してるんだよ。もしくはゴリラ活かして探偵業に勤しんでるんだよ
105 ななしの審神者
ゴリラやめてww草生えるwww
106 日傘
私は生えないよ…眼鏡ショタはいるんだよ…
なんか探るように私の方じっと見てたから、たぶんさっきまでは忘れてたんだと思う
私みたいに「あれ…なんか見たことあるような…気のせいか?」くらいの違和感があったのかも。でももう完全に思い出されたけどね!
眼鏡ショタ「ああ!日傘さん!?」
って叫ばれた。
泣くわ。隣にいた長谷部に「知り合いですか主」って聞かれた
107 ななしの審神者
確かに知り合いだけども
108 日傘
私「以前、人探しを手伝ってくれたんだよ(捜索任務で言ってた眼鏡ショタです)」
長谷部「なるほど、この子供でしたか。どうりで」
私「お、長谷部もこの子が賢そうに見える?(本来の姿と子供の姿でダブって見えるの?)」
長谷部「賢いかどうかは分かりませんが、猫のようですね(ただし好奇心に殺される猫ですが)」
長谷部の心の声が辛辣すぎる
109 ななしの審神者
なんで通じ合ってんだお前らwwww
110 ななしの審神者
いやでも長く一緒に過ごしてたらだいたいは通じ合うようになるよ
111 ななしの審神者
猫wwwww
112 日傘
そして問題のキッドキラーですがね、この眼鏡ショタのことだった
この子、毎度キッドを追い込んだり、警察も見抜けないトリックの解明したりしてるんだって。とんでもない知識量と頭の回転の速さみたい
こりゃ事件も解決するわ。推定探偵じゃなくて正真正銘の探偵少年だった
新聞とかにも載ったんだって。眼鏡ショタのお友達の子たちが教えてくれた
113 ななしの審神者
ナンダッテ―――!!!
眼鏡ショタ(推定探偵)が眼鏡ショタ(キッドキラー探偵)だったってことか―――!!!
114 ななしの審神者
そのショタスペック高ェ――――!!!
115 ななしの審神者
探偵ならその好奇心も頷けるし、普通の一般人より着眼点も思考回路も違うよな…日傘やり辛そう…
116 ななしの審神者
前回も観察されてたっぽいこと言ってたな…眼鏡ショタも日傘たちのこと怪しんでたんじゃないですかやだ―――やり辛ェ――――
117 ななしの審神者
新聞載ったことあるってことは検索したら出てくるじゃんと思って検索したらまじで出てきた。この子が日傘の言ってる眼鏡ショタか…もう名前伏せる意味なくね?有名人だし
118 ななしの審神者
俺も調べた。マジの探偵やんけ…可愛い顔しやがって
119 ななしの審神者
でも本来の姿は青年なんだろ
120 日傘
疑惑の視線辛すぎ帰りたい
>117
もう眼鏡ショタで慣れちゃったし
>119
そう、眼鏡ショタは仮の姿!的なやつっぽい
眼鏡ショタ「日傘さんたちはどうしてここに…?」
長谷部「特殊な事情だ」
食い気味長谷部…眼鏡ショタちょっと引いてた
私「まあお仕事だよ」
眼鏡ショタ「キッドが関係してるの?」
本当に好奇心の塊だよ。好奇心に殺されないか心配だ。長谷部の鋭い眼光にちょっと怯んでた
姪「そうだおじ様!キッド様から予告状が届いたの!?」
姪御さんは嬉しそうにはしゃいでる
どうやら怪盗キッドは市民からとても人気があるらしいです。と言うのも、律儀な予告状に人目を引く白い衣装、盗み出す際のパフォーマンス、殺しや人を傷つける行為はしない
もう一種の芸能人的扱いを受けています
121 ななしの審神者
なんだそりゃ…なんで盗んでんの?意味ない
愉快犯か?
122 日傘
>121
その辺は良く知りません
本日がキッドの予告日とあって、警察の方々が大勢来ています。刑事さんたちを取りまとめている警部さんがつい今しがたやって来たんですが
以下会話↓
チョビ髭警部「相談役から話は聞いております。警視庁刑事部捜査二課の◯◯(警部さんの名前)です」
私「宮内庁所属の日傘と申します。本日はよろしくお願いいたします。キッドに関しましては警察の方々にお任せいたします。邪魔は致しませんが、何かありましたらご連絡を。私どもは刀剣の警備に専念しておりますので」
チョビ髭警部「ご協力感謝します」
キッド専門の課みたいなもんだそうだから、キッドに関しては遠慮なくお任せする
123 ななしの審神者
まあそうだよな。下手に関わって歴史に影響しても困るし
124 ななしの審神者
キッドも有名人みたいだから、接触も慎重にしないと
125 日傘
有名人なのもそうだし接触は慎重にならざるを得ないけど、そもそも泥棒だしね
歴史修正主義者が絡まない限りは警察の管轄だから、私たちが手出し出来ることじゃないし
おっと
126 ななしの審神者
どうした日傘?
127 日傘
警部「早速で申し訳ないのですが、キッド対策のため、あなた方の頬を引っ張らせて頂きたい」
私「はい???」
キッドの変装でないかを確認するために、全員の顔を引っ張るんだってさ
キッドは変装とマジックの達人だから、いつも誰かに変装して内部に入り込むらしい
128 ななしの審神者
二次元の怪盗らしくなってきたな
ていうか日傘頬っぺた引っ張られたの?付き添いは長谷部なんだろ?大丈夫なわけ…?
129 ななしの審神者
あ
130 ななしの審神者
あ
131 ななしの審神者
>警部終了のお知らせ<
132 ななしの審神者
↑やめろw
133 ななしの審神者
>128
その通り、長谷部が怒った
長谷部「貴様…主を疑うのか?」←微妙に殺気を込めて警部さんを睨む
警部「あ、あるじぃ?汗」
私「ちょっと長谷部落ち着いて」
長谷部「主に触れるだけでなく苦痛を与えるとは。見過ごせません」
私「長谷部大げさだから。これあの人のお仕事だから」
長谷部「わかっております。協力関係でなければ圧し切っていましたから」
私「アカン」
こいつ目が本気だ
134 ななしの審神者
アカン
135 ななしの審神者
アカン
136 ななしの審神者
長谷部的には精一杯我慢してたんだな
137 ななしの審神者
確かに主命(あるじいのち)な長谷部にしては抑えてる方(抑えてるとは言ってない)
138 ななしの審神者
その努力は認める。だがそれでもアカン
139 日傘
とにかく、長谷部を納得させるために頑張った
私「でもこのままだと私は怪盗キッドの変装かもしれないと疑われ続けることになるでしょ」
長谷部「主を疑うなど馬鹿らしいことです。俺たちが主を間違うはずがない」
私「もちろんそれは信じてるけど。他の人たちはそんなこと出来ないでしょ。それに、そんな私の部下である貴方すらも怪盗の仲間ではないかと疑われる。私はあなたの上司(主)として、あなたが疑われる可能性は排除する。そのために必要なことだよ」
長谷部「主…!分かりました。主のお気持ちを無碍には致しません。この長谷部、主の勇姿をここで見守っております!」
私はにこりと長谷部を見てから、警部さんを振り返った
私「大 変 お待たせいたしました。納得してくれたので、遠慮なくどうぞ」
警部「は、はい…」
正直、関係者以外の人からすればドン引きなやり取りだったと思う
でも私頑張りましたよね…?(=ω=。)
140 ななしの審神者
それは仕方ない
だって長谷部だし
うんうんww日傘頑張ったよwww
141 ななしの審神者
長谷部だもんな
日傘お疲れさん
142 ななしの審神者
wwwwwww
143 ななしの審神者
確かにワケを知らない人からすれば「何コイツらやばい…」とか思われる案件
144 日傘
警部さんだけじゃなくて、眼鏡ショタたちからも「なんだこいつら…」みたいな目を向けられた。辛い
眼鏡ショタまたなんか考え込んでる…もうやめてよ――怖いよ――
145 ななしの審神者
鳴いていい
146 ななしの審神者
↑とんでもない誤字してるぞ
147 ななしの審神者
アカン
148 ななしの審神者
日傘んとこの長谷部に圧し切られるぞ
149 ななしの145
鳴いたらアカン
泣いてもいい
150 日傘
誤字からの流れでちょっと笑いましたwむしろありがとうw
151 ななしの審神者
そう言えば薬研と不動は今も館内見回りしてんの?ていうかあの2人は紹介してないわけ?
152 ななしの審神者
まあ見た目子供だし、日傘たちは政府の職員として仕事だって言ってるから、子供姿の2人を連れ歩くのは難しいだろうけど…
153 日傘
>151
今は不動が刀剣見張ってる。薬研は今朝まで夜警してくれてたから仮眠中。あとで合流予定です
相談役に紹介だけはしてある。凄く頭が良くて身体能力が高いから政府公認で協力してもらってる、って設定で
154 ななしの審神者
多少無理やりだけど、まあ大丈夫だったんだな
まああながちウソでもないし…
155 ななしの審神者
夜警してたんか…そりゃ少し寝かせた方が無難だよな
156 ななしの審神者
刀剣男士は体力も人間以上だけど、まあ寝ればその分回復するしな
157 日傘
>156
そういうことです
夜警は夜目が利く短刀2人に交代で任せてる
夜警する子には夜食として私が握ったおにぎり渡してます。手作りだから、霊力の補充にもなるからね
長谷部が羨ましいとか言ってきたから朝ごはんに出した
薬研たちのことは、相談役は話の分かる気の良い御仁だったので実力さえあれば構わないって感じだった
薬研が「実力重視で生まれとか立場とか気にしないところは信長公に似てるな」とかぼそっと言ってた
まあキッドキラーとかって眼鏡ショタを起用して現場に入れてるくらいだしね
158 ななしの審神者
たしかに、夜なら短刀の方がいいな。おにぎりも理にかなってるし
薬研wwwぼそっと言ったのは正解wwあとの2人に聞こえてた場合いろいろと大変だぞww
159 ななしの審神者
審神者が作ったものとか多少なりとも霊力籠るから、お守り代わりに渡す奴も多いし
160 ななしの審神者
お札とかも自作の方が使いやすいって奴もいるしな
161 日傘
そんなわけで、予想もしていなかった再会に戦慄したため現実逃避も兼ねてスレ立てた
見守って下さい。そして愚痴を聞いて下さい。たまに気が向いたら助言下さい
162 ななしの審神者
おk。任せろ
163 ななしの審神者
しゃーねえな…トイレ以外は見守っててやるか
164 ななしの審神者
>163
またお前は…今日の近侍は誰だ、言え
165 ななしの審神者
「今、あなたの後ろにいるの」
166 ななしの審神者
あああああああああああああああああ歌仙ごめんなさあああああああい!!!
167 ななしの審神者
また歌仙かよ!
168 ななしの審神者
惜しい奴をなくしたな…
169 日傘
南無。
[newpage]
コナンside
思わず声を上げてしまった俺を、隣にいた灰原が訝しそうに見た。元太たちも知り合いなのかと口々に訪ねてくるが、雨宮さんに気を取られていた俺は返事をすることが出来なかった。
そうだ、雨宮さんだ。
どうして思い出せなかったのか分からないくらい、はっきりと、しっかりと彼女の存在を認識できる。
蘭と園子は「宮内庁だって!」とはしゃいでいる。灰原はなんで宮内庁の人がこんなところに?と首を傾げているし、博士は普通に驚いていた。
長谷部と紹介された美丈夫が再び眉を寄せて俺を見た。一瞬ではあったが、全身を探るように観察された…ような気がする。彼はすぐに雨宮さんに視線を戻して「知り合いですか主」と尋ねた。
――主。
そうだ、確か“前”もそう呼ばれていた。けれど、誰がそう呼んでいたのか…。目の前にいる長谷部さんだったような気もするし、全く違う人物だったような気もする。
とどのつまり、何も覚えてない。
雨宮さんは苦笑しながら「ええっと…」と迷いながら口を開いた。
「以前、人探しを手伝ってくれたんだよ」
「なるほど、この子供でしたか。どうりで」
「お、長谷部もこの子が賢そうに見える?」
「賢いかどうかは分かりませんが、猫のようですね」
猫?あんまり言われたことないな…。
無感情で温度のない視線はすでに俺から逸れていたが、雨宮さんはそんな長谷部さんを見て渇いた笑みを浮かべている。
隣にいた灰原がフッ、と笑った。
「ふふ、なるほど。確かにそうね」
「なんだよ灰原まで…俺って猫っぽいか?」
「好奇心に殺されそうな猫に、ね」
「うっ…」
嫌味だった。
灰原は、よく何でもかんでも首を突っ込むなと苦言を呈していたからそう言うんだろうが、あの長谷部って人とは初めて会った(はずだ)。だからそういう意味で言ったわけじゃない…と信じたい。
「この小僧がキッドキラーじゃ。今まで何度も彼奴を追い詰めたことのある、実力者じゃよ」
「え…」
次郎吉の爺さんの説明を聞いた雨宮さんの顔が引きつった。そしてちらりと俺を見て、即座に遠い目をした。おいおい…なんだよその反応。
「コナンくんて凄いんだよ!」
「新聞にも載ったことあるんですよ!」
「有名人だよな!」
光彦たちが雨宮さんに笑顔であのときも、このときも、と矢継ぎ早に話し出した。雨宮さんはそれを「へえ…」と聞きながらも表情はどんどん死んでいく。それをどう取ったのか、灰原が3人を止めた。
「あなたたち、その辺にしなさい」
「雨宮さんたちはどうしてここに…?」
「特殊な事情だ」
訊ねると、長谷部さんから食い気味に返事をされた。一貫して無表情の長谷部さんはそれ以上話す気はないと言わんばかりに言い切り、もう話しかけるなという意思表示からか視線を逸らされる。その様子に苦笑する雨宮さん。
なんかこんな光景前も見たような…。
雨宮さんは「ごめんね」と言いながら俺を見下した。
「まあお仕事だよ」
「キッドが関係してるの?」
懲りずに尋ねれば長谷部さんから鋭い視線をいただく。灰原からは「人様の仕事に首を突っ込むのはどうなの」とジト目を向けられる。半分くらい癖だよ…まあ悪癖寄りだよな、とは思ってる。
「そうだおじ様!キッド様から予告状が届いたの!?」
嬉しそうな園子の黄色い声に全員の意識が持っていかれ、結局俺の質問は搔き消えた。
相談役が狙われている宝石について話していると、毎度お馴染みの中森警部がやって来た。
今回は来るのが大分早いな。予告の時間まではまだだいぶあるけど…。
「アンタはまたこんなデカい展示会を…」
「おお、来よったか。早速じゃが紹介しよう。雨宮さん、警視庁の中森警部じゃ」
相談役が雨宮さんに中森警部を紹介し、納得した。
なるほど、政府の職員がやって来てるからか。中森警部は思ったよりも若い職員に一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに居住まいを正し自己紹介した。
「鈴木相談役から話は聞いております。警視庁刑事部捜査二課の中森です」
「宮内庁所属の雨宮と申します。こちらは部下の長谷部です。本日はよろしくお願いいたします」
子供たちは揃って首を傾げた。
「そういえばさっきも言ってたけど、くないちょう、って?」
「宮内庁っていうのは皇室の方々…つまり天皇陛下を支える人たちね」
「ちなみに、総理大臣が管理してるのよ」
蘭と園子に教えてもらった元太たちは「総理大臣!」「てことは、とってもえらい人ってこと?」「うな重いっぱい食えんのかな?」「元太くん、うな重は関係ないです」とか言っていた。楽しそうだなオイ。
雨宮さんたちに視線を戻せば、あらかた紹介と挨拶が済んだらしい。
「早速で申し訳ないのですが、キッド対策のため、あなた方の頬を引っ張らせて頂きたい」
「はい??」
突然の申し出に雨宮さんは間の抜けた声を出した。
「キッドは目当ての宝石を盗む際、我々のように宝石の近くにいられる人物に変装して近づきます。それを防ぐために、関係者には定期的に頬を抓らせて頂いてるんです」
「はあ…そうなんですか」
本当にキッドについては良く知らないようだ。あれだけマスコミに取り上げられているのに、知らないなんてあるのだろうか…。そりゃあ絶対にないとは言い切れないが、普段どんな生活をしているんだ?
雨宮さんと中森警部のやり取りを聞いた長谷部さんが警部を睨みつけた。その眼光の鋭さに、警部もそして俺すらも後ずさる。探偵団の3人なんか「ヒェ…」と身を寄せ合っているし、灰原も思わずといったように俺の服を掴んできた。なんつー目つきだよ長谷部さん…。
長谷部さんは中森警部を睨みながら、唸るような低い声を出す。
「貴様…主を疑うのか?」
雨宮さんが「ゲッ」という顔で長谷部さんを見上げた。中森警部は顔を引きつらせながら、聞き慣れない単語に困惑していた。
「あ、あるじぃ?」
「ちょっと長谷部落ち着いて」
「主に触れるだけでなく苦痛を与えるとは。見過ごせません」
雨宮さんがとりなそうとするも、長谷部さんは冷えた目つきのまま中森警部から視線を逸らさない。
「長谷部大げさだから。これあの人のお仕事だから」
「わかっております。協力関係でなければ圧し切っていましたから」
圧し切るって…物騒すぎだろこの人!
長谷部さんの様子に雨宮さんは顔をひきつらせつつも、この場をおさめるために必死に考えを巡らせているようだった。
「でもこのままだと私は怪盗キッドの変装かもしれないと疑われ続けることになるでしょ」
「主を疑うなど馬鹿らしいことです。俺たちが主を間違うはずがない」
「もちろんそれは信じてるけど。他の人たちはそんなこと出来ないでしょ。それに、そんな私の部下である貴方すらも怪盗の仲間ではないかと疑われる。私はあなたの上司として、あなたが疑われる可能性は排除する。そのために必要なことだよ」
若く見える雨宮さんの上司らしい姿に、失礼だが新鮮味を覚えた。こういう、部下に接する姿勢を見ていると働く大人の女性に見える…って、これもまた失礼な話だな。
長谷部さんはそんな雨宮さんの言葉に感極まっていた。
「主…!分かりました。主のお気持ちを無碍には致しません。この長谷部、主の勇姿をここで見守っております!」
うわ。
人を殺せるくらい鋭い眼光を放っていたのと同一人物だとは思えないほどの豹変ぶりに、フロアの一同がドン引きした。灰原すらもそろそろと俺の服から手を離し、未知の生物と出くわしたかのような困惑の表情で長谷部さんを見ている。
なんだあの人…雨宮さんに心酔でもしてんのか。雨宮さんが黒と言えば白でも黒になりそうな気さえする。
雨宮さんはにこりと長谷部さんを見てから、中森警部を振り返って深々と頭を下げた。
「大 変 お待たせいたしました。納得してくれたので、遠慮なくどうぞ」
「は、はい…」
政府職員にこんな変わった人がいるのか…?慇懃で折り目正しい態度だったので誰にでも丁寧な人なのかと思ったが、雨宮さん限定のようだ。しかも忠犬寄り…。雨宮さんは苦労してそう…。今回のようなことが、きっと他にもあったんだろう。
ご愁傷様だ。
雨宮さんが女性警官に頬を抓られている間、長谷部さんは睨み殺さんばかりに相手を凝視していた。少しでも変な動きをすれば即飛びかかりそうだ。任された女性警官は泣きそうだった。同情しかない。無事に終わった後、雨宮さんはひたすら謝っていた。こちらにも同情する。
前もその後も、雨宮さんはずっとスマホを持っていた。時折画面を見ては何かを打ち込んだりスクロールしている。仕事のメモか何かだろうか。
難しい顔だったり、肩の力を抜いていたり…職場からの指示なのかもしれない。
…そう言えば以前雨宮さんと会ったとき、安室さんもいたはずだ。彼女のことを調べてもいたような気がする。
彼は覚えているだろうか、いや、思い出すだろうか…。
念のため、連絡だけしておくか。
安室さんに宛てメールを打っていると、相談役が「そう言えば」と雨宮さんを見た。
「おぬしたちんとこの坊主どもはどうしたんじゃ?来とるんじゃろ?」
雨宮さんの顔がわずかにひきつった。俺はスマホに向けていた顔を上げる。
坊主ども…?子供がいるのか?仕事で来てるのに?いや、相談役からすれば中森警部だって坊主だもんな…子供とも限らねーか。聞くなら今しかねぇ。
「坊主って?雨宮さんたちの他に誰か知り合いが来てるの?」
「………」
遠い目をする雨宮さんを、長谷部さんはただ黙って見ていた。
[newpage]
170 日傘
うげ、相談役め余計な事を…
171 ななしの審神者
どうした。何かやらかした?
172 日傘
やらかしたといえばやらかされた
相談役「そう言えば、おぬしたちんとこの坊主どもはどうしたんじゃ?来とるんじゃろ?」
眼鏡「坊主って?日傘さんたちの他に誰か知り合いが来てるの?」
やめてくれよ―――すぐ食いついた―――眼鏡ショタの好奇心の餌になりそうな情報は与えないで―――
173ななしの審神者
うわあああ…これは食いつく…
174 ななしの審神者
眼鏡ショタ「わーい情報(餌)だ!」
175 ななしの審神者
眼鏡ショタ「これで日傘さんの正体を暴く手掛かりになるぞ!」
176 日傘
>174 >175
やめて
相談役「ああ、知り合いの坊主らしくてな、頭もよく腕も立つから協力してもらっとるとかなんとか…年のころは10代前半くらいか」
チョビ髭警部「また子供…」
私「…1人はまだ家です。もう1人はすでに来て、刀剣の護衛をしてもらっています。警部さんには、後ほどご紹介いたします」
チョビ髭警部「それは助かります。ないとは思うが、キッド変装に利用されてはたまりませんからな」
キッドの身長がどのくらいかは知らないけど、そこそこあるなら大丈夫だろうとは思うけど
まあうちの子が現世の怪盗に後れを取るなんてありえないけどね!!
177 ななしの審神者
たしかに
178 ななしの審神者
出た審神者ばか
179 ななしの審神者
審神者はだいたいこんな感じ
180 ななしの審神者
↑それな
まあ現実的に考えても刀剣男士が普通の人間にしてやられることは基本的にない
181 日傘
子供が来てるということで、眼鏡ショタのお友達の子たちがちょっと嬉しそうにしてた
「仲良くなれるかな」とか「会えたらお話したーい」とか…
純粋で普通の子供かわいい…眼鏡ショタもこんなんだったら良かったのに…
182 ななしの審神者
中身大人だからしゃーない
183 ななしの審神者
猫かぶりだから必然的に嘘っぽくなるのはしゃーない
184 ななしの審神者
でも突っ込んできては欲しくない。色々やり辛い
痛くない腹ほど探られるのは嫌悪する
日傘も我慢ばっかりするなよ
185 日傘
>184
ありがとう
こっちばっかり探られるのもあれなので、担当さんにメールで愚痴った
私「担当さ~ん、また眼鏡ショタがいるんです~思い出されました~…探る気満々好奇心マシマシな目でこっち見て来て凄い怖いです」
担当「ご愁傷様です。とはいえ任務に支障が出たりしたら困るので、こちらでも少し調べてみます。お待ちください」
さすが担当さん!!
186 ななしの審神者
さすが日傘担当
一応日傘担当スペック投下しとくわ↓
・めっちゃ仕事の出来るキャリアウーマン
・超有能
・美人
・フットワーク軽い(日傘から要請来て即行で悪徳担当の社宅凸した)
187 ななしの審神者
美人うらやま
188 ななしの審神者
>186
スペック乙!
日傘って担当のこと全力で頼ってるし信頼してるよな
189 ななしの審神者
まあ実際まじですごい人だからね、日傘さんの担当さん
ホント助かった~
190 ななしの審神者
>189
ん?
191 ななしの審神者
>189
え、会ったことあるの?まさか日傘の知り合い?
192 日傘
>189
ん?もしやです?
193 ドジっ子☆
前スレ見てくれた人はもしかしたら覚えてるかもー
どうもドジっ子☆です
日傘さんおひさ~
194 ななしの審神者
195 ななしの審神者
196 ななしの審神者
197 ななしの審神者
198 ドジっ子☆
ここは無言の多いインターネッツですねー
199 ななしの審神者
ですねー、じゃね―――――――よ!!
200 ななしの審神者
ど、ドジっ子ぉおおおおおおお!!
おま、おま、お前まじか!!!本物か!!
あ、キリ番ゲト!!
201 ドジっ子☆
>200
キリ番おめでーす\(^о^)
本物ですよー。証拠に前スレの後で日傘さんから貰ったお守りでも撮って載せましょうか
【紅白と黒の紐で結われた組紐のブレスレット】
202 日傘
>201
あー私があげたやつですねー。魔除けの組紐
使ってくれてありがとうございまーす
>200
キリ番おめ!
203 ななしの審神者
まじで本人か!ていうか組紐めっちゃ作りしっかりしてんな!日傘器用かよ
204 ななしの審神者
一緒に見てた石切が「これはとても質のいい厄払いや魔除けだね」とか言ってるんですが
良いモン貰ったなドジっ子
205 ドジっ子☆
>204
そうそう。うちの護神刀も同じこと言ってたよー
日傘担当さんからも聞いたんだけど、日傘さんて術関係が苦手な代わりに、作ったものに霊力を込めるのが凄く上手みたいでさ。こういうお守りとか魔除けが凄い効果あるんだって
だから日傘さんが作ったお札もめっちゃ強いよ
206 ななしの審神者
まじで!?そうなの!?
207 日傘
みたいですね…
でも私が作った効果抜群(らしい)のお札、私自身が使っても結局他のお札よりちょっと使いやすい、って程度なんですよね…
使い手が…私ですから…
208 ななしの審神者
あー…お札自体は凄いのに、使う側が…ってこと?日傘どんだけ術使うの苦手なの
209 日傘
そんな言うほどじゃないですよ!審神者の平均以下ってだけです
一般の人に比べたら出来ますよそりゃ!
210 ななしの審神者
そりゃな
211 ななしの審神者
まじか…じゃあ売れよもう…効果が確かなら売れるだろ。俺は買う
212 ななしの審神者
俺も買う
213 日傘
その辺は担当さんも検討中です…
もしあまりにも効果が出ちゃった場合、需要に供給が追い付かず、札やお守りの生産にかかりきり、になっちゃったら本末転倒なので下手に動けない状態です
214 ななしの審神者
あー、それはたしかに。本業は審神者だもんな
215 ななしの審神者
それに日傘の霊力だって無尽蔵じゃないし、出陣や手入れとか審神者業に回す霊力が不足したら大変だし
216 日傘
そういうことです。まあ期待せずに
ちなみに眼鏡ショタ達はさっきこの場を離れました。相談役の案内で館内を回るそうです
私と長谷部は警備なので不動と合流することに
刀剣ブースに行くと不動が小学生から高校生くらいの女の子たちに囲まれていたので、スタッフ権限振りかざして救出します
私「すみません、他のお客様のご迷惑になりますので」
客「あっ…すみませ~ん」
私を見て素直に謝罪する人もいれば、長谷部を見てイケメンがそう言うなら…と立ち去る人もいた(長谷部は一言も口を開いていない)
イケメンやばい…
長谷部「まったく、主の手を煩わせるとは…小娘共め…」
私「(それはブーメランでは?)不動、大丈夫?」
不動「…主ぃ…」
私「ごめんね、もしかしてずっとあんな感じだった?」
不動「ずっとってわけじゃねーけどさぁ、ちらほらと集まっては離れ、集まっては離れ…代わりっこでずっと話しかけてくるし、正直うっとうしかったぜ」
私「お疲れ様ー1人で本当にありがとう。怪しい人とかいなかった?」
不動「とくには」
相談役が気を利かせて薬研と不動の分もスタッフ用ネームプレート用意してくれてたおかげで、ずっと刀剣に張り付いてても不審には思われなかったみたい
まあだからこそ、説明係とでも思ったのか色々と声を掛けられちゃったみたいだけど
217 ななしの審神者
不動ドンマイwww
218 ななしの審神者
本当に普通にいい人だな相談役。子供相手だからって侮ったり軽くあしらったりせずに、きちんと大人と同じ対応をしてくれるのか
219 日傘
薬研と不動については本当に相談役のおかげでスムーズに警護出来てる
刀剣展示を許可してくれた礼として、せめて自分に出来ることは協力するって言ってくれたから
私「不動、疲れたならスタッフルームで休んでる?」
不動「別に…多少鬱陶しかっただけで、疲れてはない」
私「ストレスだって立派な疲労だよー」
不動「…俺が邪魔だってんなら、そう言えよ…」
不動には打ち合わせ中ずっと一人で警護してもらってたから、休憩したいかと思ったんだけど拗ねちゃった
私「邪魔なわけないじゃん。私は不動と一緒にいたいけど、無理はしてほしくないだけ」
不動「ふーん…アンタが打ち合わせで疲れたって言うんなら、付き添いくらいしてもいいけど…」
天使かよ
220 ななしの審神者
天使かよ
221 ななしの審神者
不動は天使、知ってた…
222 日傘
長谷部「主お疲れですか?ここは俺が見ておりますからどうぞお休み下さい」
私「あっ、大丈夫だから。いやまじで」
長谷部が食いついてきた
223 ななしの審神者
はせべwwwwぶれないwwww
224 ななしの審神者
主命(あるじいのち)は伊達じゃないwww
225 日傘
あ、来た
226 ななしの審神者
ん?来たって?
薬研?
227 ななしの審神者
そう言えば夜警だったから今まで寝てたんだっけ?
228 日傘
ちがう、薬研じゃなくて、眼鏡ショタご一行
229 ななしの審神者
230 ななしの審神者
231 ななしの審神者
232 ななしの審神者
…え
233 ドジっ子☆
わあ
[newpage]
コナンside
安室さんにメールを送信してからしばらく、俺たちは相談役の案内と解説で館内を回っていた。
折角来たのだから宝石以外も見て行くといい、という相談役の提案に好奇心旺盛な子供たちが喜んだためだ。
雨宮さんと長谷部さんは刀剣の警備に戻ると言って刀剣ブースへと向かって行った。ついて行きたかったが、灰原から睨みつけられ蘭からも手を引っ張られてしまったので諦めた。ちぇ。
作品を見てそこそこ楽しみつつも、ちらちらと雨宮さんたちのことが頭から離れなかった。今一番気になる方に脳思考が言ってしまうのは仕方ないと開き直る。
雨宮さんたちは悪い人には見えない…見えないだけかもしれないけど。でも長谷部さんは危ない。いろいろと。
「さっきの長谷部さんって人、めっちゃイケメンだったわね~!」
「たしかに…ちょっと怖かったけど…。でもあの女の人も若そうだったよね。宮内庁の職員さんだし部下もいるんだから、20は超えてるんだろうけど、私たちと同じくらいに見えたね。…て、女の人の年齢を予想するとか失礼だったかも…」
「あ~でもわかる!お肌とか髪とか綺麗だった~!化粧品なに使ってるんだろう」
園子と蘭も、別の意味で雨宮さんたちが気になったようだ。まあ女子高生の会話って感じだけど…。
先ほどの会話から、どうやら雨宮さんには長谷部さん以外にも連れがいるらしい。
それも10歳ちょいの子供だそうだ。いや江戸川コナンよりは年上だけど。
あの相談役は、自分が良いと思えば子供だろうと歓迎する柔軟さというか豪快さがあるからな…。まあそのおかげで俺も現場入りさせてもらってるから何も言えねーけど。
だが、相談役も一目を置く頭脳、身体能力か…どんなもんか気になるな。
安室さん宛てのメールにも、同行者について簡単に知らせとくか。何か知ってるかもしんねーし。
光彦たちは「会えたらお話したーい!」「仲良くなれますかね」とか話していて絡む気満々だ。どんな相手かにもよるが、こいつらはたいてい突っ込んでいくからな。それに乗じれば色々話を聞けるかもしれねえ。
すると隣から「ねぇ」と声を掛けられる。
「なんだよ灰原?」
「あなた、さっきの女の人と知り合いだったようだけど、何者なの?あの人たち」
どうやら雨宮さんたちのことらしい。灰原もやはり気にはなっていたようだ。博士も俺たちの傍に寄ってきた。
「うーん…」
何者と訊かれても…正直俺の方が知りたいくらいだ。
会ったことはある。それは覚えている…が、正直何を話したのか、どんなことがあったのかは、やはりぼんやりと靄がかっていて思い出せなかった。
――大切な人が消えてしまっても、その事実に気付けないなんて嫌だ。今確かに存在するひとが“消えてしまうかもしれない”未来から、少しでも多くのひとを守りたい――
彼女の言葉だ。ついさっきまで、誰が言ったのかすら思い出せなかったけど。雨宮さんが、俺に言った言葉。
今となっては、とても抽象的で何のことか分からない。けれど、きっと必死になっていたはずだ。雨宮さんは一生懸命何かを守ろうとして、俺はきっと、それを間近で見たんだ。
残念なことに、その内容を覚えてはいないけど。
そんな感じのことをぽつりぽつりと零すと、博士は「新一にしては、やけに曖昧じゃのう」と首を捻った。俺だってそう思ってるよ。
「本当に覚えていないの?」
「肝心なことはなーんも」
灰原はあごに手を持っていき考え込んだ。
「記憶の隠蔽…もしくは洗脳の一種かもね。工藤くんの夢や妄想の類でないのならだけど」
「お前なあ…」
否定しきれないのが痛い。
だが、俺だけじゃない。安室さんだって同じはずだ。そしておそらく、安室さんが情報を依頼した人物も、何を依頼されたのか覚えてない可能性がある。
調べた“何か”が分かれば、雨宮さんたちの正体を知る手がかりになるかもしれないが…。
「あ!さっきのお姉さん!」
「え…あ、君たち…」
声を上げた子供たちの視線の先には雨宮さんがいた。どうやらいつの間にか刀剣ブースに到着していたらしい。
そこには雨宮さんの他に長谷部さん、それから長い髪をポニーテールにした中学生くらいの少年がいた。
彼が雨宮さんの連れだろうか?
フロアの真ん中には横に長いショーケースが置かれており、その中には二段の刀置きに抜身の刃と鞘が飾られていた。
相談役は胸を逸らしながら俺たちを見て、声高々に誰もが知るあの名を告げた。
「これが、この展示会の目玉の片割れ。かの有名な幕末の志士、坂本竜馬の佩刀『陸奥守吉行』じゃ!!」
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※刀剣乱舞と名探偵コナンのクロスオーバー作品です。<br />続いちゃいました。<br />女審神者ちゃんがまたもや厄介ごとに巻き込まれながらも任務完了を目指します。<br /><br />なんちゃってちゃんねる形式ですので細かい所は無視の方向でお願いします。<br />創作の特殊設定が入ってます。<br /><br />注意書きはしっかりと読んだ上で閲覧下さい。<br /><br /> <br />主「あーかーしー!現世任務着いて来てー」<br />明石「アカン…こないだの(本丸主催の)音楽祭で向こう1ヶ月分の気力使てしもうた…動けへん…」<br />主「だからあれほど使いすぎには注意しろって言ったでしょ!」<br />清光「薬かなにか?」<br />明石「この機に気力使てしまえば休み貰える思て…」<br />主「今すぐ出陣させてやろうか」<br />明石「アカン…今出陣したら折れてまう…」<br />主「だろうね…。はあ、仕方ないから3日間休みにしてあげる」<br />明石「1ヶ月」<br />主「1日」<br />明石「…3日で」<br />主「よろしい」<br />*<br />主「というわけで、薬研、長谷部、不動のメンバーで行きたいと思います」<br />宗「待ちなさい、そのメンバーなら僕も誘うべきでしょう。まさかまた籠の中に閉じ込めるおつもりですか?」<br />主「またって何。え、行く?別にいいけど…宗三は今度左文字兄弟で一緒に出掛けようかと思っt」<br />宗「よろしい、待ちましょう」<br />主「変わり身ェ…」<br />宗三はこのあとめちゃくちゃ薬研と不動のファッションコーディネートした。<br /><br /> <br /> <br />祈りが通じたのか、小説を書きはじめてから新刃くんたちがゾロッと来ました!!<br />ずっと難民だったビックリ爺、弟丸、大典太、小豆!<br />やっぱり書くって大事ですね、宝箱はまだまだ残ってますが、浦島をゲットするまで開けまくります。<br />だってあと虎徹は浦島くんだけなんです。兄貴はめっちゃ来るんです。そねさんも鍛刀でめっちゃ来るんです。<br />もはや浦島を迎えよという無言の圧力ならぬ鍛刀の圧力にしか思えないので死ぬ気で宝箱開けます。<br />マス1つ踏むごとにせめて鍵1つだけでも落としていきやがれ下さい。<br />皆さんもレッツ江戸城ですよ!<br /><br /> <br />【追記】ランキング入りしました!<br />2018年08月26日付の[小説] ルーキーランキング 54位<br />2018年08月27日付の[小説] ルーキーランキング 13位
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【ここは】紛失した刀剣の回収【米花町じゃないはず】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10044025#1
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注意
クロスオーバー気味です
成り代わったけど、ほぼ設定が使えてない
ふわっとした設定だし、二番煎じの展開です
深く突っ込まずに、なんとなく読んでくださる方!
時系列とか考えないで!!
現実とは何一つ関係ありません!
現実の事件・人物とは関わりありません!現実と空想の区別がつく方のみ。
殺人鬼に成り代わった人の話が書きたかっただけ!
[newpage]
異常に運動能力が優れている、というよりは筋力が異常発達した人型ハルクとして爆誕してしまった。奇跡的に目覚めたどころが、存在自体がミラクル。これに医療関係者や防衛関係、その他の専門家たちが興味を持たないはずがない。脳への異常で筋力や運動神経が異常発達。常にドーピングをしているというか、人間の潜在能力がフルスロットであるようなものだ。
近隣の運動公園に監視付きで運動測定をしたところ、秋山先生の表情が驚愕を通り越して穏やかな微笑みが生まれた。ストップウォッチを見た。ウサイン・ボルトの記録は100m9秒58。
目玉が飛び出しそうな顔をしている監視の政府機関の人間に「もう、次のオリンピックに出そう。100から400までなら総なめにしてくれるし、女子記録をドーピング無しで塗り替えてくれるのでは?」と提案すると、彼は一行が病院に入るのを見届けると慌ただしく帰って行った。
ハルクやスパイダーマンのようなツラい人生を歩むかと思われた妹であったが、日本政府はそれよりは遥かに温厚だった。事故で高次脳機能障害になったものの、別バージョンのようなものだと思ったのかもしれない。監視付きで病院からの出入りは不自由になり、かつ検査も定期的に行い、身体能力を測定されたりはしたが仕方のない事だろう。
みどりも、病院関係者が手を尽くして説明し、ダメ押しにゲオでレンタルしたハルクの映画や身体に狐を封印させられた少年の漫画を見せて、過ぎたる力は人に忌避されるのだ、と教え込んだ。バスジャックで嫌悪の混じった目を向けられたことで実感しているのか、怯えた顔で大人しく頷いた。可哀想ではあるが、自覚をしなければ、みどりは破滅する。
たまたま奇跡のような確率で起こったことで、事故にあった男性がそれから驚異的な記憶力を発揮するようになったがごとき、人為的に再現の出来ない状態であるからだ。
ただし、武道家の招聘は却下され、防衛大学卒のエリート自衛官の女性がわざわざ指導に来た。自衛官というところに国の関心が感じられる。みどりのような身体能力の持ち主が平均なら日本は世界最大の軍事国家になっている。
「でも、あれは米花町をバスで経由したせいだと思うんです。だって、バスジャックですよ?バスジャック?麻薬カルテルの跋扈する南米ではなく日本で一緒に一度だってそんな目に合う人なんて1%以下です。本来は、みどりもあそこまでの騒ぎにならなかったかもしれません」
「…………まぁ、相手が卑劣な犯罪者でよかったと思うことだな」
雪女と名乗った女性自衛官が苦い顔をしたのがわかった。
日本のヨハネスブルクにしてリアル魔界都市、米花町。街を歩けば女性の悲鳴と共にひったくりが出るのは日常茶飯事で、それを有志の学生武道家が制圧する。些細なトラブルは殺人事件に繋がり、しかも推理小説のような凝ったトリックで伝説や呪いになぞられた惨殺をされることもある。そのうえ、テロも度々起こる。ISによる欧州のテロもここまで頻繁ではない。
自衛官としては身につまされるものがあるのだろう。世界の警察、軍は同時多発テロ以降、爆弾とテロという言葉に敏感だ。
東都も巻き込んだ大事件に繋がることも珍しくなく、そこの住人をからかったり怒らせてはいけないのは都民の常識だ。いつグサリとやられ、密室トリックで自殺に見せかけられるかわからない。一方、全国の探偵志望や推理マニアとしては己の力試しのための地として「我こそは」と乗り込んでいく。今回のバスジャックで犯人を刺激した小学生も、好奇心のままに突っ走る小学生ダンスィというだけでなく、自称「少年探偵団」であり、バスジャックを解決しようと行動したらしい。テロの制圧を行なう自衛官としては呻きたくなる所業だろう。
犯罪都市であり、事件が多すぎて眠らない街であるせいで、探偵の需要も多い。そのため、好奇心と英雄願望が強い子供ならば、そのような行動に出てしまうのもしょうがない。
当然ながら、みどりはGPS付きの携帯の常時携帯を義務付けられ、米花町への接近禁止を言い渡された。そうでなくても、米花町に好んでいくのはスリルを追い求める人間や探偵志望、報道関係者、そして事故物件でも構わないという金のない学生くらいだ。普通は行かないはずだが、世の中には、自分だけは大丈夫、と思ったり怖いもの見たさであるとか、検挙率は高いことから、人口流出は起こっていない。赤信号皆で渡れば怖くないの国民性。
聞いたところによると、怖いもの見たさで元アメリカ軍人が案内するツアーも組まれているらしい。有名な殺人事件や爆破スポット巡り。ロンドンのオカルトツアー並みだ。
「バスなどという密室に入ればバスジャックに備え、警戒するのが当然だ!」とみどりと一緒にしごかれたのだが、ミステリ世界Cというのはそういうものなのだろうか。
殺人事件がないとミステリも密室殺人も成立しないので、これくらいは事件が起きないといかないのかもしれない。そして、ちょっとアクション要素もある。
「わかるわ、男って本当に馬鹿よね。俺が守ってやる、とか解決するとか、身体を鍛えているわけでもないのに言って来て、自己顕示欲と承認欲求が強いのよね」
うんうん、とお茶を飲みながら、最近離婚したという秋山先生が頷く。
ちなみに秋山先生と雪女自衛官は男の愚痴を言ったことから意気投合し、男女平等社会と言いながら機会の平等すらなされていない社会に憤り、共働きなのに家事や子育ては女性の負担が多い日本社会に溜息をつき、医大の女性減点問題で男の傲慢さに酒を飲みながら怒りを露わにした。
二人がキレた切っ掛けも、なぜかサキが志望大学を大抵は受かったのに、例の大学から不合格通知を貰ったためだ。同程度かそれ以上の大学に受かっているだけに、噂には聞いていたが、本当にあるのかと感心したが、男女の機会の不平等に憤る二人には新たな火種である。
雪女は「防衛医大を受験すればよかったのに」と惜しそうにしていたが、みどりのところに通わなければいけないから、と言うと納得した。個人的には髪を切りたくないのも原因だ。
雪女は後日、病院に怒鳴り込んで来たDV夫を足払いをかけて転ばせていた。秋山先生が「あらあら、床で滑って転んだんですね」と異様に深い笑顔を浮かてスルーし、雪女は片手で掴みあげ「軟弱だな、腰抜けが!それで女のくせになど、ペニスがついてるのがそんなに偉いのか!!」とキレながら、どこかに引き摺って行く。世間のゴミが減るのはいいことだ。女性は秋山先生が支援団体と弁護士を紹介していた。
医学を学ぶ、と言った時に秋山先生は喜び、“妹”は何度も繰り返し、本当かと念を押してきた。少し考えてから「法医学か、精神医学で犯罪心理でも学ぶのか?」と聞いてきたが、別に志望しているわけではない。サスペンスに出てきそうな分野を真面目に言われた。
ふと、自分の中の“百合川サキ”が囁きかける。
病弱で大人しい子供ならば、満足できるし優しくしてやれそうだし、“百合川サキ”が殺した子供たちの分、子供の命を救えば業も多少はどうにかなるような気がして、「小児科って、どう思う?」と言ったところ、「絶対にやめろ」と反対された。
※
東都、特に米花町に関わったことのある人間にとって、絶海の孤島や雪山の怪しい洋館、土砂崩れで埋まりそうな道としか繋がっていない山荘なども要注意である。そこに舞台があり、かつてオペラ座の怪人を――何てことになったら詰みに決まっている。
電話線が切れたり、電波が届かなかったり、嵐で船が来なかったりするに決まっている。そして次々と連続殺人が起こる。それがミステリにおいての様式美というものだ。
今回のバスジャック事件で、アクション込みのミステリ世界Cを実感することになり、色々とトラブルに見舞われているサキは当然そういった場所も避けているし、最近は旅行にも行っていない。
しかしながら、秋山先生や雪女さんに半ば追い払う勢いで旅行に行く事を決定され、手には『第二のウサギ島!ウサギの楽園!!』と書かれたパンフレットを渡される。
みどりがあまりにベッタリで自立心が阻害されている。何か起こすのかと心配なのはわかるし、パニックを防ぐためかもしれないが、それを当然だと思うのは貴女にも周囲にもよくない、としばらく干渉し過ぎないようにと厳命された。
第二のウサギ島と言われる場所で、まったりと休日を過ごすしている。観光客は多く、保養所や島の歴史博物館はあっても、あやしげな建物はなく、陸との距離も泳ぎが得意な人間ならば辿りつける程度である。お土産を買っていると、近くに海底遺跡があり、財宝が眠るという伝説のある島があると、観光案内所で勧められた。都内で暮らす人間としては、そこから始まる血塗られた惨劇を想像せずにはいられない。それを察してか、慌てて観光案内のおばちゃんが付け加える。
実際は、それをネタにしたゲームや自然、美しい海へのダイビングが目玉らしい。勧められるままにフェリーで向かい、泳げる季節でもないので海辺で遊んだり、散歩をしたりし、湧水の出る島にグラスボートで魚を見ながら、寄らせてもらった。
自然を堪能していたところ、祠の向こうの亀裂で男性たちの声。子供の頃、夏休みに子供にいて欲しくない両親によって夏季限定のガールスカウトやキャンプに放り込まれていたので、アウトドアの知識は一通りある。要救助かと、覗き込むと何やら喧嘩をしていた。どうも、男性たちが来た出入り口は崩落しているらしい。そして静かになった面々を前にサキは悩んだ。
アトラクションらしき海賊船、中に通信機器はないだろうか。古い外見はリアルだが、整備はあまりされていなくて一部朽ちている。少し中を覗くと船底に隠し扉のようなものがあり、一部がキラッと輝く石。海ガラスが欲しかったのだが、見つからないので、これをみどりへのお土産にしよう。まさかいい年をした大人がゲームで喧嘩……。いや、アメリカではレアカードで銃撃戦になったこともあるというし、ゲームの恨みで虚偽の通報をするという事件もあるらしい。
ここは警察に連絡するのがベストだが、秋山先生に心配をかけることになるのは間違いがない。でも放っておくわけにもいかず、洞窟から出て、待っていた船長(グラスボートの持ち主がインフルエンザのため代行の元漁師)に「奥のアトラクションで男性たちが倒れていました」と伝えると、目を剥き、慌てて無線で通報し始めた。
大人げない男たちのトラブルがあったものの、あの船はガチの海賊船であったらしく、島の観光案内所に人間は「これで呪われた海賊船として売り出せる!!」と万歳三唱をしそうな勢いで、さすがに駐在に窘められていた。これからマスコミが来るだろうから、と最低限の事情聴取を受けると、グラスボートの船長が早めにウサギ島に戻してくれた。
「思ったよりアトラクションっぽくないし、骸骨も飾りだと思ってたんだけどなぁ。伝説って実際に見てみるとショボいものだよね」
ウサギ酒饅頭食べる?と差し出すと、“妹”は苦い顔で首を横に振った。
お茶は飲んでくれるようになったが、お菓子はあまり食べないらしい。チーズなどはよく食べるが、甘いものは好きじゃないのだろう。
ベットでの遊びは好きで、電子新聞をタブレットで見ると横から見たがる。大雑把で神経質。元よりあまり他人に興味を持たないようにしていたサキだが、“妹”とは仲良くなれるように相互理解に努めている。なかなかスリルショックサスペンスな話題が好きな妹のために、先日の出来事を教えたが、すでに概要は報道されているため、それほど感動はなかったようだ。
お土産のパワーストーン代わりの石を見せると、持ち上げて灯りに透かしている。何度か確認し、布で磨いてみたりしながら、呆れた表情が徐々に真顔になってきた。
「少し青みがかっててキレイでしょう?お土産にあげるのはちょっと地味だから、バイト先でインテリアとして置こうかなって……えっ、欲しいの?いいよ、あげるよ」
初めてのおねだり、可愛い!と頭を胸に抱き寄せてナデナデすると、大人しく身を任せて「お前、何かわかってないだろう」と溜息をつく。長い髪と吐息が胸に当たってくすぐったい。まぁ、あの海賊船が本物ならば宝石。うっかり落としても欠けたりしなかったので、ダイヤかもしれない。
元より世界一生まれ変わりと前世を信じているサキであり、現在は占い師のバイトをしていることもあり、オカルト的なことにはそれなりに知識がある。
とある美術館で人魚特集ということで英国の画家ウォーターハウスを初めとする幻想的で美しい絵を展示している。特設展では、世界各地の人魚伝説についての解説もあり、そこで『人魚の棲む島』の資料と解説をしていて、そこにバイト先のチラシもパンフレットと一緒に置いてある。ここのシルクスクリーンをバイト先でインテリアとして購入したところ置かせてもらえたらしい。
そこに自分を担当してくれた精神科医の先生がいた。さすがに告白を断った相手はプライベートでは少々会いにくい。だが、そんな心情には構わず、先生は青い顔で人魚の絵画を見ている清楚な女性をナンパしていた。さすが他人の精神に関わるプロ。あっさりとお持ち帰りされる女性。
「お幸せに」と祈りながらミュージアムショップで画集を買ってから帰ったところ、バイト先にその女性が来たのは驚いたが、「貴女はもう本当の事に気がついているのでは?」とそれらしいことを言いながらカードを見る。世界のカードの逆。占いが好きな女性は多く、その意味も分かるらしい。もしかして、毒親に悩まされていて、やっと家庭がおかしい、周囲は見て見ぬふりに気がついた女性なのだろうか?濁した相談であったのだから、言い難いことなのだろう。ド田舎の因習に振り回されていたり、四十代のオッサンと結婚を強要されたり?と家庭板並みの想像力の翼が広がる。占いはカード六割、メンタリスト三割、勘が一割でやっている。背中を押すか、受け流すか、耐えるように言うか。結果、サキは絡み付いた糸を断ち切って、終わらせるようにと背中を押した。
数日後、例の『人魚の棲む島』で島内全域を巻き込む大火災が発生したというニュースが流れた。折しも強風で火は瞬く間に広がったため、死亡者、重軽傷者は鰻登りで、島を維持できなくなる可能性も高いらしい。神社も不老不死伝説の人魚も、巫女ごと炎に消えたという。
[newpage]
※
女、という生き物は八割がたは美しいものを好む。嗜好に差こそあれ、それは共通だとジンは思っている。それは組織の幹部であっても例外ではない。
ジンが入手した石は息のかかったバイヤーに丁寧に磨かせたところ、半分に切った卵のような形状の青みがかったダイヤモンドであった。伝説の女海賊が相棒と再び海に冒険に向かう際の資金にしようとしたのか、相棒に残すためだったかは定かではない。
非常に歴史的にも、金銭的にも青天井の代物だが、高価すぎてラムをもってしても換金方法に苦悩しているらしい。砕くのは勿体ない、だが歴史上で消えたとされる宝石をそのまま売り出すのは確実に注目を集める。結果として、その処遇は保留状態。
そして、話を聞きつけた女性幹部たちは入れ代わり立ち代わり、ジンの元にやって来ては磨かれた巨大なブルーダイヤをうっとりと見つめている。それはベルモットですら例外ではないようで、溜息をつき、頬を紅潮させ、「こんなブルーダイヤ初めて見たわ。まさに奇跡ね」と目を潤ませる。キールなど半時間あまり、ジンが保管しているガラスケースに張り付いていた。
バーボンはどこでこんな国宝級の宝石を手に入れたのかと、しつこく探りを入れてくる。
ジンは美のわからない男ではない。憑りつかれるほどではないが、その宝石の美しさには素朴に魅入られていた。売り飛ばすのは少々惜しい気もするが、そこまでの執着もなく、組織の資金源が何十億、何百億と転がり込むというのならば、そのほうが価値がある。
出所を知ったウォッカは顔色が真っ白になり「怪物から宝石を手に入れるなんて、代償に何をされるかわかりませんぜ!?」と、呪われた宝石だから即座に手放すべきだと全力で主張し、最後には泣いて懇願までされたので、折衷案として組織でも幹部しか知らない保管庫に預け、所有権はラムに預けた。ただし、ラムが処遇を決めるまで管理はジンがする。
ジンはこの貢献で株があがったというのに、ウォッカの表情は暗い。この宝石が発見された場所でトレジャーハンターが殺し合いを演じ、後から来た“怪物”が掠め取ったのが気にかかるのだろう。まさに血塗られた呪いの宝石そのものに見えるのだろう。
あの“怪物”はどちらかと言えば愛想良くウォッカに接しているが、地獄のような女たちの解体現場や現代のハンニバル博士のような精神科医のインパクトが強過ぎた。気持ちは良くわかる。
ウォッカの感覚は割と常人に近い。運転技術や自分のマネージャーのような役割以外にジンがわからない機微を露わにする。このウォッカの反応が、ジンが一瞬「アイツを引き込めないか」と考えたことを撤回した理由でもあった。下手に口に出せば、白目を剥き、泡を噴いて倒れそうだ。
一般人どころか、下手をすれば組織の人間であっても、受入れ難い才能だ。危険でもある。組織に引き込めば、怪物を狩場に放すことになりかねない可能性もある。
狂気を(あれでも)かなり苦労して抑えていることもわかっている。
何度もセックスをすれば、その残虐性と激情の一端を感じることができる程度にはジンは経験値があり、裏社会に沈んでいる。それを修羅の巷に放てば、たちまち血に酔い、加速して止まらなくなる可能性もあった。ギリギリ、外部の協力者だ。怪物飼いを試みているジンだが、それでも血に飢えた怪物と対峙したいとは思わない。
正直、銃器無しのナイフ、もしくは肉弾戦ならば負けるのではないかと思うことすらある。
台所や私室にある、異様に揃えと手入れのいい包丁各種と手芸道具という名の鋭利な鋏には、未だに家庭用だと主張されても納得が出来ない。そういった調理用具、手芸用品の刃物をあの怪物は数えるのも馬鹿馬鹿しいほどに所有している。しかもそれを時折丁寧に研ぐのだから、容姿が美しいだけに、ウォッカが知れば、半狂乱になりそうな光景だった。
それよりも、ジンとしては「他に経験がないと、ジンちゃんがつまらないんじゃないかと不安だから」と真面目な顔で官能小説を読みだすダメっぷりこそが問題だ。どうにか取り上げたが、変に勘違いしていないか心配だ。
『ジンちゃん、可愛い、ジンちゃん』
「ジンちゃん」などと呼ばれ、頭を撫でられたり、額にキスをされ、“妹”としてジンを溺愛している時点で、まともであるとは思えない。
だが、ジンから見れば他の人間に対しての行動は甘く、一般的に親切であるというのに、ウォッカは「あれは畜産業者が出荷前の家畜を撫でるのと同じ優しさですぜ」と怯えた顔で主張している。
だが、その親切心が実証されることになった。
海の向こう、ウォッカがいるであろう海賊船を模した船が炎上し、轟音と共に海に沈もうとしている。さすがのジンも顔色を変え、車から出ることになった。
そして、猛烈にデジャブを感じるがさすがに一歩下がったのは、海面が波打ったと思えば、巨大で不気味なオレンジ色のカボチャの頭をした怪物――ジャック・オ・ランタンが小脇に獲物を抱えて這い上がってきたからである。ジンでなければ小さく悲鳴を上げていたことだろう。咄嗟に銃を構えなかったのは、直感とでもいうべき感覚が走ったからであり、二度目だということもある。
脇に抱えられていたのを地面に降ろされ、激しく咳き込んでいるのはマスクを外したウォッカである。マスクをつけ、礼服姿で冬の海で水泳などすれば、高確率で溺死するはずだが、なぜコイツは平然とした様子でカボチャ頭のまま、ウォッカの背中を擦っているのか。
ついでに、いくらジンであっても大柄で骨太のウォッカを抱えて泳ぎ切り、岸壁を片手で這いあがる自信はない。というか、不可能だ。
「兄貴、すいやせん……」
ウォッカの説明するところによると、ベルモットが仕込んだ犯人が監督にもそれに追従する人間にも地獄のような憎悪を抱いており、監督を殺し、船を爆発物で吹き飛ばした。もちろん、避難のためのゴムボートは念入りに破壊されていたため、冬の海に投げ出されたところ、知る人ぞ知る占い師として招待されていたジャック・オ・ランタンに声を掛けられ、場所を告げたところ、シャチのごときスピードの寒中水泳に付き合わされることになったらしい。
100%善意からの行動であろうが、ちらっと燃え上がり海に沈もうとする船と漂流する何かの一部を見ながら、「帰って着替えたら、ハンバーグ、いやステーキかな……一人で焼き肉はちょっと、」と呟いているジャック・オ・ランタンがふと、ウォッカに顔を向け「一緒にどう?“妹”がお世話になってるみたいだし」と物柔らかな声で誘ったが、ウォッカは全力で目を逸らした。
「――車に乗れ、送っていってやる」
「全身、海水でずぶ濡れだから、大切な車が汚れちゃうけど?」
「どうせ、ウォッカも同じだ。今回の礼だ」
常にはないジンが愛車にズブ濡れの人間を乗せるという寛大な言葉に、カボチャ頭を外した“姉”は真冬の海を泳いだせいで青褪めた美しい顔に微笑みを浮かべた。冬の海に光が広がるような、柔らかく輝くような笑顔だった。
ウォッカでさえ目を奪われるほどのものに、ジンも目を細める。自分を見る目には愛情と慈しみしか存在しない。男女の感情ではないからこその、心からの与える愛情だった。この手と美しさに身を委ねるのはジンは淀んだ闇に沈みすぎたし、その愛情が真実だからこそ狂気を感じる。
そして、聖書の一説を思い出さずにはいられない。悪魔でさえ光の天使を装う。未熟なせいか、装い切れてはいないが、夜明けの光に照らされた怪物はそうとは思えないほど美しかった。
[newpage]
※
毛利小五郎の元同級生である男性が婚約者と心中した。警察からは事件性なし、と判断されたものの、無理心中の疑いもあるそれを、双方の両親からの依頼で、いつになく真剣な様子で慎重に調査を進めていた。元同級生が嫉妬深く、しかし女性関係にだらしない面もあるということで、それが原因である可能性もある。
痴情の縺れが原因であるかもしれないそれを、別居中の妻でもあり、同じく同級生であった弁護士と一緒に調査すれば、司法解剖で女性が妊娠していたことが明らかになり、事件性が高まった。
コナンとしては、何としても関わりたいところだったが、男女のドロドロそのものの内容であり、事件現場によく突撃している子供であっても、とても関わらせることはできないという判断か、近寄らせようともせず、滅多にないほどの強い剣幕で怒られた。
婚約者であった女性が、何度も有名な占い師の元に足を運んでいるということで、その占いの館にコンタクトを取ったが、重大な個人情報であり守秘義務があるということで拒否された。
その占い師は今は江戸川コナンであるが、かつて工藤新一としていた頃に出会った占い師であった。なんでも知る人ぞ知る占い師であり、ファンも多いのだという。
コナンもどうにか聞き出そうとしたが、占いの館自体が15歳未満の立ち入りが禁止であり、しかも相談料が30分3000円だった。受付の女性に待合の客用の飴玉を渡されて「ぼうや~、大きくなったらまた来てね」と丁重に追い返された。一部には芸能人にもファンがいる有名な占い師が多いらしく、そのためかもしれない。
結局、妻である妃弁護士が占いの館のオーナーに話をつけ、相手側の弁護士と協議をし、いくつかの事項や、どのような結果であったとしても、占い師や占いの館に責任を求めないという内容の文書を作り、双方の両親と弁護士、同級生であり遺族に許された探偵である毛利小五郎、占い師とオーナーのみ、という約束で、弁護士事務所内での話となった。
無論、事件性を疑っているコナンがそれで納得するはずがなく、毛利小五郎に盗聴器を仕掛けて、その内容を聞いていて、そして残酷な結末に後悔した。
占い師は、その二人を双子だと思ったのだと言う。占い師になるにあたって相を読む練習をしたために一目でそれを口にし、男性は笑い飛ばしたが女性は強張った顔になり、タロットの月のカードで妊娠の暗示がでると、狂喜乱舞する男性と対照的に一瞬、暗い顔をした。
その後も、訪れた女性に「自分の勘違いかも知れないから」と言えば、DNA鑑定を行い、探偵を雇って生い立ちを調べ、その結果、双子の兄妹だとわかった、この子はどうなってしまうのか、と泣きじゃくっていた。
その話を聞いた双方の両親は泣き崩れ、毛利は「そんな、」と呻くばかりだった。
知らないこととはいえ、近親相姦、しかも一卵性の双子などという特異な二人の間の子供がどうなるか悩み、絶望したのだろう。それが心中なのか、無理心中だったのかはわからない。
だが、もう追及しても救いようのない話だ。
弁護士事務所の入ったビルの影に隠れながら、まるで一気に何十年も年を取ったような二組の夫婦を見送り、コナンはタクシーに乗ろうとした、かつてのように黒いベールを被った占い師の腕を掴んで、「ね、ねぇ!」と声を掛けたところで、強力な先制パンチをくらった。
「――また、会ったね」
喪服のような黒いワンピースに濃い化粧をした女性は長い睫毛を瞬かせて、はっきりと言った。コナンが手を掴んだまま凍り付いた。だが、相手は首を傾げると「なるほど、そういう世界でもあるのか」と呟き、そっと膝を折ると、綺麗に手入れされた指で頬を撫でる。
「な、なに言ってるの?僕は江戸川コナン!新一兄ちゃんの親戚だよ!!」
「親戚?」
「そ、そうだよ、双子みたいに良く似てるって言われるんだ!!」
相手は明らかに怪訝そうな顔をした。しまった、とコナンは今更ながらに思い出した。コールド・リーディングは卓越した占い師ならば、ある程度は身に着けている。たとえ、相手の情報が無くてもコールドリーダーは観察力と話術で幾らでも相手の情報を引き出すことができるという。あからさまに動揺している自分を見て、嘘を見抜けないはずがない。普通は幼児化など常識が邪魔をするが、占いという目に見えないモノを探る仕事ならば、そういうこともわかるのかもしれなかった。
「君は、工藤新一ではない」
「そ、そうだよ!」
「それならば、今の貴方は誰?」
告げられた言葉に、コナンは凍り付いた。
「きっと君も、謎を、人の秘密を貪り、周囲は悲劇と惨劇ばかりになるのだろうね」とそっと頬を撫でると、「おめでとう、探偵としてそれ以上の運命はない」と微笑んだ。
コナンは「また会ったね」と言ったのが、バスジャックの事件のことをうっかり口に出してしまったこと、児童書にあるズッコケ子供探偵が活躍する世界でもあるのか、もしくは偉大な探偵の過去編であるのと思っただけであることなと知る由もない。
特に悪意もなく、むしろ血塗られた探偵にとっては、殺人事件があってこそだと、純粋に祝福したなど、凍り付いているコナンは知ることもなかった。
[newpage]
・百合川サキ
悪意はまったくない。
本人も、うっかりバスジャックの時以来、という意図で言ってしまって、しまった、と思った。
むしろコナン君が親戚だと自己主張してきたので「あれ、日本人で青い目なんてそんなにいる?黒子の位置も同じじゃないか?」と逆に不審に思った。
占い師の時は、変に断言しないように厨二っぽい話し方をしてるだけ
・トレジャーハンター御一行
宝の在り処を見つけたが、出入り口は崩落するは宝はないわ、後をつけてきた男も含めて殺し合いになった。
・島袋君恵
精神科医と占い師に示唆され、薄々勘付いていた島民の真実にも気がつく。
こんな島も住人もなくなってしまえばいい
・狼男
実はもっとディープな恨みができた人
うっかりマリファナを勧められた身内が死んだとかラリッて轢き逃げされたとかそういうの
・加門初音
占い師に指摘されたことが気になり、調査したらガチだった
おまけに妊娠していて、色々と悲観。無理心中だったのか、二人で子供と共に心中なのかはわからない
・ジン
あっさり、ダイヤをもらって組織の評価があがった
自分より小さくて弱い子供や妹に対する与える愛情に戸惑ってる面もある
割と気を使われてることは自覚してるが、喜ばせようと官能小説で予習するのは止めた
・ウォッカ
助けられたけど、気分はジョーズ
・雪女
感情制御できない妹より、姉のほうに才能を感じてる。親友が出来た
こっそり諜報員になるか防衛省の職員になってくれないかな、医官として
チラッチラ
・コナン
相手が気がついていなかったのに、自分から墓穴を掘った
占い師に心底ビビッてる
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殺人鬼成り代わり、原作にコツコツ関わってきます(劇場版は割と潰してる)<br /><br />夢主に似合いのカクテルとか悩む……
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幼女連続殺人鬼が少年探偵と再会する話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10044956#1
| true |
※注意
・夢小説かはわからないけれどオリジナルキャラが主人公
・転生で原作知識持ち(曖昧)
・主人公の身体能力が割とチート
・色々と捏造&捏造
・うp主の原作知識がにわかの極み
・文才もなにもない駄文
・まじめなんてないと思う
・その他色々と酷い
以上を見て少しでもダメそうでしたら読むのをお勧めしません。
よろしければどうぞお進みください。
今回は景光視点、主人公視点、景光視点です。[newpage]蓮のことが気になり始めたの小学生のころからだ。
小学生のころは、今ほど喋ることはなかったが、何度かクラスが一緒になることはあった。
ただその時は、ゼロが一緒にいたし、蓮自身、誰かと遊ぶよりも一人でノートに絵を描いているのが好きな大人しいやつだった。
席が近いから何度か遊びに誘ってみたこともあったが、「推しを描くのに忙しいからノーセンキュー」という、変にカタカナ英語を使われて断られていた。
推しってなんだ……と当時の俺は思っていたが、真剣な表情で絵を描いているし、無理に誘うことはやめた。
しかし推しの正体が何なのか気になって、何度か紙を覗いてみて分かったことがある。
なんとなく俺に似ている、自意識過剰かもしれないが。
年齢的に全然違っているのだが、成長したらこうなりそうだなぁって感じの男性。
「それって誰だ?」
自分に似ている人物を描かれれば気になるもので、尋ねたことがある。
そうすると彼はガバッと机から顔をあげてこちらを見た。
「景光ってキャラクターなんだ!! 名前からして素敵だよね!! どっちも光を意味してるし、光と影ともとらえられる……尊い……」
ノートの端に『景光』と名前が書かれた。
まさかの俺と同じ漢字で同じ読みをするキャラクターだったようだ。
同じ読みで違う漢字は多いし、同じ漢字でも『かげみつ』と読むことが多い。
褒められて悪い気はしないし、俺も同じ名前だと言うことを伝えようとしてぎょっとする。
「な、なんで泣いてるんだ!? なんか悪いことしたか!?」
「だって景光漫画の中で死んでるから……思い出したら……日の光を見たら見守ってくれてるんだなって……尊すぎて無理……辛い……」
机に突っ伏してぐずぐず泣いている彼に、どうすればいいのかわからなくて、背中を撫でてやる。
キャラクターが死ぬってだけで、泣いたりできるなんて綺麗な心を持ってるんだなと思う、小学生だからまだそれが普通なのかもしれないが。
背中を撫でていると、ちらりと彼がこちらを見上げ、呟く。
「なんか君、景光に似てるね……」
「俺の名前も景光って言うんだ、風景の景に、光で景光」
「一緒の名前……いいね、強く生きて」
親指を立ててこちらを見てから、また紙に向き直った。
キャラクターの景光にはあんなに感情揺さぶられていたのに、俺に対する扱いは雑だなぁとか思ったが、元気が戻ったようでよかった。
それからも彼が絵を描いているときに「景光かっこいい……」だとか、「ほんと好き、推せる」とか呟かれるのを聞いて、なんだか自分が言われているみたいで恥ずかしかった。
小学校の時のイメージはそれぐらい……あとはあまり外で遊ばないのに運動が凄くできるイメージぐらいしかなかったが、二カ月ほど前、中学入ってすぐに図書室で借りた弓道の本を読んでたら机バンッてして、驚いた時には既にテンションが高くなっていた。
「生きろ、そなたは美しい」というどっかの映画で聞いたようなセリフを言ってくるので、俺がキャラクターの景光に見える幻覚でも見てるのかと保健室に連れて行ったが。
それから筋トレについての指摘を受け、それがきっかけで仲良くなれた。
やはりキャラクターと混同されている気がして、ちょっと納得いかないところはあるが、それでもくるくると表情を変えて反応してくれるのはとても嬉しかった。
反応が面白くて遊びすぎると、気絶してしまうのだけ気をつけたいのだが、未だに上手くいかない。
そして気絶した蓮を保健室に運ぶのが、既に日常になっている。
蓮の寝顔が可愛いと気付くのはすぐだった。
それからは起きてる時も、俺の一挙一動に慌てたり喜んだり楽しそうにしている彼を見ていると可愛いと感じるようになり、俺は彼に恋をした。
何度目かわからない保健室へ蓮を連れて行き、ベッドに寝かしてから、頭を一撫でして教室に戻る。
今日はなぜか、昨日暑くてパンツ一枚で寝たって言っただけで気絶された。
謎だ。ボディタッチがNGなのはわかっているが、それ以外でもよく気絶される。
ちなみにボディタッチをやめるつもりはない、反応が楽しいのと、俺のことを意識してもらえたら嬉しいから。
段々触れられる時間伸びてきているしこのままいけば慣れるだろう。
「…………ん?」
教室に戻り、ふと蓮のカバンの口が開いていて、中に入っているものが見える。
教科書ではなさそうだなぁと、少し開けて中を見てみれば、なんかHと書かれているタイトルで、表紙にはスーツ姿の男性キャラクターたちしかいない本だということが見てとれる。
漫画だろうか、しかしH……エロ本にしては女性が全然いない。
ここで見ることはできないし、蓮がどういうのを見てるのか気になったので、こっそりと自分のカバンの中に潜ませた。
もちろん戻ってきた蓮が、放課後、部活に行く前になくなっていることに気付かれる。
「あれ!? ない!?」
「どうした?」
素知らぬ顔で尋ねれば、泣きそうな顔の蓮に見られてドキッとする。
「あ、うっ、本……なくしたみたいで……」
「どんな本だ?」
「ぅう……ぁぅ……」
まともに喋れずに、うめき声だけが漏れている。余りの取り乱しように、さすがに焦ってしまう。
抱き締めて、落ち着くように頭をポンポンと優しく撫でる。
「大丈夫だから、なんか怒られるようなもの持ってきたのか?」
「ぅ、ん……見つかったら、おれしぬ……」
死ぬという言葉は、よく尊いとか言いながら言われることはあるが、泣きながら言われたことは無かったので罪悪感でいっぱいになる。
ここで本を返せば泣き止んでくれるだろうか。でも勝手にカバンを漁って取ったとなると、軽蔑されるかもしれない。
蓮には悪いが、隠させてもらう。
「大丈夫だ、カバンは教室から動かしてなかっただろう? クラスで誰かが騒いでたとかはないし、先生も何も言ってなかった。記憶違いとかじゃないのか? 今日も気絶してたし」
「そう、かな……」
「あぁ。それに何があっても俺が守ってやる」
「あ゛り゛か゛と゛う゛……!!」
あぁもう完全に泣いてる、ダメだな。
しばらくして泣き止んだ蓮を、空手部の方には俺が連絡するからと家に帰した。
泣きながら縋ってくる蓮はとても可愛く感じて……ちょっと自分の性癖が危ない方向にいっている自覚をした。
可愛い蓮が悪い、俺は悪くない。
俺はしっかりと部活を終えて、家に帰ってから部屋に籠り、すぐ蓮が持っていた漫画を読んだ。
…………うん、中学生には刺激が強すぎると思う。そりゃ見つかったらただじゃ済まない内容だ。
まず二ページ目からアソコと穴を丸見えにしてるサラリーマンな時点でダメだ。
アダルトグッズを開発しているサラリーマンたちが、実際にそれを実用して営業するとか、そんな感じの話。
もちろん客に使用してもらうので、アダルトグッズが使用されるのは男であるサラリーマンだ。
ちなみに客も男だし、どちらかというとそのサラリーマン同士で新人の教育でのあれこれや、ライバル部署でのあれこれだったり……
うん、刺激が強すぎる!!
刺激が強かったのは、まぁ置いておこう。
重要なのは、これを読んでいる蓮は、男同士に対して偏見がないということなのかどうかという点だ。
翌日、まだ多少元気がない蓮に、いつもよりも多めにボディタッチをして気絶させる。
昨日漫画で読んだ、男同士でヤる場所らしいお尻を少し揉んだ。
柔らかかった。
蓮を保健室に運んでから、漫画をそっとカバンの奥に戻せば、任務完了だ。
昨日必死に探して無かったものがカバンにあったら怪しまれそうだが……蓮なら大丈夫だろう、純粋だし。
あとはさりげなく、同性愛について確認していって……大丈夫そうなら告白をする。
ダメなら……少しずつこちら側に絡め落としていこう。
「……あれ、アレ!?」
放課後の帰り際、蓮が声を上げた。本を見つけたのだろう。
「どうした?」
「あ、いや、昨日なくしたと思ってた本が見つかって……あれ、でも昨日中身ひっくり返したのにな……なんでだろう」
首を傾げている蓮、やはりバレていないようだ。可愛いな。
「どんな本なんだ? 学校に持ってきたらヤバいやつって、エロ本か何かか?」
「い、いやァッ!? そ、い、漫画だから!! 漫画!! 見つかったら怒られるだろ!!」
明らかに声が裏返っているが、ここは騙されておこう。
「どんな漫画なんだ?」
「え……あ、の……おもちゃの、開発を、している人たちの、漫画です……」
なるほど、おもちゃはおもちゃでも大人のおもちゃだけど、間違いではないな。
目が完全に泳いでるが、これも純粋に受取ろう。
「面白そうだな、先生もいないしちょっと見せてくれないか?」
「ダメ!! ダメ!! 無理!! ダメ!! 中学生にはまだ早い!!」
「蓮も中学生だよな……」
「そ、うだけど!!」
「それに中学生にまだ早いおもちゃの漫画って……」
「う、あの……その、専門用語とかが、ね、多いから……」
うん、まぁ確かに、えねまぐらとか、でぃるどとか、潮とか、専門用語はあったな。
前半二つはグッズの名前なのはわかったけれど、潮はよくわからなかった、男から出るものらしい。
「でも、蓮はそれ読んだんだよな?」
「お、俺は兄ちゃんに説明してもらいながら、だった、からぁ……」
「じゃあ蓮が説明してくれればいいな」
「――――ッ、とにかくこれはダメ!! 俺が死ぬから!! 漫画だったらなんか他の持ってくるから!!」
カバンを抱えて睨みながら言われる、さすがにこれ以上は嫌われそうだから大人しく身を引く。
「わかった、それじゃあ面白い漫画楽しみにしてるな」
それに、蓮が進めてくれる漫画も気になるしな。
「ま、まかせちょけ」
何だ今の、噛んだのか、可愛いな。[newpage]面白い漫画と言われてハードルがめっちゃ上がった気がする、しかしこれを見られるよりは全然マシだ、まだ生きれる。
ほんと、ほんとなんで教科書の中にこいつ紛れ込んでたんだよ!! 昨日の放課後から生きた心地しなかったわ!!
この作家さん好きだからこの本は悪くないけど!! 神だけど!! 素敵な出会いをありがとうって言いたいけど!!
いや、もうこいつのことは一先ず忘れよう、貸す漫画考えなきゃ。
貸す本って言っても、普通のだったら大体十巻は超えるシリーズものが多いんだよなぁ……有名どころでアニメやってるのは貸すの今更感あるし……
だからってBLは無理だし……
少年誌の有名どころでお茶を濁す――――いや、待てよ。
俺は景光に松田とホモってもらいたいんだ、つまり幼いころから慣らした方が後でそうなるより拒絶が少ないかもしれない……これだ。
うん、だからって今日持っていってたやつは完全にアウトだ、精液が出なくなるまで搾り取られてたり軽くアヘッてたりするし、完全にアウト。
高校生同士の綺麗なやつにしようか、エロなしの。
……あんま無いんだけどね。
出来れば松田くんに近いキャラが攻めだとグッド。
エロしかないんだけどぉ!?
高校生の性欲舐めてた!! 気持ちが通じて即合体じゃねぇか!!
誰だこんなエロいのばっかり買ったやつ!! 俺だ!! いや、正確には俺が頼んで買ってきてくれた兄ちゃんだけど!! 俺だ!!
ダメだ、高校生はダメだ、もうちょっと範囲を広げよう。
もうちょっと大人な感じの恋愛をね……
大人の方がエロいよぉおおおお!!!!
3Pとか4Pだものぉおお!! おもちゃ使ってるもんんんん!!
プレイが過激になっただけじゃねぇかぁあああああ!!!!
誰だこんなエロいのばっかり買ったや俺だ!! いや、正確に俺だ!!
ダメだ、きつい……やはりこの作戦は諦めようか……あれかな、腐女子とかが出てくる一般漫画とか渡そうか、書道家の先生だとか、絶望してる先生だとか、妹が可愛いわけがないやつだとか……
あぁ、今世ではまだ発売されてないですねー……つら……逆になんで商業BLは俺の生きてた時代の置いてあるんだよ……ありがたいけれども……
「んー……あー、もうこれでいいか」
表紙はしっかり服着てるし、片方和服で幽霊に憑りつかれやすい受けを、寺の息子が気にかけてなんやかんやあって結ばれる感じだし、恋愛以外にも幽霊云々とかの話で面白いし。
うんうんうん、大丈夫だろ、ちょっとエロ入ってるけど、体全体写してるから細かいところよくわからないだろうし、四ページぐらいだし、バレないバレない。
あ、同時で収録されてる方ちんぐり返しっぽい描写あるけど、ギャグっぽいしバレへんバレへん。
この時の俺は探すのに疲れていて感覚がマヒしていたが、この選択が結構良い方向に転がる。[newpage]「おはよう景光」
「おはよう蓮、本は持ってきたか?」
朝登校してきた。いつもよりもちょっと遅い時間だし、寝不足なのかたまに目をぎゅーっと瞑っている。
それすらも可愛いと思えるのだから、恋は盲目というのは本当なんだなと思った。
「うーん、あんまりいいのなかったから自信ないんだけど、一応……」
蓮はそういうと、机に置いたカバンを開き、中を探ってブックカバーのついた本を一冊差し出してくる。
礼を言って、中をパラりと捲る。
あぁ、女性がちゃんと出てる、やっぱり普通の持ってきたんだな、主人公と良い感じそうな雰囲気になってるし。
「家に持ち帰って読んでね、見つかったら嫌だから」
「あぁ、悪いな、ありがとう」
もう一度礼を良い、自分のカバンにしまう。
そういう系じゃないのはやっぱり、バレたくないからか、それともあの本は誰か家族の物が混ざっていた可能性もあるのか。
どうやらああいう漫画はBLと言うらしい、昨日少しネットで調べて出てきた。
それを好きな人は基本腐女子という女性たちなようで、男性も腐男子と呼ばれる人たちがいるそうだが極少数らしい。
家族は兄がいるということだけはなんとなく聞いていたが、しっかりと聞いておこう。
「蓮ってお兄さんがいるんだよな?」
「うん、いるよ」
「お姉さんとか妹さんはいないのか?」
「兄ちゃんと二人兄弟だよー」
よし、蓮の私物の可能性が増えた。母親の可能性もあるだろうが、親が中学生に見せるように教育はしないだろうし……
漫画本ははぐらかされてしまったし、もうちょっと情報を引き出すか。
ちょいちょいと、手招きをしてみれば、首を傾げながら蓮が寄ってくる。
口元に手を当てて内緒話のポーズをすれば、耳を近づけてくれた。
「男同士でセックスってできるのか?」
それを言っただけで蓮が気絶したのは悪かったと思っている。
最近は気絶してから起きるまで大体二時間だということが分かったから、その時の休み時間に保健室に迎えに行く。
少しでも俺を意識してもらえれば嬉しいからな。
蓮も休み時間になった瞬間に教室に向かっていることがあるから、途中の道で会うことも多いのだが、今回はまだ寝ているらしい、保健室が見えてきた。
「落ち着け降谷!! お前は勘違いしてるだけだ!!」
「勘違いじゃない!! 俺の本心だ!!」
寝顔が見れるだろうかと考えていたところに、蓮と、なぜかゼロの怒鳴り声が聞こえてきた。
何が起こっているのかわからないが、嫌な予感がして急いで保健室の扉を開けた。
いつも蓮が寝ているベッドには、カーテン越しに誰かがベッドに乗り上げているのが見えて、焦る気持ちのままに乱暴にカーテンを開く。
「大丈夫か蓮!!」
カーテンの先に広がっていたものは、蓮のことを押さえつけて襲っているゼロの姿だ。
「ヒロ……!? なんでここに……」
「蓮から離れろ、ゼロ」
驚いた顔をしているゼロに、低い声が出る。
ここまで頭にきているのは初めてだ。
一向に退く気配のないゼロの首根っこを掴んで、ベッドから引きずり降ろして蓮を抱き上げる。
その体は震えているように見えたが、抱き上げた瞬間に収まって、安心してくれたのがわかる。
「大丈夫か?」
「大丈夫だから降ろして死んでしまいます」
「死なない死なない」
「死ぬってほんと待ってくれー!!」
さっきまで襲われていたのに、既にいつもの調子な蓮にこちらも軽く返す。
まだ怒りは収まらないが、蓮を怖がらせては元も子もない。
あぁでも、危機感が無さすぎる蓮には、少し反省してもらわないとな。
「俺に抱かれながら死ぬなら嬉しいだろ?」
いつも尊い死ぬって言ってるんだから、そう言ってやれば、蓮はまた気絶してしまった。
ゼロがいる保健室に戻してやる気は起きないから、家に連れ帰ることにする。
クラスに戻り、自分と蓮の分の荷物を肩に担ぐ。
「蓮の体調悪そうだから、連れて帰る。先生には適当に誤魔化しといてくれ」
「え、そんなやべぇの? ていうか家族に迎えに来てもらえばいいんじゃね?」
「誤魔化しといてくれ」
「アッ、ハイ」
笑顔で頼めば聞いてくれる、優しいクラスメイトだな。
さすがに荷物二つと、意識のない人間を抱えての移動は少し疲れたが、蓮のくれた筋トレメニューのおかげで、なんとか無事に家に着いた。
もちろん俺の家だ。蓮の家の場所はわからない。
うちの両親は共働きなので、鍵を開けて、誰もいない家に入る。
荷物を玄関に置き、一先ず蓮を自分の部屋のベッドに寝かせた。
好きな子が自分のベッドに寝てるってだけで……なんか、なんかクるものがあるな。
額にかかっている前髪を横に流して、でこを見えるようにすれば、いつもよりも幼く、可愛く見えて、思わずその額にキスをした。
…………これ以上ここにいたらまずいかもしれないな。
ゼロみたいなケダモノと一緒にはなりたくない、起きるまでリビングで待っていよう。
荷物もとりあえずリビングに置いて、丁度いいと蓮から貸してもらった漫画を読むことにした。
学校ではちょっと中身見ただけだったし、しっかりと読んで感想を言わないとな。
漫画を取り出し、そういえば表紙を見ていないとブックカバーを外してみてみる。
……んー? 男二人しかいないな、あれ、あの女性キャラは……
表紙は一見、和服の青年と背の小さい青年で、小さな幽霊っぽいのが飛んでる。
日常系のファンタジーかな? っといった感じの見た目だ……
まぁでも、ファンタジーならやっぱり普通のやつか。
普通に和服の青年が小さな青年にキスしたな。
早い、早い。序盤なんだけど。それにあの女性幽霊だったし主人公に憑りつこうとしてたし。
あぁそういえばタイトルがとり憑かれやすいとかだったな、幽霊的な存在から守られていくうちに次第に惹かれて行って……
合体してるなこれ。
いや、この前見たものよりも全然優しいとは思うが。繋がってるよなこれ?
いつの間にか繋がっているし、いつの間にか終わってるし、大事な部分は白くぼやけてるからわからないが……
前のがダメでこれはいい理由はなんなんだ……やっぱりエロさなのか……
あぁでも、この前のと違って、性別で悩んでるのとかは、少し共感できたな。
性別とか関係なく、蓮のことは幸せにしてみせるが。
……そろそろ起きただろうか。二時間ぐらい経ったし、起きたらどこだかわからなくて混乱しているかもしれない。
この漫画を渡してきた真意も知りたいし、蓮が寝ている自分の部屋に向かった。
扉を開ければ、まだ布団の中にいて、目を瞑っている顔が見えたが、それは一瞬で開かれ、視線が合う。
「おはよう……?」
「おはよう蓮、調子はどうだ?」
「大丈夫だけど、ここ景光の部屋……だよね?」
「よくわかったな」
「布団から景光の匂いしたから」
匂い……匂い、なんだそれ、俺のことは匂いだけでもわかるってことかよ……
ちょっと顔がにやけそうになるのを、手で覆って隠す。
「俺、なんで景光の部屋にいるの?」
「覚えてないか? ゼロ……降谷のことだが、ゼロに襲われてて、助けたらまた気絶したんだ」
「いや、なんとなく覚えてるけど……それでなんで景光の家?」
「ゼロがいる保健室に戻すのは危ないと思って。蓮の家の場所がわからないから、俺の家にした」
「授業は……?」
「早退した」
「なんで!? 学生のころの無遅刻無欠席無早退って大事だよ!? 皆勤賞とか!!」
「俺は蓮の方が大事だ」
焦った表情の蓮に、当たり前のことを言ってやればぽかんとした顔をされる。
そしてその顔は手で覆われた。
「イケメン怖い……」
今のでなんで怖がられたんだ……男心は難しいな……
「えっと、迷惑かけてごめんね。それじゃあ俺、帰るから」
そう言って立ち上がろうとした蓮の肩に手を置いて、ベッドに座らせる。
蓮は首を傾げてこちらを見上げているので、にっこりと笑ってやった。
「蓮から借りた漫画読んだよ」
「あっ……」
「感想聞きたいだろ?」
「あっ、あっ、ん……そ、そうだね……うん」
自分で選んだものを俺に渡したくせに、あの内容を読んで俺が嫌ったり避けたりするとでも思ってるのだろうか。
怯えているのは可愛いが、目を逸らされるのはちょっとムッとしてしまうから、早く安心させてやる。
「あの漫画、面白かったよ」
肩を並べて隣に座り感想を言えば、ガバッとこちらを向く蓮。
「ほんと!?」
「あぁ。男同士でそういう関係になるのには驚いたけど」
「あぁあああ、うん、ごめんねほんとちょっと頭回らなくて変なの選んじゃって……」
「いや、いいよ。それよりも、蓮はああいうの、興味あるのか?」
一番大切な部分だ。
これの答えで、今告白するかどうかが決まると言っても過言ではない。
だが、ああいう漫画を好んで読んで、俺に渡してきたってことは……俺にも意識してほしくて渡したってことだろう……?
期待している俺に、彼が口を開く。
「興味があるというか、尊いよね!!」
「とうとい」
とても楽しそうに言う蓮。
待て、この流れは違う。
「景光は偏見しないで受け入れてくれそうだから言っちゃうけど、俺男の子同士が恋愛してるのを見るのが好きな腐男子なんだ。別に自分がああいうのをしたいとかされたいとかじゃなくて、ただただ男の子たちが性別という壁に苦しみながらも相手を愛し合うその心が好きで、付き合っていくまでの弊害を乗り越えるのとか付き合ってからのすれ違いとかの過程を見るのが大好きなんだよ。まぁ普通にイケメンも可愛い男の子も好きだけど。イケメンは目の保養。景光も凄いイケメンで尊すぎてヤバいんだけど、語彙力なくすぐらい凄い大好きなんだけど、大好きです。大好き。うん、あ、話が逸れたね。それでね、勇気を振り絞ってBL本を渡したのは、少しでも景光にそういう可能性があるなら、是非イケメンと付き合ってもらいたいなって思って、ね!! もちろん強要するつもりはないし、女の子を好きになっても応援するつもりだし。ただ男の子相手なら俺全力で応援するから任せて!!」
「…………お前のことが好きだって言ったら…………?」
あまりの早口でまくしたてられ呆然としながらも呟く。
俺はイケメンとか女の子とかじゃなくてお前が良いんだが……
「俺は!! イケメンとは付き合えないので!! NGです!!」
「な、なんで男でも女でも応援するって言ったのにダメなんだ!?」
「だってイケメンの相手が俺みたいな腐敗物で良いわけないだろ!! しかも景光は俺の中では世界一かっこいい国宝級のイケメンなんだよ!! ダメに決まってる!! あと百歩譲って男と付き合うにしてもイケメンとは絶対に付き合いたくはない!!」
「な、なんでだよ……」
凄い告白をされてる気がするのに凄い勢いで振られてて頭の中がこんがらがって泣きそうになるが、それでも諦められずに尋ねる。
「だってイケメンじゃん!! 絶対もてるじゃん!! 俺よりいいやつなんてそこら辺からうじゃうじゃ湧いて出るだろうしファンの子とかから闇討ちとか暗殺とかされるだろう絶対!! ここは東都ぞ!! 犯罪率ナンバーワンだぞ!! その中でも米花町なんて言ったら世界一だぞ!! 例え二位になったとしても世界一位だぞ!! 俺は生き残れる気がしない無理だ死んでしまう俺は景光がおじいちゃんになるのを見届けるまで死ぬ気はないんだずっと一緒にいてやるんだからな!! だから!! イケメンは!! ダメ!!」
やっぱりなんか凄い告白されてる気がするのに全力で否定されて打ちのめされる。
まさか断られる理由がイケメンだからとか思わない、泣きそう。
「ぶさいくになればいいのか……?」
「安心して!! 景光は絶対このままイケメンで育つから!! もしも景光がイケメンじゃなくなるようなことがあっても景光のことは大好きだけど!!」
「おれのことだいすきならつきあおうよ……」
「ダメ!! 無理!! ノーセンキュー!!」
完膚なきまでに否定されて、俺の心はボロボロになった。
その後の記憶はあまりないが、蓮はテンションが高いまま颯爽といなくなり、一人になった部屋で枕に顔を埋めて泣いた。
さっきまで寝ていた蓮の匂いが微かにして更に泣いた。[newpage][[rb:海崎 > みざき]][[rb:蓮助 > れんすけ]]
推しを泣かせたとは知らない腐男子。
告白してるつもりはない、事実を言ってるだけです。
「え、あれ例え話でしょ? 好きだって言ったら付き合えるのかーっていう」まずもって景光の気持ちが上手く伝わってません。
既に降谷と何かあったのか忘れてる。
景光が今日も尊い一日だった。
BLに偏見がなさそうだったのでなんか他にも初心者向けの良いBL本がないか考察中。
お薦めのBL本探すの楽しい。
もしも付き合うなら伊達さんとか風見さんとか高木さんがいいけど、ワタルブラザーズは相手いるし風見さんは景光の攻め用としてとっておきたい。
三人がイケメンじゃないと言っているわけじゃなく、現実的に女子がキャーキャー騒ぐような人気が出るタイプじゃないなぁという考え。
唯川景光
告白されながら盛大に振られてる人。
途中までは結構良い雰囲気だと思ってたのに、あんなにダメダメ言われるとは思わなかった、辛い。
ひとしきり泣いて、気持ちを入れ替えた後に、世界一かっこいいだとかずっと一緒にいるとか、好かれているのは間違いないと思い、翌日からまた頑張る。
悪くはないはずなんだ、何かあればきっと……
でもしばらくは告白できそうにない。
降谷零
ケダモノ。
海崎兄
弟が欲しがっているBL本買ってきてくれる。
ポーカーフェイスで買うが、少し恥ずかしい。
たまに読ませてもらっては、ハッピーエンドになる登場人物が少し羨ましいと思い、自嘲気味に笑う。
毎回行き当たりばったりで書いてるけどどうしてこうなった感が凄かったです。
ほんとは家に連れてかれてなんやかんやでドギマギするような展開を書きたかった気がするけどそんなものはなかった。
次は松田くんの方かな……でもネタがないからしばらく続かないです。
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BL本のエロ内容が出てくるのでR-15です。<br />途中まではゴールしそうだなぁと思いながら書いてました。どうしてこうなった。
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景光推しの腐男子は告白しながら振る
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10044982#1
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零にぃと景にぃに水族館に連れて行って貰ってテンションが上がっていたのだろう、家族へのお土産を買い斎藤に手渡した所までは良かった。
土産物にありきたりなクッキーのパッケージを穴が開く程眺めたかと思うと、斎藤は「奥様ーーーーーーー!依璃子お嬢様がお土産にクッキーをーーーーーー!」と
叫び、私の腕を引っ張りリビングに走った。
「…えーと、水族館のお土産でクッキー買ってきたから良かったら皆で食べて?それでは私はこれで…」
斎藤に連れられて入ったリビングには休日という事もあって両親と綾子お姉様と園子が勢ぞろいしていた。
4人から向けられる視線に逸る鼓動を気付かれないように普段と変わらないトーンで言葉を紡ぎいつも通り部屋に戻ろうとする。
家族の顔を碌に見る事無く斎藤に引き摺られるように走った廊下へと足を動かそうとした…が。
「依璃子!待って頂戴!折角だから一緒に頂きましょう?ね?貴女が買ってきてくれたクッキーと一緒に貴女の話を聞きたいの」
母である朋子の思いもよらない一言で家族とのお茶会が始まってしまった。
お茶をセッティングしようとした斎藤がずっと「ようございました…ようございました」と泣いて進まないので、斎藤は颯爽と現れたメイド達に回収されていった。
「…」
えー何これー気まずいんですけど!というかクッキー囲んで誰一人手を付けずに黙っているってめっちゃシュールwwwなんて脳内で草を生やしていると
私が部屋に戻るのを引き止めた割に黙りこくって俯いていたお母様が勢いよく顔を上げると、普段の意志の強い輝きを放つ瞳と打って変わって表面には涙の膜が張っていた。
「…依璃子。今日は、楽しかった?」
今までの私の振舞いのせいで、その言葉を口に出すのにこの人は今どれだけ勇気を振りだしたのだろう。
記憶を取り戻す前の私なら「はい」「いいえ」で会話を進めていくけれど、普段の勝気な表情とは打って変わって弱々しくこちらを見る今世での母の姿に声が強張らないように口を開く。
「勿論楽しかったわ!水族館に行く事は着くまで知らなくて…とても素敵なサプライズだったわ!水族館は、特にイルカとアザラシのショーと…クラゲがとても可愛かったの!」
「イルカさんいいなー!園子も見たかったーー!」
「ふふ、綾子姉様も園子も好きかと思ってイルカのクッキーを選んでみたの。もう!皆何時までも眺めてないで頂きましょう?折角のお茶も冷めてしまうわ?」
私の言葉に家族は隠しきれない驚きの表情を浮かべるも、いつの間にか皆力が入っていた肩の力を抜き少しずつ口を開き始めていった。
「今日、依璃子を水族館に連れて行ってくれた方達はどんな人なんだい?あぁ…依璃子を助けてくれた方だっていうのは斎藤から聞いているよ」
「とても、真面目で優しくて少しお節介かもしれないわ。自分を犠牲にしても信念を貫く強さもあるし…年は離れているけれど大切な友人…になれたら…なんて、皆どうしたの?そんなに見られたら流石の私でも恥ずかしいわ」
父の問いかけに、零にぃと景にぃを思い浮かべながら言葉を紡ぐと、家族はどこか驚いた表情を浮かべ私を見てくるものだから何だかとても恥ずかしい事を言ってしまったような気分になってくる。
「友人になれたら…か。そうか…依璃子はとても良い人に出会えたんだね?きっと君達はもう友人だ、なぁに、年が離れていても友人になれるさ。私にも年は離れているが大切な友人がいる。お互い思いやる心があれば年なんて関係ないさ。友人は一生の宝だ…大事にするんだよ、依璃子。それにしても…依璃子がこんなにお世話になってるんだ。是非父さん達も依璃子の友人にお会いしたいものだ」
「そうよね…依璃子を助けて頂いた時も、仕事と病院の手配や準備があって斎藤に任せてしまいましたし、後日改めて伺ったらご本人達が急用が入って不在でお会いできませんでしたし、私も是非ともお会いしたいわ」
「お二人とも学校に入学されたばかりでとても多忙ですし…余り畏まった席は二人の負担にならないかしら…」
「それなら!今度の七夕パーティはどうかしら?依璃子ちゃんは余り行きたがっていなかったけれど、とてもカジュアルなパーティだからお二人にも気兼ね無く楽しんで頂けると思うわ!」
「七夕パーティ…ねぇ」
「ホテルで立食形式で行われるものだから緊張せずに楽しめるはずだわ!」
「一応聞いてみるけれど返事は余り期待しないで頂戴ね」
それから恐る恐る二人に電話をすると二人とも出席したいと言ってくれて安心したような不安なような気持ちになった。
だって零にぃは「へぇ~ご両親とパーティねぇ…俺も是非!お会いしたいと思ってたんだよ?」とどことなく怒気が混じった声色で言うし、景にぃは景にぃで「りょ…両親?!ご…ごめん。依璃子ちゃんの口から初めて聞いたからつい驚いちゃって…」と慌ててるし、こんな状態で当日大丈夫なのかしら?
[newpage]
海に接し商業が盛んな暁の国エウオラ、多くの鉱山を持ち鉄鋼業が盛んなニュクトス、その二国に挟まれるように位置するメレテールは広大な土地での農業と牧畜が盛んだった。
お互いの国がお互いを尊重し合い三国は平和に暮らしていたはずだった。
それは言うなればほんの少しの不満。あの国は海に接しすぎている。あの国は鉱山が多すぎる。あの国は豊かな土地が広すぎる。「過ぎる」のなら奪えば良い!
小さな燻りはやがて大きな火となり国は戦火に飲み込まれていった。
最初の争いが何がきっかけだったかなど些少な事はその後幾度となく繰り返される争いの中で薄れていった。
何の為に戦っているのか、この戦いの果てに何があるのか民はおろか貴族や王族すらも意味を見出せぬ程に疲れ切っていた頃、突如として最大の戦力を保持していたニュクトスが武器を下ろした。
そこから長らく三国は首の皮一枚繋がったような関係を保つ事になる。
薄氷を踏む様な仮初の平和の中で降って湧いた此度の縁談にメレテール国のアーテュール・ノエル・ド・ラ・トゥール・ムーン公爵は絶句するしか無かった。
「なんだ、アーテュールこの婚姻は不満か?確かお前はまだ婚約者を決めておらぬと聞いたが、好いた女でもいるのか?」
「いえ。私が…ニュクトス国の第三王女と婚姻など…身に余る光栄で御座います。ですが、恐れながら陛下…」
「申してみよ」
「第三王女とはいえニュクトス国の王族…ニュクトス側は私が相手で納得されるのでしょうか? この婚姻は同盟の証…私が相手では同盟の意味合いが弱くなってしまいます。」
「納得済みでなかったらお前に話などしておらぬだろうが。…そもそもあの国の奴らはイチイチ注文が多い!年がいきすぎた爺には娘はやれぬ、年端のいかぬ子供にも娘はやれぬ、正妻以外は認めぬ。挙句の果てに身体が弱いときた!」
「それは…」
アーテュールは王族の面々を思い浮かべる。その条件だと確かにニュクトスの王女が嫁げる相手がいない。
「だがこの婚姻で得られる物は大きい。ニュクトスから輸入している鉱石や鉄鋼品の関税が大幅に下げられる。
そして第三王女の持参する物の中には我が国に隣接する鉱山の一部での採掘権がある。
…この先産まれるお前とニュクトスの第三王女との子が女ならば、いずれ産まれる我が子の正妃に迎える事を誓う。頼む…アーテュールこの婚姻を飲んでくれ。」
「陛下!顔をお上げください!その様な事を為さらずともこのアーテュール慎んでこの婚姻をお受け致します」
こうしてメレテール国のアーテュール・ノエル・ド・ラ・トゥール・ムーン公爵とニュクトス国の第三王女エレアノールは婚姻を結ぶこととなった。
彼女がその生で最初に聞いた音は柔らかい水の音と女の声だった。
「…エイレイテュイア様、どうか…この子が無事に生まれますように…。アルテミス様、どうか…どうか…この子が女の子でありますように。そうでなければあなたは…」
その声を慈愛が満ちた声と言うには程遠くまるで呪詛の様な響きを持たせ彼女が外の世界に解き放たれるまで毎日毎日繰り返された。
私がこの世界が如月恵里沙であったこの頃にプレイしていたゲームの世界だと気付いたのは母の胎内にいるこの時からだった。
胎内にいる私に語る母の口からは母の婚姻の意味、国同士の関係、母は身体が弱く出産は1度きりになる事、そして産まれる子が女ならばメレーテル国の第一王子の婚約者となる事が語られた。
メレーテル国の第一王子…その単語にゲームの情報がまだ形成途中の頭に流れ込んだ。
庶民として暮らしていたヒロインはある日突然男爵家に迎え入れられる事となる。男爵と侍女の子であるヒロインは家でも肩身が狭く、社交界でも疎まれていた。
そんな中、貴族社会に慣れないヒロインは高等学院へと入学する事になる。
その学院でヒロインはある出会いをする。俺様系な第一王子、頭脳明晰な宰相子息、国一番の剣の名手な騎士団長子息、物腰柔らかな司祭子息、国一番の商人の子息、そして…様々な困難の果てに出会う事が出来るものが2名。
何れの攻略対象でもヒロインの前に立ちはだかるのはエリザベト公爵令嬢。彼女はその美貌と権力でヒロインを苛めるが、ヒロインは数多の恋のイベント、障害、苛めをを乗り越えてヒロインは愛する人と結ばれる…。
ヒロインにとってはとても幸せな物語だろう。
でも悪役令嬢とされるエリザベート公爵令嬢は? 公爵家の三姉妹の長女に産まれ、産まれた時から第一王子の婚約者。
ヒロインがどの攻略対象を選らんでも幸せになるのとは逆にヒロインがどの攻略対象を選んでも命を落とす事となる。
加熱した苛めがやがてヒロインの命を脅かすモノに変貌する頃にヒロインと攻略対象達によってエリザベト公爵令嬢は断罪される。。
ヒロインのお相手によって塔に幽閉されることになったり、修道院送りになるがどちらも辺境の地。未だ国同士の小さな諍いが起きる場所。
そんな場所に送られたエリザベト公爵令嬢は逆賊の手で儚い命を散らすことになる。ゲームではほんの短い一文で済まされる命だった。
(…私はそんな最期嫌だよ! 死にたくない…悪役令嬢になんてなりたくないよ…そうだ!婚約破棄されてひっそりと庶民として生きていこう…ヒロインに出会わなければ命を落とす事も無いよね…
婚約破棄した後に生きていけるように何か技術も身につけなきゃ。それにしても外からの声がうるさいな…。毎日毎日女の子でありますようになんて言われても自分で決められるもんじゃないし!)
「あなたの名前はもう決めているのよ。エリザベト。私の可愛いエリザ…この国の架け橋になるのよ」
毎日切迫した声で語られる内に徐々に嫌悪感が募る。
私の母は恵里沙の母だけであり、決してエリザの母では無い。料理が好きで学校から帰るとニコニコと料理をしながら聞いてくれた母が私の母であって、毎日切迫した声で呪詛の様に語ってくる女は母ではない!ニュクトス国の第一王子の婚約者を産む事のみを求めているこの人を母としてどうしても受け入れられなかった。
た。
「奥方様!陣痛が来たら呼吸を整えてからイキんで下さい!」
「まだ…お腹の子、まだ…なの?」
「もうだいぶ降りてきています!後もう一息でございます!」
「この子、は、この生をあいして、くれ、るか…しら」
「こんな時に何を仰いますか! 」
「…ごめん、な、さい、それでも、わたし…は」
「奥方様!お気を確かに! もう少しでお子の頭が!」
嫌だ嫌だ、出たくない、恐い、嫌だ、悪役令嬢なんかになりたくない、断罪なんてされたくない、生きたくない!
この小さな手では滑らかな肉の壁にしがみ付く事も出来ず抗えぬ力で外に押し出された。
「奥方様!お子が!お生まれになりましたよ!」
「こ、え…声が聞こえ、ない、声が聞こえないわ!」
暗い胎内から外の世界に解き放たれてまず見えた視界がぼんやりした霞がかかったモノで驚きすぎて呼吸をするのを忘れていた私に周りが騒然とする。
「いけません!奥方様まだ動いてはッ」
「私の、事よりっ、この子が、大事なの! 早く息をしてっ声を聞かせて…!」
泣きながら私を撫でる指先。ぼんやりとした視界では私を撫でる人の姿は分からないけれど、命がけで私を産んでくれたこの人は間違いなく私の母なんだ。
ごめんなさい。外に出るのを嫌がって。ごめんなさい。胎内で貴女に酷い事を思ってしまった。ごめんなさい。こんな私を命がけで産んでくれて。
そんな気持ちが織り交ざって私のこの生で初めての声は酷く小さなものだった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「…旦那様。旦那様が出産する訳では無いんですから少し落ち着きなさい。公爵家を担う方がその様な振舞い…爺は悲しいですぞ!」
「そうは言ってもだな…妻が出産で苦しんでいるのに座って呑気に待ってなどいられるか?! …アレは身体も弱い。本当に大丈夫なんだろうな?!時間がかかりすぎているんじゃないのか?!」
「侍女頭の話ではお子は徐々に降りてきているとのことです。我々に出来る事は待つ事のみです」
「なぁ爺。如何に権力があろうとこういう時は男は無力だな…」
僅かな沈黙が辺りに広がる。聞き落としてしまいそうになる程頼りない産声が男の耳に入ると男は人が慌ただしく出入りする扉の前に我を忘れて走った。
扉から出てくる侍女頭は顔に疲れを滲ませるも男の顔を見て喜色を滲ませる。
「旦那様! おめでとうございます! お…」
「エレアノールは無事か!」
「…旦那様少しは落ち着いて下さいまし!奥方様の容体もお子様の容体も安定しております。」
「して…性別はどちらだ?!」
「性別をお伝えする前に奥方様の無事を確認したのはどなたですか? まったく…おめでとうございます!女のお子でございます!」
「おぉ…女か!それは真か!これで、漸く我が国メレテールとニュクトスとの同盟が確固たるものとなる! 爺!宰相に直ぐに使者を出せ!」
こうしてエリザベト・ノエル・ド・ラ・トゥール・ムーンは生まれながらにしてメレテール国第一王子アレクサンドルの婚約者となった。
「エリザ。私の可愛いエリザ。貴女はお父様の国と私の国の懸け橋になるのよ。」
「まぁ、奥方様。まだ話も出来ない赤子にその様な事を申してもまだ分かりませんわ。」
「ふふ。そうね。でも何故かしら。この子はきちんと理解しているみたいで、つい話してしまうのよ。」
エレアノールに抱かれるエリザはまるで相槌をするかのごとく首をこくこくと動かす。
女子高生としての生が終わり突如として始まった赤ん坊としての生活は苦痛に満ちたものだった。
人におしめを替えてもらう苦痛から逃れたい一心で人の目が無い所で歩行練習、生後5カ月には歩けるようになった。
そこまでは周りの人も「将来が楽しみですね」と目を細めていたけれど、喋るのも読み書きも通常の子供より異常に早く出来るようになると周りの人は陰で私を悪魔憑きと恐れるようになった。
悪魔憑き…そんな風に言われる子は王子と婚約破棄されるだろうと思っていたけれど、婚約破棄を言い渡す城からの使者は待てど暮らせど訪問する事はなかった。
婚約破棄される前にまずは私が身一つで生きていけるようにならなきゃと私付きのメイドの仕事を手伝う事から始めようと思い立ったのは良いけれど、侍女頭に見つかって侍女頭からもお母様からも説教を受けることとなった。
手伝うと言っても自分の髪を自分で梳くとか、下着を自分で身につけるとか、本来なら自分でやるべき事をやりたいだけなんだけど…。
侍女頭が恐いから生活力を鍛えるのは置いといて体力づくりをしようとこっそり人目のつかない庭の片隅で筋トレとランニングをしたけれど、着るものがドレスしかないから目立って庭師にばれた上にまたしても侍女頭とお母様から説教を受けた。
「良いですかエリザ。貴女はメレテールとニュクトスの同盟を確固とする存在なのです。」
「はい。分かっております。おかあさま。」
「それなのに貴女という子は!外で走るだなんて淑女としてはしたないにも程があります。アレクサンドル王子への輿入れの前に身体に傷でも出来たらどうするのです!」
「…」
そうか身体に消えない傷でも出来れば婚約破棄をされる可能性が?と母の言葉にだんまりを決め込むとそんな私に気にする様子も無く母は言葉を続けた。
「貴女に何かあれば我が家も貴女付きの侍女も責任を取らなければならないのよ。 っ…もう良いです。今日は下がりなさい。」
母の説教から逃れるように伏せてた顔を上げる。いつもはもっと長い説教なのに?久しぶりにきちんと顔を合わせた母の顔は酷く疲れていた。
最近は母の怒った顔しか見ていないような気がするけれど、こんなに母は疲れていたっけ??
「ねぇメアリー?今日もお部屋にいるのかしら?」
「奥方様はお忙しい方ですから…。」
ちらりと見遣った重厚な造りの扉は今日も閉ざされている。貴族は子育てを乳母や女家庭教師であるガヴァネスに委ねるのが一般的らしいけれど、
そうは言っても日々の食事は一緒にするし、こんなにも顔を合わせない事なんてあるの?
メアリーの子供だましの気休めな言葉を受け流し私は些細な違和感を飲み込み日々を暮らしていた。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「エリザベトお嬢様。素晴らしいカテーシーです。これならば、王妃様の御前でも恥をかく事はありません。」
片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の膝を軽く曲げ、背筋を伸ばしたまま両手でドレスのスカート軽く持ち上げ腰を曲げて頭を深々と下げるエリザベトの頭上から聞こえる声にホッと息を吐く。
公爵令嬢でありながら贅沢を嫌い、何でも自分でやりたがる特異な子に国一番厳しいと噂されるガヴァネスが付けられたのは必然だったのだろう。
彼女がガヴァネスとして教育を施した子女は貴族として成功していた。それは、彼女にとっての誇りであり使命であった。
初めてエリザベトと会った時「まるで迷子の様だ」と失礼ながらもそう感じた。
5歳と言う年齢にも関わらず人を圧倒させる美貌を持ちながらその瞳は何かを探すようにきょろきょろと彷徨っていたのだから。
「私は贅沢を好まないのにどうして無理をして贅沢をしなければならないの?」
「自分で出来る事をどうして使用人にして貰わなくてはならないの?」
神から賜った贈り物と称される程の知識を持った子供から聞かれた内容に彼女は絶句した。
貴族が贅沢するのも使用人を侍らす事も常識なのだ。どうして服を着て生活しなきゃならないか?なんて一々考えた事なんて無いのと同じ…常識なのだ。
「それが常識だからです。」
「贅沢したくないのに贅沢するのが常識だなんておかしいわ?」
「おかしくなどありません。 貴族の義務でございます。」
「贅沢するのが義務だなんてそれこそおかしいわ!」
「…エリザベトお嬢様が着ているそのドレスでにどれだけの人間が関わり、職を!収入を得ているかご理解されてますか?」
「…そ、それは」
「貴女が、貴族が贅沢をしなければ…蚕を育て、糸を紡ぎ、布を織り、ドレスのデザインを考え、仕立てを行って収入を得た者達はどうなるか想像した事はありますか?!」
「…考えた事も無かったわ」
「高き所にある水が下へ流れるのと同じで金銭もまた同じなのです。上の者が金銭を使わないと国に金銭が流れないのです。…貴女が思っているより貴女のお立場が重い事をゆめゆめお忘れなきよう。」
この子には勉学よりも貴族としての在り方と作法を教え込まなければと決心してから1年。
元々聡明なこの子は貴族としての在り方と作法を見る見る内に吸収していった。目の前でカテーシーを披露するエリザベトを見て私は(間にあって良かったわ…)と
心の中で安堵したのだった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「アーテュール・ノエル・ド・ラ・トゥール・ムーンが長女エリザベトと申します。」
国王陛下と王妃殿下、それに婚約者であるアレクサンドル王子を前に1年かけて叩きこまれた挨拶を行った。
緊張しすぎて挨拶を言えた事しか覚えてないけれど付き添った父の様子を見ると粗相はしていないようだ。
「お帰りなさいませ。お嬢様。登城の話をお聞きしたいと奥方様が仰っております。」
「…分かりました。」
ガヴァネスが付けられてからは全く会っていない母という存在。登城して王と王妃と王子にお目通りしたとなった途端話を聞きたいだなんて…。
「失礼致します。」
久しく開ける事も開けられる事も無かった重厚な造りの扉が開かれる。貴女が部屋に籠っている間に私がどれだけガヴァネスに作法を叩きこまれたか!
少しの嫌味を混ぜてカテーシーを披露して伏せていた顔を上げる
「エリザ?あぁ私の可愛いエリザ。」
「お…か、あさま。」
かつて艶やかだった白銀の髪は輝きを失ったくすんだ色で、頬は痩せこけ、こちらへと伸ばす腕はまるで枝のようで、最後に見た姿と全く違うその姿に声が震える。
「エリザ。素敵なカテーシーよ。もっと近くに来て私に顔を見せて頂戴」
「…お母様、いつから…いつからお身体を悪くされていたのですか?!」
「いつから…と、言われればこの世に生を受けた時から身体が弱かったのよ。ここ数年で更に悪くしてしまって。遅かれ早かれ貴女達より先に逝く運命の元に生まれたの。だからそんなに泣かないでエリザ」
「どうして!どうして…お身体が悪いと教えて下さらなかったのですか…」
「…貴女の中に残る私の姿は気高く美しいままで居たかったの…でもダメね。ずっと貴女と会うのを我慢していたのに旦那さまから今日の登城の話を聞いたら一目姿を見たくなってしまって」
「そんなの…そんなのお母様の勝手です!ひどい!ひどいわ!わたし、ずっと、さびしかった!」
どうして私は感じた違和感を飲み込んでしまったの?輝きを失せていく髪にも日ごと艶が無くなる肌にも疲れた表情にも気付いてたはずだ。
夜会だ茶会だと言って異常なまでに顔を会わせない母に疑問も寂しさも感じていたのに!
侍女頭に身体を支えられながらベッドに腰かける母の膝に縋り付き泣く私の頭を撫でながら母は寂しそうに笑った。
「エリザ…淑女たる者、人前では泣いてはダメよ…。何時でも如何なる時でも…そう、私が死んだ時でも人前では泣いてはならないわ。
…ごめんなさい。エリザ。貴女を残して逝く母を赦して頂戴。そして、私がいなくなった後にどう振舞えば良いか迷ったら私を思い出しなさい。私は何時だって恥ずかしい振舞いはしてないつもりよ。」
「いなくなった後の話なんて為さらないで下さい!お母様…お母様は必ず良くなりますわ!」
悔いても時間は戻らない。悔いて泣く時間が勿体ないと思うほどに母と私が過ごせる時間は僅かだ。
特別な事はしていないし出来ないけれど一緒に食事をして他愛もない話をして、母の体調が良い時は刺繍の手ほどきを受けたり、それにお母様の病気は人にうつるものではないからお母様と一緒に寝たりも出来た。
その日は母が珍しく私にお願いをしてきたのだ。
「エリ、ザベト。エリザ。花が見たい、わ。庭に、咲く花で、エリザが、好きな…花を、摘んできて頂戴」
「お母様…お母様がそう仰るのなら庭に参ります。直ぐに戻ります!」
「えぇ。私の可愛いエリザ。お願いね。」
言葉を紡ぐだけでも息が絶え絶えな母と離れがたく、でも母が私にした些細なお願いを叶えたくて庭に走り出すと侍女の驚いた顔が目に入る。
こんな時には無駄に広い我が屋敷も足元に絡みつくドレスの裾も恨めしい。庭に着いた時は久しく走ったせいもあって息が切れた。
庭師に頼む時間も煩わしくて自分で切った庭の花々を抱えて屋敷の廊下を走りお母様の部屋へ飛び込む。誰に怒られたって構わない。
「…エ、リザ?私の、かわ…いい、エリ、ザ。私の、いきた、証…」
短く荒い呼吸を繰り返す母。その光景を見て膝が震える。脳がふわふわする、ぐらぐらと足元が揺れる。お母様の為に摘んだ花が感覚を失った指先から数本滑り落ちていった。
私の好きな、いやお母様の好きな百合の花。
「お…かあ、さま? どうして、さっきお願いって言って、私、庭に…おかあさま、いかないで!おいていかないで!」
「エ…リ、サ…私を母に、してくれ、て、ありが、とう…」
「お母様? お母様! 嘘よ…嘘よ!…そう、そうだわ…お母様久しぶりにたくさんお話されて疲れたから…少し眠られているのよ!そうでしょう?ねぇ!…誰かそうだって言いなさいよ!」
「…エリザベト。エレアノールは旅立ったんだ。エレアノールが、お母様が、楽園へと辿りつけるように今はただ祈ろう。」
私の前に膝を着くお父様は私を抱きしめると声を震わせた。
エリザベト・ノエル・ド・ラ・トゥール・ムーン。百合が咲き誇る6歳の夏の事だった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
母の葬儀は滞りなく終わった。母の教えの通り私は人前で泣く事も無く毅然とした態度で母を見送った。
泣かなかった、のではなく泣けなかったが正しいのかもしれない。
「…お嬢様 いつまで奥方様のお部屋に籠っているつもりですか。」
「…ごめんなさい。もう少しだけ一人にして頂戴。今日だけはお母様のお部屋で眠りたいの」
「…分かりました。」
声の主の足音が遠ざかるのを確認してからボフリと音を立ててベッドに飛び込むと母の匂いが鼻を擽る。
最期まで淑女であろうとした母のお気に入りの香の匂いに視界が滲んでいく。
「…おかしいわ。どうしてお母様が亡くなるの?」
だってゲームではエリザベトが断罪される時にエレアノールが王家に減刑を嘆願する一文があったはずだ。
だから少なくともその時までは母は生きている筈なのに…。
ゲームでは生きている描写があったから私はどこか楽観視していた。少し身体を悪くしただけですぐに良くなると信じて…否、信じる事で現実から逃げていた。
「これは、この世界はゲームじゃないのね…。」
どの位ベッドに蹲っていたのか、蝋燭は燃え尽き辺りはすっかり闇に覆われていた。
カーテンを閉めていない窓から入る月光の明るさに目を奪われると文机に一冊の本がある事に気付く。
「これは…何の本かしら…これってお母様の日記?」
お兄様からメレテール国の公爵家との婚約が決まった事が告げられた。
身体が弱く王族としての公務も儘ならない私が他国へ嫁つぐなんてやっていけるのかしら。いえ、やっていかなくてはならないのよね。
エウレアに嫁いだお姉様も今では幸せに過ごされてると聞いているわ。
お身体が悪いお父様と、お父様の国王としての務めを支えるお兄様は他国へ嫁ぐ私へ過分な支度と配慮をして下さった。
ニュクトスでの盛大な結婚式を終え、メレテールへと出立した私にムーン公爵…いえ、旦那様も私の身体へとても配慮して下さった。
「お母様とお父様は政略結婚だったけれど、とてもお幸せそうね…。」
お父様の婚約が決まった頃から綴られる日記に駄目だと思いながらも頁を捲る指が止められない。
月の障りが無いからもしやと思ったら待ちに待った我が子が私の元に来てくれたわ。
旦那様は私の身体を心配して「本当に産むのか」と仰ったけれど、私はどうなっても構わないからこの子を産みたいわ。いえ産むわ!
だって、私の元に来てくれたんですもの。王族としていた時も、公爵夫人としている今も私はこの身体の弱さで何も成せなかった。
この子を産んで私の生きた意味、生きた証をこの世に残したいの。
今日はとても不思議な夢を見たわ。
目が眩むような明るい灯の下で見た事の無い服を着て、二本の枝?の様なモノで食事をする三人の家族なのかしら?
聞いた事も無い言語で何を話しているのか分からないけれど…「エリサ」と呼ばれて笑ってた女の子…きっと名前なのね!
お腹に子がいると分かってから見たこの夢が気になるわ。もしかしたら神託を賜ったのかしら。
そうだわ!お腹の子にはエリサと名付けましょう。
旦那様にお腹の子は「エリサ」にしたいと言ったら「性別も分からない内に名前とは気が早いな」なんて笑われてしまった。
それでも一緒に名前を考えてくれる旦那様が愛おしいわ。
エリサという名前のままつけたいけれど…伝統的な名前を付けるべきという周りの声もあって、エリザベトに決めたわ。
エリザベトなら愛称でエリザと呼べるわ。あぁ…私の可愛いエリザ。早く会いたい。
今日旦那さまからお腹の子が女の子だった時にはメレテール国の第一王子の正妃に迎えられる事を伝えられた。
私との婚姻を結ぶ際に国王陛下が誓いをたてられたらしいけれど…お腹の子が男の子ならばこの子はどうなるの?!
ニュクトス王族の血を引く公爵家の長男だなんて何れ危険分子となると危惧されても仕方ない立場よ。
旦那様は口を噤んだけれどきっと男の子ならば歴史の闇に屠られてしまうのね…。
あぁ…エイレイテュイア様、どうか…この子が無事に生まれますように…。アルテミス様どうか…どうか…この子が女の子でありますように。
そうでなければあなたは…あなたの存在は無かった事にされてしまうのよ。
毎日毎日、教会でお祈りを捧げる私に旦那様は身体に障ると仰るけれど不安で仕方がないの。
どうか…どうか女の子でありますように。
「…お母様…第一王子の婚約者を産みたくて女の子が欲しいって言ってたのでは無かったの?そんな…私ずっと勘違いしていた…」
エリザが無事に産まれてくれた。
身体の調子が戻るのに時間がかかってしまってベッドから起きて歩けるようになった頃にはエリザも歩けるようになっていたわ!
まだ覚束ない足取りで歩くエリザがとても愛おしいわ。
エリザが他の子より早く読み書きが出来るようになると、口さがない方々が「悪魔憑き」などと吹聴しているようだわ。
悪魔憑きなんかではないわ!エリザはどう足掻いても残されている時間が短い私に成長を見せようとしてくれているだけだなのに!
それなのに悪魔憑きだなんて!
「エリザベトを悪魔憑きと不遜な物言いをする輩がいるようだが…神から賜った贈り物に何と恐れ多き事を!国…いや神への冒涜と知るが良い!」
王のその一言でエリザを悪魔憑きと一際大きく吹聴していた者達が粛清された。エリザの耳には入らないように十分配慮しなくては。
侍女頭からエリザがしようとしていた事を聞いてとても驚いたわ!
自分の事を自分でしたいの!ってエリザに言われたけれど、どうしてメイドにしてもらってはならないのかしら?
私では上手く説明できないわ。
今度は庭で走っていたなんて!
身体に傷でもついたらエリザ付きのメイドは良くて解雇、悪くて処刑されてしまうわ。
そうなれば優しいエリザは傷ついてしまうからそれを理解してほしくてついお説教をしてしまうの。
お説教の最中顔を上げたエリザの顔を見て最近エリザの笑った顔を見ていない事に気付いたわ。今度久しぶりにエリザと出掛けましょう!
最近評判の観劇はどうかしら?
観劇に行く前にドレスを新調しようと仕立屋を家に招いた最中倒れてしまった…みたいね。
私の病状を言い淀む医者の様子…それに、自分の身体の事は自分が良く分かるわ。
今まで良く持ったわ…。でも、もう少しだけ、もう少しだけ私の身体頑張ってほしいの。
エリザには国一番のガヴァネスについてもらったわ。
エリザと会えないのはとても寂しいけれど…去り逝く私との思い出が多ければ多いほど、残されるあの子が悲しみから戻れなくなってしまうわ。
だからこれで良いの…。
私の身体が動くうちに出来る限り茶会と舞踏会に出席したい。いえ、しなくてはならないの。
将来のエリザの為に出来る限り周りにいる貴族を選別しなくては…。
エリザのカテーシーが見れるまで生き長らえる事が出来たなんて、もう、思い残す事は無いわ。
具合が悪くになるにつれ乱れる筆跡、短くなる文にそっと指を這わすと一粒の涙がインクを滲ませた。
「こ、んなの…わ、たしの…私のせいで、お母様は亡くなってしまったようなものじゃない!」
産まれる時に私がこの生を拒まなければ…悪役令嬢という立場を拒まず母に心労を与えなければ…そんな私を拒まずに私の為に無理に公の場に出席していた母に気付いていれば…。
母の日記を読んでからと言うのも、婚約破棄をされようと行動する事を止めた。
婚約を拒む事でまた誰かの命を奪ってしまうのではないかと酷く恐かった。
それに俺様キャラの筈の婚約者は随分なヘタレ系になっていたし恐らく物語が変わったのだろうと思いその後、母を喪った悲しみから逃れようと王妃教育とガヴァネスの授業に没頭し、淑女として公の場に出席するようになってからは更に忙しく日々を過ごした。
12歳の誕生日の前日、久しぶりの父との夕食の最中父から訳の分からない事を言われて呆然とする。
「明日エリザベトに会って欲しい人たちがいるんだ。」
「会って欲しい方…ですか?」
「その…なんだ。あの…まずはこの手紙を読んでくれないか?」
「手紙…ですか? これ、は…」
エリザベト
この手紙を読んでいると言う事は旦那様は自分で伝える事が出来なかったのね。
狼狽しながらエリザに手紙を渡す様子が目に浮かぶようだわ。
エリザ 心してこの手紙を読んで頂戴。そして読み終わっても旦那様…いえ、お父様を責めてはならないわ。
全ては私の我儘のせいなのです。
お父様が会って欲しいという人たちは貴女の新しいお母様よ。
妹か弟もいるかもしれないわ。
私がお願いしたのよ。誰も責めないで、責めるなら私を責めて頂戴。
エリザ…私が亡き跡に貴女はお父様以外頼る存在が無くなってしまうわ。
私は身体が弱かったけれど何時だって家族が支えてくれたから最期まで生を全うできたわ。
でもね…全く知らない人が貴女の継母になると考えた時に震えが止まらなかったわ。
エリザと旦那様を愛してくれる人でなければどうしても嫌だった私の願いを叶えてくれたのが私の乳姉妹であるトニアなの。
私がニュクトスを離れるまで共に過ごしたトニアならエリザを任せられるわ。
愛しいエリザ。
貴女の幸せを母は願っております。
文末の美しいエレアノールのサインまで目を通すと心に滞った、もやもやを吐き出すようにため息を吐く。
「お父様…お父様はトニア様をどう思ってらっしゃいますの? お母様に言われたからなんですの? それとも…」
「最初はエレアノールに言われたから会っていた…。だが、今は一人の女性として…愛している!すまない…エリザ…」
「どうして謝るのです?…お母様に言われたから結婚すると言われた方が不誠実で許せませんわ。お父様とトニア様に愛があるのならば私から言う事はありませんわ。」
「それにだな…えーと、その…」
「まだ何かありますの? 妹か弟でもいるのかしら?」
「その…妹が二人だ。アメリアとソニアだ。許して…くれるか」
「分かりました。明日お会いできるのを楽しみにしておりますわ」
エレアノールお母様が亡くなった事でムーン公爵家の三姉妹の長女では無く一人娘になった私に対して物語が修正を行ったのか、ゲーム通りに三姉妹の長女となってしまった事に激しい恐怖を感じた。
翌日、私の誕生日の宴が行われる開催時間よりずっと前に新しい母となるトニア様と4歳と0歳の妹と対面した。
「初めまして。アーテュール・ノエル・ド・ラ・トゥール・ムーンが長女エリザベトと申します。トニア…お母様これからよろしくお願いいたします。あら、貴女たちが私の妹たちなのね。」
「初めまして!えりざべとさま!アメリアともうします!」
「まぁ!これから家族になるのよエリザベト様だなんて寂しいわ…。エリザ姉様の方が嬉しいわ」
「えりざねえさまーーー! アメリアずっとねえさまにおあいしてみたかったの!」
足元にドン!と衝撃走り目を向けるとアメリアがドレスに埋もれるようにして私の足に抱きついていた。
「アメリア!エリザベト様に何たる不敬を!申し訳ありませんエリザベト様躾が足りず…」
「トニアお母様…。妹が姉に抱きつく事のどこが不敬なの? あぁ…大丈夫よ。アメリア泣かないで頂戴。これから貴女達のお披露目も兼ねているのよ?
可愛い顔でお披露目しましょう!ね、アメリア」
最初からお披露目をする気だったのであろう父がした準備のおかげで私の誕生日の宴とお披露目は無事に終わった。
新しい家族を拒めばゲームとは違う立場の私になれる。
でも、拒んでしまったらまた命を奪ってしまうのでは無いかと思うと、私には新しい家族を迎え入れる事しか出来なかった。
それから高等学院に入学する迄の3年間はとても穏やかなものだった。
新しい母はニュクトスの貴族とエウオラの貴族の間に産まれた子女で、勉強だけでは無いニュクトスの事もエウオラの事も教えてくれた。
エウオラで商会を手広くやっている貴族の血だろうか、特に経済や経営について教わったのはとても身になったわ。
こちらの家で暮らすようになって急に環境が変わって眠れないアメリアにお伽話をし、泣き止まないソニアには子守唄を唄ったのも今では良い思い出だ。
聞いた事のない話、聞いた事のない歌に二人とも夢中になってくれたっけ。
ぎこちないながらも少しずつ家族になっていけて本当に穏やかな時だった。
ただ一つアレクサンドル王子がヘタレ系から俺様キャラになって事以外は…。
今日私…いえ婚約者であるアレクサンドル王子と私は二人並んで高等学院の入学式に出席したのだけれど…。
入学式の後、まさか目の前でアレクサンドル王子とヒロインとの出会いのシーンが繰り広げられるなんて思っても無かった!
すっかり俺様キャラになった王子とヒロインが出会ってしまった私に出来る事は?と考えて行動してみたけれど…。
ヒロインと仲良くすれば命は助かるかも!と仲良くしようとするけれど、私のキツイ見た目と口調に合わせてヒロインの小動物の様な態度と弱々しい口調のせいで
まるで私がヒロインを苛めているようになってしまった。
このままではダメだと今まで余り話した事の無かった男爵家と子爵家の令嬢に話しかけて交流を持ったし最初は戸惑っていた彼女達と交友を育んでいると思っていたのは私だけでそれを良く思わない一部の人間が彼女達を苛め学院から追い出してしまった。
私は…何度同じ過ちを繰り返すのだろうか。
物語から逸脱しようとすると物語は私の大事な物を奪っていく。拒むのも抗うのもあの時、母を喪った時に止めたじゃない。
それから私は物語が望む悪役令嬢として振舞った。私は悪役令嬢と言う立場を全うしなければならないだけの駒なのだ。
「あら?婚約者がいる身の王子と二人で話すなんて…貴女何を教わってきたのかしら?」
不貞を働いたと思われても仕方が無いシチュエーションにも関わらず「そ…そんな言い方酷いと思います…」としくしく泣き始めるヒロインを慰める王子にも私にも情けなくてその場を立ち去った。
「王族である王子に対するその振る舞い!恥を知りなさい!」
ある舞踏会でのヒロインの余りに礼を失する振舞いに苦言を言うとまたしても「でも、王子は…許してくれましたぁ…」と泣き始めた。
学院内なら私も目を瞑るけれど、ここは公の場で、礼に厳しい方から不敬罪と言われても仕方のない振舞いだ。
この振舞いを見過ごしては今度は私まで他の貴族から槍玉にあげられてしまう。
「俺が許したが…エリザベト。問題があるか?」
「…いえ、アレクサンドル王子がお許しになるのならば問題はありませんわ」
「…お前はいつも…いや、何でも無い。」
18歳の誕生日に一通の手紙が届けられた。
12年前から今日という日に私へ届けるように言われていたという手紙は大切に保管してくれたのだろう年月の風化もなく私の掌に載せられた。
「君は…これでいいの?」
もう二度と見る事の無いと思っていた封蝋に呆けていると手紙を届けてくれた人物の言葉に我に返るけれど既にその人物はいなくなっていた。
銀髪の不思議な青年。
18歳のエリザへ
18歳になった貴女はどんな姿なのかしら…。
私には想像する事しか出来ないけれど、私と旦那様の子ですものとても美しく育っているのは間違いないわね。
旦那様の瞳の色に私の髪の色を引き継いだエリザが産まれた18年前の今日、私は世界で一番の幸せ者だったわ。
貴女は私を幸せにしてくれたのに、私は貴女を幸せにする所か貴女に辛い立場を背負わせてしまったわね。
エリザ…今貴女は健やかに暮らしている?幸せかしら?泣いてはいない?貴女は良く泣く子だから母は心配です。
年月が経てば人の想いは変わっていくのが世の常。
貴女が幸せならばこの手紙の事は忘れて頂戴。
でも、もし貴女が困っていて自分や旦那さまにも解決の出来ない事ならばこの手紙を持ってきた者を頼りなさい。
必ず貴女の力になってくれる者です。
愛しいエリザ。
貴女の幸せを母は願っております。
「…お母様。私…幸せになんてなれないよ…どうすれば…。 それに手紙を持ってきた者と言われても一体どなたなのかしら…」
前世の記憶を辿り、思い出した記憶を頼りに足を進める。
午後の授業を体調不良と称し休んだ私は見つかったらどうしようと言う不安とこれから会うであろう人物へ緊張感に胸を抑えた。
元々人の少ない裏庭は授業中という事もあって人の気配は無く静寂が支配していた。
ただ一か所裏庭のガゼボを除いては…。
「…やぁ。先程ぶりだね?」
「先程はお礼もせず申し訳ありませんでした。それに母の願いとはいえ貴方様に侍従のような真似事をさせてしまい…」
「んーん。別に構わないよ。で?君はどうしてここに?病弱で授業に出れない僕と違い君は学院きっての才女じゃないか。
そんな君が授業をさぼって婚約者以外の男と逢瀬して良いのかい?」
「私の動向に気を掛ける者などいないでしょう。婚約者である王子のお心は既に違う方に向けられています…。王子の寵愛を受ける事のない私はもう用済みなのですわ。
…このままでは何れ大きな混乱をこの国…いえ、近隣の国まで混乱させてしまうでしょう。」
「うん。そうだね。このまま結婚できたとしても君の母君の母国であるニュクトスの民は納得できないだろう。同盟の恩恵を受けながら君を蔑ろにするだなんて。
婚約破棄になれば確実に同盟破棄…それに」
「戦争になるかもしれませんわね…。だからこそ私は貴方様にご相談がありますの」
「ふーん。まぁ聞くぐらいなら良いよ。昼寝にも飽きてきてたんだ」
「…病弱な方はこんな場所で昼寝なんて為さらないですわよ?」
週に一度、あの方に相談をする為に裏庭へと向かう事を何度繰り返しただろうか。
今後の身の振り方を粗方決め、行動を起こし始めた矢先に信じられない出来事が起きてしまった。
「国王陛下が流行り病で伏せってらっしゃる?!」
「エ…エリザベト落ち着きなさい。」
「…それでご容態は如何ほどですの?流行り病と言っても国王陛下はまだお若いですもの!お父様!良くなりますわよね?」
「それが…な。芳しくないようだ。」
「そん、な…。…お父様!…今後の事についてお話したい事がありますの!トニアお母様を呼んでください!」
「エリザベト一体どうしたんだ?」
「…私の一生のお願いを聞いていただきたいだけですわ?」
国中の博識な医師の力を持ってしても国王陛下が快復する事は無かった。
そもそも本来の物語では顔を会わす事がないあの方と会ったのが原因なのか、それとも自分と家族の安全を確保する身の振り方を考えたせいなのか…
またしても、亡くなる筈の無い方を喪ってしまった。それでも私は…守りたいモノがある。
国王陛下の死を国中で悼み、葬儀が終わり喪が明けるとアレクサンドル王子いえ、アレクサンドル王の戴冠式が恙無く行われた。
元々学院を卒業と同時に王子へ家督を譲るつもりだと仰っていた国王陛下の指示のもと準備されていただけあって戴冠式もその後のパーティも素晴らしいものだった。
王妃様は国王陛下の急逝に体調を崩しパーティは最初だけ出席され後はアレクサンドル王と私に任されお休みになった。
「エリザベト様って、ニュクトスの方のお知り合いが多いんですね~?羨ましいです!私ニュクトスの方でどうしてもお会いしたい方がいて~」
ニュクトスからの客人と話をしていると妙に間延びした声が響いた。
「…私ではお役に立てそうにもありませんわ。貴女自身で探した方がお会い出来るのでは無くて?貴女の行動力なら出来てよ」
「え~ニュクトスと同盟を組んでいるとはいえそんなに交流ないじゃないですか?エリザベト様ってどうしてニュクトスのお知り合いが多いんですか~?
そう言えば~ニュクトスに何だか大事な情報が流れて大変だったって私聞きました~!」
「その言い方まるで私が情報を流したとでも言いたげね?貴女…黙って聞いていれば失礼にも程があるわよ!私がニュクトスの者と交流があるのは…」
「何だ騒々しい!今日は晴れの日なのに一体何の騒ぎだ!」
「アレクサンドル様!少しエリザベト様とお話をしていただけです!ね、エリザベト様?」
「…えぇ」
「エリザベト様ってニュクトスのお知り合いが多いんですよ~。この間アレクサンドル様と行ったエリザベト様のお誕生日パーティも普段パーティではお見かけしない
ニュクトスの方々ばかりでビックリしちゃいました~それに学院の裏庭でもどなたかとお会いしてるのを見かけちゃいましたし~、もしかしてあの方もニュクトスの方ですか?」
「なに?エリザベト…それは本当か?」
「本当ですが…私がニュクトスの者と交流があるのは」
「エリザベト!お前には失望した! 俺の婚約者である事を盾に立場の弱い者を苛め、男と逢瀬を繰り返し、挙句ニュクトスに情報を流すなど! エリザベト貴様との婚約は破棄する!」
あぁ…やはりこの流れからは逃れられないのね…。母の出自を言わせても貰えないまま話は進んでいく。
「聞いているのか?!エリザベト!貴様はニュクトスに情報を流した疑いもある。衛兵!此奴を牢に入れろ!」
「エ…エリザベト様は私どもの貴きお方!無礼にも程があります!」
「ありがとう。大丈夫よ…貴女は私のお父様と伯父様に事の顛末を伝えて頂戴。これを見せれば直ぐにお会いできる筈よ。頼んだわよ」
震えながら私の前に立ち塞がるニュクトスからの客人に私の18歳の誕生日にニュクトスの前国王であるお爺様と現国王である伯父様から賜った髪飾りを手渡した。
「では皆さま御機嫌よう。」
微笑みを浮かべ周りを見渡すと一礼し、まるでパーティから屋敷に帰るかのように自ら牢へと向かった。
「ふふ…まるで今日という日に私を牢に入れる為に準備していたようね。このままでは裁判もすぐでしょうね。皆…ごめんなさい。私を赦して頂戴」
予感は的中しこれまた予め準備されていたような裁判が始まった。
断罪されるのが決まっている裁判。アレクサンドル王の息が掛かった者によるでっちあげの証拠による裁判をつらつらと聞き流す。
私にとって大事なのはこの後だ。幼い時から同じ時を過ごしてきた王子いえ今は王ね、その人の振舞いなど分かり切っている。
この人は罪悪感を少しでも減らす為に私に発言をさせるわ。今さら命乞いなんてしない!私は私の守りたいモノの為に足掻くだけよ。エレアノールお母様の様に。
「何か言いたい事はあるか?エリザベト!」
「…それが私の罪ならば如何なる罪状でも全て粛々と受け入れますわ。ですが…一つだけ…我が家と私は何の関係もありませんの。」
「この期に及んで家の面目を保とうとは何て浅ましい女なんだ!」
「いいえ!面目を保とうだなんて!とんでもありません!
亡き母を差し置いて母親面する者や私と本当の姉妹だなんて勘違いしている者、あまつさえそれを新しい家族だなんて言う父と、関係があるだなんて死んだ後も伝えられるのが耐えられませんの!」
「なんて女だ…こんな女が娘だなんてアーテュールも可哀想に。私は慈悲深いからな。お前では無くアーテュールに慈悲をくれてやろう」
「まぁ、流石メレテール国の国王陛下。慈悲深きその御心に感謝致します。では…私と私の家は関係ないと認めてくださいますのね」
「あぁ。認めよう」
「へ…陛下!斯様な事を認めては…!」
「私の家の領地…資産…役職…そのどれも没収しないだなんて本当に国王陛下は慈悲深いことですわ?」
「な…?!」
「だってそうでしょう?罪人である私と公爵であるムーン家は関係ないと今貴方様はお認めになられた。…私の言い分はもう何もありませんわ。次に皆様にお会いするのは処刑の日かしら?…では御機嫌よう。」
上手くいくかどうか緊張していた身体が牢に戻ると途端に震え始める。
(良かった…これで少なくとも家族や領民の安全は守れたよね…約束を守られるか不安だけれどあの方も動いてくれる筈だから大丈夫…きっと大丈夫よ)
捕われの身、死に逝く身では出来る事など限られている…後は祈る事しか出来ない。
何かを急く様に決められた処刑の日。質素なレースもフリルも無い白のドレスを身に纏い、白粉を叩いただけの姿で民衆の前に姿を現すと興奮し切った様子で口々に罵詈雑言を吐き出していた
(トニアお母様…使用人の皆、上手く民衆に情報を流してくれたのね。ありがとう。私のお願いを聞いてくれて)
私は貴族からだけじゃなく民衆からも悪役令嬢として憎まられなければならない。今、この時までは。
「…最期に何か言い残す事は?」
「…この国に生きる全ての民の繁栄と幸福を願っています。」
とんでもない悪女の最期の言葉を聞こうとする民衆は其々が口を噤むと先程までの罵詈雑言の嵐が嘘の様に静まり返り静寂が広がる。
悪女と思っていた女の口から出た最期の言葉と慈しむ様に民衆を見渡す私の表情に誰もが口を開けなくなる。
これで…僅かにでも民衆の心にこの処刑に対する疑念の思いを植え付ける事が出来た筈…
「…それだけか?」
「えぇ。」
教会の鐘が鳴り響く。その音で我に返った民衆の一部が声を張り上げるが虚しくも鐘の音で遮られエリザベトには届かなかった。
「あんたエリザベトなんかじゃなくてエリサちゃんだろ?!良く市場に来てくれたじゃないか!」
「あの方はエリサさんです!何かの間違いです!処刑を止めてください!」
空の青と迫りくる銀の刃…
[newpage]
「っは…はぁ…は…。ゆ…夢?」
じっとりと汗ばむ身体に眉を寄せ、今尚残る首への圧迫に吐き気を催し首を摩ろうと手を伸ばすと、自分のものではない体温を感じ驚きで指が跳ねる。
「ひっ…な…ん、なの?って園子?どうしてここで寝てるの?いつもお母様達と寝てるでしょ?」
「すぅ…すぅ。」
人を驚かせておいてすやすやと気持ち良さそうに隣で眠る園子を起こす訳にもいかず、私の首を横切る様に投げ出された園子の腕を布団に入れると園子の顔をマジマジと見つめる。
「最期に会った時のソニアと同じ年なのね…」
裁判の前に心ある者達の計らいで家族との接見が許されたあの日、唇を噛みしめ涙を耐えるアメリアと対称的にソニアは大きな瞳からボロボロと涙を零していた。
今更前世の夢?なんて思ったけれど、今まで顔を会わす事を碌にして来なかった最近になって家族と顔を会わせたのが切っ掛けだったのか…それとも自分はさっさと死んで家族や領民、国に迷惑を掛けたにも関わらず、のうのうと平和に今を生きている私への戒めなのか…記憶の中の守れなかった妹達を思い出し、ふぅと息を一つ吐くと隣で眠っていた園子がごそごそと身動ぎし始める。。
「ぅ?あれ?えりこおねーさま?」
「ふふ。お早う。園子。良く眠れたかしら?」
「うん!とっても! 依璃子お姉様のベッドとてもふかふかするわ!」
「園子のベッドと同じものじゃない。それよりも園子はどうして私の部屋に?」
「えーとね、今日のパーティが楽しみで起きちゃって!お父様もお母様も起きてくれないし…お化けがでるかもって思ったらこわくなって…」
「お化けって園子一体何時から起きているの?!」
「分からないけれど、まっくらで恐かったー!」
「…園子もう暫く眠らなきゃダメよ?今日はいつもよりパーティが始まるのが遅いんだから後で眠くなってしまうわよ」
「もう眠くないもん!それに今日のパーティってこの間依璃子お姉様を助けてくれたおうじさまたちがくるのよね!」
楽しみー!とはしゃぐ園子の声に夕方から開催されるパーティを思いため息を一つ零した。
もし彼らが警察学校を卒業後に公安所属になったとしても、鈴木財閥の会長である私のお父様と懇意になれば多少の危険からは遠ざけられるかもしれない。
財閥という権力の後ろ盾がある人間を失うような危険な任務を任せはしないでしょうし…。
「依璃子ちゃんは浴衣着ないの?折角お母様が準備してくれたのに…」
「…だって私浴衣似合わないもの…それより!そろそろ出発の時間でしょう?参りましょう!綾子お姉様!」
ホテルに向かう車の中で妙に園子が静かな事に気付き声を掛けると園子はいつもの快活を余所に気だるそうにこちらを見た。
「なぁに?えりこおねーさま…」
「園子 具合でも悪いの?」
「ううん ちょっとつかれただけだよ?」
「園子 ちゃんとお水飲んでいる? 眠い?喉は乾いてない?」
「おトイレしちゃダメだからのんでない…」
「お母様!園子が多分脱水症状起こしているわ!この子…パーティ楽しみだからって早くから起きているから睡眠不足もあるし…」
「奥方様、ホテルの直ぐ傍まで参りましたので、先にホテルで旦那さま方に降りて頂いてから、園子お嬢様は私が病院に連れて参ります!」
「え…えぇ、斎藤頼んだわね…大丈夫、園子?直ぐに病院に行くから少し横になってなさい」
「やだー園子もパーティにいくー!やだー!園子だけいけないのやだ!」
ぐずぐずと泣き出し始めた園子の気持ちは分かる。自分だけ置いていかれるなんてこの子にとっては寂しくて仕方ない筈。
「…お母様、園子に付き添ってあげて頂戴。私と綾子お姉様はお父様も斎藤もいるから大丈夫よ。園子、お母様が一緒にいてくれるからもう寂しくないわよ。ほら、少し眠りなさい。」
「お嬢様方、いつもより荒い運転になる事をお許しください!では参りますよ!」
赤信号で止まった際に、妙に目のキラキラした斎藤は既に装着した白手袋をキュッと引っ張ると、普段ではありえない急発進をしたのだった。
「園子の容体はホテルに連絡するわ。綾子、依璃子、お父様と斎藤の言う事を聞くのよ!」
「園子は母さんに任せて、行こうか。なぁに心配いらないさ!病院で処置して貰って直ぐに良くなるさ」
「綾子姉様は脱水症状を起こしていないかしら?大丈夫?」
「大丈夫よ~ありがとう依璃子ちゃん。依璃子ちゃんこそちゃんと飲まないと」
七夕パーティーなんて七夕を口実にパーティーしたいだけだろう。なんて、思っていたけれどパーティ会場の見事な飾り付けと笹に見惚れる。
お父様のお知り合いに挨拶し、零にぃと景にぃを探すけれどあんなにも目立つ二人が見当たらない。キョロキョロと辺りを見渡すと隣から悲鳴が上がった。
「きゃっ!ッツぅ!」
「綾子!大丈夫かい!うっ!」
「綾子お姉様!」
「ごめんなさい…足を…挫いてしまって…お父様まで巻き込んでしまって…こんな時にごめんなさい」
真新しい下駄のせいか、それともホテルのパーティー会場特有の絨毯のせいか、はたまたそのどちらとものせいか足を挫いた綾子お姉様は足を抑えると何度もごめんなさいと繰り返す。
綾子お姉様を落ち着かせようと背中をゆっくり撫でると隣に座り込んでいる父を見遣る。
足を挫きそうになった時綾子お姉様は咄嗟にお父様に掴まろうとしたものの、いきなりな上に普段の運動不足が祟り父も足を挫いてしまったみたいだ。
「大きい怪我に繋がらずに捻挫で済んで不幸中の幸いじゃない。お父様、綾子お姉様と今から病院に向かって下さいな」
「私まで病院に行っては…依璃子が一人になってしまうじゃないか!」
「私はこのまま此処に居ります。それにお母様からの連絡も無いでしょう。お母様が連絡した時に誰もいなかったら余計な心配をかけてしまうでしょ?
それに一人ではないわ。友人が来てくれるから大丈夫よ。お父様も綾子お姉様も心配なさらないで!帰りの事はお母様からの連絡がきた時にでも決めるから」
ほら早く行って!と渋る二人を異常に気付いて駆けつけてくれたパーティスタッフに事情を説明しタクシーまで二人を運んでもらった。
(…ごめんなさい三人とも。私が余計な事を考えたばかりに三人を苦しませてしまった。)
私が零にぃと景にぃをお父様達と会わせたい、黒の組織への潜入捜査から遠ざけたいなんて考えてしまったばかりに物語の修正が働いてしまった、なんて考え過ぎだろうか。
(それにしても零にぃと景にぃ遅いわね…もしかして、二人の身にも何か遭ってしまったの?!)
嫌な想像に背中がじっとりと汗ばむ。浴衣を着なかった私にせめて綾子お姉様と園子とお揃いになる様にと二人の浴衣に似た柄と色合いのワンピースが汗でひんやりとするのを感じる。
「少し庭に出ますので、降谷零と唯川景光が受付をしたら鈴木依璃子は庭にいるとお伝え願えますか?お手数ですが宜しくお願い致します。」
口早にそう受付に伝えると、ホテルの庭園に出る。パーティー会場の喧騒とは裏腹にしんと静まり返った庭園に佇んでいると、どんどん嫌な想像で頭が溢れ返りそうになった。
「…大丈夫。家族も大した事が無くて、零にぃも景にぃも無事にきてくれる!だって、約束したもの。」
いつの間にか下を見て俯いてしまってた顔を無理矢理上に上げると、前世で見た空とは比べ物にならない位、星の見えない空にため息が零れる。
「依璃子ちゃん!遅くなってほんっとうにごめん!こんなに待たせたのに連絡も出来なくて本当ごめん!」
「ごめんな~!ゼロが女に囲まれるのはいつもの事だとして電車は止まるし慌ててタクシーに乗ったは良いけど渋滞にハマるし…」
「で、結局走って来たんだけど…依璃子ちゃんのご両親にも迷惑を掛けてしまったよね?」
「零にぃも景にぃもそんなに急いで来てくれてありがとう…こちらも謝らなきゃいけない事があって…」
「姉妹とお父さん、それにお母さんが付き添いで病院って大丈夫なのかい?でも、依璃子ちゃんを一人にするなんて…」
「ゼロの言い分も分かるけど好き好んで依璃子ちゃんを置いていった訳ではないだろ?」
「お父様は残ろうとしてくれたけど…私の我儘!だって景にぃと零にぃが来てくれるって思ってたから一人じゃないわ。来てくれるって信じてたもの!」
だから大丈夫って笑うと二人は私を抱きしめてくれた。
「ところで依璃子ちゃんは一人で庭で何をしていたんだい?」
「折角の七夕だし星が見えるかな~って思ってたけれど全然ダメね。都会の空気じゃ良く見えないわ。」
「今日は割と見える方と思うけどなぁ。依璃子ちゃんは星好きなの? 俺は綺麗だと思うけど星座は全然!」
「とても星の綺麗な場所で星を眺めていたから、どうしても比べちゃって。この星が彦星でわし座の1等星アルタイル、織姫はあの星で…こと座の1等星ベガ」
大きな空に瞬く星を指差すとその指を追って景にぃは星を眺め、零にぃは私の横顔を眺めている。
「凄い…良く知っているね」
「星は、遠く繋がった場所でも同じものを見れるから…勿論見る国によっては見え方も違うけれど、星の配置は一緒でしょ?
それなのに日本と外国では星によって伝わる話が違うって面白いなぁって。こと座なんてビックリする位違うもの」
「確かにそうだね、こと座のモデルのオルフェウスの話は七夕の話とは全く違ってるからな。」
「オルフェウス?」
「竪琴の名手だったオルフェウスは妻エウリディケを亡くしてしまうの。悲しんだオルフェウスは冥界の王ハデスにエウリディケを地上に戻して欲しい懇願するのよ。」
「で、最初は拒んでたハデスも自分の妻から説得されてエウリディケを地上に戻してやることにするんだ。ある条件をオルフェウスに約束させるたんだよ。」
「地上へ戻るまで決してエウリディケエウリディの顔を見ないこと。約束を守ってオルフェウスは歩いたけれど地上の光が僅かに見えてきてあと、もう少しという所で喜びでエウリディケの顔を見てしまうの。」
「エウリディケは冥界に戻され、直ぐにオルフェウスはハデスの所に向かうけれどハデスは応じなかったんだ。」
「で?そっからは?ゼロ?」
「で?って終わりだけど?」
「終わりというか諸説あるけど、オルフェウス亡きあとにエウリディケと出会って二度と別れる事なく暮らしたものが一番幸せなものね。他はオルフェウスが可哀想で。」
「う~ん。なんだかモヤモヤするなぁ。後ろを振り返るなって約束も意味分からないし。」
「冥界から地上に出た時にね、エウリディケの足音が聞こえなくなったの。そこでオルフェウスは不安になってしまったのね…本当に後ろにエウリディケはついてきているのか?そもそも後ろにいるのは本当にエウリディケなのか?って」
「最後まで信じれば良かったのになぁ。」
「本当そうだわ。『足音』、一つで疑ってしまって大事な物を無くしてしまうなんて、ね。」
数年後の景にぃの心に少しでも残る様に祈りを込めて口を開いた。どうか、どうか足音で判断しないで、と。
「少し風も出てきたし、そろそろ会場に戻ろうか?」
「そう言えば二人とも食事まだでしょう? 立食だから軽い物しかないけれど戴きにいきましょう!それにとても素敵な笹飾りがあったの!」
「久しぶりに短冊書くのも良いかもなー! ゼロも書こうぜー!」
「…?」
「どうした依璃子ちゃん?」
「どうしたんだい?依璃子ちゃん?」
「うぅん、何でも無い!」
一瞬聴こえた旋律にきっと、風の音と聴き間違えたのよね?と、振り返り背後に広がる庭園を見て、私は二人についていったのだった。
[newpage]
「何という事をしでかしたのです!アレクサンドル!自分の婚約者を勝手に婚約破棄する所か、しょ…処刑するなど!それが王…いえ人のすることです!」
「そんなに喚くなよ… あんな女の為に心を乱す事なんてないだろ?身体がしんどいと思って黙ってこの件処理したのに一体どこから聞いたんだか」
「この国はもう終わりよ…」
「母上も一々大げさだな。ニュクトスの王族の血が流れているとはいえ母親がたかが第三王女の娘を処刑した位で何を言ってるんだ?」
「あなたこそ何を言っているの…?エリザベトの母君はニュクトスの国王や他の王族から並々ならぬ寵愛を受けていたのよ」
「は?」
「その娘であるエリザベトがこんな目にあって…ニュクトスは一体どう動くというの…」
「アレクサンドル王!こちらに居られましたか! 大変です!ニュクトスから使者が来ました!」
「先触れも無しにか?失礼だろう?!」
「アレクサンドル!今私たちがそんな事を言える立場ですか!弁えなさい!…私も列席致します。使者にはそう伝えなさい。」
事の自体が分かっていないのかアレクサンドルは悠々とした足取りで城の廊下を歩いていった。
「これは、これは。帰皇太后様とお会いできるとは思いもしませんでした。アレクサンドル王…折角メレテールとは良い関係を築いていると思っていただけに此度の件、非常に残念です。」
「こちらの情報をニュクトスに流された以上良い関係を築ける訳ないだろう?! 」
「その件ですが…あー貴方達が提示した証拠を出した者達、今になって言わされた書かされたなんて言い始めてるみたいですね?」
「それこそ、お前達のでっち上げだろ!要件をささっと言え!お前達のような国とは今後関わって行きたくもない!」
「国王からの書状です。どうぞ、アレクサンドル王から拝読なさってください。帰皇太后はその後からお読みください」
ニュクトスから寄こされた使者は、
若いとは言えメレテールの国王であるアレクサンドルと、前国王の死去により退いたとはいえ一国の皇后であった帰皇太后を前にしても、飄々とした態度を貫いていた。
アレクサンドルと良く似た年頃の使者は書状を態とらしいほど大げさな程恭しくアレクサンドルに渡す。
渡された書状を読むにつれアレクサンドルの表情が僅かに緩んでいくと、隣でそわそわと待つ母に書状を手渡す。
「…これだけか? この位で良いとはエリザベトもその位の女という事か。構わんぞ。」
「流石はメレテール国の新国王、話が早いですね」
「な…こんな内容とてもじゃないけれど無理だわ!」
「おや?国王には了承していただきましたが?」
「母上、大げさじゃないか?エリザベトの母上が結婚した時に持参した物を金銭に計算して返納するだけだろ?」
「…本当に…貴方という子は…エリザベトの母君が何を持参したのか分かってて言っているの?!
ニュクトスからの輿入れの際に、ニュクトスから輸入している鉱石や鉄鋼品の関税を大幅に下げて頂いたのよ?!…それに我が国に隣接する鉱山の一部での採掘権も。」
「エリザベトがお生まれになってから亡くなるまでに下げられていた関税分と採掘権を使用して採掘した鉱石類を全て金銭で返納すると即答されるとはさすがメレテール国の国王は違いますねぇ」
「それに返納金を理由に増税してはならないだなんて…どうかご慈悲を」
「慈悲…ねぇ。本来ならばこちらとしては戦をしても構わないのですよ?ですがエリザベトが我が国王に文を書いていたんですよ。
我が身に何があろうとも、戦を起こす事だけはお止めください。私のせいで皆が傷付くことがありませんように、と。
エリザベトに感謝してくださいね? では、私はこれで。あぁ…そうそう、支払いは分割でも大丈夫ですよ?勿論利子はつきますが…。では私はこれで。」
今更、事の重大さを理解したのか顔面を蒼白させながら力なく腰掛けるアレクサンドルと人目も憚らず涙を流す帰皇太后を余所にニュクトスからの使者はまるで
自分の城を歩くかのように悠々とした足取りで去るのだった。
簡素な木の台に載せられた瑞々しい野菜、芳醇な香りを漂わせる果物、捌かれた肉、干された魚、此処に来れば何でも手に入ると謳われるメレテール一の市場で
今日も婦人達は買い物に井戸端会議と忙しかった。
「あ~ぁ。やだやだ。また塩が値上がりしているじゃないか。大将…って今日はいつものむさ苦しいのじゃないのかい?」
「大将は今日は体調不良で俺は代打な訳! 塩ねぇ…エウレアに塩の値段を値上げされたらたまったもんじゃねーよ!」
「エウレアが? 何だっていきなり値上げなんて? ここ数年値段が変わる事は無かったじゃないか!」
「何でもよ…此処だけの話…」
快活とした表情を一転させ大将代理は神妙な顔になると辺りをきょろきょろと見渡すと婦人を手招きし顔を近づけさせた。
「此処だけの話…エウレアが塩や海鮮物を値上げし始めたのは、エリザベトの死が絡んでるらしーぜ」
「エリザベト?あの処刑された悪女かい?」
「なんでもエリザベトの2番目の母親ってのがエウレアの貴族の出でな。その実家がエウレア一の商会を営んでいるときたもんだ!
継子を処刑された憤りだろうな…どうにかこの国に一矢報いたかったんだろうな」
「アンタそれは違うんじゃないかい?エリザベトは継母や義理の妹をそりゃもう凄絶に苛めぬいたって噂聞いただろう?」
「それがさぁ俺はエウレアの知り合いから凄い事聞いちまったんだよ!何だと思う?」
「何だい!此処まできてもったいぶらないで早く言いなよ!」
「ぜーーーーーんぶ嘘なんだとよ!」
「へ?!」
「継母や義妹を苛めた事も不仲だった事も無く関係は円満だったんだとよ!」
「なんだってそんな嘘を!」
「家族と領民を守りたかったんだと…泣かせるじゃないかエリザベト様!それにな…エリザベト様の裁判の時に証言してた奴が次々と不審死してるらしいぜ」
「それってもしかして…」
自分達でも分からない内に大きくなっていた声をまた潜める。
「嵌められたんだろうなエリザベト様は…」
周りで聞き耳を立てていた者達も口を噤んだせいで不気味なほどの静けさが訪れるが、大将代理と話をしていた婦人が威勢良く声を張り上げた。
「だからと言って関係の無い私達の生活に関わる物を値上げされてもねぇ!」
「それもなぁ…庶民向けの塩の値上げは微々たるモンだ。それ以上に値上げしてるのはエウレアと俺達の中間に入るこの国の貴族の商会だから訳が悪いぜ。
貴族向けの塩の値上げ凄まじいもんだぜ?まぁ、お貴族様のプライドがあるから死んでも庶民向けの塩なんて使わねーだろうな…」
「エウレアよりこの国の商会が値上げしてるってどういう事だい!」
「それこそ俺に言われてもどうしようもならないっつーの!」
(仕掛けは上々。後は足がつかない程度に話を広めて、城に潜り込む手筈もしなきゃなんねーし、アイツ面倒な事押し付けやがって!)
[此処だけの話]なんて言葉を聞いて本当に此処だけの話にする人間なんてどの位いるのだろうか。
市場の大将代理と婦人の話はあれよあれよと国中に蔓延していった。
最初はただの噂と笑っていた王族、貴族は余りの話の広がり振りに慌てて事態を収拾しようとするが否定すればする程話の信憑性は増していった。
婚約者とはいえ罪を罪として心を鬼にして処刑した国の為に生きる若き国王と評されたのも束の間、今ではどこからか話が漏れたのか惚れた女と一緒になる為に婚約者を処刑した鬼の様な国王と評されていた。
高まる国民の不信感、それに手を打つでもなく惚れた女に湯水のように金を使う国王に対する貴族の不信感が爆発しそうになっていた。
「シスター今日も暑いでねぇ」
「えぇ。最近めっきり雨が降らなくて…庭の薬草も元気が無くて、困っってるんです」
「薬草なんて育てていたのかい?」
「…知識のある方から教えて頂いて植え始めたんです。その方に手伝ってもらって薬草園造りから全て。」
「この暑さじゃ枯れちまうかもしれないねぇ。この雨の降らなさはエリザベト様の怒りだなんて言う者すらいるよ。なんてたって国王とあの女が結婚しちまったんだからねぇ。
あの盛大な結婚式のせいでまた税金が上がるかと思うと頭が痛いよ」
「あの方はそんな事を思う方ではありません!」
「どうしたんだいシスター?!いつも静かなあんたがそんな大きい声を出して?!」
「あの方は数年前まで朽ち掛けていたこの教会を建て直し、満足に食べさせる事の出来なかった孤児院の子供たちに食事を与えて下さいました。
一時の施しだけじゃなく、読み書きといった勉強と収入を得られるようになる為に私を始め子供たちに技術を教えて下さいました。
そんな方が雨を降らせないなど…そのような国民を苦しめる様な事をする筈がありません!」
「私てっきり国が建て直したんだとばぁり思ってたよ…こんな大規模な建て直しまさか個人でやるとはねぇ」
「…国に見捨てられた私達をエリザベト様は救って下さったんです」
国民の祈りも虚しく雨が降る日は一向に来ず、空からは刺すような日光が降り注いでいた。
農作物は不作続き、国民の不満は高まるばかりだった。
王族の浪費への補てんの為の繰り返される増税、不信感に続いての農作物の不作に弱きものは疲れ果てていった。
「こんばんは、アレクサンドル国王。こんな形でお会いする…気がしてましたよ。」
「な?! お前あの時のニュクトスの使者か…!おい!お前達何をぼけっとしている!この者をひっ捕らえろ!」
形だけの会議が終わりアレクサンドル国王と王妃が退室するべく開けられた扉の前には一人の青年が佇み、腰に携えた剣を素早く引き抜くとその切っ先を首に向けた。
「初めまして。皆々様方、エリザベトの従兄です。どうしたんだい?そんなに驚いた顔をして?あぁ君達に分かる様に言ってあげる。ニュクトスの第一王子だよ。」
「ニュクトスの第一王子なんて白々しい嘘を!」
「嘘だと思うなら今自分の首に向けられている剣を見てみなよ?ニュクトスの紋章が入ってるじゃないか?
いくら病弱で公式の場に余り出ないからといって、かつて同盟国だった国の王子の顔を覚えて無い訳?」
「病弱ってかお前は面倒だっただけだろーが!今日も面倒だからってこんな役割を俺に押しつけてよー」
国王を守る近衛兵の一人が国王の背後から突如として声を上げ、剣を振るいながらニュクトスの王子と世間話を始めるその異様な空間に人々は身体を震わせるしかなかった。
他の近衛兵が呻き声を上げ倒れる中一人だけ立つその男は兜を脱ぎ棄て放り投げると、ガチャンと音が響き渡ると同時に顔を見た貴族達から「エウレアの第一王子…」とざわめきが起こった。
「まぁ俺の顔は分かっちゃうよなー!エウレアの第一王子でーーーす!俺の母さんがニュクトスの第二王女だからエリザベトともコイツとも従兄になる訳ー」
「な?!」
「お前…まさかそんな事も知らなかったの?お前が、エリザベトが亡くなるまで何も考えず楽に生きれたのは、エリザベトがお前のの傍で寄り添ってくれてたからだし。
お前が分からない事があっても恥をかかずに済んだのは彼女がこっそりお前にに教えていたからだ!それなのにお前はそれが当たり前みたいな顔をして次第に自分の頭で覚える事すら忘れたんだろ」
「違う…俺は悪くない…アイツは王妃教育だの何だのって言って俺を見てくれなかった!俺を見てくれたコイツと結婚するのが正しかったんだ」
「わ…わたし…私は何も悪くないわ!処刑を決めたのはアレクサンドルよ!私は何も言ってない!何もやってない!何もしてないのに何でこんな目に会わなきゃならないの!そうだわ!アレクサンドル!離縁しましょう!私を助けて!私を愛してるなら私と離縁して!」
前後を挟まれ、剣を向けられ続けた王妃は、口から唾を飛ばすほどの勢いで捲し立てるとアレクサンドル国王に縋り付いた。
「…正しい結婚ねぇ。最後に良いショーを見せてもらったよ」
「最初に言うのが自分は悪くないなんて、ある意味お似合いの夫婦だったのかもなー」
その後、メレテール国はニュクトスとエウレアで二分割されることになった。
領地が増えると管理が面倒だと言うニュクトス王子と、くれるなら貰うけどそこまで欲しくないエウレア王子との話し合いはある意味難航したと伝わった。
「アメリア…ここに居たのかい?初夏とは言え夜だよ。テラスじゃ夜風が身体に障っちゃうだろ?
ニュクトスに嫁いで、家族が懐かしくなったかい?」
「王子…、いえあなた。何だか昔が懐かしくて…あの星とあちらの星をご覧になって?」
「あれは…こと座とわし座かい?」
「えぇ…。姉様は星を見るのが好きで…。
私ね、父と母の結婚で元々暮らしていた屋敷から公爵家の屋敷に移った時に、環境に慣れなくて良く眠れなくなってしまったの。
そんな私にエリザベト姉様は時折不思議なお話や聞いた事も無い旋律の歌を歌って下さったの。色々な話の中であの星達の話が好きで何度もせがんだわ」
「どんな話なんだい?」
「こと座の一等星ベガはオリヒメ様、わし座の一等星アルタイルはヒコボシ様で、オリヒメはテンテイの娘で、機織りの上手な働き者の娘だったの。
神様達の着るものを作る仕事をしていて、年頃になったオリヒメにテンテイは天の牛を飼っているヒコボシをお婿に迎えたの。結婚した二人は仕事を忘れて遊んでばかりいるようになってしまって。
するとオリヒメが機織りをしないせいで神々の着物がボロボロになり、ヒコボシが世話をしないから牛たちが病気になってしまったの。
テンテイはすっかり怒って、「二人は天の川の、東と西に別れて暮らすが良い」と言ってオリヒメとヒコボシを離れ離れにしたの。
でもテンテイは、オリヒメが余りにも悲しそうにしているのを見て、「一年に一度、七月七日の夜だけ、ヒコボシと会ってもよろしい」と言ったの。
それから一年に一度会える日だけを楽しみにして、オリヒメもヒコボシも仕事に精を出したの。そして七月七日の夜、オリヒメは天の川を渡って、ヒコボシの所へ会いに行くの」
「聞いた事も無い不思議な話だね。」
「不思議な話で余りにせがんだものだからすっかり覚えてしまって…タナバタマツリというパーティーもするみたいだけれど、流石にそれはせがんでもしてもらえなかったわ」
「…君は本当にエリザベトが好きなんだね」
「姉様と初めてお会いする前すごく緊張したの。だって母から毎日のように、たまに来る父からも会う度に聞いていた人に実際会うなんてドキドキして、
会った時は余りの嬉しさにお姉様に抱きついてしまったの。怒る母を余所に姉様は妹が姉に抱きつく事が何がいけないの?と言ってくれて…
あの瞬間から私は姉様が大好きなの!だから…ニュクトス王子であるあなたと恋愛結婚をし、幸せになった私とこれからエウレアの王子の元に嫁いで幸せになるソニアを見て欲しかったな…って思ってしまって」
「エリザベトは幸せさ。自分を想って泣いてくれる人がいるんだから」
「…あなた」
「七月七日…こと座…うん。今度の七月七日はタナバタをやろう。あと、こと座のオルフェウスに因んで国一の竪琴の名手を呼んでエリザベトの思い出話を皆でしよう」
「素敵!素敵です…王子様」
七月七日の夜、エウレアとニュクトスの国境を跨ぎ作られた友好の宮殿に竪琴の音色が響き渡った。
(ねぇ、姉様…まるであの二人、ヒコボシとオリヒメみたいね…ニュクトスの果てにはアレクサンドル、エウレアの果てには、あの女が塔に幽閉されているわ。
ただ二人は許しが無いから一年に一度会えないし、カササギも来ない…)
[newpage]
竪琴の音色と共に幸せな夢を見た…。
私はこれで、やっと、赦された気がする。
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このシリーズは原作知識ふわふわ、口調ふわふわ、中世ヨーロッパ知識、乙女ゲー知識が全てにおいてふわふわとした文章で構成されています。<br />設定が盛り盛りなので1作目から読んで頂けると分かりやすいと思います!<br /><br />私だけが楽しいオリ主前世編が8割、コナン夢が2割です。<br /><br />空のように広い心で矛盾とご都合主義をスルーし、山より高い想像力でお読みください…<br /><br />待って頂けてるか自信ないですが、お待たせしました!<br />七夕前に書いていて、腰痛がおき、仕事に追われ、消滅都市のコナンコラボに勤しんでいたら8月終わりかけてて驚きました…<br /><br />ちなみに書いてる最中に「都会って星みえるん?」って呟きに、リア友から都会は見えない! 米花町なら見える!という言葉を貰って無事書ききる事ができました!<br /><br />10/28<br />閲覧・いいね・ブクマ・コメント・スタンプ本当にありがとうございます!<br />気付いたら数日で10月が終わりますね!びっくりです!<br />続きは11月中に!必ず!
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前世が悪役令嬢な私が名探偵の世界に転生したようです【番外編】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10045610#1
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プルルルル
遠くで何かの音が聞こえる。
うるさい。朝っぱらからなんなの。
頭に響く音に、ギャリーは呻いた。
夢?いや、夢じゃない。実際に鳴っている。
この音は……。
ハッと飛び起きたギャリーは、ベッドのサイドテーブルに手を伸ばして電話の子機を取る。ぼやける視界に目をこすりながら時計を睨めば、もう昼に近い時間だ。
「ハイ、もしもし」
寝起きで声がかすれた。自分の声じゃないみたいだ。
受話器の口を押さえて一度咳払いする。これで大丈夫だろうか。
『……ギャリー……?』
わずかな沈黙の後、控え目に自分の名が呼ばれた。その声にギャリーは、目を見開く。目が覚めた。今度こそ。
自然に、口元がほころぶ。
まだ幼いその声に何度名前を呼ばれたことだろう。あの日から忘れたことはなかったが、懐かしい、と感じる程度にはすでに時間が経っていた。
「久しぶりね、イヴ」
ギャリーも彼女の名を呼ぶ。
あれから1ヵ月。
再会の約束は、まだ果たされていない。
[chapter:黄薔薇の肖像]
恐ろしくも悲しいあの奇妙な美術館を抜けて、この世界に戻ってきたあの日から1ヵ月。
急に戻ってきた現実に追われているうちに、気がつけば日々が過ぎ去っていた。
あの世界は何だったのか、いまだにわからないことだらけだ。この先、一生わかることはないのかもしれないとも思う。
ただ一つはっきりしているのは、あの奇妙な世界でギャリーがイヴと過ごした時間は、現実の世界にすればたった30分足らずの出来事だということだ。それが、ギャリーの腕時計が告げていた事実。今や、あれが夢ではなかったという証拠は、手元に残っているイヴのハンカチだけだ。
あの日、イヴと戻って来られた興奮に、また会おうと再会の約束はしたものの、一晩経って興奮が収まってくると現実が見えてきた。
彼女は両親と来ていたはずだった。両親にしてみれば、自分の存在は不審者以外の何者でもない。イヴとギャリーにしてみれば永遠にも思える長い時間だったが、繰り返すが彼らにしてみれば30分足らずだ。そこで仲良くなったにしては、仲良くなりすぎている自覚はある。ましてや再会の約束など、どう考えてもおかしいだろう。自分がイヴの親なら、まずは疑ってかかる。
そして悪いことに、その理由をギャリーは説明できない。
あの世界であったことを現実に理解してもらうことは難しいと、分別がついてしまう程度には大人になった自分にはわかってしまうからだ。
だから、ギャリーはイヴに連絡をとることを先延ばしにしていた。
ハンカチを見るたびに、郵送しようかとも思った。でも、それも出来ないまま時間が過ぎていく。そのことに気がつくたびに、さらに会えない様々な理由をつけていた。
結局は、単なる大人の狡さでしかない。
最終的に、イヴに連絡先を渡しているのだから、イヴが本当に自分に会いたいと思ってくれた時に連絡をとってくれればいいと思うことにした。
子どもの関心は移ろいやすいものだ。
もしも、約束が果たされないとしても、それは少しだけ寂しいが仕方のないことだと思った。忘れたいなら仕方ない。あの世界は、それほどショックなことも多かったのだから。
だからこそ、イヴから電話が来た時は純粋に嬉しかったし、ホッと肩の荷が下りたような気がした。
もっとも、そうした狡さがイヴを長く苦しめることになっていたことに気付かされたのは、そのすぐ後のことだ。
++
「あの……ギャリーさんですか?」
「はい」
横から声をかけられて、顔を上げればそこに品の良い女性が立っていた。
思わず、感心してしまう。ギャリーにはそれが誰だかすぐに分かった。優しそうな風貌に、芯の強そうな瞳の色。
雰囲気がとても似ている。
「イヴのお母様ですか?」
「ええ」
問いかけると、女性はふわりと微笑んだ。やっぱり、正解だ。
ギャリーは立ち上がって向かいの席を引くと、彼女をそこに座らせる。
ちょうど近寄ってきた店員に紅茶を頼み、彼女は改めてギャリーに向きあうと、すっと頭を下げた。
「今日はお呼び立てしてしまって申し訳ありません。イヴは1時間したら夫が連れてくることになっていますから、それまで少しお時間をください」
「ええ。もちろんです」
ギャリーは頷く。そのために、イヴと約束した時間よりも早く来たのだ。
ここは、イヴに話していたマカロンが美味しいお店。そこにイヴよりも前に、イヴの母親といるのは少し不思議な感じはする。
「イヴ、……イヴさんの様子はどうですか?」
「相変わらず、あまり眠れていないようです。夜中に何度も起きているようで」
「そうですか」
ギャリーは眉をひそめた。
イヴから電話があって会う約束をした後、すぐに彼女の母親から再び電話がかかってきた。イヴに会う前に会いたい、と。
そこで簡単にイヴの現状を聞かされていたのだが、あまり良くはないようだ。
ギャリーは僅かに迷ったあと、口を開く。
「お話を伺う前に、……イヴさんから私の事は何かお聞きになりましたか?」
いつもの口調で話すわけにもいかず、一人称と語尾を気にしながらそう尋ねれば、彼女は苦笑めいた表情を浮かべた。
「美術館で私を助けてくれた人だ、と。こんなことを言うのは失礼だと思いますが、イヴから貴方に会いたいと言われた時、正直、私も夫も戸惑いました。娘の口調は、短時間で仲良くなったにしては心から貴方を信頼しているようでしたし。いったい、なにがあったのかと」
「…………」
紅茶が運ばれてきた。彼女はカップに口をつけると、続ける。
「貴方がどんな方なのかもわからなかったですし、……娘を助けていただいたのなら、お礼を言わなければと思いつつも、これほどに遅くなってしまい申し訳ありません」
「いえ、お母様のお気持ちはわかります」
そうとしか答えられない。
ギャリーが神妙に頷くと、彼女は「ですが」と口調を改めて、今度は微笑んだ。
「イヴを信じようと思います。あの子から、……とても不思議な話を聞きました。空想豊かな、作り話のような話です。到底信じられないようなことでしたが、あの子は真剣そのもので……だから私たちはあの子と信じようと思います。私は芸術関係は素人ですが、ゲルテナが作り出す世界は、……そうですね、強いて言うならそんな不思議なことがあってもおかしくないような世界観を持っている気がしますから」
「……ありがとうございます」
礼を言うのも変な気がしたが、それしか思い当たる言葉は見つからない。
ギャリーにしても、言葉であの世界の出来事を説明するのは難しい。イヴとギャリーにとっては現実でも、あの世界はもうここにはないのだ。
改めて、ギャリーは目の前の女性を見つめる。
器の大きな人たちだ、と思う。あのイヴの親なだけはある。
あの子も9歳とは思えないほどの勇敢さと聡明さを兼ね揃えていた。彼女の存在に、何度助けられたか知れない。
「イヴを信じます。だからこそ、貴方にお会いしたかった。あの日から……イヴは少しずつ不安定になってきている気がするんです。もしもあの子の言う通りなら、きっとイヴの不安を取り除けるのは貴方だけでしょう。同じ経験をした、貴方だけ」
親としては歯痒いのだろう。苦い口調の彼女に、ギャリーは先を促す。
そう、ギャリーはきちんと聞かなければならない。
何ができるかまだ分からない。でも、再会の約束を先延ばしにしたために、きっとイヴは誰にも言えずに苦しんでいる。
勇敢で聡明なイヴ。
忘れがちだが、彼女はまだ9歳なのだ。
「……眠れないようだ、と電話でおっしゃっていましたね」
「ええ。眠るのが怖い、と言っています。怒っている、泣いている、誰かを……忘れてしまう、と」
彼女の表情が曇る。
――……誰か。
その言葉に、ギャリーは眉をひそめた。
それはきっとギャリーの事ではない。あの世界で過ごした、もう一人の存在のことだろう。ギャリーの中で記憶が薄れかかっているあの少女は、たとえ一時であってもイヴの友達だった。
ましてや、少女が消えるところをイヴはすぐ目の前で見ている。
幼い少女にとって、その衝撃はどれほどだろう。
ギャリーには想像することしかできない。良くも悪くも大人になればなるほど、傷つかないようにする術を知るようになる。心が鈍くすることができる、と言えばいいだろうか。
ギャリーは冷めたコーヒーで唇を湿らせ、口を開く。
「……任せてください、と胸を張っては言えません。この件に関しては上手く話すことができないんです。先ほどの話ですが、私の事を不審に思われることも、不安に思われることも理解できます。ですが、ひとつだけ信じていただきたいのは、私はイヴさんを大切な友人だと思っていることです。年齢は離れていますが、彼女は私にとって、とても大切な友人です。私は彼女の存在に何度も助けられました。だから、イヴさんが悩んでいるなら今度は私が彼女を救いたいと思います」
「…………」
「一晩、娘さんを私に預けていただけませんか?」
これは賭けのようなものだった。
イヴの不安を取り除けるかどうか、ギャリーにはわからない。だが、イヴがもしもメアリーのことで悩んでいるのなら、何かできるかしれない。
それには、イヴとじっくり話す時間が必要だ。
目の前の女性はまっすぐギャリーを見つめてくる。やましいことなど何もない。決意を込めて視線をそらさずにいれば、彼女はふっと微笑んだ。
「わかりました。あの子の話を聞いてやってください」
「もちろん、喜んで」
ギャリーはほっとして笑みを浮かべた。
娘には貴方と会っていたのは内緒なんです、と唇に人差し指を立てた母親が席を立って10分後。 店を出て待っていると、遠くから声が聞こえた。
「ギャリー!」
見れば、小さな体で懸命に走ってくる女の子がいる。
あぁ、変わっていない。
「イヴ!」
ギャリーは身を屈めて両手を広げる。
その腕の中に、小さなぬくもりが飛び込んできた。
++
その店はテイクアウトもしているので、マカロンは買って帰ることにした。
もしもイヴが何か問題を抱えているなら、家の方がじっくり聞ける。
イヴは色とりどりの丸いお菓子を目を輝かせながらショーケースを覗いていた。ギャリーが「どれでも好きなのを選んでいいわよ」と言えば、悩んだ末に3つを選ぶ。
赤いのと、青いのと、黄色いの。
イヴらしいチョイスだ。
ギャリーは「じゃあ、私はこれ」と他の色を選んで、結局イヴがあまり食べられなさそうな味のもの以外は全種類買うことにした。食べられなかったらお土産にすればいい。
イヴと手を繋ぎながら、紅茶の茶葉などを買うために2、3ヵ所寄り道する。
自宅に辿りついた時には、すでに昼をずいぶん過ぎていた。ランチは途中で食べて来たので、ちょうどおやつの時間だ。
「どうぞ」
こんなこともあるかもしれないと、一生懸命に掃除をしておいて良かった。
すっきりと片付いた部屋は、自分の目で見てもいつもより広く感じる。まあ、イヴは両家のお嬢さんのようだから、彼女の自宅からすれば猫の額かもしれないが。
物珍しそうにきょろきょろと見まわすイヴが、居間のソファに陣取る大きなクマのぬいぐるみを見てぱぁっと表情を輝かせる。
あれはギャリーの趣味だ。ひと目で気に入って買ったギャリーの同居人。「かわいい!」
しかし、パタパタと駆け寄って、ぎゅっと抱きしめるイヴの方がよっぽどかわいい。
今だけ浮気を許してね、とギャリーは冗談交じりに考える。
イヴは抱きしめていたクマに顔をうずめ、それからじっとクマを見つめた。考えるように首をひねる。
「どうしたの?」
何か変な所でもあっただろうか。
ギャリーも思わず首をひねると、イヴがクマを置いてトコトコとこちらに近寄ってきた。
何だか良くわからずに行動を見守っていると、イヴが今度はギャリーに抱きつく。反射的にお腹のあたりにあるイヴの頭を撫でると、イヴが顔を上げてフフッと笑った。
「クマさんも、ギャリーと一緒の匂いがする」
「え?」
それはいい匂いなの、それとも嫌な匂いなの。
加齢臭がしてくるにはまだ早すぎるわよね、と思わずヒヤッとする。言った本人はいたって笑顔なので、どうやら不快なものではないらしい。
しかし、どうにも落ち着かない。
ギャリーはイヴを不自然にならないくらいの強さで引き離すと、気を逸らすために「それじゃあ、お茶にしましょう」とマカロンを指し示す。
「うん」
素直に頷いたイヴに、マカロンの入った箱を渡した。
キッチンから大皿も持ち出して、その上にレースのペーパーを敷く。それをリビングのテーブルに置いて、イヴにお願いをした。
「マカロンをお皿に移してくれる?その間に、アタシは紅茶を用意するから」
わかった、とまた素直に返事をして、イヴはマカロンの入った箱を慎重に開ける。
興味は完全にうつったようだ。ほっとして、ギャリーは息を吐いた。
++
「どう、おいしかった?」
「うん。甘くて、おいしい」
マカロンと紅茶を食べながら、他愛のない話をしていた。
お皿の上のマカロンはほとんどなくなっている。
そろそろ聞いてもいい頃合いだろうか。ギャリーがそれとなく水を向ければ、イヴはぽつぽつとあれからどうしていたのかを話し出した。
両親と一緒にもう一度ゲルテナ展を見て回ったこと、そこで気がついた色んな絵のこと、そして……最近見る夢のこと。
「……夢でね、何度も何度も見るの。メアリーが燃えてしまうところ。メアリーはいつも泣いてるの。悲しそうに、どうしてって私に夢の中で言うの。一緒にいようねって言ったのに、って……」
カタンとカップを置いて、イヴは唇を噛む。
「それでね。私、気付いたんだ。メアリーの顔、ちゃんと思い出せない。どんどん忘れてくの。笑った顔、いっぱい見てたはずなのに。メアリーは泣いてて、きっと私に怒ってる。私は……友達を、こ、殺しちゃったんだ」
声を震わせて言ったイヴに、ギャリーは即座に首を振った。
「いいえ。それは、アタシがやったのよ。メアリーの肖像画を燃やしたのはアタシ」
「ちがうもん。燃やそうって最初に言ったのは私だもん。だから……きっとメアリーは怒ってる」
「…………」
唇を噛んだまま、イヴは泣きそうな顔をしていた。
でも泣かない。この子は強い子だ。勇敢で、聡明で……とても優しい。その強さと優しさが、時として己を傷つけてしまうこともある。
「イヴ」
ギャリーは椅子から立ち上がって、イヴの隣にひざまずく。
スカートを握りしめている小さな手のひらを、ギャリーは両手でそっと包んだ。
「ねぇ、イヴ。あんたが怖いのは、メアリーに恨まれること?メアリーは人間じゃなくて、ゲルテナの描いた絵だった。あの子は外に出たがっていて……かわりになる人間を探していたわ。それと、友達になる人間を」
あの絵空事の世界での出来事は、わからないことだらけだ。
けれど、きっとこの推測は間違っていない。たまたま選ばれた。それがギャリーとイヴだったのだ。
イヴは友達になる人間として。
そして、きっとギャリーは成りかわる人間として。
メアリーはイヴに「2人しか出られなかったらどうするか」と言ったそうだ。イブから色んな話を聞いた末に、ギャリーなりに考えた結論だった。
きっと、無数の選択肢の中で、間違えたものを選んでいたらギャリーは今ここにいなかっただろう。場合によっては、イヴも出てこられなかったかもしれない。
もしくは。
「……アタシは、あの肖像画を燃やしたことを後悔しないわ。そうしなければ、きっとアタシはここにいなかった。今、ここにいたのはメアリーだったかもしれない」
はっと顔を上げたイヴが、嫌がるように首を何度も振る。
椅子から降りて、ギャリーに抱きついてきた。
「ギャリーがいなくなるのはイヤ」
「……アタシもよ。イヴがいなくなるのは嫌だわ」
しがみつく小さな背中を優しく叩いてやる。
「アタシはメアリーとずっと一緒にいたわけじゃないからわからないけど、アンタたちは仲の良い姉妹みたいだったわ。イヴ、もう一度聞くけど、メアリーに恨まれるのは怖い?」
「…………」
イヴが首を振った。
「メアリーが私の事を怒るのはしょうがないから」
それは期待した答えと違っていたが、ギャリーは続ける。
「じゃあ、なにが怖いの?」
「……メアリーを、忘れること」
ぽつり、と零れた答えに、ギャリーは小さく息を吐く。
ああ、やっぱり。
イヴは優しい子だ。
先を促せば、イヴが苦しげに口を開く。
「寝て、夢を見るたびに、メアリーがわからなくなっていくの。私とギャリーがあの変な美術館に閉じ込められたのはたぶんメアリーのせいで……、きっとメアリーがいなくならないと出られなかったと思う。だから……私も……」
「後悔しない?」
コクリ、とイヴが頷く。
イヴは恐らく、あの美術館で誰よりも選択をしてきた子だ。
選んで、進んで、今ここにいる。その事をイヴはきちんとわかっている。
「だから、忘れないようにしようと思ったの。メアリーのこと……」
友達、だったから。
「そうね」
「でも忘れちゃうの」
「うん」
「どうしたらいい、ギャリー?メアリーを忘れたくない!でも、もうわかんないのっ!」
引きつったような声に、ギャリーは穏やかに答える。
「大丈夫よ。アタシがいるでしょ。私だってあそこにいたのよ。覚えてるわ、あの子のこと。全部じゃないし、アタシはあの子に嫌われていたからイヴの印象とは違うかもしれないけどね。でも、……きっとイヴも覚えているわ。今は色んな事がぐちゃぐちゃになって、メアリーが見えなくなっているだけよ」
おいで、とギャリーはイヴを抱きしめていた腕を離すと、肩を押して顔を覗き込んだ。
そこには涙はない。枯れてしまったように、乾いている。
不安の種が、イヴの中の水を吸い取ってしまっている。それがイヴの心を蝕んでいる原因だ。
「一緒に、思い出しましょう」
手を引けば、イヴはコクンと頷いた。
++
「久々に絵を描くわ」
まだ残っていたカンバスを引っ張り出す。家に置いてある油絵の具は使い物にならなかったので、新しく買ってきた。
イーゼルに立てかけて、真っ白なカンバスに筆をすべらす。覚えている輪郭を縁取る。
さあ、ここからだ。
「イヴ、こっちにきて。ここに座って」
「うん」
椅子を指し示せば、イヴが真剣な表情でカンバスを見つめた。
そこにはまだぼんやりとした色を乗せているだけだ。
「さあ、思い出してみて。大丈夫、焦らなくていいわ。まずは、どんな服を着ていた?」
「……みどり」
「どんな緑色?明るかった?暗かった?」
「少し……深い……」
深い、という言い回しに感心しながら、イヴの言葉に合わせて色を混ぜ合わせていく。
「葉っぱの色。芽が出たばっかりのじゃなくて……成長して、固くなった、濃い色の」
「そうね、そんな色だったわ」
ギャリーは筆で油絵の具をすくい取り、カンバスに落とし込む。
重ねるように色を深めていった。
こうして絵を描くのは、本当に久しぶりだ。それなりに腕はなまっていないらしい。
ギャリーは昔から絵を描くことが好きだった。他の人よりも上手くて、自分でもそう思っていた。けれど、残酷なほどに才能がものを言うのがこの世界だ。他人より上手い、ではやっていけない。誰よりも上手くなければ。そこに、ひとの目を引きつける何か突出したものがなければ。
それに気付いたころ、描くもの描くもの全てが気に入らなくなった。
そして、絵を描くことを止めた。好きだけでは食べていけない。
それでも芸術の世界から離れられずに、いまだにこの世界に身を置いている。けれど、そろそろ進路を決めなければならない。タイムリミットはあとわずかだ。
迷いの中で行ったのが、あのゲルテナ展だった。
もしかしたら、ギャリーの中にあった迷いが、メアリーの中の何かを刺激したのかもしれない。
イヴの視線を感じながら、色を重ねていく。
深い緑のワンピース。好きだと言っていた青色のリボン。
自分の心の内を、絵や言葉にするのはカウンセリングでもよくある話だ。そうすることで、自分の中のものが見えてくる。
イヴにとって、これがどこまで役に立つかはわからない。もしかしたら、イヴの助けになればと言いながら、自分のためにやっているのかもしれなかった。
「さあ、次は髪の色よ。どんな色だった」
「…………」
聞けば、イヴがきゅっと眉をしかめて、カンバスを睨むように唇を薄く噛む。
ギャリーは苦笑して、親指でイヴの唇の下をなぞるように押した。
「そんな顔したら駄目よ。イヴが苦しくて悲しい顔をしていたら、きっとメアリーも同じ顔をするわ。笑ってごらん?言ったでしょう、アンタたちは姉妹みたいだったって。イヴが笑ってるときは、メアリーも笑っていたわ」
「……うん」
ぎこちないながらも、イヴが微笑みのようなものを浮かべる。
それに微笑み返してやれば、ふっとイヴの強張った身体が緩んだ気がした。
「目をつぶってみて。イヴの中のメアリーはどんな姿をしている?」
イヴは自分の中に沈んでいるメアリーの記憶を探るように、そっと目蓋を閉じる。
しばらくして、そっと唇を開いた。
「……きんいろ」
大事なことを打ち明けるような囁き。
ギャリーは筆をかえて、輪郭と髪の色を塗っていく。ギャリーの記憶にある彼女もまた、金色の髪をしていた。本物の陽光の下に立ったら、きっと美しかったに違いない。
「私みたいにまっすぐじゃないの。歩くたびにふわふわ揺れてた。きれいだったの。私が話しかけるとくるって向いて、あんな暗いところでも、キラキラ光ってた」
「ええ」
緩やかに波打つ黄金。
髪の長さは、イヴと同じくらい。
「眼は?思い出せる?」
「うん」
イヴの唇に、笑みがのる。
あの子の姿を、イヴはちゃんと思い出してる。
「青色。メアリーが好きな色だった。晴れた、空のいろ。ママが持ってる指輪の宝石みたい」
「ええ」
サファイヤみたいな、きれいな澄んだ青色。
最後に見たメアリーの目は濁ってしまっていたけれど、あの子の目は確かにそんな色をしていた。
明るい青を筆でのせる。
息づいたように、絵に命が宿った。
ピンク色の口元。
そこは。
「初めてできた友達だって、そう言って……メアリーは笑ってた。ギャリー、笑ってるよ。わたしの、きれいな友達……」
「……ええ、そうね。アンタたちは、確かに友達だったんだわ。あの子は人間じゃなくて、あの世界から出られなかったけど……私たちが、燃やしてしまったけど」
でも見て。
ギャリーは筆をおいて、イヴの頭を撫でる。
「目を開けてみて、イヴ。ほら、彼女は消えてないわ。アタシたちが覚えているかぎり、あの子はいつまでも生きてるのよ」
そっと目を開ける。
イヴがカンバスを見た。
「……メアリー……」
そこに描いたのは、記憶の中のメアリーだ。
出会ったばかりの頃の、無邪気に笑う少女。
ギャリーは彼女とほとんど一緒に行動していなかった。でもイヴの記憶をすくい上げて、言葉を絵に込めれば、この少女が絵の中に浮かびあがる。
「……笑ってる……」
「そうね」
ゲルテナのように描くことはできない。
でもそれは、確かにイヴとギャリーの中にいるメアリーだった。
イヴに友達だよ、と嬉しそうに笑った、彼女の肖像。
ポロリと、イヴの瞳から真珠のような涙が落ちた。ぽろぽろと零れて、止まらない。
イヴの母親が言っていたことを思い出す。
あの子、泣きそうな顔をしているのに泣かないんです。
――泣いてますよ、お母さん。
ギャリーは微笑んで、イヴを抱き寄せた。
勇敢で、聡明で、優しい、9歳の小さな女の子。
涙は浄化作用を持っている。きっとこの子の心を潤してくれるだろう。
もう、大丈夫だ。
「大丈夫よ、イヴ。アンタは、メアリーを忘れたりなんかしないわ。大事な友達は、アンタの中にいるもの。アンタの中で、こんなに楽しそうに笑ってる」
だからもう大丈夫。
押し殺すような泣き声が、だんだんと大きくなっていく。
すがりつく熱い体温を、ギャリーは抱きとめた。
この腕の中にいるものは、とても尊く、愛おしい。
++
小さな寝息を立てるイヴをベッドに横たえて、ギャリーはそっと上布団を引き上げる。
真っ赤になった目の縁が痛々しいが、泣き疲れて寝ているイヴは穏やかな表情だ。
イヴが眠っているところを見たのは、そう言えばたった一回だ。その時も悪夢を見たと震えていた。今度悪夢を見たら起こしてあげようと思っていたが、きっともう大丈夫だろう。
もう一度優しく頭を撫でて、なんとなくそうしたくなって額にそっと口付けた。
イヴの心を救えただろうか。 あの美術館でギャリーがイヴに救われたように。
「……でも、やっぱり今回も救ってもらったのかもしれないわね」
穏やかな寝顔に、ギャリーは苦笑して寝室を出る。
メアリーを描いたカンバスのある部屋に移動すると、またその前に座った。
もう一度、筆を手に取った。
用意した絵の具は、黄と赤と青。
メアリーを彩るように薔薇を描いていく。赤い薔薇を多めに、青と黄は添えるように。
あの子は青色が好きだと言っていたが、きっと赤も好きだったに違いない。
素直に口にはできないほど、赤い薔薇はあの子にとって大事なものだったはずだ。
「これで我慢してね、メアリー」
ギャリーが描いたメアリーが命を持つことはないだろう。
そこまでの力があるならば、ギャリーはきっとここにはいない。
これが、ギャリーが描く正真正銘、最後の絵画だ。
「決心ついたわ」
やっぱり、イヴには助けられてばかりだ。これで諦めではなく、今までの自分を糧に新しい道に進むことができる。
最後の薔薇を描き終えて、ギャリーは筆を置く。
これまで描いてきた中で、一番の出来だった。
++
翌日、目を覚ましたイヴがカンバスを見て感嘆の声を上げた。
表情は明るい。ぐっすり眠れたようだ。それだけで、自分の気持ちも明るくなるのを感じるから不思議だ。
「イヴ、お昼ぐらいにご両親が迎えに来るそうだから、朝ごはん早く食べちゃいなさい」
「パパたちに電話したの?」「そりゃあ、するわよ。大事な娘さんを預かっているんだもの」
「怒ってなかった?」
「あら、どうして?」
「……心配かけちゃったから」
自覚があったのだろう。しょぼん、とするイヴにギャリーは笑った。
「だったら、二人が来たら笑顔で『ありがとう』って言ってみればいいんじゃないかしら。きっと、それだけでパパもママも喜んでくれると思うわ」
「そうかな?」
「そうよ。イヴが笑ってると、みんな嬉しいもの」
アタシもよ、と付け加えればイヴが満面の笑みを浮かべる。
そうそう、いい調子。
ギャリーも笑う。
簡単だが、いつもよりは手の込んだ朝ごはんをテーブルに並べた。
いただきます。
向かい合って、ごはんを食べる。
「ギャリー」
モグモグと目玉焼きを頬張っていると、イヴがニコニコといい笑顔のまま言った。
「やっぱり、ギャリーは王子様みたい」
「……っ!?」
ぶっと食べ物を吹き出しそうになって、あわてて口を押さえる。
やっぱり、ってどういうことなの。
内心動揺しまくりのギャリーに気付かず、イヴは「あ、でも」と首を傾げる。
「ギャリーは、もしかして、王子様じゃなくてお姫様の方がいい?」
いやいやいやいや、ちょっと待って。
「あの、イヴ?いや、アタシは男だから王子様でいいんだけど……でもなんで、王子様?」
なんとか口の中の物を飲み込んで聞けば、イヴが眩しい笑みで言った。
「ギャリーはいつも私を助けてくれるから!美術館でもそうだったし、今日も。ずっと!だから、ありがとうギャリー」
「…………」
ぽかん、とあっけにとられ、次の瞬間にギャリーは思わず声を上げて笑った。
イヴがびっくりしたように目を丸くしているが、仕方ない。
「フッ……アハハハハハ!イヴ、やっぱりアンタは格好いいわね」
可愛いかわいいギャリーのお姫様。
でもやっぱりイヴの方が王子様みたい男前だ。
勇敢で聡明で優しくて、格好いい。
こんな子と出会えたことは、奇跡に等しいんじゃないだろうか。
「ギャリー、また会える?」
「ええ、もちろんよ!」
ハンカチがなくても、キャンディーがなくても、――そう、きっと約束がなくたって、ギャリーはイヴに会いに行くだろう。
この小さな最愛の友人との絆を、決して失いたくないと心から思うから。
「今度は、アタシから会いに行くわ」
「絶対ね!」
彼女の中にあるあの美しい薔薇のように、綺麗な瞳がキラキラと輝く。
弾んだその声に、ギャリーはしっかりと頷いた。
このとき、幼いながらもイヴの中に芽生えた憧れは、やがて成長し恋心の花を咲かせることになる。
ギャリーがその事を知るのは、まだ先の話。
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Ibにたぎって萌えを昇華すべく書いたんですがどうしてこうなった。真エンドの後のお話です。メアリーの一件は、イヴのトラウマになってもしょうがないくらいのものだと思うんだよね。それを二人で乗り越えてくれたらなーという妄想がこんなことになりました。ギャリーさんは芸大生くらいの設定。微妙に書き慣れてない感がひしひし(笑)そしてタグは何をつけたらよいのか…。ギャリイヴギャリイヴ!と萌えてたのに、かすりもしてない気がするけど心意気はギャリイヴです。ギャリイヴったらギャリイヴ。でも精神的にはイヴギャリのギャリイヴが好みです。■4月27日追記/Σ(´ロ`;)でででデイリー15位ですとっ!?通知来てまじビビりしました…ありがとうございます…!タグもブクマもコメも嬉しいです~~っ>< やっぱギャリイブだよねギャリイブ
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黄薔薇の肖像
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004597#1
| true |
吾輩は転生者である。名前は佐倉姫。
……なんて、某物語の始めを借りてみたけれど、冗談ではなく、私は本当に転生者である。元々しがないオタクだった私は、何の拍子か死んでからコナン世界に転生したのだ。警察庁のお偉いさんの、娘として。
二歳のときそれを知り、前世の記憶を取り戻した私は、直ぐにこう思った。──これ、降谷さんとの政略結婚ルートでは? と。
前世で私は、所謂"安室の女"だったのだ。元々コナンくんのことは知っていたが、執行されてずっぽりと降谷さんの沼に嵌まった。安室さんのときよりも公安のときの顔が好きだったので、厳密に言えば"降谷の女"だったような気もするが。
まあとにかく降谷さんが大好きだったので、暇さえあれば支部やその他色々なところで夢小説を読み漁っていた。その中でも特に好きだったのが、政略結婚モノだ。そしてそのヒロイン達が殆ど、偉い警察官の父を持っているというのも、覚えていた。
そして、父親が警察官であることに気がついた私の行動は、ただ一つ。自分のあらゆるスキルを伸ばすことである。勉強や運動、芸術関係に至るまで。犯罪発生率が異常に高いこの東都で生き残る為にも、必要なことだ。
幸い今世の私は元々の才能があったのか殆どのものがかなりのトップクラスだったし、見た目もモデルかと間違えられるほど良かったため、二十歳を過ぎるころには無事(?)ハイスペック大和撫子が完成した。中身は残念、悲しいことにオタク丸出しの私だが、今世ではかなり周りに用心しているので誰もこのことを知らないだろう。
転生したことに気がついて、凡そ20年後。私は22歳となり、つい先日大学を卒業した。そしてやはりと言うべきか、私は父の計らいで降谷さんとお見合いをしている。着物を着て、我が家の行きつけの和食専門の高級料理亭で。
目の前にいるのは、私が前世からずっと憧れ、好きだった降谷さん。正直心臓どころか内臓全てが口から飛び出そうだが、幼い頃から培ったポーカーフェイスによって辛うじて人の顔を保っている。
(あ〜降谷さん顔がいい何これ、本当にアラサーですか? うっそ滅茶苦茶若い肌きめ細かい、スーツ最高、はにかみ顔素敵すぎない? えっ無理誰が何と言おうと顔がいい)
「じゃあ後は若いお二人で」
はい出ました王道パターン! 早いなとは思わないよ、だって大体こうだもんね! うんうん知ってる!
人好きのする笑顔を浮かべている降谷さんと心の中が大暴走している私を置いて、私の父と彼の上司は席を外した。その瞬間、すんっと彼の顔から胡散臭い笑みがすっぽ抜ける。いやいや確かにお偉いさんとの娘とのお見合いだからほぼ確実に入籍までするとはいえ、化けの皮一気に剥がしすぎでしょ……。
「先に言っておくが、これは完全な政略結婚だ。僕が君に恋愛感情を抱くことはないし、君よりも仕事を優先することは知っておいてくれ」
うんうん知ってる〜〜〜!!!!
本来怒りを覚えるような台詞でも、残念、私はドのつく夢女子なのである。確かに降谷さんに溺愛されるルートが一番嬉しいが、そんな不確かな可能性に賭けて降谷さんに「うざい」と嫌われるよりも、彼に無関心な振りをして、推しとの同棲生活を楽しむのが最も得策ではないか。
だって、推しと一つ屋根の下だよ? 合法的に彼の座ったところに座れるんだよ? 上手くいけば私が洗濯物出来るんだよ? すっごいファンサービス!
目の前では降谷さんがつらつらとその他の条件を並び上げている。それに真面目な顔(のフリ)をして頷く私。降谷さんが瞬きをする度に、彼の長い金色の睫毛も動く。
あー顔がいい、ご都合主義っていいね!!!
[newpage]
このようにして、私は全国の安室の女に刺されそうな、"降谷零と結婚する権利"を勝ち取った。……勝ち取ったと言っても、私はただ言われたことに従順に頷いていただけだけど。ずっと大和撫子を演じてたから全く怪しまれなくて助かった。ビバ・イエスマン!!
やはりというか、零さん(結婚したのだからこう呼べと言われた)は全くと言っていいほど家に帰ってこない。あれ、私一人暮らししてたっけ? と首を傾げるレベルだ。まあ毎日帰って来られたら心臓があまりに早く鼓動しすぎて早死にしそうだからいいんだけどね! でも普通新婚がこんなのしてたら見限られるから、そこらへん零さん理解しといた方がいいと思うよ?
ま、愚痴はここまでとして(大して言ってないけど)。
推し活満喫するぞひゃっふ〜〜〜!!!!!
この家に監視カメラやら盗聴器やらが備わっているのは、ほぼ確実である。というか、押し入れで探し物していたら実際にカメラを見つけたのだからほぼどころの話ではない、正真正銘100%だ。因みにそのカメラには気づかなかった振りをして、さりげな〜〜く目を逸らし、さりげな〜〜くその前に物を置いた。
とはいえ正直そんな窮屈な生活はごめんである。幾ら夫とはいえ、生活の全部を監視されるのは流石に嫌じゃありません? ということで、私は自分の部屋を大々的にリフォームした。
幸いお金は親から貰ったものだけでもたっぷりあるので、零さんに自室をリフォームをしたい旨を伝えたら、ちょうど疲れているタイミングだったのか「好きにすればいい」と投げやりに言った。
──言ったね? 言いましたね? ほんっとーに好きにしますよ?
しおらしくそうですか、と言う心の奥は狂喜乱舞である。早速夜のうちに母方の祖父が経営する財閥の子会社であるリフォーム会社に連絡をとり、翌日の昼間にリフォームをしてもらった。相談する前に既に相談はしてあったので、とんでもないスピードリフォームである。
壁紙を張り替えるついでに付いていたカメラ等をさりげなくポイッと()してもらい、一応リフォームという建前上、新しい机やベッドも入れてもらった。終いは部屋の扉である。ピッキングが出来ない鍵穴のないタイプで、パスワード、虹彩認証、指紋認証全てが必要なものだ。因みにパスワードは、やりたいときにリフォーム会社のホームページの隠しページで変えられるようになっている。
一週間後帰ってきた零さんには滅茶苦茶眉間に皺を寄せられたけど、ごめんね、推しとはいえこれだけは譲れないんだ……! 私の至福のお部屋だけは!!!
「う〜キッド様〜新一くん〜平次くんーーー!!!」
部屋の中に入り、ぼふっとクッションを抱きかかえたままソファに飛び込んだ。因みに防音完備なのでこの部屋の外にはこの叫びは届かない、オーケーオーケー。
キッド様のポスターが、部屋の壁に貼られている。彼のグッズが凄すぎて、あんたはこの世界でも二次元キャラか!!! と叫んだのは私だけの秘密だ。
新一くんと平次くんはやはりここではちゃんと(?)三次元の人間なので、グッズはない。だから色々なところから新聞やらTVの映像やらを買い取って、それぞれまとめてスクラップしたり、出ているTV番組のところを繋ぎ合わせてCDに焼いたりと、オタ活を満喫しているのだ。
あっ、勿論最推しは零さんだよ! こっそり零さんが前日に使ったコップ(流石にちゃんと洗ってるけど)持ち込んで、それでジュース飲んだりして悶えてるよ! ……ただの変態だね私!!
(ううぅ〜零さんの匂いする……これでアラサーとかあり得ない……)
リビングから持ってきたクッションをぎゅうぎゅうと抱きしめる。一昨日零さんが帰ってきて腕を置いていたものだ。何でそんなの覚えてるのかって? そりゃ愛の力ですよ!! ──引かないで、流石に凹むから。
そういえば愛の力とか言ったけど、これは所謂恋愛感情ではない。たぶん、恐らく、maybe。言うなれば無償の愛である。私がどんなに彼を愛していようと、それに対する彼の対価は、
息を! している! だけで! いいんだ!!!
いやほんとにほんと、だって存在が尊い、生きてるだけで尊いから。恋人は日本だもんね、ついでに正妻も日本でしょ? 私は後ろ盾を利用する為だけの妾とでも思って下さいませ〜〜! 流石に愛人とか作られたら絶望どころの話じゃないけど、零さんは何だかんだ真面目だから、きっとそういうことはしないでせう、まる。
というか、そんな暇もないだろうし。今の零さんは28歳、つまり潜入捜査真っ只中である。いや、何でお見合いしたの、結婚したの? もしかしなくとも警察上部の圧力ですね、今度父に会ったらぶん殴っときます、心の中で。私は小心者なので実際にはにこにこ笑っているだけだけど。
[newpage]
そういえば、警察学校組は皆生きているようで。ついこの間伊達さんと高木刑事とすれ違って、伊達さんが落ちた警察手帳拾い上げようとしてたから全力で腕を引っ張った。そりゃもー全身全霊、全体重をかけて。現役の警察官とはいえ、不意打ちな上に屈んでいた状態だったから、意外と簡単に吹っ飛んだ。
──私と共に。
ガシャンとトラックが凄い音を立てた横で、私は地面に擦った腕が痛いなあ、とかぼんやり考えていた。ら、慌てた伊達さんと高木刑事に病院に担ぎ込まれて。伊達さんを心配したのか走り込んできた二人組を、私は二度見、いや三度見四度見くらいした。
──えっ、爆処!? 生きてる!?
その後お礼だとか何とかで居酒屋で奢ってもらい、そこの話の流れでスコッチも生きてることを知った。おうおう凄いな。偶然車に轢かれて運転してた大学生の女の子が拾ってくれたのか。偶然って凄いな、ふむふむ。
その飲み会で三人とは連絡先を交換した。そのときに「へー君って降谷って名字なんだね! 俺らの同期にも同じ名字の奴がいたんだよ」と言われたときには空笑いを返しておいた。ごめんなさいその同期さんと愛のない結婚生活してるんです! 言えないけどー!
このようにして、無事私達は友人関係になったのだ。これを零さんが把握しているのか、私は知らないけど。いやでも、知ってるんだろうな。だって公安様だもん。
まあ、止められないからいいのかな。彼らとは月に一度くらいの頻度で呑みに行く仲である。警察学校時代のお話とかよく聞ける。ウッ供給が素晴らしい。最推しは零さんだが、その次に好きなのは実は警察学校組なのだ。更にその下であるキッド様達にも悶えているのだから、彼らといるときの私の乱心ぶりは想像がつくだろう。この前の飲み会のときも松田さんと萩原さんがわちゃわちゃしてて眼福だった。
因みに伊達さんとナタリーさんの結婚式にはお呼ばれして行きましたよ。スコッチっぽい人もいました。ちょっと目を見張られた気がするけど何でかな。二次会はカオスでした。
ガチャ、と音がする。旦那様のお帰りのようだ。クッションを持って、私も自室から出る。零さんはそんな私をちらと見やって、スーツのジャケットをハンガーに掛けた。
「お食事にしますか?」
「いや、要らない。風呂は沸いてるか?」
「あ、はい」
会話終了〜〜!
どんなに素っ気なくても怒りなんてしないよ、なんてったってトリプルフェイス! 普通の人が一日八時間労働だとして×3すると一日24時間労働! 普通の人よりそれぞれは少ないだろうけど、本当この人ワーカーホリックすぎでしょ。社畜すぎる。もう、その可愛いおめめの下に熊ちゃんがいるよ?☆ ……ごめん自分でやってて気持ち悪かった。
兎に角、零さんにはもっとちゃんと休んでほしい。でも彼は、結婚してから半年もするのに一度も私の食事を取ってくれたことがないのである。公安だからだろうけど、そこまで信用されてないのは少し悲しい。ちょっとだけだよ、ちょっとだけ。
でもその分、他のところには気をつけている。お風呂はネットで調べて一番疲れが取れる温度に設定してあるし、冷蔵庫には未開封の食材を常に入れてある。零さんの部屋には立ち入りが禁止されてるけど、リビングなどの電球は目に優しいものに変えておいたのだ。
それに、出来るだけ彼が家にいるときは自分の部屋に引っ込むようにしている。一応帰宅した直後に二言三言交わして、彼が入浴している間に洗濯物を洗濯機に入れる。流石にないと思うけど、脱衣所にカメラがある可能性も考えて、悶えるのは必死に我慢だ。自室に引きこもってからベッドの上でのたうち回っている。
何気なくキッチンにお茶を飲みに行けば、彼がネクタイを解いている。何気ないその仕草が滅茶苦茶色っぽくて、思わず冷蔵庫にガンッと頭をぶつけた。
「……大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょっと目眩がしまして。お茶飲んだらすぐ寝ますね」
「え、あ、あぁ……」
心配してくれる零さん最高。首傾げるの可愛かった。お茶をはしたなくない程度に急いで飲み、そそくさと自分の部屋に退散する。ベッドにダイブしてお決まりの如く叫ぶ。
「はぁ〜〜今日も推しが尊い!!!」
見た目は大和撫子、頭脳は前世と合わせて【自主規制】歳、地雷なしの夢女子、その名も──!
……そこの貴方、私の名前、覚えてます?(一回しか出てないけど! しかも名乗っただけだけど!)
[newpage]
・夢主ちゃん(佐倉姫)
黙ってれば滅茶苦茶ハイスペックな大和撫子。
顔良し頭良し性格良し、運動神経まあまあ良し。
降谷さん大好きだけど、警察学校組も好きだし、主人公組とかも好き。
人の感情の機敏には敏感なはずが、降谷さんが絡むとおかしくなる。
・降谷零
恋愛感情はまだない。たぶん。
けど何だかんだ言って奥さんのこと良い子だと思って気にかけてるのに、全然心開いてくれなくてほんの少し凹んでる。
伊達さんのときのことも、奥さんじゃなくて同期組グループからのLINE(既読付かないようにして見てる)で初めて知って、また凹む。
名目上だけでも家族なんだから、少しくらい話してくれてもいいのに……。
・爆処組
へー降谷って言うんだ、アイツと一緒だね!()
・伊達さん
ん? 降谷? あれ、ちょっと聞いた旦那さんの人物像、アイツに似てるような……
・スコッチ
え、あ、あの子……!
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降谷さん夢です!<br />n番煎じ政略結婚ネタ。<br />前作とは雰囲気も文体も180度違う、ガッチガチのギャグです。<br />書いてて凄く楽しかった……!<br /><br />毎度言っててしつこいかもしれませんが誹謗中傷、荒らし、無断転載等はやめてくださいね。<br />ブロークンハートしますので。<br /><br />ネタ舞い降りてきたら続き書きたいなぁ。<br /><br />【追記】<br /><br />2018/08/27付<br />小説デイリーランキング6位<br />小説女子に人気ランキング3位<br /><br />2018/08/28付<br />小説デイリーランキング1位<br />小説男子に人気ランキング58位<br />小説女子に人気ランキング2位<br /><br />ありがとうございます……!<br />好評価、温かいコメント、本当に嬉しいです(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)♡<br />シリーズ化しようと思います!<br />これからも宜しくお願いします*_ _)ペコリ♡<br /><br />2018/08/29 修正しました<br />2019/07/29 修正しました<br />誤字報告ありがとうございます((。´・ω・)。´_ _))ペコリ
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推しと政略結婚したので推し活を満喫しています
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10046001#1
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まずはなにから話そうか。最初から話せば楽ではあるが、なにしろ、きみには聞かれたくないことも多くてね。……そうか。すべて吐かなければだめか。わかった。他でもないきみの頼みだ。なかなか情けない上に、ひどく長い話になるが、勘弁してくれよ。
そうだな。まず、これを頭に入れておいてくれ。
俺は目が覚める前も、覚めたあとも、きみのことを考えていたよ。
目覚めた、とわかったのは、滲んだ光が白熱灯になったからだ。
無味乾燥な像を結んだ視界は腫れぼったい。看護師が覚醒に気付くまでの短い時間、輸液の管に繋がれた俺はどうやら生き延びたらしいということを徐々に理解していた。記憶の断片を鑑みるに、追い詰められた組織が最後の悪あがきに吹き飛ばしたビルにいたらしい。最後の記憶は熱と痛みと爆風。咄嗟に抱き込んで守った体温。まったくよくも死ななかったものだ。自分の悪運の強さに惚れ惚れしたよ。
膜の向こうのようにたわんだ声でドクターたちが俺の周りを徘徊していた。奇跡だとかなんとか。他人事のように聞いていた。こうして瀕死の俺がのんきに管だらけで寝転んでいるということは、めでたく組織は壊滅し、負傷者を治療する暇まで確保できたということだ。素直に、さすがだなと思ったよ。ああ、きみのことだ。突入作戦の指揮を執ったのはきみだからな。慎重で周到なきみのことだ、討ち漏らしの可能性も低い。その上きみは律儀だからな。病院もセキュリティは配慮済みだろう? 俺はおとなしく安全と治療を受け取ればいい。
ふと視線を感じて、俺は白衣の隙間に目をやった。ブルーの入院着の子どもが少し離れたところに立ち尽くしていた。頭を包む白い包帯。どうしたボウヤ。そんな顔じゃ、男前が台無しだぞ、と俺は思った。
ボウヤは群がるドクターに恐れをなしたのか、はたまた管まみれの俺のせいか、縫いとめられたように動かなかった。すまないと思っているのだろうか? 俺の負傷が、自分を庇ったものだから。ああ、そうだな。彼が気にすることはない。過失の割合を決めるまでもなく、俺は後悔なんかしてないからだ。爆風に吹き飛ばされるはずだったボウヤと、彼を助けようとしていたきみを守ったことを。
はは、拗ねないでくれるか。わかっている、きみは俺の助けなんかなくてもどうにかしたことだろう。だがな、俺のからだは、咄嗟にきみを守りに動いたわけだ。理解とは反対の反射の部分だ。本能的な部分だろうな。気づいちゃいなかったが、俺の無意識はもうとっくに、きみに惹かれていたんだろう。……なんだ。照れているのか? 自覚していたのは、きみの方が先だろうに。
―――この戦いが終わったら。
きみは覚えているか?
突入を仕掛ける、直前の夕暮れだ。両脇に吊ったホルスター、汚れる前のワイシャツで、きみはそっと呟いた。
―――この戦いが終わったら、伝えたいことがあります。絶対に聞いてもらいますから。
だから生き残れ、と言外に聞いた。
俺たちは、己への憎悪とやりきれなさがお互いの喉を焼いていることを既に知っていた。きみは生半に誤魔化しきれる相手ではなく、結局血反吐を吐くようなやり取りを経て確執は解かれた。その際俺はきみに殴られ、俺もきみを殴った。拳をけじめにするのは、どこの国の男でも似たようなものだな。
和解したと言っても、終盤まで複雑な立場を維持し続けたきみとは、顔を合わせた機会は少なかった。その会話の多くは組織に関する内容だったが、きみとの会話は不思議に快く、無事を祈る言葉としてきみが己との会話を約束してくれたことを俺は喜んだ。赤金色の夕日がきみを縁取り、印象的な瞳がかたどったアルカイック・スマイルが強く印象に残っている。解釈のしづらい表情だったよ。好奇心が掻き立てられた。あれは、どういう種類のきみの笑顔だったのだろう。バーボンとも、安室透の笑みとも違う。
……そうか、答えてはくれないか。ん? 構わんよ。好きなように解釈できるからな。はは、教えないと言ったのはきみだぞ。
組織との戦いでは、きみも無傷では済まなかったようだったが、シャツを汚しながらも無事に立っていたのを俺は見ている。その上、ビルが吹き飛ばされたその瞬間、咄嗟にボウヤの小さなからだを守ろうとしていただろう? 俺はな、そんなきみを諸共に抱え込んだ。覚えているか? ……そうか。いや、構わないさ。
ともあれ、俺が生き延びたんだ。きみも、きっとどこかの病室にいるんだろうと俺は思った。
腕ひとつ満足に動かせない状態は少し気恥ずかしいが、早いうちに会いたいものだった。もしかしたら、きみもベッドに縛り付けられていたのかもしれないが。
きみが俺を見舞うのが先か、俺がきみを見舞うのが先か、そんな競争も悪くない。そう、俺はのんきに思っていたよ。
ヤマさえ越えればとっとと叩き出されるアメリカと異なり、日本の入院生活は長い。やけに頻繁な看護師の御用聞きにうんざりした頃、ようやく俺は解放された。大輪の花束に苦笑する。俺がこれなら、きみもさぞかし凄かったことだろう。花束のミニひまわりが何を当然のことをと言わんばかりに小花を従えていた。
結局きみは、入院生活に倦んだ俺を訪ねてくれることはなかった。ひょっとしたら病院が違ったのかもしれないと考えた。リハビリがてら歩いたあらゆる棟のプレートには、降谷も安室も掲げられてはいなかったから。
まあ構うまい。自由の身になったからには、いかようにも調べられる。きみの方から来るかもしれない。あれだけの国際シンジゲートが倒れたんだ。FBIとして公安に要請しなければならない仕事も、公安から聴取される内容も多いことだろう。ああ、そうだな。むしろこちらがきみの本領発揮か。逃亡させてもらえるとは思っていないよ。気の済むまで問い詰めるといい。そっちは素直に答えるとは約束できんが、この話なら全部話そう。むしろこころして聞いてくれ。ほら、寝たふりをするな。
楽しみだ。きみはどんな顔で、俺のところに来るかな。なに、風見くんを寄越す? いいだろう、遊んでやろうか。……そうそう。実力を見極めるのは大事だぞ。ともかくだ、俺は同じことを考えながら、殊勝にFBIが間借りしている警察庁へ顔を出した。
だが、きみは来なかった。
退院祝いにもみくちゃにされているときも、FBIへのメッセンジャーも、懸念案件の対策会議に出席したのもきみではなかった。
まだ入院しているのか。それとも職務の特殊性から、別の場所で働いているのか。はたまた、大出世なんてこともあるのかも。
だが降谷くん、きみは俺に伝えることがあるんだろう? 律儀なきみのことだ。俺の居場所を掴めば、すぐにも連絡してくるはずだ。そうだろう?
きみは来るはずだと待つばかりで自分から向かわなかった俺は、胸の底で震える予感が確信に変わるのを、無意識に厭っていたのかもしれない。
いつまで経ってもきみは顔を見せる気配もなかった。回されてくる書類にも、メールのコピー欄にもきみの名前がない。きみのことだからまたぞろ変名を使っているのかもしれないと誤魔化して、きみがそんなことをする必要はもうないはずだと反論する推理に蓋をしていた。
ある日、警備企画課に野暮用ができた。俺は微かに躊躇した。そこにきみがいるか、確かめることができてしまう。フロアへ向かう歩調が鈍る。薄い壁の向こうにある真実にこの俺が躊躇している。あんなに落ち着かない気分でノックしたのは、親父の訃報を聞いた、ガキの頃以来だ。
「遅かったですね」
応対に出たのはきみではなかった。そう。風見くんだった。
用を済ませがてら、彼の肩越しにフロアを見渡す。きみの姿はないが、不自然な空席もない。どこの机も書類が積まれている。知らずにこもっていた肩の力が抜けたよ。
「おい、風見。今日もうあがりだろ。あとやっとくから早く行け」
「すみません。ありがとうございます」
近くのデスクから声がかかり、風見くんは俺から受け取った書類を恐縮しながら年配の男に託した。風見くんは俺に形式的な礼を言うと、慌ただしく席へ戻り鞄を取った。室内は誰も彼も忙しそうだったが、昼前に退庁しようとする彼を誰もが手を止めて見送ろうとしていた。
「頼んだぞ」
「よろしくな」
「泣くなよ、風見」
「すみません。行って参ります」
わけがわからなかったよ。
居心地悪く入り口に突っ立ったままの俺の前を、妙に湿っぽい響きのやり取りが飛び交っている。おい誰かいま鼻を啜った。なんだこれは。急き立てられるように予感がして、俺は足早に通り過ぎようとした風見くんの腕を掴んだ。
「待て、風見くん。聞きたいことがある」
「日を改めてくれないか」
「三秒で済む。降谷くんに会いたいんだが」
空気が凍った。手の中の前腕筋が硬直する。風見くんはくちびるを慄かせ、マイナス三十度の室温を掻き分けるように絞り出した。
「降谷さんは……もう、ここにはいない」
「……異動か? 彼のことだから出世かな。意外だな。彼だけは最後まで掃討に関わると思っていたが」
咄嗟に口をついたのは、そんな言葉だった。きみは頑として組織の息の根を止めるまで動くまい。それができるだけの力も、能力もある。
本心から思っていることではあるが、確信を高めつつある可能性から無理に目をそらした言葉は紙のように軽い響きで噛み合わせが悪かった。
「……異動、の、ようなものか……悪いが、急ぐのでこれで」
風見くんは腕を奪い返すと、足早にフロアを出て行った。彼の背が消えるや警備企画課に喧騒が戻ってくる。言葉を伴わない視線がまとわりつくのを感じ、俺もすぐにその場を去った。嫌な予感がしてたまらない。きみの行方を知りたければ、風見くんを尾けるべきだと本能が囁いていた。明らかに彼はなにかを知っている。真実を追うなら彼を見張るのが常套だ。だというのに、まったく俺はどうかしていた。庁舎からすぐにタクシーを拾う彼をぼんやり見るばかりで、常より早い脈拍ばかり数えていた。
頭の隅が、ちりちりと予感に震えていた。
―――真実の気配に、怯えていたんだ。
適当に仕事を切り上げると、俺は工藤邸へと車を向けた。
ふるい本のにおいはひとのこころを安らがせる。ゆっくりと降り積もった時間の持つ穏やかな停滞が、いまの心臓には必要な気がした。
夏の長い夕暮れのなか、工藤邸はひっそりと佇んでいた。玄関灯も灯っておらず、無人の静けさが漂っている。好きなときに使ってくれと厚意のままに鍵を与えられてはいるが、礼儀として一度チャイムを鳴らした。意外にも「はぁい」と応える声がした。
ほどなくして、この家の若い住人が顔を出した。夕闇に青ざめて見えるカッターシャツを着込んだ青年がきょとんと俺を見上げていた。目の端が微かに赤い。極端に静かな家の様子からしめやかな気配を嗅ぎ取って、俺はかけようとした声を詰まらせた。
「赤井さん、なんでいま」
お互いを認めたまま、俺たちはなかなか挨拶を交わせずにいた。ようやくこぼれ落ちたそれは驚きに満ちていて、事情がわからないながら俺の胸郭を強く押した。
「どうかしたの、工藤くん」
まばたきもできずに嫌な予感に呑まれた俺を追い打つように、くぐもった女の声が近づいてきた。
無意味に玄関に突っ立った俺たちを見つけた黒服の女は、ストッキングの足を不自然に止めた。
「……あなた、どうして今頃、こんなところに来たの?」
志保は殊更ゆっくりとつぶやくと、部屋の中へと戻って行った。子音のaが震えるのを聞き逃さなかった。感情を抑えるときの彼女の癖だ。俺は凍りついたように動けなかった。三十度を軽く超えているはずの気温が嘘のように肌寒く感じた。黒いサマードレスは、死者を悼むためのものだ。アメリカでも、日本でも。
尋常ではない俺の様子に、ボウヤは気付くものがあったらしい。大きな目に同情が浮かぶ。
「赤井さん、ひょっとして知らなかったんですか」
真実を突きつけられようとしている。最も近しい可能性ににじり寄られて、俺は情けなくも腰が引けた。そんなはずはないと乾いた舌が早くも反論しようとしていた。それこそが自分自身の確信の証左だ。
なにかの間違いだ。きみほどの男を俺は知らない。この俺に一片も真意を悟らせない微笑みで、生き延びたあとの約束をしたきみだ。
この戦いが終わったら、きみは俺に会いにくるんだろう。
きっと俺はひどい顔をしていたんだろう。信じられないのもわかりますと前置きして、真実の申し子は逃れようのない事実を口にした。
そのとき彼の言葉を、俺は、どうしても思い出せない。
[newpage]
御影石の影が長く伸びていた。
ひぐらしが耳に残る声を響かせていた。爆風のような斜陽に照らされて、簡素な石の群れはしんと夏の底に静止していた。
東都の片隅に鎮まる共同墓地は、埋め直されたばかりの、新しい土のにおいがしていた。
長年風雨にさらされた砂岩の墓標はのっぺりとした表情で俺を見返す。触れればざらざらと指を荒らしそうな表面には、一片だってきみに結びつくものなどなかった。真新しい菊と樒の青い芳香とてそうだ。線香は既に燃え尽きて、小さな芯がぽつんと残されている。
灰色にくすむばかりのこれが、あの華やかな男の、いまの姿なのだという。
到底現実とは思えないまま、俺は『きみ』に向き合っていた。実のところ、どうやってここまでやってきたのかわからない。断末魔の茜色の具合からして工藤邸からそのままここに来たのだろうが、車をどこに停めたのか、そもそも車で来たのかすら思い出せない始末だ。驚くほど頭が空になっていた。現在地ひとつ捻り出せないなんて経験したことがない。
「……きみも」
墓石は俺の太腿ほどもない。小さくて、ざらざらしていて、とても静かだ。あらゆるものが俺の知るきみのすべてと異なっている。ひぐらしが遠く近くに鳴いている。土と青草のにおいが強い。弔いの静寂。呆けた俺はなにかを考えることもできずにいた。
「きみも俺を、おいていくのか」
ひぐらしが鳴いていた。
物悲しいその声の尾が溶けてしまう頃に、俺は自分がなにを口走ったのかを理解し、呆然と自分の口を押さえた。手のひらに当たる呼吸が生温かく震えた。
俺は一体なにを言ったのだろう。おいていくだなんて、子どもみたいに。虚ろな言葉はあまりに頼りなく空気を揺らした。自分が発した言葉だなんて、とてもじゃないが信じられない。
―――降谷くんに聞かれたら、どうするんだ。
咄嗟にそう思ってしまってはっとした。聞かれたらも、なにも。墓石は雨の流れた跡に影を刻みながら、しんと沈黙を返すばかりだ。
足が萎えそうなほどの喪失感が俺を襲った。座り込みそうになるのをなけなしの気力で堪えたよ。
降谷くん。きみ、死んだのか?
墓場の空気は夕立ちのあとのように湿り、死体の肌を思わせた。きみには間違っても似合わない。きみに触れたことこそなかったが、火を噴くようなきみの瞳と、光を紡いだような髪と、きみを表すものはひとつひとつが輝く生命の気配を湛えている。
そんな降谷零を、一体、誰が殺せるというんだ。
俺は恐る恐る墓石に触れた。熱のこもった、冷たく固い、無慈悲な感触だった。こんなものがきみの寝床か。冗談だろう。なあ。きみはどこかの病院でうなっているか、新しい仮面を付けてなにかを探っているんだろう。なあ、降谷くん。
「―――そうか。そういうことか」
降ってわいた閃きに俺は飛びついた。簡単なことだ、かつて己が使ったのと同じ手だ。俺は死体を見ていない。証拠を積み上げて、証言を増やして、降谷くんは『降谷零』を埋葬したのだ。俺が沖矢昴になったときのように。なにせ彼が暴いた手だ、筋書きをなぞる程度造作もない。
俺はその思いつきに夢中になった。考えれば考えるほどそうとしか思えなくなった。
あとから思い返すに、そのときの俺はすっかり動顚していた。なにしろ俺はきみが死ぬなんて考えたこともなかったし、もっと馬鹿げたことに俺が生きているならきみも生きているはずだと信じていた。あの凄惨な組織で生き抜いてきたきみだ。悲劇を経てさえ踏みとどまったきみがこんなにも呆気なく失われるなんて、あっていいはずがなかった。
ひとなど指先ひとつで簡単に死ぬものだと知っていた俺には、きみの賢さと強靭さは救いですらあった。そう。どんなに賢くとも、頑丈でも、それが生き延びる理由にはならない。俺はそれを嫌というほど知っている。アメリカでも、日本でも、組織でも、どんな資質も死神には関係がないと思い知っていた。なにより俺自身が、この手で殺す側だった。正しさも優しさも。……だが、どういうわけかな。きみだけは、抜け目なく死を撥ね付けるのだと思い込んでいた。それが突然無縁仏の墓の前に蹴り出され、これが現実だと突きつけられても信じられるはずがない。
新しい土のにおいのする墓を見下ろした。つくづくきみには重ならなかった。当然だ、ここにきみはいない。そう考えると気分が高揚し、俺は微笑みさえした。
「……覚悟しろ、降谷くん。きみが俺を墓場から引きずり戻したように、俺もきみを見つけてやろう」
頭のどこかに「無駄なあがきだ」と囁く声があったが、俺はそれを無視して墓の前を去った。太陽は沈みきり、薄紅色の残照が未練のように漂っていた。じきに夜が来る。
きみは生きている。
共同墓地から戻ったその日から、俺は取り憑かれたように降谷零の最期を調べ始めた。不思議なもので、きみへの糸口を探るためだと思えば、あれほど細心に拒んだ情報さえ抵抗なく触れることができた。
組織との最後の戦いで、日本警察の殉職者リストには新しい名前が何件も登録されている。その中に並ぶ降谷零の文字を俺は躊躇いなく辿り、きみが内臓破裂で死んだことや、俺の入院していた病院に収容されたことを知った。検死記録には痛ましい怪我の詳細が連なっている。両腕の骨折、からだを覆う大小の火傷。きっとそれまでの俺なら耐えきれなかっただろう。俺はこの腕の中に確かにきみを抱え、そして取りこぼしたのだと思い知らされる内容だ。助けられたいのちをまたしても助けられなかった、そう絶望したことだろう。いまは大丈夫だ。なにしろこれは、きみが操作した情報なんだろう?
血の気と一緒にしがらみが失せ、すっかり穏やかな表情となった記録写真を撫でた。不思議なほどに動揺はなかった。俺が来葉峠で『死んだ』とき、バーボンは繰り返しキールの撮った記録映像を見たという。銃弾を受けて倒れる俺の死に際を凝視ながら、きみもこんな気持ちだったのだろうか。どんなに明らかな証拠を突きつけられても、きみは生きている、その一念が熾火のように腹を熱くしていた。
早くきみを見つけたいと強く思った。それと同時に、ずっとこうしてきみを追っていたいとも。
かつて失踪した父の跡を追い、突き進んでいた頃と同じように、いやそれ以上に、俺はきみを追うのに夢中になった。多少歳を食ったところでひとの本質は変わらないということか。あの頃よりももっとなりふり構わず、それこそ寝食を忘れて俺はきみの生の証明に取り組んだ。若さのままに探し続けた父は、結局その死を証明することになってしまったが、今度の相手はそうやすやすと死ぬような男じゃない。きみを必ず見つけると躍起になった。……ああ。父の生が完全に否定されたときに感じた失望や虚しさの反動も、あったかもしれない。
なんどもなんども朝が来て、夜が来て、また朝になった。きみは見つからない。仕事のファイルもそこそこに、きみの記録が積み重なっていく。
来葉峠での俺には、身を隠さざるをえない理由があった。きみにもきっとあるはずだ。組織が滅びたいまとなっても、自分さえ埋葬して隠れる理由が。それは新たな潜入任務かもしれない。庁内の陰謀かもしれない。はたまた、個人的な理由かもしれない。
俺はきみの協力者と思しき連中を調べ上げ、公安の仕事を嗅ぎまわり、きみの人生を丁寧に洗い出していった。
「赤井くん、近頃どうしたんだね。きみはきみの本分を超えたことをしていないかい?」
恐らくは公安から苦情を受けたジェイムズに質され、俺は「No, sir.」と短く答えた。ジェイムズは信じてはくれなかったようだ。視線が厳しくなる。
「組織の再起を封じるために、日本警察との緊密な連携が必要な時期だ。痛くもない腹を探られては、Bread and butterのようにはいかない。きみならそれくらい分かるだろう」
「ええ。ひどい誤解を受けているってことも」
きみが身を隠さなければならないほどの理由がきっとあるのだ。仕事に身を捧げきっているきみのことだから、それは公安案件の可能性が非常に高い。だが、そうだな、次からはもう少し隠密に探ろう、と懲りずに考えた。
「……ほどほどにしなさい。最近のきみは鏡も見ていないようだからね。ひどい顔色だよ」
ジェイムズはため息を吐き、私にきみを解雇させないでくれよと言い残して去っていった。俺はディスプレイを切り替えた。ずらりと並んだ公安の監視対象を確認していくが、どれもこれもきみが潜入するほどのものとは思えない。ジェイムズにも釘を刺されてしまったことだし、これ以上のハッキングはいまは控えた方がいいと判断した。……ん? ああ。いまは。なにしろ、諦めが悪くてね。
「だとすると……風見くん、かな」
俺は探りを入れる目星をつけた。きみの忠実な部下である彼は、なにがしかの情報をきっと持っているはずだ。
意外にもすんなりとアポが取れ、俺はなんとなく通話記録を眺めた。三時間前の発信記録で『降谷零』の登録番号が表示されていた。きみを追い始めてから、いつの間にか始まった習慣だ。……嫌だね。消すものか。
番号をタップすると、幾ばくもせずに自動アナウンスに切り替わった。
『お客様のおかけになった番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ―――』
すべて聞かずに終了した。
繋がらないことなどとうに知っていたが、「もしかしたら」を諦めることができなかった。……ああ、そうだな。未練がましい。我がことながら笑ってしまう。きみなら、早々に無駄なものは消去するんだろうな。きみが本気で隠れたのなら、電話番号などいの一番に変えるに決まっている。
胸ポケットを探ると、ショートホープが一本だけ残っていた。可及的速やかに買いにいかなければならないと思った。きみを探し始めてから、俺の喫煙量は三倍に増えた。
正直なところ、俺は焦りを感じ始めていた。情報を集めれば集めるほど、きみが姿を消すほどの理由などないと結論付けざるをえなくなる。バーボンや、安室透として構築していた人間関係にもきみは一切の痕跡を断ち切っていた。まさに断絶だ。それまでのきみのやり方であれば、不審を持たれないよう徐々に、そして自然に存在を消していったはずが、『命日』を境に乱暴なほど唐突に―――死んだのならば当然に―――煙のように姿をくらませていたのだ。
明らかにきみの流儀に反するそれは、その突然の不在が不可抗力によって成されたものだと証明するようで、きみの死を補強しているとしか思えなかった。
降谷零の死を否定しようとするほどに、死の証明ばかりが連なっていく。
なんの手がかりもなく、自身の推理を否定してまで走り続けるに十分なほど、俺はもう若くはない。
がむしゃらに糸を辿っても報われるとは限らないことを、父の背中越しに知ってしまった。虚しさはひとを臆病にする。なにか、かけらでもいい、きみの生をにおわせるものが欲しかった。少なくとも、死を疑うに足るものが。
自分の歳を、こうして認識するとはな。
「あいにくだが、俺はなにも知らん。もし降谷さんが生きているなら、俺の方こそ手がかりを知りたい」
日比谷公園のベンチに腰かけ、風見くんはにべもなく俺の希望を打ち砕いた。彼は少しやつれたようだった。鋭さを増した頬骨に淡く汗が浮いていた。日本の夏は、木陰でさえ蒸篭のように暑くてたまらない。
薄緑の葉をぴくりともさせない柳を遠く見つめるように視線を漂わせ、風見くんは「俺があのひとの身元確認をしたんだ」と呟いた。炎天に炙られた植物のように萎びた声だったよ。
「不思議だった。死体が珍しいわけじゃない。降谷さんがそうなりうる存在なんだということがとても奇妙に感じられたんだ。俺にとってあのひとは、俺たちとは違う、なにか別の生きものだった。心臓がみっつあると言われたって信じたでしょう」
「彼は人間さ。むしろ俺は、彼以上に人間的な男を知らない。確かに、恐ろしく切れる男だが、あの目に火花を散らして走るひたむきさや、笑ってしまうほど律儀なところや、案外世話焼きな性分はむしろ微笑ましいくらいだ」
風見くんの表す降谷零が気に入らず、俺はつらつらと俺の知るきみを描き出していた。生意気で有能で、時折子どもっぽい危うさを覗かせていたバーボンや、子どもたちに囲まれた安室透、その芯を貫く降谷零を思い返すだけで、俺のくちびるは気付かないうちにゆるりと上がった。勝気に笑うきみの瞳を思い描くと、繊細なガラス細工を撫でるような快さを感じた。……なにを難しい顔をしている? きみも風見くんの言い様が気に入らないか。……俺? なぜ。そう感じているんだから、仕方ないだろう。
ああ、そう、風見くんだ。風見くんも、奇怪なものを見る目で俺を見た。
「あんたに執着してるのは、降谷さんの方だと思っていたが……あんたの方も、そうだったんだな」
「…俺が?」
「気付いてないのか。あんた、絶対に過去形を使わないんだ。とうに去ってしまった人間をまだ生きていると信じるなんて、昔の降谷さんみたいじゃないか」
風見くんの指摘に面食らった。俺ときみとは、友人ですらなかった。友人になりたいと思っていた矢先、きみは姿を消してしまったから。因縁はあれど、人間関係としては成立もしていない。……はは、そうだ。言われてみれば、俺の行動はかつてのきみと比べてなんの遜色もなかったが、俺は彼の指摘に気後れを感じた。こんなもんじゃない。反射的に思った。なにしろ俺は不安を捨てきれないでいた。微かでも、希望を欲しがっている。きみはもっと火の玉みたいに俺を探した。破滅的なほどの情熱と、恐れ知らずのひたむきさで。
妙な顔をしないでくれ。本当のことだろう? そうだ、聞かせてくれないか。きみはなんども俺の死に様を見ただろうに、一度も俺の死を疑うことはなかっのか? きみはよく言っていたな。『赤井秀一ほどの男が、死ぬはずがない』と、この俺のことを。なあ降谷くん。もう俺は死んでいるとよく諦めずに顔を上げてくれていた。どうしてきみは、そこまで信じ続けていられたんだ。……そうか。ああ、いや。きみは、本当に……。
……俺もきみのように、きみの生存を信じたかった。信じたかったよ。だが、根拠もなく信じられるがむしゃらさは、俺の中には、もうない。信じ込もうとするたびに、心臓に穴が開くようだった。
目を伏せる俺を木陰に取り残すように、風見くんは「昼休みが終わる」と立ち上がった。
「昼飯を食い損ねた。あんたも、時間を無駄にしたな。収穫はなかっただろう」
「……期待はしていなかったさ。今度、なにか奢ろう」
「アメリカ人の食い物か? 願い下げだな。……降谷さんの飯は、美味かったな」
痩せた風見くんは、懐古を乗せて呟いた。
「きみは、彼の料理を食べたことがあるのか」
「余りものだがな。どれもこれも美味かった。鰆の餡かけやら、鶏大根に柚子をどうこうしたやつやら…俺は料理はさっぱりだが、小器用なひとだったよ」
「はは、聞くだけで腹が減ってくる」
「まったくだ。……なあ、あんた」
風見くんは哀れみのようなものを混ぜて俺を見下ろした。
「俺が言う義理は、全くないんだが。これ以上、執着するのはやめておいた方がいい。身を滅ぼすぞ」
「加減は知っているさ」
「そうかな。いまのあんたなら、俺にだって付け入る隙がありそうだ」
彼は振り切るように頭を振ると、陽炎の立つ中を戻っていった。俺はベンチに腰を下ろしたまま、俯いた柳を見るともなしに見つめていた。煙草を咥えようにも、買い忘れていたらしくポケットは空だ。
収穫はなかった。それどころか、敬慕したひとの死を受け止めて、歩き出している姿を見せられてしまった。
そんなはずはないだろう、降谷くん。
目を刺す陽光を遮断し、俺はまなうらの面影に問いかけた。西日に縁取られたほのかな微笑みは、昨日のことのように思い出せる。
―――この戦いが終わったら、伝えたいことがあります。
「絶対に俺に聞かせたいことがあるんだろう…」
俺は堪えるように額に触れた。両腕が鳥肌でも立ったかのように粟立っていた。この腕は、きみを抱いたはずなんだ。きみを守ったはずだったんだ。生き延びたきみはどこかへ消えて、またどこかで健気に働いているのだと思っていたい。きみの骨片なんて考えたくもなかった。なのに頭蓋の内側で、しんと静まりかえった夕暮れの墓石がちらついていた。まだ認めたくない。まだ調べ尽くしていない。……俺はきみの伝えたかったことを、もう永遠に知ることはできないかもしれないと、まだ、信じたくなかった。
たまらなくきみの声が聞きたくなって、俺は端末をタップした。かけたところで留守電設定がされているわけでもない。声など聞こえるはずがないのだが、それでもかけずにはいられなかった。短い呼び出し音はすぐに自動メッセージに切り替わる。
『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、もう一度おかけください。おかけになった電話番号は』
わかっていたさ。全力を尽くして調べても、証明できるのはきみの死だけ。そこに謎はなく、あるのは俺の願望だけだ。信じていたい。信じて、きみの影を掴みたい。かつてきみが俺にそうしたように。誰もが俺を見送っていったあの頃、ただひとり追いかけてきたきみの姿に気付いたときの、あの驚きといったらなかった。目に嵌めていたのは暗い憎悪だったというのに、俺には星でも収めているかのように光って見えた。誰もが俺の死を語ったはずだ。証拠はどこにもなかっただろう。それなのにきみは追ってきてくれた。俺を追ってきてくれた! 人生で忘れ得ぬ瞬間というものを挙げるなら、俺は迷わず、きみの追跡に気付いた、あの瞬間を選ぶ。
降谷くん。俺は、きみが思ってくれているほど、強い男ではなかったらしい。これは俺の弱さの話だ。きみが姿を消して、今度は俺が追いかける番だと息巻いていたのに、俺はどこかできみの死を認めてしまっていた。そんな俺がそれでもきみを探すのは、きみの生をこころから信じていたからじゃない。……俺は認めたくなかったんだ。この腕の中に一度は引き入れたきみさえも、また、スコッチのように明美のように父のように、彼岸へ取りこぼしてしまったのだと認めるのが恐ろしかった。幻滅しただろう。……どうして、そんな顔をするんだ。
端末は自動メッセージを繰り返していた。無慈悲なそれはざりざりと俺の外面を削り、情けない本音を暴きたてた。俺は端末を耳から離し、ゆっくりと目を開いた。明暗の差でハレーションを起こした視界に蝶が一匹彷徨っていた。追いかけるように、若い女が遊歩道を歩いていった。ソフトクリームを舐めながら過ぎる彼女の銀髪が蝶の軌跡に重なる。
ひどい虚無感に苛まれながら、俺は通話終了ボタンを押そうと親指を動かした。
『―――のうえ、もう一度おかけなおしください。おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、―――… は い 』
「…………ッ!?」
あのとき、
………あのとき、…そう、きみの声が、したんだ。
俺は弾かれたように端末を耳に押し付けた。うんともすんとも言わず、画面を確かめると通話はとっくに終了していた。泡を食ってリダイヤルしたが、何度かけても、どれだけ待っても二度と声は聞こえなかった。だが、あれはきみだ。一秒にも満たないが、聞き間違えるはずがない。あれはきみの声だった。
充電の切れた端末を見つめ、俺は全身が震えるのを感じた。生きている。降谷零が、生きている。
明らかにこの電話番号が停止されていようが、二度と繋がらなかろうが、そんなことはどうでもよかった。きみが生きている。その小さな、しかし確固とした希望こそが、なによりも重要なことだった。
ああ。
俺はあの声を、疑いなく希望だと思ったよ。
[newpage]
初めて希望を得た夜、俺は夢を見た。
躊躇っていた時間を取り戻すように調べものに没頭し、そのまま眠ったからだろうか。鮮やかすぎるほどの夕暮れを背に、きみが俺を見返していた。
「あかい」
きみが俺を呼ぶ。全身から力が抜けていくようだった。迷子が親を見つけたかのような安堵。強烈な斜陽を背にしたきみの表情は伺えなかった。だが問題はなかった。疑いもなくきみだ。
会いたかった。
俺は言葉もなくきみを見つめた。夢の中でも驚きすぎて動けないということがあるなんて知らなかった。きみは呆けた俺をからかうようにくるりと背を向けると、清々しいシャツの肩口から振り返り、早く来いとでも言いたげに歩き出した。
慌てて俺はあとを追いかけたがどうしても追いつけない。きみは俺が四苦八苦しながら追いかけているのを見て、嬉しげに微笑んだ。
見たことのない、素直な表情だった。いつまでだって見ていたかった。
俺は懸命にきみに並ぼうとしたんだが、きみの足は早く、おまけに俺は発声することができなかったので、長く伸びたきみの影をがむしゃらに追い続けた。
夏には珍しい筋雲が夕陽に向かって吸い込まれるように伸びていた。
きみはその、おどろに暮れる地平へ一歩一歩、歩いていく。
[newpage]
一瞬だけ繋がった通話に希望を得た俺は、再び全力できみの足取りを辿り始めた。正直なところ、本業の方が片手間になっていた感も否めない。……そう怒るな。幸いにも組織が滅んでくれたおかげで緊急の案件はなかったし、ジェイムズに首を切られる羽目にもならずに済んだ。
FBIの仲間たちが帰国へ向け業務を縮小していく中、俺は公安案件と思しき情報を横抜きしていた。……そう怒るな。風見くんたちは相当に慎重だがそれでもやはりワキが甘い。なに、そっちじゃない? だが本当のことだろう。最後まで組織に正体を悟らせなかったきみや、すべての情報を冥府へ持ち去ったスコッチのような人間は、やはりそうそういるものじゃないのさ。
「ヘイ、シュウ! ランチタイムだぜ。絶食ダイエットでもする気か?」
やかましい声に呼びかけられ、俺はダミーのブラウザを立ち上げてから顔を上げた。デスクの前に筋肉ダルマが仁王立ちしていた。SEAL sから転職してきたマックスだ。こいつとは何度か制圧現場でチームを組だことがある。今回も突入時のメンバーにいたはずだ。
「日本の夏は殺人級だな。外に出る気にもなりゃしねえ」
「アーカンソー育ちの特殊コマンドがギブアップとはな。日本人はこの時期に各地へ旅行に行くぞ。ライブや祭り、あとはスポーツイベントが開かれるのもこの時期だな」
「正気じゃねえ」
マックスは近くのデスクにふんぞり返ると、膨れたレジ袋からおにぎりを投げて寄越した。来日してハマったらしい。早くもツナマヨに食らいつきながら「やるよ」と不明瞭な発音で告げた。
「……別に、腹は減ってない」
それよりも次の資料を読みたい。公安が扱う案件は極秘事項が多く、ほとんど電子化されていないだろう。それも日本語だ。英文を読むようにはいかない。骨の折れる作業だよ。俺はわずかな電子化された資料と膨大な塵芥の情報を擦り合わせて、そこにきみの足跡が無いかを探し出さなければならなかったんだ。……そう不機嫌になるな。もうしやしないから。できることが問題だ? ふむ、まあ、その通りだな。
「減ってなくても、食えるうちに食っとけ」
「ここは戦場じゃない」
「文民に戦場の区別がつくかよ。なにに追い詰められてるのか知らねえが、補給を軽視したらご自慢の脳みそも鈍るってもんだ。最後に飯食ったのいつだ? 薬中みたいな顔だぜ」
人相が悪いのはもともとだがな! マックスは無礼なことを言い、早くもふたつめのフィルムを剥がしにかかった。あまり噛んではいまい。
譲りそうにないマックスと塩鮭のおにぎりを持て余しながら、俺はふと、そういえば最後に食べたのはなんだっただろうかと考えた。少なくとも朝食は食べた覚えがないが、昨夜はなにを食べたはずだ。……食べただろうか。記憶を辿ろうとするが、きみの夢ばかりが鮮明でね。それ以外を思い出せなかった。おい、呆れないでくれるか。
その頃、俺は毎晩きみを夢に見ていた。
夕暮れを背負ったきみは、毎回一言だけ「あかい」と俺を呼び、あとはひたすら歩き続ける。俺はどうにかしてきみを捕まえようとあがきながら、必死にきみのあとをついて行く。面白くないことに、夢の筋書きはいつも同じだ。ろくな変化もないが、夢とはいえきみに会える睡眠を、俺は日に日に待ち遠しく思うようになっていた。
それにしてもその頃は、顔色が悪いと言われてばかりだった。ジェイムズにも面と向かって言われたし、ジョディには「ちゃんと寝てるの?」としつこく食い下がられた。ちゃんと寝て、起きて、朝ごはんを食べなさい。世界は進んでいくのよ。フルヤがここにいなくても。
降谷くんは生きている。子どものような反発を覚えながら、俺は端末に自分の顔を写してみた。ブラックアウトした画面では分かり辛いが、確かにやつれたようだった。ぎょろりと眼光ばかり鋭い男がこちらを見返している。
「なあ、マックス。俺の顔、そんなにひどいか」
「マリファナで歯まで溶かした連中と大差ねえよ。お前が拒食症なんて、笑えねー」
こうして特に自覚的な不調もないあたり、なにかしら口にしてはいるのだろうが、ろくに食事を意識した記憶が無いのでつまみの類を食事代わりにしている可能性も捨てきれない。……やっぱり、きみはそう言うと思っていたよ。はは、すまん。こういうタチでね。ああ、懲りずに何度でもやらかすだろうな。だからきみが、見張っていてくれないか。……そこは躊躇わないで欲しいんだがね。
マックスは、きみには負けるがお節介な男でね。俺はため息を吐くと、ぺりぺりとおにぎりのフィルムを剥いだ。
「おう、食え食え」
なにが楽しいのか、嬉しそうにやつは煽った。ふわりと海苔の香りが鼻をかすめ、しっとりとした米の感触が指に馴染んだ。ひとくち噛むと、甘い滋味が広がる。ああ。思っていたよりからだは飢えていたらしい。
ほどよい粘りの米と海苔を噛もうとした、そのとき、なにかが裾を引いた。
「……?」
振り返るが、誰もいない。
肘掛けにでも服を挟んだのだろう。気を取り直して嚙みしめようとすれば、また裾を、今度は幾分強く引かれた。
おかしい。裾はどこにも挟まれていないし、俺の周りにはひとはいない。マックス以外は。そもそも近寄られれば気配でわかる―――…視線を上げて、ぎょっとした。
誰もいない。
空調が低く唸っている。パソコンがかりかりと囁いている。マックスがじっと俺を見ている。
他には誰も、いない。
ランチタイムというのを差し引いても、異様なほどに静かだった。まるで切り離されたかのように、ひとの気配が消え去っている。首筋のあたりでぞわぞわと警鐘が鳴り始めた。口の中に入れたままのかたまりが仄かに甘く、日常的なその味が、かえって倒錯的な気がした。
「食わねえの?」
まばたきもせずにマックスが言う。そんな場合か。反論したかったが口が塞がっていては喋れない。とっとと飲み込んでしまおうとして、
その瞬間、中身が一変した。
耐え難い生臭さが溢れる。噛み合わせた歯はぐにゃりとやわらかく沈み、ぶにょぶにょと弾力のあるなにかが口蓋に触れた。
もぞ。舌の上を、なにかが動く。
もぞり。
ぶちゅり。
生理的な嫌悪が背筋を駆け上がり、堪える間もなく嘔吐した。歯に、舌に、粘膜すべてに残る感触を臭いを吐きろうと咳き込んだ。唾液を拭いながら吐いたものを確かめて、凍りついた。
うぞ、うぞ、と。
つやつやと濡れ、丸々と太った―――蛆が。
変色し果て、甘く爛熟した腐肉を踊るように這い回っている。
肉は、野晒しに溶けた屍から削いだものか。灰色の肉に、脂がでろりと溶け出していた。こびりついた皮膚は噛みちぎったように乱雑に裂けていて、蛆がうまそうに蠢いている。
それは、ちょうど、ひとくち分の大きさだ。
込み上げてきたものを止めることもなく、俺は再び嘔吐した。薄黄色い胃液が足元に跳ねた。口内に酸の苦味が広がるのがせめてもの救いだ。
「おいおいシュウ! 大丈夫か!?」
慌てて腰を浮かしたマックスが、吐くものがなくなってもえずく俺に駆け寄ってきた。その手が触れる前に、俺は逆手を取って彼を絞めあげた。
「ふざ…ける、な!」
「な、なにがだよ!?」
マックスは困惑しながら俺の拘束を外し、獣のような敏捷さで距離を取った。さすが元特殊部隊。隙なく構えつつ、心配顔で「やっぱ夏バテか!?」と的外れなことを聞いてきた。
だが、それで怒りが収まるはずもない。首の後ろにまだ鳥肌が立っている。俺もまた戴拳道の構えを取り、「これを見て言え!」と吐瀉した腐肉を示した。
「……別に、普通のオニギリじゃねえか」
だが、一瞬前までおぞましい光景を作り上げていたモノは、なんの変哲もない米と海苔に変わっていた。あの強烈な腐臭さえも消えている。
どういうことだ、これは。
呆然と構えを解いた俺を認めて、マックスもまた拳を下げた。顔色悪いぜ、と気遣わしげな声で話しかけてきた。
「疲れてるんだろ。消化の良いもん食うといいぞ。あ、そういやオレ、キュートーシツの冷蔵庫にアイス入れてるわ。やるから食えよ。ソーダ味だぜ」
「いや…すまん、いまは…食欲がない」
幻覚だったのだろうか。気がつけばオフィスには昼食を終えた何人かが戻ってきたいた。あれほど異様に感じた静寂などどこにもない。俺は食べ残したおにぎりを見遣った。塩鮭が締まった身をさらしているが、到底食事を続ける気にはなれない。
吐き戻したものを片付け、マックスに要領を得ない謝罪をすると、俺はトイレへと向かった。幻覚だとしても、口をすすがずにはいられなかった。……大丈夫か? ああ。……そうか。ああ、俺は大丈夫だ。もう終わった話だから。……そうか。なら、続けるぞ。
気の済むまでうがいをした俺は、鏡に写った自分を見返して自嘲した。自己管理もできないとは。鏡の中の男はまるで中毒者だった。夏の日差しが不似合いな、体温の低そうな顔をしている。組織にいた頃さえこんなことはなかった。顔色の悪さは、あの幻覚のせいだけじゃない。きみへの執着が原因だとわかっている。これは仕事でもなんでもない。だというのに、俺はいまにも席に戻り、きみの探索を続けたいと思っていた。度を越してのめり込む理由などなにもないのに、自分を止めることができない。
―――きみが俺に伝えたかったことを、どうしても聞きたい。きみの、その口から。
拳で口を拭い、もう一度鏡を確認した。そして俺はぎょっとした。
俺の首に、幾筋もの、爪跡が浮かび出ていた。
心当たりなどない。
掻きむしったように幾筋も、見覚えのない爪跡は赤くみみず腫れになっている。吐き戻していたときにもこんなことはした覚えはない。
じっとりとした水場の温度を今更意識した。蛙の腹のように湿り、まとわりついてくる。
さすがに薄気味悪く、俺はオフィスに戻ろうと足早にドアに向かった。
そのときだ。低くたわみ、死人の声帯を無理矢理重ねたような声が、俺の耳元で囁いた。
「もうすこしだったのに」
[newpage]
食欲がない。
あのおぞましい幻覚が疲労の齎したものだとして、それを差し引いてもものを食おうという気になれなかった。俺は毎日、昨日の俺がなにを食べたのか思い出せずにいた。
そんな顔をしないでくれ。よくない傾向だとわかっていたさ。
だが、食事を目の前にしても、正気を削る錯覚を見てしまえば、それ以上食べようという気はなくなる。
俺は相当にひどい顔をしていたらしく、FBIの連中はどうにかして俺に食わせようと手を変え品を変え迫った。チェリーパイを焼いてきたのよと配る捜査官のミナ、エナジードリンクならいけるんじゃねえかと酒とスポーツ飲料を混ぜる爆弾解体班のケビン、給湯室でポリッジを作りだす機動隊のアンソニー。
指が敷き詰められたパイや、毛髪の漂うドリンクや、ぐちゃぐちゃに潰れた脳が差し出されているように俺には見えた。もちろんそれは一瞬の錯覚だったが、食欲など彼方に失せようというものだ。パイの編み目から血のように赤いソースが垂れている。
ジョディやキャメルは執拗に俺を寝かせようとしてくる。疲れているのだと。俺はFBIの仲間の中でも、抗争の最前線にいたからな。まして狙撃手だ。組織との長い対立の最中、スコープの向こう側で死んでいく実戦部隊を何人も見ている。状況によっては、見殺しにすることもあった。ジョディのやつはそれで余計に心配したんだろう。少し休めと言うんだ。俺がこんなことをしていては誰も救われない。無益な調べものはよして先へ進めと。
俺は徐々に、オフィスへ顔を出さなくなった。沖矢を演じていた頃に、遠隔で仕事をするノウハウを身につけていたのは幸いだった。ジェイムズはまだ俺をクビにはしていなかった。したところで別に構わない。そうすれば一日中、きみを追える。
ロングステイ用ホテルの俺の部屋には、びっしりときみの情報が貼られた。生まれてからのきみの足跡や、関わったと思しき事件の三面記事まで。抹消されていたきみの過去を探すのは骨だった。特に写真は、検死写真の粗いコピーしかない。
毎晩倒れこむように眠った俺は、目が覚めてまずきみの検死写真を見る。ベッドの横に貼ったんだ。締まりのない表情筋に瞼を閉じたきみを見ると、添い寝でもしているかのような感覚になった。俺はどこかで眠り、目覚めているだろうきみの寝顔を想像し、おはよう、と写真に語りかけた。
俺の昼夜は、きみを中心に回るようになった。
調査はいっこうに進展がなかったが、眠るときみに会えた。夢の中のきみはいつも「あかい」の一言とともに俺を迎え、俺を残して歩いていく。俺はきみを必死に追う。
おどろの夕焼けが照らしていたきみの道は、いつのまにか暗く寂しい路地へと入り込んでいた。眠るたびに、きみはどこかへの歩みを進めているようだ。切れかけた電灯がぱつん、ぱつんと明滅する道を、きみは俯いて歩いていく。
行くな、降谷くん。
きみに会えるというだけで舞い上がっていた時期を過ぎた俺は、きみの歩む先にろくな予想ができず、前にも増して追い縋ろうとしていた。手足が鉛でも巻かれたかのように重く、俺は無様にあえぐばかりで追いつけない。俺がどんなに足掻いても、きみは待たなかった。夜が来たにしては暗すぎる道だ。街灯もないアメリカのど田舎ですら星明かりがある。鍾乳石から落ちる水音さえも響かない、地底の深淵のような暗闇の中で、きみの背中だけがぼんやりと浮かんでいる。
待ってくれ、と叫びたかった。
きみはそっちに行くべきじゃない。
俺に生き残れと言ったきみは、きみだけは、そっちに行くな。
きみは、ひとがただの血袋に変わる瞬間も、切り落とされた指の曲がり方も、砕かれた頭蓋の中身も知らない。きみがそっちに行って、俺が残る道理はないんだ。
なあ、降谷くん。
こんな血まみれの俺を追いかけて、この世に引きずり戻したきみが、俺をおいていくというのか。
この腕はいのちを刈るばかりで、結局、誰にも、きみにも、届かないまま。
降谷くん。
いくな。
言葉は音にならなかったはずだが、きみは足を止めた。
翳った表情を伺わせないまま、きみはゆるく顎を上げた。俺はきみの視線を辿り、上がった息を浅く上擦らせた。
はは、と小さな笑いが漏れた。きみの目的地に納得がいったんだ。
俺たちがようやく辿り着いたそこは、俺のホテルの入り口だった。
目覚めの倦怠感が全身を覆っていた。
窓の外は暗い。素っ気ないデジタル時計は午前二時を回ったばかりで、夏とはいえ夜明けはまだ遥か先だった。
それほど長く眠ったわけではなかったが、妙に目が冴えてしまった。[[rb:幸せな > ・・・]]夢を見ていたからかもしれない。俺はそわそわと窓の外を覗いたり、部屋のドアを開けてみたりしたが、そこには誰がいるわけでもなく、生ぬるい夏の夜だけが満ちていた。
分かっていたことだが夢なのだ。きみは甘い男じゃない。俺がミステリートレインで姿を見せたような機会を与えてくれるはずもない。きみが隠れるとなったら徹底的だ。それでも期待は思いのほか大きかったらしく、俺は約束を反故にされた子どものような悲しみを感じた。
調べ物を続けよう。
切り替えて、まずは顔を洗うべく洗面所へ行くと、鏡に幽霊のような男が写った。青白く頰が削げ、薬物中毒者のような隈の中で目ばかりが鋭い。無精髭の伸びた頰で薄く笑った。随分と荒んだ雰囲気を帯びた。せっかくきみが訪ねてきてもこれでは叱られてしまうだろう。あとは、ちゃんと食えと怒るに違いない。ライを毛嫌いしていたくせに、料理だけは三人分作り続けていたから。あのときの俺は、ひとくちだって食べなかったが。
「……きみの作る食事が食べたい」
ぽろり、と、呟いた。
バーボンはなにを作ったのだったか。スコッチの分のついでですと言いながら、いくつも並べられた皿の上。当時ろくに見ていなかったのが悔やまれる。きっと豊かな匂いを持つ湯気が立ち、美味そうにかがやいていたはずだ。きみの作る料理を食べたい。向かいに座るきみに、どれだけ美味いかを伝えながら。
ぐうぅと腹が鳴った。空腹を久し振りに思い出した気がする。食事の機会があるたび、米はふわふわとした黴に覆われたし、スープの中でボウフラが泳いだ。ぜんぶ、俺の錯覚なんだが。最後にいつ食事をしたか、うまく思い出せない。ああ。おかしいな。もう、おかしくなっていたのかもな。
ありつけるはずもない食事を欲して鳴る腹をさすり、顔を上げた。
鏡の中の俺に、腕が二本、絡みついていた。
腕は背後から伸び、しかしそこに続くべきからだはどこにもなかった。皮膚が触れる感触すらなく、褐色の手は俺の口を覆っていた。あきらかにこの世のものではない。存在感が薄く、生きている人間のそれというよりは投影された映像のように寂しい印象を受けた。
指の関節が浮き出たその手を俺は凝視した。温度もなく質感もない、鏡の中だけの虚像。生気のない、しかし若々しいその手に既視感があった。
俺は手が覆う場所に触れた。鏡の中で俺の手と、褐色の手が重なる。骨にも、皮膚にも触れている感触はない。無精髭がちくりと俺の指を刺した。俺は石のような指をなぞるように辿る。温度も、触れている実感もないが、俺の指は愛おしむ仕草でそれに触れた。
これは、きみの指だ。
肘から先のない、亡霊のように希薄な腕。だが俺は確信していた。これは降谷くんだ。
降谷くんが来てくれたのだ。そう思うと、急に心が華やいだ。おかしいか? だが、俺は嬉しかった。俺は間違いなく嬉しかったよ。
……ああ、そのときだったんだ。
血の気の失せたきみの手に手を重ねて、俺はきみを愛しているんだと、ようやく気付くことができた。
遅すぎたな。
[newpage]
耳障りなアラームに意識を叩かれて、俺は目を覚ました。いつの間にかベッドに戻っていたらしい。洗面所にいたように思ったが、どうやらそれも夢か。俺は身を起こし、顎に触れた。ちくちくと指を刺していたはずの髭はなく、久しぶりにさっぱりしている。つまり顔を洗ったことは洗ったが、知らぬ間に二度寝をしてしまっていたのだろう。俺はしばらく薄い記憶を辿り、ゆるゆると両手で顔を覆った。くちびるのささくれに引っかかって、微かな痛みを感じた。きみが触れていた場所だ。生温かい呼吸が俺の手のひらを湿らせた。
きみのあの手は夢だったのだろうか。熱さも冷たさもなく、ぼんやりと俺の口を覆ったきみの両腕。検死写真の中では無残に折れ曲がっていたきみの力強い腕には生気がなく、肘から先もなかったが、もうそんなことはどうでも良かった。
夢でも、死人でもいい。
俺は両手で口を抑え、音のない声を出してみた。感触のないきみの手のひらが、まだそこにあればいいと思った。
『 あ い し て い る 』
盲目の少女が触感を頼りに世界を拓いていったように、どんな方法でも、どんなきみでも、繋がる方法はあるのだと。
かたん、
最後の音が消えた頃だろうか。ベッドルームのドアの向こうで、小さな物音がした。
こと、
…………こと、 ぺちゃ
足音、ではなかった。固いものとやわらかいものが立てる、ささやかな音だ。
正体はすぐにはわからなかった。本来、すぐにでもチェストから銃を引き出すべきなんだが、恥ずかしいことに俺はすっかり腑抜けていてね。ぼんやりと音が進行するのを聞いていた。
しゅう
ぱたん、とんとん、
音は、近づいてくるわけでもない。だが徐々にいきいきとしてきた。次第にうまそうな匂いまで漂ってきて、ぼんやりとしたままの俺の腹がいま目覚めたようにぐうと鳴った。
食事を作っている。
きみだ、と思った。それを裏付けるように、機嫌のいい鼻歌まで聞こえてきた。俺はきみの鼻歌なんて、聞いたことがないはずなのにな。
本当にうまそうな匂いだった。これまでろくにものを食べていなかったのはこのためだったのだと、匂いだけで確信するような。
それになにより、きみが、このドアの向こうにいる。
弾かれたように俺はベッドを降りた。ドアまでのたった数歩の距離が信じられないほどもどかしい。ドアに飛びつき、この向こうにいるきみを想像してたまらなく嬉しくなった。切ないほど腹も減っていた。首が折れたように俯くきみを抱きしめて、好きだと伝えて、うまいうまいと褒めながらきみの朝食を食べる。考えるだけでこころが弾む。
ノブに手をかけた、そのときだった。
くん、と、なにかが袖を引いた。
小さな、気のせいと片付けられるほどの引っかかりだ。そのままの勢いでドアを開くはずだっただろう。
だが、なぜだろう。早くドアの向こうに行かなければと気は急くのに、どうにもなにかが気になった。
俺はうしろを振り返った。そこには寝乱れたベッドがあるだけだ。白々とした朝の光は遮光カーテンの向こうで、室内はぼんやりと薄暗い。うまそうな匂いが鼻を刺激し、全身がドアの向こうを志向している。料理を終えたのか物音が途切れていた。そのかわり、生温かい気配がドアの向こうに佇んでいる。俺を待っている。
「あかい」
きみが呼んでいる。ドアを開けなければ。開けて、ようやく追いついたきみを抱きしめなければ。寝室にはなにもない。誰も、いない。
けれど俺は、ノブを回すことができなかった。
俺は誰もいない、がらんどうの寝室を見つめて、無意識に呟いた。
「降谷くん……?」
なぜそう思ったのか、さっぱりわからない。推理しようにも、直感としか。
明らかにドアの向こうにきみがいるというのに、どうしてだか俺は、きみがいると思ったんだ。この何もない、薄明るい朝の狭間に。
呟いた、その瞬間だった。
がむしゃらに強い力に引かれ、思わず俺はバランスを崩した。体力が落ちていたのだろう。不意の力に踏ん張りが効かず転倒する。咄嗟に受け身を取ろうとしたが、からだに響くはずの衝撃はなかった。それもそのはずだ。
床がない。
虚空に放り出された俺は、突き上げるような風を全身に受けた。水平線の向こうから吹くような強風がからだ中を拭い、そのなかに俺は光るものを見た。
視界の端だ。俺の、ちょうど左肩に。
風に煽られ光る、きみの金の髪だ。
気がつけば、無遠慮な力加減の両腕が、俺のからだを抱きしめていた。ちょうどうしろから抱きしめられているような格好だ。めちゃくちゃな風圧にも負けない、絶対に離さないとばかりに俺にしがみついていた。俺はなにも考えられないまま、きみの両腕に自分の手を添えた。腕の力がますます強くなって、少し苦しい。
ごうごうと風が逆巻いている。血の巡る音のようなそれに紛れるように、耳元のきみが囁いた。
「赤井」
[newpage]
「―――と、いうわけだ」
語り終えた俺は、すっかりぬるくなったミネラルウォーターをひとくち飲んだ。長い話になってしまい、顎が疲れている。語り始めこそあれこれ反応を示していた降谷くんは、蒼褪めたままぴくりともしない。やはり食事時に話す内容ではなかったか。話せとせがんだのは彼ではあるが。
それにしても、いくら夢の話とはいえ、腹立たしいほど情けない『俺』だった。実際はもう少しマシな振る舞いができるはずだが、包帯だらけの降谷くんを見ているとそう外れてもいないかもしれないと思ってしまう。組織を仕留めた最後の戦い、崩れたビルから生還した俺たちは、東都警察病院に揃って入院中だ。
爆風をもろに浴びた俺が意識を取り戻したとき、俺の腕の中でぐったりしていた。折れた骨が突き出した彼の腕はそれでもしっかり数奇な少年を抱えていて、俺は再び千切れそうな意識の中、瀕死の降谷くんを背負い、ボウヤに先導されて瓦礫の中から抜け出した。背負ったからだから血が染み出すのを感じながら、生きた心地がしなかった。彼を喪った俺を、俺は『見た』ばかりだったのだ。
生きてくれ、どうかきみは生きてくれと念じながら、一歩一歩を歩いた。
不満顔でベッドに収まる降谷くんを見舞った俺の安堵がわかるだろうか。
両腕をギプスに固められた彼の部屋には看護志願者が列を成したが、出歩けるようになった俺は医者が諭そうが降谷くん自身が喚こうが、絶対にその役割を渡さなかった。近頃では医者も諦め気味で、いっそ同室にしますか? と聞いてくる始末だ。俺は快諾したが降谷くんは白くなったあと真っ赤になって断った。きみ、そんなことを言っているが、きみの部屋のソファでうたた寝する俺を見てにまにましていることくらい、俺が知らないと思っているのか。
幸い手に大きな怪我もなかった俺は、食事に不自由する降谷くんを三食介助している。フィーディングというのはいいな。当初は羞恥やら悔しさやらで凄い顔をしていた降谷くんは、やっと諦めたのか次はあれがいい、これがいいと小さなわがままを言うようになった。スプーンに食いつく雛のような仕草も、俺の眼差しに気付いて頰を赤くするのも可愛らしい。あなたも食べてくださいよ、と口を尖らせるのは幼い弟妹を見ているようで頬が緩む。
昼食を取りながら、「生還以来ひとが変わってませんか」と降谷くんは訝しんだ。今日のメニューは白米と味噌汁、水菜と豚肉の梅肉和え、春雨サラダ、デザートのキウイ。俺には少し物足りないが、降谷くんは夏らしい味付けを喜んでいる。キウイ以外の最後のひと匙を給仕しながら、「好きな相手は大事にしたくてね」と答えた。降谷くんの咀嚼が止まった。
「えっ…は、……え?」
「退院したら、ちゃんとした場所で伝えるが。俺はきみが好きだよ、降谷くん」
俺は頭に包帯を巻いたまま、降谷くんはベッドの上で、好意を伝えるのに相応しい場とはとても言えない。だが、一刻も早く伝えたかった。ほとんど噛まずに白米を飲み込んでしまった彼の頰に触れる。じんわりと温かい体温が染みてくる。彼は、生きている。
混乱から覚めた降谷くんに追求され、返事と―――戦いの前に彼が言おうとしていた言葉と引き換えに、俺は長い長い話をした。愚かで、弱い男の話だ。自分の壊れ方をさらすのは、男として情けなくもあった。だが降谷くんは、俺とは違う感想を抱いたらしい。
「…………だ」
「……? すまん、聞き取れなかった」
「…………赤井。キウイ、ください」
俺の反駁を無視して、降谷くんはすっかり乾燥したデザートを所望した。
唐突な要望に引っかかりを覚えるものの、口まで開けている彼に仕方なくスプーンを取る。ひとくちサイズにくり抜くと、真夏の似合う果物は乾いた表面以外から瑞々しさを溢れさせた。歯並びのいい口に放り込んでやる。
「ん」
キウイを含んだ降谷くんは、まだなにかあるのか、目で俺を呼ぶ。一文字に結んだくちびるがいとけない。面倒を見るようなつもりで近付いた。
「……っ」
油断した。くちびるにやわらかいものが触れる。爽やかな果汁の匂いがぷんと鼻をくすぐった。
降谷くんは両腕が使えない。突然俺にくちづけた彼は、開けてとねだるように俺のくちびるを舐めた。果汁に冷まされた、少し冷たい舌だ。俺は一秒の迷いもなく口内に招き入れ、必死に首を伸ばしていた彼の負担を減らすようにイスから腰を浮かせた。
「っふ、」
絡めた舌の上を、ぬくもった果物が転がる。
くちづけが深くなるのを狙っていたように、降谷くんはぐいぐいと果肉を俺の方へ押し込んできた。食えということだろうか。少々苦しい思いをしながら嚥下し、途端に逃げを打つ舌を思うさま堪能する。甘酸っぱい後味も消えるほど舌を絡めてからようやく解放すると、息を弾ませた降谷くんは一目でわかるほどに赤くなっていた。
目を潤ませた彼は、顔を緩ませる俺から目をそむけ、情熱的なくちづけのあととは思えないほど苦々しい口調で呟く。
「ヨモツへグイだ」
「ヨモツ……なんだ?」
聞きなれない音の連なりは意味を捉えにくい。
降谷くんは困惑する俺を睨みつけた。得体の知れない畏れを持つ国に生きるひとの、目だ。
「黄泉戸喫。あの世の食事。迷信ですけど。あなた―――あなた、ひと口でも飲み込んでたら、連れていかれていた」
迷信ですけど、と彼は繰り返した。あの世の食事。俺は業火の中で見た白昼夢を辿り、ようやく薄気味悪さを感じた。執拗なまでに繰り返される食事と、その成れの果て。生皮で撫でられるような不快さが背筋を走る。
あの、最後の幸福な空腹。
ドアの向こうに用意されたものは、なんだったのだろう。
それを用意したのは、降谷零の姿をしたものは、 なんだったのだろう―――?
「勝手に死にかけやがって。よりにもよって僕の姿で、妙な夢を見ないでください」
「……死にかけていたのはお互い様だろう。きみを担いで逃げたのは俺だぞ」
「足は無事だったんです。意識が戻ればどうにかなりました」
「戻らなかったな。ICUに担ぎ込まれるまで」
「ちょっとだけ戻りましたよ! でもあなたが僕を背負ってたから! だから、僕は」
降谷くんはつんのめるようにその先を切った。
悔しげに歯噛みして俺を睨む。いきいきと弾むようなその目に、薄暗い連想は消えていった。
「ホー。きみは、覚えているのか」
「……っ!」
「なにを口走ったかは?」
「ぼ、僕なにか言ったんですか」
「そうだな」
恐る恐る、という様子で、降谷くんは俺を伺う。
心当たりがありそうな様子に笑いを噛み殺しながら、「きみの返事と交換だ」と告げる。交換もなにも、もうとっくに白状されているようなものだが。
俺は、ようやく追いついたひとに触れる。夏を内側に閉じ込めたような彼はぴくりと震えて、まっすぐに俺を見る。
この喜びをきみに伝えていきたいと、強く思う。
見つめる俺の視線に促されたように降谷くんは深呼吸し、そして覚悟を決めたのかゆっくりと、力強くくちびるを開く。
「僕は―――」
[newpage]
ひと呼吸ごとに肺が焼けるようだ。
炎に巻き上げられた粉塵のせいで視界は悪い。いや、それだけではない。眩みがちな目を必死に開き、俺は先導する少年の小さな背中を追う。気を抜けば、二人分の体重を支える膝が砕けそうだ。意識のないからだはひどく重い。
ぶらぶらと手を揺らす降谷くんを背負い直した。聞こえていないと知りつつも彼の名を呼ぶ。
きみはここで死ぬような男じゃない。
俺を呼び戻したのはきみだろう。ひとりだけ逝かせはしない。きみにはまだすることがあるはずだ。俺に伝えたいことだってあるんだろう。俺にもできた。きみに伝えたいことができた。一緒に話そう。長くなるかもしれないが、長い、長い話を一緒にしよう。
俺と生きよう。
暗闇を切り裂く光が見えてくる。戦いは夕暮れに始まり、底無しの夜を越えてもう朝焼けの時間なのだ。
赤井さん、早く、と叫ぶ子どもが手を伸ばしている。小さく頼りない、けがれなき手だ。俺の両手はふさがっていて、彼の手をとることはできない。その代わりに、俺は血の滴るからだを、それでも一歩一歩前に進める。
「………、………」
ふと、鼓膜がかすかに揺れる。誘爆の凶暴な音とも、骨組みが崩れる不吉な音とも違うそれ。
俺の左肩には、降谷くんの頭が乗っている。
朦朧としたままなのだろう、はっきりとしない発音で、それでも彼は囁いた。
「食うなって……言ってるだろう…ばか…」
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怖がらない赤井秀一 vs ホラー<br /><br />久しぶりに投稿します。怒涛の燃料投下もゼロしこも叶わぬアメリカより血涙込めて。<br /><br />*なんでもあり<br />*なんちゃってホラー<br />*果物言葉ってあるんですね<br /><br />8/29追記:<br />ランキング4位、女子人気18位、男子人気100位頂きました。たくさんお読み下さり、また感想・評価ありがとうございます。<br /><br />8ページ目について:<br />頂いた感想のうち、ある仮説を立ててくださる方が多いのですが、正直「その解釈があったか! そっちのが怖いしその意図で書くべきだった!」と感嘆しきりです。迂闊迂闊。<br />8ページ目は7ページ目の補足というか、赤井さんだけが覚えている壊滅時の記憶なので、本作はやっぱりなんちゃってホラーです。
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旅は道連れ、世は情け
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突然手をとった彼女に少年は驚くことすら忘れてただただされるがままに立ち上がり二人はプラットホームを走り去った。
目の前で跳ねるポニーテールを見つめ、トウヤは息を切らし。
ギアステーションを飛び出し、目映い人工の光に包まれた町中を駆け抜けて、そういえばいまは夜だったのだと、ふと少年は思い出す。バトルサブウェイは地下にあるため、外の様子を伺うことはできず、そのうえバトルや孵化に夢中になっていると、ついつい時間を忘れてしまうから。
どこへ向かうのだろう。純粋な疑問が胸の内にわき上がる。僕のパートナーは僕を連れ出してどこに行くというのか。足を止めることも、声をかけることもせず、走り行く彼女にペースを合わせながらトウヤはくるくると思考を回転させる。マルチバトルでタッグを組むようになってからはや数ヶ月、明るく活発的な性格で、野性的な考え方をする少女が自分を驚かせることは多々あったけれど、ここまで突拍子も無い行動にでたのは初めてのことだった。
見せたいものでもあるのだろうか、はたまた、なにかのドッキリなのだろうか。一言言えば済むはずなのに、どうして彼女はピタリと口を閉ざしたまま走るのだろう。それとも、一言では済まされない何かが、起きたのか。
理由が思いつかない。疑問から疑問しか生まれなかった。いつしか二人は人工的な光に包まれたライモンシティを抜け出し、真っ暗な道路を走っていた。星が泳ぐ空をバックに、黒い影がふたつ。夜道を照らすのは淡い光だけ。けれど彼女は全てが見えているかのように迷いなく暗闇を進んでいく。いま、少女がどのような顔をしているのか、トウヤには分からない。
開けた草むらに出たところで、ようやく少女は少年の手を離した。トウヤは息を整え、解放された手をさすり、慌てることなく、穏やかに、目の前に佇む少女に声をかけた。
「トウコちゃん」
やっと瞳が暗闇に慣れ始め、闇と同化していた相手の輪郭がゆっくりと浮かび上がってくる。帽子を深く被り、真っすぐにトウヤと向かい合うトウコの様子は、やはりいつもと違っていた。
生温い夜風を感じ、首筋をぶるりと震わせる。墨で染められた夜空だった。針で細かく突き刺した穴から光が漏れ、小さな小さな煌めきがあたり一面に目映く光り輝いている。木々の囁きが、深閑の空に響き、どこか怪しげに鼓膜を震わせた。少年も、少女も、喋らない。奇妙な沈黙。けれどトウヤは決して催促をしなかった。普段マルチバトルを好む彼は、トウコと出会う以前は様々なパートナーとタッグを組んでいて、多様な多くの人間と接する機会があった。そのため相手が心のうちに何かを潜めて戦っているうちは、決してこちらからせっつかず、向こうが喋りだすまで待つことが懸命であることを知っていた。辛抱強く待つ。大切な人間にだからこそできる行為だった。
空を見上げ、息を零す。吐いた息が白く染まり、消える。
ふと、少女の喉が微かに震えた。トウヤは見逃さなかった。こてりと首を傾げ、
「うん、なあに?」
トウコの顔を覗き込み、あっと目を見開いた。
目元が真っ赤に腫れていた。青い瞳は困惑と動揺を通り過ぎ、失意に染まり、信じられないほど色褪せていた。「トウコちゃん」本当に驚いてしまって、反射的に彼女の両肩に手を伸ばしていた。どうしたの。なにがあったの。口には決して出さず、息を飲んで。
「……た」
震える小さな声で、
「しんでしまった」
草むらの方を指差した。
トウヤが身を乗り出して茂みを伺うと、一匹の大きなメブキジカが倒れていた。逞しい角に美しい花を満開に咲かせて、瞼を閉ざし、ピクリとも動かなかった。
木陰で休憩をしている最中、野生のポケモンに襲われ、その時の攻撃が致命傷になり、しんでしまったという。
「私をかばって」
倒れたメブキジカの側で、泣いて、泣いて、泣き続けて、気がついたら夜で、どうしたらいいかわかんなくて、トウヤがライモンにいるの思い出して、それで。
ぽつりぽつりと説明するトウコはとても痛ましかった。彼女の掠れきった声を聞きながら、トウヤはどうしようもない苦しさに唇を噛み。ねぇ、ずっとしんだポケモンの側にひとりで寄り添っていたというの。
「トウコちゃん、はじめて?こういうこと」
無言でこくりと頷く。
「じゃあ、土に還してあげないと。メブキジカも、寒いって、きっと思ってる」
トウヤはゆっくり先導するように優しく話しかけて、鞄からモンスターボールを取り出しドリュウズを呼んだ。彼の体格にぴったりの大きな穴を掘ってあげてね、と頭を優しく撫でてやる。ドリュウズは横たわるメブキジカをちらりと一瞥し、悟ったのだろう、立ち尽くすトウコへ近づき、彼女の指先に長い鼻でちょんと触れた。そしてすぐに振り返り、鋭く大きな爪で地面を掘りだした。
「こないだやっと花が咲いたの」
呟いたトウコの言葉に、覚えているよ、とトウヤが答える。明るく笑うトウコに嬉しそうにすり寄るメブキジカの光景が鮮明に思い出され。綺麗な色をした花だった。力強い角との対比でよりいっそう可憐に咲き誇っていた。太陽の光に反射して、キラキラとした瞳。笑っていた。主人の側を離れず、誇らしげに胸を張って。春そのものだった。愛おしさに満ちあふれていた。
「やっと咲いたのに」
不気味な静けさの中、ザカザカと穴を掘る音だけがやけに響いて。トウヤは何も言えなかった。ただ黙って、隣に立つ彼女の手をそっと握った。ぎゅうと握り返す感覚に、さらに力強く握り返す。
愛するポケモンが亡くなるのは、そう珍しいことではない。人間と同じように寿命があり、天命があり、魂はいずれ尽き果てる。そして命の終わりに立ち会うのは、トレーナーの義務だ。生涯を捧げてくれたパートナーの死を見届けることは、ポケモンと半生をともにする人間たちの大切な瞬間でもあるのだから。
けれど、しかし。突然訪れた別れは、少女にはまだ早すぎた。
彼女は彼を愛した。そして彼もまた答え、主人を愛した。故に身を挺して庇い、しんでいった。
避けられぬ事態だったと、事故だったと、言い訳できたらどれだけ救われただろう。あのとき、あそこで、こうしていれば、そしたら、こんなことには。ぐるぐると過去を悔やむ言葉だけが浮かんで消えて、
「なんで」
自然と口をついた。
「こわい」
もう永久に動くことのないメブキジカから決して目を逸らさずに。
「怖い」
ドリュウズが穴を掘り終えて、埋葬の準備に取りかかった。トウヤが袖を捲ってメブキジカに近づき、「手伝って」トウコの方を振り返る。「ご主人に埋めてもらえたほうが、絶対喜ぶと思うよ」
こくりと頷いて、トウコが頭を、後ろをトウヤが持ち上げることになった。
そっとメブキジカの頭に手を添えて、その冷たさに体が強ばった。日の光に照らされ暖かく柔らかかった毛並みは土で薄汚れ、体温を全く感じなかった。震える手で、ゆっくりと頭を撫でてやる。彼はこうして撫でられるのが好きで、よく甘えた声で催促してきた。応えてやると嬉しそうに、鳴いた、彼は、もう、いない。
「シキジカのころ出会った」
「うん」
「やんちゃでよく手を焼いた」
「うん」
「ずっと一緒だった。食いしん坊だった。つまみ食いをしてよく叱った。花が咲くと一目散に駆けて見せてくれた」
「綺麗だったね」
「うん」
「トウコちゃん、土被せるよ。お別れしよ」
「おわかれ」
「さよならを言わなくちゃ。あと、ありがとうって。あーそだ、ぼくからもお礼。ほら手、合わせて。うん。いままで、トウコちゃんとずっと一緒にいてくれて、守ってくれてありがとう」
「ありがとう」
「ね。ありがとう」
「ありがとう……」
瞬間、体の底からドッと寂しさがせり上がり、喉につっかえて、唇が震えたけれど、ぐっと堪え、トウコは安らかに眠るメブキジカに、そっと最後のキスをした。
「さようなら」
むせ返る土の香り。完全に埋葬を終え、地面はまるで最初からなにもなかったかのように真っ平らになった。
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闇を走るこどもたち。また題材にしたい
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【トウトウ小話】こどもたちは夜を埋める
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004637#1
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お久しぶりです!作者のイノムーです!
この度、私の事情により小説投稿を休止しておりましたが、今日からまた小説投稿を再開させて頂きます!遅くなってしまい本当に申し訳ございませんでした...!次回の投稿は、9月の後半を予定しております!ご了承ください。そして今回からようやく2学期編が始まります!八幡に襲いかかる波乱とは...?!それではどうぞ!
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夏休みが明け、新学期を迎えた総武高校。
生徒のほとんどは『夏休み何してた?』や『夏休み楽しかったね〜』など、夏休みに関する話で盛り上がる。まあ俺はそんな相手いないんですけどね。と思った矢先。
久しぶりに見る桜色の髪が、俺の視界の中に入った。
結衣「ヒッキー!久しぶり!元気にしてた?!」
久しぶりだな、由比ヶ浜...
てかいきなり久しぶりって言ってるじゃねぇか...流石リア充。よし、聞いてないフリしよう。
結衣「ちょっとヒッキー!今無視したでしょ?!アタシの目はごまかせないんだからね!」
アタシの目はごまかせないんだからね、ってどこのツンデレキャラだよ。仕方ない、返事してやるか...
八幡「...久しぶりだな、由比ヶ浜」
結衣「やっと反応してくれた!久しぶり、ヒッキー!」
俺の返事で、ふくれ顔が一瞬にして笑顔に変わる。久しぶりに見たけど、本当にこいつ表情変わりやすいよな...
彩加「おはよう!八幡!」
義輝「久しぶりだな!!八幡よ!!」
横から天使の声と雑音が聞こえた。
俺はすぐに天使の声が聞こえた方を向く。
雑音?気のせいだろ。
彩加「久しぶりだね!八幡!」
八幡「久しぶりだな戸塚!最近会えなかったから心配したぞ...」
彩加「僕も八幡に会えなくて心配したよ!元気でよかった!」ニコッ
もう毎日俺に味噌汁作ってくれ。
この天使の笑顔に久しぶりに元気を貰った。
さて、そろそろ時間だな...
義輝「フフフ...我は寂しかったぞ八幡よ!!唯一の友である貴様を見ない間はっ」
(キーンコーンカーンコーン)
彩加「あ、時間だね!それじゃあ席に戻るね八幡!」
結衣「アタシも戻るね!じゃあねヒッキー!」
八幡「おう、また後でな。...お前帰らないの?」
義輝「あ、か、帰ります...」
材木座は落ち込んだ様子で自分のクラスへ戻っていった。一体何がしたかったんだコイツ...材木座が帰って1分後、平塚先生が教室の戸を思い切り開け、教卓へ向かう。
静「おはようみんな!久しぶりに会えて先生は嬉しいぞ。早速だがこれから始業式だ。準備が出来た者から体育館へ行くように。以上!!」
流石平塚先生、男らしさ増した。
...?!?!寒気した...言うのやめとこ。
皆が友達と喋りながら移動する中で俺は一人ゆっくりと体育館へ向かう。すると急に肩を触られ、その方向を向くと夏休みでもおなじみだったアイドルがいた。
奈緒「よっ!八幡!」
神谷奈緒。
こいつとは春から知り合ってから、よく話す仲になった。というかあいつが学校来てる日はほぼ話す。
八幡「奈緒か。ラーメン食った時以来だな」
奈緒「確かにそうだな。改めてこの前はありがとな!」
八幡「礼を言われる程の事はしてないけどな...」
奈緒「そんな固い事言うなって!...あ!そうだ!今日アイツらがココに来るんだったった...!」
八幡「アイツら?」
奈緒「へへ、始業式になったら分かるぞ!じゃあな八幡!」ダッ
八幡「は?...行っちゃったし...」
体育館の入った所で奈緒は自分のクラスの列に並ぶ為、駆け足で列の方へ向かった。
アイツらって誰だよ...せめて説明してから行って欲しかったけど...後ろの女子グループから『神谷さんと楽しそうに話してた目の死んでる人誰?』って噂されてるけど無視。ほっとけ。俺も自分のクラスの列に並び座る。
そしてしばらくして、始業式が始まった。
校長が壇上に立ち、恒例の長い話を始める。10分くらい経ち、ようやく締めに入る。
校長「...最後に、今日1日限定で我が総武高校に体験入学をしてくれる人を3人ご紹介します!それではステージの方に!」
体験入学?
そんな話聞いてない...は?!?!?!?!
美嘉「やっほー★城ヶ崎美嘉です!総武高校の皆とは久しぶりかな?今回、テレビ企画で今日一日体験入学する事になったから、よろしくね★」
沸き起こる歓声。
何で美嘉...?!聞いてないし...!!!
そして2人目。...ん?あの子...
まゆ「初めまして、佐久間まゆです♪1日だけの体験入学ですが、よろしくお願いします♡」
この子、この前ナンパから助けたばかりの...え、待ってマジで状況が読み込めない。
そして3人目もまた見たことがある人物。
文香「総武高校の皆さん、初めまして。鷺沢文香です。一日限りの体験入学ですが、皆さんのいい思い出になれれば...と思います。よろしくお願いしますね」
鷺沢さんもなぜここにいるんだよ...
生徒皆が大歓声の中で、俺は今起きている事を頭の中で整理する。奈緒が言ってたのってこういう事だったのか...
校長「今日、テレビ局の『アイドル一日体験入学』という企画で総武高校が選ばれ、346プロアイドルの城ヶ崎美嘉さん、佐久間まゆさん、鷺沢文香さんの3人が、ここに来て一日体験入学をする事になりました。是非、いい思い出を作ってくださいね!」
体育館が再び盛り上がる。
とりあえず、とんでもない事になりました。
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美嘉side
みんな喜んでてよかった〜!
ここに来たの3回目だからあまり盛り上がらないかなって思ってたけど、嬉しいな。
八幡が見えなかったのは残念だけど...でも大丈夫!
スタッフ「お疲れ様でした。これから3人にはそれぞれのクラスへ行って頂きます。前にも話したように、佐久間さんは1年A組、城ヶ崎さんは3年F組、鷺沢さんは2年C組への移動をお願いします」
美嘉・まゆ・文香「「「はい!」」」
アタシの行くクラスは、八幡のいる3年F組だから!実は行く前に話し合いをして、2人はアタシがこのクラスに行く事を認めてくれた。意外にあっさりでビックリしたけど、理由を聞いたら納得した。まあそれはいいか!
アタシは上機嫌の中で、クラスへ向かった。
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八幡side
始業式が終わっても、騒ぎが収まらないクラス。まあアイドルが3人も来れば...って今年ここにアイドル何人来てるんだよ。
頭を抱えながら悩む中で、平塚先生が戸を開け、ざわめきは一瞬にして静まる。
静「さあ...皆も分かってると思うが、今日一日だけこの学校で、そしてこのクラスで体験入学をするアイドルが来た!さあ中に入って!」
先生の紹介と共に、再びクラスが沸く。
そして入って来たのは予想通り、美嘉だった。それと同時にカメラマン達も教室へ入る。
美嘉「城ヶ崎美嘉です!今日一日、3年F組でお世話になります!よろしくね★」
女子A「キャー!!美嘉ちゃーん!!」
女子B「美嘉ちゃんよろしくー!!」
男子A「あの城ヶ崎美嘉が俺たちのクラスに...!」
男子B「美嘉ちゃーん!テレビ見てるよ!」
本当に凄い人気だ。流石カリスマJK。
初めて俺と会ってから、メディアへの露出が増え、更に知名度が上がっていた。
あんなトップアイドルとL◯NEで普通にやりとりしてる、なんて言える訳無い。
そんな中、美嘉と俺の目が合った。
美嘉「...!」パチッ
八幡「...!!」
美嘉は笑顔でウィンクをしてきた。
ビックリした...勘弁してくれ...
俺は少し顔を赤くしながら左に顔を逸らすと、無人の机が置かれていた。
...もしかして。
静「それじゃあ城ヶ崎は、あそこの席に座って」
美嘉「分かりました★」
やっぱりそうでしたかー。
美嘉は通路を歩き、指定された机に座る。
そして俺の方を向き、笑顔を見せて。
美嘉「よろしくね★」
よろしくね、と一言。
俺は「お、おう」と返すしかなかった。
カメラが後ろからカシャカシャうるさい...
静「それじゃあ休み時間に、城ヶ崎に学校を案内してくれる人を...」
男子A「俺がやるー!!!」
男子B「いや、俺だよ!」
女子A「いーや、私が!」
女子B「いやいや、私でしょ!」
またさらに騒がしくなった。
しかしそれは、すぐに止むことになる。
静「まあ最後まで聞け。城ヶ崎に学校を案内してもらうのは、奉仕部の部員にやってもらう。なので由比ヶ浜、比企谷、頼むぞ」
八幡「え...」
結衣「わ、私とヒッキーでですか?!」
静「ああ。訳あって私が受け持つ部活の部員に任せることにしたのでな。2人とも、よろしく頼む」
女子A「え〜先生、私たちはダメなの?」
静「すまないな。もう決まった事だ」
先生の一言で、クラスの歓声がため息に変わる。『え〜』という声がほとんどだ。
葉山「まあまあ!色々事情があるんだし、ここは我慢しよう。有名人が来てくれるだけ、凄い事だから!ここは由比ヶ浜さんと比企谷君に任せよう」
戸部「葉山君の言う通りっしょ!有名人がこのクラスに来るだけ運命だし!」
男子A「...まあ、葉山達が言うなら...」
女子A「葉山君が言うなら仕方ないね...」
葉山と戸部の呼びかけで、何とかこの場は収まった。サンキュー葉山、戸部。今回だけ感謝する。この絶好のタイミングで、チャイムが鳴った。
静「それじゃあ今日の予定を説明する。1時間目はクラスで自習だ。私はここにいないので静かに自習するように。2時間目から、城ヶ崎を迎えて授業を始めるぞ。由比ヶ浜、比企谷、城ヶ崎を連れてちょっと来たまえ」
俺は美嘉を連れて由比ヶ浜と一緒に平塚先生の所へ向かう。たくさんの生徒の注目を浴びる中、俺達は先生の話を聞く。テープ交換等の準備の為、現在カメラマンなどはいない。
静「これから2人には、この時間を使って城ヶ崎に学校案内をしてもらう。」
結衣「も、もう学校案内の時間ですか?」
静「ああ。とは言っても城ヶ崎は一応この学校には何回か来てくれているからな。少し分かると思うが、テレビから是非この時間を設けてほしいと言われたんだ。すまないが、よろしく頼む」
美嘉「ゴメンね、2人とも...!」
結衣「ううん、全然大丈夫だよ!むしろ嬉しい!学校でまた美嘉ちゃんに会えるなんて!」
美嘉「へへ、嬉しいな!アタシも結衣ちゃんに会えて嬉しいよ!あと八幡もね!」
八幡「来るって聞いてないぞ...凄いビックリしたんだからな...」
美嘉「ふひひ、内緒にしてたからね★」
静「そろそろもう一人の部員が...来たようだな」
もう一人の部員って雪ノ下か。
アイツも大変だな。クラス違うのに。
...え?雪ノ下の後ろの2人って...
雪乃「遅れてすみません、2人を連れてきました」
静「ご苦労雪ノ下。言い忘れていたが、奉仕部の3人でアイドル3人を学校案内してくれ。カメラも回るから、よろしく頼む」
雪ノ下の後ろにいた2人は俺と由比ヶ浜の前に出る。マジかよ...
文香「初めまして。奉仕部の皆さん、今日はよろしくお願いします。そして...お久しぶりですね、比企谷さん」
まゆ「雪ノ下さん、由比ヶ浜さん初めまして。今日はよろしくお願いしますね♪そしてずっとお会いしたかったですよ...比企谷八幡さん♡」
もう帰りたい。
こうして、波乱の時間が幕を開けました。
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?「ここが静ちゃんの勤めてる総武高校...立派な学校ね〜」
スタッフ「...高校の敷地に入るのは、学生の時以来ですか?」
?「あら、失礼なこと聞くわね?アナウンサー時代も高校に取材で行った事あるわよ!失礼しちゃうわ、プンプン!」
スタッフ「ハハ、これは失礼しました...それじゃあ取材行きましょうか」
?「ええ!待っててね、静ちゃん。ミズキ、張りきっちゃう!」
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夏休みが明け、ついに始まった新学期!<br />そこで八幡を待ち受けたのは、番組をも動かすビッグイベント!2学期編、ついにスタート!!<br />・お久しぶりです!ようやく今日から2学期編スタートとなります!遅くなってしまい本当に申し訳ございませんでした!それではどうぞ!
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新学期は、大きな波乱とともに始まりを告げる。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10046756#1
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「大丈夫。私がギャリーのお婿さんになるから」
あらやだこの子、格好いい。
嫁云々の話を切り出すのを躊躇っていた自分と比べて、なんて男らしい返答だろう。
「って……いやいや、そうじゃなくってね!?
そういえば、良く考えたらそこもおかしいわよね!?」
初めは『イヴ』がお嫁さんに行くか、お婿さんを貰うかという意味の発言だと思っていたから特に気にしていなかったけれど。
『ギャリー』が主語だと考えると、その表現は色んな意味で誤解を生む。
「……?」
「あ、あのさ……知ってるわよね?
アタシ、これでも男なんだけど」
確かにこんな口調だが、自分の性別は勿論男だ。
数年来の付き合いだけれど、まさかそこから勘違いされているのでは!?と、ギャリーは一瞬本気で不安になる。
「……?知ってるよ?」
流石にそれは杞憂だったようだ、が。
「でも、お嫁さん役じゃないとドレス着れないでしょう?」
「……………………………………」
分からない。
この子が一体自分に何を求めているのかが、自分には全く理解できない。
「アタシ、ドレスなんて着ないわよぉぉ……っ!!」
「普段ギャリーが女の人の服を着ないのは知ってるよ?
でも……そういう時ぐらい、ドレス着たいのかなって」
テーブルに突っ伏して泣き喚きたい衝動を抑えながらそう言うと、さらに衝撃の言葉が返ってくる。
ウェディングドレスを着た自分……なんだそれおぞましい。
「あのね、イヴ……確かにアタシはこんな口調だけど、そっちの―――女の人の服を着たいとか、そういう願望はないの……」
イヴの気遣いが胸に痛い。なんだか、目頭が熱くなってきた。
年の所為だろうか。涙腺が緩くなってきたのかもしれない。
「……ほんとう?無理してない?」
「本当よ、無理なんてしてないわ!」
「でも、ギャリー……一緒にお洋服見に行ったとき、凄く楽しそうにしてた……」
「それは可愛い格好してるイヴを見るのが楽しかったからよ!?
決してそういうんじゃないの!!」
「……!ほんとう?」
「本当の本当よっ!
ウェディングドレスはアタシじゃなくてイヴが着るべきだわ!」
ぱぁっと嬉しそうな顔をするイヴに、ギャリーはほっと息を吐―――。
ハッ。
「違う違う!今の無しっ!!」
何をしている自分。
訂正するために話題を振ったのに、結婚に同意しようとしてどうする。
「ギャリー、やっぱりドレス……」
「いやだからそこじゃなくてね!?ドレスはイヴが着ていいの!着るべきなの!!
問題は、相手がアタシってことよ!」
やっと言えた。なんとかそれとなく(?)イヴを極力傷つけないように言えた!
今度こそ安堵の溜息を吐くギャリーだった、が。
「ギャリーは……私が相手だと、嫌?」
「い、いやあのそのそうじゃなくってあのね嫌とかじゃなくてね、イヴ?
きっと他に―――」
「ギャリーは、他の人がいいの?」
「ア、アタシの相手じゃなくて、イヴよ?
イヴにはきっと、他に……もっと…………」
相応しい人がいる筈だから、なんて。
この場面でそんなことを言える奴がいたら、そいつはきっと人間じゃない。
「ギャリー……」
「……っ」
小刻みに震える小さな肩。
きゅっと噛みしめた唇。
今にも零れ落ちそうな涙できらきらと光る、赤い大きな瞳。
「ギャリーは、私のこと嫌い……?」
「嫌いな訳ないじゃない大好きよイヴ!
大好きだから泣かないでぇぇ―――っ!!!!」
ヘタレ?優柔不断?
罵れるものなら罵ってみろ。
泣きそうなイヴを放っておくぐらいなら、自分の青い薔薇なんて、幾らだってくれてやる。
******
そして、数十分後。
「まぁ、あれだけ騒げば追い出されるわよねぇ」
「ごめんなさい……」
「イヴが謝ることないのよ?アタシが叫んだ所為なんだから」
あの後、例の無愛想なウェイターがやって来て、警官でもないのにギャリーは彼に職務質問もどきをされた(腹立たしいが、あれだけやれば仕方ないとギャリー自身も思う。本物を呼ばれなかっただけまだマシだ)。
賢いイヴの機転により、何とか無事に喫茶店を後にすることができた彼らは、喫茶店の近くにあった緑地公園にやって来ていた。
陽光が温かい、日向ぼっこに最適なベンチに並んで座る。
「ごめんね、ギャリー」
「だーかーらー。イヴが謝ることじゃないって言ってるでしょ?」
「そうじゃなくて」
慰めるように頭を撫でていると、イヴは小さく首を横に振る。
イヴは伏し目がちに窺うようにギャリーを見て。
「ギャリーを、困らせたこと」
「あー……まぁ正直、いきなりお嫁さんとお婿さんは驚いたわね」
本当は驚いたなんてもんじゃなかったけれど。
あれだけあった後だから、今はもうどうってことはない。
今ここでそれを切り出すということは、きっとイヴは何か言いたいことがあるのだろう。
促すように、けれどそれでいて、急かさないように。
ゆっくりと柔らかい栗毛を梳いてやりながら、笑みを浮かべてイヴの言葉を待つ。
「この間……ギャリー、学校に来てくれたでしょう?」
「ああ、2週間ぐらい前?」
イヴの家の晩御飯にお呼ばれした日。
その日は確か、晩御飯の時間になるまでお互いに少し時間が空いていたから、イヴの家に行く前に町で少し遊ぶことになって、イヴの中学校の傍で待ち合わせをしたんだった。
そういえば、ギャリーが通っている大学の課題の関係で、それ以来イヴと会うのは今日が初めてだ。
「その時一緒だった先輩、覚えてる?」
「そういえばいたわねぇ。ちらっと見ただけだから顔までは覚えてないけど」
女の子だったから、特に警戒していなかったという部分も大きいが。
仲良くなった美術部の先輩だ、とイヴが嬉しそうに話していたのは覚えている。
「それで、その先輩がどうかしたの?」
「うん……次の日、その先輩とギャリーの話になって―――……」
流石に今日はもうこれ以上驚かされることはないだろう。
そう、その時のギャリーは高を括っていた。
しかしこれまではまだまだ序の口だったのだと、すぐに彼は思い知らされることになる。
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じゃないとつまみ出されます。 ◆【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=999459">novel/999459</a></strong>】の続き。真ED数年後設定です。男前な中1の少女と兄貴分なオネェ。ギャリー視点。 ◆前回が甘過ぎてじんましんものだった所為か、今回はギャグ多めです。でもやっぱりギャリーさんの思考が甘ったるいので甘い。発言がタラシ。 ◆イヴは最強のボケ幼女。これはギャリイヴなのかイヴギャリなのか。もはや私には分かりません\(^o^)/ ◆イヴの部活(美術部)とギャリーの職業(大学院生)を捏造しています。ご注意を! ◆ギャリイヴが好きすぎて我ながら信じられない更新速度です! ◇4/20~4/26付の小説ルーキーランキング 51位頂いちゃいました!userタグもありがとうございます! ◇続き→【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1008423">novel/1008423</a></strong>】
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【Ib】喫茶店ではお静かに
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004677#1
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俺と親父は千葉へと向かっている。
親父はトレード移籍の為、横浜ブルーオーシャンズから千葉マリンズへ、新たな球団で野球をする為に。
俺は海堂と最高の舞台で戦う為、神奈川から千葉へ、新天地で野球をする為に。
俺は高揚が抑え切れずにいる。
神奈川の高校野球はレベルが高いが、千葉の高校野球も中々レベルが高い。
強豪がひしめく中、そいつらを倒して甲子園に行き、勝ち続ける。
そして海堂を、この手でぶっ倒す。
千葉へと向かう道中、俺は気になっている事がある、というかいい加減教えて貰わねぇと困る。
そう思い親父に問いかける。
「なぁ、親父。
いい加減俺の編入先教えてくれよ。
勉強ばっかりさせやがって、すっかり体鈍っちまったっつうの。」
俺にも我慢の限界がある、そんな中親父はのらりくらりと高校の話を誤魔化しやがる。まさに今、千葉へと向かっているこの時でさえ、未だ転入先の高校を教えてくれずにいた。
「……そういう約束だろ?」
「勉強は約束に入ってねぇじゃねぇか!
だいたい体育科の編入だろ?何であんな難しい勉強させたんだよ……。」
「まぁ、もういいか……
それはな吾郎、お前の編入する学校が進学校だからだ。
いくら体育科の編入と言えど、進学校だからな、まずは編入試験が待ち構えている。
試験に受かったとしても、勉強について行けないなんて事になったら目も当てられんからな。」
「なるほどな……って進学校!?
おいおい、何の冗談だよ親父!俺が進学校?笑えねぇな。
あのな、俺は野球がしてぇんだ。勉強がしたいんじゃねぇんだよ!」
「そういう約束だろ?」
「ぐっ、それは……そうだけどよ……
あぁもう、クソ!わーったよ!
……んで?結局なんて高校なんだよ、俺の行く予定の高校はよ。」
「ん?あぁ、お前の行く高校は総武高校だ。」
総武高校ねぇ
しかし、進学校かよ……俺ちゃんと野球やれんのか?
そんな不安を抱きながら俺達は千葉に向けて進路を行く。
[newpage]
親父の運転する車に揺られること一時間半。
俺達は千葉マリンズの本拠地である千葉県の美浜区に到着した。
ここが千葉県……強豪がひしめく高校野球激戦区ねぇ……
まあ関東だからな、あまり神奈川と変わらねぇな
外の空気でも吸いてえな……ってもう着くか
「着いたぞ、ここが俺の新しい球団。千葉マリンズのスタジアムだ。
俺は事務所の方に顔出してくるから、少し待ってろ。」
「おう、適当にそこら辺ブラブラしてるよ。」
「あまり遠くに行くなよ、顔出したらすぐ戻る。」
「わかってるよ、はしゃぎ過ぎてるガキじゃねぇんだから。」
親父は何とも言い難い顔をし、事務所へと足を運んだ。
「さてと」
誰に言うでもなくそう呟き、俺は車から降りる。
気晴らしに少し走るか……
スタジアムの近辺を軽く走っていると、俺は自販機を見つけ、丁度喉も渇いていたところだったので飲み物を買う事にした。
小銭を入れ、飲み物を選ぶ。
吟味している内、ラインナップの中に気になるものがあった。
「マックスコーヒー?
へえ、随分と景気のいい名前だな…
これにしてみるか。」
自販機は「ピッ」っと軽快な音を鳴らし、マックスコーヒーを落とす。
しかし、俺は後悔した。
正直言って失敗した。
何だよ、この甘ったるい飲み物……
こんなの飲んでたら病気になっちまう
こんなもん好んで飲む奴いんのか?
そんな事を考えていると、携帯電話が音を立て響く。俺は携帯電話を手に取り電話に出る。
「もしもし?」
「顔出しが終わったから、もう行くぞ。
戻ってこい。」
「あいよ」
そう言って俺は電話を切り、残りのマックスコーヒーをなるべく味わわないように一気に飲みほして、親父の待つ車へと足を向けた。
いよいよ明日は総武高校へ、俺の野望への第一歩を踏み出す。
[newpage]
目覚まし時計がけたたましく鳴り響くなか、俺は眠い目を擦りながらそれを止め、時刻を確認する。
午前5時、総武高校へ行くには早すぎる時間だ。
俺はランニングウェアに着替え、走りに家を出る。
二時間程のランニングを終えて帰宅後、シャワーを浴びた。制服に身を包みこみ、親父と朝の挨拶を交わす。俺は柄にもなく、期待と希望、そして一抹の不安を抱き総武高校へと足を運ばせた。
総武高校に着いてからは、流れるように時間が経ち、今は試験会場である教室に腰を落としている。
まだかまだかと気を逸らせていると、教室のドアが開き、女教師が入室して来た。
「君が茂野君だね?
私は今回君の編入試験の担当を務める平塚静だ。よろしく頼む。」
そう言うと平塚先生は俺に手を差し出す、俺も手を伸ばし平塚先生の手を握る。
シズカ……そういや海堂の二軍監督もシズカとか言ってたな……
「……シズカには縁があるな。」
「ん?何か言ったか?」
「ウッス!何でもないっス!
自分が茂野吾郎っス、よろしく頼むっス!」
「う、うむ……では試験を始める。試験は全5教科だ。1教科50分、休憩は1教科毎に10分。では検討を祈っているよ。」
頼むぜ……まずはこの試験を軽く終わらせてやる
進学校の試験という事もあり、それなりに構えていたが、意外にも試験の問題は然程難しくはなかった。これも親父に勉強させられた成果なのだろう。
こればっかりは親父に感謝だな……
……ん?本当にそうか?
何か引っかかるな……いけねぇ、今は試験に集中だ
こうして俺は問題を次々解いていき、試験を無事乗り切った。
今日このまま採点がされるらしいので、結果が出るまでしばらくこの教室で待つ事になった。
マウンドの上では味わう事の無い緊張感が俺を襲っていた。
滅多に味わう事の無い緊張感に新鮮な感覚を覚え、額から頬へ冷や汗が流れる。
平塚先生がこの教室を出てから、随分と時間が経った気がして、それも相まってか不安に駆られる。
それから程なくすると、教室の扉が開き平塚先生が颯爽と入って来た。
俺はこの緊張感に堪らず、声を荒げてしまう。
「先生!結果は?試験の結果はどうなったんだよ!?」
気が逸る俺に、平塚先生は優しく微笑みながら、俺の待ち望んでいた言葉を告げてくれた。
「そう、焦るな。問題ない、合格だ。
我が校は君の入学を、心より歓迎するよ。」
「……ハハッ……、ハハハハハハッ!
これが俺の実力だ!こんな試験なんざ、海堂をぶっ倒すのに比べれば屁でも何でもないぜ!」
天才吾郎くん此処にありって感じだぜ!
野球だけじゃなく、勉強も出来るなんて……神はなんて罪な事をしやがる
「……ん、んんっ!喜んでいるところに水を差すようで悪いが、今回の試験ではケアレスミスが多かった。相当勉強はしてきたようだが、このままではすぐ追いつけなくなってしまうぞ」
「ハハハ、ハァ……え?
う、うそーん!?」
俺の声は教室を飛び出し、虚しく校内中に響き渡ったのだった。
[newpage]
試験も無事終え、帰り支度をしていると平塚先生から質問が飛んできた。
「ところで茂野、君が野球をやっていたのは聞いたが、何故海堂学園からの編入を?ましてや、野球部なんて無い、しかも進学校である総武に?
親御さんの仕事の都合とは言え、あそこには寮があったはずだが。
あぁ、先程の面接で聞いた建前ではなく、君の言葉で教えてくれたまえ。」
「……そんなの決まってるじゃねぇか。海堂に居たら海堂と戦えねぇだろ。
総武に来た理由は……親父との約束だからな。それだけだ。」
平塚先生の顔が歪んだ、妙齢の女性がしていい顔とは思えないほどに。
そして歪んだ顔は酷く重々しい表情へと変わっていく。
「そう、だったのか…………茂野、我が校では君の希望に沿う事は難しいかもしれない。」
「……何?一体それってどういう事だよ!?」
「先程、野球部なんて無い、と言ったな?正確にはな、野球部自体はあるが廃部が決定している、が正しい。」
あぁ?どういう事だ……?
「……元々居た奴らが問題でも起こしたのか?」
「そういう事ではないな。単純に人が居なかったんだ。……総武高校の野球部はそれなりに伝統のある部活だったらしい。私が赴任した時点で部員は数える程しか居なかったがな。
最後まで居た部員も今年で引退、卒業していった。」
んだよ……焦らせやがって
たかがそんだけの事だったら……
「……つまりは、野球やれるだけの数さえいれば問題ねぇって事だな?」
「はぁ……茂野、君は私の話を聞いていたのか?
廃部は決定している、今この学校に野球をやりたいと思っている人間がいると思うのか?
私だって君の掲げる目標は応援してやりたいさ、しかし現状で考えると数を揃えるのは不可能に近い。」
「不可能でも何でもやるんだよ!
じゃなきゃ、海堂辞めてまでここに来た意味がねぇ。
それに、ハンデがそれくらいデカけりゃ、俄然燃えるってもんだぜ」
平塚先生は驚きで目を見開き、俺をジッと見据える。一頻り沈黙が続いた後、先生は口を開いた。
「……君の様な人間は、良い意味でも悪い意味でも人を変えていってくれそうだな……。
わかった、廃部の件は私が上に掛け合ってみよう。
君のその言葉が口だけではない事を期待しているよ。」
「話のわかる人で良かったぜ、先生」
「うん?もうこんな時間か……
では茂野、来週からよろしく頼むよ。……そうだ、始業式が終わった後職員室に来たまえ。ではまた。」
「あいよ、さいなら」
そう言うと平塚先生と挨拶を交わし、幸先の悪い始まりにそこはかとない不安を抱きつつも、俺は総武高を後にした。
色々と問題は山積みではあるものの、かくして総武高校へと転入する事となった。
[newpage]
帰宅すると、この時間に誰がいる訳でもない新居で俺は声を発する。
しかし、それは俺の早とちりで、親父が既に居間で寛いでいた。
「ただいまっと……なんだ帰ってたのかよ、親父」
そんな親父は、簡潔に俺の疑問に答えた。
親父は親父なりに、今日の事が気掛かりだったようで、俺に編入試験の結果を問いただす。
「登板は明日からだからな、お前の事もあったし今日はオフにしてもらったんだ。
で?どうだったんだ、編入試験。」
「試験は問題ねぇよ。試験はな、ただ野球部の事でな………………」
俺は平塚先生に聞かされた話を、覚えている限りで思い出しながら親父に話した。
親父は、ああしろだの、こうしろだの言う事も無く、黙って俺の瞳を見つめ、話を聞いていた。
「………………って訳なんだ。……正直不安だ、野球をやる為に来たのはいいがこういう事情があったんじゃ上手くいかねぇんじゃって思えてきちまう……。」
「……そうか。それでお前はどうしたいんだ?」
親父にそう聞かれ、俺は親父の目を見て答える。
不安はあれど、答えはとっくに決まっている。
考えるまでもねぇ
[newpage]
「それでも俺は……野球がしたい」
[newpage]
夏休みを終え、1年で一番憂鬱な日の内の一つがやってくる。そう、新学期だ
新学期、新学年、新入学
新しい出会いがあれば必然的に別れも来る。
退学、留年、卒業式
しかし俺は、誰とも出会う事が無ければ別れる事もない
つまり、ボッチこそ最弱にして最強。ボッチ最高
俺もうずっとボッチでいいや
始業式が終わり、教室へと戻った。どうせホームルームもたいした事をせず終わるのだろう。そう、思っていた。
しかし、そんな俺の希望を打ち砕くかのように、平塚先生はイベントを持ち込んできた。
「全員席に着いているな。今日から二学期だが、今日は嬉しい知らせがある。今日から共に過ごしていく仲間が増える。
親御さんの仕事の関係で引っ越してきたそうだ、皆んな仲良くするように。
では転校生、入って来たまえ。」
転校生……だと?、と心の中で驚いてみたものの、俺には全くもって関係のない事だと悟り窓から外を眺める。
「ウィーッス、海堂学園高校から来た
茂野吾郎だ。よろしくな!」
彼の自己紹介は、何ともアッサリ終わってしまった。
見るからに体育会系のリア充の癖に、ボッチの俺並みの自己紹介で終わらすとかリア充の風上にも置けない奴だな
いや、むしろこっちの方がリア充っぽいかもしれない
つまり俺は真のリア充って事だな
違うか?違うな
「……それだけか?」
案の定、平塚先生も呆れ返ったような声色で茂野に問う。
「あぁ?他に何を紹介すんだよ。俺のポジションかなんかでも言えばいいのか?」
「……はあ、わかった、もういい。
君の席は、あそこだ。隣の男子生徒と仲良くするといい。
茂野は体育科なので、一部選択授業が異なる事もあるが、仲良くしてやってくれ。」
そう言って、平塚先生は俺の席辺りを指差しして茂野を誘導していく。
ちょっと待て、何で俺の隣なんだよ
その転校生が俺の隣来ちゃったら、眩し過ぎて俺の目が腐っちゃうでしょ
いや、元々腐ってました
そういう配慮が無いから婚活失敗しちゃうんだよ……
しが、志賀野?君、平塚先生を貰ってあげて……!
転校生の志賀野君は、俺の席へと向かって来る。そして隣の席へ座ってしまった。
着席するなり、俺に挨拶を交わしてきてしまった。
「よろしくな、えーと……」
「……ど、ども、比企谷八幡でしゅ。よろしくお願いしましゅ……す。」
どこからともなく溢れる彼のカリスマ性に気圧されてしまい、上手く喋る事が出来なくなってしまった。
「比企谷ね、オッケー。」
志賀野君との挨拶から会話が発展する事もなくホームルームは終わり、恒例というか様式美というか、彼はクラスの連中に囲まれている。
俺は転校生に、特に興味が無いので、帰り支度を始める。誰かに声を掛けられる事もなく、教室を後にした。
[newpage]
さあ、このまま帰ってしまおうというところで、後ろからパタパタと足音が聞こえてくる。
俺は歩く速度を少しだけ落とす、そして足音の主が俺に話しかけてくる。
「ヒッキー!何で先に行っちゃうんだし!待っててくれてもいいじゃん!」
ちっ、このまま帰ろうと思ってたのに。
そう思い、目の前の同級生、由比ヶ浜結衣を軽く睨みつけた。
「いやいや、あれの中で人を待てる程、俺は神経図太くないからね」
むしろ、居たら居たで「何?コイツ」みたいな感じになって、思わず窓から飛んじゃうまであったからね。
「あー、ノゴロッチ大変そうだったもんねぇ……それならしょうがないか。でも、待っててくれようとしてたんだ……」
え?何?ノゴロッチ?
なにそれ、よし志賀野君も由比ヶ浜につけられたあだ名の被害者の会の一員に加えておこう
いや、そんな会一度も開いた事ないけど
、開いたところで参加者が俺だけになるまである
「……おう」
「えへへ、ゆきのん待たせちゃいけないから、早く行こっ!」
そう言って由比ヶ浜は俺の手を引き駆け足で、本来行く予定だった目的の場所へと向かっていく。
特別棟にある教室、教室に意味をもたらす為のプレートには何も書かれてはおらず、よくわからないシールが幾つか貼られている。
ここが俺たちの目的地である奉仕部の部室。
由比ヶ浜は俺の手を引いたまま部室のドアを勢いよく開けた。
「やっはろー!ゆきのん!」
「……うす」
俺たちは部室にいる少女、雪ノ下雪乃に声をかけた。
「こんにちは、由比ヶ浜さん。それと……誰だったかしら?」
「おい、いくら存在感が薄いからって記憶から消すな。
まあ、そもそも覚えられる事の方が稀だけどな。」
「……あら、誰かと思えば卑屈谷君じゃない。あまり卑屈になられると部室が湿っぽくなって、不愉快に感じてしまうからやめてほしいのだけれど。」
こ、この女……
雪ノ下さん、相変わらずキレッキレですね……
「あ、あはは……あ、ねぇねえゆきのん!今日うちのクラスにね………………」
由比ヶ浜と雪ノ下がいつも通り、ゆる百合始めたところで俺は椅子に座る。
そして鞄から一冊の本を取り出して読み始める。
しかし、今日は集中してラノベが読めない……もう中二病は卒業しているはずだが、あえと言おう
何だか、嫌な予感がする……と
[newpage]
転校生という事でそれなりに覚悟はしてたが、こうも鬱陶しいとは思わなかったぜ……
今後もし、転校生が入ってきたらそっとしといてやろう、そう心に誓った俺がいる
クラスメイトの質問責めから抜け出せた俺は、平塚先生を訪ねに職員室まで来ている。
「失礼しまーす。平塚先生?愛しの吾郎くんが来ましたよっと」
「……茂野、こっちだ。後、君は礼儀というものを身に付けたまえ……。」
「そんな御託はいいから、この間の件だろ?早く聞かせてくれよ。」
「……はあ、全く……
そうだな、まず廃部の件だがな……やはり廃部は免れない、このままではな。」
なんだと!?
やっぱりそうは上手くいかねぇよな……!クソっ!
「……一体誰に言えば廃部は取り止めにしてくれるんだよ!?」
俺は居ても立っても居られず、職員室を飛び出そうとする。
「待ちたまえ!誤解するんじゃない。あくまで、このままだと、だ。」
飛び出ようとする俺を制止するように平塚先生が俺の右肩を掴む。
そのおかげか、徐々に冷静になっていく。
「……どういう事だよ?」
「これは私も知らなかった事なんだが、この学校の部活は、年度内に活動が出来なくなっても正式に廃部にはなるわけではない。
次年度の二学期始め、10月に行われる全校集会の時点で、活動人数が規定に満たなかった場合、正式に廃部となる。
そして、その規定人数はな、文化部なら3名以上運動部なら5名以上だ。」
「……つまりは、最低でもあと4人集めなきゃいけねぇって事……か。」
平塚先生の説明を受け、俺は自分の口から答えを吐き出した。
「そういう事になるな。期限はあと一カ月とないが、集められそうか?」
「それくらいなら余裕だぜ、と言いたいところだけどよ……正直厳しいな……。」
「……ふむ、そう言うと思ってな、当てはある。着いて来たまえ。」
そう言うと、先生は白衣を翻し俺を何処かに連れて行こうと先導していった。
どうやら、先生が連れていきたかった場所に着いたみたいだ。
だが、連れてこられた所がどういう場所なのか全く検討がつかないでいる。
先生はおもむろにドアを開ける。
「失礼するぞ、雪ノ下。おっ、揃っているな丁度いい。……依頼人を連れて来た。」
「平塚先生、入る時にはノックを、とお願いしているはずですが?」
「すまんすまん、そんな事より急を要する案件だ。」
「そうですか……で、そこにいる大柄の彼は?」
……あ?俺か?
そこには、色恋沙汰なんざ一切興味の無い俺でも一瞬、見惚れてしまう程の美少女がいた。
「あ、あぁ。俺は2-Fに転校して来た茂野吾郎だ。」
「あら、噂をすれば影がさす、というものね。
丁度貴方の話を由比ヶ浜さんから聞いていたところよ。」
「そ、そうか……
……なあ、先生一体なんだってこんな所に連れて来たんだよ?
とても問題が解決出来るとは思えねぇけど?」
「まぁそう言わず、話すだけ話してみたまえ。私は仕事が残っているものでな、また戻ってくる。」
そう言い残し平塚先生はこの教室を後に、職員室へ戻っていった。
[newpage]
平塚先生が連れて来た、志賀野もとい茂野は椅子に座ったまま黙っている。
平塚先生……流石にそれは投げ過ぎでしょ
茂野もなんか、騙された!みたいな顔してるし……
帰ってもいいですか?駄目?そうか、そうだな
奉仕部内にて沈黙を破ったのは、意外にも、こんなところに連れて来られた、茂野だった。
「……一体ここはどういう所なんだ?俺は何も聞かされずに連れてこられたんだ」
「そうね……ゲームをしましょう。」
何処かで聞いたようなフレーズを吐き捨てる雪ノ下。
え?そんなドヤ顔で言ってたの?
何あの娘……やだちょっと、可愛い……
過去の自分の時も、なんて意味の無い回想をして勝手に悶えて、敗北感を感じている男がいた。ていうか俺だった。
茂野の顔色を見るに、そういう事はあまり好んでなさそうだ
というよりも、そんな事している暇は無いって顔だな
「……雪ノ下、あまり時間もなさそうだから本題に入ろうぜ。
しが……茂野、ここは奉仕部。簡単に言ってしまえば相談所みたいな所だ。」
……正直自分でも驚いている
部活で積極的に動く事なんて……いや早く帰りたいんだ、きっとそうだ
茂野の案件を早く終わらせる為に動いているに過ぎない
でもちょっと雪ノ下が不貞腐れているような気もするが、それは気のせい
ハチマンキニシナイ
俺の説明で納得がいったのか目に生気が戻って来ている。
どうやら、ようやく連れてこられた意味を理解したようだった。
そこで由比ヶ浜の口が開いた。
「ノゴロッチは何か悩みとかある感じ?あ、でも転校初日だもんね悩み事なんかいっぱいあるよね。」
「ノゴロ…?え、俺?
……ああ、まあ悩みっていうか、ちょいと手伝って欲しい事があるんだがよ。」
「……何かしら?」
「ああ、野球部の部員になってくれる奴を探してるんだ。あんたら誰か野球部に入ってくれそうな奴しらねぇか?」
あちゃー、まさかの俺達にはかなり厳しい案件だったー
どうすんだよ、もちろん俺はそんな奴知らん
てか野球部って廃部したんじゃなかったか?
俺は雪ノ下に視線を送る、が雪ノ下も当てが無いようで目を逸らされた。
「……申し訳無いのだけれど、私達では野球をやっている、及びやりたい生徒を紹介する事は出来ないわ。」
「……そもそも野球部ってもう無いだろ。何で部員を探してるんだ?」
「あ?まあ、それはな………………」
茂野は、俺達に話してくれた。
前の学校から転校してきた理由から、この学校で野球部を廃部にさせないようにと動いている事まで。
「大体の経緯は分かった、なんかお前凄いな……」
「うん、あたしもそう思う。何か青春マンガだなーって感じがした。」
「……そうね。わかりました。貴方の依頼を承ります。
けれど、私達が部員集めを手伝ったところで、後4人集められる保証は出来ないわ。」
「……そうか、でもありがてぇ。恩にきる。」
はあ、薮蛇だったな……
早く終わらせてしまおうと思っていたが、長引きそうな予感しかしねえ……
5人か……いや、まてよ……?
「なあ、茂野。
根本的な解決にはならないが、野球部が廃部じゃなくなる方法ならあるぞ。」
「本当か!?それは一体どんな方法だよ!?」
「……あまりいい予感はしないわね。」
「……ヒッキーだしねぇ。」
「ほっとけ。つまりはだ、10月の全校集会までに集めればいい訳だ。後、1人を。」
僕はキメ顔でそう言った
[newpage]
ヒキなんとかって奴が訳の分からねえ事を言い出した
……期待した俺が馬鹿だったのか?
「あのな、ヒキ……ヒキなんとか、部員の規定は5人なの。1人だけ見つけたって残り3人はどうすんだよ!」
なるべく角が立つ様な口振りで、ヒキなんとかの提案がどれだけ穴だらけなのかを説明してやる俺。
その俺の言葉を聞いていた雪ノ下?は、まるでピースがハマったかの様な面立ちで一つずつ説明とも言い難いそれを述べていく。
「……なるほど、そういう事ね。それなら確かに来月の全校集会を乗り切った上で、ゆっくり部員集めが出来るわね。幸いにもこの学校は兼部に関しての規則がないわ。それを考慮しての考えね?
流石、規則の穴を掻い潜るのに長けているのね。ズル谷君は。」
「んーと、どういう事?」
案の定、アホっぽい女子生徒は、何が何やらといった表情で疑問を尋ねた。
それに対してヒキなんとかは、俺でもわかるくらいに懇切丁寧に解説をする。
「……これだからアホヶ浜はアホの子なんだよ。後、志賀野、俺は比企谷だ。
……つまり、1人は俺達で自力で探すんだ。んで俺達が名前だけ貸せばあっという間に5人揃いましたって事。
んで、全校集会が終わると同時に俺らは野球部を退部してしまえばいいって話。」
「へー……って、アホって言うなし!ヒッキーマジキモい!」
なんてこった、どうやって集めるか考えてたらもうリーチじゃねえか
しかし、比企谷って奴頭の回転早ぇな……
ようやく比企谷の名前を覚えた俺は、善は急げという事で、その場で号令をかけ立ち上がる。
「よっしゃ!だったら後1人とっとと探そうぜ!」
意気揚々と立ち上がると、奉仕部の扉が開かれた。
そして謎の太った男子生徒が、ドスンドスンと音を立てて入り、唐突に叫び出す。
「ハーハッハー!八幡よ新作が出来たから読んでくれたまへ!……ってあれ?」
「……居たああっ!!」
「え?何?我?我が何?え?え、ええええっ!?」
またしても、俺の声は試験の時と同じ様に校内中に響き渡った。
手こずると思っていたはずの、野球部廃部阻止作戦は奉仕部の助力により、転校初日にして達成してしまった。
待ってろよ、海堂!
この調子で、絶対に甲子園に行ってやるぜ!
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第1章になります。<br /><br />本作は作者である、私の趣味によって様々なご都合主義展開、原作改変、キャラ崩壊などなど熱盛りだくさんでございます。<br />また、俺ガイルとメジャーのクロス作品となりますのでご注意ください。<br /><br />誹謗中傷などは真摯に受け止めさせていただいたのちそれとなく気にします。結構尾を引きます。<br /><br />以上の事ご理解の上お読みください。<br /><br />また、確認作業等行ってはおりますが、それでも、誤字や脱字、誤用等が見受けられる場合があります。<br />それらを見つけられた際には、報告ひいては指摘していただけると幸いです。<br /><br />彼らはいつ野球するんだろ(白目)
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第1章 それでも俺は野球がしたい
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10047286#1
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それはたまたま赤血球AE3803に出会い、今日も今日とて迷子になっていた彼女を道案内し、そのまま一緒に休憩をすることになった。
この赤血球は白血球U-1146に対しても、怯えることなく今日起こった出来事を話す。そんな赤血球の話に耳を傾けながら、ただのんびりと歩いていた。平和だ。このまま何事も起こらなければいい。それが一番だ。
広場について、白血球は飲み物を、赤血球は場所取りのために別れた。
別れたら赤血球がまた迷子になるのでは、と思うかもしれないが、広場なので常にお互いに見える位置だ。ベンチの場所も見えている。だから特に問題はない。
たったったっ、と小走りでベンチに向かっていく赤血球を少し見た後、白血球もお茶を取りに背を向けた瞬間。
レセプターがピンポーンと反応を示した。すぐにナイフを取り出し、周囲を確認すれば、無防備な彼女の背後に、細菌が現れていた。どうやらマンホールの中に潜んでいたらしい。
赤血球はまだ気づいていない。それもそのはず、普段なら暴れまわり存在と力を主張する細菌は、何も口上句を言わずに、ただ無防備な彼女に向かって、無慈悲にも鉤づめを、ゆっくりと、狙いを定めて振り下ろそうとしていた。
「赤血球!!!!」
思わず声を張り上げる。間に合うとは思うが、できることなら何かあった時には避けてもらいたい。
彼女は振り返る。細菌を見て、そして細菌越しに俺と目が合った。そして彼女は―――固まった。
微動だにしない彼女を見ながら、白血球は赤血球を襲おうとしている細菌の背後まで走り、ナイフで切りつけた。赤血球の体に触れそうになっていた鉤爪は力なく垂れ、倒れるその前に鮮血が噴き出る。
横に倒れた細菌なんか目に入らない。赤血球の体が、顔が、細菌の血で汚れた。力を込めすぎて、斬り過ぎた。だから噴き出す鮮血で、近くにいた赤血球が汚れるのは当たり前のことだ。
ただ、普段なら叫んだり驚いた声を上げる彼女は、微動だにせずに固まっているその姿が異様で、その目が、細菌ではなくただ真っ直ぐと白血球を見つめてくる。
普段なら嫌という程わかりやすい彼女の目から、何も読み取ることができない。
「だい、じょうぶか?」
かけた言葉が弱々しくなってしまったのは、見たことがない彼女の姿が、何度も見たことがある恐れの抱かれた様子に見えて、じりじりと、足元が崩れていくような、そんな恐ろしさで身が強張る。
「うわ、怖っ」
「あの子大丈夫かな、トラウマになってなきゃいいけど」
「細菌に襲われてしかもそれが目の前で白血球に殺されたんだから、怯えるのも無理ないよね」
後ろからそんな言葉が聞こえる。そうだ、やはり怯えられているんだ。そりゃそうだ、白血球は細菌を殺すことができる。戦闘能力を持たない赤血球たちからしてみれば、仲間ではあれど細菌と同じぐらい脅威になりえる存在なんだ。
「血がかかっちゃって可哀想」
「泣いちゃうんじゃないの?」
言葉の通りに嫌な想像がポンポン出てくる。どうしよう、せっかく仲良くなれたのに、でも彼女は今まで怯えたことはなくて、でもこんな至近距離で倒したことはなくて、それに俺は、細菌を捕捉したその目で、彼女のことも見てしまった。
そして彼女は、その瞬間から動いていない。
殺気立った目を彼女に向けてしまった。戦えなくて、でもいつも懸命に働いている彼女に対して、なんて可哀想なことをしてしまったんだろう。
「せ、っけっきゅう?」
肩に触れて揺さぶったら、怯えてしまうだろうか。怖いと言って逃げられたら、もう立ち直れない程落ち込む。俺は免疫細胞以外とあまりにも関わってこなかったから、こういう時どうしたらいいかわからない。
嫌われたくない。怖がられたくない。この子にだけは、絶対に。どうかいつもみたいに、怖いくらいに真っ直ぐと俺を見てくれ。
「すまん、その、怖かったよな……俺に睨ま「すっっっごいですね!!」
「……は?」
急に動き出した赤血球の目は、何故かキラキラと輝いていた。その目はいつも通り、驚くほど真っ直ぐと向けてくる。
「だって、あんなに離れてたのにすぐに走ってきて、私が鉤爪でやられる前に、助けちゃうんですもん!本当にすごいです!!」
「え、あ、いや?仕事、だから…」
じゃなくて、なんで怖がっていないんだこの子は?かなり拍子抜けした。後は不思議でならない。普通怖がるところだろう?なんでそんな尊敬の眼差しを向けてくるんだ?実はこの子白血球だったりしないか??
「いやぁ、不謹慎かもしれないですけど。白血球さんのお仕事を間近で見られてラッキーでした」
「ラ、ラッキー??」
しまった、声が裏返った。いや、でも仕方ないだろう?あの状況をラッキーって言ったんだぞこの子は。おかしくないか??
「いや、怖くなかったのか?」
「ビックリはしましたけど、怖くはなかったですよ。だって白血球さんがいましたから!」
真っ直ぐと見つめてくるその目は、信頼を帯びていて、それは曇ることなく本当にただ真っ直ぐと向けてくるから、直視することができない。さっきまでこれが欲しかったのに、もう怖くなってしまった。
バレないように少しだけ視線を逸らしつつ、一つだけ、どうしても聞きたいことだけを、聞くことにした。
「俺に睨まれても、怖くなかったのか?」
「え?なんでですか??」
「いや、だって…近くにいたとはいえ、お前のことも睨んでしまっただろ?」
自分で言うのもなんだが、目をかっぴらいて細菌を殺そうとする俺は、普通に怖いと思うんだが。
「白血球さんに睨まれても、怖くないですよ。確かに、ちょっとドキドキして、目が離せなくなっちゃったんですけど…」
ドキ?え??目が離せなくなったって、それは細菌より俺の方が危険だからマークしていたってことか?
そんなことを思っていると、赤血球の手が伸びてきて、躊躇することなく頬を両手で包み、引っ張って顔を近づけてきた。
「私は白血球さんの目を怖いと思ったことなんてありません。だって白血球さんがとても優しいってこと、知ってます」
そんなことされたら、目を逸らすことができない。真っ直ぐと、向けられるその目は心外だと言わんばかりのちょっと責める目で、あり得ないという強い意志を帯びた目であった。
「そりゃあ、確かに驚くことはありますよ?でも、あなたのことを怖いと思ったことは、一度もありません」
信じてほしいと見つめるその目から逃れることができない。そんな目を向けられると、どうにかなってしまいそうで、怖い。
「それにいつも、こんなにお仕事できて格好良いって思ってます!私も白血球さんみたいに、もっとお仕事できるように頑張ろうって気持ちになるんです」
そんなふうに思われていたのか。知らなかったから驚いていると、赤血球は満面の笑みを浮かべて言葉を続ける。
「いつも細菌を倒してくれて、ありがとうございます」
手がパッと離れる。彼女が笑顔を浮かべるから、俺もつられて笑っていた。ああ、やっぱりこの目は怖いな。笑うつもりなんてなかったのに、自分の意思とは関係なく、どこかに落ちていく感覚がする。いや、浮いているのかもしれない。よくわからない気持ちが、感情が動く。
「まじないをかけられた気分だ」
「え?」
「いや……とりあえず、血を落とそうか。俺もお前も細菌のせいで汚れている」
「わっ、本当だ」
「…今気づいたのか?」
ちょっと心配になるぞそれは。やはりこの赤血球は危機管理能力がないのだろうか。いや、あるにはあるんだろう。細菌に出会うという不運が多いだけで。
ハンカチなどで付着した血を拭きながら、同じく血を拭いていた赤血球がチラリと見上げてきた。
「あ、そういえば白血球さんって私の目が怖いって言ったじゃないですか」
「っ、あ、ああ」
「今も怖かったりします?」
「よくわからなかったんですけど、とりあえず最近顔のマッサージを念入りにしてるので、怖くなくなってきたと思うんです!」と、頓珍漢なことを続けて言うので、白血球はなんて答えようか少し迷った。なぜってそれは現在進行形だからだ。
きょとんとした目で見上げてくる。不思議そうな丸い目。その目で見られたら、やはり黙っていることはできなくなる。うん、やはり彼女の目は怖い。嬉しいはずなのに、とても怖い。
「……今も怖いな」
「えぇえ!?なんでですか!?」
無自覚で無防備で、自分の目にどれだけの力があるのか全く知らない赤血球に、白血球は少し笑う。
「別に俺も、赤血球のことが怖いわけじゃない」
「え、ええ?」
真っ直ぐと、雄弁と目が赤血球の気持ちを伝えてくる。だからその期待には全力で応えてあげたい。それだけならいいんだ。それだけなら、応えられなかった時だけを、恐れればいいのだから。
「裏表のないその目と言葉で、救われた事だって何度もある」
「じゃあ「でも最近はそれだけじゃない」」
でも最近は、その目を見続けると何かが引きずり出されそうで…このままで十分なはずなのに、このままだと彼女の目を見るとそれ以上を求めてしまいそうで、怖い。
「これは個人的な問題なんだ」
「ええぇえ、でも、怖がられるのは、ちょっと…」
たぶんこれは容易に出して良いものじゃない。だから抵抗してるのに、彼女の目を見ると無意味に思ってしまう。そんな勝手な考え、都合が良すぎるだろ。
「俺は理性的なはずなのに、君の目を見ると感情的に動きそうになる」
築き上げてきたものをぶっ壊してしまうほどの衝動。枷が外れないように延ばし延ばしにするので精一杯だ。
「見続けていると、どうにかなってしまいそうだ。頭で考える前に何かしてしまいそうで、怖いんだよ」
言ってしまった。結局説明してしまったし、たぶん伝わっていないのだろうことはわかる。赤血球の目がよくわからない、と不思議そうにしているのが手に取るようにわかるからだ。
「うん、やっぱり忘れてくれ。赤血球は知らなくていいことだから」
白血球は最後に視線を逸らしながら言った。赤血球は説明されてもよくわからなかったけれど、優しい白血球さんのことだから、たぶん私のことを思って、それで何かを怖がっていることだけは伝わった。だから赤血球は白血球の顔を覗き込みながら「大丈夫ですよ」と微笑む。
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だから何を怖がっているかわからないですけど、大丈夫なんです」と言えば、何故かピシッと固まってしまった。それから大きなため息をつかれて、無言でお茶を取るために踵を返すから「伝わらないなぁ」と赤血球は呟いた。<br /><br />戦う白血球さんが、初めて後悔した話。<br /><br />注意書き<br />白赤ですが、友達以上恋人未満的な感じだと思う。前回(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10040795">novel/10040795</a></strong>)のお話しの続きみたいなもの。白血球さんが何を怖がっているのか、曖昧なままにしたい場合は読まない方が良いかもしれない。というか私も適切な言葉が浮かばなくて、ひねり出したからこれで合ってるのかわからない(オイ作者)なんでも大丈夫な方だけお進みください。<br /><br />白赤最高に萌えるんだけど、どうしても長い話が書けない。短編しか浮かばない。いつもなら嫌ってぐらい長編が浮かぶのに、白赤に対しての妄想力が足りない。設定資料集的なのだけでも買うべきだろうか。二人のことをもっと深くまで知りたい。
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「私が白血球さんを怖いと思うことなんて絶対ありません。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10047376#1
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3月も終わりに近づき、ようやく春らしい陽気が少しずつ感じられるようになってきた。朝晩の吹き抜ける風はまだまだ冷たいものの、日中の間の陽射しはとても暖かい。
元就は近所の公園にいた。ひとりベンチに座り、ぼんやりと辺りを眺める。春休みに入ったせいか、小さな子を連れた母親だけでなく小学生ぐらいの子供たちの姿もたくさんあった。
家から近いこの公園は元就のお気に入りだった。ここでなにするわけでもなく、ひとりぼーっとして時間を過ごすのが好きだった。
元就は空を仰ぐように腕にはめた時計を見上げ、陽のまぶしさに目を細めた。時計は誕生日の翌日、元親からプレゼントでもらったものだ。黒い皮のベルトに白地に黒のローマ数字の文字盤。シンプルなデザインであるもののソーラータイプの電波時計だ。大したことはないと元親は言っていたが、安くはないことぐらい元就にも想像がつく。
そのまま目を閉じ子供たちが遊びまわる喧騒の中、カチッカチッと規則正しく動く秒針の音に耳を澄ます。そうしているとまるで自分だけが周囲から切り離された世界にいるような錯覚に陥る。
元就は少しの間そうしていたあと、腕を下ろし、溜息をつきながら目を開けた。
元就も学校は春休みに入っている。部活に行ったり、時々以前手伝ったところにバイトに出かけたりする他は、三成や幸村と佐助のバイトする喫茶店に行ったりするぐらいで、特にやることもない。そうは言っても学生だから、日々勉強はしないといけないのだが。当然、実家に帰るという選択肢は、ない。
そのせいか、ふとした時に考えるのは元親のことばかりだった。
最初は、ただの物好きなヤツだと思っていた。
でも今は少し違う。
ただどう違うのかは、自分でもよく、わからなかった。
踏み込まないでくれと言ったのは、元親を身内のゴタゴタに巻き込みたくなかったからだ。それに近い将来、元親にも相応の相手ができ元就のことを煩わしく思う日がくるだろう。自分がいらない人間だと言われるのはもうたくさんだった。
しかしそんな元就の気持ちとは裏腹に、元親が元就と距離を置こうとする様子は全くなく、むしろあの言葉は逆効果だったとすら思えるぐらいだ。「そんな辛そうな顔されて、はいそうですかってわけにはいかねぇよな」とこれまで以上に元就のことを気にかけるようになった。
元親の行動はとても素直だ。
元就に対する気遣いも、本当に元就を心配してくれてのことなのだろう。でもその真っ直ぐさが時に知らず知らずのうちに人を傷つけてしまうことがあることに、きっと元親は気付いていない。
元就にはそれがひどく切ない。自分と元親の優しさがかみ合っていない、この現実が。
頬をくすぐる冷たくも穏やかな風は春の訪れを感じさせる。ふと膨らんだ桜の蕾が目に入った。どうしたって春はやってくる。待っていても、待っていなくても、春はやってくる。そうやって移ろう季節のように、人も物事も変化し続ける。変わらぬものなどどこにあるというのか。そして元親は、自分がいなくなった後、何を感じるのだろうか。
元就は空に向かって手を伸ばしてみた。何もつかめないことはわかっていても手を伸ばしてみたかった。そこに答えがあって欲しいと思ったからだ。しかし頭上には、心を見透かされそうなほどの雲ひとつない真っ青な空が広がるだけだった。
(馬鹿馬鹿しい・・・)
そう思いそろそろ帰ろうと立ち上がったとき、聞き慣れた声に名前を呼ばれ振り返った。すると真ん中に分けた少し長めの黒髪で、額にバンダナを巻いた男が立っていた。男は元就を見て満面の笑みを浮かべる。
「元就!」
「な、なぜ貴様がここにいる・・・!」
予想外の人物に驚いた元就は後ろに2、3歩後ずさった。しかしそんな元就に構わず男はどんどん距離を詰めてくるやいなや元就を抱きしめた。
「会いたかったぜ~」
そしてそう言うと元就を抱きしめる腕に一層力をこめた。
男は元就の幼馴染の、尼子晴久だった。
[newpage]
今日は仏滅か、と一瞬思った。
元親は、まるで自分の家のように我が物顔で居座る男二人の顔を交互に見た。ただでさえ、後輩に無理に連れて行かれた合コンのせいで気が滅入っていた。いや、正確に言うと合コンが悪かったわけではない。後輩の選んだ店の雰囲気は良かったし、飲み会は単純に楽しかった。気が滅入る原因は別、他でもない自分自身にあった。
元就を彼らの中に残すのは些か心配ではあったが、とりあえず着替えようと元親は自室へと一度引っ込んだ。
後ろ手で扉を閉め、ネクタイを緩めながら溜息をつく。そして鏡に映る自分の顔を見つめた。
(やっぱりどうかしてる・・・)
自分が元就のことを好きだなんてそんなことあるはずがない。それどころかあってはならない、と思う。もし元就に何かしてしまったら元就のご両親に面目が立たないだけでなく、自分を信用してくれた孫市にも合わせる顔がない上に、彼女の友人関係にもひびを入れかねない。
だいたい元就はまだ子供だ。大人であろうと振舞っているようだがやはりまだ幼さを感じる。それに身体だって・・・と思ったところで頭に浮かんだもやもやを振り払うように顔をぶんぶんと振った。
合コンに行くのは最初は断っていた。元就は春休み中だしこの前の一件があるから極力側にいてやりたい、そう思っていたからだ。しかし後輩から「万年リア充のアニキには俺らの気持ちはわからないんですよ」と泣きつかれてしまい何も言えなくなってしまった。
乗り気ではなかったものの、後輩の選んだ店の雰囲気は良く、食べ物も美味しかった。元親は今度元就も連れてきてやろうと思った。酒が呑めなくても充分楽しめそうだったし、何よりデザートも充実している。そんな風に無意識のうちに元就ことを考えてしまっていた自分をくすぐったく感じつつも、悪い気はしなかった。
しかしその後元親を一気に突き落としたのは向かいに座っていた女の子の何げない一言だった。
流れからなんとなく恋愛の話題になっていたのだが、元親は元就のことを考えていてあまり会話に集中していなかった。それなのに、そのフレーズだけがやけにはっきりと耳に届いたのだ。
「キスしたいな・・・って思ったら、もうその人のこと好きなのよ」
随分と間の抜けた顔をしてしまっていたのだろう。
呆けている元親を見て少し慌てたように女の子が付け加えた。
「あ、男の人はどうかわからないですよ。でも、女性はそういう人、多いと思います。極端な話、エッチはできてもキスは嫌ってこと・・・よくあると思いますよ」
そう語る彼女の横に並んでいた女の子たちもうんうんと肯定するように頷いていた。確かにプロのお姉さんでもそういう人は多いと聞く。肌は合わせても唇は重ねない、と・・・
元親の脳裏に先日の自分の行動がフラッシュバックした。そう、あの時確かに自分は思ったのだ。
―――キスしたい、と。
(いやいやないだろ・・・)
元親は頭を抱えた。あの時どういうつもりであんな風に思ったのか、わかるようでわからない。ただ、元就が放ってはおけない存在であるのは確かだ。もう単なる同居人ではない。だけどそれが恋愛感情なのか、よくわからない。
いやよくわかならないじゃない、くどいようだがあってはならないのだ。そうだ大人になれ元親、と自分に言い聞かせる。そして落ち着こうと深呼吸をするため深く吸い込んだ息は、急に『人を好きになるのは理屈じゃないよ』という慶次の言葉を思い出したことで、吐き出す頃には深い溜息へと変わっていた。
しかし考えたところでどうということではない。それよりも今は目の前の問題と向き合おうと、元親は訪問者二人の顔を思い浮かべると部屋を出た。
一人目の来客は想定内だった。
外に黒塗りのベンツが止まっていたからだ。運転席には小十郎が仏頂面で座っていた。奔放な主を持つと大変だなと思いつつも、目は合わせないようマンションへと入った。
それにしても最近やたらと姿を見せるがこいつは暇なんだろうか。
政宗のことは友人として好きではあるが、元親としてはご近所にあらぬ噂を立てられることの方が厄介だ。今何かあってここに住めなくなるのは非常に困る。
いや、そんなことよりどうしてこいつは自分の家のようにくつろいでいるのか。そんな元親の不歓迎モードの空気を察しているのにも関わらず、政宗は何処吹く風だ。
「そんな顔すんなって。せっかくゴージャスなお土産持ってきたのによ」
と、おそらく年代ものであろうワインのボトルを掲げる。とにかく何故かご機嫌だ。酒は嫌いではない。しかし高知育ちの元親は、どちらかと言うと洋酒より日本酒の方が好きだ。
いやいや違うそうじゃない今問題なのは・・・と、元親はもうひとりの訪問者に目を向けた。元就の幼馴染で尼子晴久と名乗った男は、何故か元親に対して敵意剥き出しだった。こいつは自分の何がそんなに気に入らないのだろうか。
元親としては先ほどからずっと元就にべったりなのが気に入らない。元就が『晴久』なんて名前で呼ぶのも気に入らない。自分のことはまだ『長曾我部』なのに。
(・・・ってこれじゃあ嫉妬じゃねぇか)
元就と晴久はTVを見ながら何やら話をしていた。話の内容が気になるところだがこちらには背を向けているため、表情すらもよくわからない。そんな悶々とした気持ちが顔に出ていたのか、政宗が好奇心に満ちた目を元親に向けてきていた。
「・・・なんだよ」
「いや、別に」
そう言いながらもニヤニヤと笑う政宗の表情は何か言いたげだ。元親は少しふてくされて政宗から目を逸らした。これではまるで子供だと、そんな自分がますます情けなく感じられた。
政宗はおもむろにチラリと前の二人に目をやり立ち上がると、側まできて元親の肩に腕をかけた。
「そう不機嫌になるなって。今日はちょっと言いたいことがあっただけだからな」
「なんだよ」
しかし続きを促す元親の声を無視するかのように政宗は玄関へと向かっていった。
「もう帰るぜ。俺も暇じゃねぇんだ」
「あ、おい」
元親はわけのわからないままその後を追った。靴を履いた政宗は元親に背を向けたまま話し始めた。
「俺はいろんなタイプの人間を見てきている。だから断言できる」
そこまで言うと政宗は、首をまわし顔だけ元親の方へ向けてきた。その表情には、もうからかうような空気は少しもない。
「あいつの目。あの目は・・・死のうとしている人間の目だ」
「・・・・・・っ」
政宗の言葉に目を見開く。言葉が出なかった。政宗は悪ノリをするタイプだが性質の悪い冗談を言う人間ではない。緊張で心臓が早鐘を打つのがわかった。ゴクリと息を飲む。そしてやっとのことで搾り出した声は掠れていた。
「どういう・・・意味だよ・・・」
「そのまんまの意味だ。いいか、元親。物事に偶然の入る余地なんかねぇよ。大事な子猫ちゃん・・・せいぜいしっかり見張っておくんだな」
政宗はそう言うと優雅な動作で外へと出て行った。政宗の言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「意味わかんねぇよ」
元親はドアに向かって吐き捨てるように呟いた。
[newpage]
ふぅ、と一息つきながら湯船に身体を沈める。元就はそのままゆっくりと、背を風呂の端に預け目を閉じた。
突然だったので驚いたものの、晴久の訪問は嫌ではなかった。友達らしい友達がいなかったあの頃、自分と本気で向き合ってくれたのが晴久だった。引っ越してからもずっと、晴久は元就のことを気にかけてくれていた。
そういう意味では、唯一の友達だったのかもしれない。だから、きちんと話もせずに逃げるように地元を出てきてしまったことにずっと後ろめたさを感じていた。
ただ、晴久を見ていると辛いことまで思い出してしまう。それが嫌だった。とても皮肉なことだと思う。彼がいなければ、元就にはとっくにあの場所にいる意味など無くなっていたというのに。
瞼の裏に、必死に問いかけてきた晴久が思い浮かぶ。
『おい、元就。東京行くってほんとかよ!?』
あの日真剣な目で自分を見つめる晴久に、ちゃんと伝えたいことがあったのに言葉が出なかった。
・・・今なら言えるだろうか。
それにしても、と思う。元親に対しては今にも噛み付きそうな勢いだった。そうなってしまうのも無理はないとは思いつつも、二人だけにして大丈夫だっただろうかという不安がよぎる。しかし似ているところもあるので存外わかりあえるかもしれない、とも思えた。もちろん、簡単な話ではないだろうが。
晴久からは、遠まわしに広島に帰ってきたらどうだと言われた。元就はそれにうまく答えることはできなかった。なぜならもう地元には戻らないつもりで東京へ出てきたのだ。
しかし、元親といると、居心地の良さに色々と決心が鈍るのも事実だった。もう自分には選択肢などないと思っていた。そして母を亡くすと同時に失ったと思っていた自分の居場所。人は新たに、居場所を作ることなどできるものなのだろうか。
重い空気が漂う中、元親は自分の家にも関わらずこの上ない居心地の悪さを感じていた。
今、元就は風呂に入っている。政宗が帰ってしまっているから、晴久と二人っきりだ。なんとなく並んで一緒にTVを見ているが、どうにもこうにも気まずい。
ただでさえ先ほどの政宗の言葉が頭をぐるぐるしていて落ち着かないのだ。しかし付き合いの長い(らしい)晴久に確かめてみようにも、とても気軽に話しかけられるような雰囲気ではない。
きっと自分の知らない元就を晴久は知っているはずだった。だがどう聞いていいかもわからずチラチラ隣を伺うも、晴久は不機嫌な表情のままだ。
結局何も言えず黙っていたら、晴久がおもむろに口を開いた。元親に対する攻撃的な眼差しは少しも変わらないままに。
「お前・・・元就に変なことしてねぇだろうな」
「はっ?」
心当たりがありすぎて一瞬びくりとなった。しかし全て未遂なのだ。元親は動揺を悟られないよう平静を装う。そんな元親を晴久は真剣な表情で見てきた。元親の動揺には気付かなかったようで、晴久は淡々と言葉を続ける。
「実は少し安心したんだ。あいつが他人と打ち解けて話しをしているのを初めて見たからさ」
「え、でも学校じゃ友達だっているし・・・」
元親は三成や幸村の顔を思い浮かべた。確かに交友関係は広いようには見えないが、元親には彼らにはある程度気は許しているように感じられた。
「そうなんだ。まぁ表面上じゃなければいいけど・・・」
晴久はそう言いながら少し俯いた。心なしか、少し寂しげな表情だった。
やや長めの睫毛がうっすらと顔に影をつくる。こうしてみると、なかなかいい男なのだなとどうでもいいことを思ってしまった。
「元就ってさ、無愛想だろ。昔はもっとよく笑ったのにな」
「そうなのか」
少し意外に思って聞き返すと晴久は少し怪訝な表情になり言い返してきた。
「なんだよその顔。あいつだって笑うさ、人間だもん」
まぁそうは言っても俺は特別だったけどな、と得意気に鼻で笑った。しかしすぐ、けど・・・と今度は逆に暗い表情になり言葉を続けた。
「おふくろさんが入院して、おやじさんと暮らし始めた頃かな。なんかあの頃から雰囲気が変わった気がする」
「えっ、ちょっと待て、元就の実の母親って・・・」
「なんだよ知らなかったのかよ。亡くなってるよ。もう6~7年は経ったかな・・・」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる晴久に対して言い知れぬ敗北感が元親を包む。そんな元親の空気を敏感に察したのか、晴久はそのまま得意げに胸をそらした。なんだかとても悔しかったが、以前から気になっていることを聞くなら今しかないと元親は思い切って聞いてみた。
「なぁ、お前は元就が上京した理由って知ってるのか?」
「理由?何でお前に言わなきゃいけないんだよ」
「うっ・・・」
予想はしていたもののあっさりと問いを退けられ、出鼻くじかれた気分になる。しかし今は時間という越えられない壁を受け入れるしかない。元親は晴久の言葉の続きをチリチリとした焦燥感を胸に感じながら待った。
「っつーか俺も詳しくは知らねぇんだよ。元就・・・肝心なことはいつも話してくれないからさ。心当たりはあるけどよ・・・おやじさんと暮らし始めてからなんかあったんだよ、絶対」
「何かって何だよ」
「それがわかれば苦労しねぇよ。元就、おやじさんと暮らすために引越しちゃったからさ。それまでみたく会えなくなったんだ。」
そう言って手を口元まで持ってきた晴久の顔は、今度は悔しそうに歪む。先ほどから晴久はまるで自分のことのようにつらそうにしている。
元親はそうかこいつも元就が好きなのか・・・と思い、『も』って何だよ『も』ってと、一瞬思ったが今は深く考えないことにした。
「家、遠くなっちまったのか?」
「いや・・・電車で2駅離れた隣の市・・・」
「はぁ?」
「うるせぇ!田舎の小学生には電車で2駅も遠距離なんだよっ!!」
顔を幾分か赤らめて怒る晴久に自分の小さい頃を思い浮かべ、確かに小学生・・・特に低学年の頃は電車やバスにひとりで乗るのはちょっとした冒険気分だったなと振り返る。なんだか急に隣にいる男が身近に感じられた。
「高校ぐらいからまた長く一緒にいられるようになったけど、やっぱり以前と変わってた。それまでちょくちょく連絡は取ってたんだけどさ・・・まぁなんていうかよ。約5年のインターバルが二人の間を変えたんだよ」
「・・・・・・」
その言葉に黙り込む元親を尻目に、晴久は自分の言葉に納得したのか満足げに頷く。しかし元親のやや呆れたような視線に気付くと何かを思い出したように詰め寄ってきた。
「だ、だいたいよ、男子校なんか行ったのが間違いなんだよ!お前も元就に妙なマネしやがったらただじゃおかねぇからな!!」
「す、するわけねぇだろ!」
話していてヒートアップしてきたのか晴久は、思わず上体を反らした元親の胸倉を掴み上げるとさらに声を荒げて続けた。その顔には怒りというよりは悲しさが滲み出ていることに、元親は戸惑いを感じずにはいられなかった。
「それに俺はなぁ!あいつが泣くとこをもうこれ以上見たくねぇんだよ!!」
「はぁ?お前何言って・・・」
すると背後から二人の会話を遮るように冷ややかな元就の声が聞こえてきた。
「アホか貴様。何を言っている」
「あ、元就・・・な、なんでもねぇよ。えっと・・・風呂借りるぜ」
話を聞かれたのが照れくさかったのか、晴久は少し気まずそうに元就から顔をそむけると、そそくさと風呂場へと向かっていった。そして晴久と入れ替わるように元就が、ちょこんと膝を抱えて元親の隣に座ってきた。
「お前、ちゃんと頭拭け。風邪ひくぞ」
そう言いながら肩にかかっていたタオルで元就の頭をがしがしと拭いてやる。いつもなら子ども扱いするなと振り払うのに今日は別人のようにおとなしい。何か言いたいことがあるのかもしれないと思い、タオルを肩にかけてやり手櫛でそっと髪を整えてやった。
なんとなくそのまま頭を撫で続けていると、元就が静かに口を開いた。
「晴久からいろいろ聞いたのだろう」
元就がゆっくりとこちらを向く。元就を真っ直ぐ見ることできず、元親は少し視線をはずすと頬を掻いた。
「あぁ・・・まぁ、いろいろっつーか・・・」
「あのお喋りめ。いっそ口に拡声器でもつけるがいい」
そう言うと元就は軽く溜息をついた。しかし言葉とは裏腹に別に怒っている様子はなく、むしろその悪態には好意的な感情が感じられた。
元親は先ほどの晴久の言葉を思い出し、わざと擦り寄るように元就との距離を詰めた。膝を抱えたままの元就の身体がほんの少し身じろいだのがわかった。
「なぁお前さぁ・・・俺のことこわくなかったのか?」
「貴様のことは・・・こわくない」
元親が顔を覗き込むようにきくと元就は眉をひそめながら答えた。視線は床に向けたままだ。
「こわいのは・・・我のことをいらないという人間だ。いらない、と・・・」
「いらないって・・・俺、お前のこと邪魔なんて思ったことねぇし」
「違う!だから貴様ではない!父だ!」
「どういうことだよ、それ。お前がこっちに出てきたことと関係あるのか?」
少し強い口調で言い返してきた元就の顔は今にも泣き出しそうなぐらい歪んでいた。そして元親の問いかけには答えようとせず、何かをこらえるようにきゅっと口を結ぶと、顔を膝にうずめ黙り込んでしまった。ただでさえ小柄な元就の身体がいつもより小さく見えて、元親は胸が締めつけられる思いがした。
「あ、いや・・・話したくないんなら別に無理には・・・」
不意にテレビからの騒々しい笑い声が耳についた。ちょうどバラエティ番組をやっていたようで、司会者のおどけた声がひどく場違いに響き渡る。元親はその音が耳障りだと思いリモコンを手にするとテレビを消した。
じっとりとした静寂が部屋を包み込む。やがて少し顔を上げた元就がポツポツと話し始めた。
「我の家・・・毛利の家は、代々続く開業医でな。地元ではちょっとしたものだ。父も後を継ぐべく医大に進んでいた。そこで父と母は出逢ったのだが・・・」
そこまで話してふと元就が言葉に詰まる。元親はどうかしたのかと続きを促すように元就の顔を覗き込んだ。
「何かあったのか?」
「・・・在学中に、母が妊娠してしまったのだ」
「あっ・・・」
「その時父と母の間に何があったのかはよくわからない。とにかく母は未婚のまま20歳で我を産み育てた。おそらく家族からは反対されていたのだろう。我が物心ついた時にはすでに母親と二人っきりの生活だった。しかし女手ひとつで子供を育てるのは容易ではない。長年の無理がたたって病気で倒れた頃、医者になり後を継いだ父が現れた」
「・・・・・・」
『元就・・・お父さんよ。母さん、話したことあるわよね。あなたの本当のお父さんよ。仲良くできるわよね?』
元親は元就の話をそのまま黙って聞いていた。
「そして我が10歳の頃母親が死に、その1年半後に父は今の母親と結婚。二人の間には男の子ができた。新しい母は、我も弟も分け隔てなく接しようとしてくれているがやはりどこかぎこちなくてな。我ももともと親を頼る方ではなかったから、ますます家族とは疎遠になっていった。」
初めて聞く元就の家庭の話は元親の想像していたよりも重く、どう声をかけていいのかわからなかった。さらに長曾我部、と顔を上げた元就の顔は今までに見たことがないほど悲しげで、元親は抱きしめたくなる衝動を必死に堪えた。
「我はどうしてもわからぬだ。何故父は・・・もっと早く母を迎えにきてくれなかったのだろうか。もっと・・・もっと早ければ母は・・・だが父は何も話してはくれない・・・」
そこまで言い終わると元就は再び膝に顔をうずめる。元親は声をかける代わりに、そっとその肩を抱いてやった。そしてあやすように数回、元就の頭をポンポン、とした。
おそらくすぐには会いに行けない事情があったのだろう。きっと元就もある程度大人になり、どこかでそれを理解し始めている。だから苦しんでいるのだろう。
しかしそれがどうして元就がいらないということになるのか今の話からはまったくわからない。辛いのかもしれないがもうこの際だしと思い、元親はストレートに聞いてみた。
「なぁ、でもなんでそれがお前がいらないってことになるんだよ」
元就は少し顔を上げ軽くほほ笑むと、その理由を話し始めた。
「母は、我が頑張れば褒めてくれたし、悪いことをした時は厳しく叱ってくれた。我も母が喜んでくれるのが嬉しかったから、勉強も運動も頑張った。だから母が生きている頃はそこに自分の居場所があると思えた。だが母がいなくなってからは・・・」
元就の眉間に再び皺が寄った。
「我はあの家にいると自分の居場所がわからなくなる。父はお金や物さえ与えていればいいと思っているのだ。それに父が大事なのは弟の輝元であって我ではない」
それから元就は自分の家であったことを端的に話してきた。
『あなた、少しは元就のことも・・・』
『いいんだ、あいつは放っておいても。勝手に育つさ。今は、輝元の方が大切だ』
『父さん、見てくれ。また一番を取ったぞ』
『元就・・・別にもう無理をする必要はないんだぞ』
父親と今の母親が話しているところや、自分に対する態度・・・
「父は、我のことを褒めもしなければ叱りもしなかったのだぞ」
「あーいや、でもそれはたぶん、お前がいらないとかじゃなくて、なんつーか・・・」
うまく言葉が紡げなくもどかしかった。元就の父親の肩を持つわけではないが、本当に元就がいらなくてそんな態度をとっているようには思えないのだ。
しかしそれを上手く言葉にできない。言葉に詰まっていると元就は再び俯いた。
「それで少し荒れた時期があって、ますます相手にされなくなって・・・どんどん居場所がなくなって・・・」
元就が膝を抱く腕にぎゅっと力をこめたのがわかった。元親は肩にまわした腕を、元就を元気付けるように軽く揺らした。
「元就・・・」
名前を呼ぶと元就がゆっくりと元親の顔を見上げてきた。その瞳は涙で潤んでおり、鼓動が跳ね上がるのを感じた。元親はその時初めて思っていた以上に密着していたことに気が付き、ゴクリと息を飲んだ。
「長曾我部・・・」
そして自分を呼ぶ声を聞いて、元親の中で何かが切れた。
(あーなんかもうどうにでもなれ・・・!)
「も、元就・・・!」
そう思って元就の両肩をつかみそのままソファーへと倒そうとした瞬間、背後からドタドタと騒々しい足音と声が近づいてきた。
「だー!てめぇ元就にくっつくんじゃねぇよ!!」
いつの間にか風呂から上がってきた晴久が2人を引き離すように間に割り込んでくる。元親は元就との話に夢中になるあまり、晴久の存在を完全に失念していた。しかしもしあのまま晴久が来なかったら・・・と思うと全く自制できていない自分に愕然とした。
呆然とした頭で、元親はふと晴久がバンダナを巻いたままであることに気が付いた。元就も不思議に思ったらしく晴久の額を指でつつきながら聞いている。
「貴様、いつまでこれつけておるのだ?」
「あ、あぁ・・・なんか最近気に入っててよぉ。似合うだろ?」
理由になっていない、と思った。元親が付けている眼帯とは意味合いが違うはずだ。それともそのバンダナの下には隠さないといけないほどの傷跡でもあるというのだろうか。かといって突っ込んだところでまたややこしい話になりそうなので気にしないことにした。
元親は晴久がこのまま春休み中居座られることを密かに懸念していたが、彼はどうやら明日には帰るようだった。
それを聞いてほんの少しだけ晴久に対して寛容になれてしまう自分に呆れてしまう。どうも元就のことになると何故か余裕がなくなる。さっきのことといい、ほんとにどうかしている。
それにしても、と元就を見ながら思う。まだ17なのに。元就はいろんな思いをしてきて、たったひとりで東京に出てきて・・・
自分が元就と同じぐらいの年齢だった頃を思い出すと、胸の奥をきゅっと掴まれたような気恥ずかしさに苛まれる。
そして元親は元就の話と政宗の言葉。それがどこで繋がるのかを必死に考えていた。もしかしたら孫市が最初に話していたこととも関係があるのかもしれない。しかし、そこから導き出される答えがそうだとは思いたくなかった。それなのに嫌な予感だけが波紋のように心に広がっていく。
ただ、なんとなく元就のA.T.フィールドの正体がわかったと同時に、本当の意味でそれが弱くなった確かな手ごたえだけは感じていた。
それでも当分、もやもやは晴れそうにない。
[newpage]
アナウンスと共に響く軽快なメロディと共に扉がプシューと閉まり、電車が走り去る。出口へと向かう人波の中、ホームに残った元親と元就。そして、晴久の三人。
いつまでも元就の両手をしっかりと離さない晴久に向かって元親が呆れ気味に言う。
「おい」
「なんだよ」
「お前何本電車見送れば気が済むんだよ」
「うるせぇ!幼馴染の感動の再会だったんだぞ!!別れ難いに決まってんじゃねぇか!」
開き直りともとれる言葉に今度は元就が静かに呼びかける。
「晴久。これではいつまでたっても帰れぬではないか」
「うっ・・・だけどよ・・・」
まだ何か言いたげな晴久の言葉を包み込むような優しい声音で元就が語りかけた。
「案ずるでない。我のことは大丈夫だ」
「元就・・・」
そうこうしているうちにアナウンスが響き、再び電車がホームへと入ってくる。晴久は渋々電車へと乗り込むと、振り返り再び元就の手をとった。すぐに電車の発車を告げるベルが鳴り響き、そのまま二人の手は解けるように離れていった。そして穏やかな笑みを浮かべた元就が、ドアが閉まる瞬間に告げた。
「晴久。ありがとう」
「・・・!」
慌てて出した手は閉まったドアに遮られ、バンっと手をつく形になってしまった。晴久はそのままの体勢で、窓からホームの上の二人を見えなくなるまで見ていた。
元就のことが心配だった。
晴久が真っ先に思い浮かぶのが元就の母親が亡くなった時のことだった。元就は、亡くなった時はおろか、葬儀の間も凛として涙ひとつこぼさなかった。その様子を見ていた周りの大人たちは、口々に元就のことを可愛げのない子供だと冷ややかな眼差しをむけていた。
晴久もあの時はそんな元就を見ていて、少しぐらい泣いてやったっていいのに、と思った。元就が母親のことを大好きだったのは知っていた。そして母親も、元就のことを大切にしていた。だから泣かないのは可哀そうだと感じたのだ。しかし元就は、人目のつかないところで隠れて独りで泣いていたのだ。声を殺すように、静かに。
元就はわかっていたのだ。悲しいと泣くことは簡単だ。でもその悲しみを受け止めてくれる人間は、元就の周りに誰一人いなかったのだ。
まだあの時、元就はたった10歳だったというのに。
(あの時だって・・・)
ボロボロの姿で、雨の中愛犬を胸に悲痛な表情を浮かべる元就の姿を思い出す。
頬を流れていたのは雨だったのか涙だったのか。
「ちっくしょう」
晴久は小声で呟くと、下唇を噛んだ。なぜ自分はまだ子供でこんなにも無力なのか。
(元就・・・お前はいつまでひとりで泣くつもりなんだ)
晴久は憤りにも似たやり場のない想いを抱えながら、流れる景色をじっと眺め続けた。
元親が走り去る電車を見送りながら溜息混じりに呟いた。
「まったくしょうがねぇヤツだな」
「まぁそう言うでない」
元就はしかたないではないかと元親の隣に立ち、電車が走り去った方向を見つめた。すると元親がじっとこちらを見ているのに気が付いた。
「なんぞ。ジロジロと見おって」
「あ、いや・・・昨日は・・・いろいろ話してくれて、ありがとな」
そう言うと元親は元就の方へ向き直り、軽く微笑んだ。
まったくなんて顔をしているのだ、と思った。どうしてそんな切なげな目で自分を見てくるのだ、と。元就は胸の奥がじわじわと締めつけられるような気分に何故か泣きそうになった。
そしてどう返事をしていいかわからず黙って元親を見上げていたら、元親が躊躇いがちに口を開いた。
「あのよぉ・・・お前がいたいなら、いつまでだって・・・ずっと、俺ん家いていいんだからな」
その蒼い隻眼が真っ直ぐに元就の瞳を捉える。『ずっと』という言葉はおそらく元親の嘘偽りのない本心なのだろう。でもそれはきっと今はそう思っているだけのことだ。
元就は素直に首を縦に振ることができず、元親の視線から逃げるようにふいっと目を逸らした。
そんな元就を怪訝に思ったのか、元親は元就の肩に手を置くと、目線の高さを合わせるように元就の顔を覗き込む。
「元就・・・?」
心配そうに自分を呼ぶ声の主に、ゆっくりと目を合わせる。
「我は・・・貴様を身内のゴタゴタに巻き込みたくなかった」
元就はかろうじてそれだけ伝えると、肩に置かれた手に自分の手を添え俯いた。
それが精一杯だった。
それ以上は何も言えなかった。言えるはずがなかった。
こんな想いをするくらいなら、東京になど来なければ良かった――――
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『君の守るは自分の役目だと思っていた』―――●満を持して尼子氏の登場でございます。でもすぐ退場しますけどね(・∀・)イマハネ●少女マンガで言うところの主人公のライバル(振られてしまう美人の女の子ポジション)なんですが、私なりに尼子氏をかっこよく書こうとした結果がコレです(・∀・)チーン●もう4月も終わろうとしているのに3月下旬のお話とかですけどまぁそういうこともあるよねってことで(・∀・)ウンウン●しかも近いうちにアップできるとか言ってだいぶ過ぎてる気がしますがまぁそういうこともるよねってことで(・∀・)●前作はコチラ⇒【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=913351">novel/913351</a></strong>】いつも閲覧・評価・ブクマ本当にありがとうございます!●季節ネタが続いたせいで本筋の停滞感は否めませんが、そろそろ動き出してるような気がします(ぇっ)●表紙の素材はコチラよりお借りしました⇒"<a href="/jump.php?http%3A%2F%2Fwww.webcitron.com%2F%22" target="_blank">http://www.webcitron.com/"</a>●(5/3追記)いつもながらたくさんの閲覧・評価・ブクマありがとうございます♪もう少し続きますが、お付き合いしてくださると嬉しいです。●次⇒【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1078770">novel/1078770</a></strong>】
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My Sweet Home【⑤揺れ動く心、それぞれの想い】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004741#1
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土曜日の昼前に、大通りで乗用車に撥ねられた。
スローモーションみたいにゆっくりと近づいてくる車、動かない身体、これが走馬燈とかいうやつか、と思いながら、僕の頭は櫂くんのことを思い浮かべていた。四年前みたいな笑顔、もう一度見たかったなあ。最近では随分と雰囲気が柔らかくなったけれど、やっぱり見つめているのは僕ばかりで、櫂くんは目が合えばすぐに逸らしてしまう。僕が櫂くんを見つめすぎていることを、櫂くんは気付いているのかもしれない。目の合う回数が多くなるにつれ、僕は少しだけ怖くなっていたのだ。偲ぶ想いの露見を望んで、櫂くんを見つめ続けているわけではなかったから。
次に目が覚めたときには一面真っ白な部屋で、調度品も白で統一されている。趣味の悪い部屋だな、なんて思ったけれど、身体に走った痛みで理解した。ここは病院だ。眼球を動かせば、厳重にギプスで固定された自分の足と、秋の風に髪を揺らされる櫂くんの姿が目に入った。
櫂くんは僕にデッキを手渡してくれて、ちゃんと揃っているか、一緒に一枚一枚確認してくれた。カードはどれも血痕や砂だらけで、スリーブにも擦り傷が入っている。けれど一枚だけ、僕が特別大事にしているブラスター・ブレードだけは、砂も血痕も付いていない綺麗な姿のままだった。カードを広げる前に櫂くんが寝台に敷いてくれた彼のハンカチが、血で汚れているのを見つけて、彼が拭い取ってくれたのか、と不謹慎にも嬉しくなる。ブラスター・ブレードが特別なのは、レアカードだからとかデッキの主軸だからとか、そんな理由からだけでは無いのだ。櫂くんが、くれたから。密かに恋しく思う彼が傍に居ると感じるだけで、心臓が耳元に在るみたいにどきどきと音を立てて煩かった。
それからの時間はあっと言う間で、僕は覚悟を決めなければならないことを宣告された。呆然としていると、とっくに三和さんと一緒に帰ったと思っていた櫂くんが、僕の部屋をもう一度訪ねてくれて、つい感極まってしまった。その身体に抱きつけないことが、残念でならなかった。今なら、きっと許される。抱きついても、優しい彼はきっと抱き返してくれる。不安なのだろうと慰めてくれるかもしれない。けれど愚鈍な僕の身体は、頑として動かなかった。
何か欲しいもの、と聞かれて、浮かんだのは彼の整った顔だった。じっと見つめて、有り得ない、と内心首を振る。
健気なふりをして、ずるい頼み事をしてしまいそうになった。本当は、ファイトよりも、してほしいことがあった。けれど痛ましげな櫂くんの瞳を裏切ることができなくて、結局、何も変わらない関係のまま二人きりの時間を過ごした。ファイトが出来て嬉しいという言葉に嘘は無かったけれど、櫂くんの腕が離れていくのが切なくて、引き留めたくて、僕は初めてその腕に触れた。白い肌に浮かんだ血管すら美しくて、ずっと触れていたいくらいなのに、力の籠もらない自分の腕が恨めしかった。
僕の願望が透けて見えていたのだろうか、櫂くんが頬を撫でてくれた。慈しむみたいな優しい優しい接触が、午後の翳りかけた陽射しの中で、僕の胸を灼いた。
恋しくて恋しくて、泣いてしまいたかったのに、何故か僕の顔は、微笑んでいた。
***
[newpage]
その後の手術は成功して、その夜には足の指が少しだけ動いた。それを見たエミがまた泣いて、アイチは珍しく、兄らしい態度でエミを宥めた。いつもと逆だね、だなんてからかえば、エミは怒って拗ねてしまった。本当に心配をかけていたのだろう、素直でない妹が可愛くて仕方がなかった。
エミはカードキャピタルの面々と連絡を頻繁に交わしているらしい。いつの間に連絡先を交換したのだろう、というアイチの疑問には、私立の学校に通うエミの私物の携帯が答えてくれた。三和やミサキの連絡先の入ったその携帯は、個室であるし、まだ若いから、という謎の理由により、看護師からこっそりと使用許可が下りていた。暇つぶし代わりのつもりなのだろう、時々エミが、アイチとの共通の知人のメールを見せてくれる。随分と前から交わされていたメールの数々に、アイチは我が妹ながら、そのコミュニケーション能力の高さに恐れ入ってしまった。そういえば、チーム下剋上だなんて茶番もあったな、と、エミと三和の妙な仲の良さにも納得がいった。
「おーう、元気してるかー」
「三和さん」
「暫く来られなくて悪かったな、あんまり遅い時間になっても悪いと思ってさ。あ、これお見舞い」
二度目の手術の数日後、三和が普段通りの陽気な表情で病室をふらりと訪れた。手に提げた紙袋をずいとアイチに押し付けて、三和は手慣れたように傍の椅子に腰掛ける。紙袋の中身を漁れば、ゼリーだとか果物だとかが沢山詰まっていて、一面白の部屋に色を与えてくれた。ふわりと香る匂いは、葡萄のものだろうか、梨のものだろうか。漂ってきた良い香りに、口元が綻ぶ。
「こんなにたくさん…ありがとうございます」
「いやいや、そこらのスーパーのだし、気にすんなー。ていうかさ、こういうお見舞いっぽいの買うの、夢だったんだよねー」
からからと明るく笑う三和は、カードキャピタルで見るときと同じ顔をしている。紙袋に収められていたゼリーが、百貨店などで買い求められる中々良い値段のするものだとアイチは知ってはいたが、厚意に甘えて知らないふりをすることにした。日持ちはしないが、香りの良い生の果物の入った柔らかなゼリーは、アイチも好んで食べるものだ。内臓の病気でもないので、きっと今日か明日にでもアイチの胃袋に収まってしまうのだろう。食の細くなっているアイチには、三和の気遣いが有り難かった。
アイチの表情が緩んでいるのを確かめて、三和が目を細める。何事か口を開きかけて、だがそれはすぐに噤まれた。誤魔化すように天真爛漫な笑顔を作って、三和が鞄を持ち直した。
「じゃ、俺もう帰るからさ。それ渡しに来ただけだし」
「え、もうですか?」
「また週末にでもゆっくり来るからさ。お前もゆっくり治せよー」
立ち上がる三和を引き留めることはしない。快活で、肝心なところで嘘のつけない性格の三和に、これ以上無理をさせるのも気が引けた。三和は笑っているのに、その明るさがどこか物悲しくて、アイチはなんとなく申し訳無くなってしまった。
***
[newpage]
足が安定したら、リハビリを始めましょう。主治医からそう告げられ、アイチは無意識に、固定された自身の足を眺めた。手術前とは段違いに鈍痛を発する足は、痛み止めが無ければ眠るのすら苦痛だった。幸い足以外に重傷だった箇所は無く、目下の心配は歩行だけ、と言われていたのだ。まだ確実には言えないが、リハビリ次第では歩けるようになるらしい。
まだ若いから、時間はいっぱいあるわ。ゆっくりと頑張りましょう。看護師からもそう言われて、アイチは途方もない気持ちになった。だって、自分の足なのに、動かすところを想像することすら出来ないのだ。関節が固まってしまったかのように、動かし方が分からない。寝たきりでは身体に悪いから、とリクライニングで無理矢理に上半身を起こされれば、血の溜まっていく感覚に足が悲鳴を上げる。朝晩看護師に足の位置を動かされれば、涙がにじみそうになる。かろうじて指先を震わせれば、それだけで足全体を鋭い痛みが貫いた。
地面に足を付いたとしたら、どんな痛みが襲ってくるのだろう。そんな恐ろしさが胸を占めていて、いっそこのままでも構わない、だなんて弱音を吐きたくなってしまった。
(…でも、弱音なんて、)
一生車椅子かもしれないと母から告げられた時の、エミの気丈な顔を思い出す。目元は真っ赤に泣き腫らしているのがバレバレなのに、普段と変わらない小生意気な顔で、何でも無いふりをしていた。淡々と話を進める母親の声に耐えきれなくなったかのように、話の途中にも関わらずカーテンの影に隠れてしまって、嗚咽を漏らしていたことを知っている。まだまだ小学生なのだな、と他人事のように、健気な妹が可愛らしく思えた。きっと、アイチの方が辛いから、とかそんな理由で、涙を見せることを躊躇ったのだろう。これではどちらが兄なのかわからないではないか。
再手術が成功したと聞いてから、目にも明らかに元気になった妹は、すっかり元のこましゃくれた可愛げの無い少女に戻っている。だが、以前よりもアイチにべったりとしているように感じるのは、入院という特殊な状況のせいでも、アイチの気のせいでも無いのだろう。
妹も母親も、何も言わないが、アイチが歩けるようになることを望んでいるのだ。アイチに「当たり前」が戻ることを、望んでいる。その期待が重いとは言わないが、アイチには遠い世界の他人事のように感じられた。自分のことながら無責任だな、とは思うのだが、どうにも実感が湧かないのだ。アイチは本当に事故に遭ったのだろうか。この怪我は、夢ではないだろうか。あるいは、歩けるようになる未来だなんて、実は存在しないのではないだろうか。
自然と消極的な方向へと向かう思考を打ち消すように、アイチは手元に自身のデッキケースを引き寄せた。
彼は、いつだってアイチと共にある。いつだってそれだけが、プレッシャーに押し潰されそうなアイチの、唯一の寄る辺となるのだ。
「櫂くん…」
足なんて要らないと思ってしまうほどに、焦がれる人のことを想った。もしも足が無ければ櫂に触れられなくなるのだとしたら、きっと自分は、今頃。
***
[newpage]
相も変わらず寝台にべったりで、いい加減白ずくめの代わり映えの無い部屋にうんざりしているアイチには、一日のうちで一度だけ、楽しみな時間がある。
昼間のうちに面会を済ませる方針の家族が帰った後、夕食の運び込まれる前のその時間。世界が暗闇に包まれる前の儚い一瞬、白い病室は秋の真っ赤な色に染め変えられる。紫がかった雲と、真っ赤な空とが視界をいっぱいに覆うその頃に、決まって櫂はアイチの部屋を訪れてくれるのだ。約束しているわけでも何でも無いが、それは毎日のように繰り返されていて、アイチの心を慰めた。櫂は、わざと誰も居なくなった頃を見計らって来ているのかもしれない。いつだって夕焼けの中では、二人きりだった。
あの日アイチが望んだとおりに、二人きりの部屋で、毎日のようにヴァンガードをした。以前とは違い、もうアイチも自力で起き上がれるようになっていたので、カードは自分で動かすようになっていた。自力で、とは言っても、ベッドの角度を上げてもらっているだけなので、厳密に言えば自力とは言い難いかもしれないが、見上げるのではなく櫂の顔を眺めることができて、そのときだけはアイチは足の痛みをすっかり忘れてしまうのだった。
胸を締め付けるような一面の赤に、櫂の白い頬にも橙の影が差す。翠の瞳との対比が美しくて、見とれてしまうのが常だった。時間が止まってしまったかのように、ゆったりと流れる二人のひととき。瞬きすらも惜しむアイチに、櫂はアイチの気も知らずに、労るような視線を返してくれるのだ。このまま心臓が止まってくれればいいのに。物騒な考えは、これが初めてでは無かった。
主に食事用に使われている、ベッドの上を橋のように横断する簡易テーブルに、アイチのデッキとカードを置く。櫂はサイドテーブルにカードを並べて、互いのスペースが少し離れてはいるが、二人だけの即席のファイトテーブルでファイトをした。向かい合っては居ないが、櫂とファイトをしているという事実だけで、アイチはひどく緊張する。震える手でカードを操り、疲労感の残る喉で宣言し宣言され、を繰り返す。
ファイトの指示に関する言葉以外は、なにも無い。一試合が終わると、櫂はアイチの頭をくしゃりと撫でて、夕食の準備で院内が騒がしくなる前に、黙って去っていくのだ。まるで夕焼けが夜の闇に奪われていくかのように。
櫂の面会を看護師だけは知っていたが、他にはアイチの家族も、誰も知らない。密やかな短い時間は逢瀬のようで、夕食の時間が来ることが惜しかった。今なら古典の授業で習った短歌とやらの、詠み人らの気持ちがわかる気がする。彼らは朝が来ることを怖れたが、アイチは夜が来ることを怖れているのだ。別れの時が近づいてくるのを切なく思うアイチの気持ちを、櫂も感じてくれればいいのに。ファイトの宣言以外に言葉の一つもない櫂が、カードをレストするのをぼんやりと眺める。
櫂は何も話してはくれない。だが、アイチにはわかるのだ。櫂の指先から、視線から、カードから、櫂の感情が痛いくらいに伝わってくる。それがどういう類の想いかは、アイチには測りかねているのだが。それがもしもアイチの抱くものと同じものなら、それはどんなに素敵だろうと夢に見る。そうして、眼前に広がる大袈裟なギプスと腕に繋がれた管に、ただの憐れみでしかないのだろうと思い直すのだ。
腕が動かなくなったのではなくて、本当に良かった。こんなことを思う自分は、罰当たりなのだろうか。内心の声に対する返答は当然無く、深まっていく紅の色に、アイチはそっと目を伏せた。
***
[newpage]
事故から二ヶ月も経たないうちに、リハビリが始まった。
いつもの病室の中で、簡易的な手すりのような形をした歩行器を前にして、まずは立ち上がるところから、と言われたが、久しぶりに地面に触れた足の裏は、なんだか自分のものではないような、変な感じがした。感慨に耽る間もなく、痛みと違和感で立っていられなくなる。足が、一本の棒になってしまったかのように、曲げ方も分からなければ力の入れ方もわからなかったのだ。加えて、身体を支えるための両腕すら、すっかり筋肉が衰えてしまっているようで、決して重すぎるわけではない自身の体重ですら支えることが出来ず、アイチは背後の寝台に尻餅をついた。
十五の身空で何故こんなことを、そう思うに付け、リハビリなんて嫌だと早くもごねてしまいたくなった。確かにこの棒は自分の足なのだ、と実感できるので、マッサージを受けるのは嫌いでは無かったが、やはり、鈍りきった足を動かすことは予想以上に辛くて、情けなくも泣きたくなってしまった。
まずは立ち上がること。次は一歩二歩と歩くこと。個室内のトイレに辿り着くこと。室外のシャワールームまで行けるようになること。散歩を楽しめるようになること。手を借りなくても、一人でトイレに行き、シャワーを浴び、歩行できるようになること。一般道を歩けるようになること。階段を、坂道を、下りの道を、ああ、途方もない。
一つが出来ても、どんどんと次の目標が沸いて出てくるのだ。一つ一つのステップすら、アイチにはとんでもなく高いハードルのように思えるのに、頑張れ、大丈夫、の一言で、事も無げに掛けられる言葉のままに、アイチはその壁に立ち向かわなければならないのだ。他人事だと思って、と腹が立ちもするが、彼らはそれが仕事なのだ、アイチの怒りが理不尽なものでしかないのだということは、理解していた。
子供のように駄々を捏ねて、迷惑を掛けてはいけないのだ。だが、アイチにとっては初めてのその試練を、職業柄慣れてしまっている彼らは当たり前のことのように提示する。大変ね、だなんてしたり顔で、痛みを覚えるのはアイチの方なのに。全部投げ出してしまえたなら、どんなに楽だろう。だって、あの人に触れるのに、足が動くかどうかだなんて、関係ないのだ。アイチにとっての一番重要なファクターは、足が動くことを必要としないのだ。
早く櫂に会いたかった。櫂に会えば、何かしら気が休まるに違いない。櫂はアイチに何も言わないから。あんなきれい事は言わないから。アイチは、早く夕方になればいいのに、と、ただそれだけを思った。
***
[newpage]
「リハビリが始まったそうだな」
「…うん。頑張らなくちゃいけないんだけど」
ファイトに関する指示以外で、久しぶりに櫂の声を聞いた。
辛くて、という弱音は吐きたくなかった。櫂の目の前なのだ。櫂の前でだけは、こんな弱い自分をさらけ出したくなかった。だが、櫂はエミからか三和からか、アイチの様子をうかがい知っているのだろう。アイチの口から告げる前であるのに、リハビリについて言及した櫂に、今更取り繕っても仕方がないのに、と己の滑稽さを笑いたくなった。
「まだ始まったばかりだろう。ゆっくりでいい」
「……僕、弱いんだ。歩けなくたって、いいって思ってるからかもしれない」
「自暴自棄になっているだけだ。後悔したくなければ今のうちに少しずつでも慣らしていくことだ」
言葉を選んでくれているのだろう。頑張れ、と言われると思っていたのに、櫂はアイチの嫌いなその言葉を紡ぐことは決して無かった。何を頑張れと言うのだろう、という理不尽な気持ちを、ちらとでも櫂に抱かずに済んで、アイチはほんの少しだけほっとしてしまった。
「…今日は、しないの?」
「そろそろ夕飯の時間だろう」
「そうだけど…」
今日に限って少しだけ遅めにやって来た櫂は、デッキを取り出すでも無く、珍しくアイチと会話をしてくれていた。そうこうするうちに日が暮れ、二ヶ月前には真っ赤な夕焼けの美しかった時刻であった二人の時間も、秋も深まった今では、すっかり外は暗くなってしまっている。
夕食を運んでいく騒がしい音が、遠く大部屋の方から聞こえてくる。順々に回っていくそれは、きっとすぐにアイチの部屋にも届けられるのだろう。介助付きでいいから、少しでも早く治すために、食堂で食事をして欲しいと頼まれていたことを思い出して、憂鬱になった。きっと、食事を運んでくる看護師は今日も同じことを言うのだろう。子供のように拒み続けていたそれを、今日は櫂の目の前で演じなければいけないかと思うと、気がどんどんと滅入っていった。
「先導さん、お食事ですよ」
「あ、ありがとうございます…」
「あら、面会中だったのね、ごめんなさい。今日はどうする?ここで食べる?」
普段はとっくに帰ってしまっている櫂が、今日はまだ残っていることに驚いたのだろう。アイチを担当してくれている若い看護師は、少しだけ瞠目して、気を遣ったのか普段とは違う問いを投げかけてくる。有り難い、とそれに頷こうとしたアイチを遮るように、櫂が口を挟んだ。
「食堂へ運んでくれ」
「……え」
「まだ辛いかもしれないが、数歩でも歩く数は多い方が良い。俺が連れて行くのでは不満か?」
「あ、いや…そんな、でも、悪いし」
「歩行器はこれでいいのか」
「えっと…うん」
トイレやシャワーに行くとき用に、部屋の隅に置かれていた四つ足の小さな車輪の付いた歩行器を、櫂が傍に引き寄せる。目の前にそれを置かれてしまえば、櫂の手前、アイチには強く拒むことなど出来ない。トレーを持ったまま、こちらを見守っている看護師の視線に頬が熱くなるのを感じながら、アイチは腕に力を込めた。いつかは松葉杖とか、普通の杖で歩けるようになるのだろうか。この歩行器は、寝たきりから自力歩行に移行する際に主に使用する、自力歩行するにもまだ初歩的な人間の使うもので、自分がサボってきた結果を晒されている気になってしまう。櫂はそんなことは知らないのだろう、さり気なく身体を支えて手伝ってくれて、アイチはようやく歩行器へと体重を移し終えた。
「仲が良いのねえ、同じ学校のお友達?」
「いえ、ヴァンガードの大会で、同じチームを組んでいて」
「あら、そうなの。じゃあご飯はここに置いていくから、ゆっくり食べてね。終わったら後で呼んで、片付けておくから」
アイチの部屋からほぼ真向かいの位置にある、広々とした食堂は、談話室も兼ねている。ほとんど廊下を渡りきるだけで辿り着けるその部屋に踏み込んだのは、今日が初めてのことだった。見舞い人と一緒に食事を取っている患者の姿も、少なからず見受けられる。扉から近いテーブルに看護師はトレーを置くと、他の患者の元へ行くのだろう、二人に会釈をして食堂を出て行った。
細身の外見に似合わず、意外に筋力はあるのだろう、アイチの体重のほとんどを預けても、櫂は揺らぐことなくアイチの身体を受け止める。櫂に支えられて、歩行器から手を放し、ゆったりとした椅子に腰掛けた。
「やはり病院食は味気ないな」
「そうかな、僕は以外と豪華だなって思ったけど」
「ハンバーグ程度で豪華だと言ってしまうのか、お前は」
若者向けに組まれた献立は、肉を中心にした、彩りも豊かなものが多かった。デザートやおやつを付けてくれることも少なからずあって、申し訳ながら、流動食みたいなものを想像していたアイチからすれば、予想以上に普通の食事で安心したものだ。
「食事の制限はほとんどないから、たまに三和さんがおやつを持って来てくれることもあるし…食事に関しては不満なんて無いよ」
「食事前は憂鬱そうな顔をしていたが、気のせいか?」
「ああ、うん…実は、食堂に来るのが嫌で…まだ歩くの、苦手なんだ」
白いご飯をつつきながら、素直に白状すれば、櫂はやっと得心したような顔で向かいに腰掛けた。歩行器は彼の隣に、一つ分席をずらして置いてある。
室内に広がる夕食の匂いに、櫂はお腹は空いていないだろうかと心配になるが、櫂は無言でアイチが箸を進めるのを眺めているだけだった。何となく気恥ずかしくて、いつもよりも食の進むのが早い気がする。
半分程度しか食べられることのなかった病院食を、気付けば今日は七割方平らげた後であった。
「もういいのか?」
「うん、元々多めに装ってあるみたいで…お腹いっぱいだよ」
寝台とは違い、少し低い位置から立ち上がるのには骨が折れる。察した櫂に、抱き込まれるように身体を持ち上げられて、アイチはとっさに声を上げてしまわなかった自分を誉めてやりたくなった。至近距離に触れた温もりが、アイチがバーを掴んだことを確かめて、すぐに離れていく。詰めていた息を吐いて、アイチは喧しい心臓を落ち着けようと終始した。冬物のカーディガンだろうか、毛糸に絡んだ柔軟剤の良い匂いが鼻に残って、彼の腕にわざと倒れ込んでしまいたい衝動に駆られる。ゆっくりと歩みを進めるアイチを、傍で見守る櫂の姿に、足の動かないもどかしさなど些末なことのように感じられた。痛み止め、あるいは、麻薬のような、そんな成分がきっと脳内で分泌されているのだろう。なんとも現金で素直すぎる自身の身体に、アイチは内心苦笑した。
二人で戻った病室で、一度だけヴァンガードファイトをした。面会時間は八時までなのだ、ぎりぎりまで居てくれればいいのに、と思いながら、わざとゆっくりとファイトを進めたが、大した時間稼ぎにはならなかった。
「ねえ櫂くん、今日は、どうして」
どうして、いつもとは違い、夕食後まで残っていてくれるのだろう。平日の真ん中で、明日だって学校があるに違いないのに。
戸惑うアイチの瞳に、意図を汲み取ったのだろう。櫂がぶっきらぼうに頭を撫でてきた。
「…リハビリが始まったと聞いたからな。お前が言わないから三和から聞いた」
「だって、まだちゃんと歩けないし…恥ずかしくて」
「だから、ご褒美だ。ここでは他にファイトしてくれる奴も居ないだろう」
「あ…」
デッキケースを片付け、櫂が立ち上がる。『僕とファイトしてほしい』という、あの日アイチが口にした望みを、叶えてくれるために櫂は毎日ここに来ていたのだ。そしてきっと、アイチが弱音を吐いているのを誰からか聞かされたのだろう、少しでもアイチを歩かせるために、夕食の後にファイトの時間が移動したのだ。アイチが、櫂とのファイトを楽しみにしているから。
ご褒美だ、と櫂は言った。褒美を与えられるような身分では無いのに、むしろ櫂に迷惑をかけているというのに。咄嗟に言い換えたアイチの望みを律儀に叶えてくれようとする櫂に、アイチはいたたまれなくなった。アイチが本当に欲しかったのは、櫂との時間だ。櫂が少しでも顔を見せてくれるだけでアイチは嬉しいのに、櫂は、アイチのためを思って彼なりに考えてくれていたのだ。
あの時、アイチの内心に巣くうもう一つの望みを口にしていたなら、櫂はそれをアイチに褒美として与えてくれていただろうか。詮無きことだと思いながらも、アイチの思っていた以上に櫂がアイチのことを思ってくれていたのが嬉しくて、そんな妄想をしてしまう。
「明日も来る。明後日もだ。だから、昼間のリハビリもサボるなよ」
「…うん、僕…ちゃんと、一生懸命やるから…見ててね、櫂くん」
「次サボったらもうファイトはしないからな」
「あはは…うん、もう、そんなことしないよ…」
次の日も、その次の日も、言葉通りに櫂は夕食前にアイチの元を訪れた。看護師たちにとっても、すっかり顔馴染みになった櫂は、アイチのやる気を出させる特別な存在なのだと勘付かれているようで、櫂が帰宅する際には、もう少し居なよ、と看護師の方が文句を付けるほどだった。正規のリハビリ時間外であるし、男性でもあり知人でもある櫂の介助の方が良いだろうから、と、アイチを食堂まで連れて行く櫂を、看護師は微笑ましく見ていてくれた。
***
[newpage]
すっかり看護師から補助杖扱いされるようになってから、数日が経った。アイチは、まだぎこちないが、歩行器でなくても、杖があれば食堂に行けるようになっていた。足の筋肉が正常に付いてきたのだろう、櫂が支えることも、本当に偶にしか無くなって、今ではトイレや風呂にも、なんとか自分で行けるようになったらしい。トイレは個室内のものだし、風呂は脱衣所前の廊下までは付き添ってもらっているんだけど。そういって、特別なことでは無いのだとアイチは笑った。きっと大変な思いをしているのだろう、以前に触れたときには柔らかだったアイチの手の平は、足を庇い全身を支えていることが多いせいか、今は豆ができ、皮が分厚くなっていた。二の腕も、少し筋肉が付いたように思う。櫂の前では弱音の一つも吐かないが、看護師の話では、リハビリ中も辛いとすら言わないらしい。櫂との約束を守っているつもりなのだろうか、櫂の見ていないところですら健気な彼が愛おしくて、櫂は病室に通うのを止めることができなかった。
今日も、食堂へ行き、食事をして、二人で歩いて、部屋に戻ってきて、そうして向かい合ってファイトをしている。寝たきりのころとは段違いに顔色の良いアイチを見ていると、事故だなんて夢だったんじゃないかとすら思ってしまう。一面真っ白の部屋も、欠かされることのない見舞いの花と、三和からか森川からかの趣味の悪い人形と、すっかり馴染んでしまったアイチの私物とで、居心地の悪さは以前よりも軽減されていた。
今日も一試合が終わり、櫂はカードを片付け始める。同様に、サイドテーブルに並べられたカードを片付けるアイチの指が、ふと惑うように寝台に下ろされた。そういえば今日は、少し集中力が無かったように感じていた。どこか痛むのだろうかと顔を覗き込もうとすると、アイチが手元に視線を這わせたまま、ゆっくりと口を開いた。
「…ねえ、櫂くん。僕、我が儘なんだ」
「何だ、唐突に」
「櫂くんはこうやって、僕のためにいっぱい色んなことをしてくれているのに、僕、櫂くんにもっと、」
躊躇う唇が、一度だけ閉じられて、しかしすぐに声を絞り出す。低すぎないアイチの声が、櫂の耳には切なく響いた。
「もっと、してほしいって思ってる…」
堪らず顔を覆ってしまったアイチは、悲痛な息を吐きながら、まるで泣いているみたいに肩を震わせていた。小さな彼の身体が、もっと小さく縮こまっていて、何をそんなに躊躇うのだろうかと櫂の方が戸惑ってしまった。
何でも与えてやりたいと思っている。だから、櫂は昨日も今日もここに居るのだ。アイチは自分を強欲だと勘違いしているのだろうか。櫂からすれば、こんなにも謙虚だというのに。
「…俺に出来ることなら、何でも言え。俺だって、言われなければわからない」
「……」
アイチの肩を掴み、こちらを向かせる。こんなにも傍に居るのに、アイチがこんな顔をするまで何も気付いてやれなかった自分に辟易した。何が欲しいと言うのだろう。櫂が持っているものなど、アイチを見舞って、アイチとファイトをしてやること以外に、何も無いように感じられた。
「…目を、閉じてくれないかな」
躊躇いがちな声に、素直に従う。病院の庭の草むらにでも居るのだろう、開けられた窓から、コロコロとコオロギの鳴き声が聞こえてくる。じきにあの虫も亡くなるのだろう、冬の気配が風の匂いに混じっていた。
じっと目を閉じて、アイチが動くのを待つ。まさか、櫂の顔を観察するために目を閉じろとでも言ったのだろうか。全く動く気配の無いアイチに、そろそろ目を開けようかと思案しかけた頃、唇に柔らかな温もりが触れた。
「…」
温もりが離れるのと同時に目を開ければ、間近に在ったアイチの瞳とぶつかる。嘆息するように息を吐いたアイチは、櫂の視線を受け止めきられなかったかのように、そっと視線を下げた。
「…ごめんね…」
「……いや、…何故」
「…寂しいんだ、」
囁く声が、頬に触れる。勘違いでなければ、この唇が、櫂のそれに触れていたのだ。柔らかかった。少しだけ、乾燥していた。嫌悪感などは無くて、ただ目の前の少年があまりにも遣る瀬無い表情を作るものだから、アイチがきっと後悔しているのだろうということが、他人の空気に鈍感な櫂にでも見て取れた。離れようとするアイチの頬に触れて、無理矢理に視線を奪う。見つめ合っているだけで、心の全てが伝われば良いのに。そうすれば、アイチがどうしてこんな顔をしているのかが、不器用な櫂にだって理解できるのに。
「…本当に、ごめんね」
「こんなことでお前の不安が消えるなら、いくらでもしてやろう」
「ううん、良いんだ、今の一回だけで。僕は、これだけでもう十分だよ」
心底幸せそうに、アイチは微笑んだ。綺麗な微笑みであるはずなのに、何故かそれはひどく物悲しい色に見えた。あの日給湯室で見たエミの微笑みと重なる。やはり兄妹なのだな、と似ているその笑顔に感じ入る。こんな笑顔を返されてしまえば、誰だって切なくなってしまうに決まっているではないか。
頬に触れている櫂の手に、アイチの指が縋り付く。強い力で、離すことすら拒むように。
「もう、死んじゃったっていいや…」
「馬鹿、足が動かないだけで死ぬわけがないだろう。それよりもリハビリに専念して、早く歩けるようになれ」
「…うん」
幸せそうなか細い声は、投げやりな言葉を紡いで鳴いた。白い背景と白い寝具に埋もれて、本当に消えてしまいそうに儚く微笑むアイチの存在を確かめるように、櫂は彼の肩を抱いて髪を撫でた。死ぬだなんて、冗談でも言ってほしくなど無かった。規則正しく刻むアイチの心音に、彼は生きているのだ、と櫂は自身に何度も言い聞かせた。
***
[newpage]
翌日も、夕方前に病院を訪れた。まだ日の暮れていない時刻だが、昨日のことが気になって、常よりも早くに着いてしまったのだ。相も変わらず大きな病院は、喜ばしいことではないが本日も盛況のようで、顔馴染みの看護師も皆出払っているようだった。見たことのない顔に向かって面会を申し入れ、バッジを受け取り、エレベーターで見慣れた廊下に辿り着く。
「…?」
ノックをしても、返事がない。慌てて戸を引くと、そこには誰も居なかった。荷物も、何も無い。備え付けの棚や椅子、簡易なソファ、たなびくカーテン、ベッドメイキングされる前のまっさらな寝台が、趣味の悪い白で統一されて、空になった病室の中で生活感を失っていた。唯一、寝台の上に渡された簡易テーブルの上に、花瓶に生けられた白い花がぽつんと置いてある。こんなところまで白にしなくたって良いではないか。主を失った部屋の、もの寂しげな空気に耐えきれず、櫂は部屋を飛び出していた。
死んじゃったっていいや、と呟いたアイチの声が蘇る。
ついさっき通り過ぎたばかりの受付に、八つ当たり紛いに噛み付いた。
「アイチは、先導アイチは?!入院していないのか?!」
「…え、せんどうさん…?ええと、少し待ってくださいね」
もたもたと何やら資料を捲る看護師に、苛立ちが募る。顔馴染みの彼女なら、きっととっくに把握して、櫂に聞いてもいないことまで教えてくれるはずなのに。焦燥感に、視線が険しくなっていく。業を煮やす指先が、何度受付の台を叩いただろうか、不意に後方から、のんびりとした声が聞こえてきた。
「――あれ?櫂くん。どうしたの?」
ふわふわとした声は、アイチのものだ。反射的に振り返れば、両腕で抱きかかえるように、脚の沢山付いた杖を突いたアイチが、顔馴染みの看護師に支えられて佇んでいた。
「アイチ!」
「っわ、ちょっと、危ないよお…」
堪らずアイチに抱きつけば、そういえば杖を突いているのだ、アイチは櫂の体重を支えきれずにあっけなくよろめいた。驚いた看護師が動くよりも先に、慌ててその身体を支える。次の瞬間には看護師に怒られていた。
杖を抱え直し、アイチが櫂と向かい合う。櫂は看護師からの信頼を一瞬で失ってしまったのだろう、キッと睨め付けられていた。自身の行動に問題があったことは認めざるを得ないので、彼女からの視線はしっかりと受け止めておくことにする。
「…どこへ行っていた。病室のあれは何だ」
「え?ああ、言ってなかったね。僕、出来るだけ早く歩けるようになりたくって、リハビリ専門の病棟の方に部屋を移して貰ったんだ。今も、練習中なんだよ」
そういえば、アイチは杖に縋っているとはいえども、しっかりと己の両足で立ち上がっている。随分な進歩なのだろう、手摺りも何も無いこの場所を歩いていることが、それを証明していた。
「…リハビリ専門?」
「櫂くんの隣を、早く歩きたくなっちゃったんだ…まあ、今日のお昼にその部屋が空いたからっていうのもあるんだけど」
えへへ、と照れたようにアイチが笑う。救急搬送も多い大病院なのだ、いつまでも外科に居るのは悪いということで、部屋が空かなくても転室は元々検討していたらしい。櫂は早とちりにようやく気付いて、深く溜め息を吐いた。
「紛らわしいことをするな」
「紛らわしい?僕が散歩している間に、お母さんが荷物を移動させてくれてた筈なんだけど…」
アイチは付き添いの看護師と顔を見合わせて、二人してきょとんとする。櫂はいつも夕方に来ていたから、先に連絡もしていなかっただけなのだろう。これから部屋に戻るつもりだったという二人に、他意は無かったらしい。
あんなにも慌てていた自分が馬鹿馬鹿しく思えて、櫂はぷいと視線を逸らした。アイチが何事か看護師に耳打ちして、嬉しそうに微笑む。すっかり仲良しなのだ、看護師にすら嫉妬まがいの感情を抱いてしまうだなんて、自分は一体どうしてしまったのだろう。
ぐるぐると思い悩む櫂を、アイチはおずおずと見上げてきた。
「櫂くん、一緒にお散歩しない?すぐそこの庭で良いから」
「…俺でいいのか?院外での介助などしたこともないぞ」
「うん、櫂くんが良いんだ。櫂くんが隣にいたら、頑張っていっぱい歩けそうな気がするから」
ね、と看護師と笑い合うアイチは、先刻この許可を取っていたのだろう。櫂に簡単な注意だけをして、看護師はさっさと仕事に戻っていく。取り残された二人は、散歩をするにしても部屋に戻るにしても、どちらにせよ二人で歩いていかなければならない。アイチが転けてしまったらどうすれば、と妙なプレッシャーに胃が痛んだ。
目が合ったアイチは、何が嬉しいのか、やたらにこにこしている。こっちの気も知らないで、と思わなくはないが、櫂にだってアイチの意図はわからないのだ。二人で傍のガラス戸を抜けて、ゆっくりすぎるほどのんびりとした足取りで、整備された庭園の道を歩いた。
「…僕ね、櫂くんとヴァンガードができるなら、他には何も要らないかなって思ってたんだ。歩けなくたって、腕があるから。喋れるから。もうそれだけでも良いかなって、思ってた」
「…」
「でもね、やっぱり…足が動かないのも、寂しくなっちゃったから。もっと我が儘になろうと思って」
全身を使って、ゆっくりゆっくりと歩いているアイチは、冬も間近だというのに若干汗ばんでいる。けれども迷いなど無くなった、晴れやかな顔をしていた。確かめるように一歩一歩、歩みを進めながら。
いつかは、またかつてのように、櫂の後を追って駆けてきてくれるようになるのだろうか。懸命な顔は今も昔と寸分違わず、そんなアイチの表情を見ているだけで、愛しさが募る思いがした。
「…退院したらもう一度、あの褒美をくれてやる」
「ええっ」
唇が触れるほどに近づいて、耳元でわざとらしく囁いてやる。瞬時に耳まで真っ赤に染まったアイチを見て、櫂はようやく胸が空いた思いがした。アイチらしいどこか抜けた表情にようやく出会えた気がして、懐かしい気持ちにすらなった。
アイチは明日からも、櫂の隣を歩くために、昔と変わらず少しずつ努力を重ねていくのだろう。何だ、何も変わらないじゃないか。櫂の背中を追うアイチと、それをじっと待っている櫂と。一つだけ違うのは、今度は櫂がアイチに惜しみなく手を貸してやる、ということくらいなのだ。
病室に戻ったら、何食わぬ顔で頬に口付けてやろうと思いながら、前を向くアイチに櫂はこっそりと微笑みかけた。愛しいと思う気持ちは、きっとこんな形をしているのだろう。いつかこの想いを告げるときのことを考えて、櫂は憂鬱になるどころか楽しみになってしまった。
赤く染まりかけた空が、二人きりの時間を彩っていく。いつだって二人きりの時間は、夕焼けなのだ。夕焼けのせいだけではなく、赤く染まるアイチの頬を眺めて、櫂は早く彼を抱きしめたくなってしまった。
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事故に遭い、足の動かないまま入院生活を送るアイチと、アイチが大切で仕方ない櫂の話・後編。アニメ一期後すぐのif。前編を未読の方は、一つ前の小説を参照の上お読み下さい。◆(追記)4/26付DR5位ありがとうございます。皆さんの閲覧、評価、ブクマ、コメントとても嬉しいです。 蛇足的な後日談も機会があれば書けたらいいな、なんて思っています櫂くん爆発。ただいちゃいちゃしてるだけですが櫂くん爆発。予定はありません櫂くん爆発。おっと語尾が…。
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「当たり前」を一からあなたと【櫂アイ】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004745#1
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修学旅行が近くなり、その話題でクラスも盛り上がっている。
俺は戸塚と班を組む約束をしていて、他の班員は行きたい人が居たら決めて良いと言ってある。
そんなある日、葉山に屋上に呼びだされた。
呼びだされた場所に行くと戸部も一緒に居る。
この時期にこの組み合わせって…。
八「それで、何の用だ?」
葉「実はね、戸部が姫菜に告白したいんだけど、振られたく無いらしくてね。サポートしてくれないか?」
やっぱりその依頼かよ。
八「なんで俺を頼るんだ?」
葉「君は文化祭も成功させたしね、何かいい案を出してくれるんじゃ無いかと思ってね」
戸「おなしゃっす」
八「いやいや、俺に頼っても仕方ないだろ」
葉「なんでかな?」
八「俺はお前らのグループで無ければ、告白される事だって無いんだぞ、そんな俺が役立つわけ無いだろ」
戸「でも隼人君が、雪ノ下君ならいい案出してくれるからって」
八「戸部、葉山の言うことを鵜呑みするな。こいつが言うことが全て正しいなんて事は無いんだぞ」
戸「いや~、隼人君に任せとけば大丈夫っしょ」
八「はぁ、まあ誰をどう信じようがそいつの勝手だから止めないけどな。ただ今回の事で俺に出来る事なんて無いからな」
葉「考えるくらいしてくれてもいいんじゃないか?」
八「いやいや、考えるまでも無いから、そもそも振られないようにするとか無理だろ」
葉「きっと何か手はあるはずさ、考えもしないで諦めるのはどうかと思うけど?」
八「じゃあ自分で考えろよ、それに戸部」
戸「ん?どうしたっしょ?」
八「俺より葉山の方が信じられるだろ?だったら俺じゃなくて葉山に案を出して貰った方が良いぞ?葉山なら告白もよくされるだろうしな」
戸「うん、俺も隼人君が力になってくれるなら安心っしょ」
八「だそうだ、俺に頼らずお前がやるんだな」
そして屋上を出る。
しかし奉仕部でも無い俺に依頼を持ってきたのは何でなんだろうか…。
[newpage]
結局葉山が俺を頼ってきた理由が分からなくて、姉さんに聞いてみようと姉さんの部屋を訪ねる。
八「姉さん、相談があるんだけどいいかな?」
陽「うん、いいよ。入ってきて」
そして姉さんの部屋に入る。
陽「それで、相談って?」
八「実は、今日葉山が俺を頼ってきたんだけど、なんで俺を頼ってきたのかが分からなくて…」
陽「ふーん、ちなみにどんな事を頼ってきたの?」
八「修学旅行で葉山のグループの男子の1人が、同じグループの女子に告白するんだけど、振られ無い様にして欲しいって内容だった」
それを伝えると、姉さんが頭を抱えて震えだした。
八「ね、姉さん?どうした!?」
陽「修学旅行…、隼人…、告白…、依頼…」ブツブツ
姉さんがなにやらブツブツと呟いている。
そして、
陽「拒絶…、事故…、嫌、嫌ああああああぁぁぁぁ」
今度は頭を抱えたまま蹲った。
八「姉さん?姉さん!」
陽「あ…、ひき…がやくん。違う…、八幡…」
八「!?」
八(今姉さんは俺のことを比企谷君って言ったか!?)
すると姉さんは俺の肩を掴んで、
陽「八幡!!その依頼は受けちゃダメ!お願い絶対に受けないで!」
と、凄い剣幕で詰め寄ってくる。
八「あ、ああ。俺も受けるつもりは無いから」
陽「良かった…」
そして俺は気になった事を聞く、
八「姉さんさっき俺のことを比企谷君って呼んでたよな?」
陽「あ、うん…」
八「もしかして、前世の記憶が?」
陽「!?ちょっと待って、前世って?」
八「俺は高校生の時に一度死んだ記憶があるんだ。その時の俺は比企谷八幡で、死んだのは…」
陽「私を突き飛ばして車に轢かれた?」
八「…ああ、その時姉さんに告白されたけど、答える事も出来ないまま強烈な眠気に負けそのまま…」
陽「っ!じゃあ、この記憶って…」
八「俺は前世の記憶だと考えてる」
そしてお互いの記憶を話し合って見る。
すると、やはりお互いの記憶の内容が一致した。
陽「本当、に、はちま、んは、ひき、がや、くん、なんだ…」ポロポロ
八「はい、そうなりますね」
すると、姉さんは俺に抱き付いて大泣きしだした。
陽「ごめんなざい、わだじがぶんかざいでいらないごとしだから、グズッ、それど、ありがどう、わたじをたずけでぐれて、ずっど、グスッ、ずっとあいだかった。ずっとあやまりたがったの」ボロボロ
訳「ごめんなさい、私が文化祭でいらない事したから、それとありがとう、私を助けてくれて、ずっと、ずっと会いたかった。ずっと謝りたかったの」
しばらく泣き続ける姉さんの頭を撫で続けて落ち着くのを待った。
八「俺の方こそごめんなさい。目の前で死んだから雪ノ下さんには余計に辛い思いをさせてしまいました。それと、雪ノ下さんの告白にも答える事ができなかった」
陽「ううん、私を助けてくれたんだもん。感謝をしても恨んだりして無いよ」
八「ありがとう、それとあの時の告白ですけど、実は凄く嬉しかったんです。だから返事を返せ無かったのがずっと心残りでした。あの時は考える余裕も無かったけど、今ならハッキリ言えます。俺は姉さんの事を、雪ノ下陽乃さんの事を愛しています」
陽「うん、私も八幡の事を比企谷八幡君の事を愛しています」
そしてキスをする。
その後、泣きはらした顔が恥ずかしいという事で姉さんはお風呂に行った。
姉さんがお風呂から出た後俺も入り、その後部屋に戻ると姉さんが部屋にやってくる。
そしてこの日、俺達は一線を越えて愛し合った。
行為の後、今隣では姉さんが嬉しそうに俺に抱きついている。
陽「私は今本当に幸せだよ、人生丸々一回分の想いが叶ったんだもん。それに前世では結局八幡以外に身も心も許したくなくて未経験だったからね。記憶や心的な意味でも初めてを八幡にあげられて嬉しいんだ」
そうか、今の姉さんにして見ればそういう事になるんだ…。
それに俺の所為で姉さんは結婚しなかったんだ…。
陽「一応行っとくけど、自分の所為だなんて思わないでね。私が決めたこと何だから」
八「…はい」
陽「ところで八幡はさ、いつから記憶があったの?」
八「俺は…、実は姉さんに拾われた時にはもうありました」
陽「え?そうなの?」
八「ええ、そしてここでの暮らしは本当に幸せでした。血が繋がっていないのに、前の世界なら考えられないほど父さんにも母さんにもそして姉さんにも大事にされたんですから」
陽「…」
八「そして姉さんと一緒に居れば居るほど、仮面を被って無い姉さんの事を知るほど、姉さんの事を好きになって行きました。でもだからこそ、前世の最後に返事が出来無かったのが悔しくて、そして苦しかったんです」
陽「うん…」
姉さんの抱きつく力が強くなる。
八「そして姉さんの婚約者になれた時本当に嬉しかったんです。今の姉さんは前世の雪ノ下さんじゃ無いとは分かっていても…、でもそれと同時に、前世でもこんな関係になりたかったと本気で悔しかったんです」
陽「そっか…、ねえ八幡、前世の分も幸せになろうね」
八「はい、俺も姉さんと幸せになりたいです」
そしてこの日から今までよりも二人で居ることが多くなり、前世の分も取り戻すかのようにイチャイチャしたり、Hな事もするようになった。
[newpage]
それから日は進んで修学旅行当日。
俺の班は戸塚と、何故か葉山、戸部、三浦、由比ヶ浜、海老名、川崎だった。
必要以上に話しかけたりしなければ良いと思って、戸塚と話しながら移動の時間を過ごす。
京都を回っている時、戸部が明らかに海老名さんを意識しているのが分かった。
そして葉山は戸部と海老名さんが二人っきりになると邪魔をして居るように見えた。
どうやらこの世界でも海老名さんに戸部の告白を止めて欲しいと言われたのだろう。
しかしあいつには告白は止められ無いだろうな。
それ以外だと回っている間、葉山と由比ヶ浜に睨まれるのが鬱陶しいが、まあ実害が出ないならいいだろう。
そして三日目。
俺は一人で京都を回る。
夕方になりホテルに戻ると、葉山に呼びだされた。
とりあえず呼ばれた場所に行く。
葉「戸部が告白しようとしているんだ。手伝ってくれないか?」
八「俺は何もしないと言ったぞ、それに修学旅行中お前は戸部の邪魔をして居るように見えたがな」
葉「それは…」
八「まあ俺には関係無いから良いけどな」
葉「ま、待ってくれ!」
と、帰ろうとした所に肩を捕まれた。
葉「実は姫菜から戸部の告白を止めてほしいと言われたんだ」
八「…それで?」
葉「姫菜の話を聞いて、戸部が告白するとグループが壊れそうなんだ。だから俺達を助けてくれ」
八「一つ聞くが、海老名さんから相談されたのはいつだ?」
葉「え、それは…」
八「結構前から相談されていたんだな?それをなんでこのタイミングで言う?」
葉「…」
八「はぁ、まあどっちみち俺は何もしないからな」
葉「ま、待ってくれ!幼馴染だろ、助けてくれたっていいじゃないか!!」
八「俺はお前の事を助けるような仲の幼馴染だと思って居ない、大体小学生の時に俺のいじめの原因を作ったり、高校になってからもテニスの邪魔をしたりしといて、良く助けてなんて言えるな」
葉「くっ」
その場で悔しそうに拳を握る葉山を置いて宿に帰った。
部屋に着くと、
彩「あ、八幡」
八「ん、どうした?」
彩「八幡に伝言があるんだ。今日の夜八時に嵐山の竹林入り口に来てください。だって」
八「ふ~ん、誰からだ?」
彩「ゴメンそれは言えないかな」
八「まあ分かった、行ってみることにするわ」
彩「うん」
晩御飯を食べた後に、言われた通りに竹林入り口にやってきた。
するとそこには比企谷雪乃が居た。
八「俺を呼んだのは比企谷か?」
雪「ええ」
八「何の用だ?」
雪「…少し歩かないかしら?」
八「…分かった」
そしてしばらく歩くと三浦と海老名以外の葉山グループがいた。
どうやら戸部がこれから告白をするらしい。
比企谷も人が居たのは意外だったのかちょっと困っている感じだった。
すると葉山がこちらに気付き、驚いたような表情をした後睨んできた。
雪「…ここから離れましょうか」
八「…そうだな」
まあ戸部の告白の結果もわかっているし、これ以上関わるつもりも無い。
葉山達から見えない位置まで移動した後比企谷は立ち止まると、
雪「話があるの」
と言った後深呼吸をして。
雪「雪ノ下君好きです!私と付き合ってください!」
と言って頭を下げたまま手を差し出してきた。
告白されるとは思って居なかったので驚いた。
だが俺の答えは最初から決まっている。
八「…悪いが俺には婚約者がいてな、その人以上に誰かを好きになることは無い。と思えるほどその人の事が好きなんだ。だから気持ちは嬉しいが付き合うことは出来ない」
雪「そう…なの…」
八「ああ、悪いな」
雪「いえ、既にそう言う人がいるなら仕方無いわ」
八「ありがとうな、じゃあ俺は宿に戻るな」
雪「…ええ、私は少ししてから戻るわ」
八「分かった、気をつけろよ」
そして比企谷から離れて宿に向かった。
もし、前世あんな事が無く雪ノ下に同じように告白されていたらどうしただろう…。
いや雪ノ下だけじゃなく由比ヶ浜にもか…。
帰っている途中そんな事を考えてしまう。
部屋の前に着くと戸塚が待っていて、ニコニコしながら『どうだった?』と聞いてきた。
だから正直にあったことを答える。
戸塚は少し残念そうにしていた。
比企谷が振られた事に心を痛めたのかもしれない。
そして部屋に入ると、戸部が落ち込んでいて葉山が慰めて居た。
葉山は俺の方を見ると睨んできたが、俺には関係無いことだ。
こうして修学旅行を終えて、東京駅で解散となるのだが、駅には姉さんが居た。
どうやら迎えに来てくれたらしい。
姉さんは俺の腕に抱きつくと『お帰りなさい』と言ってくれた。
それだけの事なのに何故かすごく嬉しくなる。
そして姉さんと一緒に家に帰った。
[newpage]
あとがき
こうして修学旅行が終了しました。
原作との大きな変更点は
・奉仕部が無くなっている。
・奉仕部があったとしても由比ヶ浜も奉仕部に入っていないので雪乃も依頼を受けない。
・嘘告白をしない。
・雪乃に告白される。
ですね。
さらに修学旅行に告白の手伝いを頼まれた事が鍵となり、陽乃が前世の記憶を取り戻しました。
陽乃とは両親公認での婚約者でずっと一緒に居るんだし、一緒に寝たりもしてそうなのに、ここまでH未経験なのに違和感がある人も居るかもしれませんが、やっぱりこのタイミングかなと思ってこうなりました。
陽乃が前世の記憶を取り戻した後八幡の口調が少し硬いですが、前世の雪ノ下さんに対しての口調と混じっています。
急に記憶を取り戻した事等で、八幡としても雪ノ下さんと姉さんのどちらとして接して良いか迷った為です。
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修学旅行。陽乃と告白
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10047505#1
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しばらくぶりに桃源郷を訪れた鬼灯は、いつもと違う何かを感じ取り、おやと首を傾げた。
足を止めてあたりを見渡す。違和の理由はわからない。
たしたしと柴を踏みわけ、極楽満月と書かれた札がさがっている戸を叩いた。
木の板は右下に傾いている。
そこでようやく異変に気付いた。
この桃源郷に、館よりもむしろ小屋というべき居を構えている白澤の気配がどこにもなかった。
そうと気付いた瞬間、あたり一面の桃色が、急に霞んだ気すらした。
遊び好きの白澤のこと、女人を求めてどこへなりと行っているのは不思議ではないが、しんと静まり返った空虚は、長らくこの土地の主が不在なことを示していた。
そういえばここを訪れるのはいつぶりだろうかと鬼灯は首を傾げる。
鬼灯にとって白澤は、用がなければ極力顔を合わせたくない気に食わない男だった。
今日も共同研究している和漢薬の材料を分けてもらうというそれらしい理由がなければわざわざ足を運びはしなかった。
記憶を辿り、そうだ、と手を打つ。
最後に会った日から実に4年程の歳月が経っていた。
そんなものかと鬼灯は思った。
何千年も生きていれば気は長くなろう。
しかしせっかく来たのに白澤が不在というのは面白くない。
思い出してしまえば、あのニヤケ面を見たくていてもたってもいられなくなった。
では少し待たせてもらおうとあがりこむ。
「ごめんください」
勝手知ったる店内に火を入れ、薬草茶を沸かす。
鉄瓶には埃が積もっていた。
もしも白澤が何年も店を空けているのなら、一日やそこら待ったとしても会える見込みは薄かったが、ならば翌日も来ればいいだけのことだと鬼灯は考えた。
幸い、退屈しないだけの設備は整っている。
これから毎夜仕事帰りにここに寄れば、さぞ薬の研究もはかどるに違いない。
いやいっそ店を乗っ取ってしまうのもいいかもしれなかった。
薬師の仕事も放りだして何処かへ行ってしまったのが悪いのだ。
と、鬼灯がもっともらしく腹で考えているとその計画は呆気なく覆された。
「灯りがついていると思ったら……なんでおまえが勝手に入ってるんだよ」
いつの間にか出ていた月と夕闇を連れて戸口に立っていたのは、ここの主である軽薄薬剤師――またはろくでなし色魔――、白澤だった。
「おや、お邪魔していますよ」
鬼灯はお茶をすすりながら目をあげる。
視界に入った白澤の姿に、絶句した。
白い着物はどこかに打ち付けたように破れ煤け、むき出しになった手足や顔はところどころ、青くなったところもあれば赤くなったところもあった。すらりとした足の平は裸足で、ぺたりと床板を踏む。
「……貴方また、人間のところに行ったのですか」
「だって面白そうだったんだもん。おまえだって視察くらい行くだろう?」
白澤は軽く笑うと、彼を見たきり渋い顔をする鬼灯の手から茶器を奪って残りの茶を一息で飲み干した。
「ああ、喉が渇いた」
鬼灯は白澤を尻目に何も言わず、お茶を汲み直す。
白澤はもう一杯、続けざまに飲み干した。
ごくりと嚥下する白い喉元にも、縄目のような跡があった。
白澤は満足すると舞踏のような足取りで部屋を横切り、カウンターにかけてあった着古した白衣を羽織った。
ぱんぱんと袖をはたき、埃が舞う。
「私は視察ですけど、貴方のそれは物見遊山でしょう。一緒にしないでください」
鬼灯は苛立っていた。
今まで忘れていた些細な記憶を立て続けに思い出したのだ。
何十年か前にも同じような諍いをした。
その時も白澤は現世から帰ってきたばかりで、似たような傷を負っていた。
諍いをしながら、やはり白澤の放蕩を誹らないわけにはいかなかった。
「傷つけられるのがわかっているのに、どうして」
と。
例えるならば前人未踏の山岳地帯を軽装備で踏みいるようなものである。
白澤の白い膚に刻まれたのは、有象無象の人間という草の根をかき分けてつく傷だった。
しかも今回は、前回見た時よりも明らかに荒んでいる。
「そうだねえ、もう潮時かもしれないね」
白澤は珍しく素直に頷き、まじまじと自分の手の平を見た。
握ったり、開いたりする手の中にあるものを鬼灯は一度も聞いたことはない。けれど想像は出来た。
綿々と連なる、白澤が大事にしているもの。人の幸。
全く白澤という生き物は不器用に出来ていた。
白澤――徳の高い為政者の治世に姿を現すとされる神獣。
そのため白澤は頻繁に現世の皇帝の元に降り立った。
鬼灯と出逢ってからも、恐らく出逢う前も。
気に入った皇帝が見つかるたびに、
白澤は不愉快そうな鬼灯を無理矢理茶飲み話に付き合わせる。
――今度の皇帝は確かに賢帝なんだけど身体弱そうだしあれはすぐ暗殺されるな
――戦もなく、餓えもなく、なかなかうまい治め方してる。ただちょっとお盛んかなあ。おかげで後宮の姫君達をいっぱい堪能させてもらったけど
――信じられる?いきなり僕を捕まえて見せ物にしようとしたんだよ!でもまあ、剛胆で懐の深い子だったのは確かだね
しかも白澤の話は言いたいことだけを一方的に言うものだからつかみ所がなかった。
白澤がくすくすと笑って楽しそうに話すのも、どこか遠くを見ながら悲しげに述懐するのも、鬼灯はそのたび冷静に相づちを打った。が、どうしてだかあまり面白くなかった。
そうした漠然とした不愉快さは、こうして白澤が傷ついて帰ってくるのを見ると、もう少し具体的に認識出来る程にまでなった。
冷たく大きく硬い氷塊を飲み込んだように心が冷える。
一方で、腹は煮えかえるように熱くなった。
激情を隠したまま、乱暴に白澤を抱いたこともある。
受け容れる白澤も手慣れたもので、それもまた鬼灯を苛立たせる。
そのくせ、反応は処女のように妙にぎこちなく、不可解でもあった。
どんなに達観したように振る舞っていても最後には自分の腕の中でわんわんと子供のように泣き声をあげる白澤。
誤解のないように言い添えるならば、鬼灯は、そんな白澤を愛していたのである。
どしりと店の机に腰を下ろした。白澤の手首を掴み引き寄せる。
向かいの椅子を差し、白澤にも座るように促した。
「で、今度会ったのはどんな人間ですか」
鬼灯は死者を捌く地獄の裁判官だ。生きた人間にはさほど興味はない。
というよりも干渉する気は起きなかった。
人の身は馬鹿馬鹿しい程短く、いずれ等しく死ぬ。
関心を持つのはそれからでも遅くはなかった。
しかし白澤を泣かせ、心身共に傷つける彼の国のヒトをこれ以上放ってはおけない。
「へえ。珍しいね、鬼灯が聞きたがるなんて」
「そりゃあ、あなたをこてんぱんにへこました、良い仕事をした人間の話は気になりますね」
「うわー。いつもながら鬼」
白澤は笑いながらも瞳を揺らした。
逡巡しているようだった。何かを懐かしく思い出している時も、そんな目をしていた。
遠い忘却の彼方に横たわる悠久は、白澤だけのものだった。
「どこから話せばいいんだろう。思えばたくさんの人に会ったもんな」
吉兆の白澤に出逢った人間は、末代まで子孫が栄えるとすら言われている。
だから白澤を崇める者が多かったが、神代が終わって久しい近頃では、そうもいかない。
権力と欲を求める人の間で白澤は傷つけられ戻ってくる。
優れた王を求めるのももう限界にきていた。
「少し長くなるけど、最初から話そうかな」
「最初から?」
「そう、最初から。もう4千年くらい前のことかな」
「気の長い話ですねえ。夜が明けてしまいますよ」
白澤は微笑むと椅子から身体を乗り出した。赤い耳飾りが散りと揺れる。
驚く鬼灯の首に腕を回すように無邪気に手を伸ばす。
白澤が鬼灯に甘える時の仕草だった。
「ふふ、大丈夫。すぐ終わる。僕の9つの目が見たこの世界の記憶の一部を、おまえに見せてあげる」
その記憶を綴るのは
野を撫ぜる風。
地に染みこむ雨。
空を覆い尽ういかづち。
全てを識る神獣の元に届けられる記録の一部。
――――
[newpage]
雨が止んだのは七日後のことだった。
水が土を叩く時に出来る一面の白い煙がひいたあとに、ようやく顕れたのはただの泥だった。
男は深い絶望と共にそう悟った。
あれだけ多くの民が血を流して開墾した土地はこれで振り出しにかえった。
また一から耕さねばなるまい。積み上げた石は幾らか残っていたが天にはほど遠い。
空は灰色で、雨は止んでもいまだ暗い。鳥の鳴き声で、かろうじて朝だと判別出来る程度だった。
工事をしている人々が遠くに見えた。わあわあと威勢の良い声がここまで届くだけ良かったのかもしれない、と男は思い直した。
彼らはたくましい。また一から石を積み上げる。
この国の繁栄はこうしてあったし、これからもそうだ。
蟻の巣をつついたような騒ぎで人足が乱れ、また列をなし、繰り返し一定の秩序を保っているのを眺める。
「王よ、どこへ行かれるのですか」
背後から聞こえる老人の声に男はぎくりと足を止める。
そして見咎められたことに、気まずそうに手に持っていた鉄の棒を離した。
「石切場の監督だ。人手はいくらあっても多いということはあるまい」
「過ぎたるは尚と言いましょう。申し上げるならば、王が手伝ってもかえって仕事の手を止めさせるだけかと」
「はっきり言うなあ」
「もっとはっきり申し上げますと、邪魔、ということですな」
腹心である老臣は人を喰った笑みを浮かべて長い髭を撫でた。
手にしていた土を掘りかえす道具を没収して去る側近の背中に男は溜息をつく。
ただこうして自分一人が何もせず、館で待っていても気ばかり急くだけだった。
早く、強く丈夫な国にしなければいけない。
天災にも人災にも負けない強い国に。
物見櫓のような粗末な宮を自分一人が徘徊しても兵力の増強になるわけでも豊穣な土地が返ってくるわけでもなかった。
いや、民の心が一つになって、ここから再出発出来るならいい。
止まない雨に、人柱を望む声もどこからか聞こえてくる。
このまま太陽が見えなければいずれ政治的に正式な手順を踏んで生贄を要請されるかもしれなかった。
あれこれと思い巡らせながら男は城門へと続く長い回廊を行く。
まずは貯水の池の様子を確かめにいくことにした。
男は自分の目で見たものしか信用しない性質であった。
蓮の花が幾つも浮かぶ風光明媚だった池は、岸辺が土砂で削れたのかその有様すら変えていた。
岸の片側が割れ、大地を裂く亀裂に池は真っ二つになっていた。
「おやまあ」
男は呆れた声をあげた。
これでは池ではなく河だ。
亀裂の入った土に水が流れこみ、その小さな支流は睡蓮の茂みの奥に繋がっている。
というよりもどこか高いところからこの亀裂を通って水が流れ込んできている。
男は長い草をかきわけ、ちょろちょろと流れてくるその水がどこまで繋がっているか確かめたくなった。
男は上等な縁取りの衣が汚れるのも構わず泥に足跡をつけていった。
城の裏手のこのあたりはすぐいけば背後を守る断崖絶壁の縁にぶつかり、源泉など在るはずがないのだ。
緩やかに流れる水を遡るのは簡単ではなかった。
足を踏み外さないようにしっかりと目は水の導を追っていた。
だから、突然開けたところに出た時男は思わず目を何度も擦った。
大雨が降ったことを全く感じさせない透明な真水が溢れるほど湛えられた泉だった。
これほど透明では、深さがどの程度かも類推できない。
泥がたまる城下の土地と違い、ここには豊かな緑が多い繁っていた。
じいっと水を覗き込んでいると、ふいに水面に波が立つ。
いぶかしみ、男は泉の奥を目で追う。
最初は、何か魚が飛び跳ねているのかと思った。
激しい水しぶきがおこり、その中心にいたのは髪の短い子供だった。
しきりに腰をかがめては泉を覗き込んでいる。
背を向けてはいたが、この国の人間ではないと男は直感した。
よく見れば、濡れて透けた白い着物の下の膚は自分達と同じ色をしているのだが、何かが違う。
異人だと思った理由は、さらに目を懲らしてわかった。
背から腰にかけて描かれた朱の紋様は、この辺りでは見かけない印だったので異民族だと男は判断したのだった。
「ここで何をしている」
男は声を張り上げた。
ようやく子供は、男に気付いたようだった。
ゆっくりと振り返えった顔は不愉快そうにしかめられていた。
頭巾をかぶったその顔も衣も、この辺りの者ではなかった。
しかし男が何よりも感慨深かったのはそこではない。
、
「童女かと思ったら、男児だったのだな」
こんなところで人に会うとは思わなかった故に、虚のない言葉が口をついて出てきてしまっていた。
しまった、と思ってももう遅い。
子供は見る見るうちに表情を変えた。
「さいってー!どこをどうしたら僕を女と間違えるのさ!これだからヤローは嫌なんだ。どっかいけ。しっし」
追い払う仕草をし、少年は再び身をかがめた。
男には構っている暇はない、という拒絶を感じる。
「どこをどうしたらって……後ろ姿が美しいと思っただけだ、すまなかった」
「で、僕がカワイイー女の子だったとして、そしたらどうするんだ?襲う?」
子供の口はよく回ったが、一度も男を見向きもしない。
しきりに顔をつっこみ、水底を覗いていた。
「家に送るに決まっている。おまえ、家はどこだ?父母はどこの誰だ?」
「父母だって?そんなのいないよ。まああえていうならこの世界そのものだけど……」
今度顔をしかめるのは男の番だった。
得体の知れない災いに出逢ったような顔をする。
「家は、あそこ」
子供は身体を起こして男を真っ直ぐに見た。
指を一本立てた。指し示すは天。
「空から来ただと?どうやって」
好い加減にしろ、とか嘘をつくな、とは言われなかったことに
子供ははじめてその男に興味を示した。
「どうって、落っこちたんだよ。雨と一緒に。いや参ったね、空が抜けるかと思った」
「落ちたということは、戻れないのか」
おおかしな話を鵜呑みにする男に、子供は面白そうに目を細める。
「元の姿になればひとっ飛びなんだけどさ、今びしょぬれだから戻りたくないんだよ。ほら、毛皮濡れるのって気持ち悪いし」
「毛皮?元の姿?おまえ、ヒトではないのか」
「あれ?気付いてなかったの?僕の名前は」
白澤、と赤い目尻の子供は微笑んだ。
――――――
こうして白澤は男の宮に居付くことになった。
男は嫌いだったが、一宿一飯の恩を忘れるような白澤ではない。
あの時天に帰れずにいたのは濡れた毛皮が気持ち悪いというほかにも、もっともな理由があった。
「これを泉の底で見つけたのだが、おまえのだろう」
「そうそれ、どうして僕のだとわかったの?」
男が手にしていたのは赤い紐の装身具だった。
耳飾りには少し長いし片方しかなかったが、白澤は嬉しそうに受け取るといそいそと右の耳に結わえた。
「あの時何かを探していたように見えたのでな。しかしあのように水面を騒がせては見つかるものも見つからないだろう」
「ああ、安心した。これがないと落ち着かなくて」
確かに、その朱は白澤の耳で揺れてこそ価値があるように思えた。
良かったな、と笑う男に白澤は顔を曇らせる。
「今この国大変なことになっているみたいだけど、僕なんかにかまってていいの」
「良い良い。おまえもここにいる限りは私の民の一人だ」
用件を済ませて立ち去る男の後ろを、白澤はにこにことついていく。
石を積み上げた薄暗い宮殿の中で、男のあとをついて歩く白澤の白い着物はとても目立った。
見たことのない布は目映いばかりに白く、ふわりと広がる奇妙な袖は、なるほど初めて会った時に童女と見間違えたのも無理はなかった。
あれから幾日がすぎてもまだ泥は固まらなかった。
掘り返しても作物が実る土が出来ない。
石を積み上げた土手は少しずつ元に戻りつつあったが、向こう岸にかかる橋すら途中で崩れている有様だった。
治水事業は男が采配を振るう中でも一番の難事だった。
白澤は男に、一宿一飯と耳飾りを見つけてくれたお礼に、泥でもよく育つ穀物を植えることを教えた。
種は白澤が落ちてきたあの泉に一緒に落ちてきた幾つかの草から拝借した。
草花を思うように育てることの出来る白澤は、男の目にはまじない師のように見えた。
「王様、近頃お連れになれているそちらの方はどなたです」
「連れ歩いているわけはない。こやつが、勝手についてくるのだ」
顔色を窺う臣に男は面倒そうに返す。それを白澤が人ごとのように笑いながら聞いている。
いつもにこにこと楽しげな白澤は、男が治める国の人間に次第に受け容れられるようになった。
季節が一巡りし、また一巡りし、それがたくさん繰り返され、
泥が栄養を含んだ土に代わり倉が穀物でいっぱいになると、次は果実を植えることを薦めた。
「桃の木なら、このあたりにも生えているだろう」
宮殿の片隅の一番日当たりのいい部屋で我が者顔で寝そべる白い獣は、仕事を終えた男が入ってくると昼間たくさん寝たのにまだ眠たそうに顔をあげた。
「そりゃそうだけどさあ。でも僕はこれが一番好きなの。だからいっぱい作ってよ」
「うむ。確かにこれは甘いが……」
男は、しゃり、と器に盛られた果肉を噛み、顔をしかめた。
白澤は甘い物も、辛いものも大好きだった。
この部屋の窓から見える庭は、白澤が植えた珍しい薬草でいつのまにかいっぱいになっていた。
「甘いだけじゃないよ、仙木だしね、食べると長生きするよ。3年も待てば実がなるからさ」
「そうか。おまえが言うならそうしよう」
父のような大きな手に頭を撫でられて、白澤は嬉しそうに微笑んだ。
しかし桃の木が大きく育つ前に、男は呆気なく死んでしまった。
老衰だった。それだけの時間が経っていたのだ。
老いた王の後ろでいつもにこにこ笑っている、全く年を取らない子供を臣下は探したが宮殿のどこにもその姿はなかった。
多くの人間が、偉大な王の死後の従者として随埋されるのを、白澤は桃の木に腰掛けじっと眺めていた。
おびたただしい数の人間が生きたまま埋葬される。
あの男が、そんなことを望んではいないことを知っているのは白澤だけだった。
白澤が優れた王の治世に現れる吉兆の神獣だと伝えられるよりもはるか昔、
黄帝に出逢うずっと前の時代の話である。
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鬼白前提、歴代皇帝×白澤の捏造中華4000年記→そこからの鬼白です。白澤=優れた王の治世に現れる神獣なんだから、色んなエピソードがあるはずだよね!という妄想です。なんていうか夢みすぎですすみません!白澤さまは最終的に鬼灯さまに幸せにしてもらう予定です\(^o^)/99%捏造と妄想で出来ています。モブに固有の名前はありませんが、そういうの苦手な方はご注意ください。いつも評価・ブクマ・タグ等本当にありがとうございますー!!励みになります!
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【鬼白】 白澤記1 【モブ白】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004754#1
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大阪、京都へ修学旅行で来ている私たち七色ヶ丘中学二学年。
教科書でしか見たことなかったものを目の前にし、歴史など学んだり、お友達と何泊か泊まりでの修学旅行。
そんな楽しい修学旅行も最終日をむかえていたが、青木れいかは少し浮かない顔をしていた。
楽しくなかったとか、そういうわけではないが一つやり残したことがあったわけで。
同じクラスメイトでありプリキュアという使命を背負った仲間、日野あかねとの時間がほとんどとれなかったことにある。
なぜなら、あかねに友情とは違う感情がれいかにはあるからで。
しかし関西への修学旅行ということもあり、あかねはクラスメイトに引っ張りだこ。
最終日の自由時間こそは一緒にまわろう!と、意気込んでいたがあかねは
「ちょっくら見たいとこあるから、あとで合流しよなー!」と去っていってしまったのである。
そんなこんなで、あかね無しの四人で自由時間を過ごしていた。
「れいか?元気ないけど大丈夫?」
「え?」
そう声をかけてきたのは幼馴染の緑川なお。小さい頃から一緒で楽しいことも悲しいこと、いろいろ相談しあった仲である。
だが今回ばかりは素直に相談できるわけもなく。
[newpage]
「みなさんが無事に最終日を迎えられて安心しているのかもしれません。」
「そうだね~。地方での泊まりとかって何あるかわからないしね。」
なんの疑いもなく話を聞いてくれるなお。それにみんなが安全に過ごせて安心したのも確かで。
「でもあれだね。」
「あれ…ですか?」
「あかねも一緒にたくさん遊べれば良かったんだけどね~。」
「そ…うですね。みゆきさんや、やよいさんも寂しそうでしたし。」
「1番寂しかったりするのはれいかだったり?」
さらりととんでもない爆弾をはなたれ、飲んでいたお茶を思わず口からこぼれそうになる。
いったいなにを言われたのか?と思うくらいに混乱していたが、ふとなおに目線を向けるとちょっとニヤッとする笑みを浮かべていた。
「ちょ、ちょっと何を言ってるのかわかりません、なお。」
「ふーんそうなの。私は寂しいけどな、あかねと一緒にいる時間少なくて。好きだから」
え?最後のほうがよく聞こえませんでした。そんな感じで固まるれいか。
「な、なおもあかねさんが⁉幼馴染なのにわたくしは全然気づきませんでした…」
「へー、れいかはあかね好きなの?どんな感じに?」
「そ、そうですね。一人の女性としてですか。」
「んー、もっとわかりやすくさ。そうだなー。likeかloveで。」
「え⁉その…love……ですけど。」
「やっぱりね~!なんとなくそんな気はしてたんだけど。あ、ちなみに私はlikeの方だよ。」
穴があったら入りたいとはまさにこのこと。なおの話術でまんまと騙され本当の気持ちを喋ってしまった。
ほら、幼馴染だしなんとなくわかるよ、ね?と言いたそうな表情。
れいかは気づいたときには顔を真っ赤にしアタフタしながらなおの口を抑える。
「わ、ちょっと!大丈夫大丈夫、みんなには内緒にしとくから!」
声にならない声を出しなおに詰め寄り精一杯睨みつけるがなおには効果はなく、落胆するれいか。
そのとき後ろからドタバタと勢いよく足音が聞こえてくるではないか。
[newpage]
「おっふたりさーん!なにしてんのー?」
用事があると、先ほどまでいなかった、あかねが勢いよく現れたのである。
さっきまでのなおとの会話を聞かれてたのでは?と1人違う意味でびっくりし、どうしようと真っ青になる。
あかねはというとこちらをじーっとみて「あ、そうやった!」と思い出したようにれいかの腕を掴む。
「なお、ちょっとれいか借りてくでー!」
「どうぞどうぞー、集合時間に遅れない程度にねー!」
うちのおかんか!っとツッコミをし、あかねに引っ張られるままについて行く。しかし腕を掴まれて熱くなるし、急に2人きりになったで状況がうまくつかめない。
「……っ!」
「あ、腕引っ張ってわるかったわ。渡したいものあったんやけど、なおとあんな近くにおったから勢いで掴んでもーたわ。」
急にパッと手を離し人差し指で鼻をちょんちょんと、かく仕草をするあかね。
だいたいなんで、なおの話題がここで出てくるんですか。そう思うれいか。
「なおとは話をしていただけです。」
「なんでそんな怒ってるん?だいたいあんな近い距離でいつも話してないやろ。何を話とったかは知らんけど。」
「そ、そういうときもあります。何を話していたかは……秘密です。」
「…2人で秘密のお話ですか。こんな近い距離で何を話とったんやろなあ?」
そう言った瞬間にはあかねはグッと近づいて、お互いの息が顔にかかるくらいになる。ハッと我にかえりドンとあかねを突き返す。ドキドキしてどうにかなってしまいそう。
「な、なんですか急にあかねさん!」
「…急にちゃうよ。いつもそうしたいって思っとたわ。」
「え?」
「あっー!もう台無しや!うちの計画台無しや!……いっちょやったるわ!」
そう叫んだあとに深く深呼吸しこちらを真面目な顔をし見つめてくる。
[newpage]
「いつもなおが羨ましいって思ってた。うちが知らないれいかいっぱい知ってるやろ?あげたらキリがないくらい知ってるやん。それにれいかといると楽しくてドキドキしたり、何しとるんかな?とかいつも気になるんよ。それくらい、れいかに惹かれとんねん。」
「……………。」
「うちらプリキュアやからこれからも仲良くしていきたいから、言うか迷ったけどこのままも好かんねん。だから今日言おうって思っとた。嫌いなら嫌いでかまわんし、友達でもしょうがないって思っとる。」
「……………す。」
「……?なんやて?」
「わ、私もあかねさんが好きです。私もあかねさんのこと知りたいですし、一緒に…うぐっ…いると…ドキドキします…」
思わぬあかねの告白に涙を流してしまう。私もうまく言いたいのに言葉がでてこない。
涙を手で一生懸命拭うが涙はそれよりたくさん出てきてしまう。
「ほら、こすったらあかんで?目が赤くなってまう、可愛い顔が台無しや。」
そう言ってそっと抱きしめ、ギュッとれいかも腕をまわす。
「あかねさんの方が可愛いです…それに…ひっぐ…これは嬉し涙だから…うっぐ……いいんです。」
照れてまうわー、と言いながら抱きしめる力を強めるあかね。
そして体を離し、泣いて落ちて行く雫にチュッとキスをする。
「~~っ!!あかねさん!外でそんなことしたら困ります!」
「照れてるれいかも怒ってるれいかもベッピンさんやでー!そや、今から遅いかもしれへんけど観光といきましょかー!」
そう言って今度は腕ではなくしっかり手をギュッと繋ぐあかね。
「…よろしくお願いします、あかねさん」
そう言ってまんべんの笑みを浮かべあかねの手を握り返し2人きりの観光を楽しむのであった。
[newpage]
おまけ
「そういえば、あかねさん」
「なんやなんやー?」
「先ほど渡したいものがあるとおっしゃってましたが……。」
「あー!そうやってんこれこれ!お土産屋さんで可愛いキーホルダー見つけてん!ふ、2人でお揃いのもんとか、ええなー思って。ほら、うち可愛いもん好きやろ?うちの好きなもんをれいかが好きになってくれたら嬉しいなーって。」
「ふふっ。嬉しいですあかねさん。それに私も可愛いもの大好きでした。」
「お?そうなん?」
「はい、あかねさんが可愛いくて大好きですもの。」
「な、なにいってんねん!うちのが大好きやっちゅーの!」
完
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修学旅行である意味があったのかわからなくなってる。関西弁よくわからないので暖かい目で見てくださいヽ(;▽;)ノ それになおちゃんもたくさん出てきたり。
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あかれい修学旅行(?)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004764#1
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「う、うわぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
朝6時、家中に1人の少女の悲鳴が響き渡った。
「みゆ!?どうしたの!!!!」
「何があった!!」
私の悲鳴を聞いた両親が顔を真っ青にして、自室に飛び込んできた。お母さん待って?包丁は待って。料理中だったのは分かるけど、さすがに置いてこよう!!ね???そしてお父さん、あなたはなぜ枕?まだ眠かったのかな...分かる、分かるぞ...今日は代休だもんね...じゃなくて!!!!
「ご、ごめん...悪夢見ちゃって...」
悪夢、そう私は悪夢を見た。
「なんだ、そうなの...良かったわ」
「...だとしても、朝から大声を出すのはやめなさい...次からは気をつけるように」
「はーい、ごめんなさい...」
そう言うと2人は階段を降りていった。2人には悪いことをしてしまった。まぁ、それはそれである。私は今、かつてない危機に直面している。原因は1件の通知
『ヒロ』さんがあなたをフォローしました
これが一般的なSNSアカウントの中でも、リアルの友人専用のアカウントだったらまだ良い。だが、お前さん...こいつぁいけねぇ...
よりにもよって、なんで創作用アカウントの方なんだよぉお!!!あれか?昨日のP.N暴露事件のせいか??まぁ、それしかないだろうな!!やばい...本当にどうしよう...いや、ユザネで『ヒロ』なんてたくさん存在してるな...たまたま、そうたまたまなんだ。これはきっと別人だ。
どうか、景光君に会いませんように...そう願いながら私は学校へ行った。登校途中、出会った亜美ちゃんにことの全貌を話すと謝られた。...大丈夫、亜美ちゃんは悪くないよ、悪いのはポロっと喋ってしまったこの口、つまり私だから...亜美ちゃん曰く、この時の私は目が死んでいたそうだ。
学校へ着いた私は、逃亡中の犯人のように周りに気をつけながら自教室へ向かった。そして教室から出ることはなるべく最小限に抑えた。静かに時は過ぎ、とうとう放課後をむかえた。
よっしゃ!!会わずに乗り切ったぞ!!!
結局私の心配は杞憂だったようで、1回も景光君とは会っていない。さぁ、帰ろう!!!
「なぁ」
玄関までの廊下を歩いていると、私の肩を掴む手があった。この声は昨日!!待って、振り向きたくない。振り向いたら私は、私は!!
「...聞いてんの?東じょ」
「ひ、景光君じゃないですか!!!あはは!!私になんのご用ですかね???」
その名前を口に出すな!!誰が聞いてるか分かんないんだ!!景光君の言葉に私の言葉を重ねた。落ち着け、落ち着くんだ私、まだ『ヒロ』=景光君だとは決まっていない!!!!
「なんの用なのかって...君が一番分かってるんじゃないかな?」
目が笑ってねぇ!!どうしたの景光君、目にハイライト入ってないよ??作画ミス??あっ違うわここ一応3次元ン"ン"ッ
「もしかして昨日のことですか?持ち主に無事に財布が渡されたとか?わー良かった良かった!!じゃあ私はこれで!!」
瞬間ダッシュを決めるぜ!!玄関はすぐそこだ、いけるはず!!さぁ走るぞ!!
「行かせると思う?」
「ひえ」
踵を返した私を引き止めようと、景光君の腕で抱きしめられる。うわぁあいい匂いがするぅうう
「なぁ」
景光君が私の耳元近くで囁く。えっ、無理死んじゃう...
「『壱、愛してる。お前と会えた事が俺の一番の幸福だ』だったっけ...俺たちで創作してる凪さん、何か言うことは??」
「すいませんでしたぁぁぁああ!でもお願いだから抜粋やめてぇえ!!」
色々な意味で私は死んだ。
場所は移りここは空き教室、放課後だからか廊下には誰もいない。私は景光君の圧力に負けて、正座させられている...いや、私から自主的に正座しました。...やめてください景光君!その可哀想な子を見る目!!!嫌でも自分の立場を思い出してしまいます!!!
「俺さ」
「はい」
「昨日の出来事があってから、SNSとかやってないかなー?って思って探してみたの」
「...はい」
あー分かる分かる。少し気になっちゃうと調べちゃいますよねー。んで沼にドボンって...え?そう言う事じゃないって?ういっす
「んで、出てきたのはこのアカウント、知ってるよな?」
「...よく存じております」
目の前に差し出された景光君の携帯、あーっシンプルでいいですね...画面も割れてないし、携帯も良い人に買ってもらえたなーと意味のない現実逃避をする。
「最初はまさかな...って思ったの、昨日の君とは印象違ったし」
そのまま人違いで終わらせといてくれ!!!とは死んでも口に出せない、出せる立場ではない。
「でもさ、プロフ欄に書いてあった情報とか投稿してある絵がさ、俺達にそっくりだったんだよね」
返す言葉もありません!!!!
「んで思った。あぁ間違いないなって、んでさ」
「ふぁい!!!」
「この事ゼロ達に言う?」
「やめてください!!!!」
さっきとはうってかわって笑顔の景光君、こんな状況じゃなければ最高だったのにな!!
イケメンの笑顔...!!!お金じゃ買えない価値がある!!!
「...まぁ、俺もゼロ達に言う気は無いんだけど」
「えっ!」
うっわ、景光君やっさしい!!!こんな私を救ってくれるなんて...良かった良かった!!今度からは鍵垢にしますね!!え?やめないのって??そんな簡単にやめられたら苦労してないんだって...何だかんだで抜けられない沼だったしなぁ...
「次からは同じ過ちを繰り返さないようにしますね!!本当にこの度は多大なご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!!!」
その場で土下座を決めた。か、完璧すぎる...今までで一番と言って良いのでは無いか?まぁ、土下座する機会なんて普通そう無いですよね...うん、普通なら...あの時の亜美ちゃん怖かったなぁ...イベ中の亜美ちゃんに迂闊に近づいた私が悪かったんだ...
「そういやさ」
「はい!!」
土下座してる私に近づいてくる景光君、うわ何だこの光景、通りかかったら二度見するぞ絶対。
「君、本当は名前なんて言うんだ?」
「アッ、中澤みゆです」
「えっ...今度は本名だよな?」
「流石に同じ過ちを繰り返したくありません」
「...だよな、んじゃみゆ」
「はい、何でしょうか」
「俺に勉強教えてくれないか?」
「...はい?」
え、今何と?勉強、勉強を教えて欲しいと??景光君が??イベント発生しちゃった系ですか、求めてません。
「拒否権は」
「ゼロ達に...」
「あー!!教えます教えます!!いやー光栄だなー景光君に教えることが出来るなんてー」
「良かった」
にっこり笑顔の景光君!!資料用に写真撮らしてください!!!笑顔が眩しい!!...ていうか
「...何で私に勉強教えてもらいたいんですか?降谷君いるじゃないですか」
そこだよ、降谷君いるじゃん?私要らないよね??
「...ゼロには『分からないことが分からない』って言われた」
降谷君めちゃくちゃ言いそう!!!しかも、困ったようにいうから尚更タチが悪い!!そういうタイプ!!
「あー...なんか分かっちゃいます、その感じ」
「んで、どうしようかなーって思ってたらちょうど物理の先生が通って、相談してみたんだ。そうしたら『ピッタリなのがいるぞ』って、名前だけ聞いたから後で探しに行こうって思ったら君が居たから声かけた」
...物理?
「あの、その物理の先生って...」
「斎賀先生だけど」
担任じゃん!!!!!個人情報!!!
「正直、今日君に会った時は昨日の諸々のことについてもっと詳しく話そうかなーって思ってたんだけど、名前聞いてビックリした。これからよろしくな?」
え、これもしかして担任の一言が無ければ私はもっとえげつないことになってたのでは???景光君から隠しきれないSオーラがやばいんですけど。『詳しく』ってなんですか、あっやっぱり聞きたくないです。
そんな感じで私は景光君に勉強を教えることになってしまった。...助けて亜美ちゃん!!
とりあえず連絡先を交換することになったのだが、私は家に帰って頭を抱えることになった。
「えっ、待って?そういえば景光君ってファンクラブあったよね?連絡先持ってるって知られたら私の高校生活終わるのでは...」
そう思った私は思わず
景光君の連絡先をブロックしてしまった。
やばいやばいやばい、取り消し取り消し!!ってうわぁぁぁぁぁあああ
『連絡先を削除しました』
これは、死んだ...もう、いいや寝よう。
諦めた私は夢の世界へと旅立ったのだった。
ーー次の日、あの良い声で私が描いた本を目の前で朗読されるという羞恥プレイが行われる事を私はまだ知らない。
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<br />『景光君の笑顔』<br /><br />次回は勉強会かな!?!?
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【腐女子は】モブとして生きていく【擬態する】6
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10047787#1
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ご注意
・現パロで大学生×女子高生です。ひどい少女漫画です。真田が女体化且つ乙女につきご注意下さい。
・チカナリが出てきます。元就も女体化していますご注意ください。
・他のキャラも出てますが、cp表現はダテサナとチカナリだけのつもりです。
・モブが存在しています。
・カフェで働いたことのない人間が書いておりますので曖昧な部分や適当な表現がありますすみません。
・後半視点がころころ変わって読みづらいですすみません(言い訳)
[newpage]
学校が終わるとその足でバイト先へ向かう。
電車で2駅。家からなら3駅。
中々良い場所にある、と思う。
特に大きくも無いカフェは、2席がオープンテラス、2人掛けが4席と4人席が2席、残りはカウンター。
お昼時なんかは近くの大学の学生で満席になった。
そこで給仕と、ドリンクを淹れる仕事を始めてもう1年。
はじめは色んな失敗をしたけど、最初の頃よりは大分マシになったと思う。
毎日朝決まった時間にくる御客様も居るし、夜仕事が終わると来てくれる方も居る。
夜はお酒やアルコール入りのドリンクも出るので、本当は高校生の自分が扱ってはいけないのかもしれないけどそこは目を瞑ってもらっていた。
「少し遅れた、申し訳ありませぬ!」
「あー、慌てなくて良いよ旦那、上で着替えておいで」
「うむ、忝い」
裏口から入るといつものコーヒーの匂いに甘い香り。
チョコレートシロップみたいな。
佐助がデザートでも作っていたのだろうか。
佐助は昔からの幼馴染で、遠い親戚だ。
このカフェに誘ってくれたのも佐助で彼もバイトをしている。
「どうしても人手が足りないんだ、お願い」と頼み込まれてから1年経ったのかと思うと信じられない。
私が入るまでマスターと佐助の二人で回していたと聞いた時は正直驚いた。
今でも忙しい時は3人でも目が回りそうだというのに。
自分のロッカーを開けて制服を取り出す。
てっきり佐助の着ているシンプルな黒いエプロンに白いシャツだと思っていたので、佐助から「旦那はコ・レ」と渡された時は目を疑った。
今でも手を通すのに少々抵抗があるその制服は、確かに黒いエプロンに白いシャツ、というのは変わらないのだが。
全体的にふりふりしていた。
佐助は腰から下のエプロンなのに、自分のは胸から大腿の真ん中まで。腰の後ろで蝶結び。
肩ひもも普通ではなくホルダーネック。
二回結ぶのが面倒くさい。
既定のシャツの上からそれを着けて、既定の赤いリボンを首に着ける。
これもなんかふりふり。スカートだけは制服そのままで。
最後に髪の毛を纏めて上げる。飲食店なので肩より下に付く髪は上げなければいけない。
ロッカーから髪留めを出す。これも既定のもの。
カチューシャタイプのものだが、何故これまでふりふり。黒と白の。
最初の頃上手く着けられなくて、よく佐助にやってもらった。今ではもう鏡を見なくても出来るけれど。
身支度を整え、下に降りて行くとさっそく指示が飛ばされた。
「ごめん、これ窓際で、こっちはカウンターにお願い。終わったら手伝って」
「承知した」
パフェを作りながら忙しなく佐助が言う。
マスターを見ると、カウンターで常連さんに捕まっていた。
あれは中々終わらないかもしれない……
覚悟を決めてトレイを持ち、御客様のところへ足早に運ぶ。
「お待たせ致しました」
「あら幸村ちゃん、今日もお仕事?」
「ええ、ほぼ毎日居りまする」
「えらいわあ、うちのボンクラに見習わせたいわね」
「いえそんな……好きでしておりますので」
ごゆっくり、と言葉を添えてテーブルを後にする。
急いでカウンターに行こうとした時、後ろでドアがちりんと鳴った。
「いらっしゃいま――――」
言葉が途切れた。
入って来た客――――彼と目が合う。
すぐに逸らされて、いつもの窓際に座った。
……今日は来た。
やはりいつ来るか分からない。
彼を持成すにはこちらもそれなりに準備が必要だというのに。
「……佐助、」
「どうしたの?」
「すまぬ、手伝えん」
「何で……ってあー」
来ちゃったの。
諦めたように佐助が呟く。
「分かった、俺様一人で何とかするから旦那相手してあげて」
「すまぬ」
「いーえ」
「……いらっしゃいませ」
「ああ」
「…………御注文は?」
「お勧め。アンタの」
「何かアレルギーは御座いますか」
「ねえよ。前に言っただろ」
「今日の気分は」
「だるい」
「お疲れで?」
「まぁな」
「……分かりました、少々お待ち下さいませ」
いつもながらよく分からない。
不定期に訪れる彼の注文はいつもそうだ。
己の今日のお勧め。
己が手が離せない時はずっと待っている。
一番はじめ全然分からなくて、ただのコーヒーを出したら「いらねえ」と言われた。
困惑していると、「アンタは客が飲みたくねえもんをお勧めすんのか?」と馬鹿にされたように言われた。
腹が立って水を出した。
少し面喰った後彼はそれを飲み干して「じゃあな、また来るから考えとけよ」と言って出て行った。
それからというもの。
ふらりと訪れてはお勧めを――――つまり彼の飲みたいものを出せと注文されるようになった。
ヒントはくれるが、やっぱり全然分からなくて。
そのうち店のメニューにあるものだけでは足りなくなって。
だから、時には店に残って、時は家で、色んな飲み物の練習をした。
マスターにも教えてもらって。
どんな時にどんなものが飲みたくなる、とか。
混ぜ方とか、泡の比率。店にある在庫で出来る飲み物。
彼が来る前に比べて随分と知識と経験が増えた。
いつ来ても良いように。
おかげで今はドリンクは殆ど己の担当になったけど。
アイリッシュクリームシロップをグラスに注ぎながら考える。
無視すればいいのでは。
何度も考えた。正直言って無茶苦茶だ。
けれど逃げたくなくて。
まるで己に対して挑戦のように注文をしてくる彼から。
呆れる佐助を横目にマスターにお願いした。あの常連の相手を任せてほしいと。
マスターは笑って構わないと言ってくれた。
……それに。
「お待たせ致しました」
「………」
かちゃ、と彼の前にグラスを置く。
いつもこの瞬間は緊張した。
「……コーヒー?」
「ベースはエスプレッソに御座いますが」
「ふーん」
一口飲む。
どきどきしたけど、そんなことは一切顔には出さないように努力する。
「………」
「……如何で御座いますか」
「まぁ…悪くねぇ、が」
「……」
「甘い」
「……お疲れと聞きましたので」
「それにしても甘い。俺が苦手なのは知ってるだろ?」
「…………申し訳御座いませぬ」
「ま、アンタにしちゃいいんじゃねぇの?」
そう言って僅かに笑った。
……この顔、
「あとチーズ入ってんだろ。多いから減らせ」
「承知致しました」
「じゃあな。御馳走さん」
代金を払って出ていく。
店に無いメニューの時は試作品ということで、マスターに相談してコーヒーと同じ代金を頂く事にしていた。
一口だけ口をつけて残されたドリンクを下げる。
いつもそうだった。
「悪く無い」と言っても全部は飲んでくれない。
酷い時は手をつけてくれなかった。
「…………」
流して捨ててしまう前に一口飲んだ。
自分にはちょうど良い甘さ。佐助に味見してもらえば良かった。
「旦那は甘党だから控えなきゃ駄目だよ」といつも言ってくれていたのに。
嫌な客。
無視すればいいのに。
出来なかった。
いつからか、偶に見せるあの顔を、もっと見たいと思うようになってしまったから。[newpage]
朝から降り続く小雨が止まない。
水分を吸った制服は冷たかったが、働いているうちにすっかり乾き、今では少し暑い位だった。
そんな中、いつもの彼がやってきた。
しっとり濡れた状態で。
「傘はどうされました」
「持って出んの忘れた」
「小雨だから良いようなものの……」
「これ位平気だろ。んな事より」
「……分かっております。お勧めですか?」
「早くしてくれ、アイスなんて持ってきたらマジ切れすんぞ」
「………」
「……少し考えただろ」
「滅相も無い。少々お待ち下さい」
今日はゆっくりしているからちょっと……好きにしても良いだろうか。
佐助も夜になるまで入らないし、マスターもまた常連さんに捕まっていた。
お湯を沸かす間に彼の所へ向かう。
「もう出来たのか?」
「まだ湯も沸いておりませぬ。こちらを」
「Ah?」
「風邪を召されますぞ」
「………」
「……早く。湯が沸いてしまいます」
暖めたタオルを強引に持たせる。そのまま踵を返した。
あんなに濡れて、家に帰ればいいのに。
そんなに何か飲みたかったんだろうか。
沸いた湯を注ぎ、茶葉を蒸らす間にカップを温めて。
十分温まったら湯を捨て、ホイップクリームと砂糖、あと少しのラム酒を入れる。
……あますぎないように。
どうせ全部飲まないんだろうけど。
談笑するマスターと常連さんの横を通り抜け、トレイを運ぶ。
窓際に座り外を眺める彼は腹の立つ程様になっていた。
本当にこんな処に来ないで、
……彼女の所にでも行けば良いのに。この容姿で、居ない訳が無い。
つきりと僅か、胸が痛んだ。
「お待たせ致しました」
彼の前にカップを置く。
動かない。
いつもなら直ぐ何か言うのに。それが良い事でも悪い事でも。
黙ったまま出した飲み物を眺めていた。
……今日は駄目なようだ。多分、カップを持つこともしないだろう。
でも気に入らなくても飲んで欲しい、だってそのまま家に帰ると本当に風邪を引く。
身体が温まるものを淹れたから。
何て思ってみても、飲むか飲まないかは彼の自由で。分からないように息を吐いて、奥へ戻ろうとした。
「待て」
「……はい?」
振り向くと、カップから目を離さないまま。
聞き間違いかと思い首を傾げる。
「座れ」
「は?」
「其処、空いてんだろ」
「……ええと」
向かいの、席に。
座れと言うのか。
なんで。
「あの、それはちょっと……」
「どうせ暇なんだろ。他に客いねえじゃねえか」
「色々……夜の仕込みもありますし……」
「じゃあ俺が暇だから相手しろよ」
「………」
自分勝手な男。
これでは彼女も大変だろう。
それでも逆らえないのは、彼が御客様だから。
……多分それだけ、ではなく。
「……では少しだけ、御相手仕ります」
「ああ」
遠慮気味に椅子を引いて浅く腰掛ける。
真正面に来ると凄く落ちつかなかった。
居心地が悪くて、もぞもぞする。
「メイド喫茶みてえ」
「………」
鼻で笑って言われた言葉に米神に皺が寄る。
誰が座れと言ったのか。
「御望みであらば対応致しますが。『御主人さま』」
「悪くねえかもな」
「御冗談を」
きっぱりと否定する。
メイドに会いたいなら本当にメイド喫茶にいけば良い。
不機嫌に目を逸らした。
「悪かった。怒るなよ」
「………」
「でもその服は正直、そう思われても仕方ねえんじゃねえか?」
「既定の制服でして。好きで纏っている訳では」
「ふうん。似合ってるけどな」
不意打ち。
に心臓が撥ねた。
耳が赤くなる、かんじがする。
そういうことは言わないで欲しい。
「……お戯れを。このような……女子らしい服、」
「嘘じゃねえよ。可愛い」
「っ……」
膝の上で手を握り締める。
ひらついたエプロンを見つめた。
顔が赤い、だろう、上げられない。
鼓動の音が聞こえそうで、唇を噛んで。
ぎゅ、と目を閉じた。
ぷっ、と息を洩らす音。
顔を上げると、彼が可笑しそうに口元を押さえて。
「いや……悪ィ、アンタ、ホント男慣れしてねえんだな」
「………」
「もうちょっと慣れた方が良いぜ。いつか騙されんぞ」
楽しげに笑う彼。
上がった体温がすっと引く。代わりに鼻の奥がつんとした。
そうだどうせ、
「……心得ております、……自分が」
可愛らしく無い事など承知している。
だから嫌だった、こんな制服を着るのは。
似合わないに決まってる。そんなの自分で知ってる。
……真に受けた、自分が馬鹿だって分かってる、彼にしたら御世辞か、それともからかったのか、
けど。
はじめて言われた。
男のひとに可愛い、なんて。
よりによって彼に。
はじめて、で、
うれしかったのに。
「失礼致します。もう、仕事が」
顔を見ずに立ち上がった。
カップは彼が帰った後で下げても良いだろうか。
見られたくない、おそらく歪んでいる顔を。
手首を掴まれる。振り返らなかった。
「ラムは良いがまだ甘い。もう少し葉を蒸らしとけ。渋みが足りねえ」
「……え」
咄嗟にテーブルを見て、瞠目。
全部、ではないけど半分……それ以上。
いつの間に、
「大分温まった。これも正直助かった」
手に持たされたのは、はじめに渡したタオル。
……忘れてた。
「金は此処に置いとく。じゃあな」
「あ、……」
いつもの代金を置いて帰ろうとする彼に、何も言えずその姿を目で追う。
すれ違う瞬間。
おそらく、自分にしか聞こえない声で。
「言っただろ。嘘じゃねぇ、ホントにアンタ」
――――可愛いぜ。
言って、そのまま。
まだ小雨の降る街へ、出て行った。
会計を済ませ、カップを下げる。
まだマスターは話し込んでいた。
隣を通り、奥へ。
シンクへカップを置きそのまま片手をついた。
もう片手は五月蠅い心臓を抑える。
あんなの卑怯だ、ずるい。
ひどい。
「……、」
口元を押さえる。
どうしよう。
名前も知らない人を。
もう誤魔化せない程に、
「……すき、になるなんて」
何故か零れた涙が、一粒。
カップの中の紅茶に落ちた。[newpage]
「よ!初めまして。コイツが世話になってるようだな!」
「……狭い店よ」
「ごちゃごちゃ言わずにさっさと座れ」
驚いた。
いつもふらりと一人で来て帰る彼が、まさか友人を連れてくるなんて。
「いらっしゃいませ……」
「悪いな、其処でばったり会っちまって」
「いえ、うちは全く構わないのですが……」
「そうだろー?客が入って怒る従業員なんていねえって!」
「お主のような騒がしい男でなければな」
友人、というのにも驚いたがタイプの全く違う2人にも驚いた。
しかもひとりは女性。
どちらかの彼女、だろうか。
ぎゅ、と伝票を握りしめて注文を聞く。
「ええと、今日は……」
「あー、今日は普通の注文で良い。こいつらがいるしな」
「えー何ソレ政宗君意味深ー」
「常連とは聞いたが……貴様見損なったぞ」
「アレか?店が終わった後にお前をテイクアウトみたいな?」
「……下品な男よ」
「お前ら取りあえず黙れ」
彼女……じゃないんだろうか。
それにしてはこう、どっちかと言えば銀髪の人と女性がペアのような扱い、に見える。
「Hey、注文良いか」聞かれ、慌ててペンを取った。
「えっと俺アイスコーヒー。ガムシロ無しで良いぜ」
「我はこの抹茶ラテとやらを所望する」
「……俺は、そうだな」
一瞬目が合った。
にやりと笑われた、あと。
「ココアにする」と言った。
「えー?!お前、ココアなんて飲むのかあ?」
「キャラ崩壊も甚だしいぞ」
「うっせえな偶には良いだろ」
……そうだ彼はおそらくココアなんて好まない。
ということは。
これも、恐らく、自分への。
相手の苦手とするものをいかに飲んでもらえるようにするか。
そういうこと、なんじゃないか。
意地悪く笑った口元がそう言ってる気がした。
「承知致しました。少々お待ち下さいませ」
踵を返す瞬間、見やるとまだ笑っていた。
その挑戦受けてやろうではないか。
……と言っても、ココアは粉の味は変えられない。
要は後のミルクや砂糖や火加減にかかってくる。
ココアの粉と少量の砂糖を入れてミルクで練り上げる。
ダマになったり砂糖が固まるともう駄目だから、滑らかなペースト状になるまで結構必死に練らなければ。
同時にミルクを温めて。思いついてミントの葉を入れた。
こうすれば少しは甘さがマシになる、筈だ。
その間に銀髪の友人の声が結構大きいもので、ぽつりぽつりと会話が聞こえた。
どうやら同じ大学の友人のようだ。
女性の方もしかり。
今日の授業だの明日の講義だのレポートだのと聞こえた。
その中に。偶に混じる、女子の名前。
どういう関係なんだろうか。
またもや同じ大学の友人か、それとも。
……何を栓の無い事を、
彼がどういう交友関係だろうと彼女がいようと己には関係のないことだ。
正しく言うと己がそれを如何思おうと、彼には関係の、無い、ことだ。
練っていたスプーンを傍に置いて鍋にかける。
中火で、ミントを取り去り少しずつミルクを足した。
沸騰する前に火から下ろすのを忘れてはいけない。
「――――あの学部の女絶対お前に惚れてるだろ、無駄にイケメンだしな!」
聞こえた銀髪の友人の声に目を閉じた。
「お待たせ致しました」
さすがに3人分作っていたので遅くなってしまったが、彼らは文句ひとつ言わずに居てくれた。
「大変遅くなり、申し訳ございませぬ」
「良いって、この店従業員少なそうだしな」
「というかお主の他に見当たらぬのだが」
図星を突かれ苦笑いで答える。
「あ……、本当はもう一人居りますが、今日は夜からに」
「へェ。女?」
「男で御座るが」
「なんだ、そっか。なら別に良い……っていや、違うんですよ元就さん、別にそういう意味じゃなくて」
「五月蠅い何も申しておらぬだろう?」
「いやその、此処の制服って皆こんなの着てるのかなっていう、純粋な好奇心で」
「その女子が可愛ければナンパに走ると」
「ち、違うって」
「お主の好きそうな服よ」
「……それは否定しねーけどよ。つまり元就着てみね」
「滅びよ」
ぱちぱちと目を瞬かせて二人のやりとりを見る。
そういうことに鈍い己でも、この二人は。
ちら、と彼を見やると僅かに頷いた。
……付き合っておられたのか。
内心何処か安心する己に嫌気がさした。
「なあ、あんたさぁ」
「は、はい?」
「あんたこそナンパされねぇの?そんな格好で働いてて」
「……ナンパ、とは」
「ケータイ教えてーとか、店終わったら遊びに行こうよーとか、何処の学校ーとか聞かれねぇ?」
「はあ…」
まあ、それは。
「ありますが」
「だよなあ。客相手だとやりにくいだろ」
「はい、ですが」
「あれがナンパというものでしたか。某、恥ずかしながら今までその……分かっておらず……」
無知な己が恥ずかしくて小声で言うと、銀髪の彼が「えっ…」と小さく洩らした。
他二人は驚いたように此方を見ている。
確かに己は世間知らずだと佐助にさんざん言われては来たが、そうあからさまな反応をされるとやはり恥ずかしい。
「じゃあ……何だと思ってたんだ?」
「え、ええと、」
あまり言いたくはないが…彼の友人だ、質問に答えないのも失礼だろう。
「その……あまりにも同じ方が会うたびに言って来られたり、初めての方も結構、申されるもので」
視線が痛い。
見ないで欲しい。
「てっきり、誰にでも言っておる……挨拶のようなもの、だとばかり」
しーん、とする。
穴があったら入りたいとはこのことだ。
彼に男慣れしてないと言われても仕方が無い。
「あんたそれ、一々対処してたのか?」
「始めの内は。ですがあまりに執拗な方や誘われる数が増えたので、そういう方は佐助……もう一人の従業員に任せておりました」
「…………」
呆れたか。人任せにして、と。
だって佐助が「旦那は相手にしないこと、いいね」って口うるさ…怒ってくるから。
嘘をつくよりマシだろう。
「真田、というのかお主」
「は、はい?」
急に女性に話しかけられた。
「大変だな。接客業と言うのは。我はお主を評価するぞ」
「あっ、ありがとうございます」
「其処につけこんで……お主が強く出れぬのを良い事に、愚かな男が居るものよ」
「はあ……」
何故か彼が視線を逸らす。
彼はそんな事は一度もしていない。
どころか、名前を呼ばれた、事も無い。
「何かあったら我に相談すると良い。同じ女として分かりあえることもあろう」
「え、あ、あの」
「我は毛利。毛利元就だ。宜しく頼む」
「あ…こちらこそ、」
す、と出された右手を反射で握る。
まさかこんな場面で友が増えるとは。人生何があるか分からない。
でも、嬉しいことに違いは無かった。
「某は真田……真田幸村と申します。以後、宜しく御頼み申します」
「うむ。礼儀正しくて良いな。さて」
がたん、と彼女が立ち上がり。
「申し訳無いが、我はこの後用事がある」と言いつつてきぱきと帰る準備を始めた。
「今日は色々と収穫があった。その点に関しては共に出かけたことを褒めてやる」
「わーい俺褒められたー」
「余計な事を言う暇があるならさっさと準備をせぬか」
「……やっぱり俺も帰るんだよな?」
「嫌ならば構わぬぞ」
「帰る!帰ります!!」
続いて銀髪の彼も「んじゃあ、」と立ち上がる。
……分かり易い力関係だ。感心してしまった。
「俺ら帰るわ。ごめんな、ばたばたしてよ」
「すまぬな、真田」
「……素直だな今日は」
「我はいつ何時も素直だが」
「そうですね」
伝票を銀髪の彼が握っていたので慌てて会計の準備をしようと踵を返す。
その時、
「待て、俺も帰る」
響いた声に足が止まった。
「え、俺らに合わせなくて良いんだぜ、」
「そうだ。いつも気ままに動く癖に意味が分からぬわ」
「別に。合わせたんじゃねえ」
……じゃあなんで。
ちらりと視界の隅に映った、ココアは。
「良いのか?お前……」
だって全然……
「それでは、御三方のお会計をして参りますので、お待ち下さいませ」
「あ、おい、」
「…………」
会計を済ませた後、彼は一度も此方を見る事は無かった。
他の二人、特に銀髪の彼が申し訳無さそうに見てくるのに気にしなくて良い、と笑顔で応えて。
一度も口をつけられることの無かったココアに浮かべた、ミントが揺れた。[newpage]
忙しい時に在庫確認を怠ることは実は良くあることで。
「――――桃が無い!!」
佐助の叫びで、慌てて買い出しに走った。
迂闊だった。
パフェやケーキに添える用に使う桃の缶詰がもう無かったとは……。
自分も佐助も忙しさにかまけて全然気にしていなかった。
反省すべき点だ。
店に一台ある、自転車に乗って着いた近くのスーパー。
品ぞろえが豊富でいざという時にはいつも利用させてもらっていた。
カゴを引っ掴んで、缶詰のコーナーへ早歩きする。
見つけた、うちが使っている国産のものをありったけカゴに詰め込んだ。
ごろんごろんと、雑な扱いに缶詰が転がるが被害は無いだろう。
結構な重さに気合を入れてカゴを持ち、レジへ向かおうと缶詰売り場から一歩出た瞬間
「……ッ、と」
「ぶ!!」
急ぎ過ぎて殆ど前を見ておらず、曲がってきた誰かにぶつかった。
「も、申し訳ありませぬ、急いで…前方を見ておらず――――」
ぶつかった相手を伺い早口で謝罪している途中で、その相手が誰か認識した。
「……客にぶつかるとは良い度胸だな?」
「あ………」
あれから一度も店に来ていなかった、彼だった。
何となく気まずくて視線を下げる。
「……ですから謝ったではありませぬか。第一、わざとでは」
「ふうん。口ごたえたァ、驚いたぜ」
「…………」
むっとしてまた口を開こうとしたが、また言いくるめられるのがオチだ。
開いた口を閉じて顔を逸らした。
「お、もうつっかからねえの?」
「某急いでおりますゆえ」
「面白くねえなァ……こうもあっさり負けを認められちゃあ」
「なっ、ま、負けとは!!」
「そういうことだろ。文句があるなら言ってみな」
「……っ、」
挑発に乗るな、
この男は如何いう訳か知らないが某をからかって楽しんでくるのだ。
こんな、カフェの店員にせずとも女子など周りにいくらでも居ように。
その者たちの方が何倍も可愛らしく応対してくれるであろうに。
「本当に急いでおるのです。通してくださ「―――旦那!!」
通路の向こうから佐助の声がした。
振り向くと、息を乱した佐助が歩いてこっちへ向かっている。
「もうー、何、してんの、財布忘れてるよ…!」
「う、すまぬ、」
「チャリも無いし……走ると結構距離があるね…」
「走って来たのか」
「それしかないでしょ!ほら、早く帰る!マスターが死んじゃうよ!!」
「う、うむ」
佐助に手引かれてレジへ引っ張られる。
彼の方を何故か見られなくて、俯いたままその場を去ろうとした。
「おい」
「………」
「ん?あ、あんた……」
佐助が気付いて足を止める。
止めなくて良いのに。
「なに、こんな処まで旦那追いかけてんの?よくやるね」
「佐助!!」
「そいつが前方不注意でぶつかってきただけだ」
「へえ。で、これはラッキーって捕まえてた訳?」
「佐助、いい加減に、」
「勝手に妄想してろ。…アンタらこそ」
急いでるからって手ぇ繋ぐか、普通?
……それとも
「付き合ってんのか、そいつと」
向けられた言葉はどちらへのものか分からない、けど。
何でそんなこと聞くの。そんな、そんなに簡単に。
……口に出来ることなの、か。
自分は怖くてそんなこと、とてもじゃないけれど。
「………そうだって言ったら?」
如何するの?店に来るのやめる?
長い沈黙を破ったのは佐助。
放たれた言葉に思わず仰ぎ見た。
お前何を言って、
「……べっつに。聞いてみただけだ」
興味など微塵もない、と言った様子で、彼はさっさと行ってしまった。
「……、ほら、行こう旦那」
「………」
力を無くした腕を取られ、一気に重くなったカゴも佐助が持ってくれて。
帰り道、佐助が何事か言ったけれど全然耳に入らなくて。
自転車のかごの中で揺れる、袋詰めの缶詰が、ぶつかる音だけが。
唯一聞きとれる音だった。[newpage]
休日の朝は早めに店に入る。
常連の方で決まった時間に来られる方がいるからだ。
白い服に身を包んでいて、男なのか女なのか分からない。
何故かいつも薔薇の匂いがして、休日の朝一杯だけ。
もう何年通われているのか、働き出してから1年程の自分では知る事は出来なかった。
「かぷちーのを」
「畏まりました」
メニューもいつもカプチーノ。
彼に出す時程ではないが、この人の前に出るのは何故かすごく緊張した。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
こく、と一口。
そのありふれた動作さえも優雅だと思う。
そうだ、この人はとにかく綺麗なのだ。だから緊張するのか。
「おいしいですよ。うまくなりましたね」
「え……」
「いちねんまえとはくらべものになりません」
にこ、笑いかけられて赤面した。
素直に嬉しくて、それでもまだ緊張して、小声で礼を告げるのがやっとだった。
一年前とは。
それが御世辞でないならば、こんなに上達したのは。
……紛れも無く彼の御蔭だ。
「どうしました」
「は、はい?」
「きょうはげんきがないですね」
隠していたつもりだったのに。
やはりこの人は凄い。
言い当てられたのは、初めてだった。
何を落ち込むことがあるのか。
当然の反応だったではないか。予想もしていただろう。
「御心遣い、痛み入りまする……申し訳御座いませぬ、せっかくの休日に」
「……」
「店員失格で御座るな」
御客様に気を使わせてしまうなど。
こんな、気持ちのいい朝に。
「……むかしばなしをきいてくれますか」
「え……」
急に話し出した麗人に驚く。
今までは黙って一杯カプチーノを飲むだけだった。
たわいない雑談はあったが。
黙っていると、懐かしそうに目を細めて、彼……彼女かもしれない人は話し出した。
「もうなんねんもまえ、わたくしもおちこんだときがありました」
「……」
――――そんなとき、とうじのてんしゅがだまって「かぷちーの」をいれてくれました。
なにもきかずに、そっとさしだされたそのあじに、わたくしはないてしまいました。
なぜでしょう。
わたくしは「かぷちーの」がほしい、などとひとこともいわなかったのに。
あんなにもおいしい、とかんじたものはあとにもさきにもあのときの「かぷちーの」だけです。
「それがわすれられなくて、いまでもこうしてきてしまうのです」
切なそうに眼を伏せた美しい人は、もう泡も残っていないカプチーノに目を向けた。
「その……店主の方というのは…」
「ゆうじんにこのみせをまかせると、あっけなくいんたいしてしまいました」
「………」
「ですが」
にこりと笑う。
一体何歳なんだろう。
性別どころか年齢さえ想像もつかなかった。
「それでも、いまもこのばしょでかぷちーのをのむことができる。わたくしは、しあわせです」
己の入れたものなど、その時に飲んだものに比べたら如何程の価値があろうか。
この人にとって、カプチーノは。
何も分かっていなかった。
分かったとしても、同じものを淹れる事は自分には出来ない。
「あの、……申し訳ありませぬ」
「……」
「そのようなものしか御出し出来ず……貴殿にとって如何に特別なものであるかも知らず…、」
「………」
己の不甲斐なさに俯いていると。
そっと手を握られ、思わず顔を上げた。
其処には、優しい、砂糖の様な笑顔があって。
「すごく、おいしいですよ。はじめにもいったけれど」
わたくしのために。
いっしょうけんめいいれてくれたのでしょう。
「のむとわかりますよ。いつも、ありがとう」
「あ……っ」
「ありがとう、ございます……」
すごく。
嬉しかった。
なのにあまり大きな声で礼が言えなかった。
胸がいっぱいで。
……あ。
何か今、
分かったような、
彼の言う、言葉の……
「やっとわらってくれましたね」
「え……」
「あなたにはえがおがにあいますよ」
瞠目しているであろう己を少し見つめた後、音をさせずに席を立つ。
きっちりカプチーノの御代だけをテーブルに置いて、踵を返した。
少し迷って呼びとめる。
「あ、あのひとつだけ」
「なんでしょう?」
「その店主の方とは、それからもう……」
何故こんな事を聞いてしまったんだろう。
それでも、知りたかった。
「……いまでもよきつきあいを、させてもらっていますよ」
目を細めて、綺麗に笑ったそのひとは。
朝のまぶしい通りに溶けて行った。
「ありがとうかすがちゃん。付き合わせてごめんねー」
「そう思うならケーキもつけてもらおうか」
「う……さすが、容赦ねえなあ…」
それにしても。
幼馴染に借りた女性向け雑誌に目を落とす。
旦那はこんなの読まないもんねえ。
「伊達政宗……ね。成程な」
「確かにあいつは天才だ。だが……」
「ん?」
「問題児なようだぞ。よく知らんがな」
「それってさあ」
「何だ」
「実はストーカー気質だったりとか?」
「私が知るか」
ふざけていると思われたか。
結構本気の質問だったのに。
旦那に言うべきか。
どうしよう。
ただでさえ元気無いのに。
「でもねえ……」
傷は浅い方が良い。今ならまだ間に合う。
……ちょうど良いのかもしれない。
「明日にでも話そうかな」
「何をぶつくさ言っている」
「ううん、こっちの話」[newpage]
テーブルに置かれた紅茶はダージリン。
飲まなくても分かる。きっと温度すらも完璧だろう。
だが、それに口をつける気分にはならなかった。
ただでさえイラついてんのに。
「小十郎」
紅茶を入れた後傍で控える男に声をかける。
「お前は知ってたのか」
「いいえ。ですが」
「反対もしなかった、か。まあそうだろうな……」
開かれた女性向けの雑誌。
こんなものに載せられていたとは。
好き勝手しやがって。
「先手打ちやがったか。まあ、別に良い。どうせこうするつもりだった」
「………」
「だがな」
――――全部あのババァの思い通り、ってのが気に食わねえだけだ。
何処に行くか何処に住むのかすでに全部手配済みだろう。
苛立ちながら紅茶を口に含む。
思った通り、それは温度も味も完璧だった。
……が。
「小十郎」
「はい」
「少し出る。暫くこっちに帰るつもりは無い」
「……」
「心配しなくてもその雑誌のとおり動いてやるよ。……ただ」
「………」
「俺だって色々決める時間くらいは、欲しがっても良いだろう?」
「無茶だけはされませぬように」
「あァ、じゃあな」
実家を出て大学へ行って。
身の回りの整理をする。物が少ないと言ってもそれなりに運ばないと無理だ。
めんどくせえ。
気がつけば結構な時間になっていた。
今から何か作る気にもならねえ。マンションに帰りながら考えるか。
何度も見た風景。
今、考えている事を実行すれば。
そう簡単に目に出来なくなるだろう。それで良いのか。
……何を迷う事がある。確かに気に食わないが、それは俺の願望でもあった筈だ。
「………」
いつの間にか降り出した雨に走る気も無くしたまま。
いつの間にか来てしまった場所で立ち止まる。
開いてる訳ねえか……。
もう深夜近い。高校生がうろついてる時間じゃねえ。
closeと書かれた扉を前に立ちつくす自分が映った。
くるくると忙しそうに動きまわる姿が脳裏に浮かぶ。
そんなに動くとスカートの中が見えるぞと思ったけど一度も言わなかった。
同時に他の男も同じような事考えて同じように口にせずに見ているんだろうと。
ナンパも頻繁にあったようだし。
その度にもう一人の過保護な男が護って来たのか。
誰にでも笑顔で。いつも笑っていて。
そんなアンタが唯一、俺にだけは怒った顔を見せた。
当たり前だ。
アンタは俺が嫌いな筈だからそれで良い。
だが、……なあ、もし俺が。
「さむー……」
がちゃりと裏口から人が出てくる。
ぼーっとその人物が歩いてくるのを見て。
「…………………………」
「………」
目が合った。お互い無言で見つめ合う。
差された赤い傘にそういえば雨が降ってたんだと思い出した。
まさかこんな時間まで仕事してんのか。
「……よう」
「……………な」
目の前の顔がみるみる不機嫌になっていく。
こんな顔を見られるのももう最後かもな。
……ああ、なんだ、
何でも良い、アンタの淹れてくれたものが飲みたい。
「如何していつも傘を持たれないのですか!」
怒られた。
しっとりどころかずぶ濡れになった俺の腕を引っ張って赤い傘に入れる。
そのまま腕を引かれて。
「おい、」
「このままでは本当に風邪を引きますぞ!」
裏口から店の中へ。
鍵を開け、厨房の様な場所の電気をつける。
少しのタイムラグの後に部屋が明るくなった。
真田は勝手知ったる、と言った感じで奥へ進み、何処からかタオルを出して来て。
俺に渡すとすぐに湯を沸かし始めた。
「………」
……アンタは。
「なあ」
「はい?」
「誰にでもこんな事するのか?」
「………は?」
渡されたタオル。
湯を沸かす間にカップを出していたから何か淹れるつもりなんだろう。
その、行為自体はありがたいもの、だが。
「だから男慣れしてねえって言うんだよ。勘違いされるぞ」
誰にでも笑って
くるくる動く姿に
「それとも夜中に男と二人になって……誘ってんの?」
店に居る野郎に向けられる視線に
ちっとも気付かないアンタが
「だとしたらすげぇ―――」
――――パン、と張られた頬に。
殴られたまま、顔を逸らして。
元々嫌われてるのに何もっと嫌われるようなこと言ってんだ俺。
「……雨に、濡れた方に」
声に気付いて顔を戻す。
俯いた顔。肩が震えていた。
「タオルを差し出す事が、そんなにも悪い事か」
悪くねえ、
……何も悪くねえ
「……冷えた方に、何か淹れることが…っそんなに悪い事なのか……」
「……、」
謝ろうと一歩踏み出した瞬間。
睨むように上げた顔はぐしゃぐしゃで。
「どうせ某はッ……何も分かっておりませぬ!貴殿の名前も素性もなんにも知らない!!」
悔しそうに唇を噛んで。
「けど……ずぶ濡れであんな顔をした、貴殿に」
「ただ、…ただ、それがしは……」
――――少しでも笑ってほしかった、いつもみたいに、
意地悪でも、下手くそって、莫迦にしたようにでも
なんでもいいから
「あんな寂しそうな……顔を少しでも……!!」
喚く姿を。
ずぶ濡れだと言う事も忘れて
目の前の身体を引っ張って
「………ごめん」
腕に納めて、抱きしめて
やっとのことで謝った。[newpage]
お湯、が。
「アンタ、さ」
沸いてしまう。
「真っ直ぐで、一生懸命で、いっつも本気で」
服が濡れる。冷えた大きな身体。
後頭部にまわる掌が冷たい。
「……初めて見た時からイラついた。困らせてやろうと思ったんだ、俺性格悪ぃから」
何で。やっぱり。
きらわれていたのか、何となく知ってたけど。
「どうせ泣いて、上の人間に頼るんだと思った。そしたら、」
―――『お待たせ致しました』不機嫌な顔を隠そうともせず。
飛び散る程の勢いで水を置いた。おい、一応俺は客なんだが。
確かに自分の行いが悪かったとは思うけど。
だが。
女の割にやるじゃねえか。負けず嫌いか。
俺に真正面から向かって来た人間は久しぶりだ。
実家でクソ不味いコーヒー飲まされた後だ、水位がちょうど良い。
一気に飲み干して真正面から見据えて。
『また来る、考えとけよ』笑って宣戦布告を告げた。
睨むように見返した顔が。
……可愛い、とか。
場違いな事を考えて。
「俺が何を言ってもアンタは引き下がらなかった。感心しながら、それでも困らせてやりたくて」
……だってどうしても負けたくなかったから。
それで、いつか。
「俺も負けず嫌いだからな。態と飲まなかったりもしたが……アンタに言った感想で嘘を吐いた事は無い」
酷い、そんな意地悪を。
こっちはテーブルに置くたびに死ぬほど緊張したっていうのに。
「アンタ緊張してただろ。俺が何か言う度に一喜一憂して……なあ」
耳元で低い声。
急に距離の近さを思い出した。
抵抗する、その前に吹きこまれる言葉。
「此処で……誰の事を考えた」
息が止まる。吐息すら響く。
「真面目なアンタは努力したんだろう。飲めば分かる、相当練習した筈だ。
指に巻いた絆創膏が見るたび増えていったのも知ってる」
ぐっと目を閉じる。
「そんな時に何を、誰の事を考えてたんだ?」
「……関係、ありますか」
ぐい、と近い、身体を押す。
何だというのだ、いい加減にしてほしい。
「某が誰を思っていようと……興味も無いので御座ろう、ならば……っ」
まるで恋人にするような距離と声音。
そうやって無責任な行動をされる度にこちらは舞い上がり、
……また傷つく。
「あるって言ったら」
「嘘を申されますな」
つい先日のスーパーで。
そして今。
己を煩わしくは思っていても、そんな。
「嘘じゃねえ」
「どうして!」
「アンタが俺を嫌いなのは知ってる、うぜえ質問だって分かってるがな」
「ちがう、ちがう違う!!」
何を莫迦な事を、
何も分かっていない男に心底苛々した。
「某の事を嫌いなのは貴殿で御座ろう!だからそんな、ことを言うのでしょう!!」
大声で涙交じりに叫んだ。
「一喜一憂する、某を見てさぞ楽しかったであろう!ああそうで御座るよ、毎日貴殿の事を考えた!!」
いつか。
「どうしたら全部飲んでくれるか、何でこんな事をするのか、」
いつか、そう、
あの人にとってのカプチーノみたいな
「少し笑うだけで嬉しくて、可愛いと言われて喜んで、」
そんな風に、思ってくれたら、どんなに。
「それも全部……からかわれていたと知って、落ち込んで、……己自身には何の興味もないと」
そんなことは知っていたのに。
それどころか嫌われて、いたのに、
せいぜい、暇つぶしか。そんな所だと。
「しって、た、のに……」
一人で泣いて。
……莫迦なのは自分だ。
今日もマスターに無理を言ってこんな遅くまで残って。
あの人の話を聞いて、何か分かった気がしたから。
同じ気持ちを返して欲しい、なんて言わない。
ただ一言「美味しい」と言ってくれたら。
――――それだけで。
「……興味無い女の所にこんなに通う程」
ぐい、持ち上げられる顔。
滲んだ目では表情まで見えなかった。
「暇じゃねえんだよ……」
――――ドン、背中に何か感じて驚く。
おそらく壁か、振り向こうとしたけどそれは許されなかった。
肩に食い込む指が痛い。
「アンタのそう言う所がイラつくんだよ、俺の事なんざ何も知らねえ癖に」
「……っ」
そうだ何も知らない、だからそう言っている。
悲しくて溢れる涙が止まらなかった。
「どいつにもヘラヘラしやがって、どんな目で見られてるかも知らねえで、……案の定誘われてやがるし」
「お、御客様に無愛想な顔を出来る訳が……!」
「そりゃあ御立派な事だ、ああ、そうだなアンタはそういう人間だ」
「莫迦正直でナンパも分からねえで、俺みたいなうぜえ客無視すりゃいいのに」
少し怯えた丸い目を覗き込む。
こんな男本気で相手して。
こんなに悩んで。
「誰にでも笑うアンタだから、同じような顔を向けられるのはごめんだった」
それならいっそ。
「そんなモンいらねえ、だから嫌われるような事をした」
100人に向けられる笑顔よりも、俺だけに見せる不機嫌な。
あの挑戦的な眼が見たかった。
「……けどお優しいアンタは。俺じゃなくても傘に入れてこうやってタオルを出すんだろ」
一喜一憂する姿に満足しながら常に思っていた事。
イラつく、イラつく、
脚見られてんぞ
ナンパぐらい分かれよ
笑うな
そんなに怒るなって
かわいいから
『――――某の事を嫌いなのは貴殿で御座ろう!!』
人の気も知らねえで……
「すげぇ、……ムカつく、」
言いながら我慢出来なくて覆うように口を塞いだ。[newpage]
何をするべきか
何がしたいのか
周りが勝手にギャーギャー騒いで
天才だなんだのと五月蠅えんだよ
「あなたなら将来選び放題ね」
「羨ましい」
俺が悩んだことがないと思ったら大間違いだ
――――どうでもいい、勝手に決めてくれ。
あの日実家で母親にさっさと留学しろと散々言われ放った言葉。
これで近いうちに決まるだろう。
このままうだうだしてるより強制的にでも行動した方がいいのかもしれない。
どっちにしてもやる気なんざ一切無いが。
適当に入ったカフェで顔も見ずに八つ当たりした。
困惑した様子のウエイトレスに少しすっきりして、我ながら最低だと笑いながら帰ろうかと思った時。
ガン、と置かれた水と見上げた不機嫌な顔に、母親に留学の話は伸ばすように言った。
生き生きして、真っ直ぐ生きてるアンタに
イライラして
羨ましくて
憧れたのかもしれない。
「……っん、んん!」
がんがん叩かれる胸に心の中で苦笑して。
でも離してやらなかった。
腰と後頭部を引き寄せより深く。
漏れる声に頭がおかしくなりそうだ。
「ぷはっ、はあ、は……」
満足するまで塞いだ後離すと一気に呼吸し始める。
慣れていない姿が可愛くて頬を撫でた。
とろりとした目で見上げて。
しかしその相手が俺だと認識した途端目に力が戻る。
……あァ、そういうところも堪らねえ、
「――――ッ」
悔しげに振り上げた手を今度は掴む。
何度も殴られる気は無い。
「嫌だったか」
「…………」
目を逸らす。続けて聞く。
「殴る程、俺が嫌いか」
「………」
「それとも悔しいか。こんな事されて」
頷かれたら結構ショックだが。
あんな可愛らしい事を言った口で。
「……き、貴殿は…」
俯いて、困惑しているのが丸分かりな声。
「何を考えているのか、全くわからぬ……」
まだ分からねえのか。鈍い奴。
俺は大体分かったがな。
おかしくて、少し笑った。
「……っ、何が可笑しいのか、」
「ああ、とことん鈍い奴だと思ってな。何がそんなに引っかかる?」
「…………」
いきなりの行為に混乱したまま言葉を吐き出す。
感情に任せて振り上げた手は止められてしまったから。
「誰にでもこういうことを……」
されるのか、と。
己などに可愛いと世辞で言える男だ、考えられなくは無い。
ぽつりと漏らすとまた笑われた。
「それで怒ったのか?だったら嫌なのか、アンタ」
ずい、と近づく顔。
腰に腕がまわっているからあまり逸らせない。
「じゃあアンタだけにするなら良いのか?」
「意味の分からないことを申されるな、そんなことある筈が」
「何で」
「だって……」
だって、
「某が誰と付き合っていようと、何の関心も無いのであろう……」
それは、つまり。
スーパーで言われた時からずっと突き刺さったままの。
「だってあいつと付き合ってねえだろ」
「………は」
驚いて顔を上げると涼しげな表情。
何、だって
「どう、して」
「見りゃ分かる、あの従業員とアンタはどっちかと言うと身内だ。だから手も繋ぐ」
「な、な、」
「それに男の方の目が違う。分かるんだよ」
――――自分と同じ色で見てる野郎の眼は。
す、と細めた目で苦々しく呟く。
見られて鼓動が撥ねた。
「だから特に興味も無かった」
「………」
「納得したか」
納得って、そんなどう答えれば。
「……それともまさか付き合ってる野郎がいるってのか」
「そ、そんな訳……!」
「じゃあ好きな男は」
「――――」
突然の質問に息を飲む。
咄嗟に居ないと言えなかった。
黙っていれば。
肯定だ。
「どうした。答えられねえか」
「………、」
「言えよ……じゃねえと」
「ぁ……っ」
壁に背中があたる。
これ以上下がれない、のに、
「このまま、また塞ぐぞ」
「……、」
「居るなら言え……そいつの名前呼んで俺を拒否しろ」
近い、近い距離、
息がかかりそう
「……すっ」
好きな人、
すきな、ひとは、
「……っ、」
ずっと
名前も知らない
意地悪な
「…………っ、す………、」
呼べない、
だって名前なんか知らないから。
「………」
なみだが、
「……すき、ぃ………ッんぅ」
此処までしか言えない
言えないのに。
待ってくれなくて。
壁に押しつけられるように、
「ふ、…ん……、」
何度も口を吸われた。
「あ……」
聞こえる音と、自分の声だと思いたくない、そんな声が。
掻き回される舌の間から、漏れて
立ってられなくて、しがみついて、
「んん…」
口が離れる頃には完全に彼の腕の中。
頭を撫でられ目尻に口付けられ、それが心地よくて。ぼーっと身を任せていたら。
「……、アンタ反則だろ…」
意味が分からない事を言われた。
反則って。
己に言わせれば。
「そちらの方が……」
「ん?」
何度も、こんなこと、ずるい、抵抗できないのに。
そっちは慣れてるかもしれないが己は全く、
それに
「それがし、ばかり……でっ」
うろたえるのも
落ち込むのも
好きだというのも
「ふ………」
急に悲しくなって、声を殺さず耐えていた涙を流した。
色々我慢してたのが溢れたのかもしれない。
子供のようだ、感情が不安定で。
「……泣くな」
ぎゅう、と抱きしめられてますます涙が零れた。
あやすようにゆっくり背中を撫でられて。
「アンタばっかり、な訳ねえだろ」
「う、そ」
「嘘じゃねえよ、最初っから同じ事言ってんだ俺達」
最初。
なんだっけ、もう忘れた。
「結局、アンタは俺が好きで」
「俺はアンタが好きだって、ただそれだけの事だ」
お互い嫌われてるって勘違いして。
勘違いしたまま言いたい事言って。
その実、何て事は無い――――
「………すき?」
「あァ」
「誰が誰を」
「お互いがお互いを」
「……つまり」
「………」
「某は、貴殿が」
「……」
「……貴殿、が?」
「………」
「それがし……を?」
「そうだな」
うそだ。
「う」
「嘘じゃねえって、ったくとことん信じねえな」
「だ、だ、って」
「言っただろ好きでも無い女の所にこんなに通わねえ、」
肩に乗っていた頭を引き寄せられ、額と額が合わさる。
「好きでも無い女抱きしめたりしねえし」
「……」
「好きでも無い女の好きな野郎なんざ聞かねえし」
「………」
「好きでもない、女と、何度もキスなんかしたくねえ」
わかりにくい。
けど、でも、
わからない訳じゃなくて、つまり、
「……つまりアンタが好きって事だ、」
いい加減に分かったか、と迫る顔に、同じだけ後退しながら頷く。
まだ、少し、信じられないけど。
それにしても。
「あの、分かり申した、ので」
「ああ」
「離れて頂けたら」
「何でだよ」
「ちょ……っと、ずっと近……」
「いいだろ、……別に好きなんだからよ」
「良くな……ッ」[newpage]
絞ったレモンと少しのハチミツ
そこに沸いたお湯を入れて。
商品として出すならレモンスライスも浮かべるけど。
「何でも良いっていうのが一番難しいんだよな」
「知ってて言ってたんで御座ろう」
「困るアンタが可愛いから」
「………」
耳が熱くなる。
いい加減本当に風邪を引く、と彼の髪から落ちた雫で気づいて、
強制的に離れてタオルで髪を遠慮無く拭いた。
そのままとっくに沸いたお湯で簡単に出来るレモネード。
直ぐ出来る温まるもの、これしか思いつかなかったから。
「……どうぞ」
「まだ緊張してんのか」
「……う、って、あの、」
さっさと奪われて飲まれた。
緊張するに決まっている。
ちらっと見て「!?」変な声が出た。
「何でもう、全部」
「飲んだからに決まってんだろ」
「そ、そんな一気に飲むものでは」
「ああ、身体が冷えてたからな」
ごと、シンクにカップを置きながら「美味かったぜ」と。
聞こえて。
「何笑ってんだ?」
「え、あ、……べ、べつに」
聞き逃しそうな声だったけど。
全部飲んでくれて、美味しいって、
もうちょっと勿体ぶってくれても良かったけどそれでもうれしかった。
自然と笑う顔を見られたくなくて、洗い物をしながら俯く。
ぬ、と伸びた腕が腰に絡んで本気でグラスを割りそうになった。
首元に熱。
髪の生え際に触れる柔らかい感触がちゅ、ちゅ、と音を立て。
額を擦りつけられ熱い息がかかる。
何か変な声が出る前に「このまま聞いてくれ、」と。
真剣な声に思わず黙って、聞いた。
「2年……いや、1年で良い」
待てるか。
その間、一切逢えずに、何の連絡が取れなくても。
急に告げられたそれは何の話か分からなかった。
何、が。
「……、いつから」
「来週から」
「一年……?」
「ああ約束する、一年後に」
一番初めに会いに来る
絶対来るから
繰り返す言葉は何処までも真剣で。
それでも急すぎて。
心拍数が一気に増えて、何で今、よりによってそんな、何の事?
信じたくない、
何処に行くのか、何をするのか。
聞きたい事は沢山あった。
「…………」
けれど。
「……約束」
ぽつりと零す。
混じる嗚咽、震える身体。
構わず言った。
「約束して、くだされ」
視界が、揺れて。
瞬きでぽたぽたと頬に落ちる。
「かえって……来たら」
一番初めに。
「……なまえ、おしえて」
だから今は知らなくて良い。
本当は嫌だ。
知りたい事が沢山ある、話したいことも。
なのに一年も、声すら聞けないなんて。
でも。
絞り出すような声音、懇願するように。
大事な、事なんだろう。……彼の、人生で。
分かってしまったから。
「約束守って、下さるなら」
一年。
変わらず私を想ってくれるなら。
「……まってる」
ずっと、まってる。
「……必ず守る、あァ」
「………」
「泣かせてばっかだな、俺は」
「…………」
「俺がいねえからってナンパされんなよ」
「……其方こそ、」
「俺は無ぇよ」
「浮気したら」
「だから無いって」
「……名前聞く前に刺しまする」
「…………」
「でもきっとその前に」
「………」
「滅茶苦茶泣いてしまって、」
包丁が握れないかもしれない。
容易に想像がついて少し笑った。
「……握る前に名前教えてやる」
「……」
「そのまま抱きしめて誤解だって言ってやる」
「誤解じゃなかったら」
「誤解以外ねえな」
「……絶対に?」
「ぜった、」
絶対、と言いきる前に自分から塞いで。
息が出来ない程のキスと。
――――掠れる声の、流暢な英語を残して。
「天才パティシエ?まだ学生だけど。一度食べた味とか忘れないらしいよ。おまけにこの容姿、」
メディアがほっとく訳ないよねえ。
広げた雑誌に向かってエプロンをしながら佐助が零す。
次の日、開口一番佐助に彼の名前を聞かされそうになって慌てて止めた。
それだけは聞く訳にはいかない。
髪留めをつけながら佐助の声に耳を傾ける。
雑誌は見ない。
名前が載ってるだろうから。
「本当に一年って言ったの?此処にはフランスに長期留学って書いてあるよ」
「やっ……約束…したから」
「ま、天才が本気になったら4~5年かかるところ1年で出来ちゃうのかもねえ」
うっとおしー、と言いながら佐助が階段を下りた。
己も少し遅れて下りていく。
「此処で会って約束したって?」
「……うむ」
「それだけ?変な事されてない?」
「へ、変な事とはなんだ」
「うーん。ちゅーとか」
「っ…、し、してない」
「………スカートの中に手突っ込まれたりとか」
「それはないぞ!」
「それは、ね。ちゅーはしたんだ」
「!!!!」
「あはは旦那真っ赤ー」
「佐助ッ!!」
何で佐助は何でも分かるんだろう。
分かってても言わないで欲しい、恥ずかしいから。
「ま、心配しなくても本気だよ。天才君は」
「え?」
「一切連絡が取れないって言ったんでしょ。いくら天才でもかなり無理すると思うんだよね」
「………」
「他の事一切遮断して、一年で終わらせるつもりだ」
「………、」
「それだけ本気ってこと。旦那も負けてらんないねえ」
「……そうだな」
きっとまたあの意地悪い注文をしてくるに決まってるから。
己も彼に負けないように。
「ほら、お客様だ旦那」
「ああ」
胸を張って彼に逢えるように。
「――――いらっしゃいませ!」[newpage]
ここから説明的な蛇足的な急展開なその後です。
モブが出てきます。
[newpage]
「ずっと、……好きだったんだ」
知らなかっただろうけど。
目の前で照れたように笑う、同級生。
失礼な事に名前が、出て来ない。
「同じクラスになったこともないし、俺の事なんて知らないよな。でももう受験だから、後悔したくなくて」
同じクラスになったこともないのに。
何故……己なんかを。
「ほら、バイトしてるじゃん。カフェで。それで……まあはっきり言うと一目惚れだったんだ」
「それからずっと見てて。やっぱり、言わずに諦められないと思ったから」
無理して付き合ってほしい、とかじゃなくて。
唯聞いて欲しかったんだ。
真剣な顔で話す同級生。
…………、この、ひとなら。
「――――」
「旦那目の下」
「え」
「隈出来てるよ。勉強?」
「……ま、まあな」
「相変わらず嘘が下手だね」
「…………」
お皿とか気をつけてね、割らないように。
溜息を吐いて佐助は奥へ引っ込んだ。
約束の日から一年。
それはとっくに過ぎていた。
もう、三ヶ月程になろうか。
一年間は平気だった。
約束があったから。
寂しくないことはなかったけれど、彼に負けないように頑張らないと彼に逢わせる顔がない。
そう思えたから。
あの日、約束した日からちょうど一年後の日。
その日に帰ってくるとは流石に思ってなかったけれど。
一週間、ひと月、経って行く内に。
不安が、
押し込めていた不安が、
まだ勉強してるのかもしれない。
そんな簡単なものじゃないだろう、二年掛かってもおかしくない筈だ。
それじゃあなんで一言も連絡をくれないの。
当たり前だ、連絡先なんて教えてない。
如何にでも調べようなんてあるだろう、連絡先くらい。元就に聞くとか。
自分から聞けば。それこそ元就に。
それは邪魔になるといけない、からできない。
まだ三ヶ月程度で何を大げさな、
でももう三ヶ月経った、一言くらい遅れるって連絡が有ったって。
それとも。それ、とも。
そっちで、……もっと大事な人が
『――――ずっと好きだったんだ』
今日。告白された。
真剣な顔。後悔したくないって、
付き合えなくてもいい、自分の想いを聞いてくれれば良いとその人は言っていた。
なんて強いんだろう。
何も言えなかった自分とは大違いだ。
一瞬、
ほんの刹那、考えた。
考えてしまった、
このひとなら。
「旦那、ラストオーダーの時間だ。カウンターにしかお客さん居ないから聞いてきて」
「……、分かった」
佐助の声に我に帰る。
仕事中だ、しっかりしろ。
「………」
伝票を握りしめ。
急に、彼に注文を聞くたびに緊張していた頃が懐かしく思えた。
連絡を自分からしないのは絶望したくないから。
此処で交わした約束が、夢だと思いたく無いから。
それでも、流れていく月日が。
全てを幻へと変えて行く。
進めばいいのか止まれば良いのか、もう分からない。
「遅くまでありがとうございます、申し訳ありませんがラストオーダーの御時間となりますので、」
――――ちりん、と後ろで鳴るドアに。
もう、閉店だと。
告げようと振り向いた。
「…………、」
無遠慮に眼球に飛び込んできた人物に。
上手く息が吸えなくて、
上手く言葉が出ない、
「………ぁ、……、当店……は、」
もう閉店の御時間となりますので。
喉で引っかかって出て来ない。
違うこんな事を言いたいんじゃ、
夢かもしれない、こんな夢何度だって見た、
ああ、夢だ
きっと夢、
それよりもカウンターの御客様の、オーダーをまだ聞けていないのに、
「――――ッ、」
彼が踏み出した、瞬間。
弾かれるように奥へ逃げた。
「申し訳御座いませんお客様、彼女少し体調を崩してまして。無様な姿をお客様にお見せする前に自分から引っ込んだんだと思います、お許し下さいね」
「………」
「それから当店はもう閉店で御座います、大変申し訳ありませんがお引き取り願えますか?」
「……Retirez de …」
「すみませんが勉強不足で。日本語以外は少し。むしろ声低すぎて聞こえません」
「Sortez、」
「だからフランス語で言われても理解しかねますが」
「Get out of my way!!」
「でーすーかーらー」
「退けっつってんだよ!!!」
「最初っからそう言えよなー。お断りします」
「テメェの相手してる暇はねえんだよ!」
「今更どのツラ下げて此処に来たんですかお客様ー?」
あの子がどんな気持ちで今、逃げたか分かってんの?
「これ以上あの子が苦しむ所は見たくない。分かって頂けますか」
「………」
「せめて今日はお引き取り願えると」
「……俺は、」
約束を守りに来た。
「頼む……退いてくれ」[newpage]
何を逃げてるんだろうか。
二階に逃げたって袋小路だ。
佐助が何とかしてくれたりとか、
……また佐助に甘えて。
情けない。
お客様の前で、オーダーの途中で。
幻滅されただろうか。
まだそんな事を考えてるのか。
でも、
……来てくれた。
いや、約束はもう守れないって言いに来たのかもしれない。
どうしても期待しながら最悪の事を考える。
仕方がない、そういう恋しかした事が無い。
「っ、」
誰かが上ってくる足音。
肩が揺れた。
あいたい。
けど、逢いたくない。
だって自分は……
「……客から逃げるとは、良い根性してんなアンタ」
変わって無い。
意地悪な口調で。
入口の方、から此方へ向かう足音。
怖い。
顔が見られない。
「それとももう忘れたか。俺の顔は」
そんな訳が無い。
毎日だって思い出した。
このまま、いつか思い出せなくなるんじゃないかって怖かった。
直ぐ後ろで立ち止まる気配。
見ても無いのに俯く。
「こっち向けよ。それすら嫌だってんなら」
「このまま帰る」
低く零された言葉に。
「……嘘に決まってんだろ」
思わず振り向いた瞬間捕獲された。
「単純」耳元で莫迦にするような声。
ひどい
ばか
どんな
「――――どんな気持ちで……ッ居たかも知らないで!!」
莫迦と罵りながら、
大声で縋りついて、みっともない程泣いた。
腕の中で泣きじゃくる身体をきつく抱く。
それに死ぬ程安心する自分が居た。
みっともねえから言わねえが。
もう顔も見たくないと切り捨てられたらどうしようかと、怯えながらドアを開けた。
遅れた自覚があったから。
目が合った瞬間泣きそうに歪んだ顔と逃げた背を見て抱きしめたくて堪らなくなった。
「……遅くなって悪かった。まだ間に合うか?」
約束を果たすのに。
遅れはしたが嘘はついていない。
帰って来て。一番初めに。
空港から直接来たから、鞄すら持ったままで。
腕の中の塊の動きが止まる。
俺の胸に顔を埋めたまま、ぼそりと言った。
「その前にひとつだけ、謝りたい事が」
言われた言葉に背筋を一筋、冷たいものが流れた。
……まさか。
いや、遅れたのは自分だ、こいつに非は。
けれどもし万が一、予想していることを言われたら。
「今日、同級生の方から。想いを告げられました」
喉が渇く。
正直聞きたく無い、かもしれない。
「それで……、こ、このひと、なら……っ」
離れずに。
ずっと傍に居てくれるのだろうかと。
「一瞬、ほんの一瞬でも考えてしまった……」
「……彼にも、貴殿にも、何て失礼な事をしてしまったのだろうと…!」
ごめんなさい、と謝りながらまた泣きだした彼女に。
「……謝るのは俺だろ」
そう考える程に寂しい思いをさせたのは。
「俺が、……俺の所為だろ、だからアンタが謝ることじゃねえ」
言うとますます泣いてしまって首を振って、何度もその頭を撫でた。
「それで、頷いたんじゃねえだろうな?」
「まさか!!」
「なら良い。……ったく脅かすんじゃねえよ」
これでオッケーしたでござる、なんざ言われたら帰国早々警察にお世話になる所だった。
「ちゃんと言ったんだろ。恋人が居るからって」
「……」
「オイ何で黙んだよ」
「……、こいびと」
「まさかこの期に及んで違うとか言わねえだろうな」
「や、そ、そうでは……」
「俺は向こうで聞かれる度にそう言ったけど」
「え」
「日本に大事な恋人が居るからってな」
「………ぅ」
「その様子じゃ……何て断ったんだ」
「……言わないと」
「駄目だ」
「………、す、」
「………」
「好きな、……ずっと好きな方が居るからと」
「……」
「言うと……笑ってそっか…って、ありがとう聞いてくれて、って言って」
「………」
「不味かったでしょうかぅぶっ!!」
「まァ、及第点だ」
だがその後のやり取りは別に聞きたくねえ。
胸に顔を押し付けてやった。
しばらくそのままでいると暴れ出した。
「こ、殺す気で御座るか!!」
「んな訳ねえだろつい想いが溢れてだな」
よしよし、撫でるとむう、と口を突き出して怒る。
食いついて欲しいのかよし分かった。
「……で」
「……ん?」
背を屈めようとしたところで話しかけられた。
わざとか?勘の良い奴め。
「…………あの、」
「どうした」
何か言いたげにもごもごするのも可愛いが、俺としては離れてた間のアンタを補充したくてだな、
「……」
やくそく。
ぽつりと漏らされた声に。
「……、OK、そうだったな」
そういやまだだった。
恥ずかしいのか下を向いてしまった顎を持ち上げて。
折角だから、前々から隠していた事も一緒にばらしてしまおうか。
「来月から世話になるパティシエ兼マスター代理の伊達政宗だ。宜しくな」
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カフェでバイトする高校生とつっかかってくる大学生の話。現パロで真田が女体化しておりますご注意下さい。サイト加筆修正分です。/RRありがとうございました!/評価・ブクマ・タグありがとうございますうおお嬉しいです…!/調子に乗ってサイトの続きの部分を追加致しました。ありがとうございました!(5/14)
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On va dans un Cafe
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004819#1
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1年に1度しか会えないのって、どんな気持ちなのだろう。きっと、その気持ちがわからないから机に置いた短冊はいつまでも白紙なのだ。今まさに逢瀬しているのだろう、一対の星に願い事を託す。そういった願掛けに、私はついぞ意義を見いだせないでいた。だって、天に託せば叶う願いは物心ついた時には既に叶えられていて、あとは私の努力目標が残るのみ。なんなら、スマートフォンに託す方が良い。
とはいえ、何も書かないのもこの行事に失礼な気がするから、目先の欲望を書いてみることにした。
『リサとだらだらお喋りがしたい』
目先すぎたかもしれない。四歩歩いてベランダに行けばきっと叶う、そんな願い。だから少し修正して、『だらだら』に大きくバツを打った。そして横に『本心で』と付け加える。机のライトに短冊を透かすと、その願いはきらきらと光って空へ。そして天井で跳ね返って私にぶつかる。わかってる、これも私の努力目標。短冊としても願いとしても見映えは悪いけれど、これこそ私らしいのかも、なんて独りごちる。一つ息を吐いて、心をきめる。短冊をくしゃりと握り潰してゴミ箱へ。
私は、結局スマートフォンに願いを託すことにする。ベランダに出て、向かいの部屋の電気がついていることを確認。柵に身を預けて、メッセージを送る。
『ねえ、星が綺麗よ。ベランダに出てご覧』
七夕を言い訳に遣う私の願いが叶うには、まだまだ時間が必要そう。握り潰した短冊の感触を思い出しながら、私は星の瞬く空を見上げる。
やがて、向かいの部屋のカーテンが勢いよく開いた。
♢♢
「今日部活でさー、熱中症でふらっときちゃった子がいて大変だったんだよー」
リサは脳内で回想しながら言う。彼女の制汗剤の匂いが風に乗って、私の鼻腔をくすぐった。
「その子、大丈夫だったの?」
「うん、保健室に連れて行ったんだけど、暫くしたら元気になったって聞いたよ」
「良かったわね」
その顔も知らない子のことより、その子に何かあってリサが悲しむことがなくてよかった。浅ましい私はそう言った。
「うん」
「リサも」
「うん?」
「リサも気をつけなくてはダメよ」
貴女が倒れたら、私冷静ではいられないわ。そう付け加えた。
「……うん! ありがと、気をつける」
リサは顔を少し赤らめて、喜色を浮かべた。
何だか今日はやけに正直にものを話す自分がいる。何故だろう。まるで何かに浮かされたかのよう。
「あ、そうだ。友希那、熱中症ってゆっくり言ってみて」
「?」
考えがまとまる前にリサがよくわからない要求を出してくるものだから、私は素直に実行する。
「……ねー、っ!」
言ううちにいたずらっぽい笑みを浮かべたリサの思惑に気づいてしまう。だから反撃することにした。
「ねえリサ。キスしましょう」
笑みを凍りつかせたリサは、あうあうと口を震わせる。
「っ、…………ずるい」
こちらの台詞よ。そう心中で呟きながら、私は期待に目を瞑る。そして3秒と経たずにそれは来る。
唇に、火が注がれた。
♢♢
ほの暗い世界の中、晒した友希那のうなじがやけに白く見える。濃紺の浴衣に身を包む友希那は、裾が開かないように器用に脚を畳んでしゃがむ。その横顔を照らす朱色の光源は、手に持った線香花火の揺らめき。暗闇にぼんやりと浮かび上がるようなその姿は、アタシの意識を根こそぎ持ち去るには十分だった。
「……リサ? もう落ちてしまうわ、はやく来なさい」
声をかけられてはじめて、見蕩れていたことに気がつく。
「あ、うん」
我ながら間の抜けた声。ぱたぱたと下駄を鳴らして、友希那の横へ。肩が触れ合いそうな、そんな至近で友希那を見詰めたらきっと後戻りできないから、逃げるように閃光を目に焼き付ける。
垂れるように赤熱する光球に、その周りを彩る控えめな火花。ちりちりと音を立てる。ぶら下がる球は可哀想なくらいに膨れ上がっていて、友希那の言う通りもうすぐ落ちてしまいそう。
「綺麗だね」
「ええ」
我ながらばかみたいな感想だ、と思った。アタシは実は儚く燃えるそれを視界に収めてはいるけれど、ちゃんと見ている訳では無いのだ。まともな感想なんて出てくるはずもない。花火なんかよりよっぽど綺麗な横顔がすぐそこにあるのに、アタシは直視することが出来ないから言い訳に花火を遣う。
「消えそうなものって、なぜだか心を引くわよね」
「うん。なんでだろうね」
本当はアタシはずっと続くものがいい。この花火が落ちても、友希那を照らすちょうど良い照明が無くなってしまったくらいの感想しか抱かないかもしれない。
けれど、さっきアタシの目を釘付けにした淡くオレンジに照らされた横顔は花火が落ちると同時に終わってしまう。だからアタシは、なけなしの勇気と、勿体ないと思うケチな心を奮わせて、顔を真横に向けた。
「……っ!」
花火に目をやっているハズの友希那と目が合った。向こうも不意に目が合ったことに驚いてしまったようで、びくりと肩が跳ねる。それに伴って手が震えて、線香花火の光が絶える。
暗くなった世界の中で、友希那の満月のような双眸だけが色彩をもつ。蛇にでも睨まれたかのように身動きができなくて、見つめあったまま秒針が進む。なんで友希那がこっちを見ているんだろう。そんな思考だけが頭の片隅に渦巻いていた。
「……リサ…………っ」
切羽詰まったような友希那の声色に、なあに、と問い返す声は掠れて出なかった。やっぱりアタシは動けなくて、でもなぜだか肩に友希那の体温がのしかかる。
その意味を考えて、友希那が寄り掛かって近づいてきたのだと察した瞬間、背後から子供の笑い声がふたつ聞こえて、はっと後ろを見やる。夏祭の喧騒から飛び出てきた女の子が2人、しゃがみ込むアタシ達の後ろを通り抜けて暗闇へと消える。
視線を戻すと、友希那は視線を下に遣って次の花火を取り出すところだった。
「次はリサも持つ?」
「う、うん」
またばかみたいな相槌を打てば、友希那は花火を手渡してくれる。二人それぞれ花火を持って、同時に火をつけた。
再び世界は少しだけ明るくなって、ぱちぱちと小さく音が増える。また目が合っては心臓がもたないから、今度は花火を注視した。やがてアタシの持つ光球は落ちて、三秒遅れて友希那の花火も消える。
アタシ達はなん度も花火に火を点けて、なん度もそれを地面に落とした。目が合ったのは最初の1回だけだったけれど、肩に触れた体温はずっとくっついたままだった。
♢♢
フグって、意外と可愛らしいよね。ぷくーって膨らんでちっちゃなひれを必死で動かして泳ぐの。顔がちょっぴりブサイクなのも可愛い。微笑ましくて結構好きだったりする。
でもさ、アタシの幼馴染みたいな綺麗な顔立ちの女の子が、フグみたいにほっぺを膨らませてこちらを睨む──ジト目っていうのかな?そんな感じで見てきたら、可愛いを通り越して凶器なんだよ。実際、アタシは今その顔をみて心臓を撃ち抜かれちゃいました。
「さっきの、何なの」
ほっぺをぱんぱんに膨らませてわざとらしくむくれる友希那は、普段より更に幾分低いトーンで問いかけてきた。”さっきの”に思い切り心当たりのあるアタシは、平謝りするしかない。
「ごめん……つい」
怒らせたみたいだとはいっても、怒りの主張の仕方が可愛すぎてなんとも罪悪感に浸りきれない。というか、多分怒ってるんじゃなくて、正確に言うとむくれている。きっとヤキモチみたいな何かを焼いてくれていて、そんなところも愛おしくて可愛い。そして薄暗い廊下でもつやつやと淡く輝いて見える友希那の頬はもちもちして気持ちよさそう。
、
「幾ら何でも、サービスが過ぎるわよ」
大盛況のライブを終えて興奮冷めやらぬまま控え室に戻ろうとしたら、汗も拭かないままの友希那に廊下で引き止められた。途中で止められたから他のみんなは既に控え室に入ったみたい。
本当によく盛り上がったライブだったから、アタシもテンションがどうしても上がってしまって、声援に応えてこんなことを口走ってしまったのだ。観衆に向けて、『みんな、アタシのものになりなよ』だなんて。それはもう大きな声援が返ってきて、殆ど声が質量をもって殴りつけてくるみたいな圧だった。一言でそれだけの反応を引き出せて、アタシとしては結構イイ感じだったな、なんて思っていたのだ。この友希那の表情を見るまでは。
「うん……ごめん」
「さっきからそればっかり。いいわ、こうなったら実力行使よ」
ふしゅう、と友希那の頬がしぼむと同時に、ぐらんと視界が揺れた。友希那がアタシの胸ぐらを掴んで廊下の壁に押し付けたからだ。ばん、と壁に友希那の手が叩きつけられた。もう片方の手はアタシの手首を掴んで、これも壁に押し付けられる。驚きで肩がびくんと跳ねる。そして間髪入れずに友希那は顔を寄せてきて、アタシの耳元で言う。
「──リサ。私のものになりなさい」
ふっ、と耳朶にかかる吐息。次いで耳たぶが何かに挟まれた。
────ていうか熱っ、これ、噛まれて……
「ひゃんっ」
耳を抉るように舐められたことを唾液の気化熱で知る。矢継ぎ早に繰り出される友希那の責めにアタシは変な声を出してしまう。舌は首筋を降りてきて、ステージ衣装の淵をなぞって、鎖骨でとどまる。そこをぢゅう、って音を立てて友希那が吸った。痕ついたな、なんて考えがよぎる頃には下が顎先を超えていて、あっという間に視界が友希那で塞がった。
「んぅっ……!」
そしてまた舌が絡まなかった事への寂しさを感じる間もなく唇は離れていって、友希那はアタシの顎をつかむ。
「──わかった?」
「……ひゃい…………」
ふ、と雰囲気を緩和させた友希那は、わかればいいのよ、なんて言い置いて控え室に入っていった。
♢♢
否が応にも汗が身体を這いずり回るようなこの熱帯夜、友希那の部屋の窓は開いていた。練習の時から感じていた予感が確信に変わったのはこれを確認した時だった。大気に満ちる湿度に反して、からら、と網戸は乾いた音を立てて開く。
「……やっぱり」
カーテンをかき分けて月明かりが差し込んだ部屋を見れば、ベッドの上に制服姿の友希那が丸まっていた。膝を抱えるようにして、窓とは反対向きに身体を倒している。
「起きてる……よね?」
返事はないけれど、その代わりにもぞもぞと姿勢が変わって、首だけがこちらを向く。
「……リサ」
呻くような声。ベッドにゆっくりと腰掛けると、友希那は首だけでなく身体ごとこちらを向いた。
「その感じ、やっぱり?」
「ええ……気づいていたのね」
当たり前じゃん。練習の時、いつもより顔が強ばってたもん。アタシは食べるチョコレートの量が増えるくらいでそんなに重たくないから、友希那が抱えている動けなくなるほどの生理痛はあんまり想像がつかない。けれどいつも綺麗にシーツが敷かれているベッドにはもがいたように波紋の皺が広がっていて。帰ってから寝る準備が整うまで独りで耐えてさせてしまったことに後悔を得た。
窓を締めて、クーラーを付けて、高めの気温に設定して。ネクタイを外してあげて、ボタンを二つ外して首元を緩くしてあげた。タオルで首に浮かんだ汗を拭いてあげると、ぞっとするくらい冷たくて、怖くなる。
未だ横になった顔を覗き込むと、ベッドの波紋に負けないくらいくっきりと眉間に苦悶が刻まれている。唇が青いのは部屋の暗さのせいだけではないだろう。
「はい、布団被って。……寝れそう?」
「……」
友希那は無言で、ぎゅ、とお腹のあたりにすがり付いてくる。ほとんど膝枕しているような姿勢だ。友希那は身体的に弱った時、意外と甘えん坊な所があって。普段やられると心底舞い上がってしまいそうな行動だけれど、今それに喜べるほどアタシが浅はかでないことを確認して安堵した。
汗でややしっとりとした銀の奔流を撫でてあげると、滑り落ちるように零れた髪が膝をくすぐる。それに触発されたかのように友希那が口を開いた。
「……子守唄が、聞きたいわ」
今日は甘えん坊どころか駄々っ子みたいだ。
「自信、無いよ」
「リサの声が聞きたいの」
はあ、と嘆息を呼気に混ぜて、そして息を吸う。頬が熱くなっていることを自覚しながら、努めて音量を落として音を吐き出し始める。
アタシ達、Roseliaの曲。感謝や温もりについて歌った優しい曲が、自然と口から零れた。
「リサ、上手。上手だわ──」
Aメロが終わったあたりでうわ言のようにこう呟いた友希那は、ワンコーラス歌う頃にはすうすうと寝息を立てていた。
いつの間にか仰向けになってアタシの脚の上に収まる友希那の顔は安らかで。皺はアイロンでもかけたみたいにまっさらになっている。
不意に感じる温もりに、大げさに肩が跳ねる。手を見遣れば友希那の手が絡んでいて。驚きとは別の要因で心臓が跳ね始める。身体と心の自由を完全に奪われてしまって、アタシはいつ寝ればいいのかな、なんて独り苦笑した。
♢♢
このくらい、Roseliaのベーシストなら出来て当然。きっとそうなのだろう。だからアタシは、この一週間片時も忘れなかった、そして一週間前は少しも弾けなかったフレーズをノーミスで乗り越えても表情一つ変えやしなかった。油断したら、峠を越えた先の何でもないような運指が滞ってしまうから、曲が終わるまで緊張を維持した。これはきっと、帰ってからお風呂を済ませて、髪を乾かして。そしてベッドに入って、そこでようやく独り噛み締める類の喜びだ。だから、アタシは努めて平静を装って練習をやり過ごすことに決めた。
曲が終わると、皆口々に「今のテイクはとても良かった」と言う。けれど、アタシ個人を褒める様子はない。そりゃそうだ。皆、Roseliaの一員として当然のラインをクリアするのは当然なのだから、アタシは褒められるようなことは何もしていない。だから、アタシはアタシの喜びを独りそっと慈しむ。
「あのサビ終わりのフレーズ、相当練習したでしょう、リサ」
だから、練習からの帰り道、二人になったタイミングで友希那からこんなことを言われてドキマギしないはずがなかった。
「えっ、気づいてたの?」
「当然じゃない。たまに部屋でアンプ鳴らしてるでしょう?窓開けてると少し聞こえるのよ。三日前まではとてもじゃないけど弾けているとは言い難かった。けれど貴女は今日完璧に仕上げてきた。これは誇るべきことよ、リサ」
え、友希那にアタシの頑張りを気づかれてた、というか部屋での練習を聴かれて、いやそれより今、友希那に誉められた???
形容しがたい感想と感情が脳内を駆けずり回って、容量がいっぱい。ベッドに持ち込むはずだった喜びが目の端から数滴こぼれてしまう。
「……っ、なんで泣くの」
「ごめん……ちょっと…………めっちゃ大変だったからさ……あと、友希那が気付いてくれて嬉しい」
一昨日の夜、そのフレーズが上手く弾けなくて、強迫観念じみた何かで泣いちゃった。昨日の夜、それでも諦めずに弾き続けた。少し苦しかった一週間が全て報われた気がして、あっさりとアタシは感情を零した。
「…………」
考え込むようにした後、アタシより少しだけ身長の低い友希那が、身体を伸ばすようにしておもむろに頭を撫でてくれる。
「よく頑張ったわね」
髪越しに伝わる掌の体温に、伝わる言葉の暖かさに、あたしの感情は益々勢いを増して。ぼやけた視界で友希那が慌てる。
たまにこうして褒められたらなんでも頑張れちゃうな、なんて思った。
♢♢
あー、ヤバい。友希那の横顔みてたらこみ上げてきちゃった。とはいっても、学校からの帰路を二人並んで歩いてるだけなんだけど。
学校を出てからずっと、途切れることもなく続くアタシのなんでもないようなどうでもいい話にやけに真剣に相槌を打ってくれる友希那。時々アタシの顔を見てコメントを返してくれる友希那。不意に、がさ、と音を立てて民家の庭から柵に飛び出てきた猫に思いっきり目を引かれる友希那。その猫がすぐにどこか行っちゃってあからさまに残念そうな顔をする友希那。その残念そうな顔をすぐに取り繕って済まし顔を浮かべる友希那。でもさっきよりは目線が下向きな友希那。
観察が細すぎるけど、幼なじみだから、とかそんな範疇超えてるのは先刻承知。友希那の表情は色が乏しいと思われがちだけど、アタシからしたらそんなことはない。わかりやすいくらいにころころと色彩を変えていく友希那の感情。それって全部、顔に出るんだ。だから、アタシはこみ上げてくるこれをたまにそのまま吐き出しちゃうの。だって、溢れ続けるものを身体に溜め込んでおいたらいつか爆発するじゃん?
「──で、リサ。なんだったかしら?」
「うん。友希那、好きだよ」
身体中に満ちる”好き”をちょっとだけ吐き出した。努めてあっけらかんとした笑顔を作る。擬音にしたら『にかっ』て感じかな? あんまりマジな顔すると、マジに取られちゃうじゃん。いや、本気なんだけど。
「なっ……。リサ、からかうのはよして」
ぶわぁ、と顔が真っ赤になる友希那。可愛いなあ、もう。
「からかってないよ、本心だもん☆」
真剣な表情で言えるのは、いつになるかなあ。いっそ、爆発したら吹っ切れるのかなあ、なんて。
♢♢
「…………もうダメ、今日は浮かばないわ」
小一時間くらいアタシのベッドの上で体操座りをして虚空を見つめていた友希那が、到達にギブアップを宣言した。
最近友希那は、作詞作曲に行き詰まると無言でぬるりとアタシの部屋に入ってきて、おもむろにベッドを占拠する。寝転がるわけでもなく、壁に背を預けるでもなく、飴を舐めてみるでもなく、本当にただベッドの中央に体操座りをして目線だけをキョロキョロと動かすの。何を尋ねても「気にしないで」「リサはリサのやりたいことをしていて」の一点張りだから、三回目くらいからアタシは何も言わずにそれを横目で見守っている。そして大抵、アタシの部屋に来るほど追い詰められている時は結局何も浮かばずに、やがて音を上げる。
これも友希那の進歩といえば進歩で、以前は本当に良い詩やフレーズが浮かぶまで飲まず食わずでベッドに頭をぽふぽふ打ち付けたり飴を何袋も空けてしまったりしていたのだ。いつからか引き際と切り替えを心得て、ギブアップできるようになったのは友希那の確かな進歩と言えるだろう。だからアタシは、労いの言葉をかける。
「お疲れ様。少し休憩しなよ」
アタシが声を掛けて初めて、友希那は体操座りを崩して脚を伸ばした。立ち上がらぬままにベッドを這って、端にちょこんと腰掛ける。
「有難う。そうするわ」
ひとつため息を放ったあと、友希那は自然な流れで両腕を広げてアタシに向き合う。アタシもそれに応えて、勉強机から立ち上がって友希那へ歩み寄る。
腕が届く距離に入ると、待ちきれないとばかりに友希那はアタシのお腹のあたりに顔をうずめてくる。友希那の両手はアタシの腰をガッチリホールドして、ちょっとやそっとじゃ抜けられない。抜ける気は毛頭無いけれど。
すうぅ、と大きく息を吸う音。アタシに抱きつく友希那が、思い切りアタシの匂いを肺に収めているのだ。何度やられても気恥しい。やがてふうぅ、と溜め込んだ息が吐き出される。とはいっても、顔を埋めたままだから、呼気が当たったところが友希那の体温であったかい。
「満足した?」
「…………ええ、もう大丈夫」
言葉とは裏腹に、ぎゅう、とアタシをホールドする腕に力がこもる。そんなにぎゅってしなくても、アタシは逃げやしないのに。
「普段からこのくらい甘えてくれてもいいんだよ」
「ダメ。癖になるわ」
それは全くこっちのセリフで、この時間がすっかり癖になって作詞が行き詰まればいいのに、なんて考えちゃうから、アタシって本当に性悪だ。
「……じゃあ、今日はアタシが満足するまでそうしててくれる?」
友希那が顔を離して、目だけでアタシを見あげてくる。眉根が下がった、愛玩動物みたいな目の形だった。
「……仕方ないわね」
再びぎゅっと絞まる腕の力に満足して、アタシは友希那の髪を指に絡めた。
♢♢
果てしなく続く猛暑日にぽっかりと空いた谷間の真夏日、馬鹿になってしまったアタシの肌は30度そこそこの日中でも涼しく感じるようになってしまった。今はもう時刻は20時を回っていて、陽射しなんて残滓すらない。それなのに、背中には冷や汗をびっしりとかいているのは何故か。
「嫌よ。絶対に嫌」
友希那がアタシの袖を掴んで離さないからだった。否、状況としては非常に嬉しいし拗ねたように唇を突き出す幼馴染みはめっちゃ可愛いんだけど、それを解消することがきっと叶わないからこその冷や汗だ。よくよく見れば友希那の目が潤んでさえいる気がする。
「アタシだって離れたくないんだけどさー。たった1週間くらいだよ?」
お盆に伴う明日から5日間くらいの母方の実家への帰省の話をしたら、リサはついて行くのかと問われ。無論祖父母の顔も見たいし、アタシだけこの家に置いていかれる訳にもいかないでしょと答えたら、友希那は玄関の前でアタシの袖を掴んで頑として動かなくなってしまった。
「だから、嫌。とにかく嫌よ」
「そんな駄々こねないで……ね? お土産買ってきてあげるからさ」
「要らない」
八方塞がりだ。何がどうしようもないって、こんなにも駄々をこねてアタシと離れたがらない友希那がいじらしくて愛おしくて仕方なくて、めちゃくちゃ嬉しいということだ。アタシも強く拒絶できない。良い折衷案も思いつかない。
困ったなあ……。
「うーん……そうだ、今日はアタシの部屋に来る? 友希那の気が済むまで充電してよ」
「……行く」
その後お風呂を済ませてから再び合流して、一晩中文字通り抱き枕にされた。
コアラみたいにアタシに張り付いたまま朝を迎えた友希那は、「帰って来たらもう一晩抱き枕になること」を条件にアタシに帰省を許したのでした。おしまい。
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Twitterに#まいにちリサゆきというタグで投げてる短編のまとめです。
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短編まとめ5
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10048313#1
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梅雨は雨が降っていない日でも空気がじめっとまとわりついて来るようですっきりしない。その不快さに家を出るのを億劫がる者は数知れず、大学に行き退屈な講義を聞き続けるか家で趣味の時間を謳歌するか迷う者もまた多く。そんな葛藤の末にそのまま登校意欲を失い講義を欠席する学生は結構いる。日本の大学生にとって梅雨は単位に並ぶ敵なのだ。
「いや、なんでそこで迷うんだ」
白髪の青年は隠れていない左目だけで呆れたように、隣で机に突っ伏している親友にそう言った。言われた友人はというとだってさ~、ときだる気な様子で返してくる。その頭で跳ねる癖っ毛が湿気でいつも以上にぴょこぴょこ跳ねているのとは反比例なダレ様だ。
確かに青年自身にとっても梅雨は割と憂鬱な時期である。しかしだからと言って学校をサボるという発想はどうしたって生まれてこない。青年がそう言うと他の友人達から合いの手が入る。
「お前は真面目だからなあ」
「真面目っつうか堅物っつうか」
釣り目の親友に続き、前髪に両目が隠れた親友からもそんな茶々を入れられた。真面目というか当たり前のことなのではと青年は思うのだが、事実講義室にいる学生はいつもよりも少ない。そして、そんなこと続けて期末に泣きを見る学生が毎年一人二人はいるのが世の常だ。
反してこの青年は生来の真面目な性格でそんなところからは最も離れた場所にいると言ってもいい。そして自分を堅物だとか評する友人達だって毎回きちんと講義を受ける辺り充分真面目の部類に入っている。梅雨の鬱陶しさを愚痴っている癖毛の友人だって何だかんだ言いつつもやることはしっかりやる奴なのだ。
もっとも、その理由は彼の意識だけではないようなのだが。
「いや、ホントはサボっちまおっかなって思ってたんだよ。でも『ダメだよ、お兄ちゃん。ちゃんと学校行かなきゃ後で困るのはお兄ちゃんなんだよ?』って俺の可愛い可愛い妹が心配してくれたらもう、行くしかないだろ?」
「うわ、出たよシスコン」
その台詞に友人達が一様に呆れ返った。しかし当の本人はそんなのどこ吹く風だとでもいうように今日も変わらず妹への惚れ気を雄弁に語っている。
大学入学を機に知り合った彼ら四人だが、それから三年生の今に至るまでの時間でこの友人が所謂シスターコンプレックスであることは周知の事実となった。それはもう末期の。少し歳が離れたその妹は今年高校に入りたてだと聞いたが、その年頃の女子にしては珍しく今も昔も変わらずに兄に懐いているらしい。そんな妹をこの兄は目に入れても痛くないぐらい可愛がっている。どれくらいかといったらクリスマスや彼女の誕生日には親友を巻き込んでプレゼント選びに駆り出し、逆に妹からもそういったイベントでプレゼントを貰えば狂喜乱舞するぐらいだ。日常的にもやれこんなことして可愛かっただの、やれこの間はこんなことがあっただの彼の口から妹の話が出ない日はなく、最早手遅れなレベルのシスコンである。最初はドン引きしていた彼らも慣れようというものだ。
そんなよく話に聞く彼の妹であるが親友達が彼女の姿を目にしたことは無い。この友人の性格からするとすぐにでも彼女の写真を見せびらかしそうに思えるが意外にもその逆だった。いくら惚れ気ても決してそういうことはしない。何かのきっかけでその理由を尋ねたところ彼はあっけらかんとこう答えた。
「俺だって出来れば親友をブッ飛ばしたくはないからな」
つまり妹に惚れられたら困るから写真を見せない、そして妹に寄って来る悪い虫は例え親友であろうとボッコボコにしてやると言外的に宣ったのだ。その瞬間、三人は何かうすら寒いものを感じ背中に冷や汗が伝ったのをよく覚えている。
そういう訳で三人は大まかな容姿は知っているものの彼女を見たことが無い。生年月日や星座、血液型、性格、趣味、好みなどの基本情報は話を通して一通り網羅したが、その姿だけが彼女という人間のイメージ像の中で不自然に欠落していた。
それにしても親友達が妹に惚れるかもしれないから写真を見せないとはまた考えすぎな気がする。特に自分なんてそんな色恋沙汰とは無縁なのだから余計な心配だと思っていた。
あの時までは。
♢ ♦ ♢
梅雨は雨の季節であり突然空模様が変わることも珍しくはない。今日は運が悪く下校途中の彼らはよりにもよって豪雨に見舞われてしまった。青年は折り畳み傘を持っていたものの四人も入り切らないし、何よりちっぽけな傘程度この豪雨の前には無いも同然むしろ風に煽られて邪魔になるだけだ。
「うっわ、ずぶ濡れ!」
「気象庁ちゃんと仕事しろよな!」
各々喚きながら走って行くがそれで雨が降りやむ筈も無く、却って雨脚が強くなっていく感じさえする。終いにはドンガラガッシャーンッと雷まで落ちてきた。うわあああ!と大の男達から少々情けない悲鳴が上がる。
「マジかよ、嘘だろ、勘弁しろよ!」
「これは酷いな…」
「なあ、どっか店かなんかに入って雨宿りしようぜ!」
「だったら俺ん家来るか? こっから近いし。つかこんな天気で妹を一人家に置いとけるかってんだ!」
今日は母さんも用があって出掛けてるから俺があいつを守らねば!と意気込む彼のシスコンはこんな雷雨の中でも通常営業だ。慣れたと思っていた青年達だが呆れを通り越しいっそ感心さえしてしまう。もしかしたら奴は天地がひっくり返ろうとも妹の為ならば世界の果てからでも駆け付けるかもしれない。いやきっとそうだ。
ともあれ申し出自体は有り難いものであることに変わりない。彼らはその友人の家へと向かって走って行く。バシャバシャと水溜りに足音を響かせること数分、彼の家だというモダンな一軒家が見えてきて急いでその玄関の軒下へと駆けこんだ。
「あーあ、ビッショビショ…」
「上がる前に全員体拭けよー。あと絶対に妹には手を出さないこと!」
「はいはい。分かったから早く入れてくれ」
相変わらずのその言葉を適当に聞き流しながらドアを開けた友人に続いて彼らは家の中へと入って行った。辺りを見回すとスッキリした玄関に活けられた紫陽花の花が華やかさと柔らかさを醸し出している。家庭的ながらも品のある雰囲気が第一印象の家だった。
大の男四人でぎゅうぎゅうになった玄関だがふと足元を見ると小さなローファーが隅に揃えて置かれていた。彼の妹が既に帰ってきているのだろうか、とぼんやり考える。
「ちょっとタオル取って来るから待っててくれよ」
友人がそう言ってスニーカーを脱いで上がろうとした時、それを遮るように奥から物音が聞こえてきた。それは人の足音の様で次第にこちらへと向かって来ている。きっと彼の妹だろう。散々話には聞いていたものの目にするのは初めてになるその姿に少しばかり興味がわいてきてしまう。一体どんな子なのだろうと考えていると、ひょこりと壁の向こうから女の子が顔を出してきた。
その姿を一目見て、ドクリと心臓が音を立てた。
かわいい。普段頭に上ることのない単語がポンと不思議なほど自然に浮かび上がる。うっかり口を突いて出そうになったが、衝撃で固まる喉は小さく呻くだけにとどまった。
帰ってきてからそう時間は経っていないのだろう、薄茶色のブレザーに深みのある赤いスカートとリボンの制服を纏っている。スカートからスラリと伸びた足は歩けるのかと疑ってしまうほどほっそりとしていた。タオルを抱えた手だってまるで人形のもののように小さく柔らかそうだ。細い肩の上で揺れるのはまるでルビーを溶かし込んだと見間違うほどに鮮やかな赤い髪。ぴょこりと一房だけ跳ねた癖毛がまた可愛らしい。
そして何より、穢れなど知らないかのように澄み切った琥珀の瞳。星にも似たきらめきを散りばめたその瞳に目が離せない。思わず吸い込まれてしまう。
「……………っ」
ドクリ、ドクリ、と心臓が痛いほど脈打っている。かあっと全身に熱が走るのを感じたがどうしようもない。世界に彼女しかいなくなったかのような感覚に、ただただ目の前の少女を一心に見つめ続けていた。
「おー! マイスイートシスター! ただいま! そしてもう帰ってたんだな、おかえり!」
「お兄ちゃん、おかえりなさい! それからただいま!」
永遠にも似たようなその刹那は次の瞬間友人の大声によってあっけらかんと破られる。しかしそれに返した彼女の声はまさに鈴の音を転がすようで、本当にこんな声を持つ人間がいたんだなと一周回ってどこか他人事のように考えている自分がいた。
「…あの、お兄ちゃんのお友達の方々ですか?」
「あ、ああ…」
「おじゃましまーす」
「突然ごめんねー」
ひたすら彼女を眺めているところを急に話しかけられてきた為うっかり声が裏返りそうになる。咄嗟に返したとはいえ他二人と比べると圧倒的に素っ気ない返事になってしまって、いつもは気にしないというのに今は彼女にどう思われたかということばかりが気になって仕方がない。
はじめまして。そう言ってぺこり、とお辞儀する姿も本当にかわいい。一体自分はさっきから何回可愛いを連呼しているのだろうか。もしかしたら一生分の可愛いをここで使い切るかもしれない。
「タオルもっと持ってきますね、ちょっとだけ待っててください!」
「あ、あぶ…!」
「うわっ!」
踵を返そうとした彼女に青年が咄嗟に声を掛けようとするも時すでに遅く、振り返った彼女はゴチンと見事に壁におでこをぶつけていた。
「っう~!」
「わー! 大丈夫? 大丈夫か?!」
「だ、大丈夫だよ、お兄ちゃん…」
よほど思いっきりぶつけてしまったようで彼女は頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。オロオロし始める兄を涙目になりながらも宥めているが、おでこが真っ赤に腫れている。
「…本当に大丈夫か?」
「あわわ…。すみません、お友達の方にまで心配かけて…」
ありがとうございます、とはにかみながら笑う彼女にただでさえ五月蠅い心臓が更に騒がしくなってしまった。青年が自分に向けられたその笑みをぼーっと眺めている内に彼女は立ち上がり、家の奥へと消えて行った。
「おい、初めて見たけど可愛いな妹ちゃん」
「しかもいい子じゃん。お前もそう思うだろ?」
「…そう、だな」
「だろー? なんてったって俺の自慢の妹だからな!」
他の友人達が口々に噂の彼女を褒めちぎる。話を振られた時まだ心臓がドクドク言っていた彼はその動揺を悟られないか気が気ではなかったが、妹を褒められて鼻高々なその親友は特に青年の異変に気付いてはいないようだった。
それから先、青年は自分がどう過ごしたのか覚えていない。雨が止むまで親友達と時間を潰したはずなのだが、彼らと何を話しただとか自分がどうしていたとか詳しい記憶がすっぽり抜け落ちてしまっていた。ただ飲み物を手渡された時にうっかり触ってしまった指先がやわらかかったなだとか、帰り際に向けてくれた笑顔が滅茶苦茶かわいかったなだとか、あの子のことばかり考えてしまう。
兄妹に見送られて他二人の親友と家路を歩いている時もそんな残り熱に浮かされていた。そこへ突然横を歩いていた両目隠れの友人によって爆弾が落とされる。
「随分と気に入ったんだな?」
「な…っ!! 別に彼女は…っ!」
「お? 俺は別に何にとは言ってないぜ?」
にやにやとにやつく彼らに嵌められたと悟るのはそうかからなかった。語るに落ちた状態に言い返す言葉が見つからず、ハクハクと口を動かしたきり俯くしかない。きっと今の自分は顔どころか耳まで真っ赤だろう。
「いやー、お前にも遂に春が来たか! 感無量だなあ」
「お父さんは嬉しいです!」
「…五月蝿い」
誰がお父さんだ、誰が。だがそれ以上に親友が口にした“春”という単語に反応してしまう。つまり、これは、その、そういうことなんだろう。
(俺は彼女が……………好き、なのか…)
既に薄々と気付いていたもののそれを言葉にすると思い浮かべるだけでまたかあっと体が熱くなる。しかし小説とかでよく聞く所謂“甘酸っぱい”気持ちに浸る間もなく友人達の追撃が来て吹き飛んでしまう。
「こちとらずっと心配してたんだぜ? なんてったってお前女っ気なさすぎるもの」
「それ以前に女子に興味自体なかったしな。独身コースまっしぐらになりそうだから、いざとなったら俺らが紹介やら何やらしてやらなきゃと思ってたくらいだし」
「大きなお世話だ!」
いつになく大声で怒鳴った青年だが友人達は臆したふうも無くあっはっはっはと腹を抱えて笑っている。こいつら、どうしてくれよう。そんな彼の本気の怒気を察したのか彼らはようやく笑いを引っ込めた。
「ごめんごめん。こんなお前初めて見るもんだから、ついからかいたくなっちまったんだよ」
そう前置きして。でもさ、と先程とは違い二人とも穏やかな笑顔で自分を見ている。
「俺ら本当に嬉しかったんだよ。お前がそういう意味で大事にしたいと思える女の子に出会えて。お前情に篤いクセしてそっちの方面は冷めきってたからな」
「たまーに恋バナしても色恋の『い』の字もないし。良かったじゃん、しかもあんな可愛い良い子で。頑張れよ、応援してっから」
そんな風に言われれば爆発寸前だった怒りもしゅるしゅると萎んでしまうではないか。自分のことをまるで己のことのように喜んでくれる彼らに小さな声でありがとう、と呟く。微かに笑みを浮かべた彼に応えるように親友達もにかっと笑って返した。
「ただ、問題はあのシスコン野郎だよなぁ…」
「そういやあいつを忘れてたぜ…」
「ああ…」
気分は一転、三人そろってげんなりと肩を落とした。意中のあの子には不幸なことに厄介なボディーガード…もといシスコンと言う名のお兄様が約一名付いている。あやつの口から妹の話が出ない日はなく、その溺愛っぷりに隙は無い。実際妹に近付こうとした男共を蹴散らした話も何度も聞いている。今までは相手の男子にご愁傷さま、と合掌するだけだったが最早他人事ではないのだ。
「あいつは…その、俺のこと…気付いていたか?」
「とりあえず今日はセーフ。あんまりに心ここにあらずの状態だから怪しんではいたけど俺が『干しっぱなしの洗濯物を気にしている』って誤魔化しといたから」
「そ、そうか…」
「といってもあいつは妹ちゃんに関しちゃやたら嗅覚鋭いからな…。今後気を付けないとすぐ勘付かれて駆除されるぞ」
親友といえども容赦はしないってのが奴のモットーだからな。釣り目の親友の言葉に確かに以前もそんなことを言っていたような…、と青年は記憶を遡る。それを思い出してますます気が重くなった。
「ま、でもあいつもいい加減妹離れすべきだと思うぜ。ってか別に親友の妹に手を出してはならないなんてルールないんだし」
「相手がお前なら安心して任せられるだろ。俺達も協力するから頑張れや」
じゃあな~、と丁度駅に向かう分かれ道で友人達は手を振りながら去って行く。大学の近くで一人暮らししている青年だけが別方向だ。街灯と家々の灯りだけがポツポツと灯っている道を歩きながら、頭の中は彼女のことばかりで埋め尽くされてしまう。
周りが恋だ愛だと騒いでいても一度も自分の琴線に触れたことは無く、そう言うこととは無縁だとずっと思っていた。だから妹に惚れられたら困るというあいつの心配は少なくとも自分には全く必要ないと思っていたのに、それが今はどうだ。自分はたった一目見た瞬間にいともたやすく恋に落ちてしまったではないか。つまるところ彼の心配はまさに的を射たものであったというわけだ。
二人の親友はああ言ってくれていたけど、実際これはどうなんだろうか。ただでさえ五歳の差は大きく、向こうはやっと高校生になったばかりなのにこっちはまだ学生とはいえ二十歳越えの成人男性だ。それに加えて彼女は親友の妹で、親友は彼女を大事にしていて。そこに自分が割り込んでいいものか、と問われれば言葉に詰まってしまう。彼女は自分などが近付いてはいけない神聖な存在にさえ思えてきてしまうのだ。他の奴はいいのに何故自分はダメなのか、と建前を勝手に作っているのは自身なのにそんな恨みがましい気持ちに駆られる。
もっとも、あの兄のガードを越えて彼女に近付けた者は未だかつていないようだが。建前を守るにしろそうでないにしろ結局壁として立ちはだかる親友に、青年は勝手ながらも憎たらしく思えてきてしまうのだった。
♢ ♦ ♢
あれから一ヶ月。梅雨は既に明けて季節は初夏となっていた。夏休みまでももう秒読みだが、心ゆくまで休暇を楽しむためにはその前に試験を乗り越えなければならない。青年達も勉強したり期末課題に取り組んだりとほぼ毎日机に向かい、そしてやっとそれも大詰めに近付いていた。
「あー…、つっかれた…」
「しかし喜べ。これで試験はすべて終わりだ! 後はレポートさえ出せば夏休み!」
たった今試験を終えた為に知恵を絞りまくった頭がどっしりと重くなり疲労を主張している。しかし友人の宣言通り試験はこれで全て終わる。そこそこの手ごたえがあったので追試なんてことにはならないだろうし、課題を出せば後腐れなく夏休みを過ごすことが出来る。
「レポートいくつ残ってる? 俺は一つ」
「俺も後一つかな。あの厄介な教授のやつ」
「全部片付けた」
「ずりー! 俺なんて明日提出のがまだ終わってないんだぜ!!」
「それは自業自得だろう。その課題は割と前から出されているのにまだ終わらせてなかったのか」
ぽかぽか背中を叩いて来る癖っ毛の親友に青年は淡々とそう返す。課題は出され次第すぐに片付けるようにしている彼は既に全て提出し、試験勉強に集中できるようにしていた。癖っ毛の親友以外は提出期限まで余裕があるものの、彼に付き合い今日は図書館に寄って行くという。全ての課題を終わらせた彼は図書館にいても意味はないのでそこで別れて帰ろうとした。
「お兄ちゃん!」
そこへ、ここで聞こえるはずの無い声が耳に飛び込んで来た。まさかと思ってそちらを見るとそのまさかで、あの赤髪の少女がこちらへと駆け寄って来るところだった。不意打ちの想い人の登場に思わず心臓が大きく跳ねる。
「やっと来れたよー! 道に迷って遅くなっちゃった」
「あれ! 妹ちゃんじゃん、こんにちはー。どしたの? こんなところに」
「こんにちは! お兄ちゃんの忘れ物届けに来たんです。はい、これ」
高校生らしく肩に下げたスクールバッグから何かを取り出し親友へと差し出した。それはUSBメモリで、プラプラぶら下がっている白血球のようなストラップに以前彼が使っていたものであると思い出す。
「俺のUSB! これが無いとレポート出来ないところだったー! ありがとな!」
「どういたしまして! 私のバッグに紛れ込んでたんだよ。今日学校に残って課題をやるって言ってたからこれが無いと困ると思って」
「それで学校帰りにわざわざ来てくれたのか?! ホントありがとなー!」
「えへへ、よかった。じゃあお兄ちゃん達レポート頑張ってね!」
そう言って彼女は帰ろうと踵を返した。しかしちょい待ち!と親友が引き留める。
「お前、一人か?」
「? そうだよ?」
「だめだめ! もう暗いのにお前一人で家に帰すわけにはいきません!」
「え…、これぐらい大丈夫だよ。それに近いし」
「それでもダメ! いいか? お前はかわいーの! そんな子が一人で夜道を歩いてたら飛んで火にいる夏の虫なの!」
「…私、そんなかわいくないよ?」
いや、かわいい。滅茶苦茶かわいい。青年は反射的に少女の言葉を否定する。彼女が可愛くなかったらこの世に可愛いものなどなくなってしまう。しかしそれを彼女やその兄の前で口にする度胸はなく胸の内に留められたが。
「いや、かわいい! メッチャかわいい! お前がかわいくなかったらこの世にかわいいものなんかない!」
口に出さずとも親友がほぼほぼ同じことを言ってくれた。ちょっとそれに驚きながら彼女の方を見るとプスプスと煙が出そうなほど真っ赤になっている。
「…ど、どっちにしろ一緒に帰る人いないもん……」
「俺がいる!」
「でも、お兄ちゃんこれからレポートやるんでしょ? しかもかなり時間がかかりそうって昨日愚痴ってたし…。私の為に課題そっちのけにするなんてダメだからね?」
「うぐ…っ! で、でもお前だってここまで来るのに道に迷ったんだろ? 迷わず家に帰れるのか?」
「う…っ! だ、だけど…!」
互いに痛いところを突かれ、両者どちらが先に折れるかの根競べに入る。その時、青年は何故だか横で自分と共にその兄妹のやり取りを見守っていた二人の目がキラーン!と光ったように見えた。…嫌な予感がする。
「なら、こいつに送ってってもらうのはどう? レポート全部終わって帰ろうとしてたところだし」
「それにテスト勉強で何度もそっちの家にお邪魔してるから道も知ってるだろうし」
「…な! おいっ!」
勝手に彼女の連れに推薦されて思わず声を荒げてしまう。確かに帰るところだったし、彼女達の家にはあれ以来何度か訪ねている。この二人の友人はあの日の宣言通り彼の恋路に協力的で、試験勉強だなんだと口実を作って親友の家に行き彼女に会う機会を作ってくれていたのだ。そしてこれもその一環なのだろうけど、いきなり彼女と二人きりというのは緊張してしまう。
「え! でも悪いです…!」
「あ、いや…、俺は大丈夫だから…。道に迷いやすいんだろう? 流石にこんな時間に迷子になるのは危険だぞ」
「うぅ…」
しかし緊張するものの彼女と二人きりになれるというのは願ってもいないシチュエーション。掌を返したように逃がしてなるものかと、もっともらしい理由を並べ立てていく。
「そーそー、そいつの言う通りだって。俺達も心配だなあ」
「うんうん、だからやっぱそいつに送ってってもらいなよ。それならいいだろ、おにーさん」
「むむむ…。まあ真面目なお前なら平気、か? くれぐれも妹をよろしく頼んだぞ」
これまで一切恋愛ごとに興味が無かったからか、それとも自分が悟られないよう懸命な努力を重ねたおかげか、あるいは両方か。ともかくまだ彼が妹に想いを寄せていることに親友は気付いておらず敵認定されずに済んでいる為思いのほかあっさりと許可が下りた。
「分かった」
「えぇー?!」
じゃ、頑張れよ。釣り目と両目隠れの友人達が去り際に目配せしながら口パクでそう言いい、そしていつまでも渋る兄をズルズルと図書館へ引っ張って行く。妹に手を出したらブッ飛ばすからなー! 次第に遠のいていくその台詞は心当たりがあるだけに後ろめたい。
彼らがいなくなった後に、自分と彼女だけがポツンと取り残される。
「じゃあ帰ろうか」
「…本当にいいんですか?」
「ああ。あいつらの言っていた通り俺も帰るところだったからな」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…」
よろしくお願いします、と照れくさそうに笑う彼女。天使は実在したんだな…、とアホなことをバカ真面目に考えてしまった。
帰り道を共にしながら、やっぱり一緒に帰って良かったと友人達へ再度感謝の念が込み上げる。横を歩く彼女は色々な話を聞かせてくれた。この一ヶ月、主に試験勉強を理由に親友達と家に上がり込ませてもらったが、その間に「単なる兄の友人」から「そこそこ親しい知り合い」程度にはレベルアップ出来たと思う。それはというのも丁度高校の定期試験と時期が重なっていたことから彼女も交えて勉強することが出来たのだ。
ついついノートから視線を上げて盗み見れば彼女は真剣に教科書を読んだり、はたまた難しい問題に当たったのかちょっと口を突き出して考えていたり…。ひたむきな姿も綺麗で可愛いな、と密かにドキドキしていたのは自分だけの秘密だ。
「今日数学のテストが返ってきたんですけど、前回よりずっと点が伸びてたんです!」
「そうか、頑張ってたもんな」
「いえいえ! 私なんて…。勉強中、分かりやすく教えてもらったから…」
実は一緒に勉強するだけでなく、数学が苦手だという彼女に対し理系に強い自分が教えてもいたのだ。その時すぐ隣に座る彼女の一生懸命な顔や仄かに鼻をくすぐる甘い香りに何かがブチンと音を立ててきれそうになったが、どうにか年上としての体裁を保つことができた。余談だが妹同様に数学が苦手な兄は頼りになるお兄ちゃんポジションを取られたことに横で拗ねていた。
「そちらも試験があるのに丁寧に教えてくれて…本当にありがとうございました!」
「いや…、そんなたいしてことじゃないから」
むしろそんな眩しい笑顔を向けてくれるだけでお釣りが出る程だ。しかし当然そんなことを口には出せず、黙ったままこっそり隣を歩く彼女を見つめる。
年頃になれば女子は勿論、男子だって異性や恋愛への興味を持つようになり歳を重ねるごとにそういった話題は自分の回りに溢れていった。しかし話の輪には入るものの自分が共感出来る事柄は一切無く、どこか遠い世界の出来事のように友人達の話を聞いていた。
だが、今になってようやく彼らの気持ちを理解することが出来た。己よりも頭一つ分小さく華奢な彼女。他でもない自分が護りたいという加護欲を掻き立てられるのに、一方でその清い存在を己の色に染めてしまいたいと願う加虐心までが同時にくすぐられる。咲き誇るような笑顔を見るだけで幸せを感じるのに、それだけじゃ足りない。触れたい捕まえたいと、汚い欲が鎌首をもたげる。
どこもかしこも矛盾する気持ちを抱えて、なのにそれを不快に思うどころか心地良くすら感じる。恋がこんなにも滅茶苦茶で、切なくて、とびきり甘いということを彼女に出会って初めて知った。
「あの、私の顔に何かついてますか?」
「え?! いや! す、すまない!」
彼女を横目に見ているつもりがいつの間にか凝視していたらしい。首を傾げる彼女に慌てて青年は謝る。まさか君を見ながら恋について考えていましただなんて口が裂けても言えない。
「そ、そういえば今度花火大会があるよな。誰かと一緒に行ったりするのか?」
気を逸らせようと咄嗟に目に入った近くの掲示板に張られていた花火大会のポスターからそんなことを聞いてしまったが、口に出してから不自然すぎないかと冷や汗が垂れる。しかし彼女は気にした風も無く答えてくれた。
「来週のですか? 実は友達を誘ったんですけど、みんな彼氏と行くらしくって…」
彼氏なんて私は一度も出来たことが無いんで。えへへ、と少し寂しそうに笑う彼女だがそれは違うんだ。君に彼氏が出来ないのは影で君に近付く男子を片っ端から追い払っているシスコンの兄がいるからであって、そうでなければとうの昔に告白なりなんなりされているよ、という台詞はすんでのところで飲み込んだ。そんなこと彼女に知ってほしくない。
そうなのだ。彼女を恋愛的な意味で好きだと思うのは何も自分だけではなく、可愛らしい彼女に近付く男は後を絶たないことを親友の情報から知っている。もっとも今では自分もその一人なのだが。自分も突破するのに苦労している彼のガードがあったからこそまっさらな彼女がいるのだと思うと複雑な気分だった。
「その、やっぱり彼氏が欲しい…とか考えるのか?」
恐る恐るそんな質問を投げかける。さっき羨ましいと言っていたし、彼女ぐらいの年頃ならばそう思っても不思議はないだろう。しかし現在進行形で想いを寄せる彼女が恋愛についてどう考えているのか、というのは大いに気になった。
「う~ん、確かにそう思わなくもないですけどちょっと違うような…。彼氏っていうより、あんな風に想い合える相手を見つけられたことが羨ましいのかもしれません」
だって素敵じゃないですか、と彼女は続ける。
「お互いがお互いを想いあって、大事にしたいと思える人に出会えるなんて、凄く素敵なことじゃないですか。こんなに大勢の人がいる世界で、自分も相手もそんな“たった一人”として選び合えたってことが、私はちょっと羨ましくて憧れます」
なんて、口に出すと照れちゃいますね。口元を隠しながら恥ずかしそうに顔を染める彼女に、青年はどうしようもなく目を奪われた。
なんて、なんて綺麗な子なんだろう。
清廉な心を持つ彼女が、純粋無垢な彼女が、ただただ愛おしい。
思わず立ち止まり、その手をとって引き留めてしまった。
「? どうしたんですか?」
自分の手を掴み立ち止まったままの青年に彼女は警戒すらせず彼の顔を覗き込む。無防備なその仕草に、このまま彼女を抱き寄せて腕の中に閉じ込めてしまいたい、滑らかな肌を感じかながら彼女の愛らしい唇に自身のそれを重ねてしまいという衝動に襲われた。
このまま、言ってしまおうか。
君が好きだと。君が俺の“たった一人”なのだと。
カラカラに乾いた口がゆっくりと動き…
「…花火大会、一緒に行かないか」
出てきたのは明後日な方向の言葉だった。
♢ ♦ ♢
「なーんでそこで『君が好きなんだ!』って言えなかったのかね、お前は」
「…自分でもそう思う」
あれから散々思っていたことだけに友人の言葉は耳が痛い。一週間経った今もあの時のやり取りを思い返しては自身への羞恥心と呆れで軽く死ねそうだ。何故あの流れで「花火大会いかないか」が出るのか、それは自分がヘタレだからだ。自問自答してさらに虚しくなってくる。
不幸中の幸いだったのは彼女がその誘いを受けてくれたことだった。不自然な会話にも自分の態度にも不審に思うことなく嬉しそうに返事をくれた彼女。疑うことを知らない素直さも魅力の一つなのだが心配になってしまう。あいつが過保護な理由が何となく分かった気がした。
「それでも千歩譲ってデートの約束取り付けただけマシだとしてもよ、二人きりって言えなかったのはどうかと思うぞ」
「保護者同伴なんてもはやデートじゃないじゃん、それ。せっかく俺らが気を利かせたのに情けなさすぎやしないか?」
言いたい放題な親友二人だが言ってることはもっともなので言い返す言葉も無い。そう、あまつさえ告白できなかったどころか花火大会に行くのも彼女と二人だけではなく、友人達も交えて五人で行くことになってしまったのだ。だから花火大会当日の今、こうして会場である神社の鳥居でこの二人とあの兄妹を待っているのだった。
あまりにしょげきった彼の姿を流石に哀れに思ったのか、ようやく親友達も追撃の手を緩めてくれた。
「ま、こっからなんとか挽回していくんだな」
「祭りで屋台も出てるし、何かプレゼントでもしたらどうだ?」
二人共が気合を入れるようにバシッと勢いよく青年の背中を叩いた。ヒリヒリする背中を押えながらももうすぐ現れるだろう彼女に想いを馳せる。
そうして待つこと数分、遂にもう一人の親友を引き連れて彼女がやって来た。誰かを探すようにきょろきょろしていた彼らは自分達を見つけるとこちらへと近付いて来る。
「おまたせー。待った?」
「すみません! 私の準備が手間取ってしまって…」
「いいって、いいって。女の子は野郎より支度に時間がかかってとーぜんなの。それより浴衣姿綺麗じゃん」
「浴衣着てるのってなんか新鮮だなぁ。可愛いよ」
「そうだろ、そうだろ。可愛いだろ、俺の妹は」
確かに、かわいい。もう彼女に対して何回思ったか分からない言葉がそれでも飽きもせずに浮かんでくるぐらいにかわいい。白地に珊瑚色と若緑色の淡い水紋が描かれた浴衣を身に纏った彼女はいつものあどけないかわいらしさはそのままに、どこか大人びた艶やかさも感じさせる。そのアンバランスささえも彼女を引き立てていた。
(…………!)
普段の制服姿もかわいいが、浴衣姿も負けず劣らずかわいい。しかし見慣れないその姿は青年にとって少々刺激が強く、他の親友達が褒めちぎっている間馬鹿みたいに突っ立って眺めるしかできなかった。
「あ、あの…。おかしくない、ですか…?」
「おい、妹ちゃんが聞いてるぞ」
親友に小突かれてようやく正気に戻る。目の前には不安そうにこちらを窺う彼女がいた。しまった、と思いながら咄嗟に口を開く。
「あ、いや…。に、似合ってると…思う………」
「ほんとですか? …よかったぁ………」
胸に手を当て安心したように溜息をつく彼女。一つ一つの動きにさえ色が乗り、さっきから動悸がうるさくて仕方がない。
そこへじ~っとこちらを見てくる視線があることに気が付いた。見ると癖毛の友人が何か疑るように自分を見ている。
(まずい、シスコンのこいつがいることを忘れていた…!)
ここで自分が彼女に懸想しているとバレたら、きっと今後一切近寄らせてもらえなくなる。それに他の親友達も気付いたようで慌ててフォローが入った。
「よーし、花火まで時間もあることだし屋台回るぞ!」
「妹ちゃんは何か欲しいものない? 買ったげるよ」
「ちょい待て、ちょい待て! それは兄である俺の役得だ!」
「じ、自分のものぐらい自分のお小遣いで買うよぅ…」
二人が彼女を神社へとエスコートしていき、それを兄が追いかけて行ったことで疑いの目線から解放された青年はほっと息を吐く。接近禁止令が出されないようにする為にも注意しなければ、と気を引き締めて彼らの後を追った。
その後は本当に楽しい時間だった。彼女と二人きりだったら…という願望が無いわけではなかったが、こうして大人数で回るのも中々に賑やかで良いものだ。金魚すくいで癖っ毛の親友が次から次へとポイを破ってお店の人に苦笑されたり、逆に釣り目の親友はその横でホイホイ面白いぐらい金魚をすくっていたり。射的もやったがこの親友は両目が隠れているとは思えないほどに百発百中で出禁にされてしまった。そしてふわふわの綿飴を頬張る彼女は小動物のように愛くるしい。たこ焼きだ焼きそばだとすぐソース系に走る野郎とはなんと違うことか。
しかし時間が経つごとに人の数が増えてくる。それまでも五人固まって動くのは骨が折れたが、あっちにこっちに流されている内にとうとうはぐれてしまった。
「やっばいな、この人込み」
「あいつらは…いた、あっちだ」
それでも背はそこそこある成人男性の彼らは何とか見知った顔を見つけて掻き分けながら合流することが出来た。しかし小柄な彼女はすっかり紛れ込んでしまって全然見つからない。
「どこだー?! マイスイートシスター!」
「んな台詞大声で言うな、恥ずかしい!」
「なんにしても早く見つけてあげないと。方向音痴じゃん、あの子」
「そうだよ! 今この瞬間もナンパ野郎の餌食になってるかも…うおー! 今兄ちゃんが助けに行くからな!」
暴走モードに入った親友を宥めながら青年も必死に周囲へと目を凝らす。彼女のある意味天性の方向感覚は以前家まで送った時に実感している。そうでなくともこの人込みの中彼女が一人きりだという状況はとても落ち着けるものではなかった。
そんな青年の願いが届いたのか視界の端にあの鮮やかな赤を映したような気がした。迷わず駆けだそうとした彼だが、それを両目隠れの親友が呼び止めた。
「ひょっとして妹ちゃん見つけた?」
「あ、ああ…」
っていうかなんでヒソヒソ声なんだ? そう尋ねるも彼は答えずにただしーっと口に人差し指を立てた。そして何かと思ったら他の友人達に向けて何やら話しかける。
「あ、あっちに妹ちゃんの癖毛が見えたような気が!」
「マジか?! よおぉし、今行くぞ妹よ!」
そう言って友人が指差したのは逆方向で、しかしそれに釣られた癖っ毛の親友はそちらの方へ駆けだしていくところだった。はったりを仕掛けた張本人と釣り目の親友が青年を見てニヤリと笑みを浮かべる。それを見て青年も彼らの意図にようやく気付いた。
「お前ら…」
「というわけでお前はさっさと妹ちゃんの所に行ってやれ」
「シスコンは俺らが何とかしとくから頑張れよ。玉砕したら骨は拾ってやる」
悪戯気にウィンクして(片方は前髪で分からないが)二人は彼の後を追って姿が見えなくなった。何から何まで力を貸してくれた彼らに感謝しながら、その心遣いを無駄にしない為彼女を見失わない内に雑踏の先に見える赤色の元へと向かう。
人込みを掻き分けて辿り着いた先にはやはり思った通り、青年の想い人の姿があった。
「おい! 大丈夫か?」
「ふぇ?! あ…」
途方に暮れたようにキョロキョロしていた彼女は突然声を変えられたことに驚いていたが、青年の姿を認めると安堵のあまり泣きそうな顔を浮かべた。
「よ、よかったぁ…。皆さんがどこにいるのか全然分からなくて…。お兄ちゃん達はどこにいますか?」
「あ…、えっと、あいつらは別の所にいると思う。手分けして君を探すことになって、俺が先に見つけたんだ」
他の面子がいないことをどう説明したものかと咄嗟に考えた嘘だが、彼女は疑うことなくすんなりと信じたようだ。へにょりと彼女の眉が下がる。
「…ごめんなさい、私がはぐれちゃったせいでご迷惑を………」
「あ、いや、君のせいじゃない! この人込みじゃ無理もないさ。俺達だってはぐれて合流したところだったんだ。だから気にするな」
むしろ自分が親友とグルになって君の兄を撒きました。なんて真相は絶対に言えないが気に病んだ彼女を元気づけなければと、そっちの方面にはさっぱりな頭をフル回転させる。
「その…、よかったら、あいつらを探しがてら…俺と、もう少し祭りを見て回らないか?」
「え…。いいんですか…?」
「ああ。まだ見てない屋台もあるだろう? 花火までもまだ時間があるし、案外そうしている内にあいつらも見つかるかもしれないからな」
もっともらしいことを言ってるが、実際は自分が彼女と二人きりになりたいが為の口実だ。彼女は何と答えるか。ハラハラしながら待つこと数秒、こくんと彼女が頷いた。
「私も、一緒にお祭りを回りたいです」
彼女の言葉に自分でも驚くくらいほっとした。ここで拒否されたらぼっきり折れて再起不能になるところだった。何がだ、何かがだ。
「そ、そうか…。じゃあ行こう」
「はい」
二人だけでというのはさっきと違い背筋が伸びるような緊張感があったけれど、それでも彼女と回った祭りは青年にとってより一層煌びやかなものに見えた。
あ、あれ見てください。
懐かしいな、子供の頃よくやったよ。
私も昔やったことがありました。
ほら、向こうにあんなのがあるぞ。
え? わあ、凄い!
もっと近くで見るか?
祭囃子を耳にしながらそんな会話を交わす二人。青年はデニムにインナーとシャツというカジュアルな格好だが浴衣の彼女に合わせてゆっくりと歩いていく。提灯の灯りに照らされながらはしゃぐ彼女に、青年はその目を柔らかく細める。
「そこの可愛いお嬢ちゃん! 良ければ見ていかないかい?」
ある出店の前を通りかかった時威勢のいい声に呼び止められ、見るとガタイのいいオバちゃんが彼女を手招きしていた。いかつい店主に反して簪や髪飾りなどが華やかに並べられており、いかにも女の子が好きそうな露店だ。彼女も目をキラキラとさせ、一目で興味を引かれたことが分かる。
「見ていくか?」
「…じゃあ、ちょっとだけ」
いそいそとそのオバちゃんの店へと足を向ける彼女にクスリと笑みを零し、彼もその後を着いて行った。
布を敷いた机の上に並べられたそれらは近くで見るとますます美しい。水の中を涼し気に金魚が泳ぐトンボ玉の簪や白藍の石で花をかたどった髪飾りなど、見る者を惹きつける色鮮やかな光景がそこにはあった。思わず見とれる彼女についつい自分も見入ってしまう。
少しすると彼女が一際あるものに目を引かれていることに気が付いた。その視線を辿ると一つの簪に行き着く。真鍮の軸の先に白い水晶玉とタッセルをあしらったシンプルながらも上品な簪だ。さっきからずっと眺めていて、余程それが気に入ったらしい。
『何かプレゼントでもしたらどうだ?』
祭りの前に友人に言われた言葉を思い出した。目の前には簪を穴が開くほど見つめる彼女がいる。そうとなれば自分がやるべきことは一つだ。
「すみません、これください」
「え?!」
「まいどあり。包むかい、お兄さん?」
多分屋台のオバちゃんは自分が何をしようとしているか分かったのだろう。先程の親友二人を彷彿とさせるような笑みを浮かべてそう聞いてきた。包みはいらないと答えれば予想通りと言わんばかりにますます笑いながらはいよ、と答える。
ただ彼女は何が起きているか分からないのか、自分と簪に交互に視線を向けている。そしてその簪をそっと差し出すと驚いたように自分を見つめた。
「これ、受け取ってくれないか?」
「…で、でも………」
「君に貰ってほしいんだ。いらなければ捨ててくれてもいいから」
「そんなことないです! だけど、申し訳なくって…」
「これは、俺がしたくてしたことだから」
彼女はしばし迷って、やがておずおずと手を伸ばし簪を受け取ってくれた。そっと包み込むように手にしたそれをまるで宝物みたいに胸元に抱き込む。
「…ありがとう、ございます………」
頬染めながら、それでも彼女は嬉しそうにそう言ってくれた。どういたしまして、と返した自分の顔はきっとだらしなく緩んでいたに違いない。
こうして彼女にプレゼントを贈ったものの、自分は彼女の髪の短さをうっかり失念していた。首に掛かる程度の長さでは簪で結えないということに気付き冷や汗を垂らしたが、そこへオバちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。
「なあに、お嬢ちゃんぐらいの髪でも充分結えるよ。こっちに来てごらん」
そして彼女を椅子に座らせるとどこからか細い髪ゴムを取り出し、その見かけからは想像できない程丁寧かつ器用に彼女の髪をいじり始める。やがて一分経つか経たない内にそれは完成した。
「はい、出来た。鏡見てごらん」
「わあ! ありがとうございます!」
耳の上あたりに差し込まれた簪がユラユラと揺れていて、白いそれは彼女の赤髪によく似合っていた。髪に付けた簪を揺らしながら色々な角度から鏡を見る彼女はどこから見ても可愛い女の子で、そんな彼女を眺めていると不意にオバちゃんに小声で話しかけられる。
「お兄さん達、これから花火を見に行くのかい?」
「ええ、まあ」
「だったら裏の境内に行くといいよ。人はいないし花火もよく見えるしで穴場なんだ」
二人きりで花火を見るにはちょうどいいだろう? と言われて思わず赤くなる。一体どこまでばれてるのやら。恐るべし、オバちゃん。
色々お世話になったオバちゃんに再度礼を言い、青年と彼女はその屋台を後にした。
「簪、本当にありがとうございました」
「いや、喜んでくれて良かった…っと」
「わっ!」
人込みに押されたらしい彼女が自分の方へと倒れ込んで来て、慌てて受け止める。どうやら花火を見ようと祭客が一気に動き出したせいで周りはこれまで以上に混雑していた。彼女とはぐれるわけにはいかないと、咄嗟にその手を掴み取る。
「その、手…はぐれそうだから、暫らくこのままで………」
「…は、い………」
一週間前にも彼女の手をこうして取ったはずなのに、今こうして手を繋ぎながら歩くと思わず体が熱くなる。それを紛らわすように青年は会話を続けた。
「さっきの屋台の人に花火を見るなら裏の境内が穴場だって教えてもらったんだ。よければそっちの方に行かないか?」
「そ、そうですね」
ごった返す人の波を掻き分けて二人は裏境内へと向けて歩き出した。勿論繋がれた手はそのままに、触れた手から伝わってくる彼女の熱に心臓が騒ぐのを感じながら。人込みを抜けてもその手を離しがたくて、彼女が何も言わないのをいいことにそのままずっと手を繋いだままだった。
話に聞いていた通り裏境内には誰もおらずひっそりとしている。怖いのだろうか、彼女の手がぎゅっと強く自分の手を握ったような気がした。それに応えるように自分も彼女の手を握り返す。
「そろそろ始まると思うんだが…」
そう言った時、目の前の空から眩しい光が降り注いだ。続いて腹に響くような音も。
「うわぁ…っ!」
彼女から感嘆の声が上がる。その間にもまた次の花火が打ちあがり消え、そしてまた打ちあがりと絶え間なく夜空に光の華を咲かせていく。ドドン、ドドン、と遠くから響く音を聞きながら自分も彼女も火花が踊る空を一緒になって眺めていた。
「綺麗ですね…」
「ああ…」
「…こうして、二人で花火を見ることが出来て…とても、嬉しいです…」
その言葉に隣を見ると一心に夜空を見上げる彼女の横顔がそこにはあった。花火の咲いては消える光に照らし出された彼女はこの世のものとは思えないぐらいに美しく、けれど次の瞬間には消えてしまいそうなほどに儚い。今にも彼女が光の中へと消えてしまうのではないかと有りもしない不安に駆られ、思わず繋いでいた手を引き寄せて腕の中へと閉じ込めた。
「…え、え?!」
突然抱きしめられた彼女は簪を揺らしながら驚きの色を浮かべて自分を見上げた。自分に向けられたその瞳は色とりどりの光に照らされてまるで本物の琥珀のように輝いている。
そうだ。
俺はこの琥珀の瞳を見た瞬間に、恋に落ちたのだ。
歳の差や親友の妹である事実に身を引こうかと悩んだ夜もあったけど。
そんな建前など、結局なんの抑止にもならなかった。
今はただ、君が欲しくて欲しくてたまらない。
「好きだ」
その瞳を見つめながら、ただそれだけを彼女に告げた。
腕の中の彼女がビクリと身じろぐも、それさえも抑え込むように強く抱きしめる。
「君が好きだ。初めて会った時から、ずっと。君を大事にしたいと、ずっと想い続けている」
あの日の帰り道、君の言葉。
君の恋人達の間にある奇跡への純粋無垢な憧れが脳裏に蘇る。
「君が、俺の“たった一人”の人なんだ」
叶うことなら、俺も君の“たった一人”になりたいんだ。
沈黙が降りた。長い長い沈黙を埋めるように、花火の音だけがそこに木霊する。
どれほどそうしていたのか。きゅ、と彼女の手が彼の服を小さく握りしめた。
「わ、私も………」
貴方が好き、です。
花火の音に掻き消されそうなほど小さな声は、不思議とはっきり彼の耳まで届いた。
その言葉の意味を理解するより先に、情けなくも呆けた声が漏れてしまう。
「…本当、か?」
「本当ですっ! こんなことで嘘なんて言いま…わぷっ!」
真っ赤になって、それでも一生懸命想いを伝えようとしてくれている彼女を直視できなくて、思わず胸に強く抱き込んだ。だって仕方がないじゃないか。一体君は、どれほど今の自分が可愛くて愛らしくて愛おしいことをしているか分かってる?
腕の中に閉じ込めた彼女は最初は抜け出そうともぞもぞ動いていたもののやがて大人しくなり、胸に頬を擦りつけるようにぴたりと寄り添ってくれた。そのぬくもりを感じ取った自身の奥底の何かが歓喜に打ち震える。
『だって素敵じゃないですか』
『こんなに大勢の人がいる世界で、自分も相手もそんな“たった一人”として選び合えたってことが、私はちょっと羨ましくて憧れます』
(…そうだな)
俺は君を“たった一人”に選んだ。君も、俺を“たった一人”に選んでくれた。
それは、なんて素晴らしいことなんだろう。そして恋さえも知らなかった自分にそれを教えてくれたのが君であるということが、こんなにも嬉しい。
「…好きだ。君が好きで、どうにかなってしまいそうなんだ」
「私も…貴方が好きです。優しい貴方が、大好きです」
胸の奥から湧き上がる想いをそのままになんてしておけなくて、彼女の耳元で囁いた声は自分でも驚くほど甘いものだった。けれど返ってきた君の声の方がずっと甘い響きを含んでいて、もういっぱいいっぱいだった想いが溢れてしまう。
最初は君に恋をしているだけで幸せだった。けれどだんだん自分だけじゃ足りなくなって、君にも同じ想いを抱いてほしいと願うようになって。そして今。その願いに手が届いたというのに、今度はもっと触れたいという欲が出てしまう。
抱きしめるだけじゃ足りない。
もっともっと君に触れたい。君を知りたい。君が、欲しい。
胸に顔を埋める彼女の頬にそっと手を当て、上を向かせる。まるで屋台で見たリンゴ飴のごとく艶やかな赤に染まった彼女に美味そうだな、と浮ついた思考が呟いた。親指で瑞々しい果実のような唇を撫でると、彼女の瞳に熱が籠る。
何をするか、なんて。きっと彼女も自分も分かりきっていて。ゆっくりと瞼を閉じた君に、俺はそっと唇を寄せた。
重なる熱に、花火の音も光も、もう届かない。
[newpage]
おまけ
彼らの声も届いてなかった
「はなせええええぇえぇ! 俺の妹があああぁああぁあ!!」
「放すわけないでしょーが」
「お前絶対あいつを殺しに行くだろうからな」
「決まってんだろ! 俺の可愛い妹が! マイスイートシスターがっ! 堅物の皮を被った雑菌め、俺がブッ殺してやる―――――っ!」
「でもさー、妹ちゃんもあいつが好きなんだろ? 晴れて両想いになったわけだし、その相手を殺したらお前確実に嫌われるぞ?」
「!」
「『お兄ちゃん嫌いっ!』って言われてもいいのかよ?」
「絶っっ対、ヤダ! そんなこと言われたら俺は死ぬ!」
「んじゃ我慢するんだな。だーいじょうぶだって。あいつなら絶対妹ちゃんを大事にするって」
「過保護が過ぎて妹に煙たがられる兄ちゃんより、妹の恋路にも理解ある兄ちゃんでいた方がお前の為だぞ」
「うっ、うっ…。俺の、俺の可愛い妹があぁ~~~~~っ!」
「うわ、マジで泣き始めたぞ」
「あいつらは二人きりにした方がいいだろうし…、こいつを引きずって俺らは飲みにでも行くか。飲ますだけ飲まして全部吐かそうぜ」
「そだな。親友の恋愛成就に乾杯!ってな」
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君も、俺を選んでくれませんか?
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”たった一人”の人
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10048572#1
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・元医者の二周目主人公(男)(SAN値低め)グラッパがコナンはピスコとベルモットまでしか知らん+NOC一人も知らん状態で組織の所属しシェリー(+ついでに姉)を組織から抜けさせようと非合法に頑張ったりバーボンとフラグ立てる話
・いろいろけしからん表現あり
・若干年表ずれてても気にしないでほしい。
・いつもの赤井氏の扱い
■簡単な設定
グラッパ…米花万千子の名前でクリミナルホラー小説を書いている組織幹部・男。コナン知識は序盤だけあり、FBI、公安についてはさっぱりないため、宮野姉妹にしたことを物差しにして接している。
FBI…心身を守るために公安対組織チームのパシリになった。ぷるぷる。
コナン君…グラッパからシェリーちゃんを守れと脅されている。ぷるぷる。
公安…たぶん、使えそうだとグラッパに認識されている。
[newpage]
逮捕されたパンツ仮面が警察官のすきをついて自殺したというひどいニュースが報道された。
パンツ仮面の本名はあえて報道されなかった。
身内に配慮した報道だとSNSでは話題になったという。
[newpage]
「組織内の赤井死亡説は半々だな。名前を伏せたことがFBIとの関係を思わせて信ぴょう性が増した。風見、よくやった」
『パンツ仮面死亡偽装事件』は手っ取り早く言うと協力しているFBIの赤井の身を守るために、しょうがなく風見が考えた作戦である。死んでいない人間を実名で死んだと報道するのは真っ黒黒な行為だけれど、名前を伏せて報道するのはもうちょと白い。偽情報をつかまされたと言い訳できる協力者を使って報道させた。
赤井は習得した変装術でうまいことボロアパートに隠れているので大丈夫だろう。景光が赤井とばれないライフスタイル指導もしているので、その効果も期待したい。禁煙を申し渡すと人権侵害だと言っていたけれど今のご時世喫煙者は目立つのだ。
「遺体の有無確認よりも死を選びそうな動機に重点を当て計画しました」
「そうだな。組織でもパンツ仮面は死因になりえるという意見が七割を占めているようだ」
「ひとことよろしいでしょうか」
「なんだ」
「組織バカなんじゃないですか?」
「俺も時々そう思う」
あの組織は権力握らせたらいけないやつに権力握らせることに関してはとんでもなくバカだと思う。
ジンしかり、グラッパしかり。あの二人はまわりまわって組織に害しか与えていない。
特にグラッパは組織悲願の研究データを改ざんし、過去データを抹消し、今までの成果を着々と滅却している。おそらく、組織が消えた後の研究データ持ち去りを危惧しているのだろう。中途半端にデータが残っていると途中まで研究していた人材を攫っての研究再開が起こりかねない。
倫理的にもまずい類らしいので、国にさえ渡すつもりはないらしい。降谷も個人的な、宮野姉妹の安否という都合で研究のについては詳しく掴めないと報告し続けている。
組織壊滅作戦のメインは物騒な組織とそれに加担しているテロリスト支援者といえる人間の捕縛である。
上は研究内容を『検出されない毒薬』だと思っているようだ。ちなみにグラッパは片手間で『検出されない毒薬』が使われたと検出できる試薬を開発している。
それを報告した時点で、グラッパを生かして捕獲する命が下った。
捕獲後の行先は公機捜あたりが妥当だろう。あれこれ理由をつけて保護観察に収めて有効活用する気らしい。
被害を被っているFBIからは証人保護があるお国柄なのに「正気じゃない」「クレイジージャパン」と言われたが降谷は聞き流した。
宮野姉妹の保護について約束を守っている間はまともにしていてくれるだろうから無茶な利用法ではない。安室に対する対応を見る限り、約束さえ違えなければ多少の無茶も聞いてくれる。
しかし、違えたら惨劇一直線ではある。
[newpage]
「赤井見当たらないし暇だからベルモットの息がかかったパーティ行こうぜ」
赤井の目撃証言がぱったり途絶えたことから、抹殺計画の時間分だけ暇になったグラッパのお誘い。
色々算段したバーボンはまあいいかなとうなずいだ。ベルモットの行動はバーボンも把握しきれていないので確認できるチャンスがあるなら逃す手はない。
「そういう場所は疲れるんだ」
それでも、面倒がってみるのはグラッパの好感度を測ってみたいからだ。
「ハロウィン系仮装パーティーだからマスクでも被っておけば軽く楽しめるよ。とりあえず洋装の正装に手袋でくればいいから」
測ってみたけれど、予想外すぎるのもグラッパにはよくあることである。
「うむ。君はバーボンでなく黒ポメラニアン男だ」
『キャン!』
グラッパが準備した無駄によくできた犬のマスクは、中でしゃべった言葉を勝手に犬語に変換してくれる。
パーティーなどの催しで女性にたかられなくていいと思うけれど、入場の時にスタッフに「もふもふさせてください」と言われるのは微妙な気分だった。
ちなみにグラッパは背中まるだしでウエストを絞った燕尾服を着て、その背中に黒い羽のタトゥーシールを貼って、顔には化粧を施し額から黒い角を生やしていた。違和感がまるでない。米花万千子モードのグラッパは、受付時にスタッフから本物の怪物はご遠慮くださいされそうになっていた。どうにか「スピンオフ」という呪文を使うことなく乗船したもののパーティーでも彼の周りは空間ができている。
モンスターに怖がられるモンスター。
ちなみに、もふもふを希望したスタッフや参加者はグラッパが「連れなんです」というと尻に火が付いた勢いで走って逃げ、中には船から飛び降りようとしたものも出た。
こんなたんじゅんできょうりょくなぼうえいらいんはじめて。
降谷は業務的にあれこれ企画していたことがあったが、これほど簡単に近づくものを排除できる仕組みを知らない。今後の仕事に生かせないだろうかと生真面目に考えながら、バーで注文をする。
グラッパはキャンキャンとしか聞こえていないはずなのに、的確にそれをバーテンに伝えていく。彼の装いから鳴き声に翻訳前の音声が聞こえているようには見えない。
『キャイン』
「視線の動きと普段の行動と好みで察しはつくよ」
それでは普段のことはわかっているんだろうかと聞いてみたけれど、「おしごとがんばってえらいね」とわしわしなで回されただけだった。
わかってない。
結局その晩、肉体言語でお話してもわかってくれなかった。
ただ、シールを貼った背中が大変いやらしかった。
[newpage]
大変充実したようないまいち物足りないような翌日。
降谷が登庁すると、カルバドスが拘禁されていた。
風見をほめるのもそこそこに何があったのかと問いただす。
「どういうことだ」
「一昨日、パンツ仮面が現れて当たり屋されついでに渡された暗号文を解読したところFBIと組織の一部が対決するからフォローに行けと、降谷さんは組織の仕事で留守なので自分が指揮を」
「どういうことだ?」
風見の言葉が脳内で処理しきれない。
「それが、FBIの手口と思っていたら、確認をとるとFBIの指金ではないらしく訳がわからず」
降谷だってわからないが、とりあえず証拠品だ。
「暗号文はどれだ」
「これです」
[uploadedimage:13725749]
「どうあがいても怪文書だ」
「FBIならありかとおもったのですが」
「わかりたくないけどわかった。ちょっと真犯人にあってくる」
真犯人は予想通りのグラッパだった。
「カルバドスがベルモットに呼ばれてウキウキハッピーしてたからおまわりさんにチクった」
「どうあがいても怪文書だった」
「どうあがいても組織の幹部がチクったように見えないならいいかなって、ちょっと急ぎの用事があるんだけど」
「スピンオフか?」
「そこまでする必要はないかな」
[newpage]
翌日、アガサ宅には一輪の白いバラが届いた。
[newpage]
翌日、米花総合病院の一室に待雪草の鉢植えがあふれかえるほど届いた。
[newpage]
毛利探偵事務所に「消息不明の兄が赤石のモデルでパンツ仮面かもしれない」と探偵業界の暗部を総結集した地獄のような依頼が来て、江戸川少年が探偵業に不安を抱くのはもう少し先の話。
[newpage]
■設定
グラッパ…おこ。女性捜査官なのでスピンオフでなくお花にしておくていどの気遣い
バーボン…おおとりものに参加できずにしょんぼりした
シェリーちゃん…お兄ちゃんから「おやくそくまもるよ」の意思表示が届く
入院中の捜査官…グラッパから「おこ」の意思表示が届く
公安の皆さん…「ほらーFBI勝手にうごいちゃうからー」目を覆いたい事態だけど気を取り直してカルバドスから情報引き出すぞ
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さくっとハロウィンパーティ
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なぜそれで通じる
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