text
stringlengths
1
302k
description
stringlengths
0
5.83k
title
stringlengths
1
100
url
stringlengths
48
50
is_success
bool
1 class
突然だが私にはフラグが見える。 うん、死亡フラグとか、恋愛フラグとか、そういうの。 たとえば躓いた女の子を男の子が抱き止めたとする。すると『ぽんっ』と軽い音と共に彼の頭上に小さな男の子が現れ、彼女の頭に旗を刺す。それにはハートマークが書いてあり、それを恋愛フラグと私は呼ぶ。 しかし彼女を受け止めた男の子が一言「重い」なーんて言ってしまうとする。するとちっこい男の子がフラグを『パキン』と、申し訳なさそうに軽く折ってしまう。 折れればフラグは消えてしまって、『ぽんっ』とちっこい男の子も消えてしまう。 これをフラグが折れると、私は呼んでいる。 そういったフラグを見るのが私の趣味だ。しかし、最近は沢山の人のフラグを見るよりもたった一人の立てるフラグと、小さい彼にとても興味がある。 「こんにちはー」 「いらっしゃいませ」 この人、安室さんだ。 安室さんは大変整ったお顔をお持ちのイケメンさんで、しかも人当たりも大変よろしい喫茶店の店員さんだ。 けれど、彼に恋愛フラグは一切立ち続けられない。 どんなに美人な子でも、可愛い子でも、絶対に。 さて、ここは喫茶店なのだが自分に自信があったりする子はこの場で告白とかも普通にある。 「安室さん!好きです!!」 たとえば、こんな感じに。ん?あれ?まじで告白現場だな。まあ、いいか。 彼女の告白によって安室さんの頭には『ぽんっ』という音と共にフラグが立つ。恋愛フラグだ。ハートマークがある。けれど同じく『ぽんっ』と現れた小さな安室さんはそのフラグを困ったように見つめると『バギャッ!!』と折ってしまった。そして申し訳ないですねぇと言わんばかりのお顔で、しかしパンパンと手を払う。折ってしまったということは、彼にとって恋愛感情を向けられることは困ったものなのだろう。 「すみません。僕は貴女とお付き合いをすることはできません」 そしてお断りの言葉。よく聞く言葉なので周りの人も慣れてきている。ただ、それほど広くない喫茶店なので泣き崩れる彼女の嗚咽は響いていた。それも、友達だろう子に支えられて彼女が出ていくまでの話だ。 安室さんはぺこりと頭を下げて「お騒がせしました」というが彼のせいではない。喫茶店にいる他の人達もわかっているので誰一人として彼を責める声は上がらなかった。 そんな彼の頭の上にはいつも沢山のフラグが立っている。 その大半のフラグに描かれているのは、ドクロマーク。 いわゆる、死亡フラグであった。 ちなみにちっこい安室さんはそれを片っ端から折りまくっていた。まあ、その度にフラグは復活してるのだが。 強固なフラグだ… 「絶対、カタギじゃないよなあ…」 私の小さな呟きを的確に拾い上げて目を細めている安室さんに、私は気がつかない。 あ、飛び蹴りで三本まとめてぶち折った! すごいすごい!! ◇ 安室さんのフラグを折るちっこい安室さんは三人いる。 それ以上に増えることはない。 そして、服装とか、性格らしきものも違っている。 本来一人しかいないのに、これは凄いと私は思う。 一人は安室さんによく似ていて、エプロンをつけてる。恋愛フラグをよく折ってるのだがそのときも若干申し訳なさそうに眉を寄せている。まあ、その手に手加減はまっったくないようで勢いよくフラグは折ってるが。私は彼を白安室さんと呼ぶことにした。 もう一人はスーツを来た安室さんだ。こちらはだいたい眉間にシワが寄っていて安室さんとは雰囲気が全く違う。脳筋タイプなのか飛び蹴りでまとめて三本折ったりするのが彼だ。こちらはグレースーツを着ているので灰安室さんと呼んでいる。 そういえばこのあいだ死亡フラグに小さく『過労死』と書いてあるのを見つけたのだが、灰安室さんはそれを執拗に壊していることが多いことにも気が付いた。そんなに忙しいの??安室さん。 最後の安室さんはいつも不敵な笑みを浮かべている安室さんだ。白シャツに黒のベスト、タイをしめている。白安室さんより笑顔が怖い…というか黒いのでこちらは黒安室さんと呼んでいる。彼のフラグの壊しかたは主に拳銃らしきもので、笑顔でそれをぶっぱなす彼はかなり怖い。 ちなみに彼の壊すフラグは『任務失敗』『ハニトラした結果』と小さく書いてあった。 安室さんってハニトラするのか…探偵関係?それともやっぱカタギじゃないんですかね??まあ、何はともあれお仕事お疲れ様です…とそっと手を合わせた。 「なんで僕拝まれてるんでしょうか…?」 「お疲れさまの意味を込めまして」 背中を向けていたはずの安室さんが振り返ってしまったのか苦笑しながらこちらを見つめていた。 彼の頭の上では今日も死亡フラグを叩き折るミニ安室さん達が頑張っている。 そのうちの一人、黒安室さんが何故か刺さってるフラグを引っこ抜いた。あ、抜けるんだ、フラグ。と、じっと彼の頭の上を見つめていると安室さんが首をかしげた。けれど目の前の光景は初めて見るもので目が離せない。え?これどうなるの?? 宙に浮かぶ黒安室さんはフラグを掴んだまま私のところにトコトコと歩いてきて、ぶすっ!とそのフラグを指した。…………刺した?! 刺した黒安室さんは満足そうに一つ頷くと、トコトコとまた安室さんの頭上に戻っていく。 えっ?これどうすればいいの??っていうかこれ何のフラグなの?? 戸惑ってキョロキョロしていると「顔色が悪いですね…大丈夫ですか?」と安室さんに心配された。 いや、貴方の頭の上の彼がですね!?フラグを私に突き立てまして??って馬鹿か、完全におかしいやつ認定されるわ!言えるわけがないよね?! 「尋問…?」 見にくいフラグをどうにか見ようと身体を捻ってどうにか小さな文字を捉える。えっ、尋問って書いてあるんですけど…この流れって普通に『私』が『安室さん』に尋問されるってものですよね??なんで?私何かしたか??誰かを殺したりしてないから探偵さんに尋問されることはないと思うのだが… 小さく息をのんで目を見開いた安室さんに頭上に夢中だった私は気がつけなかった。 そして、ため息をついた灰安室さんが折ってたフラグを一本掴むとトコトコとまた近付いてきて、ぶすっ!とまた『尋問フラグ』を私に刺すのだった。 ◇ 「うわ」 帰宅途中の公園にて安室さんが息を乱して座り込んでいた。薄暗くて分かりにくいがかなりのボロボロ具合で頭の上ではミニ安室さん達が必死にフラグを折っている。けれど、それ以上に増えている。これは、誰かに追われているということだろうか? 「あの、安室さん…大丈夫ですか?」 「う…」 危なそうと思いつつも万が一ここで彼を放置してあの死亡フラグが現実になったら、私は多分罪悪感で死ねる。 だから最初から放置という選択肢はなかった。ミニ安室さん達は顔を見合わせると私の頭にフラグを指し始めた。内容はあとで確認しよう、うん。 「安室さん、動きにくいんでしたら肩を貸しますから…こんなところで蹲ってると身体を痛めますよ。ご自宅は?」 「…っぐ」 肩を貸しつつどうにか立ち上がって貰うが、意識が朦朧としているのか返事がない。仕方がないのですぐ傍にある私の自宅につれていくことにした。 この時、暗くて全く気がつかなかったのだが彼は明るいところで見たら血に濡れていた。 「ひえー、マジかー」 だから死亡フラグが乱立してたんですね! とりあえず羽織ってた上着を安室さんに被せて人に見られても分かりにくいようにした。さすがに通報されたらまずいだろうと思ったからだ。 そのまま自宅に入れた時は安心とかで崩れ落ちかけた。安室さんを支えてなければ盛大に崩れ落ちてただろう。 そのまま安室さんは自分のベッドに転がして、ぱっぱと部屋着に着替える。 しかし安室さんはビックリするほどとにかく傷だらけだ。下手に何かして不味いことになっても困るしと汗だけは冷たいおしぼりを作って拭うがこんなの焼け石に水にすらなりはしないだろう。 「安室さん、安室さん、これどうすればいいんですか…私治療のしかたとかわからないんですけど…!救急車呼んじゃダメなら代わりに呼んでいい人紹介してくださいよ…!!」 本当なら、即病院に電話して助けてもらいたい。けれど、それを止めたのは他でもない安室さんだった。 「…はっ、……病院に、電話はしないで…くれ…」 と、ボロボロ状態で言われてた頷かないわけにはいかなかった。もしかすると病院に連絡したら危ないのかもしれないし、その場合通報した私も巻き込まれること待ったなしだろうし。 けれどこのまま放置は絶対にまずい。下手したら必死にミニ安室さん達が折ってるフラグが折れなくなる可能性すらある。それはすなわち、死、なのだ。 半泣きで安室さんの名を呼んでいるとふよふよとミニ安室さん達が近寄ってきた。 「ミニ安室さん…?」 白安室さんはにこにこと、灰安室さんは仕方がないなと言わんばかりに、黒安室さんは困ったように、笑っている。 …ん?今日の安室さんの服装黒安室さんと同じだ。 どうでもいいことを考えつつ彼らをじっと見ていると黒安室さんがベストの内ポケットから一つのスマホを取り出した。そして私を指差し、安室さんを指差す。 「同じように、出せってこと…?」 問いかけると正解と言わんばかりの笑顔をいただけた。 白安室さんはぱちぱちと手すら叩いてくれている。 それを見て、覚悟を決めた。このまま彼を見殺しにするわけにはいかないのだ。ならばやるしかない。 彼のベストに手をかけてそっとスマホを取り出す。しかしそれは黒安室さんのものとは少し違う形をしていた。 「これ……じゃない、よね」 ミニ安室さん達もブンブン首を振ってた。のでやはり違うらしい。 そっと戻してもう一度探してみる。するとちゃんと黒安室さんが持っているものとそっくりなものが出て来て、白安室さんにも大きな丸をいただけたのでこれで当たりらしい。 しかし当然のようにロックがかかっていた。 私はポアロの常連ではあるが残念ながら彼の誕生日一つ知らない。これでは当てられる可能性はゼロだ。 「ミニ安室さん達…パスワードわかる…?」 問いかけると今度は灰安室さんが黒安室さんからスマホを受け取り操作を見せてくれる。が、 「小さくて、見えない…」 ただでさえ小さなスマホなので打ち込んだ数字など見えるはずがなかった。 ずーん、と落ち込んでいると白安室さんがわたわたとした後、指で数字を教えてくれた。 「えっと、こう、かな?」 逆に私のスマホは彼らのものに比べ大きいのでよく見えたらしく三人とも頷いてくれた。 そうしてロック解除はできたのだが…誰に連絡していいのかわからない。 「ええっと…誰に連絡するのが正解なのかな…?」 残念ながら彼らは話せない。数字の名字ならいいがそんな人はそうそういないだろう。つ、詰んだ…! 「えーっと、えーっと、あ!そうだ!あ行の名字の人?」 ふるふる、彼らは首を振る。 「じゃあ、か行の名字の人?」 こくこく!彼らは頷く。 こうしてか行の名字の人であることを知った私は一人一人の名前をあげてミニ安室さん達に確認してもらい、『風見裕也』という人に連絡することとなったのである。 『はい』 「あの…もしもし?風見さんですか?私、安室さんの知り合いのものなんですが…安室さん傷まみれなのに救急車を呼ぶなと言って倒れてしまって…傷の手当ての心得もないので助けて頂ければと思いご連絡したのですが…」 『…………住所を教えていただいてもよろしいでしょうか?』 風見さんの声は固かった。怪しまれている、気がする。 まあ、確かに怪しいので仕方がないだろう。 けれど、風見さんがうちに来たのはかなり早かった。 しかも彼は私の傷まみれという言葉に沢山の包帯やら薬を持ってきてくれた。うちにはそれほど大きな怪我を想定した包帯などはなかったので本当に助かった。 「何かお手伝いできることがあれば言ってください!」 「では、水を風呂桶か何かに入れて持ってきていただいても?」 「了解です!」 テキパキと手当てをしていく風見さんのちょっとした手伝いをしつつしばらく、ようやく手当てが終わった頃には安室さんの乱立していた死亡フラグがいつもの数まで減っていた。 それを見てようやく一息つく。 ちっこい風見さんが申し訳なさそうに私に『尋問フラグ』を立てに来ていたが、まあ、怪しい私が悪いだろう。 「これで、おそらくは大丈夫だと思います」 「ありがとうございます!」 「…………それで、あの、どうして自分の電話番号を…?ふ…こほん、安室さんに言われたんですか?」 「え…っと………」 ここでイエスと答えるのは簡単だ。しかし安室さんが目覚めてしまえばそれは泡と消えて更に怪しい女になることは、間違いない。 私はイエスともノーとも言えないのである。 とはいえ黙ってても状況は悪くなる一方だ。ここはいっそ、話してみるべきか…?信じてくれるかは別として。 「その、あんまり信じられないと思うんですがそれでも大丈夫ですか?」 「?はい」 幸い風見さんは人をバカにするようなタイプには見えない。まあ、非現実的なことを信じなさそうなタイプでもありそうだが。 そもそも、この特技?は人に証明するとなるととても大変なのだ。大抵ホラ吹きだと思われる。だからあまり人には言わないのだが、今回は非常事態だ。 「という感じで、安室さんの頭の上にいるミニ安室さん達が教えてくれてどうにか連絡しました。…………信じて、いただけますか?」 「……………すみません、もう一度お聞きしたいのですが…その、安室さんの頭の上にいるという三人の特徴を」 風見さんはとても困った顔をしていた。今にも頭を抱えてしまいそうだ。 まあ、わかる。私だってこんな風に言われたら頭を抱えたくもなる。 「一人は安室さんによく似ていて、エプロンをつけてます。にこにこしてるのが基本で恋愛フラグをよく折ってますね。もう一人はグレースーツを着てます。目付きも鋭くてかなり雰囲気が違いますね。過労死フラグが特に嫌いみたいで飛び蹴りで三本まとめて折ってるの見ました。最後の安室さんはいつも不適な笑みを浮かべてますね。白シャツに黒のベスト、タイをしめてて…あ、今日の安室さんみたいな格好ですね。彼は任務失敗、とかのフラグをよく折ってます。でも別にそれぞれそれだけ折ってるわけじゃないみたいなんですけど…風見さん?大丈夫ですか??」 風見さんは今度こそ頭を抱えていた。 「いや、確かに安室さんはエプロン白安室さんバージョンが正しいんだとは思うんですが残り二人もあれはあれでかわい…こほん、格好いいんですよ?多分スーツ安室さんも格好いいと思います!」 「いえ、そんなことで頭を抱えている訳じゃ…自分はこの場合どうすればいいんですか、ーーゃさん…!」 風見さんは誰かの名前を呟いていたがそこだけ極端に小さくて私の耳に入ってくることはなかった。 完全に困ってしまっている風見さんを追い詰める趣味はないのでとりあえず私はお茶をいれた。 私も自分用に一杯いれて、ずず…と飲むと、彼も考え込みつつ飲んでくれた。 「その…とりあえず、安室さんが目覚めたらお話ししますので……それでもよろしいでしょうか?」 「え?はい。大丈夫、ですけど…」 一息ついて頭の回転がよくなったのか風見さんはようやく会話してくれたがその場合私はどうすればいいのだろうか??安室さん、私のベッドで寝ているんですけど…さすがに彼は安静にした方がいいんだろうし私はどっかにホテルでも取るべきだろうか? 今からホテル…取れるんだろうか…23時越えてるんだが… 「それと、すみません、このままお部屋をお借りしてもよろしいですか?この状態の安室さんを動かすわけにもいきませんから…もちろん代わりの部屋はこの近くのマンションを用意してありますのでそちらをお好きなように使っていただいて大丈夫です。案内も自分がします。申し訳有りませんが、ご協力を」 そんなふうに言われて、頭を下げられて、しかも、 「あ、名乗り遅れてすみません。自分は風見裕也、警察の人間です」 警察手帳を出されつつ警察の人間などと名乗られれば私に「イエス」以外の返答など存在しなかった。犯罪蔓延る米花町においておまわりさんはとても重要だし、信頼がおけるのである。 それにしても風見さんは警察の人だったのか…安室さん探偵もしてるらしいしそれ経由でのお知り合いだろうか…?そうすると安室さんはカタギじゃない説は間違っていた…?? そうすると探偵って死亡フラグが多い職業ということになるのだが…毛利探偵にそんなにフラグ立ってたか??ギャンブルの負けフラグとかは立ってた気もするけど… 「自分の部屋は隣なので何かありましたらご連絡を。こちらは自分の連絡先です」 風見さんに案内される形で着いたのはセキュリティの強固なマンションだった。うちのセキュリティが木の板ならこっちは鋼レベル。指紋認証なんて初めてやったよ! 風見さんがスマホで連絡先を表示してくれたのでそれを自分のスマホに登録してから私はしばらく住むことになるであろう部屋へと入った。 そこはモデルルームのような部屋で、家具は最低限、冷蔵庫にはミネラルウォーターが入ってるだけだった。幸い調味料は揃っていたのでほっと息を吐いた。 一応着替えはある程度持ってきたがこの分だと食料を調達しないといけないだろう。 元のマンションから近いお陰で仕事に支障がでなさそうなのは本当によかった。あとは安室さんの意識が早く戻って私も元の部屋に戻れればいいのだけれど… 「ふ、わぁぁ…」 色々と考えたが現在は既に0時を越えている。明日の仕事のことも考えるとさっさと風呂に入って寝てしまうべきだろう。 ちらりと見た風呂場は足が伸ばせるくらいとても広かったし、うっかり寝てしまうといけないからシャワーをさっさと浴びてしまおう。 ◇ 安室さんが現れたのはそれから三日後のことだった。 というか、普通に私が間借りしてるマンションにいた。 しかも夕飯作ってくれてた。生姜焼きと冷奴とアサリのお味噌汁…私の好物ばかりだ…!あ、すごいお腹減ってきた…あれ食べてもいいのだろうか…?お金だしたらいける?? 「こんばんは」 それにしても鍵も普通に閉まってたし気配を感じなかったから腰抜かしかけるほど驚いた。 そしてさっそくフラグを持ってくるミニ安室さん三人を目で追っていると、『ガッ!』と顔を両手で固定された。絶妙にフラグが見えない位置……どうやら風見さんは安室さんに私の力の事を話してしまったらしい。いやまあ、話さないと何で風見さんに連絡行ったかとかわからないだろうし、安室さん信じてくれたならいいのだけれども……なんかキャラが灰安室さんに寄ってる…ような?? 「そして初めまして。降谷零だ」 「…………?」 降谷零??安室透ではないんです?そっくりさんですか?? 「先日は『バーボン』を助けてくれてありがとう」 えっ?!あれ安室さんじゃなかったんですか??バーボンさん…外国の方でしたか…!世の中三人は同じ顔がいるっていうし、それだった…?? ぐぅー 混乱してたら盛大にお腹が鳴った。私のお腹空気読めなさすぎでは??いや、生姜焼きの匂いが悪いね!仕事に疲れて帰ってきたら生姜焼きとかお腹鳴るのも仕方がないというやつですよええ!! 「とりあえず、食事にしないか?」 降谷さんはくすりと笑うと私の頭を一つぽんと叩いて席に案内してくれた。もちろん、フラグは絶妙に見えない。まあ、お腹の空いている私はフラグよりも生姜焼きに目がいってしまっていたのだが。 「頂きます」 「どうぞ」 生姜焼きに夢中になりつつ降谷さんをチラ見してみる。 確かに見た目は完璧に安室さんだけど雰囲気とか表情とかが違う。お肉美味しい。でも、やっぱり安室さんにみえる。あと、バーボンと呼ばれた彼にも。だって傷が同じ場所にある。生姜焼きは神だと思う。ご飯の最高のおともだ。ならば全員同一人物?そういえば安室さんの頭の上の彼らとそれぞれ似ているな。それにしても美味しいな、この生姜焼き。死ぬ最後の晩餐に選ぶなら是非こちらを選びたいものだ。っていうか、これが食べられるってだけでお店に通いつめる自信がある。毎日食べたい。 ………いかん、美味しすぎて考えが全く定まらない。 とりあえず食べよう。 「風見から聞いたんだが、キミは『フラグ』が見えるらしいな。それからそれを立てる小さな人物も。ああ、食べ続けていい。頷くか、首を振ってくれ」 こくり、頷いた。 「僕の頭の上には、三人見える。一人はエプロンをつけてて一人はグレースーツ、一人は白シャツに黒のベスト、合っている?」 頷く。アサリのお味噌汁最高。 彼の頭の上のミニ安室さん…いや、この場合はミニ降谷さんか?まあ、いいや。彼らはなんだかニコニコしていた。それがなんだか、ひどく胡散臭い。 「意思疏通も、少しできる?」 それにはちょっと悩む。何しろ意思疏通を試みたのは安室さん…違った、バーボンさんが初めてだったのだ。 冷奴を飲み込んで、口を開く。 「普段意思疏通をはかろうとはしたことがなかったので、よくわかりません。あと、身ぶり手振りはいけましたけど話はできませんでした」 「そうか」 降谷さんは頷くと、目線だけで食事を再開するよう促してきたので私も食事に戻る。 「キミの通う喫茶店の安室透、キミが助けたバーボン、そして、今ここにいる僕、降谷零は全て同一人物だ。安室透、バーボンは仕事で演技をしている。本来は僕、降谷零が正しく僕だ」 ごくり、ちょうど生姜焼きを飲み込んだあとだったので噎せなかったが、ちょっと驚いた。 同一人物かなとは思っていたが灰安室さん…違う降谷さんが本来の彼だったとは…すごい演技力だ。 「あ、ドヤ顔」 ふふん、と胸を張る灰安室さんもといミニ降谷さんにぽつりと言葉がこぼれ落ちた。 すると目を見開いた降谷さんがうっすらと赤くなる。褐色肌でわかりにくいけど、この至近距離ならなんとなく、わかる。 「すみません、つい」 「いや、ちょっと驚いただけだ。それにしても…恥ずかしいものだな。心の中を見られてるみたいだ」 「私が見えるのはフラグだけですよ?」 「小さな僕も、見えるんだろう?」 「ええ、まあ。可愛いですよ?あ、これは男性には嬉しくないですよね…」 すみません、と謝るとかまわないと返ってきたので降谷さんも安室さん同様演技ではなく優しいようだ。 そこからは少し無言で食事を進め、最後の一口を食べ終えて「ごちそうさまでした」と言うと「お粗末様でした」と返ってきた。なぜか食器を片付けようとする降谷さんを慌てて止めて自分で食器を洗っていると、カタリとカウンターに彼が座る。 「正直に言おう、僕は、キミのその能力が欲しい。その力は、この国の正義を守るために役に立つ」 じぃ、と彼の強い意思のこもった目が私を貫いた。 「えっと、正義と言われても…私はただの一般人なんですが…それに降谷さんも一般人…あれ?」 はて、降谷さんの仕事ってなんなのだろう??安室さんの喫茶店の店員とか探偵は演技なんだよね?バーボンさんの仕事もわからないけど降谷さんの仕事もわからない。でも、私の力を使いたくて、この国の、正義…? 「いい忘れていたが僕も風見と同じく警察官だ。警察庁警備局警備企画課所属の公安警察官をしている」 「………警察官」 公安とかその前のなんちゃらかんちゃらはよくわからないのでおいておくとして、警察官…警察の人が私の力を上手く使ってくれるのだろうか…?特に役に立たなそうな力だと思うのだが… 「キミの目に、僕はどう写っている?」 「えーっと、死亡フラグが沢山…でもミニ降谷さん達が頑張って折ってます」 「そう。ならばキミが悪いやつを見たらどうなると思う?僕が三人いることを見つけたキミの目に、どう映る?」 「逮捕フラグと、小さい悪い人が見える…?」 「正解」 にっこりと、彼は笑った。 「疑って証拠を掴むより最初からわかってた方が見逃しも減る。時間も短縮できる。誤認逮捕だって減る。だから、僕は、キミが欲しい。僕の、協力者になってくれ」 真剣な瞳に嘘はない。それは彼の頭上を見ずともわかりきったことだった。 私は、私の力が何かに役立つとか、考えたことはなかった。けれど、彼はそれが役に立つという。私の力が必要だという。そんな風に、言ってもらったことなどなかったから、なんだかとても胸がポカポカした。 「え、と、…その、は、………は、…い?」 胸がぎゅうっと締め付けられるようにどきどきしながら頷こうとして、ちらりと、頭上のフラグが目に入った。 『過労死フラグ』 そう、書いてある。 思わず目を擦った。しかし変わらずそこにある。しかも何本もある。 「えっ?!あ、あれ!?何で、『過労死フラグ』??」 「ああ、見えてしまったか。だが、もう了承は貰った。証拠もある。これでキミは、僕のものだ」 にっこり笑う彼の手には、多分ボイスレコーダー。 「さあ!日本のために頑張るぞ!!」 ぷすぷすぷす 楽しそうに笑う降谷さんと私の頭にどんどんフラグを刺すミニ降谷さん達。 こうして私は降谷さんの協力者としてフラグと戦うこととなる。 ちなみに、過労死フラグに紛れて恋愛フラグが立ってることに気が付くのはもっとずっとあとの話だ。 end
フラグが見えるオリ主(女)とフラグ刺さりまくりの安室さんの話です。<br /><br />[追記]<br />沢山のブックマークや、いいね、タグ付け、スタンプ、コメント等本当にありがとうございます!<br />2018/8/28デイリー2位、女子人気1位、男子人気87位<br />2018/8/29デイリー1位、女子人気1位、男子人気36位<br />も頂きました。<br />読んでいただきありがとうございました!<br /><br />続編希望などないと思っていたのに頂けたうえ、8/29のデイリー、女子ともに1位を頂けてただただ驚いております…<br />続編は考えていなかったのですが、せっかくご希望頂けたうえ、初1位を頂けたので続編書けるようがんばろうと思います…!<br />出来上がった際はおそらく『フラグが見える私とフラグ折りまくる彼(ら)』シリーズとかでまとまってると思いますので読んでいただけると嬉しいです^^<br />→お待たせしました…!2話出来ましたのでシリーズから読んで頂ければ嬉しいです^^
フラグが見える私に喫茶店の店員さん(小)がフラグ刺してくる(物理)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10048753#1
true
菊田と初めてキスをした時、私は少し驚いた。 やっと想いを告げてくれた瞬間、その言葉をずっと待っていた私には、素直に嬉しいという感情と同時に、一発ぶん殴ってやりたい衝動にも駆られた。 それは"遅すぎる"というこの男への怒りと、"やっと自分の気持ちに素直になれる"という安心と、"すき"という甘い感情が複雑に入り混じっていたからであった。 でもそんな衝動は、自分の意識の外側で流れていた涙に溶かされるかのように、いつの間にか消えていた。 やはり私も女だったようで、菊田の胸に思わず飛び込んでいたのだ。 殴りたい衝動が、抱き着きたいという甘ったるい衝動に負けた瞬間。 [newpage] あれから2ヶ月。 関係は昔と然ほど変わらない。 変わると言えば、非番の日に2回程二人きりで出掛けたことと、菊田の家に1度訪れたこと。一緒にいるときに、お互いの距離が少し縮まったこと。 それと、キスをしたこと。 先程言った様に、菊田のキスには少しだけ驚いた。 初めてキスをしたのは菊田の家に行った時。 どちらからともなく、なんとなく雰囲気で。 ああいう"ムード"というものはやはり本当にあるものなんだと、自分の身を以って感じた。 それまで、本当に恋人の家を訪れているのかと自分でも疑わずにはいられないくらい色気も何もなく、その時丁度起きていた事件について話し合っていたのに。 少しばかり訪れた沈黙が、一瞬触れた肘が、すぐ傍で聞こえる呼吸が、私を少しずつ飲み込んでいった。 遂に全てを飲み込まれた私は、菊田への愛しさだけで胸が埋まる。 触れたい、と単純にそう思えた。 最初はそっと、触れるだけのキス。 当たり前だが、この歳でそれがファーストキスな訳ではない。 だけど改めて、私は今までずっとこの人の唇が欲しかったのだな、と思った。 生まれて初めての感覚。 そもそもキスとは不思議なものだ。 唇と唇を触れさせるだけの行為。 或いは自分の舌と相手の舌を絡ませる行為。 意味が解らない。 これで子孫を繁栄させる訳でもない。 とても無意味な行為だと、どこか思う節が今まであった。 だけど私は、ずっとその無意味な行為を待っていたのだと、菊田とキスを交わした時に確信した。 だんだん深くなるキス。 濃厚になっていくそれは、私の思考をも遮らせる。 目の前の男のことで頭がいっぱいになって、数分前まで考えていた事件のことなんか、その時はこれっぽっちも頭には無かった。 一つ気付いたことは、彼の舌はとても温かいということ。 これは世間の常識的に当たり前のことなのだが、改めてこの人は今生きている、そして私をすきでいてくれている、ということをその温かさで教えてくれた。 私は元々キスが上手い方では無かったし、なんだか頭も上手く回らなかったので、菊田にされるがまま。 その間はずっと翻弄されっぱなしだった。 少し悔しかったけど、なにも考えられなくなった私には、策なんて何一つ浮かばなくて。 寧ろずっとこうしていたいとさえ思ってしまった。 無我夢中でお互いの唇を貪り、お互いがお互いのことで頭をいっぱいにした。 それが私たちの、最初のキス。 [newpage] その後も何度か交わしたが、二人で会える機会なんて殆ど皆無なので、未だに数えられるくらい。 現に、今も帳場が立っていて、自分のプライベートになんか構っていられない。 でも今、聞き込みの為にこうして二人きりで歩いていると、こんな風に思い出してしまったりするのだ。 「なかなか手掛かり出て来ませんね」 「…え?…あ、あぁ、そうね」 菊田とのキスのことばかり考えていたので、歯切れの悪い答えしか返せなくなる。 …なんだか私、これじゃ変態みたいじゃない。 「…なんか、考え事すか?さっきからずっと黙って…」 眉根を潜めて心配そうに私を見遣る。 こんな風に私のことを気遣ってくれるのも、私のことに気付いてくれるのも、彼の良いところであり、私のすきなところ。 でもあんなこと考えてたなんて、絶対に悟られたくない。 「…別に、事件のこと考えてただけよ」 そうですか、と深く食いついてこない菊田に少しだけ腹が立つ。 いや、勿論悟られたくは、ないのだけれど。 でも菊田と二人で出掛けたのは3週間前。 最後のキスも、3週間前。 したいな、とこんな時にまで思ってしまうのは、やっぱり私が変なのだろうか。 [newpage] 「風、気持ちいいですね」 「…大分暖かくなってきたものね」 「もう春か、早いなー」 呑気な会話。 少しずつ咲き始めた桜が視界の端に映る。 右には菊田。 デートみたいなシチュエーションなのに、今は仕事。 自分の唇をそっと触ってみる。 指を静かに滑らせて、菊田の唇に触れた日を思い出す。 ほしい、 そんな私の気持ちを煽るかのように、春の風が、私たちの間を吹き抜けた。 「次のデート、どこに行きましょうかね」 「………え?」 隣に目をやると、くしゃっと無邪気に笑う菊田が居た。 「で、デートって…なに言ってるの?今は仕事中でしょ。集中しなさい」 さっきまであんなことばかり考えていた自分を棚に上げてなにを言ってるんだ、などと思いつつ上司という立場として菊田に注意をする。 すると菊田が、なにかもの言いたげな目をして私を見てきた。 「…なによ」 「だって主任今絶対俺のこと考えてたでしょ」 突然図星を指された私は驚いて菊田を見ると、全てお見通し、という顔で笑っていて、私はなんだか反発する気すら失せてしまう。 菊田の笑顔はずるい。 なんでも許してしまいそうになる。 絶対に悟られたくなんか、なかったけど。 でも、少しだけ、いや、やっぱり私の気持ちには全部、気付いて欲しいのだ。 「…主任?」 「…………菊田とキスしたの、3週間前だなって、」 「…え?」 拗ねた様に口を尖らせ、傍に落ちていた石ころをヒールで蹴飛ばす私は、子供みたいで最高に格好悪い。 こんな大の大人が勤務中にこんなことを言って、情けなくて恥ずかしくて馬鹿みたいだなんて、私が一番解ってる。 でも菊田の前では、こうなる自分も許してあげたい。 菊田には許してもらいたい。 だって本当にこの男がすきなのだ。 「……だからキス、したいな って…考えてた、だけ」 「……、主任」 「私ね、菊田のキス、すきなの」 菊田の目を見据えて遂にそう言い放った私。 こんな無意味な告白を、何故今こんなところでしているんだと、自分でも思うが仕方がない。 私の目に映る桜も、私を煽った優しい風も、隣から聞こえる愛しい足音も、無邪気に笑うこの男の笑顔も、全てが悪く、全てが私をこんな風にさせた原因。 [newpage] 「すきよ、菊田」 もう付き合って2ヶ月も経つのに、こんな風に菊田の目を正面から見て、私の気持ちを素直に伝えたのは初めてに等しい。 そんな甘い言葉、普段口に出さないからだろうか、その私が告げた言葉を合図に、菊田が私を引き寄せた。 右手で私の右腕を、左手を私の腰に回して。 力強く引き寄せられた私の目の前にはあっという間に、ずっと求めていた菊田の唇。 そして次の瞬間、私の求めていたあの、温もり。 口内に侵入してきたそれは、私を安心させるのには十分な温度。 ずっと触れ合いたかったその唇を感じながら、菊田の背中越しに春の風が桜の花びらたちを攫っていくのを薄目で見た。 「…きく、」 「可愛いですね、主任」 「……なによ、馬鹿にしてるの?」 「違いますよ。…俺とのキス、そんなにすきなんですか?」 「…っ調子乗んじゃないわよ!」 恥ずかしくて強がってそう言ってはみたけど、自分でも解るくらい顔が熱いもんだから、威勢も迫力もあったもんじゃない。 悪戯っぽく笑う菊田に腹は立つけど、抵抗はしない。 引き寄せられた身体は、このままがいい。 「…もう1回、していいすか」 「だめ。……あと2回、して」 心底驚いたように瞬きを何度もして私を見る。 だけど、少し微笑んで「了解」と答えた彼からのあと2回の愛しいキスを、私は噛み締めるように全身で受け止めた。 [chapter:リフレイン・キス]
恥ずかしいくらいただひたすらキスの話。<br />キスって何回書いたんだろう。<br />ていうかもう桜散ってるのに桜描写があるのは書き始めたのがだいぶ前だからですすびばせん。<br />ちなみに前回の続きではないですすびばせんんんんんんんn<br />◆4月26日付の小説デイリーランキングで、75位いただきました!<br />本当にありがとうございます;ω;
リフレイン・キス
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004879#1
true
 夏といって思い浮かべるのは、なんだろうか。  個人の好みや生活リズム、趣味や行動範囲によっても変わってくるだろう。青い海、白い雲、まぶしい陽射し。以前のわたしとはあまり縁がなかったものも、今では実体験として、夏の思い出として、瞼の裏に思い起こすことができる。  ただまあ、それとは別に。 「りんりんやっほー! ごめんね、おそくなっちゃった!」 「あ……こんにちは、あこちゃん……」  通知ボタンをクリックすると同時に画面にぱっと広がるのは、大好きな親友のはじける笑顔。ビデオ通話アプリを立ち上げたばかりのあこちゃんは、がたがたと椅子を鳴らしながら慌てた様子でカメラの位置を調整していく。  せっかくの夏休み。あこちゃんのおうちへ遊びに行かせてもらうことも多いけれど、なにしろ連日の酷暑だ。元々あまり出歩かないわたしにとって真夏の太陽はおそろしく体力を消耗してしまって、遊ぶ前からへとへとになっていることも増えてきた。  そこで活用するようになったのが、ビデオ通話だ。  いつもはチャットをしながら遊んでいたネットゲームも、お互いの表情を見て言葉を交わしながら遊ぶとまた違った楽しみ方ができる。ネットカフェだとあまり大きな声を出せないから、キャラクターの動きに合わせて一喜一憂するあこちゃんとリアルタイムで一緒に過ごせるのも嬉しかった。 「外すっごく暑かったよー。今日はNFOで会う約束してて正解だったねぇ」 「そうだね……天気予報でも、地図が真っ赤になってたから……あこちゃん、どこか出かけてきたの?」 「うん、おねーちゃんとねぇ、商店街のお手伝いでちょっと……ひゃー、べしょべしょだ」  ぐったりとした様子のあこちゃんが首筋から垂れる汗を拭って、慌てた仕草でチョーカーを外す。 ――きた。  わたしは高鳴る気持ちを抑えるようにぐっとマウスを握りしめて、ポインターの先をじりじりと動かしていった。  あくまで、表情には出さないように。落ち着いて、冷静に。 「汗、すごいね……ごめんね、あこちゃんの夏服……もう少し、別の素材で作れたらよかったんだけど……」 「ううん! りんりんが作ってくれたお洋服はね、あこの――戦闘服? 勝負服? うーんと、とにかくサイキョーにカッコイイ専用装備だもん! お出かけする時は絶対この装備じゃないとっ……なんだけどぉ……ううう、でもだめだぁー……汚したら嫌だし、ちょっと着替えちゃうね!」 「あ……う、うん……」  こぶしを握って力説してくれたあこちゃんがばっと立ち上がって、はずみでカメラが少しだけ揺れる。  あこちゃん、わたしの作ったお洋服、大切に着てくれてるんだな。  嬉しさでふにゃりと表情筋がゆるむのもつかの間、わたしの人差し指は無意識にカチカチと動いてマウスの操作を続けていく。  神が与えた禁断の果実。現代科学の発展に歓喜の杯を。  早い話が、パソコンの画面を録画できるキャプチャソフトだ。 「よいしょっと。あ、そうだ、りんりん、今日どこ行きたいか決まった? あこはねー、このあいだの」  汗で張り付いたブラウスのボタンをカメラの前でひとつずつ外していきながら、無邪気におしゃべりを続けるあこちゃん。 「そうそう、それで今度のイベントはね、限定装備が――あれ? おかーさん、あのシャツどこにしまったんだろ」  ぱさりとスカートを脱いで、まるいお尻をふりふりさせながらクローゼットを探しにいくあこちゃんの後ろ姿。 「ねぇねぇ、りんりんみてー。このTシャツね、この前おねーちゃんと一緒に買ったんだよ! お揃いなの!」  下着姿のまま、普段の服装とはイメージの違うオーバーサイズのシャツを胸の前にあてがって、いそいそと頭からかぶる無防備なそのすべて。 ――わたしはあくまで、モニターに映るNFOの画面を録画しているだけだ。  モンスターの動きや行動パターン、プレイヤーが使用すべき最適な魔法と立ち回り、それらを後で見返して研究出来るよう、録画しているだけであって。  そこにあこちゃんとのビデオ通話画面も映り込んでしまっているのは本当にただの不可抗力であって、設定を間違えてゲーム画面より通話画面の方が数倍大きく表示されてしまっていても間違えたのだから仕方のないことで、服を作ってあげる時の採寸やRoseliaの衣装に着替える時とはまた違う解像度の荒さや固定された視点のはがゆさが得もいえぬ背徳感を加速させていって本当にこれは仕方のないことであって。  いつもはリビングでネットゲームをすることも多いあこちゃんがビデオ通話をする時は必ず自室のパソコンからアクセスしてくれることも知ってはいるけれど、それはわたしがあこちゃんの家族に通話画面を見られるのは恥ずかしいなと前に伝えたことがあったからで、ただ恥ずかしいのは本当のことなのでご両親や巴さんに乱入されないようわざとそう仕向けたわけでは決してなくて。 ――ゲームでも……夏のイベントが……はじまりました……!  すべてが仕方のないことなので、わたしはマウスを握りしめてつよくつよく、夏の悦びを、噛みしめるのだった。 「……ふぅ」  昼間撮った映像をひとしきり編集し、思わず感情の赴くままにピアノを弾いたBGMまで作ってしまってから。  すっかり深夜にまわってしまった時計の針を見上げながらため息をつく。あこちゃんは、もう夢の中だろうか。  明日はラジオ体操にいくから早く寝るね、そう言っていた。 「……」  そしてすべての作業を終えて気が付いてしまったのだけれど、ものすごく冷静に考えるとこれって犯罪じゃないだろうか。だろうか、なんていうまでもなくアウトではないだろうか。 「でも……録画できるチャンスなんて、もう……!」  ひとしきり衝動をピアノにぶつけてしまったせいか急速に押し寄せてくる罪悪感にあらがうように、マウスを動かそうとしている右手をつかむ。  あこちゃんは。  あこちゃんはわたしを信頼してくれているからこそ、あんなに無防備な姿を惜しげもなくさらしていて。  もっと一緒に遊びたいからと、二人の思い出をたくさん増やしたいからと、わたしに無理をさせないようにと、提案してくれたことなのに。  す、と肩から力が抜けて、指先が自然と動いていく。  ファイルを選択。  右クリック。  ファイルを。 ――ここでやっぱり数分間悩んでしまったけれど。 ――削除。 「ねーりんりん、出かけようって誘ってくれたのは嬉しいけど、ほんとに大丈夫? 今日も外、すっごくあついよ? 具合わるくなったらちゃんと言わないとだめだよ?」 「だ……大丈夫、だよ……」  待ち合わせていた駅のカフェですでにぐったりと椅子に腰掛けてしまったわたしの顔を、あこちゃんが心配そうに覗きこむ。  それでもなんとか笑みを浮かべながら、わたしは続けた。 「家で、ゲームするのも……楽しいけど……その……あこちゃんにね、会いたいなって……思って……」 「りっ……りんりーん! あこも、あこも会いたかったよー!」  あこちゃんが腕を伸ばして、ぎゅうと首もとに抱きついてくるのがくすぐったい。  ――夏の思い出も、青い海も、白い雲も、まぶしい陽射しも。  今までのわたしに縁がなかったすべてを実体験として繋いでくれたのは、あこちゃんだった。  モニターに映る彼女を何度も繰り返し再生するより。  二人で過ごす新しい思い出を、たくさんたくさん、わたしからも作っていきたい。そう思った。 「じゃあさ、じゃあさ、今日どこ行こっか? でもあんまりお外は歩かないようにしようね! ねっちゅーしょーには気をつけないとだめだぞって、おねーちゃんもいっつも言ってるから!」 「うん、そうだね……一応日傘は、持ってきたけど……モールでお買い物して、あとは、映画、見たり……のんびりしよう……?」  嬉しそうに手を繋ぎながらぴょこぴょこと飛び跳ねてみせるあこちゃんに微笑んで、二人並んでカフェの扉を開ける。  じりじりと焼け付くような陽射しの下で、ひゃー、とあこちゃんが目を細めた。 「やっぱりすっごく暑いねぇー! ほらこっち、りんりんはね、日陰の方歩かないとだめだよ! ねっちゅーしょーになるよ!」 「あっ……ありがと、あこちゃん……」  繋いだ手をぐいと引っ張って立ち位置を変えてくるあこちゃんになんだかどきまぎしながら、わたしも持っていた日傘を二人の上に広げてみる。  雨でもないのに傘を差すのは、なんだか妙な気分だ。  そう感じるだけ、出かける機会が今までなかった、ということかもしれないけれど。 「でも、これだけ暑いと……あんまり、意味ないかもしれないね……あこちゃんも、一緒に日陰に」 「ううん! あこはだいじょー」  にっと笑ったあこちゃんが言い終わるより前に、 「……だいじょうぶじゃ、なかった」 「あっ、ああ……汗、すごいよ、あこちゃん……」  白く細い首筋をたらたらと水滴が流れていって、地面にぽたりとしずくが落ちる。  うわぁん、と呻くあこちゃんを慌てて引き寄せて、わたしは鞄の中から柔らかい生地のミニタオルを取り出してみせた。  青い海、白い雲、まぶしい陽射し。  二人一緒に作る、たくさんの思い出。  心に何度でも焼き付けて、忘れられない最高の夏にしよう。 「――あこちゃん、汗拭くの……手伝うね……!」  夏のイベントが、はじまります!
ビデオ通話中にあこちゃんが着替え始める、りんりん夏の一大イベントの話です。<br /><br />ふざけたっていい、夏だもの。<br />多少の理性はあるからこれにりんあこタグつけてもいいのかなぁって悩んだけどまあいいかと思ったので、まあいいかなって。
夏のイベントが、はじまります!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10048802#1
true
 作者のメンタルは豆腐なので誤字とかあれば優しくご指摘ください。  鈴木園子成り代わりです。  なので原作の鈴木園子はでてきません。  救済あり。当然ながら捏造あり。  カップリングは京園ではございません。  落ちはスコッチ予定です。  以上の説明で駄目だと思ったらそっと閉じてください。  それでもよろしければどうぞ [newpage]    必死で友人を応援する姿。  ――その姿に、目を奪われた。 [newpage] 「お兄ちゃんやるじゃん! 一歩間違えばストーカーだし、私心配してたんだよー。そのお兄ちゃんが上手くやって、デート誘うなんてね。」  園子を狙った犯人を警察に引き渡し、会う約束をして別れた。帰ってきた真からこの一連の経緯をきいた妹は楽しそうに弾んだ声を出す。  真は凍り付いたように固まり、寝耳に水とでもいうような驚愕の表情で妹を見下ろした。 「――デート?」  訝し気に見返す妹。  告白は断られた。だが、これで終わる縁になりたくなかった。初めて心が奪われた女性。付き合いたいなんて無相応なことは思わない。また会う機会が欲しかっただけだ。  そう思っていたはずなのに、妹は無骨な兄に告げる。 「好きな女の人と出かけることをデートと言わなくてなんていうの?」  恰好とか考えてる? デートプランとかちゃんとしないと。空手部の男共と遊びにいく場所とかダメなんだからね!っと矢継ぎ早にいう妹の忠言が右から左に抜けていく。 「デート……。」  京極の武とは違うがあの人も戦う人だ。凛と自らの足で立つ気高い女性だ。 その人と自分はデートをすると? 「『私』を見つけた男の人は初めて」と華やかに微笑んだ園子の表情が頭を占める。  グワリと顔面に血が上った。ただでさえ褐色肌で地黒な肌が赤黒く染まる。 「お兄ちゃん……。」  遅まきながら自覚した兄に、妹は呆れたと嘆息した。 [newpage] 「京極さん、京極さーーーーん」  空手の型をしていた京極は、自身を呼ぶ声にその手を止めた。 「あ、やっと気づいた。」  手を伸ばせば触れることができる距離に園子が立っている。  猫が驚いたように反射的に飛びのいてしまい、慌てて直立不動に立つ。  挙動不審な京極を面白いものでもみるように園子は見ていた。 「そ、園子さん! おはようございます。」 「はい、おはようございます。」  デート当日である。  園子の格好はスポーティーなスカートのようなズボンという恰好だった。女性の服装の具体的な評価を自分ができるはずはない。京極がわかるのは園子の格好が似あっていて、魅力的だということだけだ。  とりあえず安堵した。令嬢らしい恰好をされたら自分はどうしたらいいのか。最悪冠婚葬祭でもいける高校の制服ならどうかと妹に提案したら、言葉で張り飛ばされた。  力では圧倒的に強かろうとも兄は口で妹に勝てないのである。  結局言われるがまま、妹のコーディネイトに身を包んだ。  白のロングTシャツにサマージャケットを羽織り、黒のスキニ―パンツでその鍛え上げられた脚を包んだ。シンプルながらその実用的な肉体美が浮き彫りとなって目を引く。 「そういう恰好も素敵ですね。」  園子の可憐な姿にはおよびつかない。だが、そう言われて小さくガッツポーズをした。 「で、ちなみに何時から待ってました?」  にこやかな笑顔のまま繰り出された質問に、京極は背筋を伸ばす。 「つ、ついさっき来ました。」 「はい、嘘。」  手持ちのバックからタオルハンカチを取り出すと、京極の額に浮かんだ玉のような汗をぬぐう。ふわりとハンカチから薫った花の匂いに京極は頬を染め上げた。 「う、嘘では――。」  静謐な色を宿した新緑が京極を見ていた。 「……2時間前に。」 「2時間……?」  観念して白状した京極の言葉に、唖然とした顔で固まった。  慌てて京極は弁解する。 「早朝に目覚めたのですが、未熟者故、今日の任務を熟すことができるのか。その、悩みまして……。も、もちろん貴方が楽しめるように妹の意見も参考にして計画は立たせていただいています! しかし、その……、自分は女性の好むものに詳しくもなく、不慣れな無骨者ですので。その、心頭滅却のためにここで型をしていた次第です……。」  ケーキ屋、水族館、遊園地、映画館etc.  行ったことはないとは言わないが、自らを鍛えるためにストイックに生きてきた男である。そんな場所で遊ぶ暇があれば鍛錬をする男である。  そんな男がエスコート。  無茶、無謀というものである。  それも面識はできたが、好いた女性との初デート。  京極のキャパシティは煮詰まり、茹だって準備の段階で――限界に近い。  自分はなんて情けない男であろうか……。 [newpage]  大柄の野性の獣のような男であるのに、自信なさげに俯く姿は何故か庇護欲をそそる。 「京極さんはどっちが良い?」  園子は提案する。せっかく妹さんが提案したその定番のデートをするという選択肢。  もう一つは……、 「京極さんが普段同級生と過ごす感じで遊ぶ感じでどうかしら?」  悪戯っぽく言われた提案に、京極は目を丸くした。  空手三昧の京極とて全く遊ばないということはない。  だが……、 「それ少しも女性向きではないですよ?」  男共のむさくるしい集まりの遊びだ。 「いいですよ? 定番なんて『定番』なんだから何時だってできるもの。せっかくだから貴方のことを知ってみたい。」  天真爛漫。向日葵のような笑みだった。  彼女の本性は冷徹で理性的な女だと本人は称するが、この園子も確かに存在する『園子』なのだ。それを京極は知っている。  コインの表と裏のような別物のようで表裏一体な姿。だがどちらの『園子』にも京極は惹かれた。 「はい、なら――。」  京極は綻んだ笑みを口元に浮かべるとある場所に案内をした。 [newpage] 「『死ぬほど美味いラーメン 小倉』」  何だかんだと昼が近く、食事のために案内された場所。  古びて年季の入った店。所々に手作りっぽいつぎはぎがある。  園子はきょとんと凄まじいネーミングセンスをもったラーメン店を見上げた。  京極は我に返り頭を抱える。  脳内ではデートに連れてくる場所ではないだろうという妹の罵倒の声が響いていた。 「死ぬほど、美味しいの?」  死傷率が高いこの世界では不穏すぎるネーミングである。小首を傾げながら園子は確認する。 「はい、空手部のものと時々くることがありまして、ここの閻魔大王ラーメンは絶品です。」 「……『閻魔大王ラーメン』」  冥界の裁定者の名前が付いたラーメン。  事件の匂いがするわっと園子の勘が警告を鳴らす。  けれども何事もなかった。  気合をいれて挑んだラーメン店であったが、普通に美味しいラーメンだった。むしろ食べたことない程度には美味しかった。  次郎吉伯父様が好きそうだから今度紹介しようとメンマを咀嚼しながら園子は即決する。  園子が美味しそうにチマチマもくもくと食べているので、京極は可愛らしい小動物を見る様な穏やかな気持ちで隣り合わせにラーメンを啜っていた。  若干の余裕が出てきたようである。 [newpage]  園子は知らない。  このラーメン屋を気に入った次郎吉が、このラーメン店だけではなく商店街盛り上げまで着手しはじめ、悪質な不動産屋が介入する隙もなくなる未来を。そして一つの殺人事件が起こる間もなく消滅してしまったことを園子は知らない。 [newpage] 「ゲームセンター?」  腹ごしらえがすみ、次に案内されたのはゲームセンターだ。  部長として部員の監督兼、誘われてくることがあるらしい。  意外だ…。  また、園子は目をぱちくりとする。 「……パンチングマシーンとかするのかしら?」  やるとしても格闘マシーン系しか想像がつかない。 「いえ、そういうのをすると採点が出るどころか、そのマシーンまで破壊してしまうのが常でして…。部員には禁止させられています……。」  うわぉ……。  蘭から聞くに、大会で無敗と聞く。あの蘭からして勝てないと言わしめる男だ。  噂に違わぬ強さにちょっと口端が引き攣る。 「でも、ちょっと見てみたかったかも…。」  蘭もだが、手練れの動きは、一種の舞のように美しい。 「兄ちゃん、何か格闘してんのかい? なら、これどうよ?」  格闘系のゲームするのを見たかったと零した言葉を拾い上げた親切な客があるゲームを指差す。 「「グレート・ファイター・スピリット?」」  殴られたダメージがプレイヤーに伝わるバーチャルファイティングゲームだと説明され る。  そして案の定プレイした京極は、園子の声援に熱の入ってしまいマシーンを破損させた。 「あらまぁ……。」 「すみません……。」  壊れたゲーム機にちょっと園子は呆然とする。  ちょっとやそっとの衝撃で、普通ゲーム機は壊れない。  本当に壊れるとは思わなかった…。  慌てて店員を呼びに行って戻ってきたら、京極は金髪の男に絡まれていた 「てめぇ、俺のゴールド席をよくも!!」  蒼褪めた他の客の話を盗み聞くにはあのゲームで「米花のシーサー」という中二的名称をもったゲーマーらしい。最近どこかの大きな組がどっかにいれてもらったらしく態度が大きい迷惑な客筆頭とのこと。  力とバックに自信があるのかもしれないが、――相手が悪い。  サクッと手刀で気絶させられていた。  そして何故かその男を止めようとしていた女性も一緒に倒れこむ。  何故!?  慌てて病院に運べば、女性はこのご時世に栄養失調。あの男の競馬や競輪といった博打でこさえた借金を返済するために食事もとらず不眠不休で働きづめ。そして、京極に絡んだ彼氏に対する精神的疲労も加わって気絶に陥ったらしい。  控えめに言っても、あの男屑かな?  疲れと緊張の糸が切れてしまったのか、子供のように泣き出す彼女。  年上の女性に泣かれた園子と京極は狼狽しながら、一生懸命慰める。  特に京極の言葉は無骨である意味無神経で、素直な言葉だった。  彼女は余裕もなく慰める高校生に、吹っ切れたように、 「貴方みたいな彼氏いいなぁ。」  と言った。  何だかんだと屑っぽい彼氏と別れることを決めたらしい。  京極と二人その方が良いと頷いた。  これも一つの縁である。組だのなんだのを使って別れないとかほざくようであれば、こちらに助けを呼ぶように園子は自身の仕事用アドレスが書かれた名刺を、何かあればと京極も名乗りを上げる。 「鈴木財閥の令嬢に、空手無敗の高校生かぁ…。」  思いがけない出会いに彼女は感謝し、駆け付けた兄にも頭を下げられた。 [newpage]  園子は知らない。  別れないとごねた男だったが、園子や京極の助けを得た彼女は無事別れた。 そして、これから京極のような実直で真面目な男性を探すと息巻いている彼女の兄。  依存のように金髪男から離れられない妹を憂いた兄が、金髪男の殺害計画を立てていたことを。  園子は知らない。 [newpage] [newpage] 「お嬢様はご無事だろうか……。」 「コナン君から聞いたけど、京極さんは強いから下手な犯罪者は物理的に排除されるだろうし、純情だから園子さんに手をだすこともできないんじゃないかな?」 「……………そうか。」  それでも景光の胸中にはもやもやしたものがある。  リンゴジュースを飲みながら、そんな景光をじっとヒロキは見ていた。 「今度、コナンが馬鹿なことをしたら――幼児ハーネスをつけてやる……。」 「ああ゛もう! 大人げないよ?」  景光とヒロキの席から少し離れた席にコナンはいる。  視線の先には、別の席で蘭と交流を深めているコナンの姿。  コナンは鈴木家で保護されており、帝丹小学校に通っている。当然高校に行けるはずもない。蘭に新一の正体をバラすわけにはいかない。だが、新一のガス抜きを兼ねて時折ポアロで二人が会えるようにしていた。  ポアロの上の階は毛利探偵事務所。蘭の自宅兼、父親の小五郎の仕事場だ。  高校生の園子と小学生が一緒に帰るための待ち合わせ場所をポアロに定めれば、元来面倒見の良い蘭が関わってくる。それを見越しての采配だ。  顔を合わせれば、話をする程度の関係性をコナンはちゃっかりともう既に築いていた。 「おーおー、緩んだ顔してまぁ…。」  偶然だねと蘭に絡み始めているやり方がさらに腹が立つ。何が偶然だ。園子を通して景光に護衛を頼んだ癖に。  おかげで風見先輩に頼んで連絡日も変えたのに、お守りをさせられているのだ。  非常に不本意である。  ポアロ内で足止めされていれば、偶然装ってバッティングさせることも出来やしない。  不満気に景光は溜息をついた。 [newpage]  本当に朋子さんの命令だけで、この人は動いていたのだろうか?  ヒロキは足止めの協力をしながらも、疑問に思っている。  カランとドアベルの音がした。  ヒロキはベルの音に反射的に視線を向け、その後表情を凍らせた景光に気付く。 「景み、ング!」  表情の変わった景光の名を呼ぼうとしたヒロキは、口を大人の片手で塞がれる。 「――梓さん、買い出し行ってきましたよ。」  ミルクティ色の髪。褐色の肌に細身のようで鍛えられあげられた身体。可愛らしいハニーフェイスには青灰色が輝いている。見慣れぬが店員らしい。その男は梓に買い物袋を渡し、此方に今気づいたとばかりに振り返る。 「おや、お客様ですね。失礼しました。 新しく此方のアルバイトに入りました――安室透と申します。」  ヒロキだけが、音になりかけの小さな声で『ゼロ』と言った景光の声を聴いていた。
 いいね、コメント、フォローありがとうございます。<br /> 日々時間が欲しい今日この頃です。<br /> とりあえず地味に続きましたので、それでもよろしければどうぞ。
侍青年と財閥令嬢の逢引
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10049228#1
true
ATTENTION 我々だの皆様のお名前とキャラクターをお借りした二次創作小説です。 ご本人方含む全てのものとは一切の関係がありません。フィクションです。 異能力パロディ モブキャラ多数 なんでも大丈夫という方はどうぞ [newpage]  世界最大の大陸、パラディース。  楽園と名付けられたその大陸には大小様々の100を超える国々が存在している。    そのパラディースの南東のはずれ、海に面した一つの国がある。  それは国というよりも一つの大きな港町と言った方がしっくりくるほどの小国で、都会と呼ぶには庶民臭く、田舎と呼ぶには賑やかすぎる。名物などが無いながらも、治安と国民の人柄の良さから多くの旅人や船乗り達に人気があるその国の名は、ペール。  そこで、俺は暮らしている。   「おい!!もう朝だぞ!!起きろ!」 「ん゛ん、……おぅ、おきた」 「起きてない!!早く!」 「いた、いて、おい、やめろや……」 「はーーやーーく!!」    ぎゃいぎゃいとやかましく耳に届く高めの声と腹の上に感じる重み。加えて子供特有の遠慮のない力でばしばしと顔を殴られれば我慢出来るはずもなく。ガバリと体を跳ね起こすのと同時、腕の中に収まる程の小さい体を布団ごと押さえつける。   「うぎゃ、!」 「ふーーん!どうや!人が寝てんのにやかましいねん!」 「んん!んんんんん!!」 「はっはっはっ!!大人に逆らうとどうなるかってことを体に教えこんで……」 「随分楽しそうだね」    その声が聞こえてきたのは部屋の入口。聞き慣れてしまった、随分と不機嫌そうな声に恐る恐るそちらを見れば、そこには想像通り。朝ご飯の支度をしていたのかエプロン姿の少女が一人、にっこりと笑いながら腕組みをしてこちらを見ている。まずい。暴れる体を押さえ込んでいた手から慌てて力を抜けば、ぷは、と布団から顔を出したそいつはにやりと楽しそうに笑った。   「ミヤ姉ちゃーん!俺はちゃんと起こしたのにコネシマがー!」 「おい!!……いや、ちゃいますやん?これはその……」    両手を顔の横に上げながらつい弁解しようと口を開くも、入口に立つ少女の顔は変わらない。にっこりとした笑顔のまま、俺にとっての死活問題を口にした。 「別にいいけど?ご飯いらないなら、遊んでても」 「いります!すんません!」 「じゃあ、早く顔洗ってきて!……もう、コネ兄が最後なんだからね!」    それを合図にベッドの上の小さな体もわーいご飯だ!と楽しそうな声を上げながら駆けていく。それに少女がこら、走らない!とすかさず注意を飛ばした。リビングへと騒がしく向かう二人に着いて行くように、よいせと足を降ろせば、開けっ放しのカーテンからは太陽の光と柔らかな風が入ってくる。鼻を突くのは海から流れてくるほのかな潮の香りだ。       「あ!寝坊助!おはよう」 「コネ兄おそーい!お腹空いたー!」 「おはようコネ兄!」 「おはよう!早く食べよ食べよ!」 「おう!おはよ!すまんな待たせて」    顔を洗ってからリビングへと行けばそこにはもう自分以外が全員揃っていた。といっても一人部屋なのは大人の俺くらいなのだから、それはいつもの事だ。用意されている自分の席は誕生席。そこへ座れば先程の少女――ミヤが隣からじっとりと半目を向けてくる。   「ほんと、いっつも一回じゃ起きないんだから」 「いや、ほんますんません……はは」 「まぁいいじゃんいいじゃん!早く食べよ!」 「ミヤ姉ちゃんも、ね!」 「ん、せやな!……それじゃあ」   「「「「いただきまーす!!!」」」」    その声を引き金に、一斉に手が机の上の料理たちへ伸ばされる。決して豪華とは言えないそれを美味しそうに食べる子供たち。それに習うように自分も目の前の皿へと手を伸ばした。    ここペールでは親のいない子供は珍しくない。旅人が多く訪れ、子供を育てる施設の充実しているこの街では、行きずりで出来てしまった望まれない子供が捨てられてしまうことがままある。しかしそれが国際問題などにならないのは、捨てられた子供たちが元気に育つ環境が国民によって作られているからである。  この国には子供たちを集めて面倒を見ている施設が多くあり、国民全員が親となってその子供たちを育てている。今俺が住んでいるこの家もそんな施設の一つであり、5年ほど前この街へ訪れた時にこの施設を任されたからである。といってもここの役目はほぼ住んでいるだけで、他にも仕事はしているのだが。そんなこんなで俺はここで子供たちと暮らしている。  この施設に住む子供たちは全部で8人ほどだが、年齢も性別もバラバラでもちろん全員血の繋がりもない。それでも皆俺の事を兄と呼んで慕ってくれている。まるで保父でもしているかのようだが、まぁ悪い気分じゃない。   「……ねぇ、コネ兄」 「ん?」    口いっぱいに詰め込んだパンを咀嚼していれば、隣から声をかけられるのと一緒に服の袖をちょいと引かれる。なんだとそちらを見やるとミヤがなにやら楽しそうに笑っていた。さっきまで怒っていたくせに、子供っていうのは本当に単純だ。一体どうしたんだと首をかしげれば、ミヤは何か宝物でも見つけたかのように頬を上気させて、俺の耳元へと口を寄せた。   「ご飯の後、皆に秘密の大事な話があるの。……聞いてくれる?」  小さい声で言われたそれに全く覚えがなく目を丸くする。確かに子供たちから相談事をされたり秘密を打ち明けられることはよくあるが、そのどれもが些細なことだ。他の子供たちに内緒で、しかも子供たちの中では最年長のミヤから、ともなれば、なにか良くないことでもあったのかと心配してしまう。だがそれにしてはさっきの楽しそうな様子は変だ。   「ええけど……何?他の奴らには言えないことなの?」 「うーん、まぁ、そうかなぁ」 「ほー……ま、ええで別に。じゃあ飯の後に、俺の部屋でな」 「うん!ありがとう!」    ミヤはふふ、と楽しそうに笑うと、じゃあお先にごちそうさま!とその小さい手のひらを合わせた。一体大事な話とはなんだと考えてみるもさっぱり浮かばず、まぁ本人の様子から悪いことでもないのだろうと気にせず食事を再開することにした。      そう、これがきっと始まり。  俺の人生を大きく変えることになる、出会いと別れの。         「すまん、待たせたな」 「ううん!全然!」    食事を終えて部屋へと行けば、ベッドに腰掛けたミヤが待っていた。地につくことなくゆらゆらと揺らされる細い足は、どうやらこれからの話に対する興奮を隠せていないようだ。同じように隣へと腰掛け、期待しているような目に答えるようにそれを聞いてやる。   「それで?どしたの。なんかあったん」 「!あ、あのね、私……」    キラキラと輝く瞳と上気した頬からは彼女の興奮がそのまま伝わってくる。そしてそれはまるで夢を語るような、希望と喜びをいっぱいに詰め込んだ声で告げられた。 「私、『異能力』に目覚めたの!」      『異能力』    それは、今や当たり前にこの世界に存在する、持って生まれる超能力のような不可思議な力である。人口の約15%が持つというその力は、残りの大多数の人間にとっては未知であり、また憧れの存在だった。  様々な種類があるとされる異能力は、透視や予知といった有名なものから何やら一風変わったものまであるらしく、全世界で研究対象となっている。  しかしこの世の大半を占めるのは非異能力者である。そのため異能力者は非異能力者に危険のないように国によってしっかりと管理されており、普通に生きていれば異能力に関わらないこともまず珍しくない。     「『異能力』ってお前、まじか……?」    それを、まさかミヤが。簡単に信じられるものではなかった。第一に異能力は持って生まれるものであり、目覚めるなんてそんなことあるのだろうか。疑う俺の目に気づいたのか、少しだけ拗ねた顔をしたミヤはベッドから降りると俺の目の前に立った。   「信じてないでしょ!ほんとなんだから!」 「い、いや信じてないわけじゃないよ?ただね?気のせいってことも無くはないんちゃうかなーって……」 「やっぱり信じてない!もう!いいから見てて!」    見てて、とは。まさかここで異能力を使うつもりなのかギョッとしてしまう。手のひらを上に向けるようにして右手を差し出したミヤは、何かを念じるようにぐっと目を閉じた。   「おい待て待て何するつもりや」 「いいから見てて!今この手から火が出るから!」 「火ぃ!?」    てっきり物が動くとかそういう能力をイメージしていただけに火は予想外だった。こんな小さな少女の手から火が出るなど言われても全くイメージなどできない。ましてや火傷したりしないだろうな、なんてそっちの方が気になってしかし、そんなことを考えてヒヤヒヤしながら待つこと数分。俺の心配を知ってか知らずか、力の込められた右手からは火が出るどころか煙の一つすらも出てはこなかった。   「あ、あのー……ミヤさん?まだっすかねー……」 「ま、まだだもん」 「ちっす、すんません」  今日は特に仕事もないため待つことは別に苦ではないのだが、もっと重大な問題は別にあった。一向に火の出る気配のない手のひらとは反対に、ミヤの顔は真っ赤に染まりプルプルと震えるその瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。  異能力に目覚めたって自信満々に言っておいて何も出ないなんて俺だって泣きたくなる。この年頃なら尚更だろう。だがそんなくだらない嘘なんてつく子ではないし、きっと本当に何か勘違いだったのだろう。なんとか助け舟を出してやらねばと、んんっ!とわざとらしい咳払いを一つ。   「あ、あー!すまん!もうすぐ火が出そうなとこ悪いけど、俺今日ちょっと用事があるんだった!」 「えっ?」 「いやほんますまん!もう火出るとこやったんにな!」 「!……う、うん!……でも、用事があるなら仕方ないから、行ってきていいよ」 「ほんますまんな!今度、もっかい見せてや!」 「……仕方ないなぁ。ま、まぁ今はちょっと調子悪かったけど、次はちゃんと見せてあげるから!」    もちろん嘘だがそう言えばミヤがほっとしたように息をついたのが分かった。今度見せてくれと言ってしまったのでただ問題を先延ばしにしたことには変わりないのだが、このまま続けているよりはいいだろう。もしかしたら本当に調子が悪いだけなのかもしれないし。   「おう!頼むわ!そ、それじゃあ、俺は行こかな!」 「う、うん!……いってらっしゃい!」    中断させるための適当な言い訳だが、用事があると言ってしまった手前、このまま家にいるわけにも行かない。大きく振られる腕に軽く手を挙げて返し、適当にブラつくかと家を出た。    異能力に目覚めた。もしそれが本当だったら、俺はどうしてやるのが正解だろうか。異能力について知っていることはほとんどない。それどころか、今まで俺が出会ったことのある異能力者は一人だけだった。そいつと出会っていなければ俺はきっとまだ異能力に憧れていて、ミヤのことも羨ましいと思ったかもしれない。だが、異能力は別に無敵でも万能でもない、俺はもうそれを知っている。    ペールは高い建物が少なく道は広いため散歩するにはもってこいだ。また人同士の繋がりも深く、5年も過ごしていれば大通りを歩いているだけで顔見知りに声をかけられ、買い食いなんかせずとも小腹を満たすくらいの差し入れをいただけたりする。きっとそんな国民性が、この国が旅人たちに人気の理由だろう。  案の定今日も肉屋のおばちゃんに声をかけられ、貰ったのは燻製肉だ。礼を言い、行儀悪くもそれを齧りながらどこへ行こうかと考える。どうせやることもないなら賭場にでも顔を出そうか。ドルクという男が店主を務めるその賭場は大通りの奥にあり、勝っても負けても酒をご馳走してくれる気のいい店だった。  しばらくぶりだが、せっかくここまで来たのだから遊びに行ってやろう。そう思い大通りを奥へ奥へと足を進めていれば、見えてきた店からは何やら騒々しい笑い声が聞こえてくる。賭場はもちろん大人の遊び場。ならば自然と盛況するのは夜になると言うのに、昼間からこんなに賑やかなのは珍しい。何かいいことでもあったのかとドアを開けたのと、情けない男の声が耳に届いたのは同時だった。   「おいドルク!何かあったん……」 「いやほんとにすいません〜!!」    賭場にいる男達の笑い声は、全てただ一人の男によって起こされたものだった。おそらく賭けに負けたのだろう、下着の他に白いシャツを一枚着ただけのそいつは、正座のまま床に手をついて頭を下げていて、その姿は何ともまぁ情けなくみっともないが面白い。   「しかしなぁ!兄ちゃん。負けたもんは払ってもらわなきゃ困るのよ」 「いや、ね?そこはこうなんとか頼みますよ兄貴ぃ。僕かて払うつもりはあるんやけどね?いやそのちょっと今お財布を宿に忘れちゃってましてぇ」    ドアの横にいた顔見知りの男が俺に気がついて片手を上げてきたのを見てそちらへ歩を進める。楽しそうに笑って白シャツの男を見ているそいつに一体何があったのだと尋ねることにした。   「よぉ。どうしたんやあいつ。負けたんか?」 「大負けよ。旅人さんなんだが面白いやつでよ。負けたのに金がねえってわかったら服脱いで差し出してきてな。ドルクが気に入っちまっていじめてんのさ」 「なんやそれ!!はっはっは!おもろいやっちゃなぁ」    確かによく見てみれば白シャツの男の前に座っているのはこの店の店主ドルクである。ニヤニヤと笑うその顔は金をもらうことが目的と言うよりは、目の前の男が困っているのを見て楽しんでいるようだ。  この国での賭場は所詮遊びである。酒を混じえての会話やゲームとしての駆け引きを楽しむのが主であり、金のやり取りなどは二の次三の次だ。かけるものも様々で、いらないものを押し付けたり酒を奢らせたり、負けた方が明日仕事に代わりに行くなんてのもある。それを知らない旅人は負けたら金目のものを出すしかないと思って服を脱いだのだろう。この国では滅多に見ない、なんともまぁ面白い事態である。   「……まぁ冗談はここまでにして。旅人さん、実はな、」 「ちょっと待ったぁ!」    あまりにも哀れなその男の様子を見てそろそろ可哀想だと思ったのだろう。ドルクがネタばらしをしてやろうとするよりも早く、店全体に響き渡るような大声を出す。事情はわかった。そんな楽しいことになっているのならば、乗っかって遊ぶしかないだろう!  店内の男達の目がバッと一斉に大声の元――俺へと向けられ、そこで初めて俺の存在に気がついたのかドルクが楽しそうに声を上げる。   「シッマじゃねぇか!」 「ふーん!来たぜ!」    周りの男達が一段と歓声を上げる中、白シャツの男だけは状況を理解できず「へ、なんなん!?」と困惑して周りをきょろきょろと見渡している。それを気にせず、ずかずかと大股でど真ん中へ歩いていき、正座をしたその男の隣にあぐらをかいて座る。ドルクはこのくだらない茶番に俺が乗ったことに気がついたのだろう、こちらを見てにやりと楽しそうに笑った。それに答えるように悪い顔で笑い返して、隣に座る猫背の男の肩へと腕を回す。   「うわっ!なんなん!?僕そんな悪いことした!?お金は払いますってぇ〜」 「はっはっは!!お前ほんまおもろいなぁ!名前は?なんて言うんや!」 「へっ、僕?」    後ろから見ていた時は気が付かなかったが、正面から目を合わせるとその男の瞳は青い色をしていた。なかなかに珍しいその色は、どちらかと言うと水色よりは紺に近いためかその黒髪にはよく似合っている。無害そうだが胡散臭さの残る顔をしたそいつは、その紺色をゆっくりと細めてへらりと笑った。   「鬱です〜、鬱先生やで」 「先生か!そーかそーか、ってことは大先生だね!俺はコネシマや!シッマって呼ばれとる」    よろしくな、  そう言って右手を差し出せば、大先生はきょとりとした後ゆっくりとそれを握り返した。体と同じように細く頼りないかと思ったが、握られた右手には存外しっかりとした力が伝わってきた。   「よろしゅうシッマ」 「おう!気張れや!」 「……へ?気張れ……?」 「お前負けたんやろ?だったら取り返さなあかんやん」    未だ状況のわかっていない鬱先生にわかるように説明してやる。つまり俺が手伝ってやるからもうひと勝負しようと。鬱先生は一瞬だけ嫌そうに顔を引き攣らせたが、先程の歓声を思い出したのかパッと顔を輝かせて期待したようにこちらを見てきた。   「コネシマさん、もしかして強いん?」    その疑問に応えたのは俺よりも周りの男達の方が先だった。   「クソ弱いぞ!頑張れ旅人さん!」 「ぶわっはっは!シッマと組むなんてついてねぇなぁ!」 「シッマー!俺は応援してるぞー!!」    やいやいと騒ぎ立てる男達の声にやかましいわ!と一括してから、可哀想なほど真っ青になってしまった鬱先生へと親指を立てて笑ってやる。確かに俺は賭けに強い訳では無いがくそ弱い訳でもない、と思う、多分。   「いや最悪やぁぁ〜、勘弁してくださいほんまこれ以上負けられないんやってぇ〜」 「まぁまぁまぁ!まぁ、まぁ、まぁ!いったんな?いったんやってみようや」 「絶対嫌やねんけど!勘弁してくださいほんまお願いします!帰らせて!」    パチンと目の前で合わされた手には深刻さが滲んでいるがまぁ知ったこっちゃない。見知らぬやつからすれば怖い詐欺に巻き込まれたと思っているかもしれないが、所詮こんなものはただの遊びである。どうせ負けたところでドルクは金は取らないでくれるだろう。   「大丈夫や大先生。多分大丈夫やから!な!」    自信満々に頷いて見せる俺を見て、鬱先生は困ったように眉間に皺を寄せた。何故俺がそんなに自信満々なのかと思っているのだろうか、少しだけ首を傾げて何か考え混むと、ややあって諦めたように溜息をついた。   「……俺、多分で見知らぬやつに賭ける金は無いで」 「ふーん!勝てばええねん勝てば!」    そう言いドルクの方を睨みつければ、やつは豪快に笑って二人分のジョッキを差し出してくる。元々鬱先生からも金を取る気がない男だ、楽しむことにしたのだろうとありがたく受け取り、鬱先生へともう一つを手渡す。カツンと勢いよくジョッキを合わせて一息に煽れば、背中からはさらに野太い歓声が上がる。隣からはまじかと引いた声が聞こえたが、酒がそんなに好きではない俺のジョッキの中身は生憎ジュースである。期待させて悪いが。ぷは、と気持ちよく息を吐き空のジョッキを地面に勢いよく置けば、それがはじまりの合図だ。   「さぁもうひと勝負といきましょうや!」       [newpage]   「いや最高ですわ!!プロ結果!!!」 「何が最高やねん!お前シッマ!結局ボロ負けやったやないかい!」 「ええねん、ええねん!まぁ飲も!とりあえず飲も!」 「ん〜〜、……ま、せやな!服も返ってきたし金も無いし飲もか!」 「せやせや!」    あれからどれほど経っただろうか。そこにいたのは大勝して笑う男二人、ではなく大方の予想通りカッコつけたくせにボロ負けした二人だった。シッマの負け分まで金目のものを要求されると思い、ただでさえ白かった顔をさらに青くした鬱先生は、ドルクから笑ってこの国の賭場について説明されると「なんやそれ〜」と情けない声を漏らしてその場に崩れ落ちた。そしてそれによってまた賭場に爆笑が広がったのは言わずもがな。    からかったお詫びにとドルクから酒を奢られ飲み始めてみれば、今日会ったばかりとは思えぬほどに鬱先生とコネシマは意気投合した。そこからは酒場へと移動し飲み始めてしばらく、好きな女のタイプなど色々な与太話をしたが、二人の間に笑いが絶えることはなかった。     「はぁ〜、しっかし良い国やなほんま。男は優しいし女は美人やし、酒もうまいし」 「やろ?やろ?この国は最高やで。大先生も長居してったらええ!」 「うわぁ〜そうしてぇ〜!こういう国でくっそ可愛い俺の言うこと何でも聞いてくれる浮気に寛容な奥さんを持って隠れ家的パン屋やりてぇ〜!」 「お前それ重要なの国じゃなくて女やないか!!」    そんなくだらない話をしながら笑いつつも、彼の言葉は少しだけ嘘だろうなと思った。今日知り合ったばかりだが何となく分かる。きっと、彼にこの国は住みづらいだろう。人と人との距離が近いこの国はいい所も多いが、鬱先生はそれが苦手なタイプだ。それでもそれを敢えて突っ込むことはせず、彼の好意であろうそれを笑って流しておく。  そう言えば、と改めて思ったのは彼が旅人だという事実だった。この街を訪れる旅人の多くは船乗りたちだが、そうではない陸を伝ってきた旅人ならば商人や傭兵がほとんどだ。おそらく彼は船乗りや傭兵ではなく商人なのだと、多くの人間はそう思うに違いない。初めてその白い背中を見た時であれば俺もそう思った。だが。   「そういや、大先生は傭兵だよね?」  その聞き方は疑問であると同時に確認であることは鬱にも伝わっただろう。銀の細いフレームの奥、その青色の瞳は少しだけ驚いたように開かれた。そうして先ほどから酒のつまみに吸っていた煙草を一度だけ深く吸って吐くと、先程までと変わらぬ笑顔で返した。 「せやで」  短い肯定。多くを答えぬそれはまるでこちらの出方を伺うような。さぁどう出る?とその瞳がこちらを品定めしているのがわかる。しかし正直俺は彼が商人だろうと傭兵だろうとどっちでもよかった。期待されているところ悪いが、なんとなく傭兵だろうと思ったからそう聞いただけでそこに他意はないのだ。  だが、強いて一つ言うのなら。   「……それなら、何度もここに来るってわけじゃないもんなぁ。寂しなるわ」    商人ならばお得意さんを見つければその国を常連にすることは少なくない。だが傭兵はそうではないだろう。この辺りの仕事を終えればまた遠くに行ってしまい、次に会うのはいつになるか分からない。  国の連中は気のいいヤツらばかりで、優しい人達ばかりで、俺を慕う子供たちも居て。何一つ不満など持ったことは無かったが、こんなに気の合う友人とも呼べる存在が出来たのは初めてだった。会ってまだ一日も経っていないというのに、自分でも不思議な感覚だとは思うが。   「ば、ばっかおま……恥ずかしいやっちゃな」    いい歳してそんなしおらしいことを言うものかと俺ですら思ったのだから、言われた彼の方はよっぽどだろう。少しだけ赤い頬は照れているのか、ガシガシと乱暴に頭を掻き、目を逸らしながら小さな声でそう言った。  そして今度はしっかりとその青が俺へと向けられる。俺の金髪が映り込んでいるからか、その瞳は夜空のようだなとまた柄にもないことを思った。   「そんな、明日すぐ出てく訳ちゃうし。……シッマさえ良ければ、明日も……」    明日も。  また、明日もこうして話をして。そうだ、今度は彼の旅の話でも聞こうか。    せやな、また明日。  そう笑顔で口を開こうとした瞬間。  鬱先生の表情が、変わった。  いや、表情が変わったと思ったが正確に言うとそれは違う。  細められた目も、楽しそうに上がった口元も、それらは何も動いていないのに。まるで別人のように、先程まで一緒に話していた男とは雰囲気が違う。何か聞こえているのか、まるで耳を澄ませているかのようにその意識がこちらからほんの僅か外れたのがわかった。  違和感を覚えたのは一瞬だったが、思わず彼の存在を確かめるかのように、大先生?とその名前を呼ぼうとする。  だが、そんな俺を止めたのは、酒場の入口から聞こえた馬鹿でかい扉の開く音だった。  バンッ!という、破裂音のようなおよそ扉からしたとは思えないほどの大きな音。驚いて静まり返った店内では、流れているジャズミュージックがやけに大きく聞こえ、手の中のグラスの氷がからりと音を立てた。あまりの勢いに、鬱先生も含め店内の全員が揃って顔を向ける中、入ってきた男――ドルクは俺を見つけると真っ青な顔で口を開いた。   「シッマ、お前の家が――」    嫌な胸騒ぎがする。その言葉を聞きたくないような、聞いてはいけないような。  だが無情にも、ドルクの口はそのまま続きを紡いだ。     「燃えてる……!」      シッマ!待ってくれ!と誰かの声が背中に聞こえた。バクバクとやけに心臓がうるさく、うまく呼吸が出来ないように肺が苦しい。なぜかと思えばそれは走っているからだった。もつれそうになる足を必死に動かして、俺は全力で走り出していた。    知りなれた道だ、ここから家までは全力で走れば10分とかからない。だがそんなことは遠くに上がっている黒い煙を見てしまえば、なんの慰めにもなりはしなかった。  子供たちは寝ている時間のはずだ。避難できているのか、無事なのか。消防は動いているのか、誰か助けているのか。原因はなんだ、火の消し忘れか、放火か。いや、それとも。    『いいから見てて!今この手から火が出るから!』    そんなまさか、ありえない。そう思うものの、頭に浮かんだ嫌な予感に背中を冷や汗が伝っていく。だってもし本当にそれが原因なのだとしたら。   「ッはァ……ッ!」    息を整える間もなく、目に入ってきたのは赤。  建物の周りには消化活動に動き回っている男達が大勢いるが、炎はそんなもの効きはしないとばかりに燃え続けている。周りを見渡してみても子供たちの姿はない。唸りを上げて燃え上がるその炎は建物全てを覆い隠し、この中にまだ子供たちがいるのならそう長くはもたないだろう。  どうして俺は肝心な時に傍にいてやらなかったのだ。あの子達を守るのが俺の役目だったのに。自身の不甲斐なさにどうしようもなく怒りが沸き起こる。   「……くそ、ッ!」 「おい待てお前!どうする気や!」    衝動のまま建物へ駆け出した俺は、肩にかけられた強い力によって止められた。離せ、そう言おうと振り向けば、予想に反してそこには見慣れない格好の男が立っていた。  少しだけ乱れているもののきっちりと整えられていたであろう黒髪もこの国では珍しかったが、それ以上に身に纏っているカーキ色の軍服がこの場では異彩を放っていた。急いで来たのか火の近くだからか、額に汗を滲ませたその顔は険しく、どうやら俺を行かせるつもりはなさそうだ。だが、俺だってこんな所でただ黙って見ている訳には行かない。   「離せや!ここは俺の家や、中にはまだ子供がおるんや!」 「何?……それがほんまだとしても、行かせるわけにはいかん。見知らぬ他人とはいえ無駄死にを見過ごすわけにはいかんのや」 「じゃああいつらはどうするんや!火が消えるまで待ってろ言うんか!」 「火はまだ建物の外装を燃やしとるだけやけど、お前が中に入ることで建物が崩れるかもしれん。中の子供たちは8人やろ。全員まだ生きとる。……それに、消防は役に立たん」    確信を持って言われたそれに思わず反論に力が無くなった。見るからに余所者であろうこいつが子供たちの人数を把握していることが怪しく、眉間に皺がよるのが分かる。   「なん、何言うとんのや……、なんでんなことお前にわかんねん……」  しかし直後返されたその内容に、俺は息を呑んだ。   「異能力って知っとるか」 「っ!」  まさか、そんな。いや、でも。  嫌な予感が現実になりそうで、先程まで熱かった体がすーっと足元から冷えていく。それに反比例するように、心臓はバクバクとさらにうるさい音を立てている。   「詳しく説明する時間はないんやけど、この火は異能力によるものや。お前も知っとる通り、この家に異能力者はいない。……ってことはこの家に火をつけた異能力者がこの国にいるってことになる」  目の前の男の流暢な説明が頭の中にガンガンと響く。   「今俺の仲間が国中を探しとる。そいつさえ見つかればあとは俺らでどうにかできるんやけど、そうじゃない限りただの水じゃこの火は消せん」 「……ゃうんや」 「なんのつもりで放火犯が遊んでんのかは知らんけど、今はまだ火は広がっとらん。もちろん建物内にまで火が広がったら救助を優先するつもりや。せやからお前はまだ……」 「ちゃうんや!!」    頬を汗が流れる。自然と肺が熱くなって息が荒くなる。  目の前の男は突然大声を出した俺を訝しげに見つめてきた。   「何がちゃうん?中に他に何か大事なもんでも……」 「……中に、おるんや」    異能力者は国に管理されていて、どこに何の能力者が住んでいるのか管理されている。どうやったのかは知らないが、きっとこの男はそれを調べたのだろう。だからこの火事が放火だと判断したのだ。  だって、そう。これはきっと俺しか知らない。   「中に、おるんや。……火の異能を持った子が」 「!?……お前、それはほんまか」 「その子が原因っていう確信はないけど、この火事が異能力によるもんなら可能性は高いと……」 「シッマ!」    そう話している途中、後ろからかけられた声にはっと振り向けばそこにはよれたスーツで走ってくる鬱先生が見えた。その声は酒場で背中にかけられた声と同じもので、おそらく制止を聞かずに飛び出した俺を追ってきてくれたのだろう。 「大先せ……」 「鬱!お前遅いねん!何しとんのや!」    呼ぼうとした声を遮ったのは軍服の黒髪の男だった。なぜ彼が鬱先生の名を?まさか、二人は知り合いなのか。驚く俺のその考えを肯定するように、鬱先生はその男に気がつくとゲッと顔を引き攣らせた。   「トンちやん……なんでシッマとおるん?」 「シッマ……?あぁ、この人か。お前こそなんでそんな親しいねん」 「いやちょっと仲良うなって……」 「そんで酒飲んでたってか。酒臭いねん。……ま、今はそんなことはええや。それより」    鬱先生にトンちと呼ばれた軍服の男が俺の方に向き直る。その体格の良さと真面目そうな顔つきは、鬱先生でなくても緊張して思わず身を引いてしまう。   「中断してすまんな。改めて俺はトントン、この鬱の仲間や。……それで、さっきの話が確かならなんでこんなことになっとんねん。お前が国に異能力者を隠蔽しとったことは置いとくとして、その子はどうしたんや。反抗期か?」 「い、隠蔽ちゃうわ!……知らんかってん、今朝まで。いや、ついさっきまで信じてすらおらんかった」    俺はトントンへコネシマや、と改めて名乗った後、今朝のミヤとのやり取りをそのまま二人へ話した。異能力に目覚めたと打ち明けられたこと、火を見せてくれようとしたがつかなかったため、勘違いだろうと思ったこと。二人はその話を最後まで聞くと、眉を顰めて目を見合わせた。おそらく同じことを考えていたのだろう、こちらに向き直った後、先に口を開いのは鬱先生の方だった。   「シッマ、その子は悪戯に火をつけたりする子やったか?」 「……いや、あいつは最年長で面倒見の良い奴やった。他の子らがおるとこで火を出したりはせんと思う」 「この家に火薬とか可燃物があったとかは」 「それもない。そりゃキッチンはあるけど、一般的なもんやで」    そこまで言うとトントンは少しだけ頭を抱え、鬱先生は困ったようにこちらを見つめた。今の話の何が問題なのかはいまいちよく分からなかったが、何やら状況は良くないらしい。再び顔を上げて俺の方を見つめた眼鏡の奥、その瞳には先程とは違い一種の諦めと覚悟が込められていた。そして開かれたトントンの口から真剣な声が発される。   「ええか、シッマ。恐らくこれはその子の異能力の暴走や。しかも可燃物も無しにこれだけの火を出せるっちゅうことは相当強い力ってことになる。けど、さっきの話を聞く限り、その子は自分の異能力を全く制御できとらん」 「子供っていうのは異能力を扱えない子が多いねん。しかも発火の異能力は火を付けられても自力で消すのはコントロールが難しい」 「そ、そんならどないすんねん!」 「俺の異能力を使う」  言われた言葉を理解するのに少し時間がかかった。俺の異能力。そう言ったトントンは真っ直ぐに俺を見つめたまま、安心させるように頷いた。確かに異能力に随分詳しいと思ったが、まさか。 「火、を消せるんか」 「消せる、と思う。そのミヤちゃん次第やけど、おそらく」 「だ、だったら早く……!」 「けど、そのためにはこの建物の中に入らなあかん。そんで俺はミヤちゃんがおる所も、ミヤちゃんがどの子かも分からんねん」    その言葉に続く言葉はわかった。だから俺に教えてくれとそう言いたいのだろう。だけど、俺はそんなことは望んじゃいなかった。最初は止められたけれどもトントンが中に入ると言うのなら、俺の答えは一つだけだ。   「だからシッマ、俺に……」 「俺も行くで」    驚いた顔の二人を無視して、近くに置いてあった消火用の水を頭から被る。異能力の火がどういうものかは知らないが、何も無いよりはマシだろう。髪から垂れる雫を頭をひと振りすることで軽く払って、真っ直ぐに二人を見つめてもう一度告げる。   「俺も行くで。……ここは、俺の家や」 「っ、いやでも、」 「トントン」    尚も反論しようとしたトントンを止めたのは、隣に立っていた鬱先生だった。名前を呼んで軽く首を横に振ったのは、俺の意志が固いと分かったからだろう。そしてそれはトントンにも伝わったのか、グッと眉間に皺を寄せると諦めたように深くため息を吐いた。   「……分かった、一緒に行こう。その代わり、中では俺から離れんでくれ」 「おう、分かった」 「トンち、突入の指示はまだ……」 「分かっとる。けど暴走しとるなら中まで火が回るのも時間の問題やろ。……急ぐで」    走り出した軍服を追おうと駆け出せば、背中には再びシッマ!と声がかけられる。鬱先生のそれに、今度はしっかりと右手を上げることで答えた。    大丈夫。俺はなんでも出来る。  もしこの火災の原因が、ミヤだと言うのなら――。    燃え盛る炎の中、前を走るその背中を追って飛び込んだ。         「あかんな……」 「どうしたんや」 「思ったよりも火の勢いが強い。おそらくこのままじゃ20分ともたんぞ」 「な……!?外側だけって言うてたやんけ!」    パチパチと舞う火花の中、崩れている外側の壁や柱に巻き込まれている子供たちがいないか確認しながら進んでいると、後ろを歩くトントンがそう呟いた。驚いて怒鳴る俺を諌めるように、彼はちゃうちゃう、と返した。   「このままじゃもたんのはミヤちゃんの方や」 「ミヤが……?どういうことや」 「異能力っていうのは使うのにリスクがあんねん。子供の小さい体でコントロールも出来んままこの火力を出し続けてんのやったら、ちょっと心配や」 「リスク、って……大丈夫なんか」 「分からん。とりあえず急いだ方がええのは確かやな。……おそらく子供たちはちゃんと固まって避難してると思う。どこか全員集まれる広い部屋はないか」    そう言われて考える。広い部屋といえば浮かぶのは食堂だが、一階だしキッチンに近い。火を怖がる子供達がそんな所に避難はしないだろう。だとすると二階、そしてこの火の原因がミヤなら。   「二階の、ミヤ達の部屋やと思う。そんなに広くはないけど、全員入れんこともないし……それに何より、小さい子らはみんな何かあったらミヤの所に集まると思うで」 「分かった。とりあえず一階の探索は捨ててそこに向かおう、頼むで」 「おう」    煙の中、体勢を低くして階段まで向かう。チリチリと肌に感じる熱が、ミヤの作りだしたものだとはまだ信じられていなかった。  浮かぶのは、いってらっしゃいとこちらに手を振りながら笑うその顔。あの時にちゃんと異能力の話を聞いてやっていれば、こんな未来は何か変わったんじゃないか。そんなことを考えてももう遅いのだけれど。   「!」 「……聞こえるな」    二階に上がって部屋の方へ進んでいくと小さいが子供達の声が耳に入ってきた。どうやら予想は当たっていたようで、ミヤの部屋の方からその声は聞こえてくる。 「お前ら!大丈夫か!」 「!……こね゛にいぃぃ!!」 「ゔあぁぁぁこねにいいいい!!」 「ぁあああんうぁああん!」    トントンの制止の声も聞かず走り出していた。勢いよく部屋の扉を開ければそこには、ずっと見たかったその姿が。朝見たぶりなのに随分と久しぶりに感じるその子供達は、みんな泣いてはいるものの大きな怪我はないようで、ほっと胸を撫で下ろす。 「ごねにぃぃい、っく、みやねぇがぁあ……うぅ、」 「!せや、ミヤはどこや!」    そう問えば指さされたのはミヤがいつも使っているベッド。慌てて駆け寄り覗き込めば、額に汗を滲ませてうなされたように眠るミヤがいた。 「ミヤっ!しっかりせぇ!ミヤ!」 「うっ、こねにぃぃ、ひっ、みやねぇ、だいじょうぶ?」 「うぁぁああ、みやねえぇぇぇ」 「だ、大丈夫や。ミヤは助ける。せやから落ち着いて、あんまり煙吸わんようにせぇ」 「コネシマ!大丈夫か!」    遅れて駆け込んできたトントンは子供たちが全員無事なことを確認するとほっと息を吐いた。そして俺がベッドの傍にいることでミヤの状態を察したのだろう、焦ったようにこちらへ駆け寄った。   「と、トントン。この子がミヤや!」 「意識を失っとる、のか」 「みやねぇ、急に倒れて、そ、それで……」 「っうぅ、部屋に運んだら、家が、っ燃え、ててぇ……うぁぁ、」 「と、トントンッ!お前の異能力で火は消せるんやろ!?」    助けを求めるようにトントンの方を見るが、ミヤの額に手を当てたまま険しい顔で動きを止めている。何かまずいことでもあるのか。焦る俺の目に泣いている子供たちが入ってくる。  いかん、俺が動揺しててどうするんや。こいつらを不安にさせたらあかん。  ふー、と一度深く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。そうして隣に立つトントンだけに聞こえるように小声で尋ねた。   「何か、まずいんか」    俺が冷静になったことが伝わったのだろう。少しだけ焦った様子だったトントンも、はっと気づいたように眉間から力を抜いた。なにやら言おうか言うまいか悩んでいたトントンは一度目をぎゅっと瞑ると困ったように俺の方を見た。   「……俺の異能力は、簡単に言うと他人の異能の補助やねん。威力を上げたり、コントロールしやすく出来る。せやからミヤちゃんが火を消せるように手助けできるんや。……けど、」 「……ミヤが意識を失っているとそれができん、ってことか」 「せや。しかも異能力のリスクで体温が上昇しとる。これは意識失ってる原因は熱にもあるな……」    ならば、どうする。  火は消せない。  ミヤの意識がない以上、いつ火が強くなるのか分からない。  このままだとミヤの命も、俺達も危ない。    最善は、なんだ。        ――ミヤを殺せば、火は止まる。      頭に浮かんだ考えをかき消すように一度首を振る。子供達を逃がせさえすれば、そんなことはしなくてもいい。 「……トントン、とりあえずここから出よう。現状でミヤの火が消せん以上、ここにおっても外に出ても変わらん。時間が無いなら尚更、子供たちからミヤを離しておきたいしな」 「!……そうやな、ミヤちゃんはお前が背負ってくれ。道はもうわかるから俺が先導する」 「おう、頼むわ」    ぐったりとしたミヤの体を背負えば、背中には熱い体温が伝わる。必ず助ける。けれどもしそれが不可能だった場合、火はさらに暴走するかもしれないし、ミヤが命を落とすかもしれない。どちらにせよ、それを他の子供達に見せたくはなかった。   「みんな、ここから出るで!そのお兄さんについてくんや!」 「こっちや!みんな焦らんでええから、はぐれんようにしっかり着いてこい!」    トントンを先頭にして全員で来た道を戻っていく。本来なら一階に降りるのは危険だが、外側が燃えている以上窓に近づくのは危険だ。幸いにも、火は依然として燃えているものの建物は未だ大きく崩れていない。子供の低い身長では煙を多く吸い込むことも無く、不安定な足場を避けながら入口へと向かえば無事に出ることが出来た。   「シッマ!トンち!」 「おい!コネシマが出てきたぞ!子供たちも無事だ!」  入口の炎を抜ければ周りからは歓声が上がる。消火活動をしてくれていたであろう国民達が子供たちに駆け寄るのを見てひと安心する。   「全員無事や!消化はとりあえず置いておいて、念の為に子供たちを病院に頼む!」    この火事が異能力によるもの、ましてやミヤによるものだとバレる訳にはいけない。人並みから外れるように鬱先生の方へ向かえば、消えてない火と背負われたミヤを見て全てを察したのか、その顔は暗い。   「トンち、無理やったんか……?」 「意識がない。リスクで発熱しとる。……このままじゃ、」 「……そっか、」    着ていた服を脱いで地面に敷き、その上にミヤの体をそっと横たわらせる。汗を拭うように額を撫でれば、そこからは体温とは思えないほどの高熱が伝わってきた。   「建物が燃え切ったら……収まったりしないんか」 「発火の異能力は何もないところに火を起こせる。建物が燃え尽きても火は消えんし、こうしてる今も隣の家に火がつくかもしれん。……だがおそらく、そこまでもたんやろうな」 「っくそ……!」    力の抜けて投げ出された手を持ち上げて両手で握り込む。火を出せるから見ててと言ったその手は小さく細く、まだ彼女が幼い少女なのだと思い知らされる。   「ミヤ!しっかりせぇ!お前こんなんやってる場合ちゃうやろ!!」 「シッマ……」 「異能力なんかに負けたらあかん!……お前は異能力なんかもっとらん!勘違いや!!負けんな!」 「……ぅ、……、ね…にぃ……、」 「!っミヤ!しっかりせぇ!ミヤ!!」    睫毛がふるふると震えるが、その瞳は開かない。薄く開かれた唇から呻き声が漏れ、小さく俺の名前が呼ばれた。それに応えるように手を握る力を強くして何度もその名前を呼ぶ。  鬱先生はそんな俺達の様子を見て息を呑んだ。そして動揺を隠せていない声でトントンへと訴えかけた。   「っトンち!シッマや!」 「?何がや」 「シッマは、僕の制止を聞かんかった!……っ2回も、」 「!……うそやろ?」 「分からん!けど二人の手を握るんや!」    何かに気がついたような鬱先生に言われ、トントンがその両手を俺の手の上から重ねて握り込む。異能力を使うのかと手を離そうとすれば、それも鬱先生に止められる。   「シッマはそのままや!ミヤちゃんに声をかけ続けて、火が消えるように祈ってくれ!」 「お、おう……!」 「っ鬱、ほんまなんか!?」 「確信はないけどやるしかないやろ!」    二人が何の話をしているのかはよく分からないが、俺に出来ることは一つだけだとミヤに声をかけ続ける。  異能力なんてよく知らない。今まで異能力者は一人しか会ったことがない。リスクなんてものがあるのも初めて聞いた。  でも、だからこそ、今はっきりと言える。   「異能力なんかに憧れんな!!ミヤ、そんなもんはお前にはいらん!!……火なんかつけれなくてえぇ、異能力なんて持ってなくてえぇ、せやから……!」    今朝、異能力に目覚めたと嬉しそうだった彼女を思い出す。火をつけられるのだと楽しそうな笑顔を思い出す。異能力が使えず涙を滲ませたその瞳を思い出す。  本当はそう言ってやればよかったのだ。火なんてつけられなくても、異能なんてなくても、彼女は優しく聡明ないい子なのだから。   「もう、やめろ……ッ!!火なんかつけとんなボケェ!!!」  手に力を込めてミヤに向かって叫ぶ。    ぶわっと風が吹いたように感じたのは、体に感じていた熱が消えたからだ。少し離れた後ろの方で人々のざわめきが聞こえた。うなされていた目の前の少女の眉間の皺がふっと解け、荒かった呼吸が徐々に落ち着いてくる。   「……まじか、」    小さく呟いた声は鬱先生からだった。どうしたのかと呆然と見つめているその目線を追えば、そこには。   「あ」    すっかりと火が消えて真っ黒になった我が家があった。       [newpage]       その後、徐々に体温の下がり始めたミヤと共に病院に行き、子供達はミヤも含めて全員命に別状がないと言われた。警察との軽い手続きや消火活動を手伝ってくれた人達へのお礼を済ませれば、もうすっかり夜は更けていたがようやく落ち着けることになった。  子供たちは大事をとって入院することになったため、一人で帰宅し燃えてしまった家の中を確認していると、入口から今日一日で随分と聞き慣れた俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。   「大先生!」 「よう、お疲れ様」 「いやぁ今日はほんま助かったわ。ほんまに、ありがとう」 「その事なんやけど……ちょっと話ええ?」    親指で外を指し示され、別に構わないと頷いてついて行く。鬱先生について外に出れば家の目の前には一台の車が停められていた。   「これ大先生の?」 「せやで。この後特に予定もないよな?僕らが泊まってる宿に行こかな思てんけど」 「おぉ平気やけど……」 「よし、ほなら行こか」    静かに動きだした車は存外丁寧な運転で道を走っていく。宿に行くということは俺も今晩はそこで寝させて貰えるだろうか。あの燃えた家に一人で寝るつもりは無かったのでもしそうならラッキーなのだが、鬱先生の雰囲気はへらへらしたものではなく、酒場で一瞬見たあれで。どうやらちょっとでは済まなそうな話にそう楽観もしていられない。  車は賭場を越えてさらに内地の方へ進んでいく。10分ほどで着いたその宿はこの国では割と有名な所で、賭場で金がなくて脱いでいたやつの泊まるところとは思えないなと笑ってしまう。   「?着いたで」 「おう、ありがとな」 「中には僕とトントン以外のやつもおるんやけど、火事のこともミヤちゃんのことも知っとるし、まぁ気にせんでええから」    車から降りると鬱先生はフロントの女性に軽く手を振って二階へと上がっていく。随分とカッコつけたその姿は酒場で語り合った彼と重なって、知らず緊張していた体から少し力が抜けたのが分かる。そうして階段を登って突き当たり、扉を開いた彼に続いてその部屋へと入った。   「連れてきたで〜」 「お、シッマ。悪いな夜遅くに」 「トントン!」    開いた部屋の中。ソファに座ってこちらを見ていたのはカーキ色の軍服。先程とは違い綺麗に整えられた黒髪には乱れはない。   「いや全然平気やで!トントンこそ、今日はほんまありがとう」 「まぁその話はこれから、な。とりあえず適当に座ってどうぞ」    示された向かいのソファに座れば隣には鬱先生が座った。トントンの隣には、先程鬱先生が言っていた人だろう、だいぶ小柄な男が顔を隠すように「天」と書かれた紙をつけて座っていた。   「あ、どうもコネシマです」 「あ、どうもロボロです〜。鬱先生とトントンから聞いてるで。よろしゅうシッマ」    ロボロと名乗ったその男は口しか見えないながらに人の良さそうな男だと思った。その小さな体も理由の一つだろうが、こうして向かいに座っていても相手に威圧感を与えない。それにその声は同性から聞いてもなかなかにいい声だなと思うものだった。  自己紹介が済んだところで、さてそれじゃあ本題をとばかりにトントンが咳払いを一つした。全員の視線が集まったのを見てから、ゆっくりとその口が開かれる。   「まずはミヤちゃんに関してや。今回のことで異能力者ということがわかった以上、国にはちゃんと登録した方がええ。本人が異能力を扱えない限り、ミヤちゃんの意思に関係なくあの異能力は危険や」 「……異能力っていうのは無くなったりしないんか?」 「少なくとも俺は聞いたことは無い。ミヤちゃんは目覚めたって言うとったらしいけどそれもない。おそらく生まれつき異能力は持っとったけど使ってなかっただけやろう。高Lvの異能力を持って生まれた子供は本能的な危機察知能力で異能力を使わないことがまぁたまにあるんや」 「高レベル?」    途中出てきた言葉が気になって問えば、その答えはロボロから帰ってきた。どうやら俺は異能力について本当に何も知らないらしいが、一から教えてくれるつもりなのだろう。   「実は異能力者達は国に登録する時にLvを測定するんや。Lvは1から5まであんねんけど、それは生まれつき決まってて調べればわかるんよ」 「もっとも、Lv5なんて滅多におらんから実際は4段階みたいなもんなんやけどな」 「へぇ〜……それで、ミヤはそのLvが高かったっちゅうことか?」 「せや。おそらくミヤちゃんはLv3の発火能力を持っとる。異能力者の過半数くらいはLv1か2やから、まぁ強い力やな」 「はぁ〜、なるほどなぁ……」    トントンとロボロの話を聞いてうんうんと頷いてみせる。分かりやすい説明のおかげでミヤの能力については理解出来たが、しかし。   「Lvについては分かった。けどミヤはどうすればええんや?このまま俺らと暮らすっちゅうことは出来ないんか?」 「……これは俺の見解になるけど、それは厳しいと思う。原因もなくあれだけの暴走を起こしたっちゅうことはふとした事でリミッターが外れかねん。他の子供たちの為にも、しばらくは施設で異能力を扱う練習をした方がええ」 「……そぉか」    頭に浮かんだのはミヤ姉と呼んでミヤを慕う子供たち。ほとんど生まれた時から傍に居る彼らが離れ離れになることを考えると確かに可哀想だが、トントンの言う通りミヤの体のためにもそうした方がいいのだろう。 「こんなこと、異能力者のトントンに言うのはあれやけど……やっぱ異能力なんて要らんな。勘違いの方が良かったかもしれん」    俺がそう言うとトントンは小さく息を呑んだ。隣に座る大先生の体が動揺したように少し跳ねた。トントンの隣のロボロは困ったようにトントンと鬱先生の顔を交互に見た。   「いやでもトントンの異能力のおかげでミヤは助かったんや!そんなこと言うのは失礼やったな!すまん!」 「いや、それはええねんけど……シッマ、」 「分かっとる。ミヤが異能力に目覚めたって喜んでたのは事実や。俺は異能力なんて要らんけど、あいつの異能力はあいつのもんやからそこはしっかり……」 「ちゃうねん、シッマ」    ん?とトントンの顔を見るとその顔はなんとも言えない気まずそうな困惑したような。どうしようかと言い悩んでいるその様子に首を傾げれば、ややあって諦めたようにその言葉は告げられた。    それは、まさに青天の霹靂と言える。     「お前にもあんねん。――異能力が」 「は?」    オマエニモアンネン。イノウリョクガ  お前にもあんねん?異能力が?  異能力がある?誰に?   「俺に?」 「お前に」 「異能力が?」 「異能力が」 「……え、どういうこと俺が火つけたってこと?」 「ぶはっ!」    その笑いは目の前からではなく隣からだった。隣に座る鬱先生は我慢できないというように肩を揺らし、その様子をトントンに、おい、と窘めたられている。すまんな、とロボロに謝られるが俺は全く状況を理解できていない。   「え、すまん全く状況が掴めんのやけど」 「あ〜そうだよな〜。それが本題やねんけどちょっと待ってな?どっから話せばいいかなぁ」    うーん、と悩み始めたトントンに未だ楽しそうに笑う鬱先生。そして困ったように笑うロボロという状況にどうしたもんかと思っていると。深夜に似合わない走っているような足音が廊下から聞こえた。カツカツカツカツと忙しないそれはおそらく革靴かブーツだろうに、その歩き方はまるで子供のようだ。そうしてどんどん近づいてきているその音はこの部屋の目の前で止まる――ことなくそのままドアが開かれた。   「おい!無効の異能力者を連れてきたってホントか!?」 「……グルさん」 「グルちゃん、ほんまどっから嗅ぎ付けてくるん?そういうの」 「あれ!?グルッペンには内緒だったの!?ごめん俺言っちゃったよ」    三者三様の呼ばれ方をされたその男は、俺よりも少しだけ白に近い金髪を顔の左半分だけ下ろし、その身には厳つい黒の軍服を身にまとっていた。軍人らしい体つきといいかなり低いそのバリトンボイスといい、恐ろしくちゃん付けの似合わない男だなというのが第一印象だった。  その存在をまじまじと見ていると、当然のように彼もこの部屋の異分子である俺を見つけ、薄いガラスの奥の黒曜石と目が合った。いや、黒かと思ったが正面からよく見るとうっすらと赤い。そう、その赤はまるで血が滲んでいるような。   「ん?こいつか?」 「コネシマや。シッマでええ。あんたは」 「俺はグルッペン。まぁ適当に呼んでくれ」 「……グルさん、シッマにはまだ俺らのことも本人のことも何も話しとらん。せやからちょっと黙っておこうと思ったのに何してくれてるんですかねぇロボロくん」 「ほんま使えないやつやで」 「うっさいねん!今日割と活躍したやろ!……いやでもほんますまん、知らんかってん……」 「はぁ〜つっかえ!」 「大先生お前昼から賭場で遊んでたん分かってるんやからな覚えとけよ」 「あぁん?やんのかコラおいロボロ」 「鬱、お前そんな金あったのか」 「グルちゃんさすがに俺もそれくらいはあるで!?まぁ財布は忘れたんですけどね!」 「意味ないやんけアホか!!」 「あっはっはっは!!」    親しさの伝わってくるそのやり取りに我慢できず笑えば、きょとんとした8つの目が向けられた。それに応えるように、お前らおもろいなぁと本心を零せば、鬱先生に大声で突っ込んでいたトントンは少し気恥しそうに咳払いを一つした。   「と、とにかくグルッペンは置いておいて話を戻すで、シッマ。さっきの話やけど……」 「あぁ。俺に異能力がある、って話やったな。残念だけど生まれてこの方そんなもんには覚えがないで」 「俺らもまだ確信は持ててない。けど、ほぼ間違い無いと思っとる。……自分じゃ気づいとらんかもしれんけど、ミヤちゃんの火を消したんは間違いなくお前やで、シッマ」 「?どういうことや、あれはトントンがミヤの異能力をコントロールしたからちゃうんか……?」 「それも含めてちょっと試したいことがある。そのためにこっちまで来てもらってん」    ロボロ。そこまで話したトントンがそう声をかけると事前に話は伝わっていたのか、ロボロは心得たとばかりに頷き返す。その瞬間、俺の身には信じられないことが起きた。   『シッマ、聞こえる?』 「ぉうぇえ!?」    突然頭の中に響いた声。耳で聞くのとは違う直接脳に届くそれは今まで経験したことの無い感覚で違和感が凄い。思わず逃げるように体を引けば座っていたソファがガタリと音を立てた。   「な、なん、や。今の」 「聞こえたみたいやな」 「驚かせてすまん。今のが俺の異能力、まぁ所謂テレパシーみたいなもんかな」 「はぁー……テレパシー……。……そっか!だから大先生あの時……!」 「ん?僕?」    あれはドルクが酒場に駆けつけるほんの少し前。明日も会おうとそう約束しようとしたその時に大先生の雰囲気が変わったことを思い出した。   「酒場で俺と飲んでた時、ロボロからテレパシーが来たやろ。なんや急になんか聞こえたみたいな顔しとったから何かと思っててん。やっと分かったわ」 「……テレパシーがきても周りにはバレへんように平然と聞けって教えませんでしたかねぇ?」 「えっ!?嘘やん!僕反応してなかったで!?」    トントンに怒られ慌てて弁解する鬱先生は確かに大きなリアクションはとっていなかった。酒場で他にそれに気づいた者はいなかったし、俺が気づけたのも正面に座っていたからだろう。 「あ、せやで。反応はしてない。ただなんかな、雰囲気が変わった気がしてん」 「ほぉ」 「まじか……。シッマ、お前すごいな……」  嬉しそうに呟いたグルッペンと、目を見開いて驚いたように俺の方を見る鬱先生。なんだか分からないが褒められてしまった、が俺はそんなことよりももっと驚いていたことがあった。   「っていうか、ロボロも異能力者だったのね……。いやすごいわ……」 「ん?……あぁそっか。シッマ、実は俺達はな」    ズレてしまったソファを直して座り直していれば、ふっと頭に影がかかった。何かと見上げるとそこには楽しそうな笑顔を浮かべるグルッペンが。いや、愉しそうと言った方が似合うだろうか、無邪気とは正反対の邪悪とも言える笑顔がそこにはあった。  急にどうしたんだと、俺の声が喉から出るよりも早く、その自己紹介は厳かな声で告げられた。   「俺達は、異能傭兵団『我々』だ」          小さい頃は子供らしくヒーローに憧れた。俺は炎や雷や超能力をバンバン使って、悪い奴らをやっつけて、そしていつか皆から憧れられるような一国の王になろうと。本気でそう思っていたのだ。  異能力者は世界の総人口の約15%しか存在しない。現実はシンプルで、俺には何の力もなかった。まぁそれは仕方ない、幸か不幸か俺の生まれ育った国は辺鄙な田舎で、異能力者なんて空想上の生き物みたいなものだったから、諦めもついた。  初めて見た異能力者は生意気な後輩だった。異能力に対する憧れはまだ残っていたが、俺は異能力者にも負けてないぞという自信もあった。  そして昨日。異能力の恐ろしさを初めてこの身に感じた。異能力とはただ便利な力ではないのだと、ミヤの苦しそうな顔を見て痛感した。胸の中にほんのわずか残っていた憧れが消えて、異能力なんて要らないと初めて思った。       「異能……傭兵団……?」 「そうだ。異能力者だけが集まった傭兵団、それが我々だ」    自慢げな声とともにバッと広げられた両腕の先、自然と目線がいったのは先程まで隣に座り、数時間前は一緒に酒を飲んでいたその男。賭場で負けていた時は情けなくてみんなに笑われていたその男が、まさか。サラリと流れる黒髪の奥、紺の瞳を細めて、まるで謝罪でもするかのように、鬱先生は俺の予想を肯定した。   「せやねん。僕も異能力者や。……勿論グルちゃんもな」 「そうやったんか……悪いけど、初めて聞いたわ。『我々』なんてもん」 「謝ることは無い。それは当たり前のことだ。なぜなら、非異能力者達には俺たちの存在は隠されているのだから」    堂々と言われたその言葉に目を丸くする。傭兵なんて仕事があってなんぼだと言うのにどういうことだ。この世界の約85%を占める非異能力者からの依頼が来ないとなれば、仕事はだいぶ減るだろう。   「存在を?……そりゃまたなんでそんなことしとんねん」 「詳しい話は長くなる。それに、まだお前への確認は終わっていないのだ。……トン氏」 「はいはい」    グルッペンに名前を呼ばれるとトントンはすっと立ち上がった。そして、すまんな、と俺に声をかけるとそのまま目の前にしゃがみ込み、膝に置いていた右手をそっと握りこんだ。   「え、何しとんねん」    さっきの緊急事態とは違いなんでもない時に男に手を握られる趣味はない。嫌そうな顔でもしていたのか俺の顔を見て大先生とロボロがプッと吹きだし、トントンは困ったように笑った。   「お前……俺の異能力教えたやんけ。傷つきますわぁ」 「お、おぉ!?トントンお前俺に使う気か!?」 「そんなビビらんでも何もせんわ。お前は俺の言う通りに考えとったらええ」 「び、ビビっとらんわ!おっしゃこい!」    空いた左手で胸をドンと叩けばついにグルッペンまでもが吹き出した。鬱先生あいつ面白いな、せやろ?グルちゃん好みだと思ってん、流石だ。二人のやり取りが聞こえてきて思わず顔を顰める。なんだグルッペン好みとは。素直に喜んでいいのかわからない評価だ。   「ほら、こっち集中せい」 「ん?お、おう」    二人の方へ気を散らしていたのがバレたのかトントンにぐっと手を引かれて意識を戻される。真剣な瞳に答えるように一度しっかりと頷けば、よし、とトントンも深く頷いた。そうしてトントンの口から発されたのは、俺にあると言われた異能力に対する説明だった。   「ええか?お前の異能力は相手の異能力を無効化する異能力、やと俺らは思っとる。ミヤちゃんの火が消えたんはあの子が自力で消したんとちゃう、お前があの子の異能力を打ち消したんや」 「俺が……、異能力を……」 「そうや。あの時、ミヤちゃんの手を握ってお前が言った言葉を覚えとるか?」    あの時。とにかく彼女を助けようと必死だった。いつも元気に笑っていた幼いあの笑顔が異能力なんかのせいでもう見れなくなるなんて、そんなことあっていいはずがないと。彼女がこんな異能力を持っていなければ、俺がもっと彼女の異能力を知っていてやれば、そう強く思った。   「……異能力なんかに負けんな、異能力なんかおまえにはいらん。そう言うた」  「そうや。その時お前の頭の中には確かに火が消えるイメージがあったはずや。ミヤちゃんが火を消すイメージでもいい。今度はそれを、ロボロにやってくれ」 「ロボロに……?」 「さっき頭の中に声が聞こえたやろ。どんなイメージかは人それぞれやけど、それを封じ込むとか防ぐイメージや。火事の時と同じように俺の異能力で補助するから、とにかくやってみい」 「封じ込む……。イメージ……。」    いつの間にかロボロもグルッペンも鬱先生も、みんな揃って真剣な顔でこちらを見つめている。自分に異能力がある、なんてまだ信じられないが、ここまで期待されてやらないなんて男じゃない。集中するようにぐっと目を閉じた。  頭の中に直接響くロボロの声は、俺のイメージだとおでこにピピピってなんか電波みたいなもんが飛んでくるイメージ。それを封じ込む、にはちょっと出所のイメージが足りないから、意識としては防ぐ感じ。おでこの前にかっこいいバリアを想像する。そこに電波が飛んできて、俺のバリアに阻まれて消える、イメージ。   「ええで」 「よっしゃいくぞ。そのまま集中してな……。……ロボロ」    息を一度深く吸って、吐いた。  トントンに名前を呼ばれたロボロが一度頷いて、俺の方を向き同じように目を瞑る。   「いくよぉ〜」   『              』     「ど、どうなん……?」    沈黙を破ったのは初めて聞いた時並に情けない鬱先生の声だった。トントンやロボロも息を呑んで俺の方を見つめてくる。  俺にはロボロの声は何も聞こえなかった。まだ終わっていないのかと思ったが、この顔を見るにどうやら成功したということなのだろう。だから俺は彼らを安心させてやろうと、いつも通り笑った。   「はっはっは!!勝ちましたわ!プロ結果!!いやぁ、なんも聞こえんわ!やれば出来るもんなんやなぁ。っていうか意外と地味なんだね?俺もっとオーラみたいなのが出たりすんのかと……」 「シッマ」    話を止められ、名前を呼ばれた鬱先生の方を見れば、てっきり笑顔かと思った彼は何やら苦虫を噛み潰したような顔をしている。なんだ。俺に異能力があって嬉しいというわけじゃないのか。揃いも揃って似たような顔をしている四人の方を見て首を傾げれば、グルッペンがゆっくりと口を開いた。    「お前にはまだわからないことが多いだろう。詳しいことを話すと長くなる、と言ったがそれを今から話す。これから俺が話すことは全て事実だ」    黒に赤が滲むその瞳は真っ直ぐに俺を見つめてくる。   「そして、全てを聴き終わったお前には、一つ覚悟を決めてもらう」 「覚、悟……?」 「そうだ。お前にとっては辛い選択になるかもしれないが、これが俺達の考えうる最良の案であることを理解して欲しい。お前にとっても、俺たちにとっても、そして世界にとっても」 「ちょ、ちょ待てや。何の話やねん。選択?覚悟?世界……?は、話が大きすぎてわけわから……」 「事態はお前が想像しているよりも大きく、そして複雑だ。だがお前は一番の当事者としてこの話を理解しておく必要がある」    グルッペンはゆっくりとソファに腰掛けて足を組んだ。その立ち居振る舞いはなんだか幼い頃に夢見た一国の王にも見えて、変な緊張から唾を飲み込んだ。そして彼の低い声は、ゆっくりとこの部屋を支配する。   「さぁそれではしばし、お付き合い願おう。異能力者達にとって、この世界がどういうものなのか」      [newpage]     「まずコネシマ。お前が異能力者について知っていることを言ってみろ」 「そんな事言われても、ほぼ知らんで」    教師然としたその言い方は、これから授業でも始まるかのようだった。だが自分が無知なのは昨日だけで嫌という程分かっている。ましてや自分が当事者となった今、異能力について知らないでは済まされないだろう。そう、これは確かに、授業なのだ。   「……異能力っていうのは生まれ持つ超能力みたいなもんで、世界の人口の大体15%くらいが異能力者。国に登録することで非異能力者との住み分けがされて両者が安全に暮らせるようになってる。異能力と非異能力者の素質の違いは未だ解明されておらず、なぜ異能力が発現するのかも分かってない。そんで、こっからは昨日知ったことだけど使うのにはリスクがあったり、それぞれ異能力によってLvが決められてる。……そんくらいかなぁ、うん」 「ふむ、なかなか知っている方だぞ。だが重要なのはその後だ」    グルッペンは俺の答えを聞いて楽しそうに笑うと、黒手袋に包まれたその指を三本立てた。   「異能力者の生き方は大きく三つに分けられる。さて、それはなんだと思う?」 「生き方?……せやな、まぁ普通に考えたらあんたらみたいに異能を使って傭兵やらなんやらやるんちゃうか?」 「そう、それが一つ目。『異能力を活かして仕事をする』。これはある程度高Lvの異能力を自力でコントロール出来ていることが必須条件だ。さて、そうすると?」 「もう一つは……低Lvの異能力者か」 「そうだ。Lv1や2の異能力は多少便利に使えてもおよそ専門で仕事を出来たり、非異能力者に深刻な被害を与えられるほどではない。その場合は非異能力者に紛れて暮らす者も少なくはない。これが二つ目、『異能力を大きく使わずに非異能力者と共生する』」    なるほど確かにそれは理にかなっている。実際問題テレパシーや瞬間移動なんか使えたら便利だが、大したことのない能力であったら非異能力者として暮らしていけることは俺が身をもって実証済みだ。グルッペンの話に深く頷いていると、立てられた指で残っているのは一本。後は、三つ目の生き方だ。   「となると三つ目は……?」 「これは高Lv、かつその異能力による。そして、それこそがお前の知らない異能力者の世界だ」 「なんやろ。異能力を使って犯罪でもするんか?」 「まぁ当然異能力をくだらない犯罪に使うやつもいるがな」    イメージは瞬間移動して盗みに入ったり、それこそ発火能力で放火したりだが、これでは生き方として他二つに並ぶ答えにはなっていない。うーんと頭を捻っていればグルッペンは俺の答えを待たずに話し始めた。   「パラディース。理想郷なんて大層な名前のついたこの大陸は、そんなものとは程遠い。ここペールのような多くの国々では知られていないが、首都周辺では日夜領土争いが繰り広げられている。そしてその勝敗を付けるのは火薬でも毒でもない。……ここまで言えばわかるか?」 「……まさか」    浮かんだ想像はそれこそ頭の片隅にも浮かんだことの無い世界だった。国同士の争い、そして異能力。それらが意味することは決して笑える答えではなかったが、グルッペンは楽しそうに笑って続ける。   「その、まさかだ。多くの国では高Lvの異能力者を利用する事で異能力を戦争の道具にしている。つまり、三つ目の答えは……」  「『国に道具として利用される』……ってことか」 「ご名答」    パチパチと乾いた音が静かな部屋に広がる。きっとこの前の俺だったらこの話を聞いてもまるで映画のようにリアリティのない話だと思っただろう。だが、今は違う。  年端もいかない幼い少女が簡単に家を一つ燃やせるのだ。もしあの火をコントロールして国王に向けられたら、もしその異能力のLvが4や5だったのなら。恐ろしい兵器になるだろう。   「……でもほんまに異能力者を利用するなんてそんなことが可能なんか?それにそんな高Lvの異能力者が本気出したら、すぐ国なんて滅んじゃうんじゃないの?」 「シッマ、お前なかなか話が早くていいゾ。その通り、今はまだ準備段階。どの国も異能力への研究を進め、その裏ではより強力な異能力者を集めている。まぁいわゆる冷戦状態、だな」 「異能力への研究……?」    嫌な予感がした。異能力について明らかになっていない点、そして国が研究を進める目的、それらを合わせれば見えてくるのは。   「まさか、非異能力者を異能力者にする研究……とかじゃないよな?」 「……ほぉ」    返事はそれだけで十分だった。俺の質問を聞いたグルッペンの楽しそうに笑うその顔が、最悪の想像を肯定する何よりもの答えだった。   「まぁそんな怖い顔をするな。それこそまだまだ夢物語だ。今一番研究の進んでいる国でさえ、『異能力とは何か』ということすら掴めていないのだからな。……だが」    そこで言葉を止めたグルッペンは顔から笑顔を消してまっすぐに俺の方を見た。それはこの話が始まる前に俺に向けられていたのと同じ、真剣な瞳で。    ――一つ覚悟を決めてもらう    頭の中にその言葉が過ぎった。何も喋っていないのに急に喉が渇いて、無意識に唾を飲み込んだ。そうだ、この話にはまだ大事なことがあるはずだ。続きを求めるように見つめ返せば、グルッペンは一度頷いて話を再開した。   「どの国にも強力な異能力者は集まりつつある。しかし、戦争に勝つために必要なものは、それだけではない。先程お前は『異能力者を利用するなんてそんなことが可能なのか』そう聞いたな?……答えは可能だ。とある異能力があれば、な」     『俺の異能力は、簡単に言うと他人の異能の補助やねん。威力を上げたり、コントロールしやすく出来る』      燃える建物の中、そう言った声を思い出してばっと頭に浮かんだ人物に目を向ける。視線の先、座ったまま黙って話を聞いていた彼は、正解というように少しだけ悲しそうに笑った。   「!……トントンか」 「そうだ。トン氏の異能力は『扶助』。国のトップがこぞって欲しがる未だ一人しか発見されていない異能力だ。トン氏さえいればどんな異能力もLvが2つは上になるだろう。つまりは最強の兵器だ。……ついさっきまでは、な」 「?、ついさっき……?」    ドクドクと心臓が走り出す。  嫌な予感とはまた違う。この感覚はなんだ。   「そう。どんな強力な異能力者も意のままに操れる相手。しかし、それに対抗出来る新たなる最強の異能力が、ついさっき、現れた」    グルッペンの口の端が吊り上がる。邪悪なその笑みは見るものを恐怖に陥れるであろう。だが、俺には全く違う印象を与えた。  頬を汗が流れていく。興奮からか恐怖からか、それとも喜びからか。きっと俺も同じように、笑っていることだろう。   「さて、ここまで話せば『我々』がお前の前に正体を現した意味がもう、わかるな?そして、約束通り全てを聞き終えたお前には選択をしてもらおう」    ぎらり、光る瞳は血のように赤い、支配者の色だ。  ゆっくりと立ち上がったグルッペンは俺の目の前で止まった。黒い革の手袋に包まれた右手が、目の前に差し出される。   「お前の生き方は三つある。だが、俺達の考えうる最良の案はこの手を取ることだ。……コネシマよ、お前はどうする」 「……お前らは、何がしたいんや。戦争を止めたいんか?」 「いい質問だ。だが、同時に愚問だな。生憎、俺達は国同士のちっぽけな領土争いにはなんの興味もない。……目指すべきは、ただ一つ!」    そうしてその男は高らかに謳い上げる。  まるでそれが決まりきった未来だとでも言うように、馬鹿みたいな夢物語を。    「異能力と武力を持ってしてこの大陸中を支配し、真の理想郷を作るのだ!!くだらないことを考える研究者共も、小さな野望を追う国王共も、つまらぬ生を終える異能力者共も。全てまとめて、我々の踏みでゃっ、!…………」   「グルさんそこで噛むのはあかんやろ……!」 「めちゃくちゃいいとこやぞ!?」    んん゛っ。トントンとロボロに突っ込まれながら、目の前のグルッペンは咳払いを一つした。それは照れ隠しなのか、それとも興奮を抑えるためか。彼の見た目とはかけ離れたイメージだが、その様子はなんだか子供みたいで笑ってしまう。      異能力なんて知らない。そんなのは限られた15%の話で、俺には関係の無い世界の話だった。  それが今までの人生だ。異能力なんていらない。ヒーローになんて、一国の王になんて憧れずに、この国で生きていく。守るべき子供たちもいる、気のいい友人もいる、過ごしやすい国にいる。今の暮らしに、なんの不満も持ったことは――。     「俺達はまだまだ上へ行く。そのためには、お前の力が必要なんだ。……コネシマ」      キラキラと輝く瞳、興奮から上気した頬。まるで子供が夢を語るような、希望と喜びをいっぱいに詰め込んだ声で告げられたそれは。     『 ――あのね!私、異能力に目覚めたの!』     「……ほんま、ずるいなぁ」 「ん?」    誰よりも残虐で邪悪で、誰よりも壮大で無謀で。  そんな夢を誰よりも楽しそうに語るものだから。     「クソみたいな夢なのに、楽しそうやなぁと思ってまうやん」      胸に広がるのは興奮と、そしてある種の優越感。  世界最強の異能力を持っていると言われて、嬉しくない男がいるだろうか!    ソファから立ち上がり、差し出されたその手を握り返す。  強くしっかりと、自分の意思で。    ロボロは驚いたように目を見開き、トントンは安心したように息を吐き、鬱先生は嬉しそうに笑った。    そして目の前の男は当然だろうと自信満々に言うのだ。   「楽しんでこその、戦争だ」      [newpage]       「ほんま世話になりました。後のことは頼みます」    5年間の礼を込めて深く頭を下げる。余所者だった俺を暖かく迎えてくれた恩に加え、子供たちのことも任せてしまう。だがもう彼らについて行くと決めた事に後悔は微塵もなかった。   「おう。……しかし、ミヤちゃんもお前もいなくなるなんて、寂しくなるなぁ」      あの火事から、4日。  ミヤ以外の子供たちは翌日にはもう退院し、怪我もなく元気に笑っていた。しかしミヤが目を覚ましたのは昨日、火事から三日後のことだった。しかも倒れてからのことは火事も何もかも覚えておらず、何故自分が倒れたのかも分かっていなかった。  幸いにもあの火事がミヤの異能力によるものだということは俺たちしか知らない。俺は火事は放火によるもので、それがミヤの異能力と反応して高熱が出た、ということにしておいた。 「しばらくは隣の施設に移ることになった。燃えたのは外側だけやからみんなの私物は無事や。……工事が終われば、そのうちまた戻れるで」 「そっか……。みんなが無事でよかったぁ……」 「……それで、お前の異能のことなんだけど」    発火の異能力があると分かった今、きちんと国に登録をしなければならないこと。そして異能をきちんとコントロール出来るように、国の運営する施設に行った方がいいこと。他の子達とはしばらく離れ離れになること。最後の一つを伝えると案の定、ミヤは悲しそうにその顔を歪めた。   「私、一人ぼっちになるの……?」 「何言うてんねん、ちょっとの間だけだよ。それに、向こうには同じ異能力を持った子供達に会えるよ」 「でも、コネ兄はおらん……」 「……当たり前やん。俺は異能力なんて持ってないんだから」    そう言うとついにその瞳には水の膜が張られる。慰めてやらないと。大丈夫だと笑って安心させてやらなければ。それがこの5年間の俺の役目だった。  けれど、明日からはもう俺はそれをしてやれない。   「ちゃんと頑張って、あいつらんとこ帰ってきてやれよ」 「っ、…うん……っ!」     「ほんまにええんか?」 「何がや」 「……わかっとると思うけど、傭兵として働くってことは命の保障はないってことやで」 「当たり前やん。そんなん分かっとるわ」 「せやったら、ミヤちゃんとか子供たちに挨拶しといた方がええんちゃいます?」    煙草を吸いながらなんてことないように言うその様子に、彼は俺の事を勘違いしているなと笑ってしまう。   「大先生。案外お前ええやつやな」 「何言うてんねん、普通やこれくらい」 「……せやなぁ」    ならばきっと自分は、普通ではない、のだろう。   「あいつらを守るんが、この国にいる間の俺の役目やった。俺はもうこの国を出るんやから、最後にアイツらに泣かれるのはめんどいねん」    目の前の青い瞳が見開かれる。   「……もう二度と会わへんやつに優しくするのは、効率悪いやろ」    そう言って笑えば、鬱先生は煙草を咥え下を向いたまま黙ってしまった。    さて、こんな俺は引かれるだろうか。  まぁ引かれたところで、それはそれで構わないのだけれど。    伺うようにそちらを見れば、スーツに包まれたその肩は小さく揺れていた。  上下に揺れるその様子は、まさか。   「……なにわろてんねん」 「っくく、……いや、シッマお前、心無いなぁ」  言っていることは確かに悪口で非難のはずなのに。そう言うメガネの奥、楽しそうに細められた三日月はまるで仲間を見つけて喜ぶような。  あぁ、道理で。あんなにも彼と気が合ったわけだ。    この国に住みたいと言った彼に、それがきっと嘘だろうと分かったのは、彼が自分と似ているから。この国に不満はないけれど、決して自分にとって住みやすい所ではなかったから。   「大先生、お前なかなかおもろいやないか」 「シッマお前も、なかなかやるやんけ」 「はっはっは!!せやろせやろ!?」 「ま、知っとったけどな!」    ケラケラと笑う情など無いその姿は俺が憧れたヒーローなんかとは程遠い。でもそれもいいだろう、だって俺はもう馬鹿みたいに夢を語る子供ではないのだから。   「はよせぇ!鬱!シッマ!」 「置いてくよォ〜」 「いいんじゃないか?もう出してしまえ」 「ちょ、ちょっと待ってや今行きますぅ〜!」 「っははは!!待てやお前ら!」    情けない声を出す鬱先生に笑いながら、新しい仲間達が待つところへ駆けて行く。  これから先見る景色がどんなものだろうと、彼らとなら、きっと。     覚悟は決めた。  選択は自分でした。    ならば後はもう、楽しむしかないだろう!      この話の主役は、俺じゃない。      そう、この物語の主役は、     [chapter:我々だ!!]
このジャンルは初投稿です<br />3年前から好きでしたが最近抑えきれなくなってつい書いてしまいました<br />そのうちタグ外すかマイピクにするか検討します<br /><br />狂犬メイン<br /> <br />シリーズ予定の第1話です、よろしくお願いします
第1話『我々だ!!』
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10049384#1
true
設定 比企谷八幡(17) ・総武高校2年[[rb:B > ・]]組所属 ・この2年B組が物凄く良いクラス(暗〇教室のE組みたいに根から悪いという奴がいない) ・ラノベ作家であり、作家名は〝[[rb:水谷 > みずや]] [[rb:八 > はち]]〟 ・今連載しているシリーズがデビュー作であり、現在7巻まで発売中 ・書いているラノベのジャンルは日常系純恋愛物(実体験が入っている) ・アニメ化も決定していて、次の秋アニメで放送予定 ・学校でラノベ作家と知っているのは身内以外では校長、教頭、生活指導の平塚先生のみ ・平塚先生は八幡の大ファン ・雫に小学4年生の時に告白し、まさかのOKを貰った ・今でも雫のことが好きだが、雫が甘え過ぎて過度なスキンシップをとってくることがあるのは少し場所を弁えて欲しいと思ってる ・中学生の時に虐めにあって目が腐った感じになったが、雫と小町に被害がいかなかった為、自身では安心している ・え?折本?只の元同級生ですが何か? ・入学式には雫を起こすのに手間取り、例の事故は起こっていない ・尚、上記の事故はサブレが車の下を通った為、何事も無かった ・ラノベ作家関係の仕事でイベントに行った時に偶然陽乃さんと知り合っている 水野 雫(17) ・総武高校2年B組所属 ・八幡とは小学三年生の時に教室で会う ・一緒にずっと話していたり帰っていたりしていたら八幡に告白された ・別に八幡のことは嫌いでは無かった為、OKした ・今では八幡が自分のことを大事にしてくれている事が分かるため、大大大大大大大⋯⋯⋯⋯⋯大大好き ・容姿は身長が156cm程で、髪は茶のポニテ、顔は10人いれば7人ぐらいが美人と答える ・八幡専属のイラストレーターであり、名前は〝[[rb:比野 > ひの]] [[rb:滴 > しずく]] 〟 ・Tmitterなどで度々絵を上げており、人気のイラストレーター ・ぐ〜たらな性格で、絵を書くのも気分で書く(その絵も物凄く上手い為、心を折られた絵師が複数人いる) ・現在八幡と小学4年生から交際中(親公認) ・学校に居る間は大体八幡と話しているが、普通に女子友達もいる オリキャラ名 ・山梨 健太郎 (男) ・赤石 隆二 (男) ・倉見 春奈 (女) ・東雲 友梨香 (女) [newpage] 〜八幡視点〜 ピピピピピピピピピピピ 八幡「ん⋯うるせぇ⋯」ゴソゴソ まだ眠たい目を擦りながらスマホを探し、アラームを止める 八幡「ふぅ⋯」 ベットから出て1階に降り、リビングに向かう 八幡「小町〜おはよ〜⋯」 小町「あ、お兄ちゃんおはよ〜⋯また遅くまで書いてたの?」 小町が言っているこの『書く』というのは、学校の宿題などでは無く、社会に売り出されるラノベのことだ そう、俺はラノベ作家だ⋯一応、そこそこ人気はある⋯筈 八幡「おう⋯西田さん(担当)に締め切り厳守って言われたからな」 小町「他の作家さんは一年開いても新刊出さないこともあるのに、お兄ちゃんは6ヶ月以内には出すもんね〜」 八幡「それに⋯早いこと仕事を持っていかないと⋯あいつがリアルニートまっしぐらだ」 小町「まだ学生だからニートでは無い筈なんだけどな〜⋯」 俺と小町が言ってるあいつというのは、俺のラノベの担当イラストレーターの水野 雫のことだ あいつは基本的にベットから寝て動かない⋯だから、毎日起こしにいかないといけなくなる チ━━ン 小町「あ、焼けた」 八幡「小町は味、どうする?」 小町「ん〜⋯バターで」 八幡「了解、んじゃ⋯俺もバターでいっか」 小町と協力して朝ご飯をテーブルに置き、手を合わせる 八・小「「いただきます」」 俺と小町はバターが塗られたパンを食べ始めた 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 兄妹朝食中⋯ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 八幡「ごっさん⋯さて、作るか」 小町「お弁当?」 八幡「おう」 俺は雫と自分の分の弁当を作っている。何故か?雫がそれが良いと言ったからだ⋯正直おばさんに申し訳ないが 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お弁当作り中⋯ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 八幡「よし、出来た」 小町「あ、洗い物はしとくから出来るだけ早く雫姉起こしに行ってあげて〜」 八幡「おう、いつもすまんな」 小町「いやいや〜雫姉とお兄ちゃんのことを考えたら当たり前の事だよ〜」 小町は俺が雫を起こしに行くのを早くする為にいつも洗い物をしてくれる。朝ご飯を作るのは大体一緒なのだが 俺は階段を上がって自分の部屋に入り制服に着替え始める オ~ネガイ~シ~ンデレラ~♪ 八幡「お?電話?⋯っておばさんか⋯」ピッ 雫母『もしもし?』 八幡「もしもし、おはようございます、おばさん」 雫母『おはよう八幡君、その⋯悪いんだけど雫今日⋯』 八幡「あ、雫今日日直でしたね」 雫母『えぇ⋯だからその⋯直ぐに来れる?いつも通り私だと雫起きなくて⋯』 八幡「はい、もう着替え終わってるので直ぐに行けますよ?」 雫母『いつもごめんね⋯』 八幡「いえ、大丈夫です⋯それじゃ、直ぐに行きますね」 ピッ 八幡「⋯⋯行くか」 ガチャ 俺は自分の部屋から出て1階に行き、小町に声をかける 八幡「それじゃあ俺は雫起こしてそのまま学校行くわ〜」 小町「分かったー!行ってらっしゃーい!」 八幡「行ってきまーす」 ガッチャ 家を出て学校に向かう⋯前に、歩いて5分ぐらいの所にある雫の家に向かう 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 青年移動中⋯ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ピーンポーン 『あ、八幡君ね。どうぞ』 俺は鍵をドアに指して鍵を開け、お邪魔しますと言ってから靴を脱いで階段を上がる ⋯え、なんで雫の家の鍵を持ってるのかって?⋯⋯ほぼ毎日起こしに来てるから鍵貰ったんだよ⋯ 『雫のへや』と書いてある部屋をノックしてから、何も反応が無いのを確認してからドアを開ける そこには⋯ 雫「⋯ふにゅ〜⋯zzZ⋯」 服が少しはだけ、掛け布団を蹴飛ばし、枕とは逆の位置に頭を向けている雫の姿があった 八幡「はぁ⋯相変わらず女子とは思えない寝相だなおい⋯」 好きだから別に良いというのは思っていても絶対に言わない 八幡「おい雫、起きろ⋯」ユサユサ 雫「うにゅ〜⋯あと30分⋯zzZ⋯」 八幡「だから寝るなって⋯今日お前日直だぞ?」ユサユサ 雫「ふにゅぅ⋯はちみゃん⋯?」 八幡「おう」 雫「⋯八幡がキスしてくれたら起きる⋯」 八幡「⋯⋯起きてるだろ雫?」 雫「起きてませ〜ん⋯」 八幡「⋯⋯⋯起きなかったらこれから勉強教えてやらないぞ?」 雫「⋯むぅ⋯分かったよ⋯」ゴソッ 雫はベットから立ち、ノロノロとドアに向かった 雫「あ、そうだ」 八幡「⋯?」 雫「⋯⋯⋯」スタスタスタ 雫が無言でこちらに歩いてくる 雫「⋯⋯⋯」ガシッ 八幡「ちょ⋯雫朝ごは⋯んむ!?」 なんと、雫は腕を俺の肩にまわし、背伸びしてお互いの唇を合わせてきた⋯⋯所謂、キスだ 雫「んちゅ⋯⋯ぷはっ⋯うん、これで充電完りょー!」 八幡「充電完了じゃねぇよ雫⋯学校では絶対やるなよ?」 雫「フリ?」 八幡「違うに決まってんだろ」 雫は先程の様に唐突に充電と言って俺の唇を奪ってくる⋯⋯それも、中二の時からいきなり 八幡「はぁ⋯取り敢えず、おばさんが朝ご飯作ってくれてるから、降りるぞ」 雫「あいあいさー」 雫はドアから出て走って階段を下っていった 八幡「ころぶなよー⋯ってもう聞こえないか⋯」 俺も階段を降りた [newpage] 雫「いってきまーす!」 八幡「お邪魔しました」 雫母・父「「いってらっしゃい」」 ガチャン 八幡「さっきも言ったけど、今日お前日直だからな?」 雫「えぇ!?ホント!?」 八幡「起こしに行った時も言っただろ⋯それにいつもより早く登校してんだろーが」 雫「お、それもそっか」 俺と雫はいつも通り話をしながら一緒に歩いて登校している⋯そして、この時にいつも出る話が⋯ 雫「ねぇ、今回の巻の分、いつ出来るの?」 八幡「丁度昨日書き終わった所だ」 そう、いつ書き終えてくれるのかという質問だ⋯今回は書き終えてたから何も無かったが、いつもは書き終えて無いので急かされる 雫「お、ホント?!」 八幡「おう、今回の巻は昨日の書いた所までで終わりだ」 雫「私はもう書き終えてるから⋯1回帰ってから西田さんの所行こっか」 八幡「そうするか」 雫には予め決めているプロットの段階で書いて貰ってる⋯偶に修正しなくちゃいけなくなる時があるが⋯ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 総武高校に着き、2年[[rb:B > ・]]組に入る ガラガラガラガラガラガラ 雫「おっはよー」 春奈「あ、雫おはよー。八幡もおっはー」 健太郎「うぃっす八幡」 八幡「おう」 隆二「相変わらずそっけねーな」 八幡「ほっとけ」 友梨香「安定の夫婦での登校だねー」 雫「ふ、夫婦じゃないよ!⋯マ、マダ⋯」 健太郎「くっ⋯相変わらず八幡が羨ましい⋯」 隆二「大丈夫だ、お前には一生彼女なんか出来ないから」 健太郎「んだとー!」 隆二「⋯八幡も何か言ってやれ」 八幡「⋯⋯ご愁傷さま」 健太郎「ちくしょー!彼女持ちが言うとめっちゃ心にくるー!」 ⋯正直、一年間と少し⋯このクラスで暮らしてきて、ある程度人間関係の考え方が変わった このクラスにはただただ良いクラスだ⋯[[rb:普 > ・]][[rb:通 > ・]]に良いクラスなのだ ある程度騒ぐ奴がいて、馬鹿な奴がいて、物静かな奴がいて、イケメンな奴がいて、オタクがいて、性格がゲスい奴がいる ⋯⋯それでも、全員が全員を認めているのだ、『あぁ、こいつはこういう奴なんだな⋯まぁ関係ないや!』みたいに話しかけてくる奴しかいない まぁ、取り敢えず『良いクラス』なのだ 雫「あ、八幡お弁当頂戴?」 八幡「あ、忘れるとこだった」ゴソゴソ 渡さないと雫にキスされる⋯学校ではゴメンだ 八幡「ほい」 雫「ありがとー」 友梨香「⋯⋯毎回思うんだけどなんで八幡君がお弁当を⋯?」 雫「お弁当だと八幡が作ってくれた方が美味しいんだよね〜」 健太郎「⋯母親より?」 雫「うん」 春奈「⋯マジでか⋯」 隆二「そういや八幡、家庭科の料理の評価は満点だったような⋯」 春奈・友梨香「「(女として負けた気がする⋯)」」 今更だが、俺がこのクラスで大体いつも喋っているのがこのグループ 俺,雫,ケン(健太郎),隆二,春奈,友梨香の6人のグループだ ⋯まぁ、俺が雫と小町以外で唯一下の名前で呼ぶ奴らだ 中学時代の俺が見たらきっと驚くに違いない、『雫と小町の2人以外入ることが出来なかった領域に入ることが出来なかった奴らがいるから』な 春奈「ん〜私も彼氏欲し〜な〜」 健太郎「お、なら俺と⋯」 春奈「いや、ケンは無いわ」 健太郎「ぐはぁっ⋯」orz 八幡「ケン、春奈とこのやり取りするの何回目だ?」 友梨香「10回目ぐらいじゃない?」 隆二「⋯だから諦めろって」 雫「⋯私、日直だから行ってくるね」 八幡「おう、行ってこい」 雫が日直で行ってからしばらくして、俺と雫にとっては冷や汗が出る話題が出た 健太郎「あ、そうそう」ゴソゴソ 春奈「?どしたのケン」 健太郎「このラノベ知ってる?」スッ そう言ってケンが取り出したのは⋯ 友梨香「あ、“小学生”ね。私が唯一持ってるライトノベルよ」 春奈「私も持ってるよー!“小学生”!読んでて楽しいよね!」 隆二「昔読んだな⋯もうすぐ最新刊が出そうだが」 俺と雫の作品、『小学生で付き合い始めたけど未だに別れる気配が無い件』だった⋯ 八幡「(なんで寄りにもよってそれチョイスしてんのーーー!!!)」 俺は冷や汗をかきながらも会話に混ざることにした⋯こうしないと怪しまれるからな⋯ 八幡「そ、それってそんなに人気なのか?」 隆二「お、なんだ八幡知らないのか?ラノベ良く読んでるお前なら知ってると思ってたんだが⋯」 八幡「お、俺は純恋愛物余り読まないからな⋯な、名前は知ってたけど」 春奈「この『小学生で付き合い始めたけど未だに別れる気配が無い件』、最近テレビでも取り上げられてたよ〜?」 友梨香「あ、それ私も見たわよ⋯あれじゃあ“小学生”の魅力を全然引き出せてなかったけど⋯」 健太郎「友梨香の“小学生”愛が凄いな⋯まぁ言いたいことも分かるぞ?俺もこのカップルは爆発してほしくないって思ったしな」 春奈「イラストも可愛いよね〜」 ギャアギャアギャアギャアギャアギャアギャア 八幡「(やべーよ!さっきから絶賛されすぎて嬉しすぎる!⋯この顔は見せたら駄目だ見せたら駄目だ⋯!)」 俺が机に頭をガンッと打ち付けながら恥ずかしいのを抑えていると、救世主が現れた 雫「たっだいま〜なんの話してるの〜?」 友梨香「おかえり雫⋯これの話をしてたのよ」スッ 雫「どれどれ〜?⋯⋯!?!!?」 健太郎「ん、どうした雫?」 雫「い、いや〜なんでもないよ!⋯ちょ、ちょっと八幡⋯」 八幡「お、おう⋯」スゴスゴ 4人『??』 [newpage] 俺と雫は一旦教室の端まで行き、しゃがんでからヒソヒソ声で話し始めた 偶に俺と雫はこうやって秘密の話をする時には教室の端まで行って話す⋯結構な頻度であるので4人はもう話を再開している 4人はまだ“小学生”の話をしているみたいだ 雫「(ね、ねぇ⋯ケンが持ってたの、“小学生”だよね?)」 八幡「(おう、ありゃ完全に俺達のラノベだ)」 雫「(離れてた時にも会話聞こえてたけど⋯絶賛してくれてたね⋯)」 八幡「(⋯俺達のことを知らないのは当然なんだが⋯そのせいですっげぇ恥ずかしいな⋯)」 雫「(うん⋯)」 八幡「(⋯⋯そういや今度イベントでサイン会あったよな?顔隠して出るやつ)」 雫「(夏休みのイベント?)」 八幡「(おう⋯目立つのは嫌だが⋯顔出し、するか?)」 雫「(えぇ!?わ、私は良いけど⋯八幡は大丈夫?)」 八幡「(⋯⋯⋯いずれ、どこかで顔出ししなきゃなんなくなるだろ⋯それが早くなるだけだと考えれば良い)」 雫「(そっか⋯ちょっと変わったね、八幡)」 八幡「(そうか?)」 雫「(うん、小学生の頃は兎も角、中学生の時はずっと目立たない様にしてたから⋯)」 八幡「(⋯もうそんな我儘を言えないんだよ、一応社会人の仲間入りをしてる訳だしな)」 雫「(⋯まぁ、そういうことにしておくよ⋯それじゃ、先生も来るだろうから席戻ろ?)」 八幡「(おう)」 俺と雫は4人の所に戻った 雫「話し合いは終わったよ〜」 八幡「またせたな」 隆二「えらく今回は長かったな⋯まぁいいや」 春奈「もう見慣れたしね〜」 四人の所に戻ってから数分後、先生が来た 先生「それじゃ先ず連絡な〜、図書館事務員の奥村さんから⋯⋯」
<br />夏休み小説企画第六弾!<br /><br />オリヒロです!<br /><br />夏休み終わるまでにラブライブクロス書けるかな⋯プロットは出来てるけど⋯<br /><br />今回のオリヒロは続きは脳内では出来てるんだよな〜⋯
ラノベ作家の八幡と相棒兼彼女のイラストレーター
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10049405#1
true
! キャプションは読んできただけましたか? 夢小説につき、オリジナル夢主が出て来ます。 キャラ崩壊、解釈違いがあります。 原作うろ覚えです。 誹謗中傷はご遠慮ください。 誤字脱字は報告いただけると幸いです。 それではよろしくお願いします。 [newpage] 完全に油断をしていた。今まで2、3週間に一度しか来なかったので、まさか昨日来て今日も来るとは思っていなかった。なぜいつもと違う行動をするんだ安室さん!と言いたかったがブーメランが飛んできそうだったのでやめておく。 「......」 「......」 お互いに無言が続いた。5分くらいお互いに無言だったんじゃないかと思う。いや実際にはそんなに時間は経って無いかもしれないけど。でもこのお互いに目線だけで探り合い、相手の出方を伺う空気は非常に重かった。私がこの状態で口火を切れるわけがない。いくら記憶が戻る前の私より脳内がマシとは言っても、安室さんの頭脳に勝てるわけがないのだ。私は凡人である。ここは安室さんの出方を見るしかない。 さあどう出るんだ?さっきの独り言を聞かなかったことにして、いつも通りの完璧な彼ピをしてくれるのか、お前何者だと問い詰めてくるのか、それとも私の予想の斜め上で来るのか。いずれにせよ、私は自分の話術で安室さんの思考を誘導出来るわけがない。下手にそんなことをすると絶対足を掬われる。基本私は負け戦はしないのだ。 「......こんばんは。すみません、勝手にお邪魔して。昨日さくらさんがお料理を頑張ると言っていたので僕もすこしお手伝いしようかと思ってきたんです」 どうやらいつも通りの安室さんで通すみたいだ。今のところは......というのは早計だったようだ。口調はいつもの安室さんだけど、目は鋭い。降谷さんが出てますよ! 「こんばんは、とーるさん!振り返ったらとーるさんが居るから、さくら吃驚しすぎて口から心臓が飛び出ちゃうかと思った!」 「ははは、すみません。......お料理手伝おうと思ったのですが、僕は必要なさそうですね」 「えー、そんなことないよ。とーるさんより全然下手だし!」 そう私は確かに料理はできるが、上手いわけではない。まあ記憶が戻る前の私よりかなり上手いが......。というか安室さんを前にすると、料理人以外太刀打ちできないんじゃないだろうか。 「でも一通りは出来ているみたいですよ。この酢は人参のアクとりに使ったんですよね」 出しっぱなしの酢を見たあと私が作った料理たちをざっと見て、人参の胡麻和えに使ったんだろうと推測する安室さん。すごい。 今絶対、この子アクとりとか知ってたんだとか思ってるよ。今の私には安室さんの考えていることが手に取るようにわかります。 「すごーい!さすが探偵さんだね。さくらねー、クッ〇パッド見てそれ通りに作ってみたの!」 「そうですか......。でも、今さくらさんスマホ持ってないですよね。紙に印刷してるわけでもない」 「とーるさん、何が言いたいの?さっきから何だか顔が怖いよ~」 やばい意図せず煽ってしまった。 「いえ、どういうトリックかと思いまして」 「トリック?」 「はい。つい3週間前まで料理も掃除もできなかったのに、急に料理や掃除ができるようになるなんて...と」 「それはとーるさんが来ない間ずっと練習してたからだよ!さくら、とーるさんといつか結婚できるようにって、頑張ったの」 「結婚...ですか」 「うん!さくらお嫁さんになるのが夢だったの!」 「ホォー、『会社を潰してもらう。それを確認でき次第、転職&引っ越しをして安室さんの前からフェイドアウト!完璧じゃない私。天才だわ!』」 徐にジャケットの内ポケットからボイスレコーダーが出て来たかと思えば、先ほどの独り言が私の声で流れた。 「......」 やっぱり公安超こわい。やだ何この人。 「僕の前からフェイドアウトするつもりなのに、僕と結婚ですか?」 「......」 「単刀直入に聞きましょう。貴女は何者ですか。どこまで知っているんですか」 「とーるさん、さくらよくわからない」 「早く答えてください」 穏やかに何事もなかったかのように終わると思ったのに、そうは問屋が卸さないってか。私との一定の距離を取りながら質問してくる安室さんはもはや降谷零で、ポアロのアルバイターでも探偵でもなく公安警察だった。まあ普通に考えて3週間前まで何も出来ず化粧もケバかった女が、掃除や料理をしてあげく意味深なことを言ってたら不審に思わなければおかしい。 これは完璧に私の落ち度である。仮に、今日安室さんがここに来なかったとしても、降谷零であるならば私のスマホや部屋に盗聴器や監視カメラを付けていてもおかしくない。それなのにほぼ確信に至るような発言をこの家でしてしまったのは完全に悪手だ。相手は公安警察の降谷零なのだから。 「パパが...」 「パパ?」 「パパがね、さくらが働いている会社が良くないことをしてるからその会社で働いて情報をとーるさんに渡して欲しいって」 「......」 ええい、ままよ!確か、私の父は何かしら権力を持っていたはず!とりあえずそれっぽい回答をしておいて、後で口裏合わせるように連絡すれば...。もしそれで父に協力を仰げなかったらそれはその時考えよう。今この安室さん、いや降谷零と2人きりの空間はまずい。どんどんボロがでて取り返しのつかないことになる未来しか見えない。もしそうなったら家族に多大な迷惑をかけることになる。娘が某犯罪組織の関係会社にやばいとわかっていて(頭ぶつける前まではわかってなかったが)働いていると知られれば、父が何をしているのか知らないがその地位が危なくなること必至である。降谷零のことだ、今回の件で上山さくらを泳がしておくとは考えられない。少なくとも今ここで私が警察に連れていかれることは回避しなければ。 「貴方のお父様のお名前は?」 「○○○○」 「!......いや、まさか。......今から連絡を取っていただいても?」 私のパパはどうやら安室さんも知っている人物らしい。え、じゃあもしかして警察関係者?......あの言い訳もしかして私の父が不利になる発言だったりするのだろうか。どうしよう。 「うーん、今日は忙しいから電話に出れないって言ってたから...明日だったら大丈夫だと思う」 「では明日また来ますから連絡してください。で、さくらさんは僕のことをどこまで知っているんですか?」 「どこまでって?」 「僕が普段何をしているか、ですよ」 「え?ポアロでアルバイトと探偵さんでしょ?」 「その話し方、もう結構ですよ。さくらさん本当はそんなキャラクターではないのでしょう?」 「今日のとーるさんなんだかとっても怖い」 「......」 「......」 お互い見つめ合って無言が続く。どう考えたって一般人の私が降谷零の視線に耐えられるわけがない。いいじゃないか、ちゃんと結果的には情報を渡していたんだから。しかも途中で多少なりともまともな頭の私になったのだから。 どうしたものかと考えていると、安室さんのスマホが鳴った。 「とーるさん、出ないの?」 「......」 私の質問に無言で返すと、話が聞こえない場所まで移動し電話に出た。 「ああ、分かった。すぐに戻る」 そーだそーだ、早く庁舎にお帰り。そしてさっさと家に帰って休んでください。 が、しかし。私は今上山さくらだ。 「とーるさん、お仕事?」 「はい、すみませんがこの続きはまた明日。夜に伺います」 キタ!今!!ここで!!!私の演技力が試される!!!! 「えー、さくらとお仕事どっちが大事なのぉー?」 あ、やばちょっと顔が笑っちゃう。 「半笑いで言うの止めてもらっていいですか」 真顔で見下ろしながら言われた。 ばれてら。だって無理でしょ、笑うわこんなん。 安室さんは私を蔑むような顔で見下ろしてくる。初めて見たわそんな顔。 「ねー、さくらとお仕事どっちが大事なのお!」 そう言って安室さんの腕をつかみ左右にブンブン振る。私は挫けない!挫けないぞ! ぷぷ、やば。もはやこれは安室さんに対する嫌がらせ以外の何でもない。 「もちろんどちらも大切です」 「そうじゃなくて!」 私がなお、さくらとお仕事ryを続けていると、いつものにっこり優しい笑顔になり私の頭をなでた。おいふざけんな。 「貴女には色々と聞きたいことがあります。必ず明日貴女のもとに伺いますから、それまでいい子で待っていてくださいね」 世の中の女がみんな頭なでなで好きだと思うなよ。そう思い、安室さんの手を頭から退けようとしたが、かなり強い力で退けることができなかった。顔がバーボンになっていたぞ。いや、今まで見たことないけどね。 では、 と、ドアがガチャンと鳴って安室さんは私の部屋から出ていった。 「嵐がくるな」 [newpage] あのあと急いで私は周りに人がいない公衆電話へ行った。なぜか上山さくらの記憶には公衆電話の場所がインプットされていた。私が持っている彼女の記憶には公衆電話を使った記憶は無いのだけれど。もしかすると私の記憶は完ぺきではないのかもしれない。そして、背中を冷たい汗が伝った。 もしかして記憶にないだけで人を殺したりしていたのだろうか。 電話を掛けようと握った受話器を持つ手が震える。 いや、まさかそれはいくら何でもないだろう。上山さくらは確かにあの組織の関連会社で後ろめたい書類を作っていたが、そこに悪意はなかった。ただ仕事として淡々とこなしていた...でも、上山さくらが人を殺す時に悪意を持たず、殺せと言われればためらいなく殺せる人間だったとしたら......?私の上山さくらの記憶は完全ではないから、その可能性が無いとは限らない。もし、ここで父に連絡して協力を仰いだとして、もし上山さくらが殺人を犯していたら私の口裏合わせに協力した父の立場がさらに危うくなる。 でも降谷零には父に連絡すると言ってしまった。名前も告げてしまったから特定されるだろう。しかしなぜ降谷零は私の父の名前を聞いて驚いたのだろうか。彼なら私の家族を調査するなんて容易いだろう。だが知っているのにあの反応はおかしい。演技ではなく本当に驚いているようだった。となると私が父の名前を出すとは思わなかったのか?それとも、知らなかったのか。でもそんなことあるのだろうか。彼のことだ、自分の周りの怪しい人間は調査するはず。ということは......。 考えるのは後にしよう。いくら夜とはいえどこに人がいるかわからない。一応誰もつけてきては無いようだけど。 「はい」 年配の男性の声が聞こえる。 公衆電話からかけたから、電話に出てくれるか不安だったが出てくれてよかった。 「あー、パパ?さくらだけど」 「ああ、さくらか。どうした」 少し硬かった声がほんの少し柔らかくなった。 「あのね、」 「降谷君の件か」 「え」 なぜ父がそのことを知っているか。 「先程連絡があってね。『上山さくらさんという方をご存知ですか』とね」 私に明日会いに行ったときに電話しろと言っていたのに、先に自分で連絡したのか! まあ普通そうするよね。そのほうが手っ取り早いし。 「すみません」 「いや、もうあの件は片が付く。降谷君にバレても何の問題もない。もう帰って来なさい」 「え?ちょっとそれはどういう」 「それでは私はこの後用事があるから」 ちょっと待って!と言おうとしたがその時にはプーップーッと鳴っていた。 え?ちょっと待ってどういうこと? [newpage] 実は保険証やら何やら、身分を証明するものを全て実家に置いてきていた奔放すぎる娘 家を出たときに、ケバいメイクをして元の顔をわからなくしていた。 上山さくらは偽名。本名は上山さくらではないことをオリ主は知らない。 実はオリ主の上山さくらの記憶は完ぺきではない。穴がある。 上山さくら(偽名)の父親 警察の上の方の人。娘に警察官になることを勧めたが却下される。 父は娘が何をしているのかを把握している。そして降谷零が彼女の恋人ということも知っている。 娘に生活能力が無いことを心配していた。 さくらから彼女の父の名前を聞いて頭が痛くなった男 彼女の家を出た後、連絡を取ったら本当にあの人の父親だった。 どういうことだ。
書けと言われた気がしたので、、、<br />これ→(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9859258">novel/9859258</a></strong>)の続きです。<br />お待たせしました。今回短いです。<br />おかげで仕事がひと段落しました。<br /><br />短編で書いたつもりだったのですが思いのほか好評で驚いています。<br />読んでくださった方、コメント&スタンプをして下さった方ありがとうございます!<br />すごく励みになります。<br /><br />お手柔らかにお願いします。<br />唐突に始まり唐突に終わります。<br /><br />※コナン夢小説です<br />※オリジナル夢主です。<br />※安室さんメインです。<br />※アニメも原作もうろ覚えです。<br />※キャラ崩壊、解釈違いが発生する可能性大。<br />※捏造あり
前世を思い出した私は演技がひどい
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10049918#1
true
『聞いてほしい話あんだけど』 LINEのメッセージが来たのは夕方だった。今日飲めない?と言われたのは高校の頃からの親友で、今も似たような業界で働いている。アポもなかったので閉店後でよければというと、『おっけおっけ!d(^_^o)』と返事とビールのスタンプが連続して来て、行きつけの個室居酒屋で20時に待ち合わせをした。  ゆるゆると集まると生ビール2つとつまみを注文する。揃ったビールで乾杯をすると、ぐっと気持ちいい勢いでジョッキを半分ほど呷ってから、友人は話し出した。 「わたしが担当してた、激シブで乙女なイケオジと塩顔イケメンの披露宴……飛んだわ」 「…とんだ?! あの、超特急の式と披露宴?」 「そう! 申し込みから1ヶ月で本番って言う」  中止になったの? 予定ではちょうど週中の水曜日――今日の昼間だったはずだ。 「当日、披露宴前の挙式の最中にイケメンの方がいなくなった」 「うっわ。まじか」  ブライダル業界に身を置いていれば、トラブルはつきものだが、さすがに最中で式を抜けていく猛者はそう多くはない。特に今回は申し込みから本番の日程の短さや、新郎新婦?の性別やら年の差やら、色々と珍しいケースなのでとても目立つ。 「式は新郎たちだけで、て話ししたと思うんだけど、その間にイケメンの方いなくなって、披露宴は食事会になった」 「まじかー、イケオジは食事会参加?」 「参加。どんな流れかもうよくわかんないけど、燕尾服のジャケだけ脱いでイケオジが乾杯して、みんな部長ーー!とかって参列者様も励ましにいったりとかしてた」 新郎新婦のどちらかがなんかの理由で居なくなる式がないわけではないが、これまでの中でもとても異質だ。想像しただけでこわい。 「うっわ、すっごいな」 「いやほんと。みんな代わる代わるイケオジのとこに来るんだけど、その合間にもうちらに事情話したり、いろいろ処理とか手続きとかしてて。こんなときなのに超仕事できる感があってやばかったわ」 落ち込んでるとかじゃなくて、妙にさっぱりした顔してたけど、イケオジが実はすごい乙女なことも彼女は知っていた。ものの趣味も、衣装に添えた花や披露宴の演出の意味も、それからイケメンに向けた視線も、恋する乙女のそれと同じだった、だから切なくて、なんか言葉にならなかった、と友人が言う。それでも披露宴を担当したメインスタッフとして、冷静に対応するのはつらかったと。  わたしも、話を聞いていただけでその切なさは想像できてしまって、思わず涙ぐむ。年の差のある男同士で、急いで結婚式までしたかった意味が、きっとイケオジな彼にはあったのだろう。想像でしかないけれど、きっと恋は時に辛く苦しい。  ふたりしてちょっとしんみりしてから、また「んでまあ、続きあんだけど」とそのままのテンションで友人は言う。 「ん?」  これで終わりではなかったのか。 「塩顔イケメン、逃げた数時間後にもっと若い超イケメンと謝りに来た」 「は? え?」  予想外だ。女ではなく、ここでも男なのか。しかもイケメンを超えるイケメンとな。業界長いのでそこそこ見目のいい人たちを見てきたが、その彼女が言うのだからかなりのものなのだろう。 「その超イケメンてどんな」  あまりの好奇心に、身を乗り出す。  彼女が以前語った二人の印象は、イケオジはおじさまなんだけど全然たるんでなくてスタイル良くてくっそかっこいいなんか舞台でシェイクスピアの王様的な役やりそうな渋さ、吉田○太郎的な? だけど、中身めっちゃ乙女。花とかハートとかピンク大好きで、んで金払い最高。  塩顔イケメンは高身長で足がくっそ長くて適宜な細マッチョ顔はさっぱりと整って人当たりいいけどあんまり好みや主張がない感じ、タレントでいえば田○圭似!と聞いていた。  だから、わたしは脳内で勝手に吉田○太郎と田○圭で彼女の話を再生している。さすがに現実世界で吉田○太郎と田○圭のカップルなんて最高なもんはいないだろうけど。  と、なればその超イケメンについても、ちゃんと具体的にイメージするために、外見のイメージを聞いておきたい。  身を乗り出すと、友人はちょっとニヤッと笑った。 「塩顔イケメンよりちょっと小柄で超色白でまつげバシバシして、目ぱっちりで髪の毛ふわふわで腰細くて手足長くてなんかこう、顔小さくて目の印象がすごいマジイケメンていうか美形だった。あと萌え袖してた。言うなればチワワな林◯都」 「林◯都! また大きくでたな!」 「そんくらい、イケメンすぎた」 「萌え袖超イケメン」 「うむ」  見たい。それはみたい。まあ、見ることもないから彼女はわたしにその話をしてくれているし、過剰に詮索するつもりはない。 「でさ、その塩顔の方が、」  イケメンがふたりになったので、田○圭の方は塩顔になったようだ。   「萌え袖と一緒に来たのよ、夕方。会場に戻って」 「ほうほう」 「なんか塩顔イケメンて、ずっとさ、自分がない感じで、披露宴のこともなにもかもイケオジに任せきりで。なんでも『部長がよければそれで』でニコッとしてて」 「それ新郎によくあるやつじゃないの?」  ブライダル関連の商売をしている身としては、そんな話はよくあることだ。むしろ「新婦の好きにしていいよ!」という新郎は多いし、そうでない方がそこそこ揉める。 「んーーーなんかちょっと違うのよ。心ここに在らずで。イケオジのセレクトに任せてるとか好きなように選んでもらって嬉しいとか、そーいう感じなくてなんか。なにがおきてるかわかんなくてボーッとしてるみたいな」  見ていて不安になる心許なさだった。  そんな彼がいつもイケオジに付き従って、ちゃんと式の準備にも顔を出して指示に従ってる感じも不思議だった。新しい仕事を訳がわからないままやらされてる新入社員みたいな感じ? と友人は言う。 「ほんと塩顔は楽しいとか嬉しいとかそんなのないとか、顔にでないのかなーて思ってたんだけど」   合間にビールを煽る。 「夕方にタクシーで会場に乗り付けてきて。ちょうどエントランスのとこでわたし片付けしてて、降りて来た塩顔が白の燕尾服のまま、萌え袖と手繋いでたの見ちゃったんだよね。なんかすごいくたびれてボロっとしてたんだけど…すっごいいい顔してて」  ふと、その時の情景を思い出したのか友人は言葉に詰まった。 「みつめあったふたりともなんか泣き疲れたみたいな顔なのに、塩顔の方が愛しくて仕方ないみたいにくしゃっと笑ってて、その顔がすごい優しげで、萌え袖もなんかふんわり溶けた顔してて、ああなんか………あの人こんな顔できたんだなあって」  心ここに在らずでイケオジの後ろにいた時とは違うのだと、直感でわかった。たしかな愛情がそこにあって、こういう幸せを具現化したようなふたりが見たくて、この仕事してたんだなって、と呟いた。  その景色が見えるようで、聞いているだけわたしもで胸が締め付けられる気がした。 「もうほんと、久しぶりにこんなに思い合ってるカップル見たわ」 「担当してたふたりじゃないけどな」    あははは、と友人は笑う。  それから、萌え袖に背中を叩かれながらやってきた塩顔に、友人は担当者としてイケオジから頼まれていた伝言と預かった荷物を渡したのだという。  そのときに、 「俺がちゃんと自分の気持ちをわかってなくてみなさんにもご迷惑をおかけしました。部長にはこれからちゃんと説明しますし、お金も諸々ちゃんとお支払いします。本当に申し訳ありませんでした」  きっちりと90度に体を折り曲げて頭を下げて行ったそうだ。  うっはーいい話聞いたわ、と目の前のビールを傾けると、今度は友人が一つ身を乗り出した。 「んで、本題なんだけど」 「え?」    まだなんかあったの?  久しぶりに見た、本当に幸せな二人の話だと思っていた。 「いや、その塩顔イケメンさ、来月には上海に転勤なんだって」 「えー萌え袖と?」 「いやいや、単身赴任」    わお。急展開だ。 「で、塩顔がね、単身赴任に行くまでに指輪作りたいって言ってて。あなたの店紹介したから」  にっ、といい顔で友人は笑った。わたしもつい、笑ってしまう。 「会えんの、そのイケメンカップルと」 「たぶん? 塩顔がこっそり聞いて来たんだけど、ふたりで行きますね!て言ってたからね」  やばい最高だ。こんな幸せなふたりの話を聞いただけでテンション上がりまくりなのに、まさかお会いできるとは! 「話通しておくんで、たぶん超特急で作ってくれますよ、て言っちゃったからなんとかしてもらっていい?」 「もっちろん!!」 「名前は春田様ね」  春田様ね、オッケーオッケー!忘れないようにスマホにメモる。  ブライダル専門の宝飾品ブランドを立ち上げて自分の店を持って数年。営業もデザインも製作も、頑張って来てよかった。聞けばセンスが良くてできたらこじんまりした店がいい、と塩顔イケメンーー春田様は言ったそうだ。ずっと相手と一緒につけるものだから、気に入る良いものを買ってあげたいと。その話から友人がわたしの店を紹介してくれたのもうれしい。 「まーでも、自分がトンズラした披露宴の担当者に、他の相手との結婚指輪の相談するって良く考えたらデリカシーないけどねw」 「確かにそーだw でもなんか、許せるてか全然やな感じなかったよ。むしろ応援したくなった。愛され力かね」 「そりゃそーだよね、イケオジと萌え袖の超イケメンに愛されて」 「良く考えたらすごいな、それ」 「田○圭が吉田○太郎と林○都と」 「あは! そうそう、でもほんとそんなくらいイケメンよ」 「そんな夢のような話、ドラマにもないわ」    そんなTVドラマあったら見たいわ、超贅沢じゃない? と笑うと、そんな夢のような番組あったら超見るね!と同じように友人は笑った。ああ、ビールがうまい。この業界に長いこといると、結婚が夢のようなことばかりではないと思うけれど、やっぱり幸せな瞬間に立ち会えるのはすごくうれしいことなのだ。愛し合う二人の幸せがほかの人の失恋の上に成り立っていたとしても、それでも――きっと思いあう人と一緒にいる約束ができることは、単純にとてもすてきなことだ。 「でもさ、会ってみてよほんと、すごいからとにかく」 「ちょー楽しみにしてる!」 「だから、まじどんな要望きても、間に合わせてよ」 「こわいわ! でもやるよ!」 「頼んだ!」 「頼まれた!」  いえーい!乾杯! とそろそろ回り始めて来たアルコールに任せて、ふたりで手にしたジョッキを合わせる。  願うことはただ、しあわせなふたりがこれからもずっと続きますように!  余談。  数日後、電話連絡の後訪れた春田様とお相手の牧様は、なんというかふたりそろって凄まじい幸せオーラをまき散らした、言葉を失うレベルの超イケメンカップルだったので、接客が終わってそっこー友人に「とりあえず飲みたい今日!」と連絡を入れずにいられなかった。
春牧ルートのふたりのつもりですが、別に牧春でも読めると思います。<br />披露宴を担当したモブスタッフがふたり(3人?)のことを語る話。
しあわせなふたり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10050096#1
true
「……はっ!ってもう朝?!」 あのあと、 そう、松田くんの衝撃的な爆弾を落としてきたあとから、記憶が無いまま知らぬうちにベットで朝を迎えていた。昨晩ベッドに入った記憶はないんだが私はいつの間にかベッドでちゃんと眠っていたということは?待ってくれ、じゃああれは夢だったってことでおーけー?そうだよね、そんな自分の都合のいい夢なんて見るはずないもんね!なんだよ全ては私の妄想だったって話か納得納得。めちゃくちゃいい夢を見たなぁと思いながらベッドから出てデスクの椅子に掛けておいた厚手のパーカーを羽織って部屋を出た。季節はもう11月に入って寒がりな私にはきつい季節になってきた。 そのまま洗面所に行っ顔を洗って歯を磨いてさっぱりしてから、リビングに行き朝ごはんの準備でもしようとキッチンに立つ。冷蔵庫を開けて食材の残り具合を把握してそろそろ買い物に行かなきゃいけないなと思いながら献立を考える。なんとなくご飯が食べたかったので今日は和食にしようと思い立ちぽいぽい食材を出していく。塩サバがあったのでそれを焼いて卵焼きと味噌汁とあとほうれん草のお浸しでいいだろう。私も松田くんも朝からガッツリ食べる派なのでもう1品くらい増やしてもいいけれど、まぁ大丈夫だろう。袖を捲って手を洗い手早く作っていく。 「そうだ。今度アレやってみよう。鮭のアルミホイル焼き!」 この間大好きなアニメの作品の中で作り方が紹介されていたのだ。私も松田くんもお魚は好きだし明日の晩御飯にでも作ろうと思いつつ、出来上がった料理をテーブルに並べていく。そろそろ松田くんも起きてくる頃だし、と朝食の準備が終わりさすが私偉い!なんて自画自賛しながら彼の部屋の前に立ってドアを軽くノックする。朝ごはんできてるよ、と声をかければ今行くと少しくぐもった声が聞こえてきたので先に席に着いていよう。 「……はよ。」 「おはよー。」 「ん、」 朝の挨拶を交わしたあと松田くんはそのまま洗面所に向かっていった。寝癖なのか後頭部がいつもより跳ねているのをみて笑みがこぼれる。彼は朝が弱いタイプだけれど毎日朝ごはんの前にはスッキリした顔をしているのでそこまで寝汚い訳では無い。戻ってくる前にすぐ食べられるようにご飯とお味噌汁を注いでおく。まだ少し眠いのか欠伸をしながら席に着いた松田くんと一緒にいただきます、と手を合わせて食事を始めた。 やっぱり朝からお味噌汁が飲めるのは好きだな、と思いながらもぐもぐと食事を続けているとじっと松田くんがこちらを見つめてくるのでなにかあったのかと首を傾げて尋ねてみる。 「どうしたの、そんなにじっと見てきて。」 「…いや、」 なにやら歯切れが悪く言い淀む彼に、はて、なにかあったのだろうかと思うが特に心当たりはない。そういえば今朝見た夢はどこからどこまでが夢で現実だったのか定かじゃない。お見合いをしてきたのは本当だ。ということは疲れきっていたため帰宅してからの記憶が曖昧であんな夢でも見たのかと少し他人事のように考える。なぁ、と松田くんに話しかけられたので短くなに?と返す。 「…なんかいつも通りだな。」 「え?いつも通りだと何か変?!」 どういう意味だ?!と混乱したが彼は短く溜息を吐いて、こいつはほんと…とかなんとかブツブツ呟いてその後は特に会話もなく二人とも食事が終わり、松田くんは自室に戻りスーツへと着替えて仕事へ行く準備をしている間私は食後のコーヒーをいれてリビングのソファに座りながらニュースを見ていた。やれどこで強盗があっただの、誘拐事件が起きただの朝から物騒なニュースばかりの米花町はある意味いつも通りである。お巡りさんも毎日大変だなぁと思いながらまったりと時間を潰す。じゃあ行ってくる、とトレンドマークのいつものサングラスをかけて声を掛けてきた松田くんに行ってらっしゃいと返す。今日はそろそろ紅霞の欠片シリーズの最新作の執筆に移らないといけないなと思っていれば、ちょいちょいと手招きされたので不思議に思いながら彼に近づく。どうしたの、と口を開く前に彼の掌が後頭部に添えられたかと思うとぐっと引き寄せられる。そのまま松田くんは唇が触れてしまいそうなほど耳に口を近づけてこう言った。 「お前が何を勘違いしてるか知らねぇが、昨日のあれ夢じゃないからな。……返事はいつでもいい。」 ぽんぽんと頭を軽く撫でて彼はそのまま職場へと向かっていった。バタン、と玄関のドアが閉じる音がする。私はそのままへなへなとその場にへたり込む。夢だと思っていた彼からの告白は実は現実で私が勝手に誤解していたということで、それで、それで…… 「…夢だけど夢じゃなかった???」 ……どうしよう、顔から火が出るほど暑い。 __________ 「で、松田さんから告白されたにも関わらず?貴方はまだ返事をしてないと?しかもそれが1ヶ月前?」 お前何やってるんだ、と怒り半分呆れ半分でそう言うのは降谷くんである。ちなみに私は申し訳なさとごもっともな台詞だ、と心を打ち砕かれてカウンターの机に突っ伏している。これでも心はガラスのハートなんだもっと優しくしてくれてもいいじゃないか、と思わなくもないけど言ったところで鼻で笑われるのがオチだ。 ……言い訳をさせてもらえるのならば、頭が良く回らなかったせいか仕事のスケジュールを鬼のように詰め込んでしまい、自室に閉じこもって執筆活動に追われることになったからだ。アニメ映画に関する打ち合わせや雑誌の取材、シリーズ作品の最新作の執筆、別の出版社からのオファーである短編小説の執筆等など自業自得ではあるけれど死ぬかと思った。私が忙しなくしているのを見た松田くんは告白の返事を急かすわけでもなく、フラフラの状態で仕事を続ける私を労わって炊事洗濯掃除、様々なことをやってくれていた。普段お前に任せっきりだから少しは頼ればいい、と言って笑ってくれた松田くんは神かもしれない。だって後光さしてたよあの時。思わず拝んだよね???それ見て松田くんは爆笑してたけど仕方ないと思うんだ。 で、仕事がやっと一段落したので自分へのご褒美にポアロの美味しいコーヒーでも飲んで降谷くんの様子でも見に行こうかなと思ってはた、と気づいたのだ。あれ、私まだ松田くんに返事をしていないのでは?と。そして泣きつくように降谷くんもとい安室さんにかくかくしかじかで、と泣きつくように相談すれば返ってきたのは冒頭の言葉だった。 「お姉さん!それは早く返事をしてあげないとですよ!」 「っう……そ、そうですよね。」 「返事はもちろんOKですよね?」 「それが……その……どうしたらいいのか、」 「松田さんってこの間お姉さんと一緒にいらっしゃった方ですよね?……もしかして、やっぱり安室さんと三角関係だったり?!」 「梓さん違いますからね?彼と僕と彼女は元々知り合いだっただけですよ。」 「そ、そうなんですか?」 心優しい榎本さんも降谷くんと一緒に相談に乗ってくれたのはいいが突拍子もないことを言い出すので思わずコーヒーを吹いてしまいそうになった。ごほごほと咳き込む私の代わりに降谷くんが冷静に言葉を返す。さすが降谷くん動揺もせずにさらっと言い返せるなんてすごいなと思いながら息を整えた。というか三角関係って何をどう見たらそうなるのか疑問すぎて笑えてきた。イケメン2人に取り合われる女って傍から見てたら楽しいけど当事者にはなりたくないな、と思いながら再びコーヒーに口をつける。 「じゃあお断りするんですか?お姉さんと松田さんとっても素敵な雰囲気でしたけど……。」 「え?断るんですか?」 「いや、その……、」 「松田さんのこと嫌いじゃないんでしょう?なら付き合ってしまえばいいのでは?」 心底不思議に降谷くんはそういった。嫌いじゃない、というか前世からの最推しだし今世で知り合って本当に心から好きになった相手だ。だけど、だけど、私は松田くんからの好意を素直には受け取れるほど、純粋な性格なんてしていないのだ。私はこの世界の異物で運命をねじ曲げて自分の思うままに物語を変えた。それは本当ならしてはいけないこと。ここがパラレルワールドだったとしても、この記憶がある限り私はこの世界に溶け込むことが出来る気がしないのだ。私の役目はもう終わってみんなの前から消えてそれが当たり前だったように、確かそんな奴もいたな位の立ち位置でみんなが幸せなってくれればそれで良かったから。これ以上求めることが恐くて私は進めない。松田くんのことは好きだ。大好きだ。だからこそこんな歪な私ではなく……秘密を抱えて嘘をついて生きている私ではなく、もっと素敵な人を捕まえて幸せになって欲しい。私じゃ彼には不釣り合いだ。 どうしたいんでしょうかね、と苦笑い浮かべる私に梓さんはどこか悲しそうな顔をし、降谷くんはどこか真剣な面持ちで口を開く。 「貴方が何を思い、考え、悩んでいるのか知りませんが。彼に今の正直な気持ちを伝えてみたらどうですか?……きっと彼なら全て受け入れてくれると思いますよ。」 彼の言葉に確かにそうだろうな、と心の中で同意する。松田くんはとても優しい人だから。でも私は怖い、もし彼に受け入れてもらえなかったら、気味が悪いなどと言われたら、きっと立ち直れないほどに私の心は砕けてしまうだろう。だって実は前世の記憶があって、だなんて言っても頭がおかしくなったのかと疑われるだろう普通は。すっかり冷めてしまったコーヒーを眺める。ぐるぐる思考が回る。 ……答えは結局でないまま。 __________ 翌日、自室に篭って執筆していたのだが、途中で仕事用の資料が欲しくて米花町の大きなデパートにある本屋へと赴いたのだが欲しいものがなく、ここより大きな本屋は杯戸町の方にしかないので仕方なくそちらに向かうことにした。クリスマスも近づいて来ているせいか日が暮れていることもあり、街はイルミネーションで彩られそこやかしこカップルや家族連れなどで賑わっていた。みんな幸せそうで見ているこちらも胸がぽかぽかしてくる。クリスマスといえば松田くんになにかあげた方が良いのだろうか。あげるとしても何をあげたらいいのか…。それにまだ何も返事が出来ていない。どうしようと頭を悩ませつつデパートの中を歩いていると、ふと、とあるお店のショーウィンドウにディスプレイされているものが目に入る。それはシルバーのジッポだった。斜めにかけて蔓の絵柄が彫られており、花の代わりだろうか幾つか青いスワロフスキーが埋め込まれている綺麗なものだった。普段タバコを吸う彼は安物のライターを使っている所をよく見かけるので、プレゼントに丁度いいかもしれない。値段もまずまずで良さそうだ。お店の人を捕まえようと思ってあたりを見渡せばちょうど女性の店員さんが来てくれたので、これをお願いします。と告げる。 「もしかして恋人さんへのプレゼントですか?」 「いえ、恋人では無いんですけど……。いつもお世話になっている人に渡したくて。」 「そうなんですね。てっきり恋人に贈られるものかと。」 「な、なんでですか?」 「その商品を眺めている時のお客様の表情がとても愛しそうな優しい顔をされていたものですから。」 にっこりと笑顔を見せる店員さんに動揺が走る。私そんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか。確かにお前は顔に出るから分かりやすいと今までいろんな人に言われてきた気がする。少しばかりショックを受けながら会計を済ましプレゼント用にと包装してくれている間手持ち無沙汰な私はぼうっと待っていたのだが、ピリリと着信音がなったためもしもしと相手も確認せずにでるとなんと松田くんからだった。そろそろ仕事が終わりそうだから今日は一緒に外食にでも行かないかというお誘いだった。それに快く了承し今杯戸町に居ると言えば迎えに行くから米花駅に着いたら連絡くれと言われたのでわかったと言って通話は終わった。 「電話のお相手の方にプレゼントされるんですか?」 「あ、そうなんです。」 「喜んでくださるといいですね。」 「…ありがとうございます。」 またいらしてくださいね。と店員さんに言われたあと私はその場を離れた。用事はとっくに済ませたのでそのまま駅に向かい待ち合わせ場所へ向かうことにした。電車に揺られながら外を眺めているとちらほらと白いものがうつる。雪が降っているようだ。どおりでいつもより空気が冷たいわけだなぁと思いながらふんふわと風にゆられて降っていく雪を眺める。米花駅に降り立ち着いたよとメールを入れれば、なにやら仕事を押し付けられたらしく少し遅れると返事が返ってきたので、ちらほらと雪が降る寒空の下松田くんを待つことにした。はぁと吐く息が白い。帰宅ラッシュを少しすぎた辺りの時間だが人通りは多く駅は賑やかだ。 どこかお店に入って温かいものでも飲もうかと思いその場を移動しようかと思えば「あの、」と控えめな声で呼び止められる。 私に声をかけてきたのは、ボブの髪を緩く巻いている小柄で可愛らしい女性だった。知り合いだろうか、と彼女の顔を見ても特に心当たりはない。何か困ったことでもあったのだろうか?なんでしょう、と返せば私の名前を呼んで本人かどうか確認された。なぜ私の名前を知っているのか疑問に思いながら肯定すると、安堵したかのように彼女の顔に笑みが浮かぶ。 「良かった人違いだとどうしようかと思って。」 「あの、どこかで会ったことが…?」 「いえ、会ったことはありません。でも私、貴方に用事があって。」 「はぁ…?」 「ずっと探してたんです。それで見つけたらちゃんと言わなくちゃって……、」 「私のために死んでもらえます?」 え?と思う間もなく腹部に激痛が走る。突然の痛みに意識が飛びそうになるのを堪えて現状を把握する。ズブリ、私はどうやら目の前の彼女に腹部を刺されたらしい。引き抜かれた刃物は私の血で赤く濡れていてそれを見ながら彼女は嗤う。きゃああ!と周りの人間が悲鳴をあげて遠ざかって行く。必死に刺された箇所を抑えるも腹部から血は止まらず、立っていられなくてその場に膝をつく。見上げた彼女は嗤っていた顔は一瞬で憎悪で塗りたくられた表情に代わり、あなたが悪いのよと言う。知り合いでもなんでもない女性に刺されるいわれなんて無いのだけれど、と思いつつ私が貴方に何をしたのかと尋ねると私から恋人を奪った罰よと言われた。 「誰だよそれ…、」 「はぁ?稔さんよ、高橋稔!あんたが色目使って私から彼を奪ったんでしょう?!好きな人が出来たからなんていって彼から別れを告げられたけどそんなの嘘に決まってる!あんたが彼を誑かしたんでしょう?!」 口悪く返せば大声で怒鳴られる。高橋稔……、どこかで聞いた気がと考えこの間お見合いした相手では?と思い当たることに気づいた。しかしあれは彼が私に対して一方的に好意を持っていただけで私は彼のことをこれっぽっちも知らないし、八つ当たりもいいところである。思ったより深く刺されたせいか出血が止まらない。だんだんと指先が冷たくなっていくような感覚に見舞われるのに腹部は燃えるように暑いし頭はフル回転してどうにかしないと、と動いている。ブツブツ何かを言っていた彼女はにたりとまた嗤って大きく刃物を振り上げる、逃げようにも痛みで体は思うように動いてくれず襲い来るであろう衝撃に耐えるようにぎゅっと目を瞑る。 が、離してよ!という彼女の声に恐る恐る目を開けるとそこには男性に腕を掴まれている女性の姿があった。腕を掴まれた女性は必死に抵抗しているが男性は彼女の耳元で何かを呟いたかと思うと途端に先程までの威勢の良さは無くなり顔を真っ青にして座り込んでしまった。男性は刃物を彼女から取り上げ近くにいた男性に女性を受け渡しこちらにやってくる。 脅威が去ったためか安堵と共に一気に疲労感がきて地面に倒れ込んでしまった。その間にも血は流れ続けている。男性は焦ったように私を抱える。閉じそうになる目を無理やり開けて顔を覗いてみれば見知った顔でどうして、と驚いてしまった。唯川くん、と小さく呟いた声は彼の耳に届いたようで泣きそうな顔で首を縦に振って肯定する。 「もうすぐ救急車来るから、だから、死ぬな……っ!」 死ぬ? また、私は、死んでしまうの?そう思った瞬間に今までの記憶がぶわっと溢れてくる。これが走馬灯なんだろうか。思ったより深く刺されたみたいだし箇所が悪かったのか血が止まらない、このままじゃ確実に出血死だろう。これは運命をねじ曲げた私への遅すぎる罰なんだろうか。神様そりゃないよ、と思わず笑ってしまう。 ……でも、まぁ、もう良いかな。 この世界に生まれて、優しい両親とたくさんの友人に囲まれて楽しかったし救いたかったみんなを救えることが出来た。それに、好きな人が、私を好きだと言ってくれた。もうその思いだけで充分私は幸せだった。半ば強制されて始まった彼との生活は泣きたくなるくらい幸せで、楽しくて、それで、それで。……嗚呼、嘘だやっぱり失いたくない。あの穏やかで優しい時間を、彼の隣で過ごした日々を。こんなことになるのなら傷付くかもしれないと怯えずに、素直に伝えておけばよかった。馬鹿だなぁ私。私が死ねば彼は怒るのだろか、それとも泣いてくれるのだろうか。自分勝手で臆病者の私をどうか許さないでいてほしい。 「だめだ、目を閉じるな、起きろ、頼むから……!お前が、こんな!……頼むっ!」 「ゆ…い…かわ、くん、」 「無理して喋るな!ほら、もうすぐだから、」 「あの、ね。まつだくんに…ごめん、ねって、つた……てね。」 嫌だ嫌だと涙を流す唯川くんに告げる。きっとこれが最後だ。もう、目も開かなくなってきて体がずんと重く感じる。抗おうにも体はちっとも言うことを聞いてはくれないしなんだかもう眠いんだ。少しずつ意識が遠のいていく。唯川くんが何か叫んでいるような声がだんだん聞こえなくなってきた。 ……最後くらい、松田くんに会いたかったな。 暗転、 __________ 男は急いでいる。仕事がもう切り上げという所で上司から急に雑用を押し付けられて帰るに帰れなくなってしまったからだ。本来ならば車を走らせて、かの想い人を拾って2人で外食へ行く予定だったのだ。イラつく気持ちを抑えながら仕事を素早く終わらせて待ち合わせ場所へと向かう。今から行く、と短く彼女へと連絡し、車に乗り込む。幸いにも道はそこまで混んではいなかったのでこのままだと15分もかからないうちに着きそうだ。法定速度ギリギリで車を走らせていると前方から救急車が走ってくるのが見える。速様端により邪魔にならないようにする。米花町では救急車が走っていてもなんら不思議ではないくらい日常茶飯事のようなもので、見慣れてしまった光景に思わずため息が出ていた。しかし何故だかあの救急車を視界に入れた途端妙な胸騒ぎがした。疑問に思いつつも待ち合わせ場所に向かう。彼女をこれ以上待たせるのは悪いと思ったからだ。救急車の姿もサイレンの音も、もう遠のいてすっかり分からなくなってしまっていた。 待ち合わせ場所に着いたものの何故だか人々がザワついているし警察官の姿も見える。男は気になって車を停めて車から降り、その場にいた者を捕まえてどうしたのか尋ねるとなにやら事件があったらしい。もう犯人は捕まって被害者は病院へと搬送されたとの事だった。こんな寒い日に運が悪いな、と思いつつ彼女へ着いた、とメールを送りこちらに来るまでのあいだタバコでも吸おうと車に寄りかかって安っぽいライターで煙草に火をつける。ふーと煙と共に吐き出された息は白くちらほら舞う雪を何気なしに見つめながら時間を潰す。 彼の待ち人は、まだ、やって来ない。 __________ 主人公 ぐるぐる悩んでも答えは出なかったけれど、死ぬのかとおもった間際に素直になればよかったと悔いた。世界の部外者は神様に嫌われたらしい。 松田陣平 翌日顔を併せてみれば至って普通の対応をされたのでちゃんと釘を刺しておいた。待つことは得意だから主人公の気持ちが決まるまで待つつもり、だった。 萩原研二 告白したと松田から聞かされてやっとか!と狂喜乱舞した。2人の幸せを願ってやまない1人、だった。非通知からの連絡がくる。 伊達航 非番だったため嫁と子供と自宅でのんびり過ごしていた。子供を寝かしつけて嫁とテレビを見ながら話し込んでいたところに電話がかかってきた。 唯川景光 たまたま仕事を終わらせて帰ってきたところで、同期のピンチに気付き助けに入る。今1番精神状態がやばい人。 降谷零 あまりにも主人公が悩んでいたので背中を押してあげた。今は組織の仕事中で連絡がつかない状態。主人公が危険な目にあっていることをまったく知らない。 次でラスト(多分)
原作改変、救済、妄想と捏造の産物。<br />心の広い方だけ読んでくださいね。<br />便宜上スコッチの名前を唯川景光にしています。<br /><br />更新に少し間が開きました。楽しみにしていてくださった方いる……んでしょうかね?(笑)最近になってやっと改ページの仕方を覚えました、友人に爆笑されましたよ……<br /><br />何事もタイミングって大切だと思うんですよね。あと、自分の気持ちを伝えるのはなかなか難しいこと。この主人公なら尚更。松田さんはきっと真っ直ぐに向き合ってくれる人だと思ってます。推しが今日も尊い……。<br /><br />追記<br />デイリーランキング入ってましたありがとうございます!<br />コメントも嬉しいです!お返事出来てませんがちゃんと全部見てます!<br /><br />追記2<br />ブクマ1000件越えありがとうございます!
米花町では事件フラグをそう簡単には折れないらしい
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10050526#1
true
SIDE八幡 八幡「とりあえず懐かしの我が家に帰ってきたけど」 八幡(しまったなあ~。鍵がねえ) 八幡(まだ昼間だし小町が帰ってくるまで待たなきゃいけないかあ。まあ一応確認のために) 空いてたらラッキー程度の気持ちでドアノブを回すと ガチャッ 八幡(ありゃ、鍵あいてんじゃん。かけ忘れか?不用心だな) 八幡「ただいま~…」 なんとなく小声で帰宅を告げる 八幡(明かり全然ついてない。やっぱだれもいないのか?) どの明かりもついてなくなんとなく陰気な雰囲気がする我が家から普段はかがない匂いがする 八幡(これは……線香か。客間の方から匂いがするな) なんとなく気になった俺は客間の方へ行くと…… 八幡「うわ……自分のこういうの見るとなんか心にくるな」 そこには仏壇に添えられた線香と俺の遺影があった 八幡(中学のころにあった机の上の花瓶よりきついかも) 八幡(あ、思い出したらさらに鬱になってきた) 八幡「………部屋にいくか」 ……… 4日ぶりに自分の部屋に戻ると 八幡(なんだあれ) ベッドの上の布団がこんもりと盛り上がっている 八幡(なにかおいてるのか?まあ死んだ人間の部屋だし物置にするのはわかるけど。残念ながら俺は生きているのだ。外にほっぽりなげてやる) 八幡「おりゃ!」 思いっきり布団を剥ぐとそこにいたのは… 八幡「……小町?」 小町「……ふぇっ?」 我が最愛の妹小町だった [newpage] SIDE小町 その連絡が受けたのは受験勉強をしてる最中だった prrrrrrrr 普段あんまり鳴らない家の固定電話になんとなく緊張しながらでる 小町「もしもし」 「もしもし!こちら××警察です!この電話は比企谷様の連絡さきで間違いないでしょうか!」 小町「は、はい!間違いありませんがどういったご用件でしょうか!」 小町(け、警察!?なになに!?なにがおこってるの!?) 「そちらの息子さんだと思われる比企谷八幡さんですが、交通事故にあい重症となっております!ご家族の方はすぐに××病院へお越しください!」 小町「え、え、ええ、はい。わかりました」ガチャ 小町(う、うそうそうそ。うそだよね。こんなの。おにいちゃんおにいちゃん) 小町「び、病院いかなきゃ」 小町(き、きっと大丈夫。どうせ春先の事故みたいに、病院でけろっとしてるよね?お兄ちゃん?) ……… 医者「比企谷小町さん。八幡さんの妹ということでよろしいでしょうか?」 小町「は、はい!あ、兄は大丈夫なんですよね!?大した怪我じゃないんですよね!?」 医者「……失礼ですが、八幡さんの容態については親御さんを交えて話す必要があると思います」 小町(あ、お父さんとお母さんに知らせるの忘れてた。で、でも) 小町「わ、私だけでも先に教えてもらえないでしょうか!お願いします!」 医者「しかし…」 小町「お願いします!お願いします!お願いします!」 医者「………わかりました。どうか落ち着いて聞いてください」 小町「は、はい!」 小町(きっとだいじょうぶ。きっとだいじょうぶ。きっとだいじょうぶ) 医者「比企谷八幡さんですが…」 小町(お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん) 医者「即死でした」 小町「……う、うそですよね?」 医者「……」 小町「うそうそうそうそうそ!うそって言ってください!」 医者「……真実です」 小町「いやぁ!いやいやいやいや!うそって言って下い!うそって言え!」 医者「……今回の事故は4人の方が被害にあわれました。うち3人は軽傷で済んでますが、お兄さんは……」 小町「やだ!やだやだやだ!こんなのやだあああ!」 ……… 医者「……落ち着かれましたか?」 小町「……兄の、兄の遺体を確認することは可能でしょうか」 医者「……可能ではありますがおすすめしません。遺体の損傷が激しく、ショックが強いと思います」 小町「それでも!それでも確認させてください!」 小町(信じない!小町は信じない!絶対に信じない!お兄ちゃんは死んだなんて絶対に信じない!) 医者「わかりました。ではこちらへどうぞ」 [newpage] 小町がお兄ちゃんのところへ向かってる最中見知った人に声をかけられた 結衣「あ、小町ちゃんやっはろー!」 小町「結衣さん。それに…雪乃さんも陽乃さんも」 雪乃「こんにちわ。小町さん」 陽乃「やっはろー」 小町「みなさんどうしてここに?」 医者「由比ヶ浜さんと雪ノ下さんは例の事故にまきこれた4人のうちの2人です」 陽乃「私は雪乃ちゃんが事故にあったって連絡を受けた来ただけだよ」 結衣「ねえそれよりヒッキーは!?ヒッキーは無事なの!?」 医者「……」 小町「今からお兄ちゃんのところにいくんです」 結衣「ヒッキー無事なんだね!一緒に行っていい?」 医者「……あの」 小町「いいですよ!ついてきてください!」 医者「……よろしいのですか?」 小町「家族の私がいいって言ってるんだから大丈夫です!」 陽乃「……?」 雪乃(なんか様子が変ね?) 医者「……ではこちらへ」 ……… 雪乃「ここって…」 【霊安室】 結衣「う、うそよね小町ちゃん?ヒッキー生きてるんだよね?」 結衣「も~先生もうっかりさんだな~!ここってヒッキーがいる病室なわけないですか~」 医者「……」 陽乃「……小町さん。比企谷君はもしかして……」 小町「いや!絶対に信じない!小町は絶対に信じない!こんなの偽物に決まってる!」 医者「……入りましょう」 部屋に入るとベッドの上に布団と顔の部分を白い布をかぶせられた人が横たわっていた 小町(ちがうちがうちがう!あれは絶対にお兄ちゃんじゃない!ちがうちがうちがう!) 医者「……もう一度言いますが遺体の損傷がひどく確認はおすすめしません」 小町「うるさい!うるさい!絶対にこれはお兄ちゃんじゃない!小町が確認する!絶対に違うって確認する!」 医者「……では」 顔の白い布をとるとそこには よくわからない赤いものしかなかった [newpage] 結衣「うぐっ…ひぐっ…うううううううう」 雪乃「比企谷君…比企谷君…うう…ふぐううううう…ああああぁぁぁぁ」 陽乃「……」 霊安室からいったん出て廊下で雪乃さんと結衣さんが泣いている 陽乃さんがそれを抱いて慰めてるけど陽乃さんも今にも泣きそうな顔をしている もしかしたら2人を慰めるためじゃなくて自分を慰めるためにやってるかもしれない 小町はというと 小町「   」 なにも考えられなかった あの部屋にあったものはなんだったんだろう 小町はなにをしにここにきたのだろう なにもわからない 陽乃「……すいません先生。確認をひとつしてよろしいでしょうか」 医者「なんでしょうか」 陽乃「顔の部分が一切わからなかったのですが、あれは本当に比企谷八幡君で間違いないのでしょうか」 医者「はい。歯形もすべて吹き飛んでいましたが。遺体の所持品から比企谷八幡様の身分証明に使えるものが発見されました。よって当病院はあの遺体を比企谷八幡様と断定しております」 陽乃「…ッ!そう、です、か」 わからない なんなのこれ 結衣「うううう……ぐすっ…わ、わたしのせいだ…わたしが今日カラオケなんかにさそわなかっから……ぁぁっぁぁぁ」 結衣「そ、それに、ヒッキーも、うぐっ、事故の直前私たちを助けてくれた、うぐぅぅ、ヒッキーだけなら逃げれたかもしれないのに……わた、わたしのせいだ、うぐっ、わたしがヒッキーを殺したんだ……ぅぅぅぅうぅ」 そっか。そうなんだ 小町「お前がお兄ちゃんを殺したんだ?」 陽乃「小町ちゃん?」 小町「お前がお前がお前が殺したんだ!お前がお兄ちゃんを殺したんだ!!」 陽乃「小町ちゃん!」 すぐさま目の前の女に殴りかかる こいつが悪いんだ こいつのせいでこいつのせいで 胸元をつかんで感情のままに思いっきり叫ぶ 小町「お前がお兄ちゃんを殺しんだ!!返してよお兄ちゃんを返してよ!!」 陽乃「落ち着いて小町ちゃん!」 小町「離せ!離せ!殺してやる!こんな奴殺してやる!」 陽乃「…ッ!」 パァン 乾いた音が響き頬に熱が走る 陽乃「落ち着いて小町ちゃん。由比ヶ浜さんが悪くないことくらい冷静に考えればわかるはずよ」 小町「…ぁ」 さっきまでの熱も空虚も一気にさめる 冷却された思考に現実が襲い掛かる 小町「ねえ…お兄ちゃんは死んだの?」 陽乃「…そうね。比企谷君は死んだ。もうどこにもいないわ」 小町「…ぁぁぁぁ」 陽乃「小町ちゃん…」 小町「やだああああああ!なんでなんでなんで!やだやだやだ!会いたい会いたい!お兄ちゃんに会いたいよお!こんなのやだああああああ!」 陽乃「小町ちゃん!」 陽乃さんが抱きしめてくれる でもそんなものは今の喪失感と悲しみの前にはあまりにもちっぽけなものだった [newpage] 気づいたら自分の部屋のベッドの上にいた 窓から朝日が差し込んでる スマホの日付は事故の一日後を示している 小町「……」 後から聞いたことだが小町は病院で泣きつかれて眠っていたところに遅れてきた親に連れられて帰ってきたらしい 小町(朝ご飯食べなきゃ…) 頭ではしないといけないことがわかってるのにどうしても体が動かない なんにもする気になれない 結局その日は親から運んでもらった食事を少し食べ部屋から一歩も外に出ずに過ごした 次の日… お父さんから通夜があるって聞いて動きたくない体を無理やり動かし制服を着て通夜に出席した 通夜には親戚の人たちと総武高校の人たち、あとは陽乃さんが来た 総武高校からは雪乃さん、結衣さん、生徒会長?さん、川崎さん、平塚先生が出席した 平塚先生以外は葬儀中ずっと泣いてた 皆が泣いてるのを見て改めてお兄ちゃんはもういないんだって見せつけられてもう枯れ果てたと思った涙があふれてきた 小町「……ぅぅぅ」 小町(なんでなの?なんでこんなことになったの?誰が悪いの?どうしたらよかったの?) 遺影のお兄ちゃんはいつもみたいに不機嫌そうな顔をしてた さらに次の日… お兄ちゃんの遺体が火葬場へ行った 小町も本当なら行かなきゃいけなかったけど行かなかった なにもしたくなかったなにも考えたくなかった お兄ちゃんの部屋のベッドの上で布団にくるまり布団の中の暗闇の中でただただ時間を消耗した お兄ちゃんの部屋からはお兄ちゃんのにおいがした それを感じてる時だけ少し心が軽くなった そして事故があった日から4日目… 相も変わらずお兄ちゃんの布団にくるまってた 親からはご飯を運ばれてきたときに学校にいけるかと聞かれたが答えなかった なにもしたくなかった 結局昼過ぎまでずっと布団の中の暗闇のなかでなにもせずにいた ガチャッ 誰かが部屋に入ってきた気配がした 小町(お父さんかな?お母さんかな?それとも泥棒だったりするのかな?どうでもいいや) 誰が来ても関係ない目を閉じ今は薄くなったお兄ちゃんのにおいを引き続き感じようとすると… バッ 思いっきり布団を剥がされた 久々に外気の冷たさを感じる 小町(やだやだ!返して!小町からお兄ちゃんを奪わないで!) 自分でも正体のわからない寂しさに取り乱しながら部屋に入ってきた人を見た 八幡「……小町?」 小町「……ふぇっ?」
思ったより前作の反響が大きくてびっくりしました<br />粗は探そうと思えばいくらでも見つかるんで(特に病院回りの設定)見つけたら生暖かい目で見守ってください
八幡「なんで死んだことになってんの」 小町編1
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10050544#1
true
「ヌルフフフ、皆さん一学期の間に基礎がガッチリ出来てきました。この分なら期末の成績はジャンプアップが期待できます」 期末テストが近づいてきた。前回の俺は総合順位38位を取ることができ、クラス順位も2位だった。だかこれは理事長の妨害をよんで範囲外のところも勉強していたから取れたものだ。本来の実力なら竹林や片岡の方が成績は良い。それに運動能力に関してもそうだ。ナイフの技術なら磯貝や前原の方が上だし、身体能力なら木村や岡島の方が上だろうし、狙撃に関しては下から数えた方が早いだろう。だか他の連中は俺が悪目立ちしているからなのかクラス上位だと思っている。全くいい迷惑だ 「殺せんせー、また今回も全員50位以内を目標にするの?」 潮田が殺せんせーに質問する、今回も全員50位以内を目標にするものと思っていた俺にとって殺せんせーの答えは意外なものだった 「いいえ、先生あの時は総合点ばかり気にしていました。生徒それぞれに合う目標を立てるべきです。そこで今回は……この教室にピッタリの目標を設定しました!」 ほー……一体どんな目標なんだ? 「さて、前にシロさんが言った通り先生は触手を失うと動きが落ちます。色々と試したみた結果、触手1本につき先生が失う運動能力は……ざっと20%!」 わりと落ちるな、5.6本ぐらい落とせればなんとかなるかもしれん 「そこでテストについての本題です。前回は総合点で評価しましたが……今回は皆さんの最も得意な教科も評価に入れます。教科ごとに学年1位を取った者には触手を1本破壊する権利を与えましょう」 「「「!!??」」」 全員が事の重大さに気付いた。つまり全教科で学年トップを取れば5本、総合点も入れれば最大で6本まで破壊できるのか。これは大きなチャンスだ。1教科限定ならE組にも上位ランカーは結構いる。英語なら中村、社会は磯貝、理科は奥田、数学は赤羽で俺が国語 だが本校舎にはA組がいる。成績上位者で構成されている我が校のエリート集団。通称『エースのA組』、噂によるとE組の成績が伸びた事を受けて自主勉強会をしているらしい。音頭をとってるのはエリート中のエリート、『六英傑』と呼ばれている我が校が誇る天才達 中間テスト総合3位 放送部部長の荒木鉄平 得意科目は社会 中間テスト総合5位 生徒会書記の榊原蓮 得意科目は国語 中間テスト総合6位 生物部部長の小山夏彦  得意科目は理科 中間テスト総合7位 生徒会議長の瀬尾智也 得意科目は英語 そして、A組の二枚看板である二人。 中間テスト総合2位 奉仕部部長の雪ノ下雪乃  どの教科も得意だが強いて言えば国語 中間テスト1位 全国模試でも1位  全教科パーフェクト、どの教科も隙がない 理事長の一人息子でもある生徒会長の浅野学秀 俺達が1位を取るにはこいつらを引きずり下ろさないといけない 「チャンスの大きさがわかりましたね?これが暗殺教室の期末テストです。賞金百億に近づけるかどうかは……皆さんの成績次第なのです」 この先生は本当に殺る気にさせるのがうまいな。それにしても『五教科』トップか、ちょっと良いこと思いついちまったな。俺だけじゃ効果は薄いな。かと言ってクラス全員でやるほどでもない。まあとりあえずこんな時は……寺坂グループでいいか…… ◾️ ◾️ ◾️ ~浅野学秀side~ 「理事長、あなたの意向通り……A組の成績の底上げに着手しました。これでご満足ですか?」 「浅野君、必要なのは結果だよ。実際にトップを独占しなくちゃ良い報告とは言えないな」 学校では実の息子でも君づけで呼ぶ。父さんにとって僕は息子ではなくどこまでいっても生徒でしかない、これが僕達の親子の形だ 「E組は他を上回ってはならない。あなたの理念はわかりますが……なぜそこまでこだわるのかわかりませんね。確かに[[rb:E組> かれら]]の成績は上がっていますが所詮限界がある。僕等に本気で及ぶとは思えません」 元々成績最底辺の集まり……たかだが数ヵ月の努力で選ばれた僕等A組に勝てるわけがない 「私が君に教えたいのはそこだよ、浅野君。弱者と強者の地位は時に簡単にひっくり返る。強者の座に居続ける……これこそがもっとも大変な事なんだ。具体的には……そうだな……A組全員がトップ50位以内に入り五教科全てでA組が1位を独占するのが合格ラインだ」 ふん、僕の力なら実に容易い事だ 「……ではこうしましょう。僕の力でその条件をクリアしましょう。そしたら生徒ではなく……息子として1つおねだりをしたいのですが」 「……おねだり?父親に甘えたいとでも?」 「いえいえ、僕はただ知りたいだけです。E組の事で……何か隠していませんか?」 一瞬……ほんの一瞬だったが理事長の顔が固まる。実の息子の僕だからわかるほどの小さな変化……だがそれで充分……これで確信が持てた 「どうもそんな気がしてならない、あなたのE組への介入は……今年度に入っていささか度が過ぎる。まさかとは思いますが……教育業以外にヤバイ事に手を出していらっしゃるとか?」 「……知ってどうする?それをネタにして私を支配でもする気かい?」 「当然でしょう、全てを支配しろと教えたのはあなたですよ」 「……ふふふ、さすがはもっとも長く教えて来た生徒だよ」 「ははは、首輪つけて飼ってあげますよ……一生ね」 「ふふふ、奇遇だな、私も君を社蓄として飼い殺そうと思っていたところだ」 そう言ってられるのも今のうちだ。E組との賭けを利用し弱みを握って支配してやる。なにせ父さん、僕はあなたの息子ですから ~浅野学秀sideout~ ◾️ ◾️ ◾️ 俺が勉強する場所は家だけではない。まあ一番多いのは家なのだか。勉強会とかも呼ばれたこと無いしな。別に行きたくも無いんだけどね。ひとりでやった方が効率が良い。話を戻すと俺が勉強する場所は家を除くと2つしかない。図書館と家の近くのサイゼだ。学校の近くだと本校舎の連中がいるかもしれないから行っていない。本校舎の連中は大抵学校の近くにあるサイゼに行く。そのはずなんだか……なんでこいつらがいるんだ? 「じゃあ次はゆきのんが問題出す番ね」 「では国語から出題。次の慣用句の続きを述べよ『風が吹けば』」 「……京葉線が止まる?」 なんだ試験勉強かと思ったが千葉県横断ウルトラクイズか。それに答え間違ってるぞ由比ヶ浜、正しくは『最近は止まらずに徐行運転が多い』だ 「不正解……正解は『桶屋が儲かる』。では次は地理より出題。『千葉県の名産を二つ答えよ』」 「みそピーと……ゆでピー?」 落花生しかないのかよ。この県には、もっと他にもあるだろ、マッカンとかマッカンとか、それに千葉は伊勢海老の漁獲高が全国1位だ。もう伊勢海老から千葉海老に名前変えれば良いのに…… しょうがない、家で勉強するか……ここまで来て帰るのもあれだがあいつ等と鉢合わせる方が嫌だしな、俺自身本校舎に戻るつもりがない。俺とあいつ等が今後関わることも少なくなる。ならこのまま関係が壊れたままの方がいいのではないか。あいつ等はあいつ等で別の居場所がある。今の俺にもE組という居場所が出来た。だから奉仕部は俺にとっても……あいつ等にとっても俺の存在は必要ない場所なんだ。だから…… 俺は結局気付かない振りをしてサイゼを後にした。なんだかんだ言い訳をしているが自分で一番わかっている。これは詭弁だ。俺がこの世で最も嫌った欺瞞だ。ただ俺は怖いだけだ。またあいつ等に拒絶されるのが……だから逃げている。そんな自分が……心底嫌いだ…… ◾️ ◾️ ◾️ テスト前のある日。俺は気持ちを立て直し勉強に専念している。考えるのは後でいい、今は触手1本のチャンスを手に入れるために殺るべき事をやるだけだ そんなとある日、磯貝達が浅野と雪ノ下を除く六英傑と賭けをしたそうだ。賭けの内容は各教科で1位を多く取った方が負けた方に1つだけ命令できるというものだ。これはさらに負けられない理由が出来たな。だが…… 「こらカルマ君!!真面目に勉強やりなさい!!君なら充分総合トップが狙えるでしょう!!」 赤羽に全くやる気が見られない。今もあくびしてるし、夜遅くまで勉強してるようにも見えない、こいつ…… 「言われなくてもちゃんと取れるよ、あんたの教え方が良いせいでね。けどさぁ殺せんせー、あんた最近「トップとれ」って言ってばっかり……フツーの先生みたいに安っぽくてつまらないね」 何を言ってんだ赤羽は、油断してると足元掬われるぞ、今回は触手が賭かってるんだから頑張ってもらいたいものだが…… 「それよりもどーすんの?そのA組が出した条件って……なーんか裏で企んでる気がするけど」 「そうだな。どうせ1つだけとか言ってこの契約書にサインしろっていう1つだけとか普通に言ってきそうだし」 俺の意見で皆引いていた。え?皆やらないの?1つしか願い叶わないって言ったらその願いを増やしてくれって言わないのおかしくない!?ドラゴンボールとかもそうすればいいのに 「それよりも何を要求するんだ?学食の使用権とか自販機とかか?」 マッカンが常時手に入るなら自販機はありだな、むしろ自販機一択まである、毎日マッカン生活バンザイ! 「ヌルフフフ、それについては先生に考えがあります。『コレ』を寄越せと命令するのはどうでしょう?」 なるほど、それは名案だ 「君達は一度どん底を経験しました。だからこそ次はバチバチのトップ争いも経験してほしいのです。先生の触手そして『コレ』、ご褒美は充分に揃いました。暗殺者なら狙ってトップを[[rb:殺> と]]るのです!!」 今回俺は柄にもなくやる気を出しているのであった ◾️ ◾️ ◾️ ~期末テスト当日~ それぞれの利害が交錯する期末テスト、ある者にとっての勝利はある者にとっての敗北になる。それぞれが自分にとっての勝利を求めて……遂にその[[rb:決戦 > とき]]がやって来た 俺は時間に余裕を持って試験教室に入ったが見慣れない奴がいた。あれが噂の律役か。まぁさすがに人工知能の参加は認められないよな 本来テストとは一人で受けるものだ。 しかし、今回は色んな奴が同じ舞台に立っていることを感じる。一緒に闘う奴、敵となって闘う奴、応援をしたり、野次を飛ばす奴。 俺達は殺し屋、おまけに今は[[rb:闘技者> グラディエーター]]闘いのゴングが今日は鳴る 『テスト始め!』 まあ、いっちょ……殺りますか
追記9月2日修正済み
15.期末の時間
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10050574#1
true
「負傷者は搬出した。…ああそうだ。ロヴィーノがよこす清掃業者が到着次第、撤収する」  上陸してすぐに、眉毛さんはあちこち電話でやりとりを始めました。怒鳴ったり、ビジネスモードになったり、切り替わりが激しい人ですね。なんかサレルノから応援に来た人たちの態度見ると、結構えらい人なんでしょうか。  フェリ君と二人でぼやっとしていると、サレルノ部隊の人と話していたギルさんが帰って来ました。 「あのウェット着て襲ってきた奴な、COMSUBINくずれだった。ただのネズミじゃないのが混ざってやがるって思ったらな。やっぱり。倉庫側から桟橋の下潜って、こっそり近づいて来やがったんだ。陸のほうばっか見てて、誰も海ん中なんて見やしないし、正直やばかったぜ」  COMSUB…それ何です?頭の中ハテナマークだらけの私に、フェリ君がヴェ~と鳴きながら説明してくれました。イタリア海軍の特殊部隊なんだそうです。潜水奇襲部隊…うわ、まさしくそれ…されました。そんなすごい相手に天ぷら油かけた私って…。背中に嫌な汗が流れます。素人って、こわいです…ね。 「あっち側の攻撃の指揮とってたのも奴だったからよ、俺らがヤッた後あっという間に決着がついたんだ。おまえ良くやったぜ」  子供にするみたいに頭ポンポンされました。撫でるのと叩くのと中間みたいな奴です。「俺様から何か栄誉賞でもやろうか?」と言われましたが、いや、もらってどうしろと…? 「菊~美味しいもの食べに行こう!楽しいところ行こう!仕切り直しだよ!!」  いち早くテンション上がったフェリ君に、呆気にとられながらうなずいていると、どこからか黒塗りの車がやってきて止まりました。おおイタリア高級車です。ていうかここイタリアですからイタリア車って、フツーでした。でも型的なものや塗装具合はまぎれもなく格上の雰囲気があります。  運転席からスーツの人が降りてきました。あれ?何か監禁していた人たちと同じ匂いがします。 「フェリシアーノ様、お迎えに上がりました。ナポリで、若頭がお待ちです」 「え、兄ちゃんが?」  スーツさんは私に向き直りました。 「お友だちにもご迷惑をおかけしました。お詫びもかねて、イタリアの良いところをご案内致します。怖い思いをされた分の倍、楽しい思い出をお持ち帰りください。シニョリーナ」  ああ…これからいちいち誤解をといていかなきゃいけないと思うと、ぐったりします。  私たちは車に乗り込みました。フェリ君と私と、あれ?ギルさん? 「あ…」  なんであなたまで? 「あれ~ギルどうして乗ってるの~」 「昨日から眉毛につきあって疲れたんでな。休暇取ることにしたわ!」 [newpage]  持ってた物騒な銃器と装備を手近な人間に渡して、身一つで堂々と乗り込んでらっしゃいました。気軽に身軽にフリーダムですね…。  そのまま発進しかけて、私はあっと声をあげました。 「あ、挨拶!」 「どしたの菊?」 「お世話になったので、ご挨拶を…」  眉毛さんはまだ電話にかかってます。今はまともなビジネスモードですが、難しい話なのか、眉間に思い切りしわが寄っています。  ああっ通話切れました。私が窓を開けてもらってひと声かけようとした瞬間、ギルさんが身を乗り出して視界をふさぎました。 「よぉこれからナポリ行くけど、おめーはどーすんだ?」  眉毛さん一瞬すごい顔になりました。あまりにすごくて脳内メモリが一瞬取り込みを拒否りました。こ…こわい。 「チューリヒへ戻る。蹴飛ばしてた会合に出なきゃならん」 「ま、頑張れ。俺はこれからお休むぜ!」 「馬鹿か!!おまえもチューリヒ戻ってこの度の報告書上げるんだろーが!」 「ん、メールでやっとくわ」  うざい笑いです。ナポリのお兄さんの部下が、空気を読んで車を発進させました。窓が閉まります。私はあわてて身を乗りだしました。 「あの、助けて下さってありがとうございました!」  眉毛さんは兇悪な怒り顔のまま、問い返しました。 「はァ?」  私の英語って通じにくいんでしょうか。マシュー先生のカナダ訛りがうつってるせいですかね?もっとくっきりはっきり発音します!私は閉まりかける窓に向かって再度怒鳴りました。 「ありがとうございました!!」  ポカーンとした眉毛さんの顔をなで上げるように窓が閉まり、車は発進しました。伝わった…みたいですかね? 「おめぇ俺には言わねーの?」  むっとした顔でギルさんが言いました。 「すみません。ありがとうございました」  あっちは別れの挨拶こみで先にしただけなのに。でもこういう時言い訳するともっと機嫌損ねるでしょうね。 「とても助かりました」  そう言って頭を下げると、すぐ機嫌をなおしてくれました。切り替え早くて助かります。 [newpage] 「ところでさっきの眉…いえあの方は、会社でもえらい方なんですか?お名前もうかがいませんでしたけど」 「ああ。アーサーか。アーサー・カークランド。俺のトコの会社さ、K&Zcompanyっつーんだけど、その頭についてるKの方っつーたら、奴」  ええええ~!それって共同経営っていうか実質トップですよね?! 「そのような方が、こんな…」  私の八つ橋機能はこのときフル回転したと思います。 「…小回りのきく企業なんですね?」 「人出足りなくって自転車操業してるだけだぜ!」  そう言ったその口で自主的に休暇に入ったあなたは何様ですか?私は自重して聞かなかったのですが、ギルさんは勝手に答えてくれました。 「俺様はな、K&Zの戦闘戦略インストラクタだ」  俺様でしたか。 「あー、ルートに聞いたよ~。ひとりしかいない部門なんだってねー」 「ええ?なら休んでていいんですか?…そんな」 「いいんじゃなーい?ルート、いつも兄さんヒマしてるって言ってたし」  あれフェリ君、いつものほんわり口調で、さり気に酷いこと言ってません?俺様、笑顔で固まりましたよ。  えーっとちょっと考えてみると、ギルさんのポジションって日本で言うところの窓際族っぽくないですか…?ハブられてんですか? 「今回みたいに俺様の能力を活かす場面がなかなか無くってよ!」  笑いがカラ笑いっぽいです。えーとこのことはあまり触れないでいてあげようと思いました。  ナポリに着いたのは夕方でした。途中のドライブは正直あまり思い出したくありません。車の性能もいいせいでしょうか。あのぶっ飛ばし感…本気でブラックアウトしかけました。ただギルさんがいち早く気づいて薬を調達してくれました。休憩をこまめにはさんでもらったり…こういう気遣いができるところは、ルートさんとご兄弟だなと感じます。黙って立っていればイケメンですのに。そうそう、途中でミラーグラスを外したギルさん見てびっくりしました。ミドリシジミを上回る衝撃です。紫…もううっすらと赤いほどの紫なんですよ。夕焼けと夕闇が合体したみたいな──なんかもう、いろいろと規格外ですね。無作法も忘れて見つめていると、ギルさんがにーっと笑って言いました。 「よォ何だ?」 「…あまりに格好良すぎて…」  これはその時のまぎれもない私の感想です。その時限定でしたが。 「だろう!」  頭をわしゃわしゃされました。髪の毛が悲惨なことになりましたが、まあこの人が機嫌良さそうなので良しとします。 [newpage]  フェリ君はお兄さんの部下といろいろしゃべっていましたが、くるっとこっちをふり向いて言いました。 「兄ちゃんが美味しいとこ予約してくれてるよ!!パスタとね、お魚とか貝とか!」 「ムール貝とか?」 「うん。前に言ったことあるよね、紙に包んで焼く…」 「奉書焼き…ktkr」 「カルトッチョだよ~♪」  おめぇさっきまで青い顔で吐きそうだったのに、とギルさんに笑われました。  ですがね、ですが、イタリアに来て初めてまっとうな食事なんですよ!!  そう言ったらフェリ君、首をふりました。 「菊の作った魚の天ぷらも美味しかったけどな~」 「あれはカウントされません。イタリア料理じゃないですし」 「眉毛がえらい感動してたが、確かに美味かったぞ。おい」 「いえいえ」  冷凍食品やっつけで揚げただけです。あんな状況だったから、吊り橋効果とやらで美味しく感じたんですよ。  強いて言えば普通の味でした。 「ようこそナポリへ」  リストランテの席でお兄さんともう一人が待っていました。ああフェリ君とよく似てます。さすがご兄弟。でもってフェリ君と違う、どこかエッジが立った感じ、これが若頭ポジションっていうことですね。把握しました。 「お招きありがとうございます」 「ヴェ~兄ちゃん久しぶり~」 「バカがとっ捕まるから俺が苦労すんだろ!!」   イタリア語でヴェーチギ鳴きながら言い合って、よくわかりませんが…仲良しさんですね。その側にいるやたらニコニコしたお兄さんに、ギルさんが声を上げました。 「おぅトーニョじゃんか」 「ギル元気しとったー?」  顔見知り?私の頭の上のはてなマークに気づいたギルさんが説明してくれました。 「アントーニョ。K&Z社の社員。えーと、まあ営業?」 「ご同僚でしたか」  自己紹介をすると向こうは「アントーニョ・なんとかかんとかエド」と名乗られました。長い…名前が…。一回じゃ…無理。 [newpage] 「トーニョでええよ~」  この大らかな感じ、見た目そのままラテンですね~。て、ああいけないっ、最初に言っておかないと! 「ええと、私男ですから!」 「うん?」 「おう。運転手から電話で聞いてるぞ。コノヤロー」  ものすごく普通に対応されました。恥ずかしい。 「ああでも小さくて可愛いし、絶対女に見えるわ~」 「そーだろ?華奢だしよ。俺もルッツから話聞いてなかったら、危なかったぜ。眉毛が面白いことになってたな」  …うん。確かに筋肉その他比較しないで下さい。  ああでも料理美味しかったです。さっすが地中海の民です。お魚、貝、パスタ、パスタ!我を忘れてはしゃいでいると、「ピッツァも忘れんじゃねえ」とフェリ君のお兄さんに言われました。ロヴィーノさんとおっしゃるそうです。トーニョさんは、ロヴィーと呼んでらして超フレンドリーです。さすが営業さんですね。  少し甘口のデザートワインがまた美味しくて…。いつもビールとかチューハイばっかの舌には新境地でした。ほわほわ幸せに飲んでいると、トーニョさんがあ、と声を上げました。 「えーと菊ちゃん、そんな飲んで大丈夫?まだ年齢的にアカンのやなかったっけ?」 「いや、もう成人してますよ~」  お腹いっぱいで幸せなので、私の対応もオトナですよ~。 「日本人って若く見えますけど、大丈夫です」 「おぅ、パスポート見たらびっくりするぜ!」  ギルさん、あなたまたどうしてそう余計な…。 「俺様より年上なんだぜ!」 「「なんだってー!!!」」  ロヴィーノさんとトーニョさんの合唱です。若干あたりの注目を浴びました。  そうでしたか。このムキムキ兄、私より年下でしたか。なんかさんづけで呼ぶのも苛立たしくなってきたんで、君呼びにしてやります。私より年下なんだから、ギル君で結構れす。  食事終わって外へ出てみると、素晴らしい満月でした。昨日の今ごろ、手錠で震えてたのが、嘘みたいです。お腹いっぱい、幸せいっぱいです。今なら石畳の上でスキップ踏めそうです。 [newpage] 「おいおい、危ねーから、離れんな」  ああそうでした。ルートさんの安全講座で治安関係言われてたんでした。ロヴィーノさんがぐいと肘をつかんで言いました。 「日本人、ぼけっとしてると狙われるぞー。俺らがついてるからって、安心しすぎんじゃねえ。チクショーが」  横からトーニョさんにがっちりホールドされました。 「は~い日本人確保~。保護完了~」 「おめー酔ってんのか。バカトニョ」 「はいはーい。俺兄ちゃん確保~」 「バカか。おめーも酔ってんのか!」  ロヴィさんにぺしっとされたフェリ君は私のところにやってきました。トーニョさんと入れ替わるようにむぎゅっとされます。 「はーい、菊確保~」 「はいはい保護されました~」  フェリ君に確保されました。平和ですねぇ。ところで深夜の路上でいい年した野郎どもが何やってんだか。まあみんなストレスから解放されて頭パーンになってるせいでしょうね!  トーニョさんの方は「ロヴィ確保~」と行って、やっぱりぺしっとされてました。今までのやりとりを黙って見ていたギル君が、ニーッと笑って手を広げました。 「楽しそうだな。俺もフェリちゃん確…」 「ねー兄ちゃん明日どこ行く~?」  フェリ君は私を抱いたまま、くるっと向きを変えました。ギル君の手がスカッと空を切ります。 「ガッレリアとか行くよね?王宮とか、卵城とか」 「そうだな。あとナポリ見終わったら、カプリ島連れてけ。俺は行けねーけど、誰かつけてやるから」  フェリ君、ナチュラルスルーが見事すぎます。ギル君は何かしょっぱそーな顔です。可哀想なのであまり見ないであげようと思いました。  翌日からのイタリア観光は素晴らしかったです。ローマに置いてきた荷物も送られてきて、ほんとに本当の仕切り直しです。  デジカメ、すぐにメモリいっぱいになりました。  見るの、食べるの、撮るの、体が三つ欲しいです。  ナポリの王宮やら海に突き出たお城やら…見て、ペスカトーレ、マルゲリータ、ピッツァ、ピッツァ!!  美味しいものやら素敵なものがあとからあとから、びっくり箱みたいに出て来ます。イタリア最高!ジェラート万歳!!  ロヴィーノさんは仕事の合間をぬって付き合って下さいました。そのおかげで、現地の人しか行かない、美味しいところにたくさん行けました。 「ありがとうございます。とっても楽しいです。イタリア大好きです」 「な・なにいってんだ。コノヤロー。ナポリだけじゃねー、もっとまわって来い。シチリアから何から、南のいいとこ全部行き倒せ!」 「やだ兄ちゃん。北も行くんだよ~。フィレンツェもヴェネツィアも行くんだからね!ミラノから湖水地方もおさえなきゃ!で、もっともっと美味しいもの食べるんだよ。さあ!」  ああヴェネツィア、運河、ゴンドラ、素敵すぎる!! [newpage]  ナポリを出てポンペイに行き、シチリア島に行き、また半島に戻ってアルベロベッロとか奇勝地を見ました。そうして…。  食べましたよ~。  力いっぱい。お腹いっぱい。食べ過ぎて一回お腹こわして、ギル君に呆れられちゃいましたけど。それでも薬持ってきてくれるとこ、やっぱりルートさんのお兄さんです。  その後北へとんでミラノ、ヴェネツィアから、パドヴァにあるフェリ君のおうちにもお邪魔しました。予想通りの豪邸でしたね…。そうそうバッグあつらえてもらったんです!お店の名前忘れちゃいましたけど、フェリ君のオススメのとこで。後になって弁当屋の店員が、こんなしゃれたバッグ持ってどこへ出かけるのかって思いましたけど。でもその時のノリってこわいですね。イタリア旅行記念に極上の一品を!って思っちゃったんです。あはは。  あはは…あは…あはは。  スイス国境に近いコモ湖でクルーズした後、ギル君が「やべ、ルッツからメールが来た。チューリヒ戻るわ」と言い出しました。 「ああルートさん、仕事終わられたんですか?」 「ああ。もうちょっとかかるらしいわ。でも誰か俺がさぼってるって密告しやがった。ちっ、メールの文面が怖エェ」  あの真面目のかたまりみたいなルートさんには、ギル君の自主休暇?は許しがたいでしょうね。ギル君は「誰がチクりやがったかな~。まさかトニョか?それとも本部のアイツか-」とつぶやいてます。 「まあ、四週間は俺もちょい長めだったと思うけどょ、バカンスじゃん!バカンス!K&Z社がオカシイんだよ。三週間くらいバカンスは普通だろ?」 「まあヨーロッパ、バカンス休み長いのあたりまえですねえ」  日本では学生さんはともかく、社会人は盆休みと正月休みがちょろちょろっとあるだけで…。  あれ?  四週間ってギル君言いましたよね?四週間。私たちずっと一緒にいましたよね?私も一緒に四週間。 「ああああああああああぁ~!!!」 「本田どうした!」 「ど…どしたの菊!」 「私のバカッ!!」  誘拐騒ぎのあと、仕切り直しで舞い上がって、すっぽり頭から抜け落ちてました。ええ、見事に忘れてました! 「私の休み、十日しかなかったのに!!忘れてましたー!!」  イタリアに来てから、ほぼ一ヶ月が経過していました…。                     つづく [newpage] 補注  COMUSUBIN  Comand Raggruppamento Subacquei e Incursori(イタリア海軍潜水奇襲部隊)グリーンベレーならぬ、エメラルドベレーです。さすが海に強いイタリア、各国の特殊部隊筋からの評価も高いみたいです。英海兵隊SBS米海軍SEALsとも合同訓練してるそうです。(ネットよりもこれは地方市立図書館の資料の方が詳しかったです。市民税払った甲斐があったと) 補注  イタリアを含むEU界隈のだいたいの飲酒年齢  16才以上OK(ビールやワインなど)18才以上OK(蒸留酒などアルコール度数の高い物)各国にばらつきがありますので、興味がある方は調べてみて下さい。
 仕切り直しのイタリア観光入りまーす。<br /> 素面のようでロヴィーノも酔ってます。酔って気が大きくなってる分、ぺしり程度で済んでいます。素面だったらあそこで、流血必須のナポリタントルネードくらわせているかと。<br /> 次回いよいよラストです。
アドリア海でF&C 11
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005068#1
true
目が覚めると隣で男の人が寝ていた。 いやいや待って??なんでこの人半裸なの!?!? 人間は驚きすぎると声が出ないというが、まさにそんな状況だ。ねぇ、私ヤッちゃった...ヤッちゃったの???恐る恐る自分の服装を確認する。 ...うん、ルームウェア!!私の貞操は守られていた!! とりあえずベッドから抜け出そうと思っても、目の前の人が私を抱きしめているため離れることができない。だ、誰かヘルプミー!!! 「んっ...なんだ起きたのかよ」 耳元で掠れた声が聞こえてくるが、朝からその声は死んじゃう、待ってエロすぎる。 「...?なんかちっちぇな...は??」 「...言いたいことは分かります。私も同じ気持ちですが、今は一刻も早く離れてください!!私の脳がキャパオーバーしてしまいます!!」 私がそう言うと目の前の男は拘束を緩めてくれた。...何となく訳ありなようなので、男をカーペットに座らせ情報交換をすることにした。目の置き場が無いのが問題だ... 「...何で私の部屋に居たんですか?下手したら通報案件ですよね??」 「いや、俺も分かんねぇ...彼女の家行って、んでヤることヤって、気づいたらここに居た」 「朝からやめてくれますかね???まだ9時ですよ???」 そう言いながら、目の前の男の顔をじっと見つめる。...この顔どっかで見たことあるんだよなぁ... 「お酒を飲んでたせいで、幻覚を見ていたのでは?」 「それはねぇ、ほら見ろこの首のとこのキスマ、まちがいな...」 「だから、朝だって言ってるでしょ!?」 何だこの人!!!色欲魔人か!!! 「...とりあえずそのことに関して嘘はついてなさそうなので信用します。...信用理由がアレだけど」 でもこの人、どうして私の部屋に居たんだ? 「...あのよ、聞きたいんだけど」 「なんですか」 「今何年だ?」 何を言いだしてるんだ?今はーー 「ーー年です」 その言葉に男は目を見開いた。うわー...マジか...などと呟いてる。 「一体どうしたんですか?」 男は頭をかきむしると私の方に顔を向き直してきた。 「...落ち着いて聞いて欲しいんだが、ここは俺が居た世界の10年前らしい」 「は?」 「いや、ガチだから」 え、じゃあ目の前の人は私より10年後の世界を生きている人...???信じられない!! 「警察に通報...」 「待て待て!!これ見ろ!!」 そう言って男が取り出してきたのは履いていたズボンの中にあった財布、そして中に入っていた免許証を私に提示してきた。 「...本当だ」 そこに書いてあったのは見たことがない元号だった。どうやら、この人の言っていることは本当らしい。...ん?待ってくれ見覚えある名前が... 「...つかぬ事をお聞きします」 「何だ?信用してくれるなら答えられることなら話すぞ」 「...あなたのお名前は」 「松田陣平」 うっわ、マジかよ!!!!!同じクラスの松田君じゃん!!!!え、何で私の部屋で寝てたの!?ま、まさか... 「松田君...」 「あ、何だその反応やっと気づいたのか?」 ここである私の推測が現実味を帯びてきた。 「か、彼女さんってもしかして...」 聞きたいような聞きたくないような!!! 松田...さんはニヤッと笑うと顔を近づけてきて言った。 「...10年後のお前だな」 「うわぁぁぁぁぁああああ!!!」 お母さん、お父さん...どうやら私は同じクラスのイケメン君と将来付き合っているそうです。 「んな、騒ぐなって...知らない仲じゃねぇだろ」 「私はこんな色気がダダ漏れのイケメンに耐性無いんですから!!!帰ってくださいよ!!」 「...帰れたらもうすでに帰ってるわ...」 「そんなこと分かってます!!!分かってて言ってるんです!!それととりあえず服着てください!!視界の暴力!!!」 「服はねぇ」 「そういえばそうじゃん!!!」 この人半裸で私とコンニチワしたんだった。一人暮らしの女子高生の家にいる半裸の成人済み男性...字面が酷い。これは即通報レベルでは? ていうか、一人暮らしなので男物の服とか無い。え、私の服着る...?無理だな、パッツパツで服破れるわ。...もしかして買いに行かなければいけないのでは?? 「...服買いに行ってきます」 「...なんか、悪りぃな...ほら、財布渡すわ...さすがに女子高生に買ってもらうと、ヒモ臭が凄い」 「漂う逮捕案件ですね、とりあえず行ってきます」 「...色々ツッコミたいが、気をつけろよ、行ってらっしゃい」 バタンッと扉を閉める。 「『行ってらっしゃい』か、久しぶりに言われたな...」 とりあえず、いつ戻れるのか分からなそうだし...必要なものは買っておこう。 日用品などを簡単に買い、最後に洋服店で男物の服を探していた時だった。 「...お前なんで男物の服買ってんだ?」 朝聞いた声と似た声が聞こえた。手を止めて声がかかった方を振り向く。 「松田君じゃないですか...」 そこに居たのは現在の松田君だった。何で今日に限って会ってしまうんだ...!? まさか『10年後から来たあなたの服買ってます』なんて言えない。 「い、従兄弟が突然泊まりに来たんだけど服忘れたみたいなので私が」 「いや、従兄弟が直接買いにくればよくね?」 「う、うーんと昨日、服洗っちゃって...」 「は...?そういえばお前一人暮らしのはずだったよな?...おいお前、下着姿の男と一晩中過ごしてたのか?」 や、やばい!!!やってしまった!!! 「わ、私とあの人の関係なら大丈夫!!」 「いやいや!!問題ありすぎだろ!!」 松田君、その通りです!!ド正論!! 「みのがしてください」 「連れてけ」 「えっ、いまなん、ひぇ」 松田君は私との距離を詰めてきた。捕まる、これは捕まる。逃げなければ! 「その男の元に連れてけ」 「む、無理!!!!!!」 こ、こわいよぉおおお!!!私は持ち前の足の速さを活かし切って家まで逃げ帰った。 逃げ足速いぜ...グッジョブ私 「た、ただいま帰りました...」 「おーお帰り、昼飯作っといたぞ」 ...半裸でキッチンに立ってることはもうツッこまないでおこう...もう慣れた 松田さんが作ってくれたスパゲッティを食べながら先ほどあったことを話した。 「...現在の松田君に会いました...あなたの元に連れてけって必死でしたよ...」 そう言うと松田さんはめちゃくちゃ笑っていた。何だこの人は... 「俺もまだまだ若ぇなーー」 「ほんと大変だったんですから...」 「...んじゃ、お詫びに遊園地行こうぜ?」 「はい?」 「もちろん、俺が全額払う。何だかんだでこれからも迷惑かけちまいそうだし...」 ま、松田さんの頭に犬の耳が見える...!! 仕方ない...これは対価、そう対価なんだ!! 「...わかりました。行きましょう」 「っ、マジか!じゃあ明日だな、予定空けとけよ!」 「明日ですね...分かりました」 「...デート、楽しみにしてるぜ?」 えっ、デートとか言うなぁぁぁああ!!!! んで当日を迎え私達は遊園地へと向かった。久しぶりの遊園地になかなかテンションが上がっている。 「...意外と乗り気だな」 「ここまで来たなら楽しまなきゃいけませんよ、さぁ行きましょう!!!」 グイグイと松田さんの手を引っ張りアトラクションへ向かう。どこ行こうかなーーー 「ねぇねぇ!!」 「はい?」 声をかけられたため振り向く、そして私は目の前に広がる光景に倒れそうになってしまった。 どうして、松田君達御一行が!!女子達もご一緒で楽しそうですね?? 私の友人もメンバー内に居るんですが...凄い顔して松田君が睨んでるので逃げていいですか??あっ、松田さんやめてください。さらっと身を寄せないでください!!みんなの目が輝いてるから!!! 「やっぱそうじゃん!!誰そのイケメン!!!」 「もしかして、彼氏!?」 「えっ、その...」 なんて答えようか迷っていると松田さんが動いた。 「どーも、彼氏です」 松田さんが私の腰に手を回してくる。助けてくれないんかい!!!てか、この人距離感!! 「「きゃー!!!!!!」」 女子達の歓声が上がる。待って、事が大きくなりそう、女子の情報網って凄いんだよ??? 「ねぇねぇいつから付き合ってたの!?」 「うらやま...」 クラスメイト達が口を揃えて聞いてくる。 「だいぶ前から...だよな?」 松田さんは腰を抱き寄せながら対応する。前から、前からねぇ...間違ってないから反応しづらい。私達っていつから付き合ってるんですか???3年後ぐらいとか??あー分かんね。私は考えることを放棄した。 「...おっさん、見たところだいぶ年上っぽいけどさ、大丈夫なの?条令に引っかからない?」 松田君がずいぶん挑発的な言葉を松田さんに投げかけてくる。あー分かります。その気持ち 「だーいじょうぶ、俺たち婚約してるから、両親公認」 「はぁ!?」 松田さん?それは私、聞いてないですよ!? 松田君なんかめっちゃ怒ってるし... 「んな、照れるなよ、な?」 そう言って松田さんは私の名前を呼んできた。 「ひぇええええ」 「良い反応すんなー...じゃあ俺たちはそろそろ消えるから、お前達も楽しんで、じゃあな」 そう言うと私達は彼らから離れた。いや、これからどうするの私、公認の彼氏持ちになっちゃったじゃないですか、助けて。 ーー何だかんだで、遊園地は楽しんだ。ジェットコースターで撮られた写真を見た松田さんが、ゲラゲラ笑っていたのでとりあえず後で殴ろうと思う。...松田さん?イケメンはイケメンのまま写ってましたよ。なんだあれ、撮影会ですか?? 遊園地デート(笑)も終わり、2人して家に帰ってきたのだが、松田さんに 「明日から2日間、誰からの電話にも出るなよ?面白いことになるから」 と言われた。正直、守る気はさらさら無かったのだが携帯も取られて渋々言う通りにすることに...とりあえず、夏休みの間は勉強を教えてもらうことになった。...やばい、この人の説明分かりやすすぎる...神かな??? そんな生活をして2日が経った。 「あ、明日で俺、元の世界に戻るみたいだわ」 「突然すぎじゃないですか、説明よろ」 「夢見たんだけどさ、10年後のお前に怒られて戻って来いって言われた」 「なにそれメルヘン」 と、砕けた会話もするようになった。いよいよ明日でお別れか... 「じゃあ、今日はお別れパーティですね」 「だな...今日は焼肉行くか!」 「もちろん、松田さんの奢りですよね?」 「...当たり前だろ」 「何ですかその間は...冗談です、私も出しますよ。勉強教えてもらったお礼です!」 何だかんだで最後に思い出話をした。同期達とカラオケに行って同期の1人が100点を連続で叩き出した話は笑った。何だその人、会ってみたい。どうやら、その人もイケメンなようだ。類は友を呼ぶってやつかな?? そして次の日松田さんは居なくなっていた。 「...嵐のような人だったな」 とりあえず、友人達に今までの状況説明をしよう。あれは、従兄弟のいたずらで...そう伝えるため、友人達に電話をかける。 「もしもし、いきなりなんだけどさ、この間私と一緒にいた男の人いるでしょ?あれ、私の彼氏じゃなくて従兄弟で...!!」 「...え?なんのこと?架空彼氏???夏の暑さでやられたか、水分摂りなよ??」 ーーえ? 「何言ってんの?あんたに彼氏???居ないじゃん」 あの日会った友人達に電話をかけるがみんな同じ反応。 夏場のホラーかな??????えー...なんで、怖...まっ、いいか!また、いつか会えたらいいなーと思いながら買い物に出かけていた時だった。 「おい」 「はい???」 ま、松田君じゃないですかーー 「...お前、この2日間なんで電話に出なかったんだよ...」 「あっ、ちょっと...色々ありまして」 友人達が覚えてないんだし...どうせ説明したって無駄だよね? 「チッ...」 イケメンの舌打ちこっわ... 「なんで、アイツなんだよ...アイツ地味に俺と似てるし、それなら俺のこと選んでもいいだろ...」 おーっとこれはまさか...覚えてる?何で松田君だけ... 「...おい、あいつに伝えとけ」 「あいつ...って」 「お前の、彼氏だ!!いいか『ぜってぇ渡さねぇ!!』ってそう言っとけよ!」 「は、はい!!!」 そう言うと松田君はその場から去って行った。てか... 「言う手段無くない...??」 ーーその時の私は松田君が言っていた言葉の真意なんか分かっていなかった。...その言葉の意味を身をもって理解するのは夏休み明けの事だった。 side:??? ...目を開けるとそこに居たのは俺のよく知っている彼女。 「んーじんぺー...?起きたの?」 寝起きだからか、舌ったらずな言い方になっている。 「あー起きた起きた、はよ」 「んーはよー」 10年前のこいつも可愛かったが、やっぱり今のこいつにはかなわねぇな。 「...10年前のお前に会ってきたわ」 「え」 勢いよく彼女が起き上がる。うっわ、絶景かよ 「!!!」 俺の視線に気づいた彼女はシーツを包んで身を隠す。 「みた...?」 「バッチリ」 「ひどい!!」 まるで10年前とは逆の光景。 「...あれ、夏場のホラーだと思ってた。みんな覚えてないんだもん」 「でも、俺は覚えてたけどな?」 「いや、ほんと訳分からなすぎてとりあえず家に帰って寝たよね...」 「俺の執着心が強かったって事だな」 「今も十分...」 まぁ、言いたいことは分かる。あの出来事から俺はめちゃくちゃこいつにアピールしまくってた。でも... 「嫉妬してた相手、俺じゃねぇか...」 「まーそういうとこが陣平らしいね」 「クッソ恥ずかしい...」 俺に嫉妬して必死に目の前のやつ落とそうとしてたなんてな... 「でも、私はそんな陣平が好きだよ?」 そう言って緩みきった笑顔で俺の方を見てくる。 ...まぁ、長年片思いしてたこいつを手に入れられたならあの時の俺に感謝だな。 「...俺も昔からお前の事を愛してる」 ーーこいつは誰にも渡さないからな?
<br />10年後の松田陣平がやって来た!!<br />おーっと現在の松田君の様子が...?<br /><br />って話です。<br /><br />高いノリとテンションで書ききりました
目を覚ますとそこに居たのは半裸の男でした
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10050743#1
true
 一番大事な話し合いを終えたあとは、その他の細々とした交渉を行った。これは普段から放送を通じて行っているものの延長線上なのでとくに問題なく終わり、俺とマリアの直接会談は終わった。このあとはこの別邸にて懇親会を行うことになっている。いまからお互いの国に帰ろうとすると夜の移動になってしまい警護しづらいとのことなので、この地に一泊して明日の朝に帰国するという手筈になっていた。  懇談会用の食事はこの国で仕入れた食材を、王国と帝国がそれぞれ同行させていた料理人に調理させて用意した。俺やマリアになにかあれば、ゼムにとっては東西から挟撃されるリスクが高まるだけなので、さすがになにも仕掛けないとは思うが、万が一に備えて毒味などの安全対策は講じている。国のトップ同士が会うことの難しさを改めて痛感させられる。  ちなみに王国側の料理人だけど、さすがにこれ以上要人が増えても警護しきれないので農林大臣ポンチョや妊娠中のセリィナ、コマインは連れてこられなかった。その代わりに彼のお食事処『イシヅカ』で働いている料理人たちを同行させた。西の大国の女皇様も食べる料理を作るよう命じられて、彼らはガチガチに緊張していたようだけど……それでも頑張ってくれたようだ。 「あーもう、外はカリカリ、中はジューシーです」  それは満面の笑みで竜田揚げを頬張るマリアの顔を見ればわかるだろう。今回は使えるスペースに限りがあると言うことで、立食のバイキング形式になっていて両国の人々が思い思いに歓談していた。貴族の夜会に招待されたときに比べれば、揉み手と貼り付けたような笑顔でご機嫌をとろうとしてくるヤツが寄ってこないぶんかなり気楽な感じだ。俺とマリアで話していれば、配下ですら遠慮して近づいてこないからな。  そのせいもあってかマリアはモグモグタイムを謳歌していた。 「レシピは教えてもらっていますが、やはり本場の物は違いますねー。使ってるお醤油からして我が国の物よりも風味が良いですし」 「それはまあ、妖狼族の日々の研鑽の賜物でしょう」 「美味しすぎてフォークが止まりません~」  ニッコリ笑顔で美味しそうにパクパクモグモグと料理を食べるマリア。なんだかぐっと親近感が湧いた。プライベートでは少々残念な感じになると話には聞いていたけど、素だとこんな感じのゆるゆるなんだなぁ……。するとアイーシャがやって来て、マリアにお皿を差し出した。 「マリア殿。こっちの茄子の煮浸しも美味しいですよ」 「まあアイーシャ殿、本当ですか? それは是非食べなければ」  なぜか食いしん坊ダークエルフのアイーシャとも意気投合しているし……。 「あの、マリア殿? あまり羽目を外すとまたジャンヌ殿に怒られるのでは?」  心配になってそう尋ねると、マリアはウフフと楽しそうに笑った。 「大丈夫ですわ。ジャンヌはいま別室で拗ねてますから」 「あー……そうでしたね」  さきの会談で最も重要であった『九頭龍諸島連合への艦隊派遣問題』について、俺とハクヤはその内情について詳しくは語らなかったし、マリアも大方のことは察しはしたようだけど口には出さなかった。いやむしろ察したからこそ機密保持のために黙っていてくれたのだろう。そのため一人だけ内情がわからないまま蚊帳の外に置かれたジャンヌが拗ねたのだ。  もちろん、他国との懇談の場所であからさまに拗ねたりはしない。ただ「すみません。体調が優れないので下がらせてもらいます」と断りを入れて、べつの部屋へと引き下がっただけだ。ただ姉のマリアから見れば、仲間はずれみたいにされて拗ねているのが丸わかりなのだそうだ。するとマリアが頭を下げた。 「すみません。ジャンヌのこと、ハクヤ殿にお任せしてしまって」 「お気になさらず。もともとハクヤはこういった賑やかな席が苦手のようですし、案外、これ幸いと抜け出したのかもしれません」 「そうなんですか?」 「ええ。それに……」    首を傾げるマリアに、我ながら意地が悪いなぁと思いつつ言った。 「あいつもたまには女性に振り回されればいいんです」  ◇ ◇ ◇  べつの部屋ではジャンヌがツンとそっぽを向いていた。その近くには少し困り顔のハクヤも立っている。政略や戦略に関しては明晰な頭脳を持つハクヤだが、城仕えする前はずっと本の虫だった独身男なので、不機嫌そうな女性を宥めるにはどうすればいいかはまったくといっていいほどわからなかった。 (こんなことなら陛下とお妃方のやりとりをもっと観察しておくべきでした……)  ソーマとリーシアを初めとする妃たちとの仲は良好だが、言い合い程度ならしょっちゅう行っている。ソーマのデリカシーのなさにリーシアたちが怒ることもあれば、妃同士で徒党を組まれて自分の意見を無視されたソーマが拗ねることもある。この前などはシアンとカズハの将来の教育方針について言い合っていたようだ。さすがにまだ早いだろうと周囲で聞いていた者たちは呆れていたが。  しかし、そんな言い合いも結局は夫婦間のじゃれ合いのようなものであり、放っておいてもすぐに仲直りしている。他所様の夫婦げんかなどに首を突っ込みたくはないので関わらないようにしてきたが、リーシア妃たちを怒らせたときソーマがどのように宥めているのかを見ておけばよかったと、このときのハクヤは本気で思っていた。 「あの……ジャンヌ殿?」 「……なんですか、ハクヤ殿?」  声を掛ければ一応返事をしてくれるようだ。 「その……怒っていますか?」 「……怒っているというより、憤っています」 「……申し訳ない。ですが、どこに人の耳があるかわからない場所では迂闊なことが言えないのです。ジャンヌ殿を疎かにする意図などは……」 「違いますよ」  ジャンヌはハクヤの弁明を遮るとクルリと彼のほうを向いた。 「私が憤っているのは、私自身の不甲斐なさにです」  ジャンヌは胸の下で腕を組むと悲しげに瞳を伏せた。 「『姉上が理想を掲げるかぎり、王国は帝国と共に歩む』……そう言ってくださったはずのソーマ王が、九頭龍諸島連合を侵略するようなことを言い出した。それだけでも眉をひそめたくなることなのに、姉上はなぜかそんなソーマ王の要請に協力するという。人が変わったようなソーマ王とハクヤ殿の考え、理想を捨て去ったかのような姉上の考え……私には、貴方たちがなにを考えているのかわかりません」 「………」 「それでも、三人にはなにか考えがあってのことだということはわかります。単に私だけが事情を察せられていないだけなのだと。それが……とても悔しい。姉上はわずかなヒントから正しく思惑を察せられたというのに」  ジャンヌが憤っていたのは蚊帳の外に置かれたことではなく、事情を察することができない自分自身の不甲斐なさだったのだ。ハクヤは小さく溜息を吐いた。 「マリア殿は聡明な女性ですね。思惑を完全に見抜かれたのはこちらとしても予想外でした。たとえ一時的に険悪になったとしても、マリア殿がマリア殿らしく行動してくれればそれで良かったのです。しかし、マリア殿は大方のことを察した上で協力を約束してくださいました。おそろしいほどの慧眼です」 「姉は私生活はゆるゆるですけど、とても頭が良いですからね」  ジャンヌは力なく笑った。 「だからこそ、私たちは姉上を頼ってしまう。頼りになりすぎるから。帝国の女皇というプレッシャーを常に背負いながら頑張る姉上の力になりたいと思っているのに……私に、もっと力があったならば」 「………」 「……すみません。ハクヤ殿にこんなことを愚痴ってしまって」 「いえ、気持ちはわかります」  ハクヤもジャンヌも国のトップを支える立場だ。ソーマは能力がある者を信任して仕事に取り組ませることが異様に上手い。人材狂いと言われるほどに人材を集めたことで、様々な方面に手を出してもなんとか政策を進められている。難点としてはなかなか国王としての業績が外に出にくく国民たちの目には地味に映るが、国さえ上手く運営できているなら国民たちから不満が出ることはない。  しかしもし、ソーマがマリアのように能力もカリスマも持ち合わせていたらどうだろう。自分ですべてできてしまうならば、人を集める時間よりも政策を先に進めてしまうのではないだろうか。そうして自分で解決してしまうことでさらなる人望を集めて、さらなる期待を集めてしまう。その期待に応えれば応えるほど、さらなる期待が注がれて……。  そんな姿を傍で見ているのは歯がゆいだろう。「もっと自分を頼ってほしい」という言葉さえ、気軽に言わせてはもらえないほどマリアには天賦の才があった。 「歌姫として活動する姉上を見て思ったんです。本当に姉上がやりたかったことはこういうことだったんじゃないかって」  ジャンヌは切なそうに言った。 「帝国を盟主にした人類側国家の連合軍による魔王領侵攻作戦の失敗、そして先代皇帝である父の崩御……帝国の人々が暗く沈んでいた時期に姉上は女皇として即位しました。姉上は言っていたんです。『帝国の人々を笑顔にしたい』って。その一心で姉上は帝国を再度まとめ上げ、『人類宣言』という希望の旗頭になったんです」 「………」 「姉上は皆を笑顔にしたかっただけなんです。もしかしたら女皇になどならなくてもよかったのかもしれません。現に歌って踊る姉上はとても活き活きしていますし、見ている国民たちも楽しんでいるようです。本当ならばそういう活動だけをさせてあげたいのですが……そういうわけにもいきませんからね」  ハクヤは掛ける言葉が見つからなかった。他国の人間であるハクヤにはどうすることもできないし、ましてや王国で重職に就いている身としては迂闊なことも言えなかった。できることと言えばただ黙ってジャンヌの弱音を聞いてあげることだけだった。するとジャンヌが不意にパン!と自分の両頬を叩くと、驚き顔のハクヤに笑いかけた。 「ダメですね、暗い話ばかりして。折角こうしてハクヤ殿と直接お話しする機会に恵まれたというのに。時間が勿体ないです」 「……構いません。私には話を聞くことしかできませんが」 「私が構うんです! 今宵は飲み明かしましょう」 「あっ……私はあまりお酒は強くないので……」 「あー、そうでしたね」  するとジャンヌはニンマリと笑った。 「大丈夫。酔い潰れたら私が介抱してあげます」 「いや、他国の要人の前でそのような醜態をさらすわけには……」 「いいじゃないですか。たまには一緒に心のたがを外しましょう」 「いえ、ですから……」 「さあさあ、そうと決まれば会場からお酒と料理をいただいてきましょう」  ジャンヌはハクヤの手を取ると、引き摺るようにしてズンズンと歩き出した。ハクヤは珍しく困惑した顔をしていたが、 (……まあ、さっきまでの沈み顔よりはいいでしょう)  楽しげなジャンヌの横顔を見て、今日は夜通し付き合うことを覚悟するのだった。
現国《定礎の章》第四話『ゼム編9 ジャンヌの憂い』
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10051256#1
true
New game Start… 閉じた瞼に強い光を感じて、白澤は僅かに眼を開けた。 強烈な朝日が、少しだけ開いた窓の隙間から細く一筋伸びて白澤の顔を照らしていた。 眩しさに顔をしかめて、毛布を引き上げ布団の中に潜り込む。 (―――せっかく可愛い女の子との良い夢見てたのに…) 白澤は嘆息すると、再びの惰眠を貪るべく身を捩って体勢を整える。身体の向きを変えようとして、背中に寄り添うように眠るもう一つの体温があるのに気付いた。直接肌と肌が触れ合う熱を感じ、そこで初めて自分が一糸纏わぬ姿である事を知った。頭まで被っていた布団を少し下げて、見渡した部屋は桃源郷の自室ではなかった。 落ち着いた和装の室内には麝香の芳香が充ち、床に転がされた手燭の灯りはすっかり消えてしまっている。枕元では、薄紅色の雪洞に灯った光が薄暗い部屋の壁や障子にくるくると幾つもの花の模様を映し出していた。畳上に布かれた布団に横たわった白澤は、瞬時に此処が出合茶屋の一室であると理解した。 例の如く酷い二日酔いで昨晩の記憶が曖昧だ。衆合地獄の酒処で一緒に呑んでいた女の子にちょっとオイタをしたら平手打ちを食らって、ヤケになって独り暴酒に耽った所までは覚えている。あれ?その後、さらに梯子酒して誰かと二人で呑んでた様な気がする。 今こうして茶屋に居るんだから、何処かで捕まえた女の子を無事にお持ち帰り出来たって事でいいんだよね? 白澤はニヤリと口角を上げると、愛らしく背中に寄り添う女の子を起こさないようにゆっくりと寝返りを打って、優しく腕の中に抱き寄せた。胸をくすぐる彼女の真直ぐな黒髪は優美に艶めいて、椿の薫りが鼻腔を満たす。柔らかな髪を撫でながら顎に当たる小さな角に唇を寄せて、彼女の剥き出しの肩に手を滑らせると「…ん」と、息と共に微かな声が漏れた。 (ホント女の子は可愛いなぁ。良い匂いだし♡) 白澤は飲み過ぎた所為でズキズキと痛む頭でそう思った。しかし、たとえ酷い二日酔いであろうと、この好色家の躯は正直である。しっかりと目覚めた躯は熱を持ち始めていた。 めくるめく甘い昨夜の記憶は無いが、今からでももう一度しちゃえばイイ。据え膳喰わぬは神獣の恥でしょ。 絹の様に滑らかな肌を掌で辿って、優美な流線を描く腰まで手を這わせた所で、白澤は彼女の身体がヤケに筋張っていることに気付いた。腰回りは女性特有の柔らかな肉付きでは無く、筋肉の弾力と言った方が正しい感じで、腕に収まりきっていない彼女の身体は、もしかしたら細身の白澤よりもガタイが良いかもしれない。 「………ぇっと……」 白澤は恐る恐る胸の中の顔を覗き込んだ。真っ直ぐに通った鼻筋に長い耳。長い睫毛の固く閉じられた眼は切れ長で、瞼は薄らと朱色掛かっている。僅かに開いた口からは牙が覗き、乱れた御髪が幾筋か、その薄い唇と蒼白な頬に掛かっている。 白澤は数秒間その顔を見つめていた。決して誰だか分からなかった訳でも見惚れていた訳でもない。いや、余りにも無防備なその姿に不覚にも見惚れてしまった事は認めよう。 「……っ…いや、まさか……いやいや…そんな………」 只々この事実が受け入れられなかった。本当に痛切に切実に見間違いであって欲しい。 どうか悪い夢であれ。そう願わずにはいられない。 しかし現実とは酷く残酷で、見間違いたくても見間違いようが無い。そう、皆様の予想通り。 白澤の腕の中には彼の天敵の冷徹鬼神、鬼灯が静かに寝息を立てていた。 [newpage] 白澤は視界がぐるぐると回るのを感じた。これは二日酔いから来た目眩ではなく、混乱に混乱をきたし混乱が乱舞して思考回路が正常に稼働しなくなってしまったからだ。 鬼灯を抱いた体勢のまま完全にフリーズした白澤は、尋常じゃない量の冷や汗を掻いていた。 すぐにでもここから逃げ出したいが、下手に動いて鬼灯を起こしてしまうのだけは絶対に避けたい。頼むから起きるな。いっその事このまま永眠してくれ。むしろ僕が死にたい。 もうどーいう事!? 意味わっかんないんだけど!! えっ何なの一体!? なんでこんな事になってんの!?ここラブホでしょ!?なんでコイツと同衾してんの!? しかもなんで僕裸なの!?ってかコイツも裸じゃね!?ぎゃああああぁぁぁ!!!!!! 心の中で叫ぶしか出来ない白澤は、意を決して慎重に掛け布団を持ち上げると、覗き込んで鬼灯の状況を確認した。 ―――セーフ!!鬼は奇跡的に裸では無かった。 辛うじて腰に巻き付いた帯が、鬼灯の身体に緋色の襦袢を繋ぎ止めていた。それでも衣紋が抜けまくって両肩や胸は剥き出しになり、もはや服の意味を成しているとは言えない。 捲り上がった裾から露出した艶かしい太腿までバッチリ見えてしまった。 腕の中の相手があの鬼灯だと分かっているのに、収まるどころか何故か更に熱を帯びようとしている自分の下半身が呪わしい。いくらなんでもこれはアウトだろ。 「……………うっ…」 どうしよう!!!!肌蹴まくった緋襦袢って全裸よりもエロくない!!??? どうするよ!?…いや、どうもしないよ!?相手は男だ!!しかも鬼灯だ!!! 落ち着け、僕!!! 落ち着くんだ!!!!! 白澤は錯乱の極みに陥っていた。思わず頭を抱えて身悶えていると不意に突き刺さる様な視線を感じた。しまった、と思った時には手遅れだった。 怖々と顔を向けると、隣で横になったまま眼光鋭く射竦める鬼灯と目が合った。一瞬で身体 が強張る。いまや滝の如く冷や汗が流れている。 あぁ、誰か助けて下さい……。 [newpage] 「あぁ…頭痛い。私とした事が、二日酔いだなんて…」 鬼灯は目頭を押さえて顔を顰めた。そのままの険しい顔で白澤をギロリと睨みつけた。 「なんで貴方が此処にいるんですか?……てか離れろ」 「…っ!」 白澤は飛び退いて離れた。勢いが良すぎて壁に後頭部を強打し、目から火花が飛び散る。 鬼灯は身体を起こして部屋を見渡すと、ここが自室ではない事に気付き首を傾げた。 「あれ、何処ですかここ。ん?何で貴方裸なんですか」 「……………っ」 「…………は?」 「………………」 頭を抱え込む白澤を見ながら、鬼灯は漸く自分も裸同然の格好である事を自覚した。 眉間に皺を集めて思い切り不機嫌な表情を浮かべると、実に嫌そうに呟いた。 「……あー…そういう事ですか。私達、ヤっちゃいました?」 「うわああぁぁぁ!!!言うなっ!!!さっきから必死に目ェ逸らしてたのに!!!!」 「目を逸らすも何も、この状況では…」 「…うぐっ」 鬼灯が指差す先には、入口から点々と脱ぎ捨てられた二人の服と散乱したティッシュや避妊具の残骸達。誰が見ても完璧な状況証拠がそこには在った。白澤だって最初から気が付いていたが認めたくなかったのに。どうしてこうなったんだ。 かたや鬼灯は白澤のように取り乱す事も無く、落ち着き払った様子で深い溜息を吐いた。 「間違いが起きてしまったものは仕方がありません。悪い事をしましたね、白澤さん」 「…へ?」 「ですから、腰痛くありませんか?まったく酒の勢いは恐ろしい。疲労の所為ですかね」 「いや、なに言ってんの!?」 「…?これどう見たって私が貴方を犯…」 「ちょっと待て!!なんでこの僕が朴念仁のムッツリ野郎如きに掘られなきゃいけないんだよ!!冗談じゃない!!!死ね!!!」 「じゃあ、貴方が突然私に欲情して押し倒してきた訳ですか?うわっ、お前が死ね!」 「ふざけんな!!なんで僕がドSの拷問中毒野郎如きに欲情しなきゃいけないんだよ!!!」 「……どっちなんですか」 息を荒げる白澤を憮然たる態度で一瞥した鬼灯は、再び溜息を吐くとスルリと襦袢を肩まで引き上げた。床から立ち上がり、白澤に背を向けて細帯を結び直す。 「もうどっちでも良いですよ。今日の事はお互い無かった事にしましょう。私は仕事なので帰ります。貴方の所為で遅刻ですよ」 「ちょっと、待ってよ!」 白澤は、鬼灯の襦袢の裾を掴んだ。漆黒の着物に片腕だけを通した鬼灯が振り返る。 「……なんですか」 「お前はどっちでも良くても、僕はプレイボーイとしての沽券に関わるんだ!!真実をはっきりさせないとダメなの!!」 「私はそんなの知りませんよ。離して下さい」 「ダメ、白黒はっきりさせる」 「どうやって……っ!!」 白澤に腕を掴まれ強く引かれた鬼灯は、気付けば布団の上に仰向けに倒れていた。 その上には白澤が覆い被さる様に身を乗り出し、片腕は床に突き自分の身体を支えて、残されたもう一方の腕で鬼灯の手首を捉えた。 「どうやってって、そんなのもう一回ヤッてみれば分かるでしょ」 今まさに、鬼灯は白澤に押し倒されていた。                               To be continued…
白澤様が酒飲めば、確実にこの展開になりますよね?<br />お約束ネタですが、書きたかったから書きました。白鬼ですよ?鬼白に見えなくもない?きっとそれは気のせいです。唐突に話が終わってますが、疲れたので勘弁して下さい(;´Д`)続きは気が向いたら……。皆さんもお酒の呑み過ぎには気をつけましょうね。<br />★ルーキーランキングまさかの16位でした!!有り難うございました(感涙!!)そして沢山の脱衣タグ有難うございました!!どうか服着てください(汗)
GAME OVER?
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005129#1
true
レンタル彼氏④完【兎虎パラレル】 ボクは、待った甲斐があって、晴れて虎徹さんと「恋人」と呼べる存在になれた。 その上、合鍵まで貰って、本当はすごく幸せな気分だったんだけど・・・それが、逆に悩みの種となっている。 以前と変わらず、会うのは虎徹さんの働くあのバーが殆どだ。 お客としては、週に2~3回だけど、顔だけ見る為にほぼ毎日通っているといっても過言ではない。 だって、仕事の時間帯がボクと虎徹さんでは、全然違うので、一緒にいられる時間も限られてくる。 それはそれで仕方ないと思ってはいるんだけど、・・・そこで、この合鍵をいつのタイミングで使うべきか悩んでるんだ。 『お前に任せるから・・・』なんて言われてたけど、それが一番困るんだよな~。 虎徹さんの家に住み込んでいいと言われたわけじゃない・・・、 “同棲”のドの字もボクらの間ではまだ出ていない・・・、 つまり、「何か」がないと使えないままでいた。  だから、今日、それを初めて使おうと決めて「何か」計画を練っていたんだ。 ボクは、近くのスーパーで材料を買い込んで、虎徹さんの家に向かった。まだ早い夕方の時間だったので、もちろん彼はまだ帰宅していない。 そこで、初めて登場の合鍵だった・・・。 ちょっと、ドキドキする。 あれからも、何回かは虎徹さんと一緒の時に、この部屋には訪れているけど、自分一人で入るのは変な気分を起こさせる。 まあ、室内に入ってしまえば、後は、準備をするだけだった。 ボクは、あれからずっとチャーハンの練習をしてきた。いつか虎徹さんに食べてもらいたくて、頑張ったんだ!! 夜中、店が閉店後に帰ってくるまでには・・・と、早速取り掛かった。 ・・・よし、それなりに、美味しくできたと自分では満足している。 もうすぐ、帰ってくるんだろうけど、やっぱりビックリさせたいからと、出来上がったチャーハンは、レンジにつっ込んで、ボクはリビングのクローゼットの中に身を潜めた。 くくくっ、ビックリした虎徹さんの顔を想像して、一人で笑っていた。 しばらくすると、玄関ドアの開く音がして、虎徹さんが帰ってきたのがわかった。 どうやって飛び出たら、よりビックリする登場かと、息を潜めて考えていた時だった。 「入れよ・・・」 彼の後ろに、もう一人・・・人影が続いて部屋に入ってくる。 (え?だれ?)金髪が見えた。 それは・・・人事部長のキース・グッドマンだった。 「家の前で待ち伏せじゃなくて、店の方に来ればいいのに・・・」 ため息混じりに虎徹さんんが、キースに言った。 (待ち伏せ~?!なんかストーカーみたいじゃないか?大丈夫なのか、この人?) 「トモエの件があって、アントニオ君に会い難いからね・・・。それに今日は披露宴に来てくれたお礼を言いたかっただけだから。あの日はあまり君と話せなかったし・・・」 「・・・そうだったかぁ?あの日、もうこれで最後だから――って、オレ、お前たちに話しかけたよな」 「それは聞いたよ。でもその返事を君はさせてくれなかったじゃないか・・・・。虎徹君、君は、まだあの時のこと怒ってるのかい?」 「―――もう、そんなのは忘れた」 「私の告白も?」 「――――ああ、忘れたな」 「私は、忘れないよ。ずっと・・・。今でも私にとって、君が一番だから・・・」 キースの右手が伸ばされて、虎徹さんの顎を捉えようとしていた。それをさり気なくかわす虎徹さんだった。 「・・・」 「多分、トモエにとってもそれは同じだと思うけどね」 「・・・」 しばらくの沈黙が続いた。 ボクは――――、吐きそうだった。 目の前でやり取りされている会話の裏に、何の意味が含まれているのか・・・このボクでさえわかる。 考えただけで、気が狂いそうだった。 隠れているこのクローゼットから、いつ飛び出すべきか・・・身体がわなわなと奮えてきていた。 「で~、今日の用件はなんなんだ?」 「君に、・・・大切な人が出来たって風のうわさで聞いたから。実のところどうなのか確認したくてね」 「ああ・・・、それなら事実だから」 「そうなんだ。・・・それって誰?」 「それは―――言えないなっ」 「・・・ふーん、じゃあ仕方ないね。まあ、だいたい想像はついてるんだけど・・・。それだけだから、今日はこれで退散するよ。また近いうちに会う事になると思うから」 彼はそのまま出て行った。 ただ、淡々と交わされるだけの二人の会話。 ボクが虎徹さんと知り合うよりももっと前、10年以上も前から、この二人は共有している時間があったと思うと、どうしようもないことなんだけど、悲しくなってくる。 ああ、今度は泣きそうだった。 「バニー、いるんだろ?」 虎徹さんがため息をついて、こっちに近づいてきた。 バッとクローゼットのドアが彼の手で開けられる! 「あ・・・」 泣きそうになっていたボクを見て、虎徹さんが笑うんだ。 「お前、タイミング悪すぎ!」 ボクは、ギュッと抱きしめられていた。 ボクも、腕を虎徹さんの背中にまわして応えたら、肩越しに虎徹さんがまた笑うのがわかった。 「玄関のカギ開いてるし、中に入ったら・・・チャーハンの匂いプンプンじゃん。お前が来てることはすぐわかるさ」 (あ、そうか・・・) 「うまいよ~」と言いながら、ボクの作ったチャーハンを沢山食べてくれた。 ・・・虎徹さんは、さっきまでいたキースの事には、一切触れてこない。 言い訳もしてくれなかった。―――だからボクからも、何も聞けない・・・。 夜、一緒のベットに入った時に、虎徹さんがまたボクをギュッと抱きしめてきた。 「バニー・・・、お前、オレの過去なんて今更欲しくないだろ?違うだろ。―――だから、代わりに、お前にオレの未来をやるよ。それで我慢しろよなっ」 そう言ってオデコにチュッと音をたててキスされた。目の前には、また笑っている虎徹さんがいた。 ボクは、彼を信じるしかないんだ―――――。 ************ その時は、そうやって自分自身納得させていた。 でも―――、信じてはいるけど、知ってしまった以上、不安はずっと付きまとう。 虎徹さんと少しでも連絡が取れないと、変な妄想がボクの中に湧いてきて、彼を疑っている自分がいるんだ。 それがまたボクを自己嫌悪に陥れた。まるで、あさましい女のようだ・・・。 そんな中、たまたまネイサンに誘われ、一緒に虎徹さんのバーへ訪れた。 本当は、今日はここへ来る予定の日じゃない。だから虎徹さんは知らないはずだ。 びっくりさせてやろうと思ってたボクの目論みもあっという間に、打ち崩された。 店内に虎徹さんの気配がない。おかしいなと思ってたら、オーナーのアントニオさんが、不思議そうな顔をして近づいてくる。 「あれ?あいつ、今日、外で人に会うから休ませてくれって言ってたから・・・、てっきり、バーナビーとデートだと思ってたけど・・・違ったのかぁ?」 「え?」 「わっ、あれ?やばかったか?!」 「んもう、ばかっ」 横でネイサンが、アントニオさんを拳骨で殴ってた。 ボクは、その「人」があのキース・グッドマンだと直感的に感じていた。 信じてはいる。 だけど――――、 ボクは虎徹さんにメールを送った。 すると、すぐ返信が来た。 『バニー、オレの気持ちはわかってるよな。 お前にちゃんと届いているよな。 だから、忘れないでほしい。 何があっても、オレのこと信じていて』 意味がわからない!何?この意味深なメールは・・・。 いてもたってもいられなくて、折り返し電話をした。でも出ない。 さっきから何十回も呼び出しコール音はしてるのに、留守番電話にさえ切り替わらない。 メールも、もう一回送った。 ・・・“相手先を確認してください”・・・ もう、返事さえもらえない状況だった。まさか、アドレスまで変えてしまっているのか?この瞬間に??それとも完全な着信拒否されている??? ボクの動揺している様子で、ただ事ではないと思ったのだろう。ネイサンとアントニオさんも心配そうに声を掛けてくれているんだけど、そんなのボクの耳に入っていなかった。 ・・・ボクは、走っていた。虎徹さんのマンションを目指して・・・。 玄関のチャイムを鳴らしても応答はない。近所迷惑にはなるだろうとは思ったけど、何回も何回も鳴らした。 合鍵を、鍵穴に差そうとして、それが入らないことに気付いた。 カギを取り替えられていたのだ。 虎徹さんの玄関には表札はない。もしかしたら、もう引っ越してるのかもしれない・・・。 ココに来たのは、前回はいつだったろうか?もう、動揺しまくっていて、思い出せない。 「ぁ―――――っ」 声に出して叫んでいた。 [ ************ それでも、家にいるよりはいい・・・。翌朝、いつもどおりに会社に出勤するしかなかった。 考えても答えが見つからない。 ならば、直接本人に確認するしかないじゃないか・・・。 そう、キース・グッドマンに!! 総務の人事部のある別棟に朝一番に向かった。キースの姿を見つけて近づくと、ボクが来ることを想定していたかのように、人事部用の会議室にそのまま通された。 キースは、だまってボクの目の前に一枚の写真を置いた。 「なんの真似ですか、写真なん・・・」 言葉を唾と一緒に、飲み込んだ。―――それには、ボクと虎徹さんが写っていたのだ。 虎徹さんの店の裏口で、キスをしている写真だった。 裏口の非常灯の灯りで、十分すぎるくらい、それが誰だか判別するのは可能だった。 (一体いつ撮られたものだ?!) ・・・確かに何回かその行為は、あの場所でしていた。 裏口だからと安心していたから―――――――。 (それにしても、誰が?何のために?) 「・・・」 言葉に出来ない。何か変なことを言ったら足元をすくわれそうで・・・。 嫌な汗が、全身から噴き出し始めていた・・・。 「これを撮ったのは、うちのトモエだ」 「えっ?!」 「あいつ、今でも自分が虎徹君の一番じゃないと気が済まないみたいでね・・・。君の存在を教えたら、相当ショックだったようで、こんな馬鹿なことしてしまってたよ。困った女だ・・・」 「あなた、彼女の旦那なんでしょ!なに悠長なこと言ってるんですか?!」 キースは笑っていた。 「まあ、世間一般でいう“パートナー”ではあるね。・・・でもそれだけの関係だ。・・・ああ、だからと言って仲は悪くないから、安心してくれていいよ」 先日の虎徹さんのマンションでの二人のやり取りが、頭をよぎった・・・。 キースも・・・、そしてトモエさんも・・・虎徹さんを――――、考えるだけでまた吐きそうになってくる。 いや、それよりも今はこの写真の真意だ・・・。 彼は何の為に、この写真をボクに見せたのだろうか?金でも要求するつもりなのだろうか? 「どうするつもりなんですか・・・」 「ああ、これ?トモエはこれをOBCに送りつけるつもりだったみたいだよ。もちろん、私がそれは止めたけどね。 でも、こんなの公表されたら・・・どうなるか分かってるかい?」 「どうって、・・・」 まあ、確かに、恥ずかしくて、しばらくはこのネタで嫌な思いをするだろうな・・・とは思っていた。 「ただの新人の社員というだけなら、好奇の目で見られるだけで終わるだろうね・・・。でも、君は自分の立場を分かってるかい?君は、この会社の取締役の一人なんだよ・・・。君一人の問題じゃ無くなる・・・『この程度のスキャンダル』って思っているかもしれないけどね、こんな小さな火種でも、会社の信用問題にもなりかねないんだよね」 「・・・」 ボクがこの写真によって影響を受ける?! それだけじゃなく、会社の問題に? ・・・正直、そこまで考えていなかった。 あ、でも「同性愛ネタ」なら、うちの上司のネイサンとかも・・・。そう思った時だった。 「君の上司のことを考えているんだろ?・・・彼は、だから“課長”止まりなんだよ。ネイサンは、本来ならばもっと実力のある人だからね。・・・まあ、彼の場合、出世はどっちでもいいみたいだけど・・・」 見透かされていた・・・。 このキースって人、さすが人事部長なだけある・・・。いや、感心している場合ではない・・・。 ボクは、既に彼の術中に、はめられていっているのを感じていた。 「ボクに、どうしろと・・・」 「いや、君には特に・・・ああ、でも虎徹君とのことは、考え直して欲しいもんだね」 「あなたは、今でも虎徹さんを・・・」 はははつと、大きな声をあげてキースが笑う。 そして、またキッと睨み返された。彼自身、本来はとてもさわやかな笑顔の似合うナイスガイなのだ。だから、こういう顔で睨まれると、その威力はかなりのものだった・・・。 ボクはずっと彼を睨み続けていたけれど、・・・その顔を見て、一瞬たじろいでしまっていた。 「変な妄想は止めてもらいたいものだね。私には私の“愛情表現”があるんだよ。君みたいに、セックスすることだけがすべてじゃない。・・・男同士も、男女間でも・・・子孫繁栄以外での性行為なんて意味がないと思う主義でね・・・」 キースは更に言葉を続ける。ただその表情は、もう笑顔に戻っていた。 「私は、虎徹君と“取り引き”をすることにした・・・。多分、彼の気が変わらない限り、半永久的にね!」 「虎徹さんに、何をしたっ!?」 咄嗟に彼の胸倉を掴んで、詰め寄った。 答えによっては殴り飛ばすだけでは済まさないつもりだ。 目の前、お互いが数十センチしか離れていない位置に顔がある。 それでも、キースは表情を特に変えることなく、フッと笑みを浮かべていた。 「勘違いしてもらっては困るなあ・・・。私は、虎徹君の希望を最優先してあげたんだからね!!」 「?」 「虎徹君は、“君のこと”・・・“君の将来”を最優先してくれってさ」 「ボクの・・・」 「ああ、虎徹君にとっては、バーナビー君が“一番”なんだね・・・。悔しいけど、・・・まあ、私は虎徹君が不幸になるのを望んではいない訳だから。代わりに、私の要求を呑んでもらっただけだよ!!」 「要求?」 目の前のキースは本当に嬉しそうだった。気味が悪い位に・・・・。 「・・・虎徹君が私の手に戻ってくれれば、それでいいんだ」 そう言って、彼は、机に置かれている写真を、その場でビリビリに破いてしまった。 「元データも、トモエに削除させておいたから・・・、この件に関しては安心していいよ。虎徹君との約束だったしね・・・」 「虎徹さんは?・・・虎徹さんは、どこにいるんですか?!」 「さあ?・・・・」 始業のチャイムが微かに聞こえていた。 「ああ、もう朝礼が始まるんじゃないのかい?カスタマーの方へ戻った方がいいよ」 シラを切りとおすつもりなのか? 本当に虎徹さんの居所を知らないのか・・・・、ボクにはキースの表情からは読み取れない。 ポーカーフェイスを貫き通す、恐ろしい男だった。 ただ、これ以上ここにいても、彼は何も語ってくれないんだろうな・・・。 仕方ない、引き上げるしかないかと・・・思う。 もう、キースへの怒りとかの感情は、通り越していた。先程の嫌な汗もすっかり冷めていた。 今は、それ以上に、虎徹さんの情報が欲しい・・・それだけだった。 うなだれて人事部を出ていくボクの背後でキースが言っていた。 「そう言えば、明日、臨時取締役会があるらしいよ。君もそんな気分じゃないだろうけど、取締役の一人なんだから、ちゃんと出席するんだよ」 その声は耳に届いてはいたが、振り返ることなく、ボクはそこを後にした。 カスタマーセンターに戻ると、ボクのパソコンに先程キースが言っていた「臨時取締役会」の案内メールが届いていた。 急遽、副社長の交代とのことだったが、そんなことはどうでも良かった。 社長の奥さんの方が引退して、誰かが代わりにその席につくだけだ。特に会社の今に影響はない。 それに、今のボクには、誰が副社長だろうと興味の無いことだったから・・・。 ああ、そう言えば、社長の奥さんである副社長は日系人だったな・・・とそれだけ頭をよぎった。 それだけだった。 ***** その日の夕方、まだオープン前の入り口をノックしたら、中からアントニオさんが顔を出した。 ボクの顔を見るなり、申し訳なさそうな表情を浮かべるので嫌な予感はした。 「虎徹は、・・・辞めたよ」 「どうして?辞めて、何処言ってるんですか?マンションに行ってもいないし、電話もメールも繋がらない・・・。 ボクは避けられているんでしょうか・・・。ボク、虎徹さんに、何かしたんでしょうか?アントニオさん、教えてください!!何でもいいので、虎徹さんのこと・・・」 「バーナビー、ごめん、オレの口からは何も言えない。あいつは、・・・・本来居るべきところへ戻って行っただけだ。それだけだ。お前は心配しなくていい」 「本来居るべきところ・・・?」 「バーナビー、虎徹にとってお前は本気で“守るべきもの”なんだ・・・。だから、お前は、あいつを信じて待っていてやってくれよ・・・」 「信じて・・・」 そうだ、最後に虎徹さんから来たメールを再度、表示させてみる。 『―――オレのこと信じていて』 あなたを、信じていたら・・・いいんですか? いつまで信じて待ってればいいんですか? まだ数日のことなのに、ボクは虎徹さんに飢えていた・・・。 身体がどうのこうのじゃなくて、胸が苦しかった。 肉体と精神のバランスが崩れる・・・ギリギリだった。 ***** 次の日の、臨時取締役会・・・。 その席の一つにボクは座っていた。周りにいる自分の父親と変わらない位のオヤジどもに交じって・・・、 黙ったまま、目をつむって下を向いていた。 こんな会議・・・、どうせもう議事録は司法書士か行政書士にでも作らせて、その筋書き通りに進めていくだけ。 ただ、復唱して、終わるのを待つだけだ・・・。 本当は、こんな会議出ずに、少しでも虎徹さんの情報探しをしたいくらいだった。 だけど、昨日のキースの話だと・・・、虎徹さんとの取り引きのおかげで、今、この場であの写真について問い詰められる状況も回避出来ているんだとわかっている。 虎徹さんが、守ってくれたこの立場は、最低限維持していかなければ、申し訳が立たない・・・。 だけど、こんな会議、顔を上げることなく、ひたすら終わりを待つくらいしかない・・・。 会議室のドアが開く音がして、靴音が複数聞こえてきた。 新しい、副社長のお出ましか・・・。 社長の会式のあいさつの後、紹介が始まる。 「副社長○○子は、本日付をもって、この任期を満了とし引退する。代わって、本日付で就任する息子です。10年以上、外の世界で逃げ回っていましたが、やっとやる気になってくれたようで・・・」 社長は嬉しそうに話していた。 うちの会社自体、あまり堅苦しい感じではないので、終始笑い声も聞こえる状況だった。 「また、1から学ばせますので、今後とも温かい目でそして厳しく指導してやってください。皆様、どうぞよろしくお願いしますね。おい、自分で挨拶しなさい」 おおおーーーっというどよめきと、パチパチパチと拍手は起こっていた。 副社長らしき人間が立ちあがる気配がした。 その発せられた声を聞いて、ボクは顔を上げてしまった。 「今日付けで副社長に就任させていただきました、鏑木・T・虎徹です。いろいろ学ばせて頂きます。よろしくお願いします」 その副社長と目があった・・・。 会場では拍手が起こっている。 目の前の副社長は、少し緊張しているようだったが、簡単な挨拶の後、ふぅと息を吐き、着席した。 着席後も、その目は、ボクを見ている・・・。 ボクもずっと目を逸らせないでいた・・・。 (あそこに座っているのは・・・だれだ?) あまりの衝撃に、ボクの思考は正常に動いてくれていなかった。 ボクがあまりに無反応だったからだろう・・・。 目の前の副社長が、会議中にもかかわらず「よっ」と片手をボクに向けて上げていた。 声には出ていなかったが、・・・。明らかにその唇は「バニー」と動いていた。 その瞬間、横の社長の鉄拳が彼の頭に振り下ろされていたけれど・・・。 そこにいたのは、紛れもなく・・・ボクの知っている「虎徹さん」だった。 *********** 「キースは、ちょっと“M”の気があるんだよなあ。オレの下で一生こき使われたんだとさっ」 虎徹さんは、笑って教えてくれた。 その日、初めて彼の過去を語ってくれた・・・。 うちの会社の社長と虎徹さんのお母さんである元副社長は、虎徹さんが高校の頃、再婚したということ。つまり虎徹さんは、連れ子で社長とは直接の血のつながりはない。だけど別にそれが嫌で以前にこの会社を辞めた訳じゃなくて・・・それはやはりトモエさんを自分の稼いだお金で助けたかったから・・・。 何処までが本当の話かは分からないけれど、ボクは「信じる」しかない・・・。 「オレがココに戻ってくる・・・それがあいつの出した条件だったんだ」 きっとキースは、ボクとは違う意味で「一生、虎徹さんといられる」選択肢を選んだんだ。 主従関係で結ばれる・・・うん、これも一つの愛の形なんだろうな・・・。 ちょっと、複雑な心境ではあったけど、ボクの元へ虎徹さんは帰ってきたんだから・・・。 「ごめんな、バニー・・・。ちょっぴり心配させたよな」 「ちょっぴりじゃないですよ~~!!もう!すごい心配したんですから!」 「でも、信じてくれたんだろ・・・」 「・・・一応・・・」 「なんだ、そりゃあ・・・」 ぶーっと頬を膨らせて、後ろから抱きしめられた。 「まあ、いいよ・・そうそう、明日からよろしくお願いします、バニーセンパイ!!」 「え?何言ってるんですか、あなた副社長の勉強をさせるって、社長も言ってたじゃないですか」 「うん、だから、全部署を経験しろってさ!まずは、お前のいるカスタマーセンターから・・」 「ほんとに?」 「はい、わたくし、1年契約でレンタルされる身となりました!!センパイ、ご指導よろしくおねがいしま~す!!」 「・・・じゃあ、1年後に―――、ボクは追加料金払って、買い取らせていただきますからね・・・」 「う~ん、きっと高くつくぞ~」 そう笑いながら、虎徹さんは、また新しいカギを、ボクの右手に握らせてくれていた。
現役を引退した水商売店員のタイガーと、一流企業社員でその店へ通うバーナビーのお話(パラレル)④最終話です。------------実は、タイガ-は・・・というオチを最初から考えていたものでした。ただ、題名とちょっと外れてしまいましたね。あと、トモエさんとキースは痛いキャラです!すみませんっ------------********これは、以前ネット配信で見た喜多嶋舞さんの同名ドラマの設定及び名称等参考にさせていただいています。あと、中高校生の見るような夜中ドラマのワンシーンもちょっぴり参考にさせていただきました。******今回もかなり、はしょっていますが、元々エロはありません(題名で期待されていた方、申し訳ありません)。いろいろな方に見て頂き、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。*******また近うちにちょこちょこと、投稿させていただきますので、お時間あれば・・・またお立ち寄り頂けると嬉しいです!!*************タグやブクマ等も本当に毎回感謝感激です。実は、アップ後3+4で1つにまとめてしまおうかと思っていましたが、折角タグ頂いてるので、しばらくこのままにさせていただきますね。
レンタル彼氏『ボク、オトコ買ってます』④完【兎虎パラレル】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005161#1
true
[chapter:ファースト・コンタクト]  今日、郁の二歳上の兄、家族間では通称「小兄」と呼ばれる兄が結婚した。  相手の女性は元同級生で、付き合いの長い二人の未来図には、すでに『結婚』が記されていた。だが、時期がずっと早まったのは、小兄に転勤の辞令が下ったことに端を発する。遠距離恋愛になるのなら、と二人は結婚に踏み切ったのだ。幸い彼女のほうも、近隣の事業所への異動願いが叶ったという。  双方の親もこの結婚を祝福し、二人は当面入籍だけで済ませるつもりだった。そこへ、ささやかでも式を挙げたらどうか、という話が親側から持ち上がり、はたと困り果てた。  先立つ資金がない。  互いに結婚する意志はあった。だが、まだ社会人四年目、二十六歳の二人は、新生活の準備がやっとで、挙式に充てる資金までない。プランナーに相談し、小洒落たレストランで、『会費制の結婚式』を開くことにした。 「郁は未婚の娘なんだし、振り袖着たら……」  年頃の娘です、誰か見初めてくれるかしら。母親の口ぶりから郁を周囲にアピールしたい魂胆が透けて見えるようだ。つい、郁は反抗的な態度になる。あたしのことは、ほっとけ。 「お母さん、式は夏だから! それに平服なのにあたしだけ場違い、つうか悪目立ちしたらヤダ」 「あらそうだった。でも郁、平服と普段着は違うのよ」  母・寿子の繰り言を黙殺し、郁は正式な場でも着用できるシンプルなワンピースを自分で選んだ。  当日、女性はフォーマルなワンピースやスーツに上品なアクセサリー、男性は仕事着ではないダークスーツ姿だ。  親族と共通の友人、新郎新婦の職場関係の人たちを招いた式は、二人の人柄そのものの和やかな会になった。  猛暑で連日熱中症の注意が叫ばれる中、招待客に着物姿の女性はいない。寿子の泣き落としにうっかり頷き、着物にしなくてよかった。郁はほっと胸を撫で下ろした。  小兄の結婚を郁は心から祝福している。  年の近い小兄と郁は家族の中で一番気安く付き合える相手で、大学時代に郁の住む寮の補修工事があり、半月ほど、小兄の部屋に居候させて貰ったくらいだ。  三男の小兄は要領がよくて、寿子の「ちゃんとした結婚式を」という要望をのらりくらりとはぐらかしてしまった。今日のビュッフェ方式も、田舎の結婚披露宴に慣れた両親や親戚は所在無げで、寿子も勝手が分からない分、借りてきた猫のようにおとなしい。  合掌。寿子の世話役は父親の克宏や大兄に任せ、郁は料理が並ぶ一角へちゃっかり逃げた。 *  料理を取ろうと、トンクへ伸ばした手が同時だった。 「わっ、……お先にどうぞ」  郁は慌てて手を引っ込めた。キッシュ、白身魚のマリネ、トマトのファルシー。すでに郁の皿は料理が飽和状態になっている。 「ありがとう。だが、君の次でいい」  親切心とは相反する無愛想な声の主に視線を移すと、郁より肩の位置が低い。男性は、「中兄」と呼ばれる二番目の兄と同年代だろうか。  あ、つむじが左巻きだ。  上背がある郁が今日はヒールのある靴を履いているから、小柄な男性の頭頂部を見下ろす格好になってしまった。せっかく順番を譲られたのにきまりが悪くて、郁は慌てて料理に視線を戻す。 「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて」  小兄かお義姉さんの会社関係の人だろうか。  郁はチキンソテーを皿の隙間に押し込んだ。見栄えを気にして載せたが、食い意地全開の皿は隠しようがない。照れ笑いすると男性の口角がわずかに上がる。恥ずかしさを曖昧な会釈で誤魔化し、郁はその場を離れた。  レストラン内は、新郎新婦の学生時代の友人、互いの会社関係者、親族とそれぞれがグループになり、談笑している。親族以外とほぼ面識のない郁は、料理を取ると壁際の空きテーブルに一人で座り、料理を味わうことにした。  ふと気づくと郁の頭上に影が差した。見上げると、先ほどの親切な男性が会釈した。 「……同席していいですか」 「どうぞ」  男性は郁の隣に座ると、歓談する人たちを眺めながらグラスを傾けている。知り合いの輪にも入らず一人でいるこの男性は、小柄だけれど目つきが鋭く、漂う雰囲気がちょっと怖い。  まさか花嫁に横恋慕男の乱入じゃないよね。  思わず郁は男性の横顔を注視してしまった。 「俺は怪しいモンじゃないぞ」  探る視線がどうやら不躾になってしまったらしい。不機嫌そうな男性の声に、郁は首をすくめた。 「べ、別にそんなつもりは! うわあ、お酒美味しそう! あたしも飲もうかなって思っただけで」 「普通の白ワインだけどな」  郁のわざとらしい言い訳に男性が苦笑した。だが、男性は接客係に手を挙げ、郁のために白ワインを貰ってくれた。  意外とスマートじゃん。仏頂面で損しているが、精悍な顔立ちはよく見れば整っている。 「初めまして、ですよね? ありがとうございます」  ワイングラスを持ち上げる仕草をして、郁は口を付けた。礼を述べたというのに、男性は目をすがめるようにして郁の顔を窺っている。 「一気に飲むな。酒に弱いんだろう」  あたし、この人と前にどこかで会ったっけ。  男性の言葉に郁は目をしばたたいた。顔覚えの悪さは折り紙付きだ。てっきり初対面のつもりでいたが、男性は兄の友人で郁を見知っているのだろうか。「え、何で?」と疑問を顔に浮かべた郁に、男性は気まずそうに咳払いを一つし、種明かしをした。 「誓いの言葉のとき、君は新郎の家族として並んでいただろう。……下戸の笠原君の妹なら君も酒に弱いのかと推理した」 「兄の勤め先の方でしたか!」  事実、郁も小兄も下戸の部類だ。同じ職場なら飲み会などで、酒に弱いくせに飲んで潰れる小兄の失態を知っていても不思議ではない。 「俺のほうが三年入社が早いがな」 「後輩に結婚、先越されちゃいましたね」  ワインをひと口、ほんの少しアルコールを入れただけで、郁の口はもう制御が効かない。郁がうっかり口を滑らせると、男性は目を怒らせた。 「うるさいわ! 俺は確かにアラサーだけど、こういうのは巡り合わせだろうが」  直感。この男性はロマンチストらしい。加えて短気。でも、郁の言葉も大概失礼なので、すぐに謝った。 「す、すみませんでした。大兄、あ、一番上の兄もおんなじこと嘆いてました。三十路入りするとなんか加速度的に歳取るのが早くなったって」 「アラサーっつったって、俺は年末が来るまで、まだ二十八歳だ」  顔をしかめた男性は、革の名刺入れから一枚抜き、郁の喉元をかき切るように差し出した。反射で郁は名刺を受け取る。  稲嶺カンパニー  コンシューマー事業部第一課 主任 堂上篤  うろ覚えだが、所属が小兄と同じだ。半月ばかり小兄と同居したとき、郁は兄から職場の話を聞かされた。だが、その後郁自身も就職し、環境の変化や日々の暮らしに追われていると、当時のことはもう遠い昔のように記憶はあやふやだ。 「もしかして兄と同じ課の方ですか……?」  小兄ごめん、あたしこの人のご機嫌損ねちゃったかも。郁は心の中で詫びたが、時すでに遅し、だ。 「笠原とは同じ班だ。俺も人間だからな。俺への罵詈雑言が部下の査定に響かんとは言い切れない」 「えっ⁉︎ あの、まさか兄の転勤が左遷に変わる⁉︎」  素っ頓狂な声を出した郁に堂上がにやりと笑った。 「冗談だ」  真面目な顔で冗談言うな。郁は完全にからかわれたのだ。会話を打ち切り、膨れっ面になる。猛然と料理を平らげ始めた郁を、堂上は片眉を上げ、半ば呆れるように眺めている。 「見事な食いっぷりだな」  遠慮のない堂上の物言いに郁は一瞬ムッとしたが、失言の上塗りはしまいと文句を飲み込んだ。今更取り繕っても仕方がない。郁はもごもごとチキンソテーを咀嚼すると、堂上に実情をバラした。 「社会人二年目でお給料少ないし、いつも自炊なんで、あたし今日は補給のつもりで来ましたから。堂上さんこそ、新婦のお友達と交流しなくていいんですか? ドンピシャな巡り合わせがあるかもしれませんよ」 「そういうのは苦手だ」  即答すると堂上は眉を寄せ、難しい顔になる。堅そうな人だな、と郁は思った。 「その怖い顔、少しだけでも笑うと素敵なのに」  正直な感想が漏れた。ハッと気がつくと堂上が真顔で郁を凝視している。郁は顔の側面に感じる圧で、早食いにストップがかかった。なぜだか女のコモードが発動し、キッシュを一口サイズより小さく切り刻んだ郁は、内心激しく照れる。  一度会話が途切れると、話の糸口が見つからない。郁がひたすら食べる傍で、堂上は酒に強いらしく、ワインを立て続けに二杯空けた。  二人だけのテーブルは沈黙が重い。 「あっ、ローストビーフの追加がきた! 他に大物が出たみたいなんで、ちょっと失礼して取ってきます」 「行け、行け。大漁狙ってこい」  ワゴンに料理が新しく並び、渡りに舟、と郁は腰を浮かせると、からかい混じりで堂上に送り出された。 [newpage] [chapter:セカンド・コンタクト] 「何が初めまして、だ」  独り言でふて腐れるくらいは許して欲しい。忸怩(じくじ)たる思いで、堂上は離れていく郁の背中を目で追った。  密かに笠原郁との再会を心待ちにしていた。  けど、覚えていたのは俺のほうだけか。  二年前にたった一度関わっただけだから、彼女が覚えていなくとも当然だ。堂上は自嘲し、首を落とした。  部下の笠原から結婚式の招待状を受け取ったとき、結婚の祝福よりもまず、堂上の脳裏に浮かんだのは、笠原には申し訳ないが妹の消息だった。    郁が「小兄」と呼ぶ笠原は、二年前に堂上の部下になった男だ。初めて班を任された堂上の気負いもあり、まだ新人気分の抜け切らない笠原に、仕事の基本を叩き込んだ。  班の結成当初、若手ばかりのメンバーの親睦を図ろうと、飲み会を開いた。  大柄な体格と体育会系の気質で、酒に弱そうな印象を微塵も与えないところが笠原の悲劇だ。おまけに、弱いのに酒を勧められると、つい飲んでしまうらしい。最初の飲み会で、堂上は下戸だと知らずに笠原のコップに日本酒をなみなみと注ぎ、酔い潰してしまった。  参った。こんなに酒が弱いなんて、詐欺だろ。  だが、酒を勧めたのは堂上に他ならない。寝落ちた笠原を見捨てるわけにもいかず、家まで送ろうと尋ねても、聞こえるのは寝息ばかりで埒が明かない。後で詫びる腹づもりで堂上は笠原の鞄を漁り、コンビニ払いの請求書からアパートを突き止めた。 「おい、家に着いたぞ」 「……もう、飲めないっス」  酔っ払いに訊くのは諦めた。仕方なく堂上はタクシーを笠原と一緒に降りた。堂上より二十センチも背の高い男を負ぶい、二階の部屋まで階段を登る羽目になった。  昼間の熱気が残る夏の夜、汗で肌に張り付くワイシャツが、堂上の不快指数を引き上げる。 「部屋の鍵出せ」 「…………ンが」  玄関ドアの前まで辿り着いたが、笠原は眠りこけている。返事のない笠原を壁際に座らせ、堂上が鞄を探ろうとしたときだった。  ぱちりと笠原の目が開いた。 「郁ぅー、郁ぅ! ここ開けろォー」  こいつ女と暮らしているのか!  職務はまだ半人前だが、私生活はちゃんと充実しているらしい。仕事に忙殺されて独り身の堂上は、我が身の侘しさを顧みて、「くそ!」と、一瞬殺意が芽生えた。  堂上が我に返り、わめき出した笠原を「静かにしろ」と諌めようとした矢先に、勢いよくドアが開いた。 「ちょっと! 夜なのに近所迷惑だから!」  女の声も大音量で、全く説得力がない。  見上げると、着古したTシャツ姿の女が、狭い玄関の三和土(たたき)で仁王立ちしている。  高校生でも通用するような幼い顔立ちの女だった。怒鳴り声とのギャップで、堂上はとっさに言葉が出ない。 「あー、べろんべろんに酔ってるじゃん!」  女の声が通路に響く。玄関先でこれ以上騒いだら、隣の住人から本当に苦情が来そうだ。堂上は「入るぞ」と一言断ると、笠原を抱き起こし、部屋に上がり込んで床に体を転がした。大の字になった笠原の足から女が靴を脱がせた。 「喉が渇いたァ――――!」  キッチンに仰向けでじたばたと手足を動かす笠原の様子が、巨大化した赤ん坊みたいで、厄介だと思うのになんだか笑えた。 「なんでこんなに酔っ払ってんの⁉︎」  女は笠原に視線を投げると、ため息混じりに冷蔵庫のドアを開けた。 「また、調子に乗って飲んだんですか? 友達だったら止めて下さいよ」  どうやら女は堂上を友人だと勘違いしているらしい。女の背中に向け、堂上は事情を話して詫びた。 「すまない。コイツが酒に弱いって知らなくて、俺が飲ませた。俺は笠原の会社の上司で堂上といいます。夜分いきなり自宅を訪ねて悪かった」  バタンと冷蔵庫のドアが閉まった。女は振り返ると、堂上の前にすっ飛んできた。 「小兄、いえ、兄の会社の方でしたか! あたし、てっきり兄の遊び仲間の誰かだと思って! ろくに挨拶もしないで失礼しました!」  同棲中の彼女じゃなく、妹だったのか。  道理で若いはずだと、堂上が納得したところで妹が自己紹介をした。 「妹の郁っていいます。兄がいつもお世話になっています。……あの、上司さんが部屋まで兄を運んでくれたんですよね? 小兄、重かったでしょう。なんかもうスミマセン」  ぴょこんと下がった頭から上目遣いで詫びられ、堂上は視線を逸らした。すると女の太もも剥き出しの脚が目に入り、今度は視線が不自然に天井をさまよう。  来客など普通なら部屋に迎え入れない時間帯に、突然、堂上が押しかけたのだ。部屋着らしいロング丈のTシャツ一枚身につけただけの郁は、長い脚が丸出しだった。  細身の体から伸びた脚のラインが美しい。美容やダイエットで作り上げたものではなく、きちんと食事して、きちんと歩いたり走ったりしている、健康的な脚だった。 「いや、こう見えて鍛えてますから。……すみません、何か穿いてもらえませんか。……その、脚が、」  鍛えている、などと堂上が余計な自己アピールをしたのは、断じて彼女の脚線美に見惚れたからではない。勝手に火照った顔を、堂上がうつむいて隠すと、頭上にあっけらかんとした声が被さる。どうやら彼女は堂上より背が高いらしい。 「えっ⁉︎ ショートパンツ穿いてますけど。見ます?」 「見せんでいい!」  思わず顔が上がった。堂上は怒鳴った後で、慌てて「すまん」と詫びた。堂上の動揺など、郁は知る由もなく小首を傾げている。 「すいません。脚の隠れるパンツか何か、穿いて貰えますか」  目の保養だけどな、という言葉を堂上は胸中だけに留める。堂上の具体的な要求に、ゆるゆると郁の視線が自らの脚へ落ちた。 「あっ、小兄が帰って来て、鍵だけ開けるつもりだったからっ! お見苦しいモノ、お見せしましたっ」  言い逃げよろしく郁は奥の部屋へ消えた。 「喉、渇いたァ……」 「ごめん。小兄のこと忘れてた」  丈の長いパンツに穿き替えた郁が、冷蔵庫から二ℓのペットボトルを出した。大ぶりのグラスに注ごうと、郁が手にしたボトルに堂上は目を剥いた。 「酔っ払いにスポーツドリンク飲ませるバカがいるか!」 「え、そうなんですか?」  郁は目をまん丸にし、堂上を見つめている。叱りつけたバツの悪さで堂上は顔をしかめ、声のトーンを穏やかに、努めて穏やかに保とうとした。 「吸収力のいいスポーツドリンクで水分取ったら、体内のアルコールまで一気に吸収して、酒に弱い体質だと、下手すると急性アルコール中毒になるぞ」 「ええっ⁉︎ そうなんですか! ……兄妹揃ってなんかもう、イロイロとご面倒かけます」  郁は恐縮したように体を小さくした。 「まあ、酒飲まない年代だと、知らなくても仕方がない。……君は高校生か?」  水を入れたコップを兄に手渡し、郁は照れたように頭をかいた。 「いやいや、こう見えて大学四年です。陸上のスポーツ推薦で大学に入ったから、練習キツくてコンパとか行かなかったんで、お酒あんまり飲んだことなくて」  ずり下がった前髪のピンを郁が留め直した。飾り気のない笑顔は、額が出ると更に若く見える。 「成人してたのか」  俺と五歳差か。堂上は絶句し、郁の顔をまじまじと見つめた。堂上の遠慮ない視線を、郁は遮るように顔の前で手を振り回した。 「柴崎なんか……、あ、あたしの超絶美人な友達ですけど。『男に免疫ない笠原はコンパ止めといて正解。寝落ちしたアンタを華奢なあたしが運べるかっ』って言うし」  彼女に恋人はいない。そう知って妙にホッとしている自分を発見し、堂上は内心うろたえた。  これじゃあまるで俺は、――。 「男なんぞ下心の塊だからな。その友達の意見はもっともだ。酒に弱いのなら、自重したほうがいい」  どの面下げて俺が言うか、という堂上の話だが、郁に神妙な顔で「はい」と頷かれ、堂上は微妙に居たたまれない心地になる。 「お酒に弱い小兄見てると、あたしも多分酔っ払ったら同じだろうなーって気がします」  人懐こい郁の笑顔は部下の笠原とまるで相似形で、つい、堂上は郁の頭に手を弾ませた。 「いい心がけだ」  郁が屈託のない笑顔を堂上に向けた。 「わー、上司さんに褒められた。小兄に自慢できるー」  この、あどけない笑顔を守りたい。不意に突き上げた感情に堂上は当惑した。 「……俺のこと笠原は鬼とか言ってそうだが」 「言ってます、言ってます、俺の上司は鬼だって。でも、すごく優秀な人だって、兄はあたしに話してました。有能で面倒見がいいって、自分の手柄みたいに自慢してました」  初めて持った部下に慕われたら、嬉しいに決まっている。郁が赤面した堂上の顔を覗き込んできた。 「その怖い顔、少しだけでも笑うと素敵なのに。結構ちゃんと尊敬してますよ。うちの兄、上司さんのこと」  交わった視線に発火した。熱は堂上の体内を駆け巡り、最後に心の真ん中を燃え上がらせた。  グウ、と笠原のいびきが高くなった。 「おい。いつまでも笠原床に転がしておくわけにいかんだろ」  郁の先導で堂上が笠原を運び、布団に体を横たえた。用が済んだら、もう堂上はこの部屋に残っている理由がない。 「おやすみなさい」  帰り際に郁は笑顔で手を振ってくれた。  外に出ると夜でも湿気が体にまとわりつく。太陽の名残りか、堂上の心に生じた熱なのか。燻るような熱を抱え、堂上は帰途についた。  しばらく経って、笠原が住所変更の届けを出した。  ――妹はどうした。まだ一緒に住んでいるのか。  堂上は変更届を承認するとき、郁の消息が頭をかすめた。だが、私的なことに踏み込み過ぎだろうかと訊けなかった。 *  あの夜の邂逅を郁が忘れてしまっても不思議はない。ただ、堂上には特別な思い入れのある出来事、というだけだ。  あれから二年経つが、堂上は一目で郁だと分かった。  ――綺麗になった。  兄の結婚式に親族として並んだ郁は、淡い緑色のワンピースを身にまとい、若竹みたいにすっ、と背筋を伸ばしていた。  親友の小牧に無骨と称される堂上は、本気で女性を口説き落とそうと、意気込むことすら人生初だ。こと恋愛に関し不器用な堂上が、今日は苦心惨憺の末、郁に近づき、会話する機会を得たのだ。 「初めまして、ですよね?」  曇りのない彼女の笑顔が残酷だ。堂上の存在は郁の記憶を掠めもしなかった。肩透かしで突っ伏しそうになるのを耐え、堂上はそれとなく恋人の存在を探った。  話してみると、郁の気取らない態度に昔の面影が重なり、口下手な堂上でも会話を紡ぐことができた。 「補給」と称して料理を食べまくる郁は、とても彼氏がいるようには見えず、堂上は安堵と絶望を同時に味わった。 「新婦のお友達と交流しなくていいんですか?」  郁は堂上など異性として眼中にないのだ。それなのに、郁は堂上にあの日と同じことを言い、もしや、と期待を抱かせる。 「その怖い顔、少しだけでも笑うと素敵なのに」  初めて部下を持ち、指導が適切なのか不安を感じていた頃の堂上を救ったのは、その後に続いた郁の言葉だった。 「結構ちゃんと尊敬してますよ。うちの兄。上司さんのこと」  帰り道、夜空を覆う雲間から月が現れた。アパートから駅まで歩く間、月の光が堂上を照らしていた。  翌日、当の笠原は昨晩の記憶が全く残っておらず、堂上が自宅まで送ったことを同僚から聞き、ひたすら恐縮していた。  ――妹さんを紹介してくれ。  たとえ断られたとしても、堂上の想いはその地点で決着したかもしれない。だが、堂上を「尊敬している」という部下に妹との橋渡しを頼むには、堂上の無駄なプライドやら職務上の立場などが邪魔し、どうしても言い出せなかった。  来週、笠原は転勤先へ赴任する。あるかないかの縁が消滅する前に、堂上は郁ともう一度話をし、パーティが終わったらどこかの店に誘うつもりだ。  堂上の思惑を余所に、料理を取りに行った郁はテーブルに戻って来なかった。  郁と同年齢くらいの男に声を掛けられ、そのまま二人で話し込んでいる。郁の大盛りの皿を男がからかっているのは明白で、あけっぴろげな笑顔やむくれた顔で応対する郁の様子から、二人の親密な関係が遠目にも見て取れた。  郁が逆襲したらしく、男が不本意そうな顔になる。二言三言と、郁は笑いながら男の背中を勢いよく叩いた。  表情豊かで可愛い。  けれど、――彼氏ができたのか。  郁と最初の出会いの後、堂上は見栄なんか張らないで、「紹介してくれ」と正直に頼めば良かったのだ。 [newpage] [chapter:宴のあとで] 「お通夜みたいな顔してるね、堂上。お祝いの帰りなのに」 「……そう思ったら話しかけんな」  会がお開きになると、堂上同様招待客だった小牧と二人で飲みに行った。会社で同期の小牧は、第一課でやはり主任だ。 「どういう繋がりなのか、手塚商事の御曹司がいたのには驚いた。笠原君の妹さんと親しげに話してただろ」  思いがけず郁と会話していた男の正体を知り、堂上はため息が出た。 「会長の父親と事業方針で決裂して、息子は新会社を興したって業界筋の噂だが。……それにしても若くないか?」  やり手だと噂に聞くが、男は二十代前半にしか見えなかった。首を傾げた堂上の隣で小牧が苦笑した。 「新会社を創ったのは兄貴で、今日来てたのは弟のほうだ。弟は親の七光りを嫌って、地道に営業所勤めらしいよ」  小牧の情報収集力に舌を巻くのと同時に、「こいつだけは敵に回したくない」と、堂上は体を小牧から引き気味にする。 「今日、堂上は笠原君の妹にご執心だったからなぁ。珍しく堂上が全力でアピールしてたのに、思いっきり彼女はスルーしてたよね!」 「ゴボッ――」  油断していたら急所を突かれた。酒にむせて、堂上は反論どころじゃない。愉快そうに笑う小牧が業腹だが、堂上が睨んだくらいでは笑いは止まらない。 「久しぶりに会ったから懐かしくて話しかけただけだ!」  鳩が豆鉄砲を食ったような小牧の表情から、堂上は自爆を悟る。迂闊だったと堂上はグラスの酒を呷った。 「妹さんと初対面じゃないのか!」 「飲み会で寝落ちした笠原を家まで送ったとき、たまたま顔を合わせた!」  隠しても仕方がない。堂上は半ばやけくそで白状した。 「堂上、それ何年前の話?」 「……二年前」  小牧の口元は笑いをこらえて痙攣している。 「二年! あ、俺なんか目頭が熱くなってきた。……堂上は昔話を口実に彼女に突撃、」 「するか!……俺のことなんぞ、向こうはこれっぽっちも覚えてなかった! これ以上は黙秘権を行使するッ」  ゲフッ、と今度は小牧がむせ返った。酒が気管に入ったのか、爆笑しているのか判別できないので、堂上は放置を決め込んだ。 「そんなに前から気になってたのなら、笠原君に妹さんを紹介して貰えばよかったのに」 「俺だって妹の紹介頼まれたら、別の意味で断るぞ」  兄妹の情とは厄介なもので、堂上の妹は野放図極まりない静佳だ。「血迷うな、正気に返れ」と真顔で堂上はその男を諭すだろう。  小牧はやれやれと呆れ顔だ。堂上は黙り込み、皿のピスタチオを続けざまに口へ放り込む。小牧の憐れみを含んだ視線が痛い、傷口に塩を擦り込まれるように痛い。 「まあ、部下に妹を紹介してくれ、って堂上が言い出せない気持ちは分かるけどさ。上司の立場を利用して強要、と取られるとパワハラ案件になるし。笠原君は陸上の大会で活躍する妹を自慢してたけど、『俺、シスコン』って同期の奴らを牽制してたから、余計に言えないよなぁ」  小牧の言うとおりなので、堂上はふて腐れて酒を飲む。 「その顔見せたら、笠原君の『堂上崇拝』も一発で崩壊するね。堂上、厳しくしてたけど笠原君に懐かれてたから」 「別に崇拝して欲しくて部下を育てたわけじゃない」  顔を逸らした堂上を小牧が低く笑った。 「俺はそういう堂上、好きだよ」 「お前に好かれても嬉しくないわ!」  取り繕おう気力も失せ、ムキになって堂上が返すと小牧は笑い崩れた。 「笠原くんは転勤するだろ? それで堂上、今日は勝負かけたわけか!」 「もう言うな!」  納得顔になる小牧に的を絞り、堂上はピスタチオの殻を指で弾いた。殻は小牧の胸に命中したが、「やるぅ」と軽いノリで返され、癪に障る。誰の真似だよそれ、全然わかんねェ。  堂上は話を強制的に切り上げたが、思うところはある。  まだ部下を育てている最中で、仕事がやりにくくなるとか、上司としての体裁とか、堂上の思惑に保身が働かなかった、と言えば嘘になる。  ぐっと眉を寄せた堂上を見やり、小牧がため息を吐いた。 「そういえば、新婦の勤め先は手塚商事の系列会社だっけ? その繋がりで御曹司は呼ばれていたのかもしれない」  慰めのような小牧の情報を、堂上は未練がましく聞いた。  あの男は郁の恋人ではなく、単なる知り合いではないのか。我ながら都合のいい憶測だと、苦笑が漏れた。  原石のような少女を俺が見つけた。  だが、堂上が一目惚れしたくらいだから、郁の日常にいる近しい誰かが堂上と同じように惹かれ、郁を手に入れたいと思わないはずはないのだ。 「男に免疫ない」と語った二年前の郁が現在もいるなんて、堂上の勝手な思い込みに過ぎない。  この二年間、堂上自身だって、恋愛沙汰が全くなかったとは言えない。けれど、女性から好意を示されるたび、飾り気のない郁の笑顔が堂上の脳裏をちらつき、恋愛ごとを躱( かわ)していた。  過去だって、今日だって、本当に郁が欲しかったら、堂上は体裁など気にせず、全力で獲りに行けばよかったのだ。  鬱々と酒を飲む堂上の後悔を読んだように、小牧が肩をすくめた。 「営業の栗本がここにいたら、堂上の話に『まだワンチャンありますって!』ってさ、嬉々として合コン、セッティングすると思うけど」 「……人にお膳立てされた恋愛は趣味じゃない」  今の堂上が言っても負け惜しみにしか聞こえないだろう。 「うん、堂上ならそう言うと思った」  小牧が軽く笑い、堂上の顔の前でグラスを掲げた。  未来の健闘を祈る。小牧は食えない笑顔で、堂上は渋面でグラスを軽く鳴らした。  今夜で終いにする。くだを巻くのは今夜だけと決め、堂上は未練たらしく酒を飲む自分を許した。明日が休日なのが救いだ。二日酔いで潰れても一人、部屋で寝ていればいい。  不甲斐ない自分が悪い。生かせなかった再会を悔い、小牧相手に堂上は浴びるように酒を飲んだ。深酒して小牧に搬送されるなんて、大学以来だった。 [newpage] [chapter: 腹が減っては、の法則]  結婚休暇と赴任休暇を取得した笠原は、挨拶回りで職場に一日だけ顔を出し、転勤した。  勝手に惚れて勝手に失恋。  再会した堂上に対し、郁の瞳は何の色も示さなかった。  二年間も、堂上はずっと心の奥底で想いを温めていたのだ。簡単には郁を思い切れないと、心を奮い立たせた。だが、都合の悪いことに、会社の組織変更や業務の繁忙期の波にのまれ、再チャレンジ以前に、堂上は郁の消息をつかめていない。  通勤電車の窓から月が見えたとき、寝酒のビールを出そうと冷蔵庫を開けたとき、ふとした隙間に、「初めまして」と堂上を通り過ぎた郁の顔がよみがえり、心が暗く沈んだ。  仕事に影響出すほどガキじゃない。けれど、さっさと次の恋を探そうと割り切れるほど、堂上はドライじゃなかった。  三ヶ月過ぎ、仕事がひと段落した。  珍しく定時帰りになった夕方、堂上は当麻の新刊を求めようと、サイン本を扱う大型書店まで足を伸ばした。他にビジネス書などを数冊買い、たまには自宅でゆっくり読書をするかと、夕食の調達にコンビニへ立ち寄った。  買ったばかりの新刊書に心が弾む。帯のあおり文句から内容を予測する遊びが楽しく、上の空で弁当の棚に手を伸ばした。誰かの手とぶつかって堂上はゆっくりと視線をたどった。  なんで君と今会うか。 「……それで足りるのか?」 「やっ、今日は夕飯作る気力がなくて。でも、お財布がさみしいなーって」  右手に弁当を持ち、郁はいたずらの途中で見つかった子どものように首をすくめた。バッグを持つ郁の左手の薬指に指輪がないのを確かめ、堂上は郁の手から弁当を取り上げた。 「ええーっ。最後の一個なのにっ! 堂上さんも今夜はいなり寿司の気分なんですか⁉︎」  三度目の正直。  彼女はちゃんと堂上の顔と名前を覚えていた。体に溢れる喜びで、笑いそうになる衝動を堂上は仏頂面の下に押し隠す。  化粧顔でも頰を膨らませた郁は、美しさよりベビーフェイスのほうが際だつ。堂上はつい、幼児をなだめるように郁の頭に手を置いた。  もう部下の妹とか、遠慮なんかするもんか。 「補給に連れて行くぞ。そっちに予定がなければ」  事情が飲み込めず、郁の目はまん丸だ。 「君と話がしたい。食べたいものはあるか」  手塚商事の子息とのこと、今どこに住み、どんな職業に就いているのか。郁に確かめたいことが山ほどあった。 「回らないお寿司!」 「容赦ねぇな、お前」  堂上の口の悪さを郁は気に留めたふうもなく、きちんと正面に向き直った。 「冗談です。回ってるお寿司、万歳! もちろんワリカンにします」 「誘ったのは俺のほうだ。財布が寂しいって泣いてる奴に払わせるほど、俺は無慈悲じゃないぞ」  堂上が言い聞かせるように誘うと、郁はきまり悪そうに笑った。 「結婚式で堂上さんに名刺貰ったって小兄に話したら、『おまっ! お世話になった主任に失礼なことしてねーだろうな⁉ あの人は俺の仕事の恩人だぞッ』ってつかみかかられちゃいました! そう言えばあたし、挨拶もまともにしてなかったな、って。スミマセンでした」  殊勝に詫びる郁の頭を堂上は上げさせる。 「お互い様だ。何でも食わせてやる。……だから逃げるなよ」 「自己啓発セミナーとか、英会話教材の購入が本題だったら遠慮なく帰りますよ、あたし」  言いつつ郁が笑い出し、堂上もつられて笑った。  幸運の女神には前髪しかない。  俊足だと聞く郁を捕まえるなら、堂上は躊躇などしていられない。 「そんな営業するか! だが、覚悟して聞けよ」  二年間、君のことをずっと心に留めていた。俺の想い、舐めんなよ。堂上が漏らした不敵な笑みなど目に入らないのか、郁は弾んだ声で同意を求めた。 「今日はお寿司の気分ですよね‼︎」 「……あぁ。腹が減っては軍が出来ぬ、ってトコだな」  皿の数競うなら負けませんけど。見当違いに張り切る郁の笑顔が、堂上には眩しかった。 続
私たちと同じ、ごく普通の世界に生きる堂上さんと郁ちゃんのお話です。小兄を郁の二歳年上で設定等捏造しています。パラレルでも不器用な二人を楽しんで書いているので、読んだ方も楽しんで頂けると嬉しいです。<br />タイトルが自分的にしっくりしないので、ラブ・ユー!へ改題しました。<br />*表紙はオフ化した個人誌の表紙です。<br />*過去作の閲覧、コメント、評価、ブックマーク、タグ付けやフォローをありがとうございます!
ラブ・ユー!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10051883#1
true
身体にぴったりと仕立てられた明るいグレーのスーツは金色の髪によく似合っていた。 青い瞳は宝石のようで、すっとした鼻筋と整いすぎた相貌は冷たさを感じさせるが、少し小さめの唇が可愛らしさをそこに加えていて絶妙なバランスで完璧な美しさを醸し出している。 そんなあまりにも良くできた造形の男性が、少し硬質な雰囲気を漂わせて庁内に颯爽と入って行く。 「きゃっ、降谷警視正…」 「お、今日はおひとりか」 受付の女性警官はもちろん、まだ青さの残る若手刑事、渋さの滲む中年警部、すれ違う人間の八割がその姿を見て思わず一瞬立ち止まる。 『奇跡のオメガ』 それが降谷零に密かに付けられた称号だった。 三十三歳。警察庁警備局に席をおく警視正、降谷零。 かつては日本の公安警察全てを束ねるゼロのひとりとして、比喩でなく生死を賭けた任務についていたが、超大型案件だった黒づくめの組織を解体し殲滅させたあとは公安の現場は退き、上官として内勤で活躍している。その頃から彼は、警察庁に属する者なら知らない人はいないといった存在になっていった。 降谷がそこまで注目されるのにはふたつの理由があった。 ひとつは単純にそのスペックの高さによるものだ。金髪碧眼に褐色の肌という、それだけで充分目立つ素材が、完璧に整った形で彼という人物を形作っている。更にその内面にある能力は恐ろしいまでに高く、行動力判断力知識の幅広さ、そして社交術、全てが常人レベルを遙かに超えていた。要は見た目も中味も尋常じゃない優秀さというわけだ。 ゼロだった頃、降谷は警察組織の中で己の存在感を消すことまで完璧に行っていた。そのせいで、当時は誰も彼に注目などしていなかったが、任を解かれ彼という人間が隠されることの無くなった今、その天才的頭脳と完璧な造形美は多くの人の知るところとなったのだ。 そしてもうひとつ。むしろこの理由の方が、人々を驚かせ耳目を集める要因としては大きいといえるかもしれない。   降谷零はオメガだった。   オメガバースは、すべての人間に付随する男女とは違うもうひとつの性別だ。人口の大多数を占めるベータと、わずかな数のアルファとオメガ。この三つで成り立っている。 一般にアルファは身体も頭脳も優れていて、ベータとオメガはごく普通とされている。それゆえ、社会のトップは軒並みアルファで占められており、ベータとオメガはアルファを下支えする立場にいることが多い。 ベータとオメガの最大の違いはヒートだ。オメガにはヒートと呼ばれる発情期があって、ヒートになるとオメガは強烈なフェロモンを身体から放つようになる。そうして周囲の人間の性衝動をかきたて、子孫を残すべく体内に精子を入れようとするのだが、それは人々の理性を失わせるもので、それゆえオメガは忌み嫌われることになりやすかった。誰しも我を忘れてよく知らない人間とセックスなどしたくない。とくに、オメガのフェロモンはベータよりもアルファの性的な本能に強く訴えるので、社会のトップにあるアルファから嫌われやすかった。オメガのフェロモンに触発されて発情したアルファは、正気を失うほどオメガと性交したくなるのだ。オメガもまたヒート時には日常生活を送るのが難しいほど性交渉を求める衝動に駆られるので、仕事などむろんできるわけもなく、抑制剤を飲み、ヒート休暇を使い、周囲にフェロモンをまき散らさぬよう家にこもってなんとか乗り切るという暮らしを送ることになる。そのため職場などでも頻繁に休むことを理由にいやがられ、ベータの同僚から迷惑がられることも多かった。 オメガのヒートは、一人のアルファと番を結び、妊娠するか定期的に番のアルファとセックスを重ねていくことで安定し、周囲にむやみなフェロモン発散をしていくことはなくなっていく。 アルファもまた番となることで。他のオメガからのフェロモンに発情することがなくなっていく。 しかし、番はそう簡単に結ぶものではない。番を解消すると、オメガには悲惨な現実が待っていることになるからだ。一度アルファと番ったオメガは、番を解消したあと他の人間と性交渉しても苦痛しか感じなくなる。更に抑制剤もほとんど効かなくなり、一生ひとりでヒートに苦しまなければならなくなるのだ。それは人生で地獄を見ることに直結する。一方アルファには何の後遺症も残らない。 そういったあらゆる事象がオメガにとって不幸な事が多いのも、オメガがアルファはもとよりベータよりも下に見られる差別の原因になっているのが現状だった。 そんなふうに、生きていくのに問題が多いオメガ性。それが降谷の持つ性だというのは、誰もが驚く事だ。 こんなに優秀なのにオメガ。 こんなに美しいのにオメガ。 こんなにカリスマ性があるのにオメガ。 しかも降谷はヒートを抑制剤で完全にコントロールできており、苦しんでる様子を見せることも、わずかなフェロモンでもそれを垂れ流したことなど一度もなかった。ヒート休暇も彼には不要らしく、有給同様まったく消化されずにいるらしい。 ちまたでは、降谷は水道の蛇口をひねるようにフェロモンの放出をコントロールすることができるなどとも噂されていた。自分のペースで交渉を進めたいときや、相手から情報を引き出すときはフェロモンを操って相手を意のままにするとまで言われているのだ。いくらなんでもありえないが、降谷ならそれもあるのではと思わせるだけのものがあった。 オメガであることは、ヒート時の周囲への影響を考えるとそれを隠して暮らすのはマナー違反とされている。役所や警察、病院といった機関では就職時に申請するのが決まりだ。それゆえ降谷がオメガであることは誰もが知っていたが、それで蔑まれたことなどは一度もなく、むしろ『奇跡のオメガ』と呼ばれ、降谷零は賞賛と尊敬の念を集めていたのだった。 [newpage] ◇◇◇ 「降谷さん、次の合同会議での資料なんですが、ちょっと修正したい部分ができてしまったんですが」 そろそろ退庁しようとPCをオフにしかけたとき、年若い部下の一人が分厚い紙の束を持って気まずそうに声をかけてきた。 「どの部分だ?」 イヤな顔はせずに聞き返すと、ほっとしたように口元をゆるめて部下は資料を降谷に見えるように出してきた。 「ロシア方面の逃亡ルートに関わるところで……」 「もしかして『アリョーシャ』の件か。銃器密輸マフィアの」 目の前に出された資料を一瞥して即答する。 「そ、そうです。え、もうご存じで?」 「一昨日流れてきた情報だったが、その件ならもう外事と組対の方に聞いてこっちとは無関係って確認取れてる。無視して大丈夫だ」 帰り支度のためにカバンを机に置き、モバイルを仕舞いながら答えると「そうでしたか…」とふぬけたような返事が返ってきて、思わず失笑した。がすぐに真顔になり少しだけ声に厳しさを滲ませて横に立っていた部下の腹をつんとつついた。 「そうでしたか、じゃない。情報収集少し遅いぞ。おまえのエス、大丈夫か?」 「す、すみません」 エスと呼ばれる協力者からの情報の精度は、そのまま自分の力量につながる。もし自分のエスからの情報が他より遅いとなれば、そこに何らかのエスの意図があるのか、ただ単に情報収集能力が落ちているのか確認しないとならない。 「ちょっと気をつけて見ておけよ」 立ち上がると、若い部下はびくっと身を引きながら「は、はいっ」と直立不動になった。叱りつけられるとでも思ったのだろうか。そこまでびくびくしなくても…と思いつつ「もし何かまた問題出てきたら、こっちに連絡くれ」とスマホをかざしてみせた。 「降谷さん、お帰りですか?」  反対側から声をかけられる。 「ああ」 「ではお気をつけて。もう下に車、来てましたよ」 ちらっと目をやると、去年警視庁から警察庁に異動してきた風見が無表情のまま人差し指を下に向けていた。 「……マスタングだったか…?」 「はい」 「ったく。目立つからあの車で移動するなと言ってるのに…」 風見相手だと言わなくていいぼやきまで出てしまう。風見は降谷が現場でいちばん身体を張っていたころ、右腕として組んでいた男だ。他の部下とはやはり違うものがある。 「マスタングっていうと、降谷さんの番の……赤井さんって方の車ですね」 遅い情報を持ってきた部下は、怒られなかったことで気分が回復したのか会話に参加するように明るく降谷に話しかけてきた。「ん」と軽く相槌を打つ。 「合同捜査でも何度かお見かけしましたけど、美丈夫な方ですよねえ。FBIでも屈指の捜査官だと聞きました。降谷さんの番にふさわしい感じの人だと思います」 「……」 前から感じていたが、こいつ警察庁の官僚にしてはちょっとおしゃべりだなと思う。こういう会話をしたがる上司かどうか、きちんと見極めろよと心の中で叱責する。 「番になられて一年くらいですよね? そろそろ……じゃないですか。降谷さんがお子さん作られて出産休暇を取ることになったら、この部署どうなっちゃうんだろうって、僕、戦々恐々としてるんですよ。でも降谷さんの子って可愛いんだろうなあ」 ……五月蠅い。風見、黙らせろ。 念を送るように風見を睨んだ。 「……篠沢、さっきもらった報告書、数字がわかりにくいとこがある。ちょっと直しておいてくれ」 視線をキャッチした風見が、降谷の横で軽薄に喋っていた部下に声をかける。 「え、あ、はい」 部下はそそくさと風見の元に移動した。 良し。 小さく頷いてみせると風見がふうっと息をついたのがわかった。 風見は得難い良い部下だ。ここに異動してきてくれたのはなかなかありがたいことだった。また弁当でも作ってやろうと思いながら、降谷は「じゃ」と片手をあげて部署を後にした。 一階に下り、外に出ると公道に赤いマスタングが停車しているのが見えた。 「駐停車禁止ですよ」 近付いて運転席の窓ガラスをコンコンと叩いてそう言うと、ウインドウがすーっと降りた。 「今、ついたところだ。一分も駐めてないぞ」 見慣れた緑の瞳が自分を見上げる。潜入捜査時代には組織の仲間として組み、その後は組織殲滅のだめに共に戦ったFBI捜査官、そして今は自分の番でもあるアルファの男。赤井秀一だ。 「またあなたはそういう嘘をさらっとつく…。十分ほど前に外から戻ってきた風見が、ここにマスタングが止まっていたのを見たと教えてくれたんです。少なくとも十分は停車してたこと、もうばれてます」 ツケツケと言ったあと、ボンネットを回って助手席のドアを開け、慣れた動作でするりとシートにおさまった。アメ車らしい、座り心地のわるい車だ。まあ自分のFDも助手席の乗り心地はいいとはいえないが。 助手席のドアが閉まるのを待って、赤井が止めていたエンジンをかけた。 赤井は日本での組織残党刈りのためにFBIからアメリカ大使館に出向する形で日本に残った。日本警察とも連携し長く共闘するうちになんだかんだでお互いを意識するようになり、いっしょになろうと番になる契約を結んだ。恋人になったのは二年前で、番になり一緒に暮らすようになって一年になる。赤井が警察庁で用をこなす時は、連絡を取り合ってこうして一緒に帰ることも多い。 「風見君か。そういえばさっき歩いていたな…」 「あなたが見たということは彼もあなたを見てるんです。嘘をつくならもっとぬかりなくお願いしますよ。こんなんじゃ浮気されたら僕はすぐ気付いてしまう」 無骨なエンジン音のわりに、震動の少ない加速で車は走り出した。 「浮気などしないから、そこは大丈夫だ。まあ君に貫き通せる嘘など、つけるわけもないからな。本気の隠し事などするつもりもないよ」 よく言うと思い、降谷は肩をすくめた。 この男は数年間、親友の自殺について原因も含めて、その真実を隠し通そうとした男だ。実際、降谷が真実にたどり着くのにかなりの年月を要した。 組織壊滅のためにFBIと手を組み、お互いの距離が精神的にも物理的にも近くなって全てが判明するまで、いわばずっと騙されていたのだ。それを忘れたわけもあるまいに、いけしゃあしゃあとそういうことを言うとは。降谷は小面憎い男の横顔をちろりと見た後、頬をぎゅっとつねった。 「痛い痛い。ダーリンは御機嫌斜めなのか」 降谷の仏頂面を、笑いながらいなす男。馬鹿らしくなって力が抜けた。降谷は指を放すとシートに深くもたれ、だらしなくダッシュボードの下に足を投げ出した。 「ふん、そーです。僕はゴキゲンナナメなんです。もう成城石井によってチーズケーキを買って帰らないと今夜は元に戻りそうもありません」 「それはお安いご用だが、なぜ機嫌が悪いのか聞いても構わないかな」 「……三年目のペーペーに、もうすぐ僕は妊娠するだろうから休職されたら不安だと言われました」  言い切ったあと、ウンザリ顔でベロを出した。赤井がちらりとこちらを見て薄く微笑むのがわかった。 「まあ一時的とはいえ君がいなくなったら職場のダメージは大きいと考えるのはおかしくはない。彼の不安は尤もなんじゃないか?」 「そういう話じゃないです」 指先で膝の上のカバンをトントンと神経質に叩いた。 「うん」 「僕が妊娠するのは当然の流れだとみんな思っているんですよ」 「ほー」 「あのバカはKYだから思ったことをそのまま言ったんでしょうけど、口には出さなくてもみんな密かに思っているわけですよ、いつかな、いつできるのかなと。ふざけんなっつーんですよ! こっちが聞きたいんだ一体いつできるのか!」 ぱんっと手のひらでカバンを叩く音が響いた。 「まあこればかりは神のみぞ知る……」 「なに信者みたいなこといってんですか。教会にだってろくに行ったことないくせに。アルファとオメガが避妊もせずに番って妊娠しないなんて、神様だってびっくりですよ」 そうなのだ。番になって一年、一度も避妊をしたことがないのに降谷には妊娠の兆しが訪れることはなかった。一年の間に訪れたヒートは四回。いずれの時期も避妊具無しで性交し赤井の精子を体内に入れている。番になる前、つまりうなじを噛まれる前の恋人期間ではゴムをつけていたので妊娠しなかったのはわかる。が、ゴムをとっぱらった後も降谷は一向に妊娠しないのだ。 「健康なのに不妊のオメガなんて聞いたことがない。オメガは非常に妊娠しやすいのが特性です。とくにオメガのヒートに誘われて発情したアルファとのセックスで妊娠する確率は九割を軽く超えます。女性でも男性でもね。だからこそアルファはオメガのヒートにやられて後先考えずに性交することになるのを忌み嫌うんです。僕だって、貴方に会うまでは絶対に妊娠なんてしたくなかったから、童貞とは言いませんが処女は堅く守ってきました」 「嬉しいな」 「そんな話でもありません」 脳天気な赤井の受け答えをピシャリとぶったぎった。しかし赤井はニコニコと楽しそうで、心のなかで不用意に喜ばせてしまったと歯がみする。 「ともかく、なんで妊娠しないのかさっぱりわからないから対策もたてない。苛立ちますよ」 オメガ専門の病院でも原因不明だと言われた。降谷はヒートが比較的軽い体質なのでそのせいかもしれない、また、赤井はアルファのくせにオメガの匂いにかなり鈍いところがあるのでそこにも何か原因があるのかもしれない。いずれにしても原因ははっきりしないというのが医師の結論だった。 「日本では、同性同士の結婚は認められていません。例外としてオメガとアルファが番になって子どもができた場合にのみ同性でも婚姻が認められている。このままでは僕達はずっと他人でただの同居人です」 赤井にもわかりきってることだが、つい愚痴のようにこぼしてしまう。 「何度も言っているが…」 赤井が家への帰り道とはちがう道に入りながら話し出した。本当に成城石井に向かうらしい。 「きみを公的に自分のものだと言えないのは残念ではあるが、俺は結婚という形式には拘らんよ。きみと一緒にいられれば現状でもまったくかまわない。子どもも、できたら楽しいだろうとは思うができなかったらつまらないということは一ミリもない。それじゃダメなのかな」 赤井が車を走らせながら落ち着いた低い声で諭すように話す。それにつられるように降谷の気持ちもだんだんと凪いできた。 「それはぼくもそうですけど……」 降谷だって別に子どもがどうしても欲しいわけではなかった。が、今まで守ってきた貞操を明け渡すほどに心許した男との子どもがこれでできる、そう思った時は思わずワクワクしてしまったし、最初に「メアリーさんに挨拶するのはちゃんと入籍してからにしましょう」と言ったために、未だイギリス在住の赤井の母親にはきちんと挨拶もしていないのもとても気になる。メアリーには電話で赤井が『降谷というオメガの男性と番になった』くらいは話してはいるが、それだけだ。彼女の方も、不肖の息子がまた好き勝手に生きているという程度に捉えているのか「ちゃんと最後まで責任取れよ」と、まるで犬を拾ってきた子どもに『最後まで面倒見ろ』と教えるくらいの対応になっていて、やはり結婚しているのかいないのかは親としては大きな違いだろうと思えた。 「まだ番になって一年だよ零くん。まだまだ俺はこれからもきみを抱きつぶすつもりだし、子供ができないと焦ることはないさ」 「焦ってはいません。ただ……」 途中で言いよどみ黙っていると「…運命の相手、か?」と赤井が先回りして言ってきた。 この話をするのは初めてではないからだ。 オメガバースのオメガとアルファには、運命の相手、または運命の番とよばれる結びつきの極めて強いパートナーが存在すると言われている。都市伝説的なものなのかもしれない。オメガとアルファは人口比率的には少ないとはいえ、あまたいる人間の中でたったひとり、自分の半身のような相手がいるなどという話があったとしても、出会わない限り信じきれる話ではない。だが、どうしても降谷はそれを考えてしまうのだ。 「……そう、それです。僕と赤井は運命の相手ではないですよね。よく聞く、出会った瞬間に電気が走ったとか、その相手の匂いだけは他とは違った、自分にだけはたまらなく甘美な匂いに感じられたとか、そういうスペシャルな何かはなかった」 「まあ俺はアルファなのが不思議なくらい、オメガの匂いに鈍いらしいからな」 そう、赤井はアルファであるにもかかわらずオメガに対してかなり反応が鈍い。 オメガのヒート時のフェロモンの匂いはかなり強く、その匂いは子どもでもけっこうわかるものだ。 以前赤井といるときに、突然始まったのかヒートのオメガ女性が公園のベンチで動けなくなりうずくまってるのを見つけ、助けたことがあった。あのままでは正気を失ったアルファにレイプされる恐れがあったからだ。その女性はなかなか強烈な匂いを発していたのにも関わらず、赤井はさほど反応していなかった。まだ番でなかったにもかかわらずだ。 あのとき「赤井は離れていてください」と言った降谷に、赤井は「ああ、そういえばヒートの匂いが少しするな。だが惑わされるほどじゃない。大丈夫だ」と平静に女性を保護する降谷を手伝った。「ムラムラとかしなかったんですか?」と後から聞いたら「半勃起もしなかったぞ」と答え、もしやEDになったのではと哀れに思ったのも束の間、その夜降谷が寝相悪くおなかを出して寝ていたら「不用意に乳首を見せた君が悪い」とさんざん朝まで鳴かされたという経緯があったことははっきり覚えている。それくらい赤井はオメガのヒートに動じないアルファなのだ。 「ええ、僕がオメガらしくないこと以上に赤井は発情に関してはアルファらしくないですよね。あなたが欲情するのはオメガのヒートに関係ないんですから。でも、もしも運命の相手に出会ったらどうなんでしょう。さすがになにかは感じとるはずです。匂いか空気か、わからないけど、無反応ではないはず。まして運命のオメガがヒートになったならばきっと反応する。だから、もし運命の相手に出会って、そのオメガのヒートに誘われて発情した上でセックスしたら、あなたは相手を妊娠させることができるんじゃないかって…、僕だからダメなんじゃないかって……そう考えてしまうんですよ」 赤井はハンドルを切ると公道に面した成城石井の駐車場にムスタングを侵入させた。そのまま迷うこともなく一台の空きスペースにむかい、見てるのかと思うほどの早さでアメリカのばかでかい車を日本の狭い駐車場にスルッと入れた。きゅっとハンドブレーキをひきエンジンを止めると、赤井はハンドルをかかえてもたれ、顔だけを降谷に向けた。 「もしもの話ほど無意味なことはないよ、零くん。運命の相手なんて、そもそもいるかどうかすら怪しい話だ。それに俺としてはオメガやアルファの本能に引っ張られたわけじゃないこの関係こそが運命だと思ってる。きみの言うとおり、俺はオメガのヒートに誘われて発情したりしないが、きみという一個人の魅力には簡単に欲情してしまう。きみがオメガであるかどうかは関係ない。きみをきみたらしめた経験や性格、思考の仕方、そういったことが俺にはたまらない魅力であるということだ」 「赤井……」 赤井にしては珍しく長い言葉で降谷に語りかけた。降谷が一時的にでなく、それなりに悩んでいることを感じ取ったのだろう。 「俺はきみがいいんだ。きみがオメガでもアルファでもベータでも、宇宙人でも関係ない」 「宇宙人って…」  赤井の手が伸びて、降谷の頬を撫でた。じっと見つめ合う。 「三十三歳でこんなに顔がかわいくて、こんなに優秀で、ほんとうに地球人なのか不思議なんだ。しかしたとえエイリアンであったとしても俺はきみを選ぶよ。零くんもアルファだから俺を選んだわけじゃなかろう。たとえ運命の相手とかいうアルファが現れたところで、そんな男より一流のスナイパーであり捜査官である俺のほうがいいはずだ。ちがうかな」 自分に自信のある男は、パートナーを誉めつつも自分礼賛を忘れない。謙虚さのかけらもない愛の言葉に、思わず笑いが漏れた。 「すごい自信…、ふふ。まあ当たってますけど」  そういって頬にある赤井の手に自分の手を重ねた。 「あなたってだいたい寡黙な男だからふだんは気付かないですけど、やはり外国育ちなんですね。表現がストレートで、聞いていてはずかしくなります。…わかりました。へんなこと言ってすみません」 思うところがあるのは変わらないが、それよりも赤井が降谷を愛の言葉で慰めてくれてるという事実を受け入れたくなった。ここはこれ以上ぐだぐだ言うべきではないと判断して、降谷は赤井にむけて明るく微笑んでみせる。 「さ、チーズケーキを買いにいきましょう」 そう言って自分から先に車を降りた。 [newpage] 日射しは秋めいてきたがまだまだ暑い日が続く午後、降谷と風見はとある案件で出かけた帰りに、昼食をとるため小さな喫茶店に入った。 老夫婦が営んでいるらしいその店は、最近のカフェと言われるスタイルのものではなく昔ながらの喫茶店で、かつて自分が潜入捜査の一環で務めていたことのある店に似ていて懐かしい。 「ポアロみたいな店ですね」 風見も同じことを感じたらしく、席についたとたんそう言った。メニューを見るとカレーやスパゲティ、サンドイッチといった定番の洋食と喫茶メニューが並んでいて、ますますポアロを思い出す。 シンプルなその洋食が評判なのか落ち着いた雰囲気が人気なのか、ランチタイムを少し過ぎた今もそこそこ客が入っていて賑わっていた。 降谷たちが座った隣の席も、どこかセールでも行ったのか、ショッピングバッグを椅子の背に引っかけた女性4人組が座っていて、楽しそうにおしゃべりに興じていた。 「僕はカレーライスとアイスコーヒーを…」 「あ、私も同じものでお願いします」 小柄な老婦人に注文をし終えると、お互いスマホを見て連絡メールなどがないか無言でチェックを始めた。 「あ、私たちも追加していいですか」 隣のテーブルの女性が、立ち去ろうとした老婦人に声をかける。 「えっと、アイスコーヒーみっつと、美奈子は何にする? カフェインは良くないよね?」 「うん、えーっと…じゃあバナナジュースにしようかな…」 「糖分の摂りすぎも妊婦にはよくないんだよね。野菜ジュースとかトマトジュースはどう?」 「そうそう。私とか妊娠したときにすごい太っちゃってお医者さんからダメ出しされまくったわ。結局五キロ太ったままだし」 「そうなの? 全然学生のときと変わってなく見えるよ、でも美奈子もつわりあんまないみたいだし、気をつけなね」 どうやら四人組の中に妊娠してる女性がいるらしい。結局三つのアイスコーヒーとトマトジュースを注文して、隣は妊婦の女性を中心に再び賑やかに話し始めた。 「でもさ。美奈子、結婚も子どももほしくない人だったじゃん? ひとりに縛られるのはいやだって言って、昔はけっこう食い散らかしてたよね」 「えへへ」 「ヒートの時とか、うまいことアルファひっかけては発散させててさ。でも絶対に首は噛ませなかったし、避妊には厳しかったよね」 聞くつもりは無いが、周囲の状況は自然と把握するクセがついているのと、隣なのでどうしても耳に入ってくる。妊娠した女性はなかなか奔放なオメガであったらしい。昔話にかこつけて、身持ちの緩かったことをそれとなく貶しているニュアンスも聞き取れた。 「子ども嫌いだから妊娠はやだって言ってたもんね。それがいきなり結婚即妊娠ってなってさ、ほんとびっくりしたよ」 「だってえ…」 美奈子は自分の隣の女性に「ねぇ」といって目をやる。隣の女性は事情を知っているらしく「うん」と頷いた。 もちろん降谷は1ミリも顔を動かしていない。視界の端で見ていた。 「運命の相手だったんだって、旦那さん」 美奈子の隣の女性の発言に、降谷の全神経が集中した。 犬や猫のように耳が動く器官だったら、降谷の耳はピンッと隣に向けて立ち上がっていただろう。が、表情もスマホをいじる指先もピクとも動かなさなかった。風見はスマホから目を離し降谷を見てきたが。 「えええ! そうなの? ほんとに?」 「うん。もうね。合コンだったんだけど、会った瞬間にわかった。もう堪らないほどいい匂いがするの。最初香水かなって思って、いっしょにいた友達に『あの人めちゃいい匂いするよね』って言ったら『えーそう? 私にはわかんないなあ』って言われてさ。ナンデナンデ?って思ってたら、彼の方も私のこと凝視してるんだよね」 「まじで」 「まじでまじで。で、もうその時点から離れがたくなっちゃって、すぐ二人で抜け出して、すぐお泊まりしちゃった。そしたらもうなにもかも最高の相性で、とろけるかと思った。でもって彼も私のことすごくいい匂いがするって言うし、私もそう思うし、だけど周囲はそう思わないみたいだしってんで、あーこれが運命の相手だったんだーってわかったの」 やはり実在するのだ。そして匂いがまったく他とは違って感じるのだとわかる。 「そんな違うんだ」 「ぜんっぜん違うよ」 美奈子は首を左右に振った。 「それですぐ結婚?」 「ううん。実は彼には幼なじみの彼女がいたんだよね。合コンには友達の付き合いで参加してただけだったみたい。だからそっちと別れてもらうのにちょっと時間かかった」 「ひぇー、じゃあ略奪じゃん」 美奈子はズズッとストローの音をたてて氷しか入っていないコップの中味を吸った。 「まあね…。でももう彼も私しか考えられなかったし、私も彼を諦めるなんてムリだったから、しょうがないよ。理屈じゃないんだもん」 「そっかー…」 今さらこの場で元カノ可哀想なんて話をしてもしょうがないとわかりつつも、なんと言っていいのかわからないのかテーブルには沈黙が漂っていた。 「で、赤ちゃんはすぐできたの?」 空気を変えようとしてか、一人が明るい声で話題を変えてきた。 「そう、あ、それもちょっと驚いたんだ。だって、一応避妊してたからさ」 「え、そうなの?」 「うん、ほんとは彼となら赤ちゃんすぐできてもいいかなって思ってたんだけど、クセになってたのもあって」 「へー、避妊しててもできちゃうことあんだねえ」 ひとりがそう言うと、美奈子は口の横に手をあてて、ひそひそ話をするように首をテーブルの中心に突きだした。 「実は遊んでたとき、何回か避妊に失敗しちゃったこともあったんだ、ゴム破れたりとかして」 ええぇ、と三人は顔をしかめた。 「でも一度も妊娠したことなかったの。相手がアルファだったときもね。だから私は自分のコト不妊なのかなって思ったりもしてたんだ。それが番になって最初の…で、すぐできたみたいで」 降谷は小さく唾を飲んだ。 そこにアイスコーヒーが運ばれ、降谷と風見の前に置かれた。 「暑いと冷たい飲み物がありがたいな。風見」 「今日は特に残暑厳しいですからね」 「そういえば今夜は熱帯夜になるかもしれないって朝のニュースで言っていたぞ」 「寝苦しいのはいやですねえ」 周囲の会話を聞きながら、まったく聞いてないそぶりで会話をし続けることなどお手のものだ。そうやって実のない会話をしながら、降谷はずっと隣の会話を聞き続けていた。そしてそれはきっと風見もだなと思った。 「百発百中ってことぉ?」 美奈子の正面にすわる女がおかしそうに言う。 「そうなの。だから運命の相手って、絆が強いからやったら即できるんだなって思ったよ」 「うわー」 三人がため息まじりに感嘆する。 「いやいや、すごいよ運命の番パワーは。運命の相手とそうじゃないのとでは同じことしてもまったく違うんだなって実感したよお」 美奈子はしみじみとそう言うと、誇らしそうに自分の腹を撫でた。 降谷の言葉がコンマ一秒つまる。 風見が「あー、腹減りました。カレー辛めじゃないといいなあ」と妙にカラ元気に言う。 「そうだな……」 「で、でも辛いカレーも美味しいやつは美味しいですよね」 「……」 風見が必死に繰り出す意味が無さ過ぎる会話がなんとも虚しい。風見は、降谷がなかなか妊娠しないのを運命の番じゃないからかもと考えていることを知っているのだ。そのため隣のテーブルの会話に降谷が沈みこまないよう気を散らそうとしているに違いなかった。 「甘口は僕は好かんけどな……」 アイスコーヒーのグラスに付いた水滴を親指でつーっと撫でながら、降谷は風見に向かってそう答えた。 炊飯器のスイッチを押す。45の数字が小さな小窓に映った。赤井が帰宅すると連絡があった時刻はあと一時間後。ちょうどいい炊きあがりだ。 煮魚の準備をしながら並行していくつかの副菜も作る。赤井は一見、食に興味がないように見えるが、今までに出した料理への微妙な反応の差で和食が好きだとわかっていた。 なので夕食は和食が多い。 手元をてきぱきと動かしながら、降谷は今日喫茶店で聞いた女達の話を思い返していた。 やはり運命の相手というのは実在するのだということ。 その相手とだと妊娠しやすいと実感するのだということ。 このふたつが美奈子の話からわかった。ビッチな美奈子は運命のアルファと出会い番った。聖母のように満ち足りた顔で腹を撫でていたのを思い出す。 「ちぃっ……」 カボチャをダンっと勢いよく二つに切りながら舌打ちした。 潜入捜査などしていたから清く正しくとまではいわないが、性的には実際はきわめて質素にして生きていたというのに、神様は意地が悪い。 「運命の相手、か…」 鍋に水をはりながらぽつんと独りごちた。 誰にも言っていないのだが、実は降谷は赤井のことを(正しくはライをだが)運命の相手なのではないかと思っていたことがある。 初めて会ったときのことだ。 ジンに言われて顔合わせのために指定されたバーに行った。景光は既に先に会っていた。「あれは相当な男だぞ」と言っていたので、値踏みするような気分もあった。 薄暗い店内に入ってすぐ、男の後ろ姿を見つけた。一人、立ち飲みのカウンターでロックを飲んでいたが、近付くと振り向きもせず「遅いぞ」と言われた。確かに一分遅刻していたのだ。 「すみません、さっき突然ジンにあなたに会うように言われたもので」 そう言って横に並ぶと、ライは降谷を見て軽く目を見はった。 「……おまえがバーボンか」 そのとき不思議な甘い香りがかすかに鼻腔をかすめた。「そうですけど」そう答えながら、香水かどうか判断に迷う不思議な香りだなと考えていた。しかし不愉快なものではない。むしろ、もっと嗅ぎたくなるような、好きな香りだった。 「……ティーンじゃあるまいな」 目をすがめて言われ、カチンと来た。もともと若く見られることは多いが、ティーンはない。不機嫌な調子で「はあ?」と聞き返すとライは「ふん」と鼻で笑ったあと降谷から目を離しそれまでのようにカウンターの向こう、ウィスキーの並ぶ棚に目をやった。 「そんなふうにじぶんの感情をあらわにするとはまだまだな。組織はお子様部門でも作る気かね」 こんのやろう……と思ったが、挑発にのるほどバカじゃない。二言三言だけ嫌みの応酬をして必要事項を交わし、指示された次のミッションのための段取りを約束するとすぐに別れた。 その後もライと会うと時々そういった香りをわずかに感じることがあった。が、景光に聞いてもそんな匂いは全然感じないと言う。もしかしてこれが運命の相手にあった時の、自分にしかわからない匂いというやつか、とその時初めて思った。しかし話に聞いていたような、強烈に惹きつけられるとかハッキリわかるといったものではない。かすかだ。わからない時もある。 それにライが自分にそういうものを感じてる様子は無い。ベルモットから聞いてライがアルファであることはわかったが、運命の相手とするにはやはり弱いと思った。結局、オメガバース的に相性が少しいいかもといった程度なのかなという結論に落ち着いた。単純な体臭だと思わなかったのは、降谷以外にその匂いを感じてる人間がいなかったからだ。 その後いろいろ、ほんとうにいろいろなことがあり、恋人関係に落ち着いた。そうなってから本人に聞いたが、やはり赤井は降谷からそういった匂いを感じたことはないという話だった。 降谷は今も時々赤井から独特ないい匂いをかすかに感じることがあるが、それは話していない。一方通行なのは、想う気持ちの現れかもしれないと思ったからだ。 つまり、降谷の方が強く赤井好きなんだと。 そんなことはわざわざ言うことじゃない。 降谷と赤井は運命の番ではない。それだけがはっきりしたことだった。 もう少しでできあがるという頃、玄関のドアが開けられる音がして、赤井が帰ってきた。 「おかえりなさい。夕飯、もうちょっとで出来上がるので部屋着に着替えてきてください」 コンロの前で鍋の中の煮魚に煮汁を掛けながら、声をかけた。 「ん、ただいま。今日は早かったんだな、いい匂いだ。零くんの手料理があると食べたいものがふたつ掲示されるようでたいへんだ」 「ふたつ…?」 首をかしげると、ぐっと腰を引かれた。 「きみと、きみの作った料理、このふたつ」 優しい目で見つめてくる。 「僕を食べるのは、デザートよりも後です。さ、はやく着替えて来て。あ、手もちゃんと洗ってくださいね。ハンドソープ使うんですよ」 腰に置かれた手をほどき、背中を押してキッチンから追いだした。 洗面所に消えていく広い背中を見ながら、ふうっとため息をつく。 赤井に愛されてることは間違い無い。 妊娠しないことは残念だし、自分が赤井の運命の相手じゃないことに悔しさはあった。しかしそれは考えてもしかたのないことだ。降谷は自分のなかでそう片付けると、出来上がったかれいの煮付けを崩さないようにそっと皿に盛りつけた。しかしわかっていてもまた考えてしまうんだろうなということも予測していた。 「え、メアリーさんが来るんですか?」 食事もほとんど終わるという頃、思い出したように告げた赤井の言葉に降谷の箸が止まった。 「ああ。真純が日本に遊びに来たがっていて来週あたり一緒にくるらしい。日本は秋がいちばん観光にいいし、ついでに京都にでもまわるんだろう。きみにも会いたいと言っていたよ」 「ちょ、来週辺りとからしいとかだろうとか、なにふわふわした報告してるんですか」 「ん? 何か問題が? このカボチャにひき肉が乗ってるやつ美味かった。もう少しおかわりあるかな零くん? あぁ、きみの仕事が忙しいことは言ってあるから、空いた時間があればちょっと顔を見せてやればいいだ――」 「イギリスからおいでになるとわかってるのにそんな失礼な挨拶できません! おかわりはありますからちょっと待ってて」 遮るようにピシリと言うと、赤井は目を丸くした。そのまま立ち上がり、カボチャのそぼろ煮を鍋から盛りつけて赤井の前に差し出した。 「まず日本に到着される日と時刻をちゃんと聞いてください。できれば航空会社と便名も。それとどちらのホテルに滞在されるのかも聞いておいて。こちらでの予定もあると思いますから、いつだったら会えるか……メアリーさんの都合に合わせたいので、希望日をいくつか聞いておいてください」 「そんな必要あるかな?」 もぐもぐとカボチャを咀嚼しながら、とぼけたことを言う赤井に降谷はビシッと人差し指をたてた。 「あ・る・ん・で・す!」 「まあ聞いてもいいが……めんどくさいな…」 後半、小さい声でつけたした言葉を降谷は聞き逃さなかった。 「……そうですか、めんどくさい。…赤井は僕なんて家族に紹介するの、恥ずかしいのかもしれませんね」 ブホッと赤井がむせた。 「まさか! そんなわけないだろう!」 「それともあれでしょうか。赤井は今まで何人ものオメガと番を結んでたり、そうじゃなくても同棲なんてよくあることで、こんな風に誰かと生活をともにすることなんていちいち親に言うことでもない、日常茶飯事だということでしょうか」 俯きがちに暗い声で言う。 「いやいやいやいや、俺が気軽に他人と寝食を共にできるタイプだと思うか? 番になるのも、完全にいっしょに暮らすのも、きみが始めてに決まってるだろう」 ……半同棲ならあったんだなヤリチンめ、という思いもこめてじろりと陰湿に睨むと赤井は両手を降参の形にあげた。 「わかった、了解した。ちゃんとスケジュールを聞いておく。だからいじめないでくれ」 「……わかってくれたらいいんです」 ニコッと微笑み「グレープフルーツむいてありますけど、食べます?」とそれまでの暗さはどこにという爽やかさで優しく尋ねた。 「零くんにはかなわんよ」 困ったように眉を寄せながらもどこか嬉しそうに赤井は笑った。 [newpage] 夕べから煮込んだシチューの牛ほほ肉はとろとろに柔らかくなりプロ並みの味わいとなった。デザートにするケーキも仕込み部分は終わってるし、それ以外の用意も万端、あとは赤井が今買いに言ってる花を生ければ、メアリーを迎える準備は終了だ。 「よし…」 カトラリーをセッティングして、エプロンをはずす。メアリーと真純の来訪時刻まであと三十分ほどだ。結局なかなか都合が合わず、彼女らに会うのは来日から十日たった今日になった。そのぶん時間がちゃんと取れたため、赤井と降谷が暮らす家に招待して降谷の手料理をごちそうすることにした。降谷の提案でそうしたのだが、赤井はホテルのダイニングで構わないじゃないかと渋った。「忙しい零くんの手間を増やすことはないだろう」困惑の表情でそう言ったが、料理は得意だし、社交術は気合いを入れなくても自然とできる。一度くらい家に招待するのも悪くないでしょと押し切って、ホームパーティとなった。 部屋全体を見回してチェックしているところに、がちゃりとドアの音がした。赤井が帰ってきたようだ。 「零くん、花、こんな感じでいいか」 リビングに入ってくると、透明なフィルムにくるまれただけの花束を降谷に差し出す。 「バラとアイビーとケイトウ…。無難なラインナップですが色味が落ち着いててすてきです。お疲れさま。あなたが花束を持っていると目立ちますね」 「そうかな。しかしこんなに気を使わなくても……」 「何言ってるんですか、人を招待するのにいつもどおりというわけにはいかないでしょ。イギリス生まれのアメリカ育ちならホームパーティとかよくあったんじゃないんですか?」 花束を受け取ると水切りするため洗面所に移動すると、後ろから赤井もついてきた。 「どうだったかな。あんまりそういうものに参加しない方だったから……。クワンティコにいた頃もそういった大勢で集まる人付き合いはしてなかったし」 「ジョディさんとかキャメルさんは、仲間内で騒ぐの好きそうですけどね」 「ああ、そういえばクリスマスパーティとかはやってたみたいだな」 用意しておいた花瓶に花をさして整える。 「学生時代とかは?」 「セカンダリスクールの頃にはもう、家族単位のホームパーティには参加してなかったよ。もっぱら同世代とか少し年上の……」 「女性と遊んでた?」 ちらっと鏡越しに赤井を見ると、ポリポリと頬を指先で掻いていた。 「まあ、そういう遊びに興味深かった時期だったということだな。夜中にこっそり家を出て遊んでいたのがバレて、母親にカウンセリングに連れて行かれたこともあった。非行を心配したらしい」 「向こうはカウンセリングが身近ですからね。で、放蕩は治まりました?」 「はは……」 嘘はつかないだけマシとすることにした。 「ま、ともかくパーティではホストは最低限、ゲストを迎え入れるための準備をしなくてはいけないんです。はいこれ持って」 降谷は赤井に花の生けられた花瓶を渡すと、花びらと葉の散った洗面所を片付けはじめた。 「どこに置けばいい?」 「テーブルの中央に。あとは一服でもしていてください」 「了解」 洗面所のすみにある小さな置き時計を見た。あと少し。真純はともかくメアリーときちんと会うのは初めてだ。嫌われないといいけど…と思ったすぐあとに、こんな殊勝なことを考える自分がおかしくて少し笑った。 降谷の顔を見た美しい中年婦人の眉ははっきりとひそめられた。ようこそいらっしゃい、と玄関ドアをあけて迎え入れたとたんのことだ。 「あー! 安室…じゃない、降谷さんだー。ひさしぶりだーわーい」 女性の背後で天真爛漫に真純が手を振ってくる。 「とりあえず上がれ」 ぶっきらぼうに顎をしゃくる男に、メアリーは眼光鋭く「おい」と声をかけた。 「警察に務めるオメガと番ったと聞いていたが?」 「あ、はいそうです。警察庁で働いています。降谷零と申します」 赤井に話しかけたとわかっていたが、不穏な空気を割って入るように明るく答えた。 「なに! ほんとうなのか? きみが? 学生じゃなくて?」 メアリーが目を丸くして降谷を見た。 「はい」 「警察庁のビルの喫茶室で働いている…とか?」 「いえ、一応警視正です」 「おい、零くんは日本警察のエリート中のエリートだぞ。失礼なことを言うな」 「警視正というのは、十代…いや二十代前半でもなれるものなのか?」 「うーん、それはちょっとムリでしょうね。僕は今三十三歳で、最近警視正になったんですが、まあそれぐらいが順当なところかと…」 「さんじゅうさん!」 棒立ちになって降谷を足の先から頭まで凝視した。 その横で靴を脱ぎスリッパを履いてさっさと上がる真純。 「ボクあむろさんのことしか知らないからさ、母さんに秀兄の相手ってどんな人って聞かれてもよくわかんないとしか答えられなかったんだ、ごめんよ」 なるほど、このご婦人は事前情報ほとんど無しに今日の会になったということらしい。赤井め。少しは話をしとけよ、と心で一発パンチを入れながらスリッパを彼女の前に差し出す。 「どうぞ、ともかく上がってください。今日はいろいろお話させてください」 「ふむ…」 驚きから立ち直ったらしく、美しいプラダのハイヒールを脱ぐと小指の先まで綺麗にネイルされた足をスリッパに入れ降谷の正面に立った。 「かわいい。とてもかわいい顔だ」 そう言って降谷の頬から顎にかけてつっと細い指を走らせると、スタスタとリビングに向かっていった。その先には赤井が剣呑な顔をして立っていた。 「顔もかわいくて料理の腕もすばらしく職場ではエリート。レイはすばらしいな。いっしょにイギリスで暮らさないか? 私の息子として」 「黙れババア」 小声で罵倒する赤井を肘でどつく。 「はは、そんな…。でも食事、気に入っていただけてよかったです」 用意したオードブルからメインまでほとんど食べ終わり、ワインも四人で二本あけると口もなめらかになった。メアリーは出会いの瞬間を除けば終始機嫌よく、降谷をレイと舌の上で転がすような発音で呼んだ。真純も久しぶりに赤井に会えて嬉しそうだ。招待してよかったと思う。 「レイなら引く手あまただったろうに、こんな男でいいのか? 結婚の届け……ニュウセキ?だったか? それをしていないのは迷いがあるからじゃないのか?」 「いえいえ、そんなんじゃないんです。日本じゃ子どもができないかぎり同性同士の結婚は認められてないので未入籍なだけで」 「そうだ、俺と零くんは心配してもらわなくても身も心もワイヤーロープでがっちりつながっている。黙って零くんの手料理を味わってればばいい」 母親に対してあるまじき口のきき方だが、その母親は慣れているのか完全に無視していて、生意気な息子には目もくれなかった。 「なるほどそれでか。秀一、それまでかわいいレイを逃がすなよ。じゃあレイ、次はイギリスに来て私と湖水地方をデートしよう。レイはどこでも人目をひくし、ティーンに見られるかもしれないから私がずっと守ってやる。レイ・キャッスルに泊まってイギリスの田舎を存分に味わってもらいたいものだな」 「なにが『じゃあ』だ。零くんは忙しい。中年女のアクセサリーになって連れ歩かされる暇なんかない」 「えー、そしたらボクもいっしょに行きたい! レイ・キャッスルってお城のホテルでしょ? 泊まってみたいよー」  皆で好き勝手を言うのでどれに相槌をうてばいいのかわからなくなる。とりあえず子どもが今いないことに関して「なぜ」とか「作らないのか」とかいった言及をされなかったことには安堵した。 「そしたら𠮷兄達も誘おうよ。𠮷兄、あむ…じゃなくて降谷さんと一度会いたいって言ってたし!」  真純が胸の前で両手を合わせ、思い出した様に言った。 「太閤名人が? わあ、僕もぜひ一度お会いしたいな」 「𠮷兄、秀兄が番を結んだって聞いたときはけっこう驚いてたんだよ。『兄さんが誰か一人と番を結ぶなんて思わなかった』って。『よっぽど好きなんだな』とも言ってた。だからどんな人なのか気になるみたい」 「秀𠮷は秀一が遊んでるのを散々みてたからな。秀一が結婚のような形で相手と結びつくなんて、意外だったんだろう」 それを聞いてちらりと赤井を見た。すると赤井は手をつけていなかったサラダを黙々と食べ始めた。 「秀兄、そんなに遊んでたの?」 「真純が生まれる前に秀一は留学でアメリカに行ってしまったからな。セカンダリスクールやシックスフォームの頃の秀一を見てたら、誰かと番を結ぶ秀一なんて想像しにくいのは当然だ」 「というと、十一歳から十八歳くらいの赤井ということですね」 「うむ。特に第二次性徴の頃、アルファであるとわかった十四歳あたりからが凄まじかったな」  メアリーは天井を見つめ、懐かしむように話し出した。 「ともかくいろんなタイプの女性が、常に秀一の周りをうろついている、そんな感じだった。同年代もいたが年上の方が多かったな」 「全部向こうの方からやってきたんだ。俺自身が積極的になったことなんて一度もなかった。零くんだけが特別なんだ」 赤井は憮然として言った。 メアリーはワイングラスを揺らしながら苦笑した。 「まあそれはそうだ。こういうことを言うとつけあがらせそうでいやなんだが、積極的なのは女の方ばかりで、秀一は常に冷めている感じではあったと思う。その意味でもこんなにレイに執着している秀一を見るのはなかなか面白い」 「つけあがるわけがない。ただの事実だ」 過去を暴露されているわけだが、まったく動じたり慌てているようすがないのはさすがだ。しかし好物ではないサラダをパクパクと食べている様子から気まずいのだなということは降谷にはわかって、それは少し可笑しかった。 「とはいっても、こいつも来る者は拒まずといった態度だったんで、女の方は順番待ちといった様子でやってくる。年上の女なんか、夜中に家の前に車を横付けにして秀一を誘い出すんだ。そんなことがしょっちゅうあった」 「あ、それは聞きました。…一度じゃなく、しょっちゅうあったんですね」 子どものイタズラを見つけたような、含み笑いを浮かべた顔で赤井に問うと「まあ…三回くらいかな」とそっぽをムキながら答えた。 「ふっ、三回でもないと思うぞ」  メアリーがそう付け足すと、ぎろりと赤井はメアリーを睨んだ。 「非行を心配してカウンセラーまでつけたとかって聞きました」 「ああ、それは非行というよりも、ちょっとセーブさせないとまずいなと思ったんだ」 「セーブ…ですか?」 どういう意味だろうと思って後を促すように首をかしげた。 「そう。やはり秀一のアルファという資質のせいだと思うが、本能的に強いアルファに引かれてしまうのか、群がってくる女にはオメガが多かった」 「ああ……」 「気を悪くしないでほしい。レイほどではなくても自制心の強いオメガや必死で発情と戦うオメガもいることわかっているが、そうでないものもいるということだ」 「だいじょうぶ、わかります」 オメガには自分の本能をあまりコントロールしようとしない者もいる。快感に身をゆだねるタイプ、それと強いアルファに近づいて理性を奪いモノにしようとする打算的なタイプだ。後者は金持ちの男に女が群がるのと大差はない。 「さすがにヒートの真っ最中にやってくる者はいなかったと思うが、ヒート間近の微妙な匂いを出してる女とかが、秀一となんとか番おうとして周りをウロウロしているんだ。その程度でも、成熟したオメガならばアルファを誘発させるフェロモンを出す。正気を失わないまでも、秀一もやはり引かれるらしくて、これはまずいなと私は思い始めたんだ」 「へ…え…?」 それはちょっと意外な話だった。赤井はオメガの匂いやフェロモンに対してとても鈍い。ヒート時のオメガにも反応しないくらいだ。そんな赤井でも、若い時はそうじゃなかったということだろうか。 ちらりと隣を見ると赤井もぴんと来ないような顔で聞いていた。 「誘惑するオメガの女をすべて排除したいわけじゃないが、いくらなんでもまだ十代前半の少年だ。それにまたこいつが危機感をもっていないというか「女の方から来るんだから仕方ない」みたいなことを言うからまずいなと思ってね。いくら向こうから誘惑してくると言っても秀一はまだティーン、分別もつかないうちに衝動で番になったりしたら、結局不幸になるのはオメガの方だ。番にならなくても欲で我を忘れ避妊がおろそかになれば妊娠させてしまう可能性がある。あまりそういうことに介入したくなかったが、秀一の学校の先生までもぼうっとした顔でがやってきたときにこれはもう放置はできないなと判断した」 「学校の先生…。それはすごいですね」 「秀兄、めちゃモテだったんだ」 そこまでいくと確かに笑ってすませられるレベルではない。「覚えてます?」と赤井に聞くと、苦い顔をして首を横に振った。昔の事は覚えてないということか。 「それでカウンセリング、ですか?」 「正確にはカウンセリングとはちょっと違う。……レイは秀一からカウンセリングと聞いたのか?」 降谷に向かって賭けられた問いに「ちがうのか?」と赤井が口を挟んだ。 メアリーは赤井をちょっと不思議そうな顔をして見た。 「おまえは今もそう思ってる…のか?」 「というか、そこで話したことなどもう覚えてはいないんだが…、カウンセリングと言われて連れて行かれた記憶はある」 「…そうか…」 メアリーが急にテーブルを見つめ黙り込んだ。がすぐに首を起こし、降谷に尋ねた。 「おまえたちがこういう関係になったきっかけは、レイのヒートに秀一が惹かれたとか、そういうオメガバース的なことではないのか」 「なんだ急に」 「答えてほしい」 思ったよりメアリーが真剣な顔で聞くので、降谷は戸惑いを覚えながらも顔の前で手のひらを小さく振ってみせた。 「いえ、ちがいます。いろいろありましたけど、お互いの事をよく知って理解し合って、恋愛になった…というものです。オメガバースとは関係なく、一般的な恋愛に近いと思います、男同士ですけど」 もうちょっと複雑だったが、そこは省く。 メアリーはワイングラスをテーブルに置き、飲むのをやめた。 「秀一は、客観的に見てアルファとして普通か?」 「は?」 質問の意図がつかめず、間の抜けた返事をしてしまう。 「アルファの特徴…、仕事ができる、頭の回転がはやい、運動神経がいい、そういった部分はあるか?」 降谷は赤井と顔を見合わせた。赤井もメアリーが何を言い出したのかと思っている表情だった。 「えっと、それに関してはすべてイエスです。とくにスナイプに関しては常人とは思えないレベルにあります」 「では、レイのヒートに反応は?」 「……」 思わず頬が熱くなって言葉がつまった。 「母さん、何が聞きたいんだ」 赤井が尋ねた。それには答えず、「レイに限らず、オメガのヒートにおまえは反応するか?」と続けて質問してきた。 「……いや、俺はアルファにしてはオメガへの反応が往々にして鈍い。だが零くんとのことは愛があるので何の問題もないぞ」 それを聞くと、メアリーはふーっと大きく息を吐いて背もたれに身をあずけ腕を組んだ。 「まさかこんな状況になっていたとは……」 メアリーの意味深な呟きに、降谷も赤井も真純までもが「いったいなに?」とばかりにメアリーを見つめた。 一呼吸おくと、メアリーは身を起こし、テーブルに両腕を置いて語り始めた。 「カウンセリングと称して十三歳の秀一を連れていったのは、催眠療法の権威のところだ。さっきも言ったが、あの頃、このままではオメガとの間にトラブルが起きるのは目に見えていて、寄ってくるものをただの据え膳と考えてる生意気な少年を放っておくことはできなかった。それで私は、オメガバースを催眠療法でコントロールする診療をしているクリニックに秀一を連れていったんだ」 「催眠療法、ですか」 催眠療法はごく最近になってやっとメジャーな代替療法として認められるようになった療法だ。それまで催眠療法は効果は低い治療であり、さして有用性のないものとされてきた。ドイツのある製薬会社が開発した新薬の鎮静剤を使い、かつ新しい催眠方法を取り入れることで、二、三年前から日の目をみるようになったジャンルだ。 「わりとさきがけ的存在ではあったが、評判もよかったし、そこで助けられたというオメガも近所にいて、そこに行くことは学校の先生に迫られた事件のあとすぐ決めた」 「もしかしてバルター製薬の鎮静剤を使った療法ですか?」 「そうだ。あの鎮静剤の共同研究をしていた博士のクリニックだ。博士が考えた催眠導入と合わせて行われた」 なるほど、それならばわかる。どこよりも早く現在の有効な催眠療法を施術していたはずだ。 メアリーは真純用に置いてあったミネラルウォーターを一口飲むと話を続けた。 「鎮静剤の安全性は既に確立していたから、催眠療法を秀一に施すことに不安はなかった。ただ秀一はいやがるかもしれないと思ったから、カウンセリングだと言って連れて行ったんだ」 「カウンセリングならば欧米ではごく一般的に行われますからね」 「催眠療法をかけられると聞いていたら、確かに行かなかったかもしれんな。あやしさしか感じなかっただろう、当時なら」 「で、催眠療法で何をどうしたの?」 真純が疑問を口にした。 「秀一のアルファとしての本能を抑えるように深層心理に働きかけたんだ」 「え?」 そんな事が可能なのだろうか。 「そんなことできるのかという顔だな。博士の話では、自制心が強い人間ならば可能だということだった。つまり心が強く、人の意見に左右されず、こうと決めたら諦めないような、そういう性格だと本能もある程度抑えられると」 「頑固だといわれているようであまり嬉しくない」 重要な話なのに、赤井がぼそっとどうでもいいことを発言した。三人とも無視する。 「でもさ、本能を抑えるとどういいの?」と再び真純がつっこんだ。 「オメガのヒートに本能で反応して発情するのがアルファだ。それがある程度抑えられれば、むやみやたらな誘惑にのってしまうことも、欲望が暴走して避妊を忘れたり、まかり間違ってうなじに噛みついて番になる恐れもなくなる。結果、秀一の女遊びも一応減ったことは減った。それでも気に入った子がいれば付き合っていたようだったが、オメガのフェロモンに左右されてどうこうということはなかったようだ」 「そうだったのか……」 赤井は全く記憶にないようで、感心するように呟いていた。 「もちろん、ずっとそんな押さえつけをするつもりはなくて、大人になれば自分で考えて発情に応じたりすればいいと思っていた。だからその催眠は徐々に解けていくような、そういう抑制を施したつもりだった。だが……」 「大人になっても続いていた、ということですね」 「それで俺はオメガの匂いやフェロモンに異常に鈍かったんだな」 驚きの新事実だ。が、その割に赤井は落ち着いていた。 「あんまりびっくりしていませんね、赤井は」 自分のことなのに、というと「そうだな」と赤井は淡々として頷いた。 「別にそれで不便もなかったし、アルファの本能などに頼らずとも俺は零くんと一緒になれた。ならば何の問題もないからな」 なるほど。言われて見ればそうだ。むしろヒートに惑わされずにすむなんて捜査官として幸運だったかもしれない。 ふむ、と納得していると「いや、だめだ」とメアリーが言い切った。 「不便が無いからといってこのままにしていいというわけには行かない。予想外に催眠が続いてるなんて、今後メンタルに悪影響を及ぼさないとも限らない。ちょっと待て」 そういうと持っていたスマートホンを操作して誰かと英語で通話し始めた。赤井の現状を話している。赤井に催眠治療をしたクリニック、それもドクター本人と話しているようだった。 「秀一、できるだけ早くイギリスに行く準備をしろ。施術をしたホフマン博士がすぐに診ると言っている」 メアリーは電話を切ると、行く事は決まったものとして赤井に告げた。 「ああ? 別にいいだろうこのままで」 赤井は眉を寄せてめんどくさそうに言った。 「いや、やはりそういうわけにはいかないそうだ。おまえの中にはいつ蓋が開くかわからないパンドラの箱があるようなものだと言っていた。何かのきっかけで、とつぜん封印されていたアルファの発情が爆発しないとも限らない。それがレイの前で起きればいいが、そうじゃなくてレイを悲しませるようなことになったらあとあと地獄をみるのはおまえだぞ」 「明日行こう」 赤井は即答した。 さすが母親。赤井を動かすにはどうすればいいかをもう把握している。降谷は感嘆してそのやりとりを見ていた。 [newpage] 赤井がメアリーらとともにイギリスに向かった日から十日たった。 今日が帰国の日だ。 メールや電話で話を聞く限り、赤井の催眠はスムーズに解かれたらしい。経過観察でも激しい体調の変化はなく、問題は起きていないようだった。ただやはりオメガの匂いには敏感になったらしく。「そういえば昔この匂いをよく嗅いでいたことを思い出した」と赤井は電話で降谷に告げた。 催眠を解かれた赤井は、むしろ匂いに敏感なアルファだったらしい、今は人混みに行くのも少し不快だと話していた。だがこれも時間の問題らしく、じきにそういうものだと身体が慣れていくとのことだった。 なぜこんなことになったのかということについては、結局有効な催眠療法が見つかってすぐの施術だったので、不完全なものになったのだろうというのがクリニック側の説明だったらしい。なんにせよ後遺症やトラブルが無くすんでよかったと、赤井の話を聞いてほっとした。 と同時にいくらかの不安がわき上がるのも降谷は感じていた。 メアリーの話をまとめれば、赤井はいままでアルファの資質を持つベータとして生きてきたようなものだ。降谷との関係もベータとオメガが結びついていたものに近い。アルファとしての能力が開眼した今、降谷への感じ方が変わる可能性は充分に考えられた。 「電話じゃ今までと変わらなかったが、会ってみたら『こいつ臭いな』とか思うかも知れないだろ」 「私は降谷さんを臭いと思ったことは一度もありませんが……」 昼飯時の混んだ蕎麦屋で、向かい合って天ぷらそばを食べていた風見がおずおずと言う。 「あたりまえだ。僕は人前で自分のフェロモンをだしたことなどない」 カツ丼のカツをばくりとほおばる。ここはカツにヒレカツを使うので脂質を摂りすぎなくて良い。警察庁のそばにある蕎麦屋だが、降谷はいつも蕎麦でなくカツ丼を注文していた。 「だけど赤井は、僕の番だから、どうしたって僕のフェロモンをわかってしまう。それにどうやら本当は匂いに敏感なアルファだったらしいんだ。だから臭いとか臭くないとかもあるんじゃないかなって」 「降谷さんのその匂いなんて私には想像もできませんよ。そもそもオメガだということも信じられないくらいなんですから。それくらい赤井さんと番になる前からオメガの気配がない人ですよあなたは…」 優秀なアルファの一人である風見は、そばをたぐる手をとめ、不思議なものを見る目でこちらをじっと見た。 「体調の完璧な管理、だな。風見。毎日体温を測り、身体の変化を見極める。そうすればいつヒートがくるのか、わかるようになる。どれだけ徹夜したらどんなふうにバイオリズムが乱れるのか、すべて予測が付くように徹底して管理し把握しておくんだ。抑制剤には弱いものから麻薬のように強力なものまで、七段階ある。いつも飲んでるからという曖昧な基準でなく、自分の今ある状態から今後どうなるかをそれまでの記録と経験から判断して飲むべき薬を選ぶ、そうすれば病的なヒート以外は完全に抑制することができるよ」 卵とじと甘辛く煮込まれた玉ネギを白飯の上にのせぱくりと食べた。 「はあ…しかしそこまで出来る人はそうそういませんからね」 ズゾゾーと蕎麦をすする風見。 「そうなのかな。僕はもうそのやり方で慣れてしまっているから、番になったあともヒートのコントロールはずっと続けているけどね」 風見は軽くのけぞってありえないとばかりに首を降った。が、番になれば周囲にフェロモンを発散しなくなると言ってもまだそうなって一年だ。用心深くしておいて悪いコトはない。  「それで今日は夕方から空港に迎えにいくんですよね」 サクッと音をたてて海老天をかじったあと聞かれた。 「ああ、五時には出る。いまちょうど難しい案件がないしな。それ以降の用件は風見に任せたい。いいか」 「はっ、もちろんです。お任せください」 降谷は丼を置くとお茶を一口飲んだ。 「ともかく、これからどうなるのか…、今日会うのも含めて、なんともいえない気分だ」 そういうと、軽く肩をすくめて再び丼を手に箸を動かし始めた。 五時になったのでそろそろ出ようと立ち上がり、風見に「あとはよろしくな」と声をかけた。 ロビーに降りようとしてエレベータに向かう。すると「私も二階に持って行く書類があるので」と風見も付いてきた。並んでエレベータがくるのを待つ。そのとき横に立つ風見がふっと不思議そうに首をかしげた。 「なんだ?」 「いえ……」 エレベータが来たのでいっしょに乗る。箱の中には誰もいなかった。 数字のランプが移動していくのを見ていると、風見がちらりとこちらを見るのがわかった。そして意を決したように口を開いた。 「降谷さん、わずかに、ほんとうにわずかにですが、ヒートの匂いがします。お気をつけて」 驚く降谷を尻目に、2階に着いた風見は早足でひとり降りた。 閉まる扉の向こうでこちらに向かい風見が深くお辞儀している。 一階に着くと降谷はすぐにトイレに入り、ピルケースの中から滅多に飲むことのない一番即効性の高い緊急用の抑制剤を二錠飲んだ。 鏡に映る顔は呆然としていた。 FDを運転しながら、徐々に冷静になった。 どうやら自分は赤井の帰国で自分で意識している以上にナーバスになっているようだ。精神的に不安定になったせいで、思わぬタイミングでヒートがきたらしかった。こんなことは初めてだ。 いっしょにいたのが風見だったこと、そして異変をすぐ教えてもらえたこと、これはラッキーだった。 それにしても、番になれば番相手以外には気付かれないとされるヒートなのだが、まだ自分はそこまでではなかったということだろうか。それとも風見はかなり鼻がいいのだろうか。風見も驚いただろうな、などと大真面目に匂いを告げてきた風見の顔を思い出して、降谷は小さく笑った。あのあと風見がしばらくのぼせたようにうずくまっていたことなどは、降谷には知るよしもなかった。 ずいぶん経ってからだが風見が「降谷さんのヒートは人を狂わせる。番になってあの匂いなんだから、フリーだったときのことを考えるとよく完全にコントロールできていたものだと思う」と話していたと知り、赤井から箝口令を敷かれるのだがそれはもっとあとのこと。 ともかく抑制剤もすぐに飲むことができたし、車もずっと窓を薄く開けて換気している。赤井を迎えるころには何の問題もなくなっているはずだ。降谷は空港に向かってアクセルを踏んだ。 到着口前に着き、発着案内を見る。予定通りなので、特に問題がなければもうすぐ出てくるだろう。 封印されていたアルファの本能が解かれた赤井。見た目も変わってギラギラしてたらどうしよう。少し想像して笑いそうになっていると、その本人が出てきた。 迎えに行くと伝えていたので、首を動かして降谷を目で探している。降谷が赤井に向かって小さく手を振ると、赤井は細めていた眼をぱっと開いて嬉しそうに近づいて来た。 「零くん!」  「おかえりなさい、赤井」 軽くハグをする。空港は日本で同性同志が自然に抱き合える数少ない場所のひとつだ。 そこですぐに気付いた。たまに感じていた赤井の匂いが、強い。これが本能を解放したということなのか。かすかだったそれを、今ははっきりと感じることができる。 とはいえ、今まで赤井の匂いをたまに感じていたことなど話したことはない。平静を保ったまま離れようとすると、赤井が背中に回した腕をほどこうとしないので動けなくなった。 「赤井…?」 「零くん、あー零くんだ…」 十日ぶりの降谷を堪能しているようだ。 「はいはい、そうですよ。さあ、車で来ましたから駐車場に移動しましょう。家に着くまで寝ていていいですよ。疲れたでしょう」 ぽんぽんとなだめるように背中をたたいた。 「ありがとう。……零くん、今日は一日休みだったのか?」 まだくっついたままスンスンと首スジで鼻を鳴らしている。犬か。 「いえ、夕方まで登庁してました。その帰りですよ。じゃなきゃスーツなんて着てません」 「香水をつけて登庁したのか? それともここに来る途中でつけた? すごくいい匂いがする。どこのコロンかな」 「え? そんなものつけてませ……」 言ってる途中で気がついた。ヒートに入って居たのだ。抑制剤を飲んだとはいえ番の相手だし、赤井は匂いに敏感な方だったと言っていた。きっとそのことを言ってるのだろうと思われた。 「すみません、体調が狂って、さきほどヒートに入ったみたいなんです。抑制剤も飲んだんですが、あなたにはわかるみたいですね」 「ヒート……。いや、イギリスでいろんなオメガのヒートを見たが、こんな匂いではなかった。人によって多少差はあったが、根本的に違う気がする」 赤井は少し身体を離すと。降谷の顔に手を添えじっと見つめてきた。 「零くん…、なんだか以前にもまして綺麗になったな……。まさか俺がいない間に何かあったんじゃないのだろうな……」 「何をいってるんで……」 笑っていなそうとしたが、赤井の表情があまりに真剣で押し黙った。熱さと切望がにじみ出ている。そしてその表情を見ていると自分まで引っ張られるような熱が身体から滲んでくるのがわかった。赤井からの匂いはどんどん強烈になっていく。 「ま、まって、赤井」 これはやばい。なんだかわからないが、まずい。 「どうしよう、零くん、なんできみこんないい匂いなんだ、首からも頭からもしてるぞ、全身からしてる…」 そんなホットスタンドからとりだしたばかりの肉まんみたいなコト言われても困る。そして赤井も、今までにないほどはっきりと、かつて感じた赤井のいい匂いがしていた。 「なんだろう。発情とはちがう。いや、そうなのか。わからん。だがこうしてきみのそばにいるとたまらなく満ち足りた気持ちになるし、もっともっと近くにいたいと思ってしまう」 わかる。とてもよくわかる。自分も同じだった。しかしまずい。公衆だ。いくら空港でもそろそろ長すぎるハグになってきている。 「あ、あかい、がんばって車に……」 「車まではがんばるが、ここから家まではもうがまんできない。ホテルに行こう」 赤井は降谷の顔中にキスの雨を降らせ始めた。 嬉しい、嬉しいけど困る。ここは日本だ。日本ではあまりそういうことは人前でしないのだ。でも嬉しい。いつもなら恥ずかしさが圧倒的に先立つ事態なのに、嬉しさが勝ちそうになっている自分に戸惑う。いったいなんなんだ。なにが起きてるんだ。 混乱の中、理性を総動員して降谷は空港近くのヒルトンの部屋を取った。 必死で赤井を引きはがし、運転してる自分に抱きつこうとする赤井を手のひらでぐいぐい押さえつけてなんとかハンドルを操作しホテルにたどりつく。チェックインしたあとはもつれるように部屋に転がり込んだ。 それからは日付けが変わるまで、無我夢中になって食事もせずにお互いをむさぼりあった。 部屋に入ってベッドまで待てずに一回、次にシャワーを浴びながら一回。ベッドに移って二回、計四回射精したところでやっと話ができるくらいには頭が冷えてきたが、それでも赤井はべったり背後から降谷を抱き込んで離さなかった。 降谷はまだ半分くらい熱に浮かされた頭で、なぜこうなったのか考える。 降谷が飲んでいた抑制剤は緊急用のものなので、即効性はあるが持続性には乏しいものだ。四、五時間程度しかもたないとされている。その薬がもしかしたら古くて三時間ほどで切れたのかもしれない。もしそうならば、赤井と会った頃には切れかけていたはずで、赤井はそれを敏感に感じとった可能性はある。そしてホテルに入ったあとは薬が完全に切れ、そのまま怒濤の発情セックスになだれ込んだ。そういうことじゃないかと降谷は推察した。今までとは比べものにならないくらい激しく求め合うことになったのは、赤井のアルファとしての能力が解放されたから。 「そう考えるとつじつまがあいますよね。それにしても赤井のアルファとしての本能ってすごかったんですね……」 赤井は降谷の首筋に顔をうずめ、ちゅっちゅぺろぺろと仔犬のようにじゃれたままろくに返事もない。まだ興奮がおさまらないようだった。 「零くん…、入れていいか?」 「ええ…?」 ダメといっても無駄な空気。自分の中にも本気でダメと言えないものがある。そのまま五回戦に突入した。全身をくまなく舐められ、皮膚が一枚むけそうだ。 (これはどっちも弾倉がカラになるまでやりつくされるな…) そんな冷静な意識もやがてふっとび、再び朝までお互いをひたすら求め合い始めたのだった。 翌朝、ホットタオルで自分の身体を拭かれているのに気づき、降谷は目覚めた。見ると隣のベッドが無残なことになっている。使っていなかった方のベッドに移されたらしい。赤井が鼻歌を歌いながらバスローブ姿の御機嫌な様子で降谷の身体を丁寧に、それこそ高級なガラス製品を磨くように拭いていた。 「あかい……」 「零くん、起こしてしまったか。疲れただろう。まだ横になってるといい」 言われなくても身体がきしんでそう簡単に起き上がれない。今日が休みでほんとうによかった。さりげなく手を尻のあたりにやると、そこは拭き終わったらしくさらっとしていた。意識のあるままそこらへんを拭かれるのはさすがに恥ずかしい。ホッとして横たわったまま、足を拭かせ続けた。 「ようやくひとここちすぎましたね…。赤井のヒート時の反応、すごいんだって覚えました……」 「零くん、それなんだが」 拭き終えたつま先にちゅっとキスを落としたあと、ベッドからおりてミニバーからミネラルウォーターを一本取りだし、「飲むか?」と掲げて見せた。「あ、ほしいです」と呟いてどうにか肘をつき起き上がった。赤井はヘッドボードにクッションを重ねると、そこにまず自分自身が座ってもたれ、股ぐらの中に抱きかかえるようにして降谷を座らせた。  降谷はといえば、もう指一本動かすのもおっくうで、されるがまま赤井の胸に背中を預けた。 赤井は投げ出していたペットボトルを取り、蓋をきゅっとあけて降谷に渡す。 こくこく…と一気に半分ほど飲んで「ふうっ」と息をついた。 「で、ゆうべの君の説なんだがね」 降谷の髪を指先で梳きながら、赤井は話し出した。 「ゆうべ…?」 かすれた声で聞き返すと「きみの発情にアルファの俺が反応してこうなった、という説」と耳にキスしながら答える。セックスに至らなくても赤井はまだまだ降谷に触っていたいらしい。そして降谷もこんなふうに甘やかされるのが今はイヤではなかった。 「あなた、ちゃんと聞いてたんですね。耳に入ってないかと思った」 相槌すら打ってなかったというのにちゃんと聞いて理解していたとは。なんだか可笑しくて少し笑ってしまった。 「むろんだ。君の言葉の一言一句、聞き逃しはしない。で、それなんだが、君の推察は半分当たりだが、半分当たってない」 「…え?」 「零くんには想定外で思いつかなかったんだと思うが」とそこで一呼吸入れたあと赤井は言った。 「俺たちは運命の番だったんだよ」 「…え?……ええ??………えええっ?!」 驚きのあまり身を起こして俊敏に赤井に向き直った。とたんに痛みが腰に走る。 「うっ…」 「急に動くとしんどいだろう」 くるんと身を返されると、再び赤井の腕の中に背中から収まった。 「昨日も言ったが、空港で再会してから感じている君の匂いは、オメガのヒートのそれとは絶対に違っていた。ゆうべは途中から、そこにヒートの匂いも混じってきたがな。が、それがわかったということは、やはり明らかにヒートとは別の匂いがしたということだ」 「匂い……」 降谷は肘の内側を鼻に近づけ、すんすんと自分の匂いを嗅いだ。 「わかりませんけど…」 「自分の匂いは自分じゃわからんよ。だがゆうべ、君は言ったんだ。『あかいの匂い、今日はすごくする、たまらない』とね」 「!」 降谷は耳まで赤くなった。なんたる不覚。あまりに夢中になって我を忘れてしまったらしい。赤井があんまり「いい匂いだ」「すばらしい」「可愛すぎる」「たまらない」「なんでこんな愛おしいんだ」とかあれこれ言うので、こちらだけがマグロなままではいけないように思ってしまって口が緩んでしまったのだ。 「『今日は』ということは、いままでもしてたということだよな」 今さら隠し立てもできないだろう。降谷はこくりと頷いた。 「でも…いつもはあんまりしてなかったんです。たまにいい匂いがかすかにするな、くらいで。他のひとに聞いてもそんな匂いはしてないとは言われましたけど」 「ふむ」 「だけど運命の相手はお互いにはっきりと匂いを感じるっていうでしょ、誰にもわからなくても。そこまでじゃないことは確かだったから、あえて言ってませんでした」 「なるほど。それが昨日ははっきり感じられたんだな」 降谷はゆっくりと頷いた。しかしまさかそんなことが。 「お互いにしかわからない、甘美な匂い。そしていっしょにいるだけで感じられる深い満足感。まさしく運命の番の特色だ、そうだろう」 赤井は降谷の顎を取ると、そっと自分のほうに振り向かせた。 「そんな……。じゃあ僕達は運命の番と認識したわけでもないのに、番っていたということですか?」 「そうだ」 「ばかな……」 「この間まで、俺のアルファとしての存在感は抑えられていたから、運命の相手であった零くんにはそれをはっきり感じとることができなかった。俺もまた無意識でオメガのフェロモンを受け取らないようにしていたため、君の匂いに気付くことができなかった。そこが解放されたので」 赤井はそこで降谷のつむじに鼻先をつっこみスンスンと匂いを嗅いだ。 「はっきりと気付くようになった。そういうことだろう」 「運命の相手とは知らず番となっていた…。こんな偶然、あるでしょうか……」 信じ難い話だ。だがそれが真実なのだろう。いまも感じる甘い匂いが何よりそれを証明している。驚きを隠せないまま目を丸くして赤井を見上げると「またそんな可愛い顔をする」と楽しげに唇を奪われた。 「奇跡のような偶然だが、奇跡のオメガと言われるきみにはふさわしい話じゃないか。しかし運命などに頼らずきみをみつけた俺もすごい。奇跡の番だな」 得意げに言ったあと、再び顔が近付いてきた。今度は深いキスになる。 「どうしようあかい」 濡れた唇のまま言う。 「なにが?」 「したくなっちゃいました」 「奇遇だな。おれもだ」 そのまま再びたおれこむ。綺麗だったベッドはぐしゃぐしゃになるまで使われ、ふたりは夜まで部屋から出ることはなかった。 [newpage] 結局降谷が懸念していた『「運命の相手」ならば赤井はオメガを妊娠させることができるのでは』という考察は、自分自身によって打ち消された。 運命の相手であっても子どもはできなかったのだ。 「神様は見抜いているということだな」 「なにをですか?」 朝食後のお茶を入れながら尋ねた。赤井が戻ってきて三ヶ月。生活は通常運転に戻ったふたりだったが、関係性は前以上に安定した。運命の相手と暮らすというのは、予想以上に心に平穏を与えるものらしい。ちらりと壁にかかった時計を見る。そろそろ家を出なくてはいけない時間だ。 「俺の愛情は零くんに向かうぶんでいっぱいで、これ以上愛すべき対象が増えても処理が追いつかないということをだ」 「また適当なことを……。でも仲が良すぎると子供はできない、なんて言葉は確かにありますね。まあなんにしろ考えても仕方ないです。心置きなく仕事にうちこむことにしますよ」 降谷自身もなんだか吹っ切れた。今はこのまま仕事にがんばり、最短コースで警視官までとりあえず行くとするか、という気持ちだ。 「赤井は今日は午後からなんですよね」 「ああ、大使館でDCから来たFBIの同僚と会うことになってる。遅くはならない」 「わかりました。僕も今日は突発事項がなければ八時頃には帰れるはず…。夕飯は先に帰宅した方が準備しておくということで」 お茶を飲み干し立ち上がった。 「了解」 「じゃ、いってきます」 片手でネクタイを締め直しながら、まだ座ったままの男に軽いキスをした。 「なんだか顔色がよくないようですが」 打合せの終わりに、風見が降谷の顔を見ながら言った。 「すまない。ちょっと体調を崩したかもしれないな。微熱みたいなだるさがあるんだ」 「仕事は完璧にしてくださってるので、こちらは何の問題もないんですが、降谷さんの体調が悪いなんてただごとじゃないというか…。心配です」 「鬼の霍乱だと思ってるだろう」 にやりと笑いながらいうと、風見は慌てて首を左右に振った。 そこに降谷がKYと認識する若い部下、篠沢が打合せ室にやってきた。 「風見さん。品川署の鈴木刑事って人が受付に来てるそうです」 「わかった。ありがとう。……なんかおまえ臭いぞ」 「え、まじすか。昼にラーメン、ニンニクマシマシにして食べたんですけど、それですかね」 「まちがいない、それだ。すごいぞ。ブレスケア飲んでおけ」 「ブレスケア持ってないですよ。やべーな…」 こいつはだめだ。あまりに公安に向いてない。次の人事で異動させるように進言しなければ。脳内でばっさりKY部下を裁定しながら、「じゃあこれで」と書類を持って立ち上がった。 「例の件、よろしく」と風見に言い捨てて篠沢とすれ違ったとたん、強烈なニンニク臭が鼻腔をかすめた。 「う…!」 とっさに胃液が逆流するのがわかる。降谷は口元を抑えてトイレに駆け込んだ。 篠沢はすっかり小さくなって風見からもらったブレスケアを流し込むように飲み大きなマスクをして座っていたが、風見は「いくら臭くても吐くのはちょっとおかしいです。病院に言ってください」と言って聞かなかった。 幸い、あとは家でもできる仕事だったので、資料を持ち帰りオメガ専門病院にいくことにした。抑制剤の在庫も少なくなっていたのでちょうどいいだろう。 受付を済ませ座っていると番号を呼ばれた。最近は名前でなく受付番号で患者を呼ぶ。オメガ専門病院はプライバシー保護が徹底している。診察室でいくつかの検査を受けた。 診察結果は『妊娠』だった。 「ふむ。降谷さんはいままでヒート中に番のアルファと性交しても、一度も妊娠しなかったんですね。ほうほう。相手は催眠療法が解けていないアルファだったと。うーん、きちんと原因解明をしたいなら、その催眠療法の博士に聞くのがいちばんいいと思いますけれど、考えられるのは、あなたの番はオメガと性交するときに精子の運動すらも自制して抑えていたのではないかということです。えーとですね。一般にアルファの精子は、通常の性交時よりも、ヒートしたオメガとの性交時の方が活発に動くんです。このことはもうデータが出ています。つまり、ヒートしたオメガとのセックスで射精した精液内の精子は、非常に運動能力が高いということです。ぐいぐいと非常に力強く卵子に向かって泳ぐ。オメガとアルファがヒート時にセックスすると妊娠確率が高くなるのはこのせいだと言われています。その仕組みが逆に働いた、ということじゃないでしょうか。オメガに反応しないように無意識で自制していたあなたのアルファは、セックスにおいても精子が活発化しないようにコントロールしていた、ということです。無精子だったことも考えられます。はい?精子検査は異常なしだった? そうですか。でもオメガと性交して射精したときの精液を検査したわけじゃないですよね。うん。ならば、私の仮設はあり得る話だと思いますよ」 降谷は口をあんぐりとあけていたが、我に返って慌てて質問をした。 「いや、あの、嗅覚ならばわかります。匂いの成分を知覚して匂ったと感じるのは脳の働きですからね。だからオメガの匂いを感じないようにしていた、というのはわかるんです。しかし精液の中の精子ですよ? せ、精子の動きまで、脳からの指令でコントロールできるものなんでしょうか、先生」 「そこは謎です。しかし脳には解明できていない部分がたくさんある。例えばスパイスの香りで食欲が増進するとはよくいわれますが、なぜかはまだはっきりとわかっていません。脳はまだまだ未知の領域なんです。ストレスで精子の数が減ることもあります。自制心が精子の運動をコントロールする。すごい話ですけど、あり得ないことはないんじゃないかと」 降谷はあっけにとられた。予想外過ぎた。細胞レベルまで自分をコントロールする男、赤井。喜びよりも驚きが勝る。あまりに驚きすぎて会計せずに帰ろうとしたくらいだった。 が、やがてじわじわと自分の身の中に生まれた小さな命の芽を実感し始めた。 「赤ちゃん……」 降谷は腹部にそっと手のひらをあて、小さな声で呟いた。 予定より早く帰宅できたので、当然まだ赤井は帰っていない。完全に動揺から冷めたとは言えないが、こういう時は日常業務をする方が落ち着きを取り戻せるのだと考え、降谷は夕飯の支度を始めた。 頭をカラにして黙々と野菜を切り刻み、肉に下味をつけ、ソースを作り、湯をわかす。 (赤井にはメールではなく帰って来てから言おう。どんな反応になるのか予測もつかないな…) IHヒーターのスイッチを入れ、野菜を炒めはじめた。 (もともと子どもを切望してはいなかったけど、今朝の話では、むしろいらないみたいなニュアンスですらあった。もし…もし…) 調味料を手早く加えつつ、余熱の終わったオーブンに肉を入れた。 (いやな顔をされたらどうしよう…。がっかりされたら……。いや、赤井のことだから、がっかりしても表情には出さないだろう。でも僕にはわかる。あいつが喜んでるかそうじゃないか……) 冷たい水から野菜を取りだし、よく水を切る。 (喜ばれなくても、落ち込まないようにしよう。タイミングが悪かったということだ。できないと頭を切り換えてからできたと知らされても、人はなかなか飲み込めないものだよ、そうだろう) ほどよく火の通った野菜を大皿に移した。 (だいじょうぶ、どんな反応でも、僕は絶対に取り乱さない) ぐっと手のひらを握る。 キッチンの作業スペースに置いたスマートホンがピコンと鳴った。『もうすぐ着くよ』というメッセージが画面に映ったのが見えた。 「すごいご馳走だな! どうしたんだ?」 リビングに入ってきた赤井は開口一番、驚きの声をあげた。 テーブルの上には、グリルしたチキンに手作りのスパイシーソース、青梗菜と平茸のオイスターソース炒め、生野菜たっぷりのミモザサラダ、シーフードスパゲティ、トマトスープ、タコのカルパッチョ、ひじきの白和え、肉じゃが。これでもかとばかりにご馳走が並んでいた。 「す、すみません。考え事をしながら作っていたらいつのまにかこんなに出来てしまっていて……」 どう切り出すか、どう反応されるか、そんなことばかり考えていたらいつのまにか品数が増えてしまっていた。しかも和洋中と、統一感がない。はずかしい。明日、弁当にして風見に食べさせようと降谷は思った。 「いや、嬉しいよ、とても腹が減っていたんだ。たくさん食べさせてもらおう」 気まずそうにする降谷の頭を一撫ですると、赤井はテーブルについた。降谷も対面に座る。 「ふむ。これだと白ワインが合いそうだな。零くんも飲むだろう? ちょっと持ってこよう」 赤井が椅子から腰を浮かせる。 「いえ、ぼくはあの、けっこうです」 「ん? そうか」 赤井は咄嗟に断った降谷を見ると、立ち上がりかけていた腰を下ろした。 「……なにかあったのか零くん」 探るように尋ねてくる。今いうしかないだろう。降谷は意を決して口を開いた。 「子どもが、できました」 赤井はそれで? という顔で小首をかしげている。 「子どもが? 子どもがなにをできたんだ? 近所の子がどうかしたのか?」 降谷は大きく息を吸い込むと、今度はしっかりとわかるように言った。 「あなたと、僕の間に、赤ちゃんができました。僕は妊娠したんです。今二ヶ月です」 赤井は首をかしげたままだった。 そのまま数秒。降谷は唇をきゅっと噛んで、赤井の反応に動揺しないよう腹に力を入れた。 「きみに」 「はい」 「あかちゃんが」 「ええ」 「俺と君の」 「そうです」 「子どもができた」 「はいそういうことです」 再び沈黙の数秒。降谷は緊張のあまり瞼がピクピクするのがわかった。 「れいくん…」 赤井がテーブルの上の箸とフォークを握ったり離したり、それらをぽとりと落とすと手のひらを握ったり開いたり、意味のない動作をしていた。視線は降谷からまったく離れなかった。 「れいくん……」 呆然としている様にも見えた。 「れ、れいくんっっっ!!」 いきなり大声をあげて立ち上がった。降谷はびくっと身を震わせた。そのままテーブルを回り込んで降谷のそばにくる。そして降谷の脇の下に手を入れ、立ち上がらせると同時にひょいっと持ち上げて抱きしめた。降谷の足は宙に浮き、そのままリビングの中央に移動される。 「あ、あかいっ」 「れいくんれいくんれいくん!!」 赤井は降谷をぎゅっと抱きしめくるくる回った。なんだなんだ。降谷の足は遠心力で外側に引っ張られる。 「れいくんっっっ」 聞いたことがないような赤井の弾んだ声。どんな赤井の反応にも取り乱さない、動揺しないと覚悟していたはずなのに、降谷の頭は混乱した。 「あ、あかい、おろ、おろして」 降谷がそういうと、赤井はソファーの上に降谷をおろす。その動作はとても慎重で、今まで人を持ち上げぐるぐる回していたとは思えない程だった。 「れいくん…、きみはすごい…! ありがとう…!」 ぎゅううと抱きしめられる。赤井はくぐもるような声で降谷にささやきかけた。 「よ、喜んでくれてる…と思っていいんでしょうか」 とても感情を偽装しているとは思えなかった。降谷はおそるおそる聞いた。 「もちろんだよ……、れーい…」 赤井はくずおれるように降谷の胸に頭を置いた。 「びっくりした……なんで電話してくれなかったんだ……いや、全然構わないんだが、電話で教えてもらってたら花束でも買ってきたのに……。ムリか、とんで帰ってくるだけか」 独り言のように胸元でぶつぶつ言っている。 「すみません。僕も驚いてしまって、心の中で整理してました。でもこんなにあなたが喜ぶなんて、ちょっとそれも驚きました」 そういうと、赤井は身を起こして降谷に向き合った。 「うむ。俺もこんなに嬉しいと思わなかった。自分の感情にも驚いてる」 大真面目に言うので、降谷は思わず笑ってしまった。 「なんですそれ」 「今まできちんと考えてなかったのかもしれないな…。きみの身体に、俺ときみの遺伝子を受け継いだ存在が息づいてるということ。それが現実に起きてるんだという事実を咀嚼したら……」 「したら?」 「猛烈にうれしくなったし、きみに対して尊敬の念が激しく沸いてきた」  赤井の両手が降谷の顔を包む。 「すばらしい。生き続けてきた意味を、今知った気がする」 「赤井……」 「どうか身体を大事にしてくれ……。俺にできることはなんでもしよう。なんでも……」 そういって、再び降谷を抱きしめてきた。 首筋に当たる赤井の息が熱い。もしかして泣いているのかもと思うと、降谷はしばらく抱かれたまま赤井の背中をさすり続けた。 不安は消え、胸の中はとても穏やかに凪いでいた。 メアリーに妊娠の報告がてら今までの経緯も話したところ、メアリーは博士とすぐに連絡をとってくれた。結論は、やはり降谷がオメガ専門病院で聞いた通りで、赤井は無意識に自分で精子のコントロールをしていたのだろうということだった。おそるべし赤井。細胞を操れる男だったのだ。赤井は「ふうん」と興味なさそうだったが、こいつの遺伝子には勝てないような気がする。生まれて来る子は赤井そっくりになるのだはないだろうか。 妊娠出産の警察庁への報告は妊娠三ヶ月になるとすぐになされた。産休と育休は合わせて三年弱取れるが、実際はそこまではムリではないかと降谷は思っている。それでもできたら二歳までは休みたいが、あとはできるだけ休ませたい赤井と降谷という有能な警察官を取り戻したい警察庁とのすりあわせになるだろう。 「おめでとうございます」 風見が言うのに「ありがとう」と素直に答えた。風見は降谷から大量の仕事を引き継ぐことになるが、心から祝ってくれているのがわかる。ありがたかった。 「今から私にまわせるものはどんどんまわしてください」 「少しずつ、渡すよ」 「もう徹夜とかはやめてくださいよ」 「ふっ」 俯いて笑うと「ほんとですよ」と念を押すように言われた。風見はいいやつだ。 そこにFBIの面々が入ってきた。今日は合同会議だ。もちろんその中には赤井もいた。 降谷を見つけると躊躇無く近付いてきた。 「零くん、体調はどうだ?」 「大丈夫です。って、朝聞いてきたたばかりじゃないですか」 「一分ごとでも君の体調を聞いていたい」 ぽかり、と資料で頭をはたく。 「あと十分ほどで会議が始まりますよ。FBIの席に戻ってください」 「この会議室。少し寒くはないか。冷えたりしないか零くん」 「まったく問題ないです」 横に立つ赤井を無視して資料を整理し机の上に並べていると、KY且つニンニク好きの部下篠沢が追加の資料を配りにやってきた。 「こちら資料Bの補足になります」 「ああ」 受け取ったのにいなくならない。顔をあげると、篠沢は赤井を見ていた。いやな予感がする。 「赤井捜査官、このたびはおめでとうございます」 篠沢は明るい声で赤井に話しかけた。 「きみは…?」 「篠沢と申します。降谷警視正の部下です」 「ああそうか。ありがとう」 その名前は五秒後には不要なものとして忘れる去られるだろう。赤井の情報取捨選択は厳しいのだ。 「赤井捜査官はやはりアメリカの方ですから、あれですよね、とうぜん立ち会いですよね」 「ん?」 なに、なんの話を篠沢はし始めた? 降谷の眉根がぐぐっと寄った。 「向こうでは立ち会い出産がポピュラーだって聞いたことがあります。日本でも最近は少なくないんですよ。だからおふたりはきっとそうするんだろうなって思ったんです。とってもいいっていいますし」 篠沢が脳天気に語り出した。 「僕の知人も立ち会い出産にして感動したって言ってましたよ」 「立ち会い出産……」 赤井がぽつりと復唱する。 おい……。降谷の中でイヤな予感が徐々に大きくなってきた。 「篠沢、はやく自分の席に戻れ」 冷たい声で言うと、「は、はいっ」と脱兎のごとく去っていった。 「零くん」 「赤井も席に戻ってください」 できるだけ平坦な声を出した。 「なあ、零くん」 「聞きたくありません」 ぜったいに、ぜったいにいやだ。 「零くん、立ち会い出産にしよう」 「早く席に戻れっ!!」 我慢できず降谷の怒声が会議室に響く。 これで今夜から立ち会い出産がしたい赤井とそれは避けたい降谷の攻防がスタートすることが決まった。 ああ、しかし結局は赤井の「プリーズ」連呼で押し切られるような気がするのだ。 降谷のため息は深い。 生まれるまでの道のりは険しい。 しかしそれが幸福であることは間違いがなかった。                                    
そしかい後のお話になります。<br />オメガバースですが、若干アレンジあります<br /><br />赤井さんがアルファ、零くんがオメガです。わりと明るく強いオメガ。<br /><br />ふたりはもう番になっていっしょに暮らしていますが、零くんがオメガなのにいっこうに妊娠しないことでちょっとだけ悩んでいます。<br />赤井さんもアルファらしくないところがあり…… といったお話。<br /><br />風見やメアリー、真純もちょこっと登場。モブキャラもいます。
奇跡のふたり
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052303#1
true
※【必読】ワンクッション【必読】※ ・この小説は夢小説を取り扱う内容となっております。 ・取り扱いジャンルは名/探/偵/コ/ナ/ンとなっております。 ・原作には出てこないオリジナルキャラクターが主体となって物語が進んでいきます。 ・オリジナルキャラクターは一部チート要素が含まれています。 ・一部捏造、一部原作改変要素があり、ご都合展開は満載です。 ・読まれた後の作品への【苦情・キャラに対してのマイナス解釈評価、勘違いしやすい誹謗中傷・荒らし・晒し】等のコメント・メッセージ・行為はご遠慮ください。 ・もし読んでみて不満があったとしても、自身の心の中にとどめ下さい。 以上、上記を一読して頂き、ご了承の上、次のページの本編にお進みください。 本編を読まれた方は自動的に【上記の内容を了承した】と判断させて頂いてます。 間違われて迷い込まれた方は今の内に【戻る】ボタン連打をお願いします。 オタク活動・自衛大事 By.迷子 [newpage] 季節は夏に入り、冷たいものが欲しくなる季節… 私は冷蔵庫からアイスバーを1個手に取りぺりぺりと袋から取り出し、それをパクリと口の中に入れた そのまま行儀悪くも、アイスバーを口に突っ込んだまま、電源が切れていたテレビの電源を入れると… 一番に映し出されたのは、ある報道番組だった 番組の内容を手短に説明すれば、 誰でも1度は聞いたことがある、あの有名な画家…ゴッホの書いた代表作【ひまわり】の内の1枚…その昔、第二次世界大戦で焼失した…と言われていた絵が、なんとフランス・アルルの古い民家の屋根裏部屋で見つかった…と言う… そして見つかった【ひまわり】はアメリカ・ニューヨークで開催されるオークションで本日出品されているようで、そのオークションである富豪が【ひまわり】を落札したらしい テレビに映るスタジオのアナウンサーたちが話す 『どうやら会見が始まる様ですね では記者会見の様子をニューヨークから生中継でご覧ください』 画面がスタジオからニューヨークオークション会場に切り替われば、画面の中央にはまさかの園子ちゃんと次郎吉おじさんが映っていた その光景に私は驚き、食べていたアイスを一瞬零しそうになるが、何とか受け止め、また口の中にアイスを入れる 園子ちゃん達の傍には司会らしき眼鏡にスーツ姿のアメリカ人男性が立っている 『えぇ…それでは見事【ひまわり】を落札された、鈴木次郎吉さんにコメントをいただこうと思います』 「げほっ!(落札!?)」 私は司会の男性のまさかの言葉に、今度こそアイスをボトリと膝の上に落とす 「つめた!」と慌ててアイスを手に取り、私は今度はアイスを手にしたまま、テレビに視線を向けた 次郎吉おじさんは大勢の報道陣にカメラを向けられる中、堂々とした態度で司会者の男性へ言葉を返した その内容と言えば“予定通り今回落札した【ひまわり】を絵画史上最高額で購入を出来たこと”や “念願である日本で【ひまわり】の展覧会を開催すること” “その為に既に世界各国に散らばる美術館や個人で【ひまわり】を所有する者達から、鈴木財閥が今回のオークションで【ひまわり】を落札した暁には、協力をするという確約をしていること” を報道陣の前で発表と宣言をしたのだ 『さらにじゃ! 7人のスペシャリストを用意し、【ひまわり】の完璧な保存と運搬、そしてセキュリティを約束した ワシがこの日の為に集めた7人のサムライじゃ』 そう次郎吉おじさんが脇に向かって右手を大きく振ると、数人の男女がぞろぞろと壇上に上がった 司会の男性が『この方たちが、その7人のサムライでしょうか?』と尋ねる 次郎吉おじさんは『さよう!』と大きくお頷き、壇上に上がった男女の紹介をする 鑑定担当・絵画鑑定士の宮台なつみ 修復担当・絵画修復士の東 幸二 企画担当・プロデューサーの圭子アンダーソン 運搬担当・運送家の石嶺 泰三 警備責任者・ニューヨーク市警察のチャーリー警部 【ひまわり】を守る為に集った計6人のサムライ… 男女ともに1人ずつ紹介される中、テロップが表示される 司会の男性は再度尋ねる 『先程7人のサムライと仰ってましたが、ここには6名しかいないようですが…』 『うむ、残り1名は日本に着いてからのセキュリティ強化要因じゃ… その者の名は…毛利小五郎じゃ!!!』 「…わお…」 私は顔を引き攣らせた 「蘭ちゃんこのこと知ってるのかな?」 昨日蘭ちゃんと会った時はそんなこと言ってなかったけど… まさか連絡なしだったりしないよね? 蘭ちゃんに聞いてみようか? そう思って机に置いていた携帯を手に取ろうとした時だった… “何だアイツ!” “銃を持ってるぞ!” “警備員を呼べ!!” 目を離していたテレビの声がざわついていることに私は気付く 画面には薄暗い会場に映し出される帽子を目深にかぶった男が銃を持っていた 『動くな!銃を捨てろ!!』 銃を持った男は立ち止まって帽子のつばに手をかける 『聞こえなかったのか!?早く銃を捨てるんだ!!』 男がゆっくりと両手を上げる 男はフッ…と笑うと、右手に持っていた銃を天井に向かって撃った 銃口から伸びたワイヤーが天井に突き刺さったかと思うと、ひるがえる純白のマントが宙を登っていった その下を帽子や上着、報道パスが散らばって落ちていく 私は画面に映った白いそれに目を見開き、ポツリと声を零す 「まさか…」 私は熱に溶けて棒からアイスが床にボトリと落としたことにも気付かず、身を乗り出して純白のマントの正体を口にした 「怪盗キッド!?」 ひるがえるマントからその姿を現した怪盗キッドはニヤリと笑った そして銃を持った腕を振ってワイヤーを外すと、体を大きく捻り引き金を引く 壁に向かった銃弾が照明を砕き、ワイヤーをつかんだキッドが宙に大きく弧を描いて報道陣の頭上を通過した… ところで、画面が会場からスタジオへと切り替わった 「うそおおおおおおお!!!」 私は誰もいないリビングで1人絶叫した 嘘でしょ!?普通そこで切り替える!? 見せてよ最後までぇ!! そう報道陣に文句を心の中で叫ぶ しかし私がどれだけ文句を言おうが、テレビの内容が切り替わるわけでもなく… 私は項垂れながらテレビに視線をおくるしかなかった… 『ゴッホの【ひまわり】を落札した鈴木次郎吉氏の会見場に、キッドが現れました キッドの目的は不明ですが、逃亡を図ったようです』 画面が切り替わり、会見場を撮った1枚の写真が映し出された キッドらしき人物が天井にぶら下がったワイヤーを手にして宙を舞う姿が写っている 番組もそれ以上の情報を掴んでいない為か、アナウンサーは同じ情報を繰り返すだけ… 数分後、番組がCMになったところで、私はしみじみと思った… 「それにしても…珍しいなぁ…」 キッドの狙うものは大半が宝石の類のものの筈なんだけど… 「…あの【ひまわり】に何があるんだろうか…?」 そう疑問に思ったものの… 私がどれだけ悩もうが、その答えが出てくるわけでもなく… 私は考えることを放棄して、いつの間にか床に落ち溶けてしまったアイスの掃除を始めるのだった ............. 7月●日―… 羽田空港国際線ターミナル… 私は羽田空港国際線ターミナルのラウンジに小五郎おじさんに蘭ちゃん… そしてコナンくんの4人で一緒に来ていた 何故此処に私達がいるのか?と言えば、昨日の報道で次郎吉おじさんが、小五郎おじさんを“7人のサムライ”に選び、此処空港に呼び出したからである… そんな本来であれば関係者しか入れない場所だが、私は蘭ちゃん達のオマケのオマケとして連れてきてもらった 理由はアメリカから日本に飛行機で帰って来る園子ちゃんに会うためだ 私は小五郎おじさんの仕事の邪魔にならないように、部屋の隅で蘭ちゃんとお話をして時間をつぶしていれば、おじさんの会話内容が聞こえてきた 窓際に立っていた小五郎おじさんは、キッド捕獲のために駆け付けた中森警部から手渡された次郎吉おじさんのプライベートジェットの写真を見て、眉をひそめていた 「キッドに狙われているかもしれねーってのに、何でこんなド派手な飛行機にしちまったんだ」 「我々警察も目立たないようにしろと言ったんだが、単なる輸送じゃなく宣伝を兼ねてるらしい」 「そいつを止めんのがお前の役目だろうが中森警部!」 「あのじいさんがオレの言うことを聞くと思うのか?」 「……ま、仕方ねーか」 「これに乗って帰って来るんだね 【ひまわり】もこの飛行機に乗ってるの?」 小五郎さん達の会話にコナンくんの声が交じったことで、私は「あれ?さっきまで傍にいたよね?」と思いながら周囲を見渡すが彼の姿は無く…彼は小五郎おじさん達の傍いた 小五郎おじさんは忌々しそうにコナンくんの襟をつかんで持ち上げる 「毎回毎回、何でお前がついてくるんだよ!」 「仕方ないじゃない、次郎吉さんがコナンくんも一緒にって言ったんだから」 蘭ちゃんが苦笑しながらおじさんにそう言えば、おじさんは不機嫌そうに顔を顰める 「だってコナンくんはキッドキラーなんだから」 「ったく、くだらねーげんかつぎしやがって」 蘭ちゃんの言葉に小五郎おじさんは更に不機嫌そうに眉を寄せると、コナンくんの掴んでいた襟をパッと離した 「ウロチョロすんじゃねーぞ!お前はオマケみてーなもんだからな」 「はぁーい」 「蘭だけじゃ頼りねえから美紀ちゃんもコイツ見張っててくれよ」 「え?はーい」 「いつもそのつもりなんだけどね…」 “いつの間にかいなくなっちゃうんだよねぇ”と苦笑する蘭ちゃんに、私はチラリとコナンくんに視線を向ける中… 蘭ちゃんがハッとして自身の鞄に意識をむける どうやら携帯が鳴っているようだ 蘭ちゃんは鞄から携帯を取り出せば、着信画面を見て驚くように目を見開いた 「ちょっとごめん」 そう言って私達から少し離れて電話を出る蘭ちゃん 「もしもし、園子?」 『』 「うん……うん……えっ!?」 少し離れたところで背を向けて電話をしていた蘭ちゃんの驚く声が聞こえた 「?」 私とコナンくんは蘭ちゃんに視線を向ける 「新一が一緒に?!」 工藤くん? 蘭ちゃんの言葉に私は耳を疑った 「別に新一が飛行機に乗ってるからって私は……」 蘭ちゃんが電話をする中、突然窓際のカウンターによじ登ったコナンくんに私は驚く 「コナンくん!?」 よじ登ったコナンくんが蘭ちゃんに向かって駆け出し、蘭ちゃんから携帯電話を奪って叫んだ 「園子姉ちゃん!そこに新一兄ちゃんがいるの!? ヤツはどこに!?」 コナンくんが園子ちゃんと話していたかと思えば、今度は携帯を蘭ちゃんに押し付けてガラス窓に走り出す 「園子!?大丈夫?園子!!」 蘭ちゃんの様子がおかしい 私は慌てて蘭ちゃんの傍に走り寄る 「蘭ちゃんどうしたの?」 「そ、それが…」 「どうした蘭!?」 小五郎おじさんも駆け寄って来た 「それが悲鳴が聞こえてきた直後にものすごい音がして…」 「何だと!?中森警部!来てくれ!!」 おじさんの声に駆け寄ってきた中森警部に、おじさんが「どうやら飛行機で何かあったらしい」と説明した 私はガラス一面の窓から上空に視線を向ける 園子ちゃん…っ 「キッドだと!?」 「!」 小五郎おじさんの声に私は振り返る おじさんは蘭ちゃんの携帯電話に耳を近づけながら眉をひそめ、中森警部は「ヤツが現れたのか!?」と身を乗り出していると… そこに一人の私服警官が「中森警部!」と焦りながら駆け寄ってきた 「やはり飛行機でトラブルがあったようで、これからA滑走路に緊急着陸をするとのことです!」 緊急着陸… 背筋が凍った そんな視界の端で何かが動く 「コナンくん!?」 蘭ちゃんの呼びかけを無視して、私服警官の足元をすり抜け、扉を開けて出て行くコナンくん その後に続くように、小五郎おじさん達も出て行ってしまった 「園子ッ返事して!園子!!」 私は滑走路の見える窓から外を見つめている 緊急車両の群れが滑走路に次々と飛び出していくのが見える 「工藤くん…」 私はキュッと手を握りしめる 「お願い工藤くん―ッ」 園子ちゃんを守って そう…願わずにはいられなかった しかし祈るだけじゃ心細い、私達も動かなくては… 「蘭ちゃん、私達も行こう」 「…ッうん」 部屋から出た私達は、2人の無事を祈りながら出発ロビーを駆け抜ける すると前を走っていた蘭ちゃんが足を止めた 「蘭ちゃん?」 「携帯が…!」 蘭ちゃんが画面を見るとそこには【園子】と言う文字が… 私達は息を呑み、蘭ちゃんは急いで電話に出る 私も内容を聞こうと蘭ちゃんの反対側に耳をつける 「園子!大丈夫?今どこにいるの!?」 『落ち着いて、私は大丈夫だから』 「よかった…!」 携帯から聞こえる親友の声に、私達はホッと胸をなでおろした 『それより、そっちに工藤くんから連絡いってる?』 「え?新一から?まだだけど…」 『そう…』 園子ちゃんの声が暗くなって、私は嫌な予感がした それは蘭ちゃんも同じのようで、恐る恐ると聞き返す 「新一がどうかしたの?一緒じゃないの?」 『それが…工藤くん見当たらないの 私達とは別の脱出シュートから出てるはずなんだけど…』 「ッ」 蘭ちゃんがその場に崩れるように座り込んだ 「蘭ちゃんッ」 「新一が…」 「大丈夫…大丈夫だよ! ほら工藤くんに連絡しよう!蘭ちゃんなら番号知ってるでしょ?」 私の言葉に蘭ちゃんはハッとして、微かに生気を取り戻す 「そ、そうよね…」 蘭ちゃんの手が震えている 震えて思うように操作できない蘭ちゃんのその手を、私は落ち着かせるように手を添える 「落ち着いて蘭ちゃん…大丈夫…大丈夫だから…」 「美紀…」 まだ震えてはいるが、少しマシにはなったようだ 蘭ちゃんはしっかりと携帯を操作して工藤くんの連絡先を表示させる そして通話ボタンを押せば、蘭ちゃんは携帯を耳にあてる しかし… 『ただ今、電話に出ることが出来ません 発信音の後にメッセージをお願いします』 「ッ」 聞こえてくる機械的な声に私達は言葉を失う 蘭ちゃんの目からツゥと涙が零れ落ちる 「新一…お願い……出て……」 蘭ちゃんの切なげな願いが出た時だった 『ワリィ蘭!今キッドを追ってるんだ!後出かけ直す!!』 「ッ!」 工藤くんの声が聞こえた しかし聞こえたかと思えばスグに電話が切れた 私も蘭ちゃんも何が起こったのか分からず呆然と終話音を聞く… そして… 「…良かった…!!」 安堵のためか、今度は止め処なく涙をあふれだす蘭ちゃんに、私は我に返って工藤くんが無事だという事を再確認する 携帯を膝に置いて顔を覆い、人が行き交う出発ロビーで蹲って泣く蘭ちゃんの身体を私は抱きしめる 「美紀…」 「うん…」 「新一…無事だったッ」 そうだ… 「うんッ」 工藤くんがそう簡単に死ぬはずがない 「美紀の言った通り…ッ」 だって彼は 「だから…言ったじゃん」 平成のホームズなんだから .......... あれから園子ちゃんと合流した私達は、無事を確認するように抱きしめ合った そして気分も落ち着いたところで、園子ちゃんの他にも飛行機に乗っていた人たちと共に、先程私達がいた空港のラウンジに皆で戻った ラウンジにつくと、別行動していたコナンくんが見つけた【ひまわり】がスグに救出され、私達のいるラウンジに運び込まれた 机に置かれた【ひまわり】の周りには修復用の道具が並べられ、テレビで見た【ひまわり】の修復担当である人達が机を取り囲むように立っている 「汚れだけならいいんだけど…」 「傷一つでもついていたら、展覧会の夢はついえるわね…」 誰かがその言葉に息を呑んだ その時、2人の刑事が「中森警部!」と部屋に入ってきた 「見て下さい、やはり屋上の監視カメラにキッドが映ってました」 「これがその写真です 1時15分程前に丁度この上を通過したようですね」 「この時点では【ひまわり】を持っているようだな…」 刑事の1人が持つ写真にはキッドの姿が映っているのだろう… 中森警部が眉をひそめて写真に映るキッドの状況を口にする 「だが、なぜキッドはあのビルに【ひまわり】を置いて行ったんだ?」 「そりゃあ、えーと…」 小五郎おじさんの問いに中森警部が返答に困っていると、窓際のカウンターにもたれ掛かっていた外国人…確かテレビではチャーリー警部と言ったか… その人が「おそらく逃げ切る為」と口を開いた 「2枚目の【ひまわり】は思いのほか大きい… ハングライダーで逃げるには空気抵抗が大きすぎたんだろう」 チャーリー警部の推測に、傍にいた次郎吉おじさんが頷く 「ほとぼりが冷めてから回収に来るつもりが、こわっぱに見られた…」 次郎吉おじさんがコナンくんを見つめる それにつられて私達も含め大人たちの視線がコナンくんに向けられた 「あれはボクが見つけたんじゃないよ 新一兄ちゃんがキッドを追ってるときに隠すのを見たんだって」 大人たちの視線に気まずそうに答えるコナンくんに、険しい表情でチャーリー警部が尋ねる 「…それで、あの少年探偵は今どこにいるんだ? キッドが現れた時に必ずいないなんて、まるであの少年が怪盗キッド…」 「その可能性は無いと思いますよ」 コナンくんのそばにいた蘭ちゃんが遮るように言えば、携帯電話を取り出して操作し始める 蘭ちゃんの隣にいた園子ちゃんが携帯電話の画面をのぞき込む様子を目尻に、私は大人たちに向かって言った 「蘭ちゃんの携帯に工藤くんから連絡が来ています 時間は確か丁度そのキッドが映る写真が撮られている1時間15分前… 蘭ちゃんの携帯の通信履歴を見ればわかるはずです…」 大人たちに工藤くんの無実を証明するために強く口にした 私は大人たちに視線を向ける中、最後に【工藤くん=怪盗キッド】発言をしてくれたチャーリー警部に視線を向けると、チャーリー警部の鋭い視線が自分に向けられていることに気付く… 「(怖…)」 大人の会話にガキが口を挟むな… まるでそんな想いを表すかのように訴えかけてくる視線に私は怯んだ 「(だけど事実は事実だ…私は事実しか話していない まぁ、例え電話があったとしても、これがアリバイだとはハッキリと言えないのが心苦しい… けど私は信じている…工藤くんはキッドではない…)」 だって工藤くんは平成のホームズ… キッドのように謎を生み出し欺く者じゃない… 工藤くんは真実を求める者…暴く者なんだから 「んなくだらねぇことより、問題は何故キッドがこの空港を通ってったかだ」 小五郎おじさんが割り込むように不満げに鼻を鳴らした 「確かに…ハングライダーで逃げてんだ わざわざ我々がいるここを通ってかなくても…」 おじさんの言葉に中森警部が考え込む するとチャーリー警部が再び口を開いた 「自分が爆破した飛行機がどうなったか気になったんだろう 殺人鬼は何食わぬ顔して犯行現場に戻ってくるというからな…」 私の傍で蘭ちゃんが「そんな…」と悲しそうな声が聞こえる 園子ちゃんの「ちょっとアンタ!」と言う怒りを露わに怒鳴る声が聞こえる そんな中私はと言えば… 「…」 チャーリー警部の言葉を聞いた瞬間、私の中でプツンと何かが切れた 「キッド様をッ 「殺人鬼と一緒にしないでくれませんか?」 …美紀?」 園子ちゃんの言葉を遮り、私はいつもの口調で…しかし想いを強く発言した 園子ちゃんや大人たちが私に視線を向けるが、私の視線はチャーリー警部しか捉えていなかった そんな私の言葉にチャーリー警部はさげすむような眼差しを私達に… いや、私に向けてくる 「目を覚ませ!君の友人も奴に殺されかけたんだぞ!!」 「…いや、だから何でそれがこうもあっさりキッドの責任になってるんですか?」 怒鳴るように発言したチャーリー警部に不快になりながらも、私は淡々と尋ね返す 私の言葉にチャーリー警部は眉をひそめた 「何?」 「…そもそもキッドは泥棒で犯罪者ですが、こんな人の生死を左右するトリックなんて仕掛ける筈がありません」 「ほぉ…なら何か…?君はキッドが【ひまわり】を盗んだと言う目撃発言や、写真として残るこの証拠が出ているこの状況を知っても尚、あれが“怪盗キッドではない”と言いたいのか?」 「【ひまわり】を盗んだのはキッド…それは事実でしょうが… 私はそんな話をしていません…私はキッドが飛行機に爆弾を仕掛けた“殺人鬼”だと言う貴方の発言を否定してるんです」 「…何だと…」 「私これでもキッドのファン歴長いんです これまでのキッドのおこしてきた戦歴は全部ではないですが多く情報は知ってるつもりです だけど…キッドがこれまで人の命を脅かすような犯歴は一度も起こしてない… それはキッドを長年追い続けている中森警部に聞いていただければわかる筈…」 私は中森警部に視線を向ける そんな私の視線に中森警部は驚きながらも「確かにな…」と呟く 「俺もキッドが飛行機を墜落させるようなことをするなんて、認めたくは無いんだがなぁ…」と肩を落とす中森警部に、私はきっぱりと「キッドはそんなことしません」と強く発言する するとそんな私達の会話を黙って聞いていたチャーリー警部が、苛立ったように言葉をはいた 「だったら君はキッド以外の何者かが… 私達の中の何者かが飛行機を爆破させたと言いたいんだな…」 私は少し呆れた… この人は犯人探しにでも来たのだろうか? 「…貴方は…何のために此処にいるんですか?」 「何だと…」 「貴方は【ひまわり】を守る為に日本にきたんですよね? だったら【ひまわり】を狙うあらゆる全て敵から守ることに専念してください」 【誰】から【ひまわり】を守るんじゃない 【ひまわり】を狙う【全ての者】から守らなきゃいけない… 「…その中にキッドも含んで警戒するなら兎も角…、【ひまわり】は世界中誰もが知る名画…キッド以外にも狙う人がいるかもしれない中で、まるで初めっからキッドしか敵がいないように視野を狭めるのはどうかと思いますよ?」 あらゆる敵から【ひまわり】を守る…それが今回の貴方の仕事でしょう? 絵画を盗もうと狙うキッドからも… 盗もうとしたのか、消そうとしたのか…飛行機を墜落させようとしてまで危険な行為に及んだ犯人からも… 「そもそも…犯人探しなんて時間の無駄じゃないですか? 【ひまわり】と言う名画を狙う人なんてそこら中にいそうなもんですし…」 「…」 「キッドを捕まえに来ただけならちゃんと国を通して許可を取ってきたほうがいいかと… 私には分かりませんが大人の事情が色々あるでしょうし…」 そう言って私は部屋を出ようと踵を返す すると蘭ちゃんと園子ちゃんが「美紀?」と声をかけてくれたが、私は「ちょっと頭冷やしてくる…」と苦笑してその部屋を後にしたのだった ..... 「やっちゃった…」 私は人のいない休憩所のベンチに座り、頭を抱えていた 「…ついカッとなって警察官に喧嘩をうるなんて… 私何してるんだろう…」 ただの部外者の癖に… 「…」 けど… けど、どうしても許せなかったんだ… チャーリー警部の…あの言葉が… キッドを“殺人鬼”呼ばわりしたあの言葉を… 私はどうしても許せなかった 「だって…キッドは…」 手をグッと握り締め、 私は遠い昔の記憶を思い出す キッドは 「「どうなされた小さなレディ…」」 とても優しくて 「「おやおや、まさかこんな所にも沢山の宝石が零れてるとは…」」 とっても優しい目をしていて… 「「…良いものを貰った… お礼に私から君に素敵な魔法を贈ろう」」 1人で不安で泣きそうな私の元に現れた… 「「君の願いが叶うこと… 私も祈るとしよう」」 優しい魔法使いだったから 「…ッ」 けど… それはあくまで私とキッドの過去の思い出 あのチャーリー警部や、中森警部…【ひまわり】を所有する次郎吉おじさんからすれば キッドは自分達が守る【ひまわり】を狙う敵… 警戒や敵意を向けるのは当然の事なのだ 仕方ないこと… 「…はぁ」 私は自己嫌悪に大きく息を吐いた するとその時、誰もいなかった筈の休憩所に「美紀姉ちゃん」という声が聞こえた… 私を「姉ちゃん」呼びするのは此処に一人だけ… 私は誰か来たのか分かりながら、その名を呼ぶ 「コナンくん…」 「ここにいたんだ…」 コナンくんが小走りでやってきた コナンくんは頭を抱える私の様子に「大丈夫?」と気に掛ける 私は苦笑して頷くが、困ったように「何でついて来たの?」と尋ねた 「何でって…美紀姉ちゃん一人にするの心配だったから…」 そう言ってちょこんと私の隣に座るコナンくん そんなコナンくんに、私はキュンと胸を締め付けられる コナンくん優しぃ… 「あと、キッドを援護し過ぎなのを注意しようと思って」 私の胸キュンを返せ 「くそぉ…コナンくんまで…」 恨めしくそう呟けば、コナンくんはジトリとした優しくない視線を向けてくる 「僕もキッドが飛行機を爆破するような手口を使うとは思ってないけど、 そことこれは別の話… キッドは殺人を犯すようなことはないけど正義の味方じゃない… 結局は盗みや悪いことをしてるんだから、さっきみたいに大っぴらに援護するような発言をするのは控えた方がいいよ」 「でも…」 「でもじゃない、もしかしたらさっきのことで美紀姉ちゃんが【キッドの協力者】…だなんて誤解…されても仕方ないんだからね?」 「ええ~」 それは大事過ぎない? たかがその辺の女子高生がキッドを庇う発言したとして… それを「お前さてはキッドの協力者だな!?」なんて一々疑われるのなら 警察はキッドの協力者がいったい何千人以上いると思ってるんだ? そんなことを思いながら空笑いして遠くを見ている私をコナンくんが… 「(こいつまた自覚してねえな)」と青筋を作っていたなんて…私は知らない 「犯罪者…かぁ…」 私はポツリと言葉を零す 「(確かにキッドは立派?な犯罪者だ 窃盗に家宅侵入、強盗に器物損壊…これまで盗んできた宝石も金額にしたら億なんて優に超す大物をこれまで多く盗んできた犯罪者だ…それは私も理解している… けど…) けど…好きなんだよなぁ…」 「…美紀姉ちゃん?」 コナンくんの声が不満そうに低められる そんなコナンくんに私は顔を引き攣らせたのだった その時 カツカツカツと言った足音が近づいてきたことに私達は気付く 私は「誰だ?」とコナンくんに向けていた視線を上げると… そこには… 「君の名はミキ・マツシマ…と言うようだな…」 先程私が喧嘩を売ってしまったチャーリー警部が、険しい顔をしながら私を見下ろしていた 私はそんなチャーリー警部に、未だ治まらぬ不満を隠せず「それが何か?」と聞き返した 私の名前を知っていた それはきっと私が部屋を去った後、誰かかしらに私の名を聞いたのだろう… 何故?どうして? もしや“あの生意気な娘の名前は何だ?”みたいな感じで聞いたのだろうか… そう考えながら、気まずく視線を反らそうとすれば、目の前にパサリと向けられる数枚の紙束… その数枚の紙束は目の前に立つチャーリー警部から差し出されるもので…、 私は眉間をひそめながらチャーリー警部を見上げた チャーリー警部は言う… 「確かに私は【ひまわり】を守るために日本に来た… だが、あきらかに【ひまわり】を狙っていると分かっているものを警戒して何が悪い 疑うのが私の仕事だ 疑うことで【ひまわり】を守る結果にもなる 私も此処に来るまでにキッドだけを警戒していたわけじゃない 君が言う通り、あらゆる敵を考え【ひまわり】を守り、日本まで来たんだ…」 「…」 チャーリー警部の言葉に私はグッと言葉を詰まらせる 「警戒したうえでキッド以外に怪しい者はいなかった その結果が私がキッドを疑う理由だ キッドしか飛行機にあのような手口を使う者はいない」 キッパリそう宣言して、チャーリー警部は何処か勝ち誇ったように笑みを浮かべる その笑みが更に私に焦りと不快感を生み出した 「これは私が日本に来るまで記録してきた周囲の近状や調査の報告書だ…」 ズイッと差し出される数枚の紙束を、私は手にする 私は紙束を手にしながら「その笑み…私の嫌いな顔だ…」としみじみと思った 私はどうも昔から、人のドヤ顔や勝ち誇った…優越感ある笑みに不快感をもつ節がある… そんな顔を見ると私はどうすればその顔を崩せるか…と考えてしまうが… 私も馬鹿じゃない… 2度も警察官に喧嘩は売ろうだなんて思わない… たぶん… 私の横ではコナンくんもコッソリと目を光らせて報告書を見つめているが、私は気にせず、手にしたチャーリー警部の作った報告書に視線を落とした 「……」 報告書に視線を落として数分… 私は読み終わった報告書をチャーリー警部に「…お返ししますね」と言って返した… 「…君もこれで納得したか?」 「はい」 私の返事にチャーリー警部は満足気にフッと笑った 私はコナンくんに「蘭ちゃん達のところに戻ろうか?」と声をかける コナンくんは「う、うん…」と何処か気まずそうに頷いた 渡したコナンくんの手を繋いで立ち上がる 「じゃ、失礼します」 ぺこりと軽くチャーリー警部の横を横切り、 私は休憩所スペースを出る間際、「あ」と思い出す チャーリー警部にお礼を言わなきゃ… 「チャーリー警部、貴重な報告資料を見させて頂いてありがとうございます」 「あぁ、気にするな これで君にも奴が目的のためなら手段を選ばぬ“殺人鬼”だと… 「貴方の報告書のお陰で… キッドが爆弾を仕掛けた犯人だと確定せずにすみました」 ―ッなんだと?」 私の言葉にチャーリー警部が何故か顔を顰める コナンくんも「え!?」と驚いていたが、私は言った 「だって他にも沢山犯人候補がいるじゃないですか」 「っ」 口をあけて固まるチャーリー警部に気付かずに、私は「それでは」と言ってコナンくんと歩き出す 私は歩きながら先程報告書を読んでいた時の事を思い出す “犯人の候補は沢山いる” その結論はチャーリー警部の報告書を見て出した私なりの答えだった… 私は先程報告書を読みながら「なんだ…候補はキッドの他にもいるんじゃん」と、多少の安堵をした そんな事を思い出している私の足元で、コナンくんも歩きながら「美紀姉ちゃん…こ、候補って…?」と尋ねてくる そんなコナンくんに私は苦笑して言った 「さっきの報告書を見る限りじゃ、飛行機に乗っていた全ての人が私の考えるような手口を使えば飛行機し爆弾を仕掛けるよ… 例えばそうだなぁ…宮台さんって人なら…」 私はコナンくんに歩きながら説明した 飛行機に乗っていた人たちがどうすれば厳重に警備された飛行機に爆弾を仕掛け、チャーリー警部たちの目を欺き飛行機を爆発させれるのか… 私はただの可能性でしかないトリック内容をコナンくんに話した しかし…私は思う… 「(例え犯人候補が増えたからと言って、キッドが爆弾を仕掛けた犯人では無いという証明にはならない… 私には所詮想像でしかない…可能性の話しか出来ない… けど、 工藤くんなら… 今此処に工藤くんがいたのなら、先程のラウンジで爆破させた犯人のトリックも、証拠も…何もかもを解き明かして犯人を捕まえてくれてただろう…)」 私はキュッと手を握りしめる… 「(君なら出来るのに… なのに…) 工藤くん…何処に行ったんだろう…」 私の呟きに、何故かコナンくんがギクリと顔を引き攣らせていたことに気付かず、とぼとぼと蘭ちゃん達がいるであろうラウンジに、私はコナンくんと共に戻るのだった… だから私は知らなかった 私の何気ない言葉… コナン君へ聞かせたトリック内容を聞いて息を飲んでいた相手がいたことを… その相手が目を獲物を狙う猛禽類の如くギラリと光らせて私を見ていただなんて… 私は知る由もなかったのだった ......... 飛行機事故から翌日… 私は自宅のリビングで、1人だらけきっていた 理由は飛行機事故のショックが色々と重なり、もう何もやる気が起きなかったのだ 因みに今朝早くに園子ちゃんから連絡があった その内容は“対策会議に出ないか?”と言う内容だった 対策会議…と言えば当然【ひまわり】を守る対策のことだろうと推測できるが、何故その会議に私が?と尋ねたところ、園子ちゃんは“どうせまたあのチャーリーって人がキッド様の悪口を言うだろうから、その時はキッド様のファンとして一緒に抗議しよう”とのことだった いや…まぁ…抗議をしたいのは山々だが… 部外者がそれだけの為に大切な会議に出るのは違う気がして、私は園子ちゃんの誘いを断ることにしたのだった その為、用事が何もない私は家で無気力にぐうたらとする… すると適当にテレビをつけていた番組が、昨日の飛行機事故についてニュースを取り上げていた 『警視庁と国土省の調査によると、飛行機の貨物室外壁に爆弾が仕掛けられていた痕跡が見つかったことから… 行方がわからなくなった担当の整備士を現在探索中の模……』 プチリとリモコンで電源を切る 「…はぁ…」 無意識に出た溜息と共に、私は身を起こした そして机に置かれた7枚の紙に視線を向けると、7枚の内の1枚を手に取る そこに書かれた内容…それは… ------------------------------------------------------ 作品名:《ひまわり》 製作者:フィンセント・ファン・ゴッホ 制昨年:1888年 素 材:油彩・キャンヴァス100.5×76.5cm 所 蔵:損保ジャパン日本興亜美術館 ------------------------------------------------------ その文と共に描かれる15本のひまわりの絵 それは私が昨日の晩ネットで検索し、プリントアウトしたものだ… 「【ひまわり】…か…」 私はそう呟くと共に、 その辺に乱雑に置かれた鞄を掴み、家を飛び出すのだった 家を飛び出した先… 私が向かう先は損保ジャパン日本興亜美術館だった 超高層ビルが建ち並ぶ西新宿… そこに建つスカートの裾のように下層階が広がった形状のビルの42階… そのフロアが美術館となっている 私はそんな上空の美術館を少し離れた場所から遠目に眺めていた すると… ポンッ 「険しい顔して何見てんだよ?」 「うぎゃあ!!!」 突然背後から肩に手を置かれ、声をかけられたことに、私は悲鳴を上げ飛び上がる そんな私の反応に、声をかけた相手も「うお!?」と驚いていた 私が心臓をバクバクと鳴らしながら振り返ると、そこには… 「く…黒羽くん?」 「黒羽くんだよ」 黒羽くんがいた 帽子を深く被り、何処が呆れたように私を見つめ返す黒羽くん 私は当然のように尋ねる 「何で此処に?」 「俺は近所に用事があってその帰り…そう言う美紀は…」 私の質問に答え、黒羽くんは先程私が見つめていた美術館を見上げる 「あの美術館を険しい顔して見て、何を考えてたんだ?」 「失礼な、険しい顔なんてしてな… 「してた」 最後まで言わせてよ」 遮るように否定してくる黒羽くんに私は口許を尖らせる 「で?」 「?」 「オメーが不機嫌になるようなこと、あの美術館にあんのか?」 「…美術館は関係ない」 黒羽くんの問いにポツリと返す 黒羽くんは「ふーん」と言って言葉を続ける 「じゃあ言い方変える…美術館に用事でもあんのか?」 私は少し間を開けて「美術館に行く用事なんて絵を見に行くくらいだと思うけど…」と可愛げなく返せば、黒羽くんは気にする素振りなく「へぇ、何が見たいんだ?」とまた聞いてきた その問いにまた間を開けて「ひまわり」と返せば、 黒羽くんは「今色んな意味で話題だもんなぁ」と会話を続けてくれた そんな黒羽くんとの会話に私は少しずつ毒気が抜けてきて、ハァ…と息を吐き、今度は私から黒羽くんに尋ねた 「【ひまわり】って何なのかなぁ?」 「…何ってゴッホの描いた絵だろ?」 「私そこまで絵とか芸術は知らないけど… あの絵がそんなにキッドが狙う程の価値というか…意味があるものなのかな?」 「…そうなんじゃね?」 私の問いに黒羽くんは淡々と答えるが、私にはわからない 何でキッドは【ひまわり】を盗もうとしたのだろう? 有名な絵画だから?高価な絵画だから…? ううん…多分違う… キッドはそんな理由で盗みをするとは到底思えない… 「【ひまわり】を知れば… キッドが【ひまわり】を盗む理由がわかるかな…?」 「…どうだろうなぁ」 私の独り言にも近い問いに、黒羽くんは手を顎にあて何かを考える… そして… 「よし… じゃあ、一緒に見に行くか!」 「え?」 手をポンッと叩いて言い出した黒羽くんの言葉に、私は目を丸めて黒羽くんを見つめる 黒羽くんはニッと笑い私を見下ろしていた 「ったく本当美紀はキッドが好きだな 前はキッドの“侵入ルート”を捜してたと思ったら今度は“盗む理由”を知ろうとか…」 「別に侵入ルートは趣味って言うか…理由についてもちょっと色々あって…」 「色々ねぇ……ま、深くは聞かねえよ 取り合えず美紀は今【ひまわり】について知りたいってことだろ? じゃ、さっさと行動しようぜ」 そう言って前を歩き出す黒羽くんに私は「ちょ、黒羽くん?」と引き留めようとするが、 彼は「置いてくぜ?」と言ってすたこらと美術館の方へ歩いていく 私はそんな黒羽くんの背中を、慌てて追いかけるのだった ... 美術館のあるビルに入り、42階にある美術館に向かうため、専用のエレベーターに乗った私達… 42階に着くと、私と黒羽くんは受付で入場料を払いパンフレットを貰った 私は早速パンフレットを開き、【ひまわり】のある場所を探す 「どうやら【ひまわり】は最後の部屋にあるみたいだな」 黒羽くんが言った 「まぁ、閉館まで時間あるからゆっくり回ろうよ…」 お金を払ったんだ 【ひまわり】だけでなく他の展示品も見ないと損する気がしてそう言えば、黒羽くんも同じ気持ちなのか「そうだな」と同意してくれたので、私達はゆっくりと館内を見回ることにしたのだった ... 美術館で所蔵する数ある展示品を時間をかけて見回る中… 私は展示室の最後の一角… そこには大きなガラスの向こうに3枚の絵が並んでいた 向かって右側が田舎の並木道の描かれた風景、左側がりんごとナプキンの静物画… そして中央には本命である【ひまわり】がそこにはあった 【ひまわり】がある場所の前にはベンチが有り、ベンチの端にはチョコンと御婆さんが座っており、私は1人分のスペーズを空けた場所に腰を下ろし、ジッと【ひまわり】を見つめる 1888年2月、パリから南フランスのアルルに移ったゴッホが、その年の8月… ゴーギャンのアルル到着を待ちわびながら《ひまわり》の連作に着手した… 敬愛するゴーギャンの部屋を「ひまわり」の絵で飾ろうと考えたのだ ゴッホはアルルで7点の「花瓶に生けたひまわり」を描いているが、ここの美術館の作品はそのうちの1点で、ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する《(黄色い背景の)ひまわり》をもとに描かれている この内容はパンフレットに書いていたものだ 私はパンフレットに書いている内容を思い出しながら、ただジッと【ひまわり】を眺めた すると後からやってきた黒羽くんが「お、本物だ」何て棒読みに言いながら、私の隣に立ち【ひまわり】を眺める 「どうだ?目的の【ひまわり】が見れて…何かわかったか?」 黒羽くんの言葉に私は苦笑して「全然」と答える 「やっぱり私には芸術品ってよく分かんないや」 「そりゃ残念だったな」 「でも…」 “わからない”と言いながらも“でも”と言葉を続ける私に、黒羽くんは「ん?」と耳を傾けてくれる 私はそんな黒羽くんに、美術館に来て知った【ひまわり】の知識、【ひまわり】を見て感じた想いを話す… 「私には【ひまわり】の魅力も価値もわからない… けど、ゴッホが【ひまわり】を描く経緯…歴史があるように… ゴッホが描いた【ひまわり】にも…、今までに色んな過去、歴史があるんだと思う…」 「……」 「だからって訳じゃないけど…私の勝手な妄想だけど… キッドが【ひまわり】を狙う理由は、そんな【ひまわり】の過去、歴史に理由があるんじゃないのかな?」 「…キッドは【ひまわり】の価値だけが目的かもしれないぞ?」 「それは無い」 「…即答かよ…」 「キッドは…そんなことしない… お金目的に盗みなんて意味のないことを…キッドは絶対しない」 真実を知るわけでもなのに、そう断言する私 けど…、キッドが私益の為に盗みなんてしないって私は信じたい そう思い私が言えば、黒羽くんは何故か私から視線を反らし後頭部を掻いていた 「(何なのコイツ?何なのそのキッドへの信頼? 正装したキッドの俺に対面したわけでも、話したことも無いくせにッ 何でここまでキッドの信頼、好感度高いわけ!? え?…もしかして俺が忘れてるだけで、どっかで会ったことがあるって感じだったりするのか?! 美紀の友人の俺のファンっていうお嬢様みたいな周囲の影響や多少の贔屓目があるにしても、盲目にも程があるだろ!?)」 そんな事を黒羽くんが悩んでいるなんて知る筈もなく、首を傾げる私… だが次の瞬間 振り返った黒羽くんに頭を押さえる様に撫でられた? 何で!? 「ちょ、黒羽くん!?」 「このコアファンがっ、聞いてるこっちが恥ずかしくなるつーの!」 恥ずかしいって何さ!?意味わかんない!! 止めてよ!髪がぐしゃぐしゃになるっ わーわーと黒羽くんの手から逃れようと攻防して騒ぐ私だったが… そんな私の耳に、近くからクスクスと笑うような声が聞こえた 私達は声のする方へ視線を向けると、私が来る前から座っていたお婆さんがクスクスと上品に笑っていた そんなお婆さんに、黒羽くんも恥ずかしくなったのか私の頭から手を離す 私はお婆さんに「騒がしくしてすみません」と気まずく謝罪すれば、お婆さんは「ふふ、私はいいのよ?」と微笑んで許してくれた そしてお婆さんは微笑んだまま「お2人は仲が宜しいのね」と言った そんなお婆さんの言葉に私達は目をまたたかせ、互いを見合った 「「…」」 何か恥ずかしくなり視線をまた逸らすと、私はお婆さんに「まぁ、友達なんで」と返した 「そう…お友達なの…ふふっ」 お婆さんは私と黒羽くんを交互に視線を送り、最後にまたフフっと笑う 私は首を傾げてお婆さんを見ていれば、お婆さんはまた口を開いた 「笑ってごめんなさいね? 私てっきり貴方たちが…」 そうお婆さんが言いかけた時だった 「ウメノ様」 誰かが呼びかける声が聞こえた するとその声に反応するように、目の前のお婆さんが顔を上げる 「あら、館長さん」 「すみませんウメノ様…本日は事情があり急遽美術館を閉館することになりまして…」 「そうなんですか?」 黒縁眼鏡をかけた…お婆さんが「館長」と呼んだその男性の言葉に、お婆さんだけでなく、私達も驚いた 閉館時間までまだ時間がある筈なのだが… 何かあったのだろうか? そう思いながらお婆さんと館長さんに視線を向けていれば、黒羽くんが「何かあったんですか?」と館長さんに尋ねた 黒羽くんの問いに館長さんは少し困ったように笑んでから、「申し訳ございません、館内の展示品に異常がみつかりまして…急遽点検が入ることになったのです」と答えた その回答はとても嘘くさく…私は「隠すような理由が何かあるのか?」と疑うが… そんな私の反応と反して、私達と話していたお婆さんはスッと立ち上がり「わかりました」とあっさり頷いたのだ 私はお婆さんの行動に目をまたたかせた お婆さんは私達に微笑み「お友達とは仲良くね?」と言って私達の前から去ったのだった そんな帰っていくお婆さんを見送り、私は小さく息をついた 「私達も帰ろうか?」 「まぁ、閉館すんらな仕方ねえよな」 私の言葉に黒羽くんも苦笑して頷く 私達の会話に館長さんは何処かホッとしたように笑み「閉館までもう少しだけ時間は有りますので…お客様方もお気をつけてお帰り下さいませ」と言って、他の来館者にも声をかけるため、私達の前から去ったのだった その後すぐに、館内で閉館の音楽が鳴り響いた 何処かこの音楽を聴くと「早く出なければ…」と言う思いにさせられ、私は出口に向かうが… 出口までもうすぐと言うところの美術館の売店で黒羽くんが足を止めた 「ワリぃ美紀、先に帰っててくれ せっかく来たことだし俺土産みてから帰るわ」 「え?それなら待つけど…?」 私の言葉に黒羽くんは少し考えるような素振りを見せ、苦笑する 「んー…でもその後トイレにも行きてぇし…… それに美術館出たら結局は別方向だろ? 待たすのもワリぃしやっぱ良いや」 「そう?」 黒羽くんの回答に、私も確かにな…と思いながら黒羽くんの言葉に甘えることにした 「じゃあ、先に帰るね? 今日は美術館に付き合ってくれてありがとう、助かったよ」 「気にすんな、俺も1人じゃこんなとこ来ねえし、良い機会だったぜ じゃあ、またな」 そう言って売店に入って行く黒羽くんを見送り、私は1人美術館を出て、真っ直ぐ家へ帰宅するのだった… そして、その日の夜… 私は晩御飯を食べながら、今宵またキッド現れたと言うニュースを目にした 内容は“損保ジャパン日本興亜美術館に所蔵していた【ひまわり】をキッドが盗み… キッドが盗んだ【ひまわり】を次郎吉おじさんが取り返した”と言う内容だった… 「(成程なぁ… 急に美術館が閉館になった理由はこれだったか…)」 美術館での館長さんの不審な回答理由に納得し、私は苦笑しながらもニュースを見続ける 映像には東都プラザホテルの正面玄関で、キッドから取り戻した損保ジャパン日本興亜美術館の【ひまわり】の映像が映し出される 【ひまわり】の隣には次郎吉おじさんと中森警部、小五郎おじさんが並んでいた 『鈴木相談役!』 報道陣の女性がマイクを次郎吉おじさんに向ける 『改めて怪盗キッドとの対決に勝った感想をお聞かせください』 『キッドなど恐るるに足りん!【ひまわり】を所有する者たちも安静せい!!』 仰け反って高笑いする次郎吉おじさんの姿に苦笑して、私はプツリとテレビのチャンネルを変える 「あら、美紀チャンネル変えるの?」 「うん…見たいのがあったら見てくれていいよ?ご馳走様」 母の言葉に頷き、私は手を合わせて立ち上がる 食器は台所の流し台に持っていき、そのまま自分の部屋へ向かうのだった ...... そのまた翌日… キッドから【ひまわり】を守ったことはたちまち世界中に知れ渡り、マスコミはこぞって次郎吉おじさんやレイクロック美術館についての特集をした そして次郎吉おじさんと損保ジャパン日本興亜美術館の呼びかけによって【ひまわり】の所有者が賛同し、ついに7枚の【ひまわり】が日本に集結することが発表された 私は事前にその事を園子ちゃんから聞いていたが、ひまわり展の開催をニュース番組で伝えるためにテレビに出る園子ちゃんと次郎吉おじさんをテレビの前で眺めていた テレビで話される内容はひまわり展を開催しようとした理由から始まり、展覧会が行われるレイクロック美術館の紹介…そして【ひまわり】を守る対策について話されていた スタジオのモニターにはレイクロック美術館の外観予想図が映される 『このレイクロック美術館は我が社が所有する鍾乳洞を改良して作りました 地下8階に及ぶ建造物で、各階には展示室があり、7枚の【ひまわり】を各階で1枚ずつゆっくりご覧になっていただけます』 園子ちゃんの説明に合わせてモニター映像はレイクロック内部の断面図に切り替わる 図面を見る限り、地上に設けられた出口の下には8つの部屋が縦一列に並び、それぞれがエレベーターとらせん状のチューブ通路でつながっているようだ 『そしてお客様が最下層の地下8階に集合したところで各階に散らばる【ひまわり】を専用のエレベーターにより第8展示室へ全て移動させていきます 屋上に出るエレベーターを待つ間、7枚すべての【ひまわり】が揃った状態でご覧なっていただけるんです』 園子ちゃんの説明は大変解りやすく、私は画面越しに「へぇ」と見つめていた 「流石次郎吉おじさん…仕掛けが凝ってるなぁ…」 無意識にも素直に感想を呟いていれば、今度は会場のセキュリティについて説明が始まる 盗難のセキュリティは勿論だが、火災や浸水の対策も完璧なセキュリティ構造に私は「徹底してるなぁ」と思った セキュリティについての説明を受けたコメンテーターとアナウンサーも「すごいなぁ!まさにパーフェクト!」と感嘆の声をあげる 次郎吉おじさんはそんな人達の感想の言葉に満足気に立ち上がった そして…視聴者に訴えかける 『この最高の環境で人類至宝【ひまわり】を7枚同時に見ることができるのは、【日本に憧れたひまわり展】のみじゃ!!』 扇子を仰ぎながら大笑いする次郎吉おじさん 『えー、この展覧会は1日100名までの1カ月間限定公開とお聞きしましたが、チケットの抽選はいつから始まるんでしょうか?』 『今からじゃ』 『え!本当ですか!?』 『我が社のホームページにアクセスすれば、今すぐ可能じゃ!』 『全世界同時スタートだから、天文学的倍率になるわよ』 天文学的倍率って… 「まじか…」 『みなさーん、この機会をお見逃しなくねっ』 そう園子ちゃんの可愛い笑顔を最後に、報道番組はCMに入った 私は徐にパソコンを立ち上げ、カタカタと操作をし、あるサイト開いた… 【日本に憧れたひまわり展】だ サイトで必要事項を登録し、最後にポチリと【申請】ボタンを押す …しかし、画面にうつるのは【ハズレ】の文字と次郎吉おじさんの残念そうな自画像が表示されていた 「ま、そんな上手くいかないよね」 天文学的倍率だもんなぁ… そう苦笑する私だったが、その数秒後… 蘭ちゃんからのメールに“園子が私達の【日本に憧れたひまわり展】のチケットも取ってくれたって!”と言う内容が書かれているのを見て… 私は1人「天文学的倍率とは…」と… 顔を引き攣らせるのだった [newpage] .......... 湖を見下ろす切り立った崖の上に円錐形の建物…レイクロック美術館 上空には報道ヘリコプターが飛び交い、地上に設けられたオープニングセレモニー会場には100名の観覧者が集まっている 主催者である次郎吉おじさんと、今回集われた学芸員の人達と共にステージに上がった園子ちゃんは一歩前に出て中央に置かれたマイクの前に立った 「みなさん、本日は【日本に憧れたひまわり展】にご来場いただき、誠にありがとうございます では、この展覧会の発案者でもある鈴木次郎吉に開会宣言をしてもらいましょう!」 園子ちゃんが拍手をしながら下がると次郎吉おじさんが前に出る 「【ひまわり】の幽香に魅せられた皆の衆よ、準備は良いかな!?」 観覧席から一斉に大きな歓声と共に割れんばかりの拍手が鳴る 「よし!それでは… 【日本に憧れたひまわり展】開幕じゃあぁぁぁぁぁ!!!」 次郎吉おじさんの開会宣言と同時に、会場には盛大な花火が打ち上げられたのだった オープニングセレモニーが終わると、美術館の入り口に観覧者が一列に並び始めた コナンくん達と来ていた私と蘭ちゃんは裏口からキャストさんに話しかける 「すみません、関係者なんですが…」 「ではチケットを見せて下さい」 「7人分です」 蘭ちゃんがチケットを見せると、キャストさんは「こちらからお入りください」とベルト状の柵をあげてくれた そこを子供達が真っ先に走っていく 「1番乗りですよ!」 「すげ~」 「蘭お姉さん、美紀お姉さん早く早く!!」 自動改札機の前で待っている子供達の元に、私達は苦笑して小走りで駆け寄った 「皆さんご一緒ですね?」 「はい」 「では代表者の方がチケットを改札機に入れて下さい」 蘭ちゃんがまとめて持つ、私達のチケットを改札機にいれれば、チケットが改札機に次々と飲み込まれていく様子を…私はジッと見つめるのだった .... 場所は少し変わり、美術館の警備室の大型モニターには、改札機に入れたチケットの所有者の顔写真と名前が映し出された その映像に警備室にいた小五郎たちが「こいつ等が何で此処に?!」と驚いていれば、主催者である次郎吉が笑って「ワシが招待した」と答える 「まぁ、あんたがいいなら問題ねぇが…」 「そんなことより、入場は順調に進んでおるか?」 次郎吉が尋ねると、モニター前に座っていた後藤が「はい」と振り返った 「展示環境、セキュリティ、両システム共に完璧に作動しています」 「うむ、では後藤以外の者は各自持ち場に戻れ」 3人の黒服の男は小気味よい返事をして扉に向かう 一人残された後藤を見て、小五郎は眉をひそめる 「おいおい良いのか?1人で操作できんのかよ?」 「安心せい、オートメーション化されておる それにこの部屋に出入りできる者は最小限にしておいた方がよいからのぉ」 「まぁ、確かにそうだが…」 モニターに目を向けた小五郎が「あ」と大声をあげた 「おい、どうした?」 「い、いや…」 「全く騒がしい奴じゃ…」 呆れる中森と次郎吉を目尻に、小五郎は再びモニターを見つめて溜息を吐く 小五郎の視線の先…モニターにはX線装置から出てくる工藤新一が映っていたのだ… 「……」 そして、小五郎の他にもモニターに視線を向ける者が1人… その者は小五郎とは別のモニターに視線を向け…眉をひそめていた モニターに映るのはコナン達がいるグループ… しかしその者は彼ら全員の様子を見ている訳ではなく…ただ1人の人物を見つめていた 「松島美紀…」 ボツリと呟いた声… その声を拾ったのは、セキュリティシステムを操作するために椅子に座る後藤のみ… 後藤は一瞬手を止めかけるが、何とか作業を進めた そんな後藤にその男は囁くように声をかける 「あの松島美紀と言う少女が怪しい動きをしたらスグに俺に連絡してくれ」 「え…」 後藤は背後から言われた言葉に驚くが、振り返るより早く次郎吉が声をかける 「後藤!怪しい動きなどをしている者はおらぬか?」 「あ、はい…」 後藤は今まで見ていた映像の中で気にかかった人物について話す 1人だけ2枚目の【ひまわり】に向かった者がいると… 視線をモニターに、意識を先程声をかけてきた男に向けながら… 後藤は次郎吉たちにモニター映像を見せるのだった… .......... そんな出来事が警備室で行われていることなど、展覧会を楽しむ私達が知る筈もなく… 園子ちゃんと合流し、1枚目の【ひまわり】を鑑賞した私達は2枚目の【ひまわり】の展示室に続くチューブ通路を歩いていた 通路の脇にはひまわりが延々と植えられている 私はその光景に釘付けになる そしてソッとひまわりに触れ、それが造花だと知ると、精巧に造られたひまわりに私は感心した 「本物みたい…」 「綺麗だね」 蘭ちゃんが言った言葉に私は頷く 「造花でこれだけ綺麗なんだもん… 本物だったらどれだけ綺麗なんだろうね」 「いつか見てみたいなぁ」 一面のひまわり畑を想像してみる… きっとあまりの美しさに無意識に笑顔になるほどの幸せな気分にさせてくれそうな光景に、私は笑みを浮かべた すると元太くんが顔を顰めて「偽物でもいいけどよぉ、もっと良い匂いにしてほしかったよな」と愚痴をこぼした その言葉に私はこっそりと心の中で同意する 美しいひまわりの光景と反し、臭いはひまわりでは無い別の匂いが鼻を刺激するのだ 何だろう…この匂い…何処かで嗅いだこともあるような… 何処で?私が知るってことは日常的にも使われるような…そんな物の筈なんだけど… うーん…と悩んでいれば園子ちゃんが「気にしないで次のひまわりを見に行きましょ」と先頭を歩いてくれる その後ろを子供達や蘭ちゃんがついて行く中、私はひまわりの臭いを嗅ごうとするコナンくんに視線を向ける 「コナンくん皆行っちゃうよ?」 「あ、うん!」 「コナンくん何してるの、行くよー!」 「美紀も置いてくわよ!」 前を歩く子供達と園子ちゃんの声に私達は慌てて彼女たちに小走りで駆け寄るのだった そして数分後 2枚目の【ひまわり】の前には数人の観客が立ち並び、熱心に絵を見つめているその観客の中に交じり工藤新一も2枚目の【ひまわり】を見ていた しかし新一は背後から聞こえてくる見知る声に反応するとサッと観客たちの群れから遠ざかる 「ほら、見えたわよ」 園子ちゃんの案内で私達はチューブ通路を超え、やっと第二の部屋に辿り着いた 2枚目の【ひまわり】に向かおうとすれば、視線の先の見知る人物に私は目を見開いた 「工藤く…」 「蘭早く!新一君がいた!!」 園子ちゃんも同じく目にしたのだろう 園子ちゃんが声を大きく後ろを歩く蘭ちゃんに声をかける 蘭ちゃんに手招きすると、園子ちゃんはすぐに工藤くんを追いかける 私も我に返り追いかけるが、園子ちゃんの周囲には工藤くんの姿は無かった 「園子っ新一は!?」 「ごめん見失っちゃった」 「本当にいたの?」 コナンくんに訊かれた園子ちゃんは悩んでいた 「うーん…そう言われると…しっかり見た訳じゃないんだけど…」 「見間違いなんじゃない?」 蘭ちゃんの言葉に私も考える 「(見間違い?本当に…?)」 一瞬思考が止まってしまうほどに工藤くんだと思ってしまった 私だけじゃない、園子ちゃんだって見間違えるほどの人だ… 工藤くんはイケメンだが、あんなイケメンに似た顔がそうそう…… 「……あ…」 私は思い出す いるじゃん工藤くんに似てそうで似てない彼 「(黒羽くん…もしかして美術館に来てる?)」 私は携帯を取り出すとササッと携帯を操作する そして… ポチリと送信ボタンを押した -------------------------- 受信者:黒羽くん 題名: 本文: 黒羽くんって今日 レイクロック美術館に 来てたりする?    -END- -------------------------- 「・・・」 送信した内容に視線を落とし、私は携帯をポケットにしまう そうこうしているうちに顔を上げると、コナンくんが床で何かを拾う姿が目に付いた そして… 「蘭姉ちゃん!園子姉ちゃん!」 コナンくんが白いカードらしきものを手に、蘭ちゃん達に駆け寄った そんなコナンくんに蘭ちゃんが「静かに」と注意するが、コナンくんの様子が少しおかしい 「警備室に連れてって!キッドカードだよ!」 「!!」 コナンくんの言葉に私も目を見開く 「もうレイクロックにいるんだ!怪盗キッドが…ッ」 コナンくんの手にあるキッドカードに園子ちゃんと蘭ちゃんが頷く 「美紀悪いけど…」 「うん子供達は私が見て… 「美紀姉ちゃんも一緒に来て!!」 え!?」 園子ちゃんが私に何を言おうとしているのか察し“子供達の面倒は私がみる”と言おうとした瞬間、コナンくんの遮る声に私は驚く 「わ、私も行くの!?」 「美紀姉ちゃんの力が必要なんだ!」 私の力って何!? 驚く私を他所にコナンくんが私の手を引く その後ろから不思議そうに私達の後を付いてくる園子ちゃん達に、私も顔を歪めながら「え?本当に何で連れていかれるの?」と混乱するのだった 結局前を進んでいたコナンくんだったが、警備室までの経路が分からない為、園子ちゃんに案内してもらった 「ここよ警備室」 園子ちゃんが持つカードキーを使い関係者しか入れない通路を歩き、やっと辿り着いた警備室 部屋に入ろうとしたところで私の携帯がブルル…と震えた 「(この振動は…)」 電話だ 私は携帯を取り出し着信画面を確認する 画面には黒羽くんの名前が表示されていた 「園子ちゃんごめんッ電話がかかって来ちゃって… 私電話が終わってから部屋に入っても大丈夫かな?」 まさに警備室に入ろうとしていた園子ちゃん達に声をかける私 園子ちゃんは「アンタねぇ」と呆れたように視線を送ってくる そして警備室の前に立つ警護の男性に「彼女が電話が終わったら部屋に入れてあげて頂戴」と声をかけてくれた 本当感謝である 「美紀姉ちゃん出来るだけ早く来てね!」 「え、あぁ…うん…」 コナンくんの気迫ある言葉に顔を引き攣らせていれば、そんなコナンくんを園子ちゃんが捕まえる 「全くガキンチョは美紀に何を求めてんのよ」 「それはッ」 「ほら、さっさとキッド様のカードをおじ様たちに見せに行くわよ!」 ズルズルとコナンくんを引きずるように入って行く園子ちゃんに苦笑していた蘭ちゃんと目が合う 蘭ちゃんは「じゃ、先に入ってるね」と言って園子ちゃん達を追って部屋に入っていった 扉が閉まるのを確認して私は一度切れた着信の履歴を表示し、慌ててかけ直す プルル…プルル… 『…やっとかけて来たか』 「ごめん黒羽くん、ちょっとバタバタしてて出れなくて…」 電話の相手は黒羽くんだった 『さっきのメールの内容何だよ? レイクロック美術館って今話題の【ひまわり】の展覧会会場だろ?』 「あぁ…うん…もしかして黒羽くん来てるのかなぁ?って」 『あんな倍率の高い展覧会に参加できるわけねえだろ? 何?美紀もしかしてチケット当たったのかよ?』 「え…あぁ…うん、そんな感じ…」 『お前どんだけ強運なんだよ… んで?何で俺がその展覧会に参加してると思ったんだ?』 「いやぁ、黒羽くんに似た男の子を見かけたなぁ…と思ってね? もしかして黒羽くん参加してるのかと」 『へぇ、俺に似てるってことはイケメンってやつだな!』 「それ自分で言うもん?」 『事実なんだから仕方ねえだろ?』 「確かにそうだけど…」 黒羽くんの言葉に私は苦笑をこぼす そうしていれば突然無言になる黒羽くんに私は首を傾げる 『……』 「黒羽くん?」 『(あっさり肯定すんのかよ…)何でもねえよ…』 「そう…? うん、じゃ誤解も解けたし電話切るね!ごめんね急に連絡して」 『あぁ、気にすんな』 確認もできたし電話を切ろうとした… けど… 『あ!おい美紀!!』 通話を切ろうとすれば黒羽くんの大きな声が聞こえてくる 私は電話を再度耳につける 「何?」 『…』 「黒羽くん?」 また無言になる黒羽くんに私は再度問いかける すると… 『そのイベント…』 ポツリと静かに黒羽くんの口が開く 『開催する前から結構色々ごたついてたってニュースでもしてたから気をつけろよ?』 「へ?」 『何かやばいと思ったらスグに逃げろよ?良いな?』 「黒羽くん…」 真剣味のあるその言葉に、私は本当に心配してくれてるんだ…と驚く 『お前は貴重なマジック仲間なんだから…』 「うん…」 私は見られることのない緩む顔を隠すことなく素直に頷き… そして私はプツリと電源のボタンを押したのだった… …さて、電話も終わったことだし中に入れてもらおう 「あのすみません…」 「はい、扉を開けますね」 扉前で電話をしていたこともあり、警備の男性は通話が終わったのを確認して、すんなりと扉を開けようとカードキーを手にする しかし、カードキーを指定の場所にかざすよりも早く扉が開いた 私も警護の男性も一瞬驚く中、部屋から出てくる人達の邪魔にならないように道を開ける 部屋から出てきたのは例の【ひまわり】を守る為に集ったサムライたち その中には勿論… 「…お前は」 「…どうも」 第一印象最悪なチャーリー警部もいた 次々と出てきた人たちが私の前を通り過ぎる中、チャーリー警部だけが私の前で立ち止まった 「何故君が此処にいる…」 「友人に連れてこられたんで」 体格のいいチャーリー警部が私を見下ろす様に視線を送ってくる その視線に含まれる嫌悪感に似たの視線はとても不快だった 「(何処に行くかは分からないがさっさと行ってくれないかな…)」 しかしそんな思いも空しく、私の前から去ろうとしないチャーリー警部に、私は痺れを切らし部屋の中に入ろうとチャーリー警部の横を通ろうとすれば… 「待て」 「…ッ…」 腕を掴まれた 「…お前を中に入れるわけにはいかない」 「え?」 どう言うことだ 「得体のしれない… キッドの協力者の可能性があるお前に易々と情報を提供させるつもりは無い」 「は?」 まさかの言葉に私はポカンと口を開ける 思考を飛ばしていると、チャーリー警部が歩き出す 当然腕を掴まれている私も同じ方向に歩かざる得ないのだが…ッ 「ちょっ、離してください!」 「そうはいかない、私は【ひまわり】を警護するためにいる 【ひまわり】を狙うあらゆる全て敵から守らなければいけないから」 淡々と歩き口にするチャーリー警部の聞き覚えのある言葉に、私は思い出す 「「貴方は【ひまわり】を守る為に日本にきたんですよね? だったら【ひまわり】を狙うあらゆる全て敵から守ることに専念してください」」 それは私が羽田空港でこの人に言った言葉の一つ 何?この人は私を【ひまわり】を狙う敵だと言うってるの? え?馬鹿なの?この人馬鹿なの!?? ふつふつと沸き起こる感情に私は足に力を籠める 「いい加減にしてください!どうしたらそんな発想になるんですか!? 何で私がそんな疑いをかけられなきゃいけないんですか!?? 空港での私の発言に不快に思ったのは仕方ないでしょうけど、それを仕事に持ち込まないでください!」 「本気で言ってるのか」 「痛いッ」 私の手を掴むチャーリー警部の力が更に強まった 「どうしたらそんな発想になるだと? 何故私がお前を疑うのかだと? そんなの、お前にそれだけの危険要素が備わってるからに決まってるだろう!?」 「ッ」 あまりに気迫ある相手に、私はビクリと身体を震わす 「まさか知らないだなんて言わないだろうな? お前がどれだけ世か… 「テメェ!美紀ちゃんに何してやがる!!」 !!」 突如叫ばれる別の声に私は息を呑んだその瞬間… 私の腕を締め付けていた圧が消えた それと共に目の前に広がる色はグレー一色… それが誰かの背中だと分かったのは…ほんの数秒後だった 「Mr毛利…」 「小…五郎…おじ さん…」 その背中は小五郎おじさんの背中だった 「美紀ちゃん…蘭達の元に行け」 「でも…」 「駄目だ毛利ッその女は!」 おじさんの言葉に躊躇していればチャーリー警部の止める声 しかしおじさんはチャーリー警部の言葉を無視するように「蘭たちが待ってるぞ」といつものように優しく私をその場から逃がそうとしてくれた 私はそんなおじさんの想いを素直に受け取って、来た道を早足で戻るのだった ... 「お前はあの女がどれだけ危険な人間なのか知ってるのか!?」 チャーリーが消えていく美紀の姿を忌々しく見つめた後、己の邪魔をした小五郎に不満をあらわに尋ねる しかし、小五郎はそんなチャーリーをうざったそうに顔を顰め見つめるのみ 「ああ?知らねえなぁ 美紀ちゃんはちっせえ頃から娘の友達だが危険だなんて一切思ったことはねえ アンタも仕事熱心なのは良いことだが目的を見誤るなよ?」 そう言ってチャーリーの横を通り過ぎようとした小五郎が最後にチャーリーに視線をやる 「俺達は【ひまわり】を守ればいいんだ それ以外の仕事は受けちゃいねえんだからよ」 「ッ」 「ほらアンタも持ち場にさっさと行こうぜ チーム行動…アメリカじゃどうかわからねぇが、日本じゃ基本だからな?」 ポンとチャーリーの肩を叩き、小五郎はその場を後にするのだった ............ 私はチャーリー警部の言葉を思い出しながら、悶々とした気持ちで警備室に戻ってきた すると警備の男性が心配そうに「大丈夫でしたか?」と声をかけてくれた 話を聞けば、どうやらこの男性が私がチャーリー警部に連れていかれたことを小五郎おじさんに伝えてくれたらしい 私は警備の男性に感謝の言葉を伝えて部屋を開けてもらった 中に入るとそこは大きなモニターが完備された部屋だった モニターにはレイクロック美術館内部の映像が多く映し出されている 私はその部屋を固まって見ていると、「あ!やっと来た!!」と言う園子ちゃんの声に我に返った 「遅いわよ美紀」 「電話長かったわね?」 園子ちゃんと蘭ちゃんの言葉に私は苦笑して「ごめん」と謝罪して駆け寄った …チャーリー警部の事については気にはなるが一先ず今は置いておこう 「美紀姉ちゃん」 「お待たせコナンくん」 「このキッドカードを見て欲しいんだ」 早速コナンくんはズイッとカードを両手に迫ってくる キッドカード…そう言えば内容見てなかったなぁ そう思い私はコナンくんからカードを受け取った カードに書かれた内容は --------------------------------------------------- 14=(11人+1人)+2人 15=(11人+1人)+2人+1人 --------------------------------------------------- そう書かれていた 「(この展覧会で送られてきたキッドからの暗号カード… きっと【ひまわり】に関連のある何かの意味がある筈…)」 私はカードを見つめながら今回の展覧会を参加するにあたって勉強してきた知識を思い出す… そして数分後… 私はキュッと眉間に溝を作った 「美紀姉ちゃん?」 ずっと私を見ていたコナンくんが私の反応に気付く 「何かわかったの?(相変わらず早いなコイツ!!)」 「…わかったと言うか…何と言うか…」 「何でもいい!美紀姉ちゃんの意見聞かせて!!」 コナンくんの言葉に、私はは恐る恐るとカードの意味を口にした 「14と15は…ひまわりの本数…なのかな…、 “+2人”は多分テオとゴーギャンのことで、 “+1人”はゴッホ自身… そしてゴッホは牧師生まれ…ってことからキリスト… 多分カードに書かれた(11人+1人)は、キリストの描かれた【最後の晩餐】に出てくる十二使徒の人数のことだと思う… 十二使徒とはキリストが信頼する仲間達… その意味と人数は偶然にも今回次郎吉おじさんが集ったサムライ7名… そして…」 私は周囲を見渡す 「園子ちゃん…蘭ちゃんに中森警部…コナンくんと… そちらにいる男性…のプラス5名…」 パソコンの前に座る男性を視線に捉える 何方かは分からないが、この部屋にいるという事は次郎吉おじさんの信用する相手なんだろう… 「合計12名の次郎吉おじさんの信頼する人達の人数と、キリストの信頼する十二使徒の人数が一緒…」 「待って美紀…でも本当に十二使徒が暗号に書かれた(11人+1人)だとして、何でキッド様は12ではなく(11人+1人)と書いたの?」 聞いていた園子ちゃんが尋ねてくる 私はその問いの答えを言葉にするか悩みながらも、恐る恐ると口を開いた 「それは多分… ユダの存在」 「「「「「!!!!」」」」」 ユダ…それは十二使徒の中の裏切り者… 「裏切り者のユダ…」 園子ちゃんの言葉に次郎吉おじさんと中森警部が振り返る 「じゃあ…キッド様は、私達の中に裏切り者がいることを知らせようとして?」 「キッド以外に【ひまわり】を狙っている奴がいるってことか!?」 「もしかしたら…ですが…」 私の言葉に中森警部は手を顎に当てて考える 「確かに、キッドの犯行とは思えねえものもあったからなぁ… 鈴木相談役…7人のサムライたちのプロフィールを改めて調べようと思うんだが…」 「我々の信頼関係とセキュリティの混乱を狙ったのかもしれぬぞ?」 「アイツらには再調査の事を知らせなければいい」 「うむ、それならば調べることに損は無かろう…頼む」 「あぁ…まずは今回狙われた2枚目と5枚目の【ひまわり】に関係が有りそうな者から調べさせる」 中森警部は手元の受話器を取り電話をかけていた そんな警部たちの行動に、私は少し焦りが生まれる 「(え?何か私の推測で調査が始まっちゃったんだけど… え?あの…ただの推測だよ?勝手な解釈だよ? 私の言葉なんかにそんな真に受けなくても…!?)」 私は自分のせいで緊迫する空気に焦り、声をかけようとしたが… その時、何処からか声が聞こえてきた 『こちらセキュリティゲート前 観客、キャスト共に退館完了しました』 「よし、すぐに隔壁を下ろせ」 「はい、隔壁閉じます」 次郎吉おじさんの指示をパソコン前の男性が聞き、パネルを操作した すると地上にある自動改札機の前の隔壁がゆっくりと左右から閉じていく様子がモニター越しに見えた そんな目の前で行われれる様子を、私はキッドカードを手にしたまま蘭ちゃん達に尋ねる 「退館って何?そう言えばモニターに殆ど人影なかったけど…」 「…アンタ館内放送聞いてなかったの?」 館内放送!? 「キッドが侵入したから、その対策として来場者を皆退館させたんだよ」 「そうなの!?」 コナンくんの呆れたような視線を向けられながら教えてもらった内容に、私はただただ驚愕した 「美紀って肝心なところよく聞き逃したりするわよねえ」 「「うん」」 蘭ちゃんの苦笑しながら言われた言葉に、園子ちゃんとコナンくんが強く頷く 私が「そうなの?」と再度聞き返せば、更に園子ちゃん達3人は大きく溜息をつくのだった 解せぬ!! ... そんなこんな警備室で待機し、早15分程した時だった… 突然警備室の証明が消えた 何!?? 「きゃあああ」と言う園子ちゃんの悲鳴を耳に、私の視界は暗闇に近い部屋にぼんやりと光る小さなモニターが視界にとらえていた 「大丈夫じゃ、すぐに補助電源を起動させい!!」 「はい!」 「【ひまわり】のモニターを優先にして!」 「わかってる!」 次郎吉おじさんとコナンくんに挟まれてモニターに向かう男性は、冷静にパネルを操作する 「モニター出ます」 大型モニターが復活し、各展示室の【ひまわり】がモニターに映った 「大丈夫【ひまわり】は無事だ!」 「よし!」 中森警部がモニターを確認して【ひまわり】の無事を口にし、次郎吉おじさんも安堵する 中森警部はモニターを操作する男性に「こっちのモニターも映してくれ、目暮からの情報がきてるんだ」と急がせた すると次の瞬間、警備室の照明が付いた 最小限の電気がついて、私達はホッと息をつく いったい何が起こったんだ…? そう思っていれば、次郎吉おじさんも原因を尋ねた 「電気制御室でトラブルがあったようです 照明、メインエレベーター、そして監視カメラが機能停止です すぐに2枚目と5枚目の警戒にあたらせます!!」 「キッドめ…やはり館内に残っておったか…!」 「いや…この仕業、キッドじゃねえかもしれねーぞ」 中森警部が言った言葉に、私達は視線を中森警部に向ける 「7人のサムライの再調査で怪しい人物が浮かび上がってきたんだ」 私は目を見開く 「ゴッホが7枚目の【ひまわり】を描いたというフランス・アルルで、その人物の双子の兄が亡くなっている 現地の警察官は胸に銃創が有り、右手から硝煙反応が出ていたことから、自殺として処理をしたらしい…」 「して、その人物は…」 次郎吉おじさんが身を乗り出すと、中森警部は険しい顔を上げた そして 「……名は、東幸一」 「東じゃと!?」 「ああ、絵の修復担当の東幸二の兄だ」 『自殺じゃない… 幸一はオレが殺した』 突然、通信機から東の声が流れ、私達はモニターを見つめた 二番目のモニターだ そのモニターには2枚目の【ひまわり】の前に正面を向いて立つ男… 東幸二さんが映っていた その彼に向かって中森警部が「何故兄弟を!?」と身を乗り出し問う 東さんは話してくれた 1945年8月6日に起きた、芦屋に空襲があった日 市内が業火に焼かれる【芦屋のひまわり】を所有する実業家の家に大工として雇われていた東さんの御祖父さん…東清助さんが、盗難防止に壁に固定された【ひまわり】を救出するため、一人戦火に燃える屋敷に飛び込んだ しかし芦屋の街はあっと言う間に炎に包まれ、清助さんがいる屋敷も彼方此方に火の手が上がる中、清助さんはバールで【ひまわり】を救出しようと壁を砕いていく そしてとうとう【ひまわり】が壁から外れると、屋敷の一人娘である女性とその使用人が清助さんの元に駆け付けたらしい… だが… その時には既に遅し… 清助さんは歩いて逃げることのできない状況になっていた 清助さんは救出した【ひまわり】を使用人の男性に投げつける 使用人の男性は無事【ひまわり】を受け取った 歩けない清助さんを心配する女性は手を伸ばすが、使用人がそれを引っ張って屋敷を脱出した… 1人炎の中…残された清助さんが屋敷の中で言った言葉を 使用人に連れられる女性が最後に聞いたそうだ 「今度こそこの日本で… 武者小路先生が仰ったような美術館で…世界中の人に、その【ひまわり】を…」 東さんとお兄さんはその絵を受け取った使用人の言葉を頼りに『芦屋のひまわり』を探し続けていたらしい 2人はフランス・アルルの古民家の屋根裏部屋で『芦屋のひまわり』を見つけたが、絵画の扱いを巡って口論となり、東さんはとっさに兄を殺してしまった 当時その事件は自殺と処理されていたが、東さんは今…自分が殺害した… そう、自供した 展覧会が終わってから出頭するつもりだった… と… 中森警部は言った 「わかった…今、警視庁の目暮がこっちに向かっている… 自首してくれるな?」 『あぁ、勿論だ』 東さんは小さく頷いた 園子ちゃん達はホッと息をはく だが…… 『だが、アンタたちの言っている怪しい人物はオレじゃない』 誰もが東さんの言葉に目を見張る中、中森警部がモニターに身を乗り出した 「何をいまさら…!」 『おい!ひまわりが燃えているぞ!』 カメラから視線を外した東さんが叫んだ 「ごまかすな!」と叫び返す中森警部を尻目に、私は別のモニターに視線を向ける… そこには… 炎が…ひまわりを…造花のひまわりを燃やしていた 「ッ」 私はそのモニター越しの光景に息を呑む 『大変!火事よ!!早く消して!!』 別のモニターに映る女性が慌てたようにカメラに映りながら焦るように叫んでいる ざわつく警備室 「後藤!【ひまわり】の熱センサーはどうなっておる!?」 「異常な数値を示してます!どうやら火災は本当のようです」 「消化は出来んのか!?」 「無理です、防災システムがダウンしてます」 後藤と呼ばれる男性の報告に、次郎吉おじさんは歯を食い縛った 「致し方あるまい 皆の者、屋上に向かうんじゃ!脱出するぞ!! 後藤、屋上の隔壁を頼む…わしらはエレベーターを呼んでおく」 「はい」 「ゆくぞ!皆ついてくるんじゃ!!」 廊下に出ると私は息を呑んだ 炎が迫って来ていた 「…っ」 「美紀走って!」 炎に足が竦む私の手を蘭ちゃんが引いてくれた 展示室から細い通路に入った奥にエレベーターがあった 此処までに来るのにチューブ通路や展示室の彼方此方から炎が上がり、煙が辺りに立ち込めているのを見た 蘭ちゃん達とエレベーターの前で待っていれば小五郎おじさん達が走ってくるのが見えた 「みんな、こっち!!」 駆け付けた皆でエレベーターに乗り込む すると別通路からコナンくんと後藤さんが現れた 「コナンくん!早く!!」 焦る想いで叫ぶ コナンくん達がエレベーターに飛び乗れば、エレベーターの扉が閉まる 「みな、ケガはないな?」 次郎吉おじさんが声をかければ、皆息を切らしながらも無事を伝えた そんな中、コナンくんが「次郎吉おじさん【ひまわり】は無事なの?」と気にかけた コナンくんの問いに次郎吉おじさんは頷く 「展示室に危険が迫れば、自動で保護装置が働く仕組みになっておる」 「でも2枚目と5枚目が…」 そう口にする次郎吉おじさんだが、何処かコナンくんは何処か不安気で… 私はそんなコナンくんの様子に少し胸騒ぎがしたのだった .......... エレベーターから降りた私達は、煙にむせながら通路を駆け抜けて搬入口から外に出ようとしたその時… 私は違和感に気付く 「…あれ?」 コナンくんの姿が無かった 前を走る蘭ちゃん達の中にコナンくんはいない …私は息を切らしながら足を止めた 「コナンくん?」 後ろを振り返ると遠目に小さな陰が蘭ちゃん達とは別方向に走っていく姿を捉えた 「嘘ッ!??」 何考えてんのあの子!! 状況が状況なだけに、私はイラッと不満を露わに身体を震わせる 「どうしよう…ッ」 コナンくんが行く先は多分火の海だ …私一人で追いかける?! それとも既に先を走る大人たちに連絡して連れ戻してもらう!? 「ッ」 焦る思いに私はギリッと歯を食い縛る 「~~~~~あぁぁぁもう!!!!」 私はコナンくんを追いかけた もし大人の人を呼んでいる間にコナンくんを見失い、コナン君の身に何かあれば私は絶対後悔する!それなら早くコナン君を捕まえる方にかけたほうが良い!! コナンくんは何処に向かった?! いったい何処に…ッ その瞬間私は思い出す 「「でも2枚目と5枚目が…」」 「まさかだとは思うけど…」 【ひまわり】のところに…? まさかなぁ…と悩んだものの ヒントが少ない私には選択肢がそれ程なかった 「まずは近いところから…」 お願いだから2枚目の【ひまわり】の部屋にいてよコナンくん!! そう願いながら、私は震える足に鞭をうち、炎と黒煙が立ち上る通路を走り出すのだった [newpage] .......... 何とか炎と黒煙を掻い潜りながら、私は2番目の【ひまわり】がある第二の部屋の近くまで来れた 「ケホッ…ここを行けばもう少し」 口にハンカチをあて、息を切らす私は一歩ずつ部屋に近づく …すると、聞こえてくる聞き覚えある声に私は眉間に皺を寄せた 「んなことより、もう1枚は?5枚目の【ひまわり】は大丈夫なのか!?」 口調はいつもより粗いがコナンくんの声だ そして 「あぁ、そっちのストッパーはすぐに外れたんだが、こっちが変なところに引っ掛かっちまって…」 コナンくんの問いに答える この声は… 「早く外さねえと、絵の具が溶けちま… 「気持ちはわかるけど 命の危険を晒してまで駆け付けるのはどうかと思うよ?」 !!」 言葉を遮って声をかければ、二人の視線が私に向けられる 「「美紀!?(松島!??)」」 久々に見る工藤くんとコナンくんを目に、私は顔を引き攣らせる 「「何で此処にいるんだよ(いるの)!?」」 流石親戚…息がぴったりですね… 「何でってコナンくんが姿くらますからでしょ! 危険な会場に走っていく姿を見て私がどれだけ心配したと思ってるの!?」 「(おいオメー!来るのならバレないように来いよ!!)」 「(まさか気付かれるなんて思って無かったんだよ!!)」 「…もう!何話してるのか知らないけど! 早く逃げないと逃げ遅れるよ!??」 「ッそうだった! そこ退いて新一兄ちゃん!!」 「へ?」 コナンくんがハッとしたかと思えば、何処から出したか分からないサッカーボールを蹴る姿勢になる そんなコナンくんに工藤くんが「馬鹿!よせ!【ひまわり】だぞ!人類の至宝だぞ!?」と慌てており、私は「何をそんなに焦っているのか?」と首を傾げた…その時 コナンくんはサッカーボールを蹴った その威力はとても人の足で蹴ったのか?と思えるほどの威力で、物凄いスピードで飛ぶサッカーボールが、床に倒れる様に屈んだ工藤くんの頭上を通り…そのままの威力で【ひまわり】の絵が嵌め込まれている壁にドゴッと減り込んだ 「・・・・」 ボールが当たった壁が少し崩れ、ボールが何故か壁に減り込んでいる… …え?人が…子供が蹴ったボールで壁って崩れるモノだっけ?減り込むもんだっけ? そう考えずにはいられなかった 「どうだ!?」 いや、どうだじゃないよ 「いててて…オメー、俺を狙ったろ!」 「んなこと言ってる場合かよ!!」 工藤くんが不満を口にする中、コナンくんは無視するように【ひまわり】がある壁に駆け寄る 続くように私も戸惑いながらもコナン君を追いかけた 壁側には工藤くんが身を屈め、不服そうに【ひまわり】を見上げるコナンくんを見つめていたが、私が傍に行くとコナンくんに向けていたジトリとした視線を私に向けてきた 何さ? 「…何でオメーまで来るかなぁ」 大きな溜息をついて何かを小さく呟いた工藤くんの言葉は聞こえなかった 「何か言っ…」 「ダメだ、微妙だにしない」 工藤くんに問おうとすれば、コナンくんが悔しそうに呟いた その声を拾った私達はコナンくんに視線を向けると、コナンくんが気にかけている状況を、私は理解した 本来緊急時には自動的に移動する【ひまわり】が、【ひまわり】と壁の間に差し込まれた1本のポールにより上手く機能していないようだ コナンくんも工藤くんもこのポールをどうにかしたいようだが… 「あのじいさんどんだけ頑丈に作って…」 工藤くんが何かを言いかけた時、私達の背後から「美紀!?コナンくん!?」と声がした その声に私を含む3人はビクリとする この声は… 私はソロリと振り返る 「新一…!?」 通路から顔を出したのは蘭ちゃんだった 蘭ちゃんは私達の他に、工藤くんの姿があったことに大変驚いているようで、目を丸くしたが、状況が状況なだけあり、顔を険しく顰めた 「やっぱり来ていたのね!ちょっと聞いてるの?早く逃げないと危ないわよ!」 ひえッ、蘭ちゃん怒ったら怖い 「う、うん!今から出よう と … 「「蘭(姉ちゃん)!!」」 へ?」 私の声を遮り、コナンくんと工藤くんが同時に蘭ちゃんに呼びかける 「力を貸して!」 「力を貸してくれ!!」 …何言っててるんだこの2人 「え……どういうこと!?」 蘭ちゃんが2人の気迫に驚き、目をしばたかせた 「【ひまわり】が引っ掛かっちゃったんだ」 「こいつを引き抜くには壁を壊すっきゃねぇ!」 まさかこの2人蘭ちゃんに壊す手伝いをしろとでも言うつもりか!? この状況で!?? 「そんなの無理よ!」 そう無理だ 蘭ちゃんの言う通り 無茶を言う2人に私が文句を言おうとした時、蘭ちゃんの背後で再び天井が崩れた 私は「蘭ちゃん!」と心配の声をあげると、蘭ちゃんは一先ず私達の元に駆け寄って難を逃れる 私は蘭ちゃんが無事なことに安堵するが、その背後で迫りくる炎のゴクリと息を呑んだ 早く逃げないと…! そう思い3人に声をかけようと振り返ると…そこでは… 「おまえなら出来る…」 「……わかった、やってみる…」 「…」 何か話が進んでいた 待って工藤くん、何が出来るって? 蘭ちゃんも何を構えてるの?何をしようとしてるの??? 「下がって、新一…美紀にコナンくんも…」 混乱する中、固まる私を工藤くんが腕を引いて無理矢理下がらせる 蘭ちゃんは拳を強く握り、そして目を瞑った 「行けえぇぇ!」 「蘭!!」 コナンくんと工藤くんが応援するように声をあげる そして… 閉じていた目を開いた蘭ちゃんは壁に減り込んだままのサッカーボールに向かって拳を突き立てた…すると粉塵を噴き、壁が崩れる 続いて拳を抜いた蘭ちゃんは身体をひねらせ、右足で【ひまわり】と壁に挟まるポールを蹴り上げた 壁から抜けたポールが回転しながら天井に突き刺さり、ベルトで繋がった他のポールも次々と天井に突き刺さる その瞬間、壁の中に下がった【ひまわり】は防火防水ケースに入れられ、レールを伝って降りていったのだった 「よし!」 「やった!」 工藤くんとコナンくんが喜びの声をあげる中、私はと言えば… 「…うそぉ…」 顔を引き攣らせ、目の前で起こった現状が現実なのか幻覚なのかを高速で脳内で考え答えを出す はい、現実ですね 蘭ちゃんが喜びのあまり工藤くんに抱き着く あぁ蘭ちゃんの笑顔本当可愛い…可愛いんだけど… うん…今は素直に…うん… 「おい蘭!ちょっと待て…」 抱き着かれてる工藤くんが何処か焦ったように声を荒らげる様子に、私は不思議に思い様子を窺う 工藤くんは天井を見ている 私も上を見る 天井に突き刺さっていたポールが1本落ちてくる その1本はまさかの私の頭上… 「美紀姉ちゃん!」 「わッ」 固まる私の元にコナンくんが飛んできて、私は驚きバランスを崩す …その瞬間、横から大きな金の打ち付ける音が聞こえた ポールが私が先程立っていた場所に落ちてきたのだ 「大丈夫?美紀姉ちゃん!?」 尻もちをついた私の上にコナンくんが乗っていた (コナンくんがいなければどうなっていたことか…) 私は尻もちの痛みなど軽いものだと、コナンくんに「大丈夫だよ、ありがとう」とお礼を言った しかし… 安堵するには早かった 私の頭上に落ちてきたポールのベルトに引っ張られるように、次々と天井に突き刺さっていた別のポールも落ちてきた それだけじゃない ポールが抜けたことにより、天井が一気に崩れ出し、瓦礫が落ちると同時に炎が広がって出口を塞いでいった 「っ」 その光景を見て、私は私の上に乗るコナンくんを守るように抱きしめた 「美紀姉ちゃん?」と腕の中で動揺するコナンくんに私は視線を向ける 蘭ちゃんは工藤くんが守ってくれる筈… なら… コナンくんは私が… 「(怖くない筈がない けど…守りたいものがあれば、怖いなんて言ってられない)」 「どうしよう、通路が…!」 「大丈夫だ下がってろ」 不安になる蘭ちゃんに工藤くんが「大丈夫だ」と安心させる その言葉に私も少しだけ落ち着きを取り戻す その時だった ドォォオン 地震なのか爆発なのか…大きな地響きが私達の元に伝わる 「ッ」 脆くなっている天井が先程の地鳴りにより、天井からカラカラと石が落ちてくる 私はコナンくんを守る為に更に抱きしめる 「蘭!しっかり捕まってろ!ぜってー離すんじゃねーぞ!!」 「う、うん」 「美紀!お前もこっちに来い!!」 蘭ちゃんを抱きしめ、守ろうとする工藤くんが私に手を伸ばす そんな工藤くんに私は驚いたが、強く首を横に振った 「工藤くんは蘭ちゃんをお願い!私はコナンくんを守るから!!」 「なっ!」 「美紀姉ちゃん!?」 私の言葉に、工藤くんと腕の中にいるコナンくんが驚いたようだった 何か言おうとする工藤くんだったが次の瞬間、ドオォォンと天井を突き破って大量の水が流れ込み、あっと言う間に私達をのみ込んだ 「ッ」 激しい水流に飲み込まれ、チューブ通路に流されていく 私は此処でコナンくんと逸れるわけにはいかないと、流されながらも強くコナンくんを抱きしめながら、空気を求めて水面より上を目指し何とか泳ぐ 「「プハッ」」 水面から顔を出せば、私もコナンくんも息を切らしながら顔を見合わせる 「ハァハァ…コナンくん大丈夫?」 「うんッ、美紀姉ちゃんは怪我は?」 「大丈夫だよ」 ヘラりと笑えばコナンくんはホッとしたように息をついた そして周囲を見渡して「通路の端に行けそう?」と尋ねてきたので、私はコクリと頷き、コナンくんに「しっかり捕まっててね」と伝えれば、コナンくんはキュッと私の服にしがみ付いてくれた それを確認して私は瓦礫などを避けながら慎重に泳いでいれば、少し先の場所から「松島!」と工藤くんの声が聞こえた 私は工藤くんの姿を見つけると、流れに任せ工藤くん達の元に向かう 「工藤くんッ良かった」 「合流出来てよかった、オメェ等大丈夫か?」 「うん!でも蘭姉ちゃんは!?」 私はハッとして工藤くんに抱きかかえられている蘭ちゃんに視線を向ける 蘭ちゃんはグッタリとしていて、私は焦りを覚える 「蘭ちゃん!」 「蘭姉ちゃんしっかりして!!」 私とコナンくんが声をかけるが、気絶しているのか蘭ちゃんは目を覚まさない 「大丈夫だ、少し水を飲んで気絶してるだけだ」 そう工藤くんが教えてくれると共に、蘭ちゃんがゴホゴホッと水を吐き出した 私達はホッと胸を撫で下ろしたのだった ........ 少しして私達が流されていたチューブ通路の水も徐々に引き始め、水位が膝位の高さまで減った もともと造花のひまわりが植えられていた台に上り、私達はその台の上を歩く 私はコナンくんと逸れないように手を繋ぎ、気絶したままの蘭ちゃんを抱えた工藤くんの後ろをついて行く 「新一兄ちゃん、犯人の計画知ってたの?」 「え?」 コナンくんの発言に驚く私を他所に、 コナンくんは工藤くんにそう尋ねると工藤くんは頷く 「あぁ、通路のひまわりが導火線になるなら、チューブ通路は導水路になる筈だってな」 「ってことは、犯人はチューブ水路にひまわりを植えようと言い出した人物…」 今度はコナンくんが口にした言葉に、もしや2人は今回この事件を起こした人物について話してるのか?と私は思い始める 「あぁ…やっと犯人がわかったようだな」 工藤くんが少しだけ振り返りニッと笑い言った言葉に、私は驚く 「え?コナンくん犯人わかったの?」 「へ?あぁ…うん…」 黙っていた私は我慢できずにコナンくんに聞けば、コナンくんは何処か気まずそうにしながらも頷く え?それって凄くない? 現実の事件の犯人を突き止めるなんて…え?君小学生だよね? 驚いていれば、工藤くんはまたひまわりの台から降りてザブザブとの水の中を進んでいく姿に、私も慌てて追いかける 「工藤くん何処に行くの?」 「何処って脱出するんだよ」 「どうやって出るつもりなの新一兄ちゃん」 私の問いに工藤くんが「当然だ」と言うように答えてくれるが…、どうやって脱出するかをコナンくんは更に尋ねる 「このままチューブ通路を登って、出口に近い最上階に行く エレベーターシャフトから上がれるかもしれねーからな」 「なるほど…」 工藤くんの答えに私は納得する まぁ、工藤くんのことだから大丈夫だとは思っていたが…こうして口にして答えてもらえると更に安心感が沸く しかし頼りになる工藤くんだが、こうして落ち着いて私の前を歩く工藤くんの後姿は、何処か私に悔しさの感情を生まれさせる 「(工藤くんはやっぱりすごいなぁ… この事件の犯人も誰よりも早く突き止めた上に、推理だけで無く先を考えて脱出するルートもしっかりと頭に入れている…) 本当に凄い…」 小さくポツリと呟いた心内の言葉は…誰にも拾われることはなかった 「本当はどうする予定だったの…」 コナンくんが再度尋ねる 「?」 本当は…とは、どう言う意味だろうか? 私はコナンくんの言葉に不思議に思いながらも、問われた工藤くんに視線を向ける 工藤くんは足を止め、振り返った その顔は何処か焦る様で、何故か工藤くんは私にチラリと視線を向けるとスグに視線を反らした 工藤くん? 「おいコナン…」 「脱出だよ、計算してない筈がないよね?」 工藤くんがコナンくんに何かを言おうとするが、コナンくんは遮るように再度尋ねる コナンくんの工藤くんを見つめる瞳は真剣味を帯びていて、口を挟むことが出来ない空気を感じた 私は再度工藤くんを見つめると…大きく息を吐いていた そして… 「…鍾乳洞の奥に用意しておいた出口まで飛べりゃすぐに出られるんだが、流石にオメー等3人を抱えてちゃ辿りつけねえからな」 「…工藤くん?」 飛ぶ?どう言うことだろうか…? 工藤くんの言葉を理解できずに私は混乱しながら視線を送ると、工藤くんは苦笑して私を見ていた 「そんな不安そうな顔すんな松島… 無事に地上まで送ってやっから…」 「う、うん…?」 「ほらエレベーターシャフトがある場所までもう少しだ…行くぞ」 そう言って工藤くんはまた前を見て歩き出す様子に、私は慌ててコナンくんの手を引いてついて行くのだった… ... 少し歩き6階のチューブ通路に辿り着くと、ほとんど水は引いていた 床はひまわりや瓦礫が散乱しており、その先に上下左右に伸びた通路の中央に固定された奇妙なアタッシュケースがあった …何あれ? 不思議に思い、奇妙なアタッシュケースを見る為、工藤くんにコナンくんを任せて私は奇妙なアタッシュケースを近づき見る そんな私の背後で、工藤くんとコナンくんが話す内容が耳に入ってくる 「ところで、犯人の計画を知っていたのなら、なぜ未然に…」 「犯行計画は犯人のパソコンから盗み取っていたからわかっていたんだが…まだ共犯がいる可能性があったし、停電を妨害しようと思ったらチャーリー警部に見つかって、追いかけ回されちまったからな」 え?他人のパソコンを盗み見って…それ大丈夫? と言うか、工藤くんそんなことしちゃうの? 犯人を捕まえる為と言っても危なくない? 「どっかの誰かさんに謎めいた予告状を送っとけば、もっと早く解決してくれると思ったんだが…」 予告状…予告状と言えばキッドカードは見たが… キッドカード以外に別の予告状があったとか…? …それともあのキッドの予告状を工藤くんが用意した…とか… 待って、だとしたら何で工藤くんがキッドカードを? んん?? 私は不可解な工藤くんの言葉に首を傾げながら彼(工藤くん)を見つめるが… 「…悪かったな… あぁ、でも…松島はオメーの暗号をものの数分で解いてたけどな」 「……だろうな」 コナンくんが小さな声で工藤くんに何かを言っていた しかしその声は私に届くことは無く、コナンくんが何を言ったかは分からなかった そして、何をコナンくんから言われたのかは分からないが、工藤くんは顔を引き攣らせ私を見てきたことに、私は更に首を傾げることになったのだった そんな私の視線に気付いているのか気付いていないのか… 工藤くんは抱えていた蘭ちゃんを通路の端に下すと、私の元に近づいてくる …いや、私の元と言うより、私の見ていた奇妙なアタッシュケースに用事があったようだ 工藤くんは奇妙なアタッシュケースのあるボタンを押した すると、ケースについていた箱から四方に棒が伸びていた棒がガシャリと外れた 「…このケース工藤くんの?」 「あぁ…」 「へぇ…」 私の問いに工藤くんは頷く それで会話は終了だ 「「……」」 会話は終了したが、何故か私達は見つめ合っている それが気まずく私は話題を振ろうと「えーと」とネタを探す 私は「あ」と思い出す 「ねぇ工藤くん」 「ん?」 「此処を脱出したらお願いがあるんだけど…」 「お願い?」 私の言葉に工藤くんは不思議そうに見つめてくる 「まぁ、多分お願いしなくても工藤くんならしてくれそうなんだけど…」 「んー…聞くだけ聞いとく…」 「じゃ、私も言うだけ言っとくね… お願いっていうのは… 此処を脱出したら今回の事件の犯人を必ず捕まえてほしいの 工藤くんに…」 「…え?」 「へ?」 工藤くんだけじゃない 私の声が聞こえていたコナンくんも私の言葉に目を丸めていた 私は真っ直ぐ工藤くんを見つめる 工藤くんは目を丸めていたかと思えば、プッと軽く噴き出した 「…当然だろ…」 「絶対だよ?工藤がだよ?」 何処か可笑しそうに笑う工藤くんに私はムッと顔を顰める 「はいはい、犯人は必ず捕まえるから…」 「もう軽いな!大事なことなんだからね!」 片手を上げて背を向ける工藤くんに私は訴える 「まぁ、俺じゃなくても小五郎のおっちゃんでも… 「私は工藤くんにお願いしてるの! 工藤くんの完璧な推理を求めてるの!!」 松島?」 私の叫びに工藤くんが振り返る 蘭ちゃんに付き添うコナンくんも此方を見ていた 私は真っ直ぐに工藤くんを見つめる 「工藤くん…園子ちゃん達がアメリカから帰って来る時の飛行機に乗ってたんだよね?」 「…へ?ま…まぁ…」 「なら、あの飛行機事故の犯人ももう突き止めているんだよね?」 私は少し距離の空いていた工藤くんに一気に詰め寄る 「あの飛行機事故は…ッ」 「まつしッ 「あの飛行機事故は キッドの仕業じゃ無いよね!??」 !!!!」 私の問いかけに工藤くんは大きく目を見開いた 「キッドは…あんな人の人命に係わる危険な盗みはしてない… あの飛行機事故はキッドじゃないって皆に伝えてほしいのッ」 「…おまえ…」 現場にいた…真実を暴く工藤くんの言葉 それは誰よりも私が信頼できる言葉 工藤くんが導きだした完璧な推理の結果なら、皆も信じてくれるはずだ そう思い、工藤くんに願ったものの… その相手である工藤くんは、何処か複雑そうな表情で私を見下ろしてくる 「…工藤くん?」 「…申し訳ないですが… それは小さな名探偵に言付けてもらいましょう」 「…へ?」 工藤くんの言葉使いが突然変わった 私は何を言われたのか理解できずに固まっていると、工藤くんは私に背を向けコナンくんに大きく声をかける 「オレはこの先にあるエレベーターから脱出出来ねーか調べてくる! オメーはその間に何処かにいる工藤新一に頼んで犯人を捕まえといてくれ!!」 「わかった」 何処かにいる工藤新一? どう言うことだ? 工藤くんは目の前にいるじゃないか 別の場所にいる工藤くんがいるなら… 私の目の前にいる工藤くんはいったい… 「!」 そこで私は数分前の工藤くんの言葉を思い出す 「「どっかの誰かさんに謎めいた予告状を送っとけば、もっと早く解決してくれると思ったんだが…」」 予告状を送ったと言う工藤くんの言葉だ 「……まさか…」 私は目を見開いて、私に背を向ける工藤くんに視線をむける そして工藤くんがチラリと私を見ると、ニッと口先を上げ 「また下手な小細工されちゃあ面倒なんでね!」 工藤くんは自身のブレザーを掴んで勢いよく脱ぎ捨てた その瞬間…、私の視界を染める色は純白一色 純白のスーツとマント… そしてモノクルの見覚えのありすぎる立ち姿 その男は最後にシルクハットを被ると… 私に向き直る 「私を信じて下さりありがとうございますレディ…」 私は目を見開く 「…か… 怪、とう…キッド…?」 「はい…自己紹介は不要のようですね…」 フッと笑うキッド 目の前に映る現状に、私は理解できなかった 思考も身体も固まる私を他所に、キッドは私に背を向ける 「では小さなホームズくん、名探偵への連絡は宜しくお願いします」 そうコナンくんに伝えれば、キッドは私に再度視線を向けてくる 「お嬢さん、私と一緒に来ていただけますか?」 「へ?」 キッドの問いかけに驚いていれば、次の瞬間グンッと身体が浮いた 「え…」 気付けば私はキッドに横抱きされていた 「!?」 「道が不安定なので暴れないでくださいね?」 間近なキッドに私はブワリと顔が熱くなる 瞬時に顔を俯き「はい!」と緊張が故に震える声で返事をした そんな私達の様子を見てコナンくんが口を大きく開けて固まっていることに、気付くことなく、キッドは私を抱えたまま瓦礫の山を登ってその場を離れるのだった… [newpage] ........... 私を抱えたまま、不安定な道をひょいひょいとかけるキッドに私はただただ驚いた 人を翻弄するマジックは勿論だが、警察たちから逃げ切る程の運動神経の良さをこうして目の辺りにして…感心するしかない 「凄い…」 チラリと私は顔を上げる そこには前方を見て、何処の足場が安全かを判断するために目を光らす真剣なキッドの顔… その顔はモノクルがかけられシルクハットの帽子の陰のせいで確信とは言えないが、本当に工藤くん…そして黒羽くんに似ていた… 私はキッドが足を止めたのを確認してキッドに尋ねた 「キッドは…」 「ん?」 「キッドは…いつから工藤くんに成りすましていたんですか?」 「…いつから…とは?」 私の言葉にキッドは困ったように笑む 「美術館に来た時からですか? それとも園子ちゃん達が乗っていた飛行機…あの時か」 私の口許に、キッドの手袋された白い指が当たる それはまるで“それ以上は言うな…”と言うようで… 「マジシャンに答え合わせなんて求めてはいけませんよ?お嬢さん」 「…なら…キッドは…」 「はい…」 マジシャンは手口を明かせない…そう言うことだろう… なら…、この問いにはYESかNOで答えれるはずだ… 「キッドは…飛行機に爆弾なんて仕掛けてないですよね」 キッドが爆弾を仕掛けた犯人でないのなら… 私はキッドを見つめる キッドは苦笑して、何処か呆れたような笑みを浮かべて口を動かせた… 「私ではありませんよ」 「―ッ」 私はキュッと胸の服を握り、皺を作る そして… 「良かった…」 ホッと胸を撫で下ろした すると再度キッドが動き出した キッドは足を動かしながら言った 「私の無実も…この事件を引き起こした犯人も… 何処かの探偵が暴いてくれますよ」 「それって…」 私は数分前のキッドの言葉を思い出す 「「オレはこの先にあるエレベーターから脱出出来ねーか調べてくる! オメーはその間に何処かにいる工藤新一に頼んで犯人を捕まえといてくれ!!」」 何処かにいる…工藤くん… 工藤くんが犯人を捕まえてくれる…ってことは工藤くんもこのレイクロック美術館に来ているってことだろう よく本人がいるかもしれない美術館で変装をしたもんだ… 顔を引き攣る私だったが… かけるキッドが更に口を開く 「ですからお嬢さんは私の心配をするよりも… ご自分の心配をしてください」 「え…」 キッドは前を見て走りながらも、何処かその顔が険しかった 「ひやひやしましたよ… 貴方が私の手を拒み…あの少年を守ると言った時は…」 「…?」 言われた言葉に一瞬何のことだ?と考える しかし少し考えて思い出した キッドの言葉… それは【ひまわり】の部屋で、炎と水に身構えていた時だ… 「「美紀!お前もこっちに来い!!」」 蘭ちゃんを抱きしめ、守ろうとする工藤くんが私に手を伸ばした そんな工藤くんに私は驚いたが、強く首を横に振って… 「「工藤くんは蘭ちゃんをお願い!私はコナンくんを守るから!!」」 と…私は工藤くん…いやキッドの手を掴まず、腕にいるコナンくんを守ることに必死だったことを… 「あれは…」 そう私が言いかけた時だった 「つきました」 「へ?」 キッドの言葉に私は周囲を見る そこは何処かの通路だった 瓦礫が散乱する通路の奥…その奥には半開きになった扉からエレベーター見えた 私はソッとキッドに地面に下された キッドは私をそのまま、1人半開きになったエレベーターに向かう 私はどうしようか…と考えた末に… 自分も連れてこられたってことは何か求められているのでは?と考え、キッドの後を追う キッドは半開きになったエレベーターの昇降路を覗いている 私も気を付けながらキッド同様昇降路を見上げた 「まずいな… 消火に時間がかかったせいで思いのほか洞窟内の気圧が下がってる こりゃ早く脱出しないと崩壊するぞ」 キッドが顔を顰めて言った そこには切れたワイヤーがゆらゆらと揺れ、所々崩れた壁からは水が滴り落ちていた 暗闇からはギギギギ…と軋む音が聞こえてくる キッドの言う通りだ… 私はこの状況をどうにか出来ないか?と昇降路を見える範囲で隅々まで見つめた… ところで視線に気付く 「?」 「…」 視線が感じる方へ、自分も視線を向けると… そこにはキッドが此方をジトッとした目で見ていた 「女性には危険です…下がって待ってて下さい」 「けど…ぉおお!?」 渋る私の腕をキッドが強く引いてエレベーターから遠ざける その掴む手の力は強いわけではないが、決して逃れることは出来ない力加減 私は前を歩くキッドを見てしみじみと思う “キッドってこんなに子供っぽかっただろうか?” キッドが足を止めて振り返る その顔はとてもとても心配の色が窺えた 「危険行為はお願いですから控えて下さい」 私はキッドの言葉に目を見開く そして… 私はポツリと尋ねた 「貴方…本当に…キッドですか?」 今度はキッドの目が見開かれる そんなキッドを見て私は違和感を感じる… 「それはどういう事でしょうか?」 「んん…何だか私の知るキッドとの目の前にいる貴方に違和感を感じて…」 「それは人の情報に尾鰭がついた情報なのでは?…私は私ですよ…」 確かに私が知る殆どの情報は人の噂だったり、報道の情報だったりする… けど、私が違和感を持つキッドの情報はそんな人づてに知ったものではない… 私がこの目で見て、この耳で聞いて…この心で感じた…ものだ… 「私の知るキッドは…」 「…」 とても優しくて とっても優しい目をしていて… 1人で不安で泣きそうな私の元に現れた… 優しい魔法使い そして その魔法使いは… 優しい笑みを、 そして少しだけ悪戯っ子のような笑みを浮かべる… ポーカーフェイスが上手な人だった気がするから… …もしかしたら演技かもしれない けど、演技でないのなら… 素人にも分かってしまうような驚いたり、心配したり…感情を悟らせるようなこと… 本物であればしないのではないだろうか…? そう言う思いもあってか、私は言う 「貴方は…10年前に会った…私の知るキッドとは違う気がするんです」 「10年前…?( それってまさか…)」 キッドが首を傾げている それはキッドが私が知るキッドではないからなのか… それとも…本物だけど昔過ぎて覚えていないからだろうか… その答えはキッドが答えないと分かりはしない けど… もし目の前のキッドが本物のキッドなのであれば、思い出してほしい… 私との出会いを… 私がキッドに惹かれたあの夜… あの瞬間から 私は貴方のマジックのファンとなったから… ... それは10年前… 美紀がまだ小学1年生の頃… まだ工藤新一にライバル意識を持つ前の記憶… 美紀は両親と…そして少し離れた場所に住む祖父母と食事に来ていた 「じゃあまたね美紀ちゃん」 「うん、おばあちゃんおじいちゃんまたね!」 「お義父さんお義母さんご馳走様でした」 「美紀行くぞ」 「はーい!」 祖父母との食事が終わったのは、とっくに日が暮れた時間… 美紀たちは祖父母と別れ、夜の街を手を繋ぎ歩く すると少し歩いた先で、人が賑わってきた 何が原因かは分からない両親は「この辺で祭りでもあったか?」と話す中… 両親は美紀が歩きづらそうに歩いている様子に気付く 「お義父さん達にお土産を一杯貰っちゃったから美紀を抱きたくても抱けないし…」 母親が困ったように言えば父親が言った 「お前たちは此処で待ってろ… 俺が駐車場まで行って車を持ってくるから」 「そう?じゃあお願いね?」 父親が両手に持つ荷物を母親に預け、人ごみの中に消えていく… 母親は美紀に「少し待ってましょうね?」と声をかけた 美紀は「うん」と頷いた その時、母親の携帯が鳴った 母親は電話に出て「もしもし?」と話し出す 美紀は話し相手も居らず、手持ち無沙汰のためかキョロキョロを周囲を見渡し… そして空を見上げた そこには真ん丸の白い月 美紀は見惚れるほどの美しい月に釘付けになった その時だ… 月の下を白い何かが横切った 目で追えば横切った何かが何なのかを美紀は知る 「はと?」 白い鳩だった 美紀はその鳩をジッと見ている内に、無意識に走り出した パタパタと夜空を飛ぶ白い鳩 鳩だけを見つめ走っていた美紀だったが、ある場所で鳩の姿を見失った 「鳩さんいなくなっちゃった…」 ポツリと残念そうに呟く そこではたと美紀は気付いた 「ここ…どこ…?」 美紀は何処かの路地裏にいた 周囲には誰もいない… 勿論母親も父親もいない… 「おかあさん?…おとうさん?」 呼びかけても返事する者は誰もいない… 返事をするとしたらヒュウと拭く風の音くらいだ 美紀に恐怖が襲う 「おとうさんっおかあさあああんっ」 声を大きく両親を呼ぶ そして望む人の返事が返って来ないことに、次第に涙が溢れ出る その時だった… 「どうなされた小さなレディ…」 「ふえ?」 声がした 美紀は背後から聞こえた声に振り返る 振り返った先に見たそれに… 美紀は目を大きく見開いた 「おやおや、まさかこんな所にも沢山の宝石が零れてるとは…」 闇とは対象に浮かぶ白いスーツ服に白いマント… そして白いシルクハット… それらを身に纏うその男の周りには、数羽の白い鳩が飛んでいる 「君の零す…綺麗な宝石もとても魅力的だが… 安売りしてはいけないよ?お嬢さん…」 「???」 男の言葉に美紀は首を傾げる 「おじさん…だれ?」 「飛び続けて羽を休めていた… ただの魔法使いですよ…お嬢さん…」 そう言って美紀に手を伸ばす男の手に、美紀はビクリ目を瞑り身を震わす しかし… 目を瞑った美紀に触れたそれは、予想よりも柔らかくフワフワしていた 美紀はソロリと目を開く 「え?」 目の前には白い鳩がいた 白い鳩は白い男の手に乗り、そして美紀の頬にすり寄っていた 「わわっ」 驚く美紀を他所に、男は「おやおや…」と口にしクスリと笑う 「私が宝石を盗むより先に、彼に横取りされてしまったようだ…」 鳩がクルクゥ…と鳴いて美紀に視線を向ける 美紀は鳩の存在に驚いたためか、流れていた涙は止まっていた 美紀は鳩にヘラりと笑う 「へへッ、ありがとう…鳩さん」 美紀の言葉に、鳩は返事をするようにクルゥと鳴けば、バサバサと男の手から飛び立つ その白い鳩を美紀も男も目で追う… 美紀はポツリと呟く 「あの鳩さんを追えば…お母さんのところに帰れるかな?」 「どうしてそう思うんだい?」 男は尋ねる 「鳩さんを追ってたらお母さん居なくなっちゃったから…」 「それはそれは…」 美紀の言葉を聞いて男が苦笑した 「残念だが…彼等を追ってもお母さんのところには帰れないだろう」 「そんな…」 「だが…そうだな… 君を此処に迷わせた彼等の代わりに、私が君のお母さんを此処に呼んであげよう」 男の言葉に美紀は目を見開いた 「そんなことが出来るの?」 「もちろん…私は魔法使いだからなんてことないさ」 フッと笑う男に、美紀は目をキラキラと「魔法使いッ」と輝かせた 「本当に魔法使い!?」 「あぁ…早速君のお母さんを呼ぶ魔法を使ってみようか」 「うん!!」 美紀は男の言葉を信じて笑顔で頷いた いったいどんなふうに魔法を使うんだろう?そうワクワクと胸を躍らす美紀 すると男は右手を上へ突き出し一弾き…パチンッと指を鳴らした 「…さぁ、これでお母さんは此処に向かってる」 「…そうなの?」 「あぁ」 予想していた…アニメや漫画で見るような華やかな魔法を期待していた美紀は内心ガッカリしながら…しかし男の「お母さんが来てくれる」と言う言葉にホッと安堵した 「魔法使いさんありがとう!」 「どういたしまして」 美紀の笑顔に男も笑みを浮かべて返す そんな男に美紀は「あ」と何かを思い出したのか、自身の身体をペタペタと触りだす 男は「どうしたんだい?」と尋ねれば… 「お礼…お母さんが嬉しいことをしてもらったら、お礼にって何かプレゼントしてるところ見たことあるから」 “だから何か無いかなぁ…って”そう呟き自身の身体を触るが、何も無かったようだ… 美紀は残念そうに「ごめんなさい…」と謝った そんな美紀に男は目を丸めながら、考える様に顎に手を当てた 「そうだな…じゃあ、お母さんが此処に来るまで、私の相談に乗ってくれないかい?」 「そうだん?」 「あぁ…ちょうど君くらいの歳の子供にクイズを作っているところでね… 君にアドバイスを貰えたら、私はとても嬉しい」 「うーん…わかった!!」 元気よく返事をする美紀に、男はまたクスリと笑い“それじゃあ…”と話し出す… 男は自分の考えたクイズを美紀に教える クイズの内容は所謂ミッション形式のゲームだ 暗号化されたクイズを解けば次のクイズがある場所が分かる仕組みになっている… そんな子供心をくすぐるクイズ内容… 美紀は男からクイズの内容と答えを聞かされる 所々意味が分からないところがあれば、男は丁寧に美紀にも分かりやすく言葉を変えて説明した 美紀は男の話を聞きながら、男の作ったクイズを軽く考えては分からないとスグに答えを聞いた その度に「へぇ!」「そうなんだ!」「すごぉい!」と男の作ったクイズに目を輝かせたのだった 全部のクイズを聞いて、美紀は興奮するように「クイズって面白いね!」と笑う そして美紀はふと思う… 思えばすぐにその想いを我慢することなく美紀は言葉にする 「私もクイズ作りたい!!」 その美紀の無邪気な言葉に男は目をまたたかせる そしてニッと笑った 「ホー…面白い…じゃあ君ならどんなクイズを作る?」 「うーん…」 男の言葉に、美紀は男の書いて説明した紙を見て悩んだ すると「あ!」と思いついたように、男の使っていたペンを使い 紙の空欄に文字でない何かを書いていく 美紀が書いたもの…それは… 港 城跡 水門 郵便局 中学校 町役場… それぞれの6つの地図記号 男はそれを見て目を見開いた 「(うちの息子と同じくらいの子だと思っていたが… まさか地図記号をもう知ってるとは…)」 そんな男の反応に美紀が気付くはずもなく「うーと…」と話し出す 「魔法使いさんが作ったクイズの場所が海、お城、水門、郵便局、中学校、お役所… 今まで通ってきた場所を記号にして… あ!そうだ、 郵便局のクイズには「郵便局の記号の〇を消す」的なクイズを書いて、郵便局の丸を消させて… あとあと、町役場のクイズは縦書きにして、最後に地図記号を縦書きに書いてもらおう!」 カリカリとペンを走らす美紀に、男の顔つきが変わる 「町役場のメッセージにはS→Wって書いて… 記号を右にして…」 美紀は紙に書いた記号を右に90゜傾ける… すると… 美紀は書いた記号を男に見せる 「見て!記号が文字になるの!」 「(OXHIDE… 牛革か!)」 男は目を見開いて美紀の書いた紙を見つめた 美紀はそんな男に「英語!お父さんに教えてもらってるの!」と嬉しそうに笑う 「一番初めのクイズ問題を牛さんの革のお財布か何かに入れて、魔法使いさんと私のクイズを解いたら、また一番初めの牛さんの革のお財布に戻ってくる! お財布にちょっと工夫をしたら、もう一つのメッセージの紙はバレないと思うんだぁ!」 ニコニコと笑う美紀は男に“どう?魔法使いさん!”と尋ねた 男はそんな無邪気に笑う美紀を、目をまたたかせ見つめた 「君の…年齢を聞いても良いかな?」 「ねんれい?」 「…君はいくつかな?」 首を傾げる美紀に、男は言葉を変えて尋ねる 美紀は男の言葉を理解すると指を折って数えた… そして… 「7歳だよ!」 と言ってのけた 「な…7歳…」 男の口がポカンと開かれる 「(7歳ってやはりうちの息子と同じ歳か…) 地図記号何てよく知っていたね?」 「お母さんに教えてもらった!」 「そうか…」 美紀の答えに男は驚きながらも、また美紀の書いた記号に目を向ける… そして… フッと笑みを浮かべた 「…良いものを貰った… お礼に私から君に素敵な魔法を贈ろう」 「へ?」 男の言葉に美紀は目を丸めた 男はマントをひるがえし、チラリと美紀に視線を向ける 「取って置きの魔法を…ね…」 その瞬間… ブワッと強いビル風が男と美紀に襲った ビル風と共に男の白いマントから大量の黒い花びらが舞う その量は視界を遮るほどで、美紀はキュッと目を瞑る 少しして男が言った 「お嬢さん… 空を見てごらん」 「…え…」 男の声に美紀はソロリと目を開け、空を見上げる そこには… 「…わぁ…」 美紀の瞳に映るのは… 無数の小さな光 美紀は細めていた瞳を、今度は大きく見開き…、無数の光を目に映した… 「お星さまがいっぱーい!」 美紀は満面の笑みで、夜には見えずらい無数に舞う黒い花びらに映る光に目を輝かせた 黒い花びらは風を無くせば、次第にヒラヒラと落ちてくる すると花びらに映る光も同様落ちてきて… 美紀と男の周囲を囲った… 「お星さまが落ちてきた!お願いしなきゃ!!」 「ほぉー、お嬢さんは何をお願いするんだい?」 男は尋ねる 美紀はうーん…と悩み「あ!」と嬉しそうに笑った 「私もおじさんみたいに面白くてワクワクできるクイズいっぱい作りたい!」 “いっぱいクイズを勉強して、いつか私のクイズをつくるの” そう笑顔で言った美紀の願い事に、男はフッと笑う そして「それなら…」と続ける 「君のその願い… その想いを… 空に輝くお星さまに伝えようじゃないか」 男はパチンッと一弾き指を鳴らし…そして上を指した それに従い、美紀も上を見上げれば… ドォンッ 「へ?」 今度は遥か上空の夜空に、大きな花が咲いた 驚く美紀に男は笑う… 「君の願いが叶うこと… 私も祈るとしよう」 男のその小さな声は、 花火に夢中に見つめる美紀にも届いた 花火が消えた すると急に音の無かった路地裏に慌ただしい足音と声が近づいてくる 「時間のようだ…」 「へ?」 男の言葉に美紀が男を見た すると背後から「いたぞぉ!キッドだ!」と大きな声が叫ばれた ビクリと身を縮める美紀 男は言った 「さようなら、小さなレディ」 「あ…」 「また何処かの羽休み場で君に会えること…楽しみにしているよ」 そう言って男は白いマントを翻し、ポンッと煙となって姿を消すのだった 「くそぉ!また逃げられた!」 「まだ近くにいる筈だ!追え!!」 険しい顔をした沢山の大人たちが美紀の前に現れる 大人たちは周囲を見渡したりしていると、ふと美紀の存在に気付く 「うわっ!?何でこんなところに子供が?」 「迷子でじょうか?」 大人たちは美紀が固まってある場所を見てることに疑問に思いながらも声をかける しかし美紀はただジッと、男がいた…男が消えた場所を見つめていたのだった 「(魔法使いさんが消えちゃった! ポンッときえちゃった!魔法使いさんは本当に魔法使いさんだったんだ!!)」 キラキラと美紀の目が煌めく そして、本物の魔法使いだと信じ込んだ美紀は興奮が冷めないまま… 数分後、騒ぎに駆け付けた両親が美紀の元に駆け付けたことにより… 更に男を魔法使いだと信じ込むのだった ......... あれからテレビで魔法使いさんが“怪盗キッド”であることを知った テレビでニュースが出るたびに、まるで戦隊もののヒーローを応援するように目を輝かせていたことを覚えている しかし、ある時を境に キッドがその姿をくらませたと知った時はガッカリしたが、キッドが捕まったと言うニュースはしてなかったため、寂しさはあったものの悲しみはなかった だからその期間はキッドの過去の資料を読み漁ったりしたっけな… そして今年… またキッドがこの世に戻ってきた… その情報は私にまたあのキラキラした記憶を思い出させ、まるでマニアのようにキッドの犯行情報を記録した 何を狙い、どんな手口で、盗んだ宝石の行方など… 現場に駆け付けたキッドファンのSNS情報を基に私は楽しんだ っとまぁ… 今のことはどうでも良いのだ キッドと私の思い出… それを私は目の前のキッドに話した この話を聞いてキッドはどんな反応をするだろうか? “あぁ、あの時のお嬢さんですか”と同じ記憶の共有する人として反応してくれるか… それとも“すみません…流石に10年前にもなると記憶があいまいで…”と誤魔化すか… 私は緊張しながらキッドを見つめた… しかし… 私が予想した顔は…どこにもなかった 「そう…ですか…」 そこには… 何処か泣きそうで…嬉しそうで…クシャリと複雑な笑みを浮かべるキッドが…そこにいた 「(そうか…10年前…か… 美紀は…先代のキッド…俺の親父に会って憧れていた…ファンだったのか) 美紀と憧れたものが一緒だったなんてな…」 ポソリと呟かれた小さなキッドの言葉は聞こえなかった しかし、何を言ったかは分からないが、キッドの目には悲しさは消えていたことに、私はホッと安堵する 「(親父を知っている… 美紀に俺と親父の違いを気付かれるなんて…俺もまだまだだな…) お嬢さん…」 「は、はい?」 返事をすれば、キッドはソッと私の手を取る その仕草はとても物腰柔らかく紳士で、ドキっとした 「キッドは世に2人としていません (何故なら親父が死んで、いなくなった親父のキッドが俺が復活させたから…) 貴方の記憶のキッドも、今目の前にいる私も正真正銘本物… (親父も俺も…本物のキッド…怪盗キッドは引き継がれた) ですが…貴方の思い出の記憶はこれまで同様…これからも覚えておいてほしい…」 「あ…」 キッドの唇が私の手にそっと触れる するとキッドは見上げるような形で私に視線を向ける 「マジシャンは一度として同じ奇跡を繰り返さない… お嬢さんの見た奇跡も、一度っきりの奇跡なのです」 添える様に乗せていた私の手をソッと下ろす 「10年前のその奇跡が、貴方の記憶に深く刻むことが出来たこと… マジシャンとして誇りに思います… だから… (親父のマジックを知る…共有できた者として… これからも親父の奇跡を覚えていてほしい 俺もいつか最高のマジシャンとして… お前の心に刻み…親父を超す… 美紀にも真似できないマジックでお前に奇跡を見せてやるから…) 貴方の記憶に新しい奇跡を刻むためにも… これからも私のファンでいてくれませんか?」 「ッ」 キッドのその問いかけに… “NO”と言う選択肢が出るわけがなかった 私は口づけられた手に熱を持ちながら、キッドの問いかけにコクコクと縦に首を2度振る そんな私の反応に満足したのか、キッドがまた笑みを浮かべ腰をのばす その時だった ゴゴッと地鳴りと共に地面が揺れた 小石が天井から所々落ちてくる状況に、私は忘れていた死の瀬戸際の恐怖を思い出す その時、私の視界に白い布がかかった 「へ?」 「大丈夫です… 絶対私が…私とあの小さな探偵が必ず安全な所まで送り届けます」 そう言ったキッドの手が私の頭を抱えていた それと共に、怖いものから視界を遮るように覆われたキッドのマント 私の頭を抱えるキッドが更に力を込めた 「10年前の…怪盗キッドが迷子の貴方に奇跡を見せたように… 私も…この崩落しかける砦に迷う貴方を必ず…この危機を脱出する奇跡を約束します…」 「キッド…」 キッドの言葉に私は心が締め付けられた キッドの言葉はとても頼もしかった しかし、私はこの危機の状況でただ守られるだけで良いのか?と自分自身に問わずにはいられなかった 蘭ちゃんは業火の中【ひまわり】を守った コナンくんは事件の犯人を突き止めた上に、何処かにいる工藤くんへ連絡係をしてくれてる… そしてキッドはこうして女子供をいる状態で、必死に私達も脱出する手立てを考えてくれてる… なのに私は… まだ何も出来ていない… 「ッ」 私はキュッとキッドの白いスーツを掴む そんな私に気付いたのか…キッドが私に視線を向けた そんなキッドに私も真っ直ぐに視線をぶつけた 「私の…私の案を聞いてください」 「へ?」 私には工藤くんやコナンくんみたいに推理することも、蘭ちゃんのように武術で対応することも、キッドみたいにハイスペックで身のこなし鮮やかに探索することも出来ない… けど… この現状を少しでも改善する策を…私にも考えることは出来るかもしれない! その案は成功するかは分からない、このいつ何が起きるかもわからない現状だけど… それでも何もせずにはいられなかった 「あのエレベーターを見て…気付いたことが有ります」 私の言葉を聞いてキッドは目をしばたかせたかと思えば… 面白そうにその口先を吊り上げた 「…良いでしょう…聞きましょう」 私は何処か見定めるように目を細めるキッドの視線にコクリと息を呑む しかし、躊躇する時間は無い… 私はキッドと共に先程いたエレベーターの元に戻った そして恐る恐る口にするのだ このいつ崩落しても可笑しくない昇降路を使い…そしてその辺に大量に転がる瓦礫を使って上の階に上る仕掛けを… 私は少し早口になりながらも一つ一つしっかりと説明する その言葉をキッドは口を挟むことなくしっかり耳を傾けていて、何故かその表情にはずっと笑みを浮かべていた 私は案を話し終わるとキッドに向き直ろうとすれば…その瞬間… 突如一度経験した身体が浮上する感覚に私は「わっ」悲鳴を上げる 何が起こったか確認すれば、案の定キッドが私を抱えて走り出していた 「キ、キッド!?」 「貴方のその案で行きましょう、時間が惜しいのでしっかり捕まっていて下さい」 まさかのキッドの言葉に私はギョッと顔を強張らせた 「い、いきましょうって…そんな簡単に判断しないでください! ちゃんと成功するか考えて、シミュレーションだって…」 「ちゃんと貴方の案を聞きながら私も考えましたよ!シミュレーションだってしました!」 わお、ハイスペック…って違う! 「も、もっとこう!私の案を更に保険をかける案を…キッドのアドバイスとかッ」 「必要ありません」 「ええええ!??」 キッドのハッキリと言った言葉に私は更にギョッとする そんな私の反応の何が面白いのか、キッドは私に視線を向けニンマリと笑うのだ その笑みは何処か悪戯っ子めいた… 何処か企みがあるような笑みに感じて…私はギクリと身を固ませ、慌てて視線を反らした そんな私の無防備な耳元にキッドはかける足を止めて囁きかける 「信じてますよ…貴方のトリックを…」 「!?」 私は驚く そんな私の耳の近くでキッドの声が聞こえる 「あぁ、やはりとても惜しい… 盗めるものなら盗んでしまいたいくらいです」 「へ?」 「貴方の策は実に恐ろしくも面白い… ねぇ?モリアーティ教授」 その言葉にビキリと身が硬直させた 「(何でキッドがその名前を…!?)」 私はギギギ…とブリキのおもちゃの如く、キッドを恐る恐る見上げる 「あと、そうですね結構前の話にはなりますが… ●●美術館の仕掛け…あれは貴方が仕掛けたもの… そうですね?」 「ッ」 何でバレてるうううう!?? ハッ!そう言えばあの美術館でキッドは世良さんに変装してたっけ!? ってことはキッドに仕掛けたトリックの数々も本人にバレているッてことで… ひええええ(顔面蒼白) 私の馬鹿ああああああ!!! ガクガクプルプル震えながら動揺する私は必死に否定する言葉を言おうとするが、まさかの事態に脳が機能せずに私は口をパクパクと動かすことしかできなかった そんな私を見てキッドが… 「(コイツ本当嘘が下手だな!?せめて否定の言葉くらい瞬時に言えよ!! あの時の回収した印鑑も結局指紋も入手出来ず、印鑑の素材から印鑑の入手ルートも徹底的に調べたけど、販売先が多すぎて美紀に行きつくような証拠というモノが見つけられなかったのに…例え本人から仕掛けを作った発言を聞いたとしても証拠がない以上「自分じゃない!」と否定すればいいのに…なのに… 仕掛けたトリックが完璧でも、 それを仕掛けた本人がバカ正直じゃあ、トリックの証拠を残さなかった意味がないだろ!??) そ、その反応からして…やはり貴方のようですね…」 そんなことを思いながら、顔を引き攣らせていたことなど… 動揺して視線を彷徨わせる、余裕のない今の私には気付くことは出来無かった 「そんなに怖がらないでください… 何も私をハメる罠を貴方が仕掛けたからと言って怒っている訳ではありませんよ?」 嘘だぁぁ!? 仕掛けたってことがバレたのならきっと“自分を捕まえようとした敵”と言う認定されてキッドに嫌われるんだあぁぁぁ!! そう嘆き顔を両手で覆う私 そんな私にキッドが苦笑していることなど私は知らない 「実に面白い仕掛けを作った者がいるなぁ… そう感心していたんです あぁ…あと… この仕掛けを作った人物が私の協力者になってくれたら嬉しいとも……ね?」 「へ?」 何だって? 聞き違いだろうか? 私はソロリと顔を上げる 「きょ う りょく…しゃ?」 「ええ…」 協力者…って… キッドの仕事仲間ってこと? え?誰が? え?私が??? 「えええええ!???」 「そこまで驚かなくても…(それだけの知力があるんだから当然だろ…)」 「む、無理です無理!私がそんな協力者だなんて…一夜にして牢獄行ですよ!?」 「(いや…その逆だろ)」 私は“無理です”そう再度強く否定して最後に「ごめんなさい」と何故か頭を下げて謝った するとシンッと静まる空間… キッドは何も反応を返さず、私はただバクバクと心臓を鳴らして反応を待つ そして… キッドの息をつく音が聞こえた 「でもまぁ…断られるのは想定済みですけどね」 「へ?…」 「だって貴方は嘘が付けない人でしょうから、怪盗にも向かないでしょうし」 「う…」 「マジシャンの私の協力者には勿論ポーカーフェイスを求めます 貴方にはそれが出来なさそうだ」 そうクスクス笑うキッドに私はカァと顔を赤める ば、馬鹿にされてる? そう思っていると、キッドは止めていた足を再度動かし始めた ひょいひょいと私を抱えながらも瓦礫の上を走るキッド キッドは走りながら、前を見て私に言った 「貴方がポーカーフェイスを見につけ、そして私の協力者の地位を望むのなら… その地位はいつでも空けておきますから、その時は是非名乗り出て下さいね?」 「け、結構です!」 「それは残念…」 私の必死に断る様子に、キッドはまたクスリと笑い、速度を落とすことなくコナンくん達がいる場所に向かうのだった [newpage] ......... キッドが最後の瓦礫の山の手前のところで、私をソッと下した 「どうやら片付いたようですね」 キッドに支えられながら瓦礫を登れば、私達はコナンくん達の元に戻って来れた 「うん…そっちは?登れそう?」 「あぁ、お嬢さんが良い案を考えてくれましたから」 「美紀姉ちゃんが!?」 「へ?!」 キッドの言葉にコナンくんがすかさず反応を見せ、何故か私に焦りある視線を向付けてくる 「(キッドの興味をひきそうなことをコイツは!!)」 「こ、コナンくん?」 何処か顔色悪いコナンくんが心配で声をかけるがコナンくんは大きな溜息をつけば、キリッとした顔に戻った 変り身早いなオイ 「助けを呼ぶ策も考えてたんだけど…」 瓦礫の山に腰かけたキッドは首を横に振る 私はと言えば瓦礫の山を下りて蘭ちゃんの様子を確認していた 「(目は覚めてないようだけど、脈は正常だ……良かった…)」 ホッと安堵する中、キッドとコナンくんの話し合いは続行中のようだ 「それは止めておいたほうが良い 火事の影響で、鍾乳洞内部の気圧が急激に低下してる 下手に救助を呼べば二次災害になりかねえ 俺は美紀が考えた案を…… !?」 キッドはチューブ通路の外に広がる鍾乳洞を見上げる すると、つらら状に垂れ下がった鍾乳石が次々と落ちてきた 「やっべぇ!」 キッドは慌てて瓦礫の山から滑るように降りた 鍾乳洞の天井の彼方此方から水が流れ、落下した鍾乳石がチューブ通路や建物にあたり大きく揺れた コナンくんは座り込み未だ意識のない蘭ちゃんを私と共に支える 「あとどれくらいもつ!?」 「まだ崩れてねーのが不思議なくらいだ 天井に少しでも穴が空いたら、外気が一気に流れ込み崩壊するぞ!」 「(そんな!せっかくどうにか出来る手立てを考えたのに!)」 キッドの言葉に私達は顔を歪ませる 大きく建物が揺れる中、私は気絶する蘭ちゃんを見た 「キッド! 「蘭ちゃんだけなら貴方のパラグライダーで一緒に飛べますか?」 美紀姉ちゃん!?」 私の言葉にコナンくんが目を見開いた キッドは私の言わんとすること察してくれたようで、顔を顰めている 「おい!馬鹿なこと―」 「飛べるんですか!?飛べないんですか!?教えてください!!」 切羽詰まるように叫べば、キッドは顔を歪めながらも答えてくれた 「…恐らく飛べる…だがこの落石を避けながら気圧の下がった空間を飛び続けられるかは定かじゃありません」 キッドが答えたその時、更に大きな鍾乳石が崩れ落ちてきた 鍾乳洞の天井から光が差し込んだと同時に轟音が響いて、天井が崩れて地上の給水塔が落ちてきた 私達がいるチューブ通路も次々と破壊され、ついには足つく場も無くなり私達も真っ逆さまに落ちていく 「ッ」 落下していく中、私は落ちていく恐怖に目を瞑った その時「美紀ッ」と言う自分の名を呼ぶ声に目を開く 「(黒羽くん?)」 いる筈のない友達を思い出し、私は目を開いた しかしそこにいたのは真っ白なスーツにマントに身を包むキッドの姿 キッドは私に手を伸ばしていた 「手を伸ばせ!」 丁寧な口調だったキッドが、焦りのためか口調を崩している それだけ今の現状が危険だという事 私はこの手を掴めば助かると、すがる気持ちで手を伸ばそうとした だが… 「キッドーーーーー!!」 別の場所から叫ばれる声 その瞬間、私の横を横切る大事な親友の姿に視線を奪われた… 私は伸ばそうとした手を思い留め、キッドに叫ぶ 「蘭ちゃんをお願いします!!」 私は大丈夫!そう伝える様に もう少しで手が届きそうになる距離にいるキッドに笑顔を送った すると、どうだろう キッドはとても泣きそうな顔をしながら「馬鹿やろう…」と言ったような気がした 気がしただけだ 風の音で聞こえる筈のないその声に、私は更にヘラリと笑うのだ 「「大丈夫です… 絶対私が…私とあの小さな探偵が必ず安全な所まで送り届けます」」 そう数分前にキッドに言われた言葉 キッドの想いは…言葉は偽善じゃ無かった 嘘じゃ無かった お世辞じゃ無かった 本当に私を…私達を生かそうと…助けたいと思ってくれていた なのに… 助けてもらえなくてごめんなさい… キッドが蘭ちゃんの身体を掴む そして白いハンググライダーを開いて舞い上がった 私はその光景に目を瞑る 「美紀姉ちゃん!!」 コナンくんの声が聞こえた私は再度目を開く そこには私に手を伸ばすコナンくんの姿が… 私はコナンくんの手を掴み、その小さな身体を引き寄せた 「美紀姉ちゃんそのまま強く僕を掴んでて!絶対離しちゃ駄目だよ!?」 コナンくんはそう叫べば、私は言う通りに強くコナンくんを抱きしめた… その次の瞬間 ガクンッ 「ッ」 落下していた私達の身体が、何かが原因で止まった しかし突然止まったがゆえに衝撃は強く、私はコナンくんを抱きしめる手が一瞬滑るが、何とか耐えた 私は恐る恐る上空を見ると、剥き出しになった鉄筋に何か引っかかってるようだった その引っ掛かっている元を辿ると、それはコナンくんの手に巻かれているゴムのような紐?…いやサスペンダーで… 「コナンくん…」 「まだ油断できないからしっかり捕まっててね」 「う、うん…」 コナンくんの言葉の通り、私はコナンくんを抱きしめる腕に更に力を込めた するとコナンくんの持つサスペンダーは火花を散らして鉄筋を滑り、先端で止まったのだった 二階のチューブ通路まで数十センチほどの距離 私は先に降りて、コナンくんがいつ落ちてきてもいい様に構える 「美紀姉ちゃん」 「おいで、絶対受け止めるから」 どこか困ったように表情をするコナンくんに私は両手を伸ばす 私が引かないと理解したのか、コナンくんは勢いよく私の胸に飛び込んできたのだった 私はコナンくんを地面に下す 「ありがとう」 「ありがとうは私のセリフ…コナンくんは命の恩人だ」 お礼を言うコナンくんに私もお礼を返す 一言では済ませれない程の感謝の想いだが、私達に時間は無い 瓦礫やひまわりが散乱する、今にも崩れそうな通路を私達は走り出す 目的地は展示室 「コナンくん、【ひまわり】の脱出用エレベーターに先に入って!」 「え!でも…!」 「大丈夫私も身長低いから多分ギリギリ入る!」 その時、背後で大きな岩が落下してきた 「コナンくん早く!」 「わかった!」 コナンくんがすんなりとエレベーターに入ったのを確認して、私も急いでエレベーターに飛び込んだ その瞬間、凄まじい爆風が押し寄せた 間一髪、私はエレベーターの昇降路を滑り落ちていく 落ちていく先は… 地底湖 「ッ」 ザブンッ 地底湖に落ちた私は何とか海面に顔を出す 「コナンくん!何処!?コナンくん!!!」 「此処だよ美紀姉ちゃん!」 先に落ちてきているはずのコナンくんを探せば、コナンくんの返事が来たことに私はホッと息をはいて、少し離れたコナンくんの元に泳いでいく 「コナンくん怪我はない?」 「うん!美紀姉ちゃんは?」 「ないよ、よし…じゃあ何処か登れる場所に…」 このまま泳いでいても体力が消耗するだけ 一先ず体力を温存するために身体を休める場所を確保したい 「少し潜った場所にダクトスペースっぽい場所があったよ!」 「わかった、一先ずそこに行こう」 それから私はコナンくんに案内のもと、ダクトスペーズに泳いで向かう コナンくんの言っていた横に延びたダクトスペースに上がった私達は焦っていた 「ッどうしよう…出口が無い…」 「クソォ!このままじゃ【芦屋のひまわり】と心中だ…」 コナンくんの言葉に私はゴクリと息を呑む 「(このままじゃ…私もコナンくんも…ッ)」 どうにかして…どんな手を使っても2人で生き残らなきゃ 考えなきゃ…考えッ その時、天井から水が降ってきて、ダストスペースが揺れた 圧力で盛り上がった壁面から水が噴き出したかと思うと、大量の水が押し寄せ、 必死に脱出する策を練る暇もなく、私達はあっと言う間に水に飲み込まれたのだった ...... 大量の水に押し流された私達は何処かのダストスペース空間に流されていた 「コナンくんッ」 「くっ、美紀姉ちゃんッ」 私は運良く瓦礫から逃れたが、コナンくんは瓦礫の山に隙間に挟まってしまった そんな中、天井のあちらこちらから水が流れ込み、ダクトスペースにドンドン水が溜まっていく 「くっそおおお」 必死に瓦礫の山から抜け出そうとするコナンくんだけど、体はガッチリ挟まっていて動けない 私もどうにかして引っ張ろうとするが瓦礫の山はビクとも動かなかった 「(どうしようッどうしよう!? コナンくんをどうにかして助けないと脱出も何もできない)」 私はコナンくんを挟む瓦礫をどかす手立てを探す 水に浮かぶ瓦礫…周囲の状況…全部頭に入れて脳を動かす… そしてハッと思い浮かぶ コナンくんを瓦礫から助ける手立てを… 「コナンくん待ってて今すぐ助けてあげるから」 「美紀姉ちゃん」 私の声にコナンくんが微かに笑みを浮かべた その笑みを裏切るわけにはいかない…と私が浮かぶ瓦礫たちに手を伸ばした時だった ドォッ 「わっ」 「美紀姉ちゃん!?」 天井が亀裂が入り、更に沢山の水が流れ込む その水に私は一瞬水の中に沈むが、何とか再度水面に顔を上げた 「ケホッ」 「大丈夫!?」 「なんとか…けほっ」 うう…鼻に水が入って痛い… けど、今はそんなこと気にしてる暇はない 天井の亀裂から流れ込んできた水のせいで水面が上がり、もう肩まで水につかっている 私は顔を顰め流れ水位が上がる水を見つめる 「こんなのどうこうする前にッ」 「脱出どころか1分もしない内に溺死だ」 “溺死” 「――ッ」 コナンくんの言葉に私はギリッと歯を食い縛る そして近くにある瓦礫くずを手に取り壁をガンッと突き立てた 少し離れた場所でコナンくんが「美紀姉ちゃん!?」と私の名前を読んでいる しかし私は反応する暇もなく次の瓦礫を掴み、壁に突き立てた瓦礫に新たな瓦礫を組み合わせていく 「何してるの!?美紀姉ちゃん!?」 何度も声をかけてくるコナンくんに、私は眉に皺を寄せ、焦る気持ちのまま返答する 「此処にこれだけ水が流れ込むってことは、此処は既に湖の水位より下ッ 崩落の順序を狂わせれば…ッ圧縮のバランスが崩れ、一気に湖に押し流されるはずなの!」 「だけどそんな人の手で…ッ」 「出来るッ」 コナンくんの否定的な声を遮るように叫ぶ 「!」 「出来るからッ 大丈夫だから…」 私は死の恐怖とプレッシャーに歪む顔を、何とか隠しコナンくんに無理矢理笑んでみせる 「だから… お願い…信じて…?」 「ッ美紀姉ちゃん…」 目を見開くコナンくんの顔を見た… 何か言いたそうなコナンくん… だけどごめん… 今は本当に時間が無いんだ 一分一秒時間の無駄が出来ない状況… 私は必死に素材を選ぶ暇なく、適当に掴んだ瓦礫でどう使えば壁を崩せるかを瞬時に考え、手を動かす 「(大丈夫…大丈夫ッ うまくいく、失敗なんてしないッ失敗なんて許されないッ)」 手が震える、視界が歪む… それでも動きを止めれない 動かなきゃ死んじゃう、止まるな…動け…! 「できたッ!!」 私は叫ぶ 後は瓦礫の細工を作動させるために括り付けた紐を引っ張るだけ 私は仕掛けに繋がる紐を掴んでコナンくんの元に戻る 「コナンくん」 「美紀姉ちゃん…」 後はこの紐を思いっきり引っ張るだけ… そうすれば壁が崩落して順序を狂わせれる…そしたら水の流れも変わってコナンくんを挟むこの瓦礫の山もきっと… 「大丈夫だから…絶対…」 本当? 「ッ」 本当にこの仕組みは成功するの? 震える手で…恐怖で判断力が鈍るこの状況で勢いで考えた仕掛けが… 本当に… 成功するの? コナンくんに伝える言葉に反し、自分に問いかける自身の言葉 その言葉に紐を握る手が震える… 失敗が許されないこの現状に…私は恐怖する… 「美紀姉ちゃん…」 「!」 声に私はハッと我に返り、声の主を見る 「信じるよ」 「え…」 コナンくんの言葉に私は目を丸める そんな私を見てコナンくんはフッと笑った その笑みはどっかの誰かさんにそっくりで… 「美紀姉ちゃんを信じる…」 「っ」 私はもう一度言われた言葉に息を呑む 「…どうして…?」 視界が歪む どうしてこんな頼りない私を信じてくれるの? こんな手も震えて…必死に笑顔を作っても君にはバレてる筈だ 私の嘘なんて… “信じろ”だなんて言っても、言った自分が自分を信じれていない相手の言葉なんて信じれるもんじゃない… なのに… 「泣くなよ…」 頬を伝う水滴にコナンくんの小さな手が伸ばされる 「コナ ン くッん…」 あぁ、情けない… 「大丈夫、自信持って… 美紀姉ちゃんはそれだけ凄いんだよ?」 小さな子に慰められるなんて… 「美紀姉ちゃんのトリックは…仕掛けは失敗しない、失敗なんてあり得ない」 「ッ」 「大丈夫… 俺は怖いくらい信じてるよ… オメーのトリックを…」 私の紐を握る震える手を、コナンくんが掴む 「信じてる」 もう一度強く… コナンくんが強く肯定した その言葉に私は心の底から…自然な笑顔で笑う 「ありがとうコナンくん…」 手の震えが無くなった その時にはもう水位の隙間は後僅かだった… 私はグッと紐を握ると、コナンくんに言った 「5秒カウントしたらこの紐を引っ張る そしたら壁の彼方此方が崩落したら、水の圧縮のバランスが崩れ、コナンくんを挟む瓦礫も動くはず… その瞬間、一緒に出来るだけ早くこの場から出来るだけ離れるの…良い?」 「解った…」 コナンくんの返事に私は頷くとカウントを始めた 5 4 3 2 1 私は力いっぱい紐を引っ張った するとあらゆる壁がゴゴゴッと地響きをならすように音を立て始めた そして私の仕掛けた仕組みが上手く作動したのか、水の流れが変わった 私は流されないようにコナンくんに捕まる 「動いた!」 コナンくんが叫んだ 「コナンくん先に行って!」 「ッわかった!美紀姉ちゃんもちゃんと着いてきてよ!」 瓦礫から逃れたコナンくんが水に潜った 私も急いでコナンくんを追って水に潜る すると水の中にサッカーボールが沈んでいるのを目にした気がしたが、私は気にせずにコナンくんを追って泳いで進んだ ダクトスペースを抜けると、そこは【ひまわり】の脱出用のエレベーターの昇降路だった その近くにはレールから外れた【芦屋のひまわり】が水の中を漂っている 私は前を泳ぐコナンくんを追い抜き、コナンくんの身体を引き【芦屋のひまわり】に手を伸ばす その瞬間だった 爆発するかのように、ダストスペースから7色の光が放たれた 同時に激しい水流が一気に押し寄せ、私はコナンくんと【芦屋のひまわり】と共に流されるのだった [newpage] ....... どれくらい息を止めていただろう 私は水流に身を任せながら未だ水の中にいた 湖の底が予想よりも大きな爆発的崩壊を起こした その結果、予想通り土砂が噴き出し、撒きあがる土砂の中からケースに入った【芦屋のひまわり】が飛び出した その額縁には私とコナンくんが必死に捕まっている 額縁に捕まりながらソロリと目を開ければ… そこには先程まで暗闇しかなった水の中に光が見えた 「(外に…出た…?)」 【芦屋のひまわり】と私達はグングンと浮上していく それと共に光も強くなっていく 「(もうすぐ…もうすぐ…)」 ギリギリ息が持ちそうだと思ったその時… 額縁に捕まる私ともう一つの手… その小さな手が私の視界から消え… 私の腕の中からズルリと滑り落ちる様に何かかこぼれた 私は上に向けていた視線を下に向けると… 「ッ(コナンくん!!)」 口を開け空気を逃がし、意識を飛ばしたコナンくんが湖の底に落ちていく姿… 私は浮上する【芦屋のひまわり】から手を離し、沈んでいくコナンくんに手を伸ばした 「(コナンくんコナンくんコナンくん!!)」 コナンくんに届くまであと数センチ 「(駄目!駄目だよコナンくん!もうスグなのに! もうスグで皆の元に帰れるんだよ)」 コナンくんの服を何とか掴むと、私は再度コナンくんを腕の中に、上へと泳いでいく 「(もうスグなの…もうす ぐ…)」 けど、そんな思いも空しく…私にも限界が近づいていた 私はコナンくんに視線を向ける 「(いやだ…いやだ…)」 私は思い出してしまう 以前コナンくんが不二子さんの乗るバイクに向かって走ってくる姿を… その先にあったかもしれない未来を… そして… ダクトスペースから脱出する間際の… 「「信じるよ」」 コナンくんの言葉と笑みを… 「(コナンくん…)」 私は意識を無くしているコナンくんに顔を寄せる… 空気を… 残り僅かの…私の中にある全ての空気を… 私はコナンくんに送り込む… 「」 微かにコナンくんの瞼が震えた 「(コナンくんは…まだ…大丈夫…)」 「(まつ…し…ま…?)」 微かに開かれたコナンくんの目に、私は安心した そして最後の力を振り絞り、私はコナンくんを上へと押し上げようとした しかし…コナンくんは私が何をしようとしているのか理解したのか、すぐに身をひねらせ私の押し上げるその手を掴んだ 私はコナンくんを見つめる …そんな顔しないでよ そんな怒ったような… 泣きたそうな… そんな顔をしないで… こんな時にまで頭の回転がよくなくても良いじゃん ついさっきまで意識飛ばしてたくせにさぁ… ほんとう… アタマがいいくせに 「(……ばか…)」 そう音にならない言葉を口にして… 私は…意識を手放すのだった ........... 息が尽きて意識を手放した俺が、再度意識を取り戻した時 目の前にうつったのは松島の顔だった 松島は俺が目を開けると安心したように笑みを浮かべていた 朦朧とする意識の中、自分を抱きしめていた松島の肌が離れる感触に、俺は不思議に思った 今日何度も味わった抱きしめられる感触が離れる… 何故? だが、松島は俺の下腹部に添えるその手はとても強く支えていて コイツは何をしようとしてるのか?と朦朧する意識の中考えた 次の瞬間、グッと下から押し上げられる感触に、俺は我に返る 「(俺を上に押し上げようとしてるのか!?)」 空気を得て覚醒した脳が正常な判断を導き出し、俺は急いで身を捻らせ松島の突き出した手を寸前のところで掴んだ 松島の腕を掴み、覚醒した脳だからわかる 俺の失った筈の空気が、再度自分の中にある理由を… 「(この馬鹿!俺に空気をくれやがったな!!)」 松島を見れば見るほどわかってくる 松島は自分の空気の一部ではなく、残り全ての空気を俺に与えたんだという事に… そして空気の全てを俺に与えたにも関わらず 俺を生かそうと、少しでも早く空気のある場所に行かそうと最後の力を使おうとしたことを… 「(ふざけんなよ!誰がそんなことされて喜ぶんだよ!)」 叫びたい声を出せずに、目で松島に訴えかけるが… 松島は力なく笑うのだ そして最後に口を動かし、音のない言葉を口にしやがった… “ ば か ” そう口にして松島は意識を手放した 「ッ(どっちが 馬鹿だ…ッ)」 俺は松島の手を離さなかった じわじわと沈んでいく松島 つられて沈んでいく俺は、必死にこの状況をどうするか考える そして 「(そうだ!)」 俺は松島を掴む手を1本に、もう片手でベルトのバックルについたスイッチを押した するとバックルから大きくサッカーボールが膨れあがり… 空気を含んだサッカーボールは上へと上へと浮上していく 勿論ベルトを装着している俺も一緒に引き上げられていく 上へあがるのはボールに任せ… 俺は残る力を全て松島を掴む手に注いだ 「(ぜってぇ離さねえからな! 地上に出たら…松島の意識が戻ったら思いっきり文句を言ってやるからッ だから…頼む… 間に合ってくれ… 生きてくれ松島!!)」 俺はそう願いながら… いつかの… 何処かの喫茶店で、松島が言った言葉を思い出す 「「あの時からいつか絶対工藤くんを見返してやろうと謎を作り続けてきたんだよ!?」」 「(見返すんだろ! 江戸川コナンじゃなく、工藤新一に見返すんだろ! だったら生きて… 生きて俺が工藤新一に戻って帰って来るのを待っててくれよ!!)」 なぁ 松島 ....... 声が聞こえる 誰かが…必死に叫ぶ声が聞こえる… 「――ッ」 何を言ってるかはちゃんと聞こえない でも、聞こえないその言葉はとても切なくて… 「お―い――を――して―紀ッ」 この声…知ってるよ とても大切で… 「―きなさ―よ!美―ッ」 大好きで… ずっと昔から耳にしてきた人たちの声 けど… 「美紀―ち――!」 君は…違う… 「美紀姉ちゃんッ」 君は… 私の目指す先… 君は… 「ッ松島!」 私の… 「…くど…く…ん…」 暗闇から光へ… 瞼を開き、私は目を覚ます 「ッ…美紀!」 「美紀ッ!!」 「らん ちゃん…その こ…ちゃん…」 視界を埋めるのは三つの顔 顔をクシャリと歪め…、ポタポタと雫を落とす蘭ちゃんに園子ちゃん… そして… 「…こ ナン…く ん…」 「美紀…姉ちゃん…」 水の中で最後に見た 怒っているようで、泣きそうな… コナンくんが… そこにいた… 私は大きく息を吸い 息ができる、地上にいることを実感する すると自分の手に強く力を込められたことに気付き、そちらに視線を向けると… コナンくんの小さな手が私の手を強く握っていたことに気付いた その手は水の中でも強く握られていたことを思い出し、無意識に苦笑が零れた 私はコナンくんに視線をむけ… 水の中では伝えられなかった言葉を、今度こそ口にする 「ばか…」 「ッバーロー… 馬鹿なのはお前だ…」 コナンくんは不満そうに、けどそれ以上の想いを私の手を強く握り訴えかけてくる 私は笑う そうだね… 馬鹿なのはお互い様のようだ ........... 木陰に身を隠し、美紀とコナンが救出され、美紀が目を覚ますまで… 一部始終を険しい顔で見守っていたキッドは… 美紀の周囲にいる人間たちの様子を見て、美紀が無事だと知ると大きく胸を撫で下ろた その時、背後からカチャリと銃の安全装置を外した音がキッドの耳に入る 背後を見ると、チャーリーがキッドに銃を向けていた 「何だよ、気付いていたのかよ」 「まだ分からないことがある…説明してもらおうか? 何故初めから犯人を知っていた? そして泥棒である筈のお前が【ひまわり】を守った理由は何だ?」 キッドは背中を向けたままフッと笑みを浮かべ…そしてチャーリーに話した 音声メッセージで2枚目と5枚目の【ひまわり】を盗んでほしいと依頼があったこと その為、声を聞いただけど犯人が分かったこと では…何故キッドは犯人の妨害をしたのか… それは【芦屋のひまわり】を見せたい人物がいたから… その人物は空襲で燃えさかる炎の中…密かに恋心を抱いていた大工に【ひまわり】を託され、彼が燃え死んでいくのを目のあたりにした女性… 何故そんな昔の出来事をキッドが知っているのか… それは、その女性と大工の一部始終を見ていた男から聞かされたのだと… キッドは今回の【ひまわり】を守った理由についてチャーリーに話した チャーリーは「なるほど」と頷く… しかし納得はしたものの、チャーリーの銃を構える腕は下ろされない 当然だと言えば当然だ 相手は警察でキッドは犯罪者… このまま見逃されるなど甘くは見ていなかった… キッドは警戒する 次にチャーリーがはなつ言葉・行動によって身の振り方を考えなければいけないから… 少し間をあけ、チャーリーは行動ではなく、言葉をはなった 「お仲間が心配か…」 「…仲間?」 チャーリーの言葉にキッドはピクリと反応をする 「松島美紀… 世界中の我らの同胞たちが警戒する警戒人物… まさかあの女が貴様と手を組んでいたとはな…」 「…」 チャーリーの言葉にキッドは更に顔を顰める 「日本警察が権限を持って彼女を監視すると、世界各国に通達したものの 報告が送られてくる内容は【異常なし】の通達のみ… しかしそんな訳がない…あれだけの量の策が考えられ、作られ…各国の犯罪者共が喉から手を伸ばすまでの知能を持つにもかかわらず、平穏に…他の子どもと同じように生活しているなど……誰が信じられる?」 「チャーリー警部…」 「あの女が飛行機事故からお前を庇っていた時から…彼女があのモリアーティーと知られるあの人物だと気付いた時から、私は彼女を警戒していた だが彼女を知る者達誰もが彼女に騙され、ことごとく私の邪魔をする」 チャーリーの言葉を聞きながら、キッドは呆れていた 「(コイツ…美紀の何を見てそんなことを…)」 「今回の事件の犯人はわかった… 私も工藤新一の推理に納得した… お前の【ひまわり】を守る理由も納得した しかしそれとこれは別問題だ… あの女が犯罪者と手を組んでいると疑いがある以上、我々も動かざる得な… 「貴方は勘違いしているようだ チャーリー警部」 …何?」 チャーリーの言葉を遮るように言ったキッドの言葉に、今度はチャーリーが顔を顰める 「協力者は確かにいる…だが…それは彼女ではない」 「その言葉を信じろと言うのか?」 「信じてもらわなければいけません… 何故なら無実の罪にも拘らず、何もしていない女性が傷つくのは見逃せませんから… そもそも…」 キッドは言葉を強く、チャーリーに言い放つ 「ちゃんと彼女を見ていればわかるはずです」 「何?」 「確かに彼女の知能は危険視する気持ちはわかります… けど彼女はそれを使い、悪に手を貸そうとも…悪に手を染めようとも一切考えない (…大事な人間の為なら自分の身を顧みない…) 人を思いやれる… そんな…優しい女性だと… 彼女と話し、彼女の行動を思い出せばわかる筈ですから」 「……」 キッドの言葉にチャーリーは口を閉じる 彼自身も思い当たる節があるのだろう 美紀達がいる場所に視線を向け、微かに顔をひそめるチャーリーに、キッドは溜息をヒッソリとはく 「(まぁ…だからこそ… こっちが振り回されるんだけどな…)」 愚痴るように内心呟けば チャーリーは静かに銃を下ろした 「今回だけは見逃してやる」 キッドはフッと笑うと、チャーリーは後ろを振り返りユックリと歩きだした そんなちゃーりの背に、キッドは言った 「あんた、俺を捕まえられるようなタマじゃないだろ?」 「まぁ…その悲しき恋心を大切にし、お前に依頼してきた男に免じて… そして…無実の少女を疑ったことの謝罪の意味も込めて… 見逃したことにしといてくれよ…」 チャーリーがそう言えば、キッドは目を細め口許を緩める しかし… 「今回はそう言うことにしておきます… ですが…」 細められたキッドの瞳が怪しく…鈍く光らせる 「…次また… 無実の女性に手を出そうとすれば… その時私は… 貴方の言う犯罪者になる可能性があることを覚えておいてください」 キッドのその冷たい言葉に立ち止まって振り返ると、そこにはもうキッドの姿は無かった チャーリーはコクリと息を呑み…そして苦笑する そして 「覚えておこう…」 誰もいない林に向かい返答し、チャーリーは再び歩き出したのだった… [newpage] .......... 意識を取り戻した私はヘリコプター乗り、近場の病院へと検査の為コナンくん達と共に連れていかれた 初めて乗るヘリコプターに私は先程まで危険な状況だったことも忘れ、 地上を見下ろしたりと楽しんでいれば、園子ちゃんや蘭ちゃん…コナンくんが呆れたように苦笑を零していたのは記憶に新しい 15分程たち… 空のドライブを楽しんだところで病院に下され、すぐに軽い検査が行われた 結果は軽い擦り傷はあるものの異常は無し 怪我も清潔に保ち数週間たてば傷も綺麗に治るだろうと言われた その事を蘭ちゃん達に報告すればホッと自分の事のように喜んでくれ、私はしみじみといい友達を持ったなぁ…と実感する さぁ、私の治療もコナンくんの検査も終わり 後は受付で待つ小五郎おじさん達のもとに戻るだけだ…と言うところで、私は喉の乾きを思い出し、蘭ちゃん達と別れ1人自販機に向かった ガコン 自販機で買ったスポーツ飲料のペットボトルがガコンと落ちてくる 私はそれを手に取り、すぐさま口にした 余程身体が水分を欲していたのか、ペットボトルを見ると既に半分は飲み切ってしまっていた その事が何故か可笑しく、1人笑みをこぼしていれば… 「少しいいか…」 「!」 背後から声をかけられた 私は振り返ると、そこにはチャーリー警部が立っていて驚く 「チャーリー…警部…」 私は隠しきれずに顔を引き攣らせた 「(この人とは地味にやりあったからなぁ…)」 正直気まずい… そう思っていても、チャーリー警部は私に声をかけてきたのだ 何か私に用事でもあるのだろう… 適当なことを言って逃げることは出来なかった 「えーと…何か?」 「…」 顔を引き攣らせながらも笑顔を作る しかしチャーリー警部は私を見下ろすだけで、何も言わない 私は警部の言葉を待った すると… 「まず初めに…君に謝罪したい…」 「へ?」 「キッドを殺人鬼扱いしたこと… そして君に在らぬ疑いをかけたことを謝罪させてほしい …本当にすまなかった」 そう言って頭を下げるチャーリー警部に私は慌てる 「ちょっ、え!?待って下さい、頭をあげてください」 キッドの殺人者扱いの件はわかる それについて私がチャーリー警部に喧嘩を売ってしまったのだから… しかし後半のは何だ? 私に在らぬ疑いとは何のことだ? そこまで考えて私はチャーリー警部に腕を無理矢理引かれたあの時の出来事を思い出す 「「そうはいかない、私は【ひまわり】を警護するためにいる 【ひまわり】を狙うあらゆる全て敵から守らなければいけないから」」 「「どうしたらそんな発想になるだと? 何故私がお前を疑うのかだと? そんなの、お前にそれだけの危険要素が備わってるからに決まってるだろう!?」」 警備室前から連れられたその場所で、チャーリー警部が私に言い放った言葉たち… 何故か私が【ひまわり】狙っていると疑われていた… 私はその出来事を“そんなことあったなぁ…”思い出し息をはいた 「事件も解決して、チャーリー警部ももう疑って無いんですよね? だったらもういいです 【ひまわり】も守られ、犯人も捕まって解決したんですから…」 あとキッドの疑いも晴れたのなら… 私は大満足だ そう思いチャーリー警部に言えば、顔を上げた警部は何処か驚いたように目を丸め、今度は苦笑を零した 初めて見る表情だった チャーリー警部は眼鏡をクイッと上げていつもの真面目な表情に戻る 「君は例の子供と一緒に【ひまわり】を守ってくれたようだな…」 「(子供…コナンくんの事だろうか…) まぁ、…成り行きな感じですけど…」 「それに意識を無くした子供に自分の身を顧みず助けたと聞いた…」 「そうですね…」 褒められているのか…、淡々と確認するようにそう口にするチャーリー警部に、私は苦笑をこぼす すると 「だが…他にも手はあった筈だろう…」 「へ?」 チャーリー警部の言葉に私は目を丸めた 「君なら子供を助けるためにもっと安全な手を考えられた筈… なのに何故自分の身を顧みず助ける方法を選んだ?」 「なぜって…」 私は思い出しながらフッと笑った 「目の前に死にそうな友達がいた そんな友達を早く助けたかった 考えるよりも先に体が動いた… ただそれだけです」 「ッ」 私の言葉にチャーリー警部が何処か辛そうに顔を顰めた 「(あぁ…俺は…)」 チャーリーはキッドの言葉を思い出す 「「確かに彼女の知能は危険視する気持ちはわかります… けど彼女はそれを使い、悪に手を貸そうとも…悪に手を染めようとも一切考えない 人を思いやれる… そんな…優しい女性だと… 彼女と話し、彼女の行動を思い出せばわかる筈ですから」」 「(俺は…書面上だけを見て…書面上の人間像に囚われて… 目の前にいる人間を…自身の目で全く見ていなかったのか…)」 「…チャーリー警部?」 顔を片手で覆い、黙り込む警部に声をかける 「(ずっと君を疑っていた男を心配するとは…) 大丈夫だ…少し疲れが出たようだ 心配してくれてありがとう」 「いえ…」 立て続けの気が休まる事のない仕事だったのだろう 出来るならここは病院だ ゆっくり休んでいけばいい… そう思い声をかけようとすれば、チャーリー警部は「Ms松島…」と私の名を呼んだ 私は「はい…」と返事をする チャーリー警部はジッと私を見ていた 「君が例え悪に手を染めない白だったとしても… 君の知能を求める多くの黒は…白である君に手を伸ばすだろう 今は伸ばされる数ある手は捕まえられてはいるが、 いつかそれを掻い潜ってくる者が必ず現れる筈だ… 君自身もその手に警戒しなさい 今君の周囲の人間も白だと思って信じない事だ… 黒は表面に黒を出す者だけじゃない… 表面の黒を隠し、白だと装い潜んでいる可能性もある…」 “キッドのように…な…” そう言って私を見下ろすチャーリー警部 その瞳はとても真剣で、私に警戒を強く求めていた 「(チャーリー警部は知ってるのだろうか? 私が謎作りが好きで、それをキッドが求めていたことを… だから警戒しろ だなんて言うのだろうか?)」 私は思い出しながら首をふる いや、知らない筈だ… あの場所にはキッドと私しかいなかった ならチャーリー警部の言葉の意味は? もしや、私がキッドのファンでいることを望んでおらず… 反対に警戒しろと言ってるのだろうか? そう答えに無理矢理行きつくと、 私は改めて考える 「(確かにキッドは盗む理由や行動に悪を感じさせないけど、 その行為は確実に犯罪者だ… その犯罪者のファンと言えば聞こえは確かに悪い… けど、だからと言って私はキッドのファンをやめるつもりは無い 私はキッドが好きだ 10前のあの夜… キッドが夜の街に1人心細くなる私の前に現れ、マジックを見せてくれたあの瞬間から… 今も尚、ショーとして私達に魅せる技術(マジック)で楽しませてくれるキッドが… 私は大好きだ けど… だからと言って私はそのキッドに求められ手を伸ばされても… その手を掴むことは… 絶対しない…)」 私はただの… キッドのマジックに魅せられる一ファンだから… 私はチャーリー警部を見上げる 「心配してくれてありがとうございます でも大丈夫です… 私はあくまでも一ファンで、その手を掴むことはしませんから…」 「それは…」 「それに… 掴んだら必死に嫌がる小さなお友達がいるので… その子に嫌われたくないので、掴む選択肢なんて私の中でこれっぽっちも有りませんから」 必死に嫌がであろう小さなお友達 それは勿論あの賢くて馬鹿で…何だか目の離せない男の子 彼には内緒だが、いつか彼が「キッドに仲間に誘われたらどうする?」なんて言っていた言葉を思い出す あの時は何を有り得ない妄想を…と無視したら、なんと今回リアルで誘われてしまった この事を彼に話したらどんな反応をするだろうか? きっと不満そうに顔を歪めながら「犯罪は駄目だからね!」だなんて詰め寄ってくるかもしれない あぁ…なんて面倒な子 絶対言えないや そんなことを思いながらフッと顔の筋肉を緩めていれば、チャーリー警部が「Ms松島…」と私を読んだ… しかし 「美紀姉ちゃん?」 私達しかいないこの場に現れた小さな存在… 「あ、コナンくん」 私が今しがた思い出していた男の子だ 「蘭姉ちゃん達が遅いって怒ってたよ?」 「え?あぁ、そんなにたってた? ごめん、今行くね?」 私はチャーリー警部に向き直る 「じゃ、私行きます」 「……あぁ…」 「誤解が解けて良かったです じゃ、お元気で」 此処で別れれば、もうこの人とは会わないような気がした だからしっかりと挨拶をして私はコナンくんに向き直った 「行こうかコナンくん」 「あ、うん… バイバイ、チャーリー警部」 コナンくんもチャーリー警部に挨拶をして、警部も手を振った 少し歩いてからコナンくんが尋ねた 「チャーリー警部と何話してたの?」 「ん?キッドを犯罪者呼ばわりしてごめんねってことと…」 「ことと…?」 そこまで言って私は言葉の選択をミスをしたことに気付く 「あぁ…キッドを犯罪者呼ばわりしてごめんねってだけだよ?」 「…美紀姉ちゃん?」 ジトリとしたコナンくんの視線が突き刺さる …ですよね?君は誤魔化されてくれないよね? 私は苦笑して「蘭ちゃん達には秘密だよ?」と念押しして次の言葉を言った 「何だかチャーリー警部に【ひまわり】を狙う人間の1人として疑われてたみたいでね」 「は!?」 「うん…驚くよね でも、ちゃんと事件も解決して疑いが晴れたから、そのことについても「ごめんね」って謝ってくれたんだ」 「何で美紀姉ちゃんが?」 本当にね 「私の何処が危ない人間に見えるんだろうね?」 そうコナンくんに言えば、コナンくんは何かを考えているのか顎に手をあてていた 「(もしかしてチャーリー警部… 松島の才能のことを知っていた? 今思えば有り得なくは無い… 結構前に世良が美紀の昔作っていたサイトは世界で警戒されてるかも…って言ってたし…チャーリー警部もサイトの存在と、その管理人が美紀だという事も知っていた可能性がある 空港でも異常に松島を警戒してる節はあったし… 空港で松島のキッドのファン発言もあった もしかしたら… チャーリー警部はキッドを庇う松島を見て、 あの才能を持つ松島をキッドの協力者だと勘違いして警戒していた?)」 考えているコナンくんが急に顔を引き攣らせた どうした? そう思って見守っていれば、コナンくんはチラリと私を見上げてくる 「そう言えば美紀姉ちゃん… あの崩落しかける建物の中でキッドと2人っきりになってたよね? 大丈夫だった?」 何気ない疑問の言葉だったのだろう 心配の色を含み問われた言葉に、私はビクリと反応した そんな私の一瞬の反応にコナンくんが気付かない筈がない… 「…何かあったの?」 Oh…私の馬鹿… 「何もないよ? ただエレベーターに行って脱出できるか確認して、脱出何とか出来そうだねコナンくん達の元に帰ろうってな感じだったし…」 「それにしては帰って来るの遅かった気がするんだけど…」 ジトリとした視線が向けられる 私は顔が引き攣りながら、ジリッと後ずさる 「美紀姉ちゃん?」 「コナンくんが心配するようなことは何もないってば!」 「それを判断するのはボクだよ」 「あぁ!もうやっぱりめんどくさいなぁ!」 予想通りだよ! こりゃ、絶対言えないや 私はバッと走り出してコナンくんから逃げる 後ろから「美紀姉ちゃん!」と叫ぶコナンくんの声が聞こえる中 私は助けを求めて蘭ちゃん達の元に逃げるのだった なので、残されたコナンくんが… 「(メンドクサイってなんだよ! 俺に言えないことがあったってことは確かってことだろ!? 何だよ!いったいキッドの奴松島の奴に何しやがった!?? まさか… まさか松島のやつキッドに勧誘なんてされてねえだろうなあ!?)」 と顔色悪く、まさかの事実を言い当てているなんて… コナン君から逃げる私は… 知る筈もないのだった 【おわり】 [newpage] ◆少し長いおまけ◆ 【ひまわり】の事件が終わった次の週の休日… “ひまわり展の感想を聞かせろ”と言う理由で… 私は黒羽くんに喫茶店に呼び出されていた しかしまぁ… その感想を求められても私は困るのだが… 何故なら… 展覧会の後のハプニングの印象が強すぎて、 展示内容なんて記憶に殆ど消えてるのだから… 「――な感じだったよ?」 「へぇ…」 私は薄い記憶を何とか思い出し、それらしく話した しかし黒羽くんは何処か薄い反応ばかりで、私は困るしかなかった 「「…」」 休日の比較的空いてきた喫茶店で、私達は無言に飲み物を口にする コップに向けていた視線を黒羽くんに向けると、丁度黒羽くんも私を見ていたのかバチリと視線が合う しかし黒羽くんはすぐに視線を反らすのだ 「…黒羽くん?…何か怒ってる?」 「…いや…」 怒ってなくても何か言いたいことが有りそうな空気を纏う黒羽くん… 私は意を決して口にする 「…言いたい事があるなら言ってくれないと私分からないよ?」 「…」 ピクリと反応を見せる黒羽くん やはり何か私に言いたいことがあるのだろう… 私を嘘の理由で呼び出すほどの… 私は黒羽くんの言葉をドキドキしながら待った そして 「…怪我…大丈夫なのか?」 「へ?」 黒羽くんの言葉に私は目を丸める 「擦り傷…あっちこっちにあるみてぇだから…」 チラリと向けられる視線の先は私の腕や顔…足にまだ残る怪我の痕 どうやら心配してくれてるようだ 「あぁ…うん…ちょっとスリリングなことが…」 「【ひまわり展】」 私の言葉を遮り言った黒羽くんの言葉に私はドキッとする 黒羽くんを見れば… 黒羽くんは顔を少し顰めながらも私を見ていた 「…俺言ったよな?」 「へ?」 「“何かやばいと思ったらスグに逃げろよ?”って…」 その言葉に私は思い出す それはひまわり展当日… 私が黒羽くんがひまわり展に参加してるのではないか…と思い、黒羽くんに連絡をとった時に言われた言葉だ 『『開催する前から結構色々ごたついてたってニュースでもしてたから気をつけろよ?』』 「「へ?」」 『『何かやばいと思ったらスグに逃げろよ?良いな?』』 確かに黒羽くんはそう言った 私に逃げろ…って… けど、現実は逃げるどころではなくて… 私はもの言いたげな黒羽くんの視線に怯み、視線を反らそうとした… しかし、反らすよりも早く… 「ニュースで観たぞ… 展覧会でおこった中継… なのに事件が終わっても連絡は来ない… 気になって呼び出したら傷だらけのお前…」 「う…」 「…俺は怒ってない… ただダチが心配なだけで… ダチが危ない目にあってるのに何もできなかったことに自分自身に苛立ってるだけ」 「…黒羽くん…」 それが本当なのかわからない… けど黒羽くんの言葉はとても嘘には思えなかった 黒羽くんはまた飲み物を口にふくむ… .... 「(あぁ…そうだよ… 俺は自分に苛立ってるだけだ… すぐ目の前にいる 谷底に落ちていくダチをみすみす助けられずに… 俺の力が及ばないがために美紀の手を引っ込ませた俺自身に苛立ってるだけ…)」 俺は思い出す 鍾乳洞が崩れ建物が崩壊し、 俺も美紀も…探偵もその幼馴染も先の見えない闇に落ちていく中… 死の恐怖に怯えるダチに手を伸ばそうとして、その手を掴めなかった その手を掴みたいのに、別の手を掴むしかなかった俺が… どれ程、あの瞬間あの後…後悔にむしばまれたか… 目の前の傷だらけのダチは知らないだろう 「(必ず安全な所まで送り届ける…そう言ったのに…ッ)」 コップを掴む手に力が入る 俺は視線を上げ、目の前に座る困惑しながら自分を見つめるダチを見つめた 「なぁ…美紀…」 「…?何?」 「手…出して…」 「手?」 突拍子もない言葉に美紀は首を傾げた 傾げたものの、そろりそろりと何か疑うように手を突き出してくる美紀の手を… 俺は強く掴んだ そして再確認するんだ 「(この手を…掴みたかった)」 俺はこの手の感触を忘れないように強く強く握る 「(もし…もし…前のようなことがあれば… 今度こそ…今度こそこの手を掴みてぇ…)」 「えーと…黒羽くん…」 「(決して伸ばそうとした手を引っ込ませるようなことはしない… 無理矢理にでも必ず掴んで助け出すから… だから… 今度こそ、その時は… 俺に手を伸ばし…この手を掴んでくれ…) ワン…」 「へ?」 戸惑う美紀を他所に、俺はカウントを始める 「トゥー… スリー」 「…?」 カウントが終わる しかし何も起こらない状況に美紀が首を傾げる 俺はフッと笑い 握っていた美紀の手をゆっくりはなす するとそこには… 「……ひまわり?」 美紀が自分の手にある小さなプラスチックのひまわりの玩具に目を見開いた そんな美紀に俺は満足して笑みを浮かべる 「やるよ」 「え?良いの?ありがとう」 まじまじとひまわりの玩具を見つめる美紀に息をつき、俺は残り僅かの飲み物を飲み干した… すると… 「黒羽くんちょっと手借りるね?」 「は?」 空いていた俺の手を突然掴んだ美紀に、俺は目を丸める そして繋がれた手が、先程とは違い自分からではなく美紀から捕まれたことに… 俺は少し動揺した 「(手を伸ばして掴んでほしいのは今じゃねえんだけど…)」 そんなことを思いながら顔を引き攣らせていれば… 「ワン…」 美紀が突然カウントをし始めた 「(まさか…)」 俺は別の意味で更に顔を引き攣らせる 「ツー」 「(見せてから10秒もかかってねえだろ?!)」 「スリー!」 カウントを終わらせ美紀が手を離そうとする しかし… 無意識だった… 「え?」 「あ…」 俺は美紀の手を握ってしまっていた すぐに手を離せば広がる空間 そこからはコロン…と… 先程俺が美紀にやったひまわりの玩具が机に落ちていた 「(マジかよ…)」 「やった!成功!!」 喜ぶ美紀を他所に俺は大きく息をはいた 「(あーあ…)」 俺は自分の手を見つめ… そして先程までつながっていた美紀の手を見つめた 「あったけえなぁ…」 繋ぎ、繋がれたこの日… 俺は次もこんな簡単にコイツの手を掴めれる様にと… 願われずにはいられなかったのだった… 【おまけ終わり】
【※読む前・コメントを書く前の注意事項※】<br />今回のお話ではオリ主に対して警戒心バリバリのキャラクターが出てきますのでご注意ください。(オリ主へのあたりがキツかったりします)<br />もしかしたらそのキャラクターに対して不快に思う方もいるかもでしょうが、そこは物語上仕方ないので、注意事項を読んだ上で自衛フル装備して閲覧をお願いします。<br />読んだ後はキャラクター・話展開への不満等は心内でおさめ、コメント等には過激な発言はお控えくださいませ。<br />あと、いつも通りご都合展開満載です。<br />細かい突っ込みは無しで、雰囲気で読んで頂きますようお願いします。<br /><br />●さてさて注意事項はこの辺で…<br /><br />前回のシリーズ18を見て「次の話はとうとうあの男が登場か!?」…っと期待した一部の皆様………申し訳ない。<br />まだまだ次のルパコナ回はまだ先なのです。<br /><br />焦らすに焦らすSですみません←<br />(書きたいものがまだ色々とありまして…)<br /><br />「じゃ、今回の話は何なんだ?」と思われるでしょう…。<br />その疑問に少しだけお答えします!!<br /><br />なんと今回のお話は…展開がガラリと変わり、まさかの劇場版のお話です!<br />(祝・初劇場版!わーぱふぱふ!おめでとう(?)オリ主!)<br /><br />映画一本分なので文字数を見て貰えるとわかりますが、今回はいつも以上に無駄に長いです!ならば前編後編で別けようとも思ったけど、何処で区切れば良いのかわからなくなった( ノД`)…<br />すみません、読むの本当に頑張ってください…(遠い目)<br /><br />いやはや、ここシリーズ19に来て何故かifや番外編でなく、本編に突如劇場版を絡ませちゃう私……本当好き勝手妄想を楽しく書いてます。<br />出来ればこんな自由な迷子の妄想を見放すことなく、これからも付き合ってやって下さい。<br /><br />そんな訳で爆弾爆発当たり前の劇場版名探偵コナンの世界で、一般人()のオリ主がどう巻き込まれ、動き回り、無自覚にやらかすのか…<br /><br />読んで確認してやってくださいませぇぇぇ!!←テンションがおかしい
今ハマってることは完全犯罪を考えることです19
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052352#1
true
荒療治って、本当に効果があるんだろうか。 長らくお世話になった、空っぽの部屋を見渡す。 あるのは三つの段ボールだけ。 他に目を引くのは、絨毯を敷いていて見えなかった傷んだフローリング、壁には画鋲の跡や、ところどころで剥がれかけの壁紙。 ボロボロの壁は、看護学生だった頃に必死にいろんなものを覚えようと紙を壁に貼っていたからだ。 フローリングは掃除の時に気が付いていたけど、女一人の手じゃどうしようもない。 大学生になる時にここで一人暮らしを始め、無事夢だった看護師になり、そしてアイドルになった。 高校の時から一緒にバンド活動をやっていたメンバーの溜まり場もここだったし、あまり思い出したくない歴代彼氏のダメ男が住み着いていた場所でもある。 それに、私が今所属しているアイドルグループに、友達だったプリマちゃんから誘われたのも、この場所だ。 それなりにたくさん思い出が詰まっている。 今からひとつひとつ思い出せば、到底明日この場所を去る時間に間に合わないくらいに。 場所を変えようと続くはずの日常をこれだけ執念深く思い出すのは、何も引っ越すから、というだけの理由ではない。 これから引っ越す場所では、言わずもがな、きっと地獄の日常が待っているだろうから。 私は深くため息をついて、未練がましく床に寝転がった。 [newpage] 翌日の午前十一時半。 キャリーバッグを引いて着いた場所は、閑静な住宅街を少し外れたところにある、一軒の家だった。 私は、設立間もない小さな芸能事務所に所属する女性アイドルグループの一員だ。 先輩も後輩も、私達以外全員男だし、最初こそそんなに頻繁に仕事もなかったから、看護師と兼業していた。 だけど、この間大きなイベントを終え、その後にもいろいろとアクティブになってきたのだ。 そういうわけで、この度全員がアイドル活動に専念しよう、という意見にまとまり、地方や外国に住んでいた人は上京してくることになった。 まあ要するに、私達の親族グループと呼ばれているあの人達と同じ道を順調に歩んでいるわけだ。 だからと言ってこんなところまで…、メンバーとのシェアハウスまでさせなくても、というのは私だけの意見ではないはずなのだが。 今一度、目の前の大きな家に目を向ける。 まあそりゃ、私達の場合は親族さんとは違って、事務所にも所属していない"アイドル気取り"のシェアハウスとは訳が違う。 とはいえ、こういうところにだけ顕著に差を感じるのはとても申し訳ない気がするんだけど…。 白と淡いピンクの可愛らしい外観、面積自体はお屋敷だとか言うほど広いというわけではなさそうだが、おそらく三階建てだろうか。 白い柵で覆われた敷地内には、建物と同じくらいの大きさの庭があるようで、芝生に花が咲いているのが見える。 玄関の方には、柵が途切れて小さな門のようなものが構えてあり、押し開けても錆びたような音がすることはなかった。 実家がお金持ちなクソ代さんとけい子ちゃん、お金も仕事も有り余っているふくえさん、可愛い妹の為ならお金の出し惜しみなんて一切しないパトロン持ちの2子ちゃん。 半数がこれなのだから、この無駄に豪華な家も頷かざるを得ないのかもしれない。 何よりこの家は、あの姉妹全面プロデュースだと聞いている。 室内にシャンデリアがないことを祈ろう。 「わぁ〜、すごいねこの家。女の子の夢って感じ〜!」 「ほんま〜、すごいなぁあの人達〜。」 背後から聞こえた会話に振り返ると、そこにはまったりと話しながらこちらへ向かってくるねーちゃんとプリマちゃんがいた。 二人は私を見つけて、げみたん!、と手を振ってくれる。 限りなく平和だ。この子達といる間は。 「おはよ。二人は一緒に来たの?」 「ううん、そこで会ってん。げみたんも今来たとこ?」 「そうそう。今までボロアパートに住んでたから、入るの躊躇しちゃって。」 「わかる〜、田舎にはこんなおしゃれな家ないもん。」 「うちなんて日本家屋って感じやで!畳やから踊ると靴下がすり減るんよ〜。」 一通りくだらない話をして、玄関でチャイムを鳴らす。 ピンポーン、と軽快な音が家全体を包み、開いてるわよぉ!、というけい子ちゃんの声が聞こえた。 インターフォンを経由していないから地声だ。 ふくえさんやあかねちゃんがいたら喧嘩になっていたレベルの声量だろう。 「お邪魔しまーす!」 三人で声を揃えて扉を開くと、外観と同じ雰囲気の可愛らしい玄関が見えた。 茶色いタイル張りの三和土には、薄いピンク色のピンヒールと赤いサンダルが置いてある。 隣の靴箱には紫のピンヒールも仕舞ってあった。 薄ピンクのものと色違いのようだ。 「バッカじゃないの。この家いつでも歌とダンスが練習出来るようにって防音だとか言ってなかった?インターフォンすら使えないの?」 「うるさいわね、あんたも姐さんも料理出来ないせいで手が離せないのよ!大体なんで私があんた達の分まで…。」 喧嘩になっていたレベルの声量、間違いなかった。 リビングには、先程の大声のことで喧嘩するあかねちゃんとけい子ちゃん。 リビングとダイニングは繋がっているらしく、正確にはリビングにあかねちゃん、ダイニングにけい子ちゃんだ。 「わ〜いい匂い!なに、チャーハン?」 「そうよ。あんた達が昼前に着くっていうから作っててあげたの。文句は受け付けないわよ。」 「やった〜!けい子ちゃん意外と家庭的なんやね〜!」 目を輝かせてけい子ちゃんの元に走って行くねーちゃんとプリマちゃんを見て、私はリビングの方へ向かう。 スマホを見ているあかねちゃんの隣に腰を下ろすと、あかねちゃんが弟のあおいくんのツイートを見ていることがわかった。 そういえばフォーゲルさんが、ツアーの第二弾が始まったからまたお土産買ってくるね、ってメッセージをくれたんだよね。 ちょっと嬉しくなって笑ってたら、いつの間にかこっちを見ていたあかねちゃんに引かれた。 「…そういえば、あとの三人はいつ頃着くの?」 「午後としか聞いてない。出来る限りここには来たくないんじゃないの。子役バカは仕事らしいよ。」 子役バカ、多分ふくえちゃんのことだろうな。 蘭千代さんと2子ちゃんは保護者との兼ね合いもあるしなぁ。 訳あり組はいろいろと大変そうだ。 「フォゲ美、あんたどれぐらい食べるの?」 「え、えーっと…普通、ぐらい?」 「あんたの普通なんて知らないわよ!これでいいわね!?」 お皿いっぱいに盛られたチャーハンを差し出され、今度から少なめって言おう、なんて頭の片隅で考える。 同じようにお皿を持ってダイニングテーブルを囲んだ私とねーちゃんとプリマちゃんとあかねちゃん。 「ねーさん!お昼ご飯出来たわよ!!ねーさんってば!!」 「ん〜、今行く…。」 けい子ちゃんはスプーンを取りに行くついでに階段を覗き込んで、またまた大声で二階のクソ代ちゃんに呼び掛けた。 あかねちゃんの耳を塞いだ迷惑顔がだいたいの展開を物語っている。 が、すぐにクソ代ちゃんが降りてきたので免れたようだ。 「あらぁ、クソ代ちゃん寝てたん?」 「片付けしとったはずなんやけど、昨日遅かったから寝落ちしてもうたみたいやわぁ。」 「大変だね〜、なにか用事?」 「いや、けい子が落ち着きなかったから…。」 いただきまーす、とみんなで手を合わせて、チャーハンを口に運ぶ。 あ、美味しい。けい子ちゃんほんとに料理なんて出来るんだ。 人は見かけによらないなぁ、とか失礼か。 「けい子、昔から楽しみなことがある日の前日は意味もなく部屋中うろつくんよ。うるさくて寝られへんの。」 「あーーもう姐さん余計なこと言わないでよ!!あんた達も早く食べなさい!!」 正直一番の問題児だと思っていたけい子ちゃんが、案外シェアハウスを楽しみにしていたという新事実が発覚。 憂鬱だった私とは真逆の前日を過ごしていたようだ。性格の違いかな。 もぐもぐとチャーハンを頬張りながら、会話に耳を傾ける。 「ん、そーいやあんた達の荷物も部屋に運び込んどいたわ。適当に運んだから、部屋割り変えたいなら勝手にしなさい。」 「ありがとぉ、けい子ちゃん優しいなぁ!」 「気遣いが大事って書いてたもんな、あれに。」 クソ代ちゃんの視線を追うと、そこにはけい子ちゃんのカバンからはみ出た謎の本。 シェアハウスの心得、と書かれた帯が見えているから、きっとこの話が決まってから読み込んでいたのだろう。 あの活字が大の苦手なけい子ちゃんが、イベントの資料ですら音を上げるけい子ちゃんが、自主的に本を…。 「……………もう姐さんにはご飯作ってあげない…。」 「え〜、なんでやぁ。ひどいなぁ。」 全く心のこもっていないセリフをつらつらと読むクソ代ちゃん。 けい子ちゃんは顔を真っ赤にしてスプーンを握り締めている。 「…あ、2子ちゃんと蘭千代さんがあと十分で着くって。あの二人の分ないなら、早めに食べて片付けた方がよくない?」 「午後って言うから作らなかったんじゃない。あいつらが悪いわ。」 「ギリ午後やなぁ。今十二時十分。」 「午後二時ぐらいまでは午前みたいなもんよ。」 めちゃくちゃな言い分を並べながらチャーハンを完食し、私とねーちゃんでお皿を洗って、二人の到着を待つことにした。 [newpage] 「素敵なお家ですね。洋風です。」 「………広い、お庭。」 目を輝かせながら玄関を潜って現れたのは、待っていた蘭千代さんと2子ちゃんだ。 やっほー!、とプリマちゃんが元気よく挨拶するも、残念ながらそのテンションで返してくれる二人ではない。 「お兄さんとお弁当さんは大丈夫だった?一応シェアハウスには反対だったんだよね?」 「お弁当さんはいつでも私の意思を尊重してくださいますので。反対というより、心配は大きそうでしたが。」 「にぃは、社長さんのところに行った。やっぱりシェアハウス、だめって。その間に来た。」 「連れ戻しにくるパターンちゃうの、それ…。」 話す2子ちゃんは見たところスマホを握っている以外は手ぶらで、最後の荷物はにぃに取られちゃった、とか平気で言うものだからみんなで頭を抱える。 社長が上手く言いくるめてくれることを期待する他ない。 私もこのシェアハウスには賛成ではないのだけれど、前に住んでいた家を引き払ってしまった今、これがやっぱり中止、なんてことになれば行き場を失うことになるのだ。 それは困る。非常に。 二人が昼ご飯を食べてきたらしいことを聞いて安堵しつつ、私達は本格的に家の中を探索しに行くことになった。 相変わらず筆頭にいるけい子ちゃんは全て把握しているようで、案内役を買って出てくれている。 「部屋は二階に五部屋、三階に五部屋の計十室。三階に一部屋余ってるから衣装とか小道具はそこに仕舞えばいいと思うわ。 あとさっき見た通りだと思うけど、リビングとかキッチンとか、あとお風呂とかトイレなんかは一階。ちなみに洗濯機は脱衣所にあるからあとで各自確認しておきなさい。」 「お部屋がそんなに。本当に私達の為に特別に作られたお家なんですね。」 「そりゃそうよ、けい子が我儘言っていろんな業者を酷使しまくったんやもん。」 「なにそれやば。業者さんカワイソ〜。」 「…お庭、見たい。」 「2子ちゃん外好きなん?めっちゃ室内におりそうなイメージやったわぁ。」 「お庭は、お外じゃないけど、お日様に当たれるから。好き。」 みんながガヤガヤと話しながら、庭の方へ移動する。 多分2子ちゃんの言葉は、外は外でも知らない人から余計な視線を浴びたりしなくて済む、ということなのだろう。 絶世の美少女は大変そうだ。 庭に面している場所は大枠が窓になっており、そこから直接庭へ出ることが出来るようになっていた。 靴を取りに行かないと、とも思ったが、そこには既にメンバーカラーのサンダルが用意されていた。 この用意周到さがステージに活かされればいいのだけれど。 …活かされた結果、私達に嘘の集合時間を教えたり、不毛なことに使われたということか。全くだ。 「すご〜い!あっちに赤い実がなってるよ〜!」 「あ、この草見たことある!あれや、草笛作れるやつ!」 「にぃのお花…、綺麗…。」 「お弁当さんのものもありますね。素敵です。」 気がつくと駆け出していたメンバーを追うと、そこには青々と咲く庭が広がっていた。 芝生から咲く花や小さめの木、プランターにはイキシアやジュリア、アナスタシア…、聞いたことのある九つの花が色とりどりと咲いている。 今はアナスタシアが咲くような季節ではないはずなのだけれど、と思っていると、あとで部屋に入れとかないと…、というけい子ちゃんの小さな呟きが聞こえた。 季節をずらして育てられているものを、私達を喜ばせる為だけにとりあえず庭に並べておいたというわけだ。部屋に運ぶ時は手伝おう。 「さ、そろそろ次の場所に行くわよ。いつまでも庭ごときではしゃいでる場合じゃないわ。」 「次はもっとすごいんやで〜。ま、これは社長さんからの意見を取り入れたんやけどなぁ。」 得意げに話す姉妹に連れられ、私達はサンダルを脱いで室内へと戻る。 リビングを抜けて廊下に出ると、すぐ横には木製の扉があった。 風景に溶け込んでいる為、言われないと気が付かない、気がする。 行くわよ、とけい子ちゃんが扉を開くと、そこに続いていたのは部屋、ではなく下り階段だった。 驚くプリマちゃんと目を合わせて首をかしげる。 そんな私達を見て、クソ代ちゃんが階段を下りるよう促した。 地下室なんて、一体何があるんだろう。 ドキドキとワクワクが入り混じって高ぶる感情を抑え、階段を下りて行く。 パチン、と音がして電気が付くと、それがなんなのかはすぐに察しがついた。 「……!練習スタジオ……!?」 一面鏡張りの、そこはダンススタジオだった。 各々に、わぁ、だの、きゃあ、だの感嘆の声を漏らして目を輝かせる。 プリマちゃんは機材の方に走って行って、既に自分のスマホを繋いで曲を流そうとしているらしかった。 「ここでこれから毎日、気軽に練習出来るわよ。勿論完全防音だから、ど深夜に歌の練習も出来るわ!」 「じゃあ酔って絡んでくるクソ代さんはここに閉じ込めてれば無害ってことね。了解。」 「スタジオとしての役割失うの早すぎない…?」 「ていうかこれ、実質四階建てってこと?すごくな〜い!?」 言われてみれば確かにそうだ。 四階建て、しかも地下室って。 練習スタジオに庭、しかも10LDK。 どんな豪邸だ。どこの金持ちだ。 ………そういえばお金持ちだったな、この人達。 [newpage] その後、一旦各々でやることをやろうと解散。 プリマちゃんとあかねちゃんは早速スタジオに残って練習するらしく、クソ代さんはリビングのソファで仮眠を取るそうだ。 私は部屋を片付ける為に部屋へ向かうことにした。 とりあえず二階へ上がると、廊下を挟んで両側に五つ部屋があるのが見える。 扉には、みんなの名前が書かれたメモが貼り付けてある。 けい子ちゃんの字だとすると、予想に反して結構丸文字だな、というどうでもいい感想を飲み込んだ。 二階には、2子ちゃん、クソ代さん、ふくえさん、蘭千代さん、あかねちゃんの五人の部屋があるようだ。 またひとつ階段を上り、また同じような景色が広がっていることを確認する。 二階と三階は殆ど同じ間取りになっているらしい。 相変わらず扉に貼ってあるメモを見て、私の部屋が三部屋並ぶ方の一番奥の部屋だということを把握した。 隣はプリマちゃん、向かいはねーちゃんの部屋みたいだ。 自分の部屋の扉を開く。 ごくシンプルな、白い壁紙にフローリングの部屋だ。 私の荷物がダンボールに詰め込まれて幾つか運び込まれている。 前の部屋から殆どの荷物をここに運び込んでいるのだから、整理するまでかなりの時間を要することだろう。 だけど、各々特徴の出る部屋になることは間違いない。 それは少し楽しみでもある。 「フォゲ美〜、邪魔するわよ。」 扉越しに聞こえた声で、それがけい子ちゃんの言葉であることを察した。 返事をする前に扉が開き、部屋着に着替えたのであろうけい子ちゃんが現れる。 「あれ、けい子ちゃん。どうかしたの?」 「別に。暇だから来ただけよ。」 私が開いたばかりのダンボールを覗いて、懐から出したカッターナイフで他のダンボールを切り開いていく。 そっか、荷解きを手伝いに来てくれたのか。 ありがと、と言えば、暇なのよ!、となぜか怒られたけれど。 「…そういえばあんたは。」 「…ん?」 「…あんたは、どう思うの。このシェアハウス。」 質問の意図が見えず、きょとんと首をかしげる。 けい子ちゃんはカッターナイフを置いて、むっとした顔をこちらに向けた。 「……だからぁ、みんなあたしが楽しみにしてたって聞いて驚いてたじゃない。それって要するに、あんた達は楽しみじゃなかったってことでしょ?」 まあ、楽しみどころか憂鬱だったけど。 楽しみにしてたんなら、少なからずショックだったのかな。 だとしたら、悪いことをしてしまったのかもしれない。 「…正直、一応はわかってたのよ。私達をシェアハウスさせようなんて、あの社長の頭もどうかしてるわ。」 けい子ちゃんは不貞腐れたように頬を膨らませて作業に戻る。 耳はけい子ちゃんに傾けたまま、私も作業を続けることにした。 「自分達がシェアハウスしてもっと仲良くなっただとか知らないわよ。ていうか、もともと仲が良かったからシェアハウスしようなんて話になったんでしょうが。私達は仲が悪いんだって、なんでわかんないのかしらね!」 「………だから、仲良くさせる為にシェアハウスなんでしょ?」 「シェアハウスなんて反発し合って余計仲が悪くなるだけだって話をしてんのよ!」 多分けい子ちゃんの性格上愚痴る為に来たわけじゃないだろうし、と少し突いてみようと横目でそちらを伺う。 「でも、楽しみだったんだよね?」 「…………、姐さん以外と生活するのが初めてだったから、ちょっと浮かれてただけよ…。」 そういえば、そっか。 なんだかんだ私は、バンドメンバーだのダメ男だのに囲まれて過ごしていたから気が付かなかったけど、友達と同じ家に住むって結構すごいことだよね。 「じゃあ、それでいいんじゃないかな。悪いことになるかどうかは、まだわからないし。」 あの社長が、考えなしにこんな大掛かりなことをするはずがない。 つまり、私達にシェアハウスをさせれば、仲良くなる確信があったことに他ならない。 いや、仲が良くなる確信なのかどうかはわからないけど。 ただチームワークが出来るということかもしれないし、当初の私の予想通り、譲歩し合うことを覚えろという荒療治なのかもしれない。 だけど、けい子ちゃんが案外楽しみにしていたことや、料理が得意で私達と仲良くしようとしてくれていること、そのほかにも、今日だけで沢山わかったことがあった。 どうあれ、社長の作戦は成功なんだろう。 「ブスのくせに生意気よ…。でもまあ、あんたが肯定してくれるのは、素直に嬉しいわ。」 顔を真っ赤にして背けたけい子ちゃんを見て、やっぱりこのシェアハウスは新しいことを知れるんだな、と思った。 [newpage] 「あ、ふくえさんもう着いてたんですね〜…って…………え?」 「ふくえちゃん大丈夫!?なんか顔色悪ない!?」 荷ほどきをしていたら、あっという間に夜になった。 夜ご飯もけい子ちゃんが作ってくれるのかな?、なんて思いつつリビングへ降りたら、ソファでだらしなく項垂れるふくえさんがいた。 その顔はなんだかよくわからないけど黒ずんでいて、とりあえず一言で表すなら、汚い。 絶対に口には出せないけど。 駆け寄ったプリマちゃんがぶんぶんと視界を飛び跳ねているが、ふくえさんはそれにすら反応する気力がないようだ。 「疲れたのよ……顔色はメイクが落ちただけだから心配しなくていいわ…。」 「そ、そうですか……。」 そういえば、ふくえさんはモデル系のお仕事の時は青系のアイシャドウを使っていることが多かったな。 まあ、アイシャドウが顔全体に流れ落ちてるのは異常事態だと思うけれど。 「蘭千代さんってお弁当さんと別離出来………………えっ、ちょ、…なによそれ、死体?」 「あらあら………。」 「……………顔、酷い。」 同じような事情だろうか、階段を降りてきたクソ代さん、蘭千代さん、2子ちゃんがふくえさんを見て絶句する。 当然のリアクションだ。 動かなければ、本当に死体みたいだもん。 「ちょっと起きぃや、そんなとこで寝られたらディナーが食べられへんやろ。」 「……………。」 「無視せんとってくれへん?………はぁ…、とりあえずお風呂入ってき。けい子もそろそろ帰ってくるはずやし、出てくる頃には夜ご飯出来てると思うわ。」 ぺちぺちとふくえさんの頬を叩いたクソ代さんが呆れ顔で呼びかけ、ふくえさんがのそりと体を起こした。 言われた通りにお風呂に向かっていったふくえさんを見て、蘭千代さんと2子ちゃんが目を合わせて笑っていた。 「…なんか、クソ代さんって意外とお母さんみたいなんですね…。」 「うるさいわよ、ブス。けい子と暮らしてると自然とそうなるの。」 あまり嬉しくない情報を聞いたところで、けい子ちゃんが帰宅。 夜ご飯の買い出しに行っていたらしく、おしゃれな服に似合わないレジ袋をたくさん提げているのが少し可愛らしく見えた。 [newpage] 「にしても、なんとかなるもんなんだね〜、シェアハウス。もっと初日から床が抜けたりするかと思ってたよ〜。」 ダイニングからいい匂いが漂ってくる中、ジェンガをしながら時間を潰す私達の会話は、間延びしたねーちゃんの発言から始まった。 「ほんまやんなぁ〜、最早業者さんに住み込んでもらった方が早いんちゃうかと思ってたわ〜。」 「二人とも、よくそんなことが起こると思いながら来たね…。」 「ま、なにがあってもあの金持ち姉妹に任せときゃ万事解決でしょ。」 お金的な意味でね、と付け足していつの間にか現れたあかねちゃん。 しれっとジェンガのブロックをひとつ抜き取る様子は華麗だ。 プリマちゃんから、おおー!、という歓声が上がったが、その声でジェンガが崩れそうなのは言うべきところではない。 次の言葉を紡ごうとしたところで、ダイニングにいたけい子ちゃんから驚嘆の声が上がった。 「あーーーっもう、ちょっとぉ!誰よ犬なんて連れて来たの!!」 「あれ、部屋に連れてったのに。」 「パグだ〜、めっちゃ可愛いね〜。名前は〜?」 「ハロちゃん。あおいがツアー先で一目惚れして連れて帰って来たの。」 「ハロちゃんだろうがバボちゃんだろうがここはペット禁止よ!衣装汚れたらどーすんのよ!!」 「バボちゃんはええやろ、バレーボールやで。」 「あれには、お弁当さんが好きなキャラクターと共通するものを感じますね。」 「…お弁当さんのやつの方が、可愛い。」 「本当にあなた達はうるさいわね。お風呂場まで丸聞こえよ。」 「あ、ふくえさん!お風呂入って復活したんや〜!」 穏やかだったリビングは、続々と現れたメンバーによって非常に騒がしくなった。 あーあ、これから毎日こんな感じなのか。 呆れ交じりにため息をつく。 だけど、望んではいなくとも、少し楽しみになっているところが少し不思議だ。 庭にあるサンダルには既に赤色のものにいろんな飾りが付いていたし、誰かが全員分の部屋のプレートを掛けてくれていたから、きっとそれは私だけではないはず。 喧嘩ばかりだろうけど、もうなんだか、それも悪くない気がするんだ。 「さ、夜ご飯食べるわよ!テーブルあけなさい!!」 これからどうなるんだろう。 九人で囲むテーブルは、少し狭く、騒がしかった。
某アイドルグループ様のお名前をお借りした二次創作小説です。<br />今回は親族様方のお話になります。一律【常盤親族目線】。いつもの集団コントです。<br />その他、公式様、ご本人様のご迷惑になるような行為は慎むようお願い致します。<br />それでは、良識を持って、ご本人様としっかり区別出来る方のみご閲覧ください。<br /><br />続編『親族さん達のシェアハウスは始まったばかり』<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10188894">novel/10188894</a></strong><br /><br />[追記]<br />2018年08月29日付の女子に人気ランキング98位、2018年08月23日~2018年08月29日付のルーキーランキング24位にランクインしました!ありがとうございます…!!<br /><br />[さらに追記]<br />2018年08月24日~2018年08月30日付のルーキーランキング53位にランクインしました!本当にありがとうございます…!!!
親族さん達がシェアハウスするだけ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052401#1
true
「…あ、瀧くん?」 お姉ちゃんがスマホを取り出して電話をかけた。 早速、立花さんに連絡を入れたようだ。 「…うん、大丈夫。  まだくわしくはわからんけど、意識もはっきりしてたみたいやし、  そこまでひどい状態でもないみたい。  うん、ごめんね。心配かけて。  サヤちんやテッシーにも伝えといて。」 お姉ちゃんもわざわざお父さんの前で電話せんでもなぁ。 お父さんも呆れてるんやない? 「…うん、大丈夫やって。  秋祭りも終わったし、もうこの時期は特別な行事もないし、  え?…言ったな?これでも神社の事は  もう、ほとんど任されてるんやからね!」 でも、立花さんと話してる時のお姉ちゃんって、 コロコロと表情が変わって、活き活きしてるって言うか本当に楽しそう。 つい私も嬉しくなるも、ふとお父さんが視界に入ってぎょっとした。 …お父さん、お姉ちゃんを見ながら滅茶苦茶顔を渋めているし。 うわぁ、これはかなり怒っとるなぁ。 確かに、おばあちゃんが入院した事には変わらんのやし、 お姉ちゃん、ちょっとはしゃぎすぎやよ。さすがにもう切った方が… 「…四葉。」 「え?な、何?」 お姉ちゃんじゃなくて私?何で私なん? 正直な所、 お父さんに話しかけられるのは、まだ慣れない。 私はほとんど物心ついた頃からおばあちゃん、お姉ちゃんと3人暮らしだった。 お父さんと一緒に暮らした記憶なんて、おぼろげにしかないから。 「…四葉は、  その立花瀧くんとは、会った事はあるのか?」 一瞬、お父さんの言ってる意味がわからなかった。 こんな時に嬉しそうなお姉ちゃんに対して怒ってるとばかり思ってたから。 この様子だと、お姉ちゃんじゃなくてむしろ立花さんに怒ってる?いや何で? 「う、うん。この間泊まっておったし。」 困惑しながらも、とりあえず答える。 「泊まった…?」 あれ、何かお父さん凄くショック受け取らん? 何をそんなに驚いてるんやろ? 「い、いや待て、まだ三葉は…  いや、もう二十歳か。」 自分で言って、自分で何か納得しとるし。 さっきからお父さん、どうしたんやろ? …そう言えば、あっさりと立花さんのフルネーム覚えたな。 職業柄かもしれんけど… …ん?ひょっとしてお父さん、 私の中で、とある憶測が過ぎるけど… いや、まさかなぁ。さすがにそんなわけないわ。[newpage]目が覚めてたら泣いている。 3年くらい前から、たまにそんな事があった。 今なら理由はなんとなくわかる。 あれはきっと、夢で瀧くんと会っていたのだと思う。 けど、今朝の夢は全く違う。 いや瀧くんの夢を見ていた、そこまでは正しいんだけど… ―さよなら、瀧くん… 思い出すだけでまた涙が出そうで、慌てて濡れた頬を拭う。 詳細は思い出せない…思い出したくもないけど、 私がそうはっきりと瀧くんに告げた事だけは覚えている。 なんで、あんな夢を見たんだろう。 自分でもわからない。 瀧くんを思い出してから彼が近くにいない初めての朝。 これは離れ離れになった事の不安なん? でも、わからない。 瀧くんから言われるならとにかく、何で私からあんな事を? わからない…わからない。 まさか、自分の深層心理にそんな想いが隠れてるのでは? そんな事すら考えてしまいゾッとする。 たまらなく恐ろしくなり、ぎゅっと自分の身体が抱きしめる。 彼に抱きつきたい、あの時みたいに抱きしめて欲しい。 そんな衝動に襲われる。 「お姉ちゃん、ご飯やよ!」 いつもの様に、四葉が遠慮なく襖を開けて起こしに来た。 慌てて涙を拭う。 そうだ、今日はお父さんが迎えに来るんだ。 …うん、さっきのはただの夢なんやから。 きっと瀧くんを宮水家に巻き込みたくない、 そんな心理があんな夢を見せたんだろう。 ただの夢と割り切るには、やたら鮮明やった気がするけど 今はお父さんの問題を解決せんと。 …今日、おばあちゃんのお見舞いをした後、 お父さんと、ちゃんと話し合わないと。 瀧くんと先に進むには、絶対に避けられない問題やと思うから。 そう、きっとあれはお母さんからの警告。 ちゃんとお父さんと仲直りしないとこうなるって。 頬をパチンと叩いて気合いを入れる。 お父さんとは昨日、久しぶりに話して少しは慣れたと思ったけど、 やっぱり、まだ少し躊躇しちゃうな。 四葉が用意してくれた朝ご飯を食べながら、 ふと気になった事を尋ねた。 「四葉はどうすんの?学校は休むの?」 「…お姉ちゃん、何を言ってんの?  今日は日曜やよ?」 「え?」 あ、そうか。 よくよく考えてみれば今日は日曜だった。 おばあちゃんが倒れた事はもう、町全体に知られてるだろう。 仮に平日だとしても、 休んでおばあちゃんのお見舞いを奨められたのかもしれない。 …四葉なら大丈夫やと思うけど、こう特別扱いされている事が、 一部の人におもしろくないと思われる原因なんやろうなぁ。 そう考えると、改めて日曜日でよかったと思う。[newpage]三葉と四葉を迎えに宮水家へ向かう。 二葉を亡くして以来、一度も足を踏み入れなかった場所。 再び、この地を踏む日が来るとはな… 今考えても、昨日の自分の発言に驚かされる。 義母の見舞いに行く事は仕方がないとして、 当初の予定では、三葉達とは別々に病院へ向かうつもりだった。 それなのに、家まで迎えに行くなど… 普段の自分ではありえない行為に戦慄が走る。 これ以上、自分の胸を内をさらけ出したくない。 そう気を引き締めて、インターホンを鳴らす。 しばらくして、着替えを済ませた三葉と四葉が姿を見せ 私を見るなり、ぎこちなく俯いた。 「おばあちゃん!」 病室内にもかかわらず、四葉が義母に大声で駆けより、 慌てて三葉に制止される。 昨日はまともに話せなかったから、元気そうな祖母を見て安心したのか。 義母も軽く四葉を咎めつつも、やはりどこか嬉しそうではあった。 「そうかい、すまなかった。  あんたには世話をかけたね。」 義母に入院の事を話すも、意外なくらいにあっさりと受け入れた。 二葉はあれだけ入院を拒んだものだから、 また一悶着あるかと想像していただけに逆に面食らってしまった。 その上、素直にお礼まで言われるとは… 義母もすっかりと性格が丸くなったものだ。 「今は三葉がおる。神社の事はもう何も心配しとらんよ。」 「おばあちゃん…変な事を言わんでよ。」 眉をひそめる三葉。 …個人的にあまり聞きたい内容ではない。 主治医と話してくると告げ、病室を後にした。 病室から出るなりため息が出た。 三葉が幼い頃には神社に捕らわれず、大学にも行かせてやりたい。 糸守の外も見せてやりたい。そう考えていたのが 結果的に全てが裏目に出てしまってる。まったく皮肉なモノだ。 何も問題がなければ数日で退院らしく その事を告げると、三葉も四葉も改めて安心していた。 義母の見舞いも終わり、そのまま帰路につく。 行きの時もそうだったが、 帰りも同じく三葉も四葉も口を開こうとしない。 内心、ホッとしてはいた。 このまま何も触れずに終わって欲しいと思っていたが… 「お父さん、これから時間ある?  ちょっと話したい事があるんやけど…」 糸守に着く頃、 三葉が恐る恐ると言った感じで言ってきた。 …一瞬、今日は忙しいとでも言ってこのまま帰るべきだと思ったが、 どっちにしろ同じ事か。 今日が無理なら後日になるだけ。ならば早いほうがいい。 「…ああ。大丈夫だ。」 宮水家の居間へ入るのも、あの時以来か。 鼻をくすぐる線香のにおい、これも昔のままだ。 複雑な思いを胸に腰を下ろした。 「昨日も言ったけど、  本当におばあちゃんの事はありがとう。」 お茶を出されるなり、いきなり三葉から深々と頭を下げられた。 …病院から直接電話が来たんだ。 行かないわけにはいかないだろう。 そもそも、仮にも二葉の親でもある。 ぞんざいな扱いなんてできるはずがない。 「お父さん、今でもお母さんの事大切に思ってくれてるんやね。」 そんな私を見て、少し頬を緩めクスリと微笑む三葉。 …そんな三葉を見て、どこか懐かしい感覚に捕らわれた。 これには何度、意識しない様に心掛けていた事か。 それでもやはり成長した三葉には、二葉の面影を感じられずにいられなかった。[newpage]「…その、お父さんは糸守に来て、  お母さんと一緒になって、後悔はないん?」 お父さんが目を見開いた。 たぶん、これが私が1番聞きたかった事。 おばあちゃんは話したがらなかったけど、 宮水家とお父さんの家の間で いろいろと確執があった事は聞いた事がある。 詳細こそわからないけど、いろいろ揉め事があった事は 近所の人達からおぼろげに聞いている。 「…私は、二葉を奪ったこの町の人間を憎んだ事はあっても、  お前の母さんを恨んだ事はない。  二葉と一緒になった事に後悔もない。」 お母さんを奪ったのがこの町の人間…?どういうこと? 「…お母さんを奪ったって?  お父さん、どういう事なん?」 私が困惑していると、たまらずに四葉が反応する。 お父さんは眉を潜めて沈黙した。 「お父さん!」 四葉が再度問い詰めると、 ふぅとため息をつき、そして… 「これも宮水の血筋か…」 そうぽつりと呟く。 どういう意味だろう? けど、お父さんはどこかふっきれた様なそんな感じにも見えた。 お父さんは観念した様に全てを話してくれた。 もともと、お母さんをこの地元の病院ではなく 都会の大病院でちゃんとした治療を受けさせたかった事。 けど、それをお母さんが頑なに拒んだ事。 お母さんが亡くなった後も、 町の人間は、お母さんの死を悲しまない。 それどころか、「神様に呼ばれた」と誇らしげだった事。 それが我慢できず、この地に根付く歪んだ信仰をぶち壊したいと思い、 神社を宮水家を出た…と。 「そう…だったんか。」 お母さんが亡くなっていたからは、 お父さんは人が変わった様に、おばあちゃんと激しく口論していた。 あの時は怒鳴り散らすお父さんに恐怖しかなくて、 お父さんの気持ちなんて何もわからなかったけど… 「未だに、俺の気持ちは変わらない。  二葉はこの糸守の人間に殺されたも同然だと思っている。  なぜ、死んでもまともに悲しまれてすらいないんだ!  せめて、最後くらいは人として…」 お父さんはそこまで言い切って黙り込む。 四葉も無言で俯いた。 …お父さん。ずっとそんな事を考えていたんだ。 ようやく、初めてお父さんの本心が聞けた気がする。 私はどう返していいのかわからず、黙り込んでしまう。 そんな事はない、違うと否定したかった。 おばあちゃんだって、お母さんが死んで本当に辛かったんだって。 でも… お父さんも四葉もずっと口を閉ざしたまま。 気まずい沈黙、長い長い沈黙が流れる。 「ねぇ、お父さん…」 我慢できなくなったのか、 四葉が何かを言いかけるも、 結局言葉にならず、口ごもるだけで俯いてしまった。 四葉が何を言いたいのか、何となくわかる気もするけど… 「…邪魔したな。」 そう言って、お父さんはすっと立ち上がった。 「お父さん…」 「送迎の事は心配するな。  義母さんが退院するまではちゃんと毎日くる。」 …違う。私はそんな事が聞きたいわけじゃないのに… 「…うん、ありがとう。また明日ね。」 けど、お父さんにどう言えばいいかわからない。 お母さん、瀧くん… 私はどうすればいいのかな…? どうすれば、お父さんを救うことができるんかな?[newpage]「瀧、メシ行こうぜ。  今日も弁当なんだろ?」 「…今日はコンビニ弁当だからな。」 そう念を押して、いつもの場所へ向かう。 金曜は散々だった。 なぜかクラスメートの姉嵜さんに普段の弁当と違うとあっさり見抜かれ、 司や高木を含めた3人でうまそうな弁当だなとからかわれまくったから。 …いやまぁ、確かに三葉の弁当はうまかったけど。 「ん…?」 いつもの様に屋上のバスケコートに腰掛けるなり、 いきなり俺のスマホが鳴った。 ―三葉だ。 嬉しい反面、ばあちゃんに何かあったんじゃないか そんな不安も過ぎる。 「宮水さんか?」 司と高木が注視しながら尋ねてくる。こいつら…何でわかるんだよ。 「いや、顔見りゃ1発だからな。」 そんなにわかりやすいか。まぁ、いいや。 『もしもし?瀧くん?』 「ああ、俺だよ。  それで、ばあちゃんは大丈夫か?」 『うん、とりあえずはね…』 とりあえず目下の心配事を尋ねるも、 あまり気のない返事だ。 『あの…瀧くん…』 「ん?」 どうやらそれが本題ではない様だ。 まぁ、たいした事じゃなかった事は昨日聞いたけど、 ばあちゃんの件の他に、何か問題があったのか? 『えーと、今日は電話するのはじめてやよね。  朝、寝ぼけて電話しとらんよね?』 一瞬、ギクリとする。 と言うのも、詳細こそ覚えてないけど 今朝は三葉の夢を見ていた気がしていたから。 ひょっとして、本当に三葉が電話かけてきていて、 それで三葉の夢を見たんじゃ…? 一瞬そう思ったが、着信履歴は何も残っていなかった事を思い出す。 「寝ぼけてんのか?  今日は初めてだろ?」 とりあえず、平静を保ってそう返す。 『あ、うん。今朝、瀧くんの夢みて…  夢だったんかなーって思っちゃって。』 「え?三葉も?」 あ、やべ… 『私もって…?瀧くんも?』 ふと、司と高木がニヤニヤしてるのが視界に入った。 俺は赤面しながら、あいつらから背を向けて話しを続ける。 『どんな夢?私、変な事を言ってないよね?』 「いや、内容までは覚えてないな。」 何を慌ててるんだ? そもそも俺の夢の中のお前が何を言おうが、 お前の責任じゃないだろ。 『そう、ならいいんやけど…』 何か歯切れが悪い。何か気になるな。 『それとね…  一応かな、お父さんと話す事ができたよ。』 「本当か!どうだった。」 『うん。おかげでいろいろとお父さんの事情もわかってきた…  ずっとお母さんの事を大切に想っていてくれてるみたい。』 気のせいか? その割には、あまり嬉しくない様に聞こえるけど? 「そうか、よかったな。」 『うん…お父さんの気持ちもわかって  ちょっと複雑なんやけどね。」 なんだろう?そう言われると気にはなるが… 「それにしても、スゲーな。」 家庭の事情だろうし、あまり深入りはしない方がいいだろう。 とりあえず、話題を変える。 『…すごい?何が?』 「いや、三葉ってさ。  そう言う、カウンセリングみたいな仕事も向いてるんじゃないか?』 あの親父さんから、 本心を引き出すとか、なかなかできるもんじゃないと思うから。 『…うーん、  実際に、お母さんはカウンセリングと言うか、  いろんな悩み事の相談を良く受けてたみたいやけどね。』 「へぇ…」 前にばあちゃんに尋ねられた時も、何か凄く嘘つきにくかったし。 宮水の巫女には代々そんな力もあるのかもな。 『それでね、瀧くん…』 「ん?何だ?」 『その…』 急にどもる三葉。どうしたのか? 『ううん、なんでもない。  冬休みに来てくれるんよね。  楽しみにしてるから。』 …なんだろうな、やっぱりどこか元気が無い気がするな。 「なぁ、三…」 『無駄遣いとかして、  やっぱり行けないとかは、絶対に無しやからね!」 な、何だ?藪から棒に。 「心配いらねえよ。  誰かさんみたいに、バカみたいに買い食いはしねえから。」 『なっ、あれは私だってバイトしたんやから!  ただの自分へのご褒美やよ!』 ムキになる三葉に思わず笑ってしまいそうになる。 まだ少し引っかかりはするも、 ちょっとは元気になった様で少し安心した。 (続く)
もし、彗星が落ちるのがもう少し未来だったら?と言うifストーリーです。<br />if物が苦手な方はご注意下さい。<br /><br />【あらすじ】<br /><br />一葉が倒れたと聞き、慌てて四葉と共に病院へ向かう三葉。<br />病院内で、久しぶりに父と再会をする。<br />お互い戸惑いつつも、少しずつ親子の確執が薄れていき…<br /><br />前作を見て頂いた方、<br />コメント、いいね、ブックマークして頂いたみなさん本当にありがとうございました。<br />とても励みになります。<br /><br />この話は、何度書き直したかな。<br />瀧三も書けないし、いろんな意味でしんどい回でした。<br /><br />8/30 4ページ目以降を大幅修正。
父の本心
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052423#1
true
今千夜と小町と買い物に来てるんだが...なんだ、この荷物の量は? 小町「お兄ちゃん!遅いよ!早く来てよ!」 千夜「八幡くん荷物持とうか?重たいよね?」 八幡「じゃあ...」 小町「ダメですよ!千夜さん!お兄ちゃんを甘やかしたらすぐに調子に乗るんです!荷物はお兄ちゃんに任せて小町達は楽しみましょー!」 千夜「で、でも...」 八幡「はぁ、気にせず行ってこい俺はちょっとそこの椅子で休んでる。見終わったら適当に連絡くれ」 小町「もう、お兄ちゃんはダメダメだなぁ...わかった!小町達はちょっと、回ってくるね!千夜さん行きましょう!色々聞きたいこともあるので!」ニヤニヤ 八幡「あんまり千夜に迷惑かけるなよ〜」 小町「うん!わかった!千夜さん行きましょう!」 千夜「えーと、八幡くんごめんね?すぐ戻るね!」 八幡「おう」 小町「それで、千夜さんもしかしてお兄ちゃんの事が好きだったりしますか?」ワクワク 千夜「えっ///小町ちゃんいきなりどうしたの?」 小町「いえ、聞いてみただけですよ!で、どうなんですか〜?」ニヤニヤ 千夜「んー、どうなんだろ...好きなのかな?でも憧れって気持ちの方が大きいかも...」 小町「お兄ちゃんに憧れ..ですか?」 千夜「うん..私、最初八幡くんに助けてもらったんだよ、で、喋ったこともない見ず知らずの私に優しくしてくれたんだ〜だから私もそういう人になりたいなって思ったんだ!」 小町「なるほど...それで、憧れなんですね」 千夜「でも、気持ちのどこかで八幡くんにずっと側でいて欲しいって気持ちがあったりもする...これが恋なのかはわからないけどね?」 小町「憧れとお兄ちゃんへの好意がごちゃ混ぜになってるんですね...千夜さんはお兄ちゃんとどうなりたいんですか?」 千夜「どうなりたいって...まだわからないよ...恋人になって欲しいとも言えないんだ...だって八幡くんの事が好きだって胸張ってまだ言えないんだもん」 小町「えーと、じゃあ、次の日曜日空いてますか?」 千夜「空いてるけど..どうしたの?」 小町「その日お兄ちゃんとデートしてみてください!」 千夜「ふぇ?///デート!?な、なんで!?//」 小町「お兄ちゃんと一日デートしてみた感想を聞いてみたいんです、千夜さんがお兄ちゃんと一日中一緒にいて、なにを思ったかとかどういう気持ちだったかを知りたいんです!」 千夜「わかった。頑張ってみる!でも、八幡くん来てくれるかな?八幡くん行かなそうだけど...」 小町「大丈夫です!なにがなんでも行かせます!」 千夜「小町ちゃん頼もしいなぁ」 小町「任せてください!」 千夜「ありがとね小町ちゃん」ニコッ 小町「いえいえ!じゃあ、小町は先に家に帰ってますねっ!お兄ちゃんと2人で楽しんでください!では、またっ!」 千夜「え?小町ちゃん!!..走って行っちゃったよ...え、どうしよ、八幡くんと2人きり!?///でも、せっかく小町ちゃんがくれたチャンスだもん頑張らないと!よし、行こう!」 気合いを入れた千夜は八幡の所へ急いで向かった... 続く
こんにちは。Ak_Qです。みなさんごめんなさい!前回、デート編書くって言ってたんですけど、書けませんでした...次回はちゃんとデート編書きます。すみませんでした!なので今回は5と6の間の5.5と言うタイトルにしておきました。また6でお会いしましょう。
桜との出会い...5.5
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052488#1
true
日曜日の昼下がり。大事な話があると言われて来た待ち合わせのカフェで、私は呼び出し相手であり高校時代から付き合っている彼氏に、別れを告げようと考えていた。彼が浮気をしたとか、他に好きな人が出来たとか、そんなんじゃない。私はあの人に危ない目にあって欲しくないだけなのだ。 パタリと本を閉じる。丁度良く来た彼が立っていた。 「待ったか。」 「待ったよ。…ああそうそう。おはよう、零くん。」 「ああおはよう。…昼だけどな。」 今日も今日とて褐色の肌も輝く金髪も蒼い目も、全てがかっこいい。こんなイケメンさんで未だに好きな彼に今から別れを切り出さなくてはならないなんて、胃が少し痛くなった。 「大事な話があるって聞いたけど、なに?」 私も一応大事な話()があるけれど、私のは所詮別れ話。零くんの話を先に聞くべきだ。とりあえず向かいの席に座るよう進めた。 「それなんだが………っすまない。」 「…どうしてあやまるの。」 「俺と、別れてくれ。」 「……………はあ。」 なんというタイミングなのか。こんな時まで以心伝心。流石幼馴染だ。景光くんがここに居れば彼も同じことを言っただろうか。 あ、でもそもそも3人で付き合うことはないか。 「すまない…!」 「謝んなくていいけどさ、理由聞かせてよ。もちろん言える範囲で。」 顔を上げさせて、私はそう言った。今はまだ、私も彼も警察官だ。私は単なる交通課だが、彼は確か警視庁の凄いところだった気がする。言えないこともそりゃあ沢山あるだろう。いっそ嘘を言ってくれたって構わない。どうせ私だって言えないことだらけだ。 「…危険な任務を、任された。俺と関わりを持つと、お前まで危険な目にあうかもしれない。俺のことは忘れてくれ。すまない…!」 「へえ…奇遇だね。」 「…?」 「私も、同じ理由で零くんと別れようと思ってたよ。」 「はっ???」 「私の場合任務じゃなくて仕事だから、警察官辞めるけどね。」 にっこり笑えば彼は今日初めて顰め面以外の表情を見せてくれた。 「は?え、ちょっと待て仕事ってなんだ。そんなに危険な仕事ってなんなんだ??」 「え?なんで言わなきゃダメなの?零くんだって例え私に話せって言われても任務のこと喋らないよね??」 「いやそれはそうだが…!し、心配だろ!?」 「え?じゃあ私が零くんに心配だからそんな任務引き受けないで!って言ったら止まる?そもそも一言目に別れ切り出して忘れてくれって言うぐらいだし、私が心配しようがどうでも良かったんでしょ?違います?降谷零さん。」 「うぐっ…!そ、それは……。」 なんとか私を言いくるめようとする彼を横目に優雅にコーヒーを飲む。普段の舌戦の勝率は五分五分だが、今の彼は私に対する罪悪感と私の突拍子もない発言によって思考能力低下中だ。これは勝てる。 「……わかった。」 「お?」 「これからも連絡取り合うぞ。」 「うーんその発言は予想外。どうした零くん。」 「勝手に先走ってすまなかった。ただ、一つだけ聞かせてくれ。」 「…なにさ、話を聞かない零くん。」 「お前の仕事は、この国のためになるか?」 「うん、もちろん。」 ちょっと異空間で神様と暮らしながら戦をする私の仕事、審神者。実際に助ける?のは未来の日本だが、それも巡り巡って今の日本と、この日本に住む人たちを守ることになる。 「当たり前でしょ。今後【元】は着いちゃうけど、私だって警察官の端くれなんだよ。それに最初は幼馴染2人に影響されてだったけど、今はちゃんとこの国を守ることを、守れることを誇りに思ってる。全く、心配症だねえ零くんは。」 「そうか…なら、いい。しっかりやれよ。」 「うん、お互い命大事にね。またきっと会おうね。」 「ああ。」 彼はふわりと微笑み去っていく。なんだか予想と違う結果になったが、これはこれで良かったのかもしれない。私はまた、本を読み出した。 そしてここから始まる何となく噛み合わない近状報告!!! 1 「聞いて聞いて〜今日仕事初日だったんだけど、零くんに似たこが居たからそのこを選んだよ。」 「選んだ?教育係か何かか?」 「ううん、これから仕事辞めるまでずっと一緒のパートナー。教育係は別にいるよ。教育係はふわふわでね、撫でると気持ちいいよ。」 「……そうか。」(撫でるってなんだそれ!そんなに距離感近いやつなのか!?そしてずっと一緒のパートナーってそれもう伴侶みたいなものじゃないかくっそ屈辱だ!!) ※察しの通りまんばとこんのすけのこと。 2 「家に全然帰れないのに家だけが増えていくんだが。」 「?ああ、長期的な任務なんだっけ。大変だね。」 「家の一つや二つ持っておかないと任務中のポジションが保てない……。」 「……へえ。(持ち家の数でカースト決めるとか任務先は愉快な職場だなあ。でもお金かかりそう。うちだとなんだろ?刀装の数?増えないから無理か。) ※情報屋的ポジだからセーフハウス沢山持ってるだけ。 3 「今日はね、前田くんと平野くんが来たよ。兄弟なんだって。見間違えるくらいそっくりなんだよ。」 「そうなのか。使えそうな奴なのか?」(苗字が違うのは…触れない方が良いか。) 「今はあんまりかな。でも、今後成長したら絶対頼りになるよ。楽しみだなあ。」 「それは良かったな。…ん?お前ってついこの間その仕事始めたばかりだったよな?そんなすぐに後輩来るのか?」 「あーうん。そうだね。基本毎日新人さんは来るね。殆ど辞めることになるけど。」 「……そうか。」(その会社?やばすぎだろ。黒の組織も首を振るレベルのブラックじゃないか!!え?大丈夫だよな???) 「だ、大丈夫か?ちゃんと労基守られてるか?」 「そんなものあってないようなものじゃない?住み込みだし。」 「……そう、か。」(俺の彼女の職場が真っ先に撲滅したいほどやばい。) ※気づけ、お前もだ。 審神者も潜入捜査も一日中ずっと仕事みたいなもんだよね…しかも突き詰めればお国のためって所も一緒。 4 「気に食わない男がいる。俺と景光とそいつがまとめてトリオにされてるのもムカつく。」 「ありゃー君が嫌うなんて珍しい?ね。どんな人?」 「…俺をからかったり、突っかかって来たりする。ああ、だが、この間飲み比べでコテンパンにしてやったな。あれはスッキリした。」 「ふーん。あれ?君って飲み会嫌いじゃなかったの?」 「上司は居ないからな。接待の必要は無い。それと恒例の王様ゲームの時は全員敵だ。」 「そっかー」(全員同等ってことは結局持ち家カースト制度無くなったのかな?良かった良かった。それにしても飲み比べとか王様ゲームが出来るなんてやっぱり愉快な職場だね。) ※大事なことは何一つ伝わってないし勘違いも正されてない。 もし続いたら… 過去にある黒の組織とかいうのと一部の歴修が手ぇ組んでるらしいぜ!あの時代出身の審神者行かせよ!→黒の組織に別の組織の幹部として来たぜーいぇーい&彼氏と再開→は?お前なんでこんなとこ来てんの?しかもその男共誰だよ!?めっちゃ距離感近いんだが!!!by降谷 という所まで想像した
別れたい。までがタイトル<br />もっと勘違いさせたかった……。<br /><br />フィーリングで読んでください。<br />今のところ名無しの主人公です。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br />黒の組織→愉快な職場<br />本丸→やばいブラックな職場<br /> <br /> <br /> <br />□追記<br />この作品が2018年08月29日付の[小説] デイリーランキング 59 位 と 女子に人気ランキング 29 位 に入りました!<br />これも皆さんのおかげです。ありがとうございます。m(_ _)m<br /><br />◇追記2<br />この作品が2018年08月30日付の[小説] デイリーランキング 31 位 と 女子に人気ランキング 70 位 に入りました!<br />色んな意味で戦慄しております……。本当にありがとうございます!
彼氏がとある理由で別れを切り出してきたのだが、実は私も同じ理由で
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052510#1
true
 同志タケナカ氏より郵送で受け取った同人ソフトのデータ入りのSDカードを、僕はワクワクしたまま、VRゴーグルに挿入した。  これからプレイするのは、様々な魔法少女になって遊べるという同人ソフト『魔法少女無双』だ。  同人ソフトとはいえ、某大学のサークルが主体になって、本業の人達も会社に隠れて酸化して作られたというとんでもないソフトだ。  会社の元で制作すれば、版権や会社の意向で自由がない。  遊びたいゲームを作るには、これしかないというクレイエイターたちの情熱の詰まったかなりやばいソフトだ。 「ふぅ、じゃあ、やりますか・・・」  僕はVRゴーグルを装備すると、ベッドに横になる。  ヴゥゥゥゥンと低めの駆動音の後、ゴーグル部に起動メッセージが表示された。 [newpage] 『魔法少女無双』は、いわゆる魔法少女に定義されている作品だけでなく、女の子が変身して戦う作品であれば大抵選ばれているという贅沢仕様だ。  しかも、キャラクターのモデリングをするのは、その作品を愛するクリエイターなので、拘り、作り込みが半端じゃない。  作品のファンからも大絶賛される完成度は、ネットのダウンロード販売ですら、サーバーがダウンする過熱ぶりで、現在はメディアでの発送のみという激化ぶりだ。  かくいう僕は、この波に乗り遅れてしまって、既に購入しているタケナカ氏からデータを送ってもらうことにした。  データの入手と、ログイン用アカウントが別なので、僕はすでにアカウントを数日前に購入して待機状態だったわけだが、今日、それが届いたのだ。  ベッドに寝っ転がったままで、スマホの画面を確認しながら、視点誘導でパスワードを入力して軌道を掛けると、ポップな曲が鳴り始める。 『魔法少女無双の世界にダイブを開始します』  そう画面中央に表示されたので、僕はすぐに『Yes』を選択する。  キィィィィィンと高い音が耳に当てたヘッドフォン越しに聞こえ始め、それがやがて無音になったところで、僕の視界はいったん真っ暗になった。 [newpage]  VRゴーグルの誘導で無意識に目を閉じて、気付くとVR世界と言うのが、このシステムの流れで、体は寝ているのに頭は起きているという状況を作り出すらしい。  まあ、考えてもよくわからないので、ゲームに集中する。  まずは自分のキャラクターを作るんだけど、登録されているキャラクターで遊ぶより、僕としてはオリジナルのキャラクターで遊びたい。  なぜなら、各キャラクターには既に性格があって、生き様があって、それを僕が演じるなんておこがましいからだ。  ならば、彼女たちを穢さないように、まっさらのキャラで戦う方がいいし、好きなキャラクターを見るだけでも、このゲームの完成度なら十分楽しい。  まあ、いざとなってからキャラクターの中に入ればいいしね。  というわけで、僕は自分の魔法少女のベースになる作品のチョイスをする。  チョイスと言っても、僕の選ぶ作品はとっくに決まってるんだけどね。 [newpage] 『カードコレクターもも』  これは数ある魔法少女の中でもかなり特殊で、まず主人公は変身しない。  親友の女の子が用意してくれたバトルコスチュームを着て戦う魔法少女で、作品中に明確な敵役は出てこない。  バラバラになってしまった魔法のカードを集めて頑張るのがお話の筋で、その中でライバルの男の子と切磋琢磨して、時に恋愛に発展したりと魔法少女の概念を変えた作品の一つとして、特異点にあげられる作品だ。  衣装も、友達が用意してくれるだけでなく、毎回変わるというコンセプトも受けて、国内外で大人気になった作品でもある。  僕は当然この作品が好きだし、どうせ魔法少女のキャラをやるなら、ももちゃんのようにいろんなコスチュームを着てみたい。  拘りのおかしいこの作品では、ほぼすべてのバトルコスチュームが収録されてるらしいのでその点も十分に満足できそうだ。  というわけで、ベース作品を決めてキャラクターの作成に入ると、僕の視界にベッドに横たわる僕自身のリアルの体が映り込んだ。 [newpage] 「自分で自分の体を見るのって変な感じだなぁ、幽体離脱みたいだ」  ベッドに体を投げ出した僕は、キッチリと布団の上に転がっているので、頭からつま先まで、全部を見渡せる状態で表示されている。  VRゴーグルは外れた状態で、僕の体は目を閉じている。 「えーと、最初は、学年かぁ」  ももちゃんは劇中で最初に登場した時は小学4年生で、最新のシリーズでは中学生に成長している。 「ここはやっぱり、初心に帰って小学四年生だ」  僕がそう決めると、表示されていた僕の体が縮み始めた。  ずんずんと手が、足が、胴が縮んでいって、さっきまで着ていた部屋着が取り残されていた。  妙にリアルな設定に笑いそうになって、僕はせっかくならと項目を探す。 「あ、これ・・・」  部屋の中だからか、ゲームが始まってないからか、服のセレクトは、パジャマと制服、私服Aしかなかった。  さっきまでの服は部屋着と書かれていたが、選択肢を表示しているうちに消えてしまった。 「って、ええ!?」  僕が驚いたのは、消えたのが選択肢からだけじゃないことだった。  ベッドで寝ている僕の体も真っ裸になっていた。  今よりも小さくて細い体に、ね、年齢相応になってしまった男のシンボルが自分の体ながら可愛い。  って、そうじゃなかった。 「最近は男子から魔法少女ってパターンもあるからなぁ」  そんなことをつぶやきながら、下の方に会ったパラメーター『性別』を女に変える。  精霊とか、天使とか、妖精とか、それは性別なのかって選択肢もあるけど、まあ、気にしない。  僕が性別を変更したことで、僕の体はゆっくりと変化を始めた。 [newpage]  まずわかりやすいのは男の部分が徐々に内側に入り込んでいく。  驚いたことに、慎重はそう変わらないのに、腰の位置が上へずれて、伴ってお尻も膝の位置も変わっていく。  投げ出したままの足が、最初外を向いていたのに、内側を向くように変化して、つま先は完全に内側を向いて左右の親指同士が接近していた。  胸は小学4年生に設定したせいかそれほど大きな変化はない。  ちょっと膨らんでるかなぁ程度で、平らに近いからそれほど気にはならなかったけど、下は衝撃だった。  エッチな本でしか見たことのない女の子の股間が出来上がっている。  それも雑誌に載るような毛が生えたようなのじゃなくて、つるつるとした触り心地の良さそうな曲線を描いていて、その縦筋はお尻まで続いている。  自分の体が変化した姿とはいえ、さすがに見続けるのはまずい・・・っていうか、モザイクも何もないことに慌てて、小学校の制服を選択する。 [newpage]  ベッドに横たわる僕の体は、完全に制服を着た女の子の姿になっていた。  黒をベースにした白い襟のセーラーには真っ赤な太いラインが一本描かれていて、見えはしないけど、背中では燕尾のように二つに分かれている。  筆には交渉を模したワッペンが刺繍されていて、スカーフはセーラー減り同様に赤いラインの入った布製のモノだ。  真っ白いプリーツ入りのスカートは、作品の設定に合わせて膝よりはるかに高い位置になっているので、ベッドで寝ていると下着が見えてしまいそうな危ういバランスになっている。  靴下は紺色で膝下の脛までを覆っている。  ベッドに寝ているというのに、白い制帽をしているため、枕と頭にサンドされてしまっている。  どうしたものかと、選択メニューを探すと、体勢という項目があったので早速座らせることにした。  ベッドに腰かける少女はまだまだ、僕の面影があるので、これはと思い、思いっきり変えてみることにした。  まず、目を大きくしよう・・・と思ったんだけど、項目がない。  仕方なく色々弄っているうちに、小顔化することで目が相対的に大きくなることに気付いたので調整する。 「なんか、リアルのアイドルに近づいてる気がするなぁ・・・」  イメージしているのはアニメや漫画のももちゃんなのに、項目が微妙なせいで、テレビやグラビアでみる美少女系アイドルに近づいてしまっている気がする。  まあ、オリジナル作成自体がリアルを手直ししているんだから、そういう流れになるのかもしれない。  そう思ってある程度で見切りをつけ、ピンク髪のももちゃんをあきらめて、親友ポジションでお嬢様なトモエちゃんを目指す。  彼女は日本人形のように胸までのストレートな黒髪をしているので、そのように設定すると、バサッと一気に髪が伸びた。  ベッドに腰かけた少女の前髪も、胸の長さに髪も真横にビシッと切り揃えられている。  背中も同様で、それだけで雰囲気のある美少女になった。  目の色は紫が良かったけど、なかったのでいくらか変えて試したところ、グレーがかった緑があったのでそれにしてみた。  肌の色はベースがボクの体だったので、より白く変わると、もうとんでもない美少女に成長してしまっていた。  しかも、そこで、僕は気づいてはいけない項目に気付いてしまう。 「へ、部屋のカスタマイズ?」 [newpage]  ノリノリで部屋を変え捲った僕は最終的にゴスロリな部屋に落ち着いた。  トモエちゃんて和風美少女だと思って設定したのに、意外と西洋風も似合う。  と言うか肌を白くして唇の赤みを増した効果で、吸血鬼っぽい雰囲気が出てかなり満足だ。  着替えさせることはできなかったけど、クローゼットの中にはゴスロリ風の衣装が詰まっているので、ゲームを進めて行けばきっと解放されるはずだ。  と、時報が響く。 「あー、ヤバイ、すごい集中し過ぎた」  当初、軽く遊ぶつもりだったのに、まさかの設定で終了したことに苦笑しながら、僕はデータを記録する。 『現在のデータを反映しますか?』  当然『Yes』だ。  こうして、僕はいったんゲームを止めて、現実に戻ることにした。 [newpage] 「は・・・?」  目の前にあるのは、見たこともない・・・いや、見たばかりの風景だった。 「なんで、ゲーム・・・え?」  自分の体に視線を落とせば、スカートを・・・いや、ももちゃん達の小学校の制服を着た僕の体がある。  慌てて、ゲームの設定で作った部屋の間取りを思い出して、クローゼットに走る。  扉に設置された鏡に映り込んだのは、驚愕に顔を青ざめさせた作り上げたばかりの少女の顔だった。  そして、それが自分の意志に従って、目を、手を、首を動かす。  セーラーの襟をいじれば、スカーフに触れれば、帽子を触れば、そのように動く。 「な、なにこれ、なにこれ、なにこれ」  慌てて周囲を見れば、さっきまでつけていた筈のVRゴーグルがない。  半狂乱になりながら、部屋のドアへと急ぐ。  一気にドアを押し開けると、そこには、見慣れた僕の家の廊下が見えた。 「うそ・・・でしょ・・・」  ズルズルと力なく崩れ落ちる身体がぺたんと床に座り込む。  それが男では難しい座り方だなんて、混乱の中にいた僕に理解できるはずもなかった。
50話突破記念作品第8作目です。<br />今回はナノさんから頂いた『緻密な女性(の衣服)への変身過程描写』をテーマに書かせてもらいました。<br />お分かりの方もいらっしゃるとは思いますが、作品中のモチーフは、CCさく▽さんです。<br /><br />あと、いつものおねがいですが、なんかいい感じのタグがあったら追加お願いします!<br /><br />No.404
魔法少女にろぐいん!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052512#1
true
・某戦争屋さんのお名前と口調をお借りした  2.5次元小説です。 ・ご本人様方はもちろん、この世の一切の  関係者様、機関等に関わりはございません。 ・この小説は、誹謗中傷を目的としたものでは  ございません。 ・この話はフィクションです。 ・年齢操作表現、多少の怪我や流血表現、モブ描写がございます。 ・何か問題がございましたら、コメント欄や  メッセージ等からご連絡をお願い致します。  削除やマイピクへ収納などの対処致します。 [newpage] まずはお前たち、久しぶりやな。 このIT社会においてわざわざ筆を取るなんて小っ恥ずかしいにも程があるが、こればっかりは仕方がないな。手書きの文字が伝えるものの大切さ、とはあの家で得たものの1つだったよな。 さて、まずは今回の同窓会に顔を出せなくてすまなかった。トントンからお前たちがそりゃもう残念そうだったと聞いたゾ。気持ちはよくわかる。が、特にゾム、お前、ラインの通知が煩くなるからスタンプ爆撃はやめろ。大事な打ち合わせ中にスマホがめっちゃ震えて恥かいたんやからな。 知っての通り、俺は今日、急に入った仕事でその集まりには行けなくなった。もちろん俺も楽しみにしていたんだが、クライアントが強引でな。その分、今日の写真や感想を楽しみにしているからきちんと送ってくるように。 あの火事があって以来、なんだかんだで顔を合わせていないが、元気にしているか?ラインはしているが声が聞けないのがなんとももどかしいな。電話をする時間も無いほど忙しいのは有難いが、偶にあの家での日々が懐かしくなってしまう。 トントン、お前また太ったりしていないだろうな?お前とは1番やり取りをしている気がするが、直接会ってはいないからな。好き勝手食べるのは自由だが、病気はするなよ。まあその時には、俺たちが全員で折半して入院費ぐらいは助けてやるさ。 オスマン、この前はアドバイスを聞かせてくれて助かった。お陰で仕事が捗ったぞ。お礼はこの前見つけた焼き菓子にするつもりだ。楽しみにしておいてくれ。それはそうと、俺の個人ラインをインスタグラムだと思ってないか?いや、中々面白い写真ばかりだから構わないがな。 鬱、ちゃんとまともな生活をしているんだろうな?いかんせん顔色がわからないから話に聞くだけなんだが、女にかまけて必要最低限以下の生活をしていたら速やかにトントンが派遣されるのでそのつもりでな。 コネシマ、お前は風俗通いをするのはいいがその報告を逐一俺に送ってくるな。どんなに紹介されても俺は付き合わんぞ。その代わりと言っては何だが、お前が好きそうな論文を見つけた。また感想を聞かせてくれ。 シャオロン、仕事の調子はどうだ?大手だから忙しいとは思うが、健康を第一に。チャットでよければ、またこの前の様にゲームをしよう。ああ後、新しい髪型の写真を見たぞ。…好きにしたらええと思う。 ゾム、お前が元気にしているのは各方面からよーく聞いてるぞ。好きなもんを好きなだけ食べるのはいいと思うが、俺は付き合えないからな。ただ、お前の紹介してくれた店は美味かった。またいい店があったら教えてくれ。 ロボロ、身長は伸びたか?…冗談や、怒るな。今は確か比較法学について調べているんだったか。俺もその分野についてはある程度助けになれると思う。遠慮なく尋ねてくれや。 生憎と俺は何かと忙しくて返信が遅れたりしているが、お前たちの連絡には本当に楽しませて貰ってる。だから、今後も気軽に連絡してきてくれ。季節の変わり目だから、体調だけは崩したりするなよ。 それじゃあ、今日はみんなで楽しんでくれ。 グルッペン・フューラー とある休日の昼下がり、街中のファミレスの一角で仲の良さそうな男性グループが賑やかに喋っていた。 服装の傾向は皆バラバラ、纏う雰囲気も傾向も一見違って見えるその7人の男たち。それでもはっきりとお互いを仲間だと言わんばかりにそのテーブルでは会話の花が咲いていた。ふと、赤チェックのネルシャツを着た男が苦笑気味に一通の封筒を取り出した。それを目にした瞬間、ほかの6人が身を乗り出さんばかりに食いつく。ガチャン、とテーブルに乗っていた皿が音を立てる。 「はよ見せろやトントン!」と手紙を奪い取ろうとした緑パーカーの男を軽く殴ったトントンは、どうどう、と呟きつつ高々と掲げた封筒を開けた。先程までと一転して何故かシン、と静まり返ったその場に、糊を剥がす乾いた音が落ちる。そのうち書いた人間の性格が現れた様なきっちりとした折り目のついた便箋が引き出され、男たちは目を輝かせた。 空色の瞳を瞬かせて、待ち切れないといった表情の金髪男が口を開いた。 「なぁ、トントン、はよ、はよ読ませろや」 「シッマおっまえ、読み始めたら独占して暫く他の奴に読ませへんやないか。コレは俺が読み上げたるから」 「えぇー、俺もグルッペンの字見たいわ」 久々に、と唇を尖らせるオーバーオールの男に、シッマと呼ばれた男も加勢する。不満顔の彼らを糸目の男ーオスマンが宥めつつ、チラリとこちらを見遣った。それに頷いて、トントンはその見慣れた文字を声に出し始めた。読み上げるトントンの柔らかな声に、男たちは真摯に耳を傾ける。その手紙には、几帳面な細い字がきっと精一杯の誠意を持って書かれたのだろうと、文章を聞くだけで6人にはわかった。この手紙の送り手は、昔からそうだ。普段は俗世なんて笑い飛ばしてしまう様な態度のくせに、身内にはとことん甘い。そんな、我等の兄貴分なのだ。 「『…、グルッペン・フューラー』、やとさ」 テーブルに6人分の息が落ちる。 いつのまにか詰めていた息を吐き出して、顔を上げた彼等は思い思いに口を開いた。この場に居ない分、手紙の向こう側に向かって返事を仲間にぶち撒けなければ昂ぶった気は収まらない。 「なんやねん、太っとらんわあんのやろ…」 「グルちゃんちゃうねん!最近はまだマシになったんやって!!」 「は?大先生お前、こないだの女…」 「やめてクレメンス!シッマお願いやからそれは言わんといて!!」 「お?だぁい先生、なんか面白いことあったん?」 「い、いやぁオスマンせんせぇ、なんも無いっすよぉ〜」 「ふぅん?あー、グルッペンチョイスのお菓子楽しみめう〜」 ケタケタ笑うオスマンとコネシマに、テーブルに突っ伏す鬱。その隣では、ゾムがトントンから受け取った便箋をまじまじと眺めている。それを横から顔を覗かせたロボロとシャオロンがこれまた嬉しそうに文字に目を走らせている。グルッペンの、綺麗だが所々癖のある字が並ぶ紙面が年少2人の顔を照らす。 「へぇ、グルッペンって比較法学もいけるんや」 「おう、ロボロ、背ぇ伸びた?」 「うっさいわシャオロン!イキリツーブロの癖しやがって!」 「もうツーブロじゃありません〜」 「あ、ロボロ、グルちゃんが言っとるこの店、ホンマ美味かったし今度行こな」 「あ、マジ?流石ゾム!」 まさに、和気藹々。 口々に感想を言い合いつつ手紙を回し読みする仲間達を見て、トントンは目を細める。普段からメッセージのやりとりはするとはいえ、やはり手書きの文字は書き手の気配が感じられて嬉しいものだ。中々時間が取れないというグルッペンが、会えない代わりにと始めた手書きの手紙は、いつしか仲間が集まる時に回し読みをするのが習慣になっていた。 もともと、ここに居る全員が身寄りの無い同じ孤児院仲間。その中でも最年長であったグルッペンとトントンは仲間内でも自然と兄貴分としての立場に立っていた。 『字は出来るだけ丁寧に書く練習をしろ。手書きの文字はそのまま書き手を表すからな』 そう2人で弟分たちに言って聞かせたのも懐かしい。あれから15年も経って、そう言った張本人は確かにその字に書き手の気配を覗かせていた。この場に居ないのに、しっかりと存在感を示すもう1人に苦笑しつつ、トントンはゆったりとソファに身を預けつつ意識をこの場に引き戻した。 話題はいつのまにか各々の仕事の事に移っていた。努力の末、大手1部上場企業に就職することが出来たシャオロンの近況から始まって、ややブラックな社会人の先輩であるゾムが茶々を入れる。まだ大学生のロボロがそのエピソードに怯えるまでがテンプレだ。怯えっぷりが面白くてついついコネシマや鬱まで乗っかってエスカレートする場合もあるのだが、そこは抑止力であるオスマンの仕事だ。トントンの役割は、散々弄られたロボロのフォローだろうか。 「あー、もう、就職すんの嫌やわぁ…」 「まぁ、昨今は暫くフリーターするのもアリらしいで?」 「そんな余裕無いわ!奨学金だって返さなならんのに」 不貞腐れた顔のロボロがトントンに向かってボヤく。確かに奨学金の返済は厄介やなぁ、とぼんやり考えていたトントンに、ロボロはテーブルに肘をつきつつ話しかけた。 「やっぱ公務員はええ感じ?ほら、安定しとるって言うやん」 「んー、言うて俺は警察やからなぁ…。シフト制の会社とおんなじやで?」 普段の生活を思い出しつつ、トントンは首を振る。同じ公務員であっても、警察官は例外だ。この間にあった選挙期間中の忙しさを思い出して、つい遠い目になってしまう。あれは休みなんてものはなかった。今日だって、上司に拝み倒してゲットした休みなのだ。今まさに携帯が鳴りませんように、緊急招集がかかりませんように、と願っている。 重いため息を吐いたトントンに、ロボロは片頰をヒクつかせつつお疲れ様、と労ってやった。その様子を眺めていたオスマンが話を締めるように言った。 「まぁ、どんな仕事も辛い時は辛いもんやね」 「せやな…」 「あ、ところでトントン、仕事といえば」 急にコネシマが声を上げる。少し大きめの声に、なんとなく全員が彼に注目した。眉間にしわを作りつつ、コネシマは腕を組んで続けた。 「最近起きとる連続不審火、あれどうなん?」 この前ついに俺の近所までやられたんやけど、とぼやくコネシマの話題に、他のメンバーも思い出したように口々に乗っかっていく。いわく、俺の行きつけの店がやられた、だのもう何軒目だっけ、だの。近頃世間を騒がす不審火は大々的に報道されており、ここにいるメンバーも当然知っていた。燃えた民家や店にはどれも火気は無く、明らかに出火地点がおかしい火事が続いたことでマスコミは大騒ぎだ。被害物件はそろそろ10件を超えるはずだろう。トントンはテーブルに肘をついて深い溜息を吐き出した。 「あー、その件な…。詳しくは言えんけど、まぁ結構難航はしとるなぁ…」 「結局放火なんやろ?」 「だから言えへんって」 シャオロンが興味津々で尋ねてくる。ワクワク顔を掌で押し退けて、トントンは鼻を鳴らした。 「大体、俺らで火事の話題なんて、縁起でも無いにも程があるやろ」 険しい顔で言えば、きょとん、と目を見張るシャオロン。その隣で、ゾムが柔らかく微笑んだ。周りを見渡せば、各々が目元を緩ませている。その雰囲気を汲んだように、鬱が口を開いた。 「トンちがどう思っとるかどうか知らんよ?でも、俺たちはいい加減、あの火事の記憶を昇華してしもうた、と思う」 な、と振り返る鬱に頷き返す面々。その顔色は、周囲のテーブルに座る人々となんら変わりない。今を生きる顔だった。 それを見て、トントンはそっと息を飲む。小さい頃から何度も顔を合わせてきた仲間たちが、大人になっていることに改めて気が付かされたような気がした。たしかに頭ではわかっていたつもりだったのに。気が付けば、あの児童養護施設が焼けてからもう15年が経っていたのだ。 すると、オスマンが呆然と小さく口を開けているトントンに苦笑した。 「確かにあの家が燃えた時は、俺たちみんながショックやったよ。面倒見てくれてた先生が1人、炎に巻かれて亡くなったし、あの後すぐにみんなバラバラになったんやもん。やけど、俺たちは今、ここにおるやん?それでええやないか」 生きて、みんなで集まれるんやから。 その言葉は、じんわりとトントンに染み入る。何も考えず繰り返し口にすると、彼らの表情の訳がストンと納得出来た。彼等はもう、炎の悪夢を見ることは無いのだろう。安心したように口元を緩める。その微笑みを覗き込んで、ゾムもにっこり笑った。 「トントンもそうやろ?」 「…そう、やな」 目元を細めれば、ゾムは満足したようにテーブルの皿に視線を戻す。いつのまにか下がっていた視線を上げれば、笑顔で孤児院時代の思い出を語る姿がある。 ああ、よかった。賑やかなテーブルを囲みながら、トントンはそう呟いた。 鬱の家が燃えたのは、その晩のことだった。 [newpage] 「う、あぁ〜疲れた…」 吐息と共に出た呻きが枕に吸い込まれる。トロトロと襲ってくる眠気に半分飲み込まれつつ、家に帰ってきた鬱はベッドにダイブした。 一言で言えば、疲れた。最早身内とも言える仲間たちと年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたようで、二十代後半の身体は容赦なく悲鳴を上げている。 だが、それでも。枕に顔を埋めた鬱は、昼間のことを思い出して1人頰を緩ませた。たしかに身体は疲れたが、飛んでしまえそうなほど気分がいい。普段の仕事のストレスはどこへ行ってしまったのか。久々に画面越しではなく直接会って話ができたということに、無意識のうちにだいぶ癒されていたらしい。コレが、世間で言う里帰りの気分なのだろうか。孤児院育ちの鬱にはよく分からないが、自然と落ち着くのは、きっとそういうことなのだろう。くふくふ、と枕を抱き締めて、うつ伏せのままスマホに手を伸ばす。我等が長兄たるグルッペンにも、昼間の大騒ぎを伝えてこの気分を味わって貰わなければ。彼との個人ラインを開いて、思いつくままに今日の出来事を綴る。小気味よいフリック音が鬱の気分を持ち上げてくれる。今日に限って妙にうるさい近隣部屋の騒音も気にならない程度には、長文作成に集中出来ていた。 「[でも、トントンにいきなり電話がかかってきて、]…えっとそんで、」 突然、甲高いサイレンが壁を貫いて鬱の耳に飛び込んできた。同時に、隣部屋を駆け巡る足音がして、激しい殴打音が部屋に反響する。鬱が肩をビクつかせるも、なにかを突き破らんと叩く音は止まない。恐る恐る顔を上げる。音は、ベランダの方から聞こえてくるようだった。窓には分厚いカーテンに覆われており、外の様子は伺えない。鳴り止まないどころか音はますます強くなり、遂に板が割れるような轟音が鬱の鼓膜に突き刺さった。 「っな、なんやねん?!」 鬱がかすれ気味の叫びを上げると、ベランダの方から人の声がした。どこか聞き覚えがあるような声だった。ガラス越しに、くぐもった大声が鬱を呼ぶ。 「おい!まだ部屋に居るのか?!」 「その声…、隣の風間さん?」 なんとか思い出した隣人の苗字を呟きつつ、ベッドから足を下ろす。ぺたりと触れた冷たい床の感覚と、鳴り続けるサイレンがどこか遠くに感じられた。はやく開けろと叩かれる窓の鍵を開ければ、隣人の男はぎこちなく乱暴に引き開けて鬱の身体を引っ張り出そうとしてくる。秋風がサイレンを乗せて吹き込んできた。嫌でも連想される生き物のような赤が脳裏をチラついて、鬱は引っ張られるがままベランダに踏み出す。覚束ない足取りだった。 「おい、大丈夫か?!」 「だ、大丈夫…、な、何が起こっとんの…?」 鬱を支えた風間は自身も動揺しているのだろう、忙しなく視線を動かしながら叫ぶように答える。 「か、火事なんだ!」 「え!?」 「1号室の方からは逃げられないらしい、だから、はしごで逃げようと…」 そう言いつつ、彼はしゃがみこんで足元にあった銀の蓋を持ち上げようと手をかけた。言われてみれば、自分の部屋は非常はしごがあったのだった。普段は全く気にしていないソレを、鬱は今更ながらに認識した。隣部屋との仕切りは脆くも破壊されていて跡形もない。いざという時に逃げれるよう、わざと壊れやすく作られているのだったか。普段とは様変わりした自室のベランダをぼんやり眺めているうちに、風間ははしごを下ろし切ったらしい。行くぞ、と言うのもそこそこに降り始めた風間につられるようにして、鬱は反射的に冷たい踏み板に足をつけた。 そこからはもうぼんやりとしか覚えていない。風間の後ろに続くようにしてマンションから逃れ出た鬱は、茫然と背後を見上げる。明かりの少ない筈の夜闇が煌々と炎に照らされている。鬱の部屋とは廊下を挟んで反対側のゴミ置場の辺りから、2、3階までが炎に包まれて燃えていた。 メラメラと揺れる生き物みたいな炎。壁が燃えるなんとも言えない焦げ臭さ。 身に覚えがありすぎて、とても現実だとは思えなかった。幼い頃に見た光景が視界にオーバーレイされてゆく。 燃える建物、泣き叫ぶ仲間たち、いつまでも出てこない2人。 無意識に鬱は右手を伸ばす。違う、あれは過ぎたことだ。でも、あそこに、まだ、でも… 「でてきてや、はやく…」 一歩、二歩、ガタガタ震える裸足の足にアスファルトが食い込む。痛さなんて感じている場合じゃない。はやく、はやくいかなきゃ…。 「鬱!!!!」 不意に、左腕が強く引かれた。身体に力が入っていなかった鬱は簡単に声の主に引き寄せられる。バランスを崩してよろめく鬱の身体を、しっかりと受け止めたのは。 「おい!鬱!しっかりせぇや!!」 「…トン、トン?」 見知った、家族のように大切な人の赤い目が、焦りを浮かべつつ鬱の顔を覗き込んでいる。その目に映った大人の自分の顔を見つめ直して、ようやく鬱は現実に戻ってくることが出来た。身体に力が入り、しっかりと立つことができる。とりあえず鬱が自分を取り戻したことがわかったトントンは、長くため息をつきながら鬱の身体に怪我がないか確認していく。口を開くも意味のない母音しか発せない鬱を他所に、一通りチェックし終えたトントンは安心したように眉間のシワを緩めた。 「怪我…してないんやな?」 「して、ない、けど」 けど、と繰り返す。鬱の目の前にいるのは、トントンだ。小さい頃からずっとそばに居て共に育ってきた仲間。自分の肩を掴むのは、大人の男の大きな掌だ。焼け出された仲間たちを庇う小さな手じゃない。それに触れて、鬱は震える口から息を漏らした。途端、その身体は膝から崩れ落ちた。慌てたトントンが支えてくれるも、膝を盛大にコンクリートに打ち付ける。 「痛った?!」 「おい!」 焦ったように声を荒げるトントンの腕を掴んで、鬱はいつのまにか俯いていた顔を上げてヘラリと唇を引攣らせた。じんじんと足を伝う痛みが、ようやく鬱が突き付けられた現実を意識させてくる。無意識に乾いた笑いが溢れ出た。 「…俺、家無くなったわ。どないしよ…」 「…とりあえず、みんなに報告やな…」 [newpage] 緊急仲間内会議の結果、鬱はコネシマの家に転がり込むことになった。鬱としてはトントン辺りが受け入れてくれるかと思っていたが、そこはすげなく却下された。曰く、あまりにも不規則な生活をしているかららしい。忙しすぎて普段から会えもしないグルッペンは言わずもがな。年下組であるシャオロンやゾム、ロボロには勿論頼る訳にもいかず、オスマンにも部屋は本で埋まっているから泊めるスペースが無いと言われた。結果的に、稼ぎが良く広めの部屋に住むコネシマに、鬱は世話になることになったのだった。 幸いにも鬱の部屋は全焼という訳ではなく、所々焦げて家財が軒並み煤けた程度で済んだ。とはいえ、当然のごとく住むには支障がありすぎる上に、立ち入り禁止になってしまった。翌朝に消火されたそこから最低限の財産を持ち出し、鬱は這々の体でコネシマのマンションの前に立った。半焼の鬱のマンションとは打って変わって高級感漂う上品なエントランスで、事前に教えられた暗証番号を打ち込む。両開きのドアの先にあるエレベーターホールも綺麗に磨かれていて、ここに住むコネシマにちょっぴり妬いたのは仕方ないだろう。 インターホンを押せば、待ち構えていたのだろうコネシマがすぐに玄関を開けた。 「おう、大先生。待っとったで。災難やったなぁ」 「いやホンマそれな。邪魔するで〜」 「邪魔すんなら帰れや」 「帰る家が無いんだよなぁ」 気心知れた故の容赦ない冗談を飛ばしながらコネシマ宅に上り込む。家主の性格を反映したような部屋はもともとが広い上にすっきりと片付けられていて、とてもではないが男の一人暮らしとは思えない。リビングに入り勝手知ったる、と言わんばかりにソファー座った鬱を見下ろして、コネシマは腕を組んだ。 「んで?飯は食って来たんか?」 既に日は沈みかけている。朝から警察の現場検証や事情聴取、半焼した自宅の片付けに追われた鬱はまともに食事をとる暇も無かった。コネシマに訊ねられて始めて自分の空腹に気付いた鬱は、主張し始めた腹を抱えて情けなく首を振った。 「…そういえば、食っとらんわ…」 「ま、せやろなぁ」 ちょうどよかった、とコネシマがスマホを振る。 「元々今日、ロボロとメシ行く約束やねん。お前も来るか?」 「へぇ、ええやん。行きたいわ」 「んじゃ、あいつにも連絡しとくわ」 コネシマが手早く無料通話アプリを立ち上げる。ハンズフリーにしているのか、コネシマのスマホからコール音が鳴り響いた。 1コール、2コール、3コール。 しばらく待ってみても繋がらない。延々と鳴るコール音に、元々然程気が長くないコネシマは顔をしかめて通話を切った。 「出よらへんわ、アイツ」 「まだ大学の講義中なんちゃうん?」 「今日は3限までやって言っとったのアイツやぞ」 眉を寄せたままのコネシマに、鬱は我関せず、とばかりに肩をすくめる。ふかふかのソファーから立ち上がり、1つ伸びをした鬱が自分のスマホをポケットから引っ張り出そうとした、その瞬間だった。 ブルル、と大きく振動するスマホに驚かされる。長く規則的に震えるバイブレーションに、通話だと分かった。取り出したそれを見てコネシマが首をかしげる。 「誰から?」 「えーと、トンち」 そちらから聞いた筈なのに全く興味の無さそうな返事をするコネシマを他所に、鬱は画面をタップする。トントンは警官の立場から昨晩の件で色々と世話を焼いてくれたのだ。何か連絡事項があるのかもしれない。そんな軽い気持ちで、鬱はスマホを耳に当てた。 「もしもーし、トントン?どないしたん?」 『っ、大先生か?お前、シッマと一緒におるか?』 「おるけど…」 電波の向こうから深くため息が聞こえる。その意味が安堵か落胆なのかよく分からない。いつも冷静なトントンらしからぬ荒れた雰囲気を鬱が言及する前に、いくらか平静を取り繕ったトントンが続けた。 『よく聞け、んで、シッマにも伝言頼む』 「え、あ、おん、何?」 その後の言葉に、鬱は言葉を失った。 「「ロボロっ!!」」 「あ、大先生にコネシマ…」 トントンからの電話を受けた鬱とコネシマは、取るものもとりあえずタクシーに飛び乗って指定された駅へと向かった。大きなターミナル駅は帰宅ラッシュの客でごった返している。運転手に釣りを貰うのももどかしく、数千円を投げつけると2人して駅の控え室に駆け込む。パイプ椅子に腰掛けてひとまず五体満足なロボロを視界に入れて、やっと2人は脱力した。安心して控え室のドアにもたれ掛かる2人に、警官と手続きをしていたトントンが立ち上がって声を掛けた。 「すまんな、2人共呼び出して」 「いや、ええよ。それより、ロボロが線路から落ちよったって…」 鬱が上がった息で恐る恐る尋ねれば、トントンがしかめ面で頷く。ロボロはちょっと目を彷徨わせた後、小さく口を開いた。 「…その、電車待っとったら、後ろから押されて…」 「なんやと?!」 「おい、シッマ」 ロボロの言葉を聞いた瞬間、コネシマが目を見張って叫ぶ。驚いたロボロが肩を揺らしたのをみて、トントンが諌めるも頭に血が上ったコネシマの耳には届かない。それどころか、声を荒げたコネシマはトントンに向き直って問い詰める。 「おい、詳しく聞かせろや!犯人は?!」 「そこら辺はまだ分かっとらんのや。まずは経緯を説明させろや」 あくまで冷静に言われたコネシマはハッとして黙り込む。気まずそうに見上げるロボロをトントンが促せば、たどたどしく記憶を振り返り始めた。 早めに講義が終わったロボロは、夕方近くになってコネシマとの約束の為に繁華街へ移動しようと駅に向かった。大学の位置の都合上、繁華街に出るには一度ターミナル駅まで出て乗り換えなければならない。繁華街にはよく買い物に出る為、通い慣れた道筋の筈だった。移動中の習慣として愛用のヘッドホンで音楽を流す。ターミナル駅で一度降りて、ホームを変える。ちょうど前の電車が発車したばかりで、ロボロは帰宅ラッシュでぎゅうぎゅうになったホームの一番先頭に立つ事になった。黄色い点字ブロックの内側ギリギリまで人で溢れかえったホームに内心辟易としつつ、ロボロはぼんやりスマホをいじっていた。 《まもなく、3番ホームに列車が参ります…》 ヘッドホン越しに聞こえたアナウンスに顔を上げた瞬間だった。 がくり、と身体が傾いた。 足場が無くなる。ロボロの比較的小柄な身体は背後から強く押された衝撃で線路に転落した。 咄嗟に頭を庇うも、身体は線路に叩き付けられる。荷物が散らばる音、人々の悲鳴が混乱した頭に意味不明な音の塊として轟く。何が起こったのか分からないままロボロが顔を上げれば、目前まで迫った電車のライトがその目を眩ませた。 あ、死んだ 真っ白な頭にその文字だけが浮かぶ。 つんざくようなブレーキ音がロボロの頭を揺らして、そして。 次の瞬間、ロボロの身体のすぐ横を止まりきれなかった車両が通過していった。 訳がわからない。 視界は暗い。 重い車輪がたてる金切り声が耳に反響して痛い。 誰かの震える腕が自分の身体を抱えている。 あ、ちゃう、震えてんの、俺の身体や。 てか、俺、生きてる。 「…大丈夫、か?」 聴き馴染んだ声をゆっくり時間をかけて身体に染み込ませる。 震え続ける身体を徐々に誰かに預けて、ロボロはホームの避難スペースの中で目を閉じた。 「んで、偶々ロボロとおんなじホームに居ったのがトントンやったって訳?」 「せやな。まぁ、誰か落ちたって思って助けたらロボロやったってだけやけど」 はー、と鬱が大きくため息を吐く。もたれ掛かったパイプ椅子がぎしりと軋んだ。話し終えたロボロは疲れた様子で一口、二口と机に置かれたペットボトルの水を飲んだ。その動きにぎこちないところは無く、あんな事があったにもかかわらず怪我はないようだ。鬱は未だ冷や汗が引かない背を丸めてトントンに顔を向けた。 「いやぁ、ほんまトントンが居ってくれて良かったわ…」 「ほんま、俺死んどったかもしれんもん。ありがとな、トントン」 「いや、まぁ、間に合って良かったわ」 「それより」 いつもより低いトーンでコネシマが会話を遮る。大きく開いた両膝に両肘を置いて背を丸めた状態でトントンを睨み上げる。明らかに不愉快そうに顔を歪めて、コネシマは犬歯を見せた。 「ロボロ押した犯人は結局捕まっとらんのんか」 低く唸る様に問われた言葉に、トントンは無表情に首を振った。それに目をすがめたコネシマが派手に舌打ちする。静まり返ってしまった室内の空気が質量を持った様に重い。誰もが目を伏せてしまった中、トントンがおもむろに口を開く。 「この件については立派な殺人未遂や。俺はたぶん担当ちゃうけど、何かわかったらすぐに連絡する」 だから、今日のところはロボロ送ってやってくれ、と続けたトントンに、鬱とコネシマは頷くしかなかった。 [newpage] 昼休憩時間の終了を知らせるアラームに、ハッと意識が戻る。 シャオロンは慌ててポケットの中でスマホのボタンを押した。喫茶店の壁掛け時計を見上げれば、入店してから既に1時間が経っていた。今から次の取引先に向かえば、余裕で間に合うだろう。新社会人なんだから、そこらへんはキッチリしなければ評価に繋がる。襟を正して、シャオロンは伝票を持って会計に向かった。 ロボロが突き落とされる事件があってから、3日が経っていた。焦れたコネシマやゾムがグループラインでトントンにしきりに捜査の経過を尋ねているが、彼からは未だに何も返事がない。それどころか、既読すらつけていない。捜査が忙しいのだろうか。 大変なんやろな、と独りごちて、シャオロンは喫茶店の扉を開ける。カランカラン、と鳴るドアベルの音に混じって、通りの向こうに聳え立つビルの街頭ビジョンからニュースキャスターの声が聞こえてきた。 『…で発生している連続放火事件は遂に20件を超え…』 その画面をぼんやり見上げつつ歩く。鬱のマンションの火事もこの20件の中に含まれるらしい。きっとトントンはこの連続放火の捜査で忙しいのだ。なんてったって、この前の仲間での集まりでも途中で呼び出されて帰ったんやし。 画面の中の深刻げなキャスターが消えて、派手なCMに切り替わる。同時に、赤信号のスクランブル交差点に行き当たって足が止まる。大きく道幅が取られたそこはスクランブル交差点である分、信号の待ち時間が長い。行き交う車を眺めながら、シャオロンはまた思考に沈む。入社以降バリバリ働いてきた自分にしては、ここのところ仕事の合間に余所事に意識が向く事が多くなってきた。やっぱり身内に不運が続いた為だろうか。 信号が青に切り替わる。一斉に溢れ出した人波に半ば流されながらシャオロンは対岸に向けて歩き出す。すれ違う人々の中に、チラリと明るい金髪が見えた。 ああ、そういえば。 「グルッペンも、既読つけとらんなぁ」 その言葉は、宙に溶ける前に悲鳴によってかき消された。大きく人の波が乱れる気配。悲鳴の連鎖と逃げ惑う老若男女。理解が追いつかないシャオロンが突っ立っているうちに、自然と群衆が2つに割れていく。 その先に、猛然と交差点に突っ込んでくる車があった。 赤信号を当然のごとく無視して交差点に侵入する車の直線上には、シャオロンただ1人。明確な殺意を乗せたスピードで迫る車に、シャオロンはどうすることも出来なかった。 頭が真っ白になって、ただただ運転席の男を見つめる。無感情の瞳が、やけに脳裏に焼き付いた。 「シャオロン!!!!!」 右腕に一気に体重が掛かる。物凄い力で引っ張られた身体が地面に吹き飛ぶ。引き倒された勢いでアスファルトの上に転がったシャオロンの目の前で、猛スピードの中型車が通り過ぎる。黒々としたタイヤ痕からゴムの焦げた匂いが立ち昇る。車はそのまま群衆を避けながら交差点を突っ切り、走り去っていった。 エンジンの轟音が遠退いた交差点は、誰もが呆然としていた。その真ん中で、シャオロンは地面に伏せたまま暴れる心臓を抑えているしかない。切れ切れな息が整わなくて苦しくなりかけた背中を、誰かの手が摩る。 そうして初めて、シャオロンは自分の腕を引いて命を救ってくれた人物を思い出した。苦しくて涙が滲んだ視界をなんとか持ち上げてその顔を見た瞬間、泣きかけの眼を見開く。 「…ト、ントン…」 酷く険しい顔でシャオロンを見返すのは、しばらく音沙汰無かった長兄の1人だった。今まで見たことが無いほど顰められた顔なのに、シャオロンの背に触れる手付きは優しくて、シャオロンは混乱する。 何故そんな顔をしているのか。 何故ラインに反応しなかったのか。 何故こんな所にいるのか。 轢かれかけたという衝撃と相まって、口は思うように動いてくれない。あ、う、などと母音ばかりで言葉にならない様子のシャオロンを見下ろして、トントンは1つ舌打ちをする。それにシャオロンはビクリと肩を震わせる。トントンはグッと目を瞑ると、有無を言わせない口調で言った。 「シャオロン、ええか、よく聞け。すぐにあいつら全員と一緒にコネシマんとこ行け」 「え、は」 「あいつの家なら雑魚寝でなんとか全員入るやろ。ええか、事情聴取終わったらすぐ行け」 そこまで言い切ると、トントンは何も言えないシャオロンを置いて立ち上がる。 周囲はようやくこの交差点で起こったことを飲み込めたのか、人々は動揺や不安を口々に主張し始めていた。負の喧騒の遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてくる。 トントンはそれらを無感情に流し見て、片手でスマホを取り出す。殆ど画面を確認せず何事か打ち込むと、スマホを仕舞って足早に歩き出した。 人混みに紛れるように進んでいくトントンの背中が妙に遠ざかっていっている様に見えて、シャオロンは必死に身を起こして叫ぶ。 「ト、トントン!どこ行くねん!?」 ピタリとトントンの背中が止まる。立ち止まるとその背は周囲から浮き出した様に見えて、余計にシャオロンは焦燥感にかられる。彼はあんなに異質な雰囲気を纏っていただろうか。幼い頃から知っている筈なのに、あの背中は知らない。あれは、本当にトントンなのか。 知らず震えるシャオロンを、トントンは顔だけで振り返る。薄く笑みを乗せたその笑い方は確かに見たことがある気はするが、トントンの笑い方では無い。 トントンでは無い顔でトントンは笑い、シャオロンに言い聞かせる。 「俺たちはええから。お前らはじっとしとるんやで」 その言葉が、シャオロンの脳裏に閃光を走らせる。どこかで聞いた様な言葉、それはいつだ? いつのまにか俯いていた顔を上げた先に、トントンの背中は無かった。 [newpage] [返信が遅れて悪かったな。あいつらのことやろ] [せやで。鬱、ロボロ、シャオロン。ここまで来るとなんか関係あるとしか思えんやろ] […しかし、俺らは弁護士であって警察やない。事件を調べるのは専門外だ] [いや、別に俺は事件の詳細が知りたい訳やないんよ。グルッペンの意見が聞きたいだけ] [意見も何も、あいつからの情報提供待ちだろう] [そうやね] [なんだ、あっさり引くんやな] [おん。最後にひとつだけええ?] [なんだ?] [3つの事件で、全部共通する事があるよな] [なんで、あいつらはみんな事件の時にトントンに会っとるんやろうな?] [さぁ、そこも、あいつからの説明待ちだな] 「どーしたの、やけに元気無いね先生」 「あー、ちょっと身内の問題やねん」 先程までの曇った顔を消して笑顔でオスマンが片手をひらひらと振れば、向かいに座ったひとらんらんは片眉を上げて小首を傾げる。ほんまに気にせんでええよ、と重ねて言えば、ひとらんらんは了解したとばかりに頷いてテーブルの上の書類に目を落とした。 上等な楡で作られたローテーブルには、裁判に関係した資料が広げられている。その中の写真を一枚摘んで眺めるひとらんらんの顔には疲労の色がちらつく。ひとらんらんの役職柄、いつも多忙であることは知っている。しかし、珍しく疲れ故の苛立ちでは無く苦悩が見て取れて、オスマンは少し心配げに訊ねる。 「んで?外道組の若頭さんともあろう人がなにを困っとんの?」 「…あー、わかっちゃった?」 「そりゃ、ビジネスパートナーの様子ぐらい観察出来んと弁護士なんてやってられんめう」 ましてや、由緒正しいヤクザの顧問弁護士なんて。 そう内心で呟いたオスマンに、ひとらんらんはそりゃそうだ、と頷いた。しかし、ひとらんらんは唸るばかりで話そうとはしない。差し詰め、オスマンに伝えていいものかどうか悩んでいるのだろう。オスマンが顧問弁護士として、これまで大きな裁判や抗争の法的処理を支えてきた実績はひとらんらんもよく承知している。その頭脳でもって、弁護士としての仕事以外にも的確なアドバイスをしてくれることも知っている。しかし、あくまでもヤクザの人間では無いオスマンに組の事情を話して巻き込んでしまうことを、ひとらんらんはいつも躊躇していた。 ふん、とオスマンは鼻を鳴らす。オスマンとしては、そんな遠慮は今更もいいところだった。一度顧問弁護士となった以上、一連托生の覚悟は出来ている。元々、暴力団関係に携わること自体、弁護士界ではタブーなのだ。誰もやりたがる人が居ないから必要悪として、今のオスマンは黙認されている。オスマンの感覚としては、一般人どころか両足この世界に突っ込んでいる様なものだ。そんな主張をひとらんらんも分かっている。分かっているけれども迷うことはやめられないのが、ひとらんらんという男だった。 「…はぁ、もうどうせ後からマンちゃんの世話になるくらいなら、最初から知っておいてもらう方がいいよね…」 「せやな。んで?なに困っとんの」 外道組は全国でも有数の実力を誇る組である。そんなヤクザが困る事態というのは中々に厄介であることは予想できた。ため息を1つ吐いて、ひとらんらんが部下にタブレットを持って来させる。受け取ったタブレットを眺めつつ、ひとらんらんはゆっくりと口を開いた。 「…とあるリストがね、ちょっと厄介なチャイニーズ系に渡っちゃったんだ」 「リスト?」 これは前置きなんだけど、とひとらんらんが呟く。チラリとオスマンを見遣って皮肉げに口の端を吊り上げた。 「昔、もう無くなった組が人身売買に手を染めてたんだよ」 「…ほう」 「その関係者リストが、おんなじことをしようとしてるチャイニーズに渡っちゃったって訳。当然、チャイニーズは文字通り“炙り出し”を始めたんだよ。よりによってウチのシマでさ」 「“炙り出し”?」 首を傾げたオスマンに、ひとらんらんがタブレットを差し出す。そこには、日本で最もよく使われるネットニュースのサイトが映し出されていた。ひとらんらんの指が、1つの見出しを選択する。センセーショナルな文面と共に、真っ黒に焼けた家屋の写真が現れる。“炙り出し”の意味が分かって、オスマンは瞠目する。 「あの、連続放火事件…」 「そう。新しく商売を始めるんだから、市場は独占したいでしょ?だから、関係者リストを手当たり次第当たって潰してるってわけ。仕事の仕方を知ってる奴が後から出て来たりしないように」 「なるほど。外道組のシマでこれだけ派手に暴れ回っとったら、こっちとしても黙っとる訳にはいかんわなぁ」 「潰れた組はウチとは関係ないんだけど、余所者のチャイニーズ風情が、っていきり立っちゃってる奴等がいてね。割と一触即発なの」 肩をすくめて困ったように小首を傾げるひとらんらん。軽い口調で笑ってはいるが、こうして話してきたからには本当に困っているのだろう。過去の案件を思い返して、オスマンは眉間のシワを深めた。 「…民事ならともかく、刑事は面倒やから嫌やねんけど」 「まあ、まだことが起こった訳じゃないから。若い衆にもこっちからは手ェ出すなとは言っとくし」 再びタブレットを持ち上げて操作し始めたひとらんらんを見やりつつ、オスマンは顎に手をやった。裏社会に身を置いてしばらく経つが、人身売買に関する話は初めてである。『外道』と名乗るものの、筋を通す事に重きをおくこの組ではクスリでさえ御法度なのだ。臓器はともかく、人身売買なんて以ての外だろう。現に、オスマンがもっと話を聞きたげに見上げても、ひとらんらんは肩をすくめるばかりである。 「そんな目しても詳しいことは話せないからね?」 「でもチャイニーズ相手の出方は俺でもアドバイス出来るかもしれんし。せめて昔人身売買やっとった組の話でも、な?」 めう〜、と上目遣いで押してみれば、ヤクザのくせに人の良いひとらんらんが言い淀む。なかなか口を割らないその頑なさに、オスマンは訝しげに目を細めた。ここまで話したのだから、全て教えてもらえると思っていただけにこの反応は肩透かしだ。 ひとらんらんは何かを耐えるように目を閉じると、遣る瀬無い顔で薄く笑った。 「割とえげつない話になるけど、本当にいいの?」 「だから今更やって。早よ言え」 オスマンの言葉を聞いて、ひとらんらんは足を組み替え背凭れに深く身体を押し付けた。なんでもないようなポーズを作って、それでも言いづらそうにひとらんらんは言った。 「その組のやり方は、“子供の養殖”だったんだよ」 [newpage] ガツ、と硬い音が響く。 振り下ろされた強化ガラスのグラスは、手加減なくローテーブルに打ち付けられた。あんまりな勢いにその場にいた数人が肩をびくつかせる。苛立ちをそのままに低く唸ったコネシマは、ソファに深く腰掛けて煙草に火を付けた。それを見上げて、カーペットに胡座をかくシャオロンは視線を彷徨わせる。手元はブタのピンバッチの付いたニット帽をいじっていた。 「で、どうなんやシャオさん。トントンには連絡ついたか?」 「…いや、つかへんわ。電話もラインも反応ない」 「グルちゃんは?」 「[大丈夫だ]って一言だけで後はなんも。既読もつかへんよ」 座り込んだゾムが心なしか俯きがちにスマホを弄る。鬱はそれを見下ろして溜息をついた。ロボロが黙ってポテチをかじる。 シャオロンが暴走車に轢かれかけた事件から、丸一日が経っていた。 事情聴取や警察との手続きを終えたシャオロンは訳が分からぬまま、立ち去ったトントンの言う通りに全員を集めてコネシマ宅へ駆け込んだ。会社から流石に、と休暇を貰えたシャオロンは次の朝1番にゾムに連絡を入れて休暇をもぎ取らせた。もともとコネシマの元へ身を寄せていた鬱とロボロを含めれば、総勢5人が一人暮らしの部屋に集まったのだ。いくら広いとはいえ、少々狭苦しい。しかし、家主であるコネシマはすぐに4人を引き入れた。鬱、ロボロ、シャオロンと立て続けに命の危険に晒されるなど、尋常ではない。一人一人がバラバラに居るよりも集まっていた方が安全だ。そう言い放ったコネシマが玄関口で有給申請をする姿は頼もしかった。 すぐに集まることができた5人は、この場にいない残り3人にも集まるように連絡を入れた。すぐに折り返してきたのはオスマンであり、曰く、どうしても今日は外せない依頼がある為、それが終わり次第合流するらしい。「絶対に安全やから、心配せんでええよ」と電話口で笑っていた声は何故か人を安心させる色を帯びていた。その声に知らず高鳴っていた鬱の心臓を落ち着ける。オスマンのことだ、自分の安全を確保する手段は持ち得ているだろうと納得して、夕方にコネシマ宅で落ち合うことを約束した。 問題は残りの2人だ、と鬱はソファに座るコネシマを伺いつつ眉間に皺を寄せた。 今日の朝、押し掛けてきたシャオロン達に経緯を聞いたコネシマは、すぐにスマホを引っ掴んでトントンに電話を掛けた。明らかにトントンの言動はおかしい、と心配げにシャオロンが見守る中、何度掛けても繋がらない通話を切ったコネシマが小さく悪態を吐く。同時に鬱がグルッペンへ電話を掛けたスマホを耳に当てながら首を横に振れば、今度こそコネシマは罵声を吐き捨てたのだった。 それが、今日の朝のことである。 昼を過ぎても、2人からは何の連絡もなかった。唐突にグループラインに上げられたグルッペンの[大丈夫だ]以外には、何も。 3人が危機的な状況に曝された以上、闇雲に動くことも出来ず、5人はフラストレーションが溜まっていた。特に、合理主義者な面が強いコネシマは不条理な現状に苛立ちを隠せないようだった。時間が経つにつれその一挙手一投足に力が入っていくのがわかって、年下3人組が身体を縮こませてゆく。ああ、もう、と鬱は天井を見上げた。 「そんなイラついとってもしゃあないやろ…」 無言で煙草をふかし気味に睨みあげるコネシマに、いつもの賑やかなキャラクター性は見られない。ロボロの件を含めれば、この機嫌の悪さもだいぶ長い。そろそろどうにかするべきか、などと鬱が考えていれば、しょげた様に唇を尖らせていたゾムがこちらを伺いつつ口を開いた。 「…な、なぁ、腹減らん?」 「うん?」 「あ、あーうん、俺腹減ったかも。な、ロボロ!」 「お、おお、腹減ってる」 「…まぁ」 各々が頷けば、ゾムの目が輝く。我が意を得たり、とばかりに立ち上がると、張りの戻った声で宣言した。 「俺、なんか買ってくるわ!何がええ?」 「え、でも、流石に危なない?」 ゾムを見上げてシャオロンが言い淀む。命の危険に直に晒され、トントンの言いつけ通りコネシマ宅に駆け込んだ。が、正直訳がわからないままこのまま缶詰になっているのも息苦しい。シャオロンが助けを求めるように周りを見渡せば、右手を握りしめたロボロが不安そうに同意する。 「…確かに腹減ったし疲れてるけど、今外に出るのは…」 「だからこそ俺やねんて!ロボロもシャオロンも大先生も、一回殺されかけとるんやで?俺、そこそこ鍛えとるしなんかあっても大丈夫や。すぐそこのコンビニでなんか買ってくるだけやし」 自信満々、とばかりに胸を張るゾムを、シャオロンとロボロはおろおろと見上げるしかない。困った末に視線を投げてくる2人に、鬱は腕を組んで唸った。ゾムの言う通り、今この3人が外に出るのは危険だろう。かと言って、腹は減ったしコネシマ宅には食料がない。触らぬコネシマに祟りなし、ここはゾムに頼むしかないだろう。再びため息を吐いて、鬱はゾムに向かって頷いた。 「しゃーないな、ゾム、頼めるか?」 「任せとって!」 うどんとか丼とか適当に買ってくるから!と、意気揚々と財布を引っ掴んで玄関から飛び出して行くゾムを見送って、三度溜息が溢れてしまった鬱は頭を振った。 なぜこうも連続して身内が危険に晒されたのか。トントンは何を隠しているのか。いつまでここにいなければならないのか。 考えが行き詰って息苦しい。この閉塞感にはこの場にいる全員が辟易していた。 各々が俯いて空気が澱んでいる気がする。そう感じていたのはシャオロンも同じだったようで、うんざりといった顔で言った。 「とりあえず、窓開けてええ?」 「ありがとうございましたぁ〜」 気の抜けた店員の挨拶を背にして、ゾムはコンビニを後にした。両掌には大きく膨れたビニール袋の紐が食い込んでいる。ぎっしりと詰まった飲食物を、その重さを感じていないかのように軽い足取りでゾムは運ぶ。棚を浚うがごとく買い込んだ分、財布は軽くなってしまったが気にしない。訳もわからず閉じこもるしかない為全員の気が立っている状況も、腹が満たされれば多少はマシになるだろう。彼等の気分が少しでも楽になるのなら、多少の出費は構わない。ゾムは誰が見てもまるでスキップでも始めそうなぐらいの上機嫌だった。 昔聴いた曲をアバウトなメロディで口ずさむ。もはや歌詞も忘れてしまったから、わからない部分は何となくの鼻歌で誤魔化す。そうして、ゾムはコネシマのマンションまでの帰り道を辿っていた。コンビニはコネシマ宅から徒歩10分ほどの場所にあった。さして遠い距離でもない。コンビニのある表通りをまっすぐ下って、3つ目の角を曲がる。表通りから1つ通りを変えれば、そこは静かな住宅街だった。平日の昼下がり、すれ違うような人もいない平坦な道のりだ。そこを、ゾムは両手のビニール袋を揺らしながら歩く。浮き足立った爪先が蹴った小石が次に曲がる角に当たって跳ね返る。それをもう一度角の向こうに蹴り込んで、追いかけるようにゾムも曲がった。 新緑のフードがたなびいて、塀の陰に消える。 それを追うようにして、ゴツゴツとした掌が塀の角をつかんだ。 「んで?何の用やねん、アンタ」 1人の男が軽やかな新緑のパーカーを追って角を曲がれば、道の真ん中で仁王立ちしたゾムが待ち構えていた。両手いっぱいに掴んでいたビニール袋を道の端に置き、被ったフードの下から凶悪な目つきで睨み上げる。 まさかターゲットが立ち向かってくるとは思わなかった男は、一瞬立ち竦んだ。しかし、すぐにゾムに向かって掴みかかってくる。胸倉を掴もうと伸びる左手を胸をそらして躱し、左手で掴む。そのまま足を引っ掛けて転ばせながら掴んだ腕を強く引く。関節を捻られた男は強烈な痛みに呻き声を上げた。 「[[rb:好痛> いった]]っ!」 「とっ、サバゲ民舐めんなやっ!」 反射的に跳ね上がった男の身体を全身で押さえ込み、後ろ手に両手で纏める。ゾムによって強制的に膝をつかされた男は、荒く呼吸を繰り返して俯いた。 ゾムも自身の速まった鼓動を感じながら息をついた。落ち着いて改めて捕まえた相手を見下ろしてみれば、男は一見して普通にそこら辺にいそうな背格好をしていた。が、悲鳴は日本語ではなかったから外国人かもしれない。いかんせん人に襲われる心当たりは無かったので、これは間違いなくロボロ達の事件と関係があるはずだ。ゾムは1人頷くと男の顔を覗き込もうと身を屈めた。その瞬間。 「っうぁ!のやろ!」 大人しく押さえつけられていた男が、いきなり大きく身をよじった。すっかり油断していたゾムは思わず跳ね飛ばされる。先程押さえつけられたのが信じられない程の力でゾムを壁に叩きつけた男は、一目散に逃げを打つ。打ち付けた背を庇いつつ、ゾムは慌てて追い掛ける。折角、一連の事件についての手掛かりになりそうなのだ。逃すわけにはいかない。 こけつまろびつしながら走る男に向かって、大きく踏み込む。スニーカーで地面を踏みしめるたびに背中が痛んだ。手を伸ばすのに、ギリギリのところで追いつかない。少しずつ離れる距離に思わず声が漏れた。あかん。 住宅街特有の狭い十字路が見えてくる。あそこを曲がられたら更に差を付けられるだろう。男の背中は既に十数メートル先にあった。駄目かもしれん。悔しくて、諦められなくて、ゾムは必死に追い縋る。 遂に十字路に至った男が、左に曲がるのが見えた。その先は入り組んだ路地だ。ゾムが角を曲がる頃には、男の背中は見えなくなっているだろう。仲間達の落胆した顔が頭をよぎって、歯噛みするしかない。それでも見失った事を確認するまでは、とゾムは十字路に走り込んだ。 はたして。 「うん?って、うわっ?!」 十字路の角を鷲掴んで遠心力に振り回される身体を無理やり左折させれば、足元に転がる何かに思いっきり突っ込みかけて、ゾムは慌てて脇に避けた。ギリギリで衝突は避けられたが、勢いそのままたたらを踏んで尻餅をつく。衝撃が背中に響いて顔が引きつった。 「いったぁ…」 痛みに反射で伏せていた顔をそろそろと上げる。まず視界に入ったのは、見覚えのある男。ゾムが追っていた男は、何故か地面にへたり込んでいた。すっかり力が抜けた様子で呆然と目の前を見上げている。ガタガタと歯の根も合わない男の様子を見て、初めてゾムはその目の前に追っていた男とは別の人間が居ることに気付いた。自然と見上げる瞳に映るのは、見知らぬ表情をした、見知った男だった。 「は…、トン、トン…?」 ゾムの呟きにチラリと視線を寄越したトントンは、すぐに男に向き直ると無造作にその胸倉を片腕で掴み上げた。一体何に怯えているのか、男はされるがまま詰まった喉に喘ぐしかない。トントンの冷えた眼が射殺さんばかりに男を貫く。 「…[[rb:快速說話> 早く言え]]。[[rb:你想再打破一個手臂嗎> もう一本の腕も折られたいのか]]?」 低く唸るようにトントンの口から異国語が這い出してくる。目を丸くするゾムを他所に、トントンの恫喝は続く。男は小さく悲鳴を上げた。ぶらん、と力無く垂れた右腕を庇う男はどもりつつ口を開く。 「、[[rb:請原諒我> 許してくれ]]![[rb:我什麼都不知道> 俺は何も知らない]]!」 「[[rb:有什麼您知道的嗎> ほんまに何も知らんのか]]?」 「…[[rb:我只知道一個> ひとつだけ知ってる]]」 トントンが視線で促せば、震える口で男は呟いた。 「『1945』」 その数字だけは拙い日本語で、隣で呆然とやり取りを見守っていたゾムにも聞き取れた。1945。何かの数字だろうか。何の? その数字を聞いて、トントンは冷酷な顔のまま目を眇めた。 「…[[rb:有人告訴我要告訴那裡的領導> ボスがそう言えって言ってたんだ]]」 「…[[rb:我明白了> なるほどな]]。[[rb:我想直接攤牌> 直接対決したいっちゅうわけか ]]」 吐き捨てるようにトントンが言えば、男はその怒気を感じ取って大袈裟に震える。そんな男の鳩尾にトントンは何の前置きもなく一発拳を入れた。呻く間も無く崩れ落ち身体を、ぽいっと放ったトントンはゾムに目もくれずスマホを取り出す。一連の流れをただただ見つめるしかなかったゾムは、やっと自分が呆気にとられていたことに気付いた。立ち上がろうとして、地面に着いた手は震えていた。見上げてみても、トントンは先程までと同じ冷たい目で通話をしている。 知らない、こんなトントンは、知らない。 「…ああ、回収は頼んだで」 何処かに向けてしていた通話を切ったトントンに、ゾムは慌てて話し掛けた。覚束ない動きの手で、なんとか彼のスーツの裾を掴む。 「な、なぁ、トントン。トントン、やんな?」 何故か鼓動が速まっていく。 目の前にいるのは確かにトントンの筈だが、何故だかゾムには別人を前にしているような気がしていた。口に溜まった唾を飲み込む。感情のない目でゾムを見下ろしていたトントンは、一拍後、口の端を上げてわらった。 「…当たり前やろ。俺は、オレやで?」 それよりも、ゾム。なんでこんなところに居るんや? 冷え切った声に身がすくむ。小さい頃から刷り込まれた身体はトントンの怒気を感じて縮こまった。まずいやばい怒っとる、しかし焦る感情の中にほんの少しだけ、違和感が混じった。確かに怒り方には覚えがある。しかし、この怒り方は本当にトントンのものだったか? 戸惑い混じりに見返すゾムを、トントンは静かに叱りつける。 「俺はコネシマんところ行っとけって言ったはずだが?」 「え、あ…いや、ちゃうねん、その」 「…もうええわ。さっさと帰れ」 興味を失ったようにトントンはゾムを突き放す。握っていた裾もさりげなく振り払われて、背筋に猛烈な焦燥感が駆け上がった。ここで引き止めなければ、本当に見失う。直感に突き動かされて再び伸ばした指先は、流れるように避けられる。トントンはそのまま、ゾムの頭をポンポンと撫でた。今度こそ、トントン自身の顔で微笑んで言う。 「はよ、帰り。これに関してはお前らは首突っ込まんでええんや」 「…なんで?」 「は?」 食い下がられるとは思っていなかったようで、トントンの口から気の抜けた声が漏れる。まじまじと見つめ上げるゾムの視線は、純粋に疑問で満ちていた。澄んだ浅緑に、唖然とした男の顔が映り込む。 「なんで?俺ら仲間やん。なんで仲間に隠し事すんねん。離れても、俺らは仲間やってグルッペンが言ったの、トントンも覚えてるやろ?あの火事の後、みんなに手紙が届いた…」 短く、わらい声が落ちた。 言い募るゾムを虚をつかれた表情で見つめ返していたトントンは、言葉が続くにつれその顔を歪めていった。まるで仮面を被ったような嗤い顔で、トントンは嗤う。高らかに、蔑むように。 「…せやな。そう、俺らは仲間や。あの火事の前から、アイツと俺はずっと仲間。一心同体、俺らだけが、[[rb:『共犯者』> なかま]]なんや」 それは明らかに特定の2人を指す言葉で、ゾム自身が考えている意味は含まれていない。それが分かってしまって、ゾムは身震いした。つまり自分は、今コネシマ宅で不安に苛まれているであろう兄弟分達は、全て、ずっと昔から。 「…お、おれらは、仲間じゃ、なかったん…?」 脱力した身体で茫然と呟くゾム。嗤い顔さえかき消して、トントンは顔を背けた。そのまま背を向けて立ち去っていく姿を追い掛ける気力が、今のゾムには無い。自分の中の基盤が壊れていく音がする。 静かな住宅街にパトカーのサイレンが響き始めるまで、新緑のパーカーはその場に蹲るしかなかった。 衝撃に立ち直り切らない身体を引きずって、どうにか警察の到着前にその場を離れたゾムはそのままコネシマ宅に帰り着いた。酷い顔色で力無く帰ってきたゾムを見て、その場にいた全員が青褪めた。まさか、ゾムまでも危険な目に遭ったのか。詰め寄って無事を尋ねる仲間達を見返して、ゾムは迷子のような眼をしてポツリ、ポツリと先程の出来事を語る。絶句して二の句が継げない仲間達を前にして、ゾムは肩を落として言う。囁くような声は震えていた。 「…なぁ、俺ら、お、俺らって、なんやろ…」 仲間じゃ無かったら、俺らがこうして繋がってる意味って。 言葉が詰まって出てこない様子のゾムを見て、それでも誰も口を開けない。この場にいる全員にとって、トントンとグルッペンは間違いなく仲間の1人である。幼少期を共有して、共に困難を乗り越えてきた、大事な兄貴分であり友人。それを否定されて、否定された事実を受け止めきれない。仲間でなかったのなら、どうしてこまめに連絡していたのか。どうして顔を合わせた時に微笑んでくれたのか。どうして、「仲間だ」と頷き返してくれたのか。 誰もがグラグラと不安定な足元を見つめ続ける事しかできない。重苦しい空気にゾムが蹲りそうになりかけた、その時。 鋭い舌打ちが響いた。 「…知らんわ、んなこと」 「…シッマ?」 俯いて黙り込んでいたコネシマが吐き捨てた。勢いよく上げた顔は忌々しげに歪んでいる。 「俺らは家族やない。側から見たらただの友人同士の集まりやろ。血縁やないから法律上の束縛やって無い。何かあった時に連絡が来るとも限らない、曖昧な関係や。そこは認めたるわ」 サッと唇を舐めて湿らせて、その場にいる全員を見回す。空色の瞳には、炎があった。 「やから、アイツらが俺らを他人やって言ってもしゃーないわ。ただの友人関係なんやからアイツらにもその権利がある。ただ、よぉ考えてみ?アイツらに俺らを拒絶する権利があるんやったら、俺らがその拒絶を拒絶する権利やってあるやろ?」 「それは…」 「友人関係はただの社会的関係や。法律に決められた関係やない。アイツらがこっちを拒否って来たとか知らんわ。法律に裁かれない以上、俺は一度アイツら取っ捕まえて話聞く権利を主張するだけや!」 この場にいない2人を睨みつけてコネシマは吠える。呆気にとられる年下組の横で、鬱が腕を組んでニヤリと片唇を吊り上げた。 ハッ、と吐息だけで笑ってコネシマに続ける。 「…それもうストーカーやろ」 「キッショい表現すんなや!?」 「いやいや、ええんちゃう?俺も一枚噛ませてぇや。アイツらは確かに関係無いな。俺も勝手にさせてもらうわ」 それを聞いたコネシマが鬱と同じように笑いながら3人に目配せする。コネシマの発言をようやっと飲み込めた3人は、徐々に同じように唇を歪めた。ギラギラした光が、3対の瞳に灯る。 「…せやな。あっちが勝手に言ってるだけやからな」 「とーぜん、俺らが追っかけても文句は受け付けんわな!」 「どうせなら、追っかけてもう一回認めさせればええんちゃう?俺たちの関係」 えーやん、そうしよか、なんて盛り上がり始めた場に先程までの暗雲はすっかりなくなっていた。全員が乗り気になったことを確認して、コネシマはもう一度全員の視線を集めた。その手には、彼自身のスマホ。自信ありげな表情に、シャオロンが問いかけた。 「…んで?追うと決めたからには、アテがあるんやろ?」 「ったりまえやろ。コレや」 そうして差し出されたのは、ラインのトーク画面のスクリーンショットだった。ぽつんと一言だけ送られているそれは、丁度昨日、シャオロンが車に轢かれかけた事件があった直後の時間に送られていた。しかし、なによりも目を引いたのはそのメッセージを送って来ている相手だった。 「っ、グルッペンが、コレを?」 「せや。シャオロンの事件の直後、ってかほぼ同時に俺のスマホに送られて来よった。まぁ、すぐ消されたんやけどな」 スクショしといてラッキーやった、なんて呟くコネシマからスマホを受け取り、4人で覗き込む。淡々とした文面で事務的なやりとりが一言告げられている。明らかにコネシマ宛では無いそれは、おそらく誤爆だろう。グルッペンにしては珍しいミスだ、なんてゾムがこぼす。 「[分析頼んだで、エーミール]…?」 「誰やこれ…?」 シャオロンが眉を寄せる横で、目を丸くしたロボロが勢い良く顔を上げた。興奮故に言葉尻が震えている。 「こ、これ、うちの大学の先生かもしれん!」 「は?ほんま?」 「ほんまほんま!エーミールって言う教授おんねん!俺、講義受けたことあるし!」 小柄な身体で大きく手を振って主張するロボロに、鬱が思案げに首をかしげる。ゾムやシャオロンは直ぐにでもロボロの大学へと意気込んでいるが、そんなすぐに行動は出来ない。ロボロの言うエーミール教授が、件の『エーミール』とは限らないのだ。判断材料も無く唸っていると、ロボロが更に言い募る。 「この人、専門は近代史やったはずやけど、やたらめったら色んなこと知ってんねん。だから、もしこの『エーミール』やなかったとしても、何かアドバイス貰えるかもしれへん!」 「…まぁ、ここまで行き詰まっとったら何か別の視点は欲しい気はする」 やろ!と跳ねる弟分が早速、とばかりに教授にアポを取り始めるのを、ゾムやシャオロンが取り巻いてやんややんやと声を上げる。 ふと、3人を照らす光が柔らかなことに気づいて、鬱は時計を見上げた。いつの間にか、太陽は傾き始めていた。 [newpage] 結局、丁度午後から予定が空いていたからいつでもいい、と返事を貰った5人はすぐにロボロの大学を訪れた。広い構内であるが、日暮れに近いこの時間では学生の姿も少ない。パラパラと歩く学生に混じって、5人はロボロの先導の元、エーミール教授の研究室を目指した。 文学部棟の三階、廊下の突き当たりにその研究室はあった。無機質な扉には蝶のモチーフのネームプレートが件の教授の名前を主張していた。 17時30分。約束の時間ぴったりに到着した一行は、自然とロボロに注目する。無言の促しに頷いて、1つ息を呑むとロボロは扉をノックした。 「し、失礼します、法学部3回生のロボロです!」 少し上擦った声は扉の向こうに無事届いたようで、柔らかな声で入室許可が出た。握ったノブに力が入り、ロボロはぎこちない仕草でゆっくりと扉を開いた。立て付けの良くない扉はギィ、と音を立てる。 開け放った扉の先は、天井までぎっしりと詰まった本棚の壁だった。目の前の本棚を回り込めば、そこもまた三方を本棚に囲まれた空間だった。小さな応接セットの奥には、プリンターやデスクトップが並ぶ仕事机が窓に向かって置かれている。西向きではないようで、窓から差す夕日は柔らかだった。 応接セットの前に立った細身の男は、押し掛けてきた5人を緩く微笑んで出迎えた。ループタイを締めた姿はいかにも教授然としていて、余裕があった。そんなエーミール教授は、5人に軽く会釈する。 「皆さんどうもはじめまして。エーミールと申します。ロボロくんは一度講義を取ってくれましたよね。あの時のレポート、とても興味深い視点で書かれていてよく覚えてます」 「あ、はぁ、ありがとうございます…」 そこまで親しくない他学部の教授に、入室直後に褒められるとは夢にも思っていなかったロボロはしどろもどろに返す。反応に困った様子を見て、我に返ったようにエーミールは5人に椅子を勧めた。 「あっと、すみません!どうぞお掛けになって下さい!」 「いや、俺らはべつに…」 「まぁ…えっか」 ぞろぞろと5人でソファセットに身体を押し込む。ちょっと狭いですね、と申し訳なさそうにするエーミールへ口々に杞憂だと伝えれば、彼は頬を緩めて仕事机の前の椅子に腰を据えた。日没ギリギリの余光によって丹色に染まった窓を背景に、エーミールはニコニコと人好きのする顔で5人が切り出すのを待っている。それを見て、ロボロは内心胸をなでおろした。これなら、事情を話して協力を仰いでも大丈夫だろう。エーミールの顔を見上げて、ロボロはゆっくりと口を開いた。 「あの、実は…」 ちょうどその時、日没が訪れた。 エーミールが背負う窓の外は、緋から縹に塗り替えられる。 「トントンさんは、確かにこちらにいらっしゃいましたよ」 「…え」 穏やかな笑みは変わらない。 ただ、窓から差し込む暗色がエーミールの頰を酷薄に彩っている。つい先程までは感じなかった威圧感に、知らず5人の喉が鳴った。ゆっくりと脚を組み、エーミールは腹の上で両手の指先を合わせる。微笑んだ口元そのままに、冷ややかな視線で5人を刺す。 一瞬にして纏う雰囲気を変えたエーミールについていけない5人は、その場で固まるしかない。 「だから、貴方達が探しているトントンさんの協力者なんですってば、私」 ニコニコ、にこにこ。 5人の反応をまるで面白がるかのように更に告げる。深く背凭れに体重を乗せて、5人のリアクションを今か今かと待っている。 5人の間で小さく息を吸う音が走り抜ける。 「…そ、れは、ホンマの話なん?」 他よりも若干早く我に返ったのは鬱だった。曖昧な愛想笑いで咄嗟に出した言葉は陳腐で、エーミールは明白とばかりに軽く頷く。 「ここで嘘ついたってしゃーないでしょう?トントンさんからは貴方達のことをよーく聞いてますしね。ロボロくんから連絡が来た時から御用件は察してますよ」 「…そら、話が早くて助かるわ」 コネシマが話を受け取る。驚きから回復したコネシマは、その目に剣呑な色を載せてエーミールを睨みつける。 「御察しの通り、俺らはトントン達を追い掛けんといかん。さっさと詳しい話聞かせてもらおうか?」 「それは出来ないですねぇ」 「「はっ?!」」 「なんでぇや、先生」 このまますんなりいくと思っていたのだろう。ロボロとシャオロンが同時に顔を跳ね上げる。ゾムも不満げにエーミールを睨みつけるが、凄まれた本人はけろりとしている。余裕ある体勢は変わらず、声音はどこまでも明るく、わらう。 「だって、トントンさんに止められてますもん。貴方達には一切話せない」 契約ですから。 そう言って、うっそりと目を細める。 途端、応接セットのローテーブルが大きく鳴った。思い切り叩かれたそれは、銅鑼のように攻撃的な音を部屋中に響かせる。 哀れな天板に両手を叩きつけたコネシマは、それでも叫びはせず低く尋ねる。引き攣った口元から、チラリと犬歯が覗いている。 「…彼奴らとは、どんな契約を結んどるんや?」 「彼からの依頼をこなすこと。そして万が一、貴方達がここを訪れてしまった場合、私が知っている情報を決して漏らさないこと。見返りは、ちょっとばかりの便宜です。仕事上の、ね」 コネシマの威嚇に、エーミールは涼しげな顔で返答する。それを見て、今度は鬱が口を開く。 「なら、彼奴らからの依頼ってなんなん?」 「もちろん、言えません。守秘義務ってやつですわ」 「仕事上の便宜って?」 「大したことやないですよ?ちょーっと資料を手に入れてもらうとか、そんなもんです」 「その資料って奴は、あんたの専門に関係するもんなん?」 「言えません」 淀みない回答に付け入る隙は無い。 コネシマも鬱も唇を噛むしか無い。もはや口も挟めなくなった5人を眺めて、エーミールはボソ、と呟いた。その場の色調が微妙に変わる。その目にあるのは、無情な冷徹さだけではない。 「…貴方達は、何故ここに来たんです?」 「…そりゃ、トントン達がなんか隠しとるからや」 「明らかに俺らは無関係やないもん。やから、俺らは知りたいんよ」 「グルッペンとトントンだけが知っとる、なんて腹立つやん。仲間、やのに」 シャオロン、ゾム、ロボロが次々と零す。 その1つ1つにうんうんと頷いて、エーミールはでも、と身を乗り出した。右手の人差し指を立てて、いかにも教師然として問い掛ける。 「それは、トントンさんが隠しているそのことは、果たして本当に貴方達が知っていいものなのでしょうか?」 「…どういうことや?」 鬱が訝しげに眉を寄せれば、相対するエーミールは両手を広げる。 「トントンさんは、貴方達のために、隠し事をしているのだとしたら?」 「な、」 「そんな、こと」 「『守る為に』、そう言ってあの人は黙っていて欲しいと言いました。知らないで在るが故に、貴方達は守られている。真に彼の気持ちを汲むのであれば、ここは知らないフリをして帰ることが、彼の為ではないでしょうか?」 それとも、彼の気持ちを踏み躙りますか? 二択を迫るエーミールが、悪魔のように微笑む。次第に暗くなってゆく室内は、いつのまにか静まり返っていた。5人の少しだけ速い呼吸が、僅かに響く。 「…俺たちが知ったら、彼奴らは悲しむんか」 ロボロがぽつりと零した呟きには、無言が返される。 沈黙が、痛い程に5人を刺し貫く。 細めた目でソファの5人を眺めていたエーミールは、さぁ、と声を上げた。 「私も鬼じゃありませんよ。厳しいことは言いません。素直にお帰り頂ければ結構です。あ、ロボロくん、別に今回のことで成績に影響は出ませんから。安心してくださいね」 ゆっくりと立ち上がって、左手でドアを指し示す。どうぞ、とばかりに軽く小首を傾げたエーミールは、やはりニコニコと笑っていた。 底知れないその雰囲気に、5人は完全に呑まれていた。 その時だった。 誰かはわからないが、確かに誰かが呟いた『それ』を、5人全員が聞いていた。 ここで負けたら終わりやろ。 途端、ゾムがぐっと顔を押し上げる。 毅然とした顔で正面から睨みつけるその様子に、エーミールは軽く片眉を上げた。噛み締めた口火を切って、ゾムは言葉を叩きつける。 「…俺は、知りたい」 「…トントンさんが、それを望んでいないと知っても?」 「それは、あくまで彼奴らの意思や。俺の意思はそうやない」 言い切ったゾムから引き継いで、シャオロンも続ける。 「俺らの意思と、彼奴らの意思はちゃう。俺らは俺らの意思を通す権利がある」 「そうですね。しかし、私に貴方達の権利を尊重する道理は無いです。私は契約の元、黙秘を貫きます」 「やったら、その契約を上書きする契約を結んだらええんちゃう?」 つれなくシャオロンの言い分を突っぱねたエーミールに、コネシマが畳み掛ける。突拍子もない方向から飛んで来た口撃に、一瞬エーミールが怯む。その隙を突いて、コネシマは更に畳み掛ける。自然と、その身体は前のめりになっていた。 「エーミール、あんた矛盾しとるわ。元々あいつの協力者で、ロボロが連絡してきた時点で俺らの用件がわかっとったんなら、さっさと断ればよかったんや。予定があるとでもなんとでも。でも、あんたはそうせんかった。せやな、ロボロ?」 「え、あ、確かに…。今日は午後からずっと空いとるって…。もし俺らに黙っとくんなら、わざわざ招き入れて協力者だってバラすようなことせんでもよかった…?」 せや、とコネシマが頷く。 対するエーミールは笑顔を消して黙って5人を見つめ続ける。 「なら、なんで俺らにバラしたんか。バラしたかったからや。あんたは俺らが食い下がることも分かっとって、敢えて言ったんや。何故か?」 「…さぁ、何故でしょうね?」 「あんたにとっても旨味があるからやろ。俺たちが秘密を知ることが。むしろ、俺たちに知って欲しかった」 揺さぶりをかけるように、空色の瞳がエーミールを覗き込む。能面のように無表情のまま黙り込む相手に向かって、コネシマはカードを切った。 「契約や。俺たちは秘密を知りたい。あんたは俺たちに秘密を教えたい。話してくれるんなら、俺たちはあんたがやりたい事を手伝ったるわ」 だから、と言いかけて、コネシマは息を切った。チラリと4人を見回して、その誰もが同じ眼をしていることを確認して、言い切った。 「教えてくれや。トントンとグルッペンは何を隠しとるんか、あんたは俺たちに秘密を教えてどうして欲しいのか」 室内はもはや本棚の背表紙も読めないほど暗くなっている。そんな中で、5対の瞳がギラギラとエーミールを見つめ続ける。焼かんばかりの視線にも身動ぎしないエーミールが反応を示したのは、たっぷり秒針が一回りした後だった。 倒れ込む様に思い切り音を立てて椅子に沈み込む。ぎしり、と音がする程に椅子にもたれかかって、彼は天井を向いて大きく息を吐き出した。先程までの威圧感は消え、むしろ疲れ切った風に見える。しかし、能面だった顔には、初めて見る類の人間味のある微笑みが乗っていた。 「…あ〜、こりゃダメですわ。だめだめ」 「…何がダメやねん」 警戒したままコネシマが眼を眇める。対してエーミールは狐のように目尻を細めて吊り上げた。ニタニタと面白がるように5人を見返す。 「改めて聞きます。なんで秘密を知りたいんです?」 理屈は抜きです、何故? 試すような尋ね方をするエーミールは、まるで門番のように5人の前に立ち塞がる。見えない剣を握って、全員がそれに立ち向かう。 「そんなの…!」 シャオロンが口を開くも、続く言葉が出てこない。サッと目の端を曇らせるシャオロンの肩に、ロボロが手を置く。 「シャオロン、言うてやれ。俺ら、みんなおんなじこと考えとるから」 な、と高めの声がシャオロンの背を叩く。ぐるりと見渡せば、4人の目の色は同じだった。 だから、彼は正面を向いた。 「心配やからや」 シャオロンが全員の意思を汲み取って、言葉を紡ぐ。 「他人でもない。家族でもない。曖昧な友人関係でしかない。それでも、心配なんや。積み上げてきた情がある。彼奴らが俺らを心配して隠す反面、俺らも隠されるからこそ心配になる。最後は理屈やないんや。人間だから、友達だから、仲間やから、知らせてほしいし知りたいんや」 絞り出すように、声に出す。 「…何故、心配なんです?」 「俺らに秘密にすることで、俺ら以上に危険な目に遭っとるかも知れん。それを見過ごすことは、できん」 「自分たちが危険な目に遭うとしても?」 叩きつけるように、喉を震わせた。 「構わん。やって、どこまでいっても、俺らは平等に仲間なんやから」 言い終わった語尾が、僅かに震えて消えた。 シャオロンに託した4人は黙って見つめる。シャオロンの言葉を静かに聞いていたエーミールはふと、ささやかに笑い声を漏らした。それはだんだんと大きくなって、暗い研究室に反響する。呆気にとられた5人を置いて思いっきり笑ったエーミールは、暫くしてやっと目尻に溜まった涙を拭いつつカラッと晴れた顔で言った。 「ええわ、ほんま、羨ましい」 「…羨ましい?」 エーミールは1つ頷き、ひらひらと片手を振る。 「トントンさんを見ていると、痛々しい程貴方達のことを想ってるんです。貴方達がそれに見合うだけの覚悟があるのか、ちょっと試させていただきました」 よいしょ、なんて声を漏らして立ち上がる。そのまま踵でくるりと回ると、エーミールは自身の執務机の鍵付きの引き出しを探り始めた。パチリ、と軽い音がして解錠される。然程時間もかからずに分厚いファイルを取り出すと、鷲掴んでこちらを振り向いた。ぎっしりとはみ出す程に紙が挟まれたそれは、如何にも重そうに見える。それを差し出して、エーミールは目尻を下げた。 「さあ、準備は出来てます?もう、戻れませんよ?」 「おう、承知の上や」 「…やっぱダメでしたわ、すみませんね、トントンさん」 威勢のいいコネシマの声に独りごちて、エーミールはローテーブルにファイルを軽く放る。バサ、と重量のある音が響いて、紙束が5人の間を舞った。 「…これは、トントンさんと私で調べ上げ、纏め上げた集大成です。同時に、今の今までに築き上げられた秘密の証明です」 さあ、まずは部屋を明るくしましょうか? にっこりと微笑んだエーミールは、いつのまにか手にしていた照明のリモコンを天井に向けた。 急に明るくなった部屋に目を瞬かせる5人。しかめた顔を覆った手が次第に降りてきたのを見計らって、エーミールはばら撒かれた紙類から数枚の書類を抜き取った。新聞記事の切り抜きや何かの表、びっしりと何事か書かれた公式文書な様なもの。その一枚一枚を5人にそれぞれ手渡しつつ、エーミールは語り出す。 「…トントンさんは、私にとある組織犯罪についてのプロファイリングを依頼してきたんです」 「プロファイリング?…あんた、近代史の教授ちゃうんか?」 「…いや、その筈なんですがねぇ」 困り顔で苦笑いをするエーミールに、疑問符を投げつけるゾム。それを片手でヒラヒラと消しながら、エーミールは続ける。心なしか、その声はげんなりしている。 「とある事件、ーああ、これは今回の件とは全く関係のない別件ですよ?ーそれに関して警察の方に近代史の知見を貸した時に、トントンさんに見つかりましてね。推察力を買われてプロファイリングのお手伝い係に任命されたっちゅー訳です。謂わば、彼の助言係です」 いやはや、これがまた大仕事でしたわ、などとボヤくエーミールを他所に、5人は色めき立つ。トントン達が隠す秘密の内容について、今までと違って明らかに深みに踏み込めていることを確信したのだ。各々が手にしている資料は一般人が手に入れられる様な代物ではない。中には警察資料のコピーの様なものもあって、これが間違いなくトントンの手によってもたらされたものである事が知れた。 一頻りの興奮が落ち着いてきた鬱は、改めて資料に目を落とす。彼に手渡された紙には、2つの反社会的組織らしき団体の概要が記されていた。一般人であるならば終ぞお目にかからない様な物騒な単語の数々は、トントン達の秘密が紛れもなく危険なものであることを示している。それなのに、鬱が聞き馴染みのない団体名を口の中で転がせば、それは何故か記憶の淵に引っかかった。 「『我狼会』と『喰狼』…?」 「その2つの組織に関する事件の調査を、トントンさんは依頼してきたんですよ。『我狼会』が約15年前に存在したヤクザ、『喰狼』が最近台頭してきたチャイニーズマフィアです」 「ヤクザにマフィアって…かなりヤバいやん!」 そこまでとは思っていなかったのだろう、目を丸くするシャオロンの横で、コネシマが納得した様に頷いた。 「なるほどな。そんなヤバい奴らが関わっとる事件やから、彼奴らはあんなに隠したがっとった、って訳やな」 「ええ…。でも、この案件とあなた方が狙われた事件の関連性がまだ分からんのです」 「は?」 「どういうことや?」 怪訝そうに見上げる5人に、エーミールは腕を組んで見せる。口寂しげに一度唇を舐めて、エーミールはテーブルの上の資料を睨みつけた。 「私がトントンさんに依頼されたのは元々、昨今世間を騒がせている連続放火事件についてやったんですわ。そこから犯人は『喰狼』やと分かって、どうやら『我狼会』関係者を狙っとるんじゃないかという仮説が立った頃です」 トントンさんの様子がどうもおかしくなっていった。 口調に悲哀の色が乗る。エーミールは自分が無意識のうちに胸ポケットに手を這わせていることに気付いて、すぐさまその手をポケットに突っ込んだ。首の下の動揺など御構い無しに、その語り口は続ける。 「…連続放火事件の被害者が悉く『我狼会』に関係している事がわかった頃、トントンさんが急に訪ねてきた日があったんです。そこで、彼はとあるリストが盗まれた事、今後は貴方達が狙われるであろうから一刻も早く事件を収束させる為に力を貸して欲しい事を告げられました」 「とある、リスト…?」 「そのリストがなんなのかはわかりません。何故貴方達が狙われるのかも説明はありませんでした。ただ、力を貸して欲しいと…」 眉間に皺が寄る。途端に温厚な印象の顔が人を寄せ付けない雰囲気を出すのだから不思議だ。そんなことを、一種の現実逃避のようにぼんやり考えていたロボロは、次のエーミールの言葉に肩を揺らした。 「泣いていたんです、彼」 「は、え…トントン、が?」 しかめ面のまま、エーミールは頷く。まるで彼の方が泣きそうな程に顔を歪めて。 「『言えへん、巻き込めない、やけどごめん先生、どうか、どうかその知恵を貸してくれ』って、そこまで縋られて、私、断れへんでしょう?何かを背負って独りで闘ってるあの人の顔、かなり追い詰められとりましたから」 5人は言葉も無くエーミールを見上げる。トントンが泣いていた、なんて考えられない。彼はいつでも5人の兄貴分であり、弱ったところを支えられこそすれ、弱みを見せられたことは今まで全くなかった。そんな彼が、泣く、なんて。 「嘘やろ…」 「残念ながらホンマですわ。やから、私は一層『喰狼』について調べ始めたんです」 その成果が、コレです。 そう言ってエーミールがファイルの中から取り上げたのは、数字が並べられた表だった。数行に分けられた表の中に、10件程の12桁の数字と企業名、その所在が書かれている。下4桁以外は全て一致しているそれらは、どうやら既にある程度絞り込まれているようで、いくつかはマーカーで消されていた。 「『喰狼』のフロント企業、つまりは偽装会社ですね。それを特定する為に怪しい企業を絞り込んだ結果です。企業登録番号の大方は分かったんですが、下4桁が分からず絞り込めんのです」 「…つまり、そのフロント企業が判れば、『喰狼』を追い詰める事が出来るんやな?」 「…今夜、『喰狼』が取引を行う事は掴めとるんです。フロント企業さえ判れば、そこを叩くことも出来るんやってトントンさんも言っとったんですけど…」 コネシマが問えば、エーミールは嘆息する。もう今晩の取引を抑える事は出来んやろ、とぼやくまま、ポケットの中でライターの蓋をカチカチと鳴らした。 「今は行き詰まっとるんです。今日はずっとトントンさんの連絡も無いから今夜どうするかも決まってないし…。中国故事で言う五里霧中って所ですかね」 途方に暮れたように呻くエーミールは頭を抱える。各々がそれを受けて視線を彷徨わせる。その中で、ゾムだけがハッとして顔を跳ね上げた。 「中国…、その『喰狼』って、チャイニーズマフィアなんよな?その構成員って、当然中国語話すやんな?」 「え?ええまあ、そらそうでしょうね」 ゾムの脳裏に昼間のトントンの姿が浮かぶ。彼と不審な男が話していたのは中国語ではなかったか。トントンの冷たい視線を思い出してブルリと震えつつ、ゾムはエーミールを見上げて言い募る。 「っ、トントン、今日たぶん『喰狼』の奴となんか話しとったで!」 「え、は?!なんで知っとるんですか?!」 「昼間、偶然会ったんや!俺が『喰狼』の奴を追っとったらトントンが…それがきっかけで俺らここに来ることにしたんや」 「たぶんトントンさんが貴方達の身辺を警戒してたんやと思いますけど…トントンさんはその『喰狼』とどんな話を?」 エーミールが問うと、ゾムは難しい顔で右上を見上げる。思い出そうとするも、理解出来ない言語と感情の嵐の記憶はつい数時間前のことなのにはっきりとは思い出せない。見上げて、俯いて、目をつぶって首を傾げる。ぼんやりと曖昧な会話の中で、1つだけ聞き取れたのは確か、あの。 「『1945』…」 「数字?」 「あの時、『喰狼』の奴が1つだけ日本語で言っとったんや…それ聞いて、トントンがなんか急にそいつをぶん殴って気絶させとった」 途切れ途切れに思い出しながら呟くと、飛び上がらんばかりにエーミールが食いついた。 「そ、それ!企業登録番号の最後の4桁やないですか!?もしそうやったら…」 先程の表を取り上げて指で数字を辿る。合致した下4桁の数字の先には、ある貿易会社の名前があった。本社の所在地は隣県と書かれている。それを見て取ったシャオロンが呻く。 「…あかん、遠過ぎる。これじゃ間に合わんわ」 「…いいえ、ここの会社なら、充分間に合います」 「え?」 米神に脂汗を滲ませつつ、目をぎらつかせたエーミールが確信を持って5人を見渡す。手にした表は、握り過ぎた右手によってクシャリとシワが寄る。 「その住所がダミーやってことは調査済みです。しかし、たぶん倉庫が欲しかったんでしょう、ここから車で20分程行った先の港の倉庫、そこはきちんと登録されとるんです。この会社の名義で!」 「それじゃあ…」 「ええ、そこに行けば今日の取引に間に合うでしょうね」 やった!、と場が湧く。一気に部屋の空気が明るくなった。しかし勢い付いてソファから立ち上がりだす面々に向かって、エーミールはそっと片手を出して制止する。不思議そうに、或いは少しムッとした顔で見上げる5人に向かって、口先だけで細く息を吸って、告げる。 「…トントンさんは、個人で動いとるって言っとりました。完全に追い詰められる材料が揃ったら最終的には警察組織の力を借りるけど、それまでは出来る限り、と。今夜の件もギリギリまで確証が持てなくて焦っとりました。このタイミングでフロント企業が分かっても、警察を動かすには足りんでしょう」 「…つまり?」 「間違いなく、トントンさんは1人で乗り込んで行ったやろうと私は思っとります。やから、」 エーミールが喉を鳴らした一拍の間が、カチリと浮かれた空気を切り替えた。 「…私は、ガッチガチに武装した裏社会の組織に乗り込もうとするトントンさんを止めたい。それを成し得るのは、たかだか仕事上のパートナーである私では無く君達やろうと思ってます」 僅かに強張った笑顔で、エーミールは目線で5人を刺した。 「…契約です。情報は伝えました。協力してくれますね?」 しん、と一瞬部屋全体が静まり返る。 しかし、エーミールの言葉が完全に消えるその前に、5人は力強く頷く。 「「「「「…おうっ!!」」」」」 「…流石。契約成立です。車は私が出しますわ」 顔を見合わせた6人は、同じ眼をして立ち上がった。 そうと決まればすぐに出発だ。 誰とも無くバタバタと荷物をまとめ始めた中で、鬱はエーミールが出してきた膨大な量の紙束を手近な手提げ袋に突っ込んでいた。もしかしたら必要になるかもしれない、と言うエーミールに従ってバサバサと大雑把に入れていた拍子に、ひらりと1枚のメモが鬱の手を逃れて舞う。 「うおっ?!」 「あー、大先生何やっとんや、ホレ」 「おー、すまんなロボロ」 上手くキャッチしたロボロから軽くメモを手渡される。渡されたそれを適当に放り込もうとして、鬱はちらりと視界をよぎった文字に改めてメモを掴み直した。 そのメモには走り書きの様に今後やるべきことが書かれている。だが、今の鬱にとって内容はさして問題ではなかった。 どう見ても見覚えがある字が、それを綴っている。だが、しかし。 忙しい中で、1人首を傾げて固まっている鬱を訝しく思ったのだろう。エーミールが鬱の肩越しにメモを覗き込み、ああ、と声を上げた。 「それ、トントンさんが書いたやつですよ。今後の方針とかをまとめた走り書きなんで、もう捨てちゃっても構いませんよ」 「…トントンが、書いたん?」 「…ええ、そうですけど」 何か?、とキョトンとした顔でエーミールは鬱を見返す。 「私の字やないですし、この話をここでしたのは私とトントンさんの2人だけですもん。他人に見せる様なことは絶対にしませんでしたから、何か書いてあるとしたら私かトントンさんが書いたものしかあり得ませんし」 「そう、か」 曖昧に相槌を打つ鬱に、奇妙なものを見るようにエーミールが眉を寄せる。鬱はまだメモを握って視線を落としている。気まずい空気が流れかけたそこに、ゾムの呼び声が割って入った。 「おーい、マンちゃんと連絡ついたで!事情話したら現地ですぐ合流するって!」 「あ、そうですか!じゃあ私、車取って来ますね!」 パタパタ、と音を立てそうな程コミカルな動作でエーミールが車の鍵を握って室内を後にする。先程までの権威的な様子も威圧感もどこへ消えたのか、いっそ微笑ましくなる後ろ姿を鬱はメモを握ったままなんとなく見送った。ごそり、右手が無意識に胸ポケットを探る。いつもの煙を吸えば、何故か思考が絡まった頭がはっきりする気がした。衝動に突き動かされかけた手は、しかし湧き上がったもう1つの予感に遮られた。 これは、気付いていいものか。 ぞっとするような不安定さ、安寧が崩れていきそうな危機感が這い寄ってくる。嫌な先触れに腹の中を掻き回された気がして、鬱は思い切り舌を打って煙草を取り出した。 「大先生、マンちゃんがとっておきの秘密兵器連れて行くって…って、何吸おうとしとんねん?!」 「あーうるさいうるさい、ちょっと今は吸わしてくれや」 「おっま、他人の研究室で吸うんかよ…」 シャオロンが見咎めたが、それを振り切って鬱は煙草に火を点ける。肺に溜まった煙を吐き出せば、タールと引き換えに不安を連れて行ってくれた気がした。同時に、頭の中も少しスッキリする。もう一度メモを眺めてエーミールが言っていたことを反芻してゆけば、矛盾点が見えてきそうだった。 咎めるように眉をひそめつつ、ジッと鬱のすることを見守っていたシャオロンは、扉の方を振り返って何か言いたげにむずむずと噤んだ口を動かした。他の4人はとっくに出て行ってしまっている。真剣にメモを見つめる鬱と開けっ放しの扉に何度か視線を往復させて、シャオロンはやはりむずつかせていた口を開いた。 「…なぁ、なんか、あったん?」 おずおずと、不安げに気遣うシャオロンの声音に、鬱はようやく掴んだ違和感の端を言葉に出すことをやめた。 「…なんも。俺らも行こか」 そうして、握ったメモをスラックスの尻ポケットに無造作に突っ込んだ。 [newpage] 生温い潮風が纏わりつく。 街の喧騒から離され、周りを照らす灯りは少ない。昼間の作業の喧騒も夜闇に覆われた今となっては遥か遠く、すっかり静まり返っている。ましてや、半分使われていない港の端の倉庫であるなら尚更だ。岸壁に打ち寄せる僅かな潮騒を聞きながら、昼間のスーツ姿のままトントンは黙って目の前の倉庫を見上げた。黒々としたシルエットがこちらに覆いかぶさるように建っている。人影は全く無い。感覚を研ぎ澄ましてみても、人の気配は感じられない。 これは、明らかに誘われている。 フン、と鼻を鳴らす。物々しい警戒が無いということは、逆に相手は言葉を交わす用意があるということだ。こちらとしてもあまり派手に動くわけにはいかない為、この態度は都合が良かった。 特に表情を動かす事もなく、トントンはゆっくりと倉庫の扉に手を掛ける。途端、ムッとする程の気配が顔面に押し寄せてくる。ライトに照らされた倉庫内は積み上がった荷物やドラム缶で高い壁のようになっているが、その其処彼処に下っ端が隠れているのだろう。裏社会の組織特有のどこか粘ついた視線が数十と自分を見下ろしてくるのを感じながら、それでもトントンは素知らぬ顔で前だけを見つめて進む。隠れている下っ端の目の前を通り過ぎる度、一瞬獰猛な殺気が立ち昇るが、下っ端は大人しく奥へと進むトントンを見送る。大方、ボスにキツく命令されているのだろう。これ幸いとばかりにトントンは足早に荷物で築かれた一本道を進む。顔には一切出さないが、一歩踏み出す度に胸の奥に重たい澱みが溜まっていくのを感じる。得体の知れない怖さがヒタヒタと足元に絡まり付いていく。まるで、いずれ足がつかなくなると分かっていてひたすら沖に向かって歩いていくような。 そこまで考えて、いや、と軽く三日月型に唇を歪める。これは、ただの自分に対する失望と羞恥だ。塗り重ねた罪の末に、見ないフリをしてきた始まりを直視するしか無くなった。そんな自分の、不甲斐なさがただただ嗤える。 「…ほう、ここに来てなお笑えるとは。よっぽど度胸が据わっているようだ」 気が付けば、トントンは倉庫に造られた一番奥の空間に辿り着いていた。視界を狭めていた高い荷物の壁の先には、ある程度広く拓けた場所が設けられている。その中心には、申し訳程度の応接セットが場違いにも据えられており、ニタニタと妖しげに口と両目を細めたボスと思しき男が上座に座っていた。ギラギラとした悪趣味なスーツも中国人好みの赤いシャツも、金ピカに光る眼鏡も全てが胡散臭い。だが、ガラスの先の細目からこちらを窺う気迫は、確かに暴力の世界で成り上がった者の色をしていた。 ボスは控えさせた2人のボディーガード達を片手で制し、自ら立ち上がってトントンを迎えた。 「やあやあ、来てくれると思っていたよ、『[[rb:最好的傑作> 最高傑作]]』くん?」 「…アンタがボスやな?随分日本語が上手なもんや」 「勿論、これからビジネスをする場所の言葉くらい喋れなくて、何が出来るって言うんです?」 「せやな、もう一度あんな事しようと考えたんやからな」 「そう、だからこそ君を待っていた!中々出て来てくれなかったからね」 両手を広げて、中国人らしく大きく歓迎の意を示す様子は一見、普通の男の様だ。が、トントンを見遣るその目はまるで感情がこもっていない。まるで、人間ではなく商売で扱う物品を見る様なものだ。 「…そら、あんだけ彼奴らにちょっかいかけられとったら、こちらとしてもトップが出てこにゃいかんでしょう」 「そうか!いやぁ、誰か1人くらい死ぬかと思っていたんだが、流石だ!全員救ってみせるとは!」 やはり彼等を狙って良かった、とボスはご機嫌に笑う。鼻歌でも歌い出しそうな程に笑顔を貼り付けながら、トントンを煽り、値踏みする。 「しかし、トントン君1人か…こちらとしては隠れていた残り2人を招くつもりだったんですが…」 「そんなん、俺1人で充分やろ」 残念そうな声音をトントンが噛み付く様に遮る。あまりの剣幕にボスの傍に控えている黒服達が眉を上げるが、それを押し留めたのは彼等のボスだった。にこやかな表情は崩れもしない。 「まぁいい。コネシマくん、だっけ?次は彼の予定だったんだ。今日の君の回答次第で、彼は死なずに済むだろう!ああ、約束するとも!」 ギリ、と歯軋りの音が微かに頭の中に響く。 それを聞いて、トントンは我に帰る。相手のペースに呑まれかけていた事に気付いて、バレない程度に深く呼吸する。肺を膨らませて細く吐き出せば、知らず焦っていた頭が強制的に冷えていった。 トントンはゆるりと一歩踏み出した。小首を傾げたボスを見据えつつ、下座のソファの前に立つ。正面から相対する形になって、ボスはニンマリとますますそのえくぼを深くした。ソファには決して座らす、トントンは口火を切った。 「…あんたらが、「我狼会」がやっとった人身売買を真似ようとしとることは調べがついとる。まぁ、そのままそっくり真似る気かどうかは知らんけどな」 「ああ、ご期待通りですよ?彼等がやっていたのは従来の市場に被らないし、商品価値が高いぶん単価も桁違いですからね。質が良いならその質を高める為に、客から逆に投資が来る程の素晴らしいビジネス形態です」 貴方ならその投資がどれほどのものかご存知の筈ですが? 絡みつく様な声音がトントンを覗き込んで嘲る。相手が触れられたくないと解った上で抉る愉悦が、ボスの顔から見て取れた。嫌悪感に舌打ちしそうになるのを堪える一方で、トントンは頭の中は否応なしに過去の記憶を引っ張り出す。 今よりもずっと幼い姿の身なりのいい弟分達。住み慣れたやけに小綺麗な建物。枕元に積み上げた高価なハードカバー達。そして、炎の中に落ちてゆく共犯者の姿。 自分が塗り重ねた罪の始まり。 頭一杯の不快感をなんとか眉間のシワに集中させたトントンをじっくりと観察して、ボスは悦が乗ってしたたらんばかりの声で続ける。 「しっかりと過去を思い出していただけた様でね?そろそろ私が欲しい情報を教えて欲しいんですよ」 「…断る、と言ったら?」 トントンがじっとりと睨む。なんでもない様な顔をしたボスはスーツの懐から拳銃を取り出した。至極簡単、と言わんばかりに。 「今度こそ、貴方のお友達が1人死にますね」 なんでもない様に言い放った。 その答えを予測していたトントンは眉根1つ動かさず、眉間のシワもそのままに問う。 「…なんの情報が欲しいんや」 「まーたまた、分かってるでしょう?貴方がた『最好的傑作』2人が盗んで隠したかつての顧客リストですよ。ノウハウは揃った。商売敵は葬った。あとは、顧客を集めるだけなんです。しかしニーズがあるのはわかっていても、クライアントは慎重に選ばなければならない。クライアントに裏切られて情報を流されるのは避けたいですしね」 1人芝居掛かった仕草でボスは語る。尤も、と皮肉っぽく人差し指でトントンの胸を突く。 「折角手塩に掛けて品質を高めた商品どもに出し抜かれる、なんて失態は論外ですが」 「…ハッ、どうせあんたらもアイツらと同じ轍を踏むやろ」 虫でも払うかのようにボスの手を退けるが、ボスの悦に入った顔は曇らない。大仰な仕草そのまま、なおもトントンに迫る。 「さて、少し話し過ぎましたね?本題に入りましょう」 「せやな」 「今夜貴方がここに来たという事は、貴方もこちらに情報を渡す代わりに何かを求めに来たんでしょう?出来うる範囲、なんでも叶えて差し上げますよ」 道化の様な顔で、まるで子供に言い聞かせるかの様に言うボスの姿に、過去の光景がチラついた。かつて幼かったトントンに向かって同じ顔で満点のご褒美を尋ねたのは、確かに、「我狼会」の人間だった。それになんと返したのか、今となってはもう思い出せない。だから、今は。 「確かに、顧客リストは持っとる。引き換えに、今後俺たち嘗ての「ひまわり園」出身者には金輪際手を出さんと誓約してもらう」 「[[rb:我見、我見> なるほど、なるほど]]。いいでしょう。貴方がたの安全は保障されました!」 ボスは歓喜に塗れた顔で両手を大きく広げて仰け反る。歓びに感じ入っているその様子は獣のようで、最早醜悪ささえ感じられた。 そんなボスを他所に、トントンは胸ポケットから黒いシンプルなUSBを取り出した。光沢のある表面がライトの光を反射する。その光をまるで宝石の煌めきのように、有難そうにボスはUSBに手を伸ばす。その手にむかってゆっくりと差し出したトントンは、最終確認として口を開いた。 「ええな?これを渡した瞬間、契約は成立する」 「勿論、私は手を出さない」 きちんと言い切ることもせず、ボスはトントンの手からUSBを奪い取る。 直後、重い金属音がトントンを取り巻いた。それは、拳銃のスライドを引く耳慣れた音。 ぐるりと周囲を見渡せば、潜んでいた下っ端共が揃ってニタニタと粗末な銃を構えていた。それを、トントンがあくまで冷静な視線で見渡せば、何が面白いのか下品な笑い声が起こる。馬鹿にしたような顔、顔、顔。中でも極まって下劣な笑みを浮かべているのはやはりこの『喰狼』のトップその人であった。 「なんだ?驚きに声も出ないか?言っただろう、『私は』手を出さないと!こいつらが勝手にお前を撃ち殺そうが、私個人は知ったこっちゃないさ!!」 勝ち誇った気分であるのがありありとわかる声音で高らかにボスは叫ぶ。圧倒的な状況に、明らかに酔っていた。 対して、その囲いの標的であるはずのトントンは、冷徹に、むしろ下等なものを見るかの如く彼等を睥睨していた。命の危機に晒されているはずなのに、この場の誰よりも落ち着いて見えた。それが、ボスにとっては気に食わなかったらしい。高笑いをしていた顔を歪めて、片眉を吊り上げる。 「…どうした、泣け!喚け!お前も、お前が必死に守ってきた仲間たちも、全部殺されるんだ!!全て、ノコノコとデータを持ってきた『お前』のせいなんだぞ?!?!」 握ったUSBを振り上げて叫ぶボス。 まるで凪のように一ミリも顔のパーツを動かさなかったトントンが、その一言にピクリと反応した。口元だけでボスの言葉を反芻して、皮肉げに弧を描く。 「…せや、全部、『俺』のせいや。この場にアイツが居ないんも、彼奴らが今更になって危険にさらされたんも、全部俺のせい」 やから今、ツケ払うんや。 そう呟いて、素早く袖口に隠していたスイッチを押し込む。 途端、小規模な爆発がボスの手元で炸裂した。 響く汚い悲鳴、一瞬乱れる銃口の輪をすり抜けてトントンは目の前へ走る。我に返って発砲されても足は止めない。銃弾が抉ったコンクリートの破片が頬を掠めて真紅が飛ぶ。 それでも、地を蹴る。ひとえに一縷の望みを賭けて、トントンは火傷に喚くボスの懐に飛び込んだ。目を白黒させるボスに抵抗させる暇を与えることなく、その首に腕を回す。呻きをそのままに締め上げて、ボスのこめかみに小銃を押し付けた。 爆発音の残響が消えた時には、その場の形勢は一変していた。 爆発したUSBを握っていたせいで焼け爛れた片手を抑え、締められた苦しさに喘ぐボス。それを無情に見下ろすトントンは僅かに息が上がっている。しかし、その手にある小銃はボスの頭から離れることはない。 トントンを取り巻く銃口の数は変わらない。むしろ更に殺気を増したが、その引鉄は先程よりも硬くなった。トントンがこれ見よがしにセーフティを鳴らせば、殺気は濃くなれど銃口は少し下がってゆく。ボスが人質に取られたことで、下っ端達の間に迷いが出始めていた。 薄氷の上に立つ様な微妙なバランスがこの場を支配する。誰も口を開けないそんな中、1人荒い息を繰り返していたボスが唸り上げる。 「…っ、考えたじゃないか。私を人質にとってこの場を切り抜けようという魂胆か?」 トントンは何も言わず、ただボスの頭に銃口をめり込ませる。その顔を横目で見上げて、ボスは苦痛の中に笑みを浮かべた。嘲り切った声でトントンの顔に唾を飛ばす。 「っハッ!!馬鹿か!!例え私を殺せたところで、次の瞬間お前は蜂の巣だ!『喰狼』は、我々の計画は止まらない!お前も仲間も殺され、我々のビジネスは実現するだろう!」 ボスの声に鼓舞されて、周囲の銃口が持ち上がる。その中心で、やはり小銃に指をかけたままトントンは揺るがない。しかし、かけられた唾を拭いもせずボスを見下ろすその眼には僅かに熱量が灯った。ちらりちらり、瞳の奥で種火が揺れる。静かに、僅かな熱を伴ってトントンが口を開く。 「…俺を殺して、顧客情報はどないするん?」 「…は?」 「結局、そっちは欲しかった情報を手に入れられとらん。それなら、俺を殺す訳にはいかんのんとちゃう?」 放たれた疑問をボスは鼻で笑う。 「そんなもの、ここに居ない最後の1人に聞けばいいだろう。お前と共に情報を持ち逃げした『最好的傑作』の1人…グルッペンとか言ったか。何処に隠れているかは知らんが、そいつ以外を皆殺しにすれば嫌が応にも出てくるだろう?」 さも当然、とばかりに言い放たれたそれを聞いて、トントンは遂に大きく顔のバランスを崩した。耐え切れず眉は大きく中央に寄り、歯をくいしばる。引き攣れたようにピクピクと頰は痙攣するのに、唇は何故か嗤いの形を作る。泣いているようなわらっているような、ぐちゃぐちゃに混ぜて汚くなってしまった絵の具で描いた顔から、絞り出すような笑い声が出た。 「…やで」 微かな呟きは至近距離にいるボスにさえ届かない。怪訝そうにトントンを伺う周囲に向かって、歪んだ顔のままトントンはわらいかけた。 「…グルッペンは、絶対に出てこない」 「なに?」 「やから、お前らにアイツを引き摺り出すことは絶対に出来ない。それは、例え俺ら全員が殺されても、や」 トントンのわらった顔はもはやボスも、向けられた銃口も見てはいない。虚空のその先、誰かの遠い背中に語り掛けるように、トントンは虚ろにわらう。 「確かに最初は、アイツが主犯やった。共犯者は俺の方やった。でも、今はもう、俺が主犯や。アイツはなんも知らん。知ることが出来ないんやから」 何かを労わるようなその声音に、ボスが何かに気付く。締め上げられた首の可動域を目一杯動かしてトントンの顔を見上げるも、しかし目線が合うことはない。 泣き笑いのまま、トントンの唇は止まらない。 「15年前のあの時から、[[rb:主犯> グルッペン]]は俺や」 囁くようなその告白に、何か執念のようなものを感じてその場にいる全員が背筋を震わせた。冷たい手に背中を撫で下されたが如く、本能的に危険を感じてトントンを取り巻いていた下っ端達が取り乱す。銃口が完全に地面を向いている者や、へたり込む者。バケモノ、と囁かれたその単語を耳にして、トントンがそちらへ顔を向ける。囁いた者は固まって立ち尽くすしかない。 「バケモノ…ちゃうで。アイツはそんなんちゃう。あれは、あれは失われるべきではなかった才能や。やから、やから…」 言葉を重ねる毎にジリジリとボスの頭に銃口がのめり込む。逃げられない苦痛に目を見開き始めたボスをなおも締め上げながら、トントンは叫ぶ。もはや周囲の者は完全に気押されて、緊張は頂点に達しようとしていた。 「俺は、アイツを生かすんや」 震える指が引鉄を探る。 バケモノを見る目の下っ端が1人、首を振りつつ銃を構えた。異物を排除する本能に従って、狙う先はボスを抱える化け物。 「俺は、アイツの存在を証明しなければならない」 ぶれる照準。朦朧とした意識の中で、自身が持てる最大の力を振り下ろせと喚く防衛本能。張り詰めた糸は、限界だった。 「俺は、グルッペン・フューラーや」 パンッ 軽い発砲音が、重く澱んだ空気を切り裂いた。 ぐらりとふらついたのは、発狂寸前で引鉄を引きかけていた下っ端だった。意識を失った身体が地面に崩れ落ちる音が、呆然とした『喰狼』のメンバーを現実へと引き戻す。誰も彼もが夢から醒めたような顔で音の元である背後を振り返った。 「…なんだよ?変な顔してんね。まぁそりゃ、いきなりカチコミかましてんのはこっちが悪いけどね?」 そんな顔しなくてもいいんじゃない、と面食らった顔で呟くバツ印を付けたマスクの男。白い軍服のような装束に日本刀を提げた彼は、未だほんのりと硝煙を上げる拳銃を構えたまま小首を傾げた。物騒な身なりに見合わず、戸惑ったように背後へ問い掛ける。 「ねぇマンちゃん、これ俺タイミング悪かった?」 「いや〜?むしろひとらんは抜群にナイスタイミングやったと思うけど〜?」 ねぇ?とトントンに向かって、オスマンが軽く手をひらめかせる。完全に毒気を抜かれた空間の中、誰もが突然現れた異物に反応出来ないでいた。 そんな中、一通り現状を見渡したオスマンがひとらんらんを肘で促す。本当にいいのか、と言わんばかりに頰を掻くひとらんらんにオスマンがもう一度頷くと、彼は1つ溜息をついて声を張った。 「えーと、うん。それじゃ…貴様ら、『喰狼』だな。今回はうちのシマで散々好き勝手やってくれたらしいな。今日は『外道組若頭』として、しっかり御礼しに来させて貰った」 軽く鍔を鳴らしたひとらんらんがトントンに捕まっているボスを睨みつければ、その凄みにボスの腰が抜ける。只でさえ疲弊していたボスはひとらんらんに言い返す余裕さえないようだった。下っ端達ももはや銃を構えることができそうな者は居ないようだ。 その中で、未だ現実に帰り切れていない男が身動ぎもせず乱入者達を眺めていた。力の抜けたボスをぶら下げたまま、トントンは立ち尽くす。その立ち姿を訝しげに見遣るひとらんらんと、痛ましげに見守るオスマン。躊躇った末に声を掛けようとオスマンが口を開いたその時、彼らの後ろから新たに侵入者の声が飛び込んできた。 「っトントンさん!」 「…、ショ、ピくん、…?」 侵入者は抱えていたヘルメットを投げ捨てると、躊躇なく倉庫の中央に立つトントンに駆け寄ってゆく。途中に転がる下っ端達が容赦なく蹴飛ばされてとどめを刺されていくが、ショッピは目もくれない。トントンに掴みかからんばかりの勢いで駆けつけたショッピは、荒げた息を整えもせず訴える。 「っ、なに、勝手なこと、してん、すか?!」 「なんで…この件は、お前知らんはずやろ…」 「確かにそうですけど!何故かトントンさんは連続放火の捜査外されるし、最近様子おかしかったから調べてたんすよ!そしたらマル暴の兄さんって人から情報貰って…!」 「そう、か…」 まだぼんやりとした口調で話すトントンを見て、ショッピは目を見開いた。普段、職場では見たことのない様子に、彼にとってこの件は只事ではない事を悟る。そこで改めてショッピは周囲を見渡した。其処彼処で自失状態の男達が転がっている。誰もが怯えた目でトントンを見ている光景は、事情をよく知らないショッピでもゾッとするものだった。ブルリ、と肩を震わせるショッピに、やっと眼の焦点が合ったトントンが声を掛ける。 「…兄さんが、俺が今日ここに居るって言ったんか」 その問いに、ショッピは首を横に振る。 「どこに居るかはわからんけど助けてやってほしいって言われて、とりあえずトントンさん探そうと思ったら変な通報があったんすよ。この倉庫に大至急パトカー回してくれって。そんで、偶々話聞いてみたら…」 言いつつ、ショッピは倉庫の入り口の方へ目を向ける。そこには見守る姿勢のひとらんらんとオスマンの後ろで、恐る恐る覗き込む鬱たち6人の姿があった。その時はじめて、ショッピ以外の乱入者たちに気付いたトントンは、鋭く息を吸い込んで吐き出すことができなくなる。細かく身体を震わせるトントンを困った様にショッピが見上げるが、トントンの視界にはここに居るはずのない面々しか映っていない。どうすればいいかわからないショッピに、こちらは落ち着き払っているオスマンが助け舟を出した。 「…えーと、ショッピくん?やっけ?警察の人って事でええんよな?」 「あ、はい、そうですけど、あの…」 そう言って、ショッピはオスマンの隣に立つひとらんらんを窺う。堂々と刀と銃を所持し、あまつさえ明らかに発砲した形跡のある男だ。ひとらんらんの肩書きが分からなくとも、一発でアウトであることは明白であったが、それをオスマンは笑顔でねじ伏せる。 「あー、この人は今回はお咎めなしで。ちゃーんとそちらさんの上にも通ってる筈やし、君が見逃したところで君が怒られる事もないから安心してや。それより、も!」 「は、はい!」 「表にパトカー、回してあるんやろ?サイレンうるさいから結構いっぱい」 「あ、まあ、はい、そっすね」 「じゃあ、すぐにここに転がってる奴ら連れてってくれん?『喰狼』、って言えばすぐにお仲間さんも動いてくれる筈やから」 な、と小首を傾げつつオスマンが凄めば、ショッピはなんとか頷いて入り口の方へ駆けてゆく。何度か振り向いてトントンを心配しながらも荷物の陰に消えていったその姿を見送って、オスマンはさて、と呟いた。その呟きは少し掠れていて、オスマンはその時はじめて自分が緊張していることに気が付いた。 「いや、やなぁ…」 思わず声に出ていた気持ちを、わざと立てた足音で揉み消してトントンへと向き直る。いつのまにか隣に並んでいた鬱たち6人も加わって、かつての兄弟分たちは対峙する。トントンの動揺は収まらない。 ひとりぼっちで立ち尽くす彼に向かって、まず口を開いたのはゾムだった。 「…俺らは、やっぱり仲間やと思うねん」 ビク、とトントンの肩が震える。 「そっちがどう思っていようと、俺らはそう思ってる。それは、否定されたくない」 ロボロが続ければ、トントンは唇を噛んだ。 「やから、追っかけてきた。俺らはまだちゃんと分かっとらんけど、俺らがいたあの施設がヤバかったってのはわかった」 「俺らは知らず、守られてたんや。ありがとな」 コネシマとシャオロンが真っ直ぐにトントンの目を見つめて言う。トントンの揺れる瞳は2人を見返すことが出来ない。 「…だけど、ひとつだけ、分からんのんよ」 珍しく言い淀んだオスマンが、しおれた声音でつなぐ。トントンの右手が強く握られて白くなる。仲間たちに視線で促された鬱が、尻ポケットから少しよれた紙切れを取り出す。それは、エーミールの研究室で見つけた走り書きのメモだった。 「…これに書かれてる文字、エーミールはトントンの字やって言ったんよ。でも、俺にはそう思えなかった。これ、は…」 鬱はメモから視線をトントンへと移して、軽く息を吸った。そして、それを吐き出す勢いのまま続けた。 「グルちゃんの字やと、思ったんよ。いつもよく見るグルッペンの書く字。そんで、あれ、って思った。この15年間、アイツはずっと手紙か、メールみたいな文字でしか俺らとやりとりしてない。俺らの中で1人も声を聞いた奴がおらんねん。だからやろか、このメモの字をずっとグルッペンの字だと思っとった。でも、ちゃうわ。これは、お前の字やろ、トントン」 言い切って、もう一つ息を吐く。 視線の先のトントンは、俯いていた。何も言わないトントンに、鬱たちも何も言えない。その全員の血を吐くような思いを代弁するかのように、オスマンが追求する。 「…ねぇ、なんで?なんで、グルッペンのフリして手紙を書いたん?メッセージを打っとったん?」 言葉尻が震える。悪い予感に、オスマンは両手を祈るように握った。 「…グルッペンは、今、どこにおるん?」 その言葉に、トントンがゆらりと顔を上げた。限界まで泣きそうな顔であるのに、涙は決して流さぬままその唇は他の誰でもないトントン自身を嗤っていた。 [newpage] それは、憧憬だった。 複雑に絡まって、もはや歪に捻れきってしまった感情やけれども、間違いなく。俺が最初に覚えた感覚はそれやった。 どこまでも、いつまでも。こいつの織り成す話のその先が見たいと強く願った。 だから、アイツが失われる事など、あり得ない。 15年前、児童養護施設ひまわり園 住宅街の中に唐突に見えてくる赤い屋根の洋館。飾り窓が整然と並び、広々とした敷地は庭のスペースがたっぷりと取られている。瀟洒なアーチが特徴的なその建物にはいかにも上品な老紳士が静かに暮らしていそうだったが、周辺に響くのはいつも悪ガキ達の歓声だった。 現在の時刻は午後2時半。閑静な住宅街の住人達は日曜日の気怠い昼下がりを安穏と甘受していた。そんな中、見事に黄色く色づいた銀杏に飾られた建物は子供の明るい笑顔に包まれていた。アーチの先に広がる芝生で覆われた前庭には、はしゃぎたい盛りの男の子が駆け回っている。庭の中央では小学校中学年くらいの男の子が新緑のパーカーをドロドロにしながら飛び跳ねる。その後ろを追い掛けるのは青いシャツの腹にべっとりと泥汚れを付けた男の子だ。大方前を行く子供にちょっかいをかけられたのだろう。彼よりも幾らか歳は上の様であるのに、その眉は情けなくへにょりと下がっている。猛然と追いかけっこを繰り広げている彼らを野次るのは2人の男児達。いかにも活発そうな2人はそれぞれバットとサッカーボールを抱えて笑い転げている。青いシャツの男の子がおちょくられている様子が可笑しくて仕方ないのだろう。もっとも、彼等はすぐに庭の中央へと巻き込まれてしまったが。その一方で、団子になって取っ組み合いをする4人を微笑ましげに眺めるのは細目の男子中学生と彼等の中でも更に幼げな男の子だ。漸く小学校に上がったばかり、といった様子の男の子は混ざりたそうに庭の悪ガキ団子を見詰めている。それを緩く引き留めつつ小説片手に4人に適当な声援を送る細目の男子。 全くもって穏やかな、児童養護施設ひまわり園の風景だった。 そんな施設の一角、賑やかな前庭から少し外れた建物裏の出窓の下。幼い頃から隠れ家として使っていた小さなスペースは中学生となった今は窮屈で仕方がないが、長くなった手足を折り畳んでなんとか入り込む。もぞもぞと座りのいい体勢を作って、トントンは持っていた罫線ノートを広げた。秋風がペラリ、とページを持っていこうとしたのを肘で抑えて、整っているが大胆さを隠しきれない力強い筆致の字に目を落とす。 トントン自身が綴る字とは少し違うそれらが綴っていたのは、戦記調の物語だった。普段から使っている普通のノートに書かれたそれは、読み始めたトントンを一気に血肉湧き踊る戦場へと連れて行く。トントンは主人公とともに、後の世界で歴史を決める一戦と呼ばれる戦いに身を投じる。どこか滑稽でありながらもドラマチックな筋書きは、どこまでもトントンを飽きさせはしない。夢中になってのめり込み、時間さえ忘れてしまう。 すっかり読み耽っていたトントンに、ふと影がさす。ノートにも影が掛かって少し読みづらくなっただろう。それでも顔を上げようとしない彼に呆れたのか、影の主はヒョイ、とトントンが握っていたノートを取り上げた。至福の時間を邪魔されたトントンが不機嫌そうに顔を上げたのを見て、影の主は愉快、と言わんばかりににっこり笑った。 「…なんや、グルさんか」 「どこに行ったかと思えばまたここか、トン氏よ!」 自身が綴ったノートを片手に、グルッペンは隣を空けろとトントンに宣った。 小さな頃からグルッペンが書く物語を読むために2人で使っていた秘密のスペースは、今ではすっかり狭くなってしまった。そこに無理やり2人分の身体を押し込んで、今日も2人は笑い合う。 「そんなに良かったか?」 「そらもう、今までで一番良かったで。もちろん、今までのもめっちゃ面白かったけどな?」 「あー、そうか」 「あんたはホントそう言いますけどね?特に今回のこの…」 「あー、わかった、それよりも、だ!」 ニヤ、と笑ってグルッペンが新しいノートを取り出す。意図がわかったトントンは新作への期待に目を輝かせた。 「え?!新作?新作やんな!」 「今回も力作やぞ!」 小躍りする心地でグルッペンからノートを受け取ったトントンが、早速読み始める。グルッペンはその隣で少し照れつつ1番の読者の反応を見守る。 それが、この孤児院と言う名の家での日常だった。そして、この日常は、これからも続いていくものだと、トントンは信じ切っていた。 ある日、トントンがいつもの場所でノートを広げた時のことだった。ふと頭上の出窓から慌ただしげな雰囲気が感じられて首を傾げた。今背を預けている壁の向こう側は、ちょうどこの児童養護施設の職員室に当たる場所だ。学校の職員室と同じく子供達はまず立ち入らないその場所は、施設の中での数少ない穏やかな場所だった。そんな職員室が、やけに騒がしい。トントンはちょっと考えたが、どうせアレだろうとあたりをつけた。 この建物は児童養護施設であるから、当然、ここにいる子供達はみんな引き取り手がいない孤児たちだ。しかし、だからといっていつまでも施設にいるわけでも無い。引き取りたいと言う夫婦の元に兄弟分たちが引き取られていくのを、トントンはもう何度も目にしている。そんなイベントが起きる前は、決まって職員達が忙しそうにしているのだ。今回もそうなのだろうと、そこまで考えてトントンは少し身体を縮こませた。今いるメンバーは、みんな長い間施設にいる者ばかりだ。誰が貰われていくのかは知らないが、誰にしたって別れは寂しい。 少ししょんぼりと抱えたノートの端をいじっていると、ふと影が陽光を遮った。顔を上げれば、案の定立っていたのはグルッペンだった。トントンはいつも通り自分の隣を譲ろうとして、グルッペンの顔が険しいことに気付いて動きを止めた。よくよく見れば、彼の手にあるのはいつものノートではなく、何かの分厚いファイルである。訳がわからないままグルッペンを見上げていると、彼は下唇を噛んで一つ頷いた。何か覚悟を決めた顔で、トントンを見下ろす。 「…トントン、すまんが付いてきてくれ」 「…え、あぁまぁ…どこにです?」 「ええから、来てくれ」 そう言うと、グルッペンはトントンが立ち上がるのを見届けもせずに歩き出す。その後ろ姿を呆気にとられつつ、しかしつい追ってしまうのをトントンは自分の癖だと諦めていた。 2人はこっそりと施設を抜け出すと、グルッペンを先頭にして住宅街を駆け抜ける。いつもの登校ルートからちょっと外れて、校区の端へ端へと向かって行く。前を行くグルッペンは終始何も言わなかった。黙って付いてきているトントンがいい加減不安になってきた頃、グルッペンはようやくゆっくりと歩き始めた。その頃にはすっかり普段の生活圏内の外に出てしまって、道行く人の服装さえ物珍しい気がした。上がった息を整えつつ周りを見渡すと、ビジネス街が近いのか妙に雑味のない洗練された街並みが目に入る。依然黙って何処かを目指しているグルッペンに、トントンは遂に声を掛けた。 「…なぁ、いい加減どこ行こうとしとるんか教えてくれへん?」 「…もうすぐ着くから、後でな」 それきり、グルッペンは喋らなかった。だから、トントンもアレコレを全て彼に託して付いて行くことにした。 正しく彼の言った通り、数分もしないうちにとある公園に辿り着いた。ビルとビルの狭間にポツンと偶然出来たようなそこは、すべり台とブランコ、後はベンチがあるだけの小さなものだった。そこのベンチに、誰が座っていた。秋とはいえまださほど寒くもないのに長い藤色のストールをなびかせて、煙草を気怠そうに咥えている。身なりはそれなりのものに見えるので浮浪者ではなさそうだが、こんな昼間に公園のベンチで煙草をふかしている男は、どこをどう見ても怪しかった。 しかし、グルッペンは躊躇いもせずその男に歩み寄る。ストールの男もグルッペンを見とめると挨拶がわりに片手を上げた。 「よぉ、その様子は上手くいったみたいやな」 「ああ、持ってきたゾ、兄さん」 「流石やな、って、お前ファイルそのままで持ってきよったんかい」 大事な証拠品やぞ、と言いつつ兄さんと呼ばれた男はグルッペンから受け取ったファイルをバッグに仕舞う。やけに親しげな様子に、トントンは目を白黒させた。こんな男、施設はもちろん学校でも見たことない。毎日の大半の時間を共に過ごしていると自負していたトントンは、いつの間にかグルッペンが見知らぬ他人と知り合っているという事実に驚き、慌てた。それに一欠片の怒りや嫉妬、言い表せない不機嫌を伴って少し低くなった声でグルッペンに尋ねた。 「な、なぁ。その人なんなん?どこで知り合ったん?」 「あ、あー、その、な…」 「うん?ああ、なんや結局巻き込むんか」 言いづらそうに明後日の方向を見やるグルッペンの前で、まだベンチに腰掛けている男がのんびり言い放った。ギョッとした顔で見返すグルッペンを放って、兄さんは煙草を踏みしめて火を消すと立ち上がる。そのままおもむろにポケットに手を突っ込むと、何かを取り出す。トントンの目の前で開かれたそれは、真ん中でギラリと『POLICE』と輝いている。初めて見た警察手帳と目の前の男とのギャップに驚いている内に、兄さんはトントンを見下ろして口を開いた。 「俺は警視庁組織犯罪対策部の刑事や。兄さんって呼んでくれ」 「組織犯罪…?確かヤクザとか相手にする部署やないの?なんで、グルッペンと…」 「まぁ、俺とこいつの利害が一致して協力してもらっとるんやけど…こいつからなんも聞いとらん感じか?」 トントンは首を横に振る。寝耳に水の連続で、もはや相手の言っていることもキチンと理解出来ていない気がしていた。どうにも反応が鈍いトントンの代わりに、兄さんがばつが悪そうに唇を尖らせたグルッペンを小突く。ポカリとやられたそれは、しかしそれほど痛くはなかったようで。叱られた悪戯小僧のように舌を出すグルッペンのその顔を、トントンは久々に見たという事実に気がついた。思えば、最近のグルッペンはしかめ面ばかりで、笑っていてもどこか陰があった気がする。 「まぁいずれバレることやし、グルッペンが連れて来たってことは見込みがあるっちゅうことやろ。俺は容赦なくこき使うからな、覚悟せえよ」 腕を組んでそう言った兄さんに無性に苛ついて、トントンは遂に喰ってかかる。気付いた時には、訳の分からなさが怒りに変換されていた。 「ちょ、さっきからなんなんや!警察かなんか知らんけど、グルさん唆して何か危ないことしようとしてんちゃ…」 「せやけどお前ら、このまま行くと死ぬで」 捲し立てかけていた口がピタリと止まる。唐突に聞かされた言葉にトントンの威勢は急速に萎んでいった。瞬きを繰り返しても、目の前の兄さんは真剣な表情を崩さない。 「死ぬって、」 「身体をバラバラにされて部品毎に売り飛ばされるか、そのまんまこき使われるか、鉄砲玉にされるか。もしくはもっとえげつない使われ方するんか知らんけど、とにかくお前らは彼処の施設におったら碌な目には合わん。それは間違いない結末や」 「なんで、そんな…」 絶句したトントンの視界で、ふと金色が動いた。硬い顔で見下ろす兄さんを押し退けて、グルッペンがトントンの前に躍り出る。中学に入って僅かに開き始めた身長差故に、彼の視線はこちらを見上げてくる。しかし、何者をも捩じ伏せる覚悟を含んだその視線は、トントンを完全に対等な同盟者だと伝えていた。それを受け止める準備も出来ないまま、混乱したトントンは呑まれていく。 「…よく聞け、俺たちのいるあの児童養護施設は、ヤクザの管理する工場だ。行き場の無い孤児を、顧客の望むまま育てて売り捌く。それは変わりようの無い事実だ」 「…やったら、今まで貰われていったあいつらは、家族が出来るって喜んどったみんなは、どうなってん。今日だって…」 「分からん。わかっとるのは、あいつらがもうこの世にはいない事だ」 そう言って、グルッペンは先程のファイルが入ったバッグを指差す。今までの顧客リストか、と兄さんが呟いた。当然、それに綴られた筈の子供達と言う名の商品の行方が兄さんの言う結末と関連づけられて、トントンは口に手を添えた。笑顔で施設を後にしたかつての兄弟分達の、その嬉しそうな顔が思い浮かんで吐き気がした。そしてなによりも、今施設にいる仲間の顔がよぎる。 真っ青なトントンの脳裏を読んだ様に、グルッペンが頷く。 「…俺もそれを聞かされた時、同じことを考えた。せめてあいつらは生かしたい、だから兄さんに協力してるんや」 陰を宿した真紅の瞳に、それでも光は差し込んでいる。いつもの日常が崩れた先で、グルッペンは確かに希望を掲げて立っていた。 右手を差し出してトントンを待つグルッペンを、兄さんが見下ろしてため息を吐く。 「…お前らの施設を運営しとるヤクザ、我狼会っちゃうんやけど。俺はそこを潰したい。ほんで、取っ掛かりとしてひまわり園を強制捜査しようと思っとる。…いや、こいつがバッチリ証拠品を盗ってきよったからな。決行は一週間後、それでお前らは自由になれる」 そこで初めて、兄さんは目元を緩めた。 「お前の友達、勝手に使って悪かったな。後は最後の仕上げ、どうしてもグルッペンと君の力が必要になるんよ。…絶対助けたるから、助けてくれんか」 相変わらず胡散臭そうに見えるけれど、不器用そうな微笑みはとても人間臭かった。対等に、まだ中学生の子供を共に仕事をする仲間として見ている顔は、イヤに親切な施設の大人よりもよっぽど心動かされた。 兄さんとグルッペンの言い分と、今までの日常と。唐突な2択だったが、トントンの天秤は簡単に傾く。 差し出された右手を、トントンは音を立てて鷲掴んだ。 「…やったる。全員、死なせんわ」 「ああ、もちろん、俺とお前も生き延びるぞ」 「当たり前やろ」 「それと、今度こんなことするんやったら最初っから俺も混ぜろや、いきなりびびるわこんなん」 「っこ、これをビビるで済ますか、お前!」 ツボに入ったのか、グルッペンが噴き出す。ゲラゲラと声を上げて笑うのを見たのは、そういえば今日初めてだった。次第にトントンもつられて、2人で腹を抱えて互いの肩を叩き合う。問題の解決はまだ先なのに、不思議と2人はスッキリした気分だった。漸くほぐれた雰囲気に兄さんが呆れた様に煙草を取り出す。彼の頬も、僅かに弧を描いていた。 散々笑って3人が一息つけたのは、数分後のことだった。グルッペンもトントンも、憑き物が落ちたように何の違和も無く肩を並べる。そんな2人を見守るようにずっと黙って眺めていた兄さんが、煙草を携帯灰皿に押し付けてバッグを持ち上げた。佇まいを改めて、少年たちに向き直る。 「強制捜査は一週間後、この時間。その日、グルッペンとトントンには子供達と職員を完全に隔離しておいとって欲しい。出来れば子供達は全員安全で保護しやすい場所に固まっといてくれるとありがたいわ」 「わかった」 「任せとき」 「決行まで、俺らの接触は無いと思っとってくれ。怪しまれてバレたら目も当てられん」 その言葉に、グルッペンとトントンは黙って頷く。頼もしげな彼等を見て、兄さんは満足そうにもう一度微笑んだ。 「じゃ、頼んだで。次会うときには、お前たちは自由の身や」 クルリと踵を返して、一度も振り返らないまま兄さんは公園を出て行く。ファイルの入ったバッグをしっかりと握って歩くその姿は、胡散臭くも確かに警察官の背中を思わせた。 2人は黙ってその背中を見送る。ふとグルッペンを伺ったトントンは、その目が全くブレていないことを確認して、改めて覚悟を決めた。その真紅の視線が紡ぐ光景は、いつも自分を未知の世界に連れて行ってくれる。誰よりもグルッペンの才能を知っているから、トントンは彼を信じている。彼と共にやるのなら、失敗などするはずも無いのだ。 そっと横目で見ていたトントンに、グルッペンが気付く。銀杏よりも鮮やかな金髪を揺らして、グルッペンは言う。 「さて、戦地へと赴こうか」 そうして2人が施設へと帰り着いた時、時刻はまもなく夕飯の時間を指そうとしていた。再びそっと門に滑り込み、夕陽に照らされて朱色に染まった洋館に駆け込む。幸いなことに誰にも見られなかったようで、2人はさも秘密の場所で話し込んでいた風を装って扉を開けた。兄弟分たちは夕食の準備を手伝っているのか、ダイニングの方から賑やかな騒ぎ声が聞こえてきた。 変わらないいつもの声で見慣れた光景であるはずなのに、それが妙にトントンの背筋を逆撫でた。日常が薄皮一枚で作られた偽物だと気付いたせいなのか、あるいは。腹の中に気持ち悪さを抱えつつ、慌てて玄関ポーチに座り込み2人横並びで靴を脱いでいると、急にその背中に声が掛かった。 「おや、居ないと思ったらまた秘密基地に居たのかい?」 しょうがない子達だ、トントン、グルッペン。 いつもの、しかし妙に猫撫で声に思えるべっとりとした言葉が2人を絡め取る。思わず小さく肩を震わせたトントンに代わって、グルッペンが振り向く。なんでもない、いつもの『グルッペン』の顔で見上げて、言う。 「今回の話はまた凄くよく書けたんです、園長先生」 振り向いた先には、白い髭が特徴的で温厚そうな五十絡みの男が立っていた。園長先生、と呼ばれた男は靴を脱いで並んだ2人の頭をぐりぐりと撫でる。側からみたら親愛のこもった仕草に他ならない。しかし、真実を知ったトントンは初めて気がついた。可愛らしいフォルムの丸眼鏡の奥は、一見愛おしそうに弧を描いている。だがその眼には、明らかに冷たい色が灯っている。人間ではなく商品を見定める目線だった。 「話し込むのはいいが、そろそろ寒くなるからなぁ。部屋ですれば良いじゃないか」 「でも、ゾムとかシャオロンとか、悪戯しに来るやないですか」 「そうだなぁ。あの子達もお兄ちゃん達に構って欲しいんだよ。でも、確かに悪戯は良くないね。…あ、そうそう悪戯と言えば!」 園長がわざとらしく困ったように眉を下げる。 「実は大事な書類が無くなってしまってね…。誰か職員室に入ったんじゃないかなぁ。何か知らないかい?」 ぞわりと、今度こそトントンは大きく身を震わせそうになった。それを咄嗟にグルッペンが肩を組むことで誤魔化して、ふざけたフリで返す。 「園長先生、俺とトントンが夢中になったらなんも気付かなくなるの、ご存知の通りでしょう!な、トン氏!!」 「う、あ、あーせやな」 どうにも感情が篭り切らない返事をしたトントンをグルッペンが背中で小突く。笑顔で疑いを持たせないことがこんなに難しいなんて、トントンは初めて知った。引きつった笑顔で見返してくる2人に、園長が首をかしげる。 「え、でも…」 「園長先生ぇー!トントーン!グルッペェェン!!メシやでぇぇぇ!!!」 「あ、こらこら。横着してそんな大声で叫ぶんじゃないよ、ゾム」 奥のダイニングから耳をつんざくようなゾムの大声が3人を呼ぶ。不思議そうな顔だった園長は仕方ないと苦笑して身を起こした。そのままスリッパを鳴らしてダイニングへと入って行くのを見送ったトントンとグルッペンは、ホッと胸を撫で下ろした。 「ったく、もうちょっと上手くやり過ごせや」 「すまんな、グルさん上手いなぁ」 「たりめぇだろぉ?」 トントンの肩からグルッペンの手が離れる。僅かに触れたその手は冷や汗で湿っていたが、それには触れずトントンは自分達のスリッパを引っ張り出した。 廊下を抜けてダイニングに入ると、既に食卓を囲むメンバーが揃っていた。6人の弟分達はめいめいに自分のカトラリーを並べていただきますの合図を待っている。それに加えて、当直の職員に園長。グルッペンとトントンは自分達の食器が用意された席に着く。テーブルの上に並べられたのは、山盛りの唐揚げにフライドポテト、シーザーサラダに1人一枚のピザ。普段とは違う、妙に豪勢で子供達が好きそうなメニューを見て、トントンは嫌な予感がした。最近はこんな献立を滅多に見なかった。そして、こんな料理が出て来る日は必ずと言っていいほど…。 2人が席に着いたのを見届けて、園長が動き出す。いつものようにいただきますの挨拶が来ると思っていた子供達の前で、園長は食べる前に、と切り出した。 「みんなに、良いお知らせがあります」 「良いお知らせ?」 こてん、と首を傾げたロボロに園長は優しく微笑む。ロボロにはちょっと残念なお知らせかも知れないね、と前置きして続ける。 「実は、シャオロンの新しい家族が決まりました」 「え、」 「…え、や、やったやん!!!」 一瞬の静寂と、爆発するような歓声が上がる。 呆然と状況が飲み込めないシャオロンの背中を、隣に座っていたゾムと鬱がバンバンと叩く。よかったね、おめでとう、と祝いの言葉が飛び交うお祭り騒ぎが巻き起こった。そのおかげで、思わず椅子を鳴らして立ち上がったグルッペンとトントンは然程目立ちはしなかった。 盛り上がる子供達を、園長と職員は微笑ましげに見つめる。子供の引き取り手が見つかった時にはいつも繰り広げられる光景が、今のトントンにとっては悪夢のように思えて仕方がなかった。同じく愕然としていたグルッペンが、僅かに震える声で園長に尋ねた。 「…シャオロンは、いつ引き取られるんですか?」 「それが、本当に急な話でね。明日の夜には出発なんだ」 「っ!」 えー、そんな、早すぎん?、なんて口々に弟分達が言い募る。いかにも自分も困っています、と言わんばかりの顔で苦笑いをする園長の神経が、トントンには分からなかった。 急過ぎる決定、あまりにも早すぎる期日。シャオロンが安心できる引き取られ方をするとは、到底思えない。無邪気に喜ぶシャオロンを祝う言葉など、掛けられそうもなかった。 今にも飛び跳ねだしかねない年少組を見て、パン、と園長が手を叩く。 「ほら、まずはお祝いのご馳走を食べよう。手を合わせてください」 「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」 フォークや箸が飛び交い始めたテーブルの向かい側で、園長はひたすらニコニコとわらっていた。 その夜、興奮して寝付けそうにない弟分達を無理やり寝室に押し込んだトントンは、グルッペンと共有する自室の扉を閉めた瞬間しゃがみこんだ。先にベッドに腰掛けていたグルッペンは顎に手を添えて黙り込んでいる。 結局、園長の話を疑う者はおらず、皆がシャオロンの門出を祝う夕食となった。急な出発である分、出来る限りのプレゼントをしようと言う弟分達に押し切られて、トントンは明日の昼、工作の面倒を見る約束まで取り付けさせられてしまった。こうなってしまったら、シャオロンを逃す算段もつけられない。携帯を持っていない以上、兄さんに非常事態を伝えることもできない。八方塞がりな現状に頭を抱えるトントンに、グルッペンは静かに口を開いた。 「…お前、明日はずっとあいつらと一緒にいろ」 「…でも、どないすんねん。シャオロン連れていかれるぞ」 「俺に考えがある。大丈夫だ、任せろ」 グルッペンの口調に諦めは一切ない。それならば、とトントンも頷いた。彼に何か考えがあるのなら、それが現時点で打てる最上の手段になるはずだ。しゃがんだトントンの手を引っ張り上げたグルッペンは、もう一度繰り返す。 「我が共犯者たるトントンよ、こちらは任せろ」 「…は、せやな、俺はお前を信じるだけや」 翌日は朝から目まぐるしく時が過ぎて行った。施設自体が浮き足立った雰囲気の中、トントンは次から次へ呼びつけられた。あれを持って行くそっちも要るんじゃないか、とトランクに私物を詰め込むシャオロンの荷造りを手伝ったり、プレゼントになるような物を一緒に探してくれとコネシマに頼まれたり。蔵書を整理しながらシャオロンに譲る本をオスマンと一緒に考えたり、残り3人が手作りプレゼントを作るというのでフォロー役としてお呼びがかかったり。それらに加えて食事や洗濯などのいつもの作業もこなしていると、いつのまにか日が沈んでいた。 夕食の時間の前にシャオロンの迎えを職員が連れて来るというので、全員が玄関ロビーでそわそわと時計を見ては目をそらすことを繰り返していた。数歩後ろで彼等の様子を眺めていたトントンも、時計ではなくとも頻りに周りを見渡す。結局、今日一日グルッペンはずっと外に出ていたようだった。シャオロンの出発前には帰ると言って昼食も外で取ったらしく、シャオロンが残念そうにしていた様子には少し良心が痛んだ。信じて託したと言っても、何も知らないシャオロンにとっては自分の旅立ち前に長兄が居ないのは寂しいだろう。しかし、ちっとも気にしていない風にハイテンションなシャオロンを一つ撫でて、トントンも一向に帰ってこないグルッペンをやきもきしながら待っていた。 18時7分、シャオロンの迎えもグルッペンもまだ現れない。 ふと、立て付けの悪い音を立てて玄関のドアが開かれる。一斉に視線を集めたそこには、服のあちこちがよれさせたグルッペンが立っていた。誰よりもまず、シャオロンが飛び付く。 「グルッペン!もう、なんで俺が最後の日にずっと外に出てたん?」 「あー、すまん。プレゼントを探しに行っとった」 なにぶん急だったからな、と言いながらグルッペンは握っていた手を差し出す。その上に乗っていたのは、ブタの顔のピンバッチ。キラリと光るそれはどう見ても新品で、シャオロンはびっくりしてグルッペンを見上げた。 「え、あ、わざわざ買ってきてくれたん?」 「まぁな、こんなもんで悪いが…」 「っ、めっちゃ嬉しい!ありがとな、グルッペン!」 バッチを受け取ったシャオロンがボールの如く飛び跳ねて他のみんなへ自慢しに行く。シャオロンを中心とした人だかりができている隙に、トントンは素早くグルッペンに近寄った。先程までとは打って変わって険しげな表情をした彼に小声で囁く。 「お前、どこ行ったったんや。もうすぐシャオロンの迎えが来るぞ!」 「わかっとる!すぐに手を打つぞ」 口早に言い切ったグルッペンは、玄関のドアを開け放って鼻高々なシャオロンに向かって言う。 「あとな、シャオロン!そのバッチ、暗いところで光るらしいぞ!」 「え、ほんま?!」 「ほんまほんま。もう外も暗くなっとるし、外で見てみたらどうや?」 「そうする!」 「えーめっちゃええやんそれ、俺にも見して〜」 「あ、俺も!」 「どういう仕組みになっとるんやろ、気になるめう〜」 顔を輝かせたシャオロンがバッチを掲げながら走り出れば、全員が我先にと玄関から出て行く。グルッペンの言った通り、日が沈んで暗くなった庭の中でバッチはボンヤリと蛍光色に光り始めた。テレビの中で見た蛍の様なそれに、年少組を中心に全員のテンションはマックスになっていた。これならば、彼等は暫く前庭で遊んでいるだろう。その様子を見届けたグルッペンはひとつ頷く。計算し尽くされた一連の手際に圧倒されていたトントンを振り返って、グルッペンは外の仲間たちを指差した。 「よし、あいつらの安全は確保した。トントンは予定通りあいつらが建物の中に戻ってこない様に見張っといてくれ」 「ええで。あんたは何するん?」 「…ちょっとした炙り出しやな」 とにかく絶対に入れるなよ、と言うとグルッペンはすぐに廊下の奥へと駆け出した。これで施設内に居るのはグルッペンと園長だけになる。きっとまだ園長にはバレて居ないだろうが、グルッペンが何をするにしても職員がシャオロンの迎えを連れてきた時点でタイムオーバーだ。後はグルッペンが上手くやることを祈って、トントンは玄関を閉じた。 「あ、見てやトントン!これほんま綺麗やない!?」 「おお、せやなぁ。よかったな、ええプレゼント貰って」 「ほんまな!…あれ、グルッペンは?」 「んー、なんか部屋に取りに行かんといけんもんがあるっちゅーとった」 「ふーん…」 自分で問い掛けたにもかかわらず、シャオロンは生返事で掌の中のバッチに目を落とす。光源の少ない住宅街では、決して高価ではない蛍光塗料の光が妙に明るく見えた。そっと掌で覆っても漏れ出す光はじんわり暖かく、子供達を惹きつける。ほぅ、と息を吐き出したロボロがバッチから目を離さず呟く。 「…なんか、ずっとこのままで居れたらええのにな」 言葉に出してからその虚しさに気付いたのか、ロボロは慌てて服の裾を握る。伏せ気味の頭を、シャオロンがポンポンと叩いた。 「…別に俺、死ぬ訳じゃないしさ、絶対またここに遊びに来るから」 「そ、やな!もしロボロに新しい家族ができても俺ら遊びに行くしな!」 「というか、俺らみんな大人になってもずっと仲間やろ?」 「仕事始めてもたまには遊んだりさ、そういうのすればええやん」 「あー、楽しみやな!大人になるの!」 次々にロボロを撫で回す手が増えて行く。真ん中で揉みくちゃにされたロボロがグリグリと押し付けられる手を跳ね飛ばして、結果として全員で団子になってふざけるのを、トントンは息を詰めて見ていた。 彼等の無邪気な言葉が、この上なく自分を刺し通す。ひとえにそうなれば良いと願って、トントンはグルッペンが居る背後の洋館を仰ぎ見た。 瞬間。 唐突に、洋館から火の手が上がった。 夜闇に慣れていた目を眩ます程の明るい炎が、瞬く間に二階から屋根に向かって駆け上がる。ゴウ、と唸る熱風が顔に吹き付けてきて初めて、トントンは目の前の建物が燃えていることに気が付いた。 「え…」 「は、え、」 「なん…」 見る間に建物を包んだ炎は、夜闇に沈んだ住宅街の中で煌々と揺らめく。突然のことに反応出来ない子供達を置いて、付近の住民は次々に悲鳴を上げ始めた。 「火事だ!!」 「きゃー!!どこで?!」 「あの孤児院だ!!子供達は逃げれてるのか?!」 「早く!!通報してくれ!」 茫然と火の粉を浴びていたオスマンが、それらの声を聞いてハッとする。近くにいた弟分達を抱え込み、トントンに向かって叫ぶ。 「っ、はよ!トントン!!早よ逃げるで!!」 真っ白になっていた頭が漸く起動する。トントンは半ば無意識にオスマン達を庇って逃げようとして、次の瞬間立ち止まった。 いきなり動きを止めたトントンにオスマンは眉を寄せる。 「おいトントン?!」 「っ…が…」 「は?!」 炎が建物を燃やす音が、こんなにもうるさい。僅かに呟いた声が聞こえなかったオスマンは、ちっともその場を動こうとしないトントンを引っ張ろうと手を伸ばした。その手を、トントンはやんわりと振り払う。 「っ何して…!」 「俺たちはええから。お前らはじっとしとるんやで」 弟分達全員に向かって、トントンは緩く微笑んでそう言い放つ。そのまま踵を返すと、止めようとする悲鳴じみた叫び声を背に、燃え盛る洋館の玄関へと突進していった。 近づくほど空気が肌を焼く。空気も薄くなっているのか、自然と息が上がっていた。どこもかしこも燃えているが、火の手は洋館の奥で上がっているようで、玄関側はまだ入り込む隙間が残っていた。出来るだけ炎を飛び越えて、赤々とした廊下に躍り出る。見慣れた施設は影も形もない。炎が急速に燃え広がっているのが見えて、この火事が人為的に燃料が撒かれたものだとわかった。 こんなこと、出来る人間は1人しかいない。 トントンは熱風に負けず顔を上げた。仲間たちは1人を除いて全て外に居る。全員で生き延びると誓った時と、昨日の夜のグルッペンの顔を思い出して、トントンは怒りとも絶望とも言えない思いを吐き捨てた。 「っクソ、あんのアホ…!」 細く線状に廊下を走る炎の跡を見つけて、その先へと駆け出す。腕を口鼻へ押し付けて、少しでも煙を吸わないように進む。空間を舐めるような火は熱いけれども、気にしている余裕はない。種火を踏み消し、上着に灯った火を振り払う。奥に行くにつれて火勢はどんどん増していく。それでも、行くしかない。 廊下の一番奥にある階段にたどり着いた時には、もはや暑さに対して麻痺していた。細い跡は階上へと続いている。炭化した古い木製階段は真っ黒になっていて、体重を掛けたら崩れ落ちてしまいそうである。トントンは出来るだけしっかりと形の残っている場所に足を乗せた。 その時だった。 「ーーーー!!」 「っ!グルッペン?!」 物が焼ける音ではない、明らかな人の叫び声が聞こえて、トントンは二段飛ばしに階段を駆け上がった。 その先に見えてきたのは、先程よりも段違いに強い炎の海。一面逃げ場のないその中心で、ぼろぼろの服を纏ったグルッペンと同じく満身創痍の園長がいた。睨み合う大人と子供の戦況は一見五分に見えたが、大人の方の手には逆手に握られた包丁があった。 「グルッペン!!」 「っ、トントン?!なんで来た?!」 「…ああ、なるほど、そういうことか」 渦巻く炎の音と共に、嘲笑がトントンの耳に届く。グルッペンと肩を並べて園長に向き直れば、嗤い声は更に大きくなった。 「ああ、ああ、よくわかった。元々最近どうも周りを探られている気はしていたんだが、まさか最高品質の商品どもに足元を掬われるとは思わなかった。ウチの顧客リストを盗んだのもお前らだな?」 「…トントンは関係ない。俺が盗った」 「そうか、いやしかし、こちらが焦って出荷しようとしたら火事を起こすとは。つくづくお前らは高値で売れただろうに、残念だ」 園長がいつも掛けていた丸眼鏡は無く、裸眼で睨み付けられる。そうしてみると、確かにヤクザ者特有の凄味があった。園長は周りを取り巻く炎を全く気にした様子は無く、ただ包丁を握って立っていた。 2人揃ってジリジリと園長との距離を離しながら、ちらりと脱出の経路を探る。炎は勢いを増してゆく。唯一の道はトントンが上がって来た階段だろうか。 「お前らはだいぶ前から買い手は付いていたんだ。大企業の坊々の影武者とどっかのマフィアの後継者だったか?使えるようになるまで食わせて、後は出来高って言う契約だったんだが…。こう品質が良すぎるってのも問題だな」 幸いにも、2人の方が階段には近かった。足場は無いに等しかったが、降りる分には飛び降りればいい。後は園長の隙を窺うだけだ。 園長はまだ炎の中に立ち尽くしている。 「まったく、このシノギは結構上手く回ってたんだぜ?それをこうも台無しにしてくれやがって…なぁ?…そう思うだろう、トントン?」 やけに郷愁を感じた。 まるで父親に頭を撫でられるような、場違いな暖かい声。 背後にばかり気を取られていたトントンは、いきなり声を掛けられて思わず園長を正面から見返した。 そして、その壮絶な殺気に囚われる。 比較的遠かった筈の距離を、数歩で跨がれる。 炎の向こうから、迫る大人。 朱色に染まった刃が振りかざされて、自分の頭に落ちてくる。 真っ直ぐな軌跡なのに、避けられない。 狂気に歪んだ笑みに視界を塗り潰された、 「トントンっっ!!!!」 気がした。 次に見えたのは、火傷を負った掌。 誰かに突き飛ばされて倒れこむ自分の身体と、こちらに腕を突き出したグルッペン。弧を描く刃は空を切って、園長自身の腹に突き刺さった。 苦しみ悶える園長の身体がグルッペンにのしかかる。呻き声を上げながら、園長はグルッペンの胸ぐらを掴み上げる。 ぶらりと浮く足。抵抗する子供の手は、大人の力に敵わない。大きく振られる腕。 簡単に持ち上がった身体は、トントンの目の前で階下へと投げ捨てられた。 ゆらり、反動で四肢が揺れる。 ふわり、熱風に金の髪が踊る。 不思議とゆっくりに感じられるその一瞬、トントンはグルッペンの緋色と目が合った気がした。 その眼の意思を読み取る暇なく、グルッペンの身体は落ちてゆく。視界から金が消えて、そして。 重いモノが、床を激しく打ち付けた音が響いた。 「く、はは、ふは、は、ザマァ、ねェなっ!」 蹲った園長が階下を見下ろして嗤う。 その背後で、トントンは身体を跳ね上げた。這い蹲って喘鳴に喉を鳴らす園長の頭をうしろから蹴り飛ばす。一発で意識を飛ばした身体が炎にくべられるのを気にも留めず、もはや原型のなくなった階段から下を覗き込む。 吹き上げる熱に、炎が巻き上げられる。僅かな隙間に、チラリと金色が見えた。 その瞬間に、トントンは迷わず飛んでいた。 真正面から炎の壁を突き破る。服に火が付くが、身をよじってなんとか消す。 無我夢中で、階段下に横たわる身体に近づいていく。 怖かった。ただひたすらに恐怖に突き動かされていた。 「グル、ッペン…?」 その瞳は、閉じられていた。 炎に照らされている筈なのに元々白かった貌は更に青白く、天鵞絨のような金糸には見たくなかった紅が絡んでいる。右脚はだらりとあらぬ方向を向いており、全身に打撲の痕が見えた。 目にした光景が導く結論を認めたくなくて、トントンの身体が冷えてゆく。氷のような指先で、そっとグルッペンの身体に触れる。今はもう、炎の中であることなんて関係なかった。 「グル、さん…」 腕に、腹に、頰に、手を添える。 グルッペンはピクリともしない。逸るトントンの心臓は駆け足で血を送り出している筈なのに、こんなにも、息が苦しい。 頰に添えていた手を唇の方へなぞらせる。 健康的な朱が差していた唇は、血を流しているせいか徐々に紫に染まり始めていた。とてもグルッペンのものとは思えないそれに指先が掠めた時、トントンはハッと我に帰った。 何かが触れた気がしたのだ。 もう一度、恐る恐るグルッペンの唇へ指を伸ばす。震える指先なので間違いじゃないかと思っていた。 唇に触れる。 僅かに、ほんの僅かにだが、空気が動いている。 確かに、呼吸している。 まだ、生きている。 思わず、トントンは詰めていた息を鋭く吐き出した。同時に、シャットアウトしていた感覚が戻って、音がその場に溢れかえる。 ゴウゴウと燃やし尽くさんとする音、何かが小さく爆発する音、背後の階段が崩れる音。そんな中、遠くに小さく、パトカーのサイレンが聞こえた。 トントンの瞳に意思が戻る。出来るだけ慎重にグルッペンの身体を持ち上げて背負う。顔を上げた先は、手近な窓だった。 「…兄さん」 きっと駆け付けてくれている筈だ。そう信じて、トントンは渾身の力でガラスに木材を叩きつけた。 「…そんで、後はお前らが知ってる通りや」 深夜の病室は、静まり返っていた。 この場に居合わせた男たちは、トントンが語った事実をただ噛み砕き、飲み込むことに必死だった。 港の倉庫からトントンの案内の元全員が訪れたのは、小さな町医者だった。到底入院施設も無さそうな小さな医院にはしかし、特別に誂えられた病室が一室だけ存在していた。非常識な時間の訪問であったにもかかわらず、しんぺい神と名乗る医者は快く全員を病室に通してくれた。小さな中庭に面した病室は、流石に総勢9名が押しかけると窮屈だった。しかし、小さいながらも病室には清潔かつ暖かな印象を受けた。ベッド脇のキャビネットと、綺麗な花が活けられた花瓶。そして、それらに彩られた、真っ白なベッドとその上の患者。 枕元に広がる懐かしい金糸を見て、病室入ったそれぞれが声にならない呻き声を上げた。 ベッドに横たわり、多くの生命維持装置をつけられたその患者は、間違いなくグルッペン・フューラーだった。 そうして始まったトントンの告解は、長く長く続いた。途中、それぞれが声を上げそうになりながらも、彼等はトントンに最後まで語らせることを選んだ。 語り終えたトントンは、おもむろにそっとグルッペンの前髪を払った。それを見て口を開いていいと判断したオスマンが問う。 「…それで?兄さんに助けられて、どうなったん?」 「…この医院の先生、さっきのしんぺい神な。兄さんのだいぶ古い昔馴染みらしくて、とりあえずグルさんはここに運び込まれた。命は取り止めたんやけど、意識が、戻らんくてな。当時はまだ我狼会の残党がおったし、其奴らに狙われたらあかんし、そのままここに匿って貰うことになってん」 トントンはグルッペンから目を離さず答える。それを聞いて、鬱がああ、と納得いった顔をした。 「なるほど、あの後すぐに俺たちがバラバラに別の施設に移されたんも、残党を警戒してっちゅうことやったんか」 「そうなるな」 「グルッペンの話を聞かされなかったんも、それが理由か?」 今度はコネシマが問えば、やはりトントンは視線を合わせず頷いた。その様子を見て、シャオロンがガバリと身を乗り出す。 「でも、残党はこの15年間ずっと居たわけじゃないやろ?なら…グルッペンのこと、俺らに教えてくれたって、よかったやん…」 「それは…」 言い淀むトントンを前に、ゾムもロボロもシャオロンに賛同する。 「なんでずっとグルッペンのフリなんか…そりゃ、俺らもショック受けたやろうけど、受け入れられない訳じゃないで」 「それに、トントンだって相当無理しとったんちゃう?」 とうとうトントンは顔を伏せて黙り込む。静かに呼吸するグルッペンの髪に指を絡めて、目を閉じる。まるで静かにグルッペンと同調しているような光景に、オスマン以下弟分たちはもはや何も言えなかった。 そんな中、1人の男が靴を鳴らして一歩進みでる。今までずっと黙って成り行きを見守っていたエーミールが、まっすぐにトントンを見つめていた。 「…トントンさん、私は貴方とほんの僅かな期間パートナーとして行動しただけですけど、こういう時こそ外部の人間が言えることってあると思うんですよね。だから、一つ、答えて頂けませんか?」 「…なんやろ」 伏せたまま薄っすら微笑んだトントンに向かって、エーミールは問う。 「貴方の行動原理、実はグルッペンさんや皆さんの為じゃ、無いでしょう?」 ゆるりとトントンが顔を上げる。ようやく合った視線に真正面から、エーミールは淡々と言葉を紡ぐ。 「話を聞いていると、貴方はずっと誰かの為に動いていたように見えますね。確かに一側面としてはそうでしょう。でも、その根本的な原理は、全て貴方自身の為だ」 徐々にトントンの目が開いてゆく。ゆっくりと、エーミールの言葉に導かれて驚きの表情が形作られていく。 「グルッペンさんがいつ目覚めるかわからないと言われて個人的な指針を失った貴方は、この場に居る誰よりも、『グルッペンさんが居ない』という変化を嫌った。だから、自分自身で埋め合わせた。なによりも、自分自身の平穏の為に」 「…そう、や」 「結果として、それは歪な形で成功した。貴方自身がグルッペンさんを騙ることで、表面上は全てが上手くいった。でも、トントンさん」 エーミールはそこで区切ると、一つ息を吐いて目元に力を入れる。 「人は、変わるんです。貴方が歪なままでいる間にも、彼等は確実に成長する。苦痛を乗り越える力を得る。不変なんて、あり得ないんですよ」 エーミールの背後で、全員がまっすぐにトントンを見つめる。その立ち姿に、15年前の子供達の姿が一瞬重なって、掻き消えた。 トントンはこれ以上ない程に目を見開いて、唇を震わせる。グルッペンに触れていた指が離れて、それは顔を覆った。震える肩はそのままに、くぐもった声がポツリと溢れた。 「そう、か。立ち止まっとるんは、俺だけやったか…」 トントンはもう一度、そうかと呟く。 弛緩した頰に、一筋だけ雫が流れた。それを見て、徐々に全員が彼を囲んで、めいめいに手を添える。 病室の窓は、ゆっくりと白み始めていた。 [newpage] とある日、早朝。 前々からトントンに呼び出されていた鬱は大きな欠伸を隠そうともせず歩いていた。指定されている公園はもう間も無くだ。 「ふぁぁぁあ、なんでまたとんちはこんな時間に…」 「ん?お、大先生か」 「んん?あ、シッマやん」 よっ、と片手を上げた友人が十字路の曲がり角から歩いてくる。こんな時間にこんな場所で鉢合わせるとは、大方こいつもトントンに呼び出されているのだろう。そう決めつけて、鬱はコネシマと合流してプラプラと歩き始める。 「お前もトントンから呼び出されたんか」 「まぁそんなところ」 「ふーん…。あ、せや大先生、聞いてくれや」 「んー?」 「実はな、ほらあん時世話になったショッピって警官おったやん?」 「ああ、実はお前の大学の後輩やったっていう?」 鬱はぼんやりと3年半前の出来事を思い出す。あの大騒動はそれに関わった各人に大きな影響を与えた。かく言う鬱も、グルッペンの治療の為に見つけたとあるヘルドクターと奇妙な縁が出来てしまっていた。 呆けた顔の鬱を放って、コネシマは上機嫌に話す。 「実はあいつ、転職したみたいでな。その転職先がめっちゃ条件いいらしいんねん。そんで俺もそっちに誘い受けとるんよ」 「へぇ、ええんちゃう?俺も実は似た話があるんよね」 「転職か?」 「そ、くられ先生がいい会社紹介してくれるらしくて…」 そんなことを話していると、ようやく待ち合わせの公園にたどり着いた。時計を見てみると、だらだら歩いてきたせいか待ち合わせ時間ギリギリだった。早朝の公園には自分とコネシマ以外誰も居ないと思っていたが、そこには予想外に多くの人影がいた。 「あれ、大先生にコネシマやん」 「なんだー、やっぱ集合かけられてたんじゃん」 「まぁ、このメンツでこいつらが居ないのもおかしいよなぁ」 「ざっとみる限り、あの時の関係者は全員揃っとる感じか?」 その場にはロボロやシャオロン、ゾムにオスマンが居る上に、エーミールやひとらんらん、ショッピも勢揃いしていた。思い思いに寛いで時間を潰していたようで、遊具に座り込む者もいれば困ったように立っている者もいた。 「なんや、今更このメンバー集めて、アイツどうするつもりなんや?」 「さぁ…流石にトントンももう無茶はやらかさんとは思うけど…」 困惑気味に話していると、公園の時計がカチリと針を合わせた。約束の時間だ。 しかし、周りを見渡したところでトントンは現れない。それらしい人影が歩いてくることもない。時間に正確なトントンにしては珍しい、とそれぞれが顔を見合わせていると、ふと、公園の入り口に真っ黒な高級車が止まった。怪訝に見ていると、こちらに向かってドアが開く。 最初に高級そうなスーツに包まれた足が見えて、次にネクタイ、そして最後に、美しい天鵞絨のような金髪。 「…は」 勢いよくドアから現れたエリートビジネスマンは、とてもよく知った紅玉の瞳で。 「やぁ、諸君。CEO自らスカウトに来たゾ!」 にっこりとふてぶてしく笑ったのは、グルッペン・フューラーその人だった。 その場にいた誰もが絶句して、言葉も出ない。ニコニコと笑顔で腕を組んでいるグルッペンの後ろで、呆れた顔のトントンが運転席から降りてくる。彼がグルッペンの隣に並ぶと、やっと衝撃から立ち直った鬱が震える声で叫んだ。 「な、なんやお前ら[[rb:共犯者> グル]]か!?」 言われたトントンは目を丸くすると、ちらりと横目でグルッペンと見合わせて、吹き出した。 止まらない笑いを引き摺りつつ、トントンは大輪の笑顔で言い放った。 「いや、僕、トンですけど!」 爽やかな朝の日差しは、今まさに力強い陽光へと姿を変えようとしている。
共犯者は誰だ<br /><br />いつも沢山の評価、ブクマをありがとうございます。御無沙汰しております。ほぼフルメンバーでお送りする、とっても長い現パロサスペンスもどきになります。お時間があるときに一気にどうぞ。<br /><br />Twitterやっています。お友達になってくださる方募集中 @kyohu_korokke<br /><br />お題箱も設置しました。ネタに飢えてますのでお気軽にどうぞ。<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fodaibako.net%2Fu%2Fkyohu_korokke" target="_blank">https://odaibako.net/u/kyohu_korokke</a>
拝啓、共犯者殿
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052648#1
true
最近この[[rb:世界 > 体]]の調子がおかしい。 『まただ!今度は右下腹部に巨大な裂傷発生!細菌の侵入も確認!直ちに付近の免疫細胞は対応せよ!』 いつからだったかこの[[rb:世界 > 体]]には災害が多発するようになった。 「左手小指の先に異常発生!そんな…血管が、途切れ…⁉」 「もうここは駄目だ!動ける細胞はすぐ避難を!第一関節から先は壊死する!」 「うわあああああ!な、何なんだこいつらは!見たことねえ寄生虫だぞ⁉」 「この寄生虫…好酸球の攻撃が、上手く効いてない…?」 「クッソ今度はどこだ⁉」 「左大腿部だ!かなり傷が深い!血小板も間に合わん!」 いつものように酸素を届ける途中、今日もどこかで悲鳴が上がっているのが聞こえる。 少し前までは、健康だったのに、何も、問題なかったのに。 「赤血球‼」 その声にハッと顔を上げたときにはもう目の前に細菌が迫っていた。 「…っ!」 「死ね!雑菌野郎があああああ!」 思わず腕で顔を庇いギュッと目を閉じたが痛みはこない。恐る恐る目を開けると、いつもの彼が心配そうにこちらを見つめていた。 「赤血球、大丈夫か?怪我はないか?」 「白血球、さん…わ、私は大丈夫です!ちょっとビックリしましたが怪我もありません」 返り血で赤くなった白血球さんは安堵したように息をついた。元々白い色をしている白血球さんだが近頃はさらに顔色が悪い。あちこちで怪我が多発していて忙しいのだそうだ。 「無事で良かった。最近は不自然なくらい怪我が多いからな。侵入した細菌の対応にも一苦労だ」 「そうなんですか…」 「ああ、赤血球も傷口から落ちないように気を付けろよ」 「はい!でも出血が多かったので細胞さんたちに十分に酸素を届けられてないみたいで…私これ運んだらあと二周しなきゃいけないんです」 「そうなのか…赤血球、それどこに届ける予定なんだ?」 「あ、えーと…左小指の第二関節あたりですね」 「そうか…あそこは[[rb:廃墟化 > 壊死]]したところに近い。俺もパトロールするつもりだったから途中まで一緒に行こう」 「ほんとですか!ありがとうございます!」 白血球さんの提案に暗い気持ちも吹き飛ぶ。荷台を押す私の速さに合わせて歩いてくれる白血球さんに自然と頬が緩んだ。 「それにしても…どうしちゃったんでしょう、この体…」 「ああ、数週間前まではなんら異常はなかったのに突然記憶細胞も見たことのない細菌や寄生虫も出てきてるしな…司令室も大混乱だ」 「早く元気になってほしいですね!」 「そうだな…」 白血球さんとおしゃべりしていると時間があっという間に過ぎていく。白血球さんと別れ、しっかり酸素を届け終えた私はその後もちょっと迷子になったりもしたけどノルマを無事に果たしてアパートへと戻った。 「はあ…白血球さん、隈ひどくなってた気がする…」 シャワーを浴びてベッドに寝転がりながらそんなことを考える。細菌が侵入しつつも平和だったあのときから色々なことが変わってしまった気がするのだ。 白血球さんとお茶する時間が無くなった。キラーT細胞さんとNK細胞さんが全然喧嘩をしなくなった。マクロファージさんの笑顔に翳りが見えるようになった。血小板ちゃんたちの小さな手がボロボロになっていた。画面に映るヘルパーT細胞さんのそばにはクッキーではなく栄養ドリンクが常備されるようになった。 「この体のために…もっと出来ることがあればいいのに…」 自分の仕事をないがしろにしたいわけじゃない。むしろ誇らしくさえ思っている。でも、それでもどうしようもない無力感に苛まれてしまうことがある。 「この体に伝えられたらなぁ」 あなた一人の体ではないのだと、37兆2000億もの細胞があなたの中で生きているのだと、伝えられたら…。 「…私何考えてるんだろ、もう寝よう」 どうか、明日も無事に生きられますように。そう祈りながら私は目を閉じた。[newpage] 標高6000メートルに位置する天文台で青年は相棒の少女と共に召喚室にいた。 「新しい方が来てくれるといいですね、先輩!」 「そうだね、いやー今回の特異点も結構ギリギリだったからなぁ。ドクターやスタッフさんにも心配かけちゃったし」 「それは…はい、私の力が至らないばかりに…」 「マシュのせいじゃない。せめて皆の足手まといにはならないように俺も頑張るよ」 「先輩は十分頑張っていらっしゃいます!」 その言葉に先輩と呼ばれた青年、藤丸立香はありがとうと笑った。 その体は傷だらけで包帯があちこちに巻かれ、一部分だが壊死してしまった指もある。 今は特異点の一つから帰還したばかりで、言うなれば休息中である。医務室で治療されてる最中ダヴィンチちゃんに新しい縁も繋がったことだろうし召喚してみたら?と言われてやってみようということになったのだ。 誰が来てくれるかな~特異点で味方として一緒に戦ってくれた誰かなら心強いな~なんて吞気に考えながら魔法陣のな中に聖晶石を放り込む。 「あ、早速召喚されたみたいですよ先輩!」 「ほんとだ、これは…ライダーかな?」 「そうみたいですね」 光の渦が収まりはっきりとその姿を視認できるようになる。そこに立っていたのは… 「…へ?」 赤いジャケットと帽子という随分と現代的な装いをしてなんとも間抜けな顔をしてこちらを見る女の子だった。 驚いたような顔をしているがこちらも驚いている。 「…先輩、その、この方は…?」 「…うん…」 マシュの言いたいこともわかる。 (…なんというか…) ぱっと見英霊には見えない アンデルセンやアマデウスなど戦闘に向いていないものであっても英霊とは見た瞬間”普通”とは違うことを肌で感じ取れる。 それはどんなに親しく接してくれる英霊だろうと同じだ。 だが目の前の少女はどこにでもいそうな雰囲気で、ずっとそばにいたかのような錯覚さえ受ける。 「あの…ここは…?」 恐る恐るといった感じで声をかけてきた少女に我に返った立香は慌てて手を差し出した。 「あ!ごめんなさい。ここはカルデア、俺があなたを召喚したものです。どうかこの戦いに手を貸してくれませんか?」 「…戦い?」 「はい、いまこの世界は大変なことになってて、俺たちはそれを止めたいんです。だから、お願いです、俺たちに力を貸して下さい」 そう言って頭を下げた立香に少女はアワアワと慌てた様子で顔を上げて下さい!と言った。 「その、えーと、とりあえずあなた方は困ってる、んですよね…?」 「はい!」 「え、えーと、わ、私に出来る事なら精一杯お手伝いします!」 「ありがとうございます!」 「良かったですね先輩!」 手を取ってくれた少女にひとまずホッとため息をついた。 「あのう、そんなに畏まらないで下さい。だって歳近そうだし…」 「え?…そう言ってくれるなら…うん、これからよろしく。俺は藤丸立香。君も敬語はいらないよ」 「私はマシュ・キリエライトです。私は、その、これが普通なので…」 「あ、ご丁寧にありがとうございま、あ、ありがとう。私は、赤血球AE3803番!よろしくね!」 セッケッキュウエーイーサンハチゼロサンバン …………………ん? ***** 「マスター危ない!」 「うわっとぉ⁉」 赤血球に体当たりされるように抱えられ、すんでのところでナーガの攻撃を避けた。 赤血球と名乗った赤毛の少女は案外すぐにカルデアになじんだ。 初めはドクターもダヴィンチちゃんさえも目を点にしていたが彼女の話を聞いているうちに本当に赤血球らしいようだと信じたようだった。 「まさか赤血球が召喚されるなんて…」 「世も末だねぇ、まあその通りなんだけど」 どうやら体の構造は人間とほぼ変わらないらしい。食堂に連れて行ったら知らない食べ物がいっぱいだ‼と目を輝かせていた。ちなみに今まで何を食べていたのか尋ねるとグルコース!といい笑顔で言われた。…マシュと一緒にどう反応するのが正しいのか考えてしまった俺は悪くない。 戦闘には向かなそうな赤血球だが意外と戦闘に駆り出されることも多かった。 なぜって足が速いんだなこれが。 カルデアを案内して食堂で歓迎会をしたその日の夜に迷子になるほどの致命的な方向音痴である赤血球だが体中に日夜酸素を運ぶその体力と筋力は本物で、さらに毎日のように細菌に追われていて(逃げ)足も速さにも自身があると嬉々として告げられたときにはどこからツッコめばいいのか大変困惑したものだ。 だからもっぱら俺が怪我しないよう敵から素早く撤退するときとかは彼女に抱きかかえられ移動する。絶対敏捷Aだこの子。 加えて自分の仕事に真摯に取り組む姿は他のサーヴァントたちからも好ましいと評価され、気遣いもできよく笑う赤血球はサーヴァントたちとだけでなくスタッフともあっという間に仲良くなった。 「よし、もう大丈夫だね!」 「赤血球さん、いつもありがとうございます!」 「うーんありがたいけど毎度お姫様抱っこは男として大切な何かが失われていく気がする」 『おーいお邪魔して悪いけどカルデアに帰還するよ~』 「はい!マスター、ちゃんと医務室行って手当てしてもらってね」 「赤血球のおかげで大きい怪我は今回もなかったし平気だよ」 「駄目!掠り傷でも細菌はたくさん入ってくるんだよ!」 「そうですよ先輩、ちゃんと消毒しましょう」 「うう、分かりました…」 赤血球は俺が怪我をするとすごく辛そうな顔をする。生前英雄と呼ばれたサーヴァントとかは怪我は男の勲章だ、と言って笑う中彼女は体を、自分を大事にしてほしいと俺に何度も言った。 「私多分マスターの体に住んでた赤血球だと思う」 「…え?」 「マスターはさ、突然カルデアに連れてこられたんでしょ?」 「うん…そうだけど…」 「私が住んでた[[rb:世界 > 体]]ね、数週間前から突然おかしくなったんだ」 「そう、なんだ…」 「うん、不自然なくらい大きな怪我が頻発して、たくさん仲間たちが消えて行って…」 「……」 「だからね!マスター、あなたは自分を大事にしなきゃいけないんだよ!」 「赤血球…」 「私ね、ずっと伝えられたらって思ってた。そんなの無理だってわかっててもそう思ってたから」 「…そっか」 「伝えることが出来たから、今度はマスターが元気でいられるように、マスターの中で生きる[[rb:細胞たち > みんな]]が生きられるように私頑張るから!」 「赤血球…ありがとう、これからもよろしくな」 「うん‼無茶しちゃ駄目だよ!マスター一人の体じゃないんだからね!」 「その言い方はなんか語弊があるかなあ⁉」 赤血球が心配してくれたのは俺だけではない。 あるとき寝不足だと免疫細胞さんたちが十分に力を発揮できません!と堂々とスタッフやサーヴァントの目も憚らずドクターをベッドに運搬(お姫様抱っこ)して以来ドクターは赤血球が来ると身構え、寝てください!と言われると素直に仮眠を取ることが多くなった。ドクターも男としての矜持に応えるものがあったのだろう、わかるよその気持ち。若くて可愛い女の子にお姫様抱っこされるのは俺でもきついのに三十路のドクターにはどれほどやら。 ちなみに俺の場合はマシュにもされたことがある。 閑話休題。医務室で手当てしてもらった俺はマシュ、赤血球と三人で食堂に行きお昼を食べることにした。 「赤血球さん!また体の中のお話聞かせていただけませんか」 「いいの?大したことないと思うけど…」 「いえいえとても興味深くていつも楽しませてもらってますよ!」 「ほんと?あはは何だか照れるなあ」 赤血球の話は聞いていて結構面白い。ミクロだとちょっとしたことでもスケールが違うし体の中にも観光地やデートスポットがあるとか普通思わないじゃん。腸内フローラとか行ってみたいとか思っちゃったじゃん。 「それでね、そのときたまたま白血球さんと会ったから、一緒に鼻腔の足湯に行ったんだ」 「鼻腔に…足湯が…?俺の鼻腔は…足湯だった…?」 「先輩、先輩、何を言っているんですか。しっかりしてください」 「疲れているようだな、ほら食べなさい」 「「ありがとうございます、エミヤさん!」」 「ありがとうマッマ!」 「誰がママだ‼」 と言いつつも立香たちになんだかんだ甘いエミヤは三人分のふわとろオムライスを運んできてくれた。さすが出来たママ(男)である。デミグラスソースの光沢に思わず腹の虫が鳴く。 「それにしてもさ~赤血球はその白血球と仲がいいの?」 「え”‼⁉」 「たしかに、私も思いました」 「マ、マシュまで⁉」 「はい、でもその方のことについて話している赤血球さんはとても幸せそうな顔をしていらっしゃいますよ」 「あ、え、えええぇええ…」 スプーンをうっかり落としそうになるほど動揺している赤血球の顔はこれぞ赤血球と言わんばかりに真っ赤であー、やらうー、やら呻いている。 「そ、そんなに私白血球さんのこと話してたのか…」 「まあ、してましたね」 「でも好きな方がいるというのはとても素敵なことだと思います!」 その一言で赤血球は椅子から転げ落ちた。 「マシュ…」 「え…え、え?せ、先輩、私間違っていたんでしょうか…」 「いや、合ってると思う」 「や、す、好きだなんてそんな、わ、わわ私は」 「あ、あの、きっとその方も赤血球さんにそんな風に思っていただけて幸せだと思います!」 きっとマシュ渾身のフォローであったのだろうその言葉にとうとう赤血球は顔から湯気を出して倒れた。 「あちゃー」 「せ、赤血球さーーーん!!!!」 食堂にはマシュの悲鳴が響き、一部始終を見てたサーヴァントとスタッフが苦笑した。 人理を取り戻す旅の途中ではこんな何気ないやり取りが俺の支えになっている。[newpage] 次回! 「アレェーマタカワッタサーヴァントガヤッテキタゾ!」 「は、白血球さんんんん⁉⁉‼⁉」 「っ…ここ、は……ハ⁉赤血球⁉」 召喚早々に赤血球に攻撃もといあつい抱擁をくらわすその名も白血球好中球課U-1146番!(長い) ようやく想いを自覚した赤血球は白血球と距離を縮めることができるのか⁉ そして芋づる式に次々やって来る細胞たち! マクロファージの微笑みがもたらすバブみに陥落しては返り討ちにされる[[rb:英雄 > 女ったらし]]たち! カルデアの壁の大穴を壊した奴らで修復しようとする血小板ちゃん! 新たな奥義()を覚えたキラーT細胞、とそれを笑うNK細胞! 樹状細胞が張り切ったサイトカインはドクターに癒えぬ傷を残した… どうなるカルデア!どうなる人理!どうなる白赤‼‼ 砂糖を吐きつつ白赤を応援する立香の手に人類と細胞の未来は託された! 第二話『がん細胞はアヴェンジャー』 続かない
おかしなベクトルに…妄想が…暴走したんだ…。<br />はたらく細胞もFGOも初投稿なのにまさかのクロスオーバーとかマジかよ。<br />はたらく細胞のアニメ一話が期間限定無料配信されてるのに最終日に気付いて慌てて見たら鮮やかに転がり落ちた、沼に。<br />・はたらく細胞とFGOのクロスオーバーです<br />・赤血球ちゃんがサーヴァントになっております<br />・白赤と言いつつ白があんまり出てこないです←重要<br />・ぐだ赤に見えるかもしれませんが白赤です←重要<br />・白→(←)赤のつもりです<br />・白赤です←めっちゃ重要<br /><br />地雷のある方、苦手な方はご注意ください
世界と出会った赤血球
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052930#1
true
曇天だ。曇天。まるで俺の心を映す鏡のように空は灰色に覆われている。  どこかの省エネ主人公の学生生活のようだ。あの無造作ヘアー、灰色灰色グダグダ言っていたくせに、灰色だったのはオープニング映像の数秒だけじゃねえか。  窓から見える空色を横目に、くだらないことを考えながらベッドのぬくもりにもう一度身を委ねようとすると、部屋の扉が勢いよく開かれた。 「お兄ちゃーん!朝だよー!」 「うぅ...あと一日...」 「それはもう明日だよ...ほら起きてっ!」  今日の小町は積極的だ。どうしようお兄ちゃん、人生相談とかされたら付きっ切りで話聞いて逆に引かれそう。引かれちゃうのかよ....  卒業式から約二週間、薔薇色、なんて表現ができるような輝かしい青春を送ってきたとは言えないが、それなりに濃い時間は過ごしてきた...らしい。  つかの間の春休みを入手した俺は、買い貯めてしまっていた本を消費しようと引きこもっていたが、何かが足りない。課題か、学期明けの実力テストへの微かな憂鬱感か、それとも...  答えはとうに出ている。失いたくないと願い、選ばないことを選んだそれは、残酷な時間の経過とともに消失した。  時間はすべてを勝手に奪い傷つけ、そして勝手に癒していく。もし、もしも新世界の神になれたとして、時間を止めることはできるのだろうか。  時間はすべてを解決する。怪我も、別れもすべてを解決してしまう。ならば、あの場所をもう一度手にしたいという願いはなぜ解決してくれないのだろうか。都合のいい言葉ばっかり並べてんじゃねえよくそ野郎。  我ながらとんでもない暴論だ。雪ノ下に言ったらなんていうだろうか。由比ヶ浜が聞いたらなんておかしなことを口走ってしまうのか...。  失ったあの日からこんなことばかり考えてしまう。そして考えている間にも時間は容赦なく進む。ていうかマジヤバイ遅刻しそうだ。  リビングに行くとすでに小町は朝食を食べ終わり、片づけをしていた。 「おはよう、お兄ちゃん」 「ん、おはよう」  高校生の小町はまだ春休みの真っただ中が故、俺に合わせて用意をさせていることに申し訳なさを感じる。やはり謝辞の一つも言っておくべきだろう。 「悪いな、せっかくの長期休みなのにこんな兄の世話までさせちまって」 「そんなこと考えなくていーの。早く食べちゃってよ、小町スーツ取ってくるから」  お兄ちゃんの新しい門出なんだから、と付け加え、小町は2階へ上がっていった。  本当に、頭が上がらない。    ちゃっちゃとご飯を流し込み、皿を洗い終わると。ビニールに包まれたままのスーツを手に戻ってきた。  本当にできた妹だ...、できすぎてできなさすぎる兄の評価が相対的に下がっていき、父親からのおこずかいとして表れる。そしたら俺への愛情ゼロになっちゃうんですがそれは...。    スーツに袖を通すと、なぜか身が引き締まる。  拝啓 喰種殿、人を食べるならスーツを着た瞬間がいいと思います。  そろそろ家を出ないとやばいか。自転車だとある程度の調整が利くが、自転車+電車となるとまた変わってくる。いまいち流れが掴めない。  まあそれも、時間が解決してくれるのだろう。万能薬なのだから。  玄関に腰を下ろす。スーツと共に買った靴の履き心地はよくない。これも毎日履いていたら慣れるのだろうか。こんなにも、履きづらいのに、慣れるものなのだろうか。 「いってきます...」  無駄な思考が止まらない。  扉に手をかけるところで、小町に呼び止められた。 「お兄ちゃん、もう行くの...?」 「ああ、、、」  小町もなのだろう。  新しい肩書を手に入れるということは、前の肩書に上書きされるということ。ソフトと同じだ、上書きすると前のデータは消える。違うところは、前のデータを保存しておくことができない、ただそれだけ。    だが、ここで立ち止まっていては、選ばなかった意味がない。彼女らにも失礼だ。 「大丈夫だ小町、兄ちゃんは変わらない」  扉を開き、一歩前へ。あの時間に繋ぎ止められた鎖を、一歩、また一歩、ひと漕ぎ、またひと漕ぎ引きちぎって進む。  大丈夫、大丈夫だ。  万物が流転し、世界が変わり続けるなら、周囲が、環境が、評価軸そのものが歪み、変わり、俺の在り方は変えられてしまう。  だから。  --だから俺は変わらない。 ***  自転車で15分、電車を一回乗り継いで45分。所要時間は一時間。は大学への通学時間。入学式は別のホールを借りてやるらしいよっ☆  それを忘れていた俺は今、絶賛振り子ダンシング。良い子はマネしちゃだめだぞっ!  その甲斐あってか、スマホのナビより早く駅に着くことができた。しかし電車はあれだな、時間が決まっているから諦めがつく。諦めちゃったよもう...  8時53分、時間ぴったりに電車がホームに滑り込む。少し時間は遅い為通勤ラッシュは避けられたが、それでも席はすべて埋まり、手を広げることはできない程度の人は乗っていた。  時間を守る車掌さんには悪いが、日本の電車が正確であることが、日本という社会の時間を重要視する価値観を生み出しているのではないかと感じてしまう。  いっそのこと15分20分遅れることが日常茶飯事となれば、会社も時間に対する認識を改めて遅刻に寛容になるのではないか。いやないな。遅れることを承知して早めに家出ることを強要されるのだろう。会社って怖い。働きたくない...。  電車に乗っている会社員の姿を見て思わず日本を憂いてしまう。  そこで電車は暗闇に飲み込まれた。ごうごうと音を立て、一筋の光を目指し突き進んでいく。  ほらそこにも、疲れたサラリーマンが一人...あ、窓に映る自分の姿でしたね。齢18にしてこの貫禄、将来有望な社畜エリート街道まっしぐら。  いやまだ専業主夫の夢を諦めた覚えはない!大学で見つけるんだ、理想のキャリアウーマンを!  そこでごうごうとなっていた音が止み、視界は光に包まれ、俺の専業主夫への道にも、光明が見えた気がした(気のせい)。  本でも読むか...。 ***  目的の駅に着き、中扉の開閉音と共に降り立つ。プシューという音といい扉の開き方といい、ターミネーターになった気分だ。思わず仁王立ちするが、これを通勤ラッシュ時にやったが最後、好奇の目と大量の舌打ちに囲まれ、そのままホームを渡りお家に帰るまである。  ストレスフルのサラリーマン程怖いものはない。ソースは俺の両親。かっこ小町に対してを除く。  人の流れに乗り階段を上り、改札を降りた時点で時刻は9時47分。因みに入学式の時間は9時半スタート。うん、ただの遅刻ですね。  空は相変わらずの曇天だ。雨が降るのも時間の問題に見える。  遅刻が確定した瞬間の解放感はすごい。急ぎの課題などがない場合はもう無敵。だって手遅れなのだから。  頭の中でマリオのスター状態の曲を流しながら、人の間を縫って歩く。  ものの数分でホールにはたどり着いた。当たり前だが外には誰もいない。もしかしたら、遅刻仲間がいて、それが女の子で、それが偶々同じ学部で、それがetc...、などと妄想しながら歩いていたのは内緒だ。え、みんなしないの...?ですよね。  ホールの玄関口から入ると、パイプ机の受付が沢山あった。見れば学部ごとに分けられているらしい。それぞれの受付に立っている事務員の方の視線が痛い。最近注目ばかり受けている気がする。自意識過剰か...。  そのうち一人の女性がが、持ち場を離れ話しかけてきた。持ち場を離れるなと上官言われなかったのか! 「あのー、新入生の方ですよね?」 「あ、いや、いやずあ、あはいそうです...」我ながら酷いな俺。  上官は臨機応変に対応せよと言ってましたね、サーイエッサー... 「じゃ、じゃあ事前に届いた入学証明書を貰えますか?」 「は、はいすみません」  悪いことをしてないのに責められている気がして謝ってしまう。遅刻?悪いのは俺じゃない!社会だ!  内心とは裏腹に体はそさくさと動く。 「お願いします」     受け取った事務員は、用紙を一瞥し、視線を通路の奥に移動させた。 「経済学部の方は法学部の奥になりますね。通路を左に折れてもらえれば受付がありますので」  ありますのでなんなんだ、などと考えながらお礼を言い、紙を返してもらった後通路を進む。    通路の突き当りには、右に心理学部、左に法学部が見える。  そこに立っているのは事務員であり、何の権利も罪もないと分かりながらも、思わず恨めしい目線を送ってしまう。あからさまに目をそらされると、お前なのかと聞いてしまいそうな衝動が沸き上がり、抑える。そんな勇気もないくせに。いや、ただの負け惜しみか。  恐らく日本国民ならば聞いたことがあるだろう、有名私立大学の法学部に俺は落ちた。法学部に入りたかった理由はいろいろあるが、とにかく俺は落ちた。そこで一緒に受けていたのが同大学の経済学部、そして滑り止めとしての他大学だった。  落ちた理由など、自分の実力不足にほかならないのだから、言い訳をする意味もないのだが。目の前で見せられると思わず視線が吸い寄せられてしまった。  この大学に拘った理由は、公務員試験対策の充実と合格率、そして採用率が主な理由だ。さっきも言ったが専業主夫を諦めたわけではない。どんなことにも保険は大切だってどっかの窓口が言ってたもん。  法学部受け付けを通り過ぎ、経済学部の受付へと歩を進める。 「新入生の方ですね、入学証明書をお預かりしてもよろしいですか?」 「遅れてすみません、お願いします」  やっと頭がさえてきた、環境がかわるのだ。覚悟を決めなければいけない。  学生証と入学に関するパンフレットが入った手提げを受け取り、ホールへ向かう。  証明写真がうまく撮れた試しがない。それともこれが最高なのか、だとしたら私の目...腐りすぎ...!  重厚感のある観音開きの扉をそっと開け、体を滑り込ませる。OK.ホール内への潜入に成功した。どうぞー。誰にもばれないように行動するってドキドキするよね!  後から入るという心配もしていたが、そんなことは杞憂だった。生徒はこれから始まる新しい生活に希望を膨らませ、長い話に聞き入っている。  静かに最後尾に着席すると、学生のひそひそ話が耳につく。同じ高校出身なのだろうか、それとも今仲良くなったのか、はたまた今話題のSNSで、すでに友達として登録されていたのか。  新たな環境に身を投じた人間は、周囲に溶け込もうとし逆に違和感のある行動もとってしまいがちだ。それが俺。やっぱり入学式って友達作った方がいいのかと考えちゃう!  ソワソワ...ソワソワ... ***  曇天は雨天に変わり、人々の頬を濡らす。駅への道を急ぐ人々は、傘をさしたり、鞄を頭に抱えるなど、様々な方法を駆使し、雨風を防ごうとしている。  俺はというと、涙で濡れた頬を隠すように水を滴らせ帰路をのんびりと歩いている。  だってあいつら最初から友達できとるもん...そんなの普通できひんやん...半端ないって...。  というわけで友達戦争に参加する前に敗退が決まった自分の選択肢は小町の待つあったかハイムに帰ることだけだった。  因みに、新入生のガイダンスは一部の学部を除いて明日になるとのこと。経済学部はその一部に入っていないので今日の仕事は終了だ。早く帰って小町に癒してもらおう...  涙がこぼれないように、雲に包まれた空を眺めていると、真っ赤な何かで視界を遮られた。    急な警告色に首を巡らせ振り返ると、そこにいたのは、赤い傘、赤い口紅、赤いスカート。点滅信号の様に赤を散らした、雪ノ下陽乃が立っていた。 「やーっぱり、比企谷君だ。偶然だねぇ」  ...まだ今日の仕事は終わらないらしい。 ***  陽乃さんに促され、少し入り組んだ住宅街の中にひっそりと営業している喫茶店に足を踏み入れた。   「どうしたの~比企谷君。顔が赤いぞ~?」  分かっている癖にこの人は...  もうすぐ駅というところで引き留められた俺は、帰路を急いでいることをやんわりと伝えたものの、陽乃さんに通用するわけもなく、さらには傘を持っていない俺を傘の中に招くという愚行を行った。  途中のコンビニでビニール傘を購入することを提案するも、あえなく却下され、要するに衆人環視、同じ大学の学生も見ている駅前からこの喫茶店まで相合傘をしてきたという...。  初めてを奪われちゃった...もうお婿に行けない...!! 「少し歩いて暑くなっただけですよ、もう春ですし」 「ふーん、まあいいけど。比企谷君もあの大学だったのねぇ...」 「...も?」 「んーん♪何でもないよっ」  陽乃さんは不敵な笑みと意味深な言葉を残し話をすり替えた。ウインクといいしぐさ一つ一つから魅力を余すことなく伝えて来る彼女を見ていると思わずペースを握られてしまいそうになる。  視線を無理やり外し、店内を見渡す。ここは千葉ではない、故にオサレなカフェがあってもおかしくはないが相も変わらずこの人の選ぶ店はセンスがいい。  はいっ!と何かを差し出してくる。波状攻撃をどこかで止めないとのまれてしまう。が、そこにあったのはかわいらしい花を刺繍してある、小さなハンドタオルだった。 「風邪ひくよ?」  純粋無垢な表情で差し出してくる彼女は、本当に心配しているのかと錯覚してしまうほどの潔白さを見せている。    いや、大丈夫です。と制し、鞄を弄る。頼むコマエモン、あの時の優秀さをここでも発揮してくれ!    という大きな希望も儚く散った。 「ほら、本当に風邪ひかれるのは私としても望んでないよ。なんたって可愛い妹のお友達なんだから」  真剣な顔をされるとまた違った威圧感がある。そこまで言われて受け取らないのも失礼だろうと自分を納得させる。   「すみません、ありがとうございます」  礼を言い、受け取る。小雨とは呼べないほどの雨とは言え、数分間浴びえしまえばそれなりに不快なものだ。  ジャケットは座席にかけ、頭、首、腕と拭かせてもらう。頭から首にかけて拭うとき、確かな香りが、しかし全く不快ではない質の香りがした。  この人どんだけ良いにおいするんだ...。  ハンカチ、タオル等を借りてしまえば、言う言葉など決まっている。 「これ、洗って返しますね」 「えーいいのにー、比企谷君が拭いたタオルならお義姉ちゃん歓迎だぞっ?」 「じゃあ、また今度返しますね。あと漢字違いますよ」  ちぇーとか、ぶーとか聞こえるが聞こえない。好意には甘える形にはなったが、甘やかすつもりはない。たまに妹レーダーが反応しそうになるが気のせいだ!! 「とりあえず合格おめでとう?でいいのかな?」 「俺が落ちた大学の入学式にスーツ着て参加するようなイカレた奴じゃなきゃそれでいいんじゃないですか。」 「ん?落ちた?」 「言葉の綾です、気にしないでください」  陽乃さんに対する言葉を選んで会話しているつもりだが、それでもボロが出てしまう。さっきのいい匂いの所為か...卑怯な...  まあそこらへんは総武校行けば分かるからいいんだけど~などと恐ろしいことを言っている。マジで怖いこの人。   「大学合格おめでとー」  入店したときに頼んで貰ったアイスコーヒーで乾杯を促してくる。恥ずかしさを覚えながらも、人からの称賛は素直に受け入れるとするか。 「ありがとうございます」  スチールのカップとカップがぶつかりカンッと音がする。  そろそろ本題が知りたい、なぜこの場所にこの人がいたのか。そしてなぜいつもよりも強引な方法で拉致されたのか。  彼女の本性は未だ得体が知れない。俺が3年になった辺りから奉仕部への興味をなくし、まあ、俺たちの関係性に面白みを見出せなくなったのが主な理由だろうが...、部室を訪れる等の行動は鳴りを潜めた。  それでも姉妹の仲は良好のようで、良好?なのかあれは...  とりあえず大きな衝突などは起こらない関係性を築き上げた。  殆ど会うことがなくなり、文化祭などの学校行事の際にはちょっかいをかけて来るものの、以前のようなボディタッチはなくなった。べ、別に残念がってなんかないんだからね! 「私の分析は終わった?」  ...!!思わず目を見開きかける。動揺を見せるな。 「私があの場所にいた理由はその内分かるよ」 「そうですか...、じゃあ、俺を強引にここまで連れてきた理由は何ですか」  店に意味はなさそうですが、とだけ付け加える。 「比企谷君にはあんまり意味ないし、単刀直入に聞こうかな。3年の終わり頃の隼人の様子何か知らない?」  質問の意図が汲み取れない。なぜ俺に?もちろん葉山に接点はある。しかし、3年ではクラスも別になり、会話することはとうとうゼロといえるほどになった。 「知りませんよ、クラスも違いますし」  実際、葉山の進学した大学などもしらない。かくいう俺も進学する大学は身内と奉仕部の二人以外には教えていない。あ、戸塚は天使だからノーカウントで。 「なんでもいいの、些細なことでもいいから」  様子がおかしい...珍しく陽乃さんが食い下がる。訝しむ目線を送ると、陽乃さんは自分の状態に気付いたのか姿勢を正し、コーヒーを一口啜った。 「ごめんなさい。ちょっと長いこと気になってて」  落ち着いたのか、陽乃さんは脚を組み替える。  ぬおお、視線が吸い寄せられるぅぅ...3.14159265あこれ円周率だ。  素数と円周率を間違えているうちに、彼女の中で整理がついてしまったのか、残った液体をあおり、会った時と変わらない余裕たっぷりの表情で向き直った。 「ありがとう比企谷君。変なこと聞いてごめんね。また今度ちゃんとお祝いしなきゃねっ♪」 「いいですよそんな。小町に沢山祝ってもらったんで」 「相変わらずのシスコンぶりだねぇ~」 「あなたに言われたくないです」  わかるぅ?この間雪乃ちゃんにね~...と雪ノ下にもらったプレゼントの話などを話し始めた。  どんだけ好きなんだよこの人... *** 「じゃーね♪比企谷君っ」  首肯で答えると、黒塗りのセダンは窓を閉めながら走り去っていった。車、変えたのか...。  いつの間にか迎えを呼んでいた雪ノ下さんは、送っていくとありがたい申し出をしてくれたが、丁重に断った。せめてもと、傘を渡されそうになって断ろうとしたが、どうせハンドタオルも返すのだからと受け取った。    車に乗る前、肩に手を添え、耳元で囁かれた言葉が脳にこだまする。  -私はまだ、君に期待していいのかな?-  真っ赤な傘をさして、駅へと戻る。雨は少しづつ勢いを強めている。雲は厚く、太陽の光でさえも全く通さない。  振り返れば、喫茶店を囲む新緑の木々が生い茂る。しかしその葉は、日光を避けるように下へ下へ力なく垂れてしまっているように感じてしまう。    雨に濡れた陽乃さんは、香水の匂いと湿った香りを纏い、少し人間らしいにおいがした。
ハーメルンで投稿しているものです。<br /><a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fsyosetu.org%2Fnovel%2F167087%2F" target="_blank">https://syosetu.org/novel/167087/</a>
4月①
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10052991#1
true
 カルデアでの日々が今や遠い過去となった。  人類史もどうにかなり、世界はどうにか正常に回っている。  マスターとして活動した俺も地元に戻って普通の生活を送っている。  ……いや、普通というのとは少し違うか。  一人だけ、関係を保ったままの人がいる。  宇宙を股にかけ、ブラックホールなみに黒々とした民間企業に勤めていた彼女は、俺のことを心配して今でも共に生活している。 「あ~、疲れた~」  噂をすれば、彼女が帰ってきた。玄関がひらくと同時、愚痴が聞こえてくる。重い足取りが、LDKまで聞こえてくる。 「ただいまマスター君、今日は君を食べたいな」 「大分疲れてるね、おかえり、XX」  今日も今日とて一日中働いていたOL、もといXXは開ってきて早々とんでもないことを言ってきたが、こういうことはスルーするに限る。そうしないと俺がもたない。 「今日は何かな?」 「豚の生姜焼きだよ。スタミナつけないとね」 「おお、これは美味しそうだ!」 「さ、手を洗ってきて」 「はい!」  今までの疲れた様子はどこへやら、彼女の目は生姜焼きをターゲットした途端に輝いた。元気な返事と共に洗面所にとととっと駆けていく。  その間に冷蔵庫からビールを出して机に出しておく。  そんなにかからず、彼女は戻ってくる。 「お、ありがとうございます、マスター君」 「いえいえ」  向かい合うように、机を挟んで座る。  ありがとうも何も、彼女が稼いできたお金だ。彼女のために使うのは当然だ。  彼女は「マスターには家で待っていてもらいたい」なんていう、立場逆じゃない? と思うようなことを平然と言い、断固として譲らなかったため、現在俺は主夫をやっている。そのせいか、家事スキルは大分上がった。  ビールをトクトクと注ぐXX。溢れそうになると「おっとと」なんて言って泡をすする。  俺も少しだけもらって、二人で乾杯する。  目を輝かせて、どんどん表情を変えながら晩御飯を食べる彼女を見ていると、ついつい手を止めてずっと見ていたくなる。  あの頃から、俺は彼女に惚れているのだろう。  俺が愛する人が、俺が作った料理を美味しそうに食べてくれる。  これ以上の贅沢があろうか?  いや、おそらくそれはこの地球上にはないだろう。  あったとしたら、それは彼女が起こす何かでしかないだろう。 「……? マスター君、私の顔に何かついてますか?」 「いや、何も」 「そういうマスター君は、ほっぺに米粒がついてます」 「え?」  手を止めるときについたんだろうか。 「どこ? 右? 左?」 「ちょっとそのまま動かないでください。とってあげます」  言いながら腰を上げ、こちらに身を乗り出してくるXX。  ……あの、視界が色んな意味で危ないんですが。 「XX、ちょっと」 「動かないで」  今度は顔を両手でがっちり固定された。顔の正面には接近したXXの顔が見える。  近い、近い、ってかどんどん近づいてくる! 「ちょっ」 「……」  野暮な声は出さないで、というのが目で伝わってくる。  XXの唇は俺の頬に触れ、すーっと口元に移動してくる。 「……」 「……」  ………………。 [newpage]  んん……。  「あ、マスター君、お目覚めですか?」  XXの声が上から聞こえる。  それと、頭が何かに乗っている。明らかに枕じゃない。スイートの枕をしのぐ安眠最適な柔らかさ。ちょっと甘い香りが……。 「そろそろ起きてください。お昼寝はやめにして、原稿の続きを書かねばですよ」 「それより、続きを……」 「……? 何の続きですか? マスター君」 「何って、それは、キ……」  言いかけたところで意識が覚醒した。  自分のいる位置と言おうとしていたことを瞬時に理解し、眠気が吹き飛んだ。横にローリングして床に落ちて即座に体を起こし距離を取った。口も押さえた。  ちゃんと止めれたよな? 聞こえてないよな? というか何で膝枕?  幸い、この部屋にはなぜか他のメンバーはいないみたいだし、XXにさえ気づかれてなければ。 「……そ、その」  駄目だよ! これ絶対分かられちゃってるよ! 勘違いしてないよ! だって顔赤いんだもん! ちょっと顔そらしてんだもん! やらかしたよ絶対これは! 「ま、マスター君も男の子ですし、そういう夢を見てしまうこともあるでしょう」  気遣いが胸に刺さる……。 「その……マスター君が本当にしたいなら、私もやぶさかではありません、よ?」 「……へ?」 「私もここに就職させてもらっておいて、今のところそれほどお役に立てていませんし、マスター君は疲れているようですし、私と、その、そういうことをすることで少しでもお役に立てるなら……」 「そ、そういうのじゃない、から!」 「……え?」 「あ、その、そりゃ嬉しいんだよ? だけど、XXとの、そういうことを、ただ役に立てるとか立てないとかでしたくないというか、お互いがしてもいいと思えるようになったらしたいというか、というか何言ってんだこのアホはー!」  床に頭を打ち付ける。  頭の中をそのまま口に出すなよあほが! もうこれは再建不可能事案だよ! 大失態だよ! 「ま、マスター君、それは普通に危ないからやめなさい! お姉さんは気にしてませんから!」  XXに上半身を起こされて、息を整えるよう促される。  ……何から何までダメダメだ。 「マスター君、その気持ちは普通に嬉しいですし、私もマスター君とそういうことしたいと思わないわけではありません」 「…………え?」 「胸の高鳴りが邪神反応なのではとかは、とぼけてたんです。だって、マスター君に聞こえるかもしれないところで、ほんとのこと言えるわけないじゃないですか」 「…………」 「だから、私は大丈夫ですよ?」  目の前で、座っている俺と目線を合わせてXXは話してくれる。 「……しますか?」  現状理解に脳の処理が追い付かない。でも、頭はひとりでに縦に動く。 「それでは、目を閉じてください」  心臓が今までないレベルで早鐘をうつ。目を閉じる。  目を閉じる。  目を閉じる。  目を閉じる。 [newpage] 「はっ!」 「あいたっ!」 「いてっ!」  反射的に体を起こしたら何かに当たったぞ……。いって……。 「きゃっ! もう何よマスター! 仮眠はいいけど脅かさないでよ。線が歪んだじゃない! それとXX、覗き込んでないで作業しなさい! 作業しないなら買い出ししてきて!」 「うなされていましたが、悪夢でも見ていたんですか? 主殿」 「いや、悪夢っぽい唸り方には聞こえなかったがねえ」 「マーちゃんのうなされ方で夢の内容がわかるの?」 「まあ、そりゃ何度も見てればねえ」 「……」 「何も深い意味はないですからね!」 「おいマシュ、ここはどうすればよい?」 「あ、茨木童子さん、そこはこのツールを使うんですよ」 「ますたあ? 大丈夫ですか? 私が看病して差し上げましょうか?」 「清姫、俺は大丈夫。XX、そっちは大丈夫?」 「ええ、私も大丈夫です」 「にしても、何してたの?」 「そいつ、あんたの寝顔がかわいいとか言って、そこの姫と一緒に見てたのよ」  ……夢の原因はそれか。 「さて、マスターは起きましたし、私は作業で役に立てそうにないことは分かりましたし、何か買ってきます。マスター君も、眠気覚ましにどうです?」 「そうだな。一緒に行こう」 「じゃあ、適当にドリンクと、夜食買ってきて~。そろそろエネルギー切れそう~」 「わかったよ、おっきー。それじゃ、行ってきます」 「はい、夜ですのでお気をつけて、先輩」  財布をポケットにつっこんで、部屋を出た。 「夜風に当たりたいんだけど、外に出ていいかな? XX」 「ん? 別にいいですが、あまり長いと皆が心配するので、ちょっとだけですよ?」 「うん」 [newpage]  あれは、全部夢だったのか。 「~♪~~♪」  俺の前で波打ち際を、鼻歌混じりに歩く彼女は、何も覚えていないのか。 「……」  まあ、それはそれで、よかったのかもしれない。  あんなことを覚えられていたりしたら、たまったもんじゃない。  ……。 「マスター君、何を考えこんでいるんです?」 「っ!」  いきなりXXの顔が眼前に出てきた。歩みを止めてこちらの覗き込んでいたらしい。 「私でよければ、相談に乗りますよ?」 「……」  やっぱり、覚えてないよな。  …… 「なあ、XX」 「はい」 「……」 「……?」 「もうそろそろ戻ろうか」 「そうですね」  ……これでいい。 「マスター」 「ん?」 「手、繋ぎましょう」 「……!?」 「マスター君、契約したサーヴァントとマスターは夢とかなんやかんやできるって言われませんでした?」 「そういえば……」 「だから、少しだけですが分かるんですよ」 「……な~んだ」  それじゃ、俺の胸の内は分かってたわけか。 「だから、これからはすべてわかっているお姉さんに存分に甘えなさい」  胸を張って、笑顔で言ってくれるXX。  しかし、そこまでオープンにされると気恥ずかしくなる。 「……こっそりでいい?」 「ええ、あなたとなら、私はいいですから」 「……ありがとう」 「いえいえ」  つないだ手は、ひんやりしていて、気持ちよかった。
もうそろそろ夏イベが終わりそうですが、終わる前にXXの話を書いておこう! ってことで欲望に正直に書いてたら予想外に長くなりました。XX、うちに永久就職してくれないかなあ。最近少し自分が狂ってきている気がしている作者です。
OLと過ごす日々
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10053012#1
true
注意! ・今回も楽しくシリアスブレイク。小話があります。シリアスな雰囲気を壊したくない方は4、5ページは飛ばしてください。 ・降谷零とスコッチの幼馴染みが主人公です。 ・スコッチの本名は「緑川景光」になっています。 ・「微勘違い」のタグが必要なのか作者も悩み中です。 ・設定はふわふわ。 ・書いてる人のコナン知識はにわかです。 ・書きたいとこだけ書く自己満足小説。 ・何かしら地雷がある方はお逃げください。 [newpage] 「…ヴェスパー、何故宮野明美を殺したんですか?」 『ジンからの命令だ。ライを引き入れたのは宮野明美だからな。それに彼女はシェリーを組織に繋ぎ止めるだけの道具だった。生かしておく価値もそう高くないってことだろ。』 「…それにしたって、シェリーまで殺す必要はあったんですか?彼女は組織の優秀な研究員だったんですよ。」 『そのシェリーも最近サボタージュ気味だった。宮野明美を殺せばシェリーも使い物にならなくなるだろうから、まとめて殺せと言われたんだ。』 [chapter:姉妹と彼] 明美とその妹の志保は、俺にとって友人と言えるような関係ではなかったが、とても眩しい存在ではあった。 俺は今更俺を気味悪がる疎遠な両親に執着なんてない。 しかしそれでも、この暗いどころか滅茶苦茶ダークな組織で明美と志保の関係はお互いを支え合って生きるとても強い家族だということが俺にも分かった。 そして何故俺がそう思うほどこの二人を知っているかと言うと、ジンの命令で二人の監視役をしていたからである。 「姉の方に使い道はないが、シェリーを組織で働かせるために生かして飼っておけ。姉の命をシェリーの前でぶら下げれば、あの女も少しは仕事に熱が入るだろうよ。」 ジンからそう言われて渡された資料を確認すると、そこには宮野姉妹の詳細な情報が書かれていた。 両親も組織で働かされていたが、研究所の火事で死亡。その娘である志保は両親の才能を存分に引き継いでいたので組織の研究員として監禁状態。そしてただ一人の家族である明美を人質にしている。 ……前から思っていたが、本当にこの組織は碌なことをしないな。 潜入していた緑川と降谷の精神を追い詰め、何の罪もない姉妹を組織に縛り付ける。 俺は基本的に友人以外の人付き合いは淡泊で、実際関わり方も薄情だと自覚している。 しかしこの姉妹はもっと幸せになってもいいだろうと思った。 ……宮野明美:銃殺、なんて悲劇的な終わり方ではなく。 そして実際にこの二人と関わっていくうちに、その思いはどんどん膨らんでいった。 「あなた、話に聞いてた人物とは随分違うのね。」 『…どうだろうな。』 「志保の言う通りよ。今までの監視役はこんなふうに私と志保を会わせてはくれなかったもの。」 『…まぁ、シェリーのモチベーションが上がるからと言っておけばどうとでもできるからな。』 相変わらず組織での俺の評価は公安からの裏切り者、ジンの部下であるネームドという不名誉過ぎる程に不名誉なものだが、正直この姉妹のことはちょっと甘やかしている自覚がある。 お互いに会いたがっていれば会わせてやりたいし、こうして顔を合わせている時にはケーキの一つや二つも差し入れしてやりたい。ちなみに今日は期間限定のフルーツタルト。 「ねぇ、ヴェスパーは食べないの?」 『二つしか買ってきてないだろ。俺はいらない。』 「今度から三つ買ってきて。私達だけ食べてるなんてあまり良い気分じゃないわ。」 「しょうがないから今日は私の分の一口あげる。」 しょうがないって、それ俺が買ってきたんだが。まぁそういうところは凄く明美らしいけど。 『……。』 それにしても、こうしてタルトを乗せたフォークを差し出してくる明美にしろ、それを何も気にせず食べ続ける志保にしろ、ちょっと警戒心なさすぎじゃないだろうか。 「ほら、ヴェスパー、あーん。」 さて、食べるべきかどうするか。別にここには監視カメラはないので(俺が監視するからいらないと外させた)こうしてこの姉妹と仲良くしたところで何の問題もないのだが、一応俺は組織の幹部で二人の監視役だ。その辺を分かっているのだろうか。 しかし明美はフォークを下ろさないし、志保は基本的に明美に甘いのでこれを咎めたりもしないだろう。 もっと警戒心を持ってくれと苦々しく思いながら明美の差し出すタルトを食べると、甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。 「美味しいでしょ?」 『…あぁ。』 明美はにこにこ笑いながら「やっぱり美味しいものは皆で食べないとね」と機嫌良さげに言っているが、その"皆"に俺を入れてはいけないと忠告してやりたい。 この二人、他の構成員にもこんなゆるゆるの警戒心じゃなければいいんだが。特に明美。いや、でもそれはないか。初めて明美と会ったときのあの怯えようを考えると。 「あ、あの、宮野明美、です…。よろしくお願いします…。」 『…ヴェスパーだ。』 最初。初めて明美と顔を合わせた時。それまで監視役だったジンに散々趣味の悪い脅しをかけられたのだろう明美は、酷く怯えながら俺に自己紹介した。 できるだけ不興を買わないように、妹に酷いことをされないように、明美の思いはそんな感じだったのだと思う。 しかし俺が気になったのはそこではなく。 『(……まじか。)』 宮野明美:銃殺 何の冗談かと思った。 書面で確認しただけでも十分同情に値する姉妹だと思い、できれば組織の幹部であるヴェスパーの力を使ってどうにか逃がすことはできないだろうかと思っていたというのにこの仕打ち。 しかも銃殺なんて絶対に組織の仕業だろう。一般人が銃なんて持っているはずがない。 ある意味ジンに監視役を命じられたのは幸運だったかもしれない。その建前があれば明美を[[rb:監視 > 護衛]]できるからだ。 それから俺は明美と行動することが増えた。明美の状況はシェリーのような監禁状態ではないものの、組織から無用の外出はするなと言われてたのでどうしても外出しなければいけない時だけ俺が送迎をした。 明美はいつも俺に怯えている様子だったが、暫くすると俺がジンのように悪趣味な脅しをするような奴じゃないと気づいたのか、ある日恐る恐る車内で話しかけてきた。 「あ、あの…、妹は、志保は無事なんですか…?」 暫く会ってない妹のことが心配なのか、明美は恐怖で声を震わせながらもはっきりとそう言った。 しかしその時の俺はまだ志保と顔を合わせたことがなかった。監視カメラがあれば様子が分かるし、何より明美の死因が見えてしまったので傍を離れることが危惧されたのだ。 『監視カメラで見る限りはな。』 「……そうですか。」 そう言うと明美は安心したような、しかし酷く寂しそうな顔をして俯いた。バックミラーに写ったその顔に、どうにも罪悪感が湧いたのは事実で、俺は思わず聞いたのだ。 『……会いたいか?』 「え?」 『…妹に。』 「、会わせて、くれるんですか…?」 俺には正直、家族だから大切、という考え方がよく分からない。原因は両親。察してくれ。 別に家族が大切だという考え方を否定するつもりはない。明美と志保がお互いを大切に思っていることは分かっていたし、そう思えることはきっと幸せなことなんだろう。 しかし理解はできなかった。俺にとっては、両親よりも友人達の方がずっと大切だ。 しかし俺に尋ねる明美の瞳には微かな希望があり、俺にできるなら、それを叶えてやりたいと思った。 『…お前が会いたいなら。』 「……会いたい、志保に会いたい。お願いします、志保に会わせてください…!」 ぽろぽろと涙を溢す明美は敢えて見ないフリをし、車をUターンさせて帰宅ルートを外れる。目的地は、組織の研究室だ。 「志保!」 「お姉ちゃん?!」 目を赤くして如何にも泣いてましたという顔で研究室に飛び込んできた明美に、志保は最初驚いていたが背後に立っているのが俺だと気づくと鋭くこちらを睨み付けた。 「お姉ちゃんに何をしたの…!」 『何も。』 「ふざけないで!じゃあどうしてお姉ちゃんは、」 「ち、違うの志保!」 激しい怒りを孕んだ声で俺を問い詰めようとする志保に待ったをかけたのは明美の方で。 「ヴェスパーは、ただ私をここに連れてきてくれただけで、」 「嘘つかないで。この男に脅されでもしたんでしょ。だから泣いてるんじゃない。」 「こ、これは志保に会わせてくれるっていうから、あまりにも嬉しくて…。」 姉妹のやりとりは俺についてだったが、こういう時は余計な弁解をしない方がいいだろう。 明美が志保を説得してそれで志保が納得してくれたなら僥幸。そうでなければそれはそれで別にいい。 そう思っていたので黙って二人の会話を聞いていたのだが。 「そ、それに……、ヴェスパーはいい人だと思うの。こうして志保にも会わせてくれたし…、」 おいちょっと待て。 「そんな簡単に組織の人間なんて信じちゃ駄目よ!」 『そう簡単に組織の人間なんて信じるな。』 「『……。』」 あまりにもチョロすぎる明美に思わず本音が漏れた。そしたら志保と言葉が被った。冗談や騙そうとしているにしては言葉に本気の色がありすぎる。誤魔化しは利かないだろう。 無言のままに視線が混じり合う。志保は俺を値踏みするように見ていた。 「ね、いい人でしょ、ヴェスパー。」 「……そうみたいね。」 志保はまだ少し警戒気味ではあったものの、明らかにその警戒レベルを落としていた。俺はやってしまったと思わず溜め息が漏れた。 会いたい時には二人を会わせること、俺がいる間は研究室の監視カメラを外すことを条件に、俺の言動は口外しないことを二人に約束させた。 こうしてこの姉妹と俺の関係は始まったのである。 定期的に明美を研究室に連れていくようになり、二人はそこで束の間の姉妹の会話を楽しんだ。 ある時折角の再会の時間だというのにテーブルの上にはコーヒーしか置いていないことに気づいて、それからは紅茶やらケーキやらを買ってやるようになった。ちなみに毒味をさせられたのは最初の三回までだ。 二人の会話がより華やかなものになって、最初はそれを邪魔しないように俺は離れたところで仕事をしていた。 しかしそのうちに「ヴェスパーも話そうよ」と言う明美に引き摺られ、俺もその会話に参加するようになった。明美の敬語はいつの間にか外れていた。 家族の会話に、ましてや女二人の会話に何の繋がりもない俺が入り込んでどうするんだと思っていたが、二人と話すのは存外楽しいものだった。 ちょっと天然の気質がある明美のドジった話。大人びている志保のお気に入りの化粧品の話。そして今日のケーキの話。 俺はせいぜい相槌を打って話を聞いているだけだったが、二人はそれで楽しそうだったし、正直俺も楽しかった。 宮野、シェリー、と呼んでいたのが「仲良くしたいから」と明美にねだられて名前で呼ぶようになった。 ……たぶん、妹、のようなものなんだと思う。 二人にも兄みたいだということはよく言われていたし、人の感情の機微には疎い自分でも懐かれていた自覚があった。 勿論公の場で明美、志保、と呼ぶことなんてできない。二人と関わる時だって、俺はあくまで組織の幹部で監視役という立場を忘れたことはなかった。 頻繁に明美と志保を会わせていることについてジンに問い詰められたこともあったが、脅すよりも明美というご褒美をぶら下げた方がよく働くからと言って誤魔化した。 そうして、妹がいればこんな感じだったんだろうかと思う程度には、俺はこの姉妹に絆されてしまっていた。 "今度からは三つ買ってきて"、なんて言われて、ちょっと嬉しくなる程度には、この二人が大切になっていたのだ。 しかしそれが実現することが無かったのは、ライがNOCだとバレ、ジンが明美を殺すと言い出したからだ。 その時ちょうど明美は自宅にいたので俺は傍におらず、その連絡がジンから届いた時俺はとりあえず明美を保護しなければと車を飛ばした。 ジンも明美の自宅に向かっているらしかったので、絶対にそれよりも早く明美と合流する必要があった。 これまで四人の死を回避してきて何となく感じたことだが、たぶん今回はジンが先に明美と合流したらその時点でアウトだ。 すぐに殺される可能性もあったし、そうでなくてもジンの監視下になってしまえば二度と明美を連れ出すことはできないだろう。 だから、絶対にジンよりも先に明美に会わなければいけない。 あの姉妹にこれ以上の悲劇なんて必要ない。……妹を失いたくない。 ひやひやしながら明美の自宅に到着して、呼び鈴を鳴らすと、明美は突然俺が来たことに驚いていたが、事情を説明するときっぱりと言った。 「志保を残して逃げることなんてできない。」 強い強い、妹を守る姉の目だった。 考えてみれば当然だった。俺が明美を守りたいのと同様に、明美だって志保を守りたいはずだ。 だから、ジンに明美は既に殺したと報告し、明美がいない以上シェリーはもう研究を進めないだろうと示唆した。そうすれば予想通り、シェリーがこれ以上組織に協力しないというのなら殺せという連絡がジンから送られてきた。 明美を車のトランクに隠し、その足で志保を迎えに行った。 明美が危険だということは志保も耳に入れていたようで、俺が一人で研究室を訪れると志保は焦った様子で俺に駆け寄ってきた。 「ヴェスパーっ、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは無事なの…?!」 『落ち着け志保。大丈夫だから。今俺が保護してる。いいか、よく聞け。今からお前と明美を組織から逃がす。』 「?!、でも、そんなの、無理よ、この組織から逃げるなんて、」 『明美はお前を置いて逃げるつもりはない。お前が逃げなきゃ、明美も死ぬ。』 「!、それだけは絶対に駄目!」 『分かってる。俺は明美も志保も死なせる気はない。だからお前も逃げるんだ。後のことは全部俺に任せればいい。』 志保は少し悩んでいたが、その首がこくんと頷くのを確認して俺はその手を引っ張った。 『とりあえず身分証の類いは全部一之瀬雅美と一之瀬哀になってる。全部が終わったら必ず本名を名乗れるようにするから、今はそれで我慢してくれ。』 「う、うん。」 『組織にはお前達が死亡したと報告しておく。だが念のため一ヶ月は必要以上の外出は控えてくれ。携帯に俺の連絡先は入れておいたから、もし何かあれば遠慮なく連絡しろ。返信はできないかもしれないが、困ってるなら必ずどうにかなるように手配する。』 「分かった…。」 二人の住まいとして提供したいくつかあるセーフハウスのうちの一つで、俺は明美と志保にこれからの生活について説明していた。 とりあえず必要最低限の身分証は作成済みだ。いきなり何も無いところから新しい戸籍を作るのは怪しまれるので二人には暫く偽名で生活してもらうことにした。偽名の決め方?そんなもの直感だ。 「…ねぇ、どうしてあなたはここまでしてくれるの?あなただって組織の幹部じゃない。」 大方説明を終えると志保がぽつりとそう言った。 そういえばなんだかんだで俺の立ち位置なんて説明せずにここまできてしまったが、二人にとっては俺だって組織の幹部だ。志保の疑問は当然のものだろう。 「今更あなたを疑ってるなんて言うつもりはないわ。私もお姉ちゃんもあなたを信じてる。組織の中でこんなにも私達のために動いてくれたのは他でもないあなただけだもの。でも、だからこそ気になるの。どうしてここまでしてくれたのか。あなたが何者なのか。」 「つまり志保が言いたいのはね、組織のヴェスパーにじゃなくて、私と志保をこうして助け出してくれたあなた自身にお礼を言いたいから名前を教えてってこと。」 「、もう!お姉ちゃん!」 驚いた。懐かれているとは思っていたが、俺は予想以上にこの姉妹から慕われているようだ。ちょっと意外だが、胸の奥に広がるこの温かな感じは存外心地好い。 『…悪い。名前は教えられないし、今は組織の人間だ。でも俺は、明美のことも、志保のことも、絶対に守る。』 絶対に、絶対に、絶対に。 この姉妹に悲劇はいらない。二人はもっと日の当たる世界の美しさを知るべきだ。組織なんていう後ろ暗い場所の絶望なんかじゃなく。 志保はじっと俺を見つめていたが、その瞳を真剣に見つめ返すとやがて納得してくれたようで肩から力を抜いた。 「……全部が終わったら教えてくれるって約束して。」 『あぁ、約束する。』 「……ちゃんと面と向かって、あなたの口から教えて。」 『必ず。』 「……絶対に帰ってきて…………お兄ちゃん。」 『あぁ、分かって、…え?』 志保の言葉に頷いていると、ぽつりと呟かれた最後の言葉に思わず呆けた声が出た。 聞き返すように志保の顔を見るが、彼女はぷいとそっぽを向いてしまっている。 「ふふっ、私も帰ってくるの待ってるからね。お兄ちゃん。」 『え?』 今俺、志保と明美に"お兄ちゃん"って言われたのか。なんだこれは。なんだこの感じは。 今まで感じたことのないタイプの嬉しさが込み上げてくる。具体的にはこう、できれば二人を抱き締めて今ここでぐるんぐるん回りたい。 これはここ最近で一番のテンションの上がり様ではないだろうか。 『……分かった。絶対に帰ってくる。明美、志保……俺の妹。』 胸に広がる温かい思いを忘れないよう、二人を優しく抱き締めてから俺はまた組織に戻ることになった。 ジンより先に明美を保護したことがやはり決め手だったのだろう。セーフハウスから出る直前に確かめるように見たのは。 宮野明美:ーー きっと、もう大丈夫だ。 さて、残りは後始末だけだが、やることは山ほどある。 この歳になってできた二人の可愛い妹のために二人の死の偽装工作は抜かりなく行わなければ。一片の疑いも持たれないほど、綿密に。 久しぶりにちょっと前向きな気持ちで行った偽装工作は、自分でも驚く程うまくいったと思う。 ジンが俺を信用しているというのもあったが、それを差し引いても誰が見ようと二人が生きているという真相にはたどり着けないほど完璧な偽装だった。……そう、"誰が見ても"。 つまりそれは。 「…ヴェスパー、何故宮野明美を殺したんですか?」 降谷だって、その真相に気づけないということだ。 『ジンからの命令だ。ライを引き入れたのは宮野明美だからな。それに彼女はシェリーを組織に繋ぎ止めるだけの道具だった。生かしておく価値もそう高くないってことだろ。』 「…それにしたって、シェリーまで殺す必要はあったんですか?彼女は組織の優秀な研究員だったんですよ。」 『そのシェリーも最近サボタージュ気味だった。宮野明美を殺せばシェリーも使い物にならなくなるだろうから、まとめて殺せと言われたんだ。』 普通の人間が見れば、明美と志保は十分同情に値する存在だ。降谷だって二人の存在は知っていた。きっと正義感の強いこいつなら、いつか助け出したいと考えていたのだろう。 しかしそれを俺が"殺してしまった"わけで、降谷にとっては俺が救いようのない人間に見えているのだろう。 幼馴染みを殺して、組織に縛られていた姉妹を殺した人間として。 「……俺は、絶対にお前を許さない。」 俺と降谷の二人しかいない部屋だったからか、降谷はバーボンの仮面を外して降谷零に戻った。 綺麗な空色の瞳には相変わらず俺への底知れない怒りと憎しみを込めて、その声は鋭く刺々しい。 許さない。許さないか。当然だ。俺だって降谷の立場ならそう思ったはずだ。 そう分かっているはずなのに、息が詰まるようなこの苦しみはどうすればいいのだろうか。 「俺だけじゃない。もしこのことを知れば、伊達も萩原も松田も、絶対にお前を許さない。」 それは、俺の考えたくなかった現実だ。 分かっていた。緑川を殺したとなれば、降谷だけでなく、優しいあいつらもきっと俺を恨むだろうと。 頭では理解していても、考えないようにしていたこと。 "裏切ってなんかない。緑川も生きている" そう言いたかった。 そうすれば、きっと俺のこの苦しみだって一瞬のうちに消えていくだろう。 大切な友人達に背を向けられることは、辛くて仕方がない。 しかし降谷のためにもそれは言えない。言ってはいけない。 降谷と違って突貫工事の俺の潜入捜査はバレる危険性が高い。 そうなった時に降谷と繋がっているとなれば、組織に居場所を隠している緑川とは違って、降谷はすぐに殺される可能性だってある。そうでなくても、きっと無事では済まない。 降谷の死因は見えたことがないが、死の運命を覆せたということはその逆だって十分あり得る。俺の軽率な行動が降谷を殺すことになるかもしれない。 だから、真実は絶対に言えなかった。 それが優しいあいつらから恨みを買うことになっても、俺は騙し続けなければいけない。 大丈夫。一生これが続くわけではない。全てが終わるまで。それまで耐えればいいだけの話だ。 その後あいつらが騙していた俺を許してくれるかは分からないが、少なくともそれで降谷の命は守れるんだ。たとえあいつらに許されなくても、それで十分だ。 何も言わない俺に、降谷は苛立ったように言葉を続けた。 「どうしてあの姉妹を殺した。どうして緑川を殺した。お前みたいな奴より、ずっと生きる価値のある人間だったのに。」 あぁそうか。そんなふうに思われているのか。 俺より、価値のある命。降谷はそう思っているらしい。 事実はどうあれ、それは降谷の中の紛れもない真実なのだろう。 降谷は最後に俺を一睨みして部屋を出ていったが、俺は暫くその場を動けなかった。 きつい。辛い。苦しい。 心が上げる悲鳴が聞こえないように、俺は降谷のいなくなった部屋でぽつりと呟いた。 『……降谷、お前のことも守るから。絶対に。』 「ねぇ、お姉ちゃん、ちょっと思ったんだけど、この名字って、もしかして。」 [newpage] 一之瀬に命を救われてから暫く。 俺は一之瀬の家に匿われながら公安の上層部と一之瀬を繋ぐ連絡員として動いていた。 一之瀬は潜入捜査から突如離脱した俺と交代で組織に潜り込んだので、俺やゼロのように周到な準備はできていなかった。 だから全てがバレた時の被害を最小限に抑えるため、その真相を知るのは俺と公安の上層部、そしてゼロだけにしていると言っていた。 正直そんな状態で潜入する一之瀬が心配ではあるが、ゼロがいるなら大丈夫だとも思っている。あいつも大概一之瀬が好きだし、もしもの時はしっかりやってくれるだろう。 俺は潜入から離脱することになってしまった負い目を感じてはいたが、連絡員という仕事を与えられたことで落ち込んでいる場合ではないと立ち直りつつあった。 今度は、俺が一之瀬の命を守る番だ。一之瀬が俺の命を守ってくれたように。 そしてまぁ、一応一之瀬の家に居候させてもらっている身として、それなりの家事はこなすようにしている。 料理の腕はカレーのみにおいて格段に上がった。カレー粉を使わずにスパイスからカレーが作れるようになった。 正直カレー屋に転身できるんじゃないかと思っている。店名はビストロ緑川。キャッチフレーズは"おみまいするぞ"。見せ場は肉の臭みをとるための大炎上フランベ。いややらないけど。 それと、掃除。 一之瀬は男にしては比較的綺麗好きなので部屋が汚れていることはそうない。しかし俺が一之瀬のためにできることの一つでもあるので物を整理したり掃除機をかけたりはしている。 そして今日、一之瀬がいつも仕事で使うデスクの周辺を片付けていると何か固いものが腕に当たって机から落ちた。 「なんだこれ。」 落ちたそれを拾い上げるとそれは小瓶だった。中に錠剤が入っていることを見るとどうやら薬の瓶らしい。 「あいつ風邪でもひいてるのか?」 そんな様子はなかったはずなんだがとラベルを確認すると、そこに書かれていた文字に俺は目を見開いた。 「睡眠薬…。」 それは睡眠薬の瓶だった。インターネットでラベルに書いてある名前を検索するとどうやらかなり強力なものらしい。 嫌な予感がして一之瀬の机を漁る。 今までは資料は触らない方がいいかと机の上には手を触れなかったが、そうも言ってられない。 探してみれば胃薬も見つかり、空になった瓶もいくつか見つかった。 その空の物も調べてみると、今使っているのだろう睡眠薬や胃薬よりは強いものではなかった。つまり、弱いものではもう効かなくなってきているのだろう。 これは、まずい。 ここ暫く俺も自分の気持ちを立て直すのに精一杯で、一之瀬の異変に気づいてやれなかったが、あいつは今確実に追い詰められている。こんなものを常用しているなんて普通の精神状態じゃない。 「一之瀬、お前苦しいなら苦しいって言えよ。」 だから、一之瀬が帰宅したときにはっきりとそう言った。 ゼロと潜入していた時に、苦しみを吐き出したいという気持ちは嫌というほど知った。 あの時の俺は、誰かにその苦しみ分かってほしい、いや、分からなくてもいい。分かってくれようとしてくれれば。ただ話を聞いてくれれば、そう思っていた。 結局は一之瀬にやつあたりすることしかできなかったが、今は逆の立場だ。一之瀬が苦しんでいるのなら、その苦しみを取り除いてやりたい。 『…なんのことだ。』 しかし昔からそうだったが、相変わらず大事なことは隠そうとする一之瀬は惚けたように言った。 「机の上で睡眠薬と胃薬見つけた。勝手に漁ったのは悪い。でもそんなもの使うほどしんどいなら言ってくれよ。」 そう言うと一之瀬はしまったというように顔を歪めた。どうせきちんと隠しておけば良かったとかなんとか思っているのだろう。違う一之瀬、俺が言いたいのはそんなことじゃない。 「お前が心配なんだ。潜入捜査がきついのは俺も分かってる。だからこそ、俺には、俺達ぐらいには、苦しいんだって言ってほしい。」 『……悪い。ちょっと組織の方が忙しくて疲れてるんだ。ただ降谷も頑張ってくれてる。だから大丈夫だ。』 「…大丈夫、じゃなくて、弱音を吐いてほしいだけなんだがなぁ。」 それからも暫く話していたが、一之瀬は詳しい事情を話すことをうまくかわしていき、最後には『お前とこうして話してるだけで救われてる』なんて言うものだから完全に俺の敗北だった。 俺はそれ以上聞き出すのは諦め、今も組織にいるであろうもう一人の幼馴染みを頼みの綱にするしかなかった。 「(ゼロ、一之瀬を頼むぞ。)」 しかしその時のゼロがどんな状況だったのか、俺がそれを知るのは、全てが取り返しのつかない所まできてしまった後だった。 [newpage] シリアスか…、あいつはいい奴だったよ…。 というわけで次ページは小話です。 前回からの続きです。 全員揃ってキャラ大崩壊警報発令中 時系列はさようなら。 暫くはシリアスなお話が続くのですが毎回最後に小話ぶちこむ予定です。理由はシリアスだけだと作者が死んでしまうからです。 とても短い。 シリアスだけでいいよって人は6ページへどうぞ。 →次ページ「お前ら正気に戻るぞ」 [newpage] [chapter:お前ら正気に戻るぞ] "…月に代わってお仕置きよ☆" "簡単なことだ。頭の装備スロットはまだ消えてない。つまり。" きつい。きつすぎる。 何故俺は昨夜あの状況を動画として録画してしまったのか。何故もっと冷静になれなかったのか。 俺と松田と伊達はハイライトが消えた目で何も言わずに空き缶やらゴミやらを片付けている。勿論三人とも無表情だ。 言い出しっぺのくせに一番被害が無かった萩原は俺が昨日スマホで録画した動画をゲラゲラと笑いながら大音量&エンドレスで見ていやがったので先程ノックアウトしておいた。あいつはいい奴だったよ。 降谷と緑川?あいつらはダメージが大きすぎて二時間前からそこで腕立てしてる。恐らく無心になることで昨日の記憶を消そうとしているのだろう。 萩原以外の全員が昨日の記憶を消したがっていた。そしてだからこそ、それはとある一言から醜い争いに発展していったのである。 「……昨日のことは忘れようぜ、伊達。」 「……あぁ、そうだな。松田。」 零子さんのお供をしていた松田と伊達がぽつりと呟いた。 まぁ、確かにそうするのが一番だろう。このメンバーしか昨日の大惨事は知らないし、皆忘れたがっている。じゃあ忘れてしまえばいいのだ。それで無かったことになるだろう。萩原?あいつはもう二、三発本気で殴って記憶を消しておけばいい。俺の"月に代わってお仕置きよ☆"をリピートした罪は重い。 「どうかしてたな。なにが"俺が盗んだのは青の縞パンだ!"、だ。盗んでねーよ。盗むとしても青の縞パンはねーよ。」 「いや、俺もだいぶ馬鹿なこと言ってたからな。"俺はナタリーのパンツ以外興味ない!"とか、人前でそんなこと叫んだって本人に知られたら殺される。」 二人は昨夜の自分の発言を思い返しながらお互いを慰めあっているかに思えたが、それは間違いだったのだ。何故なら。 「…まぁ、俺の発言は他の奴らよりはましだよな。」 「…俺の言葉が一番セーフだな。」 伊達と松田が同時に言った。どうやらこいつらは自分の発言が一番ましだと相対化することで羞恥心から逃れようとしているらしい。 「は、はぁ?!何が彼女のパンツだよこのむっつり!」 「あ、青の縞パンとかわけの分からんチョイスしてるお前よりましだろ!」 途端に二人がムキになって言い争いを始める。なんて醜い争いだろうか。 そして降谷、緑川、どうして腕立てやめてフラフラ立ち上がってるやめろ参戦するな伊達と松田はまだしも昨晩のMVPだったお前らに勝ち目はないぞ。 「お、お、俺はたとえ酔っていても世界の平和を守ろうとしたぞ!!!この世からパンツがなくなるのを防ごうとした!!!」 「おおおお俺だって酔ってても刑事って名乗ってたぞ!!!お前らの中じゃ俺が一番健全だ!!!」 降谷と緑川もどうにか自分の発言をよりまともなものだと認識したいのか苦し紛れの言い訳をしながら参戦する。 いやそれにしても無理があるだろう。やめとけ零子に景子。絶対後悔するぞ。 「はぁ?!零子とか名乗ってパンツ被ろうとしてたのはどこのどいつだよ?!」 「うるさい!お前だって青の縞パンとかいう意味不明な性癖露出してただろ!」 「この世界からパンツを消すとか言う奴が刑事なわけないだろ?!なにが景子刑事だ!」 「あーもう景子刑事言うな!お前の発言をナタリーさんに暴露してもいいのか!」 20過ぎて30も近いという大人の男どもの醜い争い。業が深い。 お前らそんな大事にしたらまじで忘れられなくなるからやめろよ。穏便に済ませて自然と忘れるのが一番だろ。分かれよ。こんなふうに言い争って昨日のこと掘り返される方がよっぽど恥ずかしいだろうが。 はぁ、と溜め息をついて俺は傍観することに徹した。あの争いに参加しなければ自分の発言が取り沙汰されることはないだろう。もう勝手にしてくれ。 "月に代わってお仕置きよ☆" すると突然、俺の背後からそれが聞こえ、俺はぐるりと振り返った。 そこでは復活した萩原がまた昨日の動画を見て腹を抱えて笑っていた。はははそうかそんなに面白いかそれは良かった。 『…萩原。』 「だ、だって一之瀬、ひっ、これ、ぶはっ、これは酷いだろ、つ、月に代わって、ふっ、あー駄目だ腹痛い!」 笑いを耐えてそう言う萩原の肩に手を置くと、その力の強さに萩原は漸く自分の状況を察知したらしい。すっとその顔が青褪める。 「ちょ、待って、一之瀬?」 『…萩原、何回殴ればお前の記憶は消えるだろうな?』 「待ってごめ、」 その後?萩原が「すいません忘れました」と言ったので許してやった。 他の奴らがどうなったのかは知らんが、全員共倒れしたらしく仲良く正座してお経を読んでいたとだけ言っておこう。 [newpage] オリ主 初めての妹にやる気だして偽装工作したらうまくいきすぎて余計とトリプルフェイスの不興を買った。 妹っぽいのが二人もできてちょっと精神力回復したと思ったらまたトリプルフェイスにメンタルアタックされた。 もし自分が景光君を殺したと他の同期組が知ったら嫌われるだろうなと信じて疑わない。誤解が解けたとしても騙してたことを咎められると思っている。精神衰弱してるので無意識のうちに思考がネガティブになりがち。 そろそろ精神やばい。 現在の生きる糧は妹と景光君の存在。 ……実は後々明美さんの元彼の存在を知りショックで固まる。 トリプルフェイス 今回かなりきついこと言ったアベンジャー。誰か真相伝えてあげて。 居候してる人 オリ主が追い詰められていることには気づいたのにトリプルフェイスの現状を知らないが故、主人公を救えない人。 オリ主の一番近くにいるので全てが分かった時にトリプルフェイスの次に後悔することになる。 明美さん 警戒心がザルすぎる天然気味な人。 兄からも妹からもその辺のチョロさを心配をされている。心配されていることは自覚しているが、これはこれでこの人の良さでもあるのでそのままでいてほしいと思われていることは知らない。 ツンデレな妹の高性能翻訳機。 志保ちゃん 他人にはツンツン対応だが、姉と兄に対してはわりとチョロめのツンデレ。 オリ主のことは姉と会わせてくれたしケーキも差し入れてくれたのでいい人認定。 オリ主に「志保もやっぱり明美と似て結構チョロいよな。心配だ」と思われていることは知らない。 自分達に与えられた偽名からちょっと真相に近づく。
例の姉妹と関わってちょっと精神力回復したと思ったらまたトリプルフェイスにメンタルアタックされるオリ主。降谷さんはアベンジャー過ぎる。そして気づけない景光君。<br />シリアスすぎるので今回も小話があります。SAN値回復SAN値回復。<br />前回のグッピー殺魚事件のタグ、盛大に笑いましたありがとうございます。<br /><br />※追記(9/1) お礼&amp;報告<br />・8月29日付の[小説] デイリーランキング 12 位<br />・8月29日付の[小説] 男子に人気ランキング 61 位<br />・8月29日付の[小説] 女子に人気ランキング 4 位<br />・8月30日付の[小説] デイリーランキング 2 位<br />・8月30日付の[小説] 男子に人気ランキング 89 位<br />・8月30日付の[小説] 女子に人気ランキング 17 位<br /><br />評価してくださった皆様、本当にありがとうございます!<br />なんかめっちゃランキングに入っててびっくりしました。2位とかまじかよ…。ってなりました。<br />そして何より、グッピー連続殺魚事件wwwふぁーwwwってなりました本当にありがとうございます。これ絶対私以外にもタグで吹いてる人いますよね???
姉妹と彼
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10053094#1
true
※猫が主人公の物語です。人ではありません。 降谷さんがメインです。 ハロくんはまだ出てきません。いずれ出てきます。 降谷さん(安室さん)のペットがハロ以外に居るなんて考えられない!という方はお戻りください。 読んでやるよ!という好奇心旺盛な方は先へお進みください。 次ページより本編です。 [newpage] side:zero 「蚤やダニはそこまで多くないですね。捨てられてさほど時間は経っていないのでしょう。2、3日と言ったところでしょうか。しかし、栄養不足と脱水…ここ数日気温が低く雨が降っていましたから、急激に体温が奪われて衰弱して行ったのでしょう。体の大きさからして、月齢1ヶ月半から2ヶ月程度ですね。点滴をしてまずは水分の補正をしましょう。脱水が改善されれば食欲も出てくると思います。丁度、離乳の時期ですので、市販のカリカリをお湯でふやかして、柔らかくして少しづつ食べさせてください。この時期の子は、食べすぎて吐いたりしますから、食事の時は見守ってあげて下さいね。ダニの死骸は、お風呂にいれて、ブラッシングしてあげてください。そうすれば、綺麗に落とせます。毛繕いも上手く出来ないでしょうから、毎日のブラッシングは大切です。」 「病気とかは大丈夫ですか」 「採血しましたが、感染症は問題ないです。しかし、栄養不足で免疫力は低下していますから、蚤やダニの死骸から細菌感染のリスクもあります。体は清潔にしてください。ワクチン接種は月齢5ヶ月が1回目の摂取目安ですから、急ぐ必要は無いですよ。」 「分かりました。」 「…もし、お飼いになる気がないのであれば早めに里親募集した方がいいですよ。大きくなればなるほど、里親は見つかりにくいですから。」 「そうですね…」 トレーニング中に、仔猫を拾った。ロシアンブルーの仔猫。橋の下に捨てられていたが、一緒に捨てられた仔猫の兄弟達は既に息はなかった。 兄弟に先立たれた仔猫が、同期や幼馴染に先立たれ独りになった俺と同じだと変に共感して、気づけは家に連れ帰っていた。 朝からポアロのバイトの予定だったが、梓さんに事情を説明して、動物病院に来ていた。 点滴を嫌がってはいたが、抵抗する元気はないようでされるがままだった猫も、点滴後は少し元気を取り戻しにゃーにゃーとないている。 食事のことや保清について、猫と暮らす上での注意点を簡潔に教えて貰い猫を抱えて帰路に着く。 このままうちで飼うか、里親に出すか。まずは、この子や亡くなった兄弟猫を捨てた者を探さないとな。それが落ち着いてからでもいいだろう。ここ一週間、組織の方も長期任務は無いし、公安の方も急ぎの仕事はない。 「まずは、お前が元気にならないとな。明日はお前の兄弟達を弔って、犯人探しだ。」 「みー」 「こらこら、運転中はそこで大人しくしていてくれ」 動物病院に連れていく時に包んでいたタオルを助手席に敷いて仔猫を上に置いてやる。顔を見たり呼びかけると、こちらに来ようとするから、その度にタオルの上に戻してやる。 ホームセンターやペットショップに寄って、猫を飼うに必要なものを一通り揃えていく。トイレや寝床、爪は全然たてないが爪とぎも。それから、移動用のケースに玩具も。 車内に長時間猫を置き去りに出来ないため手早く買い物を終わらせ戻る。 窓越しに見ると大人しくタオルの上で寝ていたようだ。起きないようにそっとドアを開けるが、耳がピクリと動いて目が開かれる。 「起こしたか」 「みゃ…」 手を伸ばすと頭を擦り寄せて、また丸まってる寝てしまった。 このあとは、ポアロに行かなければならない。この子を家に置いてご飯を食べさせたらポアロに出勤。登庁もしないといけないから、ポアロのシフトが終われば1度家に行ってこのこの様子を見て登庁。 書類が増えていなければ23時過ぎには帰れるか…。 独り家に残すには不安とあるが、連れ歩くには難しい。ポアロは飲食店だから衛生面で問題があるだろうし、登庁なんてもってのほかだ…。仕方ない。 [newpage] side:cat きらきらさんに連れられて、行った先でブスブスと何かに刺された。痛かったけど、きらきらさんが頑張れって撫でてくれたんだ。 きらきらさんの手はあったかいな〜きもちいい…眠くなっちゃうよ… すぴすぴ寝ていたら、刺された何かを抜かれて痛いとなけば、きらきらさんに頑張ったなって褒めてもらった。ボクは寝ていただけだけど、頭を撫でてくれていい気分。 少し体も軽くなった気がする。前より早く動けるようになったよ! きらきらさんに抱えられて移動する。きらきらさんの匂いがするタオルと一緒に、ふかふかな所に乗せられる。弾力があって踏むと弾むんだよ。 「まずは、お前が元気にならないとな。明日はお前の兄弟達を弔って、犯人探しだ。」 「みー(きらきらさん、これぽよぽよするよ)」 「こらこら、運転中はそこで大人しくしていてくれ」 きらきらさんに、ぽよぽよして楽しいよって教えてあげようとするけど、タオルの上に戻されちゃう。動く度に戻されるのが、ボクちょっと楽しくなっちゃってきらきらさんが話しかける度に動いて戻ってを繰り返す。 「まぁ、元気になったってことで喜ぶべきかな」 「にー(あー、楽しかった)」 きらきらさんに遊んでもらって、ボクはまた眠くなって寝ちゃったんだ。すぐ眠くなっちゃうの、不思議だよね? きらきらさんの匂いがするタオルの上に横になる。ふわふわで、お母さんに守られてるみたいでなんだか安心するんだ。きらきらさんの手もあたたかくて安心する。 そういえばお母さんどこかな、会いたいな。 次に起きたら、暗い箱の中にいたんだ。匂いはきらきらさんのお家の匂いだったから、ちょっと安心。タオルから起きると箱には外に続く穴が空いてて、そこからきらきらさんのお家だと確信した。 1番初めにきらきらさんのお家に来た時に見つけた、6本の紐がついた大きな置物があったから。それにそこかしこからきらきらさんの匂いがする。 「みゃー(きらきらさーん)」 ………。 きらきらさんを何度呼んでも声が聞こえない。どうしたんだろう…? ちょっと怖かったけど箱から出て歩いてみる。床がサリサリする…お母さんといた時はツルツルだったからなんだか変な感じ。 きらきらさーん、おーい。 呼んでも呼んでもきらきらさんは出てこない。音もしない。 周りは真っ暗で、ひらひらの大きな布の隙間からちょっと光が見えるだけ。 怖くて、きらきらさんの匂いがする方に寄ってみる。きらきらさんの匂いは落ち着く匂いだから、少しでもそばに居たかった。 きらきらさんの匂いが1番する場所に行こうとしたんだけど、ボクの体より高いところにあったんだ。体を上げてみるけど、届かない。ジャンプで登れるかも、少し不安。 ぐるっと周りを歩いてみたら、ふかふかな台があった。 台に上がってみたら、きらきらさんの匂いがする場所まであとちょっと。これぐらいなら跳んで上がれそう! せーのでジャンプしたら、なんとか登れたよ。 きらきらさんの匂いがいっぱいで、もふもふ。くんくん匂いをかいでたら、奥に入れる場所があって、きらきらさんの匂いも強くなってく。暗かったけど、勇気をだして奥に入ってみたんだ。 そしたら、すごく暖かくって。ふわふわで、きらきらさんの匂いに包まれててとても安心。 安心したら眠くなってきちゃった…次に起きたらきらきらさんいるかな? [newpage] side:zero 動物病院からセーフティハウスに戻ったが、猫は遊び疲れたのか寝てしまっていた。 呼びかけても触っても、一瞬目を開けるがすぐ寝てしまう。まぁ、体力が落ちた中なぜだか車の中ではしゃいでいたから、疲れたのだろう。 食事はきちんと起きてからだな。 買ってきた寝床(箱型)に新しいタオルを敷く。寝ているし先に風呂に入れてやりブラッシングをする。 猫用のブラシは目が細かく、銀灰色の毛並みが美しく整う。 「…綺麗だな」 ブラッシングする度にチロリと動く尻尾も可愛い。 …可愛い? 「まずい、絆されている…」 はぁー、と息を吐くが、ブラッシングする手は止まらない。 ブラッシングしながら今日の予定を再確認する。今は11時過ぎ。 これからポアロに行って、登庁前にこの子の様子を見に来よう。起きてるようならエサをあげて、いつでも飲めるように水は置いておこう。 色々準備するが、仔猫はすやすやと寝続けている。…これはしばらく起きないのでは?と思いつつ、静かに扉を閉めてポアロへ向かった。 「えぇ?仔猫を拾った?」 「はい、そうなんです」 ポアロに着いてそうそう、梓さんに詰め寄られて大丈夫かと心配された。初めはなんのことか分からなかったが、どうやら僕がした「仔猫が弱っているので病院行きます」という連絡の【仔猫】を聴き逃したらしく、僕がまた怪我をして病院に行ったと思ったよう。 確かに、キュラソーの件やIOTテロの時、ガーゼや包帯、絆創膏を付けたままポアロに出勤して梓さんやマスターに酷く心配された記憶がある。 「僕はなんともありませんよ。」 「なら良かった…でも、仔猫を捨てるなんてひどい話ですね!」 「はい。しかも、ロシアンブルーで種類的には人気の猫ですし、捨て猫になる方が珍しい気がします。」 「ロシアンブルーって、ペットショップで買ったら結構いいお値段しますよ?」 「えぇ、だから謎なんです。特に仔猫ともなれば引く手数多と言ってもいいぐらいです。なのに何故捨てられていたのか。しかも4匹も」 「まぁ、4匹も!」 「はい。でも、僕がその子を見つけた時には他の3匹は既に亡くなっていました。」 あっ…と梓さんが気まずそうな顔をする。生き残った1匹は点滴で元気になってきたことを伝えると徐々に表情も晴れていく。 亡くなった猫の為にも、この捨て猫の元飼い主を探そうとしていることを話すと、梓さんも協力してくれるという。ポアロの常連さんに聞いてみると話していた。 協力者が多いに越したことはない。梓さんに、有力情報があれば教えてもらうように伝え、今日のシフトを終える。 今は15:30。 これから一旦セーフティハウスに戻って猫の様子を見に行こうとした時、スマホがなる。 一息ついて電話に出ると、すみません降谷さんと少し焦った声。 これは、セーフティハウスに戻っている暇はなさそうだ。 愛車に乗り込み、話を聞きながらもうひとつの職場へ車を走らせた。 今日やらなければならない書類を片付け、部下のミスをフォローし帰宅出来るようになった時には既に日付が変わっていた。 法定速度を守りながら急ぎ帰宅する。 あの家で半日以上もあの子を1人にさせていたし、家の中で走り回って怪我をしてないかなとか、また体調が悪くなってないかとか心配は尽きない。 「猫ー、大丈夫かー」 声をかけながら室内を見渡すが、姿どころか鳴き声もしないし。 まだ寝てるのかと思い、寝床を除くがもぬけの殻。タオルに触れるが、冷え切っていたから1度起きて寝床を出たのは随分前ということになる。 俺が帰ってきた物音にビックリして隠れているのか? 家の中で思いつく限り猫が入れる場所を見回る。いくつかあるセーフティハウスのひとつだから、物も多くない。キッチンの棚の中や洗濯機の裏、冷蔵庫の陰に風呂場。ギターの中やベットの周り。壁との小さな隙間でも小さなあの体なら入れるだろうし、狭いところが好きならばいる可能性は高いとふんでいたんだが…。 「…いない」 焦る気持ちを抑える。冷静になれ……あの子は、まだ小さい。運動能力もまだまだ発展途上。その上、ここは俺のセーフティハウスだ。外部から誰かが来て連れ去っていくなんてことはありえない。 寝床を置いたのはベッドのそば。あの子の力でベッドに登るのは難しいが、ベット周囲にはいなかった。 ベッドのそばには俺が使っているクッションが落ちてる。これを使えばあの子にもベットを登ることは可能だろう。階段のように、クッションを台にすれば… ベッドの上には布団と枕のみ。でも、猫の習性を考えると、あの子がいるのは… 「布団の中っ!!」 「っにゃう!」 ばさりと布団をめくると、ビクリと驚く銀灰色の毛玉。 はぁーと息を吐いてベッドに伏せる。なんだか疲れた1日だった…。 子猫はゆっくりと近づいてきて俺の頭や首筋の匂いを嗅いでいる。猫は嗅覚が優れており安全かどうか匂いで判断するから、自分にとって俺が安全かどうか確かめているんだろうな。しばらく匂いを嗅いだあと、安全認定されたようで、頭に擦り寄って、小さな前足で頭をポンと撫でた。いや、実際は前足を俺の頭に置いたという方が正しいのかもしれないが、俺も疲れてなんだろう何故だか撫でられたように感じた。 「〜っ、猫~!」 「にー」 「あー、カワイイ…」 感動というか、こう、心にグッときて俺も猫にすり寄った。猫もスリスリと返してくれて、思わず心の声が漏れてしまった。今、顔も緩んでいることだろう。自覚がある。安室の顔よりひどい顔してるだろうな。 猫の腹部に顔を埋めると子猫特有のトトトっという早い心音が聞こえ、この子を自分は守ることが出来たという実感が得られる。 守りたくても守れなかった、気づいた時には、自分の両の手からいくつもの命が零れて行った。悔しくて情けなくてやり切れなくて、何度も何度も後悔して追い詰めた。気づけば本当の意味で俺を知る奴は一人もいない。俺の幼い頃を知っている大事な幼馴染、俺を治療し見守ってくれた先生、苦しい訓練を一緒に乗り切った同じ志を持った同期達、気づけば俺の手は黒に染まり周りには誰もいなくなった。個より全。“俺”という個を殺して、“[[rb:日本>みらい]]”という全を取る。当然の事だが、どうしても、やり切れない気持ちになる。幼馴染の墓を作ってやることも、同期の墓参りすらろくに出来ない。 本当に自分はまもれているのか、結果の見えない不安に潰されそうになることも多い。 よくこれで公安が勤まるな。 全くだ、部下に言える立場じゃないな。 この子を拾った時も、もっと早く見つけていれば他の子も救えたのではないかと、意味の無い後悔もして、でもそれでもこの子を救えた事実が俺の心を救ってくれる。 俺はこの子を守ることができた。この小さな命を俺が。 結局、猫に顔を埋めてベッドに突っ伏したまま寝てしまい、起きた時には体が固まって大変だったことは、恥ずかしいので秘密にしておこう。 [newpage] にゃんこ▶きらきらさん、安心する匂いだよ~ ふるやさん▶ぁーカワイイ(既に絆されている。) 今後は、にゃんこに名前をつけて、ポアロに一緒に出勤して、コナンくんや少年探偵団に出会い、元飼い主を書類送検まで追いやり、一緒に登庁してアニマルセラピーやりつつ、長期任務の時は毛利探偵事務所でお世話になると思う。 名前の候補はついてるけど、ロシアンブルーって日本名合わない不思議。 でも、ふるやさん日本大好きだから、日本名にするんだ…!と作者は思っている。 にゃんこのお名前アンケート作りました〜よければご協力お願いします!
応援されたら書くしかねーよな、だよな<br />ってことで続き書きました。<br /><br />猫が主人公の物語です。人ではありません。
ふるやさんちのねこのはなし2
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10053271#1
true
未来から来た、一色はそう言った。 八幡「未来?なに言ってるんだ?」 いろは「信じれないかも知れないんですけど本当に私、未来から来ました。」 八幡「それをいきなり信じろと言われてもな...」 いろは「じゃあ、今の私に電話してみたらどうですか?多分出ると思いますよ。」 八幡「わかった。」 いろは「もしもし、先輩どうしたんですか?」 八幡「!?あ、いや、なんでもない..すまん」 いろは「変な先輩ですね。また明日お仕事よろしくでーす!」 八幡「考えておく、じゃあまた明日...」 いろは「はいっ!また明日ですっ!」 一色は出た。しかも驚く事に未来から来た一色は携帯電話で電話するどころか持っていなかったのである。 八幡「一色が出た。」 いろは「ですよね?これで信じてくれましたか?」 八幡「まだ完璧に信じたわけではないが半分だけなら信じるわ」 いろは「ありがとうございますっ!」 八幡「一色ちょっと、質問いいか?」 いろは「はい。なんでしょう?」 八幡「一色は未来から来たって言ったよな?」 いろは「はい...」 八幡「なんで過去に来たんだ?」 いろは「...私は、一ヶ月後の未来から来ました。この一ヶ月間の間で私は、大事な人を失いました。だから、その人を失わないために来た。と言う感じでしょうか。」 八幡「大事な人?葉山か?」 いろは「違います。先輩...比企谷八幡先輩です...」 八幡「一色が俺を大事な人?」 いろは「はい。私は先輩が好きです。もちろん恋愛対象として1人の異性として。」 八幡「ッ///いきなり冗談言うな!//話聞かないぞ」 いろは「本当に先輩私の話聞いていましたか?私は言ったはずです。今から言うことは冗談でも嘘でもない。そう言いましたよね?」 八幡「...言ってたな..って事は本気か?」 いろは「そうですよ。」 八幡「ッ///まぁ、サンキューな//」 いろは「なんで照れてるんですか?ふふ」 八幡「しょうがねぇだろ...で、未来の俺とはその..付き合ってたりするのか?」 いろは「いえ、好きと伝えれませんでした。」 八幡「どう言う事だ?告白されるのを俺が拒否したりしたのか?」 いろは「違います。逆に未来の先輩は私の気持ちを聞いてくれていたはずです。告白を断るかは別として」 八幡「そ、そうか。じゃあなんで伝えれなかったんだ?」 いろは「...私と先輩は休日に出かける約束をしていました。待ち合わせは交差点付近で、先輩が先に待っていてくれたんです。ちょうど反対側の信号機でした。で、私は信号機が青になるのを確認して渡ろうとしたんです。そしたら横から猛スピードで車が走って来て私は死ぬかと思いました。そしたら先輩が私を庇って....車に跳ねられて...」 八幡「そ、そうか。なんか変な感じだな..一色は怪我なかったのか?」 いろは「えっ?なんで私の心配なんてするんですか...?私が..ちゃんと確認しておけば先輩は...」 八幡「それは違うぞ。ちゃんと青信号だったんだろ?」 いろは「はい..でも...!」 八幡「誰が横から猛スピードの車が走って来るなんて予想できる?未来から来た一色くらいじゃないか?だから自分を責めるな未来の俺もお前に責任感を感じさせようとして庇ったんじゃないだろ?無意識で身体が動いていたかもしれないがきっと、一色に笑っていて欲しい生きていて欲しいって思ったからじゃないか?」 いろは「先輩.....私...」 一色は大声で泣いた。 いろは「先輩...すみません...」 八幡「いや、大丈夫だ。で、一色は俺に真実を伝えるために過去に来たのか?」 いろは「いえ、違います。先輩を助けに来ました。」 確かに一色はそう言った。 続く
こんにちは。Ak_Qです。今回は未来の君と過ごした時間2話です。是非読んでいただけると嬉しいです。また未来の3話でお会いしましょう。では、良い1日を...
未来の君と過ごした時間...2
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10053413#1
true
呼ばれる声に悪夢から覚醒する。ひや汗に全身を濡らす俺は微睡むより先に体を飛び起こした。 「え!?」 自分がまた目覚めたことへの驚きが隠せない。確か銃声を最後に気を失った筈なのに、額はおろかどこにも怪我などしていなかった。 「やぁ、おはようマスター君」 混乱している俺にモリアーティが声を掛けてくる。ニヤリと頬を吊り上げ、悪戯に成功した子供のような目で見つめてくる。その視線に理解した。嵌められた、モリアーティの策略で俺は生かされたんだ。 「・・・・なんでこんな事したんだっ」 あのまま死んでいれば、全て片がついていたのに。このまま生きていても、何も出来ないのに。思わずモリアーティを睨み付けていた。そんな俺にモリアーティは表情を一変させる。穏やかな瞳に優しく緩む頬。そして、どこか悲しげに口を開いた。 「君に死んでなど欲しくはないからさ」 「っ」 息が詰まった。反論しようとする声が、抑えつけられる。なんだよ、そんなこと今更言わないでくれよ。どうしようもないんだから。俯く俺に、叫び声が投げつけられる。 「頭を上げろマスター!お前の目の前には火が灯った、復讐の炎が!!」 バサッ、とコートをひらめかせてエドモンは声高らかに叫ぶ。掌に炎を浮かべ、見上げる俺に差し出す。 「これはお前の内なる炎だ!叫べ、マスター!お前の呼ぶ声に俺は答えるぞ!!」 蒼く燃える炎。覗く先には何も見えない。世界を塗り潰すように色濃く燃える、復讐の炎。これが、俺の中にもあるのか?復讐なんて、俺は望んでいるのか?考えてすらいなかった考えが脳裏を巡る。マシュは、俺への罰だと言った。好意を向けられていると自覚しながら、何もしなかった俺への罰だと。だから、俺は仕方ないことだって自分を納得させて諦めた。でも、本当にそうなのか?本当に、俺が悪いのか?罰を受けなければならないことなんて、俺はしていたのか? 「解らないなら探求するものだよ、マスター」 ホームズが微笑を向けてくる。そうするべきなのかな。解らないから、考えるのを止めていたけど。逃げるだけじゃ、駄目なのかな。 「どうするのカナ?マスター君」 モリアーティに見つめられる。これは、みんなが作ってくれたチャンスだ。全てを諦めていた俺に、差しのべられた手だ。 「・・・・皆、力を貸して欲しい」 絞り出したように、想いを口にした。不利だとわかっている。危険だって理解してる。得られる物なんて何もない上に。人類を危険に晒す行為だ。それでも、力を貸して欲しい。俺の我が儘の為に。 「違う!叫べマスター!!その声に、俺達は答えるだけだ!!」 俯いたままの俺に渇を入れるようにエドモンが叫び、炎を握り潰す。それに答える気持ちで、俺は立ち上がって叫ぶ。 「力を貸してくれ!このまま泣き寝入りなんて、俺はしたくない!!」 「クハハハハッ!よくぞ言ったマスター!!この俺がお前の復讐を果たしてやろう!」 エドモンが満足気に笑って、ホームズとモリアーティが動き出す。現状の整理と作戦会議が始まった。 「現状、残されたサーヴァントは私達を含めて四騎。シェイクスピア君には用を頼んでいるがじきに来るだろうよ」 「他のみんなは足止めに残ったんだよね、大丈夫かな・・・・」 数的に圧倒的に不利にも関わらず、ここに追ってが来ていないと言うことは今も足止めを続けているに違いない。少し前まで共に戦っていた彼等が争うなんて、とても悲しい気持ちになってしまう。 「我々が気にしても仕方のないことだ。それより、現状を整理しよう」 落ち込む俺を見透かしてか、ホームズが話を進める。気持ちを切り替えて、俺も話に加わる。 「ここは、まだカルデアの近くなんだよね?」 触れてはいなかったけど、今いる場所は洞穴のような場所。気温の低さからしてまだカルデアの近くだろうと予測するとホームズが答えた。 「ああ、町に降りた所で宿に泊まるお金もないし。ここが安全だと判断したのさ」 確かに、現状だとここが一番安全だ。町に降りてそこで戦闘にでもなれば多くの被害を出してしまうだろうからね。 「我々サーヴァント同士が戦っても霊祖はカルデアで再構築される、戦いは永遠に続くと言っても過言ではないね」 「だが、我々全員が倒されればマスターが連れ戻されることに変わりはない」 「向こうは全滅しようが無限に戦えて、こちらは全滅した時点で終わり。苦しい戦いだねぇ」 ホームズとモリアーティが問答を繰り返して、現状が明らかになる。どれだけ逃げたも無駄で、戦闘になれば極端に不利。わかってはいたけど、苦しい状況だ。 「そんな物は分かりきっているだろ。それで、マスター。お前はどうする?」 エドモンが俺に問い掛けてくる。戦うか、逃げるか。どうするのか、と聞いている。 「・・・・カルデアを攻めよう」 少しの間を置いて、はっきりと口にした。逃げても無駄なら、攻めるしかない。 「それは、カルデアを破壊するってことかい?」 モリアーティの問い掛けに頭を振る。 「違うよ。冷静になって気付いたけど、カルデアが破壊されて困るのは向こうも同じだ。全力での戦闘は必ず避ける筈。その隙に魔力供給を絶てれば俺達の勝ちだ」 きっと、カルデア内部まで侵入出来れば向こうは全力で戦うことは出来ない筈だ。そうなれば、勝機は十分にある。 「ふむ、なかなか悪くない手だ。しかし危険も大きい」 ホームズの言葉の通り、俺が捕まる可能性も高い。向こうが戦闘などせずに、拘束のみに重点を置かれたら対処しきれない可能性も高い。それでも、 「でも、これ以外に何も思い付かないし。やるしかないよ」 現状で打てる手はこれくらいの物だ。それに、危険なのはこれまでと同じだ。なら、何も問題はない。 「うんうん、いい顔をしているネ。それは、ヒーローの目だ」 微笑むモリアーティに少し照れ臭く感じながらも、作戦を詰めていく。それから、行動に移す頃には日が暮れて夜を迎えていた。 ─────────────────── 司令室、外へ飛ばした無人探索機の映像が投影されている。。そこには、複数のサーヴァント達の戦闘が未だに行われていた。 「くっ、サーヴァント同士が戦っていても埒が明きません!」 お互いに倒される度にカルデアで再構築され、また戦いに出ていく。これでは足止めを食うばかりで一向に先輩の探索が進まない。更には夜になってしまったことで、この無人探索機も機能しなくなったことに私は苛立っていた。 「何度倒してもしつこく追いかけてこられちゃあ、ろくに探索も出来ないしねぇ。彼等の気迫は尋常じゃないよ」 ダヴィンチちゃんは未だに呑気に構えている。苛立つ私の肩をポンポンと叩き、落ち着きたまえと言葉を掛けてくる。 「こちらも戦いには慣れてきた。采配さえ合わせれば足止めなどたかが知れているさ」 そう言ったダヴィンチの言葉を通り、今では足止めを食らうのも精々一人につき二人程度。多くのサーヴァント達が既に方々に出ている。 「探索が終わるのも時間の問題ってわけですね」 お金のない先輩は公共的な移動手段は使えない。極寒の雪山でいつまでも活動は出来ないとすれば、どこかで休んでいる可能性が高い。見つけだすのも時間の問題な筈。 「そうさ、だから私達はあの人に相手でもしてもらいながら待とうじゃないか」 「そうで」 ダヴィンチちゃんの言葉に頷こうとした所で、強い振動と爆音が鳴り響いた。 「な、何の音ですか!?」 よろめきながらも声を上げた私に、スタッフさんの一人が答えた。 「カルデア、南西通路の壁が破壊されたました!通路のカメラ映像、出します!」 素早く機械を操作して映し出された映像。そこには、破壊された通路と立ち込める煙。そして、とてつもない人数の先輩の姿が映っていた。 「何ですか、これは!?」 ホームズさんを筆頭に残りの男性サーヴァントと共に走っている先輩達。姿形、走る姿勢までもが揃っている気持ちの悪い映像が今も流れている。カメラの故障ではないか、と考えを巡らせた所でダヴィンチちゃんが口を開く。 「・・・・恐らくシェイクスピアの宝具だろうね。彼の宝具は物語の登場人物を具現化する。あの藤丸立香達は宝具で作りあげられた偽物ってわけだ」 「そんな物がっ・・・・各サーヴァントに通達です!偽藤丸立香の殲滅、及びに本物の捜索を開始して下さい!!」 放送で呼び掛けるも、このカルデアに残っているサーヴァントは少ない。完全に不意を突かれた状態に私は焦りを感じ始めていた。 ─────────────────── 多くの藤丸立香の偽物を従えた我輩は撹乱の為、出鱈目にカルデアを走る。すると、目の前に影が立ち塞がった。 「ふむ、やはり我輩が狙われてしまいますか。貴女は戦闘嫌いだった筈では?」 目の前に立つフェイスベールを着けた褐色の彼女。他の方々と同じく堕ちてしまった哀れな女性に問いかける。 「死ぬ事は怖いですが、そうも言っていられないので」 目を閉じてため息を吐いた彼女は、胸元から巻物を取り出す。成る程、やる気満々というわけですな。 「いいでしょう!ならば、この我輩!マスターの為に戦わせて貰いますぞ!」 サーヴァントとして役立たずの我輩。それでも、マスターの為にも戦いましょう。 「全てとはいきませんが、今宵も語りましょう」 「いざ開演の時!」 マスター、我輩は負けませぬぞ。貴方の紡ぐ物語に万雷の喝采が鳴り響く時まで。 ─────────────────── 方々に別れて進行を進める中、俺の目の前にも一つの影が立ち塞がった。 「急患に備えていましたが、そうも言ってられない様ですね」 手袋を嵌め直しながら、目の前の女は呟く。そうか、俺の相手はお前か。 「クハハハハッ!貴様もやはりそっち側か、メルセデスよ!!」 「私はメルセデスではありません。何度も言わせないで下さい」 「確かに、今のお前はメルセデスとは程遠いか。天使と称されたお前が、肉欲に溺れ堕天してしまうとはな」 お前がマスターを裏切るとは。あの監獄島にいたのがお前ではないとしても、違う絆があった筈だというのに。 「健康管理は私の務め。それを果たしているだけです」 悪びれる様子など微塵も見せない。それは、バーサーカーとして狂ってしまった影響なのか。それとも。 「ならばマスターの健康は管理しなくてもいいのか?」 「は?なぜあの男の健康を管理する必要が?」 目線が合い確信する。やはり、狂っているな。自分のしていることが間違っているとは露にも感じていない。 「やはりバーサーカーとは会話にならんな・・・・いいだろう!マスターの胸中に宿る怨炎を喰らうがいい!!」 さて、俺はここまでだマスター。やはり、お前に復讐などは似合いはしないからな。俺が代わりに燃やし尽くしてやるさ。 ─────────────────── 鳴り響く戦闘音。きっとエドモンが、シェイクスピアが足止めをしてくれているんだろう。 「さて、シェイクスピア君の宝具でここまでは順調に来れているが」 偽物の俺に紛れてホームズ、モリアーティと進行する中。一つの影が立ち塞がる。 「やはり、貴女が出てきたか」 予想通りだと立ち止まるホームズに影は答える。 「本来なら私は司令室を出たくはなかったんだけどね」 杖を片手にため息を吐くダヴィンチちゃん。しかし、その目にはギラギラと殺意が宿っていた。 「ふむ、特攻は予想外だったかな?」 ホームズの問い掛けに、ダヴィンチちゃんがほくそ笑んだ。 「・・・・いいや、予想の範囲内さ」 次の瞬間、気付けば俺は体を突飛ばされていた。 「マスター、逃げるんだ!」 「え・・・・?」 時間が、緩慢に流れる。体制を崩しながら後ろへよろめく中で、見えたのはキラキラと粒子が舞う光景。周りの偽物の俺が消滅していく中。視線の先の男がこちらを見る。 「ごめんネ、マスター君。ここでサヨナラだ」 「モリアーティ!!」 呼ぶ声も虚しく、モリアーティの体が光となって消えた。瞬間、時間の感覚が戻り俺は後ろに倒れる。尻餅を付きながら唖然とする俺。ただ、ホームズだけは冷静だった。 「まさか自ら魔力供給を切断するとは」 称賛するような言葉をダヴィンチちゃんに送る。カルデア自体と契約している二人だけが、唯一残されたサーヴァントだ。 「流石のホームズくんでも推理出来なかったかい?藤丸立香さえいれば再召喚なんてわけないからね」 俺を捕まえれば済む話だと、ダヴィンチちゃんは言う。そう都合通りに進めさせてたまるか。 「だけど、これで男性職員達は怯える相手がいなくなった。走れ、マスター!」 ホームズの言葉に俺は立ち上がり走り出す。そうだ、男性職員達さえ解放できれば彼等は味方についてくれる筈。宛もないカルデアを俺は駆け抜けた。 ─────────────────── 目の前にいる自称天才は、既に勝利を確信している様だ。 「彼等は既に拘束済み。藤丸立香が助け出す前に、マシュ達が逆に捕まえてしまうだろうよ」 余裕からか、彼女は笑みを浮かべている。 「ふむ、君は私の足止めというわけか」 マスターを追う素振りも見せない所からして、そうだろうと問いかける。 「そうだよ、随分と手間をかけさせられたがこれで終わりさ」 頷いた彼女は、再び殺意を瞳に浮かべる。 「・・・・さて、それはどうかな?私の足止めが君で務まるかどうか」 少々、計画とはズレてしまったが魔力供給の切断には成功した。後は、マスターの動きを邪魔させないだけ。それなら、彼女を相手にするだけで十分だろう。 「わけないさ、私は天才だからね。あの人のオーダーに答えるのが、ダヴィンチちゃんの役割さ」 「もう何も言いはしないさ。始めるとしよう」 この足止めはどちらの利となるか。そんなものは、解りきった事だよ。そうだろう、ワトソン君。頑張りたまえ、マスター。
中途半端ですが、長くなりそうだったので一区切り。<br />誤字脱字は報告して下さい。
怨嗟の声が轟く時、鳴り響くは喝采か。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10053546#1
true
月日は経ちやがて私も25手前にまでなった。 家もありがたい事に十分食べていけてるし人形作りは相変わらず楽しい。父も母も隠居し私が1人でのんびり経営している。まぁほどんどが特別な注文などが多いし店にくるのは近所の馴染みの人など静かなものだ。 そんな穏やかな私の生活と同時進行にこの数年間とても濃かった気がする…。うん、まぁそこは察してくれうん。 店番をしながらちくちくとやがて完成する人形を作っていたらカラン、と扉が開き馴染みの彼がふわりと笑いながら入ってきた。 「よ、秋、先生」 『ふん、何用だ小僧』 「はは、近くを通ったから寄ったんだ」 『だからいつも言うだろう、忙しいのなら此処で無駄に時間を使うのではなく休めと!目の下の隈が酷いぞ』 「はは…先生にも秋にも何でもお見通しだなぁ」 そんなの私じゃなくても気付くだろ。え、まさか隠してるつもりなのかな…?目の下が真っ黒なんだけど…。ため息を吐きつつ席を立ちお茶を入れる。優しいハーブの香りのする特製のハーブティーだ。ついでに母が作った焼き菓子を並べれば苦笑しつつ席に座った。 「いつもごめん」 『ふん、貸しだぞ』 「今度おすすめの焼酎持ってくるな」 『!スルメもだぞ!』 「はは、分かった分かった」 先生が焼酎好きというか私も焼酎が大好きなのである。スルメと飲む焼酎…最高。思わず嬉しくてにゃんこ先生の柔らかお手々で降谷零の頭を撫でる。一瞬驚いた表情を浮かべたが黙って身を委ねていた。 灰色のスーツ姿を見る限り今はあっちの仕事中、って事なんだろうなぁ。ならまぁメンタルがボロボロなのも納得出来るわ。彼は決まってそう言う時にひょっこり顔を出す。ほんの短い時間だけれど私の入れたお茶と母さんの焼き菓子を食べて先生に撫でられてまた帰って行く。大変なのはまぁ漫画やら映画やらで分かるけれどだからって此処にきて彼はそれでいいのだろうか…うーん分からん。 頬杖を付きながら完璧な位整った顔を見つめる。あー確かにさらにイケメンになったねうんうん。けどまぁ本当突然姿眩ました時はあ、これが夢小説で見た!って思ったね。まぁ彼らはきっと巻き込みたくないんだろ、私ならどうにでもなるしって放っていたら突然目の前に現れるわで意図がよく分かんなかったけどね。 「…」 「…秋?」 「(あ、視線に気付いたか…いや気付いてたか)」 「えっと、どうした?」 「(別になんにもないけど)」 ほんのり頬を赤く染める彼の姿を見てなにもない、と言うように首を振る。私は先生を作業場に置き新しい人形を手に取った。 ふわふわの真っ白な毛並みに真っ赤な瞳。 「秋…?」 『やぁ、降谷零』 「え」 『僕の名前はキュウべえ。僕と契約して魔法少女になってよ』 「ぶふぉっ」 『なにか可笑しな事を言ったかな?』 「な、なにいって…!ちょ、やめ、い、いま笑わせなっ」 『僕は別に笑わせる事なんて言っていないよ。契約をして魔法少女にならないかと言っただけさ』 「ぶはっ!ちょっ!そ、それがっ…くっふふ…っ!だいだい、俺は、男だしっ…くくっ…!!」 うわー大草原。久しぶりに床に撃沈して大爆笑してる降谷零を見たわ。というか最近笑ってる顔……無理して笑ってる顔しか見てなかったからなぁ。お腹抱えてブルブル震えて笑っている彼の顔にずいっとキュウべえの感情のない虚無顔をくっつけた。 「んぐっ」 『君の望みを言ってごらん。僕が叶えてあげる』 「はーはー…望み?」 『そう、君の望みだ降谷零』 「俺の、望み」 じっと顔を見つめる。私とこのインキュベーターの瞳はどちらの方が光が無くて死んでいるみたいだろうか…。私結構キュウべえに似てる?どうかな?と心で問えば『僕に聞かないでくれるかい』なんて。 さて答えは出たのかな? 『どうだい?』 「おれ、は……」 『君は何を望む?』 「…平和な日本を、けして、誰も欠ける事のないように、この先も笑っていてほしい」 真っ直ぐな蒼空色の瞳には強い意志が見えた。そう、それが貴方の望みでありずっと心に秘めていた事なのね。 『それが君の願いだね。わかった、じゃあその願い叶えよう』 「…」 『じゃあこれを君にあげるよ』 「へ」 キュウべえの口からころりと彼の手にキラキラとした小物が転がった。水色のガラスで出来たような卵形のもの。中身がどうなっているのかは分からないが淡い光を放っておりとても綺麗だ。 「これ…」 『これはソウルジェム。これで君も魔法少女の仲間さ』 「ぶっ!ちょっ!そ、その設定まだ続いてたのかっ…!」 もうツボに入らんでもよろし。ぺしんとキュウべえの自慢の尻尾で頭を叩けば瞳に涙を浮かべながらごめんごめんって謝ってくる。ソウルジェムにチェーンを通し彼のペンダントにする。ソウルジェムも小さめだからそんなに邪魔にならないと思うけど。 「これ…」 『肌身離さずもっているんだよ。それは大事なものだ。魔法少女になる上で必要なものだから』 「はは…はいはい。男も魔法少女になれるのか?」 『勿論さ』 「はは、そっか」 そう魔法少女に必要なソウルジェム。それを真似たガラス細工で作った卵形のあの中には小型のGPSを仕込んだんだけど…気付かれるかなぁ。ま、他の4人にも既に渡してるの言えば少しはマシかな…。公安っていうかこの人が超人だからすっっごいそういうのすぐバレそうだしね。 「…秋、キュウべぇ、あと先生。今日はありがとう。助かった」 「…」 「…またな」 『ねえまた消えるつもりかい?』 「っ」 立ち上がった降谷零は先ほどまでの見慣れた笑顔を消し気持ちが悪いくらい綺麗な作り笑いを浮かべ出て行こうとした。だから咄嗟に手を掴んだ。また音信不通で暫く会えなくなるのが目に見えたから。 そりゃね、私の所には定期的に来てくれるけど見事に他の人達には会わないのって妙でしょ…。でもなんだか今日はやけに可笑しい。きっと此処に来るのも…。 第一あの子たちと先に友達になったのは君たちでしょ。 「なに、を」 『色々察しはつくよ。でもそれを1人で抱え込む必要もないだろう?』 「っ…」 『別に詮索したい訳じゃない。邪魔をしたい訳でもない。ただ君たちは友達なんだろう?』 「…ごめん今日で最後だから。もう此処にも来ないから」 『それは君の我が儘だよ』 「っ危険な事なんだ!秋や他の奴らを巻き込むわけにはっ」 『わけがわからないよ』 なんで今更になって離れて行くのか。私はそれをもっと昔から望んでいたんだけど?それを今更君の、降谷零の判断で?なにそれ巫山戯んなよ。幾ら公安で潜入捜査で危ない組織に入ってそれに巻き込まれないように、だとしても…。 『ぼくには分からないな』 「──ッ!秋に分かるわけッ」 「秋にも──俺等にも理解出来ねぇよ」 「っ!?」 怒りが篭もったような声。聞き覚えがあるその声に降谷零は瞳を大きくする。まぁ驚くよねぇ私しかいないって思ってるみたいだし。 「ま、松田…萩原、伊達…」 「悪い零…」 「景光…」 視線を辿って最終的に私を睨んだ彼だけれどそんなの知らないとつんと顔を逸らす。奥から出てきた彼らを隠していた私を。けれどこれは。 『これは”彼ら“の願いさ』 「え…」 『大切な友達に会いたい』 「ッ」 「おいこら、秋とキュウべえ。なぁに言ってんだよ」 『本当の事だろう?』 「あはは!松田ってばすっごい照れちゃってる!」 「恥じる事じゃないだろ?」 「そうそう、照れ屋なじんぺーちゃん♡」 「殺す」 おいおい、此処で喧嘩かい。ぎゃー!なんて悲鳴を上げてる萩原研二と掴み掛かっている松田陣平。それを宥める伊達航。まぁいつもの光景と言えばいつもの光景か。思わず口角が上がる私に取り残された降谷零と緑川景光が瞳を開いた。 「秋が、笑ってる…」 「初めて見た」 『秋は僕と違って地球外生物じゃないからね。ちゃんと感情も持ってる君たち人間と一緒さ』 「あ、いやそれは分かるけど」 『秋だって彼らと同じ感情だからさ』 「え?」 『君たちは自ら秋に歩み寄ってきた。そして友達になったのだろう』 「「!」」 『それなのに、君たちの都合で離れて行くのはちょっと違うんじゃないかい?』 「そ、れは」 キュウべえの言葉にいつの間にか後ろの3人も動きを止め私と2人を見つめていた。彼らの思いだって痛いぐらい分かる。けれど。 「そんなの許さない」 「「「「!!」」」」 「貴方たちから私に歩み寄ってきたんだから、最後まで責任取りなさいよ」 「あ、き」 自分の声で喋ったのなんて何年振りだろう。自分でも聞き慣れない自分の声に違和感を感じながら、でもこれだけは自分の思いだから、伝えたかった。驚きで動けない5人を尻目に私は先生を抱え降谷零と緑川景光の顔面を先生のプリティーなおしりで殴る。 「「ぶっ」」 『分かったか小僧ども。私や秋や此奴らはお前等が思うほど弱くないぞ』 「っ」 「はは、ホント…うん、もう俺等の負けだよ」 「景光…」 「そうだろ零?」 「…言えない事は言えないし外で会っても他人の振りだけはして欲しい」 「ん、分かった」 「おう」 「…悪かった」 「ま、何となくは分かってはいたけどな。けど、俺等ダチなんだからそこは忘れるなよ」 「あぁ」 和解したかな。 静かにため息を吐く。彼らは実際こうやって姿を眩ませて知らぬ間に死んでいったのか。そんな悲しい事、私がさせない。絶対誰1人欠けさせない。彼らの願いであるし私の願い。 それにしてもみんな、殆ど同じ願いだなんて面白いね。感情のないビー玉のようなキュウべえの顔を見つめしっかり願いを叶えるよと頭を撫でた。 私のキュウべえは外道でも人でなしでもない、しっかり願いを叶え守ってくれるもの。 「(気合い入れなきゃね)」 私も絆されたものだ。早く来いとばかりに名を呼ばれる彼らにはいはいと急いだ。 「最後の秋の言葉プロポーズみたいだったね!」 『君はなにを言っているんだい萩原研二』 「あ、それ俺も思った」 「確かに…」 「その場合俺か零って事か?」 『君たち人間は本当にわけがわからないよ』 「はは、でも秋と結婚したらずっと楽しそうだな」 「「おお!」」 「脈ありですよ奥さん!」 「これは近いうちにでも」 『阿呆な事抜かしておらずさっさと美味い飯でも食いに行くぞ馬鹿共が!』 「はは、先生は馬鹿やら阿呆やら忙しいな」 「(降谷零…貴方を1人になんてしない。貴方は願いに彼らが笑っていればと言ったけれど彼らは…私は貴方も一緒の未来じゃなきゃ笑えないのだからね。しっかり生きて大切なこの日本で大切な人と共に笑っていなさい)」
時間軸がバラバラですが深く突っ込まないで下さい…。新しいお人形は誰にしようかな~と考えるのは楽しいですね!<br />追記:9/1 落書きしたら楽しかったので表紙変えます、ネタバレですね!
DC世界に転生したんで不思議系電波になって彼らに歩み寄ってみた
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10053615#1
true
 昼休み。俺はいつものベストプレイスではなく、珍しく屋上に来ていた。手には職場見学の希望場所を記入するためのプリントが握られている。 静『比企谷、これは何だね?』 八幡『職場見学のプリントです』 静『なぜ行き先が自分の家なんだ!』 八幡『自分、専業主夫を狙ってるンで…』 静『家事ができるのか?』 八幡『戦場生活は[[rb:長 > なげ]]ぇ。料理くらいは…』 静『まったく、細胞たちだって働いているというのに』  という会話があった。血小板ちゃんたちかわいいよな。細菌たちのやられざまは流血表現が激しいが…。 八幡(ん、給水塔の所に誰かいる。あッ…)  急に風が吹き、手に持っていたプリントが飛ばされた。それを給水塔の人がキャッチする。  そこにいたのは青みがかったポニテに、仏頂面をした少女だった。その娘は俺が書いたプリントを見て、 「…バカじゃないの?」  と言い放った。それといまの動きで、黒のレースが見えたぜ。 八幡「誰がパンツはいていいつッたッ!」 「!!?」 [newpage]  その日の放課後。俺は奉仕部の2人と戸塚の3人と共にサイゼに来ていた。中間テストが近い故、皆で勉強会をすることになったのだ。 ―――勉強会…考えてみたら初めての体験……… 雪乃「お金はどこに入れればいいのかしら」 八幡「こいつはドリンクバーだぜ」  どンだけお嬢様なンだいッ!? 結衣「ヒッキー!奢ってー♪」 八幡「水ならいくらでもいいぞ」 結衣「最初からタダだよ!?」 八幡「ここにバケツに入った水がある。10リットル。つまり10キロの重さだ」 結衣「飲めって言うの!?10リットル!」 八幡「そのままでは無理だろう。こいつを混ぜる」 つ果糖 結衣「か、[[rb:果糖 > カトオ]]ォォォッッ!!」 ―――14キロの………砂糖水……… 八幡「奇跡が起きる」 結衣「飲みきれたらそれが奇跡だよ!?」 八幡「問題はないッ!15キロまでならッ!」 結衣「問題しかないよ!」 「あー、お兄ちゃーん!」 八幡「ぬっ?」  毎日聞いている天使の声。今朝も聞いた声だッ。 ―――マイスイートエンジェル、比企谷小町の入場だァー!!!  隣にパッとしない男子がいるがなッッ! 八幡「なんだァ?てめェ…」 ―――八幡、キレた!! 小町「お兄ちゃん!?」 「し、失礼しました…。自分、比企谷さんと同じ塾に通っている川崎大志って[[rb:者 > もん]]っす…」  その男子中学生はそう挨拶してきた。なぜか怯えているな。 小町「大丈夫だよ大志くん。お兄ちゃんは腕っぷしがやばいほど強いってだけで、怖くないよ!」 大志「そ、それ怖いっすよ!」  この2人も同席し、各々自己紹介を終える。やっぱ戸塚が男子ということに[[rb:驚愕 > おどろ]]いていたな。  大志は姉である川崎沙希の様子がおかしいと、小町に相談していたらしい。先月から朝帰りが増え、家族にも理由は明かしてくれないとか。  …あの黒のレースの女子かッ。というか、同じクラスだったッ! 大志「しかもエンジェルなんとかっていう、変なお店から電話が来たりもしたっす」 八幡「千葉市内で『エンジェル』って名前の付く店を調べてみるか。朝方までやってる所で」  検索したら2件発見かった。川崎家からでも問題なく往復できる距離らしい。ヒットしたのは以下の2つだ。 メイド喫茶 えんじぇるている エンジェル・ラダー 天使の[[rb:階 > きざはし]] 大志「姉ちゃんの性格から考えて、メイド喫茶はないと思うっす!」 八幡「だったらこの『エンジェル・ラダー』の方に殴り込むかッ」 結衣「殴り込むんだ!?」 雪乃「けれどこのお店、ドレスコードがあるみたいね」  ナニ着てきゃいいンだ…? 彩加「僕、そういう服は持ってないなぁ」 義輝「ふむ。我もだ!」  お、お前いたのッ!? 雪乃「由比ヶ浜さんには私のドレスを貸すわ」 結衣「ありがとう、ゆきのん!」  また胸元のサイズが合わないんじゃ…。おっと、睨まれた。  さてと。電話番号もわかったし、予約の電話をしておくか。 八幡「『エンジェル・ラダー』かい?今夜10時、首相をブチ〇しにいくぜ」 結衣「ダメだよ!?」 ―――あと、9時間…。
ポニテでファミコンで黒のレース担当、川崎沙希の入場だァ―!!!<br />セリフ少ないけどッッ!
勉強会ッッ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10053690#1
true
 授業中に休み時間、もちろん放課後も静かな奉仕部の部室では、相変わらず奉仕部の活動が行われている。といっても、由比ヶ浜は自分のスマホに夢中で、雪ノ下と俺はお互い小説を広げて読書をしているだけ。奉仕部のいつも通りが展開されていた。教室には、小説を淡々と捲る音が不定期に響くだけだ。そこに、 「~♪」  静寂を切り裂くメロディが流れた。発信源は俺のスマホからだった。 「ヒッキー、またメール?」 「ああ、そのようだな」  3,4日前から部活中にメールがよく舞い込んできていた。小説を閉じスマホのメールボックスを開くと、差出人の欄にはそのとある相手、『一色いろは』の名前があった。数日前のアレ(ツイスターゲーム)やアレ(ゲームセンター)以降、彼女らとは別に会うこともなかった。城廻先輩は推薦入試の受験勉強、一色は生徒会長としての仕事、もちろん俺は奉仕部の活動(という名の小説タイム)とそれぞれの道を歩み、二週間が経過した。  そんなある日、部活中に一色からメールが届いた。そんなひょんなことから今に至る。  はあ、と大きくため息をついてからスマホを長机に置いた。再び小説を手に取り椅子の背にもたれる。すると不思議そうな顔でこちらを見る由比ヶ浜と目が合った。 「返信、しなくていいの?」 「別に返信しなくてもいい案件だ。無視した」  一色からの最初のメールは、『奉仕部は忙しいですか?』と、当たり障りのない普通のメールで、それには間を開けず丁寧に『仕事しろ』と返した。しかし回数を重ねるごとに一色のメールが、『好きな人はいますか?』だの『次どこに遊びに行きますか?』だの明らかに中身のない文章になったので、『小町や戸塚だ』や、『家から出たくない』と適当に返信した。小町や戸塚が好きなのは本心だけどね!  まあそんな調子の一色がまともなメールをよこしてくるとは微塵も思えないので、メールを開いていないところだ。由比ヶ浜はそうなんだ、納得し、また問いかけてきた。 「ヒッキー、相手は誰?」  できれば詮索してほしくなかったところに踏み込んできた。ていうかこのセリフ、少しヤンデレっぽくない?純粋な心で質問したのだろうが。 「あ、あれだ、材木座の野郎だ」  安易に一色の名前を出して変に勘繰られるのが嫌なので、手ごろに浮かんだ面倒くさくてメールを未読無視してもいい奴(=材木座)と嘘をついた。これには彼女も納得し、スマホに向き直る。すまんな材木座。悪いとは思ってないが。  それからもメールボックスには触れず30分以上が経過した。今日は、というより今日も奉仕部を訪れる路頭を迷える子羊はいなかった。  ブックカバーを付けた小説を読み終えた雪ノ下は由比ヶ浜と談笑しており、先ほどから話に白百合が咲いている。そんな彼女たちの笑い声を片耳に俺は小説のページをぺら、と捲る。遠からずも近からず、相変わらずぎこちない距離感で停滞しているが、むしろこの距離感のほうが心地よい。やはり俺にとって奉仕部は…。 「~♪」  なんだよ急に。せっかく人がいい感じに今日という日を締めくくっているというのに。アニメだったらこのままエンディング曲迎えてるよ?  三人の視線が俺のスマホに、そして俺に集中する。どうするの?と由比ヶ浜。貴方にもメールのやり取りをする相手が存在するのね、と雪ノ下。そういわんばかりの視線を浴びる。  どうせあのあざとさ満点生徒会長だろう。無視を決め込もう。そんで深夜近くにでもわびのメールをそっと送っとけば万事解決。ソースは俺。さすが俺、ソースが追い付いている。  過去の体験(悲しい歴史)をもとに、着信メロディが流れているスマホに手を出さず三度小説に注目を戻す。メロディが鳴りやむ―と同時に、メロディが再び最初から鳴り始めた。 「「「!?」」」  全員がスマホを見やる。訝しげな目で。もう一度メールを受信したのだろう。理解するのに時間を要した。恐る恐るスマホに手を伸ばすと、またメロディが巻き戻しされて最初から流れる。なにこれ、無限ループ?怖くね?  ゆっくりな動作でメールボックスを開くと、一色からの未開封のメールが積もっていた。 「比企谷くん、早く抑えてくれないかしら」 「そうだよヒッキー、少し怖いよ」  そう言っている間にもメロディはループし、メールボックスには未開封のメールが増える。これどっかの某国語教師みてえだな。男が逃げるぞ。  このままでは滅びのメロディになりかねないので、思い切って最新のパンドラの箱を開けた。 『ねえ 反応してくださいよ せ ん ぱ い』  こっわ、いろはす怖いわー。思わずスマホから目を背けた。脳内で再生可能余裕なのがまた恐怖を引き立てる。 「ど、どうヒッキー、大丈夫?」  すっかり恐怖が伝染した由比ヶ浜は声を震わせながら、こちらに近づいていた。語尾が耳に触れるまで。思わずスマホを胸に隠し、慌てて振り向く。見られたか。 「ヒッキー、どうかした?そんなに慌てて」  よかった、いつもの由比ヶ浜だ。胸を撫で下ろしたのもつかの間、またしても着信メロディが鳴り始めた。ひっ、とおびえる由比ヶ浜、不安そうな表情を浮かべる雪ノ下と視線を交わしてから、届いたばかりの怨念が詰まったメールを開いた。 『先輩へ 生徒会室に来てください もし来なかったら…』 『どうなるかわかりますよね?』  セスジガコオルカンジガシタ。たったこれだけの文面で形容し難い恐怖が溢れ出ている。これ、あれだな。従わなかったら、生徒会長という権限を濫用して社会的に抹殺される案件だな。生徒会室に行かなくとも地獄、行こうとも地獄。四面楚歌。  ぼっちライフを謳歌している俺の高校生活、これ以上後ろ指を指されるのはごめんなので、仕方ないが彼女に従おう。一色の小悪魔的笑みをふと思い出して、大きなため息をまたついた。まずはここを出なくては。冷や汗をかきながら、読んでいた小説にしおりを挟みバッグに片付ける。 「比企谷くん、帰るのかしら」 「あ、ああ。緊急の用事ができてしまった。すまん」 「比企谷くんは悪くないわ。そうね、私たちもそろそろ帰りましょうか、由比ヶ浜さん」  雪ノ下の提案に、そうだねゆきのん、と相槌を打つ由比ヶ浜。二人に押されるように奉仕部の扉を開ける。 「それじゃあヒッキー、ばいばーい」 「比企谷くん、さようなら」 「ああ」  奉仕部の部室をぎこちない動作で退出する。まずは第一関門突破だ。扉を背にしてホッと胸を撫で下ろす。部室内から雪ノ下と由比ヶ浜の会話が微かに漏れているが、構わず生徒会室へと向かった。 [newpage] (相変わらずあの生徒会長は俺を何だと思ってるのやら…)  静かな廊下を進んでいく。少しばかり歩みが早いところから、焦りを表している。 (そういえば、一色がいるところに城廻先輩ありって感じだったが、今日はどうなんだろうか。受験日が近いって言ってたしな。とはいえあの人のことだから…)  あざと恐ろしい現生徒会長を脳内で愚痴ったり、ほんわか前生徒会長を心配したりしながら歩いていると、とうとう生徒会室の前まで到達してしまった。 (嫌だな…、八幡おうち帰りたい!)  そうは問屋が卸す訳もないので、一呼吸置いて心を入れ替えてから、扉をガラガラ開いた。入口から覗ける場所に長机が置かれてある。そこに一色が肘をかけて座っていた。こちらに気づいた一色は、いつも通り甘ったるい声で近づいてきた。 「せんぱ~い、遅いですよお」  もうっ、と頬を膨らませる姿は日常茶飯事だ。 「仕方ないだろ。っていうかメール多いんだよ。怖えよ」 「だって先輩が反応してくれないからですよ。先輩が悪いんです」 「俺からの仕事しろっていう遠回しのメールだ」 「私だってちゃんと仕事してますよ。けど、ここ数日は少なくて逆に暇してるんです」  だからー、と繋げる一色。あ、これ嫌な予感がするわ。俺の脳内が危険を察知した。気づかれないように後ずさりをすると、一色は制服の裾を掴んできた。 「まあまあ先輩、せっかくここに来たんですから、寄って行きましょうよ」 「おい、強く引っ張るなって」 「ふふ、乙女は強引なほうがいいんですよ」  まじかよ、乙女ってそんなパワータイプだったのかよ。恐ろしい世界。  一色の乙女パワーに特に抵抗せず、一色にされるがまま生徒会室の椅子の前に座った。一色は俺と向かい合いになるように椅子に腰を預けた。 「んで、今日はどのようなご用件で」 「それはですね…」  待ってましたと言わんばかりのトーンで喋る一色。すると足元からあるものを取り出した。 「オセロです!オセロしましょう!」 「いやしましょうじゃねえよ…。これわざわざ持ってきたのかよ」 「それはもう大変だったんですよー。副会長に見つかりそうになったんですけど、アイコンタクトを送ったら触れないでくれました」 (流石は一色いろは被害者の会NO.2。訓練されているな)  一色はさも苦労話のように職権乱用を堂々と語りながら、オセロ盤をいそいそと広げる。  オセロか、響き自体が懐かしい。小さい頃によく小町とか父ちゃんと一戦してたな。家族の中では強いほうだったが、無論友達がいない俺はそれ以上オセロを交わしたことがない。一人でオセロをプレイしたことはあるが。思い出される悲しい歴史。 「押し入れの整理をしていたらいろんなものが出てきまして。先輩とオセロしたら楽しいと思って持って来ちゃいました」  白黒の石を丁寧に整理しながら経緯を説明する一色。乙女って行動力も高くなきゃいけないのね。いそいそと手を動かす彼女を見てしみじみ思う。 「こんなものですね」と石の整理を終えると顔を上げた。 「先攻後攻を決めましょうか。じゃーんけん、ぽいっ」  唐突なじゃんけんに頬杖をついていた右手をそのまま繰り出す形になった。結果は俺がパー、一色がグーで俺が勝利し、先攻をとった。 「石の色はそっちで決めていいぞ」 「それじゃあ、黒にします」 「そうだな、お前腹黒いもんな」 「腹黒いって失礼ですねー。そういう先輩は白に似合わず心が汚れてますよ。灰色ですね、灰色がお似合いですよ」 「ふっ、灰色か。言い得て妙だな。俺をいう人間をよく観察できているな」 「なっ、なんですかそれ私が先輩のことを意識して見ているって言いたいんですか自意識過剰も甚だしいですよ」  褒めたはずなのに棘をお見舞いされたので、静かに白を表にして盤上に置いた。一色も続いて黒を置き、挟んだ白の石をひっくり返した。  序盤はお互いとくに悩みもせずに、淡々と石を置いてはひっくり返す作業が続いた。何も考えずに盤上の向かって右側奥に白を置くと、一色が石を取りながら声をかけてきた。 「めぐり先輩、合格できますかね」 「さあ、城廻先輩、本人次第だな」  思いがけない言葉に、詰まりながらも返答した。 「そうですよね…。めぐり先輩次第ですよね」  声のトーンと同じく低いテンションのまま石をゆっくりひっくり返す。いつも明るい一色が目に見えてセンチメンタルな状態になったので、 「まあ、あんなにゆるふわしているとはいえ考えているからこそ推薦入試を選択したんだろう。それに元生徒会長だしな。大丈夫だろ、そこんところ」  石を並べながらぎこちないながらも一色を元気づけた。一色は受け取ってくれたようで、下がっていた口角が上がるのが見えた。 「そういえばめぐり先輩はそういう人でしたね。普段が普段ですから忘れてました」  てへと舌を出す養殖ゆるふわ。やっぱり城廻先輩には勝てないな。 「ああ、だから心配は無用だろう。てかお前、城廻先輩苦手そうだったのにここまで仲良くなるとはな」  俺の問いに、「あ、バレてました?」と表情に出しながら答える。 「いやあ、最初はそうだったんですけど、私とめぐり先輩には共通点がありましてですね…」 「なんだ?生徒会長同士ってところか」 「それもそうですけど、私たちには欠かせない共通点があります」 「なんだよもったいぶって。そうだな、好きなものが一緒とか?」  石をいじりながら中々石を出さない彼女を見やると、 「…」  何故か顔ごと視線を下にしたまま動かなかった。「おい、お前の手番だぞ」とうながすと、一色は深呼吸をしてから顔を上げ、石を置いた。その顔はほんのり紅潮している。 「先輩って、たまに鋭いですよね」 「あ、何がだ?お、角が取れる」 「やっぱり鈍い…。なんでこんな先輩を…、あ、ここだとたくさんひっくり返せる♪ふふふ、この試合私が勝つんじゃないですかあ」 「まだ序盤だろ、まだわからん」  と言いつつ、一手一手が少し慎重になる。 [newpage]  それから盤上では置いてはひっくり返し、置いてはひっくり返しのせめぎ合いが続いた。空白マスは残り6マスで、見た感じ黒石、一色のほうが優勢だが、盤上を一瞥すると俺にもまだ勝機はありそうだ。  一色は余裕そうに鼻歌交じりに石で遊んでいる。どんな曲かはわからないが、ご機嫌なのが伺える。 「先輩にツイスターゲームで負けて、ホッケーでも負けて…。この日を待ち望んでいました」  ええ、あれそんなに根に持ってたの…。八幡びっくり。  石をどこに置こうかと熟考していると、ご機嫌真っただ中の彼女に「ねえ先輩」と思考を遮られた。 「何だ」 「このゲーム私が勝ったら、また三人で遊びましょう」 「俺が勝ったら?」 「それは私が負けて悔しいので、また三人で遊んで悔しさを晴らします」  逃げ場ないじゃん…。不意に漏れ出るため息とともに石を空いているマスに置く。多少盤上に白色が拡がるが、まだ負けている。一色は気にも留めず、流れるように石を置く。また見事にひっくり返された。  必死に見渡すが、残り二手で逆転できそうにもない。諦めきれない心を入れ替えるように一息吐いてから、両手を挙げた。   「お手上げだ。お前の勝ちだ」 「やったあ!先輩に勝ったあ!」  はしゃぎまわる一色の声が生徒会室に響く。そんなに嬉しいですか。よかったね。 「はいはい、終わったことだしさっさと片付けて帰るぞ」 「えーっ、もう一戦やりましょうよ」 ぶーたれる一色。少し頬を膨らませている姿はあざとさ満点だ。 「めんどくさい、もう帰りたい」 「もう、随分とわがままな先輩ですね。まあ勝った私に免じて今日はお開きにしましょう」  どっちがわがままなんだか。そう言いたかったが、すんでのところで止めた。喜んでいる彼女をおだてないと、帰してくれないから。 オセロ盤を片付けて生徒会室を一色とともに出る。外はもう夕暮れから闇に変わりかかっていた。 「もうこんな時間か」 「もうちょっと遊んでいたかったですが、めぐり先輩に申し訳ないですし」 「何でだ?」  再び一色の意味深発言。八幡さっぱりわからん。まあいちいち気にしても女の子の心なぞ理解することはできないので、聞かなかったことにしよう。 「では私は鍵を職員室に返してくるので、ここでさよならですね」 「ああそうだな」  と、昇降口へと向かうほうに足を進めようとして、止まる。 「いや、やっぱり付いていく」 「ふぇ、どうしてですか?」  面食らったように間抜けな顔をしてこっちを見る一色。 「いや、その、さすがに夜に一色を一人にするには危ないと思ってだな」 「!?」  今度はびっくりした表情を3秒続けてから、頬を真っ赤に染めた。 「先輩がそんな気遣いをできる人だったなんて…」  小声で俺をdisりながら慌てふためいている。聞こえてますよ一色さん。 「で、どうするんだ。早く帰りたいんだけど」  百面相をする勢いの一色を催促すると、 「ふう、ごめんなさい私のことか弱い女子だと思って助けてくれるのはありがたいですしむしろ先輩と一緒にいられる時間が増えて好都合ですが今日はもう大丈夫ですまた一緒に遊びましょうさようなら」  いつもより早口でまくしたて一礼をした後、後ろを向いて去って行った。おい一色、と呼び止めようとするも、ダッシュであっという間に消えて行ってしまった。 「えー…。あいつが先に帰っちゃったんだけど」  呆けること十数秒、諦めて帰路につく俺。  一色や城廻先輩とやり取りを交わすたびに、彼女らが何を考えているのかがわからなくなる。俺に見せている行動が何を意味しているのか。  ただし、わかることが一つだけある。三人でゲームを通じて遊んでいるということが、楽しいということだ。 まあ、うんうんうなっていても仕方がないか。それだけでも十分か。早く帰ろう。 [newpage] 「はあ、やっぱり一緒に帰りたかったな」  結局先輩と別れた私は生徒会室の鍵をすぐに返却し、先輩に見つからないように学校を出てきた。まだ火照っている頬に秋の冷たい風が染みる。せっかく先輩から言ってくれたのに、なんで断ったかな私…。  だけどあのまま受け入れても恥ずかしさでまともに先輩の顔を見れなかっただろう。 「まあ、いいか。今日も楽しかったし」  今日の放課後を振り返ると自然に足取りが軽くなる。また明日から生徒会の仕事を頑張れる。次はどんなゲームで遊ぼうかな。
前回投稿してから次のをそれなりに書いてたんだけど、引っ越しとかいろいろ重なってようやっとの投稿<br />次は… 頑張って書きます。<br />オセロの話なのに、wordのファイル名はずっとジェンガでした。<br /><br />オセロでは黒が先行になるって知ったのは3ページ目書いてる途中で、<br />4カ月前に書いたくだりを変えるのはめんど…大変だと思ってそのままにしました<br />次はきちんとルールを調べて書きます。<br />というかそんなルール知らなかった
生徒会長とオセロ!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10053708#1
true
聖杯は、"万能の釜"、"願望器"と称されている。 それを求める魔術師や英霊の誰もが、己の願いを叶えるため聖杯を欲し、その万能さを信じて疑わなかった。 だからこそ、今のこの状況を直ぐに理解できるものは、誰一人いなかった。 そう、聖杯が、人類を滅ぼす形でしか"願い"を叶えない代物などとー…。 冬木にある広大な公園に登場した、"聖杯"と呼ばれるものは、黒い霧の中で不気味に存在している。 その縁からは、呪いそのものである泥が今にも溢れそうに見え隠れしている。 聖杯の正体を目の当たりにし、先程まで公園にて決戦を繰り広げていたセイバー、ライダー、そしてギルガメッシュとディルムッドの誰もが、衝撃を隠せないでいた。 それは、端から彼らの戦闘を監視していた衛宮切嗣、遠坂時臣、間桐雁夜、言峰綺礼、ウェイバーのマスター達も例外ではない。 そんな中で、最初に我に帰ったのは、セイバーであった。 「アイリスフィール…!」 突如泥にのまれ、聖杯の内へと消えてしまった彼女を助けるべく、セイバーは剣を構え、聖杯へ向かおうとした。 「待たんか、セイバー」 しかし、焦燥感に囚われていたセイバーを引き留めたのは、ライダーであった。 「あれ程の混沌とした呪いならば、恐らく人はおろか英霊ですら正気でいられなくなるだろうよ。闇雲に突っ込んでは、無駄死にするだけだぞ」 「しかし…っ!」 ライダーの言うことは最もだが、アイリスフィールの身を考えると、事態は一刻を争う。 「坊主よ、"あれ"を止める良い手はないのか?」 ライダーが、魔術師であるウェイバーに策がないか尋ねる。 「…多分、あの泥ごと一撃で破壊するしかない、と思う。泥が溢れ出したら、この冬木だけじゃなくて、最悪世界を脅かす程の被害になるだろうから…」 動揺しつつも策を思案し、ウェイバーがそう答えた。 つまり、セイバーの『約束された勝利の剣』程の一撃を、聖杯に打ち込む必要がある。 セイバーもウェイバーの言葉の意図を汲み取り、自身の宝具の一撃が必要であることを悟った。 しかし、あの聖杯の中にアイリスフィールがいることを考えると、どうしても躊躇いが先行する。 「…私が、行こう」 そう名乗りを挙げたのは、ディルムッドだった。 「私の槍は、破魔の槍だ。一撃さえ入れば、あの聖杯も破壊できる。アインツベルンのマスター殿も、共に助ける。約束しよう」 「却下だ」 ディルムッドがセイバーに宣言するも、ギルガメッシュがそれを一蹴した。 「お前の槍がいくら対魔力に特化しているとはいえ、あれ程の呪いに飛び込むなど、我が許すと思ったか」 「ですが、主…他に方法が…」 ギルガメッシュが身を案じてくれることは嬉しいが、今はそうも言ってられない状況なのだ。ディルムッドは、それを目線で己の主に訴える。 「この世の宝は、全て我のものだ」 突然のギルガメッシュの台詞に、ディルムッドは意図がわからず、困惑した。 「ならば、その宝の始末をするのも、持ち主である我の務めよ」 「ーっ!?」 ギルガメッシュの言葉の真意を漸く理解し、ディルムッドは息をのんだ。 そして、ディルムッドの脇をすり抜け、ギルガメッシュが聖杯へ歩みを進めていく。 しかし、その歩みは、ディルムッドがギルガメッシュの腕を掴んだことで制止された。 「…離せ、ディルムッド」 「…出来ません」 常にギルガメッシュに従順であるディルムッドが、この時始めて主君の命を拒んだ。 「主は、キャスターの使い魔が都市を襲おうとしていた時でも、自らは動こうとはされませんでした。ですが、あの聖杯に関しては、真っ先に自らの手で破壊しようとされている。…それは、"あれ"が、主が手を下さなければならない程の最悪な脅威だと、直感で理解しているから……違いますか?」 「…」 ギルガメッシュからの返事はないが、その沈黙は恐らく肯定を意味しているのだろう。 「私も主と同じです。危険なのを承知の上で、貴方様をあそこへ送り出すなど、出来ません。何か他に策があるはずです。それを考えて…」 「ディルムッド」 ディルムッドの真剣な訴えを遮り、ギルガメッシュが彼女の名を呼ぶ。 そして、ギルガメッシュを掴んでいたディルムッドの腕が、彼の空いた反対の手で強く引かれた。 引かれた反動そのままに、ギルガメッシュは彼女へ触れるだけのキスを施す。 そして、直ぐに離れたギルガメッシュの口は、ディルムッドの耳元に寄せられ、言葉を紡ぐため動かされる。 「 」 「え……」 ディルムッドが言葉を聞き取った直後、彼女の頸部にギルガメッシュは手刀を一撃入れ、気絶させた。 ぐったりとしたディルムッドを抱え、ギルガメッシュはライダーの戦車へ近づき、ライダーに彼女を手渡した。 「ライダーよ、ディルムッドとその騎士王を連れてこの場から離れよ。できる限り遠くにな」 「アーチャー、おぬし…」 「アーチャー…貴方は…」 「勘違いをするでない。我は、貴様らやこの冬木を救おうなど、正義の味方染みた思考は備えていない」 そう言いながら、ギルガメッシュは再度聖杯へ歩みを進める。 「我はただ…」 一歩、一歩と進むギルガメッシュの周囲を、緋色の焔が舞い踊る。 一度立ち止まると、炎は激しさを増し、ギルガメッシュの上半身の装飾が外れ、体に刻まれた紋章と無数の鎖が露になった。そして、その手には『乖離剣エア』が握られる。 "ネイキッド"と呼ばれるその姿は、ギルガメッシュが本気を示す時の姿。 英雄王の、真の姿である。 「我が妻との"今"と"未来"を脅かす存在を、自らの剣でもって排除するまでよ」 炎を纏ったまま、ギルガメッシュは聖杯へ向かって跳び、乖離剣を突き立て内へと入り込んだ。 今までに浴びた事のないような、気が狂いそうな程の怨念に浸かりながらも、思い浮かべる。 『助けていただき、ありがとうございます』 『…その方の事を、本当に愛していたんですね』 『ただ今、還りました…我が主…っ!』 『ランサーの名に懸けて、誓いを受ける。貴方を我が主と認めよう…!』 呪詛の汚泥の中の、最も澱んでいる一点。 そこへ、全身の魔力を総動員し、乖離剣を構える。 「ディルムッド」 我が騎士。我が妻。 聞こえるか。 「愛している」 ディルムッドに最後に囁いた言葉を、もう一度繰り返す。 再度黒点を見つめ、ニィっと笑みを浮かべた。 さぁ、食らうがいい。聖杯よ。 「『天地乖離す開闢の星』ー!!」 [newpage] 聖杯の存在していた公園は瓦礫と荒野と化し、以前の姿は微塵もなくなっていた。 その瓦礫の中を、ディルムッドは必死に掻き分けて進む。 「ーっ、はっ、あ、主…!」 英霊は、聖杯が現世に存在している間のみ現界することができる。しかし、聖杯が消滅した今でも、ディルムッドは消えることなくこの世界に有り続けている。 しかし、そんな異変にも気づけないほど、今のディルムッドには余裕がなかった。 どこかに、あの黄金の姿はないか。 声は聞こえないか。 私の声が聞こえるなら、姿を現して。 何時ものように、名前を呼んで。抱き締めて。 そう願うのに、どこを見渡してもギルガメッシュの姿はない。 『愛している』 気を失う前に聞いたギルガメッシュの最後の言葉が、脳内に響く。 別れを意識したような、たった一言の告白。 「…っ、うっ…」 ついにディルムッドは膝をつき、瞳に溜めていた涙を溢して嗚咽を漏らし始めた。 「主…っ、ある、じ…っ」 しゃくり上げながらも、己の主を呼び続ける。 『ディルムッド』 呼べばそう返ってくるはずの声は聞こえず、自身の嗚咽のみが響く。 その現実に、ディルムッドは一層慟哭を増幅させる。 「ーギル、ガメッシュ、様ぁ…!」 瓦礫の山が突如崩れたのは、その時であった。 ディルムッドが弾かれたようその方を向く。 そこには、影が二つ。 ネイキッド装飾のままのギルガメッシュと、彼の肩に担がれるアイリスフィール。 アイリスフィールは、顔面蒼白であるが、呼吸は規則正しく行われている。 「主…!?」 直ぐ様立ち上がり、ディルムッドはギルガメッシュに駆け寄る。 聖杯の泥の名残である黒と、全身の傷から出る血の赤の二種類の液体が、ギルガメッシュの体を伝って地面へこぼれ落ちていく。 「…ディル、」 「喋らないで下さい!体に障りますっ」 アイリスフィールを安全な場所に横たわらせてから、掠れた声で喋るギルガメッシュを支えようと、ディルムッドが手を伸ばす。 しかし、その腕がギルガメッシュに触れるよりも早く、ギルガメッシュの腕がディルムッドの背へ回され、強く抱き締められた。 「ディル、ムッド…」 「……」 抱き締められたことで感じる、ギルガメッシュの体温、鼓動。 自分の名前を呼ぶ、優しい声。 あぁ、私が先程まで欲していた温もりー…。 「お帰りなさいませ。我が主」 抱き合ったままで、眠るように意識を飛ばしたギルガメッシュに、ディルムッドはそう囁いた。 [newpage] 聖杯がギルガメッシュによって破壊されてから、数日後。 聖杯の出現とその破壊でもたらされた被害は、公園とその周辺の木々だけであり、人的被害はなく意外にも小規模であった。 聖堂協会、魔術協会の隠蔽工作は多忙を極めたが、それも漸く終わりの兆しを見せている。 そして、聖杯の破壊は、思わぬ副産物をもたらした。 「葵さん」 遠坂邸の中庭。 ベンチで読書をしていた葵は、目線を声のした方へ向けた。 「雁夜くん、いらっしゃい」 パーカーのフードを被り、ぎこちないながらも微笑む幼馴染みに、挨拶の言葉を送る。 「お久し振りです。葵様」 「ランスロットさんも、いらっしゃい」 葵が、雁夜の隣に立つ長髪の男性とも挨拶を交わす。 その男性は、第四次聖杯戦争で"バーサーカー"と呼ばれていた黒鎧の狂戦士であった。 今は鎧も狂化もなく、生前の清澄な騎士の姿を取り戻している。 「お母様」 「桜、いらっしゃい」 雁夜の後ろにいた紫髪の少女が、葵に駆け寄った。 「桜ー!」 中庭から、茶髪の少女が向かってくる。 「遅かったじゃない。待ちくたびれたわよ」 「ごめんなさい」 文句を言いつつも嬉しそうな凛に、桜も微笑みながら謝る。 聖杯の副産物。 それは、サーヴァント全員の"受肉"であった。 なぜそのような現象が起きたのか、マスター達にもサーヴァント達自身にも分からなかった。 とりあえず様子を見るように、と聖堂協会や魔術協会からは指示が出ている。 しかし、数日経過した現在でも、サーヴァント達に変化は見られていない。 サーヴァント達も、始めこそは戸惑ったものの、二度目の現世での生活を各々満喫しているようである。 ライダーは、元々受肉が聖杯へ望む願いだったため、誰よりもこの変化を喜んだ。 世界制服は、流石にウェイバーによって阻止された。それでも諦められず、『ならば世界中を隅々まで観て回るぞ!』と世界旅行を計画しては、やはり毎日ウェイバーにツッこまれている。 セイバー陣営は、アイリスフィールの療養のために本国のアインツベルン邸へ帰国している。セイバーと切嗣との仲は相変わらずだが、聖杯戦争という柵がなくなったためか、互いに徐々に和解しつつあるらしい。 間桐雁夜のサーヴァントであるランスロットは、受肉したことで自我を取り戻し、雁夜とも信頼関係を築けるようになった。そして、つい先日、臓硯に剣を向け、『雁夜と桜を蟲蔵へ行かせるな。二人へこれ以上危害を加えるならば、今この場で貴様の首を跳ねる』と狂化時並みの眼光とオーラで臓硯を脅し…説得した。 臓硯は渋々ながらもランスロットの要求を呑み、桜が葵や凛と会うことも許した。 そして、場面は先刻の遠坂邸へ戻る。 「葵さん。当主は、相変わらず忙しいのか」 中庭で遊ぶ凛、桜、ランスロットをベンチに座って眺めながら、雁夜が尋ねる。当主とはもちろん、葵の夫である時臣のことだが、あえて名前は口にしない。 「ええ。聖杯の正体とその暴走、消滅なんて、前例がない異常事態だもの。対応も簡単じゃないみたい」 「そうか…」 遠坂時臣という男は個人としては憎たらしい存在だが、腐っても始まりの御三家の当主であり、腕のある魔術師である。 聖杯戦争の対応諸々は、彼に任せておけばいい。 「…そういえば、"彼ら"が出てきてないみたいだけど」 雁夜は、先程から見えない子供好きな金ぴかの青年と、その従者である黒髪の美女を探した。 「あの人達は今、出掛けてるわ」 クスクスと笑いながら、葵が答える。 「…デート、か」 「デート、よ」 口にした単語に若干の恥ずかしさを覚えたが、幼馴染みであり愛していた女性の幸せそうな笑顔を見つめ、雁夜も彼女と同じように笑った。 [newpage] ギルガメッシュとディルムッドは、未遠川沿いの芝へ腰を下ろしていた。 そこは、召喚後に出会い共に都市を巡った時に最後に訪れた場所であり、マスターとサーヴァントとして再契約した場所でもある。 「ディルムッドよ、今日の夕食はお前が担当だったな」 「はい。昨日は葵様が作られましたので」 葵と凛が遠坂邸に戻ってからは、葵とディルムッドが交互に食事を担当している。 生きてきた時代が時代なため、始めはアウトドア料理中心だったディルムッドの料理も、葵から料理を教わることで家庭的なレパートリーが増えてきている。 「ならば、今夜はハンバーグにしろ。煮込みのな」 「了解しました」 指を絡ませて腕をつなぎながら、二人は何気ない会話を続ける。 ふと、ディルムッドがギルガメッシュの肩に持たれ、握っていた手の力を強めた。 「ディルムッド?」 「…何だか、夢みたいですね」 ポツリと、ディルムッドが呟く。 「主とこうして、何でもない事を話して、一緒に過ごして……つい先日までは、こんな日常考えもしなかったのに……夢のように、幸せです」 たとえ主従関係であっても、常に頭の片隅には聖杯戦争のことと、聖杯戦争後にギルガメッシュとの関係がどうなってしまうのかという不安があった。 だからこそ、今のこの日常が一時の幻であっても、幸せだと思わずにはいられない。 「夢で終わらせるのか、ディルムッド」 ギルガメッシュの言葉で我に帰り、もたれていた頭を起こして彼を見つめる。 「我は、このままでは終わらせぬ。叶えたい願いが、残っているのでな」 「願い…ですか?」 ギルガメッシュの第四次聖杯戦争での望みは、聖杯とディルムッドの奪取だったはず。 その他に望みがあったとは知らず、ディルムッドは首をかしげて己が主の言葉を待った。 「お前との、子が欲しい」 正面から見つめられて述べられたギルガメッシュの望みを聞いた瞬間、時が止まったように、周囲の音、景色が静止した。 「生前でも叶えられなかったお前と、お前の子との家庭を、この現世で築く。これが、我の残された望みだ」 このお方は、どこまで私に優しいのだろう。私を、喜ばせるのだろう。 堪らず俯き、ディルムッドは両目から涙を溢す。だが、その涙は、歓喜の証そのもの。 「お前はどうだ、ディルムッド」 ディルムッドの髪を撫でながら、ギルガメッシュが言葉を促す。 もちろん、繋いでいる手は、強く優しく握られたままだ。 「…はい、私も…」 涙を拭い、顔を上げてディルムッドが口を開く。 「私も、主との家庭を、築いていきたいです…」 ふわりと笑うディルムッドを見て、ギルガメッシは満足そうな笑みを浮かべた。 そして、空いた手でディルムッドを引き寄せ、誓いを込めたキスを施した。
本シリーズは今回で一応完結です。急展開ですが、みんな一応ハッピーエンドです。設定ガン無視甚だしいですwwもう16話を見てからというものの、何とか本シリーズだけでもディルを幸せにせねばっ!と必死に考えました。そして結論、我様に本気をだしてもらおう!となりました。なので、ギルがなんか特撮ヒーローの主人公みたいになってますが、暖かな目で見てください(笑)一応この8で最終回となってますが、小話をちょこちょこうpするかもしれません、未定ですが(ヲイ<br />では最後に、思い付きで始まったこの時空を越えて~シリーズにブクマ、評価をしてくださり、本当にありがとうございました!!※snネタ、zero終盤ネタ、バーサーカー真名のネタバレありです!■タグ、ブクマありがとうございます!でも皆さん、春とはいえ雨が続いてて冷えてるので服は着てくださいっ!!www
【Fate(腐)】時空を越えて逢えたなら 8【完】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005396#1
true
「突然だが、レン。たった今お前にフィアンセが出来た。」 「はっ?」 パンパカパーン!! ファンファーレ付きでパカッとくす玉が割れて紙吹雪がヒラヒラと宙を舞うイメージ映像が僕の頭の中で流れる。 いやいやまさかこれからの会社の発展を祝してという名目で盛大に開かれたホームパーティーの席でおべんちゃらに厭気がさしてバルコニーでネクタイを緩めて独り夜風に吹かれている間にフィアンセが決まってしまうなんて、 「そんな馬鹿な!違った、そんなバナナ!」 「えっ?別に言い直さなくてもあってたよ!?」[newpage]「戯れ言はバニラ風呂だけにしろよバカオヤジ。それとも札束の数え過ぎでとうとう頭イカレたか?」 「レン君の口がどんなに悪くても、もう決めちゃったもんねー。」 「だんだん素に戻ってきたな。つかいきなりフィアンセとか言われたってなぁ。」 「パパとママが了承済みだから多数決でレン君に拒否権はありませーん。」 「あーあ、これだから大人は…。どうせプレミア物のアイスと年代物のワインを賄賂にほいほい安請け合いしたんだろ。」 「そっ、そんなんじゃないんだからねっ!」 キモい。大人の男のツンデレマジでキモい。[newpage]しかし、レン君は紳士であるからして、バカオヤジに掴みかかって「あんたが主役」と書かれたそのふざけたタスキで首を絞めて場所がバルコニーなだけにそのまま落下させてキャー誰か!今すぐこの屋敷にポリスかパイプ啣えた奴を呼ぶんだ!…なーんていった流れにはしない。というか既に享受している。 ぶっちゃけ敷かれたレールの上を歩いて行くのにこれと言って不満はないし、金を手にした男が真っ先に欲しがるのは女だってのは割と良くある話だ。 「どうやら納得したみたいだね。あちらに見えますのがレン君のフィアンセのリンちゃんでーす!」[newpage]バカオヤジの手の平が指すのは大広間の中央。シャンパンタワーの前では、キャンディやらリボンやらを手にした大人達が「レン君のフィアンセのリンちゃん」のご機嫌を取ろうと何やら必死であるが、渦中の人物はといえば世界的に有名なクマのぬいぐるみを抱いたまま完全にそっぽを向いてしまっている。あれは難航しそうだ。 「あの子が僕のフィアンセ?」 「そうだよ。…ってレン君そのオペラグラスどこから出したの?」 「懐中時計とオペラグラスは常に持ち歩くのが紳士の世界では常識だろ。」 「…いや、聞いたことないよ。」[newpage]さて、放置したままで横道に外れるが、ここでひとつ持論を挙げておきたいと思う。 令嬢ってのは大体2種類のタイプに分かれるもので、仮にABを使って説明するとしたらタイプAは、我が儘でプライドが高い令嬢。タイプBは、物腰が柔らかい深窓の令嬢。これに僕の独断と偏見をプラスすると、タイプAはクマのぬいぐるみが非常に似合い、タイプBは小鳥さんと会話が出来ると言ったところだろうか。因みに好みのタイプはと訊かれたら、断ッ然A! まあ、だらだらとモノローグを綴って結局何が言いたいかというと。[newpage]「絵に描いたようなAじゃん。」 「あ、それリンちゃんの前では絶対言っちゃだめだよ。」 「僕には父さんが言ってる意味がさっぱり分かりません。紳士ですから。」 「その態とらしい敬語とニヤニヤした顔は絶対分かってる証拠だよね?」 「では僕は可愛いフィアンセちゃんに挨拶しに行ってきます。紳士ですから。」 「リンちゃんだって。…まあ試しに当たってきたら?砕けてもお膳立てはしてあげるよ。あたッ!」 放任と溺愛が混ざったセリフを零しながらシッシッと手を払うバカオヤジの脛を無言で蹴ると、たった今思いついたとっておきのセリフを喉の奥に忍ばせながら、シャンデリアの照明が降り注ぐ大広間へと勢い良く飛び出した。[newpage]場所は変わって二階のマイルーム。 「そういうわけで、会社と僕の為に政略結婚してゆくゆくは一ロリン二ショタレン(一姫二太郎と同義)を産んで下さい!」 「あー!あー!何も聞こえない!」 とっておきのセリフに向かい合わせのソファで両耳を塞ぐ彼女こそが、この度めでたく白羽の矢がたった大財閥の社長令嬢、リンだ。たぶん半ば強引に部屋に引っ張り込んだのが元々大広間に居た時から憤憤していた彼女の機嫌を更に損ねてしまったのだろう。[newpage]「もー、本当にリンはAなんだから。」 「天誅ッ!!!」 「おっと。」 埒が明かないからと口にしたセリフは正に諸刃の剣で、両者を隔てる横に広いテーブルの上で最高級茶葉を使用した紅茶がほこほことたてる湯気を切り裂きながら飛んできた物を左手を掲げてキャッチする。 「うーん。スペルと意味が違ってもスイートルームと言いたくなるくらいに室内はこんなにも甘い薫りで充たされているというのに、如何せん甘い雰囲気にならないのはどうしてなんだろうねー。」 「知らない。てかテディ返せ。」 Aカップツンデレ令嬢のマストアイテム、世界的に有名なクマのぬいぐるみのリーチの短い手を弄りながら訊いてみると、何とも突っ慳貪な答えを返した挙げ句、人質(物質?)の返還まで要求してきた。自分から人身御供にした癖に勝手な言い分である。[newpage]「また投げてくるから預かっとく。それに夫婦の物は共同財産だしね。」 「ふ…誰と誰がっ!!」 「フィアンセって何か知ってる?あ、なにそれ美味しいのなんて切り返しはいらないから。」 「…〜婚約者ってことでしょ。そのくらい知ってるわよ。」 「正解。それと無防備にソファに寝そべられると僕の思春期万歳脳がゴーサインを出すからその覚悟で。」 「!!!」 光の速さで居住まいを正し、耳まで真っ赤にして居心地悪そうに山吹色がとろりと光る爪を弄りながらもにょもにょと何かをボヤく彼女を、ククッと喉の奥で意地悪く笑いながら頭の天辺から爪先まで遠慮なく観察する。[newpage]――夜目にも映える蜂蜜色の髪にはサイドに白いリボンの垂れる銀のカチューチャ。華奢な身体に纏うのはレースとフリルとリボンが抑え目に付いたパステルピンクのドレス。 …多少胸が寂しいのが玉に瑕…。 「………ねえ…。」 段々と不埒になる思考を視線から感じ取ったのか、リンがカップに口を付ける前にソーサーに戻した。あれ?飲まないの?と目で尋ねれば、彼女は真顔で反対に訊いてきた。[newpage]「盛ってないわよね?」 「と、言うと?」 「痺れ薬とか睡眠薬とか。」 「ふぅん、そういう展開が好みだったんだ。おーいメイドさーん」 「いいっ!いらない!ちょっと確認してみたくなっただけ!」 「リンって面白いね。まあ座りなよ。」 「……頭が痛い。…とにかく、貴方との婚約話はパパとママに頼んで白紙に戻してもらうから。」 「戻せるものなら戻してみたら?尤も、この件に関しては無理だろうけど。」 「…じゃあその辺の裏事情とやらを分かりやすく説明してみせなさいよ。」 「オーケー。」 こんな事もあろうかと急ピッチで使用人達に作らせておいたパペットを、四次元からサッと取り出した。[newpage]右手でバカオヤジをデフォルメしたパペットをパクパク。 「ねーねーぼくらの会社合併しちゃわない?」 左手の紫髪(リンパパ)パペットが頷く。 「それは名案でござるなー。」 ここで右手を母さんパペットにチェンジ。 「ついでに子ども同士結婚させたらいいんじゃないの?これで老後も安泰よ。」 「happily ever after.めでたしめでたしですわ。うふふふふふ。」 そして同じくチェンジした左手の桃色髪(リンママ)パペットで締めくくり、役目の無くなったそれらをポイッとペルシャ絨毯の上へ放り投げた。 「以上、パーティーの裏の会話。どぅーゆーあんだーすたん?」[newpage]流石に1人で4役(文章じゃ伝わり辛いが実は声色も似せてた)は疲れたが、でもまあこれで理解してくれただろう?と、やりきった顔でリンの方を向けば、 「…さっ…早く帰らないとビシソワーズが冷めちゃう…。」 「ビシソワーズ。ジャガイモの裏ごしを用いた冷たいスープ。冷たい、スープ。」 「〜ああもう適当にはぐらかして帰ろうと思ったのに!大体ねぇっ!そんな合コンのノリで決められたらこっちはたまったもんじゃ」 「合コン行った事あるの?」 「ない!」 「無茶苦茶だなぁーリンは。」 「あとそれッ!気安くリンって呼ばないでよ!馴れ馴れしいたらな…ッ…、」 ――カチャン。 途端に空気が一変した室内で、彼女の手からティースプーンがテーブルへと滑り落ちた。[newpage]「フィアンセを名前で呼んで何が悪いのさ。リンもいい加減僕の事名前で呼んでくれたらどうなの?」 「…自己紹介してくれてない相手の名前なんて呼べるわけないでしょっ…。」 「あ、それはごもっとも。」 いやいやと掴まれた右腕を振り解こうとするリンは、僕の名前を忘れたわけでもなく、態と呼ばなかったわけでもない。本当に知らなかっただけなのだ。 ああ、何という礼儀知らずだろう、自己紹介も無しに事を進めようとするなんて。例え自己紹介しても同意が貰えず結果的には同じになるのだとしても、これは紳士としての問題だ。え?紳士ならまずその掴んだ腕を離してやれ?…じゃあただ単にマナーの問題でいいや。[newpage]「遅まきながら自己紹介、僕はレン。ミロワール大財閥の次期社長を約束された男さ。」 「…レン…?」 「そう。覚えておいてね。」 訝しげに眉を寄せたリンの碧水色の瞳に映る自分の唇が意地悪く弧を描くと同時に、掴んでいた右手を強く引き寄せる。甘い甘いファーストキスの味は、どんなに一流なうちのお抱えパティシエをもってしてもお菓子で再現することは不可能だろう。 「リンが人生を捧げる相手は、後にも先にもこの僕だけだから。」 「〜………ッ!?」 リンは頬を紅潮させたまま金魚のようにぱくぱくと口を開閉するだけだ。これは、もしかして脈アリ?[newpage]「きゃああぁぁ!スケコマシぃい!!」 どうやら余りの出来事に思考が追いついてなかっただけのようだ。その証拠に我に返ったリンはワケの分からない(たぶん罵りだと思われる)言葉を叫びながら、物凄い跳躍で距離を取った。 「パンツ見えるよ?」 「うるさい!あといい加減テディ返してよ!帰るに帰れないじゃない!」 「なんだいテディ?えっ?泊まりたいって?しょうがないなぁ。」 「しょうがなくない!レンが勝手に言ってるだけでしょ!」 「まあまあ、今晩くらい羽根伸ばしても怒られたりしないって。ちゃんと明日リムジンで送ったげるからさ。あっ、朝食は洋食と和食どっちがいい?」 「しかも何でいつの間にテディからあたしにすり替わってんのよ!!」[newpage]「ずっとエクスクラメーション語尾につけて喋ってんのによく声嗄れないね。肺活量どのぐらいあるの?」 「…知らないわよ。」 バンバンとテーブルを叩きながら抗議するのも流石にバテてきたようで、リンは声のトーンとボリュームをおとして林檎のスコーンをパクリと頬張る。木の実を齧るリスか、はたまたヒマワリの種を頬袋に詰めるハムスターか。どちらにしろ小動物っぽい仕草はずっと見ていても厭きない。寧ろずっと見ていたい。 ――そうだ、結婚しよう![newpage]「……また何か良からぬ事考えてんじゃないでしょうね。」 「気のせいだって。そんなことより。」 スーツのポケットの中でずっとスタンバっていた紫のベロアの箱をテーブルの中央にコトリと静かに置くと、蓋を開けて中に埋め込まれている装飾品を親指と人差し指で引っこ抜いた。 先端についているのは言わずもがな、宝石界ではトップの硬さを誇り、永遠の輝きを約束するそれである。 「これ、嵌めてみてもいいかな?」 「へ?」 そして、リンにはバッド、僕にはグッドなタイミングで、スコーンを取ろうとしていた彼女の左手をガシリと掴むと、摘んだままの装飾品を薬指にぐいぐいと捩じ込んだ。[newpage]「いい子だからじっとしててねー。」 「やっ!痛い!そんな無理矢理奥まで突っ込まないでっ!」 業務連絡、只今部屋の前を通りかかった方、もしくは紙コップを宛てて聞き耳を立ててる方、僕は彼女に指輪を嵌めてるだけですので速やかに頭の中で流れる低俗なイメージ映像を中断して下さい。あ、よく考えたらこの部屋防音壁だった。 安心した僕はリンの左手をようやく解放する。 「何なのよこれ!?呪いの指輪って言いたいぐらい全然外れない!」 「大丈夫、石鹸水につければ呪いは解けてスポッと外れるからご家庭でお試し下さい。以上、レン君の豆知識。」[newpage]「ああもう限界!貴方の顔なんて二度と見たくもないし思い出したくもないわ!未来永劫さよならっ!」 「多分鏡見たら思い出すんじゃないかな…あ、リン待って、これだけ言わせて。」 足早に扉へと向かう、大胆にカットされた背中に呼びかければ、肩にかかる髪をかきあげながら気怠げに振り返ってくれた素直な僕のフィアンセに今の時間に相応しい挨拶を。 「おやすみ。いい夢を。」 「〜バカッ!!!!」 投げキッスが効いたのか、ボンっと顔を赤くしたリンは、もう一度ツンデレ全開なセリフを叫ぶと扉を押し開け、待機していたメイドにシルクのハンカチーフを振って見送られながら足早に駆けて行った。[newpage]「いやあ、今宵は誠に賑やかだったでござるな。やはり宴は良いものだ。」 「make a racket.どんちゃん騒ぎで疲れましたわ。そういえばリン、いつも抱いてるあのこはどうしたの?」 「…あぁぁ!!テディ取り返すの忘れてた!!!」 帰路につく途中のリムジンの中でリンが本日の最高ホーンで叫ぶのと同時刻、僕はキングサイズのベッドで彼女と一緒のシトラスの香りを纏った世界的に有名なクマのぬいぐるみを抱き締めながらそれはそれは幸せな夢を見ていたのであった。まる。
<br />オフビートかつ自称紳士なマセ令息とそのフィアンセに白羽の矢が立ったテディベアを抱いたAカップツンデレ令嬢によるラブコメ。タイトルはアイルランドのブラーニー城の伝説から拝借。お世辞が巧くなるそうです。 ※前作評価ブクマして下さった方、まさかの大御所様もいて感激です!ありがとうございました! ☆28日、ルーキーランキング82位頂きました!タグ付けて下さった方もありがとうございます!続きは毎日こつこつ書き溜めてますのでもう少し待って下さいね。
*ブラーニーストーンにキスをして*
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005408#1
true
※注意※ 降谷さんの性格が酷いです。 主人公苛められています。 なにかしらの地雷をお持ちの方は閲覧を控えて下さい。 [newpage] 天使がいる。 目の前に天使が現れた。 転校生の降谷零君。 こんなに綺麗な男の子初めて見た。 心臓がドキドキ言っている。零君から目が離せない。 先生が零君の紹介をして、空いている席、私の隣に着くようにと言っている。 天使と席が隣同士なんて緊張するけど、凄く嬉しい。 天使と目が合った。 私は精一杯の笑顔を作ると天使が一言。 「こっちみんなよ、ブス」 クラス中から一斉に笑いが起こって先生がフォローしてくるけど、人からブスなんて言われた事が初めてで、しかもクラス中から笑われて私は泣いた。 降谷君は外見天使だけど中身は悪魔だ。 それからは降谷君が苦手になった。 降谷君は頭が良くてスポーツも出来て、私以外の女の子に優しくて、クラスの人気者だった。 私はブス、ブス言われて降谷君から苛められていて、しょっちゅう泣かされていた。 降谷君が怖くて何も聞けなかったけど、何故私にだけ意地悪するの? 他の女の子には優しいのに。 そんなにブスの私は嫌い? 私は自分に自信が持てなくなり男性不信になった。 中学に上がると降谷君とまた同じクラスになった。小学校の時のようにブス、ブス言ってこなくなったけど、私はいつ苛められるのかビクビクしていた。降谷君は苛めはしないけど、いつも私の事を見ていて、いつ苛めてやろうか手ぐすねを引いて待っているみたいだった。 高校生になると別の高校に通うようになり、私は降谷君に会わなくて良くなって安堵感に包まれていた。でも男子が苦手で何度か告白されたけどブスの私に何故告白してくるのか分からなくて、そのたび断っていた。 そして大学に進学して、社会人になった。 相変わらず男子が苦手で彼氏いない歴、年齢の生活を送っていた。 そんなある日、私に見合い話が舞い込んできた。 名前は降谷零。 あの天使の面の皮した悪魔だ。 当然私は断った。 でも親が乗り気で相手側の両親も意欲的らしく断るに断りきれなくなってしまった。 降谷君本人は嫌がっているんだろうに、お見合いだけして、やっぱり合いませんでしたごめんなさいするのが一番なのかな。 私は降谷君に会いたくもないけど。 お見合い当日は朝からバタバタしていた。美容室に行って髪をセットしてもらって着物を着付けてもらった。 お見合い会場の一見様お断りの料亭に行くと、既に相手側が部屋で待っていた。 降谷君とご両親。 降谷君は中学の頃より男らしくなっていて、天使じゃなくて大天使にレベルアップしていた。中身も悪魔じゃなくて魔王になっている可能性大で、私は入り口で足踏みしてしまった。 小学生の頃からの知り合いなのだから今更挨拶もいらないわよねと、挨拶もなく見合いは始まり、あとはお若い者同士でと両親達は席を外した。置いてかないで。降谷君と二人きりなんて怖いよ。 固まっていると降谷君がお酒をすすめてきて、御酌をしてくれる。私も震える手でなんとか降谷君にお酌をした。 「今、どんな所に勤めているんだ?」 「…印刷会社の事務よ」 「俺は警察」 魔王が警察とは世も末だ。 私は降谷君に苛められたせいで男性不信になって彼氏の一人も出来ないのに。 「警察学校は厳しかったが良い仲間が出来たよ」 魔王の仲間ってなに。魔族か。笑えない。 「俺は国を守る為だったら何でもする」 「…凄いのね。警察官の鏡みたい」 「大袈裟な。鏡なら他にいるよ。俺より危険な任務に就いてる奴もいるんだ。そいつ等は凄いよ」 目がキラキラしている。よっぽど信頼しているのね。 「降谷さんは仲間思いなのね」 「降谷さんて他人行儀みたいだから止めてくれないか。零って呼んでくれ」 何故名前呼び。昔のいじめっ子が。親しそうじゃないか。 「れ、零君」 「うん。よし。休日は何して遊んでいるんだ?」 「あまり遊びに出掛けないわ。家にいるのが好きなの」 「そうか。でもたまには外出した方がいいぞ。今度一緒に映画を観に行かないか?」 「私、あまり映画に詳しくないのだけど。面白そうな映画があるの?」 「アクションものの面白そうなのがやってるよ」 「降谷さんと」 「零」 「…零君と映画を観に行くなんてまるでデートみたいね」 「まるで、ではなくて、デートに誘っているんだ。恥ずかしい事言わせるなよ」 魔王が私にデートのお誘いすんなんて、また新手の苛めでも考えてるのか。 「あのさ、降谷さ、零君。このお見合い親から押し付けられてない?」 「最近お見合いがひっきりなしでうんざりしてたんだけど」 「やっぱり」 「でも相手がお前だったから受けた」 「…何?」 「何度も言わせるなよ。照れるだろ」 「零君が嫌なお見合いも私だったからオッケーしたと聞こえたんですが。合ってますか?」 「そうだよ。文句あるのか」 降谷君の顔が赤い。赤い顔して私にすごんでいる。怖い。 「文句なんてないよ。ただ昔から零君に聞きたかった事があるんだけど。今、聞いてもいいかな?」 「なんだよ」 「どうして私だけ苛めるの?他の女の子には優しいのに」 私は降谷君を正面から見据えた。 降谷君は頭を掻いて俯いた。顔だけじゃなくて耳まで赤い。 「今更そんな事聞くなよ」 「そのせいで私、男の人としゃべれなくなったんだよ」 「知ってる」 「知っていて、酷いじゃない」 「酷いのはお前だって同じだろ」 「私は零君に何もしてないわ」 「そうだよ。俺にだけ何もしてくれなかった」 「私を苛めてる人に何をしろっていうの」 「朝の挨拶ぐらいしたっていいだろ。他の男子にはしていた」 「それは私を苛めないからよ」 「俺だって苛めたくて苛めてたんじゃない」 「誰かに言われてやらされてたの?」 「そうじゃない、そうじゃない。お前の事が好きだったから苛めててんだ」 「は?」 「二度と同じ事は言わないからな」 「私の事が好きだったの?」 「同じ事は言わない」 「信じられない。零君のせいで私、男性不信になっちゃったんだよ。それが私の事が好き?ふざけてるの?」 「ふざけてなんかない。転校初日にお前が女神様みたいに見えたんだよ。悪いか」 「それで何故ブスになるの?」 「うるさいな。若気の至りだよ」 「ちょっと意味分からない」 「俺と付き合え」 「お断りします。映画にも観に行きません」 「今度は俺を苛めるのか?」 「苛めてなんかないわ。男の人が怖いだけ」 「俺のせいなら、俺が克服させてやる。まずはドライブしよう」 「責任を感じるのなら、私の事は放っておいてほしいのだけど」 「お家デートでもいいぞ」 「私の話している事聞いてる?お断りします」 「好きだよ」 「戯れ言を」 「お前の事が好きだよ。俺と付き合ってくれ」 「寝言は寝て言え」 「初めて合った時からずっと好きだったんだ。苛めていた事は謝るから、だから結婚を前提にお付き合いしてください」 「私は零君の事が好きになれないと思うから。ごめんなさい」 「思うで絶対じゃないだろ。だから何度でも言うよ。お前が好きだ。付き合ってくれ」 「ごめんなさい。お付き合いできません」 私は荷物を纏めて挨拶も早々に料亭から抜け出した。 次の日。薔薇の花束を抱えた零君が家に訪ねてきた。 「俺と付き合って下さい」 丁重にお断りすると次の日も薔薇の花束を抱えた降谷君が訪ねてきた。 次の日も次の日も。ご近所でも噂になっていて外を歩き辛い。やっぱり降谷君なんて嫌いだ。 「お断りします」
前作へのコメント、スタンプ、タグ、ブクマ、いいね、閲覧、フォロー登録等ありがとうございます。<br />前作が女子に人気ランキング99位に入りました。<br />皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
昔のいじめっ子が見合い相手です
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10054285#1
true
新緑のあいだをこの時期特有の強い風が吹きぬけていく。 さやさやと揺れ動くこずえからもれてくる光のまぶしさは、すでに夏のもの。 季節は梅雨直前。 けれどこの世界の美しさとまぶしさが、俺のまわりを覆う暗黒の中に射し込むことはない。 あの日から俺の世界は暗闇に閉ざされた。俺は全てのものを見ず、聞かず、考えず、ただがむしゃらに仕事に励んでいる。 本当は安定期までおとなしくしておかなくてはならないらしいが、そんなことは言っていられない。 ・[newpage] 産前産後の働けない期間を最低二か月と見積もって、その間の食費、医療費、家賃、新八と神楽の生活費、そして赤ん坊を育てるのに必要なあれこれと、毎月、日の輪に支払うつもりの保育料。 それらを考えれば、お金がいくらあっても足りやしないではないか。 「銀さん、せめてそのおかゆだけは残さず食べてください。」 新八が俺の身体を心配して、おせっかいを焼く。 「大丈夫だよ。このおかゆすげえうまいけど、お前ちょっと作りすぎー。銀さんそんなに大食いじゃありませんー。神楽、残りはお前が食っちゃって。うまいぞー。」 「なに言ってるアルか、銀ちゃん。まだほとんど食べてないアルよ。もうずうっとこんなんじゃ、銀ちゃんもうすぐ倒れてしまうネ。」 [newpage] 「あー、あれだ、つわりなんだよ。わりいな。だけどさ、赤ん坊の分まで二人分ご飯を食べろって言われてたのは昔の話なんだぜ。今は、つわりの時は無理して食わなくてもいいんだってさ。」 「でも・・・。銀さん、それ、本当につわりなんですか?」 新八君。つっこみはつっこみでも、そういうのはよそうよ。そういう、人の心をぐさーっとえぐるようなやつはさ。 そうとも、俺が飯を食えないでいるのはつわりのせいもあるけど、それだけじゃないよ。 「なに言ってんのさ、つわりに決まってるだろ? チェリー君は黙ってなさい。」 「オイィッ!! 確かにチェリーだけど! そうですけど、でも今は関係ないでしょ。」 ・[newpage] 「はい、はい、食い終わったら今日は山田さんちの引っ越しの手伝いの仕事だぞ。はりきって行ってみよう!!」 まだ心配そうに小言をたれる二人をやり過ごして、俺はさっさと自分の分の食器を片づけ始める。 新八が俺のためにあっさり、さっぱりしたものをと作ってくれたきゅうりとワカメとジャコの酢の物も、一口しか食べられなかった。 何を口に入れても、まるで砂を噛むようで、味などまるでわからない。 ごめんよ、新八。 「銀ちゃん、今日は絶対重いもの持ったりしちゃだめアルよ。それは私と新八がやるネ。銀ちゃんは小物を箱に詰める係りヨ。」 二人の優しさが、心にしみた。 ・[newpage] □ □ □ 「姐さーん。」 気怠い声で呼ばれてふり返ったら、かわいい顔したドSな青年が団子屋の店先にいた。 「どこへ行くんですかい。ちょっとここへきて休んでいきやせんか。」 あっちゃー、まずいヤツに捕まっちゃったよ。 今ちょっと、この子とは話したくないなあ。 てか、真選組の連中全般と今は話したくないんだけど。 ・[newpage] 「悪い、沖田君、これから次の仕事に行くところなんだ。また今度おごってねー。」 そう言ってやり過ごそうとしたら、なんと彼は団子をもぐもぐやりながら俺についてきたではないか。 思わず舌打ちしたい気持ちになった。 「姐さん、ちょっと痩せやしたかい?」 ほら。さっそく痛いところついてきたよこのドSが。 「うん、わかる? 夏に向けてちょっくらダイエット中なの。ほら、銀さん今フリーだから。この夏すてきな出会いがあるかもしれないでしょ。」 「・・・食えねえおひとだ。」 沖田君は低い声でそう言った。 ・[newpage] 「しかし、さすがは姐さんですねい。」 相変わらずの低いテンションで、沖田君は続ける。次は何を言われるのだろう。 俺は身構えた。 「土方の野郎はありゃもう駄目でさあ。あの調子じゃ、俺が手をくだすまでもなく早晩、攘夷浪士の手にかかって名誉の殉職ってとこでしょうよ。あの負けず嫌いで意地っ張りな野郎の心を、ああまで見事にへし折るとはさすが姐さん。あざやかなお手並みでさあ。俺もあやかりてえもんだ。」 ほら、きた。 さっそく核心をついてきたよ、この坊やは。 ・[newpage] 「ふーん。なに、多串くんどうかしたの? 最近、全然会ってないなあ。 彼、元気? あの金魚、大きくなってるかなあ。 今度聞いといてくんない。」 「姐さん。」 沖田君の声が鋭くなった。 「今度の件で、近藤さんはかんかんでさあ。 銀時のやつ、見損なったとえらい剣幕で。・・・でも、俺はそうは思いやせん。 土方の野郎はあの通り根性がひねくれていやすから、姐さんがあいそをつかすのも当然のことでしょうねイ。」 この子は子供のくせして、人の気持ちの機微にすごく敏感なところがある。 俺が今度の件で、一番恐れていたのもこの子の出方だった。 ・[newpage] 「でも、いささか唐突すぎやしませんかね。あんたたち花見の頃は、あんなに仲が良かったじゃねえですかい。 俺にはねえ、姐さん。 あの後あんたの身に、何かあったとしか思えねえ。 あんたが土方の『親衛隊』の連中から、いろんな嫌がらせをされていたことは知ってやす。だけどあんたはそんな安い嫌がらせに動じるようなお人じゃありやせん。 ―――じゃあ、いったい、何があったっていうんですかい?」 「へ? なに? 言ってる意味が分からないよ、沖田君。」 「姐さんとこのチャイナは、ありゃ、姐さんと違ってウソのつけない性格でさあ。」 沖田君は皮肉っぽい笑みをうかべた。 ・[newpage] 「『べ、べ、別に何にもあるわけないネ』、なんて、目を泳がせながら言われても、信じるヤツは皆無でしょうよ。俺ほど性格のひねくれたヤツでなくてもねイ。」 「沖田君。」 俺は立ち止まり、沖田君の方を初めてしっかりと向いた。 「神楽には、何にも教えちゃいないんだ。あの子はまだ子供で、理解できないとおもったから。でも。」 沖田君の顔は相変わらず何を考えているのかわからない。 「お前には、今後の参考に教えておいてあげるね。 土方くんは何にも悪くないんだよ。でもさ、男と女って、ある日突然、ダメになっちゃったりするんだよ。そういうことって、あるんだよ。・・・覚えておくといいよ。」 ・[newpage] 「男と女、ねえ・・・。」 沖田君は悪魔のように黒い笑みをうかべた。 「年上らしく俺に講釈たれようとしても、姐さんがついこの間までバージンだったって、ネタはあがってるんでさあ。そんなあんたに、男と女の何がわかるんですかねイ。」 「・・・それ・・・誰が言ってたの。」 一瞬、血の気が引いた。 「土方の野郎以外の、誰がいるってえんですかい。」 ・[newpage] 今日もいいお天気で、午前11時の日差しはまぶしく、風はさわやか。 だけど、俺のまわりの世界は真っ暗。 夜もなく、昼もなく、永遠の虚無がつづくばかり。 「へえ・・・。あいつ、そんな事いってた? ・・・それで、お前そんな事信じたの? どうかしてるでしょ。」 「信じやした。 その場にいた全員が信じたと思いやすよ。 土方の野郎のあの様子を見たやつはみんな、ね。」 「・・・最低。」 ・[newpage] 俺が無言になったので、沖田君も無言になり、俺たちは川沿いの道を、無言のまま再び歩きはじめた。 次の依頼人の太田さんちまで、あと1・5キロはある。 「あの野郎がなんでそんな口を滑らすことになったか、聞かねえんですかい。」 まるで、今日はあったかい日ですねえ、って言う時みたいな口調で、沖田君が言った。 「そんなの嘘だし。興味ない。」 「あんたが土方の野郎をこっぴどくふった後、慰めるつもりで、こんなこと言った隊士がいたんでさあ。『あんなアバズレ、ちょっとばかり美人なのをいいことにきっと副長のほかに男を何人もくわえこんでたに違いないですって。別れて正解っすよ。』ってねイ。」 沖田君は俺にかまわず、独りで勝手にこうつづけたのだった。 [newpage] 「それであの野郎が真っ赤になって怒りやしてねイ。『銀時はアバズレじゃねえっ。』って。それでついやらかしちまったんでさあ、あいつは俺とつき合うまでバージンだった―――ってねイ。・・・言っちまった後、あの野郎、大慌てになって。 そりゃあ面白い見ものでやした。」 彼の言葉の最後の方は、俺に話すというよりまるで独り言をつぶやいているようだった。 まったくだよ。さぞ、面白い見ものだったろうさ。 あいつは顔面蒼白になって自分の言葉を取り消そうとあがいて、ダメだとわかると逆切れしたんだろう。 まるで目にみえるようだぜ ―――ああ。 なんか、もう、よくわからねえ。 ・ [newpage] どうでもいい。 知ったこっちゃねえ。 多分、いまだに続いているであろう土方くんの絶望と混乱。 その、すべての原因である俺が、知ったこっちゃねえなんて言っちゃいけないのかも知れないけど。 だけどさ、もうどうしようもないじゃん。 俺のこと庇って、どうしようっていうの。 おまえはどこまでお人よしなの、土方くん。 さっさと嫌いになっちまえばいいのに、こんな薄情な女なんか。 嫌って、憎んで、蔑んでくれたら、そしたらお前は楽になれるのに。 ・[newpage] 「・・・はあ。」 俺はため息を一つついた。 日差しの下を歩いたため額にしっとりと汗がにじむ。 ここのところの体力の低下のせいか、軽い眩暈がしていた。 「だから、なんだっていうのさ。」 俺は、吐息とともにそう言った。 「それが、なんだっていうのさ。」 「―――わかりやした。」 ・[newpage] 沖田君は歩みを止め、そう言ってゆっくりときびすを返した。 「姐さんに正攻法で何を言っても、無駄なことがわかりやしたよ。―――また、でなおしまさあ。」 去っていく彼の後姿によびかける。 「山崎はかんべんしてよ。」 沖田君は振り返らずに言った。 「なんだ姐さん、あいつの名前、知ってるんじゃないですかい。」 「あいつがうちの天井裏に隠れてなんか探ろうとしたりしたら、定春をけしかけるからねー。」 遠く離れて行く後姿で、沖田君がひらひらと手を振るのが見えた。 ・[newpage] □ □ □ お妙がにっこりと笑いながら、俺に両手を合わせている。 「ねえー、この通りよ、銀さん。 お願い!」 なんかめちゃくちゃ怖いんですけど、張りついたようなその笑顔。 彼女が今、何をお願いしてるかというと。 「今夜、一晩だけでいいのよ。ね、今夜だけ、うちのお店を手伝ってちょうだい。」 つまり、俺にキャバ嬢をやれと。そういうことなのだった。 ちなみに、俺が妊娠中であるということは彼女に内緒にしてあるわけだけど。 ・[newpage] 万事屋という仕事をやっていながら、俺はキャバ嬢、ホステス、風俗嬢などの職種を手伝うことはほぼ無い。 べつにこれといった信念があって避けているわけではないが、なんとなく肌に合わない気がするのと、「俺みたいに色気のかけらも無い女なんて、接客される男の方もいい迷惑だろう」という思いがあるからだ。 一度だけ、お妙の店に将軍が来たときヘルプに入ったことがあるほかは、身体がデカくて肩幅広くて、ほとんど男に見えるという理由でかまっ娘クラブでおかまのふりしておどっていたことがあるくらいだ。 ・[newpage] だけど、お妙の言うには彼女の店のキャバ嬢たちが今日に限ってさまざまな理由からバタバタと休みを取ってしまい、人手が足りなくなってしまったのだそうだ。 女ならだれでもいいから連れて来いと店長に泣きつかれ、彼女はまずは九兵衛の約束を取りつけてから、次に万事屋に来たというわけなのだった。 正直言ってこの仕事、あまり気がすすまない。 今は男というもの全般と関わりあいになりたくない。もうこりごりだし。 自分の女としての性を、売りにしたくもない。 だけど、お妙が店長から聞いてきた日当の額というのがちょっと馬鹿にできないものだった。 体調が悪くて力仕事ができなくなってきている今、座っているだけでこれだけの金額が手に入る仕事というのは、やはりかなりの魅力であった。[newpage] 「わかった、やるよ。」 俺は腹を決めた。 「でも、ほんとに女ならだれでもいいって、店長が言ったんだな。あとから、こんな色気も何もない女じゃ困るっていわれても、こっちも責任とれねえし。」 「だーいじょうぶよ、銀さん。あなたなら、ナンバーワンだってねらえちゃうわよ。」 お妙は上機嫌でそう言ったので、俺の今夜の仕事は、キャバ嬢に決まったのだった。 ・[newpage] □ □ □ その日の午後。 かぶき町にあるキャバ嬢御用達の美容院で着付けとヘアメイクをしてもらいながら、俺は早くも怒涛のような後悔に襲われていた。 お妙に見立ててもらって空色の振袖を着たはいいが、帯がきつくて血流が滞り、脳貧血を起こしそうだ。 肺が圧迫されて呼吸は苦しいし、胃もつぶれて、ただでさえつわりだというのに今にもゲロ吐いちまいそう。 それになにより、三十路一歩手前で振袖ってどうなのよ。 しかも着てるのは俺だよ? どう見ても詐欺だろこれ。 ・[newpage] そのうえ、髪を撫でつけるのにたっぷり30分もドライヤーを当て続けられた。 「銀色のつけまつげは、うちでは用意してないわ。」 メイクをしてくれた美容師のおばさんは悪びれない口調でそう言った。 「でも、あなたの長いまつげに、つけまつげは必要ない。ビューラーと透明マスカラで充分よ。・・・さあ、できたわ。」 そう言われて覗き込めば、鏡の中に、白髪で厚化粧の年増がいた。 無理やりピンで留めつけた紫陽花の髪飾りがまるで似あってねえ。 だけど、おばさんは静かにこう言った。 ・[newpage] 「今日はあたしの人生で最高傑作ができたかも知れない。あんたほど肌のきれいな人を、私は見たことが無いわ。白いを通り越してほとんど透明なんだものね。そのうえ、目の大きいこと、くちびるの形のいいこと。・・・かぶき町は今日、ちょっとした騒ぎになるわ。町中の男たちが、あんたのとりこになるに違いないよ。」 商売ともなると、お世辞もうまいもんだなと思って適当に相槌をうちながら立ちあがる。 普通のキャバ嬢たちの料金はもちろん自前だそうだが、今日の俺のヘアメイク代は「すまいる」がもつということだったので、俺はそのまま出口に向かおうとした。そのとき。 店中の人間がいっせいに、俺の方を見た。 ・[newpage] あるものはこちらを向き、あるものは鏡越しに、驚いたような顔で、または敵意を含んで睨むように向けられたたくさんのぶしつけな視線に俺は戸惑う。 オイオイオイオイ。 なによそれ。そんなに変なのかよ。 銀さん店中の人間から呆れられるほどおかしいですかー? 勘弁してよ、もう。 ・[newpage] 「男どころか、女の視線も釘づけだね。今夜のかぶき町はあんたのもんだよ。・・・なんであんたが本物のキャバ嬢じゃないんだろうねえ。」 さっきのおばさんが俺の後ろでそうささやいた。 なぐさめてくれるの? ありがと。気持ちはもらっとくよ。 あとで聞いたら、俺を担当してくれたそのおばさんは、この道40年、この世界では主と言われる美容室のオーナーだということだった。 ・[newpage] □ □ □ 「おおー!!! 坂田さん! すばらしい。美しい。色っぽい。あなた今日だけなんて言ってもったいぶらないで、今すぐうちと契約してよー! お給料はずんじゃいますよー。 あんたがやってる万事屋なんかよりよっぽど楽に、数倍のお金が稼げちゃうよ。」 「すまいる」に着くなり、店長がまるで抱きつかんばかりの勢いで俺に迫ってきて、こう言った。 いくら人手が足りないからって、馬鹿にしてんのかとむかついた。 褒めるんならもっと信憑性のある褒め方しろよ。「いいガラの着物ですね。」とか。 それに、俺は好きで万事屋をやってるんだよ。 あんたにとやかく言われる覚えはないわ。 ・[newpage] 「あのさあ、悪いんだけどね、店長。俺、今ちょっと腎臓こわしてて酒が飲めないんだわ。それでもいいかな?」 「えー? それは残念。 まあでもしかたない。今日は頑張ってね。」 「へいへい。」 「あ、それと坂田さん、今日ぐらいはいくらなんでも一人称に俺は止めにしてよ。色っぽくお願いね、色っぽく。」 「うげ。」 ああまったく、気が重いぜ。 ・[newpage] □ □ □ 人手が足りないというのに、いざ開店してみたら今日はやたらと客が多い。 俺はヘルプということで、あっちのテーブルからこっちのテーブルと次々回らされて愛想をふりまきやたらお酌をさせられ、隙あらばおっぱいを揉まれそうになりながら必死で接客をした。 ただでさえ体調が思わしくないところに、きつい帯で腹を締め付けられ、目もまわるような忙しさの中で、ふだんなら気にもならない酒と煙草の臭いにやられて俺はそろそろ気が遠くなりかけていた。 ただただ、意地と気合で張りついたような笑顔を保ち続ける。 「おーい、銀さん。次は17番テーブルね。」 「・・・はい、店長。」 ・[newpage] 「いらっしゃいませー。銀でーす。よろしくお願いしますー。」 客の顔を見て心の中でげ、と思った。 かぶき町のなじみの定食屋の親父とコンビニの店長だ。 なんか今日はやたらと知り合いが多い。 「・・・ああ。ほんとだ! ほんとに万事屋の姐さんだよ。」 「うわあ、本当だ。いやあ、女は怖いねえ。ほんとに化けたねえ。」 「・・・あら、どういう意味ですか?お客さん。 いいかげんにしないとお客さんでも殴りますよ?」 ・[newpage] 「ぎゃあ、やめて! いやいやいや、褒めてるんだよう。 銀さん、あんたそうやって化粧して女らしくしてりゃあその辺の芸能人やら吉原の花魁も裸足で逃げ出すようなえらい美人なんだなあ。」 「まったくだ。 ほんとにあんた、勿体ないよう。ふだんあんな色気のない男のかっこうして木刀下げて歩いてるんだもん。あんたに気のある若い男たちも、みーんなそれに気おくれして言い寄ることもできないんだよ。」 「なんですか、田島さーん。私に気のある男なんて、いるわけないじゃないですかー。あら、グラスが空ですね。追加は何になさいますか? ボトルなんか、入れちゃったりしますう?」 「いや、止めて! ボトルは入れないから。ここへ来るのは今日だけだから。・・・だって、銀さんがヘルプに入るの、今日だけなんでしょ?」 [newpage] 「そうそう。いつもこんなとこで遊んでたら、カアチャンに殺されちまうよ。 今日はさ、あれだよ。万事屋の銀姐さんが、ヘルプで来てますって表で大々的に宣伝してたからさー。」 「・・・へ? それは何の話ですか、金子さん。」 「あれ? 銀さん知らないの? 今日、すまいるに銀さんが出てますって、客引きの人が自慢そうにずっと言ってるよ。このお店ずいぶん混んでるみたいだけど、そのせいなんじゃないのかい。」 「そうそう。きっとみんな俺たちと一緒だよ。一度でいいから、かぶき町一の美人の酌で飲んでみたい奴らが来てるんだよ。ほら、見なよ。あっちのテーブルの、花屋の兄ちゃんだって、俺たちが銀さんを引きとめてるもんだからさっきからずっとこっちを睨んでるぜ。こわいこわい。」 [newpage] 「あ、よく見りゃあそこの禿げ、酒屋の親父じゃん。仕事サボって、やっぱりあんたにお酌してもらいにきてるんだよ。なんだ、こりゃ今日は姐さん目当ての客ばっかだわ。」 「ま、俺たちも、人のことは言えねえけどなあ。」 「はははは、ちげえねえ。」   「・・・。」 俺は冷や汗が出て、眩暈がするのを感じていた。 と、その時だ。 「いやあ、お妙さーん。三日ぶりですねえ、ガハハハハ。寂しい思いをさせてしまってすいませんでしたあ。」 ・[newpage] ・・・げ。 聞いたことのある、というか、なじみのありすぎるでかい声。 今日だけは来るなよと祈っていたが、ダメだったか。 「あらあ、近藤さん。また来たんですかあ?」 愛想だけはいいけど、うんざりしたようなお妙の声。 ゴリラが来やがった。 ・[newpage] □ □ □ 俺はとっさに顔を思いっきり背けて、知らんぷりをした。 ああ、やばいやばい。 こんな事になるならやっぱりこの仕事引き受けるんじゃなかったわ。 ・・・なんて思ってたら。 俺の視界いっぱいに、いつのまにか袴姿の巨体が広がっていた。 え? なにこの状況。 ・[newpage] 「ちょっと近藤さん、お席はあっちですよ。どこに行くんですか、待って!」 というお妙の声を遠くに聞きながら、俺は恐る恐る視線をあげた。 その先には。 俺を見おろす、思いのほか静かな、ゴリラの顔があった。 コイツのこんな真面目な顔見んのは久しぶりだなあ、とか。 黙っていりゃあ男らしくて、かっこいいと言えないことも無いことも無い、とか。 現実逃避的なことを考えて、俺はしばらくぽかんと口を開けて黙っていた。 だけどゴリラの方も何も言わない。 ・[newpage] ただ、なんというか、憐れむような目で黙ったまましばらく俺を見おろしていた。 「近藤さん、飲む前から酔っぱらっているの? あなたのお席はこっちですってば。」 多分俺に気をつかったお妙が無理やりゴリラを引っぱってむこうに行ってくれるまで、俺はきっと、息をするのを忘れていた。 ゴリラは俺を非難するようなことは言わなかった。 ただ、俺を憐れんだ。 そうだ。近藤。それが正しいと思うんだ。 土方くんにもそう言ってやれ。 ・[newpage] 俺は、何の価値も無いただお前らから憐れまれるべき人間なのだと。 おまえの親友に、そう、わからせてやってくれよ。 ・・・俺、もう疲れた。 自分で選んだ道だけど、もうくじけそうだよ。 それからいくらもしないうちに。 ガラガラガッシャーン!! バリーン!! ・[newpage] 突如、お妙のテーブルからものすごい音が響く。 ―――ああ。 俺が今日恐れていた最悪の事態が、今まさに発生したところだった。 俺は顔を両手で覆ってその場にうずくまった。 「店長、俺ちょっと気分悪くなったんで今日はもう帰っていいっすか? バイト代返上しますんでー。」 俺の申請に対する店長の返事はにべもなかった。 「何言ってんの、銀さん。今日はあんた待ちのお客さんが、表まで列を作ってるくらいなんだよ。帰るなんてそんな、あの客たちになんて言い訳すりゃいいの。 あんた、丈夫だけが取り柄っていつも自分で言ってるじゃないの。 がんばってよ。次、23番テーブルお願いね。」 やはり、逃げることはできないのか。 ・[newpage] 「じゃあせめてあの人を、控室に運んで迎えが来るまで休ませておいてあげてくださいよ。あんな床に放置せず。」 俺は、さっきお妙にぶんなぐられて床に伸びているゴリラを指さして文句を言った。 「えー。 だってあの人重いんだもん。」 店長が口をとがらせる。 「いいんだよ。いつものことだし、あの人はあれぐらいじゃ、まるで懲りたりしないし。」 「そう言う問題じゃねえよ。いい。俺がやる。」 つい、そう啖呵を切って俺は振袖をまくり上げるとずかずかとゴリラに近寄って行った。 「ふんぬっ・・・!!」 そのまま、渾身の力を込めて抱え上げようとする。 重い。 意識を失ったゴリラはとてつもなく重い。こん畜生。負けるか! ・[newpage] 「まあ、銀さん! 放っておいたらいいじゃないの、そんな人。どうせすぐお迎えが・・・。」 と、そこまで言ったところでお妙が口に手を当てて青くなった。 自分のしたことの結果に今になって気づいてあわてている。 そうさ、お妙ちゃん。お前は最悪の人間をここに招きよせちゃったね。 俺はかまわずゴリラの両脇から手をさしこんで、店の奥に運ぼうとした。 「うう・・・ぐぬぬ。」 その時。 俺の両足のあいだから、生暖かいものがたらりと流れ出す嫌な感覚がした。 ・[newpage] ヤバい! もちろん、生理のわけはない。 今、血が出て良いわけがない。 絶対に、良くない。 俺は急激に身体が冷たくなるのを感じた。早く、医者に行かねえと。 赤ちゃんが。 俺の、俺と土方くんの赤ちゃんが・・・! 「あらあら、銀さん、きれいなかっこが台無しだよ。 ・[newpage] そのとき。 そう言って助けに入ってくれたのは、客であるはずのかぶき町商店街の親父や兄さんたちだった。 「しょうがねえなあ、おい、勘ちゃん、そっちの足持ちな。」 「あいよ。なあ、この人は俺たちが運んでやるからよ。銀さんは今日は、お酌だけして、にっこり笑っててよ。」 「そうそう。あんた、そうやってると、かぶき町の女神みたいにきれいなんだからよ。」 「頼むから笑ってくれよ。そんな、泣きそうな顔すんなって。なに?控室まで運んでやればいいんだろ? まかせなよ。」 「・・・うん。ごめん、みんな。」 俺は、無理やり微笑んだ。 上手く笑えていたかどうか、自身は無い。 ただ、涙は止めることができなかった。 ・[newpage] そうだった。 俺はプロ根性が足りなかった。 みんな俺に会いに来てくれたんだ。それなのに俺は逃げようとした。 何をやっているというんだ。俺は何があっても絶対逃げないで、今までやってきたじゃないか。 こんなことぐらいで負けるな、坂田銀時。 俺はもう一度戦場に戻って戦うことを決めた。 たとえこの後、あの人がゴリラを迎えに来るのがわかっていたとしても。 ・[newpage] □ □ □ 「いらっしゃいませ。」 だからその人が―――、店にあらわれたとき、俺は営業スマイルでごく自然にそう言うことができたのだった。 「俺は客じゃねえよ。」 そう言いながら、着流し姿でくわえ煙草の土方くんは顔を上げて店内を見渡し・・・そしてそこで俺の姿をみとめて、固まった。 店内中が凍りついたように静まり返る。 ・[newpage] みんな、俺と土方くんの関係を知っているのだ。 俺たちが約一年のあいだ、つき合ってきたことも。 そしてごく最近別れたことも。 客も従業員も、ここにいるヤツはみんな知っている。 みんな固唾を飲んで俺たち二人を見守っていた。 土方くんはたっぷり三秒間のあいだ、俺の目をまっすぐ見つめた。 それは完璧なポーカーフェイスで、一部の隙も見られず、彼が何を考えているのかを完全に隠しおおせることに成功していた。 あいも変わらず、土方くんは本当に男前だった。 一年間ずっと見てたけど、今でもやっぱり見とれてしまう。 ・[newpage] ああ、俺はやっぱり今でも、この人のことが好きだ。 たまらなく好き。 三秒ののち、土方くんはなにごともなかったように俺から目を離し、それからあとは俺のことをまるでそこにいないかのようにきれいさっぱりと無視した。 「わりい。近藤さんはどこにいる?」 店長にそう尋ねる声はまるで普通で、わざとらしくもなけりゃ震えてもいないのだった。 ああ、そうか。 なんだ。 土方くんの中では、もうとっくに決着がついていたのだ。 ・[newpage] 彼がまだ苦しんでいると思っていたのは、俺の願望にすぎなかったのか。 そう思ったら、心臓が百本の剣でグサグサと刺し貫かれるような痛みがこの胸を襲った。 死んだ方がましなほどの、狂おしい痛み。 馬鹿な俺。 土方くんにあれほどのことをしておきながら、そして、口では早く俺のことなんか忘れた方がいいときれいごと言いながら。 本当は忘れてほしくないと思ってた。引きずっててほしいと思ってた。俺が彼の心臓の上につけた傷口から、一生血が流れ続ければいいのにと念じてた。 土方くんが好き。 全世界とひきかえにしても、悔いはないほど。 ・ [newpage] いつでも別れられるようにって、つき合ってた頃はこの気持ち見ないふりしてきたけど。 それどころか、つき合う前から、彼と自分が釣り合わないと思って心にふたをしてきたけど。 今になって気がついた。 俺はそもそもの初めから、土方くんが好きだったのだ。 「銀さん。」 俺のすぐ顔のそばで、静かに呼びかけてくる声がした。 気がつけば俺の肩をささえるようにしてお妙が立っている。 その横で九兵衛も心配そうな顔をしていた。 ・[newpage] 「銀さん。大丈夫? 少し休んだ方がいいわ。 ごめんなさいね、私が考えも無しにいつもの調子でゴリラをぶっ飛ばしたもんだから、あなたにこんな思いさせてしまったわ。」 「銀時、顔色が真っ青だぞ。 奥の部屋に行って休め。 ここはお妙ちゃんと僕ががんばるから。」 「―――あ、うん。」 俺は微笑んだ。 「もう平気だ。心配かけてすまねえ。 大丈夫、まだ全然行けるぜ。 ほら、銀さん、なんつっても丈夫だけがとりえだから。」 そして俺は顔を上げてにっこりと笑うと、店中の客に向かって叫んだ。 ・[newpage] 「はい、はい、みんなー。なーに?急に静かになっちゃってえ! さあさあ、飲んだ飲んだ。今日は景気よくパーッと行こう、パーッと。」 「邪魔したな。」 と、後ろで、土方くんが店長と話してる声がする。 おそらく近藤に肩を貸し、店から帰るところだ。 でも俺はそちらを振り返らない。 「はーい! 次に銀さんがお酌をするのはだれ-?」 みんなに向かって元気に呼びかける。 「はいはいはいはい!」 「俺だよ、俺!」 「馬鹿言え、俺はさっきっからずーっと待ってるんだよ!」 ・[newpage] 「はいよ、順番ねー。」 わざとセクシーにお尻を振って、俺は歩きだす。 「銀さんよう。なあ、今フリーなんだろ? 俺とつきあってよ!」 「馬鹿ヤロ、この酔っ払いが! 抜け駆けすんじゃねえよ。 なあ銀さん、俺にしなよ。」 「抜け駆けしてんのはどいつだ。ずるいぞこの野郎。銀さん、こんなヤツはほっといて、俺にお酌してよ。」 店に再び、活気が戻ってきた。 ・ [newpage] □ □ □ 自分の気持ちのことなど全部わかっているつもりでいたけれど、その実俺はずっとおのれの内面をとことん見つめたことがなかった。 俺の中身なんてどうせ汚いものでいっぱいで、育ててくれた先生や、俺に親切にしてくれた数えきれないほどの優しい人々に対して、とてもお見せできるようなものではない。 自分一人が立っていることに精一杯で、大切な人たちを守ることもできない。 本当にろくでもないこの自分自身が、情けなくて悔しくて、ずっと目を背けて生きてきた。 だけどそんな醜い自分を、しっかりと見つめて逃げずに向き合わなければ、今回のことはとてもすむもんじゃない。 ・[newpage] 人の子の親になるものとして、遅ればせながら俺はそう気がついた。 だから。 そうやって自分と向き合ってみて、初めて自覚した。 俺は多分、土方くんに出会ったはじめのころからずっとずっと、彼のことが好きだったのだろう。 一番最初こそなんて物騒なチンピラ野郎かと思ったけど、その後ほんのちょっとかかわっただけでも、彼が喧嘩っ早いバラガキに見えて実はどこまでも優しい男だということはすぐに知れたのだもの。 いつもは部下を殴る蹴るしてるけど、本当は絶対に守り抜く覚悟でいるんだとか。 真選組のためなら命もいらないと思っているとか。 ダメな上司と部下に今一つ厳しくなりきれないで、いつも自分ばかりが貧乏くじを引いているとか。 見れば見るほどかっこよくて男らしくて、そしてちょっと不器用で放っておけなかった。 ・[newpage] 思いもかけず彼とつき合うことになってからは、ますます好きになっていってもう止められなかった。 ほんとはむっつりスケベだったとか。 ちょっとどころではなくマジで不器用だったとか。 かっこつけてるけど本当はお化けが怖いとか。 今考えつくあの人の好きなところはみんな欠点ばっかり。 ・・・可笑しくって、涙がでてくるね。 だけど―――好き。 ・[newpage] そうして俺自身はと言えば、愛するあの人が自分のせいで後ろ指さされたり、まずい立場に立たされたり、辛い思いをしたりするのが嫌だった。 もっと詳しく言うと、そういうことが原因で今は俺を好きだと言ってくれているあの人が俺を嫌いになり、好きになったことを後悔してしまうのが嫌だったのだ。 そうして最終的にあの人から棄てられるのが怖かった。 棄てられるくらいならば、先にこちらから棄ててしまおうと思った。 ―――結論を言えば、俺は徹頭徹尾、自分のことしか考えていなかった。 彼のためを思ってなんて嘘っぱち、全部全部、自分だけのためだった。 ・・・そのことに思い至るとなぜか気持ちがすっきりとした。 ・[newpage] □ □ □ 閉店時間までめいっぱい働きあげたのち、俺はお妙と九兵衛につきそってもらって医者に行った。 かぶき町には水商売で働く女性たちのため、夜中もやっている産婦人科があるのだ。 俺が妊娠していることを打ち明けると、お妙は驚きのあまり身震いして、そして俺に今日の仕事を持ちかけたことを涙を流して謝罪したのだった。 いやいやいや。 お妙は何にも知らなかったわけだから。全然悪くないから。 悪いのは、お金に目のくらんだ俺なんだってば。 ・[newpage] お妙は謝ったあと、今度は「銀さんはもっと自分を大切にしてください。」と言ってものすごく怒った。 九兵衛までが、「そうだ。お妙ちゃんの言う通りだぞ。」 などと言って一緒になって怒るのだった。 そのうえ、受診した産科医にまで大目玉をくらった。 ああ、今日はまったくさんざんな日だ。 医者が言うには、俺は切迫早産を起こしかけているらしいのだった。 あまつさえ、栄養失調状態だとも言われた。 一週間絶対安静にしておけとくぎを刺され、点滴をされて家に帰された。 ・[newpage] 帰るとき、九兵衛が自分の屋敷から駕籠(くるま)をまわしてくれた。なんせ、歩くのもだめらしいから。 万事屋に帰ったら帰ったで、今度は心配して待っていた新八と神楽に怒られた。 ああ、本当に、今日はなんて日だ。 俺のまわりは、すげー怖い怒りんぼばっかりだ。 怒りんぼで―――優しいヤツ、ばっかり。 ・[newpage] □ □ □ 絶対安静の一週間、することもなく漫然と万事屋の天井を見上げながら、俺の気持ちは今までとは打って変わって地底の湖の水面のように静かに凪いでいた。 こぼれた水は盆に返ることはない。もう二度と。 俺が土方くんにしてしまったあのひどい行いを、今さら取り消すことはできない。 だけど今は、嘘偽りのない気持ちで、俺は心の底から願っている。土方くんの幸せを。 ・[newpage] 本当に本当に、あの人がこの先ずっと笑顔でいられることを祈っている。仕事柄それはなかなか難しいのかも知れないが。でも。 あの人にふさわしい、賢くて優しくて、間違っても自分を守るためにあの人を傷つけたりすることのない、まごころからあの人のことを考えてくれる女の人があらわれて、あの人と添い遂げてくれることを願っている。 いつの日にか美しい妻を目の前にしてあの人が、ああ、あの時あのろくでもない女と別れていて正解だった、おかげでこんな良い女にめぐり会えた、と思う日が来てくれるのを祈っている。 俺は目をつぶって、自分の腹に手を当てた。 ・ [newpage] そうしていれば、過日、後ろから俺を抱きしめてこの腰に腕をまわし、肩の上に顔をうずめて好きだとささやいてくれた、あの人の思い出が鮮やかによみがえってくる。 その、煙草のにおいとぬくもりと。 首筋にあたる、剃り残しのひげの小さな痛みと。 そのような彼からの恩寵と誉れを、いつかほかの女の人が享受することになったとしても。 ―――今なら、それを心から祝福できるような気がした。 神様。 もしいるなら。 どうか土方十四郎の行く末を、お守りください。 ・
人を傷つけた時、実は自分も同じぐらいか、もっとひどく傷つくんじゃないかと思います。今回はそんな話です。・・・それはそうと、キャバクラってどんなところかわからなくて、全部想像で書きました。ほんと、ごめんなさい。<br />それから、次回ようやく最終回です。
ベイビー・アイ・ラブ・ユー ⑤
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005450#1
true
 これは夢だ、とはっきりわかる夢を見ることがある。  例えば、銀河で電車に乗る夢。四人掛けのボックスシートに、私と美兎ちゃんは二人きりで向かい合うように座っている。膝が触れ合いそうで、触れ合わない。車両には私たち以外誰もおらず、真空パックされた静寂がだけがあった。電車特有の揺れもない。もしかしたら線路がないのかもな、と思った。氷上を滑るように銀河を切り裂く、白い前照灯を想像する。  ぼうっと物思いに耽る私を尻目に、美兎ちゃんは「うわ、銀河って近くで見ると河原っぽいですね! 思ったより綺麗じゃない!」とか「あれUFOじゃないですか?! 違ったわ」とか興奮しながら窓にへばりついている。 「窓から手出したらあかんよ」 「わかってますよ! 手ぇ吹き飛びますからね!」  私の忠告に、美兎ちゃんは軽く顎をあげて得意げに胸を張った。子どもがよくやるような仕草が微笑ましい。  よく見ると美兎ちゃんは見たことのない服を着ていた。ふんわりした白いマキシワンピース。車窓の景色に夢中の彼女は、清涼感のある爽やかなレースにシワが寄るのも気にしていない様子だ。せっかく可愛い恰好なのに、もったいないなと思う。  私も車窓に視線を向けた。どこにもばらつきのない、均等な闇が広がっている。ぎゅっと目を細めると、確かに銀河は河原と何ら変わりないように思えた。大小さまざまな岩が時の流れを無視して宙で止まっている。どういう原理なんだろう、と思うけれど、私たちは動き続けているから、それらをずっと眺めていることはできない。 「天の川って何が流れてるか知ってますか?」  美兎ちゃんは姿勢を変えず、言葉だけを私に向けた。 「えーなんやろ。水……」  私が口ごもると、美兎ちゃんはつまらなそうに窓ガラスを二、三度リズミカルに叩いた。 「夢がないですね。これは夢ですよ、もっと夢を持ってください」 「あ、やっぱり夢なんや」 「そりゃそうですよ」  美兎ちゃんの心底呆れた、という声色に、私は憮然と言い返した。 「そういう美兎ちゃんは知ってんの」 「当たり前じゃないですか。ヤダー、楓ちゃんってば」 「じゃあ教えてや」  私がそう言うと、美兎ちゃんは白いワンピースの裾をはためかせて、勢いよく振り向いた。アメジストを含んだ鉱石のような瞳が融けて、私を突き刺す視線の形に固まった。 「よく見てください」  彼女は車窓を指さした。私は催眠術か何かで操られるように、彼女の指の動きに従順になる。 「何色に見えますか」  先程まで暗闇だったはずの外の風景は、一転して青かった。視界いっぱいの青・青・青。人工的で、無機質な青だ。喜怒哀楽をすべて失った青さに脳がくらくらする。均等すぎて奥行がないはずなのに、なぜか吸い込まれそうになる濃い青色が、バケツツールをひっくり返したように一面に広がっている。 「青、い」 「そうでしょう、そうでしょう」  私が目を白黒させていると、美兎ちゃんはなぜか満足そうに何度も頷いた。 「実は天の川を流れているのは血なんですよ」 「は? 青いやん」 「血は青でしょう、楓ちゃん」  言葉が飲み込めず、乾いた喉に張り付いた。声がうまく出せない。口がぱくぱくと餌を欲する鯉のように動くだけだ。美兎ちゃんは不思議そうに首を捻った。 「赤い血なんて見たことありますか? ないでしょう」 「まさか楓ちゃんが血を赤だと思っているような不思議ちゃんだったとは……」 「楓ちゃんの血も、私の血も、青ですよ。ほら、見てください」  美兎ちゃんの言葉は続く。私は催眠術から逃れられない。彼女の指し示す方から視線が離せない。  私が一瞬まばたきをした隙に、美兎ちゃんはどこからともなく銃を取り出した。銃なんて初めて見るはずなのに、私にはそれが本物だとわかった。  美兎ちゃんは笑顔のまま、そのてらてらと黒く輝く銃口を自分の左胸に当てた。その笑顔には恐怖のかけらも、狂気のかけらも感じられない。そのままリボルバーの安全装置を、右手の親指で下げた。 「楓ちゃん、よそ見しないで」  美兎ちゃんは、まごうことなき正気のままで引き金を引いた。まるで人が死ぬことを知らない無垢で無知な赤子のように。 バンと無感情な破裂音が、私の内耳と美兎ちゃんの心臓を同時に貫いた。彼女の背中から噴き出した青い血は、電車の窓から外にまで飛び出して、背景の青に溶け込んでいく。銀河の一部になっていく美兎ちゃんを、私は茫然と見ていた。 「ね? 青いでしょ」  純白のワンピースが、じわじわと青い血に浸食されていく。これは夢だ。私にはわかっている。だから美兎ちゃんが銃を渡してきても、慌てることはなかった。 「楓ちゃんも確かめてみてください」  美兎ちゃんの手には大きいように見えた銃も、自分で持つと小さく感じられる。手の中でずっしり重いそれをまじまじと眺める。安全装置はすでに下りていた。私はそれを右手で構える。 「いっしょに……にましょう」  美兎ちゃんは無邪気に何か言ったが、ノイズがかかったようによく聞き取れなかった。それは私がすでにその引き金を引いていたからで、「なるほど、本当に血は青かったんやなあ」と感心することで手いっぱいだったからだ。    ドンと腹部に強い衝撃が来て、濁った呻き声が出た。目を開けると見慣れた天井が見えた。  白い天井は、一部が煙草の脂で黄ばんでいる。以前それを指摘したら「台に乗っても手が届かないので、放ってます。まあ実害はないですし」と返されたことを思い出した。  腕の力だけで上半身を起こす。寝ぼけ眼で部屋中を見渡して、ああ美兎ちゃんの家だったと理解する。どれくらい眠っていたのだろう。眠りすぎたとき特有の、贅沢な痛みが頭を支配していた。普段はあまり長時間の睡眠を要するタイプではないので、脳が混乱するのだろう。  腹部に目をやると、隣で眠っている美兎ちゃんの腕が乗っていた。先程の衝撃は、おそらくこれが私の腹に肘から着陸したせいだろう。寝起きの肘鉄は初めてではないが、慣れたくもないし、もう二度と受けたくない。  私が腹から腕をぽいっと投げると、美兎ちゃんは布団の中で芋虫のようにもぞもぞと身を捩じった。続いて瞼が舞台の幕よりゆっくりと開く。美兎ちゃんはぱちぱちと何度かまばたきを繰り返した。 「……おはようございます」 「おはよ」  カーテンの隙間から、太陽の光が差し込んで、美兎ちゃんの横顔を照らす。まぶしそうに目を細めて、小さな体をさらに小さく丸める。大きめのスーツケースになら入りそう、と頬が緩んだ。クーラーの冷気が寒いのか、美兎ちゃんは私と共有している掛布団を引ったくり、ひとり蓑虫のように包まった。私はその姿に思わず呟く。 「餃子ノ美兎」 「……誰がぎょうざだ……」 「起きとるん? 寝とるん?」 「寝とる……」  赤ちゃんのように口をもにょもにょと動かして、美兎ちゃんは億劫そうに布団を頭まで被った。私はその布団を無情にも剥ぐ。 「起きようやぁ。お腹空いたし」 「餃子食べたい……」 「共食いやん」  朝から餃子は重いな、と思ったが、美兎ちゃんは朝からハンバーグを食べるタイプだった。 私は冷蔵庫に何があったか思い出しながら、クーラーの冷気が溜まってひんやりとしたフローリングに足をつけた。折り畳み式テーブルに置かれた、プラスチック製の小さな時計に目をやる。時間は十一時を回ったところだ。  遅めの朝食か早めの昼食を用意しようと、立ち上がりかけた瞬間、服の裾が引っ張られた。逆再生のように布団に尻もちをつく。硬めのマットレスの上で体が跳ねた。振り返ると小さな手が私のシャツの背面を掴んでいた。小さな手の持ち主は、そのままぼそぼそと囁いた。 「……私なんか今日夢を見たんですよ」 「へえ」 「なんかすごくおかしな夢で……」  美兎ちゃんは布団から顔を出すと、目を覚まそうとするように瞬きを繰り返す。しかし、結局再び目をつぶって、その代わりとでもいうように口をぱくぱくと開いた。 「楓ちゃんが出てきて……」 「うん」 「なんか電車に乗ってるんです、私たち……」 「……うん?」 「外が青くて……」  身に覚えのある話が他人の口から出てくるのは恐怖だ。頭の中に知らないうちに侵入されて、素手で脳をかき回されているような気分。クーラーが自動でフィルターを清浄する音だけが部屋の中で大きく響いている。テーブルの時計に視線が吸い寄せられる。十時ニ十分を指していた。 「楓ちゃんは、」  視線を逸らした隙に背後からガチャリと音がして、メッキのはげた手錠が私の手を拘束していた。驚いて手錠ごと腕を持ち上げたが、後ろ手なのでうまく動かせない。しかし、その軽さから露店で売られているような安物だとすぐわかる。きっと思い切り力を入れればすぐに壊れてしまう。体はベッドを背にしたまま、首だけで美兎ちゃんの方を振り返った。美兎ちゃんはすっかり眠気の消えた顔で、チェシャ猫のように目を細めて笑った。 「私と死ねますか?」  反射的に頷きかけた頭を、グッと堪えて、なるべく胡乱な表情を作った。  突拍子もないことをいう人が好きだ。美兎ちゃんの突拍子もない発言や言動にはいつも緻密な計算が含まれていた。こういえばこの人はこう反応するだろう。もしかしたらもっと面白い反応をするかもしれない。一手、二手先を読んだ上で成り立った彼女だけのボードゲーム。私には遊びこなせないだろうと思っていたそれが、今は暴力的なまでに私を巻き込んで進んでいた。私は美兎ちゃんに背を向けたまま、言葉を返した。 「逆に美兎ちゃんは私と死ねるわけ?」 「楓ちゃんは面接とかって受けたことありますか? 質問に質問で返すのってダメなんですよ」 「これ面接やったん」  後ろから呼気が漏れるような笑い声がする。 「ふふ、そうです。心中面接ですよ」 「心中面接」  聞きなれない。聞きなれたくもない単語を、私は口の中で咀嚼するように繰り返す。  美兎ちゃんはさらに言葉を紡いだ。 「心中って、愛してるけど死ぬんですかね。愛してるから死ぬんですかね」 「さぁ……」  溶かした好奇心を冷蔵庫で二時間固めて作られたような小さな生き物は、本気で真剣に考え込んでいるようだ。手錠で恋人の手首を束縛しているのを忘れてしまったのだろうか、と私はため息をつく。 「愛してるけど、死ぬっていうのは、何か障害があるからなんでしょうか。もうどうにもならないから死にましょうっていう、絶望の果てにあるんですかね。逆に、愛しているから、死ぬっていうのは、死んで初めて愛が証明できるっていうことなのかな。心中って自己満足なんですかね」  美兎ちゃんはもともと回転の速い脳のスロットルを開けるように、早口でまくし立てた。 「そもそも、私たちにとっての死ってなんでしょうね。存在そのものが、なかったことみたいに消えちゃうのかな……。でも、もしかしたら、私たち以外が消えるのかもしれませんよね。銀河に二人きり、みたいに」  真空で二人きりだった。あの夢を思い出す。私たちは確かに同じ夢の中にいたのだろう。玩具の安っぽい手錠でも、擦れると手首に痛みが走った。美兎ちゃんはまだ言葉の雨を降らせることをやめるつもりはないらしい。 「看取る方がいいんですよね、楓ちゃんは」 「まあ……」 「じゃあ、楓ちゃんは私が死んだら、後を追ってくれますか?」 「冗談でもそういうの好きじゃないんやけど」  声に怒気がこもるのが、自分でもわかった。美兎ちゃんは「すみません」と思いのほか素直に謝った。 「美兎ちゃんだけが死ぬとか、そんなん想像もしたくない」 「本当ですか?」 「ほんまやって」 「人間なんて嘘ばっかりですよ。私も、たぶん、楓ちゃんも」 「嘘じゃない」 「言葉だけじゃ楓ちゃんの本心はわかりません。行動で、示してくださいよ」  美兎ちゃんはそう言うと、私の背中に冷たい何かを押し付けた。それはまっすぐ私の左胸に突き付けられている。 「99パーセントの嘘の中に隠された、1パーセントの本音に気が付いてほしいのが、たぶん、人間なんですよ」  つうと背中を汗が伝う。私は見えない美兎ちゃんの表情を図りかねている。どこか懇願するような、弱々しい声色はこれまで聞いたことのないものだった。彼女の言い分は支離滅裂だが、私にはなんとなく理解できる気がする。 「……それって、つまり死んでもいいくらい、愛してほしいってことなんじゃないの」  私がそう告げると、彼女は嬉しそうにカラカラと笑った。  背中に押し付けられた何かが正解を称えるファンファーレのような轟音を響かせて、私の胸を撃ち抜いた。青い血が天井から、テーブルから、フローリングに、四方八方飛び散って、私の意識は水中に沈むように遠のいた。  何度かまばたきを繰り返すと、ぼやけたポラロイド写真のような景色が徐々に鮮明になる。一部が黄ばんだ白い天井。私はがばっと布団をはね飛ばして起き上がった。  汗でシャツがべっとり背中に張り付いて気持ち悪かった。手を何度か握っては開く。頬をつねると痛かった。人指し指の先にできたさかむけをおもむろに爪で引っ掻く。じわりと滲んだ血は鮮烈に赤くて、私はその鉄の匂いに胸をなでおろす。  隣で転がった美兎ちゃんは、すやすやと安らかに眠っていて、一定のペースで呼吸を繰り返している。 夢の中で夢を見るのは初めてだった。合わせ鏡を見るような、終わりが見えない不安でいっぱいになった頭を、落ち着かせるように手で軽くさすった。全部夢だ。全部嘘の作り物だ。そう思いながら、ふと手首に目をやる。ほんのり赤くなったそれに視線が吸い寄せられる。まるで何かにきつく縛られたような、赤い痕があった。  嘘の嘘は果たして、本当に嘘だろうか。
ズキュン
BANG!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10055277#1
true
【ご注意】 ・巷で流行りの転生憑依冬木ちゃんねるをやってみた ・ただし知識はほぼ皆無 ・矛盾酷い ・キャラ改変酷い ・所々で腐ったりしてる (続くなら確実腐る) それでも許せるって言う人はゆっくりしていってね! [newpage] 【この発想は】ヘルスミー【なかった・・・orz】 1:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします このスレはきのことかウロブッチーの理とかを知ってる転生とか憑依とか厨2っぽい人達用の釣りの為の釣りによる釣りものです! だから釣りでもついて来れる人でもリアルでもだれでも良いから助けてホントヘルスミー!! 2:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします オイちょっと待て落ちつけww なんだこの慌てっぷりは、新人か? 3:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします いやいや、新人ならこの慌てっぷりはしゃーない 釣りでもなんでも話はきいちゃるから一端落ちつけ 4:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ほいほい、ようこそウロブッチーの理へ とりあえずコテとスペ晒しだ 5:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ヤバい人の温かさにホント泣きそう (´Д⊂ヽ っていうか若干リアルに泣いている、キショくてサーセン・・・ 6:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なんだ、本当にまいってるな、 どうした一体? 7:1 信じてもらえるか分からない・・・ というより、方法が無いんスけどね・・・ 俺、なんか鯖っぽいんだよ・・・ 8:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします え? 9:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします は? 10:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします (;゚Д゚)!? 11:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なん・・・だと・・・!? 12:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>7 あの、疑うつもりじゃないんだけど、証拠は・・・? 13:1 >>12 だめ、電子機器類が周りに全くない だから写真で写せる機材もないんだ・・・ 14:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします じゃあ今どうやってここでうってんの? 機材も何もないって・・・ 15:1 >>14 ネカフェってマジ素敵だよね もうこのままオレネカフェ難民になりたい・・・orz 16:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします オイ問題はそこじゃねーぞ、 お前クラスなんだよクラス! 17:1 >>16 はい、名無しに変わりましてアッサシーンがお送りいたします・・・。・゚・(ノД`)・゚・。 18:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ、暗殺者ktkrEEEEEEEEEEEEEE!!! 19:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 本物の破産先生かよ!?おいちょうおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 20:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします え、でもネカフェとかどうやって入った!? 21:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ、そりゃそうか 麻婆やら優雅の周りが周りじゃネット環境皆無だもんな! 22:1 >>20 ホント申し訳ないけど、変装用具をお店から無断拝借してきました・・・ 盗品店の関係者の方いたら真面目に申し訳ありません!! 23:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なんだこの礼儀正しい破産先生 かわいい 24:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>23 不覚だが禿同 25:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ、そう言えばこの間隣の店のコートが丸っとなくなってたことあったけど・・・ 26:1 うわぁそれオレかもしれない!! ホンットすいませんすいませんすいませんすいません!! でも他に方法思いつかなかったんス!! マジごめんなさい今度なんか方法考えて代金分の物置いて行きますから!!ヽ(;´Д`)ノ 27:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 暗殺者なのに律儀w いいこだなおまえww 28:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします っていうかこれ、お前らそんなこと言ってる場合じゃないぞ! 初の原作関係者じゃねーか!? 29:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ、そういえば!!! そうかいやでもおいまさかの鯖でって! 憑依か? 30:1 >>29 たぶん、そうだと思います・・・(泣) 前世 ・男 ・フツメン ・モブ ・弱い ・流されやすい ・押しに弱い ・強行突破されると簡単に看破される ・弱い 今 ・たぶん憑依 ・気づいたら破産先生の仲間入り ・なんか身体能力が前より上がってるやった ・え、でもこれちょっとまって破産先生じゃね? ・・・・オワタorz うえああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 身体能力が上がってひとっ飛びですっげぇ高いとこ上れたり木の上でも普通に生活できたり軽くNAR●TOじぇねwwwって思ってた時がオレにもありましたあああああああああああああ!!! あの時の俺を殴りたい!! そして今まさに全身全霊をかけてこの状況から逃げ去りたい!!全力全開のオワタフラグってなんだよそれスペランカーさんもびっくりだよ!!無茶言わんとって!頑張っても1/80なんだよオレのスペックはしかもマスターマーボ棄てる気満々だよむしろあの人の方が鯖だよどう考えてもスペック的に無理ゲーですありがとうございましたあああああああああああああああ!!! 31:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ちょ、うおおおおおおおおおおおお!!? 32:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ちょちょちょちょちょwww あらぶっとるあらぶっとるあらぶっとるwww もちつけ>>1 33:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします そして前世www お前どんだけ自己評価弱いんだよwww 34:1 。* ゚ + 。・゚・。・ヽ( ゚`Д´゚)ノ もうやだ・・・、なんなのこの無理ゲー・・・ どう考えてもラスボス相手に初期値だよ・・・ニコにあるLv1撃破くらいのスタイリッシュ不☆可☆能だよ・・・なにこの平凡プレイヤーにそんな高度技術求めてんの?・・・無理に決まってるじゃない・・・最初のクリボーで死ぬ人間ですよ?オレ・・・ 35:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ホント参ってんな・・・ ああでも、あの死に方じゃあなぁ・・・ 36:1 しかも一番最初のゲバビで死んだ奴の記憶とかもあるしもういやあああああああああああああああああ!! やだやだやだやだあああああああああああ!!あんな惨たらしくはないとしてもそれに似たり寄ったりな蹂躙死亡なんていやだああああああああああ!!死にたくないいいいいいいいいいいいいいい!! 37:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ああ、そう言えばアサシンの死に方って・・・ 数の暴力だもんなぁ・・・ 38:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>37 オイ止めろ思い出させんな泣きだすぞ!! 39:1 もうやだ・・・orz なんであんな黒く染まったもん欲しがるのみんな・・・ ちゃんと調べてよ・・・ うっかりとかしないでよ・・・ みんななかよくしよーよ・・・ 40:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あー、暗殺者の最後って確か・・・ 41:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 征服王か・・・ 見事なまでの数の暴力だったもんなぁ 42:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします うっわぁ・・・ 43:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 徹底的に数攻めだもんな 44:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします っていうかへっ込みパネェな まぁ、そうか・・・ 憑依して原作知識持ち挙句の果てには死亡確定の鯖じゃあな・・・ 45:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします お、ネットめぐりしてれば何かあるかとは思っていたが・・・ まさかこんなとこあったなんてな 46:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします お? 47:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします また新人か? 48:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします こんな中に投下とか、ある意味猛者な新人がいたもんだなwww 49:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ああ、ここって前世のこの世界の記憶持ちが集まる場所ってやつで良いんだよな? コテハンとスペックも出した方がいいか? 50:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします お、話が早い 51:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なんだ、新人にしては落ち着いてんな? もしかしなくても転生の初期からの記憶持ち? 52:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ああなるほど、妙に落ち着いてると思ったら・・・ 53:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>51 ああ、ある意味あってる それにたぶん、 1にも助力できるだろうな 54:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします え 55:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします お? 56:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします まさか 57:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 1、暴走するのはわかるが一端落ちつけ もしかしたら、救世主現るだぞ 58:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おい、1。この流れたぶん・・・ 59:1 (´;ω;`)? はい、一端落ちつきましたけど・・・ 60:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おう、なら自己紹介 というより、これ見せた方が早そうだな 【どっかで見たことのある翼やら天秤やら槍やらのなんか複雑そうな令呪】 61:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あれ? 62:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ちょ 63:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします え? 64:名無しに変わりまして時計塔の婚約者がお送りします ああ、ちなみにこの画像の手はオレのじゃない・・・ オレの友人兼婚約者である時計塔教授のもんだw 65:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ちょ、 66:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします うっそ 67:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 昼ドラ勢キタ――――――――――――――!! 68:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?   …………………………………   スレ民グスが叫んでおります    しばらくおまちください   ………………………………… 103:婚約者(♂) 落ちついたかー?ww 104:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします チキショウ何だこの当人の落ちつきっぷり・・・ 105:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします しかもコテハンwwww っていうか、外見美女で中身野郎ってどうなの?ww 106:婚約者(♂) >>105 はっはっは!!うらやましかろううらやましかろう!! そんじょそこいらの野郎共が欲してやまないデカイもんが自分についてやがるぜヒャッハーーーーーー!! っていうかマジ女体神秘! 毎月あんな血ドバドバ流してんのになんで死なねぇんだ? 107:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ちょ、やめろそういうのおまええええええええええええええええええ!! 108:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 品格を問われるだろうが下いの禁止いいいいいいいいいいいいいい 109:婚約者(♂) いや、純粋に不思議だろ? 野郎だったころ白いの出てたことあったけどそれが毎月の赤いのに代わってんだぞ? ああ、外面については安心しろ。品格は餓鬼の頃からしごきまくられたからな。猫かぶりについちゃピカイチだ ああついでに 前世 ・ごく普通に野郎だった ・一応知識持ちだが、転生なんでちょっとあやふやになってきてる ・まぁ、1ほどは弱くなかったと思うぞ 今はいわずしても騒がれてる通りだw 以後お見知りおきをw 110:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なんと言うハードメンタル 1、救世主というか見習うべき相手が現れたぞ 111:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ああ、この強かさ・・・というよりむしろもうこれ兄貴とか番長って呼んだ方がよくねぇww? 112:1 えっと、 ・・・マジで? 113:婚約者(♂) んじゃついで 【見たことある黄色と赤の槍】 一端持たせてもらったけどやっぱ男としちゃこういうのってワクワクするよな!! ちょっと格ゲー技真似したらシャイニーにはめっちゃビビられたけどwww シャイニ「ものすごく、御達者で、あらせられますね・・・」 ほめてもいいのよwww 114:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なんだこの番長、ノリノリである っていうか、芸♂某とか芸♂JAL具とかいいなーーーーーー 115:1 ほ、 116:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ん、1? だいじょうぶか? 117:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします そういやなんか反応薄いな まさかやっぱ釣りだったとか・・・ 118:1 ち、ちがうから! ただちょっと、・・・・・・・リアルで泣いてた 119:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします wwwwwwwwwwwwwwwww 120:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ちょ、1wwwwww 121:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 泣くなwwwww 122:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おまwww 123:1 だってえええええええええええええええ!! ほんとうに安心したんだもん!!! ほんっとーーーに怖かったんだぞ!? こんな転生憑依ポコポコいるような世界なんざ原作乖離もあるからいつ死ぬんじゃねーかってこの方法思いつくまで毎日夜一人で枕をぬらしてたんだからな!!! でも寝なくていい体のお陰で作戦タイムはいっぱいあったけど! 124:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします まぁ気持ちは分からんでもないが・・・ でも良かったじゃねーか、助けてもらえそうで 125:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします っというか、助かりそうってこと? 俺らって言うか冬木そのものが 126:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ 127:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします そういや・・・ 128:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 此処には現在原作関係者が2人います 129:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします で、昼ドラ陣営は・・・ うん? そう言えば問題解消出来てんのか? 130:婚約者(♂) ? もしかしなくても俺んとこの夫婦仲聞いてる? 131:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします いや、その・・・ええと いえす? 132:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なんというか、応答に詰まるな >>131 の気持ちが分からんでもない 夫婦仲、っていっていいのか? 133:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします でもそうだな お前中身というか、前世男だろ? それなのに女の体で、挙句婚約者の男あてはめられて大丈夫なのか? ・・・色んな意味で 134:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>133 色んな意味で 135:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>133 色んな意味で 136:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>133 色んな意味で 137:名無しに変わりまして133がお送りします やめてクローズアップしないで;;; だからあえてオブラートに包んだじゃん! 歯に衣どころかほとんど包みまくったじゃん! 138:婚約者(♂) >>133 色んな意味で ああ、そういうことか そっちに関しては問題ねぇだろ、アイツならまた広げてもいいと思えるし 139:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします だwかwらw 140:1 なんか・・・ 外見分かるせいで中身が中身だと逆にこっちがダメージ 喰らうような気がするのはおれだけでしょうか? 140:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 安心しろ1、 オレもだ 145:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ああ いやなんつーか・・・、なぁ? 146:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 俺はこれはこれでありかとも思うぞwww 147:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>146 お前もしかして・・・M? 148:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>147 なぜわかったし 149:婚約者(♂) >>147-148 言っとくがアイツはそうじゃねーからな? そもそも考えてみろ 外見と中身が合わないのはもう餓鬼の頃こういうモンだとあきらめた けど、婚約とかまで言われてみちまえば流石にごまかしきれない 親とも長いがこれから先は相手と一生運命共同体だ まじゅちゅと家名の関係上、離婚という汚名もそうそうに立てられん ・・・というわけで、すでに教授に本性はぶっちゃけずみなんだwww 150:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします は? 150:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ちょ 151:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします え 152:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なんと、いう 153:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ってことは? 154:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ぶっちゃけたのは婚約顔合わせの後日 丁度お誘いいただいたディナーの際だ 要約すると、こうだ ・前世の記憶がある ・しかも前世が男だった ・家の関係やらまじゅちゅしの家系やら諸々は了解している ・ただし考え方は一般人のそれだ ・挙句中身も中身だからアンタ(教授)を恋愛対象とみなすことはできない で、 ・それでもいいというなら、パートナーという立場で、オレを貰って欲しい と言った ・・・というわけで今オレの婚約者は頼れるパートナー兼親友だw 155:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なんというか 156:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします oh・・・・ 157:1 すごく、漢前です・・・ 158:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 婚約者♂ あんたもしかして・・・つ【893】? 159:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ、兄貴ーーーーーー!!! 160:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします >>158 残念ながら普通に公務員だったぞ ただ、そっちの筋してたらのし上がれただろうなとは言われたことがあるがなwww 161:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします いやでも ならなんで戦争に参加したんだ? アンタヘタすりゃ蜂の巣だぞ!? 162:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ 163:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします うわあああああああああああああああああああ!!!!! 164:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします いやいやいやいや! でも陣営の昼のトライアングル状態が解消されているなら何とかある程度は生存フラグが立つはずでは・・・? 165:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします つ【死亡シーン:まさに外道スナイパー】 166:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 奴なら、何が何でも殺ってくれそうだよな・・・ 167:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします うわぁ・・・・ 168:1 (;´Д`) 169:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします しかも、婚約者ともどもだぞ・・・ 170:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ああ、こんな漢気溢れるとはいえ・・・ つまり先生は、婚約者(♂)を、告白を聴いたうえで受け入れてくれた凄い人だもんな・・・ 171:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします オレ、先生に逢えるんだったらかませって言ったこと土下座で謝る 172:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします オレも ノ 173:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ノ 174:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ノ 175:婚約者(♂) ああ、そっちについても問題ない 一応これでも原作知識持ちだからな 婚約者(親友)には全部しゃべった 176:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ( ゚д゚) 177:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ポポポポポ( ゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)ポカーン… 178:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ちょΣ( ゚Д゚) 179:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします え 180:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします お おまあああああああああああああああああああああ!!!!??? 181:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 言っちゃったの・・・ 言ったのに来たの!? 182:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 先生馬鹿なの無謀なの死ぬの!? いやだぞ! せっかく昼ドラ解消されたのに此処で来て死んじゃうなんて! っていうか、こんなに漢気が溢れる人が死ぬなんて!! 182:婚約者(♂) だって考えてもみろ ・戦争には相応ヘッポコヘッポコしいまじゅちゅしでも参加可能 ・条件がちょっとでも引っ掛かれば即採用 ・むしろこれ性敗のほうが出る気満々だろ みたいな状態で、一枠かけてみろ ・・・・冬木のジャックザリッパー以上の殺人鬼コンビでも生まれたらどうする気だ? 183:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ( ゚д゚)ハッ! 184:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします それは、ちょっと・・・ 185:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします (;・д・)ゴクリ… 186:1 いま、なんか鳥肌立ったんスけど・・・ 187:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 或いは・・・、そうだな 全く関係のない・・・語時戦争ゲーム当初のブラウニーみたいな人間が巻き込まれる可能性だってある いっそ、ブラウニー自身がこれに巻き込まれるっていう可能性もな・・・ お前ら、そんなのを 生まれ変わった別人ですから関係ありませんってツラして、ケツまくれるほどオレがお上品に見えるか? 188:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ、 189:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ああああ 190:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします やばい なんていうか このひと・・・ 191:婚約者(♂) なんでな 婚約者自身には全部ぶっちゃけた上で それでもいいっていうならついてきて欲しいっていってあるw しかもよく聞け野郎共、 この婚約者、二言返事で了承しやがった男前ださあ今すぐ咬ませを撤回しろ!! そして時計塔のロードを崇め奉れえええええええええええええ!!! 192:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おおおおおおおおおおおおおお!!! 193:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 胸熱!!! 胸熱過ぎるぞこの展開いいいいいいいいいいいいいいいい!!! 194:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします なにこのひとたち!! なんかかっこいい!! 冗談抜きでかっこいいいいいいいいいいいいいいい!! 195:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします もうあんた婚約者♂じゃねぇよ、兄貴だよ!! いや、姐さん! 姐さんと呼ばせて下さい! 196:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ、ズルイオレもそう呼びたい!! 姐さーーーーーーん!! 抱いてーーーーーー!! 197:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします バッカ野郎オレが先だ! 踏んで下さい! 姐さん!! 198:1 ダメだオレ・・・ もう画面が涙で見えなくなって来た・・・・(ノД`)・゚・。 199:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 1、しっかりしろ!! 感動するのは分かるがお前の命運リアルにこの人にかかるかもしんねーんだぞ!! 200:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 姐さんよろしければラブストーリーの続きを!! いえむしろ姐さんの漢気に惚れた挙句に受け入れた教授のお話をkwsk!!是非とも!! 201:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おいまてお前! 1の命運もかかってるんだから今はそっち優先だろう!? 202:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ああああそうだった!! 203:1 あ、はい 忘れないで頂けると嬉しいです あと、後でいいのでオレも二人のなれそめ聞きたいかも 204:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おまwwww 205:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします ダメだコイツwww 206:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします だからなんでそう・・・ でもなんか1だと許される気がしてきたwww 207:婚約者(♂)あらため姐さん そうだな・・・ じゃあ、携帯か何か渡せばいいか? オレの名義で買ったのをお前に渡せば、随時此処で連絡が取り合えるだろう 此処で作戦会議をしつつ、報告会だ まさか鯖が逆スパイしてそのうえ繋がってるのがネット上なんて発想はそうそうないだろう あと死亡フラグ戦闘云々に関しては・・・・ そう言えば暗殺者って監視ばっかだったよな? お前普段何してんだ? 208:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします あ、そういえば・・・ 209:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 監視ばっかりで、それ以外って? ヤバくなるのは飲み会シーンだよな? それ以外どしてんの? 210:1 あ、普段に関してはご安心を そもそもオレもとの人格がスパイ活動用じゃなくて給仕活動用人格だったぽい ので、今は優雅とマスターマーボのご飯作ってますん(`・ω・´)キリッ 211:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おい、 おいwwwwwwwwwwwwww 212:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おまっwww くっそどこまでwww どこまでもれらの気持ちをwww 213:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします お前男だよね? ほんっっっとうに前男だったんだよね? 214:1 (・∀・ )??? うん、ちゃんと男してたよ? っていうか今も男ですよ? 215:姐さん まぁまぁお前ら、言ってやるな 普通に好青年ってやつだったんだろうよw じゃあ・・・そうだな、 夜はヤバいから昼がいいな 明日の昼辺りにでも適当に外に出て携帯をどっかに置いてくから 暗殺者スキルで見つけて適当に拾ってくれw 216:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おおおおおおおおおおおおお!! 217:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 良かったジャマイカ! 1!! 218:1 はい!はい姐さん! ありがとうございます! って言うかみんなもマジありがとう! ほんっと一般人っていいよな!まじゅちゅしとか怖くて泣きそうだったから心がこんな安らいだの久しぶり!! じゃあ今度は携帯から顔出すから! 保守とかなんか目星とか付けててくれたら顔出してお礼言うから! あ、あとお店には宝石とか貰って置いとけばいいかな!? 219:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 律儀wwwww 220:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 1、お前 ほんといいこ・・・ 221:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 今時こんな真っ直ぐな奴いねーよ ・・・生前は良い奴だったんだろうな・・・ 222:1 止めてまだ生きてるから今現在的に!! とりあえずそろそろ物資補給任務(という名の買い物)っていうには長すぎるから落ちるな! もし早ければ明日のお昼に顔出すから! みんなあざーーーーす!!!! 223:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします おーーーー!! 224:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします またなーーーーーーーー!! 225:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします またあした!! でもおい、いま物資補給って言わなかったか? 鯖で? 226:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします いうな 言っちゃだからそこだけは!! 227:姐さん まあそういう繋がり方のところもあるんだろ そうそうところで一つ相談があって此処着たんだが、いいか? 228:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします はい!! なんなりと!! 229:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします はいよろこんでーーーーー!! 230:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします 皆の衆、姐さんが我等の知恵を御所望だぞ! 無い中身ほじくり出してでも素敵なお答えを献上せよおおおおおおおおおおおおお!! 231:姐さん おうおうノリいいなお前らw では遠慮なく シャイニーがどうも婚約者な親友を取って食いそうなんだがどうしたらいいと思う? 232:名無しに変わりまして冬木市民がお送りします え? ――――――――――――――――――― 此処で力尽きた・・・orz あと、なんかレージュでた姐さんがキャスターな兄貴カーマボーコーしたり、 1がマスターマーボに正体バレてBOSSのホ●イCMみたいになったり、 斬鉄剣ハリセン装備した姐さんが優雅タコ殴りしたりっていうネタが一応ありますん。 ・・・・・・需要あるならたぶん書く、かも?
憑依したと思ったら何か鯖になってしまったっぽい>>1。ヘルプスレを何とか立ててみたらそこに現れたのはなんと…!//ちゃうねん。こんなつもりじゃなかってん。何か気づいたらこうなってしもたんよ…。
【この発想は】ヘルスミー【なかった・・・orz】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005535#1
true
 作者のメンタルは豆腐なので誤字とかあれば優しくご指摘ください。  鈴木園子成り代わりです。  なので原作の鈴木園子はでてきません。  救済あり。当然ながら捏造あり。  カップリングは京園ではございません。  落ちはスコッチ予定です。  以上の説明で駄目だと思ったらそっと閉じてください。  それでもよろしければどうぞ [newpage] ――「男って馬鹿よね。」 [newpage] 「そう言ってやんなよ…。」  コナンと園子の前では景光と京極による肉弾戦が行われている。  ヒロキは興味ないからっと先に鈴木邸のなかに戻って行ってしまった。  格闘好きの園子の父は目を輝かせ、母である朋子はその決着を見定めるようにみている。  コナンとヒロキを抱えたまま園子達を探し回ったのだが、結局景光は二人を見つけることは出来なかった。  空を見上げれば、もう夕暮れだ。 「お前ら何処行っていたの?」  デートの定番だろう近郊のデートスポットは網羅していた気がするのだが、すれ違いもしなかった。 「愉快なネーミングのラーメン屋にゲームセンター。病院とかね。病院の広場で京極の型みせてもらったけど、さすが蘭がいうだけあって綺麗だったわよ。」 「は?」  何故そこをチョイスした。意味がわからん。 「割と楽しかったわよ。最近ジャンキーなものも食べてなかったし。」 「とりあえず、病院って事件に巻き込まれたりしたのか?」 「いいえ、絡まれたくらい…。ただそれに巻き込まれて倒れた女の人がいたから病院に行ったのよね。」 「そうか……。」  そりゃあ、すれ違いもしないはずである。 「お前、京極さんのことどう思ってんの?」 「……好ましい人間だとは思っているわ。でもそれだけ。」 「お前さぁ……。」 「五月蠅いわね。」  剣呑な目つきでコナンを見下ろした。 「私のためっていうけど、私が『鈴木』を捨てて幸せになれると思う? それならば鈴木のためになり、それなりに好ましい人間と将来を共にした方がいいでしょう。」  恋だの愛だの浮ついた気持ちで家なんて継げるはずがないと園子は断言する。 「わからねぇ奴だな! 別に『鈴木』を捨てろなんて一言も言ってないだろ!? 少なくとも、景光さんに京極さんが勝てば活路はある!!」  蘭が強者と称した男だ。勝機はある。  京極は頭の悪い男ではないのだから、教育すれば化ける可能性もあるだろう。  そのためには朋子が出した条件である『景光を倒す』というミッションをクリアしなければならない。  鈴木邸に京極は園子をおくり、そして両親に出会った。  父である史郎はまだ高校生である園子は自由であるべきだとしているが、朋子は違う。  鈴木を継ぐべき男を探し、園子の夫としようとしている。  園子が咄嗟に言ったように只の『友人』としていればよかった。だが、実直な京極は園子を好いていることを正直に両親へ告げた。  だから条件をだされた…。 『先日園子を救ってくれたことには感謝していますわ。 私と賭けをしませんこと? 貴方が誇るその空手を駆使し、園子が選び側に置いている側付きを倒すこと。倒すことができ、その空手で園子を守り通せる力があるのならば、……それも定めと受け入れ、園子にふさわしい相手となるように『鈴木』が貴方を養育させていただきますわ。しかし、貴方が半生以上をかけ、才能がある空手ですら、うちの側付きに至らぬというならば貴方は役不足。きっぱり園子から手を引いていただきます。」と。 [newpage] 「理想論だわ…。」  まだ、京極がお金持ちになりたいという願望がある人種であれば違うだろう。  だが、あればそういう人間じゃない。 ただのありのままの『園子』を見つけてくれた人。  それでも、ありのままの『園子』をずっと愛してもらえると思えるほど楽観的ではないし、園子の周りには余計な付属品が多すぎる。  そしてありのままの『園子』は、鈴木の跡取り娘。  跡取りである私まで丸ごと抱えられるほどの技量と力がいるのだ。  惚れた腫れたの気持ちで越えられるような低い壁ではない。  まだ高校生なのだ。  まだ普通の高校生である京極が将来の伴侶を決めるには早すぎる。  京極のそれこそ半生以上を注ぎ込んだ空手すら奪うことだろう。  それを園子は許容しない。  好ましいと思った男であるからこそ、園子にはもったいない。  謀略・計略・奸計に包まれた此方ではなく、平凡で普通な温かい家庭を持つ方が相応しい。  それに……、 「京極さんは景光に勝てない。」  園子の断言に、コナンはその蒼を見開いた。 [newpage]  両者満身創痍。それでも決着がついた。  地に沈んだのは京極。 「な、何で?」  園子を襲った犯人を倒した姿から見ても、そうそう負ける様な男ではない。コナンは予想外の結末に動揺する。  だが、予定調和とでもいうように園子は二人を見ていた。 「確かに格闘センスというものならば、遥かに京極さんの方が上。でもね…経験が違う。そして覚悟も違う。」  景光はあれで犯罪組織に潜入捜査をしていた男なのだ。  泥水啜って、手も汚しただろう。人もおそらく殺している。  ただの大学生程度の犯人を倒す程度ならば倒すことができるだろう。だが、お綺麗なルールに乗っ取り、学んだスポーツをする京極が勝てるはずがない。  土壌が違う。立つ場が違う。 「そして景光はもう失態が許されない。」  これで京極に負ければ、どんなに園子が庇おうとも景光は側付きから降ろされる。もう一度失態をしているのだ。二度目はない。  職務のためにも景光は負けられない。  だからこれはわかり切った結末。 [newpage] 「園子?」  呼びかけるコナンを無視し、京極の元へ歩みを進める。  整えられた芝生は縦横無尽に動き回ってくれたおかげで乱れている。  そこに寝そべり、息がまだ整っていない京極を園子は見下ろした。  肩で息をしながら園子に近づこうとする景光に、下がるように手で合図する。  景光は唇を噛みしめながらも頷き、両親の後ろで控えた。 「京極さん……。」 「これが貴方の生きる世界なんですね…。」  京極が感じたのは純度の高い『殺意』。 『倒す』ではなく『殺す』。 殺されるかもしれないと身が強張った。  試合相手とは全く異なる強者との闘い。  だが、そういう世界なのだろう。  園子を守るために手を『汚す』。  そんな覚悟が透けて見えた。 ――そうでなければ財閥令嬢たる園子を守り通すことができない。  京極が守れたのは、相手が素人だったから。  俺はまだ――弱い。  側に膝を抱えるようにしゃがみこみ、首を傾げた。 「これは序の口よ?」  鈴木と関わるということは光もあれば闇もある。 「そうですか……。」  京極は倒れたまま、片手で顔を覆った。その体は震えている。 「でもね。京極さんが悪いんじゃないわ。」  白魚のような指先で、悔しさに震える京極の頭を撫でる。 「『礼を学び、身体を鍛え、自らを成長させる。』武道って普通はそういうものでしょう?京極さんは間違ってないの。ただここはその『普通』とは異なる場所なだけ…。」  住む世界が違う。  それを身をもって理解した京極。  それを園子は寂しさと諦めを込めて見つめた。  時に折れ、傷つけながら鍛えた手の皮膚は固い。その褐色の手のひらを伸ばし、園子の頬に触れた。  その手のひらに園子は頬を沿わせながら、新緑の瞳を伏せる。 「園子さん」 「…なぁに?」 「俺は弱いです。俺は甘かった…。今の俺では貴方に想いを告げるにもふさわしくない…。」  意志の強さを示す太い眉をしかめながら、京極は悔いるように告げる。 「それでもふさわしくなくとも、――貴方のことが好きなんです。」  園子は新緑を驚愕に見開いた。  群青が熱情を孕みながら、此方を見上げている。  思わず園子は後退りしそうになるが、逃がさないとでも言うように京極はその白い手を掴んだ。   「今の俺は貴方の隣に立てません。立つ権利もありません。だけど俺は貴方をまだ諦めたくない!」 「何を……。」 「どうか、俺に時間をください!!」 「ば、バッカじゃないの!?」  真摯に願う男に、園子は令嬢の仮面なんかかなぐり捨てて怒鳴り返した。 「武者修行をして私の空手を極めます。そうすれば貴方の隣に立つための教育を受けさせてもらえるんでしょう?私は貴方より一つ年上なだけです。まだ時間はある。」 「手を引くって話だったでしょう!?」  あまりの事態に園子は動揺する。  京極は立ち上がると、園子の両親の前で土下座をした。 「どうか、私にもう一度チャンスをください。」  史郎は顔を上げさせようとオロオロとし、朋子は腰に両手を添えたまま睥睨する。 「諦めの悪い殿方ですわね…。」 「おい、朋子!」 「しかし、それほどに園子を想う殿方がどこまでやれるか見るのも一興…。」 「お母様?」「朋子?」 「良いでしょう…。貴方が誇る空手でもう一度私を認めさせることが出来たのならば、貴方を園子の伴侶となれるのか直々に鍛えて差し上げます。」 「ありがとうございます!!!」 [newpage]  混乱する場。  だからこそ、背後で景光が茫然と虚脱状態になっていることに気付くものはいなかった。
 いいね、コメント、フォローありがとうございます。<br /> なんかすっごい京極さんが粘るし、しつこいし、諦めが悪い感じで字数が奪われました。予定の場面まで進まなかった……。<br /> それでもよろしければどうぞ。
財閥令嬢の憂い
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10055630#1
true
今日も今日とて残業残業。何でうちの会社の営業はこんなに遅くなるのか分からないけど、預金だの保険だの、外貨建てだの投資信託だの、商品が多すぎて本当に嫌になる。もう毎日毎日嫌になる事が多いのに、最近の私は仕事がそこまで苦痛じゃない。 「ただいまー」 「千歌ちゃんお帰り!」 「うわっ!だから突然抱きつかないでよもー」 曜ちゃんがうちに住むようになって一ヶ月。家に帰れば美味しいご飯、温かいお風呂。そして何より私が帰るとパタパタと走って出迎えてくれる曜ちゃんがいる。 口では抱きつかないでなんて言ってるけど、正直口角が上がる事を止められない。 曜ちゃんは毎日私が帰ってくると必ずこうやって抱きついて、頭をぐりぐり、匂いをすんすん、本当に犬か!ってくらいの愛情表現をしてくれる。 そういえば実家のしいたけは元気だろうか、曜ちゃんを相手にしていると毎日しいたけを思い出すレベルだ。 「今日はねー、金曜日だからカレーにしたよ!千歌ちゃん知ってる⁉︎船に乗ると曜日が分からなくなるから金曜日はカレーなんだよ!」 なんて、何処から仕入れたのか分からない豆知識まで披露してくれて、上機嫌でカレーを盛り付けてくる。 「曜ちゃん今日は何してたの?」 「ん?今日はねーお家の周りをお散歩して、公園のおばあちゃんとお喋りしてた!」 正直曜ちゃんと一緒に暮らし出して、曜ちゃんについて分かった事は少ない。 毎日何をしているのか聞いてみるものの、大抵はお散歩と筋トレ。あとは食材のお買い物。お金は私がいくら払おうとしても貰ってくれない所をみると収入はあるらしい。 あとは私が買ってあげた洋服も着てくれない。最初の方は服も無かったから私の洋服を着させていたけれど、さすがにずっとは大変だから買ってあげたのに曜ちゃん曰く、 『千歌ちゃんの匂いがするやつがいい!』 とか言って一度も着てもらえていないのが現状だ。実際洗ってるのにそんなに匂うとか千歌どんだけ臭いのと落ち込みそうになったのに、 『千歌ちゃんの匂いすっごくいい匂いなんだよ!好き!』 なんて言ってくるからもう何も言葉に出来なかった。 「ねぇ曜ちゃん、大学行かなくて大丈夫なの?」 「ん?大学?…えっとねー…今は大丈夫!そのうち行く!」 結局色々聞こうと頑張ってみるのに核心に迫るような事を聞くと、えへへと眉毛を下げて笑うせいでそれ以上聞く事が出来ないでいた。いや、もしかしたらきちんと聞けば答えてくれるのかもしれないけれど、この環境に慣れてしまった私は下手な事を聞いて曜ちゃんが居なくなったらどうしよう、なんて事まで考えるようになってしまっていた。 これは曜ちゃんが居ない事に困るんじゃない、ご飯を作ってくれて、お掃除もしてくれて、家に帰れば温かいお風呂があるこの環境が大切なんだ、と、自分に言い聞かせる毎日だ。 「曜ちゃん、もう寝るよー」 変わった事がもう一つ。曜ちゃんと2人で一つのベッドに寝るようになった。 初めはわざわざ曜ちゃん用の布団を買ってそこに寝てもらうようにしてたのに、朝起きたら隣に曜ちゃんがいるのが一週間以上続いて私も諦めた。 曜ちゃんの体温は高めで子供体温だから夏の今の季節は正直暑いけど、曜ちゃんが1人だと嫌がるから仕方がない。 ただ困る事が一つだけある。 「千歌ちゃん好きー」 「っん…曜ちゃんっ、ちょっと!舐めないでってば!」 「えー…ペットが飼い主を舐めるのは愛情表現だよ?」 「曜ちゃんはペットだけど舐めちゃダメなの!」 そう、曜ちゃんはやたらと顔を舐めてくるのだ。距離感が近い子だなとは思っていたけれど、一緒に寝るようになってから、とにかく鼻とか目元とかをキスをしながら舐められる。口にされそうになった時は思いっきり叩いて今はもうしてはこなくなったけど、この子の貞操観念どうなってるの!親は何教えてんの!って流石の私も怒りそうになった。 「千歌ちゃんいい匂い…」 「んぁ…だから舐めちゃダメだってばっ…」 曜ちゃんが私の首元に鼻を寄せて、すんすんしながら舐めてくる。正直毎日こんな事をされると私だって変な気分になってしまって、我慢をするのが辛くなる。 曜ちゃんは耳も触りながら舐めるのがお気に入りみたいで、もう本当にどうしたら良いのか分からない。 「っやぁ…よーちゃ…お願いだからっ…ストップ!」 どうにか曜ちゃんを無理矢理引き剥がして、めいいっぱい睨みつける。 そうするとにこにこした顔の曜ちゃんと目が合って、 「千歌ちゃんの声、かわいい!もっと聞きたい!」 なんて、ふざけた事を言いながら目尻をまた舐めてくるからどうしようもない。 曜ちゃんが私の事をどう思ってるのかなんて分からない。 私はこんな事をされて変な気持ちになっていても、曜ちゃんにとってはただのじゃれ合いだ。 それでも曜ちゃんが居ない毎日なんてもう思い出せそうにないくらいには、曜ちゃんは私にとって大切な存在になっていた。 「よーちゃん⁉︎これ以上舐めたら明日から一緒に寝ないよ⁉︎いいのね⁉︎」 「えぇ⁉︎ごっごめん千歌ちゃん!怒んないでよー!千歌ちゃんがかわいくて我慢出来なくて…って千歌ちゃんそっち向かないでよー!」 [newpage] 家に同期の梨子ちゃんがやってきた。金曜日の夜、久々に2人で飲もうってなって、楽しくなってたくさん飲んでしまった。 その勢いで、最近ペットを飼い始めた事を伝えてしまい、根掘り葉掘り聞かれ、とうとう人を飼い出したと伝えてしまった。 「えぇ⁉︎人⁉︎千歌ちゃん人飼ってるの⁉︎何その薄い本の展開!」 薄い本が何なのか私には良く分からないけど梨子ちゃんが大興奮してしまい、見たい見たいと強請られた結果、とうとう梨子ちゃんを家まで連れて来てしまった。 「た…ただいまー」 ドタバタとすごい勢いでキッチンから走ってくる音が聞こえて 「千歌ちゃんおかえりー!今日遅かった…ね?」 私の後ろから隠れるようにして顔を出す梨子ちゃんを見て一瞬止まる曜ちゃん。 「あー…なんか、曜ちゃんの事話したら会いたいって…梨子ちゃん、同期なの」 「あ、そうなんだ!初めまして!曜日の曜って書いて、よう、っていいます!よろしくであります!」 「は!初めまして!千歌ちゃんの同期の桜内梨子と申します!」 曜ちゃんはかわいくにこって笑って敬礼のご挨拶。梨子ちゃんは後ろで靴を脱ぎなら何あの子、すごい可愛くない?千歌ちゃんちょっとあれは優勝… とか言っていたのが聞こえたけど、私としては愛想良く挨拶をする曜ちゃんに何故かイライラ。いつもは帰って来たらすぐぎゅーして匂いとか嗅いでくるのに今日はそれもないし、なんだか落ち着かない。酔ってた気持ちが急激に冷めていくのが分かる。 リビングに戻って曜ちゃんが手早くおつまみを作ってくれて3人でおしゃべりをする。ちなみに私と梨子ちゃんは飲んでるけど、曜ちゃんは飲んでいない。 本人曰く20歳は超えていると言っていたので曜ちゃんにも勧めたけれど、 「曜はお酒は飲んだらだめよ、って言われてるんだ!」 とか言っていた。そんなこと誰に言われてるのか分からないけど、どうせ聞いても答えてくれないと思ったら何だかまたイライラが増してくる。 「曜ちゃんは千歌ちゃんのペットなの?」 「うん!千歌ちゃんに飼って!ってお願いしたんだー!」 「えー!曜ちゃんみたいな子に飼ってって言われたら私も飼いたい!」 「ほんと⁉︎梨子ちゃんすっごく美人さんだもんね!でも私は千歌ちゃんが大好きだからダメー!」 「えー!千歌ちゃんずるい!でも千歌ちゃんと曜ちゃん…いい…」 気付いたら2人で勝手に盛り上がって楽しそうにお喋りをしている。 ムカつく。じゃぁもう梨子ちゃんの所行っちゃえば!って、喉から出かかる言葉をどうにか飲み込む。 自分でも何でこんなにイライラしているのか分からない。今日はもしかしたら飲み過ぎたのかもしれない。 「千歌ちゃん、もう眠い?」 私があまりに静かだったせいか曜ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。 今は曜ちゃんのその困った顔も見たくなかったから目も合わせずに 「うん、私もう眠いから先に寝るね?曜ちゃんお客様用のお布団梨子ちゃんに敷いてあげて。ごめんね、梨子ちゃんせっかく来てくれたのに…」 「私は全然大丈夫!ごめんね千歌ちゃん、無理言っちゃって…」 「明日またお喋りしようね、おやすみ」 空気を悪くするのは分かってたけど、どうしてもその場に居たくなくて、寝室に1人で戻る。 布団に入っても全然寝ることが出来なくてずっとゴロゴロ寝返りを打つ。 リビングからは楽しそうな梨子ちゃんと曜ちゃんの笑い声。 いつもの曜ちゃんの体温の高い温もりもない。最近は秋に近づいてきて、夜は肌寒い事もあるから何だか寂しくなってくる。 違うもん、ちょっと今日の夜は涼しいから寒くて寂しいだけだもん、なんて、誰に向けての言葉か分からないけど1人で呟く。 もやもや考えているうちに曜ちゃんが寝室に入ってくる音が聞こえて、ベッドがギジリと音を立てる。曜ちゃんがいつものように布団の中に入ってきて、後ろから抱きしめられる。 「千歌ちゃん、寝ちゃった?」 曜ちゃんの声が聞こえるけど、今はまだ話したくなくて寝たフリ。 「千歌ちゃん?無視しないでよ…寂しい…」 曜ちゃんの囁くような声が聞こえて、それだけで胸の奥が熱くなる。 「千歌ちゃん、起きてるよね?こっち向いてよ…」 渋々曜ちゃんと向き合う形になるけれど、正直今は顔を見られたくない。だって今絶対ひどい顔してる。 「やっと千歌ちゃんの顔ちゃんと見れた…」 曜ちゃんがそうやって優しく言ってくれるから、何でか分からないけど涙が出てくる。 「千歌ちゃん泣かないで?」 「…っ…ないてないっ…」 曜ちゃんは目尻にキスを落としながら舐めてくるから、何でこういう事するのとか、曜ちゃんは私の事どう思ってるのとか、だいたい曜ちゃんは今までどこで誰の所にいたのとか、いろんな事を考えてしまって涙が止まってくれない。 「ん…しょっぱい…ねぇ千歌ちゃん、大好きだよ?」 そう言って、おでこ、鼻、目尻をまた舐めてくる曜ちゃん。 「……っよーちゃんってほんとに犬みたい…千歌のわんちゃん…」 「……わんっ」 優しく笑いながら今度は唇を舐めてくる。いつもなら思いっきり叩いて止めるのに、私ももう我慢が出来なくて少しだけ舌を出してみる。 曜ちゃんは私の舌を舐める様に絡めてきて、そのまま口の中へ。私のより少し熱い曜ちゃんの舌が私の中で好きに動き回るから息ができない。曜ちゃんが私の頬っぺたを両手で包んで離してくれない。 曜ちゃんの手があったかい。 曜ちゃんの舌があったかい。 曜ちゃんと触れ合ってる所が気持ちいい。 「っん…よーちゃん…もう一回…」 どうやら私はこの得体の知れないペットの事をたまらく好きになってしまったみたいだ。 「梨子ちゃん昨日はほんとにごめんね⁉︎眠さに我慢出来なくて…」 「大丈夫!千歌ちゃんっ!頑張ってね!曜ちゃんと千歌ちゃん、いいと思う!」 「ん?うん…?」
ペットな曜ちゃん第2弾。<br />2話分あったのですが思いの外短く出来たので2つ繋げました。<br /><br />書き溜めてたのがここまでなので、あとは少し時間がかかるかもしれません。<br /><br />いやペット曜ちゃん…誰か他の人も書いてくれー絶対可愛いと思うんですよね!もしくは逆!ペット千歌ちゃん!自給自足よりも人様が書いたやつ、もしくは描いたやつを見たいのだ…
犬なりの愛情表現です
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10055661#1
true
あてんしょん! ・今作は[[jumpuri:「元歌仙兼定(成り代わり)が今度は工藤家長男として過ごしてる話」 > https://www.pixiv.net/series.php?id=982326]]シリーズの続編になります ・成り代わり、転生要素有 ・とうらぶ×コナンのクロスオーバー要素有 ・捏造、救済、お手の物! ・オリキャラとか地雷のひと逃げて、超逃げて。ここは地雷原だ! ・心の広い方向け ・今作は腐ではありませんが、同ラインにて生産されているのでご注意ください [newpage] 「はあ? ガキを預かって欲しい、だあ?」 素っ頓狂な声を上げたのは、昔から何かと僕ら兄弟のことを気にかけてくれていた毛利のおじさんそのひとだった。 投げかけられた質問に頷くことで是とすれば、彼は難しそうな顔をしてがりがりと自分の側頭部を乱暴に掻く。 そばには蘭ちゃんがいて、こちらをちらちらと気にしていた。 「うん、そうなんだ。無理な頼みだとは重々承知しているけど、それでも頼れるのは毛利のおじさんだけなんだ。――だから、お願い!」 「……いや、そりゃまあ、なんだ。オメーのたっての頼みなら聞いてやりたいけどよぉ……」 この通り、と頭を下げると、毛利のおじさんは弱ったように眉を下げて、僕の隣で行儀よく座っている少年に目を向けた。 「……コナン、だったか」 「うん。工藤コナンです。よろしくお願いします」 「お、おう。けどよぉ、オメーはそれでいいのか」 「僕としては、とくに不満はないよ。毎日ってわけじゃないし、それに[[rb:六花 > りつか]]兄ちゃんと相談して決めたことだから」 工藤コナンとは、新たに増えた僕の弟である。 彼の身元は、もとはといえば海外で暮らしていた親戚のひとり息子だ。 しかし、彼の両親は不幸な事故でその命を散らせてしまった。 ひとり遺された息子は引き取り手もなく児童養護施設に引き取られる手筈となっていたが、それに待ったをかけたのが僕らの両親である。 コナンがいた江戸川家と工藤家は親同士の仲が良く、交流も頻繁にあった。 このことからコナン自身もうちに来ることを了承し、養子手続きを行ったことで彼は正式に工藤家の子供になり。 僕や新一からしてみれば、新たな末の弟となった。 子供たち同士の面識はあったものの、改めて紹介するために両親と揃って日本に一時帰国してきたのが一週間ほど前のことだ。 だが、ここにきて僕から『新一が未だに戻ってきていない』という報告を受けた両親はこれはただ事ではないと警察へ捜索願いを提出。 これにより工藤新一は世間的に行方不明扱いとなり、その消息が掴めるまでは彼の通う高校も正式に休学、ということになった。 日本にひとり残される僕を大層心配した両親は学ぶ大学をアメリカにあるものに変更するよう説得を仕掛けてきたが、これを僕は固辞。 理由としては、新一がいつひょっこりと戻ってきてもいいように家を守っていたいということを挙げた。 これに賛同したコナンもまた僕を助けながら日本で暮らしたいと提案したために家族会議は難航を極めた。 互いに納得のいく結論を出すために何度も話し合いを重ねたが、暖簾に腕押しで。 両親の説得にも最早耳を貸さないほどに僕らの意思が定まっていたため、渋々ではあるが意見を折ったのは父さんたちの方だった。 コナンの小学校入学手続きなど、必要な作業を済ませるためにふたりはしばらく日本に残留した。 新一は不在ではあったが久々の家族団らんを楽しんで、新たな環境にコナンがきちんと問題なく馴染めたと判断したあと、彼らは再び海外へと戻っていった。 そうした経緯によりはじまった新たな兄弟二人暮らしは、順調な滑り出しを見せたかに思えたが。 ――しかし、ここで予期せぬ問題が発覚した。 大学の授業が進む度に、こなさなくてはいけない課題も増える。 また、必要な付き合いもある以上僕の帰りが遅くなったり時にはその日のうちに家に帰れない日もだんだんと増えてきたのだ。 この間、まだ小学生である小さな弟はひとり寂しく兄である僕の帰りをほかに誰もいない広い家で待つことになる。 さすがに両親を亡くしたばかりの子供を家に残すのは忍びなく、しかしだからといって頼れる相手は限られてくる。 困り果てた僕は、幼少時から交流があり、頼れる大人がいると認識しているここ、毛利探偵事務所に駆け込んできたのだった。 [newpage] ――と、いうのがここまでの設定だ。 設定、という言葉通り、この中には真実も混じっているがそれでも全部が本当だとは言い切れない部分もあった。 海外にいた親戚の江戸川家、だなんてその最たるもの。でっちあげもいいところである。 このほとんどの土台を考えたのは作家である父さんであることからして、まあお察し案件だろう。 ……まあつまり。 僕の隣にいる工藤コナンという少年は、現在行方不明扱いとなっている工藤新一本人なのである。 江戸川コナンが工藤コナンになるまでの戸籍や経歴を作ったのは、僕が頼った唯お兄さんや以前一度だけ会ったことのある降谷のお兄さんたちだった。 新一が関わった二人組が彼らの追っている悪いひとたちだと発覚したときの彼らの表情といったら、見ているこちらが申し訳なくなるほどで。 頭や胃を抱えて悶絶するお兄さんたちに『うちの愚弟がすまない、本当にすまない』と謝り倒したのはそのときだ。 降谷のお兄さんの直属の部下であり、僕らを公安警察まで送り届けてくれた風見さんでさえ死んだ目を更に通り越して死人のような有様になっていたから、その心労はとんでもなかったのだろう。 『なにをやっているんだ、あいつらは!!』 『それで良くコードネーム持ちの幹部を名乗れるな!!』 と、悔しげに机や壁を殴り続けていたお兄さんたちは鬼気迫る表情をしていて、兄弟揃って怯えた。 その後風見さんによる精神分析が成功してからは、まず新一への説教が入ったのは当然の流れだったように思う。 しっかりと反省の色を見せた新一に満足した彼らは、一時帰国が間に合わなかった父さんたちと国際電話をしながら今後のことについて話し合った。 結果、先ほど述べた設定ができあがり、それを元に戸籍と経歴を作成してみせた手腕は流石としか言わざるを得ない。 ものはついでだと架空の存在である江戸川夫妻の設定もノリノリで着手していたのは、きっとみんな疲れていたからだろうなあといま思い出しても遠い目になる。 だがどうしてここまで親身になって僕らのいうことを信じ、力を貸してくれるのかと尋ねれば降谷のお兄さんは慈愛に満ちた眼差しを僕に向けながら独白のように言葉を零した。 『――六花くんには、返しても返し切れないほど大きな恩がある。そんなきみに、少しでも恩が返せるんだ。だからこれくらいお安い御用だよ』 そういって、彼は僕の頭をそれはもう優しい手つきで撫でてくれた。 ……しかし僕には、生憎とその心当たりはまるでなかった。 だから新一に尋ねられてもただ首を横に振るしかできなくて、助けを求めるように唯お兄さんに視線を送れば、彼もまた不思議と柔らかな笑みを僕に送るばかりで応えてくれそうにはなく。 腑に落ちない想いを抱えながら、その助力に感謝することしかできなかったのである。 そして自分を小さくしたやつらをこの手で摑まえて冷たい監獄にぶち込まなければ気が済まないと興奮する新一に対して、ならばと父さんが提案してきたのは毛利のおじさんを頼ることだった。 探偵事務所を営んでいる毛利のおじさんのところにならば、いずれその組織に関連する情報が入ってくるかもしれない。 毛利のおじさんは推理力こそあまりないものの、磨けば光るものがある。 ならば新一がそれを手助けしながらおじさんの知名度を徐々に底上げしていけば、いつかはきっと辿り着けるはずだと。 父さんはそう主張してきたのである。 これに同意をしたのは、意外にも降谷のお兄さんだ。 彼は反対するかと思ったが、降谷のお兄さんは別名義で探偵として活動しているらしく、それならば僕ら兄弟を影から助けやすいと太鼓判を押してくれたのだ。 公安組の後押しも得た僕らはこうして今日、毛利のおじさんの首をどうにか縦に振らせるために兄弟揃って押しかけて来たのである。 ……いや。本当に、おじさんには申し訳ない。 しかし僕の帰りが遅くなる日が増えたのは本当だから、どうにか許して貰いたい。 [newpage] 「……もうひとりの小生意気な弟はどうした」 「――それが、未だに消息不明で。連絡ひとつ寄越さないんだ。 蘭ちゃんも心配しているというのに、あの愚弟ときたら。……けどまあ、便りがないのは元気な証拠ともいうし、無事でいてくれたら一番良いのだけど」 ここで視線を伏せ目がちにして、憂うように、それでいて悲しげにいうのがポイントである、という元大女優な母さんの言葉を思い出す。 おまけに傾国と名高い宗三から、いまにも泣きそうに睫毛を震わせ、声音も涙に濡らすことができれば百点満点です、というアドバイスもあったがさすがにそこまでは再現できなかった。 毛利探偵事務所に行くことが決まってから、おじさんからの了承を引き出すためにふたりから鬼のように演技指導を受けたが、役者の才能がない僕にはこれが精いっぱいだ。 むしろ台詞通りに言えただけでも褒めてほしいところなので、これで勘弁して欲しい。 ……そんな僕の様子が、おじさんにはどう映ったか。 彼はぐっと言葉を詰まらせてから、しばらく「あー」だとか、「うー」だとか。 意味のない母音を繰り返し声にしてから、やがて彼は諦めたように溜息を吐いた。 「――ったく。わぁった。わぁったよ。六花。オメーの都合の悪い日にコイツを預かればいいんだな?」 「――いいの!?」 狙っていた反応をついに引き出せたことに、思わず本気で喜色を浮かべて尋ねれば、おじさんは間違いなく頷いてくれた。 「いいもなにも、滅多に我儘を言わねェ六花からのたっての願いだ。いつも世話になっている以上、引き受けねーわけにもいかねーだろう」 「おじさん!」 本心から表情を明るくさせれば、おじさんは煙草を一本ケースから取り出して口に咥え、その先端に火を灯す。 それを胸いっぱいに吸い込んでから、僕らにかからないよう一応配慮はしているのだろう。 顔を誰もいない場所に背けて、煙を吐き出した。 「蘭もそれでいいな?」 「うん、わたしも全然構わないよ」 「蘭ちゃんもすまないね」 「ううん、気にしないで! 新一も心配だけど、それでもお兄ちゃんの助けになれるのが嬉しいんだもん」 そういって笑顔を浮かべる蘭ちゃんは本当に良い子だ。 申し訳なくなると同時に嬉しさも募ってくるから、まったく我ながらどうしようもない。 「とりあえず、普段はどうすんだ? いつもってわけじゃないだろう」 「うん。ひとまず、下のポアロを普段の待ち合わせ場所にするつもりだよ。この前は僕の通学路でもあるし、合流しやすいからね」 「――いや、けどよお。毎日ってわけにもいかねーだろう。なんだ、店にも迷惑がかかる。……おい、ボウズ」 「ん?」 「オメー、学校が終わったらポアロに行かねーでそのまま直行でウチに来い。六花の学校が終わるまでだったらまあ、相手してやるから」 「ホント? ありがとう、おじさん!」 「それじゃあ、僕も帰るときにはおじさんに連絡を入れたほうがいいよね?」 「そうだな。オメーも大概、妙な体質を持ってやがるからなあ。そうしてくれた方が安心はできるな」 「――うん。なら、今度からそうするよ。お世話になります」 「よろしくお願いします」 兄弟揃って頭を下げ、心からのお礼を続けて言えば「よせやい」と照れてみせるおじさんが尊い。 なんならいますぐハグをしたっていいくらいだ。 まあ、そんなことをすれば嫌がられるのは目に見えているからしないが。 「これからよろしくね、コナンくん!」 「うん! よろしくね、蘭ねーちゃん!」 「んじゃあまあ、依頼の話はここまでだ。またなんかあったら連絡する」 「うん、よろしくお願いします。それじゃあコナン、今日のところはこれで失礼しようか」 気付けば、すでに外は陽も沈んで暗くなってしまっている。 そろそろ帰らなければ、僕にとっては安全地帯へ逃げ込むまで気の抜けない魔の時間帯になってしまう。 だれかと一緒であれば少しは安心できるのだが、いまは僕が守らないといけない側だ。 用心するに越したことはないだろう。 「……オイ、おめーら。今日はこのあと予定はあんのか」 と。 警戒レベルを引き上げたことを察知されたのだろうか。 不意におじさんがそんなことを訪ねて来たので兄弟揃って顔を見合わせてからおじさんに向き直り、否定の意味を込めて首を横に振った。 「いや。このあとは家に帰って食事の準備をして、明日の支度をして寝るだけだよ」 「そうか。なら、ふたりともウチで晩飯でも食っていけ」 「え? でも、さすがにそこまで世話になるわけには……」 「いいから、食ってけ。帰りは送ってやるから」 尚も誘いの言葉を重ねてくるおじさんに首を傾げ、蘭ちゃんを見れば彼女はどこかおかしそうに小さく笑ってみせた。 「いいのよ、お兄ちゃん。お父さん、久しぶりにお兄ちゃんのご飯を食べたいだけなんだから」 「蘭!」 「なによ。ホントのことでしょ? お父さん、お兄ちゃんのレシピでご飯を作る時は滅多にしないおかわりまでしてくるんだから!」 「だからってなぁ、なにもバラすことはねーだろ!!」 「……しょうがないよ、蘭ねーちゃん。六花兄ちゃんの作ってくれるご飯は、ほんとに美味しいから」 「そーなの! コナンくんも分かってくれる?」 「うん! あれを食べたら、レストランとかのご飯って物足りなくならない?」 「そうなのそうなの! お蔭で外だとあんまり満足できなくなっちゃって、大変なんだから!」 蘭ちゃんとコナンが共通の話題できゃっきゃと盛り上がり、意気投合をしてみせるがそれを聞かせられている僕はといえば、たまったものじゃなかった。 顔を両手で覆って、弟と妹分による褒め殺しに居たたまれなくなる。 ……いや、その。 僕の料理スキルは『歌仙兼定』から与えられた記憶によるものが大きくてだね、とは言えないことに胃がきりきりと痛みはじめる。 く、くそ。こういうの、つい最近も味わった気がするぞ、と穴があったらそこに埋まりたい気持ちで一杯になった。 「……ま、そーいうわけだ。たまにゃあ、オメーの飯もだなあ……」 「……わかった。わかったから。くそ、お願いだから褒め殺しをやめさせてくれ……!!」 「……ありゃーしばらくは無理だ。諦めろ」 「――おじさん、キッチンを借りるね!!」 「おう、期待してらぁ」 そうしてこの気恥ずかしさから逃れるためにキッチンへと逃げ込んだのは当然の行動であると、僕はだれかに主張したかったのだった。 [newpage] 工藤[[rb:六花 > りつか]](19) 褒め殺しは勘弁して欲しい。穴があったら埋まりたい。 照れ隠しに大量に酒のツマミを作った結果、おっちゃんにものすごく喜ばれたので結果オーライ。 風見さんとは初対面だったため人見知りを発動したが、苦労人の気配に少しだけ心を開いた。 工藤コナン(6) 本名、工藤新一。 一晩経っても元の姿に戻らなかったため、六花の伝手を頼って公安に駆け込んだらとんでもない設定ができた。 が、工藤という苗字のままでいれたためにSAN値減少は最低限にまで抑えられている。 これから様々な事件に巻き込まれることになるとはまだ知らない。 降谷零(29) 同期たちの命を救って来ている六花に対しては一種の信仰心のようなものを抱いているが、本人も気づいていない。 今回物凄く協力的だったのは上記の理由もあるが、六花のことを調べ上げたとき、被害者としての情報が山の様に出て来たので「あ、この子守らなきゃ」と認識していたからでもある。 とりあえず某銀髪ロン毛上司は一発殴りたい。頼むから殴らせろ。
前作ではたくさんのブクマ、コメント、スタンプ、タグ編集、そしてフォローをありがとうございました!<br /><br />そして随分とお待たせしてしまいましたが今回はだいぶ難産でした。<br />しかしこれで原作への布石がだいたい整ったので、あとはちまちまとした救済を繰り返していきながら映画の話にも着手したいなあと。<br /><br />個人的に一番「十/四/番/目/の/タ/ー/ゲ/ッ/ト」の話を書きたいなあと思っていますがいつになるのかは予定は未定ですので気長にお待ちください。<br /><br />そんな今作ですが、今回もまたお付き合いのほどよろしくお願いします!<br />こっそりしていたリクエストもこれでようやく書ける土台が整ったので、完成までもうしばらくお待ちください……!!
元歌仙兼定(成り代わり)が今度は毛利探偵事務所に顔を出した話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10055682#1
true
 誰かがあたしの身体を揺すって何か叫んでる。やめて、やだ、だってまだ眠いんだよ。あたしは謎の敵に抵抗するようにぐるんと右へ半回転。うん、諦めてくれたようだ。緩い揺さぶりは止んであたしのすぐ側にあった気配は少しずつ離れて行った。これで安眠できるぞー、なんてむにゃむにゃ思っていたら刹那、シャー! っという音が勢いよく耳に響くと同時に強烈な光が瞼を通してあたしの目を総攻撃してきた。眩しい、せっかくの心地よい眠気が強制的に覚醒させられてしまう。 「美咲! 起きて美咲!」 「……こころ、カーテン、カーテン閉めて……」 「ダメよ美咲! 起こしてって言ったのは美咲よ、早くしないと遅刻してしまうわ」  ……んー、頭がぼーっとする。起こしてって言ったっけあたし? いや言ったのかきっと。なんでだっけ……、そんなことより眠い。それにこんなにすぐ側にこころがいたらさぁ、さっさと起きるなんて勿体ないでしょー。 「ねぇ美咲、今日は……きゃ!」 「こころ、うるさい……」  耳元できゃんきゃん騒がしいこころを黙らせる為に、すぐそこにあるだろう腕を手さぐりで引き寄せてベッドの中に引きずり込んだ。文句を言われる前に腕の中にぎゅうっと閉じ込めて、おでこにちゅっと唇を触れさせれば完璧。 「……美咲ったら、お寝坊さんはダメなのよ?」 「いーじゃんちょっとくらい、あたしはこころといちゃいちゃしたいんだって」 「こんなときばかり素直なのはズルいわ。けどいいのかしら? 今日は昨日一生懸命やっていたレポートの提出日? なんじゃないかしら」 「へ?」  れぽーと? ていしゅつび? なんだっけ、それ。 「あ、あーーーー!!」  あれだけ起きまいとしていた身体は嘘みたいに飛び上がり脳が一瞬でフル稼働を始めた。そうだ、そうだそうだ! 今日は単位がかかった大事なレポートの提出日!! 一気に三単位取得できるからって理由だけで選んだ超面倒くさい授業のレポート!! 今日提出できなかったら単位はパー。昨夜必死に仕上げた時間もパー。 「な、なんっで早く起こしてくれないの!?」 「あら、あたしは何度も起こそうとしたわ。それなのにちっとも起きてくれなくて、その上ベッドに引っ張ったのは誰かしら?」 「ぅ……あたし、です、って今何時!!」  やっばい、家を出る予定時間を五分過ぎてる。やばい。間に合うかこれ? いや間に合う。原付フルアクセルでぶっ飛ばせばギリギリ……。 「ああー!! とにかく! あたしは学校行くから! 起こしてくれてありがとこころ! じゃあまた夕方!!」  顔だけ洗って化粧もせずに大慌てで身支度を整えるあたしを、こころはくすくすおかしそうに見ていた。あぁくそ、あたしだってこころと一緒に家にいたい。せっかく心地いい朝だと思ったのに、いちゃいちゃしたいのも本当だったのに。くそう、くそう!! 「ふふ、行ってらっしゃい美咲」 「い、行ってきます!」  あぁ、こんな切羽詰まったときだっていうのにこの瞬間だけはすごくすごく、死ぬほど愛おしい。  同棲して一年弱、それはいつもの朝だった。    □■□  な、なんとか間に合った……。奇跡的に赤信号に引っかからず最速で原付を飛ばして来た甲斐もあり、目的の授業にはギリギリで間に合った。その代わりにあたしの身なりが酷いことになっているだろう。 「美咲、おっはよー!」 「おはよう美咲―、あれ? 今日なんか全体的にワイルドだねぇ、寝癖風ってやつ?」 「おはよ二人とも、いやこれはリアル寝癖っていうか風圧っていうか……」  ほっと胸を撫で下ろしていると聞き慣れた声が二つ、あたしを呼んだ。大学でできた友人、愛子と優子。 「もしかして寝坊して飛ばして来たんでしょ? 目の下隈できてるけど!」 「あー、まさにその通りですよ。明け方までレポートやってたからあんま寝れなくて……」 「私も昨日は徹夜でやったからなぁ、まぁ気持ちは分かるけど」 「量がえげつないんだよ! まぁみんな無事完成したみたいだし良かったじゃん!」  愛恋と優子も同じく徹夜で仕上げた口らしく、三人で結果オーライと笑い話に昇華させた。いやーほんと、よかったよかった。まだ教授も来てないみたいだし、滞りなくこの講義は単位をゲットできそうだ。もう来年は絶対この教授の授業はとらないぞ。絶対に。 「…………あれ?」 「え、どしたの美咲?」 「いや、ちょっと」  あれ? あれれれれ? おかしい、おかしいな。ない、ないぞレポートを入れたUSBが……。 「美咲、もしかして……」  愛子と優子があたしを見てとても悲しい顏をしている。いやいやあたしの方が悲しいよ。え、嘘でしょ? あんなに睡眠もこころの誘惑も耐えぬいて頑張ったレポート、もしかしてあたし、家に忘れた? つい先ほどまでの情景を思い返す。寝坊して飛び起きたあたしはUSBを鞄に……入れてない、かもしれない。 「まっじかぁーーー! えー、嘘でしょ……もう無理、今から取りに行ったら間に合わない、さよなら……」 「いやいや待って! 諦めないで美咲! ちゃんとやってあるなら事情説明すれば考慮してくれるかもじゃん!」 「そうだよ美咲! ほら顏上げて!」  二人が必死にフォローしてくれる。けれどあたしのやる気は根こそぎ絶えてしまった。いやー無理でしょ。二人もほんとは分かってるでしょー。 「……あの教授は融通が利かない頑固者だって有名じゃん。だからみんな必死に締切守ったんでしょ……いいんだあたしは、またこつこつ来年単位たくさんとるから……」  はぁ、流石に留年はしないけど、今まで参加してきた講義がまるっと無駄になるかと思うと、なかなか凹むなぁ。まぁ忙しかったとはいえあんなにギリギリで仕上げた自分が悪いんだけどさぁ。 「美咲……って、え? うっわ何あの美人!」 「え? わ! ほんとだ! あんな子うちの学校にいたっけ?」  なんだ、悲しみで突っ伏したあたしのことなんてもう忘れて二人は別の何かに気をとられ始めている。心なしか周りの生徒も若干ざわついている気がする……。 「……何? なんかあった、」 「あ! 美咲発見!」  顏を上げた瞬間、ここにいるはずのない恋人がいました。心臓が飛び出るかと思いました。 「は!? え、は!? あんたなんでここにいるの!? え、嘘、え?」 「え! 美咲の知り合いなの!? めっちゃめちゃ美人じゃんかわいい~!」  周りの生徒もこころを見ている。みんなもしかして優子と同じ気持ちなのか? かわいい……そっか、そうだよね。こころはかわいい、そして目立つ。そりゃあ注目も浴びますわー。 「美咲、お家に大事なレポート忘れて行ってしまったでしょう? あたしは今日授業がないから届けに来たわ! 黒服の人にお願いしたらすぐにここまで連れて来てくれたの!」 「いや、届けに来てくれたのは……ありがと。黒服さんね……どうりで早い訳だよ……」  一緒に暮らすようになってから、こころはほとんど黒服さんに頼らなくなっていたけど、今回は黒服さんの力を借りる程一大事だってこころは思ってくれたのか。なんか悪いことしちゃったな。いやほんとごめんなさいって感じだけど、これはこれでちょっと、ちょーっとまずくない? 「あ、ありがとこころ。えーっと、じゃあもう授業始まっちゃうからとりあえず講義室から出ようか……」 「えー! せっかく来てくれたんだから一緒に授業受けちゃえばいいじゃん! 私たちにも紹介してよ美咲―!」  くっ、愛子、余計なことを言うな! 頼むから黙って! 優子も便乗すんな! 「まぁ! 美咲のお友達かしら? あたしは弦巻こころよ! 一緒にここにいてもいいのかしら?」 「いやいや、外部の人間がいたらダメでしょー……だから、」 「いやいや大丈夫っしょ、この講義人数多いし、他校の生徒が紛れてることなんてザラだよ?」 「そうなのね! ねぇ美咲、あたし美咲の大学での姿、見てみたいわ。ダメかしら?」 「…………」  こころが期待に満ちた目であたしを見上げる。くっ、あたしはそのキラキラした目に弱いんだ。おまけに上目使い、分かってやってるのか? んぐぐ……。 「……絶対静かにしてるなら、いいけど」 「本当美咲? やったわ、ありがとう!」  そんな楽しそうな顏されたらダメだなんて言えないでしょ。それにUSB届けてくれたのは本当に助かったし……。あぁ、どうか何事もなく終わりますように。心の中で祈りながら、あたしたちはなるべく後ろの席へ移動して静かに講義を受けることにした。  いざ講義が始まると、あたしの不安とは裏腹にこころは静かに座っていてくれた。……確かに静かだ、けれどその代わりあたしの方が落ち着かない訳で。こころと一緒に授業を受けるなんて高校生以来だし、隣の席になったのなんて高校一年生以来じゃないか? いやいつも同じ家でずっと近くにいるんだけど、違う大学に通ってるはずのこころがあたしと一緒に講義を受けているという状況が、あたしは何故だかとてもドキドキした。 「ふふっ」 「……何笑ってんのさ」  ちらりち目線だけ横に向けると、こころはおかしそうにくすくすと笑っていた。 「美咲と一緒に授業を受けるなんていつぶりかしらって考えていたら、なんだか嬉しくなってしまったの。ふふ、楽しいわね、美咲!」 「……別に、なんも面白くもないでしょこんな講義」 「確かになんのお勉強なのかよく分からないけれど、美咲が一緒だからなんだって楽しいわ!」 「…………っ」  まったく、人の気も知らないでよく言うよ。あたしは講義の内容なんてまったく頭に入ってこないし隣にいる友人たちのちらちらとした視線が気になるしおまけに少し離れた席にいる男子生徒のこころを盗み見るような視線も気になって楽しいどころではない。こころが嬉しそうなのは何よりだけど、正直早く終われと祈っている。あぁくそ、こころといることに慣れたと思っていたのに、いつもと違うシチュエーションになっただけでこれだよ。こころの動きや仕草その一つ一つにドキリとしてしまう。なんだか高校時代に戻ったみたいだ。あの頃からずっと、あたしはあんたの隣でドキドキさせられているんだ。変わってないんだなぁ、あたし。実に情けないよ。 「美咲、なんだか難しい顏をしているわ。せっかく一緒に授業を受けているのだからもっと楽しみましょ!」  こころの指先があたしの眉間をつんと突いた。何がそんなに楽しいのか、にこにこ笑顔で。 「…………」  そういえばこころも昔からずっとこんなんだっけ。何故だか知らないけどあたしとなら何だって楽しいって、他の人が言えば嘘に聞こえるそんな台詞も、今みたいににこにこ笑って本気で言ってたっけ。あの頃から随分お互いの関係も環境も変わったけれど、変わらない部分はこころにだって確かにあるんだ。 「美咲?」 「……ま、たまにはこういうのも悪くないかもね」  そう言うとこころはまた一段と楽しそうに笑った。    □■□ 「なんとか乗り越えた……」  何度か教授にちらちら見られながらも、教科書でこころを隠したり真面目にノートとってますアピールをしたりしながら、なんとか90分の講義をやり過ごすことができた。こころは「かくれんぼみたいで楽しいわね!」なんて吞気に笑っていたけど、正直こんなに疲れた講義は初めてだ。気疲れで一気に脱力した。 「さて、と。じゃあこころ、そろそろ……」 「こころちゃんこの後時間あるなら一緒に学食行こうよー!」 「そうだよ! 美咲も私達もこの後講義ないし、せっかく来てくれたんだしお喋りしよっ」 「まぁ! それは素敵ね、是非行ってみたいわ!」 「ちょ……っ!」  嘘でしょ、なんで三人でそんな和気藹々としてるの? いやそれは良いことなんだけど、あたしはさっさとこころを帰すつもりだったのに完全にステイの流れじゃないですかこれ? 「美咲! あたしも学食へ行ってみたいわ! いいかしら?」 「いいも何も、もう行く気満々じゃないですか……」  友人たちもキラキラした目であたしを見ている。悪意のない善良な笑顔だけに、ここであたしだけがNOと言うのは流石に気が引ける訳で……。あぁもう、あんまり気は進まないけど元はと言えばあたしが忘れ物をしたのが悪いんだ。仕方ないからこころがある程度満足するまで付き合うしかないか、……余計なことだけは絶対言わせないように注意しないとなぁ。    □■□ 「素敵な場所ね! 美咲はいつもここで食事をしているの?」 「あんたが通ってるとこと比べたら大したことないでしょー。まぁ授業が午後まであるときとか、今みたいに一コマ空いたときなんかはよく来るかな」 「そうなのね! 美咲はあまり学校の話をしてくれないからとっても楽しいわ!」 「…………」  すみませんね口下手で。いや聞かれたら話すけど、自分から自分の話をするのは苦手というか、それよりこころの話を聞く方があたしは好きだし……結果あまり学校での話をしていない。けどそんな風に思われていたなんて、少しばかり反省しないとなぁ。 「美咲はいつも学校でどんな感じなのかしら? 教えてほしいわ!」  あたしが押し黙っていると、こころは二人に向かってそんなことを言った。頼む、頼むから余計な話はしないでくれ。 「美咲はいつも今みたいな感じかなー? 冷静でどっちかって言うと寡黙だけど、何気に面倒見いいから実は友達多いよね」 「テスト前とかみんな美咲のこと頼るもんねー、ぶつぶつ言いながら助けてくれるのが美咲だよね!」  うっわ、なにこれ自分のことを話題の中心にされるのめちゃめちゃ恥ずかしいんだけど。こころもそんな興味津々て顏で話を聞かないで。愛子と優子も少し黙ってお願いだから。 「あとDJできるのもちょー意外だし、そのせいか何気に隠れファン多いよね、特に女の子の!」 「ぶっ!」  思わず飲んでいたコーヒーを拭き出した。ちょ、待って何言ってるの急に!? 隠れファン? いないしそんなの! いや知らないけど、DJは前にどうしてもって頼まれて二、三回イベントに参加しただけだし。いや確かにそれを境に知らない同級生から声掛けられることが増えた気はするけど……いやいやないない。 「まぁ、そうなの美咲? 初耳だわ!」 「ちがっ! ……ないよ、いないよそんなの」 「えー、でも誕生日にクッキーとかそういうの何個か貰ってたよね美咲?」 「はぁ!?」 「まぁ! それも初耳だわ美咲!」  待って待って、本当に待ってちょと黙ろうか友よ。えー……、確かに貰ったし別にやましいことがある訳じゃないけど、あえて言う必要もないかなぁなんて思ってなんとなーく、本当になんとなくこころに言ってなかったことをここで言うか。怖い、悪気がないって怖い。 「話してくれたらよかったのに、美咲ったら本当に何も教えてくれないのね」 「や、すぐ食べちゃったし忘れてただけで……別に隠してた訳じゃなくて……」  こころの目は別に怒っていない。なのにどうしてあたしはこんなに冷や汗が止まらないのか。まるで悪いことして問い詰められているような……。痛い、胃が痛くなってきたぞ。 「ていうか今日忘れ物届けに来てくれたし、二人の話ぶりからしてもしかしてこころちゃんて美咲と一緒に住んでるっていう、」 「ええ! 美咲とは進学と同時に同せ、」 「ルームシェアね! ルームシェア!」 「……美咲?」  咄嗟に喰い気味に口挟んじゃったけど今のあたし正解だよね? 完全に「同棲」って言おうとしたよね? いや間違いじゃないけど、むしろ正しいけどなんでもかんでも大っぴらに言うもんでもないでしょ。……やめてこころ、そんな不思議そうな目でこっち見ないで。 「ルームシェアかー、いいなぁ私も家出たいなぁ」 「けどルームシェアって色々大変そうだけど、続けられてるってことは二人は相当仲がいいお友達なんだねぇ。美咲もなんだかいつもと雰囲気違うし」 「ええ、美咲とは高校生の頃から仲良しよ! けど友達じゃなくてこいび……」 「そう!! 高校生のときから同じバンドもやってて腐れ縁みたいな感じなんだよねー!! ははは!」 「…………美咲?」  本日二度目の疑惑の視線。ごめんて、いや今のは流石にあたしも露骨過ぎたかもしれないけど、でもだっていきなり恋人ですってそんなこと言う心構えできてなかったし! 物事には順序と準備があるでしょ。偏見があるような友人たちではないけど、その……なんか気恥ずかしいしさぁ……。 「美咲さっきから珍しく声おっきいじゃん、こころちゃん来てテンション上がってるの?」 「はは、そうかも……」  ちらりと隣を見ると、こころとばっちり目が合った。じーっとあたしのことを見続けている。その目がなんだか責められているみたいで、きまりが悪くて逸らしてしまった。あ、やっちゃった。これもあたしの悪い癖だ。 「あ、あのこころ」 「……二人とも、今日はあたしとお喋りしてくれてありがとう。とっても楽しかったわ! この後も授業があるのでしょう? あたしはそろそろお暇するわね!」 「え、ちょっとこころ」 「美咲も、この後も頑張ってね! あたしは先にお家に戻るわ」 「こころちゃんまた遊びに来てね! いつでもお喋りするからね」 「こころちゃんばいばいっ」 「ええ、ありがとう愛子、優子!」  こころは立ち上がるとひらひらと手を振って本当に帰ってしまった。いつも通り笑顔を浮かべて、楽しそうに。けれどあたしは直感で分かる。ダメだ、このまま一人で帰してはダメな気がする! 「ちょ、こころ! 待って! あたしも帰る!!」 「え、美咲この後の授業は?」 「自主休講!!」  それだけ伝えると、あたしもこころの後を追うように扉の外へ飛び出して行った。    □■□ 「こころ! ちょっとこころ、待って! あたしも一緒に帰る……!」  猛ダッシュで追いかけて、門をを出たところでようやくこころの背中に追いついた。こころは立ち止まってゆるりとこちらを振り返ると少しだけ驚いた顏をした。 「あら? どうして美咲がここにいるの? 美咲はまだ学校があるでしょう?」 「……もう重要な講義はないし、今日は一緒に帰る」 「まぁ、おサボりさんはよくないわよ?」 「…………こころと、話したいし」 「そうなの? 仕方のない美咲ね」  こころはふっと笑ってまた歩き出した。あたしは慌ててついていく。 「……ねぇこころ、怒ってる?」 「……どうしてあたしが怒るのかしら? 美咲は何か悪いことをしたの?」 「悪いことっていうか……」 「おかしなことを聞くのね」  こころは笑ってる。なんなら鼻歌まで歌ってご機嫌そうに見える。でもあたしは知ってるんだよこころさん、それさぁ、あんたが怒ってるときの鼻歌だよね? こころに恐らくその自覚はないけれど、こころには気分によって歌う決まった歌というものがある。 「こころっ、その……ごめん、ね?」  基本的にこころとケンカらしいケンカなんて滅多にしない、するとしてもあたしが一方的に腹を立てることの方が多くてこころが怒ることはほとんどない。それだけに、こんなときどう謝っていいのか分からなくて、あたしは情けない謝罪を一言だけ、ようやく絞り出すのが精いっぱいだった。 「美咲は何に謝っているのかしら? 忘れ物をしたことなら怒っていないわよ?」 「いや、それじゃなくて」  じゃあなんだと言うのだ。同棲って言わずルームシェアって言ったこと? きちんと恋人だって言わなかったこと? あ、クッキー貰ったことを言わなかったこと? いや全部じゃん! 全部怒る要素しかないじゃん! 「なんて言うか、えーっと……」 「……美咲は、内緒なことがたくさんあるのね」 「え?」 「あまりあたしをお友達に会わせたくなかったみたいだし、学校でのことも聞かれたくないようだし」 「そんなんじゃ……!」 「勝手に来てしまって、あたしの方こそごめんなさい」  …………ダメだ。ダメダメじゃん今日のあたし。そんな風に言わせてしまうような態度ばかり、こころに見せていたのか。怒らせて当然だし、さっきの中身のない謝罪もバカ過ぎる。さいっあく。 「美咲、今からでも学校に戻った方が……きゃっ」 「ごめん、ごめんこころっ……、こころのこと友達に会わせたくないとか、そういうことじゃなくて……!」  このままだとどこかへ行ってしまいそうなこころの腕を、思わず引き寄せて叫んだ。あたしはズルいから、目を合わせるのが怖くて両腕にこころを閉じ込めて。 「……美咲、こういうことは恋人同士でしかしてはいけないのよ?」 「恋人でしょあたしたち!!」  こころがとんでもないことを言い出すから心臓が跳ね上がった。思わず顔を覗き込むと、頬をぷくっとして珍しく目を合わせてくれない。 「……だって美咲、ルームシェアって言ったわ。ルームシェアってお友達同士や知らない人同士ですることでしょう?」 「だから、それは……」 「それに、お友達って言われて否定しなかったわ。……あたしたち、お友達なんでしょう?」  …………めっちゃくちゃ怒ってるじゃん。すごい気にしてるじゃん。あのこころが、ちょっと拗ねてます? 「……お友達が多いことはとっても素敵なことだわ、お誕生日のプレゼントを貰うことだって、素敵なことだわ。けど、美咲の言葉で教えてほしかったわ……」  うっわぁ……なんだろう、これ。ダメなのに、こんなこと思っちゃ絶対ダメなのに、あまりにも珍しい光景になんか、ちょっとだけ嬉しいって思っちゃってる自分がいる。 「ごめんこころ! 全部あたしが悪かったです!!」 「美咲……?」  抱きしめる腕に力をこめる、すべてはあたしのヘタレのせいなのだ。僅かでもこころに不安を抱かせてしまった、バカなあたしのせいなのだ。ならばちゃんと伝えなくてはならない、恥ずかしくてもカッコ悪くても、きちんと、想いは言葉にして伝えなくてはならない。 「こころのこと、紹介したくないとかそんなんじゃないんだよ。……こころはかわいいからさ、会ったらみんな、こころのこと好きになっちゃうじゃん。あたしはそれが心配で……うちの学校、共学だし」  現に今日だって、こころはたくさんの人から注目されていたしその多くは容姿に見惚れていた。こころはあたしの恋人だから、そんな目で見て欲しくない。そんなカッコ悪い独占欲なんだよ。 「……それに、恋人だって、知られたくない訳じゃなくて。その……照れくさいっていうのもあったけどさ……。こころなんでも包み隠さず話すじゃん、あたしは二人のことはさ、二人だけの秘密にしたいこともたくさんあるんだよ」 「そうなの?」 「うん。……かわいいこころのこと、知ってるのはあたしだけでいいでしょ」  本当に、独占欲の塊かあたしは。でも本音なんだ、かわいいこころのこと、あたししか知らない特別なこと、一つだって誰にもあげたくないんだ。だってこころはあたしの恋人だから、あたしの特別だから。 「……本当に、美咲はこんなときばかり素直でズルいわ」 「……ごめんなさい」  もう一度謝ると、腕の中のこころがきゅっと抱きしめ返してくれた。恐る恐るその顏を見れば、眉を下げ穏やかに笑っている。 「あたしも、こんなにズルくてかわいい美咲を誰にも教えたくないわ」 「うえ……あの、今度会う機会があるときは、ちゃんと恋人だって紹介しますから……」 「ええ、美咲にいけない虫さんがつかないようにちゃんと紹介してもらわないとね」 「そんな俗っぽい言葉どこで覚えたの……」  僅かに感じる言葉の圧にたじろいであたふたしていると、こころは少しだけイジワルな顏で笑った。 「ふふ、美咲、帰りましょうか」  こころが手を差し出してくれたから、あたしはその手を握って頷いた。仲直り……できたのかな? 隣に並んで歩き出すと、鼻歌が聞こえてきた。あぁ、これは嬉しいときの歌だ。 「あ、原付置いてきちゃった」 「いいじゃない、せっかくだもの、ゆっくり歩いて帰りましょう!」 「歩くと結構な距離だけど……うん、まぁいっか」  久しぶりにこうやって手を繋いで歩くのも悪くない。近道よりも遠回りした方が、楽しいこともあるだろう。 「……今日の夜はあたしが夕飯作るよ。こころは何が食べたい?」 「まぁ! それは楽しみね! じゃあパクチー料理にしてもらおうかしら?」 「絶対怒ってるよね!? あぁもう! ごめんってば! 謝るからできればそれ以外でお願いします!」 「どうしようかしらね? ふふっ美咲ってば面白い顏よ」 「勘弁してください……」  そんな風に手を引かれながら、家に着く頃にはこころはすっかり笑顔になってくれていた。恋人だからケンカもするけど、こんな日も悪くはないよね。時間はたくさんあるし、この後は誠心誠意ご機嫌を取らさせて頂きます。
大学生になって同棲してるみさここのお話です。こころちゃんは美咲ちゃんと付き合ってくうちにちょっとだけ俗っぽくなっていくとかわいいなぁって思います。<br />美咲ちゃんのお友達としてモブ子が出てきますが、いい子たちなので許してください。
すくーるぱにっく
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10055835#1
true
まえがき 皆さんお久しぶりです。 最近仕事が忙しすぎて書く時間がなかったのですがまた書いて投稿していきます。 今回から各ヒロインのルートを書いていきたいと思います。 まぁ最初は三浦さんになるんですがね…… ということで本編どうぞ あれから葉山は肩身の狭い思いをしながら過ごしていた。 俺たちも変わったことがあるとしたなら、三浦と海老名さんと戸部がまさかの奉仕部に入ってきた…… 八幡「そういえば最近依頼来ないな……」 雪ノ下「そうね。でも悩み事がないのは良いことよ……それだけ問題がないのだから」 八幡「なるほどな……」 三浦「でも、そうなると奉仕部てきには困らないの?」 由比ヶ浜「何で?優美子」 三浦「だってそうなると奉仕部自体がいらない部活にならない?」 八幡「確かにな。でもまぁ、また厄介ごとに巻き込まれる依頼がそのうち来るだろう……多分」 雪ノ下「確かにね。今までの依頼を思い出してみたら高校生の範疇を越したものもあったわね……」 八幡「そうだな……特に千葉村は一つ間違えたら警察に厄介になるところだもんな」 三浦「あの解決方法はないっしょ?」 戸部「まぁ、あれであの子が救われて今元気にしてて俺らも何のお咎めなしだからいいっしょ?」 海老名「でも、なんであんな解決の仕方したの?」 八幡「あの件は誰かをいじめていたことが始まりだからな……簡単な話留美以外に一人犠牲にしないといけない時に他の奴らは全員が他人を犠牲にしないといけない。そうなると他人を貶めあう。そうすれば今までできていた信頼関係事潰せて人間関係をリセットできるってこと…まぁやり方は最悪だがな…」 三浦「ハチあんたやることがえげつないし」 八幡「さすがにやりすぎたって反省してるんだよ?これでも」 雪ノ下「どうだか……」 八幡「雪ノ下今回だってちゃんと話したじゃないかよ……」 雪ノ下「えぇ、確かに話してもらってたけどあんな事をするなんて聞いてないのだけど?」 八幡「それに関しては申し訳ないです……」 由比ヶ浜「でも、ちゃんと話してくれたんだからゆきのんももう許してあげようよ」 雪ノ下「そうね。でも、次はないわよ比企谷君?」 八幡「わかってるよ。もう、あんなのはごめんだ」 三浦「わすれてた!!ハチ今週の土曜日用事あんの?」 八幡「なんだ?藪から棒に」 三浦「あんたあーしとの約束忘れてない?」 忘れてないが忘れてたよね? 今確実に修学旅行の話で思い出したよね? 八幡「土曜日は……あれがあれでして……」 三浦「用事ないだね?じゃあどっか連れていけ」 八幡「だから用事が……」 三浦「あんたがそんなこと言ってるってことは用事がないときでしょ?」 何でわかったんだよ!! 八幡「わかったでもどこがいいんだ?そいうのにセンスがないから正直わからん……」 由比ヶ浜「ちょっと!!ヒッキー何で優美子とデートするみたいになってんの?!!」 八幡「これってデートになるのか?」 戸部「比企谷君……俺が聞いててもデートだと思うだけど……」 雪ノ下「確かにそうね……あなた悪意には敏感なのに何でこんなことが分からないのかしら?」 海老名「ハハハハハ比企谷君らしいや……でも、誘ってくれた女の子には失礼だよ?」 三浦「そうだし!!普通女の子とお出かけするだけでデートだからね!!」 皆何でそんなに言うの? ハチマン悲しい…… 八幡「優美子悪かった……今まで女の子と出かけたことないから正直わかなかったんだ……悪気はなかったんだがな……」 三浦「今回だけだからね!!」 八幡「わかった。俺頑張って考えてみるよ。期待しないで待っててくれ?」 三浦「何で疑問形なん?まぁ期待しないで待ってるし」 由比ヶ浜「だから、何で優美子とヒッキーがデート行くことになってんの?」 八幡「雪ノ下の家に口の戦争しに行った時に関係ないのに呼び出して連れて行った時に約束したんだよ……」 由比ヶ浜「なるほど……」 三浦「結衣そいうことだから」 由比ヶ浜「分かった……」 なんだ由比ヶ浜の奴何かあるのか? まぁ、なんやかんやで土曜日 小町「どうしたの?お兄ちゃん朝から服なんか出して」 八幡「小町か……実はな今日デートらしいんだけどどんな服着ていったらいいのかわからなくてな……」 小町「え!!誰々?雪乃さん?それとも結衣さん??」 八幡「どちらとも違う」 小町「ということは新しいお義姉ちゃん候補?誰!!?」 八幡「千葉村で会った金髪の人だ……名前は三浦っていうのだが」 小町「あの人かぁーーでも、何でお兄ちゃんなんかと?」 八幡「さあ、わからん……」 小町「でも、葉山って人と仲良くなかった?」 八幡「そうなんだが、修学旅行の一件で葉山グループ解散して葉山以外のメンバーは何故か俺のところにいる」 小町「なるほど……それなら今日の服は小町が選んであげるよ。それと待ち合わせ時間は何時なの?」 八幡「10時に千葉駅だ」 小町「なら、早めに行かないといけないよ!それと、三浦さんが来た時にお兄ちゃんはすごく待ったとか言っちゃだめだからね!!」 八幡「わかったよ……」 何で、俺が言いそうなことわかんだよ!! それより優美子と行くところなんだが小町に聞いてもらうかプランの事もな。 そうでもしないと後が怖い…… 何が怖いって? それはは獄炎の女王の機嫌を損ねることがあったら何されるかわからんしな…… でも何でこんなにあいつが喜んでもらえるようにしてるんだ俺? わからんな 小町「お兄ちゃんどうしたの?なんか、考えてる感じだけどまさかデートプラン考えてないとか?」 八幡「考えてるんだが聞いてくれないか?」 小町「良いよ」 八幡「今日なんだがララポで買い物して昼ご飯そのあと映画かな……そのあとは考えてないのだが……」 小町「まぁ、お兄ちゃんにしてはちゃんと考えてるね。でも、昼ご飯になりたけやサイゼとかはだめだからね」 八幡「わかってる!!あいつの機嫌損ねることでもしたら後が怖いんだよ!!」 小町「ごみぃちゃん……三浦さんの事どう思ってんの!?」 八幡「獄炎の女王」 小町「ごみぃちゃんだ……あのね、ごみぃちゃん三浦さんも普通の女の子なんだよ!!それなのに何さ獄炎の女王って!!それにごみぃちゃんとデートしてくれるなんてなかなかないんだからね!!そこのところ分かってんの!?」 うぅ……小町ちゃん酷いよ…… さっきからごみぃちゃんって…… それに、優美子って性格もそうだけど態度も獄炎の女王そのものなんだよな 八幡「悪かった……そうだよな。あいつも普通の女の子なんだよな……」 小町「どうしたの?なんか聞き分けが良すぎて気持ち悪いんだけど……頭でも打ったの?」 八幡「そんなことはないが……俺の考えが浅はかすぎたって思ってんだよ!!」 小町「そっか……服はこれ着ていくと良いよ」 八幡「サンキューな小町」 小町「いえいえ、そろそろ行かないといけないでしょ?早く用意して行ってきなよ。あと、楽しむんだよ?」 八幡「お前は俺の母ちゃんかよ!?」 小町「いやだーこんなゴミみたいなこと言う息子なんて……それに、小町はお兄ちゃんの妹だからね」 八幡「そうだな、悪かった」 それから、俺は用意をして待ち合わせ場所に行った。 暫く待ってると何やらもめてるみたいだ。 よく見てみると三浦がナンパされていた…… 三浦「なにあんたら!!あーし男と約束してるから消えてくんない!?」 「その男もいないけどフラれたんじゃない?」 「そんな奴より俺らと遊ぼうよ?いい思いさせてやるからさ」 三浦「あんたらほんとにしつこい!!興味ないって言ってんじゃん!!」 「そんなこと言わずにさ」 やれやれ助けに行きますか 八幡「よう、優美子どうしたんだ?なんか絡まれてるみたいだけど知り合いか?」 三浦「ハチさっきからしつこくて困っててさどうにかしてくんない?」 八幡「あんたらさ本人が嫌がってんのにひかないってどいうことだ?」 「何だよおまえ?」 八幡「あのさ、そいつ俺の彼女なんだよ!で早く失せてくんない?」 俺はとっさに嘘をついて助けることにしたが何で三浦は顔赤くしてんだよ!!怒ってんのか? 「じゃあ、この女くれよ」 八幡「聞いてなかったのか?失せろ!!」 俺が殺気を出して言うと…… 「こいつやっちまうか?」 「そうだな」 八幡「それとそろそろ警察来るぞ呼んであるからな。ほれ、パトカー来たぜどうする?」 この時間帯は警察の巡回でパトカーが見回りしてるのは知ってる 「くそ!いくぞ‼︎」 そういっていなくなった 三浦「ハチありがとうね、でも本当に警察呼んでんの?」 八幡「嘘だぞ……この時間よく巡回してるから使わせてもらった」 三浦「何でそんなこと知ってんの!?」 八幡「腐った目の時によく職質されていたからな」 三浦「なんかごめん」 八幡「謝んな!惨めになる!」 三浦「でも、今は目腐ってないから職質されなくて済むから良いじゃない」 八幡「そうだな、優美子今日の服に合ってんぞ。それと、嘘で俺の彼女って嘘ついて悪かったよ」 三浦は顔を真っ赤にしていた 三浦「ありがとう。それとさっきの嘘の事は別にいいし……逆に彼女になっても良いし」 最後らへんは聞こえなかった。 八幡「何か言ったか?」 三浦「なんでもないし!!それより行くよ!!ちゃんと行くところかんがえてきたっしょ?」 八幡「あぁ、とりあえずララポで買い物だな。最初は……」 三浦「ハチにしては良いチョイスじゃん」 八幡「さいで。なぁ、優美子俺の服とかも見てくんね?ファッションには疎くてな」 三浦「そうなん?今日の服良い感じだけど」 八幡「妹に選んでもらったからな。まともなのもこんな服しかない」 三浦「そうなん?いつもどんな服着てんの?」 八幡「千葉Tシャツだが」 三浦「あのアイラブ千葉とか書いてるTシャツの事?」 八幡「そうだが」 三浦「ダサすぎっしょ!でも、何でだろう。ハチが着てるところが想像できる」 やめてもう俺のライフはゼロよ 八幡「悪いかよ……俺の千葉愛が強いからだ」 三浦「自慢すんなし!とりあえずララポに服見に行くよ」 八幡「あぁ頼む」 それから移動してららぽ 三浦「ハチの服見るのは良いんだけど私の服とかも一緒に見てくんない?」 八幡「それは良いがいいアドバイスできないぞ」 三浦「それでもいいし」 八幡「わかった」 先に三浦の服を見に行くことになり…… 三浦「ハチこの服とこの服だったらどっちがいい?」 八幡「そうだな優美子なら何着ても似合うとは思うが俺はこっちの方が好きだな」 三浦「そっか、ならこれ買うかな」 八幡「俺が選んだやつでもいいのかよ?」 三浦「でも、ハチこっちの方が好きなんでしょ?なら、良いんじゃん」 八幡「そうかよ」 それから俺の服も見に行ってて三浦はいろんな服を見ていて考えている。 どれも派手ではなくて大人しくシンプルなのが多い。 こうして見ると見た目はギャルだけど本当におかん属性強いな。 三浦「ハチこの服とこれつけてきて」 八幡「服は良いが……俺、目悪くないぞ」 三浦「黙ってきて来るわかった?」 三浦は威圧してきた。 こいつこれがなければかなりいいやつなのにな。 それに美人な方……いや違うなかわいいのだから威圧しなければいいのに……そんなことを考えてると 三浦「ハチ何か失礼なこと考えてない?」 八幡「そんなことないぞ。とりあえず着替えてくるわ」 三浦「わかった」 それから試着室で俺は三浦に渡された服と眼鏡をつけてみる。 そして、着替え終わり試着室から出てみた…… 八幡「どうだ?似合わないか?」 三浦何か言ってくれないときついんだけど……それより何で鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんの?何か怖いんだけど…… 八幡「優美子?大丈夫か?」 三浦「大丈夫だし!それよりハチ似合いすぎだし!眼鏡一つで大分変るって」 八幡「何言ってんだそんなに変わらないだろ」 そういって鏡を見ると別人が映っていた。 八幡「誰だこいつ?」 三浦「それ、ハチだから……」 顔を赤くして言わないでくれますか?勘違いしてしまうだろ!! 告白してフラれるまであるってフラれるのかよ!」 三浦「ちょハチ告白ってなんだし!」 八幡「何で俺の心読めるんですかね?エスパーなの?」 三浦「思いっきり声に出てたし!!」 マジかよ!!嘘だろ!! 恥ずかしくて死んでまうわ!! あれ?何で関西弁になってんの?まぁ、いいか 八幡「悪かった……優美子が選んでくれたからこれ買うわ」 三浦「それでいいんハチ?」 八幡「俺の好みも考えて決めてくれたんだろ?」 三浦「そうだけど……ハチが着る服って派手なのより大人しめの大人な感じが似合うかなっておもって決めたんだけど」 八幡「正直ありがたい……俺にはわからんからさそれに俺の好みの服だからな、ありがとな優美子」ニコ 三浦「ハチが正直だとなんか調子狂うし!!」 八幡「悪かったな。でも、こいうの初めてだから何って言って良いのかわからんが嬉しいんだよ!悪いかよ?」 三浦「そっか……実はさあーしも初めてなんだこんな感じの買い物って」 はい!!?葉山と何回も行ってる感じなのに…… 三浦「その顔だと葉山と行ってないのかよって思ってっしょ?」 八幡「何でわかるんだよ?確かに思ったがみんな仲良くの葉山の事だから遊ぶのも葉山グループのメンバーを呼んで遊んでた感じか?」 三浦「まぁ、今となってはどうでも良いんだけどね……」 八幡「そっか」 俺は、そういうしかできなかった。 三浦は葉山の事が好きだったから今回の事はかなりショックだったと思う。 まだ立ち直れていないのか? 少なくともこんな終わり方は納得いってないとは思うしそれに葉山グループを潰したのは俺自身だからな…… 三浦「そうだし」 それからちょっとおしゃれなカフェに入った。 三浦「ハチがこんなところ知ってるって意外なんだけど」 八幡「此処おしゃれなで結構落ち着くから本とか買いに来た時にたまに来るんだよ、それに全く知らないところよりかは安心して入れるからさ」 今日はハチが色々考えてくれてたみたいだ。 来た時もナンパされてる時に助けてくれたし買い物とか昼ご飯だって女の子が好みそうな所を選んでくれているからなんだか嬉しいな。 元々は結衣の好きな奴だったけどその時は趣味が悪いって思ってたけど今まで文化祭や修学旅行もハチが自分自身を犠牲にして色々してくれてるのが分かった。 それに、テニスの件ではあーしのわがままで迷惑とかもかけたけど…… 今なら分かるハチは優しい良い奴だって…… 親友の結衣の恋敵にはなりたくなかったけどハチの事が愛おしく思う。 そう考えるとあーしってちょろいのかな…… まぁ、いいし今は葉山とは違って気を使わなくていいから 三浦「ハチのくせに結構考えてくれてたんだ。今日のデート楽しみだったん?」 そう、三浦はからかうように言ってくる 八幡「悪いかよ……楽しみしてないって言ったら嘘だからな……」 三浦「ふーんそうなん?でも、ありがとう」 八幡「おう……」 あれ?何かおかしくない? なにこの甘い雰囲気いつから恋愛の神様が降臨したの? 心なしか三浦の威圧的な感じは消えてる。 こっちの三浦の方が俺は好きだな 三浦「午後からはどうすんの?」 八幡「優美子が良ければだけど映画とか見に行かないか?何か見たい映画があればの話だが」 三浦「ちょうど見たいのあるからそれ見に行きたい」 八幡「了解」 それから、昼を食べ終わり映画館に行った。 三浦が見たかったのは今はやりの恋愛映画みたいだ。 映画を見るとなるとなると何か飲み物と軽食がいると思い先に買っておいたのだが…… 三浦「ハチの気遣いは嬉しいけどハチが全部払う必要はないし!!割り勘でいいし」 八幡「良いじゃねぇかよ。これぐらい払わせろ」 三浦「わかった……でも今度何かおごらせろし」 八幡「わかった……」 それから映画を見たのだが中々よかった。 なんかこんなのも悪くないと思う自分がいる…… 俺も変わったのか? まぁ、悪い意味での変わり方ではないから良いか…… 三浦「それでこれからどうする?」 八幡「そうだな……ちょっと行きたいところがあるんだが良いか?」 三浦「良いよ」 それから、少し離れた高台にて…… 三浦「此処の景色きれい、何でここ知ってんの?」 八幡「そうだな……俺も来たのは久しぶりだけど此処で嫌なこととか忘れられるからかな……葉山の事とかもあったから連れてきたのだが駄目だったか?」 三浦「そんなことはないけどでも、何で葉山の名前が出てくんの?」 八幡「今回の件で葉山グループを潰したのは俺だからな……それに、葉山の事好きだったろ?だからまだ、落ち込んでるのかなって思ってな……」 三浦「確かにハチはあーしらのグループを潰したかもしれない……でも、グループを潰さないためにハチが犠牲になるのはおかしいっしょ?」 八幡「確かにそうだがでもよかったのか?」 三浦「確かに葉山があんな奴だとは思わなかった。正直みんな仲良くって言いながらそこにはハチは居なかった」 八幡「なんだ?気づいていたのかよ?」 三浦「まぁね。でも文化祭の事もあったからあーしがハチの事を勘違いしていたのも確かだし……修学旅行の件で葉山の考えてることも知ってそのあとのフォローもしないでハチを苦しめることしかしなかった。最終的にさあーしがいてほしい葉山を押し付けていたのとあーしらのグループは表面しか見てないことも知って……葉山には幻滅したし好きになるやつ間違えたとも思ってるし」 八幡「そっか……」 三浦「じゃあ、ハチに聞きたいことがあるんだけど」 八幡「何だよ?」 三浦「ハチって結衣の気持ちとか知ってるよね?」 八幡「何に事だ?」 三浦「真剣な話だからちゃんと答えろし」 確かに由比ヶ浜は俺の勘違いでなければ好意を持ってるのはわかってる……でも正直怖いんだ……俺の黒歴史のせいで嘘なんじゃないのか?裏切られるんじゃないかって考えてしまうのだが…… 八幡「確かに俺の勘違いではなければわかってるつもりだが」 三浦「じゃあ、何でその気持ちにこたえてやんないの?」 あーしは思わず聞いてしまった。 三浦「それに、恋愛に関して臆病になってない?」 やめてくれ……そんなのは俺自身が一番わかってんだよ…… 八幡「そうだな……そうかもしれないな」 三浦「何でそんな辛そうな顔してるだし?昔に何があったんだし?」 どうする?三浦に話すのか?でも、話しても良いと思ってる自分もいるからな話してしまうか 八幡「中学の時にな俺の勘違いである女の子に告白したんだが……」 三浦「ハチもなんだかんだでちゃんと青春してたんじゃん、でも何で恋愛に臆病になったん?」 八幡「告白してフラれるまでは良かったんだが……次の日に学校に行ったら黒板に俺がその女の子に告白したこととフラれたことが書いてたんだ……そこまでは少しきついがどうでも良かったんだが……そのことに関してからかわれたりするのは始まりだった」 三浦「その時点でハチの気持ち踏みにじってるじゃん!!」 八幡「そこから酷いいじめにあうようになったんだ……そのことがトラウマでな恋愛に対して臆病になったんだ」 ハチは辛そうな顔をしながら話してた…… 三浦「でも、結衣はそんなことしないし!!」 八幡「それはわかってるがどうしても疑ってしまうんだよ……それが、比企谷八幡って男なんだ」 ハチは笑顔で言っていた。今にも消えそうな顔で……あーしはハチが今までどんなにつらい目に遭っていたのなんてわからない…… 三浦「でも、それだけで恋愛に対して臆病にならないでしょ?他に何かあるっしょ?」 八幡「優美子にはかなわないな……俺の両親は妹の小町に対して溺愛してる分俺にはそっけない態度を取るのが当たり前いつの間にか小町より出来損ないって感じだ……親にも愛されない俺が誰かに愛されるわけがないって思うようになってな……それでさっきの中学の話だ……」 ハチの話はあまりにも酷すぎた…… 親の愛情も知らないからこそ自分が犠牲になればいい言って考えになってしまったのかもしれない…… 目が腐ってるのも人間の汚いところばかり見すぎたせいなのかな…… 八幡「悪かったな……こんな話してしまって……忘れてくれ」 ハチ優しすぎるし……忘れれるわけないじゃんこんなの…… あーしは思わずハチを力ずよく抱きしめていた。 八幡「ちょ!!優美子さん何でいきなり抱き着いてくるんですかね?」 三浦「ハチ今まで辛かったっしょ?でも、あーしや結衣達はハチの事裏切らないから少しずつで良いから前向いて歩けし」 八幡「そうだな……分かってるんだが怖いんだ」 三浦「そっか……」 八幡「おう」 それから暫く経った…… 八幡「優美子ありがとな……大分、楽になった」 三浦「なら、よかったし」 それから、少し話して優美子を家まで送って家に帰った。 優美子サイド 家に帰ってきてハチが言っていたことを思い出していた。 ハチが今までどんなつらい体験をしてきたのか……色々聞かされた…… わかってることは一つハチは恋愛に臆病になってるってことだ…… だからあーしはハチがあーしなら付き合っても大丈夫って思えるぐらいに振り向かせてみる。 覚悟しなよハチ あとがき 今回からヒロインとのかかわりですが最初は三浦ルートで行きます。 最近、ネタが思いつかないのとまえがきでも書いていたと思いますが仕事が忙しかったので書く時間がなかったです。 これからはできるだけ書いて投稿していきますのでよろしくお願いします。 ではではまた……
今回から三浦優美子ルートです
三浦優美子ルート一話「三浦とデート」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10055991#1
true
小説の出だしになるようなことはひとつも書けない。それだけで、わたしという人間を表すのは十分だった。両親は国家公務員で、試験に落ちる人間がいるということも知らない。自分の娘がその人間だと知った彼らは、わたしに同じ道を歩ませることを早々に諦め、パキパキと出荷の手続きを進めた。わたしの趣味も、好きな男性のタイプも、生産者がいくらでも偽造できてしまうのだから、それはお見合いという名の出荷に違いないのだ。 「降谷零です」 粗悪品を受け取る可哀想な男の名前だ。頭が良くて、仕事が出来て、趣味はスポーツ。そして手の込んだ顔の造り。与えられる才能に妥協せず手に入れる才能をもしっかり掴んでいる人間だった。この人の人生は、ずっと成功の連続だったはず。わたしの存在がそれを過去形にしてしまうと思うと申し訳なくて、人型の品物にもクーリング・オフが適応できればいいのに。最も、その制度は対面販売には適応されなかった気がするが。 「君の上司には逆らえない」 …悪質な押し売りにも適応するんだったかな 結婚生活は悪いものではなかった。何しろ家に人がいない。親と顔を見合わせることも少なかったが彼の比ではない。仕事柄写真も無いので顔を忘れかけた。愛を囁かれることはないけど、罵倒を叫ばれることもない。それだけで心安らいだ。一人暮らしに夕食一人分を足すだけでお金が振り込まれるのは申し訳ない気がしたが、たったひとつの妻としての仕事も帰れないからいいと断られた。彼が家の中で頼りにしているのは自分のベッドだけ。体を触れさせるのも。 結婚生活は悪いものではなかった。何しろ家に人がいない。結婚一年目の記念日に焼いたケーキは、蠅が食べてくれたので寂しくもない。仕事柄写真も無いので絵を勉強しようと思った。絵を一枚、自分の部屋に飾るくらいわたしでも許してもらえるだろう。鉛筆画から始めて、死相を浮かべながら偶に帰ってくる夫の顔を思い浮かべながら、描きあげた似顔絵。それだけで心安らいだ。三か月かけて完成した絵は、その日のうちに無くなっていた。 結婚生活は悪いものではなかった。何しろ家に人がいない。わたしは、近所の奥さんから、夫に捨てられたダメな妻と囁かれるようになった。結婚二年目の記念日に夫は帰ってきてくれたが、部屋の掃除はしなくていいと言い残して職場に戻っていった。それだけで心安らいだ。彼が服を脱ぐのは浴室だけ。彼が目を合わせるのは時計だけ。 彼は忙しい人だから、そのうち妻がいることも忘れてしまうかもしれない。だからわたしが彼の顔を覚えていなければならないのだ。出荷されたからには、それくらいのことはしなければいけないと思う。だってわたしを返品しないでくれるのだから。粗悪品のわたしに妻でいることを許してくれる。何も言わないということは否定もしないということだ。彼が返事を返してくれるのはおかえりなさいの挨拶だけ。それだけで心安らいだ。挨拶は返ってくるものだということを教えてくれた。 入院生活は悪いものではなかった。結婚三年目の記念日にわたしは事故に遭った。記念日というだけあって、いつもと違う一日になってくれた。これだけは、小説の出だしとまではいかなくても、1ページを飾れる出来事かもしれないが、それは推測でしかない。もうわたしはペンを持てないので、試す由が絶たれたのだ。何やらすごい事故に巻き込まれたらしいが、その時の記憶がないので他人事の口ぶりになってしまう。意識と感覚はあるが、それだけ。 元々日の当たらない部屋に生息していたとはいえ、真っ暗闇はいかがなものかと思う。目は開かないようだ。耳に開閉機能がなくてよかった。そして、目も自分で開けれないわたしには人生を閉めることも当然できない。何も映さないはずの網膜の裏に浮かんできたのは、夫である人の顔だった。三年間、クレームのひとつもなく置いていただきまして、ありがとうございました。粗悪品から粗品くらいにはなろうと頑張った結果、植物になってしまいました。申し訳ございません。思いつくだけの謝罪を並べてみたものの、もはや届ける手段はない。わたしの神経は起きてこないし、彼もきっとこないのだから。 きた カツカツと足音が急ぎながら廊下を駆けて、近くで止まったかと思えば扉が開いて、叫んだ。お見合いのあの日を思い出したのは、名前を呼ばれたのがその時以来だったから。頬に手が当たる感触がする。顔を触られたのはこれが初めてだ。がさついてる、そりゃ指先のお手入れをしてる暇なんてないんだろう。この人はそれほどまでに多忙を極めている。ので帰っていいですよ。早く寝てください。これ以上お手を煩わせるのは勘弁したい 「んで…こんなことに……」 すみません。賠償責任も果たさずに壊れてしまいました。 降谷さんの骨ばった手がわたしの手を何度も擦る。そういえばわたしも爪を伸ばしっぱなしだったので、引っかからなければいいのだが。わたしまでもが貴方に傷を負わせるわけにはいかない 「なんで…おかえりって言わないんだ……」 ごめんなさい。あなたがせっかく許してくれた挨拶なのに 半生だけで小説5作は書けるし、29歳までの記録で映画一つ作れる。それが俺の人生だった。夜食を作ってくれる両親はいなくても、受験に落ちたことなどない。とはいえ人生が成功の連続だったかと問われると首を振る。横にだ。まず、失うものが多すぎた。よりによって、何を手に入れても埋めることはできない穴を塞いでくれたものばかり。そして、三年前にまたひとつ失った。独身という肩書をだ。 「      」 彼女の名前はありふれたものだった。申し訳ない。一人の女性を幸せにするのは、世に溢れかえる他の男に任せたいんだ。 「君の上司には逆らえない」 …だから、君が逆らってくれ。俺が酷い男だということに早く気付いてくれ。気付いて、去ってくれ。結婚する人なら、毎日帰ってきてくれる人がいい。ご飯を美味しいと言ってくれる人がいい。君のご両親も、それを望んでいるはずだから 結婚生活は最悪だった。彼女が作り置きしてくれたご飯を食べて、美味しかった。帰りたくなるからやめてほしいよな。美味しくても、美味しいと伝えられないのも嫌だ。 結婚生活は最悪だった。365日はあっという間に過ぎて、机の上にあるケーキに気づいた時は吐き気がした。潜入捜査で無理やり食わされたケーキに毒が入っていたからではない。彼女にこの生活を送らせて1年が経つという黒い事実を、白いクリームに咎められた気分になった。口はつけない。祝ってもらう権利など、俺には無い。 結婚生活は最悪だった。本当に珍しく定時であがれて、家に帰れば物音一つしなかった。妻の部屋を物音立てずに覗くと、頬に絵の具をつけた彼女が寝ていた。俺の似顔絵が、見つめていた方角はどこか遠くで、視線を合わせようとしないところも俺そのものだった。俺の顔を思い出す必要性が見出せないので、捨てた。 結婚生活は最悪だった。妻が近所の人間に噂されているのを聞いた。勤務時間以外で人を殴りたいと思ったのはこれが2回目だった。訂正しろ。ダメなのは夫のほうだと。彼女は文句一つ言わず、俺の妻であろうとする。俺が最初に断って2年経つ今でさえ、何時に帰ってもラップされた皿に出迎えられる。俺は君に文句を言いたい。なぜ逃げないのかと。そして、一番、自分を殴りたい。 結婚生活は最悪だった。それなのに、まだ底があるのかと思わされる。妻が交通事故に巻き込まれた。一命をとりとめたのは奇跡だと医師は言う。なら俺は、動かない妻を見て、喜ばなければいけないのか 「んで…こんなことに……」 彼女のひび割れた指の先と、俺のささくれた指を合わせる。擦っても、擦っても、ぴくりとも動かないその手。ごめんな、頬を触るのも、手に触れるのも、初めてじゃないんだよ。眠っている君に、俺は触れていた。結婚生活は最悪だった。君を愛している。俺が酷い男だということに、とっくに気づいている君だけが、俺におかえりを言ってくれる。ただいまを告げる数秒だけが、夫婦でいられる時間なのが寂しかった。自分から突き放した男が、数秒に未練を抱いて、君を求めるなんて、最悪だ。でも、君が一番知っているよな。俺が酷い男だということを 早く逃げないから。君が、早く逃げないから。俺は君を初めて見たときに抱いた感情を置き去りにして全速力で走ったのに、三年間であっという間に距離を詰められ、今や羽交い絞めにされているんだ。次の男を見つけて、幸せになってほしかったのに。なあ、君のご両親はなぜ走ってこないんだ。なぜ、妻一人守れない俺を殴りに来ないんだ。かけがえのない一人娘が大切なんじゃないのか……… そうか、君も、逃げ場がなかったんだな。俺が逆らえなかったように、君にとってのお父さんも、そうだったんだな。 どうせ離れることのできない二人だったのなら、もっと触れればよかった。愛していると言いたかった。君は美しいということを、ちゃんと君に知ってほしかった。ご飯は美味しくて、特に煮魚が絶品だったと、レシピも聞いておけばよかった。愛している。君は?とは、怖くて聞けない。でも、今は、愛していませんでいいから、返事を聞きたい。君の声を聴きたい 「なんで…おかえりって言わないんだ……」 唇にキスをしたのは初めてだった。 唇に何かが触れた。キスかな、と一瞬思ってその半分くらいの時間で否定した。まさか。大方ホコリでも付いていたのだろう。こんな成りになって、もう妻としての役割は果たせないのに、これ以上迷惑をかける役割ばかりで活躍したくはない。大丈夫ですから、本当にもう帰ってください。明日も早いんでしょう。でも、本当にキスだったとしたら、どうだろうか。…どうもしない。お姫様は王子様のキスで目覚めるけど、わたしはお姫様になる側ではなく従う側の粗悪品だし、降谷さんは国を守るけど、綺麗なマントなんて持ってないだろう。ボロボロになりながら、皆を守っている。お姫様に限らない点、王子様よりも多忙かもしれない。本当に立派な人だと思う。だから、わたしくらい、放っといてください。 粗悪品は、妻にも、人間にもなれずに、植物になりました。もう、似顔絵を描いて、あなたに不快な思いをさせることはありません。それでも返品しないでいてくれたあなたに、何も返せなくてごめんなさい。 ごめんなさい。こんなわたしが、あなたに恋をしてしまった。せめてものお詫びに、あなたがくれた指輪を、持って行ってください。
タイトルまんまのお話です。知識もなく書いてますので色々事実と異なる場合があります。色々と閲覧の際はご注意ください。続きが思いつきません(いつも)<br /><br />続きました<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10059021">novel/10059021</a></strong><br /><br />Twitterやってます(<strong><a href="https://twitter.com/ahonaonnadesuwa" target="_blank">twitter/ahonaonnadesuwa</a></strong>)
妻は、妻にも、人間にもなれずに、植物になりました
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056072#1
true
「それにしても、残念ですねー」  誰に言うでもなくそう言って、夏目は箸先で網の上のホタテをいじった。  じゅうじゅうと火が通りつつあるそれは旨そうな出汁を吹きながら食欲をそそる匂いを振り撒いている。他にも並んでいるイカやら魚やらの魚介は、この店自慢の北日本産のものだ。  襖に囲まれ天井近くに隙間の空いた個室ブースには、繁盛している店内のガヤつきがほどほどに満ちている。下町の趣向だが程々に小綺麗で庁舎からもほど近い、宴会係の夏目が手配した居酒屋だった。  焼酎の品揃えが多いこの店を、彼が誰かさんのために選んだという事実は捜査企画課の皆が知るところである。ひねくれ者の彼にそれを指摘する者はいなかったが、自ら水を向けてくるのなら話は別だ。 「まあ徹夜のテンションが切れたなら仕方ない。脳波の動きも興味深かったが……」 「打ち上げには出られない、明日からは事務仕事漬けでそのうえ検査責めでは、さすがに彼女が気の毒ですよ」  シメでもないのに鯛茶漬けをかき込んでいる由井を、グラスになみなみ注がれた焼酎を端正な口に運ぶ今大路が窘める。  今日は昼日中の捕り物だった。捜査企画課のメンバーだけではない、大きな捕り物だ。  外国の組織も絡んだその一件の後始末には夜まで追われたものの、警察組織に引き継いだ後は急げる事務仕事も少なかった。おそらく明日からが修羅場になるな、というのが捜査企画課一同の共通した見立てだ。  そうなる前に陣中の飲み会でもしようという話になって、夏目が店を手配したのが夕方。報告書の骨組みを書き始めていた玲が眠たげに目をこすり始めたのはそれからすぐのことだった。  彼女がそんな状態になるのは無理もない。今日の突入に備えた捜査一課との連携、外務省との連絡役のサポートにREVELへの情報収集依頼。そこに張り込み、雑多な書類仕事ときたら、いくら丈夫な彼女でも睡魔には勝てまい。何しろ関わる人間の数が多過ぎる。その各人に丁寧に頭を下げて時間をとっている彼女が、最終的に犠牲にできるのは自身の睡眠時間だけだ。 「まあ、一晩しっかり休んだら回復はするだろう。事務方が落ち着いたらまた機会を設けよう」 「関さんはホンット、玲ちゃんに甘いですよねー」  苦笑交じりに言った関にからかうように言ってみせて、夏目は狙っていたホタテを自分の皿にひょいと乗せた。次はどんなお店にしよっかな、と楽しげに呟く彼の最近の店選びには、上司が甘いと言ったばかりの紅一点の好みが大きく反映されているわけなのだが。 「それで? 青山君が送っていったの?」 「ああ。泉を送ったら合流するそうだ。そろそろ来るんじゃないか?」  顔に似合わないオレンジジュースを飲みながら尋ねる渡部に、自分も焼酎を煽りつつ関が頷く。  そこへ、すっと襖が開く音。全員の注目が集まったブースの入り口に、ちょうど話に上っていた青山が立っている。 「ああ、お疲れ様です」 「お疲れ、青山。……どうかしたか?」  軽く挨拶する今大路と労う関に反応しない青山は、かすかな渋面のまま個室に入って襖を閉めた。 「ええ、ちょっと。……夏目」  低く呼びかけられて、ホタテを齧っていた夏目が首を傾げる。 「はい?」 「返却しといてくれって言ったアレ、持ってるか」 「え? ああ、はい。持ってますけど……」  怪訝に言いながら夏目がデイパックから取り出したのは、掌におさまるほどの機械。ラジオのような本体と、コードで繋がった先の金属の棒のような形態だ。  それを見た関の目が瞬いた。 「それ……」  見覚えは、この場にいる全員にある。盗聴器だ。今日の捕り物で、突入のタイミングをはかるために使用したものだ。 「ちょっと貸せ」  言われて素直に渡す夏目から盗聴器を受け取って、青山は隣のブースとを区切る襖に相対した。  そっとその襖に隙間をつくる青山の動きを、全員が咎めることなく注視する。上司である関だけが黙ったまま静かに目を眇めるが、何も言わない。青山がやろうとしていることは察しているが、我が課のエースが意味もなく盗聴器を使おうとしているわけではないことも理解していた。  青山もそれをわかっているのだろう、事情を話すことなく金属の棒を襖の隙間に差し込んだ。そうしておいてから、コードを伸ばして旨そうな料理が湯気をたてる座卓に本体を乗せる。  全員の注目を浴びる本体のスイッチを、青山の長い指が押し込むと。 ――もー! ほんっとウザい、あの泉って人。  ピシッと、座卓を囲む空気が凍った。  戸惑う視線が青山に集まるが、彼は眉間に皺を寄せてじっとスピーカーを睨んでいる。そうする間にも、聞き耳をたてられているとは知らない隣のブースでは賑やかな女たちの噂話が続く。 ――まあまあ、いいじゃん。どうせぽっと出でしょ? すぐ辞めるって。 ――あの課、男性陣のステータスは高いけど尋常じゃなく厳しいもんねー。 ――でも私、本気で青山さん狙ってたんだよ!? 移動願いだって何回も出してたのに! ――わかる、私は今大路さん。でもまああの子じゃ食指も動かないでしょ。  くすくす、と陰のある笑いが湧いて、名指しされた青山と今大路の目に冷たさが宿る。箸を置いた夏目の指が静かに動いて、パチリと録音のボタンを押した。  気がつけば、こちらのブースにはただならない沈黙が舞い降りていた。 ――そもそも何なの、あの子? コネ入庁って聞いたけど、どっかの良いとこのコ? ――えー、普通に庶民じゃない? 薬剤師って聞いたけど。 ――でしょ! どっからどう見ても!  続いて、今度は破裂するような笑い声。  ふうん、と夏目が低く呟く。普段玲のことを色気がないだの女子力がどうのと揶揄っている彼だが、同い年の同僚のそんなところも好ましく思っているのは課内では暗黙の了解だ。もちろん尻馬に乗る青山も、的外れな由井も、フォローに回る今大路も、横から見守る関や渡部も。それをこんなふうに第三者に揶揄されることが、こんなにも不愉快だとは。 ――でも最近捜査一課とかREVELとかにも浸食してるでしょ、あの子。ホンット目障り。 ――こないだなんか荷物運びしてたよ、捜査一課で。体力には自信あるんですーっとか言って。 ――えーそんなに体力に自信あるなら体でも張って怪我すればいいのに。 ――ひどー! ――え、でもそうなったら青山さん、お見舞いとか行くかも。やだやだ! 「へえ」  青山贔屓の女をからかう声を聴く関の口から、凍り付いたような声がこぼれる。不穏な会話に渡部も口の端を曲げた。 「うーん、なかなか酷いね」 「すみません、廊下で耳に入ってしまったもんで」  顔をしかめて言う青山も、好き好んで盗み聞いていたいわけではないだろう。 「大事な泉の体に傷をつけようなんて、愚かの極みだな」 「ブレませんねー孝太郎さん」  由井の苦言に相槌を打ちながら、夏目が白ワインのグラスで口を湿らせた。目だけはしっかりと雑音交じりの罵詈雑言を垂れ流す機械を見据えている。 ――菅野君とかさ、玲って呼んでたよ。下の名前かよって思ったね。  ふっと、聞き慣れた刑事の名が話に上る。その女の声は他の女たちとは違う重みをもって響いた。 ――あー菅野君は呼びそう。ホント面白くないわ。 ――今日摘発だったやつも捜査一課と合同でしょ? イケメンの中で浮かれてるのかと思うと腹立つー。 ――邪魔のひとつでもしたくなるよー。今度隙あったら伝言しとくよって言って無視してやろうと思ってさ。 ――え、何それ、おもしろそう。 ――えー、えげつないよー!  きゃらきゃらと笑う声に、関が頭痛を感じたように額に手を当てて黙り込む。 「どうしましょうね、これ」  やがて隣ブースの会話が他に流れていったのを確かめて、録音を止めた夏目が言う。関は呆れと怒りを綯い交ぜにした溜め息を吐いた。  泉に関するこういう噂が関たちの耳に入るのは、何もこれが初めてというわけではない。鳴り物入りで入庁した泉の待遇と所属した課のメンバーがこうなのだから無理もないだろう。泉自身もそれを割と客観的に受け止めているようで、深刻に落ち込んだことは少ない。自分に降りかかる不躾な噂話は働きによってのみ拭い去れるものだとわかっている彼女を課内のメンバーは理解しているし、それを手助けすることで見守ってきた。  しかしその仕事すら邪魔されるのは見過ごせない。 「どうもこうも……仕事にまで私情を持ち込もうとしているなら目は瞑れない」 「一課との連絡、邪魔されでもしたらこじれますからね」  まだ飲み物も頼んでいない青山が、そう言って卓上の枝豆を噛む。 「そうですね。せっかく彼女が橋渡しをしてくれるようになって、相当スムーズにやり取りできるようになったというのに」  小さく嘆息しながらも眼光鋭い今大路に、一同は声もなく同意した。  人の心に寄り添う泉の存在は、今では組織をうまく回すために欠かせない潤滑油だ。しかしそれは彼女の資質というだけではなく、根気強い頑張りのうえで勝ち得た役割だ。仕事に真摯に向き合う彼女が自分の成長を望んだがゆえの成果だった。  そういうことを、ずっと見てきた自分たちは知っている。だからこそただの嫉妬ややっかみなどというものでそれを台無しにされるなんて我慢がならなかった。  不愉快に顔をしかめた一同のなかで、不意に今大路が立ち上がる。 「録音が充分なら、ちょっと失礼しますね」 「あ、はい」  襖に手をかけて廊下に出ようとする今大路に、夏目が頷く。襖の向こうにその背中が去るのを機に、青山が店員を呼んでビールと追加の料理を注文した。 「それで? どうすんの?」  尋ねたのは火の通った海老を皿に乗せた渡部だ。器用にくるりと赤い殻を剥く彼に、関が「そうだな……」と悩む声を漏らす。 「話を聞いた感じ、警察方面の人もいそうでしたね」 「声紋分析にでもかけようか?」  夏目に軽口をたたく由井に、関が首を振る。 「照合する数が多すぎるだろう」 「泉に危害が及ばないようにできるならお安い御用ですよ」  冗談とは受け取れない切り返しを口にして、由井は茶漬けの丼を空にした。  そこへ、すい、と襖が開く。入ってきたのは今大路だ。 「顔の確認なら、これで可能かと」  席に戻りながら彼が卓上に置いた何かに、全員の目が集まる。置かれていたのはペンだった。だが、普通の文房具ではないことは皆がわかっている。ただこれが今の状況にどうして登場したのかが理解できずに首を傾げた。 「え、何ですかこれ」 「ブースを間違えたふりをして、ちょっと。こちらの顔を見て皆さん驚いていらっしゃいましたが」  夏目の質問にしれっと答えて、今大路は焼酎を舐めた。大胆な彼の動きに渡部が「やるね~」と声をたてて笑う。 「まあ、いい牽制かもな。別にこっちはやましくないし」 「話を聞かれていたのかそうではないのか、咎めはあるのかそうでないのか。やましい人間はさぞ楽しみにできるだろうな」  青山と由井も楽しげに言うのを聞きつつ、夏目がさっそくタブレットを取り出して今大路のペンを手に取る。きゅるきゅるとペンの頭を回せば、出てくるのはSDカードだ。ノック部分を押せば画像が撮れる、いわゆるペンを模した盗撮用のグッズだ。  そうして彼がタブレットに映し出した画像を、大の男五人が頭を寄せ合って覗き込む。関は管理責任者としての立場を守るために目を伏せてコップを睨みつけた。注意のひとつでも述べるべきかもしれないが、正直、ふつふつと腹の底が沸く自分もそんな気持ちにはなれそうにない。 「あ、この人たち見たことあります。内勤ですね」 「こっちは警視庁で見た顔だな。さっき菅野がどうのって言ってたのはおそらく彼女だろう」 「ふーん、なかなかバッチリ写ってるねぇ。顔ぶれに脈絡なさそうに見えるけど、同期かなぁ」 「キャリアか出身学校で繋がりがあるのかもしれませんね。探ってみましょう」 「なんだ、意外と楽な仕事だな。つまらない」 「……お前たち」  口々に言い合う部下と友人に、関は顔をしかめて口を開いた。  途端、十の瞳が関に集まる。関に止めるつもりがないのが伝わってしまっているのか、彼らの目は爛々と光って笑っている。  はあ、と関の口から幾度めか知れない溜め息が落ちた。 「……やりすぎるなよ」  ようやく告げた一言に、夏目がふわりと笑う。 「そういう関さんが一番やる気だったりして」 「関さん、無理にアドレナリンの放出を抑える必要はないですよ」 「ねー。可愛い娘を貶されて、見るからに怒りの炎メラメラって感じなのに」 「言ってろ。お前たちもそうじゃないか」  あからさまに揶揄う渡部を軽く睨んだ関に、青山が肩をすくめて同意した。 「まあ、普段のあいつの根性を見ていたら、面白いはずがないですよね」 「嫌いだの妬けるだの思うだけなら自由でしょうが、彼女の頑張りを無駄にされるとなれば話は別ですよ」  微笑んでそう言った今大路が、ぐいとコップを煽って焼酎を飲み干す。 「ま、今に見てろってやつですね」  言いながら、景気よく空のコップを卓上に置いた彼に、メンバーたちは不敵に笑った。 ≪おしまい≫
主人公いない飲み会で、たまたま彼女の悪口大会に遭遇するマトリ組。<br />恋愛までいってない仲間想い系。<br /><br />最近始めたので習作に書いてみた。<br />続いたりはしないけど、たぶん陰で彼女たちはちょっとヒェッてなる目に合うはず。
彼女のいない居酒屋で
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056207#1
true
アテンション フィクションです。作者の妄想です 前作の設定が引き継がれているところもありますが この話のみでも読めるはず…… 作者は関東生まれ関東育ちです。 似非関西弁が多々見受けられます。 目をつぶってください… 大型実況者グループのメンバーの方々の お名前をお借りしています ご本人様方とは一切関係ございません 生暖かな目でみてください… これらがダメ、無理という方はブラウザバックのほうをお願いします。 [newpage] こちらゾムーク、トントンの部屋のダクトへの侵入に成功した って、俺誰に話してんねん… 1人、心でツッコミを入れ、ダクトの中から トントンの部屋をのぞく そうすれば ドアの前で倒れてるトントンの姿… 倒れてる?! 「うぇ?!ちょ!トントン?!」 俺は慌てて部屋の中に入って トントンに声をかける 息の確認をすれば、息はしてる 気絶…? 俺は急いで、ペ神に連絡を取り、トントンを軍医室へ運んだ 「大丈夫、睡眠不足と過労で倒れただけだよ  でも、ありがとうね、ゾム」 そう、ペ神が俺を見て言う 「い、いや…ええんやけど…  大先生の無能のフリは終わったんやろ…?  なのになんでトントンは徹夜してるん…?」 俺はペ神に聞いた 確か、ここ2週間はシッマもシャオロンも書類を片付けていて 俺も遊ぶ人おらんからイフリートと一緒に山まで行って一緒に 遊んだりしていたから城内での内ゲバはなかったはず… 「内ゲバがないだけましっぽいけど  忙しい時期らしくて、書類の終わりが見えないみたい  でも、倒れちゃ元も子もないよね~…」 困り顔でペ神はトントンを見る 俺にできることってあるかな…? あ…! 「ペ神!トントンのことよろしくな!  完全回復するまで休ませたってな!」 俺はそう言って軍医室から飛び出した [newpage] 「大先生!おる?!」 俺は軍医室を飛び出し、大先生の部屋へ直行していた 「うぇ?!ぞ、ゾムさん?!  ちゃんとノックしような?」 大先生は驚きながらも俺を見た 「あ、あんな!  と、トントンがな!!」 俺が興奮気味に話す 「ちょ、ちょっと待って  ゾムさん落ち着いてーや」 ほら、深呼吸、と俺を落ち着かせるように深呼吸を一緒に してくれる大先生 「すー…はぁ…  ごめんな?  えっと、トントンが倒れちゃったんよ  でな、いまペ神に診てもらって軍医室で寝てるんやけど  ペ神に聞いたら、最近書類の終わりが見えへんくらいに  書類が多いんやって!  やから、俺、トントンの仕事、少しでも減らしたくてな?  でも、俺、書類仕事ってしたことないん…  大先生!教えてくれへん?」 俺は大先生の目を見て言う 確か、大先生が過去の話をした日以降 トントンの負担を減らすべく、グルッペンが大先生へと 書類を少しだけだけど、回していた気がする 「ええよ  ちょうど、グルちゃんから連絡来てな  ほな、グルちゃんのとこいこか?」 何かを察するように笑顔で言う大先生 なんかむかつくけど、まぁ…今回はしゃーないかな… 大先生と一緒にグルッペンのところへ向かう 総統室に入ればグルッペンは俺を見て目を見開いた 「グルちゃん、ゾムさんもトンちのお手伝いしたいんやって」 そう、大先生が説明をすればグルッペンは“そうか”とだけ言って 大先生に書類を渡した 「これが、今日の分  トン氏が戻るまでお願いするかもしれん。  よろしくな、鬱、ゾム」 グルッペンは申し訳なさそうに言う 「しゃーないなぁ…  よろしくしたるわ」 大先生はそう言って、書類をもって 俺を見る 「任せろ!」 俺がそういうとグルッペンは笑顔になった 「ほな、書庫でも行こか?  あそこなら、2人でも狭くないし、静かやし」 大先生の提案に俺は頷いて 後ろをついていく [newpage] 「エッミさーん  ちょっと、場所借りてもええ?」 書庫の扉を開け、大先生がそういう 「ええですよ  にしても、大量の書類ですけど…  どうしたんですか?」 エミさんがやさしい声で俺達を中へ入れてくれた 「いやぁ…トンちが倒れちゃったみたいでな?  ゾムさんもお手伝いしてくれるみたいやから一緒にやろかって」 大先生は机の上に書類を置く 「それはそれは…  ゾムさん、大先生、頑張ってくださいね」 そう言ってエミさんは奥の部屋に行ってしまった 「じゃぁ、ゾムさん、やろか?」 大先生は軽く説明をしてくれた それと、お手本のような書類の書き方というものももらった 「最初は見様見真似でやってみて?  できたら教えてな?」 そう言って、大先生は長い前髪を邪魔にならないように ピン止めでとめていた 俺も遅くてもしっかりと書き始めた 「大先生、できた」 俺がそういえば顔をあげて俺の書いたものを見る 「……うん  完璧やで!」 大先生は笑顔でそういう 「ほんと?!」 俺がそう聞けば笑顔のままで頷く 「この調子で、もう少し頑張れる?」 大先生がそう聞いてくる 答えは決まってる 「もちろんやで!」 そう答えれば、笑顔で次のものを渡してくる [newpage] tnside なんか、ふわふわとした感覚 ここは俺の部屋じゃないな… 「ん…」 覚醒する頭、ぼんやりとしてだけど、真っ白な天井が見える 「トントン、起きた?」 神の声…ここは軍医室か…な? 「あ…俺…」 やっと出た声はとてもガラガラで 「声やばいね…水飲める?」 神が苦笑いで言う 俺は頷いて上半身を起こす 神から冷たい水の入ったコップを受け取る 「もぉ…何日寝てなかったの?  仕事も大事だけど、トントンの身も大事なんだからって  いつも言ってるでしょ?」 神が心配の色と怒りの色の声 「ごめん…でも、終わんない…!」 俺はそこまで言って思い出した 終わってない書類たちのこと 「どこ行こうとしてんの!  今日は絶対安静!ゾムにも完全復活するまで  休ませてって言われてるんだから!」 神はそう言って立ち上がっていた俺をベットに座らせた 「で、でも…」 「総統命令も出てます!」 神はそう言って腕を組む 「倒れてたところを連れてきてくれたのはゾムなんだから  あとでお礼言うんだよ?」 神はそう言った 「おう…」 俺はそう言って、ベットに寝っ転がる 「にしても、ゾム、トントンになついてるよね~」 神は自分のデスクの椅子に座って俺のほうを見てそういう 「そんなことないと思うんやけど…」 俺はそのままの姿勢でかえす 「そんなことないって  拾ってきたのはトントンでしょー?」 神は少しニヤニヤしながらもそういう そう、ゾムをここにつれてきたのはほかの誰でもない俺だ [newpage] この国が出来てすぐのことだった 気分転換に森の中を散歩しているときに 見つけたのがゾムだった 最初は睨みつけてきて、殺気は隠しきれてなくて こいつ、面白そうやなって思った その日から毎日毎日 彼のもとへと向かった 「なんで、お前いつもいつもくるん…  もうくんなよ」 睨むように、次来たら殺すと言っているように 俺を見つめた それでも、俺は行くのをやめなかった そんな日が続いた 毎日会いに行く。 そしてくだらない話を話す そして、同じ時間に帰る でも、そんな平和な時間が続くはずはなかった 「○◯国と戦争をすることになった  開戦は2週間後  各自、準備をしとくように」 グルさんの口から紡がれた“戦争”という単語 相手の国とこの国の間には 彼のいる森がある 俺は、いてもたってもいられなくなり、彼のもとへ走った 「なぁ!これだけは聞いてくれ!  ここは2週間後、火の海になる  そうなる前に逃げてくれ!頼む!  お前はここで死ぬのは早すぎる!  だから!!」 俺は必死に叫んだ 彼に伝わるように 聞こえるように 「うるさいわ  自分のことは自分で守れる  死ぬなんてしねーよ  さっさと帰ってくれ」 ここからは離れられない そう言っているようだった 俺は、彼にそれ以上は言えなかった そして始まる戦争 予想通り、森は火の海になった 森の中で戦っていれば、遠くから聞こえる 彼の声 「お前ら!やめろ!!!」 切に願う声 守る… 俺は… 「お前ら、覚悟せい…?」 俺は、彼を守りながら 彼の森も守りながら戦った 戦争は見事俺らの勝利で終わった そして、戦争後の後処理も終わったときのことだった 「なぁ、トントンっていうやつおる?」 彼が訪ねてきた 「お前…」 俺は目を見開き彼を見た 「ああ…名前おしえてなかったな  俺はゾム  なぁ、俺、トントンのこと気に入った  拾ってくれるんやろ?」 にやりと笑うゾムとなのった彼 あの時とは違う瞳を俺に向けてきた 「あぁ…ええよ  拾ったるわ」 そんなことがあり、俺はゾムの保護者的存在になっている [newpage] 「トーンち、起きとる?」 大先生の声が軍医室に響く 俺は起き上がる 「大丈夫?」 大先生がそう言って、ベットのそばにある椅子に座った 「だいぶ良くなってで  心配かけてごめんな」 俺がそういえば“ええんよ”と言ってくれた そして 「体調崩したところ悪いけど、今日の分の書類  これでいいか、軽くでいいから見てくれる?」 大先生が渡してきたのは俺が今日やるはずだった書類たちだった 「大先生がやってくれたん…?」 俺が受け取りながらも聞けば大先生は笑って 「ちゃうよ  ゾムさんも手伝ってくれて、俺とゾムさんの2人でやったんよ」 と教えてくれた 「珍しいよね  ゾムさんが書類作業なんて  グルちゃんもびっくりしとったで」 けらけらと笑う大先生 そんな彼を横目に書類を見る ゾムと大先生の文字は違うけど ゾムの文字も大先生の文字もとても優しさを持っていた 「大丈夫やで  ありがとうな」 俺がそういえば“ええんやで”という大先生 「トントーン!!!」 軍医室に響くゾムの声 「ゾム、ここでは静かに!  でも、トントンの夕ご飯持ってきてくれたの?  ありがとうな  そこにいるから持って行ってあげて」 神の声がして、カーテンを開ける音 そこには俺の夕ご飯持っているゾムがいた 「ゾム、ありがとう」 俺がそういえば、ニパァと笑うゾム 「おん!ええんやで!  でも、無理はよくないで!」 そういうゾム ゾムから夕ご飯をもらう 「ひとらん特製おかゆやで!」 ゾムがじまんげにいう 「そっか…  ゾム、今日はありがとうな」 俺がそういえば撫でて!という感じで 頭を差し出してきた だから俺は 「んふふ…  ありがとーな!トントン!」 しゃーないから、撫でてやった やっぱり こいつを拾ってよかったと思った
「俺にとって、トントンは俺の人生を変えてくれた人」<br /><br />「俺にとって、ゾムは守りたい人」<br /><br />書記長が倒れて、脅威がなれない仕事をd先生を一緒に頑張る話<br /><br />どうも、らんなです!<br />先日出させていただきました<br />【無能の僕】<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10040073">novel/10040073</a></strong><br />をご覧下さりありがとうございます!<br />閲覧の数が日に日に増え、好きの数も増え…<br />昇天してました←<br /><br />今回は書記長様と脅威のお話です。<br />楽しんでくだされば幸いです<br /><br /><span style="color:#fe3a20;"><strong>ご本人様たちとは全く関係ありません</strong></span><br /><span style="color:#fe3a20;"><strong>何か問題がありましたら、メッセージのほうにお伝えください。即削除のほうをさせていただきます</strong></span><br /><br />&lt;追記&gt;H30.8.31<br />2018年8月24日~2018年8月30日付け小説ルーキーランキング21位をもらいました!!!<br />ありがとうございます!!!<br /><br />日に日に増えていく閲覧数と好き数とブクマ数<br />いや…ランキングに載るなんてこと無かったので、とてもうれしいです!<br />それと同時に二次創作に関して、快く受け入れてくれているwrwrd!グループの<br />お名前をお借りして書いているものですが、一応、こちらもnmmnの類いになるはず<br />ランキングと言う一般の方に見られるところに上がっていいのかと言う不安もあります<br /><br />ですが、この作品を見つけてくださった方に申し訳無いので<br />今は心から喜ばせていただきます!<br />本当にありがとうございます!!
書記長と脅威
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056377#1
true
来世は人間じゃないものになりたい。 そう、例えば犬。暖かい家庭で愛情をたっぷり注がれて育てられる犬になりたい。優しいおじいちゃんおばあちゃんが飼い主でもいいし、小さい子供がいる家庭でもいい。子供と一緒に成長していって、子供が大きくなった頃に老衰して一生を終える。そんな人生を送ってみたい。もう人間として生きるのは嫌だ。私は日中ずっと日向で寝そべっていたい。決まった時間にちゃんとご飯が出され、1日最低1回は散歩に連れて行ってもらい、また寝て起きたらご飯を食べる。素晴らしい。犬になったら犬なりの悩みやストレスがあるんだろうど人間よりましだと思う。とにかく私は人間以外のものに生まれ変わりたい。第1候補は犬。暖かい家庭で飼われる犬。でも猫もいいな。いや、やっぱり犬。私は、犬になりたい。 [newpage] うん、そうだね。たしかに犬になりたいって言ったね。うん、言ったよ。言ったしほんとに犬になりたかったよ。ほんとのほんとに。でもまさか前世の記憶を持って犬に生まれ変わるなんて思いもしなかったよね。でもありがとう犬に生まれて私はとても嬉しいです。うん、そのことに関してはすごく嬉しいんだ。それはもうほんとに嬉しいんだ。 でもね、私はこう言ったんだよ。こう願ったんだよ。暖かい家庭で愛情たっぷり注がれて育てられる犬になりたい、って。 ところがどっこい、はれて犬となった私の飼い主は、一言で言えば普通にやべぇ野郎だった。もっと言うとやべぇ変態野郎だった。エロ本みてげへへしてる変態はまだマシ。 私の飼い主である40代独身男性は、部屋中に男の子の写真を貼り付けて四六時中ニヤニヤニヤニヤ気色悪い顔をして笑っているのだ。まじきもい。写真は全部盗撮である。まじきもい。 私はこんなものは望んでいないのです。薄暗い部屋でニヤニヤしている犯罪者と一緒に暮らすだなんて耐えられません。気づいた時にはもう既にこの野郎に飼われてたからどうすることも出来なかったんだよ。まじでやだ。しかも女子小中学生とかじゃなくて男子小学生の盗撮だからな。♂だからな。余計に危ない何かを感じる。 そしてもう1つ重大なことがある。なんとこの世界、前世の私がいた世界とは全くの別物。地名も違うし、なにより先程言ったこの部屋に貼られている写真が物語っている。 写真に写っている男の子、この子供を私はずっと前から知っていた。スケボーに乗って道路をすごいスピードで走ったり、麻酔銃で人を眠らせ変声機を使い事件を解いたり、時には飛行機を操縦し、時には拳銃さえもぶっぱなす。そう、あの国民的漫画、アニメの主人公、江戸川コナン改め工藤新一君である。 やばいよね。気づいた時の衝撃半端ないよね。コナン君こんな変態に目付けられてちゃってるよ。コナン君も気付かない盗撮能力持ってる飼い主ほんとにやばい奴だと思う。 ていうかそろそろ誘拐とかしてきそうだからまじで怖いんだよね。私のこのべりーきゅーとな顔を使って誘き寄せる作戦なのか?まぁそんなことになりそうだったら私が1発お見舞いしてやるけどな。いや1発と言わず何発も入れる。ほんとは思いっ切り噛んでやりたいけど口に含みたくもないからそれは却下。衛生的によくないと思うの。噛み付いたほうがダメージ大きいと思うけどこれはしょうがない。無理なもんは無理だ。その代わりにたくさん蹴りを入れてやるから覚悟してろよ。犬様の力を侮るな。もういい加減写真だらけの部屋で過ごすのは耐えられないんだよ。ストレスで毛が抜ける。 まあ、相手がコナン君ならそんな事態にもならないっしょ。何かあればあの子は麻酔銃打つし、サッカーボールだって出せるのだ。こんなヒョロヒョロの変態じじいなんか1発KO。ざまぁみろげへへへへ。 「ほーら、ご飯の時間だよぉ。いっぱいお食べ?」 まぁ、こんな変態野郎でもれっきとした私の飼い主である。虐待なんてしないし、ちゃんとご飯もくれて散歩にも連れていってくれる。感謝はしてますよ。飼い主としては問題ないが人間としては問題大ありだけどな。 そう心の中で飼い主をめちゃくちゃに罵倒しながらも、出されたドッグフードをあぐあぐと食べる。うまいうまい。 これ食べ終わったらお昼寝でもしよう。今日はぽかぽか日和だから窓際で睡眠だ。 この部屋いっつもカーテン閉めっぱだから日光入ってこないんだよね。だからカーテンの中に潜り込んで寝るんだけど。ずっとカーテン閉めっぱの部屋とか逆に周りから怪しまれるぞお前。まぁ開けたところで部屋中に貼り付けてある写真が外から丸見えになるから結局同じだけど。 そして休むことなくドッグフードを食べ続け、お皿が空になったら最後に水を飲み、ぐでーっとひんやりとした床に横になる。お腹いっぱい。もう動きたくないでござる。 「よし…。じゃあ少しの間、お留守番してるんだよ?」 そうしてしばらくその格好のままでいると、飼い主が横になっている私にそう声をかけ、何やら怪しい行動をしだした。いやいつも怪しいんだけどな。 ていうかなにやる気だこいつ。どっか行くの?買い物?…え、帽子被ってどうした。いつもそんなん被んないじゃん。ちょ、ちょいちょいちょいちょい。どこ行くねん。その格好でどこ行くねん。おま、お前まさか本当に誘拐してくる気か?!まてまてやめろはやまるな。なんでいきなり実行しようと思ったんだよ。ちょっとうとうとしかけてたのに吹っ飛んだわまてまてまてまて。 帽子に伊達眼鏡をし、全身真っ黒だと思われる服装をして何処かへ行こうとしている奴を見て、とうとうこいつやるつもりだ。と確信をし慌てて飼い主の後を追う。靴をはいて玄関のドアを閉めようとした時、開いたドアの隙間からするりと体を滑り込ませ外へ出た。 小型犬でよかったー!しかもこいつ私が外に出たこと気付いてないまじぽんこつワロタ。玄関から出た瞬間見えないように背後に回ったおかげでもあるかな?私のこの素早い動きはそこらの犬っころじゃ習得出来ない技である。褒め称えてくれ。 そうして無事に外に出ることに成功した私は、家の鍵を閉めて歩き出した飼い主の後を気づかれないように足音を立てないようについて行く。 ここはアパートの1階だ。階段を降りなくてもすぐ道に出ることができる。さすがに階段を降りるとなったら音を立ててしまうため、バレる可能性が高かった。そんなことにならなくてよかった。誘拐しようとしてる、かもしれない男を野放しにする訳にはいかないのだ。この男のペットである私が制裁してやらねば。例え向かう先がコナン君であろうとも、撃退される気しかしない相手であろうとも、少しの被害が出る前にこの男を警察に突き出す。いやもう既に盗撮されているから被害はあるか、コナン君が気付いてないだけで。 あれ、でも逮捕されたら私の家なくなるな。どうしようそこまったく考えてなかった。もしかして保健所行き?まじかよ。…でもしょうがない………コナン君のためだ…いつの日か心優しい誰かが私を迎えに来てくれることを祈っています。その間他のわんこ達と仲良くしてるよ。 とにかく今はこっちが優先。住宅街からちらほらビルが建ってる道に出てきたけどここどこだ。散歩コースでこんなとこ通らないからわからん。あ、でもなんか見たことある?…………そうだ、部屋に貼ってあった写真。ここの道はロックオンされてしまっているコナン君が、ランドセルを背負って登下校している場所だ。やっぱこいつ接触しようとしてる!あかんって。ていうか人通りがあるところで何しようとしてんだよ。 いよいよ危なくなってきた状況に、どのタイミングで飛びかかってやろうかと考えていたら、今までずっと歩き続けていた飼い主がピタリと足を止めた。 不思議に思い隠れていた電柱からひょっこり顔を覗かせると、道の先にはランドセルを背負って歩いている下校途中の男の子。 ジャケットにダボダボしているソックス。そしてスニーカー。顔は見えないけど間違いなく部屋にある写真の子、コナン君だ。 あの野郎、コナン君が今日何時にこの道を通るとか予測してたん?うわきめぇ。 「っはぁ、…ねぇ、ぼく」 飼い主のキモさに尻尾を垂らして蔑んでいると、いつの間にかコナン君に近付き声を掛けている飼い主の姿が目に入った。 嘘だろ行動早すぎ。ていうか息荒らげてんなよ。部屋で写真眺めてる時より興奮してるじゃん。私の飼い主ほんときもいな。うん、こうしちゃいられない。はやく野郎の元へ行って1発お見舞いしてやらねば。コナン君があぶな、ってまってまって。逃げてる。ものすごい速さで逃げてるあの子!ちょっとまって!追いつけないから!!あー!お前も懲りずに追いかけるなよ!!まじで不審者!ちょっとまっておい止まれよ!いや、止まるのは野郎だけでいいコナン君はそのままお家に帰りな!後のことはこの私に任せろ!お巡りさんに届けるから!あの気色悪い部屋も綺麗に片付けてもらうから!おい止まれ変態!!走りながらスマホのシャッター切ってんじゃねぇよ!後でそのデータも抹消してやるからな!! ていうかコナン君、君なんで逃げるの。いっつも危ないことに首突っ込むのに。君ならあんな変態じじいやっつけるのなんかちょちょいのちょいでしょう。いや普通の反応なんだけどね。これが普通なんだけどね。 人間と比べて遥かに短い足を必死に動かし、前にいる2人をひたすら追いかける。ワンコは速いんだぞ。運動不足の飼い主より断然速いんだからな。 はっはっと息を漏らしながら彼らに追いつくまで後少しというところまで来ると、コナン君が何やら外を掃除していた男性の背後に回り、追いかけてくる変態から身を隠していた。大人に頼る!賢い判断だ!待ってろ今行くからな!! そうして尻尾を揺らしながら地面を蹴って勢いよく走り出し、未だに男性の背中に隠れているコナン君に話しかける変態の背中に飛びかかって、思いっ切り頭を引っ掻いた。 猫ほど爪は鋭くないけど犬の爪だって痛いんだからな!おら、おらおら!わんわんぱーんち! 「い、だ、いたいいたい!!!な、なんだ?!い、いだーーーっ!!」 「ガルルルルル」 「え、ポチ?!なんでここに、っいたいいたいいたい!!!」 今まで出したことの無い声を出しながら、髪の毛を毟る勢いで攻撃をし続ける。痛いだろう痛いだろう。ちゃんと育ててくれたことにはすごい感謝してるけどね、これはいかんよ。駄目駄目よ。反省をしなさい。 「いだ、わかった、わるかった、もうしないからっ!いた、い!いたい!ごめんなさいっっ!!!」 うむ、やっと降参したか。 飼い主のその言葉を聞いて攻撃し続けていた手を止める。必死にしがみついていた背中から降りて、最後は後を向いて足に1発蹴りを入れてやった。 「わぅ!」 もう2度とするなよ!と言う意味を込めて鳴くと、それを感じ取ったのかもう1度ごめんなさい、と言い地面に膝をついて項垂れた。 「なんか、すごいものを見たな……。コナン君、大丈夫かい?」 「僕は大丈夫だけど……このおじさんの方が重症…」 項垂れている飼い主の膝に片手をぽんっと置いて慰めていると、先程まで放心していた2人がハッとしたようにそう言葉を発した。 …なんか今すごい聞き覚えのある声したな。 そう思い声の方へと顔を向け見上げると、そこには世の女を狂わせた男、安室透。本名降谷零がコナン君と一緒に佇んでいた。 「きゃぅん……」 ああ、なんとも情けない声が出てしまった。 いやだってどちゃくそイケメン。すごい。犬の目から見ても分かるぞ。こいつぁすげぇや。 「君、この人ペットかい?」 「あんっ!」 そうですそうです。この変態私の飼い主です。はやく連れていってください。あと自宅もちゃんと確認してね。入った瞬間引くから。もうあそこの部屋誰も住みたがらないと思う。事故物件でいいと思う。 何はともあれコナン君に魔の手が及ばずにすんでよかったよかった。 よく見たら腕時計も付けてないし靴も普通の運動靴だ。なんかメンテナンスとかで博士に出してたのか?めっちゃ運悪いな君。 「えっと、ありがとう。助かったよ。………ポチ?」 「ぅきゃん?!」 しゅ、主人公に名前呼ばれちまったぜー! どういたしまして!私の飼い主が悪かったな!後で蘭姉ちゃんによしよししてもらいな! 「でも、この人の飼い犬なら飼い主がいなくなるな…」 「きゃぅん…」 そうなんですよ。どうにかしてくださいよ公安警察さん。私を暖かい家庭の元へ送ってくれ。 「あ!それなら、」 ♢ 「ガルルルルル」 「………」 「ガルルルルル」 「………」 目の前にいる男に向けて全力で威嚇をする。こっちへ来るんじゃない近付くな。胡散臭い顔しやがって。 眼鏡を掛け、目が開いてるんだか閉じてるんだか分からない顔をしている長身の男。そう、皆さんご存知の沖矢昴である。その正体はFBI所属の赤井秀一。私は何故か工藤家に居座っているこの男に飼われるということになっていた。何故だ。全くもって意味がわからない。どうしてだよコナン君。 あの後私の今後を心配したコナン君は「それなら適任な人がいるよ!」と言って私を工藤家に連れてきた。もうここで察したよ。君、あの変装男に私を渡す気か。嫌だ嫌だ。絶対ほっとかれそう。散歩なんて連れてってもくれなそう。嫌だ嫌だ。お隣の博士のところに行きたい。そこだったら子供たちも頻繁に来るじゃん。一緒に遊べるじゃん。え、なんでこっち?私あっちがいい。哀ちゃんもいるし。なんであっちじゃないの?え???? そんな思いで必死に嫌だ嫌だと主張をしたがその思いは届かず、私は沖矢昴の元に渡されてしまった。まじで意味わかんねぇぞ。おい、おい主人公。まだ帰るな。この男と2人きりにするんじゃない。蘭姉ちゃんが待ってるから〜じゃねぇよ。おーい、戻ってこーーい。うわ、命の恩人を見捨てたなあの小僧めが。 そうしてコナン君から沖矢昴の手に渡ってしまった私は、ここ工藤家でこれからを過ごすことになってしまった。 嫌だよ、沖矢昴も嫌だけどこの家も嫌だよ。高級品ばかりだよ。こんな犬っころが入っていいところじゃないよ。博士…哀ちゃん……助けてください…。コナン君、君ご両親に許可はとったのかい………? 「…いい加減警戒するのはやめてくれないか…」 「きゃぅん?!」 相も変わらず威嚇を続けていると、ずっと無言でこちらを見ていた沖矢昴がそう言った。 こ、こいつ、地声だと…?話し方も沖矢昴じゃない…。おま、お前そんなんでいいのか。もしや犬だからって油断してるな?犬を舐めるんじゃねーぞ。私が人間の言葉を喋れるようになったらお前のことペラペラ喋ってやるんだからな。お隣の博士だったら動物の心が読める機械とか発明できそうだ。今が原作のどこら辺から知らないが、その機械が発明されたら安室さんのところに行って全て暴露してやる。って、おいおいおい、やめろ抱き上げるな。どこ連れてくんだよ離せ。…え、嘘待って。まさかとは思うけど、風呂に連れていこうとしてない?え、おいやめろ。嘘だろやめてくれ。いやだ、いやだやめてくれ、や、やめてくれーーーーー!!!!!! 「おい暴れるな。何もしない、綺麗にしてやるだけだ」 この野郎!!!!!!!!!!!!!!!!絶対脱走してやる!!!!!!!!!!!! 晴れて犬になれた元人間 やだやだもう人間やめたい犬になりたいと口癖のように言っていたら、人間としての生を終えた後念願の犬になることができてめちゃめちゃハッピーだった。飼い主の趣向に気付くまでは。でもまぁ飼い主としては良い奴だったよ。だがしかし、沖矢昴テメーはダメだ。 犬になってから1番嫌いになったのはお風呂。ていうか体が濡れるのがとてつもなく嫌い。会って早々1番嫌いな風呂に放り込んだあの眼鏡許さねぇ。 変態に狙われていた名探偵 下校してたらいきなり変なおじさんに声をかけられて咄嗟に逃げた。いつも身につけているものは全て博士のところでメンテナンス中でした。無装備。走ってたらちょうど安室さんが外に出ていたため背後に周り盾にした。その後犬にボロボロにされるおじさんを見て少し哀れんだ。 自分を助けてくれた犬の行く手がないと知り、自宅にいる昴さんにぽいっと預けた子。両親にはちゃんと説明しといたぜ。 ちょろっとしか出てこなかった店員 いきなりコナン君に突撃されたと思ったら何やら変態に追いかけられている模様。追い返いそうとしていたら、変態のペットだと思われる犬が男に飛びついてめちゃくちゃにされているのを呆然と見ることしかできなかった。痛そうだった。 新しい飼い主となった眼鏡 この子飼えない?と探偵からいきなりメールがきて酷く戸惑った。家主に許可はとっているらしいしまぁいいかと承諾。しかしこんなに威嚇されるとは思わなかった。犬相手だしな、と思い変声機オフったしそのうち変装も全部解くと思う。無理やり風呂に入れようとしたら強烈なパンチを食らったので仕返しにぬるま湯をぶっかけたらもっとキレられた。すまんと思ってる。
念願の犬様になれたのに飼い主がやべぇ奴だった。その次の飼い主もいけすかねぇ眼鏡だった。私は哀ちゃんに飼われたい。<br /><br />人間から犬に生まれ変わった元人間の話。<br /><br />♢<br /><br />本当は博士のところに行かせる予定だったんだよどうしてこうなっちゃったんだろうね。動物好きな哀ちゃんの元に送ってやろうと思ってたんだけどどうしてこうなっちゃったんだろうね。<br />ちなみに冒頭部分は私がほんとに思ってることです。犬になりたい。犬になりたいと思う前は、道端に転がっている石ころになりたいと思ってました。
犬に生まれ変わったら飼い主が小学生を狙っている変態じじいだった。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056414#1
true
友「ああ……やっと目が見えてきた……」シクシク 提督「次行くぞ」 友「あ、はい」 【姉にしたい艦娘は?】 速吸「て、提督さんのお姉さんですか…」ドキドキ 叢雲「ま、まあ妹になるよりはマシよね?」ドキドキ 伊良湖「提督が私の弟……」ドキドキ 龍鳳「お姉ちゃん権限で部屋に入れるよね…そ、添い寝だって…」ドキドキ 海風「いっしょにお風呂に入って…隅々まで念入りに洗ってあげて…」ドキドキ 夕雲「服だって私が着せてあげるんだから…ちゃんと甘えて頂戴…?」ドキドキ 由良「勉強だって、付きっ切りで教えてあげますね、ね…?」ドキドキ 曙「どうせ朝弱いんだから、私がちゃんと起こしてあげるわよ…」ドキドキ 松風「なるほど…そういうのもアリかもしれないね…」ドキドキ 皐月(司令官が弟だったら、ちょっとくらい強引でも許されるよね…)ドキドキ 潮(私の方が立場が上なら、ムリヤリ襲って口封じだって…)ハイライトオフ 阿賀野「弟…提督さんが弟…!ぐふふ、よ、よだれが…!」ジュルリ 暁「ああ…!そんなに慕われたら、私…わたしぃ……!」ビクン!ビクン! 提督「陸奥かな」 友「早いっすね…」 陸奥「…ふふっ……ふぅ~~ん……そうなんだ~~……」ニコニコ 長門(クッ…!羨ましい………!)グヌヌ 古鷹(その顔はなに…?私の大切な提督に…何をする気なの…?)ハイライトオフ 愛宕「……どうして私じゃないのかしら~?愛情が足りなかったのかな~?」ハイライトオフ 利根「なぜじゃ…なぜ吾輩を選ばんのじゃ…」シクシク 筑摩「姉さんを泣かせるなんて許せない…罰として、パパになって貰います…」ハイライトオフ 提督「理由は単純だ。陸奥は余裕のあるオトナのお姉さんだからだ」 友「そのまんまっすね」 陸奥「ふふっ、そう?嬉しいわ」ニコニコ 朝潮「ぐっ!!ぐぐぐぐぐぐっっ!!!司令官の姉の座がっっ!!!」ギリギリギリギリ 比叡「そんな……!!弟くん………!!!!!」ググググググググググググ 清霜「戦艦になれば…!戦艦になりさえすれば…!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ プリンツ「弟さん…私じゃダメなんですか…?」ホロリ 提督「優しくて、しっかりしてて、落ち着いてて、そんなお姉さんが理想なんだ」 友「ふむふむ」 提督「その点、陸奥は理想的だと思う。陸奥の弟になりたい」 陸奥「いいわよ?お姉さんが、優しくお世話してあげるね…?」フフフ 瑞穂「提督……瑞穂は…瑞穂は…どうすれば………」グッタリ 陽炎「私だって……私だって………ちゃんとお姉ちゃんやってるんだから…!」ギギギ 初春「ぐぐぐっ!!初霜の助言通り、家事くらいは覚えるべきか……!!」 龍驤「ウチかてなあ…好きでこんなキャラになったわけちゃうわ…」ナミダメ 白雪(私は比較的しっかりして落ち着いているはず…優しさアピールが足りない?) リットリオ「」ヘニャーーーーーン………… 飛鷹「………なんで皆お姉さんになりたがってるの?」 五十鈴「提督より立場が上になるからでしょ」 サラトガ「公然とお世話ができますからね。自然と距離も近づけます」 夕張「ちょっと抵抗されても泣いて怒ればなんとかなりそうよね」 高波「それはあるかもです。私の事嫌いなの!?って言えば受け入れてくれるかも…」 浦風(なるほど…ええ事聞いたわ……)ニヤリ 168(確かに、前にそう言ったら私のために時間を作ってくれたわね…)ブツブツ 友「陸奥ちゃんが姉だったらどうしてた?」 提督「やっぱり甘えたと思うぞ。膝枕とかねだったと思うぞ」ワクワク 風雲「も、もしあなたが私に膝枕をねだってきたら…?」ガクガクガクガクガク 初霜「上目遣いに『お姉ちゃん…膝枕、してくれる…?』なんて…?」ゾクゾクゾクゾクゾク 瑞鳳「…………すりゅうううううううううううううううう!!!!!!」バターーーン!! ヴェールヌイ「はぐぅっ!!くはぁっっ!!!!ひいぃぃぃぃいいいっっ!!!」バタバタ 漣「ああああああ!!!!萌え死ぬ!!!萌え尽きるぅ!!!!!」ゴロゴロゴロゴロ サミュエル「あああ!!かわいい!!かわいいよお!!!もっと私を頼ってええ!!!」 金剛「……………」ハナヂプシャーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!! 秋月「」ピクッピクッピクッ ジャービス「」コウチャダバーーーーーーーー!!!! 球磨「…そんな美味しい獲物…絶対に逃がせないクマ…!必ず釣り上げるクマ…!!」ギラリ 春雨「ふふふ……弟くん?早くおうちに帰らないと…」ドラムカン 白露「いっちばん優しいお姉さんが迎えに行くからね…?」ハイライトオフ 友「そういえば…」 提督「ん?」 友「俺の友達が子供の頃、風呂でねーちゃんにチ〇コの皮剥かれた、とか言ってたな…」 提督「え、なにそれこわい」 陸奥「あ、あらあら……」ポッ…… 矢矧「よし!行くわよ!!」テブクロキュッ! 不知火「徹底的に剥いてあげるわ!!」テブクロキュッ! 加賀「それは譲れません」ハチマキギュッ! 赤城(ついでに味も確かめたいですね…)ジュルリ 霞「覚悟は完了してる!あとは剥くだけ!行くわよ!!」 足柄「剥いたバナナは美味しく咥えないとね!!わっかりました!!!」 野分「しれええええええええええええ!!!!!!!!」ドドドドドド 名取「提督さああああああああああああん!!!!!!」ドドドドドド 青葉「…」ヒョコッ 秋雲「…」ソソッ 香取(うう!私も行きたい!でも目を離すわけには!!!)グルグルグルグル 青葉「……すぅきありぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!!!!」シュバババババババババ 秋雲「あぁばよぉ~とっつあああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああん!!!」シャカシャカシャカシャカ 衣笠「あ、あ、あ、青葉あああああああああ!!!!!!!!!」 巻雲「あああああああ!!!!探照灯で目つぶしなんて!秋雲のバカーーー!!」 那智「重罪人が逃げたぞ!追えーーーーーーー!!!!!!!!!」 鳳翔「これは訓練じゃなくて実戦よ!!全機発艦!!!」 川内「まてえええええええええええええええ!!!!!」シュババババババババババババババ 提督「それはちょっと特殊だわ。参考にならないわ」 友「ですよねー」 続きます
続きです<br />おねショタって良くないですか?
提督「姉にしたい艦娘?」
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056502#1
true
組織への潜入任務で、幹部へと昇格した俺達は前世で失った友人に出会った。 前世で彼と出会ったのは、小学校の入学式の時だった。 俺が外見の所為で虐められていた時、庇ってくれたんだ。 『お前ら、いい加減にしろよ。たかが色が違うだけで、下らねぇ事してんじゃねぇよ』 そう言って虐めっ子達を叩きのめした後、彼を俺の手を引いて保健室まで連れて行ってくれた。先生はいなかったから、彼が手当てをしてくれた。 ありがとうと言う俺に、別に何も感謝されるようなことしていないと笑っていた。 その笑顔に暫し見惚れていると、ヒロが保健室のドアを開けた。俺を心配してきてくれたらしく、助けてくれた目の前の彼に礼を言っていた。 『礼を言われるような事なんて、何もしてねぇよ。だから、気にすんな』 笑う彼を、ヒロが好きになったのが解った。 それから俺達は、ずっと一緒に居た。西川悟志、俺達は彼の事を『サト』と呼んだ。 サトは勉強もスポーツも出来て、その上手先も器用な奴だった。 夏休みの自由研究で一から設計図を描いて、絡繰り人形を作って持ってきた事もあった。 『サトはすごいな。こんなの作れるんだ』 『俺達じゃ、作れないよな』 『好きなんだよ。こういうの作んの』 そう言って笑う彼が笑わなくなったのは、彼が作ってきた絡繰り人形が滅茶苦茶に壊されてからだった。 それと同時にサトは俺達と距離を置き始め、他の友人とつるむ様になった。 俺達はサトがクラスの女子達から嫌がらせを受けていて、その原因が俺達に有ったなんて気付いていなかった。 当時の俺達はクラスの女子達に誘われても、サトを優先してあいつらを無視していた。 女子達はサトと俺達を引き離すために、俺達にはサトは用事があって先に帰ったと嘘を吐いて彼に掃除を押し付けたり、陰口を叩いて彼の悪評を広めまくっていた。 それに対して男子生徒達は女子を遠巻きにし、サトを気遣って掃除を手伝ったり俺達の間に入って守ろうとしていた。 無知な俺達はそれに気付く事無く、ただ自分達の願いを優先させていた。 俺もヒロもサトと離れるなんて考えられなかったし、考えたくもなかった。 だから中学校も同じ所に行きたくて、サトの両親に希望校を聞いた。本人に聞いても、誰が教えるかと言われてしまった。 サトの両親から聞き出した志望校を受験し、合格した俺達はサトが寮のある県外の中高一貫の学校へ入学した事を知った。 結局サトと再会できたのは、警察学校に入ってからだった。 『サト!』 『久しぶりだな!元気だったか』 『……チッ』 サトは俺達を一瞥すると、舌打ちを残して去っていった。 それに愕然とした俺達だったが、彼と話したい事がたくさん有ったから昔の様に付き纏った。 警察学校で新たに加わった三人組も、サトと仲良くしたがっていた。俺達は常にサトを含めた六人で行動し、小学校の頃に戻ったような気分なった。 あの頃の俺達は、完全に自己満足でサトを振り回していた。その最中、サトの目が完全に死んでいた事なんて知りもしなかった。 卒業の日、全員で記念写真を撮ろうとした。それを断り逃げようとしたサトを捕まえ、一緒に撮影をしようとした。 照れているだけだ、そう思っていたら伊達が殴り飛ばされた。 殺意を込めた視線でこちらを睨むサトは伊達を殴り飛ばした後、本音をぶちまけた。 サトは俺達を友人とは思っていなかった、それどころか俺達はサトの苦しみの根源だったのだ。 『もう、お前らの玩具にされるのはたくさんだ!』 その後、サトは交番勤務になり、会う機会は殆ど無くなった。偶に道で会う事はあったが、此方からは話しかけなかった。 いや、話しかけられなかった。サトから『お前達に出会わなければよかった』と言われるのが、とても怖かったのだ。 俺達は公安勤務になり、それと同時にサトにも声が掛かった。当然だ、彼はとても優秀な男なのだから。 俺達はサトと同じ部署になれると僅かに期待したが、彼は断った。 『公安になれば、国民よりも国、言ってしまえば政治家を優先しなければならないのでしょう?俺がなりたいのは、市民を守る交番のお巡りさんなので』 そう言って、サトは変わらず交番勤務を続けていた。彼らしいと苦笑したが、後に無理にでも公安に引き込んでいればと後悔する事となった。 サトが爆処の奴に嵌められ、萩原の身代わりにされたのを知ったのは、その半年後の事だった。 病院に担ぎ込まれたサトは、誰とも会いたくないと言っているらしかった。 全身に火傷を負い手足を吹き飛ばされたサトは爆処の連中に、お前達は下っ端警官を生贄に出来るから楽で良いよなと吐き捨てたと聞いた。 サトはその数か月後に死に病院の廊下では、萩原に『お前が死ねば良かったんだ!』と泣き叫ぶヒロの声が響いていた。 葬儀の後、俺達はサトの両親から形見分けをするから来て欲しいと言われた。 本当であれば、俺達に行く資格などなかった。でも、サトが生きていた証が欲しいという思いも、捨てられなかった。 サトの部屋から見付けた日記帳、そこにはサトの本心が書かれていた。 中高と俺達から離れられて平和だった事、警察学校で俺達五人を厄病神と呼び卒業までの我慢だと繰り返し書かれていた事、そして平凡な交番勤務に遣り甲斐を見出しこんな日々が続けば良いと書かれていた。 日記を読み終わった俺達は、自分達が何も解っていなかった事に今の今まで気付いていなかった事を理解した。 サトの葬儀から一年後、萩原が自殺した。遺書には、サトがいない世界で生きる意味を見出せなかったと書かれていた。 俺達は萩原の様に死ぬ事はなかったが、心はすでに死んでいた。 消えない深過ぎる後悔を抱えながら、生を終えた俺達はサトのいない世界に産まれた。 神は残酷だ。 何故、彼を平和な国に産まれさせなかったのか。 何故、彼を組織の幹部に就かせたのか。 何故、彼が自分達の隣にいないのか。 彼を見つけた俺達は誓った。 彼を組織という地獄から助け出す事を。 そして、あの素晴らしく幸せな日々をもう一度、やり直そうと。 [newpage] アラン 江戸川は、黒の組織の幹部でイェネーバと呼ばれている。 普段はバーのマスターをしており、幹部の中では戦闘力は無い方だと思われていた。 だが、それは大きな間違いだ。彼には極一部の幹部しか知らない、秘密があった。 それは、彼が絡繰り人形を作る名人という事だ。物を作るのが好きな息子のために両親が知り合いに頼んで、アメリカに留学をさせる程には優れた技術を持っている。 アメリカ留学中に彼が一人で作ったロボペットは本物に限りなく近い動作を行い、神の手を持つ男と絶賛された。 国に帰った後は暫し発明から遠ざかっていたが、組織参入後は戦う手段として絡繰り人形を使う事を思い付いた。 大掛かりな物から小さな物まで幅広く手掛け、それらが使えない時は人形を操る糸で戦った。 おかげで構成員からパペットマスターと呼ばれ、魔法使い扱いされている。 コナンという子供が養子に来てからは、その子供のために様々な発明品を制作しているようだった。 それは兎も角としてイェネーバは人形を変えれば大体の任務はスムーズにこなせる為、幹部間の人気が高い。加えて、彼自身の人柄が良いのも影響している。 あのジンが溺愛しているだけに、かなり大らかで信頼も厚い。 そんな彼だが、実は共に任務を遂行するのに結構な選り好みをする事でも有名だった。 自分が少しでも怪しいと思った人間には、例え幹部でも一緒に居たくないと頑として譲らなかった。 以前、MI6のNOCが共に任務に当たっていた時に拉致しようとしてから、イェネーバの警戒心が強くなった。 そんなイェネーバが特に警戒しているのが、バーボン、スコッチ、ライの三人組である。 性格的に合わないのか、生理的に受け付けないのか、兎に角イェネーバはあの三人が嫌いな様子だった。 「正直、あの三人に店来て欲しくない」 そう愚痴られたアイリッシュは、自分の耳がおかしくなったかと疑ったという。 [newpage] 今回本名が判明したイェネーバ 今世での本名は、アラン 江戸川。 黒の組織の阿笠博士ポジで、人形遣い。前世からの趣味だった絡繰り人形作りが高じて、留学後は本格的に学び始めた。 両親の知り合いがジェイムズで、留学中は彼の家に居候していた。 今のところ、イェネーバとパペットマスターを同一人物と考えている者はおらず、謎の多い人物と思われている。 絡繰り人形を操るための糸だけで戦う事もあり、そちらの方が主流。 実は幹部内で一番付き合いが長いのはアイリッシュで、ジンと会う前から店に来てくれていた。今世での親友ポジであり、ジンがイェネーバにやった事を知った際は、一番怒りを露わにしていた。 前世で初めて作った絡繰り人形を女子に壊され、それに降谷と景光が気付かなかった事で関係が壊れた。 公安にスカウトされるが、公安の人間が妻子をぞんざいに扱った上に平然と犠牲にしようとしたのを目撃し、印象が最悪だったので断った。 もし二人が西川がしてくれたように彼を助けていれば、西川は二人を信じて公安に所属し風見と友人になっていた。
前世での公安コンビと、今世でのオリ主の秘密です。<br />オリ主にっては、今世が一番幸せなんですよね。周囲から、そうとは見えなくても…。<br />追記・2018年08月30日付の[小説] デイリーランキング 43 位&女子に人気ランキング 18 位に入りました。<br />更に追記・2018年08月31日付の[小説] デイリーランキング 26 位&女子に人気ランキング 69 位に入りました。
友人を取り戻したい公安と、モブの秘密
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056619#1
true
八幡「何やってんだよ。お前は」 この呟きは、たった今目の前で倒れたピンクのクマことミッシェル及び中の人、『奥沢美咲』に対してのものである。 八幡「はぁ……、なんでこうなっちまったかな……」 時が遡るは、一昨日のお昼からが事の始まりだろう。 それは、昼休みにベストプレイスでパンを片手に戸塚のテニスをしている姿を見ていると、その観察対象がどういう訳か俺の方に近づいていきた。 見過ぎて怒られると思ったが、キチンと要件があったみたいで、放課後にテニスを一緒にやらないかという誘いであった。 戸塚「で、どうかな?少し駅の方に行くけど、テニスコートがあるんだ」 八幡「学校のはダメなのか?」 戸塚「それがね、テニスコートに周りのネットの一部補修かあるから、今日は出来れば使わないで欲しいらしいし、部員が何人か予定あるみたいだし、タイミング的に良いかなって」 八幡「そうか。雪ノ下達に休むように言ってみるわ。また連絡するから、校門前でちょっと待っててくれ」 戸塚「うん、分かった!」 そして、一度部室に顔を出して、挨拶とちょっとの罵倒を受けた後に、戸塚との用事を伝え、戸塚と合流した。 校門で待っている戸塚に合流した時は、まるでデートの待ち合わせみたいに思えてハッピーワールドかと思って妄想の世界にハローするところで危なかった。 道中は雑談しながら、駅近くのテニスコートに付いたところで、戸塚に色々準備運動やらをして、現在は軽いラリーをしている。 しかし、こんなところにテニスコートがあるなんて知らなかった。 因みにシューズはレンタル、ラケットも戸塚の予備で、しかもここのコートのお金は戸塚がゴールド会員で3割引と来た。 学生にはそれでも高いが、戸塚と戯れられるならお釣りが出る。そして、あの戸塚のテニスをしている楽しそうな笑顔。お金を払うまである。 そんなこんなで、楽しくテニスをしていると、戸塚がボールを取りに行ったタイミングで、一人の女の子に声を掛けられていた。 俺はそれを反対コートから眺めていると、戸塚の「おーい」と手招きにより呼ばれて、早足で駆け寄る。 一体何なのだろう? 戸塚「あ、ごめんね八幡。この子から話があって」 八幡「話?」 ???「あ、すみません。戸塚さんだけでも良かったんですけど」 八幡「なら、俺は戻るわ」 ???「え?あー……わざわざすみません」 戸塚「もー、八幡待ってよ!奥沢さんが大事な話があるんだって!」 八幡「そうなのか?戸塚だけでも良いらしいし、こんな見ず知らずの男がいる方が怖いだろ」 戸塚「僕の友達って言ってて、見ず知らずじゃないから大丈夫だよ」 八幡「いや、まだまともに言葉も交わしてないんだが……」 戸塚「なら話そ!さあさあ!」 戸塚に背中をグイッと押されて、申し訳なさそうにする戸塚のテニス繋がりの知人である一つ下の彼女、奥沢美咲の話を聞くこととなった。 奥沢「あの、すみません。本当に大した事じゃないんですよ」 八幡「そうか、なら」 戸塚「八幡、怒るよ」 八幡「それ、もう怒ってるから」 奥沢「あはは…、仲が良いんですね」 八幡「良く見ているな!話を聞こう」 奥沢「あー……はい、ありがとうございます」 これは恐らく引かれている。且つ、ホモだと勘違いされていないだろうか?海老名さんが這い寄る混沌よろしく近づいて来そうだから勘弁してくれ。 八幡「で、結局何なんだ?」 奥沢「えっと、あたしバンドやっていて、DJを担当しているんですよ」 戸塚「へぇ、そうなんだ!」 八幡「そうなんだって、戸塚は奥沢さんがバンドをやっているは知らなかったのか?」 戸塚「うん。なんか音楽の知識あるのは話している中で分かったけど、基本テニスの繋がりだからね」 八幡「まあ、そんなもんか」 奥沢「それでですね、今度ライブをこころが……って、名前言っても分からないですよね。」 「弦巻こころっていうウチのボーカルとギターやっているのがいるんですけど、その子が自分たちでライブを作り上げたい!とか言いだしたんですよ」 八幡「……」 奥沢「勿論止めました。けど、一度言い出したら折れることはまず有り得ません。なので、今日まで頑張って来たんですけど、問題が起きたんです」 八幡「問題?」 ここから奥沢さんが言ったことを簡単にまとめると、ライブの衣装やら演出や曲はなんとかなっているが、問題は人員不足。特に力仕事を出来る人がいない。 弦巻とやらは金持ちで、黒服という手助けを惜しまない人達がいるのだが、今日までの準備を急ピッチで行った功績を彼女達に託して、ダウンしているらしい。 故に、当日の資材搬入やら何やら人出が足りない。 八幡「はぁ……金の掛け方間違えてるだろ」 奥沢「返す言葉もないです……」 八幡「奥沢さんが悪くない。なんてことは無いぞ」 奥沢「……っ」 八幡「俺にも似たことがあったんだが、結局はそれを止めれなかった者にも罪はあると、俺は思う」 奥沢「そう……ですね」 八幡「人出か……」 奥沢「無理言ってすみません。無理を承知で言い過ぎました。今回のことは、自分たちで後はやるので……忘れてください」 戸塚「ま、待って奥沢さん!八幡……どうにかならないかな?」 その問は、あまりにあの時と酷似しているな……。 戸塚はあの時のことを全部知っている訳じゃない。そして、奥沢さんは何も知らない。だから、これはあの時とは違う。 似た経験……、無理難題を頼られるということは、経験からすれば却下するのが当然なんだろうが……。 八幡「幾つか、聞かなきゃいけないことがある。それ次第で、奥沢さんの話を考えよう」 策は……この答えによって、決まる。 ーーー第1話:完ーーー
奥沢美咲が好きなんです。それ以上でもそれ以下でもありません。
1話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056720#1
true
私の朝は決まって騒がしい。 何故なら私が住んでいるマンション。お隣さんが毎朝同じ時間にインターホンを連打しに来るのだ。 今日もいつも通りの時間、7時40分に響き渡る音を聞きたくないのに強制的に耳に入るのをわかりやすいくらいに嫌な表情を浮かべながら扉を開けるとへらっとちゃらそうに笑うお隣さん 「おはよう、今日も良い天気だね」 「お、はようございます。」 キラキラした何かを空気中にまき散らすしちゃらそうに笑うずば抜けて整った容姿を持つお隣さん。あの朝からそんなキラキラしないでもらっていいですか?とても眩しいんですよ本当に。 私みたいな引きこもりで地味、そして二次元大好きな人間を相手にする暇があるのなら他の美人さんにしてください。 何故毎朝毎朝こうも決まった時間にここに来る?是非ともそこを聞かせていただきたいが以前問いかけたとき、先程と同様へらっと笑って一緒に買い物行かないかと話を逸らされた 「あの、今日はどういったご用で」 こんな生活が始まったのは三ヶ月前の8月。私がこのマンションに引っ越してきた日の挨拶に行った翌日、そう三ヶ月も目の前に居るお隣さんは毎朝私の所に来ている あれ?それにしても珍しいな。いつもスーツ姿なのに今日は私服だ、ちゃらそうな笑顔とは違ってシンプルすぎる服装にギャップがありすぎで不覚にもぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような感覚がした。 白のカッターシャツにその上からネイビーのセーター。そしてデニムという私個人の意見だがどちらかというとそんなシンプルな服装は無縁だと思っていた。ほら、派手な服装とか着てそうだったから。 「突然で申し訳ないんだけど、知り合いに映画のチケット貰ったんだよね。行く相手捕まらなくてよかったら一緒にどうかなって」 ひらっと見せる映画のチケットは2枚。そして偶然だろうか今日ひとりで観に行こうとしていた映画のチケットだった。 とても見たい。でもそれより何故相手が捕まらなくてただの隣に住んでいる私なのか ぐるぐると頭の中で色々な疑問が駆け巡るなか、お隣さんは不思議そうに固まっている私の目の前でもう片方の手をヒラヒラと聞いてる?と確認してきた 「いや、えっと、なんで私、ですか」 他にも聞きたいことは沢山ある。けどそれが一番の疑問だよね? 「だって、好きでしょ。」 えぇ、好きです、大好きですともそういうストーリーのもの。あれそんな話したっけ?お隣さんとの会話でそんな趣味の話しなんて一切なかったと思う。 チケットの期限今日までだし、勿体ないから一緒に行ってくれないかと付け足すように目の前に両手を合わせお願いポーズされて 普段の私ならこんなイケメンと出かけるだなんて無理だと思い断るが,丁度観に行こうと思っていた映画でしかも貰ったチケットの期限が今日まで。うん、行きましょう。観て即解散したらいいよね。 支度するから待ってて欲しいと告げるが、11月だ。季節は冬であって支度するにも普通にすっぴんで部屋着。時間がかかる 部屋に戻って待っててくれというのも少し言いづらい。どうしたらいい?んんん!もういい! 「あの、本当に、すぐ!すぐに用意するんで、待っててください!」 まあ結果的にそうなるよね!いつもなら1時間かかる支度。でも人を待たせてるってすごいね、1時間かかるのを10分で終わらせたよ!やれば出来るね私。 慌てて外にでると携帯を弄りながら待つお隣さんの姿を見つめ思ったこと。 出かける相手が私で誠に申し訳ありません。 ___________ 「お、おはよう、ございます。」 翌日の朝7時40分。日常化したお決まりのインターホンの音。ただ変わったことそれは、お隣さんが私の部屋に居ること。 何故って?映画見に行った後とりあえずお礼をしなくてはと思いなにかお礼になることをしたい。そう告げたらお隣さんはただひとつだけ困ったように恥ずかしそうに 「朝ご飯、食べたいんだ。」 その言葉だけだったからどこかお店でも入ろうかと提案をしたのだが、私の思っていたこととお隣さんの言っていた意味が噛み合ってなかった。 その言葉の意味、それは 「手料理、食べたい。」 その言葉の後に理由を話してくれた。ひとり暮らしであって自炊など一切出来ず外食ばかりで職業柄朝食を取らないと昼食がとれない場合もあると言うこと。その時初めてお隣さんの職業を知り私はお隣さんという呼び名から萩原さん、と変わった。 そしてお礼。と言うことでこうして朝食をふたり分作り萩原さんを部屋に招いたのだ。 凝った物は作っていない。玉子焼きに焼き鮭、味噌汁に白米。ありきたりな朝食であって、でも萩原さんはそんな朝食を新しいおもちゃをプレゼントして貰った子供のように目をキラキラさせ、にこにこと笑っていて 純粋に、可愛いなぁなんて思ったり。おいしい、と何度も言いながら男性らしい食べっぷり。その姿を見ている私がもうおなかいっぱいだよ 「こんな朝食でよかったら、明日からも用意しますよ」 それがきっかけで、そのおいしいと言いながら笑う萩原さんの姿が見たくて、私らしくもない言葉が無意識に零れた 面倒くさがりで、男性と関わる機会なんて自らなくしている私自身もびっくりしてる。でも、仕方ないだろう。零れた言葉は戻せないし。それに、明日が楽しみと感じるなだんていつぶりだろう。 朝食を一緒に取るという不思議な関係になってから、私自身変わったこと。それは男性との距離感が少しだけ近くなったこと。そりゃ萩原さんはもちろん、会社の同僚や上司、そして他の部署の人たちからよく話しかけられるようになったし私も前に比べて話すようにはなった。 そして、もうひとつ。自意識過剰かもしれない。でも、なんか、後を付けられている気がする。ううん、付けられてるねこれ だいたい仕事終わるのは夕方だ。だが今日は運が悪く残業して時計の針が指すのは夜の9時過ぎ。周りにはいくつか設置されている道路照明灯だけであって、人影も私ひとりだけ。のはず。でも、おかしいんだ。人影はないのに足音が背後から聞こえる。女性物のヒール音ではなく、男性用の革靴っぽい音。怖い、これは怖いよ無理。 マンションまでの距離、約60メートル。全力で走ったらなんとかなるかもしれないと思ってしまう距離だが 段々近づいてくる足音に、身体が震え冷や汗が止まらない。誰か、助けて欲しい。 「ひっ、」 軽く悲鳴が零れた。 背後ばかり気を取られていた私の目の前にうっすらと見える人影。見覚えのある、シルエット。 「はぎわら、さん!」 人は恐怖心と戦っている時、少なからずでも気を許す人を見つけるとこれでもかってくらい大きな声がでるらしい。 現に私がそうだ。たぶん、いや、生きてきたなかで一番大きな声を出した気がする。そんな彼は私だと気づいてくれたみたいなのだが普段の雰囲気とは違って、いきなり腕を引っ張られた。 「誰だ、お前!!」 強く肩を抱かれ、目の前には萩原さんの胸板。彼の少し甘い香水の匂い。 え、何?何が起きてる?萩原さん、何処に向かって、え???彼の大きな声と同時に段々と遠くなる足音 あぁ、助かったんだ。運が良かった、本当に、萩原さんと偶然会えて良かった。ほっとした瞬間ガクッと足の力が抜けて地面に座り込んでしまいそうになる身体をがっしりと掴んで支えられている 余計に距離が近く感じて、こんな怖い事があった後すぐに違う意味で鳥肌が止まらない。何故って?それは、、萩原さんの顔との距離が、近すぎるからであって。身長差あるが私の耳に彼の息がかかる距離これどうよ?しかも支えてもらって申し訳ないけど腰に手を当ててるんです。 「いつから付けられてたの?」 未だに耳元で感じる吐息に、声。ゾクッとして肩が跳ねた。 「一週間くらい前、かな。でも付けられてるって確信したのは今日で、萩原さん居てくれてよかったっ。」 今の私の感情はごっちゃぐちゃしてて、萩原さんに対して心臓はうるさいしでも後付けられていた事を思い出すと我慢してた分、今更涙が溢れてきて。気がつけば私の手はずっと萩原さんのシャツを握りしめていた。 「余計な虫が付き始めたか、」 ぼそっと聞こえるようで聞こえなかった彼の言葉に、首をかしげ見上げるのだが後悔した。 彼との距離、数センチくらいでどちらかがふらついたりしたら唇が重なりそうで考えただけでくらくらしてきた するりと手を絡めてきて、優しい声で帰ろうとゆっくり歩き出して 気分を変えようとしてくれてるんだろうな、今日の仕事の出来事や同僚であり親友だと聞かされていた松田さんのおかしな行動とか。でもいつも楽しく聞いているその話は今の私には入ってこなくて もし、もしあの数センチの距離がなかったら、私らしくもない事を考えてしまっていた。 あの日から、私と萩原さんの関係はまた変わった。 お決まりのインターホンを鳴らし、一緒に朝食を食べる。そして仕事後都合がつかない時以外は待ち合わせをして一緒に帰って夕飯を一緒に食べる。あれ、何これ恋人かな?いつの間にか、二次元中心として生活していた私がどうしてこんな事に? でも、萩原さんの隣は居心地良くてこの生活は好きだ。 今日も萩原さんと帰る予定。だった。何故か過去形か説明しよう 萩原さんから聞いていた同僚で親友と呼べる松田陣平さんが目の前に居るのだ。え?なに?ていうか本当に萩原さんが言ってたとおりだな!黒色の癖毛にサングラス、着崩したスーツ。萩原さんもイケメンだけどこの人もジャンルが違うイケメンというやつだ。でも待って?なんでこの人私のこと知ってるの?しかもこの10分間無言なんですけどおぉ 声をかけようと口を開こうとしたら松田さんと声か重なった 「あ、えっと、先にどうぞ」 「いきなり悪いな。初対面の奴が、」 ゆっくりとサングラスを外し、黒くて綺麗な瞳と目が合った。 本当なら今日も萩原さんと帰る予定だったでもその萩原さんはどうしても外せない用が出来たらしく 暇をしていた松田さんが代わりに迎えに来てくれたらしい 「っは、え、代わりに迎えって、え???」 いつから私はお姫様?いやお嬢様?になった?いや、あの、確かにストーカーっぽいような事はあったけど でも今はそんなことなくなったし、ひとりでも大丈夫だと思うんだけど。 だってまったく関係のない松田さん巻き込ませてしまった。これでもかってくらい謝ってひとりで帰れるから、と何回も説明をしたが松田さんはケラケラ笑いながら気にするなと言われ とりあえず送って貰うこととなったんだが、萩原さんの外せない用とは?いつもなら連絡くるのに。 「ま、松田さん、萩原さんなんの用事ですか、」 私がそんなこと聞く権利はない。でも気になる。なんで気になるのか分からない。でもこの数ヶ月萩原さんが側にいたから 急に連絡もなしに、松田さんが代わりに来たってなんか寂しいなって心のどこかで感じた 結局何のようかは松田さんは教えてくれなくて、マンションまで送ってくれたお礼に今度萩原さん含めてご飯でもどうかと言ったが、萩原に殺されたくないと意味分からない言葉を吐きながらくしゃりと頭を撫でられたんだが、そんなイケメンな行動を自然ととる松田さんはんぱねえっす。鼻血でそうな感覚がして、鼻を押さえながら部屋に入り火照った顔を落ち着かせようと顔を洗い深呼吸をしたタイミングでインターホンが鳴った。 その音で、真っ先に浮かんだのは萩原さんであって確認もせずに扉を開けた。この時の私を全力でぶん殴りたかった。後悔したって遅いんだけど、うん。本当に、私って馬鹿だ。だって目の前に居る人物は萩原さんじゃなくて、私の住むマンションも部屋の番号も知るはずのない顔だけ見覚えのある会社の人だ。冷たく気味の悪い笑みを浮かべていて 頭の中で警報音が鳴る。 この人は危険だ、と 血の気が引き勢いよく扉を閉めようとするが手遅れで、今更ながら松田さんが送ってくれた理由が納得した まだ、ストーカー、いたんだ。 「ようやくふたりきりになった。待ち遠しかったよ、君の側にはいつも軽そうな男が居たし今日なんて違う男と一緒に居た。ねえ、そいつは君の何?彼氏?違うよね、君の彼氏俺だもんね」 鳥肌が止まらない寒気がする、いつどこで私がこの人の恋人になったの 知らない知らない知らない。こんな人知らない 男の力に勝てる訳なくて、勝手に部屋に入り相手によって閉められる扉に掛けられた鍵。そしてジリジリと詰め寄られる私との距離 数センチの差で唇をなぞる気持ち悪い指先 見たくなくて触れられたくなくて、抵抗をしたいのに身体は動かない お願い、お願いだから、 「たす、け、て、」 呟いた言葉と同時にガラスが大きく割れる音が響いて、私と相手の距離は残り1センチで止まって 涙で揺れる視界に入り込んだふたりの姿 「…っ間に合った。松田!!」 「わぁってるよ!」 彼、萩原さんの声に松田さんの声。次々に溢れる涙に聞きたかった萩原さんの声に安心して床に座り込んでしまって ぼやけて揺れる視界で分かったことは、松田さんがストーカーに手錠と掛けていて 萩原さんは優しく強く抱きしめてくれた。落ち着く萩原さんの匂い体温で、大丈夫。ゆっくり息を吸って。 彼の言葉でその時初めて自分が呼吸が浅くなってるのに気づいた。大丈夫、大丈夫だよ。そう優しく耳元で呟きながら背中をさすってくれて あぁ、この人は私の安定剤だ。そう思い意識が途切れた。 ______あれ、ここはどこだ。 目が覚めたら不思議なことに今居る場所が何処なのか分からない。え、この部屋なに? セミダブルのベッドに大きなテレビ、ガラステーブルにソファ。男の人の、部屋?少し前の出来事が駆け巡り身体が震え始める 扉が開く音が聞こえて逃げなければと思うのに動かなくて、萩原さんたちが来てくれたのは夢、だったのか 「おっ。目覚めた?」 その声に震えがぴたりと止まった。一瞬にして。だってこの声 「萩原しゃんっ」身体の震えは止まったのに次は涙が溢れて嗚咽混じりで名前を呟くが噛んでしまってもう自分なんなんだと思うがもうそれも気にしないことにする。 そんな私を見て大好きなへらっとした笑顔で両手で顔を覆われ、こつんと額と額がくっついてどきっとした 「ごめんね、怖い思いさせて。間に合って良かった。ストーカーを捕まえようとして、逃がしちゃって。俺警察失格だ、」 大好きな笑顔は段々と歪んで苦しそうで。違う、警察失格なんかじゃない助けてくれたじゃないか。怪我なんてない。全て未遂で終わった。 「萩原さんは、助けてくれた。私怪我もないし何もされてない。さすが警察官です、ありがとう。助けてくれて」 未だに苦しそうに顔を歪ませる彼の頭をそっと撫でる。あぁ、こんな時に、思ってしまうだなんて。 好きだなんて。いや、たぶん結構前から好きだったんだろうな 気づかないふりをしていた。というのが正しいんだ。だって、この気持ちを伝えたら 今の関係はどうなる?崩れてしまう。きっと、そう。ストーカーが捕まった今、彼は私と一緒に過ごす理由もなくなる。 「あと、ひとつ。伝えなきゃいけないことあるんだ。」 ほら、きた。これは終わりの合図かな。ただのお隣さんに戻るんだ。幸せだったな。最後は怖かったけど、でも幸せだった。 「ほら、俺と松田俺の部屋から渡って窓ガラス割って入ったから部屋とても過ごせる状態じゃなくて。  それで…あぁ、くそ。回りくどいな。やめよう。」 何が言いたいのか分からなくなって、ただひたすらくしゃりと髪を乱し目が合わない萩原さんを静かに見つめつだけであって 不安が募る一方だ。 関係を終わらせようというのなら早く言って欲しい。そんな言葉濁すのは覚悟を決めている私でも少しだけ辛い。 「ごめん。一回しか言わない。いや、言えないからちゃんと聞いて。好きだよ。俺と一緒に居てくれませんか。」 あぁやっぱりね、うん。そうだよね。はっきり言ってくれて良かった。 好きだって、…あれ、好き?え?聞き間違い? 「え、え??ご、ご飯を一緒に食べたりする関係を、終わらせようって話じゃ、なくて?」 逆に、え?って顔された。あれ、私またこれ夢?だって萩原さん、私のこと、え????? 「まって、まって!え??あぁぁ!もうなんで俺ってこう、決まらないのか!  俺は、君が好きなの。それで、言いかけた話はお隣さんをやめて一緒に暮らさないかなって。あれ。俺なんかひとりで突っ走ってる?!」 言いたいことは、つまり彼も私のことが好きで、そして私の部屋は窓ガラスが割れたりしててとても住めるような状態じゃないから一緒に暮らそうって?? え、なに?え?まって、どういうこと?! 「え、えっと、部屋が直るまで、ルームシェアてきなやつでってことですか、」 「違うね!!!あぁ、もうっ」 しびれを切らしたかのように萩原さんにぎゅっと抱きしめられて、相変わらず彼は私の耳元で 「好きだ,俺と付き合ってください。…お隣さんの関係は嫌だから、一緒に暮らそう。」 ぶわっと鳥肌がたった。悪寒とかじゃなくて、なんていうのだろう。初めての感覚でうまくせつめいできない。 嬉しくて、幸せって身体全身で感じたということだ。 全身で私も好きだと反応しているかのように、鳥肌が止まらない 「わ、私も、好き。です。」 精一杯の言葉。でもその代わり抱きしめてくれている彼の背に手を回し私も強く抱きしめ返す。 そして抱きしめ合いながら彼はこう呟いた。 「君が引っ越して来た日に一目惚れで。会いたくて関わりたくて、視界に俺を入れて欲しくて。俺なりにがんばってみたんだ。」 それが、彼がインターホンを鳴らす理由
萩原さんの夢です<br />情報少なすぎてイメージ違うかもしれませんが<br />自己満で書きました。
彼がインターホンを鳴らす理由
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056753#1
true
とうとう、この日が来てしまった。 組織を壊滅させ上司である降谷に一室が与えられた。 警察庁と警視庁という差はあれど上司と部下。 書類仕事を片付けに数えられない程訪れ後始末に奔走した。 それも、この扉を開いてしまえば終わるのだろう。 「失礼します。降谷さん、お伝えしたいことがあります」 部屋の中には降谷が書類に書き込むボールペンの音だけが響く。 常に冷静であれという教えを振り切り思いのまま言ってしまいそうになるが降谷からの返答を待つ。 「どうした、追加の情報か」 書類整理にも目途がつき最近ではこれまでの事ではなく今後の書類が増えてきた。 今降谷が目を通しているのもそうなのだろう。 見た事の無い書類、関係の無い書類が増えていく。 そして、そう思う事すら許されないのも。 「いいえ、大事な事なのでお時間よろしいでしょうか」 「君が言ってくるくらいなんだろう。ちょうどキリがいいところだ。コーヒーでも飲むか?」 「お気持ちは嬉しいのですが、話が済んだらすぐに失礼いたしますので」 「わかった。それで?」 「連絡役を降りることになりました」 「どういう事だ」 「上からの命令で番う事になります。番えば私は貴方ではなくアルファを優先してしまう。それでは仕事に支障をきたしてしまいます」 はっと降谷が息を吐き出す音がする。 風見がオメガと知って驚いているのだろう。 一般的なオメガからかけ離れた容姿をしている自負はある。 華奢な骨格、美しい容貌、繊細な精神。 そのどれもがない。 オメガと発覚した時、己の何処にオメガであるという証拠はあるのだろうと頭の片隅で冷静な部分が考えれば考えるほど見つからなかったが、医者の子宮があるとたった一言言われただけで理解してしまった。 例え見た目がどうであろうと子を孕める機能を備わってしまったら逃れられないのだろう。 「…オメガだったのか」 「はい、三年前に転換しました」 「転換、最初からそうだったわけではないのか」 「ベータよりのオメガだったので一次検査では分からなかったのですが、アルファと一緒に居たためオメガ性になったそうです」 公安や警察にはアルファが多い。 もしも、警察官にならなければオメガにはなっていなかったのだろう ある時酷く体の自由が利かない時があった。 急な眩暈、続く微熱に体調不良かと診察を受けオメガと発覚した時運悪く上にも話がいってしまった。 すぐさまゼロの連絡役を辞めるように言われた。 抵抗して引き換えに言われたのが優秀なアルファの子を産めと。 上から言われた事を話せば、わなわなと震えながら降谷が吠えた。 「子供を作る道具と一緒じゃないか!!」 「オメガとはそういうものですよ。 社会では平等と言っておきながら弱者であることに変わりはないのです」 「貴方も警察官であるのならわかるでしょう?」 少ない数であるはずなのに性犯罪や捨てられる子供。 オメガに産まれ平穏に暮らせるのは一握りだけ。 今までこの人の元で歩いて行けただけで幸福なのだ。 「どういう事だ。こんな重要な事、僕は聞いていないぞ」 「えぇ、言っていませんでしたので」 「それも命令か」 「そうです。降谷さんには伝えるなと。余計な情報は無いほうがいいでしょう」 上からの命令と言われれば何もいう事が出来なくなってしまう。 縦社会とはそういうものだ。 引き留めて欲しいなどと思ってはいけない。 「今までありがとうございました」 頭を下げ最後の言葉を口にする。 振り返らず部屋から出て行けば後ろから机に拳を打ち付ける音がした。 [newpage] あの日から降谷に会っていない。 身の回りの整理も終わり、まだ警察官ではあるが名簿から消されるのは時間の問題だろう。 指定されたホテルに向かいこの部屋を開ければ誰とも知らないアルファの子を孕むのだ。 ヒート誘発剤はあと数分もすれば効いてくる。 覚悟を決めろ。 なんの為に降谷にあんな顔をさせてまで無理を通したのか。 拳を握りしめ息を整えると扉をゆっくり開ける。 こんな大男と寝なければいけない可哀想な相手と会うために。 相手となる人物は窓の外を見ていた。 夕暮れに染まった空はやけに綺麗で窓の傍に立つ人物を浮かび上がらせる。 そんな馬鹿なと上がる鼓動が否定すれど、ゆっくり振り向く人に否定する心など無意味だった。 褐色の肌にライトの光に透けて輝く髪、いつだって前を見つめる強い青い瞳。 目を瞑れば思い出せるくらい追いかけた人がいる。 「どうして貴方が此処に!?」 「優秀なアルファであればいいんだろう」 「私は貴方にこんな事をしてほしくなど!!」 「お前は僕のだろう!! それがどうした、他の男の物になるから降りるだって? そんな事が許されるとでも?」 いつだって理知的で優しい人だった。 それが今は人を物のように扱っている。 どうして、なんでと上がる息を紛らわすように考える。 この人と話し合う前に別れを告げたのがいけなかったのか。 それともオメガとして産まれてきてしまったのがいけないのか。 喋る事も出来ず戦慄いていると怒りに染まった顔から一転してにこやかに笑う。 かつての安室透という仮初の人物のように。 「家庭を持つ気などないと断っていたが風見とならいいと言ったとたん了承を得たぞ。 三人作ればいいそうだ。 安心しろ三代目までアルファで産まれてくる可能性はあるからな無理はしなくていい」 近付いた降谷から逃げようと扉に手をかけようとするが飲んだ薬の影響で膝をつく。 なんとか外に行かねばと思ってもいつの間にか見下ろしていた降谷に抱きあげられベットに放られる。 ベットのスプリングに身体がバウンドし眼鏡が飛ばされる。 ぐらぐら熱に浮かされる身体にいよいよヒートが進行しているのが分かる。 抵抗などあってないようなものだった。 オメガと分かってから薬を服用しヒートを抑えてきた。 風見にとっての初めてのヒート。 我を忘れてしまえば孕まされる恐怖から逃れられると思っていたのに、こんな事ならヒートに慣れておけばよかった。 降谷にこんな事をさせてはいけない。 覆いかぶさる降谷に抵抗するが軽く押し返す事しかできず、うなじを差し出す形にされた。 ぶわりと身体を包み込むアルファのフェロモンに最後の理性すら消えて行ってしまう。 「やめっ!!噛まないで降谷っさっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 どうか、今なら間に合う最後の力を振り絞り声を出したが降谷には届かなかった。 「大丈夫だ。大丈夫、これで風見は僕のだ」 本能に飲み込まれていく寸前に聞こえた声は幼い子供のようだった。
恋愛感情の無い二人が番になるオメガバース。<br />敬愛と独占欲がテーマでした(できているとは言っていない)<br /><br />前回までのコメ、ブクマ、いいね、ありがとうございました!!
間違いだらけの私と貴方
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056778#1
true
奥沢「えっと……なんでしょう……?」 テニスコートの外にあるテーブルで、俯いている彼は、何故こんなにも私達の問題を考えてくれているのだろう。 気まぐれ?それか……暇つぶし。でも、そんな愉快犯みたいなことをするかな?うーん……親切?いやいや、それこそタイプじゃなさそう。失礼な話だけど。 八幡「それじゃあ、まず一番の打開策は、その女の子家の金を使って業者に頼るという手があるんだが、それは可能か?」 いきなりゲスいなー。 まあ、お金持ちで黒服のスーツを来た人を動かせる時点で当たり前の策だよね。 でもこれは…… 奥沢「たぶん、無理です。お金じゃなくて……私達のこころが」 八幡「気持ちの問題と弦巻を掛けているのか?」 え?……あー、言われてみれば。特に気にせず言ったんだけど……。 あ、あたしの微妙な反応みて比企谷さん恥ずかしそうにしてる。なんだろう、少し可愛い人だな、この人。 奥沢「両方間違いじゃないです。主はみんなの気持ちですかね」 八幡「まあ、金持ちの道楽みたいで良い気はしないだろうな」 奥沢「それもですが、これまでの頑張りも全部否定されるようで……」 八幡「……そうか」 少し考え始める比企谷さん。 よくよく考えれば、ここまで黒服の人達に散々手伝って貰っている奴らが何を言っているのかと思われているだろう。 折角考えてくれたのに、申し訳ないな……。 八幡「次、いいか?」 私が俯いて、なんて謝るか考えていると、特に気にした素振りもなく、次の質問をしてくる。 ……なんか、不思議な人だ。 私は頷いて、ちょっと俯いて話を聞く。 八幡「そのライブの規模ってどれくらいだ?奥沢さん達のバンドだけなのか?」 奥沢「いえ、知り合いのバンドも一緒にやってくれるそうです」 八幡「そのバンドの数は?」 奥沢「私達の含めて五つです」 八幡「意外と多いんだな」 奥沢「こころが知り合いのバンドに声掛けまくって、折れるまでお願いしまくりましたからね、あはは」 声掛けるばっかりで、結果がこれじゃあ笑い話にもなりませんね……。 八幡「他のバンドの名前は?」 そう言って、比企谷さんはペンと紙をこちらに差し出して来た。 書けってことなのかな? 私は黙ってバンド名を書いて、比企谷さんに渡すと、それぞれのバンド名を見て、百面相みたいな顔の変化をさせて、戸塚さんにクスクスと笑われている。 八幡「なあ、戸塚はこのバンドメンバーの中で聞き覚えあったりするか?」 戸塚「え?えーっと……凄い!このパステル何とかっていうの、アイドルの子とか女優のバンドグループだよね!」 八幡「他のグループもテレビ出ていたり、ライブにお呼ばれされているな」 比企谷さんは、携帯を見ながら淡々と確認するように話をしていく。 八幡「それだけのメンツで人出を呼べない理由はなんだ?」 奥沢「人出がいない……ってことはないんですけど……」 八幡「ん?どういう……」 奥沢「みんな、女子校なもので……」 八幡「だから……何なんだ?」 戸塚「あー!」 比企谷さんが私の言っていることが理解出来ないでいると、戸塚さんが閃いた!と言わんばかり手をポンッと叩いてた。 戸塚「確かに人出は足りないね」 八幡「どういうことだ?」 戸塚「彼女たちの求めたいる人出は、あくまでメインは力仕事」 八幡「そうだな」 戸塚「知り合いって言ったって、女子校に通う女の子の知り合いは、基本女の子ばっかりなんだよ」 八幡「……そういうことか」 「全員女子バンドで、女子校の女の子。集まるのは女の子ばっかり……か」 奥沢「そうなんです、男の子の知り合いで頼れる仲の人って、なかなかいないんですよ」 戸塚「しかも、ライブの手伝いするより、見に行く人の方が、話をすると多そうだよね」 そうなんです。予定がある人も確かにいます。でも、一番は楽しみにしている!とか応援している!みたいな返事ばっかり。 あの薫さんですら、集められる人は見に来る人ばかり。 それから、どこでやるかに対して、よく行くライブハウスの人が野外ステージを紹介してくれた場所の利用と、機材の設置はそのライブハウスの人達が手伝ってくれることを比企谷さんに話をした。 まりなさんにも無理言ってしまっている。知り合いが、数人設置の手伝いは出来るが、テントや機材を運び、組み立て、片付け、その後の清掃全て人手が足りない。広告もまだ完成してないのに……。 改めて、自分たちの我儘に他人をたくさん巻き込んでしまっている現実に打ちひしがれています。 八幡「……お金は無理。人手はないが、客は多い。知名度があるから」 そんな私とは裏腹に、何かブツブツと考えている比企谷さんの横顔をつい、見入ってしまう。 この人は言った。見ず知らずだと。この人は示していた。めんどくさいし、興味がないと態度で。この人は…… 八幡「はぁ……」 奥沢「その……すみませんでした」 八幡「え?」 奥沢「ご迷惑をお掛けして……」 八幡「まあ、な」 奥沢「否定……しないですね」 八幡「事実だからな」 奥沢「うっ……すみません……」 八幡「でも」 奥沢「?」 八幡「もう謝らなくていい」 奥沢「え?」 この人は、また何を……? 八幡「最初の手に戻るだけだ」 奥沢「最初……?」 ーーー第2話:完ーーー
((⊂︎(`ω´∩︎) しゅっしゅっ
2話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056839#1
true
──── マシュ side マシュ 「私ですか…?」 青セイバー 「その盾に見覚えがあります…ええ、よく知っています。」 ゾワッ デミサーヴァントでなくともわかる。 本能が警告する。 体の震えが止まらない。 騎士王を直視出来ない。 そして…ハッキリとわかる。 "騎士王が戦闘態勢に入った。" いや、この洞窟を抜けた時から騎士王は戦闘態勢を取っていただろう。 けど、それは警戒レベルの程度だ。 今の寒気は… 八幡 「っ!…まさか…撃つつもりか…!?宝具を!!」 キャスター 「そいつはまずいぜ!俺の防壁のルーンじゃ防げねぇ!!」 オルガ 「…っ!!」ガタガタ 青セイバー 「…その守りが真実かどうか、確かめさせていただきます。───」 ───"魔力放出" ───"カリスマB" 八幡 「っ…マシュ!宝具展開!」 マシュ 「っ!…わかりました!先輩!」 私が守るんだ… 私は先輩のサーヴァント… 先輩の"盾"なんだ…! ── こんな所で負けてられません…! マシュ 「真名、開帳――私は災厄の席に立つ」 信じろ。 気持ちですら負けてちゃ騎士王の聖剣は防げない! ドクンッ …魔力が廻る、身体中に駆け巡っていく…! あぁ、先輩の力は…暖かいです… 八幡 「頼む…!マシュ!!」 マシュ 「はい!!任せてください!!」 「それは全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷ーー顕現せよ。 『[[rb: いまは遙か理想の城> ロ ー ド ・ キ ャ メ ロ ッ ト ]]』!」 青セイバー 「『[[rb:約束された勝利の剣> エ ク ス カ リ バ ー]]』」 輝く光の奔流が私達を襲う。 マシュ 「ぐぅぅっ!!!!」 八幡 「くっ!!なんつー威力だ…!!」 これが騎士王の放つ聖剣…!とてつもない威力です!…けど! マシュ 「あああああああああっっ!!!」 それでも!私は負けません! この盾で、先輩を───── 『そう。その気持ちを忘れなければ…君はその盾を十全に扱えるだろう─』 ──…今のは…? ────────── 八幡 side 青セイバー 「…どうやら知らずに手を緩めていました。しかし、正しく使えるみたいで何よりです。」 マシュ 「はぁ…はあ…!」 くそっ。 流石だな、騎士王。魔力を送り付けて補助してもマシュが魔力切れを起こすなんて… 八幡 「大丈夫か!マシュ。」 マシュ 「は、はい…大丈夫です、先輩…。」 マリー 「よかった…無事だわ。よかった…!」 青セイバー 「……」 騎士王が俺へと近づいてくる。 守ろうとキャスターが俺の前に出る。 キャスター 「なんだ、今度は坊主の方ってか?さっきの話はどこへ行った。」 青セイバー 「いえ。もう戦闘の意志はありませんし、彼への用事が終われば座へ帰ります。」 俺に…? マリー 「彼にって…コイツを知ってるの?!」 『えぇ?!そんな事あるわけ…彼はそんな年寄りには見えない…』 マリー 「そういう問題じゃなくて!いや、それもそうですが!というか、混乱するから黙ってなさい!」 『す、すみません…』 そして俺に辿り着く。 本当に戦闘の意志はなく、聖剣も仕舞っている。 八幡 「俺に用事ってなんだ?生憎、騎士王と友人ってことなんてねぇぞ?…ぼっちだし。」 『なにやら悲しい事をぼそっと聞こえたような…あ、もちろん僕は君の──』 マリー 「…」ギロッ 『……( ´・ω・` )』 青セイバー 「二人で話したい事があります。これは今後貴方にとってとても重要な事になります。」 八幡 「重要…だと?」 青セイバー 「…率直に言うなら、貴方の正体のヒントを教えます。」 一同 「?!」 キャスター 「やっぱてめぇは此奴の正体を知ってんだな?俺の場合は知識程度だが…」 マシュ 「先輩の…正体…それは一体…」 マリー 「……確かに只者ではないとは思ってたけど…」 『彼の正体のヒントとは…?』 青セイバー 「いや、これは八幡以外には教えられない。(…"みんな"だって彼が思い出す方がいい筈だ。)」 八幡 「わかった…じゃあ少し離れて防音壁を…」 キャスター 「あぁ、任せな。しっかり聞こえないように張ってやる。」 青セイバー 「お願いします。」 ─── 騎士王 side 本当ならすぐに答えを教えてやりたい。 それは"みんな"も同意している。早く気づければ『グランドオーダー』の完遂も早まる。 けど…何故私が案山子に徹していたのか…答えはハッキリしている。 "この特異点では監視されている"からだ。 黒幕の部下に。 彼の力が十全に目覚めれば… 「(…私達英霊の格が"上がる"…そうなれば特異点での犠牲も減らせる。そして、"奴"を倒す鍵となる。)」 余談だが、とある聖女は格が上がるととんでもない性能になる。それは黒い方もそうらしい。 …彼女が彼の元へ召喚されれば、間違いなく彼は思い出すだろう。 彼のトリガーは彼女で間違いないと、座にいるキャスター達が断言。 ──── …皆。世界の救済を望んでいる、必ずやお力になるでしょう。 八幡 side 八幡 「それで…俺の正体のヒントって?俺も気にしていた。記憶の底に何かが眠いっているのを…それが何なのかは全く見当はついていないが…」 騎士王 「…本当はすぐに教えたいですが、これは私の役目ではないので…」 八幡 「…そうか…でも、ヒントだけでも十分嬉しいぜ。それで?俺の正体のヒントって?教えてくれ。」 騎士王 「…えぇ、それは────」 ……次回へ続く。 [newpage] 英霊の格ってなんだ。 ※追記 マシュの宝具がロードカルデアスじゃないのは八幡の存在が影響しています。 正体のヒントなので良かったら推理してみるのも面白いと思います。 本当にバグだろ…(本音)
八幡の正体は結構ぶっ飛んでます。<br />そしてオリジナルに近い展開になっていきます。<br />次回で冬木を終わらせ、召喚まで行ければなぁと。
特異点F 真名解放そして。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056942#1
true
十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人。 この言葉は、かなり有名であり何人かはこんな経験をしたことのある人もいるのではないだろうか。 ちなみにこれの意味は、 十歳の頃に「神童」と称され、十五歳になって「才子」と言われるような、才知ある子供でも、成長するにつれてごく平凡な人間になってしまうことはよくある。 自分の子を神童と思い込んでいる人に対しては戒めの意で、かつて神童と称された人は自嘲の気持ちを込めて使うことが多い。 簡単に訳すと、神童も歳をとれば凡人になる。ということだ。 しかし、これには原因がある。結論から言えば神童が自分を欺いたのだ。 神童と呼ばれる十の頃には、まだ自分の世界があったのだ。 だが、出る杭は打たれる。 天才でも非凡でも、どちらもやり過ぎてしまえば迫害を受ける。 だから神童は、自分を周りに合わせようとして自分を偽る。 それが結果的に自分の独自の世界を潰すのにも関わらずだ。 テレビに出てる子役なんかがいい例だ。 昔馬鹿みたいに持て囃された天才子役たちが、大人になって出てこないのは何故か?なぜ一握りの子役達しか生き残らないか… 彼等は態々自分を欺いたからだ。 長々しくなったが、結論を言おう。 ボッチとは最強である。 [newpage] 苦い青春の思い出と言われれば何を浮かれるだろうか? 公開告白の失敗? 部活選び? テストの赤点の答案用紙? 俺の父の青春の苦い思い出、つまり負の遺産はギターであった。 俺が幼い頃に父に聞いた時、モテたくて始めたがFコードで躓いたと話していた。 友達がいるでもなく、趣味があるでもない俺は取り敢えず手元にあったギターを弾くことにした。 自分でも驚く程にギターに俺はハマってしまった。 ずっとギターを弾いているあいだは、何故か人と話しているような気がしたからだ。 会話は元々好きではなかったが、自分の行動が耳に帰ってくる楽器に幼少の頃は何でかよくわからないくらいに楽しくて時間も忘れて熱中した。 こんなことを思っているやつは病気だと思っていたが「ギターが友達」という言葉がやけにしっくりきた。 中学生の時、coverをしたり技を磨くだけではつまらないと思うようになった。 別にギターが嫌いになった訳では無い、同じことの繰り返しによる単純作業に面白味がなくなったのだ。 ということで、Google先生に曲作りのやり方を教えてもらい。妹の小町に偶に聞かせながら作っていた。 もちろん聞かせる相手が小町しかいなかったからにほかならない。 小町も「わーすごーい」みたいな感じで、友達のいない兄に仕方ないから構って上げていたみたいな感じだった。 うん、まじごめん。 意外にも思ったよりいい感じのオリジナル曲が出来たので、一人悲しく自己満足をしていたら。小町が悪ノリして大手レコード会社に、俺が歌っているのを録音したデータをメールで送信していたらしい。 多分、そこらへんから俺の楽しいギターライフが狂い始めたんだろう。 [newpage] 『謎の天才シンガーソングライター現る!!!』 独特な世界観を持ち、歌詞にメッセージ性があり若い世代に人気である。 楽器は一通り扱えるが、中でもギターは頭が一つ抜けておりギターの腕は超一級品!! テレビに顔を見せない、高校生シンガーソングライター『HACHI』に迫る!! 八幡「…恥ずい」 元はと言えば、小町がレコード会社なんかに曲を送るから。 才能がある、やら。彼は天才だ、やら。言いくるめられ中学にデビュー。 いや、別に嫌じゃないよ。嫌じゃないけど。 俺の専業主夫の夢はどこに……。 佐藤「比企谷くん、新曲まだぁ?」 佐藤さんは、所謂マネージャーさんで。長くお付き合いさせてもらっているレコード会社の社畜さん。 社畜か……働きたくねぇな。 八幡「いや、漫画家の原稿みたいに言わないでくださいよ。毎週それ言ってますよ、ここの作曲って週刊でしたっけ?」 佐藤「あはは、比企谷くんは面白くないなぁ。あれだね、ゆとり根性が染み付いてるね」 八幡「いや、俺ゆとりになりたかった世代なんで」 佐藤「あはは、ほんと笑いのセンスないなぁ」 八幡「ちょっと、いま歌作ってる最中にセンスないとか言うのやめてもらっていいですか?まじ凹むんで」 佐藤「にしても今回は遅いね、前なんて2ヶ月でそれなりに形にしてたのに。もう半年?くらいになるんじゃない?」 八幡「そりゃ俺も都合よくアイデアがポンポン降ってこないですよ。今までが異常だったんですよ」 佐藤「まぁ、そうだね。高校生なのに僕より貯金溜まってるでしょ」 八幡「ちょっと、生々しい話やめません。すごい申し訳なくなるんですけど」 佐藤「僕も社畜だから溜まる一方だけど、比企谷は学生なんだし豪遊してたりしないの?風俗とかで」 八幡「あんた高校生に何言ってんの?豪遊なんてしませんよ、俺は売れなくなったら今の貯金で死ぬまで隠居するんで」 佐藤「うわぁ、世間のHACHIのイメージが崩れちゃうよ。独特な世界観と若者を刺激する歌詞に込められたメッセージ性を作る作者が、もう隠居を考えてるなんてね」 八幡「いやいや、こんなもんでしょ現代っ子なんて。今の小学生とか将来の夢YouTuberらしいですよ。顔出しとか黒歴史しか産まんというのが分かってないんですよチビッ子達は」 佐藤「あ、そういえばLIVEしないか?って入ってたけど」 八幡「いや、しないから話聞いてました?第一俺、帰宅部っすよ、LIVEなんてしたら10分で倒れる自信ありますよ」 佐藤「そう言えば、作詞進んだ?」 八幡「いや全然。俺も潮時すかね」 佐藤「それは本当に困るから冗談でもやめて、そうだな高校生なんだしラブソングなんてどうだい?青春っぽいだろ?」 八幡「放課後を全部音楽に費やしてる俺が、青春なんて分かると思いますか?」 佐藤「いやいや、君のとこ寮でしょ?放課後に何もなくても、ご飯とか結構絡みくらいあるでしょ」 八幡「佐藤さん、ここは少なくとも世間一般の青春が当てはまるような場所では無いですよ」 佐藤「まぁ、よくわかんないけど。そろそろ切るねご飯食べたい」 八幡「(あんた学生根性抜けてねぇだろ)わかりました、それじゃあ失礼します」 佐藤「はいはーい」プツッ 携帯の通話を終えて、携帯をベットに投げた。 部屋の照明の付いていない部屋で、パソコンの光だけを頼りにベッドに体を沈めるように倒れ込む。 八幡「腹減った…」 寝ても起きても考えるのは音楽のことばかり。学校も正直いって殆ど上の空。三度の飯よりパソコンで曲作り。 もうこれは俺も社畜なのかもか。 いや奴隷か…。 八幡「飯食うか……」 自室からでた時刻は、既に深夜一時となっていた。 100号室からイビキが聞こえるので、リビングに人はいないんだろうと部屋を出てリビングに向かうと灯りがついていた。 赤坂「比企谷か」 八幡「お前も飯か?」 赤坂「ああ」 ………… それ以上は話さない。 俺がボッチであるように、こいつもボッチだ。 だからこそ、ボッチがなんたるかを知っている。必要以上に話さない。 だからこそ、リビングでかすかに聞こえたのは神田のカレーを食べている二人の咀嚼音だけだった。 [newpage] ども、ワカガシラです。 さくら荘のペットな彼女をみて、ギターに挫折しなかった八幡という謎の発想から始めました。 さくら荘のペットな彼女は原作はしませんがテレビでみてて、昔「人生で一度は言ってみたい言葉尻取り」を友達とやったくらいは好きですね。 今回はセリフ多めにしてみました。 八幡「」 みたいな感じの方がわかりやすいと思いますし、自然にツッコミとか誰が言ったかわかると思うので、これからはこれを使っていこうと思います。 それでさくら荘の部屋配置は八幡が101号室で空太が100号室です。理由は相部屋とかボッチには無理という理由で空太より早くさくら荘に来たからですね。 本当は、美咲先輩の下にしておいた方がボッチ回避できると思ったからですね。 100号室なんてない?いやいやあるって(すっとぼけ) 感想とか書いてくれたら嬉しいです。 それでは(・ω・)/ アデュー☆
プロローグ的なあれ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056952#1
true
 高校二年生。漠然と横たわる未来へ、希望をぶつけていいのか絶望をぶつけていいのか、それを決めるほどの知識を持っていないから、とりあえず不満をぶつける年頃。  黒木 智貴は級友が進路を真剣に考えていることを知り、少しの焦りを感じていた。  ゴールデンウィークにはオープンキャンパスに行くらしい。  サッカーが好きでこの高校に入学したが、大学でも続けるのか迷っていた。  その頃までこの情熱が残っているだろうか。例えサッカーの名門大学に入れたとして、そこで自分が通用するのだろうか。  いっそのこと、現実的な将来の為に進学を決めた方がいいのか。  そんなことを考えながらベッドの上で横になっていた。  ピンポンとインターホンが響き、今は俺しかいないんだった。と思い出して玄関を開けた。 「代引きです」  見慣れた配達員が額の汗を拭いながら言った。  玄関から入る熱気と粘り気のある湿気、それに目を細めたくなる照り返しに一歩下がった。 「3000円になります」  配達員の手にはアマゾンの箱。姉である黒木 智子の品であると理解した。  本人がいないからと、商品を受け取らずにこの猛暑へ送り返すほど智貴は鬼ではない。渋々自分の財布から清算した。 「まったく……」  姉が原因で苦労が絶えないが、そう愚痴るだけで許すのだから、智貴もたいがい姉には甘い。  夜、智子は普段と変わらず部屋でネットの海で溺れていた。 「入るぞ」  智貴はノックも無く入ると、智子は形相を変えて叫んだ。 「突然入って来やがって何考えてやがる! 前みたいに姉の着替えを見るつもりだったんだろ!」 「んなわけねーだろ」言って、昼の商品を智子に見せた。 「俺が払っておいたから金返せ」  智子は商品名を見て、限定品だったから思わず注文したやつだ。と思い出した。 「お金がないから返せない」 「あ?」 「聞こえなかったのか? 私はお金がないんだよ!!」 「じゃあなんで買ったんだよ」 「しょうがないだろ、予約しないとプレ値になるんだよ!」 「……来月の小遣いからちゃんと返せよ」  姉の理不尽にも慣れてしまった弟は妥協案を示したが、ダメな姉は聞き流し、おもむろに引き出しから黒タイツを出した。 「これが欲しいんだろ、分かってるって。だからチャラでいいよな? な?」  智貴は奪い取るとゴミ箱に突っ込んだ。 ※  友人との楽しい会話に愚痴は付き物である。智子はゆりと真子と昼食を取りながら、人間の出来た弟の文句に花を咲かせていた。 「――そしたらなんて言ったと思う? 弟の癖に“金を出せ”だって。本当ケチだよね」  ゆりと真子は互いの顔を見合わせた。 「ちゃんと返さないとダメだよ」と真子。 「私もそう思う」  ゆりも珍しく同意した。 「えっとね、年頃の弟がいない人は分からないと思うんだけど、あの年齢の男ってね、女はみんな性欲の対象なんだよ」 (また黒木さんが馬鹿なことを言ってる……) 「実の姉だとしても、見境無しに勃起しちゃうんだよ。具体的に言うと、私の使用済みパンツが弟の使用済みパンツにされちゃう的な話かな」  などとドヤ顔で語るが、とても昼飯時の内容ではなかった。 「と、とにかく立て替えてもらったんだから、弟くんにお金を返した方がいいよ。嫌われちゃうかも」  真子は聞かなかったことにして話を切り上げた。 「そんな風に男の子と接してたら彼氏なんてできないよ」  背後から聞きなれた声がした。振り返らなくても分かる。ピンクのツーサイドアップ。陽菜だ。 「聞いてたのかよ、ネモ」 「うん。クロがまたバカなこと言ってるなーって」 「そういうお前はいるのかよ、彼氏」 「今はいないよ。二人と付き合ったけど、やっぱり趣味を隠して付き合っても面倒臭いだけで、全然楽しくなかったけどね」  陽菜はさり気なくリア充グループの余裕を見せつけた。  智子はそんな陽菜が面白く無かった。 (ネモは弟の顔を知らないんだよな。今日は智貴の忘れ物を持ってきたから――ちょっとからかってやるか) 「実は私、彼氏がいるんだ」  ゆりと陽菜の瞳が暗く沈む。 「そんなウソなんて言っても誰も信じないよ」 「そうだよ、いつも一緒にいるけど、彼氏なんていないじゃない」 「彼が恥ずかしがりやでさ、秘密にしろってうるさいんだよ」 「見せてよ」陽菜の声が静かに響いた。「紹介しろだなんて言わないけど、本当に彼氏がいるなら見せられるよね」  智子は内心ほくそ笑んで「今日の放課後に水筒を渡すから、離れた所から見ててよ」と答えた。  智子は午後の授業を受けながら真子の言葉を思い出す。 「嫌われちゃうかも」 (昔の弟はお姉ちゃんと結婚する、とか言ってたのに、いつの間にかウザいだの死ねだの、好き勝手いうようになっちまった)  シャーペンを指でクルクル回しながら考えていると、カシャンと落としてしまった。 「落としたよ」  陽菜が拾ってくれた。 「ありがと」と返した。 (ネモとこんなやり取りをするなんて、昔は考えられなかったな。きっと、弟との関係も昔のままってわけじゃいかないのかもな)  放課後、智子は智貴に連絡して人目につかない場所で合うことにした。  陽菜達は離れた場所に隠れてもらった。  二つの校舎に挟まれた暗い場所、智子が一人だった時に見つけた場所だった。 「はい、球蹴りがんばれよ」  言って智貴に水筒を渡す。 「ああ」 (これだけだったら普通すぎるな)そう思った智子は弟に抱き着いた。 「何すんだよ!」 「図体ばっかデカくなっても、やっぱりお姉ちゃんがいないとダメなんだなあって」  感慨深そうに言って、チラと陽菜達の方を見た。 「離れろよ、暑苦しい」  智貴は力ずくで引きはがした。 「ん? まさか勃起しちゃった? 気にすんな、こう見えても超ビッチだからさ」  智貴は溜息をついて速足でグラウンドに戻っていった。  弟が消えたのを確認して、智子はネモ達の方へ走って行った。 「な? 本当に彼氏がいただろ?」  ゆりは「うーむ」と考えた後。 「もしかして弟くん?」 「ああ、うん。良く勘違いされるんだけど、別人だよ。ほら、サッカーやってる人間って、みんな似たような体になるから」  などと適当な言い訳をした。 「そう、だよね。いくらんでもこの年で兄弟に抱き着けないよね」  陽菜は信じてくれたらしい。  ゆりの視線が(でも黒木さんだったらできるでしょ)と訴えていた。  だが、ゆりの角度からは智貴の顔が丁度死角になっていたため、強く言えなかった。 「男って本当にエッチが好きだよね、毎週求められて大変だよ。まぁ、好きだから別にいいんだけど」  智子は顔の周りに“やれやれ”を浮かべて言った。  陽菜はその言葉に心当たりがあった。付き合った男子は胸やお尻ばかり見て、隙があれば触ろうとしてきたからだ。  智子の彼氏を否定するあらゆる言葉を飲み込んで。 「――そっか」と、一つだけ呟いた。  そして、いつかと同じように勇気を振り絞って「おめでとう、応援してるね」と笑顔で言った。  智子は陽菜(リア充)を騙せたのを喜び、心の中でガッツポーズをして「あ、ありがとう」と返した。 ※  智子は“彼氏がいる”だなんて嘘は次の日には忘れていた。本人からしてみれば、少しからかっただけである。  だが移り気の多い性格はネタバレを忘れ、一週間も過ぎてしまった。  ふと、その嘘を思い出した昼休み、悪いことに「どうせ“私に彼氏がいる”なんて嘘、もうバレてるんだから、今更ネタバレしたって滑るだけだし」などと決めつけていた。  現実は智子の予想通りとはいかなかった。  智子は二年の教室の近くに来ていた。 「無くすなよ」  言って、智貴は姉に携帯充電用のバッテリーを渡した。 「助かったー、ありがとよ」  智子は安堵して受け取り、スマホの充電を始めた。 「球ばっかり追いかけてるお前は分からないだろうけど、JKはな、ラインを未読スルーしたりSNSにイイネを付けないと即ハブられてカースト最下層になるんだよ」 「――はやく戻れ」  このように、お互い文句を言いつつも、結局のところ黒木姉弟は仲が良い。細かい用事を済ますため、校内でもよく合っていた。  それは、二人が姉弟だと知らない人間からすれば、とても親密な関係に見えるのだった。 ※  その日は朝から土砂降りだった。視界も悪ければ遠くの音も聞こえない。  そんな憂鬱な天気とは裏腹に、智子の気持ちは上機嫌だった。今日は月初め。そう、今月のお小遣いを貰ったばかりだったからだ。 「行ってきます」  智子はテクテクと学校へ向かった。 「おい」  校門近くで声を掛けられた。聞きなれた声、弟だった。 「なんだよ」 「この前の金返せ」  人として借りた金を返すのは当たり前だが、弟相手に素直に返すのは少し気に入らなった。 「後でいいだろ」  智子は吐き捨てた。 「ダメだ。またすぐに使い切るだろ」 (弟のくせに生意気な!)と心で毒づいて鼻で笑った。 「たった3,000円でこんな朝から待ってたのかよ、セコイ弟を持って恥ずかしいよ。そんなんじゃチンコもセコイんだろ? マネージャーは満足してるのか? 粗チンで満足してるのか?」  智貴は言い返さないで馬鹿な姉の頭を鷲掴みした。  グググと智子の頭蓋に圧力が加わる。 「分かった分かった、ごめん、返すから許して」 (クソッ、口じゃ勝てないからってすぐ力に訴えやがって)  智子は渋々お金を返すと、智貴は校舎へ行った。 (あのサッカーする淫具野郎! チンコの化身の癖に姉に刃向かいやがって、あいつのチンコの生写真をメルカリで売りさばいてやる!)  弟の背中を呪った。 「おはよ、黒木さん」  横から綺麗な声で挨拶された。カースト上位の女性、加藤 明日香だった。  僅かに濡れた制服が、所々肌に張り付いて白い肌が透けていた。 「さっきの人が彼氏なの?」  そう智子の横に立って囁くと、湿り気を帯びた明日香が香った。  智子はキョドりながら「そ、そうです」と嘘を重ねた。 「ふーーーん……」  無機質な返事だと智子は感じた。  明日香の瞳からハイライトが無くなっていた。 ※  昼休み、明日香は昼食に陽菜と茜を誘って中庭に向かった。  明日香はベンチに腰を落として陽菜を見た。 「根元さんって、黒木さんが付き合ってるって知ってたの?」  陽菜は言い辛そうに暗い表情を落とした後、軽く首を振って笑顔を作った。 「うん、知ってたよ」 「彼氏がどんな人か黒木さんから聞いてない?」 「クロのいないところでそういう話はしたくないんだけど」  笑顔を張り付けて陽菜は言った。  陽菜も智子の彼氏のことは一切知らない、しかし、そのことを認めたくなかった。 「あのね、今朝なんだけど――」  明日香は智子が彼氏から暴力を受け、金を渡していたことを告げた。その上で同じ質問を繰り返した。 「詳しいことは聞いてないんだ。ただ、クロは結構入れ込んでいると思う」  茜が眉間に皺を寄せた。 「黒木は経験少なそうだから、悪い男でも気付かないかも」  箸先で陽菜を指して続ける。 「ほら、一年の頃三年と付き合ってたヤツいるじゃん、バイトの給料を全部彼氏に貢いでたヤツ」  陽菜は思い出して首を縦に振った。 「いたいた。確か親の貯金を勝手に引き出したとかで結構問題になったよね」 「その娘じゃないけど、初めての彼氏ってさ浮かれちゃうじゃん。ほら、黒木って、バカな所があるからさ」 「そう、だね」  歯切れが悪そうに同意した。 「黒木さん」明日香が深刻そうに口を開いた。「彼氏に頭を握られた後、平気な顔をしてたの。雨でよく見えなかったけど、怖がっているとか嫌がっているとかじゃなくて、普段と変わらない様子だったの」  茜は口に手を当てた。 「それってヤバくないか? 日常的に殴られてるんじゃない?」  明日香は黙って肯定した。  陽菜の中で何かが崩れた。大好きな友達が、やっと仲良くなれた友達が酷い目に合っている。その姿が容易に想像できてしまう少女の為に、陽菜は勢いよく立ち上がった。  そんな思い詰めた親友の腕を茜は掴んだ。 「落ち着けって陽菜、まだ決まってないだろ」 「何が決まってないの? 離してよ、今朝は何かされてたんでしょ? だったらもういいじゃん。早くクロの目を覚まさせないと!!」 「黒木のことを考えるんなら冷静になれって。頭に血が上ってたら話し合いなんてできないぞ」  茜はなんとか陽菜を落ち着かせて座らせた。  明日香はスマホを取り出して言った。 「そうだ、黒木さんは真子と田村さんと一緒でしょ? 真子に探りを入れてもらうようにお願いしてみるね」  言って、真子に電話をすると「やってみるって」と報告した。  ※  黒木さん、すごくいい人だから……。  明日香の話を聞いて、真子の顔は沈んだ。 「電話なんて珍しいね、いつもラインなのに」  独占欲の強いゆりはそんな苦言を呈した。 「急用だったみたい、でも大丈夫だった……から」  ゆりは「そう」なんて軽く相槌を打つが、真子の頭の中はパニックだった。  元凶の智子は呑気にもちゃもちゃ租借して(ガチレズさん、彼女さんから呼び出しでもされたのかな?)などと思っていた。 「く、黒木さん。かか、彼氏とは最近どうなん?」  心の綺麗な真子に腹芸は向いていなかった。 (えっ? バレてない?)  そう一瞬だけ思うが、すぐに否定した。 (さては処女の妄想する彼氏像を言わせてからかうつもりだな、そうはいくか。乙女ゲーとドエロゲーと、ついでに弟で男を勉強してるんだ。ここらでお遊びはいい加減にしろってところをみせてやる)  見事、真逆に舵を切った。 「実は今朝も校内でヤッたんだよね、私も求められたら断れないし。あとさっきラインで昼休みもヤらせろって言われたんだけど、バレるだろ自重しろ、って返しといた。男ってセックス以外頭に無いよね」  智子は顔の横に「ドヤア!!」を出して言った。  ゆりは(またバカなこと言ってる)と冷めた目で智子を見ていた。  問題は真子である。全て信じて肩を震わせていた。 「デ、デートの時は彼氏が出してくれるの?」 (リア充どもは男に金を出させた方が勝ちだと思っているだろうが、私は違う) 「私が多く払ってるよ」真子の目が点になった。「アイツったらお金にだらしなくってさ、ま、そこが可愛いんだけど。そういうダメなところも支えるのが彼女だと思うんだよね」 「ドヤア!!」が「ドヤドヤドヤアアア!!!」になっていた。 「お手洗いに行ってくる……」  真子は静かに立ち上がり、フラフラ教室を出て行った。 「黒木さん、あんまり真子に変なことを言わないでよ」 「ごめんごめん」 ※  明日香は真子からの報告を聞いて目の色が変わった。 「ダメ男だったみたい、別れさせないと」  その一言には、心臓の弱い人間なら即死する迫力があった。美人がガチキレすると本当に怖い。 「私がする」陽菜だった。「ケンカしちゃうかもだけど、それでもクロと話しをしたい。クロの彼氏は絶対に許せないけど、自分を大切にしないクロも、許せないから」 「……お願いね」  明日香は渋々といった様子だった。  午後の授業中、智子は陽菜の視線が妙に気になった。怒っているような、それでいて悲しんでいるような妙な感じだった。 (何か怒らせることをしたか? ゆりもネモも突然キレるから分からん)  智子も陽菜を見返すが、すぐに視線を外された。 (言いたいことがあるなら言えよ!)  帰りのホームルームが終わると同時に、陽菜は智子の腕を掴んだ。 「話したいことがあるんだけど、いいよね」  反論を許さない黒い瞳だった。 「お、おおう」  そのまま二つの校舎の間にある人気のない場所に連れて行かれた。 「付き合ってる彼氏いるよね」  陽菜の顔は昔の様に仮面が掛けられていた。智子はその変わりように驚いて押し黙っていると。 「いるよね」  語気を強めて繰り返された。 「あ、ああ」  陽菜は深呼吸すると。「単刀直入にいうね。今すぐ別れて」今まで見たことが無い瞳の色で言った。校舎の陰と混じって深淵の様だった。 「なんでそんなことをお前にいわれなきゃいけないんだ」 「だって、ずっとぼっちだったじゃん」陽菜は堰を切ったように続けた。「それが突然彼氏なんて作ってさ、うまくいくわけないじゃん。良いように遊ばれて捨てられるだけだよ」  智子は無意識に涙を流していた。 「お前、ふざけっんなよ! 馬鹿っにしやがって!!」  しゃくりあげながら、叫んだ。 「智子は!」夕日が陽菜を赤く染めた。「私の大切な人だから!」  そこには智子のよく知る陽菜がいた。 「クロに酷いことはしないし、嘘も言わないよ」陽菜は一歩一歩智子に歩み寄って「クロの彼氏はクロとエッチしたり、お金を巻き上げてばかりじゃん。そんなの嫌だよ。もっと自分を大切にしてよ」  抱きしめた。 「私がいるから」  陽菜は茜を思い出していた。親友に隠し事をされるってこんなに苦しいんだね。ちゃんと相談して欲しいし、一緒に悩みたいんだね。今度改めて謝ろう。 「私ならクロのことを理解するし、幸せにできる」  智子は血の気が引いていた。 (ヤベェ、バレてなかった! 誤魔化すか……いや、素直に謝ろう、これ以上いけない) 「じ、実はね――」  智子は人生何度目かの土下座を披露して謝った。陽菜は胸を撫で下ろし、安心から涙を流した。 「嘘なら嘘って早く言ってよ、本当にバカなんだから」 「本当にごめん。まさかここまで信じてくれるなんて思わなかったから――ところで、“幸せにできる”ってどういうことだ?」  陽菜は顔を真っ赤にして「アレは忘れて! 勢いで言っちゃっただけだから」と両手を振って誤魔化した。  教室で二人を待っていたゆり達は、陽菜の笑顔を見て上手く行ったのだと思った。  智子は平謝りを繰り返したが、誰も責めたりしなかった。 「そんなことだろうと思った」それが共通の感想だった。クリロナ一人を除いて。  なんだか、妙にくすぐったい空気が漂い始めたので、智子は空気を変えるためにジョークを考えた。 「こんな私の為に本気で心配してくれて、ありがとう。女同士だけど、みんなみたいな彼女なら欲しいかな――なんて」  一斉送信して同時に既読された。この発言の削除は出来ないのだ。しかも保護のおまけつきだ。いつだって読み返せる。 「えっ? あれ?」  妙な間が生まれて久しぶりの黒木さん状態が発生した。 (滑ったな。ツッコミが無いと恥ずかしいんだけど……)  皆の顔を見ると、同じように顔を赤らめていた。  ゆりは恥ずかしいのを誤魔化すように壁をドンしていた。  真子は上目使いで智子を見ていた。  茜は髪留めを外して手櫛で髪を整えた。  陽菜は視線を逸らして堪える様にニヤニヤしていた。  明日香は獲物を見つけた猫科の大型獣の様な視線を向けた。  うっちーは智子の後ろで深呼吸を繰り返していた。 (わ、私は、滑ったんだ、よ、な……な???)  なお、ネタバレがジョーク扱いされた模様。
ああ^~、わたモテの更新は毎回楽しみなんじゃ、たまらねぇぜ<br />今から14巻が待ち遠しいぜ
もこっちがうそをつく、それだけ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10056985#1
true
何度も、何度も、繰り返される物語。 それは、終わりを迎えることが出来ない未完成の物語。 幾つもの選択肢、幾つもの道筋、そして変わる物語。 それでも物語の最期は全て同じだ。 もう、疲れた。 もう、同じ物語を巡り続けるのは嫌だ。 もう、大切な人達を失いたくない。 ―――諦めるのか…? 真実を求めるのも、大切な人達を救うのも、全て諦めるのか? 誰かの声が直接脳に響いてそう問うてきた。 どんなに物語を巡っても、どんなに選択肢を変えても、変わった道筋の中で同じところに戻ってしまう。 何度も何度も繰り返してきて漸く分かったのだ。 自分では真実を掴むことも、大切な人達も救えないことも。 「…俺じゃあ…駄目なんだ…」 結局、俺ではこの物語の主人公にはなれない。 特別な力があっても何も解決できないのなら、それは無力にも等しい。 だから 「この物語から、主人公という役者から俺を下ろしてくれ…」 力なく握り締められた拳が震えている。 悲しみと絶望を繰り返し見てきた光のない瞳から一筋の涙が流れ落ちる。 ―――…本当に…良いのか…? 問い掛けに答えて頷けば、小さな溜息が聞こえた。 真実も、仲間の死からも、全部放り投げて、逃げることを決意した青年に声は“残念だよ”と小さく零した。 ―――…君が逃げ出したことによって救える人も救えなくなるかもしれない…死ななくてもいい人も死んでしまうかもしれない…それでもいいのかい? 「…それでも…俺が物語の中心に居なくなったことで物語の根本が変わるのなら…救える人がいるかもしれない。死ななくて良い人もいるかもしれない…」 ―――…君が主人公を止めるというのならば、代わりの主人公を用意しなくてはならないな。 主人公が居なくなった物語は始まりも終わりもない。 新たな物語を造には新たな主人公が必要不可欠だ。 ―――…ああ、そう言えば丁度良い役者が居たな。 物語の主役(ヒーロー)になりたがっていた君の仲間であり、相棒であり、大切な親友が。 そうだ、彼を主役にしてあげよう。 明るく弾んだ声から出た案にドクリと心臓が跳ねる。 アイツを主役に? アイツが主役になったら俺と同じ苦しみを味わうのか? それは、それだけは ―――主役を止めると言いだしたのは君だよ?…それなのに彼を主役にしちゃ駄目なんて、身勝手すぎないかい? 「………っ…」 確かにその通りだ。 これはただの我儘にすぎない。 自分から逃げ出して、それでも尚、他人を身代わりにするのを嫌がって ―――でも、彼は君と違って“特別”じゃない。果たして彼はこの物語を完成させる事が出来るかな? ああ、でも もう君には関係ないね。 だって、君はもう物語の中心から外れたただの脇役なんだから。 ―――さて、脇役と成り下がった元主人公さんには物語の片隅にお帰り願おうか。 新たな主人公となる彼を此処に呼び出さなくてはならないからね、と笑みを含んだ声が響く。 不意に突風が吹いて否応なしに宙へと飛ぶ身体。 意識が遠退く最中に浮かんだのは大切な仲間たちの笑顔と唯一無二の相棒の姿。 脇役の君には全てを忘れてもらうよ―――。 *   *   * 鳥の囀りが聞こえる。 ゆるゆると瞼を開ければ、窓から差し込む日差しが眩しくて、思わず目を細めた。 「…あ…起きた…?」 「………?」 横から聞こえてきた声。 視線だけ動かせば、其処には椅子にちょこんと座った少女が居た。 少女の大きな瞳と目が合い、少しの間を置いて彼女が何者かを思い出す。 「…な…なこ…?」 彼女は確か、従妹の堂島菜々子。 幼い頃から身体が弱く、更に追い打ちを掛けるようについ先日、重い病を宣告された鳴上悠が実家から離れて静養の為に訪れた田舎町――八十稲羽でお世話になっている堂島遼太郎さんの娘だ。 彼女はとても可愛い。鳴上の事を本当の兄として慕ってくれていて、鳴上自身も菜々子の事を本当の妹のように思っている。 「もう大丈夫?いきなり倒れたから、菜々子びっくりしちゃった…」 「…ごめん……もう、大丈夫だから…」 寝起きで少し怠い身体を起こして、菜々子の頭を撫でてやる。 そうすると彼女は安心したように「良かった」と微笑みを浮かべた。 ふと、周囲を見渡せば白い壁と風で揺れているカーテンと窓が目に入った。 「……ここは…」 「病院だ」 鳴上の問いに答えたのは菜々子ではなく、丁度部屋に入ってきた堂島遼太郎だった。 病室の扉を閉めて、ベットの脇に立った遼太郎が鳴上の顔を見て短く息を吐く。 「一応、二三日様子見で入院することになった」 「……そう、ですか…」 「お前の両親にも連絡しておくから…」 「…すみません…ご迷惑を掛けてばかりで…」 「遠慮するな。俺たちは“家族”だろ?」 「お父さんも、お兄ちゃんも、菜々子も家族だもんね!」 無邪気に笑って鳴上の手を握り締める菜々子。 彼女の屈託ない態度に沈んでいた気持ちが少しだけ浮上する。 「それじゃあ、俺たちは入院準備しに一旦、家に帰るから」 「…あ、はい…すみません…」 「また来るからね、お兄ちゃん」 ばいばい、と菜々子に手を振る。 病室の扉が閉まって1人になった鳴上は俯いて溜息を吐いた。 (…俺は…何をやってるんだろう…) 世話になっている上に迷惑掛けて、心配を掛けて。 弱くて情けない自分が腹立たしい。出来ることならこのまま消えてしまいたい。 (…でも…そんなことしても…きっと、悲しませるだけだ) ベットの横にあるサイドテーブルに目を向ければ、カラフルな折り紙と少し不恰好な折り鶴が置かれていた。 きっと菜々子が折ったのだろう。 不恰好な折り鶴を手にとって、まじまじと見つめる。 彼女が一生懸命これを折っている所を想像して、思わず笑みが零れた。 (…菜々子…ありがとう…) そっと小さな折り鶴を胸に抱いて、鳴上は目を閉じて身体を震わせた。 彼女が望んでも、彼女が強く願っても、この身体を蝕む病はもう治らない。 彼女と共に過ごせる時間ももう僅か――。 窓から風が吹き抜ける。 強く抱いていた鶴が突風に攫われて窓の外へと飛んでいく。 慌ててベットから降りた鳴上は窓から身を乗り出して宙を舞う鶴に手を伸ばした。 指先が鶴に触れる。 届いたと思った瞬間、身体がグラリと傾いだ。 「―――え…?」 そのまま否応なしに下へと落ちていく身体。 このまま転落して死ぬのか。 菜々子が作った鶴を握り締めて、鳴上はこれから来るであろう衝撃に目を瞑った。 「危ねぇっ!!」 ―――ドサリ…。 予想に反して衝撃は余り無く、変わりに柔らかくて暖かい感触を感じた。 恐る恐る目を開けてみれば、茶色の瞳と視線が交じり合う。 「…っっ…大丈夫か…?」 自分の身体を抱き留めて下敷きになった少年が痛みに顔を歪めていた。 無言でコクリと頷けば、少年はホッとしたような笑みを浮かべる。 それは、たった1人の主役と複数居る脇役の中の1人との出逢い。 ―――脇役になった君には用なんて無い。出逢いなんてこれっきりだ。無駄に期待なんかしないほうがいい。主役は脇役と違って忙しいんだから。一度出逢った脇役にもう一度話掛ける主役なんて居ないでしょう? 誰かが、笑う。 主役と脇役の出逢いなどただの偶然、無意味な出逢いだと。 ―――主役は物語の為に進まなくちゃいけない。ずっと止まっている脇役と違って、ね。 誰かが、冷たく言い放つ。 ああ、そうだ。 俺は何かから逃れて、その代償に俺自身の運命が狂ったのだ。 そう、これは自業自得なんだ―――。 ――――そう、もう関係ないんだ――――。 ――――…… ぽっかりと空いた穴。 それを埋めるように自分がその穴を埋めた。 それでもやっぱり穴は一つ空いていて、何かが足りない。違和感がある。何故だろう? 時々、思うんだ。 俺の居場所はここで本当に良いのだろうか―――? [newpage] 何かが足りない。誰かが足りない。 その何かがわからない。その誰かがわからない。 わからないのに本能的に何かを、誰かを、探してしまう。 答えが見つからないとわかっていても、探さずにはいられなかった。 だって、おかしいと思うんだ。 俺が皆の中心に居ること、自称特別捜査隊のリーダーを務めていること。 本当に俺の居場所は此処だったのか? いや違うだろ、と心の片隅で否定しつつも、俺は何食わぬ顔をして今まで皆を引っ張ってきた。 皆も俺がリーダーであることを不思議に思っていなかったから。俺がリーダーであることを認めていたから。俺は例え仮初めでもリーダーとしていられた。 小さなそれでいて大きな違和感を感じつつも、それは今もこれからも変わらない。 誰かが俺に囁いてくるんだ。 ―――君がこの物語の新たな主人公だ…。 誰かの笑みを含んだ声が聞こえた気がしたが、きっと幻聴だ。 フルフルと頭を左右に振って気持ちを切り換える。 今日は特に用事もなく、気分転換にバスに乗って遠くに来てみたのだ。 「……平和だなぁ…」 今はテレビに入れられている人もいないので、気持ち的に余裕がある。 青い空の下でのんびりと散歩するのも悪くない。 何時も肩に掛けているヘッドホンを耳に当てて、お気に入りの曲を流す。それだけで気分は上々だ。 鼻歌混じりで歩いて何気なく通りの横にある病院に目を向ける。 すると、其処には信じられない光景が合った。 病院の二階窓から誰かが身を乗り出している。 しかも今にも落ちそうなその人の姿を見咎めて、青年――花村陽介は慌てて病院の敷地内に駆け込んだ。 身を乗り出している人の窓の下に向かっている途中で、彼者の身体がグラリと揺らいだ。 「危ねぇっ!!」 これ以上にないくらい全速力で走って、落ちてきた人間を自らの身体で受けとめる。 物凄い衝撃で全身が痛んだが、落ちてきた人を助けられたのでよしとしよう。 「…っっ…大丈夫か…?」 痛みに顔を歪めながらも、落ちてきた人間の無事を確認する。 陽介の上に居るその人は不恰好な折り鶴を握り締めながら、コクリと無言で頷いた。 さらさらと風に吹かれて揺らぐ灰銀の髪。陽介を静かに見据える髪と同じ色の瞳をした青年。 ドクリ、と心臓が大きく跳ねて、今まで感じていた違和感が更に大きくなった。 初対面なのに彼のことを知っている気がする。いや、それよりも何故彼がここにいるのだろうか。 彼の居場所は此処じゃない。そんな、気がする。 「…あの…すみません…」 陽介の上から退けた灰銀の青年が心配そうな顔をして陽介を覗き込んでくる。 未だに痛む身体を無理矢理起こした陽介は「大丈夫」だと笑って返した。 すると灰銀の青年は更に表情を曇らせて目を伏せた。 「…そんな…大丈夫なわけ、ないだろう…?」 落ちてきた人間を受け止めたのだ。無傷な筈がない。 病院で診てもらった方がいい、と真顔で勧めてくる灰銀の青年に陽介は首と手を左右に振った。 「いやいや、本当に大丈夫だから!」 立ち上がって頻りに腕や足を動かし、大丈夫であることを証明して「ほら、大丈夫だろ?」と笑みを浮かべて親指を立てる。 しかし、灰銀の青年は険しい表情のままで陽介を見上げている。視線が痛い。 本当に大丈夫なのに。日々、テレビの中でシャドウと戦っている陽介にとってこれくらいのことはどうってことないのだ。 「…俺のことは置いておいて、お前の方こそ大丈夫かよ?二階から落ちてきたんだぜ?怪我してないか?」 「……俺は平気です…貴方が助けてくれましたから…」 灰銀の青年も立ち上がり、服についた土や葉っぱを手で払い落とす。 「助けてくれて、ありがとうございました」 ペコリと頭を下げて裸足のままで歩き始める彼の腕を陽介は咄嗟に掴んで引き止めた。 突然のことで、驚いた灰銀の青年が弾かれたように此方を振り向く。 そんな彼の身体を陽介は有無を言わさずに抱き上げた。 持ち上げた身体は予想以上に軽かった。 「…ちょっ…なにす…」 「じっとしてろ。裸足じゃ、怪我するだろう?」 病室まで送っていくよ。 暴れる灰銀の青年を軽くあしらいながらお姫様抱っこして病院の中に足を踏み入れる。 *   *   * 「飛ばされた折り鶴を取ろうとして窓から身を乗り出した挙げ句、落ちるなんて…」 看護士の深い溜息が病室に響く。 彼女の言いたいことは痛い程にわかる。…わかるのだが。 「…すみません」 この折り鶴は従妹の菜々子が一生懸命作ってくれた物なのだ。絶対に無くしたくなかったのだ。 不恰好な折り鶴をぎゅっと握り締めてうつむけば、ベットの傍らに立っていた青年が苦笑を浮かべる。 「まぁ、無事だったから良かったじゃないですか」 「良くはないでしょう?貴方も下手したら怪我をしていたのよ?」 宥めようとして逆に青年が看護士に叱られてしまった。 彼は悪くない。全て悪いのは自分だ。彼を責めないでほしい。 「本当に、すみませんでした…もう、危険なことはしませんから」 「…………はぁ…」 看護士の女性が再び溜息を吐く。 それから少しの間、彼女の説教を二人で受けた。 看護士の女性が病室から出ていき、室内で青年と二人っきりになってしまった。 正直、どうしたらいいのかわからない。 彼とは今日が初対面で名前すらもわからない赤の他人とも言える。 そんな人にどう話し掛けたらいいのかわからず、内心困っていた。 そんな鳴上を尻目に青年が屈託ない笑みを浮かべて、話し掛けてきた。 「俺、花村陽介。…お前は?」 「…え…えっと…鳴上悠…」 「ふぅん…鳴上って言うのか…よろしくな」 差し出される手。 この手は何だと怪訝に青年――花村の顔と手を交互に見る。 彼は「よろしくの挨拶だ」と更にずいっと手を前に出してきた。 さぁさぁ、と言わんばかりの花村の輝いた眼差しに気圧され、渋々手を出す。 すると、ぎゅっと手を握り締められた。 彼の体温が手の平に伝わる。 何故か、この感触が懐かしいと思った。 ―――駄目だよ。 誰かの声が聞こえる。 ―――彼は主役で、君は脇役。立場が違いすぎるんだ。 わかっている。 彼と俺の関わりはこれで終わりだ。 今の俺は物語の中心から外れたただの脇役なのだから。 物語の中心にいる彼と違って、俺は数多に居る脇役の一人なのだから。 誰も、俺を見向きもしない。 わかっているよ―――。 [newpage] 本日の授業が終了し放課後となった今、生徒達は教室を抜けて部活や家路へと向かう。 そんな最中、帰宅の準備を終えて帰ろうとした花村のもとに一人の少女が歩み寄ってきた。 「ねぇ、花村!今日は修業しにテレビの中に行くんでしょ?」 「わりぃ!用事があるから今日はパスな!」 自称特別捜査隊の仲間である少女――里中千枝の誘いを断り、花村はさっさと教室から出ていってしまった。 持ち前の素早さであっという間に見えなくなった彼を茫然と見送った里中は直ぐに我に返って逃げるようにいなくなってしまった花村に向けて叫ぶ。 「花村のくせに付き合い悪いんだから―――!!」 教室から里中の怒号が聞こえるが、花村は敢えて聞こえないフリをして階段を駆け降りる。 一階に降りれば、今度は一年の男子――巽完二と久慈川りせに出会った。 「花村先輩、何をそんなに急いでるんすか?」 「あ…ちょっと用事があって」 「あれ?今日はテレビの中に行くんじゃなかったっけ?」 「予定変更で…そんじゃあ、また明日!」 「あ、ちょっと!」 りせと完二の引き止める声を背に、花村は学校を出て全速力で走る。 バス時間までもうあまりない。急がなきゃ間に合わない。 息を切らして走って、走って、漸くバス停に辿り着く。 「…間に…あったか…?」 膝に手をついて呼吸を整えていると、目的のバスが走ってきた。 一度深呼吸して病院行きのバスに乗り込む。 「あれ?花村君?」 「……天…城…?」 花村が乗ったバスに天城雪子も乗り込んできた。 何故、彼女が病院行きのバスに乗っているのか。 さり気なく隣の席に座った雪子に疑問の眼差しを向ければ、彼女は僅かに苦笑を浮かべた。 「知り合いがね、病院に入院してるの」 だからそのお見舞いに、と手に持った小さな花束を花村に見せる。 ああ俺も花束くらい持ってくればよかったかな、と思いつつ、不意に天城の視線を感じて思考を止める。 「ところで花村君は何で病院に?」 「…え…俺は…」 別にやましいことなどない。ただ、数日前に出会った鳴上と言う奴の様子を見に行くだけだ。 それなのに、何故か本当のことを言ってはいけない気がして―― 「ん、まぁ…天城と同じだよ」 「誰かのお見舞い?」 「……ああ…」 これ以上、何も聞かないでほしい。 目でそう訴えると、天城は花村の意志を汲み取ったのかそれ以上聞いてこなかった。 少ししてバスは病院の前で停車する。 二人でバスから下りて病院の中を歩き進み、エレベーターの前で立ち止まる。 ボタンを押せば、音もなくエレベーターの扉が開く。 「天城は何階?」 「確か、三階」 「三階、ね」 二階と三階のボタンを押してエレベーターの扉が閉じるボタンを押す。 数分もしないうちに花村の目的である二階に到着して、音ともに扉が開いた。 「そんじゃあ、俺はここで…」 「あ、うん…花村君」 「何だ?天城?」 「花村君の友達…よくなると良いね」 「………ああ…そうだな…」 じゃあね、と天城がエレベーターの中で手を振る。花村もエレベーターから降りて手を振り返す。 ゆっくりとエレベーターの扉が閉じた。 「……行くか…」 エレベーターに背を向けて、花村は鳴上悠の病室へと向かった。 *   *   * 「ねぇ、お兄ちゃん」 「なに?菜々子」 学校を終えて直ぐに見舞いに来てくれた従妹の菜々子は折り鶴を作っていた手を止めて鳴上を見上げる。 「鶴さんを沢山作れば、お兄ちゃんの病気良くなるんだよね?」 「……え…」 菜々子が言っているのはきっと千羽鶴のことだろう。 彼女が何故、一生懸命鶴を作っているのか。それを作るために折っていたのか。 「…うん…よくなるといいね…」 「よくなるように菜々子、頑張って沢山作るよ!」 「……ありがとう…菜々子…」 自分の為なんかに一生懸命になってくれる彼女が嬉しい。嬉しすぎて泣きそうだ。 抱き締めたくなる衝動を抑えて菜々子の小さな頭を撫でてやる。 ―――コンコン… 和やかな空気の中で室内に響き渡る音。 診察で医者や看護師が来たのだろうか。 どうぞ、と入るように促すと室内に入ってきたのは数日前に出会ったばかりの花村陽介だった。 「よぅ…先客が居たみたいだな」 「お兄ちゃんの…お友達?」 気まずそうに入ってきて、ベッドの傍らに立つ彼を菜々子が不思議そうに見上げる。 なんで、彼が此処にいる? ―――主役の彼がなんで、脇役の君なんかを気にするのかな?気にするだけ無駄なのにね? 何処かで誰かの呆れたような声が、した。 [newpage] どうして、彼が此処にいるのだろうか? 病室に訪れたのは数日前に出会った青年――花村陽介その人だった。 お見舞いに来ていた従妹の菜々子が驚きで言葉を失っている鳴上と花村を交互に見て首を傾げる。 「お兄ちゃんの…お友達?」 菜々子の問い掛けに対して全力で否定しようとした鳴上だが、目の前に当の本人がいて言葉に出すのを躊躇った。 ベッドに歩み寄ってきた花村は困ったような顔をして菜々子を見下ろす。 「…えーと…俺、邪魔だったかな…?」 「うぅん…菜々子、気にしないよ?あ、飲み物買ってくるね!」 部屋を出ていく菜々子の小さな背中を見送る。 もしかして、気を遣われた? 小さな子に気を遣われて更に居心地が悪くなった花村は立ったまま苦笑を浮かべた。 「…あー…何か、ごめん…」 「………別に…」 ふい、と顔を逸らして窓の空を眺める。 室内に重い沈黙が流れた。 無言の中で花村の視線を感じたが、鳴上はそれを敢えて無視した。 彼は此処に居ちゃいけないんだ。早く、此処から出ていって。 鳴上の願いも空しく、彼は一向に立ち去ろうとしない。 「…あのさ…何か、怒ってる?」 「……別に…気のせいじゃないか?」 「…邪魔して悪かった」 「別に、気にしてない」 菜々子との時間を邪魔されて怒ってるわけじゃない。いや、そもそも怒ってないし。 それなのに花村は何度も謝ってきた。 「………そんな謝罪が欲しいわけじゃない…」 「……え…?」 望んでいるのは謝罪ではない。 一刻も早く此処から立ち去ってほしい。 それこそが鳴上の望みだった。 「用が無いなら帰って」 「あ、いや…」 「帰って………ウザいから…」 本当は言いたくなかった。 彼を傷付けると知っていたから、言いたくなかった。 けど、これしか方法はない。彼を遠ざけるにはこの言葉しかなかった。 恐る恐る振り向けば案の定、花村は傷ついた顔をしていた。 そんな彼の顔を見て自身も心を痛めたが、それでも鳴上は花村の為に容赦なく言葉のナイフで彼を引き裂く。 「……ウザいから…俺の前から消えてよ…」 「………っ…」 ああ、言ってしまった。 今にも泣きそうなくらい顔を酷く歪ませている花村を目の前に鳴上は酷く冷静だった。 これで彼は此処に来なくなるだろう。 そしたら、鳴上と花村の関係は終わる。 花村は物語の中心で時を進め、鳴上は物語の外れで時を止める。 (…これで…これで良いんだ…) ただの脇役である鳴上は物語の中心に関わることは出来ない。 ちっぽけな存在である鳴上が花村を引き止めてはいけない。 だから、傷付けても鳴上は彼の背中を押さなくてはならない。 「……ごめ、ん…俺、そんなにウザかった…?」 違う。違うんだ。謝るのはこっちのほうだ。 助けてもらったのに、命の恩人なのに、こんな酷いことしか言えなくてごめん。本当にごめん。 「…ははは…やっぱり俺ってウザいよな…ごめんなウザくて」 乾いた笑みを浮かべて花村はクルリと身を翻した。 そして彼は「本当にごめん」と最後の最後にもう一度謝って部屋の入口に手を掛ける。 このままでいいのか? 本当に、このまま別れていいのか? 心の声が己に問い掛けてくる。 いいんだ。 これで、いいんだ。 そう自分に言い聞かせて花村の背を見る。 ズキリ、と胸が痛んだ。 (………いやだ……いかないで…) なんて、言えるはずが無い。 ―――所詮、君はただの脇役でしかない。 誰かの声が何度もそう言い聞かせてくる。 胸の痛みが強くなって呼吸が苦しくなる。 「…っ…は…!」 痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい。 痛みと苦しみで堪え切れずに布団へ崩れた。 部屋を出ていこうとした花村が鳴上の様子に気が付いて振り返る。 「―――鳴上…!?」 血相を変えた花村が駆け寄ってきて、崩れた鳴上の身体を抱き起こす。 「おい!大丈夫かっ!?」 「……っ…ぁ…はな…む…ら…」 喉に何かがせり上がってくる感覚。 やばい、と思ったがそれを止めることは出来ず、激しい咳と共に紅い塊を吐き出した。 「…っげほ…ごほ……がはっ!」 一回では治まらず、もう一度紅い塊を吐き出して鳴上はそのまま意識を失った。 二度も血を吐いてガクリと力を無くした鳴上の身体を抱いたまま花村はどうしたらいいのかわからずただ鳴上の名を呼び身体を揺さ振る。 ―――…主人公を止めて、ただの脇役になった癖に新しい主人公と仲良くなっちゃうなんてね……そんなどうしようもない君には罰を与えてあげるよ。 それは、主人公を放棄した君の罪。 [newpage] 「……お兄ちゃん…」 ジュースの缶を小さな手でぎゅっと握り締めて今にも泣きそうな表情をしている少女の傍らで花村は何も出来なかった自分に腹を立てていた。 血を吐いて意識を失ってしまった鳴上を目の前に気が動転した花村はただ彼の名を呼ぶことしか出来なかった。 部屋に戻ってきた少女がナースコールを押して助けを呼んでくれていなかったら、と思うと肝が冷える。 「…ごめん…俺、何も出来なかった…」 「うぅん。お兄ちゃんは何も悪くないよ…菜々子もね、お兄ちゃんが血を吐いたとき、びっくりしちゃって何も出来なかったから」 その時はね、お父さんが救急車を呼んでくれたんだ、と話す少女は泣きそうな歪んだ顔で笑う。 小さな女の子が無理して笑う必要ない。泣きたいなら我慢して泣けば良い。 とは思っても花村はそれを言葉に出来ず、黙って少女の頭を撫でた。 そんな彼らの目の前で昏々と眠る鳴上の顔色は真っ青を通り越して真っ白だ。 腕には点滴が、口元には酸素マスクがついている。 「……鳴上…」 ごめん。ウザくて迷惑でその上、何も出来なくて。 鳴上の為にも、もう此処には来ないほうがいいかもしれない。 「……じゃあな…」 お前の望通り、もう帰るから、もう来ないから。 最後に彼の白い頬を撫でて、花村は鳴上に背を向けた。 「それじゃあ、俺はもう帰るから…」 「…あ…待って…!」 去ろうとした花村の腕をつかむ少女。 なんだ、と振り返れば少女は花村を見上げて笑みを浮かべた。 「また、来てね?」 「………え…」 「お兄ちゃんのお友達なんでしょう?だからまた、お兄ちゃんに会いに来てね?」 屈託なく笑ってそう言ってくる少女に花村は苦笑し、心のなかで少女の言葉を否定した。 違う、友達なんかじゃない。俺はただのウザい迷惑野郎だ。 なんてことは言えないので、花村は「また来るよ」と嘘の約束を彼女と交わした。 約束ね、と嬉しそうに言う少女に罪悪感を抱きながら、花村はもう二度と此処には来ない覚悟で病室から出た。 *   *   * ―――やっと、軌道修正してくれたね、新しい主人公君。 溜息混じりの声が、聞こえた。 ハッと我に返れば其処には真っ白な空間が広がっていた。 (…ゆ…め…?) キョロキョロと辺りを見渡してみるが、何もない、誰もいない。 上か下かも分からぬ空間に花村は漂っていた。 (…此処は…何処だ…?) ―――…君の夢のなかだよ。 誰もいないのに、先程と同じ声がした。 もう一度、確認の為に周囲を見るが、やはり自分以外には誰もいない。 (…俺に話し掛けてくる声…一体、何処の誰なんだ) ―――…私は物語の紡ぎ人…所謂、神さ。 花村の疑問に声が答える。 神だって?そんな馬鹿馬鹿しい。 肩を竦め鼻で笑ってやれば、呆れたような深い溜息が白い空間に響いた。 ―――君は私に感謝すべきだよ?だって、君がこの物語の新しい主人公になれたのは私のお陰なんだから。 (…この物語の…新しい主人公…?) それは、俺のことか。 いや、それよりも“新しい主人公”ってことは俺よりも前に主人公が居たってことか? しかし、声は先程とは違って花村の疑問には答えない。 ―――…君には関係ないことだよ…それよりも、君は主人公なんだから早く物語を進めてよ?脇役なんかと戯れてないでさ。 声が言っている脇役とは誰のことだろうか。 少し考えて脳裏に浮かんだのは灰銀の青年――鳴上悠だ。 (…アイツが脇役?…違う…何か、引っ掛かる…) 脇役にしては変わった容姿と雰囲気をした青年が本当にただの脇役だろうか。 花村の感じていた違和感がまた大きくなっていく。 ―――そんな小さな疑問よりも、さっさと事件を解決してよね?じゃないと、最悪な結末になるよ? (…最悪な…結末…?) ―――そう、前の主人公が何度も何度も苦しんできた…最悪な結末を、君も味わうことになる。 そうならないためにも、君は君の成すべきことだけをやっていけばいい。 その他のことは考えなくてもいい。忘れて、切り捨てて。 ―――主人公はただひたすら前に進まなくちゃいけない。立ち止まってはいられない。ただの脇役と違ってね。 さぁ、君は現実に戻って物語を進めるんだ。 声を最後に霞んでいく意識。 (…そうだ…俺は主人公で…物語を進めなくちゃいけない…アイツ――鳴上に会ってる暇なんか……) ―――……本当に…それでいいの…? さっきとは違う少女の声が意識を失いそうな花村に語り掛けてくる。 ―――……彼は貴方にとって…大切な  でしょう?本当に忘れていいの?本当に手放していいの? (……だれ…だ…?) ―――お願い。貴方だけは忘れないで、彼のことを。彼に一番近かった貴方が絶対に忘れちゃいけない。 意識を失う寸前に見えたのは、アイツの病室で出会った健気なあの少女だった。
以前UPした『主人公を止めた脇役の話』の長編版。ブログサイトで連載しているのをまとめてみました。■デイリーランキング67位ですと…?あ、ありがとうございますっ!
運命から外れた者
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005715#1
true
「ひゃっはろー比企谷くん!今週も遊ぼう!」 現在午前8時、気持ちよく寝ていると、魔王が俺をたたき起こしに来ました。 8時って朝早くないですかね……、休日なんだからもっと寝かせてくださいよ……。 てか、当たり前のようにいるけど、おかしくね?なんでまたこの人がいるの? 「なんでいるんですか雪ノ下さん……。」 「また遊びに来たんだよ!」 「えぇ……小町は?」 「小町ちゃんなら、『お二人の邪魔になるので出かけてきますね!』って言って、さっき飛び出していったよ?」 小町のやつめ……後で冷蔵庫にあるプリン食ってやる。 「いやー、本当に出来た義妹だよね!」 「なんか、妹の言い方おかしくなかったですか?」 「さ、まずは顔を洗ってきて。そのあと朝ごはん食べよ!」 「あ、無視ですか。」 またご飯作ってくれたのか……。 雪ノ下さんの料理の腕はプロ並みだったので、正直楽しみである。 「なんかこうしてると、私たち兄妹みたいだね!」 「……どっちかっていうと、兄妹じゃなくて夫婦っぽくないですかね。」 沈黙が流れる。 「あ、いや、すいません。変なこと言っちゃって。なんかまだ寝ぼけてるみたいで。」 「……」 雪ノ下さんは無言のまま何も喋らない。なんか顔真っ赤だし、相当怒ってるっぽい。 「あ、あの、雪ノ下さん?」 「あ、えっと、な、なにかな比企谷くん?」 「本当にすいませんでした。顔真っ赤にさせるほど怒らせてしまって……。」 「……キミ、よく鈍感だって言われない?」 「言われたことないですね。」 まあ正確には、『言ってくれる人がいない』だが。 あ、戸塚がいたわ。今度聞いてみるか。 「はぁ……。もういいよ。ほら比企谷くん、早く顔を洗ってきて。」 「なんでそんな呆れたような顔してるんですか?」 「うっさい!早く顔洗ってきて!」 ……理不尽だ。 [newpage] 今回も雪ノ下さんの手料理は美味しかったです。(小並感) この人の料理、金取れるレベルで美味いんだよなぁ。 食後のデザートに小町のプリンを食べていると、雪ノ下さんが勝負を仕掛けてきた。 「さぁご飯も食べ終わったし、ゲームするよ!」 「今日は何をやるんですか?」 「今日はこれで勝負するよ!」 そういって取り出したのは、太鼓を叩くリズムゲーム。 「それから、今回はこれを使ってやるよ!」 そう言って取り出したのは、太鼓型コントローラ。 「比企谷くんの家にも、1つあるって聞いてるんだけど。」 「まぁありますけど……。それ使いにくいんで、普通のコントローラでやりませんか?」 「別にいいけど、私、普通のコントローラだと全曲余裕でノーミスでできちゃうよ?」 ……どんだけ化け物なんだこの人。 「じゃあ俺だけ普通のコントローラで……。」 「ダメだよ?勝負は公平に行わないとね?」ニッコリ 「あっはい。」 ……これ勝てる気しないんだが。 [newpage] 「勝負のルールは、一本勝負でスコアの大きいほうが勝ちってことで!」 「待ってください。俺このコントローラ使うの久しぶりなので、練習させてくれませんか?」 「う~ん……。じゃあ1回だけ練習しよっか!」 そういって、このゲームの中でもトップクラスに難しい曲を選択する。 ていうか一回だけって……。金持ちのくせにケt「比企谷くん?」……そういやこの人、負けず嫌いだったわ。 練習回数減らして勝ち筋減らすとか、年上のくせにせk「ヒキガヤクン?」うん1回で充分です。だからその怖い目で見ないで……。 「キミが何を考えていたのかは、あとで問い詰めるとして、とりあえずやろっか。」 ……やっぱり怖えぇこの人。 練習の結果は俺が5ミス、雪ノ下さんはノーミス。 スコアは雪ノ下さんが圧倒的に高かった。 「やっぱりこのコントローラ難しいね~。でも比企谷くん、久しぶりって言ってた割には上手かったじゃない。」 「ノーミスの人に言われると、嫌みにしか聞こえないですね……。」 「ふふん!これはこの勝負もらったね!じゃあ本番行くよ!」 ……フラグ建てるのうまいなぁこの人。 [newpage] 本番が始まった。曲はこのゲームの中でも最高難易度といわれる曲だ。 現在は曲の中盤。雪ノ下さんはここまでノーミス。俺は序盤で2ミスしてしまっている。 このままでは負けてしまう……。 やりたくなかったが、あの手を使うか……。 「雪ノ下さん。」 「ちょっと、今いいとこなんだから話しかけないでよ。」 「俺、今楽しいです。」 「は?」 雪ノ下さんの手が止まる。 「友達とか今までいなかったんで、一緒にゲームしてくれる人は、妹しかいなかったんです。」 「だから、雪ノ下さんとこうやって一緒にゲームするの、すごく楽しいです。」 「え、ひ、比企谷くん!?急になに言ってるの!?」 「雪ノ下さんは、今楽しいですか?」 「……うん。私、今とっても楽しいよ。」 「それにね、キミとこうやって一緒にゲームができて、とても嬉しいんだ!」 [newpage] 「俺も雪ノ下さんに勝てて、とても嬉しいですよ。」 「へ?」 雪ノ下さんが画面に目を戻す。 「ま、負けてる……。」 「気を散らせて、相手の手を止める作戦成功です。」フフン 「ひ、卑怯だよ!もう一回!もう一回やるよ!」 「一本勝負、でしたよね?」 「……」 「今回も俺の勝ちですね」 「この程度で動揺してるようじゃ、雪ノ下さんもまだまだですね。」ドヤァ 「ネェヒキガヤクン」 「(あ、また調子に乗りすぎたやつだこれ。)」 「ワタシネ、姉妹仲ガワルイッテイワレルノモイヤナンダケド、」 「ひ、ひぃっ!?」 「卑怯ナテヲツカワレテマケルノハ、モットイヤナンダ」 「(助けてぇぇぇぇぇ小町ぃぃぃぃぃ!?)」ガクブル 「ダカラネ、ゲームシヨ?」 前回よりも強い力で雪ノ下さんに押し倒され、馬乗りにされる。 「ちょ、ちょっと雪ノ下さん!?何するんですか!?」 「二度と卑怯な手を使えないように矯正してあげる。」 「降参なんて許さないから。」ニッコリ 「(やっぱり雪ノ下さんには勝てなかったよ……)」 この後、卑怯な手を使えないように性格矯正されているところを、小町が連れてきた雪ノ下の両親に見られ、修羅場になったのはまた別のお話。 「(いや、なんで雪ノ下の両親が居るの!?!?)」 [newpage] 「ねぇ比企谷くん。」 「なんですか?」 「勝負してる時に言ってたことって、気を散らすためのウソだったの?」 「……」プイッ 「……え、何その反応。」 「……ウソ、でもないというか、なんと言いますか……。」カアァ 「え、なんで比企谷くん顔真っ赤なの?ちょっと比企谷くん!!待ってー!!」
3作目です。よろしくどうぞ。<br /><br />皆様のおかげで、『ゲームで一転攻勢』『ゲームで一転攻勢 2』が、<br />2018年08月23日~2018年08月29日付の[小説] ルーキーランキング(<a href="https://www.pixiv.net/novel/ranking.php?mode=rookie" target="_blank">https://www.pixiv.net/novel/ranking.php?mode=rookie</a>)<br />2018年08月29日付の[小説] 男子に人気ランキング(<a href="https://www.pixiv.net/novel/ranking.php?mode=male" target="_blank">https://www.pixiv.net/novel/ranking.php?mode=male</a>)<br />にランクインしました。<br /><br />これからもよろしくお願いいたします。
ゲームで一転攻勢 3
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10057282#1
true
諸注意 前世記憶有りでコナン世界に転生したもののあれ?幽体だけどどうしたらいいの?から始まる降谷さん落ち予定の夢小説です 矛盾&だいぶ御都合主義 主人公名が出てきます   救済、改変があります 以上が了承できない方はお戻りください ご了承いただける方のみこのままお進みください ___________________ 目が覚めてからというもの降谷さんに 私は生きてる と告げられしかも入院中という衝撃の事実に混乱した頭のままあれよあれよという間に主治医と看護師さんにいわれるがままあらゆる検査を受けた。 正直そんな検査する必要あるか?と思ったがなんと私事故に会って7年眠っていたらしい。 7年前と言えば私が降谷さんに出会った年。転成して魂と体が別れたというのが私の推理。 たぶん誰でも推理できるレベルのざっくり把握加減は気にしないで欲しい。 いろいろ説明をされたが私だけでは絶対理解が追いつかないので降谷さんを呼んで一緒に聞いてもらった。 降谷さんは私の代わりにテキパキと先生の質問に答えてくれるのありがたすぎて涙出るかと思った。 一通りの検査と説明が終わり筋力が落ちている私は車いすを押してもらいながら病室へと戻る。 降谷さんに手助けしてもらいながらベットへと戻ると外はもう夕暮れでほんとに一日がかりになってしまった。 「本当にありがとうございます。助かりました」 「いいんだよ。杏樹にはいつも助けられてたから」 優しく微笑む降谷さんの金糸が夕暮れのオレンジに輝き目を奪われる。 あぁ、この人の笑顔が見られてよかった。 今日までいろいろあったけど少しでも彼の悲しみを減らせたことがなにより嬉しい。 でも全て終わった今彼には話すべきことがある。 これで縁が切れてしまったとしても悔いは無いのだ。 だって貴方の幸せを願うことが出来たのだから。 「降谷さん。大事なお話があります」 「検査前にも言ったけどどんなことでも受け入れる自信はあるから話してごらん」 緊張故か布団をギュっと握ってしまう。 心臓もバクバクと音がして呼吸も浅くなる。 「大丈夫、落ち着いて」降谷さんはそう良いながら私の手を握ってくれた。 「私、実は前世の記憶があるんです」 「ホォー、それは興味深いですね」 「私の生きていた世界でこの世界は「名探偵コナン」という物語の中の世界でたぶん…いわゆる転生という形でこの世界に来たと思うんです」 「ということは君は僕のことも最初から知っていた、ということかい?」 「はい。バーボンとして黒の組織に潜入しているけれども本当は警察庁警備局警備企画課 降谷零さんですよね?」 「あぁ、全て合っている」 最初はある程度は覚悟して聞いていてくれたためそこまで驚いていないようだったが流石に自分が物語の世界の住人と言われてしまっては驚くほか無いというようだった。 「それで、私最初どうしてこの世界に転生したのかわからなくて」 「確かに最初合った時なんの目的もなさそうな幽霊だなぁと思ったよ」 私そんな風に思われてたとか恥ずかしすぎる。アホ面晒してたも同義語では… 「それで、ふらふらしてたら萩原さんが爆弾事件で殉職する日を思い出してそこからですね、降谷さんの同期を救おうと思ったのは。私これでも前世での最推し降谷さんだったんですよ。だから貴方に幸せになってもらいたかった」 「杏樹...」 「だって降谷さんはこの日本国民の為に骨身を削って生きているのにどうしてこんなに辛い思いばかりしなきゃならないんだろうって。この世界へ来てからだって実際に会った貴方の志は物語の中で読んでいた貴方と寸分の違いもなくて、私も日本国民であることが幸せだった。だから私は降谷さんの幸せを願える者でありたいと思った」 降谷さんは私の手を離したかと思うとぎゅっと抱きしめられる。 嫌われても、私から降谷さんが離れて行っても仕方ないと思っていたがどうやら嫌われずに済んだようで少し涙腺が緩くなってしまう。 「杏樹」 「なんですか?」 「君が僕の幸せを願ってくれるなら誰が君の幸せを願ってくれるんだい?」 「私は好きな人が幸せならそれが私の幸せなんです」 「じゃあ、僕に君の幸せを願わせてくれ。ずっと僕の傍にいて欲しい。杏樹、君の事が好きだ」 真剣な眼差しに彼の本気さが伝わってくる。 「私、元からこの世界の住民じゃないですよ?」 「知ってる」 「物語としてこの世界のことを読んでたので降谷さんのことヤバいほどに知ってますよ?」 「そんなこと気にしない」 「私、たぶん魂と体が途中で別れて転生してるのでイレギュラーなことが起こるかもしれませんよ?」 「君のデータがこの世界に存在しているということは君の存在をこの世界は受け入れるということじゃないか?」 「でも!」 「杏樹、質量保存の法則を知っているか?」 「たしか化学変化の前後で物質の総質量は変化しないというものですよね?」 「そうだ。杏樹の魂と体が別々であろうと現在のように共に有ろうとこの世界の総質量は変わらない。大丈夫、杏樹はこの世界にいていいんだ」 この世界に来て私の存在理由だったり魂と体が別で転生してしまったりしてイレギュラーな私がこの世界にいていのか不安ばかりだったのに。 「私、この世界にいていいんですか」 「あぁ、いてくれないと困る」 「降谷さん」 「なんだ?」 「好きです。貴方が好きです」 降谷さんの顔が近づいてきて唇がそっと重なる。私は生きている。 貴方と過ごす記憶が悲しみでは無くたくさんの人の笑顔で溢れるように。 「貴方と生きていきたい」 「僕も杏樹と生きるよ。もうどこにも行かないでくれ。君の存在理由がなんだっていい。僕の傍にいてくれ」 「はい。もう貴方の傍を離れません」 「やっぱり杏樹は僕に幸せをくれる天使だったね」 「天使ではないですけど精一杯みなさんを幸せにはするつもりですよ」 選べなかった未来が今ここにある。 幸せが手からこぼれ落ちないようにそっと抱えて生きて行こう。 貴方と共に。 これは後日談だが降谷さんの同期さんたちに会った時萩原さんが第一声に「あの時の天使さんだよな!」と言われてしまいそこから「降谷宅の天使ちゃん」というあだ名で当分呼ばれることになるのはまた別のお話。 fin.
前世で死んで転生したのにあれ?私すでに今世幽霊スタートだし降谷さんにしか私の事見えてないしどうしろとというところからのスタートする降谷さん落ち小説7話です。<br />一応全員救済を予定しているので改変等でてきます。<br />これで完結になります。<br />ここまでたくさんのいいね、コメントなどありがとうございました。<br /><br />軽卒に思いついてスライディングのごとくアウトプットしたので矛盾点いっぱいかもしれません。<br />10億年ぶりくらいに夢小説書いたので内容はちょっと何言ってるか分からないですね?みたいなとこもあるかもしれませんがご了承できる方のみお読みください。
転生したけど幽霊だった7 最終話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10057297#1
true
※※アテンション※※ この小説は乱藤四郎に成り代わった女が現実に向き合っていく話です。 お相手は鶴丸さん。 ※鶴乱♀です。 ※結構初期から鶴丸がデレデレになる予感。 ※ブラック本丸表現有← ※そのうち刀剣破壊表現が出てきます← ※なんでも許せる人向け ※乱さんは頼られると弱い ※鶴丸さんは犬 ※うだうだ進行 ※オリジナル設定出てきます ※一期はモンペ この話は書く度にあげているので、どのような展開になるのか柊自身分かりません。 腐表現・無理矢理表現・特殊性癖・百合表現・痛い表現・調教、その他いろいろな設定が増える可能性があります。中にはこの人はこんなキャラクターじゃない! という表現があるかもしれません。 その設定が増える都度注意喚起はしていきますが、何でも行ける方向けの小説になっております。その辺をご了承ください<m(__)m> [newpage]  鶴丸さんが吹き飛んだ瞬間、彼は私を手放した。数秒空に浮かんだ私は、だけれど、何が起きたかわからずに唖然としてしまって、そのまま無様にしりもちをついてしまう。どすん、とお尻に伝わる鈍い痛みに「ふぎゅ!」と奇妙な悲鳴を上げて、その声で主さんが我に返ったらしい、「いいいいい、一期ぉぉぉ!」と声を上げたのだった。 「ちょ、一期何してるの!! 空気読めなさすぎるよ!! せっかくの感動の再会なのに!!」 「……感動の再会、ですか?」 「そんなきょとんとしないで! 感動の再会だから!! 乱が大事なのはわかるけれど!」 「いえいえ、主殿。私はこれが乱でなくても、例えば加州殿でも同じことをしておりますよ?」 「え?」  主さんににこにこと笑いながら答えるいち兄は笑みを深めて、何せ、と口火を切る。あ、駄目なやつ。このいち兄、激怒してるいち兄だ。昔燭台切さんが軽傷だから、と手入れをしなかったときにぶち切れて中傷にしてから手入れ部屋に突っ込んだ時のいち兄だ。  彼が鶴丸さんを見る。私は彼をかばわないと、と思って鶴丸さんの前に出ると、いち兄は笑みをすっと消して「乱」と私を呼んだ。怒ってる時のいち兄。滅多に見ないけれど、だからこそ、破壊力がすごい。  びくりと肩を震わせて、身を竦ませていると、肩に手を置かれた。はっとして振り返ると、頬を真っ赤に染めた鶴丸さんが居て。彼は私を見てふにゃりと笑って「大丈夫」といった後、真剣な表情でいち兄を見た。 「――乱をもらい受けることを許してほしい」 「許しません! 乱はまだまだ無垢な女の子なんですから! まだまだ結婚なんて許しません!!」 「い、いち兄」  女の子。その単語に驚くべきなんだろうけれど、ぶっ飛んだ言葉に、その驚きは吹っ飛んでしまった。私、無垢な女の子じゃない。人間の時に二十歳は超えていたから、男女のそういうことを知っていたし、大人の汚い部分だってよく知っている。というか、短刀は褥にもともに行く存在。そういう経験はよくあると思うのだけれど。  そう思って、思わず微妙な顔でいち兄を見ると、彼ははっと我に返ったようで咳ばらいをした後「失礼」と言って、鞘に入ったままの鞘でがんっと地面をたたいた。 「私が怒っているのはそういうことではないのです。いえ、もちろん、乱との関係は許しません。ええ、絶対に許しません。ですが、それ以上に怒っているのは、どうしてこの本丸に殺されに来たのか、です」 「――」 「いち兄、それは……」 「一期、 それはもう済んだ話だし」 「主殿、乱、これは済んだ話ではありません。この男は反省をしていない。何が悪かったかわかっていないのです。ならば、誰かが教えなければなりません」  そうでしょう? といち兄が小首を傾げる。それからすっと表情を消して、鶴丸さんの前に居る私を無視して、彼は鶴丸さんだけを見た。それに鶴丸さんが少しだけ怯む。だけれど、彼は挑むようにいち兄を見るから、いち兄が呆れたようにため息を吐いた。 「あなたの本丸のことは、あなた方の本丸で解決するべきことでした。もちろん、それがブラックであり、誰かに助けを求めなくてはならなかった、ということは分かります。あなたが仲間を殺したくなかったこともわかります。ええ、理解しましょう。ですが、なぜ乱を選んだんです?」 「それは……」 「愛していたから? 随分と自己中心的ですな。あなたは考えませんでしたか? 乱があなたを殺したら、どうなるか。全く?」 「――」 「考えなかったのでしょう。だから言えた。殺してくれ、と。愛した者に殺される。ええ、それはとても甘美ですな。ですが、後を考えないあなたは、しょせんは自分のことしか考えておらぬのです。その後乱がどうなるか、どうするかあなたは全く考えなかった」 「……乱は、どうしたんだ?」 「いち兄!」  言わなくていい。知らなくていい。私が彼を殺した後のことなんて、それは私の問題でしかないのだ。だから、言わないで。そう思っていち兄に待ったをかける。けれど、いち兄はそれをものともせずにさらりと言ってのける。 「死のうとしました」 「――!」  鶴丸さんが、私を見る。   信じられない者を見るような。驚いて、でも傷ついて、そんな目で私を見るから、私は何も言えなくて。彼から顔を背ける。彼はそれを肯定ととったらしい。けれど、まだ信じきれないのか。主さんを見て、それで主さんも、困ったように頷いた。鶴丸さんがショックを受けたのが、気配でもわかった。ああ、だから知られたくなかったのだ。  私の後のことなんて、知らなくていいだろう。だって、それは私の問題だったのだから……。 「あなたは、考えなかったでしょう。あなたが死んだ後の乱を。どれだけショックを受けるかを。考えずに殺され、そしてのうのうと戻ってきたあなたを、私は許せない」 「……それでも、だからこそ、勝手だと言われても、自己中心的だと言われても、俺は、この子の傍に居たい。傷つけた分、この子が生を諦めた分、この子が笑えるように」 「言葉だけならばなんとでも言えるのです」 「……そうだな。どうしたら信じてくれるんだ?」 「乱よりも強くなれ、というのは顕現したばかりのあなたには酷でしょう。なので、こうしましょうか。私よりも強くなってください。私を打ち負かしてみなさい。そこであなたは初めて土俵に立てる。認めるのではありません。土俵に立つのです」  同じレベル、それ以上にならないと、私はあなたを認めない。そう言い切ったいち兄に、鶴丸さんは神妙な表情で頷く。それを見て、いち兄はふっと息を吐き、そして表情を緩ませた。 「ああ、それと……これを言っておかねばならんのでした」 「まだあるのか?」 「ええ。乱の、この子の傍に居てくれてありがとうございます」 「――」 「い、いち兄?」  私、さっきからいち兄しか言ってない気がする。でも、仕方ないと思う。だって怒涛の展開だ。まさかいち兄が認めるには己に勝て、とか言い出すとは思わなかったし、今も、まさか土下座をするとは思っていなかった。目が点になってしまう。主さんに助けを求めようと彼女を見ても、彼女もびっくりしてるみたいで、けれど、すぐに彼女は合点がいったかのように、にこりと笑って、いち兄の行動を見ている。え、いち兄止めてくれないの。 「私達に疑われてぼろぼろだった乱を守ってくれたこと、粟田口一同、感謝しております。鶴丸殿、あなたは、我ら粟田口の大事な一柱を守ってくれた」 「……いや、俺はそんな大層なことは」 「あなたが気づいていないだけで、素晴らしいことをしていたのです。感謝は素直に受け取ってくだされ」 「……わかった。その感謝、ありがたく頂戴する」 「ええ、乱――」  いち兄が顔を上げて、笑う。それに鶴丸さんも笑う。あ、いい雰囲気だ、なんて思っていたら、いち兄に名前を呼ばれて、ぴん、と背筋が伸びてしまう。姿勢を正していち兄を見ていると、彼はとても悲しそうな顔をして、私を見るから、胸がずきんと痛む。 「お前は、お前が死んだら私達がどう思うか想像したことはあるかい?」 「……」 「お前が己に刃を突き立てた姿を見た時の私たちのショックを想像したかい?」 「……しなかった」 「そうだろうね。……胸が張り裂けそうだった。気が狂ってしまうんじゃないかと思うぐらい、辛かった」 「……ごめんなさい」 「これは、謝って済むことじゃないだろう?」 「……ん」  そっと頬に手がふれる。手袋をしてない、いち兄の体温。それは少しだけ冷えていて、ああ、良く見たら顔色が悪くて。改めて、思う。私はなんてことをしたんだろう。ショックだったんだ。辛かったんだ。こんなにも、いつもにこりと笑っているいち兄が、顔色を悪くさせるほど。それほどのことを私はしてしまったんだ。それを自覚したら、やっと止まった涙がぼろぼろと溢れてきて。泣くなって思う。泣いてどうにかなることじゃない。泣いて許される話じゃない。でも、涙が止まらなくて。 「私は、お前を許さないよ」 「……うん」 「これから一生、鶴丸殿が折れればお前も後を追うんじゃないかって不安にさいなまれることになる」 「……ごめん、なさい」 「許さない。絶対、許さない。だから、理解しなさい。お前という存在がどれだけ私達に影響を与えるか。どれだけ心の支えになっているか」 「……私は、そんなに、皆の支えに、なってるの?」 「なっているさ。お前が寝ている間の本丸は火が消えたように静かだった」 「……ふっ」  ありえないって思った。私なんて、しょせんは偽物で。だから、影響力なんて全然なくて。皆いつも通り過ごしてるだろうって思ったのに、いち兄の瞳に嘘はなくて。嗚咽が漏れる。震える手で彼に手を伸ばしたら、いち兄は困ったように笑って、私をぎゅうと抱きしめてくれた。 「お前が、無事でよかった。生きていてくれて、ありがとう」 「ごめん、なさい。ごめん、なさい……!」  知らなかったじゃ、すまないのだと、痛感する。決めつけていたんだと、思い知らされる。  いち兄の腕は痛いぐらいで、本当に怖かったんだって感じさせるぐらい震えていて、それでも暖かくて、今まで勝手に感じていた隔たりとか、そういうのがどろどろに溶かされる気がして、私はただ嗚咽を漏らして、彼に縋るしかできなかった。 [newpage]  ぷちり、と糸が切れたかのように寝入った乱を抱き上げながら一期が立ち上がる。  彼が粟田口を呼ぶと、いつからそこに居たのか。ぞろぞろと出てきた彼らは一期の指示通り主を風呂へ連れていき、乱を温めて着替えさせるために、と抱き上げて去っていった。正直追いかけたかったが、そんなことをしたら、首が跳ぶだろうと思ったのでやめておく。  よっこらせ、と立ち上がると、一期が俺を一瞥してふっと息を吐いた。 「何だい、一期。まだ言いたいことがあるのか?」 「いえ、言いたいことは全て言わせていただきました。その言葉を真摯に受け止めるか、はたまた私の暴論だと受け止めるかは、あなたの勝手です」 「もちろん、真摯に受け止めるさ。……乱が自死しようとするとは考えなかった俺は、浅はかだった」  あの時、そんなことを考える余裕があったか、と言われたら否だ。あの時と同じ状況になったら、違うことをするか、と言われたら、否だ。俺は自分勝手だし、これからもそれを変えられるとは思えない。俺はどこまで行っても俺で。あの女に顕現され、あの女の傍に居たことで色々と歪んでいるのだと理解している。だから、この本丸では異色だろうな、と思っているし、実際そうなるだろう。  だけれど、あの子が自死しようと知った時は驚いた。ショックを受けたし、それ以上に、嬉しいと思った。俺が死んだら、あの子は生きていけないのか。そんなにも俺を愛してくれているのか。そう知って、そう思い知らされて、どうして喜ばずにいられるだろうか。  思わず頬を緩ませていると、一期が軽蔑するように見てきた。 「外道ですな」 「……失礼だな」 「乱が自死を選んだと聞いた時にあなたが喜んだのに気づかなかったとお思いで? はぁ……なぜ乱はこんな狂った男が良いのか」 「知らん。あの子に聞いてくれ」 「聞いたところであれはあなたを純粋無垢だと思って居るんで無駄ですな」 「はは」 「これのどこが純粋無垢なのか。獰猛な獣でしょうに」  くつくつと笑えば、一期が軽蔑したようん俺を見る。けれど、仲間だと認識しているのか。その瞳にわずかな温かみを感じて、少しだけくすぐったくなる。肩を竦めて、俺はとん、と一期の肩を拳で軽く小突く。 「すぐに認めさせてやるさ」 「――私だけでなく、粟田口一同をそうやすやすと認めさせられると思わぬよう」 「俺だけなら時間はかかるが、あの子が何もせずに待っているとは思わないでくれ。あれは待つだけの女じゃないぜ」  何をするか思いつきもしないが、彼女が俺をただ待つだけの子だとは思えない。自死を選ぶくらいぶっ飛んだことをする子なのだ。きっと、何かをしてくるだろう。それを想像してわくわくとしていると、一期が呆れたようにため息を吐いた。それに苦笑する。……許してくれ、顕現されたばかりでまだ感情の制御が難しいんだ。それに、前の主の影響と今の主の影響で、いろいろと困ったことになっているんだから、それも考慮してほしい。  きっと俺は、いろいろと知って。そしてこの本丸の主のいい意味での我慢をしないという性質に影響されて、いろいろとしてしまうんだろう。だけれど、あの子なら受け止めてくれるだろうと思って、何も怖くなかった。
このお話は乱藤四郎に成り代わってしまった女性が、白い神様と出会って、現実と向き合っていく(予定)の話しです。<br /><br />一期がどうしてあんなことをしたのか。もちろん彼がブラコンだから、というのが大前提としてありますが、ちゃんと理由がありました。<br />彼は彼なりに考えての行動です。そりゃあ、身内にあんなことされたら、仕方ないよなぁっと納得してしまいました。
許さない
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10057325#1
true
いつも人が少ない平日のランチ終わりのこの時間、今日もまた最後の一人のお客様を見送って、フロアが無人になった。…む、こういう日は、たいてい。 そう虫の知らせが伝えてきたとき、いつものようにベルと共に入店されたのは、最近たまーに目が合うようになった、内心ちょっとだけファンのお客様。いつもと違うのは、少しだけ気まずげな顔をされていて___その後ろに、楽しそうな一団がついていたこと。 「いらっしゃいませ」 「…今日はテーブル席、いい?」 「はい、どうぞ!ええと、五名様ですね?」 そうでーす、と軽く返事をしてくれた少し長い髪を後ろでくくった方に、喫煙席で、と付け加えたサングラスが似合う方。それから猫目を面白そうに細め、ホントに柊木が成長してる、と呟いた方と、良かったなあ、とそれに同意して頷く大柄な方。 それぞれ個性のある方々だけど、とにかく思うのは。 「いらっしゃいませ。本当に来たのか」 「よ、安室。仕事ご苦労さん」 「こちらの方々も安室さんのお知合いなんですか?」 「ええ、柊木を通して知り合った友人です」 なるほど、やはり。 「やっぱりイケメンのお友達はイケメンなんですね…!」 数秒沈黙の後、柊木さんを除いた四人は揃って噴き出した。それを見てようやく、内心を口に出してしまったことに気づく。すみません!と慌てて伝えると、柊木さんは小さくため息をついて後ろの四人に向かって口を開いた。 「…お前ら、少しは堪えろ。店の中で騒いだら迷惑だろ」 「い、いや、わかってんだけど、」 「悪い悪い、なるほど、柊木が通うわけだな」 何とか笑いを堪えながら猫目のお兄さんが零すと、柊木さんには珍しい少し拗ねた顔をして、黙ってテーブル席の方に歩き出した。 あら、いつもの穏やかな顔はとにかくかっこいいけど、ああいう表情をされるとちょっと可愛いかも…?なんて思いつつ、お冷の用意を済ませる。 安室さんに持っていきますか?と聞くとゆるく首を振られ、梓さんが行ってあげてください、と背中を押された。お友達なら自分で持っていけばいいのに、と不思議に思いながら、ちゃんと接客の笑顔を作ってお冷を運ぶ。 「お冷どうぞ」 「お、ありがとな」 手前に座った大柄のお兄さんが気を利かせてコップをそれぞれに配ってくれる。さすが柊木さんのお友達と言うか、親切な人だなぁ。 「いきなりごめんね。お姉さんが『榎本梓』さんだよね?」 「え、はい、そうですが」 「安室や柊木から話は聞いてるよ~。こいつのリハビリに付き合ってくれてるって?」 髪を後ろでくくったお兄さんが、こいつ、と柊木さんを指しながら言う。柊木さんは若干眉間にしわを寄せて、躊躇いなくその指を掴み本来曲がらない方向へぐぐぐと引っ張る。 「いでででで痛い旭ちゃん!何だよ照れることないだろ!?」 「うるさい、仕事の邪魔だろ」 「か、構いませんよ柊木さん!リハビリに付き合ってると言われても、私は本当に何もしてないんですけど」 「このご面相を前に普通に仕事してくれるだけで十分『してる』んだよ」 サングラスのお兄さんは、面白そうにそう言って紫煙を吐き出した。 その横で頬杖を突きながら、猫目のお兄さんは続ける。 「言ってなんだけど、柊木相手に普通に接してくれる女の子、そうそういないから」 …ああ、まあ、そうだろう。 詳細は知らないけれど、先日園子ちゃんがとうとうやらかしてしまったと聞いている。柊木さんのルックスのレベルは本当にモデル顔負けというか、そこに座っているだけで絵になるような人だから、今までもさんざん騒がれてきたはず。それこそ、女性が苦手になってしまうくらいには。 「だからつい俺たちも気になって、ついてきちゃったんだよ。柊木が普通に女の子と会話するなんて、今まで本当になかったから」 「地道に努力してきた甲斐はあったじゃねえか。なあ、柊木」 大柄なお兄さんの言葉に、柊木さんは唇の端を思い切り下げながらも、お陰様でと、小さく返した。さっきと同じ、その拗ねたような表情には皆さんへの感謝と信頼が確かに感じられて、何だか微笑ましい。 「アンタもありがとなぁ。これでも本人、相当感謝してるんだぜ」 まだうまく会話が出来ない分、ちゃんと伝えられてないみたいだがな。 そうお兄さんに言われ、え、と固まる。思わず柊木さんを見ると、やっぱりまだ視線は上手く合わないけれど、少し迷いながらも口が動いた。 「…いつも、ありがとう」 恥ずかしそうにというよりは、少し申し訳なさそうに紡がれた言葉。 大したことはしていないのだからお礼を言う必要なんてないのにとも思いつつも、接客業においてお客様から頂く『ありがとう』ほど嬉しいものはない。 「…こちらこそ、いつもありがとうございます」 そんな気持ちを込めてそう返すと、ようやく柊木さんと目が合い、まだ少しだけぎこちないながらも、そっと微笑んでくれた。 「…あ、ごめんもう無理…俺ブレンドで…」 「あ、はい!ごめんなさい!」 さっとメニュー表で顔を隠した柊木さんに、旭ちゃんそこはもうちょっと頑張ろ!?と一つ結びのお兄さんが柊木さんの肩をぐらんぐらんと揺らし始めた。さすがに公の場で卒倒したくない…とメニューの裏から声が聞こえてきて、思わず少しだけ笑う。 「ったく、締まらねえな。…ああ、俺もブレンド。いやもう全員ブレンドでいいぜ」 「ふふ、はい、ブレンド五つですね。少々お待ちくださいませ」 サングラスのお兄さんに言われた注文をさっと手元に書き込み、一礼して席を離れた。 後ろからはまだわいわいと賑やかな声と、約一名分の弱弱しい声が聞こえる。柊木さんには申し訳ないと思いつつ、やっぱりまた笑ってしまう。 「すみません、うるさくて」 「いえいえ、そんなことないですよ。安室さん、ブレンド五つお願いします」 「はい」 安室さんも穏やかに苦笑しつつも、やっぱり微笑ましげにテーブルを見つめている。 この人のそんな表情もなんだか珍しくて、何だか羨ましくなってきた。男の友情っていう奴?そういうのもいいかもしれない。 「良いお友達なんですね」 そう言うと、安室さんはその大きな目をぱちくりとさせ、もう一度彼らの方を見て、それからまだ笑った。 「ええ、楽しい人たちなんです」 その言葉はいつも通り安室さんのものだったが、そのときの表情じゃいつもと違っていて…何だろう、ちょっとだけ安室さんらしくない、いたずらっ子のような顔をしていた。 * 「…何だ、本当に春到来の気配なし?つまんね」 「萩原、本気でその指折るぞ」 ゆらりと距離を詰めると、萩原は冷や汗をかきつつヤダヤダ冗談じゃ~ん、とホールドアップ。お前は本当に何を期待してんだ。 「でも確かに、本当にいい子みたいだな。だけど…いやホント柊木が普通に女の子と話してるのすっげえ違和感」 「わかる」 いつもと変わらない笑顔のまま言い放たれた結川の言葉に、松田が深く頷いた。俺は苦い顔をしつつも、今までが今までなだけに言い返せない。 まあまあと伊達が苦笑しながら言う。 「素直に成長を喜んでやれよ。とりあえず一人、ちゃんと話せる相手が出来てよかったじゃねえか。柊木にとっては大進歩だろ?」 「ま~今まで考えればすごいことだし、ぼちぼち行くしかないよね~」 俺なんか食べようかな、と萩原は俺の手元を覗き込む。 旭ちゃん何かおすすめある?と聞かれて、ふと思った。 「…そういえばブレンド以外頼んだことない」 「そうなの?」 「普段から長居はしてないから」 ああ、と皆が納得したように頷いた。 店が混み始めそうな気配が出たらすぐに退散したいので、いつでも出られるようにフードメニューは頼んでいない。 「俺も腹減ったな、何か食うか」 「…この、メニューに書いてあるハムサンドって、もしかして安室のかな」 「ああ、そうらしいよ。評判なんだと」 「確かにあれは美味かったよなぁ。手が込んでたし」 思い出すのは早朝に全員がうちに乗り込んできたあの朝の、サンドイッチ。 確かにあれは美味かった。確か味噌だのオリーブオイルだの降谷が語っていたし、きっとこだわりがあるんだろう。…いや、凝り性の降谷がこだわっていないものの方が珍しいけど。 「でも、作るのが安室ならいつでも食べれるね。他にしよ」 「頼んでくれていいんだよ?いつでもは作ってあげられないからね?」 気配を消して近づいてきたそいつに、萩原はぎくりと肩を揺らした。 降谷は『安室』の顔を崩さないまま、にこにことブレンドをテーブルに並べていく。 「それで、ご注文は?」 にっこりとどこか圧を感じさせる降谷に、萩原はメニューの後ろからハムサンドにします…と小さく答えた。かしこまりました、と答える降谷は満足げだ。こいつ本当にプライド高いよな、知ってた。 「他はどうする?」 「あー…俺、カラスミパスタ。確か他の班の誰かが美味いって言ってたな」 「ああ、梓さん特製のカラスミパスタは刑事さんたちの間で大人気なんだよ。柊木もたまにはどうかな?」 伊達の言葉を受けて、梓さんも喜ぶよ、とにこりと笑った降谷。何となく断りづらい。 別に、彼女を喜ばせたくて頼むわけじゃないけれど。 「…じゃあ、俺も」 何となく気まずいままそういうと、降谷の笑みが濃くなる。何か癪。 松田も松田でくつくつと笑いながら、俺も食うわ、とカラスミパスタを追加。その横で、じゃあ俺は安室特製の方にするかなーと結川が朗らかに笑った。 「それでは、カラスミパスタ三つとハムサンド二つだね。少々お待ちくださいませ」 にこにこと笑いながらテーブルを離れる降谷に、ようやく萩原は安堵の息をついた。わかってんだけど調子狂うわー…というつぶやきに、苦笑する。あんなに大人しくて礼儀正しい顔の降谷なんてそう見られないので、その気持ちもよくわかる。 「それはそうと柊木、ここで子供を盾にして女の子かわしたって?」 「その話をするなら俺は今すぐ帰るぞ」 「顔こっわ」 確信犯で愉快犯の結川がけたけたと笑う。あれは落ち込みが過ぎて、一週間ほど引きずった。いや、今でも思い出すだけで死にたくなる。子ども盾にするくらいなら自分が卒倒したり号泣したりする方がどれだけかマシだ。 降谷から連絡がいったらしく、あの後同期からもからかい交じりの慰めのメッセージをもらったが、結川からは慰めついでに『ゼロがイケメン崩壊するくらい笑ってた』という密告ももらったので、降谷のことは許さない。とりあえず道路交通法を無視している白いRX-7を最近よく見かけると交通部にチクっておいた。どうせ偽造した免許くらい持ってるだろうから身バレの心配はないはずだ、『安室透』として罰金食らえばいい。 「子どもってあの坊主だろ?ホントに連絡とってんのか」 「そんなに頻繁にじゃないけどな。一応反省はしてくれたみたいだよ。ああ、少年探偵団の方も大人しくしてるらしい」 まだたまに暴走しそうになるが、そのたびにあの茶髪の女の子…灰原さん?がちくりと『ズル、するの?』と言うとぴたりと止まるとか何とか。そう言うと、萩原は少しだけほっとした顔をした。 「そりゃ良かった。慣れないことした甲斐があったわ~」 「まさか萩原が人に説教する日が来るなんてなぁ。しかもちゃんと子供たちに言うこと聞かせられるとは」 「頭ん中がガキのまんまだから同じ目線で説教が出来たんだろ」 「やだ陣平ちゃん、聞き捨てならな~い♡」 うんうんと感心したように頷く伊達に、松田はさらりと言った。萩原はひくりと頬を引きつらせ、俺結構頑張ったんですけど!?と言葉を重ねる。その言葉に苦笑しつつ、俺も口を開いた。 「相手の目線に合わせて話が出来るのは萩原のいいところだよ、松田」 「旭ちゃん…!」 「たとえ説教の中身が『お前それいいのかよ』と思う内容でも、伝わればいいんだ」 「何この上げて落としてくるスタイル」 説教は内容よりも結果って言ったの柊木じゃん…!と萩原はさめざめと泣いてみせる。 あれ、俺普通に褒めたつもりだったんだけどなぁ。 「お待たせいたしました」 そのタイミングで、降谷が頼んだ料理を順番に運んできた。相変わらず楽しそうだね、と言葉をそえて。 「楽しそうに見えんの?俺いじめられてるんだけど!」 「うん、皆で萩原をいじめるのが楽しそうだ」 「あれ安室ってもっと優しい性格じゃなかった?もっと言葉選んでくる奴じゃなかった?」 「やだなあ、何を言ってるんだい?僕はずっとこうだよ」 設定若干ねじまげてでも萩原をいじめることをやめない降谷にいっそ感心する。 俺の味方なんてどこにもいない…!と涙を流す萩原をよそに、松田は吹き出し、結川は遠慮なくけたけたと笑った。 「今日はこの後、また柊木の家?」 「そのつもり。安室も来る?」 「どうしようかな…少し仕事もあるし」 「柊木が車買うっていうからいろいろ店見てカタログもらってくる予定なんだけど」 「行く」 一瞬で降谷の目の色が変わった。予想通りの展開かよ。 「つまりこれからディーラー巡りかい?」 「ああ。柊木の奴、見張ってないと適当に目についた軽四で済ませそうでな」 面白そうに松田が言うと、すっと降谷の笑顔が濃くなった。 オイそれ『安室透』じゃなくて『降谷零』の笑顔だろ、やめろ仕事中に。 「…軽四。いや、軽四が悪いとは言わない。最近のは形も性能もいいのが多いし、小回りが利くのも素晴らしい利点だと思う」 「…安室」 「だけど致命的に柊木には似合わないんじゃないかな?ルックスや地位との釣り合いも大事だと思うよ?」 今晩、僕もカタログをもってお邪魔するね? 圧を感じる笑顔で言われて、もうどうにでもしてくれと頷いた。致命的に似合わないってなんだ、軽四の何が悪い、どうせ家族つくって乗せる予定もないし、車なんて動きゃいいじゃねえか…と、いろいろと思うことはあるが、口に出すと絶対面倒なので言わない。 スポーツカー買わされないように気を付けよう心に決めつつ、カラスミパスタを口に入れる。あ、美味い。 「そういや柊木、何で車が必要になったんだ?」 「だってお前ら出世して前より忙しくなっただろ」 「? ああ」 「荷物持ちに使えなくなっていろいろ不便でな」 バイクだと積載量に限界あるし、と付け加える。 一拍おいて、俺が特によく『使う』三人___松田萩原結川が真顔になった。 「すぐに車買え」 「今日中に車種決めよう」 「次の休みには買いに行けるようにしような」 …そんなに荷物持ちから逃れたかったのだろうか。 俺そこまでこき使ったっけ?と首を傾げると、三人からジト目で見つめられた。 「柊木ってそういうとこあるよな」 「うん、もう諦めてるけどさ」 「素で暴君なんだもんなー」 「暴君?俺が?」 別にお前らを配下なんて思ってないけど、ときょとんとすると、三人は一斉に溜息をつき、伊達と降谷は苦笑した。え、何で? * 「そういえば最近なんだけど」 「何?」 「犬を飼い始めたんだ」 「お前どこにそんな暇あんの?」 降谷のおかげで連日寝不足の結川の表情が、すっと消えた。
本当にヤマもオチもない日常回です。小話。<br />たとえ今後どんな苦難があったとしても、ちゃんと日常に戻ってこられるように。<br /><br />ちなみに軽四を馬鹿にする意図は一切ありません。というか作者の愛車も軽四です。<br />単純に「未来の警視総監様が乗るなら、もっと、こう、…あるだろ!」的やなつ。<br />オリ主君は車に対して一切のこだわりがありません。<br />柊「スポーツカー?俺お前みたいにこだわりないからもっと維持管理楽な奴がいい」<br />降「お前そこになおれ!!スポーツカーの魅力を教えてやる!!」<br />そして積まれるカタログと降谷さんおすすめスポーツカーのプレゼン資料。笑<br /><br />おおよそ、完結までの道のりは頭の中で完成しました。<br />次の山場に入ったら多分ノンストップでシリアス突入、完結まで一直線になるかもしれません。<br />警察学校編が始まって解釈違いが発生する前に完結させてやろうかとも思えてきました。悩む。<br /><br />追記<br />2018年08月30日付の[小説] 女子に人気ランキング 25 位<br />2018年08月30日付の[小説] デイリーランキング 78 位<br />2018年08月31日付の[小説] デイリーランキング 81 位<br />ありがとうございます!!
穏やかに咲く
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10057402#1
true
「犯人は貴方だ、ジョン・テイラーさん」 椅子に腰掛け、眠ったように推理を繰り広げていく毛利さんが告げた名に一箇所へと全員の視線が集中する。トリックも何もない、事故から生まれてしまった偶然の殺人。 「殺すつもりはなかったんだっーーーー!」 事件の解明はあっさりとその幕を閉じた。 ことの発端は今回僕が依頼を受けた、ルーカスさんが受賞した作品だった。あの作品はたしかにルーカスさんの書いたものだったがストーリや構想、キャラクターデザインと大部分はテイラーさんと共に考えた合同作品だったらしい。2人の名前を入れて出版する、有名なルーカスさんと共に名が載ることでテイラーさんの知名度も表舞台に出てくるはずだったのだ。しかし、蓋を開けてみれば本に載っているのはルーカスさんだけ。自分の名がどこにも載っていないことに気がついたテイラーさんはどうしてなのかルーカスさんに問い詰めようと機会を伺っており、実行されたのがあの夜だったらしい。少し言い争いに発展してしまい、棚に背があたった衝撃で今回の凶器がルーカスさんの頭上に落下。驚いたテイラーさんは恐怖のあまり逃げてしまったらしい。 「にしても災難だったな、降谷」 「まぁな」 不運が重なって起こった事件だったばかりに歯切れが悪い。本の名前の有無に関してもルーカスさんはちゃんとテイラーさんの名を載せるつもりだった。しかし、無名の新人作家の名が載ることで悪い影響を考えた担当の編集者が勝手に消してしまい、ルーカスさんの名前のみで出版してしまったのだ。僕が聞いたのはその時の抗議電話。編集長の方にも話はいき、修正と翻訳では付け足しが行われるという連絡が来たのは事件が起こった後だった。 気を落としている僕をみて伊達がバシッと背中を叩く。 「今度萩原たち誘って焼肉いくぞ!」 「事件の後に焼肉の話か…まぁいいか。分かった、しこたま飲んで食べてやるから覚悟しろよ?」 メンタルケアも兼ねて今日は一日バーボンとのんびりしよう。とりあえず3度寝して、ご飯食べて…散歩もいいな。夜は溜まっている読みかけの小説を読もう。 なんて思っていた時期が僕にもありました。 「カシスオレンジを一つ」 「かしこまりました」 注文通り慣れた手つきでカクテルを作り、お客様のところまで持っていく。ありがとう、というお礼ににこりと笑みを浮かべればポッと女性の頰に朱が混じるのがわかった。 「すまないね、降谷くん。助かったよ」 「いえ、師匠には以前お世話になりましたし、お役に立てて何よりです」 カチャカチャと音が鳴りながらグラスを洗っていると申し訳なさそうに師匠が耳打ちしてくる。夕方予定通りバーボンと戯れながら本を読んでいたら突然バーの師匠から連絡が入り、どうしてもヘルプに入って欲しいとのことだった。 なんでも、帰省中で少なかったスタッフさんが風邪でダウンしてしまって急に人手が必要になったとのこと。久しぶりだし、どうせ暇だったからと了承すれば泣いて喜ばれた。以前師匠が言っていたように、普段は落ち着いた居心地のいいバー。常連さんや新規のお客さんなど一般人の客が今日は多いようで僕自身もだいぶリラックスして仕事をしている。 (いつもこんな感じだったら掛け持ちしてもいいのに…) そう思わず思ってしまうほどこの店は気にっているため、真っ黒な組織の常連さんがいることだけが残念で仕方がない。 だいぶ時間が経っただろうか。お客さんの数も減り、もうすぐ閉店時間が近づいているからとグラスなどの片付けに入っているとチリン、と来客のベルが鳴った。 「いらっしゃまsーーーー」 「…あ?」 バーにあった艶やかな笑みでお客を迎えようと振り返る…が、その人影を見た瞬間ピシリと笑顔が固まる。来店して来たお客も僕がいることに驚いたのか一瞬目を見開くとスタスタと目の前のカウンターに腰をおろした。 「コーヒー一つ」 「かしこまりました」 黒い帽子と銀色の髪の隙間から覗く緑が心なしか輝いて見える。あなた先週もポアロでコーヒー飲んでましたよね?と言いたくなるのをぐっとこらえいつもと同じ手順でコーヒーを淹れ出す。 「ここで働き出したのか?」 「いえ、今日は臨時です。マスターからどうしても人手が足りないと頼まれまして…」 だから普段はいないぞ、という言葉を込めてカタリとコーヒーをテーブルに置く。いつのまにか師匠は裏に入っておりグッドラック!と言わんばかりに立てられた親指を見つけると思わず殺意が溢れそうになった。 今日は飲むのが目的だったのかコーヒーを飲み終わった後、ジンやウォッカを所望される。今日は運転手がいるのか気になったが、本人が気にしていないようなので大丈夫だろう。 結局、ジンはほかのお酒を注文するだけでなくツマミがわりに料理も注文すれば閉店ギリギリまで店に残り店内には僕と師匠、ジンだけが残った。 「降谷くん、もう閉店だがら先に上がって構わないよ。」 今日はありがとう、と給料が入った封筒を渡され奥へと入れられる。制服から私服に着替えバックを出ればちょうど会計が終わったジンと目があった。 「ありがとうございました」 ニコリと笑みを浮かべお辞儀をすればお先に失礼します、と一言いって外に出る。と、来た時の快晴はどこ行ったのかザァザァとえげつない量の雨が降っていた。 「…マジか」 今日は電車で来たため車はないし、傘も持ってきていない。ここから最寄りの駅までは10分とかからないがこの雨だと行き着くまでにずぶ濡れ確定だろう。 せめて折り畳み傘でも持って来ればよかったと後悔し、ずぶ濡れ覚悟で帰ろうと踏み出せば後ろから「おい」と声をかけられる。 「この雨の中そのままで帰るつもりか?」 同じく店を出た人が咎めるように僕を見る。そんな風に言われても傘もなければ仕方ないしそうだと答えればはぁ…と大きなため息をついて携帯を取り出した。 「今店を出た。回しにこい」 おそらく運転手だろう。それだけいうとジンは電話をきりそのまま屋根の下に立つ。帰ろうとすればどことなく威圧感を感じ動けずにいるので僕もそのままだ。1分もしないうちにジンの車である真っ黒なポルシェが店前で止まり、ジンが乗り込もうとドアを開ける。ここまできたら見送るか、と思い立っていたらバチリと目があった。 「家はどこだ?送ってく」 「…へ?」 聞き間違いだろうか。思わず目を丸くするとチッと舌打ちをされ早くしろと急かされた。 「そ、そんな…!僕なら大丈夫ですからお客様の手を煩わせるわけには…!」 「俺がいいって言ってんだ。さっさと乗れ」 ぐいっと腕を引っ張られはんば無理矢理に車に乗せられる。これで僕が子供だったら立派な誘拐現場だよなぁと現実逃避をするとそのままドアを閉められエンジンが掛けられた。 「えっと…じゃあ、すみません。お言葉に甘えて…」 こうなったらヤケだ。知られても困ることはないため素直に家の住所を伝える。よく見れば運転手にはウォッカが座っており、アニキが無理矢理すまねぇな、と謝ってくれた。仕方ない、ウォッカに免じて今回は許してやるか。 車内は静かで黒い塊を押し付けられることも、脅されることもなくちゃんと家まで送り届けて貰えた。どっかの廃ビルにでも連れていかれたらどうしようと内心ビクビクしていた僕だが何事もないならそれでいい。 「送ってくださりありがとうございました。」 お礼は大事。これ基本な? ぺこりと一礼すればジンはまた店に行く、と一言だけ言って車で去って行く。雨の中見えなくなったところでどっと疲れがやってきたが後はもう寝るだけだ。素人の目でどこまで分かるかしらないが、念のため盗聴器や発信機らしきものはないか調べた後、ただいまーと言いながらバーボンの待つ家の中へと入って行った。 ◇ ◆ ◇ ひらりひらりといくつもの写真が白いテーブルの上に落ちてくる。その写真一枚一枚には同一と思われる人物がいろんな角度で撮られており、どれも金色の髪が眩しく見える。エプロンをつけバイト先で接待中の姿、スーパーで買い物する姿、少し怪しげなバーへ入って行く姿、そして…… 銀色の髪を持つ黒ずくめの男の車から降りてくる姿。 男はゴクリと唾を飲み込み静かにその写真を見つめる。 「間違いないか?」 淡々と、冷たく発せられる言葉にゆっくりと頷く。 「……はい」 間違いない。間違える筈がない。遠目の写真とはいえ、俺があいつを間違えるものか。ぐっと力強く拳が握られプルプルと震える。やりたくない。しかし、自分はこの組織に使えており、この国に命を捧げた身だ。命令には従わなければならない。 「なら手筈通りに。わかっているな」 「はい」 散らばる中から写真を一枚取り部屋を出る。突き刺さるような視線を遮るように扉を閉めればぐしゃりと写真を握りしめた。 (なんで…) どうして、お前がそこにいるんだ…。 「…ゼロ…っ」
次は裏切りと言っていたな……あれは間違いだ。<br /><br />正しくは緋色です←<br />ちょっと裏切りの要素も入ってくるかも。
最推しに成り代わってしまった話28
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10057445#1
true
[chapter:はたらく細胞と名探偵コナンのクロスオーバーです!!] ・血球たちがコナンの世界に転生したよ! ・細胞が人間になったよ! 細かいことは気にするな! ・前世(?)の記憶あるよ! ・細胞たちに人間っぽい名前がついてるよ!   赤血球→[[rb:三和 > みわ]]   白血球→[[rb:珀 > はく]]  など ・なんかもう本当に細かいことは気にしないでくださいお願いします  潔く整合性とか完全無視して「私がこんなの見たい!」という一心で書きあげました。  雰囲気でお楽しみください。 [newpage] 「今日も運ぶよ、酸素♪  酸素♪ 体中の隅から隅へ」  小さな荷台いっぱいに荷物を積み込んで、少女は機嫌良さげに歌いながら緩やかな傾斜を上っていた。  ビールに、油の詰め合わせに、缶ジュースのセットに、その他諸々。総重量20キログラムにもなる荷物をものともせず、軽快に足を動かす。 「だけど広くて迷子♪ 迷子♪ 手助けされてるはたらくさいぼーう」  自転車を降りて、押して進む。ここから先はとても道が狭く、自転車に乗ったまま進めないというわけでもないが、大切な荷物に万が一があってはあけない。  よし、と気合を入れ直して角を曲がると──ふわり、と懐かしい匂いがした。  頭が理解する前に、叫ぶ。 「どぇぇええええええ!?」  自転車を倒してしまいそうになるのを何とか支えて、きちんと止めると匂いの元に駆け寄る。  血だ。少なくない量の血液が、アスファルトに染みて広がっている。 「あ、安室さん……!」  出血性ショック死──かつての後輩が教えてくれたその言葉が、頭をよぎった。 「え!? なんでぇ!? どうしてこんなことに!?」  パニックで涙目になる少女は、背後に迫る影に気づかず── 「雑菌野郎死ねぇぇえええ!」  ついでに、少女もその人影も、更にその背後から迫る白いバーサーカーには気づかなかった。 「無事か!?」  青年の腕のひと振りで、人影は壁に全身を打ち付けて気絶した。さすがに殺すことはしなかった。 「は、白血球さん……!」 「な」  振り返った少女は既に涙目で、何か他に怖いことがあったのかと狼狽する。  しかし、すぐにその原因にたどり着いた。 「落ち着け、赤血球。この程度の出血ならば死なない。まだ息もあるだろ」 「は、はいっ」  青年は特に血の色が濃い腹の部分の服を捲りあげ、検分する。 「きゅっ、救急車!? 救急車ですかっ!?」 「いや……これは拳銃で撃たれた痕だ」 「拳銃!? 物騒な!?」 「安心しろ、かすり傷だ。出血は派手だがな。だが、救急車で運ばれると不都合もあるだろう」  安室を背負い、立ち上がった。 「赤血球、仕事は?」 「これを届けたら、もう今日はおしまいです」 「この人は血小板のところに連れていく。終わったら来てくれ」 「はい。わかりました。ありがとうございます、白血球さん」 「気にするな」  かつてのように遊走路を自由に使うことはできないが、人目のない道くらいは把握済みだ。大の男が血塗れの大人ひとりを背負っているなど通報案件だが、おそらく問題は無いだろう。 「では、よろしくお願いします。私もすぐに仕事終わらせますので!」 「あぁ。頑張れよ」  「はいっ!」  ──元赤血球の運搬能力を、甘く見てはいけない。 ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ 「あ、安室さん……!」  その声に返事をすることはできない。朧気ながらもギリギリのところで意識は保っているものの、急な出血で声を出すことはおろかまともな思考も難しかった。  [[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]]。ポアロの常連客で、[[rb:セルズ > Cells]]との関わりがある可能性が高い少女。 「え!? なんでぇ!? どうしてこんなことに!?」  巻き込まれ体質だと常々思ってはいたが、これは間が悪すぎた。まだ自分を襲撃した相手が、周辺を彷徨いている可能性がある。出血が多く意識は朦朧としているが、もう止血が始まっており致命傷にはならないだろう。まだ息がある自分と、それを見てしまった少女、どちらも殺される危険性が高い。  だが、体は完全にコントロールを受け付けていないようで。  そうしている間にも、場の気配が2つ増えて── 「雑菌野郎死ねぇぇえええ!」  何か重いもの──例えば、人の体とか──が壁に強く打ちつけられる音。おおよそ、人の体から発生していい音ではないが。 「無事か!?」 「は、白血球さん……!」 「落ち着け、赤血球。この程度の出血ならば死なない。まだ息もあるだろ」 「は、はいっ」  特に出血の酷かった腹部の傷を見るためか、服を捲られる。その際に強い痛みに襲われるが、呻く力もない。 「きゅっ、救急車!? 救急車ですかっ!?」  ──救急車は、マズい。  調べれば、この傷が銃でできたものだとわかってしまう。そうすれば、警察に安室透という人物が知れてしまうだろう。潜入捜査官という立場上、何も知らない警察官にマークされるのは避けなければならない。 「いや……これは拳銃で撃たれた痕だ」 「拳銃!? 物騒な!?」 「安心しろ、かすり傷だ。出血は派手だがな。だが、救急車で運ばれると不都合もあるだろう」  なぜ青年はこの怪我が銃でできたものだとわかり、また救急車を呼ばないという選択ができたのか、安室にはわからない。 「この人は、血小板のところに連れていく」  ──けっしょう、ばん?  だが、意識を保つのも限界で、ふっと掻き消えるように眠りに落ちた。  *  *  *  そして、体感的にはほんの一瞬後、目が覚めた。  上半身を勢いよく持ち上げようとして、痛みに呻きベッドへと逆戻りする。 「あー! お兄ちゃん、動いちゃだめ!」  とても幼い声が、咎めるように響いた。  ──ここは、どこだ?  部屋を見渡すも、声の主は見つからない。 「お姉ちゃーん! お兄ちゃんが起きたよー!」 「はーい!」  ぱたぱたと軽い足音。頭のみを動かして音の方向を見れば、ひょっこりと鮮やかな赤毛が覗いた。 「よかった。目が覚めたんですね!」 「三和さん……ここは……」 「私のお家なの!」  また幼い声。だけど、やはり見当たらない。 「安室さん、もうちょっと下です、下」 「下……?」  視線をさらに下げる。 「おはよう、お兄ちゃん」  年齢がわかりにくいが、体格的には5、6歳くらいだろうか。安室が寝かされている寝台よりもさらに背が低い。それくらい小さな子供が、にこにこと安室を見上げていた。 「ここは、[[rb:梢子 > しょうこ]]ちゃんのお家なんです」 「この子は……」 「私、[[rb:梢子 > しょうこ]]。お医者さんなの」 「医者? 君が?」  医師免許を取るためには、認定大学の医学部を卒業する必要があったはずだ。医学部は6年制。下手したらこの子の年よりも長い。 「梢子ちゃんはすごいんですよ! 私も怪我をしたら、梢子ちゃんに診てもらってます」 「えっへん! 怪我を治すのは得意なの」 「安室さんを助けてくれてありがとねぇ」 「きゃー!」  むぎゅむぎゅと少女と子供がじゃれあう様に微笑ましい気持ちになり──いやいや、と我に返る。  明らかに、この子の年で医師免許を取ることは不可能だ。小学校に行っているかさえ怪しい歳ではないか。 「本当に、君が助けてくれたんですか?」 「そうだよー。でもね、私は[[rb:血小板 > みんな]]のお手伝いをしただけ。あとは、[[rb:細胞たち > みんな]]が頑張ってくれるの」 「血小板ちゃんは働き者だもんね」 「うん!」  ぴくり、と顔の筋肉が動くのを抑えられなかった。  ──血小板。  あの青年は、「血小板のところに連れていく」と言っていた。ならばここは、“血小板”の──つまりはこの幼い少女、「梢子」が血小板なのだろうか。 「あのねあのね、お兄ちゃん。やっぱりね、ちゃんと病院に行った方がいいと思います。ちょっと怪我が大きすぎるの……」 「ここでは輸液とか、縫ったりとかは出来ないので。あ、もちろん死んだりはしませんよ? 細胞たちはまだまだ頑張れます。だけど、病院に行った方がいいですよ、絶対」 「……聞かないんですか? 何があったのか」 「拳銃で撃たれたって珀さんが言ってました。安室さんは探偵さんですし、この町ならそういうこともあるかなぁって」  否定できないこの町の犯罪率に改めて戦慄する。 「すごいびっくりしましたけど。死ななくて本当良かったです」  拳銃で撃たれた血まみれだった男を目の前にして、理由も聞かずにこにこと笑っている少女と幼い子どもは普通に考えれば異常だ。だが、おそらく、慣れてしまっているのだろう。この都市の高すぎる犯罪率に。 「すみません、助かりました。実は、探偵の仕事中にヘマをしてしまって」 「あっ、そういえば、なんだか怖い人がいたんですけど、珀さんが倒してそのままにしてきちゃいました! ど、どうしましょう……!」  狼狽しまた涙目になる少女に苦笑し、宥めるように言う。 「大丈夫ですよ。気を失う前に、きちんと通報しておきましたから」 「さ、さすが安室さんですね!」  おそらく、既に公安の人間が回収している頃だろう。現場におらず心配をかけているはずだ。あとで連絡をしなければ。 「えっと、梢子ちゃん?」 「うん!」 「助けてくれてありがとう。どんな治療をしたか、教えてもらえますか? 病院に行ったとき、説明できないと困りますから」 「えっとね、お腹の怪我はね、よく洗ってね、血をね、止めたの。お兄ちゃん、すぐ止まったからびっくりしちゃった。頑張り屋だね!」 「え? あ、ありがとうございます」 「それでね、保護シートを貼って、包帯巻いておきました。あと、小さな怪我がいっぱいあったから、綺麗にしておいたよー」  首だけを持ち上げて腹を見れば、綺麗に包帯が巻かれているのが見えた。浅いとはいえ拳銃で撃たれたはずだが、動かさなければそこまで強い痛みもないのが不思議だ。  次に手首を目の前まで持ってくる。撃たれて転倒した際に変な方向に捻ってしまったはずだが、こちらは包帯とテーピングで固定されていた。 「保護シートというのは……」 「私が作ったの」 「特許も取ってる、すごいやつなんですよ!」  傷の保護シートと言えば、最近では指すものは1つだ。医学界を震撼させた、自己治癒力を最大限に引き出す医療用繊維の組み込まれた製品。  その仕組みを理解した学者が「開発者は体がして欲しいことを予め全て理解していたに違いない」と言わしめた天才。 「君が……」  それが、こんな小さな子供だとは思いもしなかった。  驚異的な戦闘力を持つ、マクロファージ。  神出鬼没でどこへでも消えどこへでも現れる、白血球。  そして、医学の天才、血小板。  [[rb:セルズ > Cells]]とは、自分が思っている以上に、強大な組織なのかもしれない。 「おーい、血小板いる?」 「はぁい」  安室の背に緊張が走る。“梢子”を「血小板」と明確に呼んだ人物がいる。しかも、自分が知らない声だ。 「──って、来客?」  安室が寝かされていたのは、処置室なのだろう。ひょっこりと顔を覗かせたのは、黒髪でショートカットの女性だった。 「[[rb:瀬木 > せき]]もいるのね」 「こんにちは、[[rb:乃花 > のか]]さん」 「こんにちは、お姉ちゃん! 今日はどしたの?」 「あー、別に来客がいるならいい」 「いえ、僕にはお構いなく」  これで、梢子が“血小板”であることはほぼ確定したと思って良いだろう。そして、この乃花という女性もまた、[[rb:セルズ > Cells]]である可能性が高い。 「そう? じゃ、遠慮なく。ちょっとミスっちゃって、診てほしいのよね」 「ティーさんと喧嘩されたんですか?」 「そ。あいつ、弱っちいくせに無駄に喧嘩ふっかけてくるから、めんどくさいったらありゃしないわ。雑草根性だけは立派なのにね」 「あはは……」  どっかりと椅子に腰を下ろした乃花は、腕を捲り鍛え上げられた筋肉を晒す。 「あたしもアイツも休暇中だったし、救護室行くのも説明が大変だから、こっちに来たってワケ」 「痣になってる……」 「あの脳筋。ま、今頃は脛抱えて転げまわってるでしょうけど」 「気をつけて、お姉ちゃん……。[[rb:血小板 > 私たち]]の仕事は、少ない方がいいんだよ……?」 「う」  手際よく包帯を使い、内出血を起こした箇所を圧迫していく。 「……悪かったわよ」  バツの悪そうな微かな声だった。 「ところで、あいつはどうしたのよ。えっと、珀、だっけ?」 「珀さんは、やることがあるって少し前に出て行っちゃいました」 「へぇ。こんな血まみれで怪しいヤツと、アンタたちを置いて出ていくような馬鹿だとは思わなかったわ」  鋭い目が安室を射抜く。感覚が麻痺してしまっているだけで、血まみれの知らない男は、それだけで十分警戒対象だろう。 「安室さんは、怪しい人じゃないですよ。私がお世話になってる喫茶店の店員さんで、探偵さんなんです」 「探偵って職業が既に怪しいじゃない」  否定はできないのが辛いところである。 「……ま、なんでもいいけど。そこのアンタ。この子達に変なことしたらぶっ殺すから」 「は、はぁ……」 「すみません、安室さん。乃花さんはすごい優しい方なので、色々と巻き込まれやすい私を心配してくださっているだけなんです」 「ちょ、そんなんじゃないから!」  終わった? 終わったわよね!? じゃあアタシ帰るから! と若干顔を赤くして大股で部屋を出ていく。  が、すぐに戻ってきて、梢子に小さな包みを手渡した。 「ありがと。助かったわ」 「わぁ! ありがとう、お姉ちゃん!」 「今日の礼よ。今度こそ! 今度こそ帰るからね!」 「ばいばーい」  最後にまた安室をひと睨みして、本当に帰ったようで遠くで扉が開閉する音が聞こえた。  ──その眼光は、一般人が持つものにしては鋭すぎて、端的に言えば「殺すこと」を知っている、ような目だった。 「えっと、とりあえず、電話をしてもいいですか? 知人に迎えに来てもらおうと思います」 「あ、はい。どうぞ。近くにあった荷物持ってきちゃったんですけど、中身まではなんとも……」 「お電話、使う?」  差し出された鞄は自分のものだ。中身を確認すると、所持品は荒らされておらず、少し安堵する。 「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」  そのとき、誰かの携帯が鳴った。 「あっ、すみません」 「いえ、どうぞ」 「ではちょっと失礼しますね」  三和が部屋を出ていくが、すぐ側で立ち止まったらしい。 「はい。珀さん、今どちらに? 結構遠くまで行きましたねぇ。え!? 大丈夫ですか!? あ、良かったぁ。はい、梢子ちゃんに伝えておきます」  微かだが、耳を澄ませば聞こえないことは無い。さすがに、相手の音声まで拾うことはできないが。 「そうなんです、NKさんがいらっしゃって」  ──NK……? ナチュラルキラー細胞のことか!? 「またキラーT細胞さんと喧嘩されたようで……あ、白血球さんはキラーTさんと会ったんですね」  安室透、ならぬ降谷零が、NKと呼ばれた乃花とキラーT細胞の調査を指示し、報告書を読み頭を抱えるまで、あと10時間── [newpage] 補足説明という名の人物紹介 [[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]] ・元AE3803 ・いつも助けてもらっている安室さんを助けることができてよかった [[rb:梢子 > しょうこ]]・ガーナード ・元血小板のリーダーちゃん ・外傷専門のお医者さん。医師免許は持っていないが、お金をもらって治療しているわけではないのでギリギリセーフ ・血小板だったころの経験を生かして、怪我をした体が何をして欲しいのかをちゃんと理解して、助けてあげる。それと同時に、血小板や他の細胞たちの限界もわかるので、どうしてもダメそうなときは縫ったりもする。 ・傷口を保護し治りを早める医療用シートを開発。マーシー(マクロファージ)名義で特許を取得し、その特許使用料で生活している。うはうは。 ・マーシー・ガーナードと養子縁組をしている ・たまに出てくる敬語が可愛いですよね [[rb:西方 > にしかた]][[rb:乃花 > のか]] ・元NK細胞 ・[[rb:No > の]][[rb:Ka > か]] ・[[rb:細胞 > さいぼう]]→さいほう→[[rb:西方 > さいほう]]→にしかた(!) ・陸上自衛隊員。同僚にキラーT細胞がいる ・今世でも何かと巻き込まれる赤血球をそれなりに気にかけている ・仲間を殺す必要がなくなり、少しだけ丸くフレンドリーになった ・乃花という名前は可愛いので密かに気に入っているが、呼ばれるのはかなり恥ずかしい [[rb:飯館 > いいしろ]][[rb:珀 > はく]] ・元U-1146 ・あの後、赤血球を認識してしまった襲撃者グループとお話し合い()しに行った ・血小板のところに帰る途中キラーT細胞に遭遇し、理不尽に絡まれた [[rb:雲母 > きらら]][[rb:掟 > てい]] ・元キラーT細胞 ・しょっちゅう名字をからかわれる ・あだ名は「ティー」。というより、名字で呼ばれるのが嫌なのでほぼ強要している 降谷零 ・言わずと知れたトリプルフェイス ・咄嗟に回避行動を取ったため軽傷で済んだ ・実体は掴めないのに、断片的な情報だけでも[[rb:セルズ > Cells]]が厄介そうで頭を抱えている ・この度、胃痛の種が増えた 風見裕也 ・襲撃を受けて攫われたのかと気が気ではなかった上司が、完璧な処置を受けてた ・襲撃者グループのアジトに乗り込んだら全員のびてた ・自衛隊員……国家権力とも繋がりがあるのか……! 作者 ・そろそろ名前考えるのが厳しい [[rb:セルズ > Cells]]  噂だけが膨らんでいく  次のページも短いですが本編ですので、ぜひご覧ください。 [newpage] 「降谷さん……」 「言うな。何も言うな」  ──[[rb:西方 > にしかた]][[rb:乃花 > のか]]。  同僚の[[rb:雲母 > きらら]][[rb:掟 > てい]]と「NK」「キラーT」と呼び合う姿が多数目撃されている。  その目撃者達は、お互いあまり自分の名前をあまり気に入っていないことを知っており、ただのあだ名だと思っていたようだが── 「まさか……自衛隊員だったとは……」  その上、マクロファージや白血球の例を見るに、免疫細胞の名を冠した者は戦闘員である可能性が高い。2人とも、自衛隊員のなかでは若いながらにトップクラスの実力を誇るという報告もある。 「なぜ秘密組織の戦闘員が国を守る職務に就いているんだ……」 「少々熱くなりやすいものの、勤務態度は良好のようです」 「真面目に仕事しているのか……秘密組織の戦闘員が……」  職は違えど、同業者だったとは思いもしなかった。 「NOC……」 「だとしたら、明らかに裏切られたのはこちらだな」  あの鋭い殺気のこもった目は、絶対にあの子達を裏切らないだろう。ならば、裏切られているのは[[rb:国家権力 > こちら]]だ。 「人望も厚いようです。特に、雲母掟の方が」 「なんだと?」 「調書を取った者が、『熱くなりやすいが悪いやつじゃないから大目に見てやってほしい』という内容のことを繰り返し言われました」  職務に忠実で、人望が厚く、国のために働いている、秘密組織の戦闘員──  頭が痛い。 「……仮眠をとってくる。2時間後に戻る」 「どうぞ、ごゆっくり」 「あぁ」  風見は、こめかみを押さえて仮眠室へと向かう上司の背中を眺める。  手元には、あのマーシー・ガーナードの養子である[[rb:梢子 > しょうこ]]・ガーナードの調査書もあるのだが──今、追い打ちをかける必要もないだろう。  1つため息をついて、医療用外傷保護シートの実質特許所有者である6歳の女児の調査書を持って、自分のデスクに戻るのであった。
 『はたらく細胞』の血球たちが、『名探偵コナン』の世界に生まれ変わって大暴れ……することもなく、それぞれがわりと平穏な日常(一部を除く)を送っていたら、なぜか公安にマークされていた!? セルズ(Cells)──細胞の名前をコードネームとする、存在も、活動も、構成員も何もかも不明な秘密結社。※元細胞たちに自覚はありません。<br /><br /> あっ、ごめんなさい細胞が転生とかほんとよくわからないですよね石を投げないで! 好きなことだけを書きました。<br /><br /> コナン夢ではない。多分。オリ主は出てきません。主人公は赤血球ちゃんです。注意事項は1ページ目に。<br /><br />この度、フォロワー様が1000人を超えました! ありがとうございます!
うっかり前世の名前で呼びあったら公安に睨まれていました~3~
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10057585#1
true
助けに来た...? 八幡「助けに来たって助けれるものなのか?」 いろは「私も、こんな体験初めてなのでわかりません。でも、あの日の車の事故は絶対避けられるはずです。」 八幡「どうするんだ?」 いろは「まず、あの日の約束をなしにしちゃえばいいんですよ。そうすれば事故に遭う可能性は無くなります。」 八幡「なるほどな...」 いろは「はいっ!なので絶対に行かないでください。」 八幡「わかった。で、その日はいつなんだ?」 いろは「えーと、先輩携帯をお借りしても...?」 八幡「あ、あぁ」 いろは「ありがとうございます。えーと、今から2週間後です。」 八幡「今から2週間後か...実感湧かないな。」 いろは「そりゃそうですよ...あんな事誰も予想できないです。」 八幡「だな、そういえば一色、未来から来たって言ってたが、飯とか寝る場所どうするんだ?」 いろは「そこは、大丈夫です。夜になったら未来に戻れるんです。」 八幡「そうか、なら、なら良かった」 いろは「先輩は優しすぎます。自分の命が助かるかどうかわからないのに。私を心配してくれますし。私が真実を伝えた時も最初に私の心配をしてくれました。」 八幡「なんでなんだろうな...俺にもわからんだが、一色の事が心配なのは確かだ」 いろは「ッ///せ、先輩はずるいです!!」 八幡「何がだよ..」 いろは「もう、知らないです!」 八幡「わからん...」 いろは「ふふっ」 八幡「?どうしたんだ?」 いろは「このやり取り懐かしいです。もうできないんだなぁ...」 八幡「できない事はねぇだろ?」 いろは「え?どういうことですか?」 八幡「今から2週間もあるんだ、色んなことできるだろ」 いろは「先輩キャラ変わりすぎですよ...」 八幡「うっせ」 いろは「でも...嬉しいです!思い出たくさん作りましょうねっ!!」ニコ 八幡「お、おう//」 いろは「私はそろそろ行きますね、、また明日ですっ!」 八幡「おう、わかった。じゃあな」 いろは「はいっ!では、さよならですっ!」 はぁ...元気に挨拶してさよならしたけど、先輩がどこかに行っちゃうんじゃないかとか思っちゃう...なんで私から大事な人を奪うんだろう...帰ったら先輩が居ないって実感させられるし..先輩とずっと一緒に居たいよ... 八幡「俺も帰るか..」 一色は元気に振舞っていたが、どこか悲しそうな目をしていた。実際すごく辛い思いをさせたんだろうな...だから俺は一色に笑っていてほしい。ちょっとの間かもしれないがたくさん思い出を作りたい。そう思った。 八幡「一色また明日な」 いろは「先輩また明日..」 2人はそれぞれの帰路につきながらそう呟いた... 続く
こんにちはAk_Qです。今回は未来の君と過ごした時間3話です。今回はちょっと短めでしたが読んでもらえると嬉しいです。では、また4話でお会いしましょう!
未来の君と過ごした時間...3
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10057714#1
true
キャプションをご覧ください。 降谷が警察病院へ入院してから、1週間。 勝利の余韻が冷め、事後処理に入った各国の機関が、組織についての情報がほとんど残っていないことに気付いた頃。 降谷は、未だ目を覚ます気配がなかった。 「どういうことですか」 ―――どうも何も、僕は何も保証はしてないじゃないか。 電話を受けた男は、笑みを含んだ声で返す。 ―――“僕の”手術に問題はなかった。でも、彼が目を覚ますかどうかなんて、一言も言っていないよ。 「・・・・・・こうなることが、わかっていたと?」 空間を睨みつけ、低い声で問う。 ―――患者が目を覚ますかどうかなんて、医者にはわからないさ。結局は患者の精神と生命力次第なんだから。 「・・・・・・言ったはずよ。降谷さんを助けてって。それに貴方は頷いた。・・・その約束が守られなかった時は・・・わかるでしょう?」 ―――ふふ。君も悪い女の子になったね。・・・まあ、目が覚めるかどうかはともかく、死にはしないだろうから、その辺は心配いらないよ。じゃあ、仕事があるから。 「・・・・・・」 一方的に切られた電話を睨みつけ、舌を打った。 [newpage] それから更に1週間もすると、各警察機関は情報のほとんどを公安が握っていることに気が付いた。 情報のほとんどは根こそぎ削除されていて、流出ルートも分からなくなっていたが、各国機関が右往左往する中で、公安だけが唯一、統率のとれた行動をとっていたからだ。 ほとんどの警察機関は、NOCリストの流出を招き、諜報員たちの命を危険にさらしたと責めることで情報を抜き出そうとした。が、公安から見れば、彼らは他国で違法に捜査を行い、邪魔をしたことになる。 それを持ち出されれば、強く言えるわけもなく、情報は手に入らないままだった。 そんな中、唯一表立った動きを見せなかった機関がある。 ―――FBI。アメリカ合衆国連邦捜査局。 彼らは、その情報の在り処を知っていて、かつそれを聞きだせそうな人物に当たりをつけていた。 工藤新菜。 降谷の協力者として秘匿され続けてきた彼女。 実際、彼女は組織戦から公安に身を寄せ、セキュリティの厳重な部屋に護衛と共にこもっていた。おそらくは、彼女を守るための措置だ。 彼らは、新菜が毎日のように足を運ぶ警察病院へと赴いた。 [newpage] 「工藤さん」 いつものように降谷の病室に居座る新菜の元へ、風見がやってきた。 「風見さん・・・何かありましたか?」 てっきり、情報が必要なのかと思ったが、風見はいや、と首を振る。 「・・・FBIが、君に会いたがっている」 「・・・・・・へぇ」 途端に下がる声色。どことなく降谷に似たそれに、僅かだがぞくりとしたものが背筋を抜けた。 「一応知らせに来たが、どうする? 会うなら、俺が同席するが」 組織が壊滅した今、国一も四六時中傍にいるわけにはいかない。 意識のない降谷を守るべく、常に公安警察のいるこの警察病院にいる間、新菜はほとんど1人だった。 とはいえ、それは外部の人間が入らないこの階にいるからで、FBIに会うとなれば、下の階へ移動することになる。1人で行動させるわけにはいかなかった。 「・・・会います。会うまでは、諦めないでしょうから」 風見に伴われ、この為に空けられた部屋へ向かう。 部屋とは言っても、ただの喫煙室だが、周囲には数名の公安刑事が配置され、人払いは済ませてある。おそらく、盗聴器やカメラの類も確認済みなのだろう。 部屋へ入ると、ジェイムズを筆頭に、赤井、ジョディ、キャメルの姿があった。 「わざわざ呼び立てて、すまなかったね」 「いえ、やることもありませんので。・・・何か、ご用ですか?」 ジェイムズと軽い挨拶をかわし、さっそく切り出した。 てっきり、話しかけてきたジェイムズが交渉相手だと思っていたが、予想に反し、口を開いたのはそれまで煙草をふかしていた赤井だった。 煙草を灰皿に押し付けながら、世間話でもするかのように問いかける。 「お嬢さん、君は知っているんだろう。降谷君の記憶媒体のありかを」 降谷は、倒壊する建物の中で、最後まで警察官として動いていた。 日本を守るため、彼はありったけのデータを奪取し、“とある場所”へ保存した。 他のどの国も手に入れられないデータを唯一手に入れた日本に、それを寄越せと、彼らは言うのだ。 NOCリストを奪われた奴らになど任せられない、と。 赤井の手が、新菜へ伸びる。子供にするように頭に触れようとしたその手が、強く払われる。 「馬鹿にしないで。もう知っているんでしょう。私はあの人の、降谷零の猟犬よ。主人以外に尻尾を振る猟犬が、どこにいるっていうの」 新菜にとって、主人はまさしく降谷のみ。公安に協力しているのは、単にそれが彼の目的だからだ。 「しかし、組織の壊滅は我々にとっても最大の目的であってだな」 一緒に来たジェイムズたちは口を挟まない。“仲がいい”赤井秀一に任せた方がいい、とでも思ったのかもしれない。 「降谷君にも再三言ったが、目先のことにとらわれて、狩るべき相手を見誤るな」 それを聞いた瞬間。新菜の口からふ、と笑いが漏れた。 くすくすと笑うその顔は、明らかな嘲笑を形作る。 「『狩るべき相手を見誤るな』? 笑わせるわ」 誰も聞いたことがない、彼女の嘲笑。 思わず固まった彼らの中で、真っ先に回復したのはジョディだった。反論しようとした彼女を遮り、新菜が嗤う。 「我々は何も間違えてなんかいないわ。はき違えているのはそちらの方でしょうに、さも自分たちが正しいのだと言わんばかりのその態度。哀れで哀れで、涙が出るわ」 「さっきから聞いていれば・・・!」 「だってそうでしょう? 私たちの目的は、今なお進行中なの。何一つ、終わってなんかいないわ」 「・・・どういう意味かね?」 ジェイムズが口を開いた。 「まず、貴方たちの『黙って寄越せ』と言わんばかりの態度が気に入らない。ほしいのなら、下さいってお願いするのが人としての道理でしょう。まして、ここは日本。貴方たちの好き勝手に出来る場所じゃないのよ。・・・次に、交渉にトップが出てこない点。彼は公安におけるこの件の最高責任者と言っていい。そして、私はその協力者。情報が知りたいのなら、彼に匹敵する立場の人間が出るべきだわ。・・・それを何? たかが一捜査官でしかない男に交渉を任せて、どうしてうなずいてもらえると思ったわけ?」 「・・・それは、君と俺が親しいから」 「その前提からして違うのよ。・・・まさか、今まで微塵も気づかなかったの? ビュロウのシルバーブレッドはずいぶん情けないのね。・・・教えてあげるわ。私、貴方のことが大っ嫌いなの。この世界で何より嫌い。今まで見せてこなかったのは、貴方から情報を掠め取る為。すべては、あの人の為よ。組織壊滅が成された今、これ以上貴方に媚を売るなんて耐えられないわ」 愛らしい顔で、鈴のような音で語られる衝撃的な言葉に、二の句が継げない。 「・・・・・・君が、俺を嫌っているのはわかった。だが、はき違えているとは、どういうことだ」 「ここまで話して、まだ分からないわけ? あはは! ばっかじゃないの」 鈴の音であざ笑う少女に、誰一人として声をかけられなかった。 分からないなら教えてあげるわ。愛らしい笑みを浮かべながら、その目に怒りを宿す。 「貴方たちFBIの存在意義は何? 貴方たちは、何のための組織なの? はいじゃあ、キャメルさん」 「え!? ・・・そ、それは、国家の治安維持と」 「はいそれ」 私が最も言いたいのはそれです。早々に遮った新菜が、よくできましたと言わんばかりに微笑む。 「国家の治安維持。それは、どの国の警察組織にも課せられる、最重要課題であり、必ず果たすべき義務です。いわば、それこそが警察組織の“目的”です。・・・じゃあ問題です。他国の捜査官が無断で捜査をすること。これは、治安維持を損ねるか否か。ジョディさん」 「・・・損ねる、わね」 「その通り。我々にとっての目的は、あくまで治安維持。それを脅かすものは、犯罪組織であろうが、他国の捜査機関であろうが、等しく敵。排除すべきものです。・・・もう一度聞きましょう。我々は、何か間違ったことをしていますか? 狩るべき相手を見誤っていると思う方、いらっしゃいます?」 鋭い目で4人を睨めつける。・・・声を発するものなどいない。いてはならない。 「君の言いたいことはよくわかった。確かに正論だ。・・・だが、我々は仲間だろう? 同じ組織を潰すために手を取り合った仲間じゃないか」 す、と彼女の目が細められた。 「・・・・・・ほんっと、馬鹿にするのもいい加減にしてもらえるかしら、赤井秀一」 冷え冷えとした声に、ジェイムズがああ、と首を振った。 彼女が彼を嫌いだと言った時点で、赤井は口を噤むべきだった。嫌いだと言われてなお説得しようとするのは、逆効果だ。 「仲間、ですって? 散々日本で好き勝手してきて、そのくせ、後始末は全て押し付けて、罪なき民間人を危険にさらした挙句、出来上がったのはFBIとCIAの協力関係っていう、日本に何のメリットもないもので、最後には日本国内で作戦を行うくせに、ただ従え、なんて言ってきた連中の、どこが仲間だって言うんです? ああ、そうか。そうよね。貴方、そういう人だったものね。ごくごく少数を除いてすべての人間は自分より下だと決めつけてスタンドプレー、勝手に死んで、勝手に人の家に居候して、隣家を盗聴しちゃうような人だものね。ていうか、そもそもFBIに入ったのだって、組織を潰すためだって言うんだもの。そりゃあ間違えて当然よね。端からはき違えているんだから、救いようがないわ」 立て板に水。口をはさむ間も与えずにただただ彼らのミスをあげていく。 「大体、NOCリストがどうこう言うけれど、貴方のせいで降谷さんが散々疑われて、何度も殺されかけたのはご存知かしら。それでも逃げ出さずに最後まで潜入して、日本を守るためにその命すら賭けたのよ。さっさと逃げ出したあんたとは大違いだわ」 「それは・・・」 「いい加減、黙ってくれない?」 それまで浮かべていた笑みをかき消して、新菜が告げる。 「不愉快なの、気持ち悪いのよ。あの人を侮っていた人間が彼の傍にいるってことが、あの人と同じ建物の中にあんたたちがいるってことが、私にはもう1秒だって耐えられないの。さっさと出て行ってちょうだい。もうわかるでしょう。私は何をされたって、たとえ殺されたって情報の在り処は話さない。何なら試してみればいいわ。日本国内で、“ただの”中学生を拷問にかけた非道なFBI捜査官って呼ばれてもかまわないのならね」 「・・・彼が人質に取られる可能性だって、あるだろう」 赤井のそれは、ただの意地悪だった。子供がすねたときに、親に「ケチ!」と叫ぶようなもの。だが、それは何より彼女の琴線に触れた。 傍にあった灰皿を掴むと、非力な腕でそれを振り上げた。消されたばかりの煙草が、白い腕を焼いて床へと落ちる。 それまで黙っていた風見が慌てて止めに入った。振り上げた手をつかんで、灰皿を取り上げる。 「待て! それをしたら、我々は君を逮捕しなくてはならなくなる。・・・こんなことで君を失うなんて、降谷さんが望むわけがない」 「っ・・・!!」 ギラギラと燃える目に射抜かれても、風見は怯まなかった。 「気持ちはわかる。だからこそ、君にそんなことはしてほしくない」 「・・・・・・」 ぐ、と歯を食いしばって、新菜が呼気と共に身体から力を抜いた。 俯いた顔を、長い髪が隠す。 「・・・ふざけるのも、いい加減にして。彼らはそんなに弱くはないし、何より、私はそこまで馬鹿な犬じゃないのよ」 「どういう・・・」 こぼれた髪を耳へ掛けながら顔を上げ、再び彼らを見据える。 その目にもはや怒りは見えず、ただただ真っ直ぐな“意志”だけが光っていた。 「彼の意思よ。『この国を守る』その意思は、たとえ彼がこのまま目を覚まさなくたって消えることなどありえない。ずっと昔から連綿と続いてきたそれを、私が絶やすことなどあってはならない。それは、彼に対する最大の裏切りに他ならないから。・・・もし彼が人質に取られたとしても、私は教えない。彼の意思を継ぐ者たちがいる限り、私は、誰にも口を割ったりはしないわ」 公安に、彼の部下に対する信用と、強い忠誠心を持って外敵を見据える彼女は、まるで静かに唸る猟犬のよう。 主人を守るために牙を剥きだし、けれど吠えることも襲い掛かることもなく、ただ威嚇する。 それは、どこまでも忠実で優秀な猟犬の姿そのものだった。 「わかったら、さっさと消えて。次に余計な口を叩いたら、2度とこの国に入れなくしてやるわ」 「そんなことが・・・」 「出来るわ。貴方がバカにし続けてきた“お嬢さん”はね、それが出来るだけの力を持っているの。・・・他人を見下しているとどうなるか、よくわかったでしょう。・・・私は別に、今すぐやったってかまわないの。・・・・・・・・・それが嫌なら今すぐ出ていけ、無法者ども。ここはお前たちの領域じゃない」 あえて赤井の口癖を使ったのは、突き付けるため。彼らがいかに不作法で不調法で身勝手であったかを、逃げ道一つなくすため。 「忘れるな。私は、降谷零の猟犬だ。ほかの誰にも屈しはしない。2度と、ここに近づくな」 死ぬまで、私はこの人のためだけの存在だ。 アンクレットが青く光った。
いつもありがとうございます。<br />お待たせしました。ようやく本編です。<br />今回は今まで以上の厳しめ注意です。FBI、特に赤井さんファンの方はご注意ください。<br />今回は厳しめ色強いですが、本シリーズは厳しめメインではありません。<br />苦情、誹謗中傷はご遠慮ください。<br /><br />FBIの正式名称がやや怪しい・・・。あれで合ってたかな、とか思いながら書きました。<br /><br />ここからは読後推奨です。<br /><br />書きたかったのは主人公がぶちギレするところと、短いですがドクターとの会話です。故に「主人公ぶちギレ回」ってタイトルにしようか割と本気で悩みました。<br />ドクターは協力してくれるけど、クロさんのように恩があるわけでもなく、ただ彼女は面白い、という興味だけで付き合ってます。裏の人間なので、協力はしてくれても優しくはないし、こういうやや対立するようなときもあるよってことが言いたかった。<br /><br />一応、降谷さんのいる階は公安とか主人公以外は立ち入り禁止になってます。部外者が入ってこないのでこ1人でも行動させられる。ただ、他の階は他の事件の被害者とかもいるので、1人は危ないよ、と。<br />そんな中でヤバそうな話をするので、やっぱり人払いとかは必須かな、と。<br />病院内に会議室みたいなところがあるのか疑問だったので、喫煙室にしました。確か、坏戸中央病院にはあった気がする・・・。<br />喫煙室って、(用がないので当たり前と言えば当たり前ですが)吸わない人はあまり近寄らないイメージがあったのでここがいいかな、と。<br /><br />病院の造りとか詳しくしらないので、やっぱり適当です。<br /><br />追記<br />予想以上の反応に驚きました。コメント数が30越え・・・ありがとうございますm(__)m<br />8月31日の女子に人気ランキング35 位に入りました。嬉しかったです。
第19弾 降谷零の猟犬
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10057925#1
true
差し出された手は、恐ろしい程の均整の美を称えている。辿る様に視線を上に。 一際鮮烈な色彩を放つ黄金は、遠くからでも目に眩しい。大衆に向けられた筈のその黄金が、人の波間をぬって、一瞬こちらに向けられた気がした。 形の良い唇が動く。 『ーーーーーー僕のものになりなよ』 ……掴まれた。 何がと聞かれると、上手く説明できない。何に、と聞かれると頭を抱える他無い。 ただ言える事はその瞬間、私は確かに「掴まれていたのだ」、と云うことだけだ。 [newpage] 「…………はう!」 反射的にベッドから身を起こし、布団を蹴り上げる。弾かれる様に窓の外を見ると、薄紫色の朝焼けが広がっていた。一先ず、遅刻の心配がなくなった事に胸を撫で下ろす。 「独歩ぉー起きろー!……って、まじで?」 ドアの開く音と共にベッドの隣から聞きなれた声が飛んでくる。のっそりとそちらに向き直り、これまた見慣れた同居人の姿を確認する。 今は驚きを隠そうともしない間抜けヅラを晒しているが、それでも滲み出る顔の良さは隠しきれていない。腹立たしい事だ。 そしてスラリと伸びた手足に、端正な顔立ち。しかしスウェットの上に巻かれたエプロン。フランス人形に市松柄の風呂敷を巻きつけた様な致命的なアンバランスさだが、妙な安心感がある。 塩辛い焼き魚独特の香りを引き連れている事から、丁度彼が朝食の準備を終えたのだとわかった。 コクリ、と緩慢に頷くと声帯を震わせる。コンディションに若干不安があるが。 「おはよう、一二三」 案の定、ちょっと声は掠れた。 ________________________________________ 「まじかぁー、独歩遂にひとりで起きれる系女子?デビューしちゃう感じ?俺ちょーびびったんだけど」 白米を頬張りながらケタケタと笑うのは、先ほども紹介した通りの私の同居人、伊奘冉一二三。幼馴染だ。浮ついた振る舞いを取る此奴は、見た目通りホストとか云うチャラチャラとした職業についている。 意外性もクソも無いようだが、本人は女性恐怖症だと云うのだから、世の中は本当に分からない。 「私にもそんな日があるってだけだ。 完全にデビューしたってわけじゃ……ん、 これ美味いな」 「あーりがと」 いつの間に食べ終わったらしい其奴は、頬杖をつきながらこちらをニコニコと眺める。ふっくらと焼けた卵焼きは、何処までも素朴で、優しい味がした。依然微笑み続ける目の前の男に、ああ、紛れも無くこれは此奴が作ったのだとボンヤリ思った。 「お前が大勢の前で歌ってた」 「何、何の話」 「夢」 ガタタッという音と共に、一二三が立ち上がり、こちらに身を乗り出す。私は味噌汁を避難させながら、抗議の意を込めて一二三を仰ぎ見た。 「……ゆ、夢って、夢って云うのはその、ど、どどぽぽぽぽぽ、の夢……」 「それ以外に何があるんだよ」 「!!」 次の瞬間、一二三はストンと、自らの椅子に大人しく腰を下ろす。 「そっかぁ。へーふーんほーん、そっかぁ」 ……独歩の夢に俺っちがねぇ。 ぶつぶつと考え込むように呟くと、黄金の瞳をぎゅう、と細め、ニンマリと笑った。 「な、何だよ…」 幼馴染の百面相を若干引き気味で眺めていたが、ふと、そのニヤケ顔の向こうに掛け時計を見る。 長針が、丁度6の数字を指し示していた。 ……7:30。 ざあ、と全身の血の気が引いていくのが分かった。残りの味噌汁をワカメもろとも飲み干すと、流しに食器を無造作に置く。 「ちょ、独歩!」 玄関に転がり出るとドアノブに手をかけ、憮然とした表情でこちらを見る幼馴染に向き直る。 「美味かった!」 半ば怒鳴るような口調になってしまったが、サムズアップしておいたので問題はないだろう。後ろから一二三の声が飛んできた気がしたが、きっと気の所為だ。一二三問題を補完すると、すぐさま脳内に時刻表を引っ張り出す。遅刻チキチキレースが、今日も幕を上げた。 ________________________________________ 腕時計の針が、一番上でピッタリと重なる。 勢い良くエンターキーを押すと、全体重を持って、低反発のオフィスチェアにのしかかった。 「…………デスクワーク最高……」 社畜ここに極まれりな台詞だが生憎、外回りと云う地獄を経験している私にとっては、本心以外の何者でもない。 体を起こすと、ヨレヨレの鞄から風呂敷包を取り出す。燻んだ社内で、それだけが一際輝いて見えた。風呂敷を広げ、カラフルな弁当箱を開ける。そこには彩の良いおかずと、ふっくらと炊けた白米が絶妙なバランスで共存していた。今朝の残りであろう卵焼きに、さらにテンションが上がる。 この瞬間を味わうために、自分は人生を歩んでいるのだ。そう思えば、日々の理不尽を許す事ができる。 湧き上がる期待に突き動かされるように手を合わせ、いただきます、と小さく呟いた。 「うわ、観音坂センパイのお弁当チョー美味しそう」 不意に降ってきた女声に、内心で項垂れながら振り返る。 厚く塗られたファンデーション。これでもかと染め抜かれた金髪。 今年の春からこの部署に配属された新人が、どんぐり眼をキラキラと輝かせながら私の弁当を覗き込んでいた。 休憩中なのを良い事に、新人は隣の、空いたデスクチェアを引っ張り出してこちらににじり寄ってくる。 入社時、振る舞いや見目から他の同僚に比べて若干浮き気味だった彼女を、何やかんやサポートするうちに懐かれてしまったのだ。彼女を見ていると何処か一二三を思い出し、放って置けなかった。とは言っても彼女は、根は善良であるし、その見目を差し引いても採用される程に優秀なので、最近では私の存在意義も微妙な所だ。 「それセンパイが作ったんすか」 「同居人だよ」 「同居人…?あー!あの噂のカレシさん!」 「シャァラァップ!!」 大声で叫んだ後輩の口を思い切り塞ぐと、こちらに集まった視線に対してヘコヘコと頭を下げる。若干殺気を込めた瞳で其奴を睨み付けると、鼻の頭をギリギリと引っ張った。 「いだいだいだい!センパイ痛いっす!!」 「お前がデタラメな事言うからだろ!」 「もー!そんなに照れなくても。今更隠したって、カレシさんの事知らない人なんてこの部署にいませんって」 「は……」 後輩に揶揄われているのだとばかり思っていたが、その言葉に、その鼻頭をしばき上げていた手が止まる。目を見開いたまま固まる私に、後輩も小さく首を傾げ、こちらを怪訝な顔で見つめる。 「…………彼氏って、本当に誰の話だ?」 今度こそ社内に後輩の叫び声が響き渡った。 「ちょ、待ってくださいって、あのどう見てもカタギじゃないスーツの!イケメンの!金髪の!!それは私も人の事言えないけど!」 「一二三の事か?あれは本当にただの幼馴染で、同居人で……」 「ただの男女の幼馴染が普通同棲とかしませんって!!」 尋常じゃない剣幕に、後輩が冗談を言っている訳ではないと言うことを確認する。現に、私の両手を包み込む長い指は、小刻みに震えていた。 「…………そうなのか? 私は一二三の弁当は好きだし、何より、昔からの友達だし。彼方も何だかんだ頼りにしてくれるし。何というか、あれだ。相互扶助?みたいなものだと、特に問題は無い物と思って居た」 首を傾げた私に大きく溜息をつくと、指を一本、びっ!と突き出す。思わず仰け反った視界の端に、ネイルに彩られた爪がユラユラと揺れた。 「アリアリのアリ王子っすよ!!」 「アリ王子!?」 「良いっすか、センパイ。辛い事言いますけど、そりゃ相互扶助っていうか相互依存って言うんすよ」 チクリと、胸の奥が痛んだ気がした。これ以上続けられる言葉に、耳を塞いでしまいたいと思う。しかしその反面、何処かで、逃げてはいけない、と何者かが叫んでいる。 「大きなお世話ってのはわかりますけど、アタシ、センパイが心配なんすよ。このままセンパイがズルズル行き遅れて、センパイの遺伝子が後世に残らないとか、センパイが孤独な老後を送らないかとか……」 「お、おおう…………」 何処か据わった目で斜め上の返答を連ねる後輩に若干引きながらも、胸中に温かいものがジワリと広がるのを感じた。 ……一二三以外にここまで自分の事を思ってくれる人間がいたとは。 その事実が何より嬉しく、何よりも心強い。 「もいちど確認っすけど、センパイはその同居人さんとどうにかなりたいとかは思ってないんすよね!?」 コクリと頷くと、後輩は顔を覆いながら天を仰いだ。ぐい、とこちらに顔を近づけると、手を握る力を強める。 「アタシと、同居人離れ、しましょ?」 「ヒィ……」 一言一言絞り出すように言った後輩の笑顔は、妙な圧を孕んで居た。 [newpage] そんなこんなで、帰宅後私は直ぐに引っ張り出したキャリーバッグへ、私物をギュウギュウと詰め込んで居た。 有難い事に私が一二三から自立できるまで、後輩が家に泊めてくれるらしい。 見た目によらず建設的に貯蓄を増やしてきたお陰で、社会人一年目にしては良い部屋に住んでいるようだ。 以外と計画的なところも一二三に似ている。そこまで考えて慌てて首を振る。数刻物を考えるだけで、私は一二三の顔を思い浮かべてしまう。これは俗に言うパターンレッド。末期症状だ。一刻も早くここを離れなければ、駄目になってしまう。 ……お互いに。 脳裏に、腐敗した蜜柑が一瞬過る。 キャリーバッグを閉めると、自室の扉を開く。 「ーーーーーー一二三?」 暗い廊下を想像して居た私は、目の前に佇む男に、思わず後ずさった。 オートライトの光を背負いながら立ち尽くす幼馴染の顔は真下に伏せられ、その相貌を伺うことはできない。 ……いつからそこに立って居た? ……仕事はどうした? そんな疑問が濁流のように押し寄せるが、何一つとして言葉に出す事は出来ない。代わりに、喉からヒュ、という変な音が出ただけだ。 「独歩、どこ行くの?」 上げた相貌には、満面の笑みが浮かんで居た。いつも通りの能天気な笑顔に、ほっと胸を撫で下ろす。 「お泊まりだ」 「ウッソダァ!どぽに俺っち以外、そんな事する友達いないっしょ」 「む…」 本当の事だが、言って良い事と悪い事があるだろ!目の前で茶化すようにケタケタと笑う幼馴染に、無性に腹が立って来る。 「放っておいてくれ。私にだって、家に泊めてくれる程度の人間はいるって事だ」 一二三を押しのけて自室を出ようとした私の腕を、生白い手が掴む。 「俺には独歩だけなのに?」 降った声は、 総毛立つ程に無機質な物だった。 咄嗟に振り返ろうとした私の口を塞ぎ、動きを封じる。 「離せって。 …………いい加減にしてくれ一二三…!」 身をよじる度に、その長い四肢はさらに強固に絡みついて来る。 此奴、女性恐怖症とか絶対嘘だろう。 「……俺から離れないでよ、独歩」 私の声を、聞こえていないかのように受け流すと、譫言のように呟く。 耳元で囁きながら懇願するその表情は見えない。じわじわと冷気が背後から這い登って来るような感覚を覚えた。 「明日から、誰が起こして朝ご飯食作って、お弁当持たせてくれるの。俺以外にいないっしょ。それとも何、そーゆー事してくれる人でも出来たん?」 「ひふみ、ちが……」 「ま、どーでも良いけどね」 何処か調子の外れた声音に、思わず肩が揺れる。手に籠る力が一層強くなった。 「男だろうと女だろうと、どうにしろ許すつもりねぇし?」 ーーーーー誰だ、この男は。 「お前、『どっち』だ?」 あまりにアンバランス。あまりに危うい。 普段の一二三からは考えられないような不安定な在り方に、最早、背後の男が一体誰なのかが分からなくなっていた。 思わず口をついて出た私の問いに、黙り込む。 刹那 視界の端で、其奴の口が三日月型に歪んだ。 「ーーーーーーっ!!」 弾かれたように一二三を突き飛ばす。キャリーバッグを引っ手繰ると、転がるように玄関を目指した。 駄目だ、ここにいてはいけない。今のあいつは危険だ。常軌を逸している。 取手に手をかけ、思い切り回した。 ……筈だった。 しかし私の意思とは裏腹に、伸ばした右腕は石のように重く、ピクリとも動かない。 それどころか、手がドアノブに触れようとしない。そしてここに来て、足すらも縫い付けられたようにその場から動けない事に気付く。 一人でに身体が震える。 誰が混乱しているかと言えば、私自身に他ならない。無理もないだろう。何せ、文字通り『身体が云うことを聞かない』。 ついに膝をついてしまった私を嘲笑うかのように、 ひた、ひた、 廊下の奥から、光を背負いながら一二三がゆっくりと歩いて来る。その相貌には、相も変わらず貼り付けられたような笑みが浮かんでいた。 「逃すわけねぇじゃん」 「つか『どっちだ』って、ひでぇよ独歩。伊奘冉一二三以外に誰がいるってんだよ」 違う、お前は一二三なんかじゃ無い、少なくとも、私が知っているあの一二三では。 だって私の知ってる彼奴は、 「……一二三は、そんな顔しない」 掠れた声で呟くと、一二三は目を見開き、無様に座り込む私を凝視した。そしてパチクリと大き瞬きをすると、こてん、と首を傾げる。 それだけの所作ではあるが、それは何故か、今の私を絶望に突き落とす程の、得体の知れぬ破壊力を伴っていた。 「独歩、何言ってんだ?」 困ったように細められる瞳は、引きずりこまれる程の虚を孕んでいる。 その光景に、余りにも酷な事実と対面させられる。信じたくなかった。目の前の、別人のように笑う男が、自らの知る伊奘冉一二三だと云う事を。そして私が、こうなる程に彼を追い詰めてしまった事を。 堰を切ったように溢れ出す涙に、耳を塞ぎながら、半ば悲鳴のような叫び声をあげる。 「嘘だ」 「よくわかんねぇけどさ、これが俺っちの本質だぜ?」 「嘘だ」 「独歩が大切で、独歩しかいらないくらいに独歩が大好きで」 「……やめてくれ」 「独歩が離れていくのを何よりも怖がってる」 切なげに目を伏せたかと思えば、生娘のように頬を赤らめる。そんな表情にも、生憎私の胸中には恐怖しか湧き上がらない。 「俺っち、いつか独歩が離れてくのが怖くて、怖くて、毎晩独歩が寝てる間に語りかけてたんだよね」 「そしたら大正解。こうしてちゃぁんと独歩を引き留めてくれた。 ……身体、動かないっしょ」 無邪気に、しかし何処か自嘲気味に笑いながら、一二三は懐を探る。取り出したそれに思わず引き攣った悲鳴が漏れた。 「ーーーーヒプノシス、マイク…………!」 譫言のように呟いた私に、一二三は蕩けるように微笑む。少女のを彷彿とさせる程の無邪気な表情とは裏腹に、何処までも妖艶な色香を漂わせている。 脊髄を氷でなぞられた様な悪寒が走った。 『行かないで』 『独歩は、俺の』 『離れるなんて、絶対に許さない』 マイクを通した言霊は、暴力的なまでの衝撃で、私の脳内を搔き回す。ガンガンと痛む頭に、とうとう倒れ伏してしまう。 灰色の靴下が、地に伏せる私の視界に映り込む。ゆるゆると視線をあげる私に、目の前の其奴は、こっちにおいで、とでも言いたげに手を伸ばす。 差し出された手は、恐ろしい程の均整の美を称えている。辿る様に更に視線を上に。 だけど私は、何故だかこの先を知っていた。 案の定、形の良い唇が動く。 『ーーーーーー僕のものになりなよ』 オートライトが消えた廊下。 私を見下ろす黄金が、ぎゅう、と光を凝縮するように細められる。 その鮮烈な色彩に、私は確かに「掴まれた」事を自覚した。
注意<br />・腐向けです。<br />・独歩が女体化してます。<br />・モブが出張ります<br />・一二三が若干病んでます<br /><br />知らないうちに精神干渉されて、本人が気付かないうちに囲われてるって最高だよねって話。まず精神干渉っていうワードがエモい。<br /><br />Twitter→<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fmobile.twitter.com%2Fhome" target="_blank">https://mobile.twitter.com/home</a><br />もし宜しければ🙇‍♂️🙇‍♀️
幼馴染離れしたい独歩ちゃんと精神干渉の話(ひふど ♀)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10058689#1
true
私は覚醒した。 目を開ければそこはいつもの自室ではなく、見知らぬ天井が目に入る。 ……などのテンプレ文章はなく、代わりに、鮮烈すぎるまでの記憶が脳裏に流れてきた。怒涛の勢いで。滝かよ。 思わず気絶しそうになったがそれは白目になることで耐えた。いや白目になってる時点であかん。 あなた女の子でしょ!!!思わず意識を手放しそうになったが、これなら手放してしまった方が絶対よかった。 いま間違いなくあほ面晒している。 ハッとして気づいた時には、時既に遅し、お寿司、いなり寿司。 「どうしたんだよお前、今日はえらく静かじゃねえか」 机の上に頬杖をつきながら彼が話しかけてくる。 見なくてもわかる。体に染み付いた感覚でわかる。声だけでわかる。わかるけど、認めるのとは話は別じゃん???? ちょっとお姉さん頭の思考回路が追いつかないというか状況を把握出来ていないというか。思わずピシリと固まった私に、彼は今度こそ困ったように話しかけてきた。やめて。そのウルトラ甘々ボイスを私に振りまかないで。もれなく私が爆発して大破してしまう。爆処だけに爆発ってか!!!ははは何言ってるんだろうねマジで!!!いやマジで?!?!ちょっと頭が追いつかない。脳内にクエスチョンマークが舞い踊り、時間が止まったような錯覚を覚えた。反射的に背筋を綺麗に伸ばして、授業中ですらしないくらい姿勢を正した。 自分の心臓が大きく鳴って、うるさい。息が出来なくて、苦しい。視界がぶれる。嘘、嘘だ。だって、こんなことって。 信じられない。 目を見開き、今の現状を受け入れようと頭を動かすけれども何も考えられない。脳のテルホラミンみたいな名前の何かが、あっ。アドレナリンだアドレナリン!アドレナリンがめっちゃドバドバ出てる気がする。言い方がきもい?それな。 「松田………」 「何だよ」 「えっ」 「は?」 松田???松田???松田って松田!!?!?!?!???? えっ。ちょっと困惑が困惑すぎて状況を掴めない。思わずその時になって電源が入ったかのように今更起動した私は体が5センチほど飛び上がるくらい驚いた。実際少し跳んだ。膝頭がガンッと勢いよく机の下にぶつかり地味に、いやかなり痛い。だけどじんじん痛むそれより、今目の前の状況の方が圧倒的に信じられなくて息を呑む。 私の目の前に、えっ。松田って、あの松田。どの松田。この松田。イケメンの松田………!!!!思わず脳内に湖にものを落とす童話が流れてきた。いやそうじゃない。そうじゃないだろ自分………!!!そろそろ松田という文字がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。目の前を見る。やっぱり変わらない。目を瞑ってもう一度見る。やっぱり変わんねえ。嘘やん。嘘でしょ。 夢にまで見た、というかもはや夢で会ったことすらあるというのが本音だが、それはキモい夢女だということがバレないよう伏せておく。夢にまで見た、松田陣平。名探偵コナンという作品に出てくる顔がいいOFいいのイケメンキャラクターが、私の最最最推しが…………目の前に、いる………!?!?ちょっとあまりにも現実が信じられなくて少しだけへらりと笑ってみた。 人間ありえない現象を前にすると頬の口角が緩むんだと思う。初めて知った。こんな珍体験流石に初めてだよ。 私の中にある記憶、いやこれは記憶でいいのか?わたしの都合のいい妄想なのでは??? もはや妄想と現実の区別がつかないやばやばのやば女の路線を一直線の私なのだが、とりあえず落ち着いて記憶を整理する。 目の前の顔がいいオブいいの少年はこの際置いておく。夢なら一生醒めなくていいが一応情報整理はしておきたい。 「これは夢……?いや現実………?とうとう薬にまで手を出したのか私……???」 「さっきからなーにゴチャゴチャ言ってんだよ。アホなこと言ってるとデコピンすんぞ」 「ッア゛痛!!もうしてるじゃん!」 「お前が馬鹿なことばっか言ってるからだよ。なんだよさっきから。薄気味悪いな」 「……!!」 待って〜〜〜〜〜!!!情報整理?そんなの秒で終わる。レッツリッスン。前世!!!名探偵コナンという漫画に出てくる松田陣平というキャラに恋したわたし!!二十代女子!彼の死亡とその理由のしんどさに思わず絶望の淵をさまよい毎日塩水を流しながら拝んでいた私だったが、ある日不幸にも仕事の疲れからか黒塗りの高級車に追突してしまう。後輩をかばいすべての責任を負った三浦に対し 車の主、暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは…。ではなく。普通に交通事故に巻き込まれお陀仏しました。OK。それが私の前世(笑)である。前世(笑)。本当にこれが前世なのか確信もないので(仮)にしておく。前世(仮)。厨二かんが更にレベルアップしてしょっぱい気持ちになるな。 そして、そんな私だが今世……今世なのか???もしかしたらこれは前世なのかもしれない………。今見ている世界が今世とは限らない……!もしかしたらこの世界こそが時空軸のないものでX軸と呼ばれるうんたらかんたら。さて、頭の弱い冗談はここまでにしよう。とにかく私は生まれ変わったらしい。バブー!!ままー!!ミルク!!そんな毎日を過ごしていた私だが、今度は黒塗り高級車ではなく黒塗り天パイケメンとぶつかってしまったらしい。(運命線が)(何言ってんだ) 今の私の立ち位置は恐らく幼馴染。私が彼の付きまといとかストーカーとか思い込みハゲ子ではない限り、私は彼の幼馴染。は????幼馴染???超いい響きじゃん。やば。その響きだけでお米一キロ消費できるわ………バッカじゃん食費高くなんだろ〜がぁ………。 とにかく、私は彼の幼馴染。つまり、それは、 松田陣平の幼馴染なということのでは!?!?!?!?!(何も変わっていない) は???やばくない??何??貢ぐ??神にお礼言う??とりあえずお百度参りは必至でしょ。あ。お百度参りってお願い叶えてくださいふええんというやつか。失敬失敬。兎にも角にもお賽銭は奮発せねば。諭吉???諭吉突っ込む???よ〜〜〜〜〜し!!!前世の貯蓄がたぁくさんあるんだ………ぜ………そうだよ私今学生じゃん………お母様からお小遣い賜っていただいてる立場じゃん……諭吉どころか英世すら惜しい身の上じゃん……………高校生なのに財布の中にいるのは英世三体の寂しい身の上じゃん…………。ピシャーーンと雷に打たれたかのように静まり返った私に彼が心配そうに顔を覗き込んできた。さっきまでふざけて私のおでこデコピンしてきてたのにこういう時に真剣に心配するの本当こういうとこだと思う!!!!!!!!!!!あなたがモテんの本当そういうところだぞ!!!!思わずガッデム!!!と叫びたくなった。叫ばなかった。私えらい。よく耐えたよ……!!!!涙の津軽海峡が心の中で舞い踊った。 「松田さん」 「おぁっ!?お、おぉ………?」 いきなり話しかけたからか、松田陣平はすごく驚いた顔をしている。ついた頬杖が若干ずり落ちているのが本当に可愛いと思う。小動物か???小動物なのか???? 「松田陣平さん………」 「なんだよ気持ち悪ぃな。なんか用か?言ってみ。ほら」 その後、彼は私の本名をフルネームで、そしてさん付けで言ってきて今度こそ昇天するかと思った。 どんな原理なのかどんな構成なのかそんなのはもうどうてもいいし今の私に出来るのはひたすら髪を崇め奉りその場で這い蹲り感涙の雨流すことだけなのだが、前世と!!!!!名前が!!!同じです!!!マジかよ!?!?!?推しに本名朗読されるとかこれ何のご褒美???課金???課金諭吉いる???アッしがない学生の身なんだった………どうして私はお金を持っていないの……わけがわからないよママン………。 「松田陣平さん……」 「はいはい今度は何だよ。お前の松田さんだぞ〜」 「そうやってさりげなく勘違いさせようとしてくるの本当によくない」 何お前の松田さんって。私ら普通の幼馴染だろ。そんな関係じゃないだろ〜〜〜〜〜〜!?!?!?脳内の豊○真由子元議員もそう叫んでる。脳内の野々○竜太郎元議員も泣きながら荒れ狂っている。ちなみに私も泣いてるし荒れ狂ってるしもう訳が分からなすぎてサンバ踊り始めてる。松田陣平まじ性癖の塊すぎかよ………。夢と希望が詰まってるって何???アンパンマンなの???松田陣平はアンパンマンだったの??? 「はぁ?つーかお前、今日変だぞ。腹でも下したのか?」 「そういうデリカシーの欠けらも無いところも好きだよ」 「………本当なんなのお前。調子狂うわ」 ン゛ッ……!?!?!?? 赤面した!?!?あの松田陣平がちょっぴりほんの僅かにうっすらと視認できるかできないかのライン瀬戸際の頬染めを!!!!した!?!?!?思わず衝動のあまり起立しそうになった。先生!!!男子が!!!ガイドさんの言うことを聞きません!!! 先生!!!!女子が!!!!買い物に行ったまま帰ってきません!!!!うるさい!!!!並べ!!!団体行動を乱すな〜〜〜〜〜〜!!!ってつまり!!!そういうことか!!!全く違うわ何の話してんだ!!お思わずその場に立ち上がりそうになったがこらえた。やっぱり私えらい。 「松田く〜ん笑って?」 「………はぁ?いきなり何なんだよ」 「いいから笑ってくださいさもなくば…!」 「さもなくば……?」 ごくりと、わざとらしく息を呑む松田くん。それに対して仰々しく息を吸う私。なんだこれ。茶番か。茶番だわ。 「赤点とったこと陣平っのおかーーーさまにチクッちゃお〜〜〜〜!」 昔、小学生がよくいっていた「せーんせに言っちゃーーお」のノリで話す。陣平くんがずるりと頬杖を落とした。顔も驚きの表情ある。はっは〜驚いたか! 「なっ、お前、何でそれを……!」 「席、隣じゃん。点数くらい見えるよね」 「……覗いたのかよ。えーっち」 松田くんはしばらく納得のいかない顔をしていたけどすぐにからかうように私を見てきた。 「テストの点数チラッと見えただけでえっちとは………」 そう言いながら、少しだけ笑う。どうやらこの一瞬で、今世の私の性格と、前世(仮)の私の性格がいい感じに融合したらしい。 私仕事早いな。流石かよ。若いって素晴らしいと思わず感動していると、先生がやってきて授業が始まった。 ちなみに松田くんは授業中ほぼ寝てた。おい起きないと怒られるぞ。そう思うも、そういえばこの人、居眠り常習犯だったわと思い直した。仕方ない。私だけでもちゃんと話聞いてよ。懐かしの高校の授業は一度やった内容のはずなのに割とチンプンカンプンだった。泣いた。 この日はあまりパニックになることなく過ごすことが出来た。 前世の私は二十代半ばにしてその人生に幕を下ろした。 今思うとかなり、いやめちゃめちゃに親不孝な最低娘だと思う。親より先に早く死ぬなんて、と思わず今世の自宅であるベッドに寝転びながら考えた。お母さんは、お父さんは、私が死んでしまって悲しんだだろうか。お母さんはきっと怒ったかもしれない。なんでちゃんと周りを見なかったんだと怒って、泣いて、きっと悲しんだ。お父さんもきっと、黙って、やるせない気持ちを抱いたに違いないだろう。何の取り柄もない人生だったけど、失ってから気づく。私は幸せものだったのだと、愛されて、可愛がられて生きてきたのだと。思い出しては少し涙が滲んだ。今世では、前世の私の分も含めて長生きしようと思う。とりあえずは今世の両親である母の肩もみから始めよう。いつもありがとう、大好きだよ、の気持ちを込めて。 「何あんた。いきなり気持ち悪いんだけど。なんか悪いことでもしたの?」 なのにこれである。 酷くない??お母様肩の方お疲れなのでは〜〜〜〜???今ならこの神の手と呼ばれるゴッドハンドマッサージ!なんとなんとなんと〜〜〜!?!?無料で施術致します!!どうですかそこのお姉さん、体験してみない??触れた瞬間あら不思議、身も心も丸裸な気分になってきっとあなたは生まれ変わる!さあさあそこのお姉さん!是非ともこのゴッドハンド〜神の力を添えて〜マッサージ、受けてみない!?と母に詰め寄ったところ、まず初めに「神の手とゴッドハンドは意味同じでしょ」と的確すぎるツッコミをいただいた。ウッス。その通りっすウッス。そして二言目に「胡散臭い。」三言目に「いきなり何?」そして四言目にこれである。あんた何悪いことしたのって。私に対する信頼というものがあまりにも無さすぎるのでは〜〜〜〜〜!?!?急遽、母の私への信頼感。思わずorzの体制で倒れ伏せそうになったが、思い返してみればあらなんということでしょう。そういえば私先月に似たようなご機嫌取りを母に行おうとして、そのコンマ五秒後に赤点追試の紙がどこからかぺろりと舞い降りてきて母の手に着地するという芸人もびっくりの大喜利をやらかしたのであった。ちなみにめちゃめちゃに怒られた。あと携帯も一週間没収されてた。いやはや、学生って大変だね。携帯没収とか超絶久しぶりに聞いた単語で少し懐かしいわ。でも記憶を取り戻した以上もう没収をされてはたまらない。なぜなら!!!!この携帯には既に!!!松田陣平ZINPE!フォルダが作成されてるからである。ちなみに言っておくと盗撮はしていない。撮る前にきちんと一言声をかけている。やっぱりね!!これはね!!常識だよね!!いくら好きでも、好きだからこそ。松田陣平クラスタと松田の女だからこそのマナーってあるよね。オホホホホ。まあ一言声をかけてるって言ってもこのようなやり取りがあるわけなのだが。 「その表情貰ったぜ!」 「んぁわ!?なっ、お前いつから…!ちょっ、テメー今の消せ!!」 「ふははは!私の前で無防備にも眠そうな瞬きしたからだよ!!油断するとすぐにカメラロールに収められるからね…!さあ力を抜いて…私に素晴らしい写真を撮らせるのだ…!」 「なんだお前怖ぇわ。あとそれくらいの写真なら別に撮られてもきにしねえっつの」 「は?心広すぎない?大丈夫?貢ぐ?」 「あとお前、すぐ貢ぐっていうのやめた方がいいと思うぜ。まるで変な女みた………いや、既に手遅れだったわ」 「おっ?喧嘩か???上等だ!!買ってやろうじゃない!!見せてあげるわ、私が一生懸命徹夜で考えたフェアリーフェアリーシナモン呪文をな!」 「聞いただけで胸焼けしそうな呪文だな」 「いや、これは呪文の種類であって呪文ではない」 「種類まであんのかよめんどくせぇな」 「あと徹夜で呪文とか考えてない。昨日はきっかり九時に寝ました」 「早っ。健康優良児か」 これは一体、明確には貰っているのか盗撮なのか………。いや、お許しをいただいているのでこれは盗撮ではない。そうだと思い込むことにして、私は携帯に収まる松田陣平コレクションを眺めた。は〜〜〜。毎日が癒し。最高。幸せがすぎる。目が溶ける。眼福。崇める。お金渡したい。一勝分困らないお金を渡して困らせたい。いやでも逆に悪い男の松田陣平もかなり推せる。今日の分これだけ?はっ、すくねえなとか言われたい〜〜〜〜〜!!!!超言われたい〜〜〜〜〜!!!!酷い男の松田陣平めちゃめちゃ好き。最高かよ夢が広がる……。ドリーミング……。 指でスライドして松田陣平コレクションを眺めていく。これがいつまで続くのか、考えないわけじゃない。 「………いつかは死んでしまう、ひと」 人間誰しもいつかは死ぬ訳だが、彼は違う。死ぬ[[rb:運命 > さだめ]]がある人間だ。いつ死ぬのかも、どうして死ぬのかも、明確に決められているひと。彼の決めたことで、彼の決断とはいえ、やはり彼を知っているものとしては見過ごすことは出来ない。転生云々松田の女云々の前に、彼の幼馴染として、彼を死なすことはしたくなかった。だけど、彼の死を覆すこと。それを、私がしていいのか?原作を……神の聖書を変えることは、果たしてただの一ファンである私なんかがしていいのだろうか。前世、何度も目にした救済タグ。死ぬ運命にある人間を救い、そのキャラを生かす。オリ主が大活躍するお話。私はそれを好んで読み、時に涙流して読み、時に諭吉を贈らせてくれとハンカチを噛み締めながら読んでいた訳だが、当事者になって考えが変わった。 基本、原作は変えちゃいけないものなんだ。 [newpage] でも偶然!病院にいて!偶然!爆弾を発見しちゃったら!!!! これは仕方ない!!!よね!?!?!?ハムタロー! そうなのだ!これは仕方ないことなのだ!!!例え健康良好、どこに出しても恥ずかしくない見本のような血色顔色だったとしても!!!体に違和感を感じるというのならそれは立派な体調不良なのだ〜〜〜!!!! ひゅ〜〜〜〜!!!!言い切ったその姿に痺れる、惚れる、憧れる〜〜〜〜〜!!!!
前に消し消ししちゃったので加筆してぺたり<br /><br />追記:Twitter企画の方9/9で締切です!<br />詳細▼<br /><a href="/jump.php?https%3A%2F%2Ftwitter.com%2Fmomijicherry%2Fstatus%2F1027532902991421440%3Fs%3D21" target="_blank">https://twitter.com/momijicherry/status/1027532902991421440?s=21</a>
転生したら松田くんの幼馴染だったとかそんなそんな
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10058708#1
true
こちらnmmn、mfsrになります。 ご注意ください。 また、ご本人様とは全く関係ございません。 界隈のルールを守り、ひっそりと楽しみましょう。 まふまふさんとそらるさんの間に冬歌(ふゆか)ちゃんという子供がいます。 んぎゃああああああああーーー!!!!! つくざくような悲鳴が聞こえる。 また始まった。 冬歌の夜泣き。 彼女の夜泣きは深夜3時から明け方までずっと続く。 その度に俺は 「よしよし、ふゆちゃんどうしたの。嫌なことあった?」 なんて聞きながらあやすのだ。 そんなこと、聞いてもわからないのに。 まふまふに頼みたいけど、そんなことできない。 まふまふは毎日打ち合わせやら作業やらで忙しい。 決まった夜泣きルートのお寺までの道のりを何度通ったことだろう。 疲れているまふまふを起こしちゃいけない、迷惑かけちゃいけない。 「ほら、ふゆちゃん、太陽が昇ってきたよ。 今日もいい朝焼けだね。」 うとうとしながら、冬歌の背中を叩いていると、だんだん落ち着いてきたようで、そっと眠りについた。 結局家に着いたのは朝の7時前。 「あ、そらるさん、おかえりなさい。ご飯作っときましたけど、寝ますか?」 エプロンをつけながら、食卓に美味しそうな料理が並ぶ。 鮭の塩焼き、白ご飯、お味噌汁と、漬物。 至って平凡な料理だけど、朝からこれだけ準備するまふまふは良くできた夫だ。 「……んー、食べたいけど寝たい……」 「人間の三大欲求のうちの2つが満たされてない状態ですねw 先寝ちゃいます?最近寝れてないでしょう。 僕、今日はオフなんでふゆちゃんの面倒見ときますよ。 いつも任せっきりでごめんなさい。ありがとうございます。」 ちょっと小馬鹿にしながらも、子育てを手伝ってくれる。 ありがとうとごめんね。そんな相反する2つの言葉はきちんと言える人は少ない。 まふまふの家は礼儀や作法に厳しかったそうだ。 「ありがと…寝る」 「はい、おやすみなさい」 そんな言葉を背にベッドに身を投げた。 「ふゆちゃん!じゃあこれはなんの鳴き声でしょう! ぐぅぅぅぅー、わん!わんわん!!!」 「…ちゃ!ちゃっちゃ!!」 「そうだね、えらいねー!!!」 リビングの方から何やら賑やかな声が聞こえる。 そちらに行くと、まふまふが気づいたらしい、 「あ、そらるさんおはようございます。よく寝れましたか?」 なんて声をかけてくる。 「うん、おはよ。寝れたよ、ありがと。」 膝の上で冬歌を遊ばせながらそう聞いてくる。 まふまふのお陰でよく眠れた。 今何時だ…… pm6:00……ろくじ……ろくじ……6時!?!? 「え、俺10時間以上寝てたの……」 「そうですね、ゆっくり休めて良かったですね。」 ずっと寝ていた俺に怒らずに、むしろよく寝れてよかったなんて言うまふまふ。 「あ!晩ご飯!」 「出前とりました!ラーメンです!」 「お前はラーメンばっかり……」 「おいしいんですもん。」 晩ご飯も、作って……ではないけど用意してくれていたし、俺なんかよりこいつの方が育児含めすべてにおいて適任なのでは…… そんなこと思うけど、俺にまふまふの音楽をすることなんてできないから、やっぱり家事は俺担当なのだ。 そんな日からいくつか時間がすぎて、冬歌も少し喋ったりハイハイできるようになって来た。 「それじゃ、行って来ますね。 何かあったら絶対連絡してくださいね?」 いつも通りの行く前の挨拶。 ちがうくなったのはこと後。 「ふゆちゃん!ぱぱ、頑張ってくるね!」 冬歌に向かってそう元気に叫ぶ。 それに答えるかのように、冬歌は 「……ぱ!ぱ!……おー!!!!」 まふまふのズボンを引っ張って言った。 そう、冬歌とまふまふのこのやり取りが先月あたりから始まって以降、まふまふと俺がずっとやっていた行ってきますのちゅーとお帰りなさいのちゅーがなくなった。 「かなしくなんて、ないもん。」 んぎゃあああああああーーー!!!!!! 「はいはい、ふゆちゃんまふまふ行っちゃったね。」 まふまふが家を出ると、毎回冬歌が狂ったように泣く。 それをあやすのは俺。 「もう、勘弁してよ………泣きたいのは俺の方だよ……」 そんなことを冬歌に意味ないのに。 ずっとあやしても泣き止まない冬歌に嫌気がさして 「うるさいの!なんで泣き止まないの!!!」 そんな風に怒鳴ってしまった。 それを聞いていっそう冬歌の鳴き声は激しく、なった。 ♫•*¨*•.¸¸♪ まふまふさん?今日は打ち合わせないですよ。 変更で来週になりました。 打ち合わせ場所についても相手から音沙汰ないのでメッセージを送ると返ってきた返答。 変更になったこと完全に忘れてた。 そんなことを知った途端、 なんだか胸騒ぎがした。 幸い、今いる場所から家までは近い。 急いできた道を戻った。 案の定、家にいたのは泣いている冬歌ちゃんと、同じく泣きながら耳を塞いでいるそらるさん。 とりあえず冬歌ちゃんを抱っこしてあやす。 「ふゆちゃん、帰ってきたよ〜」 そんな調子であやしていると、1、2分後にはすっかり笑顔に。 そしてすっと寝た。 さて、不安を溜め込んじゃったお姫様もなだめますか。 「そらるさーん?帰りました。 今日はどうしたんですか。」 部屋の隅っこで震える手で耳を抑えるそらるさんにそっと声をかける。 「……しらない、!」 そらるさんがそういう時は大抵、何かあって自分を責めたたててしまう時。 「そっか。」 だから、僕はそっと彼の隣に座って彼の痛み1つない髪の毛を手櫛でときながら彼が話してくれるまで待つ。 ほら、今だって 「まふ、まふまふは、俺と冬歌、どっちが好き?」 そんなことを聞いてくる。 「俺は冬歌みたいっ……に! 可愛く、ない…!甘えられない……!素直じゃない……!! あの子、みたいに人を笑顔に…!できない、、!! まふまふみたい、にあの子をあやすことすらできない…! できないの……! ね、ぇ。まふまふ、俺と、冬歌どっちが好き?」 泣きながらまるで捨てられる犬みたいにこちらを向いて聞いてくる。 そんな彼の全てが愛おしくてかわいい。 「そりゃぁ、冬歌ちゃんも可愛いし好きですけど、 やっぱり、そらるさんが一番ですよ。」 「嘘。」 「嘘じゃないです。」 「この前……!テレビの、女優さんかわいいって、言った…!!」 あ、先週ぐらいにそらるさんと見たテレビにそらるさん似の女優さんが出ていて思わずかわいいと口走った事がある。 それについてすごく怒って拗ねたそらるさんは2日間ぐらい口を聞いてくれなかった。 それをまだ覚えていたらしい。 「前も言ったと思うんですが!断じて!!好きとかじゃないんです。 あの女優さんそらるさんに似てたんです! ふわっふわの髪が!!! でも本物のそらるさんがすぐそばに居てくれるからあの女優さんなんて目に入りません。」 拳を突き上げて言うと、くくくと隣から何やら笑い声が聞こえる。 でも、単なる笑い声じゃなくて少し震えた笑い声。 「……も、ばっか、みたい…… 自分の子供と、旦那の才能に嫉妬して、あまつさえテレビの女優さんにまで嫉妬なんて……」 泣いてるような笑ってるようなそんな顔と声でそう話す。 「そらるさんは嫉妬深い猫ちゃんですね。」 なんて頭を撫でながら言うと怒ったように胸を叩かれる。 そんな行動も愛情表現の1つ。 ね?その証拠に。 「うるさい……!ばか! ありがと。」 なんて声が聞こえるのだった。 これが僕のお姫様の取り扱い方。 おまけ 「なんで行ってきますとおかえりのちゅーしてくれないの」 「なんでって言われましても……」 実はアルバム制作で今お世話になっている方から、嫁に朝から晩までがっつきすぎたら嫌われるなんて言われてからそらるさんにあまり触れられずにいた。 「言えないんだ?もういい、きらい!」 「ちょ、ちょ、そらるさーん!!ちがうんですってばー!!」 こんな日常も幸せなひととき。
mfsrです。<br />息抜きにひとつ。<br /><br />界隈のルールをよく理解されている方、nmmnの意味が分かる方のみお進みください。<br />※ご本人様とは全く関係ございません。<br /><br />素敵な背景お借りしました。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/48000386">illust/48000386</a></strong>
お姫様の取り扱い方。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10059179#1
true
※ちゅうい ・いつものコナン夢 ・迷い込みもの ・介護されたいよね! ・カンガルー蘭ちゃん ・パパ  以上、大丈夫だ問題ないというイー◯ックは次ページへ[newpage] 私はきっとこの世界で一番か弱い生き物だ。断言できる。 「またですか」 「不可抗力です」  ひったくりを追いかけるお姉さんに弾き飛ばされて腕の骨に大きくヒビが走った。我ながら良い飛び具合で本当にひったくり死すべし慈悲はない。  半月に一度は必ずという頻度で何かしらの怪我を負わされる私に、米花警察病院の老先生は顔を覆った。正直すまんとしか言えない。でも不可抗力だから私にもどうしようもない……私の不注意が原因なら気を付けようがあるけど、敵は向こうから走ってやって来てすれ違いざまに斬りつけてくるのだ。  それだけではない、向こうはステータスほぼカンストのボス戦装備で私はステータスオール1にひのきのぼうとぬののふくという軽装備。どう防御しろと? 軽くぶつかっただけで吹き飛ばされるのにどうしろと? 暇潰しに雑誌でも、とコンビニに行こうとして少しポアロを出ただけなんだぞ。私はどう考えても悪くないし悪いのは米花の治安だからそっちをどうにかする方が先じゃないのか。警察頑張れマジ頑張れもっと熱くなれよ! 「見てるこちらが痛いんですよ……こんな怪我ばかりされると」 「そんなこと言われても怪我してる本人が一番痛いんですよ、こんな怪我ばかりしてますから」  こんなどうしようもない世の中じゃとマイクに叫びたい気持ちで胸が一杯だ。ヒプノシスだかピポタマスだかの声優がラップするとかいうアレ、一曲も聴けないままこっちに来てしまったのが辛い。名前すらうろ覚えなのがもっと辛い。ルキアよ私は悲しい!  診察と治療を終えて待合室に出た私を待っていたのは蘭ちゃんだ。私がひったくりを追うお姉さんにぶつかられ空を飛んだのを遠目に見るや、荷物を放り投げボルトもビックリな世界新記録で私に駆け寄り救急車を呼んでくれただけでなく病院まで付き合ってくれたという天使も真っ青な優しい子だ。蘭ちゃん少女漫画のヒーローよりヒーロー過ぎて性別迷子……。誰より男前なのに恋する相手には乙女なんてBLなら大好物なジャンルです性転換してくれ! いや駄目だ私から蘭ちゃんを取り上げようとするならBLとは縁を切る! 蘭ちゃんの魅力は女の子だからこそ! 蘭ちゃんかっこいいよ! 「どうだった?」 「腕のヒビ悪化だって」 「……そう」  蘭ちゃんの目からハイライトが消えた。ひったくり犯は死を覚悟した方がいい、これから蘭ちゃんは私が巻き込まれる可能性のある刑事事件には容赦しないと言わんばかりの雰囲気だ。ああ、蘭ちゃんの背後にカンガルーが見える。顔も肉体も彫りが深く、コホーコホーと熱い呼吸を繰り返す雄々しい雌のカンガルーだ。私はその腹の袋でちゅーちゅーお乳を吸っている。  ――うん。早急に独立すべきという気がしてきた。アタイ、蘭ちゃんから自立する! 目が覚めたら既に後見人だった安室さんによる気楽極楽介護生活は確かに手放しがたいけれど、年下(だが身長と身体能力は月とすっぽん)の女の子にまでおんぶにだっこでオギャる生活を続けるわけにはいかない。自立しなければ。自立した大人っぽいことをしなければ!  その決心が崩されたのは半月後のことだ。 「うわぁ……」 「絶対似合うから! 絶対に!」  ずっと気になってました、となかなかのイケメンからの告白を受けたのが三日前、初カレピに浮かれてホイホイポアロからデートに出かけたのが今朝十時。何やら不思議なカフェに連れていかれて渡されたのは女児服と赤いランドセルだった。ああここコスプレできる店ね……嘘だろお前これ本気?  ああ、この人ダメだわ趣味が合わない別れよう別れなければ別れたい。思えば初めからおかしかった――一目惚れですなんて言葉に惑わされてはいけなかった。  小学校高学年程度の身長にわずかばかりながら前方に突きだした胸、現世では可もなく不可もない顔だったはずがこの世界では世界一扁平な顔扱いで切ない。顔のことは横に置いておこう悲しくなるから。つまり私は魅惑の巨乳(※ロリの中に限る)ロリ(っぽい)ボディの持ち主ということになる。全くそんな自覚はなかったけれどこの世界で私はロリにしては胸部が発達しロリ的身長そして顔は少し特徴的だがJKの皆様の反応からして悲劇の顔ではない……はずのスペックの持ち主ということになる。ロリコンに目を付けられないはずがなかったのだ……。ああでも私は別にロリコンがダメとかそんな差別をするつもりじゃない、趣味は多種多様でイエスロリコンノータッチなら全く問題ないしお好きにどうぞと思う。  私にロリ属性を求めてくるのが嫌なのだ。気持ちが悪いマジで無理。趣味は一人かもしくは仲間と発散して私にそれを押し付けないでくれ。私は合法ロリではない。  それと初デートでこういう店に連れてくるのも理解できない。マジ無理、本当に無理。 「もしもし沖矢さん助けてください」  というわけで、狭いフィッティングルームに籠城し沖矢さんに電話する。初カレピと店員がドアの前で何か叫んでたけど「別に貴方がロリコンでもなんでも良いけど初デートがこの店でなおかつ自分の嗜好を人に押し付けてくるようなのは生理的にムリなので別れてください」と怒鳴ったら店員が初カレピを説得し始めてくれた。顔は分からないけど店員の性格がイケメンだ、この店貶したのに……。とぅんく。  二十分と少しで現れた沖矢さんに救出され、薄く開眼した沖矢さんの威圧により初カレピとの縁は強制消滅、初カレピは元カレピになった。店員さんとは円満にバイバイした。 「一体なぜあんなのと付き合おうと?」 「自立したかったんです」  ポアロに送られる車内、求められるまま説明すれば沖矢さんは片手で額を押さえた。  安室さんだけならまだ良い。私はただ家かポアロでぼんやりしたり本を読んだりして過ごすだけで、料理をするわけでも掃除をするわけでもないのに三食介護昼寝付き。そしてそれだけではない、毎月二万円もお小遣いを貰っているのだ! 堕落しそうだと危機感を覚えなくもないけど、時間に追われない生活を手放したくないから危機感はゴミ箱に捨ててゴミ箱を空にした。HDDの底に沈んでください。さようなら危機感。  ――だって、安室さん相手なら自堕落でいても良いのだ。公安で組織の幹部な安室さんの貯金額は無駄飯食らいを一人抱えたくらいじゃ揺らがないだろうし、どうやら私という「庇護する必要がある対象」がいることに安室さんも幸福感を覚えているっぽいからきっとウィンウィンな関係だと思う。少なくとも私はそう信じている。  でも、超高校生級空手家カンガルーママ蘭ちゃんはただの女子高生だ。いくら雄々しく猛々しく守ってくれるイケメン系女子だとしても年下で未来ある女の子だ。おんぶにだっことかほんと無理。そんな子が、部活を終えたあと、私を守るためにポアロに毎日やってくる。この申し訳なさは土下座が止められないレベル。おかえりなさい危機感、待ってたよ。  彼氏がいるから、彼氏に頼るから安心してね。この機会に自立して一人で生活できるよう頑張るよ。そう言いたかった――けど結果はこれだ。すり寄ってきた男はロリコンであった。きっとこれからも私にはロリコンが寄ってくるであろう。ふざけろ死すべし三次元系ロリコン滅せよ! 切り落とすぞナニをとは言わんがナニをとは! 「失礼であることは重々承知したうえで言いますが……貴方に寄ってくるのは、少女的な要素を求める男性ばかりかと」 「あはは、言葉を無理に飾らなくていいんですよ沖矢さん。はっきり言っちゃってください――私ってロリコンホイホイですよね」  絞り出すような声の沖矢さんを元気付けようと明るい声でそう返したのに、車内には沈黙が満ちた。ラジオから流れるヒットチャートだけが救いだ。  車種なんて全く分からないけどとりあえずメーカーがスバルの赤い車は真面目に道路を走り、黙って駐車場に頭から駐車し、ポアロに私を連れ帰った。カウベルのかかったドアの前で両肩に手を置かれる。 「貴方をそういう穢らわしい目で見ない人は何人もいます。私もその一人ですから……。どうか、そういう人達と深く交流して、将来を共にする相手を見つけてください。告白されたからお試しに、というのはもうこれっきり。良いですね?」 「はい、沖矢さん」  沖矢さんってお父さんみたいだわ。  ――その日の夕食の席で、この十日ほど何やら忙しいらしく会話がほぼなかった安室さんに三日破局と沖矢パパの話をすれば、何故か表情の消えた真顔で「君の父親は僕だろ?」と訊ねられたから頷く。否定したら沖矢さんが殺される気がした。 「僕を倒せる奴じゃないと交際は許さないからね」 「ヒェ……」  私は知ってるんだぞ赤井と観覧車で殴り合いしたって! 映画観れてないけど知ってるんだ、ネタバレ読んだからね! 観たかった! まあそんなことはどうでもいい、観覧車の上で殺り合えるスーパーアルティメットまどかもといスーパーアルティメットゴリラを倒せる相手って誰だよ。マジモンのゴリラでもないと無理じゃないの?  それと車ごとビルから空にダイブして中傷だったってことも知ってるぞツイッ◯ーで読んだもん。間違いなく人間辞めてる安室さんに勝てる超人って誰よ。キ◯肉スグルとかでもないと無理じゃない? でもキン肉◯グルは漫画が違うし掲載誌も違うから見つけるのは無理、つまり私の彼氏は安室さんの拳の前に沈むわけだな。  駄目じゃん。 「安室さんの理想とする婿ってどんな人ですか?」 「まだ結婚しなくていい」 「エッ」 「まだ結婚しなくていい」 「ハイ」  鉄よりも重い声で繰り返した安室さんに、頭を高速ドリブルした。大事なことなので二度言ったんですね分かります。 次ページあとがきとか[newpage]・あとがき  前回書き忘れてましたが、コナンを身長120センチと想定し、漫画の身長差から割り出されただいたいの数値が『蘭ちゃん2メートル超』となります。怖い。  裏拳でフロントガラスを割ったり蹴りで鉄扉を凹ませたりするホモ・マンガエンスの皆様の骨密度は我々ホモ・サピエンスのそれとは比べ物にならないに違いない。怖い。  そんな彼らに囲まれては割れ物注意な扱いを受けるのも当然なのでしょう……ちなみに血中のヘモグロビン数値が9というのは日常生活を送り適度に運動して過ごすのに全く支障ない値です。ホモ・マンガエンスの皆様はきっと激高に違いない。怖い。 ・要介護主  名前をつける必要性が今のところないせいで名前がないが、その理不尽と戦う気力も体力もない。 ・あむぴ  本業で忙しくしていたら知らぬ間に被後見人が彼氏をつくり破局していた。小さくて弱くて自分が守らなければ死ぬであろう要介護主の保護者つまり父。 ・おキャスバル  助けを求められ急いで行ったらコレ。人間に興味があるのは良いが相手はちゃんと見ろ。パパ。  連載するつもりなかったのに気づいたら出来てました不思議。
介護されたい女がトリップして三食昼寝付お小遣いまである夢の生活を送っていたが、これではいけないと自立を考える話。<br />前作&gt;&gt;いい夢見ろよ!<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10047839">novel/10047839</a></strong>
恋してるかい!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10059379#1
true
夢小説はふぁんたじー♡ (口と態度がよろしくない)オリ主います 刀剣乱舞とのクロスオーバーです、というか刀剣乱舞サイドのほうが多いかもしれないです、 割と会話文が多めです 地雷を察知!!の方はすぐお戻りくださいまだ間に合います。 雑食だよ(・ч・)ムシャァっていう優しさの塊な人は次のページにすすんでくだされ [newpage] 「は?」 横断歩道を挟んだ向こうの道を歩いてきた、見知った金色の髪。ちょっと離れていてもわかるくらいとてつもなく綺麗に整った顔の男は__安室透、4ヶ月連絡が途絶えていた私の彼氏だった。しかも隣にはお嬢様系の可愛らしい女の子。一方的な遭遇だけど、いやお前それはないだろう。ご丁寧なことに彼女は透の腕にご自分の大してでかくもない胸を当てていた。見てて惨めだからやめたほうがいいんじゃないかな。 それにしても、白昼堂々浮気か。4ヶ月連絡断ちしている彼女……この場合私は既に彼の女ではないのかもしれないがまぁいいだろう、彼女ほっぽって自分は可愛い女と昼から乳繰りあってます、って?いい度胸してんな?半年前告白してきたのはそちらでしたよね?そしてそのとき私は言ったはずだ、 (「私は飽きっぽい性格だし、浮気されたら浮気しますけどいいんですか」ってな。) ちなみに彼はそのとき「浮気なんてする暇がないくらいにはあなたに惚れているので大丈夫です」って笑って言ってたけど。まぁ男なら浮気くらいするよね。でもそこで女がしないとは誰も言ってないよね?むしろ私宣言してますし。よしきた(元)彼氏からの浮気の許可だ、ビバ浮気ライフの始まりじゃぁぁぁあぁぁあぁ!!!!! _______ 「ってことだから……国永ぁ、浮気しよ♡」 「……キミなぁ、そんな嬉々として言うものじゃないだろう、それは。」 「いいじゃん、国永彼女作ってないでしょー?」 浮気彼氏のLINEにきちんと「許可がおりたようなので私も楽しみます」って連絡をいれたあと、私が浮気相手として選んだのは会社の同僚兼幼馴染の五条国永。ヤツのマンションに酒とつまみを持って直行してやったぜ。 入社したときにたまたまこの幼馴染がいてびっくりしたのはいい思い出だ。国永だとなんでわかったか?いやこいつ顔面規格外に綺麗すぎてやばいのよ。超ド級美形ってやつ。白銀の髪に黄金色の眼って本当に日本人かアンタ?ってレベル。たぶん顔の綺麗さなら透より上。国永と同じくらい綺麗な顔をした男をあと2人ほど知っているが、元気にしているだろうか。まぁそのうちの1人はよく雑誌の表紙を飾っているけど。昔はよく4人で遊んだなー……おっと閑話休題、まぁそんな感じでもともと互いに知っているというのも相まって、今では週4ペースで飲みに行ったり宅飲みしたりするくらいの仲の男なのである。国永は私に彼氏がいるのを知っているしちょうどいいだろう。 「俺は別にいいんだがなぁ、安室くんのそれは本当に浮気だったのか?」 「えっ彼女以外の女と超至近距離でくっついてたんだよ?しかも出てきた方向ラブホ街よ浮気一択でしょ??」 「ラブホ街かァ……さすがに俺も庇いきれんな。しょうがない、よし、キミの浮気に付き合おうじゃないか。」 「わーい国永のそういうところ超好きー!!!」 「そりゃ光栄だ。」 交渉成立、とりあえず相手は確保した。さてこれからなにしようかな。あ、その前に国永に1つ聞いておかないといけないことがあるわ 「国永ー、あんた私で勃つ?」 「ブッフォ」 「うっわきたなっ………ビール吹き出しやがった……そんなビックリすること聞いてないだろ」 「俺は何も悪くないと思うんだがな?いきなり何を言い出すんだ君は。というかそんなこと軽々しく言ってると一期に叱られるぞ。」 「あっ懐かしい、いっちゃん元気?昔は宗近といっちゃんと国永でよく遊んだよねー!」 「両方ともこの間連絡ついたから今度久々に集まるか。………いやそうじゃなくてな?」 「だって浮気するならえっちするかもしれないでしょー?」 浮気ってそういうものじゃないの?出掛けたりもするだろうけど、1番は本命以外と体の関係を持つことだと思ってたから聞いたのだけれど。 「うん、まぁ、そうだな、俺は女のキミからそういうことがポンポンでてくることに驚いてるンだがなぁ。こんな驚きは求めてなかった……」 「で、勃つの、勃たないの、どっち」 「ドストレートに聞くなぁ君は!?あー……まぁ、そこは心配しなくていい。というか俺はキミで抜いたことがあるしな。」 「はぁぁ!!?そんなこと初めて聞いたんですけど?!」 「ハハッどうだ、驚いたか!!!」 「私もこんな驚き求めてないわ!!!」 えっち出来るか出来ないか談義のあとは、ひたすら飲みまくった。飲んで、酒が無くなったからコンビニに買いにいって、飲んで、バカ笑いして、また酒を飲んだ。まぁ当然足元が覚束無くなるくらいにはベロッベロになったから今日は国永の家に泊まることにした。頭は冴えてるんだけどね。 お風呂を借りて、国永のTシャツと国永の前の彼女さんの下着を拝借して床に座る。いやなんで元カノの下着が残ってるんだ?しかも洗ってあるし。律儀さんかよ。あっこの缶まだ入ってる、飲んじゃお。 「俺の好みの下着だったからな。にしてもキミ、その恰好はいささか目に毒なんだが。」 「彼シャツ♡国永もこういうの好きなのね」 「男なら嫌いなやつの方が珍しいんじゃないか?………ほら、ベッドまで運んでやるから」 「んー…………………ねぇ、今日シたい?」 「…………いや、酒の飲みすぎで無理だな。」 ……私を横抱きにしながら寝室に向かう足つきはしっかりしているのになぁ。まだ私の傷心具合を心配してくれているのだろうか。答える前に一瞬だけこちらを見た時の瞳にはなんというか、国永の人を気遣える優しいところが滲んで見えた……気がした。すぐに前を向いてしまったから見間違えだったかもしれないけれど。 「というかキミ、明日仕事は?俺は明後日まで有給だが」 「……いぇーいおんなじー♡さすが有給消化率100%」 「霞ヶ関でその条件はうちだけじゃないか……っと、ほら。今日はもう寝とけ。明日は…そうだな、二日酔いじゃなかったら買い物でも行くか。せっかくの浮気に誘われたんだ、楽しまなきゃな。」 「……ふふ、ありがと、おやすみくになが」 「あぁ。おやすみ」 ふかふかのベッドにゆっくりと降ろされて髪を撫でられると、冴えていた頭もフワフワとしてくる。……そういえば、透はどうしただろうか、心配してくれてるのかな………昼間目にしたあの人の顔が少し頭に浮かんだが、私の意識はすぐにおちた。 [newpage] 「浮気、なァ………」 昼間っから酒をもって自宅に押しかけてきた昔馴染みが言うには、彼女の男が浮気をしたから自分もする、自分に付き合え、だそうだ。言い出しっぺの彼女は酒をあびるほど飲んで今は俺の寝室でぐっすりだが。 「どうしたもんかね」 彼女から予想外の質問が飛び出てきたときはさすがの俺も驚いたが、そのとき返した答えは嘘じゃないし、ついでにいうなら2日前のことだったりするんだよな。 「好いた女が自分からたべてください…って飛び込んできたもんだ。しかもさっきのありゃなんだ、俺じゃなきゃ襲われてるぞ…」 酒のせいか眠たさのせいか、潤んだ瞳と抱き上げていたせいでの上目遣い。加えて口から出てきたのは性行為をしないのか、だ。俺の理性を褒めてほしい。さすがに浮気現場を目撃した女の傷につけ込むような真似ははばかられるし、あと味も悪いだろう。 「まぁ、気長にじっくり堕ちてもらうとしようかね。」 残った酒を片付けるようにちびちびと飲みながら、そんなふうに考えていたときだ。 ピンポーン 「なんだ?丑三つ時過ぎに届くような変わったもん頼んだ覚えはないんだがな……はい、」 「すみません、お届けもの…ではないのですが。僕の彼女がお邪魔しているようで。迎えに来ました。」 扉を開けた前にいたのは小麦の肌に金髪のそこそこ顔が整った男。というかこいつ 「(次から俺の調査対象部署になるうちの1人じゃなかったか?)」 確か、名前はフルヤ…フルヤレイだ。警察庁警備局警備企画課の1人。警察官がこんなところでなにを?というかこいつ、今“自分の女を迎えに来た”って言わなかったか。今俺の寝室には確かに女性が1人いるが、彼女の男の名前は『安室透』のはずだ。俺は写真を見たことがないから相手の面を見たことはないが。だが、少なくともコイツの名前はフルヤレイ、彼女から聞いている男の名ではない。 「……あの、すみません、彼女を迎えに来たと伝えたはずですが。」 「ん?あぁすまんな。だがこんな時間に女を迎えに来た、なんて理由信じるやつがいると思うか?しかもキミ、どうやってここまで上がってきた。このマンションのセキュリティは他人がポンポン入れるレベルじゃないはずだが?」 職業柄、せめて私生活には安全を求めたいとセキュリティが高く、知り合いが管理しているこのマンションを選んだ。各々の部屋に辿り着くまでには部屋ナンバーとフロアキーが必要な仕組みになっているため、他人がそうやすやすと上がっては来れないつくりなのだ。まぁエントランスまでなら誰でも入れるんだが… 「運良くこのマンションに住む知り合いがいまして。それより僕は彼女を…」 「キミのいう“彼女”と俺の寝室でぐっすり寝てるあの子が一緒なのかはわからんが、どっちにしろ俺はキミにあの子を引き渡す気はないぜ?日が出てるときなら考えたかもしれんが、この時間だ。怪しさしかないだろう。」 しかも名前が違うだろ、と心の中で付け加える。 「…………それもそうですね、夜分遅くに非常識な行動をとってしまってすみません。ですが、」 瞬間、殺気に近い怒気を感じ咄嗟に扉を閉めようとした。男が滑り込ませた足によってそれは防がれてしまったが。 「彼女になにかしてみろ、俺の使えるものを全て使ってお前を社会的に抹殺する。」 ………なんだ、こっちが本性か?さっきまでと全然違うぞ、多重人格者なのか、キミ。 「はは、こりゃ驚いた。……言っておくが、彼女は自分から俺の家に来たんだぜ?意味は自分で考えるんだな、非常識なイケメンくん」 多少の怒りを込めた声でそう告げると、イケメンくんはなにかを言いたそうにしていたが情などないので勢いよく扉を閉める。 いやぁ、めんどくさいのに捕まったもんだ。あの子も、そんなあの子に惚れてる俺も。 [newpage] ネームレスオリ主 浮気されたら浮気すればいいじゃん?国永付き合ってくれるってー♡わーい♡ 金髪彼氏から電話とLINEが鬼のようにきているけど気づくのは朝になってから。しょうがないじゃん通知オフにしてたんだもん 実はオリ主に惚れてた超ド級美形 浮気相手?…よしいいだろう、最高の驚きをキミにもたらそうじゃないか。それにしても金髪くん、お巡りさんだろう。例え愛しい女のためだとしても、夜中に他人の家におしかけてくるのはどうかと思うぜ トリプルフェイス金髪 自分の顔に全く興味を持たないオリ主が気になったから安室で近づいたらサバサバした性格と媚びない様子に惚れた。まさかバボトラ見られてたとは思ってない。マンションわかったのはGPSアプリのおかげ。バリバリ公私混同でそれでよく公安が務まるな!!状態 国永とオリ主は公安調査庁に務めているという設定ですが、私は仕事のことが分かってないのでふわっとした感じでながしてもらえると有難いです……………
だって書きたかったんだもん!!!!!!!!<br /><br />追記<br />8月24日~30日 ルーキーランキング31位<br />8月31日付け 女子に人気ランキング98位<br />8月25日~31日 ルーキーランキング21位<br /><br />頂きました……!!!えっめっちゃびっくりしてる、ランキングとか初めて入ったよまじでありがとうございます…!!!!!!みんなやっぱりイケメンと浮気したいよね??????
私だって浮気するし
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10059502#1
true
 静かな熱を孕んだざわめき。  高らかに響くPlace your betとNo more betの狭間に飛び交うレイズやカードを催促する声。  転がる賽、回るルーレット、かつんっと小さいが誰もが耳を傾ける玉が落ちる音。  切られたカードがこすれる微かな摩擦。  それらが満ちるのはカジノ「ゼルレッチ」の三階フロアである。  一階が低いレートでのテーブルに始まり、ビンゴやスロット等の少々騒がしくも観光客や中流層の遊び場であるのに対し、喧騒からは遠い三階フロアは主にテーブルゲームを主流としたVIPと呼ばれる上客である上流層の静かな社交場であった。  望めば更にこの上の階にある個室をとることもできるが、この三階フロアには思わぬ有名人や客たちの気に入りのディーラーがいる為、個室をとる者は少ない。彼らが楽しむのは駆け引きであり、ちょっとしたスリルであり、交流。チマチマとした儲けに一喜一憂する者はほとんど存在しないと言ってもいいだろう。  そんなフロアの一角、人気の少ないテーブルに二人の男が向かい合っていた。 「雁夜、そろそろ私の寝室に君を案内させてくれないだろうか」 「まったく、いつもいつも御冗談を」  白く細い……しかし白魚というには肉付きの悪いが形良い指がカードをシャッフルする。ただ、両手で弄ぶように、ではなく、テーブルに素早く、それでいて無駄なくカードを広げてはまとめたりとシャッフルの仕方一つとっても器用に多種類の切り方で繰り返す。  その巧みな手際はあまりにも見事でただそれだけで人目を惹いては魅了した。  けれど、その手と手際に反して、持ち主である彼は見るものに平凡そのものの印象を与える。カジノにおいて珍しい東洋系の顔立ちと艶やかな黒髪であるが、彫が深い訳でも特別整っているわけでもない。衣装もまた彼は手に見合った細い体に白シャツと黒ベスト、蝶ネクタイにタイトなスラックスというシンプルでオーソドックスディーラーによくある衣装をまとわせているだけだ。そこに華美、という字は存在しない。地味で目立たない、強いて言うならば優しそう、人が好さそうという感想を浮かべるような外見、と言って否定するものはいないだろう。  だが、薄暗い照明のせいか、周囲の雰囲気のせいか、あるいは彼の天性のものなのか不思議と目を惹きつける何かがある。  彼の名は間桐雁夜。  主に三階フロアのカードゲームを主に担当するディーラーである。 「冗談じゃないといつも言っているんだが」 「冗談に決まってますよ、オーナー」  オーナーと呼んだ男に、雁夜はやれやれっと、呆れたように肩をすくめる。  言う通り、目の前の赤いスーツに身を包んだ男は、このカジノ「ゼルレッチ」のオーナーである遠坂時臣だった。雁夜とは正反対に濃い顔立ちに涼やかな青い瞳は落ち着いて紳士然とした雰囲気の中にも華を持っている。 「君も頑固だね、雁夜」 「おや、知らなかったんですか?」 「色よい返事がほしいんだよ」  敬語ではあるが、砕けた口調は二人がただのオーナーとディーラーではなく親しい関係だとわかる。ただ、そこに甘さはなく、どちらかというとじゃれあう友人同士に見えた。  けれど、時臣の水面のような瞳には情熱が燻っている。決して、冗談ではないと、本気なのだと告げていた。もしも雁夜が女性であればハンサムというにふさわしい顔だちと合わせてそれだけでくらりときそうなほどに。 「だって、この場で、俺を言葉で口説こうなんて冗談以外の何であるというんですか」  だが、雁夜は女性ではないし、外見にくらりとくるような趣味をしていない。  切ったカードの山をテーブルに置く。  そして、一枚引いたソレをオーナーには見えないように口元に持っていく。 「本気で口説きたいならいつも言ってるじゃないですか」  カードの隙間、にっと、彼は唇を釣り上げた。  色の薄い唇。しかし、薄らと開かれた隙間から見えるのは血のように赤い濡れた舌。  オーナーに対して、どこか嘲るような、しかし、平凡な外見を裏切るひどく蠱惑的な笑みを向ける。  雁夜の変化は、ただそれだけ。カードを口元にあて、笑っている。ただ、それだけ。  だというのに、雁夜の妖しい色香が花開く。  まさしく、奪うとい表現がぴったりな  ごくりと、時臣の喉が動いた。瞳に宿る熱が一層燃え上がる。 「運で、俺を魅せてください」  くるりとカードを表に向ければ、そこにはコミカルなポーズのジョーカーが笑っている。  雁夜の心を沸かせるのは甘い言葉でも情熱的な視線でも麗しい容姿でもない。  心躍る駆け引き、巧みな心理戦、時とし大胆で、冷静な判断、強靭な胆力、そして気まぐれな女神の頬笑みを贈られる強運の結果にいるゲームの勝者である。  そんな相手だけが、雁夜の体にも火をつけるのだ。  だから雁夜は、常々言う。 「俺にカードで勝てたらベッドでも、ここの最上階でもお誘いしますよ」  最上階。  そこはVIPの中でも更に一握りの人間のみが足を踏み込める特別な宿泊施設である。ゆえにか、隠語として淫靡な行為をする時の隠喩に使われやすい。 「……なら、一勝負申し込もう」  指を一本上げる時臣に、雁夜は頷いてカードを山に戻してシャッフルをやり直す。 「ポーカーでかまいませんか?」 「ああ」  返事とともに配られるカード。  その所作一つとっても美しい。 「では……Place your bet」   睦言のような囁き。  雁夜の顔が、笑っているというのに真剣なディーラーの仮面をかぶる。人が好さそうだというのに、どこまでも食えないテーブルの主。  ぞくりっと時臣の背筋が震える。  男の支配欲が刺激されるのだ。屈服させたい、支配したい、乱したい。  甘美な誘惑。  しかし、ゲームを前にしてそれらを振り払わなくてはいけない。  欲に飲まれては勝てる勝負も勝てない。  息を吸い、吐く。  いついかなる時も、余裕を持って優雅たれ。  彼は自らの信条を胸の中で呟いて雁夜を見る。  目があった瞬間、雁夜は楽しげに口を開いた。 「No more bet」    過去にたった一人にしか敗北したことのないカジノ一番のディーラーはそうしてゲームの開始を告げた。 [newpage]  このカジノ一番のディーラーである雁夜は上機嫌だった。  なぜならば今日もいけすかないパワハラセクハラ上司であるところのオーナー時臣をカードで大負けさせてやれたからだ。そのゲームの雁夜の引きの良さ、狡猾な心理戦と駆け引きのえげつなさといえば見ていたものは涙目になりかけている時臣に同情したほどである。  ざわめきにかき消される程度に小さく鼻歌を歌いながら、先ほど時臣に使ったカードとは別のカードを取り出して封を切った。新品のカードの感触はつるりとしていて、滑りやすいが手に心地いい。  シャッフルしようと手をかけた時、ふと、顔をあげる。  何かが、ぴんっときたのだ。  ディーラーとしての勘、といえばいいのだろうか。  空気が、なにか違う。具体的にどうということはないが、嵐の前のような不思議な予兆を感じる。伏せたカードをめくる前にそれが最悪の札だとわかるように。  きょろきょろとらしくもなく思わず辺りを見渡せば、不意に、雁夜は一人の男と目が合った。  一見して客ではないとわかるスーツを着た男は、一言で言うならば、長身という言葉が出てくるだろう。他にも逞しい体躯であるだとか、彫り深く精悍な顔立ちであるだとか特筆すべき要素は幾らでもあったが、彼が纏う無感情で冷え冷えとした静かな雰囲気がなぜか彼の印象を地味に見せている。 「どうした」  誰もいないテーブルに近付くと、小声だというのにざわめきの中でも不思議とよく通る低音で問う。  彼の名は言峰綺礼、フロア・パーソンというゲーム進行や両替の監視、トラブルの裁定やディーラーの管理を行ういわば雁夜の上司のようなものであり、フロア全体の監視係のようなものである。ただ、「ゼルレッチ」での綺礼の役目はそれだけにとどまらないが。 「いや……何も……」  ないです、と言いかけて、やめる。  そして、声を潜めると少しだけ口調を変えた。 「嫌な、予感がする」 「わかった」  それ以上を綺礼は問わなかった。それだけのやりとり。恐らく、問われても具体的にこう、とは雁夜も言えなかっただろう。しかし、綺礼はそこに疑問も懐疑も抱かずそれだけでそっと耳につけている無線に手を当て、何かを呟いた。警戒しろ、等という、そういう類の言葉である。 「予感、だぞ」  その迷いの無さがなんだか信用されているようで雁夜は気恥ずかしく、一応注意を重ねる。  だが、綺礼はごく真面目に返した。 「ディーラーとしてのお前の予感だけは当たるからな」 「だけ、ってどういう意味だよ」  むっと睨みつける雁夜に、綺礼は表情一つ変えずにしれっと答えない。  代わりに、もう一段落とした声で告げる。 「それと……アインツベルンから〝客〟がくる」 「……珍しいな。あそこはこういう場所が御嫌いだろ?」 「最近とった婿が不良らしい。だから遊ばせたいそうだ」 「不良って……」  わざと似つかぬ言葉を使う綺礼に雁夜は頭をかく。 「気をつけておけ」 「ん……」 「お前はここで一番のディーラーだ。「ゼルレッチ」のいわば看板、お前が失敗すれば事はお前のクビ程度で収まるものではなく、「ゼルレッチ」が軽んじられる。ゆめゆめ、警戒を怠るな」 「了解」  頷く雁夜を綺礼は何か言いたげに一瞥したが、すぐに背を向けて歩きだす。  雁夜はそんな背中が遠ざかるのを見送ると何事もなかったかのようにカードに再び指を這わせる。  なんとなく、なんとなく引いたカードはジョーカー。時臣との時に使われたコミカルな道化師ではなく、悪魔的な男が笑っている。嫌な予感は、一向に払しょくできなかった。どころか、強くなっている気すらした。  胸が、騒ぐ。  だが、不安は顔に出さない。あくまでポーカーフェイスを保つ。雁夜はプロだ。「ゼルレッチ」一番のディーラーとして揺らぐ姿など見せられはしない。  だが。 「……」  カードを一度テーブルに置きなおすと見えないようにつけられた無線のマイクをオンにする。トラブルが起こった時やイカサマをしている客を見つけた時に報告する用の無線で、フロア・パーソンたる綺礼に繋がっていた。  少し迷いながらも、雁夜は呟く。 「ODD」 『3目賭け』  短い、やりとり。  しかし、これは綺礼と雁夜の間のみの暗号である。と言っても、業務に関係ある暗号ではない。いわば私的な……あるいは性的なお誘いと言ってもいいだろう。実を言うと雁夜と綺礼の関係はただ仕事の上の上司と部下という関係ではない。恋人、というには忌避感があるが、いわゆるそういう関係なのだ。  ルーレットゲームの賭け方を使ったこの暗号はODD、すなわち奇数に賭けるという意味である単語は奇数が転じてキスに、3目賭けとはインサイドベットのベットを転じてベット……ベッドに入ると、3目賭けの配当が11倍……いいという肯定の返事というなんとも稚拙な言葉遊びの意味を持つ。ちなみに、2目賭けならば17倍、否、での拒絶を意味していた。  つまり、雁夜はキスがしたいと誘い、綺礼はベッドでならいいと返した。だが、ODDはアウトサイドベット、すなわちベッドの外で雁夜はキスがしたいというだけのつもりで言ったのだが、綺礼はそれで済ます気がないらしい。  こんな単純な暗号でも、東洋人、それも日本人の客が少ない「ゼルレッチ」ではこうした日本語の言葉遊びに気付くものはおらずなんとか暗号として機能している。ただ、日本語も堪能な従業員たちには生温かい目で見られているが。 「……了解」  躊躇いはあったものの、仕方ない、というように雁夜は自らの唇を撫でる。 『私用での無線は感心しない』 「わかってる、ごめん、もうしない」  いつもの雁夜ならば絶対にしなかっただろう。  この誘いの暗号は本来ならば最低でもどちらかの業務が終わってから口に上るか、電話かメール、あるいは置手紙等で交わされるもので、決して業務時間内に私用に無線を使ってまで伝えられたことはなかった。  だが、妙に騒ぐのだ。胸だけではなく、体ですら。 『気をつけろ』  不安を見抜くかのように重ねられる注意とともにあちらの無線の切れる音がした。  雁夜は何気ない仕草のフリをして溜息をつく。自分の予感が気のせいであることを。 [newpage]  それから少しして、引いていた客が一人、また一人とテーブルにやってくるとあっという間に雁夜のテーブルはゲームに参加する者とそれを見て楽しむもので埋まっていく。  そんな彼らに不安な様子は少しも見せず雁夜は今日も「ゼルレッチ」一番のディーラーとして華麗な技、巧みな話術、そして心躍らせる駆け引きを魅せた。場は大いに盛り上がり、つつがなく時間が過ぎていく。なんら、問題はない。無さ過ぎる、というほどに。  だというのに、雁夜は自分の予感が杞憂だとは思えなかった。むしろ、嵐の前の静けさのようにも思える。  けれど雁夜はプロだ。  それはそれ、これはこれで切り離さなくてはいけない。  だが。  視界に、見知らぬ男が入る。  あまり顔ぶれの大きく変わることのない3階フロアでは珍しい、雁夜が知らぬ男は東洋系の顔だちで、集団の中で浮いていそうなのに不思議と誰も目を向けない。唯一、雁夜だけが男を見ているようだった。  不意に、男が雁夜の方を向いた。視線に気付いたのか、はたまた目的があってのことなのかはわからない。 「っ……」  目が、あった。  その瞬間、ぞわっと首の裏に鳥肌が立つ。息をのむと同時にぶるりっと震える体。カードを持つ手が、乱れる。しかし、そこは素早くフォローした。  目は反らしたが、意識が男に吸い寄せられる。  男が近づいてくるのがわかる。  雑踏の中、テーブルの空いた席に、座った。 「僕も参加していいかな?」 「どうぞ」  何気ない様子で雁夜は頬笑みかける。  近くで見れば、なんとも周囲と噛み合わない男だった。一応見た目はこざっぱりと整えられているもののスーツは着なれていないのが丸わかりの卸したての新品、紳士的とはほど遠い不精髭、やる気のなさそうなけだるい、というよりも完全にだるいという方が似合う態度は一階フロアならばともかくVIPの集まる三階フロアには相応しくない。  だからこそ、雁夜はこの男が綺礼の言っていたアインツベルンからの客だとすぐにわかった。こんな男がアインツベルンという巨大な後ろ盾もなしに入れるほど三階フロアは安くない。 「お客様はこちらは初めてですよね、ルールは大丈夫ですか?」 「ああ、うん、適当に、ね」  そう言いながら胸ポケットを漁り、何もないことに気付いて溜息をつきながら代わりにチップを無造作に取り出す。  あまりにもな動作に、両隣の男が眉をしかめたが雁夜は笑みを崩さない。 「では」  雁夜は美しい所作でカードを配る。  すると、男の表情がそこでほうっと初めて変わった。雁夜の手に、指に、そのカード捌きを目で追う。  全員にカードが配られ、それぞれの手札をまず二枚見たところで雁夜は周囲をぐるりと見回し口を開いた。 「Place your bet」 「レイズ」  カードを見ながら、男が言う。  よほど手札に自身があるのか、はたまた周囲と雁夜の様子をうかがってかチップを軽く積み上げる。  そして、雁夜はそれを後者ととった。  この男は、確実に幾多の鉄火場をくくった一流のギャンブラーだと。それも、ただ安穏とした表の場だけではない、裏の奥底まで知っている本物。  男の様子をうかがいながらも雁夜はゲームを続ける。  レイズしたにもかかわらず、その時の男の手は凡庸なものだった。悪くはないが、決定的なものではない。だが、雁夜の睨んだ通り、男の一挙一動はめんどくさそうに見えて要所要所が鋭く、駆け引きも巧い。初めは嫌悪感を持っていた筈の周囲も、その男の話術とその勝つ時は勝つ勝負強さに気が緩んでいた。  ここは、チップの一枚や二枚……否、その単位が100枚200枚になろうが露骨に怒り狂ったり嫉妬したりしない。勝負に強いものはガツガツとしたみっともない勝ち方でなければ純粋に称賛される。  しかし、周囲のテンション間逆に雁夜は男の目がどんどん冷たくなることに気付いていた。まるでここにいるもの全てを見下すような、否、見下すなどと可愛いものではない、呆れかえり侮蔑している。  ぬるい、とでも思っているのだろうなっと雁夜は考えていた。決して、雁夜とて幸い裏の世界に身をおいたことがあるわけではない。だが、仮にもカジノという場で一番のディーラーをしているのだ、踏み込んだことはなくともソレが身近で息をしているのはわかる。そして、一歩間違えればそこに突き落とされるということも。 「レイズ」  男の声が響く。  雁夜はチップを集めながら、ふと、違和感を感じた。  なんだか、酷く嫌な感じがする。  それがなにかは直ぐにわからなかった。わからないままにゲームを続ける。  気持ちが悪い。  なぜか、腹の底がむかむかする。  こんな気分に陥ることは滅多にない。どうしたというのか。  その間にも、男は今度は連勝してチップを山のように積み上げ初めていた。先ほどまでは適度に負けていたというのに。 「ぁ……」  そして、気付いた。  気付いて、しまった。  それは、一瞬のこと。 (イ、) (イカサマ)  男の、イカサマの瞬間を見てしまった。  巧妙な、イカサマだった。男の行動に注視していなければ気づ叶っただろうし、角度的に上からの監視カメラにもアイ・イン・ザ・スカイにも映っていないだろう。  違和感の正体に、雁夜は腹の底が熱くなるのを感じた。  よりにもよって、自分の前でイカサマを仕掛けるなんて、雁夜の普段は意識しないプライドが疼く。  男と、目があった。  かっと、雁夜は目の前が赤くなるのを感じる。  自分を、抑えられない。 (こいつ、笑った……!) 「すみません、お客様」  気付けば、口が動いていた。  周囲の視線が、男と雁夜に集まる。  雁夜は周囲の視線の中、少々芝居がかった動きでにこやかに笑いながら告げる。 「そういうのは、困ります」 「そういうの?」  しらじらしい言葉。  雁夜はあくまで表面は崩さずに言葉を重ねた。 「不正は、うちでは禁止されています」 「不正、ねえ……そんなことした覚えないけど?」 「では……動かないでください」  ふっと気付けば、異変を察した他の店員が男の後ろに控えていた。推測するに、アインツベルンからの客としてずっとはっていたのだろう。  男はやれやれっと首をすくめ、抵抗する気はないというように手を上げた。  店員たちは仮面でも付けているかのように無表情な顔で男の両サイドを抑える。 「ディーラーさんの誤解だと思うけど?」 「調べろ」  有無を言わせない雁夜らしくない荒れた言葉に無表情な店員たちも少し戸惑った。こんな雁夜など、見たことがなかったからだ。それに、イカサマを見つけた時の対応も雁夜らしくない。店のマニュアルにも本来ならばこんな場所で糾弾するのではなく、まずは事務所なりバックヤード等に案内してからだというのに。 「おお、こわいこわい。ここのディーラーさんは優しくてかわいいって聞いてたんだけどなあ」  もう、雁夜にとって男の一言一言が苛立ちの種だった。  自分でもなぜこうも苛立っているかわからない。感情を抑えることは得意だと思っていたのに。ポーカーフェイスを保てているかもわからなかった。  店員は一瞬だけほんの一瞬だけ躊躇ったが、すぐに男の身体検査を始める。  誰もが、男のどこからかイカサマの証拠がでてくるだろうと思っていた。それだけ、この場では雁夜を皆信頼している。店員も、だからこそ、この場での検査を始めたのだ。  しかし。  イカサマの証拠は一つたりとも出てこなかった。  せいぜい、ポケットの中からいくらかのチップと安そうなタバコ位が出てきた位で他には何もなかった。雁夜が見たはずのイカサマ用のカードはそれこそ靴下までひっくり返しても出てこない。  男のにやにや笑いに、ぶわっと雁夜は冷や汗が噴き出る。  引っ掛かってしまった。  恐らくは、男はイカサマをしたのだろう。どんな種かはわからないが、わざと雁夜に見つかるように、仕掛けた、この場を作る為に。  イカサマを指摘させ、しかしイカサマの証拠をあげさせないことで雁夜――ひいては「ゼルレッチ」を揺さぶりにきた、というところだろう。普通の客ならいざしらず、アインツベルン相手には決して許されないミス、借りを作るこことなる。  ただ、ここまで目立つ舞台となったのは不測の事態であろうが、推測するに男にとってはむしろプラスの状況だろう。 「ここのディーラーさんはお客が大勝ちするとイカサマって言うのかい?」  やられた、としか言いようがない。   周囲の動揺と不審の視線、口々に囁く声。  視線が、一気に雁夜に集まっていた。  男はわざとらしくげんなりした顔をして、雁夜に言う。 「こんな衆人環視の前でイカサマなんて言われて男に体まさぐられて不愉快なんだけど……君、どう落とし前つけてくれる?」  声が、でなかった。  喉が痛いほど乾いて目が回りそうになる。少しでも突き飛ばされれば足が崩れて二度と立てなくなりそうだった。なんとかそれでも気力で立ち、男を見る。手先が震えたが、拳を握って耐えた。 「間違っても謝らないって、それが「ゼルレッチ」の流儀かい?」  謝りたくなかった。  矜持の問題ではなく、ここで謝れば間違いを認めてしまう。真偽が、どうでもよくなってしまう。  真実よりも面白いものに食いつく人の性はVIPであろうが変わらない。「「ゼルレッチ」で大儲けしたらイカサマ扱いして捕まる」などという噂が流れれば「ゼルレッチ」に傷がつく。  だが、何も言わない訳にもいかない。  しかし、雁夜の頭の中は真っ白で、何を言っていいかわからなかった。どうすればこの状況を打開できるのか、浮かばない。 「だんまりじゃ僕も困るんだけどなあ」  とりあえず、誠意を見せてよ、誠意。  男はそう言って肩を震わせる。 「この場で見せにくいなら……僕は最上階で見せてもらってもかまわないよ」  最上階、の言葉に秘められた暗喩に雁夜はぎゅっと拳を更に強く握る。 「誠意次第では、僕も騒がずに場を収めたいね」  体を差し出せば、大人しくしてやってもいい。  その言外の要求。  受けるわけにはいかなかった。そんなことをすればますます「ゼルレッチ」の名を貶める。そう、少なくともこの場では。人の目があるところ、では。 「とりあえず、ここで話も何だし、そうだね、君たちの事務所つれて」 「お客様、どうしましたか」  言葉を言い終わる前に、いつの間にかできていた人の壁から、綺礼がするっと現れた。  雁夜は、ポーカーフェイスが崩れそうになる。複雑な感情がないまぜになり、泣きそうになった。それはもしかしたら、安堵だったかもしれないし、恐怖だったのかもしれない。  綺礼はちらりと雁夜を一瞥した後、声もかけずに洗練された動きで、恭しく男に対峙する。  男の目と、綺礼の目があった瞬間、男が少しだけ震えた気がした。 「ああ、君は――フロア・パーソンの」  記憶を手繰るように言えば、綺礼は深々と頭を下げた。 「何かうちのディーラーがご迷惑を?」 「うん、ちょっと大勝ちしたからってイカサマとか言われちゃって迷惑してたところだよ」  肩をすくめる様子は芝居がかっていて、ねちねちと不機嫌そうな客を演じているように見えた。 「謝ってもくれないし、君のところはそういう教育してるの? 「ゼルレッチ」は一流のカジノと聞いて無理いって入れてもらったんだけど、がっかりだよ」  綺礼は、何も言わなかった。  頭を下げたまま男の言葉をじっと聞いている。  なんだか、雁夜は情けなくなった。こんな姿の綺礼を見たのが初めてだったからだろう。間に割り込みたい衝動を抑えるのに必死だった。 「お客様――」  ひとしきり男に喋らせ、言葉が途切れたところで、綺礼は静かに呟く。  やはり、不思議とどんな時でもよく響く声だった。 「ここはカジノです。ならばこんな時の始末の付け方は一つでしょう」  綺礼の言葉の意味が、雁夜にはわかった。  その瞬間、震えていた指先が、ぴたりっと、止まる。 「はっ? 何言ってるの? 僕はそこのディーラーさんに難癖をつけられたから謝罪とか誠意がほしいだけなんだけど」 「カジノには、カジノのルールがあります」  なぜか、有無を言わせないセリフだった。  声を荒げたわけではない。  大声だったわけでもない。  綺礼が顔を上げた瞬間、言い知れぬ迫力が、周囲を水をうったかのように静まり返させる。 「……そっちのディーラーさんと勝負しろって?」 「いいえ」  綺礼はゆるりと首を振る。 「ぜひ、私と」  胸に手を当てて、綺礼ははっきりと言った。  男が、頭をかき、めんどくさそうに溜息を吐く。 「君と?」 「はい、私はフロア・パーソンとしてオーナーにこんな時は私が出るよう言われております」 「ふうん」  男が、綺礼を見据える。  綺礼も、男を見ていた。 「「ゼルレッチ」一のギャンブラー、代行者と、か」 「光栄ですが、身に余る称号です」  フロア・パーソンである綺礼の仕事は監視やトラブルの裁定、ディーラーの管理等であるが、他にも役目がある。それは、いざという時、賭けの席に座り、勝つこどだ。大事な場での代打ち、あるいはカジノを荒らしにきた客の相手、トラブルの収拾、勝たなければいけないところで絶対に勝つ。「ゼルレッチ」の勝利を代行する為の存在。ゆえに、一部では綺礼は代行者と呼ばれている。  たった一人、この「ゼルレッチ」で雁夜に賭けで勝った、確かに最高のギャンブラー。 「お客様が勝てばこちらも謝罪しますし……アレも好きにしてかまいません、誠意もお好きなだけお見せいたしましょう。ですが私が勝った場合は……」 「不問にしろと?」 「いえ」  綺礼は、問う男に至極真面目な顔で告げた。 「最上階で、お相手を」  沈黙。  別の意味でその場が静まりかえった。  男も、そしてポーカーフェイスを保とうと苦労していた雁夜ですらぽかんっと口を開ける。  え、この人何を言ってるの?そんな空気が漂っている。  冗談に違いない、思わず引き攣った顔で男は綺礼を見直す。その、綺礼の目を。 「……お客様が私と一晩過ごしてくれれば……」  ぞそぞぞぞぞぞぞっと男の背筋に寒気が走った。  この男、本気だ。男の脳が叫び狂う。  暗い死んだ目に、男は綺礼の本気を見てしまった。  本能的な恐怖が男の口を滑らせる。 「不問にする!! 僕が負けたら不問にする!! それでいい!!」 「では、始めましょうか」  あっさりと、不問にする、という返答を受け入れる。  まるで、自分の言った条件などなかったかのように。  男は、勢いでゲームに乗るような言葉を発してしまったことに気付きはっとして頭を抱えた。勝負など受ける必要などなかったというのに、受ける気などなかったというのに。  やはりやり手、こんな手を使ってくるとは、と思った瞬間、小さな音が聞こえた。 「チッ」  聞き逃すような、小さな、音。  舌うち。  それを発したのは恐らく……。  (ただの本気だった……)  なぜかわからないが、男は震えながら尻を抑えかけた。そうしなければいけないような気がしたからだ。  その間に、綺礼はすっと雁夜のテーブルに近付くと、椅子を引く。 「どうぞ、Mr.アインツベルン」 「ありがとう……」  気を取り直して、座る。  言ったからにはもう勝負から逃げることはできない。  隣に綺礼も座り、同時に雁夜が新しいカードの束を取り出して、封を切った。 「……ディーラーは変えないのかい?」  何気ないが、当然の疑問だった。  ただでさえ「ゼルレッチ」側のディーラーというだけでも公平性が危ういというのに、男をイカサマと告発した相手となればそこに私情が噛むもの。少なくとも、ディーラーは別の人物に頼むべきだろう。  だというのに、二人は平然としている。  それが、当たり前であると見せつけているようだった。 「僕としてはフェアにいってほしいんだけど」 「もしもうちのディーラーがイカサマをしたら」  雁夜が、カードを切る。  男の言葉をまったく気にしていない様子で、鮮やかに、ブレ一つなく。 「私は「ゼルレッチ」を辞めましょう」  綺礼もまた、きっぱりと答える。  男が微かに動揺する中で、雁夜はまったく気にしない。カードシャッフルの手は変わらない。平静であるかのように、当然の信頼に応えるかのように。 「ポーカーでかまいませんか?」  雁夜の問いに、それ以上男は口を挟まなかった。  頷き、そして、目を、勝負師のそれにする。  空気が、変わった。 「お手柔らかに」 「こちらこそ」  この時のルールは簡単だった。  お互い10枚のチップを持ち、それを賭け合い、奪い合うだけ。アンティはなし。後は普通のポーカーと変わらない。  重要なのは、駆け引きと、運。  どちらがより女神を引き寄せるか。  誰もが勝負を静かに見守っていた。 「Place your bet」  そして、雁夜の言葉とともに勝負の幕があがった。 [newpage] 「フラッシュ」 「フルハウス」  綺礼の手札はハートのフラッシュ、男の手札はエースとジャックのフルハウス。  周囲の客たちが溜息を吐く。  勝敗が決した瞬間だった。  綺麗と男の実力、運ともにほとんど互角。まさに白熱した一進一退の勝負は決着がつかないのではいのかと思われるほど。  その中で、男はこの勝負に自分の持つチップの全てを賭けた。同時に、綺礼もまたそのレイズに乗って全てを賭けた。  綺礼の引きは決して悪くなかった。だが、結果は男の引きの勝ち。 「おめでとうございます」  雁夜が、微笑む。  勝者に向け、称賛を惜しみなく贈る。  綺礼の負けに表情を崩すことなく、ただ静かに、いつものディーラーの仕事を粛々と見せた。勝敗は絶対だとでも言うように、揺らがない。 「こんなギリギリの勝負をしたのは久しぶりだよ」 「私のハートを受け取ってもらえなくて残念です」 「ぞっとすることを言わないでくれ……もう本当に勘弁してくれ……」  癖なのか、男が胸ポケットを探り、なにもないことにもう一度肩を落として溜息をついた。  「さて……じゃあ、まずディーラーさんには最上階にでも案内してもらおうかな? 謝罪と誠意をたっぷり見せてもらいたいし」 「私がしますが」 「ディーラーさんに頼みたい!!」 「ところで、Mr.アインツベルン、お連れの方は?」  不意の、質問。  男は不思議そうに、訝しそうに眉根を寄せる。 「連れ?」 「ええ」 「何を言ってるんだい、僕は今日は一人だよ。護衛も鬱陶しいから連れてないことは君たちが一番知ってるだろ?」 「そうですか」  綺礼が不意に、手をあげた。  同時に、店員が客を割り、現れる。  先ほどまでの無表情な二人にどこか似た印象のある、しかし女性の警備員だった。高くくくった暗い色の髪を揺らし、後ろで手で縛った女性を連れている。 「なんのパフォーマンスだい?」  男は心底不思議そうに状況を見て綺礼に問う。  そこには動揺はなく、なんでこんなことになっているのか純粋にわからない戸惑いが見えた。  綺礼が、周囲に聞こえないほど小声で、男にだけ囁く。 「実は先ほど捕まえましたこの女がイカサマ用のカードを持っていまして……お客様のお連れでないならばこちらでどうしてもいいということですね?」  ほとんど直接的な脅しに聞こえた。  雁夜はそこでようやく、この男がイカサマ用のカードを持っていない理由に気付いた。この男はどういった仕掛けかは知らないが、今目の前にいる捕まった女にカードを渡していたのだと。 「女性に乱暴はどうかと思うけど」 「乱暴など」 「じゃあいいんじゃない?」  男は、興味無さそうに言う。  女を見はするものの、そこに特にこれといった同情も危機感もなく、ただめんどくさそうに見ているだけ。自分とは関係ない。そんな態度だった。 「それよりも、僕はディーラーさんの謝罪と誠意が見たいんだけど」  誤魔化そうとするな、というように睨む。 「これは失礼、後一つ」 「もう、これで最後にしてほしいんだけど……」 「アハト翁に伝言を「遠坂はグレイルをお渡しする用意があります」と」  そこで初めて、男が眼を見開いた。  揺れ一つなかった瞳が、左右に彷徨う。何かを考えいるような、迷っているような、選択しているような一瞬の仕草。一瞬の、葛藤。  そこに何が起こったのかわからない。  ただ、ぎっと奥歯を噛んだのがわかった。 「もしかして……僕に負けたの、わざと?」 「まさか」 「時間稼ぎ、されちゃったかあ……」  肩をすくめる綺礼に、男は疑わしげな眼を向けてそっと自分の側のチップを綺礼の側に動かす。 「今度は、僕の負け」  その言葉がきっかけだった。  綺礼がすっと立ち上がり、周囲の客へ向けて礼をする。 「この度は余興にお付き合いありがとうございました。私どもの勝負を愉しんでいただけたことと思います」  その言葉は、全てをうやむやにする言葉。  今までの一連の流れは、余興であったと、何もトラブルなどなかったと言っている。そう、トラブルなど何もなかったことにしろと。  客たちは微かに戸惑いを見せたが、そこは弁えているのかそれ以上の何か、は起きない。これは余興だったと。いくらかが場を離れていく。 「僕の連れは、返してもらっていいかな?」 「どうぞ」  警備員が、女を解放する。  女は苦々しい顔をして、男を見ていた。男は女に何も言わない。それが答えというように。  代わりに、視線を雁夜に向ける。 「君に最上階に案内してもらいたかったんだけど、残念だよ」 「そうですね……今度はイカサマ無しの勝負をしていただければ考えましょう、Mr.アインツベルン」 「あれ、本気にしちゃうよ?」 「私に勝てたら……お好きに」  雁夜はにっこりと営業スマイルで応えた。曖昧な、しかし、どこか艶のある表情。 「衛宮切嗣、それが僕の名前ね、覚えといて」  「わかりました、衛宮様」 「君は覚えなくていいよ、忘れて。てか距離が近い近い近い離れて」  男、衛宮切嗣が逃げるように女の元に早足で寄っていく。  女とは、一言も言葉を交わさなかった。それでも、女は黙って切嗣についていく。当然の、ように。  同時に残っていた客たちもばらけていく。もう、今日のところは雁夜のテーブルでゲームが始まることはないと察したのだろう。  警備員が綺礼に指示を仰いで雑踏に消えれば、テーブルにいるのは雁夜と綺礼だけになっていた。 「……雁夜、ロッカールームにこい」 「はい」  綺礼の静かな一言に、雁夜はカードを片づけながら返事をした。 [newpage] 「まったく……お前は勝負ごとで欲情する癖を直せ」 「客の前では……しない」  ロッカールームで唇を重ねながら雁夜と綺礼は言葉を交わす。  そこに恋人同士、というような甘さはなかったが、貪るような熱はあった。 「綺礼だって、興奮してただろ……モーションかけてまじあの人びびってたぞ」 「妬くな」 「妬いて……なくも……ない」  会話の合間に、唇を合わせる。  触れる唇、絡まる舌、互いの唾液の味を感じ、熱を混ぜ込むようにかき回し、吸いつく。 「ん……それにしても……よく、引かせたな」 「ああ……どうやら衛宮切嗣とアハト翁は仲が悪いらしくてな」 「うん……」 「そこで、揺さぶったわけだ……アハト翁の方と個人的に取引をするぞ、とな」 「なるほど、遠坂を貶めた上で取引で貸しを作れれば仲の悪い入り婿を切るかもしれないってわけか……」 「そうだ、切嗣は白を切るだろうが……奴の部下の女はこちらの手の中……アハト翁があの女を切嗣の部下だと言えばイカサマの証拠になる」 「ああ、だから……あの人、お前がわざと負けたか、って聞いたわけね……俺があの場でイカサマ見つけれなかったのは事実だし……お前を負かせたっていう事実があれば十分だもんな……」 「言っておくが、わざと、ではない」 「わかってるよ、わざとだったらわかるし……燃えない」  答え合わせをしながら、段々と互いの服を脱がし始める。空気に触れた肌がひんやりして少しくすぐったい。身を寄せて、肌をすりよせた。  じゃれるように、雁夜は綺礼の鎖骨に唇を落とす。  同時に、綺礼も雁夜の黒髪に唇を落とした。 「言っておくが、説教は後でオーナーとするからな」 「わかってる」  嫌そうに顔を歪めたが、それでも雁夜は受け入れた。  それだけのことをしたと自分でもわかっている。  だが、抑えられなかったのだ。自分の目の前で、本当に強いギャンブラーがイカサマをするのを。  面倒な性だとはわかっているが、中々直せない。 「戯言は終いだ、集中しろ」 「ん……」  肌をまさぐられ、雁夜は首をすくめた。  しかし、その表情は笑っている。  すでに、雁夜の肌は少し湿っていて、吸いつくような感触を綺礼は覚える。 「Place your bed?」  暗号の言葉遊び。  お前のベッドにおいて。 「ベッドまで我慢できないだろう」 「まあな」  そのまま、綺礼は手を下へと滑らせる。 「あっ後さ、綺礼……」 「なんだ」 「信じてくれて……ありがと」 「ディーラーとしてのお前だけは、信用できるからな」 「なんだよ、だけって」 「もう黙れ」  くすくすと軽い笑い声は、カジノの喧騒へと届くことなく、消えた。 [newpage] 「……あのさ、言峰が最強のギャンブラーって嘘でしょ」  日を変えてやってきた切嗣が、頬づえをつきながら言う。  目の前には、雁夜、少し離れた席には綺礼が、まるであの日の再現のように存在している。  ただし、ゲームの相手は綺礼ではなく、雁夜だった。  あの日言ったように、雁夜に勝負を挑んだのだ。 「なんですか衛宮様、突然」 「だって……さあ」  しかし。 「……ストレート」 「フラッシュです」  切嗣の出したストレートに、雁夜が広げたカードはスペードのフラッシュ。  切嗣の出したチップを、雁夜が回収する。  雁夜の前には、今やチップの塔がいくつか立っていた。 「僕、全然勝てないんだけど……」  切嗣の言う通り、今日は一度も切嗣は雁夜に勝てていない。  まるで、幸運の女神に見捨てられ切ったかのように。 「言っておくが衛宮切嗣、私もテーブルについた雁夜に勝ったことがないぞ」 「え……?」 「勝負の席についた雁夜の引きは――最強だ――」 「……ずるいずるい雁夜ずっとずるしてたーって言うべき?」 「私は一度もイカサマをしてませんが?」 「してないけどさあああああ……おかしいよね、確率的におかしいよね……勝ち続けるって……」 「場を見定めて下りてますから」 「わかった……今日は僕の負け、負け……」  やってられないっというようにがしがしと頭をかいて胸ポケットからタバコを取り出す。  咥える前に、雁夜が自らの唇を抑えた。 「ここは禁煙です」 「……」 「喫煙ルームに案内しようか、衛宮切嗣?」 「いやだ、君に案内されるとどこに連れ込まれるかわからない」 「チッ」 「やめて、舌うち怖い!」  切嗣はぶつぶつ言いながら席をたつと、喫煙ルームへと歩いていく。綺礼は、そんな切嗣を追いかけるように席を立ったが、足を止めた。 「雁夜――Place your bed?」  返事代わりに、雁夜はカードの束からすいっと一枚引いた。  出たのは、ジョーカー。  道化師が綺礼と目を合わせて笑っていた。 「残念」 「テーブルについたお前には勝てないな」  口元だけ笑って、綺礼は改めて切嗣の後を追っていく。  同時に、また客がテーブルへと集まってくる。  今日もまた、「ゼルレッチ」一のディーラーの「Place your bet」の声が響いた。
カジノパロでディーラー雁おじです。カジノパロの話を聞いてから勝手にディーラー妄想が滾って萌えて暴走した結果というありさま……。色々ルール的におかしいところが若干ございますがお見逃しいただけると嬉しいです。雰囲気カジノということで。むしろ、ふいんき(なぜか変換できない)カジノです(※実際にはふんいきだと理解してます)なお、英語的におかしいところは綺雁が日本語的な言葉遊びをしているということでお許しを……。       綺雁ですが、要所要所に別雁受け、言切要素がございます。 ※実際ジョーカーを入れない場合の方がカジノではあるらしいですが、雰囲気カジノなのでいれてます、また、強いカードという設定にしております、ご容赦ください。     ///DR19位ありがとうございます! ブグマ、評価、タグ嬉しいです!!(4/27) 説明忘れておりましたが「グレイル」については特に具体的なものではなく「そちらの出す条件での取引がしたい」みたいな感じの暗号です。暗号多すぎるだろこの話……。         ///DR9位まさかの一桁ありがとうございますガクブル! 私には勿体ない評価に震えが……たぶん、歴代で一番伸びる速度が速いです……。こんな単発ネタにありがとうございます! 続きとか考えてないんですけど、もしや続編的なものを書くべきなんでしょうか……(4/28)        ///書くきっかけとなった絵が入ってるまとめにイメレスさせていただきました! 本当にこの絵がすきすぎて……!
【F/Z】Place your bed【腐】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1005951#1
true
注意! この物語はフィクションです。実在の方々とは一切関係ありません 軍パロです 今回少し残酷描写多めです。苦手な方はお気を付け下さい 名があるモブが出てきます 何かありましたらお知らせ下さい。マイピク等に下げさせて頂きます 迷惑なコメント、批判、暴言等は一切受け付けません よろしいですか?では、先にお進み下さい [newpage] 我々国城内の廊下、何時もは頭に付けているゴーグルを弄ぶ様に回しながら歩くショッピの姿があった。 大きい戦争がついこの間終わり、「今日は休め」と今朝グルッペンに言われた。皆が忙しい中休むのも悪いと言ったのだが、「入隊してから休暇を1度も取ってないだろう?」という一言で、渋々首を縦に振った。 そんなわけでショッピは今、暇を持て余している状態なのだ。 (何しようか…) (先輩に奇襲を仕掛けに行こうか…。いや、今日は先輩書類整理があったはず) まず真っ先に先輩ことコネシマの顔が思い浮かぶが、昨日の夜に「やらなあかん書類片付けな…」と今にも寝てしまいそうな声で目を擦っていたのを思い出し、コネシマが居るであろう所へ向けた足を元に戻す。そしてふと、今日暇だと言っていた人物を1人思い出す。 (…ゾムさんに稽古つけてもらうか) 自分自身を鍛えられるというメリットと同時に、食害というデメリットがつく可能性があるが、1日何もせずに終わるよりマシだと思い、ショッピは訓練場へと歩き出した。と、同時に後ろから声をかけられた。 「あ、ねぇねぇそこのヘルメット君!」 振り向いて見るとそこには白衣に白い狐のお面をつけた、見るからに怪しい男が立っていた。どうやって入ってきたんだ?と思ったが、それを顔に出さないようにして、ショッピはインカムのスイッチを入れながら 「自分っすか?」と尋ねた。 「そうそう。ちょっと聞きたい事が「もしもしグルッペンさん?侵入者です」ちょっとぉぉぉ!?」 "聞きたい事がある"の一言で勝手に脳が判断し、ショッピはインカムをグルッペンへと繋げた。そんな光景を見て慌てた様子で止めに入る怪しい男をひらりと躱し、冷めた目で男を睨みつけた。 「なんですか。侵入者が出たんなら連絡するのが当たり前でしょう?」 「侵入者じゃない!この軍の関係者!!」 「信用なりません」 男とショッピの異様な漫才を、通りすがりの一般兵達が「何事だ?」とでも言うように、遠くから見ている。インカムからは「おい?どうした?」というグルッペンの声も聞こえるが、今はこの男を黙らせるのが先だろうと腰のバールに手を伸ばした時、慌てた様子のロボロからの通信が入った。 『ショッピ君!!』 「ロボロさん?」 『ゾムと大先生がβ国に捕まった!!』 「「!!」」 突然の知らせにショッピも目を見開き固まる。声が聞こえていたのか、傍にいる男もショッピと同じように目を見開いている。 『今から作戦会議するから!急いで会議室に来て!』 「分かりました」 ショッピは男の事が多少気になるものの、今は構ってられないとでも言うように会議室に向かって走り出した。しかし、 『あ、あとグルッペンから伝言。"そこにいる狐面の人も連れてこい"やって』 ロボロから伝えられた総統命令に思わず足を止める。仕方がないと1つ溜息をつきながら「……はい」と渋々返事をし、ショッピはインカムの電源を落とした。その間、狐面の男は何をするわけでもなく、じっとその場に佇んでいた。 「付いてきてください」 ショッピは手短にその事だけを伝え、先に駆け出した。その言葉を聞いた男は苦笑しながらも「言われなくてもそうするつもりだったよ」と言い、ショッピの後を追った。 [newpage] 「ショッピ、遅れました」 「構わん。皆今来たところだ」 ショッピが走って来た会議室には、既に他の幹部が勢揃いしていた。遅れた事を謝ると、一番奥の窓側の席に座っていたグルッペンが気にするな、とでも言うように一言呟く。 すると、今まで何もしなかった男がグルッペンに向かってゆっくりと歩き出した。男の雰囲気は今までの緩い物ではなく、殺気に溢れたピリピリとした物に変わっていた。 「…うつ君も攫われたって本当?グルッペンさん」 「やはり貴方だったか、Dr.くられ」 「くられ…?」 グルッペンに向かって歩き出した事で慌てて止めようと思ったショッピだったが、2人から紡ぎ出された会話は、まるで長い付き合いの友人とのやり取りみたいだった。そして、グルッペンから出てきた聞き慣れない名前にキョトンとしていると、そんなショッピの姿を見たコネシマが、「あぁ、ショッピ君は初対面やったな」と思い出したようにポンと手を合わせた。 それに気付いたくられは、ショッピの方へと近付き、手を差し出しながら自己紹介を始めた。 「初めまして。私の名前はくられ。うつ君とは親しい仲でね、今日も彼に用があって来たんだ」 「………」 しかし、どうにも胡散臭い取ってつけたような笑顔が信用ならず、ショッピは半歩後ろへと下がった。 「おやおや、まだ警戒されている様だね」 「すまない、とりあえず作戦会議を始めてもいいか?」 笑顔を崩さずニコニコとしていたくられに、グルッペンが申し訳なさそうに言うと、「おっと、それは悪い事をしたね」とくられは近くにあった椅子に座った。それを見たグルッペンは自身の右隣に立つトントンの方を見た。 「トン氏、説明頼んだ」 それを聞いたトントンは、ロボロに目配せし、手元の資料へと目を向けた。 「えっと、ゾムと大先生を攫った国はβ国。…ここやな。ワイらの国と隣接しとるところや」 「この前オスマンさん達が外交に行った所ですか?」 トントンは自身の言葉と同時に出たマップを指差しながら説明する。それを聞いていたエーミールは思い出したようにオスマンへと質問した。 「そう。怪しいとは思っとったけど、すぐに行動するとは思ってなかっためう」 計算外やったわーと呟くオスマンの言葉を聞きながら、トントンは今の現状を説明し続ける。 「時間的に恐らく2人は買い物中に拉致られとるな。まだそんなに時間は経ってないはずや。ちなみに作戦の方は大体考えてある。まず2人ほど特攻して2人の救助。その後残りのメンバーで一気に叩く」 ギラりと獲物を狩るような目付きに変わったトントンを見た瞬間、ショッピ達の周りにビリッとした空気がまとわりついた。その事を確認したようなグルッペンは、席を立ち腕を後ろに組んで通る声で喋り出した。 「で、ここからが本題だ。その特攻するメンバーを決めてすぐに出発してもらいたい」 「コネシマかシャオロンに任せたいんやけどな…。前の戦争の疲労が溜まっとるからあまり前線には行かせとうない」 「俺らは行ける言うたんやけど、すまんなぁ」と落ち込むコネシマとシャオロンをエーミールが慰める。そして、その事を聞いたグルッペンの目が、藤色の瞳を捉えた。 「出来れば1人目はショッピに頼みたい」 突然任された大役に驚きつつも、気合を入れ直し「……分かりました」と返事をする。 「決まりだな。で、もう1人は「グルッペンさん、私が行ってもいいかい?」…は?」 「くられ先生、あんた戦闘あんまりせんタイプじゃ…」 もう1人のメンバーを言う前に手を挙げたのは黙って聞いていたくられだった。トントンは、余りそういった場に出ないくられの身を案ずるが、くられは楽しそうにいつの間にか持っていた注射器を弄びながらグルッペンの方へと歩き出した。 「試してみたい薬とか武器とか沢山あるんだよ。それに、うつ君も攫われているんだろう?それに黙ってる私ではないよ」 「…ショッピが良ければ許可を出そう」 狐面の奥の瞳を見て、諦めたようにグルッペンは溜息をつき、ショッピの方を指差しながら口を開いた。その指先を追う様に、くられは足先をショッピへと向け、歩きながらお願いした。 「ショッピ君だっけ?頼む、うつ君を助けたいんだ」 真剣で、覚悟を決めた様な目の前の男にショッピは、1つ瞬きをすると顔を引き締め直し、真正面から向かい合った。 「……いいですよ。一緒に行きましょう」 「ありがとう…」 ふんわりと微笑んだくられを見ていたメンバーだったが、グルッペンの方からガタッと音がし、そちらの方を向く。すると、彼は楽しげに。だが、確実に獲物を捕らえる目付きでメンバーを見つめていた。 「決まりだな。それでは諸君!戦争をしよう!!」 「「「「「ハイル・グルッペン!!」」」」」 会議室全体に闘志を含んだ声が響き渡った。 同時刻、β国地下牢ー そこには、所々に傷を作ったゾムと鬱が牢屋に放り込まれていた。 「…大先生、生きとる?」 「なんとか…」 さっき目を覚ましたばかりのゾムは、まず自分達が捕えられているのだと言う事を理解した。買い物の途中、突然背後から襲われそれ以降の記憶がない。気が付いた時には、同じように手足を縛られ、ぐったりと横たわる鬱の姿しか確認出来なかった。鬱が起きた後、袖口に仕込んであったはずの仕込みナイフまで無くなっていることに気付いた。 「隠し武器とか全部取られてしもうた。これじゃ、流石の俺でも逃げ出せれん」 「我々国のゾムさん、ご機嫌いかがですか?」 突然声が降りかかり、睨みつける様に振り向く。そこには、随分前からゾムを気に入ったとしつこい勧誘をしてきたβ国の軍隊大将であるルーヴが立っていた。 「見ての通り、最悪に決まっとるやろ」 「そうですか。ってそんな話をしに来たんじゃないんですよ。…私達の国に入る事、考えてくれましたか?」 「なんべんも言っとるやろ。断る」 キッパリと放たれた言葉を聞き、ルーヴはフッと軽く笑い、くるりと後ろを向いた。 「やはりそうでしたか。そう言われると思ってある細工をしておきました」 「細工?」 「ええ」と言いながらルーヴはゾムに向き直り、最初に声を発してから一言も喋らなかった鬱を指さしながら、楽しそうに目を細めた。 「我が国は薬の開発が進んでいる事は、ご存知ですよね?開発途中の毒薬を貴方が気絶しているあいだに、お隣の仲間に投与させて頂きました」 「お、前!!」 今にも噛みつかんばかりの雰囲気を感じたのか、ルーヴは思わず後ろに後ずさる。しかし、強者の余裕とでも言うように液体の入った瓶を取り出しながらゆっくりと再びゾムへと近付いた。 「無駄な抵抗はやめた方がいいですよ?解毒剤は我が手中にある。この人を生かすも殺すも貴方次第なんですから」 「……っ!」 「ゾム、さん。僕、平気やから…」 ゾムが声に気付き振り向くと、体は倒れたままだったが、鬱の紺色の瞳だけは確かに開かれていた。苦しそうにしながらも強気な鬱にルーヴも少し驚く。 「おや、まだ喋る余裕がありましたか」 「お生憎、毒の耐性は、多少、出来とるんでね」 そこまで言うと、鬱は意識を失ったのかそのまま目を閉じた。それを見たゾムは「大先生!」と鬱の傍へと近寄った。 「ふん、まあいいでしょう。貴方は別に死んでも構いませんし、ゾムさんの返事をゆっくり待つとしましょう。…貴方の命が尽きるのとゾムさんの心か折れるのと、どちらが先になりますかね?」 楽しそうなルーヴの言葉を聞きながら、苦しそうに息をする鬱を見て、ゾムは何も出来ない自分が悔しくなり唇を噛み締めた。 (誰か…!早う来てや!!) 自分が何も出来ない今はただ、仲間達が来てくれる事を祈るしか出来なかった。 [newpage] あの会議から数十分後、グルッペンから借りた車で2人はβ国近くの森まで来ていた。その間2人は喋ることなく、ただ自分達の武器を弄んでいた。そろそろ突撃しようかと思った時、「先に言っときますけど」とショッピの冷めた声が響いた。 「なんだい?」 「俺、まだあんたの事信頼してないんで」 くられへと向けられた視線は酷く冷たい物だった。その表情から、「仕方なく了承してやったんだぞ」とでも言いたげな雰囲気を感じ取り、くられは苦笑いを浮かべた。 「これは手厳しいな。せっかく君にいい案件を持ってきたのに」 くられはそう言い、車に積んでいた自分の荷物を漁る。そこから自分を物で釣ろうと言う事がすぐ読み取れたショッピは、呆れた様に腕を組み直した。 「物で釣るんすか?」 「いやいや、君はコネシマ君に手厳しいという事をグルッペンさんから聞いてね。しょっちゅうイタズラをしているらしいじゃないか」 「…だったらなんすか」 グルッペンが勝手に話した事に憤りを感じつつも、返事を返す。すると、くられは小ぶりなピッチングマシーンの様な物を取り出した。 「これとかどうだい?タイマーをセットしたら自動的にトリモチを発射してくれる装置。起きる時間にセットしといて、タイマーがなると同時にトリモチが顔面に発射される。最高の目覚めになると思わないかい?」 「………」 ショッピが少し興味を持ったように目を輝かせたのを、くられは見逃さなかった。トドメとでも言うように、次に液体の入った小瓶を取り出してショッピへと渡した。 「後は、水に混ぜて使うタイプの薬品とか。これは頑張ったねぇ。ちょっとかかるだけでそこの部分が某青い鬼の様な色に変化するんだ。もちろん、時間経過で戻るけどね」 ちゃぷんと音を立てる小瓶をまじまじと見ていると、ひょいと小瓶をくられが奪っていき、白衣のポケットへと収めた。そして、ピッ!と人差し指を突き出し、ショッピへと問うた。 「そこで君に交渉だ。今日だけ!今日だけでも僕の事を信頼してくれたら、これ全部君に譲ろう。もちろん断ってもいいよ?もしそうなったら、私は一人で突入するから」 そこまで言うとくられは、両手を広げた位の長さがあるナイフを持ち、敵陣へと数歩歩みを進めた。そして、先程までの温厚な雰囲気はどこへやら、怒りを滲ませた様な目で目前の城を睨みつける。 「私の助手…いや、友人を攫った罪は、相当重いよ」 グリップを握る力を強くし、くられが口を開く。そこから鬱を"とても大事な仲間"と思っている事が良く分かった。ショッピは、自身の腰のバールへと手を伸ばし、くられの隣へと立った。 「…分かりました。あんたを信頼しますくられさん」 急な変わりように、くられはキョトンとした顔でショッピを見つめる。その後、少し照れたようにショッピはそっぽを向いた。 「勘違いしないで下さい。物に釣られた訳じゃありません。確かに魅力的な物ばかりでしたが、それ以上に大先生の事をそこまで思っているなら、少なくとも敵ではないという事が分かっただけです」 「それでもいいよ!あ、僕の持ってる武器を良ければ何個か貸すよ。試してみたいのもいくつかあるし!」 キラキラとした目で色々な武器を取り出すくられを見て、思わず笑いが零れる。なるほど、思ったより頼もしそうだ。そう思ったショッピは 「それは助かります」と言い、ある拳銃を受け取った。 「では、実験開始といこうじゃないか!!」 くられのその一言で、2人は城に向かって駆け出した。 ショッピは、早速貰った銃を使い、弾を相手へと撃ち込む。弾は1発だけではなく、ほぼ同時に2〜3発ほど放たれ相手の急所へと吸い込まれていく。相手に当たると同時に、1人は絶命し、もう1人は何故か毒でも盛られたかの様にもがき苦しんでいた。 「楽しいっすね、これ」 「良いだろう!?それは新しく開発した銃でね、数種類の弾を同時に撃つことが出来るんだ。だから、普通の弾で死ななくても同時に当たった青酸カリを注入出来る弾が当たれば、相手は青酸カリで死ぬ。」 「本当はアコニチンを濃縮した物を入れたかったんだけどねー」とほんわかとした雰囲気でくられは説明を続ける。それを聞いていたショッピは、他の薬品でもいけるのかと疑問に思い、銃をまじまじと見つめる。 「弛緩剤とかでもいけそうですね」 「いけるよー。そこのリボルバー弄れば変えれるよ」 そう言われ、ショッピはリボルバーを弄る。すると、銃口近くの色が黄色へと変わる。どうやらこれが弛緩剤らしい。 ふと、くられはどう戦っているのだろうとショッピは目を向ける。すると、先程握りしめていたナイフを器用に振り回しているくられの姿があった。 「くられさんの使ってるのはなんすか?」 「新開発の素材で作った大型ナイフ。軽ーく振るだけで」 そう言い、相手へと振りかざす。すると、切りかかられた相手の首がなんの抵抗もなく地面に吸い込まれて行った。 「骨まで綺麗に断つ事が出来る」 そう言い、またナイフを振り回すが今度はショッピに当たりそうになり、ショッピは慌てて躱した。それを見て申し訳なさそうにくられはナイフを振るのを止めた。 「味方に当たらないように振るのが難しいなー」 「怖いんで出来ればもう使わないで下さい」 ショッピの懇願をくられは了承し、その代わり逃げ惑う兵士には見向きもせず、ガスマスクと小瓶を取り出した。 「に、逃げろぉぉぉぉ!!」 「ショッピ君これ着けてねー」 「?はい」 ショッピが渡されたガスマスクを着けた事を確認したくられは、持っていた小瓶を床に叩きつけた。そこから発生した気体を敵が吸い込んだ瞬間、敵は次々と倒れすぐに動かなくなった。 「これは数十秒後に気化して無毒化する毒薬。致死率は100%!毒の強さはテトロドトキシン以上!!少しでも吸い込めばお陀仏だよ」 まるでどこぞの戦争をふっかける総統の様に、イキイキと喋るくられを見て、「えげつな…」と思わず眉を潜める。すると、それが聞こえていたのかガスマスクを外しながらくられは、楽しげにショッピの方を振り向いた。 「敵に情けは無用!さあ、どうせ地下だろうから地下へと急ごうか」 「でも、階段どこですかね…」 近くに階段なんて物はない。ガスマスクを外しながらキョロキョロと辺りを見渡すショッピを見て、くられは小型の機械を取り出し床に貼り付けた。 「そんな時はこれ!当社比ダイナマイトの10倍強い爆弾!これを…スイッチ・オン!」 すると次の瞬間、爆音と共に床に大穴が空いた。咳き込みながらそこを覗くと、丁度ゾムと鬱、そしてルーヴの姿が確認出来た。 「あ、ゾムさんと大先生いた」 「やあ!」 「く、くられ先生とショッピ君!?」 突然の事にゾムは驚きつつ、しかし、待ちわびた様な声をあげた。 [newpage] 突然の事に驚いたのはゾムだけではない。ルーヴも同じように驚いていた。爆風のせいでへしゃげた檻から、ヘルメットの男と狐面の男が出てくる。 「だ、誰だおまえらは!?」 「我々国のショッピっす。おまえら殺しに来ました」 「くられでーす。巷ではヘルドクター呼ばれてます」 「クソ…」と悔しそうに歯を食いしばるルーヴを他所に、ゾムが泣きそうな顔でくられの服の裾を引っ張る。 「く、くられ先生。だだだ大先生が…!!」 「おい!動くな!」 ルーヴは慌てて銃口をくられへと向ける。しかし、そんな事はお構い無しにくられはぐったりとゾムに抱えられている鬱へと近寄った。 「んー?あー…、この症状ムスカリンから作ったのかぁ」 「ム、ムスカリン…?」 「無視するな!!それに、その毒薬の解毒剤は私が持っている。貴様にはどうする事も…」 聞き慣れない単語に首を傾げるゾム。しかし、ルーヴの言う通り解毒剤は敵が持っている。それを使わないと鬱は助からないのだろう、そう思っていたが、 「ムスカリンは毒キノコから取れる毒。ベニテングタケとかが主だね。副交感神経に作用されるからそれを解消する解毒剤を打てばいい。それなら今持ってるからね」 そう言い、くられはある薬品を鬱へと打ち込む。一瞬鬱の体はビクンと跳ねたが、その後は先程までとは打って変わって、落ち着いた呼吸に戻っていた。 「な、なんで、それが分かった…」 お疲れ様と鬱の頭を撫でながら、くられは隠しきれない怒りを露わにしながら、ルーヴへと近寄る。 「ムスカリンを使った新薬の開発なんて初歩中の初歩。私からすればね」 ギロりと狐面の奥の瞳に睨まれたルーヴは「ヒッ」と声を上げ、その場にしゃがみ込んだ。しかし、くられはルーヴに何をするでもなく、出口へと歩いて行った。 「さあ、ショッピ君。さっき渡した物をセットして退散だ!」 「ま、ま…「動けないでしょう?」 待てと言おうとしたが上手く口が回らない。すると、いつの間にかルーヴの後ろに立っていたショッピがからんとその場に空になった注射器を転がした。 「くられ先生特製の弛緩剤っす。打ち込む注射も痛みに気付かない様な作りになってるし、ゾムさんに鍛えられた隠密スキルで簡単にあんたに近づく事が出来ました。…あんた本当に軍人ですか?」 そう言いながら、くられに貰ったタイマー式の爆弾をセットする。それをルーヴの前へと置くと、くられとゾムの後を追って歩き出した。出口付近まで来た時、ショッピはルーヴの方へと振り向いた。 「あ、それ置いていきます。後今から俺らの仲間が大量に攻めてきてこの国滅ぼすんで。覚悟しといて下さい」 「では、また来世で会いましょう!」 「さようなら」 ルーヴは、ひらひらと手を振るくられと冷たい視線を向けるショッピを視認した。彼らが出て行った数分後、城から爆発音が響いた。 [newpage] 「いやー、暴れすぎた!!」 そう笑いながらケラケラと笑うのはくられである。 あの後、くられ達は我々国の城へと帰り、鬱とゾムは治療を受けた。そして、β国はくられ達と入れ替わる様に来たシャオロン達によって滅ぼされた。 今は、治療を受けすっかり元気になった鬱とゾムがいる医務室でお喋りしている。 「でも、くられ先生の開発した兵器のお陰で相手ほぼ壊滅状態だったし、大先生も助かったしな」 「ほんまありがとうございます。くられ先生」 鬱が頭を下げたのを見て、くられは2人の頭に手を置きわしゃわしゃと撫で回した。そして、満足そうな笑顔を鬱達に向けた。 「うつ君やゾム君が無事ならそれでいいよ」 「そ、そういえばショッピ君は?」 普段慣れないことをされて、恥ずかしくなったのか誤魔化すようにショッピの姿を探すが、ショッピの姿がどこにも見当たらない。それを聞いたくられはあの後例の装置と薬品をあげた事を思い出した。 「あー、彼なら「ギャァァァァァ!!?」…早速使ったんだ、あれ」 突然聞こえてきたコネシマの声にビックリする鬱とゾム。その後バタバタという音と共に医務室の扉が開かれた。 「おい、ゾム!大先生!ショッピ見とらんか!?」 「いや?見とらぁ"あ"あ"!?」 「ブッハッ!!wwwシ、シッマwwwそれ、どないしたん!?www」 突然なだれ込んだコネシマを見て、鬱は悲鳴をあげ、ゾムは吹き出した。そこにいたコネシマは、顔にとりもちが引っ付き、所々真っ青になった肌色をしていた。 「起きた瞬間トリモチが顔にくっ付いて、水かかった思ったらめっちゃ青なるし!これ絶対ショッピ君の仕業やろ!!」 「いやー、お似合いですよ。コネシマ先輩」 不意に聞こえた声の方を振り向くと、ニヤニヤと笑っているショッピがこちらを覗いていた。それを見たコネシマは怒りをそのままにショッピの方に向かって駆け出した。 「ショッピ待てや、てめごらぁ!!」 賑やかな雰囲気の医務室を何事かと思い、他の幹部が訪れるまで後3分。 そして、コネシマの姿を見て絶叫や笑い声が響くまで後3分30秒。 [newpage] 久しぶりのまともな投稿! どうも、ベルーガです。 今回は、「敵国に連れ去られた幹部を助けに行く外資系と科学者のお話」でした。 リクエスト主様のご希望にお答え出来ていたら幸いです。 最近リアルの方が忙しく投稿が遅くなりました。申し訳ありません。 しかし、ちゃんと書き上げますので首を長くしてお待ち下さい。 前作でもお知らせしたように、何作品かマイピクに移動させました。マイピク申請は何時でも受け付けます。しかし、内容がしっかりしていないものなどは了承しない場合がございます。約3日経ってもマイピク了承されなれば、今一度確認してまた送って見てください。 ここまで読んで下さりありがとうございました!リクエストはまだ受け付けますのでプロフィールのURL、メッセージやコメント、またはこちらの[[jumpuri:「お題箱」 > https://www.pixiv.net/jump.php?https%3A%2F%2Fodaibako.net%2Fu%2F1960Beruga]]にお送り下さい。 では、次のお話でまたお会いしましょう。
だから、協力してあげます。<br /><br />※9/3日タグ消し予定<br /><br />今回もリクエスト作品です。<br /><br />内容は「敵国に連れ去られた幹部を助けに行く外資系と科学者のお話」です。<br /><br />メインは藤色の外資系と狐面の科学者でお送りします。<br /><br />2018/8/31[小説]女子に人気ランキング70位に入りました!ありがとうございます!
仲間を助けたいのは皆同じ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10060183#1
true
降谷さんが酷い男かもしれません。 苦手な方は自衛してください。 [newpage] 僕の彼女はとてもよくできた恋人だ。彼女に告白したのが学生のときだから、もう随分と長い付き合いになる。ただ、その長い付き合いの中で恋人らしいことができたのはほんの僅かな期間だけだった。警察官になってすぐ潜入捜査官に任命された僕と完全な一般人である彼女とでは、デートはおろか連絡さえままならなかった。彼女のことを思えば、潜入捜査が決まった時点で僕から解放してあげるべきだった。その考えは、常に頭の片隅に居座っている。でも、彼女の隣に僕以外の男が並ぶのがどうしても耐えられなくて、彼女を手放してやることができなかった。彼女を最優先することなんてできないくせに、彼女の幸せよりも自分の欲をとってしまう。それは紛れもない僕の弱さだ。 でも、そんなずるい僕を彼女は受け入れ、許してくれた。気軽に会えなくなることや、外では他人のフリをしてほしいと無茶を言った僕のことを、彼女はいつまでも待つと言ってくれた。その言葉が泣きたくなるほど嬉しかったのを、今でもよく覚えている。 そして彼女はその言葉通り、健気に僕のことを待っていてくれた。長期の潜入捜査も無事終わり、これでやっと彼女と一緒にいられる。しかし、その考えはどうやら甘かったらしい。 * 「悪い、急に仕事が入った!」 「いいよ、気にしないで。行ってらっしゃい」 潜入捜査が終わったからといって仕事が暇になったかというと、そんなことは全くなかった。むしろ、いつ呼び出しがかかるかわからない分、予定は立てにくくなったと言ってもいい。緊急事態だと言われれば、前々から予定していたデートの日だろうが記念日だろうが関係なく彼女を置いて出かけなければならない。そんなドタキャンの常習犯と化した僕を、彼女は毎回笑って送り出してくれた。 初めのうちは、仕事のことを理解してくれているんだと、そう素直に喜んでいた。だが彼女が笑って許すのはそれだけじゃないと知って、呑気に喜んでいる場合ではないと気がついた。 「昼間の、あの、女性のことなんだが」 「お仕事でしょ?ちゃんとわかってるから大丈夫だよ」 仕事のために仕方なくとはいえ、彼女以外の女性と一緒にいるところを見られても彼女は僕を責めなかった。それどころか、理由も何もきいてこない。普通、恋人が自分以外のやつと親しげにしていたら多少なりとも嫉妬くらいするものじゃないのか?しかも一緒にいただけならまだしも、彼氏が知らない女の腰を抱いていたんだぞ?何故彼女は怒らないんだ。少なくとも僕は、もし彼女がそんなことをしていたら相手の男を殴り飛ばす自信がある。いや、彼女に限ってそんなことがあるわけはないんだが。あくまでただの例え話だ。 彼女は僕のすることを、何でも笑って許してくれる。そんな彼女は傍から見ればとてもよくできた恋人に見えるんだろう。でも僕にはそれが、僕では彼女の感情を揺るがすことができないんだと言われているように思えてしまった。そこでふと、先程の例え話が頭を過ぎった。……あれは本当に、例え話ですんでいるんだろうか。彼女を疑いたくはないけれど、そうなっても仕方ないという自覚があるだけに一度湧いた不安が消えてくれない。 * 確かその日も、女性相手の仕事中に彼女と鉢合わせたように記憶している。「外では他人のフリを」という最初の約束を彼女は律儀に守り続けてくれていて、その時もこちらをチラリと一瞥しただけでまるで何事もなかったかのように僕から視線を外した。そして隣に並ぶ見知らぬ男と談笑しながらあっという間に通り過ぎていってしまう。あの男はきっと彼女の同僚だろうと頭では理解していても、心が勝手に奴を彼女の浮気相手に仕立て上げてしまう。そんなこと考えたくないのに、どうしても止められなかった。 その日の夜、気づけば僕は自分のことなんて棚に上げて彼女を問い詰めていた。 「なぁ、昼間の男は誰なんだ」 「え?あぁ、職場の先輩だよ」 「……嘘だな。どうせあの男と浮気でもしてるんだろ」 「零くん何言ってるの?そんな訳ないでしょ」 「どうだか。あの男がいるから、僕が他の女と一緒に居ても平気なんだろ?……僕と別れてその男のところにでも行くつもりか?」 僕がそう言った瞬間、彼女はぼろりと大粒の涙を零した。嗚咽を漏らすわけでもなく、顔を顰めるわけでもなく、ただただその柔らかな頬の上を雫が滑り落ちていく。 「なんで、そんなこと言うの?私、零くんと別れたいなんて思ってない。私が好きなのは、零くんだよ」 僕の目を真っ直ぐ見つめたまま彼女がそう言った。その内全て溶けてしまうんじゃないかと心配になるほど、その瞳からは次々と感情の欠片が溢れ出している。その様子を見て、僕は背中に形容しがたい喜びが背を這うのを感じた。今まで僕が何をしてもただ笑って受け入れるだけだった彼女が、僕のことを好きだと言い、こんなにも感情を曝け出している。こんなにも、僕を求めてくれている。 一度そんな薄暗い喜びを覚えてしまえば、もう後戻りすることなんてできない。自分が安心するために彼女を怒らせ別れ話を繰り返す僕は、きっと最低な男なんだろう。でも僕はもうこうすることでしか、彼女が別れたくないと泣いて縋る姿でしか、愛されていると実感できなくなってしまっていた。 * 「そんなに気に入らないなら、別れるか?」 「っ、やだやだ!何でいつもそんなこと言うの!」 「だって、僕のことが気に入らないんだろ?」 「うそ!気に入らないなんて思ってない!だから別れるなんて言わないで……」 「じゃあ僕のこと好き?」 「好き、大好き」 「ん、仕方ないから許してあげる」 今日もわざと喧嘩をして彼女を泣かせ、僕のことを好きだと言わせる。何度も繰り返すうちに、彼女の感情表現はどんどんわかりやすくなっていった。最初の頃のようにただただ涙を流すだけではなく、怒りや悲しみをストレートにこちらにぶつけてくれる。僕はそれが、堪らなく嬉しかった。僕がまだ彼女の心を動かせる存在であると言われているようで、どうしようもなく安心した。‪僕の腕の中で子供みたいに泣きじゃくる彼女が、愛おしくて仕方なかった。‬ [newpage] ‪それが最近、彼女の様子がおかしい。今までなら絶対に怒ってケンカになっていたはずのことでも、僕が何かを言う前に彼女の方から謝られてしまう。そもそもケンカの原因だって、怒らせるために僕がわざとしていることが殆どなんだから、彼女が謝る必要なんてどこにもないのに。それなのに、何故またそんな顔で笑うんだ。やめろよ、笑うな、怒れよ。なんで僕を許すんだ。許さないでくれ。頼むから僕を見捨てないでくれ。‬ ‪彼女が再び感情を隠すようになってから、僕は更に躍起になって彼女を怒らせようとした。それでも彼女は笑って僕を許し続ける。僕はそれがもどかしくて、どうしても許せなくて、どんどん彼女につらくあたるようになっていった。‬ 「なぁ、これなんだよ」 「え?あ、ごめんね」 「謝ればそれで済むと思ってるのか?」 「そんなこと言われても、じゃあどうしたらいいの!」 ‪この日も、いつものケンカと同じだった。僕の、ともすれば言いがかりのような指摘に、彼女はやはり謝罪を口にした。だが続けられた僕の言葉に、珍しく彼女が声を荒らげた。彼女が、僕に、怒っている。それがどうしようもなく嬉しくて、もっと感情を僕にぶつけてほしくて、つい煽るような言葉を吐いてしまう。‬ 「少しは自分で考えたらどうなんだ」 「そんな言い方しなくてもいいじゃない!」 「なんだ、気に入らないなら別れるか?」 「……いやだ、零くんのこと好きだから、別れたくない」 彼女の瞳から大粒の涙が零れた。次々と溢れる宝石のようなそれらが、全て僕への愛情の結晶だと思うと、更に彼女への愛おしさが増す。‪そうだ、僕はこんなにも彼女に愛されている。だから何も心配することなんて、不安になる必要なんて、ないはずなんだ。自分を安心させるために、一つ、大きく息をついた。‬ * ‪彼女が久しぶりに泣いたあの日から、彼女との会話が減った気がする。というより、避けられている?いや、まさかそんなことがあるわけない。まず彼女が僕を避ける理由がないし、むしろ今まで以上に僕のサポートを完璧にこなしてくれているじゃないか。それはつまり、彼女が僕を想ってくれているということじゃないのか?だからきっと、そんなの気の所為に決まっている。会話が減ったのは、そうだな、最近僕の仕事が忙しくてなかなか早く帰れないのが原因だな。彼女には随分と寂しい思いをさせてしまっている。だから、彼女がいつもより早く寝てしまっているのは、一人の部屋でいつ帰るかもわからない僕を待つのが耐えられないからなんだろう。彼女のおかえりという声が聞きたい気持ちはあるが、ぐっすりと眠る彼女を無理に起こすのは忍びない。彼女に手を伸ばしかけては引っ込めてを何度も繰り返す。ここはまだ我慢だ。今抱えている案件が片付けばもっと早く帰ってこれるようになるんだ。それから思う存分話せばいい。そう考えると仕事へのやる気も出てくる。やっぱり、僕には彼女が必要だ。‬ * ‪今日こそは早く帰れると思っていたのに定時直前に急ぎの報告書が舞い込んできたせいで、結局今日もいつもと同じ時間になってしまった。この時間だと、多分彼女はもう眠っている頃だろう。彼女と話すのはまたお預けか。小さくため息をつきながら玄関の鍵を開けて中に入る。彼女を起こしてしまわないようになるべく音をたてないようにしないとな。音をたてないようにゆっくりと内鍵を回していると、急に背中から声をかけられた。‬ 「おかえり」 「あ、あぁ、ただいま」 「ご飯できてるよ」 まさか‪起きて待ってくれているとは思わなくて、喜びよりも驚きと戸惑いが先に出てしまった。でも彼女はそんな僕の様子なんて気にしていないような顔笑いかけてくる。そんな彼女を見て、じわじわと喜びがこみ上げてきた。彼女は僕から荷物を受け取ると、先にリビングへと歩いていった。よかった、彼女が背を向けているおかげでこのだらしなく緩んだ顔は見られずにすむ。さて、今日の夕飯は一体なんだろうか。ここ最近は洋食が多かったしそろそろ和食が食べたいところだが、彼女の手料理ならなんだって好きだからやっぱり何でもいいか。‬ 「和食か、珍しいな」 「うん、ちょっと頑張ってみた」 ‪彼女に促されテーブルにつくと、目の前には僕が食べたいと思っていた通りの和食が並べられた。まさか、以心伝心?何が食べたいと言わなくても伝わるなんて、彼女には僕のことなんて何でもお見通しなのかもしれない。目の前でニコニコと笑う彼女があまりに愛おしくて、思わず抱きしめそうになる。が、いや、折角彼女が作ってくれた手料理なんだ。冷める前に食べてしまおう。彼女を抱き締めるのはそれからだ。手を合わせかけたところで、彼女の分の食事がないことにようやく気づいた。まずいな、いくらなんでも浮かれすぎだ。そんな恥ずかしさを誤魔化すように、冷静な顔を装って彼女に問いかける。‬ 「お前は食べないのか?」 「先に済ませちゃった」 「……そうか。いただきます」 ‪それもそうか、いつもなら彼女は寝ている時間だ。今日は起きて待っていてくれたが、随分前に夜遅くの食事は太るから嫌だとも言っていた気がする。僕としてはもう少しくらい肉がついても問題ないとは思うが、まぁ、それは今はいい。彼女と食卓を囲むのはまた明日の楽しみにしよう。彼女のおかげで先の楽しみがどんどん増えていくのが嬉しくて仕方ない。だがとりあえず、先の楽しみより今は目の前の楽しみだ。彼女の力作を口に運ぶ。……ん?もしかしてこれは。‬ 「これ、また顆粒出汁使っただろ」 「ごめん、少し時間なくって……」 「出汁くらい作り置きしておけっていつも言ってるよな?」 ‪出汁さえ作り置きしておけばいろんな料理に使えるし、結果的に時短にもなると以前教えたはずだが彼女は忘れてしまったんだろうか。僕は今まで彼女とした会話は全て覚えているのに。……いや、これは僕の方がおかしいのかもしれない。最近忙しかったせいで少し思考がおかしくなっているのかもな。頭を切り替えるために小さく息をついた。忘れてしまったものは仕方ない、もう一度伝えればそれで十分だ。話をしようと顔を上げると、彼女は先程笑顔が嘘のように険しい顔をしていた。‬ 「きちんと出汁とったって、零くんいつも文句言うじゃない」 「それは君のやり方が悪いからだろ?」 「零くんが細かすぎるんだよ」 「君が雑すぎるんだ」 「零くんの神経質」 あぁ、違う、折角久しぶりの会話なのにこんなことが言いたいわけじゃないんだ。そもそも彼女のやり方だって、決して悪いわけじゃない。ただ少し、アドバイスをしたつもりだったんだ。それにこんなにいろいろ気がついて、僕のことを気遣ってくれる彼女が雑だなんて、そんなことあるわけがない。頭ではそう考えるのに、彼女をわざと怒らせるという行動が染みついてしまった僕の口は、またいつもの言葉を吐き出していた。 「なんだ、それが嫌なら別れるか?」 僕がそう言った途端、彼女の顔から一切の表情が消え去った。まるでお手本のようなポーカーフェイスに少したじろぐ。今まで笑顔で受け流されることばかりで、こんな彼女は初めてだ。正直、どうすればいいかわからない。早く何か言わないととは思うのに、先程から口が全く言うことをきいてくれない。そんな僕の口とは対照的に、彼女の口はすんなりと動き始める。 「そうだね、そうしようか」 「……は?」 やっと出せたのは、言葉というよりも息の抜ける音のような頼りないものだった。でもきっと、きちんと声が出せたとしても同じことになっただろう。それほど、彼女の言葉の意味が理解できなかった。 「別れよう、零くん」 「っ、君は自分が何を言ってるかわかってるのか?」 今度ははっきりと声が出た。しかしやはり、投げられた言葉の意味は理解できないままだ。わかってないのは彼女ではなく、僕の方だ。 「ちゃんとわかってるよ。それに、零くんから言い出したんじゃない」 「そ、それは……」 「とにかく、零くんとは今日でお別れ。この家も出ていくし、その料理も気に入らないなら捨てていいよ」 そんな、折角君が作ってくれた料理を捨てるなんてそんなことするわけないだろう!いや、違う、今はそこじゃない。あぁでも、何といえば彼女は考えなおしてくれるのか。全く頭が働かない。どうする、どうすれば。考えても何も解決策が思いつかない。一先ず彼女を引き止めなくては。そう考えたところで、玄関から聞こえてきた物音にハッとする。まずい、このままでは本当に彼女は出て行ってしまう。 * 「なぁ、頼む、待ってくれ。話し合おう」 「話すことなんてないでしょ。零くんが別れを切り出して、私が受け入れて、それで終わり。むしろ喜んだら?」 「違う、君と別れたいだなんて思ってない!」 慌てて玄関まで駆けていき何とか引き止めようとするも、彼女は取り付く島もない。彼女はこちらに背を向けたまま、靴紐を結び直している。僕の言葉が全く届いていないことが悔しくて、背中を向けられていることが悲しくて、肩を掴んで強引にこちらを向かせる。彼女はあのお手本のようなポーカーフェイスのまま、器用に心底呆れたといったため息をついた。ただの空気のはずなのに、そのため息はまるで弾丸のように僕の心臓を貫いた。 「零くんこそ自分が何言ってるかわかってないんじゃない?零くんは私に、別れるかって言ったんだよ」 「だから、それは本心じゃなくて……!」 彼女は僕のことなら何でもお見通しなんて、そんなのはただの思い上がりだったんだと今更痛感する。彼女の優しさに甘えきっていた自分があまりにも情けなくて、いっそ泣きたいくらいだ。だが今泣いていいのは僕じゃない。 「ねぇ、肩痛いんだけど」 「わ、わるい……」 グッと涙腺を締めなおした拍子に、彼女の肩を掴む手にまで力を込めてしまったらしい。慌てて力を緩め肩から腕に手を降ろしていくと、その先で彼女が何かが入ったビニール袋を抱えていることに気がついた。荷物というより、ゴミ袋のように見える。こんな時にわざわざゴミ捨てを?不思議に思って注意深く見てみると、紙くずや布のような物に紛れて僕から彼女へのプレゼントが詰め込まれているのがわかった。それがわかった瞬間、僕の頭は真っ白になった。何故それが、そんな袋に入れられているんだ。全部僕との大切な思い出だと、嬉しそうに笑ってくれていたのに。あまりの衝撃に体から力が抜けていくのを感じる。正直、立っているのもやっとだ。 「僕を、捨てるのか」 「はぁ?」 「僕も、僕との思い出も捨てる気なのか!」 「だから、捨てられるのは私でしょ!さっきから何言ってるの!」 彼女はきっと、僕を記憶ごと消すつもりだ。そんなの耐えられない。仕事柄記録に残れない僕を、代わりに自分が覚えておくと言ってくれたのは彼女なのに。今彼女は、その言葉ごと全てを捨てようとしている。彼女に捨てられた僕は、一体誰になるんだろう。 彼女の記憶を繋ぎ止めるためにも、何としてもこれを捨てさせるわけにはいかない。まずはゴミ袋を離させなければ。そう思って袋を取り上げようとするも、彼女も全力で抵抗してくる。それだけ彼女の意思が固いということか。だが、こればっかりは僕も譲れない。袋の持ち手に手をかけ思い切り力を入れた、その時。 「きゃっ」「うわっ」 当然だがビニール袋が大人の全力にそう長い時間耐えられるわけもなく、袋は真ん中から左右に勢いよく破れてしまった。急になくなった負荷に数歩ふらついただけで済んだ僕とは対照的に、彼女は盛大に尻もちをついてしまっている。あぁ、早く助け起こさないと。そう思うよりも先に、僕の足は勝手に前へと踏み出していた。だが、それがいけなかった。パキリと、たった今下ろした足の下で何かが割れた音がした。何故だかわからないが、取り返しのつかないことをしてしまったような予感があった。彼女の視線も僕の足元に向いている。とにかく、足を上げなければ。 足を上げるとそこには、僕の体重に耐えきれず粉々になってしまった何かが散らばっていた。いや、何かだなんて、そんなの考えなくてもわかってしまう。まだ僕らが学生の頃初デートの時に贈った、ガラスでできたイルカのキーホルダーだ。 「やっぱり、捨てるのも壊すのも、零くんじゃない」 それだけ呟いて部屋から飛び出して行った彼女の手を掴む資格なんて、今の僕にはなかった。 僕が捨てたのは彼女からの信頼で、壊したのは彼女の心だ。
これ(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9987991">novel/9987991</a></strong>)とこれ(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10006501">novel/10006501</a></strong>)の降谷さん視点です<br /><br />難産の極みでした キャラ視点書ける人尊敬します
僕に必殺技なんてない
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10060209#1
true
「君、今度一緒に街へ行かないか?よく君のお姉さんとも行ったんだが、聞いてないかい?あの甘味処とかどうだろうか?」 彼はいつも話す時に姉について話してから私に話しかける。 姉を通して私を見ているようでひどく気分が悪い。 彼は私の夫についこないだなった人だ。 何年か前までは私の姉の許嫁だった。 何故私の姉の許嫁が私の夫なのかと言うと姉が死んだからだ。 何年も前に... 姉はとても美しかった。当家始まって以来と言われるほどの美貌を持っていた。 幼い頃から病気がちで、大人しくそれも相まってか儚く消え入りそうな美しさだった。 両親はいつも病気がちな姉ばかりを可愛がり、私は両親に相手をされた記憶などない。 幼い頃はいつも1人で寂しく、唯一私だけを見ててくれたのはトキという少し年老いたメイドだけだった。 そんな幼い頃の寂しさを埋めてくれたのは、私が10の時初めて会った降谷零という姉の許嫁だった。 彼も姉に引けを取らない美しさをしている。 10年しか生きていないが初めて見る小麦色の肌、サラサラとした金糸雀色の髪、母が持ってる宝石のような青い瞳、幼い私の心を奪うのには十分の容姿だった。 彼は容姿だけでなく中身も魅力的な男だった。 忙しくても許嫁を気にかけ、定期的に屋敷に足を運び、私達家族にも挨拶をしていく。 世間がこの二人をお似合いだと言うたびに私の心には何故かモヤがかかった。 その心のモヤが何だったのか気づいたのは14の時だった。 いつも通り姉が体調を崩し、降谷が見舞いに来て私の勉強をみてくれたり、たわいのない話の相手をしてくれる。会話の合間には大きな手のひらで優しく頭を撫でてくれたり、ふわっとした優しい眼差しで私の話を聞いてくれるのだ。 私の知り合いの異性と言えばこの年になっても父か、幼い弟かたまに会う親戚だけだったので降谷が来ると妙に心が踊りこれが恋になることは容易かったのである。 しかし、相手は姉の許嫁。彼に邪な気持ちなど私は抱いてはいけないのである。 この頃の私は2人が姉の部屋で話すことをただただ見つめるしかできなかった。 事態が急変したのはその年の冬、雪の降る日だった。 姉が死んだのである。 降谷は姉の葬式に来なかった。 許嫁が死んだ家には用がなかったんだろうと私は解釈した。 きっと彼は新しい相手を見つけているに違いない。姉が死んだからと言って、私のものになるわけじゃないのだ。 そう思ってこの恋心を姉と一緒に葬ることにした。 しかし姉が死んでから3年後、女学校を卒業するからと言って、両親が結婚を進めてきた。 私には特に断る理由がなかったし、断ることも出来なかったので相手も知らぬまま顔合わせを決めた。 顔合わせには私が1番気にっていたあの人の瞳の色をした振袖でのぞむことにした。 特に未練はないが、この色を纏っていると気持ちが少し落ち着くのだ。 幼い頃見つめていたあの色だから...。 [newpage] 「久しぶりだね。随分と綺麗になって、お姉さんと見間違えるくらいだよ。」 まさかとは思ったが、私の結婚相手は姉の許嫁だった人、降谷零だった。 動揺して言葉が出なかった。 勿論その線も考えなかったわけではないが、姉が死んで3年も経つのに一切そのような話が出ず、姉の葬式にもついこないだ行われた三周忌にも来なかったのだから、てっきり当家とは関係がなくなったのかと思っていた。 1度は姉とともに葬った気持ちだが、彼の 「お姉さんと見間違える」 という、発言が心に引っかかるくらいには私の気持ちは顔を出していた。 彼は姉を忘れてないのに、思っているのに、そのような気持ちになっては自分が惨めだ。 気持ちを押さえつけなければ溢れてしまう。 私は必死に奥深くに埋めることにした。 こんな私の気持ちを他所に結婚の準備はどんどん進んでいき、式当日 白い着物に身を包む私に対して降谷は 「ほんとに綺麗になった。あんなに小さかったのに、こんなに...僕も年をとったのかもしれない。」 彼の中ではあくまで今でも姉の妹だったのだ。最後にあったのは14。少なくともそんなに子供ではなかったはずだし、私は今でも姉の美しさには微塵にも及ばない。 降谷の言葉にイライラして 「姉の白無垢姿が見れなくて残念ですね。私には綺麗だなんて言葉は似合いません。そういう言葉は姉が生きてるうちに仰ってあげればよろしかったのでは?」 なんて嫌味を吐いてしまった 彼はなんだか戸惑っているように見えた 式後にはたくさんの彼の部下と名乗る人が家に来た。 私はよく知らなかったが、政略結婚なんてするくらいだから実は夫は軍の偉い人間だったらしい。 その時初めて彼の職業を知り、危険と隣り合わせであると聞いた。 彼はよく部下を家に連れ晩酌をする。 その時たまたま私は聞いてしまったのだ。 「ああ、姉の方がそのへんは難しくなく、良かったな...」 「やっぱり、そうですよね。中々噛み合わないですよね。」 良かった...姉の方が... やっぱり2人は好きあっていて、今でも彼は姉が好きで、姉の面影を感じながら私と結婚したんだ。 薄々わかってはいたが直で聞くとやはり辛いものがある。 改めて姉の美しさを突きつけられ、私にはそれがないのだとおもわされた。 彼らは朝まで飲み明かし寝てしまっていた降谷の代わりに私が部下の方々を見送ることにした。 本当は彼らの顔を見るのが怖かったので見送りなどしたくはなかったのだが。 彼らは帰り際に口々に 「降谷さんをどうかよろしくお願いします」 とよくある言葉を掛けて帰って行った。 [newpage] 「君は最近昔のように笑ってはくれないね。」 彼は不思議そうに、不満そうに言ってきた。 「もうそんなに子供じゃないんです。そう簡単にはあの頃のようには笑うことなどできません。」 少しキツめに言うと彼は困ったように 「じゃあどうすれば君はわらってくれるんだい?どこかに行くか?確か甘味が好きだっただろ?お姉さんと一緒で。それか着物か?君のお姉さんは確か緑が好きだったけど君はどうなんだい?」 また姉が出てくる。 別に姉が嫌いだったわけじゃない。 今だからこそ分かるが姉は可愛そうだったのかもしれない。 体が弱く、家の中しかせかいがなく、私のように学校に行き、友人などを作るのは難しかった。 反対に私は思いっきり勉強も運動もでき、友人も沢山いた。 そう思うと私の方が恵まれてたのかもしれない。 けれど幼い頃から両親を取られ、親戚からは比べられ、今でも覚えてくれる人がいる。 それが羨ましかったのだ。 私が姉のように美しかったら彼は覚えててくれるのだろうか。私だけを見ててくれるのだろうか? 姉の許嫁に片思いをし、死んでもなお嫉妬するなんて、自分に反吐が出る。 徐々に私は彼を避けていった。 最初こそ彼は戸惑ったがだんだんと構ってくることは無くなった。 いつもどうりに過ごしていると屋敷の電話がなった。 彼が私にかけるか、彼が仕事の時に使うかしかないので彼が軍に行っている今電話がかかってくるというとこは私への電話なのだろう。 「暫く仕事が忙しく、帰れそうにない。僕の留守の間を頼む。」 丁度いい機会だと思った。 もう彼の妻でい続けけるのは私には無理だった。 姉を重ねられるのはもう限界だったのだ。 私は屋敷をあとにした 何も彼に告げずに 彼が時々彼女を案じて連絡をすることを知らずに
パロものです<br />時代は大正とかその辺<br />降谷さんが主の姉の許嫁だったって話です<br />ちゃんと幸せになります<br />続く予定です<br /><br />週末頃続きあげます
彼は姉の許嫁だった
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10060292#1
true
 チリリン、と澄んだ音色が耳に届いた。  土方は文机から顔を上げ、音のした方向に視線を投げる。  今は閉じられている、障子の向こう。微かな音色だったけれど、きっとそう遠くない。  筆を置き、煙草を銜えたまま立ち上がる。障子を開ければ、正面の縁側にガラス製の風鈴が吊るされていた。  さっきまではなかったはずだ。書類整理に自室に籠もっている間、外に人の気配を感じたがその時に吊るされたのだろうか。  近付いてみれば、透明のガラスに赤い金魚の絵が描かれている。紐で吊り下げられた無地の水色の短冊が風に揺れ、チリン、と微かな音を立てた。  涼しげな音は、夏の風物詩だ。  クーラーが普及したとはいえ、江戸の夏にその音を耳にする機会はまだ多い。  そうか、もう夏が来るのか。  風に揺れる短冊を見つめて、遠い日の記憶に思いを馳せた。  チリリン、とどこからか聞こえた音の出処を探したのは、子供の頃の記憶を呼び起こされたからだった。  周囲を見回せば、天秤棒にたくさんの風鈴をぶら下げた、風鈴売りの姿が目に留まる。行商の途中なのか、地面に天秤棒を置き、男がすぐ傍でしゃがみ込んで煙草を吸っていた。  柔らかな風が吹くたびに、ずらりと並んだ風鈴が幾重にも音を奏でる。  近付いたのはほんの気紛れだ。風鈴で涼を取らなくても屯所にはクーラーがあるし、風流を愛でるような趣味もない。  そういえば子供の頃はクーラーも扇風機もなく、母親が軒下に風鈴を吊るしていたなと、懐かしい気持ちになっただけだった。 「らっしゃい」  煙草を吸う店主に軽く会釈をし、色とりどりの風鈴を眺める。  つるりと丸く透明なガラスには、様々な絵が描かれていた。金魚、花火、朝顔──どれも夏らしさを感じる絵柄だ。  その中で一つ、白のウサギが描かれたものに視線が吸い寄せられた。透明なガラスの表面に、ウサギが飛び跳ねている。白く塗り潰された身体の中で、垂れ気味の目だけが赤い。  赤い目のウサギを見て思い出したのは、これから訪れる予定の男の姿だった。  くるくると自由奔放に跳ね回る銀髪と、珍しい赤の双眸がウサギそのものだと思う。少し眠そうな目も、このウサギにそっくりだ。  男が風鈴などを喜ぶとは思わない。万年金欠の男は、そんなものより食い物くれよと言ってのけるだろう。  それでも、土方はその風鈴を買い求めた。  男が生活を共にしている夜兎族の娘にやろうと思ったのだ。あの娘ならきっと、男にそっくりだと笑ってくれるような気がして。  紙袋に入れられたそれを手に、男の住処へと歩を進める。  かぶき町の中心にほど近いスナックの二階。『万事屋銀ちゃん』と味のある字で書かれた看板の掛かっている、通称『万事屋』。それが男──恋人である銀時の住処だ。  非番の日にそこを訪れるのは、もう何度目だろうか。片手では足りないが、両手では余る程度の数、土方はそこで非番を過ごしている。  初めて訪れたのは二ヶ月と少し前、四月の終わり。春の始まりと共に恒例の花見でまたもや呑み比べ勝負となり、したたかに酔った銀時と何故だか一夜を共にし、何だかんだで付き合うことになって早々、子供たちに紹介すると呼ばれた。  酷く緊張していた土方に対し、持参した手土産が功を奏したのか、子供たちはまるで当然の顔をして土方を受け入れてくれた。  銀時と魂が入れ替わってしまった時に万事屋として生活したこともある土方も、既に子供たちには愛着を抱いており、すぐに打ち解けた。  それからすぐ、土方の誕生日を万事屋総出で祝われたのが二回目。  その後も銀時が『ウチ来れば?』と誘ってくれるたび、手土産を持って万事屋を訪れている。  今日は昼前に食材を届けさせていた。男が『昼飯ウチで食えよ』と言ったので、屯所の出入りの業者に頼んで配達してもらったのだ。  だから別に手土産はなくてもいいかと思っていたのだが、やはり手ぶらもどうかと悩んだ末の風鈴だった。  だが結局、神楽だけに手土産というのは他の二人と一匹に悪いかと思い直し、途中でコンビニに寄って適当にデザートの類を買った。甘党の男と、育ち盛りなのに普段あまりいいものを食べさせてもらえない子供たちと、滅多なことでは買ってもらえない缶詰のドッグフードをやると喜びのあまり土方の顔を涎だらけにしてしまう犬が喜びそうなものを、色々。  お陰で手ぶらで出たのに万事屋に着く頃には両手が塞がっていた。少し苦労しながら玄関の呼び鈴を押すと、中からパタパタと足音が近付いてくる。 「トシ!」 「よう」  迎えに出たのは神楽で、その後ろから白く大きな犬がのそりと顔を出した。パタパタと尻尾を振る定春に飛びつかれる前に、神楽にコンビニの袋とこっちはお前に、と小さな紙袋を渡す。  先にコンビニの袋を覗き込んで満面の笑みを浮かべた神楽は、中の見えない紙袋を訝しげな顔で開けた。 「風鈴ネ! ありがとナ!」 「ここクーラーねえだろ? 気分だけでも、ってやつだ」 「だったらトシがクーラー買ってくれヨ」 「お前な、買ってやってもいいが、クーラーなんか付けたら電気代跳ね上がるぞ。電気代払えなくて電気止められたらどうすんだ」 「ウサギ? 私が夜兎だからカ?」  土方の苦言を当然のように聞き流し、神楽は取り出した風鈴を眺めて首を傾げている。  それもあるが、と種明かしをしようとしたところで、ぱっとオレンジの髪が跳ね、にやりと桜色の唇が笑った。 「ハハーン、このウサギが銀ちゃんにそっくりだからアルな?」  何も言わずとも気付かれてしまえば、照れ臭さとくすぐったさが湧き上がる。  まあ、と曖昧に言葉を濁した土方をそれ以上茶化すことはなく、神楽は満足げに頷いた。 「この間抜けな顔、いかにもあのマダオっぽいアル。かぶき町の女王、神楽様への貢物としては悪くないネ」 「お褒めに与りどうも」  偉そうな言い方をしているが、それが神楽なりの照れ隠しなのだということはその顔を見ていればわかる。  胸に手を当て、気取った仕草で会釈をすると、ニッ、と歯を見せて笑った神楽がくるりと踵を返して風鈴とコンビニ袋を持ったまま中に走っていく。 「銀ちゃーん! 風鈴貰ったアル!」 「良かったね神楽ちゃん。去年使ってた風鈴壊れちゃったし」 「え、お前だけ? 俺には?」 「銀ちゃんはプリンのカラメルでも食ってろヨ」 「いやいやカラメルだけってそれただの焦げた砂糖だからね、プリンってのはカラメルとカスタード部分のマリアージュがだなあ」 「銀さん、鍋! 噴いてる!」 「あっヤベ!」  台所から漏れ聞こえる会話に小さく笑い、草履を脱いで勝手に上がる。玄関脇の台所を覗くと、銀時と神楽がコンビニの袋を奪い合っている横で、新八が鍋の中身を器によそっているところだった。 「こんにちは、土方さん。何か色々ありがとうございます」 「おう」 「オイオイ土方くん、神楽だけ依怙贔屓ですかァ? お巡りさんがそーゆーことしていいわけ?」  土方に気付いた銀時が、下唇を突き出すようにして突っ掛かってくる。別に本気で風鈴が欲しいわけでもないだろうに、こういうところは面倒臭い。 「うるせぇ、お巡り関係ねぇだろが。てめぇにそんなもんやってもどうせ『食えねえモンなんか要らねーよ』とか言うくせに。食材だって届けさせただろーが」 「たとえそうだとしても、神楽だけってのは悔しいんですゥ~」  いかにも不貞腐れています、という表情を作ってみせるのはきっとわざとだろう。土方の気を惹きたくて仕方がないのだ。  最初は戸惑っていた土方だが、付き合いが長くなれば徐々にそのあしらい方もわかってくる。 「てめェには、後でとっときのやるよ。てめェだけに、な」  意味深に声を潜めてやれば、銀時は器用に片目だけを眇めた。  我が意を得たり、と散々不貞腐れていたはずの唇の端を持ち上げ、料理をしていたせいか、いつもより冷たい指先で土方の頬をするりと撫でる。子供たちには見えない角度だとはいえ、あまりにも色めいた仕草に思わず睨み付けると、それはすぐに離れた。  まるで何事もなかったかのように子供たちを振り返った銀時は、パン、と手を叩く。 「よし、飯にすんぞー。新八、それ運べ。神楽は飯な」 「はーい」 「アイアイサ!」 「土方くんはとりあえず手を洗ってきなっさーい」 「……はーい」  お前はカーチャンか、と思いながらも新八や神楽に倣って返事をすれば、一瞬きょとんと目を瞬かせた銀時は、すぐにくしゃりと嬉しそうに笑み崩れた。  銀時によって和室の開け放たれた窓際に吊るされた風鈴がチリン、と涼しげな音を立てる中、四人でテーブルを囲んでいただきますと手を合わせて食事が始まる。  銀時が作った料理は常にないほど豪華で、いつも通り美味かった。  今までにも何度か手料理をご馳走になっているが、いつもは肉がないからと野菜料理が中心で、品数も少ない。  土方自身は若い頃碌なものを食べておらず、むしろ野菜の切れっ端を上手く料理してしまう銀時に感心はすれど不満などなかったのだが、その僅かな食材を子供たちから奪ってしまうことに罪悪感を覚えてしまっていた。  だったら食材を手土産にしようと思っても、土方は碌に料理などしたことがない。  昔はその日手に入った材料をただ焼くかそのままで、という状態だったし、真選組になってからは食堂ができる前も下っ端の隊士たちが交代で食事を作っていた。スーパーに行っても何を買えばいいのかわからず、米を買うのが精一杯という有様。  だから屯所の食堂に食材を卸している業者に頼んだのだ。屯所に納入される食材とは別に、その十分の一の量にあたる食材を万事屋に届けてくれ、と。  真選組は今や百名近い大所帯であり、その一週間分の食材が毎週屯所に届けられる。万事屋には三人しかいないから本来なら三十三分の一の量で足りるはずだが、大食漢である神楽のことを考えて十分の一とした。  土方にとって誤算だったのは、万事屋の冷蔵庫は一般家庭用のもので、屯所の業務用冷蔵庫とは容量が違い過ぎることだったが、入り切らなかった食材は下のスナックお登勢の冷蔵庫に収まったらしい。  事務所の大きなテーブルを埋め尽くすほどの料理が並び、いつもは血で血を洗う争奪戦となる食事風景も、今日に限っては和気藹々としている。定春も大量のドッグフードに高級缶詰を与えられてご満悦だ。 「この唐揚げごっさジュースネ!」 「ジューシー、な。いつもは胸肉だからなァ、もも肉みてーな高級食材久しぶりに食ったわ」 「僕は胸肉も好きですけどね、あっさりしてて」 「メガネ、お前若ぇのにジジィみてえなこと言うな……このマダオに碌なモン食わしてもらってねぇせいじゃねーのか」 「言い掛かりはやめてくんない? 新八ぃ、オメー最近老けた? モテなさすぎて潤い足りてねーんじゃねーの?」 「うるっさいよ! 人がフォローしてやってんだろうがァ!」  和気藹々とはいっても、戦争ではないというだけで万事屋の食卓はやはり騒がしい。  始めこそ目の前の皿を抱え込んでいた神楽も、無理に詰め込んだりせずとも分け前は充分にあると悟ったのか、鶏ももの唐揚げを頬張りながら絶えず向かいに座った土方に話し掛けてくる。  土方はボウルいっぱいの、銀時による手作りマヨネーズを大量に唐揚げに乗せ、こんなの美味いに決まってる、と思いながらそれを頬張った。 「一昨日、七夕だったアル。織姫と彦星にしっぽりヤりたけりゃ願い事叶えろよって言う日ネ! トシは願い事したアルか? あっトシ、マヨ私にも寄越せヨ」 「おう」 「土方くーん、俺もー。えっちょ、そんなにいらねぇって、ちょっとでいいから」 「あ、すみません土方さん、僕にもお願いします。神楽ちゃん、七夕はそういう日じゃ、」 「童貞は黙ってろヨ! 真選組も木に願い事書いたお札吊るしたアルか?」 「童貞って言うなァァ!」  新八がそう叫んだが、即座に神楽にうるさいと口に唐揚げを詰め込まれていた。すぐに拳が飛んでくる普段からは考えられないような好待遇である。食料に余裕があれば拳ではなく唐揚げで済むのか、と感心した土方は、スプーンで掬った少量のマヨネーズを新八の皿に乗せながら、円満な万事屋のためにせめて自分が来るときくらいは、と定期的な差し入れを決意する。 「ありゃ木っていうか笹だ。あとお札じゃなくて短冊な。そういや近藤さんがでっけぇ笹持って来て、屯所の庭で飾り付けてた」 「おいおい、いつからゴリラはパンダにジョブチェンジしたんですかァ? 笹にバナナは生らねえぜ?」 「近藤さんはゴリラじゃねえよ。隊士どもが仕事そっちのけで短冊書きまくって吊るしまくるんで大変だったぜ」 「オイオイ随分平和なお巡りさんじゃねーの。で、何書いたの?」  隣の銀時にそう尋ねられて、土方は味噌汁を啜りながら記憶を辿る。豆腐とわかめの味噌汁は、土方の好みの味付けだった。 「近藤さんは『お妙さんと早く結婚式挙げられますように』とか『お妙さんと…』何だっけ、忘れた。とにかく何枚も書いてたな。総悟は『土方死ね』を十枚ほど」 「怖っ! それもう願い事じゃなくて呪いじゃねーか。ってそうじゃなくてよ、お前だよお前、何書いたの」  興味津々といった風に覗き込んでくる銀時から目を逸らしたのは、別に後ろめたいことがあったからではない。 「……書いてねえ」  単に思い付かなかっただけなのだが、またつまらない奴だと笑われるのではないかと思うと少し口が重くなる。  だけど銀時は、「あー、まあオメー神頼みとかしなさそうだもんな」と笑ってそれを流した。 「お前は何書いたんだ?」 「俺? 『パチンコ当たりますように』とか『万馬券当たりますように』とか」 「また随分と俗物的だな」 「ま、神頼みして叶えるような願いってなァそんなもんじゃねえ? オメーも自分の力で何とかするとか思ってんだろ?」  言葉に詰まったのは、どうしてわかったんだ、と思ってしまったから。  土方も願い事を書けと隊士に短冊を渡されたが、『願い事』なんて思い付かなかった。頭に浮かんだのは、胸に秘めておけばいい『決意』だけだった。  真選組を、その大将である近藤を護る。それは己が手で成し遂げるべきことだ。誰かに願うようなことでもなく、わざわざ紙に書き出す必要もない。その決意は、この胸の中にずっとある。  強いて言えば、こうした万事屋での温かな時間が少しでも長く続きますように、と思わなくはないけれど、そんな願いを屯所の笹に飾れるわけがない。  結果として、土方は何も書かなかった。つまらない男でさァ、と鼻で笑う沖田に白紙の短冊を奪われ、そこに幾つ目かわからない、新たな『土方死ね』が書き込まれるのを顔を顰めて眺めていただけだ。  だから銀時の推測は当たっていて、口にはしなかった驚きを悟ったらしい男は、「そういう奴だよ、オメーは」とまた笑う。  その横顔は酷く満足げで、ほわりと胸が温かくなった。  銀時は「オメーも」と言った。つまり、銀時も同じことを考えていたということだ。 「そういうお前は何を書いたんだ?」  頬が火照るのを誤魔化すように、銀時から視線を外して神楽に問う。 「『酢昆布たくさん欲しい』って書いたネ! あとは『そよちゃんともっと遊べますように』とか、『新八の童貞が治りますように』とか、」 「ちょっと、童貞は病気じゃないんですけどォォォ?!」  またギャーギャーと喚き始めた二人がついに残り少なくなった唐揚げの争奪戦を始め、騒がしくなった事務所から離れた窓際で、垂れ目の白ウサギがチリリンと微かに鳴いていた。  それから夏の間、土方が万事屋を訪れるといつも和室の窓辺で、ガラス製の風鈴が涼しげな音を立てていた。  クーラーがない真夏の万事屋は酷く暑かったけれど、四人で汗だくになって扇風機を奪い合いながら、白いウサギがチリンチリンと鳴くのに耳を澄ます時間は土方の心を安らげた。  だけど夏が終わり、秋になってからもその風鈴が窓辺で揺れていたのかはわからない。  その頃には、土方が万事屋を訪れることはなくなっていたからだ。  それは夏が終わりに近付き、朝晩は冷え込むことも増えた頃合だった。  土方に幕臣の娘との見合い話が持ち上がった。父親の遣いで登城していた幕府高官の娘が、会議で江戸城を訪れていた土方を見初め、父親に仲立ちをせがんだらしい。  幕臣の中では珍しく、真選組に比較的好意的だった高官の顔を潰すわけにはいかない。  近藤は無理にとは言わないと言ってくれたけれど、警察庁長官である松平は土方が断るとは思っていないようだった。真選組にとって有利であるだけでなく、断れば不利になることは明らかだったからだ。  結局のところ、土方に選択権などなかった。  土方は銀時を居酒屋に呼び出し、「幕府高官の娘と見合いをすることになった」と告げた。  振り返ってみれば、土方は迷っていたのだと思う。  見合いをするから別れる、と言えば良かった話だ。だが土方が口にしたのは、見合いをするという事実だけだった。  真選組のためなら命すら投げ出す覚悟を決めていたはずなのに、断れば真選組が危機に陥るかも知れないことを理解していながら、おそらくどこかに迷いがあった。  もしかしたら、止めて欲しかったのかも知れない。見合いなんかするな、と。  そう言われても、断る術などないというのに。  銀時はじっと土方を見つめた後、ふっと目元を緩めてそっか、と頷いた。 「まあ、俺といても土方にガキ作ってやれるわけじゃねえしな」  その時土方は唐突に理解した。いや、たぶん理解なんてとうにしていたのに、気付かない振りをしていた。  土方もまた、銀時に家族を作ってやれるわけではないということを。  神楽と新八にはそれぞれやりたいこと、やるべきことがある。もう何年かすれば、二人は万事屋を巣立っていくだろう。  そうなれば、銀時は一人になる。真選組に命を捧げると決めた土方は、あの万事屋で銀時と暮らして、温かい空気を作ってやるなんてことはできない。  チリリン、とどこかで涼しげな音が鳴った。店の入り口付近に吊るされた風鈴が、客が出入りするたびに微かな音を立てる。 「……そうだな」  発した声は思ったより静かで、穏やかだった。  どこかでそう言われることがわかっていたのかも知れない。止めて欲しかったけど、止められることはないだろうと諦めてもいたのだと思う。  やはり銀時は止めなかったし、土方も抗わなかった。土方は杯の中の酒を飲み干し、静かに席を立った。  二人分の支払いを済ませようとすると、銀時が軽く手を振ってそれを拒んだ。だから自分の支払いだけを済ませた。 「じゃあな」 「うん、元気で」  最後に一度だけ視線を交わし、土方は店を出た。  呆気ない、別れだった。  見上げた夜空に浮かぶ丸い月が滲むのを、酷く綺麗だと思った。  今思えば、おそらく銀時は全てわかっていたのだろう。  ──元気で。  銀時はそう言った。幸せに、ではなかった。きっと土方が幸せになんかなれないことをわかっていた。  幸か不幸か、結果として見合いは失敗に終わった。  高級料亭で開かれた、松平の同席する見合いの場で、土方がいつものように食事に持参のマヨネーズを搾り出したのを見た相手が盛大に顔を顰めたのだ。  娘は気分が悪くなったと言って途中で退席した。とりたてて失礼をしたわけでもないから、父親である幕臣も土方を責めることはなかった。残された松平と土方は膳だけが残された席に向き合ったまま、何事もなかったかのように料理を平らげて酒を飲んだ。 「トシィ、相変わらずだなァテメーはよぅ。それやって振られるなァ何回目だァ?」 「さぁな。いちいち数えちゃいねえよ。わかっててとっつぁんも止めなかったんだろ?」 「オメーがあちらさんに失礼したってんならドタマブチ抜いてやっけどなァ、好きなようにメシ食ってただけだしよォ、俺が何か言えた話じゃねぇよなァ」  それがダメな奴とはどうせ三日で離縁だ、と付け加えられて、違ぇねえ、と小さく笑う。  もし事前に食事にマヨネーズを掛けるなと言われていたら、土方はそれを守っただろう。  だが土方の嗜好を知っているはずの松平が何も言わなかった。だから土方はいつも通りに振舞った。それだけだ。  それ以降相手からのアプローチはなく、真選組が危機に陥ることもなかった。  見合いを断られた形になった土方は散々沖田にからかわれたけれど、それだっていつものことだ。どうということもない。  こうして土方を煩わせていた事態はあっさりと収束をみせ、日常に戻った。  しかし、それから土方が銀時に個人的に連絡を取ることはなかったし、銀時から連絡が来ることもなかった。  土方の見合いが失敗に終わったことは、きっと銀時にも伝わっているだろう。近藤は相変わらず新八の姉であるお妙へのストーキングを繰り返しているし、銀時に懐いている沖田が万事屋の面々に話している可能性だって高い。  だけど、一度離れてしまった距離が再び近付くことはなかった。  街角で出くわせば、軽い言い合いになることはある。喧嘩腰で悪態の応酬をして、舌打ちと共に背中を向ける。まるで付き合う前の関係に戻ったかのようだ。  けれど決定的に違うことがある。  それ以上の接触がなくなった。胸倉を掴み合うこともないし、真っ向から睨み合うこともない。  居酒屋で鉢合わせることもなくなった。その理由は簡単で、土方が銀時の行きつけの店に顔を出さなくなったからだ。  土方と銀時の付き合いを知っていたのは万事屋の子供たちだけで、二人は気遣わしげな視線を寄越すことはあっても、何も言わなかった。おそらく銀時が口を出すなと言い含めたのだろう。  その事実は土方の胸に小さな棘となって突き刺さった。それはあまりにも胸の奥深いところに刺さっていたので、おそらく周りからは見えていない。  だから表面上は穏やかに、日々は過ぎ去っていく。数ヶ月に渡った銀時との蜜月など、まるでなかったかのように。  柔らかい部分に突き刺さった棘はちくちくと痛みを齎したけれど、慣れてしまえば気にならなくなった。  きっとそのうち時間が解決してくれる。小さな棘だ、次第に溶け出して体内に吸収されて、形なんてわからなくなる。  そうして淡々と時は過ぎ、季節が巡って、また夏がやってくる。  あれから、もうすぐ一年。銀時と別れてから初めて迎える夏だ。  見上げた先でチリリン、と涼しげな音が鳴る。  昼下がりの屯所。遠くに人の気配はするけれど、特に忙しい時期でもないから穏やかな空気が流れている。こんな時間に奥まった場所にある副長室に寄り付く者は少なく、風鈴の微かな音色が凛と響いた。  赤い金魚を眺め、果たして万事屋の窓辺に吊り下がっていた白ウサギはどんな顔をしていたかと記憶を辿ってみたが、ぼんやりと霞がかったようにはっきりしない。  確か、少し目が垂れていたはずだ。白く塗り潰された身体の中で垂れ気味の目だけが赤くて、それが愛嬌でもあったし、どこか物悲しげな雰囲気を醸し出してもいた。  あれから何度か巡回の際に通り掛かった万事屋の窓を見上げたりもしたが、窓が閉められていたせいであの風鈴がまだそこにあったかどうかはわからない。  夏が過ぎ去り、秋の訪れと共に終わってしまった関係。  あの風鈴の白ウサギも思い出と共に仕舞われてしまったのだろうかと考えると、胸の奥が切なく痛んだ。  街を歩けば、あちこちからチリリン、と風鈴の音がする。  それは今年に限った話でもなく、おそらく以前からこの時期にはその音が溢れていたのだろう。土方がそれに気を留めることがなかったというだけだ。  改めて意識を向けてみれば、風鈴の材質によって少しずつ音が違うことに気付く。チリンチリン、と軽く短く音を重ねるもの、リーン、と長く余韻を残すもの、カロンカロン、とまろやかな音を奏でるもの。  土方が買ったものは、少しの風でもチリン、と微かな音を響かせていた。面白がった神楽が扇風機の風を直に当てたせいで短冊が中の舌を激しく揺らし、リンリンリンと狂ったように音を鳴らした時には、銀時が「うるせー! んなことしたら風鈴が壊れンでしょーが!」とそのお団子頭を叩いていた。  そんなことを思い出し、土方はふ、と自嘲する。  そもそも風鈴を買ったのは、子供の頃の記憶が呼び覚まされたからだった。なのに今その音を聞いて思い出すのは、万事屋で過ごしたあの夏のことばかりだ。 「副長、どうかしましたか」  隣を歩く山崎に声を掛けられて、回想に耽っていた己に気付く。  かぶき町の巡回中だった。潜入仕事の多い監察筆頭である山崎は定期的な巡回業務からは外れていることが殆どだが、新しく入った情報により潜入先の偵察に来たのだ。立地、周囲の状況などを確認してから場所を絞るために、こういう場合は山崎と土方の二人で巡回を装って偵察することが多い。  なのに今、意識は完全に過去に飛んでいた。自室に一人でいる時ならともかく、部下と巡回中の昼日中、一年も前の思い出に浸ってしまうなんて。 「いや、何でもない」  気まずさから顔を顰め、誤魔化すように近くの店に視線を投げた。店の軒先には短冊のぶら下がった笹が飾られている。 「……七夕か」 「ああ、明日ですね。今年も局長がどっかから笹持ってくるんですかねえ」 「まさかそこら辺から勝手に採って来たんじゃねぇだろうな」 「いや、確か神社の近くの知り合いがどうとか言ってましたよ」  ああ、猿のいる神社か、と記憶を辿って安堵の息を吐く。警察組織である真選組局長が余所様の笹を勝手に切り倒していたなら一大事だが、許可があるなら問題はない。 「そういえば去年は結局短冊吊るすとこなくなって、来年はもっとデカいのにしようとか言ってましたね」 「……去年のも相当デカくなかったか」 「まあ、ウチ百人近くいますからねえ。欲張って何枚も何枚も短冊吊るす奴もいましたし」 「ああ、そういえば総悟の奴も何枚も『土方死ね』を吊るしてやがったな」 「ああー……最終的には二十枚くらい書いてましたよね。まあ最後の方は面倒になったのか、ひらがなで『ひじしね』でしたけど」 「……そりゃもう呪いだな」  思わずぼやくと同時、脳裏に銀髪の男の声が蘇る。  ──怖っ! それもう願い事じゃなくて呪いじゃねーか。  あれは確か、七夕の数日後。非番で万事屋を訪れた土方が万事屋の面々と食卓を囲み、神楽が七夕の話を持ち出した時のことだ。  唐揚げの皿を抱え込んでいた神楽。唐揚げを口に詰め込まれていた新八。手作りのマヨネーズを好きなだけ料理に乗せていた土方に、マヨネーズを山盛りにされてこんなにいらねぇよと言った銀時。  温かくて幸せな記憶のはずなのに、思い出すたびに胸がきゅうと切なく締め付けられる。  感傷に浸ってしまいそうになるのを煙草に火をつけることで振り払った。  晴れ渡った青空に向かって紫煙を吐き出す。空には雲一つなくどこまでも晴れ渡っていた。きっと明日は晴れるに違いない。 「トシ!」  明るい声にそう呼ばれて、視線を巡らせる。  こんな呼び方をするのは、限られた人物しかいない。  案の定、紫の傘を差した神楽が定春を引き連れて少し離れたところからブンブンと手を振っていた。どうやら今日は一人と一匹だけらしい。  銀時と別れてからというもの、新八や神楽と話す機会は格段に減っていた。二人とも銀時と一緒にいる時には、気を遣ってか挨拶程度にしか声を掛けてこない。銀時がいなければ立ち話をしたりもするが、土方の方に連れがいることが多く、当たり障りのない世間話だけだ。  小走りに近付いてきた神楽と定春に向き合えば、紫色の傘がくるりと回った。ニッ、と太陽のような笑顔を浮かべた神楽の隣で、ワン、と鳴いた定春がパタパタと尻尾を振る。 「トシ、久しぶりアルな! 元気カ!」 「ああ、まあな。……そっちはどうだ」 「皆元気ネ! 七夕の短冊使い切ったから、折り紙買いに来たアル」  そうか、と思わず目を細めた。  去年、七夕を存分に楽しんだらしい神楽が短冊をたくさん吊るしたのだと話していたのを思い出す。  またもや過去の幻影に捉われそうになり、慌てて意識を引き戻した。 「この暑いのに、お前一人か?」 「新八と銀ちゃんは、ウチで短冊吊るす紙縒り作ってるアル。私がやると紙破くだけだって、折り紙買う係押し付けられたネ」  不貞腐れたように唇を尖らせた神楽に少し笑う。  確かに、紙縒りを作る作業は神楽には難しそうだ。  手先が器用な銀時と几帳面な新八が紙縒りを作り、フットワークの軽い神楽が買い物に出掛け、日光に弱い神楽の見張り役が定春なのだろう。万事屋の面々は役割分担というものができている。 「……銀ちゃんが、短冊に願い事書こうとしないアル」  組織における役割分担の在り方について考えを巡らせ始めた土方の耳に、ぽつり、と心許なげな声が届いた。  視線を戻すと、僅かに俯いた神楽がチャイナ服の裾をぎゅっと握り込んでいる。痛々しくすら見えるその仕草に、土方は眉根を寄せた。 「去年はたくさん書いてたネ。マダオっぽいことばっかりいっぱいいっぱい書いてたアル。パチンコとか競馬とか、そんなのばっかり何枚も。でも今年は、……一枚も書こうとしないネ。せっかく銀ちゃんには、銀色の折り紙あげたのに」  思わず息を呑んだ土方を、勢い良く顔を上げた神楽の、青い双眸が射抜く。夏の青空のように澄んだその瞳に、縋るような色が滲んでいるように見えるのは気のせいだろうか。  淡い桜色の唇が何かを言おうと薄く開いた。だがそれはすぐにきゅっと引き結ばれて、神楽が言いたかったことを飲み込んだことを知る。 「……どうした?」  静かに促したが、神楽は迷う素振りを見せた。まるで痛みを堪えるような顔をしている。心配になってその顔を覗き込めば、水分を多く含んだ瞳が土方の姿を映し出す。 「銀ちゃんが、お前らは口を出すなって言ったネ。お前らには関係ないって。本当アルか? 本当に、私たちには関係ないって、……トシも思ってるアルか?」  ぎゅう、と強く心臓を掴まれたような気がした。咄嗟に隊服の胸元を握り締めたのは殆ど無意識だ。視界の端で煙草がぽとりと地面に落ちたけれど、構う余裕はなかった。  お前らには関係ない、口を出すな、と。即答できればどれほど良かったことか。  銀時の言う通り、確かにこれは土方と銀時の問題だ。二人の問題、だった、はずだ。  例えば、もし。互いにもう心を残しておらず、過去の話だと割り切っているならば、それで良かったのだろう。  だけどきっと、そうではない。何事もなかったかのように街中で会えば上滑りの言い合いをして、なのに以前のように胸倉を掴み合って喧嘩することはなくなって、視線だって微妙に合わなくなって、何度も鉢合わせた、そもそもの始まりであった馴染みの居酒屋には行かないようになって。  風鈴の音を聞くたびに、あの夏の幸せだった時間に想いを馳せて。  どうしようもない俗物的な願い事を短冊に書き連ねていた男が、願うことなど何一つないとそれを拒んで。  それで本当に、昔の話だと、もう終わったことなのだと、言えるのだろうか。 「チャイナ」  胸が痛い。ずっと考えないようにしていたのに、一度その痛みを自覚してしまえば、どうして今までそれを無視できていたのかと不思議に思うほど、胸の奥が抉られるように痛い。  きっとあの棘は消えてなんかいなかった。むしろ大きく育っていた。育ちすぎて、土方の手には負えないほどの痛みを齎すようになってしまった。 「……あの風鈴は、どうした」  気になって、でも誰にも訊けずにいた問いを土方はついに口にした。  銀時が手ずから窓辺に吊るした、あの男に似た白いウサギの風鈴。土方がたった一つ万事屋に残したその存在が、もし忘れられていないのであれば。 「去年トシに貰ってから、ずっと窓のとこに吊るされたままアル。新八がもう風鈴の季節じゃないから片付けようとしたのに、銀ちゃんがそのままにしとけって言ったネ。最近暑くて窓を開けるようになったから、またリンリン鳴ってるヨ」  ぎゅう、と一際胸が強く痛んだ、と。そう思った瞬間、土方は駆け出していた。 「副長!」 「トシ!」  驚いたように呼び止める声を無視して、かぶき町の街中を全力で走る。  ここから万事屋までは、走ればほんの数分で着く距離だ。  行ってどうする気だ、と頭の中で声がする。  短冊に願い事を書かないから何だというのか。風鈴が吊るされたままだから、どうしたというのか。  僅かに残った冷静な部分がそう問い掛けてきたけれども、土方が足を止めることはなかった。  真選組の隊服が街を走っていれば、当然目立つ。しかも土方は副長としてメディアへの露出もあり、それなりに顔が知られている。何事かと注目を浴びるだけならともかく、住人に不安を与えるわけにはいかない。  仕方なく土方は速度を緩め、少し早足で見廻りをしている風を装った。  梅雨が終わり、本格的に暑くなってくる季節だ。生地の厚い隊服をきっちり着込んだまま全速力で走ったせいで、暑くて堪らない。胸元のスカーフを引き抜き、隊服のポケットに突っ込んだ。  煙草に火をつけ、深く煙を吸い込んで何とか心を落ち着けようとする。  何をするつもりか、何を言うつもりかも決められないまま、『万事屋銀ちゃん』の看板が見えてきた。  心臓がドクドクと早い鼓動を刻んでいるのが、走ったせいだけでないのは明白だ。看板の文字がはっきり読めるようになった辺りで思わず足を止める。  この期に及んで怖気づくのか、と自嘲に唇を歪め、見上げた先。  万事屋の和室にあたる窓が、開いていた。そこに立っていたのは黒の上下に白の長着を重ねた男だ。  きゅう、と胸が切なく疼いた。やはり土方の中で、過去になどなっていないのだと思い知る。  男は土方には気付いていないようで、窓から空を見上げている。半袖のインナーに包まれた右手を、空に向かって差し出すような仕草。  何をしているのかと目を凝らした瞬間、土方は息を呑んだ。  銀時が手を伸ばしていたのは、空にではなかった。窓辺に吊るされた、風鈴だ。  はっきりとは見えないが、透明のガラスでできた球体を撫でるように、その手が動く。何度も、何度も。まるでかつて男が、土方の頬を撫でたのと同じ優しさで。  時間にすればほんの数秒だったのかも知れない。だがその光景は鮮明に土方の目に焼き付いた。  男が踵を返し、部屋の中に戻っていく。振り返らないその背中を見送ってしまえば、もう駄目だった。  火をつけたばかりの煙草を投げ捨て、再び地面を蹴って走り出す。玄関に続く鉄製の階段をガンガンとけたたましい音を立てながら駆け上がった。  玄関前の手すりに立て掛けられた、短冊がたくさんぶら下がった笹を横目で見ながら、インターホンも押さずに乱暴に引き戸を開ける。  完全に無断侵入だ。訴えられたら問題になる。いっそ御用改めである、と言ってしまった方が良かったのだろうか。  冷静な部分はそんなことを考えていたけれど、実際に土方がしたことといえば、靴を毟り取るように投げ捨て、勝手に上がり込むというさらなる罪状の上塗りだった。土足でなかっただけマシだ。 「え、土方さん?!」  驚いて出てきたのだろう、素っ頓狂な声を上げた新八を押し退け、事務所に足を踏み入れる。  銀時は和室と事務所の境目に立っていた。いつもは眠そうな目を大きく開き、呆然と土方を見つめている。  その後ろ、和室の窓辺に吊るされたガラスの風鈴が、リン、と小さく鳴った。  息を切らしながらそちらに一歩踏み出せば、銀時ははっと我に返ったような顔をして、何かを持っていた右手をそっと懐に入れる。  さり気ない仕草だった。きっといつもの土方ならば気付いていなかっただろう程度の。  だが今、土方の全神経は銀時に集中している。瞬き一つ、息遣い一つですら見逃さない自信はあった。  大股に近付いて目の前に立ち、ずい、と手を突き出す。 「何隠した。出せ」  有無を言わせない口調で告げると、赤い双眸がほんの僅かに揺れた。本当に、ごく僅かな揺れでしかなかったが、それだけで土方は悟る。  銀時が隠したものは、銀時にとって重要なものだ。そしておそらく、土方にとっても。 「何、いきなり人ん家押し掛けてきて何なの? しかも無断侵入だよねぇ、お巡りさんがそんなことしていいわけ? だいたい、」 「万事屋」  言葉を遮り、真っ直ぐに視線を合わせた。  きつく睨むように、逃がさないと瞳で示す。  きゅ、と銀髪の下で眉間に皺が寄った。深く刻まれたそれに、銀時の苦悩が窺える。  そのままどれくらい睨み合っていたのだろうか。永遠に続くかと思われた時間は、厚みのある唇が引き結ばれたことで終わりを告げた。  そろり、と迷いを見せながらも伸ばされる腕。その拳が握っていたのは、細長い紙切れのようだ。  目を逸らさないままその紙に触れ、拳が解かれてようやくそれに目を落とした。  ぐしゃりと握り潰された、細長い銀色の紙。上部には小さな穴が一つ空いている。  短冊だ。  どくん、と心臓が大きな音を立てた。どくん、どくん、と内側で激しく鳴り響く鼓動が周囲の音を掻き消していく。  戦慄く指先を必死に抑え込んだ。一つ息を吸い、ゆっくりとその紙を裏返す。  裏側の白い面には、黒のペンで文字が書かれていた。  たった二文字。『土方』と。  その二文字は紙の大きさに対して不自然に上の方に書かれており、本来それには続きがあったのだろうと知れた。  去年は俗物的な願い事ばかりを短冊に書き連ねた男が、それ以外のことは自分の力で何とかすると言った男が、今年は一枚も書こうとしなかった。  いや、おそらく、書こうとして止めた。自分の力では何ともならないことを、似合わない神頼みに縋ろうと書きかけて、止めたのだ。  そしてそれを握り潰した。縋ることを恥じたのか、それとも諦めたのか。 「……何を、書こうとした?」  発した声は震えていた。ほんの一瞬唇を噛み、顔を上げる。  銀時は微妙に目を逸らし、気まずげな顔でぐしゃりと後頭部の髪を掻き乱した。 「……わかんねえよ」 「よろ、」 「わかんねえんだ、本当に。ただ、……願い事とか、何も浮かばねえで。気がついたら、オメーの名前書いてた」  何書こうとしてたって、訊きてえのはこっちだっつーの。  不貞腐れたように、いかにも不本意だというように、がしがしと髪を掻き回して男がぼやく。 「じゃあ、」  深く考えないうちに、勝手に言葉が零れ落ちていた。  まるで何かに操られるかのように、意図しないまま口が動く。 「今書くとしたら、何て書くんだ」  知りたかった。銀時の本心を。  おそらく最後に飲んだ居酒屋で土方が取り零してしまった、この男の本当の願いを。  驚いたように瞠られた緋色の瞳が、きゅう、と細くなる。  泣いているようにも笑っているようにも見える瞳を真っ直ぐに土方に向け、静かな声が願いを紡いだ。 「『土方が笑ってくれますように』って。そんな泣きそうな顔してねえでさ」  その言葉が鼓膜を震わせた瞬間、土方は飛びつくように銀時の頬を両手で包み、強引に唇を合わせた。視界の端で、手から離れた銀色の紙がひらりと舞う。  触れたのはほんの数秒。すぐに口づけを解き、至近距離から大きく見開かれた瞳を覗き込む。 「それは、てめぇの力で何とかしやがれ」  甘く囁きたかったのか、きつく言い含めたかったのか、もう土方にもわからない。  ただ、胸の奥が焼けるように熱くなって、こみ上げてくるその熱を、どうにかしてこの男にぶつけてやりたかった。  息の触れ合うような距離で、柘榴色の双眸が揺れている。銀色の睫毛が瞬くのを見つめて、さらに言葉を紡いだ。 「他には」 「……他、って」 「今、チャイナが折り紙買いに行ってる。短冊もっと作るんだろ? 他に何書く。言え」  一際大きく揺れた瞳を捉えて離さないように、しっかりと視線を合わせる。  真っ直ぐに瞳の奥を覗き込み、両頬を包む手に力を籠めた。  命じる口調ではあったけれど、殆ど縋るような気持ちだった。  どうか。頼むから、言って欲しい。一人で耐えて、飲み込まないで欲しい。  言えなかったのは、土方も同じだ。だから二人とも、どこにも行けなかったのだ。  胸のうちに抱え込んだ痛みがどうしようもなく膨れ上がって、激しく痛みを訴えるまで、足を踏み出すことができなかったのだ。  チリン、とどこかで澄んだ音が鳴る。万事屋、と囁いた声は、頼りなく揺れていた。  その揺らぎを感じ取ったように、少し赤くなった厚い唇が震える。 「……土方、」 「ああ」 「もう、見合いしねえで」 「わかった。しねえ」 「またここで四人で飯食ってよ」 「てめぇがマヨ作ってくれんだったらな」 「俺のこと名前で呼んで」 「銀時」  頬を包み込んだ手のひらの下で、ふ、と唇が綻んだのがわかった。  ぱちり、と緩やかに瞬いた双眸が、甘さを滲ませる。  先までの強張りが嘘のように、柔らかくなった声が囁く。 「……もっかい、キスして」  頬を引き寄せて噛み付くように口づけた。  嬉しかった。やっと取り戻したと思えた。  じわりと滲んだ視界を、強く目を閉じることで誤魔化した。  胸が詰まって息が苦しい。何度も角度を変え、食むように唇を擦り合わせ、けれどそれ以上深くなる前に唇を離す。  はあ、と僅かに荒くなった息を零すと、とろりと溶けた眼差しが土方を覗き込んだ。 「土方は、何て書くの」  教えて、と吐息だけでねだるように。  同じように頬を包み込まれて、親指が唇に触れた。  指の腹でそこをなぞられ、くすぐったさにふっと口元が緩む。 「てめぇと一緒だ。笑ってろ」 「うん」 「俺を見ろ。目を逸らすな。俺の、手を、離すな」  どうか、と願うような気持ちで想いを口にした。  途端にこみ上げるものがあって思わず目を閉じると、頬から手が離れて銀時の顔を包む土方の手に重なった。  その手のひらは剣を持つせいで皮膚が硬くなっていて、銀時の手が触れているのだと、何よりも雄弁に教えてくれる。 「お前が離さないなら、離さねえよ」  強く握られて、泣きたくなった。  ずるい、と思った。同時に納得もした。  ああ、そうだ。この手を最初に離したのは、土方の方だ。  銀時はただ、背中を押しただけだった。感情を置き去りにして事態が動き始めたせいで、迷いを生んでしまった土方の、背中を押してくれただけだ。  その手を離して走り出したのは土方だ。そしてどこにも動けなくなっていた心を掬い上げてくれたのは、やはり銀時だった。 「泣かねえでって言ったのに」  苦笑した銀時の指先が目元を優しく撫でる。  別に、泣いてなんかいない。ただ少し、泣きたくなってしまっただけだ。 「泣いてねえよ」 「泣きそうな顔してんじゃん」 「だから、泣いてねえって」  むっと眉を顰めると、喉の奥で笑った銀時がこつん、と額を当ててきた。  睫毛同士が触れそうな距離で目が合って、あまりの近さに思わず目を閉じる。頬を引き寄せられ、唇が触れ── 「あのー、そろそろ神楽ちゃんが帰って来るんで……」  突然控えめな声が聞こえ、思わず目の前の銀髪に渾身の力で頭突きを食らわせた。 「ぶべらっ!!」  奇声を上げた銀時が崩れ落ちるのを尻目に、慌てて振り返る。  当然といえば当然だが、そこには新八がいた。事務所のソファに座り、居た堪れなさそうな顔をして、俯いている。  テーブルの上にはたくさんの紙が散乱していて、もじもじと動くその手が紙縒りを持っているところを見ると、もしかしてずっと後ろで紙縒りを作っていたのだろうか。 「あ、いや、その、……悪ぃ」  一気に顔に血が集まり、土方は赤くなってしまっているだろう頬を隠すように俯いた。  すっかり忘れていた。ここが万事屋だということも、新八の存在も、神楽が帰って来るということも、今が仕事中だということも。  一緒にいた山崎と神楽が土方を呼んでいたのを今さらのように思い出す。電話が掛かってこないところを見ると、気を遣われているのだろうか。もしかしたら何か気付かれてしまったかも知れない。 「オイオイぱっつぁん、気が利かねえなオメー。そこは空気読んで出て行くとかしろよ、これだから童貞は」  むくりと起き上がった銀時は、がしがしと銀髪を掻き乱しながら不貞腐れたように言う。  だがやはりその横顔は少し赤らんでいて、同じ居た堪れなさを感じているのだと知れた。 「童貞関係ねーだろォォ!! しょうがないじゃないですか、僕が出てった後で神楽ちゃんに見られる方が問題でしょーが!」 「だったら玄関前で見張っとけや、んで神楽足止めしとけ。それが万事屋のメガネとしての役割だろーが」 「メガネの役割は見張りじゃねーよ!! だいたいそんなことしてたらアンタらいつまでも止まんなかったでしょーが!! それに出て行けるわけないでしょう、飛び込んで来た時の土方さん、今にも人殺しそうな顔してたんですから!」 「あー、まァね、俺も一瞬殺されっかなと思ったもんね」  その一言で土方の居た堪れなさは極限に達し、思わず隊服の袖で顔を隠した。  相当鬼気迫っていた自覚はある。攘夷浪士の拠点に討ち入りする時のような気分で、今にも「御用改めである!」と叫びそうな有様だった。一応ここも元攘夷志士の拠点ではあるが、とても別れた恋人に会いに来た様相ではなかっただろう。 「あ、あー……じゃあ、俺はこれで……」  とにかく恥ずかしい。一刻も早くこの場を立ち去りたい。敵前逃亡は武士の風上にも置けない蛮行だとは思うが、そもそもこの場にいるのが敵ではないから困るのだ。 「ちょ、土方!」 「待つネ!」  銀時の制止も聞かず、そそくさと玄関に向かおうとした土方の前に、「ドン!」という効果音を背負っていそうな堂々たる風格で神楽が立ちはだかった。その背後には、一歩たりともここは通さないという空気を醸し出す定春がどかりと座り込んでいる。  仁王立ちで腕を組み、胸を反らした神楽は、美少女めいた顔立ちに似合わない凛とした声で言い放った。 「話は聞かせてもらったアル!」 「……え、い、いつから」  おそるおそる尋ねると、途端にニタァ、と笑み崩れる。その笑い方が銀時にそっくりで、土方は嫌な予感しかしない。 「最初から、って言いたいとこだけど、本当はトシがぐずぐず泣き出した辺りからヨ」 「な、泣いてねえし!」 「泣いてたも同然ネ。涙が出てないからって泣いてないと思ったら大間違いアル」 「おー、神楽いいこと言うねぇ」 「銀ちゃんなんて去年から泣きっぱなしでショ」 「な、泣いてねぇよ?! 銀さん泣いてねぇからね?!」 「同じこと二回言わせるアルか?」 「ぐ……っ」  土方の必死の抵抗を一蹴し、茶々を入れた銀時をも撃沈させ、フン、と鼻を鳴らした神楽はずんずんとテーブルに近付いた。玄関へ続く扉の前には依然定春が鎮座していて、逃げ道を塞いでいる。 「トシ」  どうすればいいかわからなくなってうろうろと視線を彷徨わせていた土方を、厳しい声が呼んだ。  そろりと顔を上げれば、ソファに胡坐を掻いた神楽が、ビシ、と向かいの席を指差す。 「ここに座るネ」  とても逆らえる雰囲気ではない。ギクシャクとした動きでソファに近付き腰を下ろすと、パン、と何かを目の前のテーブルに叩きつけた。 「トシも書けヨ」  そこに置かれたのは、一枚の短冊だった。折り紙を縦に三等分した大きさで、上部に錐か何かで空けられたような小さな穴がある。 「それ、銀ちゃんに三枚あげたうちの一枚アル。貴重な銀色の紙ネ、感謝するヨロシ」 「いや、俺は」 「さっさと書けヨ。それ書くまで帰さないアル」  神楽から漂う怒りのオーラに気圧され、土方は仕方なくテーブルの上のペンを取った。  ちらりと視線を走らせると、神楽の後ろではどうすべきかわからないという風に、銀時と新八が顔を見合わせている。  どう考えても逃げることは不可能だ。だが短冊に書くことなんて、やはり思い付かない。 「……これは、あの笹に飾るのか?」 「そうヨ。玄関前の、イチバン目立つとこにトシのもぶら下げてやるヨ」  平然と言いながら、神楽は買ってきたらしい折り紙を袋から出し、鋏で縦に三等分に切り始めた。見当を上手く付けられないのか、幅が全部バラバラだ。 「新八ィ、上手く切れないネ」 「ああ、そういう時は最初に折って、」 「銀ちゃんはさっさと紙縒り作れヨ」 「あっハイ」  神楽の隣に新八、土方の隣に銀時が腰を下ろし、気がつけば四人でテーブルを囲んでいた。  一年前、四人で食卓を囲んでいた時のように、だが今はそれぞれが黙々と作業をしている。どことなく気まずい雰囲気なのは、あの時はずっと明るい声で喋っていた神楽の口数が少ないからだろうか。  チリン、チリン、と鳴る風鈴の音と、カサカサと紙の擦れ合う音が万事屋を満たしている。  何とかこの状況を打破しようと、土方は必死に頭を捻った。  神頼みするようなことなんて思い付かない。土方の胸にあるのは己の決意だけだ。そのずっと奥に秘めた想いは、きっと銀時が叶えてくれる。  それでも書かねば許してもらえないのだろうと、散々悩んだ末に土方が短冊に書きつけたのは、たった四文字。 『商売繁盛』  万事屋に飾る短冊なら、妥当な線だと思う。こればかりは努力だけでどうにかなるものでもないのだ。  テーブルの上を滑らせるように神楽に差し出すと、神楽はそれを取り上げてじっと見つめた。土方のみならず、銀時や新八までもが息を潜めて神楽の反応を窺っている。  もしかして漢字が読めないのかも知れない。そう思い至って説明しようと口を開くと、桜色の唇がぽつりと呟いた。 「トシは願い事も録に書けない、まるでダメな大人ネ。銀ちゃんと同じヨ」  まさかのマダオ呼ばわりにショックを受けた土方には、隣からチラチラと寄越される視線が気遣うものなのかからかうものなのか、判別できるような余裕などない。  固まってしまった土方の前で、神楽はふう、とこれみよがしに溜息を吐く。 「ちゃんと書かなかったら、織姫と彦星は叶えてくれないアル」  呆れたような口調ではあったが、そこには寂しそうな響きがあった。  何と言えばいいのかわからず目を伏せると、パン、と神楽は自分の膝を叩いた。顔を上げた土方に向かって、ニカリと歯を出して笑う。 「仕方ないから、このかぶき町の女王神楽様が願い事叶えてあげるヨ!」  底抜けに明るく、凛と響く声。  赤いチャイナ服の胸を張り、得意げに顎を上げる仕草は、子供らしい無邪気さに溢れている。 「安心しろヨ、女王様は織姫より格が上だからナ」  神楽の言っていることがわからず、困惑する土方の胸元で携帯電話が震えた。  何もこんな時に、と舌打ちしたいような気分だったが、仕事を放り出してきている以上、無視するわけにもいかない。  三回震えてまた沈黙したところをみると、メールだろう。  悪ぃ、と小さく呟いて携帯電話を取り出せば、差出人は山崎。  そういえば置き去りにしてきてしまった。何と返そうかと思いながらメールを開けば、そこに表示されていたのはたったの一文。 『副長は今日の午後と明日、非番になりました』 「は?」  思わず声を漏らすと、ひょい、と隣から銀時が画面を覗き込んでくる。  土方の様子から異変を感じ取ったのだろうか。今までは絶対にそんな真似をしなかったくせに。  事態が今一つ把握できないまま、現実逃避のようにそんなことを考えていた土方の隣で、銀時もまた、へ、と間抜けな声を上げた。 「ジミーからアルな」  確信に満ちた神楽の声に、呆然と顔を上げて尋ねる。 「……何か、言ったのか」 「私は何も言ってないネ。トシがいなくなった後、こっちは何とかするからって言われただけアル」  ジミーはなかなか優秀ネ、と満足そうに頷いた神楽は、またパン、と膝を叩いて立ち上がった。三人の呆気に取られた視線を物ともせず、隣の新八を見下ろす。 「新八、今からアネゴのとこに行くネ。朝までアネゴと一緒にいっぱい短冊作って願い事たくさん書いて、明日飾るアル」  有無を言わせない唐突な宣告だったが、新八はツッコミもせず、心得たとばかりににこりと笑顔を返した。 「そうだね、そうしようか。願い事一つまともに書けないダメな大人のマダオ二人は放っておいて、僕たちで短冊いっぱい作ろう」 「オイコラ二人って何だ、銀さんはアレだよ? 書けないんじゃなくて、あえて書かないっつー」 「何言ってんですか。散々悩んだ挙句、土方さんの名前だけ書いたかと思ったらいきなりそれ握り潰して、風鈴眺めながらぼんやりしてたの、僕見てたんですからね」 「あああああそれを言うなァァァァ!!」  急な展開についていけない土方は、隣で頭を抱えた銀時と、ガサガサとテーブルの上の短冊や紙縒りを手早く袋に入れて立ち上がった二人の間で、きょろきょろと視線を往復させるしかない。  だが二人が玄関に向かったところでようやく我に返り、待て、と慌てて腰を浮かす。 「チャイナ」  振り返った神楽は三日月のように目を細め、ニィ、と歯を見せて笑った。 「願い事叶えてあげるって言ったネ。明日は織姫と彦星がしっぽりするための日アル。だから今日はお前らがしっぽりする日にしてやるヨ」  気を遣ってくれているのはわかるが、だからといって子供たちを追い出すのは忍びない。  ここは本来三人と一匹の家で、異分子は土方の方だ。 「いや、俺は、」 「さっきトシは『私たちには関係ない』って言わなかったネ。……嬉しかったヨ」  土方を遮ってそう言い放ち、神楽は振り返らずにパタパタと玄関まで駆けて行った。  その後ろ姿を呆然と見送っていると、今度は土方さん、と柔らかな声に呼ばれる。 「明日、お昼くらいに帰ってきますから。僕たちが帰ってきたら、『おかえり』って言ってくださいね」  新八にまでそう言われてしまっては、もう土方に言えることなんて何もなかった。  躊躇いながらもわかった、と頷けば、じゃあごゆっくり、と微笑んだ新八が神楽を追って出て行く。 「あ、それから! 煙草吸ってもいいですけど、寝煙草はダメですよ!」  玄関から叫ぶ声が聞こえた。隣で銀時が、あいつはカーチャンか、と呟く。  やいのやいのと何かを言い合う声が小さくなり、その足音が聞こえなくなってようやく、土方はどさりとソファに腰を下ろした。  無性に煙草が吸いたくなり、テーブルの上の灰皿を確認して、隊服のポケットから煙草を取り出して火をつける。  この短時間で怒涛の展開が巻き起こり、頭が混乱していた。深く煙を吸い込めば、やっと人心地が付いたような気がする。 「何アイツ、いつの間にンなツンデレキャラみてーなこと言うようになっちゃったの。声優の無駄遣いはどこ行っちゃったの」  銀髪をがしがしと掻き回してぼやくのはおそらく照れ隠しだ。  この一年、子供たちにまで散々心配を掛けてしまっていたのだろう。銀時だけでなく土方のことまで気を揉ませてしまったことが申し訳なく、だが同時に去年の夏、騒がしい食卓を囲んでいた時の温かな気持ちが胸に蘇る。  和室の開け放たれた窓辺で、チリリン、と風鈴が涼しげな音を奏でた。生温い風が吹き込み、テーブルの上の紙がカサリと微かな音を立てる。  煙を吐き出し、テーブルの端の書き終えたらしい短冊を手に取って目を落とした。色とりどりの折り紙の裏の白い面に、ぎこちない文字が並んでいる。 『ジュースのからあげがたべたい かぐら』 『あの人がまた万事屋に来てくれますように 新八』 『とんしょからこめがとどきますように かぐら』  中には新八が書いたらしき随分と大人びた文字も混じっていて、なのにそれらは殆どが、自惚れでなければ土方と過ごした日々に関わるものだ。食欲が前面に押し出されてはいるが、きっとそれだけではないと思う。  じわり、と温かいものが胸に広がっていく。胸の奥に刺さって抜けなかった棘が、跡形もなく溶けていくのを感じた。  おそらくもう痛むことはないだろう。たとえこれから先何があっても、今のこの気持ちを思い出せば、立ち向かっていけるのだろうとすら。 「あいつらが俺の願い事叶えてくれんだったら、俺もあいつらの願い事叶えてやんなきゃなんねぇな」  そう呟くと、銀時がそうだな、と楽しそうにくつくつ笑う。 「あいつ、オメーが来なくなってからよ、俺には『やっぱり唐揚げは胸肉アルな』とか言ってたんだぜ? 何だアレ、俺に気ィ遣ってたのかよ。ガキのくせに」  照れ臭さを隠すようにわざとらしく唇をひん曲げた銀時は、神楽の書いた短冊を見ながらジュースじゃなくてジューシーだっつの、とぼやいている。 「まぁ、できる限り叶えてやるさ。どうせまた酢昆布たくさん、とかも書いたんだろ?」 「あー、たぶん表にぶら下がってんな。真っ先に書いてたから。新八は初回限定盤CDがどうとか」 「金で片がつくんなら何だって買ってやらァ」  煙草を銜えたままの口元をふっと緩めた。  土方にできるのはそんなことくらいしかない。  幸いにして今日と明日は非番になったのだから、後で電話して食材を届けさせようと決意する。そして明日は、鶏もも肉の唐揚げを銀時に大量に作らせて、二人を「おかえり」と迎えてやらねばならない。 「じゃあ、ついでに俺の願い事も叶えてくんない?」  銀時が手に取った短冊を軽く振ってみせた。土方が使ったものとは別の、表が銀色の短冊だ。  銀色は三枚あったはずだから、最後の一枚だろう。だがその裏には何も書かれていない。 「何も書いてねぇじゃねえか」 「こんなガキ共の目に触れる短冊にゃあ、書けねえようなことしてえなって」  きゅう、と赤い双眸が細くなる。まるで口づけるように短冊に触れた唇は、にやりと弧を描いていた。  土方を見つめる柘榴色の瞳にはあからさまな艶が滲んでいて、ぞくりと肌が粟立つ。 「ちゃんと書かねえと、織姫と彦星は叶えてくれねえらしいぜ?」  平静を装い、ふう、と肺の奥から煙を吐き出した。煙草を灰皿に押し付け、隣の男に向き合う。  瞳の奥を覗き込むように、顔を寄せた。たぶん自分も同じ目をしている。欲しいと思う気持ちはもう止められない。 「しょうがねえから、俺がてめぇの願い事叶えてやるよ」  かぶき町の女王様には敵わねえけどな、と付け加えれば、女王様ってのは最強なんだよ、と銀時が喉の奥で楽しそうに笑った。  ソファがぎしりと軋み、唇が重なる。  二人きりになった万事屋の窓辺で、垂れ目の白ウサギがチリリン、と澄んだ音で鳴いていた。
付き合っていたけど別れてまたよりを戻す銀土+万事屋の子供たち二人のお話。<br />…のはずだったんですが、新八の影がちょっと薄いです。要所要所は押さえた、つもりなんですけど…<br /><br />以前ついったで「ワンライくらいの短い話書きたいのでお題ください!」とお願いして、「かき氷もしくは風鈴で夏な銀土」というお題を頂いたので、風鈴で書かせて頂きました。<br />そんなわけで風鈴で七夕なんですが、あまり夏っぽい銀土ではないかも知れません。<br />どこがワンライなのか…予想以上に長くなってしまって1ヶ月以上掛かってしまいました。ワンマンスライト。<br />七夕どころか夏が終わってしまいそうです。<br />全年齢なのも、ついったに上げるつもりだったからです。新書ページメーカーに流し込んだら40枚とかになってしまうのでぴくしぶに上げさせて頂くことにしました。<br />なんか色々すみません…<br /><br />以前投稿したものへのブクマ、いいね、タグ、コメント等ありがとうございました!<br />前作はルーキーランキングにもお邪魔させて頂いたみたいで、びっくりしました。<br />こんなにたくさんの方に読んで頂けるなんて、身に余る光栄です。<br />これからもマイペースに書いていきたいと思います。また見てくださると嬉しいです。<br /><br />表紙はこちらからお借りしました→<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/47077437">illust/47077437</a></strong><br /><br />以下余談<br />あらすじを書くのがめちゃくちゃヘタクソで、毎回キャプション書くのにめっちゃ時間掛かります。<br />あらすじを上手く書けるようになりたい(その前に小説を上手く書けるようになれという話)
願い事叶えてあげるよ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10060573#1
true
劇場版コード・ブルーの内容が含まれています。 ネタバレが苦手な方はお戻り下さい。 [newpage]  「白石先生!!」        大切な人に大切だと、いつか伝えられたらいいと思っていた。    だがそれでは遅いのだ。  なにが起こるかわからないこの世界に、“いつか“なんて存在しないのだから。    藍沢がトロントへ旅立ち、緋山が周産期医療センターに異動してから二年半。救命は再び人手不足に陥りながらも、以前より見違えるほど成長したフェローのおかげで、今日までなんとかやってくることが出来た。  一年程前には藤川と冴島の赤ちゃんが無事に誕生した。一時的に翔北の産科へと無理矢理異動してきた緋山が二人の赤ちゃんを取り上げた。産まれた瞬間、冴島や立ち会いをした藤川よりも泣いていて、二人にドン引きされていたのも、いまとなってはいい思い出だ。冴島によく似た愛息子が一歳の誕生日を迎えた翌日、冴島は救命に復帰した。    そして緋山も、二人の赤ちゃんが産まれてまもなく緒方と籍を入れた。間もなく妊娠が発覚し、高齢出産と心臓への負荷という二重のリスクもあり、早めに産休を取って自宅で安静を強いられている。暇だなんだと毎日電話が来るが、その声色はとても幸せそうだった。  皆が人生の節目を迎えていくことに寂しさを覚えていたある日。フェローたちのフライトドクター認定日が間近に迫った日でもある。  その日は前日までの豪雨が嘘のように晴れ、ホットラインも鳴らない、急変も起こらない、珍しく穏やかな日だった。  「暇だぁぁぁぁ」  医局に藤川のあくび混じりの声が響き渡る。それは医局の扉を開けようと手を掛けていた白石の元にまで届き、無駄に通る声も考えものだと溜息を吐いた。  「ちょっと藤川先生。外まで声が聞こえてきたけど」  「だって暇なもんは暇なんだもんよー。昼に昼飯食えたのなんていつ振りだよって感じだよなー」  お昼に食べたと思わしきカップラーメンの残骸はそのままに、ソファに寝転がるだらしない藤川の姿に白石は呆れた表情を浮かべながら自席につく。  「あ!そういや今日だったよな?藍沢の帰国」  「うん。そろそろ着くんじゃない?」  マーティン教授に引き留められ、“一年、否、せめてあと半年“と頭を下げられてしまった藍沢は、当初二年の予定だったレジデントの期間を半年間延長した。その藍沢から帰国すると言うメールが白石の元に届いたのは一週間前。それまで全く音沙汰もなかった藍沢からのメールに白石は驚いたが、了解の旨と、労いの言葉を送ったのだった。  「あいつも薄情だよな!毎日のように送ってた俺のメールはシカトしてるくせに!」  「それ、何度も聞いた」  白石だけに帰国の連絡がきたことが、大層気に食わない藤川の愚痴を右から左へ聞き流し、溜まりに溜まった書類仕事に取り掛かる。  「白石」  名を呼ばれ、まだなにかあるのかと嫌な顔を隠しもせず顔を上げた白石だったが、藤川の真剣な眼差しに思わず息を呑んだ。    「気持ちは伝えないのか?」  “誰に“とは藤川は言わないし、自分も言うつもりはない。白石は苦笑いを浮かべながら、首を横に振った。    二年半前に起きた、海ほたるでのフェリー衝突事故。藍沢が感電して、肺挫傷を起こし、生死の境をさ迷った。手すりの向こうへと一瞬で消えていった身体。海水の中に浮かぶ彼の姿。あのとき感じた恐怖と絶望は、一生忘れることはないだろう。そして皮肉にも、あの日初めて藍沢に対する気持ちを自覚した。    「……私はね、誰よりも多くヘリに乗らなきゃいけないの」  しばらくの沈黙の後、自分に言い聞かせるように、改めて決意するように静かに呟いた。だが藤川の表情は険しいものに変わっていく。  「お前の幸せは?」  藤川の問い掛けに、白石は言葉を詰まらせる。    いつか緋山に、誰かと一緒に生きる人生は素敵だと思うと言った。いまでもそう思っている。    だが、気持ちを伝えるには、自分は年を重ねすぎたのかもしれない。細かいことを深く考えずに思いを伝えられる年齢は、とうの昔に過ぎてしまった。         「お前たちが家族みたいなもんだって、言ってもらえた……それだけで、幸せよ」  そう笑みを零す白石は、儚くていまにも消えてしまいそうだった。  RRRRRR  藤川はなにかを言いかけて止める。ホットラインが医局に鳴り響いたからだ。即座に反応したのは白石。イスから立ち上がりホットラインの受話器を上げる。  「翔北救命センターです」  『○○消防よりドクターヘリ要請です。昨日までの大雨の影響で土砂崩れが発生。大型バスや乗用車数台が巻き込まれました』      ドクターヘリ要請を請けて、瞬時に医者の顔に戻った二人は頷き合う。CSに確認した藤川のサムズアップを合図にフライト担当の白石は医局を飛び出した。その後ろ姿を見送った藤川は、妙な胸騒ぎを覚えるのだった。  「藍沢!帰ってきたんだな」  脳外へ帰国の挨拶を済ませ、次は救命に。そう考えていると医局にコンサルの連絡が入る。勤務開始は来週からだったが、大規模な土砂崩れが発生したと聞き、いても経ってもいられず、気付けば初療室へと駆けていた。  初療室に入った途端、久しぶりに見る藍沢の姿に皆がギョッとする。驚きながらも真っ先に声を掛けてきたのは橘で、藍沢は頭部外傷の患者を診ながら、軽く頭を下げた。  「相変わらずだな、お前は」  「……頭部CTオーダーしてくれ」  藍沢のその態度に橘は苦笑いを浮かべるも、どこか嬉しそうな様子だ。藍沢は気恥ずかしくなり、少しの間の後、淡々と頭部CTのオーダーをした。  「あれ!?藍沢!?」  現場から戻り、初療室に入ってきた藤川は藍沢の姿に驚きを隠せない。帰国するのは知っていても、まさか帰国早々初療室にいるとまでは思わないだろう。  「藤川うるさい」  「またそれ!?なんなんだよ!毎日メールしてた俺より白石に帰国の連絡しやがって!!」  「うるさい藤川」  キィーキィー騒ぐ藤川と軽くあしらう藍沢。  懐かしい光景に先程までの緊迫した雰囲気が僅かに和らいだ。  「橘先生!!白石先生が!!」  だが次の瞬間、聞こえてきたCSの町田の悲鳴にも似た声とその内容。その場の空気がピシリと凍り付いた。  「横峯先生、この人瞳孔不同がある。救出まで時間がかかりそうだから、脳外の先生に来てもらえるよう翔北に連絡してくれる?」  「わかりました」  白石に頼まれた横峯は、スマホを取り出し、耳に当てる。だが一向に繋がる様子がない。何回目かのコールの後、横峯は眉を下げながら白石の顔を見た。  「白石先生、電波が悪いので、少し離れますね」  「了解。お願いね」  申し訳なさそうな横峯に白石は笑みを浮かべ、頷いた。ぺこりと頭を下げ、大型バスから出ていく横峯の後ろ姿を見送り、白石は初期評価を再開する。  『町田さんに確認したら、新海先生が来てくれるそうです!あ……いま初療室に藍沢先生もいるみたいで』  しばらくして聞こえてきた報告に白石はクスリと笑う。ああ。帰国早々初療室にいるのね。藍沢先生らしいな。そう笑みを浮かべながら、白石はシーバーからの横峯の声に耳を傾けていた。不自然に言葉が切れた直後、横峯の悲鳴が聞こえる。  『逃げて白石先生!!!』  横峯の切羽詰まった声に何事かとシーバーに手を掛けた瞬間、地響きの音に気付く。白石は全てを悟って、咄嗟に頭部と腰を庇った。  ゴオオオオオオオ   [newpage]  「白石先生が……白石先生がいた大型バスが、再び発生した土砂崩れに巻き込まれました……」 [newpage]  町田の報告を聞いた橘の指示で藤川、丁度初療室に入ってきた新海、そして藍沢はヘリポートへと駆け出した。  現場に着くと、泣きそうになりながらも消防やレスキュー隊員に的確に指示を出す横峯がいた。その傍らには冴島も寄り添っている。冴島が駆けてくる藍沢たちに気付き、横峯の肩を叩いた。振り向いた横峯の表情に安堵が過ぎる。  「藍沢先生!!」  「横峯、現状は!」  「大型バスの乗員乗客は二十五名。そのうち黒が五名。赤が五名。黄色が十五名です。巻き込まれた乗用車三台は黒が三名。赤が二名。バスの黄色と乗用車の方はDMATと平砂浦総合病院が対応しています。バスの赤五名のうち、一名は藤川先生が搬送終えています。名取、灰谷、横峯で三名、治療を終えてヘリ待機中。残り一名は頭部外傷。白石先生、レスキュー隊員二名と……バスの中です」  上級医が来たことで、緊張の糸が切れたのか、最後の方では横峯の瞳から涙が落ちていた。  「安全確認に時間がかかっています。でも幸いバスはすぐ掘り出せたとのことです」  藤川と新海が頷いたのを確認して、横峯は藍沢の顔を見た。      「上級医がいない中でよくやった。横峯、名取、灰谷、雪村はヘリで先に翔北に戻れ」  久しぶりに聞く、藍沢の褒め言葉に、横峯の涙腺は崩壊する。    「白石、せんせ、助け、くださ!!」  泣きじゃくりながらの懇願に、皆が苦笑いを浮かべながらも、力強く頷いた。  「安全確認取れました!お願いします!!」  「わかりました!」          消防の声に応え、藍沢を先頭に藤川、新海、冴島が駆け出す。その後ろ姿を横峯は見送ると、気を引き締めるように頬を叩いて、ヘリのある場所へと駆け出した。        頭が熱い。  咄嗟に頭部と腰は庇ったが、衝撃の強さに耐えられなかったみたいだ。混濁する意識の中、白石は力無く笑った。    「あいざわ……せんせ……」  意識を失う直前、思い浮かぶのは微笑む藍沢の顔だった。  掘り出された大型バスの中に入り、その惨状に四人は絶句する。藤川、新海、冴島が赤のトリアージタグが付けられた患者と血に塗れたレスキュー隊員二人の脈を取った。だが次の瞬間、顔を歪めると首を横に振る。藍沢は頭から血を流し横たわる女性の、白石の頸動脈に恐る恐る触れて、目を見開いた。    「……生きてる」  藍沢の呟きに、三人の顔に明るさが戻る。脳ヘルニアを起こし、危ない状態ではあったが、白石は一命を取り留めた。    「目覚めませんね……」  あれから二日。白石はICUで未だ眠ったままだ。冴島の呟きに、藍沢は小さくそうだなと返す。通常業務は来週からなのもあり、この二日間、藍沢は白石の側を離れなかった。藍沢の気持ちを察し、止める者は誰もいない。  初めは、世間知らずのお嬢様だと思っていた。だが彼女の知識量の多さに驚き、その考えを改めるのに、時間は要さなかった。    黒田先生の人生を滅茶苦茶にしたと泣く小さな背中を放っておくことなど出来なかった。トンネル事故での彼女の決意を叶えてあげたかった。    日没後、二人で乗った電車の中、救えなかった命を思って静かに泣く姿を、周りに見せたくはなかった。  父の病を知り、思い詰める彼女に寄り添いたかった。自分の生い立ちに寄り添ってくれた彼女の気持ちが嬉しかった。飛行機事故に巻き込まれた父の無事を祈る彼女の支えになりたかった。    七年経った救命の危機的な状況に焦りを覚えた。救命に戻ってこれないかと聞かれた瞬間、思わず戻ると言いかけた。  山車の事故で、電話の向こうの泣きそうな声を聞いたとき、助けてやりたいと思った。あなたは絶対命から逃げない。そう言われた瞬間、心が震えて、何故だか泣きたくなった。    シアン騒ぎのとき、ヘリの着陸失敗のとき、彼女の無事に安堵した。どうしてそう思うのか、いままではわからなかった。地下鉄崩落事故が起きたあと、トロントへと旅立つ日が近付くにつれて漸く気付く。初めて会った瞬間から、自分は彼女に魅了されていたのだと。  藤川と冴島へ、大切な人に大切だと、いつか伝えられるようになりたいと言ったのは、メッセージを編集する白石にも見てほしかったからだ。  その後、フェリー内で感電した際、気を失う前に思ったのは、“白石がいるから大丈夫“だった。だがあの日倒れたことで、彼女が自分を責め、思い詰め、日に日にやつれていく様子を見て、藍沢は自身の気持ちを伝えることを止めた。いまの白石に気持ちを伝えても、拒絶されるだろうと思ったから。  否、ただ怖かっただけなのかもしれない。  藍沢は白石の傷だらけになった手を、そっと握る。冴島は静かに藍沢の側を離れ、カーテンを閉めた。      「白石……」  祈るように、藍沢はその手を強く握った。 [newpage]      気付けば真っ白な空間を歩いていた。行くあてもなく歩いていると、小さな男の子の存在に気付く。    『泣いてるの?』    膝を抱え、顔を伏せた男の子の元へ近付き、白石もしゃがみ込む。白石の問い掛けに反応はない。どうしたものかと困り顔を浮かべた。    『ねぇ?大丈夫?』    白石の声に漸く顔を上げた男の子。頬を涙で濡らした男の子の顔に白石は息を呑んだ。どうしてだろう?どこかで会ったことがあるのだろうか?見覚えのある顔だが、モヤがかかったかのように思い出すことが出来ない。途端に頭も痛み出した。    『お姉さんも俺を置いていくの?』    痛む頭を押さえながら、初めて言葉を発し、悲しげな表情を浮かべる男の子に視線を向ける。その表情もどこかで見たことがある。あるのに、わからない。この子が誰なのかもわからない。    『白石』    自分の名を呼ぶ、聞き覚えのある声。その声が聞こえた瞬間、不思議と頭の痛みが治まった。    『お前も俺を置いていくのか?』    目の前で膝を抱えていた男の子が男性へと変化したことに気付く。彼もまた涙を流していた。     『泣かないで。私は絶対置いていかないわ』     自然とそんな言葉が出ていた。彼の頬へ手を伸ばし、涙を拭う。とてもあたたかい涙だった。    『藍沢先生?』    そう呟いた瞬間、目の前に光が射し込んだ。       空が白み始める。ピクリと握っていた手が動いた気がして、藍沢は目を開けた。  「白石?」  藍沢の呼び掛けに、白石の瞼が震える。再度呼び掛けると、閉じていた瞳が少しずつ開いていった。  「白石……わかるか?」  震える声で藍沢は白石に声を掛ける。その問い掛けに白石は小さく頷き、握ったままだった藍沢の手を弱々しくだが握り返した。  「おいコラ、そこの不良患者」  車椅子からヘリを見つめていた白石は、声の主の方を振り返る。そこにいたのは、腕を組み、いつも以上に眉間に皺を寄せた、現在白石の主治医でもある藍沢だった。  「なによ」  「病室を抜け出すのは何度目だ」  「数えてないわ」  幸い白石の身体は後遺症もなく、順調に回復を見せていた。だが過保護な藍沢によって、まだ長距離を歩くことを許されず、溜まった書類仕事もさせてもらえず、簡単に言えば、暇を持て余していた。  「横峯が泣き付いてきたぞ。横峯使ってパソコン持ち込もうとしたな?」  二次災害直前、最後に会話をした横峯は、白石の意識が戻ったと聞いて、ICUへ駆け込み、抜管したばかりの白石にしがみついて“よかった、よかった“と泣きじゃくった。白石は苦笑しながらも“ごめんね横峯先生、ありがとう“と掠れた声で応えたことで、横峯はさらに泣きじゃくってしまい、白石を困らせた。  「だって藍沢先生が過保護過ぎて暇なんだもん」    「ICUで自分も重症だったにも関わらず、隣の患者を治療した奴がいるんだ。過保護にもなるだろ」  焦って駆け付けた藍沢にこっぴどく叱られ、冴島には氷のように冷たい目で見られ、珍しく橘と藤川までも怒り、トドメは緋山からの説教電話だった。それから間もなく脳外科の個室に移されてしまい、暇な生活を送るハメになった。所謂自業自得だ。  「白石」  「なによ」  拗ねた声色に藍沢はフッと笑みを浮かべ、白石の目線に合わせるようにしゃがみ込む。白石は頬を膨らませながらも藍沢を見つめ返した。  「藤川から聞いた」  「……なにを?」  不思議そうに首を傾げる白石の手に藍沢は自身の手を重ねる。その行動に白石は驚き目を見開いた。  「お前は誰よりも多く、ヘリに乗った」  藍沢の穏やかな声と言葉を聞いて、藤川から聞いた話がなんなのかを悟り、白石は顔を強ばらせる。  「もう幸せになってもいいんだ」  藍沢はそう言うと、白石の手の甲を優しく撫ぜた。       「…………もう十分幸せよ」  藍沢の優しさに込み上がるものを感じるが、必死に堪え、白石は口を開く。    「フェローたちが成長してくれて、三人とも無事にフライトドクターに認定されて幸せ。優輔くんが学校に行けるようになったって嬉しそうに笑う橘先生と三井先生を見られて幸せ。冴島さんと藤川先生の赤ちゃんが無事に産まれてくれて、すくすく成長してるって話が聞けて幸せ。緋山先生がお腹を撫でる姿を見てるだけで幸せ。……藍沢先生が、私たちが家族みたいなものだって言ってくれた。それだけで幸せよ……」  いまどれだけ自分が幸せなのか語りながら、とうとう我慢出来なくなった白石は、静かに涙を流す。  「もういい、わかった」  「へ?」  突然の言葉に、白石は涙で濡れた頬はそのままに、目を丸くして藍沢を見つめた。“幸せそうなお前に頼みがある“と前置きしたあと、続いた言葉に白石は丸くしていた目をさらに大きく見開き、やがて顔をクシャリと歪めると、堪えきれなかった涙がポロポロと頬へ落ちていく。  「俺を幸せにしてくれ」  優しい笑みを浮かべながら、四角形のケースを取り出すと、藍沢はそれを差し出した。中になにが入っているのかなんて、鈍いと言われる白石でさえわかってしまい、なにも言葉にすることが出来ないまま、自分の口元を両手で覆う。     「家族みたいなものじゃなく、本物の家族になってくれないか」    恐る恐る受け取ったケースをゆっくりと開ける。中に鎮座していたのは、予想違わぬ代物で、さらに白石の瞳から涙が溢れた。  「私で…いいの?」  白石の最後の悪足掻きは、藍沢の次の言葉に敗北することとなる。子供のように泣きじゃくる白石を藍沢はそっと抱き締めた。  「お前じゃなきゃダメなんだ」  END [newpage]  おまけ・めぐり愛での一コマ(会話のみ)         「長かったわね、ヘタレ」      「ヘタレなりに頑張ったんだから、大目に見てあげたら?」  「そうそう!!いくらヘタレでもやれば出来るんだからな!」  「あとで覚えてろよ藤川」  「なんで俺だけ!?」  「兎にも角にも改めて、白石の退院と、二人の結婚を祝してカンパーイ!!」  「主役、寝てますけどね」  「ウフフ……あいざわせんせぇ……だいすきぃ」  「おおっ!顔真っ赤だぞ藍沢!!」  「うるさい藤川」  「余計なこと言わない」  「だからなんで俺だけ!?」  今度こそ、おわり
藍白タグでは久々過ぎて、覚えてる方いらっしゃるんでしょうか。藍沢先生の恋愛事情など投稿しておりました、いちこです。<br /><br />劇場版公開記念。私もだいぶ遅れましたがCB感謝祭に参加したいと思います。素敵な企画をありがとうございます。|∀・).。oO(ファンです)<br />劇場版のネタバレが含まれております。ご注意下さい。
お前じゃなきゃダメなんだ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10060753#1
true
降谷さんと穏便な政略結婚するお話です。 以下の点にご注意ください!↓ 捏造・ご都合主義万歳。 キャラクターの性格改悪、改変、その他キャラ崩れ、崩壊があるかもしれません。 政略結婚に対する願望がもりもり入ってます。 結婚する相手は降谷さんだけど別の相手と恋愛してます。 政略結婚ありきで幸せになれるパターンの一つとしてお楽しみください。 読んでみて「これは駄目だ」と思ったらブラウザバックをお願い致します。 [newpage] 「ただいま」 「お帰りなさい」 「ああ。息災だったか」 「もちろん」 「よかった」 しかめっ面で帰宅した愛しい人が、ほっと息を吐いて表情を緩める。 それでも堅い雰囲気の消えない彼の顔つきが愛しくて仕方ないのだと、いつだって思っている。 手渡されるジャケットをハンガーに掛けたら、ぐったりとソファに埋もれる夫にぴとりとひっついた。 「シャワー浴びてないから、臭うんじゃないか?」 「加齢臭にはまだ早いでしょ」 「汗臭いだろう」 「全然」 「そうか?」 「うん」 こくりと頷いてから逞しい腕に絡みつく。数日ぶりに帰宅してくれた彼の温もりを感じるためにぎゅっと抱き締めた。 食事の用意もお風呂の用意も終わってるし、洗濯物にお掃除だって済ませている。 明日が休みだとは聞いていないから早朝には出て行くだろう夫を堪能するべく、温かい手の平を頬に引き寄せた。 カサついた指が頬をゆるりとなでてくれる。 「寂しい思いをさせているな」 「いいよ。生きて帰ってきてくれればいいから」 「その言葉に甘えていたら駄目だろう?」 「そういう気持ちでいてくれれば充分。忘れないでね」 「ああ……そうだな。ずっと覚えておこう」 「うん。でも、それ以上に甘やかしてくれるのが一番嬉しいな」 「……サービスしますよ、お嬢様」 ちゅ、と幼い口付けをくれた夫がほんわり笑う。 眉間に刻まれたシワをそのままに笑顔になるのだから、そういうところも好きだと私も笑った。 そのまま流れるように目元や頬に口付けてくれる甘やかしに胸の奥がじんわりと温まる。 愛しい愛しい唯一の人。 学生時代に出会ってからずっと私を大事にしてくれる、誰より優しい人。 特殊な家系に生まれたせいで普通の幸せを手に入れることが出来なかったけれど、それでも限りなく普通に近い幸せを享受できる環境は手に入れた。 私の指にだけ付けられたプラチナの指輪は、この幸せを象徴する大事なアイテム。夫と二人でデザインを決めて特注した、世界に唯一の結婚指輪だ。 夫の分もあるが、それは毎日玄関で付け外しされるネックレスに通されている。 現在も夫の首元に光るプラチナは、この先数十年は彼の指を通ることはないだろう。それでいいと受け入れられるくらいには幸せだ。 私の指にあるプラチナへ口付けて笑う夫。 その視線が少しだけ鋭くなると同時に、眼鏡をかけた瞳の奥に怪しい光が宿る。 ねっとりと指先を舐め上げられれば、それが夜の営みの合図だと私の身体は知っていた。 ぞわりと背筋に過ぎる震えを我慢して夫に必要な確認を行おうと口を開く。 「んん、ご飯は?」 「食べる」 「じゃあ、準備するから離して」 「もう少しだけ」 「それだと我慢出来なくなるから、駄目」 「……わかった」 渋々と指を解放して立たせてくれる夫と共にキッチンで食事の用意をする。 温めるだけでいいからすぐに食卓が出来上がって二人でちょこちょこ話しながら食事をした。 その後はお風呂へ向かう夫の背中を見送って就寝の準備となる。この後なにをするか分かっているから眠る寸前までにやるべきことを済ませた。 ほっと一息ついたところでホカホカの夫がやってきて、私を抱っこして寝室に連れて行ってくれる。 「お待たせ」 「ちゃんと温もった?」 「ああ。眠くなるくらいには温まったよ」 「なら、いいよ」 両手を広げて夫の頬を包み込む。 そのまま近付く顔に、口元だけで笑って目を閉じた。 そこからは夫婦としての営みとなるのだが、途中で何度も指先を舐めて咬まれて躾けられる。 このせいで「指先へのアクション」が合図になってしまっているのだけれど、夫のことだから業となのだろうと受け入れるしかない。 幸せそうに手をつないでくれるから、嫌だと言えなくなってしまう私がいけないのだろうか。 [newpage] 降谷零という名の男性とのお見合いが決まったのは社会人となって数年が経過した頃のことだった。 お金さえ払えば育児を行っていると建前を口にする書類上の父親から連絡がきたのは、お見合いの前日のこと。 仕事の休暇申請まで勝手にされてのお見合いは、実現した時点で結婚が決定するという残念なものである。 私に長年の恋人がいることを知っていながらのこれだ。頭を抱えたって仕方ないと思う。 慌てて恋人に連絡を取ってお見合い相手を調べてもらったが、まさかの関係に開いた口が塞がらなかった。 恋人からもたらされた情報を元に、自身の望む未来のためにやるべきことを真剣に考える。 「ここだけの話しだ」と教えてもらった情報は、このお見合いから続く結婚生活など皆無であると教えてくれた。 ならばその前提条件を有効利用してやろうと口端を吊り上げて笑ったのだった。 一晩掛けて考えた条件。 数を増やしてしまったら聞き入れてもらえない可能性もあったから、最小数に収めるのにかなり頭を使った。 あらゆる可能性とどうあっても譲れないものを全て有利にするために考えたのは三つの条件だ。 恋人曰く、降谷零は相当頭の切れる男らしい。 こちらの願いが降谷零との結婚生活でないことを知らせれば、出来る限り気遣ってくれるだけの優しさもあるとかなんとか。 それ以上に仕事に関しては冷徹らしいが私との結婚は仕事そのものには関わりないものだ。出世には関わるけれど。 つまりは「お互いに他人として幸せになりましょう」という気持ちが条件を提示した段階で伝わればOKだと。 流石は私の恋人だと満足した気持ちで恋人へ連絡を入れる。 考え抜いた条件を伝えて、これで大丈夫かの確認をした。 「どうかな?」 「ん………いいと思うぞ。これなら入籍しただけの赤の他人でいたいと伝わってくる」 「よかった!!じゃあこの条件で話してみるね」 「そうしてくれ。多分後から恋人の名前を聞かれるだろうから、その後はこっちでやっておこう」 「お任せします」 「ああ」 短い連絡で会話を終了させて履歴を削除。 まだまだ陽が昇らない時間だが、二時間後にはメイクやら着付けやらの移動が始まる。 それまでに食事しておかなければならないため、急いで朝食を摂るべくキッチンへ走ったのだった。 ここから実に六時間も後に顔を合わせたイケメンな降谷零を見て、「ああこの顔で怒られたら恐いだろうな」とのんきに考えることとなる。 まさかの年齢と見た目のギャップに驚くものの、日本人ならそういうこともあると納得しつつ心の中では爆笑させていただいた。バレていないことを祈る。 互いの付添い人が腹の探りあいをしつつ談笑するのを無心で聞き流し、ようやく二人になったところで条件を提示させてもらう。 笑顔で納得してもらえてよかったが、別れた後に恋人の名前を聞いた降谷零の驚愕に腹筋を鍛えられたとだけ伝えたい。 「えっ、風見?今風見って言いました?本当に?あれ、僕の聞き間違いですか?風見?………おい、なんでお前がここにいる!!」 この言葉を最後に連絡は途切れた。 後日、恋人が「いや、中々見れない顔をされていたよ」と笑っていたので、いいサプライズになったと二人で笑ったのである。 [newpage] 高級料亭と言えるだけの景観を備えた食事処で開かれたお見合いの一席。 まだまだ若い男女が向き合う中でサイドに控えていた壮年の男達が部屋から退室したその場に、女性の落ち着いた声が響く。 「このお見合いが行われた時点で、私達の結婚は決定事項だと聞きましたが。本当ですか?」 感情を込めないようにした声で質問した女性へ、男性もまた落ち着いた声で返事をする。 「ああ、決定事項らしい。この場で書類にサインするんだろう」 「わかりました。籍を入れることについては受け入れましょう。ただし条件があります」 「ふむ、一応聞こう」 「では三つほど」 揃って頷いた後に女性が口にしたのは、男性にとってこれ以上ない素晴らしい条件だった。 「一つ、籍を入れるだけであってお互いを他人とすること。これはあらゆる場面においてもそうあるべきとします」 つまりは互いの血縁者に対してすら他言せず、顔合わせすることになる場面すら生み出さないということだった。 女性の父親は警察関係のみならず広く力を持つ男だが、これまで全く顔を出さなかった娘が引き篭もっていることになる程度は問題ないだろう。 都合の良すぎる提案に男性が少しの疑念を持つが、まずは話しを聞こうかと口は閉じておく。 「一つ、私には恋人がいるので彼と同棲するための住居をください。セキュリティのしっかりした家を購入して欲しいです」 それは男性の方も同じだった。長年連れ添った大事な女性がいる。 仕事の関係で結婚できていなかっただけであって、既に夫婦としての生活が成り立っていたのだ。 入籍していない、たったそれだけの事実を突き止められてしまったことからこのお見合いが成り立ってしまったのである。 男性としても家を一つ用意するだけで愛しい人を苦しめずにいられるならば喜んで手配しようと考えた。 「一つ、お互いに事実婚の形で別々の家庭を築きましょう。私は彼の苗字を名乗りますので、それに合わせた証明書類の用意をお願いします」 事実婚。日本ではあまりメジャーでない言葉だが、政略結婚が当然に残っている世界の人間にはよくあることだった。 世間では愛人だの不倫だのと言われる関係と思われがちだが、結婚生活の事実がない人間関係の上にはありえる話しだ。 男性はすでに夫婦関係を持っているので、女性の方が同じ形を取るというのならば互いに罪悪感なくいられる、いいバランスとなりそうである。 たった三つの条件でいいと笑う女性に、男性もまた情報秘匿を含めた少ない条件を口にして。 そうしてその場で手作りされた誓約書によって、たった二人の間で交わされた契約が成り立ったのだった。 ちなみに、この数時間後に女性からもたらされた「恋人」の名前を知った男性が思考回路を凍結させたのだが、それに気づいたのは優秀な彼の部下一人だけである。 [newpage] ずっと結婚させてもらえなかった風見さんとお嬢様。 何度も婚姻届を出したけど、権力に物をいわせて取り消しくらってました。 新しく構えた住居は降谷さんと風見さんプロデュースの万全セキュリティ。 当たり前に「風見家」として存在するそこへ風見さんは帰ってきてくれます。 風見さんから詳しい事情を聞かされているので、降谷さんは可能な範囲でお嬢様を守ってくれますよ。 ちなみに。 知っていて黙ってただけでなく、困惑する様を見て笑った風見さんはその場できっちり締められました。 しかしお嬢様との婚姻届チャレンジで精神的に強い風見さんは笑顔で「初めて見る表情でした」と感想言って腹パン食らってます。 この話の風見さんはお嬢様とお付き合いしたことで若干の愉快犯要素がありますので、上司である降谷さんを笑える隙をずっと伺う狼さんですね。 きっとその隣には生き残ったスコッチさんがいることでしょう。
降谷さんとの政略結婚の話が沢山出てきてたのを見て思いついたものをそのままちょろっと吐き出します。<br />政略結婚するならこうあって欲しいという作者の願望ですね。政略結婚の相手は降谷さんですが、別の人とラブラブします。<br /><br />キャラクターに対する言葉や表現は作者が個人的に思ったままを記載しているに過ぎないため、不快に思うこともあるかもしれません。<br />その場合は不快感が増す前にブラウザバックをお願いいたします。
降谷さんとの政略結婚でwin-win
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10061111#1
true
⚠️注意(キャプションも読んでね!必読だよ!) この作品は二次創作です! 自己解釈、原作改変の要素が含まれております。 作者は文才皆無です。変な文章あってもスルーして欲しいです!! 作者はコナン知識あまりありません。口調?迷子ですが何か!! 好き勝手に都合のいいよう設定しているので、矛盾してる部分もありますあしからず〜。 毛利小五郎おバカだけどかっこよくね??立ち位置めちゃ重要じゃん??転生ネタ少ない!! というわけで書きたいとこだけ書きました〜。 男同士のスキンシップがちょっと高め。腐向けじゃないよ!! 転生・逆行・オリキャラあり 地雷だなと思った方は回れ右!!してくださいな〜 それでも見る方は自己責任でお願いします! ここまではok??ではゆっくり楽しんでくださいな〜 [newpage] 何が起こったのかよく分からない。 ただ分かることは蘭がコナンが危ない!と説明なしに事務所から飛び出やがった。慌てて追い掛けたら、見張っていたのか。蘭を止めようとした刑事達を蘭は空手で突き飛ばしていた。倒れた刑事に申し訳ないと心中で謝罪しつつ、追い掛けた。 着いた先は、ここは日本か?と一瞬現実逃避してしまいそうな地獄だった。 警察官や機動隊、更にSATの姿もあった。銃撃戦してるのか、あちこちから銃声が響いていた。 おいおい、一体何があったんだ!?テロか!? 明らかに危険だと分かるのに、蘭が中へ突入しやがった。血の気が引いた音がした。 蘭を追い掛け、追い付いたと思ったらコナンがいた。なんでここに・・・!?とふと視界にきらりと何かが光った。直感的に銃だと分かった。 ・・・ここから覚えてねぇや。 ただ分かるのは、背中がめちゃ熱ぃ。同時に痛みが。 ふらりと膝から崩れ落ちた。 ー・・・あぁ、俺撃たれたのか。 さっきからおっちゃんとかお父さんとか聞こえる。 なんだと返したいがヒュッと口から漏れただけだった。 少しずつ背中から痛みが増したと同時に、意識が遠のいていく。 ・・・これだけは、これだけ言いたい。 「・・・無事で、よかった」 ー黒の組織壊滅完了。 死亡者数名。負傷者数十人。 民間人1名死亡。 [newpage] 降谷は混乱していた。 江戸川コナンの頭脳明晰は組織を壊滅する為に必要だった。だがまだ子供だ。小学生でも高校生でも子供に変わりはない。我々が守らなければならない日本国民だ。 安全の為に捜査本部にいることという条件を提示した。 その本部からの連絡で思わず舌打ちした。 ー緊急連絡!江戸川コナンが包囲網を潜んで脱走!現場へ突入する可能性あり! 何故だ。 確かに君は被害者だ。薬を飲まされ幼児化された、組織の被害者だ。 頭脳を使って犯罪者を捕えた経験もある。 だが組織となるとレベルが違う。子供だからといって容赦しない。それは君も身をもって知ってるはずだ。 それなのに何故こっちへ来る? 何故僕達を頼らないんだ? 組織が壊滅した。 やっと終わった。FBIやCIA、各国機関の協力を得ながら命懸けの戦いがやっと閉じたのだ。犠牲はあった。だがそれは皆覚悟の上だ。仲間の命が消えていく中で歯を食いしばって必死に戦った。 殉職した者は誇りを持ち、自らの命を盾にし戦いに挑んだ。その結果、国家国民の安全を守ることが出来た。悔いはないだろう。降谷はそう確信した。 なのに何故だ。 何故毛利先生がここにいる。 何故毛利先生の背中から血が出ているんだ? 何故動かない? 何故守るべき国民がここにいるんだ? 身体が動かない。 毛利蘭が泣いている。江戸川コナンが必死に止血している。周囲の人が叫んでいる。 我々は国民を守る為が、逆にその国民の命が犠牲になってしまった。 ーなぁ、ヒロ。 俺は・・・また、大切な人を守れなかった。 [newpage] ー何で!何でここに蘭がいる! どこから情報が漏れたんだ!? おれは現場に出たかった。ジンとウォッカ、ラムとボスを捕まえたかった。 おれはまだ子供だ。組織は子供だからといって容赦しない。武器がない君を現場に出ることは出来ないし、許可出せない。でも君の頭脳は必要だ。安全の為に捜査本部にいて欲しい。約束する。薬のデータは必ず持ち帰る。 そう言った降谷さんからの条件の上で捜査本部にいることを認めてくれた。だがおれは不満だった。子供扱いがコナンのプライドを傷つけた。 ーおれだって現場でやれる!あいつらを捕まえてやってみせる!! ・・・焦っていたんだ。 組織の壊滅が目の前まで来た。やっとおれの身体が戻る。戻って蘭のところへ帰れる。 捜査本部で監視されているのが分かった。降谷さんが目を離さないように命令があったのか、常に見られていた。それでもおれは目を盗んで脱出出来た。 やっと!やっと現場へ行ける!そしてジンを捕まえるんだ!! 現場に着いた時は悲惨だった。 あちこちから銃声、ナイフ、素手で戦う人々がいた。 その中でコナンは小さい身体を使って建物内へ入り込もうとした。 ここまでは順調だった。 だが予想外があった。 「ーコナン君っっ!!」 ここにいる筈がない人の声が聞こえた。 思考が止まってしまい、その方向を見ると確かにいた。 「・・・ら、蘭姉ちゃん!?」 なぜ、なぜここにいる!? 事務所にいるはずの蘭が何でここに!? 事務所には警戒態勢があった!公安の刑事がいる! なのに、何で!? コナンは焦っていた。それが周囲の警戒を鈍ってしまい、蘭の声で敵に気づかれた事を気づけなかった。 コナンの手を引こうとする蘭の背後に大きな影が覆ったと同時に ・・・パァンッ どこからか、銃声がした。 蘭の背後にいたのはおっちゃんだった。 「おっちゃん!?」 蘭だけではなく、おっちゃんの姿もあることにコナンは更に混乱した。 何でここにいる!と叫んだ。が同時に気づいた。 おっちゃんの様子がおかしい。そしてさっきの銃声。 「・・・おっちゃん?」 コナンはそれらの一因から結果を浮かんだ。だがコナンは否定したかった。 そんなコナンの目の前でおっちゃんが崩れ落ちた。 信じられなかった。 おっちゃんはヘボ探偵ですぐ調子に乗るダメ親父だった。事務所で酒を飲んだりタバコを吸ったりしながら競馬中継を見たり競馬新聞を読んだり・・・。 でもそんなおっちゃんを、コナンは嫌いじゃなかった。 おっちゃんは確かにポンコツだが、時に鋭い推理を出す時がある。特に英理のおばちゃんに対して鋭い。 更に友人の親戚の子供を預かってくれた、おっちゃんの責任感がおれを救ってくれた。 現場から追い出される理由もコナンは分かっていた。おっちゃんは家族だけではなく、居候のおれまでも心配してくれた。 おっちゃんは強い。柔道と射撃の腕が実は警視庁一、二を争う腕前だという。 昔からおっちゃんが倒れた姿は見た事なかった。そう、目の前で倒れるまでは。 そこからはあまり記憶がなかった。 おっちゃんの背中から流れる血を必死に止血をしていた。蘭は泣きながらおっちゃんを揺すっていた。 遠くから手当班!救急車!と声が聞こえた。 おっちゃんは病院に運ばれた。 だが悪夢はこれで終わりじゃなかった。 おっちゃんの容態を診た医師から、おれと蘭、英理のおばちゃんに緊急手術の説明をしていたら慌てて駆けつけたもう1人の医師から衝撃の事実が聞こえた。 「麻酔が効かないだと!?」 コナンは顔の血の気が引いた。 “麻酔が効かない” コナンの頭の中で1つの推理が浮かんだ。 だがコナンは否定したい思いのまま、そこから離れて灰原へ電話をかけた。 そして麻酔について教えてくれ!とコナンの気迫により、灰原は淡々と教えてくれた。 ー麻酔の悪影響、麻酔の後遺症、麻酔への免疫をつく事 コナンは思い当たりがあった。 おっちゃんは最近疲れやすくなったのか、すぐ息切れするようになった。時々しびれがあるかのような動作をしていた。手をブラブラしたり首を摩っていた。 だがおっちゃんは気の所為だと言っていたし、本人も気にしていなかった。歳だと思っていた。酒飲んで椅子で寝れば痺れるのは当たり前だと思っていた。 でも気の所為じゃなかった。 コナンは認めたくなかった。 コナンの麻酔銃のせいで、おっちゃんは手術出来なくなった。 遠くから蘭の悲鳴が聞こえた。 コナンは灰原の声がする携帯を投げ、走った。 走って、走って1つの病室に入った。 そこには蘭と英理のおばちゃんがベッドにしがみつきながら泣いていた。傍には医師と看護師がいた。医師は腕時計を見ていた。 「ー・・・13時26分 死亡を確認しました。」 コナンはなんも考えられないまま、ただベッドの上・・・ もう二度と、目を開くことがない毛利小五郎を眺めていた。 [newpage] 「・・・コナン君」 その日は毛利小五郎の葬儀だった。 家族席では泣きじゃくっている蘭と青ざめながら涙目になっても、前を向く英理のおばちゃんの姿があった。 他には目暮警部や佐藤刑事、高木刑事と千葉刑事、白鳥警部、更に長野県の大和刑事や群馬県の山村刑事、大阪の大滝警部、他にも警視や警視総監もいた。 警察だけではない。 阿笠博士と灰原、園子と世良、服部と和葉姉ちゃん、歩美と元太と光彦もいた。ポアロのマスターと梓姉ちゃんも。 だが参列者はもっといた。 眠りの小五郎の事件関係者がいた。おっちゃんの冤罪を生みそうな物言いをされたり、公開推理ショーを開いたせいで事件関係者から非難されたことがあった。それでも毛利小五郎を誰一人訴えていなかった。その理由はおっちゃんが誠意を見せて謝罪し、個人としてできる限りのフォローをしていたからだ。例え玄関で追い出されても、お茶や塩投げられても、諦めずに謝罪をしたおっちゃんの姿を見て謝罪を受け入れることが出来たと。 コナンは知らなかった。 コナンはおっちゃんを隠れ蓑しか見ていなかったんだと気づいた。そして被害者や加害者までもフォローをしていたおっちゃんの姿を、コナンは知らなかった。 そんなコナンに声をかけたのは降谷さんだった。 そこには降谷さんだけではなく、FBIの赤井さんもいた。二人とも黒スーツを着ていた。 「降谷さん、赤井さん・・・」 「・・・ボウヤ。話があるんだ」 コナンはなんも考えられないまま、こくんと頷き2人の後を続いた。 人気がないところに着いた降谷さんはコナンの目線に合うように屈んだ。 「コナン君。ここは風見が見張っているから大丈夫だ。安心していいよ」 「キャメルやジョディも見張っている。」 普段通りの口調、でもどこかで気を使っているような口調にコナンはぐっと唇を噛み締めた。 「・・・ぼくを責めるんでしょ?」 降谷と赤井はピクリとも動かず、ただコナンを見ていた。 「・・・おれが・・・っ!現場に行っちゃったから!降谷さんがおれの為に本部にいてくれるようにしてくれたのに現場へ行った!おれもあいつらを捕まえたい!おれだって出来る!!そう思って現場へ行った!でも蘭とおっちゃんがおれを助けようと来てしまった!!おれのせいだ!おれのせいでおっちゃんが「「コナン君/ボウヤ」」・・・っ!!」 叫ぶコナンの肩をガシッと押さえたのは降谷だった。 その横で屈んだ赤井はコナンの目を真っ直ぐ見た。 「ボウヤ。これはボウヤのせいではない。これはFBIの責任・・・いや、俺達大人の責任だ。」 「そうだよ。毛利先生・・・日本国民を守れなかった我々公安・・・警察の責任だ。コナン君のせいではない」 「っ・・・でも!!」 「コナン君に話があるのは責任とかそういう話じゃない。コナン君に伝えたい事があるんだ」 そう言って降谷は黒スーツの懐から1つの封筒を取り出した。 「これ、毛利先生からの手紙だ」 「!!」 コナンは目を見開き、封筒・・・おっちゃんからの手紙を降谷からゆっくりとコナンへ渡すのを眺めた。 「・・・コナン君・・・いや、新一君宛だよ」 「え・・・」 コナンは降谷の言葉にぴしりと固まったが、降谷はコナンの手を掴んで手紙を乗せた。 すると手紙の宛先に“江戸川コナン又は工藤新一へ”と書かれていた。 「・・・おっちゃんの字だ」 「ボウヤ、実は俺達FBIや警察、更に娘や妻への手紙があった。宛先は風見刑事だった。・・・組織壊滅の翌日に届いたそうだ」 「・・・おっちゃんは、知ってたの?」 「いや、毛利先生は知らなかった。だが察してはいたようだ。全く毛利先生は敵わないな」 降谷はふっと笑った。その笑みは尊敬と悲しみが浮かんでいた。 「俺宛もあったよ。赤井・・・というか沖矢昴だな。沖矢昴宛もあった。」 「あぁ、正体は気づいてないが協力者だという事は気づいていたのだろう。」 「・・・おっちゃん」 毛利小五郎は気づいていた。コナンと安室の正体、そして沖矢昴の存在。裏に何かあるのだと気づいても黙って見守っていた。 コナンはそれを気づいてぐっと唇を噛み締めた。 「・・・おっちゃんはおれのこと恨んでるのかな」 「そんな事ない。そんな事ありえない。それは君が一番分かってるんだろう?」 降谷はきっぱりと言い切った。コナンはおっちゃんの事を思い出していた。 「・・・確かにおっちゃんはそんな人じゃない。おっちゃんは・・・ダメ親父でポンコツで、でも正義感が強い・・・優しいおっちゃんだ」 ぐっと手紙にシワを寄せるほど握りしめたコナンの手にそっと手を当てたのは赤井だった。ポンポンと力を抜くようにと優しく叩くと、察したコナンはゆっくりと力を抜いた。 「さて、組織の残党がここに来るかもしれん。俺は見張りに戻る」 「そうだな。僕も戻ります。」 二人はゆっくりと立ち上げ、そして振り向かずにそれぞれ違う方向へ去っていった。コナンは2人の後ろ姿を眺め、やがて姿が見えなくなった。 「・・・・・・」 コナンは手紙を眺め、やがてゆっくりと読み始めた。 [newpage] 江戸川コナン又は工藤新一へ これを読んでいるという事は俺はもうこの世にいないって事だな。まぁ死ぬとは思わなかったけどな。だが何となく手紙とか俺の思いを残した方が良いような気がしてな。 宛先を俺を誤認逮捕しやがったあの風見裕也という奴にしたのは、お前ら全員に手紙を渡してくれると考えたからだ。風見裕也はあとから謝罪されたんだぞ。理由は言えない、と。だがあいつは警察に誇りを持ち、俺達国民に誠心誠意で対応出来る男だと俺は思ったな。だから預けた。それが理由だ。 なぁコナン。何故小さくなったのか分からねぇし聞きたいと思わねぇ。だがお前の幼馴染は俺の娘だ。その娘と昔から一緒に過ごしたんだろ。それを見てきた俺を甘く見るんじゃねぇ。お前の正体はとっくにバレバレだ。何があったのか知らねぇが、お前の様子を見る限り事態はヤベぇんだろうな。だから俺はお前を守ろうとしたんだぞ。言っとくがお金の為じゃねーぞ! お前は事件に突っ込みすぎだ。事件に巻き込まれる度に怪我をするな。探偵だろうが関係ねぇ。お前はまだ子供だ。小学生だろうが高校生だろうが、まだガキなんだよ。そしてガキは大人を頼れっつーの。 だがお前からしたら焦れったい思いだったんだろ。俺はお前ほど頭よくねぇからな。だから自ら事件に飛び込んだ。まぁお前のおかげで事件を解決出来た。その件は感謝しているが、だからといって怪我をしていい理由にならねぇ。 なぁ、新一。お前は俺の息子だ。血を繋がっていないとか関係ねぇ。お前が否定しようが関係ねぇ。 勿論蘭も俺の大切な娘だ。俺はいつでもお前らを守る為にお前らのそばにいた。事件は危険が伴う可能性が高い。それにお前はまだガキだ。そのガキを守るのが俺達大人で保護者だ。覚えとけよ。 まぁなんだ。要するに俺が死んだんならお前のせいでも誰のせいでもねぇ。俺は保護者として父親として義務を全うしただけだ。知ってるか?親はガキを守るために何でもするんだぞ。ガキのために叱るのも大人だ。 だから俺はお前を叱る。 大人を頼れ。 俺は大人全員に頼れと言ってるんじゃない。 お前なら信頼出来る大人がいる。お前の父親だってそうだろ。有希子ちゃんだってお前の母親だ。両親を頼れ。 あとは協力者もいたんだろ。まぁ協力はしてるようだが。 あとは安室君だな。あいつは俺の弟子と言うが、実際は俺以上の推理力を持つ。うさんくせぇけどな。だが敵ではない。俺の直感だ。 お前は1人で背負いすぎだ。お前はまだガキだ。精神も身体もまだまだ未熟だ。 まずは周りをしっかり見ろ。ちゃんとお前を見ている人がいる。見守っている人がいる。そこを忘れるなよ。 そしてしっかり我儘言いやがれ。ガキは我儘言うもんだ。安心しろ。お前の我儘は周りが拾ってくれる。 実際俺も拾っただろ。安心して頼れ。 長くなったな。あとはこれだけだな。 何があったか分からねぇが、頑張ったな。あとは怪我するなよ。 最後に言う。俺の死はお前のせいでもねぇ。誰のせいでもねぇ。 だから後ろ向くな。前を見ろ。寄り道していい。立ち止まるな。 蘭を頼んだぞ。じゃあな。 毛利 小五郎 [newpage] 手紙にまだらが1つ2つ増える。 コナンは涙を拭わなかった。唇を噛み締め、溢れる涙を止められなかった。 そして抑えきれない感情のまま、 コナンは絶叫した。 コナンの絶叫を聞こえた赤井は煙草を咥えたが、火はつけなかった。 毛利小五郎とはあまり接点はない。だがこれだけは分かる。ボウヤの為に守った父親だったと。 「・・・毛利小五郎は凄い人なんだな」 隣にいた降谷は赤井の呟きを拾い、頷いた。 「えぇ、何せ俺の先生ですからね。あの人は勘鋭かったんですよ。それが俺の正体バレそうになったり・・・でもあの人は突っ込まなかった。逆に何時でも話聞くと。身体壊すなよと心配してくれました。」 そう、降谷零にとって毛利小五郎はかけがえのない存在になっていた。我々公安は常に危険と向き合っている。寝れない日もあった。体調が崩れても、気にせず仕事をした。だが毛利小五郎から叱られた。 【身体を大事にしろ。お前は何やっているか俺は知らねぇ。だが倒れたら意味がねぇ。休養しっかりとれよ。】 そう言って、頭をぐしゃぐしゃに撫で回された。俺は抵抗しなかった。その手が暖かったのだ。 ーまるで父親のように 「毛利小五郎の弟子は俺だけの権限だ。誰にも渡さない。・・・これからも、だ。」 降谷は赤井と向き合った。 「組織の残党がいる。・・・分かっているな?」 「・・・あぁ、分かっているさ。」 降谷と赤井は毛利小五郎からの手紙を思い出していた。その中で、家族を、コナンを頼む。と 「今度は我々が守る番だ。」 赤井の言葉に降谷は頷き、そして前方にいた風見の元へ向かった。 「・・・毛利先生の宝物は俺が必ず、守ります。だから」 ーありがとうございました。お休みなさい。 [newpage] 「ふふふ。面白い!これが人間!何とも弱っちい!絶望!まさに悲劇!嘲笑が止まりませんねぇ!」 「今回もいい事を見させてもらいました。上の御方もご満足だろう。私も満足です!あぁ面白かった!」 「ご褒美出しても問題ないでしょう。その方がもっと楽しくなりそうだ!そうだ、そうしましょう!」 「そうだ、あの方の寵愛を受けた人間も送りますか。あぁ!あぁ!これからも楽しみだ!!」 「さぁようこそ!○○○の世界へ!」 …To be continued
<br />コナン夢です。この作品は二次創作です!<br />自己解釈、原作改変の要素が含まれております。<br />警察学校組は救済します!<br /><br />またオリキャラもいます。<br />今回はシリアスです。死ネタが含まれます。ご注意ください!<br /><br />今後の展開によりクロスオーバーがあります。分かった人いたらすごいです。<br /><br />時系列の矛盾点には目をそっと閉じてください。<br />あくまでも二次創作ですのでご容赦のほどをお願いいたします。<br /><br />表紙お借りしました <strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/68480670">illust/68480670</a></strong><br /><br />2018年08月25日~2018年08月31日付の[小説] ルーキーランキング 13 位に入りました!ありがとうございます!
序章ー毛利小五郎の閉幕ー
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10061154#1
true
 アレキサンダー・ロイズは、額に手を当て、これでもかと言うほどに沈痛な面持ちで、所在なげに立っている、自身の会社のヒーロー二人を眺めていた。  「またなの?」 またと言われるほど頻度が高いわけではないと、虎徹は思うが、こんなことになること自体がかなり稀であるため、ここに入社してから数えて、片手で事足りなくなっているのを見れば、またと言われても仕方あるまい。  「で。今度は何?」 もうなにを言われても驚かないぞと言わんばかりのロイズの態度に、二人は視線を彷徨わせる。別に驚くほどのものではない。実際、ありきたりと言えばありきたり。既に一度似たようなものには遭遇しているわけで、今更ではあるのだが。  「えっと。その」 しどろもどろで口ごもる虎徹に対して、バーナビーはもう腹をくくったという顔をして虎徹に冷たく言い放った。  「もう諦めたらどうですか?」 けれども、虎徹はまた諦めが付かないらしく、もじもじとしつつ、しきりに視線をうろうろとさせている。  「でも、よ」 何度こういう類に出会えばいいのかと突っ込まれそうで嫌らしいというのを見て取って、バーナビーは、虎徹ににっこりと愛らしいと思われる笑みを浮かべた。  「虎徹さん」 そう言ってぎゅっとその体を抱きしめれば。  「バニーちゃん」 自分を慮ってくれているのかと、虎徹が嬉しそうな声を出す。 しかし、バーナビーがそんなしおらしい性格をしているはずもなく。  「往生際が悪いんですよ」 そう言って、強引にズボンを引き下ろした。 突然そんな光景を見せられたロイズも、無体を働かれている虎徹も、声にならない声を上げたが、何でバーナビーがそんな行動に出たのかは、一目瞭然だった。 そして、虎徹は、再度、この言葉を貰ったわけである。  「またなの」 虎徹の尻からは、ふかふかのしっぽが垂れている。しかも結構な長さがあって、膝よりも下、脛辺りまであるのだ。 色は白地の虎柄。可愛くないわけではないが、一体こういう状態になるのは、片手で数えられない事態の何割を占めていたっけと、ロイズは考える。  「まあ、今回はしっぽだけなので、隠せないことはないと思うんですが」 耳があると、隠すにも限界があるが、しっぽであれば服の下に隠すのはそれほど難しくはない。  「無理。これ、俺の思い通りになんねーの」 苛々としたようにバーナビーのことをぺしぺしと叩いているしっぽは、虎徹が意識して動かすことは出来ない。ただ、その行動自体は、虎徹の意識を反映しているらしい。そのために、突然こんなことをしたバーナビーに対して、抗議するように叩いているというわけだ。  「ええ。思ったことをそのまま素直に行動するだけで、さして害はないらしいんですが」 果たしてそれは本当に害がないかと言えるのかどうかはよく分からないといった風な顔をするバーナビーの横で、虎徹はむくれた顔をして立っている。 今はしっぽは苛々と左右に揺れているだけだ。バーナビーに対してなにやら思っていることはあるようで、その向かっている方向は確実にバーナビーであるのが見えて、ロイズは、溜息を吐いた。  「で、それ、いつまでなの?」 大体、状態を変化させるNEXTは期限が切られていることが多い。今回も類に漏れず期限はあったのだが。  「一週間我満をするか、言えずに溜め込んでいることを素直に言うか、らしいです」 二重の解除条件があった。 そして、それを言えばロイズがなんというかも分かっている。  「だったらちゃっちゃと溜め込んでることを言えばいいでしょう」 言えれば簡単だが言えないからこそ溜め込んでいるわけで。  「そんな簡単には無理ですぅ」 ぺしんとしっぽがロイズのデスクを叩く。そしてそのまま小刻みにぺしぺしと、器用にしっぽの先だけを苛々と上下させデスクを叩き続けているのを見て、かなり虎徹が苛々しているというのが分かった。  「ああ。もうどうせそれじゃ仕事になんないんだから、虎徹君、帰って良いよ。バーナビー君はこの後の取材単独でお願いするね」 早々に、虎徹のことを諦めたロイズは、この後のことを簡単に裁量して、二人を動かそうとしたのだが。  「はい」  「へーい」 虎徹が出て行こうとしたところで事態は変わった。  「あれ?」 進もうとすると後ろに引っ張られるのだ。なにが起こっているのかと虎徹が振り向こうとすると、酷く困惑したバーナビーの声が聞こえてきた。  「虎徹さん」 とても嫌な予感がすると思いながらも思い切って振り向けば、しっぽは、がっちりとバーナビーの手首に巻き付いて離れようとしない。 一人で帰るのが嫌だと思ったその感情が、如実に行動に出ている。  「あの」 困ったのはバーナビーである。虎徹のしっぽには捕まれているし、取材には行けと言われているし、けれども、この状況では動けない。 とはいえ、しっぽは虎徹の意志でどうにか出来るものではないのだから、虎徹にもどうにも出来なくて、結果的にすがるような二対の瞳に見つめられるのはロイズである。  「とりあえず今日の取材は二人で行ってきて。くれぐれもしっぽは気付かれないように」 結果、妥協案が出され、するりと虎徹のしっぽがバーナビーの手首から離れた。  自分の意志ではあるが、意志ではない行動に振り回されている虎徹は、一日で既にぐったりとしていた。取材中は緊張していた所為で、たいしたことはなかったのだが、問題は移動中だ。 どうにも、取材中に感じたストレスを軽減したいらしく、やたらにバーナビーにすり寄るしっぽに、内心叫びたい気持ちで一杯だった。  「埋まりたい」 穴があったら入りたいとはきっとこういう状態だと、虎徹は泣きたくなりながら、現状に耐える。 いやむしろ耐えているのはバーナビーなのだろうか。  「虎徹さん?」 取材が終わり直帰して良いとのお許しが出て、バーナビーは虎徹の自宅まで虎徹を送り届けたのだが、またしてもしっぽががっちりとバーナビーの手首を掴んで離さない。長さ的に腰にまで届かない距離であるから手首なのだが、向き合っていたら確実に胴に絡まっていたのだろうなと思うと、恥ずかしくて死ねそうなレベルであった。  「えっと、ボクのうちに来ますか?」 そう言うと、するりとしっぽが外れ、嬉しそうにゆらゆらと揺れる。 その仕草にとうとうバーナビーが笑い出した。  「わっ。わらうなっ」 本当に恥ずかしくていっそ埋まりたいと思いながら、虎徹は結局、バーナビーについて行くしかできなかった。恥ずかしくて帰ろうとすると、しっぽが巻き付いて離れなくなり、散々バーナビーに笑われた結果であったが。  「適当にくつろいでください。と言っても相変わらず椅子はあれしかないんですが」 くすりと笑ってバーナビーは件の椅子を指差した。  「知ってる」 何度も来ているのだ言われるまでもない。 一人椅子に座って、ぼんやりとバーナビーの方を見ていると、しっぽがぺしぺしと虎徹を叩く。  「だっ。なんなんだよ、お前はよっ」 けれども、怒鳴るまでもなく分かっている。バーナビーの傍に行きたいのだ。けれども、しっぽが付いている虎徹がバーナビーの傍に行かなければならない。こればかりは、しっぽにもどうしようもないのだろう。故に抗議が虎徹に向かっている。  「お前、もう少し聞き分けろよっ」 しっぽを握りしめ、虎徹がそう怒鳴りつけていると、軽い食事をもってバーナビーがやってきた。 途中で出来合いを買ってきたのだが、虎徹がというか、しっぽがこの調子で、少しばかり奇異の目を向けられてつつの買い物であったため、恥ずかしくてしようがなかったのだが、バーナビーは逆に慣れてしまったようで、買い物の間中虎徹のしっぽを掴んでいた。 本当に繋ぎたいのは、しっぽではなくて、手なのにと、ふっと思ってしまえば、更にしっぽはバーナビーに絡みつく。 自分だけは何でそうなっているか分かっているために、叫び出したいほどの羞恥に見舞われるのだ。  「何やってるんですか?」 しっぽに話しかけている虎徹を見て、バーナビーはくすりと笑った。トレーをテーブルに起き、覗き込むようにして虎徹を見る。  「な、なんでも、あっ」  「え?」 屈んで近づいたバーナビーをしっぽがくるりと胴を絡めて引き寄せた。 突然のことに対処できないバーナビーはそのまま虎徹の方に倒れ込み、虎徹は呆然とその行方を見送る。 押し倒すような形で、虎徹の上に倒れ込んだバーナビーは、慌てて起き上がろうとするが、しっぽがそれの邪魔をして、がっしりと腰に巻き付いて離さない。  「あの。虎徹さん?」 これでは離れられないと、どうしようかとバーナビーが困っていると、虎徹は泣きそうな顔になりながらバーナビーを見る。  「あの、ごめ」  「だっ。もうなんなのっ。俺にどうしろって言うんだよっ」 そんなことは自分が一番よく分かっているが、ここまで実力行使にしっぽに出られると、虎徹としてはどうして良いか分からない。  「ああっ」 苛々とした声を上げ、虎徹はバーナビーを睨んだ。 これはもう、どうしようもない。溜め込んでいるものを吐き出すしか。 睨み据えるようだった虎徹の瞳が一瞬惑うように揺れると、そっとバーナビーの頬に両手を添えた。  「こ」 何をするつもりなのかと呆然としているバーナビーの唇を虎徹が塞いだ。何をされているのか処理が追いつかず、バーナビーは更に呆然とする。  「うーっ。……好き」 そう言って、虎徹は真っ赤になると、俯いてしまった。  「え? あの、その」 今度はバーナビーが混乱する番だ。虎徹のことは好きだったが、この関係を壊す気もなく、このまま隣にいられればいいかと、かなり悠長に構えていたところにきてのこれである。 けれども、何を慌てる必要があるのかと思い至って、バーナビーは柔らかく笑った。  「ボクも好きです」 そう言って、お返しのキスをすれば、いつの間にかしっぽは消えている。  「虎徹さんの溜め込んでる事ってこれだったんですか?」 きょとんとして、バーナビーがそう言うと、虎徹はもうこれ以上赤くなれないと言うくらい真っ赤になって。  「だって、俺おじさんだぞ。奥さんだっていたんだぞ。それなのに、バニーちゃん好きとか」 必死にそう言い繕う。  「でも、ボクは嬉しいです。ボクもずっと虎徹さんが好きだったから」  「う、嘘だっ。だってそんなそぶりなかったっ」 平素と全く態度が変わっていないバーナビーの言葉に、異を唱えれば、バーナビーは柔らかに笑う。  「だって、アナタが好きだって言うのは、ボクの生活の一部ですから」  「う、あっ」 その言葉が本当だと頭でなく感情で理解してしまって、虎徹は混乱した。  「あの、もしかして、これ以上しても良いですか?」 耳元で甘やかに囁かれ、虎徹はぐったりと体の力を抜いて、溜息のように言う。  「今日は無理」  「じゃあ、一緒に寝るのは良いですか?」  「うん」 両手を伸ばし、バーナビーの首筋に猫のようにすり寄って、虎徹はそう言った。 その体をバーナビーは相変わらずお姫様だっこで抱き上げると、寝室まで運ぶ。  「で、何で消えたの?」 翌日、バーナビーは虎徹のしっぽが消えたことをロイズに報告したところ、こう切り返された。  「たまにはボクと二人きりで飲みたかったらしいです」  「それで二日酔い?」 本日虎徹は一緒に出社できず、今日休むという旨の報告もバーナビーがしたのだ。  「ええ」 にっこりと綺麗に笑ったバーナビーはどこか幸せそうだった。 まあそう言ったわけで、本当に、一緒に寝るだけで済んだのかは、二人だけの秘密である。
思いのままにならないしっぽが生えちゃった虎徹さんが七転八倒する話。   ■バニーちゃんが好きだけど素直になれない虎徹さんと、虎徹さんのことは好きだけど、まあ現状維持でいいやーと、淡泊なバニーちゃん。
しっぽのキ・モ・チ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006149#1
true
【いざ喜んで】  いつか、こんな日が来るだろうとは薄々思っていた。  百年に渡る伝統も、格式も、掛け替えのない思い出さえも、こうして金粒に換えてしまえばささやかなものだっだ。  過ぎ去りし日々の栄光より、思い出の煌めきより、重要なのは今の佐助と佐助のこれからだ。  幸村は小袋を揺する。 「……少ない、な」  振ったからとて増えてくれるわけもなし。  家宝や形見を叩き売っても、これだけにしかならなかった。  然りとて佐助は気が優しいので文句は言うまい。  結局、自分は最後まであれの好意に甘えるわけか…と、考えるに、“最後”と区切りをつけられるのは、やはり幸いなのだろう。 *** 「旦那、こっちから失礼しますよ」  珍しい事もあるもので、忍の声は天井ではなく襖の向こうからだった。 「おお、来たか。入れ」  主の許可に襖が開かれる。  驚いた。  奥の部屋には、幸村が売り払った―――筈の、家宝と形見が鎮座していた。 「買い戻しました」  傅く忍は淡々と告げる。 「小咄になるくらい買い叩かれてますよ真田の旦那。言っちゃなんだけど、旦那の金銭感覚はズレてんだから、こういう売り買いをするなら俺様を通してくれなくちゃ」 「お前という忍は…最後まで本当に尽くしてくれるな」 「……」 「今までよく働いてくれた。有り難う佐助」  膝を正し指をついて、歳若い主が、人とも勘定されえぬ下賤にこの上ない真剣さで頭を下げる。  畳から顔を上げた時、佐助は表情を完璧に殺していた。  感情を幸村にも悟られたくない場合、決まってする顔。  幸村は怯まない。  もう決めた事だ。 「これは僅かばかりだが支度金だ。買い叩かれたせいで本当に僅かだが…才蔵の分も含まれておる」  他の者なら単なる自嘲になるところが、幸村に限っては毒素に欠け過ぎるせいで気弱な照れ笑いに仕上がっている。 「それがしには、もう何も無い」  恥を忍んで包隠さず打ち明けた。 「もはや給金も払えぬ以上はお前を縛っておけぬ。やっと―――――自由だぞ佐助。お前ほど優秀なら何処へ行っても働き口に困る事はあるまい。そうだ…忍でなくとも、お前が望むもの、何にでもなれるだろう」 「馬鹿言ってもらっちゃ困るよ旦那。…『何も無い』ですって?」  佐助は“何になれるか”ではなく、その前に「待った」を入れた。  常になく断固とした口調で、 「旦那には“ある”じゃないですか。“俺様”が。―――俺様は旦那のものでしょ?違うなんて言ったら泣いちまいます」  紅い虎の心臓が見えない巨きな手に掴まれる。苦しい。  いけない。  ここで佐助の優しさに凭れては振り出しだ。心臓が握り潰されても、佐助を泣かせてでも、言いたい言葉ではなく言うべき言葉を告げるのだ。 「いいや。もう、お前は…」  閊えた。  どうしても先を続けられなかった。  嘘でも言えなかった。黙るしかなかった。情けなく息が震えた。  佐助が目を伏せて溜息をつく。  長く長く吐き出した分を、ゆっくり時間をかけて吸い込んで、息を止めてにっこり笑った。 「そうですか。つくづく自由ってのは良い。だって望めば何でも叶って、あんたのものにもなれるんでしょ?『要らない』って言われても『うるさい、そうしたいんだ馬鹿』って押し掛けられるんだ」  悪戯っぽく暖かな眼差しが、真直ぐに幸村に注がれている。 「…頼むよ旦那。もう滅多な事は言わんでください。―――――まあ、どんなにいじけた事を言おうがね、旦那が“何もなくなる”なんて事は絶対ないんだけどね」 「佐助」 「酷い主じゃないか。忍に、こんな大それた事を言わせるんだから。……一生懸命平気なフリしてますけどね、俺様は照れ屋で格好つけですから、後で…そりゃもう、ずっとずっと後まで引き摺って、思い出しちゃ『わー、とんでもない事やっちまったよぉお!』って独りして頭抱えて転げ回るんですよ?…旦那、責任取って下さいよ?」 「佐助」 「はい」  盛り上がった熱い水でふやけた幸村の視界が、決壊して嵩を減らしただけ佐助の姿を明瞭にする。 「一生、俺の、」 「はい喜んで」 「全部言っておらぬ」 「俺様は真言も省いちゃう忍ですよ?分かり切ってるなら、以下省略です」 「一生、俺のものだ」 「はいはい。来世もその次もで構いません。どこまでも喜んでお供しますとも」 「げんまんだ」  子供のような指きりに込められたるは、永遠の結縁の誓い。  身分差も性別も困窮も、ありとあらゆる障壁を悉くぶち抜く強い意志が、絡めた小指には宿っている。  死も分かてぬ魂を照らす炎として、お互い同士を灯している。  恰も、指先で繋がった二人でひとつの生き物であるかのように、いつまでも、どちらも離そうとしなかった。 [終]
ラブラブ幸佐幸…?上下が判然としませんが破廉恥は無いので、単に仲良し真田主従とも。困窮を極め、佐助の給料も払えなくなった幸村がいろいろ頑張る設定。素晴らしい表紙の佐助絵はアズミノさん<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/362666">user/362666</a></strong>から頂戴しました。2012年04月21日~2012年04月27日付の小説ルーキーランキング 98 位に入りました!有難うございます。世界って優しい…!
【戦国BSR/腐向】いざ喜んで【幸佐幸/真田主従】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006170#1
true
Dom性やsub性は、その字の通り、生まれ持ったものだ。 まず、この世界は第二次性を持たない人間が殆どを占めるとして、約1割が第二次性を持つと言う。 そして、第一次性を男性と女性の2つに完全に分けることが出来ないように、第二次性にもswichという性があり――彼らはどちらの性も包括している代わりに その性質が『弱い』し、相手の性に寄って自分の性を強制的に変えられてしまうという不安定さも持ち合わせている――第二次性の割合は大体同じくらいだと言われている。 Domは電波を飛ばすように、subはチャンネルを合わせるように、命令をし、それを受け入れることで相互的に欲を満たすことが出来る。 さて、その第二次性は人間の三大欲求のようなものだと、オレは思っている。 食べ物の好みがあるように、最低限必要な睡眠時間がそれぞれにあるように、性欲の溜まり方や発散のさせ方に色々あるように、第二次性と一口に言っても、それらは簡単にまとめられないほど多岐にわたる。 そして満たされないからと言ってむやみにGlareをまき散らせば犯罪だし、同意も得ずcommandを与え、アフターケアもせず放置するのはレイプと同じだ。 そしで……オレは、たぶん少し特殊なsubだと思う。 subだと判断されたのは高校1年の冬のことだ。 思春期の頃に現れ始めるので、中学、高校の6年間は4か月ごとに定期検査があるのだが、それとは別のタイミングで、そう、まさしくDomからのレイプで判明したのだ。 自分がそうだとは知らないまま初めてのGlareを浴び、commandを受け入れさせられ、Rewardは少しも与えられることなく、当然アフターケアだって施されないまま捨て置かれた。 塾からの帰り道、あっという間の出来事で、元より普通のsubに抵抗など出来ようもないのだが、それこそ、進む先に誰かがいると認識する隙すら与えられないまま倒れ込むようにガクリと膝をついたのを覚えている。 事件後、両ひざに青くあざが出来ているのを見て母親は泣いていた。 第一次性の性犯罪と違い、第二次性のそれは証拠や、犯罪が行われたという事実すら残りにくい。 オレのときは、殴られるだとかいう身体的苦痛はひとつもなかったので犯人に繋がる物的証拠はひとつもなかったはずだ。 ただ、強制的に膝をつかされ、視界と言葉を奪われ、服を脱ぎ自慰させられるという一連の流れは、状況判断とオレ自身の供述で形として残る。 通常であれば起こりえないことだから、犯罪に巻き込まれたと判断されるのは当然のことだった。 声は女性だったから そのことはきちんと伝えていたが、それでどれだけ捜査が進んだか。 重要ではあるけれど飛躍的に話が進むような証言ではないと今なら分かる。 たぶん相手は誰でも良かったのだろう。 犯人のその後については調べてないので何も知らないが、授業で得た知識だけで分かった気になって、チャンネルを閉ざすことを知らない無自覚な子供のsubは格好の餌食だったはずだ。 自己防衛本能が強く働いたらしいオレの身体は第二次性のチャンネルを固く閉ざし、おかげでGlareもcommandも効かなくなるという異質なsubになってしまった。 一週間ほど入院をし、警察学校に入るまで月に一回通っていた専門の病院では、カウンセリングと共に、そのチャンネルを開くリハビリを続けた。 チャンネルが閉じたままでsubとしての欲求が満たされなければ、体調に影響が出る。 どうしようもない恐怖や不安と、求めてしまうことへの自己嫌悪と、眩暈や食欲不振、それに伴う体力低下と外に出られる状況ではなく、退院後も一か月ほどは殆ど引きこもりのようになっていた。 それを支えてくれたのは家族や医師はもちろんのこと、驚くべきというか、当時のオレとしてはすごく意外だったのが一人の警察官だった。 swich性を持つその人は父親より年上の、年配のと言っても差し支えないほどの年齢の方で。 どちらの性も分かるからこそ犯人は許せないし、オレをどうにか通常の生活を送れるようになるまで回復させたいと親身になってくれた。 元々、なりたい未来の中に警察官というものがあった。 消防士や自衛隊も、体力には自信があったから目指すのはそういう場所だった。 まさか公安に所属するとは思ってもみなかったけれど、国民に寄り添い、その安全を守る職業につきたかったのだ。 被害者になったことで道が閉ざされたらどうしようと彼に相談したりもしたし、警察官になってからも何かあれば彼のところに話をしに行った。 彼のようになりたいと思って夢を定めたことを覚えている。 「その人は……」 「定年退職されてからもしばらくは嘱託で色々されてたんですけど、流石にもう隠居されてます」 「そうか」 「うちは第二次性を持っているのが私だけで、警察学校に入ってからは特に、辛いときは彼の世話になっていました」 そう、所属した部署で囮捜査をしていたときも、気付けば体調を崩していたオレをさりげなく助けてくれていたのは彼だった。 血の繋がらない父親のような、年の離れた兄のような、本当にゆったりとオレのsub性を満たして癒してくれたのだ。 「……降谷さん?」 「僕は、ここ1年の君しか知らないから」 「はい」 「少し妬けるな」 何だかそぐわない言葉が聞こえた、と懐かせていた顔を少し上げて、降谷さんを見上げる。 ん? とこちらを見下ろした顔に不機嫌はない。 不定期に『ゼロ』のセーフハウスのヒトツに呼び出されて行われるプレイは、これでもう10回目になる。 プレイ以外のときもソファに座った降谷さんの足元にお座りして彼の脚に懐くというスタイルはお決まりとなっている。 この格好はオレを酷く安心させる。 こんなこと、知らなかった。 今日は2人とも時間があったので、プレイの前に過去について一度本人の口から聞いておきたいと降谷さんに言われて、尋ねられるまま色々と話していたのだ。 『ゼロ』の連絡役に抜擢される前、降谷さんに渡されたオレに関する調書は履歴書に毛が生えたくらいのもので、プライベートなことについては詳しく書かれていなかったはずだ。 実際、オレの過去について詳しくなかった降谷さんは、辛いことを話させてしまったな、と何度かご褒美をくれたくらいだった。 トラウマではあるものの、10年以上も前のことだ、話すくらいはそこまで苦痛ではなくなっている。 別に話せと命令されたとも無理に話したとも思わなかったし、降谷さんにはいずれ伝えなければならないことだったのでご褒美の必要性はなかったのだけれど。 降谷さんから施されるそれはとても気持ちいいものなので、素直に受け入れておいた。 「それより、続き」 「はい、幸い私はその……三大欲求も含め淡泊なようで、病院の世話になることも、あの人の世話になることも多くはなかったんですよ」 「あぁ、それについてなんだが」 だからもう、降谷さんとのプレイ回数の方が多いのだと言外に告げる。 すると降谷さんはゆったりとオレの頭を撫でていた手を止め、そっとオレの頤に指先を添わせた。 促されて再び顔を上げる。 「君のそれは、たぶん、その、sub性を解放出来ないのが原因なんじゃないかと思って」 「はぁ……」 どう表現しようか迷ったらしい降谷さんは、少し考えながらそう言った。 よく分からなくてまばたきを繰り返せば、うん、と一度頷く。 「君、最近食欲はどうだ?」 「はい、おかげさまで。最近は降谷さんが差し入れしてくださいますし、アドバイスいただいた通り気を付けているので急ぎの案件がなければきちんと食べるようにしています」 「眠れてはいるか?」 「え、と……あいにく最近は少し忙しかったので十分とは言えないですが……でも、以前ほど短くはないですね。というか、年なのか徹夜が辛くなってきています。流石に三徹目からは思考が鈍りますね」 以前は割と平気だったのだけど、と思わず苦笑が漏れる。 年を取るというのはこういうことなんだなぁ、30を過ぎると急に身体が言うことを聞かなくなるのだとよく聞いてはいたけれど、身をもって知った。 「抜いてはいるか?」 「はっ……?!」 「だから、オナニーを……」 「意味が分からなかったわけではないです! そんなこと聞いてどうするんですか!」 「言ったろう、君は淡泊だったわけじゃない。第二次性が不安定になったことにより、そっちにも影響が出ていたんだ」 だから、食べられるようになったし、眠れるようになったし、性欲だってそれなりに回復しただろう、と降谷さんが続ける。 確かに、降谷さんとプレイするようになってから体調が良くなったと思う。 彼に言わせればよくなったのではなく普通に近付いたというレベルらしいが。 なるほど、まだ普通のレベルにも至ってないのかと思うと、今までどれほど酷かったのか、何故それに気付けなかったのかと我ながら呆れる。 確かに周りには、チョコレート1欠片で一日を過ごしたりする人はいなかったし、三徹する人も、そこからさらに徹夜を重ねようとする人もいなかった。 そうは言っても、性欲に関してはよく分からない。 事件後に病院で教えられたから週に1度ほど抜いてはいたけれど、その回数は変わっていない。 感度が良くなったとかはないし、吐き出す量が変わることもなければ、早くなったとか、逆に遅くなったということもない。 性行為をしたいとも特に思っていないし……いやでも、性的なプレイも出来るかもしれないと思ったことは、あるな。 プレイ内容は目隠し以外のことは降谷さんに任せているし、具体的に何がしたいかは思い付かなかったけれど。 「風見?」 「いえっ、その……せ、性欲は特に、変わりないです」 「そうなのか」 「まぁ……あまり、自慰は……したいと、思えませんし……」 「あー……そうか、すまない」 そうだったな、と降谷さんの手がオレの頭に戻って来た。 仕事のときは当然だが、自分にも他人にも厳しい降谷さんは、小さなミスも動揺も見逃さず厳しく叱責してくれる。 が、プライベートのときは案外甘やかすのが好きなのではないかと、最近ようやく思い至った。 分かりやすく言葉にしてくれることはないが、差し入れも、さまざまなアドバイスも、こちらを慮ってしてくれていると分かってからは受け取るときの気持ちが変わった。 こうして頭を撫でてくれる手も、『命令』をくれる声も、その内容も優しい。 トラウマとなっているからか、未だ、きちんと意識しなければ『命令』を受け入れることは出来ないオレに焦れることもなく、怖がらせたくはないと強い『命令』はしないままで付き合ってくれる。 本来ならばこんなのは子供の戯れのようなものだ。 恋人同士で言えば、手を繋いで歩くくらいの。 オレは満足……というか、自分では全然気付いていなかったけど、降谷さんが言う通りとても安定している。 寝れば治っていたから気にしていなかったけれど、そういえば、あの言いようのない不安感や絶望感だって、ここ最近はずっと感じていなかった。 けれど、降谷さんは? と頭に浮かんだら、口が勝手に動いていた。 「降谷さんは」 「うん?」 「あ、いえ……何でもないです」 口にしてしまった瞬間に、けれど当たり前のことに気付いた。 オレは降谷さんとパートナーになっているわけじゃない。 オレとすることにどんな意図があるかは分からないが、オレの体調を改善するためのものだと思えば納得がいく。 この一年、無茶な生活を送っていて何度降谷さんに叱られただろう。 降谷さんはその無自覚の原因が第二次性にあると気付いて、仕事に支障が出る前になんとかしようとしてくれたのではないだろうか。 降谷さんのパートナーの有無は知らないが、こんなに優しく出来た人なのだ、そりゃあいるに決まっている。 オレとプレイすることも許してくれるような、心の広い人が。 オレでは足りないばかりの欲を満たしてあげられるような、完璧なsubが。 ――羨ましい、と、思った瞬間にぞわりと恐ろしいものが背中を駆け上がった。 「風見?」 「……はい」 「隠さなくてもいい、君、酷い顔色だ」 隠しきれていないことは自覚があった。 けれどどうしようもない。 怖いのだ。 自分が何かを求めるのも、その浅ましさを疎まれるのも。 これくらいなら与えてやってもいいと、このまま思い続けて貰いたい。 「風見、頼む。そういうことは『命令』したくない。上司としても、Domとしても」 背けるようにした顔を、再びそちらへ向かせようとする手は優しい。 したくない、と言ったことを守りたいのだろう。 そんな声はずるい。 怖い。 けれど、あなたには応えたい。 この関係になる前からずっと、私はあなたの求めることには全て、応えたいと思っていたのだから。 ぎくしゃくと音がしそうなほどのぎこちなさで降谷さんへ顔を向ける。 知らず、涙がにじむ。 「あなたに、満足していただきたいです」 「うん」 「降谷さんが私に合わせた『命令』を下さってるのは分かります。でも、そうじゃなくて……あなたを満たす、subになりたい」 「あぁ……そうだな。うん」 風見、と呼ばれる。 目を上げれば、僅かにDom性が放たれる。 促されるままこちらもsub性を開き、受け入れる。 おいで、と降谷さんが手でポンポン叩いたのは、自身の膝だった。 おずおずと立ち上がり、そこを跨いで腰を下ろす。 「いい子だ、風見。ここに座るのに、あまり躊躇わなくなったな」 「はい……」 「もう少し僕を受け入れて……うん、それくらいでいい。左手は僕の手に重ねていて。それから右手はこうして繋いでいよう」 思っていたよりちゃんとsub性を開けていなかったらしい。 満足してもらいたいと言った先からこれだ、と落ち込む。 けれど慰めるように繋がれた片手がそっと手の甲を撫でるから、褒められているのだと分かって嬉しくなってしまう。 本当に現金なものだ。 オレの手を伴ったまま頭を撫でた後、するりと頬にそわされた手のひらに押しつけるように顔をすりよせる。 こんな、30を超えたおっさんにされても、何も楽しくないだろうに。 Domというのは、大変なこともあるのだなと今さら思う。 「目だって、ほら。こんなにすぐに蕩けるようになった」 「そう、ですか?」 親指だけが動いて、指の腹がすっと目元を撫でて行く。 じわりと水分が増すそこに、本当だ、とやっと実感する。 「今日で、10回目だ」 「……知っていらしたのですね」 「当たり前だろう。いつ先に進むべきかずっと考えていたんだ」 「先、ですか」 「あぁ。いつかは、君をパートナーにしたいからな」 「えっ……?!」 「なんだ、変なこと言ったか?」 すぐに答えることが出来なかった。 「今の、パートナーは……」 「僕はフリーだ。パートナーがいたらこんなことしない」 流石にそんな酷い男じゃない。 降谷さんは少し怒ったようにそう言った。 すみません、浅慮でしたと慌てて謝れば、まぁいいと鼻を鳴らす。 「……でも。お仕置き、かな」 「は……」 「これでも結構傷付いたんだ。でも君、お仕置きはされたことないだろう? 無理そうならやめておくがどうする?」 「降谷さん、あの……」 「それと、僕とパートナーになるのが嫌だったらそう言ってくれて構わない。無理強いするつもりはないんだ。形に拘る必要はないし、僕は今みたいなのも気に入ってるからな」 「嫌だなんて、そんな……」 視線を彷徨わせたら、こっちを見て、と『命令』されてしまった。 反射的に降谷さんを見る。 いい子だと撫でられて、細められた目を見ると身体に幸福が広がって行く。 手を下ろした降谷さんが、そちらの手も繋ごうと『命令』をくれて、2人の身体の間で両手が繋がれる。 オレが降谷さんのパートナーに? そんなことが許されるのだろうか。 「風見?」 「私は、降谷さんのsubになれるんでしょうか?」 「君がそれを望むのなら」 「望んでもいいと、おっしゃるのですか?」 「いいもなにも。本音を言えば、上司命令だと言いたいくらいだ」 でも、そうはしたくない。 君が、君の意思で僕を求めてくれなきゃ意味がない。 君が僕を満たしたいと思うように、僕も君を満たしたいんだ、分かるか? 何も怖がらずに僕からの『命令』で気持ちよくなって欲しい。 許されるのなら、性的なことまで。 心の中で降谷さんの言葉を繰り返す。 じわじわと身体が熱を上げていく。 これは命令ではないと分かっているけれど、彼が求めてくれているのが伝わって来るから、嬉しくて、少し苦しくて、上手く言えないけれど胸がいっぱいになっていくような。 そうして最後に聞こえた言葉に、ボッと音がしたんじゃないかと思うほどに一気に熱が上がった。 視線を逸らすことは許されてない。 両手は彼と繋がったままだから、真っ赤になった顔を隠すことも出来ない。 「はは、真っ赤だ」 「勘弁して下さい」 「可愛くていいじゃないか」 「か、可愛いだなんてそんな」 「僕は意味のない嘘は吐かないぞ」 「それは、もちろん。存じております、が……」 ふふ、と降谷さんは笑う。 余計に恥ずかしくて身体が縮こまってしまう。 さて、と声色が変わったことで漸く力を抜くことが出来たけれど、お仕置きはどうしようかな、という言葉に不安が落ちる。 「そんな顔をしなくても、酷いことはしないから安心しろ」 「いえ……はい」 「そうだな、うん。君、膝からおりて、そこへ座って」 言われた通り、ラグの上に割座で座る。 けれど、いつものように降谷さんの膝に懐こうとしたら止められた。 「視線は床に。そう、そのままで。僕は夕食を作って来るから、ここで一人で待っていてくれ」 「ひとりで……」 「足も崩しちゃダメだ。僕の方を見るのも。どうしても耐えられなくなったら……そうか、まだセーフワードを決めてなかったな」 何がいい? と聞かれて戸惑った。 オレが普段口にしない、降谷さんに関する単語。 バーボン、は組織の人間として把握している。 それなら、安室? セーフワードはsubが決めなければいけない。 おずおずと告げれば、降谷さんは分かったと安心したような声で答える。 それが、どれだけ安心させる声色だったか、降谷さんは知っているのだろうか。 「君が、僕を怒らせたんだからな」 「……はい」 「きちんと待てが出来たら、ご褒美をあげる。出来るな?」 「は、はいっ、出来ます」 「セーフワードは分かってるな、絶対に無理をしてくれるなよ?」 最後のは『命令』ではなかった。 静かに頷いて、出来ると示す。 降谷さんは、じゃあ、と一言告げてソファから立ち上がる。 視界から彼のつま先が消え、あとはもう、音だけが頼りだった。 材料はあったのか、買い物に行くことがなかったのは良かったと思う。 そこに降谷さんがいるということは、音で分かるから。 けれど、彼の姿を認められないということは、思った以上に堪えることだった。 仕事のときは、それが普通だというのに。 見てはいけないと言われたことが焦燥感を抱かせるのだろうか。 そう、冷静に考えていられたのは最初だけで、さっき心に落ちた不安の染みが、じわじわと広がって行くのに時間はかからなかった。 足が痛い。 それ以上に降谷さんがいないことが辛い。 いや、降谷さんはそこにいる。 だって玄関の音は一度もしていない。 でも、オレの視界にいないのだ。 降谷さんの姿が見たい、けれど見てはいけない、これはお仕置きなのだ。 これくらい平気だろう、しっかりしろ、風見裕也。 ちゃんと『命令』を聞いて、降谷さんに喜んで貰えるように。 流石僕のsubだと、言って貰えるように。 でも本当に喜んでくれる? ただ座っていただけで? いや、これにはちゃんと意味があるはずだ、だって降谷さんが、僕のDomが考えたお仕置きなのだから。 音が聞こえる。何かを刻む包丁の音、調理器具同士のぶつかる音、お湯? 何? わからないけれど何かが沸騰してる。 いい匂いもする。出汁の匂いとか、野菜の匂いとか、深く、瑞々しく、美味しい匂い。 降谷さんは僕のことをちゃんと考えてくれている。だから出来て当然だ、これくらい出来なくてどうする。足の痛みがなんだ、もっと酷い痛みだってたえてきただろう。 おこらせたのは僕だ、僕が考えなしにひどいことを言ってかれをきずつけたから。だからこそぼくがかれのめいれいをきいて、きもちよくなってもらわなくちゃ。 ふるやさん。ぼくのどみねーたー。きもちいい? どこにいるの? あれ、こえがきこえない。こわい。なまえをよんで。ぼくの、なまえをよんでほしい。でもぼくは、たえられる。あなたのさぶさーびえんとだから。 「……ざみ、風見!」 「あ……」 「君な、無理はするなと言ったのに」 突然音が戻って来て茫然とする。 目が合った途端、ぞわりと背中が震えた。 心配の色を隠さない降谷さんの表情はぎゅっと苦しそうになり、失敗してしまったのだと思った。 大きな吐息とともにぎゅうと抱きしめられて、耳元で必死にも思える声が聞こえる。 「ふるや、さん……」 「あぁ、僕だ。なんで呼ばなかったんだ、君、あと少しで飛んでしまうところだったぞ」 「だって……ほめてもらいたくて……」 「あ……悪い、違うんだ、責めてるわけじゃない。僕もちゃんと気付けなくて悪かった」 「ぼく、あなたのさぶになりたい」 「風見……」 上手く喋れないのがもどかしい。 もどかしい、という感情になっていることもよく分かってなかったけれど、降谷さんは一旦オレの身体を放すとじっとこちらを見詰めてきた。 同じように見つめ返す。 あれだけ怖くて仕方なかったのに、今は酷く落ち着いている。 降谷さんだからだ、降谷さんだけがオレに安心をくれるのだ。 「そうだな、僕も君のDomになりたい。でも君を壊したいわけじゃない。分かるな? 最初から全部上手く出来る人間なんていない。君がもし失敗をしてしまっても、僕は君を見捨てたりしない。君を手放したくない」 だからどうか、僕を信じて。 ゆっくりと、子供に言い聞かせるように告げる降谷さんは、いつもの端的な喋り方など忘れてしまったかのようだった。 実際、今のオレは子供のようなものだから、それが正しいのかもしれない。 そういえば、彼は、プレイのときは努めて省かず話すようにしてくれている気がする。 「……あの、私は、ちゃんと出来ていたんでしょうか」 「そうだな……夕食は全部出来上がっているし、君は僕が名前を呼べばすぐに戻って来てくれたから、出来たと言ってもいいと思う」 「それは、出来てなかったとも言えるのでは……」 「僕の中では上出来だ」 本来ならばそうではない、ということなのだろう。 やっぱり無理だったかな、と思ったが、降谷さんがさぁご褒美だとソファに座ったから意識してそちらに集中する。 「僕としては、ひとつ、大事なことが分かったからいいんだよ」 「そうなんですか」 「ふふ……そうなんだ、ほらおいで」 ぽん、と叩かれた膝に跨る。 ぎゅうと抱きしめられ、ほっとして首筋にすり寄る。 降谷さんの匂いだ、安心する。 背中を撫でられ、うなじをくすぐられ、頭を撫でられ、時間をかけてゆったりとケアを貰う。 身体を離し、両手を繋いだら、伸び上がった降谷さんが目元にひとつキスをくれた。 全身が、ぶわりと音を立てて、何かで溢れる。 「君、本当に僕のことが好きなんだな!」 ぱっと言い放たれた言葉を理解した瞬間。 オレは情けない変な声を上げながら再び彼の首筋に懐くことしか出来なかった。 両手は、彼に繋がれていたから顔を隠せなかったのだ。
Dom/Subユニバースです。<br />淡々としてるし短いし詳しくは書いてないですが、風見さんが酷いことされた描写はあるので、本当に苦手だという方は回避お願いします。<br />作中、いろいろと説明が長くてすみません。<br />.<br />.<br />.<br />.<br />.<br />※閲覧、いいね、お気に入り、それからすごく嬉しいタグまでありがとうございます!<br />天にも昇る気分とはこのことですね……今のところ自分が書きたいこと好き勝手書いているだけですが、読んで下さるだけでなくこんな過分な評価までいただいてしまって……わたしのじゅみょうもそろそろか?<br />これからも、自分の萌えに正直に生きていきますが、少しでも楽しんで貰えたらさらにハッピーです、ありがとう。
【降風】HAPPY TITLE 2
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10061899#1
true
まさかこうなるとは思わないじゃん??? はーいやっほー!私は今彼と婚約して一年がすぎたごくごく普通の一般ピーポー!彼氏と同棲してるんだけどその彼氏がなかなかおうちに帰ってこなくて大変!でも大丈夫!あなたのや♡く♡そ♡く♡があるから私は待てるよ〜〜〜〜!でもでもそんなある日!健気な私と彼にピンチ襲来!?次回!誰だよ降谷零って私の彼氏安室透だよふざけんな!〜もしかして私:詐欺にあってる〜!?〜お楽しみにね! 思わず混乱した頭でよくわからないフレーズを飛びかわせたが、今の現状は変わらない。ディスイズアペーパー!ディスイズもペーパー!!!AH!イッツア婚姻届!!!つまり何が言いたいかというと、今私の手元にある婚姻届に書かれている名前が違う。いやマジで誰だよ降谷零。知らないよ聞いたこともないよ見たこともないよ。マジでなんで私の夫になる欄にこの人の名前書かれてんの???意味わかんなくない??? これは、彼氏が「いつか出しに行こう」とどこぞのハリウッドみたいに手を取りながら渡してきた婚姻届だ。知ってるか?それ死亡フラグって言うんだぜ。ちなみにロミオとジュリエットならこの後待ってるのは死だ。〜突然の死〜。いやそんな、こんな現代社会あっさりぽっくりさっくり死ぬ人なんて滅多にいないし大丈夫だとは思うけど、いつかって言葉回しはやめた方がいいぜ。そんなことを遠回しにいえば何を勘違いしたのか、「不安にさせて悪い。一年、一年待ってくれ」と言われた。いやそうじゃねえ。期限を決めてほしかったわけじゃねえんだよ。ちなみにそれもフラグな!!!! 思わず頭を抱えたくなったがさっきも言った通り現代社会だ。そんな風のようにふわふわいなくなったりしないだろう。交通事故も確率的には宝くじより低いと言われてるのだから大丈夫大丈夫。 しかしその油断が命取り!!!交通事故に気をつけて、信号出る時は右左ちゃんと見てくださいね!と彼にいうと少しぽかんとされてからやや間はあったものの頷かれた。よし言質はとった。これで彼が交通事故に巻き込まれる可能性は減った。と思う。多分。 そして彼に手渡された婚姻届であるが、私の欄だけ埋めると彼が預かっとくといってそのまま持っていったのだ。なんでやねん。確かに!!!いつか出しに行こうねふわふわみたいなやり取りではあったけど!!それなら安室さんも名前その場で書くべきでは!?私だけ!?私だけ書くのか!?えっえっと思わず困惑した私に、一年後の今日にこれを出しに行こうと言ってそのまま自室に持っていった。ちなみに安室さんの部屋には鍵がついてま〜〜〜〜〜すアッレおかしくね!?!?カップルの同棲なのにおうちに鍵がついてるよ〜〜〜????この時から変だなとは思ったけれとま安室さんが変なのは今始まったことじゃないので放っておいた。前からずれてるというかズレてる安室さんのことだ。多分深く考えない方がいい。そんな思いで放っておいた事案だったけれども、まさか今!この時!対面することになろうとは!!!思わんかったわ。 まさかの掃除機で部屋を綺麗にしてる時に棚の上から降ってくると思うか???親方!!!棚の上からぼた餅じゃねえ婚姻届が!!! まず一言目になんでこれがここにあんの???である。そしてハッとする。そういえば明後日その約束の日じゃ〜〜〜〜ん!?!?すっっっかり忘れてたわ!!いやむしろ安室さんよく覚えてたな?!?何のイベントもない平日なのによく。彼の記憶力の良さを改めて感じる。そして彼が言っていたことはただの口約束、その場しのぎでないことに嬉しさを感た。が!!婚姻届を覗いたのが運のつき。 知らねえ名前が刻まれてあったのです!!!!!!! 私の名前の横に、達筆な文字でかかれる降谷零という名前。 「いや誰だよ!」 思わず突っ込んだ。腹の奥から声が出た。掃除機も心做しかブンブン言って驚きを表現している気がする。そうだよね。君も驚いたよね。まさかの掃除機と感情を共有するという奇跡の自体にうっかり胸が打たれたが、なんてことはない。ただ掃除機が私のストッキングを吸い取って呻いてただけだった。やべぇ。掃除機壊れるところだった。どうりで変な音がしたわけだよ!! そう思いつつストッキングを救出、そして婚姻届を改めて眺める。訳が分からない。わけがわからないよ…!!! 私の名前をマジマジと見る。私の字だ。というかどっからどう見ても私の字だ。あの日書いた文字で間違いない。はねが勢いよくなりすぎて暴れ狂う文字みたいになってしまったのだ。よく覚えてる。 つまりこれは間違いなくこれはあの時私が彼に渡した婚姻届。そして私の隣に踊る字を見る。降谷零。うん。知らねえ。やっぱり知らねえ。よくよく考えればアッあの人か!なんてことにはならずよくよく考えてもやっぱりわからんもんはわからん。いや分かっても問題ありだわ。なんで安室さんの名前じゃないねん。わたし誰と結婚させられるんだよ。 そこでハッとする。いや待ってこれはまさか疑いたくはないがいわゆる結婚詐欺というやつなのでは………????彼氏がそんな姑息な真似をするとは思わないが、もはやこれしか説明がつかない。結婚詐欺とはまた違うのかもしれないが、どちらにせよ騙されてるのだから詐欺なのでは??? 降谷零という男がとんでもないやばやば男の婿の貰い手がない脂ギトギト男だと仮定しよう。年齢は 50代。ちなみに私は20代だ。そしてハゲデブチビのトリプルやべぇ要素を兼ね揃えた人間で、かつ金だけはあるドラマでよく見る悪役キャラだとしたら……!?!?!Oh〜〜〜〜〜!!!!金ならあるから若い女の子と結婚させてよデュフフ!そして安室さんは探偵だった〜〜〜!??探偵といえば内密に仕事をこなすイメージがある。浮気調査とか人探しから、もはやプライバシーとは??と言いたくなるほどのストーカーのプ………達人!裏取引なんてのもあっておかしくない、 待って待ってまじか〜〜!?!?私つまり金で買われたんか!?!?金でオッサンに買われた?!?そういうこと!?!?安室さんと付き合っているふりをして実は降谷零とかいう脂ギトギトおじさん(仮定)と結婚させるつもりなのか!?!?!?えっまじか。えっ。逃げよ。 とりあえず話し合うべきなのかもしれないが二人きりで話して安室さんが豹変せんとも限らん。すまん安室さん。私は自分の身が可愛い。彼への信頼感はそれこそマウンテン富士を超え宇宙エレベーター程にはあるが私は彼がどこかずれていることを知っている。生理痛で絶望に打ちひしがられこの世の全てを憎く思い人類悪へと身を落とそうとしていた私に彼は生理痛がどうして引き起こされるかを説明してきた。え?超いらねえ。彼の言いたいことがわからず当時は何言ってんだこいつと思わず思ってしまったがあれはいきなり話し出した安室さんが悪いと思う。でも直接何言ってんの?って言ってしまったのは本当に申し訳ない。痛みが酷いとオブラートって溶けちゃうんですねわぁお知らなかった!!! どうやら彼が言いたいのは生理痛もやがて生まれてくる子供のためなのだから的なことらしかった。生理痛があるのは健康の証拠、ともうるせえそれがなんだ。痛いもんは痛ぇんだよ。とは流石に言えなかったのでじゃあ今から子作りします?と思わず言ってしまったのもやっぱりすまんかった。安室さん固まってたわ。いや本当すまん。痛いと人間理性崩壊しちゃうんだね! さて、そんなどこかズレている安室さんだが、私は彼に不信感を抱いていないとはいいきれない。は??お前さっき信頼感エベレストって言ったやんと思われだろうが、それはそれ、これはこれだ。彼の優しさからして信頼感はあるが、それに違和感を感じなかったことがないわけではない。つーか会える日少なすぎるしな!!!!!一週間会えないのはまあいい。別に私も毎日会ってラブラブちゅっちゅをしたいわけじゃない。問題は音信不通がおおっっっっい!!!!知ってるか??連絡が遅い人ってたいてい何か隠してるんだぞ!!!!(偏見)ソースは私の元彼な。アイツ浮気してやがった。絶許。そのまま大気圏までぶっ飛ばされて地球からいなくなればいいのに。 そう、安室さんからの連絡が超〜〜〜〜遅い。これは何かあるのでは??と思ってしまうのが女の勘。だけど婚姻届の約束もあるし(ちょろい)安室さんのこと好きだし(やっぱりちょろい)まあいいかとほっておいていた。だけどここに来てこれである。 よし、逃げよう(二回目) どう頑張っても怪しさ満点笑顔満点の人とは結婚出来ないし怪しいし騙されそうだし他の女にも同じこと言ってそうだしOKアリーナ!私!別れる!!!顔もいいし優しいし性格もいいしやっぱり顔もいいし超絶イケメンだけどな!!!!それだけで!!!!結婚生活!!!やっていけないんです!!! というわけで荷物をまとめ始めた。そしたら彼が偶然帰ってきた。なんでやハムタロー。タイミング悪すぎかよ……タイミングお化けに取り憑かれてるだろ私間違いなく。 ボストンバッグに荷物を無理矢理押し込め、ではなく入れていく私に安室さんがピシリと固まった。えっ。怖い。いきなり行動停止した安室さんに多分今のうちに逃げるんだとタイミングの神様が言っている気がした。OK神様!!!!今のうちにいけってやつですね!!!と未だ入りきれていないボストンバッグを無理やり詰め込み、手早くチャックをしめてわたしは走った!!!メロスみたいに山を越え野を超え海を越え、あれメロスそんな走ってなかった???大昔とは言わないが走れメロンを読んだのなんて1億年前ぐらい前だからもはや覚えていない。怒ったのは覚えている。けどどこ走ったかは知らん。あと最後公然猥褻働くのも覚えてる。 私はダッシュで逃げようとしたがしかし!回り込まれてしまった!某RPGのプロローグが脳内に流れてきて、これは戦闘を避けられないぞ……と冷や汗をかいた。 「…一応聞くけど、それは?」 「ホームレスになります」 「それは?」 まじか。無視か。眉ひとつ動かさない彼に少しいい悩む。これはっきりいっていいの???言った途端なんだ知ってたんだなあ〜れ〜監禁からの口封じコース〜〜〜!!!にならない???私の安室さんのイメージどうなってんだって?それな。でも安室さんって真顔でそういうことしそうだから怖いんだよ。いつも穏やかな人は裏表ありそうってよく言われるじゃん?それ!!!です!!顔に出やすくても出にくくても叩かれる現代社会やべえな。闇は深い。
婚約者の名前が違うんですけど!
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10062256#1
true
苦い顔をする鷲匠監督。 黙り込む白鳥沢のベンチ。 日向の左手スパイクは思いの外、白鳥沢に衝撃を与えたらしい。 しかし、白鳥沢にも空気を読まない人間がいたようで。 「おっもしれー!何あれ。あのチビちゃん、右利きじゃなかったっけ?」 若利くん見た?と賑やかな声が響いた。 天童さんがキラキラと目を輝かせて、日向を見ている。 「2年前、一回だけ見たことがある。あの時は苦し紛れの偶然だったはずだが…」 牛島さんは影山に抱きついている日向を、目を細めながら見ていた。 「確かに面白い男だ。追い詰められたら、そこから必ず何かやらかしてくる。」 だから目が離せないんだ、と珍しく牛島さんが饒舌だ。 「ふーん。じゃあ、あれをドシャットしちゃっても良いの?若利くんお気に入り虐めても泣かない?」 天童さんはふざけた事を楽しそうに話す。 「ああ、やって見たら良い。日向翔陽が羽を奪われ地に落ちたら、そこからどうやって這い上がるのか見てみたい。」 その言葉に、ゾッとしたのは僕だけではなかった。 白鳥沢の大平さんや川西さんも、目を見開き天童さんと牛島さんの2人を凝視していた。 「気持ち悪りー。」 思い切り吐き捨てるように呟いたのは、国見だ。 「人が苦しむのを見てみたいなんて、変態じゃん!」 「おい、国見!」 珍しく強い口調で言う国見に、金田一が慌てて腕を掴む。 「うっさいよ、らっきょ!」 離せ、ともがく。 そこへ。 「あきらー、俺は大丈夫だから。」 日向がピョコッと顔を覗かせ、笑顔を見せた。 「翔ちゃーん、あーマジ可愛い。」 金田一から逃れると、国見がガバリと日向に抱きついた。 おいおい、本音がダダ漏れてるよー。 ほら、牛島さんが羨ましそうに見てる。 次狙われるの君かもね。 「こんな練習試合、受けなきゃ良かったんじゃない?翔ちゃんが怪我したら大変だよ。」 今更何言ってんだ。と国見の言葉にイラッとした。 試合を受けた僕に対するイヤミか? 「ツッキー。」 さすが幼馴染。 山口はいち早く僕の気持ちに気づき、そっと側に寄ってきた。 それでも、僕の苛立ちは治らない。 「月島。」 日向が国見を背中に貼り付けたまま、僕を振り返って見る。 「大丈夫だよ。何度落っこちたってまた飛ぶから。だって、お前らが飛ばしてくれるんだろ。」 失敗は慣れてるし、と日向が山口にボールを渡した。 「おい、失敗しても良いけどよ。ゲ○は吐くなよ。」 うちの元祖空気を読まない男が、古い話を蒸し返す。 ちょ、ちょっと影山ー⁈ 今、日向の言葉で良い雰囲気になってきたのに。 でも、何だか笑えてきた。 「吐かねーよ!さっき食べたバナナが勿体ないし。」 「そうだぞ、あれはラス1のやつだったんだからな。」 おバカ2人は緊張感の欠片もない会話をしながらネット前に戻っていった。 山口のサーブが続く。 「山口、ナイサー!」 日向の高い声に、山口がコクリと頷き返した。 バッシーン! フワリと飛ぶボール。 今度はジャンフロだ、 「オーライ!」 さすが山形さん。 揺れるボールにも動揺せずに、安定したレシーブをする。 ボールはキレイにセッター位置へ。 白布さんが待っていた。 「俺に寄越せ!」 低い声がトスを呼ぶ。 絶対王者が飛び上がる。 ズバーン!! 「っ!ワンチ!」 真正面から牛島さんのスパイクを受け、僕の手がビリビリ痺れる。 勢いがほとんど弱まらず、ボールは国見を襲った。 「ゴメン!」 僕が手に当ててしまったせいで、軌道が微妙に変わってしまったようだ。 レシーブは上手い筈の国見が、ボールを弾いてしまう。 「カバー!」 山口、金田一、日向が走る。 しかしボールは体育館の壁に当たって落ちた。 「くっそー…。」 中学生と高校生の違いがあるとはいえ、圧倒的なパワーで頭を抑えつけられたような気がしてしまう。 ネット越し、牛島さんを見る。 絶対王者は、僕なんか眼中にない。 その目は日向を見つめ、『本物の左』はどうだと言わんばかりだ。 「ふぉー!すげぇーパワー!」 日向は素直に賞賛の声を上げた。 褒められた牛島さんは満更ではない様子。 しかし、それで終わらないのが変人コンビだった。 徐に日向と影山が手を繋ぐ。 そして2人して牛島さんに向かい。 「バルス!」 と叫んだ。 「あのお馬鹿二人組!」 何で今、ラピ○タの滅びの呪文なんだ? ほら、牛島さんキョトンとしてるよ。 しかし、違う人間が反応した。 「うわぁ、目が…目が見えない!」 「て、天童さん⁈大丈夫ですか!」 川西さんが慌てて駆け寄る。 天童さんは顔を両手で抑え、しゃがみ込んでいた。 「おー、牛島さんには効かなかったけど、天童さんには効き目あったみたいだな。」 「あの人、ムスカだったのか…。」 影山、それ違うから。 よく見ると天童さんの背中が揺れている。 「天童…?」 牛島さんが、天童さんの肩に触れようとした時だった。 「嘘だよーーん!」 ピョイッと跳ね起きる天童さん。 「駄目だよ、君たち。飛行石持って無いじゃん。」 それじゃあ滅びの呪文の効果はない、と変人コンビに指を振る。 「そうだ…。呪文だけじゃ駄目だったんだ。」 ガーン!と音が鳴りそうな顔を日向がする。 影山はそっと僕を振り返った。 この間、僕の家で見たんだよね、ラピ○タ。 2人が釘付けになっていたのは知っていたけど、こんなにも気に入っていたとは。 「天童、飛行石とはなんだ?日向翔陽があんなに飛べるのは、その石のおかげか?」 向こうのコートではど天然、牛島さんが真面目な顔で天童さんに尋ねていた。 「んー、若利くんラピ○タ知らないのかぁ。俺DVD持ってるから、今度一緒に見ようね。」 あのチビちゃん、飛行石は持ってないみたいだよ、と楽しそうな天童さん。 「天童さん、ふざけてる場合じゃないですよ。」 イラついた声で白布さんが、天童さんを窘めた。 「日向、影山。試合中のラピ○タは禁止だからね。」 こちらもキャプテンと正セッターを叱らなければいけない。 僕が2人の後頭部をペシッと叩いた。 「「はーーい。」」 素直に返事をした2人だったが、ちゃんと分かっているんだろうか。 不安になってしまう。 だって、 「やっぱアンパン○ンのほうが強いんじゃね?」 「お前、ドラ○もんさんのポケット舐めんなよ。」 守備位置につきながら、日向と影山はそんな会話を交わしていたからだ。
白鳥沢高等部との練習試合真っ最中です。<br /><br />牛島さんがなぜ日向を気にするのか、というお話です。<br />うん、そういう話の筈なんです(笑)<br />どうしても、ついつい変人コンビに何かやらしたくなる悪いくせが発動してしまいました…。<br /><br />たくさんのフォロー、ブックマークをありがとうございます。<br />ゆっくり更新が続きますが、待っていて下さいね。
最凶の3年生 モンスター編 5
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10062391#1
true
ついったログやら短文小ネタなどの詰め合わせです。 ①絡新婦パロ(綺雁)→[jump:2] ②サイト拍手「人は猫を理解できない」(時雁・綺雁)→[jump:3] ③コックロー痴さまの素敵呟きに便乗したもの(ギル×ショタ雁)→[jump:4] ④「9RTされたら乳首をいじられてる時雁を描きましょう」というついった診断で9RTされて書いたもの。手直ししたらだらっと伸びた。「君よ紅に染まれ」(時臣×黒雁)→[jump:5] ⑤エア花見しながら書いたもの。「わたしのサーヴァント」(黒桜×鯖雁)→[jump:6] ⑥ついったに垂れ流した短文。(綺雁・切雁・時雁・バサ雁)→[jump:7][newpage]絡新婦パロ 「貴女が、蜘蛛だったのだな」  低く豊かに響く綺礼の声に、婦人は困ったように首を傾げ――それから、微笑った。貞女が浮かべるに相応しい控えめな笑みは彼女がいつも浮かべていたもので、だが今は、常にそこに付き纏っていた翳りが消えている。 「……あ、おいさん?」  初めて目にした彼女の表情に、雁夜はもつれる舌を無理矢理動かし、たどたどしく彼女の名を呼ばわった。 「なあに? 雁夜くん」  彼女は――遠坂葵は、童女のような無邪気さで雁夜を見つめる。ここにいるのは確かに雁夜の幼馴染みの葵であるはずなのに、何故だか今の葵は雁夜の知らない別人のようだった。 「…神父の、言ったこと、」 「ええ、本当よ」  否定を期待して搾り出した問いは呆気なく肯定され、雁夜は愕然と葵を見返した。長い髪をまとめて結い上げた葵が着ているのは黒い着物、喪服だ。そう、葵の娘である凜と桜の喪はまだ明けていない。連続殺人犯に殺された姉妹は幼い頃から雁夜に懐き、本当の家族のように慕ってくれた。 それなのに、葵は今何と言った? 綺礼は以前、少女たちが無惨な死を迎える道筋を整え、紡ぎ、誘ったのは蜘蛛だと言った。蜘蛛こそがこの事件の真の首謀者である、と。だから雁夜は誓ったのだ、蜘蛛を暴き出し、必ず報いを受けさせてやる、と。  ――それ、なのに。  姉妹の母である葵が蜘蛛だと綺礼は断言し、葵はあっさりと頷いた。 「そ、んな――嘘だ、嘘だろう葵さん! 凜ちゃん、桜ちゃんは葵さんの娘だろ、なのにどうして!」  一言一言、激情を言葉に変えて吐き出す度に、ぐらぐらと眩暈が雁夜を襲う。酷く寒くて震えが止まらない。定まらない視界の中で葵が心配そうに手を伸ばしてきたのが見えたが、雁夜は咄嗟にそれを打ち払った。「っ、」  その反動で雁夜は後ろへよろけ、いつの間にか背後へ来ていた綺礼に抱えられるようにして躰を支えられる。 「落ち着け、雁夜」 「離せよ、神父っ、」 「離せないな。お前はまだ本調子ではない」  言って綺礼は雁夜の左頬を撫ぜた。雁夜の顔の左半面、眉の上から目を抜けて頬に走るのは醜く盛り上がった傷痕である。桜を救わんと殺人犯に立ち向かい、殺人犯の持つ錆びた刃物を受けて、雁夜は視力どころか左目自体を失い、消えない傷痕を負った。だが、そこまでしても結局、桜の命は救えなかったのだ。桜が目の前で息絶えていく絶望は、今なお鮮明に雁夜の心を蝕んでいる。 「嘘、嘘だよな葵さんっ、ねえっ!」  綺礼の腕の中から子供のように喚く雁夜を痛ましそうに見つめ、葵はゆるゆると頭を振った。「嘘じゃないわ、雁夜くん。私が、蜘蛛なの」 「ぁ……」  雁夜の躰から力が一気に抜ける。その痩躯が落ちないようしっかりと抱え直しながら、綺礼は葵をひたりと見据えた。 「目的は、遠坂の血を絶やすこと――と私は解釈したが」 「その通りです、言峰さん。貴方には目的だけでなく、私がこんなことをした理由も解っているのでしょう?」 「さて、それはどうかな。あまり買い被られても困る」  軽く肩を竦めた綺礼に、葵はそれまで浮かべていた笑みを消し、明らかな憎しみを込めた視線を投げた。 「本当に嫌な人。雁夜くんにだけは秘密にしておきたかったのに」 「葵さん……」  自分の名前が呼ばれたことで、項垂れていた雁夜が顔を上げる。涙に濡れた瞳に自らの姿しか映り込んでいないことに恍惚にも似た満足感を覚えながら、葵はもう一度微笑んだ。「ごめんなさい、雁夜くん。私は時臣さんも、凜も桜も愛していたわ。だけど、何があっても殺さないと断言できるほどには、愛していなかったの」  その告白にじわじわと見開かれていく雁夜の瞳を見ながら、葵は心底からの笑顔を浮かべたのだった。[newpage]人は猫を理解できない  簡単な魔術儀式を行うのに必要な薬草を摘むために時臣が薬草園に赴いた時、そこには先客がいた。娘であり弟子でもある凜と、凜の兄弟子に当たる綺礼が何やら話をしている。 「いい? 猫っていうのはね、すごーくケイカイシンが強いのよ! 綺礼みたいな大きなのがいきなり近付いたら、逃げちゃうに決まってるわ!」 「そうか。次は気を付けよう」  自分よりも年嵩で躰も大きな綺礼相手に、凜は物怖じせずにずけずけと言葉をぶつけていく。綺礼もまた妙に畏まった風に凜の言葉を聞いている様子が何ともおかしくて、時臣は微笑を浮かべながら弟子たちの間に入った。 「二人揃って何の話をしているのかな?」 「あ、お父様!」 途端に凜の顔がぱっと輝く。対照的に綺礼は黙して礼をしたのみだ。この弟子が寡黙なのはいつものことだったが、何故か時臣はそこに奇妙なものを感じ取った。しかしその感覚に見合う名前が見つかる前に、凜が勢いよく喋り出してしまう。 「あのね、お父様、綺礼が猫を拾ったんですって! でも綺礼は猫のこと全然解っていないのよ、猫には人間が飲む牛乳をあげちゃ駄目だとか、構いすぎちゃ駄目だとか!」 「そうか、猫に人間用の牛乳をやってはいけないとは知らなかったな。それにしても、その猫を使い魔にでもするつもりなのかい、綺礼?」 「いえ、そういうつもりではありません」  恐らくは猫を飼っているクラスメイトからでも得たのだろう知識を披露する凜に微笑みかけてやってから、時臣は綺礼に視線を向けた。相変わらず感情の読み取れない目で綺礼は首を振ったが、ならば彼は意外に動物が好きなのだろうか? 内心で時臣が首を傾げていると、スーツの裾をくいくい、と凜が引っ張ってくる。「あの、お父様。お父様は何のご用事でここへ?」 「ああ、薬草を摘みにね」 「! それなら私がやるわ! どれを摘めばいいのですか?」 「では凜。魔女の軟膏を作るための薬草を摘んできてくれるかな?」 「はい!」  広い薬草園を凜がちょこまかと駆け回り、必要な薬草を摘み取るのに要した時間は十五分弱。全てを一人でやり切った凜の顔は興奮と喜びに輝いていて、時臣は凜の期待通りに師として彼女を褒め、ついでに薬草の保管も指示すれば、凜は二つ返事で頷き、薬草を抱えてぱたぱたと工房へと走っていった。 「猫、か……」  その凜の後ろ姿を見つめながら、時臣はふと呟く。傍らの綺礼が物問いたげに見遣ってきたのに気付き、時臣は軽く顎を引いて頷いた。「……私も昔、猫を愛しんでいたんだ。随分と痩せっぽちの黒猫でね、なかなか私には懐いてくれなかったが、私はとてもその猫が好きだったんだ」 「その猫は、今は?」 「うん、いきなり逃げられてしまって、それきりだ。あの時は大層悔やんだものだよ、室内飼いにしていれば、とね」  懐かしく痛みを伴う記憶に、時臣は目を細めた。本当に、あの時ほど後悔したことはない。室内に閉じ込めていれば、首輪を付けていれば、今でもあの猫は時臣の傍らにいてくれたかもしれないのに。 「未練がありますか、師よ。しかし、猫の方はあなたを憎んでいるやもしれません」 「そうかも、しれないね。猫の心を理解する術を私は知らない。……人は、猫を理解できない」 燦燦と陽射しが降り注ぐ薬草園のただ中で、二人の男は暫し沈黙の内に身を置く。奇妙に冷たい空気が流れ、そうして声を発したのは時臣が先だった。 「……綺礼。君が拾った猫は、黒い猫かい?」  時臣はその青い眼を怜悧に光らせ、じっと綺礼を見つめる。綺礼は真正面からその眼差しを受け止め、口元に微かな笑みを浮かべて答えた。 「いいえ、師よ。私が拾った猫は、白い猫です」[newpage]ギル×ショタ雁  既に、日は地平に沈んだ。夕焼けの名残の赤光は未だ西の空を彩っているが、それもすぐにひたひたと世界を満たし始めている夕闇に呑み込まれてしまうだろう。  そんな曖昧な端境の時間を、未遠川の川縁で英雄王は楽しんでいた。人の手が一切入っていない川縁の土は湿り気を帯びて靴を汚し、野放図に膝丈まで伸びた雑草は足に纏わり付いて、英雄王の歩みを妨げる。それらを無慈悲に踏み付け蹂躙しながら、英雄王はこの世全ての財と同様、彼のものである世界に流れる時の流れを楽しんでいた。川の上を渡って吹く風は冷たく、英雄王の金糸の髪を散らし、雑草をざやざやとざわめかせる。  その風の行く末を追おうと視線を流したのは、英雄王にとって気まぐれでしかなかった。草を揺らすことで姿を現した風は一直線に土手側へと駆け抜けてまた姿を消そうとする。しかしその直前、小さな掌によって千切られた葉がばら撒かれた。あまりにも軽いそれを風は容易く巻き上げ、くるくると円舞を踊らせる。「…………」  何処へとも付かぬいずこかへ運ばれていくそれらを最後まで見送ってから、英雄王は徐に視線を落とした。緋色の眼差しが射抜くそこには、未だ空を見上げ続けるこどもが一人。  英雄王には膝丈までの草叢にこどもは腿までを埋め、片手で折り潰してしまえそうな細い首をほぼ直角に上げ、どこか茫洋とした眼を宙に据えている。細い首に相応しく、こどもの躰はどこもかしこも薄く痩せていた。年の頃は十かそこらか、明らかに躰と衣服のサイズが合っておらず、シャツの袖は幾重にも折り曲げられ、裾も腹を通り越して腿までを覆っている。  だがそれらの事柄よりも、英雄王は彼の白く染まった髪と、こちら側に向けられた左頬にのたくる瘢痕、そして白濁した左目に興味を惹かれていた。「おい、そこなこどもよ」 「なに?」  他者へ命じることに慣れ切った傲慢な調子の英雄王の言葉に、だがこどもは反発するでもなく無邪気に反応する。躰ごと向き直ってきたこどもの目は左は白、右は黒と異なる色合いを乗せていた。 「今の手遊びはお前が考えたことか?」 「てすさび? よくわからないけど、風はどこへ行くのかな、って思ったからやってみたんだ。おにいちゃんには見えた?」 「ああ、見えたとも。この目は遥けき彼方をも見通すのだ」  言葉を交わしながら近付けば、こどもの身の丈は英雄王の胸にやっと届くほどしかなかった。二色の視線で見上げてくるこどもに、英雄王は僅かに笑う。彼はもともと子供好きだ、聞き分けの良い子供なら尚更のこと贔屓にしたくなる。「こどもよ、なかなかにお前の着想は見事だった。だが風の行方を知りたいと言うのなら、何故昼間に試さぬのだ? 我の眼ならともかく、お前のその目には些か酷であろうよ」  こどもの白濁した左目には既に視力などないのだろう。現に英雄王の歩みに連れてこどもの右目は焦点を合わせたのに、左の目は全く反応を示していなかった。 「うん、そうなんだけど…」  英雄王の指摘に、こどもは頷き、戸惑うように視線を伏せる。  こどもの躊躇いは、十秒ほど場に沈黙を落としただろうか。残光は一切を夕闇に塗り潰され、あと一時間もすれば丸々と肥え始めた月が姿を現して夜闇を支配するだろう。 「あのね、」  そうしてこどもは真摯な眼差しで英雄王を見上げ、口火を切った。「お日様はおれを溶かすから、おひるまは遊んじゃいけないんだ。けど、お月様がでるとほっさがでるから帰らなきゃいけないんだ。おにいちゃんもそうなの?」 「…………」  こどもが言ったことを理解するのに、流石の英雄王も暫しの時間を要した。しかしじわじわとこどもの言葉が脳に染み渡るに連れ、英雄王の唇はいっそ禍々しいまでの笑みを刻んでいく。  ――面白い、このこどもは面白い。我の無聊を慰め、寵を受けるに相応しい者を我は見つけた。  英雄王は強引にこどもの腕を掴み、予想通りに軽い、軽すぎる躰を腕の中に抱き上げた。 「こどもよ、お前の名は何と言う?」  ぱちくりと瞬きを繰り返すこどもに歌うように問い掛ければ、こどもは英雄王の笑みに応えるように、けれど真逆の色を乗せて笑い返してきた。「おれは雁夜。おにいちゃんは?」  あどけない問い掛けに、英雄王は高らかに答える。 「我の名は、英雄王ギルガメッシュ。雁夜よ、我はお前を気に入ったぞ!」[newpage]君よ紅に染まれ 「……時臣、ぉ、まえ、さ…」 「何だい? 雁夜」  平静さを保とうとする雁夜の声は必死の虚勢を孕んで、けれどその意固地さは逆に私の中の悪戯心を刺激する。私は綺麗な輪郭を描く雁夜の耳殻に唇を這わせながら、吐息を過分に混ぜた囁きで雁夜に応えた。私の声を雁夜は至極気に入っている。それを彼は絶対に口にはしないけれど、ほら、そんなに肩を震わせては意味がないよ? 「どうしたのかな?」 「…………」  笑い含みに囁きを吹き込めば、俯きがちに黙り込んでしまった雁夜の耳は更に赤みを増す。背後から抱き込んでいる体勢のせいで雁夜が今どんな顔をしているか知ることはできないけれど、きっと悔しそうに唇を噛み締めているのだろう。私の雁夜はひどく負けず嫌いだから。「君は、私に何をしてもらいたいんだい? 言ってくれなければ、解らないよ……」  ゆっくりと区切るように言葉を綴りながら、私は腕の中の薄い雁夜の背に躰を寄せる。そうしている間にも、指先の動きは止めなかった。  人差し指と親指で小さく尖るそれを挟み、擦り、軽く引っ張って雁夜がぴくんと背を反らしたところで不意にぐっと押し潰せば、 「ひっ、ぁ、あ!」  いきなりの強い刺激に、雁夜が大きく啼いた。同時に躰も逃げ出したいように前へと倒れるけれど、私はそれを許さない。傾く背骨の山脈の始まる部分へ口づけを落としながら、私も雁夜へと追い縋った。 「そんなに気持ち良かったかい?」 「……はっ、ぁ……、」  雁夜は答えない、答えられない。だけれど、小刻みに震える躰で、荒く弾む息遣いで、雁夜は私に答えていた。是と、諾と、私の言う通りだ、と。「気持ち良いのなら、素直に声を出せばいい。恥ずかしがることはないだろう、私たち二人だけなのだから」 「……っ!」  私の言葉に、一瞬にして毛を逆立てた猫のように躰を緊張させた雁夜は、髪がぱさぱさと鳴るほどに首を振って否やを唱える。その子供めいた仕種に、私は思わず苦笑してしまった。  既に先程の一声で、理性の堤には致命的な皹が入っているだろうに、雁夜はひたすらに頑なだ。これだけ閨を共にしても、何度躰を重ねても、物慣れない挙措が雁夜から抜けることはない。 「全く、君はいつまで経っても強情だね」  抑えることに意味などないのに、むしろそれは私を煽り立てる効果しかないというのに、君は本当にそれに気付いていないのか。いや、もしかしたら解っていてそうしているのだろうか?「雁夜」  私は彼の名を囁きながら、固く尖ってはいるが特有の柔らかさを失わないそれを玩ぶ。雁夜のここを弄るのは、最近の私の気に入りの行為だった。指先だけで捏るのではなく掌全体で宥めるように平らな胸全体を撫で擦れば、つん、と引っ掛かってくる感触がとても可愛らしい。唇と舌でも愛しんでやりたいけれど、それはまた後で、と私は代わりに雁夜の項を軽く吸った。 「ふっ、ん、ん…っ」  優しい愛撫に、雁夜の躰が物足りないようにくねる。彼が軽い刺激よりも強い刺激を好んでいることなど百も承知だが、私はあえて雁夜の望むものを与えなかった。慣れというものは、簡単に物事を退屈に堕してしまう。それは私にとって非常に好ましくないことだった。 やっと手に入れた大切なもの、愛しい君と過ごす時を、いつまでも私は楽しんでいたい。 「雁夜……」 「や、あ、あっ!」  ああ、私の手の思うがままになっているその部分は、今はどれほど赤みを増しているのだろう。白に映える赤を、私の好きな色を想像しながら、その部分の先端をこじるように爪先を食い込ませれば、悲鳴にも似た嬌声と一緒に雁夜の躰が今度は大きくのけ反った。そうして私の胸に背を押し付ける姿勢になった雁夜は、少し躰を離し、ゆっくりとその細い首を私へと振り向かせてくる。 「……き、ぉみ、」  ようやく見ることのできた雁夜の顔は、私が予想していた通りの表情を浮かべていた。  頬を赤く上気させ、顰めた眉の下の瞳に涙を滲ませて、唇を小さく震わせて。屈辱とせめぎ合う羞恥、その下から顔を覗かせる情欲の紅に、目眩がしそうだ。「雁夜? 君は何が言いたいんだい?」  微笑んで額を合わせれば、雁夜は堪え切れない、とでも言うようにぎゅ、と固く目を瞑る。その拍子に、潤みが涙の珠になってころりと雁夜の頬を転げ落ちた。それが、陥落のきっかけになったのだろうか。 「時、臣の、意地、わる…っ、も、俺、……」  暫しの間を置いて、はくはくと震えていた唇から押し出された声はか細く震え、それでいて目眩を覚えるほどに甘くて。  お願い、と続いた懇願を押し戻すように、私は衝動のままに雁夜に口づけた。  ああ、全く優雅ではないね。だが君が相手ならそれも悪くないと思えるほどに、私は君を愛しているよ。[newpage]わたしのサーヴァント 「知っていますか? 桜の花は短い間に蕾から花が咲いて、そして散っていくでしょう? あっという間に変化していく性を持っているから、『化生の花』とも呼ばれるんですって。……本当、わたしにぴったりの花ですよね」  草木も寝静まる真夜中の未遠川、絶え間無い水のせせらぎを聞きながら、川べりに咲く桜並木をわたしは見上げた。花は八分咲き、満開にはまだ少し足りないけれど、これはこれで風情があっていい。  星も月も、街灯すらない夜の暗闇の中で、桜の花はそれ自体が発光しているかのように仄かに白く浮かび上がって、美しく妖しくわたしの心を掻き立てる。  まるで化けるように姿を変える花、化け物の花、物の怪の花。そんな花だから、根本に死体が埋まっていたっておかしくはないでしょう?「ねえ、そうは思いませんか?」  わたしは自分の名前と同じ花の下でくるっとターンして、いつもわたしの後ろに、影のように付き従う彼に問い掛けた。 「……そんなこと、ないさ。さ――、マスターはとっても可愛い女の子だよ」  気弱そうに微笑む彼は白い髪に白い肌、その躰にまるで蟲が這いずり回ったかのような真っ赤な呪印を浮かび上がらせて、それは顎から左の頬を通って瞼までを炎みたいに埋め尽くす。わたしは綺麗だと思うのに、だけど彼はそれを隠すようにローブの頭巾を深く被っていた。  ローブの色は漆黒、そこに呪印と同じ真紅が魔術回路のような筋を描いている。ぞろりと長い裾は幾つも入ったスリットのせいで帯みたいな形状に分かれて、その先は完全にわたしの影と同化していた。 彼はわたしが呼び出したサーヴァント、そのクラスはシールダー。本来聖杯が擁する八つの座のどこにも位置しない、イレギュラーな盾のサーヴァントだ。 「ふふ、わたしのことを可愛いなんて言うのはあなたくらいです」  始まりの御三家のひとつ、間桐家に生まれ、母親の乳ではなく蟲たちが吐き出す体液で育てられてきたわたし。お爺さまの蟲たちを自分が生み出した蟲たちで駆逐して、ついにはお爺さま本人をも手に掛けて間桐の家を自分のものにした、こんなわたしが可愛いなんて。 「もう、あなたは嘘吐きなんですから」 「…………」  下から彼の顔を覗き込んで、その唇を人差し指で塞ぐように突くと、シールダーは困ったように眉を下げた。ああ、ほら、わたしなんかよりあなたの方がよっぽど可愛いじゃないですか。 この冬木の地で、約六十年の周期を経て行われる聖杯戦争。今回五度目となる、開始まであと一年を切ったそれにわたしはいち早くマスターとして選ばれ令呪を授かり、そして二年前に彼を召喚した。何の聖遺物もなしに臨んだ召喚で呼び出された彼は、何故かわたしを見た途端に顔を今にも泣き出しそうに歪めて。  同時にわたしも、彼を見た瞬間に何か訳の解らない衝動が胸の内から爆発的に噴き上がって思わず涙を零してしまったことは、今でも忘れられない記憶だ。  ――どうして、どうしてこんなにも彼のことが愛おしいんだろう。長い間ずっとずっと待ち望んだ、大切な誰かからの手紙がやっと届いたような、嬉しくて切なくて幸せな気持ちが胸を満たして。 多分、その瞬間にわたしは彼に恋をしていたのだ。 「ねえシールダー、絶対に勝ち残りましょうね、誰を泣かせても、誰を殺しても。そうしたらわたし、あなたとずっと一緒にいられるように願いますから」 「――うん。俺の持てる限りの力で、…マスターに勝利を約束するよ」  わたしの言葉に、シールダーは眉を顰めてすごく悲しそうな顔をして、それから困惑が抜け切らない顔で微笑んでくれる。あなたは優しいから、わたしがこんなことを言うのが嫌なんですよね、ごめんなさい。だけどわたしはあなたの全部が好きだから、笑わせたいし困らせたいし、泣かせたりだってしたいんです。 「あーあ、早く聖杯戦争が始まればいいのに。待ち遠しいなぁ……」 夜桜の下をわたしは歩く、影とシールダーを引き連れて。浮き立つ心のままに、くすくす笑ってくるくる回る、ああ、楽しみ、とても楽しみ。  わたしは根源へ到達することに何の意味も感じないし興味もないし、でも他人に殺されるのは嫌だから、この戦争では降り懸かる火の粉を払うだけのつもりだった。  だけど今はわたしにも望みができたの、他の何に代えても叶えたい願いが。聖杯はこうなることを見越して、わたしに彼を召喚させたのかしら。 「シールダー、わたしの願いが叶ったら、あなたもわたしのことをマスターじゃなくて『桜』、って名前で呼んでくださいね!」  それからその時には、きちんと『わたし』を見てください。そして、あなたを真名で呼ぶことを許してください。 ……本当は、わたし、解ってしまっているんです。シールダーがわたしを通して別の誰かを見ていることを。それはきっとわたしにそっくりな、だけど全く違う別の誰かだってことを。  多分、その誰かはわたし。わたしだけどわたしじゃない、別の世界のわたし。  かの時の翁、シュヴァインオーグを大師に持つ遠坂先輩なら平行世界について詳しいだろうけれど、でもそんなことはどうでもいいの。  だって、この時間、この世界、この因果律の流れの中で、今、彼を独占しているのはわたしだけなんだもの。  わたしのところに来たならば、もう誰にも渡さない、邪魔はさせない。  彼はわたしのサーヴァント、わたしだけのサーヴァント。  ――恋しい、愛しい、わたしのすきなひと!〜設定〜 間桐桜 ・平行世界の桜ちゃん。この世界では最初から間桐鶴野の娘として産まれたサラブレッド間桐の娘。その素養の高さに狂喜した臓硯に赤ん坊の頃から蟲蔵にぽいされて育ち、骨の髄まで間桐に染まりきっている。 ・14歳の時に、間桐の一族としての教育を押し付けてくる臓硯を「うざい」と返り討ちにし、毒にも薬にもならない鶴野と慎二を家から追い出して、間桐邸で一人暮らし。掃除とかは週一で通ってくる使用人にさせて、料理は自分で作る。 ・学校では物静かな大人しい少女として過ごし、部活も帰宅部。よって士朗との縁は一切ない。凜とはご三家という間柄以上の付き合いはない。士朗や凜としがらみがなく、シールダー以外の他者への興味も薄いため、情に一切流されません。・この世界ではもともと間桐雁夜という存在がいないので、間桐は四次聖杯戦争には参加していない。多分雁おじのいない枠はバゼットさんみたいな人が埋めていた。その他はほぼ本筋通りに物語は進行。聖杯のかけらも臓硯によって拾われ、桜の中に埋め込まれる。 シールダー(真名:間桐雁夜) ・雁おじを何の鯖にしよう、バーサーカー? アヴェンジャー? と色々悩んだ挙げ句、キャスターに決めかけて、でもPS版攻略本の巻末に載っていた、没鯖の盾兵に変更。 ・盾兵って言ってもロー・アイアスや鏡の盾などを宝具として持っている訳ではない。アンリマユの気まぐれで生み出されたイレギュラーサーヴァントなので、盾兵っていうのは便宜上としてのクラスでしかない。服のひらひらで物理攻撃防ぐわ、魔力攻撃吸収するわ、相当ひどいチートキャラ。・でも元々がただの魔術師紛いの人間なので、他のきちんとした英霊のサーヴァントと比べるとめちゃめちゃ弱い。 ・ランクは軒並みC〜Eの底辺だが、耐久力だけはEX。つまり雁おじの盾は自分の躰。サーヴァントとしては例外的に心臓刺されても死なないので、エミヤさんとかギルガメッシュの宝具にざくざく刺されても大丈夫。でも痛みを感じない訳ではない。 ・そういう風に自分の身を削られて助けられることが相手にどんな気持ちを抱かせるのか、というところには一切思い至らないのが間桐の自己中クオリティ。[newpage]ついったで流した短文 【監禁・綺雁】「今思えば、私はお前の非力な腕で殴られたり、脚で蹴られたりするのが好きだったようだ」「……邪魔だって言って切り落としたくせに」「そうだったな。だが、私から逃げる手も脚も、お前には必要のないものだろう?」 【監禁・切雁】「昔は葵さんと凜ちゃんと桜ちゃんと、よく公園で遊んだんだ。懐かしいなあ……、桜ちゃんがね、花冠作ってくれたりしてさ」「じゃあ今度、僕がその公園の写真を撮ってきてあげるよ」「ありがとう、切嗣さん。切嗣さんがどこにでも行ってくれるから、俺はどこにも行かなくていいんだね」 【監禁・時雁】「好きだ、雁夜」「……やめろよ」「好きだよ、雁夜」「だからやめてくれ。お前にそう言われると、縛られてる訳でもないのに苦しいんだ、すごく息苦しくて、……出ていきたくなくなるだろ」「雁夜、私は君を愛しているよ」「……時臣の、大馬鹿野郎」【監禁・バサ雁】「駄目です雁夜は外に出てはいけませんベランダでさえも駄目です、買い物なんて以っての外です、私が行きます、仕事は在宅で出来るものに切り替えてください、私もそうしますからいつも雁夜の一番側であなたを守りますから、だから雁夜、ずっとずっと未来永劫私と一緒にいてください」 【替え歌】 今日もいつもの魔力不足 躰が痛くなっちゃうよ いつもの時間の いつもの路地裏 神父は今日も元気だね 神父が俺を貫いて 激しくピストン繰り返す 魔力が躰を満たしてく ああ腹はこんなに熱いのに 躰こんなに気持ちいいのに 蟲どもとっても喜んでるのに どうしてこんなに辛いの 魔力魔力魔力魔力 愛情不足!
ついったのログや短文、小ネタを詰め込んだものです。カプは綺雁、時雁、切雁、バサ雁、ギル雁、桜雁、と多種多様な仕様になっております。それから5/4SCCでの発行部数が読めないので、よろしければアンケートにご協力ください!
ログ短文小ネタ詰め合わせ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006245#1
true
目が覚めると、そこは余りにも消毒液をぶちまけたような嫌な匂いの蔓延する部屋だった。左手には点滴が刺さっている。天井は白い。ああ病院だ。 なんだ死に底なってしまったのか、とゆっくりと体を起こしてみたが、死に底なったというには釣り合わない軽傷さに違和感が酷く、色々と噛み合わない。 思わず額に手を当てて悩んでみると、包帯に触れる。なるほど体は元気なはずだ。頭がやばいのか、そうかそうか。 とはいえ元気かどうかは医者が判断することであり、素直にナースコールを推すか押すまいか逡巡し、結局押さない選択をした。状況の把握に努めることにしたともいう。しかし点滴は引っこ抜く。健康体には不要であるし、なによりわたしを監視をしているのならすっ飛んでくるであろうしナースコール代わりなる、一石二鳥だ。良い子は真似しないでね。 自由になった両腕を早速振り回し自由の確認をしてからそっと胸に手を当てて自問自答開始する。 ここはいったいどこでしょうか? ──地名はわかりません。しかし病院であるとは推察されます。それも警察病院。 なぜ警察病院だと? ──わたしが悪い奴だからです。 瞬きする間に終了した。 悪いやつなので、捕まったのだ。その際頭に怪我をした。QED。 きっと頭を打って昏睡し、やむなしに入院させられたのだ。これから事情聴取パラダイスなんだろうなあと気を重くしつつ、ちらりと目を向けたサイドテーブルの賑やかさに二度見、いや三度見をした。 わるいやつ、めっちゃ見舞われてるんすけど。 拘置所への手土産か?気の利いた方がおまわりさんの中にいらっしゃるようで? なんて一人で脳内でひとしきり文句を付けてから、おかしなものがないかチェックをしていく。ここにあるということは厳選なる審査を潜り抜けてきた見舞い品なのであろうが、わたしに花や菓子を送るまともなやつがいるわけがない。っていうかわたしがここにいるなら送ってくるやつもみんなもれなく捕まっている筈だ。 どこの差し金かなあ。と対象をピックアップしつつ思わぬ代物の発見に手が止まる。 す、スマホだあ…警察さんチェックがばがばすぎない? 勿論わたしのものではない。ラインストーンでごってごてのカバーを付けたスマホを持つ工作員なんていてたまるかよ。 折角わるいやつを捕まえたのにこんな情報の塊と共に放置していいのかい警察さん。っていうか点滴引っこ抜いたら即人が来るかと思ってたんだけどそれも併せてどうなんだい。誰も来やしねえ。 それとももしかしてわたし、下っ端だと思われているのかな?数年前に壊滅した某黒い組織程じゃないが、中々に悪いことをしている組織の、中々に悪いことをしているやつなのだけれど。 そしてブラフだとしてもそれはそれとしてこのスマホを活用したい。圧倒的情報不足だ。 一先ず充電がされているのかの確認に電源ボタンをかちりと押す。すぐにディスプレイが表示される。 おなじみのロック画面。 充電残量89%。 回線は4G良好。 ──日付は何故か1年後。 なるほど日付はSIMカードの関係等でバグがおきているのかもしれない。過去にもそういう事例はあった。やはり罠なのだろうか。いえーいみてるぅ?まんまとつられてやってんぜ! とりあえずSIMを一度引っこ抜こうかとスマホを回転させた際、ホームボタンに親指が触れたのは意図した行動では勿論ない。 ──だが、それでロックが解除された。 ──わたしのものでないスマホの指紋認証ロックが、わたしの指紋で解除された。 これはいったいどういうことだ。 「誰だよテメー……」 ロックを解除したてのスマホを早速有効活用し、インカメラ越しにこちらをがん付ける困惑した派手な女のことを、私は知らない。 それでもごてごてのスマホもサイドテーブルいっぱいのお見舞い品も──この体も、このカメラに映る知らない女のものであることは理解ができた。 じゃあわたしは誰なんだ?なんで警察病院にいるんだ? わるいやつだけどこの状況はさすがにわたしにもこのセリフを使用させて頂きたい。 たすけてポリスメン!!!!! ********* ポリスメンはパパだった。だから警察病院のすごく良いグレードの個室に入院していたそうで。因みに頭から階段から落ちて運ばれて半日後らしい。なるほどな。 このガワの持ち主のバカ女さんはは個人情報もリテラシーもがばがばで、スマホ一つで丸裸も同然だった。なんでも知ってるよ君の事……状態である。 なので対照的にしっかりとした倫理観をお持ちの警察官の恋人がいることもわかっている。お見舞いに駆けつけてこないことでお察しの恋人()である。写真も1枚も撮らせてもらえていないみたいだしね。 恋人()のれぇくんとやらとのラインのやりとりはそれはもう笑わせて頂いたものだ、メンヘラ酷すぎわろた的な意味で。 そして大事なことであるが、記憶喪失であるという体裁を取らせて頂いた。 明らかに別人格のわるいやつが今メンヘラお嬢様の中の人であることはもちろん伏せている。なのに過保護に入院続行である、健康なのに。 それに対しれぇくんとやらははまたメンヘラが気を引こうとしてるんだなあくらいにしか思っていなさそうで頑なに見舞いには来ない。でも多分そろそろパパさんに行けよって言われて渋々現れるのではないかと思う。 記憶喪失の恋人の見舞いに一度も行かないなんて、外聞が悪すぎるからね。おまわりさんも大変だ。 だが恋人()だとかそんなものは取り敢えず死ぬほどどうでもいいので、身内ではないが融通の効く警察の方に中の人から自供ををきいてほしいのだが。早く来てくれないかな。 警察のお偉いさんである父親に中の人からのお話をしてもいいと言えばいいのだが、縦社会に逆らえずこんなばか女の恋人、いやもう世間的には婚約者にさせられて長いものに撒かれてしまった若手の方が、この突拍子もないお嬢様の精神のっとり犯のっはなしを聞いてくれるだろうという算段である。丸め込まれてくれそうともいう。 ちなみに調べた結果、わたしが先日目覚めてから今は1年後で間違いなく、そして1年前までわたしという存在が確かに存在したというい情報は得た。 特に法に触れる調べ方をしたわけではない。 このバカ女のスマホで「自分の所属していたわるいやつらの団体」が、1年前に警察の介入を受け解体したことは世間一般的なニュースで確認できたからだ。 そこで考えても見て欲しい。そして名推理を披露させて欲しい。 一年後の今、バカ女の体に私の精神がINしているのならば、 ──1年前の警察介入のどたぼた騒ぎの際に、わるいやつらの幹部だった私の体にはバカ女の精神がINしていたのでは? いた、と過去形なのは簡単だ。 そんな状況で幹部の様子がおかしくなったら、テメーの手引きかよ!ってなってぶっ殺されているとしか思えない。というかメンヘラがわたしの体に入ってどうなるかなんて………さようならわたしのガワ…… 話が逸れた。 つまりそこそこ圧力のかけやすそうな、でも将来有望で出世を望まれるくらいの地位にいるれぇくんとやらに権力を駆使していただいて、速やかに密やかに確証を取らねばならい。 わたしは、きちんと殺害されているのかを。 恐らく公安案件になっているであろうから、一介の警察官であろうれぇくんとやらには無茶を要求することになるが、すべてがおわればこのバカ女から解放して差し上げるので頑張ってほしい。 つまりはやく接触を試みたい。 「記憶がないというのは本当なのか」 ──と思っていた浅はかな時期がわたしにもありました。 音もなく侵入してきた若い男は、仕立ての良いスーツを身に付けておりそれなりの地位をうかがえた。 でも若い。頭は冷静に理解したたき出す。これがれぇくんとやらであると。 だが視覚情報をダイレクトに受けて口は言うべきではない思ったことをこぼしてしまう。 「かの組織の探り屋バーボンが日本警察の回し者だったというのは、本当だったのか……」 …………………….、 空気が変わったのを肌で感じた。 ここでバカ女の真似をして「れぇくんこわ~い!」とかやったらどうなるか興味深いが今はやめておいた方が得策であろう。 っていうか本当にバーボンなのか……わたしの勘違いではなかったのか……。どう考えても丸め込めるわけがないので計画台無しである。 刺すように睨みつけてくる彼にバカ女のスマホを2.3回軽く振って見せる。 「とりあえず、ゆっくりお話ししようか、降谷捜査官」 「お前は誰だ」 「誰かを説明する為にステップが必要なんだ」 「は?」 ベッドに横たわり上半身だけ起こしているわたしに警戒しつつも、来客用の椅子に静かに着席したれえくんさんは一応話を聞いてくれはするらしい。 丸め込めないんだよな、でも。 「正直に申し上げても階段から落ちて頭がおかしくなったとしか思われなさそうだけど、そもそも君はこの女のことを常々頭がおかしいと思っていただろうと仮定してなにも気にせず話を進めさせて貰おうと思う」 「誰だお前」 「君をれぇくん、と呼ぶ、頭のぱっぱらぱーなこの体の持ち主のバカ女ではないことが何となくでも伝わればまずステップ1クリア」 難しい顔をさせ考えこませてしまった。 「別にこのステップは飛ばしても構わないんだ、ただ次のステップで前提としてわかっているていで進めさせて頂かねばならない」 「信じるとか信じないの問題でなく、彼女が間延びせず饒舌にこれだけの話ができていたのなら僕は今この病室にいないことはわかる」 バカ女がバカ女でないことが伝わったようで、話が早い。 「わたしは約一年程前に壊滅した、公安案件の某組織の某幹部についての有益な情報を持っている。だが君はわたしが今何を話したところで頭のやばい女の頭が更にやばくなったとしか思えない。当然だ」 「……続けろ」 「なので先に裏付けを取らせていだだきたい。わたしが何者であり、発言の信憑性を格段に上げる為だ」 「…………」 「これからいくつか質問を投げかけ続けるが、情報を開示しても良いと思ったことだけ応えてくれればいい」 「その某組織の残党は刈り尽くしたか?」 「捉えた幹部は口を割ったか?」 「何人ほどが捕まっている?末端へのラインは根こそぎ掴んでいるのか?」 「○○○にあるアジトは検挙したか?」 「一年半前の○○○○○の取引現場にいた鼠は公安の手の者で間違いないか?」 「エイプリル、というコードネームの女は捕まったか?頭がやばくなかったか?」 「やばかった」 彼がついに反応をした。数ある有益な質問を問い質さずにこれに一点狙いとは、察しが良すぎるのではないのだろうか。 「その犯罪組織の幹部のエイプリルという頭のおかしい女は、捕まった時に、助けてれぇくんだとか、パパに言いつけてやる!だの抜かし出さなかったか?」 目の前の男は大袈裟に天を仰いで溜息を吐いた。わたしも吐きたい。 まじかよ死んでねーのかよ。 「ここで今この場にいるわたしの体の話だが、ここが病院ということで非常に話が早く、頭のパッパラパーなお嬢さん本人のものであるということは証明されていると思う。体の話だ」 「ちょっと待ってくれ……」 「ふむ……、いや待たない。次の質問だ」 「おい」 「特徴的な眉毛の、背の高い、普段は眼鏡でも掛けていそうな、潜入捜査に死ぬ程向いていなかったのにコードネーム持ちになるまで上り詰める能力のあった、公安警察からのNOCの、ウェンズディという男は息災かな?彼を連れてきてくれると話が早く進むだろう。 私が、エイプリルであることの」 続かない
黒の組織そしかい後、別のでかい組織の幹部の女が死んだと思ったらメンヘラ女の体と入れ替わってた!的、n番煎じの話です。
悪い組織の幹部だったけど、起きたらバーボンの婚約者の体に入ってた
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10062984#1
true
※ご注意!※ ・記憶喪失ネタです。 ・青子ちゃんと快斗くんが付き合っている描写がございます。ご注意ください。 ・いろいろと知識が浅く、甘い部分がございますが、ご容赦ください。 ・すさまじい誤字脱字諸々のミスが発行当時そのままです。ご容赦ください。 ・Web用に改行を多く入れております。 [newpage]  そこには端に青のストライプが二本入っているくらいの、装飾のあまりない、白い封筒が入っていた。  裏書の右下には、小さな字で「S.K.」と書かれている。迷わず取出し、封筒を裏返した。 「K.K.様」  右肩上がりの、筆圧の強い字だ。  再び封筒を裏面に戻し、封を切る。顔を出した便箋の束を落とさないように、ゆっくりと広げた。 ――この手紙を見つけたってことは、お前は俺のことを思い出したんだろうか。  これが出だしだった。    *  この手紙を見つけたってことは、お前は俺のことを思い出したんだろうか。もしそうじゃなく、単なる偶然で見つけたのなら、すぐこの場で燃やしてほしい。でももしお前が、本当にもしだけど、俺のことを思い出して、この手紙を読んでいたら、ここに書かれた内容をどうか忘れずに、だが振り返らずに歩いて欲しい。  最後の三日間の答え合せをしよう。    *  俺がお前の記憶から消えたのは、今から二年前、大学二年生の夏の日のことだ。  お前、事故にあったんだよ。  俺の家に向かう途中、道路に飛び出した子供を庇って車にはねられたんだってさ。その時に頭を打ったことが原因で、高校一年の冬から事故にあった大学二年の夏までの約三年間分、記憶をごっそり持って行かれたんだと。  逆行性健忘ってやつだな。  俺とお前が付き合い始めたのは、高校三年の冬だったろ。そもそも出会うきっかけになった高校二年(俺はそう言えるのかわかんねぇけど)の時も、その期間に含まれるから、まぁ俺の記憶は当然欠片も残らないわけだ。  俺とお前は知人ですらないってことだな。  とはいえさ、一応これでも恋人だから、見舞いに行こうとしたんだ。お前が昔から世話になっているGさんも、来てほしいって言っていたから。  ただ最初の一回行ったら、一度落ち着くまで待ってほしいって頼まれた。 逆行性健忘ってさ、本人を混乱させちゃうと、余計に記憶が戻りにくくなるんだ。俺の幼馴染も昔なっちまったから、そこらへんはよく理解していた。幼馴染の場合はもっとひどくて、親の記憶までなくしていたから大変だったけど、それでもみんなで協力し合って頑張ったら回復したからさ、お前のこともなんとかできるって思っていた。  ただそれは、俺がどうこうできる話じゃなかったんだよな。  初めて見舞いに行った時、お前は中学とか高校とかの友達に囲まれていた。記憶がないことに不安そうではあったけど、知っている奴らばかりだったから、安心しているのは見てとれた。  でも俺を見た時、どうしようって顔に出てたんだよ。ポーカーフェイスって言ってもな、さすがに長く恋人やってりゃ、そこらへんはわかるんだよな。  知らない奴が出てきちゃって、焦ってる顔だって思った。  俺はさ、自分のことをちゃんと説明しようと思ったんだけど、そもそも俺とお前が恋人同士だってことは隠していたし、当然こんな場で、その関係を話したら、周りの目がどうなるかわかったもんじゃなかった。  男同士で付き合っているって、こういう時面倒なんだなと思ったよ。  俺たちは大学が同じだったから、事情を知らない人からすれば、仲の良い友達って思っているだろうな(まぁ事情を知っている人間って言っても、Gさんと、俺の隣人のAとMくらいなもんだけど)。  だから当然、俺は大学の友人としてお前の前に立った。とはいえ説明してくれたのは、高校時代からのお前の友達で、大学でも同期の奴だったんだけど。  ただ、やっぱりまだお前はピンときてなかった。そりゃそうだろ、一種のタイムスリップでも経験したようなもんだからな。高校一年の時に、夜眠りについて、目が覚めたら大学生になってたなんて、俺だったら正直笑えない。  そんなお前の様子を見て、幼馴染のNさんがさ、すげぇフォローしてくれてた。お前が俺のことを忘れていてごめんって。 あんないい子、滅多にいないよな。俺の幼馴染と張ると思う。  それで、言われたんだ。  ちゃんと自分がびしばししごいて、意地でも思い出させるから、待っていて欲しいって。  俺さ、その時思ったんだ。  その台詞、俺が言いたかったなって。  俺が、お前の記憶、全部思い出させてやるって言いたかったんだよ。でもその時の俺はお前の混乱の元でしかないだろ。そんなやつがそばにいたらストレスがかかって、余計に記憶が戻らなくなる。  あんなに悔しい思いしたの、いつぶりだろうな。ちょっとなかなかない体験だった。  とはいえ、この状況もしばらくして落ち着いたら、俺はまたお前に会いに来て、徐々に思い出してもらおうと思った。だから今は一度任せるのが賢明だと判断したんだ。  なんて書いておいてあれだが、結局何回か行った後、行かなくなっちまったけど。原因はまぁ、考えている通りだ。  お前がさ、Nさんと付き合ったから、行かない方がいいかなって思ったんだ。  責めてるとか、そういうわけじゃない。  そりゃ自分が一番きつい時に、そばで支えてた子にぐらっとくるのは当たり前だろ。しかもお前、付き合っている時言ってたからさ。幼馴染のこと、昔好きだったんだって。  俺も幼馴染のこと昔好きだったから、その気持ちよく分かったしな。俺の場合は色々あって、秘密を抱えたままの関係になっちまったから、結局幼馴染の枠から外れることはなかったけど。  とにかく、お前の場合、秘密とやらもすっかり忘れている状態で、昔から好きだった幼馴染にまっすぐぶつかれたんだ。こうなる結果は当然だろ。  きっとこれを読んでいる今でも付き合っているだろうから、そのまま幸せになって欲しいって思うよ。お前は絶対、世界的に有名なマジシャンになるから、変なスキャンダルの種、抱えてても仕方ないしさ。  だからそれに悪いとか、そうは思わなくていいんだ。そのまま、歩いていて欲しいんだ。  振り返るなっていうのは、そういうことな。  さて、なかなか本題に入るのが遅くなった。もう飽きたとか思うんじゃねぇぞ。俺も書きなれてねぇ手紙なんて、必死に綴ってお前に伝えてやってんだ。  答え合わせっていうのは、お前が俺の家にたまたま泊まった三日間でのことな。台風が上陸しているのに、外に出たどっかの馬鹿を、泊めてやったあの三日間だよ。忘れたとは言わせねぇぞ。  その時に、お前目ざといから、俺がお前とのことで何か思い出す度に、「もしかして昔もこういうことあった?」とか言って、聞きたがっていただろ。  だから、その思い出を教えてやるよ。  もしかしたらお前は今、完璧に思い出せていないかもしれないし。前に進むための踏み台にでもしてくれ。  じゃあ、一つ目から始めようか。 [newpage] 「ゲームとかねぇの? この家」 「ねぇな」 「えぇ! 工藤、お前マジで言ってる? 現代人とは思えねぇ」 「……おい、泊めてやっていること、忘れてねぇだろうな」  工藤がこちらを睨みつけた。そう言われてしまえば、俺は体を縮込ませるほか、なくなる。  台風が直撃するというのに、考え事がまとまらないと、家を出てひたすら練り歩き、気付いたら米花町まで来ていて、傘はぶっ壊れ、体はびしょぬれ。そうして工藤の家に突撃したのは俺だ。とてもじゃないが工藤大明神を怒りの化身に変えることはできない。 「すみません」 「ったく」  リビングにある一人掛けのソファに深く座り、工藤は足を組んだ。テレビでは台風情報が流れていて、リポーターが風にあおられながら、苦しげな表情を浮かべている。  時刻は午後十時過ぎ。いい子はおねんねする時間だ。  当然大学四年になった俺が、すやりと眠るはずもなく、さてどうしたものかと思った時に、思いついた。 「そうだ、七並べやらね?」  名案だとばかりに懐からトランプを取り出す。雨に濡れていなくて良かった。少し安心して、顔を上げれば、工藤がわずかに視線を下げ、じっと床を見つめていた。  俺はそれを見て、「ああ、きっと今思い出してるんだ」と思った。工藤がああやってぼうっとするときは、俺が忘れてしまっている記憶の中の出来事を、思い出しているらしい。最近気付いたことだが。  俺は高校一年の冬から大学二年の夏まで、約三年間分の記憶がない。  事故でなくなってしまった。  そのなくなった記憶の間で友人曰く「兄弟みたいに仲が良い」ほどの関係を、工藤と俺は築いていたらしい。  俺はそれをいまだに想像できずにいる。  工藤は入院中、よく見舞いに来てくれて、その時はいろんなことを話した。自分で言うのもなんだが、俺は頭がなかなかに良くて、普通の人と話すときは、結構話題や言葉を選ぶことが多い。だけど工藤はそこを気にせず、対等に話せるから本当に楽しかった。  けれどいつしか見舞いには来なくなり、退院して大学で会っても挨拶と、二言三言交わす程度で、長話はしなくなってしまった。  どうしてこうなったのか、俺はまだわかっていない。  でもその結果、俺と工藤は記憶を失う前のような関係に戻れていないことは、はっきりしていた。  ここで一つ訂正がある。  さっき、歩き回っていて気付いたら米花町まで来ていた、なんて言ったが、あれは嘘だ。  俺は空白の三年間の記憶を探している。多分そこに密に関わっているのは、工藤と俺の間にある記憶だと思う。完全に勘だが。  だからここに来たんだ。  台風ということを利用して、家に泊めてもらい、とことん話を聞こうと思って。 「七並べ、嫌だ?」 「まさか」  笑う工藤を、俺はじっと見つめる。そうして「昔も、やったことあんだろ」と言えば、あいつは瞠目した。大正解だったらしい。 「教えろよ、それ」  そう言えば、あいつは「別に、ただの七並べをしてただけだ」と笑った。どうやら俺は、記憶の欠片を無理矢理見つけ出すしかないようだ。    *  神経衰弱はお互い記憶力が良すぎるからダメ。スピードは熱くなりすぎて時間を忘れるからダメ。その他にもいろんな理由でダメになって、結局残ったのは七並べだったんだ。  お前はトランプの順序が綺麗になるから、一石二鳥だなとか言って喜んでたけど。  お前、本当に馬鹿でさ。パスをする時は相手にキスをすること、とかいう、謎のルールを作り出してたんだよ。俺はそれが嫌だから、すげぇ必死に出す順番を考えてパスを避けていて、逆にお前はキスして欲しいから、なんとかしてパスさせようとするんだよな。  それで、なぜか勝負の勝ち負けより、キスした数が多い方が負けっていうルールになっていた。ちなみに負けたやつは何か言うことを聞かなきゃいけなくなるオマケつき。  お前はいつも、推理小説の新刊が出た時に構ってもらえる権利を主張する、とか言っていて、他にねぇのかよって笑ったら、お前と一緒にいて構ってもらえる以上に楽しいことあんの? って逆に聞かれた。しかも頬膨らませてな。二十歳の男がやる仕草じゃねぇだろって思ったけどさ。  でも、今振り返ると、もっとパスしてやればよかったし、新刊出た時も、そんなもの置いておいて、お前と話していればよかったなって思うよ。俺はお前に色んなわがままを言ったり、付き合う前は命がけで助けてもらったりしていたからさ。せめてそんな小さな願いくらい、叶えてやればよかったって、後悔してる。  悪かったな。  まぁもし、今後会う機会があったら、してほしいことでもねだれよ。仕方ねぇからNさんとの結婚式のご祝儀くらいは弾んでやるからさ。  さて、次の答え合せだな。 [newpage]  七並べはなぜか、かなり白熱した。意地でもパスをしない工藤と、そこまでされるとパスさせたくなる俺、という謎の構図が出来上がり、気付けば夜中の二時を過ぎていた。そのことに驚いた俺たちは、急いでベッドに入ったわけだ。  その時、俺は少しだけ、工藤と昔の俺の仲を垣間見た気がした。  多分同じようにああやって七並べごときで必死になって、気付いたらかなり時間が経ち、慌てていたりしたんだろう。そうやって小さいことのひとつひとつを、一緒に楽しんで過ごしていたのかもしれない。工藤は話してくれないから、はっきりとはわからないけれど。  翌日、まだ天候は絶賛荒れていた。大雨・洪水警報も相変わらず騒がしい。解除はいつになることやら、スマートフォンの画面を眺めながら静かにため息を吐いた。  そのまま時計を見れば、午前八時。深夜の二時過ぎに寝たわりに、随分と規則正しく起きたもんだ。自分に賞賛を送りつつ、スマートフォン片手に部屋を出る。台風情報を検索しながら階段を降りて、廊下を歩き、顔を上げれば知らない部屋の前にいた。  おかしな話だ。  昨日、俺はこの家に初めて入った。だから間取りはよくわかっていない。教えられたのは、風呂場とトイレとリビングと客間、この四つだ。  だというのに知らない部屋の前にいて、しかも自然とドアノブを握っていた。  ということは、だ。この部屋は俺がよく行っていた場所なのだろう。もしかしたら自然と朝、目が覚めたのも、ここに泊まった時の習慣なのかもしれない。  つまり俺はこの家に頻繁に泊まっていたということか。  本当に仲が良かったんだな。改めて理解した。  そうなると、この部屋が一体なんなのか、気になるのは事実で。そうっと押し開けてみれば、そこがなんの部屋なのか、一目瞭然だった。  ダイニングだ。  しかもご立派な台所付き。  朝早くに起きて、ダイニングに向かう、俺。  友人から仕入れた情報だと、工藤はあまり料理が得意ではない。ここから導き出される答えは一つだ。 まさか、俺がおさんどんさん? 嘘だろ?  びしりと固まり、動けなくなったのは仕方ないことだ。俺は誰かに料理を作ってもらったことはあるにせよ、自分で料理を作って、誰かにふるまうなんてしたことがないからだ。  さすがに母親が海外諸国を渡り歩いているので、自分自身の食事くらいは用意するが、それでも誰かのために、しかも同い年の男のために料理をする自分、というのは想像できなかった。  本当に、三年間の俺はどんなやつだったんだ?  頭を抱えつつ、ちらともう一度台所を見る。  うーんと唸ること約三秒、結局俺は台所に向かうことにした。昨日泊まりで世話になったのは事実だし、朝食くらいは作ってやってもいいかもしれないと思ったのだ。  それに工藤は放っておくと三食すべて抜く、なんてことを普通にやってのけそうだ。事実あいつは大学四年生とは思えないほど細い。同じ男かとたまに疑うほどだ。  それが儚げでいいだのなんだの言われているが、健康に支障をきたしていたら、儚いどころの騒ぎじゃすまない。 「なんで俺が、こんな母親みたいなこと考えてんだ……」  思わずぼそっと呟けば、すぐ背後から「あ?」とすごむような声が聞こえた。慌てて振り返れば、工藤が寝癖の残る頭をかきながら、大あくびをしている。  俺はその光景に、目を見開いた。  工藤の朝の寝起きの悪さは最悪だと、噂はかねがね、聞いている。例えば友人複数名で泊まりなんてものをした時、誰が工藤を起こすのか、激しい戦いが繰り広げられるそうだ。  そうして敗者は工藤の元に送り出され、強烈な蹴りの一撃を食らう。当たり所が良ければラッキーだが、下手に腹にでも当たった時は、その日一日飯が食えなくなるらしい。  正直俺もそれを覚悟していたのだが、なぜか本人が起きたから、なんだか拍子抜けしてしまった。 「はよ」  そう言うと、工藤は涙を浮かべたまま、頷きを返す。 「随分早いな」 「ああ、なんか自然と起きちゃってさ。工藤は……、もしかして寝れてない?」 「は?」 「だって、すげぇクマ」  俺の手が自然と工藤の顔へと伸びる。あと少しで触れる、その時に彼が一歩身を引いた。 「な、んだよ」 「わりぃ、その、クマひどいから気になって」  実際、目の下にくっきりと黒い半円が浮かび上がっているのだ。工藤は肌が白いから、それが余計に目立つ。  彼は俺の指摘に「あー、まぁ、台風うるさかったし」と言って窓を指さした。確かに今も窓の外で木々が激しく揺れ、壁がわずかに震えているような気がした。 「確かにな」  そう苦笑した直後、ふとおかしいことに気付く。  確か昨日は、俺たちが寝るころくらいに、ちょうど台風の目の中に入ってしまったはずだ。だから風の音は大分小さかった。  それに客間で寝てみたが、さすがは世界的推理作家と元大女優の家。壁も厚く、風の音もそこまで気になる程ではなかった。  実際なぜか普通の人よりも、周囲の環境に敏感な俺でも途中で起きるということはなかったのだ。  これで例えば工藤がものすごく神経質だからと言われれば、納得はするが、それだと事前に友人たちから聞いていた食い違いが出る。  先ほどもあったが、工藤は友達と泊まりになることも多く、大騒ぎの中一人寝ているなんてこともままあるらしい。加えて飲み会で顔見知り程度の人と雑魚寝をするということも、案外すんなりできるそうなのだ。お坊ちゃまな外見とは裏腹な特徴に、ちょっとびっくりする。  とにかくそういった感覚の持ち主である工藤が、昨夜程度の台風で眠れないなんて、あるだろうか。  それよりも、何かもっと別の理由があるんじゃないか?  そう思った時、ある一つの理由がすぐに浮かんだ。  まさか、俺?  台風も違う、神経質なわけでもなく、あいつが夜更かししがちだという、推理小説の新刊読破も、昨日まで特に真新しいものは出ていないから、これにはあたらない。どうやってこの家に居座り、工藤と話そうかと、俺は様々な手段を考えていたのだ。情報収集に抜かりはないはず。  となれば、やはり結論は同じだ。  俺という存在以外に、彼が眠れなくなった理由が思い当たらない。  だが、なぜ? 「おい?」  声をかけられ、はっとする。すぐに笑みを形作ると「そんな台風の中、助けてくれた礼だ。朝飯作らせてくれ」と言って台所に入る。  今はつっついたところで、恐らく何も話してくれないだろう。むしろまた適当な言い訳をつけて、俺の質問から逃れるだけだ。  それに、もしも俺が工藤の立場だったら、同じような状態になっていたかもしれない。昔とても仲が良かった、けれど自分のことを忘れた友人。しかも入院中は結構話していたけれど、それ以降は会話らしい会話もあまり持てていなかった間柄だ。 そんな相手と、突然同じ家で一夜を過ごす。この状況に気まずさを覚えないはずがない。しかも泊まりの場合、同じような気まずさを抱えて、朝も会わなきゃいけないのか、なんて考える。そうすると、なるほど。眠るのはなかなか難しいのかもしれない。  俺は神経が太いから、いまいちピンとこないが。 「いや、いいからお前……」 「まーまーまー、ここは俺の心を晴らすと思って、頼むよ」  両手を合わせてそう言えば、工藤はため息をひとつ吐く。そうして緩慢な動作で、台所の棚を指さした。どうやらフライパンや菜箸、油が置いてあるところを教えてくれるらしい。  俺はそれに従い、必要な器具を取り出すと、一通り水を通しておく。食器置きに置いて、後ろを向くと、大きな冷蔵庫があった。 「開けても?」 「ああ」  工藤が頷いたことを確認し、俺は冷蔵庫を開ける。材料を確認して、献立を決めた。朝飯はベーコンエッグとサラダ、スープも作って、あとはパンを焼けばいいだろう。 「そうだ、工藤は卵、半熟派? 完熟派?」  冷蔵庫から材料を取り出して、振り返る。すると、すぐそばであいつが、顔をこちらからわずかに逸らしたまま、「そうだな」とだけ呟いた。どこかを見るわけでもなく、視線が放り出されている。  これはもしかして、昔を思い出しているんだろうか。  ということは昔、聞いたことがあるのか。でも半熟か完熟かくらいで、そこまで何か思い起こすことがあるのだろうか。  そんなふうに思っていた時、ふいに耳の奥で声がした。 『今日も完璧な半熟だぞー』 「半熟か」  言えば、工藤は目を瞬かせた。「どうして」と呟くあいつに、にやりと笑って見せる。 「なんか今、ピンときたんだよ。半熟だって。すごくないか? 俺結構思い出してるんじゃないの?」  得意げにそう言うと、工藤は目を伏せた。 「良かったな」  言う声はやけに小さくて、首を傾げる。途端鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。 「いいからさっさと朝飯作れよ。俺は腹が減ってんだから」 「……へい」  俺様何様工藤様、恐ろしいほど横暴なのに、なぜか嫌とは思えない自分に、まさかドMか、なんて不安が胸を掠めた。    *  朝起きると、いつもお前が朝飯を作っているんだよ。無理しなくていいって言っているのに、絶対譲らねぇのな。 それで、メニューの中に目玉焼きが入っていると、最高のものを作ってやるぜ、とか言って張り切る。  付き合いたての頃に、お前が出してくれた目玉焼きが、絶妙な半熟具合でさ。それを褒めたらやけに熱心に作るようになって。  俺は別に「半熟か完熟かで言えば、半熟だな」くらいで良かったんだよ。飯作ってもらうだけ有難いし。 でもお前はそれに首を振るんだよな。  お前の持論はさ、俺にはどんな小さなことでも、幸せに思ってもらいたい。そういう小さな幸せの種を一杯撒けば、いつか大輪の幸福が訪れるから。それを受けるだけの試練を、俺は乗り越えたんだから、とかいうものだった。  それを言うならお前だろって、俺は思ったけどな。  親父さんが殺されちまって、その原因となった宝石と、組織を必死に追い続けていた。  仲間も少ないし、時間もないし、しかも自分を罪人に落としてまでも、だ。  俺は仲間がいっぱいいたから、乗り越えられたんだと思ってる。  でもお前は、違うだろ。  協力するぞって言う俺の言葉も取り下げさせて、Gさんとたった二人で、あれだけの重い試練を乗り越えた。  それなのに、俺だけ幸せの種を撒いてもらえて、お前はそうじゃないなんて、違うと思っていた。  だからかな、そんな辛い時のことを忘れられた現状こそ、お前にとって大輪の幸福と呼ぶのかもしれないとか、思っちまった。  こんなこと、記憶を取り戻して知ったら、怒るんだろうな。まぁ、今知っちまったわけだろうけど。  あらかじめ言っておくが、その怒りは受け付けないからな。実際、その記憶を忘れている時、お前は確かに幸せだったはずだ。それを否定したら、お前を必死に励まし続けて、そばにいた友人たちや、Nさんの頑張りを、すべて壊してしまうことになる。  だから、絶対に否定するなよ。  怒りもするな。  お前怒ると怖いから、俺、嫌なんだよな。  だから怒られそうになった時は部屋に引っ込む。思い出しているとは思うけど。  ちょっと話ずれちまったな。  次行くぞ。 [newpage]  朝飯を食って、腹もいっぱい。片づけも無事に終わり、昨日と同じようにリビングへと向かった。  窓の外を見ると、灰色の雲と雲の間に、太陽がわずかばかり顔を出している。  台風が終わってしまう。  ということは、俺がここにいられる理由がなくなってしまう。  同じことを思ったのだろう、工藤も隣から窓の外を覗きこみ、そのまま視線を俺へと投げた。  あいつが口を開く前に、俺は先手を打たなければいけない。何か、何か良い手はないか。  そう思っている時に、突然バイブレーションの音がした。尻ポケットに入れている俺のものではない、ということは、工藤か。  見れば、彼がポケットからスマートフォンを取り出している。画面を見て「悪い」と断りを入れると、こちらに背を向けて歩き出した。 「もしもし、蘭か?」  その言葉に、ああ、と理解した。  工藤新一には美人で、文武両道、ものすごく優しく、他人想いなうえに、家事は一通り行えてしまうという完璧な幼馴染がいる。  それが毛利蘭ちゃんだ。  大学は違うので、そうそう遭遇する機会はないのだが、一度だけ工藤に会いに来たところを、目撃したことがある。  二人とも気取らない笑みを浮かべて、話に花を咲かせており、他の学生がそれを眩しそうに見ていた。  その時、俺はそんな他の学生と混じって、彼らを見ながら、「いいな」とか呟いてしまった。  すぐそばにいた友人は、お前にだって可愛い幼馴染の彼女がいるだろう、と言ってきていたが、俺がいいなと言ったのは、そこじゃなかった。  工藤にあんな笑顔を向けてもらえるなんて、いいなと思ってしまったのだ。  俺も、入院中の一時期は、あいつから彼女に向けているような、柔らかな笑みを向けられていた。だというのに退院してからこっち、笑顔といっても、どこか取り繕ったようなものを見せられてるようになってしまったのだ。正直悲しいと言う他ない。  まぁ、男相手に昔みたいな笑顔が見たい、と思うのも変な話なのだが。  普通の友人だったら、離れてしまった距離に悲しいとは思うだろうが、だからといって「笑顔をもう一度見たい」とは、あまり思わない。  工藤だからこそ、俺はそんなことを考えてしまうのだろう。それはあいつの記憶をなくしてしまった、その妙なしこりが、執着心なんてものを芽生えさせているのかもしれない。 「悪かったな」  そう言って、工藤はリビングに戻ってきた。俺は首を振ると、「幼馴染の子と、仲が良いんだな」と笑う。  工藤は俺の横を通り過ぎ、こちらに背を向けると、リビングの隅にある充電コードに、スマートフォンをさした。 「お前には言われたくないけどな」 「え?」 「俺たちは付き合ってないからな。お前らのとこほどじゃない」  そう言って、工藤は振り返る。  俺は咄嗟に表情を崩さないよう、頬に力を入れた。はははと頭をかけば、工藤がふっと笑みをこぼして、一人掛けのソファに腰かける。俺もそれに合わせて、斜め向かいの二人掛けのソファに座った。 「そういや誕生日近いんだろ?」  工藤の問いに、俺は目を見開く。まさか。 「もしかして、青子のことか?」  尋ねると、工藤は頷いた。 「ああ。九月だって聞いた。あとお前がプレゼントに悩んでいるっていうのもな」 「誰に」 「山田」 「あんのやろぉ……」  高校時代からの友人で、大学でも同期の山田は、明るく素直だが、それがすぎてなんでも口に出してしまう。普通、相談したことをそう簡単に話すものか? しかもよりによって工藤に。  おかげで俺の悩みを、工藤に知られてしまったではないか。情けないことこの上ない。  だがまぁ、もうその悩みも、もう無用なんだが。 『別れよっか』  そう青子に言われたのは二週間前のことだ。  朝から俺の部屋に来て、今日は一日デートだと宣言し、それを違えず、俺を一日がかりで散々振り回したあいつは、帰り間際にそう告げた。  それに俺は、大して驚きもしなかった。  瞳を潤ませて微笑む彼女に、頭を下げる。 「今までありがとう」  そう言うと、彼女は頬に流れる涙を拭いながら「こちらこそ」と声を震わせた。  こうなってしまったすべての原因は、俺だった。  そのことに気付いたのは、付き合いだして一か月ほど経ったときのことだ。東都タワーに青子と連れ立って訪れた時、壁にかかった絵画に目を止めた。そういえば、と思ったのだ。前にここに一緒に訪れた時、青子はこれをクジラみたいだと言っていた。どう見たって飛行船なのに、どうしてそんな発想になったのか、腹を抱えて笑ったことを思い出した。  だから彼女に言った。 『お前、これ前にクジラだとか言ってたよな』  笑いながら問いかけると、青子は首を傾げて「なんのこと」と答える。 『青子は快斗と、東都タワーに来たことなんてないよ』  それが最初だ。  その後も、デートの合間合間に俺しか知らない記憶を話し、青子はその度に否定を繰り返した。食い違う記憶に、かみ合わない会話。しかも恋人同士という関係で、それはひどく痛手で。段々と距離が離れるようになった。  いや、距離が離れた理由は、それだけではない。  俺は唐突に、彼女の隣にいることに、ひどい不安を覚えることがあった。足元からふいに地面がなくなるような、突然迷子になってしまったかのような、妙な感覚だ。  得意のポーカーフェイスで難を逃れようとしても、そうなってしまう原因もわからなければ、タイミングも掴めず、結局彼女に気付かれてしまった。その時の俺は、いつもの俺からは想像できないほど、動揺しているようで、ひどく心配をかけるようになった。  それがさらに俺たちの距離は遠くさせてしまった。  けれどなんとか細い糸を繋いで、一緒に歩いてきたのだが、もう限界だったのだろう。 「快斗は思い出の話をするとき、いつも楽しそうだったの。でも、不安そうなときは、本当に泣き出しそうな顔してた」  青子は一歩こちらに近付くと、俺の胸を指さした。 「きっと、ここにいる快斗には、そんなふうに一緒にいると本当に楽しくて、離れちゃうと泣いちゃうくらい悲しい、そんな人がいたんだよ」  自分の胸に手を当てる。  青子が言っている快斗。それは失った記憶の三年間の中で、確かに息をしていた黒羽快斗だろう。 「青子ね、快斗が苦しむのが一番嫌なの。今の快斗も、そこにいる快斗も。どっちも大好きだから。あんな不安な顔、もうさせたくないし、悔しいけど、笑ってくれるならその人と一緒にいてほしいの」 「青子……」  彼女は俯くと、両手を後ろで組む。 「だから、助けてあげたいんだけど、きっと重要なのは、その三年間のことだよね。でも青子、よく知らないんだ。 っていうより、多分ほとんどの人が知らない、あの頃の快斗のこと」 「そうなのか?」 「うん。自分のこと、全然誰かに話したりしなかったの」 「なんだ、それ……」  片手で額を押さえる。見舞いに来てくれていた友人たち、そして青子には、悩みなんかも話したりしていたはずだ。少なくとも、俺が覚えている範囲――高校一年の秋までは。  そのあと、俺に何があったんだ。 「でもね、多分寺井さんなら知ってると思うよ」 「ジイちゃん?」  彼は、俺の親父が生きていたころ、マジックの助手をしていた男性で、俺が事故から目覚めた時、すぐ近くにいた人物だった。俺と彼は、どうやらその三年間に俺と再会を果たし、今度は俺の助手を務めてくれているらしい。確かに助手なんてやっていれば、俺との関わりが深かったであろうことは頷ける。 「わかった。行ってみる」  頷くと、青子は「じゃあ、青子も帰るね」と言って一歩、俺から離れた。 「快斗」 「ん?」 「もう一人の快斗を、助けてあげてね」  青子は俺に背を向けた。そのまま駅前の人ごみの中に紛れていく。俺はその後姿が消えるまで、ずっとそこに立って見つめていた。 「プレゼント、どうするんだ?」  工藤の問いかけに、俺はふっと意識を浮かび上がらせる。視線を左右に走らせ、どうしたものか考えた。  ここでもし別れた、なんて言いでもしたら、横暴なくせに意外と優しい部分もあるらしい工藤が、妙な気を使いそうな気がしたのだ。  それは俺が望むことではない。だから、あえて口にしなかった。  そうして、俺は嘘を吐く。 「工藤は? いいなって思ったプレゼントとか、ないのか」  俺の質問に、工藤は顎に手を当てた。目を閉じると、長い睫が白い頬の上に影を落とす。 『その方を見つけ出したいのであれば、まずは工藤様とお近づきになってみてはいかがでしょう。その三年間の記憶を思い出す鍵として、現状もっとも有効なのは、あの方との記憶のはずです』  ジイちゃんの言葉が蘇る。  青子と別れた後、彼が経営するブルーパロットに行って尋ねれば、そう答えられた。  彼が言うにはこうだ。自分は昔の快斗のそういう関係の人間について、あまり聞いたことがない。ただ軽くだけ話されたことがあるが、誰なのかはわからなかった。ならばいっそ三年間の記憶を思い出して探す方向にシフトすべきで、その鍵として一番いいのが、当時かなり仲の良かった工藤新一を辿ることだ、と。 「アルバム」 「え?」 「だから、良かったプレゼントだよ。アルバム」  それを聞いた瞬間、何かが頭を掠める。なんとかそれを追いたかったが、ぼんやりとして見えてこなかった。  そんな俺の様子を、何か勘違いしたんだろう。工藤が瞼を持ち上げ、「お気に召さなかったか」と頬杖をつく。  俺は首を振って、「まさか」と答えた。  お気に召さないどころか、何か記憶に引っかかりを覚えた俺にとっては、最高の提案だった。  にしても、アルバムか。 もしかして、俺はこいつにアルバムを送ったのか? だから、何かが思い出せそうになったのだろうか。 でもなぜ工藤にアルバムを?  ますます謎を呼ぶこの関係に、俺は眉根を寄せた。    *  欲しいものは、新一と過ごす時間です。  そう豪語しただろ、お前。  俺すっごい悩んだんだぞ、誕生日プレゼントどうしようかって。しかもあと二週間くらいしかなくて、俺は毎日うんうん唸ってた。それでこれは一回切り替えたほうがいいなと思って、父さんの書斎に入った時に見つけたんだ。  お前の親父さんが写ったアルバムをさ。  なんでそんなものを、俺の親父が持ってんだよって思ったけど、良く考えたら俺の母親とお前の親父さんは面識あるんだし、不思議じゃないなと思ってさ。  そこに付き合ってからのお前との写真も加えて、一冊のアルバムにしてみたんだ。  このプレゼントで一番苦労したのは、親父の説得だな。説得っていうよりも、何に使うのか、誰にあげるのかをひたすら聞いてきてさ。  友達にプレゼントでやるんだよって、そう言ったら「ふーん」だの「ほー」だの言いやがって、絶対に面白がってやがった。  あの分だと、俺とお前の関係に勘付いていたのかもしれねぇな。お前が事故にあった時、わざわざ電話かけてきたくらいだし。珍しいこともあるなとか、思っちまった。  話がそれたな。  結局俺はそのアルバムをお前に渡した。そしたらお前、すげぇ眼を潤ませて喜んでさ。あれはちょっと面白かったな。何度も何度もめくっては、にやにやして、読み終えると毎回俺を抱きしめてきた。こいつも飽きねぇなぁ、とか思ったけど、その度に文句を言わない俺も俺だったかもな。  ただ一つ納得いかなかったのは、アルバムをお前が俺の家に置いておくことだった。読み終えたら、どうしても俺を抱きしめたくなっちまうから、このプレゼントはここに置かせてくれって頼まれたんだよ。  そう言われたら、もう置くしかねぇけどさ。  でも結構一生懸命作ったんだぜ? それにプレゼントを持って帰ってくれねぇと、なんだかあげた気がしねぇし、何より視界に入るたび、居た堪れなくなるのは俺だっつぅの。  まぁ、今となっちゃよかったのかもしれねぇけどさ。  あれがお前の家にあったら、記憶なくした直後に多分、余計混乱していただろうし。  ちなみに今は、俺の部屋の本棚の、下から三段目に入ってるよ。欲しかったら持って行け。俺との写真は、別に捨てちまっても構わねぇ。もしくは親父さんの写真だけ抜いて持って帰れよ。  お前が一番に尊敬する人がどんな表情でマジックをやっていたのか。どれだけお前を愛していたのか。  それがはっきり分かる写真ばかりだ。  だから、それは絶対に持って帰れ。お前にとっての宝になるはずだ。  じゃ次は、ああ、あれか。 [newpage]  結局俺はアルバムについて何も思い出せなかった。出てきそうだったのに、今一歩うまくいかない。  しかも中森さんを大切にしろよ、なんてことまで言われてしまい、いろんな意味で傷が深くなった。 それで話は終了、あいつのいい加減家に帰った方がいいのではとでも言いそうな雰囲気に、俺は再度対応手段を考えなければならなくなった。  そうして五分後。出てきたのが。 「コンビニ行こうぜ」 「はぁ?」  工藤の、それはそれは嫌そうな顔だこと。なんでこのじめっとした暑い気温の中、足元だって悪いのに外に出なきゃいけねぇんだよ、とでも言いたいことだろう。  だがあいにくと俺はここで引く気はないし、何よりとんでもない切り札を持っている。 「確か、探偵左文字シリーズの新刊が……」 「あー!」  立ち上がり、目を見開く工藤に、俺は声をあげて笑う。  やはり忘れていたらしい。俺を追い出そうとするわりに出かける気配がないから、もしかしてと思ったのだ。  工藤新一は大の推理小説好き。その中でも探偵左文字シリーズはかなり気に入りのものだったはずだ。  あいつ自身もまさか忘れているとは夢にも思わなかったようで、自分の部屋へ急ごうと、大きな足音を立てて二階へと上がっていった。  そうして準備ができた工藤とともに、本屋も並んでいる商店街へと出向いた。  蝉は最後のひと鳴きとでも言いたげに、高々と声をあげ、アスファルトからは、むわっと湿った匂いが立ちのぼる。水たまりには俺と工藤と青空が合わせて映り、その横を、時たま主婦のママチャリが駆け抜けていった。  工藤はかなり速いペースで足を動かし、ひたすらに本屋へと向かっていく。俺は小走りでそれに着いて行き、一歩後ろに下がった位置で、彼の背中を見つめた。  この風景を、俺は知っている。  夏も、秋も冬も春も、すべての季節をこの背中と、この風景の中で過ごした記憶がある。 『快斗』  その時、耳の奥の方から声が聞こえた。  まるで春の陽だまりのような暖かさの中で呼ぶその声は、青子でも母さんでも、ましてや友達の誰でもなかった。  工藤だ。  工藤が、俺の名前を呼んでいた。 「おい」  視線を上げると、本屋の前にたどり着いていた。青い屋根に白いペンキで書かれた店の名前は、長年ぬりなおしていないのか、大分剥げてしまって、間の漢字が読み取れない。  工藤は居心地悪そうに目を逸らすと、「終わったら、コンビニな」と言う。俺はそれに笑って頷いた。  工藤は、俺の名前を呼ばない。おい、とかお前、とかそういったものばかりで、名字も名前も呼ばれた記憶があまりなかった。  ではさっきの声は、なんだったのだろうか。あの三年間の中で、工藤は俺を快斗と呼んでいたということなのか。  そう思った途端、嬉しいような、悔しいような、なんとも言い難い感情に苛まれた。得意のポーカーフェイスも形無しで、こんな感情丸出しの顔を、工藤にさらすわけにはいかず、本屋の外にあるベンチに座った。 「しんいち」  呟いてみて、あまりにそれがすんなりと声に乗るものだから、俺は目を見開いた。 「新一」  もう一度呟いて、俺は両手で顔を覆った。  熱い。なんだこれ、すごく恥ずかしい。  俺は必死にその熱をどうにかするために苦心する羽目になり、その途中を見た工藤に、ひどく奇妙な顔をされた。ついていない。  俺たちはそのあと、コンビニへと向かうことにした。  工藤は早速中身が気になるのか、本に目を落としたまま、器用に通行人を避けていく。  俺はいつか当たるのではないかと気が気ではなく、スマートフォンで近場のコンビニまでの地図を出しながら、工藤の動きを追う。そうして工藤がそのまま直進しようとするのを止めると、腕を引いた。 「違うって、こっちの方が近い」  そう言うと、工藤は本から顔を上げた。さっと走らせた視線の先には、これから行こうとしている脇道があり、それを了承と受け取って、俺は工藤の腕を引いていく。 「ったく、お前夢中になるとマジで周り見ないのな。他の奴らが心配してるのが分かったぜ」 「……い」 「お前さぁ、探偵とかやってるから、危機感は人一倍とか思ってんのかもしれないけど、こういうとこ見せちゃ」 「おい!」  叫ぶ工藤の声には、いつもの余裕はなかった。驚いて振り向くと、顔を真っ青にして、俺の腕を掴んでいる。  先ほどまでとはかなり違うその様子に、俺は目を見開いた。 「駄目だ、その先は」 「工藤?」 「駄目なんだよ、なんでそっちに行くんだよ」  震える声とは裏腹に、掴んでくる手の力は異様に強い。そのまま元来た道に戻ろうと、俺の腕を両手で引くその姿に、さすがにまずいと思い、空いている手で彼の肩を掴んだ。 「おい、どうした。工藤」  俺の呼びかけに、工藤は首を振った。「おい」ともう一度呼びかければ、両ひざを折ってその場に座り込む。 「工藤っ」  顔を覗き込めば、彼は瞼をきつく閉じ、肩を震わせて呼吸をしていた。過呼吸、とまではいかないが、このままにしておけば、そうなってしまう可能性が非常に高い。  これは一度家に帰したほうがいいな。  そう判断して、俺は工藤に「帰ろう」と言った。繰り返し、こいつが認識できるように口に出す。  すると次第に腕の力が弱まってきた。閉じていた瞼も開き、青く透き通った瞳がこちらを見る。 「おんぶするから、乗って」  工藤の片腕は掴んだまま、自分の体の前へと持ってくる。背後でゆっくりと動く音がして、白い手のひらが肩ごしに落ちてきた。  俺はそれを体の前に回し、ひとまとめにすると、立ち上がる。  普通の男子大学生よりも軽いその体に、眉根を寄せたが、今はそんなことを言っている余裕はない。 「おれの、へやに」 「え?」 「俺の部屋に行ってくれ……」  先ほどよりもだいぶ落ち着いたらしい。かすれた声でそう指示を出してきた。  俺は頷いて、来た道を引き返し、工藤の家へと走る。周囲から奇異の目を向けられたが、構ってなどいられなかった。  先ほどまで色鮮やかだった深緑の木々が、やたらと陰って見える。活気に満ち溢れた人の声も遠ざかって、かわりに自分の激しい鼓動の音と、工藤の苦しげな息遣いが大きく響いた。    *  まさか俺もあそこまで取り乱すとは思ってなかったんだよ。  元々あんまり行きたくない道で、一人の時も避けてたんだけどさ。  多分、お前も一緒にいたからなのかな。あと本屋に行った後っていうシチュエーションもよくなかったのかもしれない。  まぁ、結論から言うと、あそこから先に、お前が事故にあった道路があったんだ。  ショックで覚えていないかもしれねぇけど、住宅街にあるコンビニと商店街を結ぶ道の途中のT字路で、あの事故は起きたんだよ。  そのことを俺に教えてくれたのはGさんだった。  最初はどこで起きたのか、何度聞いても答えてくれなくてさ。不思議に思ったんだ。  でもお前がNさんと付き合って、俺が会いに行かなくなって、しばらくしたらGさんが俺の家に訪れたんだ。来てほしいところがある、なんて言うもんだから、俺は彼のあとをついてったんだよ。  そこで連れて行かれたのが、そのT字路だった。  その時にさ、なんでGさんが俺に伝えないようにしたのか、なんとなくわかったんだよな。  家のすぐ近くに、自分の恋人が轢かれたなんていうスポットがあったら、精神衛生上良くないっていうのはもちろんだろうけど、多分、大きな理由はこっちじゃねぇかな。  あそこってさ、コンビニから本屋に向かうのに、一番近い道なんだよ。お前、俺が欲しいと思っている新刊をいつの間にか予約して、引き取ってくるんだよな。いつも俺はそれに驚かされるんだけど。  あの日も多分、予約しに行こうとしたんじゃないかと、俺は思っている。  その途中で事故にあった。  そう気付いた時にさ、俺その場にうずくまっちゃったんだよ。なんつぅかさ、ひどい因果だなと思って。  だって、お前俺の喜ぶ顔が見たいとか言って、そんなことやってたんだぜ? 馬鹿だよな、その途中で事故にあうなんてさ、運悪すぎるだろ。  俺の喜ぶ顔なんて、そんなの考えなくていいんだよ。逆に言えば、俺はお前の喜ぶ顔や、楽しそうな顔、嬉しそうな顔さえ見られれば、本当に幸せなんだ。  見舞いの時みたいな、あんな迷子になったような顔が見たかったわけじゃねぇんだよ。  だから、今つつがなく大学生活を送るお前を見る度に、俺は嬉しく思ってるよ。昔通りの笑顔が見れて、安心してる。  お前はそのままでいいんだからさ。そうやって周りに笑顔振りまいてろ。それだけで、お前のそばにいる人はみんな幸せになってるよ。  あとさ、Gさんには教えてくれてありがとうって伝えておいてくれ。あの時、ちょっと伝えそびれちまったから。  多分、俺、このことを知らずに、のうのうと生き続けていたら、知った時に歩き出せなくなってたと思うんだよ。Gさんだって来たくはない場所だったろうに、わざわざ教えてくれて。あの人、本当に優しいよな。  ま、そんなわけだ。あの時は見苦しいところ見せて悪かったな。  次行くぞ。 [newpage]  呼吸をするたびに胸が動く。寝息は穏やかだ。  ベッドに横たわる工藤の顔色は、段々と元の色に戻りつつあった。強張っていた四肢もほぐれ、リラックスしているのが見てとれる。  俺はシーツの上に自分の顔を押し付け、ゆっくりと息を吐き出した。  よく考えたら、俺スーパーヒーローじゃねぇの? 大学で影ながらアイドル的な扱いを受けている工藤を助けてやったなんて、何人のファンが涙を流して感謝の言葉をくれることやら。  でもそれは裏返せば、こいつは滅多なことがなきゃ、弱った姿を見せないってことだ。だから、信奉者がつく。  俺は上半身を起き上がらせた。工藤の顔を見て、目にかかった前髪をどかしてやる。さらりと流れたそれは、くせ毛の自分とは違い、随分素直なものだ。  これまねるの、結構大変なんだよな。  ふと浮かんだ言葉に、直後首を傾げる。  まねる? 俺そんなことしたことないぞ。確かにこいつと俺の顔は似ている。周囲も散々そう言って騒ぐのだから、客観的に見てもそうなんだろう。  だが、だからといって真似なんてした覚えがない。  では今のは一体なんだったのだろうか。 「わっかんねぇ……」  強まる謎に、頭をかいた。 「ん」  その時、工藤が寝返りを打った。薄く開いた唇が、言葉を紡ぐ。 「かいと」  小さく、だが聞こえた声に、俺は突然頭が痛くなった。奥の方から響くそれに耐え切れず、再びシーツへと頭を沈める。  視界の端では、枕に横顔をうずめる工藤の姿が見えた。 ――快斗。 「快斗」  目を開けると、ベッドに横たわったあいつが俺を見上げていた。居心地悪そうに視線をそらそうとするので、咄嗟に頬に両手をあて、こちらを向かせる。 「その顔は、ちゃんと自覚があるらしいね。新一君」 「いや、今回はちょっと事件の山がでかくて」 「へぇ?」 「……ごめんなさい」  尻すぼみになりながら謝るその姿は、愛嬌を感じてしまう。だがここで引いてはダメなのだ。こいつはそれだと反省しない。 「新一さ、俺は怒りたいわけじゃないんだよ。今回みたいに体調崩してるのに無理してぶっ倒れて、それでこうやって運ばれてくるお前を見るのが嫌なの。わかる?」  頬に手を添えたまま、目を合わせてそう告げる。伝われー伝われーと念力を込めるのも忘れないのがポイントだ。  あいつは「うーん」だの「あー」だのうめいた後、「がんば、る」とだけ答えた。 「おい、なんだよ頑張るって」 「いや、保障できねぇよ。なんたって、俺だぞ?」  そこは多分、自信満々に親指で自分を示して言う台詞じゃない。 「おーーまーえーはー!」 「いや、それに!」  頬を横に引っ張ろうとする俺の指が、あいつの両手に阻まれる。口角をくい、とあげ、見せた笑顔はいたずらっこの子供のようだ。男はいつまでたっても子供なのよ、がまさに当てはまる表情。 「やべぇ時はお前が来てくれるだろ」 「はぁ?」 「今回だって俺がぶっ倒れそうになった時、結局事件現場に来て回収してくれたのはお前だし。その前に栄養失調になりそうだった時も、家に連日泊まりこんで食事を用意してくれたのもお前だし、な。」 「お前な……」  重く溜息を吐いていると、あいつが俺の手に頬を擦りあててきた。笑みを浮かべたまま、目を閉じる。 「頑張るけど、事件に夢中になるのは目に見えてる。俺の体調なんか気にしていたら、犯人逃げちまうかもしれねぇし。それにそんな暇あったら、早く事件を解決して被害者や遺族にちゃんと報いてやりてぇだろ? だから」  うっすらと再び瞼が開き、視線がこちらに向けられる。 「見張っていてくれ。俺が無茶しないか、馬鹿なことしないか。それでやべぇ時は来てくれよ、今までみたいに。だから俺は今、安心して毎日を過ごせてる」  俺はその言葉に目を見開き、結局頬をつまんだ。 「いってぇ」 「お前それ俺に甘えてるだけじゃねぇか! いくらでも助けに行ってやるけどな、ちったぁ治す努力を少しばかりでも見せろってんだよ、うりゃうりゃうりゃ」  上に下に、頬を引っ張る。やめろとわめくあいつに、俺は笑った。  助けてやるに決まってんだろ、俺はお前の――。 「おい」  間近に聞こえた声に、肩を震わせた。顔を上げると、心配そうにこちらを見る工藤がいた。細く白い指先が伸び、俺の前髪をするりと撫でる。 「大丈夫か。なんかすげぇ険しい顔してたぞ」 「ああ……」  起き上がって、片手で顔を覆う。いまだに鈍痛が頭の奥で響き、視界がぶれていた。工藤の顔が、さっきの夢の中の彼と混じる。  今のは、なんだったのだろうか。  夢にしてはやけにリアルで、でも現実ではありえない光景だった。ただ、なんとなく知っていると体が訴えているような気がした。あの感触も、暖かい空気もすべて。  もしかして、なくしている記憶の一部だろうか。  そこで俺ははっとした。 「工藤、お前こそ大丈夫なのかよっ」 「ああ、大丈夫だ。ちょっと今日あの道でゾンビに追いかけられる夢見て」  そう言って頭をかく工藤に、俺は口をへの字に曲げた。  どう考えても嘘だろう。夢でゾンビに追いかけられたごときじゃ、あの工藤新一があそこまで取り乱すはずがない。  絶対に何かあったはずなのだ。あそこに、何かが。けれどこいつは喋らないし、例のごとく口を割らせようとしたところで、はぐらかすに違いない。 『やべぇ時は来てくれよ、今までみたいに。だから俺は今、安心して毎日を過ごせてる』  あの夢が、俺のなくした記憶の一部だと、もしそうだとしたら、こいつは今誰に助けを求めているのだろう。安心した毎日とやらを、誰のおかげで過ごせているのだろうか。  その人物を想像しようとすると、胸のあたりが苦しくなって、何かの渦が腹の中をぐるぐると回る。俺は蛇かなんかでも飼ってんのか、と冗談を言える余裕もない。  なんなんだ、この感覚は。 「おい?」  工藤の呼びかけに、俺は顔を向けた。びくりと彼の肩が震え、目を見開いている。  もしかして、相当やばい顔をしてる?  慌てて取り繕うとした時、階下で玄関の扉が開くのがわずかに聞こえた。壁の振動が、それを証明している。  工藤が対応すべく、ベッドから降りようとした。それを、咄嗟に止める。 「絶対安静。寝てろ」  告げると、どうやら先ほどの表情が効いているらしい。恐る恐るといったふうに体を元の位置に戻す彼を見届けると、急いで下へと降りた。  玄関にはすでに人影はなく、差し込む夕陽で輝いているタイルと、その上に並べられた黒のパンプスだけがあった。  パンプス?  それはつまり女の人ということになる。しかも合鍵持ちだ。まさか、まさかのまさかで、彼女だったりするんじゃ……。 「誰」  背後から聞こえた声に、振り向く。そこには白衣を着た女性が立っていた。涼しげな目元は理知的で、シャープな顔のラインがその印象をより引き立てている。彼女は、秀麗な顔を驚愕の色に染めると「あなた」と小さく呟いた。  まるでどこかで会ったことがある、とでも言いたげなリアクションに、首を傾げた。さすがにこれだけの美人と会ったことがあれば、忘れそうもないのだが。 「ごめんなさい」 「え?」 「工藤君と見間違えたわ。随分似ているのね」  嘘だな。  咄嗟にそう思った。工藤だと思っていたなら「あなた」なんて言って驚くことはしないはずだ。それに彼女は最初「誰」と訊いてきた。工藤ではないとその時点ではっきりわかっているのだ。  となると本当に俺は彼女と会ったことがあるようだ。加えて対面して驚かれるような間柄。でもそれをあえて隠そうとするところから、その会ったことを今はなしにしたいということだろう。そしてそれが通じると思っている。  そうなると、答えは一つしかない。 彼女も俺の消えた三年間の記憶の中にいた人なのだ。  まぁ、度々思い出す記憶や、勝手に動く体をもってすれば、俺が工藤の家によく来ていることは理解できる。合鍵を持っているほどの彼女と、会わない可能性の方が低いはずだ。  だがここは初対面で通したほうがいいらしい。彼女もそれを望んでいるし、ここで変につっついて、警戒心を持たれても厄介だ。  俺は右の掌を返した。そこにぽんと音を立てて、造花のバラが現れる。 「初めまして、黒羽快斗といいます。お近づきの印にどうぞ」  ウインクを付ければ、彼女は肩を竦めた。俺の手からバラを抜き取ると、それを見ながら「宮野よ」と返してくる。 「それでここの家主さんは? まさかあなたひとり置いて外出なんてしてないでしょう」  彼女の問いかけに、俺は答えに窮してしまった。なんと伝えるべきか。街を歩いていたら突然苦しみだして、今は寝かせています、とか? プライドがエベレスト級の工藤だ。そういうことを知り合い、特に女性に言ったと伝えて、どんなリアクションが待っていることか。 「ちょっと」  ぴしゃりと鋭い声が飛ぶ。腰に手を当てて、こちらを睨む彼女は、恐ろしいことに工藤よりも怖かった。  すまない、工藤。俺も命は惜しい。 「実は、買い物途中に倒れちゃって……」 「なんですって」  駆け出して階段を上ろうとする彼女を咄嗟に引き留める。険しい顔がこちらに向き、びくりと体が跳ねた。 「い、今は安定したから! それで寝かせてるんです」  先手必勝、寝かせているのオマケつきは、なかなか効果が高かったようだ。彼女は「本当でしょうね」と、初対面の男に向けるにはいささかハードルの高い、ドスの効いた声で問いかける。俺はそれに何度も頷き、「もちろんです」と答えると、ようやく階段にかけていた足を降ろしてくれた。  これでなんとかプライドを傷つけられた工藤に、足蹴にされなくて済む。 「それで、あなたはどうしてここに?」 「ああ、工藤の家に泊まってたんです。昨日台風で身動き取れなくなっちゃったから」  俺の答えに、彼女は大きく目を開けると、二階を振り仰いだ。「そう」と呟き、しばらくすると俺に向き直る。 「なら私はお暇するわ」 「それなら何か伝言でも、伝えときましょうか」 「いいえ、結構よ。伝言するくらいなら言いに来ればいいだけだし」  そう言って彼女は俺の横を通り過ぎる。  伝言するくらいなら、言いに来ればいい。  簡単に連絡なんかができる相手ということだろう。しかも合鍵持ち。  どう考えてもその関係性は、ひとつのことしか示していなくて、俺はパンプスをはこうとする彼女の後姿を見ながら、覚悟を決めて口を開いた。 「工藤とは、その、付き合ってるとか……」  言うと、彼女は勢いよく振り返った。  その時の表情を、俺は的確に表すことができない。  地震雷火事親父、といった怖いものの、特に危険な部分だけを凝縮させたような、そんな世にも恐ろしいものだった。背筋が凍るとはまさにこういうことを言うのか。 「ないわ」 「で、ですよねぇ……」  あはははと乾いた笑いを漏らしながら、俺は無理矢理彼女から視線を外す。  こえええ! なんだこの人!  ともちろん叫ぶはずもなく、氷点下二十度はいってそうな、夏なのにやけに涼しい玄関で、立ち続ける以外に対処方法はない。  しばらくすると、彼女がため息を吐いた。空気が和らぎ、俺の伸びすぎた背中も、ようやく元の状態に戻ってくる。 「気になるの?」 「え?」 「彼に恋人がいるかどうか」  思い出したのは、さっきの疑問だ。 『やべぇ時は来てくれよ、今までみたいに。だから俺は今、安心して毎日を過ごせてる』  工藤が今助けを求める誰か。その存在が、気になっているというのは嘘ではない。  とはいえ、恋人がその役目を負うと固定するのも妙な話だ。実際俺と工藤は友達でも、そういう話をしていたみたいだし。  だが可能性のみに着目して話せば、やはり恋人という関係性は見逃せない。そしてこの妙な感情を整理するには、その事実をさっさと見極めるのが一番早いような気もしているのだ。 「そう、ですね」  ようやっと答えると、彼女はもう片方のパンプスに足を入れた。つま先でわずかに調整しながら「いないわよ」と答える。 「いないんですか?」 「ええ、二年前くらいからね」  その声は、どことなく棘があった。突然向けられた敵意に困惑していると、彼女が顔を反らす。 「ずっといないのよ。あの人」 「――じゃあ、誰が」  言いかけて止めた。  突然こんなこと話してどうするつもりだ。俺が勝手に抱いている疑問を彼女に告げたところで、どうしようもないだろう。 「なに? 言いかけてやめないでもらえるかしら」 「ええっと」  うまい言い訳が思いつかない。じゃあ誰が付き合えるんですか? それを俺が聞いてどうする。告白でもするつもりか。その予定は今のところないぞ。  じゃあ誰が、誰が……。  考え続けて諦めた。うまい言い訳は出てこないし、何より目の前の彼女が怖くて思考が回らない。  俺は息を吐き出すと、「誰があいつを助けてやってるんですか?」と尋ねた。 「……どういう意味?」  怪訝そうな彼女に言葉を続ける。 「あいつが体調崩したり、なんていうか、その、弱っている時に、誰が助けてやってるんですか?」  俺の問いに、彼女は黙った。腕を組んで、目を伏せる。答えを探すように、人差し指で自分の腕を叩くと、「そうね」と呟いた。 「あなたは、彼が強い人だと思う?」  突然の問いに、うまく答えが見つからなかった。今までの俺は、いや、事故にあってからの俺は、いろんな人の噂から工藤は強い人だと聞いていた。  けれど俺が初めて工藤を見た時の、病室で向日葵の花束を持って無表情に立ち尽くす姿や、今日道に倒れ込んでしまった工藤は、強いとは言えず、むしろひどく脆いように思えた。  人が言う工藤と、俺の知る工藤が違う。  その乖離に俺は悩んで、結局そのままを口にすることにした。 「他の人は強いって言うかな。だから信者みたいなやつらもいて、いろんなやつに好かれてる。でも俺は、なんだか違う気がしてて……。難しいんだけど」 「そうでしょうね。彼は普通、強く見えるのよ。本当はそんなことないのにね。周りがそうさせてしまったの」  宮野さんは、壁に背中を付けた。パンプスのつま先を持ち上げて、じっとそこに視線を向ける。 「いろんなことがあったのよ。それが彼を、弱音を吐いたり、誰かに頼るということをさせない人間にしてしまった。だから彼は強く見えるの。そりゃそうよね、弱い姿なんて、見せないんだから」  陽の光が橙色が次第に藍色に変化していく。気付けば外は夜の帳を降ろそうとしていた。 「でもね、一人だけいたのよ。そんな彼でも、ちゃんと弱音を吐いたり、頼る人が。それこそ、その人がいれば大丈夫だって、心の底から笑えるような人がいたの。けど」  宮野さんのモスグリーンの瞳が俺を見た。暗がりの中で、その目がどんな感情を宿しているのか、俺には見えない。だが、彼女がこの後何を言おうとしているのか、その続きはわかる。  多分、さっきの夢の話だ。 「いなくなってしまったの。ずっと前にね」  それが、俺だ。  正しくは、あの三年間に生きている、黒羽快斗だった。そしてあの時の黒羽快斗にとっても、工藤新一が、唯一自分の弱い姿を見せられる人物だったのかもしれない。  でもその黒羽快斗はいなくなってしまった。正しくは工藤新一を忘れてしまった。  彼は、それから一人で、ずっと誰に寄りかかることもなく、歩き続けていたのだろう。  俺には青子がいた。友達もいた。  でも工藤にはいなかったんだ。 「俺」  声が震えているのがわかった。拳をきつく握っていないと、感情の波に流されそうだ。罪悪感、後悔、自分自身への苛立ち、すべてが混ざって、苦しくなる。  俺が彼を忘れたことの代償、それは俺の知らぬ間に発生していた。そしてその代償を、なぜか工藤だけが味わっている。今もずっとだ。 「長話が過ぎたわね」  そう言って彼女は壁から背中を離し、じっとこちらを見つめる。 「伝言」 「え?」 「うちの家に、よく子供が遊びにくるの。その子たちと、この前花火をしたんだけど、その残りがあって。事件で不参加になってしまった工藤君に渡してほしいって頼まれていたの」  彼女はそう言ってダイニングを指さす。 「置いておいたから、良かったら使ってちょうだい。あなたも一緒にやれば?」 「はぁ」  重く張りつめていた空気が、四散していた。彼女は踵を返して、扉へと向かう。ドアノブに手をかけ、開けようとする直前、こちらをちらと見た。 「あと、アドバイス。時間ないわよ」 「……どういう意味ですか?」 「そのままの意味よ。時間は有限だわ。連綿と続くその中でも、今日の六時と明日の六時じゃ意味が違う。そういうこと。それじゃ」  大きな扉の向こうに彼女の背中が消えていく。俺はそれが完全に消えたことを見届けると、その場にうずくまった。  両膝を立て、顔を押し当てる。  早く戻らなければ。  工藤の様子を見て、飯作って、風呂入って、寝よう。予定をつらつらと頭に書き起こしながら、それでも両足がいうことをきかず、しばらくそのまま座り込んでいた。 [newpage]  鳥の鳴き声が聞こえる。  すばーらしーいあーさがきたっきぼーうのあーさーだ、の朝だ。  あいにく俺にとってはあんまり素晴らしいといえるものじゃなかったが。  昨日、あのあとのことはあまりよく覚えていない。工藤のところに行き、宮野さんが来たことを報告して、飯を作って、風呂に入った。  最初は工藤から宮野さんと何か話していたのかとか、いろいろ聞かれた気がするが、途中からそういったものもなくなった気がする。かわりに時折「大丈夫か」とか「体調悪いのか」とか尋ねてくれて、工藤の優しさに少し感動した。  そんな意識があやふやな中でも、工藤の世話をする、ということは、体が勝手に覚えているらしかった。完璧にそれらをこなして、客間のベッドにもぐりこんだ。  確か工藤が飯の時に、今日も泊まるのかと尋ねてきて、うんと答えたことは覚えている。それからいいのかよと続けて問われ、はっきりと答えたのだ。 「今日のお前を放っておくほうが、よくない」  それから工藤は何も聞かずに、飯の時間は終わった。  あの時あいつは何を思っていたんだろう。今更だが、そんなことを思った。  ベッドから起き上がり、ダイニングへと向かう。朝陽に照らされたそこには、やはり工藤の姿があった。 「はよ」 「おう」  そう答えて、工藤は読んでいた新聞をめくる。俺は彼の対面に座ると、指を新聞に乗せて、わずかにずらした。  煩わしそうな視線が俺を貫いてくる。 「んだよ」 「体調は?」 「へーき。お前こそ大丈夫かよ、昨日なんか変だったぜ」 「ちょっとな、低気圧にやられた」 「……あっそ」  工藤はそう言って再び新聞に視線を戻そうとする。それを、手のひらをかざすことで遮った。先ほどよりも苛立たしさを増した視線に、にっこりとほほ笑む。 「夜さ」 「あ?」 「花火しようぜ」 「なんで」 「宮野さんが良かったらやればって」  ほら。  そう言って昨日ダイニングテーブルから回収しておいた花火を取り出す。これを置いておけば、工藤がどこかに捨てそうな気がして、取っておいたのだ。 「あんのあくび娘……」  あの閻魔様でも背負っていそうな宮野さんのことを、あくび娘と言えるとは、さすが工藤、できる男である。 「つうか夜ってお前、また一日いるつもりかよ」 「おう。何、用事とかあるのか?」 「ねぇけどさ……」  口ごもる工藤に、内心ガッツポーズを決める。  意識はふらふらだったが、これでも昨日あのあとに時間をかけて考え、眠りによって頭を整理した。  結論として出たのは、こいつともっと距離を縮めるべきだろうってことだった。  記憶探しはもちろん重要だ。  けれどそれと同じくらい、俺は工藤と関係を戻すべきなのだ。  工藤を一人にしてしまったこと、それは俺にとって絶対に償わなければいけないことで。たとえすべてを知り、例の黒羽快斗が再び俺に戻ったとして、じゃああとはどうにかしてくれ、とするのは俺が嫌だった。いつしか俺は、この三日間でこいつの近くにいたいと思うようになっていた。こいつが泣きそうになる時に、そばにいて、肩を貸せる人間になりたくなってしまった。  それに記憶が戻ってから動こうとしても、取り戻せないものがきっとある。それこそ二年間一人きりにした事実は変わらない。彼はその結果、心の底から笑って、安心できる場所を失った。それを取り戻せるかどうか、今はわからない。なら、できうる限りのことをすべきだろう。 「じゃあいいじゃん」  そう言って笑えば、工藤はため息を吐いた。「明日は用事があるから、今日ちゃんと帰れよ」と告げ、彼は今度こそ新聞に集中し始めてしまった。  俺は立ち上がって、台所へと向かう。  昨日は洋食ベースだったから、今日は和風にしよう。そう思って冷蔵庫を開ければ、昨日まではなかったはずの、この世で最も恐ろしいものがそこに鎮座していた。 「さ、さ、さー!」  叫ぶ俺に、工藤が駆け寄る。そして俺がそうなった原因を見たらしく、顔をそらして、必死に声を抑えながら笑っていた。  俺はさのつくあれが嫌いという情報を工藤が知っていたことも、なんでそれが冷蔵庫の中に入っていたのかという疑問もすべて脇に置いて、工藤を見つめた。  こいつがこんな笑うの、初めて見た。  ぽかんと口を開けたまま、その光景を見る。  もしかしたら本当に素晴らしい朝がきたのかもしれない。そんなことを思った。  朝食を食べた後、リビングに移動した俺たちは、テレビを見ながら、とりとめのない話をしていた。それこそ夏がもうすぐ終わるな、であったり、昼は冷やし中華が食べたいだの、大学の課題は終わったのかだとか、本当にくだらないけど、三日前まではできなかったであろう話。  遠くなっていた距離が、徐々に縮まっている、その証拠なのかもしれない。とはいえきっと、ほんの一センチとか、そんなもんかもしれないけれど。  けれど、今はそれでもいいと思っている。  大学を卒業して、それぞれの道を進んでも道が分かれたからって、会えないわけじゃない。時たま今回みたいに押しかけて、会って、こうやって他愛ない時間を共に過ごしながら、いろんな話を聞けるはずだ。そうして、距離を縮めていけばいい。  そうしたらいつか、戻るはずだから。記憶も、関係も。それこそ思い出の中にいる俺の位置さえも超えて、新しい関係を築けるはずだ。 「おい」 「んー?」 「んだよ、にやにやして。なんか変なもんでも食ったか」 「なわけないでしょ。俺が作ったんだから。楽しいなって思ってるだけ」  そう言うと、工藤は顔をそむけた。「変なやつ」と呟く声に、頬を緩ませる。  そういえば俺の方こそ、噂と違う工藤の様子に、いささか驚いている。それは新刊を読まないことだ。推理小説の新刊を買ったら、友達がいても読む、というのは工藤の噂話の鉄板だ。しかも昨日の帰り道、あれだけ内容を気にしてたのに、部屋に置いたままにしているらしい。  もしかして、こいつ昨日徹夜して読んだのか。  だが、昨日の出来事でかなり体力を消耗していたことと、その前の日もあまり寝ていないことから、眠りにはちゃんとついたように思う。実際クマも浮かんでいない。  もしかして、俺がいるから読まないのか?  それもそれで申し訳ないような、でもどこか嬉しいような、なんとも言い難い気持ちに、頬が変な形で歪みそうになった。  ここ三日間、俺のポーカーフェイスはどこにいってしまったのか。しっかりしろ、黒羽快斗。お前は将来世界に羽ばたくマジシャンなんだぞ。 「あ」  落ちた工藤の声に、俺は彼を見た。  青い瞳が、じっと俺の手を見つめている。  そうして、俺も声をあげた。 「わりっ」  いつの間にか俺は、トランプを取り出して切り始めていた。これは俺が考え事をするときの癖だ。自分の手にトランプを馴染ませるためにも、また集中力を高めるにもうってつけなそれは、中学時代からやり続け、身に染みついている。最近になると無意識に行っているから性質が悪い。  俺は手を止めて、トランプを片そうとしたが、それを工藤が手首を掴んで止める。 「いいから、続けて」  熱心に見つめるその横顔は、彼が記憶の引き出しを開けて、その中身を見ているときのものだった。きっと今彼の中には、あっちの黒羽快斗がいる。同じ手で、癖で、彼が再現されているのだ。 「な」 「あ?」 「同じなの? 癖」  俺の問いかけに、工藤は無表情になった。「なんで」と手を見つめたまま尋ねる彼に、ひとしきり唸る。なぜ、と訊かれれば教えてほしいからだ。ただそれを直球で伝えれば、彼はきっとはぐらかす。  ならば。 「だって三年分ってことは、俺が事故った時と差引すると、一年多いだろ。つまり、その分うまいかもしれねぇじゃん」  トランプを切る手を一度止め、工藤の顔を覗き込む。あいつは、喉を震わせながら「なんだそれ」と笑った。  ああ、やっぱり素直に笑うと綺麗だ。 「それで? どうなの?」  工藤は笑いを収めると、俺の手を握った。束の一番下に指をあてさせ、ぱちんとわざとカードを鳴らす。 「ちょっと、違う。一通り切り終えたら、こうやって、鳴らすんだ。ぱちんって」 「俺が? わざわざ区切るの?」  俺は真似るようにカードを弾く。  ぱちん、ぱちんと小気味のいい音が耳に伝わってきた。 「思考を切り替えるのにちょうどいいんだってさ」  工藤はそう言って、目を細めた。 「思考を切り替えるって、俺そんな悩み事抱えてたの?」 「今のお前だって抱えてるだろ、いろいろと」 「そりゃそうだけど、切り替えするほどじゃないだろ」 「……まぁ、いろいろあったんだろ。それに、夢も壮大だったな」 「夢?」  工藤が顔をこちらに向けて、うっすらと笑んだ。それはここ三日間はもちろん、彼と会ってから初めて見た表情だった。 「どんな人でも笑顔に変える、世界一のマジシャン」 「……え?」 「それが、お前の夢だった」  それはなんとも壮大で、荒唐無稽な夢だ。世界一のマジシャンは、わかる。俺もそうだから。ただどんな人も笑顔に変えるというのは、かなり難しい。人それぞれに価値観や考え方があって、それがマジックに当てはまるなんて言えないからだ。到底ある程度マジックの技術を積んだ、しかも二十歳になっている男が言うことではない。でも。 「かっけぇじゃん」  俺の言葉に、工藤はふっと笑いをこぼした。ソファの上に両ひざを立てて、そこに顔を押し付ける。わずかに覗く青い瞳が、うっすらと輝いていた。 「本当、お前って馬鹿な」    *  お前がトランプ切っているのを見るのが好きだった。いや、今も好きかもな。  だって、あれだけきっちり整った手でさ、すげぇ丁寧にやるんだよ。一枚一枚、逃さないようにカードを切ってくんだ。しかもちゃんと切り終えたかどうかまでわかっている。  普通わかんないだろ。五十四枚もあるカードが混ざり合ったかどうかなんて。  でも、お前はわかるんだ。だからぱちんって終わりの合図を鳴らす。考え事があるときはもう一回始まるんだ。何度も何度も、それが繰り返される。  そりゃここからあんな魔法みたいなやつが飛び出すのも、無理ないな、って思えたよ。それくらいその一連の流れが綺麗なんだ。  いうなれば世界の神秘? 人類の宝?  まぁそれをお前に言ったら「この世に新一以上に綺麗なものがあるはずがない」とか豪語してたな。  ちょっと引いた。  でももっと引くことを言うとすれば、俺はお前以上に綺麗な人間を知らなかったってことだろうか。  お前に一回、聞いたことがあるんだよ。将来どんなマジシャンになりたいのかって。例えばアメリカを拠点にするとかさ、そういう具体的な話な。  なのに返ってきたのがさ、「どんな人でも笑顔にできるマジシャン」だったんだよ。  なんで東都大学に首席合格した男が、将来像語る時にそんな小学生みたいなこと言ってんだって、そう思ったんだけどさ。 その目が、真剣だったんだよな。  こいつはふざけているわけじゃなくて、本気で自分が会った人、全員を笑顔に変えたいって思ってるんだとわかった。  昔聞いたことがあったからさ。親父さんが亡くなった時、いつも笑顔のお前が一切笑わなくなった時期があって、それを救ったのもまた、映像に残ってたお前の親父さんのマジックだったってさ。  お前は、そうなりたいんだよな。  だからずっと将来の夢を訊かれると、「どんな人でも笑顔にできるマジシャン」を貫き通していた。  でもさ、俺はすごいと思うよ。  どんな人でも笑顔にできるマジシャンになるって、お前ほどの実力で宣言するのは、難しいだろ。普通、みんな口にしないし、そんなことすら、考えない人がいるかもしれない。  けどお前は、それを堂々と宣言した。きっと勇気も覚悟もいることなのに、あっさりとやってのけるんだよな。  俺はそれを聞いて、お前はすごく強くて綺麗なやつだって思ったよ。  そして実際、お前はマジックでいろんな人を笑顔にした。俺もそのうちの一人だったしな。  その手を大切にしてくれ。決して傷つけんなよ。  いつかまた、お前の、いやエンターテインメントの神様ってやつのマジックが見れるといいなって、俺は思ってんだからさ。  次はとうとう最後か。懐かしい話だな。 [newpage]  バケツに、マッチ。外は薄闇に包まれ、その中で花火が激しく輝いた。吹き出す光の滴が、庭先を染めていく。  工藤と俺は庭先に繋がるリビングに、腰を下ろしたままその光景を眺めていた。 「おー、すげぇ」 「風流だな」  ちらと工藤の横顔を見れば、穏やかな笑みを浮かべている。先ほどの勝負師のような顔はどこへやら、絵画に収まりそうな良くできた笑みに、苦笑を浮かべる。  俺がなぜか工藤に馬鹿だと言われた、あのあとのことだ。憮然としながらトランプを切っていたら、無性にまたトランプゲームがやりたくなってしまった俺は、工藤に様々なバトルを吹っかけた。一番白熱したのはダウトだ。互いの表情を読み合って、決死の覚悟でつきつけるのだが、あえて嘘をついているような演技をしたり、逆に無表情を貫き通したりと、あの手この手で追及をかわし合っていた。  今のところ合計すると工藤八勝、俺は七勝。若干リードを許している状態だ。  まぁ今日は花火をやるつもりだったし、また今度勝負を持ちかければいいだろう。次は逆転を狙う。 「良かったわ、俺、夏の三大ミッション、クリアしてなかったからさ」 「なんだよ、三大ミッションって」 「そりゃあ、祭、海、んで花火だろ」 「なんで?」 「なんでって、夏っていえば、その三つじゃん」  俺の答えに工藤は瞠目した。そして手元の花火が消えたことに気付くと、それをバケツへと放る。 「そうだったな」 「なに、工藤は違うの?」 「いや?」 「はいダウトー」  次の花火を手渡してやりながら、そう告げる。工藤は目を瞬かせ、「なんだよ、いきなり」と呟いた。 「俺はさっき散々お前の嘘つく顔を見てんだよ。なのに、あからさまに嘘ついてますって顔しやがって。はいそうですかって、そう易々と言うわけねぇだろ」  マッチを擦って、工藤の花火に火をつけてやった。彼の頬に、赤い光が映る。 「んで? お前にとって何が違ったんだよ」  工藤はため息を吐くと、軽く手を持ち上げる。首を傾げる俺に、「だから、これ」と言葉で補足した。 「花火?」 「ああ」 「へぇ……。珍しいな」  そう言うと、工藤は片膝を立てて、そこに頭を乗せる。こちらからは彼の首筋しか見えず、特徴的なへたが揺れていた。 「エイプリルフールに」 「エイプリルフールって、四月か?」 「ああ」 「……もしかして、ダウトとエイプリルフール、かけてるのか?」  今度は俺の花火が消える。バケツに放ると、うまく入らず、仕方なしに拾うことにした。 「さぁ」  適当にはぐらかす、工藤の返答に眉根を寄せる。バケツのすぐ近くに落ちていた花火を投げ込むと、俺は新しいものを一つ取って、また元の位置に戻る。 「もしかして、嫌な思い出でもあんのか?」 「んだよ、いきなり」  怪訝そうな彼の声に、俺は「だって」と唇を尖らせる。 「そんなはぐらかし方するなんて、なんか裏がありそうだろ。そうだな、例えば……昔付き合ってたやつが花火大会で浮気してた、とか」  工藤の体が、びくりと震える。俺はそれに驚いて、思わず花火を取り落としてしまいそうになった。  まさか本当に浮気されていたのか。  かなり藪蛇だ、突っつかなければよかった。  そう思っていたのだが、くるりとこちらを向いた工藤が「なーに馬鹿なこと言ってんだよ」と言って、デコピンをかましてくる。  予想以上に痛い。 「いやだってさー、お前のそういう関係、話聞かねぇし。もしかしたら辛い思い出でもあんのかなって」 「昔話の次はコイバナか。そんな暇あるなら、さっさと帰れ。もう八時だぞ」  工藤は立ち上がり、背中を伸ばす。花火はまだ五本ほど残っていて、お開きにするには少しもったいない。 「だって、もったいねぇじゃん。工藤はさ、ぶっきらぼうで横暴だけど、相手の痛みを考えられる、優しいやつだろ」 「んなわけねぇだろ」 「あるよ」  俺は知っている。  記憶を失ったあと、一人で彼が歩き続けていたことも、忘れ去ってしまった俺を、責めずにいることも。 「だからさ、幸せになって欲しいじゃん。いい人見つけてさ」  工藤は答えなかった。バケツを取りに行くため、だだっ広い庭を歩いていく。  俺は顔を上げて、そっと息を吸う。  工藤にとってのいい人。  そう考えた時、妙な違和感が襲った。一本一本、毛を逆なでられていくような感覚に、肌が粟立つ。  なんだ、これ。 「あー、でもお前の場合、そういういい人とかさっと見つけて、さっと付き合って、すぐに結婚しそうだよな」  それを逃そうと、言葉を繋げてみるが、その感覚は一層強まり、逆に自分を追い詰めていっているような気がした。  出口が見当たらない。 「おい」 「あ、もしかしてもういんのか、そういう人。なんだよ、言えよー」  何かを言わないといけない。口を動かし続けていないと、止まった時に何かしでかしてしまいそうな、そんな気がする。  遠くで工藤の声がした。けれど、それが耳に届いてこない。 「ならちゃんと言ってこいよ。折角相手がいるんだからさ。お前なら、よっぽどのことがないかぎりフラれねぇだろ」  そこまで言って、はっとする。  違う、これは踏み込みすぎだ。  その時ドンと鈍い音がした。  見れば、バケツが倒れて、中に入っていた水と花火が庭に転がっている。次第に伸びてきたそれは、残っていた花火にも触れそうだった。  だが俺は、それをどうこうできそうにない。  工藤が、鋭い目つきでこちらを睨んでいた。大股で歩き、次第に近づいてきた彼の顔に、リビングの光が当たる。  驚き、困惑、焦り、怒り、悲しみ。すべてを詰め込んだそれは、俺をそこに縫い付けていた。  伸びてきた手はそのまま俺の襟首を掴み、リビングの床に引き倒す。 「言ってこいって、誰にだよ」  工藤の手が震えている。 「その相手が、いくら探しても、どこにもいねぇのに、どうやって言えっていうんだよ!」  いくら探しても、どこにもいない。それは、つまり、行方不明になったか、最悪、死んでしまったか。  伝えたくても、伝えられない辛さを俺は知っている。大好きなのに、そう言いたいのに、もうその相手はそれを聞く耳も、そもそも姿さえ、消えてしまっているのだ。  俺の親父が、まさにそうだった。  俺は、何をこいつに聞いていたんだっけ。どうしてこんな顔をさせてるんだ。  何してるんだ。 「ごめ」  そこまで言って、咄嗟に口を噤んだ。  工藤が呆然としたまま、自分の口を片手で覆っていた。「あ」と薄く聞こえる声と、零れ落ちそうなほど大きく見開かれた目が、彼の動揺を物語っていた。 「ちがうんだ。俺、そうじゃなくて。いないわけないのに。ちゃんといるんだよ。いるんだ。いないわけないんだ」 「工藤」  ゆっくりと彼の瞳が俺へと定まる。その瞬間、彼は顔を歪ませて、俺の胸元に顔を押し付けた。 「ごめん、違うんだ。ごめん、本当にごめん。俺、なんてこと……」  俺のTシャツを強く握り、彼は必死に喉の奥で声を押し殺していた。時たま聞こえる掠れた声が、俺の上に降ってくる。  俺は咄嗟に両腕を工藤に回した。頭の後ろに手をやり、背中を叩いて、少しでも彼が楽になるようにする。 シャツの胸元が濡れていた。多分泣いているんだ。  俺は、何をしているんだろう。  弱い部分を見せない工藤を、ここまで取り乱させるほどに、深い傷跡を作って、どうしたかったんだ。  何してるんだ。  ごめんとは、とてもじゃないが今、言えなかった。そんな軽い言葉で、表していいものではない。    *  花火な。  そりゃあれしかねぇだろ。  エイプリルフールに、杯戸シティホテルでどんと打ち上げたやつ。  あれ、あの後すげぇ怒られたんだよな。小学生がこんな時間に一人で出歩くな、とか、花火は決められた場所でしかできないんだぞとか。  でも、あそこ行かなきゃお前と会えなかったからな。俺としてはあのくらいのお説教で、それが許されるんなら、十分だったな。  なんやかんや、俺はお前との追いかけっこを楽しんでたんだよな。じゃなきゃ、毎回行くわけないし、ラストショーにかこつけて、告白されても、今までのやりとりが大して面白くなきゃ、デートする前に振ってただろうしさ。  覚えてるか? なんて言ったか。 「あなたのその美しいブルーサファイアを、一生私のものにさせて頂けませんか」  くっさいくっさい、思わず蹴りいれたからな。それでまどろっこしいのはいいから、正面からきっちり言えよって言ったら、突然衣装脱ぎ捨てて、パーカーにジーンズ姿でさ。 「好きです、付き合って下さい」  そりゃもう一回蹴るよな。なんで勝手に正体さらしてくれてんだよって。  結局あの後、まず今のお前のこと知らねぇんだから、話はそれからだろって言って。そしたらデートに散々連れて行かれたよな。毎週土曜日の午前十時に米花町駅前。あれ結構きつかったんだけど、でもなんとか起きられたんだよな。俺って優しいな……。  それで本当にいろんなところに行って。まぁよくも思いつくなって感心したわ。俺も俺で、まぁよくも毎週毎週ついてったよな。断ってもよさそうなもんなのにさ。  それも、結局楽しかったからなんだろ。  認めると癪だよな。  さらに腹が立つことに、お前と付き合っていた一年とちょっとも、相当楽しかったんだよな。  考えたらイライラしてきた。  これは、俺の話術も素晴らしかったから、楽しかったんだからな。お前一人の成果じゃねぇぞ。  ただ、半分の功績は認めてやる。良かったな、おめでとう。  それをNさんとの毎日にでも使ってやれよ。とかアドバイスしつつ、もう使ってるだろうことは、わかってんだけどさ。  つまり、何が言いたいかっていうと、お前と過ごした日々は、本当に楽しかったってことだ。記憶を失う前もしかり、失った後もしかり。じゃなきゃ俺はそんな長い間お前と付き合うことも、三日間泊めてやるようなこともしなかったと思うぜ。  だから自信持っていい。お前はそばにいるやつを笑顔にする才能を持ってるよ。それって、普通の人にはなかなかないもんだからな。本当に、腹の立つことにさ。  さて、答え合わせは以上か。  あとは、教えておきたいことが一つあるんだ。 [newpage]  俺は工藤を抱きしめたまま、フローリングに転がっていた。胸の上で、工藤が静かに息をしているのがわかる。ひきつく声は消えて、胸元に冷たい雨が降ることもなかった。  背中を一定のリズムで叩きながら、考える。  なんであんなひどいこと、言ったんだろう。  考えているのは、そのことばかりだった。  踏み込みすぎだ。あいつだって話したくなさそうにしていたのに、なんであそこまで言ってしまったのか。  工藤のいい人をすごく知りたかったから? 違う。何を言っているかわからないくらいの状態だったんだ。それはないだろう。  青子と別れたから、そういう話がきつかった? これもないだろうな。あの時俺はそんなことを考えていなかったし、そもそもあいつとのことはずっと昔に覚悟していた。  あと考えられるとすれば、聞きたくなかったから?  正直これが一番正解に近い気がしている。だからこそ逃げるように言葉を続けていたのだし、工藤の声すらも届いていなかったのだ。  でも、なんで俺は聞きたくなかったんだ?  その時の感情を追おうとしても、うまくいかない。工藤の苦しそうな声が耳の奥でこだまして、そこから先に進めないのだ。 『いないわけないのに』  あいだあいだに入ってくる言葉は、まるで謎かけのようだ。  いくら探してもいないけど、本当はいる。いるんだけど、いない。  それは、誰だ?  ふいに、工藤の体が持ち上がった。赤くはれた瞼が痛々しく、思わず頬を摩った。 「工藤」 「ごめ」  続きそうになる言葉に、俺は急いで彼の口を押えた。これ以上、もうあの言葉をこいつに言わせたくない。  だが工藤は煩わしげに俺の手を払うと、俺の体から降りて、庭先に立った。 「あんなとこ見せて、悪かったな」 「違う! あれは俺のせいで」  今度は工藤が俺の口を塞いだ。白くやわなそれを傷つけるわけにもいかず、俺は口をゆっくりと閉じる。すると彼はふはっと笑い、柔らかな眼差しを俺に向けた。 「お前のせいじゃねぇよ。勝手に取り乱したのは俺だし、それにお前の問いかけなんて、よくあるもんだろ。勝手に敏感になってただけなんだ。悪かったな」  まただ。そう思って俺は顔を顰める。  こいつはまた一人で背負おうとしている。誰にも頼らずに、全部自分のせいにするんだ。目の前に、俺がいるのに。  俺は口を開こうとして、直後工藤に遮られる。 「んで、お前、終電は? 大丈夫か?」 「あ? あ、やべぇ」  スマートフォンを取り出してみれば、もう深夜一時近い。終電は確か一時五分初だったから。今から走れば間に合うか。  俺は慌てて客間に行くと、自分の荷物をまとめる。借りていた衣服は昨日のうちに返していたから大丈夫だ。あとは雑多なものを詰めるだけ。  そうしてすべてを片付けると、階下に降りた。そこにはすでに工藤が立っていて、壁に背中を付けたまま、ぼうっとどこかを見つめていた。 「工藤」 「おお」  そう言って向き直る彼に頭を下げる。「三日間お世話になりました」と言うと「へーへー」となんとも気の抜けた声が聞こえる。  俺は顔を上げると、工藤を見つめた。 「俺さ」  言うと、工藤が首を傾げた。 「俺明日からしばらくは、バイトだったり、マジックのショーだったりあるから、夏休み中は会えないんだけど、大学始まったら、遊びに行こうぜ」  一歩彼に近付いて、「な」と笑顔を向ける。  工藤は目を伏せると「ああ」とだけ答える。  俺は、さっきのことを、あの工藤の誤魔化したような謝罪で、終わらせたくない。いや、さっきのことだけじゃない。  結局やっぱりこいつは人に弱い部分を見せようとしないし、頼らない。それは二年間も一人にさせてしまっていた俺のせいでもある。  だから、これからの時間をかけて、ゆっくりこいつに歩み寄っていきたい。すごく嫌がりそうだし、いつになったら振り向いてくれるかわからないけれど、でもいつかきっと、昔の俺たちに戻れる日が来ることを信じる。  その時に、きちんと謝ろう。あんなことを言って悪かったって。今はもう、俺にちゃんと怒っていいんだって。  スニーカーを履いて、俺は玄関の扉を押した。月の光に照らされた、彼の泣きはらした顔が少し痛々しい。 「そんじゃ、また大学でな」 「いいから行け」  扉が閉まる直前、声が聞こえた。 「じゃあな、快斗」  初めて呼ばれた名前は、下のものだった。夢の中のものと同じだ。  がちゃんと閉まる扉を見つめ、俺は嬉しさが湧きあがった。そのまま軽い足取りで、駅へと向かう。  俺はそれが、工藤と距離が縮まった確実な証拠だと思った。あいつは俺に対して、昔のように心を開きはじめている。だから下の名前で呼んだんだ。  これなら元に戻れる日も近い、そう思っていた。  でも、九月に入って大学に行ったら、あいつはいなかった。  退学した。  そう、人伝に聞かされた。  そうしてあいつのいない、四回目の夏が来る。 [newpage]  黒羽快斗バースデーショー。  そんなタイトルが躍るポスターが、ベルツリーホテルの大ホール、フォールインワンダーのロビーに所狭しと飾られていた。  それには両手を広げて正面を見る俺が写っている。マジシャンのポーズは大体決まっていて、両手を広げるか、シルクハットの鍔に指を添えているか、杖を手にしているかの三択だ。  なんて言いながら、このポスターは俺があえてこのポーズにしたんだけれど。  最初のカメラマンの要求は、寝そべって片手をあげるようなポーズをしてくださいなんてもので、それを上から撮ろうとするから、どこのモデルの写真集だよと思って断った。  まぁ、マジックに親しみがない日本では、ルックス売りをした方が、客が入るのだろう。実際日本での今の俺の肩書は、アメリカを拠点に世界で活躍する、イケメンマジシャンってものらしい。  大学を卒業すると同時に、俺は日本から飛び出した。ちょうどその年行われたFISMのステージ部門でグランプリを獲得し、それからは世界各国でショーを行う日々だ。  そして毎年、六月十五日から二十一日の一週間は、日本のベルツリーホテルでバースデーマジックショーなるものを開催することになっていて、つい数時間前に、三回目となるそれが終わったところだ。 「快斗様」  呼びかけに振り返ると、ジイちゃんが立っていた。  最近腰を悪くしたとかで、そろそろマネージャー業を他の者に引き継ごうかと言っている。  そのわりに、一向に新しい人間を雇う気配がないから、不安なところではあるのだが。  ジイちゃんは俺の隣まで歩いてくると、正面にある大きなガラス窓の外を見つめた。  フォールインワンダーには、もう俺とジイちゃん以外、残っていない。スタッフは今頃ホテルのバーで打ち上げを楽しんでいるだろうし、設営の解体は明日だから、業者も入っていないのだ。 「打ち上げは、よろしいので?」 「あれは一週間頑張ってくれたスタッフのためにやってるんだ。俺はいいよ」  ロビーは必要最低限の明かりしか用意しておらず、それを補うように、窓から月の光が差し込んでいた。  今日は満月だ。 「そうですか。打ち上げにも行かず、ご実家にも帰らず、かといって帰りを待つお相手がいるわけでもなく、誰かに誘われても断り、今年の誕生日もおひとりで過ごされると」 「……そうですね」  昔あった長寿番組のような返答をしつつ、頭をかく。  気のせいでなければ、ジイちゃんのコメントは年々厳しさを増している。その度に俺は冷や汗をかく毎日だ。 「そんな可哀相な快斗様に、ご伝言です」  ジイちゃんはそう言うと、懐から一枚の紙を取り出した。何か書いてあるらしいが、老眼鏡族のジイちゃんにはちと厳しいらしい。顔を離し、目を細めて読み上げた。 「快斗、元気ですか。青子は元気です。この前二人目の子供が産まれました」 「え、まじで? んだよ、あいつ。言えよ!」  青子は大学を卒業したあと、会社で出会った先輩社員と結婚した。ついこの間一人目が産まれたと思っていたのだが、もう二人目とは。時の流れは早い。特に二十二を過ぎると。 「元気な男の子です。出産祝いは最新型のベビーカーで大丈夫だよ。顔を見に来てね。青子」 「俺が大丈夫じゃねぇよ」  はぁ、とため息を吐く。  なんとがめつく、強気な女だ。ガキの頃から少しも変わりゃしねぇ。  そう思いつつ、これから始まるオフの予定を頭に浮かべる自分がいる。あんなやつでも俺にとっていまだに大切な女性なのだ、仕方ない。  それは兄弟愛や、家族愛といったものに近いだろう。  以前のような恋愛感情はない。  そうさせてしまったのは、俺だけど。 「あと、もう一つございます」 「……今度はなんだよ。母さんか? まさか大穴で山田か?」  顔を顰めてそう問えば、ジイちゃんは首を横に振った。  今度はスーツのポケットから何かを取り出す。それはリングケースよりも二回りほど大きい箱で、白いベロア生地に覆われていた。 「なんだ、それ」 「快斗様への誕生日プレゼントでございます」  差し出されたそれを、戸惑いつつも受け取る。「誰から?」と問えば、ジイちゃんが笑みを浮かべた。 「工藤新一様からです」 「……は?」  手が緩み、思わずその箱を落としそうになる。慌てて掴みなおすと、「嘘だろ?」とジイちゃんに問いかけた。 「いいえ、嘘ではございません。それは六年前に、工藤様からお預かりしたものです」  ジイちゃんの言葉に、俺はその箱を見つめた。六年間保管していたわりに、綺麗に整っている外装だ。  大学四年の、残った数か月間、俺は工藤を探した。  退学したという事実を聞いた日から、色んな人を尋ね、あいつが通っていた高校にまで足を運んだ。だが、誰も彼の行方を知らなかった。  あの幼馴染でさえもだ。  だが、別れの挨拶には訪れたという。 「しばらく会えなくなるけど、元気でなって言われたの」  彼女は俺を見ると、「あいつはそういうやつだから」と言って笑った。  もちろん工藤の家は最初に訪れたが、人のいる気配がまるでなく、当然、呼び鈴を鳴らしても出なかった。  近所の人に話を聞いたが、ここ最近人の出入りはなく、静かなものだと教えてくれる。  一緒に、子供がよく出入りする家として紹介されたのが、あいつの隣の家だった。 『うちの家に、よく子供が遊びにくるの』  そう言っていたのは、宮野さんだ。合鍵を持っているが恋人ではなく、連絡手段に困らない。そうなると、近場に住む人間という線が浮き彫りになってくるのだ。  彼女なら何か知っているかもしれない。  そう思って訪れたが、それも一歩遅かった。  隣の家にはひげを蓄えた阿笠という男性がいて、工藤の行方も、宮野の行方も聞いたが、首を振るばかりだった。なんでも宮野はとある外国の研究機関に声をかけられたからと言って、突然出ていったらしい。  工藤は、そもそも何も聞かされていないと話していた。 『時間ないわよ』  彼女のアドバイスは、実に的確だったわけだ。  そうして探し続け、大学も終わりを告げる頃、俺はようやく彼が残した、最後の言葉の意味を理解した。 『じゃあな、快斗』  あれは、距離が縮まった証拠なんかでは、決してない。別れの言葉だったのだ。  あいつはやっぱり、一人で抱えて、一人で歩いていってしまった。  それから俺は探すことをやめた。  ここまで行方を掴む鍵がないとなると、どう考えたって、これはあいつが、俺に探されたくないと思って、すべてのルートを切っていったのだ。  それがなぜかは、わからない。  あいつにとっては、俺との関係修復なんて望んでいなかったのかもしれない。もしくは、探偵として何か大きな事件にでも関わり、重大なことでもあって、姿を消さざるを得なかったのか。  すべては仮定だ。俺に答えを探す手立てはない。  だからその代わりに、俺を見つけてもらいやすいようにした。とにかく名を売り、世界を相手取ってショーを行う。本当に、本当にもしころっと気が変わって、あいつが俺に会いたいと思った時に、そうしておけばすぐに会いに来れるように、俺はこの三年間、必死に前を見て走り続けた。  でもまさか、そんなに必死になって探していたあいつの痕跡を、こんな身近で発見するとは思わなかった。まさに灯台下暗し。  じろっとジイちゃんを睨むと、「申し訳ございません」と笑顔で返される。 「あのなぁ」 「ですが、残念ながら工藤様の居場所は存じ上げませんよ」 「……わーってるよ」  ぶっきらぼうにそう返すと、俺は箱を上下左右から観察してから、ゆっくりと蓋を開く。  そこには片眼鏡――モノクルが入っていた。紐がついていて、その先に飾りがついている。 「なんだ、これ」  取り出すが、薄暗いロビーだとよく見えない。  俺は仕方なく体の向きを窓の方に向け、月にかざすように、それを持ち上げた。  モノクルのレンズ越しに、満月が見える。  その瞬間、目の奥に何かが映った。 『パスしたらキスするとかいうのやめろ!』 『へーへー、今日目玉焼きは美味しゅうございました』 『ったく、わかったよ。アルバム置いてけバーロー』 『予約引き取りなら俺が行くっつの。……サンキュな』 『笑顔にするねぇ……、もっとねぇのかよ』 『花火!』 『だーかーらー俺もおめぇが好きだって言ってんだろ』  様々な工藤の、笑った顔や怒った顔が、浮かんでは消え、浮かんでは消え。俺はそれを全部知っていた。  工藤と――いや新一と俺の、今までの記憶。 「快斗様」  背後から静かなジイちゃんの声が聞こえた。「ああ」と答え、モノクルを降ろす。  これは、親父の形見だ。そして俺が、怪盗キッドなんて名前を継いで、夜の闇を駆けていた二年間をずっと映し続けていたものだ。  だから、渡した。  俺が二度とあの世界に戻らないように。  その誓いをかけて、恋人に渡したんだ。 「そっか」  月の光がまぶしかった。ゆっくりと瞼を閉じて、深く息を吸う。 「そっか……」  片手で顔を覆った。  俺は黒羽快斗だ。  チョコレートアイスクリームが好きで、サのつくあれが嫌い。母親は世界旅行中。幼馴染は中森青子で、彼女の父親は中森銀三。  そして、恋人の名前は工藤新一。 『いくら探しても、どこにもいねぇのに、どうやって言えっていうんだよ!』  歯を食いしばる。  本当にな、どうやって言えっていうんだろうな。俺はお前を忘れてて、自分とは違う恋人を作って、なんにも知らない顔して言うんだ。  いい人見つけて幸せになれだなんて、簡単に、それこそ明日の天気でも告げるように。  必死に撒いていたお前の幸せの種は、全部俺が潰していた。 「窃盗罪の時効は、七年だそうです。ですからそれを過ぎた二十六歳の誕生日に、あなたにそれを渡すよう、頼まれておりました」  モノクルをきつく握る。冷たくなった銀縁が、手のひらに食い込んだ。 『これって、親父さんの形見だろ?』  あいつの声が、遠くで聞こえる。 「これって、親父さんの形見だろ?」 「そうだよ」 「んなもん、俺に預けるべきじゃねぇだろ」 「いや、むしろお前以外に預けられねぇよ。俺の人生最大の秘密だぜ? 見つかった日にはお縄だ」  口をへの字に曲げてそう言えば、新一は笑みをこぼした。 「確かにな」  そう呟いて、腕を組む。  先ほどまでダイニングで、朝食を食べていた。少し開けた窓からは、葉を舞い上げる風の音が聞こえる。青葉を着飾った広葉樹が、それに合わせて揺れていた。  春だ。  怪盗キッドを引退して、ようやくひと段落したその季節に、俺はモノクルを彼に渡した。 「でもなぁ、結構預かっとくには不安の代物だぜ」 「まぁ、そうかもしんねぇけど……」 「あ、そうだ」  ぽん、と手を叩く新一に「どうした?」と訊けば、「コナンの時のもんと一緒に入れときゃいいんだよな」と一人で頷いている。 「え、お前それ、どこに隠してんだ?」  俺の質問に、彼はある一点を指さした。そこには台所があるだけで、他に何か見当たるものはない。 「は?」 「実は、あそこにある食器棚の一番下、外れるようになってんだ。そこに貯蓄スペースの入り口がある」 「なんで!」  驚く俺に、工藤は「父さんのだけどな」と何でもないように言った。 「編集者にまだ持って行かれたくない原稿を、そこに隠してたから」 「はぁ……さすが工藤優作。なるほどね。んで、今はお前のコナン時代のグッズがやまほどあるわけか」 「そういうこと。ま、ちょうどいいだろ。他にも見つかったらやべぇもんあれば、入れとけよー」  コナン時代の名残か、いたずらっ子のような笑みを浮かべるあいつを、やたらよく覚えている。 「そうか」  俺は片手を自分の顔からはがすと、振り向いてジイちゃんを見る。彼は真剣な顔つきで、こちらを見ていた。 「車を回してほしい」 「どちらまで」 「米花町。新一の家だ」  新一はすべてのルートを切っていたわけではない。友人としてではなく、恋人としての黒羽快斗にのみ、痕跡を残している、その可能性がある。    *  お前の大事なもんを、Gさんに預けておいた。正直この手紙と一緒にここに仕舞っておいても良かったんだが、やっぱり持ち主にきちんと返すべきだろうと思ってさ。  それに、もう俺が預かる必要もないだろ。  お前はもう、あの道を再び歩むことはない。  これからは、世界一のマジシャンとして、その一生を過ごすんだ。  監獄にぶち込んでやっても良かったんだけどな。俺の優しさに感謝しろよ。  さて、それじゃあこの手紙はそろそろおしまいだ。手も大分いてぇし、何より俺が飽きた。  最後に、ひとつだけ。  人を笑顔にしたい、大いに結構。  人を楽しませたい、大いに結構。  人を幸せにしたい、大いに結構。  でもな、お前自身を見捨ててやるなよ。  いつもお前は、自分のことは二の次三の次で、人のことばかりだから。俺はそれが、すげぇいやだと思ってたよ。  誰かを笑顔にしたり、楽しませたり、幸せにしたり、それって一人じゃ無理だろ。誰かがいるからこそ、笑顔になったり、楽しいなって思ったり、幸せだなって感じるんだ。だから与える側も、与えられる側も、同じ気持ちじゃなきゃ、意味ねぇんだよ。  それを絶対に忘れんなよ。  それじゃ、今度こそさよならだ。  元気でな、これからのお前に幸あらんことを祈る。    *  秘密の隠し場所には、手紙が一通だけ残されていた。端に青のストライプが二本入っているくらいの、装飾のあまりないそれは、九枚目で終わりを告げている。  俺はダイニングにある椅子に腰かけながら、ただそれを読み続けていた。  約三年間、無人だったここは、ところどころほこりを被っている。掃除をこまめにしていたという幼馴染は、数年前に結婚し、東都を出たと聞いていた。  月明かりがフローリングを照らす。  目を閉じれば、頭の中に、ある情景が浮かんだ。 『よぉボウズ……。何やってんだこんな所で……』 『花火!』  空には三日月がかかり、遠くの方で光り輝く東都タワーが良く見えた。ホテルの屋上に、深夜には普通いないだろう、小学生のガキが一人。 『江戸川コナン……探偵さ……』  それがあいつの名前だった。  俺は息をゆっくりと吐き出すと、背もたれに体を預ける。顔を上げ、そうして瞼を開いた。 [newpage] 「俺で、いいのかよ」  ぶっきらぼうにそう尋ねる。通算十二回目のデートは東都タワーで、俺はいい加減お友達から進んでやるかと、仕方なくあいつにそうふっかけた。  あいつは、俺のそんなかわいげもくそもない言葉を聞いて、ふにゃりと笑う。 「当たり前じゃん」  なーにが、当たり前じゃんだっつの。格好つけてるわりに、なっさけねー顔しやがって。だっていうのに、なんで俺はあいつのその顔を見て、心臓がどくどく鳴るのだろうか。  本当に、いやになる。 「ボウヤ」  肩を揺さぶられて、俺は瞼を開く。額に乗せていた左腕を外すと、こちらを覗き込む赤井さんと目が合った。 「あれ? もしかして僕、寝てました?」 「ああ。どのくらいかまでは、わからないが」  上半身を起こすと、そこが資料庫だということがわかる。そういえば、昨日解決した事件の報告書をまとめるために、資料庫に入ったはいいものの、二日連続の徹夜にとうとう体が使い物にならなくなって、一眠りしようと思っていたんだ。  ベッドがわりに使っていた二人掛けのソファから足をおろし、人ひとり座れるスペースを確保する。  「どうぞ」と赤井に言えば「いや、いい」と彼は片手を振り、そのままその手を俺の目元に伸ばしてきた。少し冷たい親指が、目の淵に添えられる。 「穏やかな寝顔のわりには、中身はあまり良くなかったか?」  その言葉にはっとして、俺は赤井さんの手から顔を離すと、自分で目元に触れた。濡れた感触が指先を通して伝わってくる。 「あー……」  なんと誤魔化そうか考えていると、彼は「仕事のしすぎで眠りの質も悪いのかもな」とあえて自ら話の矛先をずらしてくれた。さすができる大人は違う。 「まぁ、そう理由を考えると、一番の原因はこちらかな? あまりにもきついなら、言ってくれ」 「え、いや、それは」 「ボウヤのFBI入りを再度打診するいいチャンスだ」  続いた言葉に乾いた笑いを漏らし、俺は頭をかいた。  ここはアメリカ、ワシントンD.C.のバージニア州にある、FBIのクワンティコ本部。俺がここ二年、しょっちゅう出入りをしているところである。  その前の二年は、ロサンゼルスで両親と共に暮らしていた。二十二歳の九月から、アメリカの大学に入学し、ロサンゼルスにある家からそこに通っていた。  とはいえちんたら勉強するのも億劫だったので、飛び級制度を最大限使って二年で卒業。  在学中はせっかくなんだからロスにいたらいいという両親の要望を受け、彼らと共に暮らしていたが、卒業を機にロスどころか、カリフォルニア州からも脱することにした。  なぜと問われたら答えは一つしかない。大学在学中から捜査協力の依頼を打診してくるFBIはワシントンにあって、飛行機に乗ったとしても五時間はかかるのだ。そんな馬鹿な話があるか。  だから俺はワシントンの、FBIクワンティコ本部があるバージニア州北部に引っ越した、というわけだ。  今は五階建ての赤いレンガ造りのアパートで、のんびりと一人暮らし中だ。  とはいえ、相変わらず探偵業に励んでいるから、家には寝に帰っていることが多い。依頼人は基本的に俺が信用できる人間からの紹介でしか受け付けていないから、件数自体はすくないが、いかんせん難易度が高く、ひとつ解決するまでに結構な時間を要する。  その分、依頼料も弾むが。 「と、そうだ。ボウヤに探しに来た理由を忘れていた」 「ああ、どうしたんですか?」  尋ねると、彼はドアの方に親指を向ける。「お迎えが来ている。さっさと行かないと、どやされるんじゃないか?」と笑った。  まさかこの人、また情報をリークしたな。  俺が顔を歪めると、赤井さんはふっと笑って踵を返した。 「報告書の提出を伸ばしてもらえるよう、上に掛け合っておこう」  そう言って片手を振って去る彼に、俺はため息をこぼした。  お迎えってことは、宮野だよな。  ソファから立ち上がり、窓辺に近付く。ブラインドを指でわずかにあげると、あいにくの空模様だった。  そういえば、傘を持ってきていなかった。そこだけはラッキーだったかもしれない。  駐車場に視線を送り、一台の車を見つける。見覚えがありすぎるスポーツカーに、俺はもう一度ため息を吐くと、急いで資料を片し始めた。五分後にはすべて元に戻すと、足早に資料庫を出る。  外に出ると、雨が本降りになり始めていて、俺は咄嗟に駆け出す。そうして例の車に近付き、運転席の窓を手で叩けば、ゆっくりとそこが下がった。 「あなた、傘持ってないの?」 「ああ、つぅか、昨日一昨日と泊まってたから」  言えば、彼女は「それは知ってるわ」と答える。やはりリークされていた。 「さっさと乗って頂戴。濡れるわ」  そう言ってすぐに窓を閉める彼女に、俺は頬を引くつかせる。とはいえここで何かを言っても仕方ない。助手席の方に回り込み、急いで乗り込んだ。 「お前、仕事は?」 「いったん落ち着いたわ。土日返上で働きづめだったから、しばらくオフ」 「ふぅん」  宮野は俺と同時期にアメリカに来ていた。なんでも赤井さんの口利きで、ある研究所に務めることになったのだそうだ。それがどこで、いったい何をしている場所なのか、宮野から聞かされたことはない。けれどおっそろしい金額の給与を貰っていることだけは知っている。 「それで? あなたまた、随分と無理してるらしいじゃない」 「うっ」  顔を反らして窓の外を見る。風が強いらしく、木々が揺れていた。  赤井さんは、俺が仕事で無理をしていると、宮野にリークするという恐ろしい行為をやってのける。どうやらそれは、宮野から頼まれてやっていることらしいのだが、大概あの人もこいつに甘い。  しかもタイミングが大体事件がひと段落ついたタイミングで連絡してくれるから、推理を妨げられることもないし、おかげでなんだか文句を言いそびれてしまい、結果毎回連行される事態になっている。それに宮野は薬で伸びたり縮んだりした特殊な俺の体を見られる、唯一の主治医という立場もあるから、こうやって気にかけてくれているのだろう。そう思うと、俺は余計に何も言えなくなって、謝り倒すしかないのだ。 「今回は、ちょっと……」 「何かしら」 「ごめんなさい」  今回も例にもれず、すぐさま謝れば、彼女はハンドルを切りながら、肩を竦めてみせる。 「ま、そうやって謝っても、またどうせ同じことするんでしょうけど」 「努力は、する」 「努力と成果が結びつかない男は嫌われるわよ」 「ご忠告痛み入ります」  これはまた、長いお説教タイムが始まるかもしれない。ここから俺の家まで、あと二十分程度ある。辛いな、と窓に頭を付ければ、振動が伝わってきた。 「まぁ、いいわ」 「え?」  と思っていた矢先に、宮野からお許しを頂けるとは思っていなかった。驚きに目を見開いていると「今日はその話をするために来たんじゃないの。後日ちゃんと叱ってあげるから、楽しみにしていなさい」とわざわざ補足してくれた。いらない優しさだ。 「じゃあ今日はどうしたんだよ。わざわざあそこまで来て」  ゆっくりと車が停車する。正面の信号は赤だ。 「誕生日だったわね、彼」  ああ、そういうことか。  俺はシートに深く座り込んだ。苦笑を浮かべて「んで?」と続きを問えば、彼女は正面を向いたまま、言葉を繋げる。 「二十六歳の誕生日に、渡すよう頼んだんでしょ」 「ああ、モノクルの話か」 「ええ」 「ま、一応な。どうなるかわかんなかったし」  信号が青に変わり、車がゆっくりと動き出す。雨が強いのか、若干靄がかかっていて、前の車のテールランプの光が、淡くなっていた。  アメリカに行くことは、大学三年の冬あたりには、すでに決めていた。 壊滅させたはずの黒の組織の残党がまだいたことがわかり、なおかつ徐々にではあるが力をつけ始めていたことが判明したのだ。当然宮野と、コナンと関わりが深いとされている俺に、矛先を向けようとするのは時間の問題だった。  そして彼らが、その矛先のもう一つとして、怪盗キッドを探り出そうとすることも、俺だけがわかっていた。 あいつが潰した組織は、黒の組織と根っこが同じだったのだ。  そこで俺は宮野、そして赤井さんたちと相談し、組織をアメリカと日本に分断させ、一気に潰してしまおうという作戦に乗り出すことになった。  結果、二年ほどかかってしまったが、残党はすべて処理し、今では穏やかな日々を送れている、というわけだ。  とはいえ、日本を離れる時は、正直その作戦がいつ終わるかもわからなかった。ただ当分は日本に戻ってこられないということだけははっきりしていたので、寺井さんに託しておいたのだ。  二十六歳の誕生日になったら、モノクルを渡してほしいと。 「嘘」  宮野が静かな声でそう言った。 「嘘ね、それ。あなた、二度と黒羽君に会う気なんてなかったじゃない」  俺は目を瞬かせ、ついでふっと笑った。 「よくわかったな」 「何年あなたの世話見てきたと思ってるの」 「ごもっとも」  答えて、目を閉じる。浮かぶのは、初めて快斗の見舞いに訪れた時の、あの病室の風景だ。  談笑する彼らから一歩引いた位置で、俺はそれをずっと眺めている。中森さんが快斗に声をかけ、それにあいつが朗らかな笑みで応えていた。それを周囲の人間が嬉しそうな顔で見ている。みんなが、彼ら二人のことを心底好きで、そうやって一緒にいてほしいと願っていることが、よくわかる光景だった。  その時、唐突に思ったのだ。  これが、黒羽快斗が歩むべき道だったのではないかと。  父親を奪った復讐に駆り立てられることもなく、その手を犯罪に染めることも、体を傷だらけにすることも、自分が好きな人に一生明かせない秘密を抱えることもなく、ありのままの彼で過ごすことのできる毎日。  今の状況こそが、あいつにとって本来あった道であり、選択すべき未来だ。誰もがそう判断するだろう。  でも俺は、そう分かっていながらも、最初は諦められなかった。何度も病室に通って、いろんな話をした。  当然仲良くはなっていったけれど、そこに俺の知る快斗の面影はなく、俺の知らない高校一年生の黒羽快斗の延長線が続くだけだった。  そうして、中森さんと付き合ったあいつを見て、俺の秤は、次第に最善の道へと傾いていった。  完全に、そちらが地についてしまったのは、大学三年の春のことだ。  俺はたまたま快斗と中森さんが手を繋いで歩いているところに遭遇してしまった。中森さんとは大学が違うから、こういったことはないと思っていたのだが、偶然というのは本当にあるものだ。  快斗が片手をあげ、中森さんが会釈をする。  そのあまりの自然さに、俺は瞠目して、その時音がしたのだ。秤が片方に落ちた音が。 「もしかしたら彼、思い出しているかもしれないわよ。あなたのこと」 「かもな」 「いいの? 会わなくて」 「もし思い出したとして」  目を閉じる。あいつの笑った顔が、瞼の裏に浮かんだ。 「俺と付き合っていたことも、怪盗キッドだったことも思い出したとして、必要なのは、過去を越える力だ。あいつは今を生きなきゃいけない。もう世界レベルでマジシャンなんてものをしてるんだ。過去を振り返っている場合じゃないだろ」  行こうかと思って、買ったマジックショーのチケットはいくつもあった。けれど結局、毎回それを使うことはなく、すべて保管してある。  怖いのだ。俺の方が過去を乗り越えられていないから。  見た瞬間に、どうして俺はあいつの隣に立っていないのだろうかと考えてしまいそうで。 『当たり前じゃん』  俺の頭の中で、そう言って笑う快斗が、何度も何度も繰り返される。  俺だけだ。  今も、あの忘れ去られた記憶の中に取り残されていて、まだそこから一歩も動けずにいるのは。 「そう」  宮野はそれだけ呟いて、そのあとは無言で車を走らせる。俺はその隣で、ずっと目を閉じていた。  そうして唐突に、車が止まった。 「着いたわ」  宮野の声に、俺は瞼を開く。  確かにそこは俺が住んでいるアパートで、空を見ると、大分雨は収まっているようだった。 「さんきゅな、助かった」  そう言って降りた俺を、咄嗟に宮野が腕を掴んで引き留める。  どうした、と問えば、彼女は俺の目を見た。 「工藤君、あなたと彼の間にあった過去は、すべて彼の敵になるわけじゃないわ」  それだけ覚えておいて。そう続けた彼女に、俺は何も言えなかった。彼女の手が俺の腕を離れ、助手席の扉が閉まる。動き出した車は、そのまま霧の中へと消えていった。 「敵、ね」  俺は踵を返すと、アパートの中へと入る。階段を一歩一歩、踏みしめながら上っていった。  宮野は、どうしてああも俺の考えていることがわかるのか。長年相棒をやっていると、やはり阿吽の呼吸とやらが身につくのかもしれない。  快斗がすべて思い出した時、あいつが記憶に対して、嫌悪などのマイナスイメージを覚えないとはかぎらない。  怪盗キッドという犯罪行為しかり、俺との関係も、しかり。  この数年間で、残念なことにネガティブな思考の仕方を身に付けてしまったものだから、そういったことを考えてしまうのだ。  特に快斗に関しては。 「馬鹿だな」  呟いた声は力なく、あまりの情けなさに笑いがこみあげるほどだった。  これはさっさと家に帰って風呂に入るにかぎる。そう思って少しスピードをあげて階段を上ると、三階にたどり着いた。一番奥の部屋が、俺の家だ。  ポケットから鍵を取りだし、鍵穴に差し込もうとした時、ふとおかしなことに気付く。  人の気配がある。  残念ながら、俺の家に同居人はいない。  しかもこのアパートは好きにいじっていいと言われているため、俺はさまざまな警備システムを導入している。だというのに、そのどれも特に異常は検知していない。  やべぇかもな。  俺はホルスターからハンドガンを取り出すと、一回深呼吸した。鍵を開け、ドアノブを軽く捻った後、足で押し開ける。  そうして銃口を向けた先には、ありない人物がいた。 「よぉ、新一。相変わらず元気そうで何よりだ」 「な、んで……」  一歩後ずさり、驚きに目を見開く。  なぜ、こいつがここにいる。  俺の居場所を知っている人間は、本当にごく限られていて、探偵として依頼をこなしたとしても、表向きは名前を出さないようにしているのだ。それに大学の方にも、プライバシーの保護を理由にFBIから名前の開示請求がないかぎり、その公表は控えるよう頼んでいる。  なのに、なぜ快斗がここにいる。 「ほら」  投げられたカードは、俺の目の前のフローリングに落ちた。そこには俺の住所が書かれており、筆跡は見慣れたものだった。  これは。 「志保ちゃんが、阿笠博士に渡しといてくれたんだ。お前をしつこーく探す面倒くさい男が二回目に来たとき、渡しなさいってな」 「嘘だろ」  あいつまさか、こいつがここに来ていることを知っていたのか。だからわざわざ車で迎えに来て、ここまで送り届けたのか。  いや、それよりも志保ちゃん、阿笠博士、なにより新一という呼び方は、付き合っている時の快斗のものだ。  まさか、記憶が戻ったのか?  勝手に体が震えはじめる。  歓喜か、恐怖か、戸惑いか。感情が定まらなくて、混乱する。  そんな俺をよそに、快斗は座っていたソファから立ち上がった。手には俺が保管していた快斗のショーのチケットが握られている。 「それ、なんで」 「見つけたから。随分と熱烈だな」  その言葉に、俺は背筋が凍った。  マイナスイメージを、抱かないとは限らない。  彼は何のためにここに来たのか。  こいつの活動拠点がアメリカになったと聞いた時、一瞬焦ったが、この広い国であいつが活動拠点として置いた州と、俺が住むここは反対に位置していた。移動だけでもかなりかかる。だから偶然出会うなんてこともないだろうし、影響はないと思っていた。  でもそんな距離を無視してわざわざ来たとすれば、考えられるのは一つだ。  口封じ。 「また、一人で勝手に考えてるだろ」  いつの間にか、快斗が目の前に立っていた。身長は大学四年の頃からそう変わらないものの、体つきが随分しっかりしていた。顔つきもすっかり甘さが抜け、世界を相手に魅了し続ける、プロの落ち着きのようなものが備わっている。 「なんで来た」  震えそうになる声を押し殺して尋ねる。  目をずっと見ていられなくて、顔を伏せれば、目の前であいつがしゃがみ込んだ。覗き込むようにしてこちらを見ると、柔らかく笑う。 「俺が新一の恋人だったから、かな」  息が詰まった。  思い出しているんだ、こいつは。  何もかも、あの時のすべてを。 「答え合せをしに来たんだ」  取り出したのは、俺がアメリカに旅立つ前日に、書いた手紙だ。まるで遺書のようだなと思いながら綴ったことを覚えている。  俺は深呼吸をしてなんとか自分を落ち着かせると「書いたはずだ」と言って睨みつける。 「振り返るなって、そこに書いた」  そう言うと、快斗は首を横に振った。 「振り返ってないよ。俺は新一を過去にした覚えはない」 「何言って、」 「俺はキッドやって、新一と付き合って、記憶なくして、青子と付き合って、お前が消えて、それで記憶を取り戻した。そういうの全部抱えて、今ここにいる。お前にどうしても聞きたいことがあったから。そうしないと前に進めないって思ったから」  俺の言葉を遮って、快斗は真剣な眼差しで言った。そして手を伸ばし、俺の両手を握る。  体が勝手に、びくりと震えた。 「いるのに、いないんでしょ」 『いくら探しても、どこにもいねぇのに、どうやって言えっていうんだよ!』  それは俺が、快斗に告げてしまった言葉だ。いないわけがないのに、確かに快斗はここで息をして、生きているのに、あの言葉で、俺の知っている三年間の快斗を殺してしまった。  思わず膝をつくと、快斗が額を合わせた。「謝らないでね」と先に告げられ、呼吸が苦しくなる。 「あれはやっぱり、俺が悪いんだよ。だから、謝らないでね」  片手を俺の手から離し、快斗は俺の頭を自分の肩に持っていった。一定のペースで頭を撫でられる感触に、目を閉じる。 「わかったから」  彼の言葉の意味が分からず、近くでその顔を見れば、にっこりと笑われた。 「いるのに、いないんだよね。俺のすっごく好きな人も、どこさがしても見つからないんだもん。困っちゃったよ。だからその辛さわかるよ」  そうして見つめてくる快斗の眼差しに、俺はまさかと思った。  だって、中森さんのはずだった。彼女と一緒に、生きていくと思っていたのだ。  けれど、今こいつは俺の前にいる。そこで息をして、俺に笑いかけている。俺に、あの一年とちょっとの間向けられていた熱が、今の彼の瞳に宿っている。 「新一は今でもその人のこと好きなんでしょ?」 「それは」  違うと否定したかったが、声が出なかった。そんな簡単に嘘をつけるほどの想いで、こんなにも長い間抱え込んでいなかった。  好きなんだ。快斗が。  本当は馬鹿みたいに会いたかった。 「ね、答え合せをしよう。そしたら俺は前に進めるよ。新一が言ったんじゃん。誰かを幸せにしたいなら、まず自分が幸せにならなきゃいけない。与える側も、与えられる側も、同じ気持ちじゃなきゃ、意味ないって」  ゆっくり顔をあげると、両頬を手で包まれた。俺はその手に自分の手を重ねる。  暖かい。  喉の奥から声が漏れて、視界が曇った。ぽたぽたと何かが落ちる音がする。 「教えて、新一。新一がずっと好きなのは、誰なの?」  ゆっくりと口を開く。  あわせて口を開いた快斗が、とても嬉しそうに微笑んだ。    了
2018年08月26日~2018年09月01日付の[小説] ルーキーランキング 32 位<br />2018年08月27日~2018年09月02日付の[小説] ルーキーランキング 25 位<br />になったとのことです!皆様、本当にありがとうございます……‼︎<br /><br />見つけ出したのは手紙だった。<br /><br />「この手紙を見つけたってことは、お前は俺のことを思い出したんだろうか。もしそうじゃなく、単なる偶然で発見したのなら、燃やしてほしい。でももしお前が、本当にもしだけど、俺のことを思い出して、この手紙を読んでいたら、ここに書かれた内容をどうか忘れずに、だが振り返らずに歩いて欲しい。<br /> 最後の三日間の答え合せをしよう。」<br /><br />新一と恋人同士だったこと・怪盗キッドとして出会ったことも忘れてしまった快斗と、その快斗を見守り続けた新一が、最後に過ごした三日間の話。<br /><br />*************************<br /><br />事前お知らせをさせて頂いておりました2016年9月4日開催 GOOD COMIC CITY23にて発行いたしました個人誌「きみが忘れたぼくの話」の再録となります。<br />文章は本そのまま、誤字脱字や、その他もろもろのミスもそのままにしています。<br />改行だけはWeb仕様に変更しています。<br /><br />初めて本を出す、という経験をしたのがこの作品で、当時はもうしんどかった記憶ばかりですが、その分思い入れも強い作品です。<br />当時何もわからない自分を助けてくれた守屋さん、表紙だけでなく多方面にわたってサポートしてくれたヤミ、ありがとう!<br /><br />そして当時お求めいただいた皆様、ありがとうございました!<br />皆様にお求めいただき、さらに暖かな感想まで下さったそのおかげさまで、今も快新にて駄文を綴ることができています。<br />感謝してもしきれません。<br />重ねてになりますが、本当にありがとうございました。<br /><br />過去のサンプルなどは、とても嬉しいコメントなど頂戴していることから、どうしても消し難く、混乱を招いてしまうかとは思うのですが、そのままにさせて頂きます。<br /><br />また本編内に出てくる一場面の工藤視点を書いた番外編(本編開始前の時間軸のため続編ではございません)もあるので、ご興味あればぜひ。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7212785">novel/7212785</a></strong><br /><br />最後に、快新最高だぜ~~~~~~~!
【Web再録】きみが忘れたぼくの話【快新】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10063890#1
true
 かの、悪名高きマーベリック事件後、アポロンメディア社は揺れに揺れた。 メディアに叩かれ、市民に叩かれ、スポンサーに叩かれ、ボロボロだった。 信頼と株価は地に落ち、銀行からは新規の融資を断られ、リース会社からはリース物件の引き上げをほのめかされ 、電気会社からは大口顧客として来季の契約の見直しを申し入れられた。 まさに四面楚歌であり、シュテルンビルトを代表する大企業も、さすがに倒産の憂き目に会うかと思われた。  けれども、そんな最中に行われた株主総会は、驚くほど静かに進行した。 いくつかの質問は出たが、それは実に好意的なものであり、バディ二人を気遣ういたわりに満ちたやりとりで終始した。  そして、株主達の期待が高まる中、ついにその時が訪れた。 「当社は今、大変危機的な状況に陥っています。それでも、当社は彼等二人が真のヒーローであり、真摯にその使命を全うし、全力で市民の為に力を尽くしてきた事を知っています。我が社のCEOから犯罪者を出すという最悪の事態にあってもなお、当社のヒーローは、その正義を貫き、悪に屈する事がありませんでした。その彼らの姿をここにいる皆様にご披露し、このような時期においても我が社の株を持ち続けていただいている事に感謝の意を表したいと存じます。それでは、解散してしまったタイガー&バーナビーのこれが本当のラストムービーをご覧ください」  室内の明かりが落とされ、用意されたスクリーンに映像が映し出される。 「第20回 株主総会用ムービー タイガー&バーナビー 」 *画面一杯に映し出されたのは、腕に小さな白い子猫を抱きしめて、満面の笑みを浮かべているタイガーの姿だ。 「タイガーさん、その猫はどうしたんですか」 家庭用ハンディカメラを回しているのは、声からしてバーナビーで、どうやら場所はタイガーの自宅のようだった。 「お隣さんが、旅行に行くんで預かってんだよ。可愛いだろ」 「にゃあ」 「おい、やめろって、くすぐってぇよ」 桃色の小さな舌が、ぺろぺろとタイガーの髭を舐めると、ワイルドタイガーはアイパッチ越しの目を細くして笑い、子猫の背を優しく撫でる。 「お腹が空いてるんじゃないですか」 バーナビーの声がして、タイガーははっとしたように、 「あー、忘れてた。ミルクやらなきゃ。サンキュ、バニー」 子猫を抱えたまま、タイガーがキッチンに向うのを、カメラが追う。 タイガーが冷蔵庫を開けると、ミルクを見た途端、子猫はにゃあにゃあと騒ぎだしたが、タイガーはあわてる様子もなく器用に手の平でそっともがく身体を押さえたまま、ミルクを取り出したり、小皿を見つけ、それに注ぐ。 「子猫の扱いになれてるんですね」 また、バーナビーの声がすると、タイガーは、 「田舎で育ったからな」 と返事をしながら、床に皿を置き、興奮している子猫を下ろしてやると、子猫はすぐに小皿に駆け寄って、勢い良くミルクを飲みだした。 その様子を、子猫の隣にしゃがみこんで慈愛深く見つめるタイガーは優しさに溢れていたが、 「可愛いよなぁ」 といいながら、カメラを見上げ、琥珀色の瞳を輝かせ、目尻を下げて笑う姿は、少年の様でもあった。 「ええ、ほんとうに可愛い」 そう答えたバーナビーの声は、誰も聞いた事がないほど甘く溶けていたが、はたしてその感想は子猫への物なのか、目の前の相棒に対してなのかは、謎だった。 また、次の映像では。 *「えーと、バニーちゃんの寝起きを撮って見たいと思います。あー、時刻はただいま、朝の五時。昨夜は仕事の関係で、俺達ホテルに泊まりました。ここはアポロンメディア系列のホテルでーす。結構、いいホテルです。絨毯ふかふかだし、窓からの眺めもすげーよかったし、ルームサービスもうまかったです。おっと、ここでしゃべってばかりじゃまずいよな。それでは、このカードキーで、今から部屋に入りまーす」  ホテルの廊下で声を潜め、自撮りしながらいたずらっ子のような笑顔で話すワイルドタイガーは、朝に強いタイプなのだろう。 早朝というのに、元気一杯だ。 そして輝くような笑顔のまま、カメラを自分から、ホテルのドアに向きを変えると、読み取りにカードを差し込んで、ゆっくりとドアをあける。 カーテンの引かれた室内は薄暗いが、フットライトが輝くツインベッドの片方の上にこんもりと盛り上がったシーツの塊がぼんやりと見えた。 「良く寝てますね、ちょっと、ヘッドライトもつけますよ。大丈夫、あいつはこれくらいでは起きませんから」 笑い混じりの声と共に腕が伸びて、サイドボードにあるスイッチの一つをぱちりと押すと、白いシーツの上にライトが灯った。  その光の中に、シーツからはみ出でてくしゃくしゃになった金髪が唯一バーナビーの存在を示している。 「良く寝てますね。くくく、じゃあ、起こします。バニー、朝だぞ、起きろー」 優しくタイガーが声を掛けると、 「んー」 「バニー、起きろよ、こら」 「うる、さい、です……」 「ほら、バニーちゃん、朝ですよ」 「や、だ。もっと、やさし、く、起こ……、して、く、ださい……」 「しょうがねぇなぁ、ほら、バニー、シーツから顔出せ、な、いい子だから」 「こ(ピーーーーーーーーーーー)」 派手なピー音と共に、ワイルドタイガーは、だっと叫んで、 「馬鹿、お前、何言ってんだ、そんなの、無理」 「じゃあ、おはようのキ(ピーーーーーーーーーーー)」 「そ、それは、後で、起きたらしてやる、だから、顔、出せ」 「約束ですよ、こ(ピーーーーーーーーーーー)」 「わかった、わかったから、言うとおりにしてやるから」 その言葉に満足したのか、バーナビーはシーツからようやく顔を出した。 シーツに寝そべる大理石の彫刻のように整った身体と美貌は、寝起きだろうが関係なく素晴らしかった。 そして、気だるげに目に掛かる髪を掻き揚げるバーナビーはまるで情事の後のように、色っぽく微笑みながらカメラを見つめて、 「おはようございます、マイハ(ピーーーーーーーーーーー)」 と囁くように言うと、詰まらなさそうにタイガーが、 「お前、もう、それ、わざとだろ。まったく、俺がいないのいつから気がついてたんだ」 「そりゃ、腕にだ(ピーーーーーーーーーーー)、気がつきますよ。先輩こそ、寝起きドッキリなんて趣味が悪いな」 「仕事なんだから、しかたないだろ」 「それに、まだ、五時過ぎじゃないですか。早すぎます。もう少し寝ますよ、ほら」 バーナビーの腕が伸びて、カメラを取りあげると、今度は目が潤んで妙に艶かしいタイガーを写したかと思うと、 「これは、ここで終わりです」 というバーナビーの声と共に、ベッドに引きずり込まれるタイガーの姿で映像が終わった。  そんな調子で続く映像を株主達は、熱心に見続けて、そして株主総会は無事に終了した。 もちろん帰りには、お土産として上映された映像を納めたDVDが、また持ち株の数に応じて非売品のポストカードセット、大口株主には更に非売品の写真集が渡される。 この特典は毎回好評で、これが一番の楽しみだという株主も多かった。 「この特典を妻と見るのが、また楽しくて。これでまた一年夫婦円満、間違いなしですよ」 一人がうれしそうに言うと、隣の席の男も、 「おや、あなたのところもですか。うちも、このDVDがすっかり会話の減った娘との貴重なコミュニケーションアイテムでして、これのお陰で、情けないが、父親の地位をなんとか保っているようなものなんです」 すると別の男性も、話に入ってきて、 「いや、うちも、この写真集があれば、妻の機嫌は当分心配しなくてよくなりますな。本当に彼らには感謝してもしきれないくらいだ」 仕事は優秀で、難しいビジネスの問題は簡単に処理してしまうくせに、なぜか家族関係には不器用でトラブルばかり抱えている夫達は、そんな会話をしたあとで、みな暗く顔を曇らせ、 「だが、今後どうなるんだろうな」 「まったくだ。家内との離婚騒ぎがまた再燃しそうで怖いですよ」 「うちもです。その上、オヤジみたいになりたくないと生意気な事を言って、タイガーファンの息子がますます家に戻らなくなりそうで」 「タイガーとバーナビーには、我が家もずいぶん世話になってるからな」 「まったくですよ。ああ、本当にどうしたらいいんだろう」  司法局の管轄外であったために、統計データがリンクされる事はなかったが、バディヒーローの解散後、離婚件数は飛躍的に伸びた。  また、バディヒーローが辛うじて繋げていた家族関係が崩壊したのか、多大なストレスに病を発症した者も多く、医療費も増加した。  非行に走る青少年も増加して、軽犯罪の多発が社会問題化した。  だが、一年後、二人は帰ってきた。 二部とは言え、ヒーローとしての活動を再開したのだ。  その年のアポロンメディアの株主総会はテレビの中継が入るほど活気に満ち溢れていた。 明るい顔で総会に出席する株主達。 離婚件数の低下、出産率の上昇、医療費の低下、家庭円満に寄る青少年の犯罪の劇的減少。  全てが良い方向に回りだしたシュテルンビルド。  この街を蔽っていた暗黒は去ったのだ。  だが、やはり、その数値との関連を指摘する者がいなかったため、バディヒーロー自身知らぬうちに成し遂げた影の功績であるこのデータが、世間に評価される事はなかったのだった。
 モブ視点の話です。原稿中に書いていたもの、第二弾。なぜか、原稿と違う話を書くのが楽しくて、こんな事ばかりしておりました(笑)それにしても、これはどうなんだろう…。次はイチャイチャした話をあげたいです。【追記】いつも楽しいタグと感想ありがとうございます。某レコード会社のようなコンサートもしてそうなアポ○ン社ですが、選ばれし株主ならば、これくらいもらってそうな気がして書いてみました。ちょっと地味な話ですが、読んでもらえてよかった~。
【T&B】彼らの平和の為に
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006399#1
true
1 名無しの審神者 立ったかな? 協力求む 2 名無しの審神者 2ゲトー 3 名無しの審神者 2ゲトー 4 名無しの審神者 >3 プギャーm9(^Д^) スレタイの猫まんまってなんだよw 5 名無しの審神者 猫まんまって味噌汁にご飯ぶっこむあれだよな レシピとかそもそも必要になるもん? 6 名無しの審神者 とりあえずぱっと思いついたのがこれだったんだ 初めてスレ立てで やり方はこんのすけに教わってる 半年ROMる時間はない 7 名無しの審神者 こんのすけに何教わってんだよwww 俺なんて仕事しろってせっつかれたことしかないのにwww さて、山頂は遠いなぁ 8 名無しの審神者 とりあえず1はコテとスペック 話はそれからだ 9 名無しの審神者 >7 おwwwまwwwえwww ハッチちょっと休憩しない? 10 名無しの審神者 >7>9 お前らなwwwwww ちょっと部屋の温度下がってきたかな…(絶対零度の視線を寄越す歌仙の顔を見ないようにしながら) 11 名無しの審神者 くっそwwww 12 眼帯 コテはこれでいいんだよね? スペックはあんまり書くことないんだけど 顕現して1年くらいかな まあ大体一般的な僕だと思ってくれて問題ないと思うよ 13 名無しの審神者 まさかの刀剣男士だったでござる 14 名無しの審神者 みっちゃんかよ! 15 名無しの審神者 燭台切がわざわざ猫まんまを作りたいってこと? 16 名無しの審神者 まさかメシマズ…? 待て江雪、猫まんまは精進料理じゃない 17 名無しの審神者 うちの近侍が「そこの光坊は誰に何を食わせようとしてるんだ?」と申しております。 別に猫まんまは不味い料理の代名詞じゃないぞ あと地域によって「ご飯に味噌汁ぶっかける派」とか「ご飯に鰹節ぶっかける派」とか分かれる 18 名無しの審神者 まぁ落ち着け メシマズだったらまず猫まんまを作ろうなんて思わない 猫まんまだろうがリゾットだろうが不味いんだから だからメシマズはないだろう というメシマズのきもち 料理藩いつもありがとう( ノД`) 19 眼帯 >18 正解 メシマズではないよ 料理の腕は中の上くらいかな 前の審神者に文句言われなくなった程度にはなったからね 20 名無しの審神者 >17 初めて知った 俺は味噌汁の方しか知らなくてズボラ料理の代名詞って認識だった よく考えたらズボラ料理=不味いって訳じゃないよな でもシチューにご飯ぶっこむ派の俺氏 猫まんまも悪くないと思います こんなスレくるんじゃなかった 空きっ腹になんてことを 21 名無しの審神者 え?みっちゃんどういうこと? 22 名無しの審神者 >前の審神者に文句言われなくなった 光忠の突然の不穏なワード そして>20はなんでスレタイを地雷と思わなかったのか 23 名無しの審神者 前の審神者ってことは今は別の審神者ってこと? 24 名無しの審神者 みっちゃんの文章から察すると前任はブラックと見た でもだから猫まんま教えてくれってのはよく分からないな 25 名無しの審神者 ブラック産かぁ… 次に来た審神者も気に入らないから適当なもの作ろうという魂胆とか? 26 名無しの審神者 >25 マジ? でもそんな感じがする 27 名無しの審神者 ブラック本丸だったのは同情するけど次の審神者に当たるのはなぁ… そいつがどんなやつかによる 28 名無しの審神者 嫌いなら作らなくていいんじゃね? わざわざ嫌悪感ぶつけることないっしょ 付き合い方が分からないならほっとけほっとけ その内打ち解けられるさ 29 眼帯 >24 半分正解 前任はブラックだったよ 状況としてはいわゆる月狂いってやつ 過剰な出陣、手入れはギリギリまでしない、気に入らなければ暴力、貴重な刀剣は売られたりしたよ 多分三日月さんが見つかったら高額で売ってただろうね 30 名無しの審神者 典型的ブラックかと思ったら違法売買かよ コレクション気質も質悪いけどこっちも大概だな ブラック絶許 31 名無しの審神者 三日月見つかったとしても売ってまた見つけてこいっていうタイプだ ブラック絶許 32 名無しの審神者 もう捕まったんだよな? 貞ちゃん抑えて抑えて ブラック絶許 33 名無しの審神者 24が半分正解ってことは今の審神者は普通にいい人? 34 眼帯 まだちゃんと審神者にはなってないんだ 前任が捕まって数日だからね 手続きとか前任の悪事の証拠品集めの真っ最中なんだ 35 名無しの審神者 すげぇ最近の話だった 36 名無しの審神者 まだちゃんと審神者にはなってないってことは審神者にはなるんだよな? もう本丸にはいるのか なんかあったのか 37 名無しの審神者 Do you koto? 38 名無しの審神者 ヒント:見習い 39 名無しの審神者 38それヒントやない答えや 40 名無しの審神者 つまり見習いがブラック運営に気付いて通報、そのままここの審神者になりますってことか 41 名無しの審神者 これはいい乗っ取りの気配 42 名無しの審神者 でもそれだとますます猫まんまとの繋がりが… 単純に後任審神者候補が猫まんま好きなのか 43 眼帯 残念ながらそれもちょっと違う 審神者になるのは見習いじゃない 44 名無しの審神者 ますます意味が分からん 45 名無しの審神者 みっちゃん、あんまり引っ張りすぎるとみんなスレ落ちちまうぞ こっちだって暇じゃないんだからな あ、この書類のサインはここっすねうっす 46 名無しの審神者 >45 仕事しろwww ごめんなさい! 37人目にはなりたくないです!! 47 名無しの審神者 ここにいる時点で暇人なんだよなぁwww 48 名無しの審神者 >45>46 おwまwえwらw そして>46、お前>10だろwww 49 10 何故ばれたし 50 名無しの審神者 何故ばれないと思ったw 51 眼帯 話が遅いのは勘弁して まだ端末を使い慣れてないんだ 打ち込んでる間にみんなの推理が進むんだもの 52 名無しの審神者 あ~ブラックだったんだもんな 出陣か遠征くらいでしか使ったことないんだろう しゃあない みんな、ゆっくりカキコしような 53 名無しの審神者 >52 イケメンか 覚えが良さそうな長谷部とかに打ち込み任せてみたら? いるならだけど 54 眼帯 長谷部君は将来の主に快適に過ごしてもらう為に本丸の設計とか設置するものとかを考えてて忙しいんだって うん、ようやく扱いに慣れてきたよ 55 名無しの審神者 このみっちゃん上達早いな そして長谷部w 設計って何すんのwww ビフォーアフターでもやるのw 56 名無しの審神者 懐かしすぎるだろその番組www 意外と刀剣男士は後任審神者歓迎モードなんだな 57 眼帯 長谷部君も頑張ってるから、僕も僕にできることで協力しないとだからね ちゃんとこんのすけには確認取ったし写真載せるよ それで本題に入りたい この子の胃袋をハートキャッチしたいからレシピください! 【小夜左文字に上半身を抱えられて2本足で立っている猫】 58 名無しの審神者 ハートキャッチwww てか ねこ 59 名無しの審神者 ぬこ 60 名無しの審神者 ぬこおおおおおおおおお!!!!!! 61 名無しの審神者 んぎゃわああああああああああああああああ 62 名無しの審神者 ぬこだああああああああああああああ 63 名無しの審神者 ぬこおおおお?!!! え?!でかくね?! 64 名無しの審神者 部屋の前通りかかった大倶利伽羅が華麗な二度見してったw 65 名無しの審神者 もふもふだああああ触りたいいいいい 違う!小狐丸!浮気じゃないから! あなたの実家はここです!! 66 名無しの審神者 >65 小狐「浮気者!実家に帰らせていただきます!」ってかwww でもマジででかくね? 本当に猫? 近侍の太郎が目を丸くしてんだけどそんなに猫好きだったっけ? 67 名無しの審神者 でかくてもかわいいよぉぬこおぉ 必死に抱えてる小夜も可愛い 68 名無しの審神者 江雪と宗三が信じられない機動で画像保存してるwww やめて!端末のライフはゼロよ! 69 名無しの審神者 これたしかあれだろ メイクイーンてやつ 70 名無しの審神者 >69 それジャガイモなwww 71 名無しの審神者 じゃwwwがwwwいwwwもwww 72 猫好き はいはい猫大好きな俺が通りますよっと >69 惜しい これはメインクーンって種類の猫だ 家猫にできる猫の中ではギネスに登録される個体がいるくらいでかい 体長(鼻先から尻尾先)が1m越えるのもいる 雪国原産の種類で寒さに強い 基本的に賢くて、人の行動を見て水を手で掬うようにして飲んだりドアの開け方を覚えたりすることもある それで遊び好きだけど「穏やかな巨人」ってあだ名がつくくらい大人しい こんなもんかな 小夜が抱えきれてないのも分かる 73 実家が農家 因みにメイクイーンてよく言われるじゃがいもだが、正確な品種名はメークインだ テストに出るぞ 74 名無しの審神者 なんのテストだよw どうでもいい知識増えたわw ありがとよ 75 名無しの審神者 この>74さてはツンデレ 76 眼帯 >72 この子が特別大きいのかと思ったらそういう種類だったんだね こんな大きな猫知らなかったからそういった情報も助かるよ ありがとう 77 名無しの審神者 これ後任審神者が連れてきた猫? 78 名無しの審神者 つまりスレタイの猫まんまってリアル猫の飯ってことかよwww紛らわしいわwww 79 名無しの審神者 そういうことかw 市販のじゃだめなの? モガワンとか、ナチュレルとか 80 名無しの審神者 >79 それ犬用wwww みっちゃんだからなー 「主の大切な猫ならちゃんといいもの食べて貰わないと!」ってなりそう 81 名無しの審神者 市販のでも栄養バランスは十分考えられてるけどな 食べ過ぎさえしなければ (昔飼ってたデブ猫を思い出しつつ) 82 眼帯 >77 この子が後任だよ >78 そう!紛らわしくてごめん >79、80、81 だってこの子穢れだってバリバリ食べちゃうんだよ 浄化できるとはいえ、あんまり体に悪いもの取り込んで欲しくないでしょ 市販を食べさせたくないというより狩りするのが当たり前だったから… すぐ興味がそっち行っちゃうんだ 野生の味に勝ちたい 83 名無しの審神者 84 名無しの審神者 85 名無しの審神者 86 名無しの審神者 87 名無しの審神者 88  眼帯 ん? 89 名無しの審神者 いやみっちゃん ん?じゃないよ 90 名無しの審神者 え?つまり猫が審神者なの? 人外審神者ktkr?? 91 名無しの審神者 人外審神者って都市伝説じゃなかったんか… 92 名無しの審神者 ちょっとみっちゃんkwsk 93 名無しの審神者 今北産業 94 名無しの審神者 それどころじゃないわ まだ大して進んでないだろ 元ブラ本光忠 猫のご飯作りたい 猫が審神者で審神者が猫で 95 名無しの審神者 分かった 始めから読むわ 96 名無しの審神者 そうしろ 97 眼帯 やっぱ経緯話さなきゃダメ? 98 名無しの審神者 なんで話さないでいいと思った 99 名無しの審神者 100ゲトー 何かを要求するには対価が必要だろ そっちのぬこぬこエピソードと俺たちの助太刀、これで等価交換だ (手のひらを合わせてパァン床にバァン) 持っていかれたああああああ 100 名無しの審神者 100ゲトーーー 101 名無しの審神者 >99 キリ番も錬金も失敗してんじゃねぇかwwww 俺の腹筋を返せよ!!たった6つの腹筋なんだ!! 102 名無しの審神者 みっちゃん早くしろ! 寒いんだ 103 名無しの審神者 どこに脱ぐ要素あった 服着ろ つネクタイ 104 名無しの審神者 つ眼鏡 105 眼帯 つ山姥切君の布 じゃあ書き溜めてくる 106 名無しの審神者 待ってるぜ 107 名無しの審神者 てか猫が審神者って大丈夫なの? 108 名無しの審神者 人外審神者が本当にいたことにびっくりなんだけど… 109 名無しの審神者 石切丸が「清浄な神気を感じたんだけど…」って不思議な顔して今来たw 写真載ってからもう大分経ったよね…? 110 名無しの審神者 機動力w 111 名無しの審神者 ゾロ目ゲト 清浄な神気ってことはこの猫神様ってこと? 112 名無しの審神者 神様が審神者になるならなんか納得 ただ猫の姿してるってだけじゃん? 113 名無しの審神者 神様が審神者 なにそれめっちゃ強そう 114 名無しの審神者 そんなんいたら俺ら要らなくね? 115 名無しの審神者 俺、担当と仲良くて興味本意で聞いたことある 結論としては人外審神者はいる ただ極端に数は少ない 人外審神者には大きく分けて2種類ある まずは人間以外の動物、昆虫、植物なんかのやつ 俺らみたいに人間の中に霊力を持つものがいるように、動植物にも霊力を持つものがいるのがいるんだと でもそういうやつが全部審神者になれるわけではない 自分に霊力があるなんて気付かないし気付いても使い方なんて分からないし教えられない 人間の言葉が通じるわけでもないからな ごく稀に言葉が分かるもしくは訓練してある程度意思疏通ができるようになるらしいがそいつらも全て審神者になれる訳じゃない 審神者になるってことは人間のために戦うってことだ それを理解してくれる動植物なんてほとんどいないだろ 人が作った道具である刀剣男士がどう思うかも分からないしな でもう1種類は神様系 下空けといて 116 名無しの審神者 サンクス 神様系はほとんどの場合霊力の使い方は知ってるし力は強いし、人間と意思疏通ができるのが多いし審神者の能力としては人間より圧倒的に優秀だ ただ、こちらも全ての神が人間に友好的であるわけじゃない 本当に優しい神様もいるかもしれないけど何をするか分からないというのが問題 刀剣男士使って人智の及ばないことをされるかもしれないし怒りを買って遡行軍側につくなんてのも考えられる あらたな第三、第四勢力が現れるなんて想像もしたくないだろ 審神者をやってやるからってとんでもないもの要求されるかもしれない 相当友好的で協力的でなけりゃ審神者なんてやってもらえないんだ だからすごく慎重になる まさに触らぬ神に祟りなしだな 大体こんな感じだから人外審神者ってのは極端に少ないんだと 117 名無しの審神者 長い三行で 118 名無しの審神者 人外審神者 動物系→霊力何それ美味しいの? 神様系→天涯魔境な価値観で会話の超次元サッカー 119 名無しの審神者 大体あってるw 120 名無しの審神者 超次元サッカーww懐かしwww こっちが守る率が圧倒的に高いんですがそれはw 121 名無しの審神者 あれ今度ホログラムアニメでサッカー場使って再放送するんだってよ 122 名無しの審神者 マジかよ 現世のやつ羨ましい 123 眼帯 書き溜めたよ いいかな? 124 名無しの審神者 みっちゃん!待ってました! 125 名無しの審神者 はよはよ! 126 眼帯 聞いただけの部分もあるから正確ではないかもしれないけど まずこの子は仮名で「白ちゃん」と表記するよ 白ちゃんは前任が捕まる1日前、この本丸に現れたんだって 初めて出会ったのは山姥切君 この本丸は前任の審神者の影響もあってずっと雨が降ってたんだけど、山姥切君が出陣から帰って部屋で休んでいたら空いてた襖の隙間からずぶ濡れの白ちゃんが入ってきたらしい この時山姥切君は白ちゃんのことちょっと体が大きい猫にしか見えなかった 後から分かったことだけどみんな穢れを溜め込みすぎていて目が曇ってて神気や穢れなんかの霊的なものがまともに見れなかったんだ 127 名無しの審神者 穢れが分からなくなるほどってほぼ穢れと同化してる状態だって石切丸が 128 名無しの審神者 堕ちる寸前じゃないか… どれくらいブラックに耐えてたんだ 129 名無しの審神者 白ちゃんは自分からその本丸に来たのか 誰かが助けを求めたとか拾ってきたとかじゃないんだな 130 眼帯 山姥切君は初期刀 ずっと無茶な出陣を任されてたせいで練度はカンスト 1振り目なのは彼だけだよ 他は僕含めてみんな何振り目かなんて分からない そんな本丸で彼は3年間過ごしていたんだね 131 名無しの審神者 堀くん落ち着いて そいつもう捕まってるから 闇討ち暗殺お手のものなのは知ってるから 落ち着いて 132 眼帯 山姥切君はもう諦め状態でただこの本丸に選ばれたのがついてなかったくらいにしか考えられなかった それくらい疲弊していたんだね それで迷い込んだ白ちゃんをみてこんな本丸にくるなんてついてないなって自分と被ったんだって せめて労わってやろうと使っていない掛布団で白ちゃんを拭いてあげた そしたら白ちゃんは怖がることなく近付いてきてくれたんだって それにちょっと癒されて体拭いてたら白ちゃんが山姥切君の本体にじゃれついてきた 危ないと思って止めたんだけど白ちゃんは構わずじゃれてきてその際本体に白ちゃんが触れた しばらくしたら白ちゃんは寝ちゃって、山姥切君は仲間の様子を見るために白ちゃんを残して部屋を出た で、みんなの様子を見回ってると、ふと自分の傷がちょっとだけ治ってるのに気が付いた 更に重かった体も少し軽くなってた 白ちゃんが穢れを払っていたんだね 信じられなったけど、思い当たるのなんて白ちゃんしかいなくて、慌てて部屋に戻った時には白ちゃんはいなかったんだって 次に白ちゃんに会ったのは一期君たち 一期君も出陣から帰ってから短刀たちの様子を見に行った時だった 133 名無しの審神者 戯れの辺りはすごくほっこりするはずなのに なんだこれ…なんだこれ… 134 名無しの審神者 白ちゃんはまんばのこと気遣ってくれたんかな それでまだ折れるなと資材も道具もなしに無理やりかもしれないが手入れしてくれたのか 135 名無しの審神者 流れ切ってごめん そこの本丸誰がいるんだ? 136 眼帯 そうだったごめんね ちょっと待ってくれる? 137 眼帯 今いるのは 短刀:小夜、秋田、薬研、乱、愛染 脇差:堀川、青江 打刀:山姥切、宗三、加州、長谷部、同田貫、大倶利伽羅 太刀:一期、山伏、僕 大太刀:次郎 薙刀:岩融 敬称とかは省略させてもらったよ 138 名無しの審神者 短刀すくなっ 139 名無しの審神者 これもしかして刀帳と本丸にいる男士数合わないんじゃない? 140 眼帯 やっぱりわかる? 何度も厚樫山に行ってるから小狐丸君を拾ったことだってあるのにね 本丸では見たことないんだ 141 名無しの審神者 これは売りに出されてますわ… 142 名無しの審神者 レア枠は軒並み売られていると思ったけど一期は残ってるんだな… 短刀が少ないのと関係ある? 143 眼帯 短刀は基本手入れされず、顕現されては折れるの繰り返しだよ 辛うじて残っているのがこの5振り でもみんな動けないほどの重傷で薬研君と乱君に至っては意識が戻らず仕舞いだった 一期君が売られなかったのはすでに何振りか売られていたのと短刀がいる間は言うことを聞きやすくて利用しやすいからだと思う 144 名無しの審神者 辛すぎる… ちょっと粟田口組撫でてくる… 145 名無しの審神者 意識が戻らないほどとか… 146 眼帯 続き話すね といってもこの時の出来事は突然すぎて一期君も何が起こったのかよく分かってなかったんだって 一期君曰く、薬研君、乱君、秋田君が眠る部屋で休んでいたら突然白ちゃんが飛び込んできた 正確には白ちゃんは黒い塊を追いかけていて、それが部屋に逃げ込んでいったから白ちゃんも飛び込んできたみたい 一期君もこの時白ちゃんのことは普通の猫としか見えてなかった 黒い塊は部屋中を飛び回って逃げる、白ちゃんも同じ様に飛び回っていたけど寝てる短刀たちは器用に避けていて塊が部屋の外に逃げていってあっという間に追いかけて出ていったんだって でポカンとしていたらうめき声が聞こえて、見ると薬研君と乱君が目を覚ました 147 名無しの審神者 突然のどったんばったん大騒ぎw ていうか目が覚めたのか! 148 眼帯 一期君もびっくりしたって 薬研君と乱君はずっと意識が沼に沈んでいたようだったんだけど 突然綺麗な水で洗い流されたと思ったら意識を取り戻したんだって 一期君はそれを聞いて、もしかしてあの猫がなにかしたんじゃないかと思った この時一期君、秋田君の穢れもなくなってたって 149 名無しの審神者 黒い塊ってもしかして穢れか瘴気? なんかまるで白ちゃんが本丸中を掃除して回ってるみたいだな 150 眼帯 >149 本当にそうだったんだと思う この後は前任が捕まる時まではっきり白ちゃんに会ったっていう話はなかった なんか白い影が横切った気がするとか体が軽くなった気がするとかは少しあったみたい 僕は気付かなかったよ 今思うとちょっと悔しいなぁ 事態が動いたのは次の日 その日前任はいつもより早く起きてきて目に隈があってイライラしてた で、さっさと演練いくって命令されて堀川君、宗三君、長谷部君、山伏君、僕、次郎君が手入れされた 前任にとっての演練はただ通常運営してるみたいにごまかすだけのものだから部隊はいつも適当だよ 勝とうが負けようがどうでもいいんだ 演練中は何も口出しできないよう言霊が使われるからこっちから訴えることもできない でもその日違ったのは会場ですれ違う人が前任を遠目から見てきたり、二度見してきたり妙に視線を感じたんだ でも結局何事もなく演練を終えて本丸に戻った ちょっと期待してしまっただけにまた何も変わらないのかって絶望したよ 151 眼帯 本丸に帰ったら昨日の夜出陣した山姥切君が帰ってきていて、また三日月は見つからなかったって報告したんだ すごく嫌な予感がした この時前任は演練で視線を向けられたことに一際苛立っていたから 不味いと思ったけど遅かった 前任が山姥切君を殴り付けたんだ 152 名無しの審神者 ああああああまんばちゃん!! 153 名無しの審神者 山伏!堀川を取り抑えてぇ! だ、ダメだ!同調した! 154 名無しの審神者 なんで山伏に頼んだんだよw うちも兄弟無事?!って覚えもない安否確認の声が聞こえたけどw 堀川スレ見てんのかw 155 眼帯 山姥切君は重傷のままだから倒れちゃって、でも前任はやたら喚いて、「役立たずの鈍」とか「三日月をどこかに隠してるんじゃ」とか時々聞き取れないくらい怒鳴り散らした 次郎くんが殴りたいならアタシを殴りな!って庇おうとしたけど効果なし 言霊と霊力に押さえられて僕たちも何もできなかった 堀川君と山伏君なんてその霊力を振り切って前任を切らんばかりだった 今までも何度も誰かが切ろうとしたけど山姥切君が止めてたんだよ 堕ちるのを見るのは嫌だって そんな葛藤中でも山姥切君は殴られて蹴られて、ついに彼も折れてしまうと思ったとき 何処からともなく白ちゃんが飛び出してきて前任の腕に噛みついたんだ 156 名無しの審神者 白ちゃん来たーーーー! 157 名無しの審神者 白ちゃああああああん!!! 158 名無しの審神者 ヒロインのピンチに駆けつけるヒーローかよ かっこ良すぎる…抱いて! 159 名無しの審神者 だが猫である 160 名無しの審神者 そしてヒロインはまんばである 161 眼帯 もう本当にかっこよかったよ! 前任は驚いて振り払おうとしたけど白ちゃんはガッツリ爪立てるし、蹴りとばそうと足を上げたのを察知してぱっと口を離してひらりと宙返り、山姥切君の前に降り立って威嚇したんだ 162 名無しの審神者 確実にまんばちゃんを守ろうとしている!! 白ちゃん△!!!! 163 名無しの審神者 惚れてまうやろーーー!!!! 164 眼帯 確実に山姥切君はこの時惚れたね! 僕も惚れた ていうかみんな惚れた 前任は白ちゃんに睨まれて動けなくなった 体格は全く違うのにまるで蛇に睨まれた蛙だったよ その時ゲートが開いて誰かが入ってきた そこには顔を真っ青にしたこの本丸の担当と政府の石切丸君と監査員がいた 実は演練で視線を寄せてきた刀剣男士や審神者たちには前任にまとわりついた穢れが見えていたんだ それで通報を何件もうけて監査が抜き打ちでやって来たんだ 通報を受けた監査はまず審神者が無事かを確認しに来たらしいんだけど、何かとどもる担当の様子や山姥切君の状況やこんのすけが現れないことで事態を察知 すぐに担当共々前任を逮捕に踏み切った 165 名無しの審神者 監査仕事した! 166 名無しの審神者 俺があったことある監査は規則が確認が~ってなかなか時間かかったんだけどな… 167 名無しの審神者 目の前に違反行為してるやつがいるんだから、やるときゃやるでしょ 政府所属の石切丸と一緒だし 168 名無しの審神者 でもなんでそれまでは誰も何も通報とかしなかったんだ? 誰にでも分かるくらい穢れが付いてたんだろ? 169  眼帯 それも後で分かったことなんだけど、執務室の天井裏に穢れや呪詛を吸い寄せて身代わりになる札が張ってあったんだ 恨み言や穢れを溜め込むのは分かってたんだろうね でも僕たちが確認したのは爪痕がびっしりついてボロボロになった札の残骸 実は白ちゃんが演練の日の前夜ボロボロにしてたみたいなんだ 引き裂かれて札の効果がなくなり、本丸中に漂う穢れが前任にまとわりついた そんな成りで演練に行ったものだからもう注目の的だよね 170 名無しの審神者 これまでの白ちゃんさんの実績 ・まんばの穢れ払い ・軽い手入れ ・粟田口組の穢れ払い ・本丸を少しずつ穢れ払い ・前任に噛みつく ・まんばを守る ・穢れを隠蔽するための札を破壊←new! 噛みつくくだりはともかく、これ訓練積んだ術師がやる仕事です… 171 名無しの審神者 白ちゃんさんwwww でもたしかにそう敬称つけたくなるのも分かるわ 白ちゃんさん仕事人過ぎるw 172 眼帯 白ちゃんの仕事人っぷりはまだ続くよ 前任が監査員が呼び寄せた政府の人たちに連れていかれた後、データ回収のためにもこんのすけを見つけなきゃならなかったんだけど… 執務室に封印されてる可能性が濃厚で、だれも近寄りたくなかったんだ それで山姥切君が自分から「俺が行く」って言ってくれた 腕にしっかり白ちゃん抱いて その時はあまりに色んなことが起きて処理しきれなかったからその場は彼に任せてしまったけど、羨ましいことこの上ないよ山姥切君! 173 名無しの審神者 しっかり白ちゃん抱いてwww ちょっとwww初期刀のプライドを見せたかっこいいシーンだと思ったのにwww 174 名無しの審神者 みっちゃん心の声駄々漏れじゃねえかw 175 眼帯 とにかく、山姥切君と白ちゃんと監査員と石切丸君で執務室に向かった こんのすけくんは見つかったけど封印するための呪い札がベタベタ 当然穢れもベタベタで石切丸君が顔を歪めるくらいだったらしい それで、全ての穢れを払って札を剥がすのは非常に時間がかかる…と思ったら白ちゃんが一瞬で弾き飛ばしてくれました 猫パンチで 石切丸君も監査員も山姥切君もこんのすけもびっくりしたってさ そういえばあの時こんのすけの「食べないで下さあああああい!」って声が遠く離れた僕のところまで聞こえたんだけどなんだったんだろう 176 名無しの審神者 猫パンチwwww 177 名無しの審神者 フダはしめやかに爆発四散!! 178 名無しの審神者 忍殺ネタwww 白ちゃんさんはケガレスレイヤー=サンだったw 179 名無しの審神者 仕事人は仕事人でも必殺の方だったか 180 名無しの審神者 そして明らかにこんのすけを獲物として見ているw 181 眼帯 これだけのことしてても白ちゃん自身は自分をただの猫だと思ってるらしいから不思議だよね 全然驕らないすごくいい子だよ 182 名無しの審神者 え?白ちゃんてしゃべれるの? 183 名無しの審神者 そりゃあ喋るんじゃないの?神様なんでしょ? 184 眼帯 白ちゃんは一方的に僕たちや人間の話すことを理解できてるみたい 白ちゃんと会話できるのは今は山姥切君だけ 僕たちや人間にはただ猫が鳴いてるようにしか聞こえないよ 政府の石切丸君によると、違いは手入れを受けたかどうか 直接霊力を流されたかどうかということだね 山姥切君にも耳には猫の鳴き声として聞こえるけど、なんとなく言ってることを感じられるみたい はっきり言葉として分かる訳じゃないからちょっと勘違いすることもあるらしいけど 185 名無しの審神者 猫と話せるとかうらやま… 186 名無しの審神者 まんば以外は手入れしてもらってないの? 187 名無しの審神者 基本的には手入れは審神者がやらなきゃいけないからな… こういうブラック摘発の時には政府から派遣されて契約を行わないよう札を通して手入れという手があるけど 刀剣側からの手入れ拒否というのもある… 188 眼帯 白ちゃんにはまだ審神者のことや戦争のことは言ってないんだ だから手入れの仕方とか実は知らない その状態で山姥切君を直したことは本当にすごいんだよね 白ちゃんは審神者としての素質は十分、霊力が通えば意思疏通もできるし、すっかり人間不信になった一期君や岩融君たち含めて皆「白ちゃんじゃなきゃ嫌だ」って言うし、監査員も本人の理解と協力さえあれば登録できるって で、正式に審神者になった白ちゃんにきちんと手入れを受けてそこで口上をあげたいって思ってるから我慢してるんだ 演練にいった僕含む6振りは傷は治ってるけど形だけでも手入れを受けるつもりだよ といっても重傷のままの子たちも政府の石切丸君の計らいで派遣された職員に手入れは軽傷までに留めて治してもらって、穢れは白ちゃんが綺麗に払ってくれたし今は出陣もなくて全然楽だから安心して 189 名無しの審神者 一期と岩融は人間不信になっちゃったか… 短刀絡みだろうな 190 名無しの審神者 そういえばみっちゃんは平気なの? 191 眼帯 基本的にはみんな人間不信になっちゃったよ 僕は伽羅ちゃんが堕ちないよう抑えるために「いい人も絶対いるんだよ」「伊達公も素晴らしい人だった」「いつかきっと助けてもらえる」って言い聞かせてたからね まだどこかで信じてると思う 伽羅ちゃんを守っているようで、実際は自分に言い聞かせてたのかもしれないけどね 192 名無しの審神者 それでも十分だよ…感謝しかないよ… こうしてスレ立てて人間と接してくれてるわけだし ありがとうな 193 名無しの審神者 本当に、本当にありがとう まじぶらっくゆるさねぇ 194 名無しの審神者 スレ立てで思い出したけどそういやスレタイ… 195 眼帯 そう!それ! そろそろ本題に入るよ! 白ちゃんが審神者になってくれるように、白ちゃんがここに住みたいと思ってくれるように、何がなんでもありとあらゆる方法で白ちゃんの心を掴まないといけないの! だから何か美味しい猫のご飯のレシピください! 白ちゃんの為なんだから今は人間信用できないとか言ってる場合じゃないんだよ! 196 名無しの審神者 ちょwしんみりしてたのにw 197 名無しの審神者 ここに来てタイトル回収www 198 名無しの審神者 そういや長谷部も快適な本丸にする設計がどうこうって言ってたな 猫用のアスレチックでも作る気かwww 199 名無しの審神者 でも普通一般人はペットフードしかあげないだろ 200 名無しの審神者 たしか犬用のメニュー出してるレストランとかホテルってあるよな みっちゃんが知りたいのってこういうのじゃないかな 201 名無しの審神者 ちゅうるーじゃだめなの? 202 名無しの審神者 あれすごい執着するよな でもあれはご飯って言うかおやつだから あげすぎダメ絶対 203 眼帯 ちゅうるーはもうあげたよ こんのすけに頼んでもう通販はできるようになってるからね たしかに美味しそうに舐めてたんだけど、急に振り向いたと思うとまだ居座ってた穢れの固まり見つけて走り出して、捕まえた途端にバリバリムシャムシャ食べちゃったんだよ 半分くらい残してたけど そのあとまた何事もなかったかのようにちゅうるー舐めに戻ってきた 可愛かったよ! 可愛かったけど!! 【俯瞰のアングルでちゅうるーを舐める猫の動画(ちゅうるーを持つ黒い手袋をした手が小刻みに震えている)】 204 名無しの審神者 んああああああああああああ 不意打ちかよぬこおおお 205 名無しの審神者 んぎゃわああああああああああああああ 206 名無しの審神者 ぬこおおおおおおおおおおおおお 207 名無しの審神者 これ撮ってるのこんのすけかw みっちゃんの肩にでも乗ってんのかな すごいバイブってんだけどwww 208 眼帯 白ちゃんの可愛さに悶えて何が悪い! 209 名無しの審神者 レス早いwww 210 名無しの審神者 一回舐めるのやめたけどまた戻ってきたってことはちゅうるーは美味いと思ってるみたいだな 動くものを追うのは本能だし、今まで野生だったのなら尚更衝動はどうしようもないよ 211 名無しの審神者 このサイトどう? 現世のペット連れていけるカフェなんだけど 作り方は載ってないけどメニューは写真付だよ 【URL】 212 名無しの審神者 みっちゃんが料理作ってくれるならあんまり心配要らないと思うけどなぁ 213 名無しの審神者 >212 分かる ペットにできる動物は大体餌くれる人に懐くよな うちのみっちゃんのごはんおいしいれす(^p^) 214 名無しの審神者 刀剣男士は審神者をダメにするよな… 215 眼帯 >211 ありがとう! こういうのでも助かるよ! 216 名無しの審神者 そういやそこの本丸に玉ねぎ植えてたりユリ植えてたりする? ユリ科の植物は犬もそうだけど猫にも毒になりうるから避けた方がいいぞ 217 眼帯 え 218 名無しの審神者 ああそういうの大事だよね 219 名無しの審神者 まてみっちゃんどうした 220 名無しの審神者 まさか玉ねぎあげちゃったの…? 221 眼帯 いやあげてはいないけどはたけでねぎかじってた 222 名無しの審神者 んんー?猫草とでも思ったんかなー?? これやばいのでは? 223 眼帯 どうしよう 224 名無しの審神者 落ち着けみっちゃん 白ちゃんの様子はどうだ?お腹痛そうだったり呼吸が苦しそうだったりしてないか? まんばにも体に異常がないか聞いてもらえ 225 眼帯 わかった 226 名無しの審神者 まさか自分からいくとはなぁ ユリの花粉とかも自分で舐めちゃって病院へってことあるからな 227 名無しの審神者 でも完全に猫扱いなのもどうなんだ? 穢れ払って札を爆発四散させて穢れをバリバリ食っちゃう神様だぞ 案外大丈夫なんじゃないか? 228 名無しの審神者 うーん、それは俺たちではなんとも言えないからなぁ… 229 名無しの審神者 楽観視して手遅れになったらまずいし、かといって警戒しすぎて「あれもだめ」「これもだめ」ってなったらうんざりして出ていっちゃうかもだし 猫って気まぐれだしさ 230 名無しの審神者 みっちゃんの場合後者になりそう… 231 名無しの審神者 俺の現世の友人、ネギとかタマネギがダメなのは知ってたけどユリは知らなくてさ 玄関に花瓶に入れて飾ってたら猫の具合が悪くなって 病院駆け込んだけど死んじゃったんだよな… 知ってたらそんなことしなかったのにってすっごい自分責めてさ 猫も家族だからさ、家族殺しちゃったってうつ病になってた 幸いまた猫を飼うことになってだんだん持ち直してきたけど みっちゃんのとこには白ちゃんしかいないわけだし 同じ様な思いはしてほしくないな 232 眼帯 ただいま 233 名無しの審神者 実家で猫飼ってたからわかるぞその友人の気持ち 234 名無しの審神者 あ!みっちゃんおかえり! どうだった? 235 名無しの審神者 おかえり!白ちゃん無事? 236 眼帯 なんともないしすこぶる元気だし 今短刀たちと遊んでるし 山姥切君経由で聞いても問題ないみたいだしむしろ注文返されたって言ってたよ 輪っかのようなものを揚げた料理らしいんだけど… 237 名無しの審神者 元気そうでよかったじゃないか 238 名無しの審神者 揚げ物はあかんやろw 239 名無しの審神者 輪っかの揚げ物ってもしかしてオニオンリング? 240 名無しの審神者 そwwwれwwwだwww 241 名無しの審神者 いやイカリングかもしれん 242 名無しの審神者 どっちも普通は良くないわwww そもそも揚げ物あげていいのかよwww 243 名無しの審神者 こっちの心配も知らないでwwww なんで狩りが当たり前だった猫がそんなもん知ってんだwwww 244 名無しの審神者 神様ってわかんねぇww 因みにイカ、タコは加熱すればいいみたいだぞ(ただの猫の場合) 245 名無しの審神者 >ただの猫の場合 そwwwれwwwwなwwwww 246 名無しの審神者 とりあえず、どうしても心配ならこのサイトみるといいよ 猫が食べると危険なものが一覧になってるから 【URL】 247 眼帯 ありがとう 所望されたものは作ってあげたいけど… ちょっとずつ様子を見ながらあげることにするよ 248 名無しの審神者 そうしろ 穢れなんか食べれる猫が玉ねぎ中毒になるわけがないって気がしてきた 249 名無しの審神者 結論付けるのはまだ早いけど、白ちゃんさんなら大丈夫な気がしてしまうw 250 名無しの審神者 じゃ、また本題戻っていいかな こんな動画あったよ 【URL】 普通に料理する動画をあげてる人なんだけど、時々猫用のご飯も作ってる 251 名無しの審神者 サムネの時点で普通に美味そうな件 252 名無しの審神者 猫飯のスレで飯テロをされることになるなんて… 253 名無しの審神者 ああーーーー腹減った 254 名無しの審神者 その動画知ってる! 料理してる最中そこの猫が覗き込んでくるの可愛いんだよな! でも手出しはしないすごいお利口さん 256 名無しの審神者 なにそれちょっと見てくる 257 眼帯 作り方も材料も紹介してくれてて分かりやすいね 助かるよ 258 名無しの審神者 みっちゃんも余裕ができたらこういうのやってよw そして3232動画に投稿しろください 259 名無しの審神者 それ絶対かわいいやつ 260 名無しの審神者 そんなん上がったら絶対見に行くわ 261 名無しの審神者 ペットへのお祝いケーキ作って紹介してるブログ見つけたぞー 【URL】 262 名無しの審神者 けっこう作る人いるんだな… 263 名無しの審神者 クオリティたっか?!!! 264 名無しの審神者 現世のペットたちが俺よりいいもん食ってる件について 【急募】料理できる刀剣男士 265 名無しの審神者 歌仙とか光忠出るまで頑張れw ‐紹介URLや相談が続く‐ 581 眼帯:主命とあらば なるほど では手入れ部屋などには主専用の出入口を設けることにしよう 情報感謝する 582 名無しの審神者 だwかwらwまだ白ちゃん審神者になってないんだろwww 583 名無しの審神者 もう長谷部の中では主になってんのかw 584 眼帯:主命とあらば 当たり前だ 主以外俺たちの審神者は務められん では俺はやることがあるので失礼する 585 名無しの審神者 はやwww 納得の機動www 586 名無しの審神者 へし切長谷部はクールに去るぜ 587 眼帯 長谷部君の相談は終わったみたいだね これ、試作品作ってみたんだけどどうかな? 【綺麗に盛り付けられた猫用料理の写真】 588 名無しの審神者 うまそおおおおおおおお 589 名無しの審神者 うそやん これ猫用?猫用なの? 590 名無しの審神者 みっちゃんすげええwww ‐相談や保守が続く‐ 978 名無しの審神者 スレも終わりが近付いてきたな 979 名無しの審神者 あれから三日か…白ちゃん審神者になってくれたかな 980 眼帯 皆いる? 981 名無しの審神者 おかえりみっちゃん! どうだった?! 982 眼帯 お陰さまで白ちゃんが審神者を勤めてくれることになったよ! 皆も手入れしてもらって、意思疏通できるようになった! 口上も述べて縁も繋がって正真正銘僕たちの主だよ! みんな白ちゃんの言ってることが分かるようになって 本当に嬉しい 嬉しいんだよ こんなに嬉しいの初めてで何言っていいのか分かんない 983 名無しの審神者 やったああああああああ!!! 完全勝利S!! 984 名無しの審神者 おめでとう!!!! なんか俺まで嬉しい!! 985 名無しの審神者 やばいこっちまで泣けてきた おめでとーーー!! 986 名無しの審神者 でもスレ終わりが見えてるしもうここでのみっちゃんと白ちゃんさんとはお別れか… 987 名無しの審神者 白ちゃんとのモフモフエピソードをおらたちにも分けてクレー!! 988 眼帯 そうだね こんなに楽しく誰かに料理作るのも初めてだったし、お礼も兼ねて動画投稿も考えてみるよ 989 名無しの審神者 「考えてみる」ってやる気がない人の常套句じゃないですかー! やだー! 990 名無しの審神者 頼む!自慢でもなんでもいいから! 俺たちに恵みをくれ! 待ってるから! 991 名無しの審神者 白ちゃんさん みっちゃんたちを幸せにしてやってくれぇええ! 願わくば俺たちにもお裾分けください! 992 名無しの審神者 審神者業で分からないことあったらいくらでも答えられるから! ぬこを…ぬこ成分を…! 993 名無しの審神者 ここのスレ民飢餓率高すぎwww ぬこはおらんか… 994 名無しの審神者 >993 お前もか… さぁ1000が近付いて参りました 995 名無しの審神者 1000ならみっちゃんが自慢スレ立てる! 996 名無しの審神者 1000なら演練で白ちゃんさんに会える! 997 名無しの審神者 1000ならみっちゃんが白ちゃんの動画投稿してくれる! 998 名無しの審神者 1000なら上の全部! 999 名無しの審神者 1000なら本丸のだれかがモフモフ実況してくれる! 1000 眼帯 【やたら近いアングルで猫が覗き混んでる写真。わずかに天井と黒い手袋した手が延びているのが見える】 1001 名無しの審神者 このスレッドは1000を越えました 新しいスレッドを立ててください 【ビフォーアフター】 朝日放送テレビ「大改造!!劇的ビフォーアフター」 一般募集による依頼主の家の悩みを解決する「匠」と呼ばれる建築士や大工などが問題解決のためのリフォームする番組 【ぬこ】 ネット上での猫の別称。 【やめて!端末のライフはゼロよ!】 もうやめて!遊戯!とっくに羽蛾のライフはゼロよ! 遊戯王デュエルモンスターズ、真崎杏子の台詞。 攻撃の手をやめない人を止める時などに使おう。 【モガワンとかナチュレル】 モグワン:CANAGANのドッグフード ナチュロル:Reason Whyのドッグフード 【(手のひらを合わせてパァン床にバァン)持っていかれたああああああ】 漫画 鋼の錬金術師、物語冒頭の主人公エドワード・エルリックの台詞。 正確には「手のひらを合わせてパァン床にバァン」で錬金をするのはこの台詞の後からである。 【超次元サッカー】 イナズマイレブン:サッカーRPG 技が凄い。 【惚れてまうやろーーー!!!!】 お笑いコンビ、Wエンジンの決め台詞(?) 惚れてしまいそうな時などに使おう。 【仕事人は仕事人でも必殺の方だったか】 TV連続時代劇、必殺仕事人シリーズ 曲は聞いたことある人は多いのでは? 【ちゅうるー】 CIAOちゅ~る:いなばペットフード ぬこかわいい 【へし切長谷部はクールに去るぜ】 スピードワゴンはクールに去るぜ ジョジョの奇妙な冒険第1部ファントムブラッド、ロバート・E・O・スピードワゴンの台詞。 場の空気を読んで人知れず立ち去る際にクールに使ってみよう。
思い付いたから手を出してしまいました<br />もうちょっとだけ続くんじゃ<br /><br />※平成を生きた女性が猫になっています<br />※ネットやらSNSで仕入れたネタを脳内でがんがん展開します<br />※ブラック本丸要素があります<br />※解釈違い、設定ミスなどボロがある可能性があります<br />※2ch風です<br /><br />物語冒頭部分が一段落ついたらネタが出る限り時系列無視のほのぼの短編集みたいな流れになると思います。<br /><br />追記<br />沢山のいいね、お気に入り登録ありがとうございます。励みになります。<br />こちらの途中に記載のある「猫の料理を作っている動画」には、実際に参考にした動画が存在します。<br />是非Youtubeにて「JunsKitchen」さんのチャンネルをご覧ください。<br />料理の仕方、撮影の仕方がめちゃくちゃおしゃれでねこねこカワイイヤッター。<br /><br />追記<br />こちらの作品が<br />9月1日付[小説]女子に人気ランキング73位<br />8月26日~9月1日付[小説]ルーキーランキング4位<br />8月27日~9月2日付[小説]ルーキーランキング15位<br />にランクインいたしました。<br />読者の皆様ありがとうございます。<br />みんな猫好きかよ私は好きだよ。<br /><br />追記<br />ネタ解説を加筆しました。
【急募】美味しい猫まんま教えて【レシピ】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10064193#1
true
【ネタバレ注意】 骨髄球の頃を思い出す白血球の話。 「赤芽球と骨髄球」、そして本誌「左方移動」の多大なネタバレあり。 本誌をお読みになってからの閲覧を推奨しています。 [newpage] 「こちら好中球課U-1146番。これより赤色骨髄内のパトロールに向かう」 『はいよ〜俺はこれからちょっと休憩しよっかな〜!』 「了解、お疲れさん」 『あっ!1146番も少しは息抜きしないと、いざって時に良いパフォーマンスができないかんね〜?あんまり無理すんなよ』 「…了解」 ザザッ、という音がして通信が切れた。 通信機をポケットに戻して、ふう、とため息混じりに呟く。 「息抜きか」 無理なんてしていないのにな。 この体の健康を守るため、いつだって気を抜くことは出来ない。なので、ついつい休むことを忘れてしまうのだ。 こんなふうに同僚に言われるか、赤血球…AE3803番に会ったりでもしないと、自分から休憩をとることは珍しかった。 同僚、もとい昔からの友人である彼らは、無茶ばかりして命を投げ出そうとする俺を随分と気にかけてくれている。 「心配しすぎだと思うんだが…」 でもまあ、たしかに彼らのアドバイスも頷ける部分がある。 おちゃらけたヤツらだが、いざという時はとても頼りになる、そんな友達からの気遣いを無碍にするのも忍びない。 油断しないことも重要だが、適度に休息を取ることでパフォーマンスが向上することは間違いないのだから。 「よし、茶でも飲むか」 彼らの気持ちを受け取り、ドリンクコーナーでいつもの温かいお茶を注ぐ。これが一番ほっとする気がするんだよな。 近頃は平和だし、パトロールがてら飲むぶんには構わないだろう。 カップを片手に歩いていると、次第に子どもの「きゃははは」と笑い声が聞こえた。 「わー!」 「やっつけてやるぞー!」 「まてーっ!」 賑やかで明るい声があちこちから聞こえる。 微笑ましい光景が広がっていた。お茶のあたたかさもあいまって、思わず口元が緩む。 「赤色骨髄…今日も異常無しだな。よかった」 ここは血球たちの故郷だ。 この場所では、子どもの赤芽球や骨髄球たちが将来のために育成されている。ところどころにマクロファージが立っていて、血球のタマゴである彼らの様子を優しく微笑みながら見守っていた。 俺もそれにつられて、ゴム製の武器を振り回しながら鬼ごっこしている骨髄球たちの姿を眺めた。 「そういえば、ここに来るのも久しぶりだな」 自然と懐かしさがこみ上げてくる。自分もあんなふうに幼少期を過ごしたものだ。 ここに来たら、誰もが子どもだった時のことを思い出すだろう。 厳しかった訓練や、それによって育まれた仲間との絆。勿論それだけではなく、悲しい別れもあったのだが…あんなこともあった、こんなこともあった、と思い返すたびに、それは俺の根幹にかかわる大切な出来事だったと実感する。 こんなふうに色々と無茶する性質になってしまったのもそれが理由なんだろうな、と口元に苦笑いを浮かべた。 「あの子は元気にしてるかな」 今でも鮮明に思い出せる。 あれは、俺がまだ幼い骨髄球だった頃の話だ。 訓練の時間が終わると、俺は給食の余り物を抱えて、とある場所へ足繁く通っていた。 そこは海綿質の水分でできた湖。 俺はその湖にある桟橋に座って、水面を眺めていた。 憧れの桿状核球先輩に会うためだった。 桿状核球先輩は、免疫細胞の中でも特に変わり者だった。 いつも難しいことを悩んで、何かを考えていた彼は、ふわりとした髪をなびかせながら、湖と共に詩を嗜むことを好んだ。 そのせいもあってか、先輩は他の細胞と馴れ合うことなく、よく1人で過ごしていた。 何故そんな先輩に魅力を感じていたのか、今でもよく分からない。ただ、人生の先輩にこっそり会いに行くというのは、幼心に特別感があったのだろう。毎日ドキドキワクワクしながら通っていたことを覚えている。 しかも、先輩は、訓練では学べないことをたくさん教えてくれたんだ。 その中でも、特に印象深い会話がある。 俺は、その日も揺れるボートの上で、桿状核球先輩の小難しい話を聞いていた。 先輩が何を言っているかは大体分からないのだが、俺はうんうんと頷いて、それだけで楽しかったんだ。 そんな俺に、先輩は「参考までに聞かせてほしいんだが」と前置きして、問いを投げかける。 「骨髄球U-1146番、キミは何のために生まれ、そして何のために生きる?」 「えっ?…この体のため。この体で生まれたから、この体のために生きるんだ!」 俺の答えを聞いた先輩はにまりと微笑んで、「お決まりの台詞だな」と言った。そうだろうと思った、と言わんばかりに。 急に子ども扱いされたようで、俺はムスッとしながら「だって、それがほんとうだから」と言い返した。 「それは、先生や教科書が言っている一般常識に過ぎないと、僕は思う。そうじゃなく、キミの思う答えを聞かせてほしい」 「ええっ?」 いっぱんじょーしきだと言われても、それ以外にあるのか?だって、大人だってみんなそうだろう?みんな役割があって、この体のために働いているのに。それが当たり前なのに。 先輩はどうしてそんなことで悩むんだろう? 頭上にたくさんのクエスチョンマークを浮かべた俺を見て、先輩は静かに続けた。 「すまないな。見つけたら教えてほしい。小さな白い戦士…キミだけの答えを」 白い戦士…!? そんな言葉に少し胸をドキドキさせ、「はいっ!!」と勢いよく立ち上がった瞬間。 ボートは大きな音を立てて座礁した。 湖の上だということをすっかり忘れていた。 一瞬のうちに転覆してしまい、2人とも全身びしょ濡れになったのだった。 先輩のふわふわの髪もぐじゃぐしゃで、何だかおかしくて。自分も同じようにぐしゃぐしゃなのに、思わず笑ってしまった。 その後も、桿状核球先輩に給食の余りを差し入れたり、一緒に難しい本を読んだり、草原に寝転んだり、一緒にボートに乗ってはひっくり返ったりする日々を過ごしていた。 毎日が平和で楽しかった。 もちろん、訓練で先生に褒められることや、友達と遊ぶ時間も好きだったけど、先輩にくっついてまわる時間も大好きだったんだ。 だが、そんな日々は突如として終わりを迎える。 血の気が引くということを実感したのは、あれが初めてだった。 「先輩が、左方移動…?」 それは奇しくも、先輩がそんな人生の答えに辿り着き、その後ろ姿に胸を打たれた、次の日の出来事だった。 侵入した外敵が多すぎたせいで、免疫細胞の数が足りなくなったのだ。成熟目前の桿状核球たちまで戦場に駆り出された。 動揺した俺を見て、好中球先生は「たまにあることだ」と静かに言った。 桿状核球の半数はそのまま死に、二度と戻ってこなかった。 必死に探したが、生きて戻った桿状核球たちの中には慕う先輩の姿は無い。 みんな暗い顔をしていて、とても聞けるような雰囲気ではなかった。 「先輩 どうしてしんじゃったの…」 白い頬に涙が伝う。 俺の答えを伝えられる日は、ついに来なかった。 でも、もう会えないと分かっていながら、俺は訓練終わりの日課をやめることが出来ないでいた。 今日こそボートの中で本を読んでいるのではないか?原っぱで寝そべっているのではないか? 淡い期待を抱いて、ボートをそろりと覗き込む。 「…空っぽだ」 何回やっても結果は変わらない。 俺の未練は、いつも無情に現実を見せつけてくるのだった。 決まって、俺はため息をつき、性懲りもなく持ってきたジャムパンの包装を握りしめる。 もうあんな時間を過ごすことは出来ないのだろうか。 そんなことをまた考えていると、きしりと桟橋が軋む音がして、咄嗟に振り返る。 背後には、ピンク色の訓練着をまとった女の子、好酸性骨髄球が立っていた。 彼女は俺と同じ骨髄で生まれた、将来好酸球になる免疫細胞のタマゴだ。共に汗を流して訓練している仲間でもある。 「好中性骨髄球、またここにいたのか」 「…好酸性骨髄球。おつかれ」 「うん」 そして彼女は、桿状核球先輩のもとへ足しげく通った友達の一人でもあった。 同じ班の好中性骨髄球の友達も始めは一緒に行っていたのだが、途中から「なんかよく分かんねーや!」と言って来なくなってしまったのだ。 彼女も俺と思うところは同じなようで、たまにここで出くわすことがあった。 好酸性骨髄球は、小さく二つ結びにした髪を揺らしながら、俺の隣に座る。 そして、伏せ目がちに尋ねてきた。 「…きょうの訓練どうだった?」 「あした、好中球先生が赤芽球クラスのひなんくんれんに行くからって、早めにおわったよ」 「そっか、わたしのところもそうだよ」 それからは2人とも何も言わずに、静かに湖面を眺めた。何も言わなくても分かるのだ。 俺たちは、先輩がやっていた「考え悩む時間」のマネごとに耽った。 初めて先輩と出会った時、彼が「詩と触れ合う時間をジャマしないでほしい」と言ったように、ここは自分たちの中で「考える場所」になっていた。 どのクラスからも離れたこの場所には、ほとんど誰も訪れない。最適な場所だった。 …先輩のように、難しいことは、やっぱり何も分からないけれど。 誰も居なくなってしまったボートを眺めていると、またじわりと涙が滲む。 突然の別れを「この体のため」と割り切るには、俺たちはまだまだ幼かった。 先輩に「この体のために生きるんだ」などと答えておきながら、蓋を開けてみれば、やっぱりそれは習っただけに過ぎない一般常識だったのかもしれない。 自分にとって大切なものを奪っていった細菌共を決して許すことはできない。 そしてそれは、これからもそうなのだろう。 大切なものを失わないために、俺たちはここで全てを学び取り、さらに強くならないといけない。 でも、頭では理解していながらも、先輩と一緒に過ごした時間を思い出すと、どうしても涙が滲んでくるのだった。 その度に湖面の光がぼやける。キラキラと反射した光は、先輩の髪の色によく似ていた。 自分は、なんのために生まれて、なんのために生きて、なんのために殺して、なんのために死ぬのか? 小さく未熟な俺たちでは答えなんて出なかった。だから、先輩にはまだまだ色んなことを教えてほしかったのに。 はじめての別れは、好中球先生に怒られる時よりもずっと怖くて、鬼ごっこで膝をすりむいた時よりもずっと痛いものだった。 「好中性骨髄球、そのパン、はんぶんこにしよう」 「…うん」 ジャムパンの袋をびりっと開ける。 桟橋で座りながら、俺たちは半分を分け合い、その日も悲しみを噛み締めていた。 もはや食べ慣れた味だった。 そして、生きている俺たちには、また次の日が来る。 その日は、好中球先生が赤芽球クラスの避難訓練講師として出張だったので、実戦訓練はなく、自室での自習が中心だった。 4989番と2048番と2626番は用紙に下らない落書きして叱られ、追加課題を貰っていた。 暇を持て余した俺は、今日も湖に向かうことにしたのだ。 「ずりーよ!1人であそびに行くなんて!」と仲間は口々に言っていたが、「自分たちのせいだろ」と返す。「はくじょうものー!!」と聞こえる声を無視して、部屋を後にした。 いつもより早いけど、いいや。向こうでゆっくり考える時間をしよう。 そんなことを考えながら、ぱたぱたと小走りで長い廊下を進む。 はじめは自分と同じくらいの背丈の子や、配達中の赤血球たちとすれ違っていたが、目的地に向かうにつれて、徐々に誰も居なくなる。これもまた日常だった。 「今日こそは先輩がいるといいな…」 もういないと心のどこかで分かっているのに、認めたくなくて、足を進める。 そして、曲がり角に差し掛かった瞬間。 突然「わああああああっ!!」とつんざくような女の子の悲鳴が聞こえた。 ぎょっとして周囲を見ると、とてつもないスピードで、小さな赤い影が視界の端を横切っていった。 その後ろ姿に、かわいい赤いポンポンがついた帽子が見えた。 「あれは…赤芽球?」 どうしてこんなところにいるのだろう? ここは赤芽球クラスから随分離れているのに。 「迷子かな?」と小さく呟いたが、それにしては随分と切羽詰まっているような、むしろ何かから逃げているような、そんな違和感を覚えた。 そして、その小さな女の子は俺の存在に気付かず、ひたすらに走り、転んだ。 「あっ!」 かなり激しく転んだのか、女の子の体は傷だらけなように見えた。肌の至るところに血が滲んでいる。 その様子を見た俺は、駆け寄って「だいじょうぶ?」と声をかけようとした。 しかし、彼女を追うようにして、さらに大きな緑色の影が現れた。 「!?」 今まで感じたことがないようなプレッシャーに足が止まり、素早く物陰に隠れる。 突然現れたソイツは、低く下卑た声で言った。 「はっはっは、どこに行くのかなぁ〜?!赤芽球ちゃああん!」 「っ!!」 思わず目を見開く。 その姿は訓練で使うぬいぐるみにそっくりだった。 どうしてこんな所に緑膿菌がいるんだ!?赤色骨髄に細菌が入り込むなんて…! 突然の事態に、呼吸が浅くなっていく。 「ほ、本物だ…」 好中球先生が中に入っている偽物とは訳が違う。 免疫細胞が取り逃がした細菌が血管から侵入してきたのだろう。 訓練しているとは言っても、まだまだ骨髄球だった俺には、どうしたらいいか分からない。 あの赤芽球は細菌に追われてこんなところまで逃げてきたんだ…!そのことに気付いて、そっと影から彼女の様子を確認する。 緑膿菌はニタニタと笑みを浮かべて、赤芽球の頬を容赦なく何回も殴っていた。 その攻撃に小さな女の子が耐えられるはずもなく、彼女は床に倒れ込んでしまった。 何度も何度も、彼女の悲鳴と泣き声が聞こえてくる。 「どうしよう…!」 早く助けにいかなくちゃ!!なのに、思わず隠れてしまってから足が動かない。汗が額を伝っていく。 「せ、先生を呼びに…」 でも、ここは自分の骨髄球クラスからも、赤芽球クラスからも随分遠い。先生を探しに行っている間に、あの赤芽球がどうなってしまうのか。簡単に想像がついた。 自分でなんとかしなくちゃいけない! 緑膿菌は目の前の赤芽球に夢中で、柱の影に隠れている俺の存在には全く気付いていない。 奴はねっとりと口を開いた。 「ククク、気の毒になぁ…キミはまだこんなに小さいのに大人になれずに死んじゃうんだ。ま、これが運命ってやつさ。諦めな!」 赤芽球に向かって、緑膿菌の腕がにゅるにゅると伸びていく。 細菌が本気を出せば、小さなあの子は一瞬で溶血されてしまうだろう。 それなのに、俺は未だに硬直して動けないまま、その様子を見ていることしか出来なかった。 「…っ!!」 もう駄目だ!あの子は殺されてしまう! 俺は咄嗟に目を瞑った。 が、その直後の女の子の叫びは、殺される瞬間の悲鳴とは全く違うものだった。 「わーーーっ!!!」 その女の子が大声をあげた直後、すぐに「えい!!」という声が聞こえ、緑膿菌の悲鳴が響いた。 「ぐあああああああああ目があああああ!」 「え…?!」 その予想外の反応に、俺は柱の影からもう一度状況を確認した。 細菌はその腕で目を覆いながら、苦悶の叫びをあげて丸くなっている。 どうやら赤芽球が自身の帽子を投げつけたようだ。 その赤芽球は落ちた帽子を拾い上げ、また走り出す。 その様子に圧倒されていると、また女の子の声が聞こえた。それは、泣いて震えながらも、覚悟に満ちた声だった。 「こんなところで死にたくない!!私だって、かっこいい赤血球になれるかもしれないんだから!!!」 「!」 それを聞いた瞬間、世界が止まった気がした。反対に、思考がぐるぐると回転を始める。 あの子は赤芽球で、自分と違って戦う能力もないし、戦闘訓練だってしていないはずだ。 それなのに、あの子は初めて見るであろう恐ろしい細菌に立ち向かっていた。 こんなところで死にたくないという声が、耳をついて離れない。 その言葉、その声色。それを聞いた瞬間に浮かんだ感情は、先輩のあの後ろ姿を見た時と同じだった。 思わず、その言葉を繰り返す。 「かっこいい赤血球になるために…?」 それは俺たちと全く一緒だった。 立派な白血球になるために。 名前や姿形、役割は違くても、みんなこの体ではたらくために生まれてきた。 俺たちだけじゃなくて、あの赤芽球だってそうなんだ。 桿状核球先輩、好酸性骨髄球、好中球先生の言葉が頭の中で響く。 「生きることとは、死ぬことと見つけたり…!」 「昨日の先輩が強く見えたのは、きっと死ぬ覚悟があったからなんだよ」 「立派に成熟できるよう頑張るように!」 そして、何回も頭の中で繰り返されてきた問いかけが体を貫いた。 自分はなんのために生まれて、なんのために生きて、なんのために殺して、なんのために死ぬのか。 「そうだ…俺は…」 免疫細胞として、外敵と戦って死ぬために生まれてきた。 体のために。 世界のために。 みんなのために。 「……ッ!!」 そこまで考えたら、もう飛び出さずにはいられなかった。腰帯に差した武器を手に取り、柱の陰から走り出す。 腹の奥がじわりと熱をもつ。瞳に力がこもる。 助けたい。 守りたい。 次はもう迷わない。 足に力を込め、今までで一番というくらいに走る。 小さな赤芽球の女の子のすぐそばまで緑膿菌は迫ってきていた。 どうか間に合ってくれ、そう願いながら全速力で走る。 緑膿菌はその腕を少女に向けて振り下ろしながら叫んだ。 「お遊びは終わりだあああ!!死ねえええ!!!」 「まてーーーーっ!!!」 全力で走り込んで、赤芽球と緑膿菌の間に立ちはだかる。 緑膿菌は俺の登場に驚いて、振り下ろした腕を止め、その大きな目をさらに丸くした。 対峙した敵は、柱の影から見ていた時よりもずっと大きかった。 だけど、スラスラと言葉が口をついて出た。 「ざっきんめ!!この体の血球に手を出して、生きて帰れると思うなよ!!こーげんはっけんだ!!」 不思議とさっきまでの震えはもう止んでいた。恐怖よりも、戦意が優っていた。この世界に生きる者を脅かす敵を排除する。 訓練してきたことと同じだ。そう自分に言い聞かせた。 「何者だ」 「細菌に名乗る名などない」 「おや、もしかしてキミは骨髄球かな?白血球のタマゴの…俺を殺そうってのかい?」 「お〜怖い怖い」、そう飄々と言ってのける緑膿菌を強く睨みつける。 「そーだ!やっつけてやる!!くらえ、ざっきんめ!」 武器を敵に向かって振りかざす。 しかし、敵はそれを簡単にはたき落とした。 べいんっと床に転がったそれを拾い上げ、俺の目の前で煽るように振る。 必死に背伸びをしても、全く手が届かない。 「元気のいい奴ばかりだなぁ、この体のガキ共は。将来さぞ立派な血球になるだろうさ… それまで生きていたらの話だがなあ!!」 「「びゃあああああああああああ!!!」」 大きな目玉がたくさんこちらを覗き込んでいる。その恐ろしい姿に、2人して思わず悲鳴をあげた。プレッシャーがびりびりと体を包む。 でも、必死に足に力を入れて立つ。 この赤芽球の前は譲れないし、譲らない。 そう思ったのも束の間、細菌の触手が迫り、俺の体は弾き飛ばされて宙を舞った。 「ぷあっ!」 一瞬の出来事だった。床があんなに遠い。 うちの班の実戦訓練の成績はかなり上位で、周りにアドバイスしてやるよう好中球先生にも言われるくらいだ。 それもあって、少しは得意げになっていたが、そんなのは訓練に過ぎなかったことを文字通り痛感させられる。 「お兄ちゃん!!」 赤芽球の女の子が涙目になりながら叫んだ。 彼女の頬は、傷を受けて赤くなったせいで痛々しい。この赤芽球は、こんな攻撃をさっきから何回も受けてきたのか。 自分より小さくて、自分よりも戦ったことがないこの子が… 視界が逆さまになったまま、奥歯を噛みしめる。 武器も無く、頼りになる大人はここにはいない。このまま2人とも殺されるなんて、そんなのは嫌だ。 殺してやる、絶対に殺してやる!! しかし、緑膿菌はそんなこと御構い無しに、俺の脚を掴んだまま何回も全身をひっ叩いてきた。 「はっはっはっ、楽しいなぁ!チビっ子の夢を壊しプライドをへし折る!これだから弱い者いじめはやめられないぜええ!」 「わーーっ!!」 次こそポイッと床に放り出され、その衝撃で目の前がチカチカと光り、思わず反射的に涙が出てくる。 「うう……」 めちゃくちゃに痛い。今までの訓練で受けたどの攻撃よりも痛い。口の中が血まみれで、鉄の味がした。 思考回路すら痛みに侵食されていく。 でも、それでも。 「わーーん!!死なないでお兄ちゃん!!」 赤芽球の女の子の小さな手が、俺の服を掴んでいる。泣きながらも、俺を背後から支えてくれていた。 俺は死んでも負けられない。 「どうするボーヤ?俺は勇気のある子は嫌いじゃあない…その赤芽球をこっちに差し出せばキミの命だけは助けてあげるよ」 「ふざけるな…そんなことするか…!!」 考える余地もなく即答する。 俺の存在意義。 俺が生まれ、生き、殺し、死ぬ、その答え。 「白血球は、自分の命を犠牲にしても他の細胞を守るんだ…!!俺は、立派な白血球になるんだ!!!」 先輩、聞こえてるかな。 あんな借り物の言葉じゃなくて、これが俺の答えだった。 涙で視界が歪む中、細菌がニヤついているのが見えた。 死を覚悟した、その瞬間。 「その意気だ、骨髄球!!」 その声に、目を見開く。 聞き覚えのあるこの声は、…好中球先生! 殺気に満ちたナイフが緑膿菌の大きな体をいとも容易くざっくり切り裂き、敵は断末魔をあげて倒れこんだ。 さっきまでの恐ろしさが嘘のように、死体が床に転がる。 好中球先生は慣れた手つきで、ナイフを腰帯に収める。血飛沫すらも全然浴びていないその姿からはプロとしての貫禄が感じられた。 その背後から、一歩遅れてマクロファージ先生が駆け寄ってくる。 その姿に呆気にとられていると、先生たちは優しい笑顔と優しい声で俺たちを包んだ。 「もう大丈夫だぞ、2人とも」 「よかった、心配したのよ〜」 先生が来てくれた…! その瞬間、緊張の糸が切れてじわりと涙が溢れ出す。助かった。痛かった。怖かった。色んな感情がごちゃまぜになって、どんどん目の奥が熱くなってきて、視界が滲んでいく。 赤芽球も相当我慢していたのだろう、顔をくしゃくしゃにしながら大声をあげて泣いていたから、俺は口をキュっと締めて我慢しようとした。でも、溢れ出した涙は止められない。 二人で小さな手を固く繋いだまま、わあわあと大泣きしている俺たちを見て、先生たちはより一層微笑んだ。 「あらら…」 「さぁ、急いで手当てしましょう」 そう言われ、俺たちは自分たちの先生の元へ戻っていった。 好中球先生の大きくてあったかい左手が、俺の右手と繋がれる。 マクロファージ先生は「好中球先生、ありがとうございました」と丁寧にお礼を言って会釈をした。 お互い帰り道を歩み出そうとしたその時だった。 「あっ、まって、せんせい」 そう言って、赤芽球の女の子がこちらに駆け寄ってきた。 「お兄ちゃん!助けてくれてありがとうございました!」 「!」 赤芽球のその言葉が全身に染み渡っていくのを感じた。 灯がともったかのように、全身があったかくなる。特にその中心、胸の辺りがきゅうっとなって、熱い。 何も出来なかった悔しさや、別れの悲しみに暮れていた時とは全然違う。もっともっとあったかいものだ。 どうしてこの子は好中球先生じゃなくて俺に「ありがとう」なんて言うんだろう? 俺、何にも出来なかったのに。 そして、赤芽球の女の子は、涙に濡れたキラキラとした瞳でこちらを見つめたまま尋ねた。 「また 会えるかなー?」 こぼれ落ちそうなくらい大きな琥珀色の瞳だった。 心臓がドキッと跳ねた。 とってもキレイだ。骨髄球の白い世界にはない鮮やかな色、こんなキレイな瞳は見たことがない。 胸の熱が頬まで駆け上がってくるものだから、思わず帽子を目深に被り、視線を逸らす。 …また会えるか、なんて。 この子は俺より小さくて、赤色骨髄の中で迷子になるほどだから、まだよく知らないのかもしれない。 この世界の細胞は37兆2千億個もあって、絶えず移り変わっているのだ。次も会える保証なんてない。 だから、ひとつひとつの出会いを大切にしないといけないのだと、先生も先輩も言っていた。 でも、それでも。 「わかんない……わかんないけど、でも大人になって血管の中で働きはじめたら、どっかで会えるかもな」 「ばいばい」、そう言って、手を振る。 その言葉を聞いて、赤芽球の女の子は真っ直ぐな表情で「ばいばーい!」とずっと手を振り返した。俺の姿が見えなくなるまで、ずっと「ばいばい」と言い続けていた。 俺も、ずっと手を振っていた。 その帰り道、好中球先生はクラスに戻るまでずっと手を繋いでくれていた。 はじめは、いつもの怖い口調で叱られた。とぼとぼと歩きながら、上から降り注ぐお説教を聞く。 頭が少しずつ冷えていき、飛び出したはいいが結局何も出来なかったことや、体の痛さも相まって、また涙が出そうになってしまう。 「どうしてあんなところにいたんだ!危ないところだったんだぞ。武器も無く、あんな無茶をしていたら、命がいくつあっても足りない!もう絶対にするんじゃないぞ!」 まったくその通りだった。好中球先生が来てくれていなかったら、2人とも死んでいたのだ。 好中球先生の大きな手が伸びてくる。げんこつされる!とギュッと目を瞑った。 …しかし、その手は、俺の頭を痛いくらいぐりぐりと撫でるだけだった。 驚いて目を開けると、好中球先生が座り込んで、俺の顔を覗き込んでいる。 さっきの優しい表情とおんなじだ… 「でも、よくやった、1146番。武器も無く、味方もいない状況下で、お前があの子を助けたんだ。誰にでも出来ることじゃない」 「本当に頑張ったな!」と、その予想だにしなかった言葉に、咄嗟に思っていた感情を繋げる。 「違うよ、好中球先生!俺、何も出来なかった。先生が来てくれなかったら俺もあの赤芽球も死んでたんだ…」 「いいや。お前が庇っていなかったら、助けは間に合わずにあの子は死んでいた。もうあんな無茶をしてはいけないと言ったことに変わりはないが…お前はあの子が死ぬと分かっていて、無茶をしないでいられたか?」 それを聞いて、ううん、とすぐに首を横に振る。 「守りたいと思った。そのためには死んでもいいって思えたんだ」 「そうだ。免疫細胞はこの体を守るために、自分の命をかけて戦っている。しかし…命を守るために、命を選別しなければならない時が必ず来る。そして、命を守る中で、守るべき命に疎まれることもあるだろう」 好中球先生は、もう一度俺の瞳を真っ直ぐ見て言った。 「だからこそ、覚悟とその意味を…守りたいという気持ちを、決して忘れてはいけない」 そして、ニカッと笑いながら「それを持って無茶をするというのなら、もっと厳しく訓練しないとな!」と言って、先生はもう一度俺の頭を強く撫でてくれた。 左手で、自分の胸をぎゅっと押さえる。とても強い気持ちだった。もうずっと体の中が熱い。 これが覚悟。これが生きる意味の力なのか、と思った。 桿状核球先輩もあの日、答えを見つけてこんな気持ちになったんだろうか? 自分の中で、真っ直ぐな何かが生まれた気がした。 その日の夜は、とっても疲れていたのに、初めて見つけた答えと、あの赤芽球の姿がキラキラぴかぴかと光を散らして、全然眠れなかった。 そうだ、願わくば。 俺の生きる意味に、もうひとつ「またあの子に会いたい」という感情が加わった。 「そんなこともあったな…」 この覚悟を胸に抱いたあの日。 そして、赤芽球のくれた言葉と、涙で濡れたあの瞳を忘れることができない。 まるで、光のような記憶だ。 あの子はかっこいい赤血球に、俺は立派な白血球になって、血管の中でいつか会える、なんて。 あの出会いから、そんな奇跡を信じて、さらに訓練に打ち込む日々が始まったのだ。 そうだ、あの日から、湖に行く時間も徐々に減っていったように思う。 …俺は立派な白血球になれているだろうか? 骨髄球の頃に比べたらもちろん成長したが、今でも無茶をして飛び出すあまり死にかけたりするし、そのせいで戦闘の時は大抵血塗れになるし、友達には心配をかけてばかりだ。 「先生と比べたら、まだまだだろうなあ…」 だが、決して色褪せない、あの時のことを思い出すと、手の中のコップから伝わるお茶の熱すら、あの時のあたたかさのように感じられる。なんだか微笑ましいような、くすぐったい気持ちだ。 そんなお茶を口に含み、珍しくほんわかとした気持ちで歩いていると…… ガンッ!!! 足下に大きな衝撃が走る。曲がり角から、カートと荷物、そして赤い影が凄まじい勢いで突っ込んできたのだ。 「つうッあ!!!」 「ぎゃーーーーっ!!?」 お茶がばしゃっとカップごと床に転がる。 いくら鍛えていても肉体には急所というものがあるのだ。俺は脛を押さえたまま強い痛みに悶えた。 「すみません申し訳ありません大丈夫ですか!!」 「いや、こちらこそっ…!ボーッとしてて……くぅ…!!」 聞き覚えのある声だ。こんなことをやらかすのは彼女…赤血球AE3803番に違いなかった。 「あっ……白血球さんでしたか…!」 「あぁ、よく会うな」 赤血球はお詫びと言い、その足の速さを活かして、すぐに新しいお茶を淹れてきてくれた。 その慌てぶりから想像するに、これは、 「なに、また迷子?」 「はい……あの、表通りって?」 つい、よく迷うやっちゃな、と呟くと、赤芽球はさらに体を縮こませた。 罪悪感でどうしようもならない、本当に申し訳ありませんいつも本当にすみません、というような感じだ。アホ毛までしょんぼりとしている。 「いいよ、そこまで一緒に行ってやる。今ヒマだから」 「い、いいんですか!?」 すぐそこの表通りに向かって歩みを進める。 赤血球は途端に表情を輝かせて、俺の後ろをぱたぱたと着いてきた。 彼女は、キラキラした琥珀のような金色の瞳で、俺を真っ直ぐ見つめている。 ああ、あの頃と何も変わらない。 その笑顔も、琥珀のような瞳も。 よく迷子になっているところも。 一生懸命にひた走るところも。 他の細胞から疎まれることが多い免疫細胞にも、今でもこうして優しく接してくれる。 強く、真っ直ぐ、俺に生きる意味を与えてくれる。 そして俺の、それを守りたいという気持ちも何ひとつ変わらないままだ。 赤血球はいつものように、そしてあの頃と同じように、丁寧にお礼を言った。 「いつもありがとうございます!!白血球さん!」 [chapter:ハルジオン] (好塩基球「それは幼いルージュとブランの記憶の欠片…運命は時に残酷だが、時に小さな野花のように美しい。この歯車の結末をしかと見届けることにしよう」) (好酸球「こ、好塩基球さん!」)
骨髄球の頃を思い出す白血球の話。<br />「赤芽球と骨髄球」、そして本誌「左方移動」の多大なネタバレあり。<br /><br />白血球が他人のために無茶ばかりして飛び出してしまう理由、それなのに敵であるがん細胞の話も聞いてあげていた理由、何のために生きて何のために殺すのか聞かれると弱い理由、そういうことを全部ひっくるめて、自分なりに解釈してみた産物。<br /><br />【追加】<br />・ルーキーランキング2位に入りました。皆様本当にありがとうございます!<br />・2020年8月22日加筆修正<br /><br />【蛇足】<br />・桿状核球先輩がいたあの湖って赤色骨髄内のどこだったんだろう?<br />・ハルジオンと言ったらBUMP OF CHICKEN。花言葉は「追想の愛」。リピートしながら書きました。
ハルジオン
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10064266#1
true
注意! ・これ([[jumpuri:同僚が理想の女性だと気づいて思わずプロポーズしてしまったのだが > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9966532]])の赤井さんバージョンです。 ・赤井さんのキャラが若干迷子です。 ・時系列と設定がいつも通り適当です。 ・書いてる人はコナン知識にわかです。 ・何かしら地雷がある方はお逃げください。 [newpage] 夢を見た。 他人の感情の機微に疎く、そしてあまり心揺さぶられることのない己でも分かるほど、とてもとても幸せな夢。 夢の中の俺は自分でも見たことがないほど幸せそうに笑っていて、一人の女性を抱き締めた。それからキスをして、愛し合って。他でもない自分の声が、聞いたことの無いような甘い声で愛していると呟く。 本のページが繰られるように、はらりはらりと場面が変わっていき、ふと、その女性が振り返る。 灰青色の瞳が印象的で、まるで心休まる夜のような落ち着いた雰囲気を持つ彼女は。 そこではっとして目が覚める。瞼も上がって意識もはっきりしているのに、驚きで暫く起き上がれなかった。 「……ソフィー・オースティン?」 あれは、彼女は、自分の部下だ。 [chapter:部下が理想の女性だと気づいて思わずプロポーズしてしまったのだが] ソフィー・オースティン。 何年か前にFBIである自分の下につけられた部下だ。 最初は何故俺が新人の面倒を見てやらなければいけないんだと乗り気ではなかった。 しかし若手を育てたいという上の意向も分からないわけではなく、更にジェイムズも「新人と言っても彼女は優秀だ」と言うので渋々ながらも新人教育の役を受けることになった。 それでも懇切丁寧に一から十まで教えてやる気も時間も暇もなく、俺は初対面の彼女に「見て覚えろ。」とだけ言って任務に同行させた。…今考えれば彼女にとっては理不尽なやつあたりも少し含まれていたと思う。 だが俺のそんな言葉に対して彼女も『わかりました。よろしくお願いします。』と特に文句も言わずそれに了承したので、とりあえずこちらに噛みついてくるような面倒くさい奴じゃなくて良かったと思ったのを覚えている。 こんな感じで始まった新人教育だが、ソフィーの優秀さに俺はすぐに自分の考えを改めた。 初めての任務で足手まといどころかこちらが指示を出さずとも素早く的確に動けていたし、判断力や思考力も目を見張るものがあった。 おかげで一日潰されるだろうと思っていた任務が半日で終わり、残りの半日をプライベートな時間に費やせたのは有り難かった。 それ以降もソフィーを伴って仕事をすることは多かったが、俺が気を配らずとも彼女はしっかり俺の後ろに着いてきた。 仕事中は個人プレイになりがちな自覚はあるが、ソフィーはそんな俺をうまくサポートしつつ必要な場面では自発的に行動できる唯一の人間だと思う。 ジョディに「シュウの無茶苦茶についていけるのはソフィーだけね」と言われたこともある。いや、あれは多分に己に向けた嫌味も含まれていたのだろうが。 とにかくそんなふうに優秀なソフィーを俺は仕事のパートナーとして十分に認めているし、俺が忙しく報連相の時間も無い時は「ソフィーなら分かるだろうからソフィーに聞け」と他の人間に言うぐらいには彼女を信頼してもいる。 勿論俺が彼女を信頼している理由は仕事への姿勢だけでなく、その人柄も上げられる。 ソフィーはあまり快活な性格ではなかったが、落ち着いたその雰囲気にはどこか居心地の良さも感じられる。 その上人当たりも良く聞き上手なので周囲の人間にはかなり好かれている方だと思う。 そんな彼女を手近なカウンセラーと認識している奴らも多く、日々の愚痴や悩みを打ち明けられている彼女の姿も何度か目撃した。 何故自分の所に相談に来るのかソフィーはいまいち分かっていないようだったが、そうやって訪れる人間を無下に扱うこともせず、コーヒーを出してやりながら「私などで良ければお話を聞きますよ」と言う彼女の真似は、俺には絶対にできないだろう。 俺はソフィーにそんな相談をしたことは無いが、彼女と話すのは存外楽しいとは思っている。 それは例えば高級レストランやカフェで話すようなお洒落な内容でも、わいわいと騒ぐような内容でもない。 それどころか、「なぜ俺は日付もとうに変わった深夜3時にPCに向かって仕事をしているんだ」と人のいなくなったオフィスで自問自答しながら、眠気覚ましにインスタントのコーヒーをそのままスプーンで食べるほど馬鹿になっている、もはや何徹目かも覚えていないような夜だとか。 「頭が回らん。酒が飲みたい。」 『それこの前スターリング捜査官に言ったらお酒と偽ってミネラルウォーター渡されました。』 「気づくだろう。」 『徹夜の頭では水もお酒もジュースも全部同じ味でしたね。』 「……今の俺もそうかもしれんな。」 向かいで俺と同じように死んだ目でキーボードを叩き続けるソフィー。 一区切りついたのか椅子に座ったままぐっと伸びをして『もうこんな時間ですか…。』と呟く彼女から水の入ったペットボトルを渡される。 冷えたそれを遠慮なく貰い、代わりに机上にあったキャンディを放ると、律儀にも『ありがとうございます。』という声が聞こえてきた。 俺もソフィーも、基本的に人から貰ったものは口にしないようにしているが、いつからかお互いにそれを気にしなくなった。 自分がそうなったことに自分でも驚いたが、それより何より、ソフィーという頼れる部下に信頼されていることが分かって実はちょっと嬉しかったのは誰にも言っていない秘密である。 「あとどれぐらいかかる?」 『二時間程でしょうか。』 「俺ともう少し地獄を生き抜く気は?」 『ここまでくればどこまでも。』 「こっちを頼む。」 『分かりました。』 数㎝の厚みがある書類の束を渡すと、ソフィーはそれを文句の一つも言わずに受け取った。 自分の方がソフィーより立場が上なので回される書類も仕事も多いのは当然だが、中にはなんでこんな尻拭いのようなものまで、と言いたくなるものもある。 ソフィーもそれをよく分かっているのでこうしてよく手伝ってくれるのだ。 こういうところが彼女の人の良さの表れでもあり、周囲に好かれる原因なのだろう。嫌な顔もせず、見返りも求めず。 できた部下が持てて良かったとつくづく思う。無いとは思うが彼女が他部署に引き抜かれそうになったらライフル持ち出してでも絶対に阻止するつもりだ。なに、人さえ撃たなければいいんだ問題ない。 まぁ、そう。とにかくこのように、ソフィーは俺の部下なのだ。信頼できて、頼れる部下。決してオフィシャルな関係ではないし、それらしい態度を取ったことも取られたこともない。 だというのに、今朝の自分の夢はなんだったのだろうか。 仮にソフィーが俺の恋人だとして、結婚を考えるほどの仲ならあの夢だってまだ理解できる。しかし現実に、ソフィーは俺の恋人などではない。 なぜあんな夢を見たのか自分で自分が分からず今日はいつもより仕事が手につかない。疑問を抱えるとそれをそのままにはしておけない性分のせいで、気づけば仕事をするソフィーを目で追い、また今日の夢が気になってしまう悪循環。 本当に、なぜあんな夢を。 もしや俺は無意識のうちに彼女に好意を抱いていたのだろうか。いやまさか。彼女には確かに親愛のような情は感じているが、恋人に向けるような愛情や、或いは劣情は無かったはず。 確かにソフィーは性格も良く、頼りがいがあって信頼もできる。今までに無いほど一緒にいると楽しく感じられるし、それ故に辛い徹夜も彼女がいるからこそ乗り切ることができる。顔だって可愛いというわけではないが、美人で俺のタイプだ。相手としては申し分ないが、やはり彼女は俺の恋人ではない、わけ、で……? ん?"申し分ない"?ちょっと待て。俺は彼女をそういう目で見ていないはずだろう? そもそも俺は自分が彼女にそういった好意を持っていない理由を考えていたのに、それがどうしてこうも彼女の賛辞ばかりしているんだ? というか俺はなぜ彼女に男女としての好意を持っていないのだろうか。考えれば考えるほど不思議なくらい、ソフィーは俺にとって理想の女性だ。好きにならない理由が無いほどに。 …………あぁそうか。やっと分かった。 つまり俺は彼女が好きだから夢を見たのではなく、夢を見たから彼女が好きだと気づいたわけか。 ふむ。ならどうするべきだろうか。 彼女のことが好きか。ー好きだな。 彼女と幸せになりたいのか。ーなりたい。 じゃあ彼女とそうなればいいじゃないか、あの夢のように。ー確かに。 ソフィーに恋人がいる様子は無いし、少なくとも嫌われてはいないだろう。 なら思いっきり押してみればいいじゃないか。なんだか徹夜明けのせいでいつもなら絶対に使わないような思考回路に切り替わっている気がしないでもないが、まぁ問題ないだろう。俺はいつも通りだ。 「ソフィー、ちょっと来てくれ。」 『はい、すぐ行きます。』 向かいのデスクで仕事をするソフィーを呼ぶと、彼女は言葉通りすぐ俺のデスクまで来た。そんなソフィーを前にして俺も立ち上がり真っ直ぐに彼女と向かい合った。 『赤井捜査官、何か御用でしょうか?』 そして彼女の左手を両手で包み、自分より幾らか下にある顔にぐっと自分の顔を近づける。俺が何をしたいのかよく分からない彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。なんだそういう顔は案外可愛いな。 「君と結婚したいと思うんだが、どうだろうか。」 『……はい?』 騒がしかったオフィスがシンと静まり返った。何を言われたのかたぽかんとしているソフィーを真剣に見つめると、彼女は少し考えてから口を開いた。 『……赤井捜査官。お疲れのようなので少し仮眠してきては?』 「疲れているが意識ははっきりしている。」 俺がそう言うとソフィーは余計とわけが分からないというふうに困惑気味の表情になり、より深く頭を右に傾けた。可愛い。 『あの、赤井捜査官?恐らく私だけでなく今このオフィスにいる全員が、あなたの頭がおかしくなったか、疲労で気でも触れたのかと考えていると思うのですが、なぜ突然そんなことを…?』 「実は今朝君の夢を見ていろいろ考えたんだが、考えれば考えるほどに君が俺の理想だと気づいた。だから俺と結婚してくれ。」 『えぇ……?』 夢やら理想やら、突然俺の思いを目の前で告白されたことにソフィーは戸惑いつつも周囲にヘルプを求めるが、当然助けに出てくる猛者はいない。 唯一ジョディが「ソフィーがシュウの魔の手に…!」と抗議しようとしていたが、近くの奴に「面白そうだから手出しするな」と羽交い締めにされていた。おい見せ物じゃないぞ。 「今恋人はいないんだろう?」 『まぁ、確かにいませんが…。』 「俺のことは嫌いか?」 『いえ、そんなことは…。』 「好きではない?」 『敬愛してはいますが…。』 どう答えるべきか分からないのか、煮え切らない返事をするソフィーに、俺はこのまま押しきってしまおうと彼女に畳み掛けた。 「まず、不定期な仕事でもお互い理解し合える。」 『同じ職場ですから。』 「一つ屋根の下ならいつでも仕事の話を進められる。」 『思わぬフレックスタイムですね。』 「それに俺はお前を心の底から信頼している。」 『それは勿論私もです。』 「一緒に過ごしていて楽しいとも思う。」 『私も赤井捜査官と過ごす時間は好きですよ。』 「浮気は絶対しないし、君を愛している。」 『……。』 「俺じゃ駄目だろうか。」 ソフィーは暫く考えていたが、『赤井捜査官』と言って俺の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。 夢で見た灰青色が、夢の時よりもずっと鮮やかで綺麗だと思った。 『NOという理由がなくて困っています。』 「大丈夫だ、問題ない。」 ソフィー自身はその言葉にYESという意味を込めたつもりはないのだろう。ただ、本当に純粋に、断る理由がないことにどうしたものかと考えている。彼女はそういう人間だ。 しかし断る理由がないということは十分に脈があるということでもある。今はまだ曖昧な感情だが、恐らくこちらから働きかければそれが恋慕だということにも気づいてくれるだろう。 「また連絡する。プライベートでゆっくり話そう。」 『え……、分かりました。』 そしてその日、一度帰宅してから仮眠を取った俺は自分の仕出かしたことに頭を抱えたが、すぐに携帯でソフィーに"週末食事に行かないか"と誘った。 待ちに待ったその日、お互いいつもとは違う装いで、いつもとは違う洒落たレストランに行き、そこで彼女に『誘われてとても嬉しかったのでそういうことなんだと気づきました。』と言われれば、恋人関係になったなんて言うまでもないだろう。ちなみにその翌日、一人暮らしをしていた彼女の荷物は全部うちに運び込んだ。 俺の目下の目的は、今はまだ結婚は考えていないという彼女をどうやってその気にさせるか、それだけである。 [newpage] なんかいきなりプロポーズされた部下 仕事はできるし人当たりも良い優秀な人材。 落ち着いた雰囲気の聞き上手なのでそれなりの頻度で愚痴や悩みを相談しに来る人がいる。後々そのことで恋人が嫉妬するが、案外嫉妬されていることにも気づかないタイプの人。なんか機嫌悪いなー、ぐらい。 でもちゃんと恋人のことは好き。ただし結婚はもうちょっと後でもいいなと思っている。 いきなりプロポーズした人 夢に出てきたオリ主のことを考えてたら「理想じゃん。結婚しよ」ってなった人。徹夜テンションが大いに彼に手を貸してくれた。 この後一ヶ月程「赤井秀一が徹夜テンションで目の下に隈作りながらプロポーズした」と周囲に揶揄われることになるとはまだ知らない……はずはない。仮眠して起きた時点でこうなるだろうなと溜め息吐いてた。 夫婦になりたい。結婚はよ。 んで、この後。 仕事中でもふとした時に地味に距離を近くしてみたり優しく接するようになるのにそれを全く気づいてもらえなくて(´・ω・`)ってなる赤井さんが見たい。 じゃあプライベートで挽回だ!たくさんイチャイチャしよう!となるのにオリ主がベタベタしないタイプでまた(´・ω・`)ってなる赤井さんが見たい。 オリ主はちゃんと赤井さんのことは好きだけど、(´・ω・`)な赤井さんに気づかないでいてくれると私が楽しいです。 それを見て同情しつつ「可愛い後輩をシュウにとられた!」とぽこぽこ怒るジョディさんを添えたい。 誰か、続きは、頼んだ、ぞ……。
「同僚が理想の女性だと気づいて思わずプロポーズしてしまったのだが(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9966532">novel/9966532</a></strong>)」の赤井さんバージョンです。オリ主のことを夢で見て「なんで?」って考えてたら「プロポーズしよ」ってなった赤井さんの話です。<br />力尽きてここまでしか書けませんでしたが私が本当に読みたいのはこの後の話なんです。需要を考えろ?違う。そんなことは関係ないんだ。私がただ読みたいだけなんだ。誰か、誰か続きを…。私に後日談を供給してください…。降谷さんバージョンの方の続きでもいいので…。<br /><br />※追記(9/7) お礼&amp;報告<br />・9月01日付の[小説] デイリーランキング 91 位<br />・9月01日付の[小説] 女子に人気ランキング 44 位<br />・9月02日付の[小説] デイリーランキング 68 位<br /><br />評価してくださった皆様、本当にありがとうございます!<br />後日談が読みたい。それだけです。頭の中の妄想がそのまま文字になる機械とか誰か発明してくれませんかね?
部下が理想の女性だと気づいて思わずプロポーズしてしまったのだが
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10064473#1
true
[chapter:はたらく細胞と名探偵コナンのクロスオーバーです!!] ・血球たちがコナンの世界に転生したよ! ・細胞が人間になったよ! 細かいことは気にするな! ・前世(?)の記憶あるよ! ・細胞たちに人間っぽい名前がついてるよ!   赤血球→[[rb:三和 > みわ]]   白血球→[[rb:珀 > はく]]  など ・なんかもう本当に細かいことは気にしないでくださいお願いします  潔く整合性とか完全無視して「私がこんなの見たい!」という一心で書きあげました。  雰囲気でお楽しみください。 [newpage]  仮眠から戻った降谷に、風見は報告の続きを始めた。 「2歳のときにマーシー・ガーナードと養子縁組。戸籍に不明な点はありません」 「不明な点がない方がおかしいだろ、これは」 「海外渡航歴もありません。幼稚園や保育園には通っておらず、日中は降谷さんが処置を受けた家で過ごし、夜はマーシー・ガーナードのもとに帰っているようです。また、マーシー・ガーナードのことを[[rb:梢子 > しょうこ]]・ガーナードは『先生』と呼んでいるそうです。そして──」 「梢子・ガーナードは『血小板』と呼ばれている、だな」 「はい。近所の住人が理由を訪ねたことがあるそうですが、怪我を治すプロフェッショナルだから『血小板』と呼んでいる、との回答が得られたそうです」  業界を騒がせた、正体不明の医学の天才──当たり前だ。あんな子供が表舞台に立てるわけがない。  あの後、普段世話になっている病院に搬送された降谷だが、医者が「輸液以外にもうやることがないが、早く治すために縫っておこう」と言うほどの完璧な処置が行われたあとだった。「この処置を詳しく知りたいが、下手に動かせない」とも。 「確かに、今までも[[rb:セルズ > Cells]]の構成員には、その特性に見合ったコードネームが与えられていた。あれだけの技術を持っていれば、血小板と名乗ってもおかしくはない」 「こんな子供が、組織の一員とは……」 「あぁ。許すことはできない」  まだ6歳の、いたいけな少女だ。守るべき子どもだ。[[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]]といい、梢子・ガーナードといい、あのような少女たちが組織に利用されるなど、あってはならない。 「そういえば、僕を襲撃した方はどうなった」 「例の組織の元下っ端でした。切り捨てられた報復だそうです。しかし……」 「しかし?」 「……公安が駆けつけたときには、全員意識不明の状態でした」 「……なんだと?」  “バーボン”を狙われた黒の組織の報復活動は考えられない。今、あの組織の中で“バーボン”は微妙な立ち位置にある。うっかり死んだとしても、喜ぶ人間の方が多いだろう。 「誰が……」 「意識を取り戻した1人が、『白い悪魔』と繰り返し、うわ言を言っているようです」 「白い、悪魔……」  白、という単語を聞いて、今即座に思いつくのは、ただ1人。 「[[rb:飯館 > いいしろ]][[rb:珀 > はく]]か!」 「でもなぜ……。安室さんとは一度しか会っていないはずでは」 「[[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]]だ。襲撃者グループが、あの子を認識したのかもしれない」 「なるほど。瀬木三和に危害を加えないよう脅迫に行ったということですか。しかし、1人でとなると──」 「あぁ。驚異的だ」  襲撃者グループは4人。それぞれが最低1丁ずつ銃器を所持していた。あの時昏倒させた1人を除いても、銃を持った人間を3人も相手取り、さらにトラウマを植え付けるまで叩きのめすとなると、並大抵の力量ではない。 「飯館珀は瀬木三和を保護している様子が見受けられるな。情が移ったのか……」 「しかし、危険人物であることに変わりはありません」 「そうだな。引き続き、監視は任せた」  降谷と風見は、揃ってため息をついた。全くもって、[[rb:セルズ > Cells]]の目的がわからない。  唯一良いことと言えば、上司の仮眠の回数が増えたことくらいだ。その一点に関してだけ、風見は[[rb:セルズ > Cells]]は感謝するのだった。 ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ 「バーボン、あなた、血小板と接触したようね」 「えぇ。先日、偶然世話になりまして。それがなにか?」  見られていたのか、と内心歯噛みする。細心の注意を払ったが、土地勘がなかったのがアダとなったか。 「これは忠告よ。あの子を探るのはやめなさい」 「おや、珍しい。貴女からそのような言葉をいただけるとは」 「茶化さないで」  いつになく真面目な様子のベルモットに、心臓の音が加速する。それを悟られないように茶化せば、鋭い叱責が飛んだ。  自分が血小板と接触したことを知られたのもそうだが、それよりも黒の組織が[[rb:セルズ > Cells]]を、そしてあの医学の天才『血小板』を認識しながら放置していることに驚く。 「あの赤毛の子──赤血球に接触したときは知らなかったようだし、個人的な交流を持つ分には黙っていたけれど……。私も、あのときのことは掘り返したくない、全てなかったことにしたかったし」  瀬木三和のことも把握済みか。 「でも、利用しようとするなら話は別。手を引きなさい」 「あなたにそこまで言わせるとは。なにか理由が?」 「……組織も一度、血小板を拉致したことがあったわ」  初耳だ。自分がコードネームを得る以前の話だったのか、それとも── 「あなたが知らないのも当然ね。あれは、一部の関わった人間だけで、秘密裏に処理されたもの」 「それで……」 「酷い報復を受けたわ」  息を呑んだ。まるで、朧に首を締められているかのような、圧迫感。 「あの事件は、全て“なかったこと”になった。それ以来、組織は一切血小板から手を引いたの。あなたも、大人しくしている事ね」  足早にベルモットは立ち去っていく。 「……この組織が、恐れるほどの報復、ですか……」  ──[[rb:セルズ > Cells]]。  たった3音を呟くと、冷や汗が一筋流れた。 [newpage] 「お兄さん、どうしたの? 迷子?」 「いや、俺は仕事中で」 「でも、さっきからずっとここにいますよね?」 「えっと、ここに座って周りを見てるのが仕事というか」 「なんだそれー!」  遠目に見えた人に、思わず安室は叫びたくなった。  ──[[rb:都留 > とどめ]][[rb:有記 > ゆうき]]。  少年探偵団である3人の子供に囲まれているスーツ姿の男性は、直接の面識はないものの、今朝書類上で見たばかりだった。  警視庁に勤務する警察官で、現在は非公式ではあるが警察庁公安に出向中だ。活動地が米花町のため、安室として遭遇する可能性のある降谷零と顔を合わせることはなかったが、報告だけは受けていた。警察庁が警視庁の手を借りるなど珍しいこともあるものだと、特に印象に残っている。  しかしそれも、彼の能力を聞けば当然とも思えた。  彼は、過去15年間の東都内の犯罪者の顔と名前、その手口、発生年月日を、全て記憶しているという。東都は異常な犯罪率である米花町を有する、大都市だ。その犯罪発生数は年間1万や2万では済まない。もしそれが本当だとすれば、驚異的な記憶力と言えた。  その能力を買われ、降谷が指揮を執る事件ではないが、大規模な暴力団の麻薬取引の調査に駆り出されているのだった。 「お兄さん、もしかして──」 「ねーちゃんに振られたのか?」 「えっ、お兄さんかわいそう……歩美たちが一緒に遊んであげようか?」 「いや、だから仕事だって」  仕事の妨げになるため助けたいのは山々だが、安室と都留は初対面だ。下手なことはできない。  そのとき、視界の先、安室とは反対方向から、見慣れた赤いアホ毛がチラついた。 「あ、こんにちはー」  そして、あろうことか、当然のように都留に挨拶をした。 「……あぁ、君か」 「はい。瀬木三和ですよ。えっと……」 「俺は都留有記。記憶が有るで有記だ」  なぜか、都留は得意気だ。 「わぁ、記憶さんにぴったりの名前ですね!」  記憶さん、と呼んだ三和に、安室は首を傾げる。 「お姉さん、お兄さんとお友達なの?」 「うん、そうだよ」  ──知り合いなのに、名前を知らなかったのか? 「あなたは?」 「私ね、歩美!」 「円谷光彦です」 「俺、小嶋元太!」 「お兄さんね、お姉さんに振られちゃったんだって……」 「いや、だからちがっ。仕事だ、仕事!」 「有記さん? はえっと、警察官でしたっけ」 「えぇー! お兄さん、警察官だったんですか!?」  都留は警視庁の警察官だし、特に秘匿される身分でもないが、少々ハラハラしてしまう。そしてますます、三和との関係の疑問が深まった。知り合いなのに名前は知らず、しかし就職先は知っているなど、そうそうあることではない。年齢もかなりの差があるだろう。  だが、事件に巻き込まれやすい三和にとって、警察官は一般市民よりも身近な存在だ。その中でよく会う警察官の1人や2人いても、おかしくないこともまた確かだった。 「そうだ。俺はお巡りさんなんだぞ」 「すっげー!」 「じゃあ、目暮警部や佐藤刑事とおんなじなんだね!」 「これは失礼しました」 「まぁ俺は基本デスクワークだけどな!」  ──そうだ。都留有記が現場に出ることはほとんどない。事件に巻き込まれやすい三和さんでも、出会う機会はそうないはずだ。 「っ、瀬木!」 「は、はいっ」 「そいつら頼んだ! 絶対目を離すんじゃないぞ!」  都留が急に立ち上がったかと思うと、三和にそれだけ言い捨てて一目散に走っていく。 「ど、どうしたのかな……」  異様な雰囲気を感じ取ったようで、歩美が怯えて三和の足にしがみついた。 「どうしよう……」  しがみつかれている側の三和も不安げだ。  何があったのかはまだわからないが、とりあえず出て行った方が良さそうだと、駆け足で三和たちのもとに近づく。 「三和さん!」 「安室さん!?」 「ポアロのお兄さんだ!」 「さっきの兄ちゃん、なんかおかしかったんだ!」 「そうですよ! なにか事件があったのかも……」 「お願いします! 記憶さんを助けてください!」  相手は現職の警察官であるにも関わらず、珀やマーシーが事件に向かって行ったときの何倍も心配そうだった。 「落ち着いてください。どうしたんですか?」 「記憶さんが急に走って行っちゃったんです! きっと、なにか見つけたんだと思います! でも、記憶さんは……」  おりゃああ! と、少し離れたところで雄叫びが聞こえた。 「記憶さん!」 「あ、待ってください!」  走り出した三和を追いかけて、安室も走る。 「俺たちも行こーぜ!」 「はい!」 「うん!」  安室は運動神経がいい方だと自負しているが、それでも気を抜けば引き離されそうなほど、三和は速かった。普段のほわほわとした印象とはかけ離れた走力に、かなり驚く。 「記憶さんっ!」  現場はそう離れていなかったようで、角を数回曲がり、数秒で声の音源にたどり着く。 「なんで来たんだ!? 危ないだろ!?」  都留は男を1人地面に押さえつけ、手錠をかけたところだった。 「よ、良かったぁ……」 「あのなぁ、俺だって警察学校出てるんだからな!」 「すっ、すみません! そうですよね!」  遠巻きに見ていると、近くに待機していたであろう警察官が男を回収して行った。  ふう、と大きく息を吐いた都留に、三和が小さなタオルを差し出す。 「え、ありがとう」 「いえ……。すみません、お仕事の邪魔をしてしまいました……」 「危ないからもう来るんじゃないぞ」 「はい……。でもすごいですね! 記憶もできて、自分で戦えるなんて!」 「そ、そうか?」 「はい! びっくりしちゃいました!」  記憶細胞には貪食能力がないもんな、と納得しかけて、思考が停止する。  ──記憶細胞? 「ふっ……これで俺も、無敵かな……」 「はいっ! 今度こそ本当に、未来予知までできるようになるかもしれませんよ!」 「頼むからその話を掘り返すのはやめてくれ」 「え!? すみません!」 [newpage] [[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]] ・元AE3803 ・貪食能力がなかった記憶細胞が事件に突っ込んでいって気が気でなかった [[rb:都留 > とどめ]][[rb:有記 > ゆうき]] ・元記憶細胞 ・[[rb:記 > ・]]憶が[[rb:有 > ・]]る、  記憶に[[rb:と > ・]][[rb:ど > ・]][[rb:め > ・]]る ・警視庁勤務の警察官 ・普段は情報を整理・管理する仕事をしているが、その過程で驚異的な記憶力を発揮し、指名手配犯の逮捕にも多数貢献している ・かつては貪食能力がなく直接戦うことはできなかったが、現在は警察学校を出ていることもあり一通りのことはできる [[rb:山政 > さんせい]] [[rb:巧大 > こうた]] ・元B細胞 ・[[rb:こ > ・]][[rb:う > ・]][[rb:た > ・]]い[[rb:さ > ・]][[rb:ん > ・]][[rb:せ > ・]][[rb:い > ・]]さいぼう ・現在はクレー射撃の選手。メダリストでもある ・記憶細胞と一緒に仕事をすることはなくなったが、今でも仲は良く飲みに行くこともしばしば 安室透(降谷零) ・言わずと知れたトリプルフェイス ・既に倒れていた襲撃者グループ、ベルモットからの忠告で、[[rb:セルズ > Cells]]に対する警戒が強まった ・その矢先、構成員が警察内にいるとわかって、もう大変! ・最近、仮眠室を使う回数が増えた。頭痛薬と胃薬を飲む回数も増えた ・しかし全て勘違いである 風見裕也 ・[[rb:セルズ > Cells]]の手が警察内部にまで及んでいると知り、ますます警戒を強める ・しかし全て勘違いである 作者 ・記憶細胞さんの絶妙なダメさ加減が出せなくてもどかしい [[rb:セルズ > Cells]] VS 黒の組織  元細胞たちが総力をあげて行った血小板奪還作戦。  1話の人物紹介で言っていた“協力してやらかした大きなこと”はこれ。  ヘルパーT細胞たちが作戦指揮を執り、記憶細胞や樹状細胞が情報集め、免疫細胞が作戦実行、赤血球が奪還後の逃走を担当するなど、わりかし総力戦だった。  特別な攻撃は何もしておらず、ひたすらに免疫細胞たちが怖かっただけ。特にマクロファージは今後一生武器を握れないようなトラウマを、表情だけで植え付けた。 白血球「いつも笑顔な人が、本気で怒るとめちゃくちゃ怖い」  ちなみに、このときのマクロファージが怖すぎて、元細胞たちのなかでも思い出したくないこと、“なかったこと”になっている。 [newpage]  降谷はとうとうデスクに肘をついた状態で頭を抱えていた。 「警察官……なぜ警察官……」 「勤務態度も」 「極めて良好、だろ」  [[rb:セルズ > Cells]]への警戒をより強めなければ、と改めて思った矢先にこれだ。 「ちなみに、今回逮捕した男はデータベースには存在していませんでした。どうやら、マークされてはいないものの、複数の資料に写りこんでいたことから男を覚えていたそうです」 「能力的にも優秀か……」 「普段は少々奇怪な行動も目立ちますが、同僚からは頼りにされているようです」 「人望も厚い……」 「昇進も度々勧められていますが、記憶力を最大限活用できる今の仕事が気に入っているからと辞退しているようです」 「だから! なぜ! 真面目に! 仕事をしている!?」  ドン、と強く拳を叩きつけるが、そんなことで回答が得られるはずもなく。 「えっと、続きをお聞きになりますか……?」 「まだなにかあるのか……。聞かないわけにはいかないだろ」 「はい。彼を記憶細胞と呼んでいる姿が主に確認されているのは、[[rb:山政 > さんせい]] [[rb:巧大 > こうた]]です」 「山政巧大というと、クレー射撃のメダリストか」 「山政は『B細胞』と呼ばれているようです」 「……クレー射撃の選手ということは」 「地元公安警察の審査と試験を受け、散弾銃の所持が許可されています」  この日本では、銃の規制はとても厳しい。  ──そんなことを気にもしない野蛮な[[rb:FBI > やつら]]がぶっぱなしたりするがな。  本来は銃弾の1発でも問題になるべきだ。つまり、散弾銃の所持には慎重で、許可されたということはそれなりの身辺調査をクリアしたということでもある。 「……風見」 「はい」 「2時間、仮眠をとる。風見もそろそろ休め」  そう言って、降谷は引き出しから取り出した頭痛薬を胃に流し込むのであった。
 『はたらく細胞』の血球たちが、『名探偵コナン』の世界に生まれ変わって大暴れ……することもなく、それぞれがわりと平穏な日常(一部を除く)を送っていたら、なぜか公安にマークされていた!? セルズ(Cells)──細胞の名前をコードネームとする、存在も、活動も、構成員も何もかも不明な秘密結社。※元細胞たちに自覚はありません。<br /><br /> あっ、ごめんなさい細胞が転生とかほんとよくわからないですよね石を投げないで! 好きなことだけを書きました。<br /><br /> コナン夢ではない。多分。オリ主は出てきません。主人公は赤血球ちゃんです。注意事項は1ページ目に。
うっかり前世の名前で呼びあったら公安に睨まれていました~4~
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10064812#1
true
 感情と表現を逆にするのは結構難しい。ここ数日、僕の頭の中はそれで占められている。  今まではそんな妙なことをする必要がなかったけれど、僕は気づいてしまったのだ。毎日毎日僕の隣に四六時中いるおじさんが、実はカッコ良かったということに!  どうして感情と表現を逆にしなければいけないのかといえば、端的に言えば僕が初動をミスしたからだ。  世に溢れ出る、初動捜査のミスで取り返しの付かない事件に発展したニュースを目にするたび、僕はその迂闊さ加減を軽蔑した。ペッペッペと心でツバを吐きながら、馬鹿にしていた。けれど今の僕にはもうそんな失礼なことは出来ない。なぜなら僕自身があろうことか初動をミスってしまったからなのだ。  思い起こせばおじさんとの出会いには筋書きが用意されていた。その筋書き通り見慣れないヒーロースーツを身にまとった僕が、能力が切れて落下してきたおじさんを、お姫様抱っこで受け止めた。  おじさんの当時のスーツはペラッペラだったし、おじさんは元々そんなに重くない。何よりハンドレッドパワーを発動した僕にとっては、ぬいぐるみのキティちゃんより軽かった。  そんなこともありデビューは鮮烈に決められた。だからこそ身売りされた猫の子おじさんとのバディという立ち位置に腹がたった。僕はピンでもやっていけるはずなのに、敢えて引き立て役を用意するという会社のやり口に、反発せざるを得なかった。  そしてその余波は当然のように当事者であるおじさんに向けられた。  突然だが僕は目が悪い。だからレンズを通した部分でしか世界を認識できない。裸眼で全てを見通せる人からすれば、それは不便に感じるのだろうが、なにしろ気づけばメガネとともに人生があった。だから僕の世界はメガネの向こうにしか広がっていない。  そのせいなのか意図的にそうする癖がついてしまったのかは不明だが、いつしか僕は、物でも人でもそれぞれのパーツから覚えるようになっていた。パーツがわかれば組み立てるのは容易い。  だからおじさんも各パーツはしっかりと覚えていた。なのにあのお節介な性格が僕にトータルでおじさん本体を見ることを拒否させた。おかげで僕は最初っからおじさんを面倒でカッコ悪い残念な人と位置づけてしまったのだ。  それがなによりの敗因だ。初動のミス、これ極まれりというやつだ。  最初からおじさん自身を全体で捉えることが出来ていたなら、もう少し自然に話ができるようになっていただろうし、直接本人には無理でも素直にカッコ良いと口に出すこともできてただろう。何より今、ここまで悶絶しなくてすんだはずだ。  そう。僕は今、とある衣服量販店の中にいる。  白いプラスティックパネルには、今季の一押しアイテムを身にまとったモデルがプリントされ、それぞれ店舗の壁を飾っている。ウニグロはメンズ、レディースだけでなくキッズからベビーまで、あらゆる年代をカバーしているから、多種多様な年代のモデルが起用されているのだ。その中にひときわ輝くメンズモデルがいた。僕はそのパネルの前で、かれこれ1時間近く立ちすくんでいる。  もちろん僕だと分からないよう変装している。フードの付いたコットンパーカーを着て、普段履かないぶかぶかのジーンズを履き、メガネも度入りのサングラスに変えてマスクをつけた。髪は束ねて帽子をかぶっている。バレてしまっては元も子もないので、猫背のふりまでした。ちなみにメガネ以外のこの服類は、このためだけにウニグロのネットショップで通販した。  どうしてこんな面倒なことをしているのかは、いまさら言うまでもない。堂々と店舗で直接パネルを見るためだ。  会社に行けば隣に実物がいるけれど、実物は動くし喋る。僕の目にはもう、都合の良いうろこフィルターがないのだ。うっかり理性に負けて本音を漏らしてしまいかねない。それは危険だ危険すぎる。僕はおじさんなんて眼中にない、尊大でハンサムなヒーローでいなくてはならないんだから。  パネルの中のおじさんはアイパッチをつけて、さわやかな笑顔を浮かべていた。ウニグロ製のなんの変哲もない白いシャツに、ベージュのチノパンを履いているだけで、とりわけすごい格好をしているわけではない。パネルの前から同じデザインのシャツが、ハンガーに吊るされ、いかにもこれですよという感じにサイズ別に並んでいる。そうしてパネルの下の棚には、同じくおじさんの履いているノータックのチノパンと同じでデザインのパンツが、何色かの展開を見せてサイズ別に詰め込まれている。  でも他の誰がこの服装をしても、そうそうカッコイイとは思われないだろう。センスは悪くないが、はっきり言って無難で無個性だ。着る人間の中身が全面に押し出されてしまうため、ある意味強烈に人を選ぶファッションだと僕は思う。  誰でも着られる服を着ているだけなのに、しっかりした肩幅に細い腰と、そこから続く長い脚が、おじさんの黄金体型をこれでもかと言うほどに主張している。さわやかな笑顔はおじさんが優しくて良い人だということを、無言で教えてくれている。このチョイスはスバラシイ。素直にウニグロスタイリストさんのセンスに脱帽してひれ伏したい。  ほう、とため息が漏れる。  その時僕は、鼻の奥からツーンときな臭い匂いを感じた。  ああ、なんてことだ。  おじさんがカッコ良すぎて鼻血が出てしまったじゃないか。  鼻血を流して立ち尽くす僕を、遠巻きに見つめる人の群れが、何やらザワザワ騒いでいたけれど、変装している僕には痛くも痒くもない。あれ、BBJじゃないの?まさか!でも似てるよね。ザワザワザワ……聞こえない聞こえないアーアーアー。  今の僕はただのカッコ良いおじさんのファンです。お願いだからそっとしておいて下さい。  堪能しながら声に出さないように、でも口を動かしながらカッコイイカッコイイと呪文のように呟いていると、ピピッピピッと小さなアラーム音が鳴った。チッ、タイムアップだ。次の仕事までの合間を利用してここに来ていたが、そろそろ行かなければならない。おじさんと合流してスポンサー会社の人と会食しなければならないのだ。いつもの僕に戻らなければと思うと、大変気が重かったが仕方ない。  ああ、また心の中でおじさんを賞賛しながら、口ではヒドイことを言わなければならないのだ。なんて辛いんだろう。何か僕が素直になれるようなきっかけでも起こらないだろうか?そしたら僕は、それを理由に全力でおじさんを愛でて褒めることができるのに。  はぁ、愛でたい。褒めたい。おじさんを心のままに愛で褒め倒したい!  ついでにちょっと触ってみたい!  おじさん、触り心地いいんだろうな。東洋人の肌って肌理が細かくて吸い付くようだとか、どっかのジジイが言ってたような気がするな。あのジジイ誰だっけ?まあどうでもいいけど、それが本当なら僕がおじさんに触ることができたなら、きっと一日中触ってることだろう。すりすりしたいし、どうせならぺろぺろしたいな。美味しいんだろうなおじさん!  ハァハァ、おじさんすりすりぺろぺろしたい!心のままに!  ピピピピピピピピピピピピ!  おっと、アラームがブチギレて鳴り響いている。いい加減ここから離れなければ遅れてしまう。遅刻なんてハンサムヒーローがやっていいことじゃない。  名残惜しげにもう一度おじさんのパネルを見た僕は、また来ますねwwwと心の中で挨拶をして、店舗を後にした。  待ち合わせ場所に行くと珍しくおじさんは先に来ていた。途中でいつものスタイルに着替えた僕は、さも面倒くさそうな顔をして、おまたせしましたと言った。すると僕に気づいたおじさんは、一瞬嬉しそうな顔をしかけたのだが、すぐに大きく目を見開いた後、眉間に皺を寄せた。  一体何なのだ。  おじさんが慌てた顔で駆け寄ってくる。ああ何故だろう。僕に向かって走ってくるおじさんの背後に光の輪が見える。なんて素敵で眩しいんだろう。もしかして天使なんじゃないだろうか。  僕はクラリと眩暈さえ覚えた。視界が金色に染まる。ここが外で僕がおじさんを嫌っているふりさえしないでいいのなら、大きく両手を広げて全力で受け止めるのに。ああ、返す返すも口惜しい。  けれどここは心を引き締めてかからねば!  鬱陶しそうに、なんなんですか慌てないでください、まだ時間には余裕があるはずですよね? と言うと、おじさんは慌てながらも尻ポケットをゴソゴソ漁り、ポケットティッシュを取り出した。そんな小さなお尻のポッケにティッシュなんて入ってたんですね。くそっ羨ましいなティッシュ!お前たかだか紙切れの分際で、おじさんの黄金のお尻にずっと密着していたとは許すまじ!  などと表情筋とは全く逆のことを考えていた僕だったが、突然おじさんに首の後を掴まれて強引にうつ向かされた。意味が分からなくて、なにするんですか!とドキドキしながら叫ぶと、おじさんは引きぬいたティッシュを、僕の顔面下半分に押し当て言った。 「バニー!鼻血出てるっ!」    は・な・ぢ ……?  鼻血。ああ、そういえばさっき出た。服は着替えたけれど、鼻血を拭くのを忘れていたのか。と言うことは、僕はこのハンサムヒーローの仮面をつけているにもかかわらず、鼻血を垂れ流したままここまで歩いてきたということか。  はは……ははは…… 「バニー大丈夫か!? 体調悪いんじゃねえの? お前無理しすぎなんだよ」  力なく笑う僕に、おじさんは心配しながら甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。期せずしておじさんに密着もできて、それはとても嬉しいことのはずなのに、何故だかとてもやるせない。こんなカッコ悪い僕を見られてしまうなんて、僕は今日の自分の迂闊さを一生忘れない。  悪態をつく元気さえ出ないまま、されるがままに鼻血を拭いてもらい、そうですね、ちょっと疲れているのかもしれません、、、なんて言ってみると、おじさんは慈愛に満ち満ちた仏像のような顔で、僕の頭をグリグリ撫でてくれた。    うああ、きもちいいいいい!  思わず流れ出そうになったヨダレをバレないように拭き、僕は殊更冷たい口調を心がけて、それでもおじさんに対してありがとうございました、と言った。  ああ! 僕はいつまでおじさんを嫌いなふりをすればいいんだろう?  誰か教えてください!! こんどこそ終わろう……
前作ではビックリするくらい沢山のブクマ評価コメントをいただき、ありがとうございました!つい調子に乗って続きを書いてしまいました。調子に乗ると大抵失敗するので、書かないほうがいいんじゃないかとひとしきり悶絶してみましたが、悶絶したところで書いたあとの祭りなので、調子に乗りついでに勢いでアップしてしまいます!でもビクビク……なんだかバニーが変な方向に暴走し始めて、ツンとかそういう問題ではなくなってきた気がするんですけどビクビク……これただの変態?でも好きだ!ヘンタイバニー好きだ!シュテルンビルト市民のみなさんの生暖かい目が愛おしいです。
おじさんがカッコイイことに気づいてしまったバニーちゃんの話2
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006519#1
true
「僕は君にそういった感情を抱くことは無いし、そういうことをするつもりは無い。あくまでも書類上、表面上の夫婦だ」 ざっくり要約するとそんな発言に対し、せやな。と思いつつも大人しく分かりましたと答えたのは私だ。 そして婚姻届、新居、ルールを定めて生活を始めて3ヶ月ほどが経過。 私は割と好き勝手に毎日を過ごしている。 そもそも事の発端は我が母の一言だった。 「そろそろ相手がいないとやばい年じゃない?」 この発言に対し父が「娘はうちの子!」とダダをこねつつ、母が「孫見たくないの?」と反撃し、ぐぬぬとなった父が仕方なく見合いの席を設けた。 もちろん、何処の馬の骨ともわからん奴に娘をやる気はない!とのこと。 そして見合いに向かった先で見たのは。 (あっトリプルフェイス) そう大体察してるとは思うけどトリプルフェイス安室こと降谷零さんだったわけだ。 前前世がいわゆるコナンが原作としてあった世界で、周りが安室の女だったわけで。 コナン自体もなんだかんだで見ていたからこの世界が日本のヨハネスブルグだと分かった時には驚いたし何より色々やった、そりゃあもう色々と。 その上前世はFFときた。 ⅧベースではあったもののDFFにも参加していたし、なんならバッツの如く割と色んな技が使えてしまったりする…うへぇチート設定… そしてスペックは全て受け継いだ。 よって大抵の事はなんでも出来るいわばハイスペックになったわけだが、このことに気づいた時点で目が死んでいたのはまぁ想像に難くない話ではないだろうか。 そんな精神年齢がたぶん3桁いったであろう老成してると言われ続けた私がお見合いとかまあないわーとか、両親揃ってノリノリなあたりとか、その他諸々あってまあお見合いしたは良いものの、お相手はなんとトリプルフェイスこと降谷零とかいうあのハイスペックゴリラ…だっけ?(私はコナン自体は見てたけど安室の女ではなかったから)なわけで。 あとね、正直結婚するよりも独り身の方が楽しいから断りたかったんだよね、だけどこんな重要人物ってことはつまりうちの父とのコネクト作りだってわかりやすいほどに確定してるじゃないですかー? …つまるところ断れずに仕方なく了承するしかなくて、でもそれを表に出すわけにもいかなくて(母上はなんか察してたみたいだけど)、父上なんか娘を幸せにしないとゆるさないぞー!とこアホなことシャウトしてるし、なんやかんやと流されて結果無事…無事?に私は降谷姓になったというわけです。 しかし悲しいかな冒頭のセリフを言われ、色々制約も課されてしまった次第。 ちなみにほんのり脅された(雰囲気的な)し元々波風立てる気もなかったし、何よりほぼほぼ一人で好き勝手できるということが分かったので父上にはテキトーに上手くいってるよ的なことを言っておいてある…降谷さんは感謝してくれてもいいと思うよ!あの父親人の話聞かないタイプだから!時々私の話も聞いてくれないし! それにほとんど帰ってこないので特に何をしてても怒られないため、本当にやりたいことを好きなようにやれる…というわけだ。 「こんな風にねぇ…」 「ひやーっ」 「うわ寒っ」 「いいじゃない外暑いんだから。溶けそう」 「そりゃそうだよなーシヴァさん氷属性だし」 「あづい」 「ひっついて暑くないわけ?」 「アナタが涼しくなるでしょう?」 「アリガトウゴザイマス」 青白い指が頬をつうっとなぞってくる。 暑い暑いとは言いつつもなんだかんだでまとわりついてくるシヴァさんが今日もエロ可愛いので楽しい。 そう、Ⅷ世界出身な私は身体能力の他G.F.等も何故かこの世界に持ってきてしまっていた…らしい。 他にもあるけど今は割愛。 そんな感じなので一人とは言いつつも一人ではないのですごく賑やかで楽しい毎日を送っています。 …ま、書類上の夫は帰ってくる気配が全くないんですけどね! たぶん最初に会ったきりじゃないかな!別にいいけど。 仕事は在宅ワークに切り替え、家事やりつつやりたい放題…と言っても当然だけど法は守ってますご安心を。 割とサバゲとか音ゲとかゲームが多いかもしれない。 ちなみに昨日はサバゲをやりに行って勝ってきました、楽しかった! 後半は物理ゴリ押しだったけども。 そんなわけで今日はパルクールでもやりに行こうと思うので行ってきます! いやー楽しかった、前世スペックに加えてさらに上に行けそう…とかさ、割と気楽に構えてたわけですよ。 それでも今日は程々には帰ろうと思って晩御飯は適当に買って(今日はめんどくさかっただけだよ!)帰ったわけだ。 うちはあちらさんの意向でガッチガチのセキュリティのマンションなんだな? セキュリティを抜けて玄関ガチャっと開けたらさ、 普段見ない男物の靴が脱ぎ捨てられてるわけですね? …どうあがいてもここ3ヶ月姿形一切見てない(書類上の)私の夫こと降谷さんしかいないでしょうね? 自分の靴を脱いで脱ぎ捨てられている靴と共に揃え、リビングに向かう。 うわ、なんか跡が…血か?後で拭いとこ。 リビングに入るとそこには、左肩を真っ赤に染めてぐったりしている降谷さんがソファに座っていた…(ノ∀`)アチャー 「………病院行かなくていいんですか」 「!!…っああ、君か…ほっといてくれ」 「いやいや、んな血塗れの人間見てほっとける人間がいるとでも思ってるんですか」 まあ書類上ですし?他人ですけども? …けが人放っておける程神経腐ってないんでね! 「とりあえず治療しませんか」 「いい、これくらい一人で出来る」 「左肩を片手でやるのはちょっと難しいのでは?」 「君には関係…!」 降谷さんは声を荒らげてこちらを睨みつけようとするが、左肩の傷が深いらしく痛みに呻く。 って、人が治療位してあげると言っているのにも関わらず意地っ張りってのもどうなんだ。 さすがにね、蚊帳の外感パないというか、こんだけ放置しといてここに来るっていうのもなぁっていう理不尽な怒り(自覚はある)もでてきて、なんだかイラッと来たわけで… 「っはァー」 ため息が出るのも仕方ないと思うんですね。 肺に溜まった空気を全て出し切るように息を吐く。 こちらを睨んでいる降谷さんに向かって歩みを進め、目の前で止まる…さて、 「―――――【スリプル】」 「な、っ」 右手を降谷さんの顔の前に突き出し、小さくつぶやくように唱えれば… どさっ はい、眠り姫…では無く痛みで気絶した重傷者の完成。 文句を言う隙なんてあげない、大人しく眠ってて(`・ω・´)キリッ 「セイレーン、シヴァ」 「はーい」 「はぁい♡…って相変わらず強行突破ねぇ?」 こちらに生まれ落ちた時からずっと一緒に居てくれたG.F.のうちの二人の名を呼べば(通名の方。付けた名前は別にある)、応じてその姿をあらわしてくれる。 うーん、相変わらず美人さんだな。 「仕方ないでしょう…まずセイレーン、彼の傷を見てくれるかな?」 「わかったわ」 ぐったりとした降谷さんをざっと見る。 あらら、左肩だけじゃなくて左の太もももやられちゃってますね…とりあえず全部脱がせなきゃいけないみたいだ。 協力して着ていたスーツ…じゃないね、ベストをさくっと脱がせていき、怪我の状態をセイレーンが見ている間に救急セットを持ってくる。 ちなみにこの救急セット、割と本格仕様なので大半の怪我には対応出来る…はず、というか持っててよかったというか。 見終わったらしいセイレーンがすっとよってくる。 「左肩の銃痕は貫通してるみたい。だけど足の方は…」 「あーまだ残ってる?」 「ええ…筋肉に阻まれてるみたい」 「なるほど」 「他は切り傷や刺傷だけど何より危険なのは出血量じゃないかしら」 「だよねぇ…でもこの人休めって言われて休むタイプじゃないでしょ……ま、とにかく処置しちゃおうか」 ソファの上だとたぶんさらに血塗れになることが予想ついたので部屋に運び込むことにする…って部屋の鍵どうしよう。 そうそう、当たり前っちゃ当たり前なんだけど別室です。 「こうなったら最終手段?」 「本当に脳筋というか物理でごり押すわね?ちょっと待ちなさい」 降谷さんの部屋のドアノブをたたっ切ろうと私の武器を出そうとすればシヴァさんに止められた…物理って言うな! そんなシヴァさんは降谷さんの部屋のドアノブにすっと触れると、 カシャン! 「えっ」 「開けたわよ」 「マジか」 「これくらいなら鍵型とって作っちゃえばカンタンよ」 「…うわぁ気をつけねば」 なんてこった氷で鍵を作って開けてくれちゃったんですがおかしいだろ しかしまあカモフラはしやすくなったか?って訳で降谷さんを抱え、落とさないよう、ぶつけないよう、慎重に運ぶ。 うわー部屋に生活感が全く無い!当たり前か帰ってきたことないもんな! 「えっと…」 シンプルだが少し大きめのベッドに、ブラザーズ(これもG.F.)が持ってきてくれた大量のタオルを敷いていく。 その上にそっと降谷さんを乗せる。 「…さて、やりますかね?」 出血を減らすためにタオルを縛り付け、救急セットから小さなメスを取り出して、イフリートの炎で殺菌消毒する。 麻痺はセイレーンに丸投げ…少しでもスムーズに終わらせたいからねぇ。 一番重要なのは太ももに残された弾丸を取り除くこと。 さっさと終わらせないとね! …筋肉ヤバい(語彙力ェ) なんとなく分かってはいたけど降谷さん筋肉すごい…おかげでちょっととるの一苦労したけどとりあえず成功したのでいいです、でももうやりたくない。 「うっわぁ血塗れの弾丸とか見たくなかったかなぁ」 「銃とか割と見慣れてるのに?」 「それ言っちゃダメなやつ」 トレイの上にコロリと置かれている血塗れの弾丸を見つつ呟けばシヴァさんがつっこんでくる…心の傷が抉れそうでさぁ止めてくれー …さて、あとは処置か。 一応包帯とかは巻き終えて、他の傷口のほうも処理は済んだ。 「……【ケアル】!」 ちょっとだけ【フルケア】と悩んだけど、完全に治って貰っちゃ困るんだよね、違和感を強く感じられても面倒なだけだし(こんなことしてる時点でアウト?それを言ったら終わりだよ)。 ただそれでも元の魔力はあるし、引き継いだ能力もあるから【ケアル】だけでもかなり治せる。 それこそ傷口は塞げるし、数日以内にはたぶん傷口自体が薄くなっているはず。 大きい傷はまぁもうちょっとかかるだろうけど…そこはほら、この人に休息を取らせるための手段に出来そうですね!無理だろうけど! だってさっき顔みてたらクマで目元やばかったし…隠せてないから!メイクに勝っちゃうクマってどんだけなん…? 一時くらい休んでほしいので【スリプル】をかけなおし、血だらけの服を持って部屋を出る。 「んーこれどうしよう」 「ボロボロだし…捨てちゃっていいんじゃない?」 「勝手に捨てるのはちょっと…あーこのタイはつけ置いとこうかな?あとはまぁ…買いなおすか、繕っても良いけど買い直した方が早そうだし…と言ってもどこで何を買えばいいのかわかんないんだけど」 「!!」 血塗れとはいえぐちゃぐちゃなのもなんだかなぁと思ったので軽く畳んでいると、私の自室から出てきたムンバ(愛称:ムーくん)がとことこと歩いてきて、目の前で飛び跳ねている…可愛い。 「!」 「…え?」 「!!」 「…マジでか」 どうやらこの服がどこに売られているかを調べてくれたらしい…なんかデータ転送まで済んでるスゲェ ふむ、ここからだとそこまで遠くない…なるほど。 「買いに行くか」 「こういうのって替え持ってそうだけど?」 「そうだけど…ね?」 シヴァさんが問いかけてくるけど…もう、分かってるんでしょう? にっと笑った私に分かったとばかりに妖艶な笑みを向けてくるシヴァさん…流石前世からの相棒、よく分かっていらっしゃる。 「そういう事ね♪」 「そういう事…さて、処置も終わったし明日の準備もあるし…買い物でも行こっか、シヴァ?」 「ええもちろん…ついて行くわ♡」 スルリと左腕に絡みつくシヴァさん冷たいっス(お肌が) そんなシヴァを撫で、自室へと向かいつつ他のG.F.に指示を出していく。 「セイレーン、彼の様子を見守っててくれる?」 「ええ」 「ブラザーズはここを守護」 「了解した」 「ああ」 「リヴァイアサンとフェニックスはセイレーンと一緒に」 「了解」 「わかった」 「カーバンクル、ついてきて」 「クゥ!」 「ムンバ、情報の方はお願い」 「(コクッ)」 先程まで着ていた、ちょっとだけ血がついてしまった服を脱ぎ捨て、黒のパンツに白のハイネック、ポーチやホルダー、チェーン、ベルト、そして黒のジャケットを羽織り、お守りを首から下げ直して、 「あとは…―――――私に付いて来なさい!」 キーを片手に、自宅の玄関を開けた。 [newpage] 暗闇の中、いくつもの荒い息遣いと小さな声がかすかに響く。 湾岸沿いに建つ倉庫の中、男達は息を潜めて話し合いをしていた。 「っおい、バーボンはどうなった!」 「腹と肩に1発ずつ」 「始末してねぇのか!?」 「しかしあの出血量だ、そう長くは持たねぇだろ」 「いや、確実に仕留めねぇと不利になるのは俺達だぞ分かってんのか!!ただでさえ追い詰められてるってのに!」 「だが、」 「貴様等か」 一際高くヒール音が鳴り響くと共に女性の声が響く。 気配に気付けなかったこともあり、男達は驚き、そして一斉に音のなる方、声の響く方を警戒する。 「っ何者だ!!」 「…話が聞こえたものでね、貴様等が私の大切な人を傷つけたのかと聞いたのさ」 静かに響くその声に男の1人がなにかに気づいたらしく、ニヤリと笑う。 「ほう…?お前、バーボンの女か」 「Bourbon?……ああ、なるほど。……そんな事、貴様等には関係ない話だろう?」 「へへっ…恨むならそのユルユルの口を恨めよ!これでアイツの弱みを握れたんだからなぁ…!」 まるでいい事を聞いたと言わんばかりのトーンに声の主は鼻で笑った。 「弱み、ねぇ?…残念だが私では彼の弱みにはならんよ…彼には私に対する情なんざないからな…」 声の主はヒール音を響かせ、ゆっくりと男達の方へと歩いていく。 男達は声の主が闇の中から出てくるのを待つ。 「だけど、私は彼に情があるものでねぇ…大切な宝物に傷をつけたんだ、それなりの覚悟はあるんだろうな?」 キラリと銀色が光る。 窓から差す柔らかい月光の元に現れたのは、長い髪を靡かせた、黒い服の女。 サングラスをかけており表情は見えないが、明らかな怒りを滲ませており、 ――――その右手には、男達には今まで見たことの無い、白銀色に光る1m前後の鋭い刃物が握られていた。 余りにも美しく、非現実的な光景に男達は息を呑む。 しかし女は気にした様子もなく、右手の刃物を男達の方に向けた。 「――覚悟しろ」 [newpage] カーテンの隙間から朝の光が差し込む。 ちゅんちゅん、と鳥の鳴く声が聞こえてきて、重たい瞼をゆっくりと目を開けた。 「ここは……俺の、部屋?」 頭をゆっくりと回転させながら体を起こしていく。 昨日は確か、 「っつ!!」 不意に左肩に痛みが走り、思わず抑え込む。 っそうだ。 組織の方の仕事で、撃たれて、っ!? 昨日の事を走馬燈のように思い出したところで自分の現状に対する違和感に気づく。 「…何故俺は自室にいるんだ?」 確か俺が最後にいたと記憶しているのはリビングだった。 書類上の妻はどうやら外出中なのか居ないらしく、好都合だとソファに座り込んだところまでは記憶がある。 しかしその後… とそこで手のひらに触れる包帯の感触に、手当がされていることに気づいた。 …そうだ、そのすぐ後に彼女が帰ってきたんだ。 そして俺の姿を見て、手当しようとしたのを断って…それで、どうなったっけ? 「…思い出せん」 わしゃりと前髪を掴んだその時、視界に見覚えの無い黒いものが入る。 そちらに顔を向ければ、昨日着ていた服が綺麗に畳んで置いてあった。 自分の姿を見ると、下着1枚ではあったが、左太股にも丁寧に包帯が巻かれていた。 この処置も肩の処置もどちらも記憶が無いということはつまり彼女がやってくれたのだろうか…正直言って迷惑だと思わない気持ちも無い訳では無いし、そもそもこの部屋を開けたことに関しても気に食わない…が、治療してくれた礼はしなければならないだろうか。 しかしその結果仕事に首を突っ込まれたりして影響が出るのは避けたい。 何せ彼女はあの西園寺警視監が(キャラ崩壊ってレベルで)ベタベタに甘やかして育てた娘だ、何をしでかすかわからないし、何よりそういうタイプは決まって我儘だ。 たとえ最初は違っても、いずれはそうなる…今までよってきた奴らもそんな奴ばかりだった。 今は仕事が最優先だ、彼女のことに構ってなんかいられない。 今日は警察庁の方だったな、とグレーのスーツを取り出し着替えようとする。 …そういえばこの包帯やけに綺麗だな…それにそんなに痛くない…どうしてだ? 包帯の端を探し、するりととると、昨日撃たれたはずの傷口はもうほとんど塞がっており、跡もかなりうすくなっていた。 確か昨日の怪我はかなりの重傷だったはずだ、それこそ一生残るだろうと思うほどの… まさか、と思い履きかけていたズボンを下ろし、左太股に巻かれていた包帯を解くと、こちらも左肩と同じく傷口はもうほとんど塞がっており、跡も薄くなっていた。 どちらもあと数日もすれば完治するだろう、というくらいの、 「っ!?」 身体中を見る。 昨日つけられた傷だけでなく、以前つけられ残ってしまった傷さえも薄くなっていた。 薄かったナイフ痕にいたっては跡も見当たらない。 ティーンエイジャーならまだしも、いやティーンエイジャーでさえも残るであろう傷。 それをアラサー一歩手前の身体で治しきれるわけがない。 むしろもっと時間がかかるはずだ、なのに何故、 そこでふと、あることに気づいた。 左太股に残ったはずの弾丸は、どうなった? 慌てて左太股を触る。 …違和感が、無くなっている。 まさか、取り出された…? よくよく見れば銃創に重なって切った跡がうっすらとだが残っている。 誰が処置したんだ? まさか彼女が? いや、彼女に医学の知識があるとは思えない、彼女は文系学部だったはずだ。 ならば、誰が? それとも貫通…した訳が無い、貫通した跡は残っていない。 次々と浮かぶ疑問に頭を悩ませていると、スマホからシンプルなコール音が鳴り響く。 画面には「風見」の文字。 スマホを手に取り、通話状態にする。 『おはようございます降谷さん』 「おはよう風見……どうした」 『昨日降谷さんが組織の方で取引していたグループが今朝全員逮捕されました』 「!?」 風見の思わぬ発言に驚きを隠せないまま詳細を問う。 「どういう事だ」 『明け方匿名で1本の電話が入りまして、倉庫変な集団がいる、と。場所が降谷さんが向かうと言っていた場所だったのでまさか、と思い我々で向かった所、グループの構成員が全員揃って気絶していたのでそのまま逮捕に踏み切りました』 「…全員、気絶していた?」 『はい。全員一致するかどうか確かめたところ、資料に残されていたデータ全員に加え、グループの取引先だった別のグループまでいました。今はその処理や事情聴取でかなり庁内が慌ただしくなっています。何せずっと追いかけていた案件でもありましたから。この機会に芋づる式に捕まえてしまえ、とのことで、警視庁、警察庁共に協力体制になりつつあります』 「!?」 昨日からの急展開に驚きを隠せない。 どうしてそこまで進展できているのか。 『それと…いくつか不可解な状況になってまして』 「不可解?」 『先程気絶していたと言いましたが、その倉庫にいた気絶していた者全員におかしな傷があるんです』 「おかしな傷?」 いかんオウム返しになっている。 『ある者は火傷痕、ある者は凍傷痕、ある者は感電…と、気絶の理由が違うんです。複数負っている者もいましたし…ただ死亡した者はいないのですが。傷跡を見ると明らかに人為的なものには見えない…というか普通の人が起こせるようなものとは思えないんです。なんというか…神が下した罰、みたいな』 「…風見、お前何を言っているんだ?」 『いえ、自分でも非現実的というか、訳の分からないことを言っている自覚はあるんです。でも、それでも言葉で説明出来ないんです。人に起こせるものじゃない、現場でも神罰とか幸運の女神が微笑んだんだとかそんな感じです』 「……」 なんだかとんでもないことになっている。 神?そんなものがいると思っているのか。 『それとは別に刀傷のようなものもありました…が、一致する凶器は一切見つかっていません…というか特定出来ません』 「は?」 『あと捕らえた者たちの証言がおかしく…』 「何と言っているんだ」 『どの者も「女が、」「化け物が」「怖い」「俺達が悪かった」「助けて」など、揃って同じようなことしか口にしないんです。今のところ女性がやった、ということしかわかりません。だいぶ冷静になった者も、思い出すと恐怖で再び喋れなくなるか、記憶を封じてしまうみたいで…』 「…どれだけ酷かったんだ?」 『現場自体は特に何も壊れたりなどは無く、ボロボロになった構成員たちが転がっていただけです』 「それで?」 『捜査は難航…というより構成員たちをこのような状態にした女性の捜査は無理だと上層部は判断し、先にグループの方をやってしまおう、ということになりました』 「…そうか」 『あ、そうだ。そういえば通報してきた女性も誰かわからないままです』 「身元の特定ができていない?」 『公衆電話からの通報だったこともあり…こちらも女性だったことだけはわかっています』 「わかった。引き続きよろしく頼む」 『了解しました』 通話を切る。 一体何があった? 何もかも、訳がわからなかった。 呆然としていても仕方がない、これから仕事に行かなくてはいけない。 包帯は念の為巻き直し、スーツに着替える。 自室を出て、いつもの場所から鍵を取り出す…まて、この部屋どうやって開けた?…元に戻しただけか。 朝から不可解な事ばかりで少々普段より疑心暗鬼になってしまっているようだ。 リビングには誰もいなかった…が、テーブルにはおにぎりとペットボトルのお茶が置かれていた。 傍らにはメモが一枚置かれている。 [お疲れ様です] …これは、彼女が作ったのか? しかし人の作ったものは口にできない。 …だが今日は、なんとなく持っていこうと思った。 あとから思い返せば何か危険物が入っていたらアウトだったぞ、と自分の迂闊さに頭を抱えるところだったが、この時の俺はなんとなくで動いてしまっていた。 個別にラップでくるまれたたくさんのおにぎりの内数個をひっつかみ、置かれていたペットボトルのお茶も一緒に鞄につっこんだ。 そしてそのまま玄関へと向かう。 途中にある彼女の部屋のドアノブを捻ったが開かない…鍵がかかっているのか、…………お互い様、というわけか。 無理に部屋を開けることはせず、そのまま鍵を片手に玄関を出た。 今日は身体がいつもより軽い。 ……愛すべき日本国民を守るために、今日も頑張ろうか。 俺の言葉に呼応するように、どこかで何かが鳴いた。 [newpage] ■フリーダムなこの物語の主人公 転生に転生を重ねたメンタル強めの魔法の使い手。 ただし根っこは平和な日本で育った思考がある。 魔法、G.F.、記憶の他にも何か持っているようだが… ■不可解な現象に思考をやめたトリプルフェイス 基本ドライな思考。 主人公に対する好感度は低め…だけど当初の予定よりはちょっと高い…なんでだ! わりと迂闊だったり適当だったりするけど書き手の頭がポンコツだからなので本当ならもっとかっこいい…むぐぐ ■セクシーな冷たい(物理)お姉さん 主人公大好きなんで傷つけるなら容赦しない、主人公にとって最初のG.F. 相棒だし、主人公の考えを真っ先に理解出来る。 ■キャラ崩壊しているらしい上から二番目 主人公の父親で察庁二番目、もうすぐトップに立つという噂も… 娘は!!うちの子!!!(キャラ崩壊) ■めっちゃ忙しい部下 喜ばしいことだが忙しい! □いつ終わるかわからない見切り発車!たぶん続かない。
だからお前は!!しずおか(LH)書けって!!!<br /><br />n番煎じな政略結婚ネタ。<br />転生要素、夢主TUEEEっぽい何か、ドライな降谷さん、キャラ崩壊、なんか色々含まれてるので何が来ても大丈夫な方のみお進み下さい。<br />割と適当なのでふんわりとした頭で読んで頂けると幸い。<br />原作真っ只中な設定でもある。<br /><br />追記(09/02)<br />一時間後にちらっと見たら普段よりも伸びてて驚いたのに最終的にはここまで伸びてるとか…皆さんもの好きですねーどこが気に入ったんですか(真顔)<br />いいねブクマ閲覧スタンプともにありがとうございます。<br />私は神ではありませんしただの人間ですが(タグ)、続きも正直気分によりますが(タグ)、気が向いたらまたちまちま書き進めてみるつもりでは…あるかもしれません。<br />ただし大抵1話が面白くてもそのあとは面白くなくなるという続き物あるあるテンプレを踏む可能性が果てしなく高いのであまり期待はしないでくださいね。<br />あと人物名タグ入れ忘れてたんですけどありがとうございます。<br />もちろん最後はハッピーエンドになるはずですよ、続けばの話ですけどね!<br />そういえば注意書きもうちょっとちゃんと書けばよかったと軽く後悔してるんですが…<br /><br />なんだかランキングにまでお邪魔してしまっているようで…皆さんもの好きにもほどがあると思うの…ありがとうございます(*- -)(*_ _)<br />出てないだけでこの子設定めちゃくちゃ濃いからね?大丈夫?(汗)<br /><br />追記(01/29)<br />続き、できました→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10682205">novel/10682205</a></strong>
フリーダム結婚生活!(ただし愛は無い)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10065272#1
true
ご注意 ・コナン夢 ・赤井さん夢 ・女性オリ主(妖精) ・名前(愛称)出ます ・キャラ崩壊 ・トンデモ設定 ・原作エピソードのちょこっと ・キャラ崩壊(二回目) ・ふんわりした妖精設定 ・書きたかったところだけ ・本編→小話・人物紹介 大丈夫そうでしたらお付き合い下さいませ。 [newpage] 小さな子供には最強の味方がいる。 それは彼らを見守り、時に導き、時にたしなめ、彼らが強い心で世の中を生きていけるようになるまで傍で支える存在である。 人はそれを「妖精」と呼ぶ。 さて私はそんな妖精の一人である。 自分だけの「大切なあの子」を見守り、導き、支えようと全力を尽くす小さな味方だ。 私と「あの子」の出会い? その日私はいつものように「私だけの大切なあの子」を探して、あちらの家をふよふよ、こちらの家をふよふよ飛び回っていた。妖精は全ての子供に付く訳ではない。純粋無垢で支えを必要としている子から優先して付いている。私はなんだかちいさな子が泣いている気配を察知してとある家に入った。もちろん窓から。その子の寝室らしいところへたどり着き、ベッドの上で丸まっているその子を見つけたとき、ふわりと温かい何かに包まれたような気がした。この子こそ、私が守るべき子ではないだろうか。そう感じて、その子がしくしく泣いているのを見守っていると、子供はむくりと起き上がり、 そこでばっちり目が合った。 いやいやいやいくら純粋でもいきなり姿が見える訳ではない。しばらく傍にいて、そしてなんとなくこちらの気配になれてもらって、それからようやく「あれ?妖精がいるぞ」となるのである。もちろん見えないまま声は聞こえるという子もいるし、見えるけど声は聞こえないという子もいる。 さて。その子は私を見るなり、べしょべしょに濡れたまあるいほっぺたをピンク色に輝かせ、宝石みたいな緑色の瞳をきらきらさせて言った。 「ようせいさんだ!!!」 待ってなにこの子天使。 私は胸を抑えて崩れ落ちた。 とんでもなく可愛かった。ふわふわの黒い髪はあちこち飛び跳ねているし、顔立ちは幼子にしてびっくりするくらい整っているし、何より「私を見てすごく嬉しい」というオーラが身体中から溢れている。 私がぽすんとベッドに崩れ落ちたのを見て、その子は慌てて「どうしたの?どこかいたいの?」と聞いて来た。アアアいいこ!天使!息も絶え絶えに「大丈夫よ」と言ったところまた瞳を輝かせて「しゃべった!」と叫ばれた。ンンン可愛い。 言葉も通じる姿も見える。うれしい。もう私この子に付いていく。全力でこの子が大人になれるようにサポートする。 「ようせいさんはティンカー・ベルなの?」 「違うわよ!」 私はぴょんと飛び上がって、彼の周りをふわふわ飛んだ。 彼女の存在はとっても有名だけど、一緒ではないのだ。 「でもはねがはえてるし、どれすもきてるよ?」 「羽は妖精族みんなこういう羽よ。ドレスは彼女みたいに短くないでしょ?私は短いスカートは恥ずかしいから着ないの。おだんごも頭が痛くなっちゃうし」 「じゃあおなまえは?」 「名前は…ないわ。フェアリーとしか呼ばれてないもの」 「ティンクじゃないんだ…」 彼はうーん、と悩んだ顔をして、 「じゃあベルってよんでもいい?」 「…ベル?」 「ティンクはティンカー・ベルのことだから、ベル!」 子供らしいな、と私は口元をゆるめた。 「それに、ベルって『きれいなひと』っていみなんでしょ?きみにぴったりだもの」 アアアアア天使!!! 私は顔を両手で抑えて「いいわよ」と言った。私の返事を聞いて、彼はまたふわあ、と笑った。 もうこの子が妖精なのでは?? さてそんな出会いで私と「あの子」赤井秀一は共に過ごすようになった。 両親が忙しくて弟の世話もして、色々大変な彼を慰めたり励ましたりして見守った。 友達と喧嘩をした時には仲直りの必要性を説いたし、弟の秀吉くんにはお兄ちゃんとしてどんな風に振る舞えばいいのかアドバイスした。 秀くんはとっても賢くて優しくて私のことが大好きだった。もちろん私も同じだ。 男の子だし四六時中一緒にいてもよくないから、と時たま姿を消す私を「どうしてすぐにいなくなるんだ」とじっとり睨む顔までかわいい。私の「あの子」がとってもかわいい! さて、そんな風に私と秀くんが一緒に過ごすようになって25年。 もう一度言う。25年である。 いや、流石におかしいとお思いだろう。その通りだ。これはおかしい。30オーバーで妖精さんが見えるとかおかしい。お前も何やってんだと言いたいかもしれないが待って欲しい。 妖精という生き物は子供を見守るだけの存在ではない。 自然界にはそれぞれ風の妖精やら火の妖精やらがいて、自分のできる範囲でそれらを守り、それらから力を貰って存在するものである。しかし私のような妖精にはそんな力はない。風も火も水も操れない。ではどうやって妖精として存在し続けるか。それこそが「子供を見守る」ことである。純粋無垢な子供が立派な大人になるのを手助けし、「妖精を信じる心」を貰って生きる源にするのである。つまり、彼らが成長してもう妖精のサポートを必要としなくなったところでひっそりと距離を置き、次の子供を探す訳だ。 ところが秀くんときたらいつまで経ってもその傾向が見られなかった。 通常であれば男の子だし12、3歳くらいになってくると、段々思春期の少年が母親にする態度みたいになんとなく鬱陶しいとか、疎ましいとか、そういう気持ちになってくるものだ。妖精の力を借りなくてもコミュニケーションが取れるようになれば私が呼ばれることも少なくなって、彼も己の足で歩いて行けると気付く。段々声が聞こえなくなったり姿が見えなくなったりすることもあるし、そうなる前にきちんと「お別れ」する妖精もいる。 私も最初は「秀くんに疎まれたり嫌がられたりしたら悲しいな」とそわそわしていた。しかし一向にその気配がない。もしや秀くんは天使すぎて思春期や反抗期がこないタイプかな?と思ったが、母親であるメアリーさんにはいかにも反抗期の少年みたいな態度を取っているから、そういうタイプでもないらしい。 これはいけない。 私は思った。そこでさりげなく姿を現す回数や時間を減らしてみた。 そして「え?いたけど見えなかったのかな?」みたいにほんのり「あなたが大人になると姿が見えなくなるのよー」という刷り込みを試みた。 結果。頭の良い秀くんは、「私がいた時間」「いなかった時間」をアリバイ工作をしたミステリの犯人を問いつめるが如く細かく調べ上げ、これまでの私の行動パターンや部屋での現象を全て洗い出して「それが私の嘘である」と証明してきた。 頭が良いのは知っていたがこういう方向に情熱があるとは思わなかった。心配である。 その心配な気持ちが「じゃあ秀くんが大人になるまでもう少し見守ろうかな」と私に思わせた。いや思わせただけではない、実際言わせた。 満足げな秀くんの笑顔を見て私は一抹の不安を覚えた。 そして秀くんが18歳になった頃。そろそろ妖精界の新記録ではないかと私も遠い目をしつつ、秀くんが「アメリカの大学へ行く」と聞いてこれはチャンスだと思った。 そこで切り出した。 「ねえ秀くん。アメリカに行くなら私とももうお別れだね」 ごとん、と秀くんは部屋の片付け中に持っていたトロフィーを落とした。 「なぜだ」 「いやなぜって」 本気で訳がわからないみたいな顔する秀くんに「18歳にもなって嘘だろう」と私は思った。 「だって秀くんも18歳だし、アメリカで一人暮らしするなんて立派な大人だよ。私は妖精だから大人になった秀くんとは一緒にいられないもの。次の子供を探さないと…」 ぐわし、と身体を握り込まれた。 ……はい? 大きくなった秀くんは手も大きく、手のひらサイズの私なんて簡単に握り込めてしまう。いや待って。こんな接触したことなかった。せいぜい顔の周りをふわふわ飛んだり、一緒のベッド(枕元)で眠ったり、ほっぺた(付近)にキスをしたりされたりはあったけど、こんな全身接触みたいなのはさすがにない。 秀くん、私ハムスターやマウスじゃないんだけどな、みたいな持ち方をされている。全身ぎっちり秀くんの手のひらで覆われていて暑いやら苦しいやらで私は目を白黒させた。 「アメリカへは行けないのか」 「そ、そうだよ!私はこの国の範囲じゃないと…」 「嘘だ。7年前に家族旅行でフランスに行っただろう」 「あっ、いやその、秀くんが私を信じて必要としないと力が貰えないから…」 「なあベル」 秀くんは天使を通り越してすっかりたくましくハンサムになった顔をぐっと私に近づけて言った。 「俺は絶対に君を手放さないからな」 ……えええええ………。 結果。 私は秀くんと共にアメリカに渡り、大学に通い、アコーディオンを弾く秀くんの肩の上で過ごし、日本へ一時帰国した秀くんと海にも行った。 海では大変だった。 自称ホームズの弟子と、そのお友達のとんでもなく天使な後光の指している女の子と、秀くんの妹である真純ちゃんに姿を見られてしまった。 純粋無垢な子供には私の姿が見えることもあるのだけれど、一度に三人はさすがにびっくりする。ホームズの弟子くんは「きっと何かトリックがあるんだ」と私の存在を疑っているくせに姿はバッチリ見えてるし、天使みたいな女の子は「妖精さんだ!」とおおはしゃぎするし、小さい頃の秀くんにそっくりな真純ちゃんににこにこしていたら、また秀くんにがっしり掴まれて「まさかアイツに付くつもりじゃないだろうな」と詰め寄られた。 「え!なんで!」 「大方、小さい頃の俺に似ていると思って浮かれているんだろう」 「えっ、それはそうだけど」 「君は俺の妖精だろう?」 さも当然みたいな言い方をする秀くんに思わず顔が赤くなった。私のような妖精というのは人間に信じてもらえてこそ力を発揮する生き物である。つまり、その存在を全肯定されるのはこの上なく幸せかつパワーがみなぎるので、さすがに照れる。 私が照れているのを見た秀くんはよしよしと満足げに頷き、 「ところでなんで君まで水着なんだ。泳がないだろう」 と首を傾げた。 妖精はあまり服を変えないものだけれど、私は色んな格好をするのが好きである。今日もせっかく海なんだからと衣装を変えてみたのだ。 「いいじゃない、海なんだし。かわいいでしょ?」 「まあちんちくりんが水着を着ていてもなんとも思わんがな」 フッ、と笑う秀くんに私はむっとした。 失礼な。 確かに手のひらサイズの妖精だけど、私だって人型になったらそこらの美人さんには負けないくらいになれるんだから。しかし秀くんには私が人間サイズになれることを教えていない。こんなに大人になってまで私を離さない秀くんにひとつくらい秘密を持っておこうと思ったのだ。 今後ここぞというところで変身して秀くんをびっくりさせてやるという壮大な計画である。 その計画は、ある意味うまく行った。 ここぞというところで人間に変身し、秀くんのピンチに駆けつけたのである。 人間サイズの私を見てぽかんとする秀くんになんだかとっても嬉しくなって私はふふんと胸を張った。どうだ。自然界のパワーは使えなくとも、私だってただふよふよ飛んでいるだけじゃないんだぞ。 もしかしたら私は、年々秀くんが私のアドバイスを必要としなくなったことをさみしく思っていたのかもしれない。成人男子がいちいち妖精に人付き合いのコツを聞くのもおかしい話だが、私だって必要とされたかったんだ。だって妖精だもの。 ただ、どうにも秀くんの様子がおかしい。 おーい、と声をかけても心ここにあらずでぶつぶつ何かを言ったかと思うと、 いきなりがっしりと両肩を掴まれた。これは初めてのパターンである。 「なるほど」 低い声で秀くんが呟いた。 「秀くん?」 私はそっと彼を見上げ、そして後悔した。 「これはいいことを知った」 悟りの境地みたいな穏やかな声で秀くんが呟き、私を見下ろした。 どくんと心臓が音を立て、私は背筋につうっと冷や汗が伝うのを感じた。 私は妖精である。純粋無垢な子供を見守り、導き、支えるために全力を尽くす。そして子供はそんな私を妖精だと信じて力をくれる。 目の前の「大人」は、私が生まれてから一度も向けられたことのない、 「妖精」に対してすることはないはずの、とろりとした熱い瞳で私を捕らえていた。 ………もしかして、私は何かを間違えたのだろうか。 しかしそんな疑問は、口に出す前に秀くんによって飲み込まされた。 [newpage] 小話 「秀くんだめだってば!バーボンくんを煽るんじゃありません!」 もう何度目だろうか。 秀くんのコミュニケーションに一抹の不安があった私は、彼が大人になってからもこうして彼と他の人のやり取りを見守っている。そのハラハラすることと言ったら! しかし秀くんは私を手放さないくせに私のアドバイスなんて聞きもしない。バーボンくんを何度怒らせただろうか。仲良くしてほしいわけではないけれど、あまり波風を立たせない方がいいのではといつも気をもんでいる。 さて、そんなこんなで秀くんが「昴くん」になってから、初めて喫茶ポアロへと行った。 大丈夫だろうか。バーボンくん改め安室くんに疑われているのにほいほい姿を見せたらよくないのでは、と私はひっそり彼の肩にしがみついて喫茶店のドアをくぐった。 「いらっしゃいま…おや」 「こんにちは」 顔を合わせるなりびきりと額に青筋を立てる安室くんを見て、「やっぱり来ない方がよかったんじゃ」と秀くんに囁くも「大丈夫だろう」と気のない返事をされた。 いやそういうところが心配なんだって、とハラハラしていると、安室くんが何気なくこちらを向いて…… 「あ」 「……?」 「ねえ、昴くん」 「どうした」 「いやー…気のせいだと思いたいんだけど…」 「ああ」 「安室くんと目が合った」 「………………………は?」 登場人物紹介 妖精さん 妖精さんでイメージされる雰囲気そのままに妖精さん。羽も生えてるし空も飛べる。でも他に特にできることはない。 初めて会った時の天使な姿に胸を撃ち抜かれて秀くん専属妖精になった。妖精の寿命は長いけどまさか25年も1人に付き合うとは思ってなかった。 気分はお姉さんのようなお母さんのような相棒のようなそんな感じ。 ミニスカワンピは恥ずかしすぎるからロングを着ているけどスリットはがっつりである。結構はためいてある意味ミニ以上にお色気感あるのに本人は気付いていない。 なんだかんだ言って「うちの子がいちばん!」な親ばかなのでピンチの時でもピンチじゃなくても秀くんが最優先最高に最高。本人はそろそろ卒業と思っているけどまず卒業してもらえない。変なとこちょろいので丸め込まれる。 小さい頃は天使だったFBI 両親も忙しいし弟の世話もしなくちゃいけないしあんまり人付き合い得意じゃないしいっぱいいっぱいだった幼少期に妖精が来てくれてとっても嬉しかったのでそのまま手放さないことにした。 妖精が色々無自覚なことには気付いているけどそのままにしている。スリットのことも黙っている。身体が小さいからぎゅってできないのを残念に思っていたところホォー…これはいいことを聞いた。 この後ぱっくりしちゃった瞬間に「妖精を信じる気持ち」が消し飛んで妖精姿が見えなくなったけどそれ以上に「彼女が必要」という気持ちが確定して結局どっちも見えるように戻った、みたいな裏設定。 潜入中は「組織メンバーに姿が見えたら危険」と彼女を襟のところに隠していた。意外と見えてた人もいたかもしれない。銀髪の人とか。 小さい名探偵は純粋無垢 なんだこれ!妖精なんているわけないだろ!絶対に秘密を暴いてやる!!と思って追い回す。その後コナンくん姿では姿を見られるけど新一くんに戻ると見えなくなるくらいの感じでいる。コナンくんはたまに助けてもらうけど、新一くんのときには見えなくて助けてもらえない。がんばれ。 妖精さんが大変な状況らしいことにはたぶん誰よりも早く気付く。がんばれ。 大きくなっても天使は同じ!幼馴染 ただでさえ天使なのに小さい時に妖精さんに会ったのでますます天使なまま育つ。妖精さん曰く「オーラがまさに天使でまぶしい」大きくなっても見える聞こえる触れるので妖精さんは頑張って隠れている。新一くんが見えないピンチの時には姿を現すかもしれない。 お兄ちゃんそっくりだった妹 小さい頃の兄そっくりな天使っぷりに妖精さんめろめろ(なのが兄にバレた)。大きくなって現実を知って探偵もしているからたぶん姿は見えないけど、小さい頃に出会った「妖精のお姉さん」のことはしっかり覚えてるし、たぶんピンチの時は見えるし、人間姿での再会はそのうちある。 兄が止めなければ本気で見守りチェンジされていたかもしれない。 出番の無かった探偵団のみんな 歩美ちゃんは見える聞こえる触れる。光彦くんは聞こえる。元太くんは見える。 哀ちゃんは触れる。ピンチの時は聞こえるも付く。 純粋なの現実的なのトリプルフェイスさん 多分3日以上徹夜した時だけ見える。大体「疲れているからだろう」でごまかしがきく。 人間関係を円滑に進めたい妖精さんがしょっちゅう彼関連でアドバイスをしているが聞き入れられない(実行しても斜め上を行く)せいで平行線になるし、彼を気にしすぎても怒られる。 おしまい!!
小さい頃に出会った妖精さんをそのまま大人になっても手放さない赤井さんと、いい年なんだしそろそろ自分から卒業してほしいのに離してもらえなくて困惑している妖精さんのお話。<br /><br />思春期少女の傍にいて時にたしなめ時になぐさめ、成長のサポートをしてくれる小さな妖精さんの出てくる某少女小説がとても面白いのですが、妖精さんが付いてくれるなら人付き合い問題なくこなせる安室さんよりもおかまい無しな赤井さんの方が必要性高そう、という気持ちから生まれました。前回に引き続いてなんだかファンタジー路線。<br /><br />リクエストうきうき書いています!思ったより1つ1つが長くなってしまって時間がかかってしまってすみません!もうしばらくお待ち下さい!<br /><br />前作も閲覧やコメントやタグをありがとうございます!!
赤井秀一は自分の妖精を絶対に手放さない。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10065592#1
true
機嫌が悪い。 自分ではなく上司の、である。 先ほどまでさらに上の上官からの呼び出しに応じていたのだが、戻ってきたらすこぶる機嫌が悪くなっていた。最近このパターンが多い為なんとなく原因に予想はつくものの、自分にどうにかできることではないとわかっているためわざわざ話を振りに行ったりはしない。幸い今日は自分と上司のみが休日出勤をしており、他の部下たちはいない。そのため上司がいかに不機嫌オーラをふりまこうとも、自分がスルーしていれば済む話なのだ。 というよりも、他の部下がいたら上司もここまでわかりやすく不機嫌になることはない。公安内において彼の右腕と呼ばれることも多い自分は、それだけ一緒に過ごす時間も長いし、多少は気安さを感じられているのだろう。 そう思えば、上司、もとい降谷のこの人を射殺さんばかりの不機嫌オーラもスルー出来るというものだ。 …と、一人で現在の状況に納得をしながら仕事を進めていると、上司の方から声をかけられた。 「風見」 「はい」 「…お前俺の代わりに見合いに出る気はないか」 業務関連のことかと思い素直に返事を返せば、先ほど自分がスルーを決め込んだ不機嫌の原因を唐突にぶちこまれた。 やっぱり、またその話だったのか。 「ありません。というかご自分でもおわかりでしょうが、私の気持ちに関わらず無理ですよ」 「…わかってる…言ってみただけだ」 「…相当きてますね…。これだけ立て続けだと致し方ないとは思いますが…」 そう。立て続けである。なにせこの上司、ここ三カ月で自分の把握している限り6回は見合いをさせられているのだ。 どうやらこの見合いラッシュの一番最初のものが上官としてはかなりおススメというか、イチオシというか、とにかくかなりの自信でもって持ち掛けてきた話だったらしく、それをお断りしてからというもの躍起になって次々に見合い話を持ってくるのである。 現状、まだあくまでも上官も面白半分で『この仕事人間の部下にイエスと言わせる相手を見つけてみせる!』といったノリのようだが、さすがにこうも断り続けていると今後が心配である。なにせ警察は今時珍しいほどの縦割り社会だ。上官の機嫌を損ねるだけで一気に仕事がしにくくなる。 幸い降谷はいまのところお相手の顔も上官の顔も潰さないよううまく立ち回っているようだが、その分精神的負担も大きいのだろう。自ら愚痴をこぼすなど相当だ。 愚痴を聞くことはいくらでもできるが、それでは根本的な解決には至らない。上官が飽きるのを待つのも手ではあるだろうが、なにせこの上司、眉目秀麗で仕事もできる。そのため見合い相手など掃いて捨てるほどいるのである。前述の通り躍起になっている上官のことだ。候補がいる限り飽きることはないだろう。 ただこの上官は、旧体制然とした警察組織において比較的柔軟な物事の捉え方をするタイプであるし人間的に悪い人物ではないため、降谷に決めた人がいるとなれば納得して引き下がってくれるはずだ。しかもその相手が、公安にとってこの上もなく有力なコネクションを持つ人物であるとくれば、尚更。もちろん降谷は恋人との関係に仕事を持ち込む気はないだろうが、上に関係を認めさせるためには、彼の出自や彼自身の交友関係からなるコネクションは間違いなく良い材料になる。 そう、この上司の恋人というのは、有名人の両親のもとに生まれ自身もかつては高校生探偵として名を馳せ、今でも大学生探偵として数多の事件を解決に導いている、かの工藤新一その人なのだ。 現状、降谷の状況を解決できる人物は彼しか思い当たらなかった。 「工藤君に相談してみては?」 「馬鹿を言え何をどう相談しろっていうんだ。『見合いの話がいい加減多くてうんざりだしあまり断り過ぎても角が立つので俺と結婚してください』とでも?どこまで最低なプロポーズだ。そもそも男同士でプロポーズもなにもないだろう。この国はまだ同性婚制度は出来ていないし俺は日本を出るつもりはない」 「それはまあ…確かに…。でも降谷さん、工藤君以外とどうこうなるつもりなんてないんでしょう?」 「当たり前だ」 「それならば、結局のところ現状を打開するには…」 「いい。それ以上言うなわかってる。同性婚は出来ないとはいえ、パートナーシップ条例などを利用する手だってあるし養子縁組だってある。そもそもそこまでしなくとも、俺が彼と一生を共にすると誓っているのだと上に説明するだけで良い話だ。だが男同士だということを差し引いたとしても、こちらは結婚適齢期だろうが彼はまだ学生だ。どう考えてもそんな決断をさせるには時期尚早だろう」 「でも成人はしているわけですし、やはり一度相談をしてみては」 「くどいぞ、風見。お前がわかっていないわけないだろう。学生ということは、単純に歳が若いというだけじゃない。これからいくらでも、どのようにでも生き方が選べるということだ。俺は…あの子の人生の可能性を、狭めるつもりはない」 そう。その通りだ。降谷がこう言うことはわかっていた。 それでもあえてその名前を出したのは、この件に関しては降谷が自己完結しているようにしか見えなかったからだ。 降谷が彼を大切にしていることも、一足先に大人になっている身として彼の未来の障害にならないよう努めていることも知っている。それでもやはり、いや、だからこそ、この件は彼に相談し二人で解決をすべきなのではと思うのだ。自分自身は彼以外を人生のパートナーにする気がないと言いつつも彼には逃げ道を残しているなんて、そんなの、献身とも呼べない独りよがりだ。 そもそも、これがそこらへんにいる平凡な三十路男の話であれば、若くて美しく才気あふれる恋人に対し遠慮や気後れをしてしまうのも頷ける。しかしこの上司は前述のとおり眉目秀麗で仕事もでき、さらに言えば料理もプロ顔負けの腕前である。ぶっちゃけめったにお目にかかれないハイスペック物件だ。同性ということを差し引いても、もっと自信をもって良いのではないだろうか。この人ほど自分を正しく理解し、それを利用した振る舞いをできる人もそうそういないと思うのだが、それが件の恋人が絡むととたんに機能不全に陥ってしまうのは何故なのか。普段の自己評価の高さはどこへやらである。 しかしさすがにそこまで踏み込んだことは言えないため、せめてもと名前を挙げたのだが。やはり特に効果はなかったようだ。 降谷は小さく息を吐き、場の空気を切り替えるように明るい声で続けた。 「まあ、結局のところは角が立つことは承知で断り続けるしか選択肢はない。分かってはいるんだがこうも立て続けだといい加減愚痴も言いたくなるってものだろう。実りのない話に突き合わせてすまなかったな」 「いえ…そんな」 「コーヒーを入れてくる。お前も飲むか?」 「は、ありがとうございます、頂きます」 流れからして、愚痴を聞いた礼と言うことだろう。上司にコーヒーを淹れさせるのはどうかと思うし礼をされるほどのことはしていないのだが、それで降谷の気が済むのであればと申し出を受けた。 降谷が給油室へ続く廊下へ消えたのを見届け仕事に戻ろうと目線を落とすと、デスクの上に置いておいたスマートフォンがメッセージアプリの受信を知らせた。ロックを開かないと送信者が表示されない設定にしているため、ロックを開いてアプリを立ち上げる。そこに表示された名前に思わず勢いよく廊下を見るが、まだ降谷が戻ってくる気配はない。先ほど出ていったばかりなのだからまだしばらくは戻らないだろうが、念を入れてトイレに移動し、先ほど受信したメッセージへ返信を打つ。 この行動が、彼らにとって良い結果をもたらしてくれるように祈りながら。 *** 「降谷さん、先ほどこれを預かりました。見合いの釣書だそうです」 今日も今日とて膨大な量の仕事を端から片付けていると、風見がいささか申し訳なさそうに封筒を差し出してきた。 人の良い部下だから、こちらが乗り気ではないのを知っていて渡さなければならないのは気が引けるのだろう。 「ついに俺を直接呼出しすらしなくなったのか…そんなインスタントなノリで組むものじゃないだろ見合いって…」 見合いにはまったくもって一ミリたりとも乗り気ではないが、風見に罪はないので素直に封筒を受け取る。 ちらりと中をのぞき、取り急ぎ日時だけ確認する。そこには二週間後の日付が記されていた。日取りが近いのもいつものことなのでもう驚かず、これに合わせて脳内で仕事のスケジュールを組み上げる。 今は大きなヤマがない分、普段後回しになっている仕事を片付けなければならない。量は膨大だが自分でスケジュールを立てられるのでまだマシなほうだった。大きなヤマを追っているときは対象次第ですぐに状況が変わるため、予定通りに事が運ぶ方が珍しい。 「今度はいつなんです?」 「二週間後だ。風見、この日お前たしか昼頃から出る用事が入っていただろう。ついでに乗せてってくれ。時間もないし釣書はその時に目を通す」 「わかりました」 上司の悪乗りのようなそれで見合いを立て続けに組まれ続け三カ月。なんだったらそろそろ四カ月。何が悲しくて恋人でも何でもないどこぞの女にこんなに時間を割かなければならないのか。 ただでさえ仕事に忙殺されているのにそこへきて見合い見合い見合い。見合いというのは存外時間を取られるもので、そのせいで仕事にもしわ寄せがいく。そのため常よりもさらに忙しく、ここ三カ月全くといっていいほど休みが取れていない。当然恋人にだって会えていない。これに関しては自分の休みがないだけでなく、新一自身も大きい事件を追っていて忙しいせいでもあるのだが。片方が余裕があるときならともかく、二人とも忙しい状態だと予定を合わせる隙すらない。 もう一度言う。何が悲しくてどうにかなる予定もつもりもないどこぞのお偉いさん同伴の女に会うせいで自分のすべてを捧げて愛している恋人に会う時間を削られなければならないのか。そろそろ切れそうだ。己の中の色々なものが。 どんどん腐っていく思考を引き留めるように、ポケットに入れていたスマートフォンがメッセージの受信を知らせた。開いてみるとそれは今会いたくて仕方のない恋人からで、内容を見ずともその事実だけで降谷のストレスがほんの少し軽減される。さらにメッセージの内容まで目を通したところで、近くの自分のデスクへ戻って仕事をこなしていた部下に声をかけた。 「風見。30分抜ける」 「はい。緊急の案件以外は全て自分で止めておきます」 「話が早くて助かる。行ってくる」 椅子に掛けていたジャケットを乱暴に付かんで、腕を通しながら速足で指定された場所を目指す。 警察庁のすぐ近くであるが、チェーン店ではないのと、小さい路地に面しているためあまり警察の人間が入らないカフェがある。昔ながらの純喫茶といった落ち着いた佇まいの店内に、彼はいた。 「零さん」 入口のベルが鳴ったことで俺が入ってきたのに気が付いたのだろう、新一は手元の文庫本に落ちていた目線を上げ、ふわっと微笑んだ。 その笑顔に癒されたのもつかの間、すぐに申し訳なさそうな表情に代わってしまう。 「ごめんな急に。仕事忙しいのに抜けて大丈夫だった?」 「30分ぐらいなら。それよりそんな顔をしないでくれ。久しぶりなんだし時間もないからなるべく笑顔が見たい。新一君の笑顔をチャージしたい」 「ふっはなんだそれ。…ふふ、じゃあ俺も、零さんの笑顔チャージして帰りたいから、いっぱい笑って」 「なんだそれと言いつつ君も使うんじゃないか」 なんて内容のない会話だろうと思いつつも、自然と笑顔になってしまう。彼と笑い合うだけで、からだの中にぎゅうぎゅうにひしめき合っていたストレスが少しずつほぐれていく心地がする。 「ところで何かあった?俺の仕事中に呼び出すなんて珍しいから驚いた。それに例の依頼は片付いたのか?」 「うん、ちょうど今朝キリがついたとこ。午後から大学行かなくちゃなんだけど、その前にこっち来れる時間が取れそうだったから少しでも会えないかなーって思って。…知ってた?何気に今回会ってなかった期間、付き合いだしてから最長だったんだぜ」 少し照れたようにはにかむ新一に、胸がぎゅーっと締め付けられる。もう付き合い出してからそれなりの年数が経っているのに、こういう瞬間に自分はまた彼に恋に落ちてしまうのだ。 もう何度惚れ直したかわからない。 「…知ってたよ。会いたくてたまらなくて、なんだったら夜中に君のうちに不法侵入しようかと思ってたぐらいだ」 「しなくて良かったな零さん。うち今セキュリティ会社入ってるぜ」 「知ってるしそんなものどうとでもできるよ。俺を誰だと?」 「うわーさすが公安のエース様。違法作業もお手の物!」 「お褒めに預かり光栄だな。まあ本当は、違法作業なんてしなくても毎晩君に会える環境が欲しいところだけど」 「え」 「あ」 言い訳をさせてもらうなら、とにかく心身ともに疲れていたこと。恋人と会うのが三カ月ぶりだったこと。しかもそれが思いもよらない恋人からの呼び出しだったこと。 様々な条件でもって浮かれていたため、普段ならもっと考えて会話をするところを、思ったことがそのまま口から滑り落ちてしまったのだ。 風見にはあんな偉そうなことを言っておいてこれか。思わず頭を抱えたくなるが今はそんな場合ではない。先ほどの発言をどうにかする方が先だ。 新一は俺の突然の発言に少しだけ固まった後テーブルに置かれていた俺の手を取り、頬をほんのり上気させながら口を開いた。 「…今日、やっぱ会いに来てよかった」 アクアマリンの瞳がやわらかく細められる。 失言をどうにか誤魔化さなければと思っていたのに、どんな真実だって暴いてしまう名探偵の目に見つめられてしまえば、下手なごまかしなど出来ようがない。 「っしんい、」 「あっ零さんそろそろ30分だぜ。仕事戻らないとやばいんじゃねえの?俺もそろそろ大学行かないとだし、またな!今何徹目だか知らねーけど無茶はほどほどにな!」 先ほどまでの空気などなかったかのようにパッと様子を切り替えて手を振り去っていく新一に、徹夜で思考能力の落ちた頭では理解が追い付かない。 「……ええ?」 いま、盛大に話を逸らされたような気がする。というか、上げて落とされた、というか。 仕事に戻らなければとわかってはいるのに、脳内の整理ができず、しばらくこの場から動くことができなかった。 *** 「なんというか…さすがですね」 助手席に乗り込んできた上司を見て、とっさにそんな言葉が口をついた。 少し光沢があるが上品な印象を受けるグレーのスリーピースを着こなした降谷は、先ほどまで徹夜でヨレたスーツを着て仕事に忙殺されていた人物とは別人のようだ。 「何がだ」 「いえ…先ほどまで死相を浮かべながら鬼のように仕事をこなしていた人にはとても見えません」 「言うようになったなぁお前」 「褒めてるんですよ。…出しますね」 運転が好きな上司なので、こうして助手席に乗せることは多くない。どちらかと言うと自分が乗せてもらうことの方が多いため、少し緊張しながら車を出す。 つつがなく駐車場から公道に出て明るくなったところで、ちらりと助手席の上司の顔を盗み見る。一見してはわからないだろうが、この上司とそこそこの時間を共にしてきている自分には、彼の顔に色濃く残る疲労が見て取れた。それは単に仕事から来るものだけではないようで、とすると降谷にそこまで影響を与えられる要因は一つしか思い浮かばない。 だがしかし、降谷と彼の間に何があったにせよ、それは間もなく解決するであろうことを自分は知っている。そのため余計な口は出さずに、運転に集中する。 しばらくすると助手席からカサリと紙の音が聞こえた。降谷が釣書を取り出したのだろう。ハンドルを握る手に知らず力が入る。余計な口は出さないと言ったが、今から話すことはどうしても必要なことだ。少しの緊張を押しやり、降谷に話しかける。 「…釣書ですか」 「ああ。とりあえず先方に失礼にならない程度の情報は頭に入れておかないとな」 「…その、申し上げにくいんですが、必要ないです」 「…?どういう意味だ」 「その釣書はフェイクなので」 助手席から感じる気配が不穏なものに変わる。 「…説明しろ、風見」 「その説明は自分には出来かねます。もう着くので、説明はぜひそこで、彼から」 「彼…?」 降谷はまだ何か問いたそうにしていたが、こちらがこれ以上口を割る気はないと理解したらしく、それ以降は何も話しかけられることはなかった。 少々気まずい空気を引きずったまま、目的のホテルへ到着する。降り際に短く運転の礼を述べられた。 「いえ。自分が好きでやったことですから。…行ってらっしゃい」 「ああ、行ってくる」 おそらく、話さない代わりに脳内ではずっとせわしなく思考を巡らせていたのだろう。 問いたいことの何割かは推測が出来ていて、だが確信が持てないといった様子に見えた。だが、自分が伝えた「彼」が誰を指すのかに関しては確信しているはずであり、その彼が待っているというただその一点だけで、これから何が待ち受けているかわからないホテルの中へ降谷が足を向ける理由としては十分すぎるのだった。 *** 「よ。お疲れ零さん」 「…新一君」 待ち人が現れたのを受けて、ソファに座っていた腰を上げる。さすが風見さん。時間ぴったりに連れ出してきてくれた。 三週間ほど前に喫茶店で会った時以来に見た恋人は、普段仕事で来ているものとは違うグレーのスリーピースを着こなし、普段はおろしている前髪を軽く後ろに流していた。 なるほど見合いの席ではいつもこんな感じなんだなぁなんて思いつつ、気になるのはその表情の方だった。 「…なんて顔してるんだよ」 言いたいことも聞きたいこともいっぱいあるんだろう。 眉間にこれでもかと皺をよせて、怒っているような、泣くのをこらえているような、普段の無駄に自信満々で堂々とした様子からはかけ離れた状態でこちらを見つめている。 「零さん。話したいことが、あるんだ。零さんの言いたいことも聞きたいことも全部きくし答えるから、とりあえず先に、俺の話を聞いてくれる?」 「…わかった」 「ありがとう。じゃあとりあず、レストラン移動しようぜ。予約の時間に遅れちまう」 さあ、工藤新一、人生の大一番だ。 *** 「乾杯」 チン、とグラスが鳴る。 アルコールを入れず真剣に話をしたいからという新一の言葉により、二人ともグラスの中身は炭酸水だ。 普段は大学生らしくラフな格好を好む新一だが、今日はスーツを着ていた。英国式の細身のシルエットのスーツはスタイルの良さを際立てているし、きっちりタイが絞められた胸元はそれ故に彼の色香を増長させていた。 めかし込んだ恋人とホテルランチと言えば聞こえはいいが、彼の意図がわからない今、その状況を楽しむ余裕なんてものは皆無だ。 色々と推測をしてみたが、新一が風見まで巻き込み、今この状況を作り出している理由がわからなかった。というよりも、理論立てて考えようとするとどうしても自分にとって都合の良い結論にしかたどり着かず、だがしかしその結論を理性と感情が否定する。 そんなわけがない。おかしな期待をするなと自分に言い聞かせる。 流石の育ちの良さを感じさせる洗練された動作でグラスに口を付けていた新一が、ゆっくりと顔を上げる。前髪を流しているため綺麗な青い瞳がなんの障害物もなく真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。 「零さん」 名前を呼ばれ、 心臓が、どきりともぎくりとも取れる音を立てる。 「本当は食事が終わってから、って思ってたんだけど。我慢できないから、先に話をするな。…いい?」 「…さっき、わかった、って言っただろ?君の好きなように話してくれ」 「ありがとう。長くなっちまうと思うけど、まずは聞いてほしい」 平静を装って返事をする。先ほど炭酸水を流し込んだばかりのはずの喉は、カラカラにかれていた。 「俺さ、零さんと付き合うようになって、一緒に過ごすようになって、隣にいるだけでこんなに安心できる人がいるんだって、初めて知った。 親とは違う、友人とも違う。蘭とも、ちがう。確かにあの頃俺は蘭に恋をしていて、今は零さんに恋をしているんだけど、全然違うんだ。 どちらが良いとかそういう話じゃないんだけど。 俺は蘭のことを守りたかった。誰よりも、何よりも。あいつが守られるだけのヤツじゃないことなんてよく知っていたのに、それでもどうしても、守りたかった。あいつに守られたいとも、守られようとも思わなかった」 彼はそこまで一気に言うと、グラスに口をつけた。グラスとテーブルが当たってカチリと音を立てる。良く見るとグラスを持つ右手はかすかに震えていた。 なんで、君がそこまで緊張をしているんだ。 幼馴染の名前が出たことで最悪の流れが頭によぎる。 君の話の着地点は、いったいどこ。 「…でもさ、零さんは違うんだ。守りたいし、守られたいって思う。 真面目で、器用なのに不器用で、誰よりもカッコいいくせに俺の前だと結構可愛いところもあって。そんなアンタを心底守ってやりたい。でもその一方で、零さんに守られてることにひどく安心する。 自分一人で立てない時に寄り掛からせてくれる人がいて、それがアンタだって事実がどうしようもなく俺の力になる。 また子供っぽいこと言ってると思われるかもしれない。けど、俺には零さんがいるんだって思えば、本当になんだって出来そうな気がするんだ。 零さんを守って、守られて、そうやって過不足なくお互いに支えあって、隣に居られることが、すごく嬉しいし安心する。 そんで、…しあわせだなぁって、思うよ」 泣きそうな、でも確かに彼の言うようにこの上もなくしあわせそうな表情で、新一が言う。 そんなことを思ってくれていたなんて考えたこともなくて、目を丸くして彼を見つめることしかできない。指先すら言うことをきかなくて、完全に金縛りにでもあっているようだ。 「俺たちはそれぞれ別々の信念と正義があって、だからずっと隣で同じ道を歩くっていうのはきっと無理だと思う。 でも、帰ってくるところはお互いの隣がいい。別々の道を歩いてたって、立ち止まった時には隣に居たい。 …このさき、ずっと」 テーブルの下に置かれていた新一の手が現れる。そこにはビロードの小箱が握られていた。 これは現実なのだろうか。疲労がたまり過ぎて己が見ている幻覚や白昼夢の類ではないのだろうか。 だって、こんなの。もう期待するなってほうが、無理だ。 「降谷零さん。俺と、結婚してください」 開かれた小箱には、シンプルなプラチナのリングが入っていた。 ああもう、俺の恋人はなんでこうも、格好良いのか。 最後の矜持で涙が零れ落ちるのだけは堪え、グラスを持っていた時よりも更にふるえている彼の手を、小箱ごと己の両手で包み込んだ。 「…はい。俺も、きみと、工藤新一君と結婚したい。…結婚、してください」 彼の手のふるえがやみ、力が抜けたのが感じられた。お互い今にも泣きそうな顔をしながら微笑み合う。先ほどまでの緊張感は消え、いつも通りの彼との空気が戻ってくる。 こちらもほっと息をついたのもつかの間、彼が先ほどまでとはまた違った真剣さで話を続けた。 「プロポーズにオッケーもらえたところで、ここからが大事な話なんだけどさ」 「えっウソだろこの流れでさっきまでより大事なことってある?今言ってくれたもろもろの嬉しかったことに俺もお返しで色々言わなきゃなとか考えてたんだけど?」 「あっそれはすげー聞きたいあとで聞かせて。いやさっきとは違った意味で重要っていうか…だって俺たちってさ、結局のところ結婚はできないわけじゃん」 先ほどまでの良い雰囲気はなんだったのか。なんて身も蓋もないことを言い出すんだこの子は。 「そりゃあそうだけど…それを踏まえた上でプロポーズしてくれたんじゃないのか?」 「や、まあそうなんだけど。でもさ、俺だってプロポーズするからには、ただのポーズで済ます気はないっていうか。ちゃんと考えたんだよ」 「…もしその考えた結果が、海外移住とかだったら申し訳ないけどプロポーズそのものを受けられなくなってしまうんだけど」 「バーロー俺がアンタに日本捨てろって言うわけねーだろ!っていうかそんなん考えたことにならねーよただの思考停止じゃねーか」 新一は心外だとばかりに憤慨した。何も俺だって本気で彼がその結論へたどり着いたとは思っていないが、では彼の「考えた」とはどういうことなのだろうか。 まったく見当が付かない。 このホテルへ足を踏み入れた時以上に彼の考えが読めなかった。 「日本では同性婚はできない。海外移住でもない。…ここまできたら、君のことだから養子縁組とかそんな話でもないんだろう?聞かせてくれ、降参だ」 「零さんは難しく考えすぎなんだよ。要はさ、結婚って本人たちの気持ちの在りようは別として、結局は書類上の手続きの話なわけだろ」 「まあ、そうだね」 「だからさ、零さん。契約書作ろうぜ!」 …契約書。 通常プロポーズの場には出てこないであろう単語が聞こえてきたのは気のせいか。 こちらの戸惑いなどまったく気にも留めずに、新一は話を続ける。 「さすがに俺たちが生きてる間には同性婚制度はできると思うんだよな。 だからとりあえず契約期間はそれまでとして、契約内容は、契約期間中に恋人関係を継続させることと、契約満了時、要するに同性婚制度が出来た時には速やかに恋人関係から婚姻関係へと移行すること。 で、二人だけの契約だと味気ないしあんまり意味なさそうだから、婚姻届けみたいにそれぞれ一人ずつ保証人の欄も設けんの。 そっちは例の見合いをばんばん持ってくる上官あたりでどうかなと思うんだけど。そこまでしたら流石にこれ以上見合い話持ってこないだろ。俺の方は父さんか母さんか、まあどっちかで。どお?なんか気になるところある?」 気になるところだらけだと突っ込みたいのは山々だったが、自信満々に嬉々として契約書の内容を語る彼が、いつも色々な推理を話して聞かせてくれる時と同じ顔をしているものだから、もう突っ込む気すらどこかへ行ってしまう。 ていうか、ほんとにもう。ほんとーに、ああもう。愛してる。 「…零さん?えっと、黙ってないでなんかリアクション欲しいんデスケド…」 予想外過ぎる展開と、その予想外っぷりが逆に彼らしくて一周回って格好良すぎて愛しすぎて、うっかり少し呆けてしまっていた。そのせいで彼が少し焦ったようにこちらを窺ってくる。その顔からは「やべ、俺もしかして外した?」という気持ちが見て取れた。 そんな顔も可愛かったけれど、先ほどまでのキラキラした表情をもう一度見たくて素直に言葉を返す。 「いや、うん。なんかもう、本当に俺の恋人って格好良いなあって感動してた。…うん、良いと思うよ。作ろうか、契約書」 とたん、大輪の花が開いたようにぱぁっと笑顔が戻る。なんだったらプロポーズを受けた時よりも嬉しそうだな、きみ。 「良かったー反応ないからビビったじゃねーか!じゃー決まりな!さすがに今必要なものは持って来てないから、今度一緒にどっかで時間作ろうぜ。見合いなくなれば少しは会いやすくなるんだろ?そうと決まれば今日はあとはこのまま飯食ってー……って、零さん仕事戻らないとやばい?」 にこにこと饒舌に話していたが、この後の話になってはたと気が付いたらしい。俺はたったいま確認した部下からのメッセージが表示されたスマートフォンをひらりとかざし、朗報を告げた。 「優秀な部下から、今日は全部自分がなんとかするから絶対に戻ってくるなとのお達しだ。食事をして、一緒に帰ろう。なんだったら契約書の手配も今日中にしてしまおうか」 「さっすが風見さん!出来る男!」 「聞き捨てならないな。俺の方が出来る男だぞ」 「知ってるよ!っていうかアンタ以上に出来る男なんて探す方が難し…あ、赤井さん?」 「その喧嘩買った」 「すみませんでした前言撤回しますせっかく美味い飯なのに喧嘩なんかしたくねえ!」 「同感だな。…新一君」 「ん?」 「愛してる」 「…おう、俺も、愛してるよ!」 今日だけで、どれほど自分が新一に救われたのか、何度恋に落とされたのか、愛してるなんて言葉だけでは到底伝えきれない感情を持て余しているのか、彼はみじんもわかっていないだろう。 だがそれは、これからゆっくり伝えて行ければ良いかと一人納得する。 だって、そうだ。 契約期間はたっぷりあるんだから。
(まあそれも、ゆっくりわからせてやろーじゃねーか)     <br /><br />見合いラッシュに疲れた降谷さんと男気あふれる新一君(付き合ってます)のラブコメ。風見さんもいっぱい居るよ。<br />視点がころころ変わるので読みにくいと思います。すみません。<br />そのうち番外編で風見さんと新一君のやりとりなど書けたらいいな。
わかってないのはどっちなんだって話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10065907#1
true
この小説は「夏色traveler」の続編で、今度は夢主が“名探偵コナン“の世界へトリップして、様々なキャラクターと仲良しこよしする話です。 主があまりコナンに詳しくないため、フワフワな設定のままご都合主義の見切り発車となります。 設定の間違いや、誤字脱字は見つけ次第報告していただけるとありがたいです。 〇時系列バラバラ、原作にない捏造あり、なんでもありのご都合主義。 〇キャラの口調が迷子、同時にキャラ崩壊の可能性大!! 〇主が社会人の為、更新は土日になります。 以上の内容が大丈夫!!という方は楽しんでいただけると幸いです。 どれかひとつでも無理だ!!と感じた方はここでUターンしてください。 注意事項を無視して観覧した後の責任は負いかねます。 [newpage] 『もうー!!遅いよ〜。2人ともどこで何してたの?』 松田「悪いな、思ってたよりも混んでて、予想以上に時間かかっちまった。」 伊達「松田、お前既読スルーすんなよ。返事くらい返せ。何かあったんじゃねぇかと思うだろ!?」 松田「読む時間はあったが、返す時間はなかった。」 伊達「嘘つけ!!」 萩原「優奈、ただいまぁ〜♬」 『うん、おかえり。で?何買ってきたの?』 松田「ん。」 私の隣に座る陣平さん。 その時に渡されたのは手さげの紙袋。 私の目の前に置いたのは1台のスマホ。 『……?携帯買いに行ってたの?』 松田「それがありゃ、優奈が外にいてもいつでも連絡取れるだろ。」 『ん?ちょっと待って?これ、陣平さんのじゃないの!?』 松田「んなわけねぇだろ。俺のは最近新しくしたばっかだわ。こん中で携帯持ってねぇの優奈だけだろ?」 『持ってるよ!!使いもんにならないけど…。』 松田「それは持ってねぇのと一緒だ!!」 ”そう言えば、昨日の夜携帯について聞かれたな”なんてぼんやり思い出した。 それにしても、携帯はまずくないか!? だって携帯高い!!万単位……。 『無理…陣平さん無理……携帯はアカン……これは割り勘させてください!!』 松田「残念だったな、萩原と割り勘した。」 萩原「いきなり連れ出して、”優奈の携帯買うから付き合え”って言われてビックリしたよ。俺も賛成だったから、快く半額出させていただきました〜。」 諸伏「なんだ、言ってくれれば俺も出したのに。」 松田「その代わり日用品任せだだろ?」 もうやだ!! なんなのこの人達!? 人のこと置き去りにして話進めるの本当に得意だよな!! 向こうの世界で何度、放置+空気を経験したことか!! 仲いいのは分かるけどさ、正直眼福だけどさ、もうちょと私を認知してくれ頼むから!! 『………せめて月々の携帯代は。』 松田「俺のと一緒に引き落としにした。」 『変なところで徹底してるよな!!これじゃあ私、ヒモじゃん!!』 そりゃ、何度か”働きたくねぇ”って思ったことはあるけどさ、実際その立ち位置になると焦る訳よ。 なんせ、生活かかってるんだから。 それが?この人達が本気だした瞬間、本当に財布は出させてもらえないわ、働かなくても食いっぱぐれることはないわ、住む場所提供してくれるわで、至れり尽くせり!! こんなん、廃人一直線じゃん!! 『みんなして私を甘やかさないでくれ……このままじゃダメ人間になりそう…。』 [newpage] こういう至れり尽くせりは彼女にやってあげるべきだよ…。 航兄さんは私じゃなくてナタリーさんにやってあげて、お願いだから。 あわよくばその幸せ空間見たい…。 半分懇願するように机にうつ伏せると、爆処組のゴッドハンドが炸裂した。 萩原「優奈と別れて1年とちょっと…いや、もうほぼほぼ2年経つけど、全然変わってないね〜。」 『そりゃ、私にとっては2週間ほどしかたってないからね!!研二さんから、”お兄さん安心したよ”感が漂ってるの気づいてるからな!?』 松田「そんなに遠慮ばっかしてると、そのうち損するぞ。萩原の図々しさ見習ったらどうだ?」 『陣平さんは私を介して研二さんを貶さないで!!貶すなら直接言ってあげて!!』 萩原「ちょっと待って優奈!?どうゆうこと!?」 伊達「持ってて損はねぇんだから、素直に貰っとけ。それに、ここは優奈がいた世界と違って身の危険が多いんだ。持っててもらえば、俺達が安心する。」 松田「そういう事だ。とにかく、買っちまったもんはしょうがねぇだろ?今は電池少ねぇから、帰ってからいろいろ設定しろ。」 『さては、勝手に購入することで、私の逃げ道塞いだな?』 松田「さぁ?どうだろうな〜?」ニヤニヤ 『ほら見ろ!!確信犯!!……まぁでも、これがあればもういつでもみんなと連絡取れるんだよね…。それは、ちょっと嬉しいや。』 素直にこぼれた感想だった。 向こうの世界では私の収入には限りがあったし、いかんせん4人もいたから、全員分の携帯を買うなんて出来なかった。 それ以前に、景光さんの携帯が使いもんにならなかった事知らなかったし、今の陣平さんみたいな思考回路がなかったっていうのはある。 だから、お互い外出先で連絡を取り合うなんてできなかったけど、私の隣には常に誰かがいたから不便に思うことは無かった。 限られた方法しかなかった向こうの世界と変わって、こっちの世界ではいつでも連絡が取れる、つまり携帯が使える限り、どこでも誰かしらと繋がることが出来るっていう安心感かもしれない。 萩原「絶対連絡先交換しようね♬」 松田「今夜にでもいろんな設定するだろ?設定終わったらすぐに教えろ。こいつらに拡散するから。」 萩原「おっ!!陣平ちゃん頭いい!!」 松田「いや、普通に考えてそうだろ。同じ空間にいるんだから。」 まぁ、そうだよな。 別にわざわざ次に会う時にしなくても、同じ場所に3人の連絡先を知ってる陣平さんがいるんだから、陣平さんを通じて教えれば面倒ごとは減るしね。 諸伏「あーあー。松田、本当に羨ましい。俺も優奈と暮らしたい!!」 あー、始まった。 景光さんの駄々こねTIME……。 諸伏「松田譲ってくれよ〜。」 松田「あそこはお前の家じゃないだろ?」 諸伏「問題ないって!!あの家でかいし、昴のやつも優奈のこと気に入ったみたいだし、有希子さんならすぐにOK出してくれるって!!」 萩原「……俺思ったんだけど、優奈の住む場所一週間ごとにローテーションさせればよくね?」 おっと? 萩原さんからトンチキ発言が飛び出したぞ? 萩原「唯は優奈と暮らしたい、俺も優奈と暮らしたい、陣平ちゃんは譲る気なし。だっらこの際、一週間ごとに優奈が住む場所を帰れば問題解決じゃね?あと、何かあった時に駆け込める場所が増える。俺、久し振りに冴えてると思わない!?」 『あのさ、私モンゴルに住む放牧民じゃないんだけど。そんな住む所転々としてたら流石に変に思われるって……。』 絶対変な噂とかたっちゃうってwwww まあね?ぶっちゃけ研二さんの家とかどんな感じなのか気になるよ? 工藤邸の豪邸生活とか体験してみたいよ? あわよくば、お隣の阿笠博士と灰原哀ちゃんとお近づきになりたいなとか思うよ? でもいかんせんそれが、正常でない事を理解してるから渋ってしまう。 萩原「じゃあ、とりあえず頭に入れといてよ。前向きに検討しますってことで!!」 ここでの決断は逃れたが、”前向きに検討”か……。 それからカフェには少しだけ滞在して、その後全員大人しく帰路についた。 今日は集まることなく解散ってことは明日みんな仕事なのかな? 警察官って大変だよね。 毎日市民の安全を守るために汗水流して己の体力を削って、休みもほぼないし。 私だったら死んでるな……。 そもそもデスクワークの自分が、この人達の前で”仕事辛い、働きたくない”とかいうのおこがましくて仕方ないわ!! 松田「おら、ちゃんと前見て歩け。」 陣平さんにそう言われていきなり腕をグイッと引っ張られた。 その横を颯爽と通り過ぎる自転車。 しまった…思考をどっかに飛ばしてたせいでボーッとしていたのか。 『ごめん、ありがとう。』 松田「もうお前こっち歩け。」 そう言って陣平さんが車道側を歩いてくれた。 うん、これデジャブ。 そう思いながらまたふと視線を泳がせると左手に微かな温もりを感じた。 陣平さんの大きな手が私の手を包み込んでいた。 『え!?あの、陣平さん?』 松田「またよそ見してただろ?言われたそばからそれって…もう、お前危なっかしいから介護だよ介護。」 『とか言いながら少し顔赤くないっすか!?照れてる!?もしかして照れてるの!?自分からやっといて照れてるんですね兄貴!!』 松田「うっせぇバーカ!!」 『陣平さん必死かよwwww』 イケメンは照れても絵になるんだね。 もはや、得しかないビジュとはまさに陣平さんのことだね。 まぁ、陣平さんに限らないんだが…。 いい歳した大の大人が2人ギャーギャー言いながら家に帰った。 夜遅い時間じゃなくてよかったよwwww [newpage] ー夕食後ー 帰ってから速攻携帯を充電器に差し込んだ。 今は昨日から恒例の陣平さんによるヘッドスパ(←髪の毛乾かしてもらうだけ)を受けている。 相変わらず上手いです。 松田「優奈は萩原の提案どう思った?」 『あー。一週間ごとにローテーションってやつだよね?確かに駆け込める場所が増えるのはいいと思う。ここ、犯罪都市だし。ただあの時も言ったけど、私モンゴルに住む放牧民じゃないんだわ。絶賛悩み中。』 松田「行ってみてもいいとは思ってるのか。」 『そこは私の個人的な興味だよ。とくに研二さんなんか、どんな部屋に住んでるのかなぁ〜?みたいなどうでもいい興味wwwwあとはそうだなぁ………研二さんの夜のオカズはどんなのが好みなのかな?とか、それの隠し場所とか…』 松田「やめろ。………お前、この家の物色してねぇだろうな?」 『近いうちにしようかなと…。』 松田「絶対やめろ!!やったらぶっ殺す!!」 『陣平さん気づいてる?それ、隠し持ってますって言ってるようなもんだからね?』 だって気にならない? 私は気になる。 あわよくばそれを、使っていじり倒したい。 そもそも、このご時世持ってない男はいないだろ。 逆に陣平さんぐらいの歳で”そういうのに興味ない”って人の方が私は怖い。 『ところで陣平さん、気になったことを一つ聞いてもよろしくて?』 松田「ん、終わったぞ。どうせ大したことないだろうからお好きにどうぞ。」 『陣平さん、昨日どこで寝たの?』 松田「気になるか?」 『んーまあ?ビックリしたんだから。朝起きたらいつの間にかベッドにいるんだもん。ソファで寝たとか言わないよね?家主差し置いてベッドで寝たとか私的にアウト。』 朝から頭の片隅で気になってたこと。 だって、それって図々しいにも程がない? 流れるようにして転がり込んだ居候が家主よりもいいところで寝るとか辛い。 良心がズキズキする!! だって私、客じゃないんだよ!? ただの居候だよ!? 『今日は私がソファで寝る。』 松田「さっきっから1人で話進めてるが、俺まだ何も言ってないからな?あと、女を固くて狭いソファで寝かせる趣味はねぇ。」 『気にしないで!!私隠れた特技としてわりとどこでも寝れるって言うのがあるから!!』グッ ドヤ顔で、自慢したった。 すると、陣平さんは何故か呆れたようにため息をひとつこぼした。 コラ!!幸せ逃げるぞ!! 松田「まぁ、この展開はなんとなく予想してたがな。昨日どこで寝たか教えてやるから大人しく付き合えよ?(俺、よく我慢してる方だと思う。)」 『付き合う?何処に?』 陣平さんのあとをついて行くと辿り着いたのは陣平さんの寝室。 朝、私が目覚めた部屋。 陣平さんは部屋の電気ではなく、サイドテーブルにある間接照明を付けてベッドに腰掛けた。 私は私で突っ立ってる訳にもにも行かず、陣平さんの隣に同じように腰掛ける。 すると、突然肩に衝撃が走り、それを受け止めきれなかった私はベッドに倒れ込む。 目を開けると天井と陣平さんの顔がアップで写った。 あれ?もしかして私、陣平さんに押し倒されてる? どうしてこうなった!? 松田「本当にお前って危機感ないよな。普通、こうなったら焦るなりなんなりするだろ……。俺に襲われるとか思わねぇのか?」 陣平さんの言葉に思わずポカンとしてしまった。 今の私は恐らくアホ面だ。 こんなことされるとは思ってなかったし、こんな質問もされるとは思ってなかった。 だから、呆気にとられてしまぅたのだが、私はすぐに冷静になる。 だって陣平さん、そういうこと言っておきながら手を出そうとする気配はないし、私の手を拘束してる訳でもない。 『陣平さんはそんなことしないよね?』 松田「そうきたか…根拠は?」 『だって、陣平さん本当はスゴい優しい人だから。今だって口ではそう言ってるくせに手を出す気配は全く無いし、本当にそういう気持ちがあったなら、向こうの世界で既に手を出してるでしょ?あと、そんな優しい陣平さんは私が嫌がることは絶対にしない…。』 松田「(……ったく、こっちの気も知らないで。)あーあ。完敗だ。それを言われたらマジで手なんか出せねぇわ。まぁ、そんだけ信用されてるんならこっちとしては好都合だ。寝るぞ、ベッド入ってろ。電気消してくる。」 陣平さんはそう言って部屋から出ていってしまった。 ねぇ陣平さん、結局答えは? あ、でも”電気消してくる”って言ったから戻ったくるのか。 [newpage] ー松田sideー 松田「(あっぶねぇ……何してんだ俺は。)」 半分無意識だった。 優奈のやつ、プライベートゾーンせま過ぎるだろ…。 どんなに近づいても嫌がる素振り1つ見せやしねぇ…。 そそくさと寝室を出た俺の顔はもはや真っ赤だった。 自分でもわかるくらい顔が熱い。 確かに優奈の言う通り手を出すつもりは微塵もなかった。 優奈が嫌がることはしたくないってのも正解だ。 そもそも、ここに来て優奈に嫌われるなんて真っ平ゴメンだ。 優奈は俺の周りにはいない珍しいタイプの1人だった。 チヤホヤしない、媚び売ってくることも、好かれようとすることもしない。 自分のやりたいように振舞って、思ったことはすぐ口にするような素直なやつ。 時々思い通りにいかなくて、気まぐれな感じが猫を連想させる。 だからか、ついつい構いたくなる。 世話をやきたくなる。 その抜け出せない沼に見事にハマったのは俺だけじゃなく、萩原も諸伏も伊達もそうだ。 あの時、見返りを求めることもなく本当に良心1つで俺達を助けてくれたことが余計にそうさせてるのだと思う。 優奈のおかげで、こうして元の世界に戻ることが出来て、降谷が権力をつかって有耶無耶にしてくれたおかげで俺達はまたこうして警察官として働くことが出来ている。 優奈は気づいてないんだ、自分が一体どれだけたくさんのことを俺達にしてくれたかを。 今、あの時の俺達と同じ境遇に立たされた優奈。 それを知ったら優奈がしてくれたのと同じようにして、恩返しがしたいと思って当然だろ? でも、それに気づいてないんだよなぁ〜。 なんつうか、優奈は変なところで鈍感だ。 だからといって、俺も直接優奈に伝えるつもりはない。 何を好き好んでそんな恥ずかしいことをしなくちゃならない。 そういうのは平然と言える萩原あたりに頼んどきゃいい。 われながら、随分癖のあるやつを気に入ってしまったようだ。 戸締りと消灯を確認にして寝室に戻ると、優奈は大人しくベッドに入っていた。 俺はその隣に潜り込む。 俺のベッドは少し大きい。 ベッドサイズは1人のくせにシングルではなく、ダブル。 昔、調子こいてちょっと奮発した。 だから、2人で入ってもわりと余裕がある。 『陣平さん、おかえりなさい。』 松田「いや、電気消しに行っただけだからな?」 『なんとなくだよ。それで?結局答えは?』 松田「は?」 『昨日陣平さんが寝た場所!!』 松田「あぁ、この状況見ればわかるだろ?」 『……もしかして昨日一緒に寝た?』 松田「まぁ、他にないわな。」 『自分の知らないところでイケメンと添い寝…………我が人生に一生の悔いなし!!』 松田「アホなこと言ってないで寝ろ〜。」 そう促せば大人しく睡眠モードに入る優奈。 俺は昨日したように優奈を、腕の中に収めた。 『なるほど、私は抱き枕だったわけだ。』 松田「(本当に動揺1つしねぇんだな。)そういう事だ。」 この会話を最後に俺達は眠りについた。 ほんじゃまぁ、明日の仕事も頑張るとするか。 今度は俺達が優奈のために快適な環境作りをするのが当面の目標だ。 [newpage] 『えっと、ここでコレを設定して…。』 今日も陣平さんは朝早くに警視庁へ登庁していった。 私は私で、家事を一通り済ませてから、昨日陣平さんに買ってもらった携帯の設定を取扱説明書を片手に設定している所。 そんな時、携帯がメールの受信を知らせる通知音を鳴らした。 スマホの操作は元々自分が使ってたものとあまり変わりはなく、慣れてきた手つきでメールを開く。 送り主は研二さん。 陣平さん、さっき送った私の連絡先、もうみんなに拡散してくれたんだ。 仕事早ぇwwww。 陣平さんの連絡先は今朝出かける前にメモ帳に書いてもらっておいた。 私がそれを登録して、連絡先を添付したメールを送れば無事に送れたようで、《サンキュ、あいつらに拡散しとく。》と、絵文字も顔文字もないシンプルな返信が帰ってきた。 萩原《優奈どう?順調に捗ってる?》 研二さんも以外とシンプルな返信だな。 まぁ、男の日はあまり顔文字とか絵文字は使わないかwwww。 優奈《順調だよ。今日中には一通り終わらせられるかと。》 最低必要なメールアドレスや、暗証番号の設定は終わっていて、今は必要なアプリのインストールをしているだけ。 でも、インストール終わったら今度はそのアプリの設定をしなきゃいけないからね……。 なんだかんだやることいっぱいなのだ。 萩原《画像添付》 研二さんから写真が送られてきた。 それを開くと仲良く昼食を取っいてると思われる陣平さんとのツーショット写真。 研二さん、自撮りうまっ!! 陣平さんのサングラスがいい感じにガラ悪いwwww つか、食べる時ぐらいサングラス外しなさいなwwww 思わず画像を保存してしまった。 優奈《研二さん、自撮り上手いね!隣の陣平さんはサングラスのせいでめちゃめちゃガラ悪いwwww》 向こうの世界で使っていた、今は使い物にならない携帯には過去の写真が保存されていた。 それこそ彼らの寝顔とか、こっそり盗撮したわちゃわちゃしてる写真とか、とにかく貴重なレア写真のファイルがあったのに、画面真っ暗で使い物にならなくなったやつではそれを見返すことが出来なくなってしまった。 でも、新しく陣平さんと研二さんが買ってくれたこのスマホ。 こっちの携帯でも、ファイル作ってまたレア写真とか集めようとこっそり思った。 言ったりバレたりしたらファイルごと消されかねないからね!! 夢中になって設定していたら気がつくと時刻は午後3:00。 そろそろ洗濯物を取り込んで買い物に行かなきゃ!! 夕食のメニューを考えながら数少ない洗濯物を取り込み、携帯と財布、ポケットにスペアキーを忍ばせてこの間のスーパーに向かった。 『さっぱりしたものもいいけど、そればかりだと栄養偏っちゃうし…ここはガッツリ系とか?』 メニュー決めてから来ればよかったと少し後悔した。 未だ空っぽのカゴを片手に商品を見ていく。 『あ、お肉安い。』 ”どんな組み合わせでも2パック¥398”とう言ううたい文句でお肉が安い…。 生姜焼きとかにでもしておきますかね? とりあえずお目当ての肉をとって、1回入口の野菜売り場まで戻る。 生姜焼きにキャベツの千切りを添えるのが私流だ。 流石に1玉買う勇気はないな……千切りだし2分の1あれば十分なんだが…。 そう思って半玉のキャベツを手に取る。 こっちがいいか、あっちがいいかなんて選んでいると、横で1玉売りのキャベツに伸びる腕。 この季節にはピッタリの綺麗な褐色で、思わず腕の持ち主の顔を見ると。 『あ……。』 1度見たら忘れられないビジュ、我らが安室透氏だった。 安室「あれ?あなたはこの間の……。」 『あー……その説はお世話になりました。えっと…安室さんでしたよね?』 安室「覚えててくれたんですね!!」 『あれだけお世話になれば……本当、勤務中だったにも関わらずありがとうございました。』 安室「いえ、僕は当然のことをしたまでです。あの後は大丈夫でしたか?結構心配だったんですよ。」 えぇ、大丈夫でしたよ。 そもそも、ただの目眩を熱中症の疑いと予測したのは安室さんと江戸川様だけなもんですから。 とは言えず、大人しく心の中にしまっておく。 安室「神崎優奈さんでしたよね?」 おぉ、流石私と江戸川様が喋ってたのを少し離れたところで聞いてただけにも関わらずこの記憶力か…。 公安恐るべし!! 『安室さんも私のこと覚えててくれてるじゃないですか。』 安室「もちろんです。口頭で”また来ます”と優奈さんが言ってくれて、僕柄にもなくいらっしゃるの楽しみにしてたものですから」ニコッ 出会って2回目で既に名前にさん付け……イケメン怖い。 そして、営業スマイルと分かっているのに心臓がキュッとする殺傷能力抜群の笑顔。 そりゃ、モテるわけだ。 安室透、なんて罪深い男なんだ……。 身体能力に限らず、顔面偏差値も人間をご卒業なられてるなんて…あと一歩で神様になれるのでは? 安室「夕飯の買い出しですか?」 『あっ、はい!!安室さんは?』 安室「僕も夕飯の買い出しです。ついでにポアロの買い出しも兼ねてますが…。」 しっかり安室透してるわけだ。 それにしても……。 『お店の買い出しここでしてるんですね?私、てっきり業務用スーパーとか使ってるのかと……。』 安室「月に1回の買い出しは確かに業務用スーパーに行ってますよ。突然切れてしまったものや、補充の数が少ない時はポアロから近いこのスーパーを利用してるんです。」 『あー、なるほど。』 ついつい話し込んでしまって、いつの間にか流れるように一緒に買い物をしてしまってる。 そういえば、ポアロとこのスーパー面白いくらい反対方向だよな。 ポアロ、大通りに面してるのに、1番近いスーパーでここなんだ……ちょっと不便かもね。 でも、ここしかないんだらったら仕方ないよな、業務用スーパーはもっと遠いだろうし、コンビニだと置かれてるものも限られてるし、なにより高いもんね。 安室「優奈さんはここで買い物ってことはこの辺にお住いなんですね。」 『あー、まぁ一応?私の家ではないんですけどね?』 安室「え?」 『知り合いの家に上がり込んでるんです。いわゆる居候みたいな?』 下手に嘘つくよりいいだろうし、このほうがワケありみたいになって、深く探られることは無いだろう。 安室「どうりで……。カゴに入ってる食材が一人分ではないと思ったんですよ。」 は?えっ!? なにそれ怖っ!! 知らない間に探られてたってこと? しかも、この人それを平然と言うわけ!? 怖っ!! 降谷零の思考回路どうなってんの!? 回転早すぎるわアホ!! 安室「えっと、優奈さん?」 『あ、すいません。安室さんの脅威の観察眼を目の前にちょっと唖然としてました。』 安室「あーすいません。実はこれでも探偵やってまして…。」 うん、知ってる。 ポアロでバイトしてる私立探偵で、毛利小五郎さんの一番弟子って設定なんでしょ? 大変ですね、お疲れ様です。 話しながら買い物もしてるってかなり器用だよね? われながらすごいと思う。 あと、思いのほか安室さんと話が盛り上がってしまっているwwww。 というより、安室さんがとても話上手。 そこはやっぱり探り屋バーボンとして組織に潜入してるだけあるか…。 つか、やっぱりよくよく考えるとお前すげぇな!! 一体スキル何個持ちだよ!! 鬼スペックの名はだてじゃねぇな!! 私は結局最後まで安室さんと一緒に買い物をしてしまった。 安室「優奈さん、よければ家まで送りますよ?」 『え?そんな、いいですよ!!荷物、大した量じゃないんで。』 安室「遠慮しないでください。僕が送りたいんです。」 爽やか青年オーラを全面に醸し出して、なおかつやましい気持ちではないと前置き…完全に断りにくい雰囲気作ってきやがった!! ほんっと策士家!! んで、押しに負けた私は結局……。 『お、お邪魔します……。』 乗っちまったよ…。 降谷零の愛車、RX-7の白に乗っちまったよ…。 おまけに助手席だよ!! 荷物は後部座席で安室さんの分と仲良く並んでるわ!! 安室「ご自宅はどの辺ですか?」 『えっと……なんて説明したらいいかな…とくに目印になるような建物ないんですよ。マンションなんですけど、住所言った分かりますか?』 安室「そうですね、だいたいこの辺と絞るくらいはできますね。」 『近くなったら建物見えると思うので、そうしたら声掛けます。住所は東都米花町………』 住所を伝えると安室さんは一瞬考える。 安室「あー。なんとなくわかりました。では、その付近まで行ってみましょう。」
さて、そろそろ安室さんに夢主を認識してもらいに行こうかと思います。<br />認識のくだりが早く書きたくて仕方なかったんですよ!!<br />降谷さんを絡ませたい!!<br />警察学校組揃えたい!!<br /><br />2021&#44;6&#44;19修正<br />ページ分けしました。
夢色traveler8
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10065917#1
true
シンデレラというカクテルを知っているだろうか。 オレンジジュースにパイナップルジュース、レモンジュースを混ぜて作るノンアルコールカクテルだ。 名前も中身も可愛らしいこのカクテルだが、組織内では誰もが恐れる名前でもある。 シンデレラという名前の幹部は、組織にいる者ならば知らない人はいないほどに有名だ。 初めて俺が彼と会ったのは、まだ組織に入ったばかりの頃だった。 組織は俺を試すために、少し難しめの情報集めの任務を与えた。俺はそれを難なくこなし、あとは組織に報告するだけだった。 上からの指示で、シンデレラという幹部に情報の入ったUSBを渡すことになっていた。 シンデレラという人物に会うのは初めてだったので、他の構成員にどんな人物なのかを尋ねたが、皆口を揃えて「すごい人だが、恐ろしい」と答えた。 しかし容姿について聞いても、誰も答えてはくれなかった。 何故だろうと首を捻りつつも、指定された場所(組織がよく使うバーだった)にUSBを持って向かい、彼が来るのを待った。 ──しかし、彼は時間になっても来なかった。 すっぽかされたのかと思い、仕方がないので帰ろうとしたとき“それ”に気がついた。 来たときには無かったメモが、机の上に置いてあったのだ。 何だと思いメモを見てみると、 『はじめまして。 USBは受け取ったよ。 また何かあったら気軽に連絡してくれ。 あとシンデレラと呼ばれるのは好きじゃないから是非エラと呼んでくれ』 と書いてあり、裏にはメールアドレスが書いてあった。 いつの間にこんなものがと思ったが、ふとあることに気が付き急いでポケットの中身を探った。 しかし、想像していた感触はなかなか指に伝わらない。焦って隅から隅まで探るも、相変わらずポケットの内側の布しか触ることができなかった。 ───そう、自分でも気がつかない内にUSBが抜き取られていたのだ。 そのことがわかった瞬間、ゾッとした。 気を抜いたわけでもない。むしろ気を張っていた方だ。それなのに彼はいともたやすく俺のポケットからUSBを取り出し、さらに目の前にメモまで残していったのだ。 ──それも姿を見せることなく、だ。 これを恐ろしいと思わない人はいないだろう。 組織の人が彼の容姿について答えなかった理由がようやくわかった。 答えないのではない、姿を見たことが無かったので答えることができなかったのだ。 それからしばらく経ち、コードネームを貰ってから、彼が恐れられているのはそれ以外にもあるということが分かった。 彼は基本的に俺と同じ情報屋をやっている。しかし、その仕事より少し少ないくらいの頻度で別の仕事もやっている。 その1つが、いわゆる「殺し」だ。 組織にとって邪魔になる存在を排除するその仕事を、彼は完璧にこなしていた。ターゲットを必ず逃さないうえに、遺体の処理まで全て1人でやっているので、組織からは重宝されている。 それだけなら特に何も思わないが、問題はその報告方法にあった。 彼はターゲットの首を切り取り、生首の写真を撮って任務完了の旨を伝えるのだ。 これは仕事を共にしたときにわかったことだ。 『自分のターゲットは殺した、キミの方はもう終わったか?』と生首の写真付きメールが来た時は卒倒しそうになった。 それからも仕事で一緒になることは多かったが、メモが側に置いてあるのに気づくまで、彼が側に来たことを知ることはできなかった。 「───と、まぁエラに関する情報はこのくらいかな」 ある日の昼下がり、客も少なく丁度安室が休憩の時間だったので、コナンは前々から気になっていた「シンデレラ」という幹部について聞くことにしたのだ。 ちなみに安室はシンデレラの要望通り、ちゃんと彼のことをエラと呼ぶことにしている。 「ありがとう、安室さん!」 「いえいえ。──あぁ、そういえば1人だけエラに会ったことがある人が組織にいたな」 「誰?」 「シェリーだよ。彼女だけはエラ自ら会いに行ったらしい。仲も良かったみたいで、度々研究所に遊びに行ったらしいメールが届いていた」 それを聞いた瞬間、コナンは飲んでいたコーヒーを吹き出しかけた。 「は!?シェリー!?ていうかそのことを安室さんにメールするとか、なんで、え、安室さんとも仲良くない!?」 「あー、エラについて調べるためには本人と仲良くなるのが手っ取り早いと思って、一時期すごいどうでもいいこととかでも、とにかくメールしてたんだ。そうしたら思ってた以上に仲良くなれたんだよ。相変わらず姿は見せてくれないけど。今でもよくメールしてるんだ」 「まじかよ…えー…」 生首の写真を送るような人物が送るメールがどんなものか想像が付かないコナンは1人悶々としていた。 そのとき丁度安室の携帯が着信を知らせる音を鳴らした。 「あ、エラからメールだ。コナンくんも見る?」 「いいの!?見たい!」 「どうぞ」 コナンは携帯を覗き込んで内容を見る。それは今の話を聞いた後では、目を疑う内容だった。 『やぁ、バーボン。今日は珍しく暇だったから飴細工を作ってみたんだ。なかなか上手く出来たと思うよ!今度キミのケーキに乗せてほしいな!【リボンと花の綺麗な飴細工の写真】』 「…ねぇ、これ本当に生首の写真送って来るような人なの?」 「…それは僕もよく疑問に思う」 [newpage] ここがコナンの世界だとわかったのは、両親が交通事故で亡くなった後だ。 あまりテレビを見ないタイプだったし、町の名前もどこかで聞いたことがあるような、という感じだった。 ちなみに前世はアラサーOL(属性:オタク)をやっていた。 これは両親が事故で亡くなってから初めて分かったことだが、両親は黒の組織でそこそこの地位にいた人だったらしい。 それを聞いたときの感想は「嘘だろ」だった。 だってまさか普通の会社員だと思い込んでたのに、急に「あなたのご両親はコナンの世界の黒の組織の人間だったんですよ」なんて言われても信じられるはすがない。 両親が事故に遭い、急に2人も欠員が出て組織は焦った。穴を埋めようにも、両親はけっこう優秀だったので代わりになる人なんてそうそういない。 そこで組織が目を向けたのが私だ。 両親のDNAを持つ私ならば、同じように仕事をこなすことが出来るんじゃないかと思ったようだ。 そこで組織はまず、私がどれほど仕事が出来るのか確かめるために、簡単なものから難しいものまで色々な種類の書類を封筒に入れて任せて来た。(というかポストに突っ込まれていた) どうやら両親はデスクワークの仕事が多かったみたいだ。これで人殺して来いとか言われたら困ったので安心した。 期限は3日。当時の私は高校生。普通の高校生なら書類仕事なんて出来るはずはないが、私の前世はアラサーOL、つまりこんなもの簡単に終わらせることが出来るのだ。 ちょっと面倒だったけれどすぐに終わり、いざ提出だ!となった。 終わりました、とメールを送ると、書類を渡す場所と日時がメールで返って来た。 そういえばこのメールの相手って誰なんだろうと思ったが、多分メールの相手が書類を渡す人なので、すぐにわかるだろう。 そしてやって来た、書類を渡す日。 ドキドキしながら指定されたバーに向かい、予め決められた席に座る。 しばらくして、黒ずくめの男が2人店に入って来た。 長い銀髪の男に、ガタイの良いサングラスの男。 ……どっからどう見てもジンとウォッカですねぇ、はい。 彼らは私の隣の席にドカッと座った。 え、これどうすればいいの?? 2人とも何にも喋らないんだけど、とりあえず自己紹介すればいのかな?? そう思った私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから話しかけた。 「はははははじめまして!!佐野千秋と申しまひゅ!よ、よろしくおねがいしましゅ!!」 全然落ち着いてない上に噛みまくった。今すぐ土に埋まりたい。誰か土持ってきて。そしてそのまま私を埋めて。 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かるくらいには恥ずかしかった。 しかし、彼らはそんな私に反応を示すことは無かった。 あれ?と思いもう一度話しかける。 「もしもし?あの、書類持って来たんですが……?聞こえてますか?おーい???」 相変わらず彼らは私を無視する。どういうこっちゃ。 えぇえぇぇどうすればいいの!!と1人でわたわたしているとジンが舌打ちをした。(思わず「ひょえええごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃぃ殺さないで下さいいぃぃぃぃ」と謝ったのは仕方がないと思う) 「…アイツ来ねぇじゃねぇか」 何かよくわからないことを言われ、頭の中がハテナマークで満たされる。 「いや、ここにいますやん」 「まぁまぁアニキ、そのうち来やすって」 「いやだからもういるって」 「……チッ」 「もしもーし??聞こえてる??聞こえてないよね??おい??聞けや!!!」 それから目の前で変顔したり、全力でマジL○VE1000%を歌って踊ったりしてアピールしたけれど、全然気づいてもらえない。 「もうやだ!!何で気づいてくれないの!!!疲れただけじゃんか!!」 何なんだ、ここまでして気づかないとかありえなくないか??そんなことを思いながらジンの帽子を突く。 それからしばらくして、またジンが口を開いた。 「まさかアイツ、逃げたんじゃねぇだろうな」 「だからあなたの目の前にいるって何回言えばいいの??」 「かもしれないっすね…」 「ウォッカも同意すんな??あんたらが気づいてくれれば全部解決するんだけど!?!」 「チッ…あと五分待っても来なかったら、あのお方に言ってアイツを始末する許可を貰うぞ」 「了解です、アニキ」 「いやいやいやいや、何でそうなるの??いるよ??私ここにいるよ??ちゃんと来てるのに何で殺されなきゃいけないの??」 どう足掻いても2人に認識してもらえないので、すっぽかしてませんよ〜ちゃんと来ましたよ〜と伝えるために、メモを1枚取り出して『ちゃんと来たけど君たち気づかなかったみたいだから、とりあえず封筒だけおいておくよ』と書いて机に置いておいた。 「もうやだ…帰ろ…」 何だかむしゃくしゃしたので、ジンの携帯の着信音をヒヨコの鳴き声に変えておいた。ウォッカはヤギにしておいた。 その後2人がメモに気づいたのか知らないけど、まぁちゃんと書類渡したしいいよね!気づかない方が悪いんだよね!と考え、帰ってすぐ寝た。 次の日、ちゃんと2人はメモに気づいたみたいで、新しい書類がポストに入っていた。 それからも何度試しても何故か私という存在に気づいて貰えなかったので、初めと同じようにメモを残して帰るようにした。 私の体質がどうなっているのか気になったので色々試した結果、どうやら「名探偵コナン」の主要人物には私の姿が見えないということがわかった。 私という存在はイレギュラーなので、なんか原作の補正とかがかかった結果だと思う。 今まで生きてきて私が関わって来たのはいわゆるモブと呼ばれる人たちばかりだったので大丈夫だったみたいだ。 そして実験の結果、モブに対してでも私が「隠れよう」と思えば私の姿が認識できなくなることがわかった。 なので、ある日組織からある会社の密輸のデータをとってこいと言われたときに(おそらく私がどれくらいの種類の仕事ができるか調べるためだろう)、堂々と正面入口から侵入して、堂々とパソコンを弄ってデータを全て入手した。 組織もこんなにしっかりとデータを集められると思っていなかったらしく、ジンから『お前何者だ?』とメールが来た。ただの一般人だと返しておいた。 それから成長して、大学生になった。美術が好きだったので美大に通っていた。その頃には組織からの仕事はどんどん種類が増え、色々なことをやっていた。一般ピーポーな私には正直荷が重いが、一番多いのは情報屋の仕事だ。 そして、成人したと同時に、とうとう殺しの任務が来た。 うぇぇどうしよう来ちゃったよぉぉぉいやだよぉぉぉぉボイコットしたいよぉぉぉ!!とか思っていたけれど、ふとあることを考えついた。 殺したことにして逃がせばいいんじゃないか、と。 幸い今世では前世でやりたかったけど出来なかったことをやろうとしてハッキングを小さい頃から勉強していたので、偽の戸籍を作ったりすることは私にもできた。 というわけで、ターゲットになった人をどうにか説得して偽戸籍を作って国外に逃し、殺したことにするために美大生の知識を生かして本物そっくりの生首を作り、写真を撮ってメールで送った。 やばい私完璧だわ。そんなことを思いながらパシャパシャ写真を取りまくった。 まさかそのことで組織の構成員から恐れられるようになるなんて、思ってもみなかったけれど。 ちなみにジンからは『お前は絶対に一般人じゃない』とメールが来た。 解せぬ。 [newpage] ある日組織から、"新しく組織に入った安室透という男にテストとして手に入れさせた情報"を受け取りに行けと命令が下った。 何でよりによって私なのさと思いつつも会いに行く。正直ワクワクしていないこともない。なにせあの安室透だ。バーボンだ。二次元ですら多くの女を落とした男が三次元になるのだ。 結論から言うと、生で見る安室さんはガチでイケメンだった。思わず叫んだ。この時ほど私の姿が見えていないことを感謝してことはない。 安室さんが私に気がつく様子は無かったので、適当にポケットを探ってUSBをゲットして、メモを残して帰る。 私の手から微かに安室さんの匂いがするので二度と手洗いたくないと思いながら帰路に着く。まぁ帰ったら普通に洗ったけれども。 そういえばいまだに謎なんだけれど、安室さんから頻繁にメールが来る。嬉しいからちゃんと返している。たまにこっちからも送る。 ふと、モブから隠れようと思えば隠れられるなら、逆に主要人物の前でも姿を見せようとすれば見せることは可能なんじゃないのか。そんなことを考えた。思い立ったら吉日と私はすぐさま行動に移した。 私を見て!というイメージで主要人物の前を歩いて特訓すること約3ヶ月。なかなか成果が出ないので、やはり原作には抗えないのかとガックリし始めた。しかしもうそろそろ諦めようか、というところでやっと成功した。 今までは廊下などでぶつかっても無かったことにされていたのに、今回はちゃんと気づいてくれたのだ。 「うおお!?君、大丈夫か?」 ぶつかった相手はスコッチだった。 「うっへぇぇえぇええい!?いえ、その、ハイ、ダイジョウブデス!」 まさかこんなに突然成功すると思わず、すごく驚いて変な話し方になってしまった。 「本当に大丈夫なのか…?」 スコッチは訝しげにこちらを見てくる。顔が良い、顔がとても良い。 「大丈夫です、はい、ご迷惑おかけ致しました大変申し訳ありませんすぐに視界から消えますのでご安心下さいませ」 「スコッチ、何してるんだ?」 突如、トオル=アムロが出現した。イケメンが二人とか正直耐えきれない。無理。好き。 「いや、この女の子にぶつかっちゃってよ…」 「女の子…?こんな子組織にいたか?」 なんということだ、どうやら安室さんにも私が見えてるみたいである。 よっしゃこれで主要人物とも会話できると心の中でガッツポーズをした。 でもとりあえず私は消えることにした。これ以上イケメンのそばにいられないんだ目がやられる。 それに、やりたいことがあるから。 「それじゃあ迷子とかか?君、名前は───って、いない!?」 いや目の前にいるんですけどね。力を抜いたら相変わらず見えない状態になるんだな、ということがわかった。 とりあえず、これで私の野望が達成できる。 私はルンルンと軽い足取りで私の一番の推しがいる場所へ向かった。 扉を開けて、目当ての人の近くに行き、先程のようにがんばって存在感を出す。 「シェリーちゃん!!私と!!!お友達になってくれませんか!!」 目当ての人───シェリーちゃんは、目をまんまるにして驚いていた。 [newpage] ・オリ主 名前は佐野千秋。平凡()な女の子。 主要人物に対してだけ異様に影が薄い。主要人物じゃない人からもオリ主がちょっとがんばれば見えなくなる。 主要人物の人とも話せるようにと努力した結果、無事努力は実り、前世で一番の推しだった哀ちゃんこと哀ちゃんと話せてハッピー。 誰も彼女の容姿を知らないのと、字が達筆でしかも文面になると話し方が変わるので、組織のほとんどの人から男だと思われている。女です。 一番の推しは哀ちゃんだけど、二番目は安室さん。 なので安室さんが毛嫌いしている赤井さんによくちょっかいかけてたりする。 ・安室透 生首はやめて… 飴細工は綺麗なので是非ケーキに乗せたい。 ・シェリーちゃん 突然現れたと思ったら全力で叫ばれてびっくり。 その後彼女が組織で噂のシンデレラだと聞いてさらにびっくり。 全然話と違うじゃない。 ・スコッチ なんか女の子がぶつかって来た。 彼女がシンデレラだとは微塵も思っていない。 後にノックばれしたときにシンデレラに助けられる。 エェェェェェ!あの時の子じゃんか!君がシンデレラだったの!?イメージと違いすぎぃ! ・赤井秀一 本編には一切出て来なかった。 オリ主にめっちゃイタズラされてる。 なんで着信音が黒板引っ掻いたときの音になってるんだ。 鳥肌が止まらなかった。 ・ジン アイツ絶対一般人じゃねぇよ アイツとオレだったら絶対オレの方が一般人に近いと思う。 着信音がヒヨコになっててベルモットに鼻で笑われた。 ・ウォッカ なんでヤギ…
<br />生首と飴細工ってロマンありますよね<br /><br />***<br /><br />2018年09月02日付デイリー3位、女子に人気2位、男子に人気77位に入りました。<br /><br />ありがとうございます。<br /><br />誤字脱字の報告、苦情はマシュマロでお願いします。<br /><a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fmarshmallow-qa.com%2Fnorishio_3169" target="_blank">https://marshmallow-qa.com/norishio_3169</a><br /><br />ちなみにオリ主がエラと名乗っているのはシンデレラの本名とされているからです。<br />灰まみれの(Cinder)エラ(Ella)でシンデレラというような感じで。<br />まぁフランスだとサンドリヨンと呼ぶので本名は無いとされているんですが、この前見た映画は本名をエラにしていたので細かいことは気にしないでください。
影が薄すぎて組織の幹部なのに気づいてもらえない
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10066087#1
true