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---|---|---|---|---|
「はい、カイト、コーヒー」
「お、サンキュ」
色違いのマグカップに淹れたコーヒーの一つをカイトに手渡し、もう一つを持ったノノハがカイトの背中側に回り込み彼の背に寄りかかるように座った。カイトも心得たもので、ノノハと自分の背がよりフィットするよう背中の位置を合わせてやると、二人は背中合わせで互いにもたれるようにしながら、カイトの部屋でそれぞれの時間を過ごし始める。
カイトはパズル雑誌の見開き一面に広がるクロスワードパズル、ノノハはファッション雑誌を読み始めた。
時折、カイトが不得意分野の設問を尋ねノノハがそれに答えたり、ノノハがYES/NO形式占いの質問をカイトにしてみたり。それ以外はページをめくる音とペンで書き込む音しか聞こえない。
ノノハが二人の横に置いている菓子に手を伸ばすと、同じく菓子を取ろうとしていたカイトの手とぶつかり、雑誌に目を向けたまま自分とカイトの指を絡ませた。少し絡めて逃げるとそれをカイトが追い、仔猫がじゃれ合うような手遊びを繰り返す。
暫くすると今度はカイトが少し凝った首をウンッと回したついでに後方へ倒し、ノノハの後頭部へこするように押しつけると、ノノハも同じようにぐりぐりとカイトの頭を押し返す。
お互い自分の興味に目を向けつつも、背後の相手にちょっかいを出しながら小一時間ほど過ぎた頃。雑誌に飽きたノノハは自分の足下に転がっていたルービックキューブに目を留め、それを取ろうと前かがみになると、完全にノノハに寄りかかっていたカイトは
「おわっ!」
後ろへひっくり返りそうになり
「ああ、ごめん、ごめん」
ノノハは慌てて元の姿勢に戻る。
カイトが揃えたのだろう、ノノハが手にしたキューブは六面それぞれが中央の色に合わせた十文字に並び替えられていた。
「へぇ、これって色を全部揃える遊びだけじゃないんだね」
感心したように言うと
「ああ、色んな模様を考えるのも面白いぜ」
「やってみてもいい?」
「ん」
カチャカチャカチャカチャ カチャカチャチャ
カチャカチャ チャ カチ カチン
カチャ カチャ チャ カチ チ チャ
カチ カカ チ カ チャ?
最初は軽快な回転音を鳴らしていたのが、徐々に躊躇いを持った動きになり、最後の方はまるで今のノノハの心理を代弁しているかのようにキューブの音にまで疑問符が付いている。あまりにわかりやすい動きと音に、後ろで傍耳を立てていたカイトは小さく吹き出した。
「あ~あ! やっぱ私にはできないよ。全っ然わかんない」
どう頑張っても一面揃えるだけで精一杯。まるでお手上げだというように両手を上に伸びをすると
「しょうがねぇなぁ」
背中を離して振り向いたカイトは面倒そうな口調とは裏腹に、そのままノノハを背後から抱き込むように座り直し、彼女を自分の腕と脚の中にすっぽりと収めてしまった。そうして右肩に顎を乗せて、手元をのぞき込むようにしながら
「一気に全部の面を揃えようとするから上手くいかねぇんだよ。 いいかノノハ、キューブってのは三つのパーツからできてんだ。動かない中心の六個と角のパーツ八個、中間の……」
キューブの説明を始めるのだが、耳元で喋られるものだからノノハはくすぐったくてたまらない。
「カイト、くすぐったいよ」
クスクスと笑って肩を竦め、カイトから逃れようとすると
「ちゃんと聞け」
カイトが頭でノノハの頭を小突く。
「いったぁい!」
「お前が真面目に聞かねぇからだ」
「聞いてる」
わよ、と振り向いて言おうとしたノノハの最後の言葉がカイトの唇にのみこまれた。
不意を突かれたノノハだったが、後ろから抱き込まれた状態では大人しく受け入れるしかなく、唇が離れた時には困ったような表情で頬を赤く染めていた。そんな彼女の様子に気を良くしたカイトが
「……したい」
耳元で囁くと
「……!? さっきしたでしょう?」
ノノハが驚いたように声をあげる。
「でも、したい」
「ンもぅ、今日はもうダメ! キューブの説明してくれてるんじゃなかったの? 説明しないなら離して」
そう言って本気でカイトの腕から逃れようとするつれない返事と態度に、カイトは子供のような不満顔でノノハの身体を引き寄せながら、諦めたようにけれど未練たらしく彼女の首元に顔を埋めて
「中心、角、中間、それぞれのパーツに注意しながら、揃えようとしている色の動きを見ながら回してくんだよ」
ノノハの手から取り上げたキューブを迷いなく次々と回転させていき、あっと言う間に綺麗な六面体を作り上げた。
「な、簡単だろ。ほら今度はノノハ、やってみろよ」
せっかく綺麗に揃った色を再びバラしてキューブをノノハの手に握らせる。
「……え、えっとぉ、どう……やるのかな?」
あはは、と乾いた笑いをこぼすノノハに
「お前なぁ、今の見てただろ?」
「見たってわかんないよ。大体、バラしちゃたらさっきと同じ並びじゃないでしょう。バラし方が同じなら一度見せて貰えれば覚えられるけど、違うならもう無理だよ」
「俺に言わせりゃ、そっちのがよっぽどすげぇんだけどなぁ。いいか? キューブは色の配置は変わっても、基本の動かし方は変わらねぇ。そこをまず覚えるんだ。最初は……」
こうしてカイトのキューブ解説が続き、ノノハはカイトのフォローを受けながら徐々に六面体完成へのコツを掴んでくる。
「よし、じゃぁそろそろ最終テストだな。ノノハが独りでキューブを揃えられたら俺がキスしてやるよ」
「って、さっきもしたじゃない。じゃあ、もしできなかったらどうするの?」
「そん時はノノハからしてもらう」
「なにそれ? 結局するのね」
「いいんだよ、俺がしたいんだから。2分で出来なかったらノノハの負けな」
「そんな短時間で出来るわけないじゃん!」
キューブが出来ても出来なくても、ノノハは当分、カイトの腕から抜け出せそうにないらしい。
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カイノノがただただ無駄にイチャイチャしてるだけ、オチも何もありません。 SSSで“後ろからハグ”のネタを思いついたら予想外に妄想が膨らみ(暴走とも言う)SSに格上げさせました。 自分の見たいシチュエーションを書いた、ただそれだけです。 ええ、それだけですとも! 完全な自己満足なので、このカイト誰!?とか思われてもごめんなさい(自分でもなんだか違う気がして)。 途中、R-18路線に行ってしまおうか随分迷いましたが、今はカイノノ好きさん波及の為に幅広く楽しんで貰えた方がいいかなと、とりあえずイチャイチャだけで(若干残骸有り)。 ちゅーはしてますがエロはありません。 でもカイトに品がないかもしれなくて、もしかしてR-15にした方がいいの? 自己判断で苦手な方はご注意ください。 マルコーニの称号第2問も色々楽しいですが、ノノハ好きには聞いていて本気で辛くなるイジられ方です。 浅沼カイトが「負けないで!」「応援するから!」と味方でいてくれるのが唯一の救い・・・。 <br />ちやほやされるノノハが見たい(切望) <4月21日~4月27日付の小説ルーキーランキング 72 位に入りました。 閲覧くださった皆様、ブクマ・タグも付けていただき本当にありがとうございます。
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Sweet Time
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006620#1
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*諸注意
これは高木に成り代わったわんこがご主人降谷さんとわちゃわちゃしてるシリーズです。
ただわんこな彼を可愛がる降谷さんが見たかっただけでできたシリーズでした。
・高木渉ポジションに生まれた鼻がいい系男子(がっつりオリキャラ)が主人公
・主人公がわんこ
・ただひたすらにわんこ
・嗅覚がチート、身体スペックも上々
・ただし頭がいいとは言ってない(でも悪いとも言ってない)
・ご主人は降谷さん
・ねつ造
・キャラ崩壊
・高木ポジなのにキャラ変しすぎて原作はどっか行く
・本来いないはずのキャラが普通に登場する
・文章は拙い
・ご都合主義
・原作揃えきれてないので矛盾しかない
たぶんもっと注意すべきところがある
※スコッチの名前ですが、仮に本名を翠川唯、偽名を緋色光とします
原作で本名がでたらそっちに合わせる予定
→2018/10/14 スコッチの本名を諸伏景光に変更いたします。偽名は今までどおり緋色光です。
自己回避お願いします
何でも許せる方だけどうぞ
[newpage]
「――で、徹夜明けで自分よりガタイのいい野郎を引っ張った反動を殺しきれずにスタントマンよろしく派手に車に轢かれた感想は?はい[[rb:奨 > しょう]]君」
「めっちゃいたい」
「当たり前だバカ野郎」
消毒液ほかもろもろの薬品の匂いを多分に含んだ独特の匂いがする白っぽい部屋の中。俺はいやというほど見慣れた顔に睨まれていた。
「君ねぇ、いくらなんでも無茶が過ぎると思うんだよお姉さんは。何?刑事からスタントマンに転職したの?それとも実は自殺願望があったのかな?んん?」
右側に置かれたさびれた椅子に座ったそろそろ四十路のこのお姉さんは草臥れた白衣を肩に引っ掛けて、組んだ脚の上に置いた指先をトントンとタブレットに叩きつけている。
トントン、がだんだんとコツコツ、コツコツ、カツカツカツカツ!と激しくなってくんだけどそのタブレットの画面大丈夫か?割れねえ?
「まさかあそこで突っ込んでくるとは誰も思わねえじゃん…」
「だからってなんで飛び出すかな?せめて相手と一緒に後ろに飛びのきなさいよそれぐらいできたでしょうが」
できねえとは言わせねえぞって顔で凄まれた。俺の主治医怖え。
残念ながらベッドから逃げることはできないのでそっと視線だけで逃げておく。こんな不動明王みたいな顔した先生見続けるとか無理。
「さーせん」
「反省の色が見えない。やり直し」
俺にどうしろと。寝ころんだまま頭下げろってか。んな無茶な。
今首固定されてんだけど。これあれだよな、ムチ打ちのときとかにつけられるやつだよな?
「あ、こら動くんじゃないの。アンタ自分の状態本当にわかってるわけ?」
「首のムチ打ちに左腕複雑骨折の全身打撲に左目も負傷ってとこか?あと左足に裂傷」
「左目っていうか瞼だけど。結構深かったからしばらく包帯はとれないからね」
どうりで視界が狭いと思った。片目使えねえならそりゃ狭いわな。
でもほかの症状はあってるんすね。ちなみに全治何か月くらいかな?2か月?
「甘いな半年だわ」
「嘘こけそこまで重傷じゃないだろこれ!」
「重傷だよ何針縫ってやったと思ってんだアンタ!?むしろ内臓にダメージないことが奇跡だと思え!」
やめろそんな懇切丁寧に手術状況語ろうとするなグロいわ!耳塞ぐにも片腕しか動かせねえんだけど!?
ちなみに全体的に左側のダメージが大きいのは車が左から突っ込んできたからだそうだ。近すぎて中途半端になった受け身のおかげで内臓にダメージ出てないのが救いだってよ。へー。
「ちなみに伊達さんは?」
「アンタと同じぐらい死にそうな顔色でずっと付き添ってたから病人増やす気かふざけんな帰れって追い返した」
うわこの主治医つよい。
長い付き合いだけどこの人本当に気が強いな。外科医としての実力に見合った高いプライドと気の強さがちょっと先輩を彷彿とさせるんだよ。
女版降谷先輩?いやでもこの人まだ一応人間だったな。技術だけ見たら人間離れしてるけど。中身は意外とズボラな肝っ玉母ちゃんだったわ。独身だけど。
「ったく、甥っ子が血まみれスプラッタ状態で運ばれてきた私の気持ちもちょっとは考えてくれませんかねぇ?」
「ゴメンネオバサン」
「美紗希お姉さまとお呼び」
深爪レベルに切られた爪がガツンッ!とタブレットを叩く。だから割れるって。それ備品だろ怒られるぞ。
「壊れる備品が悪い」
「うわ理不尽」
その言い草絶対今までも備品ぶっ壊してきたんだろ?実は常習犯だろ?とりあえずストレスを手短な無機物にぶつけるのやめた方がいいと思うぞ。
「そのストレスの原因に言われたかないわよ。――……ホント、どれだけ私の寿命が縮んだと…」
あー…うん。ごめん。
力なく項垂れながら大きく息を吐いた美紗希さんの姿に罪悪感がじくじくした。
でも目の前で車が突っ込んで来たら庇っちまうのも仕方ねえと思うんだ。これでも一応お巡りさんだからさ。
「ごめんな、美紗希さん」
左手ほどじゃないが、包帯が巻かれて動かしづらい右手をぎこちなく動かし、驚くほど器用に動き、多くの命を掬い上げてきた手を柔く握った。幼少期からずっと手当してくれるこの手は、案外細くて頼りなくて、でも誰よりもその技術が頼りになることを知っている。
「ところでこれ労災おりると思う?」
「おりなかったら加害者から毟り取ってやれ。いやむしろ保険おりても毟り取れ取れるだけ搾り取れ」
物騒な声で物騒なこと即答された。
いやそれはさすがにまずいだろ。俺一応お巡りさんだぜ?
[newpage]
「すまなかったッ!!!」
美紗希さんに絶対安静を言いつけられたんでおとなしくベッドでゴロゴロしつつ、あーこれなんて報告しようめんどくせっなんて思ってたら怒涛の勢いで掛け込んできた伊達さんがそのままスライディング土下座してきた。
……わっつ?
「ええええっ伊達さん何やってんすか頭上げてください!」
えええ何やってんすかアンタ今ガンッてすごい音したぞ叩きつけたデコは無事か!?
左側に扉があるせいで見づらいけどバッチリ見ちまった衝撃映像に、思わず驚きすぎて飛び起きたせいで1人悶絶する羽目になった。うごぉおっいてええ!
「おまっ何やってんだ!?」
まるで切腹でもしようとしてる武士みたいな渋い顔で面を上げた伊達さんにギョッとされた。いやそれ俺の反応だろ。なんで伊達さんがギョッとしてんだよいてええ
「ふぐえ」
「先生呼ぶか!?痛み止めもらうか!?」
麻酔が抜けてきたところだったからめちゃくちゃ痛え。これ傷口開いてねえ?大丈夫?
もし傷口開いてたら今度は美紗希さんに殺される気がするんでぜひとも傷口は空気を読んで閉じててもらいたい。いでで。
「だ、だいじょぶっすいたくないいたくない」
「いやどこがだ!?」
大丈夫だ傷口は開いてない。セーフセーフ。
ゆっくり体を背もたれが起こされてるベッドに戻して息を吐く。…ふぅ。死ぬかと思った。
「伊達さんは大丈夫でした?俺結構全力でぶん投げましたけど」
「………ああ。お前のおかげでかすり傷程度だ。ありがとうな」
苦々しい顔でお礼言われたんだが。
どうしたんだろうな?まるで妬み僻みで先輩に絡んできたくそ野郎どもを俺がついうっかりぶっ飛ばして3日間の謹慎処分食らったことを知ったときの降谷先輩みたいな顔になってんだけど。
懐かしいなーあのときは3日間も好きなことできるぜふぅー!って思いっきり遊び回ったなー。全力出し過ぎて危うく補導されかけたけど。
「何はともあれ、伊達さんが無事でよかったです。結婚目前にして交通事故とかどこの3流ドラマだって話ですからね」
前に見せてもらった美人な恋人さんを残して死ぬとか俺が許さねえよ?ましてこの人先輩の同期だぞ?友人だぞ?そんな大事な人死なせたら先輩の犬が廃るわ。
「そうだな。お前のおかげでナタリーを悲しませるようなことにならずにすんだ…。けどな、お前はもうちょっと自分を大事にしてくれ…」
俺を庇った後輩に死なれたら俺はどうしたらいいんだ…って死にそうな声で言われた。どうやら思った以上にメンタルダメージを与えてしまってたらしい。
すんません。でも俺回避とかついてないんであれが精一杯だったんですよ。
「わかりました、次はもうちょいうまくダイナミック回避してみせますね」
そうだな、とりあえず次はせめて腕1本の犠牲で済むように心がけよう。うん。
「頼むからやめてくれ」
真っ青な顔ですぐさま止められた。
大丈夫だ、回避はついてないけどたぶんきっとガッツはついてるから死にはしない。…………たぶんな!
「ところでさっき主治医にしばらく絶対安静って言われたんですけど報告書とかどうしたらいいですかね?とりあえず右手は無事なんで書けばいいですか?」
「報告書もほかの仕事も俺がやっといてやるからまずはちゃんと休んで治してくれ頼むから!!!」
仕事どうしよっかなーって思ってなんとなしに聞いてみたら男泣きされながら懇願された。アッハイ。
あ、でもこれ一応公安の方にも連絡入れるべきか?いや別にいいか。たぶん上からぐるっと情報回るだろ。
ちなみにこの騒ぎのせいで伊達さんの、恋人さんのご両親にご挨拶に行く話は後日に延期されたらしい。気にしないでいってきたらいいのになぁって言ったら
「俺を庇ってけがした後輩ほったらかしてそんなことできるか!」
って怒られた。
俺が全快するまで全部ストップだと。ちなみに恋人さんもご承知の上らしい。この前伊達さんと揃ってお見舞いにきてくれたときに泣きながらお礼言われたし、治ったらぜひお祝いさせてほしいとも言ってた。
な、なんか逆にすんません……。
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奨君シリーズ第7話。<br /><br />お待たせしました続きです。<br />前回皆様が予想以上にいい反応を返してくださって、思わずコメント欄を二度見した私です。ありがとうございました。<br />キャンと鳴いたわんこの首にはエリザベスカラー笑が付けられました。<br />正確に言うとエリザベスカラーはわんこが舐めないようにつけるやつで、人間である彼の症状で付けるやつはカラーっていうらしいですけども。<br />まぁでもわんこなのでこんなタイトルにしてみました笑。<br /><br />あ、あと皆様ご理解いただけてるかと思いますが、この主治医の美紗希さんはオリキャラです。ねつ造です!注意!<br /><br />【追加】<br />2018年09月01日付の[小説] デイリーランキング 23 位<br />2018年09月01日付の[小説] 女子に人気ランキング 11 位<br />2018年09月02日付の[小説] デイリーランキング 16 位<br />2018年09月02日付の[小説] 女子に人気ランキング 34 位<br />ランクインいたしました!皆様いつもありがとうございます!<br /><br />2018/10/14 遅ればせながら、公式にてスコッチさんのお名前が明かされたらしいので奨君と共同生活と公式愛人でのお名前を変更しました。秘蔵っ子は量が多いし、青年期で会っちゃってるしでどうしようかな…と思案中です。
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高木奨はエリザベスカラーを付けられる
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やぁやぁ! こんにちは!
転生モブちゃんだよ☆
ついこないだの話、階段ですっ転んで前世の記憶が蘇った私だけど、記憶が蘇る前から推し達を救済してたよ! 凄くない!? 凄いよね!! これぞ愛なのでは? 推しへの愛! 素晴らしきかな!!
救済していたのは萩ちゃんと唯ちゃんと陣平ちゃん! 特に陣平ちゃんはもうダメかと思ってたから、助かってて本当に良かった。生きた心地がしなかったもん…あっ思い出したら涙が…(ゴシゴシ)
さぁて次に救済するのはワタちゃんなんだけど、まだもうちょっと先なんだな! それまでに何か原作知識を思い出したいんだけど、なにせ半端なゆるふわファンだったもんだから、ガッツリ覚えているわけじゃないんだぁ…。でもまぁ、私みたいなモブがあんまり出しゃばっても事件に巻き込まれて瞬殺のち来世さんこんにちは間違いなしだから、憶えてて確実に出来る事だけをしよう! すなわちワタちゃん救済! あとはなんか、体鍛えておくかな…。でも私、がっつりインドア派で前世での職業を今世でもやってたらしく、今の私は学生小説家だったりするんだよねぇ。最悪体を鍛えるのが無理なら、パソコンとか駆使できてハッキングとか出来るようになったら皆のお役に立てるかなぁ。私みたいな底辺モブが役立つなんて無理かな、前世憶えててもしぶの夢主みたいに体力も頭脳も軒並みハイスペックどころか真逆でスペック低いもんね、中の下くらいだよ! 普通オブ普通です謙遜なんて一ミリも入ってないから! 紛れもない事実だから!
とりあえず、高校は帝丹入れるくらいには頑張ろう! 高校受験頑張るぞい!
そう、お受験です。
「唯ちゃぁぁぁぁぁぁん! 数式わかんない…これどうなってるのぉ」
数学が苦手です! 泣きそうです! 理数回路はショート寸前! いいえもうショート済でした残念!
「あー、これは…このxが…それで、ここはね…」
勉強机に向かっている私の後ろから、覆いかぶさるように机に手をついてノートと問題集を唯ちゃんの綺麗な指がなぞっては往復してる。
おぁぁ、唯ちゃん良い匂いすゆ…。ごめんねちょっと脳みそが今現在進行形でおかしくなってるから、誤作動してるから、頭ゆるっゆるで語彙もゆるっゆるです! なんだ良い匂いすゆって! すゆってなんだ! 馬鹿か馬鹿なのか馬鹿です!!
「湊、聞いてる?」
「ふぁい…」
「……駄目だこりゃ。休憩しようか、甘いもの食べよう。疲れた脳には甘いものがいいんだぞ」
優しく私の頭を撫でて、気分転換も兼ねてポアロでケーキ食べようと連れ出してくれる。基本唯ちゃんは私に甘いのだ。勿論叱るべき所ではちゃんと叱ってくれたり注意してくれる。その後で私が反省してしょんぼりすると、フォローを入れて甘やかしてくるのだ。飴と鞭でも飴率が高めです。
今だってそう。真面目に勉強頑張って、でも机に齧り付いてるとしょっちゅう様子を見に来てくれるしヘルプには快く答えてくれる。私の頭が回らなくなってくるとこうして休憩させてくれたりするのだ。あんまり甘やかされて将来唯ちゃん依存症になったらどうするんだ、困るのは唯ちゃんなんだぞ!?
唯ちゃんに手を引かれてポアロに来る。カロン、といつもの音色を響かせてドアを開くと、今日は榎本梓さん、そう、言わずと知れたポアロの看板娘の天使な彼女がお出迎えをしてくれた。
「いらっしゃいませ! わぁぁ湊ちゃん、なんだか久しぶりだね!」
「梓ちゃん! わぁい梓ちゃんだぁぁ!」
梓ちゃんの言う通り久しぶり(といっても二週間くらい)に会ったものだから思わず抱きついた。ふんわり香るフローラルな香りに思わず頬ずりすれば、くすぐったそうに笑う梓ちゃんが可愛すぎて尊い。好きっ!
「コラコラ、榎本さんが困っちゃうだろ? そのへんにしときなさい」
「あ~っ、あずさちゃぁぁん」
「うふふ、湊ちゃんったら。翠川さんもいらっしゃいませ、お席でお待ちくださいね」
ニコニコ笑いながらお冷とおしぼりを用意しにカウンターの向こう側に行ってしまった梓ちゃんを追いかけたい私を、唯ちゃんがいつもの席へと引き摺っていく。口を尖らせた私の頭を撫でて苦笑しながらメニューを渡す。
「ほら、何にする? 俺はチーズケーキにしよっかな」
「むぅ…クラシックチョコケーキ、と紅茶」
「了解」
目を細めてニコリと笑う唯ちゃんに、やっぱり敵わないなぁなんて思う。さすが大人の余裕だぁ、こう見えて私よりも数えでひと回りも年が上なのに。大学生って言っても通るよ! 童顔ブラザーズかな! 唯ちゃんも降谷さんも! 萩ちゃんと陣平ちゃんも童顔ブラザーズに入れそうだよね! ワタちゃんはダンディだから入れないね! ワタちゃんは私と一緒に童顔ブラザーズのファンクラブに入ろ! 嫌って言っても入れちゃう! それともマネージャーかな! わぁい楽しそう!!
「…湊? なんか変な事考えてるだろ」
キャー唯ちゃんのジト目頂きましたぁ~! ジト目でもイケメンですね! 全く罪なイケメンだわ!
「なんでもないよ? なんでもない(ニゴッ)…あっ! あだだだだっ! いだいっ! 唯ぢゃんっ!」
大きな手でガシリと頭を掴まれて唯ちゃんにアイアンクローをキメられっ、あっ! 待って、ちょっと待って、ぶちまけちゃうよぉぉ!
「お冷でー…きゃあっ翠川さんいけませんよっ! 女の子の頭を掴んじゃいけません!」
「あはは…」
「ひぃん梓ちゃぁぁん! 唯ちゃんが苛めるぅぅ!」
メッとおしかりを受けた唯ちゃんは苦笑いで誤魔化して、私は梓ちゃんに泣きついたのだった。
梓ちゃんがケーキと飲み物を運んでくれて、甘いチョコケーキと唯ちゃんの頼んだチーズケーキを半分こして食べた。美味しくって大満足です!
今日はお客さんが少ないらしく、私は持ってきた問題集とノートを広げて唯ちゃんに手伝って貰いながら問題を解いていく。国語や歴史なんかは得意なんだけどなぁ…。だから苦手な理数を中心に勉強している。頑張らないと帝丹高校に入れない…。帝丹に入れないと遠くの高校になっちゃうし、知ってる皆と離れちゃうのも寂しいのだ。
真面目に問題を頑張ってると、梓ちゃんが頑張ってるご褒美といってレモンキャンディーをくれた。梓ちゃんしゅきぃぃ! 甘酸っぱい飴を口の中でコロコロしながら問題を解いてたらポアロのドアがカロンと鳴ってチラリと見れば陣平ちゃんと萩ちゃんがやって来た。二人ともこないだの陣平ちゃん危機一髪観覧車爆弾事件から数回しか会ってなかったし、暫くの間忙しそうにしていたから久しぶりだった。
「よぉ。ん? お姫様は勉強か?」
「やっほーお姫様。え、勉強してるの? 真面目だねぇ」
「二人ともあんまり邪魔しないでくれよ? 俺らの姫は受験勉強なんだから」
「理数がやばいんだもん…帝丹ギリギリすぎて頑張らないとやばい…特に数学がやばい…」
今日は私の隣に萩ちゃんが座り、向かいに座ってた唯ちゃんの隣に陣平ちゃんが座った。
「マジかよ、帝丹ってそこまで偏差値高くねぇだろ?」
「湊はがっつり文系だもんなぁ。あ、春に出たやつやっと読み終わったよ。普通の恋愛ものかと思ったら後半辺りから凄くナチュラルにミステリーに変わってて途中からアレッてなったけど、めっちゃ面白かった」
「わぁ、本当ー?えへへ萩ちゃん読んでくれたんだ、嬉しいな」
春に出たやつとは中学入ってすぐ小説家デビューした私の二作目の作品。萩ちゃんの言ったように恋愛模様を描いて徐々にミステリーに移行していくといったものだ。実は前世で書いてる途中だった話で、志半ばで私は事故…それも歩道橋の階段一番上から一番下まで転がり落ちて死ぬっていうね。自分で足を滑らせたのか、はたまた突き落とされたのかまでは憶えていないんだけど…。まさか今世で書き上げてるとは思わなかった。逆にある意味怖いなぁーなんて。まぁデビュー作の『狐と花嫁』も前世で書いたデビュー作とほぼ変わらない内容だったから、前世の片鱗はずっとあったんだろうなぁ。というか無かったら書けないだろうと思う。
「すぐ読み切る予定だったけど、仕事でなかなか読めなくてさ、ちょっとずつ読んでは読み直してってしてたら時間かかっちゃって」
苦笑しながら頬を掻いて、萩ちゃんは少しタレ目がちな目を細めて私を見た。
「小説頑張ってるのに勉強も頑張ってるの偉いね。わかんない所あったら遠慮なく聞いてね、応援してるからさ」
「え、お前小説出してんの? 俺知らなかったんだけど」
意外そうに目を丸くした陣平ちゃんが、今度は少し不機嫌そうに目を細めて私をじとりと見つめて来た。
「い、言ってなかったっけ…?」
「聞いてねぇ。名前は?」
「え、えっと…、十波和歌」
「へぇ…本名から取ってんのか」
うーん、まさか一瞬で気付かれるとは、さすが陣平ちゃんは鋭いなぁ…。十波は「となみ」で、湊を逆から読んでとなみ。和歌は柏崎のかしわからシを取って逆から読むと「わか」になる。
「よくわかったね?」
「簡単だろ。今度読む」
「えへへ、ありがと。でも私が小説出してるのとかあんまり言わないで欲しいな」
なんでだ? と不思議そうに陣平ちゃんが首を傾げる。まぁ理由は色々あるんだよね。唯ちゃんが居てくれて本当に助かったんだあの頃は…と遠目になっちゃう。
「松田、後で説明するから。湊はまだ中学生だろ? 邪な考えを持つ輩が居るんだよ」
「…あぁ、なるほどな?」
ちょっと険しい表情になった唯ちゃんと陣平ちゃん。それを見て萩ちゃんは私の頭を撫でて、湊はなんも心配しなくていいから、なんてまた私を甘やかしてくるのだ。
私がデビューを飾った小説は、怪異と花嫁という裏のタイトルがある。ネタ晴らしすればタイトルの狐というのは人ならざるもの、という意味で付けていて所謂、妖とソレな関係になるお話である。話の元は天気雨の事を狐の嫁入りと言ったりする、よく聞く言い伝えだ。その狐を怪異に見立て、最終的に花嫁になるまでを書いたものだけど、言い伝えを馬鹿にしているだとか、更には中学生が書けるわけがないとかいちゃもんを付けられた。それがエスカレートして、ストーカーみたいに追い回されたり、何故かお金を要求されたりと散々な目に遇った。その人物というのが、たまたま友人の琴ちゃんと話していたのを聞いた同級生だったというのだから驚きだ。
琴ちゃんはおしゃべりではあるけれど空気を読んでくれるタイプで、小説家として本を書いている事は誰にも言わずにいてくれている。本当にたまたま、売れ行きが凄いのを小声でちょこっと冷やかされただけだった。幸いなのはその盗み聞きした同級生も他の人に言いふらさなかった事だ。あんまり注目を浴びるのは好きじゃないから、そこだけは良かったと思っている。その同級生は唯ちゃんがお灸を据えたと言っていた。一週間くらい姿を見なかったけど、普通に登校してきて、朝一番に今までの事を謝罪してくれて、普通に過ごしているしたまに喋ったりもする。人間反省はちゃんと出来るのだ。私は胸を撫で下ろして、普通に学校生活を楽しんでいる。
「ところでお前、なに食ってんの? 飴?」
「ん? うん、梓ちゃんに貰ったレモンキャンディーだよ」
飴をコロコロ転がしながら勉強している私に、陣平ちゃんが聞いてきた。甘酸っぱい匂いが気になったのかな。
「へぇ、レモンキャンディーね。ファーストキスはレモン味とか言うけど、試してやろうか? 俺で」
ニヤニヤと笑って覗き込んでくる陣平ちゃんに、萩ちゃんも唯ちゃんもジト目を送っている。というか中学生に何言ってんだ陣平ちゃんは。
「えー…セクハラ?」
「同意を得ればセクハラじゃねぇよ」
「わぁ。お断りしまぁす」
乾いた笑顔で断れば、残念だと呟いた途端に陣平ちゃんは萩ちゃんに頬っぺを抓られて唯ちゃんにはアイアンクローをお見舞いされていた。迂闊な発言は気を付けた方がいいんだぞ陣平ちゃん、勘違いしたらどうするんだ、私が! 困るのは陣平ちゃんなんだぞ!?
遅めのお昼ご飯を食べに来ただけだったらしい萩ちゃんと陣平ちゃんは、勉強中だった私に気を遣って隣のテーブルに着いて昼食を摂った後、名残惜しそうに仕事に戻って行った。
「いってらっしゃーい! 萩ちゃんも陣平ちゃんもお仕事頑張ってね!」
「へへ、行って来るね湊。勉強がんばって」
「行って来る。湊ぉ、サボんなよ?」
「俺が見てるからサボる暇はないかな」
「ふぇっ、厳しいぃ」
はははと笑って、二人はポアロを出て行く。窓の向こうからひらひらと手を振る二人に手を振り返して、見えなくなるまで見送った。さてさて勉強をがんばらないと。
「湊、ここ間違ってるぞ」
「えっ、えっ、嘘ぉ…えっと…あぁぁ本当だ」
不意打ちのように指摘された答えが、まさかの初歩的ミスに頭を抱えた。
「唯ちゃんは頭いいなぁ、こんなのよく覚えてるね」
「んー、最初見た時は全然わかんなかったよ。でも問題集眺めてたら思い出した。まぁ俺はずっと近くにゼロが居たからなぁ、わかんない所はよく教えて貰ってたよ」
「そっかぁ。降谷さんはずっと主席だったんだっけ?」
「うん。中学からずっと主席だったよ。あいつ、負けず嫌いだからね。昔っから」
降谷さんだったら教えるのも上手そうだしなぁ。そんな事をぼんやり考えながら問題集と睨めっこしていると、唯ちゃんが思い出したように口を開いた。
「…ところでさ」
「なぁに?」
「ゼロの事だけなんでちゃんづけで呼ばないの? 俺達の事は四人共ちゃんづけで呼んでるのに」
「えっ、えぇ~…だってぇ…」
「だって?」
「降谷さんとはまだ一回会っただけだし…友達にはなったけど、まだそんなに仲良くなったわけでもないのに。気軽にちゃんづけで呼べないよ…」
唯ちゃんはあぁ~…なんて遠い目をしながら、それもそうかと納得したようだ。唯ちゃんからしたら同期で幼馴染な降谷さんの事だけ仲間外れにしてるみたいな感じなんだろうか? でもやっぱり降谷さんと私の関係性は、唯ちゃんを偶然に助けたとはいえ、まだ一回会っただけであって仲の良い間柄でもないからちゃんづけで呼ぶのは流石に無理ですよね。
因みに言うと私が降谷さんの事を偽名で呼ばないのは、安室透の名前を聞いていないし、唯ちゃん救済現場で三人が自己紹介をし合っていたのを聞いていたからだ。私も自己紹介はちゃんとしたよ。
あの時、スコッチだった唯ちゃんを救済出来たのも、萩ちゃんの時みたいな偶然が重なったからだ。
私は夕方に家へ帰り、そこでお父さんと盛大に喧嘩をしたのだ。突然国外に長期で出張するとか言い出して、私も連れて行く予定らしい。それが私の与り知らない所で勝手に決められて、それもギリギリまで内緒にしていたものだから私が激怒したのだ。おわかりいただけるだろうか、小学生だからって理不尽にも程がある。心の準備も友達に確りとお別れを言う時間もないなんて、酷いじゃない? 両親が言うにはズルズルと引き摺ったりしたら余計に辛いから、だそうだ。それに私には友達が少ない。小学校の頃から小難しい小説を書いていたから皆は引いていたのだ。小学生が読むには難しすぎたから。その友達は片手で足りる数人の同級生以外は大人な三人…言わなくてもおわかりですね?
その喧嘩の勢いで爆泣きしながら家を飛び出して、走りに走って気づいたらどこかの廃ビルの屋上。暫く物陰で膝を抱えていたらいつの間にか眠っていたんだけど、にわかに足音が聞こえて、男の人の話し声がする。恐る恐る物陰から顔を出してみれば、暗くてあんまりよく見えなかったけど、髪の短い男の人と髪の長い男の人が何か喋っていた。この時、髪の短い人…唯ちゃんが持っているのが拳銃だという事が解った時、私の中でざわざわと嫌なものが這いあがって来る感覚がして眩暈を起こしそうになった。
「……拳銃は…お前を撃つ為に抜いたんじゃない…。っ、こうする、為だ!!」
「っ…! ひぐっ…」
声が漏れた。頭の中で見つかったら危険だとグルグル回るのに、フラッシュバックが何度も繰り返されて目が回っていたし、悪酔いしたみたいに気分も悪かった。それ以上に、今この目に映っているこの人がこのままでは死んでしまうと思うと、どうしても涙が溢れて苦しかった。
「…子供の、声? 誰だ」
髪の長い男の人…赤井さんが、唯ちゃんが自らの心臓の上に当てがった銃口、その拳銃のシリンダーを掴んで引鉄を引けなくした状態で、私の声を聞きつけた。
私はどうにか立ち上がって、物陰から姿を現すと二人は驚いたような顔を見せた。何故か固まっている二人の傍までふらふらと近寄って、私は未だに拳銃を握り込んだ唯ちゃんの大きな手を、ガタガタ震える手でそっと包んだ。
「だめ…死んじゃだめ…」
涙を流して、ついでに鼻水も流してお世辞にも可愛いとは言えなくなっているぐちゃぐちゃの顔で、私はフェードアウトしていく語彙力を振り絞って説得を試みたのだ。
「死んじゃったら、皆悲しむんだよ。死んじゃったら、笑えなくなる人がいるんだよ。命はね…大事なんだよ、だからね、だからね……生きようよぉ…悲しいよぉ…死んじゃわないでぇぇぇ…うっ、んぐぅっ…ヴェエエェエェェェェェェェェェェェェンンン!!!(デスボ)」
ゴメン、語彙力死んでた。
結局泣き喚いて終了した。けど、唯ちゃんはもう拳銃を手放していて、赤井さんは拳銃を仕舞っていて、二人は半ば固まったまま、酷い顔で泣く小学生を見ていた。二人がどんな顔してたのかは、覚えていないけど。
気が付いたら唯ちゃんにぎゅっと抱きしめられていて、そしていつの間にやら加わっていたバーボンこと降谷さん。三人はお互いに潜入捜査官だという事を打ち明けていて、少し落ち着いた私にも何故ここに居たか等の事情を聴かれた。親と喧嘩した、なんてありがちな理由とこんな場所まで来た謎の行動力に眉を顰められた。けど流石に組織の人間なのではと勘ぐるような事はなかった。まぁ小学生だしねぇ…。コナン君? あの子は例外すぎる上にまだ新一君です。
長話はとりあえず移動してからだ、と赤井さんの誘導で彼のセーフハウスに招かれて、明るい部屋の中で改めて見た三人のイケメン具合にヒョエッと変な声を出した。いくら小学生だって長身のイケメンに囲まれたらヒョエッてなるよね。…なるよね?
その中でも目立つ安室さんの綺麗なさらさらロイヤルミルクティー色の髪の毛とそれに似合うエキゾチックな褐色の肌、男らしく吊り上がった眉とは対照的にたれ目ながら意志の強そうなアイスブルーの瞳。降谷さんを凝視したまま私の顔は真っ赤になった、らしい。思わず唯ちゃんの後ろに隠れた私は悪くない。だから唯ちゃんには、私は降谷さんが一番好きらしいと思われているのだ。まぁだって降谷さんは、ねぇ…どうしたって目を惹くんだもの…。前世では確かに最推しは降谷さんだけど、今の私は警察学校組箱推しなんだけどなぁ~。あ、赤井さんも嫌いじゃないよ! 何考えてるのかわかんないのがちょっと怖いけど! そこがまた良きなんじゃないでしょうか! フォローが雑? ごめんなさい!! あっ石投げないでっ。
そして繰り広げられる……唯ちゃん争奪戦。
え? どういう事かって? そりゃあ唯ちゃんはノックバレで死を偽装したとは言え、姿を隠さなくちゃいけない身になったわけで、その身柄を引き取るのは公安だFBIだと取り合いですね。分かってた。その綱引きになんと小学生の私が参戦したわけです。
「景光は我々公安が責任をもって保護する! 景光は元々公安の人間、そちらが介入する余地はない! 口出しするな!」
「何を言う。死体偽装工作はFBIにさせておいてそれはないだろう。唯川君の身柄はFBIが引き取る。易々と鼠にいいようにされているような所は信用ならんからな」
「なんだと…赤井ぃぃぃぃぃ!!」
「…はぁ~…どうしようコレ…」
唯ちゃんが心底困ったように頭を抱えた。唯ちゃん的にはどちらの言い分も分かるし、どちらについても面倒臭い事になりそうだという。
「ねぇ、じゃあお兄さんはウチに来ればいいよ。私の家ね、広くてお部屋いっぱい空いてるよ」
「…え」
唯ちゃんが目を丸くして驚く。だけど、唯ちゃんも大人だ。小学生の言う事に軽く頷いてほいほい付いて行くわけにもいかないし、唯ちゃんという存在が組織にバレれば私や家族が危険に会う事を危惧すれば、増々困った顔をさせてしまった。
だけど、そこで私も閃いてしまったのだ。そもそも私があの廃ビルに居た理由は親との喧嘩だ。その理由というのが海外に住むぞ出発は明後日だ! と宣ったのが切っ掛けだ。正直私は日本に居たい。心の準備でもあればまた違ったかもしれないけど、明後日とか馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの!? と言いましたよ、ええ。そこで、長期海外出張に付いて行きたくない私は、大人の唯ちゃんが家に来てくれればワンチャンあるのでは? と。初対面ではあるけど、唯ちゃんは警察官だっていうし、信用には足るだろうと思ったのだ。
「馬鹿を言うんじゃない、危険すぎる」
「やはり子供か。おままごとじゃあないんだぞ?」
私だって頑張って考えてるのに。隣で困り果てている唯ちゃんの手を両手でぎゅっと握って口をへの字口にした。
「でも……二人ともずっと言い合ってるだけで決まらないじゃん。唯川さん困ってるじゃん。唯川さんは良い人だからどっちも選べないし、だったら私が連れて帰るもん。そしたら私、外国に行かないで済むかもしれないし…友達も、三人も増えるし…」
言ってて、唯ちゃんを利用するような言いぶりになっていて、だけど実際そうで、なんだか自分最低だなぁなんて思ってしまった。まぁ実際どう見てもそうなんだけども。
「ともだち…」
「トモダチ…」
人数的にもしかして自分達の事なのか、という不思議顔を降谷さんと赤井さんから向けられる。あのね、私の小学生の頃の脳の中は、ちょっと仲良くなれそうイコール友達になれるかもいやなるしかない。そんなもんです。そんなもんだったんです。
「なぁ、外国って、どういう事なんだ?」
唯ちゃんが私の顔を覗き込んで聞いて来る。
「今日ね、家に帰ったら…明後日から急にお父さんの長期海外出張とか言われて…まだ小学生だから、家族三人で一緒に行くんだよって……わ…私、そんな急に言われても…と、友達とっ……離れたくないよぉぉっ、ふえぇっ…」
ぼろぼろ泣き始めてしまった私に、優しく頭を撫でてくれたのは唯ちゃんだ。降谷さんも赤井さんも、同情はしてくれているらしいけど、小学生のましてや女の子が親と離れて暮らすなんて、と思っているんじゃないだろうか。
「んー……よっし、決めた。命の恩人のこの子に拾われるわ。二人ともすまないけど、協力、してくれるよな?」
ニ ッ コ リ、と唯ちゃんが、すんごい笑顔で笑った。
降谷さんも赤井さんも、なんだか青い顔で「アッ、ハイ…」と言ってた。
そんな事があって今現在、唯ちゃんと二人で柏崎家…私の家に住んでるワケです。
ポアロから家へ帰る途中、コンビニで買い物をして帰路に着く。甘いスイーツや飲み物を冷蔵庫に仕舞いこんで、勉強を再開すべくキッチンを出る所で、唯ちゃんに呼び止められた。
「湊、俺ちょっと部屋に篭るから、用があったら電話な」
「はぁい、お仕事頑張ってね」
「ん、ありがと。湊も頑張れな」
「うん」
唯ちゃんの部屋は唯ちゃんが住むようになってからあんまり入った事ないけど、沢山の機械が少しずつ増えて、まるでモニター室のようだ。そこで唯ちゃんは降谷さんのサポートを裏から行っているらしい。情報戦はあんまり得意じゃないんだけどなぁなんて呟いていた事があって、もしかしたら短期間で必死に知識を詰め込んだのかもしれない。降谷さんも唯ちゃんも、私の周りの大人の友人達は皆総じて努力家だ。それを尊敬しているし、そんな皆がやっぱり大好きで、どんどん大好きに拍車が掛かる。それを微塵も出さないように過ごしている。前世があるからこそ出来る芸当だと思うし、前世があるからこその苦労だとも思うけど、それを後悔も嫌だと思った事もない。平和や平穏に越した事はないけど、皆が笑ってくれるなら私は前を向いて歩けるんじゃないかな。
なら私は私の戦いをしなくちゃいけない。そう…受験勉強頑張るぞい!
※※※ 受験生な転生モブちゃん ※※※
柏崎 湊(カシワザキ ミナト)15歳
お受験戦争真っ只中で必死にお勉強中。強い味方が四人もいるので超頑張れてる。数学が壊滅的に苦手。
前世は小説家で作品執筆中に不慮の事故で死亡。享年26歳。無念の残る小説を今世で、前世の記憶が戻る前に書き終えていた。小説家としての才能だけがカンストしている。PNは十波和歌
タイミングの良さもカンストしている気がする。お持ち帰りした唯川と、湊が眠った後に降谷が乗り込んで来て両親を説得。さらに赤井も加わり両親の説得に成功。定期的に様子を連絡する事でお許しを貰っている。両親は年に数回お家に帰って来ている。たまたま松田と萩原と伊達が遊びに来ていた時に一時帰宅した時は吃驚した。大人の、しかも警察官の友達に安心している。両親も結構ゆるい。
最近唯川と松田と萩原の距離が近い気がするが、気のせいで済ましている。危機感がない。
ポアロの看板娘に甘えるのが好き。優しい、良い匂い、天使、尊い。
さぁてワタちゃんを救いますか、と心の中でいつでも腕まくり。やる気満々だぞ。
※※※ モブちゃんを甘やかし隊のノックバレ公安のイケメン ※※※
唯ちゃんこと唯川景光。
元偽名:緋色光、本名:唯川景光、現偽名:翠川唯
自決する気満々だったが泣いている子供を前にしたら、確実に子供のトラウマ案件になると思うとちょっと無理だった。生きようよと必死な様子にあっさり絆された。地味にチョロい。成り行きでお持ち帰りされたが、今では最高のポジションだと思っている。凄みのある笑顔が最強伝説。
甘やかして依存されたらされたでいいんじゃないかな?と爽やかな笑顔で言い切るくらいには命の恩人のお姫様が大好き。
※※※ モブちゃんを甘やかし隊の爆処のイケメン ※※※
萩ちゃんこと萩原研二。
湊の小説をのんびり読破。正直に凄いと思っている。高校行かなくても小説家で十分食べていけるのでは、と思うも本人が頑張ってるのでめっちゃ応援する。
受験に対しては唯川がついてるなら余裕で受かると思ってる。ちょっと悔しい。
もしも受験に落ちたら全力で慰めてあげたいし受かったら給料三か月分ほど使って祝ってあげたいくらいには命の恩人のお姫様が大好き。
※※※ モブちゃんを甘やかし隊の元爆処のイケメン ※※※
陣平ちゃんこと松田陣平。
湊の小説家としての活動を知らなかったし、知らされてなかった事にちょっと拗ねた。PNが本名を捩っていた事にすぐ気づいた。この後すぐに本屋に立ち寄る。
ファーストキスはレモン味(笑)で湊をからかうけど案外本気なくらいには命の恩人のお姫様が大好きな松田だが他のセコムがそれを許さない。絶許だぞ松田、と制裁された。
※※※ モブちゃんのデスボ泣きで足音を掻き消された公安エースゴリラのイケメン ※※※
降谷さんこと降谷零。
モブちゃんに凝視された上に顔を真っ赤にされて隠れられたが満更でもない。友達でも仲良くなってないからあだ名で呼ばれないのが寂しいがちゃん付けはちょっとやだなとか思っている。影ながら見守っているが断じてストーカーではないと強調している。
※※※ モブちゃんに友達宣言を貰ってちょっと嬉しかったFBIのイケメン ※※※
赤井さんこと赤井秀一。
結果的にスコッチの自決を止められた事に安堵している。涙と鼻水を流しながら説得する小学生の湊に感銘を受けたが、勢いのあるデスボ泣きにちょっと怯む。
友達宣言がちょっと嬉しかったが、あれ以来会っていないので接触の機会を伺っているがセコムが多いのが悩み。
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よくある転生モブちゃんが警察学校組を救済したい話【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9951368">novel/9951368</a></strong>】の続き!<br />続きは三徹目に入った降谷さんが楽しそうに小間切れにしたと言ったな、あれは風見さんが徹夜で張り合わせてくれましたよ!<br />ゆうや は よんてつめ に はいった!(呪いのテーマ)<br /><br />夢主に名前有り。<br />救済あり。<br />スコッチの名前が唯川景光。元偽名が緋色光、今の偽名が翠川唯…という事になってます。お名前ですがコミック出たら差し替えますゆえお待ちください…。<br />オリ主は皆の事をあだ名でしかもちゃん付けで呼びます。伊達さんは名前しか出てきません。伊達さんの出番は次だぞ!(たぶん)<br />今回は勉強してる話とスコッチ救済の時のお話。<br />原作知識がゆるふわなもので捏造過多気味。すごく適当、ご都合主義。<br /><br />以上大丈夫そうな方はどうぞっ<br /><br />2018年08月26日~2018年09月01日付の[小説] ルーキーランキング 39 位に入りました!<br />2018年08月27日~2018年09月02日付の[小説] ルーキーランキング 67 位に入りました!<br /> ありがとうございますぅぅわぁぁぁい°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
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転生モブちゃんは勉強を頑張っている
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10066729#1
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※捏造ありまくり
※綺礼が雁夜おばさんに執着しすぎてます。
ジィ、と気味が悪いくらい覗き込んでくる。
穴が空きそう、というよりも、むしろ痛みを感じそうなほどに強い視線を受け、雁夜は目を覚ました。
「おはよう」
「ヒィッ…………お、はよ……」
ビクッと身体を震わせて声の主を見やる。そこには、戸籍上の夫の姿があった。もちろん、第四次聖盃戦争中に、大恋愛をぶちかまして結ばれた旦愛しい旦那様だ。中身は外道で鬼畜だが。
「神父……」
「雁夜? どうした?」
会ったばかりの呼び方に戻っている妻をいぶかしみ、綺礼は雁夜の目を覚まさせようと彼女の唇に口付けた。
「起きたか?」
「ん……夢、見てた……まだ、蟲……中にいるからかな……」
聖杯戦争参戦のために無理をした身体は、まだ雁夜を蝕んでいる。体内で蠢く蟲をすべて排除することはまだ不可能で、時折、魔力が足りなくなると喰われる音がする。
喰われては綺礼の治癒術に治され、そして油断をしてはまた喰われるの繰り返しだ。
「全部、排除してやろうか?」
強力蟲下し「ムシコロリ」なるものをどこからともなく手にして、綺礼はわくわくした瞳で、しかし顔筋はピクリとも動かず雁夜を見やる。
雁夜の戸籍上の父をバラバラにしてホルマリン漬けにした殺虫剤が「ムシコロリ」だと聞いたような聞いていないような。
とはいえ、臓硯ホルマリン漬け半殺しの刑で桜も救出し、綺礼との結婚もできたのだから、「ムシコロリ」には感謝してもしきれない。が、しかし、自分に使うのはちょっと遠慮願いたい。
「……今度にする」
「そうか」
少し残念そうな眼で薬をどこかに仕舞い込み、綺礼は雁夜を抱き抱えると、いきなり寝間着を剥ぎ取った。薬で苦しむ姿が見られないのなら、裸にされて恥ずかしがる雁夜を見ようとしたのだ。
もうなんか、頭がおかしい。
「ぎゃああああ!」
「着替えさせようとしただけだ」
「いきなりはやめろ!」
夫婦なのに何を恥ずかしがることがあるのか。
不思議そうに見つめてくる綺礼の視線から隠れようと毛布を引きずりあげるものの、妻の嫌がることが心底大好きな夫は、抵抗などものともせず嬉々として彼女を裸に剥こうとする。
「や、め……」
「何を嫌がる? 裸などもう何度も見ただろう」
「恥ずかしいからにきまってんだろ!」
もちろん、頭のてっぺんから足の先まで、中の臓腑の状態から蟲を吐くところまで、何でもかんでも綺礼には見られまくっている。
ゴミ捨て場で数日風呂にも入れず、粗大ゴミのようにうずくまっていた雁夜を、拉致監禁洗浄緊縛調教の上、愉悦という名の愛情で包んで、まるっとうまいこと丸め込んだ結果が「言峰雁夜」だ。
綺礼にとっては、雁夜が苦しみ喘ぐ姿を見やるときが至福の時と盛大に歪んでいる。これが綺礼の愛情表現なのだが、未だに雁夜の理解は得られない。
雁夜も綺礼がただの神父ではないことくらいはわかっているし、中身が外道で鬼畜で猥褻ターミネーター一度ヤッてしまえば朝まで絶倫男だと認識している。
だが、何故か、理解はできないが、愛しちゃっているのだ。お互いに。
「いい加減にしねーと……」
「なんだ?」
「……血、吐くぞ。俺」
本気で喉元までせり上がってきている血の塊は、ちょっと噎せただけで喀血のように飛び出るのだろう。だが、そんな言葉は綺礼にはなんの脅し文句にもならない。
むしろ、血を見て興奮する男だ。少し喉元を上下させて雁夜の醜態を待っている。
「いつでもこい」
「わくわくしながら待機すんな!」
どこからともなくデジカメが手の中に現れ、雁夜を撮影する。それを雁夜の操る蟲がはたき落とすと、綺礼は隠すことなくチッと舌打ちし、代わりのデジカメをスタンバイさせた。
「撮るなっ!」
今度は自分の手ではたき落とし、ギッと睨みつける。下から見上げる雁夜の顔は苦渋に歪んだように見え、綺礼はたぎる欲望を我慢できずに、彼女の身体をベッドに押し倒した。
力強いを通り越してガチムチな綺礼が、華奢を通り越してパッキリ折れそうな雁夜にのし掛かるなど簡単だ。これが夫婦でなければ犯罪だ。見ようによっては夫婦であっても犯罪かもしれない。
「ちょ、待て、綺礼! 朝だろっ!」
「朝だな」
「おまっ、始めたらとまらねーじゃねーか! やめろ!」
「明日の朝まで期待に応えてやろう」
「期待してねぇえ! むしろやめろっ! 死ぬッ! マジ死……」
あ、これマジで終わった。
と雁夜が今日という日と一緒に自分の命も諦めた瞬間、彼女の支配下にはない蟲が、ざわりと大量に蠢いて綺礼を取り囲んだ。
「……桜」
「桜、ちゃん……」
「お母さんを離して」
ヴヴヴとけたたましい羽音が部屋の中に充満する。夫婦の寝室に勝手に入り込んだ桜は、雁夜を救うべく自らの翅刃虫を操り、綺礼を睨みつけている。
狙いは、綺礼のばかでかいアソコだ。
「今日という今日は切り落とす……」
「やれるものならやってみろ」
視線で人が殺せるならこんな目をしているだろう。桜は綺礼を汚いものでも見るようにねめつけ、少女の戸籍上の義理の父親は「ムシコロリ」と黒鍵を手にして臨戦体勢をとる。
いざ、襲いかかろうとしたところで、雁夜が桜を庇うように少女を抱きしめた。
「二人とも止めろ!」
よく躾られた犬のように、蟲も、綺礼も桜もピタリと止まる。
「どうして毎日毎日ケンカするんだよ……」
疲れたようにため息をつく雁夜に、桜はぎゅっと抱きつき、彼女の肩越しに綺礼を睨みつける。目だけで戦争をしているとは知りもせず、雁夜は悲しげに呟いた。
「ていうか、桜ちゃん。お母さんは葵さんなんだから、俺のことはおばさんでいいんだよ」
「……雁夜お母さんじゃ、だめ?」
綺礼から視線をはずし、桜は悲しげに雁夜を見上げる。少女の特性を最大限利用した腹黒くも可愛らしい攻撃だ。
「かっわいぃ……じゃなかった、だめだよ。葵さんに申し訳ないし……遠坂の家に戻してあげられなかったし……俺なんかが、お母さんなんて呼ばれていいはずがないんだ」
「雁夜……おばさんは、私のこと、娘だと思ってくれないの?」
「ももも勿論大事な娘だと思ってるよ!」
慌てて叫ぶ雁夜はゲホゴホと噎せ、口の端から少量の血が滴っている。
「雁夜、おばさんに子供ができたら、その子にはお母さんって呼ばせるんだよね? 私は……」
「さ、桜ちゃん!」
泣きそうな顔をして俯き、それを利用して更に雁夜に抱きつく。忌々しげに桜を見ていた綺礼は、娘の言葉にいいことを思いついたと、ニタリと笑った。
「つまり、雁夜が子を産めばいいんだな。弟妹がいれば、桜が雁夜を母と呼ぶには問題がなくなる」
「え……」
なにそれこわい。無意識にゾワッと背筋が震える。覚えのある恐怖が雁夜を支配したと同時に桜と引き離され、再びベッドに横たえられた。
「つまり、娘公認で、子作りに勤しめということだ、雁夜」
「ヒッ……それち、が……ッさく、ら……た、すけ……」
思わず娘に助けを求めるが、桜は桜で今、綺礼を引き離すメリットと、弟妹が産まれて更に雁夜に頼られる自分とを天秤に掛けている。どうやら、弟妹と雁夜に囲まれてラブラブタイムの方が、桜的にはよかったようだ。もちろんそこに、綺礼は含まれていない。
すごすごと寝室から蟲を引き連れて出ていく桜に手を伸ばす雁夜は、本気で涙を浮かべている。伸ばした手は綺礼に捕まえられ、優しく、強く、絶対に離れないようにぎゅっと握りしめられた。
「雁夜……愛している」
雁夜、と、愛してる、の一拍の間には、君の歪でおぞましい蟲の入った身体を、とかいつでも不幸のどん底にはまろうとする天性の才能を、とか恐怖に怯えながらも綺礼の全てを許してしまえる頭の緩さを、とかとんでもない言葉ばかりが当てはまる。
だが、雁夜は気づかず、愛されていることに頬を染める。
「た、頼むから……起きあがれる程度に……」
桜のご飯の用意や、溜まった洗濯物とか、掃除とか、色々したいことがあるのだと目で訴えるが、綺礼は綺麗にスルーする。
どうせ、言峰家に住み着いている「ペット」が何とかするに違いない。
「愛している」
ニタリと微笑む綺礼の笑顔は酷く美しいが、美しければ美しいほど彼の中身はそれに比例してどす黒く外道なことばかりで埋め尽くされる。
できれば日が暮れる頃には終わってほしいという願いをよそに、やる気満々の神父は、雁夜が気を失っても彼女を離そうとはしなかった。
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チキチキ妄想大会★外道神父がついに雁夜おばさんを奥さんにしちゃって愉悦ってるだけのシュールなお話だよ!幼女、違った、養女にした桜ちゃんが雁夜おばさん(義母)が大好きすぎて綺礼とか敵だよね(キリッっていうね。幼女は強いよね。それにしても、どうして外道神父と蟲おばさんが愛し合ってるのかわからないけど、プロポーズの台詞は「私が一生不幸にしてやる」だと思うんだ。これでキュンときちゃう雁夜おばさんもだいぶ頭がどうかしてると思うけど、聖杯戦争してたんだから仕方ないよね。綺礼が言う「愛おしい」っていうのは、綺礼自身の手で不幸のどん底に叩き落して苦しむ姿が愛おしいって意味の、精神的バイオレンスなラブだと思うんだけど間違ってないかな。雁夜も雁夜で、幸せにするよって言われてもきっと素直に信じないくらいはひん曲がってるはずだから、不幸ところにより絶望くらいでちょうどいいと思う。なにより、桜が無事ってだけで雁夜おばさんは生きていけるはず。おばさんは強く生きてくれるよ。なにせ愉悦覚醒した神父んところに嫁に行くなんて生半可な覚悟じゃできないし、ホルマリン漬けのジジイに向かって「俺、不幸になってきます(ドヤァ」くらいは言えないとね。ああメシウマメシウマ。おばさんハァハァ。綺礼も綺礼でどんどん捻じ曲がって、雁夜おばさんを痛めつけるのは自分だけだ!とか変な方向に独占欲出せばいいと思う。あれ?結局お前らラブラブなんじゃねーかっていうね。まあ結婚するくらいだからそれなりに愛しちゃってんだよねってところまで、電波を受信した。---------------4/22王の器で発行したコピ本の一部で、この後にペット=サーヴァントが出てきたり夫婦エロだったりするんだ。だから本は18禁!5/4スパコミにも持っていくので宜しくっていうだけの宣伝かよ!っていうことです。---------------今更ですがDRにお邪魔してたってマジですかアザーーーッス!ってわけで、オフ本も書店委託始まったんで宜しくです★
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【Fate/Zero】言峰夫婦と娘【パラレル女体化】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006713#1
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[chapter:召喚]
ロマン 「さぁ!この時間がやってきたよみんな!」
マリー 「うっさい!普通に説明しなさい!!」ゲシッ
ロマン 「痛っ!?け、蹴ることないじゃないですか…」
ダ・ヴィンチ 「もう私が説明するよ…えーこれから戦力増加の為にサーヴァントの召喚をしてもらう。
特異点ではたまたまキャスターが仮契約してたが、今回は本契約でサーヴァントを呼ぶ。
君のサーヴァントになるんだ、しっかり頼むよ?(いろんな意味で。)」
八幡 「は、はぁ…どうやって召喚を?詠唱とか知らないっすよ俺。」
マシュ 「センパイ。大丈夫ですよ、カルデア式召喚術はこの"聖晶石"を3つ召喚サークルに投げ込めば召喚されます。」
え、なにそれ…ガチャ?
ロマン 「あと、サーヴァント以外に礼装概念とかも出てくるよ。」
サーヴァント以外にも…
八幡 「とにかく俺がその聖晶石を投げこめばいいんですね…」
ダ・ヴィンチ 「触媒とかあれば欲しいサーヴァントを狙う事も出来るよ。まぁ今回は触媒はない……ん?」
全員 「ん?」
召喚サークルをよく見る一同。
全員 「んんっ??」
召喚サークルの真ん中に…
赤い槍が刺さっている。
八幡 「なんすか…あれ…」
マシュ 「え、えっと…流石ドクター!触媒を用意してくれたんですね!」
ロマン 「え"っ!?」
マリー 「あら、いつの間に…たまには役に立つじゃない。」
ダ・ヴィンチ 「(あちゃー…まぁなんか面白いからこのままでいいか。)」
ロマンが触媒を用意したって事で召喚を行うことに。
八幡 「これを投げれば…よっ!来い!強そうなサーヴァント!」
ピカァァァァァ
── 金 ランサー ──
ダ・ヴィンチ 「おお!?金鯖!?期待出来るねこれは!」
マシュ 「はい!流石センパイ!」
ロマン 「え?触媒用意した僕褒めるとこじゃ…(用意はしてない)」
マリー 「すごい魔力ね…期待ね。」
そして現れたのは…
「影の国よりまかり越したスカサハだ。マスター、と呼べば良いのかな。お主を?」
八幡は全力で逃げ出した。
─────────────
スカサハ 「何故逃げる。傷ついたぞ?」
八幡 「……」ボロボロ
マシュ 「せ、センパイがボロ雑巾のように…」
ダ・ヴィンチ 「いやー!すごい速さで逃げていったね…」
ロマン 「スカサハって…強力なサーヴァントが来たね…それじゃ次の召喚を…」
スカサハ 「闘技場はどこだ?前の仮を返させてもらう、マスター。」ワクワク
八幡 「嫌です、勘弁してください。」
─────
八幡 「…なぜこんな疲れてんの…マシなサーヴァント来い…!」
ピカァァァァァァ
─── 金 アサシン ───
スカサハ 「ほう、アサシンか。情報収集などいろんな活躍が出来るな。」
八幡 「暗殺者ってことか…どんな奴なんだ…」
ダ・ヴィンチ 「すごい…(え、単発で連続金鯖!?どんな運してるんだ…?)」
ロマン 「また期待出来そうなサーヴァントだね!」
マリー 「アサシンはやっぱ欲しいわね。気配遮断は情報収集や奇襲、そして暗殺に向く。となると…ぶつぶつ」
そして、現れたのは…
「アサシン。ジャック・ザ・リッパー。よろしく、おかあさん」
八幡はロリコンになった。
──────────
スカサハ 「ほぅ。気配遮断A+…これは大当たりじゃな、マスター。」
ジャック 「えっと…おかあさんどうしたの?」
ダ・ヴィンチ 「あー彼は君のかわいさに殺られているのさ。」
ジャック 「???」
八幡 「変な事吹き込むな…とにかく、宜しくなジャック。できれば俺の言葉はお兄ちゃんかパパって呼んでくれ、もしかはお父さんでも可。」
ジャック 「おかあさんじゃないの?」
八幡 「俺は女性じゃないからな…ダメか?」
ジャック 「ううん。そんな事ないよ、よろしくねおとおさん!」
八幡 「カハァッッ!!!!」
マシュ 「センパイ!?衛生兵ーー!!!」
ロマン 「いやそこは、僕を呼ぶべきなんじゃ…」
────────
八幡 「さて…最後の召喚か…男来てくれ…」
マシュ 「セイバーかキャスターが欲しいところですね…」
八幡 「まぁ、強力なサーヴァントであれば文句はねぇよ…っと。」ポイッ
─── 金 エクストラ ───
八幡 「ほぇーまた金か、てかエクストラって?」
マシュ 「7機のサーヴァントの説明はしましたよね?それ以外にも例外とされるクラスが存在します、それがエクストラクラスです。間違いなく強力なサーヴァントですよ。」
ダ・ヴィンチ 「…(廃課金マスター血の涙を流すなこれ…)」
ピカァァァァァ
そして、現れたのは…
「サーヴァント、アベンジャー。召喚に応じ参上しました。……どうしました、その顔は? さ、契約書です」
八幡は…どこか彼女の容姿に既視感を覚えた。
ダ・ヴィンチ 「エクストラクラスにオルタナティブ化したサーヴァント…つおい…」
マシュ 「あれ、センパイどうしました?」
八幡 「いや…なんでもねぇ…(ルーラー?に似ているが…色が違う…?)」
オルタ 「まぁ、よろしくお願いします。マスター。」
こうして召喚を終えた。
ランサー スカサハ
アサシン ジャックザリッパー
アヴェンジャー ジャンヌオルタ
少し不安を覚えたのだった。(主にスカサハ。)
[newpage]
[chapter: 再戦 vsスカサハ]
─ 観戦室
オルタ 「…マスターとサーヴァントが模擬戦って…アイツそんな強そうに見えないけど…」
ジャック 「そうかなー…隙は見つけられなかったよ?」
マシュ 「えぇ、センパイは我々の想像を遥かに超えてくる人ですから!」フンスッ
マリー 「…それで助けられた事も事実だしね。」
ロマン 「スカサハさんが言ってたけど、過去に戦って負けたって…八幡くんは何者なの…」
ダ・ヴィンチ 「影の女王に勝つって相当なんだけどね…まぁとりあえず観戦に集中しようか。」
───── 闘技場
スカサハ 「……。」
八幡 「……」
既に臨戦態勢に入っている二人。その空間に漂うのは圧力。
常人では耐えきれないプレッシャーの嵐だ。
八幡 「あの時ほどの出力は出せねぇぞ。」
スカサハ 「わかっている、加減するさ。きっとな…」
八幡 「ぜってぇしねぇだろ…はぁ…来い【煉獄】」
八幡(具現化はすんなりとできるようになったか…出力はまだ無理か…)
スカサハ 「…あぁ、その太刀。見覚えがあるぞ。ふふふ、遂にあの時の続きを出来ると思うと心が踊る…」
八幡 「…あの時はぶっちゃけクソぎりぎりだったんだがな…マジで加減してくれよ。」
スカサハ 「流石にマスターを殺すわけにはいかんからな。では…───
始めるとしようか─────」
ゾアッ
八幡 「っ!(来るっ!)」
ドンッ!
加速をつけ正面から突撃してくる。
その速さは─────
ガァァアアアン!!!!!!!!!!!!
スカサハ 「ほう…やはり、面白い。今のを止めるか…」
八幡 「てめぇ…マジだったろ今…!ぐっ」ギリギリッッ
スカサハの敏捷性フルを使った加速だった。
観戦室
オルタ 「ふん、流石ランサーと言ったところね…速いわ。トップクラスのサーヴァント出ないと見えない、追い切れないし身体も反応しない。」
ジャック 「うん、おとおさん…凄いね。あれを受け止めちゃうんだもん、結構押されてるけど…」
ダ・ヴィンチ 「(本当に何者なんだ…"あの"影の女王の一撃を…その前にあの殺気をも耐える精神力…)」
ロマン 「す、すごいな…!八幡くんも戦力として数えるべきか…?」
マリー 「……」ポー
───────────────────
ガンっ!キィンッ!
剣と槍が交差する。その凄まじい剣戟のぶつかり合いは観戦室にいる皆を魅了する程。
槍の距離をしっかり把握し、適切な距離から攻撃をするスカサハ。
その槍を弾きカウンター中心に防衛する八幡。
だが、やはり…防衛に回ってしまった八幡が徐々に押されている。
しかし、そんなことを許す彼ではない。
スカサハ「っ!」
渾身のカウンター。
高速に突かれた槍を見切り、弾きカウンターを浴びせる。
肩にに切り傷程度ではあったが、この一撃が八幡のエンジンを上げる事になる。
無駄な力を抜き、スカサハの気配をしっかりと把握し、攻撃を予測する事に専念。
更に不必要な情報全て除去し、視界がクリアになっていく。
スカサハ side
…徐々にスピードとパワーが上がってきている…。
私の槍も見切られ、先程から全て流されていた。
(こんなにも楽しい戦いがあっただろうか…ふふ、良いだろう。私の槍…しかと受け止めよ。)
スカサハside out
全てを読む彼に、スカサハの変化に気づかないわけがなく。
"あぁ、来るのか…本気の槍が"
そして─────
超高速に突っ込んでくるスカサハに対し、八幡も同じように高速で向かう。
二人 ((これで決めるっ!!))
衝突────
ドガァアアアアアアアアン!!!!!!!!!!!!
観戦室
オルタ 「っ!」ガタッ
ジャック 「凄い魔力のぶつかり合いが起こった…」
マシュ 「センパイ…」
ロマン 「え、ええ?!ど、どうなったの!??」
ダ・ヴィンチ 「……(まさか。)」
マリー 「…八幡…」
────────────────────
ヒュンヒュンヒュン…
何かが空中に舞っていた…それが地面へと突き刺さる。
砂埃が晴れると…
スカサハ 「ふっ……今回は儂の勝ちだな。マスター。」
──── 地面に突き刺さったのは【煉獄】だった。
勝者 スカサハ ─────
[newpage]
スカサハはやっぱ強いよ…
鯖はスカサハにした理由はなんとなく。
オルタとジャックはアプリで持ってたからって理由です。(浅い)
次回またお会いしましょう
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召喚です。おまけにも付いてます…最近いいものが浮かばなくてスランプです。<br /><br />次回は来週になるかと。
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カルデア こういう時の召喚はご都合主義が働く。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10067521#1
| true |
注意
そしかい後
降谷夢
縮んだ降谷が出没
以上に加えてなんでも許せるかた→
少しでも不安があれば回れ右してください
[newpage]
黒の組織を壊滅させたら幼児化した。
何をいっているのかわからないと思うが大丈夫、俺もよくわかっていない。
いや、確かに組織壊滅のために江戸川コナンくんもとい工藤新一くんと接触したため、前知識として組織にはある一定の確率で身体が幼児化する毒薬があるということは知っていた。だがしかし、その現象が己に起こるとは夢にも思わなかった。というかコナンくんが実は17歳の高校生探偵だという事実でさえも突拍子もなさすぎてにわかには信じられなかったくらいだというのに。
そもそも、
幼児化してもせいぜい小学生くらいの年になるんじゃなかったのか?!
もちもちな手と思い通りに動かせない足。
どうみても赤ん坊でしかない己の四肢を確認して絶望した。
どうしてこうなったのか。
あの日、組織壊滅のために彼らの本部へ乗り込み銃撃戦まで発展したが、いけすかないFBIやCIAのやつらやコナンくん達と事前に作戦をどんな場合でも組織壊滅という任務が最小限の被害で済むようにと何パターンも練った結果、どうにか死人も出ずに主要幹部達もお縄になった。
その後残党の処理等の指示をした後、俺はキチンと精密検査を受けて特に問題はなかったはずだ。……いや、何ヵ所か骨折や切り傷はあったが幸いその日のうちに手当てをしてもらえばすむレベルのものだ。
だから、手当てをしてもらったあと再び現場に戻ろうとして、それで………。
そこから記憶が曖昧だ。
気がつけば、俺は現場に向かう途中にあった寺の前に踞っていた。
起き上がろうにも手足が思い通りに動いてくれず、混乱状態から少し落ち着いて自身の状況と周囲を確認し、己が赤ん坊になっている事実を受け入れた。
己が赤ん坊になっているのが長い夢ではなく、現実である場合、十中八九これはコナンくん達が飲まされた薬を俺も摂取したのだろう。
ホイホイと手軽に幼児になるような方法がそういくつもあったって困る。
だから、勿論確率は低いのだろうがそれでもある一定の確率で幼児化されると確証されているあの例の新薬が原因で間違いないだろう。コナンくんたちと違ってここまで小さい子どもになるのはどういう仕組みかはわからないが。
さて、ではどこであの薬を摂取しただろうか。
考えられるとすれば組織壊滅の際にあの科学者を捕まえたときか。
『シェリー』の後任として研究を引き継いでいた研究者。
彼はシェリーよりも劣るが優秀な科学者であると組織にいた頃から聞いていた。
そんな彼も捕縛対象であり、コナンくん達が飲まされたものではないにしろ、毒薬作りにおいて秀でた才能をもった要注意人物であったから、逃げ出す前に捕まえておきたかったのだ。
部下と乗り込み、慌てる彼の懐に素早く身をねじ入れ、そのまま身体を押さえつけた。
たしかその一瞬、腕に僅かな違和感が走った気がする。
もしかしたらその時になにか薬を入れられたのかもしれない。
彼が組織において重用されていたのはただ単に毒薬を作れるからという理由だけでなく、それを自然に摂取できるような方法を編み出すのが得意だったからだ。
実際に彼の作った毒薬をいれるカプセルなんかは服用してから死ぬまでの時間を思うように調節することができ、証拠を残すことがないと噂であったし。
何はともあれ、このままでは流石に危ないだろう。なんせ服は縮んだせいか、着れなくなってスッポンポンの状態だし、そもそも歩けない。
どうしたもんか、と思ったがとりあえずハイハイして寺の中を目指した。流石に寺の中に人はいるだろう。
そう思って中に入ってはや、数時間。
いや、体感なのでその時間が正しいかどうかは知らないが。
このままだと脱水で最悪死んでしまうのではないか。と思った矢先、ザリッと砂利道を誰かが歩く音が聞こえた。
とりあえず誰でも良いから気づいて欲しい。
そう思って大声を上げた。
「あーい!あーーい!(おーい、おーい)」
………悲しいかな、発音もままならない。
だがしかし、その声に気づいてくれたらしい。
足音が一度ピタリと止まり、こちらに向かって近づいてくるのがわかった。
「よい、おっちぁー、あやーくちて!(よし、こっちだ、早く来てくれ)」
頑張って声を出すが、まあ、お察しというやつだ。とりあえず自分の口から舌っ足らずな言葉がでるのはなかなか三十路目前の男には辛い。…が、背に腹はかえられないから大声で人を呼ぶ。
日差しを避けて建物の裏に移動していた俺の方へ、確実にその足音は向かっていた。
ジャリ、ジャリ
音が鳴りやみ、物影からひょっこり顔を見せたのは、俺の事をとてつもなく嫌っていた部下の女だった。
「なんでこんなところに、裸の赤ん坊が?」
顔をしかめる彼女に、少しだけ同情した。
確かに俺でも困惑する。しかしながら何故彼女がここに?
『…どうした、降谷さんが見つかったのか?』
「あ、いえ、まだみつかっておりません。ただ、今降谷さんが消えたと思われる最終ポイント付近を探していたのですが、迷子らしき赤ん坊を見つけてしまいまして。
交番に届けてからそちらに一度戻ります。」
どうやら相手は風見のようだ。
もうすでに俺の姿が行方不明であると情報が流れているのか。だがしかし本当に不味いことになった。戻る方法もわからないし、そもそもコナンくん達のように言葉を発することができないせいで自分が生きているということを伝えることができない。
「とりあえず、この子をこのままにしてはおけないよね。」
そういいながら俺を自分のジャケットで包み抱き上げた彼女はキョロキョロとまたあたりを見回し、ひとつ、ため息をついた。
「…やっぱりここにも降谷さんいない。」
心配そうにする彼女に意外だと驚いてしまった。
なにせ、彼女は俺のことを毛嫌いしていたはずだから。
[newpage]
彼女の名は藤宮雫。
数年前から警視庁公安部所属で俺の直轄の部下である。
特別出会う前に接触はしていないはずだが、彼女が俺のサポート役となるからと顔合わせを行ったときから彼女は俺を毛嫌いしている。
まあ、俺も彼女と初対面であったときはまだまだ若造であったから、自分の力を大きく見せるために態度も大きく説明も少しばかり命令口調が過ぎたかもしれない。しかしながら、それにしたって上司にあたるはずの俺に向かって
「実力があればそんな横柄な態度でも許されるんですね、流石ゼロ所属のエリート様です。」
そういって真顔で嫌味ったらしくいってくるようなやつがいるとはおもわなかった。
それ以降、俺が彼女になにか頼み事をするたびに歪められる顔とセットで浴びせられる嫌味は最早恒例となっていて、俺も俺で大人げなく言い負かすものだからよく間に挟まれて風見はオロオロしていたものだ。
だから純粋に俺の事を心配してくれているらしいこの部下の今まで知らなかった一面を見ることができ、小さくなるのも少しだけ悪くはないな、と思ってしまった。
「取り敢えずこの子を交番に届けて、それから風見さんにまた報告しなきゃ。」
そういって俺を車にのせて、近くの交番まで運んでくれた。だがしかし悪いな、藤宮。
この状態だと両親なんて存在するはずもないので誰も引き取りにくるはずもなく、そのまま施設に送られる未来しかないのでそれは困る。
ここで俺を見つけてしまったのが運の尽きだったな、しばらくは俺につきあってもらうことにしよう。
脳内で勝手に彼女を巻き込むことを決定した。
数分後、交番で彼女が離れようとすると盛大に泣き真似をして彼女を困らせ、無事彼女に引き取られることが決定した。
[newpage]
諸々の手続きを終え、病院で健康チェックを受けてから俺は無事彼女に引き取られることとなった。
「もう、まったく、君の両親はいったいどんなやつなんだろうね?見つけ出してその顔拝んでやる」
目の据わった顔で遠くを見つめる彼女に正直すまないと思いながらもこれでうまくいけば元に戻りやすくなった。
どうにかして彼女に俺が降谷零だと知ってもらい、コナンくん達に会わせてもらえることができたら。
なんて思っていたらおもむろに抱き上げられた。
「まず、お外にいたからお風呂入らなくちゃね。」
そういって、脱衣場まで連れていかれ、自分の服も脱ぎ出した部下をみて、己が降谷だと彼女にバレるわけにはいかなくなったな。なんて思って今から起こることから現実逃避することにした。
「もう、おませさんだなあ。そんなに逃げなくてもいいのに。」
ぷっくり膨れながらいう彼女に、うるさいこれでも出来るだけ見ないように努力したというのにそれを台無しにするがごとく構い倒しやがって。こちとら中身は30手前のオッサンだぞ。いや、彼女はそんなこと知らないけれど。
でも考えて欲しい。いくら部下だからといって女性の裸至近距離で見てなんとも思わないなんて男として終わってるだろ?いや、まあ今はなんも反応するはずもないんだけどな?
ただ、この数時間で彼女が思ったより表情豊かであると気づいた。俺にたいしては常に眉間にシワ寄せているか真顔ばかりだったから本当に新鮮だ。
不意に視線を感じてそちらを見れば彼女がガン見していた。え?どうした?
「…似てる、気がする」
ドキリ。
…いやなに、ドキっとしてんだ。気づいてもらえたほうが早くもとに戻れるし良いじゃないか。
「髪の色素薄いし、肌色も少し浅黒い感じだし。もしかして…」
…ごくり。
唾飲み込む音がいやに大きく聞こえる。
「降谷さんの隠し子?」
もし俺が元の体ならズリッと前からお笑い芸人のようにズッコケていたに違いない。いや、どこからその発想が…いやまあ人間の身体が縮むほうが非現実的なんだが。
「…組織でハニトラしてできた子どもとかだったり。いやでもそれだとあそこに置き去りにした意味がわからないし。」
ブツブツと考察を続けているが気づいているだろうかもうすぐ日付を越える時間だ。
こいつが組織壊滅決行日からノンストップで仕事しているのも知っているし、ろくに寝れていないことくらい大きく拵えた隈を見れば一目瞭然である。その上今日1日炎天下の中俺を探し回っていた上に保護した赤ん坊姿の俺のこともあったし、とにかく相当な体力をつかった1日だった筈だ。
「ふーみ、ねーよ!(藤宮、寝ろ!)」
あ、やっぱり舌がまわらない。
「ふふ、可愛い。なにいいたいか分かんないけど。」
時計を!見ろ!!こら!!
バシバシと腕を叩くが俺を膝に乗せながらパソコンをカタカタと動かすソイツは一向に寝てくれない。
とりあえず今日くらいは寝てほしいのだが。
バシバシ腕を叩くのに加えて寝ろ寝ろと呪詛を吐くことにした。舌っ足らずになるせいで上手く発音出来ていないことには目を瞑ってほしい。
「あぁ、もうこら!…て、この子はそろそろ寝ないといけないか。」
よし、やっと横になってくれるか。
と思ったら俺を寝室に連れてきたはいいが自分は布団に入ろうとはしない。
布団の上からリズムよくポンポンとされ、幼児の身体は既に眠りにつきそうなのだが、いかんせん、こいつのために俺はさっきから騒いでいたのでもうやけくそだ。少しでも離れそうならぐずった振りをして、小さな手で袖をぎゅっと引っ張り潤む瞳で見つめてやればようやく添い寝をしてくれた。出来ればそのまま寝てほしい。
俺が寝たと思って起き上がろうとするのでその度にグズってやれば、ようやく3度目くらいにはうつらうつらとしてきた。
「…世の中の、親って大変ね」
瞼が半分閉じた状態なのにそんなことまだ考える元気があるのか。
「…不思議。あなたといると今までが嘘みたいに眠くなっちゃった。」
もしかして不眠症だったのか?
「…まだ…降谷さんも、見つかってないのに。」
まあここにいるからな、見つかるはずがない。
「ふるや…さん、だいじょ、ぶかな?」
大丈夫だ、の意味を込めて小さなプニプニの手で頭、というか額を撫でてやる。
「ふふ、なぐさめてくれてるの?やさしー」
ふにゃふにゃなそんな彼女の顔ははじめてみたな。
「はやく、ふるや、さん
みつけたい、なぁ
そしたら、よくやったってほめてくれる、かなぁ」
そのまま、くうくうと寝だした彼女に何とも言えない気持ちになる。
こいつ本当にあの藤宮か?あんなに俺に悪態ついていた藤宮はいったいどこへ?
疑問に思いながらも睡魔には勝てずそのまま意識は落ちていった。
窓の光から差し込む光と優しく頭を撫でられる感覚に、ゆっくりと意識が覚醒する。
まだ完全に開けることのできない目で撫でる手の主のほうを見ようとすると起きちゃったかな?ゴメンね?と謝られた。
謝ってからも続く撫で撫で攻撃だが俺も気持ちいいので特に嫌がらずにされるがままだ。
「…降谷さんにお子さんいたらこんな感じの子なのかな?」
…昨日から薄々気づいていたがこいつ、俺のこと考えすぎじゃないか?いやたぶん今絶賛行方不明中だからだと思うが。
「あ、でも降谷さん結婚自体しなさそう。そもそも日本と結婚してるみたいなもんだからなあの人」
「だぅ!だ!(おいどういう意味だ、こら!)」
あまりの物言いに反論したら、彼女はくりっとした目をパチパチさせてからクスクス笑った。
「なあに?降谷さんのこと気になる?んふふー、特別に教えてあげようか」
彼女は起き上がると俺を抱っこしてギュウギュウと抱きついてきた。一応俺は人形ではないぞ?
「降谷さんはねー、凄い仕事ができる人でね?普通の人の3倍くらいサラッと終わらせちゃうんだよ?
あとね?あと、なんかチャラくて湘南とかにいそうな金髪褐色イケメンのくせに本当は滅茶苦茶硬派なの。見た目とのギャップヤバイよ??口調も亭主関白な夫かよってくらい淡々としててわりと粗雑なの。
だから安室バージョンみるとわたし鳥肌たっちゃうのよね、あの甘ったるい声胡散臭すぎ」
悪かったな甘ったるい声の上に胡散臭くて。
「最初は男尊女卑激しい頭の硬い上司かと思ってたけど、ちゃんと仕事が出来れば女だろうが認めてくれるし、褒めてくれることは…まあほとんどないけど、でも仕事完璧にこなして報告すると、ちょっと電話越しで笑うんだよね。それがなんだか褒められたみたいで嬉しくてつい、頑張っちゃうんだよなぁ。まあでも口調は厳しいし、言葉で褒められることなんてないからついつい毎回嫌味ったらしく返しちゃうけど。
ちょっとくらい褒めてくれたっていいと思わない?…まあ、でもそんなことされたら天変地異の前触れかもって身構えちゃいそう。
他人に厳しいけど自分にはもっと厳しい人だから、絶対に有言実行するし、だからこそ風見さんとかも降谷さんについていこうと思うんだろうなぁ。」
出会って3年目にして知った部下の本心。
所々ディスられている気もするが概ね俺のことは好意的に思ってくれていたようだ。
嫌われていると思っていたが、わりと好かれていたみたいで驚いた。
「さて、そろそろ動こうか。
早く降谷さん見つけてゆっくり休んでもらわなきゃ。
今回のヤマで一番頑張ったで賞もらわなきゃいけないのは降谷さんなんだから。」
そういってぱっぱと着替えて化粧を施し、俺と一緒に食事をした彼女は俺を連れて本庁へむかうようだ。
うーん、このままだと託児所に預けられてしまうだろうか。それだと現状がわからなくなってしまうので出来れば一緒にいたいのだが。
一度やってしまえば、後は何回やったって同じ事だよな?
ということで再度必殺泣き真似を決行した。
[newpage]
彼女に拾われてから数日。
やはり、というか俺の捜索は難航しているようだ。警察犬を駆使しての捜索も行ったようだが俺の着ていた衣類があの寺付近を偶然通りかかった浮浪者によって拾われていたことしかわからなかった。
市内の防犯カメラの映像でも、俺が幼児化した場所には設置されておらず、その後の足取りは不明である。
余談ではあるが幼児化した俺の両親(いるはずもないが)もDNA検査までして探しているようだが見つかっていない。
まあ、降谷零のデータは全て消されていおりまだ復元されていない筈なのでDNA検査でひっかからないのも無理はない。
完全に八方塞がりになってしまった様子の風見と藤宮になんともいえない気持ちになる。
今だって家に帰るなり踞って泣きそうだ。
この生活で初めて知ったのだがどうやら藤宮は存外泣き虫だったらしい。
またみつからなかったと半べそをかいている。不謹慎だが俺のために泣いてるかと思うと嬉しく感じてしまうな。
「どうしよう、降谷さんもしかして残党に?でも、降谷さんが殺られるはず…ないよね。そうだよね?」
不安そうな目でこちらをみてくる彼女の頭に小さい手を伸ばす。
「だーぶ!(大丈夫)」
そうすれば少しは彼女の憂いを軽くすることが出来るとわかっているから。
「そう、だよね?降谷さんだもんね?」
そうして俺を寝かしつけながら、漸く眠りについた。
よし、今日はスマホを近くに置いて寝てくれた。
普段は少し離れた充電器に差してから寝るため俺が動くと彼女も起きてしまうので弄ることが出来ないのだ。
ゴソゴソとスマホから、とあるアドレスにメールを送り、最後に送信boxからそれを削除しておいた。
復元されてしまえば終わりだが、まあ今は俺の捜索で頭が一杯だろうし、問題はないだろう。
え?パスワード?そんなもの、普段スマホを使っている時に指の使い方を覚えてしまえば問題ないだろう?
「おはよ」
「あーよ!(おはよう)」
パチリと俺の顔を見つめる彼女に舌っ足らずな声で答える。
そうすれば彼女はふにゃんと笑ってくれるのだ。
おはようと挨拶をして、朝御飯の支度をし、そのまま警視庁のほうに俺を連れていく。
ここ数日これがルーティン化している。
警視庁にくると彼女は別人のようにその感情豊かな表情筋をピクリとも動かすこともなく、終始鉄仮面のような真顔で過ごす。
ああ、これこれ、よく俺が見る表情だ。
「藤宮、なにか降谷さんから連絡は?」
風見からの質問に「特にありません」とデスクワークをしつつ答える。
……これだけみるとやっぱりこいつ俺のことは
心配してないんじゃ?と思ってしまう。
家でさんざん心配されていると知ってるからいいけれど。
「…藤宮、あまり無理するなよ」
風見が少しだけ声のトーンを落とす。
「…はい」
カチャカチャとキーボードを叩く音が一瞬だけ、途切れたような気がした。
子供の身体は体温が高くてすぐ眠くなる。
俺がうとうとしていると、藤宮のスマホが鳴った。
「……え?」
珍しく分かりやすく焦った声と此方を悲しげに見つめてくる姿に、ああもう準備ができたのか、と察した。
「…あなたの母親が見つかったそうです」
[newpage]
「え?…そんな…はい………わ、かりました。」
突然の電話に困惑が隠せなかった。
なぜ、今さら。
そういいたい気持ちを抑え、努めて冷静に対応できた自分を褒めてやりたい。
「…あなたの母親が見つかったそうです」
抱き上げた赤ん坊にそういったら、少しだけ悲しげな顔になった気がした。
たぶん気のせいだと思うけれど。だってまだ言葉もうまく話せないくらいの幼子なのだから。
2週間ほど前のことだった。
『降谷さんが行方不明』
風見さんからその報告を受けた瞬間、頭が真っ白になった。
降谷零。
彼は警察庁警備局警備企画課所属のエリートであり、安室透という偽名を使い、公安が長年追い続けていた黒の組織に潜入し、先日その組織を壊滅にまで追い込んだ立役者である。
わたしはそんな彼の本名と所属を知る数少ない部下の一人であり、警視庁公安部所属のしがないモブ警察官である。
彼との情報交換は風見先輩が主で、わたしは主に彼が動きやすいように情報操作するのがお仕事である。
ようやく大きな山が片付き、さてあとは書類仕事くらいだとホッと一息していたところだった。
連絡をとる予定の時間に降谷さんがこないと風見さんから連絡が来たのは。
潜入捜査の身であるから何処からでも連絡がとれるわけではない。だがしかし、だからといって彼は遅れることはあっても連絡は予めするタイプだった。
最悪の事態が私と風見さんの頭のなかに浮かぶ。あのスーパーマンみたいな人がそんな、まさか。
取り敢えず、ことを大きくすることだけは避けたかったため、裏理事官にだけ報告し、風見さんを含め、降谷零を知る数人で手分けして降谷さんを探した。
その時に見つけた、幼子。
金髪と蒼眼のそのコントラストまさしく彼と同じで…。何故こんなところに赤ん坊がいるのかと疑問だった。まわりに人ひとりいない。
服さえも着ていなかった。育児放棄だろうか。
そう思って近場の警察署に駆け込んだが私が彼を別の警察官に預けようとしたらギャン泣きされた。
一向に離れようとしないので、あんたが本当の母親なのではと疑われそうになったが違うと全力否定した。見た目完璧違うだろうが。とりあえずこの子の親を探してもらうのと同時に一時的だが私が彼を預かる手続きをすることにした。
ちなみに署からでたらピタリと泣き止んだので、ちょっぴりこのやろう。と思ったことは、内緒だ。
幼児は基本的にわたしのそばにいる分には大変大人しい子だった。
ただ、私が仕事で誰かに子守りを頼もうとすると盛大に愚図るので、結局彼がいなくなるまで私は彼をつれて出勤していた。
名前はつけなかった。
愛着が湧いてしまわぬように。
それでも人間というものはそう簡単に割りきれるものではなかったらしい。
幼子がいなくなってからの喪失感。
知らぬ間に私は幼子に依存していたようだ。尊敬していた上司が消え、生死もわからない状況でそれでも最低限人間らしい行動をとれていたのはまず間違いなくあの子のお陰だった。彼の生死が気になって寝れない夜もあの子を見れば少しだけ気が紛れたし、今自分が疲労で倒れたら誰がこの子の面倒を見てやるのだ、という責任感もあって、ある程度体調管理には気を付けていた。
あの子のいない今、寝ることも食べることさえも満足にできない。
風見さんが心配して何度も声をかけてくれるが、それでも寝るのが怖かった。
いつもそうだ。
大切なものはすぐに手から零れ落ちる。
ガシャン
遠くで大きな音が聞こえた気がした瞬間
目の前が暗転した。
[newpage]
フワフワとした、浮遊感
遠くで誰かに呼ばれた気がした。
耳障りのよい、少し高めのその声は聞き覚えがある気がする。
なにいってるの?
聞こえないや
まって、もう一度
不意に声が近くなった。
「雫」
その声に導かれるように、ゆっくりと瞼があがる。ボヤける視界のなか、ずっと探していた琥珀色の髪と心配げな蒼がこちらを覗いてちる。
なんだ、まだ寝ぼけているのかわたしは。こんなところに降谷さんがいるはずもないのに。
でも、もし夢でも帰ってきてくれてたのならば。
「お、かえ、り、なさ、い」
言いたかった言葉を言って満足して再び眠りについた私は、その言葉とともに普段まったく仕事をしてない表情筋がここぞとばかりに動いたせいで、顔面を両手で覆って悶えてる上司がいたことも、その上司に急に口説かれ始めることになることも、まだ知らない。
[newpage]
補足
降谷さんは、どうにか彼女のスマホをつかって新一に連絡、新一がママんに金髪蒼眼美女になるように頼んで無事母親(偽)として零くん回収
志保ちゃんに身体調べてから元に戻してもらって、でも赤ん坊がいなくなって直ぐに俺が帰ってくるのも勘ぐられてはかなわない。と思ってもうしばらくしてから復帰しようかなっておもってた
そしたら藤宮が倒れたときいてすぐさまかけつけた。めっちゃやつれててごめんな、っておもって名字呼んでたけど、ちょっとうっかり、下の名前で読んだら気絶していた彼女が目を覚まして見たことないくらい優しい笑みを浮かべて微笑んできた顔に見惚れてしまいどうしようもなくて天を仰いだ。
たぶんこのあと部下のこと好きになる
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仕事場では鉄仮面な女が幼児化した降谷を拾う話。あんまりのろけてはないきがするけどのろけてると言い張る。
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嫌われてると思っていた部下が幼児化した俺に俺のノロケを言ってくる
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10068021#1
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あぁ、ここはどこだろう。ギャリーは重い瞼を何とか開いた。
真っ暗な床に投げ出された自分の足が見える。
思い出そうと記憶を探ってみるが頭が痛くて何も思い出せない。
「…イヴ」
カラカラに乾いた喉から飛び出た言葉にギャリーは重い瞼をもろともせず瞳を大きく見開いた。
そうだ。イヴは、一緒にいた少女はどうなったのだろうか?
自分は確か、そうだ。メアリーにイヴの薔薇を奪われて自分の薔薇と交換したのだ。
そして凄まじい苦痛に襲われた。それからどうなったかは覚えていない。
ギャリーは立ち上がるとあたりを見回した。床には散らばる青い人形と頭の無いマネキン人形。
遠くには上へと続く階段が見える。
「イヴ……」
まだ重い体をひきずって階段を上っていくと、部屋一面に青い薔薇の花弁が散らばっているのが見える。
その瞬間にギャリーは全てを理解した。自分の命はもうすでに散ってしまったのだ。
実感がわかない。自分はこんなに絶望することが出来ているのにもう死んでいるらしい。
いっそ意識なんて永遠に戻らなければよかったとギャリーは床に膝をつく。
涙は出ない。出そうと思っても出し方が思い出せないのだ。
「最低…」
自分は一生この美術館に囚われて生きていかなければいけないのだろうか?
いや、もう死んでいるのだから生きていくというのはおかしいのだろうか。
「そうだ…イヴ…」
彼女は無事に脱出できているのだろうか?
ギャリーは立ち上がるとさらに上へと続く階段に気が付いた。
こんな階段はあっただろうか? 痛い頭をフル稼働してみるが思い出せない。
雰囲気の変わった部屋を見回しながらギャリーは恐る恐る階段を上っていく。
広い部屋の奥に何かが見えて歩みを進めると、そこには焦げた額縁と燃えカス、パレットナイフが転がっていた。
「これ、メアリーの?」
パレットナイフというだけで断言するのは早計かもしれないが、そんな気がした。
空になった額縁はもしかしたらメアリーの絵が入っていたのだろうか?
それを燃やした? 誰が?
ギャリーは何かに気付いて慌ててポケットを漁りだす。
無い、無い。愛用のライターが無くなっているのだ。
そしてギャリーは確信する。イヴが絵を燃やし、メアリーは…
「こんなになっちゃったわけか…」
ギャリーは屈むと燃えカスを人差し指と親指で摘んだ。
指をすり合わせると黒い粉になって床へと落ちていった。
あっけないものだ。自分達を苦しめた少女の末路を思うと可哀想にと思いつつも
ざまあみろ、という言葉が思い浮かんだ。
メアリーのせいでギャリーはこの美術館に囚われることになってしまったのだから
心の中で悪態をつくことぐらい許されるだろう。
[newpage]
暗い部屋が急に明るくなってギャリーは明かりの方へと視線を移した。
額縁の中が光っている。不思議に思って屈むのを止めて立ち上がると、額縁の中に人が見えた。
「ちょっと!? 何よこれ!!!」
額縁の中の人物は初老の男性と女性だった。2人で楽しそうにお喋りをしている。
知り合いかと見つめてみるがギャリーに心当たりはない。
しかし彼らの背景に飾られた絵に見覚えがある。彼らの背景は美術館だった。
ギャリーは額縁の中に手を伸ばすが、そこはまるで映画のスクリーンのようになっていて触れることが出来ない。
「助けて!! アタシはここよ!!!」
どんどんと額縁や額縁の中を叩いても、中にいる人物達は互いに喋り合っていてギャリーに気付く素振りもない。
叫んでも届かない。どうなっているのだ、とギャリーは一度叫ぶのを止めて額縁から聞こえる声に耳を澄ます。
「いつ見てもこの作品の青はゲルテナの最高傑作だ」
作品? ギャリーが疑問に思っている間に彼らはどこかへ消えてしまう。
待って!と叫んでみたがやはりギャリーの言葉は彼らには届かなかった。
程なくして今度は若い男性が額縁の前に立った。後ろで手を組み、ふむふむ、と言いたげに頷いている。
やっぱりいい絵だねぇ、そんな言葉が聞こえてギャリーは自分のおかれている状況を理解した。
薔薇をなくしているということは命が無くなったということ、それでも動けているのは…
「アタシ、絵になっちゃったのね…」
信じられない。そんな非現実的なことが自分の身に起こるなんて…。
もう見ていたくない、ギャリーがそう思うと急に外の景色が消えてゆっくりと絵が現れる。
額縁の中には眠ったギャリーが描かれていた。あぁ、この絵なのかとギャリーは無言で絵を見詰める。
そして絵も見ていたくない、と思うとまた外の景色が映し出される。
ギャリーは涙が出そうだった。しかしやはり涙は出ない。
涙が出ないのはもしかしたらギャリー自身が絵になったせいかもしれない。
いや、今となってはもうどうでもいいことだ。自分はもう死んだのだ。
絶望に打ちひしがれるギャリーの心情は額縁の中の人間、いや、外の人間には誰にもわからない。
若い男性はもういなくなっていた。今度は小さな少女がやってきてギャリーを見つめる。
ギャリーはその視線と人物に気付き、目を開いた。
「イヴ!!!!!!!!!」
ギャリーは額縁に飛びついた。
赤いリボンを揺らしたイヴが深刻な面持ちでギャリーの目の前に立っていた。
無事だったのか、とギャリーは嬉しさに目を細めつつも
やはり自分だけが取り残されてしまった現実に唇を噛み締めた。
「……」
目の前のイヴは何も喋らない。ただずっと悲しげな瞳が絵を見つめているだけだ。
時折、小さな口が言葉を紡ごうとするのだが止めてしまう。
『閉館の時間になります…』
そんなアナウンスが額縁の中から聞こえる。
イヴは動こうとしなかったが、美術館の職員に背を押されてギャリーの前から消えていく。
名残惜しそうな瞳がギャリーを最後まで見つめていた。
「……これでよかったんだわ」
1人残されたギャリーが自嘲気味に笑ってその場に座り込んだ。
[newpage]
あれから毎日イヴはギャリーの絵を見に来ていた。
平日は放課後から夜まで、休日は開館時間から1日中絵を見ていた。
ギャリーは数日ひたすらイヴに話しかけ続けたが、イヴがギャリーの声に気付く様子はなかった。
それどころか、イヴは自分の名前やこの美術館での出来事を全く覚えていないようだった。
思い出せない、あなたは誰? という泣きそうなイヴの声にギャリーは胸が酷く痛んだ。
次第にギャリーはイヴに喋りかけるのをやめてイヴを見つめるだけになった。
イヴをよくよく眺めていると、ギャリーはイヴの胸元に赤い薔薇があることに気付いた。
その薔薇はイヴが持っていた命の薔薇に似ている気がした。
最初はブローチか何かだと思っていたのだが、それはどうやら自分にしか見えないようだった。
「やっぱりイヴは赤が似合うわねぇ…」
1人暮らしのOLがごとく、ギャリーは額縁に映るイヴに向かって独り言を呟いていた。
勿論返事は返ってこなかったが、毎日遊びにくるイヴにギャリーは少しずつ元気をもらっているようだった。
「でもイヴの他には誰も覚えてないなんて。薄情だわぁ…」
忘れられた肖像、と名づけられたギャリーの絵はその名の通りとなった。
ギャリーは美大に通っており、時折美術館に同級生や友人を見かけたのだが、
ギャリーの絵を見ても友人達は感想を言い合うだけで誰1人としてギャリーを覚えていなかったのだ。
命どころか存在すら奪われたギャリーにとって、イヴは唯一自分をおぼろげとはいえ覚えてくれている存在だ。
イヴが思い出してくれればここから出られる可能性もあるのではないか、そんなちっぽけな希望がギャリーの心を慰めた。
「貴女、いつもこの絵を見に来てくれるのね?」
「!」
突然見知らぬ女性に声をかけられたイヴはビクリと肩を揺らす。
イヴに声をかけたのはスーツを着た女性だ。美術館の職員なのだろう。
名前の書かれたプレートを胸につけている。
「この絵が好きなの?」
「…はい」
イヴは小さな声で女性の問いかけに返事をしている。
女性は嬉しそうに微笑んだ。
「美術館で働いている人達はみんな貴女を知っているのよ?」
「え?」
「毎日とっても熱心に見に来てくれるって」
イヴは美術館中に自分が知れ渡っていることが恥ずかしいのか頬を桜色に染める。
ギャリーは恥ずかしがるイヴの様子に、あらら、と笑った。
「でも残念ね。今日でゲルテナ展は終わってしまうの」
「え…」
職員の言葉に驚いたのはイヴだけではない。ギャリーもだ。
嘘でしょ、と瞬きもせず額縁の画面に見入っている。
「もうこの絵は見れないの? 私、大事なことを思い出さなきゃいけないの!」
「え?」
「私、思い出せないの、この人、大事なのに…!」
イヴが必死に職員に訴えているが、職員は何のことかわからず、困ったなと眉を下げている。
だが次の瞬間、職員は、あ、と口を開いて微笑むと涙目になっているイヴの肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「でも今回盛況だったから、来年もやるって館長が言っていたの。来年の今頃また彼に会えるわ」
「本当?」
職員の言葉にイヴはパアアと表情を華やがせたが、すぐにしゅんと肩を落とした。
9歳にとっての1年は長い。イヴは何回目の日曜日なのかな、と項垂れている。
ギャリーはそんなイヴの頭を撫でたくて手を伸ばすが、壁に遮られて届かなかった。
来年、また会えるのだろうか。今のギャリーにとって生き残ったイヴは小さな希望の光のようだった。
その小さな光をギャリーは眼に焼き付けるように見つめていた。
[newpage]
次にイヴに会うまでの1年間で、ギャリーは叫ぶほど嫌がっていたこの美術館に完全に慣れてしまった。
上半身を絵画から出して追いかけてくる女達も、無個性と名づけられたマネキンも
薔薇の無いギャリーにとっては何の脅威でもなかった。
薄気味悪くて嫌っていた赤い目を持つ青い人形もトテトテと自分についてくる様子は意外と愛らしい。
「あ、ちょっと見て見て。あいつ絶対ヅラね」
ギャリーは額縁の中から偉そうにしている男を指差して笑っている。
青い目の人形も心なしか楽しそうにぴょこぴょことギャリーの横で跳ねている。
「意外と退屈しないのね」
目新しいものは無いが、絵を書いたり本を読んだりすることも出来た。
退屈な事もあったが何とか乗り越えた1年、待ちに待った瞬間にギャリーは心が躍る。
「イヴ、また来てくれたのね!」
イヴは再びギャリーの前に現れた。久々に見たイヴ。懐かしさに胸が締め付けられるようだ。
イヴも嬉しそうにギャリーを見つめている。何時間も飽きることなくギャリーに微笑んでくれていた。
それからイヴは毎日美術館に通ってくれていたが、1ヶ月ほどでゲルテナ展は終わりを迎えることになった。
「また会いに来るね。毎年絶対、会いに行くね」
「えぇ、きっとよ」
現実と非現実の狭間で2人は約束を交わすと再び離れ離れになった。
イヴは約束を違えることは無かった。
次の年も、その次の年もギャリーに会うために美術館に通った。
最初はただ見ているだけだったイヴは、少しずつギャリーに話しかけるようになった。
離れ離れになった1年間で何があったのかを報告するようにイヴはギャリーに沢山の話をした。
イヴの父が美術館長と懇意にしているので、毎年この美術館でゲルテナ展を開いてもらうようにお願いしたことも聞くことができた。
「美人になっちゃって…」
3年間でイヴは身長も伸び、少しずつ大人びていった。
男子三日会わざれば刮目して見よ、というが女子もそうなのだろうとギャリーはイヴの成長を心から喜んだ。
「ん? …1、2、3、4、5、6、7? イヴの薔薇って花弁は5枚だったわよね?」
ギャリーはイヴの胸にある赤い薔薇の花びらが2枚ほど増えていることに気付いた。
何度数えても確実に5枚以上はある。確か自分は10枚だった。
「やだ。こんなとこも成長してるのね」
イヴの胸の薔薇はイヴの精神の現れなのだろうか?
だとすれば少しずつイヴの中身も大人になっているのだろう。だいたい2年で1枚増えているのだろうか?
そうならすぐに追い越されてしまうのだろうな、とギャリーは感慨深げにイヴを見つめた。
[newpage]
「本当、イヴの薔薇は綺麗」
不思議なことにギャリーはイヴだけではなく他の人間が持つ薔薇も見ることが出来た。
薔薇はどうやら特別な人間しか持たないものらしい。
ギャリーはとあるお爺さんの胸元にピンクの薔薇が見えたことがある。大輪の薔薇だったのでよく覚えていた。
後から本棚で薔薇の花言葉集という本を見つけ、上品、という意味だと知って納得した。
身なりのきちんとした上流階級の匂いがする人だったからだ。
おじいさんは『君の好きだった絵だよ。素敵だね』と手に持っていた写真のおばあさんに話かけるとにっこり笑って次の絵画を見に向かった。
「あの薔薇も大輪だったけど、イヴの薔薇もそうなるのかしら…」
嬉しいような、寂しいような。
いつかあのおじいさんのようにイヴも旦那の写真と一緒に会いに来てくれるのだろうか。
もしくはイヴの旦那がイヴの写真を持って来て…
「いやいやいやいや。まだ早いでしょ」
まだ彼氏も出来ていないというのに…。ギャリーは両手をあげて肩を竦めてみせる。
それにイヴはギャリーの絵に夢中だ。ギャリーを思い出そうと必死に会いに来る。
そしてあなたが一番気になる人よ、と笑いかけてくれるのだ。
しかし…
「まだ、名前も思い出してくれてないのよね」
ギャリーは深い溜息をついた。この暗い世界でギャリーを照らしてくれる光。
狂った世界からギャリーを正気に戻してくれるのはいつもイヴだった。
イヴは今もなお絶望の淵に立つギャリーを救ってくれている。
ギャリーは額縁に近づき、イヴの頬の部分にそっと唇を落とした。
愛しいイヴ。自分が守った大事な存在。
早く思い出して欲しい。誰1人として自分を覚えていない世界は寂しすぎる。
[newpage]
しかしギャリーの祈りもむなしく、イヴは何も思い出さぬままさらに3年の月日が流れた。
もうイヴは高校生になっていた。
「やだ。それ制服なの? 可愛いー」
イヴはグレイのチェックのスカートにワッペンのついた学校指定の白いベストを着ている。
胸の薔薇はまた花弁を増やしていた。
髪は腰まで伸び、いつもさらさらだ。イヴが少し動くだけで蛍光灯の光が髪を照らして天使の輪を作る。
白い肌は彫刻のようだ。触れたらどれほど柔らかいだろうとギャリーは映し出されているイヴを指先でなぞる。
可愛いイヴ。今年もまた会えた。会いたかった。
1年は長い。どれほど焦がれていただろう。
会えない時間は気が狂いそうだった。ひたすらキャンバスにイヴの絵を描いて過ごすこともあった。
「イヴ…綺麗になっちゃって…」
イヴはギャリーの絵に向かって高校に入ったことや美術部に入ったことを話している。
まわりの客達はイヴを気味悪がっているのかあまり近寄ってこない。
たまにイヴが黙っているとチラリとだけギャリーの絵を見に来るぐらいだ。
それでいい。イヴ以外はギャリーにとってどうでもいいことだった。
「アンタと喋って笑いあって、一緒にいたいわ」
イヴに会いたくて、会いた過ぎてもう1度この不気味な美術館にイヴを誘うことも考えたほどだった。
だが残念なことに1度ここを出た人間を誘うことは出来ないらしく、ギャリーは憤慨し何度も壁を蹴り続けたこともあった。
しかし逆を言えば1度もこの場所に入ったことの無い人間を誘うことはできるということ。
そしてメアリーがどうしてギャリーの薔薇を欲しがっていたのかも理解していた。
ギャリーは何度もこの2つの誘惑に心を揺さぶられたが、実行できる機会は無かった。
薔薇を持つ人間はイヴ以外おじいさんしか見たことがなかった上に
あれから1度もおじいさんが美術館に訪れることはなかったのだ。
[newpage]
ある日の夕方、イヴはなかなか美術館に訪れなかった。
ギャリーはイライラしながら額縁の前でイヴを待っていた。
「あぁもう!! アンタ達なんかどうでもいいの!!!」
他の客に眺められているのも気に食わない。
ギャリーは暗く広い部屋に響き渡るほどの大声で癇癪を起こしている。
「あ!」
よやくイヴがやって来てギャリーは額縁にしがみついた。
ギャリーは満面の笑みを浮かべたが、その笑顔は一瞬で消える。
「この絵?」
「そう、素敵でしょう?」
イヴは同年代の少年と一緒にギャリーの前に現れた。
一緒にいる少年はイヴと同じような白いベストを着ている。同じ学校の生徒なのだろう。
ギャリーは口元を引くつかせた。イヴは笑顔でこの絵が自分にとってどれほど大事かを少年に喋っている。
いつもなら嬉しいはずのイヴの言葉も今はギャリーの耳には入らない。
「何で? 何で何で何で!!?? 何でなのよ!!!!!!」
ギャリーは額縁を強く握り締める。ガタガタと額縁を揺らしながら叫びに似た大声をあげた。
イヴはいつも1人で来ていたし、異性の話が出たことも無かった。
貴方が一番気になるの、と言ってくれた言葉をギャリーはどれほど励みにしていたことだろう。
「愛してる! イヴ愛してるの!! お願い!!! 思い出してっ!!!!」
狂わないように、それを意識させていたギャリーの頼みの綱は他でもないイヴだった。
届くことのないイヴを愛してしまった。いつからかはわからない。
盲目的に彼女しかいないと感じるようになってしまっていたのだ。
「へぇ、綺麗な人だね」
「うん。9歳の頃からずっと好きな絵なの」
「そっか…。結構イヴは面食いなんだね」
「そ、そうかな?」
「俺じゃ、太刀打ちできないかも」
「え?」
2人の親密な会話にギャリーは眉間に皺を寄せて壁を蹴り続けた。
許せない。イヴと一緒にいる少年の全てが気に食わないし、許すことができない。
少年は背も高く、容姿はイヴと並んでいても見劣りしないほど整っている。
絵を見たい他の客にも、どうぞ、と場所を譲ったりとやたら爽やかだ。
嘘だ。こんなのイヴにいいところを見せたいからに決まっている。
ギャリーは顔を引きつらせて届きもしない罵詈雑言を男に投げつけ続けた。
「こんな男っ…!!!!」
がりり、と男に向かって爪を立てるとギャリーはある物に気付いて目を開いた。
持っている。イヴと一緒にいる男は胸に薔薇を持っている。
純白の薔薇がベストに馴染みすぎてよく見えていなかったのだ。
「これさえあれば…!!」
イヴに会える、そう思った。しかし、彼を犠牲にすればイヴはきっと悲しむだろう。
目の前のイヴは幸せそうに頬を染めている。ギャリーにはすぐにイヴが少年に好意を持っていることがわかった。
天使のような笑顔のイヴ。この笑顔を奪うことがどれほど罪深いだろうとギャリーはなけなしの理性で考える。
『別にかまわないだろ』
聞こえた言葉にギャリーは慌てて振り返った。
この部屋に自分以外の誰かがいる。無個性?青い人形?それとも絵画の女?
声はどこかで聞いたことがある。近づく足音に身構えたギャリーは自分に近づく足音の持ち主が誰か気付き驚愕した。
『そうだろう? 俺はイヴに会いたい』
目の前にいたのは自分だった。鏡があるのかと錯覚するほどそっくりだった。
驚くギャリーを無視して”ギャリーの紛い物”はギャリーに近づいてくる。
『なぁ、ギャリー。お前は7年も耐えた。そろそろ限界だろう? 早くここを出よう。イヴも待ってる』
ギャリーは両手で耳を押さえた。まるで心を見透かされているようだ。
悪魔の囁きに耳を貸すわけにはいかない。
そんなギャリーの思惑もむなしく、声はギャリーの頭に直接響いてくるようだった。
耐え切れない。苦しい。辛い。ネガティブなワードがギャリーの頭をぐるぐると巡る。
プツンと何かが切れたような音がした。
[newpage]
「ハァ…ハァ…!!」
ギャリーは走った。自分が倒れていた場所に目当てのものを見つけて走り続けた足を止めた。
そこには7年前の自分と同じく、イヴと一緒にいた少年が行き倒れていた。
まっすぐ腕が伸びており、その先には花弁の少ない白薔薇が落ちていた。
ギャリーはその白薔薇を拾うとゆっくり引き返すように歩き出す。
罪悪感に後ろ髪を引かれながらもギャリーが後ろを振り返ることはなかった。
「このままじゃダメよね」
額縁があるいつもの部屋でギャリーは持ってきた花瓶に白い薔薇を生けた。
薔薇は一瞬で花弁を増やした。白い薔薇の花弁はギャリーのものより少なかったが、
それでも1本分の生命力さえあればギャリーは元の世界に戻ることが出来るだろう。
そんな妙な確信があった。
「さっきのあいつ、何だったのかしら…」
自分にそっくりなあの男は一体何者だったのだろう。
人のような気配はするくせに絵画の女や無個性と同じ空気を身に纏っていた。
いや、今は深く考えるのはやめよう。今自分にとって大事なものはイヴ以外にない。
イヴ以外どうでもいいのだ。そうだ。それでいい。
しかし花弁を千切ろうとすると指が震える。
良心がギャリーの罪を止めようとしているようだった。
「なんで…っ…出来ないのよ…っ」
ギャリーは崩れ落ちると白い薔薇の茎をぎゅっと握った。
棘が刺さっているはずなのに痛みは全く無かった。
『あんな傲慢な男、イヴには似合わない』
聞こえたのは先ほどの男の声だ。自分と同じ声。紛い物の自分だ。
部屋の片隅で男は腕を組んで壁にもたれかかっていた。
「もう消えてよ!!!!!」
叫ぶギャリーの言葉に紛い物は笑っている。全て分かっている、と言わんばかりだった。
紛い物はギャリーの持つ白い薔薇を指差した。
真っ白な薔薇。イヴの赤い薔薇と並ぶととても良く映えるだろう。
この薔薇を持つ少年は本当に好青年なのだろう。薔薇の花弁は一枚一枚全てが美しかった。
「アタシはイヴが悲しむことなんかしないわ!!」
『まぁそう言うなよ。いいことを教えてやるからさ』
「……え?」
『白い薔薇の花言葉』
「尊敬でしょ? 知ってるわよ」
ちっちっち、と紛い物は人差し指を立ててメトロノームのように横に振る。
『意味はそれだけじゃない』そう続けてペロリと上唇を舌で舐めた。
『―――――』
聞こえた言葉にギャリーは目を開いた。
これが傲慢じゃないなら何なのだ。と紛い物は高笑いした。
[newpage]
「あれ?」
イヴは急にハッとしてあたりを見回した。
いつも通り絵画を見に来ている。何の問題もないはずだが違和感を感じたのだ。
今日は確か2人で絵画を見に来ていたはずだ。
しかしまわりには見知った顔が誰もいない。それに酷い胸騒ぎがする。
「イヴ!」
呼ばれて振り返ると、ほっとしたようにイヴは微笑んだ。
良かった。1人ではなかった。近づいてくる男性にイヴは飛びついた。
「ギャリー!!」
「イヴ! もう! 美術館で飛びついちゃだめよ!」
ギャリーは抱きついてくるイヴに手をまわして、身体をゆらゆらと振ってみせる。
イヴがそれに揺られてきゃっきゃと楽しそうな声をあげた。
「どこに行っちゃったかと思ったわ」
「ちょっと近くの花屋までいってきたのよ」
「え? なんで?」
「わからないけど行きたくなったの!」
ギャリーの言葉にイヴは不思議そうに目を丸くしている。
なかなか離れないイヴにギャリーは苦笑した。
「甘えんぼさん」
「ご、ごめんなさい。なんだか、すごくすごく久しぶりな気がして」
イヴは慌ててギャリーから離れると、変なの、と首を傾げる。
ギャリーは首を傾げるイヴの頭を撫でた。
「今日はもう絵を見なくていいの?」
「もう閉館時間だもの。誰もいなくなちゃったわ。私達で最後なのかしら?」
「ねぇ、イヴ」
「? 何、ギャリー?」
「もうここに来るのは止しましょう」
ギャリーの言葉にイヴは小さく、え、と呟いてギャリーを見た。
ギャリーは優しく微笑んでいる。
「あんなことがあって、アタシイヴのことが心配なの。お姫様がまた攫われたらって」
「ギャリー…」
「勿論、アタシがいつでもイヴを守るけど、君子危うきに近寄らずって言葉もあるじゃない?」
だからお願いと頼み込むギャリーに、イヴは目当ての絵画を見つめて黙っている。
そこには眠っているような表情の美少年が白い薔薇と共に描かれていた。
忘れられた肖像、この絵を見ているとイヴは胸が苦しくなる。何か大切なものを失くしてしまったようで…
「わかった。ギャリーがそう言うなら…」
「ありがとうイヴ。じゃあこれはお礼よ」
ギャリーはポケットに挿していた1輪の薔薇を差し出した。
真っ白なその薔薇にイヴは目を奪われる。
「さっき花屋で見かけて買ってきちゃったの。素敵でしょう?」
「ギャリー! ありがとう。とっても綺麗。でも私、今何も持っていなくてお返しできないの…」
「あら、じゃあこれを頂こうかしら」
そういってギャリーは中腰になるように屈んでイヴの唇に自分の唇を押し付ける。
閉館時間前で誰もいない館内。そこにはイヴとギャリーと絵画だけだ。
抵抗しないイヴをいいことに、ギャリーは柔らかいイヴの唇をゆっくり堪能してから離れた。
「ギャ、ギャリー! ここ美術館よ!」
「もう誰もいやしないわよ。ねぇ、イヴ、アタシアンタが大好きよ。昨日までも、これからも変わらないわ」
「わ、私もギャリーのこと大好き」
恥ずかしそうに頬を染めて俯くイヴをギャリーは抱きしめる。
イヴの背後には白薔薇の少年の絵が飾られていた。
「ギャリー、今だから言えるけれど、私ね。きっとこの絵の男の子に恋をしていたの。
だからずっと胸が苦しくて会いたかったんだわ」
「あら、アタシよりも先に好きになった人がいたなんてショックだわ」
ギャリーの茶化すような言葉にイヴは、もう!と頬を膨らませた。
イヴはギャリーから離れると白い薔薇の匂いを嗅ぐ。
ギャリーは嬉しそうなイヴの肩を抱いて絵画を背に歩き出した。
「なんだか不思議。ギャリーの薔薇は青いイメージだったから」
「あら、白も意外と似合うのよ?」
「えぇ! 今気づいたわ」
「でしょう?」
ギャリーは顔だけちらりと後ろを振り返る。
忘れられた肖像、その少年の持つ白薔薇をギャリーは冷たい視線で見つめていた。
少年は思っていたのだろうか、自分こそイヴに相応しい男だと。
だとしたらそれは大きな勘違いだ。
アンタなんかにイヴは相応しくない。アタシこそ、イヴに相応しいのだ。
ギャリーは一瞬口角を上げて笑うとそのままイヴと美術館から出て行った。
この美術館に2人が戻ることは2度と無かった。
『白薔薇の花言葉:私はあなたにふさわしい』
[newpage]
ここから先はHAPPY ENDじゃないと夜怖くなって眠れなくなる筆者が
たまらず付け加えたオマケになります。
コメディがあまり好きでない方はブラウザバッグをお願い致します。
HAPPY ENDじゃないと眠れない方は次へお進みください。
ここまでの閲覧ありがとうございました。
[newpage]
「!」
「ギャリー、大丈夫?」
魘されていたよ、とイヴは心配そうな表情でギャリーを見つめている。
ベッドから起き上がるギャリーはタンクトップなのに汗だくになっていた。
そうだここは自分の部屋、イヴが泊まりにきていたはずだ。
恐ろしく後味の悪い夢をみていたようだ。落ち着いてきたら急に体が寒くなった。
「嫌な夢みたわぁ。メアリーに花弁千切られて死ぬ夢だった」
さすがに詳細な内容を伝えればイヴに嫌われそうだったので
後半は省かせてもらった。イヴはその言葉に青ざめている。
「私もいろいろ思い出しちゃった。あの時は本当心臓が止まりそうだった。
青い花弁が1枚しかくっついてなくて…」
「まさか池に直につけにいったって聞いた時は大笑いしたけどね」
「もう! 私は笑い事じゃなかったわ! 必死だったのよ!」
イヴは眉間に皺を寄せて厳しい表情を作っている。暗い部屋の中でもよくわかった。
そんな表情もギャリーにとっては可愛らしい以外の何者でもない。
「2人で脱出してからもう7年も経ってるのよね…」
「うん。なんだか夢だったみたい」
「でも確実に不思議な経験したわ。アタシ達」
インディジョーンズも真っ青の冒険よね、と笑うギャリーにつられてイヴも笑う。
イヴはそのままギャリーのいるベッドに潜るとギャリーにぴったり寄り添った。
「こら、悪戯っこ」
「一緒に寝る」
「もう高校生なんだから1人で寝なさい」
「2人で寝たら怖い夢はもう見ないわ」
イヴは笑いながら早く早く、と枕を叩いてギャリーに横になるよう促してくる。
女子高生と同衾なんて、イヴは天使の顔をしてるけどしていることは小悪魔だ。
「ねぇ、イヴ。もしもアンタの好きな誰かがアタシの代わりに犠牲になったらアンタはどう思う?」
「え?」
「3人であの世界に迷いこんで、片方は絵になって、2人は現実の世界に戻ってくるの」
ゆっくり横になりながら、ギャリーはイヴに問いかける。
いきなりされた突飛な話にイヴはう~んと唸った後、あ、と声をあげる。
「私が残るわ。そして2人の幸せをずっと絵の中で祈ってる」
イヴの言葉にギャリーは目を細めた。
あぁ、そうだった。イヴはこういう子だ。
自分を犠牲にしても他人の幸せを願うほどの愛情と情熱を持っている。
「そしたらイヴの好きな人だけ現実に戻してアタシはイヴと残るわ」
「それじゃ意味が無いわ」
「意味あるわよ。アタシ、イヴがいないと生きていけないもの」
ギャリーの言葉にイヴは目をぱちぱちさせている。
自分を見つめるイヴに、ギャリーは『何よ』と言いたげに視線を返した。
ふふふ、と笑い出したのはイヴだ。嬉しそうなイヴの腰に手を回してギャリーはイヴを抱きしめる。
「ねぇ、イヴ。怖い夢を見ない方法思いついたんだけど…」
「え! すごい!」
「寝なきゃいいんじゃないかな…」
「……ギャリー? 手が服の中に入ってるよ」
「ね? いい案でしょ?」
もう、と呆れるようなイヴの声にギャリーは楽しそうに笑っている。
2人に幸せな時間が訪れれば悪夢の面影はもうどこにもなくなっていた。
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※肖像END前提となっております。ギャリーがイヴを愛しすぎてヤンデレです。捏造盛り沢山にくわえてオリジナルモブ注意。 ■終わりに一応オマケで救いをいれておりますが、シリアスのみでも読めるようになっております。 ■イヴとギャリーが幸せになるためなら多少の犠牲は仕方が無いですよね…! ■4/28DR40位頂きました!閲覧・評価・ブクマありがとうございます。 ■ブクマコメはコメント欄にてお返事させていただいております。
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【ギャリイヴ】私は貴女にふさわしい
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006819#1
| true |
注意事項
このお話しは「都市伝説」と言われているものが出てきますが、必ずしも皆さんが思っている方たちとは違います。ご了承ください。また、年代や云われなど調べて書いてますがネット情報によりいろいろ言われておりますので違ったりしております。
コナン夢ですので、キャラ崩壊・捏造設定などがたくさんあります。
スコッチ生きてます、ヘタレです。
ライはすでに別人です、スパダリのライはいません。
視点がころころ変わります。
今回は、夏だ、温泉だ、ポロリはないよ!?と夏風邪引くやつは○○の2本だてでございます。
何でも大丈夫な方のみOK?
[newpage]
【口裂け女】
1979年の春から夏にかけて日本で流布され、社会問題にまで発展した都市伝説。2004年には韓国でも流行した。
都市伝説は全国の小・中学生に非常な恐怖を与え、パトカーの出動騒動や、集団下校が行われるなど、市民社会を巻き込んでパニック状態にまで発展した。
血の目立たない真っ赤な服をきている、血の目立つ真っ白い服を着ている、など服装に関する噂も多い。
赤いベレー帽、赤い服を身につけ、赤いハイヒールを履いているともいう。
某地区では、赤い傘をさしており、この傘で空を飛ぶという。
三姉妹の噂がある。
赤いスポーツカーに乗って追いかけるという。
etc.
ちらりと俺と零が顔を上げると、口裂けちゃんはソファに座ったまま料理雑誌を読んでいた。俺の視線に気づいたのか、顔をあげ首を傾げ「どうしたの?」と聞いてくる。
今、俺と零の手元に日本の怪奇を掲載している雑誌が今手元にある。
赤井が買って口裂けちゃんの家に置いて行った雑誌だ。それを見つけた零が読んでいて、キッチンでコーヒーを入れていた俺を手招きして、二人してこのページを見た。
今日は珍しく午後から明日丸一日、休みだ。ここ最近働きづめだったので数カ月ぶりの休みなのだ。零は徹夜も続いたらしい。
「――口裂けちゃんって姉妹いる?」
「居ないけど?」
「....口裂けさんて車、持ってるのか?」
「スズキのラパンを持ってるけど」
「可愛いっ!!!ラパン可愛いよな!!」
「ちなみに色は...」
「ミントパールだけど」
「可愛いっ!!」
俺と零の二人して「可愛い」を連発しているが口裂けちゃんは首を傾げるだけだ。いや、その前に車持ってたんだ、口裂けちゃん!!
「免許ってちゃんと公安委員会から許可降りてるのか!?」
「あら、同じ質問をライダー君にもしてみる?」
「あぁぁぁ、そうだったぁぁぁ!!」
警察官である俺と零は頭を抱えた。無免許っ!目の前に無免許の方がいらっしゃるぅぅぅ、でも都市伝説ぅぅ!!!
「ちなみに車はどうやって購入を....」
「ふふ、内緒」
にっこりと目を細めて笑った口裂けちゃん。謎は謎のままで良いこともあると学んだ。
口裂けちゃんを挟んで俺と零が座る。赤井が買って来た雑誌を見せると「ふふ、面白いもの見つけたわね」と口裂けちゃんは目元を緩ませた。
「確かに赤いコートは着てたけど赤い傘とベレー帽はないな。ってか傘で飛ぶとか」
「前に東都タワーから飛び降りてたけど平気だったよな、口裂けちゃん」
「どこまでが本当なんだ、この本」
「そうねぇ、基本人間の噂だから。尾ひれ背びれが付いちゃうのよ」
「なるほどなぁ。ちなみにこの弱点の「ポマード」とか「べっこう飴」は?」
「熱々のべっこう飴を投げられたら人間だって火傷しちゃうじゃない」
「「確かに!」」
「普通に食べるには好きよ。美味しいわよね」
「「確かに!!」」
「ポマードの匂いの好き嫌いは人それぞれだと思うし、キつい匂いは誰だって好きじゃないでしょ?」
「「確かに!!!」」
そういわれるとここに記載されていることは人間だって嫌なことが普通に書かれているな、って思った。
「ならこの3姉妹っていうのは」
「愉快犯じゃないかしら?あの時代、流行ってたから」
「あー」
「赤いスポーツカーっていうのは」
「昔、赤い車に乗ってたことあるわよ。フェアレディZ(日産)だけど」
「あーなるほど。ならこれはあっているのか」
そして俺たちはなぜか口裂けちゃんの車で口裂けちゃんの運転でドライブをすることになったのだった。
「2人とも背が高いから、狭いかも?」
「平気、軽に乗ったの久しぶりだなぁ」
「最近の軽は思った以上に広いな。機能もいろいろあるし」
助手席に俺、後ろに零が乗って最近の軽は凄いな、とか言っている。
「で、どこに行きたいのかしら?」
「海行こうぜ、海!」
「山だろ、山!」
「ショッピングという発想はないのね?」
「人の多いところはちょっと....」
「一応、俺死んでる身だしなぁ?」
「そうねぇ、なら......あそこに行ってみようかしら?」
そういって口裂けちゃんが俺たちを連れて行ってくれたところは都心から離れた場所にあった旅館だ。10分程度の場所に海もある。
「季節がずれてるから観光客もほとんどいないし、ゆっくりできるわよ」
駐車場に車を止め、すたすた歩きだす口裂けちゃんに俺も零も慌てて後を追った。
「えっ、口裂けちゃんここどこ?えっ?勝手に入っていいの!?」
「えっと、予約とか必要ないのか?っていうか、え?」
木でできたログハウスのような入り口に何の迷いもなく入ると、カウンターに設置している呼び鈴を押した。
すぐに奥からカフェエプロンを付けた女性が出てくる。妙齢の活発そうな元気な女性が口裂けちゃんを見て満面の笑顔を見せた。
「口裂けちゃん!!お久しぶり!!」
「お久しぶり、磯撫でさん」
【磯撫で】
西日本近海に伝わる怪魚。
外見はサメに似ており、尾びれに細かい針がおろし金のように無数にある。近くの海を通りかかる船を襲う。その襲い方は実に巧みで、水を蹴散らして泳ぐのではなく、あたかも海面を撫でるかのように近づき、人を襲うまでは決して姿を見せない。そして尾びれの針で人を引っ掛けて海中に落とし、食べてしまう。
「急に来てごめんなさいね。3人なんだけどゆっくりできないかしら?」
「大丈夫!お食事はどうする?」
「お願いできる?」
「はい、任せて!!」
俺たちはすぐに部屋に通された。
「えっと、口裂けちゃん、これはいったい」
「俺、何も持ってきてない」
「ふふ、二人とも最近休みなしで働いていたでしょ。ここ温泉もあるし、食事もおいしいし、『人の目』もないからゆっくりできるわ」
「く...口裂けちゃんっ」
「金髪さんも目の下隈作ってるし、簡易的な食事じゃなくて美味しいもの食べて栄養つけなくちゃね?」
「口裂けさんっ」
嬉しすぎて思わず口裂けちゃんに抱き着いた。大の大人2人に抱き着かれてもヨロけるどころか平然と受け止める口裂けちゃん、マジ最強。
ここを経営しているのは人の生活に紛れた妖怪の方のようで先ほど会ったのは「磯撫で」という海の妖怪ともう一人いるらしい。磯撫でさんは江戸のころから伝わる怪異のひとつで、口裂けちゃんや花子ちゃんより大御所だが気さくな妖怪だから、と教えられた。
しばらくして一人の男が姿を現した。
「こんにちは、口裂けちゃん。お久しぶり」
「お久しぶり、和臣(かずおみ)さん」
その人は人間だった。白髪交じりの髪に、目元の笑いしわが優しさを醸し出している。日に焼けた肌を惜しみなく晒して、年齢は60代だろうか、という男性だった。そして口裂けちゃんに名前をたぶん本名を呼ばれた人間。
「お二人とも、好き嫌い、アレルギー苦手な食材はあるか?」
突如聞かれて、俺も零も慌てて首を横に振った。
「そうか、なら任せてくれ。先に温泉でも入ってのんびりして、用意が出来たら連絡するよ」
「えぇ、ありがとう」
ドクリと心臓が鳴った。ずっと俺の名前を呼んでほしいのに、呼んでくれない口裂けちゃんが呼ぶ人間の名前。羨ましい、ずるい、なんで。ぐるぐると渦巻く何かが、頭の中を占領した。
「景光」
耳元で名前を呼ばれ腕を掴まれる。零だ――。落ち着け、と言われて頷く。そうだ、まだ本名だとわかったわけではない。
「口裂けさん、今の人は?」
「和臣さん。磯撫でさんの旦那さんよ」
衝撃の事実だった。
[newpage]
温泉も食事も最高だった。貸し切り状態で誰にも邪魔されず、武器もない素っ裸の状態で1時間以上もいることがまずこの潜入捜査をして以来初めてのことだ。それも零と二人でぼけっと湯船につかり、露天風呂から眺める景色は最高で。零も同じく、最高に緩んだ顔をしてタオルを頭にのせている。
「――夫婦だって」
「あぁ、聞いた」
「妖怪と人間だって」
「そうだな」
「―――できるんだ、結婚」
「見た目は祖父と孫だったが」
「――そうだな」
食事後、しばらくしてまた二人で温泉に入りに来た。すでに23時を過ぎている時間帯で、口裂けちゃんは久しぶりに会った磯撫でさんのところに行って帰ってきてない。
「景光が今、何を考えているのか手に取るようにわかる」
「――」
「お前の好きなようにしたらいいんじゃないか。好きに恋愛できない公安だって相手が都市伝説なら文句も言えないさ」
パシャンと水音が響く。
「ゼロ......うん。そうだな。......でも」
前に会った『二口女』さんの表情がよみがえる。生気のない、疲れた表情で自分を解放してほしいと、自由にしてほしいと叫んだ彼女は。
150年も待ち続けた彼女は本当に幸せだったのか。
けど、今日あった磯撫でさんは本当に幸せそうな笑顔をずっと湛えていて。
対照的な二人の顔がの脳内を占める。
「景光は厄介な相手を好きになるなぁ」
「ゼロだって。人妻好きになってたじゃないか」
「―――今、それをいうか?」
軽く頭を叩かれて、風呂からあがる。何も持ってきてなかったけど、近くのコンビニで下着を購入したし、浴衣はこの旅館のものだ。湯冷ましの代わりに近くをフラフラしていたら声を掛けられた。
「和臣さん」
「やぁ、お風呂に入っていたのか」
「えぇ、24時までOKでしたのでギリギリまで楽しんでました」
「そうかそうか、ゆっくりできたなら良かった」
「和臣さんは何を?」
そういうと、ちょいちょいと手招きされて近寄れば、ドラム缶のようなもがあり、中を開けて見せてくれた。
「朝に出そうかと思ってな」
「スモークチキン、ですか。魚もある、あ、これはチーズ?」
「俺の趣味でな、味は保障する」
「楽しみです」
公安は基本、人が作ったものは食べれない。食べてはいけない。けど、俺も零も口裂けちゃんと出会ってから口裂けちゃんが作るものは食べるし、口裂けちゃんが「大丈夫」と言ったものは、疑いもなく食べている。俺は契約があるかもしれないが、零は契約はない。なのでそれは絶対的な信頼のようなものなのかもしれない。
「――あの、和臣さん....お聞きしたいことがあるんですが」
俺が意を決して声を出すと和臣さんは俺の見て、笑みを深めた。
「君の方だったか。どちらかな、とは思ってたんだ」
「?」
「お酒は好きかい?良い日本酒があるんだ」
季節外れの風鈴の音がチリンと静かになった。
年季の入った木のテーブルに木の椅子。どれも和臣さんの手作りらしい。そのテーブルの上に置かれた日本酒の瓶にまずは零が食いついた。
「『電光石火』だ!」
「おっ、知っているのか」
「名前だけは。なかなか手に入らない日本酒だと聞いてます!」
「はは、そうそう。福岡のお店でね。やっと手にはいったよ」
コップに注いでくれた日本酒はとても香りがいい。確かにおいしそうだ。そして、一口飲むとそのおいしさに顔がにやけてしまった。
「「うまいっ!!」」
俺と零の声が重なる。それに和臣さんは笑って、塩辛、豆腐、チーズなど酒のつまみを出してくれる。
「さて、聞きたいこと、とは俺と磯撫でのことかな?」
「あっ、はい。夫婦だと聞きました」
「そうだなぁ、俺が惚れて口説き落としたんだ」
「!?」
豪快に笑いながら、和臣さんはそういう。
「磯撫でと出会ったのは俺が20代の頃で、俺が漁師をしてた時だ。一人で漁に出ては近くの島で一泊して帰ってくる、というのを繰り返しててな。そこの島で出会ったんだ」
最初は普通に人間の女だと思って接していた。料理をご馳走になったり遊びに出たりするようになって、そのうち男女の関係になった。
いつかこの女性と結婚して普通の家庭を築くものだと思ってたよ。
俺が漁に出ると必ずと言っていいほど大漁だし、金も手に入った、家も買える金額になった時、指輪を買ってプロポーズに行こうと決心した時、俺が乗った船が貨物船と衝突してな、海に投げ出された。おとぎ話みたいだが、俺を助けてくれたのはその女性、磯撫でだった。
初めてみたよ、磯撫での妖怪としての姿を。人魚みたいな形を想像したか?違う違う、人魚じゃないよ、魚だ。本当に大きな怪魚の....魚の形だよ。何故、その女性かとわかったかって?目の色...かな。というより、俺が意識朦朧としている間、ずっと俺の名前を呼んでいたからな。
俺は助かったけど、それ以来その女性に、怪魚に会えなかった。プロポーズをするために買った指輪は海の中。俺はその女性を、磯撫でを探したけど会えず結局違う女性と結婚して、子供もできたが磯撫でを忘れられずに、離婚。まぁ、漁師の嫁という立場も嫌だったみたいだがな。子供を連れて都会に出て行ったよ。
俺もその土地を離れて違う土地へと行った。やっぱり海が好きだから、海の近くに行ったとき、磯撫でに会ったんだ。俺が50歳の時だ。30年間何も変わらない姿に驚いたよ。本当に人間じゃなかったんだって。磯撫でも驚いた顔をしてたな、可愛かった。30年前俺が事故って海に落とした指輪をしていた。
嬉しかった、ずっとそれを持っていてくれたことが。その指輪、君に渡したかったんだ。持っていてくれて嬉しい、と伝えたら「知ってる」って笑ってくれた。メッセージカードに名前とプロポーズの言葉を書いてたからな。
「それから10年以上、一緒にいる。夫婦っていうが書類を出しているわけじゃない。自称夫婦さ」
豪快に笑いながら少しだけグラスに残っていた日本酒を和臣さんは飲み干した。
今は二人でこの地で暮らしているらしい。のんびりと、誰にも邪魔をされず、たまに人間のお客様を持て成しながら、たまに『妖』のお客様を迎えながら.....
「恐怖とか、なかったんですか?」
「何を恐怖と感じるか、だな。人間だって良いやつもいれば悪い奴だっている。『妖』の世界にだってそうだろう?何度か怪魚の姿になっている磯撫でを見たが.....そうだな。「でかい」なとか「いい泳ぎっぷりだ」とは思ったが「恐怖」は感じなかったな」
「いい泳ぎっぷりって....」
「あとは、鱗がキラキラ光って綺麗だな、とか。目の色はやっぱり磯撫での綺麗な貝殻の眼だなとか。恐怖は、そうだな。このまま磯撫でをいつか置いていくことか」
「―――」
生きる時間の差、種族の差、それはどうしようもない。
待つといった二口女さんは150年待った。磯撫でさんも何百年と待つのだろうか。
「君は口裂けちゃんとずっと一緒にいたいと思うかい?」
「はい」
即座に答えた。ずっと考えていたことだ。
「口裂けちゃんは名前を呼ばないだろう?、理由を聞いたかい?」
「はい、名前は一番簡単な呪いだからと」
「そうだな。あの子は優しい子だから、きっと呼ばないだろうね」
「和臣さんは呼ばれてますよね?」
「俺は――苗字を捨てた」
苗字は先祖代々伝わっているもの、その人物の家系、その人物の歴史でもある。それを捨て一個人として、個体として生きることを決めた。
「名前を呼ぶことはその個人を縛ることにもなるが、その家系、これからのその苗字の家系すべてを縛ることにもなる。口裂けちゃんはそれが嫌なんだ」
俺はな、家族を捨て親戚を、親を、そして遠く離れて暮らす子供を捨てた。
そこまでして磯撫でと一緒になった。
俺は先祖代々の墓に入ることもないし、死んでもそのまま朽ち果てるのみだ。今後、子供たちと会うこともなければ親戚づきあいもない。俺の苗字だった家系とはすべて切り離したんだ。今までの俺が生きて育ってきた『浅野』という、歴史を捨てたんだ。
「―――」
それを寂しいと思うか、新しい出発と思うかはその人次第だ。
「―――俺は、今更帰る場所もありませんし、両親とは大学を卒業して今の仕事を始めた時すべてを捨てました。両親には、悲しい思いをさせているかもしれません。けど、今の仕事には誇りを持ってますし、それを後悔したことはないんです」
「そうか」
「今、後悔しそうなのは......口裂けちゃんのことだけです。何も進まないときっと後悔するって思う。でも―――前に『二口女』さんに会いました」
150年まった『妖』は開放してと自由にしてと叫んで暗い哀しい顔をしていた。
「俺は、口裂けちゃんにそんな表情をしてほしくない」
何が正しいのか、何が一番いいことなのかわからなくなる。きっと正解の道なんてないのかもしれないけど、お互いが笑って笑顔で過ごせる道を探りたいと思う。
「これを....君の話していいのか、俺は迷うんだが―――『人間』と『妖』の愛情の表し方は違うことは知っているかい?」
「いいえ?」
首を振る俺に、和臣さんは小さく「そうか」と呟いた。隣を見れば、零は何か思うところがあったらしく、眉をひそめている。
「そちらの君は知っているようだ」
「――前に、......テケテケさんという都市伝説からちょっと、聞いたので」
「あはは、テケテケちゃんかぁ。彼女は少々過激だからな。参考にしないほうがいい。まぁ、でも中らずと雖も遠からずだ」
和臣さんは笑って空になったコップに水を灌ぐと一気に飲んだ。
「俺は最後はそうなってもいいと思ってる。磯撫でにもそう言っている。どうしても寂しくて辛くなったら、そうしろと」
「和臣さん―――」
「唯川君、だったかな」
「えっ、あっはい」
「『妖』の絶対的な愛情表現はね、『喰らう』ことなんだよ」
共に体内で永遠に生きるために、消滅する時もずっと側に居るために。
なので、『妖』は本当に愛しているものを喰らった後は、食事をしない。何も食べない、人も喰わない。永遠にその人だけとして、生きるのだ。
その日の夜俺は眠れなかった。
それに付き合うように零も起きててくれて、俺が前にテケテケちゃんに会って気絶した時、テケテケちゃんとジンとの恋愛話を聞かされたことを掻い摘んで話してくれた。
『今は人間の愛し方で愛してあげる。でも、いなくなるなら、全部――喰らう』
それがテケテケさんの言葉だったそうだ。
「俺が思うにさ、景光」
「うん」
「口裂けちゃんは絶対、どんなことがあってもお前は喰らわないと思う」
「――うん、俺もそう思う」
「進んで、二口女さんみたいに待つ道を選ぶと思うんだ」
「――あぁ、知ってる」
「彼女はそういう『妖』だ」
「うん」
零がぎゅっと手を握ってくれる。
遠くから聞こえる波の音と、綺麗な月明かりだけが、そこにあった。
「またいらしてね」
「いつでも待ってるから」
そう言って、夫婦肩を並べて幸せそうに微笑むふたり。
なんだか俺はとても泣きたい気分なって、下手な笑顔を作って大きく手を振ったのだった。
[newpage]
モフモフとあたる気持ちいい毛並みにホゥと息を吐いて、そのまま力を抜いた。
サクラはご主人である萩原でない俺に気遣ってか、おとなしくしている。たまにクゥンと鳴いて鼻先を擦りつけるが、ガシガシと頭を撫でるとそれもまた気持ちよくてそのまま大きな黒銀の身体を抱きしめた。
「わりぃな。萩原じゃなくて。もうちょっとこのまま居させてくれ」
「ワフ」
アニマルセラピーマジ最高。アニマルに分類していいものかどうかわからんが、このモフモフ感はいいな。そうしばらくしていると、ガチャっとドアがあいて「生きてるかー」とのんびりした萩原の声と、「栄養ドリンク買って来たッス」と元気なライダーの声が響いた。
松田陣平、29歳。
数十年ぶりに39度以上、40度近い熱を出してベットの住人となっている。
ここ最近、やれ殺人事件、やれ爆弾事件、誘拐事件など立て続けに起こって休む暇も寝る暇もなく走り回り、ひと段落したなと思ったら目の前が回り、皆の前でぶっ倒れた。そのうえ、警察庁からおかしな事件も処理してたから、他の捜査1課の連中よりも働きづめで、限界だったらしい。
事件解決で緊張の糸が切れたのか、崩れ落ちたのだ。「松田君!!??」悲鳴のような佐藤の声が最後に聞こえて、次に目を開けたら心配そうな萩原と伊達の顔が目に入り、病院で点滴中だった。
かなりの疲労がたまっているらしく、点滴と一泊の入院をして家に戻ったが、その夜にまた熱を出した。
そうとう体にガタが来てるらしい―――
伊達に明日休むと連絡を入れて寝たが、朝になり視界がぐるぐると回り、身体はだる重く、熱いし寒いという何とも言えない症状に悩まされてヘルプコールを出した。誰にって?伊達と萩原にだ。
すぐにメールが来て「心強い助っ人にお願いした!」と返信がきた。
確かに萩原も伊達も仕事だし急には休めないが、誰だ?佐藤か、高木か、白鳥はやめてくれ、など思っていると、ふと何かが側に居るような感じがして視線を向けると―――
『ワン』
「―――-・・・・」
大きな黒銀の綺麗な毛並みをなびかせて影から出てきた送り狼が、俺を見てニタリと笑った。
どうしろと、萩原。どうしろというのだ。
熱に浮かされた頭で萩原を殴り飛ばすシュミレーションをしながら、「サクラ、萩原のところに戻っていいぞ」と伝えたが、サクラは立ち上がり俺のそばに近寄るとそのまま寄り添うように座った。モフモフ毛並みが気持ちいい、と思っているうちに俺の意識はまた落ちていった。
次に目を覚ましたのは、額に冷たい何かが触れた感触に、重い目を開けた時。
「何か食べれそうかしら?」
と、相変わらずの大きなマスクで目元だけの笑みを湛えた美人、口裂けさんがそこにいた。
「――なんで?」
「ふふ、男前のパパさんから連絡もらったの」
「―――伊達か?」
なるほど、萩原はサクラに、伊達は口裂けさんに連絡をしてくれたようだ。伊達ナイス。萩原は殴り飛ばす。
「熱が高いわね、薬は飲んだかしら?」
「いや」
「そう、なら軽く食べれるものをつくるわね。そのあと薬を飲んだ方がいいわ」
そういって立ち上がりキッチンの方へ向かう。辺りを見渡せば脱ぎっぱなしのスーツやシャツがハンガーにきれいにかけられているし、出しっぱなしの洗濯物は無い。雑誌やコップ、ペットボトルも片付けられていた。
「―――-・・・・」
側に居るサクラを撫でると大人しく撫でさせてくれる送り狼に、俺は視線を向けた。
「ちょっと唯川が羨ましいって思っちまった」
シッシッシとなんとも言えない笑い声を出すサクラに俺はため息をつきながら、キッチンから聞こえる音に耳を澄ませていた。
卵粥はとても美味かった。
俺の意識が浮上したり落ちたりしている間、口裂けさんは洗濯物を片付け、部屋を軽く掃除をし、夕飯を作るまでをしてくれた。その間、アイスノン(俺の冷凍庫にそんなものあったか?)などを変えてくれ、至れり尽くせりだ。そして夕方ごろになったら
「天パさん、着替えここに置いとくわね。私は帰るけどもう少ししたらライダー君も来てくれるわ」
「おー、あんがと」
「―-・・・・可愛いわね、天パさん」
「勘弁してくれ」
子供のように頭を撫でられ、髪を梳かれ微笑まれて、気恥ずかしいやら、照れるやらで困ってしまう。
「何かあればサクラちゃんに言えばきっと助けてくれるわ」
そう言い残して、口裂けさんは玄関からすぅっといなくなった。
「マジ人間じゃねぇんだな」
今更だが、目の前で見せられたら呟かずにはいられない。
モフモフする気持いい毛並みを堪能しながら、再び眠りに入ろうとしたとき。萩原とライダーの元気な声が玄関から響いたのだった。
眠る松田の側にサクラちゃんとライダー君が寄り添うように眠る。
ここに来る前にライダー君と会った。前もって連絡は入れていたから日が落ちてから来るとは思っていたが早々に現れたのだ。
「本当はもっと早くに来たかったッスけど、俺、太陽出てるうちはこっち側来れないから」
フルフェイスメットで表情は見えないがショボンとしている空気はわかる。
気にしなくていいと伝えてもきっとライダー君は気にするだろうから、一緒にコンビニで買い物をして(フルフェイスメットだから店員にぎょっとされたけど)一緒にここまで来たのだ。
伊達から連絡をもらっていた口裂けちゃんが来てくれたようで、作り置きしてくれた夕飯を一緒に食べて、松田を風呂に追いやり、薬を飲ませ着替えさせと、ライダー君は甲斐甲斐しく松田の世話を焼いた。まるで、弟と兄だ。どっちがどっちか、とは言わない。松田に殴られるのは勘弁だから。
ライダー君と一緒に食器を洗っていると、ライダー君は少し考え込んで言った。
「松田の兄さんの熱、たぶん....こっち側の悪いモノの気に当たりすぎたもんかもしれないッス」
「どういうこと??」
霊障によく似たものだという。
【霊障】
霊障とは 霊障(れいしょう)とは、成仏していない霊が起こす障りのこと。 霊が生きている人間に不運を起こしたり、人間に憑依して病気にさせたり、精神的に暗い気持ちにさせるのが特徴
「松田の兄さんはそういう仕事増えてるって言ってたし、前に【クロカミサマ】に意識乗っ取られそうになった時も口裂け姐さんとメリー姐さんに吸い取ってもらってたから落ち着いてるけど、本来、松田の兄さんは結構そういうの敏感なタイプッす」
「ん~、俺も伊達も平気だけどな?」
「萩原の兄さんは惹きつけやすいッスけど、気が付かないタイプっす」
「ん?ん?」
「伊達の兄さんは、気にしないタイプッす」
「ん?ん?つまり、松田は繊細だと」
「そうっス」
「ぶはっwwww」
腹を抱えて笑ってしまう、松田が繊細とは。まぁ、でもわかる気もする。
「降谷に言ってちと仕事減らしてもらわないとなぁーそういうことなら」
寝入った松田と、その横にくっ付いて寝るサクラちゃんとライダー君。
いつもならきっと手を叩き落とされるだろう、手を伸ばし松田の髪に触れてみる。高熱だったせいか、すこしべた付いた髪に、額に張り付いた髪をよけると、眉間にしわが寄ったが起きる気配はなかった。
携帯を取り出しメールを打つ。
誰にって?降谷にだ。松田にあんまりムチャな仕事降るなって感じのメール。すぐに返信が来て『口裂けさんにも怒られたから減らす』と。
なるほど、辞める気はないってことだな。
仕方ない、この手は使いたくなかったんだけどな。
大切な連れが苦しんでるしな、うん、とっておきの写真を降谷に送ったらすぐに電話がかかってきた。松田達が寝てるからマナーモードにしてるけど、震える音がうるさいので、すぐに拒否してメールで連絡しろよー、松田が起きるだろーって送ってやった。
『お前っ!!!なんでっ、それっ!!クソッ!!』
『へへーん。ばら撒かれたくなければ要求を飲め~( ̄∇+ ̄)vキラーン』
『公安を脅迫するとはいい度胸だなぁ、はぎわらぁ』
『花子ちゃんがいい?口裂けちゃんがいい?お人形ちゃん?なんなら赤井さんでもいいぞー( ´_ゝ`)フーン』
この中でだれが降谷の弱点を激しく揺さぶるだろう、やはりFBIか。
『要求はっ!!』
『今後そういう案件は俺に連絡してねぇーライダー君とサクラちゃんで吟味するから(*´ε`*)』
『チッ!!お前ほんと昔からそいうとこあるよな!曲者って言われてたの思い出した』
『えぇ~心外~(´・ω・`)』
『そのムカつく顔文字ヤメロ』
クックッと喉の奥で笑いを堪えていると気づいたらしいサクラちゃんがこちらを見てきたので、綺麗な毛並みを撫でると安心したように松田の側でまた眠り始めた。
『その台詞、そっくりそのまま唯川に投げ渡すわ~(・x・)ノ⌒ポイッ』
『なんでヒロが曲者なんだよ!』
『降谷はそのままでいろよ~まっすぐに育てよぉ~』
『お前マジムカつく!!』
『ホジホジ(´σ_` )』
笑いを耐えながら、メールを終わらせると松田の寝ているベットに背中を預けた。
耳元で松田の寝息が聞こえる。
狭いベットで引っ付くように寝るライダー君がいる。起き上がったサクラちゃんが俺のひざ元に近寄ってきて、伏せの体制から俺の太ももあたりに頭を乗せて、寝る体制に入る。その頭を撫でながら「松田を見ててくれてありがとな」というと嬉しそうにすり寄ってきた。
ちなみに脅しの写真は、警察学校時代に俺らは酒を飲み、酔っぱらって降谷を本気女装させて撮った写真の一枚だ。あの頃は若かった―――それだけ言っておこう。
数十分後に俺の携帯メールに数件の未解決事件のめんどくさそうな詳細が入ってきて、すぐに降谷のメールアドレスを着拒したのは言うまでもない。
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こんばんはです、とーふです。<br />残暑もきついですが、台風もきつい。いったいどんだけ台風くれば気が済むのやら。風神雷神が暴れまくっているのか?夏が終わるぜ、ヒャッハーってしているのか?気持ちはわかるけど少しは落ち着いてほしい。<br /><br />前回も、コメントやタグをありがとうございます。そして今回の「磯撫で」もコメントで教えて頂きました。本当にありがとうございました。<br />そして口裂けさんて赤いスポーツカーに乗っているそうでコメントにて教えて頂き、面白そうなので書いてみました。赤いスポーツカーではないけれど、車を運転する口裂けさんってどうなの?って思って。<br />たぶん、次もこの関連書く。車を貢ぐ景光とか(笑)<br />これからグイグイ景光と口裂けさんを近づかせていきたいですが、組織をすっかり忘れてまして今回組織がらみは全然ありません。たまには息抜きしないとねって感じのお話しです。<br /><br />13話まで書いたのでそろそろ終わりに向けて進めなければ・・・💦<br /><br />そして誤字脱字を教えてくれる皆さま、ありがとうございます。助かりますm(__)m<br /><br />※古いお話ですので、最初と最後以外の「○○users入り」は削除しました(変動が多いので)。また、タグもロックしております。ご了承ください。
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スコッチさんと口裂け女と都市伝説13
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10068348#1
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ケイネスは一人、冬木の街を歩いていた。
広くゆったりと流れる川、よく整えられた街路樹、多少雑多な感はあるが立ち並ぶ店舗も悪くはない。
久しぶりに自適な時間を過ごせ、その顔は満足気だ。
なにせ聖杯戦争が始まってからというもの、常にランサーが傍にいるが、これが大層気鬱だった。
今日だとて、外出する。と言おうものなら、危険だ心配だとごねて随行させろと煩い。
四六時中サーヴァントと共にいなければならないなどと、全く冗談ではない。息が詰まる。
ケイネスは小さく息を吐き、頭を軽く横に振る。
あの鬱陶しいほど綺羅綺羅しい顔を見なくて済むのだから、散策を楽しもうと思い直した。
ソラウに何かお土産を買っていくのもいい。彼女も自由に出かけられず、退屈をしているだろうから。
ケイネスは美しい婚約者が自慢であり、深く愛していた。
彼女の―なかなか見せてはくれないが―笑顔を見るための苦労ならば厭うつもりはない。
装飾品か…花も良いな。彼女の喜ぶ顔を思うと、普段は退屈な買物も楽しめるというものだ。
リン!
軽やかな鈴の音と共に、目の前にある店のドアが開いた。
「げ」
中から出てきた少年は、ケイネスを見るなりあからさまに嫌そうな顔と声を出した。
「挨拶にしては幾分失礼ではないかね?ウェイバー君」
少年はケイネスの生徒であり、ケイネスと同じく聖杯を争うウェイバー・ベルベットだった。
気まずそうに口を押さえているウェイバーの後ろには、聳え立つ巨躯の男が立っている。
ウェイバーのサーヴァントであるライダーだ。
「何してるんですか、こんな場所で」
「こんな場所?私がモールにいる事がおかしいかね?」
「別に…おかしくはないです、けど…」
似合わない。という最後の言葉は飲み込んだ。
それに気づいたか判じることはできないが、ケイネスは小馬鹿にしたように顎を反らせた。
「ああ、なるほど。君は昼日中とはいえ、サーヴァントが一緒でなければ外出することも出来ないようだ。
私が一人でここにいることを不思議と思うのも無理は無いというものだな。なに、気にしなくてかまわんよ」
ケイネスの言葉にコンプレックスを刺激され、ウェイバーの顔はみるみる赤く染まっていく。
「~っ、失礼します!」
「おい、坊主。どこへ行くんだ」
悔しげに唇を噛み、身を翻したウェイバーに大男が暢気に聞いた。
「うるさい!図書館!ついてくるな!」
「迷子にならんよう、気をつけたまえよ!」
如何にも憤慨している様子で、ドスドスと音をたてて歩く後姿に、ケイネスが声をかけた。
口の横に右手を添えたその声は、必要以上に大きい。
振り返りはしないが、肩を震わせ頭から蒸気でも出しそうなウェイバーを見て、ケイネスは楽しげに笑う。
ウェイバーの年齢よりも幼いその反応は、愚かだとは思うが嫌いではなかった。
「…何だね。君もサーヴァントならば、さっさとマスターの後を追いかけてはどうだね」
自分を見下ろしている存在に気づき、睨み付ける。
そのキツイ視線を歯牙にもかけず、大男は顎を擦りながら身を屈め、ケイネスと目線を合わせてきた。
「ふむ。ま、行き先もわかっておるし、よかろう。それにお主とも少し話をしたいと思っておったからな」
「そうかね。だが生憎私は貴様と話をしようとは思わない。失礼する」
昼間とはいえ、他陣営のサーヴァントと茶飲み話をする馬鹿がどこにいるというのか。
近寄った顔を忌々しげに一瞥し、ライダーの横をすり抜けようと歩を進めた。
「つれないことを言うな。余のマスターとなっていたかもしれん男よ」
確かに。ウェイバーが聖遺物を盗まなければ、そうなっていただろう。
「だが、そうはならなかった」
いかに能力の高い英霊であっても、自分のサーヴァントでないのだ。
その存在に興味はない。それどころか目障りなだけだ。
「手を離したまえ」
捕まれた腕は万力で締められたかのように固定され、ピクリとも動かない。
ライダー自身は大して力を込めていないことが分かるだけに、余計に腹立たしい。
無駄に逞しい肉体も己のサーヴァントと被って忌々しい。どれだけ自分を不快にさせれば気が済むのか。
「なあ、ランサーのマスターよ」
「離せと言っている!」
無骨な手を振り払おうとするが、その太い腕はビクともしない。
「落ち着かんか。余は話がしたいだけだと言っておるだろうに」
「私は話すつもりは無い、と言った筈だが?」
「教鞭を取る者が、そのように狭量では誰もついてこんぞ?……ははあ、それとも余が恐ろしいか?」
「貴様っ!」
からかい混じりに言われ、頭に血が昇った。
怒りに任せて月霊髄液を取り出そうとするも、その手を捕られ、ライダーの腕の中に抱き込まれる。
「はっはっは!怒るな怒るな。しかし、師弟というものは性格も似てくるものなのだな」
坊主そっくりだ、とニヤニヤ笑っている。
「なんだと?」
ウェイバー・ベルベットと、あのひよっこと似ているだと?このケイネス・エルメロイ・アーチボルトを。
この男、ランサーとは別の方向で私をイラつかせる。
「それに…」
ライダーの節くれだった指が、ケイネスの首筋から背中、腰へと添って撫で下ろされる。
そして最後に薄い尻を鷲掴んで止まった。
「ひっ…!」
「細い。魔術師というのは、皆こうも細っこいのか」
硬直しているケイネスの体を撫で回しながら、ライダーは哲学を極めんとする学者のような顔をしていた。
「ま、魔術師に無駄な筋肉などいらん!貴様やランサーのように脳まで筋肉で出来ているような奴には解らんだろうがな!」
「余はともかくとして、自分のサーヴァントにまで随分な言い様よなあ?」
「サーヴァントなど…あんな男のことなど、知ったことか!」
忠義を尽くしたいと言いながら、マスターの命令を無視し、騎士道を…己の意思を突き通そうとする。
忠節だ、騎士道だと喚くあの二枚舌を引きちぎってやりたいくらいだ。
守るつもりもない誓約など、人を馬鹿にするにもほどがある。
「不満があるのならば直接伝えればよかろう。英霊とはいえ主従であり、元は同じ人間ではないか」
「話したところで無駄だ。共に野を駆け、共に闘う。奴の望む主とはそういう存在だ。魔術師の私ではない」
「フィン・マックールのような、か」
ケルトの猛々しい英雄達と魔術師の自分では違い過ぎるというのに、ランサーは私にそれを求めてくる。
元より私に無いものをくれてやることなど、できはしない。
ケイネスは薄い唇を引き結んだ。
「………手を、離してくれ」
ライダーは大仰に息を吐くと、捕らえていた体を解放した。
「ふむ。貴様、一度ランサーと酒でも酌み交わしてはどうだ?男同士腹を割って話せば、案外単純なものだ」
「貴様にサーヴァントとの付き合い方を教示される覚えは無い」
長時間掴まれ痺れたのだろう、手を擦るケイネスを見遣り、ライダーはしかめっ面で笑った。
「全くだ!余は敵サーヴァントであるというのに」
ケイネスは感情のままに声を荒げ、自らサーヴァントとの不仲を知らしめたことを恥じ、俯いた。
その様子を慈父の如き目で見つめるライダーに気づかなかったことは、プライドの高いケイネスにとって幸運だったろうか。
「なあ、ランサーのマスターよ。貴様等が誠の主従となれば、余の強敵となる。そうは思わんか?」
「ふん。強敵もなにも、聖杯を手にするのはこの私だ」
顔を上げ、傲然と言い放つケイネスをライダーは面白そうに眺めた。
「はっはっは!その意気よ!余はこの聖杯戦争を楽しみたいのだ。期待しておるぞ」
バシン!と背中を打たれ、ケイネスは息を詰まらせた。
「では、ランサーのマスターよ。また何処かの戦場でな」
「馬鹿力め…」
げほ、と咳き込みながら、悠々と歩き去るライダーを苦々しい思いで見送った。
「酒か…酒を飲んだところで、奴との関係が改善するとも思えんが…」
それ以前にケイネスはあまりアルコールに強くない。
その為自制の箍を外し、醜態を晒すことで他人と分かり合えるとは到底思えなかった。
自分だけが酔い潰れるような真似は、看過できるはずもなく、そもそもサーヴァントとは酔うものなのか甚だ疑問だ。
「ふむ…」
顎に手をやり、思案するケイネスの興味は別へと移っていった。
曰く、サーヴァントは酒に酔うのか。
あの澄ましたサーヴァントが無様に乱れる姿を見るのも悪くはないし、ソラウも酒に溺れる奴に幻滅するかもしれない。
その想像はひどく愉悦を誘った。
ケイネスの視線は、酒の並ぶ店に向けられていた。
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目指すところはディルケイなんですが、ディルムッド出てきてないね。不思議だね(´・ω・`) 16話のことはまるっと忘れて時間を戻すよ!
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【Fate/Zero】ケイネスが散歩に出かけるお話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006851#1
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とある日。とある血管内。
レセプターに反応はなし。世界の秩序も安定していてこれといって異常なし。パトロールが一段落し、適当なベンチを探して休憩を挟もうと思っていた時。
「あれは…」
目に飛び込んできたのは、俺がよく見知った好中球。
骨髄球時代から、共に兄弟のように育った彼の識別番号は4989番。通路を背にしたベンチに座り、のほほんとした顔でお茶を啜っている。紙コップを傾けるたび、ふわふわとした癖毛が揺れていた。
その佇まいに少しばかり違和感を覚えたのは、そういえば彼をこの辺りで見る事は少ないと気づいたからだ。
せっかくなので休憩を共にしようと、自販機でお茶を買い、彼の元へ近づいていった。
俺に気づいた4989番は軽く手を挙げる。
「よーう1146番、お前も休憩か〜?」
「ああ」
短く返事し、彼の隣に腰掛けた。
「珍しいな、お前がこの辺りにいるなんて」
「うん、ちょっとね。待ち合わせ〜」
先ほど少し疑問に思った事を訪ねてみると、いつもの若干間延びした声で帰ってくる。そうか、と俺はお茶を一口啜って息をついた。
戦闘中はそれこそ修羅の如き勢いで雑菌を切り刻み、守るべき細胞達から恐れられ遠巻きにされる俺達好中球だが、休憩中となれば話は別だ。大抵の好中球は皆、物柔らかでゆるりとしている。
もっとも、その中でも4989番のゆるさは別格だと俺は思っているが。
常に張り詰めていては、いつしか心が疲弊してしまう。そうなると、ここぞという時に力を発揮する事が出来ない。オンとオフの切り替えは、俺達が仕事をこなすに当たってとても大事な要素なのだ。
4989番は機嫌がいいのか、小さく鼻歌を歌っている。何か楽しみにしている事でもあるのだろう。昔から喜怒哀楽を一切隠さない性格なので、今どういった心持ちなのかが非常に分かりやすい。
変わりのない友の様子に、俺もつられて穏やかな気持ちになる。
それにしても、待ち合わせとはまた珍しい。好中球だったら、無線を片手に移動しながら直接合流するのが手っ取り早いので、時間と場所を決めて待ち合わせるという事はあまりしない。相手は2048番とか2626番だろうか。それとも他の細胞か。誰であるにせよ、邪魔ならば相手が来た時に移動せねばな、などと考えていると、
「あ、来た来た!おーい!!」
「……」
おもむろに立ち上がり両手を降る4989番。どうやら相手が到着したらしい。俺はつられて彼の目線を追う。
ガラガラと音を立て、こちらに向かってくるカートの上には酸素入りの白いダンボール箱。さらにその上に、白いビニール袋に詰められた何かが載っている。押しているのは……
「せっ…けっきゅう……?」
俺は目を見開いた。心臓が跳ね上がる。
「4989番さ〜〜〜ん!お待たせいたしましたぁ〜〜〜〜♪」
4989番の待ち人とは、こちらもまた俺がよく見知った赤血球、AE3803番だったのだ。
「あっ、白血球さんも!お疲れ様です!!」
いつもの笑顔で、いつもの労いの言葉。
通常であれば仕事の疲れを吹き飛ばしてくれるはずのそれは、今日この時に限って、何の効力も発揮しなかった。
呆然としている俺をよそに、赤血球は4989番と向き合うと、楽しげに話し始める。
「4989番さんのアドバイスのお陰でいつもより早く巡回できましたよ!」
「そっかーよかったね〜〜♪えらいえらい!」
「えへへへ〜〜♪」
「………」
アドバイスってなんだ……ていうかお前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ…。
和気藹々としている二人を見ていて、胸の奥から、何やらこみ上げてくる黒い、明らかに良くない感情。
不意に4989番がこちらを向き、
「最近俺達結構会って喋ってるんだよ」
「そ!?そうなのか…」
俺の心でも読んだのか、聞いてもいないのに4989番が説明を入れてくる。いかん、動揺が表に出てしまったかも知れない。
赤血球と4989番が俺の全く知らない所で親睦を深め、あまつさえ待ち合わせて会っているだなんて。先ほどまでの和やかな気持ちは今や跡形もなく消え去り、衝撃やら焦りやら疑問やら、よく解らない感情が次々と胸に押し寄せてくるので、俺は必死で平静を装った。
「そうそう、どうぞ4989番さん、頼まれていたものです!」
「おっ!これこれ!!ありがとうね〜〜♪」
赤血球が、白いビニール袋を差し出し、4989番はそれを満面の笑みで受け取った。彼はベンチに座り直し、中身をガサゴソと物色し出す。何かと思って覗いてみると…
「たい焼きと、焼きとうもろこしと、アメリカンドッグにりんご飴、後はジャンボたこ焼きです!」
そこには屋台で売っている食べ物がぎっしりと詰め込まれていた。
「これは、肺静脈の……?」
「そう、あの辺の屋台の!パトロール中に見かけるたびに食べたいなーって思っててさ。でもあれって基本的に赤血球達のものって感じじゃん。なかなか買いづらくて。だから赤血球ちゃんにお願いして買ってきてもらったんだ」
「なるほどな。しかし…」
この量はどうだ。
「お前これ全部食う気か。任務中の貪食に支障が出るぞ」
「大丈夫だって〜!俺いっぱい食べる子だから」
「それだからお前はいつも遊走路に引っかかるんだろうが…」
全く呆れた奴だ。やれやれ、とため息をつくと、4989番はニシシと笑った。
赤血球は俺達のやりとりを見てくすくすと笑っている。可愛い。
待ち合わせの経緯が判明し、それが思った以上に色気のないものだと知った俺は、内心でほっと胸をなでおろした。先ほどは何故あんなにも心がかき乱されたのか。赤血球が4989番と親しくするのは、全く悪い事ではない筈なのに。他の細胞達との交流は、俺自身も望んでいる事だ。以前それでキラーTにこっぴどく非難された上に思い切り殴られたが、俺は考えを曲げる事はしていない。他者を理解し、その仕事に感謝する。それがどれだけ相手にとって嬉しい事なのかを、俺は赤血球に教わったのだ。
ただ赤血球とそれなりに親しくなってから、あんな風に……黒い感情を抱く機会も増えてきているような気がする。赤血球が他の誰かと話していたり、俺の知らない細胞の話をしてくる時なんかに、そういった気持ちになってしまうのだ。
謎の心のざわめきは、日ごとに大きくなってきているような気がする。こんなものを抱えたままで、いつか仕事に支障でも出たらどうしようか。解決する必要性を感じるが、俺にはこの気持ちの正体に全く心当たりがないのだ。焦燥、苛立ち、羨望……? 思いつく言葉を並べてみても、しっくりくるようで、しっくりこないし、何故そんな気持ちになるのか全く解らない。そもそも色気がないから安心するって何だ。
などと思考の袋小路にはまっていた俺は、赤血球の声で我に返った。
「それじゃあ私は仕事に戻りますね。お二人ともごゆっくり!」
「ああ、気をつけてな」
酸素を運んでいる途中なので、あまり長居はしていられないのだろう。用事が済んだ赤血球は、酸素を毛細血管内に運ぶため、カートを押し通路に戻っていく。
「あ!ちょっと待って赤血球ちゃん!!」
「はい?!」
4989番はそう言って赤血球を呼び止めると、急いでジャンボたこ焼きのパックを開け、その中の一つを楊枝で刺してすくい上げた。
「これ、ひとまずのお礼ね。はい、あーーーん♪」
………は?
掲げられた大粒のたこ焼きを見て、赤血球の顔がぱあっとほころんだ。
「いいんですか!?」
「どーぞどーぞ♪」
………え?
4989番が応じる言葉を最後まで聴き終えないまま、彼に駆け寄る赤血球。そして………
ぱくり。と一口に、彼の手から、たこ焼きを頬張ったのだった。
俺は一瞬頭が真っ白になる。同時に、俺の内面の何かにピシリとヒビが入ったのを感じた。
あーんて。あーんて。お前、何その距離感………。
もはや「ざわめき」などという言葉では片付けられないあの感情が再び。嵐のようなそれは、あっという間に俺の心のど真ん中に吹き荒れた。
「おいひ〜〜れふ!あいがほーございまふ〜〜〜♪」
笑顔で頬に両手を寄せる彼女を可愛いと思う余裕はすでに無く、俺は足取り軽く去っていく赤血球をただ見送る事しか出来なかった。頭の中で、先ほどの「あーん」のシーンが繰り返し流れている。
「またね〜〜〜〜〜今度はゆっくりお茶しようね〜〜〜〜〜♪」
4989番は相変わらずご機嫌な表情で、ぶんぶんと手を振り赤血球を見送っている。その様子を見た俺の心の中の嵐がドス黒さを増した。あんな……あんな事、俺だって赤血球にした事ないのに。赤血球も赤血球で、何故あれほど躊躇いがないのだ。もし俺が同じ事をしたら、ああやって受け入れてくれるのだろうか。
それに、それにだ。俺は見たぞ。見間違いかもしれないけど、いや、多分、絶対そうだ。
赤血球がたこ焼きを口に入れたあの瞬間……。当たってなかったか。彼女の、唇が。4989番の、手に。
手袋越しとか関係ない。俺の知らない赤血球の感触を、目の前のこいつが味わったという事実。黒い嵐は俺の心の中のあらゆる物を吹き飛ばしなぎ倒し蹂躙していく。
「どしたのお前、なんか汗だくで震えてるけど、風邪?突っ立ってないで座れば?」
誰のせいだと思っているんだ。喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
激しく荒れ狂う感情を抑えるのは、こんな気持ちを抱えている事を誰にも知られたくないからだ。勿論4989番にも。
そもそも自分で説明が出来ないのだ。4989番が赤血球にたこ焼きを食べさせた、と言うだけの話なのに、俺がこんなにも動揺してしまっている事を。食べさせた!とか、唇が!とか、ここでこいつに感情のまま全てぶちまけたとしても、それが何か?と言われてしまえば、俺は何も言えないだろう。
黙り込む俺をじっと見ていた4989番は、少し何かを考えたような顔をすると、「あ」と、何かを閃いたように目を見開いた。
赤血球にたこ焼きを食べさせた、手に持ったままの楊枝を、残りのたこ焼きの一つに突き刺し、持ち上げる。
…待て、お前。
その楊枝、さっき赤血球が……。
「おい!!」
突如として襲い来る謎の焦燥感に屈し、俺はついに声をあげてしまう。ついさっき脳内でこねくり回していた理屈や何やらはもういい。とにかく4989番がその楊枝を使う事だけは何としても阻止したい…!
しかし奴はそんな俺を、骨髄球時代、桿状核球時代、奴がイタズラを仕掛ける度に散々見せられた、ニンマリした笑顔で見上げ、
「はい、あーーーん♪」
それを、俺に差し出したのだった。
一瞬、時が止まる。
「……………………」
…………ああ。骨髄球時代から兄弟のように育った、4989番が今何を考えているのか、手に取るように解る。
口を開かずとも、奴が何を言いたいのかが。奴の心の声が、頭の中に響いてくる。
つまり、
赤血球ちゃんの間接キスだよ〜〜〜〜〜〜♪
欲しいだろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪♪♪♪
ということだ。
心の中の黒い嵐は、いつの間にか消え去っていた。
その代わり、全身からぶわっと汗が吹き出し、鼓動が早まる。顔が熱い。
「お…お前っ………」
明らかな狼狽えを見せる俺に、ニヤニヤ顔の奴はさらに無言で俺を煽る。
え〜〜いらないの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?
俺がもらっちゃうよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜????
ゴクリ。
思わず生唾を飲み込む。
こいつ……こいつっ………!!
俺は完全に認知した。
今の俺がそうであるように、4989番もまさに今……。いや、もしかしたら最初から、俺の事を見透かしていたのだという事を。
こいつが赤血球と待ち合わせていたと知った時の衝撃も。
親しげにしている二人の様子を見た時の葛藤も。
赤血球の間接キスを奪われると思った時の焦燥も。
勿論、今俺が喉から手が出る程に、奴の手にあるそれを欲しているという事も。
………やられた。ものの見事にしてやられたな。怒りと羞恥を経て残った大きな敗北感と不思議な清々しさを胸に、遠い目をしながら息を吐く。
すべて認めて、腹を括った。
俺はやけくそ気味に4989番の手首を引っ掴むと、大口を開け、それに喰らい付く。
楊枝に刺さったジャンボたこ焼き……の、楊枝ごと。
奴の手から抜き去ってやった。
一瞬あっけにとられた4989番は、やがて弾けるように笑い出した。
「あーーーッはっはっはっはっはっはっは!!独占欲やっべーーーーーー!!!!」
…フン、いくらでも笑うといい。この先延々といじられ続ける事はもう覚悟している。
いくら取り繕っても、どうせお前には筒抜けなんだろうから。
笑い続ける4989番を恨めしげに睨みつけながら、それでも収穫はあったと、気持ちを無理やり前向きにした。たこ焼きうまい。
今日こいつには散々内面を引っ掻き回されたが、4989番のおかげで俺はようやく、あの不可解な黒い感情の正体を知る事が出来たのだ。
それはまさに独占欲。からの嫉妬。
彼女が俺にとって特別な存在である事が前提の。そして、彼女にとっても俺がそうであって欲しいという、身勝手で、抗えない感情を。
この時、はっきりと自覚したのだった。
気がつけば俺の口には例の楊枝が一本残されるだけとなっていた。
どうしたものかと一瞬考え、そのままボリボリと噛み砕いてゴクンと飲み下してみる。
視界の隅で4989番がドン引きしていた。
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※キャプション追記有 読むだけではなく自分で書いてみたくなりました。白赤+4989番。両片想いで白血球さんの矢印が多めなのが好きです。もれなく4989番には絡んで欲しい。<br /><br />たくさんの評価やコメントありがとうございました!初の小説がまさかこんなに受け入れられるとは思っていませんでした。おかげさまでルーキーランキング3位に入ることができまして、旬ジャンルのブースト力の凄さを感じています。
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焼いたやつと妬いた奴
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10068719#1
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2年ぶりの日本。多少時差ぼけの残る頭で飛行機を降りた藍沢は、どこかで一休み、などという考えは一かけらも持たずにロータリーでタクシーを拾った。
「翔陽大学付属北部病院救命救急センターまで。」
タクシーに揺られながら、通り過ぎていく懐かしい景色をただぼうっと眺める。
ふと見上げると、分厚い雲をバックに一直線に前進する赤いヘリコプターが藍沢の目に映った。その機体には、子どもたちの中で人気のアニメキャラクターが描かれていた。
(元気だろうか…?)
“ヘリコプター”というキーワードだけで思い浮かんだ、一人の救命医の姿。思えば藍沢は、今日の彼女の――白石のシフトを知らない。
「お客さん、もうすぐ着きますよ。」
運転手の気さくな声に、藍沢ははっと我に返った。
翔北へ向かう理由はある。それは、今日からまた復帰してお世話になる予定の脳外科への挨拶。
その挨拶が終わったら。
――白石に会いたい。――
そんな思いを胸に潜めて、タクシーを降りた藍沢は脳外科へと向かった。
*
顔を出すなり「よく帰ってきてくれたな藍沢!」と、西条に背中をバンッ!と叩かれた。
皆藍沢を大歓迎し、いわゆる“藍沢ファン”のナースなど感動で泣き出しそうな勢いである。
「お帰り。ちゃんと腕を上げてきたんだろうな?俺をがっかりさせないでくれよ。」と笑顔の新海。
「お帰りなさい、お疲れ様です。」と遠慮がちの後輩――2年前はまだフェローだった――は、あの頃より逞しくなったように見える。
「只今、トロントから戻りました。トロント大での経験を翔北の脳外科の強みにしていきたいと思っていますので、本日からまた宜しくお願いします。」
脳外科で一通りの歓迎を受け、院長への挨拶を済ませた頃には、もう18時を廻っていた。
明日からに備えて今日は早めに、と西条から帰宅令を出された藍沢は、最後の目的地へと足を運んだ。
会えるか会えないか…そもそも今日は出勤日なのか?などとモヤモヤする必要なんて初めからなかった事を、藍沢はまもなく知る事になる。
*
救命のスタッフステーションを訪れると、何やら人が群がっていた。その全員が男のドクターだ。しかし、相変らず人手不足なのか、そこに青いスクラブの姿はない。
「そんな大荷物、僕が運びますよ!」
「や、ここは自分が!手伝わせて下さい!」
その中央から漏れ聞こえる声は、聞き間違えるはずもなく――
「大事なものなんです!大丈夫ですから!寧ろ危ないので離れて下さい!!」
「白石!」
少し声を張り上げて呼び掛けると、大きなダンボール箱を2つ重ねで抱えていた青いスクラブの白石がその声に振り返り、藍沢の姿を見てパッと表情が明るくなった。
「藍沢先生!」
どよ、と群がっていた男性ドクターがどよめく。
「おかえ…」
「備品庫だろ?俺が運ぶ。よこせ。」
ひょいっ、と白石の荷物を取り上げると、スタスタと歩いていく藍沢。
「ま、待ってよ!」
慌てた白石は小走りで追い駆けていった。
その後姿を呆然と眺めていたドクターたちだったが――
「…見たか?」
「いつも可愛いけど、あんな強烈に可愛い白石先生見たの、初めてだ…」
そんな会話が弾み出した事など、藍沢と白石には知る由もなかった。
*
「荷物運びぐらい、フェローに頼めばいいだろう。」
軽々と荷物を運びながら、藍沢が言った。
「この2年、救命に新人は入って来なかったわ。いえ、正しくは入ってきた少ない先生たちは皆、他科へ移動してしまったの。さっき名取先生と灰谷先生に手伝ってもらおうとしたけど、二人ともこの荷物を持って歩けなかったのよ。」
備品庫には誰もおらず、しんと静まった空気が流れていた。荷物を下ろした藍沢はため息をつく。
「結構重かったぞ。俺は平気だが、お前はどこまで怪力なんだ。」
「それは、私だって伊達に12年もここで」
むぅ、と小さく頬を膨らませた白石の反論は遮られ、藍沢に手首を掴んで引き寄せられたかと思うと、そのまま抱きしめられた。
「藍沢…先生…?」
「無茶をするな、と言ったはずだ。」
耳元で囁かれる優しい声に、白石の鼓動が2倍速になる。
「会いたかった。」
藍沢の口からするりと滑り出た素直な気持ち。それは白石も同じで――
2年間、電話越しで聞いていた大好きな声。その声が今すぐ傍にあって、白石の心がほわっと暖かくなった。
「…お帰りなさい、藍沢先生。」
白石はふわりと笑顔になって、その胸に顔をうずめた。
[newpage]
「皆さんもご存じの通り、脳外科の藍沢先生がトロントから帰国されました。本日からは、トロント大で得たものを、オペやシュミレーションを通して西条先生、新海先生を中心に実践に移されます。という事情ですので、今後のコンサルの依頼は他科の先生に、どうしても脳外科に依頼が必要な時は柏原先生に依頼する事。西条先生と藍沢先生、新海先生は呼ばないようにして下さい。」
白石の連絡事項が終わり、本日も宜しくお願いします。と、救命医はそれぞれの持ち場へ向かった。
救命で受けた患者の引き継ぎの為、白石が小児科へと向かう途中。
「おや、白石先生、どちらへ?」
抱えていた書類から視線を上げると、声の主は新海で、その隣には藍沢も一緒だった。
「新海先生、藍沢先生、お疲れ様です!先日引継いだ患者さんのカルテを届けに、小児科へ向かう所です。オペをしたのは私たちですから、様子を伺いたいとも思って。」
「もしかして例の4歳の少年ですか?聞きましたよ。あまり症例のない難しい腎臓の欠陥で、全摘して人工臓器に頼る以外に道はない、それが子どもとなるとハイリスクだった所を、白石先生の知識で摘出せずに治療ができたとか。」
目の前で繰り広げられる新海と白石の会話に、藍沢が無表情のまま不機嫌になっていくのを新海は感じ取っていたが、それを内心面白がっていた新海は、あえて話すのを辞めなかった。
「そうなんです!あれ、新海先生のお陰で!」
嬉しそうに返す白石は言うまでもなく純粋無垢で、それが更に藍沢を不機嫌にしているなど全く気付いてはいない。
「俺のお陰?」
「ほら、以前脳外科へ資料を届けに伺った時、新海先生が読まれていてそのまま貸して下さった医学書。あの中の論文に、今回と同じ症例が書かれていて、オペの時に思い出したんです!」
「そうでしたか。お役に立てて何より。でも、論文で呼んだだけですぐに実践に移せて、しかも成功させるなんて素晴らしいですよ。」
「いえ、そんな…。私も正直、不安でした。ただ、この先まだ長い未来が待っている少年に、自分の身体で生きてもらいたいと必死だっただけです。」
オペを思い出して再び安堵する白石の表情に、本当にこの人は救命の女神だな。と、新海は感心していた。
「おい。」
不意に声を発した藍沢を二人が振り返り、その視線の先を見ると、物陰に隠れて名取が立っていた。
「そんな所で何してる。」
「白石先生から時間が取れ次第休憩に行くようにと指示を頂きましたので、昼食に行く所だったんですけど、お三方が何か楽しそうに話されていたので通りづらくて。」
早口にそう言うと、失礼します。と、名取はするりと通り過ぎていった。
「名取先生、ゆっくり休憩取ってね。」
名取を見送っていた白石に、藍沢は、
「お前も、周りに気遣って譲ってばかりいないで、ちゃんと休憩取れ。」
「私は大丈夫。ありがとう、藍沢先生。」
それでは、と新海に向けて会釈し、白石は小児科へと向かった。
「脳外科のエースが、彼女の事になると解りやすいな。」
新海が藍沢をからかうと、
「…何の事だ。俺たちもさっさと行くぞ。」
ちょうど二人も昼休憩中だった所で、先に進む藍沢の背中を見ながら新海はふっと笑みを浮かべる。
(心配しなくても、お姫様はお前相手と俺相手じゃ目の輝き方が全く違うじゃないか。)
そんな事も気付かないのかねぇ。と、新海も藍沢を追って歩き出した。
*
名取が昼食を取りながら開いたスマホには、先程のスリーショットが保存されている。
『愛想の良い笑顔の新海と嬉しそうな白石、その隣で無表情の藍沢。』
画面をスライドさせれば、
『藤川がにや付きながらクリームパンを取り上げようとして、それに必死に抵抗している白石。』
『それを見た冴島がバインダーで藤川の頭を思い切り叩き、表情を歪めた瞬間の藤川。』
等々、様々な隠し撮り写真が保存されていた。
なぜ、名取のスマホがこのような事態になっているかと言えば――
2年前の、緋山が翔北を去った日。
「名取、あんた隠し撮り得意でしょ?こっちで面白そうなショットが撮れたらあたしに送りなさいよ。特に白石の近況ね。」
隠し撮りとは人聞きの悪い、と言いたい所だったが、恐らく緋山は入院中の緒方の検査をしていた時に名取に撮られた写真の事を根に持っている。
周産期医療センターへの移動を志望したのは緋山自身なのに、翔北に残る同期のこれからが気になるようだ。特に、無理をしがちな親友の白石に関しては。
(それぐらい自分で電話でもすればいいものを。)
名取は、俺はもう緋山先生の部下じゃありません。と反論しようとしたが、
「って事でよろしく。あと、あんたの事もたまには報告してきなさいよ。」
あんたはいい医者になるわ。と手を振っていった緋山に、抵抗する気も失せてしまった。
『藍沢先生がトロントから帰国されました。』
写真を添付して、メッセージと共に名取は緋山に送信する。それで、自分が秘かに叶わぬ思いを抱いている世話になった指導医が喜んでくれるなら――
いずれは父親の病院を継ぐ。それまでの期間がどのぐらいかは解らないが、せめて自分が翔北にいる間は、その程度の事はしてやろう、と名取は思ったのだった。
[newpage]
「白石、ちょっといいか。」
橘に呼ばれ、医局で書類整理をしていた白石は手を止めた。
「実は今日から1か月、脳外科に明邦医大の教授が見える事になったんだ。何でも、トロント大で研修してきた藍沢に興味を持ったそうでな。それで、救命の代表としてスタッフリーダーの白石に紹介しておこうと思ったんだ。それにどうやら、向こうは白石の事を知っているそうだぞ。」
明邦医科大学といえば、今は亡き白石の父、白石博文が務めていた大学である。
誰だろう?などと考えつつ、橘に続いて小会議室へ入った白石は、目の前に立つ医者を見て息を飲んだ。
「お世話になります、明邦医科大学から参りました、桜城怜一です。」
「桜城先生…」
「久し振りだね、白石恵くん。」
にこやかに挨拶した桜城に、白石は表情が強張ったまま会釈した。
*
少し前。脳外科で西条に紹介された桜城は、西条、藍沢、新海と共に今後について打合せていた。
「おや?」
ガラス越しに見えた、前を駆けていく柏原の姿に気付いた桜城が首をかしげる。
「ああ。先程、救命にドクターヘリ要請が入りました。多分、コンサルの依頼を受けたんでしょう。」
西条が説明すると、
「救命ですか。こちらも大変ですねぇ。救命は受入れるだけ受入れて廻し切れていないのが常ですから。」
桜城の言葉に、藍沢が自分の膝に置いた両手を強く握ったのを、新海は見逃さなかった。
藍沢とトロント大のレジデントの席を取り合っていた頃――新海も、今の桜城と同じような目で救命を見ていた。
“受入れるだけ受入れて廻し切れていない。”
しかし、2年前の地下鉄道トンネル崩落事故で初めて現場へと足を運んだ時――
殺伐とした現場で100名以上もの指揮を取る白石。それに従い走り回るドクターやナースやレスキュー隊。
仲間が二次災害にあったと知り、自らトンネル内へ向かおうとした白石を引き止め地下へ下りた藍沢。
そして、自身が翔北へ戻ると声を掛けた時、“新海先生に怪我がなくて良かった。”と呟き、泣き出しそうな顔でなお指揮を続ける白石の姿。
救命のチームワーク、レスキューたちとの連携プレー。その実情を目の当たりにして、新海は救命への認識を改めた。
(これは相当腹を立ててるな…。)
表情を変えこそしない藍沢の心境が読めた新海は、はたしてこの桜城はどのような立場の人なのだろうか、と疑問に思いつつ、打合せは進んでいった。
*
桜城怜一は、白石博文の医科大学生時代の同級生だった。一・二を競うライバルであり親友でもあった二人だが、博文の技量は桜城のそれを上回り、成績も待遇にも差がついていった。
桜城とて優秀な学生であり、卒業後には博文と同じ病院へと務めたが、医者となってからも、博文の伸びは桜城が努力を重ねても到底追い付けなかった。
“かの明邦医大の教授、高名な心臓内科医”と有名になった博文への憧れや羨ましさは、ついに憎しみへと変わった。桜城は博文から距離を置くようになり、博文もそれを止めなかった。
そうして犬猿の仲となった桜城は、博文の娘・白石恵へも好意的ではなかった。
一度博文が学会に連れて来たのを見た事があったから、顔は覚えていた。その学会での博文と桜城の会話に棘があったのが印象的だったのだろう。言い合いにまでなったあの日から、白石も桜城を覚えていた。
そして、博文が肺癌で亡くなった通夜の席で。すれ違いざまに桜城が白石にしか聞こえない距離で囁いた言葉。
“父親の危篤に顔も出さなかったとは、親不孝なお嬢様だ。”
表情が強張ったが、もう大人だった白石は、聞こえない振りをするぐらいの我慢はできた。しかし、通夜から葬儀が終わるまで、桜城の白石に対する言葉の暴力は凄まじいものだった。
(どうして…お父さんはあなたに、そんなに悪い事をしたの?)
その疑問も胸の中に閉じ込め、貫かれるような厳しい視線を感じ続けた葬儀の後に白石が桜城と出会う事はなかったが、桜城の白石への――博文への悪意は、白石の耳から離れなかった。
そして、桜城との翔北での再会は、白石にとって予想だにしない衝撃的な出来事だった。
[newpage]
藍沢は、トロント大での経験をシェアする為に時間を費やし、救命には顔を出していない。藍沢にコンサルの依頼がくる事もなく、それは恐らく白石の指示だろうと予想はできた。
今日は日勤だったが、緊急オペが入り、すっかり遅くなった。藍沢はそのまま帰ろうと更衣室に向かいかけて、ふと白石を思い出す。
この所、あまり連絡も取れていない。脳外科に戻ってから、忙しくはあったが救命にいた頃よりもきちんと休憩を貰えていた。しかし、食堂でも移動中のエレベーターでも、白石を見かけた事はほとんどなかった。
一度、偶然すれ違った横峯と灰谷に尋ねてみたが、
「白石先生なら医局にいましたよ。私は大丈夫だからお昼休憩行ってきて、って言ってくれたので、お言葉に甘えちゃいました。」
「あ、でも白石先生、もし私が時間取れなくてもクリームパンがあるから、って仰ってました。」
そうか。と一言残して藍沢はその場を去ったが――
あの白石の事だ。自分の休憩時間を割いて人手不足の遅れを取り戻そうとしているに違いない。それも、他の救命スタッフには黙ったまま。
(今日は当直じゃなかったはずだが…)
もしかするとの期待を込めて、藍沢は救命の医局へ向かった。
扉を開くと、誰もいない医局にソファーの辺りがぼんやりと明るく光っていた。
そっと近づいてみると、
「白石…?」
スタンドライトの元、読みかけで開かれた医学書を片手に、すーすーと静かに寝息を立てて眠っている白石がいた。そっと顔を覗き込んだ藍沢は、その顔が帰国して初めて顔を合わせた時から痩せているように思えた。そして何より気になったのは――
白石の目から頬を伝って、涙の跡が残っている事だった。
「…風邪ひくぞ。帰らないならせめて仮眠室へ行け。」
藍沢がそっと白石の身体を揺らすと、ううん…と小さな呻き声とともに、白石がゆっくりと目を開けた。
「あれ…藍沢先生…?」
「今日はもう上がりだから、帰る前に寄った。お前がまた当直でもないのに無茶をしているんじゃないかと思ってな。」
「…心配してくれたんだ。嬉しい。」
寝ちゃってたんだ私。とまだ眠そうな目でふにゃりと笑った白石は、身体を起こして伸びをした。
一週間振りに近くで見るその顔に、藍沢は正直な心臓を実感した。
“会いたい。”
ただその思いだけでなく、この笑顔が、姿が、声が。白石の全てが愛おしい。
しかし、笑顔の白石の顔の泣いた跡は一体どうしたのか――
藍沢がそっと白石の頬に触れると、白石はきょとんとした表情になる。
「…大丈夫か?」
藍沢の問い掛けに、白石はまたふわりと笑った。
「藍沢先生は心配性ね。私なら大丈夫よ。」
「…じゃないだろ。」
藍沢は白石から医学書を取り上げ小さくため息をつくと、白石は不思議そうな目で藍沢を見つめる。
「本当に何もなかったら、何の事か解らないはずだろう。大丈夫かと聞かれて“大丈夫だ”と答えるのは、“本当は大丈夫じゃない”って言ってるようなもんだ。こっちは何の話題か提示していないからな。」
白石の瞳が微かに揺れた。一瞬、藍沢から目を反らしたが、ぽすっ、と藍沢の肩にもたれ掛かって身を預けた。
白石はふふっ、と小さく笑って、
「…本当に、何もないよ…。」
そして、甘えるように藍沢の胸に顔をうずめた。
腕の中にいる白石は、やはり少し痩せていた。そのまま藍沢は、そっと白石を抱きしめる。
こういう時に気の利いた言葉が出てこない自分が情けない。
「白石。」
「ん?」
顔を上げた白石の額に、藍沢はそっとキスを落とした。途端に白石の頬が赤く染まる。
「救命が人手不足で忙しいのは知ってる。そしてお前が、周りを気にして自分が負担しようとしている事も。皆…少なくとも藤川や冴島、それに俺は、お前が24時間救命の事を考えていると解ってる。それは昔から変わらない。」
藍沢は、真剣な眼差しで白石の目を見つめた。
「だからこそ、もっと周りを頼れ。お前に何かあったら、それこそ救命は回らない。何より…俺の心臓がもたない。」
最後の一言が、藍沢の一番の本音だ。白石は頬を染めたまま少し目を潤ませて、藍沢のスクラブをきゅっときつく掴んだ。
「うん…ごめん。」
「何があった?」
「……。何も。」
白石の様子から、口を割る気はないという意思が伝わってくる。そうでありながら、まるで猫のように藍沢に甘えて寄り添ってくる白石に、藍沢は理性を使い果たしたような気がした。二人だけとはいえ、ここは医局である。
「とにかく、当直じゃないなら今日は帰れ。」
何があったのかは知らないが、白石の疲れようは尋常じゃない。しかし、まだ事務処理が終わっていないからと言って聞かない白石に、ならせめてベッドで仮眠を取れ。と、無理矢理仮眠室へ放り込んだ。
「藍沢先生…」
白石の呟き声に藍沢は足を止めて振り返ったが、白石は悲しそうな表情で静かに寝息を立てていた。
結局、白石が心配で到底帰る気にはなれず、藍沢も脳外科の仮眠室で一夜を明かした。
[newpage]
《川辺で遊んでいたらしい家族が誤って川へ落下、流される途中に引っかかって止まった所をレスキューにより救助、親・子とも低体温で意識不明です。大人二名、子ども一名、白車受入れ可能ですか?》
「解りました、受入れます。」
白石は迷わず答え、周りを見渡した。
「オペ室準備して!5分後に患者さんが三人入る!」
運ばれてきた患者に、手分けして処置に当たる。
「白石先生!こっちの患者さんの胸元から出血が!」
子どものオペに当たっていた白石の隣で母親を診ていた灰谷が、白石に助けを求める。藤川は父親のオペで手が離せそうにない。
チラリと母親の様子を伺った白石は、直ぐに子どもに視線を戻し、
「灰谷先生、横峯先生と協力して、開胸して出血源を探して。吸引しながらしっかり抑えれば見えるはずだから。雪村さんは輸血と麻酔のサポートをお願い。」
「は、はい…!」
自分のオペから目を離さず別の患者のオペの指示を出す白石に、何か妙な違和感を感じたが、でも今は、と、三人は母親のオペに集中した。
その時、また受入れ要請のコールが鳴った。
「コンサル依頼しますか?」
白石と共にオペに当たっていた広田の問い掛けに、白石は一瞬迷って子どもの状態を診た。バイタルも安定し、問題はなさそうだ。
「…私たちだけでやろう。」
その答えに広田は勿論、聞いていたスタッフの数名が少し驚いた表情になった。じきにサイレンの音が近づき、
「広田さん、この子をICUへ運んで!名取先生、私と一緒に次の患者さんの受入れ準備を!」
オペ室は殺伐としつつもスムーズに事が運んでいった。
違和感を感じていたスタッフも、そんな事は吹き飛んで白石の大声の指揮に従い、やがて大騒動のオペは死者を出す事もなく無事に終了した。
*
「本日のオペは見事だったね。」
今、スタッフステーションにはオペの記録をまとめる為に残っていた白石一人しかいない。
「…お疲れ様です。」
白石は手を止め、桜城に会釈した。
「あの人数でコンサルも依頼せず、死者も出さずに乗り切るとは素晴らしい。何でも君が、子どものオペをしながら他のオペをする医者たちに、患者の症状を聞き指示を出していたそうじゃないか。さすがはあの高名な白石教授の娘だ。」
“白石教授の娘”。その言葉に顔をしかめそうになるのを堪え、社交辞令のように礼を返した。
「…ありがとうございます。」
「しかし、このままで翔北が続くと思うかい?」
続ける桜城に、白石は無表情のまま首をかしげる。
「相変らず救命は、受け入れるだけ受け入れて回し切れていない。今回のような偶然がいつまでも続かない事ぐらい、君なら解るだろう?」
「…どういう事ですか?」
「救命だけでは間に合わず、結局、他科にコンサルを頼んで何とか廻そうとしている。それならばいっそ受入れ拒否する方がいいと言っているんだ。」
「一人でも多くの命を助けたいと思う気持ちの何がいけないのですか!?患者さんの命を救いたいと思うのは、どの科の医者も看護師も皆同じなはずです!!」
胸が熱くなり、白石は思わず叫んでいた。そんな白石を見た桜城はニヤリと笑い、白石に言い放った。
「受け入れられて長時間治療に苦しめられる患者も、コンサルを依頼される医師も迷惑なだけだと言っているんだよ。」
さっ、と白石の顔から血の気が引いた。
「トロント大で学んだ脳外科の藍沢先生は、元救命で君の同期だそうだね。」
「…そうですが。」
声が震えるのを必死で抑え、白石は答えた。
「彼は名医だ。しかし、トロントへ行く前は事ある毎に彼にコンサルを依頼していたそうだね。彼も快く引き受けていたようだが…新海くんから席を奪う為の症例稼ぎに必死だったんだろうね。」
「藍沢先生は目の前の命から絶対に逃げない、強い意志の持ち主です。私たちと同じ――だからこそ、コンサルも受け入れてくれたんです!自分の症例稼ぎの為だけになんて…藍沢先生をバカにしないで下さい!」
必要ならいつでも呼べ――藍沢は白石にそう言った。
迷った末に救命に戻った藍沢は、多くの命を救いたいという気持ちが同じだったからだと、白石はそう信じている。
桜城は、また嫌な笑みを浮かべた。
「脳外科は、彼のトロントから持ち帰った技術や知識でどんどん伸びていく所だ。今は彼にコンサルの依頼はしないようにしているようだが、彼への依頼を避けても、他のドクター…柏原先生を呼ぶ事も、脳外科にとってはいい迷惑なんだよ。そして、他科のドクターやナースも、救命に呼ばれる度、時間を取られ迷惑している事を自覚した方がいい。」
“救命に”と強調する桜城は、明らかに“白石に”という意味を含ませている。
それを解釈できてしまう白石は、桜城の一言一言が胸に刺さり、何も言えずにただぎゅっと拳を握りしめていた。
「親が親なら娘も娘だ。ただ、白石教授は患者を受け入れれば他科に頼る事はほとんどなかった。医者になった君を“自慢の娘だ”と言っていたが、どの程度かと思ったら私の期待し過ぎだったようだ。」
博文は最後の最後まで名医だった。そんな父に追い付きたい、と必死でここまでやってきた事を正面から否定された白石は、俯いて必死で涙を堪えた。
「スタッフリーダーが聞いて呆れる。それでは一番の頼りの脳外科も、その他の科も…救命のチームも君の無謀な受入れにうんざりして迷惑しているんじゃないかい?」
白石が目を見開き、ざっくりと傷付いた表情になった。何か見えない刃物に貫かれたような感覚がして、心がズキンと傷んだ。
「白石くん、君も身の程を知るがいい。」
ふっと笑みをこぼして、桜城はその場を去った。薄暗い静かなスタッフステーションには、また白石だけが残された。
「…――――っ!!」
拳を握りしめたまま、白石は肩を震わせた。
――泣くな、泣くな…――
桜城の言葉の全てが、白石の心を打ちのめすかのように何度も頭の中で繰り返される。
溢れ出る涙は自分の意志では止める事ができず、ぽたぽたと床の上に落ち続けた。
私のやり方は――命を救いたいと、患者を受入れるのは間違った事なの?
助からなかった命は、私の判断ミス?皆、私のせいで迷惑している…?
また、私のせいで……!!
*
桜城も白石も気付いてはいなかった。
緋山の言い付けを忠実に守り続けている救命医が、物陰に隠れて二人の一部始終をスマホで録画していた、という事に。
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藍沢先生と白石先生に幸せになって欲しくて描き始めた物語。<br />前作で最終話にするつもりでしたが、第二章として続きを投稿させて頂きました(^^)<br />藍沢先生がトロントから帰国してからのお話です。<br /><br />二人の甘いやり取りを描きたかったのですが、いざ描き始めると色々取り入れたいネタが思い浮かんで、<br />これは次回かな?と回している内に初めのイメージとは駆け離れ、何だかまた過酷な感じになってしまいました。<br />そしてどんどん長くなっていく(^^;)<br /><br />どうも私は“ヒロインの(白石先生の)危機”が好きなようで、今作はキーパーソンにオリキャラを登場させてます。<br /><br />読み返せば藍白の場面が少ないような…。ああ。<br /><br />次作はもうちょっと甘くて和やかなお話にしたいなー、と思いつつ。<br />一応「藍→←白」の物語です///
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6.再会は幸せなだけではなくて。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10068926#1
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余りの真摯さに、気圧された訳でもない。恐らく、そろそろ告げられるであろうことを、ここ最近の空気が匂わせていたから。
けれども、その直球加減に一歩退いて仕舞ったのは否めない。「頼む。オレのものになって」
首肯以外に、取るべき対応なんてないのに。
「…一週間、待って下さい」
口を衝いた差し応えは、哀願に震えていなかっただろうか。それだけが、気に懸った。
翌日。
あの人の不屈の精神度合を甘く見ていたことを、愉快に思い知らされた。配達業者が四苦八苦するほどの大振りの、眩いばかりのクローム・オレンジの花束。
この時期にストレリチアのお届けは珍しいです、とサインを受け取る男の顔も自然、綻んでいた。曇天を蹴破る極楽鳥の微笑に誘われ、此方も頬を緩めそうになって、はたりと気付く。斯様な大きな花束、活ける花瓶なんて無いじゃないか。
「本当に、貴方は物を増やさせる名人ですね」
恋人からのような贈り物を腕に一抱え、洩れたのは苦笑だった。
翌々日。
さて如何ういった態度で表情で、礼を伝えるべきか悩みつつ出社したら、そう言えばあの人は今日一日、雑誌の取材とCМ撮りで直行直帰だった。
喰らった肩透かしに肩と調子を落とし、まぁ書類仕事は捗るかと端末の電源に手を伸ばし、転じた視界に飛び込んできたものを認識して、思わず机に突っ伏した。いつの間にやら、鎮座ましますウサギ柄のマグカップ。
「それで真逆、貴方のはトラ柄とか言いませんよね…?」
ペアで揃えたがる同棲したてのカップルのような買い物を、一体どんな顔でしたと言うのか。黙っていれば、それなりにイイ男なのに。
三日目。
一昨日の礼と昨日の文句を抱えた儘、今日は朝からスポンサとの契約更新の席上に居た。
契約書のシグニチャにいつも使う気に入りの万年筆がないことに気付いて、慌ただしくオフィスへ車を回したのに、こういう時に限って見当たらない。
時間やべぇだろ、コレ持ってけと渡されたペンの重みに目を屡叩かせると、にやりと笑みが返された。気に入ったか?じゃあソレやるよ。
いつ果てるともない長舌の前口上の徒然に、使い込まれたプレシャスレジンの軸を見るともなく眺めて、一点に目が留まった。あの人のものではないイニシャルに、伊達者だったというお父上の名前を思い出す。
「如何うされましたか、ミスタ・ブルックス。御気分でも?」
祖父から父へ、父から息子へ。伝えられる予定だったものは灰燼に帰したけれども、多少の時間差を以て、この掌に載せられている。父からの贈り物のような真似事は、控えて頂きたい。今も睫が重くなるから。
四日目。
向かったトレーニングルームには、一頻り汗を流した者とこれから着替える者と単にデスクワークを逃亡した者で、結局全員が集合していた。
笑いの中心は珍しいことに、薔薇のお姫様。勿論、あの人が総てを混ぜっ返している訳だが、どうやらハイスクールの授業の一環で、何処かへ旅行に行った先の土産の披露会、といったところらしい。
オオ!折角なら止めてみて呉れよと、差し出された小箱を早速開けて、邪気なく破顔している。繊細な細工のタイピンにあしらわれたアンバーの小粒は、彼女の繊手に比してもなお密やかに、その旅先の特産とされる石を見て何を連想したのかを囁き続け、輪の中に入ろうとする歩みに踵を返させた。
「おッ、そうだ。この前実家に帰ったときの土産、ってかそーゆーカンジのもん、お前のロッカーに突っ込んどいたからな」
ナマモノは止して下さいよね。果たして、ロッカーの中には今度は嵩を低くして持たせるからねと、御母堂が強引に約束を取り付けた柿が、ドライフルーツとなって此方を睥睨していた。「あれ?実は貴方っぽい色ですよね、これって。瞳?髪の色?」
五日目。
明確な理由も解せない儘に、自室を年長組のウチ飲み会場に使われる。
とはいえ、参加者はザルとワクとウワバミだし、上等の酒も見も知らぬローカル色の強い酒も皆持ち込みだから、ホストとしてはただ喧しいのを我慢するだけの簡単なお仕事だ。
あの人は酷く上機嫌で、これならいっそ、つまみにホシガキなるものを出しても分からないんじゃないかと、悪戯心が頭を擡げる。キッチンへ立つ拍子、来客があるからと仕舞った筈のブリキの玩具がカウンタに佇む様にぎょっとした。
二歩、三歩、四歩。近付いて、得心と安堵の息を吐いて、酒宴を振り返る。
「一度見ただけのものを作れるなんて、貴方、器用に過ぎるんですけど…」
少し大きめの木製のロボット。作った犯人の節くれ立った指には、酒精に炙り出された掠ったナイフの痕が一筋、うっすらと浮き上がっていた。
六日目。
どうやら昨晩は宴酣となる前に、子供のように転寝をしてしまっていたらしい。心得た大人たちは、子供にはブランケットを被せて、宴を終い、そっと退散したようだ。夜明け直前のゼニスブルーの淡い光が、カーテンの隙間から滲んでいる。
少々無理な態勢からか軋む背を伸ばすと、何処かでしゃりんと軽やかに金属が啼いた。チェーンでも切れたかと、覗き込んだ床に、銀色の鍵。その形と温度は夢うつつ、今は少し汗ばんだ掌がよく覚えている。
「そうでした。貴方をお待たせしてるんでした、一週間」
答えは、疾うに決まっている。
「さァ、待ったぜ一週間」
差し出されたベルベットの小箱には、控え目に光るリング。「随分とせっかちですね?」この声は、多分震えている。哀願ではなく、緊張で。
「十代のガキみたいに、じりじりと恋を煮詰めて楽しむ時間は、おじさんにはもうねェの」
――だから、オレのものになって。
「答えは『はい』か『イエス』のみだ」
この声も、何処か震えている。思わず笑みが零れた。
「いいえ」
とっくの昔に、僕は全部、貴方に掻っ攫われているんですよ。知らなかったんですか?僕の可愛い虎徹さん。
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"氷のような姫君の心も" 『トゥーランドット』リューのアリア。 おじさんは、絆し系。
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Tu che di gel sei cinta
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006907#1
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凛、新しいお友達が欲しくはないかい――?
父からそう切り出された時は、引っ越しでもするのかと身構えたものだ。
現在、凛の小学校生活は至って順調である。二年生になってクラスが変わってからは以前にも増して多くの友人ができたし、だから投げられた問いに関しての答えは「ノー」なのだが。
「転校、ですか? わかりました、お父様も昔は外国にいらしたんですよね。どこで暮らそうとも、遠坂の娘として立派にやっていきます」
「いや、そういう意味じゃなくてね」
時臣は慌てて訂正した。しっかり者に育ってくれた娘だが、やや先走る癖があるようだ。
遠坂家は冬木の地主である。時臣も留学経験はあるものの、先祖代々の屋敷から離れる予定はない。
「学校は関係ないんだ。ちょっと、知人からの頼まれ事でね――プランツ・ドールを引き取って欲しいというんだ」
「うちにもプランツが来るんですかっ!?」
プランツ・ドールは人形だが、ぬいぐるみなどとは明らかに違う。父が“お友達”と表現した理由がわかった。
「ああ、明日にでも店へ行こう」
ただし、選んで購入、という話ではない。
知り合いが子どものためにとわざわざ職人を呼び寄せてまで作らせたはいいが、完成した頃には彼は夫人と離婚し、可愛がっていた子とも別れ別れになった。
そんな苦い経緯で、新品の人形を引き取らないか、と持ち掛けられたのである。
急な話ではあるが、忌避する理由もないので承諾し、プランツドールは遠坂家にやってくることとなった。
「私、おじさんの所のサクラちゃんみたいな子が良いです!」
わがままなど滅多に言わない凛だが、期待に満ちた眼差しで父へと語りかけた。
サクラというのは妻の幼なじみである間桐雁夜が世話している人形である。
独身男がアパートで面倒見きれるのだろうか、という心配はどうやら無用で、ちゃんと愛情を注いでさえいれば問題ないという。プランツ専用のミルクや肥料は驚くほど値が張るが、市販の牛乳でもちゃんと飲んでくれるのだそうだ。
つまりは、環境よりも持ち主次第。
「ううん、どんな子でも楽しみだわ」
色々なお洋服を着せて、一緒に本を読んで――サクラと遊ぶ時もそうしているのだろう、世話焼きな姉みたいな表情をしている。時臣は瞳を細めた。
(プランツを迎えるのは軽いことではないと言われるが、凛ならきっと大丈夫だろう)
生来の楽天家気質と、親馬鹿も手伝って、明日の予定を呑気にとらえていた。
ただ、彼はうっかり伝え損ねていた。むしろ自身でも忘れていた。
知り合いから託されたのは、少年人形であるということを。
冬木に店を構える、大富豪が道楽で運営しているらしい道具屋は、用途のよくわからぬ奇品珍品が並べられており、変わった物を好む人々から愛されている。
中に入ると、とてつもなく態度のでかい金髪紅眼の男がふんぞりかえっている。若く見えるがれっきとした店主である。
凛を携えて重厚な扉を叩いた時臣は、早速じろじろと検分される羽目になった。
「貴様が、あの人形を買う、と?」
客に対してとんでもない物言いだが、不思議と不快にならない。偉そうだがどこか気品を感じさせる男性だった。
「ええ、紹介を受けた遠坂です」
「他の人形とはいささか毛色が異なるのでな、店には出しておらぬ」
こちらだ、通された奥の部屋は、雑な店内とは違い、整然とした印象を受けた。
「……人形<あれ>が埃を厭うものだから」
おや、と時臣は意外に思った。尊大な態度の端から優しさが滲んでいたから。
それは凛も感じ取ったらしく、物怖じせずはきはきと話しかけた。
「私、プランツのお友達がいるのよ、金ぴかのお兄さん。サクラちゃんって子、覚えてる?」
「ほう、威勢の良い小娘、お前はサクラを存じておるのか。ふらっと雨宿りに来た雑種に“起こされ”て、我は骨を折ったぞ」
「ねてたの? サクラちゃん」
無邪気に小首を傾げる娘に、時臣は分かる範囲での解説を試みる。
「いや、凛、観用少女は作られた時は眠っているのだそうだよ。持ち主に出会ってはじめて目覚めるらしい」
“名人”の称号を持つ職人が丹精こめて作り上げ、夢を見ながら待ち続けるのだ。
自分に愛情を注いでくれる持ち主が現れる日を。
「眠り姫みたいですてき。でも、私で起きてくれるのかなあ」
「心配いらないよ。お前は遠坂の娘なのだ、どうしてプランツに嫌われたりするものか」
時臣は何の根拠もない太鼓判を押した。店主は呆れた様子だが、凛は尊敬する父に言われて不安がどこかへ行ったらしい。碧眼をきらきら輝かせている。
「貴様、間違ってはおらぬが情緒に欠ける言い方だな。ふん、つまらん」
「ちょっと、お父様をバカにしないでくれる!?」
勝ち気な娘が喧嘩をはじめる前にと、時臣は青年に尋ねた。
「それで、“闇夜”は何処に?」
正式な名前はもちろん持ち主が決めるのだが、知り合いは依頼段階から仮名として呼んでいたのだそうだ。
「……待っておれ、連れて来てやる」
少しして、青年の腕に抱かれ現れたのは少年の姿をした人形だった。
てっきり女の子と思い込んでいた凛は目を丸くした。口もぽかんと開けて、優雅さはどこへやらだ。
だが、時臣は娘をたしなめることをしなかった。彼も、はじめて至近距離で見る存在にすっかり魅了されていたから。
「さて、こやつを目覚めさせられるかな?」
店主は面白そうに成り行きを傍観している。
息を呑んで人形を凝視する父娘に応えるかのように、やがて“彼”はまぶたを震わせた。
その瞬間を、時臣はずっと忘れないだろう。
ゆっくりと開かれた双眸に、二人はおそるおそる手を伸ばした。[newpage]
滑らかで絹糸のような漆黒の髪。手を伸ばし、梳いたそれはさらさらと指通りが良い。
「はい、支度完了だよ」
ブラシを持った時臣がにっこり微笑みかけると、じっとしている少年の肩をぽん、と叩いた。抱き上げて鏡台から下ろす。
「良い子だね、綺礼」
愛情を向けてやれ、と引き取る際にさんざん注意されたので、整えた髪を崩さない程度に撫でつける。
正式に遠坂家へ引き取られたプランツは無表情だった。だが、動きにくい表情の下に沢山の気持ちを閉じこめているらしい。
今だって、時臣が触れた箇所をくすぐったそうになぞっている。彼なりの喜びの表現である。
初日こそ、かわいくない、と頬を膨らませていた凛も、彼女なりに綺礼との距離を縮めているらしい。弟も悪くはないかも、とぼそりと呟いていた。
『でも、お父様を独り占めだけはさせないんだから!』
時臣の膝で絵本を捲る綺礼をキッと睨み、父は娘に空いている片膝を差し出した。
……どうやら時臣をめぐるライバルだと認定しているらしい。
「懐いてくれるのはありがたいんだが、ね」
目を覚ました綺礼は、凛と店主を一瞥すると、迷う素振りもなく時臣に抱きついた。無表情なため傍から見ればシュールな光景だった(と、金髪店主が爆笑しながら後に述べた)。
「ああ、お前ん家のプランツは変わり者だな。凛ちゃんより髭のおっさんに抱きつくなんて」
雁夜にからかわれ、おっさんじゃないよ、と訂正しておいた。あと、凛にも懐いてないわけじゃないんだよ、と。
「やっぱり、サクラは天使だよなー。人見知りなのに、凛ちゃんに紹介された綺礼君とは仲良くしようとがんばってる所とか」
君の溺愛ぶりも相変わらずだね、と返したが耳に入っていないだろう。サクラと綺礼と凛がままごとに興じている様子を、溶けそうな眼差しで見守っている。
一人暮らしでサクラが寂しがるから、と、雁夜は定期的に遠坂家邸に遊びに来るようになっていた。
葵に失恋して以来、時臣を嫌い抜いて寄りつかなかったのに、丸くなったものだ。
「サクラちゃんを大事にするのも結構だけど、君もそろそろ身を固めたらどうだい。家庭を持てば人間成長するよ?」
「今の俺はまだまだだって喧嘩売ってるんだな!?」
短気な雁夜が叫ぶのを受け流し、時臣はマイペースに紅茶を飲む。
のどかな昼下がりのリビングだった。
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観用少女パロ。何かふわっとした感じでお読みいただければ。導入部分なのでcp要素は皆無ですが、今後こうなればいいなっていう希望でタグ付けてます。あとうっすら雁桜とディルケイソラも入れられたらいいな。イベントが終わったら色々書きたいです が その前に17話こわい 次→(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1029747">novel/1029747</a></strong>)【追記】4/27付DR感謝します。タグ・ブクマコメもありがとうございます。
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Hello,my dear.
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006919#1
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もう守護者として英霊としてのエミヤシロウは存在しない。
アラヤ――霊長の守護たる存在からの通達に、彼の剣にして騎士の王である彼女は悲歎に暮れ、彼を英霊の道へと導いた光の御子もまた口惜しさと痛ましさに言葉を失っていた。この二人は顕著にすぎるが彼と関わったことのある英霊は、およそ同じような反応をしただろう。
ただ一人、あらゆる『原典』を所有する黄金の王を除いて。
黄金の王こと英雄王・ギルガメッシュはあらゆる宝具の原典の所有者であり、この世の宝物たるもの総ての支配者である。真作を愛で贋作を厭う彼は、しかし真作を越えうる贋作の存在を知っていた。
それは英雄王の唯一無二の親友たる泥人形の存在であり、借り物の理想を貫き通した贋作者たるエミヤシロウである。アラヤは人類の集合的無意識とも言うべき存在で、その思考は実に人間的なものだ。基本的に『道具』は使い捨て、使える『道具』は修理すれども手放すことはない。磨耗し砕け散るその時まで『抑止の守護者』はアラヤの『道具』であり続ける。
エミヤシロウも例外ではなく、第5次聖杯戦争――かの運命の夜に喚ばれた時点ですでに磨耗の果てに消滅する危機はだいぶ近づいていた。
守護者たちはみな磨耗していく。磨り減るごとに魂の外殻が削れ、蓄積された記憶や人格が消えていく。磨り減る外殻は英霊としての信仰や祈りをも含む為、それらが削られた魂は『原点』である人の魂に近づく。只人に近づいたそれは『英霊』の格が持つ重さに耐えきれず砕け、アラヤに吸収されるのだ。しかしエミヤシロウは違った。冬木大火災に遭うまでの■■士郎は只人でありその原点は母の胎内であったはずだった。しかし『この世全ての悪』がもたらした大火災によって■■士郎は衛宮士郎に成った。成ってしまった。
正義の味方という理想を掲げた衛宮士郎の原点はかの大火災、さらに言えばその際に埋め込まれた聖剣の鞘《全て遠き理想郷》だ。彼の剣という属性も鞘によって与えられたものであるが故に、エミヤシロウと《全て遠き理想郷》はあまりにも近い存在であった。
磨耗とはすなわち人格その他に覆われた原点に回帰することであるが為に、その身に残った鞘の性質が再活性したのである。
鞘はその身に収める剣にして正統なる持ち主の意思に応え、エミヤの内に名残程度しか残っていないであろう欠片を、それでも最大限に活用した。《全て遠き理想郷》は結界宝具にして至高の癒しを与える宝具。アーサー王の魔力によって対象を傷すら残さず癒す。それは即死同然の負傷さえも。
しかしながらエミヤの魂は損耗しすぎていた。無いものは造り出せず、磨り減った外殻は戻らない。それでもアヴァロンは最善を尽くした。
造れないのならば周囲から貰えばいい。貰えなければ借り受ければいい。拒まれたとしても気付かれなければいいのだ。アヴァロンは色々な意味で騎士王の影響を受けていた。
アヴァロンを軸にあらゆる神話伝承から『理想郷』を継ぎはぎし、エミヤの魂に馴染ませた結果。
『正義=理想の具現』たる《宝具エミヤ》が生まれたのだった。
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初投稿です。見苦しいところも多いでしょうが多目にみてやってください。すみません、続きます。//評価、ブクマ、全裸待機タグありがとうございますぅう!//4月27日付DR83位ありがとうございます!!
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赤い弓兵救済計画
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006927#1
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・夢小説(オリキャラが主人公)
・よくあるネタ
・n番煎じ
・書きたいだけ
・見切り発車
・夢小説(オリキャラが主人公)
・主人公が幼い
酷い頭痛がしてゆっくり夢から覚めるように意識が覚醒した。手には冷たくザラザラした感触がして、コンクリートの上で寝ていたのかと気づく。なんとなく空気がほこり臭い、土のような匂いで、不快感を全力で顔に表現しながら、上体を起こし、涙で開きづらい目を開く。
「意識を取り戻したのか!よかった、もう大丈夫だから安心してくれ」
「ふゃ…?」
大学で一般人に擬態しながらその影で2次元や2.5次元に生かされ、かつ2次創作の沼に身を置いていた私は、得意ではない、しかも上下関係や今後の付き合いも考えて断りきれない飲み会でしこたま飲まされた。酒に弱い私は案の定潰れ、なんとか友人に支えられて帰るとそのまま玄関で気絶。二日酔いの頭痛で目を覚ますと、
なんと体が縮んでしまっていた!なんでや工藤!!
「降谷さん!被害者の女児は」
「無事だ、一応病院に連れて行くように手配を頼む」
「わかりました」
なんやて?工藤
「もっと泣かれると思ってたんだが、もしかしてまだ混乱してるのか?」
【悲報】わい氏幼女になりあむぴ(ふりゃさん)に抱きかかえられてるなう
あ、吉報のほうがいい?すまんすまん…じゃないわ。日本中の女(男)を落としたかの有名な安室透じゃないですか!あ、元々はたまにアニメ見るくらいだったんですが、流行りに乗って映画を見て沼に落ちました!私も安室の女ですじゃなくて、なんで二日酔いからトリップにつながったのか誰か教えてくれませんか!誰かァ!夢にしてはリアル過ぎるんだわ!
あとこんな犯罪都市にトリップは素直に嫌!
「っ、う、えぇぇぇぇぇん!!」
ほら幼女ちゃん不安で怖くて泣いちゃった!早くぽんぽんして!あ、泣いてるの私だったわ。やけに喉が痛い…にしても私ったら退行トリップしちゃったの?それともトリップ後にアポトキった?でも服のサイズはあってるからそれはなさそう…というか、は、早くぽんぽんしてぇ…幼女ちゃん今すごく怖くて体が固まりそうだよぅ…
「よしよし、もう大丈夫だからな…」
「うえぇぇぇん!ゔあぁぁぁぁぁ」
もっと泣いちゃった〜!ごめんね幼女ちゃん安心したらもっと涙出てきちゃった、ごめんね、今だけ泣かせてね…あらら安室さん、いや今は降谷さんの顔が、安心したように笑ってる…嫌がらないのか…え?幼女ちゃん泣けたことにホッとしてんの?聖母かよ…ま、ママ……
「怖かったな…」
「ゔえええええええ!」
「よしよし、もう1人じゃないぞ」
「ああああああん!」
ぐすぐす。たまにちーん!と鼻をかんでもらいながら、やっと涙が治まってきた。降谷さんに鼻かませちゃった…なんかごめんね。幼女ちゃんだから許せ。
それにしてもこの子、どうして病院の入院衣みたいな白い服なんだろう?それに手首に手術する人がつけるようなビニール製のタグもつけてるし。不思議な子だなぁ。
泣くことと観察することに精一杯だったから気づけなかったが、どうやら抱えられて車まで移動してきたらしい。ちなみに憧れの降谷さんのマイカーではなく、ワゴン車だった。
「降谷さん、変わりますか?」
「いや、いい。それより何か目ぼしいものは出たか」
「まだ…もう少し時間がかかるかと」
「そうか、わかった」
おそらく私が居たであろう場所は、外から見ると工場のような外見で、たくさんの人が中からアタッシュケースやらダンボールやらを運び出していた。私、というかこの幼女ちゃん、なんでここにいたんだろう?
「他に子供は」
「ひと通り調べてはありますが、この子のみでした。恐らく逃げ出したのではないかと。足跡が残っていたのでそちらから追います」
「頼む」
えっ?もしかしてあれ?モルモット的な?
「組織もなかなか酷いところとつながっているな…ここは見放されたから潰せたが、あといくつあるんだろうな」
わ、わぁすごいな、まるで夢小説みたいな展開だわ…
「この子の資料もう一度見せてくれ」
「はい」
「…名前なし、ナンバーで管理は想定内だが」
「これで7歳は、どう考えても成長が遅過ぎるな」
な、なんだって…!
7歳!?幼女ちゃん7歳なの!?見栄張ってもせいぜい4歳だよこの大きさは!ナンバーで管理とか完全に研究材料です本当にありがとうございました。なるほどタグは管理番号ね。でもデザイナーズベビーじゃなかっただけマシか!待って全然マシじゃないわ。
でもこれからどうなるんだろうか。保護されたから、そのまま施設?もしくは里子に出される?あぁでも、体が普通じゃないから普通の家庭には引き取られないだろうなぁ。
「…そろそろ戻らないといけないな。それじゃあ後は頼む」
「わかりました。お気をつけて」
あ、降谷さんどっか行くの?と見上げるとにっこりと微笑まれて、そのまま風見さんへ差し出された。
すると幼女ちゃん、どうしてか涙腺が急激に緩む。
「いやあぁぁぁぁ!!」
「えっ!?」
「ぐふっ」
ごめんね風見さん、違うの。あなたの顔が怖かったとかじゃなくて、あむぴの腕の中で安心しすぎてそれが離れるのが嫌だっただけなの。だからごめんねそんな傷ついた顔させて!上司に笑われて!ごめんね!
「ふ、ふふ…そんなに風見が嫌か?」
違うよ!嫌いじゃないの、この腕にいたいだけなの!
「でもこれは君のためでもあるんだ。わかってくれ」
そう言って半ば強引に風見さんの腕へと移動させられた。ぎこちない手が、必死にこぼすまいと抱きしめてくれる。
でもこの幼女ちゃん、降谷さんの服を離さない。しかもすごい馬鹿力。赤ちゃん特有の力強さとはまた別物じゃないか?その手をゆっくりとはがされていく。
もう、はなしちゃいやなのに。
「っお、かあさん、いかないでぇ!」
[newpage]
▼幼女(大学生)先輩
黒の組織と繋がりのある、とある組織の末端の子供で生まれてすぐ実験のために預けられた。実験の影響で握力が通常よりも強く、成長が遅くなっている。もともと自我があってないような子だったが、今回トリップ主とフ●ージョンして自我を得た。完全にトリップ主で上書きされた状態で、思考は大人だけど精神は体寄りなのですぐ泣いたり転んだりしちゃう。なお安室の女ではあるが、名探偵界隈の最推しは怪盗。
▼おかあさん
おかあさんってよばれた。
うまくいけば引き取って育ててくれそうかもしれない。
▼泣かれた
ショックだけどお仕事頑張ります。
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安室さんをおかあさんって呼びたかっただけ。<br /><br />前回同様、夢小説であることを踏まえた上で、主人公が幼くても大丈夫な方向け。組織のこととか諸々ご都合主義です。妄想で補っていこう<br /><br />【2018/9/3追記】まさかのルーキーランキング39位ありがとうございます!素直に嬉しいです。コメントの方もしっかり読ませていただいております。ありがとうございます。返信につきましては、なかなか良い返しができないため、自粛させていただきたいと思います。語彙力の無さがここで障害になろうとは…誰も思うまい……
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「おかあさん、いかないでぇ!」
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10069335#1
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鬱先生:はっだっか〜になっちゃおっかな〜?
トントン:なっちゃえ〜
鬱:言ったな?
鬱:脱ぐぞ
トン:やめろ
鬱:脱いだわ
鬱:デレステ後の疲れ切ったからだを風が癒してくれる
トン:うわ
トン:風さんサイドも吹くとこ選びたかったやろな
鬱:へっ残念
鬱:今ケツの毛が揺れとるわ
トン:きっっっしょ
トン:お前ケツの毛の報告とかいらんから
鬱:ひどい
鬱:え、どんぐらい?
トン:コネシマがうんこの報告してくるくらい
鬱:そのふたつなら俺のケツ毛の方がマシやろ
トン:んなわけあるか
鬱:😏 「聞いてくれトントン」
鬱:😏「今朝めっちゃうんこどっさり出てん」
トン:ゲゲゲ〜〜〜!!
鬱:あっ鬼太郎!
トン:は?
鬱:ごめん
トン:許した
鬱:トン氏は非常に寛大
鬱:テストに出さなきゃ
トン:(いら)ないです
トン:さっきのやつ昨日のフレーズまんまや
トン:会って一言目に言われたで俺
トン:「はぁ?」って言ったけど俺悪くないよな?
鬱:圧倒的無罪
トン:やったぜ
鬱:でもいいのかトントン
鬱:俺のけつ毛の話なんかあんま聞けへんで?
鬱:SSRドブに捨てるん?
トン:まだその話する?
トン:はよ服着ろ
トン:そもそもお前がSSRのソシャゲとかバグやからダウンロードしたないわ
トン:ゲームじゃなくてスマホの膿
鬱:罵り欲張りセットやめろ
鬱:でもスマホの膿と更新されない異世界、どっちがマシかって話ですよ
トン:ヤメロォ!(建前)ヤメロォ!(本音)
トン:とにかく良いから服今すぐ着てくれ
トン:話はそれからや
鬱:トントンすまんな
鬱:俺1回服脱いだらもう二度と着れへん体質やから
トン:はぁ
トン:それ体質なん?
鬱:体質なら仕方ないと思わん?
トン:お、おも……………………
鬱:ゴクリ……
トン:う
鬱:完 全 勝 利
トン:思うので今からお前の部屋の服全部回収しに行くな
鬱:マ?
トン:秒で?
鬱:秒で
トン:売って借金返済の足しにせえよ
鬱:いつの話や
鬱:今してへんわ
トン:大先生今から空いてる?
鬱:え?まじで来んの?
鬱:やめてクレメンス!
トン:大先生の服なんか頑張って売るか無人島で遭難した時の狼煙として役立てるしかないから…
鬱:無人島で遭難した時って何?????
鬱:やけに具体的な案出すのやめて?
鬱:丸ごと持ってくん?
鬱:いつ?
鬱:え?
鬱:遭難する前提?
トン:酔ってる時のシャオロンか?
鬱:質問多いなってこと?
トン:うん
鬱:あれよりはマシやろ
トン:そうは言うけど
トン:大先生先月の飲み会の時一個一個の行動に「なんで?」って聞かれてたやん
鬱:仕方なかってんあれは
鬱:あの子ほろ酔いでべろべろになっちゃうから
鬱:シャオチャンは悪くない
トン:😊「大先生なんで箸持つん?吸い込んで食えばええやん?」
鬱:俺はタコか?
トン:タコでも触手使うんだよなあ
トン:いやそうじゃなくてやな
トン:そもそも大先生借金のし過ぎでグルさんにドラム缶に詰め込まれて海に放流された経験あるんやろ?
鬱:ないけど?
トン:もう一度そうなったら役立つやん
鬱:もう一度も何も人生で一回もないけど…
トン:ほんまに?
鬱:あっ!
鬱:今から俺が聞く質問にはいかいいえで答えてください
トン:おっいきなり始まったな
鬱:▽それは昨日の話?
トン:はい
鬱:▽昨日外出しましたか?
トン:はい
鬱:▽誰が言ってた?
トン:コネシマ
鬱:コ、コラ〜〜〜〜〜〜!!!!!!コネシマ〜〜〜!!!!!!!!!!
トン:うるさっ
鬱:あいつすぐ俺に関する嘘いうやん
鬱:7割型嘘やから本人見ても「誰?」って言うようになってきたぞアイツ
鬱:誰ちゃうねん
鬱:俺越しに何を見てるんや
トン:草
鬱:この前でもさ
鬱:「俺最近女の踝見る時目に焼き付ける為に一瞬瞬きするようにしてんねん」って言ってん
鬱:そしたら真顔で誰?って
トン:そらそうよ
鬱:こらこら、お前は今誰と来る約束をしたんだい?って言いかけたけど
鬱:風俗の前はちょっとな〜〜〜意気込んで1発しけこもうとしてる男達に俺らの喧嘩見られんの嫌すぎるな〜〜〜って控えた
トン:それ単純に他人のフリしたかっただけやと思うで
トン:俺やって言うわ
トン:ウッ待て今記憶の改竄がされた
トン:え?お前誰?
鬱:お前もかトン氏
鬱:俺やで 鬱やで
トン:ごめんLINE乗っ取られてた
鬱:嘘下手か
トン:でも俺やってあいつとおるとき他人のフリしたかったこと何回もあったけど耐えてきたで?
鬱:まあせやろな
鬱:ちゃうやん今回は尖れよって言ったから冗談ぶちかましただけやん
トン:それにしてはやけにリアルなんだよなぁ
鬱:でも風俗の時以外もたまに「誰?」って聞いてくるしあいつの方が悪いと思いまーす
トン:小学生出してくるのやめろ
トン:えこの前もしかして飲んでた時あいつがお前おらんように扱ってたのもそれ?
鬱:それ
鬱:でもあの日は酒飲んでテンション上がったら「元気か大先生~!!」って絡んできたから許した
トン:チョロいな〜
鬱:普段優しさに触れていない男なんてそんなもんよ
トン:そこまで寛容なら嘘7割のイマジナリー鬱先生も愛してやれよ
鬱:いやそれはちょっと…
鬱:俺じゃない俺を受け入れてもから虚しくなるだけやし…
トン:でも昨日あいつエーミールに必死に熱弁してたで(笑)
トン:「お前の信じてる大先生は本物の大先生ちゃうねん!」
鬱:は????また?????
トン:またまた
トン:あれは最早趣味の領域やろ
トン:飲みに行く度教えこんでるからあいつ
鬱:この前もエミさんに
鬱:「大先生が女の人好きなのは昔飼ってた牛を思い出すからって聞いたけど、牧場勤務じゃダメだったの?🤔」
鬱:って聞かれてんけど……
トン:アホみたいに笑った
トン:牧場じゃダメだったのちゃうやろ
トン:無理やろ
鬱:動揺しすぎて「牛ちゃうで羊」って言ってもうた
鬱:ああ羊か!なら仕方ないな!って納得して帰ったから良かったけど
トン:なら仕方ないな?????
トン:仕方なくないか?
鬱:羊飼ってても女は好きやで
トン:そこかよ
トン:あの人コネシマの話は素直に信じ込むよな
鬱:エーミールに真実を言うのはあいつだけだもんしゃあねえよ
鬱:コネシマの中の7割の嘘を完全に伝えられてるせいで
鬱:多分エミさんの中の俺は10割が嘘
トン:有り得そうだから笑う
鬱:なんでそういう時否定しといてくれへんの?
鬱:その二人おる場合基本ゾムさんもいるんやろ?
鬱:2vs2やん
トン:何言ってんねん
トン:あの二人のワールドに俺らが着いていけると思うんか
トン:コラ
トン:ボケ
トン:よく考えろ
鬱:めちゃくちゃ罵られた
トン:あいつらアホやで
トン:「目の前でミンチにされる工程を見て果たしてコネシマは今後の人生ハンバーグを食べれるか?」
トン:って話題で45分盛りあがってんぞ
トン:無理やろ
鬱:正気の沙汰ではない
トン:ゾムも俺もついていけへんくて2人でラーメン食ってたわ
鬱:その話聞きながら食えるお前らも凄いな
トン:店出たあとゾムさん困り果てた顔して「少なくとも俺は食いたない…」って悲しそうな声で呟いてたところまでがセット
鬱:いや笑う
鬱:想像できるのが辛い
鬱:動物の話になるとたまに悲しそうな顔するよなあの人
トン:ほら元々山に住んでたから
鬱:マ?山賊かよ
トン:知らんけど
トン:けどもう満腹と酔いで何もわからなくなってた俺は
トン:「俺がミンチになるんや!!今から砂食うわ!待っててな!」
トン:って気まぐれに買ったコンビニおにぎり5つゾムに手渡してそのまま帰った
鬱:お前まで狂人やったんか
鬱:狂人3人相手にしたゾムさん可哀想すぎる
鬱:せめてトントンくらいは正気でいてあげてほしかった
ゾム:あの時はほんまに泣いてまうかと思った
鬱:うわ突然来た
トン:そらそうよ
ゾム:来たちゃうし
ゾム:ここ普通のLINEグループやん
ゾム:3人の
ゾム:何?俺が嫌やった?
トン:ゾムさん怒ってもうたぞ大先生
鬱:ごめんやん
ゾム:別にいいけど
ゾム:しばらく動画作らんから
鬱:本格的に拗ねとるやん
トン:ゾムあの後どうなったん?
ゾム:そうやトントン
ゾム:トントントントントントントン
ゾム:トントン
ゾム:お前さぁ
ゾム:あの時なんで帰ったん?????
ゾム:なぁ
トン:ごめんて
ゾム:ごめんで済んだら警察いらんねん💢💢
鬱:えらい珍しく激おこやゾムさん
ゾム:聞いてくれ大先生
ゾム:その後酔って上機嫌になったコネシマが
ゾム:「もっと呑むぞ!俺はいける気がする」
ゾム:って言ったから3人で2軒目行ってんで
トン:いや断れよ
ゾム:断ったら負けた気がするから嫌やった
鬱:強者すぎる
トン:ゾムの負けず嫌いやばいよな
鬱:俺やったら嫌すぎて「アアァ〜〜〜!!」ってコンビニのドアに頭から突っ込んでた
ゾム:怖
トン:やめてくれ
トン:さすがに俺でもそこまではしいひんわ
ゾム:あでさ俺は車やったから呑めへんし、腹空いてたから黙々と飯食ってたんや
鬱:ほお
ゾム:けど例の2人は何も食わず酒呑みながら
ゾム:「自分が海賊で現代にやってきたらここ周辺のどの会社のビルを倒壊させて誰を檻にぶち込む?」
ゾム:って話してたわ
ゾム:確かやけど
トン:は?
鬱:何その…何?
ゾム:訳分からんくて途中ではいれへんかった
ゾム:気分はぼっち飯してる感覚
鬱:可哀想すぎて泣けてきた
鬱:あの二人何話してんの?
鬱:頓珍漢すぎる
トン:今流行ってる支離滅裂な発言
トン:誰を檻にぶち込む?って何?
鬱:倒壊させるも謎やろ
トン:現代に現れる謎の海賊
鬱:暴虐の限りを尽くしてるやん
トン:あれが無意味な暴力なんかな
ゾム:あいつら多分お互いに何言ってるかもわかってなかったとおもう
ゾム:コネシマがトイレ行ってくるわって立ち上がったらエミさん
ゾム:「急にジョニーデップごっこするのやめて〜」
ゾム:って前後に揺れながらゲラゲラ笑ってたから……
鬱:怖すぎる
鬱:ごっこじゃなくない?
トン:ジョニーデップもトイレくらい行くやろ
トン:??????
鬱:酔った時のグルッペンくらいタチ悪いやん
トン:俺でもそんな2人見た事ない
ゾム:スーツでそのまま行ってたから俺の事2人してパンダ呼ばわりするし
鬱:パンダかあ
トン:動物でももっとまともな判断すると思うわ
ゾム:あの二人そもそも生放送とかでも2人で会話してたら入れん時あるけど
ゾム:それ以上やった
トン:せやろな
ゾム:理性を失った人間は怖いんやなって…俺は学んだ…
鬱:ゾムさん可哀想に…
トン:ごめんなゾム
トン:そこまでとは思わんかった
ゾム:せや!今度みんなで飲みに行こ!
ゾム:その時あの二人介抱させたるから
鬱:えっ
トン:えっ
ゾム:覚悟しといてや^ ^
鬱:怖くなってきた
鬱:俺眼鏡だけ持つ係やったらいけるよ
トン:もっと人類としての自覚をもて
ゾム:メガネじゃなくて出刃包丁なら持たせたるで
鬱:捌くの?
トン:俺は逆にテンション上がってきた
トン:介抱でもプロレスでもいくらでもしたるわ
トン:動画も撮るか
トン:基本「じゃあかあしいんじゃい!!」
トン:ってラーメン丼頭にドーンってしたるわ
鬱:そぉい!
鬱:テンション上がった時のトン氏は強い
ゾム:ロボロも連れてこか
鬱:ええな
トン:最悪俺ら全員酔ってもあいつなら何とかしてくれるやろ
鬱:チビやけど
ゾム:チビだからこそやろ
トン:そう言えば大先生まだ服着てへんの?
ゾム:マジで大先生脱いでんの?
ゾム:きっしょ
鬱:お前同じこと言ったな
鬱:着てへんよ
トン:はよ着ろよ
鬱:ちゃうねんコネシマとシャオロンに服全部取られてもうてん
鬱:これなくなったらお前は尖れるって
鬱:だからこれが最後
鬱:脱いだのは脱ぎたくなったから
ゾム:ごめん俺お前のことあんま詳しくないねんけど
ゾム:全盛期着る服さえなかったん?
鬱:あったよ?
鬱:あいつの中の俺は持ってなかったらしいけど
トン:出たイマジナリー
ゾム:なんやそれ
トン:てか取り返せば?
鬱:取り返す服がない
鬱:さっきまで着てたの寝間着やし
鬱:着ても着なくても変わらん
トン:社会的に尖らせてもうてどうすんねん
ゾム:俺大先生が逮捕されたら身バレしそうで嫌やなあ
鬱:え?逮捕される前提?
トン:シッマはあれか?女に金借りさせるつもりなんかな
ゾム:そうなん?
ゾム:ならそこら辺の女に声かけて借りてこいよ
ゾム:それか4kテレビ売るかでええやん
鬱:いやでも服ないし振り込んで貰おかなって
ゾム:最悪俺の服貸したろか?
鬱:マジで!?
トン:まあその後焼くけどなドラム缶で
鬱:寝間着でテレビ売りに行くか〜〜〜!!!!
ゾム:ええぞ大先生!!!
ゾム:金がない様子が貧乏人みたいで尖ってるように見えると思うで!!!!!!
トン:待て待て待て
トン:ほんまに服ないんか?
トン:保身に走るあのコネシマがそこまでやるとは考えられへんねんけど
トン:あいつが
ゾム:確かにシッマ保身に走って走って走るよなあいつ自分は
トン:シャオさんも同行してるならちょっとわからんけど
トン:あいつやる男はやる男やから
ゾム:いやでもシッマおるんやろ?
ゾム:わからんで大先生
鬱:今朝起きがけに来て立ち入り検査されて戻ったら無くなってたし
鬱:ちな俺風呂場に閉じ込められてた
トン:こっわ
鬱:えー、じゃあ探してみる
鬱:探してくるわ待ってて
トン:おう
ゾム:うす
トン:ゾム今日生放送でれそう?
ゾム:出れるで
ゾム:編集ちょうど終わったし( ・´ー・`)
トン:お疲れ様です
ゾム:うぃっす
トン:また送ってくれたら見るわ
ゾム:あざす
鬱:おまた
ゾム:どう?
鬱:あった
鬱:あったけどさあ
鬱:なんでベランダの床全体に敷き詰められてるん?????
トン:嘘やろ
ゾム:ラーメン鼻からでた
鬱:あいつら馬鹿じゃねーの!!??
[newpage]
エミ:大先生は4Kテレビを売るためにゾムさんから服を借りたって聞いたけど本当?
鬱:突然どうしたん?
鬱:まあ、うん
鬱:そういう状況になりかけたことはあるよ
エミ:そっか
エミ:ありがとう^^;
鬱:え?何その顔文字
鬱:おい
鬱:おいエーミール
鬱:お前コネシマから何吹き込まれた
鬱:あの
鬱:え、
鬱:もしかしてそんだけ金ないと思われた俺???
鬱:うせやん
鬱:コ……………
鬱:コネシマ〜〜〜!!!!!!!
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三僕がLINEで雑談してるだけ<br />水色と茶色が話題に出てきます<br />※この話はフィクションです
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一週間目を合わせてもらえなかった
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10069341#1
| true |
[chapter:注意]
・自己解釈と捏造過多。
・キャラぶれが激しい。
・誤字脱字あるかもしれません。
・読むのは自己責任でお願いします。
・上記を不快に感じた方はブラウザバックどうぞ。
[newpage]
昨日はたくさん、お父さんとお話しすることができた。
お父さんのこと。
お母さんのこと。
おじいちゃんと、おばあちゃんのこと。
お父さんの友達のこと。
お母さんの友達のこと。
お父さんとお母さんの出会い。
たくさん、たくさん。これまで知らなかったことを、たくさん知ることができたと思う。
「花帆、今日は一緒に行きたいところがあるんだ」
「行きたいところ?」
「嗚呼。楽しい場所ではないけれど、お父さんと花帆に必要な場所なんだ」
「お父さんと、私に必要な場所?」
「うん」
そして、私がお父さんに連れてこられたのは杯戸町にあるホテルだった。家政婦さんに連れられて、ここじゃないホテルのレストランで食事をしたことは何度もある。けれど、これはきっとお父さんと二人でご飯を食べるわけではない。多分、そう。
お父さんの車に乗って、お父さんの隣に並んで一緒に歩いて、エレベーターの中でお父さんの隣に立って、そして。ホテルのとある階にある部屋に入った。
「お待ちしておりました、降谷さん」
「このような場所へ呼び出してしまって、申し訳ありません」
「いいえ。貴方のご職業については存じておりますので、問題はありません。それに、貴方以外にもこうしてホテルに呼び出すほうはいらっしゃいますので」
「そう、ですか」
部屋にいたのは男の人で、お父さんがたまに着ているようなスーツを着ていた。男の人以外に部屋には誰にもいなくて、ついきょろきょろと周りを見渡してしまう。
テレビで見たスイートルームという部屋に似ているような気がするけれど、シャンデリアがないからスイートルームよりもランクの低い部屋なんだろうなあ。でも、どうしてお父さんは私をここへ連れてきたのだろう。
男の人はお父さんのお仕事を知っているようだ。でも、お父さんと同じ仕事ではないのだろう。もし仕事の話だとすれば、ここにいるのは男の人ではなく風見さんだったはずだ。それなのに風見さんの姿が見えないということは、これは仕事の話ではないということで……。
それに、男の人はお父さんとお話しながら、たまに私のほうを見ている。それはお父さんも同じだった。二人して、私の何かを気にしている。どうしたんだろう。何か、悪いことしちゃったのかな?
ううん、違う。だって、お父さんも男の人も怒っているような顔じゃないから。だからきっと、私が何か悪いことをしちゃったわけじゃないんだと思う。
「それでは」
「はい。花帆」
「はぁい。どうしたの、お父さん」
お父さんに呼ばれて、そっと近くに寄る。すると男の人からソファに座るように勧められたから、私とお父さんは長いソファに。男の人はテーブルを挟んで向かい側の長いソファの、私の目の前に座った。
どうしてだろう。お父さんと話すために、ここにいるんじゃないの?
「始めまして、降谷花帆さん。私は白馬凌と申します。ここでは先生、と呼んで下さいね」
「先生?」
「ええ。私は花帆さんのように、お父さんと一緒に過ごす時間が短い子供たちの先生をしています。……意味が分かりますか?」
「うん。お父さんかお母さんが亡くなっていたりしていて、それで、お父さんがかお母さんがお仕事で忙しくて滅多に家に帰ってこない子たちとか……。お父さんやお母さんが亡くなった子たちの、先生――なんだよね?」
「はい、そうです。その通り。簡単にいえばそういうことです。まあ、詳しくは語りませんがそう覚えておいて下さい」
「はい」
何故か、隣に座るお父さんが両手で頭をかかえて俯いている。どうしたんだろう。不思議なうめき声のようなものや、何かぶつぶつと呟く声が聞こえてくるけれど、何をいっているのかは分からないなあ。
――大丈夫、かな? きっと、大丈夫だ。
先生は児童相談員というお仕事をしているそうだ。私とお父さんみたいな、ちょっと困った家族とお話をしたり、助けてくれるお仕事なんだって。助けた人たちのことや、助けている途中の人たちのことを教えることはできないといっていたけれど……。先生にもお父さんと同じように秘密にしないといけないことがあるから、私は知らなくていいと思う。
それから私とお父さんは、先生と一対一でお話しすることになった。少し不安になって、お父さんを見上げると――お父さんは緊張しているようで、笑っているのに笑えていない顔で私に「大丈夫だよ」という。
大丈夫。そうか、大丈夫なのか。お父さんが大丈夫っていうのなら、先生はきっと私とお父さんに悪いことをしないのだろう。初めて会ったばかりだから、緊張してしまうけれど、それはきっとお父さんも同じはずだ。
「花帆さん。先生とのお話が終わるまで、花帆さんのお父さんは隣の部屋にいます。花帆さんとのお話が終われば、次は花帆さんが隣の部屋へ行き、先生は花帆さんのお父さんとお話をすることになります。寂しいとか、怖いとか。そう思った時は両手で自分の耳を隠して下さい」
そういわれて両手を耳に当てると、先生はニコリと笑って頷く。この行動は正解なんだ。
「はい、そうです。そうやって耳を隠したら、先生が花帆さんのお父さんを呼んできますね」
いったい、これから何をお話しするのだろう。
私のこと? それともお父さんのこと? お母さんのことは、あまり話せない。おじいちゃんやおばあちゃんは知らないし、友達とか学校のことならお話しできるそうだなあ。
あっ、でも――昨日、お父さんとたくさんお話したから、いっぱいお話しできることあるんだった。
先生に何を聞かれるのか、あまり分からないけれど。きっと、私とお父さんには辛いこととか、悲しいこととかも聞かれるんだろうな。そのことをお話しするのは難しいけれど、でも。できるだけお話したほうがいいんだと思う。
だって、先生は私とお父さんのような家族を助けてくれる職業についている人なのだ。それにお父さんのお仕事の秘密を、ちゃんと秘密にしてくれる人のようだから――。私は先生を信じようと思う。
それで、それで。先生に私とお父さんのことをお話したら……。怖いと思うことが、怖くなくなるかな。お父さんと手をつないだり、ぎゅーって抱きついたりできるようになるかな?
「それでは……、そうですね。これから三十分ほど、先生と二人でお話しましょうか」
「はい、先生」
「良い返事ですね」
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たくさんお話をした幼女と、心配性な父親の歪な親子関係?<br /><br />一ヶ月半ぶりの更新です。<br />前作のスタンプ、評価、ブクマ、タグ付けありがとうございました。<br />コメントは余裕がある時に返していきます。<br /><br />素敵な表紙は<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/3989101">user/3989101</a></strong>様からお借りしました。<br /><br />■追記<br />2018/09/29<br />2018年09月02日付の[小説] デイリーランキング 35 位<br />2018年09月02日付の[小説] 女子に人気ランキング 18 位<br />2018年09月03日付の[小説] デイリーランキング 27 位<br />2018年09月03日付の[小説] 女子に人気ランキング 91 位<br />ありがとうございます。
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お父さんの笑顔は私以外のもの。10
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10069468#1
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先週降谷が訪ねてきた以外は、赤井はこの休暇をずっと寝て過ごすつもりだ。
しかし折角降谷が進言してくれたのだからと、昼時になって外出した。出不精で面倒がる赤井にしては珍しいことだ。
早速後悔したのは、その日は真夏日だった。
やめておけばよかった。
心から思う。
体調も良くはない。人混みが不愉快だ。そういえば日曜だった。全く赤井は、自分の興味範囲でない事柄には気が向かない。
赤井は建物と建物の隙間に避難し、人の気配がないことを確認してからしゃがみ込んだ。
「……赤井?」
「っ、」
思わず殺気を纏って振り返ると、降谷が目を丸くしていた。
「うお、びっくりした。すげえ殺気だなおい」
「、……ふる、やくん?」
気配がなかったからつい警戒してしまった。
「失礼。……君は休日、か?」
何て偶然だろう。
降谷は見るからに普段着だった。いつものスーツではなく、カジュアルなパンツに半袖のシャツ。手には、赤井が買い物しようと思っていたパン屋の袋。
「ていうかおまえ、まさか具合悪いのか」
「…………」
無言の肯定をした。
情けない。赤井は先日から降谷に情けない姿ばかり晒している。繕おうにも身体が重い。
言葉に詰まる赤井に、しかし降谷はすぐに歩み寄った。
「吐き気は?」
「あ、いや、ない」
「熱中症かな……立てる?」
「いや、ああ、その、大丈夫だ、」
また先日のように横抱きにされては堪らない。
降谷は小さく苦笑した。
「歩けるなら、すぐそこに俺の車あるから。パン屋の駐車場。歩けるか?」
それくらいなら歩けるだろう。
頷いた赤井を、降谷は支え起こしてくれた。
数分もかからない場所に降谷の車はあった。先日乗せて貰った車だ。再び助手席にお邪魔してしまう。
冷房の効いた車内は心地良い。はあ、と息を吐く赤井が座るシートを降谷は倒した。
「っ、ふる、」
「涼しくして。シートベルトはまだしないほうがいい」
上から覆い被さる降谷にどきりとする。
赤井が惑っている内に、降谷の指が赤井のシャツの釦を上から三つ、四つと外してしまった。
「その、ふるやくん、」
「水飲んで平気そうだけど……ちょっと待ってて」
「あ、ああ……」
降谷はそう言うと車外へ出てしまった。
そしてすぐに戻って来た降谷の手には、近所のドラッグストアの袋。
「赤井、頭痛くない? 吐き気は?」
「いや……眩暈だけだ」
降谷は冷えたペットボトルにガーゼを巻き付け、赤井の脇の下に差し入れた。押さえて、と指示され言う通りにする。
股の間にまで挟まれて飛び上がりそうになったが、こら、と太腿をぺちんと叩かれ、言う通り挟む。
しかし冷たくなった降谷の手が赤井の首筋を撫でて、赤井は本気で飛び上がった。
「ふ、っ、るやくん、大丈夫だ、もう平気だ、」
首をそろりと撫で回す感触に、赤井は悲鳴を殺した。項を撫でられ、身体の熱が上がる。
降谷の掌が赤井の額をあらわにした。乱れた前髪を上げ、撫で付けられる。間近には降谷の大きな瞳。長い睫毛に縁取られたまなこがじいと赤井を見詰めている。
どくん、と心臓が揺れた。
何だこれ。
「降谷くん、」
「ああ、うん。意識はっきりしてるし、大丈夫かな」
「汗、で汚れる、」
「ん」
汗で濡れた肌に触れられ、赤井は羞恥に惑う。
それでも降谷は意に介していないようだった。タオルで赤井の額の汗を拭うと、ぴとりと冷却ジェルシートを貼り付けた。
「あ」
「ん。あとこれ、ゆっくり飲んで」
「、……あ、りがとう……」
経口補水液を差し出され、素直に赤井は口にした。
こく、こく、と喉を通る水。火照った赤井の身体に心地良い。
赤井から離れた降谷もまた、スポーツドリンクを口にしていた。
「…………その、降谷くん」
「いいよ後で。後でおまえ、説教だからな」
「、っ」
どきりとした。
不謹慎だと怒られるだろうか。怒ってくれるだろうかと期待するなんて、それこそ怒られる。
じとりと睨む降谷の青い瞳は、だけどちっとも冷たいそれじゃない。あんなに憎まれて恨まれていた頃の温度とはまるで違った。
胸がふわふわする。あたたかい。
ややも涼み、降谷は再び赤井の首と額を撫でると頷いた。それは心臓が痛いから止めて欲しい。
「赤井、シートベルト。車出していい?」
「あ、ああ」
降谷が車を発進させる。
車内の冷房と、少しだけ開いた窓から入る風が心地良い。ほう、と深く呼吸する赤井に、降谷は問うた。
「眩暈しない?」
「ああ」
「具合は? 頭痛と吐き気とか」
「ないよ。その、ありがとう。ええと……何と言ったらいいのか……重ね重ね、すまん」
降谷は運転しながら溜め息をついた。
「ほんっとだよ。おまえさあ、ただでさえ調子悪いのにこのクソ暑い時間帯に出歩くなよなあ。あの暑苦しいニット被ってないのはいいとして、せめてもう少し風通し良い服着ろよ! 真夏の暑さ過ぎても日本の湿度舐めんな、FBI!」
「う、す、すまん、」
返す言葉もない。
「……すまない。流石に反省している……降谷くんに会って、幸運だった」
あそこで降谷に会わなければどうなっていただろう。
切り抜けるだけの能力は自負しているが、赤井は精気が不足している状況だ。ずっと不調だったのに迂闊だった。
肩を落とす赤井に、降谷は溜め息。
「そんなしおらしくされたら俺が悪者じゃねーか」
「降谷くんは悪くないだろう。俺の落ち度だ」
「赤井はまだ本調子じゃないんだろ。身体もだけど判断能力とかさ。まあ、あそこで会って良かったよ」
気遣ってくれる降谷に、赤井は奇妙な心地になる。
調子が悪い赤井を、そのまま赤井として受け入れてくれる。
そこには何の期待も落胆もない。赤井の突拍子もない話を聞いてくれた時と同じく、何処までも自然だ。それは赤井に安堵をもたらした。
「……降谷くんは、休みなのか」
「休みなしだったからな。俺も今日から連休」
「そうか」
「台風近付いてるから買い出ししてた」
「台風?」
「そうだよ、今夜から」
「そうだったのか」
「ほんと赤井、興味ないことは全く興味ないよな」
呆れられるかと思ったが、意外にも降谷は柔らかく苦笑していた。
会うとこんな顔を見せてくれる。そのくらいには少し近しくなったのだろうか。
「じゃあ赤井は買い出しじゃないのか」
「たまにはパンでも買いに出ようと思ったんだが」
「あのホテルって食事出来ないの?」
「どうもな。あまり好きじゃない」
「ツナ缶とソーセージよりは美味いだろ」
そう降谷は言うが、あんな味気ないものを食べるならソーセージのほうがいい。赤井は首を振った。
「大した変わらん。それなら人と顔を合わせずに部屋にいたほうがいい」
「……赤井って案外人見知り?」
そんなこと初めて言われた。
「そういう訳ではないが。不要な接触は疲れる」
パーソナルスペースがはっきりしている赤井は、誰かと一緒にいたいとか人恋しいとか、そういった感情を持たない。友人や恋人、家族にも「情がない」とよく言われてきた。
降谷はちら、と赤井を見遣る。
「プライベートでは人が苦手なの?」
「苦手ではないが、疲れるな」
「赤井が淫魔だからとか関係あんのかな」
「……それは考えたことがなかった」
その可能性は考えたことがなかった。
単純に自分の性格だと思っていた。俯瞰的に物事を見るのは得意な癖に、自身の変化には目が鈍っていたようだ。
成る程、とさして興味もなく頷く赤井に降谷は溜め息を吐き出した。
着いたのは降谷の家らしい。
赤井はぽかん、とした。
「おまえ、気付かなかったのかよ」
全く気付かなかった。てっきり赤井の滞在するホテルへ送ってくれるのかと思ったが、気付けば見知らぬマンションの駐車場に停車していた。
車窓が見知らぬ風景だと全く気付かなかったなんて、赤井らしくない。失態どころじゃない。
「今ならFBIの特別捜査官も簡単に攫えるよな」
「……うむ……」
仕方ないだろう。降谷のことで思考が埋め尽くされていたのだ。
「失態続きだな……」
「赤井は本調子じゃないんだから仕方ないさ。それに俺は嬉しい」
「……そうか」
らしくもない赤井の無様さは、降谷を楽しませたのだろうか。
降谷は柔らかく笑って頷いた。
「赤井が俺に警戒してないってことだろ? そりゃ嬉しいよ」
「……え」
降谷はおかしそうに笑った。
赤井が股と脇に挟んでいたペットボトルを手にすると、降谷はひょいとそれを取り上げた。びく、と脚が跳ねてしまったのが居た堪れない。
「あ、降谷くん、」
「ん?」
「その、それは俺が買い取る」
「いいよ別に。気にすんな」
いや、股と脇に挟んでいたものを降谷に預けるのが、何と言うか、居た堪れないというか恥ずかしいのだが。
惑う赤井の心中を察してるのか流しているのか、降谷は笑うだけだった。
降谷は車を降りてしまう。赤井も慌てて車外に出るが、降谷はすぐに手を貸してくれた。
「ああ、いや、大丈夫だ」
「歩ける?」
「歩ける。すまん」
また横抱きにされては堪らない。
だけど赤井は、ふわふわと身体が宙に浮いているようだった。ふわふわ、どきどき、きゅうきゅうとする。何だこれ。
降谷が支えてくれる腕を、赤井は警戒などする筈もない。
案内されたのはやはり降谷の自宅だった。
いいのだろうか。
惑う赤井を、降谷は気安く促す。
「台風くる前にホテルまで送るよ。どうしても嫌なら無理にとは言わないけど」
「いや……俺こそ、上がっていいのか」
「勿論。どーぞ、散らかってるけど」
こんなに降谷の内側を許されていいのだろうか。
部屋はごく普通の、生活の匂いがした。
雑誌や単行本が乱雑に積まれている。ソファには畳まれた洗濯物。テーブルには飲みかけだろうか、マグカップが置かれていた。
降谷の内側だ。
「…………いいのか」
「ははっ、何がだよ。適当に座って。そこの本、勝手に見ていーよ。リモコンとかも勝手に弄っていいぞ。トイレは玄関入ってすぐのとこな」
洗濯物を別室に運び、降谷はキッチンでごそごそと片付ける。オープンになったカウンター越しに色素の薄い髪がふわふわ揺れているのが覗いた。
落ち着きなくソファに座った赤井を他所に、降谷は自然体だ。
「水分補給はそれ、しといたほうがいいぞ」
「……ああ。ありがとう」
車内で飲んでいた経口補水液と、スポーツドリンク。大人しく赤井はそれを口にする。
座っていると眩暈が収まった。頭がすっきりする。呼吸が落ち着いた赤井を見計らったように降谷が顔を上げた。
「赤井、昼飯は?」
「いや。それで外出したんだが……」
「そっか。何がいい? 俺もこれからだから一緒に食おうよ」
「え」
「毒なんて入れねーぞ」
「いや、それは心配していない」
降谷がはにかんだのが分かった。
「じゃあリクエストある? 赤井は腹減ってない?」
「……特には」
食べたいものも特にない。腹が減ったという感覚も特にない。赤井はどちらの意味でも「特に」と告げた。
赤井は空腹を感じたことが殆どなかった。必要だろうから定期的に摂取するといった具合だ。
だから、降谷のマフィンを見て腹が鳴った自分が信じられなかった。
降谷は呆れた声を上げた。
「おっまえさあ。この間から思ってたけど、自分自身に興味なさすぎじゃね?」
「そういう訳ではないんだが」
「だから栄養不足で倒れるんだよ。好き嫌いは? 赤井、ほんとはきのこ嫌いだろ」
ごふっ。飲みかけの水を噴きそうになった。
「けほ、……何で」
「あはは! 赤井おまえ、案外分かりやすいよなあ! 食う時ちょっと構えてたぞ」
これは恥ずかしい。まるで子供じゃないか。
もごもごと赤井は言い訳した。
「……いや、苦手だったんだが……降谷くんのマフィンは、とても美味しかった。それで驚いたんだ」
「おっ克服した?」
「ああ。きのこが美味いなんて、信じられない」
「ははは!」
おかしそうに降谷が笑う。
こんな風に笑う降谷を見られるなんて、それこそ信じられなかった。
「んじゃ適当に作るぞ。食えるのだけ食えばいいよ」
「あ、ああ。だが、いいのか」
「今更何言ってんだ」
「そうか……」
「それと赤井、あっちに着替え置いてあるから着替えて」
「え」
「風通し良い服。ちゃんと洗濯してあるから少し我慢して」
「いや、」
「シャワー使ってもいいぞ。新しいパンツあったかな」
「いや、そこまでは、」
降谷の少し強引だけれど押し付けがましくない、不思議な厚意に赤井は促される。
シャワーは流石に辞した赤井は、指されたドアをそうっと開ける。そこは寝室だった。こんなプライベートな部屋に果たしていいのだろうか。
ベッドには衣服一式が置いてあった。手に取ると柔らかい感触。特別強い匂いはないが、とても優しい香りがする。
まるで降谷みたいだ。
逡巡したが、赤井は厚意に甘えることにした。服に添えて汗拭きシートも準備されているのが流石だと思う。有難く使わせて貰うと全身がすっきりした。
着替えてリビングに戻ると、カウンターの向こうの降谷がはにかんだ。
「そういう格好すると赤井が普通のお兄さんに見える」
「あー、降谷くん、ありがとう……」
鼓動が煩い。赤井はうろ、と視線を泳がせた。
「普段からそういう色も着たらいいのに。似合うぞ」
「……落ち着かん」
「ははっ、少し我慢しろ」
心臓が痛い。
生成りのカットソーに、グレーの緩いボトムス。自分には少々若いと思うのだが、サイズに違和感はなかった。薄手で風を通す生地は着心地が良い。
これが降谷の私服だと思うと心臓が忙しなく痛んだ。
もぞもぞとソファに座り、トイレに立ったり本を手に取ったり、降谷の揺れる薄色頭を眺める。
照れや恥を普段殆ど感じない赤井は、降谷と一緒にいるとどうにも不慣れな感情ばかりが生まれる。照れ臭くて恥ずかしい、どうしたらいいのか惑うが嫌ではない。寧ろ、甘えているのだと思う。
他人に甘えるなんて信じられなかった。
放って預けて、甘えて。そんなの、誰にもしたことはない。
やがて良い匂いが漂う。じゅわじゅうと音が立つ。
「あかいー、もうちょっとでできるからー」
「……ああ」
ぎゅう、と胸が痛んだ。
降谷の気配、匂いに音。
赤井は、何だかとても堪らない気持ちになった。
不思議だった。初めて訪れたこの部屋で赤井は安堵していた。およそ警戒心の強い自分が信じられない。
降谷の内側はどうしてこんなに居心地が良いのだろう。
そうしてテーブルに並んだ料理に、赤井は目を丸くした。
「食えそう? 食えなかったら残していいぞ」
「……すごいな、降谷くん……」
ポアロの洒落たメニューというよりも、日本の家庭料理だった。
「肉は鶏つくねの照り焼き。そっちはトマトの卵炒め。海老とブロッコリー炒めたのと、揚げ出し豆腐にツナサラダと、あ、かぼちゃはバター醤油味。ピーマンは肉味噌和え」
「……降谷くん、すごいな」
「口に合うか分かんないぞ。あ、豚汁食える?」
味噌汁は豚汁、それから炊き立ての白米。
豚汁は初めてだが食べられるだろう。だってこんなに美味しそうだ。きゅる、と赤井の腹が鳴った。信じられないことに腹が減った、と自覚した。
「あ」
「ふふ、うん。食おう、俺も腹減った」
いただきまーす、と告げる降谷に合わせて赤井も「いただきます」と箸を手に取った。
涼しくなった身体に豚汁の温かな出汁が沁みる。じゃがいもがほくほくと口の中で崩れ、甘くて美味しかった。
「……すごい。降谷くん、美味しい……」
無意識に赤井の口から零れた。
「食べれそう?」
「ああ。すごく美味しい。すごいな、降谷くん」
本当に美味しかった。つくねというのは素晴らしい。揚げ出し豆腐は最高だ。
ツナはこうして調理するとこんなに美味い。つくねに添えられたきのこのソテーも美味しい。苦手なピーマンもとても美味しかった。
もぐもぐもぐもぐ。味わって噛み締めては飲み込む。ほう、と赤井は息を吐いた。
「おいしい……」
赤井が考える前に口をつく。
何て美味いんだろう。こんなに美味い食事は初めてだった。先日のマフィンも勿論美味かったが、食事らしい食事は久々だ。
もぐもぐもぐもぐ。日本の家庭料理はすごい。降谷はすごい。
ふ、と降谷を見ると降谷は肩を震わせていた。
「ふふ、っふは、なんだそれかわいい、」
「、え?」
「そんな、おまえ、ふにゃふにゃ笑いながら食うとか、っ子供みたいな顔でもぐもぐって、っあはは!」
「……笑った……俺が?」
笑っただろうか。赤井には全く自覚はない。しかし果たして可愛いとは何のことだ。
瞬く赤井に、降谷こそ笑った。柔くて穏やかな笑みだった。
きゅん、と胸がなる。
「よかった、赤井の口に合って」
「あ、ああ。本当に、とても美味しい」
「食えるだけ食って」
「……ありがとう」
柄にもなく夢中で食べてしまったようで恥ずかしい。仕方ないではないか、こんなに美味しいのだ。
きゅうきゅうと胸を疼かせ、それでも赤井は残さず食べた。
お礼にと食器洗いくらいは請け負った。降谷は驚いたようだが、食器洗いくらいなら赤井でも出来る。
食器を片付けた後の冷たい麦茶も、こんなに美味しく身に沁みる。
麦茶を口にした赤井は感嘆した。
「降谷くんの作るものは何でも美味いんだな」
「大袈裟だよ、ただの麦茶だぞ」
「こんなに美味いと思うのは初めてだ」
本当だ。四肢に沁み渡るように美味しかった。
「何かを美味いと思うことがなくてな。先日のマフィンといい、こんなに美味いと思って食べたのは初めてだ。本当にすごいな、降谷くんは」
美味しくて、赤井にしては珍しく言葉をそのまま零す。
降谷は顔を顰めた。
「それさ。赤井って、あんまり食欲湧かないの? 最近じゃなくて元から?」
赤井の向かい側に座った降谷も麦茶をあおる。からん、と氷の音が鳴った。
「昔からだ。あまり食べたいとは思わないな」
「もっと若い頃は? 流石に腹減るだろ」
「必要だと思ったら摂取する。だが、子供の頃から空腹を感じた経験はない」
赤井が思うよりずっと難しい顔で降谷は思案した。
「降谷くん?」
「うーん。赤井のそれって、やっぱり淫魔だからっていうのと関係あんのかな……」
「さあ、どうだろうな」
「だからおまえは自分自身に興味なさすぎだって」
「任務に支障はない」
「だから任務終わったら調子悪くなるんだよ」
仰る通り。黒の組織の件が片付いてから調子は著しく低下した。赤井はばつが悪く、曖昧に頷いた。
降谷が呆れたように溜め息をつく。
「飯って人が動く基本的な燃料だろ。赤井には精気も燃料だろ? それが飯も精気も赤井は興味が薄くてそもそも美味いって感じないのって、生命維持力が薄すぎないか?」
だから何か関係があるんじゃないか。そう言う降谷に、赤井は感心した。
言われてみれば。赤井は頷く。
「そうだな。それは考えたことがなかった」
「赤井はもっと自分に興味持てよ……」
「精気の摂取は薬物摂取のようなものだからな」
「あー点滴って言ってたもんな。ジャンキーかよ」
「そう変わらんだろう」
「ホームズかよ、シャーロキアンめ」
降谷は顔を顰めた。
確かにかの名探偵はモルヒネやコカインを嗜んでいた。まさか赤井だって現代で薬物摂取に手を染めたりはしないが、精気摂取は似たようなものだと思う。全く良いものではないが。
「全然違うだろ、飯食うのと薬漬けは。赤井が精気摂るのは飯食うみたいなもんなんだからさ」
赤井はぽかん、と降谷を見詰める。
「なんだよ」
「……食事なのか、あれは」
「そうだろ。赤井だって腹が減るのと同じだって言っただろ」
「単なる比喩だ」
「じゃあ何だと思ってたんだよ」
「薬物摂取というか、ああ、煙草と似たような感覚だ」
だから、食事という発想は赤井にはなかった。
「あ。そういえば赤井、煙草は? いいの?」
「……そういえば」
降谷に会ってから一度も、赤井は煙草を口にしていない。吸いたいという欲求が湧かなかった。いつもなら食事の後は一服するのに。
首を傾げる赤井に、降谷は換気扇を指す。
「換気扇の下でなら吸っていいぞ」
「いや、……今はいい」
「吸いたくないの?」
「ああ、不思議と」
「ならいいけど」
降谷もまた首を傾けた。
「うーん。それも何か、関係あんのかなー……」
「……煙草はそもそも、精気が不足していた時の慰めだったからな。珈琲も」
「そうなの?」
「ああ」
精気不足で気怠いのを誤魔化すように、赤井は煙草と珈琲を嗜むようになった。若い頃はシャーロック・ホームズのように薬物に興味がなかった訳でもないが、精々ニコチンとカフェインで落ち着いている。
そういえば珈琲も飲んでいないな、とぼんやり思い出した。
「ていうか、精気摂取は食事だろ。もしくは呼吸と同じ。赤井には嗜好品じゃなくて生命維持、生きる必須要素なんだから」
「……食事……呼吸……」
食事はともかく、呼吸は必須だ。しなければ生きられない。
その発想がなかった赤井は何度も瞬いた。
溶けた氷がからん、と優しく鳴る。
とくり、とくり、赤井の胸もきゅうと鳴った。
「そうか。食事や呼吸と同じなのか」
赤井は呟いた。
急に、精気摂取という行為への認識が輪郭を持った気がした。
先日と同じく、無意味だった行為が意味を持つ。降谷の存在で意味を持った。
長年の枷だった。
そもそも赤井自身が淫魔という生態に懐疑的だ。気持ち良くもなく、満たされる心地もない。精気摂取は点滴のようなものだ。面倒でも必要だからこなすそれに、赤井は意義も意味も見出せなかった。
存在自体、疑問を感じずにはいられない。
こんなもの、途絶えてしまえばいい。
赤井は理由も曖昧なまま、自身の性質に嫌悪を抱いていた。
生命維持。
生きるための食事であり呼吸。
そう降谷が当たり前のように表現したことで、赤井の中にある曖昧な何かが輪郭を持つ。
降谷は柔らかなまなこで、ごく当たり前のような顔でいた。
こんな風に降谷と向き合える日がくるなんて思わなかったから、赤井はそれだけでも意味があると思えた。……無意味ではないのか。
すとん、と赤井の胸に落ちる。
「ホントは摂取したくないのかもしれないけど、赤井には必要なものなんだろ? そこまで否定しなくていいんじゃないの」
降谷はごく軽く言うと立ち上がる。
冷蔵庫を開け、手に皿を持って戻って来た。皿の上にはココット。
「食後のデザート。赤井プリン、食える?」
「プリン」
ふっは、降谷が破顔した。
「赤井の無駄に良い声でプリンって言うと破壊力あるなあ!」
果たして褒められたのか貶されたのか分からない。しかし赤井は嫌な気持ちはしなかった。
もう一度プリン、と呟いてみると降谷が大笑いした。それが嬉しくて赤井はふふ、口角を上げる。
「あーおかしい」
「そんなにおかしいか?」
「うん。赤井が可愛い」
「まさか可愛いはないだろう」
揶揄られて赤井は苦笑したが、降谷もまた苦笑した。
ココットに入った状態のプリンというのを、赤井は初めて見た。コンビニのプラスチック容器でないだけでこんなに魅力的なものだと初めて知った。
「食えなかったら残していいよ」
「いや。……いただきます」
「おう、どーぞ」
スプーンで掬っただけで溶けそうなそれは、口に入れるとやさしく蕩けた。
卵と牛乳の甘みが沁みるように美味しい。
「…………おいしい……」
また、赤井の口から考える前に言葉が零れる。
こんなに美味しいなんて信じられない。添えてある生クリームと合わせて食べると優しく濃厚な甘さに、下のカラメルと合わせて食べると苦味と甘さが絶妙なバランスで楽しめた。
「降谷くん、すごく美味しい」
「ふふっ、うん、良かった。ふは、」
「……どうして君は、俺が何か食べていると笑うんだ?」
「ぶふっ、だって赤井が無自覚すぎて、」
「?」
降谷はまた、ふるふると肩を震わせた。
◇
連休だった筈だが、急に呼び出された。どうしても検分しなければならないという。
数年前に組織の取引が行われたビル。そこで誰が何を、という確認作業だ。当事者だった赤井は記憶を呼び起こしながら一つ一つ確認する。
はっきり言って地味な作業だ。もう何度も飽きる程繰り返した作業を、どこぞに提出するために再び確認、しつこく確認、そして書類を作成する。
同僚はうんざりといった様子だが、こういった地味な事務作業を赤井は案外嫌いではなかった。だからこそ日本滞在班に抜擢された訳だが。
作業は赤井が所属するFBIと、警視庁公安部の人間で行う。
降谷が属する警察庁の人間とは顔を合わせない。ただ、降谷は表立って組織に関わってしまった立場から顔を出すこともままある。
誰かが降谷の名を呼んだ。
様子を見に来たらしく、スーツ姿の降谷が姿を見せた。公安の者たちが挨拶をするのに、軽く頷いて応えている。
「珍しいな。フルヤが来るなんて」
「なあ。シュウがいる現場にはあんまり顔出さないのに」
同僚の軽口は真実だ。
降谷が赤井を毛嫌いしているのは有名で、誰もが知るところである。
この一年は必要最低限しか接触しなかった。昔なら降谷は赤井を見るなり殴り掛かっていたが、因縁が一応解消されてからは徹底的に嫌われていた。顔も見たくない、といった具合だ。
軽口を叩く同僚の言葉に、それこそが今までの事実だと思う。
実感が湧かない。降谷が赤井を見て歩み寄るなんて。自分の部屋に降谷がやって来て、あまつさえ自分が降谷の部屋を訪ねたなんて。
降谷は赤井のほうに近付き、赤井とFBIの面々に「おつかれさまです」とごく普通に挨拶した。
実感はふわふわと赤井の足許を漂う。
「赤井、呼び出されたのか」
「、……ああ」
「休みだろ。急ぎ?」
「ああ。急ぎらしい」
公安の人間たちが血相を変えた。しかし殴り掛かる訳でもない降谷に、降谷の部下たちは何とも言えない顔をする。当然視線は赤井に集まる。
何となく、赤井は居心地が悪い。
「まあ、赤井が仕切ったら半日で終わるしな。だからって休日出勤することないだろ」
「……いや、もう終わるよ」
「お、流石早いな」
もしかして褒められたのだろうか。
そう思ったのは赤井だけではなく、同僚たちも驚愕していた。降谷の部下などはすごい顔だ。捜査員がそんなに表情に出てもいいものだろうか。テレビで見かける若手芸人みたいな顔になっている。
降谷こそ連休と言っていた筈だが。そう思ったが、降谷は軽く手を上げると部下を連れて立ち去った。
どうなってんだ和解したのかと矢継ぎ早に問う同僚の声に、赤井は無言を貫いた。答えようがない。
赤井だって未だ夢のようなのだから訊かれても困る。
警視庁に戻って一服し、さあ今度こそ連休だと帰りのエレベーターで降谷と会った。
「良かった。まだ帰ってなかった」
「降谷くん」
「終わった?」
「ああ」
「おまえ、また顔色酷いぞ」
「、 」
瞬く赤井に降谷は苦笑し、二人揃ってエレベーターに乗り込む。
二人きりの密室で降谷は赤井を覗き込んだ。
「朝、あいつらと検分に出る赤井のこと見かけたんだよ。朝も酷かったけど、今もすげー顔色」
「……そんなに酷いか」
「自覚症状ないのかよ」
「いつもこんなものだ」
降谷は呆れたように溜め息をついた。
「赤井は今日車?」
「歩いて来た」
FBIが宿泊するホテルから警視庁までは徒歩で十数分の距離だ。先日までの暑さも和らぎ、たまには風に当たろうと歩いた。
「おまえなあ、調子悪いのに歩くなよ……」
降谷は呆れるが、赤井は体調が悪いと自覚がない。精気が足りていないから常にこんなものだ。
「今日は予定ある?」
「いや、特にない」
「送るよ。どっか寄るとこある?」
当たり前のように申し出る降谷に、赤井は奇妙な心地になった。軽やかな音と共にエレベーターの扉が開く。
赤井は奇妙な心地のままに助手席へ乗り込む。
じいと降谷を見てしまう。何処か夢のようだと思っているのかもしれない。シートベルトを締めながら、降谷が首を傾けた。
「赤井?」
「ああ、いや。いいのか」
「ふはっ今更何言ってんだ」
笑う降谷にどきりとした。
どうにも堪らなくなって、赤井は目を逸らす。
「……ありがとう。降谷くんは」
「ん?」
「休日出勤だったのか」
「うん。昨日と今日な」
「昨日もか」
「今度こそ明日から連休。絶対休むぞ、俺は。赤井も休めよ、明日から呼び出されても絶対行くなよ」
「ああ、明日から休むよ」
ふと、赤井が今日仕事で立ち会ったビルに降谷が訪れたのは、もしかして赤井の様子を見に来たのだろうかと浮かんだ。
朝から顔色が悪かったと言っていた。現に今、帰宅途中で赤井に会いに来てくれたのは確かだ。
心配してくれたのだろうか。
本当に降谷が、赤井を気にかけているのか。
今も持続して、ずっと?
ぎゅう、と心臓が軋んだ。痛い。どきどきと痛む。
「あかい?」
「っ、」
「またぼーっとしてる。赤井って案外ぼんやりしてるよな」
「、……そんなこと初めて言われた」
不本意だが嫌ではなかった。
降谷にはどう言われても嫌悪を感じない。そういえば降谷に憎まれ恨まれていた頃も、どんな罵声を浴びても嫌悪感はなかった。嫌われていても、一抹の淋しさはあれど嫌悪はない。
どうしてだろう。
降谷のテリトリーに入ると、どうしても弛んでしまうのだ。今では糸が切れてしまう始末だ。切れっぱなしですっかり甘えている。
赤井は身体の力を抜き、シートに身を預けた。
ホテルに到着し、赤井は降谷に服を返したいと部屋に立ち寄って貰う。
「え、わざわざクリーニング出したの」
「遅くなってすまない。助かったよ、ありがとう」
「全然いいよ。赤井の私服にしてもいいぞ」
赤井の部屋に招いた降谷は、窓際の椅子に腰かけた。
今度こそカップの有無は把握している。赤井が淹れた、あまり美味くはないだろう珈琲を降谷は口にする。残念ながら日本茶は今日は用意されていなかった。
「俺には似合わんだろう……」
「そんなことないって。赤井、案外カジュアルなの似合ってたぞ。ああいうの着ればいいのに」
先週、降谷の家に招かれ食事を振る舞われた後。デザートのプリンまで食べてから、台風が上陸する前にホテルまで送って貰った。
服は借りたまま着て帰った。それから「まともに飯を食え!」と手持ち土産に弁当まで頂いてしまった。
大変美味だった。あの昼食の残りを詰めただけだと言うが、最高に美味かった。あんまり美味しくて余韻に浸りたくて、丸一日煙草も珈琲も口にしなかった。
借りた服はクリーニングに出し、弁当箱は洗って返す。
「ありがとう、降谷くん。とても美味かった」
「そっか。よかった」
はにかんだ降谷の笑顔が眩しい。
きゅう、と胸が痛い。
「あれからどう?」
「?」
「寝てる? ホントに顔色悪い」
「まあ、そこそこな」
「寝てないんだろ……食ってる?」
「……そこそこ」
「食ってないんだな。精気摂取は?」
降谷が、赤井の淹れた珈琲を疑いもせずにすする。ぼんやりそれを見ていた赤井は首を振った。
「していない。……もう」
もう、する気になれない。
言外の赤井の言葉に、降谷は眉を顰めた。
「もう摂取しない気なのか」
「…………」
「それじゃ赤井はずっと調子悪いままだろ」
「死にはしない。それに、どうしても必要ならば摂取する」
降谷が赤井を訪ねてくれた日から、降谷の家を訪ねた日から、ずっと考えていた。
嫌悪と解決策しか興味のなかった赤井は、降谷に言われてからずっと考えていた。興味のなかった自分自身のことを。
そうして出した結論は、やはり精気摂取はしたくない。
降谷は赤井を睨む。
「そんな顔色悪いのにかよ」
「いつもこんなものだ」
「いつも足りてないってことだろ。ていうか鏡見たか? おまえ、こないだより酷い顔色してるぞ。精気、限界まで足りてないんじゃないの?」
その通りだ。精気の摂取を断ってからもう二ヶ月近い。どんなに長く摂取出来ない時でも、一ヶ月が限度だった。
食欲不振も寝不足も酷くなってきている。
「俺は淫魔ってやつの気持ちが分からないから無責任なこと言ってるかもしれないけど」
言い置いて、降谷はネクタイを緩めた。ふう、と息を吐く。
「赤井には必要なものなんだろ? 摂取したくないかもしれないけどさ、もう少し興味持って労わってやれよ、自分のこと」
「降谷くんのお蔭で少しは興味が湧いた」
「俺のお陰?」
「ああ。食事や呼吸と同じだと君は言っただろう」
「うん」
「意味も意義も未だ見出せないが、必須なのは確かだ」
「それなら摂取しなきゃ駄目だろ」
「食事や呼吸と同じなら、尚更摂取したくない」
「……はあ?」
降谷は柄の悪い声を上げた。ちょっと怖い。
「どういう意味だよ」
「……美味くもないものを食いたくない」
赤井は本音を吐いた。
出した結論は至極単純。今まで美味くも何ともないものに徒労を費やしてきた。そんなのはもう御免だ。精気とは曖昧なもので、実際訳が分からない「何か」でしかない。
必須なのは確かだが、これ以上訳の分からないものを摂取したくなかった。
降谷は再び「はああ?」と声を上げた。怖い。
「おっまえ、食わず嫌いかよ!」
「美味くもない得体の知れないものをもう摂取したくない」
「ガキかよ! 食わなきゃ死ぬんだぞ!」
「死にはしない」
「死んでるみたいなもんだろこんな顔しやがって!」
むぎゅっと頬を抓られた。
「いひゃい、ふうりゃくん、」
抓った頬をばちんと離された。痛い。
「おっまえなあ、大概にしろよ、はっらたつ……! 得体が知れないって、おまえには必要な精気なんだろうが! こんな土気色した顔しやがって、どんだけ頑固なんだ! アホか!」
「得体が知れない女から得体の知れない精気を摂取してるんだ、どう考えても気味が悪いだろう。食事や呼吸と同じなら尚更、もうそんなもの摂取したくない。それだけだ」
「それだけって、じゃあどうすんだよ」
「摂取しない」
「しろよ! 死ぬっつーの!」
「死なんと言ってるだろう!」
「死ぬより悪いわ!」
「俺が決めたことだ、構わないでくれ!」
「ああ? 構うなだあ?」
「俺の身体だ。俺がどうしようと勝手だろう」
「自分に興味ない赤井の勝手にさせろって?」
「そうだ、俺の勝手だ。放っておいてくれ」
「おまえみたいな無頓着勝手にさせられるか!」
「っ降谷くんには関係ないだろう!」
「~っ、」
言ってしまって赤井は蒼褪めた。降谷の据わった目に怒りが宿る。
しかし降谷は、次にはへたりと眉を下げてしまった。
「…………赤井?」
「、……あ」
不思議に思った赤井は、自分が降谷のスーツの袖をぎゅうと握りしめていることに気付く。
は、としたが赤井は手を離せなかった。
構うななんて思っていない。降谷には関係ないなんて思っていなかった。だって、降谷しか、降谷がいなければ、降谷だけだった。
ますますぎゅうう、と降谷のスーツを握る。こんなに力任せに握ってしまったら皺になってしまう。降谷が怒る。今以上に嫌われる。
それでも離せなかった。
赤井がこの手を離してしまったら、降谷が離れてしまったら?
それは恐怖だ。
「…………はあ」
「っ、ふ、るやくん、」
「あー……あーもー」
降谷は赤井の手を取ると、無理矢理離してしまった。
ずきん、と胸が痛む。ああ、また離してしまった。大切なものをいつも赤井は取り零す。赤井の傲慢な身勝手さが傷付けて、失ってしまうのだ。
赤井の手を引き剥がした降谷は、むにゅっと赤井の頬を挟む。
顔を降谷の掌に包まれるような形になり、赤井は瞠目した。間近には降谷の双眸。それは柔らかく凪いでいた。
思いがけない降谷の優しい表情だった。
「……ふる、やくん、?」
「そんな顔すんなよ。離さないって」
「……え」
降谷が苦笑した。
どくどくと心臓が痛い。触れたところがふわふわする。
包まれた頬を揉まれ額を軽く指で弾かれ、今日は被っていたニット帽がずれる。苦く笑う降谷に、赤井はぼう、とした。
「赤井、荷物まとめろ」
「、え?」
「今日から一週間休みだろ。せめて飯食わせる」
「え?」
「ああ、荷物要らない、手ぶらで来い」
「来い……何処に、」
「俺ん家」
「……降谷くんの」
「家。やだっつっても攫ってくからな」
降谷に攫われるのか。
きゅう、きゅう、と赤井の胸が煩く痛んだ。
促されるままに赤井は用意をする。
とはいっても本当に殆ど手ぶらだ。降谷に促され、赤井は部屋を出た。足許がふわふわする。心臓が痛い。降谷は赤井の手首を掴んだまま、引いて歩いた。
降谷の体温を感じて、赤井はそこが疼いて堪らなかった。
何だこれ。
痛い。心臓が壊れる。ふわふわとぎゅうぎゅうと、ああ、ふるやくん。おかしくなりそうだ。
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タイトル出オチ<br />ラブコメ<br /><br />降谷さんの口調雑把で割とミルキー対応、赤井さんは特殊設定なメンタル蜂蜜です。<br />一応仲良く?なってます。<br />組織がない後で×というか+です。<br /><br />…<br />ぴくしぶ以外の連絡先><strong><a href="https://twitter.com/pressure_face" target="_blank">twitter/pressure_face</a></strong>
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淫魔だからって淫らとは限らない2
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Attention please!
・学パロです
・言切で生徒×先生です
・綺礼がとても素直なキレイキレイです
以上のことが大丈夫な方はどうぞ![newpage]絆されてる気がする
ぱらり、ぱらり
教師といえども授業の予習復習は必要だ。
同時にそれぞれのクラスの進み具合を確認し、チェックを入れる。
それほど教育熱心な訳でもないけれど、手を抜くことは出来ない。
ああでもないこうでもないとペンを走らせ、来週の授業内容を整理していた。
黙々と作業を続ける中、不意に足に温もりと重みを感じた。
僕はソファに座り、教材とペンで両手はふさがっている。
一人暮らしの家にペットはいない。
なら今膝に感じたものは?
ため息を吐き手に持っていた教材を軽く丸め、焦げ茶の塊にポコッと落とす。[newpage]「こら言峰、まだ終わってないぞ」
「……邪魔はしない」
僕がこうして仕事をしている時は彼の言葉通り邪魔をしないという約束なのに。
それをわかっているはずの言峰は、床にぺたりと座ったまま離さないというように僕の右足を抱き込み膝に顎を乗せた。
その様子に呆れと一緒に珍しさを感じる。
彼と同じ時間を過ごすようになってそれなりになるが、こんな風に絡んでくることは今までなかったから。
言峰は出会ったときから普通とは違っていたと思う。
新入生クラスの担任になり出席簿の見ながら一人一人の顔と名前をリンクさせていく。
「言峰綺礼」
「――はい」[newpage]その中で彼は異質だった。
反抗的な目でも高校生活への期待を映した目でもない。
一挙一動見逃さないと語る黒い瞳はただ酷く真っ直ぐで。
最初は気のせいだと思っていたけれど、気のせいでは済まされない執拗なまでに追い掛けてくる視線が怖かった。
教師である自分が弱気になるなと言い聞かせていたが、無言の圧力に耐えられなくなったその年の初秋。
彼を呼び出した準備室、そこで一回目となる告白をされたのだ。
それから時に諭し、時に怒り、時に躱し、時に宥め。
それでも言峰は諦めない。
凄まじいネバーギブアップ精神は一歩間違えれば粘着質なストーカーだ。
もう最後は我慢比べのようになっていて、僕は逆ギレ気味に降参した。
季節は初めて告白された初秋から一周していた。[newpage]まるでよく訓練された忠犬のような我慢強さを持つ彼が、構ってほしいとねだるなんて。
「言峰」
「…」
「約束は?」
「っだって」
「なんだい」
「――先生とこうして過ごすのは久しぶりなのに」
さっきからずっと仕事ばかりで。
大人びた彼の拗ねたような声に胸が甘く疼く。
確かにここ二週間ほど忙しくしていて、なかなか言峰と過ごす時間が取れなかった。
昼休みを一緒に過ごしたり、電話やメールはなるべく欠かさないようにはしていた。
今日だってやっと忙しい時間が終わった休日だからと、部屋へのお誘いをしたら言峰はすっ飛んで来たのだ。
なのにいざ来てみたらまた仕事で放っておかれて。
なるほど。これじゃいくら言峰だって拗ねたくなる。[newpage]ペンを一旦教材に挟み、空いた手を言峰の頭に乗せた。そして謝罪の意味を込めて一度二度と撫でる。
視線は変わらず僕を見つめたまま。
何かを請うように、じっと我慢強く待っている。
ああごめんよ。
わかっているから。
「…あと十五分で終わらせるよ」
だからもう少し待っていて。
三度四度と撫でて。
一心に僕を見つめる言峰は、わかりにくいほど小さくけれど嬉しそうに微笑んだ。
ちゃんと十五分で終わらせないと。
今すぐにでもキスを落として構いたくなる気持ちを抑えて、教材と向き直った。[newpage]無愛想だし無表情だし
たまに「愉悦」とか呟く困った性格してるけど
たまに可愛いと思ってしまう自分に戸惑っている。
僕も随分甘くなったものだ、と密かにため息を零した。
END
綺礼がキレイキレイ過ぎたような…?
学パロはシリーズにしたいです。
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奈津河です。初めて投稿しますだって我慢出来なかったんだ…!◆言切で生徒×先生学パロです。苦手な方はご注意を◆見ようによっては逆CPに見えるような◆でも言切。言切です!◆この二人が好き過ぎて生きるのが辛くて楽しい◆編集などで変なところなどありましたらご指摘頂けると嬉しいです◆閲覧・評価・ブクマも本当に嬉しいです。ありがとうございます!◆驚き過ぎてヒェ!って声が出ることってあるんだぜ…
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【言切】絆されてる気がする
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1006977#1
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部屋に、缶のプルタブを開ける音が響く。かしゅ、と鳴ったそれを、強くつかんだらあっさり割れてしまいそうな、うすはりの繊細なグラスに傾けた。無色透明な泡がきらきらと、下から上へ、のぼっては消える。ビールではなく、ペリエ。今夜は酔わずにいたかった。
家主はまだ帰らない。
私は白石のいない部屋で、白石のことだけを考える。
*
引き金は、泣けるほど些細だ。
「ひょっとして白石、ああいう男がタイプ?」
ようやくとれた昼休憩で、からかうように私が言った。例のごとく慌ただしかった午前中、搬送されてきた同年代の男性の、その患部である腹でなく顔を、白石が一瞬、まじまじと見ていたからだ。そのことを冗談めかして指摘した。
勘違いだよ、と慌てながら正しい理由をきまじめに説明されるとか、何言ってんの、と呆れながら笑われるとか、予想していたリアクションはまぁそんなとこだ。
でも、白石の反応はフラットで、とても乾いていた。
「あー、うん。ちょっと元彼に似ててさ」
無闇にネタにすることもなく、かといって未練を匂わせることもなく、すごく適切なトーンで「なんか懐かしくて」と白石は呟いた。
綺麗なまつ毛を伏せて、頬をゆるめた白石は、私の知らない思い出をかみ締めているように見えた。
「緋山さん?」
名を呼ばれて初めて、自分が黙っていたことに気付く。とてもじゃないけど言葉が出なかったのだ。なので無理やり音に乗せたセリフは、こんな風になる。
「やっぱタイプか、当たったわ」
とてもじゃないけど言葉が出なかった。
思わず胸を手で押さえそうになるほど、唐突にそこが痛く、苦しくなったからだ。鋭利な何かで貫かれたのではないかと、本気で疑ってしまうほどに。
*
まじりっけのない炭酸は、口に含むと爽やかにはじける。
ひと月前に心を抉られたあの瞬間、私は回り道することなく気づいた。
私は白石に惚れている。
そしてもうひとつ気づく。
この気持ちは何があっても、白石にバレてはいけない。
*
恋に気づいても日常は続く。
それはあまりに地獄だった。
不幸なことに、私は毎日、白石ととてつもなく長い時間を共にしている。
職場と家。オンとオフ。どちらの白石も魅力的で、私は片想いを焦がしつづけた。
職場で、白石となんの衒いもなく笑いあっている藤川や冴島が羨ましかった。白石の目をまっすぐ見つめられる藍沢が妬ましかった。
白石と仲が良いことが、じゃない。そんな子供じみた嫉妬ならいっそ救われた。
白石と親しくしても鼓動がはやらない彼らが、私には眩しかった。
家はもっと大変だ。
ふたりきりの空間で、あのやわらかい声が「緋山さん」と私を呼ぶだけで、体がじんと痺れる。
お風呂上がりの白石が濡れた髪を乾かしているさま、眠くなるとすこし甘くなる声音、フローリングをぺたぺたと歩く素足。
特別な関係でないと見られないようなものばかりだけれど、私たちは特別な関係ではないので、ひとつも嬉しくなかった。
これ以上、好きになりたくない。
同僚で、親友で、同性。
叶うはずがない。叶ってほしいと願ってはいけない。
もし白石が知ったら、心優しく真面目な彼女は、きっと真剣に受け入れ、そしてとても悩む。何より、傷つくかもしれない。
私は白石が好き。
好きだからこそ、その想いを口にはしない。
*
「あれ、めずらしい、ビールじゃないんだ」
緑の缶を目ざとく見つけた白石が、帰宅早々するどい。
相変わらずストライプのシャツと細身のパンツ姿で、でもそれは背の高い白石によく合っていた。
「おかえり、おつかれ。あと、人を酒呑みみたいに言うな」
「ただいま、ありがと。酒呑みじゃん緋山さん」
律儀に返事をした後半は、私知ってるよ、みたいな顔をして笑う。ただそれだけで、どきどきしてしまう自分が嫌だ。
もう限界だ。これは、駄目だ。
「白石、あのさ、急なんだけど」
またこんなに散らかして、とソファ周りの服を拾う白石の背中に、私は何気なさを装って声をかける。
「来週、ここ出てくわ」
声は震えなかっただろうか。激しく打つような鼓動が聞こえてしまいそうだ。私は怖くて白石を見ることができず、無意味に缶の成分表示なんかを指でなぞっていた。
「出てくって、え、部屋は見つかったの?」
「いや、まぁそれなりに」
白石が私のほうに向き直っているのがわかる。それでもどうしても顔を上げることができない。
しばらく沈黙が間を埋めたと思ったら、「それなりにって何…」と呟くといきなり、強引に隣に腰掛けてきた。
「ちょ、何」
「それはこっちの台詞だよ!」
私が手に持っていた缶を丁寧に奪うと、白石は続ける。
「本当は部屋なんて探してないでしょ? どうして出て行きたいの? 付き合いの長さを甘く見ないで」
言葉は優しいけれど、口調は強い。
大事な話を、真剣に伝えようとしてこない私に対して、すこし怒っているのが分かる。
そして、「私が何か嫌なことしてたら教えて、なおすよ」と肩を抱いてきた。
その瞬間。
「それが、嫌なの!」
私は反射的に、白石の手を跳ねのけてしまった。
はっきりと傷ついた顔をした白石を見て、何故か私も傷つく。こんなはずじゃなかった、間違ってしまった、と思いながら、でももう言葉が止まらなかった。
「嫌なことはいっぱいあるけど、あんたがこうやって気安く触ってくるのが一番嫌だ、触れられたところが火傷するみたいに熱くなって、きつい」
触れられた右肩を手で押さえるようにして、私はもうどうにでもなれ、と捨て鉢な気分になった。
「元彼のことも、ずっと気になって頭がおかしくなりそう。キスはしたの? 何て呼ばれてた? どうして別れたの? バカみたいでしょ、もう無理なのよ、私が」
一気に言い終えると、鼻の奥がツキンとした。目頭が熱くて、膝を抱えて顔を埋める。無理なのよ、私が。それがすべてだった。
今日までずっと、ほそい糸を渡るようにしてどうにか繋いできたかけがえのない日々を、私は今、自分自身の手で断ち切ってしまった。
「ごめん、来週ってか、今すぐ出てくわ」
泣いているのを悟られないように顔を背けて、ソファから立ち上がろうとした。
けれど、その腕を思い切り後ろに引かれて、それは叶わない。バランスを崩した私を、白石が正面から抱きとめるから仰天した。
「あんた、今の話きいてた!? 嫌だって言ってるでしょ」
「きいてたよ。キスはした。呼び名は恵。別れた理由はわすれちゃった」
背中に回された腕から逃れようとしたけれど、そうするほど込める力を強められて身動きができない。白石に抱きしめられている。心臓が壊れそうだ。
「そこ、律儀に答えなくていい」
やっとの思いで答える。確かに、と白石は静かに笑って、腕をほどくとまた隣に座るよううながした。私はあまりの出来事に、すっかり毒気を抜かれている。
つまり白石は、突然取り乱した私を、友人として落ち着かせようと抱きしめたようだ。そこに特別な意味はない。行動の躊躇いのなさに、こいつは案外女にモテてきたのかもしれない、とどうでもいい事を思った。
「緋山さん、これ、ビールだよね?」
「は?」
隣に座りなおすと、白石が緑の缶を軽く振って尋ねてくる。缶はたぷたぷと小さく響き、残量を知らせていた。
「あんた帰ってきて早々、ビールじゃないって、」
「ビールだよね? 高アルコールの」
凛とした表情で重ねてくる。
そして私の返事を待たないで、白石はその残りを一気に飲んだ。はじけるソーダ水を通す白いのど、飲み終えた空き缶をテーブルに置く白石の綺麗な手、私は目が離せなかった。
「私、今からすごく自惚れたことを言うから」
私の両肩をつかんだ白石が、目を見てゆっくりと話す。御多分に洩れず、左右の肩はじりじりと熱く痛む。でもとても指摘できなかった。
白石があまりに真剣で、そして緊張していることが伝わってきたからだ。
「もし勘違いだったら、お互い、高アルコールのビールに酔ってたことにして、忘れよう」
ひとつ、息を吐いた白石が、意を決したように言う。
「緋山さんは、私のことが好きなの?」
「ば、」
絶句したくなくて即座に、バカじゃないの、と言おうとした私より早く、白石が畳み掛けてきた。
「私のことが好きだって言って、好きだから出て行きたいんだ、って言って」
「…言ったら、あんたどうするの」
「そしたら、私、」
そしてまた、前置きなしに抱きしめてきた。
驚くほど速い白石の心臓と熱すぎる体温が、言葉より雄弁に何かを語る。
「嬉しくて、死んじゃう」
ばかじゃん、救命医のリーダーが簡単に死ぬとか言うなよ、しっかりしろよ。言いたいことがなに一つ言えない。涙が止まらないからだ。白石の背中に腕を回すだけで精一杯になる。
気持ちが溢れるのに言葉にならないもどかしさから、握りしめたこぶしで白石の背中をごんごんと叩いた。
「え、痛い、緋山さん痛いよ」
「我慢して」
「ていうか、自惚れだった?」
「自惚れ、だいぶ」
もう分かっているくせにわざと訊いてくるのが憎たらしくて、私は怒ったように言葉を返す。
「でも、これ。ビールじゃなくてペリエだから絶対忘れてやんない」
白石が素直じゃないなぁと笑った。
今この時を永遠にして、世界がなくなってしまえば良いのに。それくらい、幸福だと思った。
*
箱ティッシュが空になる頃、私の涙はようやく止まった。
ねぇあんた、実はモテるんでしょ、と気になってたことを追及すると、片想いのほうが得意かな、と意味深に返される。
「緋山さんはいつから私のことが好きだったの?」
ほんとデリカシーのない奴だな、と心の中で文句を言いながら、「気付いたのはひと月前かな」と答える。
「たったひと月で耐えられなくなったの!緋山さん結構、意気地なしなんだね」
「あんたねぇ!」
喧嘩売ってんのか、と噛みつこうとした私を制して、白石はとんでもないことを言った。
「私はもうずっと、出会った頃から好きだったよ」
私の涙の跡を、白石の指がなぞる。
端正な顔が綺麗に笑って、今日一番優しい声で言った。
「やっと言える。緋山さんが好き」
これは嬉しくて死ぬな。
ばかみたいなことを本気で思いながら、「私も白石が好き」と、片想いにピリオドを打った。
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白緋。公式の設定は、深く考えずに都合の良いところだけ活用してます。
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ペリエを注ぐ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10070035#1
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この小説は「夏色traveler」の続編で、今度は夢主が“名探偵コナン“の世界へトリップして、様々なキャラクターと仲良しこよしする話です。
主があまりコナンに詳しくないため、フワフワな設定のままご都合主義の見切り発車となります。
設定の間違いや、誤字脱字は見つけ次第報告していただけるとありがたいです。
〇時系列バラバラ、原作にない捏造あり、なんでもありのご都合主義。
〇キャラの口調が迷子、同時にキャラ崩壊の可能性大!!
〇主が社会人の為、更新は土日になります。
以上の内容が大丈夫!!という方は楽しんでいただけると幸いです。
どれかひとつでも無理だ!!と感じた方はここでUターンしてください。
注意事項を無視して観覧した後の責任は負いかねます。
[newpage]
ー安室sideー
ポアロのバイト終わりに梓さんに頼まれた品物と夕食の買い出しを兼ねて近くのスーパーに寄ったら、ついこの間ポアロの前で体調不良になってしまった神崎優奈さんと遭遇した。
こんなところで彼女と遭遇した事に驚いたが、彼女の顔と腕には何やら気になるものが。
ガーゼと包帯、この数日で怪我したのか?
気になるが、まずは不審に思われないように当たり障りない会話をした。
なんでも話してくれる優奈さん。
コナン君は少し疑ってるみたいだけど、僕は優奈さんはただの一般人と確信した。
組織の人間だったらもちろん、そうじゃなくてもどこかの組織の人間だったらこうも自分のことをむやみやたらに話すわけがない。
優奈さんに不審がられてないのをいいことに買い物同行させてもらった。
買い物終わりに周りの目を気にせずに優奈さんと2人きりになれるチャンスがここで舞い降りてきた。
半ば強引だったが、優奈さんを自宅まで送ることに。
安室「そろそろ教えて貰ってもいいですか?その痛々しいガーゼと包帯をしている理由を。」
『あー。やっぱり目につきますよね…。この間、コンビニ強盗と遭遇してしまって、その時に人質にされて負った傷です。』
優奈さんは驚く出来事をカラカラ笑いながら告げた。
安室「この間って…一体いつですか?」
『えっと、安室さんとコナン君と会った次の日です。』
安室「次の日!?」
僕らしくもなくつい、大声を出してしまった。
流石にコレは想定外だった。
次の日って……優奈さん、もしかして不幸体質なんじゃないか?
体調不良の次は大事な顔と腕に怪我って…。
『でも、大した怪我じゃないですよ?ちょっと範囲が広かったから大袈裟に見えるだけで…。』
安室「そういう問題じゃないと思うんですけど……。」
そのうえ時々論点がズレる。
というか、着眼点がおかしい。
女の子だったらもう少し気にすると思うのは僕だけか?
たわいもない話をしながら車を走らせていると、優奈さんが声を上げた。
『安室さんあそこです!!あそこのマンションが目的地です。』
優奈さんが指をさしたのはまさに正面に見える少し大きいマンション。
高層マンションとまでは行かないが、周りの建物から頭一つ飛び出てる。
でも、そのおかげで目的地を目指しやすい。
というか、あのマンション…。
僕、行ったことあるぞ。
安室透としてでは無く、降谷零として。
だって、あのマンションには4人いる親友の1人が住んでる。
名前は松田陣平。
そしてそいつからよく聞いた名前、神崎優奈。
僕の隣、助手席に座ってる彼女も、神崎優奈。
………いや、まさかな。
流石にコレは考えすぎだな。
でも、驚くほど関係性がありすぎる。
一緒に住んでるなんてことないよな?
安室「優奈さんは同居人がいるんですよね?同性の方ですか?」
『あー…それが、一緒に暮らしてるの男性でして…。』
安室「それ、大丈夫なんですか?」
『その心配は必要ないですよ。彼は私が嫌がるような事はしない人だから。』
安室「随分信頼してるんですね。どんな方なんですか?」
『ふふっwwww安室さん、推理モード入ってますねwwww。そうだなぁ〜……まず、口が悪い。最近、私に対する反応が辛辣。だけど、冷たい人って訳じゃなくて、本当は友達思いの優しい人。その人には4人の親友がいて、その人達のことを話してる時の顔は1番いい顔する人。あと、喫煙者です。』
安室「僕はてっきり外見を言われるのかと思ったのですが、その人のことよく見てるんですね。優奈さんがあげたのは内面のことばかりだ。」
予想の斜め上を行く回答をされてしまったので、これでは判断ができなかった。
そうこうしている間に目的地に着いてしまった。
今日はここまでか。
『送っていただきありがとうございました。助かりました。』
安室「それなら良かったです。」
『あの、安室さん。明日ってポアロのバイト入ってますか?』
安室「明日ですか?明日は午後からですね。」
『じゃあ、明日の午後、私ポアロ行きますね!フラグ回収しないと!!』
安室「ははっwwww分かりました。楽しみに待ってます。」
『はい!!じゃあ、お気をつけて!!』
律儀な人だ。
確かにポアロには”また来る”と言っていたが、別に僕がいない時でもなんら問題ないはずなのに、ちゃんと僕がいる時を聞いて、来てくれることを教えてくれるとは。
優奈さんは、僕の車が見えなくなるまでマンション先で見送ってくれた。
[newpage]
ー優奈sideー
はぁー……緊張したぁ。
あそこのスーパーで、降谷さん(安室透の皮付き)と会うなんて誰が予想した?
答えは、誰も予想してなかったよ!!
それにしてもあそこのスーパすげぇな……この間は沖矢さんと景光さんで、今日は安室さん。
主要メンバーとの遭遇率が高い!!
あそこのスーパー、幸運Aなのでは?
ポアロに行く約束しちゃったな。
でも、これで念願の安室さんのハムサンドが食べられるのでは!?
美味しいと噂のハムサンド!
それ食べれたら私、悔いはないな。
陣平さんが帰ってきたら、明日ポアロに行くこと伝えなきゃ!!
*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*
『こんなもんか。』
ポアロに出かけるだけなので、得にオシャレはしない。
財布と携帯、スペアキーを片手に喫茶ポアロを目指した。
昨日、安室さんは午後からと言っていたので、昼食をいつもより少なめにとって、午後1時ポアロを目指すために家を出た。
ポアロに来るのは2回目、といっても1回目は強制的に送られてきたから不可抗力だしな。
ドアを開けるとチリリンとベルの音がする。
カウンターで作業している安室さんと目が合った。
安室「いらっしゃいませ。あ!!本当に来てくれたんですね。カウンターでいいですか?」
『来るって約束しましたから。席はどこでも大丈夫です。』
店内にはちらほらお客さんがいたけど、片手で足りるほど。
安室さんに案内された席はカウンターのど真ん中でついでに安室さんの真ん前になる席だった。
安室「早速注文しますか?」
『そうしようかな?ポアロのおすすめメニューってなんですか?』
安室「よく注文を受けるのはハムサンドです。」
『あ、じゃあそれで!!飲み物はアイスコーヒーでお願いします。』
安室『はい、わかりました。少々お待ちください。』
安室さんはそう言うとカウンターの奥に引っ込んでいった。
ここの雰囲気好きだなぁ〜。
なんだか時間がゆっくり流れてるような気がしてすごく落ち着く。
店内もうるさくなくて静かだし、これは常連客になってしまうかもしれない。
そんなことを思いながら店内を見回していると、コトッと目の前に置かれたアイスコーヒー。
安室「今サンドイッチ作るので、少々お待ちください。」
安室さん普段から敬語キャラだから、こうやってマニュアル通りのようなセリフを言っても違和感無いんだよなぁ〜。
仕切られたカウンターの向こう側で安室さんが手際よくサンドイッチを作っている。
本当に安室さんが、作ってるんだね。
そりゃ、美味しいわけだよ。
安室さんの方が高い位置にいるので、私の目線は自然と上目になる。
安室「ハハッwwww優奈さん、流石にそんなに見られたら僕、穴あいちゃいますよwwww」
バ、バレた(汗)!!
『い、いやまさか安室さんが、作るとは思わなくて…ちょっと興味が!!』
うーん…さすがにこの言い訳は難しいか?
じきに陣平さん達がちゃんと降谷さんに私を紹介してくれるって言ってくれたから、ここで怪しまれるわけにはいかないんだよね。
そう言えばポアロに行くことを陣平さんに伝えた時、悪い顔してたなぁ……。
何もないといいんだけど……。
安室「お待たせしました。僕特製のハムサンドです。」
綺麗な三角型のサンドイッチ。
もはや、見た目から美味しさが伝わってくる勢いだ!!
早速1つ手に取って1口食べると、シャキシャキのレタスにフワフワのパン、ジューシーなハムの味が口の中で一気に広がり、思わず頬が緩む。
ほっぺが落ちそうな美味しさってこの事だよ!!
『ふふっ♡うまっ♡』
安室「優奈さんはとても美味しそうに食べてくれるんですね。そういう顔をしてもらえるのなら僕も作ったかいがあります。」
目の前に安室さんがいるの忘れてた……。
ゆるゆるのだらしない顔思いっきり見られた!!
『消えたい……穴があったら入りたい……/////。』
安室「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか。すごく可愛らしかったですよ♬」
『か、かわっ/////Σ!?』
満面の笑みで言ってくる安室さん。
うわー……これアレだよね?
相手のことをべた褒めして、虜にさせるっていういわゆるハニートラップってやつ?(←違う)
そういうことさりげなくやるとか、安室さんプロいわぁ…。
安室さんの作ったハムサンドはいつもより時間をかけて、美味しく頂きました!!
気がつくと、昼時を過ぎてお客さんは誰もいなくなってしまった。
みんなきっと、仕事に戻ったんだね。
今日は普通に平日だもんね。
アイスコーヒーに手をつけるとカランと氷が音を立てる。
安室「優奈さんはコーヒーに砂糖とかミルク入れないんですね?」
『うーん。そこは気分かもしれないです。入れる時もあるし、そうしない時もあるので。でも、アイスコーヒーは基本的にいれないかな?』
安室「そういう所は大人っぽいんですね。」
『ん?安室さんもしかして、喧嘩売ってます?』
安室「まさか!!優奈さんって喫煙者なんじゃないんですか?」
『えっ!?待って!!話しとんだ!!えっと、No喫煙者ですけど?』
安室「え?ですが、この間初めてポアロに来た時、ポケットにライターとタバコ入れてましたよね?」
『え?……あ、入れてました。というか、今も持ってます。本当によく見てますね!!』
安室「もはや、癖みたいになってまして…(汗)でも、そうなると不自然じゃないですか?なんで喫煙者でないのに、タバコを持ち歩いてるんです?」
『私、ちょっと変わり者でしてwwww私にとってこのタバコとライターはお守りみたいなものなんです。』
安室「お守り…ですか…。」
私の返答に安室さんは少々納得がいかないようだった。
片手を顎に添えて、何やら考えるポーズをしている。
真剣に考えてるところ悪いんだけど、これ以上の答えはないからね?
なんなら、研二さん達と再会した今、このタバコとライターに深い意味はないからねwwww
だだ単に私が今更手放せないだけ。
携帯と財布みたいに、もはや持ち歩いてないと落ち着かないんだわ。
安室「大事な人の形見とかですか?」
『ブハッwwwwいや、形見とか、そんな大層なものではではないです。なんなら、これくれた人まだ生きてますwwww』
安室さん、勝手に研二さんのこと殺しちゃダメだよwwww。
仕方ないか!!
このタバコの元持ち主が研二さんだなんて思わないもんね、普通。
あと、大丈夫だよ!!
研二さんなら許してくれる!!
たわいもない話をしていると来客を知らせるベルがチリリンと鳴った。
安室さんが”いらっしゃい”と言うのを聞いて、親しい人物だと判断した。
誰だか気になり振り返ると最初、姿が見えなかった。
不思議に思い、視線を動かせばその人物は小さい体の持ち主。
そう、何を隠そう我らが主人公、江戸川様だった。
クソっ!!やられた!!
君の訪問は望んでなかったよ!!
完全に油断してたな。
時間的に今の時刻は小学生である彼はまだ学校にいる時間なのだが、季節は8月。
彼は授業どころか、学校がお休み……そう、学生は”夏休み”の時期というのをすっかり忘れてた!!
この時間なら安全だと思ってたのに、完全にしくった!!
コナン「こんにちは安室さん。優奈お姉さん来てたんだね!!」
[newpage]
ん”ん”っ”!!
この子、今なんて言った!?
”優奈お姉さん”!?
呼び方可愛すぎる!!
コナン君、君が思ってる以上にお姉さんはチョロい訳よ!!
そんな呼び方されちゃったら、完全に色んなこと許しちゃう、激甘お姉さんに激変だよ!!
コナン君はカウンターに座ってる私の隣に座る。
椅子に登る感じがすごく可愛かったです。
ムービーに撮りたかった……。
安室「コナン君はなにか頼むかい?」
コナン「えっと……じゃあ、僕オレンジジュースがいいな!!」
安室「オレンジジュースね。少し待ってて。」
なぜにオレンジジュースなのか疑問に思った。
だって彼は確かアイスコーヒーとか飲んでた気がする。
ん?あれ?
もしかして、アイスコーヒーを避けたのって私がいるからじゃないか!?
アイスコーヒーは正直小学生が飲むものではないから、そこを私にツッコまれないように、さらに怪しまれないように、オレンジジュースでカモフラージュしようとしてるのでは!?
なんだよそれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
可愛いかよ!!
あとコナン君には悪いけど、このご時世コーヒー飲む小学生結構いるぞ?
ただし、砂糖とミルクを尋常じゃないくらいぶち込んだ、もはやコーヒーと呼んでいいのかわからない液体だけどな。
大人から言わせればあれはコーヒーであってコーヒーじゃないけどな。
使ってるのがコーヒーだから、致し方なくコーヒーって呼んでるようなんもんだからな?
1人心の中でマシンガントークをしていると、コナン君の元にオレンジジュースが届いた。
ごめんねコナン君。
変な気を使わせてしまって申し訳ない。
これも心の中で言うだけ。
『コナン君は夏休みなんだよね。いいなぁ〜。宿題の方はどう?終わりそう?』
コナン「宿題はもう終わっちゃったんだ!、優奈お姉さん、”いいなぁ〜”って言うけど、お姉さんも夏休みでしょ?」
『はて?その心は?』
コナン「え?」
『え?…………質問を変えよう。コナン君はお姉さんのこと何歳に見えるのかね?』
コナン「え?え?優奈お姉さん、高校生とかそれくらいなんじゃないの?」
全国の皆さん聞きました?
彼、主人公ぞ?
現役の警察よりも鋭い観察眼をもつ高校生探偵ぞ?
そんなすごい人物すら惑わす私の童顔力……なにそれ!!
全然嬉しくない!!
私は思わずカウンターに頭をガンッと落とした。
それを見て笑う安室さんと、私の奇行に驚くコナン君。
安室「優奈さん、笑ってしまってすいませんwwwwコナン君、彼女は立派な成人済みですよ。」
コナン「えぇぇぇぇぇぇぇぇΣ!?」
安室「とはいえ、僕も彼女がタバコを持ってることを知るまではコナン君と同じくらいの年齢を想像してました。」
『安室さん……それ初耳です。』
コナン「優奈お姉さん、タバコ吸ってるの?」
コナン君の質問に私は安室さんにしたのと同じ説明をした。
すると、コナン君も安室さんと同じポーズをして考える仕草。
揃いも揃って細かいところが気になる性分なのね……。
じゃなきゃ探偵なんてやってないか。
コナン「成人済みってことは、お姉さんお酒とか飲むの?」
『飲む飲む!!タバコは吸わないけど、これでもお酒は大好きなのwwww』
コナン「僕の勝手な想像だけど、優奈お姉さん、しょっちゅう年齢確認されるんじゃない?」
『”年齢確認”って、小学生なのによくそんな言葉知ってるね。あと、お察しの通り、毎回のようにお願いされるよ……もはや慣れた。』
コナン「あはは……。そうなんだ。」
おい、”悪いこと聞いちゃったな”みたいな顔するんじゃないよ!!
安室「優奈さんの気持ちよく分かります……僕もよく年齢確認されるんですよ。」
でしょうね。
安室さん、超キュートベビーフェイスゴリラだもんね。
29歳なんでしょ?
普通に見えねぇわ。
あと、安室さんが29歳って知った時の私の衝撃よ!!
同時に研二さん、陣平さん、景光さん、航兄さんの4人も29歳って言う事実に頭を抱えるしかなかった……。
お前ら全員、そんな風に見えねぇよ!!
年齢詐欺にも程がある!!
見た目と年齢が一致しないのはジャニーズだけだぞ!!
お前らやっぱり本当はアイドルなんじゃないの!?
『あ。でも1回だけされなかったことがあるな……。』
4人が私のいた世界から消える前日、みんなでお酒を買いに行った個人経営の酒場の店員さん。
あの人には年齢確認されなかったな……。
コナン「じゃあ、その時の店員さんは優奈お姉さんが成人済みなことを見抜いたってことだね!!凄いねその人!!」
『凄いけど……え?なんかちょっと今になって怖い。』
コナン「優奈お姉さん、年齢確認されすぎて、感覚おかしくなってるんだね……。」
安室「好んで飲むお酒とかあるんですか?」
『ビンで買っちゃったからって言うのもあるんですけど、一時期同じのばっか飲んでました。』
安室「それ、好きってことになるんじゃ……。」
『まぁ、確かに好きですよ。……いや、好きになっちゃったって言う方が正しいかな?あまりアルコールが強いお酒は好んで飲まないんですけど、不思議なことにバーボン、スコッチ、ライは気がつくと、飲んじゃうんですよね〜。』
私があげたお酒の名前に安室さんとコナン君の顔が少し強ばった。
あちゃー……。
ついつい話が弾むからなんの疑いもなく喋っちゃったけど、私が飲んでるお酒、安室さん、景光さん、赤井さんが黒の組織に潜入してた時のコードネームだったのすっかり忘れてた。
安室さんだけは現在進行形か。
こんなところでボロ出すとは……。
女性の口からウイスキーの名前が出ることに驚愕するだろうし、こんなに都合よくこの3つの名前が並ぶなんてことそうそうないよな……。
これ、疑われルート突入しちゃったんじゃね?
しかも、今更回避出来ないレベルで……ヤバい、景光さん助けて!!
安室「すいぶん強いお酒を、お飲みになれるんですね。ちょっと驚きました。人は見かけによりませんね。」
安室さんがいつも通りの笑顔で返してきた。
けど、心なしか空気が張り詰めてる気がする。
隣のコナン君なんか、冷や汗かいてるんですけど……。
うわぁ……この現場まじでやばい。
安室さんにはいらん疑惑を植え付けて、コナン君にはいらん恐怖を与えてしまった。
本当に申し訳ない!!
実際、悪いことしてないのに、悪いことしてる気分ってこういう感じなんだね!!
お姉さんの良心がズキズキいってるよ……。
この空気をどう乗り越えようか考えいると私の携帯の通知音が鳴った。
この携帯を持ったのは最近だから、メッセージを送ってくる人物は限られている。
LINEのトーク画面を開くとメッセージを送ってきたのは陣平さん。
最初はメールでのやり取りだったんだけど、私がLINEのアプリを入れた途端、やり取りがこっちになった。
やっぱりLINE便利なんだね。
松田《優奈、今ポアロか?》
優奈《うん。安室さんとあと江戸川コナン君って子と3人で談笑してるところ。》
松田《そのままそこにいろ。帰るんじゃねぇぞ?》
『ゑ!?ちょっと待って?どういうこと?』
コナン「優奈お姉さん?どうかした?」
あんなに怯えていたコナン君が、突然焦った私を心配してくれた。
疑ってる割には優しいんだね。
『いや、ごめん。私にもよくわからない……。』
コナン「ん?どういうこと?」
『……どういうことなんだろう。』
”そのままそこにいろ”っていうのは、このままポアロにいろってことだよね?
なんの為に?
いや、待てよ?
陣平さんに今、どこいるか聞かれる→ポアロと答える→そこにいろと命じられる=陣平さん、ここに来るって事じゃね!?
なんで!?
お姉さんわからない!!
だってお迎えとか頼んでないよ!?
って、陣平さんそんなことしたら安室透の皮をかぶった降谷さんとエンカウントすることになりますけど!?
それ、大丈夫なの!?
事の重大さを知って、1人テンパる。
さっきまでの張り詰めた空気はどこかへ飛んでいき、今は安室さんもコナン君もあわあわする私を見て頭に”?”を浮かべている。
陣平さんが到着するまであと20分。
|
まだ、認識まで行けませんでしたwwww<br />コナンくんと安室さんVS夢主の攻防がなかなか上手くできない……<br />主のオツムが弱いのが原因です。<br />攻防を楽しみにしていた方は申し訳ないです…。<br />主の実力では補えませんでした!!<br /><br />2021,6,19修正<br />ページ分けしました。
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夢色traveler9
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10070114#1
| true |
何でも許せる方向け
合言葉はメテオガール
それではどうぞ
[newpage]
『お嬢、首領から招集だ。明日迎えに行くから準備しとけ』
「…………わかった」
その一言を絞り出すのに、大変な勇気が必要だった。彼らしい簡潔で無駄のない連絡は、いかなる勘違いの余地もない。これは覆しようのない決定事項なのだと、嫌でも理解させられた。
私は明日……この土地を、友を、生活を捨てるのだ。
たとえ偽りだとしても、私は今の平穏な日々が大好きだった。優しいクラスメイトたちに囲まれて、普通の人みたいに普通の暮らしを送った。馬鹿みたいに騒いで、汗だくになるまで走って、涙が出るくらい笑った。きっとこれが青春ってやつで、ずっと続けばいいのにって、終わりが近付くにつれて夕焼けみたいな胸の痛みを感じるんだ。
……でも、私は『卒業』っていう終わりさえ与えられなかった。分かっていた、その条件を提示したのは他でもない私自身なのだから。それでもいいからって、普通の生活ってやつを一瞬でも欲しがった……結果がコレ。なんてザマ。
嫌だなぁ。ぽろぽろ頬を滑るこの感情が何なのか、まだ習っていないのに。沢山の笑顔に送る言葉の最適解は、まだ見つからないのに。大切な" 彼 "に与えられる鼓動の正体を、まだ知らないのに。
──さよなら、東都。
通話終了を知らせる無機質な電子音だけが、静かな部屋に響いていた。
その夜、夢を見た。あまりに生々しくて衝撃的なのに、涙が出るほど懐かしく既視感に溢れたもので……今までどうして忘れていられたのだろうと不思議になるくらい。
信じ難くもそれは前世の記憶というやつだったようで、夢の中の私は生き生きしていた。それも、信じ難くも巷に聞くオタク、という種族の人間だった。好きな作品のグッズを集めてはひとり部屋で幸せそうに笑っている。好きなものに囲まれ平凡な生活を送って老いて、死の間際に『三次元制覇したので次は二次元制覇してやる!』と遺して眠るような楽天家。それが前世の私だったらしい。
そこで、長い永い夢は終わった。
「おはよう、新しい私!さようなら、ドシリアスな青春!」
ぐーっと伸びをして鏡を見れば、ちょっと眠たげな今世の私が映っている。昨日まであんなに悲劇のヒロインぶってたくせに、びっくりするほど思考も身体も軽くなった。
それもこれも、あの夢のおかげ。たった十数年の人格が、ウン十年かけて培った人格に勝てるわけもなく。つまり、まぁ、新しい身体を乗っ取った。……いや、聞こえは悪いけどちゃんと私の二回目の身体(?)だからね!
うふふ、でもほんとに転生しちゃった。やはり若いっていい。お肌もすべすべ、もっちりつやつや。ああなんて素晴らしい。こらそこ、気持ち悪いって言うな。見た目がJKでも前世足したら見事にBBA……うっ、目から汗が。
だいたいBBAつっても精神年齢なんて大して成長してないかんな!推しがいつまでも若いから、こっちも若いままの気分(気分)でいられるの!オタクなめんな!
というわけで今世も永遠の16歳提言していこうと思います、よろしくセカンドライフ。
「おはよ、なんか今日楽しそうだな」
「いい夢を見たからね!全く最高の朝だぜ、そしておはよう零くん!…………ん???」
いや、待て。ちょっと、待て。
この顔、私、知ってるぞ?いや昨日までクラスメイトだったし知ってて当たり前なんだけど、そうじゃなくて。
この小麦色のサラサラヘアー、深い海の瞳、褐色の肌という色んな意味で目立ちまくりの美青年……どこかで……!
「あれ、あれ?きみ……というか貴方、……え、降谷、零さん……で、合ってます?」
「本当に大丈夫か?脳外科行くか?」
「そっか~~~!!!そうだよね~~~!!!」
はっじめまして!前世では映画一本で最推しの座をかっさらいやがった貴方様の夢豚やってました!だなんて言えねぇ!死んでも言えねぇ!!一回死んだけどなお言えねぇ!!!
そっかー、マジで二次元転生しちゃったかー……それもDK時代の最推しがいる時空。来世も制覇するとか巫山戯たこと言ったのはどの口かな?この口だな?
何をもって制覇できると思ったん自分……無理……学ラン尊い……あまりにもDKでしゅき……
「ゼロ、コイツどうした?」
「分からん。朝からこうなんだ」
「それは困ったなぁ」
ハッ!両手で顔を覆って天を仰いでいたが、隣から聞こえるこの声。あまりにもイケヴォ、忘れられないcv緑川光は……!!
「ヒ"ロ"く"ん"!!!」
「おー、ヒロくんだぞー」
ころころ笑いながらも挨拶してくれるのは、今世のクラスメイトであり零くんの幼馴染、ヒロくんではないか。つまりDKスコッチ!!生きてる!動いてる!笑ってる!
「スコチ〜〜〜!!!」
「なんだそれ!お前今日はやけにテンション高いな、まあ役得……っとゼロ、怖い顔すんな」
「うるさい離れろ」
あまりの感動に抱きつけば、後ろにいた零くんにべりっと剥がされた。なるほどその腕力はDK時代から健在ですか。大事な親友にBBAが抱きついてごめんね……
ドヤ顔零くんと拗ねるヒロくんと落ち込む私、という謎の構図で学校に歩いていく。どうやらまだ松田くん・萩原くん・伊達さんには会ってないみたいだけど、この二人だけで十二分に目の保養だよ。
というか昨日まで何の疑問もなくこうやって登校してた私すごいな?今眩しくて死にそうなんだけど。なんか見られてるなー、じゃないし。鈍感か。そりゃ学年ツートップのイケメンと歩いてたら敵意も注目も浴びるわな!
それくらい気付け自分。危機管理がなってない。" それ公 " ならぬ、それでよくマフィアが務まるな。…………マフィア???
「……あっ」
「「?」」
待って、待つんだ。また私大変なこと忘れてた。だから目の前に黒い高級車止めんじゃねぇ。追突してやろうか!?!?(錯乱)
しかし示談の条件云々の前に、これに乗ってるのシャレにならない規模のガチマフィア!車から降りてくるのは漆黒に身を包んだ二人の美青年。帽子の男は唇を釣り上げて笑い、包帯の男は恭しく手を差し出した。
「久しぶりだなァ、お嬢」
「迎えに来たよ。帰ろうか……本当の居場所へ」
「中也……治くん……」
詰んだ、死んだ、忘れてた。なんで昨日あんな真っ暗な部屋で悲劇のヒロインやってたのか、今すぐ思い出すんだ今世の私!
A, 私はポートマフィアの構成員
主よ!!!!!!!!!!!!!!!
あんまりにもあんまりだ。折角DK最推しに会えたのに秒でサヨナラだなんて、涙だって出る暇もない。
零くんとヒロくんは連れ去られる私を助けようとしてくれたけど、所詮ただの高校生。まだ銃の構え方も知らない二人が、ヨコハマの闇に双黒として名を馳せる中原中也と太宰治にかなうわけなかった。
殺気立つ中也と治くんに「二人を傷つけたら私も死ぬ」なんてメンヘラみたいなことを慌てて叫ぶと、舌打ちした中也に車へと放り込まれて今に至る。
「何泣いてンだよ……どっか打ったのか?」
「泣いて、ないっ!」
すんっ、と鼻を鳴らせば反対に座っていた治くんがハンカチを渡してくれた。治くん優しいかよ……でも中也も慣れない手つきで頭撫でてくれてる。ああ双黒サンドとか贅沢の極みで死ねる。でもまだ死にたくない。
「治くんハンカチありがとう」
「そりゃあ私はデリカシーのない何処かの帽子とは違うからね!というわけでどう?今度私と逢引してみない?」
「太宰コロス」
「いいねぇ、治くんがお仕事真面目にできたら考えるよ」
「分かった。全力で真面目にやろう」
「いつも真面目にやれタコ。てか無視すんな!」
左で吠える中也と右で手を握ってくる治くん。左右がものすごくやかましい。というか適当にあしらってるけど対応これでよかった?双黒こんな雑に扱って私死なない?大丈夫?
実は彼らも例によって前世の推しズだった。文豪ストレイドッグスという、イケメン文豪が異能力を使って戦う作品の登場人物たち。文ストは双黒推しだったので実は今めちゃくちゃ心臓がうるさい。だって声と顔と性格と異能力とあとなんかもう存在してるだけでいいんだよおおおおおおお!!!
ほらいない?喋ってなくても背景にちょこっと立ってるだけで発狂できるし何なら発狂したいがために探してるレベルの推し。あれよ。
というかやっぱり旧ワタシさん心臓強すぎでは。こんなのに囲まれてよく平然としてたな?中原さんは普通に絡んでくるだけだけど(それでも重傷)、太宰さんに至っては背景にキラキラ飛ばして口説いてくるかんな?ちゃんと動いて偉いぞ心臓。
ていうか過去の私さんが名前で呼んでたから違和感ないように呼び捨てしちゃってますけど、恐れ多くて後ろから刺されそう……主に太宰さん呼び捨て許さん勢とか、中也さんって呼べや何様俺様幹部様やぞ勢とか……あ、それ前世の私な。
まあ許されてるので続行するとして(というか直そうとしたらすごい睨まれた)、そろそろ本題行こうか。
「私が呼ばれたのには何か理由があったのよね?それも裏社会で名高い双黒を迎えに寄越すくらいには、立派な事情が。あの人が目的もなく無駄なことをするとは思えないし」
意訳:私から最推しを奪うに相応しい素敵な理由を是非とも教えて頂きたいですね!事と次第によっては許さんからな!ねぇパパ!?
「流石お嬢は賢いねぇ。その通り、これから大きな抗争が起こるのだよ……いや、もう始まっていると云っても過言ではないけれど」
治くんが褒めるように笑んで説明してくれるけれど、実際笑いごとじゃない。この時期に大きな抗争と言えば……龍頭抗争。間違いなく後の世に関わる大事件だ。そんな関東一帯を巻き込む悪夢の88日間を、私は生き残れるだろうか。人を躊躇いなく、殺せるだろうか。
二回分の人生を経験しているからと言って、人を殺したことは一度もない。今世で闇しか知らなかった頃の私なら何も恐れなかったろうに、下手に平穏を欲しがった己の弱さが誰かを傷つけるかもしれない。
覚悟と重圧に俯いて強く強く拳を握りしめれば、左右にそれぞれ手を取られて顔を上げた。
「大丈夫、怖いものは何も見なくていい」
「手前が手を汚すまでもねぇ。直ぐ終わらせる」
懐かしい手袋と包帯の感触に深呼吸する。うん、私は大丈夫。大事なポートマフィアを、この人たちを、この手で守りたいから。
「ありがとう。私なら大丈夫……だって、私は」
──森鷗外(あの人)の娘だもの
「首領、招集に応じ参りました」
ポートマフィアの本部ビル、ヨコハマを一望する最上階で膝を折る。この心臓が潰されそうな威圧感も懐かしい……二度と戻ってきたくはなかったけれど。
「ああ帰ったかい。久しぶりだね──アリス」
「今までどこ行ってたのよ、退屈だったんだから」
にこやかに笑っているのはポートマフィア首領であり養父の森鷗外、そして勢いよく抱きついてきたのが妹のエリス。首領とは血縁はないのだが、孤児だったところを拾われて養子になった。
アリスという呼び名も、その時に貰ったものだ。さすがに森アリスだなんて名前負けしてしまうから名乗れないけど、ポートマフィアではアリス嬢で通じるくらいには有名らしい。
ちなみにエリスは異能力によって作られた生命体のようなものなので姉妹もへったくれもないが、外向きには仲の良い姉妹ということになっている。全然似てないけど、首領が妹属性のエリスにメロメロだからまあいい。
ふと首領が影のある声音で尋ねてきた。
「君の焦がれた" 普通の生活 "は楽しかったかい?」
「ええ。気が狂いそうなくらいには」
「良かった。でも遊びはここまでだよ、アリス……この抗争を速やかに終わらせるため、その力を振るってくれるかい?」
「御意」
硬質な声で短く返事をして立ち上がり、礼をする。もう手は震えていない。女子高生の自分は第二の故郷に置いてきた、もうクラスメイトの笑顔も思い出せない。けれど唯一鮮明に思い出せるものがあるとするなら……
「──あの、ひとつだけ。いいでしょうか」
振り返れば首領の顔をした森がいた。「なんだい」と薄く微笑む彼の瞳は、私の真意を探っていた。
「もし、この抗争が終わったら、私が、ポートマフィアが勝ったなら……」
「いいよ、言ってくれたまえ」
「──自由に動ける力が欲しい。大切な人を守るために、私に翼を許してください」
東都に出る前、闇に生きていた私はこのビルから出たことがなかった。この狭い建物の中で私の世界は完結していて、舞い戻った以上これからもそうあるべきと求められるだろう。
でも、私はこれから零くんが直面しなければならない多くの理不尽な別れを知っている。たとえ東都を捨てたとしても、彼の幸せは諦められない。誰が好き好んで最推しが定められた孤独へ向かうのを傍観していられるのか。禁忌かもしれないけど、私がやらなきゃ誰が彼を救えるというのか。
強い意志を宿した私の瞳を見て、森鷗外は暫し沈黙した。探るような視線を感じたけれど、凛と前を向いていた。
「……それは、『構成員』から『首領』への要望かな?」
「いいえ。『可愛い娘』から『偉大なるパーパ』へのちょっとした我儘よ」
躊躇いなく言い切れば鷗外は目を丸くした。この人のこんな顔は久しぶりだった。いつも穏やかな胡散臭い笑みか、険しい顔をしている記憶があったから。エリスに対しては別として。
正直、出しゃばりすぎたかと反省している。だって私はエリスみたいにいつまでも幼女のままではいられないし、幹部みたいにものすごく強い訳でもない。ただこの人の気まぐれで拾われた、それだけの女が三年ぶりに帰ってきて何を言うか。
そう怒られると思っていたから、鷗外が椅子から立ち上がったとき、私は思わず肩をすくめた。……けれど次の瞬間抱き締められて、呆然としてしまう。
「いいよぉ、パパ許しちゃう!!!」
「っえ、……おこら、ないの?」
「どうして?可愛い娘の些細な我儘を、私は反対なんてしたことないよ」
「だって……私、もう幼女じゃないし、」
「成長は寂しいけれど、君はいつまでも私の可愛い娘だ。違うかい、アリス?」
おとうさま、と呟いた声は震えていて、目元を愛おしそうに拭われるのが死にそうなくらい気恥しかったから、仕返しに白衣を思いきり濡らしてやった。それさえ笑って許すのだから、本当にこの人は、私の偉大なパーパなのだ。
そうして龍頭抗争は多数の死者を出しながらも終わりを迎え、私は約束通り権力という名の翼を得た。史上最年少幹部となった治くんの部下として準幹部の地位を得たのだ。これによりある程度の単独行動が可能となり、機会を伺いつつ東都へ足を運んだ。
零くんの仲間を、守るために。
最初は萩原くん。異能力を使ってマンションに侵入し、一服している萩原くんを連れ出して安全な場所にポイッと置いといた。
松田くんのときは流石に注目されてる観覧車に近付くのが難しかったから、佐藤さんからこっそりスった携帯を使って『爆弾見つかったからさっさと解体して降りてこい』という旨のメールを送っておいた。
伊達さんはそれに比べれば簡単で、暴走するトラックをぶっ壊して終了。後片付けは任せる。
それで、問題は命日の分からないヒロくんこと我らがスコッチ。定期的に様子を見に行かないといつ死んでしまうか気が気でなかった。それで先ほど、NOCバレして追っているとの情報が入った。ちなみに情報源は黒の組織の構成員を買収(ハニトラともいう)したから確かだろう。
「中也!!もっと急いで!!!」
「あぁ!?大体なんで俺があの時のガキを助けなきゃなんねーんだよ!!」
「来たくないなら着いてこなくていいのに!悪いけど今最推しのSANチェック秒読みだから悠長に構えてらんないの!!」
風を切りながら夜空を駆ける。ヨコハマから東都まで、この速度では間に合わない……!ヒロくんが死んでしまう、零くんが壊れてしまう。悔しさと絶望に零れる涙が風圧で散っていく。
それを横目で見た中也は何を思ったか突然手を差し出した。
「あークソ、わあったよ掴まれ莫迦!手前より俺のが速い!!」
「ちゅ、や……?」
「よく分からねェが手前の大事な奴が死にそうなんだろ?癪だから俺は何もしねェけど、連れてくだけなら手伝ってやるよ」
ホラ行かないのか、ともう一度手を差し出した彼に、もう私は迷わなかった。
「中也、お願い連れて行って!!!」
「……ハッ、駆け落ちみたいで悪かねぇ。確り掴まってろよお嬢!」
空中で抱き寄せられて力いっぱいしがみつけば、クッ、と低く愉しそうに笑われた。次の瞬間ものすごい力で引っ張られるような感覚が身体を襲って、中也が異能力を使ったんだと理解する。
キィィイイインという耳鳴りと、底のない闇に吸い込まれていくような錯覚に恐怖を覚えはじめたころ、中也が何かを見つけたようだった。
「アレか……降りるぞ、舌噛むなよ」
「っ!!」
歯を食いしばれば、横方向にかかっていた強い重力が真下に向かった感覚。身体が突然重くなって、中也に抱きかかえられたまま、爆音と土埃を上げて何とかビルに着地した。生きてる。私も、ヒロくんも。
「え、お前……!?なんでここに、」
「何してるのヒロくん!!!」
「ええー……お前が言う?」
てかそいつアレだよな、あの時のチビヤクザ。
私の隣を見て呟いたヒロくんに、ものすごい殺気が襲いかかる。
「中也やめて!!」
「チッ……だがもっかい言ってみろ。嬢が何と言おうが手前を殺す」
「ひぇ、相変わらずおっかない奴だ」
「知り合いか?スコッチ」
真顔で中也の地雷を踏み抜いても飄々と両手を上げるヒロくんの心臓強すぎる。そしてやや引き気味に話しかけてくるのはライ。
「ああ、学生時代の友人なんだ」
「お前の友人はとんでもないメテオガールだな」
「本当に空から美少女が降ってくるとは思わなかったよな!」
「アレはジャパニーズジョークではなかったのか」
紛うことなきジャパニーズジョークだよ!てかメテオガールのパワーワード感すごくね!?流星少女って映画ありそう!そういえば前前前世に流星と少年少女の恋を描いた映画を見た気がするんだけど何だったかな……くっ、どうして思い出せないんだ……
「それでメテオガール、君の名は?」
「……みつは!!」
「「違うだろ」」
「えへへ嘘ですジャパニーズジョーク。まあ気軽にアリス、とでも呼んでください。Mr.赤井」
「赤井……?待て、お前は諸星大じゃなかったのか?」
「だから言ったろうスコッチ。俺はFBIの潜入捜査官、君と同じNOCだと」
「いや正直メテオガールの爆音で全然聞こえてなかったけどな」
「それなら仕方ない」
いや全然仕方なくないしヒロくんにまでメテオガール言われたし、そもそも赤井さんあの爆音の中で何をさらっと会話続けてるんだちょっとくらいびっくりしろ!!!
まあでもひとまずヒロくんは止めた。あとは勝手にするだろう。あまりヨコハマを空けていられないし、暇そうに欠伸をしている中也が可愛……可哀想なのでそろそろ帰るか、と踵を返した。その時だった。
階段を駆け上がる足音に中也以外の全員が身を強ばらせる。いや、私はその正体を知ってるからビビる必要なんてないんだけど、十数年も会ってない最推しがすぐ近くにいる事実に胸の高鳴りが抑えきれない。
しかし会いたいと思う一方で、逃げ出したい気持ちもあるのだ。何せ彼はもう正義の味方。私が生きる闇をその手で壊す、みんなのヒーローなのだ。悪役はさっさと退場するに限る、誰だって好きな人と戦いたいわけないじゃない。
狼狽する私を中也が横目で観察しているのにも気付かず、何とかヒロくんたちに背中を向けた。
「もう行くのか、森?」
「……メテオガールは、忙しいからね」
「馬鹿言え、泣いてんじゃねぇか」
「っだいじょぶ、だから……元気でね、ヒロくん」
中也が手袋を片方外して涙を拭ってくれる。黙って頭を撫でる手つきは、もう慣れたものだった。ありがとう、と微笑みかけて差し出されたその手を取ろうとした、その時。
「待て!!!」
「っ!?」
ビクっと身体が固まった。いる、そこに、零くんが。ちょっと声が低くなった。きっと背も随分伸びて、前よりもっとかっこよくなってるんだろうな。
それでも振り返ったら何かが崩れて溢れてしまいそうで、振り返れない。私は、彼の、敵。
ぐっと唇を噛んで衝動に耐え忍んでいると、強い力で肩を掴まれ無理やり振り向かされる。目の前には、月光に照らされる綺麗な零くんが泣きそうな顔で立っていた。
「会いたかった、やっと、会えた!今までどこに居たんだ……あの時お前が連れ去られて、守れなくて、それでずっと、後悔してて……っ!」
「触んな」
パン、と乾いた音が静かな屋上に響き渡る。……中也が、零くんの手を払った音。
私を支えていた力が消えてよろければ、ぐっと隣に抱き寄せられた。こちらを見つめる零くんの目は嘆き、悲しみ、怒り……そんなものにどろりと黒く澱んでいて、綺麗な海の色を濁らせたことに、酷く後悔した。
ああ、本当に、嫌われてしまった。
気が付けば私はまた空を飛んでいて、中也は何も言わなかった。もう、何もかもどうでもいい。心にぽっかり空いた大きな真っ黒の穴は、これから先、誰にも埋められないままなのだろう。零くん以外の誰にも代われない、虚しい思慕の向かう先。
──そっか。私、零くんに恋してた。
推しとか前世とか関係なく、記憶を取り戻すずっと前から抱えていたこの胸の高鳴りの正体。それは恋という名前だった。
そして、自覚したその日に失恋した。もう会えない、二度と許してもらえない。零くんの『恋人』を脅かす悪者が、許しなんか乞えるはずもない。
だったらもういい、私は貴方の敵でいよう。味方でいられないのなら、他人ではなく敵になろう。そうしていつか、私を責めて、罪を突きつけ弾劾しながら殺して欲しい。
貴方の隣で笑えない。ただそれだけのことだけど。初めて自分の生き方を後悔した、そんな夜だった。
それから私は無心で働いた。中也には言っていないけれど、治くんがポートマフィアを抜けるとき『一緒に行こう』と誘われた。けれど私はその手を拒んで、光の元で誰かを助ける未来を諦めた。
私は断罪の時を待っている。願わくば最期は彼に引き金を引いてほしいけれど、もうそんな贅沢は言わない。ただ零くんが正義を貫くために、倒されるべき悪役が必要ならば。私はそういう者でいたい。
黒の組織はこの間ポートマフィアに潰された。ヨコハマに手を出したのが間違いなのだと首領は嗤った。呆気ない壊滅だった。
もうこれで零くんも危険な潜入捜査から解放されただろう。今はどうしているのかな。警察学校組と笑っているのかな。前世で夢にまで見た幸せな光景を、私はちゃんと守れただろうか。
「仕事の時間ね」
空席の最年少幹部、その部隊をまとめる準幹部。そう、いま私は実質的なポートマフィア幹部を務めている。
懐中時計を閉じればもう既に整列は終わっている。よく訓練された部隊、治くんの残した部下たち。その中に、闇の中でも存在感を放つ金髪が揺れたのを見た。金髪なんていたかしら?ただ染めただけなら問題はないが、何となく胸騒ぎがしてそちらへ歩み寄る。やがてその整った美貌が明らかになり、私はハッと息を呑んだ。
「あなた、は……!」
「はじめまして、アリス嬢。新入りの安室透と申します」
恭しく私の手を取り、見せつけるように上目遣いで口付ける。その綺麗な群青の瞳に、囚われてしまった。私に残されたのは、抜け出せない牢獄でただ執行を待つという未来のみ。死神のお迎え、あるいは待ちわびた断罪のときは迫っている。
「これから、よろしくお願いしますね」
美しく完璧な笑みを浮かべた彼は、あの夜のことなんて忘れているんじゃないかと思うほど。でも違う、この目を知っている。肉食獣が、哀れな獲物を追い詰めた時の目。
バクバクとはち切れそうな心臓は恐怖か歓喜かどちらだろう。きゅっ、と唇を結んで力強く睨みつければ、低く嗤われ耳元で囁かれる。
「……やっと、見つけた」
転生したけど貴方の敵になりたかった訳じゃないんです!!
[newpage]
降谷零
もう逃がさない。
取り敢えず今までのこと全部吐かせてからどうやって連れ帰ろうか考えてる。好きな相手との別れがトラウマすぎてちょっと病んだ。警察学校組と仲良くしてるのでSAN値回復ぎみ。
森アリス(メテオガール)
やだあああああああああイケメン怖いよおおおおおおおおお助けて中也あああああああああ!!!
零くんは自分を殺しに来たと思っている。中也と治くんはよき仲間。治くんが出て行ったときは拒んだけど泣いた。何かあったら取り敢えず中也。
ところで双黒のお嬢呼び素晴らしいな?
中原中也
新入りぶっ殺す(^ ^)ていうかこいつ何処かで……?
お嬢のことは大事にしてる。恋慕か保護欲かは分からないけど別に守れればどっちでもいい。ただし男は近付くな。
太宰治
私あんまり出番なかった……そんなことない?
隙あらばアリス嬢を探偵社に引き抜こうとする。一緒に心中ランデヴーしようよぉ〜!!
いつも通りの太宰さん。
警察学校組
なぁ、降谷の追ってる相手ってもしや俺らの命の恩人では……?
ということで降谷応援団として一致団結した。頑張れ降谷!
赤井秀一
スコッチの自決を止めようとしたらなんか隕石降ってきた。名乗られたけどメテオガールしか覚えてない。日本の漫画でよく見る美少女が空から!を信じてしまった人。
降って湧いたネタ。多分続かない。
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降谷さんの夢女子が転生して最推しに会えたんだけど、よりにもよって今世はポートマフィアの人間でした。<br />降谷さんの『恋人』を脅かす私はもしかしなくても悪役ですか……!?<br />ということで今世は最推しの幸せをこっそり見守ります。そんな心意気でした、昔はね。<br /><br />勢いで書きなぐった、楽しかった。<br /><br />9月2日 ルーキーランキング 1位<br />9月2日 女子に人気ランキング 84位<br />9月3日 デイリーランキング 79位<br /><br />3度見くらいしました、本当にありがとうございます!!!<br /><br />シリーズ化希望タグまで……ひぇ……ありがとうございます!<br />のんびりでよければ、続きとか、3行で済ませた組織壊滅の時の話とか、色々書いていきたいです。
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転生したけど最推しの敵になりたかった訳じゃない
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10070382#1
| true |
【 注意!! 】
念のためワンクッションです。
この先は↓以下のようになっております。
・ポケモンとF/zのダブルパロディというアイタタな設定。
・大分色々捏造してる。
・作者はポケモンに関しては初代から現在まで網羅済みの廃人寸前ファンだが、F/zに関してはアニメ知識しかない。
・キャラも色々崩壊してる。
・特に時臣師があまり優雅じゃない。
以上のことが大丈夫だと、いう方のみ、次ページよりお楽しみください。[newpage] ポケットモンスター。
縮めて、ポケモン。
動物図鑑には載っていない、不思議な不思議な生き物。
或るものは空を、或るものは地を、或るものは水の中を自由に生きる彼等は、常に人々の生活の中に息づく当たり前の存在。
様々な姿、様々な不思議な力を持つその存在は、ゆうに500の種類を越えて世界各地に生息している。
そして、人々はそんなポケモン達と助け合い、支え合い、寄り添い合いながら今日も暮らしていた。
この、フユキ地方もまた、そんな世界の一部であった。
広大で肥沃な大地に転々と小さな村や町が点在するこの地方は、大きな八つの街にそれぞれの地域を統括するジムを構え、ジムリーダー達の治安維持の下平穏な暮らしが約束される。トオサカシティにある、此処トオサカジムもまたその中のひとつである。
巨大な山々を連ねた地域の真中にある盆地の集落として発祥したトオサカシティは、古くよりポケモンの力を一時的に増幅するという宝石、ジュエルの産地として知られており、そのジュエルが採掘される鉱山はトオサカジムのジムリーダーが代々管理を請け負う事になっている。
その、由緒あるジムの五代目にして現ジムリーダーの名は、遠坂時臣。
優美で端麗な炎ポケモンを操る、“緋色の魔術師”と呼ばれる男であった。
街の最奥にあるトオサカジムは、背に数々の鉱山を有しながら小高い丘の上より街の全体を見下ろすように構えられている。
外観からすれば、まるで街を統治する領主か或いは些か小さくはあるが小国の王の居城のようにも、それは見えるかも知れない。赤い煉瓦によって建てられ、豪奢にして、しかしながら華美過ぎず、実に風雅な様相を損なわない上品な佇まいをしたその館は、紛れもなくジムリーダー一族たる遠坂家の住人が住まう住居。
そして同時に、数多の挑戦者からの挑戦を受け、苛烈な闘いを繰り広げる決戦の場でも、あった。
そう、ジムリーダーの役割は無論、街や地域の治安維持だけではない。
未来のポケモンマスターを志て旅立つ多くのトレーナー達や、ポケモンリーグへの挑戦を目指してジムを巡るトレーナー達が、己の度量を測られるべく訪れ、闘い、そしてその雌雄を決する中で相応しいと認めた者にのみ、ポケモンリーグ公認の証、ジムバッジを託すのもまた、ジムリーダーとしての忘れてはならない勤め。事実、周囲を山に囲まれた少々行き来に難儀するこのトオサカシティでさえ、腕に自信のある者達の訪れる足はなかなか途絶える事はなかった。
とは、言え。
そう毎日が、旅のポケモントレーナー達との交戦などを強いられ続けるような日々であるのかと言えば、別にそういうわけでもない。
ジムリーダーとしての責務、或いは遠坂家の当主としての雑務をこなす中であっても、時にはその両方を忘れてゆっくり羽根を伸ばせる時だってある。
その日の時臣は、珍しく煩わしい処務に追われることもなく、また、ジムの門戸を叩くトレーナーの相手をすることもなく、実にのんびりとした朝を過ごしていた
館の敷地内に誂えられた、ポケモン専用の芝生を敷いた運動場に自慢のポケモン達を放ち、日々の激闘で疲れているであろう仲間らを優しく労う。解き放たれたポケモン達は各々が思うままに散らばり、或いは主の傍らに残り、久方ぶりの休日を目一杯満喫した。
楽しげに運動場いっぱいを走り回るもの、
茂み出たり入ったりを繰り返しながら遊んでいるもの、
そんな彼等を横目に、時臣は大人しく自らの前に座しているポケモンの毛繕いを始めようとしていた。
黄金の毛皮が美しいそのポケモンは、9本の尾が太陽の光を浴びて眩しいまでに輝く・・・キュウコン、と呼ばれる種だ。
非常に自身の体毛の艶美さに高い矜持を持ち、無闇に尾へ触れる者へは末代までの祟りをもたらす、とまで言われるキュウコンは、それだけに毛繕いひとつにも大変な気遣いを必要とする。
其処には高度な技術や知識と言ったものもさることながら、何より、ポケモンと主人との絶対的な信頼関係が要求される事は言うまでもない。無論、“緋色の魔術師”たる時臣がそれを知らぬ筈はなく、慣れた手つきで彼は最もキュウコンの毛皮に適したブラシを取り、そしてそれを尾へと近付ける。
ゆっくり、絶妙な力加減で毛並みを損なわぬようそっとブラシを入れて撫でてやると、ポケモンはくぅん、と心地よさそうな声を上げて時臣の方へ顔を寄せてきた。
これは、この子が甘えたい時にするいつもの癖だ。
時臣はお決まりとなったその仕種に僅かな笑みを浮かべ、その頬をそっと撫でながら、もう片方の手でブラッシングによる毛繕いを続行する。
するとキュウコンはより目を細めて細い声で鳴き、そのままうつらうつらと眠たそうに首を揺らし始めた。
幾分かして、九本ある尾の全てに毛繕いを終えると、キュウコンはすっかり時臣の膝に頭を預けて寝入ってしまっていた。やはり、毎日のようにやってくる挑戦者との闘いで、疲れているのだろう。
だとしたら、もう少し寝かせておいてやった方がいいだろうか。
そんな事を考えながら、ちらりと衣嚢に忍ばせた懐中時計を見ると、時刻は既に昼の真中を回っていた。
よもや、キュウコンの尾にかまけているだけで数時間を費やしてしまうとは・・・やはり9本もあると毛繕いするだけでも大仕事である。
軽く苦笑しながら時臣は、相変わらず元気に運動場を駆け回っているもう1体のポケモンに手を振って声をかけた。
「ギャロップ、そろそろ戻ってきなさい。昼食にしよう。」
そう呼ぶと、燃え盛る炎の鬣(たてがみ)をさせた一角の白馬・・・ギャロップは、一声嘶きくるりと走行進路を時臣の方へと向け直す。そして、リズミカルな馬蹄の音を立てながら此方へ駆け寄り、先程キュウコンがしたように自らの顔を時臣に寄せてきた。
よしよし、と、呼びかけに応じた相棒を、時臣は慈しむような声で宥めながらそっと撫でる。
このギャロップは、時臣が幼少の頃より交流してきた正にパートナーと言えるポケモンだ。
まだ当時はポニータだった彼を初めて父よりポケモンを授かった10歳の日から、片時も離れず、それこそ苦楽を共にしてきた仲間。
時に厳しい修行を積み、時に心を許しあい遊び、その長い年月の間で2人の間に築かれた絆は一概に言い表せぬものである。
キュウコンの方はと言うと、やはり時臣がまだ今より幾分か若く、ジムを継ぐよりもずっとずっと以前の頃に、ロコンとして出逢ったものだ。彼女もまた、ギャロップと同じように多くの困難を共に潜り抜けた、時臣にとっては無くてはならない仲間と言っていいであろう。
ギャロップは、時臣の膝の上で眠るキュウコンに気付くと、優しく鼻面でその横顔を押し上げ、眠りの底から呼び覚ます。
このままでは主が困るぞ、とでも言っているのだろうか。
その呼びかけに応えるように、ほどなくして目覚めたキュウコンは、自分に寄せられていたギャロップの顔に、寝起きの挨拶をするようにそっと鼻を当てた。
時臣の幼少から常に傍らで過ごしてくれていたこの2体は、実に仲がよくまるで夫婦のようですらある。
そんな仲間らの様子を時臣は実に微笑ましげに眺め、まるで我が子の戯れを見るように青い目を細めて柔らかい笑みを浮かべていた。と、ふと。
「・・・・・・ん?」
時臣は、ある事に気が付いた。
ギャロップに、キュウコン。
彼の仲間であるポケモンは彼等だけではない。
もう1体、日は浅いが彼のパーティーには欠かすことの出来ない仲間がいる。
の、だが・・・どうやらこの近くにはまだ来ていないようだ。
「・・・ブースター?ブースター、何処にいるんだい?」
この場にいない最後の1体の名を呼びながら、時臣は芝生の上で立ち上がる。
それに応じて、ギャロップとキュウコンも辺りを探すように首を高くしてきょろきょろと頭を忙しなく動かし始めた。
その時、がさりと近くの茂みが揺れる。
もしやあの中に・・・?そう思って時臣は一瞬だけ葉の音を鳴らした茂みの一角へと近付く。がさり、がさり。もう二度ほど、茂みが揺れる。
茂みは時臣の腰ほどの高さがあり、小さなポケモンならばそのまますっぽりと身体を隠してしまえそうな奥行きも充分にあった。
そう言えば、さっき放ってやった時あの子は茂みの中を出たり入ったりして遊んでいたっけ。
好奇心旺盛な性格だから、何処か思わぬ所に入ってしまったのかも知れない。
そんな事を考えながら、時臣は茂みの前に片膝をついてしゃがみ込む。
「ブースター?そこにいるのかい?」
茂みの方に呼びかけてみると、再び葉の重なり合ったその場所ががさりと揺れる。
かと思うと、その直後に一際大きく草場が動いて、中からぴょんと大きな塊が飛び出してきた。
おっと、と、時臣は小さく声を上げる。勢いよく飛び出したそれを何とか胸の中で掴まえると、それは、葉っぱや小枝をたっぷり絡ませた体をぷるぷると振り、きゅうっ、と、一声鳴いた。
「・・・おかえり、ブースター。何か面白いものは見つかったかな?」
嗚呼、折角の毛皮を汚してしまって・・・と、時臣は内心苦笑する。
だが、このブースターはまだ他の2体に比べれば子供な方で、おまけになかなかじっとしているのが苦手な性格だ。
こんな風に体を汚して帰ってくるのはこれが初めてではない。
故に此処は目くじらを立てて叱るような真似はせず、時臣はただそう穏やかな口調で問いかけながら、体についた枝の切れ端や小さな葉を除いてやるだけに留めた。
時臣の問いに、ブースターは肯定するような仕種でこくりと頷き、また一声鳴く。そしてたった今自分が現れた茂みの方を向き直ると、まだあどけなさの残る高めの声で、きゅうきゅう、と其方へ声をかけた。
・・・なにか、いるのだろうか?
時臣は首を傾げる。
いや、しかしこの場所はジムの敷地内とは言え、草むらや山の一角とは繋がった区域だ。
野生のポケモンが入ってくることはそう珍しい事象ではない。
それは、勿論このブースターだって解っている事だろうから、取り立てて珍しいものを言うわけでもないのだろうが・・・
しかしこの時のブースターは確かに、何か真新しい物を見つけて興味を惹かれた子供のような表情をしていた。
一体、何が・・・そう思ったその時、茂みが小さく揺れて中からひとつの影が現れた。
小さな小さな、ブースターよりも小さな影。それは、葉を鳴らしながら現れるなり、のそのそとやや緩慢な動きで芝生の上を這い、それから時臣の前ですくりとその身を軽くもたげた。
緑色の体、黄色いちょっと大きめの頭、円らな黒い目に・・・青々とした葉っぱをまるで服のように着込んだポケモン。
体長は一メートルにも満たない。きっと気付かなければ踏みつけてさえしまいそうだ。
・・・と、言うか。
・・・・・・・・・何故?
何故、“その”ポケモンが此処にいるのだろう。
だってこの館には、この敷地内には、絶対、絶対、“それ”は入って来られないように万全の警戒をしていたと言うのに。
なのに・・・何故?
小さな小さなそのポケモンと相対した途端、時臣は動きを止めた。
まるで何かの術にでもかかってしまったかのように、かのポケモンを見詰めたまま硬直して動かない。その青い青い、彼の所有する鉱山で取れるジュエルにも似た青い瞳は限界まで見開かれ、驚愕の様相を呈している。
それでも彼が微動だにしないのは、それが一体何なのかを認知していないから、ではなく、それが何なのかを理解してしまったこその、反応なのであって・・・
「・・・くりゅ?」
可愛らしい、実に可愛らしい声で、そのポケモンは鳴く。
それが、合図だった。
次の瞬間時臣の視界は大きく真上にずれて、目の前のポケモンから頭上高くに広がる蒼穹へ移され・・・そのまま、彼の意識ごとブラックアウトしていった。
***
意識を取り戻した時、最初に時臣の視界に入ったのはあの蒼穹ではなく、見慣れた屋敷の天井だった。
ひんやりと、額に冷たい感触。手をやると指先が微かに濡れる。
どうやら、水を含ませたタオルのようなものが、乗せられているらしい。
一体、誰がこんなことを・・・そう考えていると、うにゃ、と、傍らから声がして二足歩行の黒い猫のようなポケモンが、時臣の顔を覗き込んだ。
この子は・・・マニューラだ。
時臣のポケモンではない。
彼は、時臣の弟子である者が使役するポケモンのうちの1体・・・
「・・・目が覚めましたか、時臣師。」
次いで、マニューラの隣から、今正に連想した“弟子”が顔を見せた。
「・・・・・・・・・綺、礼・・・」
寝起きの、まだ少しぼうっとする頭でその名を呼ぶ。
彼は、言峰綺礼。
トオサカシティからは程近いコトミネシティ出身であり、コトミネジムのジムリーダーである言峰璃正氏の息子である。将来的に、実家であるコトミネジムは彼が継ぐ事になるのであろうが、今は修行という名目の下トオサカジムで時臣を師と仰いでいる・・・のだが、
正直なところ、彼の実力は既に師である時臣でさえも拮抗する程の腕前であり、そろそろ彼も巣立ちの時かも知れないと思っているのは此処だけの話だ。
時臣は、額の濡れタオルを落とさないように押さえながら、ゆっくりとその場で身を起こす。
起きてみて漸く解った事だが、此処はジムの中にある時臣の書斎 兼 執務室で、彼が寝かされていたのは応接の為に使用される長椅子であった。
ご丁寧に、体を冷やさないように毛布までかけられていたのは、きっと綺礼の心遣いだろう。
嬉しい反面、ではつまり自分を此処まで運び、この長椅子に寝かせてくれたのは綺礼なのだろうと思うと、何から気恥ずかしい気持ちになった。
「もう、お加減は宜しいのですか?」
「あ、あぁ・・・すまなかったね・・・ところで、綺礼?私は一体・・・」
「運動場の方が騒がしくなったので気になって見に行ってみたところ・・・倒れていた師を見つけ、私が此処までお連れしました。」
嗚呼、やっぱりか・・・
そう心の中でごちて時臣は深く息を吐いた。
恐らく、騒がしくなった原因は時臣のポケモンたちだ。
突然主が意識を失って倒れれば、それはポケモンでなくても驚くには違いないだろう。
予想はしていたが、やはり真実を知ると恥ずかしいものは恥ずかしい。
いい歳をした大の男が、庭で卒倒した挙げ句に弟子によって運ばれるだなんて。
しかし、まぁ・・・あのまま気絶したままで館の使用人や家族に見つけられ騒がれることの方が、余程恥ずかしい思いをしたには違いないから、まだましな方なのかも知れない。それにきっと綺礼以外の人間なら、騒ぐだけ騒いでから、時臣が目を覚ますなりこう聞いてくるに違いのないのだから。
「ところで・・・師よ、一体どうされたのですか?あの様な場所で。」
と。
・・・って、それはどうやら綺礼も同様だったようだ。
結局のところ、辿る道は同じなのか・・・
時臣は目元を手で隠すように俯きながら、必死に何かの言い訳を考えるように低く唸る。
「い、いや、その・・・あれは・・・」
「その理由は、“コレ”に在るのではないか?時臣?」
困ったように笑いながら時臣が何とかその問いをかわそうとしていた、その時。
不意に別の人物の声が場を遮り響いた。
綺礼ともども時臣が目をやると、其処にはたった今入ってきたばかりの新しい人物が立っている。ギルガメッシュ、時臣らは彼をそう呼ぶ。
キュウコンの毛皮にも劣らぬ黄金の頭髪に、ブースターの炎を思わせる紅の瞳、そしてギャロップの鍛えられた足にも劣らぬしなやかで強靱な体つきをした、まるで太古の芸術品たる彫刻が命を持ってそのまま動きだしたかのような、美男子。
見る者全てがその姿に言葉を失い、動きを止め、彼の眼前に平伏す事を強いられるのではないかと思うほどに圧倒的な美貌とカリスマ性を備えた彼は、時臣の家の食客であった。
「王よ・・・いつから其方に?」
時臣は、ギルガメッシュが部屋に訪れたと知るや否や、毛布を剥ぎ長椅子からすくりと立ち上がる。
そしてそのまま、胸の前に手をやり恭しく礼を捧げようかと思っていた、その矢先。彼の腕の中に抱かれたとあるポケモンの姿を認めて、時臣の動きはまたしても硬直した。
ギルガメッシュが腕に抱いていたのは、小さな芋虫のようなポケモン。
青々とした葉を御包みのように纏い、まるで人間の赤ん坊にも似た姿をしているその子は、くりゅくりゅ、とギルガメッシュの指先で頭を撫でられて嬉しそうに鳴いていた。
「それは・・・クルミル?」
「あぁ、運動場の隅で見つけた・・・この場所に虫種族が入ってくるとは、実に珍しい。」
のう、時臣?と、ギルガメッシュは腕の中のクルミルから視線を上げ、ちらりと時臣の方を見た。
炎のように紅い、いや、炎よりも赤くて紅い真紅の眸が、じっと時臣の方を見詰める。
その口元は歪むように笑まれ、まるで何か面白い遊びを思いついた子供のように楽しげであった。・・・但し、それは面白い遊びであると同時に、きっと“悪だくみ”と呼ばれるものだったに違いないけれど。
「・・・・・・・・・わ、我が、王よ・・・その・・・・・・申し訳ないのですが、出来れば・・・そのポケモンを、今すぐ、早急に、迅速に、私の部屋から連れ出しては貰えませんか・・・?」
数秒ほどして、漸く時臣はなんとか我を取り戻した。
が、その動きは決して機敏なものでも、穏便なものでも、ましてやいつも彼が心がけている優雅なものでもなく、明らかな逃げ腰になりながらの後退り・・・しかも、そのままさっきまで自分の寝ていた長椅子の後ろに身を隠そうとすらする、実に無様なものであった。
そんな時臣の様子に、ギルガメッシュは心底楽しげに頤を放つ。
「ははははっ!どうした、時臣?何を恐れていると言うのだ?こやつはまだまだ小さい、ただの幼生だぞ?」
言いながらギルガメッシュは、あろう事かクルミルを抱いたままずかずかと部屋の真中へ進み出た。
すると、それを明らかに避けるように、遠ざかるように時臣は長椅子の後ろから壁に詰められた本棚まで一気に後退する。
「お、王っ・・・お戯れになるのなら、その、どうかこの部屋の外で・・・!」
「何だ?貴様も一緒に興じないのか?ほれ、こやつは貴様と遊びたそうではないか?」
「いえっ!わ、私は・・・謹んで遠慮させて戴きます・・・!」
「そう寂しい事を言うな。こやつが可哀想ではないか・・・なぁ?」
くりゅう、と小さく鳴いて首を傾げるそのポケモンと目が合った瞬間、ひっ、と、時臣の喉から引き攣ったような悲鳴が微かに漏れた。普段の優美で風雅な様子は何処へやら。
家訓である“優雅”さを微塵も感じさせないその表情は、いじめっ子に追い詰められた気弱な子供のそれに他ならない。
「王!!そ、それ以上は・・・どうか・・・」
「なんだ?きちんと言わねば解らんぞ・・・時臣ィ?」
じりじりと、本棚に阻まれて逃げ場を失った時臣にギルガメッシュは近付く。
腕の中のクルミルを、わざと時臣の方に向けるような仕種で。
時臣は壁伝いに何とか逃げ回ってはいたが、とうとう部屋の隅にある壁と本棚の角にまで追い詰められると、もうこれ以上は後退も出来ないと分かっていつつ、それでも必死に逃げ場を求めて背中を限界まで角に押し込めていた。
結局それは単なる徒労でしかなく、彼の動きで幾つかの本がばらばらと床に落ちただけであるが。
「・・・・・・なるほど、そういう事でしたか。」
そこに、今まで黙っていた綺礼の呟きが割り込む。
「つまり時臣師が運動場で卒倒なさっていた原因は・・・“ソレ”なのですね?」
そう言うと、ギルガメッシュは実に楽しげな笑顔を綺礼に向ける。
時臣はと言えば、本棚の下で床にへたり込みながら、半分泣きそうな顔で綺礼に何かを訴えるような視線を向けていた。
そう。
何を隠そう、彼、遠坂時臣は・・・虫ポケモンが、大、大、大、大、大嫌いなのだ。
先程、クルミルに相対した瞬間に硬直し、倒れた理由もそれに他ならない。
勿論、人間には誰しも苦手なものはあるし、ポケモンのタイプの関係で考えても本能的に嫌だと思うポケモンは少なからず存在するであろう。しかし大の男が、しかも仮にもジムリーダーともあろう者が、此処まで恐れ、怯え、あまつさえ失神するほどの対象だというのは、少々問題ありと言わざる得ない。
何しろ、彼がこうして今、炎ポケモン使いのジムリーダーとして名を馳せている理由も、もとを辿ればその大嫌いな虫ポケモンから逃げる為だと言うのだ。
炎ポケモンを主体に置いたジムならば、わざわざ相性的に不利な虫ポケモンで挑んでくる愚か者はそうそう居まいと、そう踏んだ上での結論。
現に、彼がジムリーダーに就任しての数年間、彼は一度も虫ポケモンを使ってくるトレーナーと顔を合わせた事はなかったらしい。
「ふふん、やはりそうか・・・こんな小さな幼生にそこまで臆するとは、時臣・・・今の貴様、優雅とは程遠いぞ?」
心底意地の悪い笑みを浮かべながら、ギルガメッシュは見せつけるように抱き上げているクルミルをあやす。
顎の下を指で優しくなでてやれば、クルミルは心地よさそうに声を上げてころころと腕の中でじゃれ転がった。
その仕種は実に愛らしく、女子供ならば「可愛い」と黄色い声を上げて一瞬にして群がってくる程度ではあろう。
けれども、そんな愛くるしい様子さえ時臣には、まるで得体の知れない生物がのたうち蠢いているようにでも見えているかのようで、覆い庇うように腕で顔を隠したまま彼はその場から一歩たりとも動こうとはしなかった。
ギルガメッシュに指摘された『優雅さとは程遠い』の一言にさえ反応出来ない辺り、ひょっとしたら相当かも知れない。
「・・・・・・ギルガメッシュ、それくらいにしてやれ。あまり師を、いじめてくれるな。」
見兼ねた綺礼が溜息混じりにギルガメッシュを軽く諫める。
すると、ギルガメッシュは少しばかりつまらなさそうに唇を尖らせながらも、渋々クルミルを抱いたまま時臣の傍から踵を返した。
ようやく、ほんの少しではあるが拷責めいた苛めから開放された時臣は、ほっと胸を撫で下ろしてその場から立ち上がる。
・・・と、そのタイミングを見事に見計らったギルガメッシュは、いきなり時臣の眼前にクルミルをぐいっと差し出して見せた。
「ほれっ!」
「っ!!うわっ!?」
心の張り詰めた緊張が解きほぐされた瞬間の、容赦ない追い討ち。
威かし方の技術で言えば、きっとこれ以上にない効果的な方法であろう。現に時臣は、悲鳴を抑える暇さえなくそのままさっきまで蹲っていた壁の隅に腰から滑り落ちて完全に尻餅をついてしまう。
咄嗟に体を支えようとして伸ばした手は本棚の端を掠めただけで虚しく空を切り、代わりにまたばさばさと、幾つかの本が時臣の頭上から床へと無惨に散らばった。
強か腰を床に打ち付けて、且つ、頭にも数冊本の角をぶつけられて、時臣はあちこちに走る痛みに耐えるようにぐっと目を瞑り呻く。
そんな彼の様子を、ギルガメッシュはクルミルを再び腕に抱きながらさも可笑しそうに呵々大笑した。
・・・恐らく、ギルガメッシュに悪意はない。
これは所謂、幼少の子供が好きな女の子の気を惹きたいが為にわざと意地悪をしているような感覚なのだ。それが果たして好意として相手に伝わっているかどうかはまた別として。
綺礼は、どう見ても子供の悪ふざけとしか思えないようなギルガメッシュの行動に再び溜息を吐きつつ、床に座り込んだままの時臣へそっと手を差し伸べてやる。
少々ばつが悪そうな表情ではあったが、時臣はその手を取り何とか今度こそその場にしっかりと立ち上がった。
「・・・ところで、師よ。そのクルミルなのですが・・・」
ひとまず落ち着いて会話が出来るような空気になったところで、綺礼は本題とばかりに口を開く。
「調べてみたところ、どうやら既に人の手に渡ったポケモンだったようです。」
「・・・と言うことは、誰かトレーナーがいるのかい?」
「えぇ、それで、IDを検索して調べてみたところ・・・登録先は、マトウシティのマトウジム、となっていました。」
時臣は先程まで横たわっていた長椅子に腰をかけながら、弟子の言葉を聞く。
そして、綺礼の口からそう告げられると、軽く目を剥き驚いたような表情をさせた。
「では、この子は・・・雁夜の?」
そう言うと綺礼は、はい、とだけ短く答えて頷いた。
マトウシティは、トオサカシティと同じくジムを構えた大きな街である。
其処の現ジムリーダーである間桐雁夜は、“白皙の蟲使い”と呼ばれる虫ポケモン使い。
おまけにジム兼自宅の庭には、大量の虫ポケモンを飼っているという、大の虫ポケモン好きであった。
雁夜の家の子か・・・と、そう知った瞬間時臣は憂鬱極まりない表情で深く頭を垂らす。
彼とは、幼少時代・・・それこそポケモンを持つ事が許される十歳になる以前からの付き合いで、共にトレーナーズスクールで学んだ知己の仲だ。互いに、ジムリーダーの職を継いで依頼、会合など以外ではめっきり顔を合わせる機会も減っていたが、それでも時折連絡を取り合っては他愛もない世間話に興じる程度には良好な関係と言えるだろう。
無論、時臣が虫ポケモン嫌いだからと言って、雁夜が嫌がらせの為にこのクルミルを此処まで差し向けたわけではない事くらいは分かっている。
分かってはいるの、だが・・・どうしてマトウシティからかなり離れた場所である筈のトオサカジムに雁夜のポケモンがいるのか、また、この子を如何にして雁夜の手元に返すべきか。
それを考えるだけで、時臣は眩暈がしそうなほどの憂鬱に囚われるのである。
「マトウシティか・・・此処から随分と離れておるが、こんな幼生がそんな場所からどうやって此処まで来たと言うのだ?」
「その理由は・・・恐らくこれだろう。」
ギルガメッシュの問いに、綺礼は小さな木の実を取り出して応接用の机に置いて見せた。
黄色く固い皮で覆われたそれを、クルミルはその黒々とした目で認めるなり一声、何かを訴えるように鳴いて聞かせる。
その声に、微かに時臣の肩が戦慄いたのは、多分気の所為ではないだろう。
「・・・?なんだ、その小汚い木の実は・・・」
「師が倒れていた茂みの中に落ちていたものだ・・・オボンの実、だろうな。」
綺礼が淡々と答える横で、クルミルはギルガメッシュの腕の中微かに暴れるような動きを見せる。
どうやら、机の上の木の実が気になるようだ。
ギルガメッシュは、余り得心のいかない表情をさせながら、それでもクルミルの望む通りその小さな体を机の上に下ろしてやる。すると、クルミルは小さなオボンの実に向かって一目散に駆け寄り(と言っても、非常に緩慢な動きではあったが)、自らの頭より小さなその実を愛しそうに頬ずりした。
「・・・オボンの実、か・・・」
時臣が呟く。
「そう言えば雁夜は、よくオボンの実のジュースを飲んでいたね・・・」
「はい。」
その呟きに、綺礼は肯定するよう短く相槌を打った。
小さな実の中に多くの栄養成分が凝縮されたこの木の実は、ポケモンの滋養強壮に効き簡易的な回復薬として有名だ。
そしてその栄養は、人間にもまた非常に有効な効果をもたらすのである。
数年前より、隔世遺伝によるの病に苦しんでいた雁夜は、自宅の庭に栽培されていたオボンの実を搾ったジュースを好むようになっていた。特に最近は、体調の芳しくない朝などに飲む事が多いと、少し前に語っていたと思う。
つまりこのクルミルは、今朝も主人の体調が思わしくなかったのを見て、普段から彼のやっているようにオボンの実のジュースを作ってやろうとしていたらしい。
何とも主人想いのポケモンだ。
「では・・・この子はこの実を求めて、此処へ?」
しかし、オボンの実はマトウジムにも充分過ぎるほど実っている。
わざわざ時臣のジムまで遙々やってくるまでもないのは、自明の理だ。
「いえ、恐らく・・・此処まで来てしまったのは想定外の事態だったのでしょう。」
「想定外、だと?」
「あぁ。」
時臣とギルガメッシュ、二人から成される交互の問いにそつなく答えながら、綺礼はそっと机に乗せられたオボンの実をひっくり返す。すると其処には、痛々しいと言っても過言ではないような、深々とした爪痕がくっきりと刻みつけられていた。
大きさからして、かなり巨大なポケモンによるものだろう。
皮が削ぎ取られ、果肉がほんの少しだが覗いている。
その隙間から、ふわりとほのかにあらゆる味の詰まったオボンの実特有なえもいわれぬ芳香が漂った。
「これは・・・」
「鳥ポケモンの一種、でしょうね。木の実を好むのは何もトレーナーに飼育されたポケモンだけではありませんから。」
マトウジムでも、栽培している木の実がしょっちゅう野生のポケモンに食われるというのはよくある事らしい。
最も、当の本人は「ポケモンに食われるのは美味しい証拠だ」と言って逆に嬉しそうにしていたのだが。つまり、これまでの話を総合すると・・・
「雁夜の為にオボンの実を採りに行ったところ、大型の鳥ポケモンに木の実を横取りされそうになり・・・」
「それを逃すまいと、木の実にしがみついたまま・・・マトウシティから此処まで飛んできた、ということか?」
「俄には信じ難い話ですが、一応筋は通るかと。」
確かに、真面目に考えるのが少々滑稽なほど突飛な発想の話だ。
だがしかし、ポケモンの力を侮ってはならない、というのはポケモントレーナーなら誰しも知っている常識。
たかだ幼虫のポケモンとは言っても、その気になれば遠く離れた街から街まで、身ひとつで木の実にぶらさがったまま飛んでくる事も、ひょっとしたら可能なのかも知れない。「“いとをはく”の技を使えるのだとしたら、考えられない話ではない、か・・・」
幼虫型のポケモンならば、かなりの確率で粘着性の糸を吐き出す技を会得している筈だ。
それを利用すれば、木の実と自分を繋げたままで長時間耐える事も不可能ではない。
何にしても、やはりポケモンの力は偉大にして未知数である、という事か。
「なるほど・・・貴様、そのように小さな形(なり)でなかなかどうして気概があるではないか・・・褒めて遣わすぞ?」
そう言うとギルガメッシュは、机の傍に膝をついてクルミルの頭をまた指で撫でてやる。
クルミルは嬉しそうに目を細めながら、その指の感触を楽むよう一声鳴いた。
「まぁ、何はともあれ・・・この子を雁夜の家に帰してあげなくてはならないね・・・」そんなギルガメッシュから、ちょっとだけ離れようと長椅子の端へ体をじりじり移動させつつ、時臣は目を泳がす。
「綺礼・・・すまないが、すぐにマトウシティへ向かって・・・」
「師よ、大変申し訳ないのですが、実は私にも今日は外せない用事がありまして。」
時臣が言うよりも早く、綺礼は半ばその言葉を遮るようにして深々と頭を下げた。
えっ、と、途中で言葉を自ら句切り、時臣は綺礼の方に顔を向ける。
「本日はコトミネシティの教会で大規模な華燭の典が執り行われるそうなので、私にも手伝いをして欲しい、と、先程父上から要請があったのです。」
綺礼の実家であるコトミネジムは、ジムリーダー業の傍ら教会の仕事も請け負っている。トオサカジムが鉱山の管理をしているのと、丁度同じだ。
特にあの教会は、フユキ地方を代表するひとつの名所ともなっている場所なので、其処で婚礼をしたいというカップルが年間何百組も、この地の内から外から訪れるのである。
それでも、大抵の式は彼の父である璃正氏と門下生だけで取り仕切る事も出来るが、たまにある大規模な婚礼の儀ともなると、息子である綺礼が駆り出される事もそう珍しくはないのであった。
しかしながら・・・まさかよりによってそれが“今”に当たるだなんて・・・
そうこうしている間に、綺礼の足元でマニューラが服の裾を引いて促すような仕種をしている。
どうやら、本当に時間が差し迫っているらしい。
「そ、そうか・・・そういう事なら・・・仕方がないね・・・」
一応納得したようにそう返しつつも、時臣は内心動揺拭いきれなかった。
折角、綺礼の持っている飛行ポケモンを使って早急にクルミルをマトウジムに返してやれると思っていたのに・・・(時臣は飛行ポケモンを持っていないのだ)
今日中に返せないとなると、少なくとも本日一杯はこの子をこのトオサカジムで預かってやらなくてはならなくなる。
ただでさえ虫ポケモンが大嫌いだと言うのに、そんな虫ポケモンと一つ屋根の下で一晩を過ごす・・・?
考えただけで、そのままもう一度卒倒してしまいそうな事態である。
思わず深々と湿った溜息が漏れるのを抑えられない。
すると、そんな時臣の様子を見ていたギルガメッシュが、クルミルをまた抱き上げてやりながら口を開いた。
「・・・なんだ時臣、水臭いぞ。そのくらいの些末な雑事、我の力を使えばどうということはなかろう。」
「・・・・・・・・・・・・えっ?」
一瞬、間があった。
それはその言葉の意味を時臣が完全に理解するまでに要した時間。
だがまぁ、一概に不要な時間だったと言えなくもなかろう。
何故なら、ギルガメッシュがわざわざ自ら進言してくるだなんて、思ってもみなかったのだから。
「お、王・・・?それは、どういう意味ですか?」
「分からん奴だな。我が行ってやる、と言って居るのだ・・・カリヤのところまで、こいつを連れてな。」
そう言うとギルガメッシュは、腕の中のクルミルをひょい、と軽く持ち上げて見せる。
クルミルは、ただ無邪気な表情でオボンの実を握りしめ、くりゅくりゅと鳴いていた。その腕に抱く人物が、一体どれだけ尊ぶべき“王”であるかも知らずに。
「我の翼を使えば、マトウシティもそう遠くはあるまい?」
ニッ、と口端を上げて笑うギルガメッシュに、時臣は何も言い返せなかった。
確かに、それは願ったり叶ったりなのだが、かの神々しい“翼”をこのような使いに出すにはやはり・・・少しばかり気が咎めたのである。
実を言うと、ギルガメッシュは人間ではない。
見てくれは確かに人間そのものである、が、彼の真の姿は紛れもなく・・・ポケモンだ。
このフユキの地には、他の地方とは違う旧き風習が未だに息づいている。
それは、八カ所の街を統治しその治安維持を義務とするジムリーダーにのみ伝わる、古の儀式。彼等は、新しくジムリーダーに就任すると、特殊な魔法陣により太古の伝承にのみ残された伝説のポケモンの召喚を行う。
そして、召喚に応じた伝説のポケモン達を奉り、人間の姿を与えた後に従えさせ、その地の守護獣として迎え入れるのである。
この儀式は、トオサカジムを初め、フユキ地方の古豪ジムでもあるアインツベルンジムやマトウジムで、その発祥当初より行われていた秘術で、現在でも尚続くフユキ地方独特のものであった。
これらの風習により、フユキ地方は他のどの地域よりも治安が安定し、今なお非常に平穏な暮らしを約束されている。
今でこそ、他の地方ではロケット団やアクア団・マグマ団、ギンガ団にプラズマ団など、多くのポケモンマフィアや悪徳秘密結社が暗躍し、その人災を振りまいているが、そんな中でこんなにもフユキの地が平和で居られるのは、間違いなくこの守護獣とジムリーダー達のお陰であろう。 そして、ギルガメッシュもまたその守護獣の一人。
時臣がジムを継いだ直後に召喚した、太古の伝承に残る伝説のポケモンであった。
その雷は肥沃な大地を一瞬にして焼き尽くし、その翼は広大な海原を瞬時に渡る。
此処より遥か遠くイッシュの地において、理想を掲げた一人の王子と共に闘い、“英雄”を導いたという伝説を彼の地に残した、二対の竜のうちの片割れ。
刻印ポケモン ゼクロム、それがギルガメッシュの正体だ。
しかも、ただのゼクロムではない。
太古の偉業を讃えられた彼は、その姿を漆黒から輝かんばかりの黄金へと塗り替えた。
世にも珍しい、色違いのゼクロムなのである。
確かに、伝承にあるゼクロムの翼ならば、此処からマトウシティへの道程など瞬きも同然。普通の飛行ポケモンで行くよりも、余程簡単な仕事と言えるだろう。
まさか、かの伝説のポケモンにこんな子供のお使いのようなことをさせるわけにもいかないが・・・今夜一晩虫ポケモンの世話をするのとどちらがいいかと考えれば、背に腹は替えられないだろう。
何しろ、どうした事かギルガメッシュ本人が乗り気なのだ。
気の変わらないうちに話を進めた方がいい。
「・・・分かりました。それでは王・・・」
「あぁ、だが・・・行くのは我一人ではないぞ?」
と、その時。
時臣の言葉を遮ってギルガメッシュは更に切り出す。
へっ?と、思わず間の抜けた声が出る。
何を言い出すのかと時臣は、顔をきょとんとさせたままギルガメッシュを見詰めた。「我の本来の体は余りにも巨大だ。故に、このような短小なる体躯の幼生では我の背に乗るには耐え切れまい。」
言われてみると、ゼクロムの大きな体に小さなクルミルが乗るのは空気の抵抗などを考えても少々無理があるような気がする。
・・・いや、此処に来るまでそうしたように“いとをはく”の技で体を固定すればいいのでは?
そんな考えも頭を過ぎったが、それは口にするまでもなく暗黙の内に却下されていた。
王たる我の神々しき翼を虫の吐き出した汚穢で穢すつもりか、などと言われる様がありありと目に浮かんでしまう。
「・・・と、言うことは・・・」
「だから、“誰か”がこいつを吹き飛んでしまわぬように、しっかりと抱きかかえてやる必要があるよなぁ・・・“時臣ィ”・・・?」
底意地の悪い、歪んだ笑みの唇が上下に薄く割れる。
嫌な予感が、した。
否、本当はもうとうの昔からその予感は脳裏にちらついていたのだ。
決して、目を向けないようにしていただけで。
「そういうわけだから、こいつの事は頼むぞ?時臣?」
やけに楽しげな表情を見せたまま、ギルガメッシュは腕の中のクルミルをぐいっと時臣の方に差し出す。
何も知らないクルミルが、くりゅう!と、一声鳴いた。
嗚呼、なんという悪夢。
時臣の顔は早くも青ざめ、口元には取り繕う笑みさえも浮かんではいなかった。
***
黄金の翼が蒼穹を駆ける。
雷雲に紛れ、その身から雷電を放つと言われるかの竜は、その本来の黒々とした体躯を今では輝く金に塗り替え、まるで太陽そのものが天を馳せるように雲の中で飛翔していた。その姿は、稲妻をもたらす黒雲と言うよりは、吉兆の証である瑞雲のよう。
現に、天翔る黄金の竜の姿を目撃した下々の村の住人の中には、余りに神々しい姿を心底有り難がり、縁起の良いものを見たと両手を合わせる者もいたほどだ。
しかしながら、それは遠く離れた場所から眺める分にはさぞかし美しく、尊い姿であったとしても、当人達からしてみればその素晴らしさは残念ながら半分も実感出来ていないのが実情であった。
黄金の翼をはためかせ、風を切りながら空を疾駆するその巨大な背に、なんとか片腕でしがみつく事で時臣は我を保っていた。
でなくては、いつまた意識を失ってしまうか分からない。
それほどまでの酷い緊張感と、心地の悪い不快感を腕に抱きかかえながら、彼はこの長くとも短い旅路に臨まねばならなかったのである。『どうだ、王たる我の背から見下ろす大地は?』
頭の中に響くような声が聞こえる。
それは紛れもなく、本来の姿を取り戻したギルガメッシュが、背にいる二人に語りかける声であった。
『さぞかし絶景であろう、これが王の視る風景というものだ。今日のところは、特別に貴様らにも拝ませてやろう。貴様のような雑種とたかだか雑兵の幼生に見せてくれてやるのは、他ならぬ我の慈悲の心によるものだぞ、存分に感謝するがよい。』
そう言いながら、紅い睛を動かして背の方に向ける。
本来なら、その場で恭しく礼をして返さねばならぬところだが、今はどうにも手が塞がっていてそれどころではない。
そして腕の中にいるもう一人の旅客はと言うと、ひたすら眼下を流れる広大な大地と森と砂地と・・・という大自然が作り出した天然のジオラマを前に、キャッキャッと嬉しそうな声を上げながら無邪気に笑っていた。
「・・・・・・・・・すまないのだけれど・・・」
此方の気も知らないで明朗に振る舞い続けるその子供に、時臣は弱々しく声をかける。
「出来れば・・・あまり動かないで貰えない、かな・・・?」
彼の顔は腕の中の楽しげな表情とは対象的に、真っ青であった。
それはもう、比喩表現ではなく死にそうなほどに。
自分にとって、これ以上ないほどの嫌悪と、恐怖の対象。
それを自らの腕の中に抱きしめ続けていなければならないその苦痛を、読者の皆様もどうか想像してあげて欲しい。
例えば、カタツムリを苦手とする人間が、体長30センチもある巨大なカタツムリを抱き上げなければならない状況になったとしたら、どうするだろう。
無論その場には絶対に居たくない、そんな任は絶対に請け負いたくない、と抵抗しあまつさえ逃げ出すかも知れない。それが出来ないような場面であったとしても、どうにかして逃げ道を探ろうとする筈だ。
だが残念ながら、時臣にはそれが出来る暇さえなかった。
あれよあれよという間に話が固まってしまった彼は、結局、自分が最も嫌悪し恐れるその対象を、王が命じるままに抱き上げるしかなかったのである。
それでも、姿を見ただけで卒倒してしまうような彼が、何とか飛行の際の向かい風にも負けずに、落下などさせないよう支えてやっているのだから、よくやっているとは思わないだろうか。
いや寧ろ、その気概は賞賛にすら値するほどではないかと思う。
彼が普段から自戒として心がけている“優雅さ”からは、やや遠いような気もするが、理性を保ちなんとか表面を取り繕おうとしている様子が伺い知れるだけ、その心掟の頑強なるを知るには大いに足るものだった。 くりゅう?と、小首を傾げて問いかけるようにクルミルは時臣の方を見上げる。
が、時臣はそんな相手の目から必死に自分の双眸を逸らすよう、顔を背けて明後日の方を向いてしまう。
断固としてその声には応えないぞと、頑固なまでの意思がそこにはあった。
やはり、何とか忍耐強く堪えてはいるものの、直接的にその生物と接触するのは避けたいらしい。それが例え視線であったとしても。
ただでさえ、彼は今服越しに伝わってくる、やけに柔らかい肢体や、僅かに動くだけで腕の中に蠢く小さく短い足の触手に耐えているのだ。
腕の中にある生暖かいものが、ぶにぶにと、いや、ぶよぶよとした何とも言い難い感触で動き、触覚を蹂躙してゆく気配に全身が総毛立つ。普段から、ただならぬ苦手意識を持っているそれに、ほんの少し触れられただけでもそれは彼にとってとんでもない大業だというのに、この上それをしっかと抱き締めたまま空中散歩をさせられるだなんて、はっきり言って拷問である。
くりゅ、と、今度は少し悲しげな様子で腕の中から訴える鳴き声が聞こえる。
が、それにも時臣は応じようとはしなかった。
出来ることなら、余り関わりたくはなかったのだ。
その姿を真正面から見て、今なんとかぎりぎりの所で保っている理性が吹っ飛んでしまうような事になるのだけは、避けたかったのだから。
『・・・ところで、時臣よ。』
ギルガメッシュが、時臣に再び交信を求めてきたのは、前方に一際大きな山が見えてきた頃合いであった。あれは、セイハイ山。フユキ地方の中央に高々と聳える山で、麓に豊かな緑を湛えた野生のポケモン達の住み処。
で、あると同時に、その奥底に煮え立つマグマを隠した休火山でもある。
セイハイ山を挟んで、丁度トオサカシティとマトウシティは対局側に存在していた。
あの山を越えて直接それぞれの街に向かいのは少々骨が折れるため、多くの人々はポケモンで山の上を越えてゆくか、或いは舗装された道路をぐるりと廻り、他の街や村を経由してから訪れる場合が殆どだ。
「・・・は、はい。お呼びですか、王よ。」
渓流のような速さで眼下を過ぎってゆくセイハイ山の緑の裾野から視線を上げ、時臣はギルガメッシュの方へ向き直った。
竜に姿を変えても尚、変わらぬその真紅の深い輝きが、時臣の顔を僅かに映し出す。
『貴様は、何故そこまで我が同胞の虫種族を嫌うのだ?仮にもこのフユキの地の一区画を領土とする領主ともあろう者が、ましてや我や我の同胞達を従えるマスターたる貴様が或るひとつの種族をそこまで嫌悪するのには、何か理由があるのではないか?』
そう問われると、時臣は一瞬強く唇を噛み、そのまま押し黙った。
王の問いは絶対だ。沈黙という答えは有り得ない。
そんな事は彼だって重々承知の上だろう。
だがそれでも、彼はまるでそれが口にしてはならぬ忌み名であるかのように、強く口を引き締めて言葉を話さぬように唇を閉ざした。
『・・・・・・時臣』
促すような、と言うよりは、より強く念を押して命じるように威圧的な声で、ギルガメッシュは再度時臣の名を呼ぶ。耳にではなく、脳に直接響くその荘厳たる声を感じ、時臣は遂に諦めたように重い口を開いた。
「・・・・・・まだ、私が父からポケモンを授かるより以前の話です。当時の私は、よく間桐の家におとない、あの庭で虫ポケモンや雁夜達と遊んで居りました・・・」
当時は、雁夜も病を患っているなどその片鱗も見せず、無論時臣も虫ポケモンを恐れるような事はなかった。
二人にとってマトウジムの庭は最高の遊び場であり、当時のジムリーダーであった二人の親も、子供達の情操教育にとその遊びを推奨してくれている節があった。
幼い子供が、自分のポケモンも持たぬうちからポケモンに触れるのは、ひょっとしなくても危険なことだ。
だが、其処はジムの敷地内にある区域で、言ってしまえば其処にいるポケモンは全てジムに登録されたもの達であるのだから、そんなに危険な事は起こるまいと、誰もが暗愚に安心しきっていたのかも知れない。 その日時臣は、雁夜と広い庭の散策をしていた。
それ自体は普段から二人のしていた遊びの一環であって、取り立てて椿事というほどの事もない。
しかし、その日は少々勝手が違った。散策中子供らは、何がどうあったのかはよく覚えていないが二人ばらばらになり、森に迷い込んでしまった。
前日から立ちこめていた深い霧の所為もあったのかも知れない。気が付くと時臣少年は、今まで来た事もないほどの奥地へ、たった一人で足を踏み入れてしまっていた。
少年は、突然不安に駆られその場を去ろうとする。
ところが霧の中を手探りにやってきた彼には、一体どちらが帰るべき道なのか、それすらも分からなくなっていた。
正に五里霧中。行くも帰るも出来ぬまま、少年はただ立ち尽くすしかない。そんな時、少年は出会ってしまったのだ。忘れもしない、あの恐ろしい相手に。
茂みを掻き分け彼の前に現れたのは、体長2メートルはあろうかという毒蜘蛛のポケモン、アリアドスの大群だった。
その総勢たるや、恐怖というものが姿を持って存在するのであれば、今正に視ているそれこそが間違いなく“恐怖”そのものだろうと思うほどの大群であった。
アリアドスは、一体何を思っていたのか分からない。
縄張りを荒らされて憤怒したのか、はたまた産卵期が近く気が立っていたのか、そんな事はまだ幼い少年には想像もつかない事象だった。
とにかく彼にとっては、その時の光景が後々の悪夢となって思い出されるまで深く深く刻意されたなど、言うまでもない。それ以来、時臣の中では完全に虫ポケモンは恐ろしいものとして刷り込まれてしまい、今に至るのだ。
よもやその対象が、巨大な成虫のポケモンのみならず、クルミルのような小さな幼生にまで及ぶとは、本人でさえ思いもしなかったに違いないが。
「その時は、雁夜の乃父である前ジムリーダーが助けに入ってくれたので、事なきを得ましたけどね・・・」
語りながら、当時の事を思い出したのか時臣はやや葡萄茶色になった唇を震わせて、そう締め括った。
言葉を全て黙して聞き、ギルガメッシュはまたちらりと真紅の中に宿る黒い眸を動かすと再び時臣の方を見る。
『・・・・・・時臣よ』
「・・・・・・はい。」
『念のために言っておくが・・・アリアドス身の丈は精々1メートル弱程度、の筈だぞ?』時臣は2メートルと語ったが、それはどう考えても栄養過多の域である。
「いいえ!それくらいはありました、絶対に!」
『そ、それにだな・・・大群と言っても、アリアドスが作る集落は精々5匹程度・・・』
「いいえ!少なくとも20匹はいました、間違いありません!!」
『・・・・・・・・・』
・・・まぁ、記憶というのは得てして誇張されたり美化されたりが常だ。
それが遠い昔の追憶であるのならば、尚のこと。
もしかすると幼少の彼が見たには、少しばかり大きなアリアドスがほんの数匹と、後は進化前のイトマルがちらほらと居た程度の光景だったのかも知れないが・・・
それは訂正してやっても、彼の性格上頑として受け入れる事はないだろう(時臣は妙なところで頑固な性格だ)。問題は其処ではない。子供の頃に経験した世にも恐ろしい体験の所為で、今の彼の極度なまでの虫ポケモン恐怖症があるのだから、それが知れただけでも何とか口を割らせた甲斐はあるというものだ。
ただ、まぁ・・・思った以上に“よくある”、“普通の”話ではあったが。
「とにかく、あれ以来もう虫ポケモンは目視するだけでも耐えられなくなってしまって・・・」
『それが親友のポケモンであってもか?』
「えぇ、雁夜には申し訳ないですが、出来るだけ私に会う時はポケモンは出さないでくれと頼んでいます。雁夜は、何度となく私のこの偏頗を正そうとしてくれてはいますが、どうあっても私は・・・虫ポケモンを好きになる事など決して・・・」『時臣。』
と、ふと。
言いかけた時臣の言葉を、ギルガメッシュは軽く諫めるように遮った。
はた、と、時臣は我に返ったように声をかけた相手を見る。
その真紅の眸は、相変わらず一点の曇りもない。
『時臣・・・貴様が我が同胞のどの種族を好み、どの種族を好まざろうが、それは貴様の心の内の事だ、我に口出しをする権利はない。
だが・・・貴様がそうして偏見で嫌悪している相手も、また、貴様が愛してやまないポケモン(もの)達と同じ生き物である事を、忘れるな。』
ギルガメッシュの声は、やけに静かで抑揚のないものであった。
それは、王が臣下や平民に号を出す時のように厳粛で荘厳なものではなく、親が子に正しいことを語り聞かせ諭してやる時のような、厳格ではあれど決して威圧的ではない、しかして確かな重みをもった言葉だった。ずしりと、胸の奥にギルガメッシュの言葉そのものが沈み込んでゆくのが、分かる。
まるで幼き日、父に厳しく戒められた時に戻ったよう。
無条件で萎縮してしまい、その言葉を聞かずには、呑まずにはいられない。
それでも、時臣にはギルガメッシュの言う事が間違いなく正しいと解っていたからこそ、反論も反発もする気は起こらず、ただただ叱られた子供のように頭を垂らして黙り込むしかなかった。
『我が同胞の大半は人語を話せぬ・・・だが、それは決して、人語を解せぬということではない。相手が何を想い、何を云い、何を感じ、そして自分自身をどう思っているか・・・それを悟るのは人間よりも遙かに我が同胞の方が得意だ。
素直、なのだよ・・・だからでこそ我達は、人間に染められ易い。人間を信じ易い。そして、人間の所為で傷つくこともまた、人間のそれより遙かに多い。相手が自分を好いているか、嫌悪しているか、恐怖しているか、無関心であるか・・・それすらも、簡単に解ってしまうのだからな・・・』
時臣は、ふと腕の中のクルミルの事を思い出した。
一瞬だけ嫌悪感が頭を過ぎったけれど、意を決して少しだけ覗き込んでみようと、腕の中を見下ろす。
今までずっと静かだったのは、先程彼が言った言葉を忠実に守っていたからなのだろうか。
抱き締めたままのクルミルは、その小さな体でオボンの実を抱えたまま、しょんぼりとした様子で身を縮めていた。
此方からの視線に気付くと軽く顔を上げてくるが、その円らな黒い瞳が湛えているのは間違いなく悲しみの色だと、即座に時臣には理解出来てしまった。
もしかしたら、この子にはずっと悪いことをしてしまっていたかも知れない。いや、推定ではない、断定だ。
この子にはずっと、悪いことをしてしまった。
罪もない幼生のポケモンに、ただ己の嫌悪感が赴くまま拒絶のような態度をとり続けてしまったのは、どう考えても此方の落ち度だ。
これは、きちんと謝った方が良いだろう。
そう思って時臣が、ほんの少しの躊躇を経て腕の中のクルミルへ、言葉をかけてやろうとした・・・その時だった。
一陣の風が辺りを駆け抜ける。
元々、飛翔を続けている最中なのだから風のひとつやふたつで騒ぎ立てる程の事でもないのだが、その疾風は何かが少し違っていた。
吹き抜ける途中で、時臣の頬に当たる感触がやけに硬く鈍い。
まるで風そのものが固形となり、わざと此方にぶつかってきたような感覚である。開きかけた口を閉ざし、突然の強い圧力に目を細めながら顔を庇うと、風の末端に触れた髪の毛がほんの数ミリ、はらりと切り取られ宙に散った。
「・・・!これは・・・!」
明らかに自然の風ではない。何者かの力が加わった、ひとつの技だ。
視界の端で散ってゆく髪を追い、時臣は思う。
これは恐らく、鳥ポケモンならばその殆どが覚える事の出来る技“エアスラッシュ”。
果たして、今の一打は何かの事故なのだろうか。
それとも、自分達へ敵意を持って放たれた攻撃なのか。
それを確かめるべく時臣がギルガメッシュの頭の後ろから顔を覗かせて見ると、何と其処には翼をはためかせて滞空する、数羽の怪鳥がずらりと並んでいた。
汚れた土気色の羽根ではばたき、毒蛇のようにもたげさせた頭には何かの生物の骨がそれぞれ飾られている。あれは、緑豊かな森林ではなく、敢えて厳しい荒野の上空を見渡すように飛び、弱った獲物を狙い喰らうという残忍な骨鷲。
「・・・バルジーナ!!」
だった。
彼等の行く手を阻むように現れた怪鳥の群れは、1羽のリーダーらしきものを戦闘に広く眼前で陣を引く。
その狡猾な光を宿した目は貪婪で、この黄金の輝きをした翼も、その背に乗る緋色の気高い色彩も、皆等しく自らの餌としてしか見ていないような気さえさせた。
いや、もしかしたが、彼女らの目的は時臣が抱き締めたこのクルミルだったのかも知れない。
だが、たかだか幼生のポケモン1体の為にこの陣営は、やり過ぎ以外の何者でもないであろう。
腕の中で、クルミルが怯えたように鳴くのが聞こえた。これだけの布陣を前にして、臆したのだろう。否、臆さない方が明らかにおかしい。
虫ポケモンにとって、鳥ポケモンは天敵中の天敵。
そもそも捕食の対象にさえされかねない、危険な相手だ。
この子も、本来の場所から鳥ポケモンに攫われる形でトオサカジムまてやってきたのだ。
遺伝子レベルだけでなく、実体験を元にした恐怖が如何に抗い難いものかは、時臣が一番よく知っている。
思わず、時臣は腕に力を入れていた。
先程まで不快以外の何者でもなかった小さな体の感触が、今は庇護すべき脆弱であえかなものへと変じていた。
「王よ!このままでは囲まれます、一刻も早く・・・っ」
『貴様ら・・・誰の許しを得て、其処に居る・・・』
時臣はその時、このバルジーナの群れから如何にして逃げ切るかと、それだけを考えていた。だが、そんな彼の逃走への道筋は、いとも簡単に断ち切られる。
彼の言葉を遮ったのは、低く響く戦慄きの声であった。
頭の中に直接交信される、ある種天啓にも似た王の言葉。
『誰の許可を得て、王たる我の道を塞ぐかッ!!この逆賊どもがァッ!!』
次の瞬間、聴覚が潰れるかと思うほどの轟音と共に、ギルガメッシュは怒りの咆哮を上げた。
脳髄に伝わる声と、鼓膜を震わす聲とが合わさり、辺りは殺人的なまでの大音声に包まれる。
と、同時に、天空に走る蒼白の稲光。
それはギルガメッシュの尾から放たれているもの。
徐々にその光は早く、短く、そして鋭い電光となってゆき、太陽の光を反射する巨躯を包み込んだ。
これは・・・と、時臣は頭を過ぎる予感に軽く慄然とする。そうしている間にも、ギルガメッシュの体にはうっすらと蒼い刻印が浮かび上がっていく。
「お、王!!まさか、こんな所でお力を使うおつもりですか!?」
背から必死に叫んでみても、ギルガメッシュの耳にそれが届くかどうかは解らない。
声の限りに上げた制止の言葉は、吹きすさぶ風と嘶く雷鳴に全てかき消されてしまっていたのだから。
『仰ぎ見て尊ぶべき王と同じ目線に飛び、あまつさえその道を阻むなど、万死に値する不敬罪なるぞッ!!貴様らには下界の畔道こそが似合いだと弁えるがいいッ!!』
竜王の双眸は、紅く、紅く、ただ炎のように燃え盛り紅い。
全身が眩しいほどに輝いているのは、その身から放つ雷光を浴びて尚反射しているから。怒髪天を衝く形相で見せた体躯には、黄金の中に粛々と光る蒼い刻印がしっかりと描かれていた。
それが彼の真の力を発揮する時の姿であると、バルジーナ達は気付いていたのだろうか。
恐らく答えは否、であろうが、それに気付かなくとも、この相手に喧嘩を売った自らの愚かしさを呪いたくなる程度には、後悔を覚えていたに違いない。
次々と、悲鳴のような声を上げて逃げ去ってゆく骨鷲達。
だが、憤怒に燃える王は赦しはしなかった。
腹の底から響かせるような声と共に、巨躯から走る雷光は更に激しくなる。
そして、その雷電が全身を包み込みいっそひとつの光の塊のようになったかと思うと、直後光は目にも止まらぬ速さで空を駆け、逃げ惑うバルジーナ達の群れを突っ切った。天空を突き抜ける稲妻。正に晴天の霹靂。
無慈悲な程に白い稲光はバルジーナ達を1羽も残さず貫き、その身に例外なく鉄槌を下していった。
こんな所で、そんな大技を使う必要があったのか?と、時臣は思う。
最も、その時の彼と言えば、片腕に抱いたクルミルを庇いながら、ギルガメッシュの背から振り落とされないよう必死にもう片方の腕で全体重を支えるのに精一杯だったわけだが。
今、彼が使ったのは、伝説のポケモン ゼクロムのみが使用する事の出来る電撃技の最高峰“らいげき”。
本来ならば彼と同格の伝説級ポケモンや同じ守護獣達との闘いにおいて使用するのが正しいのであろうが、怒りに我を見失った傲慢の王は、ただの奸賊狩りにも本気を出してしまいたかったようだ。どちらにしても、それは背中に誰かを乗せた状態で出して良い技ではない。
もう少し穏便な攻撃はなかったのだろうか、と、雷撃による全身麻痺で力尽きて落ちてゆく骨鷲達を横目に、時臣は苦々しい気持ちを噛みしめた。
と、その時。
突然、腕の中から甲高い悲鳴が聞こえる。
それが、クルミルの上げたものだと気付くのには少々時間がかかった。
何しろ、凄まじい突進による空気の抵抗と鳴り響く雷鳴の怒声とで、耳の周りには轟音しか聞こえていなかったのだ。
その声に気付くことが出来ただけで、それは奇跡と言える。
咄嗟に顔を其方の方に向けた時臣が見たのは、腕の中からこぼれ落ちてゆく黄色の木の実。
ついさっきまで、クルミルが後生大事に抱えていた、オボンの実。それが、無情にも小さな触手から滑り中空へ放り出されて行く様だった。
「っ・・・!いけない!!」
木の実を追って自らも空へ飛び出そうとするクルミルを、時臣は必死に抑える。
クルミルは何度も何度も、悲痛な声を上げながら腕の中でもがき暴れた。
しかし、一度零れた実を重力に逆らい受け止めるには、その手足は絶望的なまでに短すぎる。
見る間に実は速度を上げて、遥か下方の地上へと文字通り真っ逆さまに落下していった。
太陽に翼を灼かれたイカロス、正にそんな勢いで。
「王っ!!オボンの実が!!」
自分でも極めて不躾だと思うほど端的な言葉で、時臣はギルガメッシュに事の次第を伝える。
すると、ギルガメッシュはその一言二言だけでも事態を把握したらしく、なにっ!?と我に返った様子で叫び、そのまま翼を折りたたんで上空からの急降下を始めた。重力に従うまま為す術もなく墜ちて行くただの木の実と、それを追い重力さえ越えんばかりの速さで降下を続ける竜。
果たして、そのどちらが先に地へと到達するのか。
木の実が地面に叩き付けられ砕かれるのが先か、竜の乗り手がそれよりも早く受け止めるのが先か。
采配など予想もつかぬまま、両者は瞬く間に地へ向けてその身を命運に任せる。
黄金色に輝く巨躯が、風を切り裂きながら地上を目指しゆく様は、まるで天より太陽の欠片が墜ちてきたかのように、眩しく荒々しい光景であった。
~続~
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BW2が楽しみ過ぎて震える。<br /><br />はいっ、そんなわけで如月です!<br />えーと、タグを間違っているのではないかと言われそうですが、間違ってませんよ!!(いや、ギル時なのかどうかは正直微妙なんだけれども…)<br />今回は、ポケモンが大好きでf/zにもドはまりしてしまった如月の、おふざけによるパロディ作品となっております!<br />しかも、まさかの前後篇です!!えぇ、文字数が足りなくなりましたとも!!<br />如月が自重なしに書くと大体こうなります(苦笑)<br />なんかもう、最初から最後まで頭の弱い作品ではありますが、楽しんでいただけると幸いです!<br /><br />以上、如月でした!<br /><br />(追記4/28:小説デイリーランキング77位に入りました!みなさんありがとうございます!それからタグ・評価もありがとうございました!)
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純情ハートを撃ち抜いて(前編)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007041#1
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気付けば、見慣れぬ廊下にひとり立ち尽くしていた。
唐突な意識の覚醒だったと思う。思う、というのは、それ以前の記憶がないからだ。その瞬間、そこに生まれ出でたかのような、それまでの記憶の断絶。だから、ここがどこかもわからない。
身に沁みついた習性で、その場の解析を行う。――少なくとも、危険は、ない。ただの廊下であり、建物である。一応は。危険はないが尋常ではない。建物を構成する材質が、通常とは異なっていた。木材、石材、コンクリート諸々――それらのものに限りなく似せてはいるが、物質の構造把握や内部解析を得手とする己を騙せはしない。魔術で編まれたものに似てはいるが、それだけでもない。馴染みのない、それは―――。
ツキン、と頭が痛んだ。大きくはないが鋭い痛み。
思わず頭に手を触れると同時に、朧げに脳裏に流れ込む力――知識があった。
霊子エネルギー。聖杯戦争。マスター。月海原学園。サーヴァント。SE.RA.PH―――。
断片的ながら、この世界を構成する知識。それはさながら、あらゆる時代から召喚された英霊が聖杯より与えられる召喚地の時代の知識にも似ていて。
馴染みのある感覚に、すぐさま事態を把握した。
そう、これは聖杯戦争。マスターとなる魔術師と、それに召喚されたサーヴァントが、聖杯を求めて他の主従と死闘を繰り広げる、まさに戦争。ここは、その為に用意された舞台、Serial Phantasm…通称SE.RA.PH。ここは全てのモノがデータ化した霊子体によって構成されている、仮想空間。それこそヒトも英霊もシステムも無機物さえ。先程感じた、知っていて知らないような違和感はこれか。
思い出してみれば、それまで忘れていたことが信じられないような、当たり前の知識だった。
だが、思い出せたのはそこまでだった。世界の成り立ちや、この世界の目的といった広義的なことはわかった。だが、例えばここはどこの廊下なのか、自分は何故ここに立っているのかといった、限定的かつ具体的なことはわからないままだった。
見る限り、見知らぬ廊下ではあるが、識ってはいる廊下だった。リノリウムの床に廊下の端から端まで並んだ窓ガラス、その逆側には一定間隔で引き戸のドア。ドアとドアの間の壁に貼られた様々な掲示物。どこぞの学校――否、学校の廊下を模している、のか? 最早摩耗しほとんど思い出せもしない記憶の彼方で、ここと似たようなところに己も通っていた。馴染みのあるような、ないようなこの場所は、微妙に居心地が悪い。
窓から見下ろせば、やはりどこかで見たような校庭が広がっている。
取り敢えず、ここは学校、らしい。ご丁寧に校庭まであるのだから、昇降口から屋上まで、通常の学校は模しているのだろう。
さてどうしたものか、と廊下を見渡した瞬間、重大なことに気が付いた。今の今まで気にしていなかったなど、盛大にボケていたとしか思えない。思わず頭を抱えたくなる。
これは聖杯戦争。己はサーヴァント。現界している以上、マスターがいる筈だ。だが、この場には己ひとり。マスターが、いない。
いつぞやの召喚のように、マスターから離れた場に召喚されたのとも違う。何故ならレイラインが感じられない。誰ともパスが繋がっていない。
流石に愕然とした。
間違いなくこれは異常事態だ。既にマスターが斃されているということもない。誰かと繋がっていた痕跡がないのだから。かといって、何らかのアクシデントによってマスターなしで現界したということも有り得ない。英霊召喚はそんなに生易しいものではない。己には、魔力供給をしている何者も存在していないのだ。
マスターあってのサーヴァントである。一体全体、どうしたものか。
ともかく、ここで突っ立っていても仕方がない。この擬似的な校内を巡れば何かわかることもあるだろう。
そうして、彼―――エミヤは、適当な方向に歩き出したのだった。
校内は、実に単純な造りをしていた。3階建ての建物の中央に階段があり、その階段に向かって各階の左に普通教室が並び、右には保健室や図書室、視聴覚室等の特別教室が配置されている。屋上があり、地下には食堂と購買。
だが、どの教室にも入ることができなかった。何故か、扉が頑として開かないのだ。明らかに室内に人の気配がする部屋も、である。何らかの魔術制限がかかっているのか。無理矢理抉じ開けることもできなくはないだろうが、取り敢えずは、やめておいた。他の場所すべてを回っても何も進展がなければそれも視野に入れなければならないだろうが。
サーヴァントとしてあるまじきことだが、事情が全くわからなかった。
通常、サーヴァントは聖杯から知識、情報が与えられている。様々な時代、場所から喚ばれている彼らが喚び出された地にすぐさま適応できるよう与えられるその時代の情報だったり、聖杯戦争についての基本的知識やルールだったりがそれだ。マスターの剣であり従者であるサーヴァントが、聖杯戦争のルールブックを知らないではお話にならない。だからサーヴァントは、己の役割、どういった場所で行われているのか、仕組みや状況等、ゲーム盤とルールについては全て把握しているのだ。無論、それは基本的なものに限られているから、自ら探索したり調べなければわからない事柄も当然あるし、与えられるのはあくまで基礎的な知識である以上、己の足で確認することは必要ではあるのだが。
だが、今己がしているような地形の確認などは、本来であればそれこそマスターと共にすべきことだ。
現状もわからず取り敢えずうろついてみるなど、どう考えても、現状の己はサーヴァントとして欠けていると言わざるを得ない。もっとも、その己が力を貸すべきマスターがいないのだから、支障はないのかもしれないが。
誰にも遭遇せず、また何の進展もなく上から下へ降りて行き、1階に降り立ったその時である。
「ほう。既に己を取り戻しているとは。君はなかなか優秀なようだ」
低い声が語りかけてきた。
ばっと振り返り、目を見開く。昇降口脇の、用具室と掲げられた扉の前に男が立っていた。肩近くまで伸びた髪に陰鬱な表情。感情の見えない瞳。纏っている黒のカソックが男を神父だと知らしめていたが、とても隣人への愛を説くに相応しい人物には見えないその男を、エミヤはよく見知っていた。
「……!」
言峰、と男の名を口にしかけ、寸前で止まる。これは奴当人ではない、と気付いたからだ。その姿も声も、エミヤの知る言峰に酷似していたが、この世界は霊子をデータ化し再構成した仮想空間。エミヤに与えられている僅かな知識によれば、この世界での人間達およびシステムを擬人化した存在であるNPCは、アバターという仮の身体を使用し活動しているとのことである。遠隔操作のリモコンのような、仮初の肉体だ。ということは、この世界での外見は現実世界とは何ら関係がないということになる。ましてやNPCはセラフでの己と対になる現実世界の自分がいないのだ。最も、これだけ酷似しているのだから、適当に作った外見ではなく、現実世界の人間から姿形を借りているのだろうが、その人物とセラフのNPCは全くの別物と見るべきで、偶々エミヤの知人の姿を借りていた、というだけのことだ。ちなみにサーヴァントは、そもそもが肉体がないのだから、アバターも何も関係ない。その形態は通常の召喚と何ら変わらないので、エミヤの姿も、いつも通りの20代半ば、白髪に褐色の肌の赤い外套姿である。
知人、と言うにはあまりに因縁深い相手ではあるが、ここはあの冬木の聖杯戦争とは全くの別物だ。エミヤは息ひとつで意識を切り替える。
「…どういうことだろうか」
外見だけでも忌避感を感じはするが、やっと見つけた手掛かりである。個人的な感情に左右される程愚かではない。
「全てを思い出しているわけではないのか?」
神父が眉を寄せて不審そうに言う。
何を思い出すというのだろう。摩耗した記憶のことを言っているのであれば、エミヤには思い出せないことなど山ほどあるが、サーヴァントとしてなら思い出せていないことなど何もない。というより、忘れている何かなどない筈なのだが。
「…ふむ。思い出せていないにも関わらず自我は取り戻している、か。これは面白い」
神父は無表情ではあるが、口元が微妙に歪んでいる。胡散臭いことこの上ない。
外見だけを真似た別人――ヒトではなくNPCなのだが――にしては件の神父に喋り方から雰囲気まで似過ぎていて、もしこの聖杯戦争に裏があるのなら、NPCと見せかけて実は黒幕なのではないかと疑いたくなる。
「これが聖杯戦争だということは?」
「それは認識している」
「では、今が予選中であるということは」
「……予選?」
聞き慣れない言葉に眉を寄せる。無論、予選という言葉の意味がわからないわけではない。そんなものが聖杯戦争にどう関わるのかがわからないのだ。
「そこからわかっていないのか」
神父の瞳が不審そうに細められる。
ややして、神父が再び口を開いた。
「いいかね。現在は、聖杯戦争の予選中だ。尤も、始まったばかりでそうと認識している者はまだほとんどいないがね。ああ、どういうことかは訊かないように。君はその段階は既に抜けているとはいえ、いまだ予選中なのだからな。そして、この予選を潜り抜けた者が本戦へと進める。つまり、これは聖杯戦争であり、君は聖杯戦争の参加者ではあるが、それはいまだ仮であるということだ。マスター候補である君達は、本戦に進んで初めて正規のマスターとなる」
「ちょっと待て」
聞き捨てならない言葉を聞いた。エミヤは、強い調子で神父の言葉を遮った。
「マスター、と言ったか?」
「正確には、今の君はマスターではなくマスター候補だが」
「そんなことはどうでもいい。マスターだと? この予選とやらに参加しているのはマスターしかいないのか?」
おかしなことを訊く、と神父は首を傾げる。
「無論だ。君の言っているのはサーヴァントのことか? サーヴァントは正規のマスターとなって初めて与えられる。第一、予選の段階で戦いはないのだ、サーヴァントは不要だろう。そもそも、予選参加者は999人からなる。その全てにサーヴァントを宛がえる筈がない」
「―――」
エミヤは絶句するしかない。999人という膨大な人数にも驚きはしたが、それは最早些末な驚きだ。
サーヴァントとしての召喚だと思っていた。当然だ。この身は英霊。それは間違いない。であるにも関わらず、マスターとして現界したなど、誰が想像する!
だが、そうであれば理解できる。サーヴァントとして欠陥としか言いようがない知識の欠落。マスターの不在と感じられないパス。
そして、本来有り得る筈のない、英霊がマスターとなってしまうというイレギュラーは、この聖杯戦争の特殊性に因るところが大きいだろう。この世界は、ヒトも英霊も一度霊子データ化され、再構成された仮想空間だ。恐らくはその際、サーヴァントとして召喚される筈だったのが、何を間違ったか混線したか、マスター候補としてのデータに書き換えられてしまったのだとしか思えない。半端に知識があるのはサーヴァントとして召喚されかけた名残と思われる。
元が英雄でもなければ信仰もない、唯人に過ぎなかった身であったことが、一介の人間と英霊のデータを取り違えられた一因だろうか。それにしたって、これは異常事態に過ぎる。
どうやら管理者――監督者に近い役割を負っているらしいこの神父に事情を打ち明けてみるか、と一瞬考え、すぐさま却下した。この顔はどうにも信用できない。告げたら最後、どうなるかわからない。
「予選の勝ち抜きについて特に説明はない。相応しければ、自ずと解るだろう。――健闘を祈る」
形ばかりの祈りの言葉を受けて、エミヤは背を向ける。
自然と、神父の立つ側の廊下とは逆の、左に伸びた廊下に向かっていた。とにかく、今はひとりになって落ち着いて考えたかった。
誰もいない、ガラス窓と教室に挟まれた廊下をゆっくりと歩く。
マスター。この自分が、マスターだという。この予選とやらをもし突破してしまったら、正規のマスターになってしまうという。本来であれば、サーヴァントである筈の己に、サーヴァントが与えられると!
それはぞっとしない事態だった。
別段、聖杯に願いたい願いなどない。マスターなどになるつもりもない。
このままこの校舎のどこかで動かずじっとしていれば、その内予選とやらが終わって、このイレギュラーから解放されるのだろうか。
進んだ廊下の先は行き止まりだった。突き当たりを曲がってすぐ。曲げる必要があるのか、というくらいすぐに突き当たる壁。不自然といえば不自然だった。
そのまま何となくその壁に触れると、違和感を感じた。
「解析開始」
解析の魔術で探ってみると、巧妙に隠されてはいるが、扉が在ることがわかった。
開こうと思えば開ける。
エミヤは開けることを躊躇った。恐らくは、これが先へ進む扉。以後、ここに近付かなければ、このおかしな事態は終わる。
だが、エミヤは躊躇った。マスターになるつもりなどない。サーヴァントとしてならともかく、マスターとして聖杯戦争に参加するなどとんでもない。だが。
この現界が終わり、座に戻されてしまえばまた、殺戮と磨耗の日々が続く。こうして、自分という意識のある召喚は滅多にあるものではない。
エミヤは揺れた。浅ましくも躊躇ってしまった。
そして、知らず隠された扉へと触れていた。
けれどその手は、そのまま壁を擦り抜ける。抵抗なくそのまま通り抜けてしまう。
「あっ…」
引っ張られる感覚がしたと思った時はもう手遅れだった。
視界が一変していた。
内装自体は、普通の室内と変わりない。どこかの用具室のような、不要な椅子やら机やらが積み上げられて、丸められた大紙が立てられ、古ぼけた引き戸のついた棚が置かれている、何の変哲もない部屋。けれど、明らかに普通でないのは、部屋が全体的に薄く青味がかっていること。内装自体は変哲のないものだけに、通常有り得ない色彩に染まる部屋が殊更異様に見える。壁や床や棚の一部に透けて見える、薄青い亀甲模様が現実感を失わせている。何より異様なのが、ぽっかりと空いた壁際に立つ、顔のない人形。
“これは、この先で君の剣となり、盾となるもの……”
どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。
剣となり、盾……つまり、サーヴァントということだろうか。
これが?とエミヤはその人形をまじまじと見つめる。何の気配もなければ魔力も感じられない。ただの人形だ。
この先で、と言っていた。つまり、これはまだサーヴァントではないのだろう。この先で何か試験のようなものか、召喚の儀式のようなものがあって、そこで初めてこれがサーヴァントになるのではないか。依代のようなものか。
振り返り、潜り抜けてきた扉に手をかける。びくともしなかった。どうやら、後戻りはできないらしい。
ふう、とエミヤは息をつくと、先へ足を進めた。人形が、無言で後をついてくる。
部屋の奥にぽっかりと開いた黒い穴。まさに穴としか言い様がなかった。潜り抜けた先も、黒い洞穴。足元にはぼんやりと光る板が延々と続いている。電子の世界だけあって近未来的だな、とエミヤは思う。
迷宮のようなっていないだけマシか。思いながら、エミヤは先へ進んだ。
どれだけ進んだだろう。ずっと直進するだけのその回廊は、進むにつれて周囲の様子が変化していった。最初は暗闇だけ、次いで明滅する光が現れ、やがて透ける壁と床で構成された通路になった。
エミヤと、その後を付いてくる人形以外誰もおらず、音もない。時間すら止まっているかのようなこの空間。もっとも、そんなものはエミヤにとっては慣れたものだったが。
やがて、開けた場所に出た。だが、幅が広がったというだけで、特に何があるわけでもない。
“ようこそ、新たなマスター候補よ”
どこからか声が響いてきた。人影もなければ気配もない。
マスター候補、と呼ばれ、エミヤの眉間に皺が寄る。
“君が答えを知りたいのなら、まずはゴールを目指すがいい。さあ、足を進めたまえ”
別段知りたくはないのだが、と思いつつ、エミヤは更に先に進んだ。
すると、何かがあった。遠目にも光って見える、宙に浮いた四角い…何か。
それに近付くと、また先程の声がした。
“目の前に光の箱があるだろう? それはアイテムフォルダと呼ばれるものだ。試練を受ける者達への餞別として、君に贈ろう。触れて、開けてみたまえ”
よもや開けた途端に危険物が飛び出してくるということはないだろう、とは思いつつ、幾分警戒しながら触れてみると、箱がひとりでに割れた。確かに、危険物ではなかった。中身を手に取る。小さい、何かの欠片のようなもの。
「これは…エーテルか?」
あまりに身に馴染んだ気配のするそれは、エーテル――魔力の塊だった。ほんの小さな欠片であるから、構成された魔力量は微々たるものだが、自ら魔力を生成することが出来ずマスターからの供給に頼るしかないサーヴァントにとっては有用なアイテムであることは間違いない。
「ふむ。なるほど」
更に先へ進む。いつからか、周囲の様子は変化していた。構造に変わりはない。だが、先程まではただ闇だった壁の向こうに、巨大な骨が浮いているのだ。骨だけではない。ゆらゆらと、何か魚のようなものが泳いでいる。まるで、そう―――ここは海の底だった。しかも、頭上も足元も、透けてその向こうが丸見えなのだ。足元を魚の群れが横切り、壁のすぐ脇に触れそうな程近くを骨が浮いている。海の中に浮かんでいるようなそこを、何となく眺めながら、エミヤは更に進んだ。
そうしてやっと―――辿り着いた。
厳かな聖堂を思わせる伽藍である。正面に聳え立つ3つの美しい――ステンドグラスのような何か。美しい文様を描く床。
その、中央よりやや外れた所に、1体の人形がぽつんと立っていた。
エミヤが連れているのと同じそれ。
他に何もないその空間で、人形を見つめていると、ぎしり、と動いた。
だらりと両腕を下げて、前傾姿勢でふらりとエミヤ達に近付いてくる。
あまり、いい予感はしないエミヤが構えかけるが、その前に庇うようにエミヤの連れていた人形が立ちはだかった。
近付いてきた人形が、腕を振りかぶる。明らかな攻撃行為。
それを迎え撃ったエミヤの人形と、そのまま戦闘に突入した。
取り敢えずのところ、エミヤはマスター候補ということになっている。そして、恐らくこの人形達はサーヴァントもどき。となれば、聖杯戦争の形式に則って、人形対人形、エミヤはマスターとして後方待機しているべきだろうか、とエミヤは取り敢えず人形同士の戦いを見守ることにした。
けれど。
互いに先端が鋭くなっている手足で殴ったり蹴ったりのかなり荒っぽい戦いが繰り広げられていたが、最初は互角と見えた両者だったが徐々にエミヤの人形が圧され始め、蹴り倒された次の一撃が致命傷となった。
崩れ落ちた人形はそのままぴくりとも動かなくなる。勝者となった人形がふらりとエミヤに向かって更に一歩踏み出し――たと思ったら思いがけない瞬発力で一気に間合いを縮めると、片腕を振りかぶる。
鋭く振り下ろされる人形の腕に、けれどエミヤは動じることなくその手に馴染んだ愛剣、干将莫邪を投影し、干将で人形の腕を薙ぎ払うと、莫耶で人形に斬り付けた。返す刀でもう一撃。それで仕舞いだった。
人形はガシャガシャと音を立てながら崩れ落ちる。
当然のような顔であっさり人形を倒してしまったエミヤは、干将莫邪を消してぐるりと辺りを見回した。
“……素晴らしい”
そこに聞こえてきたのは、先程から何度も聞こえてきた姿なき声。
“よもや、マスター候補の身で人形(ドール)を倒してしまう者がいようとはな。いやはや全く以て素晴らしい”
声は感嘆した様子を隠しもしない。
何者かが監視していることは気付いていた。だから、あまり力を見せないようにと、大分力をセーブしていた。確かに、一介の魔術師であれば厳しい相手だったかもしれないが、こちらは仮にも英霊。あの程度の木偶、倒せずしてどうする。
本来は英霊である、知られることは恐らくまずい。ここまで来た以上、強制的に消去される事は勘弁願いたい。
だが、想像以上に驚かれて、多少やられた振りでもすべきだったか、と思いかけたが、声はそれ以上を追及することはなく、言葉を続けた。
“マスターとして、申し分ない。さて、君に相応しいのはどのようなサーヴァントか…”
相応しいサーヴァント。そんなものがいる筈がない。須く、サーヴァント――死した英雄は、その誰もが己より優れた者達ばかりだ。
エミヤは唇の端に自嘲を浮かべる。
ああ全く馬鹿馬鹿しい。成り行きとはいえ、やはりこのような馬鹿げたことからは、早々に退散しておくべきだったのだ。
いざサーヴァントが召び出されるという段になって、そのあまりの現実感のなさと滑稽さに、エミヤは己の愚かさを大声を上げて笑いたくなった。
“……聖杯の選定により。君に縁深いサーヴァントが選ばれた。―――活躍を期待している”
縁深い?
咄嗟に浮かんだのは、青い衣に金の髪の―――。
カッと頭上から光が降り注ぐ。その中に収束する膨大な魔力と共に形作られ顕現する英霊―――サーヴァント。
エミヤはそれをじっと見つめていた。
じり、と焼けつくような熱さを左手に感じた。もはや遠い遠い昔となってしまった遥かな過去に感じたことのある、懐かしい痛み。
こうなっては、最早逃れられない。
たとえ、何が、誰が現れようとも。
輪郭がはっきりと浮かび上がり、質量を持ち、色彩を得て。
光の中に浮かび上がったのは、青く、青い――――。
[newpage]
「―――聖杯の選定により、参上した。今度こそ心底楽しめる戦いを期待したいが、さて……俺のマスターは―――」
ルビーの如き瞳がきょろりと動いてエミヤを捉える。言葉が途切れた。
エミヤは唖然と立ち竦む。その両手は無防備に身体の両脇に落とされたまま。声もない。
赤い瞳に青い髪、青い概念武装のその彼を、エミヤはよく知っていた。彼の得物が赤い魔槍であることも、彼の真名も。
だが、そう、因縁という意味ではかの騎士王とはまた別の深い縁が、彼とはある。何しろ最初に己に死を齎したのは彼なのだから。そして、死して後、再び見えて剣を交わした。
「……なるほど。確かに縁深い……」
衝撃から立ち直り、腕を組みながら深く嘆息した。
よりにもよって、彼とは―――。
「……おい」
低く、獣が唸るが如き声が掛けられる。
「どういうことだ。どうしててめえがここにいる。俺のマスターはどうした? ここには――マスターと呼び出されたサーヴァント以外いねえ筈だろう」
ほう、とエミヤは頷く。
「今回は、そういうものなのか」
そんなこと、サーヴァントとして召喚されていれば説明されずとも知っていた筈のことだ。本当に、何もわからない。
「俺は、どういうことだって聞いてんだよ」
「人に聞いてばかりではなく、まず己で状況を確認したらどうだ? パスを辿ればどういうことかわかるだろう」
片眉を上げて言ってやれば、彼――ランサーは嫌そうに顔を顰める。
皮肉げな表情は崩さぬままに、エミヤは内心で溜息をつく。前途多難だな、と。
ランサーが不愉快そうな顔のまま押し黙ったのは、パスを確認しているのだろう。ややして、みるみると驚愕がその面に広がっていくのが、見ていてよくわかった。
「―――おい……どうして、俺とお前がパスで繋がってやがる?!」
信じたくない気持ちも、信じられない気持ちもよくわかる。だが。
「パスが繋がっていることが意味するものはひとつしかあるまい?」
味も素っ気もない言い方をされて、ムッとした顔を隠しもせず睨み付けてくるランサーを、私を睨んでも仕方があるまい、とエミヤは涼しい顔をしている。――表面上は。
“さて、君達は知り合いだったのか?”
「知り合いも何も、こいつは―――!」
恐らくは、サーヴァントだ、と口走ろうとしたのだろうランサーに、エミヤは素早く駆け寄ってその口を塞ぐ。
「選定の基準とやらの通り、縁深い相手でね」
何も、縁深いというのは互いを直接に知っている場合ばかりではなく、当人の子孫や、関わり深い相手の子孫とか、そういう場合も使う言葉だ。滅多にあることではないだろうが、そう不自然なことでもないだろう。実際、冬木の聖杯戦争でランサーを呼び出したマスターは、彼の聖遺物を受け継いできた故国の古い家系の娘だったと聞く。
“ふむ。まあ、そういうこともあるだろうな。さて、手に刻まれた印があるだろう。それは令呪。サーヴァントの主人となった証だ。使い方によってサーヴァントの力を強め、あるいは束縛する、3つの絶対命令権。まあ使い捨ての強化装置とでも思えばいい。ただし、それは同時に聖杯戦争本戦の参加証でもある。令呪を全て失えば、マスターは死ぬ。注意する事だ”
それは勿論、言われずとも知っている事だし、それが手にあることは感覚で解っていた。だが、改めて左手の甲に刻まれた令呪を見下ろす。何すんだ、という目で睨みつけていたランサーも、一緒になってエミヤの手を見下ろした。
そこには確かに、赤く浮かび上がる複雑な形をした紋様があった。かつて遥か遠い過去に同じ場所にあった令呪とは形が違うが。これが、ランサーと自分を繋ぐ―――証。
繋がったパスと、確かに刻まれた令呪を見ては、ランサーも認めざるを得ない。サーヴァントである筈の目の前の男が、今どういうわけかマスターの立場に納まり、しかも己のマスターであるのだと。
ランサーから滲み出る気配がやや穏やかになったことを感じ、エミヤは塞いでいた口を放す。
“取り敢えずはおめでとうと言っておこう。辿り着いた者よ。主の名の下に休息を与えよう。現在のところは、ここがゴールということになる。その鮮やかな手並みは驚嘆に値した”
褒められたところでエミヤは嬉しくもないし、ランサーは具体的にエミヤがどのような道筋を辿ってここにやって来たのかはわからないものの、人間の魔術師が一部とはいえ辿りつける場所であれば英霊なら苦にもならないだろうと、声の語る言葉を真に受けはしない。
“それと、これは異例だが、君に、何者からか祝辞が届いている。“光あれ”と”
それまでほぼ無反応だったエミヤだったが、その言葉に思わず無防備に瞳を見開き驚きを露わにしてしまう。ランサーがそれを横目で見て怪訝そうにしていたが、構ってはいられなかった。
何処の誰かも判らない、何者かから贈られた言葉。……だが、本当に判らないのか? たった一言のそれが胸を衝くのは、込められた気持ちが真実であり、それが誰からのものか、識っているからではないのか。
ただ“幸運を”と。それは短くても、祈りのような言葉だった。そこから伝わるのは、ただひたすらな―――慈愛。自分に対し、そういった気持を持ち、かつこんなことができるかもしれない相手を知っている。唯ひとりの姉。聖杯と繋がる彼女。確証はない。だが、間違いはない。そう、彼女から祝福されてしまったか―――。
くつくつと笑みが漏れる。
これは最早降りられない。最愛の姉の心遣いを無には出来ない。
“では、洗礼を始めよう。変わらずに繰り返し、飽くなき回り続ける日常。そこに背を向けて踏み出した君の決断は、生き残るに足る資格を得た。しかし、これはまだ1歩目に過ぎない。歓びたまえ、君の聖杯戦争はここから始まるのだ”
飽くなき回り続ける日常? 背を向け踏み出した? エミヤには何のことやらさっぱりだ。気付けばあの校舎に在り、御座なりに見て回っただけでここに来てしまったのだから。この世界で日常など経験していないし、背を向けて踏み出した覚えもない。見ればランサーが、何お前そんなことしてたの? とでもいうような視線でこちらを見ていたので、肩を竦めてみせた。
“己が欲望で地上を照らさんと、救世主たる罪人となった魔術師よ、ならば殺し合え。熾天の玉座は、最も強い願いのみを迎えよう―――”
先程の洗礼という言葉の通りに、言葉が浴びせられる。
“戦いには剣が必要だ。それは主人(マスター)に仕える従者(サーヴァント)。敵を貫く槍にして、牙を阻む盾。これからの戦いを切り開く為に用意された英霊。それが君の隣にいる者だよ”
英霊である己に、そう説明がされるのは何だかこそばゆい。本来であれば、己とて主人ではなく剣だったのだ。まして、その剣として己に宛がわれたのは、正規の英霊にして霊格も遥かに上の神の血を引く光の御子。
分不相応もいいところだとエミヤは思うわけだが、本来マスターとなる人間の魔術師と比べれば、末席とはいえ英霊であるエミヤは遥かに高い霊格を持つのだ。そういう観点から見れば、本来のマスターとなるべき人間より余程サーヴァントを従えるに相応しいと言えるのだろうが―――詰まる所、エミヤが引っかかっているのは格云々ではなく、己である、というその一点のみなのだから自己卑下も甚だしい。
ランサーも複雑そうな顔をしていた。同じサーヴァントだった筈の相手がマスターとあってはそれも当然だろう。またもこんな異例なマスターに当たるとは、確かにランサーはマスター運がないに違いない。
“では、マスターが全員揃うまで待機していたまえ。舞台となる月海原学園を見回るもよし、英気を養うもよし、一足先に探りを入れるもよし。聖杯戦争開始時にはまた知らせよう。何、そう時間はかかるまい。新たにマスターとなった魔術師よ、健闘を祈る―――”
それきり、声はぷつりと途絶えた。監視していた気配も遠ざかる。
「………」
「………」
ランサーと立ち尽くし、沈黙が横たわる。このがらんとした空間に取り残され、どうすればいいのかエミヤにはわからない。
やがて、チッとガラの悪い舌打ちが傍らから聞こえた。
「―――取り敢えず、ここから出るぞ」
伽藍の中央へ足を向けながらランサーが言う。
勿論エミヤに否やはなく、ランサーについていく。
中央で足を止めたランサーに合わせてエミヤも立ち止まり、そこでふたりは立ち尽くした。
「……おい、どうしたよ」
一向に動こうとしないエミヤに、ランサーが焦れたように言う。
どうした、と言われても、エミヤにはどうすればここから出られるのかわからない。ここへ来た時の入り口すら見当たらないのに。だから、ここから出ようとランサーが簡単に言う以上、サーヴァントであれば出方を知っているのだろう。
「―――ランサー。あまり認識できていないようなので、改めて言っておくが……今の私はサーヴァントではない、らしい」
やはり己がマスターであるということに違和感が拭えず、曖昧に語尾を付け加えずにはいられなかった。
「……だから?」
「聖杯からの恩恵はない、ということだ。つまり、ここからの出方もわからん。…というか、恐らく私ひとりでは出られないと思うのだが」
推測だがここはサーヴァントがいなければ出られない場所なのだろう、と言うエミヤに、一瞬ぽかんとしたランサーは、ああっと叫んで頭を抱えた。ばりばりと頭を掻き交ぜると、めんどくせえ!と叫ぶ。
「……嘆かわしいな。それがマスターに対するサーヴァントの態度かね?」
「俺はてめえをマスターだなんぞ認めてねえ!」
「だが、サーヴァントに拒否権はない。だろう? それとも今ここで私を殺して早々にこの聖杯戦争から脱落するかね? それとも別の主を探すか?」
両手を広げて肩を竦めて見せるエミヤに、ランサーがぎりぎりと歯を噛み締め、低く唸るように言った。
「…いいや。この聖杯戦争は組み合わせが確定している。どちらかが欠けたらそのペアは終わりだ。冬木の聖杯戦争みてえに、気に入らなかったらマスターぶち殺して別のマスターを探すなんて真似はできねえんだよ」
「なるほど。では、君はどうするのかね? 私をマスターとして聖杯戦争を戦うか、私を殺して聖杯戦争前に脱落するか。尤も、後者を選んだ場合は令呪を使うことも辞さないが」
これ見よがしに左手の甲をちらつかせれば、再び忌々しそうに舌打ちの音が響く。
「てめえと殺り合うのも悪かねえが、これからいくつも戦いが待ってるってのに一度きりで終いじゃ割に合わねえ。―――いいだろう。てめえと契約してやる。だが、覚えておけ。俺の最後の標的はお前だ。マスターもサーヴァントも関係ねえ。てめえは俺の獲物だ」
獰猛に笑うランサーに、エミヤは肩を竦めて素っ気無く返す。
「ふむ。君ほどの英雄にそこまで言われるとは光栄だ。いいだろう。私達が最後の勝者となった暁には、君との決着を」
もっとも、そんな余裕があればだが。エミヤは内心で呟くが、面には出さない。
エミヤの言葉を受けて、ランサーの顔が引き締まる。
「ならば、アーチャー。いや、マスター」
すっと膝をついたランサーに、エミヤが目を見張る。
「我が槍に懸けて、マスターを必ず勝利させるとここに誓おう」
よく知る軽薄な声音、粗雑な言葉遣いとは違う、厳かで落ち着いた声だった。そこでエミヤは実感する。ああ、これがクー・フーリンのマスターになるということなのだ、と。
まさしく騎士と言うに相応しいその様にエミヤが圧されていると、ややして立ち上がったランサーはいつも通りの顔でにっと笑った。
「ま、俺とお前が組みゃあ負ける筈もねえがな」
まったくその通りだと思う。相手側は英霊と人間の組み合わせだが、こちらは英霊と英霊なのだ。単純に考えて、負ける筈がない。もっとも、そんな劣勢をいくらでもひっくり返せるのが宝具の存在なわけだが。
「だが、敵とやり合うのは俺だぜ? サーヴァントは俺、お前はマスター。てめえはマスターとしての仕事に徹してりゃあいい」
つい先程までのぎすぎすした様子をけろりと忘れ果てたような顔で、闊達に声をかけてくる。
その切り替えの早さに、少し唖然とした。
「…無論、そのつもりだ。精々、君が窮地に陥ったら援護をする程度にとどめておこう」
「そんな手出しをさせる隙も与えねえがな」
エミヤとしては、勝ちを狙うのであれば卑怯な手段も辞さないつもりでいたが、取り敢えずはランサーに任せておこうと考え直した。この英雄は、好き勝手やらせておいた方が力を発揮できるだろうし、並の相手なら物ともしないだろう。それこそ自分はマスターとして、後方から軌道修正してやればいい。
「取り敢えずは……よろしく、と言っておこうか、ランサー?」
「おう。狙うは優勝の先、だぜ? アーチャー」
何故この男はこんなにも自分との勝負に拘るのか…と思いつつ、エミヤは頷く。
そうして、エミヤとランサーという、異色の主従が誕生したのだった。
[newpage]
というわけで、サーヴァントはランサーでした!
予想通りでしたでしょうか?
まあ、これまでの私の作を見ていれば自ずと知れていたようなものですかね…フッ。
そうすると、凛のサーヴァントは誰だって話になるんですが。うーむ。
ていうか、この主従、もしこのまま話が進んでいったら槍×弓になるんだぜ…。
では、ここまで読んで頂いてありがとうございました!
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妄想乙!バグってマスターにされてしまったアーチャー、という誰得な話です。俺得だ!ちょう楽しかった!本戦前の、サーヴァント召喚までとなります。一応、ゲームの流れをなぞってはいます。当時、勢いに任せて書き殴った代物ですので、少々おかしな部分があっても目を瞑ってやって下さいませ。【4/28追記】評価・ブクマありがとうございます!デイリー4位とか何それ!((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル 凛の鯖は、既存の鯖の内の誰か…一応これ、って思ってるのはいます。ていうか私まだ、ゲームで槍弓対決見てないんだ…!楽しみは後にとっておこう、と最初は凛ルートでプレイしたんですよね。ちょう見たい!【5/16追記】おまけの腐部分は削除させて頂きましたー。悪しからずご了承下さいませ。また会う日まで!
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【妄想】マスターになった紅茶の話【Fate/EXTRA】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007063#1
| true |
【 注意!! 】
今回も一応ワンクッションさせていただきます。
↓以下の注意書きには目を通してくださいますようお願いします。
・この作品はポケモンとFate/zeroのダブルパロディというアイタタ設定です。
・如月の知識はポケモン:F/zにすると10:2くらい。
・今回も割と高頻度で優雅ログアウト。
・真名バレのキャラもあり。
以上のことが大丈夫な方のみ、どうぞごゆるりとお楽しみください。[newpage]『果たして』
この言葉は、本来二つの意を持つ単語だ。
それは、『思っていた通りに』や『案の定』と言うような肯定的意味と、
『本当にそうなるのか』『まことにそうなのか』と言うような疑問的意味の二種である。
現代社会においては、後者として使われる機会が圧倒的に多くはなったが、この場合はほぼ両極とも言える二つの意味、どちらもを当てはめる事が出来る。
果たして、天より墜ちた小さき実の運命や如何に。
果たして、その乗り手の手指は木の実を救うには至らなかった。
結論を言ってしまえば、そういう事になる。
時臣達が墜ちて行く木の実を追い、セイハイ山の中腹にさしかかる岩肌の地に足を降ろした時には、もう木の実はその原型を留めてなどおらず、痛ましいまでの無惨な姿で乾いた大地に黒々とした染みを作っていた。不運にも岩の上に激突したオボンの実は、皮を剥がれて果汁を爆ぜさせ、最早原型を想像する事すらもままならぬ姿で横たわっている。
其処からは、先程感じた独特にして芳醇な果実の香りは微塵もせず、ただ、乾燥しきった山風に晒されながら、砂と小石を浴びて地面に染み込むのを待つばかりだった。
クルミルは、地に降りるなり時臣の腕から抜け出して一目散に木の実が落ちた岩へと走る。
が、其処に在るのがただの無惨な“木の実だったもの”の残骸だと知ると、見るからに肩を落としてそのまま何も言わず頭を垂らしてしまった。
墜ちた場所が、或いは水上か草地の上であったなら、まだこのような事にはならなかったかも知れないが、今となっては何の意味もない仮定に過ぎない。 時臣は、岩の上で佇んだまま(と言っても、クルミルの場合立っているのか座っているのかも定かではないのだが)呆然として動かなくなってしまったクルミルに、そっと近付く。
と、その小さな背中が僅かに戦慄いている事を、直ぐさま彼は察した。
墜ちて爆ぜた木の実を前に、小さな体がしゃくり上げるように震えている。
そしてその横顔から、幾度も幾度も零れ落ちて行く雫。
クルミルが今どんな様子でいるかは、直接正面から観察せずとも容易に解った。
ギルガメッシュの言葉を、思い出す。
彼等はポケモンであり、それが例え自分の嫌う種族のものであったとしても、自分が従え仲間として愛するもの達と、もとを辿れば同じ一族。
ポケモントレーナーとして、同じポケモンの感情を無視する事があっていいものだろうか。反語。
「・・・我が王よ、しばしこの場でお待ち戴いても・・・宜しいでしょうか?」
背の向こうにいる黄金の竜に向かって、時臣は顔を向けぬままそう言う。
『我は一向に構わぬが・・・時臣?貴様、何を考えている?』
直接頭に響く言葉が、少し訝るような色を見せる。
彼にも、どうやら時臣が今何を思っているかは、測りきれないらしい。
時臣は直ぐさま踵を返すと、眼前で岩肌に体を預けて座す黄金の竜王へ、深々と礼をした。
「新しいオボンの実を、探して参ります。」
と、恭しい口調でそう言いながら。
『・・・あの幼生の為に手を貸してやる、と言うのか。どういう風の吹き回しだ?貴様は、虫種族は好かぬと言っておったであろう?』やや意地悪めな声でギルガメッシュが問いかける。
確かに、ほんの数分前まで、腕の中のクルミルすら直視出来ていなかった者の言葉とは、到底思えない。
何しろ彼は、あのクルミルを自宅に置きたくない一心で、わざわざギルガメッシュの翼を頼ってまでマトウシティを目指したのだから。
「えぇ、確かに・・・虫ポケモンを好きにはなれません、今でも・・・」
顔を上げた時臣は、今一度岩の方を振り返る。
其処には相変わらず、立ち尽くしたまま動けないでいる小さなポケモンの姿があった。
零れた盆の水は返らない。
塀から落ちたハンプティ・ダンプティだって元には戻せない。
それでも、新しい代替品でその塞ぎ込んだ心を少しでも晴らしてやれる事が出来るのなら。「けれど、悲しみに暮れるポケモンを放っておくほど、無慈悲にもなれないのですよ・・・」
そう言って、時臣は笑った。
ほんの少しだけ、苦笑のように。
恐らく、自分自身に対する苦い思いもあったのだろう。
無情になりきれない自分が、疎ましくもあり、情けなくもあったに違いない。
だがそんな時臣を、ギルガメッシュはさも嬉しげに眺めていた。
元々、クルミルは彼が伝説を残した地に生息するポケモンだ。
ほんの少しでも、己の臣下との諍いが緩和された事は、喜ばしかったのかも知れない。
『・・・解った、好きにするが善い。我は少しばかり疲れたからな、此処で眠る。だが余り我を待たせるでないぞ、日が落ちるまでには帰路に着きたいからな。』「承知しました、王。」
今一度、ギルガメッシュの方を向いて一礼をした後時臣は、岩の方に足を向けてクルミルへと近付く。
背後から、足音を感じたのだろう。
クルミルは一瞬びくりと体を震わせて、それからゆっくりと此方を振り返った。
大きく黒々とした目が、涙でいっぱいになっている。
予想はしていたが、その今だ潤いは衰えを知らない。
この子は、余程主である雁夜を思っているのだろうと、時臣は感じた。
雁夜の為にオボンの実を死守し、その実を護りきれなかった事に此処まで心痛して涙を流すとは、類稀な忠愛だと言っていい。
きっと将来的には、雁夜の下で善き騎士として育つだろう。
そう思うと、雁夜の友人として少し誇らしいような気分でもあった。 困惑したような目で此方を見上げてくるクルミルの前に、時臣は片膝をついて屈み込む。
もとより、体の小さなポケモンなだけに、その程度の事では視線を合わせるなどとても叶わなかったけれど、少しでも相手に近付けるのならそれでいい。
「・・・その実はもう諦めるしかないよ、クルミル。」
静かにそう言うと、クルミルがより悲しげな声で鳴く。
嫌だ、と言っているのだろうか。
その悲痛な訴えを汲むように、時臣はひとつ、小さく頷いた。
「だから、新しい実を探しに行こう?オボンの実なら、まだ何処かで見つかるかも知れない。」
その言葉に、クルミルは驚いたような声を上げた。
軽く吃驚した程度の声ではあったが、途端に目に溜まっていた涙が幾つか散り、そしてその流れを止める。「さっきは、すまなかったね・・・君の事を拒絶して無視しようとした、許して欲しい。
だから罪滅ぼしに、君の大好きな主人へ贈る実を、一緒に探させてはくれないかな?」
そう言って、時臣は手をクルミルの方へと伸ばした。
人間で言うのなら、謝罪の握手を求める仕種であろうか。
それでなくとも、彼にとっては他ならぬ仲直りの印であった。
クルミルは、一瞬だけ状況が掴めず呆気にとられていたが、時臣の表情と優しい声色に、大きく頷いて鳴き返し、その手を伝って腕へ登りだした。
指を伝い、手を経て、腕を這い、そして肩へ。
時臣の右肩に到達したクルミルは、少しだけ高くなった視界に喜ぶよう、くりゅ!と万餌面の笑みを見せた。
そんなクルミルに向けて、時臣もまた自らのポケモンに向けるのと同じ、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。これほどまでにごくごく顔の近い場所へと登ってきても、もう時臣はそれに対して顔を青ざめさせることも、卒倒することもしなかった。
自分でも解らなかったのだけれど、この時の時臣はクルミルに対して嫌悪だとか、不快だとか、そういう感情を呼び起こされる事はなかったのだ。
「それでは王、行って参ります。」
改めてギルガメッシュの方を向き、そう一言告げると、黄金の竜は真紅の目を閉ざしながら顔を前肢に埋めて横たわった。
それを応答と取って時臣は、腰のボールから炎を纏った紅蓮の駿馬を呼び出し、その上に軽やかな動きで跨る。
高らかなな嘶きを上げて、馬は山肌の荒れた地面を蹴り上げながら、素早くその道を降り走り去っていった。残された黄金の竜は一度閉ざした眸を開き、その馬に騎乗する緋色の背中を見送る。
上空には、傾きかけの太陽。
その陽光を浴びて輝く竜は少しだけ考え込むように頭を降ろしたけれど、その直後仕方なさそうに首を振り、それからゆっくりと身を起こした。
***
暫く山の中を馳せてみたが、残念ながらこの山に木の実の生る木を見つけるのは難しいようであった。
そもそも、休火山であるセイハイ山は植物が育つには少々環境が過酷過ぎる。
行けども行けども、あるのは岩と小石と乾いた大地に舞う砂埃のみ。
後はほんの申し訳程度にある雑草と、乾いて細々と痩せた低い木があるくらいだ。
時折、岩の影から野生のポケモンが顔を覗かせて此方を見ていたが、彼等の騎乗する駿馬の雄々しさに当てられたのか、すぐにそそくさと逃げさって仕舞っていた。野生のポケモンが居る、という事は少なからず木の実の自生する場所もあるのではないか、と時臣は読んでいたのだが、どうやらその当ては外れていたようで。
半時ばかり山を探し回ったが、目当ての木の実は一向に姿を見せない。
これはもしかすると、麓の森まで降りてゆかなければならないかも知れないな、と時臣は思った。
しかし、山麓に広がるあの森は、広大ながらも天然の迷路として有名で、何も知らない新人のトレーナーが迷い込んでは遭難するという事例が年間に何件も寄せられている。
ましてや、殆ど家からそのままで出てきてしまい、まともな装備どころかギャロップに轡すら着けていない状態の自分達が行ったところで、未熟なトレーナー達の二の舞を演ずるは自明の理だと思われた。勿論、全てのトレーナー達の手本であるべきジムリーダーが、未熟者と同じ轍を踏むのはあってはならない事だ。
ではどうするべきか・・・徐々に速度を緩めて止まった相棒の太い首を宥めるように撫でてやりながら、時臣は考える。
これ以上の探索は恐らく無意味だ、此処は一旦ギルガメッシュの下に戻るべきだろうか・・・
そんな風に思っていると、不意に、耳元で愛らしい声が響いた。
出し抜けに大声を上げられ、時臣はちょっと驚いたように肩を竦ませる。
声の主は、先程からずっと時臣の肩に乗っているクルミルだ。
今までずっと黙っていた相手が突然見せた反応は、予想外なほどに感極まったもので、どうにもただごとではないその様子に、時臣も思わず声を上げた。「ど、どうしたんだい、いきなり・・・」
肩の上の幼生に目をやると、クルミルは何かを指し示すように一本の短い足を上げて、遠くを示している。
その方向へ素直に目をやってみると・・・なんとそこには、やや細くはあるがそれなりに立派な大木の枝にぽつんとひとつだけ実ったオボンの実が、奇跡のような姿で存在していた。
周囲の地面の乾燥具合からは似つかわしくない程立派な大樹に生った瑞々しい果実は、先程クルミルが落としてしまった実に遜色ないほど立派なものだ。
よくぞ今の今まで他のポケモンに掠われる事無く居てくれたものだと、この時ばかりは何か天上におわす随神(かむながら)の意思を感じずにはいられなかった。
ギャロップの背から降りて近付くと、いち早くクルミルが時臣の肩から着地しその木を目指す。しかし、木が生えているのは、切り立った山の断崖絶壁に根を張りなんとかその枝を此方に伸ばしているような場所だ。
無論、崖には転落を防いでくれるような柵など設けられている筈もない。
ちょっとだけ近付いて見るも、木から僅か半歩も行かない場所はもう目も眩むような断崖で、とてもそれ以上足を向ける気にはなれなかった。
遥か下の緑が、余りの高さに霞む。下から吹き込む風はやけに冷たく、忌まわしいほどに本能的な危険を掻き立てる。
そんな場所に自生した木の実なのだから、よくよく考えてみれば誰も採りに来たがらないのも納得だった。
あんな場所、身軽なポケモンでも行き着くのは勇気が要るだろうし、鳥ポケモンにしても下からの風をまともに受けてしまい、充分な滞空が出来ないに違いないから。 さて、ようやく見つけたはいいが・・・どうしたものか。
再び時臣は考える事を余儀なくされる。
こんな危険な場所に生っている実を手に入れるのは、今まで探してきた労力に換算しても見合わない苦行だ。
命を危険に晒してまで収穫しなければならないという義務も、ないと言って仕舞えばない。
とは言え、此処でみすみす見逃すのも惜しい事は確かである。
クルミルの涙に報いる為にも、一緒に木の実を探してやると約束した手前、それを反故にする事態は絶対にあってはならない。
これ以上この山を探しても、あれほど見事な実はもう手に入らないだろう。
ならば・・・
木の前までやってきたクルミルは、ようやく目当ての実を見つけた喜びからか崖の方はあまり気になっていないようだった。それでも、歩み出した時に軽く蹴飛ばしてしまった小石が、崖の端から転がり落ちて吸い込まれるように消えていく様には、流石に戦いてしまっていたが。
やはり、どうあっても木の下からあの実を採る事は不可能だろう。
ならば、とるべき手段はひとつしかない。
時臣は、徐に緋色の背広を脱いでギャロップの背にそれを預けた。
更に、リボンタイを解き同じように背広の上に乗せ、それからシャツの袖口を留めていたボタンを外す。
そして、木の前で立ち止まってしまったクルミルを、なんと自らの手で抱き上げ、肩に乗せた。
「私が、木の上までつれて行ってあげよう。だから其処から自分で収穫するんだ。いいね?」
そう言って軽く首を傾げて見せると、クルミルは大きな仕種で頷き声を上げる。本当に、我ながら数時間前からは考えられない変わりぶりだと思う。
初めて会った時は、出会い頭に気絶してしまうほどの嫌悪感を覚えていたというのに、今となってはまるで幼い子供を相手にしている時のような慈愛、そして庇護の気持ちを掻き立てられる。
今はとにかく、この子の願いと想いを叶えてやりたい。
その一心に尽きた。
腕を伸ばし、一番低い位置にある枝に掴まるとそのまま、幹を伝ってまずは枝の上によじ登る。
それからもう一段高い枝を目指して腕を伸ばし、後は繰り返して行くだけだ。
お世辞にも今の姿は、“優雅”などと言えやしないだろう。
だが先人の当主達全員から叱られるような事になろうとも、時臣は今成そうとしている事を中断するつもりはなかった。肩の上で、シャツにしがみつきながら遠くなっていく地面に武者震いする幼生がいる。
この子の気持ちを無下にするくらいなら、いっそジムリーダーの座を辞した方がましだとさえ、今の彼には思えていた。
ようやく、目当ての実に一番近付ける枝まで登ると、時臣はそっと肩からクルミルを降ろす。
ここから先は、クルミル一人で行った方が良いだろう。
幾らそれなりに力のある木とは言え、やはりその枝は幾分か細くおまけに柔い。
幹から遠くなればなるほどにその傾向は強く、実に手が届くところまでは時臣の体重を支えきれないかも知れないからだ。
クルミルは枝に下りると、慎重に一歩一歩ゆっくりと伝って行き、実の方へと近付く。
微かにたわむ枝。吹き上げてくる風。緊張の一瞬。出来るだけ下を見ないようにしているのか、クルミルは余り足元に目を向けようとはしない。ただ、眼前の木の実を目指してゆく。他には目もくれず。
そして、何とか木の実の生った枝のすぐ近くまでやってきたクルミルは、自慢の口を使って実と枝を繋いでいた蔕(へた)をひと思いに噛み切る。
ぽとり、とそのまま重さに従って木の実が落ちてくると、幼生は小さな足をそれをはしっかりと受け止めた。
やった!!と、誰もがそう思った時だった。
突然崖下から、強い風が吹き付けて二人に襲いかかる。
なぶられる髪。一斉に騒ぐ葉末。
そしてその強風に煽られて、クルミルのいる枝が大きくしなる。
足元が揺すぶられる感覚に耐えきれず、木の実を受け止めたままクルミルは枝から足を踏み外してしまった。「ッ・・・クルミル!!」
甲高い悲鳴と、時臣の声が重なる。
慌てて時臣が腕を伸ばすと、間一髪、その手はクルミルの御包になっていた葉を握りしめ、小さな体を腕に抱き留める事に成功した。
が、しかし、今度はその直後時臣の乗っていた枝が、嫌な音を立てて靴の下で軋む。
危ない、と思った時にはもう遅かった。
次の瞬間その枝は、男の体重を支えるだけの余力も使い果たし、無惨にも根元からぼっきりとへし折られてしまった。
そうして、二人の体は共に宙へと投げ出される。
足場のない空中遊泳。直感する最悪。
何とかとっかかりを求めて腕を伸ばしても、崖の縁に僅か数ミリ届かず指先は空を切る。
視界の端で、ギャロップが嘶き駆け寄ってきたのが見えた。だが、主を食い止めようと首を伸ばしてみても、重力の方がそれより僅かに早い。
口の端が袖の端を噛み締めたが、それもほんの刹那の事で。
一瞬一瞬が、まるでスローモーションになったような気持ちだった。
全ての事象がコマ回しのように流れて、酷く客観的な目線で時臣は事態の経過を傍観した。
墜ちて行く視界で、先程登っていた木が、崖から身を乗り出す相棒が、どんどん遠ざかって行く。
これまでかと、思わずそんな覚悟を固めた。
今わの際、人は様々な事を考えるというけれど、そんな余裕すらも今の彼にはない。
それでも決して、このクルミルだけ離さない。この子だけは無事であれと、そう祈って彼は自らの腕と胸で力いっぱいその幼生を抱き締めた。 ・・・・・・・・・だが、その空中遊泳は次の瞬間何の前触れもなく中断された。
突然半身に、何かが当たったような感触がする。
最初は、地面に墜ちたのかと思った。
しかしあれだけの高さから墜ちたにしては、その感触は余りに軽く、余りに弱い。
それに、あんな標高の断崖からならば、もう少しくらい走馬燈を見る猶予があってもよさそうなものだ。
この時宜で地面へ到達するのは、些か早すぎる。
では一体何が起きたのか・・・不思議に思い時臣が目を開けてみると、其処には眩しいほどの黄金が視界いっぱいに広がっていた。
本当に、太陽の光を反射させる目映い光景に、一瞬瞼を閉じてしまったほどだ。
これは、間違えようがない。
こんなにも輝かしく、神々しくも気高い翼を持ったものなど、時臣は一人しか知らない。「・・・王!」
有りっ丈の驚きを込めて、時臣はその翼の名を呼んだ。
そう、それは・・・先程分かれて休んでいると宣言した筈の、ギルガメッシュであった。
時臣が声をかけるとすぐに、頭の中で響くような例の声が呆れたような色で返る。
『まったく・・・揃いも揃って我の手を煩わせてくれるな、この雑種が。』
相変わらず傲岸にして不遜な口ぶり。
ちらりと此方を向く真紅の眸が、時臣とクルミル、両名の姿を捉える。
くりゅくりゅう!と、嬉しそうな声でクルミルが鳴いた。
その手には勿論、しっかりとオボンの実が握りしめられていて。
きっと彼なりにお礼を言っているのだろうな、と、時臣には思えた。
「我が王・・・感謝します。貴方は正真正銘私と、このクルミルの命の恩人です。」軽く胸に手を当てて礼をすると、ギルガメッシュはふいと視線を逸らして応える。
『ふ・・・王の気まぐれだ、まぁ精々感謝するが善い。・・・断じて貴様の事が心配でついてきたわけではないからな?間違えるなよ?』
くすりと、時臣の口から笑いが漏れた。
目線を合わせて来ないのは、きっと気恥ずかしいからだと、彼も解っている。
それでも、この恩義と感謝だけはどうしても伝えておきたくて。
だけれどそれ以上の事はおくびにも出さず、ただ時臣は王の背中の上で平伏し、額衝くようにその黄金の翼へ、最大の感謝と敬愛を込めた口付けを贈った。
***
結局、マトウシティに三人が辿り着いたのは、太陽が西に傾きかけた頃だった。街の中でも一際目を惹く、広大な庭を持った日本家屋が、マトウシティを統べるジムリーダーの住まうジム。
その門戸は一般的に広く開かれてはいるのだが、流石に黄昏れ時ともなると閉ざされて大きな閂で施錠されてしまっている。
正面から訪ねるのはやや面倒だろうと思った時臣は、そのまま直接庭の中へギルガメッシュを着陸させた。
マトウジムの庭は、大量の虫ポケモンは放し飼いにしているだけあって、豊かな緑や水源や、更には森まで完備されている。
嗚呼そう言えば、自分が幼少の頃アリアドスに襲われたのはあの森だったっけ、と、竜の背から降り立った時臣は、久方ぶりの思い出の地で少し苦笑いを浮かべた。
既に、ジムとして挑戦者を受け入れる時間は締め切られているらしく、敷地内に人の姿はない。それどころか、普段は嫌でも目につく沢山の虫ポケモン達も、すっかり成りを潜めてしまっている。
余りにも静かすぎる庭の様子に、一瞬まさか不在なのではないかと言う考えが頭を過ぎったが、次の瞬間、突然真正面から吹き付けてきた突風により、その考えは打ち消された。
身を切るほどに、冷たい風。それは初夏の陽気が続く昨今にはもうお目にかかることはなかろうと思っていた、冬の兆し北風。
眼球を直接叩くその風に思わず目を閉じると、空を震わすような甲高い咆哮と共に何かがやってくる。
正しく、北風に身を紛れさせ、文字通り飛んで来たのではないかと思うほどの速さで現れたのは、遥か遠方ジョウトの地で北風の生まれ変わりと伝承される伝説のポケモン、スイクンであった。スイクンは現れるや否や、威嚇のような声を上げて此方を睨み付ける・・・が、それが時臣達だと知るとすぐに警戒を解き、素早く人間の姿へと身を変じさせる。
現れたのは、非常に長身の美丈夫。
それなりに背丈のある時臣やギルガメッシュですら、見上げずにはいられない彼は名を、ランスロットと言った。
言うまでもなく、彼こそがマトウジムに召喚されたマトウシティの守護獣である。
「これは・・・トオサカ殿に、ギルガメッシュ・・・」
「久しぶりだね、ランスロット。」
「申し訳ありません、お二方とは知らずにご無礼な出迎えを・・・」
ランスロットは深く頭を下げ、その場に片膝をついて畏まる。
騎士道の精神に則る意識が強い彼は、主人の雁夜のみならずその友人である時臣にも同等の臣下の礼を示そうとする、非常に奥ゆかしい性格だった。慇懃に謝辞を述べるランスロットに、時臣は軽く手を翳してそれを制する。
「いや、此方こそ申し訳ない。何の報せもなしに突然邪魔するような真似をしてしまって・・・」
恐らく先程は、ギルガメッシュの放つ圧倒的な威圧感を察して飛んできたのだろう。
その行動力は寧ろ、街を守護する存在として然るべき、と栄誉に賜るこそが相応しい。
顔を上げたランスロットは、時臣と、それからいつの間にか人間の姿に戻っていたギルガメッシュを交互に見遣り、不思議そうに問いかけた。
「しかし・・・お二方、今日はどうしてまたこのような時間に・・・?」
すると時臣の後ろから、ギルガメッシュが口を開く。
「貴様の所の幼生がトオサカジムに迷い込んでいたからな、わざわざ送迎してやったのだ。」感謝するが善いぞ、王直々の護送だからな。と、相変わらず尊大な物言いをするギルガメッシュの横で、くりゅう!と、小さな声が高らかに響く。
その声「勿論、時臣が腕の中に抱いているクルミルのもので、ランスロットの姿を見た途端、幼生の目には安堵と喜びの色が溢れんばかりに輝いていた。
「・・・!クルミル!!そうでしたか・・・まさかトオサカシティにまで行っていたとは・・・何とお礼を申し上げて宜しいか・・・」
「礼などは必要ないよ、私達は自分のすべき事をしたに過ぎないからね。」
時臣の手からクルミルをそっと受け取り、ランスロットは再び深々と頭を下げた。
その様子から、きっと此処ではジムを上げての大捜索が行われていたのだろう。しかしよもや、街を出てあまつさえ山ひとつを越えた先の街にまで行っていたとは、予想だにしていなかったらしいが。
「それよりも早く、この子を雁夜に・・・」
「あっ!そ、そうでした・・・カリヤ!カリヤー!」
促されるとランスロットは、弾かれたようにその場から立ち上がりそして今来た方向へと駆けてゆく。
それをゆっくりと追いながら時臣は、既にかなり薄暗くなっている庭の中で目を凝らした。
あちこちをよく剪定された茂みや草花、或いは木々に覆われたこの庭は、一見すると小さな自然公園のようですらあり、水辺や、腐葉土の敷き詰められた丘さえ用意されている。
正に、虫ポケモンの為だけに造られた庭、と言っていいだろう。だがしかし、よく考えて見ればくだんの一件があって以来訪れた事はなかったな、とぼんやり思い起こしていると、庭の中央で見覚えのある華奢な背中が見えてきた。
白い髪に、白く細い首。ゆったりとした服を纏った姿は、常に礼装で着飾っている時臣とは対象的にラフで、しかしながらどことなく薄倖さを感じさせる。
彼は大きな体のペンドラーの背中に腰を下ろし、多くの虫ポケモン達に囲まれながら消沈した様子で俯いていた(そんな様を見て時臣は一瞬近付く事を強烈に拒みたくなった)。
どうやら、ランスロットの声が聞こえていないらしい。
もう一度、今度はより近くでランスロットはその背中を呼ぶ。
「カリヤ!クルミルが帰って来ましたよ!!」その声を聞くと、今まで青菜に塩を振ったような様子ですっかりしおれていた背中が、ぴんと伸ばされる。
そして、怖ず怖ずと振り返った表情は、ランスロットが抱き締めているあの幼生を視認した瞬間、満面の笑みへと変わった。
「・・・!クルミル!!おまっ・・・何処行ってたんだよ!心配したんだからな!」
ペンドラーの背中から飛び降り、一体その体の何処にそんな元気があったのだ、と言いたくなるほど力強い足取りで彼・・・雁夜は、ランスロットに駆け寄りその腕からクルミルを貰い受ける。
クルミルは、懐かしい雁夜の腕に戻ると今まで見せたことのないような心底嬉しそうな笑顔で、何度も何度も甘えるように鳴いた。
やはり、本当の主人である雁夜が恋しくて心細かったのかも知れない。ついさっきまで自分の腕の中で懐いてくれていたと思っていたのだが、ああして本来の場所に収まったクルミルを見ていると、何となく寂しいような気持ちに時臣はなった。
「ん・・・?あれ、どうしたんだ、それ・・・」
と、ふと。雁夜はクルミルが握っている木の実に気付き、首を傾げるように覗き込む。
すると、クルミルは得意げに一声鳴き、それをもっとよく見せるようにぐいっと前へ突き出した。
その仕種だけで、雁夜は大体の経緯を察したのであろう。
途端にその頬を緩めて、泣きそうな表情で破顔した。
「そっか・・・俺の為に、オボンの実を探しに行ってくれてたんだな・・・ありがとう、クルミル・・・!ありがとう・・・!!」
そう言うと、雁夜はその細い腕でクルミルを愛惜しげに抱き締める。クルミルもまた、頬と頬と互いに触れ合わせられると、嬉しそうにその肌に顔をすり寄せた。
傍らからランスロットが小声で、今朝は寝起きから倦怠感が酷く、昼前までずっと横になっていらしたのですよ、と教えてくれた。
あぁやはりか、と、得心した様子で時臣はそれに頷いた。
そんな雁夜の様子を見ていたクルミルは、主に元気になって欲しい一心であの木の実を庭から探し出したのだろう。
よもやそれが、これほどまでの大騒ぎになるとは夢にも思わずに。
雁夜も、きっとクルミルがいなくなったと知り、重い体を圧してあちこちを探し回っていたのだろう。
けどそれも、クルミルの無事とその優しい心に触れた瞬間、何処かへ飛んでいってしまったに違いなかった。「カリヤ、クルミルを送り届けて下さったトオサカ殿達にもお礼を言って差し上げてください。」
感激の嵐でいつの間にか周りが見えなくなっていたらしい雁夜に、ランスロットが優しくそう促す。
雁夜は、それを聞いてちょっとはっと肩を震わすと、目尻に浮かぶものを隠すように手の甲で擦りながら此方を向いた。
「えっ、あ、あぁ、そうだったのか・・・ありがとう、ときお、み・・・・・・・・・って、えぇぇ!?」
だがその矢先。
謝辞を述べようとしていた雁夜の表情が、笑顔から一瞬にして驚愕に変わる。
思わぬ主の反応にランスロットは、何が起きたのか解らずきょとんとした。
「・・・カリヤ?どうかなさったのですか?」
そう言えば、ランスロットはカリヤがジムリーダーになってから召喚されたのだから、彼が余りマトウジムに足を運ぼうとしない理由をよく知らないのだ。ぼうっとした様子のランスロットの前で、雁夜は時臣と今自分の抱き締めているクルミルを交互に指さしながら、早口に捲し立てる。
「いやっ、だって・・・時臣だぞ!?“あの”時臣が、クルミルを!?送ってきてくれたって言うのか!?」
「・・・?はい。トオサカ殿がギルガメッシュの背に騎乗されて、クルミルをその腕に・・・」
直後、先程よりも更に大きな、それこそ素っ頓狂とも言える雁夜の声が、夕刻の空へと響いた。
「と、時臣が・・・クルミルを抱いてきた!?嘘だろ!?」
「いえ、本当に・・・」
「だ、だって!!クルミルだぞ!?虫ポケモンだぞ!?なのに、あんっなに虫ポケモンが嫌いな時臣が、虫ポケモンを抱えてトオサカから此処まで来たなんて・・・」「・・・・・・・・・あのさ、雁夜、」
と、その時。不意に今まで黙っていた時臣が口を開く。
その表情は先程と変わらぬ微笑を湛えていたが、何故か、左手が忙しなく右の腕をさすり、何かを堪えるように軽く震えている。
「あ、あんまり・・・その子が“虫ポケモン”だと連呼しないで、貰えるかな・・・思い出したく、ないんだ・・・・・・」
「・・・・・・あ、悪い。」
どうやら、今の今まで彼自身、クルミルが虫ポケモンだという意識をすっかり失念していたらしい。
しかし、雁夜の余りの驚きように今更ながらその事実を認識してしまったのだろう。
震えているのは、全身を走る悪寒と鳥肌に耐えているから、だろうか。
そう言えば、先程から彼の眼前にはマトウジムが誇る放し飼いの虫ポケモン達が勢揃いなのだ。それを前にして、悲鳴を上げたり卒倒したりしないだけ、よく耐えていると言えるだろう。
一瞬、間があった。
だが直後、その場では沈黙を切り裂く声が上がる。
それはこの一日にして起きた二つの街を結ぶ騒動劇を締め括るに相応しい、大団円の輪。
哄笑だった。
***
・・・さて。
物語はこれで幕引きなのだが、此処から先はちょっとした後日談をご覧に入れよう。
トオサカジムから始まり、マトウジムにて幕が下りた今回の椿事から数日後。
いつものようにジムを開きつつ、鉱山管理の雑務をこなしていた時臣の耳に、覚えのある言い合いの声が聞こえてきた。
それは、自宅の長い廊下に繋がる曲がり角から響くものであり、片方は男、そしてもう片方は愛らしい少女の声色であった。「―――何故我がこんな小間使いの真似事などしなければならんのだ!?」
憤慨した様子で怒鳴るのは、勿論悩むまでもなくあのギルガメッシュの声。
「貴方どうせ、毎日毎日平和ボケしてゴロゴロしてるだけじゃない!このギル“ダメ”ッシュ!!」
「なッ・・・・・・!!」
少女の声で放たれたとんでもない暴言に、一瞬ギルガメッシュが言葉に詰まる。
その隙を幸いとばかりに、少女はぱっと踵を返してその場から逃げるように立ち去った。
ちらりと見えたのは、父親似の黒髪を二つに結い上げた少女の後ろ姿。
時臣の愛娘が一人である、凜だ。
まったく、こんな場所であんな大声を出すなんて、優雅じゃないな。と、時臣は我が娘のお転婆ぶりを苦笑しながらも微笑ましく見送る。残されたギルガメッシュは、反論する相手も対象も一気に見失ってしまい、やり場のない苛立ちだけを抱えてその場で立ち尽くしていた。
「如何されましたか、我が王よ。」
そこに、時臣は努めて平静を保ちながら声をかける。
するとギルガメッシュは、勢いよく声のした方を向くと今さっきの鬱憤を晴らすかのように時臣に食ってかかった。
「時臣ィ!!貴様、娘に一体どういう教育をしておるのだ!!・・・・・・まぁ、いいか、取り敢えず・・・ほれ、貴様に贈答品だ。」
まぁ、食ってかかったとは言えそれはほんの一瞬の事だったけれど。
娘の非礼を詫びさせるよりも、彼には今さっき言い付けられた雑用をこなす事の方が優先だったらしい。贈答品、と言いギルガメッシュが差し出したのは、円柱形に造られた特殊なケース。
そしてその中にちょこんと入れられた、見覚えのある斑点模様をさせた大きなタマゴ。
間違いない、これは・・・ポケモンのタマゴだ。
「・・・これは?」
「マトウジムのカリヤから、貴様にだ。先日の幼生の一件の礼・・・らしいぞ。」
そう言ってギルガメッシュは半ば無理矢理時臣にケースを押しつける。
されるがままにケースを受け取った時臣は、ちょっと考えた後、とてつもなく嫌な考えに行き当たって顔を顰めた。
何故なら、雁夜の家と言えば言わずもがな、虫ポケモンの聖地。
そんな雁夜から、贈られてきたということは・・・・・・
「ま、まさか、これは・・・」虫ポケモンのタマゴ、なのでは?
その答えに行き着いた瞬間、時臣の背中に冷たい汗が流れた。
ぶわっと全身が総毛立つのを感じる。
勿論、真実なんて知りたくはない。
謝礼の品だというのに、何というものを贈りつけて来るんだあの男は・・・と、時臣は親友の半ば嫌がらせのような贈答に、軽く怒りすら覚えた。
「まぁそう邪険にするな、時臣。それについてだが・・・実は手紙がついていてな・・・」
ギルガメッシュは、時臣の様子が明らかな逃げ腰になったのを見てにやりと笑みを深める。
手紙・・・?と時臣が問い返すと、彼は先程受け取ったばかりらしい封筒を見せ、その中に畳まれた便せんに断りもなく目を通し始めた。
「これによるとどうやらな・・・それは、メラルバのタマゴらしいぞ。」「メラルバ・・・と、言うと・・・」
「そう。そやつは、炎種族と虫種族の複合だ。」
笑みが一瞬、より深くなった。
それは数日前に見た、時臣をクルミルで苛めて遊んでやろうと思いついた時の、彼のような。
「カリヤも考えたものだな・・・虫種族への偏頗を無くす為に、このように珍しい同胞を寄越すとは・・・時臣、貴様なかなか友人に恵まれておるぞ?」
大きなお世話です、と言いたいのを時臣はぐっと堪えた。
ただの虫ポケモンならまだしも、炎ポケモンでもあると言うのなら無下には送り返せない。
ましてや、これが親友からの心遣いだとするのならば、尚更ぞんざいには扱えはしないだろう。
「まぁ、精々可愛がってやるが善いぞ・・・よもや、炎種族を従える主たる貴様が、同じ炎種族のメラルバを邪険にするような真似は、すまいよな?」心底意地が悪い口調で念を押し、ギルガメッシュは先程と打って変わっての上機嫌でその場を後にした。
残された時臣は、腕の中にあるそれを見詰めて溜息をつくしかない。
タマゴは、まだまだ弱くはあるものの、微かに震えるように動いてはその存在を主張しており、其処には確かに、息づく生命を感じる事が出来そうだった。
~終~[newpage]【おまけ】
本編には登場しませんでしたが、取り敢えず決めるだけ決めていた他の方々の設定です。
登場人数の関係でジムが七つしかありません(八つ目は初代トキワシティみたく閉鎖中)が、予めご了承ください。
あと、アホみたいに設定がばっちり決まってる人と、そうでない人がいます(笑)
順番は、ゲームにするなら回るジムの順番(難易度順)となっています。
名前の後にあるのは、所謂ジムの看板に書いてあるその人の肩書きです。
勝手なイメージだったり、そうじゃなかったり、真名バレとか普通にあったりするので、ご注意を!
ウェイバー・ベルベット/大器晩成の天才少年
ベルベットシティのジムリーダーで、ノーマルポケモンの使い手。七つのジムの中では一番最初に当たるだけあってその程度と言ってしまえばそれだけの実力。どう考えても名前負けしている。
ぶっちゃけどうしてジムリーダーになれたのか自分でもよく分かっていないが、卑屈さと虚栄心ゆえの向上心だけは誰にも負けないと思われる。
勝利すると貰えるのはビロードバッジと『おんがえし』の技マシン。
・使用ポケモン(/の後にあるのは特性)
ヨーテリー♂/ものひろい
余り強くない(ズバリ)だが将来的にムーランドまで進化させればこれ以上にない番犬になると思われる。正に大器晩成。
イーブイ♂/てきおうりょく
本命はこちら。ウェイバーのパートナーポケモンで進化はしていないがかなりの強さを誇る。『おんがえし』の威力が最高値にいく程度には懐いているが、『かわらずのいし』所持のため進化はしない。ウェイバーも進化させる気はあまりない。後に他のノーマルポケモンも使うようになるのかな・・・ザングース辺りが強力だから個人的に奨めたい←
・守護獣
イスカンダル(グラードン)
何をどう間違えたのか、召喚に応じたのはホウエン地方を創造したという伝承が残る伝説のポケモンだった。
ウェイバー本人はかなり手に余っているようだが、ひょっとしたら彼の隠された鋭才の片鱗なのかも知れない。
イスカンダル自身、そんなウェイバーの潜在能力にはきっと気付いているから、事ある毎に激励してくれる非常にいいコンビ。
雨生龍之介/奇怪的頽廃芸術家
ウリュウシティのジムリーダーにして、ゴーストポケモンの使い手。
本業は芸術家らしいが、余り世間的には受け入れられないような頽廃的作品ばかりを発表しているその世界での異端児。それでも周りの意見などには囚われず、今日もゴーストポケモン達と我が道を行く正に芸術家である。
因みに、この世界では殺人もポケ虐めいたこともしていない(寧ろ作者が許さない←)
勝利すると貰えるのはデカダンスバッジと『おにび』の技マシン。
流石にこの時点で『シャドーボール』は早い(笑)(まぁ、『おにび』は炎技だけどさ・・・)
・使用ポケモン(/の後にあるのは特性)
カゲボウズ♂/おみとおし
『のろい』からの『おにび』でじわじわ削ってくるタイプのすごく嫌らしいポケモン(笑)
龍之介のパーティでは先発として登場し、いきなり出鼻を挫いてくる系の役割。
ヨマワル♂/ふゆう
『かなしばり』やら『あやしいひかり』やらで技を封じてくる、こちらもすごく嫌らしいポケモン(笑)それでも、カゲボウズに比べてかなり打たれ弱くはあるからまだましなほうかも知れない。ゴース♂/ふゆう
龍之介の一応切り札だが、実はこの他にもう1体ゲンガーがいたりする。
『さいみんじゅつ』で眠らせて『のろい』からの『くろいまなざし』そして『あやしいひかり』という本当に最後の最後まで嫌らしいポケモンばかり(笑)
ゲンガー♂/ふゆう
龍之介のパートナーポケモン。だが、かなり強いためにここぞと言う時にしか出さず、ジム戦で使う事は殆ど無い。
代わりに、常にボールから出されて龍之介の傍につき従っている。まるで助手のような立場で芸術作品作りを手伝うことも。
・守護獣
ジル・ド・レェ(ダークライ)
龍之介の召喚に応じた、というよりは彼の芸術作品に惹かれて姿を現した。
他のジムリーダー達のような主従関係とは違うが、確固たる友情で結ばれていることにかけては恐らく何処にも負けていない。龍之介にとっても自分の芸術を理解してくれる数少ない友人である。
間桐雁夜/白皙の蟲使い
マトウシティのジムリーダーである、虫ポケモンの使い手。
何年か前に病の所為で片顔面が歪み、髪の毛もすべて白くなってしまった。
非常に難しい症例ではあったが、友人である遠坂家の援助により現在では病もほぼ完治している。しかし、やはり変わってしまった風貌は元には戻らず、また、今でも余り体が丈夫な方とは言い難いらしい。
家が元々虫ポケモンを扱うジムだった所為か、虫ポケモンが大好きで家の庭に大量の虫ポケモンを放し飼いにしている。
患ったのはジムを継ぐ事が決定した後で、病状が回復してから改めてジムの後継者となった。
勝利すると貰えるのはラーヴァバッジと『シザークロス』の技マシン。早いかな・・・?いや、でも、プラチナでも三番目のジムで『シャドークロー』だし、まぁいいか・・・
・使用ポケモン(/の後にあるのは特性、その下段は性格と個性)
ストライク♂/テクニシャン
せっかち/ものおとにびんかん
れんぞくぎり・かげぶんしん・つばさでうつ・おいうち
素早さに特化した斬り込み隊長。『かげぶんしん』で回避率を上げてからの『れんぞくぎり』や『つばさでうつ』などの特性を生かした攻撃を繰り出す。恐らく、後に『つばさでうつ』が『つばめがえし』になるんだろうなぁ、とか勝手に妄想。
ペンドラー♂/むしのしらせ
いじっぱり/ちからがじまん
ポイズンテール・むしくい・まるくなる・ころがる
攻撃に特化した次鋒。特性が『どくのトゲ』じゃないのはよく雁夜を背中に乗せて移動しているから。流石にどくのトゲがあるポケモンに乗るのは・・・ちょっと・・・(笑)後に『むしくい』は『ハードローラー』に、『まるくなる』と『ころがる』は『すてみタックル』とあと何か(適当)に変わるのだろうと予想。なんだろ・・・『こうそくいどう』とか?
ヌケニン♂/ふしぎなまもり
ようき/すこしおちょうしもの
みがわり・かげぶんしん・シャドークロー・シザークロス
雁夜のパートナーポケモンで、見た目にそぐわず『みがわり』からの『かげぶんしん』で後はガンガン攻めてくるタイプの大将。
でも、まぁ多分・・・炎ポケモンで挑めば楽しょ・・・ry
因みに、このヌケニンが進化した時のテッカニンは庭のポケモン達のリーダーとして取り仕切る役目を担っている。
あと、後に今回の話で登場したクルミルがハハコモリになって加わるんだろうな。パーティメンバーがアーティさんと2体被ってる件(笑)
・守護獣
ランスロット(スイクン)
雁夜の召喚に応じた伝説のポケモンで、他の守護獣の中でも一、二を争うほどの忠誠心の持ち主。人間の姿になるとかなり長身の美丈夫になる。
ちょっと心配性で過保護なきらいがあるが、病弱設定の雁夜にはそれが丁度いいのかも知れない。よく、ペンドラーとどちらが雁夜を運ぶかで喧嘩している(笑)
因みに、スイクンにしたのは単に鬣と髪の毛が似ていたからとか、そんな理由。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト/ロード・エルメロイ
アーチボルトシティのジムリーダーで、水ポケモンの使い手。
トレーナーズスクールの中でも最高峰の、完全実力主義学部、通称“時計塔”の名誉教授。ウェイバーは教え子の一人であるが、彼自身がウェイバーを評価していたのかと言えば、そうでもない。
非常に厳格な性格であり、所謂ポケモンの厳選に関しては他のジムリーダーの中で誰よりも上。個体値とか、努力値とか、すごくこだわってる。(作者はよく分かりませんが・・・)
勝利すると貰えるのはマーキュリーバッジと『みずのはどう』の技マシン。
・使用ポケモン(/の後にあるのは特性)
スワンナ♀/するどいめ
個体値にこだわってる割には使うポケモンが微妙、とは言わないで!
飽くまでも如月のイメージで選出しているのです・・・このスワンナは『フェザーダンス』と『おいかぜ』で味方援護型だと思われる。
プルリル♂/のろわれボディ個体値に(以下略)進化系じゃないのはブルンゲル進化がレベル40だからです・・・きっと将来的には進化するんだよ!
『おにび』からの『たたりめ』コンボで攻めながら『じこさいせい』を使ってくるから、今の姿のままならさておき進化したら長期戦になりそうな予感がする。
トリトドン♂(東の海ver)/よびみず
水銀に似てるかなぁ、って・・・なんとなく。(そんな理由)
素早さは高くないがHPの高さからしてこのポケモンも長期戦フラグ。
氷タイプ・威力70の『めざめるパワー』とか使ってくるかも知れない。
キングドラ♂/スナイパー(お前が『スナイパー』なのかよ!!って設定した瞬間思った)
ケイネスのパートナーポケモンで、恐らくジム戦をするのなら一番の壁となるポケモン。タイプ弱点が突きにくい上に努力値などで底上げしまくったチート級ポケモン。
これで最後のジムとかだったらきっと詰む人続出だったんだろうなぁ・・・(遠い目)
ひょっとしたら龍ちゃん同様、ジム戦には使わないいざという時用のポケモンなのかなとか思ったり。
・守護獣
ディルムッド(ディアルガ)
ディアルガの出現場所が“やりのはしら”だという理由だけで設定した←(と、いう事は五次ランサーはパルキアかなぁ・・・)
ケイネスの召喚に応じた守護獣で、騎士道精神に則る全うな騎士。
ランスロットと比肩するほどの忠誠心の持ち主であると同時に、かなりの主人廃。
しかし人間の姿になった途端とんでもない美形だった為、ケイネスの婚約者ソラウに一目惚れされてしまい何やら昼メロな雰囲気に・・・この三人の関係図はどんなパロディにしても崩したくないんだよね(笑)
言峰綺礼/清濁を宿す神父
コトミネシティの次期ジムリーダーであり、悪ポケモンの使い手。
現在はジムリーダーを父に任せて、トオサカジムのジムリーダーの下で弟子入りをしているが、その実力は既にかなりのもの。
師匠を心から尊敬している、ちゃんとした綺麗な綺礼。
実は双子の兄(五次峰)がいるって設定もありかな・・・と思っているのは内緒(言ってる)
そしたら、きっと四次峰vs五次峰×切嗣っていう美味しい展開も、あるよね・・・←
因みに出すとしたら、五次峰は所謂ロケット団とかプラズマ団とかのボスポジション。
神父の癖に悪ポケモンの使い手ってどうなの、って気もするけど、綺礼なら仕方ない。(笑)将来的に勝利すると貰えるのはディライトバッジと『つじぎり』の技マシン。
実際、『つじぎり』の技マシンは存在しないけど、まぁ其処は突っ込まないで・・・
・使用ポケモン(/の後にあるのは特性、下段は性格と個性)
マニューラ♂/プレッシャー
いじっぱり/ものおとにびんかん
つじぎり・つばめがえし・ねこだまし・れいとうパンチ
完全攻撃特化の速攻型ポケモン。綺礼の手持ちの中では主に先鋒を勤めるが、教会の事務の手伝いをしていることも多い。
ところでこの技構成、どっかで見たことあると思ったらポケスマのしょこたんが持ってるマニューラとほぼ同じだった事に気付いたんだぜ・・・(苦笑)
ドンカラス♂/きょううん
わんぱく/きがつよいドリルくちばし・いばる・つじぎり・だましうち
此方もなかなか攻撃に特化したタイプのポケモン。バトルの実力もさることながら、コトミネシティの神父業も請け負っている綺礼をちょくちょく街から街へ運んでくれる、移動係でもある。
いずれは『だましうち』を『ばかぢから』とかに変えてくるのかも知れない。
キリキザン♂/まけんき
さみしがり/からだがじょうぶ
メタルクロー・つじぎり・ローキック・てっぺき
綺礼のパートナーポケモン。キリキザンに進化するのはレベル52だけど、五番目のジムでそれもかなりのチートだからきっと、この子もいざという時だけ出す切り札用。(まぁ、ゲーム内じゃあレベル操作されて進化してるポケモンはざらにいますが・・・)綺礼のみならずその師匠達にもなついており、遠坂家ではお手伝いさんに混じって家事の手伝いをしている。
寂しがりな性格だから、一人でいるのは嫌なのかも知れない。
・守護獣
ハサン(ミカルゲ)
伝説・・・?なんだろうか(笑)
召喚したと言うより、綺礼が要石の封印を解いてそのまま従えたと言った方が正しい。
108の魂が宿った霊体で、倒しても倒しても108体分は復活してしまう、敵に回したら物凄く面倒臭いと思われる。
現在はまだいないが、そのうち綺礼がジムを継いだら(或いは継ぐ意志を見せたら)登場する予定。
遠坂時臣/緋色の魔術師
トオサカシティのジムリーダー。今更言うまでもないが(笑)炎ポケモンの使い手。殆どの事は本編内で語ってしまったので割愛。
因みに妻・葵と娘の凜・桜は家に健在。将来的にはどちらかが(多分凜が)ジムを継ぐ事になるかも知れない。(そしたら桜は父からウルガモスのタマゴを授かってマトウジムを継ぐと思う)
勝利すると貰えるのはジュエルバッジと『かえんほうしゃ』の技マシン。
・・・実際にジムバトルでそんな親切な技を貰える事は、余りないだけに凄く欲しい←
・使用ポケモン(/の後にあるのは特性、下段は性格と個性)
キュウコン♀/もらいび
ひかえめ/ひるねをよくする
しんぴのまもり・あやしいひかり・じんつうりき・かえんほうしゃ
先鋒を担当し、『しんぴのまもり』から『あやしいひかり』で出鼻を挫いていくる実に嫌らしいポケモン(あれ、デジャブ?/笑)『ゆうわく』とか『メロメロ』とかも覚えさせたかったけど、そんな異性に媚びるような戦いの技は「優雅じゃない」と一蹴されそうな気がしたから止めた(笑)
ブースター♂/もらいび
むじゃき/こうきしんがつよい
ほのおのキバ・アイアンテール・オーバーヒート・にほんばれ
時臣がジムを継いでから数年後、タマゴでイーブイから孵したポケモン。
故に、まだ他の2体に比べて幼さが残っている。
『にほんばれ』からの『オーバーヒート』で後は攻撃に特化した種族値を生かした戦いをすると思われる。
って、言うか、そろそろ本当にブースターに『フレアドライブ』覚えさせたげてよぉ!←
作品の展開上『こうきしんがつよい』という個性は外せなかった。あと、この『にほんばれ』は後にメラルバがウルガモスに進化して『ソーラービーム』を使えるようになったら非常に重宝するんだろうな。
ギャロップ♂/もらいび
やんちゃ/あばれるのがすき
ほのおのうず・フレアドライブ・とびはねる・メガホーン
時臣のパートナーポケモンで付き合いが一番長い相棒。
ところで、作中にギャロップに素で乗ってる描写しちゃって、「熱くないの?」とは突っ込まれそうだけど、アニメでもサトシが確か素でポニータに乗ってるシーンあったから、多分懐き方で鬣の炎の熱はオン・オフ効くんだと思う(適当)
ほら、ヤブクロンの臭いと同じでさ!!
此処まで考えて思ったけど、時臣のポケモン全部特性が『もらいび』だったね・・・他にないのか!?(笑)あと、将来的にメラルバ→ウルガモスも入ってくるんだろうな。
・守護獣
ギルガメッシュ(色違いゼクロム)
此方も殆ど本編で語ってしまったので特に言う事はないのだけれど(おい)、時臣の召喚に応じた伝説のポケモン。
ゼクロムの色違いが果たして金色なのかどうかは知らないけどね!!←
尊大な態度は相変わらずだけど、子供やポケモン、特に小さなポケモンには優しいという、典型的なヤンキー体質。
そう言えば、ギルガメッシュがゼクロムなら、エンキドゥはレシラムなのかね・・・とか思ってみたり。
アイリスフィール・フォン・アインツベルン/ホムンクルス・スノウホワイト
アインツベルンシティのジムリーダーで、氷ポケモンの使い手。本来のアインツベルンのイメージと色の白さから、氷ポケモンという結論に至った。
因みに肩書きの“ホムンクルス”は喩えであり、本当に人造人間というわけではない。
ただ、先天性の色素欠乏症(アルビノ)である為、あまり日の光には強くない。(すぐに日焼けしてしまう、などの意味で)
昔は居城から出ることすらままならなかったが、旦那と娘が出来て毎日が楽しそう。
旦那さから教わり気まぐれに始めたポケモンで、凄まじい才能を開花させてフユキ地方では最難関のジムと言われるまでになった。
勝利すると貰えるのはアルケミスバッジと『あられ』の技マシン。
・使用ポケモン(/の後にあるのは特性)
ユキノオー♀/ゆきふらし
先鋒からしていきなり、トレーナーのイメージとは違いすぎる巨大なポケモン(笑)特性の『ゆきふらし』で後の仲間達をサポートしてくれる。
普段はアイリを肩に乗せて雪山の散歩をしている姿も見られるらしい。
ユキメノコ/ゆきがくれ
特化された特殊攻撃型で『サイコキネシス』や『ふぶき』『シャドーボール』を使ってくるかなりの強敵。
ついでに『ゆうわく』か『メロメロ』あたりを使ってきそうな気もする。
バニリッチ♀/アイスボディ
アイリの手持ちの中では一番仲間入りして日が浅い仲間。それでも、『ミラーショット』や『れいとうビーム』などの強烈な技を出して来るから油断は出来ない。
食いしん坊の召喚獣からは日々狙われて(?)いる、ちょっと可哀想なポジション。
グレイシア♀/ゆきがくれ
アイリのパートナーポケモンで、イーブイの頃から一緒にいる最高の親友。しかしバトルでは、『あられ』で天気を変えた後に必中の『ふぶき』を使ってくる上に、持ち物が『ひかりのこな』というド鬼畜ぶり(笑)
・守護獣
アルトリア(コバルオン)
召喚に応じてやってきた伝説のポケモンだが、実は召喚をしたのはアイリスフィールではない。それでも、現在はジムリーダーであるアイリに付き従い、守護獣としての責務を全うしている。
本来の召喚主との仲はあまりよくない(というよりどのジムよりも最悪)。
『たべるのがだいすき』な性格らしくとにかくよく食べる。特にアイリのバニリッチが毎日大変。
ランスロットとは元々主従なのか、知り合いなのか・・・でもスイクンは案外あっちこっちに行ってるみたいだから知り合いないし主従か友人関係でもいいと思ってる。衛宮切嗣
フユキ地方のチャンピオンであり、元はエミヤシティのジムリーダー。
だが、チャンピオンの職に就いた為エミヤジムは現在閉鎖されている(後に士郎が継ぐ事になると思う)。
チャンピオン就任後アインツベルンジムのアイリと結婚し、一子をもうけたがその後姿を眩まし、数年後にエミヤシティへ養子の士郎だけが帰ってきた。
この数年間については知る者も殆ど居らず、また、今現在何処で何をしているのか誰も知らない・・・と、言うか、作者も考えてない(を)
フユキ地方最強のトレーナーなだけあってその腕前はどのジムリーダーにも劣らない。
が、どことなく冷酷で外道ぎりぎりの闘い方をしてくる為、手合わせしたいと申し出るジムリーダーは余りいないらしい。使ってくるポケモンはチート級なまでの厨ポケ多目。
・使用ポケモン(/の後にあるのは特性)
エアームド♂/がんじょう
BWになってから特性『がんじょう』の仕様が変わって、非常に倒しにくいことになったと思う。1ターン耐えてからの『ゴッドバード』とかされた日にはきっと目も当てられない。
『まきびし』からの『ふきとばし』とか、正直実際にいたら止めて欲しい闘い方をしてくるんじゃなかろうか・・・(笑)
ルカリオ♂/せいしんりょく
ルカリオは何となく、みんなセイバーと似た性格をしてるんじゃないかというイメージがあるんだが、多分誰よりトレーナーに忠実なんじゃないかと思う。
『はどうだん』『あくのはどう』『りゅうのはどう』という波動系技ばっかり使ってきそう。オノノクス♂/かたやぶり
イッシュ厨ポケ代表(真顔)てゆか、まぁ、如月も使ってましたが・・・←
非常に多彩な技を覚えてくれるので、リアルにチャンピオン級のキャラならば入れておくべきかと思う。これでいて結構素早さも高いので、納得の厨ポケ。
『ドラゴンクロー』『じしん』『シザークロス』『シャドークロー』という、如月のオノノクスと全く同じ技構成にしてみた。自分のポケモンながら、実際に対峙はしたくない。←
アイアント♂/むしのしらせ
BWプレイヤー、或いはサブウェイにお世話になってる方々のトラウマ(笑)かく言う私も苦手でございます・・・
そういうちょっと嫌らしい、と言うか多くのプレイヤーのトラウマないし苦手意識の強いポケモンを繰り出してきそうなイメージなのです。ギャラドス♂/いかく
如月のトラウマ(真顔)
そんな理由でパーティに組み込んでみたけど、意外にしっくりきますね。
(誰も聞いてないだろうけど)基本的に格闘ポケモンで構成され、主力が必ず炎・格闘ポケモンになる如月にとっては、非常に、ひじょおおおおおに、相手にしたくないポケモンなのです。
外道主人公なだけに、如月の勝手なトラウマや苦手ポケモンばかりを組み込んでしまう切嗣パーティ・・・
・・・あとはあんまり考えてないです(笑)
オノノクスより厨ポケならサザンドラかな・・・とも思ったけど、サザンドラは出来れば綺礼(或いは五次峰)に使って欲しい。
切嗣が五次峰の仲間になってるとか、何かよく分からないけど従わざる得ない状況になってるとか、そういうの凄く胸熱だと思うんだ・・・←因みに、この話普通に奥さんとか居るのにホモォ…なことになったりするからね?
もういいよね、奥さん公認のホモォ・・・でいいよね!奥さん貴腐人設定でもいいよね!
主にアイリさんと葵さんがな!!(待て)
えーと、途中から暴走&適当っぷり半端ないですが、大体こんな感じです。
お粗末様でした(平伏)
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見れば見るほど、ヴァカっぽいタイトルですね。←<br /><br />と、ゆーわけで後篇です!<br />えぇ、本当はもう全編出来てたんですよ!<br />ただ、文字数の関係上削らざる得なかったという…<br />前作からの続きなので前回をまだ未読の方は目を通してくださいますようお願いいたします。<br />前作から読んでくださっている方は、長々とお付き合い下さいまして本当にありがとうございます。<br />正直、あまりの長さに自分でもドン引いてますが(笑)<br />まぁ、今回の作品自体、ポケモン廃な如月が気まぐれのお遊びで作った作品なので軽い気持ちで読んで楽しんでいただけたら嬉しいです。<br /><br />あとそれから、今回はおまけも用意してみました。<br />お暇な時にでも読んでみてください!<br /><br />では、以上如月でした!<br /><br />(追記4/28:小説デイリーランキング96位に入りました!前編共々ありがとうございます!<br />あとタグもありがとうございました!そういや、今回の作品ギル時要素超薄いですよね…てゆか、私の作品総じてそうか……すみません!いつかはラブラブなギル時書きたいなぁ…<br />シリーズ化は…うーん…気が向いたら…←)
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純情ハートを撃ち抜いて(後編)
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007074#1
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私は、恋人である降谷零のことが大好き。
どれくらい好きかというと、もし降谷くんに「君のお金むしり取るからこっちへおいで」と言われたら財布やクレジットカードや通帳、銀行印まですべてをカバンに詰めて嬉々としてついていくくらい。まあ、警察官である降谷くんがそんなことを言うはずないのはわかっているし、同じ警察官であり同僚として許すわけにもいかないのだけど。
重たい自覚はある。でも私は昔から表情が乏しいからその異常なまでの愛情はまるで伝わっていないだろう。中学の時には「お前、表情筋母ちゃんの胎盤の中に落としてきたんだろ」と言われたことがあるくらいだ。失礼だと思ったけど、私も納得してしまったものだからぐうの音も出なかった。
好きだ、付き合ってくれと告白したのは降谷くんからだった。私はそれに「はい」と返事をした。本当は嬉しくて嬉しくてその場でタップダンスを踏み出したい気分だったけれど、相も変わらず表情筋は働いてくれなかった。でも逆に良かったと思う。私の脳内がすべて行動に現れていたらきっと今頃どん引きされて捨てられていただろうから。
その日から私たちは付き合うことになった。
付き合って一週間。まずは手をつないだ。ずっと女の人のように綺麗だと思っていた降谷くんの手はごつごつと骨ばっていて、私のものより一回りも大きかった。男らしいその手に心臓が飛び出るかと思った。手汗が気になって私から手を離した。
付き合って二週間と二日。休憩室に呼ばれ、抱きしめられた。彼のワイシャツから爽やかで清涼感のある香りがして、心臓が半狂乱して暴れだした。徹夜明けでシャワーも浴びてないことを思い出し、彼の胸を押して突き放した。
付き合って一か月。降谷くんの家にお邪魔した時にキスをした。ソファに並んでたいして面白くもないコメディドラマを見ているときだった。薄く整った彼の唇が優しく触れて、心臓が喉元まで到達した。その日に限って昼食に餃子定食を食べたことが脳裏をよぎり、顔を背けた。
「君、僕のことを好きじゃないだろう」
いつか言われるだろうと思っていた台詞をとうとう言われてしまった。驚きはしなかった。彼の考えはもっともだと思ったから。
「恋人らしいことをすればすべて拒否されるし、僕の前で笑いもしない。もし僕と付き合ったことを後悔しているなら別れよう」
「……はい」
私は答えた。あの日告白された時と同じように。
こんな能面女と付き合っていてもきっと降谷くんはつまらないだろうし、幸せになれないだろう。彼にはもっと表情豊かで、彼の行為にちゃんと耐えきれる心臓の強い女性のほうがお似合いに決まっている。不愛想な私がひと時でも降谷くんの恋人になれたことが奇跡なんだ。一か月も独り占めできたことだけでも神様に感謝しなければいけない。
降谷くんは「そうか」とだけ言って玄関のほうへ向かう。
彼が一歩踏み出すたびに、走馬灯のように彼との思い出が脳内を巡る。同僚として公安に勤めた日。一緒に過酷な職務を乗り越えてきた日々。そして、恋人同士になって与えてくれた幸せな時間。それがすべて壊れてしまうような気がして、ずっと胸に秘めていた激情が溢れてきた。
「好き」
無意識について出た言葉だった。
降谷くんは歩みを止めて、ゆっくりと振り返った。彼の表情は相当驚いている顔だ。その反応を見て、私が降谷くんに「好き」と言ったのが今日が初めてだということに気付いた。
どうせ最後なんだから、この勢いで誤解だけでも解かせてほしい。そんな自分勝手な想いで、口を開いた。
「降谷くんのことが好き、死ぬほど好き、好きすぎてどうにかなってしまいそうなくらい好き。手をつないだ時手汗が気になって離しちゃってごめん。抱きしめられた時徹夜明けでシャワーも碌には入れてなかったから体臭とか気になって突き放してごめん。キスした時昼食に餃子食べてニラ臭かったら嫌で拒否してごめん。全部嬉しかったし、心臓が爆発してしまいそうなくらい緊張した。でも私は降谷くんに嫌われるのが何よりも嫌だったから。弱い女でごめんなさい。今までありがとう」
「幸せになってね」そう言おうとしたのに、柔らかい何かで口を塞がれて言葉にできなかった。この柔らかさも、熱も、私は知っている。
それがゆっくり離れたかと思えば、力強く抱き寄せられる。耳元で降谷くんの心臓の音が聞こえた。鼓動がすこし、早い。呼応するかのように、私の心臓も忙しなく動き始めた。
「僕は今日の昼にガーリックライスとステーキを食べた」
「へ」
「2徹明けで真っ直ぐ君の家に来たからシャワーを浴びていない」
「そ、そう」
「君に早く会いたくて走ってきたから汗も掻いている」
「ふ、降谷くん」
「そんな僕にキスされて、抱きしめられて、君は嫌な気分になったか?」
「なってま、せん」
「じゃあ、そういうことだろ」
僕だって同じだ。耳元で囁くようにつぶやいた。
そうか。そういうことなのか。
私がそうであるように、私が手汗を掻いても、汗臭くても、ニラの匂いがしても、降谷くんは私を嫌いにならない。そう言ってくれているように聞こえた。
勇気をもって、彼の背中に腕を回してみた。ピクリと降谷くんの肩が跳ねる。そして、よりいっそう強く抱きしめられた。
「僕は君が好きだ」
「……はい」
「君は、僕が好き?」
「さっき申し上げた通りです」
「もう一度くらい聞かせてくれてもいいだろ」
距離を取られて、じっくりと見つめられる。私の告白を待つ降谷くんは、なぜかとても緊張しているように見えた。
なんだかおかしくて、自然と口元が緩んだ。
「すき」
あれ。降谷くんが床に沈んでしまった。
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不愛想な彼女だけど本当は降谷さんのことが好きで好きでたまらないのに全然伝わらなくて、挙句の果てには別れを切り出されてしまうお話。<br /><br />ネームレスです。
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不器用すぎて好きが伝わらない
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10070842#1
| true |
ピヨ子はかなり頭が悪い。
「にゃぱー☆」
その証拠に、朝からだらしない笑顔を晒しつつ奇声を発している。
「ねーねーペン子ちゃん聞いて聞いて! 私ねー私ねー」
頭が悪いので同じ言葉を連呼する。
ピヨコの本名は佐藤千代子というが、クラスでは頭ピヨピヨピヨ子ちゃんで通っている。そんな名前で呼ばれて喜んでいるのだからこれはもう相当頭が悪い。
ちなみに私の方は、本名が「なずな」なのでペンペン草ペン子ちゃんである。不本意なあだ名だが、ピヨ子よりはだいぶマシだ。
「あのねあのね聞いてよ、あのねあのねー?」
「はいはい」
ひたすら「あのね」を連呼しながら体にまとわりつくピヨ子の顔面を右手でグイグイと押し返しながら、私は適当に返事した。
日曜が終わり、月曜が私から布団を剥ぎ取り、体に悪い太陽光を浴びながら学校までの道のりを延々と歩かされるのだ。こんな憂鬱な時にピヨ子のキンキン声は精神に響く。
正直、私はあまりこの子が好きではないが、何故か相手からは懐かれている。しかもこの人畜無害なキャラクターがウケてクラスの連中が妙にコイツを可愛がるため、私がコイツを冷たくあしらうと白い目で見られるのだ。ますます気に食わない。
「私ね! 今日ね! 一位だったの! 一位!」
「はあ、一位?」
ピヨ子は急によくわからないことを言い出した。バカは物事を順序だてて話すことができない。
「占いね! ふたご座! 一位! 今日!」
翻訳すると、ピヨ子は今朝テレビの情報番組のインチキ占いコーナーで、自分の星座である双子座が最も運勢のいい星座だったと言っているらしい。今の台詞からそこまで読み取れる程度には私とピヨ子の腐れ縁は深い。
「そう。よかったね」
「そうなの! だからね、私今日はラッキーなの!」
内容のあることを喋れ。
「だから私は白いところを歩く!」
ピヨ子は突然私から離れたと思うと、車道と歩道を区切る白線を踏みながら勢い良く走り出した。バカなのでじっとしていられないらしい。
「白いところだけね! 黒いとこ踏んだらだめ。即死する」
じゃあ踏め。
遠く離れたピヨ子に聞こえない程度の声で私は呟いた。
しかし私の呪いなど全く通じないらしく、ピヨ子は相変わらず大はしゃぎしている。
「一位だった上に学校まで白いとこだけ踏んで行けたら超ラッキー! もう無敵! 百万円もらえる上に三笠くんから告白されます」
一切の穢れを知らぬ純粋無垢な欲望の叫びに私は眩暈さえ覚えた。たまにコイツは本当に小学生なんじゃないかと思う。
三笠君は私やピヨ子と同じクラスの中身の無いイケメンだ。偏差値の低い女子どもが入れ食い状態になっている。私は一切興味がない。
先を歩くピヨ子が立ったりしゃがんだりしながら早く早くと急かしてくるが、私は合流するまで一切歩みを速めず普段どおりに歩いた。
「あんた、三笠みたいなのが好みだったんだ」
一応儀式として話題には乗っておく。
「三笠くんはねー、一番かっこいいから一番好き。加藤くんは二番目だから二番目に好き。佐々木くんはよくパンとかくれるから好き。月島くんはおっきいから怖い。矢車くんは……」
一人について聞いただけなのに、大勢の男子に関する批評が始まってしまった。もちろん私は完璧に聞き流した。
延々続くピヨ子の男子批評をBGMに、昨日食べたチーズ牛丼のことを考えているうちに、しばらくの時間が経った。
こいつのことだから三歩歩けば忘れるかと思ったが、まだ白線渡りは終わっていないらしい。ピヨ子は細い白線の上をフラフラしながら歩いている。どうやらつま先がほんの少しはみ出ただけでも問答無用で即死するルールらしい。自分に厳しいのは結構なことだが、歩みが遅くなるのはいただけない。
「そんなゆっくり歩いてちゃ遅刻するぞ、ピヨ子」
私は全くピヨ子に合わせる気は無かった。ピヨ子はだんだん引き離されていったが、その度に「うひ~」とか言いながらバタバタと走って追いついてきた。白線を踏み外さないように苦労しながら。
学校までの道のりはまだ結構長い。私たちは、あと十五分以内に教室に入らなくてはならない。遅刻を心配するほどではないが、かといって道草食ってるほどの余裕も無いのだ。
私が自分の歩くペースを崩すことは無かったが、ピヨ子は一生懸命白線を渡りながら私についてきた。白線が途切れてピヨ子が立ち止まっても、私は「ほら、がんばれ」とか言いながら平気で歩き続けた。
ピヨ子はめげずに助走をつけて「にょりゃ~!」という腰の砕けるような掛け声と共に、車一台通れる程度の道を一本飛び越えて次の白線に到達した。
スカートで激しく跳躍したので余すことなく下着を公開していた。パンツになんかのアニメキャラが描かれている。あの子高2のはずなのになあ。
私が薄情にも頭の中で、自分が先に教室に着き、遅れてきたピヨ子を迎えることになったときの台詞(例:もー、いつのまにいなくなったのよー)を考えている間にも、ピヨ子は満面の笑みで白線の上を歩き続けている。
「あ」
しかし、私たちが学校近くのコンビニの辺りに差し掛かった頃、ピヨ子の前に大きな障害が立ちはだかった。
白線の上に人がいるのだ。
マユゲが無くって、前髪をゴムで縛ってツノみたいにして、薄汚れた灰色のパーカーを着た女が、ウンコ座りしながらタバコをふかしている。
しかもなんだ、あれ、近づくにつれて分かってきたが……、あいつ、私たちのクラスの女子じゃないか?
「あれー、タバ子ちゃん、おはよう~」
ピヨ子が呑気に挨拶した。私が『絶対に目を合わせるなよ』と忠告しようとした矢先に。
タバ子はピヨ子に輪をかけたほどのバカだ。
しかも、ピヨ子が無害なバカなのに対して、タバ子は有害なバカ。
教室のベランダで普通にタバコを吸っていて停学を食らったことがあだ名の由来なのだからそのバカさ加減が分かる。絶対に関わりたくない相手だ。
ピヨ子が声をかけた時、私は正直言って他人のフリをしてそのまま通り過ぎたかったが、それはある意味保護責任者遺棄に当たる罪と言えるかもしれないので思いとどまった。
タバ子はピヨ子の呼びかけに対し一瞬睨むような視線を返したが、それだけだった。
一体朝っぱらからこんな所で何をやってるんだ? コイツは。制服着てないってことは学校サボる気か。そのくせ通学路の途中でウンコ座りでニコチン決めてるんだからわけがわからない。
とにかく、相手がこちらに興味を示す前に立ち去ろうと思い、私は無言でピヨ子の手を引いた。
しかしピヨ子は抵抗した。まさかコイツ、まだ白線渡りを続ける気じゃ……?
「ねー、タバ子ちゃん、そこどいてー」
そのまさかだった。私はピヨ子の頭をぶん殴ってやりたい気分だった。さぞかしいい音がすることだろう。
「ぁあ?」
タバ子が動物的な声を上げてピヨ子を威嚇する。ピヨ子はまるで涼しい顔をしていた。事態を理解していないのだ。
「うっせーな、バカが、失せろ!」
と、巻き舌で怒鳴られてもピヨ子はニコニコ笑顔を崩さない。
「あのねー、私ねー、白い線の上だけ通って学校行かないとダメなの。黒いとこ踏んだら即死するの」
じゃあ即死しろ! と怒鳴りたかったがこの状況ではそれも叶わない。私はとりあえずタバ子を刺激しないように成り行きを見守るにとどまった。
タバ子は「はあぁー」と聞こえよがしにため息をついたかと思うと、心底だるそうに立ち上がり、
「よーし、じゃ、通行料払え。千円だ」
と言って右手を出してきた。ああ、金銭を要求してきたよ。これだから不良はイヤだ。
「うん。じゃあ、ジャンケンしよ!」
対するピヨ子は何の脈絡も無いことを言い出した。さすがの私にも会話のつながりがさっぱりわからない。それはタバ子も同じらしく、「んぁ?」と首を捻っていた。
「だからぁー、ジャンケンで私が勝ったらタバ子ちゃんがどくの。私が負けたら千円払う」
なんだその無茶な取引は。
「よーし、分かった。負けたら千円払えよ」
乗るの!? タバ子さんその取引乗っちゃうの?
よく考えろよその賭けあんたに何かメリットあるか? いや、そもそも道をあけるだけのことに代金を要求していること自体がおかしいから公正な取引なんかありえないんだけどさ、私があんたの立場だったらジャンケンなんかしてないで暴力でお金を巻き上げると思うな!
と、胸の奥底から湧き上がる突っ込みの数々を私はなんとか噛み殺した。
「やめなよ、ピヨ子。こんな奴にお金なんか払うこと無いって」
「大丈夫だよペン子ちゃん! 今日の私は最高にツイてるの! ジャンケンで負けるわけない!」
小声で忠告してやるも、バカには通用しなかった。朝の情報番組のくだらない占いをどんだけ信用してるんだよ。チャンネル変えたら別の結果が出てるんだぞ。
もういい。そこまで言うならしょうがない。存分に十二星座中一位の運を試すといい。失敗してもピヨ子が千円払わされるだけだ。私の財布は傷まない。
「じゃあ行くぞ! 最初は、グー!」
気合の入った掛け声と共に、タバ子は握った拳を突き出した。そしてピヨ子は、チョキを出していた。
え……何それ、おかしくない?
「よっしゃあああ! 勝ったぜええ!」
「あ~ん! ナシナシ! 今のナシぃ!」
「ナシじゃねえよ相手がグーの時にチョキ出したら負けなんだよ知らねーのか」
「あ~~~~う~~~~」
勝ち誇るタバ子の足元にピヨ子は頭を抱えてうずくまる。
もうヤダなにこれ。この人たちバカすぎる。家に帰りたくなってきた。
立ち上がったピヨ子は渋々ながらピンク色の財布を取り出した。しかしその中には数えるほどの小銭しか入っていない。
「お金ないやー。ペン子ちゃん千円貸して」
「ふっざけんなこのバカがぁ!」
私はついに怒鳴っていた。いかん。知性派の私がこんなことで取り乱してどうする。
「おいおい金もねぇのに賭けてたのかよ。どうしてくれるんだ?」
タバ子が薄気味悪い笑みを浮かべながらピヨ子に詰め寄った。
ああ、こんなことしてる場合じゃないんだけどなあ。そろそろ遅刻する時間だよ。泣きたいね。
「あう~どうしよ~」
ピヨ子は泣きそうな目でこちらに助けを求めた。必然的にタバ子の視線もこちらに向かうことになる。止めて欲しい。
「おい、ピヨ子。それじゃあ今回は根性焼きで勘弁してやるわ」
「こんじょーやき? なにそれおいしそう」
呑気に首をかしげるピヨ子。
根性焼きはタイ焼きとか大判焼きの親戚ではない。要するにタバコの火を素肌に押し付けることを言うのだ。しかしそれをいちいちピヨ子に説明している場合ではなかった。さすがの私もタバ子がピヨ子の右手を掴んで、
「途中で声出したら最初からやり直しな」
とか言い出した時には止めずにはいられなかった。
「ちょ、ちょっとマジで言ってんの? やめなって」
「なんだよ、口出しすんなよ!」
私はピヨ子の腕を掴む手を引き離そうとしたが、乱暴に払いのけられた。めげずにピヨ子を解放しようとして、早くも取っ組み合いの様相になる。
「てめー、ふざけんなよ! じゃあ代わりにお前が根性焼きするか?」
それはイヤだ。私は結構自分の肌の白さに自信を持っているのだ。それでなくても熱い火を押し付けられるなんてまっぴらだというのに。
こうなったら仕方ない。涙を呑もう。
「わかった。根性焼きはしないけど、私が千円払うから」
しかしタバ子はニヤリと意地悪く笑って言った。
「いいや、ダメだね。お前らは一度支払いを断ったんだからな。許して欲しけりゃ二千円出しな」
こ、こいつ、料金を吊り上げてきやがった……!
バカの癖にこういう計算だけはできやがる。私は心の中で舌打ちした。二千円。そんだけあれば色々買えるのに。美味しいものとか食べられるのに。
しかし、泣きそうな顔でオロオロしているピヨ子を見ていると、ここでコイツを見捨てる奴は人間失格であるような気がしてくる。
仕方ない。私は不良に絡まれてお金を巻き上げられるのではない。自分の尊厳のために私財をなげうつのだ。
私は財布を取り出した。実のところ、財布の中には三千円と小銭が少ししか入っていない。次のお小遣いは来月だ。二枚の千円札を掴む指が意思と裏腹に硬直する。断腸だ。断腸の思いだ。
タバ子が指先をチョイチョイと曲げて催促する。私が観念して貴重な財産を財布からつかみ出したその時、
「おーい! アネキ!」
コンビニから出てきた制服姿の男子が突然こちらに声をかけてきた。
アネキ? アネキって誰のことだ?
何故か目の前でタバ子が万引きの現場を押さえられた警視総監のように真っ青な顔をしている。
「こんのバカアネキ! 俺がちょっとジュース買ってる間ぐらいじっとしてらんねーのかよ!」
「ご、ごめん、トシキ……」
タバ子は突然しおらしくなってその男子にすがりついた。
どうやら彼はタバ子の弟らしい。ものすごく背が高い。百八十は余裕で越えているはずだ。私はそいつの霞んで見えそうな頭頂部を見上げてゴクリと唾液を飲み込んだ。
「あ、その金! アネキ、まさかまたカツアゲしようとしてたな!?」
「ち、違うよ、嘘だよ、冗談だよ、偶然だよ……!」
支離滅裂な弁解をし始めるタバ子を無視して、弟さんは私たちのほうに歩み寄ってきた。笑っているのに凄い威圧感だ。財布に戻しかけた千円札を思わず差し出してしまいそうになる。
「すみません。うちの姉がご迷惑をおかけしました」
「あ、はぁ……」
私は呆けたような返事しか返せない。
「姉にはよく言って聞かせますので、どうかこの場は穏便にお願いします……」
「あ、いえいえ滅相も無い。何も問題はないです」
歴戦の兵士のような屈強な男の、驚くほど礼儀正しい態度に私は思わず息を呑んだ。こんな人本当にいるんだ。
「あぁ!? テメェトシキに色目使ってんじゃねえぞ! マジ死なす!!」
タバ子が私に対してなにやらキャンキャン吠えていたが、弟が無言で視線を送るとそれだけで借りてきた猫のように大人しくなった。
弟は少し頭を低くしてじっとタバ子を見つめ、真剣な表情で説教を始める。
「アネキ、今度バカやったらもう口きかないって俺言ったよな」
「ごめんよう、トシキぃ、ごめんよう」
「ごめんは聞き飽きたよ。これから反省するまで本当に口きかないからな」
「ま、待って! 反省する、反省するから!」
タバ子は悲痛な声を上げながら弟に擦り寄ったが、弟は取り合わずに姉に背を向けた。
「じゃ、俺は学校行くから」
「待ってトシキ、私も行くよ!」
「授業出ないんなら帰れよ」
「授業も出る! 待って! 今制服着てくるからぁ!」
タバ子は風のように走り去り、弟はのっしのっしと学校へ向かって歩いて行った。
残された私とピヨ子は呆然とするしかなかった。
ただこの時、私はあることを心に決めた。
「アイツのあだ名、今日からブラコンブラ子な」
「うん」
かくして、ピヨ子は無事に白線だけを渡りきって学校に到着した。私はというと朝から面倒ごとに巻き込まれたせいで疲れきってしまい、早くも帰りたい気持ちで一杯だ。
「やったね~! 百万円と三笠くんゲット~」
呑気に笑うピヨ子がひたすらうらやましかった。バカは疲れを知らない。
私は重い足取りでピヨ子に続いて歩き、そして、意外な人物が校門の影に立っていたことに気づいた。
噂をすれば影と言う奴か。イケメン、三笠君がそこにいたのである。
「あ、おはよう、ピヨ子ちゃん」
「おはよ~!」
ついさっき三笠君ゲットとか言っていたことに少しぐらい照れや戸惑いを見せるかと思ったが、ピヨ子はいつもどおりだった。
「会えてよかった。待ってたんだよ」
「ほぇ?」
バカ面下げて首をかしげるピヨ子。
「実はさ、僕って双子座なんだよね。双子座って今日朝の占いで一位だったんだ」
「うん知ってる。私も双子座~!」
「そうだよね。僕らラッキー同士だよね。ヘヘヘ……」
ん? なんだこの空気。
おい三笠君、なぜ私の存在を無視するのかな?
なんだかあの二人、いきなり自分たちだけの世界を構築していやがる。どういうことだ? まさか。ありえない。バカのたわ言が実現することなど確率統計学的に言って起こってはいけないのだ。そのはずだ。
「今日の僕たちは恋愛運最高なんだよ! だから告白しようと思って朝からここで待ってたんだ! ピヨ子ちゃん! 付き合ってくれ!」
「うん。いいよ~」
私の目玉は時速200キロで飛び出してそのまま帰ってこなかったが、ピヨ子はまるで当たり前のように快諾していた。
すごい。バカってすごい。私も今日からバカになろう。
三笠君は久しぶりに孫にあったおじいちゃんのように顔を綻ばせている。
「ホントに? やった! よかった! ありがとう! ヘヘヘ、とりあえず話はそれだけなんだ! いやあ、テレるな~! それじゃ、これからよろしく! またあとで話そうね! ピヨ子ちゃん!」
「うん~」
そのまま三笠君について行きそうになるピヨ子を、私は思わず「待って!」と大声で呼び止めていた。
「どうしたの~、ペン子ちゃん」
いつもどおりバカ面をさげて笑っているピヨ子。
私は負けた。何が勝ちで何が負けなんだか分からないがとにかくあらゆる意味で私はピヨ子に敗北したのだ。私は今おそらく最高のマヌケ面をしている。
「ピヨ子、百万円はどこの口座にふりこんだらいいかな?」
丁度その時、校舎から少し音の割れたチャイムが鳴り響いた。
私たちは遅刻した。
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SSBの企画に参加します。テーマは「運試し」。バカな子ほど可愛いというお話です。皆様お手柔らかによろしくお願いしまス。 追記:ルーキーランキング91に入ったよ! やったねたえちゃん!!
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ピヨピヨピヨ子ちゃん
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007135#1
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*オリ主います。名前はひまり
*台詞や口調が迷子
*設定がぶれぶれ
私の朝の日課はニュース終わりの占いを見ることである。意外と当たったりして、最下位の時は教頭先生のカツラを吹っ飛ばしてしまったり、強風が吹いて飛ばされないように手を伸ばしたら自転車に触れてドミノ倒し、幼馴染の誕生日に頑張って作ったケーキを運んでいたら足を滑らしてしまい幼馴染の顔は生クリームだらけに・・・・顔面サプライズだよ~☆と言ったら1週間口を聞いてくれなかった。学校で幼馴染と接触がないとないで槍のような鋭い視線が飛んでこないのでいいのだが・・・・・ちょっと寂しかったのである。幼馴染には言わないけどな。
そんなこんなで、私の今日1日の運勢が決まる瞬間が今ここに!!!
『続いて6位のしし座のみなさん』
ドキドキ
『今日は良いこと悪いこと含めていろんなハプニングに遭遇する可能性大です』
・・・・ん?
『何が起きるか楽しみですね☆』
・・・・んんん?
『それではラッキーアイテムですが、ラッキーアイテムは』ブツッ
「え、?ええ??ええええええ!!?えっ何!?もうハプニングじゃん!!」
「ひまりごめんね~お母さんテレビのコードに足ひっかけちゃった☆」
「お母様ぁぁぁぁぁああああ!!!?ひっかけちゃったテヘペロじゃないんだよ!?私の運勢がヤバかったんだよ!?えっ、何1日良いこと悪いこと含めていろんなハプニングってなんなの!?しかも、一番大事な所でタイミングよくひっかける!?狙ってやたんですか!?この間れーくんが作ったプリンお母さんの分まで食べちゃったからですか!?」
「態とではないわ・・・・時に運命とは残酷なものね」
「カッコよく言ってもダメだからね!?」
「ぎゃーぎゃー言うのもいいけど・・・登校時間すぎるわよ?今日零君委員会で先に学校行ってるんじゃなかったの?」
「ファッ!?もうこんな時間!?待って!何故私が知らない情報をお母さん知ってるの!?」
「お母さんね零君メル友だから」
なんだそれ・・・・幼馴染と親がメル友って・・・・すごく複雑なんですが。後で、ラッキーアイテム調べよう・・・・今日を生き延びるために!!教頭先生の頭には注意しなきゃ・・・家を急いで出ながら考え事をしていたのが悪かった。今日、初回のハプニングはT字路を曲がった際に自転車と衝突事故を起こしました。吹っ飛ばされました・・・・はい。全力疾走しアドレナリンどばどばだったので痛いとすら思わなかった。
「君!!大丈夫!?救急車!!」
「大丈夫です!痛くないです!学校遅れるので失礼します!!!」
「え、ちょっ!」
学校について校門で生徒の服装チャックをしていたれーくんに寝癖となんでそんなに汚れているのか聞かれたので素直に自転車と衝突したと伝えると「お前はバカか!!」「このバカ!!」と何回もバカと言われました。他の生徒の前で説教とバカを連呼され嫉妬のような視線から憐みの視線と何故か羨ましいという視線を頂きました。
「注意力が足りないんだよ!このバカ!」
「おっしゃる通りで」
「日頃の行いが悪いからこうなるんだ!このバカ!」
「・・・はい」
「俺を慌てさせて楽しいのか!?このバカ!」
「滅相もございません」
「俺を不安にさせるな」
「申し訳ございませんでした。」
「何か言いたいことは?」
身長差があり腕組みをして私を見下ろしていることと、イケメンが険しい顔で怒っているのでいつもに増して迫力がすごい。そして、だんだんとアドレナリンが引いていくことで右腕が痛くなっていく。半端ない痛み。
「ハァー、泣くくらいなら俺を安心させてくれ」
「・・・れーくん」
「・・・俺も言い過ぎたのは悪かった」
「・・・・れーくん・・・・・右腕痛すぎて死ぬ」
「はっ」
右腕を取られてぎゃあと言うのもお構いなしにワイシャツの袖をめくるとoh、今まで見たことないグロッキーさに血が引いていく感覚がするけど、たぶん何故か私より顔を青くさせているのが目の前にいる幼馴染であり、近くにいた先生に保健室連れて行きます!と抱えられるとダッシュで保健室に走っていく。憐みの視線が多かったはずなのにいっきに槍へと変わり、歩けるから下してほしいなとそれとなく伝えようとした時にはもう保健室についていた。くそ足早いな・・・・・そして、この件で怪我した女の子を心配し軽々とお姫様抱っこし走っていく幼馴染を多く生徒と先生が見かけ幼馴染の株がさらに上がったのである。応急処置をして病院に連れて行かれたらうーん骨折れてるねと軽めに医者に言われ、ヒロくんから大丈夫か?ゼロのあの表情今までにないくらい最高だった。今もチラチラ携帯を見てるから早く連絡してやれそんなメールが届いていた。
右腕を固定して学校に戻るとちょうどお昼休みになったらしく、幼馴染が自分のお弁当と私のお弁当を持って待っていた。
「利き腕怪我するのは大変だねー、左腕だったらよかったのに・・・」
「一番は怪我をしないことだ」
「おっしゃる通り」
左手ではしを扱ったことがなく、掴めないし、掴めたとしても口に届く前にボロボロこぼれるしお腹が満たされません。
「貸せ」
「はっ?」
「はしと弁当を渡せ」
「え?」
「そんなんじゃいつまでたっても食べられないだろ」
「そうだけど・・・・は?」
なかなか渡さない私にしびれを切らして私の膝に置いてあるお弁当と左手のはしをぶんどり・・・・・・ぶんどり?タコさんウィンナーを取り早く口を開けろと目の前に持ってくる。・・・・・は?
「・・・・待とうか」
「早くしろ、時間の無駄だ」
「・・・・しかしですね、幼馴染殿、さすがにキツイです」
「訳のわからないことを言うな」
「視線というか、なんというムガ」
しゃべってる最中でしょうがぁぁああ!!しゃべってる最中に口に入れますか!?教室でクラスメイトが見てるところであーんしますか!?あなたは平気なのですか!?え?私だけ?ヒロくんを見てくださいよ!?ニヤニヤしてこっち見てますよ!!!?猛抗議しようと口を開けると今度はミニトマトを入れられました。イケメンが平気でやっちゃうあたりダメだと思うんですよね・・・・イケメンなら知ってる人が周りにいてもお構いなしにやってもいいと思ってるかね・・・・・女子からしたら需要があるかもしれないけどね・・・・・だがしかしbut視線が痛いです・・・腕も痛いです・・・・いろんな意味で痛いです。あぁ、これも一種のハプニングなのだろうか・・・・神様、どうか私に救いの手を!!!
つづくかも?
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オリ主がいろいろなハプニングに見舞われて幼馴染に苦労かけるお話。<br />単発かもしれないし、続くかもしれないし修正するかもしれない・・・まだわかんないです。<br /><br />何でも許せる方どうぞ
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私の占い結果がひどすぎて幼馴染が苦労する件について
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10071468#1
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イヴという子供はとても面白い。
その年頃の快活さはないし、一見ぼうっとした無表情の面白味のない子供で、しかし実に豊かな発想を持っている。
それは一般的に奇妙・奇抜としか評価されないものなのだが、美術家を志すギャリーにとっては、多大なインスピレーションを与えてくれるかけがえのない美点だ。
だから休日にギャリー宅で行われるこの幼い友人とのお茶会を、彼は心底楽しみにしていた。
「あの、ギャリーさん」
こんな風な突然の呼び掛けは、奇抜な発想が飛び出す前振り。さあ今日は何かしらと、ギャリーは期待に胸を高鳴らせた。
何を子供じみたことをと思うなかれ。成人をとうに過ぎた身で、わくわくして待つという感覚を味わうのはとても貴重なことなのだ。
「なあに、イヴ?」
だからギャリーはにこやかにそう尋ねる。
開けるたび中身の違うおもちゃ箱のような脳を持つ少女は、しばらくその中身を漁ってから、
「えっと。抱いてくれませんか」
おもちゃ箱からおもちゃではなく、ピンを抜いた手榴弾を取り出して全力投球してきた。
その後は、我ながら散々だった。
まず口に流し込みかけていたコーヒーを出した。吹き出すのではない、音にするなら「でぇぇ」という感じで口から流れ出たのだ。
少量だったのは幸いだったがジーンズにかかった。だがカップをソーサーに戻してジーンズを拭うだけの簡単なお仕事がこなせないテンパったギャリーは、固まりながらもとにかくここが自宅でよかった、と心底思った。
「だいじょうぶですか」
見かねたのか、代わりに焦った様子でイヴがカップを取り上げ、ジーンズを拭いてくれる。気遣いは有り難いがしかし、声を大にして言いたい。
この惨状はあんたのせいよ、と。
もう何よさっきの発言。確かにあんたはめちゃくちゃ可愛いけどまだ十一歳の子供で倫理的に無理よ。これがせめて三年くらい後に言われたらまだ考えられなくは…いや三年後でも倫理的にアウトだろ馬鹿か俺は!!
あらゆる思いが激しく渦巻いたがどれひとつとして言葉には出せず、結局ギャリーはイヴが片付け作業を終えるまで拳を握りしめ、深呼吸しながら俯いていた。
「で、イヴ?なんて?」
ようやく復活したギャリーがひきつりながらも笑顔を作り尋ねると、まだ状況がわかっていないらしいイヴは首を傾げた。
「だから、抱い「まって繰り返さなくていいわ」
繰り返そうとするのを途中で止める。やはり聞き違いではなかったか。
ー発想力が飛び抜けているとは思ったがさすがにこれはないわ。
はああ、と深い溜め息をつきながら頭を抱えたギャリーは、改めて顔を上げた。
「どこでどんな知識を仕入れたのか知らないけど、アタシ相手でよかったわね。あんなこと他の男に言ったら速攻で問題になってたわよ」
「ギャリーさん以外には言いません」
手榴弾第二弾がまたも豪速球で飛んできた。ギャリーを信頼し切った目と断言に、威力はドン!更に倍である。
もはやギャリーは頭を掻きむしるかなかった。
なんなのこの子。アタシをどうしたいのよ。可愛い顔してそんなこと言ってガチで手ェ出していいのかオイってだから!!違う違う!そう、絶対この子は意味を解っていない。だからよく聞かなくては!
長い混乱の果てにやっと辿り着いた結論を、ギャリーは口に出した。
「最初から、説明してくれないかしら」
イヴの話をまとめればこうだ。
先だって、彼女は保健体育の授業で「十一歳は大人の仲間入りする年頃だ」と説明を受けたそうだ。それを額面通りにとったイヴは、そうか、じゃあ大人として自覚を持たねば!と発奮し、その第一段階として(主にギャリーに)両腕を伸ばして抱っこ、とせがむ子供の行為を自重することにしたと言う。
だが自重しようとしたものの抱っこ欲をこらえきれなかったようだ。
ー抱っこはしてほしい。でも両手を伸ばしてしがみつくのは子供のすること。ならどうする?
葛藤したイヴは、やがてその持ち前の発想力で「きちんとした言い方で真面目に頼めば子供じゃない」と斜め上にぶっ飛んだ結論に達しー
ああそうか。だからあの面と向かっての「抱いて」発言か。ようやく理解の追い付いたギャリーに、イヴは胸を張った。
「ね!大人っぽかったでしょ?」
話しながら自分でもどうだ!凄かろう!という気分になったのだろう。ふふん、と無表情ながらも得意気な顔で彼女は締め括った。
もう、何からどう言うべきか解らない。解らないのでギャリーは彼女を手招いた。
褒められると思ったのだろう、ぱあ、と目を輝かせてちょこちょこやってきた彼女を隣に座らせたギャリーは、そのまま。
●○●○
バチンッ!!
「っ?」
突然、衝撃が額に走って、イヴはのけぞった。
何が起こったのか訳がわからずずきずきする額を押さえて顔を戻すと、イヴの前で親指と人差し指で輪を作ったギャリーの手がある。何だろうこれ。でこぴん?きょとんとしていたら、いきなりギャリーが吹き出した。
「っくぅ、ぶふっ!あはははははは!!」
「えっ、えっ??」
「あーだめもう限界!」
そう言ったと思ったら大爆笑だ。
なぜ笑う。さっきの発言は「大人っぽかったわね」と言われるべきなのに、何ででこぴんされて笑われる!
むーっと唇を尖らせたイヴは隣から離れようとしたが、彼は笑いながらもイヴを膝に抱え上げてぎゅうぎゅう抱き締めてきた。当初の目的は叶ったのだが、激しく面白くない。
「なんで笑うの」
「だっ、だっ、だってあんたあんなドヤ顔で、おとっ、大人でしょ?とか、ぶはっ!もっ、もうやめて!死ぬ!笑い死ぬ!」
「死!?なんで?!」
思わず声を荒げたイヴに、彼は涙の浮かんだ目を拭いながら言う。
「あんたといると、本当に退屈しないわ。イヴは天才ね」
誉められているのにちっともそう聞こえなくて、イヴは腹いせにギャリーの頭をわしわし掻き回してやった。
腹は立ったが、どこか嬉しくもある。イヴを相手にこんなに笑う人は他にいない。大概微笑む程度だ。不思議なひとだなぁと思っていると、ギャリーはようやく笑いを納めた。
「ああ、イヴ。アタシあんた大好きよ。あんたがいるだけで、すごく楽しい」
それは意外と真面目な台詞に聞こえたが、でこぴんの恨みはまだ残っていた。
「ここ、よしよししたら許します」
そう告げると、ギャリーは笑って額を撫でてくれた。これでおあいこにしてあげる、わたしは大人だから!そう思っていたらギャリーが尋ねた。
「ちなみに大人の言い方で「よしよしして」って何て言うの?」
イヴは目を瞬いて、しばらく考え。
「ええとええと…なでくりまわしてください?」
精一杯考えて、これでどうだ!と見上げれば、ギャリーはイヴを抱き締めたままテーブルに突っ伏してぶるぶる震え出してしまった。
今度はなんなの。まるで
「ギャリーさん?マナーモードみたいになってるよ?」
ついそう口に出したら、ギャリーは更に激しいマナーモード状態になって、その後三十分ほど顔を上げてくれなくなった。
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何て言うか…やることなすこと全部斜め上のイヴと、それが全部ツボのギャリーの絡みを見たかった。その一心で書いた品です。中身?んなもんないよ。だってただの会話だもん。真end後の話です
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彼と彼女のある日の会話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007156#1
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夏休み最終日は喫茶ポアロで過ごすと決めていた。あそこでぐだぐだしながら新学期が始まるのを嘆いてやる。
ポアロはいいぞ。小学生が一人で訪れても変な顔されないし、店員さんは優しく迎えてくれる。癒されたいときにオススメ。
とくに新人(?)バイトの安室さんは人との距離感に敏いから、扱いの難しい小六女児が相手でも上手く対応してくれる。
たとえば今日の会話だって――。
「いらっしゃい、そろそろ来るころかなと思ってたよ」
「こんにちは、安室さん。よくわかったね」
「長期の休みが終わりそうになると、必ずといっていいほどここに来るだろう? 毎回だからさすがに行動パターンが読めてきたよ」
「さすが探偵さん。観察力と記憶力がすごい」
「ありがとう。今日もアイスティー?」
「うん。疲れた子どものために真心いっぱい入れてください」
「はい、かしこまりました」
見よ、このコミュニケーション能力を。
異性の子ども(それも思春期)相手に、自然な笑顔で平然と声を掛けれる成人男性ってすごくない?
漫画でも人懐こくて話術が巧みな人物に描かれてたけど、生で見る“安室透”は本当に好青年。
放っておいてほしいときは話しかけてこないし、かまってほしいときは仕事の邪魔にならない程度に会話してくれる。
前世の記憶を持つ“ワケあり児童”としては、彼のこちらに合わせた大人の対応がとても有り難い。
「明日からまた画一教育の餌食になる日々が始まるのかぁ……。同調圧力で子どもを萎縮させて、将来の社畜を大量生産する場所。それが学校……」
「相変わらずきみの語彙力には感心するよ」
カウンターに突っ伏して愚痴る私と、食器を磨きながら相手をしてくれる安室さん。
毎度毎度うだうだ愚痴りすぎて、最近では安室さんもほかの人も、まともに取り合ってはくれない。
私も本気で悩んでるわけじゃないから聞き流してくれてかまわない。ただ同い年の子どもたちに合わせて過ごすのが疲れるだけ。
「学校行きたくない、将来働きたくない、生きるのがしんどい」
「大丈夫? 良かったらこのゼリー食べるかい? 型崩れしたやつだからサービスにするよ」
「ゼリーなんかでごまかされないんだからね。でも有り難くいただきます」
「はい、召し上がれ」
目の前に生クリームの乗ったコーヒーゼリーが置かれて、ちょっとテンションが浮上した。
安室さんは新メニュー考案者としての裁量で時たまこんなふうにサービスしてくれるから好き。まんまと餌付けされてる私。
「安室さん、私が結婚可能な年齢になったら婚姻届にサインして。一生養って甘やかしてほしい」
「うーん、さすがにそのお願いは聞けないかな」
残念。
でもオーケーされたらそれはそれで困る。お巡りさん、このお巡りさんが事案です、って通報しなきゃいけなくなるもんね。
「まあ、結婚しても幸せになれるとは限らないよね。夫婦たって赤の他人なんだし、上手くいかないことのほうが多いかも。子どもだって子どもの人生があるんだから、家族がいようがいまいが自分のことは自分でなんとかしないと……」
「すごく先のことまで視野に入れてて偉いね。でもいやに冷めた人生観なのは心配だな」
「不安が多い世の中だもの、今の子は楽観的に生きられないの。かといって一人で生き延びれる自信もないし、あーしんどい」
「小六にしてこのくたびれよう……」
瞳の濁った子どもでごめん。でもね、大人が期待するような元気で素直な子どもばかりじゃないの。
とくに私は四、五歳くらいで前世の記憶を思い出しちゃったから、どうしても健全には育てなかった。幼い精神にものすごい負荷が掛かっちゃって大変だった。発狂しなかっただけマシ。いや、もしかしたら自覚なく発狂してたかも。
「くたびれるほど長い人生だった……。よくここまでたどり着いたものだ」
「決して長くはないよ。まだ僕の半分以下しか生きてないじゃないか」
律儀にコメントしてくれる安室さんには悪いけど、記憶ではあなたの倍近く生きたのよ。本能的な自己防衛が働いてるのか、ここ数年で詳細は忘れてしまったけどね。
* * *
安室の目の前で人生を嘆くこの少女。
小学六年生にしては語彙が豊富で理解力もあり、対等な大人と会話している気分になる。
小学一年生で大人顔負けの推理ができる子どもだっているけれど、この少女は知能指数が高いというより精神が成人のようだ。なんというか、疲れ果てた社畜みたい。
安室は「もしかしてつらい経験をして生きる気力が奪われたのか?」と、虐待やいじめを疑ったことがある。
だが、
「あのお姉ちゃんなら昔からあんな感じだったよ。……って新一兄ちゃんが言ってた」
小さな名探偵は安室の考えを杞憂だと言ってのけた。
安室がポアロで働き出してしばらく経ったころの話だ。大人びた少女が、新人の安室にも素っ気ない態度を取らなくなってきたころ。
少女のいないときに、たまたま一人で来店したコナンに安室から訊いてみたのだ。学校での彼女はどんな様子だろう、と。
「入学早々、“友達は大人に強制されてつくるものじゃない。先生こそ小学校時代の友人が何人残ってるんですか?”なんて言ったらしいよ」
「小学一年生が? それはすごい」
「親が職員室に来て平謝りしたとか。ボクも見たことあるけど、普通の常識的なご両親だと思うよ。先生たちの中には“鷹がトンビを生んだ”って親に同情的な人もいるし」
「ふうん」
「前にお姉ちゃんが担任の先生に、クラスでいじめられてないか質問されてるのを見たことあるんだ。でもお姉ちゃんは、“いじめられたら即行、親公認で不登校になれるんですけどね。この学校の子どもは育ちがいいのか親切な子が多い”って答えてた」
「変わった子だね」
「変わってるよね」
どうやらあの諦観は生まれもった性質らしい。
ちゃんと毎日登校して授業もまじめに受けてるから、決して問題児ではない。ただ学校にいる間ずっと退屈そうで、見るからに集団行動が嫌そうで、時おり教師相手に正論を言ってしまう癖がある。
だから先生たちも扱いにくくて遠巻きにしてるんだ、とコナンが説明してくれた。あのお姉ちゃんも大人には放っといてほしいみたい、とも。
「でも安室さんはもう懐かれてるよね。どんな手を使ったの?」
コナンは胡乱気な目つきで安室を見上げた。まるで子どもをたぶらかした悪い大人を見るようだ。
「僕は何もしてないよ。強いて言えば、余計なことを聞かないから気に入ってもらえたのかな」
そう苦笑して答えたら、賢い少年は口をつぐんだ。
「絶対あの子だと思うんだけどなぁ」
こっそり安室のセーフハウスにやって来た親友は、例の少女についてそう言った。
「NOCバレする前に会った女の子。俺がスコッチって呼ばれたのを聞いて、ものすごい形相で駆け寄ってきたんだよ」
「それでお前に予言したんだろ? 正体がばれて焦って自殺するけど、本当は助かるかもしれなかったのに、って」
「そう。しかも一緒にいたライには、“そのうちあなたもバレるけど死にはしない。恋人は殺されるけど”って。詳しく聞きたかったんだけど、任務中だったし人目もあって引きとめられなかった」
数年前、まだ彼も組織に潜入していたときの出来事だ。
スコッチこと同僚の景光は、街中で小さな女の子に足止めされて、奇妙な予言を告げられたという。少女は一方的にまくしたて、言い終えるとすぐに人ごみに消えていったそうだ。遠目で母親らしき女性に駆け寄るのが見えたというから、わざわざ親の目を盗んで彼らに警告しに来たのかもしれない。
景光は呆気にとられたし不気味に思ったが、何よりライ経由で組織からNOC疑惑をかけられないか冷や冷やしたらしい。
彼はその日のうちに相棒のバーボンに報告した。バーボンこと安室透(こと降谷零)は、女の子の行方を探ると同時にNOCバレしたときの対策を立てた。
あいにく行方はわからなかったが、そのわずか数日後にスコッチのNOCバレ事件が発生し、彼は事前対策のおかげで生きたまま逃げ切れたのだった。
「去年たまたまあの喫茶店に入ったら、あのときの女の子そっくりの子がいたもんだから驚いたよ。思わず二度見した」
「それもあって僕がポアロで働くことにしたわけだが……。見た目と中身が伴わないというか、大人びて周囲から浮いてる子ではあるけど、どう探ってもやっぱり組織とは無関係なんだよなぁ。僕には予言めいたことも言わないし」
零が首をひねって言うと、景光も考え込んだ。
彼女は景光が会った女の子とは別人なのだろうか? 同一人物だとしても本当に組織とは無関係で、たまたま通行人に変な言葉を残しただけだったというのか? あんな的確な言葉を?
ポアロ常連客のあの少女は、零たちの味方なのか敵なのか。それともただの民間人にすぎないのか。
「組織と無関係だったとしても、俺らと無関係ではない」と景光がうなる。
「たしかに無関係ではないな」と零はうなずく。
じつは過去に二人の同期たちと遭遇していたようなのだ。事件に巻き込まれたときに会ったらしい。彼女の身辺調査をしていたら、警察の調書に何度も名前が載っていた。
萩原が怒鳴られたとか松田がビンタされたとか、伊達がプロポーズの心得を説かれたとか、そんな真偽不明の噂も聞いた。
ますますわからない。あの少女は不思議なほど零たちと繋がりが多い。そしてどの繋がりも、零たちにとって悪いものではなかった。
「あの子の言う通り、ライもNOCでFBIだったし……」
「きっと行方のわからない宮野明美もあいつ、というかFBIが保護してるんだろうな」
「……俺はあの子の顔も声も覚えてる。他人のそら似じゃないはずだ」
と、景光は納得いかなそうな声を出した。零はなだめるように肩をたたいてやった。
「わかってる、お前を疑っちゃいないさ。あの子がお前の預言者なのは信じてる。……ただ、もしかしたら、あの子は記憶がないのかもしれない」
「どういうことだ?」
「ほんの数年前の思い出があやふやなんだ。彼女自身も今より小さいころのことはよく覚えてないと言ってた」
「じゃあ俺と会ったことも覚えてないっていうのか?」
「たぶん。松田たちと遭遇した事件のことも覚えてなかった。あれは嘘をついてるようには見えなかったな」
ポアロで世間話にかこつけて探りを入れたとき、あの少女に不自然な様子はなかった。ニュースになった事件のことも、本当によく覚えてないようだった。自分が関係者だとは思いもよらない顔をしていた。
「あの子のおかげで俺は生還できたようなもんだし、敵じゃないならそれでいいんだよ。でもなぁ……」
「腑に落ちない?」
「いつか御礼くらい言いたいだろ? なのに本人が覚えてないなんてなぁ」
困った顔でそう言う相棒は、どうしようもなく優しいやつだ。零は、この男が潜入捜査を終えられて良かったと思う。国のためとはいえ手を汚しながら身を潜める生活は、人の精神を暗く淀ませてしまうから。
零は相棒ほどお人好しではないので、小学生といえども疑わしきは警戒する。ただ、害がないと判断できたなら、店員として子どもを甘やかすのはやぶさかでない。
とくに大事な友人たちと縁のある子どもならなおさら。
* * *
「どうもあやしいんだよなぁ」
江戸川コナンは本来の自宅でうなっていた。
居候の沖矢昴こと、FBIの赤井秀一がコーヒーを入れながら話を聞いてやる。
「昴さんが言ってたあの子、すっかり安室さんに懐いちゃって、ポアロでよく会話してるのを見かけるんだ」
「それのどこがあやしいんだ?」
沖矢は変声機をオフにして、素の赤井として話すことにした。「安室透が子どもや客に懐かれるのは不思議じゃないだろう」
「でも彼女は赤井さんやスコッチって人がNOCだと知ってたんでしょ? 安室さんはスコッチと同じ公安のNOC……ということは彼女を探ろうとしてるのか、それともすでに公安の関係者なのか……」
「こちらで調べた限りでは、あの少女に組織との繋がりはなかった。公安や他国の警察機関とも、な。おそらく安室くんも同じ結論に至っているはずだ」
コナンは苦虫をつぶしたような顔になる。
「だとしたら……うーん、それはそれでアヤシイっていうか……」
赤井が首をかしげると、少年は気まずそうに打ち明けた。
「あの子、小学六年生と思えないほど落ち着いてるっつーか、大人びてるからさ。安室さんと会話してる姿がどこかのOLみたいで……」
「ほぉ……」
「安室さんもあからさまな子ども扱いはしないんだよね。仕事帰りのOLを気遣う店員って感じで、話し方も蘭姉ちゃんたちを相手にするときより落ち着いた印象があって……」
コナンの中で彼女はOLポジションに定まってるようだ。
「なんかこう、二人で会話してる姿が子どもと大人に見えないんだよ」
「大人の男女のようだと?」
「ううん、そういう危ない気配はないんだけど……疲れた社畜と、その愚痴に付き合うバーテンダー、みたいな感じかな」
「社畜とバーテン……」
赤井は社畜のような女児とバーテンダー姿の安室を想像した。
ランドセルを背負った女児が静かなバーのカウンター席に着く。「いつもの」「かしこまりました」バーテン安室がオレンジジュースをコップに注ぐ。「今日も補習ですか?」「ええ、六年生は中学受験組がいるからテストが多いの」「それは大変ですね」――。
「なんだそれは」
思わずつっこんでしまった赤井に、コナンは苦笑する。
「最初はあの子が何か重要な情報を持ってて、だから安室さんがあの子を探るために手懐けたんだと思ってた。それに赤井さんの話もあったし、きっと組織と関係のある子どもに違いないって睨んでたんだけど……」
「はずれだったようだな」
「組織と関係ないなら、安室さんはなんでわざわざあの子を気に掛けてるんだよ。あの空気はなんなんだよ……社畜が社畜を労わってるのか?」
言い得て妙だ。たしかに安室の気分はそれに近い。疲れた社畜(のような子ども)と真正社畜(だがすこぶる元気)のようなものだ。しかしこの二人はそれを知る由もない。
コナンこと新一は、彼女が例の薬を飲んだのではないかという疑念が晴れないでいた。
赤井は安室と同じく彼女の記憶喪失に気づいており、昔も今も自分たちの敵ではないという見解だ。
「なんかすっきりしない……あの二人、気になっちまう」
解けない謎は放置できない名探偵が頭を抱える。
組織に潜入中の公安警察と、組織の影がちらつく(気がする)見た目と中身がちぐはぐの少女。組織の情報は余さず欲しい身として、あの二人が気になってしかたなかった。
探偵たちはまだ様子見の段階にあり、彼女をどうするべきか考えあぐねている。
じつはこの原作を知る女児が彼らの命運をにぎっているかもしれないし、組織壊滅への重要人物になるかもしれない。
それと同じくらいの確率で、これ以上原作に介入する機会はないかもしれないし、組織や危ない薬とは無縁に過ごすかもしれない。
原作ルートをちょいちょい外れてしまった物語の行く末は、誰にもわからなかった。
*****
・前世を思い出した女児
コナン世界に転生した人間
人生に疲れた様子なので周囲の大人に社畜認定されてる
幼少期に前世を思い出して頭パーン精神ドボーンした
数年前まで記憶に悩まされて情緒不安定だったので、原作キャラに遭遇するたび駆け寄って口出ししてた(それが救済に繋がることもあった模様)
精神が安定してきた今ではもうそんなこと覚えてない
・現役社畜の安室さん
女児のことは親友をNOCと知っていたので警戒はしてる
でも調査結果は真っ白だし結果的に親友の恩人なので感謝もしてる
子どもがこんなにくたびれてるなんて、とちょっと同情的
ちなみに同期はみんな生きてる
・名探偵コナンくん
灰原より擦れてるよな、あの子。やっぱり中身は大人、それも疲れてバーテンダーに愚痴るOLだ!
・身を隠してる赤井さん
日本人は働きすぎだと思う。もっと大人も子どもも遊べばいいのに。
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夢だけどトキメキはない。コナン世界に転生して前世を思い出した少女と、彼女を観察する安室・コナン・赤井。さり気なく警察学校組を救済してた。<br />中身が疲れた社畜みたいな女児と、元気に現役社畜してる安室さんの交流/女児について話す零・景光/女児と安室について話すコナン・赤井
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【ネタ】転生してお疲れ気味の女児と、彼女をめぐる探偵たちの見解
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10071793#1
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ご注意。
●妄想過多、キャラ崩壊、ご都合主義、間桐雁夜贔屓
●捏造しかない
●カーニバルでファンタズムな時空に雁夜さんをぽいっと投入
●苦手な方はお控えください
●今回はアンケート一位の「愉悦コンビと遊ぼう!」になります。
■間桐雁夜(現在ショタ)
若返ったのではなく幼児化。なので白髪で左目も白い、大人の頃の面影がある。精神は大人だが外見年齢に引っ張られるところあり、つまり子供っぽい。見た目はイリヤと同じくらい。
こんなんでよろしければ、どうぞ![newpage]■愉悦コンビと遊ぼう■
「雁夜は貰って行くぞ雑種!」
「誰がやるか!」
某月某日、金ぴか基ギルガメッシュが衛宮家の座敷童・小さな間桐雁夜をその腕に抱き上げて高らかに宣言した。
その偉そうな物言いにものすごくイラッと来た士郎はギルガメッシュを睨み、雁夜には優しい顔を向けるという器用さを発揮しながらこう言った。
「いいか金ぴか」
さも重要なことのように、厳かに。
「雁夜さんは身体が弱いんだから扱いは丁寧にな。風が吹けば飛ぶぞ。間違っても放り投げたりするなよ。あんた仮にも英霊なんだからくれぐれも力加減とか気をつけろよ」
「金ぴか、今日は寒い。貴様はどうでもいいが雁夜の身体を冷やすなよ。雁夜、立っているものは金ぴかでも神父でも犬でも使いたまえ。それとこれも持って行くといい」 士郎に続きアーチャーもギルガメッシュに釘を刺す。アーチャーが雁夜に渡したのはお出かけセットの入った鞄である。あまり仲のよろしくない士郎とアーチャーもこと雁夜に関しては同様に過保護であり、そのことに対して協力するのもやぶさかではない。その結果がこれである。
二人としてはまだ言いたいことは山ほどあるのだがぐっと我慢した。衛宮家の主夫二人はとても心配性である。
「…貴様ら、」
散々言われたギルガメッシュは僅かに俯いていた顔を上げる。怒ったか、と窺うとその表情は不敵に笑っている。
「そのようなこと言われずともわかっておるわ!それを貸せ、贋作者」
と、自信たっぷりに言い放つ。子供大好き英雄王はお気に入りの雁夜の取り扱いについては承知の上である。ギルガメッシュはアーチャーから鞄を受け取り肩にかけた。 一連の流れを見ていた雁夜といえば少々呆れ気味だ。まだ会話が続きそうなのでギルガメッシュの腕から降り、女性陣のところへ近づく。
「いってらっしゃい雁夜おじさん。いじめられたら私に教えてくださいね、もぐもぐしちゃいますから」
桜が朗らかに笑う。その笑顔につられて雁夜もにっこり笑う。桜の言葉の不穏さには気づいていない。桜の背後では黒い何かがうごめいている。
「アーチャーと士郎はダブルおかんですね」
ライダーが男たちの会話を聞いて呟く。否定はできない。
「雁夜、危険な目にあったら呼んでください。金ぴかをエクスカリバる備えは万全です」
セイバーは拳を握り宣言した。これはまた内容が不穏である。「エクスカリバる?」
「はい、エクスカリバるのです」
初めて聞く言葉に雁夜が首を傾げる。しかしセイバーは男前な笑みを見せ首肯するのみ。
セイバーが言うなら悪いことではないだろうと雁夜も頷く。しかしエクスカリバる=エクスカリバー最大出力である。当たれば死ぬ。
「おじさん、ガンドの準備もばっちりだからね」
凜がぐっ!とガンドの構えをしながら言う。ちなみに凜のガンドはガトリング並。当たれば痛いではすまないのは周知の事実だが、幸か不幸か、雁夜はまだその威力を知らない。
この女たち、容赦というものを知らない。いや、知っていてもする気が全くない。
下手をすれば国一つくらい落とせるんじゃないかという程の戦力を持ち出している彼女達であるが、しているのはなんのことはない『お見送り』である。本日、雁夜は教会へお出かけするのだ。 先日、実にあっさり言峰に拉致・誘拐された雁夜。雁夜の警戒心の無さとその見た目の幼さに主夫属性の人間を始めとした周囲の過保護は募るばかり。
しかし周囲の心配をそっちのけで当の雁夜と言峰・ギルガメッシュは何故か仲良くなっていた。
そして昨夜、雁夜は「俺明日ギルのとこに遊びに行くね」と言い周りを驚かせた。挙げ句散々心配されこの盛大な『お見送り』となったわけである。
「どうした、凜」
雁夜とギルガメッシュを見送った後、隣にいた己の主がどこか不機嫌そうに見えたアーチャーが声をかける。
「…なんだかおじさん、金ぴかといるときは雰囲気違うわよね」
ずるい、と紛れも無い本音をこぼしたであろう主に苦笑する。それはアーチャーも多少感じていたことだからだ。 どこか遠慮がちで優しい雁夜が、あの金ぴかと神父に対しては雑な扱いをする。それは彼らが本当に親しいのだと示すようで少し―いや、かなり面白くない。
「そうです、ずるい」
話を聞いていた桜もぷっくりと頬を膨らませて同意する。雁夜にとって桜はいつまでも庇護対象で、子供扱いだ。ギルガメッシュのように安心して頼られたことはない。雑に扱って欲しいわけではないが、やっぱり面白くない。
ライダーもまた拗ねたような桜を見て苦笑する。
うちの連中は雁夜さんが大好きだな、と士郎が笑う。隣でセイバーが頷く。否定する者は、いなかった。
※※※
所変わって教会。
「―とまあ、こんな感じ」
「随分と過保護なことだな」 膝の上に雁夜を乗せた言峰は盛大な見送りの話を聞き笑う。
そもそもその過保護になった原因の一端は間違いなく言峰の雁夜拉致・誘拐にある。もちろん言峰はそんなこと承知の上で、そこまで過保護にされながらも相変わらず警戒心の低い雁夜とその雁夜を守りたくて右往左往する衛宮家の面々を見て楽しんでいる。
雁夜を連れて来たギルガメッシュは教会に着くなり「ちょっと待っていろ」と雁夜を放置して行った。そこへ言峰が現れ手持ち無沙汰にしていた雁夜をひょいと自身の膝に載せる。当然雁夜は抗議したが言峰は聞く耳持たず。ぺしぺしと小さな手による抵抗と雁夜の嫌がる顔を愉しんでいた。雁夜が言峰に敵うはずもなく、とうとう諦め大人しく言峰の膝上におさまり、見送りの話をしていたのだ。「みんな、優しい子たちだからなあ」
「…それだけ好かれているのだろう」
言峰としては、見てわかることを言葉にしただけであった。先日の一件からもわかるように衛宮家にいる人間も英霊も雁夜のことを好いているのは火を見るより明らかだ。そしてその事実を口にすれば雁夜は照れるなりと心躍る反応をしてくれると思っていた。
しかし予想に反して雁夜はきょとんと言峰を見上げている。左右色が異なる瞳には疑問の色が浮かび、まるで予想だにしないことを聞いたような態度だ。
「…好かれてる?そりゃ嫌われてはないと思うけど」
ここまで鈍い人間がいたか―。
言峰は思わず自身の顔を覆った。予想外の鈍さである。雁夜からすれば衛宮家の面々に『気に入られている』もしくは『好意的である』扱いをされている自覚はあっても『溺愛されている』自覚はないらしい。「俺なんかを好きになるやつは、いないよ」
雁夜が不意に表情を消し、ぽつりと呟く。まるでそれが世の真理だとでも言うように。
それを見て言峰は沸き上がる衝動に耐え切れず、笑いをこぼした。
鈍い?いや―歪んでいる。
再会した間桐雁夜はかつての激情も貪欲さもどこかに置き忘れ生来の優しさばかりがあるのかと思いきや、それは違ったらしい。それらを内包したまま事切れた雁夜は、そのまま歪んだのだ。
歪んだ故か―自分に好意を向けられるはずがないと思い込んでいる。実に、いびつだ。
「雁夜」
内緒話をするように言峰が雁夜の耳元で名前を呼ぶ。
「―私はお前が好きだぞ」
心の隙間に入り込むように、低く、静かに告げる。途端雁夜は自分の耳を抑えて顔を赤くした。「みっ、耳元でしゃべるなエロボイス!!」
「失礼な」
「見ろ、鳥肌立ったぞ」
確かに雁夜の腕は鳥肌が立っている。うう、と参ったような声を出しながら雁夜は腕をさすった。言峰の告白については完全にスルーだ。
「まったく、変な冗談言うなよ神父」
歯牙にもかけないとはこのことか。確かに心からの告白だと言えば嘘になるがこうも反応が淡泊では面白くない。多少は本気も混じっているというのに。種類はどうあれ、言峰は一応雁夜に好意を寄せている。
仮に、ここにいたのがイケメンじゃない方のランサーであれば自身が、そして周囲の人間がどれだけ雁夜を好きなのか言葉を尽くして説明したかもしれない。赤い弓兵ならば雁夜自身の自己評価の低さを叱ったかもしれない。 しかしここにいたのは残念ながら外道が愛称の言峰綺礼。
この雁夜の気づかれにくい、しかし根の深い歪みが愉悦の種になりそうだとひっそりと笑う。
言葉では気づかないのならば、と言峰は膝上の雁夜を抱きしめることにした。
「え、なになに?」
「…いや」
どうやらこれも空振りらしく雁夜は平然としている。なんだか肩透かしを喰らった気分だったが、言峰は抱きしめる腕を緩めなかった。
ちなみに、雁夜が言峰に抱きしめられても平然としているのはひとえに衛宮家のスキンシップ率が高いおかげである。
ランサーは基本雁夜を抱きしめたりすることで癒しを得ている。更に雁夜の見た目が子供になったことで世話焼きなアーチャーも遠慮なく抱き抱えたりするようになった。 そうなれば桜も凜も、セイバーもライダーも構いだす。最初は恥ずかしがっていた雁夜も次第に慣れ、今では割とされるがままだ。
もし雁夜が大人の姿ならば言峰の望み通り恥ずかしがる雁夜を見られただろう。
言峰は片方の腕で雁夜を抱きしめ空いた方の手でちょっかいを出し始める。
つん。
「なんだよ」
子供特有のまろやかな頬をつつくと実に滑らかな感触が言峰を楽しませる。白くなっている目の周囲をつ、となぞれば嫌そうな顔をするのがたまらない。
なんでも身体を退行させたのではなく聖杯くんにより幼児化させたために大人の頃の特徴を残したままになったらしいが、言峰にはそちらの方が好ましい。
かつて言峰の心に愉悦をもたらした名残がある姿だ。「やーめーろー」
「嫌だ」
頬をつつくのを止め殊更優しく撫でてやれば少しは抵抗するものの、心地好さげに目を細める。猫のようだ。
優しく触るなどという芸当が私にもできたとは。
自身に少しばかり驚きながらも言峰は雁夜を撫でる手を止めなかった。[newpage]「雁夜、ゲームをするぞ!マリカーだ!」
バアン!と勢いよく扉を開けて入って来たのはギルガメッシュ。手にはゲームがある。どうやらそれを探していたらしい。
「はいはい」
わくわくした様子を隠さないギルガメッシュにこれはなにを言ってもやる気だな、と判断する。今度こそ雁夜は言峰の膝から降りギルガメッシュの元へ行った。ギルガメッシュの趣味なのか大画面のテレビにゲーム画面が映しだされる。
「綺礼、貴様もやれ!」
ギルガメッシュの誘いに肩を竦めながらも参加する言峰。ギルガメッシュ、雁夜、言峰と並んだ後ろ姿はでこぼこで妙に滑稽だ。
「うわっ、ちょっ、ギル待て待て待て!」
「甘いぞ雁夜!」
「甘いのはお前だギルガメッシュ」「おのれ言峰えええ!!」
「うそお前そこでバナナとか外道ー!!」
ゲームは非常に白熱した。最初、あまりしたことのないゲームに雁夜は恐る恐るだったが慣れれば全力でレースに熱中していた。途中熱中しすぎて身体が傾き倒れかかったのはご愛嬌。誰しもが一度はやってしまうものである。カーブでは身体ごと傾く。
雁夜とギルガメッシュが基本に忠実に競い合うところに言峰が思わぬ外道を働くという形だった。遊び方にも性格が出るものである。
「さ、最近のゲームリアル…酔いそう」
「軟弱だな雁夜。大丈夫か?」
「んー」
途中3Dに酔った雁夜を労るギルガメッシュに常の傲慢な様子は見当たらない。ギルガメッシュは雁夜に相当甘かった。 最期のレースではギルガメッシュが一位、言峰が二位、雁夜が三位となった。
「負けちゃった」
まあ楽しかったしいいか。罰ゲームがあるわけじゃないし。気軽に考えた雁夜だがそうは問屋が卸さない。ギルガメッシュは美しく整った顔を笑みに変えてこう言った。
「雁夜、最下位には罰ゲームだ!」
「うっそ!聞いてない!」
「言ってないからな!」
胸を張って言うことじゃない。しかし金ぴかの王様の中では罰ゲームはもはや決定事項。異論は認めない。ギルガメッシュはにやにやしながら自分のスマートフォンをいじる。
「これをやれ」
ギルガメッシュのスマートフォンを見せられる。画面にはある映像が流れている。雁夜は思わずギルガメッシュとスマートフォンを見返した。「これ?」
「これだ。我に向かってやるのだぞ!」
「まじでか」
「マジだ」
何を見せられたのか雁夜はもじもじと恥ずかしがる。うーだのあーだのと唸り、ギルガメッシュを見てはやれ、と促される。やがて意を決したのかギルガメッシュに向き直り。
「……(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!」
うー!の掛け声と共に腕をきゅっと引き寄せにゃー!でギルガメッシュに向かって手を伸ばす。身長差からの完璧な上目遣い、しかも羞恥心から頬は赤くなり目は潤んでいる。文句なしにかわいい。
「やばいくそかわ」
ギルガメッシュが常の偉そうな話し方を忘れるくらいには、可愛かった。何かが溢れそうになり思わず手で顔を覆う。
ちなみに恥ずかしがる雁夜の姿はギルガメッシュの金ぴかスマートフォンにしっかり録画されている。「…は、恥ずかしい!なにやらせんだバカ!」
やらされた雁夜はたまったものではない。なんだうー!にゃー!って。この歳で。あほか!
恥ずかしさのあまりぽかぽかとギルガメッシュをたたくがダメージはゼロ。むしろ雁夜の手がダメージを負う始末である。
「何を言う、語尾ににゃーをつけるのと迷ったのだぞ!」
「バカだ、バカがここにいる!」
「なんだと!よし、今の映像を貴様のところの贋作者に送ってやろう」
「や め ん か!」
頭に来た雁夜がギルガメッシュに蹴りをいれたがそんなものは暖簾に腕押し。子猫がじゃれてくるようなものだ。ギルガメッシュはそのままじたばたする雁夜を抱え上げきゃーきゃーと騒ぎ出す。
言峰はとりあえず一連の流れをスマートフォンに記録した。恥ずかしがってなにやらせんだバカ!と叫んだところまでバッチリだ。今度私にもさっきのうー!にゃー!をやってもらおうと心に決めて。 スマートフォンの中の英雄王の顔はこれ以上ない程にはしゃいでいる。まるで無邪気な子供のようだ。
「雁夜、王がこれを与えてやろう」
一通り騒いだギルガメッシュと雁夜はソファに落ち着いた。ギルガメッシュは雁夜に何かを差し出す。
「?」
雁夜の手には少し大きい平たい機械。あまり馴染みのないそれに雁夜は首を傾げる。
「最新のスマートフォンだ」
「ああ、アーチャーが持ってるな」
雁夜の脳裏に浮かんだのはアーチャーだ。時々スマートフォンをいじってレシピなどを見ることがあると言っていた気がする。最近の携帯電話は進化したものだと感心するばかりだ。
「何故そこで贋作者がでてくる…まあいい、我が使い方を教えてやる」「でもこんな高級品…」
「貴様がいらないというなら捨てるだけだが」
「うっ……アリガトウゴザイマス」
「よし」
ギルガメッシュはくれるというが一般人の感覚を持つ雁夜は他人からこんな高級品を与えられて受け取れるような人間ではない。しかし断ればそれを捨てるという。渋々受け取ればギルガメッシュが無邪気に笑うものだから雁夜は観念するしかなかった。これもまあ、ギルガメッシュの優しさなのである。
「うわーなにこれすごい!これ画面割れたりしない?」
最初は気後れしていた雁夜だがギルガメッシュがスマートフォンの使い方を説明するにつれ、この小さな機械の有能さに目を輝かせることになった。
雁夜の素直な反応にはギルガメッシュもまんざらではなく、ご機嫌だ。「今のはだいぶ頑丈だぞ。ふふふ、それに我特製のケースもやろう」
と、ギルガメッシュが取り出したのは金ぴか特注ケース。恐らく純金である。
「それはいいや」
雁夜は即答した。
「なっ」
「ぷーくすくす」
即答すぎる返事にギルガメッシュがショックを受け、言峰がそれを見て愉しんでいる。人の不幸は蜜の味、今日も言峰は通常運転だ。
「か、かっこいいぞ!」
「このケースまじで金だろ、重い」
我様の使うケースはさすがの純金。しかしそのケースは雁夜には重い、そして邪魔だった。間桐雁夜:苦手なものは豪奢なものである。
「ああ…」
「プッ」
雁夜の頑なな態度に顔がしょぼんとなるギルガメッシュ。ギルガメッシュとしては100%好意だったのだがここまですげなく断られるとさすがの英雄王もへこむ。「それに金はやっぱギルに似合うからさ。俺はギルとお揃いなスマートフォンなだけで嬉しいぞ」
「ま、まあそうだな」
ちょっと可哀相になった雁夜はフォローも兼ねてにっこり笑う。お揃いで嬉しいのは一応本心だ。
金が似合うと言われて機嫌が上昇する。お揃いという言葉も琴線に触れたらしい。(´・ω・`)→(`・ω・´)というわかりやすい変化だった。
そしてギルガメッシュはスマートフォン講座を再開。
「ここをこうして、」
「ふんふん」
「写真も撮れる」
パシャッ
すかさず自分の膝に乗る雁夜を撮る。
「わ!今撮った!?」
「ふはは待ち受けにしてやろう」
「それはやだ!消せ!」
「断る!」
パシャッ。
またもじゃれ出したギルガメッシュと雁夜を今度は言峰が撮る。「…綺礼!」
「とりあえず衛宮に送っておいた」
「士郎君に送ってどうすんだよ!ていうかアドレス知ってんのか」
「なりゆきでな」
雁夜はこんなに楽しそうだぞ、と見せ付けるために言峰は士郎宛てに写真を送る。もちろん嫌がらせである。
この日、言峰とギルガメッシュの待ち受けは雁夜になった。
ちなみにギルガメッシュのスマートフォンの中には雁夜専用フォルダが作成された。フォルダ名を『雁夜』にするか『天使』にするか本気で迷ったらしい。
「もー疲れたー」
ギルガメッシュに写真を消させようとしてもかなわず、雁夜はふて腐れてギルガメッシュの膝にダイブした。思い切り勢いをつけてもびくともしない英霊が恨めしい。「今日ランサーは?」
ふと思い尋ねる。ここ2、3日雁夜はランサーに会っていなかった。一応彼の拠点はこの教会で、残念ながらマスターはここの性悪神父のはずだ。
「バイトだ。せかせかと労働に勤しんでおるわ」
もちろん英雄王は労働などしない。だって金のなるニートだから。
「ランサーって色んなとこでバイトしてるな」
「あれはもはやライフワークなのではないかね」
「いくつ掛け持ちしてるかわかんないもんな」
雁夜の知る限りでも3つは掛け持ちをしている。いつだったか「馴染みすぎだろ英霊」と突っ込んだことがあるが「まあな!」と誇らしげに言われたので雁夜はそれ以上何も言えなかった。俺が言えることじゃないがそれでいいのか英霊。楽しそうだからいいんだろうけど。「そうだ、綺礼」
「なんだ」
「あんまりランサーいじめるなよ?この前とかぐったりしてたぞ。突然来るなり「癒し!」って叫んでぎゅうぎゅうに抱きしめられたんだからな。もうあの外道マスターやだーって」
「ほう…」
何気なく雁夜が言った言葉に言峰の雰囲気が変わる。あれ、と雁夜は言峰を仰ぎ見るが少し笑っている。楽しそうに。
言峰綺礼が楽しそうなときは大抵誰かの不幸が絡んでいる。しかし雁夜はそれに気づかず言峰の袖を引く。話聞いてんのかこいつ。
「綺礼、聞いてるか?」
「ああ、聞いているとも。そうだな、日頃の感謝を込めて今日の飯にはホットドッグを用意するか」
「なんでホットドック?」
「あれの好物なのだよ」「雁夜、あの犬に手ずから食べさせてやるがいいぞ」
「?」
言峰はしっかり話を聞いていた。聞いてちょっとむかついたのでとりあえず駄犬にホットドックを食べさせることにした。
ランサー、クーフーリンはかつてゲッシュというものを立てた。それは破れば本人に呪いがかかるという誓いでその中には「犬を食わない」という誓いがある。もちろんホットドックには犬なぞ使われていないが、そこは言峰綺礼。ランサーにしっかりあることないこと吹き込んで、ホットドックには犬の肉が使われていると思い込ませている。正に外道。
そして雁夜にそれがランサーの好物だと教えておけばランサーは雁夜に差し出されたホットドックを食べずにはいられない。先程のゲッシュの中に「目下の者からすすめられた食事を断らない」というものがある。一応ランサーの呼びかけに応え雁夜が来たことになっているので雁夜はランサーにとって「目下の者」にかするのである。 ちなみにこの矛盾が原因で史実のランサーは死んでいるのだが、それをここに出して来るとは外道ここに極まれり。
※※
「あー疲れたーって雁夜!?」
本日も鉄腕アルバイターの名に恥じない働きをしてきたランサーは多少の疲れを感じながら教会に戻って来た。そこには景気の悪い性悪神父と金ぴかくらいしかいない、と思っていたのだが彼の予想に反し、そこには癒しがいた。
「おかえりランサー!」
癒し、つまり雁夜である。ランサーを見るなり駆け寄ってくる姿は正に癒し。視線を合わせるようにしゃがみ頭を撫でるとにっこり笑ってくれる。しかし、
「お前こんなとこにいたら汚染されるぞ」
これは言っておかねばと言葉にすれば雁夜の背後からぬっと言峰が出てくる。雁夜ばかり見てランサーの視界からは言峰がすっかり排除されていた。「中々の言いようだなランサー」
「げっ」
「こら綺礼、ランサーいじめるなよ」
「やれやれ、ランサーの態度に傷ついたのは私なのだがね」
傷ついたとか絶対嘘だろ。
しかし雁夜がいるからなのか普段より少しは雰囲気が柔らかい。まさかこの外道にも雁夜の癒しが効いたとでもいうのだろうか。
荷物を置いて雁夜に手を引かれるままにテーブルにつく、が。そこにはアレがあった。ランサーの苦手な、アレが。
まさかと思い言峰とギルガメッシュを見ればそれはそれは楽しげにランサーを見ている。
声を上げようとして―[newpage]「はい、あーん」
―できなかった。
雁夜が笑顔でランサーに向かってアレ―ホットドックを差し出している。
「…っ!?」
「あれ、ランサー固まった?おーい」
これが固まらずにいられるか。かつて自分が死んだ原因となった状況とそっくりな現状。しかも雁夜には全く悪気がない。
「ぎゃははははは!!」
「…っ!…っ!」
「えっ」
耐え切れない、といった風にギルガメッシュが笑い出す。言峰も腹を抱えている。
突然笑い出す二人に驚いている雁夜はやはり言葉巧みに騙されたのだろう。よし、雁夜は悪くない。
「やっぱてめえらのせいかあああああ!!」
ランサーが叫んだ。こういうやつらだよ畜生!
「えっ?あれっ。…食べない、のかな?」「俺それ食べたら死ぬから!」
「え!じゃあ食べちゃダメ!」
ランサーの言葉に雁夜が顔色を変える。その素直さにランサーは涙が出そうだった。雁夜はいい子だなあ…。
それに比べてこの金ぴかジャイアンと外道神父のねじくれ具合といったら酷い。しかも雁夜を使ってくるあたりドス黒い悪意を感じる。
「こら綺礼!お前嘘ついたな!」
「すまない、少し勘違いをしていたみたいだな」
怒る雁夜にいけしゃあしゃあと謝る言峰。絶対反省してない。その証拠に言峰は相変わらずにやついている。
しかしあの言峰にああも強い物言いができるとは、以前バーサーカー相手に会話をしていたときも思ったが雁夜は中々大したものだ。
とりあえずホットドックは無しにして何か代わりに食べるものを探そう。そう思い立ち上がろうとして、ランサーは有り得ないものを見た。 あの、外道という言葉がこれ以上ないほど似合う言峰が、まるで本物の聖職者のような穏やかな顔をしている。
言峰の視線の先にいるのはまだぷりぷりと怒っている雁夜。
見間違いかと今一度言峰を見ると今度は普通に楽しげに笑っている。怒る雁夜を見るのが楽しいらしい。
―うん、見間違いだな、見間違い。
ランサーは自分の精神衛生上よろしくないので先程の映像を頭から消去した。穏やかな神父なぞ見た日にはただでさえ低い幸運がマイナスになりそうである。
まだ笑っているギルガメッシュがむかついたので一発殴り、ランサーは自分の食事をを何にしようかと思案した。
癒しがある分、いつもよりはまだマシだな。
珍しく、今日の教会の食卓はランサーにとって平穏なものになりそうである。終わり。[newpage]●アンケート一位だった愉悦コンビとのお話です。
●いやーほのぼののはずなのにすぐ脱線してシリアスっぽくなるわギルガメッシュが雁夜を襲いそうになるわで大変でした。
●ぐだぐだな話ですみません。(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!は這い寄れ!ニャル子さんのOPのAAです。これを雁夜さんにやらせたくてできた話といっても過言ではない。
●最後はなぜかアニキが出てきた不思議。しかし言峰って本当外道ですね。
●では、読んで下さってありがとうございました。
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癒し雁夜さんシリーズのお話です。今回はアンケート一位の愉悦コンビとのお話になります。1番最初のお話はこれ<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=882515">novel/882515</a></strong>です。●妄想、捏造、誰得なのマジで、なお話なので苦手な方はお控えください。抱き着いたり抱っこしたりなお話です。●前作までの閲覧、ブクマ、コメ、タグいじりなどありがとうございます!とても嬉しいです。●ちょっと勇気を出してツイッターで絡んでくれたら嬉しいです!と言ってみる。フォローとか…してくれたら喜びます。しょうもない変態ですがよかったらちょろっとお話してみませんか?(ノ´∀`*)■タグ■>雁夜〜:雁夜さんがド級の鈍感なお人になっちゃいましたがよかったですか?タグいじりいつもありがとうございますヽ(*´∀`)ノ >(´・ω・`)→(`・ω・´) とてもわかりやすい英雄王の変化です。キャラ崩壊にも程がありますねすみません(;^ω^) >Fate〜:タグ追加ありがとうございます。
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愉悦コンビと遊ぼう
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唐突にくしゃりと髪をかき回されてケイネスは狼狽した。
「な、なにをする!!やめないかっ」
慌てて頭を撫で続けるその手を払って力いっぱい睨みつければ時臣は余裕の笑みを零した。
「そんな顔で言われてもね、ケイネス」
心底楽しそうに笑う時臣にケイネスは更に眉を吊り上げるがこれ以上怒る気にもなれず毒を抜かれたようにはぁ、とため息をついた。
「なにがそんなに可笑しいんだね。前から思っていたが君は私を子ども扱いしてはいないか。」
不服そうに眉間に皺を深く刻むもその声色には角がない。
ケイネスはどうもこの遠坂時臣という男を憎めないでいた。
「そうかな?君は優秀な魔術師だし、尊敬しているよ。」
「どの口が。」プライドが高く常に言葉に鋭さを忍ばせるケイネスだが時臣がこの調子である。加えて魔術に関してもお互い認め合う所であり、二人が親しくなるのにそう時間はかからなかった。
「でも、そうだな。実際私は君よりも年上だし、可愛いとは思っているかもしれないね。」
「か…可愛い?」
時臣の口から信じられない単語が出てきたことに驚愕して開いた口も塞がらないケイネスはかっと首まで赤くして噛みついた。
「私のどこが可愛いって?そもそも男に使う形容詞ではないだろうが!!その目は飾り物かね?」
矢継ぎ早に紡がれる言葉に時臣は、そういう所が可愛いって言ってるんだけどなぁと思うものの、これ以上苛めては可哀相かと思い口には出さなかった。時臣はケイネスを気に入っていた。ひょんなことから関わりだしたとはいえ、よくも敵であったはずの男にここまで気を許せたものだ、とはお互いが思っていることであった。
ケイネスという男は地位も名誉も実力も文句なしの天才という言葉が似つかわしい人物であったが、時臣はまるで背伸びをした子供か、警戒心の強い猫のようだと思う。周りの過酷な環境によって形成された殻は固く、決して好かれるタイプとは言えないだろう。しかし一度警戒を解いてしまえば時臣にとってはどこまでも可愛らしい存在でしかなかった。婚約者とのことで相談を持ちかけられるのは既婚者の特権というやつだろうか。それなりに頼りにされていると自覚のある時臣はまんざらでもない。時折見せる年相応の笑顔やしょげたような顔が自分だけの特別なもののように思えて時臣を満たした。その魅力に気づいている者は少なくないだろう。
いい年の男がつかう言葉ではないのだろうがケイネスにはキュンとくるものがある。
同時に煽られる加虐心のような感情。そんなアブノーマルな思考など自分は持ち合わせてはいないはずだったのだが…。と自身すら理解できない思考に苦笑を浮かべた。[newpage]近頃遠坂邸に頻繁に出入りしているアレは確かランサーのマスターであったか。
時臣と茶飲み話をしている様子をみかけて少しだけ興味が湧いた。
果たしてあの男はあんな人物だっただろうか。
「おい、雑種。」
我の声を無視して何も見えなかった、聞こえなかったかのように目前を通り過ぎていく男になかなかいい度胸をしている、と隠すことなく深まる高揚を口に滲ませた。
「また来いよ、雑種。次は我が茶飲み話に付き合ってやろう。」
過ぎていく背中に声を投げてギルガメッシュはほくそ笑んだ。
面白いではないか。
陰で様子を窺っている人物もどうやら男が気になるらしい。
アイツは果たしてお前の愉悦の在処となるかな?ちょうど退屈していたところだ。
精々我を興じさせろよ、ランサーのマスターよ。
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聖杯戦争ログアウト→サーバント受肉→平和が訪れました。<br /><br />特に詳しい設定も考えずに唐突に時ケイ。ドマイナーなんじゃないかっていう疑惑です。<br />そしてちょこっとギルケイ。神父も先生を狙っています。個人的には言ケイを全力でプッシュしているので誰か書いてくれませんかね^^;と言ってみたり。<br />まさに愉悦の塊のような先生を苛め隊隊長の神父。聖杯戦争がなくったって神父は愉悦に目覚める運命なんですね、わかります。五次峰との絡みとかいっそ清々しいくらいに俺得ってやつなんですがどっかに転がってないでしょうかヽ(^o^)丿<br /><br />追記:おぉぉぉお!!評価、タグ、ブックマーク、コメントありがとうございます<m(__)m>!<br />びっくりしてしまいました…。ありがたき幸せ!!<br />2012年04月27日付の小説デイリーランキング 90 位入りありがとうございました!m(__)m<br />うっかり続いてしまいましたすみません→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1024948">novel/1024948</a></strong>
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ケイネス先生にお友達ができたようです。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007246#1
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[chapter:※ご注意※]
鈴木園子成り代わり転生です。
話の性質上、以下の要素を含みます。
・捏造満載
・シナリオ崩壊
・キャラ崩壊
・夢(原作軸終了後黒羽快斗オチ)
・厳しめ表現(主人公サイド(特にFBI・赤井秀一))
・事件の順序入れ替わり
以上がよろしければお進みください。
[newpage]
[chapter:園児から小学生へ]
皆さんごきげんよう。
鈴木園子、やっと小学校に入学できたわ、現在小学校1年生よ。
幼稚園児に混じる苦痛!
保育園よりマシだったけど、子供っぽく振る舞うって、社会人からしたら拷問でしかないのね…
まぁ、小学校も多分対して変わらないだろうけど。
それでその小学校なのだけれど、勿論、帝丹小学校などではないわ。
そもそも日本屈指の大財閥の令嬢が、何故一般庶民と同じ学校に通っているのか?そこが既におかしいと思うのよね。
勿論私が読んでいたWeb小説のお金持ち学校云々が、盛りすぎてる事は理解しているわ。
けれど、実際に公家御用達の学校やお金持ち学校は存在する。
だったら、ル・〇ゼとまでは言わないまでも、都内有数の名門校に通って然るべきでしょう。
工藤新一はまだいい、親が世界的小説家と元女優、名門かどうかはさておいて、親の収入だけで言えば上流階級だもの。
でも、毛利蘭は現状ただの公務員の娘よね?
帝丹高校のクラスメイトだってそうよ。言動が稚拙すぎて、とてもじゃないけどハイクラスの子どもたちとは思えないわ。
クラスメイトを夫婦扱いして揶揄うとか、今どきの小学生でもやらないと思う。
財閥令嬢が居ていい環境じゃないでしょう。
恐らく私立だとは思うけれど、少なくとも上流階級の子どもが通う学校ではないでしょう。
彼らの母校である帝丹小学校も、探偵団の親は教職や自営業だもの。
ま、そんなわけで、財閥令嬢の私が帝丹小学校に入る理由がないのよね。
原作シナリオとしては主人公たちと同じ学校に入れないといけなかったんだろうけど、そんな事私には関係ないもの。
だから年少の時…誘拐未遂事件から暫くして、開かれた姉の誕生パーティで、狙い通り姉のご友人や妹さんと知り合いになった私は、今のままの自分ではダメだと親に泣きついた。
当然困惑する両親だけれど、このチャンスを逃すわけがない。鈴木園子、一世一代の我侭よ。
庶民派の父親は、まだ小さいから気にしなくても…などと言っていたが、その考えが甘い。
大方今のうちに庶民とも触れ合うみたいな方針なのかもしれないけれど、正直それって無駄だしいい迷惑よね。
だって大人になって付き合うのは、同じハイクラスの人たちだもの。
日頃から接しておかないと、いざっていう時に話が合わずに恥を掻くのは私、ひいては鈴木家なのよ。
上流階級には上流階級ならではの付き合いが存在するのよ。
そんなに私を使い物にならない馬鹿に育て上げたいのかと泣き喚いてやったわ。
きっと同級生は名門校へ通う為のお受験対策をしている、スタートダッシュで出遅れているに違いないとまくしたてた。
予想通り、原作で京極真との交際に難色を示していた母親は私の意見に賛成してくれた。
対KIDとかちょっとどうかって描かれ方がしていたけれど、現実を見ている意味では父親よりまともね。
習院がいいか聖百合葉がいいか…などと早速名門校のパンフレットを持ってきていたわ。
どちらも初等部から大学部・院まであるらしいけど、とりあえず、将来を考えると女子校よりも共学の方が良いだろうし、名門最高峰学園に的を絞ってお受験勉強を始めた。
勿論、幼稚園への転園の手続きも取ったわ。時期が悪いので、翌年度からになるらしい、年中から…まぁ、仕方ないわね。
幼稚園から勉強とか大変そうなんて思うけど、前世で一応成人していた身、小学校入試で失敗はさすがにないと思う、と言うか、したら絶望する。
そもそも魚塚に、努力するとか格好つけて言った手前、落ちるわけにいかないしね。
まぁ、精神年齢はともかく身体は子ども、大変じゃないとは言えないけど、将来自分の為になるし。寧ろ色々な習い事をさせてもらえるのでとてもありがたいと思うわ。
転園を機に、まずはそれまでパパ、ママ、アネキと呼んでいたのをお父様、お母様、お姉様に変えた。
ずっと直したかったけどタイミングがなかったのよね。
って言うか財閥令嬢がアネキはないでしょう、せめてお姉ちゃんかお姉さんでしょう。
本当はお姉様のご友人姉妹を見た時にお姉ちゃんにしようかと思ったけど、パパママの矯正と一緒が良いかと思ったの。
転園して同じアッパークラスの子たちと話していて自分の言葉使いの悪さに気づいたと言うことにしたのよね。
心優しいお姉様をアネキと呼ばないといけなかった苦痛から解放されたときは本当に嬉しかったわ。
…ああそうそう、少しお姉様の話をしましょうか。
私は受験勉強の一貫で習い始めた様々な習い事に対して、将来必要なことだからと貪欲に習得し、そこそこ優秀な成果を上げている。
前世アドバンテージもあるけど、それ以上に何と言っても子供の脳だから、まるで水を吸うスポンジが如く吸収していけるのだ。こちらにやる気があるから尚更ね。
ギフテッドとか勘違いされないように、子どもらしく振舞いながらと言うのが逆に大変だけど。
え?いっそギフテッドを振る舞え?無理言わないで。数年間子どもを演じるのと、生涯に渡って天才を演じるの、どっちが大変だと思ってるのよ。
しかも私の前世は別にとびきり優秀ってわけでもないのよ?前世アドバンテージが通用するのなんて精々中学高校くらいまでよ。正直、大学受験直前の高校3年の時が前世で一番頭良かったと思うもの。その後なんて忘れる一方に決まってるじゃない。
そんな緩み切った頭で天才の真似なんて無理よ。特にこの世界、本物の天才がゴロゴロいるんだから、並べられるとか冗談じゃないわ。
第一習い事すべてが完璧にできるわけじゃないのよ。英会話は中学レベルまでは出来なくはないけど、ドイツ語とか完全趣味だったから挨拶しかできないし。お勉強だって勿論ある程度できるけどそれだって高3の頃には敵わない。
それに子どもの身体だとできることも制限される。ピアノは楽譜は読めるけど幼児の指だと弾くのも一苦労だし、水泳もバタ足で精一杯だったりするのよ。
それにそもそも別にそんな知的好奇心旺盛じゃないし。ただ将来の為に学びたいだけだし。
まぁ、そんなわけで、前世で齧った事のある習い事は手を抜きつつ、それ以外は全力で頑張ってたのよ。
毎日何かしらの習い事、休みの日には掛け持ちで、なんて当然の事。
令嬢として散々贅沢させてもらえるんだもの、そのための責務は果たして当然だと思う。まさにノブレス・オブリージュだろう。
そう思って、張り切って習い事に精を出してしまった。
その結果起こった問題が、お姉様との継承争いだった。…大げさな言い方よね。
現状、鈴木家直系の次代は、お姉様と私だけ。この先弟が生まれるかどうかは分からないけれど、鈴木家の跡取りは、お姉様か私の配偶者の可能性が高い。そしてそれとは別に、次期当主として注目され始めたのが、私自身だった。
多数の習い事を難なくこなしていく私は、ギフテッド扱いされないように気を付けてはいたものの、優秀であることは誰の目から見ても明らかだったのだ。
お姉様と私を比べて心無い言葉を投げる愚者が出始めたのもその頃。
大方今のうちから私にすり寄って甘い蜜を吸おうとでもいうのだろう。ふざけるなと思う。
私を誉めそやす代わりにお姉様を貶める馬鹿は、見つけ次第お母様に報告した。
お姉様はまだ中学生。いくらおおらかな方だとは言え、年端も行かない妹と比較されるなんて傷つかないはずがないのだから。
だからこそ、「私はお姉様が大好きです」という姿勢をアピールし始めたのだ。
私を持ち上げようとする輩に、お姉様に仇なす者を私は許さない、と見せつけるために。
そうして最初は牽制の為のアピールだったのだけど、そのうち本気で大好きになった。
前世で弟妹が居たから分かる。弟妹って、可愛いと言えば可愛いけど、友達と遊びたい時とか、正直面倒な時もあるのだ。
後をついて回ったり、出来もしないのに真似ばっかりしたり、一方的に話しかけたり、周りをウロチョロする幼児…自分でやっておきながらあれだけど、正直ウザいと思う。しかもお姉様からしてみたら、自分が貶められる原因だし、目障り以外の何ものでもないでしょ。
それなのに、お姉様はいつも笑顔で私を受け入れてくれたのよ!お姉様女神すぎる!!
とりあえずお姉様を傷つける輩は財閥の権力フルに使って全員地に落とす事に決めた。
因みに余談だけど、お姉様は中等部から編入して一貫お嬢様学校に通っている。
何故かって?考えてみて。
次女の私が、名門最高峰の学園に通うのに、長女であるお姉様が普通の私立。
…継承問題を助長するとか以前の問題よね?
第三者から見たら、どう転んでも、長女を蔑ろにして、次女に英才教育を施そうとしている…としか見えないわよね?
いくら私の希望だとか言ったところで現実問題としてそうとしか見えない以上、陰で何か言われるのは目に見えているわよね?
それで結局、相応の学校に通ってもらうことになったの。
本当は一緒の学校に行きたかったけれど、突然名門最高峰に通う受験勉強をしろだなんて言えるわけもなく。
結果、初等部から大学院まである一貫の名門お嬢様学校に通ってもらうことになった。
まぁ、女子校なら、お姉様に余計な虫が付くこともないしね。
…そしてお気づきかしら?
お姉様が大学院までの一貫女子校に通っている、と言うことは。
大学時代のサークル仲間とのあれやこれやに一切関与しなくなった、と言うことよ。
お姉様のご友人が自殺して、もう一人の同性の仲間も殺されて、挙句犯人も仲間で。
…お姉様のSAN値ピンチじゃない!
偶然だけど回避出来てよかったわ。
あ、事件の方?…そもそもお姉様の提案で、うちの別荘に集まったんでしょう?まずその集まりが潰れるわけだし、…何とかなるんじゃない?って言うか、人の別荘で事件なんか起こすなって話よね。
さて、話が逸れたわね。お姉様の話だから仕方ないけれど。
とりあえず、小学生になった私は、習い事はそのまま続けて自分を磨くことに専念している。
金にものを言わせた習いごとオンパレードに、娘に甘いのか現実が分っていないのか、父親はそこまでしなくても…と戸惑っていたが、私がやりたいのだ。寧ろもっと習いたいものは色々あるくらいだし。
お姉様に、英会話が分からないからと教えてもらったり、点てたお茶を飲んでもらったりできる。正直に言えば、完全に実益を兼ねてるので、使えない父親は口を出さないでほしい。
何より、水泳で25m泳げたとか、ピアノの暗譜ができたとか、お姉様に話すと褒めてもらえるのだ。こんな素敵なご褒美が他にあるだろうか?
あ、わりとどうでもいいけど、言葉遣いともう一つ、前髪下ろしたわ。
…いや、前髪上げてるのが園子、みたいなとこあるけど、私におでこを見せる勇気なんてないから!令嬢とか園子とか関係なく私として普通に嫌なのよ!
幼稚園でこんな髪型してる子いない!って言って、トレードマークのカチューシャはサヨウナラ。
あとついでに髪伸ばし始めました。
いや、だって、漫画の通り綺麗なストレートだよ?使ってるシャンプーとかも一級品だからサラサラだし。これは伸ばしたいでしょう。
あ、悪役令嬢だからって縦ロールにしたりする気はないわ。
ただ、前髪下ろしてから、正直鏡を見るたびに誰?ってなる。前髪って重要ね。
まぁ、そんなわけで、無事に入試をパスした私は、晴れて習院学園初等科の1年に在籍している。大学院まである一貫名門校だ。
因みに、学園での私だけれど、初等部1年にしてカースト最上位よ。
名門最高峰、お金持ち学校だけあって、家格が何よりもものを言ってくる学園なのだ。
現在学園トップは、大学部2年と高等部1年に在籍している公家縁戚の方々。
彼の方々が卒業なさって、それまでに公家筋のお子様が生まれることがなければ、その後のトップは鈴木財閥直系令嬢、つまり私になる。
首相の孫娘や代議士議員のご令息なんかもいらっしゃるが、財界と違って政界は世襲が難しいため、カーストで言えば上位にはなっても、最上位に来ることはない。
勿論、元華族とかしっかりとしたお家柄だったら別だし、財界の方が上と言っても、二世三世が世襲した後にきちんと経営ができることが前提だけれども。
これが中世貴族だと逆なのだけどね、商家は所詮商家だから、貴族の方が扱いは上だし。
とりあえず、現状では私は学園No.3と言っても過言ではない状態。
お友達…と言うか、明らかに太鼓持ちのような子たちもたくさん居る。
鈴木の傘下の会社社長や本社の重役たちの令嬢令息たちだ。
小学生にして世渡りの術を身に着けているのか…親に仲良くしろとか言われたのかもしれないわね。
将来の嫁候補に…なんて狙っている親も居るらしいけど、20年後、私が適齢期を迎えた時にその子の家が今の勢力を保っていられるかどうかも疑疑問よね、だってここ、米花町だもの。
って言うか、前世で乙女ゲームやってた時も思ってたのよね。
第一王子の婚約者=次期王太子妃=王妃教育を受けてるみたいな流れ。
…第一王子が国王に相応しくなかったり、婚約者の家が潰れたり、どちらかが死亡したらどうするんだろう?って。
あり得ない話じゃないでしょう?第一王子がどうしようもない暗愚で、第二王子が後から才能を開花させちゃって、誰がどう見ても第二王子が国王になるべきだーってなったりとか。
第二王子の婚約者が急遽王妃教育受けるの?それとも、第一王子の婚約者が、スライドして第二王子の婚約者に納まるの?
実際ゲームでも、婚約者…まぁ、悪役令嬢よね。彼女らが、相応しくないからって切り捨てて、ヒロインが王妃になるパターンが多いけど、それまでの王妃教育の時間、無駄じゃない?
もうね、家柄血筋を加味した、次期王妃、って言う立場の令嬢を数人囲って、一斉に教育すればいいのよ。
それで、最も優秀な令嬢が、伴侶が誰であろうと王妃になればいいのよ。筆頭が亡くなっても、次の人が王妃になる。
王妃って言うのは、一種の職業なんですもの、それくらいのシステム作り上げなさいよ。誰それの婚約者だとか決めるからややこしいのよ。
どうせ貴族なんて政略結婚上等なんだもの。直前に婚約相手が決まっても大したことないじゃない。
…まぁ、言ったところで、それじゃぁゲームが成り立たないってことくらい私でも解かっているけど。
あぁ、話が飛んだわね。まぁ、そんなわけで、現段階で婚約者を決めたりなんてするわけないって話よね。
ま、そんな大人の裏事情も読み取って、皆さんとは一定距離を置いているけど。何でか取り巻きと化した彼ら彼女らが減らないのよね…
取り巻きを引き連れているなんて悪役令嬢っぽいけど、私が目指しているのは乙女ゲームじゃなくてWeb小説の方の悪役令嬢だ。
普通のお友達が欲しい。お嬢様だから呼び捨てはどうかと思うけど、ちゃん付け…せめてさん付けのお友達が欲しい…様付けは友達とは言わないと思うの。こっちはさん付けだし。
そもそも、小学一年生と話が合うはずがないのだから仕方がないか。
まぁ、習い事もいっぱいだし、やりたいこともあるし、そのうちできるでしょ。
いいもの。どこだったか忘れたけど、ヨーロッパの執事学校卒業した魚塚が戻ってきて、侍従としてずっと側に居てくれるもの。寂しくないもの。
…家であまり学校の友達の話をしないので、お姉様が心配してくれた。女神。
あ、そうそう。
今年、だと思うんだけど、ヒロインの母親が出ていく年だったと思うから、所属事務所に連絡入れようと思うのよね。
いや、別に物語のシナリオを変える気はないし、そもそも主人公たちには関わりたくないんだけどね?
いくら関わらないようにするって言ったところで、それこそゲームみたいにシナリオ補正働いたら危険に巻き込まれないとは言い切れないでしょ?
だから、せめてもう少し常識を身に着けたまともな人間になってほしいのよ。
そしてそのために、あの母親にはちょっと厳重注意を受けてほしいのよね。
そもそも主人公やヒロインがあんななのって、親のせいだと思うのよ。
原作きちんと全部読んだわけじゃないから知らないけど、主人公の親って、作家と専業主婦でしょ?何で息子放り出して海外にいるの?都合がいいからなんてメタ発言は要らないわ。しかも中学の時からってことは義務教育中よね?それに確か、原作最初の方で、夫婦と博士で息子を騙して攫って説得して、でも説得諦めてたわよね。何なの?恨まれてもいいから危険から子どもを守るのが親じゃないの?息子は死にかけたのよ?何で側に居ようとしないの?当たり前のように不法滞在のFBIの隠匿するし、日本人としていっそ軽蔑するわ、頭大丈夫かしら?
あと、ヒロインの母親ね。確か劇場版の2作目だか3作目かで、家を出た原因がただの夫婦喧嘩だって言ってた気がするのよ。そんなくだらない事で小1の娘を残して家出?普通は子どものために堪えるでしょ、子はかすがいって言葉知ってる?どんなに伴侶が嫌だと思っても、子供のためを思って夫婦を続けるのが親の務めじゃないの?そんなだから、父親が逮捕されたときに真っ先に頼ってもらえないんじゃない。何かあった時にほとんどの人間が「お母さーん!」って呼ぶのに、ヒロインは「新一―!」なんじゃない。いつまで恋人気分なの?
ああ、そう言えば、主人公とヒロインの母親は二十歳で結婚して二十歳で子ども産んでたわね。しかも子供たちは5月生まれと同じおうし座…まぁそう言うことよね。子供が子ども作ったらそうなるものなのかしらね?
話が飛んだわね。
とにかく。工藤夫妻も毛利蘭の母親も育児放棄してるみたいだから、ちょっとどうかと思うのね。
だから子供たちがあんなに互いに依存してるんじゃない?親がちゃんと愛さないから。
十数年の人生でコミュニティ広がってるはずなのに、保育園のまま変わらないなんて…もはや被害者だと思うわ。
そんなわけで、私だと分からない方法でちょっと介入しようかと思うのよ。
で、一番手っ取り早いのが、所属事務所に、育児放棄じゃないのかってチクる事かなって。
原作の10年前だから、えーっと、27歳?普通は法学部に行ってロースクール行って、司法試験と司法修習と…あ、どう考えても大学在学中に産休取ってるわよね?デキ婚の学生結婚だもの。つまり今は居候弁護士よね、経験ある弁護士の下で修業中のはず。だったらそこに連絡入れちゃえばいいのよ。
本当は、小五郎さんが警察を辞める事も止めたかったけど、悪いけどそこまで話を覚えてないのよね。
まぁ、とりあえず魚塚に連絡入れさせておきましょう。私の声じゃただの悪戯だと思われるし。
母親が出ていかなければ、ヒロインも少しはマシになるんじゃないかしら?
[newpage]
無意識にフラグ建築するお嬢様
書いているうちに何故か立派なシスコンになった成主。
優しくて素敵なお姉様
懐いてくる妹を微笑ましく見守るおおらかな癒しの女神。
心強い味方のお母様
対キッド以外は父親に比べて大分頼りになる美魔女。
頼りがいのないお父様
何かと辛辣で風当たりが強い次女に泣きそうな会長。
とりあえず名前だけ作った残念なネーミングセンスのお金持ち学校
・習院学園(しゅういんがくえん)
…学〇院をもじっただけの適当すぎる名前のお金持ち学校。名門最高峰。園子が在籍。
・聖百合葉女子学院(せいゆりのはじょしがくいん)
…有名なお嬢様学校を適当にまとめただけの残念な名前の一貫女子校。綾子が在籍
[newpage]
アンケートへのご協力ありがとうございました。
さて、
[chapter:前回のアンケート結果です]
1位…7割弱……黒羽快斗
2位…1.5割弱…三船拓也
3位…6分………他候補
4位…5分強……オリキャラ・なし(同数)
断トツの黒羽君人気っぷりに驚きを通り越していっそすがすがしくなりました。
皆さん黒羽君好きすぎです。快園アリなんですねwww
と、言うことで、園子嬢の将来の配偶者は黒羽君と言うことで考えて行こうかと思います。
が。
前回もお話しました通り、そもそも落ちが見えていません。
社会人編書けるか?つか書かなきゃ駄目ですか?
そして園子嬢は原作終了時(高2いっぱい)まで、絶賛別人に片思い+失恋後数ヶ月引きずります。
…ぶっちゃけ高校在学中に黒羽君の出番があるのか怪しい←
黒羽君落ちが嫌な人は、原作終了時くらいでやめるとよろしいかと。…そこまで書けるかどうか分からんけども。
え?園子嬢の片思いの相手?筆者の思考はぶれないのできっと皆さん分かるはず☆
はい、筆者が大好きなキャラはー??
因みに、園子嬢が意識してアクションを起こさない限り、原作開始時点での性格人格背後関係その他はどのキャラも同じです。
そして園子嬢が意識してアクションを起こした場合、…まぁ、相応の結果が引き起こされるわけで。
…今回コメント頂いた他候補の中で、原作時点と同じであるがゆえに却下の方、逆に園子嬢が仕出かすが故に設定そのものが破綻してる方がいらっしゃるんですよね;
それを書いておくべきだったかと悩みどころ。でもネタバレになるしなぁ;
まぁ、恋愛関係なく好きなキャラは出張ってくるし、嫌いなキャラは出番を削られていくんですけどね。
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鈴木園子成り代わり転生です。<br /><br />前話へのいいね、ブクマ、スタンプ、コメントまことにありがとうございました!<br /><br />9/2・・デイリーランキング82位ランクイン。<br /><br />9/3・・デイリーランキング51位ランクイン。<br /> 女子に人気ランキング50位ランクイン。
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鈴木園子に転生したので悪役令嬢を目指そうと思う-03
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10072535#1
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[chapter:ボタンつけ2]
ごくごく軽い何かが床に落ちた音が静かな医局内で微かに耳に届いて、灰谷は自身の周りをくるくると見回した。
「あ、ボタン取れてる…」
立ち上がった時にどこかに引っかけてしまったのだろうか、カッターシャツの袖口のボタンが取れていた。幸いにも飛んだボタンもすぐに見つかり、小さなボタンを手に途方にくれる。
もう出発しなければならない時間なのに、このままではみっともない。
「だ、誰か、ソーイングセットとか持ってないかな…?」
同じく医局に居た横峯に遠慮がちに問いかけると、横峯はキラキラとした瞳で「白石先生が持ってたよ」と返した。
「白石先生」と「ボタン」という単語で連想するのは先日の藍沢と交わされたという夫婦のようなやり取りで、灰谷は横峯から散々その話を聞かされていたことを思い出し、嫌な予感に身震いする。
「灰谷先生、準備できた?」
今まさに話題にしていた白石に声をかけられ、灰谷がびくりと身体を跳ねさせた。しかし戸惑っている暇はない。スーツ姿の白石に向かって灰谷が恐る恐る口を開いた。
「白石先生、ソーイングセット貸してもらえませんか?」
「ん? どうしたの?」
「ここのボタンが取れてしまって…」
「あ、ほんとだ。それならつけてあげるからそこ座って?」
「いえっ、自分で、自分でやりますから」
「何言ってるの、自分でなんてやりにくいでしょ」
「じゃ、じゃあ横峯さんに…」
「ごめーん、私、お裁縫あまり得意じゃなくて」
仮にも外科医が裁縫が苦手で良いのだろうか。てへ、と笑う横峯に絶望的な気持ちになりながら、灰谷は観念して白石の指差した椅子に腰を下ろした。
白石が隣の椅子を引っ張ってきて灰谷の正面に座る。予想はしていたけれど、やっぱり近い。こんな場面をあの人に見られませんように…と願わずにはいられない。
「…何してる」
「ひぃっ」
いつの間に入ってきたのだろう、今最も会いたくない相手が灰谷の背後に立っていた。顔だけゆっくり後ろに向けると、普段の五割増し不機嫌そうな顔で最恐上級医が自分を見下ろしている。
最悪だ。神様は無慈悲だ。
「見たら分かるでしょ? 灰谷先生の袖のボタンつけてるの」
「なんでおまえがやる必要がある、そんなもの自分でやらせろ」
横峯がぶーっと噴き出すと藍沢にギロリと睨まれた。
(あの時自分はやってもらった癖に、どの口がそんなことを言うんだろ。)
横峯のそんな思考をよそに、藍沢は腕を組んで更に圧をかけた。
「ただでさえ忙しいのに、フェローのボタンつけまで面倒を見ていたら、おまえの時間がいくらあっても足りない」
「ボタンつけなんてすぐ終わるわよ」
頭上から降ってくる低く黒い声に、灰谷は生きた心地がしない。
「あとは自分でやりますっ」という言葉は白石に華麗にスルーされ、背後からは威圧され、どうして良いか分からずオロオロするばかり。
一方藍沢は、小言を言いながらも、糸を切るというその瞬間の為にまるでオペの器械出しのようにハサミを手元に用意していた。それはもちろん白石が歯で糸を切るのを阻止する為で、仏頂面指導医の独占欲に横峯は笑いを堪える。
そんな横峯に、藍沢は再び鋭い視線を送った。
「はい、あとは…」
白石の手が止まった。横峯に気を取られていた藍沢は反応が一瞬遅れた。
灰谷の背中に冷や汗が流れる。
「ハサミ、ハサミ、と。あ、藍沢先生持ってたの? 貸してくれる?」
「…ああ」
藍沢が制するまでもなく、白石は当然のようにハサミを使って糸を切った。
この前は歯で噛み切ったのに、今日はハサミ。
「今日は歯では切らないんだな」
ほっと胸を撫で下ろす灰谷を尻目に思わず藍沢の口から出た問いに、白石が「当然でしょ」と立ち上がる。
「歯で噛み切るなんて嫌がる人も居るでしょ。そう誰にでもやらないわよ。私だって分別くらいあります」
ぷうっと頬を膨らませる白石はとても可愛らしく、灰谷は思わず顔を緩めたが、藍沢の視線を感じてすぐに背筋を伸ばした。
(要するに、藍沢先生なら良いけど灰谷先生はダメってことね。)
白石の中でどう線引きされているのか全く分からないが、堂々と言ってのけるあたり、無自覚とは恐ろしい。
一部始終を見ていた横峯が藍沢の表情を盗み見ると、僅かに口角を上げていた。
(なに、あの満足そうな顔…!
あぁ、この場面を緋山先生と一緒に見たかった!)
その後の藍沢は一日中機嫌が良く、横峯は笑いを堪えるのに必死だった。
いつも厳しい指導医の可愛い一面を知り、藍沢先生も人の子なのね、などと微笑ましく感じる横峯であった。
[newpage]
※劇場版設定です。嫌な方は避けてくださいますようお願いします。※
[chapter:海を越えて]
海に向かって叫ぶ夢を見た。
何を叫んだかは覚えていない。
ただ、頭の中には彼女の顔があった。
海を渡る前、彼女は待つと言ってくれたのに、いつか置いていかれる恐怖に耐えられず待たなくていいと言ったのは俺だった。
『白石、結婚するかもしれないぞ』
聞いた瞬間、頭が真っ白になり声も出なかった。
次に湧き上がってきたのは、後悔。そして、確信。
俺はきっとこれから先の感情を失くすのだろうと。
失って初めて、決して手離してはいけない存在だったと気付く。俺は、愚かだ。
「分かった、俺はもう帰らない」
そう言って電話を切ってから、毎晩のように夢を見た。
叫んでも叫んでも彼女には届かない。
身体中が彼女を欲していた。
夢の中の自分は素直だ。
七日目、ふと、砂浜に立つ俺の後ろに気配を感じた。
「あんたバカ?」
「本当に、藍沢先生は見た目だけのヘタレですね」
「俺みたいになりたいんだろ? 今がその時じゃないのかよ」
振り返らなくてもわかる、あいつらが背中を押しに来たことが。
もう一度、手を伸ばしても良いのだろうか。
いや、良いか悪いかではない。俺がどうしたいかだ。俺が彼女を失いたくない、それが全てなのだ。
すぐに教授のもとへ走り、休暇をもぎ取った。
日本行きの便を取り、取るものもとりあえず医局を飛び出そうとした時──
「そんなに急いでどこ行くの?」
逢いたくてたまらなかった彼女がそこに居た。
「来ちゃった」
彼女がへにゃりと眉を下げる。
俺は人目も憚らず彼女を抱き締めた。
「今から捕まえに行くつもりだった」
彼女は泣きながら笑った。
「もう会えないかもしれないと思った」
[newpage]
[chapter:誕生日]
誕生日なんてめでたくもない。
母の死の真相を知ってから、自分の誕生日は忌々しい日となった。
おまえのせいじゃない。
君のせいじゃない。
何度言われようとも、この考えが変わることはないと思っていた。
でも彼女が俺に、生まれてきて良かったと思わせてくれた。
外科医として一番を目指して、一番でなければ意味がないと、優秀でなければ必要とされないと、孤独の中で生きてきた俺に、万人から必要とされるよりたったひとりに愛される喜びを教えてくれた。人を愛する喜びを教えてくれた。
今、俺の腕の中で、小さな命が眠っている。
彼女を幸せにする為に生まれてきた、そう思ってきたけれど、俺が居なければ生まれてこなかった存在を前に、この子に会うために生まれてきたのだという思いが加わる。
「お誕生日おめでとう」
彼女が微笑む。
自分には縁がないと思っていた「人並みの幸せ」に目頭が熱くなる。
「やだ、どうしたの?」
きっと彼女は俺の涙の意味に気付いている。
「…俺より先に死ぬなよ」
「…馬鹿ね。あなたを残していくわけないじゃない」
そんな約束は気休めでしかないことも、お互い充分過ぎるほど分かっているけれど。
「治せるものは、俺が全部治してやるから」
この先の人生も、出来うる限り彼女とともに生きていきたい。
そう感じた、誕生日の夜。
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今日は藍沢先生のお誕生日ですね。<br />きっと沢山のお祝い投稿があるかとは思いますが、私もその末席に加わりたく、出て参りました。<br /><br />とはいえ誕生日にまつわる話はベタなものなので、超短編集という形で他のお話と抱き合わせです。<br /><br />藍沢先生には幸せになってもらいたい、そんな気持ちでいつもお話を書いています。<br /><br />楽しんでいただけたら幸いです。<br /><br />【ボタンつけ2】<br />先日投稿した【ボタンつけ】(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10008170">novel/10008170</a></strong>)の続きです。<br />前のを読んでいただいてないとちょっと分かりにくいかもしれません。<br /><br />【海を越えて】<br />某所でチャレンジしたお題<br />『「海に向かって叫ぶ夢を見た」で始まり、「もう会えないかもしれないと思った」で終わる物語を700字以内で』から。<br />ほんのり劇場版設定。<br /><br />【誕生日】<br />夫婦な藍沢先生のお誕生日。<br /><br />※素敵な表紙をお借りしました。【<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/52204277">illust/52204277</a></strong>】<br /><br />※他の書き手様のお話全てに目を通せておりません。何か不都合ありましたらご連絡ください。<br /><br />※作品リスト(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9423587">novel/9423587</a></strong>)作りました。<br /><br />※マイピクについて→プロフィール(<strong><a href="https://www.pixiv.net/users/14829153">user/14829153</a></strong>)をご覧ください。
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超短編集5
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10073524#1
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Attention!!
山姥切国広(♂)成り代わり
女→男表現あり
元ブラック本丸の話
捏造過多
キャラ崩壊
文章がおかしい
腐的要素あり
等など1つでも当てはまって、駄目だ!と思った方がいらっしゃったらブラウザバックをお勧めします。
[newpage]
三日月宗近サイド
「悪い旦那方。加州の旦那の様子を見てくるから二人で待っててくれ」
加州が中々戻ってこないのを気にした薬研がそう言って探しに向かってから数分経った。
二人がいなくなった部屋には俺と髭切だけが残されたが、先程の意見の食い違いで互いの印象がよく無い俺達の間に会話という会話も無い為く、互いに無言で二人の帰りを待っていた時、閉じきっていた襖が勢い良く開かれる。
開いた襖の先に居たのは厠に向かってから一向に戻る気配の無い加州を探しに出た薬研と、何故か山姥切が見張ると言っていた内番服の燭台切光忠と鶴丸国永の姿があった。
「っ・・・旦那方大変だ!山姥切の旦那と加州の旦那が離れの何処にも居ない!」
「「は?」」
「そ、それに離れの外に探しに行こうと外に出ても、鶴さん以外気付けば何故か離れに戻ってきちゃってて出るに出れなくって・・・!」
燭台切光忠が切羽詰まった声でそう言った瞬間、部屋の温度が急激に下がったのが分かる。
まあ、下げているのは勿論俺と髭切なのだが。
「・・・ねえ君達。ちゃんと全部の部屋を見たの?それにそこの彼以外外に出られないってどういう事?」
「一階も二階も、行ける場所は全て手分けしてくまなく見たさ!ただそれでも居ない上に、よりにもよって練度初期値の俺だけがどうして離れから出れるのかも分からないんだよ!」
髭切の言葉に鶴丸国永が焦った声でそう言ったのを聞いた俺は腰に下げていた本体の柄に手を添え、立ち上がって薬研の横を通り過ぎ、軒下に揃えて置いておいた履物を履いて山姥切の神気で創られている結界の内側ギリギリの位置に立つ。
見た感じ辺りに異常は見当たらないが、結界に使われている山姥切の神気の量が俺が此処に来た時よりも僅かに減っている為か、結界内からでも山姥切の神気以外に感じる嫌な気配に全身の毛が逆立つような感覚になり、思わず眉間にシワがよる。
「・・・薬研、この場には居らぬが鳴狐も駄目だったのか?」
「ああ。一応寝てる大将にはバレないように試してもらったんだが俺達と同じで戻って来ちまった」
「・・・そうか。ならすまぬが薬研、お主にちと頼みがある」
「何だ?」
「短刀であるお主に今すぐに鳴狐と共に雪の傍に控え、もしもの時の為に待機しておいてほしい」
俺や此処にいる他の面子は太刀で夜戦や室内戦には相性が良くないのでな。と付け加えて言えば、少しの沈黙の後に「分かった」と薬研の了承の声と走り去っていく足音が聞こえた。
「・・・ねえ三日月宗近。何か気付いたのかい?」
「まあ、一応な」
この嫌な気配には過去に何度か遭遇した経験がある。だからこの離れの外に居るであろう存在がどういったものなのかも分かってはいるが、“何が”そうなったのかは分からない。
そして離れをくまなく探したと言う薬研達の証言を信じるとなれば、離れに居ない山姥切と加州の二人が現在居るであろう場所は十中八九その“何か”の気配がする離れの外となる。
流石に数で負けているとはいえ、カンストしているあの加州や、本霊の代理候補である山姥切が万全の状態ではない本殿の面々に負けるとは思えないが・・・流石に二週間以上も神気をこの離れに提供し続けている山姥切に関しては一つ懸念がある。
夕餉の際にこちらの様子を見に来た山姥切に俺が心配して声を掛けても「別に体調に問題はない」の一点張りだったが、どう見ても大丈夫には見えない危うい雰囲気な上に、その時の顔色や動き、それに加え声も、全てが山姥切に限界に近いとすぐに分かる状態だった。
それでも山姥切は弱音を吐かず、自分が面倒を見るという名目で二人を引き込んだのだからと言って休まずに二人の傍に控え・・・恐らくだが二人が寝付いた後に毎夜していると言っていた見回りに向かったのだろう。
そしてそこで山姥切は何かがあって已む無く離れから出る羽目になり、厠に向かった加州も運悪く巻き込まれてしまった。そう考えれば二人が離れに居ない説明が付く。
だが探しに行くとしても、先程燭台切光忠や鶴丸国永が言っていた“離から出ても、鶴丸国永以外は離れに戻ってきてしまう”という現象に関しての要因は何も分かっていないが・・・まあ、今は兎に角山姥切と加州の捜索をせねばならん。
俺や髭切はまだ通ってはいない為どうかは分からんが、これで俺達すらも通れないとなれば山姥切の探索は鶴丸国永に頼むしかなくなる。
・・・正直練度が初期値なあやつには雪の為にも引っ込んでおいてもらいたいのだが、流石に打つ手なしとなった場合には動いてもらわなければなるまい。
「髭切」
「言わなくても分かってるよ。僕も外に出れば良いんでしょ?」
そう言いながら隣に来た髭切に頷いた後、未だ離れの中に居る二人の方を向き「大人しくしておれよ」と言ってから二人で同時に結界を通り抜ける為に歩き出した―――
―――筈だった。
「ありゃ。僕達も駄目だったみたいだね」
「・・・どうやら出られぬというのは本当らしいな」
離れから本殿へと続く道を真っ直ぐ進んだにも拘らず、気付いた時には再び俺達の目の前に姿を現した離れの姿。
そして離れの中で待機していた鶴丸国永と燭台切光忠が困ったように此方を見ていたのを確認し、俺はポツリと呟く。
「・・・ねえ、気のせいじゃなければ離から出た時に一瞬強い穢れを感じた気がするんだけど」
「俺も(既に)感じていたから気のせいではないぞ」
「ああやっぱり?それなら離から出られないのもその穢れが原因とかなのかな?」
「政府が乗り込んで来て呪具や術で無理矢理空間を歪めている可能性も捨てきれんが・・・流石にあの穢れを生み出す程の物を使用、又は持ち出すのを政府が許す筈がない。そうなると考えられるのはあの穢れを生み出している別の“何か”が離れの外に居り、その“何か”から雪を護らんとする山姥切が“[[rb:自身の領域 >離れ ]]”を侵そうとする穢れを防ごうとし、互いの神気と穢れが反発して一時的に離れの周りの空間に歪んでいるのやもしれん」
「ああ、あの神気だものね。その可能性もあるといえばあるんだろうけど・・・それならどうしてあの鶴丸国永は出られたんだろうね」
そう、問題はそれだ。何故俺達は駄目で、あの鶴丸国永はあの歪んだ空間を難なく通る事が出来るのか。
現状考えられる理由を上げるとすれば、俺達と違ってあやつには“主”が居ないという違いのみ。
ただこの可能性に関しては、先程通れないと言っていた同じく“主”が居ない燭台切光忠も該当する為に除外せざるおえず、そうなってしまうと俺達が通れずあの鶴丸国永が通れる理由がさっぱり分からなくなるのだが・・・少なからず俺でも分かるほどに山姥切に対しては心を開いていたあの鶴丸国永が山姥切の危機に嘘を付くとは思えん。
仮に鶴丸国永と燭台切光忠が共謀して俺達を油断させる為に嘘をついているとしても、この状況下で唯一の味方である山姥切が居ない時にあやつ等が嘘を付くメリットは無い筈だ。
「・・・兎に角一度あやつと共に離れから出てみよう。そうすれば切欠くらいは分かるやもしれん」
「そうだね。でもその前に」
どうやら待ち人の片割れが戻って来たみたいだよ。と、髭切が振り返って言った瞬間に覚えのある神気と
「―――ちょっと!緊急事態なのに何呑気に談笑してんの!?」
切羽詰った加州の声が俺達の後ろから聞こえてきた。
[chapter:和蘭芹(おらんだせり)・二]
主人公サイド
私を頭から切り捨てようと振り下ろされる一期一振だったモノの刀が眼前に迫り来る。
背後にいる二人が私を助けようと近づく気配はあれど、刀のリーチ的に間に合わない。
・・・殺される直前でありながらも死に対する恐怖ではなく、冷静に状況を分析してしまう自分も随分と感覚が麻痺したもんだなあ・・・と、思った時
「―――一期一振止めろっ!山姥切を折らないでくれ!!」
少し離れた位置から急に聞こえたその声に何故加州ではなく彼が離れから出てきたのかと驚いたけど、振り下ろされる刀は止まらず、眼前に迫る一期一振だったモノの刀にそんな事は頭からすぐに抜けた。
そしてその刀が私を切り裂こうとするのを何も出来ずに見ていた時―――
『―――すまない。借りるぞ』
と言う骨喰藤四郎の声の後、急に懐から何かが飛び出し、私を斬る筈だったその刀の動きをぼんやりとした何かが寸の所で止めた。
「チッ・・・刀装を使うとは忌々しい・・・!」
刀装・・・って、そうだ。そういえば私は ビックリ爺から刀装を貰っていた。
でも、結局使い方が分からなくて骨喰と一緒に懐にしまっていたんだけど・・・まさかそれを骨喰藤四郎が使って助けてくれ・・・って、今そんな事呑気に考えてる場合じゃなかった!何か目の前の刀を止めてくれている刀装から嫌な音し始めてるし早く離れないと・・・!と思いながら後ろに飛び退こうと上半身を後ろに下げた瞬間にバリンッ!と言う嫌な音と、背後から私の布が力強く引っ張られる感覚があり、元々重心を後ろに向けていた私の体は重力に逆らう事なく背後に倒れそうになったけど、倒れ込みそうになったのを誰かに抱きとめらた為に“私の体”を一期一振だったモノの刀が通過する事は無かった。
―――・・・そう、“体は”。
「和泉守!山姥切を連れていったん下がれ!」
「分かってらあ!」
私の布を引っ張って抱きとめたのはどうやら兼さんだったらしく、私を抱きとめた状態のまま兼さんが後退する時に入れ替わるようにして膝丸が一期一振だったモノに斬りかかる姿が見えた。
「おい!山姥切、お前無事―――」
そう言いながら兼さんが私の顔を見た瞬間、目を見開いてピタリと言葉を止める。
「―――お前っ、右目・・・!」
・・・そう。体は無事だったけれど、回避行動がギリギリ間に合わなかった為、直前に振り下ろされた相手の刀の切っ先が“右眉辺りから右頬にかけて当たってしまった”。
正直背中の比じゃないくらいに滅茶苦茶痛くて泣き叫んでこのまま気を失ってしまいたいとすら思えてしまう程の痛みだけれど、流石にこの場でそんな事をすればどうなるかは目に見えているので、意地でも痛みに私は耐えるしかないと歯を食いしばる。
「っ・・・俺の事はいいから、あんたはあいつに加勢してこい」
「けどお前・・・」
「いいから、行けっ!カンストした加州ですら手こずっていた相手を、中傷であろう傷を負っているあいつが一人で相手にできる訳ないだろう!」
後悔したいのかあんたは!と続けて言って兼さんの腕の中から抜け出し、斬られた右目から血が滴り落ちるのを右手で抑えながら左目で彼の顔をじっと見ると、一瞬だけ目を見開いた後に真剣な表情で「んなわけねぇだろ!」と言ってから刀を持って膝丸の方へと向かって行った。
「―――や、山姥切・・・きみ、目をやられたのか・・・!?」
「っ!?」
え、は!?近っ!!横向いたらビックリ爺との顔の距離近っ!!いつの間に近づいて来てたの貴方!
「・・・どうして、離れから出てきた」
「き、きみの綺麗な目が・・・っ」
「綺麗とか、言うな。後、話を聞け」
痛みに耐えつつ空いている左手でビックリ爺の顔面を掴んで押し返し、ある程度の距離を作ってから手を離す。
・・・うわ、何か怪我した私に以上に凄い泣きそうな顔してるんだけど何でだ・・・。
「・・・もう一度聞くが、何故練度がカンストしている加州や三日月宗近ではなく、練度が初期値だというあんたが離れから出てきたんだ」
「・・・加州と三日月に頼まれたんだ」
「加州と、三日月宗近に?」
「ああ。色々あって俺以外の奴らが離れから出れなくなってて・・・あ!勿論皆は無事だぞ!?ただの状況を打破する為に唯一離れから出れる状態だった俺がきみに事伝を伝えるよう頼まれたってだけで・・・!」
皆は無事だけどビックリ爺以外が離れから出れない・・・?
「・・・どういう事だ?」
「その、俺はよく分からないんだが、三日月の話によればこの穢れを生み出している存在の・・・一期一振と、離れを覆うきみの神気が反発しあって離れの周りの空間が歪んでるらしくてな。そのせいで加州や三日月達が離れから出ようにも出られず、色々試した結果、外に居るきみに縁ある物を渡してある俺以外出られなかったんだ」
マジかよ・・・!っていうか縁ある物って何?私ビックリ爺から何か貰って―――あ。
「・・・縁ある物とは、まさかあんたから貰っていた刀装か?」
「ああ。使わずに事が済めばと思っていたが・・・きみに渡しておいてよかった。きみが折れないでいてくれて本当に・・・っ」
おぅふ・・・とうとう泣き出しちゃったんだけど流石に今は拙い!
何か気のせいじゃなきゃ一期一振だったモノの殺気が今まで以上に私に突き刺さってるんで!
「無事なのを喜んでくれるのはいいが今此処で泣くな。後、刀装の件は本当に助かった。・・・で、加州と三日月宗近に頼まれた事とは何だ」
「っ・・・・加州が投げ捨てたという鞘を、きみに拾ってもらいたいんだ」
「加州の鞘・・・?」
「ああ。最初は離れからあいつ等の物を持ち出してきみに持たせて皆で離から出ようとしたんだが、何故かどうしても持ち出せなくて・・・それで加州が鞘を離れの外に投げ捨てたと言ったのを聞いた三日月があれも加州の一部だし、きみが拾えば加州が離れから出るに十分な縁になるだろうと言い出して・・・」
とそこまで言ったビックリ爺に少し待てと言って即座に辺りを見渡し、加州の鞘とついでに自身の本体が落ちている位置を確認する。
私の本体は一期一振だったモノ達から少し離れている場所の地面に刺さっており、私でも十分回収出来る位置。そして加州の鞘は幸いな事にその側にあった。
「・・・加州の鞘ならあそこだ。今取ってくる」
「いや、きみは怪我してるんだから俺が取ってくる!」
いやいや取ってくる!じゃないよ!そう思いながら一期一振だったモノから幾らか離れているとはいえ、危険な事には変わりない場所に落ちている加州の鞘を回収しに行こうとするビックリ爺の腕を左手で咄嗟に掴む。
「や、山姥切・・・?」
「悪いが練度初期値のあんたがあの一期一振だったモノの側に行くのは許容できない」
もしかしたらこのビックリ爺があの一期一振だったモノが言う“あのお方”の可能性が・・・いや、もう穏健派の面子で兼さん以外で露骨に私に会いに来て味方をしてくれてるのってビックリ爺くらいだし、現状兼さんと普通に敵対してる所を見ても、残されたビックリ爺があの一期一振だったモノが言っていた“あのお方”なんだと分かる。
だからビックリ爺が泣き出した辺りから私に向ける殺気が強くなってるんだろう。
そんなアレに狙われているビックリ爺を態々アレの側に行かせるのは、ビックリ爺のお陰で命拾いした私としては賛成できない。
何せアレは自身の恋路を邪魔する障害を排除する為には他者の存在すら平気で[[rb: 喰らって>消し去って ]]しまう“バケモノ”なのだから。
「っだがきみは目が・・・」
「・・・右目は兎も角、左目は無事だ。何も見えない訳じゃない」
ただ右目がものすっごく痛いのと、片目が使えないから視野が狭くて多少不安って問題はあるけどね。と思いながら右目を抑えていていた手を離し、未だに止まらない血と痛みに表情を歪めながらそう言えば、ビックリ爺が「・・・あ、あぁ・・・」と顔を真っ青にして今にも号泣しそうな声を出す。
「きみの目・・・俺の好きなきみの綺麗な目が・・・っ」
「だから、綺麗とか言うな」
本当にこの人私―――いや、まんばの目が好きだな。と思いつつまんばの口癖で返答して、私はビックリ爺に背を向けて鞘と自身の本体を回収しに向かおうとした瞬間―――
「―――キエェェアァ!!」
何処からかそんな声が聞こえ、動かそうとしていた足が止まる。
視界の端で戦っていた二人が一期一振だったモノから離れたのが見えたのと同時に、一期一振だったモノの頭上から急に現われた誰かが彼に向かって刀を振り下ろすのが見えた。
でも、その刀は一期一振によって受け止められ、難なく弾かれてしまう。
「チィッ・・・!流石に他のやつを喰らった後じゃあこうなるか・・・!」
「遅ぇぞ“同田貫”!」
「うっせえ!こちとら好きで遅れたんじゃねぇよ!」
兼さんの声にそう言って一期一振だったモノから距離を取ったのは、膝丸と同等の怪我を負っているであろう“同田貫正国”だった。
・・・兼さんたちと合流して一期一振だったモノに刀を向けてるって事は・・・ビックリ爺が言っていた引き込めそうな刀剣が彼だったって事かな・・・って、そんな事考えてる場合じゃなかった!そう思って止めていた足を動かして走り出し、落ちていた加州の鞘を左手で。自身の本体を血濡れたままの右手に取った瞬間、今まで感じなかった加州の気配が此方に猛スピードで近づいてくるのが分かってホッと一息付く。
どうやらちゃんと離れから出てこれたらしい。と思いながら気配の方へと向かおうと体を反転させ、左目の視界に加州を捉えた瞬間に加州が目を見開き―――
「―――い、一期一振ぃぃぃぃ!!お前山姥切の顔に傷付けやがったなぁぁぁ!!?」
と加州が叫んで、殺意MAXなのか体から神気を大量放出しながら一期一振だったモノへと刀を構えて突進して行った。
その姿を見て思わず怖っ!と思って動けなかったんだけど、加州が私の側を通過する際に「ごめん。来るのが遅くなって」と、泣きそうな声で言ってきたので怒りで我を忘れている訳ではないらしくて内心ホッとしつつ、私はビックリ爺の側に戻る。
・・・背後から加州の「御用改めだ!!その首差し出せゴラァ!!」って怒号と、兼さんの「うぉ!危ねぇ!」って声が聞こえてくるけど、生憎右目負傷中の私はブチ切れてる加州がいる場所に下手に助太刀には入れない。
だから巻き添え喰わないように頑張ってくれ、兼さんよ。
「・・・鶴丸国永」
「な、何だ?」
「確かあんたと加州以外で現状離れから出られる面々は居ないんだったな?」
「あ、ああ。きみに縁ある物を渡していたのは俺だけだった事と、加州にいたっては偶然鞘を投げ捨てていたから出て来れたようなもんだからな・・・」
「・・・そうか」
カンストしている加州があの一期一振だったモノを倒せない以上、同じくカンストしている三日月宗近の力を借りたら何とか倒せるかもって思ってたんだけど、まさかの離れから彼が出られないという事件―――いや、彼だけじゃなくて、主を含めた皆が彼処に閉じ込められているんだ。
しかも離れを覆う私の神気と一期一振だったモノの穢れが反発してるって事は、最悪私が折れた瞬間に離れを覆う神気が段々と弱くなっていって、終いには結界が消えて主達がその穢に晒される事になる。それだけは何としても避けなきゃいけない。
そうなると私が今すべき事は折れないように逃げ回りつつ、露草さんが増援を連れてきてくれるまで何とか時間を稼ぐ事だろう。
現状幸いに・・・と言っていいのか分からないけど、加州が離から出てきてくれた事によって一期一振だったモノは何とか抑え込めている。
・・・ただ一期一振だったモノが最優先で消したい相手は嬉しくないけど私だし、恐らく一期一振だったモノが言っていた“あの方”であろうビックリ爺も側にいるという点で、一期一振だったモノが加州達を振り切って何とかこっちに来ようとしてるっていうのは見て分かる。
だからこのまま此処に何の対策もなしに居るのは危険気まわりない。
こっちに一期一振だったモノが来ちゃった場合、迎え撃てるのは現状片目負傷してる私だけだし、練度初期値のビックリ爺は相手以前に連れ去られる可能性大だからこの場から逃がすしかないから・・・まあ、こうなったら仕方ないよなぁ・・・。と、思いながら自身の胸元に手を持っていき、服の上から懐にある“骨喰藤四郎の本体”にそっと触れる。
『・・・出番か?』
今まで空気を読んでいたのか黙りだった骨喰藤四郎の語りかけに無言で頷き、そんな私を不思議そうな表情で見ているビックリ爺の顔を見て私は口を開く。
「・・・鶴丸国永。俺が今からする事に関しての質問や文句は事が済んでからで頼む」
「へ?」
更に訳が分からないと言わんばかりの表情で私を見ているビックリ爺の目の前で懐から骨喰藤四郎を取り出した瞬間、ビックリ爺の目が見開かれた。
「きみ、その刀は・・・」
「質問や文句は事が済んでからと言った筈だ。いいから今は黙って見ていてくれ。・・・骨喰藤四郎、いけるか?」
『ああ、問題ない』
私にしか聞こえない骨喰藤四郎のその返事を聞いて、持っていたその刀をそっと地面に置き、私が数歩後ろに下がった瞬間に辺りに桜の花弁が舞い始める。
次第に増えていく桜の花弁。そして地面に置いた骨喰藤四郎の本体が一瞬強い光を放ち、その花弁が空に溶けるように消えたのと同時に骨喰藤四郎の本体が置いてあった場所に立つ―――銀色の髪と藤色の瞳を持つ一人の少年。
「・・・骨喰藤四郎。只今をもってあんたの指揮下に加わる。―――命令を」
そう言って私を真っ直ぐに見据える骨喰藤四郎・・・の後ろで桜の花弁が舞い始めた辺りから聞こえていた一期一振だったモノの声と殺気が更に酷くなったけど、今は相手にしてらんないので放っておく。
「・・・骨喰藤四郎。あんたにはこのまま俺達と行動を共にしてもらうが・・・その前に鶴丸国永。あんたは本殿の構造をどの程度把握してる」
「へ?あ、き、基本生活してた箇所しか分からないが・・・」
「なら分かる箇所は何処だ?」
「それなら過激派と穏健派の部屋と石切丸の居る部屋くらい・・・だな」
「そうか。骨喰藤四郎はどうだ?」
「本殿の構造が俺が埋められる前と大差がないようなら、過激派と穏健派の部屋以外の場所の案内は可能だ」
おっ、いい感じに二人の分からない箇所が違う。
これなら余程のことがない限り迷う事なく本殿にいるであろう今剣達を回収して保護出来そうだけど・・・ただ本殿に乗り込むにあたって出てくる問題が一つある。
それは運良く一期一振だったモノから逃れて生き残っている過激派の刀剣の生き残りがどれ程本殿に残っていて、どこに潜んでいるのかが分からない事だ。
主の事を考えたら生きていてくれれば・・・とは少し思うけど、生きていれば高確立で戦闘になるのは目に見えてるし、私の本音をぶっちゃけて言えば折れてくれていた方が楽になるので嬉しい。
・・・まあ仮に生きていたとしても、どっちにしろ露草さんたちが来た瞬間に折られる未来しか見えないんだけどね。
「・・・よし。なら戦力確保と石切丸の保護も兼ねて本殿に乗り込むぞ。そのまま放置しておけば救援が来た際に面倒事になるからな」
ずっと私の懐に居た為に私の言葉の意味を理解している骨喰藤四郎は真剣な表情で分かったと答え。
先程合流したばかりなために、私の言葉の意味を理解できていないビックリ爺は困惑した表情ながらも分かったと答えてくれた。
「とりあえず戦闘に関しては俺と骨喰藤四郎が受け持つが・・・鶴丸国永、あんたは練度的にも危険だから何があろうとも決して俺や骨喰藤四郎を護ろうとして前に出たりするなよ」
「っ・・・な、なら俺は何をすれば良いんだ?」
そりゃあ安全の為にも離れに帰ってもらうのが一番良いんだろうけど・・・でも流石に空間が歪んでる場所に戻れって言うのは無事に戻れるかも分からないし酷か。
「あんたは・・・そうだな。骨喰藤四郎と協力しながら穏健派と過激派、それと石切丸の部屋への道案内。勿論その間や案内終えたその後も自分の身を護る事を最優先にしろ。ただ穏健派や石切丸が動けない状態だった場合には手を貸してやってくれると助かる」
勿論過激派はどんな状態でも放置でいいからな。と少し低くなった声で念を置いて続けて言えば、ビックリ爺は怯えたように無言で何度も頷いたのでこれで無闇に敵を助ける事はしないだろう。と思いながら左手に持っていた加州の鞘を腰紐に挿し、自身の襤褸布で血濡れた右手と自身の本体に付いた血をしっかりと拭いてから握り直す。
「本殿に入る際の先頭は骨喰藤四郎。骨喰藤四郎の後ろは鶴丸国永。殿は俺が勤める。本殿に入り戦闘になった際は極力相手を折らず、戦闘不能状態に留めて後は放置する方向でいくが構わないな?」
私の言葉に真剣な表情で頷く二人を見て私も頷き返してから二人から視線を反らし、一期一振だったモノと戦闘中の加州の方を向き、大きく息を吸い込み
「―――加州!悪いが俺達は少しの間此処を離れる!少しの間そいつの相手を頼むぞ!」
「オッケー!折れたら折っちゃってもいいんだよね?」
「ああ!だが無理はするな!何かあれば大声で呼べ!すぐに戻る!」
「了解!」
加州のその返事を切っ掛けに私達は本殿へと向かって走り出す。
背後から「鶴丸殿と骨喰を何処へ連れて行くつもりですか!」と言う一期一振だったモノ声が聞こえていたけど、今は相手にしている時間がないので無視だ。
骨喰藤四郎が縁側から土足で本殿へと踏み込んで行くのに続き、ビックリ爺と私も本殿へと踏み込む。
「・・・どうやら基本的な構造は前と何ら変わっていないらしい。これなら案内できそうだ」
「そうか。それならまずは鶴丸国永の指示を聞きながら穏健派の部屋に向う。そこに居なければ次は石切丸の部屋だ」
「過激派の部屋は最後で良いんだな?」
「ああ」
一期一振だったモノの瘴気で二人の気配が今は隠れちゃってるみたいだけど、多分兼さんは先程本殿に戻っていった堀川国広と大和守安定を折ってはいない筈だからまだ生きてるだろうし、居るとしたらその部屋の可能性が強いからね。
片目負傷してる今彼等と戦うのは面倒だ。と思いながら「こっちだ」と言うビックリ爺と骨喰藤四郎の指示に従って二人の背中を追うように走り出す。
「―――骨喰!そこを左に曲がって手前から二つ目の部屋が俺達穏健派の部屋だ!」
「分かった。―――山姥切国広」
おっと、そろそろ付くのか。えぇっと・・・。
「・・・付近に気配は無いが、もしもという事もある。警戒は怠るな」
私の言葉に「了解」と返しつつ、左右に分かれる通路を左へと曲がった二人が自身の本体の鞘から刀を抜いてとある部屋の前で止まるのを見て、私も二人に続くように足を止め、締め切られた襖の向こうの再度気配を探った。
・・・相変わらず誰の気配も無いし、多分此処には誰も居ないんだろうなと思いつつも襖に左手を掛けて勢いよく開けば、案の定部屋の中には誰も居ない。
「居ない・・・あいつ等一体何処に・・・」
「・・・前田藤四郎は分からないが、今剣ならば石切丸と共に居る可能性がある」
「石切丸と?」
「ああ。あんたが離から出る前に堀川国広と大和守安定の二人に絡まれたんだが、その際にその二人が俺を折る為に石切丸と今剣を人質に取り、俺の側に付いていた和泉守兼定から本体を奪って無力化させたらしい。だから本殿に戻ったあの二人か一期一振だったモノが馬鹿な事をしていなければ、今も石切丸と今剣は同じ部屋に閉じ込められている筈だ」
「はあ!?あの二人、俺達が寝てる間にきみを折りに来てたのかい!?怪我は!?」
「加州のお陰で無い。・・・とりあえず誰も居ないのなら此処にはもう様は無いな」
「あ、ああ・・・なら、次は石切丸の部屋だから・・・あっちだ」
そう言ってビックリ爺が指差すのは、先程分岐点であった通路の逆側の道。
そしてそれを見た骨喰藤四郎が先導して走り出すのに続き、ビックリ爺と私も走り出す。
石切丸が居るという部屋へと向かう最中、幾つか襖が開いている部屋をチラリと見れば部屋の中には血痕や折れた刀やらが落ちていたのが見えた。
あれらがクソ前任の手によるものなのか、それとも一期一振だったモノの仕業なのかは分からない。
前者であればクソ前任はあの畑に埋めてあった刀剣達以外にも折っていたという事で、後者であれば一期一振だったモノが私を折る為だけに逃げ惑う嘗ての仲間を追い詰め、そして喰らったという事。
・・・でも後者であるのなら何故離れの外に居た私や加州は襲われた側の刀剣の悲鳴や、一期一振だったモノが堕ちる気配に気付かなかったんだろうか。
一期一振だったモノの言動からして、恐らくアレが堕ちた理由は【クソ前任に対する恨み】と【私に対する嫉妬】なのだとは思う。
でも、それにしたって初対面であるにも拘らず言われたあの時の【前は私のモノだった】や【私が現れたせいでそうはならなかった】っていうあれらの言葉。
あれじゃあまるで一期一振だったモノが何らかの理由で“時間逆行”をして此処に居るのだと言っているようなものだ。
何の為に、どんな手段で一期一振だったモノが此処に時間逆行してきたのかは分からないけど、もし私の考えが正解だとするのなら私は・・・まあ元々イレギュラーな存在だし、本来この世界に存在していない存在だっていうのは分かってるから“存在していなかった”と言われればそれまでなんだけど、もしそうなってしまえばその私が偶然出会って救った主を含め、加州や扇さんの本丸の鶴丸国永達も本当であれば折れて既に存在しない事になっている事になる。
・・・つまり私が主を助けようと動いてる今ですら無意味だって事だ。
ただ逆に一期一振だったモノが言っていた事が虚言だとするのならその心配は無いことになるけれど・・・でもそれなら堕ちても尚ビックリ爺に執着し、初対面でもあるにも拘らず私を殺そうとする理由が分からなくなってしまう。
今までは主を助ける事で頭が一杯一杯だったから考える暇が無かったけれど、流石にああ言われてしまえば嫌でも色々な可能性を考えざるおえない。
だって、よくよく考えれば私という存在はこの世界において非情に不安要素だ。
何故まんばに成り代わったのかも、何処から来たのかも、どの時代に生きていた存在なのかも分からず、下手をすればこの世界の住人ですらない可能性だってある。
私がまんばとなる直前までにある記憶の最後はゲームでのまんばが折れた所までで、よく見かける二次小説みたいに成り代わる分霊との会話イベントも知識引継ぎも無く、気付いた時にはあの黒い空間に居てゲームの運営に文句を言っていたら急にあの空間から引っ張り出され、私は“山姥切国広”として存在する事になった訳だけれど・・・何で自室でゲームをしていた筈の私がゲームの中だけの存在だと思っていたまんばになったんだろうか。
そう考えているとビックリ爺の「二人共!一番奥の部屋が石切丸の部屋だ!」という声が聞こえてきた為、一旦考えるのを止めて辺りの気配を探ると気配は複数・・・正確には三つの気配を感じた為にこの先に誰かが居るのが分かる。
・・・ただ三つの内一つはかなり弱ってるし、もう一つの方も含めて知らない気配だけど、残る一つには何となく覚えがあるから恐らくは今剣だとは思う。
でもちょっと瘴気のせいで分かり難いし自信が無いぞ・・・。
「・・・この先に気配が三つ。一つは恐らく今剣だろうが残りの二つには覚えが無い。二人共誰か分かるか?」
「あー・・・俺は瘴気が邪魔で良く分からないな。骨喰、きみはどうだ?」
「・・・山姥切国広の言う通り恐らく一つは今剣。残りの二つは石切丸と前田だろう」
「そうか。それなら部屋に突入次第簡潔に事情を話してから連れ出す。いいな?」
「ああ!」
「了解した」
そんなやり取りをしていたら目的地である部屋の前に辿り着いたらしく、骨喰藤四郎が足を止めたのに続き鶴丸国永と私も襖の前で足を止めた瞬間、誰も目の前の襖に触れてもいないのに襖が勢いよく開かれ―――
「や、山姥切・・・!たすけっ、たすけてください・・・!石切丸が、石切丸がめをさまさないんですっ・・・!!」
―――そう言ってボロボロと涙を零す今剣が開いた襖の先に立っていた。
[newpage]
「おねがいです!石切丸をたすけてください・・・!さっきからずっとくるしそうにしてて・・・っぼくらじゃどうしていいかわからない・・・!」
ボロボロと涙を零したまま私にしがみ付いてきた今剣の言葉を聞いて部屋の中を見てみれば、確かに部屋の中で倒れている石切丸の姿があり、その傍では会った事は無く名だけ聞いていた穏健派所属の前田藤四郎が表情を歪めながらも必死に石切丸の介抱をしていた。
・・・これは事情説明してる場合じゃないな。
「・・・鶴丸国永、一人で運べそうか」
「・・・すまん。怪我している所悪いが、その・・・手を借りても良いか」
ああうん、石切丸って大きいしやっぱりそうなるよね・・・。
「分かった。・・・今剣、石切丸を本殿から連れ出すから一旦離れてくれ」
「た、たすけてくれるんですか・・・?」
「・・・助けられるかどうかは倒れた原因次第だが・・・まあ、やれる事はやってやるさ」
「っ・・・ありがとう、ございますっ・・・!」
私から離れてくれた今剣の横を通り過ぎ、本体を鞘にしまって腰紐に挿してから部屋の中にビックリ爺と共に入って石切丸に近づいた瞬間、苦しそうに歪められていた表情が少し和らぎ、閉じられていた目が薄っすらと開く。
「石切丸さん!良かった・・・!」
「前田君・・・それに、君達まで・・・どうして此処に・・・」
「悪いが緊急事態でな。詳しく話している時間が無い。辛いところ悪いが本殿から連れ出させてもらうぞ。―――鶴丸国永」
「ああ。・・・石切丸、すまないが上半身を起こすぜ」
そう言ってビックリ爺が起こした石切丸の左肩の下に自身の右肩を潜り込ませ、ビックリ爺も右肩の下の方に自身の左肩を潜り込ませて何とか立たせる事に成功・・・したけど重っ!体に力が入ってないから尚の事重いぞ・・・!
しかも同じく石切丸支えてる私と違って少しプルプル震えるビックリ爺に不安しかないんですが。
・・・これ、ビックリ爺途中でくたばらないよね?大丈夫だよね?・・・まあ結局は駄目でも行くしかないんだけども。
「山姥切国広、俺は何をすれば良い」
「あんたは石切丸の本体を頼む。今剣と前田藤四郎、あんた達は動けるようならゲート付近まで俺達の護衛を頼めるか」
石切丸に肩を貸したままじゃ私達動けないんで。と思いながらそう言えば骨喰藤四郎は「分かった」と言い、前田藤四郎は「は、はい!分かりました!」と言って、最後に「なにがあってもぼくらがまもりますっ!」という今剣の言葉を頂いたので、一期一振だったモノの対策も兼ねて練度の都合上前田藤四郎を筆頭、今剣を殿に勤めてもらいながら私達は本殿から出る為に歩き出す。
そして本殿から出ようと歩く最中に今起きている事(一期一振が堕ちた事。離れの周りの空間が私の神気と一期一振だったモノの穢れで歪んで危うい状況である事。過激派の刀剣がほぼ一期一振だったモノによって喰われた事)を簡潔に話すと、三人は本殿で起きていた事は薄々察していたらしくそこまで驚いては居なかったけど、離れの方がそんな事になって居るのは知らなかったようでビックリしていた。
「・・・神気と穢れが反発して空間が歪むなんて、魂レベルで二人の相性が良くないんだろうね・・・」
私達が肩を貸してから何故か少し体調がよろしくなった石切丸にそんな事を言われたけれど、寧ろそうであってくれて良かったとすら思ったのは口には出さないでおく。
「・・・あ、あの、山姥切さん」
「何だ」
「その右目はもしかしていち兄がやったんですか・・・?」
おっと、今更そこに触れてくるのね。
まあ右目の痛みはもうアドレナリン出まくってるらしく殆ど感じられないけど、右目は瞼の筋肉まで切れたのか自分の意志では開閉不可状態で、流れ出す血は未だ止まらず、眼球を動かそうものなら鈍い痛みと言いようの無い不快感だけがハッキリと伝わってきてしまって正直気持ち悪い・・・なんてこの場で言う訳にもいかないし、とりあえず誤魔化そ。
「ああ。未だ血は止まってないが別に大した怪我じゃない。あんたがそこまで気にする必要は・・・」
「きみは馬鹿か!?普通そこまで斬られてたら右目は完全に見えない筈だろう!それなのに何が“大した怪我じゃない”だ!十分大怪我だからなそれ!!」
え、あれ、前田藤四郎と話してたのに何か急にビックリ爺に説教されたんだけど。
「・・・あんたが何故怒っているのかは分からないが、俺達の傷は人間と違って手入れすればどうせすぐに治るものだろう。完全に戦えない訳ではないのなら気にするだけ無駄だ」
弱音を吐いてたって事が解決する訳でもないし、吐いた所で傷が治る訳でもないんだからゲームでよく聞いたへし切長谷部の「死ななきゃ安い」って言葉の通りだと思う。と思っていたらビックリ爺の溜息が聞こえてきた。
「・・・あの三日月やきみの仲間達がああもきみを庇護していたのはこういう事か・・・」
「は?」
え、何で今の会話の流れで皆があそこまで私に対して過保護な話に繋がるんだ?
「・・・なあ山姥切。きみに一つ頼みがあるんだが」
「何だ」
「俺達も出来る限り協力する。だから頼むからこの後は救援とやらが来るまでは無茶しないで逃げに徹してくれないか」
「?それは別に構わないが・・・あんたは俺の手助けよりも今剣達と石切丸側に居た方ががいい」
「・・・そうか。そうだな。練度が初期値だから足手まといになるし、大人しくしていた方が良いよな」
いや、足手まといというかそれ以上に一期一振だったモノの好いてる相手がビックリ爺だからっていうのもあって、あれだけ執着してるところを見るに、下手に貴女が私の逃走を手助けする為にと一期一振だったモノに近付くと連れ去られそうな気がしてならないんだよ。
だから本当ならビックリ爺の危機的意識を高める為に一期一振だったモノが堕ちた原因であろう情報(クソ前任&私に対する嫉妬)を開示すべきなんだけど、離れから出て来たビックリ爺の様子を見た限り、逆に情報を開示した場合にビックリ爺が一期一振だったモノに対して何かしら暴走する可能性も否めないのも事実。
自身の身の安全を優先させるなら情報の開示をしてビックリ爺に手を借りるべきなんだろうけど・・・でもなあ・・・彼が刀装をくれたから私は生きてる訳だし、ビックリ爺を今以上の危機的状況に晒すのは助けてもらった身としては避けたいんだよなあ・・・。と悩みつつ足を進めていると、次第に刀の打ち合う金属音や薄っすらと皆の気配、そして戦っている皆の声が聞こえ始めてくる。
・・・いや、一部は怒声か。主に一期一振だったモノと加州の。
「いち兄・・・」
ポツリと呟かれた前田藤四郎の声は何処か悲しげ・・・・いや、なんだろう。悲しげというよりは何処か憐れんでるような感じがする。
「・・・前田藤四郎。一期一振だったモノに刀を向ける覚悟が無いのならこの後は下がっていていいぞ」
「あ、いえ!大丈夫です!その点に関しては問題ありません!
あ、問題ないんだ。
「・・・問題がないという事は、あんたには嘗て仲間だった相手を折る覚悟があると?」
「はい。僕と今剣さんは元よりいち兄達の愚行をどうにかする為に過激派の静止を振り切って穏健派に移った身。多少心は痛めど、過激派と敵対し、穏健派に移ったその日から仲間を手に掛ける覚悟はしていましたので心配には及びません」
うわぁ・・・同じ派刀の前田藤四郎ここまで言われる一期一振だったモノって本当に仲間だったの?仲間からの信用低すぎない?
「・・・そうか。ならいざという時は頼りにしている」
「は、はい!」
「山姥切、ぼくはどうすればいいですか?」
「あんたは前田藤四郎と違ってそこまで練度が高くないだろう。だから俺達とゲート前で待機だ」
「わかりました」
「山姥切国広。俺はどうすれば良い」
うーん・・・私は普通の個体じゃないらしいからまだ辛うじて一期一振だったモノの相手ができるだろうけど、カンストしてる加州ですら手こずってる相手となると、恐らくカンストしていない前田藤四郎と骨喰藤四郎の二人はほぼ確実に倒せない訳で。
で、そうなると下手に特攻させるよりかはやっぱり護衛に回した方が安全な訳なんだけど・・・同じく戦ってる兼さんや膝丸や同田貫正国の三振りの状態にもよるんだよなあ・・・・。
「骨喰藤四郎は・・・そうだな。ゲート前まで行った後の状況に応じて俺が指示するからその指示に従ってくれ」
「分かった」
「残ってる私は待機かな・・・?」
「ああ。練度初期値且つ未だにロクに動けないあんたに何かさせたら後で主に怒られるからな」
「それを言うのなら、怪我をしてる君を働かせてる私達の方がかなり君の主に怒られると思うけれど・・・」
「・・・いや、恐らく“主は”あんた達に対してそこまで怒らないから気にしなくてもいい」
「そうなのかい・・・?」
「ああ」
恐らく穏健派を主にガッツリと怒るのは露草さんの三日月宗近と過保護筆頭の鳴狐だし、主は私が自分の意志で動いてるって分かってくれてるのと、主は多分手入れの際に私の傷見て泣きながら手入れしだして、手入れが終わった瞬間疲れてそのまま倒れるパターンだろうから怒ってる暇はないだろう。と内心事が済んだ後の事を予想しながら進んでいた瞬間―――
「―――総員戦闘準備!あの荒御魂を倒し、その後に保護対象達を保護!保護を邪魔する者がいた場合は容赦なく捻じ伏せろ!」
不意に感じた覚えのある霊力と、聞き覚えのあるその声。
そして少し離れた位置から更に聞こえた複数の声、気配が本丸内に現れたのを感じて思わず足を止めると、ビックリ爺や他の子達も私に釣られるように足を止め、骨喰藤四郎以外が不安そうな標示で私の方を向く。
「・・・山姥切・・・」
「安心しろ。あの声の主は俺が呼んだ救援だ」
あの霊力と声は間違いなく露草さんのものだし、その露草さんが命令を下す相手といえば十中八九自身の刀剣だろう。と思いながらビックリ爺に言えば、全員ホッとしたように息を吐く。
「あいつ等が来たからにはもう大丈夫だろう。後はあいつらに任せて―――」
「―――山姥切っ!何処だ!」
自分達は離れの方へと向かおう、と続けて言おうとした瞬間に急に聞こえたその声に思わず言葉が途切れる。
気のせいじゃなかったらこの声大倶利伽羅な気がするんだけど・・・切羽詰った声で私の事呼んでるし、多分露草さんの大倶利伽羅じゃなくて私にペンダント渡した大倶利伽羅だろうなあ・・・。
「・・・あの声、伽羅坊・・・か?」
「ああ。恐らく俺にこれを渡した奴だろう」
そう言いながら空いている左手でネクタイを緩め、首に掛かっていている大倶利伽羅のペンダントを取り出す。
「!?か、伽羅坊がそれをきみに渡したのかい!?」
「?ああ。緊急時の救援要請の為にな」
「そ、そうか・・・連絡用か・・・」
私の言葉にホッとしたように声を出すビックリ爺に内心首を傾げつつ、未だに私を呼ぶ大倶利伽羅に返事をする為に息を軽く吸い―――
「―――大倶利伽羅!俺はこっちだ!」
と大声で言うと、すぐに誰かが本殿へと入ってきたらしく縁側を走って近づいてくる足音が聞こえ始め、少し先の曲がり角から大倶利伽羅が姿を現し、勢いよくこっちを見た。・・・んだけど、あの・・・何かお顔がすっごい事になってませんかね・・・?
「・・・山姥切、誰にやられた」
ツカツカと私の傍まで来て三日月宗近が私にタックルかましてきた時並に低い声でそう言った大倶利伽羅を見て「あ、これ真実言ったら駄目なやつだ。言ったら加州と同じタイプで絶対に一期一振だったモノに突っ込んでいく感じだわ」と察した。
傍にいる皆もやべぇって顔して大倶利伽羅見てるし、これは拙い。真実隠蔽しないと拙い・・・!
「・・・別にどうでもいいだろう」
「どうでもいいかどうかは俺が判断する。いいから言え」
いや、言ったら貴方一期一振に向かっていくよね?私に過保護な貴方なら確実に殺しに向かうよね?そしたら最悪折れちゃうよね?
・・・うん。言える訳がねぇ!!
「おい」
「あ、後で必ず言う!頼むから今は聞かないでくれ!」
貴方の為にも!と思いながら左目で大倶利伽羅の目を真っ直ぐに見てそう言うと、めっちゃ納得いかねぇ・・・みたいな顔をされけれども、少しの間の後に「・・・分かった」と返事をしてくれたのでホッとした。
「ただその怪我だけは手当てさせろ。それが今話を聞かない条件だ」
「いや、別にこれは手入れすればどうせ治る・・・」
「手当てさせなければ今此処で意地でも怪我をさせた奴を聞き出してもいいんだが?」
何でだよ!何で周りの皆は手入れすれば治るくらいの怪我にそこまで反応するのさ!確かに見た目は痛そうかも知れないけど、手当てとか言うなら怪我してた膝丸とか同田貫正国とか隣でぐったりしてる石切丸とかの方が優先でしょうに!
後その手に持ってる救急セットは何処から出したのかな!?さっきまで持ってなかったよね!?と内心盛大な突っ込みを入れつつ、大きな溜息を付く。
「はあ・・・分かった。ただ今は石切丸をゲート前まで運ばせてくれ。手当てはその後で受ける」
「いや、運ぶのは俺とそこの鶴丸とでやる。あんたは先にゲート前に向かって待機してる長谷部に手当てしてもらえ」
「・・・分かった」
ああ、へし切長谷部も来てたのか・・・と思いながら返事を返し、大倶利伽羅と入れ替わるように石切丸から離れて皆の方を向くと皆ホッとしたような表情になっていた。
え、何?皆からしたらそこまで私って危ない状態に見えてたの?
「・・・ああ、そうだ。ゲート前に行く前に山姥切国広君、君に一つ頼みがあるんだけど・・・」
「?何だ」
「嫌じゃなければ君の神気が付いたものを、何か貸してくれないだろうか」
「・・・俺の?」
私の言葉に頷いた石切丸曰く、彼の体調不良の原因は一期一振が出している穢れらしい。
一応自身でもその穢れを祓おうとしたらしいが、今までの疲労が祟って上手く祓う事ができず、逆に穢れに中てられてあの部屋の中で倒れてしまった。
だけどそこにその一期一振だったモノと相性の悪い神気を持つ私が来た瞬間、石切丸の傍にあったその穢れが無くなって意識が戻ったのだとか。
つまり私が傍に居たから今まで石切丸は何とか動けている訳であって、私が離れたら石切丸はまた穢れに中てられて意識を失う可能性があるという事らしく、それを防ぐ為にも私の神気が込められた物を貸してほしいって事らしい。
「・・・分かった。そう言う理由ならば貸そう」
「すまない。助かるよ・・・」
「いや、あんたには本殿の連中の瘴気を抑えてもらっていた貸しがある。これはその礼だ」
とりあえず貸すならこの紋が入った装飾品で・・・と思ったけど、服の構造上これ取ると紐がぶらぶらして邪魔なんだよね。ならネクタイでいっか!という結果に落ち着き、私が緩めていたネクタイを完全に解いてから石切丸の右手首に軽く巻くと大倶利伽羅から救急セットを渡されたので受け取って、皆に注意だけは怠るなと声を掛けてから一人露草さんが待つゲートの方へと走って向かう。
「!こちらです山姥切国広さ・・・まっ!?」
ゲート前で待っていた露草さんが本殿から出てきた私を見付けたのか声を掛けてきたんだけど・・・まあ、案の定私の事を見て口をあんぐり開けて固まったよね。
露草さんの隣にいるへし切長谷部なんか目からハイライト消えたし・・・もう、ね。何か私の周りの刀剣の過保護度やべぇなって再度認識したわ。と思いつつ二人の前まで来て頭を下げる。
「露草、長谷部。深夜帯、それも突然の呼び出しにも拘らず救助に来てくれて感謝する」
「いやいやいや!!俺なんかに頭下げないで下さい!!と言うかその傷の手入れ!!手入れを・・・!」
「悪いが手入れは主以外からは受け付けるつもりはない。・・・長谷部、すまないがこれで目の応急手当は出来るか?」
と大倶利伽羅から預かった救急セットを見せると目にも止まらぬ速さで私の手から救急セットを受け取り、私に「・・・痛かったらすまん」と言って手当てを始めた。
流石に触られれば多少は痛むものの、斬られた時の痛みに比べれば大した事はなく、妙に慣れた手つきで消毒等をし終えた後に包帯をへし切長谷部に巻いてもらっている最中に本殿で別れた皆が戻ってきて無事に合流出来たんだけど・・・まあ、私が素直に手当てを受けるとは思わなかったらしく、手当てされた私の姿を見て全員があからさまにまたホッとした顔をしたのは言うまでもない。
[newpage]
「・・・そういえばやたらと静かだが一期一振だったモノはどうなった?」
「ああ・・・それでしたらあそこに転がってます」
そう言って露草さんが指差した方にはもう一期一振という名残すらない程に異形化してしまった四肢の無い“化け物”が加州、兼さん、膝丸、同田貫正国、露草さんが連れて来たであろう刀剣達に囲まれて倒れていた。
・・・なんかまだ動いてるように見えるけど止めを刺してないのかな?
「・・・生きているようだが何故あいつらは止めを刺さないんだ?」
「いえ、彼らは止めを“刺さない”のではなく“刺せない”んですよ」
「止めを刺せない?」
「はい。先程そちらの加州から聞いたのですが、アレは過激派の面々の魂を喰らったそうですね?」
「膝丸の話ではそうらしいが・・・それが止めを刺せない事と何か関係あるのか?」
「ええ。恐らくですが“負の感情を抱いたまま”の他の刀剣の魂を喰らったせいでアレの中で“刀剣男士としての”根本的な何かが歪んだのでしょう。まあ言い換えれば完全な“化け物”になった、とでも言えばいいんでしょうね。そのせいでアレはどれだけ傷を付けてもすぐに体が再生するようなんです。・・・ああほら、あんな風に」
露草さんの言葉がそう言った瞬間、一期一振だったモノの欠損していた四肢や体中の怪我が徐々に修復されていく光景が見えたけど、修復が完全に済む前に加州達が再び四肢を切断していき、一期一振だったモノが立ち上がる事はなかった。
・・・うへぁ、グロい・・・。
「本体は既に折りましたが生きていますし、例え致命傷を与えようがどんなに傷つけようがああやって何度も何度も再生して埒が明かない。・・・恐らく普通の刀剣の攻撃では致命傷を与えられないような状態なのではないかと私は踏んでいます」
あ、嫌な予感・・・。
「・・・つまり、普通ではない俺ならば止めを刺せると・・・?」
「・・・確証はありませんが、恐らく」
で す よ ね !
正直言えば全力で拒否したい・・・んだけど、でもさっさとアレをどうにかしないとビックリ爺の身の安全もそうだし、離れの周りの空間の歪みをどうにかしないと主達とも合流出来ない。
つまりどう足掻いても私が一期一振だったモノを仕留めなきゃいけない訳だ。
何の因果かは知らないけど、主の初期刀であった一振り目の“山姥切国広”は一期一振だったモノによって折られ、そして今度は一期一振だったモノを成り行きとはいえ偶然此処の本丸に顕現した二振り目の“[[rb:私 > 山姥切国広]]”が殺す。
・・・この流れが偶然だって分かってるんだけど、まるでこれから行う行為が永遠に殺し合ういたちごっこみたいに思えてしかたがない・・・というか、“誰かを殺す事に対して”躊躇いとか恐怖がないって私相当精神状態ヤバイのかねぇ・・・とか考えながら立ち上がり、自身の腰紐に挿していた本体を鞘から抜いて右手でしっかりと握って一歩踏み出そうとした瞬間、私の被っている布を誰かが背後から引っ張った。
「本来なら僕達でどうにかしなければいけない事なのに・・・結局は山姥切さんに任せてしまう事になってしまい本当に・・・本当に、申し訳ありません・・・っ」
「たすけるどころか、けっきょくは山姥切にたすけをもとめて・・・なにもできなくてごめんなさい・・・っ」
そんな声に振り向くと、悔しそうな、それでいて申し訳なさそうな表情で謝ってくる前田藤四郎と今剣が私の布を掴んでいた。
そしてそんな二人に感化されるように皆の表情も暗くなっていく中、骨喰藤四郎ただ一人だけは表情を変えずにじっと私を見ている。
クソ前任に望まぬ関係を強いられたビックリ爺と、自部屋から一歩も出る事なく瘴気を払っていた石切丸。それに埋められていた骨喰藤四郎を除いた他の刀剣は皆主を傷付けた存在で、それは勿論この子達や、離れにいる燭台切光忠、そして先程私を助けてくれた兼さん、膝丸、同田貫正国にも当てはまる。
「・・・別に謝罪は要らない。俺は俺のすべき事をする。ただそれだけの事だ」
主を傷付けた彼等を許した訳じゃない。私を殺そうとした彼等を完全に信用した訳でもない。
・・・けど、私の命を救ってくれた事実も確かにあるから無碍にもし難い。そう思いながらも布から手を離すように言えば、二人は暗い表情ながらも割とすんなりと布から手を離してくれたので彼等に背を向け振り返らずに再び一期一振だったモノが居る方へと歩くと、私の足音が聞こえていたのか加州が勢い良く私の方を向いた・・・んだけど、その顔色はお世辞でもいいものとは見えない程に青白かった。
勿論加州以外の皆の表情も同じ様に青白い。
「・・・大丈夫、では無さそうだな。後は俺がやる。あんた達は下がれ」
「でも山姥切、こいつ・・・」
「殺せないのは露草から聞いた。だがあいつの予想では俺なら止めを刺せるだろうと」
「あー・・・お前が本霊代理だからか」
「恐らく。ただそれ以外にも石切丸が言っていたが、俺とそいつは相性が魂レベルで最悪らしくてな。それも関係しているだろう」
「「た、魂レベルで・・・!?」」
嘘だろお前・・・!みたいな顔で私を見てくる加州と兼さんにゲート前まで後ろに下がるように合図すると、ハッとした表情になって露草さん達の方へと向かった。
「膝丸、同田貫正国。あんた達も下がっていいぞ」
「いや、俺達はもしもの時の為に・・・」
「要らん。今のあんた達の怪我の具合と顔色を見れば残られても邪魔になるのは明白だ」
膝丸は中傷、同田貫正国は中傷よりの重傷だもの。これ以上戦わせたら最悪折れるわ。
「テメェだって酷ぇ顔色してるくせによく言うぜ」
「・・・立ってるのもやっとなあんたよりはマシだとは思うがな」
「けっ・・・わーたっよ。引っ込めばいいんだろ、引っ込めば・・・」
そう言いながら膝丸に肩を借りて私の後ろへと移動していく同田貫正国。
後は露草さんの刀剣達だけど・・・。
「あ、俺達は下がりませんよ?俺を含めた皆も特に怪我無いですしね」
ちょっと息は苦しいですけど、と表情はよろしくないながらもそう言ったのは、露草さんの鯰尾藤四郎だった。
「・・・見ていて気分の良いもではないと思うが」
「確かによくはないけど・・・でも山姥切さんにもしもの事があったら嫌だもん。だから傍に居させてほしいな」
駄目?と言って首を傾げるのは乱藤四郎。
確か過激派にも彼は居た筈だけど、この子は身奇麗だし、主がって言ってる時点でこの子が露草さんのだって分かる。
・・・まあ身内のピンチだって言うのに出てこないって事は、恐らく過激派の乱藤四郎はそこに転がってる奴が喰ったんだろうね。
で、残りの面々は・・・ああ、うん。乱藤四郎の言葉に同調するかのようにこちらを見ている。これは言っても引き下がらない感じだわ。
「・・・好きにしろ」
私がそう言えば「はーい!」と元気のいい声で返事をする乱藤四郎。
多分空元気なんだろうなあ・・・と思いながら少し先に転がる一期一振だったモノへと刀が届くギリギリの位置まで近づき、こちらを睨む一期一振だったモノを見下ろす。
「あ゛ア・・・ぁあ゛ァァァ・・・!」
奇声を上げ、傷を負った体からは血ではなく黒いヘドロのようなものを流し、一直線に私に向かって四肢の無い体で這いずってくる一期一振だったモノ。
私を睨む目は本来の綺麗な金色から打って変わってどす黒い赤色に変わっており、顔も異形化が進んだせいで上手く判別できない。
「ユル、サナイ・・・ころス・・・ゼッタいニコろス・・・!」
私を見て、ただ只管に殺すと言い続ける一期一振だったモノの体から吹き出るように穢れが溢れ、傍に控えていた露草さんの刀剣達の苦しそうな声が後ろから聞こえてくる。
私何にも悪い事してない筈なのにどんだけ恨まれてんだよ・・・と、恐怖よりも呆れが強く、内心溜息を付きながら神気を放出してその穢れにぶつける形で相殺すると、ぶつけた箇所の空間が僅かにぐにゃりと歪んだように見えた。
あー・・・ビックリ爺が三日月宗近から聞いていた事は本当だったと。
ならあまり長々と神気を放出してたらここら一帯の空間も歪んで危ないか・・・と思いながら右手に持っていた刀をゆっくりと振り上げる。
この際もう一期一振だったモノが言っていた事はもうどうでもいい。
例え私が今している事が歴史修正の一環なのだとしても、何れはきっと他の誰かが正すのだろう。
その時の私が素直にその事実を受け入れるかは分からないけれど・・・私が山姥切国広として此処に存在している事は本来ならありえない事で、そうなれば元々この世界に私は存在しないであろう私がどう動いたところできっと最後には消える運命だ。
それなら消える直前までは何をしていたって良いだろう。
そう思いながら一期一振だったモノ目掛けて迷いなく刀を振り下ろした。
流石に異形化した骨で覆われた頭はスパッとは斬れないだろうと思い、首を狙って刀を振り下ろしたらものの見事に綺麗に斬れ、一期一振だったモノが声を上げる前に頭がゴロリと地に転がる。
今まで這いずって来ていた体も流石にピクリとも動かなくなり、斬り落とした頭共々次第にその体がゆっくりとヘドロのような液体に変わって溶けて消えていく。
・・・随分と呆気ない最後だ。なんて思っていたら斬った際に飛び散った血のようなヘドロが顔に掛かり、その部分の皮膚からジュウッと嫌な音が聞こえたかと思ったら少し遅れて痛みが走った。
「や、山姥切さん!顔!返り血が掛かった箇所の顔の皮膚溶けてますよ!?」
溶けて・・・ああ、うん。それで痛いのか。
「そうか」
「そうか・・・じゃなくって!顔痛くないんですか!?」
「痛いといえば痛いが・・・どの道手入れで治るだろう。気にするだけ時間の無駄だ」
「確かに怪我は治りますけどそういう問題じゃないですからね!?返り血で山姥切さんの綺麗な顔が溶けるって事はその血相当穢れてるって事ですよ!?」
「ああ・・・なら後で祓ってもらわないと駄目か」
「そういう事でもないですって!」
「鯰尾兄さん待って!山姥切さんが綺麗って言葉に反応しないよ!?」
ああ、言われみれば反応するの忘れた・・・って言うかこの二人やけに絡んでくるな。と思いながらジクジクと痛む顔の部分を被っている襤褸布で軽く拭いてみれば、案の定拭いた襤褸布に血とヘドロが付き、その箇所が徐々に溶け出す。
まるで腐食してるみたいだなあ・・・なんて呑気な事を思いながらその箇所の布を本体で斬り取ってその場に投げ捨て、ついでに一期一振だったモノを斬った自身の本体が無事かを見ようとした瞬間―――
「―――ぃ・・・!?ぐっ・・・!」
ピシリと嫌な音が持っていた本体から聞こえたかと思ったらまるで目玉を抉られたかのような激痛が応急手当してもらった右目に走り、痛む右目を咄嗟に左手で抑えると、生暖かい液体でぐしゃりと濡れた包帯の感覚が手に伝わる。
手当てのお陰で何とか止まっていた筈の血が再び・・・いや、前よりも勢い良く流れ出し、抑えている手の隙間からポタポタと垂れて地面に染みを作っていく。
「なっ!?鯰尾兄さん!急に山姥切さんの目から凄い血が出てるけど何で!?」
「え!?ちょ、山姥切さん!?大丈夫ですか!?」
痛い・・・っ!痛い流石にこれは大丈夫って言える痛みじゃない・・・!何で、何で急にこんな・・・。
「・・・っ・・・ぁ・・・」
血の流しすぎなのか、それとも痛みから逃れようとして無意識の内に意識を手放そうとしているのかは分からないけれど、急速に薄れていく意識。
体から力が抜け、右手に持っていた本体が音を立てて地に落ちる。
足にすら力が入らなくなって倒れそうになったが、誰かが私を支えたのか地面に倒れ込む事はなかった。
誰かが何かを叫んでいる。
誰かが私の体を揺らしている。
けれど今の私にはそれらに反応する余裕は無く、そのまま私が意識を手放してしまう直前―――
―――私の耳に、何かが壊れる音が聞こえた気がした。
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女子高校生が元ブラック本丸に山姥切国広(♂)として顕現するお話。<br /><br />どうも、日月(かづき)です。<br />前回、多分次で終ると言ったな?あれは嘘だ(終わりませんでしたすみません)<br />ほぼ確実に次で終るので許してください・・・。<br /><br />今回は主人公&鶴丸(ビックリ爺)&骨喰藤四郎+α回<br />とりあえず今回は色々と謎を残したまま、ある刀に退場していただきます。<br />刀剣破壊と言っていいのか分かりませんが、それに近しい表現と少し過激な表現(微グロ)があるかもしれませんのでご注意を。<br />今回も腐要素がチラッとあるのでタグあります。その代わりまたまた話の流れ上キャラ紹介は無し。<br />表紙は何となくお話に合わせたものに変更。<br /><br />=追記=<br />9月4日<br /><br />ランキングに入ってました!読んでくださった方々、ありがとうございます!<br /><br />10月1日<br />マイピク募集は終了しました。<br />申請して下さった方々、有難う御座いました!
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とある成り代わりのお話。山姥切国広の場合12
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10073530#1
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※ATTENTION※
・キャプションにも記載の通り、基本ROM専の人間が勢いで書いたものです。
・広ーい心と生温い目線で読んで下さい。そして無理だと思った方はすぐに引き返して下さい。もう一度言います、無理だと思った方は今すぐにでも引き返して下さい。
まあつまりなんでも許せる方向けです。
[newpage]
突然ですがこんにちは!私はこの間交通事故に遭ってここ2年程の記憶をなくした27才(仮)!なんで(仮)なのかっていうとなんせ記憶がないからね!自分の中では25才までの記憶しかない!私が知らない間にどうやら2年も時が過ぎてたらしい。2年って短いようだけど結構色々と変わるもんだねえ~~。
例えば、尊敬していたそこそこ立場が上だった上司が後輩と不倫していたらしく奥さんと子供を置いて夜逃げしたとか、独身だった友人がいつの間にか結婚して子供を産んでいたとか、目の前にいる褐色肌の金髪イケメンお兄さんが私の恋人だって名乗ってきたりとかね!ちなみに私は生まれてこの方彼氏なんていませんでした!残念ながらそこだけははっきりしてる!学生時代は友人と遊ぶのに忙しく、働き始めてからは仕事が忙しく…と色恋沙汰には無縁の仕事人間だったんだよ!くそぅ何が悪い!記憶なくしたとか言ってる人間なのにテンション高い?気のせい気のせい!!こうでもしなきゃやってらんないんだ!!
ちなみに私が事故に遭ったのは居眠り運転車が信号無視で歩道に突っ込んできたからとのこと。寝ぼけてた意識からさすがに気づいた運転手はそのまま逃げようとしたらしいんだけど、たまたま近くに別件で居合わせたパトカーによって即刻現行犯逮捕されたそう。私?私はとっくに気を失ってたよね。これで私の人生終わりか……最後に食べたあの唐揚げ定食が最後の晩餐だったのか……なーんて悲壮にくれる間もなく、そりゃもう一瞬で。
とまあ何ともありきたりのような事故だったんだけど私はどうやら幸いにも軽症の方のようで。あちこち擦り傷、切り傷だらけで、頭を強く打った為頭には包帯、左手の小指も骨折してるがそれだけのようだ。え、十分やばい?いやいやきっとマシな方に違いない。だってほら、意識もはっきりしてるし、受け答えも出来る。まあ2年分の記憶がないけど。
そして目を覚ましたのが明け方のこと。私が目を覚ましたと聞いて、両親や友人、会社の人達が朝からお見舞いに来てくれた。今は夕方でひとまず私が無事なのを確認して各々帰っていった。皆仕事やらなんやらがあるからね、うん、しょうがない。寂しいといえば寂しいけど私は昔からけっこう諦めが早いのだ。2年分の記憶がないのは辛いけど、私自身には特に大きな事もなかったようだし。頭を打って記憶がなくなってるから念の為、過保護な両親の頼みもあり長めの検査入院という形で2週間は入院するそう。いやいや2週間て。自分達が多忙で私の面倒みれないからといっても長すぎでしょ。まあその後は2年のブランクがあるとはいえ仕事にも復帰出来るだろうって今後のことを考えてた時。
ノックもなくバンッと勢いよく開くと同時に私の名前が呼ばれた。おいおい、ここ病院だぞ。病院ではお静かにー!なんて思ってたら後ろから看護婦さんが注意してた。おおっシンクロした!………いやまあここ病院なので当たり前なんですけどね。
それよりも扉を開けた人を見てびっくり。目の前には褐色肌に金髪碧眼のイケメンさんがいらっしゃる。かなりおモテになるだろうその容姿にしばらく目を奪われたけれど、私の知り合いにこんな人はいない。言っておくけど一目惚れとかそんなんじゃないから!確かに昔からミーハーなのは自覚してるけど!そういうのじゃない!……とまあそれはさておき、少なくとも24才までの私の記憶の中には見たことも出会ったこともない。まさにどちら様でしょうか状態である。
改めて彼の方を見る。やはりイケメンだ。どうやら彼は走ってきたようで汗が流れている。汗をかいててもイケメンだ。水も滴るなんとやらってね。きっと何をしても絵になるんだろう。いいなあイケメン、私も生まれ変わるならイケメンがいい。いやでも猫も捨てがたい、いいよね猫。猫って見た目からしてかわいいし癒されるし、ご飯食べて寝てるだけでいいんだもの。犬だったら運動欲とかが出てきそうだけど、猫は寝るのが仕事みたいなものじゃん?まあ私が飼ってたのは犬なんだけど。いやいや犬もかわいいんだよ?呼んだら飛びついて来てくれて、仕事で疲れて帰ってきた日もふと気づくと横にいてくれる。嬉しいことも楽しいことも全てあの子と過ごしてきた。ああ私の愛しいワンコは元気かなあ…………おっと話がずれた。目の前のイケメンさんは私の顔を見て深く安堵の息を1つ零した。
「良かった、目を覚ましたんですね」
「あ、はい。この度はご心配おかけしました?」
私の記憶にはないがあちらは私を知っているようだし、心配をかけてしまったであろう事は察したのでお礼は言っておく。ただ知らない人には変わりないのでお名前を尋ねておかねば。
「あの、せっかく来て頂いたところすみませんがお名前を伺っても?私のお知り合いであればたぶん聞いてるとは思うんですが、お恥ずかしながら事故で記憶を2年分失くしてしまったようでして。私の記憶にある限りではあなたとお会いしたことはありませんので………」
「………………………は?」
私がそう言った瞬間、たっぷりと間が空いた後一言漏らして彼は固まった。あれ、記憶を失ってることを病院の先生から聞いてないのかな?あ、そういや看護師さんが後ろから注意してたくらい走って来たんだった。うわあ…聞いてる前提で話しかけちゃったよ恥ずかしい………
「記憶を失くした?…………君は僕のことを覚えていないんですか?」
「すみません、先程述べた通り私はあなたとお会いした記憶は一切ないんです。」
「……………安室透。君の恋人ですよ」
「……………………はい?」
彼との関係を聞いた途端、次に固まったのは私の方だった。どうやら名前は安室さんと言うらしい。
いやいやいや、ちょっと待てよ、コイビト?恋人?恋をしている人?私とこのイケメンさんが?………ないないない。どうやったらあんな男掴まえられるんだよ!卑下でもなんでもなく私は至って普通でしかない。顔も容姿も性格も。飛び抜けてどこがいいわけでもないそこらへんにいる普通の人間だ。
さすがにそれは冗談だろうと笑い飛ばそうと顔を上げたのだけど……笑い飛ばせないくらい目の前の人は真剣な顔つきだった。
嘘でしょ神様。私にこんなイケメンの彼氏が出来てたなんて聞いてません!!
[newpage]
それから私の恋人だと言う安室さんはほぼ毎日のように病室を訪れてくれた。
時間は不定期で、朝一から訪れたり面会時間のギリギリに駆け込んできたりすることもあった。彼は探偵をしながら喫茶店でアルバイトをしていると言っていたから、きっと忙しいのだろう。服装もまばらでラフな感じだったり、お洒落な私服だったり、スーツ姿だったりと様々だ。そして長いときでも20分程度しか滞在はせずに時計を見て謝りながら帰っていく。長くても20分、なんて少し嫌味な感じで言ってしまったけれど、ほんとに数分の時も多くて。でもそのたった数分の為だけにほぼ毎日のように来てくれた。私にとってはそれがすごく嬉しくかった。
昔から多忙の両親は勿論、さすがに友人達も毎日なんて来れるはずもなく。少しの時間でも毎日来てくれるのなんて彼くらいのものだから、1人の時間が長い分、話し相手がいるのは嬉しくなってしまう。数日もすれば私は彼が来るのが楽しみになっていた。ていうか2週間なんて絶対長すぎる入院だと思う。
彼は私と恋人だと言ったけれど、両親や友人に聞いてみたところ誰も私に彼氏がいたことを知らなかった。そのことを彼に訊ねてみたら、仕事の都合上自分のことを口止めさせてしまっていたのだと言っていた。ちなみに彼が訪ねてくるのは誰もいないタイミングばかりだから、両親はイケメンで優しくいという私からの情報を聞いて結婚詐欺師の線を怪しんでいるみたい。いわく、そろそろ結婚をとせっついていたらしいから結婚相談所でも行ってたんじゃないのか、と。
言われて思わず納得してしまったくらい彼は物腰が柔らかく、話し上手の聞き上手なので私もついつい話が弾んでしまう。自然と彼に心を許しているのが自分でも分かるくらいに私は彼の事が好きになっていた。そして毎回スイーツも差し入れをくれた。お主、私が甘いものに目がないとよく知ってるな。あ、彼氏なんだったっけ?あとはやっぱり顔が良すぎる。うん、自分でもちょろいなあとは思う。
そんな彼は忘れてしまった私を責めるわけでもなく、記憶を思い出してくれなんて一言も、付き合っていた当時の話もしなかった。距離感はあくまで友人としてでしかなく無理に聞いてはこないのだ。
昔の私を思い出してほしいか、絶対に思い出せるとは限らないから私と別れて下さいと言ったのだけれど、
「あなたと僕のこれまでの思い出が忘れられたというのはショックですし未だに信じられません。しかし事故の加害者である運転手を責めこそすれ、あなたを責めるのは違うでしょう?明らかに過失は相手にあります。思い出して欲しいのは一番ですが、まずはあなたが無事に生きていてくれたことが本当に嬉しいんです。僕はもう大事な人を失いたくないから。ともあれ、別れるなんてありえない。僕はあなた自身に惹かれたんです。恋人としてしてあげられたことは少なく色々我慢もさせてしまっていたし、これからもさせてしまうかと思います。ですが僕は手離すつもりはありません。大丈夫、きっと思い出させてみせます。もしも思い出せないなら必ずまた僕に夢中にさせてみせますのでその時は覚悟しておいて下さいね。」
それでは、と最後にバチンとウインクをして出ていった彼に私は顔を真っ赤にして顔を覆うしかなかった。
[newpage]
あれから退院した私は安室さんがアルバイトをしているという喫茶ポアロによく通うようになっていた。本当はようやく退院したからと仕事に復帰しようと思ったのに、これを機に溜まっていた有休を消化しなさいと引き続き1週間のお休みを頂いてしまったのだ。特にやりたいことが思いつかなかった私は安室さんの見学がてらポアロに来てみた。夕方に差し掛かる、おやつの時間も過ぎた時間はお客さんもぽつぽつとしかいなくて、その日はちょうど出勤だった安室さんにびっくりされたけれどカウンターの端の席に座り、このお店のおすすめというハムサンドとコーヒーを注文した。そして気づけば1週間。立派に私はポアロの常連になっていた。だってハムサンドが美味しすぎるのが悪い。
私はあまり人がいない時間を狙ってきているから、ここでの知り合いは多くはないけれど、看板娘の梓ちゃんとはかなり仲良くなった。この子可愛いすぎない?喫茶ポアロの美人店員って雑誌で紹介されてたらしいのも全力で同意する。話してると不思議と癒されるから全身からマイナスイオンでも出てるんじゃないかと思う。ちなみに安室さんとは一応まだ交際中である。付き合っていることは未だに口止めされているので知ってる人はいないけれど。
今日は梓ちゃんはお休みで安室さんがシフトの日だそう。いつものように世間話をしていると、カランカランと来店のベルが鳴った。
「いらっしゃい、コナン君。今日は早いね」
安室さんがベルの音と共に扉の方を向く。私も一緒に流れるように扉を向く。
コナン君というその少年を見たその瞬間、私の頭の中にバチリと一瞬で頭の中が真っ白になってその後すぐに何か映像のようなものが流れてきた。
「うっ……!!」
「どうしました!?大丈夫ですか!?」
「ちょっ…!?お姉さん大丈夫!?」
急に頭を押さえた私を心配する安室さんの声も、少年が駆け寄って来る音も聞こえる。救急車を!と言っているから急に頭痛がしただけだから大丈夫とだけ伝えたけれど。正直今までで一番ひどい頭痛だと思う。急に頭の中が真っ白になったと思ったら、次いで何か映像のようなものが入ってきて既に頭の中はごちゃごちゃだ。頭が割れるように痛い。よく分かんないけどこれ完全にキャパオーバーでしょ。
何これ、何これ。……………………これは、誰かの記憶?
始めは忘れてた2年分の記憶が戻ってきたんだと思った。しかし何かが違う。記憶の中の女性は私よりも若い。でもあれは、私だ。今とは容姿が異なるけれど何故か私だと確信している。
走馬灯…ではないな。きっとこれはいわゆる前世とかいうやつだろうかとぼんやりと考える。病院のベッドの周りで泣いてる人達がいるところを見ると、どうやら早死にしたみたい。…………おおっと、某サイトで見たことある流れだぞ??徐々に痛みが引いていくと同時に流れてきた情報と今の状況がようやく掴めてきた。
そして目の前で心配そうな顔をしているこのイケメン彼氏こと安室さん。彼の正体も思い出してしまった。
安室透、降谷零、バーボン……3つの名をもつあのトリプルフェイス!!!数多の女性を虜にし、安室フィーバーを巻き起こした100億…になったのかは分からないけど100億の男…!!ちなみに私は某アイドル達を育てるゲームの廃課金ユーザーでコナンの事はなんとなくしか知らない。というかなんとなくしか知らなかった、あの映画を見るまでは!!だって私は乙女ゲー専門だったから!けど友人のごり押しに負け、そして無事に執行されてから安室の女になりましたとも、ええ。私がミーハーなの前世からじゃん!!その後、執行されたなら次に見るならこれを!と勧められて見た純黒の悪夢で公安としての彼のスーツ姿がトドメとなり確実に沼に落とされたから降谷の女か??ま、どっちも同一人物なんだけどね。え?その人物が目の前にいる??しかも恋人??ハハッ。笑えねえ。いやまじで。
彼があのトリプルフェイスということはそもそも恋人ってのも怪しい気がする……私はどこにでもいる一般人だもの。まあ両親が言っていた結婚詐欺師の線はなくなったかな。
……………はっ!もしかしてこれが噂のハニトラか!2年分の記憶がないってことを利用して私に近づいたということか。なるほどそれなら納得出来る。私の会社はそんな後ろめたいことはなかったと思うけど私の知らない裏があるとしたら。というか知らないことの方が多いだろう。ひとまず彼が私から情報を盗む為に安室透の仮面をつけて接していたことは間違いなさそう。
………………ってか待って!!?今更だけどここコナンの世界!!?だいぶ頭の中整理出来てたつもりだし、安室さんの正体も全て思い出してしまった………なんて格好つけてみたけど、それでもコナンの世界なんて信じたくねえ~~~~!!!え?おま誰感満載なレベルでキャラ変わってる?知ってる~~!でも普通に考えてみて??前世を思い出したと思ったら前世の推しがいる世界だった時の心境を!!とてもじゃないけど冷静ではいられないよね!うん!
ああ、にしてもだからしょっちゅう事件や事故に巻き込まれてたのか………コンビニに行けば強盗犯、銀行に行っても強盗犯、住んでたマンションには爆弾、リニューアルした水族館に行けば観覧車が転がってくる……とまあ私の運って人よりかなり悪いんだなあとか思ってたけど、コナンの世界ならば嫌が応にも運勢最悪な日々が多いはずだよ。なんせ日本のヨハネスブルクだ。よく無事に生きてたな私!!観覧車とか思いっきり純黒じゃないの!!しかも安室透もとい降谷零という主要キャラと関わっておきながら!!ハニトラだけど!!いやまあ正直前世で沼に落とされ推しだったとも言えるこの人の恋人なんて、ハニトラだろうがなんだろうが夢にまで見た光景に天にも昇りそうなくらい嬉しいことに間違いはないんだけど!ないんだけど!!いざ、目の前にいるのがあのトリプルフェイスですって言われると、お願いだから休んで下さいしか思えなくなっちゃったよ!!軽く夢思考が蹴飛ばされるくらいにはね!!ここまで僅か10秒!安室さんとコナンくんが本当に大丈夫か?って顔で見てくるけど!
しかしそうと分かれば私がやるべき事はただ1つ!!
「安室さん!!私と別れて下さい!!」
頭を抱えていた私はガバッと顔を上げ、目の前の人にそう言い放ちお金だけ置いて走って店内を出た。あの人が油断してる隙に逃げるしかない!!ハムサンド食べ終えてて良かった~~!!
そう!!彼は幸せにならなければならない!!!
大事な友人をことごとく亡くし、国のためにと生きる人だ。コンシーラーで上手く隠してるつもりだろうけどその下にある隈に気づいてしまった。だから私なんかに使ってる時間があるならまず寝てくれ!!!ハニトラ?知らんな!!
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<br />初めまして。<br /><br />先月くらいにゼロの執行人の上映が終わるということで最終日に初めて観に行ったのですが無事執行され、未だに忘れられずにいつの間にか勢いで…ってレベルなので一瞬でサラッと読んで下さい。<br /><br />基本ROM専で、原作知識は主人公と毛利家と探偵団くらいしか知らなかった人間が書いてるのであまり深く考えずに生温い目線でご覧頂けると嬉しいです。矛盾とかあったらそういう世界観だと思って下さい。<br /><br />誤字脱字は受付ますが批判中傷はお控え頂けると嬉しいです。豆腐メンタルなのでゴリゴリにやられます。<br />また、沢山の素晴らしい作品がありますが全ての作品を拝読出来ているわけではないので、もし丸々ネタ被りだったりした場合はお知らせ頂けると嬉しいです。<br /><br />たぶん後日削除します。<br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br /><br />【追記】<br />2018年08月28日~2018年09月03日付の[小説] ルーキーランキング 26 位<br />2018年08月29日~2018年09月04日付の[小説] ルーキーランキング 35 位入りしました!<br /><br />ブクマやコメント、スタンプ等皆様ありがとうございます!初のランキング入りと予想していたよりも多くの方にご覧頂けたみたいですごく嬉しいです……!
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記憶は記憶でも取り戻したのは前世の記憶でした
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知らなくてもいいこと、というのはいくらでも存在する。
誰かを守るための嘘を私は否定しない。残酷な現実を知らせないというのは、お互いのためにもならない。
大学のすぐ傍にあるコンビニの袋を手に家に帰ると、玄関で相変わらずテディベアを抱えた研二くんの姿があった。おかえり、と出迎えてくれる姿は本当にただのかわいい子どもにしか見えなかった。
お昼を食べて眠くなったらしい研二くんを、いつものように抱き上げて二階にある寝室のベッドへ連れて行った。すよすよと心地よさそうに眠っている彼の髪を梳いてやると、出会った当初よりもさらさらになっている気がする。
「大人には、見えないなぁ」
こんなにかわいいのに。物わかりの良さ、子どもらしからぬ賢さは子どもらしくないと言えるかもしれないけど、どう見たって彼は子どもだ。
「おやすみ、研二くん」
少し彼の寝顔を眺めてから、私は私室に戻った。ベッドの横の勉強机の椅子に座り、机の上にある最近使っていなかったデスクトップの電源を入れた。最近ずっとノートパソコンを使っていたので、使うのは久ぶりだからか液晶が大きく感じた。
起動してデスクトップが開くと、鞄に入れていたあのディスクを差し込んだ。機械音を立てて読み込み始めるのを待って、すぐに再生アプリを起動する。ヘッドフォンを接続し、再生ボタンを押すと動画が再生され始めた。
――映し出された映像は、どこかずっと遠くの世界を見ているようだった。
映像を見終わった時、私は再生の止まったディスプレイを見ながら額に手を当てて呆然としていた。
架空の物語だということは明らかだ。小さい頃から、コナンという作品を私は知っている。詳しいわけではないけど、知っている。
だけど、だけどこれは。
「逃げろ、熱い、か」
悪夢にうなされる研二くんが、時折口にする言葉だ。何かに追いかけられている夢なのか、襲われている夢なのか。夢の内容を聞いたことはないけど、そういう夢なんじゃないかってずっと思っていた。
でも、彼の言葉を、今見た映像と照らし合わせると、彼のあの言葉は、彼の見ている悪夢は。
この際、彼が本当は大人だとか、今は子どもだとかそんなことはどうでもいい。彼はずっとあの日に囚われている。それだけはわかる。最近何かを言いたげにしていたのは、もしかしたら、この爆弾事件の時のことなのかもしれない。
ぎゅっと抱きしめた時、手を繋いでいる時、彼がほんの少し安心したような顔をするのは。あれは、触れ合うことで生きていると感じるからだとでもいうのか。
彼が亡くなって、彼の友人である松田陣平という人もまた、彼の命を奪った爆弾魔の仕掛けたそれで、命を落としている。約束を果たせそうにないと残して、大勢の命を救うことになるメールを残して。
ディスクには、彼ら二人の話だけではなく、他にも話が入っていた。美緒ちゃんが言っていた、安室透という人の同期と思われる人たちについての話だった。彼はたったひとり残された人だったらしい。
似ているとはいわない。それでも、なんだか自分自身を見ているようで息が苦しくなった。
ぽたり、と涙が落ちた。その時だった。
「アイおねえさん」
眠たそうに目をこすりながら、研二くんが部屋の扉を半分開けて立っていた。
「泣いてるの?」
彼は勢いよく振り返った私を見るなり、驚いたように目を見開いて傍にやってきた。小さな手が、膝の上にあった私の手をぎゅっと掴む。
「どうしたの? アイおねえさん?」
おろおろと私を見上げてくる小さな温もりを、椅子から崩れ落ちながらぎゅっと抱きしめた。痛いよと身をよじる彼を気にせず、ただぎゅっと、離れないでというように研二くんを抱きしめていた。
本当に泣きたいのは私じゃなくて、きっと彼の方だ。
私の思っていることに間違いがなければ、ここにきて彼はずっと戸惑っていたはずだし、怖かったんじゃないかと思う。だってそうだろう。ここは、彼の知っている場所ではない。
泣きながら動かない私に戸惑っていた研二くんは、しばらくすると、小さな手で私の背中をぽんぽんと撫でた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
私が眠れない彼のためにやっていることを真似るように、落ち着かせるようにゆっくりと取られる拍子は心音を聞いているようで何だか心地いい。
研二くんになだめられてようやく、私は彼からゆっくりと離れた。
「真っ赤になってる」
泣いて赤くなった私の目元を、彼の小さい手がなぞる。
「泣いちゃったからね」
くすぐったさに笑えば、冷やさないとね、と言われる。そうだね、と返して、彼に見られないようにパソコンの電源を落とした。ディスクはまた後日、早めに返すようにしよう。
研二くんを抱っこして、下の階に降りた。
氷とタオルを手に、リビングのソファーに腰を下ろした。タオルに包んだ保冷剤を当てると、ヒリヒリした。目を冷やすのなんて久しぶりだ。花粉症でもないから目元をかくことはないし、泣くようなことだって言わずもがな。
冷たい、ヒリヒリする、と呟いていると、隣に座っていた研二くんが、膝の上にテディベアを置いてくれた。ふかふかで温かいけど、冷たいのは目なので持っていても必要がない気がするけどありがたくもふもふさせてもらった。
しばらく冷やしてもういいかと氷を外すと、研二くんがじっと見上げてきた。
「もう大丈夫だよ。驚かせてごめんね」
手にしていたテディベアを返して、彼の頭を撫でる。
なんだか物言いたげな彼だったが、自分の隣に抱えていたテディベアを置いてからそっと膝に乗って抱き着いてきた。
「もう大丈夫?」
抱き着いているせいでくぐもった声になっているが、その言葉はちゃんと聞こえた。優しい子だ。
「うん。もう大丈夫」
私もぎゅっと抱きしめ返す。
聞きたいことも、言いたいことも、本当はたくさんある。でも今は、しばらくこのままでいさせてほしい。そして君を守るために大丈夫だと嘘をつく私を、どうか許してほしい。
[chapter:小さい萩原くんには帰る場所がある。]
泣いたおねえさん
・めっちゃ泣いた。待つ側であり待ってもらう側になった。
研二くん
・起きたら一人だったし、おねえさんが泣いてて驚いた。大丈夫?くま抱っこする?
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萩原くん、人の気持ちには機敏だけど自分のことにはちょっと鈍そうなイメージがある。<br /><br />ガチャ戦争に勝てる自信がなかったので、縮ませウィスキートリオは予約することにしたんじゃよ。<br /><br />マシュマロ設置しました。 <a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fmarshmallow-qa.com%2Farma_neight%3Futm_medium%3Durl_text%26utm_source%3Dpromotion" target="_blank">https://marshmallow-qa.com/arma_neight?utm_medium=url_text&utm_source=promotion</a><br /><br />素敵な表紙をお借りしました【illust_id=58264431】<br /><br />追記<br />・2018年08月28日~2018年09月03日付の[小説]ルーキーランキング34位<br />・2018年08月29日~2018年09月04日付の[小説]ルーキーランキング52位<br /><br />ありがとうございます(*‘ω‘ *)
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小さい萩原くんには帰る場所がある。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10073687#1
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高校の同級生にギャルがいた。派手な髪色に濃い化粧、短いスカート。髪色に関しては自分も派手な自覚はあるが、生憎と僕のこれは自前である。とにかく、それなりに有名な進学校で彼女の見た目は浮いていたし、見た目でしか判断しない教師達からの評価は低かった。しかし、彼女は近寄りがたいギャルではない。見た目は派手であったが整った顔は密かに男から人気があったし、気さくで人懐こい性格は女にも可愛がられていた。ポアロに来る女子高生の言葉を借りるのであれば、パーティー・ピープル。所謂パリピ。そんなギャルの口癖は、「とりま楽しんでこ〜」だった。彼女の何事もとりま楽しむ精神は、体育祭に文化祭などクラスに多大なる影響を与えた。地域の清掃活動まで楽しむギャルなんて、俺はこいつしか知らない。例えば1年の体育祭は、クラスカラーに因んで赤髪で参加。自分の種目でなくとも全力で応援するギャルに触発され、赤組だけ異様な盛り上がりを見せた。さらにギャルが最も輝きを見せたのが女子種目の尻尾取りゲーム。ギャルはひとりで相手チームを全滅させ、その姿はまさに狩人であった。さらに2年の文化祭では夜なべして衣装製作に精を出した。その裁縫技術は見事なもので、クラスに多大なる影響を与えた。大道具係はそれはそれは立派なカボチャの馬車を作り上げ、台本係は口からマシュマロが出そうなほど甘いラブストーリーを書き上げた。その結果、ウェディングドレス顔負けのドレスを身に着けた僕は、ヤケクソになってカボチャの馬車に乗り舞踏会へ出掛けることとなる。
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「彼女のことが好きみたいだ」
文化祭では異例の満員御礼・アンコール公演という屈辱的な記憶が薄れ始めた2年の冬。黒髪がお気に入りのマフラーに合うからという理由で、ギャルの髪色が落ち着いたころだった。昼休みの賑やかな教室で、親友の声だけがやけにはっきりと聞こえた。
まじか、と食べかけの卵焼きが机に落ちる。誤解を招くことのないように言っておくと、僕は別にギャルのことを嫌っているわけではない。むしろギャルの何事も一生懸命に取り組む姿には好感を持っていたし、実は成績優秀な点に関しても一目置いている。あくまでもクラスメイトとしての好感ではあったが。ただ、親友のタイプとはかけ離れていたから、驚いたのだ。お前、つい先月は朝ドラに出てる清純派女優が好きって言っていたじゃないか。でも、初恋なんだ、とはにかみながら話す親友に僕まで照れ臭くなったことを今でも覚えている。太陽みたいな、僕の親友の、初恋。
「いつから、なんだ」
「良い子だなってずっと思ってたけど、好きだって自覚したのは、昨日」
「昨日?……ああ、そういうことか」
「はは、さすが理解が早いな。なんかさ、───」
僕も親友も、特別ギャルと親しいわけではない。朝の通学路で会えば挨拶はするし、たまに何気ない話だってする普通のクラスメイト。告白するのか?という僕の問いに親友は静かに首を横に振った。結局、進路も知らぬまま卒業し、親友の初恋が叶うことはなかった。
▼▽▽
ついに、安室透とバーボン、そして降谷零の3つの顔を貫き通した僕が、降谷零に戻る日がやって来た。そんな記念すべき日に、病院のベッドで目が覚めるとは。情けないことに、腹を撃たれ、最後にパトカーを風見と見送ったところから記憶がない。起き上がろうとすると腹が痛んだが、ゆっくりと起き上がってからナースコールを押す。いいだろ、今まで忙しかったんだから、僕だって少しはゆっくり動きたい。年配の看護師の「先生呼んできますね」という声に小さく手を挙げて応える。自分しかいない個室を見渡すと、棚の上には優しい色の花が飾ってある。誰からだろうか、風見にしてはセンスが良い。
程なくしてやってきた担当医を名乗った女性は、まだ若い、僕と大して年齢も変わらないであろう落ち着いた綺麗な人だった。
「スーツを着た眼鏡の男性から、降谷さんの目が覚めたら連絡するように頼まれました。こちらの番号ですが、よろしいですか?」
そう言って差し出された連絡先は間違いなく部下のもので、素直に頷く。
化粧は薄め。肩で切りそろえられた手触りの良さそうな黒髪に、カルテに書き込むペンを持つ爪は短いが綺麗に整えられていて清潔感がある。まさに清純派。あいつが好きそうなタイプだ。⋯⋯いや、でもあいつ、実際に好きになった相手は違ったよな。高校生活の3年間、同じ教室で過ごしたクラスメイトを思い出した。見た目こそ派手でも、授業態度は他のクラスメイトよりもよっぽど真面目であったから、今頃は立派な社会人として働いていることだろう。もしかしたら既に家庭を持っているかもしれない。昔のクラスメイトを思い出すなんてらしくないとは思うが、これも降谷零に戻った記念だ。悪くはない。
「今は手が離せないので別の方がいらっしゃるそうですよ」
記憶の中から引きずり出した親友の初恋の相手は、とてもじゃないが清純派とは称しがたかった。が、あることに気が付く。
「どうかしましたか?」
似ているのだ。目の前にいる医師が、親友の、───ヒロの初恋の相手に。目が合うと小さく笑って首をかしげる姿も、記憶の中の彼女と重なる。派手な髪色も、化粧も、短いスカートもない。何もかも違う。しかし、先ほど、彼女はなんと名乗った?
「失礼ですが、どこかでお会いしたことが?」
「えっ」
時計の音が病室に響き渡る。目の前の医師、いや、かつての同級生はちらりと時計を見てからへにゃりと笑った。ああ、彼女は。
「知らない人のフリ、しないでいいの?」
「いいよ、ここでは」
「じゃあ早く言ってよ。久しぶり、降谷くん」
「今気が付いたんだよ、いくらなんでも変わりすぎじゃないか?」
「綺麗になったねとか言えないの?」
当時、彼女とふたりでちゃんと話した記憶は正直に言うとほとんどない。今日寒いね、とかお腹空いたね、とかそんな会話ならしていたと思うが。だからまさか、あのギャルだった彼女が医者になり、十数年ぶりの再会が病室だなんておかしな話である。しかし、安室透でもバーボンでもない。降谷零を降谷零として知る人間。なかなかに良い、降谷零としてのスタートじゃないか。
「卒業ぶりだな」
「わたし、何回か大学で降谷くんのこと見かけたよ」
「大学で⋯⋯?」
「ねえ、失礼なこと考えてない?」
僕の疑問が顔に出ていたのか、ベッド脇の椅子に座った彼女は口を尖らせた。
「高校生活なんて一度きりなんだから、好きな格好でいたいでしょ。ちゃんと勉強はしてたよ」
「それは知ってる。でもだからって赤髪はないだろ」
「やだ、体育祭のこと言ってる?よく覚えてるね。わたしも覚えてるよ、シンデレラ」
「忘れてくれ」
自分でも驚くくらいに、今日の僕はペラペラと喋った。見た目こそ変わったが、中身は気さくで人懐こいままで、あの頃から何も変わっていない。きっと患者からも人気があるだろう。もしもここにあいつがいたら、どんな顔をしていただろうか。きっと、彼女の左手で控え目に輝く指輪を見て、おめでとうって笑うんだろうな。
「結婚、してるんだな。おめでとう」
「え?あ、指輪か。へへ、うん、ありがとう」
「どんな人なんだ?旦那は」
「ん〜⋯⋯優しくて、友達思いで、責任感があって、温かく見守ってくれる人。でもちょっと頑固」
遠慮がちに紡がれた言葉に、聞いたことを少し後悔した。僕の中に残っている親友は、優しくて、友達思いで、良いやつだ。あいつほど責任感がある男なんて、きっといない。彼女が生涯の伴侶に選んだ男がなぜヒロでなかったのかと言うつもりはないが、告白もしないまま死んだあいつを思うと、少し複雑に思った。
「それと、運動が得意で、音楽と子供が好き」
「ハハ、やけに具体的だな」
あいつだって、運動が得意だ。体育祭ではヒーローだったじゃないか。君だって見てただろ?赤い髪を振り乱しながら応援していたじゃないか。音楽も、子供も好きだ。全部全部、ヒロにだって当てはまる。だったらあいつで良かったじゃないか。なんであいつ、告白しなかったんだ。初恋は叶わないなんてよく言うが、ヒロの場合は自業自得だな。
「高校の同級生なんだ。この病院で研修医だったとき、たまたま運ばれてきてね、降谷くんと同じ」
「は?」
おい、嘘だろ。こいつの高校の同級生って、僕の同級生じゃないか。思わず腹に力が入って、小さく唸る。慌てる彼女に大丈夫だと伝えて、姿勢を正した。僕は今、動揺している。
「旦那は、よく気が付いたな。失礼だけど、まるで別人だろ?」
「声が好きだったからすぐ分かったって」
⋯⋯なあ、ヒロ。お前、言ってたよな、最初は彼女の声が好きで、そこからどんどん彼女自身を好きになったって。僕は知ってる。高校を卒業しても、警察になっても、本当はずっと彼女のこと、好きだったんだろ?本当に馬鹿だよな。初恋の相手、お前と似ている男と結婚したぞ。
「なあ」
「ん?」
「僕の親友は、ずっと、お前のことが───」
「あのね!」
ずっと、お前のことを思っていた。そう続くはずだった言葉は彼女に遮られた。今までとは違う少し強い口調。彼女がまた、時計を見た。
「あのね、籍は入れたけど、式はまだ挙げてないんだ」
「式?ああ、そうなんだ」
「旦那さんの都合でもあるんだけど、一番来てほしい人が今は来られないからなの」
「一番、来てほしい人?」
「うん。⋯⋯降谷くん、あなたのことだよ」
ドアを叩く音がする。風見ではない、少し緊張しているのか、控え目な音が3回。返事をすると、ゆっくりとドアが開く。入って来た人物を見て、心臓が大きく動いた。
「、ヒ⋯⋯ロ⋯⋯?」
死んだ、はずの、僕の⋯⋯死んだと思っていた!あのとき、なんで。いや、ハハ、もうなんでもいい。生きていた。生きている!僕も、あいつも。最高のスタートじゃないか。
「降谷くん、太陽みたいな旦那さんを紹介するね」
[newpage]
・元ギャルのお嫁さん
今は立派な警察病院のお医者さん
・死にかけた旦那さん
初恋の女の子と再会した勢いでプロポーズした
・元トリプルフェイス
親友の初恋の相手(ギャル)に再会したら人妻だった
・スーツに眼鏡の男性
上司の親友を代理で派遣した影のMVP
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タイトル通り親友の初恋の相手と再会したら左手の薬指に輝くものがあったよねっていうお話です<br /><br />続きというか前日譚みたいなのはこちら<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12394104">novel/12394104</a></strong><br /><br />加筆修正をよくします。
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親友の初恋の相手(ギャル)に再会したら人妻になってた
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10073722#1
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恋い慕う
ホストクラブにも一般企業と同様に慰安旅行のようなものがあるのだと知ったのは、新宿歌舞伎町という同業種がひしめき合う激戦区の中でかなりの有名店に席を置いてから暫く経ったときだった。
ホストになりたいと志願して上京したわけでもなかったが特別これといってやりたいことがあったわけもなく、ただ地元が嫌だったからという理由で高校卒業と同時に東京に出てきた自分は、目的意識すら欠如していたため日々適当にバイトをしながらだらしなく過ごしていた。これから先も今と何も変わらなくただぼんやりと生きていくんだろうなと思っていた矢先、そんな俺が一念発起しホストになろうと決めたのはまさに今、自分が勤めている店の№1ホストでもある一二三さんの影響だった。その当時、俺は派遣のバイトで割烹料理店の接客係として働いていたのだが、その店に上客の連れ添いで同伴前に立ち寄った一二三さんの振る舞いが格好良くて、うっかりと見惚れてしまった。
チャラチャラして煩く、いい加減な人間。ホストとはそういう人種だと思っていた。――――全く違った。
誰よりもスマートで卒がなく、女性のあしらい方がまるで紳士のそれで、自分もこういう人間になりたいと翌日派遣のバイトを辞め一二三さんが所属している店に履歴書を持って突撃をしたのだがボディーガードに門前払いをされ、呆然としたのは今思い返しても本気で笑える。
有名店になればなるほど素人新人は採用しない、他店からの引き抜きはしない、ツテ採用のみ、と暗黙のルールがあるのだがそういう事情を知る由もない俺はただただ必死で黒服相手に縋るしかなくこの店で働きたいと訴えていると何の奇跡かひょっこり顔を覗かせた一二三さんが気まぐれでオーナーに話を付けてくれたのだ。
『オーナー、ホスト志望の子が店の前に来てたから連れてきちゃった。面接してあげて』
『ひーふーみー…ここはファミレスじゃないだぞ…まったく。見るからに素人じゃないか彼』
『いいじゃんこれも縁ってことで。俺っち今から独歩とデートなんだ~へっへーじゃあまた明日、同伴ってから来まーす』
ラフな格好をした彼は、スーツを着ていたときと全くイメージが違ったけれど俺が昨日見た彼に違いなく、すれ違いざま背中をトンと押され、頑張れとウインクをくれた。俺は只管彼に頭を下げ、この機会を逃してたまるかと食いつくように熱く志望動機を語れば渋々と一か月だけの仮採用という形で許可が下り、試用期間中に働きが認められるとその後は本採用となり一年ごとに契約を更新する契約ホストとして雇ってくれるところまでまとまった。
人生でこれ以上ない幸運の連続だったと、改めて感じる一日だった。
働き始めた当初は失敗という失敗しかせず、業界素人が大手ホストクラブの流れに付いていける筈もなく落ち込んでいたが一二三さんが見兼ねてテーブルにヘルプで呼んでくれたり、同期のメンツに声を掛け仕事のあれそれを教えてくれたため一か月を過ぎる頃には何とかオーナーの眼鏡に適い、雇用継続を認めてくれた。そんな勢いで始めたホストも今年で三年目になり、それなりに後輩も出来た。
順風満帆じゃないけれど、生活は充分満たされている。一二三さんは未だに店の№1を維持し続けていた。
夏の盛りを過ぎた8月下旬。
毎年恒例の慰安行事、バーベキューのお知らせが店専用LINEに流れてきたのに気づき、もうそんな時期かと壁に掛かっていたカレンダーを見る。オーナーは元より、所属しているホスト、黒服、キッチンスタッフ、事務スタッフを含め全員参加が基本のイベントだ。店も完全休にするため、平日昼間に行われるからといって何ら支障は起きない。
友人家族含め3名まで同伴可能だが、女性・客は参加禁止というルールがある。有名ホストクラブが主催するバーベキューのため、参加したいと要望する客が死ぬほど多く、どれだけ太客だろうと一切それを認めないのは万が一のことを避けるためであり、いや、太客はそんな我儘を言うことはないが、中間層~最下層の客が不満たっぷりに文句を言ってくるので混乱を避ける意味合いも含め、場所は当日まで知らされない。バーベキューの場所が漏れて当日突撃されても困るからだ。
以前、口の軽い従業員がうっかりと口を滑らせ、バーベキュー会場を一人の客に教えたことがあり、その年の慰安行事は地獄だったらしい。今年は無事に終わるよう心の中から祈り、また憧れでもある一二三さんと少しでも距離が近づけるようにまるで修学旅行を楽しみにしている高校生のような気持になってしまい、苦笑いが零れた。
慰安行事当日。朝5時にLINEの通知が来て、バーベキュー会場が地図付きで告知された。
集合時間は、現地に午前11時。場所は奥多摩のキャンプ場、新宿から大体2時間弱の場所で、8時すぎに身支度を整えれば充分に間に合う場所だった。車ならもっと近いだろう。
買い出し係はキッチン・バックヤードスタッフが担当し、当日の設営は新人ホストが担当する。
中堅以上のホストは手ぶらでのんびり来ても何ら支障はない。自分も設営を外されたのは去年が初めてだったので今年は心配することなくのんびりできる…と言っても先輩たちより遅く行くことも出来ないので、LINEの通知が来た瞬間に目を覚まし、準備をし始める。体育会系みたいだが、まさにホストクラブは体育会系以外、言い様がない。
ラフだけれど手を抜かず、それでいて動きやすい格好。クローゼットの中を見ながら服装を決め、髪型を整えて家を出たのは午前7時になるかならないかだった。世のサラリーマンと同じ時間帯に動いていることが不思議で、電車の中を意味なくキョロキョロと見渡してしまう。いつもならば寝ている時間か、二部ならば盛り上がっている最中で、世間の『普通』がこの時間帯なのかと改めて自分が歪みの中で生きていると気づいた。
郊外に行くにつれ、どんどんと人が少なくなっていき、乗り換えの駅に来るともうほぼ知り合いしかいない車内に苦笑が零れる。
私服を着てもどこかホストの雰囲気は消せなく、朝なのに濃い雰囲気で満ちていた。
「おはようございます」
「おはよう」
次々に言葉が掛けられ、また自分も言葉を掛けて車内に集団を作っていく。新宿においてもトップに位置する店のホストは新人だとしても層自体厚く、僅かな乗客の視線を引き付ける。中学生か高校生か判断しかねる若い女の子がせわしなくスマホを打っているところを見るに何かのSNSにでも上げているのだろう。注意するのも飽きた。
一二三さんの姿が見えないところを見ると今回も現地に車で乗り付けるに違いない。
毎年、オーナーと二人でやってくるのが恒例らしく、スーツを脱いだ一二三さんはどちらかというと楽しい人なので今年も楽しい一日になるだろう。
車窓の向こう、流れる景色を眺めながら今日のイベントに心弾ませていた。
――――…なんて思っていた二時間前の自分を殴りたいと思ったのは、慰安行事会場に付いて一時間後の話だった。既に到着し、作業をしていた新人たちに軽く挨拶をし、少し離れていたところでその光景を眺めていたのだが、一瞬にしてその穏やかな静寂が壊された。
最初はオーナーが所有している真っ赤なフェラーリ812スーパーファストが爆音を轟かせ駐車場に入ってきたその後、間を置かず一二三さんが所有す真っ青なランボルギーニのアヴェンタドールSが同様に静寂を切り裂き、入ってきた。赤と青が揃い、店の実質№1&2が揃ったため俺を含め全員が立ち上がり、二人を迎える。
「おはよう」
まずはオーナーが爽やかな笑顔で俺たちに挨拶をし、一二三さんが軽やかな足取りで俺たちのところまでやってきた。
「おっは。みんな集まってんねー、欠席した人手を挙げてー…なんつって」
あはは。
軽い笑い声が聞こえ、俺たちは一斉にその声で笑う。一二三さんが来ると一気に雰囲気が明るくなるから、彼の存在無しにこの店が成り立つとは思えない。最初、スーツを着ているときと着ていないときのギャップは驚いたけれど今は慣れすぎて、どっちの一二三さんも素敵だと思う。
子どもの様ににこやかに笑う彼が可愛く、誰よりも先に改めて挨拶をしようとしたが彼の後ろに控えている影に気づき、ん?と眉を寄せた。華やかな彼とは対照的な、地味…という訳でもなく特徴が全く見つからない平凡な顔つきの、寧ろ不健康そうな顔色の一般人がいる。どこにでもいそうな存在が何故か一二三さんの傍にいて、親密な関係を見せるけるように会話している姿を見ると途端に不快感が込み上げた。そう思っているのは俺だけではなく彼を慕っているメンツが不穏な雰囲気を纏うのが分かった。誰に対しても優しいように見えて、全員に対して一定の距離を置いている一二三さん。オーナーでさえプライベートスペースに入らせないようにしているは知っていた。だがどうしてかあの一般人は違った。
「ひ、ひふみ…やっぱ俺帰る。無理、このホスト空間、無理」
「は?どうやって帰んの?俺っちの車、独歩運転出来ねぇじゃん」
「やろうと思えば、出来る、気がする」
ひそひそと話しているその会話自体仲の良さを見せつけているようで面白くない。
ぐっと拳を握ればそれを感じ取ったオーナーがゴホンと咳払いをし、一二三さんに言葉を掛けていた。そうして、あ、と顔をした後、えへへと目尻をいつも以上に垂らして笑いながら、さっきまでひそひそと仲睦まじく話していた奴をぐいっと目の前に押し出してくる。
「みんな、これ独歩ちん。よろしく~」
仲良くしてね。と幼稚園の先生が言うような台詞を冗談交じりで無邪気ににっこりと吐き出す一二三さんに俺を含め全員が戸惑うことしかなく、はぁ、と何ともしまりのない返事をしてしまった。先輩に対してそんな気の抜けた言葉を吐き出すなんて普通では考えられなく、慌ててすみませんと頭を下げれば、いいよいいよ、とジェスチャーが返ってくる。
うちの店だけかもしれない、こんなに№1のホストが大らかなのは。
改めて一二三さんへ尊敬のまなざしを向ければ、隣にいた独歩ちんと呼ばれたやつが一二三さんに、「ちょ、おま、何言ってんだ!?」と突っかかっていたが見え、その後、すみませんと深々と俺たちに向かって頭を下げた。
「は、初めまして、観音坂です。こういう場は慣れないのですがご迷惑をお掛けしないように頑張ります。よろしくお願いします」
自己紹介にしては角度の深いお辞儀に呆気に取られるも『観音坂独歩』と聞いてようやく彼がシンジュク・ディビジョンのMC.DOPPOだということに気づいた。一二三さんの小さい頃からの知り合いということも。ラップバトルをしていないとこんなにも面白みのない人間なのかと見下してしまいそうになる。一二三さんの知り合いじゃなかった一生出会うこともない人種だとすら思った。
「独歩~、マジで台詞がカタいんですけど~?」
「固いも固くもないだろっこれが当たり前の挨拶だっ!!」
そんな俺の気持ちもお構いなしに二人は再び二人の世界を築き始め、理由見知りなオーナーが二人を放っておいてさっさと慰安行事の始まりの挨拶を始めた。何だかあまり気持ちがアガらない。心の中に生まれた燻りが徐々に大きく靄にように広がり、身体中を覆いつくしていった。
参加人数が50人ほどにまで膨らんだ今年、バーベキュー用のコンロも過去最高の8台になり、小さなキャンプ場はほぼ貸し切り状態となる。
「うっわ全然火がつかねぇ…」
「マジかよ、ちょ、誰かライター持ってねーの?」
「あーっ新聞紙無くなった!!どうすんだよこれ!!」
先輩たちが木陰にあるベンチで楽しそうに酒盛りをし始めたその頃、河川敷に近いバーベキュースペースで新人たちがバーベキューコンロの前に群がり、火の準備をしていた。キャンプ場のスタッフの人がある程度要るものを用意してくれているので、それを使って火をおこすだけなのだがこれがまた、簡単に火はつかない。
特に木炭に火を移すのは着火剤が無いと素人には本当に難しく、下手をすれば小一時間ほど掛かってしまう。
俺のときは同期の中でただ一人だけバーベキュー経験者がいたので事なきを得たのだが今年は全員がバーベキュー未経験者らしい。
わーわー言っている声を聞きながら昼までに飯にありつけるのかと夏色が広がっている真っ青な空を見上げ、ごくりと缶ビールを飲んだその時、俺の横を誰かが通り過ぎて行った。ん?とその人物を目で追えば、誰でもない、今日初めてあったアイツ、観音坂独歩だった。サラリーマンというだけありひょろりとした体形の、冴えない存在が何故か新人が四苦八苦して火起こしているところに近づいていく。一体何をしようというのかと黙って目で追っていると、アイツはオドオドしながら後輩に声を掛けていた。
「あの、すみません…炭に火をつけるにはコツがあって……」
そう言いながらコンロの前にしゃがみ込み、横に置いてあった軍手を嵌めたと思ったらその後、手際よく、コンロの中でバラバラに散らばっていた炭を積み木のように組み上げる。
「こうして炭の中に空気を循環させるようにしないと、表面だけ燃えて木炭の中までしっかりと火が移りません」
テキパキと説明しながら確実に正しい方向へ後輩を導いていき、後輩も最初は何を言ってるんだ?という顔をしながらアイツを見ていたが、積み上げた木炭の間に丸めた新聞紙を詰め込み、最奥部に火種を落とすと暫くして真っ赤な炎を上がった。
「わ、ついた!」
「嘘だろ!?すげぇ!!」
口々に驚きの声が上がり、彼らがアイツを見る目つきが変わった。
「でも火が付いたからってこのままにしたら消えるので、その上に火が付いてない炭を並べます」
こうやって。
手本のように火のついた木炭の上に丁寧に再び木炭を組んでいけば、さっきの勢い以上の炎が上がり、火起こしが完成する。
「他も同じ様にすればすぐにつくと…思います。多分」
にっこりではなくはにかむような笑い方をするアイツは恩着せがましいことを言うでもなく、何故かすみませんと頭を下げていた。すみません、が口癖なのだろうか。自信無げに視線を左右に揺らすところを見るとやはりリーマンの悲しい性だと分かった。何でアイツが一二三さんの特別なのか悔しくて歯痒くなる。
Tシャツとデニムの、どこにでもいる一般人がこの集団の中にいる違和感。グッとビールを飲み干して、ぐしゃりと缶を潰した。
山から吹き下ろす風が河川の水面を通り、冷やりとした心地よさを運んでくれる。山間部なだけあり都内は猛暑日だけれどここは天国のように涼しい。
イライラすると目を閉じて10秒数えれば落ち着くという先輩からのアドバイス通り、俺は静かに目を閉じた。
なのにイライラは収まるどころか余計にピクリと眉が動いてしまうのは、楽しそうな一二三さんの声が横を通っていったからだ。
「え、なになに~?独歩、火、おこせんの?何で??」
そうして明るい声がここではなく、向こうから聞こえる。後輩たちのところから。
「ちょ、くっ付くなって!!」
「何だよ、照れてんのかよ~かーわーいーい。っつーか誰も気にしないって。な?」
アイツに抱きついたまま一二三さんが後輩たちに向かって、その美貌を惜しげもなく使いにっこりと笑うものだから誰も何も言えず、首を横に振るだけだった。それを見て、そうなのか?と首を傾げるアイツもアイツだ。普通は気にしない方がおかしい。
一二三さんを背負いながら、集団から離れ、次のコンロの方へと向かった。まだ火すら付いていないコンロの方へ。アイツは後輩の作業を一部肩代わりするつもりらしい。
俺は新しいビールの缶を手に取り、プルを引っ張った。
「……会社で毎年、秋にイベントでやるんだよ、バーベキュー」
「何それ!俺っち聞いてない!」
「――――言ってないからな」
「はあ!?」
ぶーぶー文句言う一二三さんの言動がまさに恋人の浮気を知った彼女のようで何とも可愛いらしい。そう思える自分の脳みそがとうとうやばくなったのかと焦るも、普段飲まない時間帯に飲んでいるせいでアルコールがいつも以上に回っていると思うことにした。
「何でお前に言う必要があるんだよ。…というか、邪魔だからどけ。火、付けないと食えないだろ」
「だからって独歩がやることねーじゃん。新人の役目だし?」
「俺も新人みたいなものだよ。タダで食わせて貰うのも何か悪いし……」
そう言いながらも手際よくコンロの中に木炭を積み上げ、同じ様に火を付けていく。アイツがやるから一二三さんも面白そうに火を付けていき、そうすると新人だけじゃなくベンチに座っている先輩方も動かないわけにもいかず、結局全員で火を起こす羽目となり、ものの10分も経たずに火の準備が整った。
野菜や肉は既に網の上で焼くだけに支度されていたので、各コンロごとに配られ、各々のタイミングでバーベキューが始まる。グループ分けは適当だが大体は同期毎に組まされ、後輩が先輩に気を使わないように配慮されていた。
一二三さんは当たり前だがオーナーと、フロアマネージャーと同グループであり、アイツもそこに堂々といる。4人で何の会話をしているのかよく聞こえないが、オーナーの表情を見る限り楽しい話題に違いない。にこにこと穏やかに笑うその向かい側で、肉が刺さった串を手に取ったアイツは焼き色も見ずに頬張りそうになっていたので慌てて一二三さんが止めていた。
「独歩、これ肉焼けてないって!中、まだ赤い!」
「…でも牛だから食える」
「食える食えないじゃないから。ほら、こっち。こっちなら大丈夫。はい、どーぞ」
「うん」
ありがと。
皿の上にのせられた焼き串を手に取り、ガブリと頬張るアイツを一二三さんが蕩けるような顔で眺める。生焼けだった串は適当になるまで網の上で焼き、出来上がったところで再びアイツの皿にのせていた。こんなにも誰かに尽くしている一二三さんを見るのは初めてかもしれない。店でも客相手にこうまでしない。丁寧だけど、どこか甘えるように女を使わせる。傍若無人ではないけれど、甲斐甲斐しいわけでもない。親しげに見せているだけで、結局のところ誰も彼を独占することは出来ない。
だから誰に対しても平等だと思っていた。彼に近づける人はいないのだと…だからずっと自分の中で憧れ、神格化していた部分もあった。彼は新宿№1ホスト、一二三なんだと。だけど現実は違った。あの人にはアイツだけが特別だったのだと。
――――アイツさえいればいいのだと、気づいてしまった。
同期が最近あったおかしなことを冗談を交えながら話しているのにちっとも耳に入ってこない。
今日の、この日を楽しみにしていた自分があまりにも哀れで若干落ち込む。二人を見ると落ち込むならば見なければいいのについつい気づけば一二三さんを見てしまう。
そうすると今度は焼けた海老の殻を剥いてあげている様子が目に入ってきてしまい、憧れであるホスト一二三のイメージがどんどんと崩れていく。だからといって軽蔑するわけでもなく、ただただそれが羨ましいと思う。
「ど~っぽ、海老剥けたよ。食べる?」
「たべる」
「じゃ、あーん」
「あー…ってするかっ」
ふざけんな、社長の前だろっ。
アイツは少し怒ったように窘めていたが一二三さんはどこ吹く風か素知らぬ顔をして剥いた海老を無理やり口に突っ込んでいた。小学生のじゃれ合いのような二人にオーナーもマネージャーも苦笑いを浮かべている。彼らはきっとアイツの存在を知っていたのだろう、だから一二三さんが子どもの様にはしゃいでいても驚きはしない。
そういえば…と思い出す。最初に店へ面接に訪れた日のことを。
『えーいいじゃん。これも縁ってことで。俺っち今から独歩とデートなんだ~へっへーじゃあまた明日、同伴ってから来まーす』
楽しそうに言っていた一二三さん。独歩、と名前を出してもオーナーに通じるところを思うとかなり前から知っていたようだ。アイツに勝ちたいわけじゃないけれど、少しは俺の存在を気にかけて欲しい…なんてつまらない女のような台詞が口から出そうになり慌ててビールで飲み込んだ。
一通り腹が膨れたところで次にするべきことはただ一つ。客への宣伝と自慢を兼ねてインスタ用の写真を撮ることだった。同期や後輩と撮ってもそれなりに効果はあるが、売り上げランクが上位の先輩たちと撮るとそれだけで反応速度といいねの桁数が異なる。
特に一二三さんと一緒だとそれが顕著に表れるため、アイツとのんびりと寛いでいるところに同期達が空気を読みつつ挙ってお願いに行き始めた。
「一二三さん、写真、いーっスか?」
「次、俺とも撮って下さい」
「俺ともよろしくお願いします」
それなりに売れている人も、これから売り上げを巻き返したい人も声を揃えて言い始め、それに対して一二三さんは嫌な顔せず、いーよ、とにっこり笑うため、店の№1で通常ならば妬まれる対象になるはずが、他の店とは違ってウチではそういうことにはならず、切磋琢磨は日々行われているが、血みどろの戦いになったことは俺が入ってから一回もなかった。
「独歩、俺っち、ちょーとあっちで写真撮ってくっから待ってて」
「あぁ」
行って来いよ、と言わんばかりにヒラヒラと手を振って送り出した後、アイツはぼんやりと缶ビールを片手におにぎりを食べ始める。一二三さんがさっき作ったばかりのソレを。わざわざ嵌めていた指輪まで外し、手際よく作っていたのを見たくなくても見てしまい、自分の視力の良さをこの時ばかりはガチで恨んだ。各グループごとにバーベキューの食材と共にタッパーに入ったご飯も配られていたが殆ど手つかずか、そのままで箸を突っ込んで食べ回ししているかのどちらかで、わざわざ丁寧におにぎりを作っている人間なんて誰もいない。
「ひふみ」
「何?」
「おにぎりが食いたい」
「は?え、おにぎ…あ、タッパーに入ったご飯、食いたいの?作ればいい?」
なんて、アイツが無駄にねだっているのも見ていたから余計に腹立たしい。№1ホストが作ったおにぎりなんて、店のイベントでふざけても出せないご褒美メニューだ。一体どれだけの札束が飛ぶか分からない。食べたい人はかなりいる筈で、だけれどこの世の中で口に出来るのはきっとアイツ以外いなくて。オーナーも欲しいと言っていたが「独歩ちん以外のご飯は作らない主義なんでー」と素気無く断られていた。
一二三さんの特別がアイツだけというのはこの数時間で痛いほどわかった。
河川敷をバックに楽しそうな撮影会を眺め、今日アイツがいなかった俺もあそこで一緒に写真を撮っていたに違いなく、だけれど気持ちは萎えたままで只管ビールを飲みながら、焦げた野菜を火の中に落としていった。
唯一、想定外だったのは今年入った新人たちが一二三さんのところに混ざることなく、寧ろ逆にアイツと写真を撮りたがったことだろうか。
「独歩さん、あの、インスタにあげたいので写真撮らせて下さい」
「俺も、出来たらツーショで…」
「――――は?おれ?と??え??」
本人もまさかそう言われるとは思ってもいなかったらしく、ご飯粒をほっぺに付けたままポカンと口を開けて見上げていた。
物好きもいるものだなと傍観していれば、楽しいことが大好きなオーナーが見逃す筈もなく、「一二三~、若い子に独歩くん獲られるぞ~」と揶揄いながら叫ぶものだからその場は一気に賑やかになる。
「ちょ、待ったっ!独歩の肖像権は俺っちが独占してんのっ、写すの厳禁ーっ!」
本当に一二三さんが分からなくなる。
「疲れた」
家に帰り、ベッドに寝ころべば今日一日が走馬灯のように流れる。いろいろあったバーベキューも日が沈む前に解散となり、各々帰路についた。俺もそれに違わず来た時と同様電車に揺られて新宿まで戻ってきた。仕事は当たり前に休みなので何もすることなく、気持ちの整頓を兼ねて帰宅前にサウナで汗を流し心を落ち着かせる。
帰りの道すがらアップしたインスタの写真に客からの反応は多く、だけれどやはり一二三さん自身がアップしたものは信じられないくらいのLikes数とコメントが付いてる。俺もそれを眺めた。
『独歩と。』
いつ撮ったのか、明るい時間帯に二人、頬をくっ付け合い、じゃれ合っている写真が短い文言と共に載っているだけだった。
ハッシュタグは様々あれど、独歩という単語だけで相当引っかかったらしく、さすが代表MC二人が勢揃いすると違うなと俺もいいねとボタンを押す。
アイツは嫌そうに眉間に皺を寄せていたがどこか楽しそうにも見えた。
「……やっぱかなわねぇよな」
呟いて、スマホを枕元へと投げる。
一二三さんに対して持っていたこの気持ちが憧れではなく慕情ということに、失恋して初めて気づくとは、自分ながらに哀れすぎて笑えてきた。
だけどもう少しだけこの気持ちを持っていても良いだろうか。
静かに目を閉じ、胸の痛みに手を這わせた。
2018/9/3
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一二三と同じ店で働いている後輩のホストが、バーベキューの間、一二三と独歩の仲睦まじい姿に少しだけ嫉妬する話です。<br />モブ(男/名前表記なし)視点となります。<br /><br />モブ→ひふ表現があります。<br /><br />ホストクラブの慰安旅行。ほぼ旅先でバーベキューをするという小ネタを耳に挟んだので、n番煎じすぎて申し訳ありませんがあまりにも悶えたので勢いで書いてみました。(ネタが被ってたら本当にすみません;;;)<br /><br />そうしてヒプノシスマイク1周年おめでとうございます!<br /><br />にわかな知識なため、微妙な点がありましたら目をつむって下さると嬉しいです。<br />何卒宜しくお願い致します。<br /><br />表紙はこちらからお借りいたしました。<br />ありがとうございます。>><strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/56798577">illust/56798577</a></strong>
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恋い慕う
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10073781#1
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[chapter:些細な可能性]
「もうこりごりでござる。拙者の我慢も、さすがに限界でござる!」
イワンは思わず、折紙サイクロン口調になるほど、精神の限界を感じていた。
「じゃあ、そう言えばいいじゃない。何も相手がシュテルンビルトの大天使だからって遠慮する必要なんてないわよ。同じ同僚で、仲間でしょ?それともあんた、まさかスカイハイの言ってること全面的に信じるつもり?相手は誰に対しても好意をもってしまうような人物よ!」
ブルーローズの中の人である現役女子高生のカリーナはそうイワンに提案する。
「そうだよね、キースさん、誰に対しても優しいし、僕と師弟関係を結んだことで勘違いしたんだと思う・・・。」
「勘違い?」
カリーナは自身の明るい髪色の毛先をいじりながら、イワンの台詞に疑問を呈す。
「うん。だって、あの人、誰に対しても優しくて・・・よく言えば人類が友達のような人だけど、その実、その全ての人と一定の距離感を保ってきた。それはヒーローの中のヒーローとしては仕方のないことだと思う。実際、僕だってヒーローになってから友達はそれなりに居たけど、真の悩みを打ち明けられるような人はいなかった。カリーナだってヒーロー・・・いいや、仕事に関することはハイスクールの友達には話せないだろう?
僕らはヒーローである限り、どうしたって守秘義務がつきまとう。自分の仕事を隠し、ヒーローとして活動している時間は何かしら別のことをしていたと嘘を吐かなきゃいけない。」
「ちょっと、イワン!それは嘘じゃなくて、必要なことなのよ。ハンサムはともかく、ヒーローとして正体を明かすことはかなりのリスクが伴うわよ!この前だってアントニオが公衆の面前で皮膚を硬化させて落下物から老人を助けた時、ネットではかなり疑われたじゃない。
ロックバイソン検証スレがいくつもたったって教えてくれたのはイワン、あなたよね?」
「わかってる、それは僕たち自身の身を守るための必要なものだって。それに今はジャスティスタワーに来れば仲間に会えるから前ほど悲観してはいないよ。トレーニングセンターができてから僕たちヒーロー同士の距離はだいぶ縮まった。
バディが居ない期間も僕らは僕らなりにうまくやってた。食べ会も飲み会も女子会も・・・女子会にあぶれた僕ら、男子会だって。
でも、だからだよ、だからスカイハイさんは勘違いしたんだ。あの人は師弟と恋人の境目が曖昧になってるんだよ。多分、今までのスカイハイさんが無意識に引いていた境界線に師弟関係を結んだ僕が無意識に踏み込んでしまって・・・距離感を掴みそこなった。」
イワンはそう言い、唇を引き結んだ。
あれは踏み越えてはいけない領域。
「何もそんなに深く考えなくたっていいじゃない。迷惑なら迷惑って断ればいいし、好意があって続けても大丈夫ならそれをきちんと相手に伝えるべきよ。スカイハイが勘違いしている可能性は否めないけどさ。」
あまりにもイワンが深刻に考え出したため、カリーナは慌ててフォローにまわる。
イワンとカリーナは年齢がヒーロー間では最も近いため最近ではくだらない冗談から真面目な悩み、好意を寄せる人物に対する対策なども頻繁に話し合う仲だ。
スカイハイの自分に向けてくる眼差しがどうにもおかしいとイワンが相談しているのは今のところカリーナ一人だけだ。
彼女は人の繊細な悩みは絶対に人に口外しない。そしてそれはイワンも。
互いの深刻な悩みを相談するようになり、以前は姉と弟のような仲であったのだが最近の彼らの仲をたとえるならそれは、立派な親友だった。
[newpage]
あまりにも性格が反対の彼らが仲が良いというのはヒーローたちにとっては微笑ましいことであった。
何せ、彼らのデビューはほぼ近い時期であったが方や、見切れにこだわる見切れ職人、方や歌って戦えるアイドルヒーローで、全てが新しい時代のヒーローで・・・。
方向性も何もかもが違う二人が時間が経つのも忘れ、互いの話に真摯に耳を傾ける姿など想像だにしていなかったのだ。
ただ、そんな二人がちょっとしたことで仲たがいを起こした。
二人が今では親友とも言える間柄なのはやはり自分自身にないものを持っているからであるとも思われていたが、今回の喧嘩の原因もやはりそれであった。
二人とも直接の原因は口を割らないが、ここ二日間、一切と言うほど口を利いていない。
カリーナはネイサンとパオリンとともに居ることが多く、イワンはバーナビーやキース、アントニオと何事もなかったかのように話している。
困惑したのは間に立たされる羽目になった虎徹だ。
本来ならイワンやキース、バーナビー、アントニオと話しているのだが、二人の喧嘩が気になりどうにもそのどちらのグループにもいけない。
ただ、そんな虎徹をきづかいバーナビーとキースがどちらともなくやってきた。
「イワン君はああ見えて頑固だからね。カリーナ君もそういうところは頑固だし・・・。」
キースが肩をすくめてそう言えば、バーナビーが先輩は虎徹さんにカリーナのことで相談したいけど我慢しているんですよ
、カリーナに遠慮してとイワンの肩を持つ。
「なぁ、そもそも唯の言い争いなんだよな?なにが原因なの?」
バーナビーとカリーナの喧嘩の根本原因であり一級フラグ建築士とも言われる虎徹は自分が原因で起きるバーナビーとカリーナの仲違いには慣れきり諌め役になるのだが、今回は相手が違う。カリーナの相手は目の前に居るハンサムな相棒ではなく、あの繊細で心優しいイワンなのだ。
二人が一向に理由を口にしないため、虎徹は困惑していたが、こういうときは自分とネイサン、アントニオが出張るしかないとわきまえている。
長年キングであったキースさえ、彼らにかかれば可愛い子供だ。
「僕は先輩が何か呟いた時、カリーナが頬を赤らめて怒り出したところを目撃しただけで・・・。」
「私はその場に居なかったんだが、カリーナ君とイワン君が喧嘩した前の日にイワン君が私に冷たくなってしまった。最近は互いの家を行ったりきたりして仲を深めていたというのに!私に弟子の僕ではなくどうか可愛い女性と仲を深めてください、それがキースさんのためだし、スカイハイの遺伝子をこの世に残さないなんて大罪だなんて大げさなことを言い出してね!」
キースは私はそれを聞いてとてもがっかりしたよ、落胆だとしょんぼりしているが、バディの二人は互いにアイコンタクトをして頷いた。
「それだ!」
キースはバディの二人に肩をポンと叩かれ、その後、近くのジャスティスタワーのシルバー階にあるベーグルサンドショップへと連れて行かれた。
「ほれ、具体的にイワンがなにを言ったのかここでおじさんに話してみ?」
「隠してもあなたのためになりませんよ。あなたが原因の可能性が高いんですから!」
この二人はなにか二人の前に困難なテーマが与えられたときこそそのコンビとしての真価
を発揮するといわれているとおり、調子を揃えてキースに洗いざらい白状するように要求してきた。
「君たちは本当にバディだね。シュテルンビルト名物コンビナンバー1と言われるだけある・・・。私だってイワン君とそんな風に言われてみたい。君たちの仲にとても強くあこがれるよ、そして羨ましい。だが、イワン君はシャイだし、私に気を遣うことが多くて思うようには上手くいかないんだ。それに最近、彼はカリーナ君と居ることが多いだろう?
私はそれも羨ましくて彼にこういったんだ。」
キースはそういうと彼らにその台詞を伝えた。
『イワン君。君は最近、カリーナ君とともにいることが多いね?彼女とは仲がよいのかい?羨ましい、そして妬けてしまうね(カリーナ君が)。』
こう言ったらイワン君はうつむいて僕なんかがみんなのアイドルと一緒に居るなんておこがましかったですよね、大丈夫です、キースさんとの方がふさわしいにきまってますからといって出ていってしまったんだとキースはみるみるうちに落胆していった。
「それまで、イワン君と私は師弟コンビとしてそれに仲を深めていたのに、いきなりそんなことを言われて私はとても落ち込んだんだ。」
そう言い頭を垂れたキースはとてもシュテルンビルトの大天使、守護神とは思えない。
「いや・・・言いにくいがキース、それはお前のせいだぞ?」
「そうですね、根本的な原因はスカイハイさんでしょうね。」
「え、私かい?私はカリーナ君がうらやましかっただけなんだが。私もイワン君の仕事以外の悩みも聞いてあげたいのに彼は遠慮して・・・。結局、カリーナ君に悩みを相談しているようだし・・・。」
キースは空色の目を見開き、私のどこがいたらないのかと真剣に考えあぐねている。
「だからぁ、普通に考えればカリーナと一緒に居るイワンに羨望を感じてるようにとらえるだろう?イワンはお前が自分を好きだなんて冗談だと思ってるようだし。」
虎徹はそう言い頭を掻いた。
キースがイワンを好きなことは隠してるつもりでも筒抜けだと笑う。
ただし、虎徹が気づいたのはネイサンとアントニオからの情報によるところが大きい。
カリーナやパオリンは仲が良すぎると微笑ましく見守っていたぐらいなので、前情報がないとキースの戯れ、距離感を掴み損ねた師弟コンビだと思うのかもしれない。
「そうなのかい!それは困った、そして大変だ!はっ、もしかしてイワン君とカリーナ君の喧嘩の原因は・・・。」
今更気づいたといわんばかりにキースはその大きな手のひらで自身の顔を覆ってしまった。
「ま、今、気づいたからよしとしましょう。それにしても折紙先輩、カリーナになに言ったんでしょう・・・?まさか、自分がスカイハイさんの想いを届けようなんて思ってデートでも進めたんじゃ・・・。」
バーナビーは虎徹がらみの案件でない時は非常に冷静であり、今回も優雅に、そしてスタイリッシュにカプチーノを啜っていた。
そんな彼が思わず放った一言に虎徹もキースも戦慄いた。
『それはいけない、そして絶対駄目だ!カリーナ君の思いは筋金入りなのに!』
『あちゃー。この前、あいつ好きな人がいるとか中華レストランでの食事会のときにいってたぞ。随分年上だって。随分っていうからにはそれはキースのことじゃないだろ・・・。』
ヒーロー界きっての鈍感天然天使と、自身のことを言われているにもかかわらずまったく気づく気配のない三枚目のおじさんすらそう思うのに。
「こんな鈍感コンビさえ気づくのに・・・。折紙先輩ともあろうお方がなぜ、軽はずみでもそんなことを言ってしまったんでしょうか・・・。」
さらりと酷いことを言いながらも、ヒーローアカデミーをほぼ主席に近い成績で卒業した尊敬すべき先輩にあるまじきことですとバーナビーは考え込んだ。
[newpage]
そんな心配をよそに当人のイワンは自宅のある部屋に引きこもった。
キースに会うわけにもいかず、かといって以前のようにカリーナに彼氏の振りをしてといわれ友人たちとの買い物に同行させられることもない。
最近、唯一でかけたのはパオリンからナターシャへの誕生日プレゼントを贈りたいけどカリーナ忙しいからイワン付き合ってという誘いで夕方にショッピングモールに出向いたくらいだ。
そのときにカリーナに似合いそうなストールとキースが欲しがっていたブランド物の財布を見つけたのだが、なんとなく購入を控えた。
初めてできた異性の親友と憧れてやまない初めてでそして、唯一の師匠。
よくよく考えれば彼らはお似合いだと思った。シュテルンビルトの大天使、キングの座をバーナビーと二分する永遠のHERO・スカイハイとみんなのアイドル・氷の女王、ブルーローズだ。
ただの見切れの自分が親友であるとか弟子であるとか本当におこがましいとキース殻貰ったポセイドンラインタオルで顔を覆った。
イワンは自宅の中でも彼の要塞と化した趣味部屋に立てこもっている。
ここならば、心を落ち着かせることができるからだ。
コレクションした着物や手裏剣、ガンプラやスカイハイグッズ、往年のヒーローの自叙伝や新聞の切り抜きなどこの部屋はイワンが愛してやまないものが溢れている。
たとえ、生身の人間の愛なんてなくたって自分は生粋の『ヒーローおたく』、『ジャパンおたく』として生きていくと誓ったじゃないかと拳を握り締め、自分を鼓舞できる部屋なのだ。
イワンの心がその部屋で充電されていくと同時間帯。
カリーナは自室で虎徹の写真集を眺めていた。ワイルドタイガーとバーナビーが同時に写真集を出すことが話題となり、バーナビーはもちろん、相棒の虎徹のほうの写真集でさえ重版が決定されいまだにロングセラーを記録しているという。
虎廃の同年代のおじさんはもちろん、若い世代にも好評だという世評を聞き苛立ちが収まらない理由は自分が一番知っている。
イワンだって、当然知っているはずだ。なのに・・・。
「なのに、何であんなこと言うわけ?イワンの馬鹿!」
カリーナはあの時のことを思い出した。
イワンが辛らつな表情をしているので何か悩み事が増えたのかと問いただしたら彼はいったのだ。
『ねぇ、カリーナ。カリーナはタイガーさんのどこが好きなの?魅力的であることはわかるよ。だけど強力なライバルもいて・・・お子さんもいて・・。だったらもっと近くの男性に目を向けてみるべきだよ!バーナビーさんだって。あ、ほら、スカイハイさんなんてどう?カリーナだって僕と同世代だから嫌いなわけないよね?僕らには彼こそが永遠のヒーローでしょう?性格もいいし、頼もしいし。ね、一度、二人で出かけてみたらどうかな。何なら僕がお膳たてしたって・・・。』
イワンには珍しく饒舌に話しだしたかと思ったらそんな言葉だった。
その後、怒り出したカリーナがイワンの右頬を叩いたのは仕方のないことだとカリーナは心の中で言い訳している。
「でも、でも・・・よく考え出したらイワンが急になんかあんなこと・・。あ、どうせ、いつもの勘違いアンドネガティブ思考と思い込みサイクロン・・・。そうよその可能性が。」
カリーナはイワンの携帯電話に電話をかけようと立ち上がった。
しかし、ちょうどそのタイミングでPDAが鳴り響いた。
ヒーロー全員がジャスティスタワーに招集をかけられたが、いまだ出動要請は来ない。
「おい、アニエス、これはどういうことなんだよ。あんなに人質がいるのに、俺たちをいつまでここに閉じ込める気だ?」
「だから何回、説明させるつもり?あの犯人グループの中に目から赤い光を発する能力者がいるのよ。そいつは強い力を持つ能力者ほど虎視眈々と狙うわ。そうしてターゲットに決めたNEXT能力保持者のそのときの欲求・欲望をさらけ出させるの。そんなところにあなたたちなんか投入でもしたらHEROTVはどうなるの?ヒーローのイメージはがた落ち、しかもあなたたちがその欲求行使のために力を使って御覧なさい?この街は壊滅するわよ?」
視聴率の女王、敏腕プロデューサーのアニエスでさえ、今回はヒーローは出動が難しいと腕を組む。一般人ならまだしも彼らは企業イメージをいくつも背負い、この街の象徴たるHEROなのだ。
「んだよ!」
虎徹は出動できない歯がゆさから近くにあったベンチを蹴る。
「虎徹さん、また管理官さんに呼び出しくらいますよ!それにしても困りましたね。確かに僕らもヒーローである前に1人の人間です。そんな光線くらったら僕の欲求がさらけ出されてしまうわけですよね、僕の虎徹さんへの愛が・・・。」
最後の部分をつぶやくように言ったバーナビーの一言はネイサンやキースには耳に届いていたのだが緊急時のスルースキルでその台詞は聞かなかったことにされた。
[newpage]
そんな中、折紙サイクロンことイワンが手洗いといい席を外した。
折紙サイクロンの機動力ならたとえ、緊急出動になったとしても追いつけるだろうとアニエスもそれに関してとっとと済ましてきなさいと声をかけるくらいだ。
だが、そのイワンの行動を注視しているものがいた。
イワンがトイレがある方向ではなくジャスティスタワーの駐車場までいくべくエレベーター前で箱が来るのを待っているとその横にブルーローズことカリーナが並んだ。
「あんた、自分ひとりでも行くつもり?一人でいったって埒あかないわよ。警察だってどれだけ苦戦してるか映像見てわかんないの?」
「だって、僕、ヒーローの中で救助に特化したヒーローっていわれはじめたんだよ。ヒーローは犯人確保して何ぼと思われていたのに、僕みたいなヒーローがいてもいいって。僕に助けられたって・・・。そんな僕が救助できなかったら、なにが残る?僕は一人でもいくよ。それに僕だけだ。」
「え?」
「僕だけなんだ。ヒーローと思われずに相手に近づけるのは。油断させられるかもしれない・・・。」
そう言い拳を握り締めたイワンを見て、仕方ないわねとカリーナがつぶやいた。
「仕方ないわね。あんた一人じゃ心もとないからあたしもいくわ!」
「だめだよ!カリーナ連れ出したらアニエスさんとタイタンに大目玉食らう・・・。」
「だーいじょうぶ!私たち・・・年少組がいなくなるよりKOH コンビやワイルドタイガーいなくなったほうが青ざめるわよ。私たちは未だ年少組だし。あとで幾らでも反省文かけばいいわ!」
そういってブルーローズは挑戦的な視線を折紙サイクロンに向ける。
「・・・後先、考えずに行動してすみませんって?」
折紙サイクロンも覚悟を決めたのかその視線を受け取る。
「そうそう、だけど、折紙も気づいてると思うけど、あのマーベリック事件の時一番冷静だったのは誰だったと思う?私はあの時覚悟を決めた。だけどもう一人静かに静観してたやついたのよね。」
氷の女王様にそう問われ折紙サイクロンは苦笑いを浮かべた。
あの時、最も冷静で覚悟を決めていたのは・・・。
その問いかけには答えず、そして質問者もその答えを求めようとは思わない。
自分たちのヒーローたる覚悟、自信は全てあそこからだ。
「じゃあ、現場で!」
それぞれの社のトランスポーターに乗り込み健闘を誓い合う。
だが扉を閉める間際、ブルーローズから一瞬、カリーナに戻った少女は、折紙サイクロンの中の少年、イワンに向けて一言物申した。
「イワン!今度、あたしに別の男、薦めたら許さないわよ!こう見えてもあたし、攻略本持ってるんだから!」
そういってカリーナはその場をあとにした。
イワンも肩をすくめ後を追う。
タイタンも自社ヒーローの氷の女王様に甘いが、ヘリペリも自社ヒーローが一番だと自社の王子のような甘いマスクをひた隠す見切れヒーローには十二分に甘い。
それが異質な出動であるとわかっていても手を貸したくなるのは親心だ。
現場はメダイユ地区ウエストシルバーのショッピングモール。以前、イワンがパオリンとともに買い物をしに来た場所だ。
イワンはここでまだカリーナやキースに贈りたいプレゼントをかってないなとぼんやりと思い出した。
-ここを壊滅させるわけにはいかない。僕、未だ二人にプレゼント買ってない!
それに人質を見やり、自分が救助と潜入捜査に特化したヒーローだと認めてくれたみんなのためにもと誓いを新たにする。
イワンは警察官に擬態しその優れた自身の身体能力で次々に人質たちに指示を出す。イワンが最初に入った現場は既に警察官が光線を受け、自身のよくの赴くままに自宅に帰ったり、フードコートに向かい食材を漁りだすものもいた。
ここはいわば無法地帯だ。
イワンは非常階段に客や従業員たちを移動させ、人数制限を設けながらゆっくりと下へとおろしていく。
このショッピングモールは確かモノレール駅直結フロアがあったはずと思い出しそこの階へ向かわせる。
そのモノレールに通ずる階に未だ被害を受けていない警察官に向かってもらい誘導をお願いした。
人質の波が流れ出したのを確認すると、折紙サイクロンは擬態をとき横に来たブルーローズに作戦を耳打ちする。
「いい、ブルーローズ?能力者はここから見たところ一人しか居ないみたいでござるから。ローズは先にあちらの二人を。拙者は能力者ともう一人を・・・。」
「え、能力者って。あいつ人の欲求をさらけ出す光線を発するって・・・。折紙、大丈夫なの?」
ブルーローズが心配そうに尋ねるも、折紙サイクロンは指を突き立てた。
「拙者は彼にその光線を浴びせ返すのでローズ殿は彼が身動きできないタイミングを見計らって奴を氷づけにしてくだされ。では、はじめるでござるよ?」
折紙サイクロンのその言葉にローズは息を呑んだ。
これはあの時、マーベリック事件時の折紙サイクロンの声音だと。あの時の彼はエフェクトに見たことのない文字が浮かんでいてまさしく『神』懸かりであった。
[newpage]
年少組のヒーロー二人が女神の袂から抜け出し、暗躍を始めようとしている最中、それに気づいたその他のヒーローたちとスタッフたちは慌てだした。
「ちょっと、折紙とローズ、あの二人、まさか現場に?トイレとか化粧直しとか言うから油断しちゃったじゃない。だってあの子たち、ほぼ同期だけど最初の頃はやる気ないし別方向に気合が空回りしてるしで・・・キッドやバーナビーが出てくるまで視聴率要因だと思って期待してなかったのに・・・。」
アニエスがそう叫ぶので、他のヒーローは苦笑した。
彼らよりヒーロー業の先輩陣は尚のことだ。
「時代は変わってくってことよね・・・。あの時、信じるっていって私たちを鼓舞したのはローズだし、最も冷静に俯瞰してたのは折紙ちゃんよ。私、あの時、鳥肌立ってたのよ。私たちでさえ、まだまだ上にと思うんだもの。あの子たちは計り知れないわよ。」
そう言いみんなの姐さんことファイヤーエンブレムはため息を吐く。
その言葉にキースの口元が綻ぶ。
「彼らは次世代ヒーローなんだ。彼らこそ・・・。私とバーナビー君がワイルド君やバイソン君の年齢に達する頃、彼らは未だ私たちの今の年齢ぐらいだ。順当にいけば・・・彼らが高みを目指し、人を助けるヒーローであり続けたいと願う限りは彼らは次世代のキングとクイーンになるんじゃないかと私は思う。些細な・・・可能性かもしれないが・・・。」
そう言い白い歯を見せた現キングは新しいライバルともいえる存在の台頭の予感に嬉しさを隠しきれないといった様子だ。
「いや、確かに。ローズは執念深そうだし、折紙はたまに人が変わるくらい活躍するときがあるしな。」
方や、歌手を目指し歌ばかり歌っていた勝気な少女、方や本物の忍者とヒーローに憧れていた内気な少年・・・。
その彼らは今、指示されるでもなく自分たちの意思で現場に向かっていったのだ。
「ぼ、僕も行く!僕だってヒーローなんだから!」
「僕も行きます。僕だって未だギリギリ年少組ですよ!スカイハイさんは年長組のくくりですけど!」
そう言い、残り二人の年少組は飛び出していく。
「失敬な。私とバーナビー君はそんなに年が変わらないというのに・・・寂しい、そして悲しい・・・。だが、私も年長組では下っ端だよ!ということで失礼!」
そう言い風の魔術師はジャスティスタワーの駐車場で主を待つトランスポーターめがけて窓から急降下した。
残されたヒーローズベテラン陣は顔を見合わせ肩を竦めた。
「子供たちの尻拭いは親がしなきゃな!」
「あぁん。未だ結婚だってしてないのよぉ!母の気分ってこんなかしら・・・。」
「そう言いつつ尻を揉むのはやめろ・・・」
三人同時に口調は悠長ながら凄まじいスピードで最年少ヒーローと青年組を追いかけていった。
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どうも、お久しぶりです。空折タグでの投稿が久しぶりで妙な緊張感を覚える今日この頃です。お見合いの話の続編より先にこちらができたので、前編・後編に分けてアップしたいと思います☆<br />お読みいただければ幸いです!いつもありがとうございます!
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些細な可能性
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007401#1
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「やーまさか本物の山田一郎くんが来てくれるなんて……
いやね、まさかあの山田一郎くんが
風俗
に手を出すなんて思ってもいなかったからさ」
どこにでもいそうな若干小太りの男が頭のてっぺんから足の爪先まで舐めまわすように俺を見てはニヤリと笑みを浮かべる。
いつもの愛想笑いを全くせずにソファに腰掛け黙っていると、男は料金設定やら基本プレイについてなどを淡々と話していった。
べつに自営業の方が困っているという理由じゃない。経営はまあまあ上手くいってるし、男3人で暮らすには十分な利益は得ている。
が、三郎がもしも私立校に行きたいと思っているならば、今のままではその夢を叶えてやることができない。
あいつは三兄弟の中じゃ格別に頭が良くて、いつも嬉しそうに優秀な成績表を持ち帰ってくるし、三者面談では先生に何度も私立校の受験を薦められた。
しかし当人は「地元の都立高校に行く」の一点張りで、そこまで言い張るなら本当にそこに行きたいのだと思っていたけれど。
……先日、隠すように三郎の本棚には以前先生に薦められた私立校のパンフレットがあったのだ。
中を見てみると奨学金制度についてやバイトをしていいかなど、金銭面についての書き込みが多くされてい
た。
三郎は俺の負担にならないよう、自分の夢を諦める、または自分が苦労をする道ばかりを考えていたんだと、初めて気づいたのである。
情けない話、私立に行かせてやれるほどの余裕はない。
奨学金という道もあったが、できれば三郎に借金させないで大学まで卒業させてやりたいというのが親心だ。
悩んだ末にでた答えが、俺が 〖風俗〗 で働くことだった。
「……初期設定の料金はこれだけど、一郎くんをぜひ
山田一郎くんに“そっくり”な新人として売って金額を高くしようと思う
あと、女性だけじゃなくて男性もOKにするのはどうかな?
絶対に集客はあるし、その分稼げるけど」
男……あぁ、ここ男も利用可能なんか。
本来女しか抱かない主義だが、三郎のためにも一刻もはやくお金がほしい。なのですぐに首を縦にふる。
「稼げるんならそれでいいっす」
「じゃあ源氏名はどうする?名前も一郎じゃさすがにまずいよね?」
源氏名………、そこまで話進んでたんか。
名前、なんてMC.BBしか考えたことねーし、人間らしい名前?やまだ?…それはどう考えてもまずい。
―――碧棺左馬刻―――
「あお、い」
「いいね!じゃあ、あおいくんで
さっそく今日から働くってことでいいかな?」
「あっ………っす」
無意識にでた名前に、我に返ってから驚いた。
あおい って、なんで、そんな名前。
その真意や自分が抱く形容しがたい感情に眉を寄せた。
そんな俺をよそに宣伝活動、写真の掲載を急ぐスタッフ。
掲載後、山田一郎に激似(本人だが)というキャッチフレーズが相当きいたのか、新人のくせに周りより高い値段設定にしても、ものの10分で今日分の枠は埋まったと連絡がきた。
1人目は、中央区の30代女性
「本当に一郎くんそっくりだ〜!嬉しい!高いお金払った甲斐ある!」
元々俺のファンなのか、何もせずに話したり、たまにキスして抱きしめあったりして終始満足してくれた様子で、最後にはチップとして3万ほどもらった。
2人目は、リーマンの……観音坂さん激似の人
「本当にあの山田一郎くんそっくりだ…
すみませんが少々お顔触らせていただいても…」
あっ、多分、本人だ。社員証かけっぱなし。
目の下には深いクマができているにも関わらず、嬉しそうに目を輝かせながら俺の顔や体をぺたぺた触って拝んだあと、仕事の愚痴やら上司の愚痴、そして山田一郎に対する思いをタレこぼして帰った。
どうやら観音坂さんは俺をかなり好いていたらしい。
少し、いやかなり嬉しかった。今度ご飯でも誘おう。
そして、最後
〖 山田 〗という名前で予約がされていた。
今日最後の客であり、なんと最後にして3時間も予約をとる強者だ。
前2人が驚く程に何もしなかったため、この山田という男がどんなやつなのか少し緊張する。
店側から送られてきたコース内容、待ち合わせ場所、そして非通知設定された電話番号を見て、1度深呼吸をした。
そもそも風俗はこういうもんだろ。
たまたま今日の客が良かっただけであり、今後あんなことそんなことをサービスする側なんだから……
三郎のため
そう言い聞かせて、最後の客の携帯に電話をかける。
『……………はい』
「あっ、山田さん、ですか?
あおいです」
『あぁ』
5コールめにしてようやくでた声は、やけに若そうだった。
それに、どこか馴染みのある声。
少し引っかかる事はあったが、これは仕事だ。
手短に事務連絡をすませ、山田さんの待つホテルの一室へと向かう。
ドア前で1度立ち止まり、深呼吸をする。
3時間……、一体、なにをするのか。どんな客なのか。
3時間も俺を買えるんだ、きっとボンボンかどっかのお偉いさんに違いない。
三郎の顔を思い浮かべてから、自分に喝をいれ、静かに、ドアをノックした。
「よォ、入れよ」
「っ……………」
―――左馬刻―――?
***************
あれから、呆然と立ち尽くしていた俺の腕を半ば強引に引き寄せ部屋へと連れ込まれた。
見慣れた綺麗な顔とよく好んで着ている派手な柄シャツ、紅い瞳。
驚いて思考回路が停止し、なにもできないでいると、左馬刻が「店に電話すんじゃねえのか」と話しかけてきた。
そ、そうだ、電話。
すみません、へらっと笑いながら震える手で店側に連絡をつける。
「最後のお客さんだし、今日の手取りはすべて一郎くんのものになるから直帰して大丈夫だからね」
最後に、そう言い残して連絡は途切れた。
「連絡ついたんか」
「は、はい、すみません、慣れてなくて」
「ん」
すでに通話は切れ、画面は真っ暗になっているにも関わらず中々スマホを手放せない。
ソファに腰掛け静かに煙草を吸う彼の姿は、間違いなく、昔慕っていた男の姿であった。
なんで?
疑問ばかりが頭の中をぐるぐるとまわる。
左馬刻は昔俺を可愛がっていたとはいえ、離別してからは明確な殺意と敵意を剥き出しにするほど俺を嫌っていた。
テリトリーバトルを経て少しはマシになったが、以前の関係には戻れていない。一生戻れないと思う。
会えば喧嘩、会わなくても名前が挙がるだけで不信感を抱いてきたはず、なのに。
「あ………、えと、山田さん、もしかして碧棺左馬刻さん、ですか……?」
思わず、そう尋ねてしまった。
咥えていた煙草を1度口から離して、少し間をおいてそうだな、とあっさり答えた。
やっぱり、やっぱり本人だった。
さあーっと血の気が引いて今にもぶっ倒れそうになる。
そんな俺を見兼ねてか、面白そうに笑いながら「酷いことはしねえから安心しろ」と腕を引いて左馬刻の隣に俺を座らせる。
昔から左馬刻が好んでつけていた香水の匂いが鼻をかすめた。
俺が隣に座るとすかさず煙草の火種を消してから、不意に頬へと手を伸ばす。
頬に触れた指先があまりにも冷たかったからか、ピクリと身体が反応した。
恐る恐る左馬刻と目を合わせる。ビー玉のように紅い瞳、吸い込まれそうなほどに輝かしくて、すんでいて、思わず息を呑んだ。
「本当に一郎のどグソに似てんだな」
「は、ははっ、よく言われます」
「………声までそっくりじゃねえかよ」
チッと軽く舌打ちをしてから目線を逸らし、頬に触れていた指先も離れていく。
突然キレだす左馬刻はもう慣れっこであるが、なんせ状況が状況なだけに、冷や汗で背中がしっとりと濡れる。
こんなんで3時間も間が持つのか……つーか、俺左馬刻と今日ヤるんか……?
だめだ、頭いっぱいいっぱいで悩みだけが増えて答えが何も思いつかねえ。
ニコチンバカなくせに煙草吸うの我慢してるからか左馬刻の機嫌はどんどん悪くなってくし。
なんだよ、本当にこの状況……!!!!
まさかあの碧棺左馬刻が山田一郎激似で売ってる俺を買うだなんて誰一人として思うわけねえじゃん。
「………面貸せや」
「えっ、あっ」
左馬刻の顔が、ゆっくりと近づく。頬に触れた指先はやっぱり冷たくて、緊張して、キスされんじゃねえかと思って、男のくせにまた身体がピクリと反応した。
鼻がこすれるほどに近づいたのに、こいつはなんにもしてこない。俺の顔をただじっと見つめるだけ。
むずがゆい……、こんなことするなら、いっそキスのひとつやふたつされた方がまだマシだ。
こんな距離の中どこを見ていればいいかなんて分からず、何度も何度も左馬刻の顔を見ては床に視線を落ととす。
「一郎」
不意に呼ばれた本当の自分の名前は、あまりにも優しくて、愛おしそうで、思わずドキッと鼓動が大きく鳴る。
「………お前、本当に一郎そっくりで可愛いな」
「っ、」
なんだよ、その、顔
驚いて目を見開いていると、そのまま腕を引かれて左馬刻の胸の中へ抱き寄せられる。
微かに残る煙草の香りと、先程まで感じていた香水の匂いがより強くなり、昔の憧れていた左馬刻との記憶がフラッシュバックした。
TDD時代
辛いことがあっても兄弟や先生、乱数の前では笑うことができても、左馬刻の前だけは誤魔化しがきかず何度も左馬刻の好意に甘えて胸の中で泣いていた。
左馬刻はいつもそんな俺にダセェと言いながらもずっと一緒にいてくれたし、吸っていた煙草は消してくれたし、決まって帰りはラーメンや肉や夜中に食べるべきじゃないものばかり食いに行った。
その時間はとても幸せだった、たとえ相手が左馬刻であろうがあの時間の思い出は消えない。消したくない。それくらい大切なもので。
だって、俺はそのとき、左馬刻のことが―――
「………キス、とか、しないん、すか」
「あ?」
……………ンンン?!?!?!
俺何言ってんだ、脳内で勝手に過去の話で盛り上がった挙句、今目の前にいる変わっちまった左馬刻に対して、しかも俺を山田一郎と認識していない左馬刻に対して、い、一体なにを?!?!?!
思わず体を引き剥がして「すみません間違えました!!」と大きな声で訂正をいれる。
そんな俺を見て眉間にシワを寄せて怪訝そうにこちらを見てくる左馬刻。
あぁ、穴があったら入りたいって、こういうときに使う言葉なんだな。
「………こっち向けよ」
「っ」
あれ、声、怒ってない
思わずぱっと顔を上げると、ニヤリと口角を上げ面白そうな顔をする左馬刻。
顎を慣れた手つきでくいっと持ち上げられる。その反動で嫌でも交わってしまう視線。
「キスしてほしいんか」
「っ、あっ、」
「いいぜ」
まて左馬刻、静止する言葉を出すのを止めるように、左馬刻は俺の唇を塞いだ。
綺麗な顔が近い。つーかこいつ左馬刻だし。なんでキスなんか。そりゃ俺が悪いけど!
あまりに唐突な出来事に抵抗することも、目を瞑ることも忘れて左馬刻を見ていると、左馬刻もパチリと目を開け、燃えるように紅い瞳で俺をとらえる。
目を逸らすこともできずにそのまま何もせずに目で捕えられていると、気づいた時には唇がゆっくりと離れていく。
我に帰った瞬間、色んなことが恥ずかしくなりぶわっと耳元もまで熱を帯びていた。その熱を冷ますように手で仰ぐが全く効果なんてありはせず。
そんな俺の姿を見て左馬刻はくつくつと笑っていた。
「お前、……あー、あおい、だったか?」
「っす」
笑いがおさまったのか、またいつものように綺麗な顔して顔を覗き込んでくる。
やけに真面目な顔つきで、こちらも身体が強ばる。
「この際テメェでいいや………少し胸かせ」
やけに苦しそうに笑いながら、静かに俺の肩に額をこすりつける。
そこにいる彼は、今まで見たことないほどに弱り果てて、誰にでも牙を向ける狂犬のような姿が全くなかった。
驚いて何もできずにいると、左馬刻は少し笑ってから見上げるように俺と目を合わせてくる。
「テメェは一郎じゃねえから今からする話は流してくれていい」
「…………相槌、とか、うちましょうか?」
「はっ、いらねえわ
こうしてくれりゃ十分」
そう言って俺の両腕を左馬刻自身の背中へと導き、俺が左馬刻を抱きしめるかたちになる。
俺様でプライドがエベレスト級に高くて俺に対する敵対心は他の誰よりも尋常ではないこいつが、山田一郎に似ている出張ホストというだけでこんなに甘えてくるもんなのか……?
少し左馬刻のことが心配になったが、きっとこいつもこいつでいつでも気張ってて疲れることもあるのだろうと何となく理解はできる。
言われた通り左馬刻を抱きしめながら、彼が話すのを静かに待った。
「俺と一郎の不仲説ってのは本当でよォ
この腐った世界をぶっ壊すのと同時に、………俺を裏切った一郎を負かすことばっか考えてきた」
「っ、」
「そんでこの間のテリトリーバトルは俺らが勝った
1番憎いあいつを負かせた
すげぇ嬉しい、俺が正しいって証明できた、あいつの悔しがる顔が死ぬほどおかしくて笑えた」
は、んだよ、それ
あの敗北を鼻で笑うかのように話しだされ、怒りが湧いてきた。
こいつはそういうやつだ、そんなの分かってる、それなのにどうしようもなくコイツを殴りたい衝動にかられ、必死に自分を抑える。
「………“次こそは勝つ、だから麻天狼に勝てよ”
て、負けた直後だ
一郎が無理矢理笑顔作って、俺自身に、そう言ってきたんだよ
俺らに、俺に負けてぜってぇ悔しいはずなのに、それでもあいつはそう言った
……………んなの、ずりぃだろ」
ずるい――――――?
さきほどと話が一変して、左馬刻が何を言いたいのか、あの日、俺に何を思ったのか全く検討をつけられない。しかし、声はあまりにも弱々しくて、先程までの苛立ちはなくなる。
「裏切り者、偽善者の山田一郎
そう言い聞かせて、散々悪態ついて、敵意も無理矢理抱かせて……そうやって俺の中から消しさろうとしたのによ
はっ、全部台無し、あいつに対する気持ち全然消えねえ
………本気で一郎を嫌いになれるわけねえよ………」
「っっっ」
消え入りそうな声で、左馬刻はそういった。
誰が、そんなこと左馬刻が口にすると思っただろうか。
今では大抵の人が「山田一郎と碧棺左馬刻は犬猿の仲」と知っていて、もちろん今でもそうであると思っていたのに、……どんな理由であれ、左馬刻には嫌われていると思っていたのに。
………違う。あの日の左馬刻は、昔の俺が憧れていた左馬刻の姿そのものだった。
テリトリーバトル後
俺らイケブクロはヨコハマに負け、兄弟に内緒でやつの部屋へと1人向かった。
死ぬほど憎かった相手だが、俺らを負かせたんだ、どうしても勝ってほしかった。
左馬刻のいうように、そんな意味を込めてあいつに言葉を送ったあと、
『お前らは強かった
俺らが勝つ、信じろ』
紅い瞳は揺れることなく、真っ直ぐ俺を見て、そう言いきった。
不思議と嫌な気はしなかった。むしろ清々しいくらいで、左馬刻の部屋を出たあと、静かに俺は泣いていた。
憎かったはずなのに、あいつの追い求めるものにはついていけないのに、それなのに、どうにもその言葉は胸に響いて、憧れてやまなかった昔の左馬刻の面影を感じて。
「………左馬刻、さんは、
山田一郎を、どう、思ってるんですか」
だから、どうしても、聞きたかった。
あの日聞けなかったこと。
左馬刻はゆっくりと胸板を押して身体を引き離す。二人の間に少し隙間ができると、左馬刻は顔を上げておれの視線をとらえる。
「どうしようもねえくらい、好きだ」
………あまりにも真っ直ぐ俺を見つめて言うもんだから、俺を山田一郎と気づいた上でその言葉を言っていると錯覚してしまいそうだった。
「………そう、なんですね
山田一郎くんに、気持ち伝わるといいっすね」
気を紛らわすように左馬刻の言葉をかわすと、そうだなとひどく優しい笑顔をこぼす。
だめだ。
胸がどうしようもないくらい落ち着かない。さっきから鼓動が聞こえそうなくらい大きく鳴るし、今胸に引っつかれたら1発でバレてしまう。
だからわざと俺から左馬刻の肩にもたれかかり、互いの胸と胸に手をクッション代わりに挟んで鼓動が聞こえないようにした。
自然と背中にまわされた手はあたたかくて、どうしようもなくなる。
気づきたくなかった
ポロポロとこぼれ落ちる涙の雫を左馬刻に見られぬよう何度も拭いながら、山田一郎という男に似た出張ホストと碧棺左馬刻という関係にすがった。
―――昔からどうしようもなく左馬刻が好きだ―――
たぶん、きっと、俺と左馬刻の好きは違う。それは昔から分かってる。
左馬刻は俺を“弟”そして“過去の仲間”として好きを指しているんだと思う。それくらいに左馬刻には可愛がられたし、こいつは仲間に対する思いやりは分かりにくいながらも非常に大きかった。
だから今は、……これからもそれだけで十分だ。
過去の記憶、テリトリーバトル後の記憶、そして、今日の記憶さえあれば。
脳裏に左馬刻との色んな思い出が駆け巡り、思わずふっと笑ってしまう。
「んだよいきなり」
「ははっ、や、なんか、山田一郎くんが羨ましいなって」
「あぁ?」
「左馬刻さんの隣で笑えてた山田一郎が、すげぇ羨ましいや」
へらっと笑いながらそう言うと、何を言ってんだと頬をつねられる。
痛い痛いと抵抗は見せるが、あたたかい記憶によって緩む口元は元に戻せず、次第に左馬刻も口角を上げて笑い始めた。
「じゃあテメェが今山田一郎になりゃいいだろ」
「俺が?や、モノマネとか無理ですって!」
「お前のまんまでいいわダボ
つか、一郎と同じような顔して笑ってんだろ」
「あ、確かに!」
ふっ、とお互い同時に笑いが起きる。
こんなに幸せでいいんだろうか。せめて、今だけは左馬刻の隣で笑うことができる山田一郎としていたい。
そんな俺の微かな期待を叶えるように、左馬刻は滅多に笑わねえはずなのにずっと笑ってくれる。
「じゃあ記念に左馬刻さんともっかいくらいキスしとこうかな」
「1回でいいんかよ?」
「うわっ、男前!さすがモテる男!」
俺が茶化せば左馬刻は笑って、そうして俺も笑う。
こうなりたかった。今だけはなってもいいよな。
髪の毛をぐしゃぐしゃにかき乱されて、気づけばソファに寝転んでいて、上には左馬刻がいて。
どちらからともなく、ゆっくりと唇を重ねた。
左馬刻の手が後頭部へとまわされ、唇が離れないように固定される。
何度も、何度も互いの唇を重ねては息をするために離し、また重ね、次第に舌を絡めて深く求め合う。
貪るように入り込んでくる左馬刻の舌は熱を帯び、蕩けてしまいそうな感覚に陥ってしまう。
左馬刻の唇が離れようとすると名残り惜しく感じて、その唇をとらえようと手を伸ばすと、ふっと意地悪な笑みを浮かべる顔が見えた。
むっと唇を尖らせると、それを宥めるように軽く頬にキスを落としてから、左馬刻はまた俺と目を合わせる。
「…………しないんか、左馬刻」
ぼやっとする思考のなか、左馬刻の両頬を手で固定し、鼻を擦り合わせるほど顔を近づける。
一瞬目を見開いてこちらを見てきたが、不敵にに口角を上げて「舐めた口聞いてんじゃねぇぞ」と悪態をつきながらもまた唇にキスを落とす。
そのままするりと服の中へと手を滑らされ、互いの吐息が熱くなっていく。
「後悔すんじゃねえぞ、一郎」
耳元でそう言われた気がした。たぶん、俺が山田一郎に似ているから。本人だけど。
コクリと頷くと噛み付くように身体を支配され、独占され、初めての感覚に痛くて苦しくなりながらも左馬刻の愛撫はひどく優しく、徐々に快感だけが身体中を駆け巡っていった。
これが終わればまた 山田一郎と碧棺左馬刻 という 犬猿の仲 に戻る。
せめて、せめていまだけは夢を見ていたいと、何度も何度も自分から左馬刻の胸にすがった。
*************
「………時間オーバーした挙句送ってもらって本当すみません」
「あぁ
どうせ俺で最後だったんだろ」
「そうだけど……」
3時間を知らせるアラームを素早く消したあと時間も気にせず盛り上がってしまい、結局帰る頃には深夜の1時を回っていた。
終電がなくなってしまったため、徒歩でも帰れる距離ではあったが左馬刻が送ると半ば強制的に車に乗せてくれたので、その好意に甘えさせてもらった。
さすがに俺ん家を教えるのはまずいと思い、家から徒歩10分の場所にあるビル近くにとめてもらう。
「あっ………と、今日聞いたことは誰にも言わないんで安心してください」
「誰かに言いふらしたらテメェのこと灰にして海に沈めてやるわ」
「そりゃおっかねえ」
二人の小さな笑い声が車内に響く。
車を降りたら、また、いつも通り。
少し名残惜しく感じながらも、小さく左馬刻に手を振り車を降りようとした。
その瞬間手首を掴まれ、反射的に左馬刻の方を向く。
「…………また呼ぶ、気ぃつけて帰れよ」
「っ、は、い」
驚いて硬直する俺の唇に軽くキスを落としてから、手首を掴んでいた手を離しそのまま髪の毛をくしゃりと撫でおろす。
左馬刻の車から降り、ぼやっと窓越しの左馬刻を見つめていたが、もう視線が合うことはなく、そのまま車は走り去って行った。
直後、さきほどのやり取りが脳裏に映し出され、ぶわっと顔が熱くなる。
なんなんだよ、これじゃ、こんなことされたら、
「あんなの、されたらっ………」
一郎はさめない熱に頭を抱えながら、ふらふらと夢のような出来事にもたつく足取りで家路を辿った。
************
いつもならば車内に流れる音楽も今日は一切なく、エンジン音と外の騒音が静かな車内に響きわたる。
ぼうっと車を走らせながらさきほどのやり取りを思い出し、左馬刻は口元を緩ませた。
「またな、…………一郎」
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大好きな山田一郎くんを合法的に風俗デビューさせたかったんです。許してください。<br />お互いがお互いのこと引きずってる実に面倒くさい拗らせ両片思いです。<br />※ 優しい左馬刻様しかでてきません ※<br />全年齢&設定ゆるゆるですのでゆるく読んでください…!<br />個人的に独歩くんが山田一郎を推してたらいいなっていう妄想1部入ってます…でへへ
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山田一郎くん、風俗デビュー①
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10074079#1
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―――― トゥルルルル、トゥル、カチャ
「はい、妃法律事務所です」
『突然のお電話申し訳ありません。少し相談させて頂きたいことがあるのですが、本日妃先生はお手すきでしょうか?』
「はい、ご相談ありがとうございます。少々お待ちくださいませ。…先生、ご相談のご予約ですが、本日よろしいでしょうか?」
「ええ。今日なら他にお客様もいらっしゃらないし出かける予定も無いから、大丈夫よ」
「かしこまりました。…お待たせ致しました。本日のご面談ご予約承れます。何時頃をご希望でしょうか」
『これから伺わせて頂いてもよろしいでしょうか?おそらく、十五分位かと…』
「かしこまりました。お電話承りました、栗山と申します。お名前頂けますでしょうか」
『工藤と申します』
「工藤様。かしこまりました。お待ちしております。失礼致します」
「妃先生。十五分後、工藤様ご来所です」
「分かったわ、ありがとう」
「親の顔を見に来てやったわっ!!」
秘書に呼ばれ、来客を待たせている応接室の扉を開けた英理を迎えたのは、仁王立ちして腕を組む工藤千華の姿だった。
一瞬扉を閉めそうになったが、気力で止まる。
千華の後ろのソファでは、気まずそうにこっそり見上げてくる新一と、更に奥で何が起こっているのか分からず不安そうな、けれど母に会えて嬉しい様な、複雑な混乱に陥っている蘭が居た。
「………」
「あ、その…ご相談者の、工藤様と…そのお連れ様です」
無言で後ろの秘書に目を向けると、彼女も若干混乱している様だが、状況の説明はしてくれた。
解決はしなかったが。
「電話でアポ取ったのは私です」
「あ、やっぱり。声は幼かったけど、でもすごく大人びた口調だったから…」
「栗山さん、下がってていいわ。友人のお子さん達とうちの娘なの」
「あっ、はい!……え!?」
更に混乱の渦に秘書を叩き落し、無情にもそのまま扉を閉めた。
下を見ると、先ほどよりも更にご立腹らしい工藤家の末っ子の姿に口元が引きつる。
過去数度この少女にやり込められている身としては、立ち込める不穏な空気に若干逃げ腰にもなるが、法曹界に飛び込み未だ負け無しのプライドにかけてもここは踏ん張るしか無い。
何とか笑顔を浮かべて着席を促せば、千華の眉がぴくりと跳ねたのが分かった。
対応を何か間違えたらしい…。
だが何も言わずすっと新一と蘭の間に座った千華は、英理とは目を合わさないまま蘭に視線をやった。
「…あんた、さっきの秘書さんに挨拶しなくて良かったの?」
「え?」
「母親の仕事仲間でしょ?普通、こーいう時は『母がいつもお世話になっております』とか言うもんなんじゃないの?」
「あっ!」
「もう時間切れですー」
慌てて立ち上がろうとした蘭を再度座らせ、これ見よがしに英理に視線を送る。
ジャブが来た。
消沈する娘の姿を見せつけ、ご教育がなっていないようで…という視線が痛い。
「あーあー。あんたが挨拶しなかったから、あの秘書さん上司が来るまで上司の娘って知らないままだったじゃない~」
「う、あ、だって…」
「そうね。この場に娘がいるって分かっても、母親の方からもまともな紹介無かったものねぇ、それは私でも挨拶し辛いわぁ~、てか、普通、お・や・が、教えるものだしぃ~」
「あ゛…」
千華の癪に障った所が分かった。
蘭を責めている様で、ちゃんと同僚に娘を紹介しなかった英理にちくりと棘を刺していた。
「自分の秘書に娘の写真一枚見せて無かったとか、そんな、いや、まさかぁ~、この犯罪都市で何かがあって娘が一人で訪ねてくる可能性を考えて、事務所の人間にちゃんと、予め、前もって、保護という根回しを依頼もしていないなんて、小学生の子を持つ母が、そんなそんなまさかぁ~、お兄ちゃんどう思う?」
「オレにふるな」
「あーりーえーなーいーわぁ~。毛利さん?妃先生?一児の母親として、一弁護士として、そういった姿勢どう思われます?」
「私の不徳の致すところです…」
「お母さんのせいじゃないわっ!」
「そうよ。毛利家三人の問題よ。後であんたら三人で解決してちょうだい。今日の本題はそれじゃないの」
「「ご、ごめんなさい…」」
毛利母子が揃って肩を落とした時、ノックが響いた。
「あ、あの…お茶をお持ちしました…」
秘書がそろ…と扉から顔を出し、室内を伺った。
普通ならそのままお茶出しにくるのだろうが、中に居るのが上司の娘を筆頭に子供だけという普段では有り得ない状況に手探りなのだろう。
英理の前に緑茶を、そして子供達用のオレンジジュースが盆に乗っている。
千華は所長である英理を差し置いて、秘書に笑顔で会釈した。
「すみません。わざわざオレンジジュースご用意下さったんですか?」
「「「えっ?」」」
毛利家プラスワンの声が揃った。
「普通弁護士事務所に、子供用の飲み物なんて用意されてないだろうからな。ありがとうございます」
「「あっ」」
解説して頭を下げた新一の言葉に、毛利母子が気付く。
照れたように飲み物を並べていく秘書は、子供達の案内後、初めて顔を合わせた上司の娘へのもてなしの為近所のコンビニまでジュースを買いに行ってくれたらしい…呆然と眺めている毛利母子に、千華は右隣の蘭の脇を肘で突いた。
「…え?」
「挨拶」
「あっ!あのっ、私毛利蘭です!母がいつもお世話になってます!」
「栗山緑です。こちらこそ、お母様には大変お世話になっております。こちらの事務所の受付もしておりますので、先生にご用がある時は、私がお言付け預からせて頂くこともありますので、よろしくお願いします」
「は、はい!よろしくお願いしますっ!」
立ち上がって挨拶する蘭に丁寧に返す栗山は、千華の目から見ても好感度が高い。それに比べて母親は…という目で見られるのが英理は辛い。
そっと視線を逸らした英理の耳に、小さく吐かれた溜め息の音が届く。
「ご挨拶が遅れてすみません。工藤千華と申します、こちらは兄の新一です。私達は母がこちらの弁護士先生と個人的に親しくさせて頂いております関係で、本日相談に伺わせて頂きました」
「そうなんですね。しっかりしてますね~先生!」
「そ、そうね…」
ぺこりと頭を下げる新一の姿を視界の端に収めつつ、英理の背中に冷や汗が伝う。
にっこりと栗山の好感度を稼いでいる千華だが、英理には何故自分達の紹介をあんたが部下にしないのだ、と無言で伝えてくるのが分かる。
先ほどの溜め息は、弁護士事務所に来た不自然な子供を『知人』程度の紹介で済ませた英理に対する諦めだったことを悟った。
流石元大女優の血縁と言うべきか、完ぺきな『躾の行き届いたお嬢さんとお坊ちゃん』を演じているが、栗山には気づかせず英理にだけ白けた視線を送って来るのが見事だ。
その、もの言わぬはずの視線がはっきりと何も期待していませんよ、分かっていましたから。ええ、分かっていましたとも。と、言っている様で辛い。被害妄想も少しあるかもしれない。
言い訳をさせて貰えるならば、自業自得とはいえ、見っとも無い所を多々見られている上に常に厳しい視線を送って来る少女に英理は緊張していたのだ。
それこそ、法廷で弁論を戦わせている時よりも緊張していた。
何故なら、千華は自分の母親の友人で、兄の同級生の母親だというのに、英理が『母親』であることをちっとも期待していないのだ。
まるで中学生位の思春期の娘を相手しているかの様に接せられている。
東都大学を出て、弁護士資格も取り、結婚して一児の母であると知っていながらその対応なのだ。今までが今までで仕方が無いとはいえ、辛い。
以前有希子からの電話だと思って気軽に出たら、受話器から『ごきげんよう、毛利のおば様。お仕事お忙しいご様子で、儲かってらっしゃるようで結構なことですわ~。そんな売れっ子弁護士様のお時間をちょうだいするのは大・変心苦しいのですが、ほんのちょっとでよろしいですので、うちの母からのお話にお耳をお貸し頂けません?』と流れて来た時は、心臓が飛び出るかと思った。
しかも有希子に変わったら変わったで、数週間後にある授業参観の話をされ、もちろん知らずにいた英理は、この数日仕事が忙しくて娘に連絡を取っていないことを突きつけられた。出席するしないはあるだろうけれど、存在自体知らないのはいかがなものかと宅の娘が言っておりまして~と親友に告げられた。
お互いにお互いの言を伝言形式で伝えないで欲しい。
蘭が母からの連絡が無いため授業参観の話を伝えられないと落ち込んで新一に愚痴を零す、それを新一が家で話す、その兄の憂いを晴らすため妹即行動…という流れらしいが、躊躇無く行動に移した工藤家の末っ子は、毛利家に対しての遠慮は売り切れました、と真顔で公言している。
そんなこともあって、まだ十歳にもならない少女相手に英理は緊張してしまうのだ。
しかも今回は、全く予想だにしていなかった場所で遭遇し、冷静な思考がストライキを起こした。
取り繕うのに精いっぱいだった。
けれど、その結果彼女の目に映ったのは、部下に娘の紹介一つまともにしない母親、という事実だけ…辛い。
挨拶が出来たとほっとしている蘭が何も気づいていない様子なのが唯一の救いだ。
「…先ほども申しましたが、本日は先生にご相談があってまいりました」
「えっ、あ、はい?」
突然丁寧な口調で語り掛けられ、英理はハッとして顔を上げる。
未だかつて、彼女にこんなにも丁寧に話しかけられたことは無い。
どちらかと言うと怒鳴りつけられることの方が多かった過去に、情けなくも怖くなる。
「うちの兄とお宅のお嬢様が友人として仲が良いのは存じておりますが、お宅のお嬢様、最近空手を習っておられるとか…ご存知ですか?」
「え、ええ。蘭のお稽古の月謝は私が払っていますので…」
「ああ、では話が早いですね」
つられて言葉が丁寧になる英理に、千華はにっこりと笑いかけてポケットからボイスレコーダーを取り出した。
ギョッとした新一と、きょとんとした蘭の表情の落差に戸惑う。
「本当は動画の方が良いのでしょうけれど、咄嗟だったので音声しか入っておりませんが、どうぞお聞きください」
『っ、もう!何で避けるのよっ!?』
『はんっ!そんなへなちょこの足技、蚊だって止まるぜ!』
『何よ!絶対当ててやるんだからっ!』
『何やってんの!二人共っ!!』
『え、ち、千華!?』
『千華ちゃん!?』
カチリ、と再生を止める。
「「「……………」」」
「弁護士先生、お分かりになったかと思いますが、お宅のお嬢様に、うちの兄が暴行を受けそうになっている場面の音声です。ほんの一時間ほど前の事で、下校時間の校門近くでの出来事で、目撃者も多く存在していたかと思います」
「ち、千華!これは別にそんなんじゃっ」
「おだまり、ポンコツ兄貴」
「ポン…っ」
割って入ろうとした兄を射殺さんばかりの眼差しで睨みつけ、英理に向き直る。
「聞けば、些細な言い合いから、お嬢様が空手技で兄を攻撃し、それを避けた兄が更に挑発した末のやり取りだとか。挑発的な言動をとった浅はかな兄も問題ですが」
「あさはか…」
「前提として、武道を修めようとする者はその技を素人にかけることを禁じられていることは、武道とは縁の無い私のような子供でも知っている事です。それなのに、空手道場で教えを受け、師がある身でそれを知らないなんてことは、有り得るのでしょうか?」
「…蘭、どういうこと?」
「あ、あの、その、ちょっと、ふざけてて…」
「そ、そう!別に本気で…っ」
バンっと千華が手の平を叩きつけた激しい音を立ててテーブルが揺れた。
びくりと肩を強張らせた毛利母子を捨て置き、言葉を詰まらせた兄の襟首を掴んで引っ張る。
「じゃれ合ってたじゃすまないの!いい!?この子が空手を習う前ならそれで済んでた事も、この子が武道を習い始めたなら、それて済ませちゃいけないの!型を覚え、技を習った武道家の手足は凶器!それで素人を攻撃したら、凶器を以って人を襲った犯人と同じなの!」
「…っ」
「例えばよ?この子が蹴撃して、お兄ちゃんが避けた。避けた場所に子供がいて攻撃が当たったらどうするの?避けた場所に盲導犬が通って当たった攻撃の弾みでユーザーさんがホームから落ちたらどうするの?」
「それは…っ」
「有り得ない事態じゃないよね?あんなに人がいる場所で技をかけて来てたんだから!そもそも、目の前で兄が蹴られそうになった妹の気持ち、お兄ちゃん分かる!?考えた!?」
「あ、う…っ」
「千華の他にも、下校時間なんだからたくさん下級生もいたし、なのに突然上級生の人が蹴られそうになるのを見せられた子達の気持ちは!?」
「…っ」
「お兄ちゃんは蹴りを避けて得意げになるんじゃなくて、そんなことしたら駄目だって諫めなきゃ駄目だったの!武道家の心得位、知らなかったとは言わせないからね!?」
「……」
「…犯罪が起きる前に止められる事があるのに、何で助長しちゃうの…」
「……」
妹に諭され、ぺしょん、と落ち込んだ新一を放り出し、縮こまった蘭は一顧だにせず英理に視線を戻す。
「失礼しました。うちの兄の考え無しの行動が事を大きくしたのは確かですが、武道を志すお嬢様が先に仕掛けて来られたのは事実です。…これについて、どう思われますか」
「…うちの蘭がしたこと、本当に申し訳なく思います。新一君も、危険な目に合わせてごめんなさい」
「う、あ…オレも、その…悪かったんで…」
「お、お母さんが謝ることじゃ…」
「あんたのしでかした事、親が謝らなくて誰が謝るのよ」
「うっ…」
狼狽える蘭に呆れたように千華が返す。
そのままジト目を向けられ蘭がおどおどと視線を動かすのに、また一つ溜め息をつく。
「…あっちの席移りなさいよ」
「え?」
「弁護士先生として話すのかと思ったけど、あんたの親として謝って来たから、あんたの席はあっち」
「え…」
戸惑う蘭を無視して立たせ、ぐいっと押し出す。
英理が慌てて手を伸ばし、戸惑う蘭を自分の隣に座らせた。
そして気づく…普通、この座り方だろう、と。
子供達に対し、己が弁護士として向かい合っていた事に今更ながら気づいた。
そう案内されてそのまま席に着いただけかもしけないが、蘭はここが母親の事務所だと分かっていたのに、それなのに母の隣に座ろうとしなかったその意味は…。
千華の必要以上に丁寧な言い回しも、いつも以上に鋭い眼差しも、どの立場で子供に向かい合うつもりなのかを試していたのだ。
開口一番に言っていたでは無いか…『親の顔を見に来た』と。
つまりは、蘭のことで言いたいことが、はっきり言えばクレームがあると伝えているのに、それに気づかず英理は子供三人に向かい合って座ったのだ…親の自覚は無くしたのか、そもそも芽生えてもいないのかどっちだ、と思われていたに違いない。
英理は思わず両手で顔を覆う。
「お、お母さん…?」
「ごめんね、蘭…お母さんいつも、本当に気づくの遅くて…」
「えっ、え…え??」
「はいはい、茶番は結構です」
「そうね、蘭。…千華ちゃん、あなたの前でお兄さんを傷つけかけた事も、本当にごめんなさい」
「ご、ごめんなさいっ」
蘭の背に手を添え、母子で頭を下げた。
「……その謝罪を受け取ります。ただし、条件があります」
「何かしら」
「おふざけだとしても、空手の技を人に向けたことを、通っている空手道場の方に報告してください」
「っ、そ、それは…」
「マズイって思います?それはつまり、やっちゃいけないことだったって自覚があることになりますよね?それなら、包み隠さず報告してください。それで破門になるなら…それほどの事だということだし、まだ習い始めたばかりであること、兄に怪我が無かったことなどで不問となるのなら、それはそれで結構です。兄の認識不足も否めませんので。ただ、なあなあで済ませて良い事では無いはずです」
武道家は、己の手足が凶器になる恐れがあるからこそ、清廉潔白であるべきだ。
きっぱり告げた千華に、その隣で新一が何かを言おうとし、言葉に出来ず、眉を下げて黙り込んだ。
「分かりました。蘭も、それでいいわね」
「…うん」
目に涙を溜めながらも受け入れた蘭に、千華も肩の力を抜く。
「お兄ちゃんも、今はただのじゃれ合いで済んだとしても、お兄ちゃんとこの子は男と女なんだから、もし技を交わしきれなくて反撃したら、第三者から見た場合非難されるのは女に手を上げた男のお兄ちゃんの方になるかもしれない。そのせいでただ防戦一方になるかもしれない…それって公平な間柄って言えるの?」
「……」
「この先この人がますます空手が上達して、自覚無いまま気軽に技を仕掛けてくるのに、お兄ちゃんはただ避けるしかないって状況になるかもしれない。それはもうただ避ければいいってことでも無いし、今ここで断ち切っておかないと、いつか技をくらうお兄ちゃんを見ることになるかもしれない。千華はそんなのごめんだわ」
「……うん」
「お兄ちゃん頭良いんだから、ちゃんと想像力働かせて、先々の事を考えて行動して」
「面目ない…」
妹の説教を神妙に聞く新一の姿に、この少女に叱られる立場なのは同じなのかと、場違いにも親近感が湧いてしまった。小学生に対してそんな親近感を感じるのもどうかと思うが、英理には工藤家に対して微妙な劣等感あり目が曇っている所があるせいで、目から鱗の様な心情だった。
話は終わった、と千華は出されていたジュースをぐいっと飲み干し、新一も力無い仕草で続く。
「それでは、私達これで失礼します」
「ええ、結果はまた有希子を通して連絡させて頂くわ」
「毛利のおじ様を仲間外れにして進めないでくださいね?柔道経験者のおじ様が、武道家の心得をご存じ無いはずが無いので。それも含めよお~く、話し合ってください」
「そ、そうね、その通りだわ。…そういえば、あなた達この事務所までどうやって来たの?」
ふと浮かんだ疑問を口にすると、帰りかけていた千華が素晴らしい笑顔でくるんっと振り返った。
「もちろん、タクシーです。お宅のお嬢様、お母様のお勤め先をご存知無い所か、名刺一枚お持ちで無かったので!」
「うっ」
忘れた頃に、見事なストレートが急所に決まった。
こんの出来損ないの母親もどきがああぁぁっという副音声も聞こえた。
英理の被害妄想だとしても、聞こえたと言ったら聞こえた。
「あ、あのっ、それじゃあ行きと帰りのタクシー代…っ」
「結構です。それより今回の相談料、秘書さんに伺えばよろしいですか?」
「え!?いいえ!いらないわ、結構です!千華ちゃん、私蘭の母親としてお話させて貰ったつもりなの!」
「えぇ~そうですかぁ?お忙しいお仕事中にプライベートな用事でお邪魔することになったなんて、とっても心苦しいんですけど~」
「母として!娘の事を話し合うのは当然のことだわ!」
言いながら、何故自分がこんなに必死になっているのか、内なる英理が問いかけてくるが、それが分かっているなら必死にならない。
「…行きにタクシーの中から駅の場所を確認してますから帰りの心配はいりません。ね、お兄ちゃん?」
「ああ。…なので、ここで大丈夫です」
「え、あ、そ、そう。分かったわ。あ、これ、また何かあるかもしれないから、渡しておくわね」
そう言って取り出した、先ほど娘にも渡していないと話題に上がった名刺を、千華は一瞬胡乱な瞳で見たが、すぐに笑顔で隠し、すっと両手でロゴや名前を隠さない様受け取った。
「お名刺頂戴します」
「…千華ちゃん、そういうのどこで覚えてくるの…?」
「父の書斎にはビジネスマナーの本もありますので」
「父さん、社会人経験無く作家になったんで、そういうの後から勉強したみたいで結構あるんです」
「そう…」
年齢一桁の少女に両手で受け取られるとは思わずつい零せば、その兄も同じ仕草で受け取った。この兄妹怖い。完璧人間に思っていた優作だが、人知れず努力をしていたのかと思い、また彼も子供に振り回される立場なのだと考えれば、肩の力が少しだけ抜けた気がした。
蘭はよく分かっていなくても二人の受け取り方がカッコイイと思ったのか、見様見真似で受け取り、両端の文字を潰していたが嬉しそうに掲げた。
うちの子が一番可愛い、英理の荒んだ心がキュンキュンする。
「それじゃ、お兄ちゃん帰ろ」
「おう。じゃあ、蘭。また明日学校でなー」
「うん、バイバーイ!」
爽やかに子供達が別れの挨拶を交わし、扉が閉まり、部屋に二人だけで残された時、英理の頭は混乱した。
武道を習い始めた娘が、同級生の男の子を暴行しかけたという深刻な相談を持ち込まれたはずなのだが、今英理は娘と手を繋ぎ、帰る二人を見送る時に振った手もそのままに固まる。
こんな爽やかに別れて良い案件だっただろうか。
事の重大さが今一伝わっていない気が…。
「お母さん?」
見上げてくる娘に意識が戻る。
まず、何をすべきか、この子のためにやるべき事を…。
「蘭、今日お父さんは事務所にいる?」
「う、うん。出かけるって聞いてない」
「そう。じゃあ、まず一緒にお父さんに今回の事を話しましょう。きっと怒られるでしょうけど、それから、蘭がどうしたいのか考えましょう。武道の事はお母さんよりお父さんの方がよく知っているから、お父さんからのお説教が終わった後、蘭がまだ空手を続けたいのか、止めても良いのかを聞くわね。その後空手の先生とお話ししなくちゃいけないから」
「…はい」
しゅん、と落ち込む娘の頭を撫でる。
この子の為に何が出来るのか、英理ははっきりとは分からない。
けれど今、この繋いだ手を離してはいけないことだけは、分かったのだ。
「千華、ちょっと降りてきなさい」
優作の呼ぶ声に返事をして降りると、リビングに家族が揃っていた。
揃って座る両親に向かい合って座る新一が少し萎れている。
帰ってから母に話した今日の出来事の件だろう、どんな話をしたのか、かなり落ち込んでいるらしい新一の隣に千華は静かに座った。
「…千華。有希子と新一から今日の話を聞いた。色々と思う所はあるが、まず、新一を守ってくれてありがとう」
「え、はい」
「うん。千華の言い分、主張は私も同感だ。子供のじゃれ合いと、片方が武道経験者とでは意味合いが随分変わる。実害が出る前に話し合えたのは重畳だ。…ただ、その後の行動だが…英理君の事務所へ行くのはやり過ぎだ」
「そう?あの人千華に苦手意識あるから簡単にマウント取れるし、ママだと丸めこまれちゃう可能性あるし、何より千華が騒いで無かったら、ママはなあなあで済ませちゃわない?子供同士だしとか、お兄ちゃんに怪我無かったからとか、蘭さんが女の子だからとか内々で~とか」
「そっ、そ、そんなことっ、無いわ!無いわよ!?」
「ホントに?」
「本当よ!蘭ちゃんの味方するなんて無いからね、千華ちゃん!ちゃんと新ちゃんの名誉を守ったわっ! 母として!」
「いや、名誉ってより犯罪に通じそうな事態を鈍感力全開で見逃しかけたっていう間抜けを曝してたんだけど…」
「千華…」
「…千華…」
有希子の力説の下で、男二人が顔を覆った。
「うん。でも、ママがちゃんと母としてあの人と戦ってくれるって言うのなら、千華は余計なことをしました。ごめんなさい」
「うっ、英理とちゃんと真正面から戦えるかっていうと」
「そう、先方の親御さんと話し合いを持つというのなら、こちらも親である私達が出るべきだ。例え100%千華が倒せる相手だとしても、それは私達親の役目だ。千華が取ってはいけない」
「はい。話し合いの場なんて数時間拘束されることもあるのにパパ締め切り近いなとか、編集さんと打ち合わせあるしとか、ママだけだとゴリ押しで遺恨残りそうだとかもう考えない!遠慮しないでパパを頼るね!」
「ん?んん?」
先ほどまで出来ていたはずのキャッチボールが、突然の暴投により強制終了となった。
「いつパパに頼っても良い様に、パパは締め切り前倒しで時間に余裕をもっていてくれるってことよね?」
「んんん?そういう話だったかな??」
管制塔から許可の下りた滑走路の隣に着陸した気分である。このままそこにいると、事故は免れないのでは無いだろうか。
「ママも、親友とかママ友とか友人とか女優時代のファンだったとか関係無く、毅然として対応してくれるってことよね?」
「え?ん?あ、保護者会でファンだったって人達と騒ぎになったこと、千華ちゃんまだずっと怒ってた??」
「ん?何の話だい?」
「いいの!パパとママが親として親らしく親の仕事をしてくれるって言うなら、千華もうでしゃばらない!」
「ち、千華!?」
良い笑顔の千華と、ぎょっとする新一。
「お兄ちゃんが学校でしょーもない事を「事件だ!」て言って大事にしても、女の子同士の秘密の話に首突っ込んで五歳児みたいに「なんで?なんで?」して女の子泣かせても、全部親呼び出しで纏めていただきましょう!」
「「………………」」
「千華、それは内緒ってっっ!?」
「……新一」
「新ちゃん…?」
慌てて妹の口を塞ごうとしていた新一の耳に地獄を這いずる様な両親の呼びかけが届く。
誤魔化し笑いでは納めてくれるはずも無く、二人がかりでびっしり叱られた挙句、小学校高学年には少し恥ずかしい、父のお膝の上でほっぺどこまで伸びるかの刑に処された。
「…そーいやさぁ、千華ぁ?」
「ん~何?」
ひりひりする頬を両手で抑えつつ、新一は気になっていたことを聞いてみることにした。
「千華って、うちじゃ蘭の事『蘭さん』って言うのに、本人の前じゃ『あの子』とか『この子』とか『あんた』っつって、絶対名前呼ばないよな?なんで?」
にっこり笑った千華に、頭の中で警報が響く。
が、知りたがりの新一は、その警報スイッチを早々に切ってしまう。
なんでなんででさっき痛い目にあったのに、懲りない子供だ。
「パパの書斎の本にね…」
嫌な予感…けれど、スイッチを切ったのは新一だ。
「名前を呼ぶと親しみが湧くって書いてあるのがあったの。だからよ」
「えーと、それはつまり…」
親しくなるつもりは無い、ということだ。
雉も鳴かずば撃たれまい。
後日、毛利一家と空手道場の師範が揃って詫びに訪れ、蘭は一カ月の練習時間の正座と反省文と道場訓の書き取りをすることで、空手を続けることとなったらしい。
千華個人としては、お詫びで持って来られたお菓子が美味しかったので、それで良しとした。
[newpage]
下校の途中、友人と別れ一人になった途端現れた変態に、千華は舌打ちして踵を返した。
コートの前を開けっ広げにするタイプの変態で、何処かに専門学校でもあるのかと思うほど、テンプレートに嵌った見た目・衣装・セリフで日本全国に出没する。
そして当然の様に米花町にだってよく現れる。
家を知られる訳にはいかないため、この変態を撒いて通報してからで無いと帰れない。
悲鳴も上げずに全力疾走で逃げ出した千華に、一瞬虚を突かれたが変態も追い縋って来た。
失敗した。
この手の変態は見せるだけで満足する者と、触らせたがる者がいるが、大体は用が済めば追いかけて来ず、自分のテリトリー()に獲物がかかるのを待つ。だが稀に逃げると追いかけて来るお犬様タイプが存在する。
この変態はそれだった様だ。
「わっ!?」
「ごめんなさいっ、て、あ…」
「え、千華ちゃん?」
曲がり角で人にぶつかりかけ、相手を確認すれば毛利蘭だった。
彼女の行く先に例の変態がいるのだから、ここで置いて行くわけにはいかない。
「ついて来て!」
「へ?え?」
手を取って走り出そうとしたが、それよりも変態が追い付く方が早かった。
「お嬢ちゃん達~」
「ああ、もう何だってこんな時に会っちゃうかなあ!」
「え、ご、ごめん?」
「ねぇ、お嬢ちゃん達ってばぁ~」
「うっさいわよ!あんたのポークピッツなんか興味無いのよ!曝してないで、ホースにでも突っ込んどきなさいよ!」
「え…ちっちゃ…」
純粋で素直な子供は、時として誰よりも残酷だ。
「そもそも変態さん?まだ父親とお風呂入ってる年代の子供に、結婚して子供もいる父親のモノと比べて欲しいなんて、中々のMね!」
「わっ、わわわっ、わたしはポークピッツじゃないぃぃいいぃっっ!!!」
「じゃあブナシメジよ!」
激高して襲って来た変態をひらりと交わし、大きく開いた口にスプレーをかける。
「ぎゃあああっっっ!?」
もんどり打って倒れる変態の軌道に巻き込まれないよう駆け寄り、もう一吹き、二吹き、オマケに三吹き。
「うがああっっ!!」
「せめてホンシメジになってから出歩きな!」
暴言に反射で反論も出来ず大きく動かなくなったことを確認し、結束バンドで親指を括る。
ひくひくと痙攣し始めた変態に怯える蘭の傍まで退避し、110番をした。
こいつ、ひっくり返すと丸出しです、と警察が到着したら伝えねばならないのかと思うとしょっぱい気分になる。
「ね、ねぇ、千華ちゃん…この人どうなったの?てか、何?」
「見ての通り、オリジナリティーも何も無い変態。デスソースをウォッカで割った液体を口回りと局部にぶちかけたから、刺激で気絶したんじゃない?やっぱりこの手の変態は、怒らせると真っ正直に正面から襲ってくるから対処しやすくて助かるわ。うつぶせになってくれたのも良かった。必要以上に触りたくない」
「う、うん。うん?」
ハテナを大量に飛ばし、よく分かっていないだろう蘭に対し、変態対処方を伝授することにする。
危機感が足りない。
「いい?今回は距離が近かったからこのデスソーススプレーで倒したけど、普通変態にあったら逃げ一択だからね?」
「え、で、でも!自分の身を守るためなら、空手使ってもいいって先生言ってたよ?」
「そうね。どうしようもない場合の使用は認められているそうね。でも、考えて」
確かに、アクション映画なんかで体術で敵を倒す姿は格好良い。
けれど、あれは予め順序立てて、倒される役の人が予定通りに倒されてくれるから格好良いのだ。
時代劇の殺陣も素晴らしい。
あれはやられ役の方達が気持ち良く吹っ飛んでくれるから格好良いのだ。
「相手の変態が武道経験者だったら?そうじゃなくても、たまたま偶然でも、あんたの蹴りを捕まえられちゃったらどうなると思う?」
「え、ど、どうなるって…」
「捕まえられた足をそのまま撫で回されて」
「ひっ!?」
「更に嘗め回されたりして」
「ひぃっ!?」
「それで、パンツ脱がされたりするわけよ」
「ウソウソウソウソっ!?無理!だめ!いやあっ!?」
「嫌でしょ?無理でしょ?気持ち悪いでしょ?なら、逃げ一択しかないのよ!足上げただけで盗撮してくる変態だっているからね!?いい!?逃げるのよ!?逃げればそんな目に合わないから!立ち向かうから餌食になるのよ!」
「逃げる逃げる逃げるっ!絶っ対、逃げる!」
「ホラー映画だって物音を探りに行かなければ殺されないでしょ?呪いのビデオを観なかったら呪われないでしょ?コックリさんしなかったら憑かれないでしょ?変態に立ち向かったりせず逃げ切れば、絶対に変態の餌食になることは無いのよ!千華の防犯グッズも、あんたの空手も、最後の最後の最後の手段!変態や逃亡中の犯罪者にかち合った時も、逃げるだけで逆らう手段が無いと油断させた後の手よ!」
「分かった!絶対逃げる!」
「よし!」
そこに通報した警察車両が到着した。
顔馴染みになってしまった刑事が千華の顔を見て、伸びている犯人を確認し、ほっとした様に力を抜いた。
「いつもお世話になっております」
「やあ、今回も災難だったみたいだね。無事で良かった…こんな変態をのさばらせていて本当にすまない」
「いいえ、警察の方々は市民の安全のために頑張って下さっています。…ただ、自分の欲望に忠実で、その行動の末のお先真っ暗な未来を想像出来ないクソ野郎が多いだけで」
「は、はは…本当にすまない」
情けなさそうに謝罪を繰り返す刑事の向こう、被疑者に向かった者達がうおっと叫び声を上げた事で、奴がもろ出しであることを伝え忘れたことを思い出した。
そっと手を合わせる。
「あ、あれについてる赤いの、この防犯スプレーです。目に入ると恐ろしいことになるかもしれないので気を付けて下さい」
「ああ、ありがとう。そちらのお嬢さんは友人かな?後で話しを聞かせて欲しいのだが、大丈夫かい?」
「あ、はい!」
「兄のクラスメイトです。私があれから逃げてる時にたまたま会いまして…」
そして伝えられる、相も変らぬ容赦の無さに、漏れ聞こえた捜査員一同、乾いた笑いを浮かべるまでがセットの事件であった。
「ところで千華ちゃん。千華ちゃんまだお父さんとお風呂入ってるの?」
「あんたは入ってるの?」
「え?私は、三年生位までは入ってたかなぁ」
「実は千華はパパとお風呂、入った記憶が無い」
「え?」
「すっごいちっちゃい頃は入ってたのかもしれないけど写真も無いし、うちのパパ子供のお風呂の時間、基本お仕事の構想練ってるか筆が乗ってる時間なのよねぇ。だから低学年の内は、ママやお兄ちゃんと入ってたけど、パパとは入ったこと無いの」
「ふ~ん、そうなんだ…」
「いつ気づくかなって思ってる」
「え?」
父が、子供達とのお風呂の思い出が無い事に。
巷では、男同士の秘密の話や約束や取引が行われるという噂の父子のお風呂タイム。
成人して家族旅行か何かで温泉に行った時、新一から何気無しに「親父と一緒に風呂入るの初めてだな」と言われて初めて愕然とする優作しか想像出来ない。
[newpage]
「…それで、今でもその女は自分の足を探して彷徨い歩いてるそうだ」
「うわー気味悪ぅー」
「けどあんまり怖くは無いな」
千華の鞄に新一の本が紛れ込んでいたため訪れた上級生の教室で、何故か怪談話がされていた。
放課後ならまだしも、こんな真っ昼間の昼休みに怪談して何が楽しいのかと思う。さっさと退散するためにも兄の姿を探すが、居ない。
「あれー?工藤妹じゃん。上級生の教室に何の用だよ」
見つかった。
怪談話をしていた三人組がにやにやと千華を見ていた。
両親が官庁だか省庁だかにお勤めか会社経営者だかで、庶民とは違う、負け犬には用は無い、選ばれた人間だと公言する中々痛いお人柄であることは下級生の千華の耳にも入っている。
そのためなるべく距離を取りたいのだが、新一が同じクラスの上何かと目立つことが気に入らないらしく、走り抜けようとするチャンスの女神の前をカバティで待ち構えて捕まえるが如く突っかかって来るのだ。
「兄に用があるだけなのでお構いなく」
「工藤ならどっか行ったままずっと帰って来てないぜ?」
彼等の向こうにいた蘭と園子が千華に気づいたらしいのだが、蘭が頷いて園子が首を振った。
新一の行方を知らないということで首を振って、彼等の言ってることが正しいと頷いているのか、反対なのかどっちだ。
声出してこーぜ。
「そーいや工藤妹。お前よく事件に遭ってるそうじゃん」
声出して欲しいのはお前じゃ無い。
そう突っ込みたいが、か弱い下級生の身では、最上級生に逆らうなど出来るはずも無い。
「そうそう。お前等家族、事件によく関わってるってな~」
「被害者化けて出たりしねぇの?」
「夜中に枕元に立ってたり?はは!怖い話知ってるだろ?何か話せよ」
園子が何かを言おうとするのを手を上げて止め、苦笑を浮かべ教室に入る。
千華は逆らえないのだ。決して喧嘩を買ったわけでは無い。
「私の話なんか、先輩方にご満足頂けるかどうか…」
そんなの気にするなと馬鹿にした様に笑う彼等に従順に近づき、すっと表情を消すと揃って息を呑まれた。
真顔の美少女の怖さを、彼等は今日初めて知ったらしい。
心配そうに様子を伺っていた蘭や園子、その他クラスメイト達までが息を詰めている。
「…ある所に、お父様は誰もが知るような立派な職種にお勤めで、お母様は専業主婦ながらお茶やお花の習い事をされている格式高いご夫婦の元に生まれた男の子がおりました」
淡々とした口調で話し出した千華に、三人はそれぞれ視線を交わしつつも口を噤む。
いつの間か教室中が静まっていたが、そんな事は気にしない。
「お父様はおっしゃいます『お前は特別な人間だ』『低級な者の言葉など聞く必要は無い』と。お母様はおっしゃいます『貴方は選ばれた人間なの』『付き合う人は全てママが貴方に相応しい人を用意してあげる』と」
ぴくりと誰かが反応した。
『そんな聞いたことも無い会社に勤めている親の子供とは付き合うな』
『テストが90点だと?何故あと10点が取れないんだ』
『レギュラーになれなかった?時間の無駄だ、辞めてしまえ』
『くだらない話で時間を無駄にさせるな。私は仕事に行く』
「少年は言います『はい、パパ』」
誰かの顔が強張った。
『こちらの子ならあなたの将来にきっと役立つお家の子よ。お友達はこの子になさい』
『今からカルチャー教室なの。お話は帰ってからでいいかしら』
『あら、そんな服は下品で貴方には似合わないわ。ママが用意した物を着なさい』
『ママは出かけるから、お夕飯は家政婦が用意してあるものを一人で食べられるわね?』
「少年は言います『はい、ママ』」
誰かは顔色が悪くなった。
「少年は両親の言う通り、二人の前では大変良い子で、良い中学・有名進学校の高校・大学最高学府に進み、言われるままお父様と同じ所に就職、正に順風満帆!我が世の春!初めて『よくやった』と褒めてくれるお父様。手を取って『貴方は私の誇りよ』と涙ぐむお母様。辛いと思ったこともあった。胸にぽっかり穴が開いている気がしたこともあった。けれど、ボクは間違ってなかった!!」
三人の顔色が少し良くなる。
「少年は大人になり、順調にキャリアを重ね、職場では部下が出来、給料も標準よりずっと高い。何も恐れることは無い。両親の言う通りにしていれば、何も間違いは無い。そんな青年になった少年に、お母様がお見合いの話を持って来ました」
教室に居る六年生達が、固唾を呑んで千華の話を聞いている。
声を弾ませ、楽しそうに語る千華を見ている。
「青年になった少年は喜んでその話を受けました。お母様が持って来た話だ、間違いがあるはずが無い。現に相手は、有名お嬢様大学出身で、笑顔の可愛い清楚な美人だ。一目で恋に落ちた。実際に会った彼女は写真よりももっと可愛らしかった。『初めまして…』恥ずかしそうに眼を伏せた彼女を自分のモノだと思った。全く自分の人生は素晴らしい!こんなに可愛い人と夫婦になれるなんて!」
三人はうっすらと笑みを浮かべていた。
「執り行われたのは、両親がプロデュースしてくれた盛大な結婚式!職場の上司、先輩、後輩、親戚、学生時代の友人、妻となる彼女の沢山の関係者。大きなチャペルで沢山の人達の祝福を受け、神の御前で彼女を待つ」
ふと、雰囲気が変わる。
「彼は緊張していた。とても緊張していた」
固く握りしめられた両手から、緊張が伝わる。
「今までこんなにも緊張したことは無い。それほどまでに緊張していた。…仕方が無い。彼は今まで言われた通り進んで来ただけで、引かれたレールの上を歩いて来ただけで、自分で何かを考え、成し遂げたことなどただの一度も無いのだから。これから妻を迎え、子を成し、一家の長として全てを考え決定していく必要がある。それが今まで言われるままだった彼に出来るのか…」
三人の表情が凍る。
彼等の前でふわりと回った手の角度で、ドレスのふくらみが分かる。
「真っ白なドレスに身を包んだ妻となる彼女が微笑んで彼の前に立った時、鼻を突く臭いに気づいた…『キャアッ!』」
「「「っ!?」」」
わざとガタンっと音を立てて後ろに飛び退き、怯えた目を向けてやれば、訳が分からず狼狽える視線が返る。
何事も無かったように再びすっと表情を消して続ける。
「新婦の悲鳴に会場中が何事かと一瞬ざわめき静まり返る。そして気づく、アンモニア臭…新郎の真っ白なタキシードの股間を染め、足元に広がる液体に…そう、彼は緊張のあまり漏らしてしまったの…」
「ひっ…!」
「オートクチュールの真っ白なドレスの裾を新郎に汚され呆然とする新婦。目の前の現実を受け入れられない列席者。神父は神に祈りを捧げ、子供達ですら空気を読んで口を噤んでいるというのに、その空気を彼自身の叫びが切り裂いた」
「『式前にトイレに行くよう言ってくれなかったママが悪いんだーっ!!』」
両手で顔を覆い、大袈裟なほどのアクションで叫び、蹲る千華の姿を、三人は口元を戦慄かせて見るしかない。
だが、千華はすぐに立ち上がり、不自然なほど平坦な声で言った。
「…っていう、実話よ」
時が止まる。
開いた窓の外、校庭で遊ぶ子供達の声が聞こえた。
「…………え?」
「実話よ」
「え?」
「そして…誰の未来なのかしら…?」
「「「っ!?」」」
くすり、と笑った千華に、三人は目を見開いて固まる。その時、扉が開いた。
「あれ?千華どうしたんだ?」
「お兄ちゃん、この本千華の方に入ってたから持って来たの。午後の授業に必要なんでしょ?」
「あ、サンキュー。わざわざ悪かったな」
「ううん、じゃあね」
さっさと帰って行く妹を見送り、そしてやっと教室内の空気がおかしい事に気づく。
妹と一緒に居たのが、いつも何かと絡んで来る三人組で、彼等が何も言って来ないのも不思議だ。
「おめーら…」
「し、新一!」
「へ?」
話しかけようとすると、蘭と園子に強く引き留められた。
「今はそっとしといたげなさい…」
「そうだよ、新一今は…」
「流石元大女優の娘ってとこね…恐れ入ったわ…」
「へ?」
「「ひっ」」
何が?と聞き返そうとした新一の肩ががっしりと捕まえられる。
「は?な?え?」
「工藤、それからどうなるんだ…?」
「な、何がだよ??」
「職場の関係者だけじゃなく、親戚や学生時代の奴らもいて、それからそいつ、どうなったんだ?」
「だから、何がだよ!?」
「ふざけんな!奥さんとはどうなるんだよ!?」
「だから、何の話なんだよ!?」
新一の叫びと共に、昼休みの終わるチャイムが鳴り響いた。
[newpage]
食後のまったりとした時間をリビングで寛いでいた工藤一家は、本を読みながら歌い出した千華に注目する。
あなたが好きだから それでいいのよ
たとえ一緒に街を 歩けなくても
この部屋にいつも 帰ってくれたら
わたしは待つ身の 女でいいの
「…なんだ、その歌…」
「こないだママがかけてた昔の歌。探偵の彼女や嫁の心得っぽいな、と思って歌ってみた」
返った答えに虚を突かれ、新一の手からぽろりと文庫本が転がり落ちる。
「は?…え?なんで?」
「だって、探偵って身分を隠して捜査するじゃない?捜査対象だけで無く、いつ誰に見られているのか分からないんだから、恋人と出かけたり嫁や家族に家族サービスとか出来ないんだろーなって思って。ね?ママ」
「そうねぇ、危ない事件や人質にされたり巻き込んだりしない様に、外では他人のふりをするしか無いのかもしれないわねぇ。そう考えると奥様も辛いでしょうけど、探偵って孤独な仕事ねぇ」
「え?でも…」
考えたことも無かった事を言われ、新一の目がうろ、と父の姿を探す。
「パパも探偵業ちょっとしてるけど、裏の危ない事には首突っ込んで無いよね?ママの知名度なら狙われ難いけど、組織だった裏家業の人達には関係無いし、その辺はちゃんと気をつけて警察に協力してくれてるでしょ?今は推理ショーもしてないし」
「もっ、もちろんじゃないか、千華!有希子も安心してくれ」
「頼もしいわぁ、優作さん!」
ちょっと優作の声が上擦っていた気がするが、ここはスルーするが吉だろう。
何か問題があっても、早急に調整してくれるはずだ。
「それに、パパがお友達少ないのも、自分が事件に関わっているからでしょ?お出かけするの、ICPOとか事件関係の人ばかりよね?」
末っ子の素朴な疑問に、リビングが静寂に支配された。
「……パパってお友達、いないのね…」
娘が溜め息交じりに呟き、息子が縋る様に父を見上げる。
その瞳が、探偵になると普通の友人は持てないのか、という悲しみに満ちている。
「い、いるぞ!?パパのお友達は世界中に沢山いるよ!?」
「…事件に関係の無いお友達は…?」
娘の残酷な問いに、父はキュッと口を閉じ目を逸らした。
「…そう、やっぱりパパは、そのお友達とも人の死に方や遺体の損傷や殺人トリックをお話ししながらお酒を飲むのね…」
血生臭そうなつまみね…と娘が呟く。
優作は徐に携帯を取り出した。
「……………樫村!この留守電を聞いたら折り返し…て、出れるなら直ぐに出ろ!」
相手は留守電の途中で出たらしい。
「こんな時間まで残業してるのか?お前、確かお子さんまだ小さかったろう?寂しがって…は?離婚した!?奥さんのご両親は!?…そんなもの、嫁の両親が健在なら父方が親権を取れる確率が低くなるからだろう!……知らずに離婚裁判に挑んだのか!?…何故その時連絡してこなかった!?」
声を荒げる優作に、新一と千華は顔を見合わせる。
「こんな時間まで残業して帰れないような父親に、裁判所がそう易々と親権を渡してくれるものか!…は?連絡がつかない?元嫁に?…子供にもか!?分かった、もういい!私が居所を調べるから、今分かっている状況だけでも全てこちらに送れ!…一週間だ!一週間でお前の子供を見つけてみせる!…ああ、また後でな」
荒々しく電話を切り、くるりと家族に向き直る。
「父さんは少し用事が出来た。これから少し忙しくなるけど皆は気にしなくていいからな?」
それだけ言うと、返事も待たずに颯爽とリビングを出て行った。
「…パパ、普通のお友達、居たのね…」
「居たっつーか、思い出したってーか、絞り出したっつーか…まあ、居たでいいか…」
「うん。あんなに必死なんだから、居たでいいよ…ママは知ってる人?」
千華の問いに、有希子はにっこり微笑み沈黙を守った。
「あの、樫村ヒロキですっ。よろしくお願いしますっ」
緊張した面持ちで工藤家を訪れたのは、優作の大学時代の友人だという樫村親子だった。
ドヤ顔の優作の隣で苦笑している樫村父に、親しい友人だったということは間違いなさそうだと胸を撫で下ろす。
無理矢理連れて来られた訳では無さそうな雰囲気なので、優作の一方通行友情では無いのだろう。
「初めまして、オレは工藤新一です」
「妹の千華です。よろしくね!ヒロキ君って呼んでもいいかな?」
「はいっ」
元気に返事をしてくれたヒロキは、まだ九歳だと言うのに、新一や千華よりもずっとITに造詣が深く、色々教えて貰い、かなり楽しい邂逅となった。
小学生に知識で全く歯が立たなかった新一はかなり悔しがり、また遊びに来いよ!と約束を取り付け、驚きながらも照れさせることに成功し、父’Sの優しい眼差しを浴びていた。
有希子と千華の心尽くしの夕飯を一緒にし名残惜し気に別れたが、きっと今後末永く付き合える仲になるだろう。
優作も旧友と事件の関係無い親交を温められて嬉しそうだった。
ただ一人、有希子だけは自分の友人の子供と千華の親交が大失敗しているのを振り返り、少し遠い目をしていたことは、新一と千華の胸に収めておくことにする。
「…そーいや、千華。父さんの友達がどうとか話した日に、探偵の嫁とかの歌歌ってただろ?」
「うん、歌ってたねぇ」
「あれ、何て歌だった?」
「テレサ・テンの『愛人』」
「………」
知らなくていいことは、結構多い。
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新一君の妹ちゃんが転生オリ主の話の続きとなります。<br />昨日中に上げるつもりだったのに、全然間に合いませんでした…。<br />夏バテ辛い…皆様体をお厭い下さいませ。<br /><br />毛利家が関わると無駄に長くなる罠。<br />長くなり過ぎたので、今回入れる予定だった話一つ削ったし(-_-;)<br />長々ダラダラで申し訳無いですが、<br />この世界での空手問題はこうなりましした。<br />オリキャラ多くてスミマセン…苦手な方ご注意を!<br /><br />原作アンチ・ヘイトの気は全くありませんが、少し厳しめも入るので、<br />ちょっとでも地雷ある方はそっ閉じ下さいませm(_ _)m<br /><br />毎度、感想コメありがとうございます!<br />楽しんで頂けているようで嬉しいです(T▽T)<br />返信出来ない時もありますが、すっごくありがたく読ませて頂いております(*´▽`*)<br />徐々に返していきますー!
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工藤家の問題児 7
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10074331#1
| true |
キャプションに御座います、注意事項はお読み頂けましたでしょうか?
此方は救済、お見合い成り代わり、何でもありのコナン夢小説です。御閲覧の際は充分に御注意下さい。
[newpage]
安室さんとの水族館デートもどきからの爆発物処理班Wエースとの遭遇、命名「爆弾コンビ事変」から無事とは言い難いが何とか実家に帰還した私。直ぐ様、1日ぐっすりと寝てすっかり体調の良くなった姉に今日のことを1から順に全て話した。
降谷さんは仕事の関係により、表では本名で呼んではいけないこと。普段外では喫茶店のバイト兼私立探偵の「安室 透」と偽っていること。偶然出会った長兄の後輩であり、爆発物処理班のWエース、松田さんと萩原さんが自分達を助けてくれたのは姉だと思い込んでいること。降谷さんに交際の返事はまだしていないこと。断りきれず約束してしまった次のお出掛けは、今日、付き合ってくれたお礼としてポアロで美味しい料理をご馳走してくれるらしいこと。その日、私は仕事だから今日みたいなことがあっても絶対に代わりにいけないこと諸々、伝えなければいけないことが多過ぎて頭がパンクしそうであった。
私の話を聞いていた姉が自分の部屋に置かれたピンクのソファに優雅に座りながら、クスクスと小さく笑い声を上げ、楽しそうに目を細める。
「そっかぁ、零くんはそんな大変なお仕事をしているのねぇ。婚約者であるアタシがちゃーんと癒してあげないと!」
「いや、婚約者って、まだ付き合ってもねぇだろ」
「なぁに、小梅ちゃん。もしかして嫉妬してるのぉ?」
「してねぇよ!!」
そもそも、安室さんの場合、バイト先に梓さんと言う姉さんよりも断然若くてピチピチの、穢れなきかわいこちゃんが居るから姉さんの癒しは必要としていない気がする。等と言う、姉さんの地雷を踏み抜くような発言はぐっと堪えて飲み込んだ。
29歳、三十路手前、いつまでも夢見がちな少女の心を忘れたくない姉さんに、若いと言う単語は地雷である。まだまだ充分若いだろ、と思うもうちの姉は妙に年齢と若さに固執しており、ちょっとした偏見を持っているのだ。実に面倒くさい。
「ポアロで迷惑かけないようにね」と軽く忠告するも、「こけしもどきは黙ってろ」と一蹴り。古傷を抉られ、心に深手を負った。もうダメ生きていけない。
因みに、私の地雷ワードは日本人形、こけし、座敷わらしの3つである。本当に面倒くさい姉妹だ。
「ねえ、ところで小梅ちゃん」
こけしもどき発言に傷つき、姉さんの部屋の床に敷かれたピンク色のカーペットの上で体育座りをしながらいじけていれば、妙に艶っぽさを孕んだ彼女の声が頭上から聞こえてきた。
「何?」
ああ、嫌な予感がする。
「その萩原さんと松田さんってイケメン?」
矢張り来たか。その質問が。私はその質問に思わず頭を抱えた。
流石は無類の男好き。男と聞けば直ぐに目を輝かせるのをどうにかして欲しい。
「え、あー………いや、そんなに」
ごめんなさい、とても格好良かったです。そこは流石、降谷さんの知り合いである。彼に負けず劣らず御二人とも端正な顔立ちをしていた。けれど、その事実を馬鹿正直に彼女に伝えてしまえば最後。二人をロックオン!! 降谷さんと付き合う気満々ではあるが、キープとして二人を狙う可能性が大いに高い。彼女の身内として、そんな失礼なことをさせるわけにはいかない。
「ふーん………」
元々、何故これで公安に配属されたのかが不思議な程、私は昔から隠し事が苦手で、嘘をつけば直ぐに目をさ迷わせる癖がある。右往左往する私の目を訝しげに眺め、姉は近くのスマホを手に取った。
「もしもし、椋太お兄ちゃん?」
そして慣れた手付きで彼等の先輩に当たる長兄へと電話を掛けたのである。
駄目だ、1発で嘘がバレた。私本当に公安で大丈夫かな?
「あのね、ちょっとお願いがあるのぉ。聞いてくれる?」
やめろ、その猫撫で声。呆れつつも、何だかんだ長兄は我々妹二人に甘い。そんな甘えた声でおねだりしてしまえば、彼は意図も簡単に堕ちてしまうではないか。
「なんだ、どうした」
ほらみろ、聞く体勢に入っちゃったじゃないか。これ、絶対にちょっと難しいお願いでも頑張って聞いてくれるよ。
やめたれ、兄さんの良心を利用したるなや。
私にもわざと聞こえるよう、スピーカー状態で会話するものだから、電話越しに兄さんの声がやけに姉さんの部屋に響き渡る。
「お兄ちゃんの後輩に、松田 陣平さんと萩原 研二さんって人、いるよね?」
「ああ、よく知ってるな。二人とも自慢の後輩だよ」
兄さんの声がとても柔らかくなるのを感じた。余程可愛がっているのだろう。そんな後輩二人が姉さんの毒牙にかかってしまうとも知らずに、兄さんは姉さんに言われるがままポンポン、テンポ良く答えていく。
「そっかぁ、お兄ちゃんが認めるくらい優秀な人達なんだぁ」
二人のあれが凄い、これが凄いと機嫌良く後輩自慢を交えながら一通り姉さんとの会話を終えれば、姉さんが本題へと話を変える。
「実は今日、偶然御二人にお会いしたの。ほら、この前言ってたアタシのお見合い相手のご友人だったみたいで、今日一緒に遊んだのよ。でね、その事をたまたま今日、実家に来てる小梅ちゃんに教えてあげたら御二人がどんな人なのか気になるみたいで。小梅ちゃんが男性に興味を持つなんて珍しいから、御二人を見せてあげたいの。でもアタシうっかり御二人の連絡先を聞くの忘れてて頼めないから、兄さんの方で、あれば写真を送って欲しいんだけどぉ」
よくもまあそんなにつらつらと嘘が出てくるものである。そして人を餌に釣るのやめてくれる?
今日1日姉さんが風邪を引き寝込んでいたとは知らない兄さんは、ころっと彼女の嘘に騙される。何か反論しようとするも、開いた口を瞬時に姉さんの手によって強く塞がれる。普段非力な癖して、何故こういう時に限ってだけ異様な怪力を発揮するのか大変謎である。
ただ、普段鍛えている私の方が強いのは当然で。自分の口を塞いでいる彼女の手を振り払うことは可能である。しかし、抵抗すれば姉もむきになって、更に口を塞ごうとしてくるだろう。そうなったとき、下手に動けば怪我をするのは私よりも姉さんの方である。痛い思いはして欲しくないし、警察官として、一人の人間として、女性、しかも自分の姉に怪我を負わせるのは如何なものか。
そう思えば思うほど、姉さんの手を振りほどくことが出来なくて。抵抗することを早々に諦め、恐らく姉の暴走による被害を蒙るであろう萩原さんと松田さんに心の中で合掌し、無事を祈るしか無くなった。
「小梅もいるのか?」
「うん、今一緒にいるよ。寝ちゃってるけど」
嘘つけ!! バッチリ起きとるわど阿呆!!
「そうか………しかしなぁ、二人の許可なく写真を送るわけにもいかないからな」
今まで機嫌良く色々なことに答えてくれていた兄さんが、そのお願いを耳にし、分かりやすく携帯のスピーカー越しで口ごもり、戸惑いを露にした。さっすが兄さん、良識の塊だね!! そのままプライバシーの侵害だからと断ってくれ。
思わず兄さんの返答にガッツポーズを決めて、姉さんに丸めた雑誌で頭を叩かれた。
やめろ、私はゴキブリじゃねぇんだよ。
「お兄ちゃんお願い!! 小梅ちゃんがこんなにも男の人に興味を持つなんて滅多にないの! 小梅ちゃんのためにも、協力してくれない?」
人をだしに使うな!!
渋る兄さんに痺れを切らし、姉さんは最後の手段とばかりに、末っ子という最終兵器を使い、先ほど以上に甘えた声を発する。
「あー………ちょっと待ってろ」
すると兄さんは少し考え込んでから、仕方がないと言わんばかりにそう答えた。それから暫くすると、ピロンピロン、姉さんの携帯からトークアプリの通知が鳴り、二人の写真が送られてきた。
「さっき二人に連絡して、許可貰ってきた。二人とも、お前なら良いってさ。随分と好かれてるようだが、お前そんなに仲良かったのか?」
「今日凄く仲良くなったのよ!」
不信がる兄さんを他所に、姉さんは送られてきた写真をいそいそと保存する。何が凄く仲良くなったのよ、だ。1度も会ったことない癖に。
「そうか、まあ仲良くするのは良いが、あまり二人に迷惑かけるんじゃないぞ?」
兄さん兄さん、今この人絶賛迷惑かけようとしてます。
「はぁい」
姉さんの甘ったるい返事が物凄く癪に触る。
「小梅の声が聞けなかったのが残念だが、寝てるのなら仕方無い。今日はこれできるよ」
寝てません!! 超起きてます!! てか、あんたは本当に妹に甘いな!!
「うん、ありがとう。バイバーイ!」
姉さんは姉さんで、自分の気が済んだらもう用はないと言わんばかりにそそくさと電話を切ろうとするなや!! 無理なお願いでも聞いてくれようとする兄さんにもっと感謝したってくれ!!
いまだに姉さんに口を塞がれ、もごもごともがき続けるていれば、電話が切れたと同時に漸く解放される。
すーはー、姉さんの手によって吸えなかった酸素を思いっきり肺一杯に口から吸い込む。姉さんお気に入りの、官能的ながらも気品溢れるローズとラズベリーの香水の香りが酸素と一緒に体内へと入っていくのを感じた。
「小梅ちゃんの嘘つき」
そして手が離れていったと思えば、怒気を含んだ瞳でギロリ、鋭く睨み付けられる。その言葉、そっくりそのまま返すわ、と反論すれば再びスパンッと良い音を立てて雑誌で頭を叩かれた。痛いんですけど。
「すっごいイケメンじゃない」
保存したばかりの写真をずいっと目の前に突きつけられ、どうして嘘をついたの?と問い詰められる。携帯には垂れ目を細め、甘い笑顔を浮かべて優しい雰囲気を醸し出す襟足の長いイケメン、萩原さんと、ちょっと不機嫌そうに萩原さんに肩を抱かれ、煙草を吸いながら写真に写るサングラスが良く似合うワイルドなイケメン、松田さんの姿があった。容姿も性格も対照的ながら、お互いのことを大切にし思い遣る良き親友の二人が楽しそうな姿に、少しだけ気分がほっこりするも、目の前の姉に、終いには「イケメン二人を独り占めしようとするとか、とんだ性悪に育っちゃったわねぇ」と鼻で嘲笑われて、彼女の特大ブーメラン発言に苛立ちを覚える。
「お姉ちゃんに嘘ついたお詫び、してくれるよね」
最早言葉の後ろに疑問符が付いていないように思えるのは私の気のせいだろうか。否、気のせいな訳があるものか。
嘘を吐いた後の姉さんが誰よりも怖いことは、自分が良く分かっていただろう。何故、それをよく理解していながらも嘘をついてしまったのだろうかと深く後悔した。
ニッコリ、愛くるしく笑う姉さんにぞわりと背筋が凍る。
「あのね、アタシ陣平くんが超絶好みなの。勿論、研二くんみたいな優しそうなイケメンも好きよ? でもお姉ちゃん、陣平くんみたいなワイルド系が一番好きかな。
あ、でね、零くんを本命として、この二人とはキープとしてお付き合いしたいのよぉ」
「……何が言いたいの」
そこまで聞いてしまえば、大体彼女の言いたいことは察しがつく。けれど、分かりたくないと脳が酷く拒否反応を起こした。
「だからぁ、二人を助けたこと、このままアタシってことにしといてくれない? どうせ、本当のことバラして困るのは小梅ちゃんだけだし」
ねっとしとした彼女の声が私の鼓膜にまとわりついて離れない。
この姉は、二人を手中に収めるためにどうやら二人の命の恩人になりたいらしい。欲しいものは全て望むままに、女の武器を駆使して手に入れてきただけはある。やり方が悪どい。
「良いでしょ? ダメって言うなら、零くんに、小梅ちゃんがどうしても零くんと付き合いたくて、勝手にアタシのフリして出掛けてたって言うからね?」
姉さんの言葉にごくり、喉を鳴らして息を飲んだ。
もし、もしもそんな事になったら降谷さんは―――私の姿をどんな感情を含めて、あの海の様に綺麗な青い瞳に映す?
嫌悪、軽蔑、拒絶、どちらにせよ、突き刺さるような視線を私に向け、怒りを露にするのは当然だ。自分を騙して、自分の見合い相手のフリをしていながらも、素知らぬ顔で共に仕事をしていたのだから。
私にとって降谷さんは厳しいけれど、尊敬出来る上司である。目標とし、早く彼のような一人前の警官になりたいと、背中を追い掛けているからこそ、そんな目を向けられては一溜まりもない。私は降谷さんに、「お前はそんな最低なやつだったのか」と幻滅されたくないのだ。顔も見たくないと言われ、見放されてしまう可能性だってある。
公安に配属されて、彼の右腕である風見さんの補佐として漸く彼等の大きくて力強い背中についていけるようになった。だからそれだけは、その最悪な未来だけは何としてでも避けたい。
「事実を知らなければ何とでも言えるのよ」
するりと私の頬に、その真っ白でよく手入れされた華奢な指を這わせ、どこぞの悪役かと疑うほど悪い顔をする姉に向かってこくり、小さく頷き返事をする。
「姉さんの好きにすれば良い。だから、降谷さんにだけは何も言わないって約束して。絶対に」
別に自分が二人の恩人だとは思っていないけれど、姉さんに二人が堕ちてくれるかは別として、姉さんがそうしたいと言うなら好きにすれば良い。私はただ、国の治安を守る公安警察官として、降谷さんや風見さんの背中を追えればそれで良い。その筈だと言うのに、今日みたいに、降谷さんや萩原さん、松田さん達と親しげに、それでいて楽しそうに笑い合う姉さんの姿を思い浮かべ、ドロリ、胸の奥底から泥水の様な汚い何かが少しずつ、私の心を黒く染めていく。そんな感覚がするのはきっと気のせいだ。
[newpage]
あの突然湧き出てきた黒い感情が何なのか、その正体は分からぬまま。然程気にもせずに過ごしていればあっという間に時間が過ぎて行き、安室さんとの約束の日が訪れた。その日はこの前のように電話も掛かって来ず、私は何時も通り仕事に向かったのである。
最近昇任試験に合格し巡査部長となった自分の主な仕事は部下である巡査の指導監督と、上司である警部補と警部の補佐。今は自分が担当している部下にある程度仕事を割り振り、上司であり自分が補佐を務めている風見 裕也警部補から頼まれた必要書類を纏めている最中である。
自分のデスク上に高々と積まれた資料や報告書達を眺め、今日も帰らず徹夜かな、と悟りを開きながらも手を動かしていれば―――
「谷崎さん、報告書の確認お願い致します」
「はーい」
同じく徹夜が確定している、げっそりと疲れきった顔の部下が報告書を持ってきてそれを受け取れば仕事が減るどころか、次々と増えていく。
「風見さん、此方も報告書の確認お願い致します」
「分かった」
それでもって自分が書き終わった報告書は隣のデスクに居る、目元に大きな隈を飼った風見さんに渡す。時間と書類の提出期限日が迫って来ているのだ。上司も部下も関係なく、うかうか帰っている暇はない。増える仕事に反比例して我々の睡眠時間は減っていく。今、何が欲しいかと問われれば間違いなくこの場に居る全員が満場一致で「睡眠時間」と答えるであろう。シンッと耳が痛くなるほど静まり返った室内に、カタカタと幾つかのキーボードをひたすら打鍵する音だけが響き渡る。
窓の外はすっかり黒に飲み込まれて真っ暗で。太陽の代わりに黄色の丸い月がひょっこり顔を出す。
室内の壁に掛けられた時計の針は良い子が寝る時間を指していると言うのに、国を守る良い大人はせっせと働く時間である。
死んだ目でひたすら何枚かの報告書を書き終え、タンッと快活な音を立ててエンターキーを押す。その音を合図にして立ち上がり、隣で手を休めることなく最近取り扱った事件の資料を纏めている風見さんに「ちょっと休憩行ってきます」と一言告げ、彼から短く返事が来たところでそそくさと廊下へ出たのである。
廊下に設置された自販機で好きでもない、寧ろ嫌いな無糖の缶コーヒーを購入して眠気を覚ます。
口に流し込まれたコーヒーの味は矢張り何時になっても慣れないもので。その苦さは、思わず飲み込んでからベッと舌を出すほど。コーヒー好きな人の気持ちがよく分からない、私はリンゴジュースが好きな子供舌である。
「やっぱリンゴジュースにしとけば良かった……」
一人、誰もいない薄暗い廊下で誰に言うわけでもなくそう呟いたとき。スーツのポケットの中に入れっぱなしの携帯がブブブッと振動し出した。
おい、誰だよこんな時にと苛立ちつつも仕方なく携帯を取り出せばディスプレイにでかでかと、存在を主張するかのように「胡桃」と姉の名前が映し出されていたのである。
ま た お 前 か !!
一瞬、このまま気付かないふりをして仕事に戻ろうかと考えたが、それはそれで私が電話に出るまで執拗そうだ。
はあ、と1つ溜め息を吐き、誰もいない喫煙所に入って姉の電話に出ればスピーカーから容赦なく彼女の金切り声が私の鼓膜を大きく揺らした。今日の彼女は何故だか御立腹。非常にご機嫌斜めである。
朝、父から聞いた話では安室さんの手作り料理が食べれると、スキップまでして上機嫌だったのではなかったのか。どうでも良いが、その金切り声は働き詰めの頭に響くから勘弁してくれ。
兎も角爆発寸前の彼女を電話越しに落ち着かせてからが酷かった。
零くんと一緒に働いているあの女は何なのだ。距離が近すぎるのではないか。喫茶店に来ているあの女子高生どもは絶対に零くん狙いで色目を使っているし、たまたま昼食を取りに来店していた研二くんと陣平くんを狙う女もいる。3人ともアタシのものなのに!等々、自分の気が済むまで散々喚き散らし、彼女は鼻息荒いまま一方的に電話をぶち切った。
私に言わせればお前が何なのだって話だよ!! 私の休憩時間を返せこの野郎! それでもって松田さんも萩原さんも降谷さんもお前のものじゃないよ! 失礼だから人を物扱いするんじゃない!
詰まり彼女は今日、ポアロで彼等、主に安室さんの周囲に居る女性陣に嫉妬し、そのぶつけどころのないどうしようもない感情を発散するために私に電話を寄越したのか。一人、彼女の電話での荒れように納得し、どっと疲れが押し寄せてくる。
深い深い溜め息をもう一度吐き出し、喫煙所に設置されたカウンターテーブルに顔を突っ伏した。
「おい、何をしている」
このまま眠ってしまいたい。
重い瞼が重力に逆らえず落ちてきたときである。突然背後から声を掛けられ、反射的に飛び上がる。
「ふ、降谷さん?!」
声の主を確かめるべく後ろを振り向けば、そこには何時もと変わらぬ、気難しげな表情を浮かべた我が上司、降谷さんの姿が。
毎度毎度、いきなり気配を消して背後に立つのは非常に心臓に悪いから止めて欲しい限りである。
「あれ、登庁は明日では? それに、視庁にいらっしゃるなんて珍しいですね」
普段は察庁にある執務室の方で私や風見さんと仕事をすることが殆どで、同じ警察官であっても自分の身分を余程の事が無い限り明かせない降谷さんは、視庁に来ること自体中々無い。しかも今日はポアロのバイトが終わってすぐ、そのまま来たのか、彼の格好がスーツではなく私服である。本当に誰よりも忙しい人だ。
「ああ、今日は少し用事があって寄っただけだ。ところでお前はこんなところで何をしている? 普段、煙草なんて吸わないだろ」
生来、私は煙草と相性がよろしくないらしく。1度、今後、社会に出れば付き合いで吸わなければいけない時が来るだろうと、試しに吸ってみたことがあるが噎せる噎せる。苦いわ煙たいわ、吸った煙が気管支に入って苦しいわで散々な目にあった覚えがある。それ以来、私は煙草を吸わなくなった。降谷さんもそのことを知っている。だから、煙草特有の紙臭い匂いの立ち込めるこの場に居座る私を彼は訝しげに見詰めているのだ。
彼は探偵の顔を持ち合わせているからなのか、洞察力が誰よりも鋭く、些細なことでも自分の中で引っ掛かりを覚える。
あれ、もしかして私、仕事をサボっていると疑われてる? いやいや、決して仕事をサボっていた訳ではありませんよ? ちゃんと風見さんに一言入れて、一時頭を休ませるために休憩しているだけです。
今回は本当にタイミング悪く、身内から電話が掛かってきて。出ないわけにもいかず、廊下で電話するわけにもいかず、咄嗟に入ったのがたまたま喫煙所だっただけです。煙草は吸ってもいないし、吸えないです。等と慌てて弁明すれば、降谷さんは眉間に深く皺を寄せたまま、そうか、と短く返事を返してきた。
あれ、これちゃんとサボりの疑い晴れましたか?
谷崎 胡桃として会う降谷さんは人当たりの良い安室 透の顔が混じっているから兎も角として、本来の姿である公安警察官の降谷さんは常に仏頂面で何を考えているのか分かりにくく、可愛らしい垂れ目をこれでもかと吊り上げ絶対零度の瞳で此方に視線を向けるものだから多少の恐怖さえ感じる。安室さんが胸焼けを起こすほど甘ったるい砂糖であれば、降谷さんは舌が燃えてしまうと錯覚するくらい辛い七味唐辛子。安室さんを見るたびに、普段とのギャップが酷いとつくづく思っている。
誰に何と言われようと、自分の信念を貫き職務を全うする彼の背中を私はとても尊敬しているが、上司として、人として接しにくいのが難点である。
「あの、降谷さんこそどうして此方に?」
そもそも何故、降谷さんの方こそ全く吸わないと言うのに此処に居るのか。ふと疑問に感じて、思ったままを口にすれば再びギロリ、鋭く睨み付けられ震え上がる。え、怖いんですけど。何か今日、何時も以上に機嫌悪くない?
「僕が此処に来てはいけない理由があるのか?」
只でさえ凄みのある声が先程よりも1オクターブ下がり、低く太く、濁って喫煙所全体に響き渡る。それと伴い、降谷さんの目からすうっと僅かな光が消え、更に何を考えているのか読み取りにくくなってしまう。
「いえ、ただ、降谷さんが此処に来るのは珍しいなと、不思議に思っただけです」
これしきのことでビビってどうする。ただ今日はちょっと機嫌が悪いだけだ落ち着け私。背中にひやり、やけに冷たさのある汗が伝い、体が降谷さんの発する迫力に圧されて震え上がりそうになるのをぐっと堪え平常心を保つ。
「………何でも良いだろ。兎も角、早く此処から出ろ。ヤニ臭くなる」
敢えて此方も表情を無にし、抑揚の無い声で言葉を返せば降谷さんはそれが気に入らないとばかりにまた、眉間の皺を深くする。
貴方は私にどうしろと?! 上司の読めない行動に内心ぶちギレていれば、突然片腕をその大きくがっしりとした手で掴まれ、前に引っ張られる。そしてそのまま混乱し無抵抗な私を降谷さんは引きずり、二人して喫煙所から出た。
「ほら」
喫煙所から出て力強くつかんでいた私の腕を解放したかと思えば、降谷さんは直ぐ様くるり、踵を返して此方をまた光の無い深海の底のような瞳で見据える。そしてぐいっと私に、まだひんやり冷たさを残し、水滴がついている缶のオレンジジュースを押し付け渡してきた。
「え、あの降谷さん、これは」
降谷さんから缶ジュースを素直に受け取れば、彼はムスッと拗ねた子供のように口を尖らせ一言。
「お子様なお前にはこれがピッタリだ」
な、なんて失礼なんだこの上司! 姉さんに向けるようなあまいあまーい態度とは大違い。あそこまでとは言わないが、部下である私や風見さんにももう少し優しくしてくれ! けど、缶コーヒーよりもオレンジジュースの方が大変助かりますので此れは頂きます。有難う御座います降谷さん!!
チキンナゲットな私は直接抗議出来ないため、心の中で大噴火。内心地団駄を踏んでお子様だと言われたことを拗ねつつ、嫌味を交えながらも部下を気遣ってくれた上司にお礼を伝え頭を下げる。そしてふと、降谷さんが片手に持っている物に視線が行った。
それは先程私が開けて飲んだ缶コーヒーではないか。無糖、と書かれた缶はプルタブが空いている。喫煙所に来た降谷さんは手ぶらであったから、間違いなくあれは一口飲んで諦めた私の缶コーヒーである。何故、それを彼が持っているのか。ちゃんと渡されたオレンジジュースも、それも責任を持って飲み干すから返してくれ。
自分が口を付けたそれを、彼が持っている。その現状が何だか気恥ずかしくて、早く返して欲しいと願うも―――
「じゃあな」
降谷さんは缶コーヒーを私に返すことなく、早足に警視庁から去って行ってしまった。
「降谷さん、カムバァァァァァァアック!!」
[newpage]
「あのさ、胡桃、オレ達もう一度やり直さないか?」
今現在、私はとある男を前にし、酷く絶望していた。
何故こんなことになったのか、寝不足で全く働こうとしない頭を回転させ、つい今朝のことを思い出す。
やっとの思いで仕事を終わらせ、家に帰宅した6徹目の今日の朝。6日ぶりに自宅の廊下を重い足取りで歩く。スーツをソファに脱ぎ捨て、シャワーを浴び、携帯のアラームをセットしてから漸く布団にもぞもぞ潜り込み意識を手放そうとしたときである。ガチャッガチャガチャッとかけたはずの玄関の鍵が開けられる音がし、ドタドタと足音五月蝿く家の廊下を鳴らし、此方へ誰かが近付いてきた。
家賃がお安い割りにはセキュリティがしっかりしているし、自分の職場である警視庁からもそれなりに近い。余程高い技術がない限りアパートの鍵は開けることが出来ないし、警察のお膝元で悪さをしようだなんて言う阿呆は中々居ないだろう。しかし、誰がやって来たのか非常に気になるし、恐ろしい。
警察である自分の家に侵入してきた何者かを確かめに行こうと布団から起き上がろうとするも、如何せん。疲れきった体は言うことを聞かず、腕にも足にも力が入らない。
やっとのことでのそのそ布団から這い上がった瞬間、スパンッと寝室の襖が開けられたと思えば、そこには絶賛不機嫌オーラを漂わせた実の姉の姿が。うわ最悪。
「何しに―――むぐっ」
突然何しに来たのだと、文句の一つや二つ言ってやろうと口を開けば、それを遮るようにして姉は私の口に甘い何かを突っ込んできた。
突っ込まれた何かに歯を立て噛んでみれば、口内にサクサクとした食感と甘酸っぱい果汁がじゅわりと広がる。
こ、これは! 駅前の個数限定激レアいちごタルト!!
開店直後行列が出来、直ぐに売り切れてしまうと言う幻のスイーツである。何故それが私の口の中に、と言うツッコミは取り敢えず置いといて。
モグモグモグ―――ごっくん、と滅多に食べられないそれをよく味わい飲み込んだ。
ああ、美味しかった。
すると、アポ無しで妹のアパートに突撃してきた上、タルトを突然口に突っ込んできた張本人がニタリ、口元に綺麗な弧を描き、怪しさを漂わせながら嗤ったのである。あ、しまったと後悔してももう遅い。既にいちごタルトは己の胃の中に収まってしまっている。
「食べた? 食べたわよね? わざわざ椋太お兄ちゃんに頼んで並んで買ってきて貰ったその激レアタルトを!!」
自分では決して買いに行かず、長兄をパシりに使う辺り実に傍若無人な姉らしい。
「ごちそうさまでした」
「よろしい、それじゃあ早速お願いを聞いてもらおうかな」
「よーしちょっと待ってろ今吐き出す」
「あのねぇ、アタシの代わりに会って欲しい人がいるのぉ。勿論、小梅ちゃんのメイク技術を駆使してアタシに成り代わって、ね?」
パチリとチャーミングなウィンク付きでお願いされるも、姉のお願いは大抵ろくなものではないと知っている。ケーキ代は払うから勘弁してくれ。
嫌だ嫌だと首を横に振り抵抗するも虚しく、私は気付けば布団から引きずり出され、姉そっくりのメイクをし、青色のヒールを履いて玄関先に立っていた。
「いってらっしゃい」
あれ?と思い引き返そうとするも、姉の弾んだ声が聞こえたと同時に勢いよく背中を押されバランスを崩す。転ばぬよう、咄嗟に目の前にあった扉のドアノブを掴めばガチャリと扉が開く。そして一歩足を踏み出したが最後、完全に外に出たのを確認し、中から姉に鍵をかけられ、私は自分の家から追い出されてしまったのである。鞄の中にはハンカチに携帯と財布、必要最低限のものしか入っておらず。残念なことに鍵は無い。帰る術を無くし、渋々姉のお願いを聞く嵌めに。私は早々に諦めて、姉から指定された場所へと足を進めたのであった。そして冒頭に戻る。
大きな池のある米花中央公園にて、目の前でやけに真剣な目付きで此方を真っ直ぐ見据えながら姉に化けた私に向かって「もう一度やり直そう」とほざくこの男。何を隠そう、私達、谷崎姉妹の元彼にあたる男であり、私の中学時代、自分から告ってきた癖して「やっぱりオレ、お前みたいな目付きの悪い女より、胡桃さんみたいに守ってあげたくなる癒し系の可愛い子がいいから別れてくれ」と私を振り、さっさと姉に乗り換えた馬鹿野郎である。姉と付き合うも、面白味が無いと3日も経たずに二股、三股を掛けられ、それに気付くこともなく捨てられた間抜けでもある。まあ、彼がホイホイ女を取っ替える駄目男であることを見抜けなかった私もとんだお間抜けだ。
確か、もう何年も前に別れ、姉に一方的に連絡先を削除されて音信不通だったのではないのか。どうして今になってひょっこり私達姉妹の前に姿を現した?
状況が飲み込めず不思議がっていれば、タイミング良く携帯のトークアプリにメッセージが入る。きっと、待ち合わせ場所と時間を伝え、私をさっさと家から追い出した薄情な姉からだ。
顔も最早見たくなかったし、そもそも会いたくもなかった目の前の彼に「ちょっとごめん」と断りを入れてからメッセージを確認すれば送り主は矢張り姉で。
数日前に立ち寄ったバーで彼と偶然の再会を果たし、社交辞令で一言二言愛想良く交わせば何を勘違いしたのか、まだ自分に気があると思ったらしく、執拗くよりを戻さないかと迫って来たらしい。何度断っても、婚約者がいると告げても諦めず。何とかその日は振り切って逃げたが、友人から上手く連絡先を聞き出し、何度も何度もメールを送ってきて今日どうしても会って話がしたいと頼まれた。納豆みたいに粘り強くて断りきれず、会うと約束してしまったがどうしても嫌だ。だから姉に成りきった私が彼をどうにか振って欲しい、と言う旨のメッセージであった。
私はメッセージを読み終えた後、怒りのあまり携帯を力強く握り締めた。ミシリ、利き手で強く握られた携帯が悲鳴を上げる。
ふざけんな。男と見れば見境なく、好きでもないのに甘い蜜置いて罠張って、網を持ち構えて、それにまんまと引っ掛かれば自分のゲージに入れて気の済むまで弄ぶ。そんな悪趣味な遊びをしているからこんな厄介なことになるんだよ。完全なる自業自得だ。
初めて告白されて、校則だらけの息苦しい中学生活が少しでも華やかになると浮かれ、彼を家にうっかり招いて姉と知り合うきっかけを作ってしまった私も悪い。が、これはあまりにも理不尽ではあるまいか。
私だって会いたくなかったさ。自分を振って、姉にそそくさと乗り換えた元彼氏になんて。しかも私の容姿コンプレックスを更に悪化させた張本人である。一生を掛けて会いたくない人物トップ3だ。
もう気分は最悪。一刻も早くこの場から、この男の前から立ち去りたい。
どうすれば執拗に迫ってくる目の前の男が姉を諦めてくれるか。寝不足で働かない頭を酷使し、なるべく男の顔を見ないよう視線を下に向け、公園の地面を眺めながら打開策を練っていれば―――
「キャッ!」
公園ので入り口付近から、女の子の小さな悲鳴がして私の耳に入ってきた。悲鳴に驚き顔を上げ、声のした方へと視線を向ければ小さな小学校低学年くらいの可愛らしい女の子が転び、今にも泣き出してしまいそうなほど目に薄い涙の膜を張っていたのである。これは警官の端くれとして、一人の人間として見て見ぬふりは出来ぬ。
「ごめん、ちょっと待ってて」
私が話を聞いていなかったにも関わらず、うだうだぐだぐだ御託を並べ、もう一度自分と付き合ってくれと言い続けている彼に一言。そしてそのまま、助けの手を必要とする少女の元へと行こうとした刹那。
「おい待てよ」
パシリ、彼に片腕を掴まれ行く手を拒まれてしまった。
「何?」
今はお前みたいなくだらない男に付き合っている場合ではないのだ、と意味を籠めて、鋭く彼を睨み付ける。
「オレの話がまだ終わってないだろ。子供なんて放っておけよ」
姉の怒った顔なんて一度も目にしたことが無かったのであろう。彼は信じられないものを見るような目で此方を凝視するも、次の瞬間、有り得ない一言を吐き出したのである。思わず正気を疑った。
自分よりも遥かに小さく、まだまだ我々大人が守るべき子供が自分の近くで転んでしまい、痛みに耐え兼ねて泣きそうになっていると言うのにこの男。放っておけと、それよりも自分の方が優先であると、人間性を疑う様なことを抜かしたのだ。最低である。
私が尊敬してやまない風見さんや、頼れる上司であり正義感と愛国精神がカンストしている降谷さんであったならばきっと、迷うことなく自分達が守るべきものの一部である少女に手を差し伸べる筈だ。
何故、昔の自分はこんなにも道徳心に欠ける男と瞬きするくらい短い間であったとしても、付き合っていたのか。今更ながら、恥ずかしくなってきてしまったではないか。どうやら、今はどうか分からないが、幼い頃の私には全くもって男を見る目が無かったのであろう。
こいつに自分の大切な時間を裂くことは何よりの無駄である。そう判断した私は、自分の腕を強く掴んでいる彼の手を勢い良く払いのけた。
「お前と付き合うとか、マジ無理だわ」
そしてこいつの大好きな姉の顔で、お手本の様な舌打ちをして見せ、唾を吐き捨てるかの如くドスの利いた声で言い放ち踵を返す。衝撃を受けてショックのあまり崩れ落ちる彼を差し置きすたすた、振り返ることなく少女の元まで歩き出した。
「大丈夫?」
目に一杯溜めた涙が溢れ落ちぬよう、必死に下唇を噛んで我慢する女の子の目線までしゃがみこみ、両脇に手を入れて立たせてやる。さらさらのおかっぱ頭にカチューシャを付けた真ん丸お目めの可愛らしい女の子だ。ああ、その丸くて大きな瞳が、ふっくらと膨らんだ赤い唇が羨ましい。
「ひゃっ!」
恐る恐る俯いていた顔を上げ、その穢れを知らぬ黒く透き通った幼き瞳に私の姿を映したと同時に彼女は飛び上がって、途端にふるふる体を小刻みに震わせ怯え出した。
ちょっと待って? 私、怪しい人じゃないよ? 自分から明かせないだけであって、一応お巡りさんです。え、もうそう言ってる時点で怪しい人だって? やだなー、ただ単に明るい未来溢れる子供を助けようとしただけですよ? 犯罪目的で近付いた訳じゃないですからね? ほら、最近よく言うし耳にするじゃないですか。イエスロリショタノータッチ、て。だからそんなに怖がらないでぇっ?! すっげー傷つくしどうすれば良いか分かんないから!!
え、起き上がらせたは良いけど子供ってどう接すれば良いの?!
至って健全な意味で子供は好きだ。しかし、私は親戚の中でも兄妹の中でも一番年下の末っ子で、大人に囲まれて散々オモチャにされつつも可愛がられて育ってきたせいか、自分より年下の子達との接し方があまり分かっていない。
えっと、私の記憶が正しければ、転んで大泣きする小さい頃の私を兄はよしよしと優しく頭を撫でて慰めていた覚えがある。
「あー、お膝ケガしてるね。取り敢えず傷口についた砂を洗い流そうか。丁度、近くに水道あるし」
兄が幼かった頃の私にしてくれた様に、遠慮がちにではあるが彼女の頭を撫でて不安を取り除く為に柔らかく笑い掛けてやれば、まだまだ警戒心は取れないものの、こくりと小さく首を縦に振ってくれた。そして差し出した私の手をそっと握ってきたため、それを合図にして共に公園の中の水道場へと向かう。
「泣かなかったね、偉いね」
「うん。だって歩美、もう小学1年生だもん!」
「そっか、もうお姉さんだもんね」
「そう、お姉さん!」
そうか、君は歩美ちゃんって言うのか。
水道場で彼女の傷口をなるべく滲みないよう、丁寧に洗い流しながら泣かなかったことを褒めてあげれば、先程までの暗いお顔がパァッと明るくなり、私が聞く前に自分から名前を教えてくれた。不可抗力とは言え、見ず知らずの人の前で自分の名前を口にしてしまうのはあまりよろしくない。後で軽く注意しておこう。
知らない人の前で自分の名前を告げては駄目だよ、危ないから。君みたいな可愛い子供は特に。
「えっと、血が止まるまで暫くこれで押さえてようか。ごめんね、今、絆創膏持ってないんだ」
「ううん、歩美は大丈夫だよ。でもお姉さんのハンカチが………」
傷口を洗い終え、深く擦りむいてしまった部分から流れ出る真っ赤な血を止めるように私のハンカチで軽く押さえる。
生憎、私の鞄の中に絆創膏が入っておらず。取り敢えず応急処置だけ済ませることに。
私のハンカチが血で汚れてしまうと気にする彼女に、私が勝手にしていることだから、君が気にする必要はないよ、と伝えれば「ありがとう」と嬉しい言葉が返ってきた。
ああ、その言葉が徹夜明けの荒んだ心に染み渡るんじゃ~~~~。此方こそありがとう!!!
彼女の素直で裏表の無い感謝の言葉に内心ホクホクしていれば、「そういえば、お姉さんの名前は?」と訪ねられ、姉の格好で本名を名乗るわけにもいかず。「胡桃です」と告げれば、「可愛いお名前」だと瞳を煌めかせて褒められるも面白くない。どう考えても自分の名前より、姉の名前の方が華やかで子供受けが良いから。
「歩美ちゃーん!」
彼女に悟られぬよう、心中で拗ねていれば公園の出入り口からバタバタと慌ただしく3人の子供達が駆け寄って来た。その中の一人に見覚えがある。
赤い蝶ネクタイをしたお洒落で利発そうな眼鏡の男の子。彼は喫茶ポアロの真上に事務所を構えるあの名探偵、眠りの毛利小五郎の家に居候している少年で。ポアロに潜入し、毛利探偵に弟子入りした安室さんが、起きているときは割りとへっぽこな彼を手助けするかの様に行動する、小学生らしからぬ賢いこの少年に目敏く目を付けた。
名を、江戸川コナンくん。
降谷さんは彼の切れる頭を信頼している様であるが、私的には安室 透と深く関わってしまった人物の一人として、組織からの保護対象に入れているも、賢く、何に対しても興味を持つ故、ちょこまかと動き回るものだからいつか組織関連の事件に巻き込まれて危ない目にあってしまうのではと、中々目が離せない少年だ。
安室さんの正体が江戸川少年にバレた、と報告を受け、思わずどうしたものかと頭を抱えた。
お願いだから大人しくしてて!! 私の仕事が増えるから!! と叫びながら、彼の情報が記載された調査報告書を思わずデスクに叩き付けたのはつい最近のことである。
あの降谷さんが関心を寄せるほど鋭い洞察力の持ち主だ。ちょっとした言動でこの顔がナチュラルメイクと見せ掛けて、実はコッテコテに化粧で塗りたくられていることや、本当は谷崎 小梅と言う公安警察で、谷崎 胡桃と言う人間に成り済ましていることが彼に悟られてしまう可能性が大いに高い。
何せ、降谷さんが公安の潜入捜査官であると自力で暴いてしまったくらいである。まだほんの子供だからと油断は禁物。
絶対にバレないよう頑張るぞ、と意気込んでからにっこり、上品な笑顔を作り駆け寄って来た子供達を見れば。パチリ、偶然にも江戸川少年と目が会った。その瞬間のこと。
「げっ」
江戸川少年は私の顔を見るなり、酷く顔を歪ませた。なんつー失礼な少年だ。
「なあコナン、このねーちゃんってさぁ」
「この前ポアロで、蘭さんや園子さんを睨み付けていた怖い女の人じゃありませんか?」
そして江戸川少年に続き、そばかすの少年と体格の良い少年二人が私の顔を見や否や、眉を潜ませる。江戸川少年と一緒になってこそこそ、内緒話をしているつもりなんだろうけど聞こえてるからな? 全部筒抜けだよ、お姉さん耳は良いから気を付けろ。
後、うちの姉貴は私の預り知らぬ所で何をやらかしてくれちゃったりしてんだよ。ほんとふざけんな。あんたが安室さんや松田さん、萩原さんに近付く女性達をやたらめったら威嚇しまくったせいで、子供達の印象が最悪ではないか。罪の無い女性や子供を怖がらせるな。
「胡桃お姉さんは悪い人じゃないよ! だって転んだ歩美を助けてくれたもん!」
此処に真っ白な翼を背中に生やした天使がいる。
私をすっかり警戒してしまっている少年3人に向かって、歩美ちゃんが違う違うと首を横に振って否定しに掛かる。もう本当にありがとう。
「で、でも歩美ちゃんも見たでしょう?! 蘭さんや梓さんを睨んでいるの!」
「でも怪我の手当てもして、自分のハンカチが汚れちゃうの気にせず貸してくれたよ!」
最初なんで怯えたのかなと不思議に思ったけど、君もこの前ポアロに居て、うちの姉さんに会っちゃったんだね。怖かったよね、優しそうな顔したお姉さんが目をつり上がらせて周囲を睨み付ける様は。歩美ちゃんの子供らしい純粋な心と優しさに胸を打たれつつ、私が悪いから良いんだよと、口論を繰り広げるそばかすの少年と彼女の間に入ってそれを止める。
「その説に付きましては本当にごめんなさい。その日ちょっと嫌なことがあってかなり機嫌が悪くてね。何とか気分転換しようと外に出て喫茶店に立ち寄ったんだけど中々治らなくて。ついつい目付きが悪くなっちゃったんだ。怖がらせて、嫌な思いさせて本当にごめん!!」
腰を屈め、そばかすの少年と目線を合わせて頭を下げる。これは誰がなんと言おうと身内の失態。周囲に迷惑を掛けた彼女の妹として、そんな彼女に成り済ましている者として、許して貰えるなんて到底思っていないけれど誠心誠意謝罪し、頭を下げるしかない。
ごめんね、怖かったよねと謝れば、彼等は顔を見合わせ、反省しているのならとあっさり許してくれて驚いた。優しい子が多いのかな、と思っていれば、そばかすの少年、円谷 光彦くんがそうだ!と何かを思い付いたのか、手を軽く叩いて声をあげる。
「胡桃さん、あのときポアロの人気メニューの1つであるカラスミパスタは食べましたか?」
「え、食べてないよ?」
確か姉は電話で、安室さんが淹れてくれた珈琲と人気メニューのハムサンドしか食べていないと言っていた。
「梓さんが作ってるんだけど、凄く美味しいんだよ」
江戸川少年が光彦くんに続くようにして説明してくれた。彼も矢張り大人顔負けの頭脳の持ち主ではあるが、まだまだ小学1年生。敵対心剥き出しであった瞳を和らげ、ニッカリ、歯を見せて笑う顔が無邪気で可愛らしい。
あれれー、でもちょっと待ってこの流れ。何かとてつもなく嫌な予感がするんですけど。
「お昼まだだったら、お姉さんも食べに行こうよ!」
「オレたち丁度ポアロに昼飯食いに行く途中だったからよ。胡桃姉ちゃんも一緒に行こうぜ!」
歩美ちゃんの小さなお手てが私の右手を柔らかく包み込み、一緒に行こうよと誘惑してくるし、体格の良い少年、小嶋 元太くんでさえも嫌な思いをしたにも関わらず元気な笑顔を向けてくれるものだから、バレなければ問題ない、と私の中の悪魔が先日の姉みたいな事を囁いてきて、ついついその誘惑に負けてしまったのである。
「是非とも!! 一緒に!! 行かせてください!!」
私の力強い返事を耳にし、江戸川少年がしめたと言わんばかりに口角を上げたのに気が付くも、時既に遅し。
やったー!!と私の傍らで両手を上げながら喜ぶ歩美ちゃんに対し、今更やっぱり行かない、等と言えるわけがなかった。
[newpage]
恒例の登場人物紹介※今回ちょっと長めです。
谷崎 小梅
地雷ワードは日本人形、座敷わらし、こけし。どれも小学校、中学校時、やんちゃ盛りの男子達につけられたアダ名。呼んだやつを一人ずつぶちのめしていった。
毎回なんか姉に振り回されてちょっと不憫な子。だけど、尊敬する上司に失望されるのが怖くて嘘をつくことを選ぶ狼娘。
彼氏が出来る度に、何らかの形でことごとく姉に取られていった経験あり。そのせいか、恋愛には物凄く奥手の引け腰。
降谷さんに抱いているのは恋情ではなく尊敬。
谷崎 胡桃
地雷ワードは「若い」
無類の男好きでイケメン好き。サングラスの似合う人が特にタイプ。また今回も素晴らしい暴君っぷりで妹を振り回した。男性さえ絡まなければ、妹にもそれなりに優しい筈。ある意味器用で最高5股まで出来る人。出来たとしても尊敬は全く出来ない。
自分が可愛いことをよく理解し、最大限利用している。
ポアロでは嫉妬のあまり、化けの皮が女性の前だけで外れかけた。
降谷 零
今回、警視庁の方にちょっと用事があって、バイト終わりにふらっと寄った。用事を済ませて帰ろうとした時、自分の右腕の補佐であり、自分の部下が吸えない癖して喫煙所のカウンターテーブルに突っ伏しててびっくり。お前お子様舌なんだから煙草吸えないだろ!! ヤニ臭くなるし副流煙は体に悪いから早く出ろ!! めっ!!
部下が自分の天敵みたいに煙草臭くなるのが嫌だった人。
本物の胡桃がポアロに来たときの話や、缶コーヒーの行方はまた次回。
松田 陣平
お世話になってる先輩から突然畏まったメールが来てびっくり。勝手に写真を送らず、ちゃんと許可を取りに来てくれる普段は良識的な先輩になついてる。
そして胡桃(小梅)が欲しがってるならと、照れ臭く感じつつも自分の写真を送っても良いと快く許可した人1。
萩原 研二
松田同様、先輩から畏まったメールが来て驚いた。普段は常識人なのに、時々大胆でぶっ飛んだ行動する先輩が面白くて好き。
先輩の頼みだし、何よりも胡桃(小梅)が欲しがってるならと、ニコニコしながら上機嫌で写真を送っても良いと許可した人2。
江戸川 コナン
歩美ちゃんと一緒に居るのって、うわっ、この前ポアロで安室さんと親しい女子高校生基蘭姉ちゃんを睨み付けてた人だ!と思って警戒心MAX。でもって安室さんと親しそうだったから何かあるな、と勘繰ってる。
睨み付けてきた理由も分かったし、ちゃんと謝ってきたし、自分の大切な人に危害を加える様な感じには見えなかったため、安室さんと彼女がどんな関係か突き詰めるため、再びポアロに誘う。
歩美ちゃん
前、ポアロに居たときは怖い人だと思ったけど、自分が転んだとき直ぐに駆けつけて、ぎこちないながらも手当てをしてくれたものだから、あれ、本当は良い人なのではと、嘘つきお姉さんに絆されつつある。
光彦くん
歩美ちゃん同様、実は優しい人なのではと絆されつつある。
元太くん
上記二人と同様、怖い姉ちゃんだなと思っていたが絆されつつある子。
谷崎 [[rb:椋太 > りょうた]]
やっと名前が出たけど、パシられてばかりの1番上のお兄ちゃん。これでも中々に多忙な人。
爆発物処理班Wエース二人の先輩。
普段は良識的な人だけど、時と場合によって大胆でぶっ飛んだ行動する。容姿は末っ子である小梅とよく似ている美青年。
冷静で面倒見が良い。妹二人には甘い。
次回―――江戸川様、降臨
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n番煎じなお見合いネタであり、お見合い成り代わりネタ。今回は救済がメインのお話です。<br /><br /> オリ主がひたすら自由奔放な家族や親戚、主に姉と鬼上司に、そしてコナン界の愛すべきキャラ達に振り回され、時々自分も振り回しながらお見合いする話の続きです。全然甘くないです。砂糖入れ忘れた挙げ句、塩と唐辛子を間違えて入れすぎたお話です。今回は漸くあの方が御登場。ほんでもって夢主がいつも以上に振り回されているかもしれません。ちょっと何時もより話が長いです。<br /><br /> 書き手の警察知識が皆無なため調べながら書いているうえ、生存、救済と言った様に原作との矛盾点や相違点のある夢小説となっておりますゆえ、お読みの際は充分に御注意ください。<br /><br /> コナン夢小説、救済・生存、お見合いネタ、夢要素満載な物となっています。この様な話が苦手な方は閲覧をお控え下さいますよう、お願い致します。<br /><br />※注意事項<br />・オチが降谷零のコナン夢小説<br />・お見合い、お見合い成り代わり<br />・警察学校組の生存、救済表現有り<br />・スコッチの苗字が公式で公開されるまで、「緑川 景光」とさせて頂いております。<br />・名前有りのオリジナル主人公(女)やオリジナルキャラが出ます。<br />・オリ主の性格がかなり個性的なうえに口が悪いです。<br />・捏造盛り沢山のご都合主義<br />・ちょこちょこ話の修正や変更あり<br /><br />前作から引き続きブックマーク、いいね、フォロー、コメントやスタンプ、本当に有難う御座います。コメントやスタンプ、現実と変わらぬ人見知りを発揮してしまい返信出来ておらず、大変申し訳無い限りなのですが、嬉しく読ませて頂いています。本当に有難う御座います。
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なりすまし犯は虚偽を並べ立てる4
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10074434#1
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七夕。
それは古くから、願い事を短冊に書いて叶えてもらう日。
とか、言われているが。ぶっちゃけ、彦星と織姫のための日でもある。
なんでリア充の為に一々祝ってやらねばならんのだ。
ということでやって来ましたねフェス。
元々フェスとは聞いてたけど七夕フェスとかは聞いてない。
いや、別に予定とかないからいいんだけど。絶対カップル多いよね。
なんでイチャイチャされながら見られなければいけないんですかね。
そんな感じで見て欲しくねぇよ……。
美咲「はっちゃんー!!」
八幡「どうしたんですか?」
美咲「みんなで七夕するよ!はい、これはっちゃんの分」
八幡「あ、すみません。今日はマジで用事がありまして…」
美咲「もしかしてデート!!?七夕に用事なんて、コノコノ!はっちゃんも隅に置けないね!!」
何故か相当なデジャブを感じたけど、すぐに拭った。
八幡「いや、仕事です」
美咲「なーんだ、つまんないの。じゃあ早く帰ってきてね!!」
早く…か。そうだな、早く帰って寝たい。
というかそれに尽きる。
あー、恥かきませんように。
千尋「あ、比企谷丁度よかった」
八幡「千石先生…なんすか?」
千尋「はい、これ」
一枚の用紙を千石先生から受け取った。
八幡「なんすかこれ?」
千尋「進路希望表よ。アンタが前休んだ日に音楽科の先生から渡されたの忘れてたのよ」
よく用紙を見ると、第一希望から第三希望と記された進路希望表だった。
だが、八幡の目が奪われたのはそこではない。
八幡「先生、提出期限が…」
千尋「昨日だったのすっかり忘れててね、今電話で気付いたのよ。今日の正午までなら学校にいるから、早く持っていきなさい」
八幡「…………は?」
[newpage]
最近思ったんだけど…俺って間が悪いというか運が悪いというか…。
八幡(フェスのために体力作りしといて良かった〜…そうでも無いと、まじで吐いてたはこれ…)
絶賛、学校の制服に背中にはギターケースという。あまりにもリア充スタイルでフェスの会場まで走っているわけなのだが…。
では一つ…言い訳をさせてくれ。
スイコーは、というか大体の高校は私服では学校の敷地をまたげない。
となれば制服しかない。休日に制服を着るというのも嫌なんだが仕方ない。
取り敢えず、進路希望表には進学の二文字を書いて学校に届けたのだが…問題はこの後だった。
八幡(いや、今日フェスじゃん)
おっと勘違いするなよ、忘れてたわけじゃないぞ。
ただ、朝起きたのが11時。スイコーに進路希望表を出したのが12時前。それでフェスが15時開始の出番が16時40分。
いいか、スイコーは神奈川でフェス会場が東京。
つまり。
八幡(死ぬ気で走らねぇと、間に合わねぇ!!)
電車で東京に着いたのは15時を回った所だった。
元々七夕ということもあり、更には高校野球の地区大会があるとかで電車はギュウギュウ。
移動に使えそうなタクシーやバスには長蛇の列。
つまるところ、ダッシュ以外に移動方法などなかった。
車で来てもらおうとしたが、かなりの渋滞で先程からクラクションが鬱陶しい。
prrrrrrrrrr
誰かなんて表示を見なくても分かる。
このタイミングで電話なんて、少なくとも俺は1人しか知らない。
勢いよく通話のボタンを押して、俺は息切れしつつも大きな声で答えた。
八幡「今向かってます!!」
「そう、早くしてね」
八幡「…………おい、お前誰だ?」
「私よ」
八幡「悪いけどオレオレ詐欺に付き合ってる暇はないんだけど」
「私よ」
八幡「だから──」
この話が合わない感じ。
そして一方的なジャブにも似た、言葉。
これって──
八幡「──お前、椎名か…」
ましろ「そうよ」
八幡「で、なんか用か?今忙しいんだけど」
ましろ「八幡、大事な話があるの」
ここで多くの男子諸君なら「こ、告白されんじゃね!!」みたいな感じになるだろうが、俺は違う。
訓練されたボッチは女の子から告白されるなんて、そんな甘い考えを持たない。
(好意を)持たず
(心の隙を)作らず
(他人の事情を)持ち込ませず
これがボッチ3大原則。
これ、テスト出すからな。
八幡「なんだ、早くしてくれ時間が無いんだ」
ましろ「はしもとベーカリーの究極メロンパンが食べた──」
──プツっ
八幡「よし、走るか」
いい感じでキールタイムを入れてから、次はケータイの電源を切って走り出した。
[newpage]
フェス、それはよかった日本語で言うところの祭り。
つまりフェス以前に、祭りとしてで見せやらなんやら並んでいるのだ。
かき氷にフランクフルト、射的なんてものもあったな。
だからこそあえて言おう。
射的の親父「お、兄ちゃん上手いね、実はそのギターケースの中身スナイパーなんじゃねぇのか」ダハハハハ!!
射的の親父「ほれ、強引にやらせた詫びだ。狐のお面。イカすだろ?」ダハハハハ!!
八幡(遅刻は確定みたいです、佐藤さん。ごめん)
時すでに遅し、強引に射的をやらされた時に見えた時計が指す時刻は15時半だった。
本来なら既に着いていて、チューニングやらなんやらとしなければならないのだが……。
フェスの舞台裏についた時、それはまさに絶対零度の視線が至る所から突き刺さった。
八幡(流石に小声で愚痴られても気にはしないが一応中学の時に磨き上げた読唇術で愚痴の内容を見てやろう)
『うわー、プロなのに遅刻とか有り得なくない?学生気分出こられても困るって言うかぁ〜』
『しかも顔出ししないとかどうせ口パクバレるの嫌だったからでしょ〜』
『それあるぅ〜』
『最近人気出たからって調子乗ってんじゃないの?』
『まじ消えてほしいよね、まじウザイ。あんなの今日はモブでしょ』
八幡(う〜わっ。どんだけ嫌われてんだよ俺。流石に泣くぞ)
だが、読唇術は全然読み取れていなかったりする。
本当はこれだ
1!→2!!→3!!!
『え?あれがHACHIなの?結構イケメンじゃない?それにあの声って、モテモテなんだろうなぁ』
『しかもギターケースなんてしょっちゃって。若いなぁ〜』
『それあるぅ〜』
『私結構ファンなんだよね、今日はHACHI見に来たって言うか』
『そうだよねぇ〜、お客さんも私達よりHACHIメインだよ』
っと言うのが真相だったりする。
もちろんかすりとも気付いていない。
佐藤「比企谷くん、どこいたの!?」
八幡「渋滞やら変人から電話やら、無理やり銃持たされたりして、やっとここに辿り着きました」
佐藤「そ、そうなんだお疲れ……じゃない!!遅刻だよ!!」
八幡「…すいません」
佐藤「ほら、もう順番来てるんだよ。あと10分ちょいしかないから早く行ってきなさい……って何そのお面?」
八幡「貰ったと言いますか…押し付けられたと言いますか…使うと言いますか」
佐藤「もういいや、取り敢えずちゃっちゃと出てこい!」
おい、最後かなり乱暴になったぞ。
[newpage]
フェスとは長時間炎天下で歌う事だ。
大体の人は全員見るって感じだけど、最近では見たい人だけ見るという人も多い。
むしろ最近では後者の方が多いこともある。
超一流の集まる春フェスとか夏フェスと比べると、見たい人だけという人は格段に増える。
興味のないミュージシャンの時にはトイレや食事を済ましたり、ケータイを触ったりして全く聴かないという人までいる。
一人か二人いるかいないかだが、隅の方でイヤホンを付けてる物好きもいる。
いや、何しに来たんだよ。
つまるところ、
「おせーーんだよ!!!」
「さっさと始めやがれ!!!」
「早く出せオラッ!!」
「(・д・)チッ。もういいよ次出せよ次」
絶賛野次が飛び交っているみたいですね。
ステージにゴミが少し乗ってるし。
ゴミ投げるって人ホントにいるんだな。
連続敬遠でくらいしか見たことないぞ…
佐藤「自分が招いたんだから、さっさと行く」
八幡「…うっす」
コレばっかりは射的のおっちゃんに感謝だな。
何となくこんなことになるであろうと分かっていたので、帰りに闇討ちされないように顔にお面をつけた。
さっきのオッサン曰く、イカすだったっけ。
ともあれ、これのおかげで顔がバレなくてよかった。
顔なんて見られたら、フェスが終わったあとが怖い。
というか殺される。間違いない。
やばい、野次は聞き慣れているからなんとも思わないけど。走りすぎたからか息が上がって声出しずらい。
今歌うのはしんどい。
……フェスだし、決められた曲ないし。ギターだけでいいか。
[newpage]
佐藤「自分が招いたんだから、さっさと行く」
八幡「……うっす」
すると比企谷くんは、さっき手に持っていたお面をつけた。
しかもそのお面は、どこからどう見ても百均とかで売ってそうな、やっすいやつだった。
狼の頭を被ったりなど、ミュージシャンが顔を隠すなんて珍しいことでもないが。
いま用意したのが見え見えのそれで行くのか!?
すると、観客の野次が一層ました。
「てめぇ舐めてんじゃねぇぞ!!!!」
「顔隠すとか、後でボコボコにしてやっからな!!」
「てめぇの曲なんて誰も聞きたかねぇんだよ!!!」
「かーえーれ」
「かーえーれ」
「「かーえーれ」」
「「「「「「「「「かーえーれ」」」」」」」」」
フェスの最前列に座っている、所謂ガチ勢達が騒ぎ始めた。
あまりの野次に、周りの客も引いている。
曲に入る前のトークなどで、フェス中ずっと暴言などを吐いていて見過ごされていたが。
これではフェス自体が最悪になるため、注意に。最悪追い出しに行こうと思ったその時だった。
比企谷くんがギターの演奏を始めたのは。
今回はテレビ中継されるほどの大きな声イベントではない、せいぜいビッグネームを上げるとすればニコニコ生放送くらいだろう。
だから、ほかの出演者も自由にやっていた。
それを見ていなかったのに比企谷くんは、自分の出番にも関わらず自分の曲を歌わずにギターを弾いた。
それは歌などではなく、ただ聞こえるのはギターの音だけ。
会場が鎮まる。
先程の業火を消すかのように、沈静されていく。
彼は、比企谷くんは、ギター1本で全ての客を黙らせた。
[newpage]
お、上手くいったな。
あんなに爆音が出ると思ってなかったから、最初は戸惑ったけど…
上手く誤魔化せた。
いやぁ〜、危なかったマジで。
途中何回咳き込みそうになった、危ない危ない……
しっかし、久しぶりにphunkdified弾いたけど、こんな感じだったよな。
中学の時に、ギターのボキャブラリーを増やしたくてYouTubeを見てたら、やたらとコードの回収が雑なチャンネーがいたから3回くらい見て笑ったな。
その時笑ってるの見られて小町に引かれたのがショックすぎて、あのリズムが頭から離れない。
二三日は立ち直れなかったぞまじで。
phunkdifiedが終わったら、体が震えるくらいの客の野次が聞こえた。
八幡(いや、そんなに大声出さなくても聞こえてるから。なに、大声出して。俺のこと好きなの?)
すると、最前列の怖いおにぃさん達が。
「さっさと歌えや!この偽物!!」
見たいなこと言われました。
え?偽物ってなに?
本物なんていたの?それ絶対俺が偽物になるやつじゃん。
え、それじゃあ……
一番売れてる曲でいいだろ。
八幡「じゃ、ラスト…『ALONE』」
因みに出来た経緯は。
ALONE→一人→ボッチ→俺。
…恥ずい。
[newpage]
僕は目を疑った。
舞台でのリハーサルなんて一度もしてなかったから、ミスの1つ位するものだと思っていたのに。
あのphunkdifiedを、この場で完璧にやってのけたのだ。
ギターがうまいのは知っていたが、あれで全開じゃなかったなんて。
しかも場馴れしてる。野次も気にせず、場を静まらせて全部歓声に変えるなんて…。
やっぱり彼は天才だ……。
だが、それでは終わらなかった。
「コスプレ野郎が!!!」
最前列の態度の悪い客が唸った。
コスプレ?なんの事だ?
「態々仮面なんて付けやがって!声を出さねぇのがその証拠じゃねぇか!!適当なプロに頼みやがってよ!!」
「さっさと帰れや!!!」
「いやいや、歌わせようぜ!!ここで恥かけよ!!」
「なぁおい!皆も聞きたいよな!HACHIの生声!!」
「おら!さっさと歌えや!!ビビってんじゃねぇーぞ!!!」
「本物じゃないから歌えませんってか!!」
「さっさと歌えや!この偽物!!」
あまりにも暴論だ。
仮面を付けているだけで、そんな根も葉もないことを。
もう我慢の限界だ、あの客どもを殴ってでも連れ出そうとした時。
比企谷が声を出した。
八幡「じゃ、ラスト…『ALONE』」
曲中、激しく盛り上がるでもなく野次が飛び交うでもなく暴動が起きるでもなく。
ただ誰もが目を奪われた…
エスカレートした客も──
それを見かねて移動しようとした客も──
止めに行こうとしたスタッフも──
誰もが目を、心を奪われた。
漫画や物語の始まりを、伝説の始まりと言うなら、このことを言うんだろう。
僕はやっと、天才の片鱗を見た。
[newpage]
あとがき
どもワカガシラです。
フェスになんて言ったことないですけど、色々と調べました。
調べたらまず暴言って出てきたから何かと思えば、WANIMAのフェスやったんでびっくりしましたね。
からの神対応、流石一流やわ。
それで皆さんphunkdified知ってます?
ギター神業って調べたら出てきたんですけど、やばすぎません?あんなん文化祭とかで出来たらモテまくりでしょ。
1回でいいんでYouTubeで見てくれたら嬉しいです。マジでテンション上がるんで。
取り敢えずフェスのは終了ですね。
これ以上はフェスとか知らんから無理。変に伸ばしても「ニワカ乙」みたいな感じのこと言われそうやから辞めとく。
現時点でも言われそうやし。(フリじゃないよ、やるなよ心折れるから)
次は多分後日談みたいな感じですかね。
一応ヒロインは決まってるんですけど、参考までにヒロインにしてほしいキャラっていますか?
感想オナシャス。
ではまた次回!!ヾ('ω'⊂ )))Σ≡
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仮面の変人ミュージシャン
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クスクスと愉しそうに笑う女の姿を安室は厳しい目で見つめる。
噴水の放水時間が終了すると、目の前の存在はようやく話し始めた。
「もしや貴方は悪魔か魔物が『高野遥』に取り憑いているとでも思っているのですか?」
「…ある意味ではそう思っている」
解離性障害という、心理的障害がある。
簡単に説明すると強いストレスにより、別人格が形成される障害だ。
本来なら専門の医師に診せるべきだが、目の前の存在は、洞察力が鋭いと言われている安室やコナン、そして殺人犯とは言え心療科の医師をも騙す程、『高野遥』を演じた。
今ここで暴かねば、きっとこのまま『高野遥』に成り済ます。
安室にはそれが許せなかった。
「安心して下さい…。私も高野遥ですよ…」
安室は自身の頭に血が上るのがわかった。目の前の存在は話し続ける。
「と言っても納得出来ないでしょうから…『高遠遙一』とでも名乗りましょう」
「高遠遙一…」
それは遥が書く小説の登場人物・数々の殺人トリックを考案する犯罪者。
犯罪芸術家の名前を語る目の前の存在は苦笑する。
「どうも貴方は高野遥を一点も穢れのない存在だと思っているようですが…。高野遥も人間ですよ?貴方の目の前にいる私も、高野遥の一部です」
黙ったまま睨みつける安室の周りを高遠はゆっくりと歩く。
「人間には誰しも闇を抱えている。高圧的な上司を排除したい、自分を裏切った恋人に仕返ししたい、自分の大切な人を殺した人物に復讐したい…。……そんな闇を貴方も持っているのでは?」
安室の脳裏には、ある1人の男の姿が写る。
赤井秀一。安室が殺したい程憎む男だ。
「大抵の人間は実行した後の損失や、今まで培ってきた倫理観・道徳…所謂『理性』と言うものでその闇を押さえ込んでいますが、その箍が外れてしまう人間がいます」
それは安室もよく知っている。いくつもの顔を持つ自分だが、そのどれもが箍が外れた人間と関わる事がある。
「今回の事件では『高野遥』は目の前で、助けられる距離にいたにも関わらず、友人を助けられず、亡くしてしまうかも知れないという強いストレスに晒されました。それに加えて頭部の負傷による昏睡で箍が緩んでしまった。
『高野遥』の意識は『友人を守らなくてはいけない』。その一点のみを目的として、周りを騙し、身内を傷つけてでも成し遂げようとした」
「その目的を成し遂げる為に生み出された人格が『高遠遙一』か…」
安室の言葉に高遠は笑う。
「生み出すも何も、私はこの事件よりも前から在ましたよ?」
「ふざけたことを…」
安室が苦虫を噛み潰したような顔をすれば、やれやれと言いたげに首を振った。
「正直、あのメッセージが分からなければ、私1人で目的を成し遂げるつもりでした。よく気がつきましたね」
「……一枚だけならまだしも、同じメッセージを込めた文章を複数、しかもご丁寧にヒントとして紙飛行機にした奴が何を言っているんだ…」
全く同じ行間、同じ位置にある漢字とひらがな。そして以前ニュースにもなった紙飛行機野郎と同じモールス信号。
一枚だけでは流石に読み取れなかったが、明智が持つ紙飛行機を提示した事ですぐに気がついた。
高遠立ち止まり、安室の言葉に笑う。
「貴方方が手を貸してくれたお陰で、犯人は無事に逮捕されました。目的を達成したので、私はまた意識の奥底へと眠ることにしましょう」
あっさりと何の未練も見せずに言い放った高遠は、ゆっくりと安室に近づく。
「貴方が何故、高野遥を守ろうとするか知りませんが…例え純粋な好意からだとしても、それはきっと重荷になりますよ?」
手の届く範囲まで歩くと、ぐいっと安室の顔を覗き込む。
「……お互いにね…」
ぐらりと遥の身体の力が抜け、安室は自身の体を揺らすことなく受け止めた。
安室が遥の顔を覗き込めば、すーすーと穏やかな顔で寝息を立てていた。
安室はしばらく遥の身体を抱きしめていた。
[newpage]
犯人が逮捕され、眠る遥が安室に抱きかかえられて病院へと戻った翌日、遥の記憶は戻っていた。
周囲が驚く中、遥は現状をよく理解できていないようでキョトンと無防備な表情を見せていた。
恐らく、犯人が逮捕されて安心した事でストレスがなくなり記憶が戻ったのだろうと、新たな心療科の医師は診断した。
さらに喜ばしい事は続くもので、意識不明の重体であった蘭と佐藤刑事の意識も戻り、回復に向かっていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「全く!本当に心配したんだからね!」
念の為にと入院している遥の元に、園子はお見舞いに来ていた。
今までの不安から解放され、園子は口では文句を言いつつも、うきうきとした態度で花瓶に花を綺麗に活けて飾っていた。
「いや、面目無い……」
遥は気まずそうに頬をかいた。
「で?記憶がない間の事は覚えていないの?」
「いや…何だか寝惚けていたような感覚だったよ…。周りが深刻そうな雰囲気でも、何でそんな顔をしているんだろ〜?ってぼんやり考えていたから…」
「へー…そういうもんなのかね〜?」
「まあ、もう2度と体験はしたくないね」
「それはこっちのセリフよ」
お互い顔を見合わせて、声を出して笑う。
「さてと…もう帰るわね!蘭と遥の2人が退院したら豪華に女子会しましょ!」
「うん!楽しみにしてる!」
「じゃあねー!」
園子が部屋から出て行き、病室は静かになる。園子が活けてくれた花は綺麗に飾られており、こういった細かなところから教育を受けている事を感じさせる。
しばらく花の美しさに癒されていると、コンコンと控えめに病室の扉をノックされた。
「はーい。どうぞ」
遥の返事で開かれた扉の向こう側には、見知った人が立っていた。
[newpage]
明智健悟は遥の様子を見に、お見舞いの品を片手に、病院の廊下を歩いていた。
明智の頭の中では、先日の事件の事を思い出していた。
正直に言って、明智はあの時の遥が『高野遥』なのか『高遠遙一』なのかハッキリ分からなかった。
『高野遥』にしては、周囲を巻き込み傷つけるやり方であったし、『高遠遙一』にしてはやり方が緩い。
しかし漢字とひらがなを使用したモールス信号や紙飛行機の件で記憶が失われていない事は分かった。
ならば『高遠遙一』が本格的に動き出す前に犯人を確保してしまえばいいと考えた。
幸いな事に協力者はかなり有能で、事件はあっという間に解決できた。遥の精神も安定したようだ。
明智自身は名前も容姿も同じだからか、昔と今が上手く混じって生きているが、 どうも遥にとって『高遠遙一』は余りにも違う存在過ぎて、遥の魂の奥底にシコリのように残っている気がした。
まあ人間誰しも裏の顔を持つ。今回も【昔】に比べたら甘いものだからか、根幹は『高野遥』なのだろう。
そんな事を考えながら歩いて行くと、遥の病室の前に小さな影が引っ付いているのに気がつく。
相手も気がついたようで、声をかけようとした明智に、人差し指を口の前に立て「しーっ!」と黙るように指示をした。
明智は相手の…先日の事件で協力し合った、江戸川コナンの言う通りに静かにし、同じように扉近くに佇む。
中からは、コナンと同じく、先日の事件で協力し合った、安室透の声が聞こえてきた。
[newpage]
病室の扉の向こう側にいたのは安室さんだった。
安室さんは病室へと入ってくると、私の枕元に立ち止まる。
「身体の調子はいかがですか?」
「身体の方は何ともありませんよ。念の為に入院しているだけですから」
「それは良かった…。これお見舞いです」
安室さんはすっと可愛らしい色合いの花籠を差し出した。
おおっ!これなら花瓶いらずでポンと置くだけだ。
「ありがとうございます」
「…座ってもいいですか?」
「?ええ?」
安室さんはパイプ椅子に腰掛けると、大きく深呼吸をする。
「…貴女に言いたい事があります」
意を決したように、安室さんは口を開く。
色々と隠し事(コナンくん関連)している身なので、内心ドキドキするがポーカーフェイスだ。
「僕は貴女に傷ついて欲しくない」
と ん で も な い 事 を ぶ ち 込 ん だ ぞ
なにこのイケメン。
「学校に行き友人と遊び、些細な事に悩み解決して…そして笑う…。そんな普通の、平穏な日々を送って欲しい…」
あ、何だか良心に突き刺さるような気がする。
実はFBIにちょっと協力してるんです。って言ったら倒れるんじゃない?この人。
「正直、小説を書くようになってからは一般的な“普通”ではないですが…」
「しかし平穏な日々は送れる…」
安室さんは俯いた。
「僕のそれは純粋な好意からの願いではありません」
安室さんはしばらく黙った。まるで言うべき言葉を探しているようだ。
「…僕は友人を亡くしています。それも…あと少しで助けられたかもしれないところで…」
安室さんはぎゅっと拳を握り締める。
「詳しくは言えないので…貴女にとって…意味が分からないでしょうが…。
僕が貴女に平穏な日々を送って欲しいのは…君を守ろうとするのは…」
安室さんはすぅと大きく息を吸った。
「君を守ることで、その友人を別の形で救っている気になっているんだ」
[newpage]
あいつがヒーローだと覚えている、この少女が生きていれば…。
あいつがヒーローであったという、証がこの世に残る気がした…。
「完全な自己満足です」
安室が苦笑し、恐る恐る顔を上げれば、高野遥は腕を前に組み、うーんと考えていた。
「なら、私は悪女になりましょう」
「え?」
名案だとばかりに、高野遥はあっけらかんと言った。
「安室さんの自己満足をとことん利用します。危険な場所には護衛として連れて行き、危険な行為も私の代わりにさせます。
あと…私が周りのみんなを巻き込まない為に離れたとしても、安室さんには離れずに遠慮なく巻き込みます」
高野遥はニッと安室透に笑いかけた。
「そして危険な目に合わせても、私は感謝の言葉しか言いません。
安室さんが『こんな悪女に尽くしても、自己満足なんて満たされない』って離れない限り利用します」
「さて今回、危険な目に遭わせた見たいですから早速ーー」
高野遥は真っ直ぐ安室透を見つめ微笑む。
「ーーありがとう」
安室は思わず遥を抱きしめた。
「わっ」
「ーー、君を守る」
抱きしめた体は思っていたように小さく、そして温かい。
高野遥は安室の背中に手を回すと、ポンポンと軽く叩いた。
「離れるときは一声かけて下さいね」
「ああ…」
その時が来ることを、今の安室には考えられなかった。
[newpage]
あとがき
安室ルートが開かれました。ピコン
よ、ようやく…夢らしくなった…!
安室さん好きなので、ついつい贔屓してしまう…!
コメントで、展開予想を読みながら犯沢さん的にニヤニヤしていました。
だけど、ドンピシャで当てた方がいて、マジで犯沢さんになった気分になりました。
どうする…⁉︎展開を変更するか…⁉︎と。
しかし前に要望に添えようとして、予定していたものと作品を変えたことがあったんですが、…自爆しました。
それ以来、無理な変更はしないと決めています。
なので、コメントでこんな展開アリエナーイと言われても、決めていたら書いちゃいます。苦情は聞きません!
次はおまけ。
映画のエンディングテーマ後の一幕的なもの。
[newpage]
遥の病室の前で、入るに入れなくなった明智は、隣のコナンをチラリと見下ろした。
彼は何だか複雑な表情を見せていた。
「…これは告白現場でしょうか?」
「僕こどもだから分かんない!」
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前世は黒幕系女子高生・瞳の中の事件簿④
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赤司 「最初のボールはどうする?」
比企谷「葉山、お前達からでいいぞ」
葉山 「はは比企谷ここにいるメンバーは僕と同じバスケ部のメンバーだぞ?」
モブ1 「隼人もういいよボコボコにしようぜもう腹たってきたわ」
モブ2 「そうだぜ隼人貰えるって言うんだから貰おうぜ」
モブ3 「そんなに余裕かましてんじゃねぇぞ!比企谷!」
モブ4 「調子乗んのもいい加減にしろよもう手加減もしねぇぞ」
比企谷「つべこべ言ってねえでかかってこい」
[newpage]
そして葉山のチームからのボールで試合始まった
始まった瞬間葉山とモブ達は速攻をかけた
比企谷「いきなり速攻かよ」
その速攻は決まりモブ達は「調子乗んな」などとほざいているが比企谷は聞く耳を持たずそしてゴールからシュートモーションに入った
モブ1 「そんなところから打てるわけねぇだろあいつwww」
モブ2 「そうだよそんなシュートできるの秀徳の緑間くらいだろ?」
比企谷「その緑間にそのシュート教えたの俺だぞ?」
といい放ったボールは高い放物線を描きゴールに吸い込まれていった
モブ 「「「「え?…嘘だろ」」」」
モブ達は驚くことしか出来なかった
そして葉山たちはまたスタートと同時に速攻をかけただがしかし
比企谷「お前ら遅すぎだ」
と言いながらスティールした
そして
モブ1「ここからは行かせねぇぞ!」
とモブがブロックしに来たが
比企谷「退け!」
とアンクルブレイクをしてモブを抜いた
葉山「ここからは行かせないよ!」
といい目の前に来たが比企谷はそのままシュートをしようとした
葉山(これなら止められる!)
葉山「やらせないよ!」
比企谷「止められると思ってるだろお前には無理だ」
といいながら体を反りシュートを放った
葉山「何!?」
葉山の手はボールに届くことは無かった
そこからは一方的だった…
近くで守れば青峰のチェンジオブペースで抜かれ遠くで守れば緑間のスリーで撃たれる
そしてシュートをブロックしようとしても青峰のフォームレスシュートでシュートを決められるそして…
[newpage]
試合終了
98対2で比企谷の勝ちで終わった…
葉山「嘘だ!何かの間違いに決まってる!」
モブ達は絶望していた圧倒的な力の差に…
葉山「比企谷の事だ!何かズルをしたに決まってる何をした!比企谷ぁ!」
比企谷「お前らが弱かっただけだろ勝手にずるなんて決めつけてんじゃねえぞ葉山」
比企谷「赤司もう行くぞこれ以上は時間の無駄だ」
赤司「そうだね行こうか」
そして比企谷達は東京に向かった
比企谷「すまなかったな赤司時間取らせちまって俺らは遅刻だろ?」
赤司「いや大丈夫こうゆうこともあると思って時間は遅くしてある」
比企谷「そうなのか…あっ!ちょっとよって欲しいとこがある黒子の誕生日なんだろ」
赤司「ああだからもうそういうと思って寄るつもりだよ」
比企谷「助かる」
[newpage]
一方その頃
葉山「すまない二人とも」
由比ヶ浜「べつに隼人くんが悪いわけじゃないよ」
雪ノ下「ええそうよ全てあのクズ悪いのだから」
葉山「結衣…雪ノ下さん」
雪ノ下「前みたいに雪乃ちゃんって呼んでくれないかしらもう恋人同士なのだし」
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6話
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ほんのちょっと前まで、春田さんは顔はいいのになんだか(女性に)モテない男だった。
それが、今ではそれまでモテなかったのが嘘みたいに、春田さんの知らないところでモテている。
男女双方からさまざまなアプローチを受けても、幸い、超絶鈍感な春田さんは気づくことはなかったが上海プロジェクトを成功させた功績を評価されて本社開発事業部チームリーダーに昇進し、その人気に拍車がかかってしまった。
世間一般に、俺たちは結婚したばかりの新婚だが社会的問題で公表していない。左薬指のシンプルな指輪を見ても全く怯まない猛者たちから、あの手この手を使って春田さんを守る毎日だ。
いつものように仕事が終わり、急いで帰り支度をしていると、ポケットのスマホが震えた。
スマホの液晶画面は、春田さんからの『もうすぐ銀座駅に着く』とメッセージが表示されていた。すぐに『15分で向かいます』と返信する。
ちょうど通りかかったタクシーを停めて乗り込むと、銀座駅に行くように伝えた。
今日はお互い残業で、久しぶりに外で食事をすることになっていた。
駅前でタクシーを降り、待ち合わせの場所に着つくと、春田さんがどうも外国人の男にナンパされてるみたいだった。
「うっわ……久々だなこれ……」
それまでの浮かれていた気持ちが一気に下降する。
「I can hardly believe we just met.(初めて会ったなんて思えないな)」
「え!?」
「Are you seeing anyone?(誰か付き合っている人はいるの?)」
「えぇ!??」
この人の魅力には国境も関係ないのか、と春田さんのトラブル体質には頭を抱えたくなる。
「外で待ち合わせなんてするんじゃなかった………」
相手が若くて、そこそこ整った顔立ちであるだけによけい腹が立たった。春田さんは英語で話されて気が動転してるのだろうか、泣きそうな顔でおろおろしている。
「You look beautiful and what is more You look so sexy.(すごく綺麗だね。それに、とてもセクシーだ。)」
男はそう言いながら春田さんの腰に手をまわした。もう我慢ができなかった。
「Do you want anything with my lover? (俺の恋人になにか用ですか?)」
声を低くして春田さんの腕を引く。なにが起こっているのかわからない様子の春田さんは目をぱちぱちさせていた。
「牧!?」
「Sorry! I I did not know lover is present!(ごめんね!恋人がいるなんて知らなかったんだ!)」
男は俺の顔を見ると、ばつが悪そうに肩をすくめて苦笑を浮かべた。
「It was good to you able to understand.(わかってもらえてよかったです)」
「I’m so sorry!(本当にごめんね!)」と告げ、男はその場から逃げるように立ち去った。
「助かった~~~!牧スゲーじゃん!英語ペラペラじゃん!」
誉められて悪い気はしないが、もう少し危機感をもってもらわないと困る。これほど魅力的で顔もいいのに、それについて本人はまったく気づいてさえいない。
「これぐらい普通でしょ。春田さんは危機感が足りないんですよ」
もし俺が助けに入らなかったら、ホテルに連れ込まれてケツファック確定だ。
俺の心配をよそに、春田さんは「え、俺が悪いの?」と、きょとんとしてる。そんな春田さんを守るためにも、俺がしっかりしなければ。 そう思った。
春田さんのリーズナブルな価格で美味しいという主張の下に、銀座駅から少し歩いたビルの地下にある中華料理店に入る。
恋人とのデートに中華料理は少々色気に欠けているが、今さら春田さんに求めてもしょうがない。
……と思っていたが、フランス料理のようにオシャレな食器を使ったコース料理がテーブルに並び、日本人の舌によく合うよう味つけされた料理はどれも驚くほど美味しかった。
「ここの松坂ポークの黒酢酢豚が超うまいって取引先の社長に聞いてさ!牧と来てみたかったんだよな~~」
そう言いながら、運ばれてきた料理を悔しいほど美味しそうにモグモグ食べる。
「確かに…………おいしいです」
向こうに赴任してから春田さんは中華料理にハマったらしく、外で昼食をするときは中華料理で済ませることが多い。
思えば、今まで中華料理は作ったことはなかったかもしれない。餃子なら…………餃子は中華料理なのかは微妙な感じもするが。
こうなったら中華鍋を買って、美味しい中華料理を作ってやると固く決意した。
対抗心が胸で燃えるのを感じながら一時間ほどで食事を終え、店を出る。
[newpage]近くまで来たから寄りたい場所があると、連れてこられたのはオシャレな感じのバーだった。
「bar スキマスイッチ」に入っていくと、カウンターの奥から手を振るひとたちがいた。
「お、春田~~!上海に赴任してたんだってな。元気だったか?」
「元気ですよ~~!お久しぶりです!」
「そっちの子はビラ配りの時に一緒にいた子だろ?」
「はじめまして。牧凌太です」
「牧、紹介する。卓弥君と真太君。地元の先輩でスゲー世話になっているひとたち。俺いま、こいつと一緒に住んでるんです」
ふたりはひどく驚いたような顔をして見せた。
「牧君、春田と一緒に住んでんの!?根性あるな~~」
黒のハットをかぶったほう……真太さんが感心したように声をあげたところを見ると、春田さんのだらしなさを知っているらしい。
「酷いじゃないですか~~可愛い後輩にむかって!」
「いえ……俺、料理とか家事が好きなんで、やりがいがあります」
とても感じがいいひとたちだった。初対面ながら卓弥さんと真太さんの気さくな人柄に自然と会話がはずむ。楽しくて時間も忘れて話しつづけた。
一時間ほど経ったところで春田さんが席を立つ。
「俺、トイレ行ってきます」
「トイレで寝んなよ~~」
「寝ませんよ!」
そんなに飲んでないし、ひとりで行かせても大丈夫だろうと見送った。
しかし、しばらく待っても春田さんはトイレから戻ってこなかった。
「春田、遅くねえか?」
「マジで寝てんじゃねえだろうな」
「俺、ちょっと見てきます」
心配になって様子を見にトイレの前へ来ると、四十代後半から五十前後の男が、春田さんにしつこく迫っているように見えた。
もうこれで今日、何回目だ。
「……なにしてるんですか?」
「まきぃ!」
春田さんの顔はびっくりを通り越して、ほとんど泣きそうな顔になっていた。春田さんを隠すように前に立ち、男と対峙する。
「誰だお前!?部外者は黙ってろ!!」
男が春田さんの腕を掴もうとした瞬間、その手を掴んで逆にねじあげた。
「うぐぅッ!??」
「その人俺のなんで触らないでくれますか?」
男の腕を掴む手に力を込めながら言う。指先がギリギリと男の腕に食い込んでいた。
「………………くそ!」
男は、手をふりほどいて目をあわせることもなく、慌ててその場から逃げ出した。
せっかく綺麗にアイロンをかけたワイシャツがくしゃくしゃだ。春田さんの乱れたワイシャツを直そうとして、手が止まった。
「春田さん、これ、」
ワイシャツの襟に半分隠れて、付けた覚えがない知らないキスマークがあった。 ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「痴漢マッチング?掲示板とか言ってきて、俺そんなの知らないって言ってもぜんぜん聞いてくんなくて!マジ終わったかと思った~~!」
泣きべそをかいた春田さんが飛びつくようにして俺に抱きついてきた。
最近よくある痴漢プレイを合法的に楽しむマッチングサービスかアプリかなにかで、ここを指定場所にしていたけど、依頼主が怖じけづいたか、約束をすっぽかしたんだろう。
そこに、運悪く春田さんが指定の時間に現れて依頼主だと勘違いされたんだろう。
「帰ったら消毒するから。あと、今日は寝れないと思ってください」
「アッ、ハイ」
しおたれた春田さんの手を引いてトイレを出る。
「大丈夫だったか?」
「この人、トイレでおっさんにナンパされてました」
「あ~~、あるある!こいつ、女にはモテねえけど、男には昔からモテてたから!」
男にナンパされたと聞いて固まるどころか、卓弥さんは腹をかかえて笑い出した。
「バスケ部のOBに寝込み襲われたって言ってたもんな!」
真太さんはゲラゲラ思い出し笑いをしながら話すが、俺はそれどころではなかった。
「…………………………は?」
「昔のことじゃないですか!もう!」
「牧君ぐらいのかなりのイケメンなら、どんな女もよりどりみどりなんだろ?」
「いえ、俺は………………」
どう返していいのか困ってしまった。口を開いたまま固まっていると、春田さんの身体がぴったりくっついてきた。
「そうなんですよ~~俺の彼氏、マメだし料理も家事も完璧で、仕事もできて、このとおりのイケメンでしょ?」
「ちょっと春田さん!??」
これには俺もぎょっとして、思わず大きな声をあげてしまった。卓弥さんと真太さんの目がこれ以上ないくらいに大きく見開かれている。
「へ、彼氏?」
「春田、牧君と付き合ってんのか?ロリで巨乳好きじゃなかったか?」
「いまはロリで巨根一筋です!」
隣の春田さんは、うまいこと言っただろ?とドヤ顔を決めている。
「……いや……ほんと、まじデリカシーだからな……!」
「牧君、春田にデリカシーを求めるのは難しいと思うぞ」
「牧君は苦労しそうだな!」
真太さんは豪快に笑いとばす。
その後にカップルサービスだ、と「ハネムーン」をご馳走してくれた。
名前の通り、新婚のカップルに人気のカクテルということは俺も知っていた。俺たちの関係が彼らにすんなり受け入れられたことに驚きつつも、ほっとした。
「今日はご馳走さまでした。また来ます」
支払いを済ませて店を出ようとしたところで、卓弥さんに呼び止められた。
「牧君!こいつ、まだちっせえ時に親父さん亡くしてお袋さんも働きに出てて、かなり寂しい思いしてたと思うんだ。大事にしてやってくれな」
「はい……!」
「卓弥君、真太君、今日まで35年間、ありがとうございました!俺、牧と幸せになります!」
「いやいや!俺らお前の親父じゃねえから!」
店を出てて、駅までの道を並んで歩く。まだそんなに遅い時間ではないのだが、人通りは少ない。
「ほんと、春田さんは危機感ないんですから」
呆れて俺が言うと、春田さんは不満そうに口をとがらせた。
「牧だってよく逆ナンされんじゃん」
「俺は断り方にかけてはベテランなんで」
「まき?おこ?おこなの?」
「ふんぬバーニングファッキンストリームです」
「ひぇ、なんだそれ……わっかりにくぅ……」
「反省しろ」
怒りを通り越し呆れてしまう。
「相手は男だよ?おっさんだよ?ありえねえから」
俺は、なんとなく自分まで否定されたような感じがして、ちょっとだけ傷ついた。
「……俺だって男ですけど」
「ん~~?まきは特別。男だからとか、女だからとかじゃなくて、俺は牧が牧だから好きなの」
にこっと笑いながらそんなことを言ってくる。さっきまで沈んでいた気持ちが嘘みたいに、嬉しいやら恥ずかしいやらで赤面してしまう。
「…………俺のことどれくらい好きか教えてください」
「いっぱいちゅき♡」
「ん"ん"っっ。俺も春田さんがいっぱいちゅき………………!!」
結婚しよ………………!(してる)
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上海赴任を終えて既にできあっがってる牧春です。<br />ふわっとモブ春あります。<br />スキマさんのバーがでてきます。今さらですが、この作品はフィクションであり、実在する、人物・ 地名・団体とは一切関係ありません。<br /><br />ふんぬバーニングファッキンストリームの元ネタ知ってる人どれくらいいるのかな……。<br /><br />2018年09月03日付の[小説] 女子に人気ランキング 33 位ありがとうございました!!
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その人俺のなんで触らないでくれますか?
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10074909#1
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降谷は組織に潜る前、今の地位のためにお見合いで結婚した妻がいる。
「…貴方は日本の為に私を切り捨てられますか?」
二人になった直後の第一声、嘘はつけない雰囲気にのまれまだ若い降谷は静かに頷いた。
「それなら良かったです。私は頭も良くないですし身体能力も高くありません…でも権力だけなら負けません。
私が頑張れない分、貴方が頑張ってください!
私は常に貴方に服従します。他人のフリをしろと言われればそうしますし離婚しろと言われれば黙ってしたがいます。
その代わり絶対にこの国を守ってください。」
困惑している降谷に彼女は更に言葉を重ねた。
「私は日本が好きです。平和ボケした権力に滅法弱いこの国が好きなんです…だから守りたい」
「君はまるで国に恋をしてるみたいだな」
彼女はそうかもしれませんねと言って笑った。
そんなこんな結婚した降谷は彼女の権力と人脈をフルに使い今の地位を確立した。ただそこまでの過程で自由に動いていた妻である彼女が四回も死にかけた。
一回目はマンションに爆弾が仕掛けられているのに逃げず解体を眺めていたら見つかって強制的に追い出されたが結果的に慢心していた警察の命を救った。
因みに彼女いわく、日本警察は優秀だから大丈夫だと思ったとのこと…これを聞いた降谷は彼女を正座させ長いお説教をした。
二回目はノックだとバレた降谷の幼なじみを雇った凄腕の暗殺者に拉致させ自宅に囲った。暗殺者は彼女を個人的に気に入っており簡単に手を貸してくれた。
危うく組織から標的にされかけ降谷の頑張りによりギリギリで助かった。
一応、彼女いわく降谷の幼なじみで若くして潜入捜査に任命されるほど優秀な人材を死なせたくなかったとのこと…降谷とその幼なじみの二人に説教された彼女は流石にへこんでいた。
そして三回目は彼女が趣味の一人遊園地巡りをしているときだった。
観覧車に乗ってると突然、サングラスの男が観覧車に押し入ってきた。
男は慌てて彼女を観覧車の外に出そうとしたが結局出来ずに彼女の横で爆弾の解体を始めた。順調だった解体の手が止まりパネルに表示された文字に男は青ざめた。
爆発三秒前にもう一つ設置された爆弾の位置を教えるとのこと…彼女はどこかに電話をかける。相手は父親と旦那のようだ、そしてそれから五分足らずでもう一つの爆弾が見つかり解体の指示が男にくだった。
この件に関しては彼女は特に怒られる事もなく逆に労られたが降谷が軟禁といい始めた。
そして四回目、本当に彼女は死にかけた。
彼女が友達の家に遊びに行っていた帰り道、前を歩く男二人に突っ込んでいくが見え彼女はひかれかけた男を突飛ばしはねられた。一週間、生死のさかいをさ迷った。目が覚めたのは一ヶ月後で普通の生活に戻れたのはそれから半年後くらいしてからだった。
とうとう降谷に軟禁されることになった彼女は大量のカメラと盗聴器、それからGPSに見張り兼ボディーガードの降谷の幼なじみと生活している。
「誰か来ましたね」
「俺はいったん部屋に戻るから何かあったら呼べよ」
それからしばらくして景光の端末にヘルプが届き彼は慌てて部屋から飛び出す。
「あの人には愛した方がいます!身を引いてください」
「いや、だからそれを零さん本人から聞かないと私の一存ではきめられないんですよ」
何故か土下座してる女性と困った顔の彼女に景光は顔をひきつらせた。
「貴女っ降谷さんがいながら男を連れ込んで…権力で降谷さんを縛っておきながら…」
「この人はボディーガードなんですけど…ヒロさん、この人は宇宙人なのかもしれません。私の手にはおえません。」
「そう言われてもなぁ」
景光が頑張って情報をまとめると降谷にはポアロに勤めている梓と言う愛する人がいるから権力で彼を縛るのはやめて解放してくれとのことだった。
「まず、お前はどこの誰で指示をしたのは誰だ?」
「私が誰でも関係ありませんしこれは全て私の独断です。」
話が通じない…景光はため息をつきながら風見に電話をしているとパシンっと何かを叩いたような音と頬を押さえる彼女と何故か怒っている女性…景光は電話を放り投げ女性を拘束し意識を刈り取った。
それから数十分で到着した風見が女性を見て大きなため息をつき彼女の頬に貼られたガーゼを見て血の気がひいた。
「風見、こいつ誰だ?」
「実は…警察官僚の娘で大した能力もないのに何故か公安にねじ込んできたので雑用のみやらせてたお荷物です。それより…奥様の怪我はこいつが?」
景光が頷くと風見は真っ青な顔のまま彼女に謝り女性を抱えて出ていった。
「ヒロさん…」
「あー…あの女の言ってたことは気にしなくていいと思うぞ」
俯いていた彼女は顔をあげるとキラキラと輝いた顔をした。
「これが修羅場ですね!!?梓さんに会って私が泥棒猫っとひっぱたくべきですか?それとも叩かれるべきですか?」
「昼ドラ!?どっちもやめろ!」
「こんな修羅場を体験できるなんて…昼ドラ好きなんです。とりあえず相手を知るために散歩がてら梓さんを見に行きましょう!」
混乱している景光に変装させGPSを取り付け引きずるように出掛けていった。
「ヒロさん!あの人の言っていた事は本当かもしれませんね。あんな笑顔みたことありません!
私が知ってるのは怒ってる顔と呆れた顔と泣いてる顔だけです!」
景光は何も言わずにその話を聞いていたが声に出さずに今のアイツの泣き顔知ってる人なんかお前しかいないよとつっこんだ。
「とりあえず離婚の話をメールしました」
「はぁ!?…え?嘘だろ…アイツに離婚するってメールしたの?」
頷いた彼女、此方を睨み付けるように見ている店員…景光は考える事をやめた。
あとがき
降谷さんがお相手なのに全く出て来てないって…。
因みに主人公の名前は[[rb:降谷都 > ふるやみやこ]]です
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権力だけはある愛国心の塊の女性が日本の為に降谷と結婚して救済してる話。景光さん?不憫枠だよねー!
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頑張ってください!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10075018#1
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「よぉ」
署内で「人当たりがいい」と評判の、にこやかな笑顔と共に姿を見せた主任の手には、洒落た高級スーツに全く似合わない風呂敷包みが提げられていた。
「なんです?その包み」
「差し入れ」
当たり前のように部屋に上がってくる主任をチョコザイくんと二人、当たり前のように座って迎える。なんだか子供の頃のままごと遊びみたいだ。
「チョコザイくんの食生活、あんまり健康によろしくないやろ」
「『あんまり』どころじゃないですよ」
主任は風呂敷包みをローテーブルの上に置き、結び目を解いた。中から大きなタッパーが現れる。
「出来あいもんとかコンビニのやつがダメやったら、いっそベタに『手作り!』みたいなんはどうかと思ってさ」
言いながら開けられたタッパーの中には、綺麗な三角に形作られたおにぎりが、きちんと行儀よく並んで詰まっていた。
「これ…主任が作ったんですか?」
「そうや。俺、結構料理得意やねん」
…エプロン姿の主任がキッチンでおにぎりを握る…ダメだ、シュールすぎて脳内で映像化できない。私は考えるのをやめにした。
「ま、いいか。チョコザイくん、おにぎり、食べよっか?」
「…おにぎり…」
「そう、おにぎり」
私はタッパーの中からおにぎりを一つ、取り出した。男の掌サイズだからか、ちょっと大きめの、少し丸みを帯びた正三角形。底の部分にくるりと可愛く海苔を巻きつけた「これぞおにぎり」的に完璧なフォルムに、しばし見とれてしまう。私が何十個握っても、こんな美味しそうな逸品は作れないだろう。
微妙な、けれど決定的な敗北感と共に、ガブリと一口、齧りつく。ふっくら炊きあげられたご飯の旨味と、程よい塩気。結構、いやかなり、いやいやとても…美味しい。
「あ、中身鮭だ。やったあ」
「蛯名は「おにぎりは鮭」派か」
「一番好きなのは梅干しですけど」
「俺、梅はちょっと酸っぱくて苦手やなあ」
「子供みたいなこと言いますね、いい年したオッサンなのに」
「味覚の嗜好に年齢は関係ないやろ」
とりとめのない会話を続ける私たちの隣で、チョコザイくんはじっとタッパーの中のおにぎりを見つめていた。不意にその腕がそろり、と伸びて、おにぎりの一つに手が触れる。
「あ!チョコザイく――」
「シッ」
思わず叫び声をあげかけた私の口を、主任の人差し指が制した。
「…すいません」
「食べてくれるかな」
「どうでしょう」
チョコザイくんは両手でおにぎりを捧げ持つようにして、顔の高さまで持ち上げた。そのままじっと、まるで睨めっこでもしてるかのように、おにぎりを見つめたままピクリとも動かない。
私たちは固唾を飲んで、彼の次の行動を待った。
どれくらい経ったのだろう――ずいぶん長い時間だった気がするけれど、時計で測れば30秒かそこらのことだったのだろうと思う。
「これはちがいます」
チョコザイくんはおにぎりをそっと元の場所に戻した。それからすくっと立ち上がり、自分のカバンが置いてある部屋の隅の方へ、とことこ歩いて行ってしまった。
「やっぱり、『ちがいます』でした…か」
カバンからネズミのマスコットを取り出し、尻尾を持ってぐるぐる振り回し始めたチョコザイくんを見やって、主任がふう、と息を吐き出した。
「ま、そないにうまくいくとは思ってへんかったけど」
「何が違うんでしょうか」
「さあな。形か大きさか海苔の巻き方か…使ってる米の銘柄が違うのかも」
「まさか、食べてもないのに」
と言ってはみたが、チョコザイくんならそれほどの微細な違いでも見ただけで判別指摘するかもしれない。
「おにぎりってのは、特別な思い入れある人が結構いてる食べ物やしな。チョコザイくんが「ちがう」言うんやから、これはチョコザイくんの『おにぎり』と違うんや」
ちょっと肩をすくめて、主任がふわりと笑った。その笑顔がなんだかとても綺麗で優しく見えて、私は少し戸惑ってしまう。
「あ、でも、結構おいしいですよ主任のおにぎり。失職したら、おにぎり屋さん開けばいいですよ」
「…人を勝手に失職させんといてくれ」
チョコザイくんは相変わらず背を丸めてうずくまり、ネズミをぶらぶらさせながら「チューチュー」と声真似遊びに興じている。
(チョコザイくんの『おにぎり』って、どんなのなんだろ)
ふとそんなことを思いながら、私は二つ目のおにぎりに手を伸ばした。
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5/8ブクマコメ下さった方、コメント欄で返信してます。よかったらお読みください。なんか「クッキング沢さん」に好意的な方が多いみたいで、ちょっとうれしいvv◆ブクマ、コメント、本当にありがとうございます。ブクマコメ下さった方、コメント欄で返信しております。よかったらお読みください。◆4月22日~28日ルーキーランキングで99位に入れていただきました。う、うれしいよう(;▽;)◆チョコザイ君にとって少年時代の大切な思い出のひとつであろう「おにぎり」。本編で大人チョコザイ君とおにぎりのシーンが出たら速攻ボツになりそうなネタなので、早めに書き逃げしときます(爆)「沢さん料理上手」設定は、そうだといいなあという私の願望です。でも沢さん、舞子よりは料理できそうですよね(^^;)
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あ・い・う・え・おにぎり
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007511#1
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魔力供給が切断されて直ぐに、先輩を捕まえる為に私は通路を走っていた。そこに、無線からの声が響く。
『現在、藤丸立香はトレーニングルーム前の通路を移動中です!』
「了解です、司令室のスタッフの半数をトレーニングルームに向かわせて下さい!私は先回りします!」
応答を待たずに無線を切り、走り出す。長かった抗争も終わりが近づいている。ほくそ笑む私は、既に勝利を確信していた。
「見つけましたよ、先輩!」
「くっ」
私を視認して直ぐに踵を返す先輩。後を追いながら、無線に声を飛ばす。
「こちら、マシュ・キリエライト!先輩は東の通路を逃走中です!至急、こちらに向かって下さい!」
それから、往生際も悪く待ち構えていたスタッフを押し退け先輩は逃げ続けた。しかし、体力の限界を迎えたのか一つの部屋へ飛び込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
息を切らす先輩を、私を含めたスタッフ達で取り囲む。部屋の中央で疲労を滲ませる先輩は、虫の息。自然と、口角がつり上がる。
「いい加減鬼ごっこも終わりですよ、先輩?」
「・・・・囲まれちゃったか」
汗を拭う先輩。流石に諦めたのか、こんな状況にも関わらず冷静な様子でいる。
「自ら袋小路に逃げ込むなんて、案外馬鹿だったんですね」
ジリジリと先輩を取り囲む円が狭まっていく。全員が嘲笑を浮かべる中、先輩は顔を伏せた。
「随分と長い時間がかかってしまいましたが、これだ終わりです。先輩」
そして、捕まえる為に一斉に飛び掛かろうと腰を落とした所で。
「・・・・マシュ、最後に聞かせて欲しい事がある」
絞り出すように、先輩は呟いた。その覇気のない声音に、先輩にもう闘志がないことを悟る。
「何ですか?」
スタッフ達を制止して、先輩の言葉を聞く。冥土の土産として、最後に何を先輩は聞くのか。ゆっくりと先輩は顔を上げて私と視線を合わせる。そして、言葉を口にした。
「マシュがあの男を好きなのはわかったけど、なんで俺のことを嫌いにまでなったの?そこまでの事を、俺はマシュにしていた?」
泣きそうな表情で、先輩がそう聞いてきた。そんなことを聞いてきた。
「・・・・まだ、わかってないんですか」
怒りで、肩が震えてしまう。こんな事になっても、こんな状況に陥っても、まだ理解出来ていないなんて。気がつけば、爆発させるように私は叫んでいた。
「私は寂しかったんです!力を失って、先輩の側に居られなかったことが!画面ごしで見守ることしかできない現状が嫌で!不安で!寂しくて!それなのに先輩は他のサーヴァントの方々と触れ合うばかりで私の気持ちに気付いてくれませんでした!」
どれだけ、私が寂しかったのか。どれだけ、私が不安でいたのか。先輩は気に掛けてもくれなかった。私が隣にいなくとも、特異点を修正していく先輩。その姿をモニター越しで見ている事に、私は耐えられなかった。そんな私を、あの人は救ってくれた。
「先輩だって薄々は私の気持ち、他のサーヴァントの方々から向けられていた好意に気付いていたんですよね?でも先輩はそれに答えようとはしなかった!」
他の方々も、一向に気持ちに答えようともしない先輩への不満を募らせていた。いつもへらへらと笑い、八方美人のように適当に触れあうだけ。思わせ振りなようで、常に一線を引いた態度。そんな先輩が見放されたのは、必然的だ。
「だから、こうなったんです!先輩が何もしないから、あの人に私達を取られたんです!全ては先輩のせいなんですよ!!」
胸に抱えていたか不満をぶちまけた私は、肩を揺らして息を切らす。全てを聞き終えた先輩は項垂れている。今更、後悔でもしているのか。そう思っていると。
「・・・・それだけ?」
先輩が呟いた。
「え?」
思わず、問い返していた。それほどに、ありえない言葉だったから。しかし、先輩はまたありえない言葉を吐く。
「マシュはそんな理由で、俺を嫌いになったの?」
後悔など微塵も見せず、先輩は私を見つめて聞いてくる。
「そ、そんな理由ってなんですか!?私が、どれだけ寂しい気持ちを抱えていたか!先輩はまだわからないんですか!?」
「うん、わからないよ」
声を荒げる私に、先輩はあっさりと言い切った。ここまで言ったにも、関わらずにそんな台詞を吐いた先輩に再び肩が震える。
「くっ!そんな風だから」
「わかるわけがないだろ!!」
また、叫ぼうとした私の声を遮るほどに先輩が叫んだ。迫力に、全員が一歩後退る。
「俺の側にいれないのが寂しかった?力を失ったことが不安だった?それに気付いてくれなかったから嫌いになった?ふざけるな!!」
見たこともない程に、先輩が怒っている。聞いたこともない声で、先輩が叫んでいる。
「そんな余裕が俺にあったと思ってるのか!?不安だったのが、寂しかったのがマシュだけだと本当に思っているのか!?」
問い掛けてくる先輩に、私は言葉を失う。そんな事、考えたこともなかった。だって、先輩はずっと笑っていたから。平気そうに、呑気に笑い続けていたから。しかし、それは私の勘違いだったと先輩は叫ぶ。
「マシュが側にいなくて不安だったのは、寂しかったのは俺も同じだ!!それでも、泣き言を言ってしまえばそれで終わるから!みんなの為に押し殺して、我慢していたんじゃないか!!」
私は、勘違いをしていた。先輩は、強い人なんだって。普通なら、逃げ出すような戦場に立ち向かい。泣き言など口にもださない強い精神を持った人なんだって。我慢をしていたなんて、露にも思っていなかった。
「みんなの気持ちに薄々気付いていた!?だからなんだ!!それに答えてる余裕が俺にあったとマシュは思っているの!?」
先輩の問い掛けに、答えることなんて出来なかった。わからない。そんなの私にはもうわからない。
「必死になって七つの特異点を修復して!ドクターを失った事を嘆く暇もなく新たな特異点が現れた!!」
叫ぶ先輩は、さらに心の内をさらけ出す。それは、先輩が見せまいと努めていた暗い気持ち。吐き出したところで、何も変わりはしないと理解していた感情。
「毎回が全人類の命を書けた重い戦いで!!全身全霊の更に上の力で何とか乗り越える物ばかりだった!!休む暇もなく特異点達は現れて!束の間の休息にサーヴァント達は何かをやらかす!!」
激動だった一年間を、私は思い出す。確かに、休む暇なんてなかった中でも先輩は笑っていた。それが、どれだけ凄いことだったか。私は理解出来ていなかったんだ。
「それでも俺は笑っていたんだ!!そうしないと終わってしまうから!折れてしまうから!どれだけ痛くても!辛くても!苦しくても!悲しくても!」
先輩の瞳から、涙が溢れた。それは、私が初めて見た先輩の涙だった。どれだけ辛い目に会おうと泣き言すら言わなかった先輩を、私は泣かせたんだ。
「それでも俺は笑っていたのに」
先輩が顔を両手で覆う。声を殺し、静かに涙を流す姿は幼さが滲んでいた。まだ十八歳の先輩が、その胸に抱え込んでいた気持ちの重さ。それを理解させられてしまった。私が、間違っていたのか。これが、真実なのか。頭が、痛い。
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」
振り払うように、頭を揺らす。駄目だ。ここまで来て、そんな話は認められない。信じられない。信じたくない。
「私は悪くない!!悪いのは全て、先輩なんです!!」
そうでなければ、私は何をしていたと言うんだ。先輩が最低でなければ、私はどうなってしまうんだ。だから、そんな話は嘘だ。
「何しているんですか!?さっさと先輩を捕まえて下さい!!」
先輩の話を聞いて、呆然と立ち尽くしているスタッフ達に怒号を飛ばす。
「マシュ、どれだけ君が俺を恨んだとしても俺は悪くはないと言い張るよ」
涙を拭って、先輩が私を見てくる。諦めの悪い、あの目を向けてくる。
「知りません!先輩と話をするのはこれが最後です!先輩には使い物にならなくなるまで特異点を旅させてやるんです!!」
もう、先輩の顔なんて見たくない。もう、先輩の声なんて聞いてられない。飛び掛かろうと腰を落とした。しかし、それはまた止められる。
「残念だけど、それは無理だよ。俺の、俺達の勝ちだから」
そう言って、先輩が取り出したのは三つの石。虹色に輝く、聖晶石。
「そ、それは!!」
「ここがどこだか、気付いてなかったみたいだね」
そう言われてようやく気付く。先輩の足元に刻まれた魔方陣。ここは、サーヴァント召喚ルームだ。しかし、まだ大丈夫な筈。
「わ、忘れたんですか先輩?カルデアの召喚システムでは狙った英霊は呼べません!更に、高い確率で単なる魔術礼装が出来上がります!男性サーヴァントを再召喚出来る確率は極めて低い!!」
先輩の手に持っている聖晶石も三つだけ。それでは一回しか召喚は出来ない。それで都合よく既知の男性サーヴァントが召喚出来るわけがない。叫ぶ私に、先輩は笑った。
「それは、触媒が何もないからだろ?」
「え・・・・?」
「触媒さえあれば、狙った英霊が召喚できる!」
叫びながら、先輩が聖晶石を床に投げた。三つの石が魔力を帯びて輝き、円を描いて回り出す。やがて、その円が三つに別れた。
「あ、ありえません!カルデアに触媒に利用できる物などない筈です!そんなハッタリに騙されるわけが・・・・」
たまたまサーヴァントが召喚出来ているだけだと叫ぶ私に、先輩が懐から取り出した物を見せつける。それは、一冊の本だった。
「これは物語だ!悪のカリスマの生涯を綴った、至高の傑作だ!シェイクスピアが仕上げたこの作品は、十分に触媒として機能する!」
先輩が、本を手放す。宙に浮かんだ本が、風もない中で捲れていく。
「来い、モリアーティ!!」
先輩が叫んだ瞬間、三つの輪が収束した。甲高い音が鳴り響き、白い輝きが部屋を覆う。思わず閉じた目を再び開くと。 髭面の紳士が立っていた。
「ふはははははっ!!我が名はジェームズ・モリアーティ!職業教授兼悪の親玉!カルデアの征服など、私には容易いことなのだよ?」
魔力供給を切り、こちらの戦力を自ら削らせた上での再召喚。これが、全て彼の策略だったと。口元を歪める悪のカリスマの姿を見て私は悟った。
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かなり自的解釈がありますが、ご容赦を。<br />誤字脱字は報告して下さい。
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英雄が叫び、悪が笑う。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10075138#1
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クロスオーバーです
提造盛りだくさん
妄想だらけ
時間は警察学校組と同期です
鶴の妹となのに、鶴は全然出ません。
[newpage]
私は父親似で、唯一母と似ていたのは金色の眼だけだった。それ以外の白い髪と肌、華奢な体。白髪金眼な小娘になったせいか、いつもいじめられそうになっていた。そのたんびに幼馴染の薬研がオラオラと出てきてまもってくれる。
小さい頃から、染めてるんじゃないか、カラコンなんじゃないか、そう言われたし、中学に至っては、染めてくるまで学校に来るなとも言われた。だけど、染めるのが嫌だった私はウィッグを付け、カラコンを装着する。黒髪黒眼の、清楚系の美女の完成だった。
そりゃそうだろう。なんてったって私は五条鶴丸の妹なんだから。
この顔のおかげで、すごくモテた思い出がある。4月の入学直後だっていうのに、あなたが好きでした!と言われたり、バレンタインは、逆チョコの嵐。女子に恨みを買われたり……はしなかった。そりゃそうだよねっていう感じだった。モテて当然っていう風で、おかげで友達があまりできなかった。崇高な存在みたいに扱われたのだ。まあ、薬研がいたから寂しくは無かった……なんて一生あいつに言う気は無いけどね。
高校の時、兄からの連絡が急に途絶えた。警察学校に行ってたんだから、そういう系に行ったのだろうとは察しがついた。私は、兄のことで結構寂しかったからというのもあるけれど、興味本位で警察学校に私も行くことに決めた。
そして、なんとか合格した。合格の封筒が届いた時はもう大騒ぎだった。入校式の首席挨拶の時、金髪で、褐色の肌を見た瞬間、『同士だ。』と直感的に思ってしまった私は悪くないと思う。でも、羨ましいとも思った。ありのままの自分で、堂々と歩けたり、喋ることが出来ることが。
6時半に起床、6時40分に日朝点呼その後、ランニング。終わったと思ったら、7時半に朝食。8時半にはホームルーム。流れるように時間が経つと、10時半になってしまい、消灯。ほんとに暇がない。そんな生活は、彼がいたから頑張れたし、同時に苦しんでいたと思う。
彼との出会いは、みっちゃんのBARだった。親戚である燭台切光忠。通称みっちゃんは店を開いている。そのBARには、伊達倶利伽羅、からちゃんも勤めている。倶利伽羅って、無理矢理感半端ないけど、からちゃんのお父さんの夢だったらしい。これはもう、しょうがないよね。
警察学校が休みの日には暑苦しいウィッグを脱ぎ捨て、よく乾いてパシパシするカラコンを取ってBARに行っていた。「みっちゃーん!」と電話すると、みっちゃんは、「はいはい、おいで」と呆れたようにいうのが、いつもだった。だけど、その日は少し違った。
暗い夜道をコツコツと少し高いお気に入りの真っ赤なヒールを鳴らしながら、いつものようにポッケから出したガラケーで、みっちゃんの番号を打った。コールが、1回、2回、3回、4回、と鳴っていく、いつもは、2コール目の途中で出るのに不思議だ。7コール目の途中でようやく繋がった。と思ったら、[お掛けになった電話番号は……]と聞こえた。その時には、もうみっちゃんのBARに着いていて、もういいや、と、突撃した。
入ったBARは、いつものようにゆったりしていたが、少し違った。みっちゃんが、カウンターに突っ伏して寝ていたのだ。あららと思いながら、私の羽織っていたコートを掛けた。その掛けた時の感じで分かったのか、みっちゃんは、んっと言って目を覚ました。
「ん、おはよ…………うっっっ!?!?え、茜!?え、え、なんで、あれ、今昼だよね、こんな真昼間だと、女性客がとか言ってこないはずなのに……」
盛大な勘違いをしている光忠様にん!と言って、BARの柱に掛かっている時計を指差すと、時計の短針は10を指す。おまけに窓の外は真っ暗だ。門限については、外泊届を出しているので大丈夫だ。
「え!?じゅ、10時!!え、ごめんね!茜」
ごめんねと言いながらウインクすると、滲み出る色気が、更に滲み出た。やっぱりみっちゃんといると、女性客が、自動でみっちゃんに堕ちていくから、すごいことになるんだよなと、思ってしまう。
今日はサービスするねと言って、スコッチを出された。茜スコッチ好きでしょ?と言いながら。その時、入口のドアベルが鳴った。この時間から来る人なんてほとんどいないのに珍しいなと思いながら、スコッチをちびちび飲んでいたら、聞き覚えのある声が聞こえたのだ。
「すみませんマスター、バーボンロックで」
嘘だろと思った。景光様と呼ばれている男がそこにいた。彼は私の隣に座った。
「はじめまして、諸伏景光です。俺、結構来てるつもりだったんですけど、お姉さん初めて見ました。
お姉さんの名前はなんですか?」
私の脳内はヤバイで埋めたくされていた。今の私はウィッグも、カラコンもしていなくて素の状態だった。この状態で、本名を言えば完全にバレてしまう。だから私は
「燭台切綾女と言います」
と言ってしまった。
これが全ての始まりだったような気がする。
彼と何回かBARで会ううちに、惹かれていってしまったのは不可抗力だと思う。彼は優しいし、気遣いが丁寧だし、といっぱいあったが、一番は、ふわっと笑う所だった。あの笑顔は殺す気だと思った。
そんな彼からある日、告白を受けた。私はその時、重大なミスをしていたのだ。偽名なのを言わずにOKしてしまったのだ。おかげさまで罪悪感で、押し潰れそうになった。何度も何度も言おうと思っても、言ったら……と思って、結局いえずに、とうとう卒業式になってしまったのだ。彼はケジメなのか、私に一回も恋人として事に致すことはなかった。こんな優しい彼に騙すのはもうだめだと思った。これを機に踏ん切りをつけようと思った私は、その夜みっちゃんのBARに行った後の帰り道で、
「ヒロ君、」
「どうしたんだ?」
「あ、あのね、」
「ん?」
「わ、別れてください!」
「え、なんで?」
私が吐いた言葉にヒロ君は泣きそうな顔になった。どうして、なんで、と繰り返す彼に、
「す、好きな人が出来た、の。ごめんね?」
「そっ……か、わかった。
今までありがとな綾女」
そう、振ってしまったのだ。彼は始終泣きそうな顔をしていたが、私に縋って「考え直してくれ」とは決して言わなかった。
あれから私はずっと後悔したままで交番勤務を果たし、刑事部の捜査一課に配属された。
そのすぐ後だっただろうか、萩原様と言われていた彼に、、薬研から、従兄弟である五虎退からのお礼を言っといてくれと頼まれたのだ。
なぜと聞いたら、高層マンションに誘拐され、もう無理かも、という時に、爆弾騒ぎがあって、犯人が逃げたから、逃げれた。それで、その後萩原さん?が、抱っこしてエントランスに下ろしてくれたということだった。近くにいた天パで、サングラスのお兄さんが、「萩原〜〜〜〜!」と言っていたらしいので、多分萩原さんという人。と書かれていた。
その後に、実際は五虎退が部屋から出た後、人を探し、上に行った時に爆弾解体中の萩原様が一服していて、それをみた五虎退は、あ、死ぬつもりなのかなと思ったらしく、お兄さんと一緒に降りたいと駄々をこねたらしい。わかったわかったと、爆弾をバラし、エントランスまで抱っこしていってくれたんだ。と薬研から補足のメールが来た。
数日後に萩原様に会いにいくために機動隊に行くと、ナンパかと言われ、彼女じゃないかと囁き声がした。聞こえてるぞ。めんどくさいと思い、萩原さんが来たと同時に
「五虎退がお世話になりました!ありがとうございました!では!」
と、すぐ去った。彼には悪いけれど、即刻退散させて下さい。その後に萩原様が振られたなとからかわれていたことなんて私は知らない。
その4年後、天パのサングラスのお兄さんが、捜査一課にやってきた。教育係は佐藤がやることになったらしく、いつにも増して張り切っていた。しばらくして、例の円卓の騎士から予想道理FAXが届いた。
それを見た天パのサングラスのお兄さんは、FAXを奪い取るように確認するとすぐに自分のデスクにあった工具セットを持って部屋を出て行った。
その後、彼を追いかけるようにして、私達も目暮警部と一緒に遊園地に行った。
私たちが遊園地に着いた時には既に佐藤は到着していて、「松田君……」と泣きそうになっていた。観覧車のまえの道路に突っ伏してしまって、いくら私と白鳥さんが大丈夫と言ってもダメだった。その時、私の携帯に一本の着信があった。なんだこんな時にと思って見ると、薬研からだった。
「ちょっとやげ「米花中央病院に爆弾だと思われるものがある。」はあっ?!」
「米花中央病院と言ったら、薬研の…「勤務先だ」よね」
「わかった。助かったわありがとう」
「いや、礼には及ばない」
「じゃ」 「おう」
今の一報で、状況が変わった。
私はすぐさま松田様に電話をかけることにした。
彼は1コールで出てくれたが、ガラケーのスピーカーから聞こえて来たのはとても不機嫌そうな声だった。
「なんだ、こっちは忙しいんだよ」
「米花中央病院」
「は?」
「今、従兄弟から連絡ありました。『米花中央病院に爆弾が仕掛けられている。』と、あなたは、そこで爆死して、萩原様に辛い思いさせたいのですか?させたくないなら、さっさとバラして下さい。」
「ふぅーん」
松田様の口角が上がった気がした。おそらく彼はもう大丈夫だろう。彼は10分後くらいに観覧車から降りて来て、米花中央病院には、萩原を向かわせています。と目暮警部に報告していた。
私は一応刑事として、第一線で頑張ってきたつもりなのだが、これは何だろう。
目暮警部に呼び出され、言いにくいいんだが……と渡された白い封筒。
目の前にあるのは異動書だった。
仕方なく、私は封を切り、中身を見ると、警視庁公安部への異動だった。
次の月から私は公安部へと登庁するため、実家に帰った。私が写った写真を処分し、大切な一枚だけ、そっと私の懐に入れた。泣きながらの作業だった。実家は東都にあるが、和風な家の為、私の部屋は和室だった。一枚一枚思い出を思い出しながら処分していた為、写真の処分だけで1日かかった。広間に入ると、ちゃぶ台の下のしみが無くなっていた。ちゃぶ台の下のしみは、兄さんが、連絡を断たねばいけない為、家を出ると言った時に、父がちゃぶ台をひっくり返した時にできた大きなしみだった。兄はその後に父から一発殴られて、『必ず帰ってくるんだぞ。ここがお前の居場所でもあるんだから』と言われていた。私も怒られるかなと思い、笑った。怒ってくれると嬉しいなと思いながら、実家で父と母の帰りを待った。夜日が落ちて、やっと帰って来た父と母は私の姿を見て驚いていた。母は、女の勘というやつで気づいたらしく、広間に行きましょうと父に言った。広い広間に、ちょこんとちゃぶ台がある。左隣は障子を挟んで日本庭園があった。懐かしいなと思った。粟田口の子供とはよくこの庭で遊んでいた。一兄も、鯰尾兄さんも骨噛兄さんも、昔はよく遊んでくれた。涙が溢れそうになるのをどうにかこらえて、父を見つめ、その後に母を見つめた。
「どうしたの?茜」
「お父さん、お母さん、私も、家出る」
父は号泣してしまった。殴りかかられたけど、私が女だからなのか途中で止まった。
『必ず帰ってくるんだぞ。必ず、必ずだ。』
そう言われて見送られた。
メールで知り合いや、みっちゃんやからちゃん、粟田口のみんなにもう連絡できないことを伝え、ブロックした。ブロックした時に、兄さんへのメールを開くと、既読がついた。その後に、『これからよろしくな、何かあったら言ってくれ』と書かれていて、兄さんはおそらく警察庁かもしれないと思った。
一月後、上司に通され、連れてこられた場所は、1つの結構散らかったデスクだった。
「この人が、君の直属の上司だよ」
「よ、よろしくお願いします!!」
「あぁ、よろしく」
私はガチガチだったため、心臓がバクバクしたまあ勢いよく頭を下げた。恐る恐る相手を見るため、顔を上げると、なんとヒロ君だったのだ。引き攣る顔をなんとか抑え、握手をした。
一年経った。あの時まだ新人だった私はガチガチしながら動いていたが、今ではもうガチガチはしなかった。奇跡的にウィッグとカラコンはヒロ君にバレなかった。
そんなある日、怪しそうな先輩が、
「やっと諸伏を陥れる事ができる」
と呟いていたのを偶然私は聞いてしまった。ヒロ君は潜入捜査をしていたから、NOCバレさせる気だと分かった。だけど証拠が無い。そこで私は先輩にハニートラップを仕掛けることにした。先輩はいとも簡単にハマってくれたおかげで、パソコンの暗証番号をゲットした。その暗証番号を使ってパソコンから、組織と繋がっている証拠をUSBに入れ、兄の元へと向かった。メールでは
『11時に○✖️レストランで』と書かれていたから、それなりの格好をしてレストランに向かった。
レストランは個室で、豪華だった。その後に兄と5年ぶりの再会を果たしたが、あっさりとしたものだった。フルコースを食べた後、
「例の物はあるか?」
「これでしょ?」
「そうだ。助かった」
兄はくしゃっと笑うと、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。幸せな気持ちになり、髪が乱れると軽口を叩いた。
そんな会話の1週間後に怪しい先輩は、逮捕された。私のことも逮捕すべきだと言っていたらしいが、私は知らないを通した。
そんな日の2週間後、伊達様が事故に遭ったらしいが、通りがかった黒髪で、紫眼の医者の応急手当が早かった為、一命を取り留めたという報告書がやってきた。絶対あいつだと思って、クスッと笑っていたら、「五条」と声がかかった。「はい」と後ろを向くとヒロ君だった。3年前に私が振ったはずなのに、心臓は痛いくらい体を叩く。
「諸伏さんどうされましたか?」
「1週間後、例の奴らの摘発を行う」
「分かりました。備品を確認してきます」
「頼んだ」
奴らとは、麻薬の売買をしている大きな組織で、韓国人のグループだった。一年前からずっと追っていた奴らが先日とうとう尻尾を出したのだ。その尻尾を見失わないようにギリギリの日、一週間後に摘発を決めたのだ。ちらっと見たヒロ君の目は絶対捕まえてやるとギラギラしていた。まるで肉食獣だった。
一週間後に、摘発を開始した。そこでもう少しで終わるという時に予想外が起こった。黒髪ウィッグのポニーテールのテール部分が韓国人グループに引っ張られたのだ。おかげさまでウィッグは綺麗に取れ、地毛の白髪が宙に舞った。その後に動揺したせいか、顔面を殴られそうになり、後ろに避けたら、その勢いで、カラコンも取れた。あ、やばいと思った時には、摘発は終わり、後は警護車にグループの奴らを運ぶだけとなった。
その時、「お前、」という声がかかった。あ、ヒロ君だ。と分かってしまって、逃げようと足を踏み出すと、バシッと腕を取られた。
「逃げるな」
あ、もうこれダメだ。と後ろを向くと、目が
『どういうことか説明してくれるよな?』
と言っていた。絶対そう言っていた。それと同時に少し寂しそうに見えたが、見間違いだろう。
「はい」と空気に溶けそうな声量で言ったら、グイッとヒロ君に連れていかれた。ヒロ君は、通りがかりに出会った風見さんに大きな声で、「後は頼みました!!」と言って私を車の助手席にに乗せた後、車を走らせた。その後に行われる尋問に私は耐えられるだろうか。と、ビクビクした。
でも、私は知らなかった。
彼が、
「光忠さんの言った通りだったなぁ」
とこぼしたことに。
この後で、色々尋問されたときに、自分がNOCだとバレそうになった話で、その時ハジメテをあの先輩に取られた事に嫉妬した諸伏さんと色々あったり、白髪金眼で職場を行き来できるように、警察手帳の写真を撮り直したりとあーやこーやあって、組織壊滅後に捜査一課に戻って驚かれたり、粟田口一家に連絡をまた取れるようになって怒られたり、自分の両親に泣きつかれたり……と色々あるけど、誰か書いてちょんまげ。
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頭の中の妄想が勃発しました。<br /><br />鶴の妹が諸伏様とあーやこーやする話。<br /><br />処女作なのでお手柔らかにね。
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鶴の妹とスコッチ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10075139#1
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私の人生は最初から決まっていた。
親のひいてきたレールの上をただ進むだけ。
その過程で同年代の人たちからは尊敬され、大人からは称賛の日々。
元々の能力が高かったおかげでそれが当たり前となっていた。
ただそんな日々に少しだけ嫌気がさす。
妹の雪乃ちゃんは高校に入り一人暮らしを始めたのに私は親と実家暮らし。
会社のパーティーなどの行事も雪乃ちゃんではなく私が毎回行く事になる。
私はそんな雪乃ちゃんが羨ましかった。
それでも雪乃ちゃんの事が好きでそれを良しとしてきた。
そんな中、私の人生に色がつく事が起こった。
雪乃ちゃんと同じ部活に入っている比企谷君だ。
彼は私の仮面にすぐ気付いた。
そして彼は周囲を変えていく。
雪乃ちゃんもそうだけど、ガハマちゃんや隼人まで彼の影響で変わった。
そんな彼を見ているのが面白かった。
私の世界に彩りが戻ったような気がした。
だけどそんな時間はもう…。
母「陽乃、聞いていますか?」
陽「…はい」
母「あなたのお見合いなのよ、きちんとしなさい」
陽「わかりました」
今日、私はお見合いをする。
お見合いと言ってもほぼ結婚が決まっているものだ。
親同士が決めたお見合いと言う名の顔合わせ。
相手の情報は、大企業の社長の息子で年収は1億以上、歳は36歳と私より一回りも歳が離れており外見は短髪でイケメンの部類に入るであろうと思われる。
そんな人との結婚が私の知らないところで話が進み、もう引き返せないところまで来てしまった。
昔から親の言う事は絶対とされ、抗う事をやめてしまっていた私はこの話を受け入れた。
これからの雪ノ下建設の繁栄と何の不自由もないであろう結婚生活。
それが私に与えられた役割であればそれをただ演じるだけ。
仮面を被り、感情を抑え、ただひたすらに演じるのみ。
私の客席には誰もいない。
そう、誰ひとり本当の私を見てくれる人なんて…。
会場に着き母と二人、部屋へと案内される。
さぁ覚悟を決めよう、もう誰にも気づかれないような分厚い仮面を付けて。
もう誰にも素顔をさらす事がないように。
この扉を開ければ私は完璧な演者なのだから。
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雪ノ下 陽乃編
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10075229#1
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風呂上がり、髪を乾かすのも億劫なくらいへとへとに疲れていて、服を着るのもうんざりなくらい暑くて、下着とオーバーサイズのTシャツだけ身につけて、ミニテーブルの前に座り込んだ。
レモンチューハイの缶を片手に足を伸ばすと、すかさず毛むくじゃらに足首を枕にされる。すぐに暑苦しくはなるのだが、太り気味なせいか毛先は案外ひんやりしていて、火照った体には気持ちよかったりするのだ。
クーラーの風速を弱めて、スマートフォンを手に取る。近頃毎晩の日課になっている、SNSのチェックをしようとしてだった。といっても、友人と交流したりよそのペットの写真を眺めたりという、元々していた使い方のためではない。検索ボックスには『ポアロ』『店員』と打ち込んだ。
これは自衛の一環だ。安室透というエキゾチックな美青年が同僚として働きはじめたのは、数ヶ月前のこと。彼の存在が口コミで広まりはじめてからというもの、インターネットに関連した苦労が絶えないのだ。
店内で普通の会話をしているだけなのに、ただの同僚にしては距離が近い、付き合っているからだ、いや榎本梓が言い寄っているのだと、伝言ゲームのようにどんどん事実を曲げて拡散されていく。エプロンを外して二人で買い出し業務に出れば、一緒に買い物をして同じ家に帰る仲なのだと噂される。情報元は主に近所の主婦たちだった。スーパーで二人を見かけたことを家で話して、それを聞いた安室ファンの高校生の娘が憤慨して友だちに伝える、といった具合のようだ。
人の口に戸は立てられないとは言うが、人の噂も七十五日とも言う。口頭で噂されるだけならまだいいのだ、すぐに飽きるだろうし、そこまで気にすることはない。だが一部の女子高生たちには、プライベートな世間話をなぜかSNSでしてしまうという、少し考えの足らない習性があった。おまけに地名や店名を出すことにも一切の躊躇がない。何町のどこのスーパーでポアロの店員二人で買い物してたって、というやり取りを、全世界の誰もが自由に見られるということに、考えが及ばないのだ。
おかげで『女店員が安室さんに言い寄っている』という噂は、ポアロに来る女子高校生の間にあっという間に広がった。彼女らの大半は梓を目の敵にし、残りは梓の味方とどちらにも興味がないのと半々、当人たちを置いてけぼりにしてSNS上で喧嘩をはじめる始末。面白がって火に油を注ぐ外野のせいで状況はどんどん加熱し、梓は取り残された気分のまま炎上の渦中の人になってしまった、というわけだ。
なんにせよ、針のむしろとはこのことだ。このご時世、ネット上でのレッテルは現実にまで持ち越されてしまうのだということを、実は意外と年上のあの同僚はわかっていない。「気にしなければいいんですよ」、なんて爽やかに笑う顔を思い浮かべ、液晶画面に表示された検索結果を眺めて、梓は溜め息をついた。
『ポアロの店員距離感おかしくない?ウゼェ』
『どうせ先輩権限で無理矢理彼女になったんでしょ?』
『なにそれ、あむろさんかわいそう…デコ消えてほしい』
『ポアロの店員のにおわせほんとウザすぎるんだけど』
ざっと見ただけでもこの言い様だ。先輩権限なんてあるわけないでしょ、というかデコって、と梓は溜め息をつく。
個人で愚痴を呟いているだけならまだよくて、ゴールデンウィークの近付いた春先のある時、まるで大衆にでも訴えるかのような抗議文が投稿された時の騒ぎといったら、酷いものだった。
『米花五丁目の喫茶ポアロの女店員、イケメンの新人店員にベタベタして言い寄ってます。セクハラじゃありませんか?イケメン店員さんは女性客に大人気の素敵な人です。同僚だからって職権乱用ですよね?』
この全くの事実無根のツイートが近隣の女子高生コミュニティ内で拡散され、まるで事実のように広められて、ついには梓が担当していたポアロの宣伝用アカウントに批判が殺到するまでになってしまったのだ。そのせいでポアロのアカウントは鍵をかけて更新を停止する羽目になった。噂が立つのが怖くて買い出しの時も周囲の視線が気になって落ち着かないし、どこでもつい意識的に距離を取ってしまう。安室にもずいぶん失礼を働いてしまっているし、梓にはまるっきり理不尽な自然災害に遭っているような気分だ。
そんな理由で、災害情報でも見るような感覚で、梓はSNSのチェックを習慣にするようになった。悪口をわざわざ見に行くのだから精神の健康に良くない気はするが、人の気に障る言動なんて自分ではわからないのだから仕方がない。取れる対策があるならば取っておきたい。
『榎本のツイートどう見ても嘘でしょ?そんなに構ってほしいのか』
『みんな言うから見に行ったけどやばくない?あの女』
『てか自撮りすご、真面目そうな顔してビッチじゃん。ほんと安室さんに近づかないでほしい』
違和感に気付いたのは、とあるツイートにこんな返信が連なっていたからだった。検索結果に戻って注意して探すと、似たような投稿がいくつか見られる。どれも同じ、『ポアロのウエイトレスのツイッター』と『自撮り画像』に反応しているようだった。
梓はポアロの広報用も個人的なものも、ツイッターではない他のSNSのアカウントしか作っていない。ポアロのウエイトレスの榎本、という女性が他にもいるのかとも思ったが、さすがにこのタイミングでは考えにくい。検索結果のうち一つが件のアカウントにリプライを送っているものだと気付いて、アルファベットの羅列をタップした。
「な、なにこれ」
開いた瞬間、体中の血がざあ、と引いていくような感覚に襲われた。
喫茶ポアロの看板の写真がアイコンにされている。ヘッダーの写真はテーブルに置かれたコーヒーとトースト。そこまでは普通だ。
アカウント名は『あず♡』。プロフィールに羅列されているのは、趣味嗜好だろうか。ハートマークが乱用されたそこには、コーヒー、料理と並んで、『えっちなことが好き♡』と書かれている。下へスクロールした梓は、思わずスマホを取り落としそうになった。
なんでもないような日常の出来事を綴ったツイートに、谷間や太腿をあられもなく晒した写真や、下着姿の写真が添付されているのだ。わけがわからなくなってさらにスクロールすると、画像のついていないツイートも出てくる。
『今日のあずの服見てくれました?ハイネックのノースリニットお気に入りなんですけど、実はいつもノーブラなんです♡A君にはバレちゃったみたい…休憩のとき後ろから抱き締められてハァハァされた♡』
吐き気がする。指先もぴりぴりと感覚を失っていくなか、梓は電話をかけていた。一人では到底考えを処理できそうになかった。
「もしもし!? 安室さんっ……!」
***
翌日、開店前のポアロには、難しい顔をした安室と梓がいた。梓のスマートフォンを安室がじっと眺めている。
「これは……うわ」
「ねえ、なんなんでしょうこれ、私こんなの知らないです」
「ハイネックのニットって、あの水色の? 三日前って、梓さんが着てた日と日付も合ってますよね」
「そうです! の、ノーブラじゃないですからね!?」
「わかってますから、落ち着いて」
ほとんど泣きそうな顔をした梓に、安室が言う。メディア欄を見た途端眉を顰めたのは、梓も見たように、グラビア雑誌も顔負けなほどの際どい自撮り写真ばかりが並んでいるからだ。写っているのは顎から下、特に胸元や内腿を強調したものが多い。
「悪質ななりすましですね……写真の顔がトリミングされてるのは、全て別人だからでしょう」
「え? そうなんですか?」
「梓さんに髪の長さや体格の似た人の画像を、ネットで拾ってきてるんですよ。ほら、この写真の鎖骨にあるホクロが、こっちにはありません」
「ほんとだ……」
梓は写真を見て安室の言うことに納得したあと、彼の顔を見上げた。惜しげもなく色っぽい肢体が晒された写真を、顔色一つ変えることなく平然と検分している。大人の男の余裕だろうか、と考えて、もう一度写真に目をやった。自分の胴に手をやる。
「似た体格って……私こんなにアンダー細くないと思うけどな」
「え」
隣から漏れた声に再び顔を向けると、安室もぱ、と顔を上げたところだった。「と、ともかく」と顎に手をやる。考え事をする時によくやる、彼の癖だ。
「ここを見ている人にはこれが梓さん本人だと思われてるのが問題です」
「え、そうか、やだ……気持ち悪い」
「リプライも批判とセクハラコメントでひどいことになってますね」
「わ、私見ないでおきますね」
画面から顔をそらして目を覆った梓に、「そうしてください」と安室が言う。梓が見たくないものは安室が見てくれるらしい。自分へのセクハラを見られることも恥ずかしいが、知らない分には危険度も推し量れないので致し方ない。一通り目を通し終わった安室が声をかける。
「まず、このアカウントが開設されたのは二週間前みたいです」
「二週間!? そんなに前から」
「内容は服装のことと……バイト仲間に熱烈に言い寄られている、というような話が多いですね。このA君って僕のことですよね?」
「名前は出してないけど、そう思いますよね? 私の言ってた女子高生からの中傷がひどくなったのも二週間くらい前な気がするんです……このアカウント見てたんだ」
「はじめは料理やコーヒーの写真も載せてますが、閲覧者が増えないせいか、すぐに自撮りと称したエロ画像の投稿にシフトしてますね。……梓さん?」
低い声で咎められても、梓は笑いを噛み殺しきれていなかった。安室の真剣な顔がかえって冗談みたいに見える。
「す、すいません、安室さんがエロ画像って言うの、なんかおもしろ」
「笑ってる場合じゃありませんよ、本当に。これ見てください」
はい、と安室の示した画面を素直に覗き込む。添付された画像も服を脱ぎかけて下着と肌を露出させるという相変わらずの際どさだが、内容も内容で衝撃的なものだった。眉を寄せた梓に、安室は液晶を操作して違うツイートを見せる。
「ニットの件もですけど、この日の閉店が八時半まで伸びたこと、こっちの特製パスタの売れ行きがよくて昼過ぎで終わってしまったことなんかは、ポアロに来ていて状況を知らないと書けないことです」
「え、じゃあ、なりすましの犯人はポアロのお客さんなんですか……?」
「それなりの頻度で来ている常連客でしょうね。まだ絞り込めるほど判断材料は足りませんが……それから、これ」
指を二、三回動かして表示したのは、また違うツイートの画面だった。梓の口から「え」という声が漏れる。
『今日は花火大会だったので、家の前の公園で見ました!A君のリクエストで浴衣も着たよ♡脱がせたいとか言ってきてどうしようかと思った(笑)』
二の句を告げずに固まっている梓に、安室が遠慮がちに声をかける。
「この日花火大会があったのは、米花町の住人なら誰でも知っているとは思いますが……梓さんの家の前、確かに公園がありますよね」
「あ……あります、ね」
「なりすまし犯がそれを知っているということは、その」
勢いよく安室の顔を見上げた。視線が合うと、眉尻を下げて困ったような表情を浮かべる。
「わ、わたしの家、知ってるってことですか? どうして……?」
情けなく震えた梓の声を聞いた安室は、浅く頷いてから一度目をそらして、唇をきゅっと引き結び、また目を合わせて、言った。
「……梓さん、これはストーカーです。必ずなんとかしてみせますから、僕に依頼してくれませんか」
***
調査費用の相場なんて知らないし、払えるかもわからないのに依頼なんてできない、と横に振った梓の手を握り込んで、言葉数と勢いで言いくるめるようにして頷かせ、開店準備があるからまたあとで、と無理矢理に話を決着させて依頼をもぎ取った。一日中なにか言いたげに落ち着かなかった梓は、最後の客が帰った途端に安室に振り返る。
「ねぇ安室さん、やっぱりお金払います。お仕事じゃないですか」
「だから同僚割引ですって」
「そんな割引聞いたことないわよお」
「あるんですよ。知りません?」ととぼけながら、ドアのプレートを裏返してクローズを表にする。外の看板の電源を切りながらさりげなく周囲を観察するが、妙な人影はないようだ。ストーカーが梓の家の場所を把握しているのはポアロから尾けたからで間違いないとは思うが、今日の客の中にその犯人がいたのかはわからない。様子のおかしい客はいなかったように思う。
店内の清掃を済ませ、掃除用具を片付けて戻ると、他の作業を済ませた梓がコーヒーカップを二つ並べたところだった。閉店後に調査内容について話があると安室が言っておいたので、用意していてくれたのだろう。カウンターに座って口火を切る。
「今のところの被害状況を確認したいんですが。なりすましの他に心当たりは?」
「ええ? わかんないですよ……」
「正直言って、まだ序の口だと思います。これからエスカレートする可能性が高いです、お辛いでしょうが一緒に頑張りましょう」
「い、一緒に」と顔を引き攣らせた梓の言わんとしていることはわかっている。また炎上だのJKコワイだのと考えているのだろうが、こんな時にそうも言っていられないのだ。
「まず考えなきゃいけないのは相手の目的です。それによって対応が変わってくるので……ストーカーには四つのタイプがあると言われているんですが」
うんうんと素直に頷く梓を見ていると、学生時代、いつも勉強を教える側だった記憶が蘇る。人を置いてけぼりにすんなと何度も文句を言われたことを思い出して、スマートフォンのメモアプリを起動してカウンターに置いた。
「被害者と仲良くなりたいとか付き合いたい、というのが親密希求型です。こんな字」
話しながら、ききゅう、と字を打ち込む。梓が覗き込んで「ほう」と呟いた。
「梓さんと親しくなるためになりすますというのは理屈がわからないので、今回のケースからは多分外れますね」
それから、と続けながら、同じようにひらがなを漢字変換する。
「無資格型、というのもあります。これは自分の欲求をひたすら相手に押し付けるタイプ。例えば、自分の好きな物を送り付けたりだとか」
「知らない人からの届け物はないですね……お兄ちゃんが出張土産送ってくるぐらい」
「ではこれも除外しましょう。でも知っている人がストーカーになる事例はかなり多いんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「拒絶型といって、元夫婦や元恋人に執着するタイプです。よりを戻そうとつきまとったり、それができないとわかると攻撃に走ったりするんです。梓さん、失礼ですがそういった相手は」
「元彼ですか?」
梓は視線をくるりと巡らせた。
「うーんと、二人だけ……でも一人はもう既婚者ですよ。もう一人は札幌に引っ越したらしいし、高校時代に二ヶ月付き合っただけだし」
「絶対にないとも言い切れませんが……例えば破局を渋られたり、復縁を迫られたりとかは」
「全然なかった」
そうですか、と言って、キーボードの削除ボタンをタップする。真っ白になった画面に改めて打ち込んだ文字を、梓が声に出した。
「ぞうお」
消去法ですが、と断りを入れる。
「梓さんの評判を貶めるのがなりすましの目的のようですし、今回のケースに当て嵌まるのはこの憎悪型ではないかと。自分がされたことで被害者に恨みや愛憎入り混じった感情を抱いて、嫌がらせをするんです」
「恨みって、私がなにかしちゃったってことですか?」
「さぁ、それは本人にしか。事故の被害者が加害者をストーカーすることもあれば、挨拶を無視されたとか、自分だけ目が合わなかったなんて被害妄想まで、動機は色々です」
そんな、と呟いたきり、梓は言葉を失う。この手のタイプは隣の家の住人から接客相手、全く知らない赤の他人の場合まであるので、犯人を特定しづらいのが厄介なのだ。
「手がかりは少ないけど、ポアロに何度も来店していて、梓さんの家の周りにも現れる、ということだけは確実にわかってます」
視線だけで安室を見上げて、頷いた。眉尻がへなへなと下がっている。恐怖を煽るような言い方をしてしまっただろうかと、慌てて続けた。
「帰り道はできる限り家まで送ります。ついでに、張られているなら張り返すのが手っ取り早い。早速今日からはじめましょう」
顔を青くして「め、目立たないようにお願いします」と言った彼女が今度はなにに怯えているかは、言うまでもなかった。
梓のマンションの前で、彼女の後ろ姿が自動ドアの向こうへ消えるのを眺める。エントランスでオートロックを解除してから、もう一度振り返って手を振ったので、笑顔を返した。
ポアロを出る前こそ近隣住民に目撃されることを恐れてびくびくしていたが、人気のない夜道で世間話をして笑い合っているうちにそんな意識はどこかへいってしまったようで、マンションに着く頃にはすっかりリラックスしていた。やはり毎日のように暗い道を一人で帰ることをよしとしていたわけではないらしい。飲食店や店舗が並ぶポアロの付近は昼間こそ人通りが多く安全だが、閉店して従業員が帰れば、途端に大声を出しても気付く人のいない道に変わる。途中で通る大きめの公園や自宅前の小さな公園にしても、あまり夜中にそばを通りたいものではないだろう。梓の背より高い生け垣に差し掛かるとすっと安室のほうへ体を寄せていたのは、無意識の行動だったに違いない。
梓と別れたあと、件の公園のトイレに入って簡単な変装をした。前髪を上げてキャップを被り、縁の太い眼鏡をかける。水色のシャツは脱いで鞄に仕舞い、かわりに薄手のナイロンパーカーを羽織る。このくらいの着替えや小物はいつでも使えるようポアロのロッカーに置いてあるのだ。周囲の人の気配を確認して、梓に電話をかけながら公衆トイレを出た。
はい!と元気のいい声のあと、ゴッ、とぶつかるような音と猫の鳴き声、水道の音が聞こえて、思わず小さく笑う。ずいぶん賑やかな電話口だ。
「今日はありがとうございました、安室さん」
「どういたしまして。今軽く周辺を見回ってますが、不審人物は見当たりません。帰り道も後を尾けられた様子はありませんでした」
「そういうのわかるものなんですねえ」
「自分ならこう尾行してこう張り込むだろう、というところから気配を探るんですよ」
「なるほどお」
わかっているようないないような、適当な相槌が返ってくる。スピーカーにして通話しながら家事を片付けているようで、声が近くなったり遠くなったりしている。
「玄関の郵便受けや鍵穴はどうでした?」
「安室さんに言われたとおりに確認したけど、おかしなところはないと思います」
「ベランダはどうですか?」
そう尋ねると、不思議そうに声を高くして「ベランダ?」と聞き返してきた。
「窓に傷がついてたり、鍵の滑りがやけによくなってたりはしてませんか? というか前にも虫入って来て大騒ぎしてたけど、あれからちゃんと気をつけてますよね」
「気をつけてるよお、」
そう答えたすぐあとに梓が「あっ」と言ったので、安室は思わず梓のマンションのほうを振り返った。まさか窓からの侵入の形跡があったのか、またカーテンを開けたままにしていたのか。遠ざかっていた声が近付いて、スマホを移動させたのが音で判る。
「洗濯物干しっぱなしだった」
独り言のように呟かれた言葉に、「あずささん?」と低い声を出す。
「なんでそう無防備なんですか」
「だってストーカーなんてさっき初めて知ったし……下着はちゃんと内側にしてるし」
「そういう問題じゃないでしょ、ストーカーがいなくても不用心すぎます。三階くらいの高さなら誰でも忍び込めるって前にも」
からから、と窓を開ける音。まともに聞いているのか、梓は電話の向こうでぱたぱたと行ったり来たりしているようだった。にゃう、とまるで文句を言うような大尉の鳴き声は、静かにしてとでも言っているみたいだ。
「あっ大尉、お外出ちゃだめ」
声が遠い。ベランダに出て洗濯物を取り込んでいるのだろう。安室が聞いていることを意識していないのか、意識しているからこそあえて口に出すのか、独り言が多い。梓の生活を垣間見ているような、むず痒い気分だ。再び窓の動く音を聞いてから、「梓さん、」と呼びかけた。
「今日は収穫なさそうですし、また明日以降様子を見ましょう」
「遅くまですいません、えっと明日は」
「梓さん午後からでしたっけ」
ガードレールに凭れて、鞄からタブレット端末を取り出した。スケジュールアプリを開いて明日の予定を確認する。また明日、と言いかけながら、例のSNSのなりすまし犯のアカウントを開いてみたのは、何の気なしにだった。
手も、視線も止まる。三秒口を噤んでから、また梓を呼んだ。
「うん?」
「あの、さっき取り込んだ洗濯物ですが」
「ハイ」
「下着もあったって言ってましたよね?」
「ハイ?」
「下着です、あったんですよね? 色は?」
「は!?」
梓が裏返った声を出す。
「ああ安室さんまでストーカーみたいなことを」
「違います! なりすまし! 更新されたんですよ、今」
電話の向こうの梓は、え、とかは、とか意味のない音ばかり発しながらも、頭の回転は追いついていたようだ。安室の言った断片情報ですぐにノートパソコンを開いた彼女は、同じアカウントを確認したようで、「うそ」と呟いた。
『今日もお疲れさまです!えっちな下着外にほしっぱなしで出かけちゃってた(><)色んな人にやらしい妄想♡♡されちゃったかな?』
一番上に上がっていたそんな文面に、添付画像は下着だけを身につけた姿。それもシースルー素材とリボンだけでできたような、いわゆるセクシーランジェリーと呼ばれるものだ。
淡い紫色を纏った写真を見た梓は、震える声で「お、同じ色です」と言った。続いてすぐに、ぴこん、というノートパソコンのポップアップ音が聞こえる。まさかと思って手元の端末で情報を更新すると、続けざまに投稿されたツイートがあった。時間はついさっき、十五秒前、となっている。
『ネコちゃん♡♡かわいいでしょ?』
添付された写真は、足を伸ばして膝に猫を乗せたもの。他と比べれば普通の微笑ましい写真ではあるが、当然のように太腿は大胆に曝け出されている。なにより一緒に写った猫が、大尉と同じような三毛猫なのだ。
梓が今取り込んだ洗濯物の色、ベランダに出た三毛猫。それを見てから、これを投稿した。つまり、ベランダが見える場所に、ストーカーはいた。電話越しに動く音が聞こえる。安室は咄嗟に鋭く叫んだ。
「梓さんっ! 顔出しちゃ駄目です、」
がら、と窓を急いで開ける音。もう一度名前を叫ぶが、彼女に声は届いていなかった。梓のマンションを振り返る。部屋の灯りを逆光に、ベランダに出て辺りを見回す梓の姿が遠目に見えた。
洗濯物の色までわかるほど近くにいたのなら、ストーカーには今梓がどんな表情をしているかまで見えているだろう。不安に崩れそうな顔をしているか、恐怖に泣いているか、安室には見えないが、きっと。梓がストーカーの存在に気付いていることが、ストーカー本人に知られてしまったのだ。
[newpage]
***
グラスを下げに近寄ったテーブルの上を見て、安室は溜め息をついた。落書きされたペーパーナプキンをくしゃりと握り丸めて、エプロンのポケットに突っ込む。数回見た覚えのある四人連れの女子高生たちが帰ったあとだ。おもむろにペンケースを出して高い笑い声を上げながら盛り上がっていたかと思えば、残されていたのは梓への書き置きだった。『裏アカ見たよ♡拡散してあげるね』というカラーペンの字のあとは、ばらばらの色と筆跡で『欲求不満ビッチ』『消えろ淫乱』『あむぴがお前なんか相手にするわけねーだろ』と続いている。
“裏アカウントでエロ自撮りを投稿している喫茶店の女店員”という存在が、学生を中心に口コミで広まりはじめているのだ。梓を見てこそこそと囁き合うだけの遠回しなものからこういった直接的なものまで、嫌がらせが増えはじめている。アカウントの削除依頼を出すことはできるが、消したところでまた次を作るだけだろうし、逆上される可能性もあると考えて野放しにしたのが、仇になってしまっていた。
なりすましストーカー本人のほうも、野放しにしたからといって大人しく現状維持しているわけもなく、こちらがなにもせずともストーカー行為はエスカレートする一方だ。梓がストーカーの存在に気付き、投稿に反応してしまったことが、ストーカーを喜ばせてしまった。
写真はますます過激になり、性的な妄想を連想どころか直結させるようなものばかりになっている。下着を脱いでいたりベッドの上だったり、昨晩遅くの投稿には、全裸にパーカーだけ羽織ってアダルトグッズを手にした写真が添付されていた。欲求不満、と落書きを残した女子高生も、そういう投稿を見たのだろう。
文面も、『朝は六時に起きてベランダで歯磨き』『部屋着はグレーのパーカー』『今日は遅刻しそうでお店まで走った』など、本人にしかわからないプライベートな内容が増えている。全て事実だと梓にも確認が取れた。やはり部屋を監視できる場所にいて、投稿するたびに怯える梓の反応をどこからか見て楽しんでいるのだ。
梓は昨日からフロアに出ず、キッチン業務だけをこなしている。キッチンに近いカウンター席には信頼できる顔馴染みや一人で来店した客だけを案内することで今は凌いでいるが、それもいつまでもつかどうか。先ほどの女子高生四人組のような嫌がらせが、いつ梓の目に入るかもわからない。ソファ席で食事を終えてから二十分以上居座っている男性客が、ずっと妙な視線を梓へ向けているのも気にかかる。ポケットの中で小さくなるまで紙くずを握りしめた。
梓は知人らしい男性客に挨拶されて笑顔を見せているが、いつもと比べてずいぶん表情が堅い。太陽を浴びて上を向いた向日葵のような彼女の笑顔を、きっと常連客皆が恋しく思っているに違いなかった。客との会話が終わるのを待って「先に休憩どうぞ」と声をかけると、梓は露骨にほっとした顔をした。
大きな皿を一度カウンターの端に置いた。“STUFF ONLY”とプレートのかかったドアを、靴で押さえる。片手に皿、片手にハンドル付きのグラスを二つ持ってドアの隙間に体を滑り込ませ、「よ」とそのまま足でドアを閉めた。一部始終を見ていた梓が、足癖の悪さを見てけらけらと笑う。
「安室さんお行儀悪いですよ。いけないなあ」
「梓さんこそいけませんよ、お昼食べてないでしょ?」
笑い返した安室がテーブルの上にセッティングしたのは、サンドイッチの乗った皿と、レモン水に冷凍グレープフルーツの浮いた細いドリンクジャーだ。
「バレてたか、ありがとうございます。レタス増量?」
「レタス増量。食べられます?」
「見たらお腹空いてきました。表は?」
「マスター帰ってきたので休憩もぎ取りました」
「もぎ取りましたかぁ」
安室もいただきます、と手を合わせてからレタスのはみ出そうなハムサンドにかぶりつく。一気に半分ほどになったサンドイッチを見て、梓が「安室さん一口でっか」と笑った。
「梓さん、今後の調査のことなんですが」
三切れめを平らげた梓がふう、と息をついたのを確認して、安室は切り出した。グラスの水滴を指でなぞりはじめたら、彼女の満腹の合図だ。梓は顔を上げると、わざわざ佇まいを直した。
「ストーカーもエスカレートしてますが、なりすましを見て来る客も増えてきてます。ストーカー行為に加担している自覚がないので、そっちも厄介ですね」
「ああ……お昼に来た四人組のお客さんにレジで変なこと言われたけど、やっぱりそういうことだったんですね」
「え、」
「ちょっとセクハラっぽかったからびっくりしちゃって」
安室は眉を寄せた。テーブル席に案内した一見の男性四人連れは確かに記憶にある。安室が常連のOLたちの対応に当たっている間に梓がレジを担当していたのだが、そんなことがあったとは。
「すいません、僕の見通しが甘かった。警護をちょっと見直しましょうか」
「と言いますと」
「接客は常連客だけにして、一見さんは必ず僕かマスターを呼んでください。買い出しも一人で行かなくて済むようにマスターにもある程度打ち明けたほうがいいかもしれません。帰りはドアの前まで送ります、僕が郵便受けや鍵穴を調べますから。早朝と夜の外出は避けて、外で一人にならないようにしてください。不安なら朝も迎えに行きますから、電話して」
「え、でも」
梓が表情を曇らせた。
「朝から来てもらうのはさすがに悪いですよ」
「いいんですよ、依頼主なんだから。どんどん使ってください」
「依頼主って、安室さんただ働きなのに。私、兄もいるし」
「神奈川ですよね? 車で一時間もかかるんじゃありませんでした?」
「う、まあ……でも、朝だと学生の登校時間だし……なりすましのせいで今も炎上中なのに一緒に出勤なんて」
「それはこの際仕方ないと思って。いつか落ち着きますから」
そう言っても、梓はもごもごと言い訳を募らせている。安室は彼女の肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。黒目がちな瞳に、真剣な表情が写りこむ。
「梓さん、本当に炎上なんて言ってる場合じゃないんです。ネット上でだって身を守らなきゃいけないのはわかりますけど、現実の、物理的な危険がすぐそこまで迫ってるんですよ」
「き、危険って」
「わかるでしょ、さっきも客になにか言われたんですよね? なんて言われたんですか」
「……た、溜まってんの、とか……俺が相手してやろうかとか」
「ぽいじゃなくれっきとしたセクハラですよそれは。あのなりすましの投稿を見ただけでそんなふうに思う人がこれからもきっと出てきます。中には、声をかけるだけでは我慢できない奴も必ずいる」
梓が息を飲んだ。今の言い方は、わざと怖がらせようとしてのものだ。けれど紛れもなく事実でもある。次はもっと直接的な言葉をかけられるかもしれないし、腕を掴まれるかもしれないし、隙をついて人気のない場所へ引きずり込まれるかもしれない。
「ストーカー本人だって、いつまでも貴女の部屋を
外から見るだけで満足してるとは限りません。そういう奴らが朝だから、明るいからって我慢すると思いますか?」
肩に置いた安室の手を、梓がぎゅうと握った。ほとんど泣きそうな顔をして目を泳がせている。なにか言おうとして口を開いて、閉じて、安室の目をじっと見上げた。とろりと潤んだ瞳。肩を掴んだ手を思わず引き寄せそうになる。梓は再び口を開いた。
「怖くなったら……電話していいんですか?」
「ええ」
「来てくれるんですか?」
「行きます、もちろん」
「朝でも?」
「朝でも夜中でも」
「じゃあ……」
その時はおねがいします、とぽそり呟いて、梓は俯いた。すっかり怯えた表情を見て心苦しくなるが、同時に少し安心もする。
「できるだけ長引かせませんから。僕が……」
僕がここにいるうちに。うっかりそんなことを言ってしまいそうになって、唇を噤む。尋ねるような視線をよこした梓に、咄嗟にごまかした。
「僕が、……解決してみせます」
安室透のいるうちに。安室透でいられるうちは。梓が不安な時に電話をかける相手を、依頼だろうとそうでなかろうと、他の男に譲る気はさらさらない。
***
ある日のポアロは険悪だった。店内の雰囲気はいつも通りだし、店員の態度が悪いなんてことももちろんない。客に不快な思いはさせていない。一人気まずい空気におろおろしていたのは、店の主だった。
店員二人の仲が妙なのだ。いつも呼吸ぴったりで仕事をこなし、言葉を交してはにこにこと笑い合ったり、客にまで仲が良いねと言われるほどの、梓と安室の二人が。今日は会話も最低限、冗談を言い合ってお揃いみたいによく似た笑顔を浮かべることもなければ、客がいなくなった今も近寄ることすらしない。普段ならばなにを話すでもないのにカウンターの中で二人並んでいるところだ。ついに我慢ができないというように、マスターは二人の間に立った。
「梓ちゃんと安室くん、今日どうしたの? 喧嘩でもしたかい?」
二人は同時にマスターを見ると、顔を見合わせた。梓が言う。
「喧嘩したように見えました?」
「え? そりゃあ」
「やった安室さん、成功です」
「ですね。マスターにそう見えるなら充分でしょう」
「な、なんて? 成功?」
テーブルの間にモップをかけていた梓が、カウンターへ戻ってくる。ディナーメニュー用のシチューの仕込みをはじめていた安室の隣へすすっと近寄った。いつもの距離感だ。
「ちょっと実験をしてたんです」
「実験?」
「梓さんがストーカーされてるみたいだって話、したじゃないですか」
安室は調理の手を止めて言った。マスターには今回のことはさわり程度しか話していない。梓にストーカーがいるみたいなので接客は最低限で済むよう融通してほしい、心配はいらないから大事にもしてほしくない、とだけ言ってある。実際にはストーカーに自宅が割れていて監視されているうえ、その情報を元にSNSでなりすまし裏アカウントを作られ、すでにネット上では充分大事になっているのだが。
「そのストーカーが僕のことを梓さんの彼氏だと勘違いしてるようなので、仲が良くなさそうに振る舞うにはどうしたらいいかと」
「それであんな距離置いてたの? とりあえず喧嘩ではないんだね」
念を押すように言うマスターの反応を見るに、相当ぎすぎすして見えたのだろう。
「違いますよお、フリですフリ。仲良しですよ」
「まったく、心配したよ……」
「それはすいません。でもなかなか演技派でしょ」
安室の説明には嘘と本当があった。本当なのは『ストーカーが安室を梓の恋人だと思っている』というただひとつのみ。残りはだいたい嘘だ。この実験の真の目的は、ストーカーに“二人は別れた”と信じ込ませること。そしてそれをSNSに投稿するかどうかを検証することだった。
ストーカーは間違いなくポアロの常連客である。だが絞り込むには材料が足りない。これまでの投稿内容から推理できたのは、平日の日中には店に来ていないこと、土日は時間を限定せずに来ていることだけだ。しかしその条件に当てはまる常連客はたくさんいる。そこで、日替わりでなにか印象に残るようなことを一日実践してみて、どれが投稿に反映されるかを検証しようとした。梓の髪型を変えてみたりコーヒーのおまけにチョコレートを配ったりしてみたが、いい加減ネタも尽きて、今日は不仲を装ってみることにしたのだった。これで喧嘩だとか失恋だとか投稿されれば、今日来た客の中にストーカーがいる、ということになる。
しかし閉店作業を終えて二人で確認したなりすましアカウントは、喧嘩とは全く無関係のツイートしか更新していなかった。ハズレかあ、と梓が呟く。
「今の所アタリは一昨日だけですね。チョコの日」
「あの日来たお客さんの中に、心当たりいないですか?」
「そう言われても……」
「こう、存在のアピールやアプローチが印象的な人とか」
そう聞いても梓は、あぷろーち、と言いながら首を傾げるばかりだ。自分のなりすましに二週間も気付かなかった鈍感さは、やはりそんなところにも発揮されるらしい。ええと例えば、と安室は言う。
「聞いてもいないのに自分の好みのタイプを言ってくるとか」
「ああ!」
「君はこのほうがいいと見当違いのアドバイスをしてくるとか」
「なるほど!」
「デートするほど仲良くもないのに、いつ空いてるか聞いてくるとか」
「は〜!」
「心当たりめちゃくちゃあるじゃないですか!」
「ええ!? いや、だって!」
梓があまりにもうんうんと頷いてばかりなので、柄にもなくツッコミなんてものを入れてしまった。今挙げたのは、安室がストーカーの傾向から推理しただいたいの性格をもとにした例えだ。それに周囲の女性が愚痴っていたいわゆる“外してる勘違い男”の特徴を総括したもの。周囲の女性、の中にはポアロの常連の女子高生や居酒屋店員もいれば、休職中の女子アナウンサーや年齢不詳のハリウッド女優もいる。
「それアプローチだと思わなくないですか?」
「相手はそのつもりだったと思いますよ。察してあげる必要はありませんが」
「あっ、待って、デート?」
梓がぱ、と手の平を見せた。「待って」のポーズはそのままに、顎に手を当てて考え込む。顔の前に広げられた手に自分の手を重ねて、「ちっさ」と呟いてみる。
「安室さんの手がおっきいんでしょ……じゃなくて、先月それ、みたいな? のに誘ってくれた人がいたんですよ、お客さんで。花田さんっていうんだけど」
「みたいな?」
「レジャー雑誌みながらちょっとお話してたんだけど、私が兼六園いつか行ってみたいんですよねえって行ったら、来月一緒に行こうかって」
はあ、と安室はなんとも言えない相槌を打った。なにがとは言わないが典型的だ。
「でも泊まりなんてさすがに無理だし、断ったんです」
「そういうのもっと早く言ってくださいよ……」
「会話の流れで冗談ぽく言われたから忘れてたの。その後もよく来てくれるし、これまで通りお喋りもするし」
「断られたときの保険に、本気で言ったわけじゃない、て逃げ道を用意しておく人はよくいますよ。見栄っ張りなんです」
そしてそういう人間ほど、些細なことでも相手に傷付けられた、という被害意識を持ちやすい。梓はくるりと巡らせるようにして、安室へ視線を向けた。
「安室さんはそういう見栄、張らなそう」
にっこり、と擬音のつきそうな笑みを浮かべて、安室は答える。
「僕なら断らせませんので」
「ははあ。丸め込むもんね」
帰り道もそんな調子で世間話をしたり四方山話をしたり、時々少しこれからの調査や防犯の話をしたりしながら、特に急ぎもせずに歩くのが、ここのところの習慣だ。
梓の身辺警護という名目ではあるが、すっかり慣れきった距離感の相手と、一日一緒に働いてそのまま一緒に帰っているのである。緊張もなにもなくなって、事件などなくてもそれが当然であるかのような勘違いを起こしそうだった。もしもこのストーカー案件が無事に解決したとして、ポアロの前でお疲れさまでしたと別れる一人の帰り道に、また慣れるにはどれくらい時間がいるのだろうか。そもそもが、安室はこの潜入任務が終わればポアロを辞め米花町からも離れ、今慣れている生活の全てを捨てる手筈なのだ。半年か一年先の自分が少し心配になった。
「それでね、そのお酒で安室さんが言ってたフランベやってみたいんだけど、上手くできるかこわくって」
梓の今の話題は、兄から出張土産にもらった日本酒についてだ。普段それほど度数の強い酒を飲まないことは知っているはずなのに、変わった瓶の地酒を見つけると送ってくるらしく、苦肉の策で料理酒として消費している、という話をしていた。
「はじめはキャップ一杯分くらいから試すといいですよ。ポアロで練習します?」
「うーん、マスターが許してくれるかどうか。てゆうか、よければ安室さん何本かもらって。消費手伝って」
「そんなに?」
そんなに、と梓が鸚鵡返ししかけたところで、背後からなにか声がかかったような気がして、揃って同時に振り返った。空耳ではなく、そこには二人を見ている若い男がいた。
「やっぱり梓ちゃん」
「あっ、木戸さん?」
木戸と呼ばれた男は、安室をちらりと見てから、梓に目を向けた。わかりやすいことで、と思ったが、こちらだって気を使う筋合いはないので、安室は梓のほうへわずかに身体を傾ける。
「お知り合い?」
「ああっと、友達の紹介で前に飲み会したんです、木戸さん。ポアロにも時々いらしてますよ」
「あ、そうですね。先日も」
部屋着にシャツを羽織ったラフな姿に、髪型も違うので、梓に言われてようやく気が付いた。時々カウンター席で梓と話している客で、確か二日前にも来ていた。ポアロに来るときはいつも細身のスーツで前髪を後ろに流している。営業職かなにかだろうか。
「あぁ、ポアロの店員さんの」
「安室です。いつもありがとうございます」
「あれ、木戸さん、社宅千葉のほうって言ってませんでした?」
「実は一時的に米花支店担当になって、こっちに部屋借りてるんだ。梓ちゃんは? 家、この辺りなの?」
「えっと、」
梓がわずかに反応に迷ったことに気付く。梓のマンションがもうすぐ近くなのは確かだが、知り合いとはいえこんな時に自宅の場所を知られることに抵抗があるのだろう。今までの防犯意識の低さを考えればいい傾向だし、彼とはその程度の関係、ということだ。梓の躊躇を木戸に悟られないくらいの間で、安室が言葉を攫った。
「いえ、常連のおばあさんを送った帰りなんですよ。荷物が多いから運んであげてと、店長に頼まれて」
なんでお前が答えるんだ、という表情は一瞬で引っ込めて、木戸は「親切なお店だね」と笑顔を浮かべた。
「連絡したのに梓ちゃんから一つも返事ないから、彼氏に止められてるのかと」
「え!? あ、安室さんは彼氏じゃないですよ!」
「誰とは言ってないんだけどな」
「あっ、もうからかわないでください」
「ごめん、はは」
「え、てゆうか連絡? なんにも来てないですよ?」
え、と笑い顔のまま木戸は、「メールしたんだけど」と言った。梓も「メール?」と首を傾げ、二人の間にはいつまでも疑問符ばかり飛び交っている。
「ええっと、アドレスは合ってたはずなんだけど」
「待って、今確認……あ」
慌ててトートバッグの中を覗き込んだ梓が、「充電切れてた」と気まずそうに顔を上げた。木戸が笑い声を上げる。
「あはは、いや、もういいや、またお店行けばいいし」
「えへへ、ごめんなさい。また来てくださいね」
へらへらと笑いあったままそれじゃあ、と手を振り合う。木戸と別れたあと、安室はぽつりと言った。
「悪いことしました?」
「なにがですか?」
「僕らのこと、勘違いしたままですよ、きっと」
「あぁ、」
ううん、と梓は形のいいおでこから低い唸り声を出した。ぽん、と音が出そうなほど表情を変える。
「いいかなぁ。まあ」
「そういう感じです?」
「そういう感じです……てゆうか私、アドレス教えたかなあ。」
ヒナコが教えちゃったかなあ、でもヒナコにもアドレスは教えてないような。梓がうんうんと首を捻りながら独り言を繰り出す。日菜子、というのが木戸を紹介した、梓の短大時代の友人らしい。
「お友達なのにアドレス教えてないんですか?」
「だってメッセージアプリあれば済みますし。メールって今使う?」
「確かに。仕事用のフリーメールくらいですね」
「あ、フリーメール、一緒に同窓会の幹事したときにヒナコに教えたかも。でも全然使ってないからパスワード忘れちゃったのよねえ」
梓の中ではそれで結論が出たのか、変わったような変わっていないような、微妙な位置に話題を移す。
「紹介ってゆうかねえ、合コンだったんですよ」
「へえ」
「意外って思ったでしょ?」
「正直いうと、少し」
「私も向いてないなって思いましたもん」
安室は、ああ、と同意のような声をあげた。梓に向いていないことにではなく、合コンを好かないことへのだ。
「なんかノリが合わなくて。その場しのぎの適当さとか流行りものとか、下ネタではしゃいじゃうのとかもねぇ」
「普段の話し相手、落ち着いた大人のお客様が多いですしね」
「そうなの! 安室さんも落ち着いてるし」
「そりゃ、僕はもうそんな年じゃないですから」
またこの子は年齢差忘れて、とばかりに言う。そういえばさっきの木戸も、恐らく安室のことを同世代だと思っていたのではないだろうか。そんな話しぶりだった。梓と同じくらいの年だったろうか、と人相や服装を思い返す。回答は、すぐに梓本人から得られた。
「合コンのメンバーだってみんなもう二十三でしたよ?」
「僕もそのくらいの頃はそんな感じでしたよ。大学の同期がアホな奴ばかりで」
「うそだあ」
本当ですって、と言おうとしたところで、見慣れたマンションの前に到着した。梓がさっと周囲を見回す。後を尾けられた気配はないし、路上に監視者もいないはずだ、というのは、安室も道中それなりに警戒していたので間違いはない。ただ周辺の建物の窓の中まで見て回ることはできないので、気配を探るにも限度がある。とりあえず梓の部屋のベランダを見上げて、窓やカーテンに異変のないことを確認してからエントランスに入った。ポストを確認して、危険物や不審物が入っていないこと、投函物に開けた形跡がないことを一緒に確認する。それから三階へ上がり、ドアや郵便受けも梓が触る前に調べる。数日前に安室が取り付けた決まりだ。
「どんどん手際よくなってますねえ。あ、ドアノブの裏側? そんなところも見るんだ」
「ドアノブを汚すいたずらって意外と多いんですよ。必ず触る部分ですからね」
確認を終えて大丈夫です、とドアから離れる。梓が取り出した鍵には、この間までついていなかったキーカバーが被せられていた。キーナンバーだけで合鍵が作れるから人目に触れないよう隠しておいて、と言った安室のアドバイスを忠実に守ったようだ。
「じゃあ、僕はこれで」
「えー、大尉の顔見ていかないんですか?」
「……梓さん、あのですね」
鍵を開けたドアの向こうでは、すでに彼女の愛猫がにゃおにゃおと鳴き声を上げていた。梓が帰るといつもそうやって出迎えてくれるらしい。心配性なんですよねえ、と梓は笑うが、飼い主がこんなではそうなるのと当たり前だろうと安室はこっそり思っている。なにしろ男を無警戒に玄関に招き入れてしまうような子だし、そんな誘いをきっぱり断れずに根負けしてしまう、安室のような男もいることだし。
安室がドアの前まで見送るようになって数日。はじめは数ヶ月会っていなかった顔を忘れてしまったように警戒していた大尉だが、もうこの数分の挨拶を習慣として受け入れはじめたようだ。安室の差し出した手に鼻を近づけて、においをチェックすることに熱心になっている。ポアロで働きはじめたころ、まだ野良猫だった彼の撫で方がわからなくて、梓に言われるままに従っていたことを思い出した。今でも力加減に自信がないので、後頭部に触ることは躊躇してしまう。
散々においを嗅いで、「よし、いいだろう」とでも言うように座り込む瞬間が、安室は好きだった。許しを受けたような気分になるし、一仕事終えたような大尉のすまし顔がかわいい。とはいえいつまでもここで玄関を塞いでいられないので、ふかふかの毛に埋まった首輪のあたりを一撫でしてから、立ち上がった。
「じゃあ梓さん」
「あっ……はい、」
なにか言いたげな仕草を見せたが、梓は「今日もありがとうございました」とだけ言った。いつもならばここで、上がってお茶でも、と言うところだったのだ。三回断って、四回目で窘めたら、ようやく誘いをやめるようになった。
「気をつけて帰ってくださいね。……また明日」
半身を玄関に入れたまま言う姿に、溜め息をつきたくなるのを堪える。ここで安室が開きかけのドアに押し入るような男だったら、今頃どうなっているか。そんなことは考えもしないのだろう、無防備な上目遣いに、そういうところだよ、と心の中で呟く。そしてすぐに、その考えを打ち消した。そうではない、この子が悪いことなど一つもないのだ。つけ込むほうが一方的に悪い。そう、ほとんど自分に言い聞かせるようにして肝に銘じた。
***
翌朝、開店準備をはじめた途端にドアから飛び込んできた梓に、安室は驚いた猫のように二秒固まった。目を丸くしたまま「あ」と声を発する。
「梓さん、どうしたんです」
梓は危険運転のごとく走り込んでくるなり、カウンターに手をついて、俯いて呼吸を整えはじめた。時計を確認するが、遅刻しそうになって焦るような時間ではない。いつもの梓の出勤よりも少し早いくらいだ。
膝に置いた手に、封筒が握られていた。真っ白で、縦長で、何通もある。肩を上下させる梓に近寄ると、のろのろと顔を上げた彼女は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「梓さん!? なにかあったんですか」
「あ、安室さん……」
「怖くなったら呼んでって言ったのに」
「でも、さっきこれ、入ってて、私どうしたら」
手にした封筒をぐい、と押し付けられて、受け取る。表にも裏にもなにも書かれていなかった。取り乱した梓の言葉を拾って、話すのを手伝う。
「入ってたって、ポストに? ストーカーからですか?」
「そう、そうです、下の集合ポストに」
「昨日の夜はなにもありませんでしたよね。てことは」
「夜中のうちに入れたんです、きっと」
薄い白い封筒に、中の便箋がうっすらと透けている。黒い小さな文字だった。
「中、見ました?」
「あんまり、はっきりとは」
ちらりと覗いただけでもはっきりそれとわかるような内容だったのだろう。自分が見てもいいのか、視線で尋ねると、梓が頷く。封筒は閉じられておらず、中には折られていない一筆便が一枚入っているだけだった。
『あのキンパツってバイト仲間だよね?
エッチしてんの?何回した?
いつもあずさの部屋で抱かれてるの?』
そんな調子で梓と安室の仲を勘繰る内容が、罫線と同じ行数だけ書かれている。安室がポストやドアの確認のためにマンションへ一緒に入って行くところを見ていたのだろう。十分かそこらで出て行ったところはなぜか見なかったらしい。部屋の電気が消えた時間を分単位まで具体的に書いてあるのを見たところで、見るに耐えず一旦目をそらした。顔を引き攣らせながら視線を上げると、梓と目が合う。情けなく唇をへの字に歪ませた彼女は、「ど、どうですか?」と細い声で言った。
「私こっちのしか見てないんですけど」
梓が指差した封筒を開けると、そちらには乱れた荒い文字が短く書き付けられていた。先に見たものとはずいぶん雰囲気が違う。
『今まで大目に見てたけどもうガマンの限界
誠意はないのか 人をバカにするな
ウソばかりつきやがってビッチ』
一緒に入っていた手紙から考えるに、梓が安室と男女の仲になったと思い込み、嘘を吐かれた、馬鹿にされたと憤慨して手紙を書き殴った、ということだろうか。それにしても、やたらと上から目線なのが不気味だ。
手紙は全部で三通あった。最後の封筒を開ける。安室が最初に読んだものと似たような調子で卑猥な煽りが書き綴られたものだが、妄想性が増し、言い回しがねちっこくなり、便箋いっぱいにびっしりと小さい文字が詰め込んである。
まともに読む気にもなれなかったが、ストーカーの中では梓は安室との行為が初体験で、敏感で感じやすく、しかしそれを充分理解しているのはストーカー本人だけらしい。あの男じゃ君を気持ちよくさせられない、自分ならどこにキスしてこんなセックスをして君を何回イカセてあげる、という話で便箋が真っ黒に埋まっていた。
(き、きもちわる)
これまでなんとかそう思わないよう、客観的に自体を見ようとしていたが、そんな努力もここまでだった。梓が開けたのがこの一通ではなくて本当に良かったと思う。
「梓さんは見なくていいですね、全く」
「な、なに書いてあるんですか……?」
「僕への恨み言とかです」
「えっ」
そんな、と眉尻を下げた梓は、これまでになくしょんぼりと憔悴している。内容の気色の悪さもさることながら、問題はストーカーがマンションのエントランスまで入って来た、ということなのだ。これまで外からベランダを見つめるだけで満足していたストーカーが、激情のまま書いた手紙を直接ポストに入れに来るまでになっている。梓の危機感を高めるために言った安室の脅かしが現実になってしまった。それを彼女も不安に思っているのだろう。
しかし、今さらエスカレートした理由がわからない。安室が家まで送っているということならば、昨日にはじまった話ではないのだ。エレベーターに一緒に乗り込むようになってからも、もう五日も経つ。不仲を装ったこと、閉店後も小一時間ほどポアロで過ごしていたこと、帰りに梓の知り合いに会ったこと。昨日起こったこれらの出来事に、ストーカーの逆鱗に触れたなにかがあるはずだ。しかし昨日ストーカーがポアロに近付いていないことは、嘘喧嘩の実験で検証できている。手紙の内容も、二人の仲が険悪なこととは全く無関係、むしろ真逆の疑いをかけているようだ。店を見張っていて居残っていたことを知っているのなら、帰り道もそのまま尾行したはずだ。しかし梓と親しげに会話していた木戸についても、手紙では一切触れていない。
安室は頭を悩ませた。手に持ったままの便箋を見下ろす。ふと、その中の一文が目に留まった。
「……梓さん」
名前を呼ぶと、心配そうな顔をした梓が、近付いて顔を覗き込んでくる。その表情を見ながら、なんと言うべきか、探り探り言葉を発する。
「ええと、こんなことを聞くのは、非常に心苦しいのですが」
「はい?」
「梓さん、Dカップなんですか?」
言った途端に背後でがっしゃん!と大きな音がして、ば、と二人で振り返った。開いたドアの前、ブリキ製のじょうろを足元に転がしたマスターが、青い顔をして二人を見つめていた。
「あ、梓ちゃん……訴えるなら証拠集め手伝うからね……」
考え事に没頭していて気付かなかった二人も二人だが、よりによってなんというタイミングで。しかも状況判断が素早く、不穏かつ適切なことを言い出す。言われた梓は、なぜかこの場の誰よりもおろおろしていた。
「う、訴えませんよ! 合意の上です!」
「安室くん君ねえ!!」
「梓さん言い方!」
この時の般若のような顔が、安室にとってははじめて見たマスターの怒りだった。
とりあえず梓には黙っていてもらって、マスターの誤解を解きつつ事情を補完して、梓のストーカーについてもう少し詳しい話をしておくことにした。ここまでくればさすがに大事にしたくないなどと言っている場合ではない。
「君たちね、そういう重大なことは早く言いなさいよ」
「すみません……とにかく安室さんはセクハラしてないですからね」
「わかったわかった」
「や、僕の聞き方も悪かったので……」
気になったのは梓の胸のサイズではなく、それがストーカーの妄想なのか事実なのか、ということだ。
「すいませんが、さっきの話、本当かどうかだけ」
「うえ、まぁ、そうだけど……それが」
「ストーカーにそんなこと知る機会、あるはずないですよね」
「あれ? そうだよね」
部屋に侵入された形跡がないことは、五日間きちんと調べたはずだ。ベランダは監視されているようだが、遠くから見ているだけではサイズなんてわかるわけもない。考えられるとすれば犯人が元恋人である場合だが、その可能性ははじめに否定されている。ストーカーが本来知り得ない情報が、手紙に含まれているのだ。もちろん当てずっぽうかもしれないが。
歯がゆい思いで安室は手紙を眺めた。
その日、ポアロに疑惑の男が現れた。例の、突然梓を一泊旅行に誘ってきた常連客、花田だ。梓に言われて顔を確認して、すぐに気付く。この間も奥のソファ席に長居して梓をじっと見ていた男だ。視線だけでは推理もできず、梓と会話するところでも見られればと思ったが、彼はそうする気はないようだった。
ちらちらと向けられる花田の熱視線には気付いていないのか、梓はカウンター席に座った木戸と話をしている。また行きます、お待ちしてます、と笑いあったのは昨夜のことだが、社交辞令ではないと示すためにも早速行動に移したのだろう。盛り上がっているというほどでもないが途切れることも少ない会話に、安室は控えめに割って入った。
「お話中すいません、梓さん、ミックスサンドふたつです」
「あっ、はーい」
木戸に向かってひょこ、と会釈をして調理台へ向かう。残された木戸はばつの悪そうなはにかみを浮かべた。花田もこのぐらい素直な反応ならわかりやすいのだが。
「あ、安室さん、蒸し器取ってくだ」
ぱたぱたと食材を用意していた梓が、くるりと安室へ振り返った。そしてその勢いを全く殺さないまま回転する。のが、視界の端に映った。足を滑らせたのだ。
「すあっ!?」
「梓さんっ!」
妙な声を出して転びそうになった梓へ、咄嗟に手を伸ばした。間一髪、腰を捕まえて体を支えることに成功する。
「……大丈夫です?」
「あ、ありがとうございます……」
「なにも持ってなくてよかったですね」
仰け反ったような格好のまま梓が手をぱたつかせるので、体重のかけられた腕に力を込めて、体勢を立て直すのを手伝う。「へへ、面目ない」と照れ笑いを浮かべて、梓は作業に戻った。安室も皿やグラスの用意をはじめるが、視線を感じて顔を上げると、木戸が目を丸くしてこちらを見ていた。
「お騒がせしました」
「反射神経すごいね……」
「そうですか? はは……」
梓を間に挟んだ顔見知り、という程度の、微妙な距離感の二人。その会話は、梓が「蒸し器取りに来たんだった」と再び駆け寄ってきたことによって途切れ、その後再開することはなかった。
そしてその日の夜、梓のなりすましアカウントには、店内で足を滑らせて安室に抱きかかえられたことが、ずいぶん脚色して投稿されていた。
[newpage]
***
ストーカーからの手紙は全て手書きだし、ポアロの客の中に犯人がいることはわかっている。いざとなったらポアロでアンケートでも偽装して筆跡鑑定をしようか、とまで安室は考えていた。多少部下に不審がられはするだろうが、手っ取り早く解決できる。
資料ならば山のようにある。翌日、翌々日と日が経つほどに、嫌がらせの手紙は増え続けているのだ。一度に少なくて三通、多いときはその倍。内容も一層過激になり、卑猥で不快な言葉をわざわざ選んでいるように思える。梓には手紙は見ずに持ってくるように言っていたが、ついに我慢できなくなって中を見てしまったらしく、今日は朝からずっと真っ青な顔をしていた。
『なにされても文句言えないからな淫乱女
わかってるんだろうな』
『あんな男より俺のほうが気持ちよくできるのに』
『俺はもうちょっと大きいおっぱいが好きだから
モミモミして大きくしてあげるね
下着も赤とかもっとエロい方がいいよ』
こんなものが彼女の視界に入ったかと思うと、手紙を握る手にこめられる力を緩められなかった。「ほんっと気持ち悪いですね」と言いながら、しわの寄ってしまった紙をぱん、と手の平で挟んで、封筒に戻す。苛立ちをあらわにしてしまったのは、赤とか、と書かれていたこととは関係ない、決して。
正直なところ、安室透は忙しいのだ。ポアロのアルバイト、毛利探偵の弟子、その立場を利用しての組織の探り屋としての仕事、警察庁に登庁してこなさなければいけない業務もある。梓のストーカーなどにそう長い時間はかけられない。それでもなぜか、この役目を他に任せたくはなかった。
ストーカーが、梓が安室と接触することに特に敏感に反応していることは、これまでの嫌がらせからわかっていた。店内で体が触れただけでも脚色してポストし、帰り道を一緒に歩くようになればストーカー行為を激化させ、なんの弾みか直接手紙を投函するまでになっている。
物的証拠が手に入ったことだし、梓と話し合って警察に届け出に行くことに決めた。しかし二人が揃えるのはポアロのシフトが被る日、安室が休みの時は梓がシフトに入り、逆もまたしかり。なかなか時間が合わず、週末まで先延ばしにすることになってしまった。この調子でいけば数日経てばさらにストーカー行為がエスカレートしていそうだ。それまでなんとか持ち堪えなくてはいけない。
そう思うと同時に、今ならこちらから行動を起こせば、簡単におびき出されてくれるのではないか、という気がしていた。ストーカー対策としてやってはいけない事柄の中には、取りつく島もなく接触を経つこと、被害者が一人で接触してしまうこと、そしてストーカーの怒りを煽ることなどがある。安室の策は明らかにストーカーを激昂させるものだ。危険だということはわかっている。しかしわかった上で、それでも、梓を守りきれる自信は充分にある。要は解決すればいいのだ。趣味ではないが、賭け事は得意なほうだという自負もあった。
「あ、安室さん」
「なんですか?」
「なんで今日に限ってそんなべたべたしてくるの?」
「あはは、べたべたって」
繋いだ手を振りほどこうと、梓が手を動かす。全く攻撃力のないそれは、ただ二人の間でうたうたと手を揺らすだけに終わった。ポアロを出て少ししてから安室が流れるように絡めた指先に、梓はさっきからずっと抵抗しているし、安室は離す気どころかろくに説明もしていない。ばかりか、より一層ぎゅうと握り込んで、手を引いて、梓を引き寄せた。耳元でぎゃあと叫ばれて、思わず顔だけ背ける。
「人に見られたらどうするんですか!」
「これまでだってずっと一緒に帰ってたんだから、今さらじゃないですか?」
「ただ並んで歩くのと手繋いで歩くのとじゃ全然違うでしょ! SNSも炎上しっぱなしなんですよ、なりすましさんがどんどん爆弾落としてくれるうえにこれだものっ」
「迷惑ですか?」
「そっ、」
伏し目がちに顔を覗き込むと、肩をぐいぐいと押し退けていた梓も勢いを落として、へな、と眉を下げた。
「そんな聞き方はずるい」
「いや?」
「嫌とか、別に……ちょっと安心します、けど」
「けど、人には見られたくないってこと?」
「うん」
目を合わせて尋ねる口調に、梓の言葉遣いも緩んでいく。ここだな、と思った。
繋いだ手を二人の間で持ち上げると、それにつられて、梓の体がこちらを向いた。もう片方の手を肩に置く。反射的に肩を竦めてはじめて彼女は、いつの間にか街灯の下で立ち止まっていることと、不自然なほどの距離の近さに気付いたようだった。
「あむ、」
「梓さん、その言い方だと」
「や、どうしたんですか」
「人目につかなければ触れていいと言っているように聞こえますよ」
かっと赤くなった頬に、指を沿わせる。俯いた顔に影が落ちる。額を合わせて、ぐり、と甘えるように押し付けて、鼻先を上げさせる。少し動くだけで触れてしまう距離だ。“そういう行為”を想起させるには、この近さだけで充分だろう。
「え、え、私そんな」
「ねえ、梓さん」
「待って、だめです」
「こっち見て」
おねがいです、と囁くと、こわごわ瞼が上がって、視線が交わる。両手を彼女の腰の後ろに回して、指を組んだ。自由になった梓の手は安室の体を押し返してはいるが、こんなゆるい拘束にも、逃げようという意志は見られない。本気で拒絶したいなら黙って困った顔をしていないで、爪を立てるなり頭突きをかますなりすればいいのだ。
「嫌ですか?」
「も、ちょっと、ほんとに待って」
「いつまで?」
呟くような声で問う。きょときょとと泳ぐ目をじっと見ていると、じわじわと潤みはじめる。梓が肩を跳ねさせるたびに、ささやかに抵抗していた手もぴくりと動く。それが可愛くて、そんなことに擽られる嗜虐心が自分にあったことに驚いた。
腰が細くて、手が小さくて、どこを触っても柔らかくて、とろりと甘そうな瞳から目が離せない。もう、このくらいにしておかなければ、と考える。なのに離れがたくて戸惑う。小さい背中に手の平を這わせた。安室の大きな手ではすぐに肩に辿り着いてしまうのが勿体なくて、ゆっくり、ゆっくりと撫で上げる。耳元で、吹き込むように低く名前を呟く。
あむ、と呼び返す声に、霧雨のような湿り気があった。鼻が擦れ合うほどの距離で、目を覗き込む。一度ぎゅっと瞬きをして開いた彼女の目から、涙がこぼれ落ちた。
さあ、と熱が引く。浮かされていたのだ。
「あ、梓さん」
我に返って、抱いていた手で肩を掴んだ。梓は指で目頭を拭う。
「すいません、その」
「私、ほんとに、そんなつもりは」
「わかってる。わかってます、すいません、意地悪して」
「な、なんなんですか急に、びっくりするでしょ」
泣きながら抗議する梓に、安室は心底動揺していた。彼女が泣いたことにもだが、泣くまで加減ができなかった自分にも戸惑っていた。
「ごめん、やりすぎました。ちょっとした策だったんです」
「なんで先に言ってくれないのっ」
「どうせ梓さん笑っちゃって、ちゃんとできないと思って」
「なにそれえ……」
頬に伝った涙を掬った。もう、口を開くたびに謝っている。
「安室さん、目が本気っぽくて、こわかった」
梓がすん、と鼻を鳴らして言う。「え」と声を出したきり、それには答えられなかった。
まさか、本気で触れたいなんて思ってはいない。いないはずだ。潜入捜査先の人間関係は円滑にこしたことはないが、入れ込みすぎることのないよう、線引きはしっかり決めている。こんなふうにトラブルシューターまでほいほい請け負うのは、少し踏み越えているかも、という自覚は、あるにはあったが。
「こんなことしてストーカーの人に見られたらどうするんですか……? 大変なことになっちゃう」
梓の声に平静が戻ってきたことで、安室の意識もすっかり引き戻された。
「あぁ……実は、それが目的で」
「へ……いちゃついてるとこ見せるのが?」
「いちゃ……まぁ、そうです。最近の感じだと、梓さんと僕との身体的接触に過剰反応しているようだったので」
小声でそう言いながら、「帰りましょうか」と梓を促す。手がぶつかっても、今度は握らずに指先を触るだけに留めて、彼女の耳元に口を寄せる。
「少し早足でおねがいします」
「え?」
「すいませんが、今日は部屋、上がらせてもらってもいいですか」
「えっ」
一瞬立ち止まった梓に目を合わせる。努めていつもどおりに、含みのないように表情を作って、小さな声で続けた。
「さっきのあれです。僕らの仲が進展したと思ったストーカーは、またなにか新しい行動に出るはずです。今もきっと見ているだろうから、今夜が一番冷静さを失ってるはず」
「ええと……」
梓も背伸びをして、安室の耳元に顔を寄せた。
「つまり、今夜はなにしてくるかわからないってこと?」
「その通りです。多分、一気にエスカレートするんじゃないかと」
「だから安室さんが守ってくれるの?」
言っていることは間違っていないが、明け透けな物言いに、口元がゆるみそうになる。なんとか堪えて、真摯すぎない笑顔を作った。
「ええ、寝ずの番はおまかせください」
そうしてあえて背後を気にしないように、ついでに言葉少なに性急に、帰り道を急いだ。梓への行動の指示は全て小声で、肩や腰に触れながら耳元へ囁く。傍から見れば、情欲の高まりをなんとか押し殺して、一刻も早く二人きりになりたい男女、というふうに見えただろう。エレベーターホールに入ったところで、駄目押しでもう一度手を握った。ストーカーが見ていたとしてもさすがにオートロックの中までついてくることはできないはずなので、エレベーターが上昇すると同時に平然と手を離して、梓の笑いを誘った。面白がらないの、と言いながら、いつものようにドア周辺を調べる。
「お兄ちゃんのお土産のご当地インスタントラーメンセット開けましょ! あ、ビール飲みます? 例の日本酒もありますけど」
彼女の認識ではもうすっかりお泊り会の気分のようで、部屋に入るなり楽しそうに言うので、溜め息を禁じえなかった。さっきしおらしくぽろぽろと泣いていた女の子はどこへ行ったのだ。
「お酒は飲みません。寝ずの番だからね」
わかってるんですか、という意味を込めてわずかに語尾を強調するが、きっと一切なにも伝わってはいないだろう。
その後、インスタントラーメンと冷凍の肉まんという、遅い時間にするには少々背徳的な食事を済ませ、安室に合わせて起きていると頑なだった梓を説き伏せて、部屋の灯りを消した。シャワーは明日の朝にする、と言った梓の言葉に、どれだけ安心したことか。大した躊躇もなく男を部屋に入れた時点で、すでに警戒心もなにもあったものではないことは置いておく。
目的はストーカーの妄想を掻き立てることであるため、部屋は暗くしておいたほうがいい。こちらの様子もバレては困る。
安室がそう説明すると、じゃあ映画でも流しておきましょうとDVDを四本も五本も出してきた梓だったが、二本目に突入したところで早々に舟を漕ぎはじめた。うとうとしてははっと顔を上げて、映画についてコメントしたり、今日のポアロでの出来事を話したり。寝たくないから口を動かすらしいが、そう言った声がもう、半分くらい寝ている。
「このお部屋に人入れたの久しぶりなんですよお。っていっても、お兄ちゃんと、高校のときの友達と、毛利さんたちぐらい」
「へえ、毛利先生たちが」
「うん。あと、刑事さん」
「刑事?」
「ちょっと前に色々あって」
梓の兄が被疑者として追われた、証券会社員殺人事件のことだろう。マスターや毛利探偵から話を聞いたことがあったし、潜入前の事前調査でも入念に調べている。
「ほんとは今日、他に誰か呼べたら安心でしたね。近所にご友人でもいればよかったんですが」
「遠いんですよねえ。彼氏もいないしねえ。彼氏いたら安室さんにこんな迷惑かけてないか」
「迷惑なんて思ってませんよ、僕は」
ベッドの横に二人並んで座って、ふにゃふにゃの梓と話をしている。テレビ画面には、安室が幼いころの映画。主人公はかわいい子豚だ。梓の膝には、体半分ずり落ちた三毛猫。迷惑どころか、と言いかけたがやめた。
「蘭ちゃんいたらストーカーが襲ってきても安心だったね。強くて頼もしいですよね」
「女子高生に危険なことはさせられませんよ」
「それもそか」
「僕は頼もしくないんですか?」
画面から視線を外して、梓の顔を見る。とろんと垂れた眦。自分も同じような目をしている気がした。眠いのだ、と考える。眠いから、今、言葉を間違えたのだ。「えへへ」と梓が笑うと、瞳がとろけて消えた。
「安室さんも。頼りにしてますよ」
まともに返されてしまって目をそらす。梓の膝から上半身をぐんにゃりとはみ出させた大尉が、喉をさらけ出して眠っている。ペットの無防備さも飼い主に似るのだろうか。
その背中をずっと撫でていた梓の手が、ふと止まったことに気付いた。顔を見ると、首をくたりと俯けて目を閉じている。すう、と小さな寝息が聞こえた。寝るならベッドで、と先に言っておいたのに。なんとなしに髪を触ると、思っていたよりつるつるでさらさらで、なんだこれ、と手触りを確かめてしまう。安室の色素の薄い髪は軽やかではあるが、艶やコシというものはあまりないのだ。大尉の白い顎を擽ると、頭を抱えて窮屈そうな伸びをする。彼が起きたら梓をベッドへ運ぼう、と思った。
そっと立ち上がり、リモコンを手に取って、DVDの音量を下げる。窓に近寄って、カーテンの隙間から外を窺った。外から梓の生活を覗き見できるのは、この大きなベランダ側の窓だけだ。ストーカーが見ているならここからのはず。
慎重に通りを確認すると、斜向かいのアパートの一室から灯りが漏れていた。時刻は午前二時。電気が点いているのが不自然、というほどの時間でもない。試しにカーテンを大きく揺らしながら少し開けてみる。例の部屋の灯りは、そう間を開けずに消えた。
***
翌朝のなりすましの激化といったらひどいもので、パソコンを開いた梓が「ひっ」と悲鳴を漏らしたほどだった。
少し気を持たせていたアルバイト仲間、A君に路上で無理矢理キスされて体を触られ、部屋に上がり込まれ、抵抗したがレイプされてしまった。そんなツイートを投稿していたのだ。これまでと変わらず名前を伏せてはいるが、わかる人にはもともとわかっているのだから、さほど意味はない。
リツイート数は深夜の投稿後から朝の六時半の時点ですでに三十を超え、リプライも大量についている。数字だけをみればそれほど多いともいえないが、恐らく反応したユーザーのほとんどが米花町周辺の住人であることを考えれば、直接的な実害は大きい。早朝でこれでは、この後さらに増えるとも予想できる。リプライは投稿を鵜呑みにして同情しているもの、“A君”を罵倒しているもの、本当に襲われたのかと疑うもの、でまかせだと決めつけて投稿者の方を批難するものなど、様々だった。
添付画像はない。いつものセックスアピールとは投稿の目的が違うのだから当然だろうが、それが疑問派にとっては疑う余地のようで、『襲われた証拠写真は?』という無神経なリプライがついている。他にもイニシャルではなく犯人の実名を挙げるよう求めたり、コメントをつけて拡散したりと、なりすましアカウントはこれまでにない大炎上を引き起こし始めていた。ポアロの店名をはっきりと出してしまっているコメントもある。
同時に梓の部屋のポストも手紙が詰め込まれてぱんぱんになっていた。開けた瞬間にばさばさと落ちてきた封筒は、全部で三十通以上。中身はどれもほとんど同じような文面で、いちいち開けて読むのが面倒なほどだ。梓を責め罵倒する言葉が、強い筆圧で書き殴られた手紙。一つ一つに目を通していた安室は、少し印象の違う一通で手を止めた。
『ソイツが強引で逆らえないんだよね。かわいそうに
だから最初から俺にしとけばよかったのに
助けてあげるから、お礼期待してるよ』
文面からは、怒りを吐き出しきって落ち着いた末の一通、というニュアンスを感じる。端が折れてくしゃくしゃになった封筒は、最後に無理に詰め込まれたもののようだった。律儀に書いた順に入れていったのだろうか。まさかその場で書いて投函し続けていたなんてことはないだろうなと、背筋に冷たいものが走る。
不安げな梓と今後の動きを確認しあってから、安室は早朝のうちに部屋を出る。この姿もきっと、ストーカーは眠らずにじっと見ているだろう。安室も梓に言った通り一睡もせずにいたが、ストーカーがポストにいたずらをしにくることはわかっていたのに、エントランスを見張って現行犯確保しなかったのには、理由があった。
その少し後、梓もいつもの早番の出勤時刻通りに家を出た。安室が帰った方向とは反対へ歩いて行く。ポアロへ向かう道、昨夜も安室と二人で帰ってきた道だ。マンションの前の公園を過ぎ、腰を抱かれて迫られた街灯の下も通り過ぎて、朝靄の晴れてきた道を歩く。その背後を少し離れて尾けていく、一つの人影があった。
梓が角を曲がると足早に近づき、直線では距離を開け、電柱や交通標識の影に隠れるように身を縮める。人気のない公園とブロック塀に挟まれた道に差し掛かると、尾行者は足音を立てずに距離を詰めた。手を伸ばす。この角を曲がれば少し大きな通りに出てしまう。腕を引くなら今かもしれない。
しかしその手は空を掴み、素早く引っ込めることになった。梓に電話がかかってきたのだ。スマートフォンを取り出して、明るい声で二言三言会話する。電話はすぐに終わったようだが、その間に通りに出て、交差点で立ち止まってしまった。そう広くもない車道、ちょうど車の往来もないが、梓は律儀に信号待ちをしている。他に人通りもない。尾行者はまた一歩踏み出した。
梓が悲鳴をあげれば、どこまで届いてしまうだろうか。まず口を塞いで、同時に腹部に腕を回して、さっきの角に引きずり込むのがいいだろう。あの公園は人の背ほどもある生け垣に囲まれているし、中に入れば遊歩道からも外の歩道からも死角になった場所なんていくらでもある。適当な物陰に引き倒してしまえばいい。
梓もはじめは驚くだろうが、落ち着いて自分の顔を見れば、すぐに助けに来たとわかるだろう。手紙にもきちんと書いた。散々裏切ったのに全て許して救い出してあげるんだから、絶対に感謝されるはずだ。あの男と引き離すためには、それしか方法がない。職場は同じだし、梓の自宅の場所も知られている。軽薄な優男だが体格には恵まれているようだし、力づくで迫られて抵抗もできないのに違いなかった。
尾行者は梓のすぐ背後まで近寄った。大股で四歩も歩けば、後ろから羽交い締めにできる。だが、少しだけ判断が遅かった。通りの向こうに制服姿の女子学生が二人来てしまったのだ。車も一台、梓のいる横断歩道の前で止まる。信号が変わって、学生たちも梓も道路を渡りはじめた。
この道を右にまっすぐ行けば、もう彼女の勤務先の喫茶店がある。最近は店長もほとんど出勤せずに梓に任せ切りのようだし、あの男も夜が明けきってようやく梓の部屋を出たということは、早番ではないはずだ。
あの部屋で、カーテンを閉め切って電気も消して、彼女がなにをされていたのかを考えるだけで、腸が煮えくり返りそうだった。趣味ではない下着を脱がされて、一晩中犯されていたのに違いない。あんな無責任そうな男だ、きっと避妊もしていないし、梓の体には夜の余韻がたっぷり残っているだろう。同情はしているが、そう思うと興奮もした。だいたい梓にも非はあるのだ。あのとき自分の誘いを素直に受けていれば、二人の関係は順調に進展して、余計な邪魔の入る余地もなかったのだから。
けれどそんな地獄も今日で終わりだ。喫茶店の鍵を開ける梓の背中を見ながら考える。この通りに一時でも人通りがなくなったら、その時だ。すぐに店に入って、一人で開店準備をしているところを連れ出せばいい。そして二人で逃げるのだ。まずは梓のマンションの向かいに借りた部屋に戻り、あの男に触られた体中すべて、隅々まで洗って掻き出して、上書きして消毒をしなければ。
梓が入っていくのを確認してから、店に近付いていった。ガラスドアから、彼女が忙しく動き回るのが見える。素早く左右を見回すと、人通りはちょうど途切れている。運が味方してくれているみたいだ。ドアノブに手をかけた。
[newpage]
「申し訳ありませんがお客さま、まだ開店には早すぎますよ」
安室は、ポアロの前で中を伺っていた人影の襟首を掴んだ。思っていたよりも低い声が出たことには構わずに続ける。
「まぁ開店したとしても、ストーカーは入店拒否させていただきますが」
肩も掴んで腕をぐい、と引いて、力任せに男をドアから引き剥がす。首根っこを掴んで振り回すようにされた男は、道に倒れ込んで転がった。理解が追いつかないように目を見張ったり歪めたりするその顔は、安室も何度も見た顔だ。
「おかしいと思ったんですよ、あなたと帰り道で会ったときのことが、なりすましの投稿で全く触れられないから。簡単なことですよね。犯人はあなただったんだから」
一瞬凪のように減った人通りは復活していて、道の往来で突然始まった揉め事のような光景に、通行人の視線が集まる。
梓も慌てた様子で店から出てきて、尻餅をついている人物を見て声を上げた。
「え……木戸さん!?」
「あ、梓……」
男が彼女の名前を呼ぶと、梓は眉を顰めて安室の後ろに隠れた。木戸はそれを見て、顔を歪めて立ち上がる。
「梓! なにやってんだよ、こっちおいで!」
「ええ、なんでですか……てゆうかいきなり呼び捨て?」
「はあ? 恋人同士が呼び捨てするのは当たり前だろ」
「恋人!? 誰と誰が!?」
「俺と梓だろ? お互い好き同士なんだからそういうことになるだろ」
「な、なにわけ分からないこと言ってるんですか」
梓は安室のシャツを掴んで、ぎゅうと握った。一歩踏み出して来る木戸に、「来ないで」と震える声で言う。完全に安室に頼りきった梓の姿を見て、木戸は安室を睨み付けた。
「お前、梓になにしたんだよ」
「は、なにとは」
「とぼけるなよ、梓に付きまとって無理矢理手出したんだろ」
「まさか。僕と梓さんはただの同僚ですよ」
「ただの同僚がなんで部屋に上がり込んで朝まで出てこないんだよ!」
木戸が大声で喚く。ビルの立ち並ぶ通りに、裏返った怒鳴り声が響いた。通行人のうち何人かは立ち止まって、こちらの様子を伺っている。
「申し遅れましたが、僕は本業は私立探偵なんです。梓さんからストーカー被害の相談を受けて、身辺警護をしてたんですよ。あなたから守るためのね」
「俺がストーカーなわけないだろ!」
「じゃあどうして僕が彼女の部屋にお邪魔していたことを知ってるんですか?」
「そ、それは」
「ちなみにあなたが心配しているようなことは一切ありませんよ。映画見て猫と遊んでただけですので」
「信じられるわけないだろ! 部屋の電気だって」
「電気がなんですか?」
どう聞いても自白としかとれない言葉をぺらぺらと吐いた木戸は、顔を青くして、それでも口を閉じることはしなかった。あくまでもストーカーではないと言い張る気のようだ。
「俺はその、ちがう、梓がメールの返事してこなかったから心配になって」
「その件ですが、梓さんのご友人があなたに教えたメールアドレス、間違って事務連絡用のフリーメールのものを渡してしまったらしいんです」
「は?」
「しかも梓さんは大学卒業以来使っていなかったそのメールアプリのパスワードを忘れてしまって、メールが来ていること自体気付いていなかったそうなんですよ。昨日まで」
実際にはあまりにもしつこく梓の連絡先を聞く木戸に嫌な予感を感じた友人が、梓に害の及ばなそうなものをあえて送ったらしいと、昨夜のうちに確認が取れている。かえってそれが木戸のストーカー化のきっかけになってしまったわけだが。梓のことだからきっと、友人が気に病むからと言わずにおくのだろう。パスワードも、梓に片っ端から心当たりを思い出させて、すでにログインに成功している。そしてそこには、決定的な証拠が大量に残されていた。
「梓さんと知り合ってからストーカーを始めるまでの一ヶ月で、八十通もメール送ったんですね。不思議なことに、今朝ポストに入っていた何十通もの手紙と文面や書き方が酷似していて、素人目には同一人物の書いたものに見えるんですよね」
木戸は口をはくはくと開閉させながら、きょどきょどと視線をさまよわせ、やがて安室の後ろから顔を出す梓を見た。さっきの口振りでは、木戸の中では梓と彼はお互いに想い合っていて、横恋慕した安室が邪魔をしている、ということになっているらしい。この後に及んでまだ梓とコミュニケーションがとれると思っているのだ。
「メールの返事がないのが気になって勤め先まで来ることは、百歩譲って理解しましょう。でもそこから尾行して家を突き止め、向かいのアパートに引っ越して窓を監視し、そうして得たプライベートな情報をSNSで公開していることは、どう言い訳するつもりです?」
「いや、だから……ちがう、俺じゃない」
「否定しますか? ちなみにですが、手紙に書かれていたとある個人情報なんですが」
安室は梓をちら、と振り返る。
「梓さん、合コンで下ネタに困らされたと言ってましたね」
ずっと口を挟むこともなく後ろに佇んでいた梓が、突然話をふられて「はいっ?」と裏返った声を上げた。それからうんうんと頷く。
「スリーサイズをあまりにもしつこく聞かれるので、教えて会話を終わらせてしまったと。その相手が」
「その……木戸さんです、ね」
遠慮がちに言う。最初に入っていた手紙のひとつに書かれていた情報だ。梓のカップ数まで把握しているのは安室にも気づかれないように部屋に侵入しているか、ベランダに干した洗濯物をなんとかして盗み見たのかと考えたが。なんのことはない、梓の口から言わせていたのだ。
「女友達にも言ったことはないらしいその情報、木戸さんからのメールにもしっかり書いてありましたよ。どう説明します? まさか勘とか言いませんよね」
木戸はむぐむぐと口の中でなにか言ったあと、歯切れの悪い言葉を並べた。
「でも……だから、それは、そうじゃなく」
「なんですか? “俺じゃない”って言ったの、手紙のことじゃないんですか?」
「いや、そう、違うのはなりすましで」
「へえ、なりすまし」
安室がそう呟いた瞬間に、木戸は「あぁ……」と情けない声をあげて、地面に膝をついた。姿を表さずにいた時には手がかりの少なさに悩まされたというのに、対面した途端、口を開くたびこんなにもボロを出すとは。詰め寄るのも馬鹿馬鹿しい気分になるが、今回のこれは、どうしても必要な儀式なのだ。
「僕はなりすましなんて一言も言ってないんですが。それ、自白ととってもいいんですよね?」
「いや……」
「SNSであなたが榎本梓さんになりすまして行った根も葉もない投稿の数々、ストーカー行為、それから手紙とメールのいくつかは脅迫にあたります。認めていただけますね」
捜査礼状を読み上げるときのような、はっきりとした語調で安室は言った。周囲に集まりはじめていた野次馬にも、確実に聞こえていただろう。頭の上から覗き込むように木戸を見下ろすが、彼は黙ったままなにも言わない。ここまで白状しておいてだんまりとは。いいだろう、と安室は木戸の前に屈み込んだ。
「まー別に認めてもらわなくても、手紙に残った指紋とさっきドアノブについた指紋を照合すれば済む話なんですけどね」
軽い口調で言うと木戸はばっと顔を上げ、ポアロのドアと目の前の探偵を見比べてから、梓をちらりと見て、視線を落とす。いっそ哀れっぽいほど血の気をなくし、肩を落とし、深い溜め息をつく彼に、だが安室は感情移入をする気はまるでなかった。梓が感じた恐怖も不安も不快感も、木戸がどうにかなったところでこの先もずっと残ったままなのだ。
しかし声色だけは同情的を装い、「ご存知かとは思いますが」と口にする。
「彼女、この辺りのおっかない刑事さんたちに大人気ですから。取り調べ大変でしょうね……ま、自業自得ですけど」
それから近所の交番の地域警察官を呼び、連行されていく間も、木戸はずっとぶつぶつとなにか言っていた。なにかと思ってよく聞けば、「俺の言う通りにしないから」「せっかく助けてやろうと思ったのに」「お前が邪魔しなければ」と恨み言を呟いているのだ。救いようもない。
安室は口を開いて、結局なにも声をかけることなく閉じた。特に言葉もないし、彼が勝手に恋敵だと思っている安室からなにか言っても、余計に拗れるだけだと考えたのだ。
しかし安室が引いた瞬間にすっと前に出て、木戸に近寄った人物がいた。「梓さ、」と、安室はその人の名前を呼びかける。彼女は木戸の前に立つと、真っ直ぐに顔を見て、言った。
「届いてたメール、見ました。気づかなくてごめんなさい。最初にデート誘ってくれてたんですね」
フリーメールの未読ボックスに大量に溜まっていたメールは、安室の確認を経てから、はじめの頃のものだけを梓にも読ませた。彼女の言う通り、一番最初のメールは合コン直後、一月半も前のもので、二人で食事にいかないか、という誘いだったのだ。そのメールを無視していなければ、木戸の異常性にその頃気付いていれば、こんな事件にはならなかったのだろうか。木戸は顔をあげて、梓を見た。
「もしあのメールに気付いて、返事してたら……」
言葉を切る。梓は少し目をそらしたが、木戸はなにかを期待するように、彼女を見つめ続けたままだ。梓は改めて木戸の目を見た。
「……してたとしても、私、断ってました。下ネタ言う人すきじゃないし、私の仕事のこと『喫茶店なんか』って言ったし、初めて会ったときからちょっとないなって思ってました」
ばっさり。木戸はぽかんと口をあけたまま二の句を継げず、安室でさえ黙ったまま顔を強張らせた。木戸の腕を掴んだ警察官だけがやれやれとばかりに溜め息をついて、呆けたままの男を連行して行く。それを見送りながら、安室は口を開く。
「梓さん、結構言いますね」
「ん? そう?」
「正直、ちょっと驚きました」
そう言うと、梓は少し首を傾げて、安室を見上げた。
「私もともと、嫌なことは嫌って言うほうですよ」
そうなんですかと軽く言葉を返しながら、確かに雇い主のマスターや目上の常連客である小五郎にも、笑顔のままはっきり抗議する場面なんかを見たことがあると思い返す。
しかしすぐに頭をよぎったのは、昨晩の記憶、耳まで赤くして困りうろたえる梓の表情だった。待って、だめ、こわいと言いながらも、振り払われない手。大声も出さずに、か細くあげる囁き声。押し返してくる力のひ弱さ。あの抵抗の曖昧さに含まれたものを想像してしまって、安室は一瞬思考を止めた。
「安室さん、ねぇちょっと、そんなことより」
脇腹を梓がつついてくる。はっとして振り向くと、梓が眉を寄せて難しい顔をしていた。その顔のまま辺りを見渡す。
「なんでポアロの前でこんな騒ぎ起こしたんですか? 中に入るとかしてもよかったじゃない、こんなに人集まっちゃって」
そう言われて、安室も周囲をぐるりと見渡した。ちょうど中高生の登校や勤め人の出勤に被る時間帯だ。ポアロの周りには人集りができ、ガードレールの外にまではみ出して、向かいの歩道にまで野次馬が集まっている。
木戸を連れに来た警察官が多少散らしてはくれたものの、犯人が連行された後でもこの騒ぎ。手前にいる女子高生の集団は全員がスマートフォンを手にしている。朝っぱらから通学路で起きた事件を、早速友人に拡散しているのだろう。
学校へ行けば教室でもその話をするし、家に帰れば家族にも言うかもしれない。ここに集まった見物人のうち、何十人もがそうして同じように動くはずだ。
ポアロの前の路上はそのための舞台だった。大勢に聞かせるための、無差別な推理ショーの。
「ずいぶん炎上してましたからね。火消しは多いほうがいいでしょう?」
にこり、笑ってみせると、梓は訝しげに首を傾けた。
***
そうして喫茶ポアロには、平穏が戻った。相変わらずきゃらきゃら賑やかな女子高生はいるし、梓をじっとりと見つめる意気地のない男性客もいるが。一時は疑惑をかけられた花田も結局、ただ距離感の調整が下手なだけの男だったようだ。以前のように話しかけられなくなってしまって、カウンター席にも座りづらくなり、遠い席から見つめるしかなくなってしまったのだろう。
学校帰りの女子高生が二人、カウンターの真ん中に陣取っている。混んでいれば端から席を埋めてもらうが、夕飯前の午後四時台は客の入りも穏やかで、明け透けな言い方をすれば暇だった。彼女たちが真ん中に座ったのは空いていて開放感があるからではなく、そこならばケーキの仕込みをする安室とサイフォン式のコーヒーメーカーでコーヒーを淹れる梓と、二人ともに距離が近いかららしい。
「アズサさんストーカーに遭ってたんでしょ? 大変だったね」
「えっ、なんで知ってるの?」
「学校で噂になってたよ、ポアロの前でストーカー撃退されてたって。安室さんがツイッターのなりすましも認めさせて土下座させたんだって?」
「させてないよ! なにその話!?」
うそお、と悲鳴のような声をあげる梓を横目に、安室は口の端だけで小さく笑った。安室が講じた策はなかなかうまく動いてくれているようだ。良くも悪くも噂が回るのは速い。
「逮捕されてすぐアカウント消えたみたいだけど、ほんと気持ち悪すぎるよね、なりすましてエロ画像上げるとか好きな人にやること?」
「エミちゃん見たの!? 未成年でしょ?」
「私は閲覧制限かかってたけど、お姉ちゃんが見たって言ってたの。彼氏の部屋にあったエロ本と同じ画像載ってたから、ネカマだと思ったらしいけど」
見たことのないものを見るように「へええ……」と言った梓は、安室のほうを向いて、「やっぱり見る人が見ればわかるものなんですね」と言う。
「なんで僕に言うんですか」
「え? 安室さんマジ?」
「安室さんもエロ本とか見るんだ? やだー」
「いや待って違う、そういうことじゃないですから」
よほどなにか面白かったのか、少女たちはけらけらと笑う。それが落ち着くと、もう誤解を解きたい安室の言葉には興味をなくしたようだった。二人して頬杖を突いて梓を見上げる。
「アカ消える直前のツイートとかさあ、ブジョク罪? 犯罪でしょ? ひどすぎだよね」
「A君とか言ってたけど完全に安室さんってわかるような書き方してたし」
「二人ともあんなことするわけないって思ってたけど、クラスには全部信じ込んじゃってる子いたからさあ」
「心配してくれたの?」
「そうだよお! アズサさんポアロ辞めちゃったらどうしようかと思った」
懐かれてるなあ、と思う。梓は目尻を下げて本当に嬉しそうに笑っていた。彼女を見る少女たちの視線が眩しくて、親しみや憧れや慈愛といったものがこれでもかというほどに注がれていて、安室には少し見ていられないほど優しい空間だった。顔馴染みの客にこんなふうに想われるようになる、梓の性質も眩しい。
「ありがとね、でももう落ち着いたから大丈夫よ」
そう言って笑いかける。
その時、ソファ席でマスターと話し込んでいた中年の男性客が立ち上がった。中身の入ったクリアファイルを掲げる。
「じゃあ梓ちゃん、これ置いてくね」
「あ、はい! ありがとうございます」
「菱川くん、今度コレね」
マスターが会計をしながら麻雀に誘う手振りをしたのを、梓と女子高生二人は「なに? 手話?」などと言い合っている。
菱川は米花商店街にある小さな不動産屋の社長だ。あの朝の騒ぎで梓がストーカー被害に遭っていることが広まってしまい、引越し先の融通をしてくれることになったらしい。彼が置いていったファイルの中身は、新しい物件をいくつかピックアップした資料だ。
「アズサさん引っ越すんだ」
「うん、ストーカー捕まったとはいえね、家バレちゃってるから。急で大変なのよお、大尉もいるし」
「引っ越しの手伝いはいるから、業者頼まなくても大丈夫だよ」
「マスター腰悪いじゃないですか?」
「うん、だから、安室くんが」
「えっ僕?」
片耳で会話を聞きながら、ずっとイチゴのヘタを取ってカットする作業をしていた安室は、不意に話を振られて何の用意もなく顔を上げた。気づけばその場の全員が安室を見ている。話は聞いていたものの、安室は曖昧な苦笑いを浮かべた。
「そりゃ、男手のいるところは手伝いますが」
「安室探偵そんなアフターケアまでしてくれるんですか?」
「それは同僚のよしみです。でも、女性の一人暮らしの部屋に上がるのは……ちょっと、問題ないですか?」
梓のストーカー被害の相談に乗った話は積極的に広めたが、ボディガードの真似事をしたり、部屋に入って一晩泊まったりまでしたことは、マスターにも誰にも話していない。だから、どの口がそんなこと、というのは、梓と安室にしかわからないことだ。この微かな後ろめたさは、この先もずっと二人だけで共有していくのだろう。
戸惑いの出すぎていた苦笑を、やんわりとした笑顔に整えていく。遠慮がちで人との距離を詰めすぎない、常連客との会話でよく使う表情だ。マスターは「それもそうだな」と頭を掻いた。
「お節介だったね。なんか臨時収入になる仕事頼むことにするよ、仕入れのお使いとか」
「ありがたいです! ……あ、でも」
マスターに向かって目を輝かせた梓は、すぐに安室に振り向いて、へにゃりと相好を崩した。
「安室さんなら別にいい気もしますけど」
わずかな間には、「今さらだし」という言葉が当て嵌まるのか。安室への気遣いをわざと感じさせるような苦笑いを、梓は下がった眉のあたりに含ませていた。
『私、嫌なことは嫌って言うほう』
梓の言葉が脳裏に蘇る。マスターのお節介でも、嫌だと思えばそう断るはずだ。安室の代わりに手伝いを頼める兄もいる。嫌と言わないのは、嫌ではないからなのか。嫌ではないということはいいということで、それはつまり。
ぐるぐると動揺した思考のまま、梓から目をそらして、作業を再開する。まな板にぶつかった果物ナイフが、かん、と軽い音を立てた。指先に摘んだイチゴの切り口は、大きく斜めに歪んでいる。
不格好なイチゴに眉を潜めたらようやく自分が平静ではないことに気付いて、顔を上げて、こちらを気にも留めていないマスターたちのほうを見て、それからカウンターの少女たちの視線に気付いた。相変わらず揃って頬杖をついたまま、口元をニヤつかせている。
「見てしまった……」
「安室さん顔に出ないね」
「指気をつけてね」
「……イチゴつまみ食いさせてあげるから、黙ってるんだよ」
梓には惜しげもなく注がれる彼女たちの優愛心は、他には飛沫程度しか与えられないらしい。口をわざとへの字に歪めて見せると、ふひひと笑う。大きさの揃っていないイチゴを一つ手に取って、黒ずんだところを少しだけ切り落とした。
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炎上の様子がいつもと違うことに気付いた梓さんは、自分の名を騙りエロ自撮りをアップするなりすまし裏アカウントを見つける。安室さんに相談すると不穏な事実がどんどん発覚して――という話です。気持ち悪いストーカー書きたくてあまり濁さない表現してますのでご注意ください!ストーカーの傾向とか分析とかは個人解釈の適当なものですので正しくないです
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安室探偵の依頼人〜看板娘の裏アカウント〜
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10075387#1
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寝付きの悪い夜だった。
明日も仕事がある。それはもう色々と。どうにか少しでも寝たい。
というのに、玄関前が何やら騒がしい。深夜に非常識な人間がいるようだ。
ドアスコープではなく、こっそりと設置している監視カメラで確認すれば、こちらの部屋の鍵を開けようと、ドアノブをガチャガャと回している人物がいた。
マイクも仕掛けているので音声も確認してみれば、「開かない、なんで?」と聞き取れる。
そして、しゃがみこんで泣き出してしまった。
カメラに映った人物には見覚えがある。隣の部屋に住む女性だ。女性が、玄関前でしゃがみこんで泣いている。何故こんなことになっているのか。
ただでさえ眠れないのに、玄関前がこんなことになっては、さらに寝付けたものではない。
大きなため息をついて、安室は玄関を開けた。
「どうなさったんですか?」
「家の鍵が、開かないんですぅ。なんで、なんで…」
「それは、あなたの部屋が隣だからですよ」
このマンションに住む人たちの素性は確認済みである。もちろん、この隣人も。
テレワークで、たまに出勤する勤務スタイルの会社員だ。怪しいところはない。
これは、ただの酔っぱらいである。酔って自分の部屋と隣の部屋の違いにも気づけていないのだ。
しゃがみこみ、うつむいたまま顔もあげようとしない彼女を放置しておくわけにもいかず、手に持つ鍵を奪うと、隣の玄関前まで彼女の体を荷物のように抱えていく。鍵は、差し込めばもちろん開いた。
「鍵、開きましたよ」
反応はない。
ドアを開け玄関に下ろせば、そのままくにゃりと床に突っ伏した。
このまま玄関に放置してしまうか。しかし、酔った女性をひとり玄関に放置するのはさすがによくないか。
「部屋に上がりますよ。いいですね?」
「んーむー」
同じ間取りの部屋。迷うこともなく寝室のドアを開け、ベッドの上に寝かせた。
スーツ姿のまま寝かせるのもかわいそうかと思いはするが、さすがに脱がせるわけにもいかない。
「鍵、掛けるために持って出ますが、ポストにいれておきますね」
「んー?権太?」
「権太じゃないです。隣人の安室です」
「権太、会いに来てくれたのね!」
さっきまでの力の抜けた様子はどこにいったのか。彼女は勢いよく起き上がると力強く安室の首元に絡み付き、そのまま安室ごとベッドに転がった。さらには足まで絡めてきた。
「権太じゃないですよ!離してください!」
耳元に彼女の寝息が聞こえる。眠ってしまった。
安室の力であれば、彼女を引きはがすことは簡単だが、それゆえに彼女の筋を痛めてしまう危険がある。
どうにかうまく抜け出せないかと考えていると、安室に眠気が襲ってきた。
さっきまで、疲れているのに眠れなくて苦労していたというのに、なぜこのタイミングで。
このまま寝てはよくない。わかってはいたが、意識は途切れた。
⇔
「あの、すみません、どちら様ですか」
耳元で話しかけられて、安室は跳ね起きた。熟睡してしまったようだ。夢も見ないほどに。
あの態勢のまま二人で寝入ってしまっていたようで、彼女のスーツはしわまみれだ。
「隣人の安室です。誓ってやましいことはしていません」
「お互い服も来てますし、そこは疑ってませんけど、私、覚えてなくて…」
昨晩のことを説明すれば、彼女は顔を赤くした後に青くして、ベッドの上で土下座をした。
「本当に申し訳ないです」
「権太さんて、僕に似てるんですか?」
「実家に居るゴールデンレトリバーなんですけど、人間になって会いに来てくれたと思ったのかな」
「犬…」
「なんにせよ、たくさん迷惑かけました。どうお詫びしていいか」
「いえ、気にしないでください。何故か久々によく眠れましたし。いいベッドですね」
「わかります!?」
彼女は急にテンションを上げた。
土下座スタイルで俯いていた顔を上げた勢いのまま安室に詰め寄り、捲し立てる。
「この敷きマット、アスリートも使ってる高級品なんですよ!しかもクイーンサイズ!掛け布団だって柔らかくて軽いのに温かいんです!」
どうやら、こだわりの寝具らしい。
自慢気に紹介をしたと思えば、また力が抜けたようにベッドに転がる。
「あ、頭痛い…」
「二日酔いでしょうね」
「うぅ…」
「うちにしじみがあるので、わけましょうか?」
「ありがたいです。お味噌汁がいいです」
「作れと?作りますが…」
時計を確認すれば、まだ時間に余裕はあった。味噌汁を作るぐらいできる。
眠っていた時間はそこまで長時間ではなかったようだ。
それでも、熟睡できたおかげで疲れの取れ具合が違う。いいベッドというものはここまで違うものなのか。
ひとまず、しじみの味噌汁を用意しなければと、ベッド脇に落ちていた鍵を拾って立ち上がる。
「取ってきますので、いったん鍵お借りしますね」
「あ、そのまま持っててください。予備鍵もあるので」
鍵を持つ。合鍵を持つ。それは特別な関係下でないと持つことがないはず。
彼女と安室はただの隣人で。いままで会話もしたことがなかった関係で。合鍵を持つ間柄ではないのだが。
「安室さん、睡眠にお困りみたいですし、いつでもこのベッド使っていいですよ。お礼とお詫びに」
ベッドに寝転がったまま、彼女は安室を見上げて言う。
ベッドに寝転ぶ女性を見下ろすというのは、どうしても連想してしまうものがある。
しかし、好意をはき違えては失礼だ。安室はいつもどおりの笑顔を張り付けてから部屋を出た。
⇔
鍵を預かることにはなったが、まさか本当にベッドを借りるつもりなどなかった。
だが、忙しくてそもそも時間もなく、それなのに眠りも浅く眠れない日々が続けば、揺らいでしまう。
もう深夜。彼女は寝ているだろう。いまから行って起こすのは失礼だ。
しかし、そんな時に入れるように合鍵があるのだ。起こさないように気を付ければいいだけだ。
仕事に影響があるほうが問題だ。そう決意し、安室は隣人の部屋を鍵で開ける。
物音を立てないことにも慣れている。寝室へ入り込めば、やはり彼女は眠っていた。
さすがにベッドに乗ればかすかに揺れるが、寝付きがいいのか、彼女が起きることはなかった。
もぐりこんで目を閉じれば、すぐに眠気がやってくる。
3時間後に仕掛けておいたマナーモードのアラームが、まるですぐ振動したように錯覚した。それほど、すぐに寝入れたのだ。
彼女はまだ眠っている。起こさないように部屋を出て、今日も仕事を開始した。
それから何度も、安室はベッドを借りていた。
寝付きのいい彼女は、夜、安室がやってきてベッドに入っても起きることがない。
そのまま、彼女が起きる前に安室が起きて出ていくので、来たことすら気づいてないだろう。
危機感の足りなさを不安に思うが、この危機感のなさのおかげで、ベッドを借りることができている。
起きてるときに会えたら、この寝具について聞こう。そして同じものを買おう。
そう思い早めの時間に来たのだが、この日はめずらしく彼女がいなかった。本社へ出勤する日だったようだ。
この部屋では、眠る以外の用事はない。安室はまっすぐにベッドに向かう。
クイーンサイズなので二人で寝ていても狭くはなかったが、今日は広々とベッドが使えている。
それなのに、寝付けなかった。
「安室さん、来てたんですね。寝心地はどうですか?いいでしょう?」
寝付けないまま1時間ほど過ぎたころに彼女が帰宅した。
ベッドに身を乗り出して、安室の顔を覗き込むようにして話しかけてきたので、あのときとは逆に、彼女に手を伸ばして絡みつき、ベッドの中に引き込んでみた。
抱き寄せれば、やはりすぐ眠れた。
ベッド+彼女が、安眠のポイントのようだった。同じ寝具を買ったとしても、だめなようだ。
⇔
「安室さん、最近顔色いいね」
ポアロでの勤務中、上の探偵事務所に住み常連である小学生が話しかけてきた。
彼はカウンター席でアイスコーヒーを飲みながら宿題を広げている。
「よく眠れる方法を見つけたんだ」
「へぇー、なに?」
「寝かしつけてくれる女性をみつけることかな」
「…それって、いや、なんでもない」
彼は、会話を中断して宿題に集中することにしたようだ。
子供だが彼の知識量なら、そういうことを想像したかもしれない。
しかし、なにもないのだ。やましいことなどなにもない。
もちろん、その気にならないこともない。
彼女はとても好ましいし、ベッドという場所にいるのだから、当然連想はする。正直、できるものならしたいとも思う。
けれど、そんな思考よりも睡魔が勝つ。
寝たくて仕方ないときにしか行かないのだから、そんなものだ。
もし、そうでもないときであれば、わからない。抱いてしまいたいという欲が勝つのか。
そもそも、彼女のほうは、どう考えているのか。
しかし、もしも、関係を持ってしまったら。
せっかくよく眠れる環境を手に入れたのに、台無しにしてしまうかもしれない。
そういう関係に持っていきたいと思う感情と、睡眠のための環境と割りきるべき都合と。
けれど、考えたところで、なってみないと、その先の結末はわからない。
テレワークの彼女だが、毎週月曜日は出社するらしい。
そしてその日は、遅くなるようだ。つまり、いま家にいっても居ない。
彼女の職場は知っている。いま安室がいる場所に近かった。
いまどこにいますか?とメッセージを送ってみれば、すぐに既読が付いた。
しかし5分待っても返事が来ない。仕事で忙しいのか。
会社の近くに車を止め、様子を見ていれば、彼女がビルから出てきた。男連れで。
恋人、ではないだろう。彼女の家にそんな影はみられないし、いたら安室が部屋にくることを許容しないだろう。
そのまま動きを観察する。男に引き留められているようにみえる。
男の手が、彼女の腕を掴んだので、安室は彼女に電話をかけた。
『も、もしもし!待たせてすみません!すぐいきます!あの、迎えが来てるので、これで。いえ、行かないです、すみません』
安室が何か言う前に彼女が話し出した。そのあとに漏れ聞こえる会話から、この電話を、男の誘いを断る口実にしたいようだ。それでもしつこいらしい。
「遅くなってすみません、待たせてしまいましたか?」
駆け寄って話しかければ、男は慌てたようにその手を放す。
気づかなかったふりをして彼女の腰に手を伸ばして抱き寄せる。念押しだ。
「おや、こちらの方は?」
「えっと、職場の先輩です」
「そうですか。お仕事、おつかれさまです。さ、帰りましょう」
「あ、はい。えっとすみません、失礼します」
腰に回した手を放さず、車まで誘導する。
ちらりと後ろを振り返ってみれば、あの男はもういなかった。諦めたようだ。
「安室さん、すごいタイミングよく現れてくれてヒーローですよ」
「あの人に口説かれてるんですか?」
「いや、そういうのじゃないんです。向こう既婚ですし。ただ、飲みの誘いが嫌で」
助手席を開けて促せば、彼女は素直に乗り込んだ。
回り込んで安室も運転席に乗り込み、エンジンをかける。眠るために帰宅だ。
「既婚というのは、警戒をといていい理由にはなりませんよ。好意と勘違いする男もいるんです」
「そ、そうなんですか、気を付けます」
警戒されないこと。親しく接してくれること。それだけで、恋愛的好意を持たれていると思ってしまうものだ。
安室は、自分の発言が自分に響いた。
彼女は、安室に対して好意的だ。ベッドというプライベートゾーンを分け与えてくれるほどなのだ。酔っぱらいを介抱した詫びやお礼としては行き過ぎている。
つまりは、恋愛に発展する可能性があるほどの好意と思えてしまう。
「あの日、酔っていたのもあの人と飲んでたんですか?」
「いえ、あの日は部署全体の飲み会で断れなくて。お酒弱いから、飲みたくないんですけどね」
「あの様子だともう二度と飲んでほしくないですね」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「次からは、僕を理由に断るといいですよ」
「安室さんを、理由に?」
「恋人の束縛が強いので飲み会参加を禁止されてる、なんてね。さっきのひと、きっと僕をあなたの恋人だと思ったでしょうし」
「なるほど…恋人…」
駐車場に車を停め、向かうのは同じマンション。そして同じ部屋。
安室がカギを開けてドアを開け、家主である彼女が先に部屋に上がる。
お互い、夕食は仕事の合間に済ませていたので、家についたら、もう眠ってもいい状況だが、ふたりとも外出着だ。
一度部屋に戻って着替えてから来るべきとは思ったが、彼女の様子が気になる安室は、そのままソファーのようにベッドに座った。
車から降りてからずっと、彼女は口元に手を寄せて、何か言いたげにしているからだ。
彼女は、その隣に座ってから、言葉を発した。
「お互い、犬と湯タンポと思っているので気にしてなかったんですけど」
「僕はまだ犬だったんですか」
「恋人でもないのに同じベッドで寝るって、おかしいですよね、やっぱり」
「そうですね」
「ですよね」
恋人の部屋。眠るための部屋。
どちらかしか選べないのか。どちらも選べるのか。どちらも無くすのか。
台無しにしてしまうかもしれないけれど、選びたいのは、
「恋人になりましょうか」
「え?」
「それで解決じゃないですか」
「そう、かもしれませんけど」
「はい。決まりです。いまから僕たちは恋人になりました」
「は、はい」
「では、恋人とすること、しましょうか」
「え?」
「恋人になったんですから、ベッドの意味は、今までと違いますよ」
結論。それはそれでよく眠れたのでよし。
END
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安室が隣人の部屋で眠る話。
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高級寝具の誘惑
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10075469#1
| true |
帰国しました。
仕事ほっぽらかして音信不通で十日以上経過…。おまえどこの無責任バイトだよ…。
いいえ。勤続十○年無遅刻無欠勤で生きてきた本田です。
「ああ…本田君…すまないね。新しいパートさんもう雇っちゃった」
「す、すみませんでした」
「イタリアのお友だちとかにいろいろ聞いたし、事情あったんだってね。それに今までの本田君の仕事ぶりもわかってるけど」
ごめん。新生ウマイナーランチは予想外に苦戦していて、これ以上誰かを雇う余裕無いんだ…。やっぱ大手と一騎打ちは厳しいよ。
「いえ、いえ。全部私の不徳のいたすところですから…」
あはは。もうなんか、一気に気が抜けました。高校卒業からずーっと働きづめで、久々にとれた夏休みは、そのまま人生の夏休みに突入しました。
「ハローワーク…」
行かないと…。
高卒で大した資格もないです。弁当屋にいながら、調理師免許とか取っていませんでしたし(ぶっちゃけそんなヒマなかった)車の運転も、職場のあまりの近さにスルーしてました。(インドア派には車は不要です)
でも、再就職にあたって運転免許くらいとった方がいいのかもしれません。蓄えが少しでもあるうちに、自動車学校行った方がいいでしょう。
フェリ君はまだイタリアです。後期の授業までには戻ってくると言ってました。もうお兄さんの件も決着したのだから、留学の必要もないのですけれど。
日本での暮らしがとても気に入ったのだそうです。
「日本、ご飯美味しいし、女の子可愛いし、菊がいるからね!」
…せめて授業でシェスタはなしにして下さいね。
イタリアボケと失業ショックから回復するのに一週間かかりました。
ハローワークちょっとのぞいた後、私は自動車学校のパンフレットを手に取りました。三十路過ぎた私にそうそういい仕事はありません。あせって変なところへ就職するより、時間のある今のうちにとれる資格をとった方がいいようです。
どんぐりドライビングスクールの申し込み用紙に記入していると、玄関の呼び鈴が鳴りました。
リンゴーン、リンゴーン。
なんかうちの呼び鈴って、やたらめでたい音がするんですよ。だれか結婚するのかってくらい。まあ鳴らしてるのはせいぜい訪問販売か、宗教の勧誘くらいなんですけどね。フェリ君はそんなもの鳴らさずに「来たよ~!」って叫んでました。
ああなつかしい…。もはやなつかしいの域に入ってます。
リンゴーン、リンゴーン。
[newpage]
「はいはいはい。今いきますよ」
うるさいですねと引き戸あけたところに、銀髪ムキムキイケメンが立っていました。
「ギル君?!」
「よ!爺ィ。命の恩人の俺様が来てやったぜ!」
は?いつ呼びましたかね?というかカジュアルなジャケットにジーンズです。わりとくだけた格好ですね。
「えと…日本に、仕事か何かですか?K&Z社の」
「あ、あれ、やめた。いい加減ヒマで、飽きたしよ~」
ルッツも放っといても大丈夫だし、俺様ちょっと自分を見つめる旅にでようかと思ってよ。
「それで日本に?」
「いやアフリカとか北極とか考えてたんだけどな、日本行きたいって奴がいるんで連れてきてやった。いや面白れーな日本は。新幹線種類いっぱいあって楽しいぜ!」
「はあ…」
ズィーメンスの駆動制御ユニット使ってんのもあるんだよな、ドイツの技術は世界一ィとぶちあげられて面食らいました。このドイツ人、まさかそれが言いたいがためだけに、新幹線持ち上げませんでしたか?
「まあ…楽しんでいらっしゃるようで、何よりです」
「おう、上がらせてもらうぜ」
そう言うような気がしてました。今日は自動車学校の申し込みには行けません。
「どうぞ。散らかってますが」
「ん、おーい何してんだー?来いよ」
ギル君いきなり後ろふり返りました。何ですか?誰か居る?
門柱のところに、ボール紙の箱を抱えたスーツの腕がのぞいています。あれ?どっかで見た箱です。印刷されたアルファベットに見覚えがあります。
white fish meat───────白身魚!
門柱の陰から箱を抱えた眉毛シジミが体半分のぞかせました。違うっ新種の蝶を作るんじゃないっ。K&Z社のKの方です。なんとかランドさん!
「ミスター・カークランド」
なんかものすごく固まってらっしゃいます。
「あ……コンニチワ」
「こ…こんにちわ」
「……」
「……」
[newpage]
なんかもじもじして目線が定まらないご様子です。金髪碧眼の着ぐるみの中に小学生でも入ってるんでしょうか。
「おい、ちゃっちゃと言えよ」
仮にも元雇い主ですよね?まあギル君そんな“小さい”ことにはこだわりそうにないですけど。
「その…」
「はい」
カークランドさん、キッと歯をくいしばると、一歩踏み出しました。片手にボール紙の箱、そしてもう片方の手にはジャガイモのネットを握りしめています。うわっ5㎏入りです。それは男爵イモですか。
「あ…なんかわかったような気が…」
「アーサーおまえ、ちゃんと自分で言えよ。ちゃんと!」
ギル君が私の言葉をさえぎりました。
なぜに教育モード。
カークランドさんは私にひたと目をすえました。真剣です。真剣すぎて怖いです。にらみ付けるような緑のまなざしと、ふるふる小刻みに揺れる体。その手に持ったジャガイモ袋でなぐり殺されるんじゃないでしょうか。
いや、でもこの組み合わせはアレのはずです。アレの…。
「突然やってきて申し訳ない」
「はい」
緊張って伝染しますね。私も唾をごくりと飲み込みました。カークランドさんの顔、うっすらと赤いです。
「実はあの時食べたフィッシュ&チップスが忘れられなくて…。どうか、作ってもらえないだろうか。…材料は持ってきた。ちゃんと、あの船にあったのと同じメーカーのものだ」
だからその箱を…わざわざ。別に冷凍でなくても…むしろ冷凍でない方が…。
「頼む」
さらに赤みを増す顔。潤んだ瞳で一世一代の告白を受けました。
フィッシュ&チップスへの。
「いいですよ。どうぞ」
私はカークランドさんの手から冷凍白身魚の箱を受け取りました。
「遠いところから、よくいらっしゃいました」
「…ほ…本田」
ぱあっとカークランドさんの顔が明るくなりました。そして懐に突っ込んだ手をもそもそしたかと思うと、一本の瓶を取り出しました。
「今度はモ、モルトビネガーで!」
それスーツに収納するものですか?ああもうつっこめない。
「はい。わかりました」
「あ…ありが」
「おう俺様はポテトコロッケでいいぜ!ジャパニーズソースかけると美味いんだってな!ルッツを虜にした味を、俺様じきじきに検分してやる!」
「おまえええ!!」
ええと三色イタリア弁当から始まった世界餌付けの旅は、イギリス人を制した後、ドイツ人の完全攻略に向かえということですか。
おk、把握はしました。
とりあえずお魚解凍して、イモをむくことから始めますね。
おわり
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あの味が忘れられないんだ~♪はいっ本歌取り成功!てか意味違いました。すみません。カナダ先生ステルスのままでした。(あれれ?一番最初に餌付けされたのって、もしかしてこの人じゃ……めいぷるっ!)というか面積デカい国の人々がまったく出ていませんよ!よくないですね。非常に…よくないです。───まあ、それはそうといたしまして、コホン、本田さんはこれからも餌付ケーショナルな活動を続けていくと思われます。<br /> ありがとうございました。ここまでおつきあいくださった方々に、感謝いたします。<br />*2018年にまとめて紙にしました。<br />2020年10月ヘタリア再始動ばんざい!再販案内→<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/70346311">illust/70346311</a></strong>
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アドリア海でF&C 終
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007582#1
| true |
[chapter:はたらく細胞と名探偵コナンのクロスオーバーです!!]
・血球たちがコナンの世界に転生したよ!
・細胞が人間になったよ! 細かいことは気にするな!
・前世(?)の記憶あるよ!
・細胞たちに人間っぽい名前がついてるよ!
赤血球→[[rb:三和 > みわ]]
白血球→[[rb:珀 > はく]] など
・防衛省なんかも適当です
・なんかもう本当に細かいことは気にしないでくださいお願いします
潔く整合性とか完全無視です。
雰囲気でお楽しみください。
今回はなんと、事件が起きません! ほのぼの元細胞たちの交流と、満を持した主人公登場がメイン。
しかし巻き込み事故は起きます。
[newpage]
少年探偵団が集結した賑やかなポアロに、来客を告げるベルが鳴った。
「こんにちはー」
「あ! 赤いお姉さんだ!」
赤い、という単語に悪い意味で反応してしまうが、さすがに関係の無い人間に悟らせたり、ましてや八つ当たりなどするはずもなく。さらにそれが、幾度となく助け、妹分のように可愛がっている相手ならなおさらだ。
「いらっしゃいませ」
「安室さん。皆もこんにちは」
「「「こんにちはー!」」」
「なんだ、オメーら。知り合いか?」
「昨日ね、公園で会ったんだよ」
三和をカウンター席に案内しようとするが、
「すみません、今日はテーブル席でお願いします。待ち合わせなんです」
「そうでしたか。もちろん、どうぞ」
確かに、いつもより2割増で笑顔が輝いているし、アホ毛は機嫌良さげにぴこぴこと揺れていた。
「今日はどなたと?」
「多分、初めて来る人だと思います。私、ここの料理が大好きで、つい待ち合わせ場所にしてしまうんです」
「嬉しいです、そう言っていただけるなんて」
「安室さんのハムサンドも美味しいですけど、私はチーズケーキが一番好きです。皆にも食べて欲しくて」
「それは、僕も頑張らないといけませんね。お任せ下さい、腕によりをかけましょう」
「いつもお世話になってます!」
他愛のない会話をしながら、いつもまず初めに注文されるアイスココアの準備をする。
──待ち合わせの相手は、[[rb:セルズ > Cells]]の構成員である可能性が高い。
[[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]]は人懐っこくて愛想が良いが、意外と交友関係は狭い。休日に会うような仲の人間は、ほとんどがコードネームを持っている事が判明している[[rb:セルズ > Cells]]だ。
改めて、安室は気を引き締めた。
「どうぞ、アイスココアです」
「ありがとうございます」
だが、幸せそうにアイスココアを飲んでいく三和に、思わず頬が緩んだ。
もう一度、来客を告げるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
「あ、ももさん」
「せっけ、えっと、瀬木。ごめん、遅くなった」
金髪のツインテールの、年齢がよくわからない女性だった。三和と同年代にも、成人した社会人にも見える。
そして、明らかに「赤血球」と呼びかけていた。
「私も今来たところですよ。まだ[[rb:静 > しずか]]さんも来ていませんし」
「本当に来るのか?」
「……多分!」
“もも”と呼ばれた女性は安室に会釈をすると、三和のいるテーブルに座る。
「ももさん、お仕事は大丈夫でしたか?」
「あぁ、有給消化をせっつかれていたし、問題ない。えっと、その……瀬木にももと呼ばれるのは、少し恥ずかしいな」
「可愛らしいお名前ですよね。ぴったりだと思います」
「かわっ……。瀬木──三和も、いいと思う」
「ありがとうございます。気に入ってはいるんですけど、やっぱり私も皆さんにそう呼ばれるのは少し不思議な感じがします」
恥ずかしそうに下を向いてしまったももに、三和も少し顔を赤らめて頬をかいた。
「だからつい、呼んじゃうんですよね」
「私も、しょっちゅう[[rb:高江 > たかえ]]さんを……」
「お仕事、同じなんでしたっけ?」
「うん。警備会社なんだ。私は、あの人が何やっているかわからないけど」
素知らぬ顔で雑用をこなしながら、2人の会話に耳を傾ける。盗聴器でも使えば精神力を使わず、もっと鮮明に会話を聞き取ることができるが、万が一発見されたときのことを思うと迂闊なことはできない。
「ももさんは何されているんですか?」
「シークレットサービス……のようなものだ」
「シークレットサービス?」
「あぁ。警護とか、そんな感じ。み、三和にも似たようなのがいるだろ? えっと、名前なんだっけ、好中球」
──好中球?
初めて聞く名前だ。口ぶりからすると、三和の身近な人物のはずだが。
「[[rb:飯館 > いいしろ]][[rb:珀 > はく]]さんですね」
──飯館珀? あいつは「白血球」じゃなかったのか?
「確かに、何度も助けていただいてます」
「常に一緒にいるわけじゃないのか」
「そうですよ? むしろ、待ち合わせして会う方が珍しいです。珀さんも、ご自分のお仕事があるでしょうし……」
「相変わらず、すごい遭遇率だな……」
「世間は狭いですね」
手を止めることは無く、情報を整理する。
この“もも”と呼ばれた女性は、[[rb:セルズ > Cells]]だと思って間違いないだろう。そしてその同僚、高江もまた同じく。
そして、飯館珀。彼は「白血球」ではなく本来は「好中球」だと思われる。確かに、普段「白血球」と言えば血管中に存在する好中球を示すことが多いから、代表として「白血球」を名乗っている可能性が高い。それならば、「白血球」の他に「マクロファージ」が存在することも説明がつく。
好中球──白血球の半数以上を占め、外敵駆除の最前線を担う、免疫システムの代表的存在。
背中を一筋、気持ちの悪い汗が伝った。その名を与えられた飯館珀は、どれほどの脅威に成り得るだろう。
「白血球さ……あっ、すみません。好酸球さんも白血球さんですよね」
「いや、構わない。実は私たちも、白血球と呼ばれてもすぐには反応できないんだ」
「そうなんですね」
“もも”は好酸球ということか。
それにしても、本当に隠す気があるのかわからないほどに、無防備にコードネームで呼び合っている。本人たちは本名、偽名かもしれないが、それっぽい名前で呼ぼうとしているようだが、如何せんコードネームの方が呼び慣れているらしい。
──ん? コードネームは本来、本名を隠すためのものだよな……。
あの組織においてのコードネームはどちらかと言えば立場や身分を示すもの、という認識が強かったから、すっかり失念していた。ならば、公共の場でコードネームを使うのはむしろ自然なことなのではないのか。
「ねーねー、お姉さん」
思考の海に沈みそうになったところを、聞きなれた声が無理矢理引き戻した。
──コナン君!?
歯噛みする。好奇心旺盛な彼のことだ。明らかに本名ではない細胞の名前で呼び合えば、気になって探りを入れるであろうことくらい予想がついたはずなのに。
「何かな? あっ、私は瀬木三和って言います」
「[[rb:高須 > こうす]]もも、です」
「ボク、江戸川コナン!」
しかし、相手はあの組織をも退けた[[rb:セルズ > Cells]]の構成員だ。三和の方はほぼ白が確定しているうえ、万が一黒でも「赤血球」である限り戦闘力は皆無と見て間違いない。だが、好酸球は違う。身元調査はこれからだし、貪食能力を持っている上、寄生虫に対する防衛を担う白血球だ。好酸球やマクロファージと同じく、高い戦闘力を持っている可能性が高い。
「あのね、お姉さんたち、白血球とか、好酸球とか、言ってたよね? ボク、知ってるよ。白血球はバイ菌をやっつけるやつで、好酸球は寄生虫とかをやっつけるやつだよね!」
「え、すごい! よく知ってるねぇ」
「あ、う……」
なぜか、ももの方は赤くなって俯いた。
「ボクの体にも、いっぱい流れてるんだよね?」
「そうだよ。毎日毎日、24時間365日、元気に働いています」
「へぇ、すごいね!」
──頼むから、余計なことを言わないでくれよ……。
下手に割り込めば墓穴を掘りそうで、話を切り上げに行くことができない。神経を研ぎ澄ませて、行方を見守るしかない。
「でも、どうして、このお姉さんのことを“好酸球”って呼んでたの?」
「え、えっと……」
露骨に三和の視線が泳いだ。やはり、嘘の吐けない子だ。
「コナン君、内緒にしてくれる?」
「う、うん」
「昔の癖がね、出ちゃって。ももさんのことは昔、ずっと“好酸球さん”って呼んでたから、まだちゃんと呼べないんだ」
「そうなんだ……」
「やっぱりちょっとおかしいみたいだから、直そうとは頑張ってるんだけどね? なかなか修正できなくて、お恥ずかしい限りです」
「み、右に同じく。というかむしろ、今更名前で呼ぶの、恥ずかしい……」
2人の言葉に、何か考えるように一瞬視線を下に向けたコナンだったが、ぱっと顔を上げてにっこり笑った。
「教えてくれてありがと! でも、白血球とか、好酸球とか、ボクすごく格好良くていいと思う!」
「なっ」
褒められ慣れていないのか、ももは頭から湯気が出そうな勢いで真っ赤になり、固まった。褒められたのはもも本人ではなく好酸球のはずだが、もしかしたらコードネームに何か思い入れや誇りがあるのかもしれない。
「お、おーい! ももさん! 帰ってきてくださーい!」
そうこうしている間にコナンは他の子供のところに戻り、何事も無かったことにひっそりと胸を撫で下ろす。
それにしても、仲の良い組織だと思う。黒の組織では、少なくともバーボンはジンやウォッカと楽しく雑談したり食事をしたりできる気がしない。
──その仲良しこよしが本心かどうかはさておき、な。
今更白などありえない。[[rb:セルズ > Cells]]は、あの黒ずくめの組織が完全に記録を抹消し、手を引いたほどの組織だ。それだけでなく、その騒動の一切の情報を残していない。国際的犯罪シンジゲートと対立して、並大抵の組織がそこまでの情報抹消ができるはずがない。
しかし、それでも──この屈託なく笑う働き者の少女が最後に泣くようなことにならなければいい、と願ってしまうのだった。
来客を告げるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
また金髪の女性だ。安室に対し綺麗な会釈をする。
「静さん、来てくださったんですね」
「申しわけありません。遅れてしまいました」
「いえいえ。お忙しいのはわかっていますから。来てくれて嬉しいです」
「上層部から有給消化の催促がありましたので、ご心配なく」
「私と同じだ……」
「全休は不可能でしたが、半休をとってきました」
表情を一切動かすことなく、氷のような仮面を貼り付けたまま三和たちのいるテーブルへとつく。
「しかし、司令が面倒を言うものですから……」
「あの人も相変わらずなんだな……」
「少々、物理的な手段をとらせていただきました」
無表情のままぐっと拳を握った静に、2人は引きつった笑いを浮かべた。
「そうまでして、来たんですか……」
「何か?」
「いっ、いえ! その、プライベートで交友を持つようには見えなかった、ので……」
しどろもどろに弁明するももに、ふっと頬を緩めた……ように見えた。実際は全く表情は動いていないのだが、雰囲気が少しだけ柔らかい。
「ここで会ったのも、何かの縁でしょう。でしたら、交友を持ち、相互扶助を行うのも良いと判断しました」
「そうですね! 何かの縁ですよ、きっと」
三和が、心底嬉しそうに笑った。
一度細々とした仕事を中断し、三和たちのテーブルへと向かう。
「三和さん、お揃いですか?」
「あ、はい。皆さん、何食べますか? 私のおすすめはチーズケーキです」
「まずは食事をするべきだと思う」
「はい。昼食の代わりにチーズケーキはいけません」
「そ、そうですよね……。えっと、ならハムサンドはいかがですか? とても美味しいんです。安室さんが作ってくれるんですよ」
改めて、4つの瞳が安室を見つめた。1組は純粋に初対面の人間を見極める目、もう1組は氷のように静かで底が見えない目だ。
「改めまして、安室透です」
「ど、どうも」
静の方は、また軽く頭を下げただけだった。
「え、えと、せっかくだから私、ハムサンドにしようかな。あと、アイスティーを」
「でしたら、私も同じものを。エスプレッソと」
「私もハムサンドにします。アイスココアのおかわりもください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
テーブルを離れると、滑らかにとはいかないまでもゆっくりと会話は動き出した。
それに耳を傾ける。新たに“静”という女性が入ってきたのなら、もう少し情報が欲しい。
「えっと、ヘルパーTさんって、名前なんでしたっけ」
「[[rb:助定 > すけさだ]][[rb:頂 > てい]]です。ちなみに私は[[rb:成湖 > せいご]][[rb:静 > しずか]]です」
「それは知ってます……」
ももが力なく返せば、静は不思議そうに微かに首をかしげた。もしかして今の、笑うところだったのだろうか。
「お仕事、やっぱりお忙しいですか?」
「えぇ、まぁ。しかし、昔を思えば大したことではありません」
「防衛省にお勤めなんでしたよね」
カッシャーン、と甲高い音が店内に響き渡った。
「あ、安室さん、大丈夫?」
「あはは、大丈夫だよ。皆さん、申しわけありません。失礼しました」
落として割ってしまったグラスを手早く片付ける。
早くも、キリキリと頭が痛い。
床にしゃがみ込んだ時間を利用して、風見に盗撮した写真と出てきた全ての人名をメールで送る。一刻も早く、身元を特定しなければ。
「はい。忙しさという点では特に問題はないのですが、ヘルパーT司令とキラーTが相変わらずいがみ合うものですから」
「あそこも相変わらずなんだな……」
「昔ならいざ知らず、防衛省官僚に自衛隊員が殴りかかったとなると、シビリアンコントロールがどうのこうのと言われかねませんので」
ぐっと、また拳を握る。
「2人まとめて、私が沈めます」
「さ、さすがです」
「この人も相変わらず制御性なんだな……」
「敵を倒す、味方を守る、それだけではないのが難しいところですが、免疫細胞の暴走は私が許しません」
「えっ、じゃあ、静さんがいないと大変なんじゃ……」
「互いの勤務中に会うことはありませんのでご心配なく。司令には休む暇もないほどの仕事を任せて参りましたので」
「か、完全に制御してる……」
2人は、本日2回目となる引きつった笑いを浮かべた。
それを見て、静も本日2回目だが首を傾げる。
「申しわけありません。このような雑談に適した話題ではありませんでしたか。N……西方さんは笑ってくださったので、良いと思ったのですが」
「あー……」
「でしたらこれを。森さんから予め入手しておきました」
片付けが終わり立ち上がると、ちょうど静が黒い1冊のノートを取り出しているところだった。
「これは?」
「あの2人の成長の記録です。サイトカイン、と言えばお分かり頂けるでしょうか」
「あの人も相変わらずなんだな!」
静の言葉を聞いたももが、赤くなるを通り越して真っ青になっている。あのノートの中身が余程恐ろしいらしい。
「やめておきましょう」
「さすがに可哀想です!」
「……そうですか」
どことなく沈んだ様子で、カバンにノートを仕舞った。
「……重ね重ね、申しわけありません。このような場はほとんど縁がなかったものですから、何をすれば良いのかわかりません」
「大丈夫ですよ! 美味しいもの食べて、そのとき考えたことを言い合えばいいんです」
「努力します」
「はいっ! 静さんならできます!」
「頑張ったら意味がないんじゃないのか?」
出来上がったハムサンドを持って、テーブルに向かう。
探るようなコナンの視線は、見ないふりをしていた。
[newpage]
安室のみが残り、閉店準備が始まったポアロに、1人の来客があった。
「安室さん、何か隠してるでしょ」
「そりゃあ、隠し事は山ほどあるよ」
「そういう事じゃなくて」
やはり、気づかれていた。探るようにこちらを観察する目は慣れたと思っていたが、今回ばかりは心配が絶えない。
「あのお姉さんたち、何かあるんだよね」
「……相変わらず、好奇心旺盛だね」
「答えて! まさか、黒ずくめの組織と何か関係が」
「コナン君」
──さて、どうする。下手に隠せば、この子はどこまでも追いかけてくるぞ。
「コナン君、まず初めに言っておくと、あの人たちはあの組織ではないよ」
「なら、なんであんなに警戒してたの?」
「それは……」
どこまで情報を開示するかが問題だ。もうここまで嗅ぎ付けられてしまえば手遅れではあるが、それでも疑問を最小限に抑え、この好奇心の塊のような子供の無茶を防がねばならない。
「詳しいことは、言えない。だけど、とても危険であることは確かだ」
「そんなの、黒ずくめの組織に関わってるんだから、覚悟してる」
「黒ずくめの組織より、危険だと言ったら?」
サッと、顔色が変わる。少年の気持ちは、痛いほどわかる。自分も先日、その恐怖を味わったばかりだ。
「あんな奴らよりやばいなんて、何したらそうなるんだよ!?」
「それは、僕にもわからない。ただ、ベルモットから忠告を受けた。とある拉致事件で黒づくめの組織は、その拉致被害者が所属する組織から報復を受け、それは“なかったこと”として処理されるほど苛烈なものだったらしい。それ以来、黒ずくめの組織は一切の関わりを絶った。あの組織が、目をつけた者から手を引くなんて考えられるかい?」
「そんな、馬鹿な……」
唖然として、動けないコナンを見つめる。当然だ。国際社会が多数の潜入捜査官を送り込む犯罪シンジゲートは、危険度で言えば最上級に置かれている。安室もコナンも、この世界の最も大きな脅威と認識していたし、それは各国同じであるはずだ。
それなのに、ここに来て、その犯罪組織も恐れる組織が現れるなど、誰が予想できただろうか。
「だからもう、首を突っ込むのはやめるんだ、コナン君。ただでさえ君は、危険な立場にある。これ以上、抱え込むことはない」
「でっ、でもっ!」
「奴らは、自衛隊や警察内部、防衛省にまで手を伸ばしているんだ。しかも、活動の痕跡を一切残していない。君なら、この意味がわかるだろう?」
コナンが、息を呑む。数々の事件を目の当たりにし、黒ずくめの組織を追う上で、犯罪の痕跡を消すのがどれだけ難しいことか、よくわかっているつもりだった。
「その組織の名は──[[rb:セルズ > Cells]]。細胞の名前をコードネームにしている。もし耳にしたら、関わらずに僕に知らせてほしい。いいね?」
「う、うん……」
未だ我に返ることができず、ぼやけた返事をしたコナンに、安室はとりあえずこの場を乗り切ったことを安堵しながら、微かに不安が残るのであった。
▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢
_人人人人人人_
>巻き込み事故<
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄
痕跡も何も、そもそも何もしていないのである。
しかし、血小板奪還作戦は現実として実行されただけに、誰も修正してくれる人はいないし、修正のしようがない。
また、スイッチが入ってしまった白血球やマクロファージなどが合法かというとそうでも無いことを単体でではあるがたまにやらかすため、完全に白とは言えないのが痛いところ。
ちなみに、血小板奪還作戦について元細胞たちは、「一刻も早く血小板を助けたかったし、記憶細胞やヘルパーT細胞に相談したら警察に相談した気になっていた」程度のもの。
元々は都市伝説だったのに、黒ずくめの組織との確執を聞いてしまい、勘違いのまま確証を得てしまった探偵たちであった。
[newpage]
[[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]]
・元AE3803
・「どうして、お姉さんのことを“好酸球”って呼んでたの?」→前世での記憶が……それがさらに細胞だった記憶なんて……言えない……
[[rb:高須 > こうす]]もも
・元好酸球
・[[rb:好酸 > こうさん]]→[[rb:好酸 > こうす]]→[[rb:高須 > こうす]](!)
・薄ピンクの服を着ているし、実際に赤く見えるらしいので“もも”
・警備会社勤務。年齢がわかりにくいという特性を活かして、シークレットサービスのようなものをしている
・長物を使うのが得意だが、素手でも十分戦える
・昔は細胞の枠からはみ出ることができず貪食能力が弱かったが、今は鍛えれば鍛えるだけ強くなることに気づき訓練が楽しい
[[rb:成湖 > せいご]] [[rb:静 > しずか]]
・元制御性T細胞
・[[rb:制御 > せいぎょ]][[rb:性 > せい]]→[[rb:制御 > せいご]][[rb:性 > せい]]→[[rb:成湖 > せいご]][[rb:静 > せい]]→[[rb:成湖 > せいご]][[rb:静 > しずか]](!)
・防衛省官僚
・せっかくなので歩み寄ろうとしているものの、どこかズレている
・実は今日を結構楽しみにしていた
[[rb:助定 > すけさだ]][[rb:頂 > てい]]
・元ヘルパーT細胞
・防衛省官僚
・優秀だが、制御性T細胞さんに頭が上がらない
[[rb:高江 > たかえ]]
・元好塩基球
・好酸球と同じ警備会社勤務
・職場内でも謎の多い人物として知られている
[[rb:森 > もり]][[rb:正樹 > まさき]]
・元樹状細胞
・年齢不詳。かなり若く見えるが、T細胞3人組を幼少期から見守っている
安室透
・言わずと知れたトリプルフェイス
・バイトしてたら[[rb:セルズ > Cells]]とコナン君が鉢合わせてひやひや
・そのあと、防衛省内にも構成員がいると知りひやひや
・しかし全て勘違いである
風見裕也
・ごはんおいしい
江戸川コナン
・細胞の名前で呼び合うなんておかしい
・安室さんの様子も絶対おかしい
・まさか、黒ずくめの組織と関係が……!?
・と思ったらそれよりヤバいやつだった
・しかし全て勘違いである
作者
・名前を呼ばれて照れる好酸球さんと、不器用ながらも歩み寄ろうと頑張る制御性T細胞さんが書きたかった
[[rb:セルズ > Cells]]
・運送業
・幼稚園教諭
・医者(?)
・自衛隊員
・警察官
・クレー射撃選手
・シークレットサービス ←new!
・防衛省官僚 ←new!
どんどんメンバーが大変なことになっていく
[newpage]
「……降谷さん」
「[[rb:セルズ > Cells]]の報告だな」
「はい」
「はぁ……とうとう、声で判別できるようになったか」
なんとも言えない、苦虫を噛み潰したような微妙な声は、そうそう耳にするものでは無い。
「まず、[[rb:高須 > こうす]]ももですが、他の構成員と同じく、生まれてすぐ児童養護施設に預けられた孤児でした。現在は、米花町内に本社を置く警備会社で働いています。年齢がわかりにくい外見で、重宝されているようです。数々の要人警護で中心的な役割を果たし、実力も確かなようで」
「どうせ、職場で頼りにされて、勤務態度も良好なんだろ」
「……はい」
なぜどいつもこいつも、真面目に仕事をしているのか。バーボンとして黒ずくめの組織にいる降谷は、ジンやウォッカが真面目に堅気の仕事をしている姿が全く想像できない。
「次に、[[rb:成湖 > せいご]][[rb:静 > しずか]]ですが──防衛省大臣官房秘書課所属の官僚でした」
「……はぁあ」
重い、重いため息が出る。
「現在は、防衛政策局戦略企画課に派遣され、そちらで主に仕事をしているようです。会議の際の調整役やストッパーとして能力を発揮していると、上官の覚えも良い方でした」
「彼女は明確に名前が出ていたわけではないが、『制御性』と呼ばれていた。おそらく、『制御性T細胞』だろう」
「防衛政策局戦略企画課の[[rb:助定 > すけさだ]][[rb:頂 > てい]]が『制御性T細胞』と呼んでいる映像が入手できました」
「その、助定頂のほうはどうだ?」
「はい。所属は先程言った通りです。極めて優秀で将来を期待され、異例のスピードで昇進を遂げています。内部各局を繋ぐ情報ルートを確立するプロジェクトにおいて、特に顕著な実績を挙げていますね」
「つまり、内部情報を手に入れられる地位にいるというわけか……」
戦争において、最も重要なのは言うまでもなく情報だ。国家防衛の中核を担う防衛省にまで手が伸びているとなると──考えたくもない。
「しかし、勤務態度は良好で、不正の影1つなく、全く隙がありません。調査しようにも、名目さえ作れない有様で」
「ただでさえ、省庁への介入は面倒事が多い。……身辺調査を続けるしか、道はないのか……」
どんなものでもいい。贈賄や公文書偽造の1つでもしてくれれば、突破口は開けそうなのに、清々しいほどの白に目眩がする。
「青田買いしようとした上官を跳ね除けている始末です」
「そうしても許される立場や人望を、既に得ているというのか……!」
秘密組織の構成員なんだから不正の10や20しておけよ、と理不尽な怒りまで湧いてくる。
「次に」
「風見」
「はい」
報告を続けようとした風見を遮り、降谷は立ち上がる。
「その続きは、今報告したら具体的な行動に移せることか?」
「いえ、今まで通り、メスの入れようもない白です」
「なら、あとにしろ。とりあえず飯だ。ついてこい」
「は、はい」
[[rb:セルズ > Cells]]のストレスで上司の食生活が改善されていくのを、風見は微妙な気持ちで眺めるしかないのであった。
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『はたらく細胞』の血球たちが、『名探偵コナン』の世界に生まれ変わって大暴れ……することもなく、それぞれがわりと平穏な日常(一部を除く)を送っていたら、なぜか公安にマークされていた!? セルズ(Cells)──細胞の名前をコードネームとする、存在も、活動も、構成員も何もかも不明な秘密結社。※元細胞たちに自覚はありません。<br /><br /> あっ、ごめんなさい細胞が転生とかほんとよくわからないですよね石を投げないで! 好きなことだけを書きました。<br /><br /> コナン夢ではない。多分。オリ主は出てきません。主人公は赤血球ちゃんです。注意事項は1ページ目に。
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うっかり前世の名前で呼びあったら公安に睨まれていました~5~
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10076012#1
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「ん…朝かあ…」
じりじりうるさい目覚ましを右手でバシッと止めた。危ない、また寝ぼけてSMASHするとこだった。壊れちゃう。
ふう、今日は非番だからこの前オープンしたヒーローグッズのお店に行くんだ。楽しみだな。まだ眠い目を擦りながら寝巻きのまんまリビングに行った。もう同居人のかっちゃんは起きてて、何やら慌ただしく動いてる。朝から元気だね。
あれ、でもかっちゃん今日仕事じゃないのかな?なんでまだ家にいるの?
「…おはよ、かっちゃん。」
「この寝坊すけ!!」
「へぶっ!?」
急に頭引っぱたかれた、え、なんで?別に遅くも早くもない時間だと思うよ?てか今日休みだし!いいじゃんちょっとくらい!
「な、なんだよ…」
「早く支度しろ!遅れるぞ!」
「支度?今日なんかあったっけ。」
「今日結婚式だろうが!!!」
……えぇっ!?そうなの!?僕誰かに招待されてたっけ?全く覚えがない。でも本当なら大変だ。誰が結婚するかわかんないけどおめでとうございます!ご祝儀足りるかな!?
「ちょ、ちょっと待って!着替えてくる!」
「早くしろ!!15分後には出るからな!!」
「もっと前に起こしてよ!!」
「起こしたわ!!てめえ寝起き悪いんだよ!!」
式服どこだ!?持ってるっけ!?無くない!?ええっ!!スーツでいいの!?
「かっちゃん!どうしよう!何着ていこう!!」
「何でもいいわ!!とりあえずパジャマから着替えろ!!文字パーカーでもいいわ!!」
探せど探せど式服が出てこないクローゼットの前であわあわしてる僕を押しのけてかっちゃんがポイポイと適当に服を放り投げた。
そういえばかっちゃんも結婚式行くにしては服がカジュアルだ。いいのか?
「ほら着ろ」
「え、でも」
「あとで着替えんだよ!早く出んぞ!」
「あ、分かった!」
成程、僕の分の式服は用意してくれてたのか。さすがかっちゃん。よかった、一安心。と、早く行かなきゃ遅刻しちゃうらしい。普通こんな朝早くから結婚式なんてやるかなあ?まだ9時前だよ?
とりあえずかっちゃんが適当に出した服をぱぱっと着て荷物持ってかっちゃんの車に乗り込んだ。本当に誰の結婚式なんだろう?僕招待状もらった覚えないんだけどな。もしかしてチラシと一緒に捨てちゃったのかな。
「かっちゃんコンビニ寄れる?」
「5分だけな。」
「うん、ありがと。」
ご祝儀袋買わなきゃ。手持ちで足りるかなあ、いくらがいいんだろ。偶数は縁起悪いんだっけ?5万くらいでいいかな。うぅ…でかい出費だ。くそう、ヒーローグッズ物色しようと思って昨日引き出したのに。
そうこう考えてるうちにコンビニに車が止まったので超スピードでお茶とおにぎり(朝ごはん食べてなかった)とご祝儀袋を購入して車に戻った。遅刻しちゃうのはまずいからね。
「はぁ…びっくりした。ねえ、僕招待状貰ってないのに行っていいの?」
「…は?」
運転席のかっちゃんがこっちを物凄い勢いで見ながらわなわなした。すごいなんか、びっくりした顔してる。え、僕そんな変なこと言った?
「だ、だってさ、僕」
「お前自分の結婚式出ないつもりなのかよ!!」
「…え?」
…今何て言った?かっちゃん何て言った?『自分の結婚式出ないつもりなのかよ』って言った?
「ぼっ…僕の!?」
「ほら、式場着いたぞ。降りろ。」
「えっ、ちょ、待っ」
脳みそ大混乱のままかっちゃんに腕を引かれて式場に入らされた。
いや、待って、僕結婚すんの?誰と?フィアンセとかいたっけ!?そんなドラマチックな関係性の人いたっけ!?多分いるんだな!!よし大切にしよう!いい人だといいな!!
「かっ、かっちゃん、僕」
「んだよ。」
「…僕と結婚する人、どんな人?」
出来れば優しい人ならいいな…怖い人はちょっと嫌だな。恐妻家になってしまう。まあ結婚するからにはどんな人ともいい関係性を…
「…だよ。」
「え?」
「俺だよ!!!」
叫び終わったかっちゃんはやれやれひと仕事終えたぜみたいな顔して受付のお姉さんに『今日挙式の爆豪です』みたいなことを言い出した。へえ、かっちゃんかあ。かっちゃん…かっちゃ、かっ…
「……はぁ!!???」
さて、まずは僕とかっちゃんの関係を整理してみよう。幼馴染。それに尽きる。
付き合ってたとかそういう事実もないしましてや今付き合ってることなんかない。断じてない。まあ、一緒には住んでるけどそれはルームシェアした方が家賃が浮くってだけだし。体の関係とかもあるわけない。僕は童貞だ。お尻も無事だ。かっちゃんから好きとか言われたこともない。うん、ここまでは普通だよね。そのはずなんだけどね。
「はい!私達が爆豪さん方のサポートを務めさせていただきます!本日はおめでとうございます!では新婦の方はこちらに!!新郎の方はあちらに!!」
「えっ、あ、あの」
「じゃあなデク。後でな。」
「では行きましょう緑谷さん!」
「あっ、あっ、かっちゃん!かっちゃん!!」
これはどういう事なんだ!!なんで僕は君と今日結婚することになってんだ!!おかしいだろ!!説明してよ!!
「かっちゃんっ!!」
「なんだよ。着替えたらすぐ会えるっつーの。そんな寂しがるな。」
「ちっげえわ!!そんな微笑ましい呼び方じゃないよ!!ちょっ!どういうこと!?なんで僕達結婚すんの!?意味分かんないんだけど!!」
「…はぁ!?」
はぁ!?じゃないんだよ!!僕がはぁ!?なんだよ!!
「かっちゃん説明してよ!!」
「…てめえ約束忘れてんじゃねえよ!!!」
…ヤクソク?やくそく?約束?ああ、約束かあ…は?婚約とかしたっけ?
頭にハテナが浮かびすぎてキャパオーバー寸前の僕にかっちゃんはずいっと1枚の紙を突き出した。なにこれ
「えっと…」
「読めや」
とりあえず手で受け取って目を走らせた。
『みどりやいずくは ばくごうかつきと にじゅうねんごのきょうに けっこんします 』
緑谷出久は、爆豪勝己と、20年後の今日に結婚します…ほおほおなるほどね。今僕達は24歳だもんね。つまり4歳の時に画用紙にクレヨンで書いたやつだね。はあーん、なーるほどねえ。
……えっ!婚約これっ!?
「かっちゃん!!」
「そういうこった。じゃあ後でな。」
「はぁあ!!??ちょっと待って!!待って!!!」
「はい!では緑谷さんお着替えしましょうねー!時間押してますからねー!タキシードとっても素敵ですよお!!見たらびっくりすると思います!!」
「ひぇっ!あのぅ!あのぅっ!!」
「あはは!!そんな緊張なさらなくても大丈夫ですよぉ!!」
緊張じゃない動揺だ。戸惑いとも言う。とにかく意味が分からないぞ。真面目に意味が分からないぞ。夢なのかな?夢な気がしてきた。
「あ、あぅ、あうぅ…」
「あらー!とってもお似合いですねー!じゃあ次はヘアスタイルセットですねー!あちらに行きましょー!」
なんかもう頭が大混乱だ。大混乱の中で僕は着々と周りのスタッフの方々におめかしさせられていつの間にか白タキシード着させられて髪型セットされてちょっと化粧されて完璧結婚式スタイルにされた。
なんだこの状況。僕の脳みそまだヒーローグッズのお店行きたいで止まってんだからな。
「よう、終わったか。」
「…かっちゃん」
うわあかっちゃん白タキシード似合うなあ超イケメンだよ。でも今はそんなことクソ程どうでもいいよ。もっと聞かなきゃいけないことがどっさりあるよ。
「ふん、馬子にも衣装だな。」
そうですね。僕はこの衣装を今日着るなんて露ほども知りませんでしたよどういうことやねん。
とりあえず何から聞けばいいのか分からなくて頭フル回転させたまんま黙ってる僕にかっちゃんは何を思ったか僕の肩に手を置いてぼそっと『…似合ってる』と呟いた。今どうでもいいんだよ似合うとか似合わないとかさあ。
「ねえ、かっちゃん!!」
「はい!ではお2人とも準備出来たようなので打ち合わせに入りたいと思います!!」
「へっ?あっ…えっあの」
「ああ、はい。祝電はデクのお義父さんので。いいよな?」
「うっ…うん?うん…?」
あ、お父さん来れないんだ。忙しいもんねー残念っとそんなこと言ってる場合じゃない。
「披露宴の余興は予定通りで。あと友人代表のスピーチは…」
うわあもう僕には分からない話が始まってしまった。右から左にかっちゃんとスタッフさんの声が通り過ぎてくよ。何語で話してんの?披露宴もすんの?何を披露すんの?僕の無様な姿?素材過多だね!!
「…という流れでよろしいでしょうか?」
「問題ないです。」
「ふぇ…あぅ…あうぅ…」
「あらあら、緊張してらっしゃいますね!大丈夫ですよ!絶対私達が成功させてみせます!!」
「デク、式の前に泣くなよ。」
泣きそうだよ。パニックで泣きそうだよ。意味分かんなさがカンストして泣きそうだよ。誰か僕を助けろ。
結局打ち合わせとやらの間はずっと僕は「あー」とか「はへー」とかしか言えないまんまだった。頭が状況について行かない。
「では親族顔合わせと行きましょう!控室はこちらです!!」
「ほらデク行くぞ。」
「……うぅ」
かっちゃんに腕引かれて白いドアを潜ったらお母さんとかかっちゃんのご両親とかが待機してた。皆正装してる。なんか皆ほわほわしてる。僕はうわうわしてる。
「出久君!おめでとう!こんなバカ息子だけどよろしくねぇ!根は良い奴なのよ!」
「は…は、あのぉ…」
「出久君。僕からも。勝己をよろしくね。」
「は…はうぅ…」
もう動揺が過ぎてまともな言葉が出てこない。なんで僕は今日結婚するって知らなかったのに皆は知ってるんだろう。もうなんなんだろう。
「あの、勝己君!おめでとう!出久を、あの子、すぐ無茶して、危なかっしくて、ヒヤヒヤするけど…いい子なの。出久をよろしくお願いします。」
「…息子さん、お預かりします。必ず幸せにします。お義母さん。」
かっちゃんは綺麗なお辞儀でお母さんに答えた。かっちゃんそんな丁寧な言葉使いできたんだ。ほへー。あっ…僕もなんかかっちゃんのご両親に言った方がいいのかな。
「あっ、あの、その…頑張らせていただきます…」
何を頑張るんだろう。ちょっと僕にも分かんない。まじで分かんない。もうこの状況が分かんない。
そのままスタッフさんに言われるままリハーサルと写真撮影を終えてよく分かんないままお母さんと新婦控え室みたいな所に通された。ベールダウン?っていうのをやるんだって。へえ、僕新婦なんだね。男なんだけど!!せめて新郎がいいな!?あと指輪交換の指輪どーすんだって思ってたらかっちゃんが僕の分も用意してた。もう交換じゃないじゃん。
[newpage]
『列席者控室』
「いやあ、めでたいめでたい。あの爆豪がな…遂に緑谷をな…くぅー!漢気あるぜ!!よくやったぜ爆豪!!なあ上鳴!!」
「な!ようやくあの2人がくっつくんだな!」
爆豪なあ、高校時代にアプローチ何回も失敗して切島達と何回も慰めたりしたよなあ。懐かしいぜ。やっと緑谷を射止めたんだな。良かったな!!でもご祝儀は今月ピンチだから1万で勘弁してくれ。うぇーい。
「みどりやぁ…みどりやぁ…なんで…なんで爆豪…俺は?俺じゃ駄目だったのか…俺じゃだめなのか…」
「と、轟君元気出して?ね?」
「轟君!2人を祝ってあげようじゃないか!」
生憎俺は想い人がクソ野郎と結婚するとかいう事態に耐えられる体に産まれてきてない。もうやだ、絶望した。緑谷が轟以外に姓変えるとか嫌すぎる。
「それにしてもねえ、デク君と爆豪君いつから付き合ってたんやろ?」
「俺もちょくちょく会っているが緑谷君から全くそういう話は聞いてなかったな。突然招待状が来て驚いた。」
「もっとちゃんと見てればよかった…もっとちゃんと監視してればよかった…そしたらこんなことには!!ああ!!ならなかった!!」
「轟君静かに!俺達以外の方々もいるのだぞ!!」
「もう緑谷攫うか。」
「おぉ!それええね!!」
「麗日君!?」
「いやあおめでたいね!ついに爆豪が緑谷とゴールインするんだね!!恋バナのネタが増えるねー!!」
「爆豪さん、何度も何度も緑谷さんにアタックしようとしては失敗してましたものね。モールス信号で告白してみたりとか。」
「ケロ、どんなプロポーズしたのかしら?」
「爆豪意外とロマンチストそうだからぁー!海とかで大声で言ったのかも!!結婚してくださーい!って!」
「透ちゃんが服ちゃんと着てるの久しぶりに見た…ていうかさ、ウチはあの2人が付き合ってたことにびっくりだよ。」
「そうなのよ。緑谷ちゃん、私と会った時も全然そういう話してくれなくて…ケロ、あの子はこういうの隠せるタイプじゃないと思うんだけど。」
「めでたいねえ相澤君!!」
「あー、そうですね。まさか結婚するとは。」
「爆豪少年のアプローチは見てて焦れったかったからねえ!!消しゴムに『デク好きだ』って書いて使い切ってみたりね!ようやく緑谷少年に届いたんだね!!」
「届いたんですかねえ。あいつがプロポーズを成功させてるのが想像出来ないんですが。」
「結婚式してるってことは成功したんだろう?HAHAHA!流石に爆豪少年もそこまで無茶なことしないさ!!」
「それなら良いんですけど。いやあ、緑谷からそういう話を一切聞いてないもんで…あいつそんな隠せるタイプでもないでしょう。」
「まあまあ!!大丈夫だって!!緑谷少年も大人になって隠し事が上手くなったのさ!!」
「緑谷さん、本日はおめでとうございます。うちの勝己がお世話になります。」
「いえいえこちらこそ…うちの出久がお世話になります。」
「でも私、びっくりしました。あのバカが出久君狙ってたのは知ってましたけど付き合ってたのは知らなかったんで…」
「ええ、私も。出久からそういう話全然聞いてなくて。挨拶もまだでしたよね。いきなり結婚式で。」
「何があったんでしょうね。もうあの子の考えてることが分からないわ。でも出久君が家に来てくれたのは本当に嬉しいです。絶対絶対嬉し泣き以外はさせないようにしますから!安心してください!」
「ええ!ありがとうございます!爆豪さんのところなら安心だわ!!」
とりあえず今ね、ブライズルームにいるよ。ちょっと参列者の声が聞こえてきて緊張するよ。もうどうすればいいんだろ。僕にどうしろと言うんだ。このままかっちゃんと結婚?
あの画用紙1枚で?嘘だろ。
「はぁ…なんでこんなことに」
あの画用紙のことは忘れてたけど思い出した。幼稚園でかっちゃんが僕の手を掴んで無理やり書かせたやつだ。もはや約束じゃなくないか?でもかっちゃんに言わせれば約束なんだろうなあ。あーあ。もうやだなあ。何も考えたくない。ヒーローグッズ物色したい。帰ろうかな。ブッチしようかな。
「出久、遅くなってごめんね。爆豪さんとお話しちゃってた。」
「うん…」
色々考えすぎて頭が痛くなってきた。頭痛で欠席しようかな。
「…爆豪さん、出久のこと嬉し泣き以外はさせないから!って言ってくれてたよ。」
「…そっか」
「もう、そんな浮かない顔しないの。今日は出久が主役だよ。何か不安でもあるの?大丈夫よ。勝己君なら幸せにしてくれるから!」
違うんだお母さん。僕が言いたいのは…ああ…違うんだお母さん。色々前提が違うんだお母さん。
「お母さん…」
「なあに?」
「僕、多分今日色んな人に迷惑かける…」
「うふふ、そんなの大丈夫よ。」
まだ4歳のかっちゃんが僕の腕を掴んで書かせたあの画用紙の誓約書が僕を既婚者へと誘っている。なんてこった。
でもかっちゃんの考えてることなら大体分かる。分かるから嫌だ。死ぬほど嫌だ。こんなの絶対嫌だ。あの金髪下水道野郎は酷い人だ。残酷な人だ。君の人生観をこっちに押し付けないでくれよ。
あんな約束なんか僕はいらない。いらないんだ。だって君にとっては約束なんて、ただの
「出久?」
「あっ…」
お母さんが心配そうに覗き込んできた。ごめんなさいお母さん。僕は親不孝です。これから一世一代の晴れ舞台で大恥をかきます。
「どうしたの?ほら、ベールダウンするよ。」
「うん…」
僕のベールが下ろされて、視界が鈍った。なんとなく鏡を見たら、そこには花嫁姿の僕がいた。
かっちゃんのバカ。かっちゃんのアホ。かっちゃんのクソ野郎。なんでこんな格好させるんだよ。なんで僕には何も言わないんだよ。でも分かるよ。そういうことだろ。君にとって僕はその程度の存在なんだろ。
「…ふざけんなよ」
僕の気持ちはどうでもいいのかよ。自分が良ければいいのかよ。ふざけんなよ。
「出久、行くよ?」
「……うん」
「…大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
ああ、ごめんねお母さん。来てくれた人。スタッフの皆さん。僕はかっちゃんの人生観の糧になるのはごめんなんだよ。
[newpage]
バージンロードはお母さんが歩いてくれた。
式場には知り合いから親族まで沢山人がいて皆笑顔で迎えてくれた。祭壇の前のかっちゃんも振り返って僕に笑いかけた。そんな穏やな顔初めて見たよ。皆笑顔だけど、僕だけが笑顔じゃない。ベールで顔が隠れててよかった。
「皆様、ご起立ください…」
神父さんの呼びかけで参列者が立ち上がって賛美歌を歌い始めた。僕はただ黙って俯いて聞いてた。
かっちゃんが僕の方をちらっと見て手を握ってきた。振り払った。
ちょっとびっくりしてたけどすぐ耳元で「緊張すんなよ」とか言ってきた。緊張はしてないんだよかっちゃんにキレてんだよ。僕がイラついてる原因お前が100%なんだよ。自覚ありますか。無いでしょうね。
賛美歌が止んで、皆が席に着いた。もう僕の気分は憂鬱を通り越した。今すぐかっちゃんに中指を立てたい。もう逃げたい。誰か『その結婚ちょっと待ったー!』みたいなのやってくんないかな。元恋人いないから無理か。
「…デク、顔色悪いぞ」
「……」
「デク?」
もう無視だ無視だ。顔色悪いのも頭痛いのも泣きそうなのもお前のせいじゃ。もうこれ終わったら右ストレートだからな。覚悟してよね。多分今回に関しては僕何も悪くないよ。
そんな感じでかっちゃんへの恨み言が脳内を圧迫しているうちに神父さんの有難い聖書の話が終わった。全く聞いてなかった。
「では新郎に聞きます…」
来た。ついに来た。かっちゃんここで『誓いませんドッキリです』とか言ってくれないかなあ。言ってほしいなあ。もう僕何も喋りたくないなあ。
「爆豪さん。あなたは緑谷さんと結婚し、妻としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
「はい、誓います」
うわあ、誓っちゃった。もうやだあ。僕だってなあ。嫌なんだぞ。でも結婚する方がもっと嫌だから!嫌だからあ!!くそ!僕だってこんなことしたくないんだからなあ!!!
「では、新婦に聞きます。緑谷さん、あなたは爆豪さんと結婚し、夫としようとしています……」
神父さんの声が耳を滑って行くのを感じながら僕は最後の言葉を待った。かっちゃんは僕を嬉しそうに見てる。お前絶対許さないからな。
「…あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
ああ、ついに来た。やめろよかっちゃん。そんな笑顔で僕を見るな。やめてくれ参列者。そんなにこやかな雰囲気で僕達を祝福しようとするな。違うんだ。違うんだ僕達は
「…デク?」
なかなか誓いますを言わない僕をかっちゃんが小突いた。そのまま腕を掴んでひねり上げた。かっちゃんは『…ぅあっ!?』みたいな声を出して慌てだした。僕は物凄く今怒ってるんだ。このままへし折ってやろうか。
「誓いません!!!」
「はっ!?おまっ!デクッ!!」
「かっちゃんのバッキャロー!!!僕はね!!今日は久しぶりの非番だからヒーローグッズのお店行こうと思ってて!!そんで起きたらなんか急に頭引っぱたかれて今日結婚式とか言われてさあ!!慌ててコンビニで御祝儀袋買ったんだよ!!そんで式場着いたらなんて言われたと思う!?僕とかっちゃんが結婚するんだってさ!!聞いてないんだけど!!」
式場がめちゃくちゃざわざわしだした。でも僕は止まらない。かっちゃんは腕ひねり上げられながらあたふたしてた。お前が原因じゃ反省しろ。
「ちょっと勝己っ!どういうことなのっ!」
「爆豪君どういうこと!?デク君泣いとるやん!!」
「うっせ!!おいデク!!!」
「うっせーのはかっちゃんじゃ!!普通ねえ!!人は当日に結婚式があることを知らされたら怒るんだよ!!そんなことも分かんないの!?大体僕達付き合ってないじゃん!!婚約ってあれでしょ!!4歳の時に書かされた画用紙でしょ!!『みどりやいずくは ばくごうかつきと にじゅうねんごのきょうにけっこんします』っていうあの画用紙でしょ!!知るかってんだよ!!!流石に無効だよ!!」
列席者の方を見てみると爆豪派閥達が爆笑してて轟君と麗日さんは何かを相談してた。そして飯田君が何かを必死に止めてた。梅雨ちゃん達はひそひそ何か話してた。お母さんとかっちゃんのご両親は唖然としてた。オールマイトとオロオロしてて相澤先生は真顔だった。
「「「ばっ…!ばくご…まじか!!まじかお前!!まじか!!ぶははっ!!」」」
「おい麗日!!これ攫うチャンスなんじゃねえのか!!」
「そうやね!!『この結婚ちょっと待ったー!』ってやっちゃおうか!」
「やめたまえ2人とも!!」
「告白もまだでしたのね…!」
「ケロ、そんな気はしてたわ。」
「あんのバカ息子!!!」
「出久ぅ…迷惑ってこれかあ…」
「マジかよ爆豪少年…」
「言わんこっちゃねえ」
かっちゃんが僕の腕から抜け出して何かを言おうとしたけど遮って叫んだ。もうこっちは朝から溜まってんだ!!言いたいだけ言っちゃうからな!!
「かっちゃんのクソ野郎!!馬鹿野郎!!なんだよ約束って!!知らないよ!!4歳の時にかっちゃんに無理やり腕掴まれて書かされた約束なんか知らないよ!!!」
「知ってんじゃねえか!!っておい!!デク!!式の最中だぞ!!」
「うっせーわ!!!式あるなんて知らなかったよ!!僕が結婚するなんて僕知らなかったよお!!知らなかったんだよおお!!!なんで僕に何も言わないでこういうのしちゃうんだよおお!!見下すのも大概にしろよ!!そりゃあかっちゃんはさ!!そうだよ!!どんな約束も絶対守りきっちゃう人だよ!!だからあんなちっちゃい頃のお遊びみたいな約束でも守らないと気が済まないんだろ!!でもそれは君の生き方じゃないか!!僕は違うんだよ!!僕はああ!!!」
僕は、僕は、約束なんていらない。いらなかった。そんなの欲しくなかった。
僕の咆哮を聞いたかっちゃんは目を見開いたまま固まった。びっくりしてることにびっくりなんだけど。逆になんで怒られないと思ったの?
「…デク」
「僕の気持ちは!?ねえ!!僕の気持ちはどうでもいいの!?僕は…っ!僕は!!そんな義務感みたいなので結婚するなんて嫌だ!!嫌だよ!!そんなの酷すぎるよ!!僕だけがかっちゃんのこと好きなんじゃないか!!かっちゃんは僕のこと、好きなんかじゃないんだろ!!約束果たせないのが嫌だから結婚するだけなんだろ!!そんなの嫌だよ!!酷いよ!!かっちゃんのバカ!!クソ!!外道!!僕はかっちゃんのこと好きなのにいい!!!酷いよおお!!!!」
BOOOOM!!!
「ひっ…」
爆破の音にびっくりして言葉が止まった。かっちゃんの手袋が焼け焦げてる。ひい、あれ高そうなのに…
「…あぁ、そうだ。お前ドが付く鈍感なんだわ…そうだよ。だから結婚式挙げちまえば流石に分かるだろうと…流石に俺の気持ち察するだろうと…思ったのに!!なんだその曲解!!バカじゃねえの!?そうだなバカだったな!!」
「バカってなんだよ!!バカはかっちゃんだろ!!」
「うるせえ!!そうだよ!!俺がバカだったよ!いいか!!1回しか言わねえぞ!!俺はなあ!!約束守る守らない云々の前に!!クソが1000個付く位には素直じゃねえんだよ!!普通に告白とか出来ねえんだよ!!プロポーズなんて俺に出来るはずねえんだよ!!昔のちっぽけな約束にでもかこつけねえとプロポーズの1つもロクに出来ねえんだよ!!!!分かれよ!!てめえ俺のことになると本当に察し悪いな!!!」
「…へ?」
「義務感で結婚!?約束果たせないの嫌だから結婚!?そもそも好きな奴以外とあんな約束する馬鹿がいてたまるかよ!!!大体あれは約束じゃねえ!!俺が無理やり書かせたんだ!!てめえの合意は貰ってねえ!!俺は!!てめえと結婚したいから!!約束を利用しただけなんだよ!!!約束なんかしててもしてなくても俺はてめえと結婚するんだよ!!!」
かっちゃんは息をぜーぜー吐きながらポケットから画用紙を取り出してまたBOM!!した。火災報知器鳴りそうだからやめろ。
「分かったかデク!!流石に分かったか!?これで分かんねえとか言わせねえぞ!!」
…はぁあ…分かんないよ、もう僕分かんないよ…朝起きたら結婚式で…着替えさせられて…告白されて…分かんないよ…
「か、かっちゃんって…僕のこと、好きなの…?」
「あったりまえだろうが!!!愛してるわ!!!!」
「ふっ…ふうぅ…なんなのぉ…」
なんでそれ結婚式で言うんだよ…おかしいだろ…
列席者席はまだざわざわしてて「嘘だろ!今プロポーズしてんの!?」とか「結婚式がプロポーズだったのね」とか色んな声が聞こえてきた。僕も混ぜてほしい。1人じゃ抱えきれない。
「かっちゃんの、ばかぁ…」
「んで、てめえはどうなんだよ」
「…かっちゃん、好き。大好き。かっちゃんがすきぃ…うわぁあん…」
「俺もだ。あー…言わなくて悪かったよ。俺が悪かった。…はぁー!ああもう!分かった!」
言うや否やかっちゃんは跪いて僕の涙でぐしゃぐしゃの手に口付けた。僕もされるがままだった。
「好きだ、出久。言うのが遅くなった。俺と結婚してくれ。」
「…するぅ!!うえぇえん!!…神父さん…もう1回いいですか…」
列席者の皆に「おめでとうー!」とか「爆豪やっとだなー!」とか「デク君がお嫁に…!!」とか「緑谷が…緑谷がクソ野郎の元に…くそう!!」とか言われながら僕達はまた向き直った。神父さんがにっこりしてまた誓いの言葉を言い直してくれた。
「緑谷さん。あなたは爆豪さんと結婚し、夫としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
「ち、誓います…」
「では誓いのキスを」
かっちゃんが僕のベールを優しく上げた。かっちゃんの顔も僕の顔も汗と涙でぐしゃぐしゃだ。なんて有様だろうね。でもこの方が僕達らしいかもね。
「かっちゃん、あのね…んっ!」
「…ん、なんだ。」
僕が言う前にかっちゃんが僕にはキスした。あうう、初キスなのに。公衆の面前で。もうっ!!
「かっちゃんのバカ。ファーストキスなのに。」
「んなもんこっから数え切れないくらいするんだから良いんだよ。」
「そういうことじゃないもんー!」
その後皆に見送られながらバージンロードを一緒に歩いた。
指輪の交換は結局しなかった。僕だって、かっちゃんに買ってあげたいんだからね。一緒に選びたかったんだからね。
[newpage]
「それではこれより披露宴を執り行わせていただきます!!まずは新郎新婦の紹介です!!」
「爆豪勝己だ。以上。」
「み、…爆豪出久?です。えっと、今日の朝まで結婚するの知りませんでした…かっちゃん意味分かんないです…」
僕がそう言うと皆笑い出した。笑い事じゃないんだからね。かっちゃん後でお説教だからね。何故かやれやれやり切ったぜみたいな顔してるけどね、駄目だからね。見逃さないよ。
そっからは順調に進んで行って主賓挨拶とかウェディングケーキ入刀とかやった。ウェディングケーキ超豪華だった。いつから準備してたんだろう…。
「では今からご歓談の時間となります!!皆様ごゆっくりお過ごしください!!」
やっと席に戻れた。あー、疲れた。なんかね、疲れた。怒鳴って喉痛いし。
「かっちゃんなんで言ってくれなかったの。」
「てめえのセンスは信用してない。」
「そういうことじゃなくてさぁ…せめて日程くらい言おうよ!式あるってくらいは言おうよ!!」
「言っても言わなくても結局結婚すんだからいいだろ。」
「そういうとこ嫌い!!」
そういう全部自分で決めちゃうとこ嫌い!!なんかいつか家とか僕に相談しないで決めそ…そもそも今の家もかっちゃんが借りてきてよく分かんないまま同居させられてんだよ。この人スタンス変わんないんだよ。
あーもう!!でも結局成功させちゃうのがもう!!
「むぅー…」
「なんだよ。」
「では、新郎友人代表の切島さん、お願いします!!」
お、スピーチやるらしい。やっぱかっちゃん側は切島君だよね知ってた。…僕側は誰だ?
「えぇー、ご紹介に預かりました!切島です!本日はね、おめでとうございます!!えっとですね、色々考えてたんですけども…ぶはっ!!挙式のまさかの事態で全部忘れましたねっ!!あーはっはっ!!マジ最高だったぜ爆豪!!なんで結婚式で告白してんだよ!もはや伝説だよ!…とまあ、前置きはここまでにして。いや、おめでとう。お前ら昔から言葉が足りないところはあったからな。でもこうして一緒になれて本当に良かったと思ってる。緑谷のロッカーにカッターで『スキ』って掘ろうとしてた爆豪が懐かしいぜ。怪奇現象だと思われるからやめろって俺が止めたんだよな。まあでもお前は出来るやつだって思ってたぜ!んで、緑谷。大変だったな。でも両思いなら良かった。もしなんかあったらいつでも相談してくれよ。絶対何とかしてやるからな。じゃ、俺からは以上で。2人とも幸せになれよ。」
「き…切島君…」
なんてイケメン…これは惚れますわ。あー、相談先は切島君だな。かっちゃんストッパーは爆豪派閥しかいないんだ。
「ケッ、余計なことを」
「かっちゃんに限って余計ではないよ。」
「それではお次は新婦友人代表の…あ、あら?3人?…麗日さん!飯田さん!轟さん!お願いします!!」
「ご紹介に預かりました麗日です。えー、私も色々涙を飲みながら考えてたんですよ。デク君が幸せなら…幸せならいい…って。でも挙式でびっくりしました!爆豪君!!ああいうのよくないよ!!ちゃんとホウレンソウ大事に!!素直じゃないのなんて100も承知だけど!!伝え方が意味不明過ぎるよ!!いきなり結婚式やられたって混乱するに決まってるやん!!壮大すぎて気づかんわ!!…はあ、お説教はここまでにします。デク君は私の憧れで、とっても大事な人です。幸せになって欲しいと思います。泣かされたらすぐに来てね。コンマ0秒で爆豪君を大気圏に飛ばしにいきます。じゃあ、私からは以上です。本日はおめでとうございます。じゃ、飯田君。」
「うむ!ご紹介に預かりました!飯田天哉です!!本日はおめでとうございます!緑谷君は僕の高校時代からの親友でライバルでもあり、今の大事な仕事仲間でもあります!!昔から普段は穏やかなのにいざと言う時には無茶をする危なかっかしい人です!!是非守ってやって欲しい!!爆豪君、君は緑谷君のストッパーになる義務がある!!緑谷君が無茶をしそうになった時、生きて帰らないといけないと思わせる人になる義務がある!!それを忘れないでくれたまえ!!緑谷君、無茶はしないでくれたまえ!!爆豪君と仲良く!!以上だ!!本日はおめでとう!!では、轟君。」
「…ご紹介に預かりました、轟です。緑谷は俺を変えてくれた人で、大事な人で、俺が生涯を共にしたい唯一の人です。俺の愛する人です。爆豪ふざけんなあ!!俺が!!俺が欲しかった位置にお前はいるんだからな!!そのうち奪ってやるからな!!緑谷!!別れたくなったらすぐ言うんだぞ!!婚姻届は用意しておくからな!!でも幸せになれよ!!お前が幸せなら俺はいい!!んで爆豪この野郎!!緑谷泣かせたらすぐ氷漬けだからな!!覚えてろ!!…はあ、以上です。覚えててください。泣かせたら」
「レシプロで吹っ飛ばして!!」
「氷漬けにしたあと燃やして!!」
「最後に私が大気圏に吹っ飛ばします!!」
「以上だ!!じゃあな緑谷幸せになれよ!!」
殺害予告かな?でも嬉しいな。スピーチ頼んでなかったのにしてくれた。かっちゃんが頼んでくれたのかな?
「上等だゴルァ!!幸せにし殺してやるわ!!」
あはは、いつも通りだ。期待してるよかっちゃん。さて、そろそろお色直しだな。何着るんだろ?
「はい!!ではここで一旦新郎新婦は退場です!!皆さん拍手でお見送りください!!」
「わ、和装…!!」
「ふん、馬子にも衣装だな。」
「それ朝も聞いたよ。はいはいありがとね。かっちゃんも似合ってるよ。」
お揃いの五つ紋付き羽織袴だった。よかった、白無垢だったらどうしようかと思った。なんかかっちゃんならやりかねないし。こういうの不安だから先に言って欲しかったのになあ。
「かっちゃん、いつから計画してたの。」
「1年前」
「えっ…」
ちょうど同居始めた時からじゃん!まじかかっちゃん。ぜんっぜん気づかなかった。君凄いよ。隠密行動向いてるよ。
そのあと皆のテーブルにキャンドル付けに行ったよ。皆おめでとうって言ってくれた。いやほんと、挙式で怒鳴ってごめんなさい。反省はしてる。後悔はしてない。かっちゃんが悪い。僕だって一緒に色々悩みたかったのに。
「では新郎新婦友人による余興となります!!お楽しみください!!」
司会の人がそう言うと1Aの皆がガタッと立ち上がった。な、何をするんだろう。かっちゃんは知ってるのかな。
「かっちゃん、何するか知ってるの?」
「知らん」
「サプライズかあ。」
皆は立ち上がってステージに移動し始めた。なんだろう?あ、プロジェクター出てきた。
「えー、ではね、余興と言えばって感じの上鳴です。今回は、えぇ、準備させていただきましたのはね!!新郎である爆豪さんの!!今までの緑谷への告白失敗歴を振り返ってみようと!!ね!!では皆さんお願いします!!」
「はぁあ!!??アホ面てめえ何やっとんじゃ!!!」
「僕かっちゃんに告白されたことないよ?」
「してんだわ!!いっぱいしてんだわ!!てめえが気づいてねえんだわ!!」
「はい!じゃあ俺からいきまーす!!えっと、俺はほら個性がテープじゃないですか?ある日爆豪にテープ出せって言われて出したんですよ。そしたらあいつ緑谷の通り道にめっちゃテープ貼って待機してるんですよ!どうやら緑谷が転んだところを上手くキャッチしたかったらしくて」
「うおおおお!!!!やめろおおおおお!!!!!」
「か、かっちゃん…」
すごい、人は羞恥心に苛まれ過ぎるとあんな感じになるのか。覚えておこう。そういえば一時期色んなところがテープまみれになった時があったな。全部足でSMASHしながら避けたけど。
「はい!じゃあ次は私ね!!爆豪ちゃん、緑谷ちゃんの部屋の前に『校舎裏に来い』って手紙置いて呼び出したはいいものの恥ずかしすぎて結局行けなかったのよね!!緑谷ちゃんはずっと待ってたのに爆豪ちゃんは告白はおろか呼び出しといて現れなくて!!」
「あ、あれかっちゃんだったのか」
「うおああああ!!!!!あああああああ!!!!」
すっごい隣がうるさい。僕あの時結構落ち込んだんだからね。初告白かな!?とか思っちゃったんだからね。3時間は待ったよ。誰も来なかったけど。初告白ではあったんだね。いじめかと思った。
「はい!!次は私ですわ!!爆豪さん、緑谷さんの教科書を漁っていらした時がありまして!!なんでしょう?と思って後日緑谷さんに見せていただいたらページのはしっこにペラペラマンガで『おまえがすきだ』
って出るようにしてあったんですの!!しかも全教科!!でも緑谷さんは真面目なので教科書でペラペラマンガなんて1回もしませんでしたわね!!」
「うぎあああ!!!!!やめろよおおおお!!!!」
「やめてよかっちゃん…」
なんかページの端に変な汚れあるなとは思ってたんだよ。なに人の教科書に落書きしてんだよ。小学生じゃないんだから。
「はいはい!!次はウチや!!爆豪君、日直になると必ず日誌に『18 好き』って書いてたんや!!18はあれや!!デク君の出席番号や!!相澤先生もいつも添削するとき『直接言え』って書いて返してたの覚えとるよ!!」
「やあめえろおよおおお!!!!!」
「日誌で遊ぶのよくないよ。」
その後続々とかっちゃんの黒歴史が明かされてかっちゃんのライフはゼロになった。どんまい。拗らせてたんだね。僕が言うのもあれだけどさ、なんだろ、片思い実ってよかったね。1Aの僕ら以外の皆が全員言い終わった。さて、余興終わりかな。
「そんで最後!!最後はお前だ爆豪!!」
お、まだあるのか。上鳴君張り切ってるなあ。
「お前しか知らねえ告白(失敗)があんだろ!!言ってみろ!!さあ!!言え!!言うんだ!!1番最初の告白は!?」
「……ねえよ」
「かっちゃん、教えてよ。もうここまで来たら一緒だよ。」
「…ああ!!!もういい!!言ってやるよ!!幼稚園の時だよ!!ていうかそれが今の婚約だわ!!画用紙用意してデクの腕引っ掴んで書かせたんだよ!!『みどりやいずくは ばくこうかつきと にじゅうねんごのきょう けっこんします』ってな!!そっから俺は何度も何度も失敗して!!最後は何故かデクからの告白で終わったわ!!なんだこれ!!」
…うわ、思い出すと頭が痛くなる。
「新婦からの告白がこちらになります。ええ、皆さんも見ましたよね。」
『僕はかっちゃんのこと好きなのにい!!!!酷いよおお!!!』
「うわあああ!!!!なんでそれ撮影してるの!!!やめて!!!やめてよおお!!!!」
こうして僕達は黒歴史をさらけ出しながら余興を終えた。こんなの聞いたことないよ。なんかすごい疲れた。かっちゃんはスッキリした顔してる。吹っ切れたらしい。
その後なんやかんやプログラムを終えて、披露宴はおひらきになった。なんか長い1日だった。2次会は後日なんだって。皆帰るときまたおめでとうって言ってくれた。皆来てくれてありがとね。僕達も着替えて元のパーカーとかに戻った。こっちの方が落ち着くなあ。
「さて、かっちゃん。」
「よし、行くぞデク。」
「一応聞くよ。まだ婚姻届け出してないよね?」
「今から出しに行くんだよ。」
「…書いてないよね?」
かっちゃんは得意げに笑うと記入済みの婚姻届けをドヤァって効果音が出そうな様子で見せてきた。もう!!だからさあ!!
「駄目駄目!!僕怒ってるんだから!!そもそもこれ偽造だし!!僕書いてないし!!婚姻届くらい書かせてよ!!バカ!!今から新しいの貰いに行くよ!!」
「いいだろ別に。」
「よくない!!!!本当は結婚式やり直したいくらいだよ!!僕だって一緒に悩んだり考えたりしたかったよお!!!」
「…わぁったよ、悪かったって。」
その後役所に駆け込んで婚姻届を貰って、一緒に書いた。証人欄は何故か市役所にいた爆豪派閥に書いてもらった。僕達の会話聞こえてたから待機してたんだって。もう皆大好き。
「ふう、これで夫婦だね。じゃ、改めてよろしくね。」
「おう。」
営業時間が終了した市役所から一緒に手を繋いで出た。なんか実感ないなあ。そっか、かっちゃんと結婚したのか。そっかあ。
「ねえ、かっちゃん。」
「なんだよ。」
「もう1回好きって言ってほしい。」
「は?1回しか言わねえって言っただろ。」
けち。いいじゃん何回言ってくれてもさ。
「かっちゃんが好きって言ってくれないと僕不安で任務中無茶しちゃいます。」
「…好きだ。」
「えへへ、ありがとう。」
「おい、デク。」
「ん?」
「絶対帰ってこいよ。」
かっちゃんが僕の手をぎゅっと握りしめた。僕も握り返した。周りは誰もいない。もう外は暗くて、空しか見えない。お月様達だけが僕らを見ていた。
「うん、帰ってくるよ。」
僕は明日から数ヶ月、最重要危険区域に派遣される。命の保証はないって何度も言われた。それでも行きますって言ったのは僕だ。行くって決めたのが1年前。かっちゃんが無理やり同居を始めさせたのも1年前だ。
「帰ってきたら、結婚式の2次会やろうね。」
「おう。」
「待っててね。」
「絶対生きて帰ってこないと殺す。てめえの為に予定立ててんだ。忘れんなよ。」
「うん、忘れないよ。」
1年前からずっと、僕の帰る場所を作ろうとしてくれてありがとう。かっちゃん、どんな思いで結婚式の準備してくれてたんだろう。それを考えたらもう絶対に帰ってくるしかないじゃないか。
「行こうか。明日僕早いから。」
「…もうちょっとだけ」
「あはは、そうだね。じゃあちょっとだけ遠回りして帰ろうか。」
僕達はゆっくり、ゆっくり、何回も道を間違えながら家に帰った。かっちゃんがこんな素直だったのは初めてだ。いつもはクソが1000個付くくらいには素直じゃないのにね。
駄目だなあ、僕も大概素直じゃないや。
「かっちゃん、かっちゃん。」
「なんだよ。」
「好きだよ。」
「知ってる。」
「かっちゃんのこと好きだから、帰ってくるよ。」
「知ってる。」
家に着いて、ドアノブをゆっくり回してる間かっちゃんの震える手をぎゅっと握った。かっちゃんも握り返した。もうずっと離せなかったらいいのにね。でも僕が決めたことだからね。
「泣かないで」
「…泣くわけ、ねえだろ」
「泣きながら言うセリフじゃないよ」
「…泣いてねえ」
「大丈夫だよ。安心してよ。」
涙を拭った君の左の薬指に僕が選んだ指輪が嵌るまで、絶対死なないって決めてるんだ。だから大丈夫だよ。いい指輪選んでくるから待っててね。
そう言ったらかっちゃんはフンッと僕の言葉を一蹴して「デクのセンスは信用出来ない」って言ってきた。酷いね。じゃあ帰ってきたら一緒に選ぼうね。
今夜は一緒に寝ようか。明日からちょっとだけ会えないから、今日はちゃんと夫婦っぽいことしようか。もう1回この家のドアノブを外から回す時に、君が笑顔になってくれるように、僕頑張るからね。今だけちょっと、甘えさせてね。大好きだよ、かっちゃん。
ああ、僕が今日結婚するなんて知らなかったよ。一生かっちゃんの隣に居られる権利を貰えるなんて、帰らなきゃいけない場所が出来るなんて、そんな幸せなことが起こるなんて、僕、知らなかったよ。
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唐突に式場に連れてかれて「今日結婚するから」ってかっちゃん(付き合ってない)に言われて「はあ!?」ってなってるデク君がハッピーウェディングする話です。最後はちょっとしんみり。成人済みプロヒーロー同居(同棲じゃない)勝デクです。<br /><br />かっちゃん視点を書いて補足した方がいいことが多そう。どうか広い心で読んでいただけると嬉しいです。<br /><br />いつも閲覧、いいね、ブクマ等本当にありがとうごさいます!!
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僕が今日結婚するなんて知らなかったよ!!
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10076139#1
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「「「「「プリキュア!メタモルフォーゼ!」」」」」
「スカイローズ・トランスレイト!」
6人の少女が変身する
「大いなる、希望の力!キュアドリーム!」
「情熱の、赤い炎!キュアルージュ!」
「弾けるレモンの香り!キュアレモネード!」
「安らぎの、緑の大地!キュアミント!」
「知性の青き泉!キュアアクア!」
「希望の力と!」
「「「「未来の光!」」」」
「「「「「華麗に羽ばたく五つの心!YES、プリキュア5!」」」」」
「青いバラは秘密の印!ミルキィローズ!」
相変わらず長いな。このやり取りで200字は使うぞ……なにを言っているんだ俺は?
「シロップ!今助けるよ!」
キュアドリームが率先して行くが、させるわけにはいかねえな
指を鳴らすとプリキュアたちの前に巨大な鏡が出てきた。そしてそこに写っていたのは……
「あんたたちは!」
「カワリーノ!?」
「それにブラッディ!?」
そう、写っていたのはナイトメアの元幹部にして上司たちだ
「苦労したんだぞ。お前らがナイトメアを封印したからな」
俺がブンビーさんと一緒にいたのはナイトメア本部。絶望の仮面を探すときと一緒に見つけた。あわよくばデスパライヤも見つけようと思ったがいなかったので、この2人を理由することにした
鏡の中にいる2人はピクリとも動かない。だが……
「ほらよ」
鏡の中にホシイナーを投げると……
『『ッ!』』
鏡の中に閉じ込められた2人が、コウモリとカメレオンの姿になってプリキュアに襲ってきた
「「「「はあああ!」」」」
だが立ち向かうプリキュアたち……ってドリームとミルキィローズは?
「シロップ!」
絶望の仮面をつけていたシロップの方へキュアドリームは走っていた
「はっ!」
行かさないように追いかけようとしたらミルキィローズの拳がきた
「おっと」
だがそんなの止められる。それより……
「邪魔すんなよ」
ミルキィローズをボール代わりにして、キュアドリームに投げつける
「「ドリーム!」」
「「ローズ!」」
他のプリキュアも心配してるが自分も心配した方がいいんじゃないか?
『シャアァァッ!』
そんな隙をついてカワリーノは残りのプリキュアたちをドリームたちの方に投げた
「みんな!」
ドリームも同じようにケガした連中を心配しているがまだだ
『ヒャアァァッ!』
ブラッディの超音波で地面ごと破壊される
うーん、なんかものすごい酷いことをしてるな俺……
だが毎度のことながらプリキュアたちは倒れていたが生きていた
「なあ、いい加減ローズパクトを渡してくれないか?」
多分ココ王子とナッツ王子だろうけど……
「……して」
「え?」
なんか聞こえたがよく聞こえないのだが?
「シロップを……返して……!」
「返してって……あいつは自分の絶望に負けたんだよ、帰ることなんて無理だ」
まあ俺の過去を無理矢理見せてからのあいつの辛い記憶を蘇らせたんだが
「シロップは絶望なんかに負けない……!」
キュアドリームがそういうがそれは現在を否定しているだけだ
よく見ろよ、あいつは、シロップは絶望の仮面をつけているんだよ
「戻ってきてシロップ!」
「シロップ……!」
「シロップ……!」
「シロップさん……!」
「シロップ……!」
「戻りなさいよシロップ……!」
プリキュアたちはシロップに声をかけるがまったく動かない
「わかったかプリキュア。お前らがどれだけ希望を言っても所詮は綺麗事。絶望に囚われた者を助けることなんて無理なんだよ」
そう……俺のように……
「そんなことない!」
だがそれでも否定するキュアドリーム
「絶望に囚われたこそ希望をかけなきゃ助からない!」
そんなこと……不可能だ……
「私も……絶望したよ……でもね、ココやナッツ……みんなが私を励まして私をここへ、居場所をくれた」
い、居場所……
「シロップにはキュアローズガーデンもある!それに私たちもいる!絶望なんかが居場所じゃないよ!」
またそんな綺麗事を……!
「それは比企谷さんもだよ!」
「……なっ!?」
その言葉に俺は驚きを隠せない
「比企谷さんが過去にどんな絶望があったとしても私は……私たちは比企谷さんの居場所になれた!」
な、なにを言っている……
そ、そんなの嘘だ……また騙さられる、裏切られるんだよ!
「消えろ……!」
倒れたプリキュアたちに特大の闇のエネルギー弾を飛ばした
飛ばしたら後、そこにはプリキュアたちは塵一ついなかった
そうだ……これでいい……信じようとした結果が……
「ロプウゥゥ!」
その時上空から聞き覚えのある声がした
それは大きな鳥……まさか!?
「「「「「「シロップ!」」」」」」
嘘だろ!?絶望の仮面から自力で解いたっていうのか!?
あれには少なからず俺の過去も混ざっていたのに……あいつは乗り越えたっていうのか……?
そしてプリキュアを乗っけたシロップは地上に降りた
「シロップを呼んでくれてありがとロプ」
そうお礼をするシロップ。そして次はこっちを見た
「あれがお前の少しかもしれないロプがずっとひきずらないで絶望するなロプ!シロップも一度絶望したけどドリームが、ルージュが、レモネードが、ミントが、アクアが、ミルキィローズが、ココやナッツがシロップに居場所を見つけてくれたロプ。お前にもまだ居場所があるロプ!」
居場所……俺の居場所……
『『ギシャアァァ!』』
俺が考えていて指示を出してないのにカワリーノとブラッディが怒りのままにプリキュアに襲う
「プリキュアに力をー!」
「ミルキィローズに力をー!」
ココ王子とナッツ王子が叫ぶと2人の頭に王冠が現れた
「クリスタルフルーレ!希望の光!」
「ファイヤーフルーレ!情熱の光!」
「レモネードフルーレ!弾ける光!」
「プロテクトフルーレ!安らぎの光!」
「トルネードフルーレ!知性の光!」
「邪悪な力を包み込む、煌くバラを咲かせましょう!」
「五つの光に!」
「「「「勇気をのせて!」」」」
「「「「「プリキュア!レインボーロードエクスプロージョン!」」」」」
「ミルキィローズ・メタル・ブリザード!」
プリキュアとミルキィローズの必殺技が放たれる
『『グアアァァッ!』』
そして二つの怪物たちは完全に消滅してしまった
「比企谷さん……」
倒した後すぐにキュアドリームがこっちに来た
「前の時もそうだけど、比企谷さんは悪い人じゃないと思うんだ。だから……」
キュアドリームは手を差し伸べ……
「私たちと一緒にどうですか」
笑顔で言ってくれた
俺にもあの時そんな言葉があったら……
『比企谷くん』
『ヒッキー!』
『お兄ちゃん!』
………………よかったな
「ありがとなキュアドリーム。でも……それは無理だ」
手を取らずに俺は立ち上がる
「俺の力はかなりやばくてな、少しでもそういう道に進むと危ないんだよ」
俺は闇でゲートを作る
「だからよ……この力をなんとかしたら……その手を取らせてもらうぞ……」
そう伝えて俺はゲートをくぐる
「私たち!ずっとまってるよー!」
最後にそんな言葉が聞こえた……
そう簡単に変わることは難しいが……
ありがとうプリキュア。俺に少し希望を見せてくれて
こうして俺は自分自身の闇を向き合うことにしたのだ……
フィーです
これにてエターナル編は終了します
終わり方がなんか強引ですが終了です
そして次回はラビリンス編です
ナイトメア編からエターナル編でしたが、ラビリンス編はもし、あの時にアナコンディに出会わなかったらという展開でいきます
またこの作品もよろしくお願いします
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エターナル編最終回です
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エターナル編❽
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「梓ちゃんは、忘れられない元カレとかいる?」
ここは隣の県にある以前テレビで紹介されてから爆発的人気となったカフェだ。
テレビの影響力とはとても凄い。夕方なのに若い女性で溢れかえっている。
私の目の前にはふわっふわのパンケーキがさぁ、食べてくれとばかりに鎮座している。じゃあ、お言葉に甘えて!とパンケーキをつつこうとした私に唐突な質問を投げかけてきたのは宮野明美さんだ。
彼女は最近ポアロの常連になった女性で、大人の色気漂う美人さん。
自分の容姿を鼻にかけるような事は決してせず、明るく親しみ易い性格ですぐに梓と仲良くなった。
同じく最近ポアロの常連になった宮野志保ちゃんと姉妹らしく、よく仲良さげに来店してくれる。
うん、姉妹揃って美人さん。
そんな明美さんとなぜ隣の県にある人気のカフェにいるのかというと、昨日の夜突然連絡があり明日、一緒に出かけない?と言われたからだ。
たまたま今日休みで特に予定もなかった私は二つ返事で了承した。
私には女兄弟がいないので、姉という存在に憧れていた。
前にそれを明美さんに伝えたら、私も梓ちゃんを本当の妹みたいに思っているわよ、と何とも嬉しい返事を頂いた。
「忘れられない、元カレですか…?」
「そう。この人だけは、どうしても忘れられないって人」
「う〜〜〜〜ん」
私が眉を潜めながら考えていると、梓ちゃん凄い顔、と明美さん言った。
そして微笑みながらコーヒーを口に付けた。
ん、美味しい。と一言。
うわ、美人の微笑み半端ない。
「う〜ん、思い付きませんねぇ。思い付かないって事はいないって事なんですかねぇ」
「あら、梓ちゃんの過去の男の子達、かわいそうに」
ひどい子ねぇ、と明美さんが笑った。
私は、どうせひどい子ですよ〜と言いながらパンケーキに切れ目を入れた。
「じゃあ、忘れられない人はいる?」
パンケーキを食べようとしていた手が、止まった。
脳裏に、一年程前に忽然と姿を消してしまった元同僚が思い浮かんだ。
それと同時に、ついこの間ドラマでよく見る黒い手帳を手に姿を現した彼の姿も。
そして、その時言われたセリフも。
俺の本当の名前は、降谷零といいます。
本職は警察官です。
訳あって、関わっていた事件の関連で毛利先生に近付く為にポアロに潜入してました。
事件はもう解決しましたが、俺と関わった為、俺の部下がポアロを数ヶ月警備します。
『あなたには、シフトの件でたくさん迷惑をかけてしまいましたが、色々とフォローをしていただき、本当に助かりました。』
ありがとうございました。
「……梓ちゃん?」
ハッ、として明美さんを見た。
明美さんは、困ったような顔をしながら笑っていた。
す、すみません、ぼーっとしてました、と下
手くそな笑顔で誤魔化した。
目頭が熱くなり、涙が溢れそうだった。
すると頭上からあーん、と言われたので反射的に口を開けたら口いっぱいにメイプルシロップの味が広がった。
「お、おいしい!!!」
「ふふ、それはよかった」
二人で微笑み合いながらパンケーキを頬張った。
うん、このふわふわの生地が最高ね。
でも、彼が作るパンケーキはもっと…
あぁ、また、思い出してる。
自己嫌悪に陥っていると、私の口元にクリームが付いていたらしく明美さんがそれをお手拭きで拭ってくれながら、ポツリとつぶやいた。
「ごめんね」
明美さんが、悲しそうに笑った。
きっと、何かを察したのだろう。
しかし、何も聞かない。
その優しさが、嬉しかった。
素敵な、女性だ。
私とは、大違い。
「私のチーズケーキ、半分あげる」
「やったぁ!明美さんだいすき!!」
明美さんの優しさに甘え、先程の話をなかった事にしようとした。
明美さんからチーズケーキを貰い、私のパンケーキを分け、二人で食べた。
チーズケーキも最高〜〜!!と舌鼓を打ち、もう一口食べようと大きく口を開けた。
「私はいるよ、忘れられない人」
聞き逃してしまいそうなほど、弱々しい声だった。
「今も、だいすきなひと。」
どう、反応すればいいのか分からなかった。
私が反応に困っていると明美さんは何でもないように語り出した。
二、三年お付き合いさせてもらってたんだけどね、私にはもったいないくらい出来た人だったわ。
見た目は文句なしだし、性格もぶっきらぼうだったけど、気遣いの出来る優しい人だった。
私はね、そんな彼が本当に大好きだった。
「……ずっと、一緒にいたかった。」
でも、別れちゃったけどね、と、おどけたように言う明美さん。
今も大好きな人なのに、どうして別れてしまったのだろうか。
聞きたいけど、聞けなかった。
明美さんの告白に、どう返そうと悩んでいた。
「まぁ、彼が私と付き合ったのはある目的があったからなんだけどね」
利用されてたみたい。私、馬鹿だから。
明美さんがそう言って笑った瞬間、この前現れた彼の淡々とした口調を思い出した。
何の感情もない話し方と、碧い瞳。
(ある目的の為に、近付いたって、)
(それは、まるで、)
違う。
私と彼は、そういう関係じゃなかった。
私は、利用なんて、されてない。
………………本当に?
彼は、最後に、何て言った?
『あなたには、シフトの件でたくさん迷惑をかけてしまいましたが、本当に助かりました。』
ありがとうございました。
ポロリ、と涙がこぼれた。
え、と明美さんがつぶやいたのが聞こえた。
明美さんが口を開こうとするのを遮り、口を開いた。
「彼とは、一度、話さなかったんですか?」
私の質問に、少し驚いた顔をした。
そしてその後、何かを察したのか私が泣いた理由を問わずに質問に答えてくれた。
「うん。多分、もう会わないわ」
「どうしてですか?文句の一つくらい、」
「知ってたから。彼が、私に近付いた理由」
知ってて、近くにいたのは私だから。
自分で選んだんだもの。
だから、文句なんてないわ。
凛とした、カッコいい表情で明美さんが言った。
「で、でも、もしかしたら向こうも色々と事情があったかもしれないし、訳を話せばもしかしたら復縁、」
「ないわよ。それは、絶対にない」
だって、私達は、元から何も始まってなかったんだもの。
その言葉が、胸に突き刺さった。
涙が次から次へと、流れてくる。
私の涙を拭いてくれた明美さん。
その視線は慈愛に満ちていて、私の視界がどんどん滲んでいく。
「明美、さん」
「なぁに?」
「私も、います。忘れられない人」
今も、だいすきなひと。
私がそう言うと、明美さんは目を大きく見開いて驚いた。
その後、あははっ、と声を上げて笑った。
「私達、似た者同士ねぇ」
「そうですね、私達馬鹿ですからね」
私がそう答えると、ありがとう、とお礼を言われた。
そして、明美さんの目から綺麗な涙が流れた。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なあに?」
「どうして、私にその話を?」
梓ちゃんが、私と、似てたから。
「ふぅ、すっきりした」
すっかり冷めてしまったコーヒーを飲みながら明美さんにお礼を言われた。
「いや、むしろ、お礼を言うのは私の方で……」
あの後、涙を一粒流しただけの明美さんに対し私は、色々な感情が混ざりわんわんと号泣してしまった。
周りの人が驚いた顔でこちらを見ているのが分かったが、止められなかった。
明美さんは、困ったように笑いながらずっと頭を撫でていてくれた。
人前であんなに号泣してしまった恥ずかしさのせいで、俯いたまま上を向けなかった。
「ううん。とってもすっきりしたもの」
だから、お礼を言うのは私の方だわ。
同性の私も見惚れるくらいの微笑みをくれた明美さん。
うぅ、美人って本当に破壊力が凄い。
(こんな美人を振るなんて、見る目のない男だわ。)
と、心の中で顔も知らない男に文句を言った。
「いい加減吹っ切れて、前に進まないとって思ってたところだったから、梓ちゃんに話せて嬉しかったわ」
「志保ちゃんには、話さなかったんですか?」
「あの子は彼に対してあまりいい印象がなくて、彼の話をすると不機嫌になっちゃうのよ。だから、言えなくて」
苦笑しながらコーヒーのお代わりを頼んだ明美さん。
そっか、志保ちゃんはお姉さんを悩ませた男
が嫌いなのか。
うん、いい妹さんだわ。
「そういえば、30分くらい前に志保からどこにいるかって聞かれたから場所を教えちゃった。
もしかしたら、志保が来るかもしれないわね」
「本当ですか?うわぁ、嬉しい」
志保ちゃんとの付き合いはあまり長くはないけれど、年齢に対し凄い大人っぽく、明美さんとは違ったタイプの美人さんだ。
聞き上手の彼女は、ポアロに来るとよく梓の話を聞きたがる。
彼女曰く、私は明美さんと似ているらしい。
どこが?と聞いたら「男の趣味が悪い」と言われた。
その時はキョトンとしていたが、今ならその理由がよく分かる。
しかし、志保ちゃんは彼と会った事があるのだろか?
志保ちゃんがポアロに来たのは彼が辞めてからだよな〜と考えていると、明美さんが口を開いた。
「うん、決めた!今日から前に進むわ!」
と、高らかに宣言した。
いつもの明るい明美さんに戻り、嬉しかった。
「それに、いい加減、忘れないとね」
明美さんがつぶやいた。
自分に、言われてる気がした。
「はい。忘れないと、ですね」
「うん。忘れないと、いつまでも動けないわ」
「はい、そう、ですね」
「……泣かないで、梓ちゃん」
「す、すみません、」
今泣き止みます、という言葉は発せなかった。
周りの女の子達がざわざわし始めたからだ。
きゃあっ、という黄色い声と共に
なに、あのイケメン!?
かっこい〜!!
あの車、外車じゃない?
待ち合わせかなぁ?
と、女の子達が口々に騒ぐ。
みんな頬を一様に染め、色めき立っている。
「な、なんなの?」
「芸能人でも来たんですかね…?」
二人して女の子達の視線を辿ると、この騒ぎの元凶と思われる人物がリリン、というドアベルの音と共に入店して来た。
「え、」
その二人を見た瞬間、呼吸が止まりそうになった。
「なんでお前まで付いて来るんだ」
「俺は志保から連絡を受けただけだ。
そろそろ、ケジメをつけようと思っていたところだったからな」
「なら他の日にしろ。先に連絡を受けたのは俺だから今日は俺の番だ」
「やれやれ、これだから日本人は」
「ならとっとと国に帰れ!」
二人の男の人が言い合いをしていた。
二人のうちの一人は見覚えがなかったが明美さんの方から、うそ、という声が聞こえた。
声は聞こえたが、驚きと戸惑いのせいで明美さんの方を向けず、もう一人の男の人を、凝視してしまった。
一通り言い合いを終えた二人の目が、こちらに向く。
一人は明美さんを、もう一人の碧い目が私を捉えた。
彼の目が、驚きと共に大きく見開かれた。
あ、やばい。私、泣き顔なんだ。
咄嗟に下を向いた。
なんで、彼が、ここに?
(いや、私に用があったとは限らないわ。)
(誰か他の女の子、もしくは待ち合わせとか)
(とにかく、私は、関係ない)
下を向きながらギュッと目を瞑った。
コツコツ、と革靴の音が二つ響き、私達のテーブルの前で止まった。
俯いた私の視界に、高そうな革靴が見えたーーー。
志保ちゃんからの
『今、迷惑な男二人がとんでもないスピードでそっちに向かってるから、覚悟しててね』
というメールには、まだ気付かない。
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柚子です。今回の小説はあむあずと秀明です。<br />こんなに頻繁に小説投稿するなんてひょっとしてお前ニートじゃね?と思われている方がいるかもしれませんが、下書きに溜まっているたくさんの未完成小説を順番に完成させているだけです。仕事してます。<br />また近々小説投稿します。<br /><br />※そしかい後です。<br />※相変わらず登場人物全員が誰おま状態です<br />※明美さんが生きてます!<br />※どうやって生き抜いたかは私も謎です
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同時刻、二台の車がとてつもないカーチェイスをしています。
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この小説は名探偵コナンの二次小説です。
大幅なキャラ崩壊があります。
そういうの大好きさ!( • ̀ω•́ )✧
新ジャンル開拓ぅ٩( ´ω` )و
という方か、
🍷🚬(•᷄ὤ•᷅ )マッテタゼ
という方のみご覧ください。
批判、誹謗中傷などは
必殺「なぁにぃ?私子供だからわかんなぁい」でスルーさせていただきます。
[newpage]
「捜査にご協力して頂き、ありがとうございました!」
ピシッと敬礼をする高木刑事。
凄いなぁ…
さっきまでふわふわしてたのにちゃんと決めるところは決める、って感じ?
敬礼やお辞儀に見惚れる。
「いえ!あんなので良かったのかよくわからないですけど…
ありがとうございました!」
警察の人ってすごい。
……いくらこの街が犯罪が多発していて爆発だの殺人だのってことをよくニュースで見るとしても。
画面越しの事実と、目の前で起こる現実は全然違った。
突入して死者無く犯人を捕まえてくれて、
優しく話聞いてくれて、
それでも決めるところはピシッと。
カッコイイよなぁ…
「さて、行きましょうか」
隣から降ってくる声の主を見上げて了承する。
「沖矢さん、すみませんでした…
遅くなってしまって…」
「いえ、構いません。
元々僕も聴取を受けるべきですから。」
後日呼び出されるよりも効率的です、と言って先に階段を降りる沖矢さん。
あとに続こうと階段へ向かう。
「っへ…?」
スッと差し出された手。
逆転した身長差で沖矢さんが私を見上げていた。
「暗くて危ないですから。
捕まってください」
いや、この人ほんっと…!
「あ…ありがとう、ございます…」
あっつい絶対顔赤い…!
フッと微笑んだ沖矢さんは絶対モテる!確実にモテる!てかむしろ女子で戦争起こったりしてるって…!!
「お姉さん!もう大丈夫?」
脳内が荒れ狂ってるところで子供の声に引き戻される。
「コナン君…だよね。
ありがとう。もうだいぶ落ち着いたよ」
警察の人に話しながらやっと、
もう捕まえてくれたんだ、大丈夫なんだ、ってことが現実味を帯びて感じられたから。
「あの…あのね?」
迷う様に目を泳がせながら言葉を濁すコナン君に沖矢さんに目線で断ってからしゃがむ。
「僕、お姉さんともっとお話がしたいんだ!
でもお姉さん僕と話すと今日のこと思い出して怖いかなって…」
かっ…
っっわいいかよ何なんだ
子供ってこんなだっけ!?こんなに可愛らしかったっけ!??
その狙ったかのような上目遣いと袖キュッって摘むの何!?
「…お姉さん?」
「だっ…いじょうぶだよ!
コナン君は私を助けてくれたから、怖くないよ」
ハッと現実に戻って取り繕って
よしよし、と頭を撫でる。
「じゃあ連絡先交換…」
「「あっ」」
そうだ、もうしてあるわ
「あはは、
じゃあこの番号はコナン君だね」
さっきまで開いていたメッセージの画面から連絡先を登録する。
その画面を見る感情は数時間前とは違って優しくて、ホッとするような感情。
「では、僕もよろしいですか?」
「あっはい!」
[[rb:沖矢 > おきや]] [[rb:昴 > すばる]]
画面に表示されるそれを確認してからスリープにした。
「ありがとうございます。
じゃあ私はこれで…」
ぺこり、とお辞儀をして別れる。
「っ送ります」
切羽詰まったような声と同時にパシッと手首を捕まれて振り向いた。
「…今日あったこともありますし、
女性をこの時間に一人で帰すわけに行きませんから」
微笑まれて言われたそれに驚く。
ここまで迷惑かけてるのに優しすぎやしませんか…?
「あ、りがとうございます…
大丈夫ですか?沖矢さんもお時間遅い訳ですし、コナン君…あっコナン君おうちは?お家の人心配してるんじゃないの?」
ハッとして見下ろすとううん、と首を振られる。
「僕知り合いの人に車でむかえにきてもらうことにしてるんだ!だから大丈夫!
もうすぐ来るよ!」
そう言ってる間にも目の前を黄色い可愛らしい感じの車が通り過ぎて、他の車に邪魔にならないところで止まった。
「あっ、あの車だよ!
お姉さんも昴さんも一緒に帰ろう?」
え、いやさすがにそれは…
「いいのかい?コナン君。」
「大丈夫!博士もいいって言ってくれるよ!」
「じゃあ博士に聞くと同時に今回の謝罪もしておきましょうかね」
その沖矢さんの言葉にハッとする。
そうだよ、相手を知らなかったとはいえ子供を事件に巻き込んでるわけで
保護者…なのか知り合いなのか分からないけどとにかく事情説明と謝罪をしないと…!
というかなんでそんな子供に送れって言ったんだろう…
確かにしっかりしてるしあのメッセージが知らない番号から来てSOSだと判断できる時点で頭いいんだろうけどさ…
なんだかんだで沖矢さんとコナン君をむかえにきたっていう博士…(阿笠さんと言うらしい)にちゃっかり送って貰ってしまった。
申し訳ない……
[newpage]
「沖矢さん、どういうこと?」
彼女が降りたあとの車内は一気に冷え込む。
…いや、厳密にいうと冷え込んだ訳ではなくボウヤのまとっていた空気が
[[rb:子供らしい > 猫かぶり]]だったものから
研ぎ澄まされた“探偵”としての空気に変わったのだが。
「さっきの警察署前での演技は素晴らしかったな」
「ちょっと」
「まさかあんなにもあざとらしく可愛らしい真似をするとは思わなかったよ」
「沖矢さん…っ!」
からかいが過ぎたか。
大きな目をうるうると潤ませて袖をつかみ
上目遣いで小首を傾げて眉が落ちて。
そんなボウヤと着いてきてくれと頼んできた彼女が、自分の中で重なりかけていることに気づき咄嗟に平静を装ったのだ。
それにしても毎度この子の演技力には目をみはる。
変声機で多くの人の声を口調や口癖などをふまえて演じる様はやはり有名女優の息子なのだなとは思っていたが、
あまりにもギャップがありすぎた。
「で、あの人どういうことなの?」
「どういうことと言ってもな…
強盗に占拠された時に偶然隣にいて、
連れもおらず落ち着いてはいたが体が強ばっていたのに気づけたので声をかけて、たまたま彼女が携帯を隠し持っていて、丁度俺が君の携帯番号を覚えていたってだけだ」
偶然。たまたま。ちょうど運良く。
偶然に偶然が重なった結果。
怪しい素振りもなく、本当にただの一般女性のようだった。
「ふぅん…」
目を眇める、見た目だけは幼い少年。
「ホームズ好きに悪いやつはいない」
パッとこちらに顔を向け目を開いた
「そうなんだろう?」
そう続けてクッと口角をあげる。
はく、と口を音なく動かし、
「はぁ…」
深いため息をついた彼。
オチたな
「まぁたしかに普通に女の人だったしね…分かってはいるけどホームズ好きって…」
理由かよ、とそこだけ小さくなったのは過去の自分にも当てはまるからなんだろう。
そんな様子にふっと笑みを浮かべ窓の外を流れる夜の街を見た。
もっと、上手く誘えたはずなのにな…
彼女を送ると告げた時の自分の余裕のなさに苦笑する。
自分の中で何か色が生まれようとしていた。
[newpage]
……恥をさらした気分。
どうも私です。
昨日の夜疲れ切った上沖矢さんからメールを頂きましてトラウマとかフラッシュバックみたいな恐怖を思い出すよりも早くベットに飛び込んで泥のように眠りまして。
キャパオーバーしかけの精神と、強ばったりしながら夜まで動いた私の体は思っていた以上に限界だったらしく飛び込んでからの記憶がない。
目が覚めて、状況を見て、昨日を振り返って…
「なんだろう、被害者のはずなのになんか、なんか……」
かけなくてもいい迷惑と
見せなくていい弱さを見せた気がする…
いやだって仕方ないじゃん?怖かったし??
あんなの(いくら犯罪が多いっつっても)なかなか遭遇するものじゃないし。
犯人の目に止まらないようにしながら暗号作って送って……
いや疲れるわ。
精神的にも肉体的にも。
ただなぁ…
それにしたって、それにしたってな!?
ついてて貰えませんか…とか震え声で支えてくれてる沖矢さんを見上げて言う必要も
小学生に心配されて慰められるようなことまでさせる必要あったかなぁぁぁぁ…???
「はぁぁぁぁ…」
大きくため息をついてから重たい体を起こす。
平日の休日、土曜日曜の三連休最終日。
今日は家で過ごそう…疲れてるし…
あぁでも久しぶりのお休みだから勿体ないかなぁ…
のそのそと動きだす。
スマホに出てくるポップアップをちらりと見てからスルーしようと…
っ!?
バッと振り向き二度見する。
『おはようございます。
ちゃんと眠れましたか?
なんだか心配になってしまい連絡しました。
もし宜しければ、危険な目にあわせてしまったお詫びにどこかに出かけませんか?…… 』
沖矢さん!?
うわまじで沖矢さんだいい人すぎないかこの人
巻き込んだみたいなの全然違うのに。
人の体って不思議だよね
ビックリして焦ったら半分上がるか上がらないかだった瞼がパッチリよ。
恩人さんを待たせすぎる訳には行かないし、
いい年した大人が昼過ぎ近くまで寝てたみたいに思われたりしたら恥の上塗りが激しすぎて恥ずか死ぬわ
いつもなら眠いからってぼーっとしたり家事したりで二、三時間携帯放置とかざらだし…
ポップアップを開くと、昨日を交換した沖矢さんとのトークチャット画面。
昨日の夜送られたメッセージが必然的に目に入ってきて笑みがこぼれた。
ほんとこの人マメだよね…優しいしモテること確実って感じ。
「んー…」
『おはようございます、沖矢さん。
返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
昨日は本当にありがとうございました!
お陰様で思い出すよりも早く寝てしまいました(笑)
あのことは、沖矢さんのせいではありませんからそんなにお気にならさないでください!』
これだと、出かけるのを拒否してるだけみたいに見えるかな…?
付け足す?
『お誘いは嬉しいです!
ですが引け目を感じているようでしたら本当に気にすることは無いので気を遣わないで大丈夫ですよ』
…変?
いやでも大丈夫、かな…
ええいどうせ送っちゃったんだからしゃーない!
パッチリと目が覚めてしまったのを自覚して、
スマホを手放して洗面所へと重い足取りを向けた。
[newpage]
「あ、お姉さん!こっちだよー!」
小さい手を振るコナン君を見つけて駆け寄る。
「コナン君、この前ぶり。
あの時はありがとうね」
「もういいってば!
それよりお姉さんは大丈夫だった?」
思い出したりとか、と続けたかったんだろう。
あ、しまった。って顔して口を噤む少年の頭にぽんと手を置いた。
「大丈夫!コナン君と沖矢さんが守ってくれたからね!」
「それは光栄ですね…
こちらとしては危険なことをさせてしまったも同然なのですが。」
私の後ろから聞こえた声に立ち上がって振り向く。
「沖矢さん。今日はお誘いありがとうございます」
「いえ、こちらこそ来てくれて嬉しいです。
貴方とはもっと話してみたかったので」
微笑む沖矢さんのイケメン度合いがやばい。
事件から数日。
予定が合う日に会うことになり、それまでに少しずつ二人と連絡を取り合っての、今日。
コナン君も沖矢さんもシャーロキアンだって知ってすごく嬉しかったんだよね…
今日はコナン君のご親戚の家にお邪魔することになっている。
大人としてどうなのか、とも思ったんだけど
聞けばこの二人思っていたよりも関係は親密らしく、
沖矢さんは家を管理することを約束にご親戚の家に住まわせてもらっているらしい。
しかもそのご親戚の方は海外にいるので信用している沖矢さんに全て任せているとか。
つまりは
コナン君と沖矢さんがいいと思うなら大丈夫!
みたいなことらしい。
いやほんとに大丈夫なのかそんなことで。
ここは天下の米花町ぞ??
そんなこんなでやって参りましたコナン君ご親戚宅。
いやコナン君っておぼっちゃま?
豪邸。ホントの豪邸。
家にシャーロック・ホームズの本を筆頭とするミステリー、SF、純文、ラノベ、なんでもござれって感じの書庫があるとか普通じゃない。
はしごが必要な本棚とか普通ないから…!!
とはいえ本好きいや本の虫、活字中毒の私としては天国の極み。
「えっ、えっこれ、いやすご…待ってこれ初版本!?あっこれ絶版になって読めなかったやつ、ってあぁ!?え、嘘でしょあの特別編集で数冊しかないと言われる工藤優作のプラチナ本!?!?」
「…いや、うん。お姉さんが嬉しそうでよかったよ…」
「驚きました。そこまで貴方が読書好きだとは…」
アッハイごめんなさい煩かったデスネ…
ソファに座り(革張りの高級感溢れるやつ)沖矢さんの出してくれたコーヒーをお供に三人で語り合う。
「お姉さんはあの暗号どうやって思いついたの?」
そういえば、というような顔をしてコナン君がこちらを見上げた。
あー、あれかぁ…あれなぁ
「んー…やっぱり暗号って言うと大体は隠語、つまり傍から聞くとわからないけど意味を持つ言葉を合わせてる場合が多いってこと。
あれ?じゃあ隠語だけ合わせりゃいけるんじゃね?みたいなテンションで隠語を調べたことがあってね…」
確かあん時友達からの暗号解き終わってテンションハイになってたんじゃなかったっけ…
もし傍目から見られてたらだいぶやばかったよな、とと思って目を細めた。
「それで、その時合コンの隠語、とかそういうのを知ってね?
へぇ、面白いっていうかそのまんまだなこれって思って覚えてたの」
そんな取り繕いもない…みたいな顔で見るのやめて。
私一般人。期待答えられないから!!
「銃とかの隠語もその時に興味持ったかな。
もちろん2つ目はホームズね」
そっちの方が大変だった、といえばお疲れ様と言われた。…ねぇなんでちょっと苦笑いなの??
「まぁ場所とか人数比とか武器とかしか伝えられてないから
強盗だって分かるかどうかは受け取る側の頭脳次第なとこあったし、
あんなのを暗号とか言うのはおこがましいんだろうけどね〜」
いや、ほんとに。
そんなことないよ!というフォローにありがとうと微笑んだ。
[newpage]
こんにちは!
こちらはかの有名な名探偵毛利小五郎のお膝元、喫茶ポアロです。
あ、私はここの従業員ですよ?
そして今私の目の前にいる関われば炎上必死の超イケメンバイトさんであり毛利さんの一番弟子でもある安室透さんです。
お店も一段落してちょうどお客さんのいない時間帯なので最近落ち込んでいる(ように見える)安室さんを問いただそうと思います!
安室さんは探偵ですけど私だって毛利さんと懇意にして頂いてますしポアロ歴も長いんですから本音を引き出させてみせます!
「安室さん、それで最近安室さんどうしちゃったんですか?」
安室さんをカウンターに座らせた後でカウンター越しに安室さんの前に立つ。
今日は私が安室さんをもてなします!
「梓さん…いや、僕は」
「誤魔化したりなんてしたらダメですからね!
…それにしても、ほんとにどうしちゃったんですか?
なにか悩みがあるなら私じゃなくてもいいから、…そうだ、彼女さんにでも聞いてもらえばっ!?」
ダンっとカウンターに突っ伏した安室さんに頬がひきつるのを感じた。
あれ、私もしかして、地雷踏んじゃった…?
「っ……ました」
「え?」
「振られました…」
アッヤバい地雷だった
「えっ……」
喫茶ポアロで働いてもう長いですが
私、榎本梓、地雷を踏みつけてしまいました…
いつも優しく笑顔で親切なイケメンバイトさんがどこか落ち込んでいるようだったので話を聞ければと声をかけたら
むしろ地雷を踏みつけて相手が突っ伏してしまった時の対処法をわかる方は直ちに喫茶ポアロまでお越しください…!!
カラスミパスタご馳走しますから!!
安室さん、その据わった目をこちらに向けて「聞いてくれますね?」って顔しないでもらってもいいですか…
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第六作目です。<br /><br />そういえば読んでくださってる方は第三作目のキャプション気づいてるのかな?(ものすごく今更)<br />当たり前に気づいてるかもですが( ̄▽ ̄;)<br />気づいてない人いましたら暇な時にでもキャプションを…((<br />まぁ読んでも読まなくても支障はないんですけどね。<br /><br />最近キャプションの字の色を変えている方を見かけました。どうしたら変えられるのかが疑問ですね…変えられたら心情描写で使えるかな?とか思いながら模索中です!<br /><br />なんとフォロワーが1000人を突破しました!!<br />びっくり仰天有頂天です皆様ありがとうございます!<br />(今度記念でリクエスト募集しようか迷ってます)<br /><br />とうとう主要キャラたちとの関わりが始まってきそうですね。<br />少し短めかもしれませんがよろしければどうぞ!<br /><br />追記:2018年09月04日付<br />[小説] デイリーランキング 76 位<br />[小説] 女子に人気ランキング 94 位<br />皆様ありがとうございます!<br /><br />------------------------------<br /><br />「そういえば、私が引き寄せた時も結構落ち着いてましたね」<br /><br />「引き寄せた!?」<br /><br />「ええ。恋人の振りをしようと引き寄せたら自然にこちらに身を任せて顔を寄せる所まで演技して…」<br /><br />真ん丸に目を開きこちらを見る少年。<br /><br />「あ〜…結構慣れてる?んです。<br />小さい頃から男子と一緒だったのもあるし、一線越えなきゃ許容範囲内な所ありますよ。」<br />もちろん、お互いフリーなのが条件ですけど。<br /><br />「他にもいろいろしましたけど…あ、幼なじみのストーカー云々に協力してデートしたことありますよ。<br />その時も恋人同士の振りをしたのである程度のことは…」<br /><br />ほう、と相槌をうつ沖矢さん。<br /><br />あぁそうだ、と今思い出したかのように前置きして。<br />「彼は、警察官だったんですよ。」<br /><br />ね、陣。
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イケメンの男の人に言われて小学生男児に暗号でSOSを求めた結果。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10076655#1
| true |
※注意※
キャプションをよくお読みください。
劇団員の一部が腐男子です。至は理解あるnot腐男子。
複数のCPが話題にあがりますが、至総受けメイン。話のネタで攻め至もたまにあり。他のCPの話題もいろいろ出てきますので、地雷がある方は自衛してお戻り下さい。
劇団員腐男子達が茅ヶ崎至を愛でて日常会話をするLIMEのグループトーク風。
外回りして直帰という、定時よりも早く帰れたその日、至は駅近くのカフェと併設されたケーキ屋の前でそわそわとしている十座を見かけた。挙動不審な姿に何をしているのかと思い、近付いて声をかけることにする。
※今回は十座と至、万里と至の話です。小説が2ページ目、LIME風は[jump:3]。
[newpage]
「十座?」
「あ…ッス。今、帰りっすか」
「そう」
「お疲れ様っす」
「ありがとう。何やってんの?ケーキ食べたいんじゃないの?」
「あ…と…店があまりに女子向けで入りづらくて…」
「なるほど。一緒に入ってやろうか?」
「え、いいんすか」
「いいよ、入ろう」
二人して並んで入る。至が入ったことにより、女性陣が皆そのイケメンさに目を奪われ自分に気付いてないことに十座はホッとした。
「どれ食べたいの?」
「えっと…これと…これと…」
全部、と言いたいがそれは無理だからとまずはどうしても食べたいものを選んでいく。そして選ぶ手を止めて悩み始める十座に至は首を傾げた。
「十座?足りない分出してやるから好きなの選んだら?」
「え、あ、大丈夫ッス。いや、その…」
言い淀む姿に不思議に思うが、目線の先を見れば察しがついた。
「ベリー系入ったチーズケーキか、ナッツ入りのコーヒー系のケーキなら甘さ控えめだと思うよ」
「え…」
「万里の、でしょ?」
「ッ」
図星を指されて真っ赤になり照れた十座に苦笑して、ベリーチーズケーキとナッツの乗ったカフェモカのケーキと、更に別でシュークリームを2つ頼み、至は支払いをした。
「え、あ、至さん…」
「まだ頼むんだった?」
「いや、あの金…」
「いーよ、お前にケーキ買ってやる機会もあんまないし、たまには甘えな?」
「…あざっす」
受け取った袋を十座に持たせ、店を出る。ちょっと公園にでも寄らないかと至が誘えば、十座は大人しく付いていった。ベンチに並んで座ると、至は袋からシュークリームを取りだし十座に渡す。
「食べよ」
「え、いいんすか」
「これくらいなら晩飯入るでしょ。いらない?」
「…いただきます」
「ん」
クリームが溢れないようにと注意しながら二人はかぷりとシュークリームに食い付いた。なかなか人気の店だけあり、シュー生地もカリッとしてるしクリームの甘さもくどくなく食べやすい。
「ん、シュークリームとか久しぶりに食べたけど、ここの美味いね」
「美味いッス」
「んで?万里と喧嘩でもした?」
「んぐっ」
いきなり核心を突かれ喉に詰まりそうになった十座の背中を、至はぽんぽんと叩いてやった。
「シュークリームで死ぬとかやめてね」
「だ、大丈夫ッス。えっと…」
「万里」
「…」
くだらない話だと、本人でさえ思う。だが、至はきっと心配をしてくれているのだろうと、口開いた。
「九門が、摂津がもらってきたらしいお菓子を食っちまったらしくて…」
「へぇ?どっちも珍しい…」
「なんか、大学のダチが旅行先で買ってきた地域限定のポリッツとかあぁいうのあるじゃないっすか…それを談話室にちょっと置いた隙に食っちまったらしくて…圧倒的に悪いのは九門なんすけど…むやみに共有スペースに置いとくほうが悪いとか言って喧嘩になって…」
「あー光景が目に浮かぶわ」
「そのうち矛先が俺に向いて弟の躾どうなってんだとか言いやがるから売り言葉に買い言葉で喧嘩になって…」
「んで、珍しくお前のほうが寮飛び出してきたんだ?」
「ッス」
なるほどなーと言いながら、至はシュークリームを十座に持ってて、と渡して隣にあった自販機の前に立つ。2本の飲み物を買い、缶のプルタブを開け、ミルクティーは十座の横に、ブラックコーヒーは自分の横に置いて食べ掛けのシュークリームを回収した。
「あ、あざっす」
「んー。んで?なんでケーキ?謝るついでに渡すにしてもさ」
「同じもんは流石に準備出来ねぇし…あそこのケーキ美味いから詫びになんねぇかなって…。あいつカフェとか行くみたいだし、ケーキでも食うことあるだろって…俺みたいな甘党ではねーし甘さ控えめなら、食えるかと…」
「お前なりの誠意ってわけか」
「ッス。」
半分と少し程食べたシュークリームを十座に食べ掛け嫌じゃなけりゃ食べるかと差し出せば、目を輝かせ受け取り食べ始めた。自分の分はもうすでにないようだ。
「まぁなぁ…九門が悪いのは悪いんだろうけど、万里もなぁ…」
コーヒーをすすり十座を見れば、頬にクリームを付けている。至は笑いながら指で掬ってそれを舐め、十座は子供みたいにクリームを付けていたことに気付き赤くなった。
「見たり聞いたりしてる分だと、前に比べたら減ったんだろうけどたいがい万里から吹っ掛けるよな?」
「あー…まぁ…俺もすぐノっちまうんで…」
「ちょっと話してみるわ」
「え…」
「万里に。だいぶマシになったって言ってももう大学生だしな。お前もそれ自分で渡せるの?」
「九門に行かせようかと…」
「また喧嘩になるよ?」
「う…」
「お節介かもしれないけど、多分ここで万里に口出し出来んのって俺か紬らへんだと思うんだよね」
「それは、そうだと思います。…至さんお願いしていいっすか。後で九門にも詫びさせますんで。あと、摂津の分のケーキは金払います」
「おけ。任せといて」
コーヒーを飲み干す至に倣い、十座もミルクティーを飲み干し缶を捨てる。
「至さん…あざっす」
「ん?」
「相談も、ケーキも」
「あぁいいよ別に。十座だって人に頼りたいことあるだろうに、秋組では万里と喧嘩だし九門の前じゃお兄ちゃんしなきゃだしな。臣や左京さんにでも頼れるんだろうけど、たまには俺に声かけてくれてもいいんだよ」
「ッ…どうやったら、そうやって言えるんすか」
「え…?」
「不器用なのは自覚してるっす。でも、そうやって至さんみたいに他人を気にかけてやれる大人になれたらって…」
きっとこうやって言葉を口にするのもいっぱいいっぱいなのだろう。それでも必死に憧れの色を含んだ瞳を向ける十座に、至ははにかんで答えた。
「別に俺が他人を気にかけてやれてるわけじゃない。目の前の人間に思ったこと言ってるだけ。俺なんてそもそも対人関係苦手だし、外面だけで生きてきたから。でも、うちの奴らの前ではそれやめた。それだけ。だから十座も今のまま隠さない偽らないままでいいんだよ。喧嘩よりも熱い気持ち持って、ちょっと不器用でも優しい気持ちのお前で充分。みんなそれわかってるんだから。九門もそんな兄貴が好きなんだし、万里だってわかってるよ」
だから、前だけ見てたら?と頭をぽふりと撫でられて、十座はらしくなく泣きたい気持ちになった。寮でだらしない姿を見せていても、春組が、万里が、至を慕う理由がわかった気がする。しっかり接するとわかる、大人の男。頼りたい。そしてこの人が頼れる仲間になりたいと、心からそう思った。
そろそろ帰ろうかと笑う至に十座は再度礼を言う。そして二人は公園をあとにした。
そしてその夜の103号室。同室者は談話室に居てくれるらしく、至は万里を呼び出した。いつも通りに振る舞って入ってきたが、どことなく機嫌が悪い。
「万里」
「なんすか」
「それ、食べていーよ」
「え、何これ…」
ゲームをしながら顎でテーブルの箱を指し示すと万里は素直に箱を開け、中の物を見て目を丸くする。
「ケーキ?え、どうしたんすかこれ珍しー」
「十座から」
「は…」
名前を聞いてピタリと動きを止める。
「喧嘩したんだって?」
「あれは…」
「うん、聞いた。九門が悪いわな」
「そうっすよ!だってあれ、至さんと食おうと思ってたのに!」
「マジか…何お前可愛いな」
わしゃわしゃと隣に座る万里の頭を撫でる至に、頬を赤くしながらやめろ!と吠える。
「でもさ、もうそろそろ食ってかかんのやめたら?」
「簡単にやめれんならやめてるっつの」
「俺にはキレないじゃん」
「あんたにキレられるわけなくね!?口で勝てる気しねーし、逆らったらぶちギレかますじゃん!」
「ゲームに限ってだろー?」
「いやそんなことな「万里?」
「うぃっす」
にっこり微笑まれ、その笑顔が既にずるいよなと心の中で毒づく。それを知ってか知らずかゲームの手を止めない至は会話を続けた。
「そもそもさ、十座との喧嘩ってたいがいお前がふっかけてんだろ?喧嘩する声聞こえるのって天馬と幸かお前と十座か…あ、これ前言ってた喧嘩ップル?お前も?えっと…兵摂?であってんだっけ?」
「やめて、マジやめて…」
「摂兵?のがいいの?」
「よくない、よくないから…ッたるさんマジなんなの!」
「やーちょっとからかっただけじゃん」
「もー…ホント…」
にひひ、と笑う至に怒る気失せるんだよなと万里は溜め息を吐く。
「あとはお前らを怒る左京さんの声か…あれ?秋組騒がしいな?」
「否定はできないっすわ」
「だよなー。まぁ、天馬と幸はまだ高校生だし仕方ないけど、お前も大学生だしさ。それ以外はイージーモードだかでこなしてんだから、もうちょい大人の男になってもいんじゃない?俺みたいな」
「至さんみたいにはなりたくないっす」
「よし言ったそばから喧嘩売ったな?やんのか?ん?」
「やんねーよ!!」
「ほらそれ、引くことできんじゃん」
「!!」
ゲームを置いた至は隣に座る万里の方に向いて座り直す。
「お前はちゃんと引くことも出来る男だよ。全力でぶつかれる十座って相手がいんのはいいことだし、所謂ライバルって立場は必要だと思う。でもさ、なんでもアイツにぶつけんのは違うだろ?九門との喧嘩でなんで十座にふっかけんの」
「そ、れは…」
「十座からしたらとばっちりじゃん。自分の弟がやらかして気まずいのに、謝る前に喧嘩ふっかけられたらそりゃお前らの関係なら喧嘩しないわけない」
「…」
「違う?捌け口全部アイツにぶつけてない?」
「…わかってんすよ」
うぅ、と唸りながら項垂れる万里におや?っと口を閉じた。
「やっちまったって…思ってるんですよ。でも、なんてーか俺が対等にぶつかれるのって…認めんの癪だけどアイツだけなんすわ。たぶん至さんも俺が凄んだってビビったりしねーんだろうけど、力じゃあんたに勝てても他では勝てないのわかってる。じゃあ力でもなんでもぶつかっても壊れないのアイツだから、その…つい…」
「うん、わかってんならこれも理解できるだろうけど、理不尽につっかかるのは違うよな?」
「はい」
「俺だって疲れてお前にあたることもあると思う。人間だから誰しもそれはあると思うわ。でも常時それをされたらアイツだってストレス溜まるんだぞ?本人に自覚なかったとしてもストレスで体壊したりしたらお前責任とれる?」
「ッ」
至の言葉に急に怖くなった。喧嘩して目に見えて怪我するのは、手当てしたら治る。しかし病気になれば?気付かず進行していたら?それが自分のせいならば?考えれば考えるほど怖くなりゾクリとした。
「今のところ十座は大丈夫だと思うよ。他人を気にかけてやれる男になりたいって言うくらいだ。お前のことをしっかり受け止めたいと思ってんだと思う」
「アイツが…」
「お前だってアイツが不器用だけど優しいのわかってて、任せられること任せてたりするでしょ。お互いに理解してんじゃん」
「別に…そんなんじゃ…」
「十座、お前にお詫びしたいって女の子ばっかのケーキ屋行って、自分程甘党なわけでもないお前なら何が食べれるんだろって悩みながら選らんでたよ。だからさ、もう少し肩の力抜いて接してみな?お前ら当事者だけじゃなく、やっぱり周りにも緊張を与えたりするからさ、学生の中じゃお兄ちゃんなんだからその辺も考えてやんな」
「………わかったっすよ」
かなわねー…と万里は頭をガシガシ掻いた。しれっとした顔して、普段言わないようなこと言って仲裁してくる至を見ると、万里もいい子だなーなんてからかってくる。こういうとこを見るといつもと変わらないのに、さっきまでは知らない大人のようで緊張しただとか、言葉にはしたくない。だから、と切り替えて話題を締めた。
「あとでちゃんと謝っとく。だから至さん、これ一緒に食わねぇ?」
「お前どんだけ俺と食べたかったの?可愛すぎない?」
「そんなんじゃねぇし!!2つあんだから半分こしたらいいと思ったんだよ!!」
「大好きな至さんと半分こしたかったのか、そーかそーか」
「だからッ…と、あ?LIME?」
「俺もだ…てことは」
「腐向けのほうか…」
「なんか怖い…」
「まぁいつものことっしょ。ケーキ食いながら参加しましょ」
「りょーかい」
テーブルに出したケーキを口に運びながら二人してLIMEを開く。そしてそこに載せられた写真を見て二人はピシリと固まったのだった。
追記として記すならば、部屋に戻りケーキが美味かったとだけ告げた万里に、九門がすまなかったとだけ十座がこたえ、それで二人の仲直りは終わったようだと残しておく。
[newpage]
たいち;スクープ!!スクープっすよー!!!!!!
たいち;[ベンチに並んで座り、十座の頬に指を這わす至の写真]
たいち;[そしてその指を口に含む至の写真]
たいち;[真っ赤になった十座の写真]
綴;ガタッ!!(保存)
椋;ガチャッ…キィッ…(保存)
カズ;待ってwwwなんか保存しながら扉開いてる人いるwwwwwwwww(モチ保存)
つむ;ほんとだwwwというか、デート?十至デート?(保存)
万里;…(保存)
至;まてまて、え、怖い…太一どこにいたの…
たいち;俺じゃなくて幸チャンッス!なんか公園通りかかったらしくて「なんかインチキエリートとテンプレヤンキーがデートしてて怖いんだけど」って写真がきたんですよー。
至;怖いって失礼なwwwつーかまさか腐男子メンバー以外のリークwwwてーか万里無言で保存すんなwww
万里;だって!至さんいるから保存するっしょ!!兵頭のくせに至さんといい絵になるとか保存するしかねーじゃん!!
カズ;セッツァーまじウケるwwwwwwwww
綴;至さん早く説明ください。
至;十座がケーキ屋入りにくそうだったから付き合ってやったんだよ。その帰りにシュークリーム食べてたんだけど、ほっぺにクリーム付けてるしティッシュ切らしてたから、取って舐めただけ。
椋;十ちゃんが真っ赤で可愛いです!!!!!!
至;子供みたいですんません、って言ってたから恥ずかしかったみたいだね。確かに十座可愛かったわーwww
万里;至さんあんなん好きなんすか!!!!???
つむ;万里くんwwwwww
たいち;万チャン必死www
至;今日の万里も可愛くて好きだけど?
万里;うッ…
椋;万至ですか!!??
カズ;むっくんのいつもの出たwwwwww
綴;まさか至万とか言わないですよね!?
至;どっちでもねーわwww
つむ;今日のっていうのが気になるんだけど、何かあったの?
至;なんかどうしても俺とお菓子食べたかったらしくてさー可愛いだろー?wwwwww
万里;ちがっ、ちょ、至さん!!!!!!
至;違うの?俺とお菓子食べるのやだった?
万里;は!?んなわけねーだろ!!あんたと食べたくてあんなことになったんだから!!!
至;うん知ってるwww
カズ;さっすが魔性www
綴;手のひらでコロコロしてる図が見えるwwwwww
つむ;でも確かに万里くんも可愛いよね。
至;だろー?俺、万里や十座くらいの時こんな可愛げなかったからさー、コイツらと接すると可愛いなーってキュンキュンするわwww
カズ;キュンキュンwww
綴;でも、そんなこと言いますけど至さん今可愛いじゃないですか。
至;は、ないわwww
綴;え、いや可愛いですよ至さん。
椋;ッ………つ、綴至ァ…(我慢出来ませんでした)
たいち;わかる、わかるよむっちゃん…
至;綴のせいで椋が壊れた。
綴;椋はいつもああじゃないですか?
カズ;オマエモナーwww
万里;wwwwww
つむ;というか前からずっと可愛いって言ってるよね?
たいち;言ってるッス!
至;お前らと俺の可愛いって違う気がするwww
万里;気のせい気のせいwwwつーかシュークリーム食ってたのかよ。
至;でも半分くらいしか食えなくて十座にあげた。
綴;ガタッ
椋;ガタガタッ
至;今日は落ち着きねーなwwwwww
綴;か、間接キスじゃないですか!!
椋;十ちゃん至さんと間接キス!!!!
至;キスどころじゃなくない!??wwwwww
万里;そ、それ以上…だと…
至;お前らなwww食ってるのにキスもなにもなくないかって話だし、お前らだって食いかけ食べたりすんだろwwwwww
つむ;二人きりでそれしてるってのがねぇ?
たいち;デートですしね!
至;デート違うわ!www
カズ;なんかさ、シュークリームってのがえっちくねー?www
綴;わかります
椋;わかります
万里;わかります
たいち;わかります
つむ;わかりみふかし芋焼酎
カズ;まっっっっってwwwwwwwwwwwwwww
万里;wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
至;ww
綴;これは酷いwwwwwwwwwwwwwww
たいち;wwwwwwwww
椋;お酒ですかwwwwwwwwwwwwwww
万里;まって、まってwwwwww至さんソファから滑り落ちてそのまま息できないくらい爆笑してんだけどwwwwwwwww
万里;[ソファにスマホを放置し、ソファ下で丸まるように蹲り声をあげて爆笑する至の動画]
万里;ヤバイwwwつられて笑い止まんねぇwwwwwwwwwwwwwww
カズ;いたるん死にそうじゃね!?wwwwwwwwwwwwwww
たいち;こんな笑ってる至サン初めて見たッスwwwwwwwwwwwwwww
椋;僕もwwwwwwwww
綴;これは仕方ない、これは仕方ないっすよwwwwwwwww
つむ;あー!!もー!!!!!!
万里;ひーwwwつらいwwwwww
カズ;wwwwwwwwwwwwwwwつむつむ、そろそろスマホお祓いしたほうがよくない?wwwwwwwww
つむ;ほんとだね!!!!!!
万里;つーか打ち間違いなら仕方なくね?お祓いとか意味ねーよwww
つむ;打ち間違いというより、予測変換が反抗期で…
綴;反抗期wwwwwwwww
椋;でも僕もありますよ、使いすぎて熱持って勝手にぶあーって変換しちゃったり
つむ;あるよね!?俺だけじゃないよね!?
万里;いやでも紬さんのは酷いし打ち間違いも多いだろwww
つむ;ひ、否定できない辛い…wwwwww
万里;[ポンパドールにしていて、頬がゆるゆるに揺るんで真っ赤な顔に涙目で、ふにゃふにゃ笑ってる至の写真]
綴;ドゴッ(保存)
椋;ドガンッ…(保存)
たいち;ガツッ(保存)
カズ;破壊神いっぱいいるんだけどwwwwwwwww(保存)
つむ;可愛すぎて直視出来ないよー(保存)
万里;あーマジ襲ってやりてぇ(真顔)
カズ;こらこらこらこら!!!!!!え?セッツァーしてないよね?ないよね!?俺行くよ?103号室行くよ?????
綴;ダメっすよ三好さん!!万至の邪魔しちゃ!!
カズ;いやいやいや!?え、ママそこまで許してないんだけど!?
たいち;ママwwwwwwwwwその設定定着するんだwwwwww
つむ;ママは安定の至くんセコムwww
カズ;ママはね、固定CP認めない派だからね、セッツァーといたるんイチャイチャしてくれんのちょーうれピコだけど、ガチで手出しちゃダメだからね!!
万里;あの人よくて俺ダメなの?wwwwww
カズ;あの人は理性的だけどセッツァー絶対もたないじゃんwwwマジやばたんwww
綴;ほらほら、全員がわかんない話はなしなし!万里、至さんは?既読ついてるけど。
万里;あー見てるぞ。俺を蹴りながら。
たいち;蹴りながらッスかwww
至;いつもどおりのお前らだなーって見てたwww
つむ;至くんも慣れちゃったねwww
至;シュークリームからこんなに脱線するとはwwwつーか紬ぃwwwwwwwww
つむ;ごめん、ほんとごめん、うちの子が反抗期でwww
至;え、このグルママ多くね?www
椋;カズくんに紬さんに…
至;綴!
綴;俺!?
至;部屋掃除してくれたりご飯作ってくれたり…
綴;いや、最近わりと千景さんも面倒見てますよね?(千至ありがとうございます)
至;心の中見えてんぞwww先輩クリーニングとかなー色々面倒見てくれてるわwww楽チン楽チン♪
万里;ほんっとこの人はwwwwww
至;万里ママもありがとう
万里;ママになった覚えはないっすわ!!!!!!wwwwwwwww
至;お前も気がきくじゃん
たいち;万チャンのはスパダリ感あるッス!
カズ;確かにー!でもだからって手を出すことを許してはないからね!
椋;カズくん、ママというか「うちの子はやらん」って言うお父さんにも見えてきましたwwwwww
綴;ほんとだwwwあ、もし十座と万里が至さんをくださいって言ってきたらどうします?
万里;は…
カズ;うーんヒョードルにどうぞする
万里;はぁああなんで!!!!!!
カズ;誠実そう!
万里;俺は!?
カズ;根はいい奴だけどいい奴だから女の子から言い寄られたら「しゃあねぇな…」とか言いながら買い物付き合ってやったりデートしてやりそーじゃね?
至;それすっげわかるわーwwwwww
カズ;でしょでしょwww
万里;そんなんしねーし!!!!!!
綴;必死かwww
至;まぁ、その仮定に俺の意思が組み込まれてないのがワロwww
椋;妄想というのはそういうものです!!
つむ;名言だね!
至;迷言だろ!www
たいち;そういや今日十座サンが嬉しそうだったのって至サンのおかげだったんスね!
万里;軌道修正おつwwwつーか機嫌いいときあんのかあいつ
綴;甘いもの食べてるとき幸せそうだったりするぞ?
万里;あー…
至;あの十座可愛いよね、なんか今日甘いもの買ってあげて夢中で食べてるの見たら、よしよしってして餌付けしたくなったよ。
万里;はぁああ!?マジで?え、マジ???マジなんすか!?
カズ;セッツァーwwwwwwwww
綴;wwwwwwwww
至;え、マジだろ、別にこんなことで嘘言っても面白くないしwww
万里;マジかよ…俺も甘味食うべき?甘味好きになるべき?
椋;万里さんwwwwwwwww
つむ;万里くんが十座くんの真似しても意味ないよwwwwwwwwwwww
万里;そ、そっか…
至;[神妙な面持ちでスマホを眺める綺麗な横顔の万里の写真]
たいち;(*´-`)保存
カズ;(*´-`)保存
椋;(*´-`)保存
綴;(*´-`)保存
つむ;(*´-`)保存
至;(*´-`)もーほんと万里は可愛いな
椋;万至ですか!!!!!!!!!!
カズ;むっくんwwwwwwwww
綴;というか段々至さんがいたいけな少年(ショタ)を誘惑する危ない綺麗なお兄さんみたいなそんな気がしてきた…
つむ;何一つ間違ってないと思うけど?
至;間違いしかないけど!!!??多分十座や万里のことショタとか言ってんだろうけどそれもねーし、つか俺よりデカイしアイツらwww危ないこともないし誘惑もしてないからwww
万里;いや、ほんとショタにされるとか勘弁なんすけどwwwやめてくれwww
至;腐男子怖いわー
万里;ほんとっすわ
至;いやお前もだろ!!www
万里;そーだったwww
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劇団員腐男子達が茅ヶ崎至を愛でるLIMEシリーズ。(グループトーク風)<br /><br />※今回は十座と至、万里と至の話です。<br />実は今回の紬の誤変換はフォロワーさんの実際の誤変換からネタお借りしましたw<br /><br />綴、万里、紬、太一、椋、一成が腐男子です。至は理解あるけど腐男子ではありません。<br />複数のCPの話が出てきますが、至総受けメインになっています。話のネタで攻め至もいますが受け至が多いです。他のCPの話題もいろいろ出てきますので、地雷がある方は自衛してお戻り下さい。<br />ネットスラング的なものを使ったりしますので、苦手な方も自衛してください。<br /><br />至さんを愛でたいなと思った時に書く感じでまったり書いていければなと思います。
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roseking11【A3!腐男子LIME】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10076821#1
| true |
GWが終わってから、私は時々不安になることがある。その不安は、まだ見ぬ大学生活への不安というよりかは、今の環境が終わってしまうことへの不安だ。修学旅行で一緒に周った四人が、同じクラスにいるという奇跡のような環境。これが終わってしまうことがただただ嫌で、不安だった。
GW中の大学見学は、私にとって大きな一日だった。別れ際に黒木さんが名前で呼んでくれたことはこれからも絶対忘れないだろう。ただその一方で、大学見学に行ったという事実は、あと一年足らずで私たちも卒業するという現実を私に突き付けていた。
将来への不安を口にしたとき、黒木さんはすぐに私を慰めてくれた。仮に別の大学に行ったとしても、もしくはすぐに就職したとしても、地元は同じなわけで度々会えるだろうと。その慰め自体はとても嬉しかったけど、それを素直に受けいれられない私もいた。吉田さんも真子もそして黒木さんも、私以外にも話す人はいる。特に黒木さんは、最近はクラスの多くの人と話している。大学でもなんだかんだ言ってやっていけるだろう。
それに引き換え、私は今の所この4人グループ以外に友達と呼べる人はいない。最近は黒木さんつながりで根元さんや加藤さんと話すこともあるが、友達という感じではない。もし私だけ3人と違う大学に行ってしまったら、と思うと、不安を通り越して胃が痛くなってくる。GW明けに黒木さんは皆で青学を受けることを勧めてくれたが、なんといっても青学だ。私一人だけ落ちてしまうことも十分にあり得る。不安は募るばっかりだ。
私は不安が頂点に達すると、自分でも何が何だか分からなくなって、いろいろなことを口走ってしまうらしい。この前黒木さんに言った、『一緒の大学に行くと約束した』というのもその一つだ。私もバカではないし、黒木さんとのこれまでの会話の中に、将来を固く約束するような会話がないことくらい分かっている。でもあの時は、いろんな人から一緒の大学に行こうと誘われている黒木さんを見ているうちに不安になって、ついああ言ってしまった。
もし仮に、本当に私が黒木さんと一緒の大学に行くと約束していて、またそれが確実に実現すると分かっているならば、私もあんな風に黒木さんに確認したりはしない。ああしてしつこく言ってしまうのは、ひとえに私が将来の大学生活に不安を感じているからなのだ。自分でも面倒くさい性格だと思うし、自覚もあるが、改善できる気配もない。黒木さんが私のこうした不安に気付いてくれたらと思うが、私は感情を表に出すこと、自分の希望をはっきり言うことが苦手だし、なかなか難しいだろう。
塾を終えて家に帰ると、お母さんはリビングでテレビを見ていた。N○Kのドキュメンタリーのようで、テーマは若者の孤独だそうだ。ゾっとしないし見たくもないが、そういうときに限って意識は画面に集中してしまう。それによると、SNSが発達した現代では逆に孤独を感じてしまう人が、大学生も含んだ若年層で増えているそうだ。テレビでは主に海外の大学の事例が紹介されていたが、日本も例外ではないという。
そんなドキュメントを見ていて、午前中に感じた不安がまたぶり返してきた。それでも画面からは目を離すことは出来ない。そのまま立って見ていると、お母さんが心配したのか声をかけてくれた。表情が顔に浮かびづらいと言われる私だが、お母さんはさすがに家族だ。私の不安を察してくれたのだろう。
こうして慰めてくれようとしたお母さんだが、いまいち若者が感じる不安、孤独の感覚をつかみ切れていないようだ。お母さんが若かったころにはSNSはおろかネットも発達していなかったわけで、友達と常につながっていることなど最初から不可能だった。今はそれが可能になったのに、孤独を感じてしまう人は逆に増えている。その現象がどうにも分かりにくいようだ。
昔は、高校時代の友達同士でのコミュニケーションと言えば手紙だった、とお母さんはしみじみ振り返っていた。今でも仲のいい友達とは文通をしているし、またいくつかの手紙は大切にとってあるそうだ。
夕食を終えて、自分の部屋に帰ると、私はさっきのお母さんとの会話を思い出した。手紙。最後に書いたのはいつだっただろう。確か小学校の授業で手紙を書く時間があった気がするが、ひょっとするとそれ以来かもしれない。つまり、自発的に手紙を書いた経験はゼロに近いということだ。年賀状もあまり書かない私にとっては。手紙を書くという行為はとても新鮮に思えた。
少しネットで調べてみると、手紙を書くススメのようなものがいくつか見つかった。手紙を書くと、普段伝えられないようなことも書けてしまうそうだ。これだ、と思った。もし別々の大学に行くことになってしまったら、頻繁に手紙のやり取りをしよう。
ただ、それとは別に、今、黒木さんに手紙を書きたくなった。出会ってからこれまでにいろいろなことがあった。黒木さんは結構変わったし、私も少し変わったかもしれない。これまでを振り返ったうえで、感謝の気持ちを伝えてみたくなった。実際に送るかどうかは分からないが、とりあえず書いてみよう。バレンタインの時もそうだったが、こういう時の行動力はそこそことある方なのだ。私はリビングに降りて、お母さんに便箋を何枚かもらってから部屋に戻り、手紙を書き始めた。
手紙の書き出しは何にしようか。大体こういうのは名前から書き始めるものだが、『黒木さんへ』で書き始めるのはなにか他人行儀な気がする。黒木さんは私のことを名前で呼んでくれた。私はまだ黒木さんのことを面と向かって名前では読んでいない。何度か呼ぼうとしたが、そのたびにちょっと緊張して、名字呼びに逃げてしまう。つくづく情けないと思うが、今回は手紙だ。それに本人に実際送るかもまだ決まっていない。私は意を決して、『ともちゃんへ』と手紙の左上に書いた。
[newpage]ともちゃんへ
私たちが初めて知り合った京都への修学旅行から、もう数回季節が変わりました。思い返してみると、修学旅行から今までの時間の流れは、とても速いものでした。あなたと知り合ってからの日々がとても充実したものだったからだと思います。
最初にあなたと会った時、こんなにバカな人がいるんだ、と思いました。ごめんなさい。でも、私がこう思うのも無理はないと思います。実際はすごく優しいけれど、見た目はちょっと怖い吉田さんを挑発して、何回も私に助けを求めてきましたね。あの時私は真子と喧嘩していて、本来なら人を助けるどころではなかったのですが、あなたがあまりに必死だったので、つい巻き込まれてしまいました。今思えば、あれが始まりでした。
3人で周った2日目、真子も加えて4人で周った3日目、両日とも私にとってはかけがえのない思い出です。今でも夜一人で布団に入ると、あの時のことを思い返します。
その後の学校生活では、バレンタインに一緒にチョコを作ったことが思い出に残っています。私があなたのことを最初に『友達』と呼んだときのことを、あなたは覚えていてくれるでしょうか。友達の少ない私にとって、あれは非常に勇気のいることでした。あなたがそれを否定しなかったこと、無言の肯定をして、チョコを返してくれたことが、どんなに嬉しかったでしょう。もっとも、そのチョコの形については何も言わないでおきますが。
3年生に入るとあなたは、クラスのたくさんの人と話すようになりました。ネズミ―ランドへの旅行でも、私たち4人のほかに、クラスの多くの人と一緒に周ることになりました。あなたが他の人と話していたり、他の人が知っていて、私の知らないあなたの一面があったりすると、私は不安になります。あなたは、私にとって本当に数少ない、波長がよく合う、一緒にいて心から落ち着ける友達だからです。あまりに不安になって、あなたに迷惑をかけてしまったこともあるかもしれません。ごめんなさい。
これから受験シーズンに入りますね。GWは2人で大学見学に行きました。あの後も他の大学をいくつか見に行っていたようですが、もう志望大学や志望順は決まったでしょうか。私は今、これからのこと、大学生活のことを考えるのがとっても不安です。いまの生活がとてもたのしいから、それが変わってしまうのがとても怖いです。これから来る、高校最後の夏休みが、ずっと続いてくれればとさえ思います。そういえば、あなたは実際そんなことが起こるアニメについて、根元さんと話していましたね。今度、私にもそのことを話してくれると嬉しいです。
もし別々の大学にいくことになったら、今回のように手紙をたくさん書こうと思います。そうすれば寂しくありません。
田村 ゆり
[newpage] ここまで書いて私は一息ついた。全体を見てみると、随分急に終わってしまった印象を受けるが、これは仕方がない。もし別々の大学にいくことになったら、なんて悲しい『もし』は書きたくはない。だから強引に自分の名前を書いて、体裁を整えて私は筆をおいた。それでも、この手紙を書くことで将来への不安は大分和らいだ。自分が感じている恐れ、弱い感情を紙の上に置くことで、随分と気持ちが整理できたような気がする。
思ったよりも手紙を書くのは楽しかった。書いているとこれまでの楽しい思い出を順に振り返ることができる。普段はあまり表情を変えない私だが、書いている途中はころころ表情を変えていたと思う。主にニヤつく方向で。
この手紙が黒木さんの手にわたることは多分ないだろう。読み返していて思ったが、大分恥ずかしいことが書いてある。少し頬が熱くなってしまうし、自分で書いておいてなんだが、かなり重い。こんなものを渡されても黒木さんは困ってしまうだろう。かといってせっかく書いた手紙だ、捨てるのもなんだか忍びない。私はこの手紙を机の一番上の引き出し、大切なものをしまうための引き出しにしまって、この一日を終えた。
次の日教室に入りイヤホンを外しかけると、近くのクラスメイト達の会話が耳に入ってきた。話題は大学受験について。昨日手紙を書いて不安を減らしたとはいえ、やっぱりあまり聞きたい話題ではない。どんなに気持ちを整理したとしても、私にとってはいまの友人関係が一番なのだ。外したイヤホンを耳に戻そうとすると、私を見つけた黒木さんが話しかけてきた。昨日のことがあったから、私はなんだか恥ずかしくなってしまう。少しの間、黒木さんの顔をまともに見れなかったと思う。
「ゆ、ゆりちゃん、私は大学受験にむけてたくさん勉強になくちゃなんだけど…よかったら今度一緒に勉強しない?」
黒木さんからの提案は私にとってとても嬉しいものであり、またあまり予想していないものだった。黒木さんは積極的に人を誘って何かするタイプではないからだ。黒木さんが誰かに誘われて勉強会、ということはあるかもしれないが、黒木さんから誘ってきての勉強会はあまりイメージしていなかった。
「いいけど…珍しいね、黒木さんが誰かと一緒に勉強したいなんて。」
「いや、私は一人で勉強してると集中力がなかなか続かないタイプで、誰かと一緒に勉強できたらな、とは思ってたんだ。それで、誰と勉強するかと考えた時に、やっぱり一緒にいて落ち着ける人がいいなと思ったというか…でも、人数が多すぎてもやっぱり集中できないから、2人くらいが丁度いいかなと…」
「………」
「なんかすげー顔赤いけど、とりあえずオッケーってことでいいのな。場所はどこにするか。図書室も最近は生徒が多くて落ち着けないし…そっちがいいなら私の家でもいいかなとは思ってるけど…。」
「赤くないよ。後、私は黒木さんの家でも大丈夫だよ。最近は委員会もないから、私は今日も空いてるよ。」
「そっか、私も今日は塾休みだし、今日にするか。それじゃあ放課後に、またな。」
その日の授業は何一つ耳に入ってこなかった。黒木さんの家で、2人きりでの勉強会。何を勉強するのだろう。私が教え役なのか、それとも黒木さんが私になにか教えてくれるのか。2回目はあるのか。もしあるとしたら、その時は私の家で…。大学受験について考えるのは今まで嫌いだったけど、案外いい部分もあるのかもしれない、と私は思った。
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手紙っていいですよね
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ゆりちゃんの手紙
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もし、比企谷八幡が極度の女性恐怖症だったら…
[newpage]case119 比企谷家6
「ただいま〜」
「小町おかえり〜♪」
「おかえりー」
「うん、ただいま。…ん?お父さんとお母さん何やってるの?」
「ああ、ちょっと白良に頼まれてな…ゲーム作ってたんだ」
「ゲーム?」
「そうそう!お父さんに頼んでこれを…ね!」
「それってS◯itchのソフト…ってそれ作ったの!?それってダメなんじゃ…」
「いや、大丈夫だぞ。ちゃんと任◯堂に確認して許可とったし、うちのS◯itch以外では動かせないから」
「ちなみにこれを解析しようとしたら解析しようとしたパソコンのデータが全て飛ぶように設定しているから万が一奪われても大丈夫よ♪」
「怖っ!なんてもの作っちゃったの!?」
「まあまあうちでやる分なら大丈夫だから…、あ、小町やる?」
「え?まあ…一応やるけど」
(お父さんとお母さんが作ったゲーム、何かぶっ飛んでそうだけど…)
「じゃあ、まずソフト入れて…」
「はい、コントローラ」
「え?ゲーム◯ューブのやつ?」
「そうそう、これ大◯闘を参考に作ったからな。プロコンでも普通のやつでも、GCでもできるようになってる」
(まんまス◯ブラじゃん!)
「で、キャラクター選択画面だけど…!?」
「おー、これかなりお父さん頑張ったんだけどわかるか?」
「いやいや、なんで小町がキャラクターに!?お兄ちゃんもいるし!」
「うんうん、そのほうが面白そうかなと思って!大丈夫、家でやるだけだから」
「そういう問題でも…、ん?てか小町とかお兄ちゃんとかいるのはわかるけど、なんで小町だけでも4人くらいいるの?名前の横のこの〈ALS〉とか〈BODA〉とか〈YKT〉とか何?」
「ああ、これは異世界の小町たちを参考にしたから」
「」
「だから、幽◯紋を使えたり、ト◯ガーを使えたり、同じ小町でも違う技を使うから分けてあるの♪」
「お父さんも白良から記憶見してもらいながら作ったから大変だったなあ…」
(え?異世界とか軽く言っちゃったのもそうだけど、それをゲームとして作っちゃうお父さんって何!?)
「ちなみに小町、この世界の小町は〈IMK〉ね。」
「本当に書いてある…、てかお兄ちゃんもたくさんいるし。あ、オーフィスちゃんも2人いる」
「まあ、とりあえずやってみよっか♪」
「「「おー!」」」
「ってオーフィスちゃんいつの間に!?」
「さっき来たところ、我もやりたい」
「…おかし食べる?」
比企谷影無は比企谷白良の記憶を参考にゲームを作った。なお、このゲームは元となったキャラクターに新たな技が追加されたとき、このゲームにも自動的に追加されていたりする。
比企谷白良は娘たちとゲームをする。
比企谷小町は両親の行動に驚きながらもゲームをする。
case120 期末テスト2
ガラガラ
「あら、こんにちは比企谷君」
「よ、よお…」
「今日でテストが全て返されたと思うけどどうだったかしら?あ、ちなみに私はこんなかんじね」
「…こ、国際教養科だけあった英語は満点か。凄いな雪ノ下は…」
「そ、そうかしら///」
(やった!比企谷君に褒められちゃったわ!頑張って勉強したかいがあったわ!よくやったわ雪乃!)
「で、比企谷君のは…現代文、漢文、古文ともに満点!?」
「あ、ああ…本を読むことが多いから国語系は得意なんだ」
「そうなの、私も本を読むには読むのだけれど漢文や古文は少しわかりにくくて…」
「た、たしかにわかりにくいがきちんと要所要所を掴めればなんとか…」
「なるほどね…」
ガラガラ
「やっはろー!ゆきのん、ヒッキー!テストが終わ…「由比ヶ浜!!」た?」
「「平塚先生?」」
「由比ヶ浜、今回のテストのことで数学の青木先生が至急来るように呼んでいたぞ!すぐに行くぞ!」
「え!?ちょっ、ま…」
ガラガラ
「「………」」
「私たちは何も…」
「み、見なかった…」
比企谷八幡は文系が得意である。
雪ノ下雪乃は理系が得意である。
由比ヶ浜結衣は文系・理系ともに苦手である。
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こんにちは、アルスDQです。<br />前回の期末テストの続きです。<br />では、どうぞー<br /><br />更新用のTwitterもよろしくです!<br /><strong><a href="https://twitter.com/DQarusu3" target="_blank">twitter/DQarusu3</a></strong>
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異常なまでの恐怖症36
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077058#1
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「コーサク。君は今日誕生日なんだろ。いつまで働くつもりだい?」
不意に頭上から声をかけられて、藍沢は向かっていたパソコンのモニターから一度目を離した。
その同僚の顔を見上げて
「仕事とそれは全く関係ないだろう」
一言答えてまた画面に視線を戻す。
「…日本人が勤勉だという噂は本当なんだね」
その言葉に、多分に呆れが含まれていることはわかっていて藍沢はあえて聞き流すことにした。
一週間前に日本から届いたバースデーカード。
こちらの人間は、他人のこと…デスクの上など気に留めていないだろうと置いておいたのが失敗だった。
それを目敏く見つけた同僚達は、今日が藍沢の誕生日であることを認識するとともに、事あるごとにちょっかいを出してくるようになった。送り主との関係も含めて。
カードの送り主…白石は日本にいた時から誕生日には何かしらのアクションを起こしてくれていた。それは、脳外科の朝のカンファレンスが始まる直前に顔を出しての「おめでとう」の一言だったり、長いオペが終わった後に差し入れられる缶コーヒーだったり、ささやかではあるが、それは毎年続いていて。
流石にそれも離れてしまえば終わりだろうと思っていたら、今年もこうやって変わらず続いたことに、カードを受け取った直後は少し驚いた。
でもそれは変わらない彼女の他人への気配りだと気づくにはそう時間はかからなくて。
そして何も変わっていないのは、それだけではない。
自分の彼女への気持ちもそして彼女との関係も。10年で互いを理解し互いに信頼を重ね、それでも、同期で同僚のままだった。
旅立つ直前、藍沢は事故に遭い命の危機に瀕した。
気持ちを伝えることの重要性を身をもって実感してもそれでも尚、何も変わらなかった。変えられなかった。彼女への想いだけは伝えられなかった。
思いを伝えて、伝えた先に、側にはいられない自分にできることがないような気がしたから。
それでも彼女を縛りつけておける程自分たちは若くはなかったから。
「でもね、コーサク」
まだ何かを言おうとする同僚を振り切ろうと立ち上がったところで、デスクの上に放りっぱなしのスマホが震えた。
白石からのLINEだった。
『HAPPY BIRTHDAY』
小動物らしい何かのキャラクターのスタンプがひとつ。
少し遅れて文章が送られてきた。
「誕生日、何か欲しいものある?日本で先行発売された医学書?トロントは秋が早いみたいだから秋の防寒具とか?それとも」
文面はそこで終わっていた。
今まで10年の付き合いで、白石から誕生日に医学書や身につけるものの類やらを貰ったことはない。それなのに急になぜ。
そしてそれ以上に『それとも』の続きが気にかかった。誤って途中で送ってしまったのか、それともわざと、なのか。
仕事の合間に送っていたのだとしたら誤って…も充分にあり得るが、何故か他に意味があるような気がした。
気になるなら問いただすか。
そう心に決めて部屋の入口に目を向けたところで、藍沢は目を瞠いた。
…まさに今、問いただしたいと思った相手が、いるはずもない白石がそこにいたから。
その時になって初めて、部屋の中が騒ついていることに気がついた。彼女が誰かというのは、ここにいるものは皆知っているはずだ。
白石を含め同期皆で藍沢が旅立つ直前にヘリポートで撮った写真はここに来たときからずっと、今でもデスクに飾ったままにしている。
バースデーカードに気づく彼らがその写真の存在に気がついていないはずがない。
遠慮がちにそれでも確実に自分に向けられる視線を感じながら、藍沢は足早に彼女に近寄った。
なんで、どうして、今ここにいる。
一番聞きたいのはそれのはずなのに、
それでもいざ近づくと口をついて出たのは、先程のLINEへの疑問だった。
「それとも、なんだ」
「…え?」
「LINE、そこで終わってただろ。続きは」
急かすように問い詰めると、白石は、困ったように一度俯いて、それから顔を上げた。
「ここはやっぱり…『ワタシ』、かな…」
冗談めかしてはにかむように笑う、小さなキャリアバッグをひく華奢な身体を、藍沢は半ば強引に片手で抱き寄せる。
わかっているのか、その言葉の意味を。
その選択肢なら間違いなく一択だ。
「…終わるまで近くで待っていていい?」
肩口から聞こえる声に「俺ももう帰る」と返す。
すると即座に「それはダメよ」と却下された。
さっきまでの雰囲気はどこにいったのか。
途端に身を離しやるべきことはらやらなきゃ、と咎める声は直前までのムードも甘さも何もない。返す言葉が不機嫌になるのは藍沢だけが悪いわけじゃないはずだ。
「…元々帰れと言われてたんだ。帰っても問題ない」
「勿論構わないよ」
援護するように背中から聞こえた声に振り返ると、声の主はほんの一瞬前に藍沢を揶揄った同僚だった。
「それから明日の休暇は僕からコーサクへ誕生日の祝いだ」
その見返りに、明後日から何を要求されるのか。最低でも根掘り葉掘り聞かれることは確実で、でもそれを天秤にかけたとしても申し出を断る理由にはならず、素直に感謝の意を告げると、白石の手を取った。
[newpage]
自分の誕生日が嬉しかったのはいつまでだろう。
子供の頃、ばぁちゃんはケーキを用意してくれた。
大きくなるにつれそれはどうでもいいことになり、家を出てしまえばら日々の忙しさの中で忘れてしまうことすら珍しいことではなかった。
生まれてきたことすら悪いことなのだと、自分を素直に認められない時もあった。
そんな自分が誕生日だからと何かを欲しいと望むことなどなくて、でも今その誕生日に、一番欲しくて手を伸ばせなかった存在が隣にある。
「藍沢…せんせ…?」
虚ろな意識から徐々に覚醒した彼女が、ぼんやり見上げるその視線と目が合った。
こうして関係が変わっても、自分は『先生』のままなのかと苦笑いが漏れるが、自分もまた、今更彼女を「白石」以外で呼べるかと問われれば自信がない。
見下ろされ反射で起き出そうとする彼女を押しとどめ、頭を撫でた。
「…まだ早いから、気にせず寝てろ」
普段から激務に身を置いているだろう彼女。その中できっと無理をしてここまで来てくれたに違いない。そしてトロントまでの長旅と…加えて昨夜は無理をさせてしまった自覚がある。
「…そうはいかないわよ。藍沢先生の誕生日を祝うために来たのに」
会話することで完全に目覚めたらしい白石は寝具を器用に使って自分を隠しながら、サイドに散らばった衣服を掻き集めた。
「昨日は結局藍沢先生にご馳走になっちゃったし、一日遅れだけど何か欲しいものはない?」
普段と変わらないその様子に悪戯心で
「プレゼントは『お前だったんじゃないのか』」と
そう言ってやると、反撃を覚悟したのに
「もらったのは私だから」などど頬を染めて返されて、下げて上げてそんな技を使うやつだったのかと、また動揺させられることになる。
平常心を保つことができたのは、限界ぎりぎりの理性のおかげだ。
けれど。
「…特に不足してるものはない。普段病院と家の往復でこの街のことはほとんど知らない。お前が行きたいところに行けばいい」
落ち着く為に普段の自分を引っ張り出せば
「藍沢先生らしいね」
そう笑われる俺は本当に昔と変わっていないのだろう。
だから。
実はね、と遠慮がちに白石が取り出した彼女が持参したガイドブック。マーカーが引かれ、付箋がたくさんついたそれは、フェローの頃の生真面目な彼女を思い出して。
変わっていない、自分の知る彼女がそこにいたことに、変わっていないのは自分だけではないことに妙に安心感を覚えた。
昨日は白石の突飛な行動も夜の妖艶さも、別人かと思う程の行動や振舞いの数々にただ驚かされた。
白石は、こんなふうに何の約束もなしにいきなり現れる、そんなやつだっただろうか。
そして思いが通じ合った彼女の首筋や鎖骨、そして身体中へと舌を手を滑らせて、そうやって翻弄しているつもりで、漏れる心許ない吐息に、その艶やかさに翻弄されていたのは藍沢の方だった。
決して今手に入った幸せが嬉しくないわけではない。むしろ逆なのだ。
それでも関係が変わって彼女は本当に幸せなのかという自信のなさと、これ以上を望んで手に入れた幸せを失うことへの不安と、それらが変化への戸惑いを深め、変わらないことに心が休まる自分に愕然とする。
こんなに自分は臆病で我儘だっただろうか。
これまでずっと、名医になること以外は切り捨てて、挑み続けて、上を目指して生きてきたはずなのに。
悩む内心に気づいているのかいないのか。藍沢に向けられる白石の視線は昔と変わらず真っ直ぐで、その視線に気づかされた。
あぁそうだ。そうやって生きてきた。
最初に変えてくれたのが彼女ならば、ここから先を変えるのが本来の自分のはずだ。
藍沢は、不安や戸惑いを振り切って力いっぱい白石を引き寄せた。
「…お前の誕生日は絶対俺が日本に帰るから、それまで待っていてくれるか」
「お土産持って帰ってきてくれるの?お祝いしてくれる?それとも」
でも仕事は放り投げないでね、と腕の中で無邪気に問いかける白石に、散々驚かされた分の仕返しをすることにする。
勿論ここまで来てくれた彼女への感謝と更に増した愛情と、一生大切にしたいという覚悟を決めて。…もう一つの選択肢を。
「…プロポーズする」
そう告げると、驚いたように目を瞠いて、それから潤んだ白石の瞳に、そして未来を約束する指先に、藍沢は唇を落とした。
幸せが何か、まだ自分はわかっていないのかもしれない。それでも、今自分の隣にいる白石の笑顔を形容するならば、それは「幸せそう」というのではないかと、彼女はそうやって教えてくれている。
だから伝えたい。
30代最後の始まりをともに迎えてくれた彼女へ。
手を伸ばすことすら出来なかったのに、届く場所まで来てくれて。
不安も何もかもを振り切って共に歩きたいと思える存在になってくれて。
こんな俺に幸せを教えてくれて。
ありがとう、と。
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藍沢先生、お誕生日おめでとうございます。<br /><br />このようなお話を一度書いた気もしますが(笑)、お祝いしたいという思いは精一杯こめてあるのでお許しください。<br />これが書きあがるまではと皆様のお誕生日話を全く読んでいません。<br />そして、誕生日に関係なく、自分の中でもう少し劇場版を深く書きたいという思いがあるため、映画公開以降、ほとんどこちらに投稿された作品に目を通せていません。<br />かぶっている可能性は大いにあると思いますが、ご容赦いただければ幸いです。<br />(目に余るようでしたら、ご連絡ください)<br /><br />藍沢先生の39歳が幸せに満ち溢れたものでありますように。
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それとも
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リーラ・エルフェは記者会見に出ていた。
内容はもちろん結婚報告だ。
好きでもないむしろ嫌いな男と一緒に笑いながらカメラの前でマスコミたちにあることない事喋りながら媚びを売る。自分でやってて吐き気がする。
「付き合って何年くらいですか?」
「半年ですかね」
マスコミの質問にローマンはそう答えるがもちろん嘘だ。言い寄られたことがあっても付き合ったことは一度もない。はっきり言って外見だけの嘘だらけなこのイケメンは嫌いだ
じゃあ、なぜこんな男と結婚しなければならないのか、なぜ自分でこの男を選んでしまったのか
理由は彼女の家にあった。
元々彼女の家は裕福な家庭ではなかった。それに伴って彼女の事を道具としか見ない連中が多すぎたのだ。
もちろんハリウッド女優の経歴も彼女の意志ではない。家の人が勝手に応募して勝手に仕事を受けた結果である。
はっきり言ってエルフェ家にとって彼女“リーラ・エルフェ”は金の生る木なのだ・・・・・
この結婚も家の人間たちが自分の欲望を再現させるための茶番に過ぎない。
ローマン・ゴードンはイケメンと言われてるだけあってもかなり儲けている。それにこの男は大の女好きだ。
彼らはこれに付け込んで、ゴードンと娘を結婚させ自分たちが使える金を造ろうという魂胆だった。
(なんでこうなっちゃったんだろう・・・)
エルフェはこっちの気も知らず話しかけてくる記者たちに苛立ちを覚える。
昔からこういう連中は嫌いだったが、なかった好感度がさらに急下降していくのが感じられた。
(学校とかどうなるんだろう・・・奉仕部まだ続けたかったな・・・)
――――分かっている。
この男と結婚したらもうこの人生で心から笑って過ごせるような幸せというものは感じる事は無いと。
この男とは一緒にご飯を食べても、一緒に映画を見ても、一緒にお買い物に行っても・・・・・・・・・きっと楽しくない
それを裏付けるようにいやらしい目でこっちをチラチラ見てくる。
(その汚らしい目でこっちを見ないでよ・・・)
ローマンにとってエルフェは買ったばかりの愛玩具に過ぎないのだ。それは決して愛など無い。この結婚に愛なんてものは決して絶対に無い
[newpage]
「はぁ、・・はぁ、・・はぁ・・・・・」
比企谷八幡はひたすら走っていたどこに行くわけでもなく走っている。
息詰まりがして立ち止まった。
「はぁ、はぁ・・・何処だ・・・・ここは?」
見渡すと、そこはどこか見たことがあるような景色・・・
いや、確かに俺自身は来たことが無い場所だ
すると、話し声が聞こえてくる。
『ハチ君、大きくなったら私と結婚してよ!!約束だよ!!』
『僕なんかで良いの?』
『ハチ君だから良いんだよ。それに
――――――――――――私には貴方しかいないから。』
確かにまだ幼いがエルフェの声だ。
忘れていた記憶が蘇った?・・・・・いや違うな。
――――――これは俺じゃない。
――――――俺は、僕ではない。
――――――僕も俺じゃない。
その瞬間胸の奥から声が聞こえてきた気がした。
【―――――――――――――良く分かったね?】
俺の声のようだが、雰囲気が違う。好青年のような甘い声をしている。
それが問題じゃないこいつはきっと・・・
「ああ、こっちは初めましてだな“比企谷八幡”」
【そうだね~やぁ、僕♪】
挨拶を適当にかわす俺達。この仮説は正しかったか・・・
俺が立てた仮説、それは《《俺自身が二重人格》》という可能性。
俺も最初は否定したが。よく考えたらおかしい。
すべての記憶がまるで人格が変わったように入れ替わったのだ。そんな事普通はあり得ない。
だから考え方を変えた《《俺が俺である》》可能性を
【・・・じゃあ、何か聞きたいことでもあるのかい?】
あっけらかんとそう言う自分に驚きながら質問をしてみることにした
「じゃあ、まず一つここでお前が出てきたってことは俺の人格は消えるのか?」
【さぁ、それは分からない。でも、どっちかが消える場合俺じゃなく僕の方が消えるだろうね】
「・・・何故そう思う?」
【実は、僕ここから動けないんだよ。】
「つまり俺と入れ替わることが出来ないと?」
【うん、そう。詰まるところ俺が消えちゃったら。僕はじっとこの体の中から動けなくなる。うん、植物人間の完成だね♪】
何気に怖い事を楽しそうに言う。
「わかった。今の所俺が消えることはは無いんだな?」
【そだね~♪】
こいつ自分が消えるかもしれないというのになんか楽しそうだな。
【あっ、あと君の心の声は僕に直で届いてるからね~】
「じゃ、喋るときは心の中でもいいと?」
【うん、そう!!】
俺に向かって指を立てながらそう言った。と思う。
【だけど~、お兄ちゃん感心しないな~】
「おい、いつからお前はお兄ちゃんになったんだよ?」
【うん?だって、この体の元の持ち主僕だもん♪君は精神年齢は僕より高いけど実年齢ハッキリ言って1歳だからね?】
「1歳!?・・・つまりあの事故の時俺が生まれたと?」
【そゆうこと~。まぁいいやでも、そろそろ不味いんじゃない?リューちゃん】
「って!そうだ!!行かないと!!・・・・・・ってどこに?」
【まったく・・・何も考えずに出るからそうなるんだよ・・・僕が言ったとおりに道を進んで】
[newpage]
―――――――――――――で?ここ何処だよ?」
言う通り進んだ先にはでっかいマンションが立っていた。
【うん、此処は八オリ親衛隊アース234支部だ】
なんかアースとか言ったけどナニソレオイシイノ?
【とりあえず入ればいいよ。君は八幡だから歓迎されるよ。僕はHACHIMANだから追い出されちゃうけどね。】
え?ちょっと発音違ったような
【とにかく入れ。アイツがきっと助けてくれるから。きっと】
「そいつは頼りになるのか?」
【うん、君も知ってるだろう?】
いまなんかニヤッと笑った気がしたが。少し貯めてから話始める
【―――――――――ニューちゃんここの三番隊隊長なんだ。】
なんか寒気がした。
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このSS週一投稿なんですが、今日は特別前売り券!!<br />冗談です。<br />取り合えず先に詫びときます。「つい出来心でこんな事してしまい!!すいませんでしたぁぁぁ!!!」作者より。<br /><br />あと、この設定全部あと付けじゃないからね?
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12話:俺と僕・・・そして・・
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077089#1
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「んぁ.........眠.........」
本日は月曜日。普通のサラリーマンや学生の人なら憂鬱になる曜日である。少なくとも学生時代のあたしはそうだった。
時刻は10時半。とてもじゃないけど月曜日に普通のサラリーマンや学生が起きる時間ではないよね。それもそのはず。あたし、塩見周子はアイドルなのだから。
アイドルなら仕事があるんじゃないか、とか言われそうだがあたしは18歳。バリバリの学生でも何もおかしくない。あたし自身大学は行ってないけど。
ならなぜと聞かれるだろうが、なんと今日はオフなのである。あたしのプロデューサーさんがここ最近仕事やレッスンばかりだったあたしに気を遣ってくれたらしい。その証拠にあたしのプロデューサーは今日も事務所でお仕事中。あたしのために頑張ってくれるのはありがたいけど、やっぱり申し訳ないよね。なんか。
とは言えオフはオフである。ゆったりと過ごして疲れをしっかり取った方がプロデューサーさんも喜んでくれるよね、きっと。そう思ってあたしはさっとシャワーを浴び、朝食は抜いてクーラーガンガンに効いた部屋で1日部屋でのんびりゴロゴロする...はずだった。
「あ、周子ちゃん!今日は11時からエアコンの点検入ってるから使ったらダメなの覚えてるよね?」
そんなあたしの夢は食堂の清掃も終えリラックスしている寮のおばちゃんの無残な一言で消え去った。まあ仕方ないよね。今日月曜だもんね。
[newpage]
さて、絶望していてもしょうがないよね。どこか涼しいところを探してまったりするとしよっか。
ならどこが良いか...寮はどこも涼しくならないとなると...献血センターはこの前行ったからダメ。一回行ったら間隔空けないといけないからね。漫画喫茶は...ダメだね。この前時間潰そうとしたらファンに見つかってプロデューサーさんに怒られたばっかりだし。その辺の大きなデパート...もダメかな。結局同じ事起こりそうだし。
...なら行く場所は1つしかないよね。そう決めてあたしは変装用のサングラスや諸々を手にとって事務所に向かった。
[newpage]
「おはよー、プロデューサーさん」
事務所に向かうと、あたしのプロデューサーさんは珍しくソファーに座り込んで、いつも通りに背伸びをしていた。
「どうした。今日は1日ダラダラするんじゃなかったのか」
「別に寮でダラダラするとは言ってないでしょ?」
なんて言いながら自然な流れでプロデューサーさんの隣に座って凭れかかる。
「...本当に甘えるようになったな...」
「そんな事ないよ。新しいしゅーこちゃんの一面ってだけやし邪魔なら放っておいてもええんよ?」
「放っておいたら露骨に拗ねるくせに...」
プロデューサーさんも少し呆れながらあたしの頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。ノートパソコンに向かい合ってだからいつも以上に荒っぽい。けど、その荒っぽさがまたやめられないんだよね。
「〜〜〜〜〜〜♪」
「幸せそうな顔しやがって...こちとら仕事中だぞ...」
「けどもう終わりかけでしょ?プロデューサーさんがパソコンに向かい合ってるのに背伸びしてる時って仕事終わったか終わる寸前だよね?」
「...なんで俺の知らない癖まで知ってんの...」
「長いこと一緒にいるからね。そんなもんだよ」
そう、そんなものだよプロデューサーさん。自分にとって大切な人の癖や仕草を覚えるなんて。
「...まあそんなもんか」
なんて言いながらプロデューサーさんはあたしの顎の下あたりを猫みたいに撫でてきた。
「ん〜〜〜♪♪♪」
「しかし甘えてくるようになってからその猫撫で声ほんとよく聞くな...」
「ん...そう?」
「あと目も瞑ってる事が多い。周子が幸せな時は目を瞑ったりするし猫撫で声を出したりするタイプって事だろ」
「そうなんかな?」
「そうなんじゃないか?ほれほれ」
なんて言いながらプロデューサーさんはまた顎の下をくすぐる様に優しく撫でてくる。
プロデューサーさんもあたしの気持ちいいとことかそこを触られた時の反応とかを覚えてくれていて、ふにゃっとなりそうな顔をなんとか我慢しながら撫でてくれる幸せを噛み締めて...プロデューサーさんの横顔を長い事じっと見つめていた。
[newpage]
そのまま5、6分ぐらい撫でてくれて幸せな気持ちになっていると、コンコンとノックした直後にちひろさんがプロデューサーさんを呼ぶ声が聞こえる。プロデューサーさんがはいと返事をすると撫でるのをやめて机を綺麗にし始める。
...もうちょっと撫でて欲しかったんやけどなぁ。
「すいませんね、プロデューサーさん...あら?周子ちゃん?今日はオフでしたよね?」
...みんなの予定把握してんのかな、ちひろさんって。
「うん。だから寮でダラダラするつもりだったんだけど、クーラー工事するから使えないみたいで。事務所でプロデューサーさんを遊んでる方がいいかなって」
「あらあら、随分と余裕そうじゃないですか?プロデューサーさん♪」
こっわ。笑顔だけどこっわ。怒ってる時の紗枝はんみたいな笑顔やわ...紗枝はんに怒られそうやから言わんけどさ。
「酷い言い様ですね...ちゃんと早め早めにやってるから仕事は終わってますよ。ほら」
「相変わらず早いですね...おかわりいっときます?」
「ネタにならないんでやめて下さいよ...」
「冗談ですよ。プロデューサーさんはいつもお仕事が早くて助かるんでつい揶揄っちゃうんですよね」
「僕はちひろさんの遊び道具じゃありませんからね?」
「あら、遊び道具って自覚あったんですね。ならもっと遊んであげますね♪」
「いやほんと勘弁してくださいよ...」
...なーんか、楽しそうなの。いーな、ちひろさん。年齢もあるし自然と距離感は近くなるし、お酒とかも飲みに行くんかな...プロデューサーさんもテレテレしてるし...せっかく担当アイドルがおるのに...アホ。すけべ。
[newpage]
「...あら、プロデューサーさんを揶揄ってたらもうこんな時間。他のプロデューサーさんからも資料を回収しなきゃいけないのに」
「絶対時間の無駄ですよね?俺揶揄ってたの」
「それに周子ちゃんが代わりに揶揄ってくれるはずですしね?」
なんて言いながらあたしに向かってウインクしてくるちひろさん。器用だし綺麗だしアイドルやればいいのに。いなくなられたら困るんだけどさ。
「ん〜...じゃあ好きにしちゃおっかな?」
「おい」
大丈夫だよ、プロデューサーさん。そんな酷い事はしないからさ。
「では周子ちゃん、よろしくお願いしますね?」
「はいはーい♪」
そんなことを言いながらちひろさんは部屋から出て行った。なんか口パクで「頑張ってくださいね」なんて言われた気がするけど気のせいでしょ、多分。
しかし...何しよっかな。
「はぁ...疲れた。なあ周子、お茶いる?」
「んー?取ってきてくれるん?」
「ちょうど喉乾いたからな…まだ作ってたやつ残ってただろうし…」
ちひろさんそこそこ長い時間いたもんね。喋ってたのはほぼプロデューサーさんだけど。それでもあたしに気を回してくれるんだから、ほんと良くできた大人だよね、本当に。
けど、そんな大人でも…ちょっとぐらいなら揶揄っても…いいよね?
[newpage]
「周子、お茶持ってきたぞ」
「…ん」
…ちょっとぐらい拗ねてもいいよね?しゅーこちゃんが目の前にいるのにちひろさんとずーっと喋ってるんだもん。
「…なんで急に拗ねてんの」
「拗ねてないもん」
「拗ねてる時…というか拗ねてる演技をしてる時の周子はそういうリアクションをするしそういう演技をしてるんだよ」
…ほんと、どこまで見てくれてるんだろ。
「いいじゃん。プロデューサーさんちひろさんと楽しくおしゃべりしてたしさ。ちひろさんなら歳も近いしお酒とかも楽しく飲めそうだもんね」
9割は冗談。1割は本心。
「…周子、こっち」
「んー?なにー?」
「…ほれほれ」
なんて言いながらプロデューサーさんはあたしの頭や首元をわしわしと撫でてきた。いつもより優しく、丁寧に。
「もう…いつもより優しく撫でても許されるとでも思ってんの?」
「…その幸せそうなふにゃっふにゃの顔はなんだ」
「そんなふにゃっふにゃじゃないもーん」
「ならせめてもうちょっとぐらいキリッとしろよ…」
「ん〜…あかんわ。プロデューサーさんに撫でられただけでこんなになっちゃうって…ほんと、プロデューサーさんに飼い慣らされちゃったなぁ…♪」
「俺は狐を飼ってる記憶はねえぞ」
「いいじゃん。拾われて、とっても優しくされて、一緒にいることがとっても幸せで、勝手に住み着いただけなんだから…」
「そうか…悪かったな、拗ねるようなことさせて」
「大丈夫、こっちも構って欲しくて拗ねてたところあるし…それこそ、手間かけさせてごめんね」
「気にすんな。手間かかることなんて重々理解してるから」
…なんかムカつく言い方。
「…で、そろそろやめていい?」
「やだ。もうちょい甘えてもええやん?」
「…さっきの手間云々のこと気にしてんのか」
「………」
「痛い痛い、耳引っ張るな」
そんな感じでかれこれ10分ぐらいかな?プロデューサーさんにずーっと撫でたりしてもらって。ほんと、好きなだけ構ってもらって。幸せ者だよね、あたし。
[newpage]
そんなこんなで時刻は12時半過ぎ。
「ねえプロデューサーさん、お腹空いてない?」
「周子は空いてないだろ、どうせ朝そんな早くないだろうし」
「あたしじゃなくって。プロデューサーさん」
嬉しくてにやけそうだけど、我慢我慢。頑張れ、あたし。
「俺は…まあ、あんま朝食べてないからそろそろヤバイけどさ」
「んじゃどっか行く?あたし回らないお寿司がいい」
「せめてもうちょっと安いところにしてくれ…」
「それじゃあさ、この前美味しいって話を聞いた定食屋さんあるんだけどさ、そこに行かない?」
「…俺はいいけど周子腹減ってないだろ?」
「まあ、そこは簡単に頼んだりプロデューサーさんのを勝手につまんだりかな」
「おい」
なんて口では言いつつも資料をまとめて鞄にしまって財布とスマホを取り出してくれてる。ありがたいったりゃありゃしないね、ほんと。
「んじゃあ行くか…ってなんでて伸ばしてるの」
「せっかくやしおんぶでもしてもらおっかなって」
「何がせっかくだよ…」
「大丈夫大丈夫。外に出るときには自分で歩くから安心して?」
「はぁ…行くぞ、よいしょっと」
「おっと…おーいい景色」
ゴツゴツとした男の人の肩周りの骨格。けど、それに反した優しさみたいなのもなんとなく伝わってきて。
「〜〜〜♪」
「幸せそうだな」
「そりゃあもちろん。プロデューサーさんと一緒にいるからね」
「どーも。あと相変わらず軽いな。食ってんのか?」
「大丈夫。八つ橋とかちゃんと食べてるからさ。それともプロデューサーさんはムチムチしてる方が好き?」
「それを世間一般では食ってないって言うんだよ。あと体形のことは関係ないから」
「はいはい、じゃ、プロデューサーさんにいっぱい食べさせてもらおっかなー」
「…一品だけな」
「やった♪」
プロデューサーさんがいつもと変わらない速度で歩いて、それに揺られて。いつもと変わらない他愛のない話をして、ちょっとわがまま言ったり、愚痴も言ったりしながらも受け止めてくれて。こんないい人、もう一生会えないよね。
「ねえプロデューサーさん」
「どした」
「あたしと一緒にいて…あたしをプロデュースしてて、楽しい?」
「…楽しいし、幸せだよ。周子と出会えて、周子をスカウトできて本当に幸せ者だと思う」
…あーダメだ。どうしてもにやけちゃう。こんな顔他の子には見せられないや。
「プロデューサーさん」
「ん?」
「あたしさ、まだまだプロデューサーさんに迷惑たくさんかけちゃうかもしれないし、辛い思いもいっぱいさせちゃうかもしれないけどさ、よろしくね」
「もちろん。こっちこそ足引っ張るけど、よろしく」
きっとあたしは幸せ者だ。この世で一番幸せだって、胸を張って言える。
「じゃ、そろそろ降りるね」
「おう、当たってて辛かったわ」
「スケベ」
「スケベな身体してんのが悪いんだよ」
せっかくしんみりムード作ってたのに一瞬で壊れちゃって。けどこのくらいがあたしには…あたしとプロデューサーさんにはちょうどいいのかもしれない。
「じゃ、案内してくれ。俺は何も知らん」
「はいよ。じゃ着いて来てね?見失ったらあかんよ?」
「はいはい…」
そんな幸せ者のお話はまだまだ始まったばっかり。だから見失わずにちゃーんと着いて来てね?プロデューサーさん。
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ただただ甘ったるい周子ちゃんが見たかったので初投稿です。<br />あとちょろっとだけちひろさんも出ます。<br /><br />2018年09月04日付の[小説] 男子に人気ランキング 86 位に入りました。ありがとうございます。
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塩見周子「幸せ者の休日」
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077395#1
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※注意
・夢小説かはわからないけれどオリジナルキャラが主人公
・転生で原作知識持ち(曖昧)
・主人公の身体能力が割とチート
・色々と捏造&捏造
・うp主の原作知識がにわかの極み
・文才もなにもない駄文
・まじめなんてないと思う
・その他色々と酷い
以上を見て少しでもダメそうでしたら読むのをお勧めしません。
よろしければどうぞお進みください。
今回は主人公視点です。[newpage]「れーん、萩原くんから電話きてるぞー」
「はーい」
金曜日になると陣平くんから週に一度、電話がかかってくる。
遊びのお誘いの時もあれば、都合が合わなくても雑談だとか。
今日は既に部活でシュートを決めれたとかちょっと嬉しそうに言う陣平くんに鼻血をたらし終わってたところだったので油断していた。
研二くんから電話かかってくるの初めてだなぁ。
「もしもし研二くん?」
『あ、蓮助!! 一瞬蓮助が大人になったのかと思ってびっくりしたわ!! 今の兄ちゃん?』
「うん、兄ちゃん兄ちゃん、俺と違ってイケメンだよ」
『蓮助はかっこいいよ!!』
電話越しにテンション高めで言われるがちょっと何言ってるか分からない。
俺は平凡です。顔は多少整ってはいるけれど、みんなに比べれば月とスッポンだ。
「今日はどうしたの?」
『あ、そうだ、明日遊べないかなぁって思って。陣平の代わりに電話したんだ』
「……ん? 陣平くんの代わり?」
『そ、アイツ電話するの苦手だからさ』
電話するのが苦手……まぁ、そうだな、苦手そうなのはわかるが……
「今日はもう陣平くんから電話あったよ?」
『へ?』
「毎週金曜日に電話してくれるんだ、陣平くん」
『アイツが……? 毎週……? ヤバ……』
なんか、凄いショック受けてる声が聞こえる……幼馴染を取ってごめんよ……
「陣平くん予定変わったの?」
『あ、あああああそうみたいだなぁ』
「一応陣平くんに確認しとくね、俺の情報の方が新しいかもしれないし」
『わあああ!! それは俺が確認するから大丈夫!! えっと、明日!! 午後二時!! 来れるかな!?』
「うん、大丈夫だと思うけど……」
『じゃあよろしくね!! 楽しみにしてるよ!!』
凄い勢いで通話が終わってしまった。
何かが怪しい気がするけれど……大丈夫、かな?
着替えはいつも通り持ってって良いのかな。
相変わらず不審者を数人投げ飛ばして一息ついたところで、松田家の前に着いた。
江古田の警察官にはもうちょっと頑張っていただきたい。
「あ、蓮助!!」
チャイムを押そうとしたところで、隣の家から研二くんが出てくる。
一緒に松田家に行くのにちょうどいいなぁと思ってたら、手を引かれてなぜか萩原家の方に向かう。
「陣平風邪引いたみたいだから、今日は俺の家で遊ぼう」
「陣平くん風邪引いたの? それなら看病してあげたいんだけど……」
「か、風邪移したら悪いから来るなって!!」
「病人が遠慮するものじゃないよ。家族もいるしお邪魔かもしれないけど、ちょっとは安心するかもしれないし」
「うっ……」
俺の言葉に研二くんが言葉を詰まらせる。
なんか様子がおかしい。
まるで俺が陣平くんに会って欲しくないような……ああ、やはり幼馴染が取られると思ってるのかな、昨日もそんな感じだったし。尊い。
「別に陣平くんのこと取ったりしないよ」
「へ……?」
「陣平くんが俺に取られると思ったんでしょ? 二人で看病しようよ」
「え、ちがっ、逆!!」
「逆……?」
慌てたように言われたが、逆とはどういうことだ……
陣平くんが俺に取られるの逆……え、わからない。
俺が陣平くんに取られるって謎の言葉になるんだけど。
わからずに見つめていれば、目を逸らしながらも、上目遣いでこちらを見つめ、引っ張っていた手にもう一つの手を重ねられてぎゅっとされる。
すると俺の鼻から尊さが溢れてくるので、空いてる手でポケットのハンカチを取り出して抑える。
準備万端である。
「その、俺だって蓮助と仲良くなりたいのに、陣平のことばっかり構うから……陣平の代わりに連絡したとか、風邪とか嘘で……蓮助と二人で遊びたかっただけなんだ……」
不安げに「怒った……?」と聞いてくる研二くんに思いっきり首を横に振る。
あざとすぎるぐらい可愛い、なんだこの生物。
原作での知識全くなかったからわからなかったが、めちゃくちゃ天使じゃないですか推せる。
鼻から溢れる尊さを気合でせき止めて、空いた手を握られている手に重ねる。
「ごめんね、贔屓してるつもりはなかったんだけど、寂しい思いさせたみたいで」
「いや、俺こそわがまま言ってごめん……やっぱり陣平の家で三人で遊ぼう」
少し無理して笑いながらそう言う研二くんを見て、心の中で陣平くんに謝った。
「いや、今日は二人で遊ぼうか」
「え……いいの?」
「うん。俺も研二くんともっと仲良くなりたいし」
「!! 蓮助もそう思ってたんだ……嬉しい!!」
抱き着いてくる研二くんが可愛い……俺も抱きしめ返しながら、手を首に回すように誘導する。
そしてひょいっと研二くんを持ち上げる。
「わわっ!?」
「陣平くん[[rb:家 > ち]]の前にいるとバレるかもだから、早く研二くん[[rb:家 > ち]]に行こうか」
抱き上げられたのが怖いのか、ぎゅっと抱き着いてきて可愛い……研二くんは尊いというよりも可愛いが強いなぁ、弟に欲しい。
お邪魔しますと一言断り、家に上がる。
「いらっしゃ……なにしてるの研二」
「か、かあちゃんッ!? 降ろしてくれ蓮助!!」
靴を脱がそうとちょうど降ろそうとしていた時に親御さんに見つかってしまい、研二くんの顔が真っ赤になっている。
はぁ……可愛い、弟にして持ち帰りたい。
顔を真っ赤にしながら親に「部屋に入ってくんなよ!!」とか言ってる研二くんは反抗期なのかもしれない。
ぷんすこして階段を上がって「ついてきて!!」と言う研二くん。
お母様に「お邪魔します」とお辞儀して追いかけた。
研二くんが入った部屋に続けて入る。
少年らしいおもちゃやゴミが散乱している部屋だ……いいね!!
警察学校組の中で一番少年らしそうだよね、研二くん。
伊達さんにはまだ会ってないけれど、中学生の時から高校生ぐらいに間違われてそう。
「飲み物持ってくるから待ってて」
そう言って研二くんは部屋を出て行った。
部屋に取り残されたら、することは一つだな。
即効でベッドの下を確認する。
さぁ、何があ…………
「……人妻の魅力……」
…………いや、まぁ、人の趣味はそれぞれだから、俺は何も見てない。
…………研二くんまだかなぁ。
「お待たせー」
適当に床に座り五分ぐらい待っていると、研二くんはコーラだろう飲み物が入ったコップと、ポテチとかじゃがりことかのお菓子類をトレーに乗せて持ってきた。
とりあえず注意しよう。
「研二くん、ベッド下はバレるからもっと別の場所の方がいいよ」
「へ? …………ッ!? 見たのか!?」
「研二くんの趣味にとやかく言うつもりはないけれど、人のものに手を出すのはダメだ――」
「わあああああ!!」
トレーを勉強机にバンと置いて、俺の口を手で押さえる研二くん。
顔はさっきよりも真っ赤でもう可愛すぎるね!! ヤバいヤバい、弟として持ち帰りたい。
「あ、あれはっ、たまたま落ちてたの拾っただけで!! そういう趣味があるわけじゃないから!!」
「でも興味ないもの持ち帰らないよね?」
「うぐっ!?」
口にあった手を両手で外して言えば、図星のようで眉がハの字に垂れる。
中学生のエロ本を暴くのはさすがに酷かったかな?
「別に人妻好きでも気にしないから安心し――」
「人妻好きではないから!! ちょっとエロいのに興味あったのは合ってるけど人妻なのはたまたまだから!!」
「そう……? 俺も趣味あれだから隠さなくていいよ?」
「違うからね!? ていうか蓮助の趣味って?」
「それは秘密」
「俺の勝手に見たのに蓮助隠すんじゃん!! ずるい!!」
さすがに腐男子カミングアウトはまだ早い。景光にはしたけど、人妻好きな研二くんにはまだ早い。
うーん、しかし……
「そろそろ降りてくれない?」
口を押えられる勢いで押し倒されてる状態なんだよね。
別に上に乗られても重くはないけれど、思わず抱きしめたくなる可愛さしてるから、危険だ。
「え、あっ、ごめん!!!!」
凄い勢いで飛びのかれた。
不審者の上に乗ってるって自覚したんだな。でも顔は赤らめるんじゃなくて青ざめるところだと思うな。
外歩いてきて喉か湧いてたから、「飲み物もらうね」と一言断ってコーラを飲んだ。
コーラうめぇ。普段炭酸飲まないけれどやっぱりコーラはいいな。
部屋の隅にある勉強机だと距離あるし、スペース取らないように壁に立てかけられてた小さな机を引っ張り出して部屋の中央に設置する。
トレーごと持っていこう。
「研二くん」
「は、ふぁい!!」
え、何この子可愛い。背筋ぴーんとしてる、可愛い。持ち帰りたい。
「なにかしたいことある? ゲームとか、出かけるとか」
「あ、そうだ、映画見たいのあったんだけど、それでいいか?」
「いいよー、なんの映画?」
研二くんが勉強机に置いていただろうレンタル袋の中からビデオを取り出す。
ビデオだよ、ビデオ。いや、うちにもあるけど。前世でも昔録画したビデオまだ見てたなぁ……
「ホラー映画なんだけどさ、陣平怖くてこういうの見れないから。蓮助は大丈夫?」
推し怖いの苦手なの尊い……え、見せたい。
それはまたの機会にしよう。
「それグロい?」
「グロ……くはないんじゃないかな?」
「じゃあ大丈夫かも、得意じゃないけど」
「俺もホラー得意じゃない」
「……じゃあ何で見るの?」
「評判良かったらしいし、怖いもの見たさ?」
わかる気がする。
ホラー苦手だけどホラー実況とか見てたわ。ストーリー結構良かったりするんだよね、どんどん人が減っていくのとか。
結局ハッピーエンドにしてくれって思っちゃうんだけど、まぁバッドエンドだよね。
「よし、それじゃあ見よっか」
「うん!」
うんって、可愛いかよ。もう可愛いしか思えない。
ベッドを背もたれにするとちょうど見える位置にあるテレビ。そのビデオデッキに研二くんがビデオを入れる。
少し場所を移動してベッドに寄りかかれば、研二くんが隣に座ってきて、リモコンの再生ボタンを押した。
映画の内容は、オカルト好きな大学生のグループがとある山奥の村を訪れたらなんかゾンビっぽい村人ばっかりだったとかそういう感じのやつ。
ホラー苦手って言ったけどさ……主人公の青年がめっちゃ可愛いからゾンビとかどうでもいいのだが。
可愛ッ!! 推せる、推そう、帰ったらイラスト描こう。ゾンビに襲われて涙目になってるのも可愛い、行ける、ゾンビ頑張れ、押し倒せ。いや待て、親友がヤバい、来てるわ。主人公の為だったらゾンビに臆さず挑むというか主人公と主人公以外の扱いの差がヤバい。
「ひッ!!」
隣で見てた研二くんが悲鳴を上げる。
グループの一人の女性がゾンビに捕食されたシーンだ。
俺的には女で良かった、男の子三人生き残ってくれ……ぐらいの印象な時点で楽しみ方が間違っている。
「っ……」
怖がっている研二くんの手を握れば、ビクリとされて見上げられる。
「恐かったら手握っていいよ、ちょっとは紛れるだろうし」
「あ、りがとう……」
ちょっと青ざめていた研二くんの顔に赤みが戻ってきた。いや、ちょっと赤すぎるけれど。
待って、白衣来たイケメンの医者まで出てきたぞ、容赦なくバールのようなものでゾンビ撲殺してる。凄い冷静に返り血を浴びながら殺していくその様、まさに攻め。
駐在勤務の警官は駐在勤務にしてはとてもゴリラで素手でゾンビ殴り倒すし攻め。やばい主人公が総受けになってまう……
……割といつも通りだな!! 普通に小説読んでる時に思うことだわ、主人公は総受け、この映画監督はわかっている。
女の子がメインのシーンは食い入るように見る必要はないので、研二くんの確認をすれば、俺の腕に両手で縋ってきていて、ぶるぶると震えながらも映画をしっかり見ている。可愛い。
最終的に主人公と、同じグループにいた親友の男の子、イケメンの医者に小学生の女の子と女性教師が生還した。
これは確かにいい作品だ。帰ったらイラスト描く。
「研二くん大丈夫?」
「だめ……っていうか蓮助全然ホラー平気じゃん!! 俺だけめっちゃビビってたじゃん!!」
「ホラーとは違った楽しみ方してたから、研二くんの反応が正しいと思うよ……」
「違う楽しみ方……?」
役者イケメンだなぁって思ってたとか言えない……あと震える研二くん可愛かったとか。
いや、後半は言ってもいいのでは……
「震えてる研二くんが可愛いなぁって」
「なッ!? そ、な、ばかぁっ!!」
顔を真っ赤にして怒るの可愛い。
「――――ッ!!!!」
未だに少し震えていた研二くんを抱きしめれば、声にならない悲鳴が上がる。
ゾンビだとでも思われてるのかな。
「俺は人間だから平気だよ?」
「そう、いう、ことじゃ、ない!!」
違ったのか……じゃあなんだろう……
そうか、嫌だったのか、悪いことをした。男が男を抱きしめていいのはBLの世界だけだよな。
「ごめんね」と謝りながら体を離す。
複雑そうな表情をするのはなぜだ。
「まだ映画ってあるの?」
「えっと……一応、これの続編とか、他のホラーとか……」
「ホラー尽くしだね」
「陣平来ても追っ払えるように……」
そんなに俺と二人で遊びたかったのか……可愛い弟だ。
「それじゃあ続編見ようか」
「え゛……まだ見るの?」
「俺帰った後に一人で見るの?」
「……一緒に見ます」
「よし、決定!!」
勉強机に置かれているレンタル袋の中身を物色して、先ほどのタイトルに『2』と書かれているものを取り出して、先ほどの無印と入れ替えて中に入れた。[newpage]海崎蓮助
土曜日の午後から日曜日まで松田家にお泊りするのが日常になりつつある。
映画二本目を見終わり、食事を頂いたあと、研二くんから「一緒にお風呂入って」と上目遣いで頼まれてさすがに尊さが鼻から溢れた。
一緒に入った。結構ガン見した。尊いなぁ。どことは言わないけど。
でもやっぱりどちらかというと弟っぽいからなんとか気絶せずに済んでる。
寝る時も一緒に寝てくれと頼まれたので一緒に寝た。
可愛い、さすが俺の弟。
翌日予定なしで萩原家に遊びに来た松田と遭遇し昼ドラが起きる。
可愛くて気絶した。
帰ったら映画のイラストめちゃくちゃ描いたのと、尊い研二くんを描いた(どことは言わないが)。
萩原研二
蓮助を一人占め出来て満足だけれど、なんか弟っぽい扱いを受けてる気がする。
映画二本目の時に「こうした方が怖くないよ」と言われて足の間に収められて抱き締められたときは何も内容が頭に入ってこなかった。
映画のせいで風呂とか夜が怖かったので蓮助と一緒にいてもらった、安心感凄い。
翌日、松田が連絡なしに遊びに来て昼ドラが起きる。
松田陣平
先週遊びに誘ったし、今週は我慢してたら研二と二人っきりで遊んでた。
思わず「俺のことは遊びだったのかよ!!」とか「この泥棒猫!!」とか叫んでた。
どこで覚えた言葉かは謎。
何とか落ち着いたところで、「じゃあ三人でホラー映画見ようか」と言われた時には全力で拒否反応示したけれど、省かれるのも嫌だから我慢した。
泣いた。
海崎兄
弟が最近男の子にモテてるなぁとか思ってる。
自分みたいにはならないでほしい。
映画主人公
オカルトサークル所属の青年。同じサークルの女性に片思いしてたけど真っ先に捕食されてる、可哀想。最初はゾンビを倒すのも戸惑っていたが、周りの助けもあり、無事生還した。なんか親友と良い雰囲気になってるけど、公式はノーマルな作品なのでそういう情報はない。
親友
主人公の親友。親友が大切すぎる人。グループ内に彼女いたのにそいつを囮にしてまで主人公を優先するクズ。主人公にだけ激甘。医者先生のことはちょっと尊敬している。
最初はそこら辺の岩で殴りかかったりしてたが、警官のゾンビから銃を抜き取った辺りからめちゃくちゃ容赦なく銃ぶっぱしだす。最後は自分が囮になり主人公を生かそうとするが、主人公に助けられて生還した。公式的には友情です。
イケメンな医者
ゾンビについていろいろ詳しい村の医者。開幕から容赦なく村人だったゾンビを撲殺していく。生存することにあまり興味がなかったがなんか生き残った。親友と出会った時は性格が似ているところもあり、慕われ、タッグを組んだ際にはゾンビの山が築かれた。
小学生の女の子
幼女。戦闘力は低いが、投擲技術は相当なもので、先生がピンチな時はゾンビの注意を引いたりした。後半は大きめの岩を両手で投擲してゾンビを倒したりもした。
女性教師
女の子を我が子のように可愛がっており、震えながらも女の子のためにゾンビに立ち向かう。前半から岩を入れた手提げ袋を鈍器のように振り回したり、火かき棒をゾンビの目に突き刺したりえぐいことをしているが、後半はショットガンを肩に担ぎだして貫禄がヤバい。
犠牲者A
主人公から片思いされていた女性。逃げ遅れてゾンビに食われる。
犠牲者B
主人公グループの男性。閉じこもっていた時に「こんな村にいられるか!!」ってなった。察し。
犠牲者C
親友の彼女。親友のことが大好きだったため囮にされてるとは知らず簡単に騙されて大量のゾンビに囲まれて食われた。
犠牲者D
正義感の強い警察官。小学生の女の子を庇ってゾンビに傷を負わされる。その後、ゾンビになるだろうと自分で理解して、ゾンビを巻き込んで爆死する。
萩原くんの影が薄いなぁと思い、書きました。
中学時代なのもあり、キャラがぶれるよね。
もう少し書きたい気もしたけど、内容がないぐだぐだが続くだろうなと切りました。
もしかしたら警察学校到達する前に誰かしらとくっつく気がしてきました。
というかいつまで中一してるんだこいつら。
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萩原くんメインで小話程度のお話を。<br />萩原くんときゃっきゃっしてるだけです。<br /><br />どうでもいいモブの設定考えるの好きでそっちに文章持ってかれてる。
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萩原も推せた腐男子は萩原を弟にしたい
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077483#1
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実家に戻ると驚いた顔をした両親に叱られた。
娘がどこの馬の骨とも分からない男の子供を妊娠して戻ってきたのだから当たり前だ。
絶対産む。父親のことは何も言わない。
駄々をこねる娘に呆れたのか諦めたのか好きにしろ、と言われそして生まれた愛しい息子。
名前は壱佳と名付けた。
元気にすくすくと育ち、今年で5歳になる。
つり眉に大きなタレ目、色素の薄い茶色みの髪の毛に少しやけた肌。
これは…血の繋がりがあるとはいえどこからどう見てもただの幼い降谷零だ。
似すぎではないだろうか?
私の遺伝子は一体どこへ消えた。
「おかあさん!ここいこ〜!」
そんな可愛い息子が指差すのは東都水族館。
目玉は大きな観覧車だ。
嫌な予感はしたが原作には一切関わることの無い
よう生きてきた。神様が悪質なイタズラでもしない限り事件と鉢合わせることも無いだろうということで今度の休みに出かけることになった。
なによりも、可愛い息子のお願いは断れない。
東都まで電車を乗り継いでついに来てしまった。
なんだか、少し懐かしいように思う。
「楽しみだねえ〜おかあさん!」
「そうだね〜迷子にならないようにちゃんと手繋いでてよ?」
「うん!」
はあ…可愛い。
ニコニコ笑顔の息子可愛い。
「〜〜まもなく、水と光のスペシャルショーの時間ですがーーーー」
観覧車の片側が、貸し切り?
この胸騒ぎは何…?
「ごめんなさい!友達とはぐれちゃったの!通して!!」
…コナン、くん?
もしかして、もしかしなくてもこれは…映画だ…
ということは、零くんもここにいる。
観覧車に乗るとベルモットにも見られてしまう。
だめだ、早くこの場から逃げなくては。
この子を見られるわけにはいかない。
彼に似すぎるほどに似ているこの子が、あの人たちに見つかってしまえばこの子は危険に晒されるし零くんにも迷惑が……
「壱佳、残念だけど観覧車乗れないみたい。帰ろう?」
「嫌!!!僕観覧車のりたい!!!」
「壱佳〜〜、言うことを聞いて」
「いやだー!!!おかあさんなんでそんな意地悪言うの?!」
確か、観覧車の待機列の近くのスタッフ出入口を零くんが通る。
早くこの場から逃げなくちゃ。
「壱佳、帰ろう」
「いや、いやだ!!!おかあさんの馬鹿〜〜」
「っ!!!」
ー現場スタッフの服を着て、帽子を深く被った
零くんが目の前を通る。
お願い、こっちを見ないで。
そんな願いも虚しく目が合う。
少し見開かれ何かを呟いて、何も無かったかのように立ち入り禁止の扉の先へ姿を消した。
大丈夫。原作通りだ。どうか、私とこの子という存在がこの世界の軸を揺るがしませんように。
何事もなくこのまま原作が進めば大丈夫。
大丈夫だよね、零くん。
程なくして館内の照明が全て落ちた。
明かりを求めてスタジアムに逃げる人に流されて私達も押し込まれるようにスタジアムまで来てしまった。
この後観覧車がスタジアムに向かって転がってきて、それで、それで…
必死に頭の中でこの後の流れを思い出す。
そこでふと気がつく。
壱佳が、いない。
「壱佳?!!?!」
そんな、どうして…!
観覧車の待機列の前では手を繋いでいた。
まさかそこから人の流れに飲み込まれて、そのとき……?
「壱佳、壱佳!!」
「あの、5歳くらいの、男の子を見ませんでしたか?!見失ってしまって、それで、あの!」
「え?!ちょっと、お姉さん落ち着いて下さい!」
「壱佳が、息子が……!」
「壱佳くんと言うんですね、私達も一緒に探してみますから!」
そう言って私の手を握ってくれたのは見覚えのある顔。
このお話のヒロイン、毛利蘭だった。
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・夢小説です。<br />今回はネームレス夢主ですが今後名前は出す予定です。<br />・作者は執行されただけのにわか<br />最近夢小説をたまに読むぐらいです。<br />勢いで書きました。<br />・誤字脱字は基本装備<br /><br />たくさんのいいね!、コメント、フォローありがとうございます。<br />嬉しいことにデイリーランキングにランキング入りさせていただきました。<br /><br />しかしながら、小説を書くのが初めてなもので<br />きっとこれからボロ()が出て皆様のご期待に応えられるかは分かりませんが、書き始めた当初と同じように好きなように書いていきたいと思います。何卒暖かい目で見守って頂けますと幸いです。
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妊娠したので逃げました-1-
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077487#1
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「探偵さん」
買い物帰りに探偵さんを見つけたので駆け寄ると、キョロキョロ辺りを見回した探偵さんが私が一人でいることを確認して、ほっと息をついた。多分、零さんがいないかを確認したのだろう。
あの後、暗号のことを黙っていたことを探偵さんは怒られたらしいから。零さんは怒ると間違いなく怖いタイプなので私のせいで怒られてしまったのは本当に申し訳ないと思っている。
さて、彼は私の依頼を受けてくれるだろうか?
◇
side名探偵
声をかけられて、振り返る。
そこには一人の女性がいた。
「降谷さんの奥さん……だけですね…。こんにちは」
「こんにちは。ところで、一つ、探偵さんに依頼をお願いしたいんだけどいいかな?」
「………俺に依頼?降谷さんにお願いした方がいいんじゃ…」
「零さんに関わることだから無理。というより、携帯貸してくれればそれでいいんだけど…」
「携帯?それなら別に依頼でなくてもかまわないですけど…」
「よかった。別に携帯持たせてもらってないわけじゃないんだけど、多分連絡先が零さんに届いちゃうだろうし、かといって誰にも借りられなくて」
にこにこと、ベッドに横たわっていたときの無表情が嘘のように笑顔の彼女に、違和感を感じた。
嫌な予感がひしひししてきたところで、彼女に既に携帯は渡してしまった。
これ、もしかして、共犯になるのでは??またあの笑顔でブチギレている降谷さんに怒られることを想像すると恐ろしくてたまらない。降谷さんは、彼女を溺愛しているのだ。特に、あの事件からそれが顕著になっている。
「あの…ちなみに誰に連絡しようと思ってるんですか…?」
「キッド」
「やめてください今すぐ返してください俺を巻き込まないでください!!」
慌てて携帯を取り返そうとしたが思った以上に軽やかな動きで避けられてしまった。
「女性の身体に夫以外の人間が触れるのはよくないって零さんが言ってたよ」
「いやまあそうなんですけど!!携帯!返してください!!!!」
そう言われてしまえば無理矢理取り返すわけにもいかない。というか、降谷さんに知られたら怖いことになる、俺が。
「あ、電話かかってきた。もしもし?」
「それキッドじゃないですよねキッドじゃないって言ってください!!」
「ごめんね、キッドなの」
苦笑する彼女に俺は崩れ落ちた。
「もしもし」
『それはオレじゃなくて旦那に一番に伝えるやつだろ!!』
電話に出た彼女だったが、相手の声が大きすぎたせいかすぐに耳元からスマホを離した。聞こえてきたのはキッドの声で、しかも焦ってるというか、怒っていた。
「いやだって、零さん忙しいし」
『それ聞いたら秒で帰ってくるって!!』
「喜んでくれるかわからないし、不安だし、私、親は駄目だし友達はいないし、私のことわかってくれてるの零さんとキッドくらいかなあって思ったら相談できるのキッドしかいなかった」
『………………仕方ねえなあ』
彼女の淡々とした声と内容に途端にキッドは怒りも焦りもなくしてしまった。そして、二人は待ち合わせ場所をテキパキ決めると通話を終え、携帯は俺の元に戻ってきた。当然やり取りのすべては消されていた。
「あ、あの…」
「ありがとう、探偵さん。私携帯借りられるような友達もいないから助かったよ」
「」
彼女に蘭を紹介すべきだろうか……って、そうじゃない!
「キッドに会うんですよね?」
「うん」
「降谷さんには内緒なんですよね?」
「うん」
「俺もいきます」
彼女をキッドの元に行くと知っていて放置したなど降谷さんにバレたら俺に明日はない。それだけは確信できた。それを差し置いても知り合いを一人でキッドの元に行かせるなんて選択肢は俺にはないのだが。
「零さんに内緒にしてくれるなら、いいよ」
「………………浮気とかじゃ、ないですよね?」
その場合、死ぬのは黙ってた俺も含まれそうだ。それならついていくのは諦めて降谷さんに連絡する方を俺は選ぶ。きっとその場合二度と俺が怪盗キッドに会うことはなくなるだろう。
そんな心配をする俺をよそに彼女はくすくすと笑う。
「零さんに愛されてて、零さんを愛してて、浮気はないなあ。そもそも、零さんよりいい男なんてこの世に存在しないと思うよ」
心底苦いコーヒーが恋しくなった。なんだこれ?なんで俺は往来でノロケられてるんだろうか??
無性に蘭に会いたくなった。
「相談したいことがあるんだ。私よりよっぽど頭の回る彼なら零さんの考えもわかるかなって」
いやそこで怪盗キッドを頼るのはどうなんだ??
まあ、友達も頼る宛もない彼女らしいので仕方のない選択肢なのか??いやそれよりも、
「そういえば、なんでキッドの連絡先を知ってるんですか?」
「あの後、買い物してたら変装中の彼を見つけたから話しかけて、お礼と私の現状を伝えたら何かあったらって連絡先教えてくれたよ。まあ、自分の携帯に入れられないから暗記だけど」
「変装中のキッドを?!っていうか現状を伝えて連絡先教えてもらうってどんな生活してるんですか!?」
「こう…動きがそれっぽくて聞いたらあってたの。生活は…盗聴器と監視カメラの場所が前より増えて一人の場所がなくなったこととか、かな」
「何やってんだあの人!!」
何やってんだあの人!!
◇
side彼女
キッドとの待ち合わせ場所はポアロという喫茶店で、看板娘であろう笑顔の女性がいた。
「よお、名探偵」
そして、既に待ってた彼は探偵さんがいることに全く驚いていなかった。
「驚かないんだ」
「あの旦那がアンタの携帯に何にも仕掛けてないとは思えない。それに気が付かないアンタでもない。そうするとアンタは誰かに借りようとするだろーが、アンタが携帯借りられる知り合いなんて名探偵くらいだろ。そんで、オレと会うって知った名探偵がアンタを一人にさせるわけがねーしな」
さすがは怪盗キッドだ。やはり彼くらい頭がよくないと零さんの考えることなどわかるまいと確信する。何しろ私は『これ』を知った零さんが全く想像できないのだ。
「そういえば、降谷さんに内緒でキッドに相談事って何なんですか?」
「うん、子供が出来たの」
「ぶっ」
探偵さんに聞かれたから答えたのに噎せられた。しかも変なところにでも入ったのか彼はしばらくげほげほと咳を繰り返す。
「きっ、キッドのじゃないですよね?!」
「当たり前じゃない。零さんのだよ」
ものすごい剣幕でこちらを見る探偵さんにそう返すと盛大なため息と「よかった…本当によかった…!」との声が聞こえた。
「あるわけねーだろ、名探偵。オレはおっそろしい旦那もちに手を出すつもりはねーよ。ただでさえ中森警部にアドバイスしたりたまに手が空いたからとか言って追いかけてくるから迷惑してるってのに…」
キッドはあからさまにげっそりした顔をした。
それを見て探偵さんが同情すると言わんばかりの顔をしているので多分その現場を見たことがあるのだろう。
「なんかうちの零さんがごめんなさい。一応いかにキッドのおかげで助かったか熱弁しておいたのだけど…」
「「それが原因だ」」
二人はやっぱり息ぴったりのようだ。
探偵と怪盗なのに不思議なこともあるものである。
「でも、子供が出来たのになんでキッドに相談なんて…さっき言ってましたし、愛されてる自覚はあるんですよね?」
「あるけど、子供が出来たのって言って喜んでもらえるかは別の話かなって…零さんただでさえ忙しいのに私が足手まといになるのは…」
「100%ない。むしろ嬉々としてアンタの世話をやくだろーよ」
「いやでも仕事が…」
「間違いなく終わらせて帰ってきますよ!降谷さんはトリプルフェイスしてたくらいですから!!それに最近はかなり帰ってきてるんですよね?」
「う、うん。だけどお腹が大きくなったら掃除洗濯料理も難しくなるかもだし…」
「むしろやらせねーだろ。アンタの旦那間違いなく世話焼きだ。子供がいるなんて言った瞬間から何もやらせてもらえねー可能性の方が高い」
私の言葉は全て頭のいい彼らに打ち返されて力なく落ちる。
でも、そんな風に言ってもらえると、なんだか大丈夫な気もしてくる。
愛されてる自覚はある。それは、日々零さんから与えられる全てで彼が教えてくれる。
『子供』という未知のもののせいで不安になっていた心が二人によって掬い上げられる。
「喜んで、くれるかな…」
「喜ばなかったらオレがアンタを盗み出してやるよ」
それでもわずかに残る不安に、キッドはきちんと応えてくれた。
「キッドは私の、お父さんみたいだね。ちゃんとしたのは、いたことないから間違ってるのかもだけど」
「…………バーロー。そこはにーちゃんだろ」
ぴしりとおでこにデコピンを頂いたけど、全然痛くはなかった。
◇
家に帰ると零さんが般若の笑顔で仁王立ちしてた。
「ひえ」
「どこに行ってたんだ?」
買い物に、と言って信じてもらえる雰囲気ではない。
一応カモフラージュとして買い物もしてきたのだが…やはり頭のいい人には普通の人間である私など太刀打ち出来ないのかもしれない。
「買い物自体はしてるみたいだが、時間がかかりすぎている。あと、携帯を置いていったな?忘れたようにみせかけるために何度かやってたようだが今回のためだろう」
心の準備をしつつ、零さんが帰ってきたら食事を終えたくらいの時に言おうと思っていた。
しかしこう詰問されるとタイミングは取れそうにない。かといって二人の名前を出すと二人に迷惑をかけそうだし…どうするべきか……
考えていると、ぐっと近付いてきた零さんが私の首に鼻を寄せてくん、と、匂いを嗅いだ。
「それと……コーヒーの匂いがする。キミは飲めなかったはず。なら、キミのそばで飲んでいた人間がいるだろう」
確かに探偵さんはコーヒーを頼んでいたが…零さん鼻よすぎでは??
「キミに友達はいない。知り合いもほぼいない。だが俺は、浮気させるような愛し方はしていない」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
このまま彼の話を聞いていたら私の隠し事がそのままバレてしまいそうで、慌てて口を挟んだ。しかし私の言葉に零さんは眉間のシワを深くした。
これは………お怒りです。
「敬語、やめろと言っただろう」
腰を引き寄せられてぐっと零さんの綺麗な顔が近付いた。そのままかぷりと口付けられて咄嗟に閉じようとした口の隙間から肉厚な彼の舌が入ってくる。
彼は中々敬語の抜けない私から敬語をなくさせるために決まり事を作った。言わずともわかるだろう、敬語を使ったらキスする、というものである。ちなみに私に拒否権はなかった。
どうにか気を付けて敬語にならないようにしていたのに、やはり咄嗟に出るのは敬語になるのだから、私もまだまだである。
何もかも零さんが初めてだった私なので子供が出来たといっても零さんに翻弄されるのは変わらない。深く口付けられてすぐに息の仕方すら忘れてしまう。歪んだ視界に少しだけ機嫌を持ち直す零さんが見えるのだけが唯一の救いだ。
「れ、さん……」
私に息をさせるために少しだけ離れた唇は私の口紅が少しだけ移ってしまっている。それすら似合うのだから顔がいいってすごいと思う。
「ん?」
「すき」
「うん、俺も愛してるよ」
舌足らずで好意を伝えればとろけるような笑みと、愛をくれる。これで愛されてないなどと思えるわけがない。
うん、大丈夫。
「あのね、」
「うん」
「こどもができました」
相づちをうってくれてた彼がぴたりと動きを止めた。
完全に、一時停止してしまっている。
どうやら彼の優秀すぎる頭脳をもってしてもこの言葉は衝撃が大きかったらしい。
けれど逆に彼に慣れない秘密を持って悩んでいた私は言ってしまえばスッキリしてしまっていた。
キッドも言ってたじゃないか、喜ばなかったら盗んでくれると。零さんに会えなくなるのは寂しいが零さんの子供がいるなら大丈夫。
それに、きっと、キッドに頼ることはないだろう。
「あ」
ぼろぼろぼろ、と、勢いよく涙がこぼれた。
私ではない。零さんだ。
「もういっかい、いって」
今度は零さんが舌足らずで私に願う。
私は嬉しくて、嬉しくて、自分から抱き付くように零さんにキスをした。
しょっぱく感じるのは、零さんの涙の味だろう。
この味は、きっと一生忘れない。
「零さんの、子供が出来ました」
私の言葉に、零さんは何度も何度も「もういっかい」「もっと」と言う。
私はなんだか楽しくなってきて、
「零さんがパパになるんだよ!!」
と叫んだ。
ぎゅうぎゅう抱き締めてくる零さんの腕の中で、私は不安など吹き飛んでしまって、幸せで苦しいくらいだ。
愛しいという気持ちが溢れて止まらない。
「「ありがとう」」
愛してくれてありがとう。
この子をくれてありがとう。
幸せにしてくれてありがとう。
これからも、よろしくお願いします!!
end
おまけ
あのあと二人に会っていたことを説明したら、最初に俺が聞きたかったと少しだけ零さんは拗ねていたけれど、二人に不安を和らげてもらえたといったら小さく「ゆるす」と言ってくれた。
そして、
零さんは彼が言ってたように世話焼きになった。
「大丈夫だよ」
「だめ、絶対だめだ。油が跳ねたらどうするんだ」
「そのくらいじゃ何の問題もないよ」
「俺が落ち着かない」
料理も掃除も洗濯も忙しいだろうに楽しそうに零さんがやってしまうし、こっそりやろうにもこの家は監視カメラだらけだ。秒でバレて電話がかかってくる。
「育休とった」
しかも、育休までとってきた。
生まれる瞬間もたちあってくれて、とても嬉しかった。
「俺にそっくりすぎるな…」
「零さん遺伝子強すぎるね」
生まれた子供は零さんそっくりになりそうな男の子で、二人して私に似てる部分を探してしまったのはいい思い出だ。
「二人目はキミそっくりの女の子にしよう」
「ちゃんと嫁に出してくれるならいいよ」
「………俺が認める男なら」
「無茶じゃないかなあ」
キッドも探偵さんも子供が今度生まれるって言ってたし、二人のどちらかの子供ならワンチャンあるだろうか…?
まだいぬ娘の将来を私は心配している。
end
→next 小話
[newpage]
~喧嘩~
零さんは、あの日から意地でも帰ってくるようになった。
零さん経由で知り合うことになった風見さんは仕事の鬼になってると苦笑していた。
でもその瞳は心配に満ちていて、私も彼の顔を思い出した。その、濃い隈を。
そこで私は彼に言ったのだ。
「無理して帰ってこなくていいよ」
と。
そうしたら押し倒されてめちゃくちゃ怖い顔で「今なんて言った?」と押し殺すような低音で囁かれた。これは間違いなく言葉の選び方を私が間違えたのだろう。慌てて彼の胸板を押したがびくともしなかった。
さすが鍛えてあるだけある。女の細腕くらいじゃあびくともしないらしい。
「れ、零さん!」
「キミにそんな進言出来るのは……風見か」
うわ!当たってる!!頭の回転が速い人相手だと会話すら必要ないのか…燃え上がるような怒りもそのままにどこかにいこうとする零さんを今度は慌てて引き留める。
「待った!待って!!ストップ!!」
「大丈夫、ちょっと話を聞いてくるだけだ」
「間違いなく手も出る顔をしてるよ!落ち着いてちょっと座って!ステイ!!」
私の慌てっぷりが面白かったのか話を聞く気になってくれた零さんは「ステイって…」とクスクス笑って大人しくその場に座ってくれた。
「あのね、零さん、私が言った『帰ってこなくていい』っていうのは零さんが邪魔とかそういうんじゃなくて、零さんが頑張りすぎるから、私も、他のみんなも心配してるんだよ。前まではちゃんと合わせてたんでしょう?」
座った彼の顔をすくうように両手で支えて目を合わせると、少しだけ逸らされる。これは、自覚があると見た。
「帰ってきてくれるのは嬉しいけど、無理するのはよくないよ。加減はわかってるはずでしょう?」
「だけど、」
怒ってますよ、という気持ちを込めて少し睨むと零さんは眉を下げて悲しそうにする。この顔には大変弱いので本当に止めて欲しい。
「だから、無理して帰ってこなくていいの。代わりに、私が差し入れとか、着替えとか持っていくから。そしたら会えるでしょう?」
零さんは私を放置したという負い目がある。ほとんど帰れなかったことが原因で私を失いかけたと思っている。だから、過剰に帰ってこようとするのは気が付いていた。風見さんに言われるまでそれを深く考えないようにしてたのは、私も零さんにたくさん会えて嬉しかったからだ。これは私も同罪だと言える。
でも、やっぱり会いたい気持ちはあるもので、ならばと私は考えたのだ。彼がこちらにこれないならば、私がいけばいいんだと。
「キミが、来てくれるのか?」
零さんは思っても見なかったことを言われた、と言わんばかりに目をぱちぱちさせていた。キラキラした目は子供のようで、先程までの彼とはまるで別人だ。
これもギャップと言えるだろう。私の旦那様が大変かわいい。
「零さんが、許してくれるなら」
「許す!手続きは全部俺がやるからいつでも来てくれていい」
嬉しそうに言う彼は満面の笑みだ。
ないと思ってた母性本能を思い切り擽られて胸辺りにある彼の頭を抱き締めて撫でた。
「零さん、かわいい…」
「いい年した男に可愛いはないだろう」
「好きな人は可愛くみえるものだと思う。まあ、もちろん零さんはかっこよくもあるけど」
「…………はぁ…俺はキミに敵いそうにない」
少しむっとしてた零さんは、しかしため息一つで大人しく私に頭を撫でさせてくれた。
こうして私達のちょっとした初喧嘩は幕を閉じたのである。
◇
~嫉妬~
零さんはとても格好いい。
最高に素敵な旦那様だ。なので、女性が放っておかないのもわかる。
「あの、お一人ですか?」
二人で買い物中、トイレに行ってくると少し離れただけで女性が零さんをターゲットとしていた。いわゆる逆ナンである。
私はそれを見つけてものすごく胸が痛んだ。初めての痛みと不快感に眉間に皺が寄る。嫉妬という感情を知識だけでは知っていたがこうして直に感じると本当に嫌な気分になるんだな、と思った。これは愛されてるとか愛されてないとか、そういったのとは関係なく痛むのだと知った。
同時に、彼が私が他の男の人の話をして嫌そうにしてる理由もわかった。これは嫌な気持ちになる。
「妻がいる」
綺麗な女性に目もくれず一言で切って捨ててくれる彼にほっとする。
そそくさといなくなる女性すら見ないでおもむろに携帯を操作する零さんに首をかしげるとピロンと鞄の中から小さな音がした。取り出した携帯からは零さんからのメッセージ。
『嫉妬した?』
どうやら私が見てることにも、嫉妬したことにも零さんは気が付いていたらしい。
画面から顔を上げると私を見つめている零さんとしっかり目が合う。
とても恥ずかしくなって、顔が赤くなるのがわかる。
私の知らない感情を零さんは教えてくれる。
でも、嫉妬した私をあんなに嬉しそうに見つめるのは、性格が悪いと思うのだ。
私はなんだかムカムカしてきて、余裕綽々の彼を崩したくて、彼に走り寄ると、そのままの勢いで彼に抱き付いてキスをした。
「っ?!」
「私ばっかり赤くなるのはズルい!」
じわりと赤くなって顔を押さえる零さんに気を良くした私は笑顔でべー!っと舌を出した。
このあと初めて私からキスしたことに機嫌を良くした零さんにめちゃくちゃキスされるのだが、この瞬間の私はまだ知らず、零さんに向かって勝ち誇るのであった。
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から、彼に相談することにした<br /><br />までがタイトルです。<br />2ページ目は+αで小話もあります。甘めです。<br /><br />『政略結婚だから私が死んでも夫は悲しまないと思って消えることにした<br />のだがしかしーーー』<br /><br />の後日談です。<br /><br />[追記]<br />沢山のブックマークや、いいね、タグ付け、スタンプ、コメント等本当にありがとうございます!<br />2018/9/4デイリー14位、女子人気8位<br />2018/9/5デイリー4位、女子人気14位、男子人気82位<br />も頂きました。<br />読んでいただきありがとうございました!
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愛されてる自覚はあるけど夫に喜んでもらえるかわからない
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077498#1
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兄にとって、どうあれ弟というのはかわいいものだ。必ずしも、すべての兄にとってそうとは限らないが、少なくともソーはそういうものだと思って育ち、今でもそう思っている。例えばそれが、千年以上を共にしたにもかかわらず兄を裏切り、今もってまったく信頼のおけない弟だとしても。
白く細い首を彩るのは、うねる艶のある黒髪と、黒に限りなく近い深い緑色のネクタイ。金糸によって施された刺繍は、うんと顔を近づけなければ気付かない程度の控えめなものだ。黒いシャツの袖を肘まで捲っているため、肌の白さが一層際立つ。上機嫌で小さく口ずさむのは、いくらソーがねだっても歌ってくれないアスガルドの古い歌で、フリッガから教わったものだった。
「ロキ、ジャケットは着て行かないのか?」
「個人的な集まりだ。改まった服装は禁止だと言われている」
「だからといってそれは、」
「私の他は大半がTシャツで来るんだぞ。そんな集まりにジャケットまで着て行けるものか」
ロキは眉を顰めて肩を竦めるが、ソーはやはりジャケットも着ていくべきではないかと思う。自分はTシャツにハーフパンツのラフな格好でどこにでも出かけていくというのに、弟が同じような格好で出歩くことはとても想像がつかなかった。
ソーが黙ったのを肯定と捉えたのかロキは淡々と着替えを進めていく。履いて行く靴を選ぶためにドレッサー上半身を突っ込んだロキの突き出された小ぶりな尻と、ベルトを締めた細く引き締まった腰に目を奪われかけて、慌てて咳払いをすると、「いつまでいるつもりだ」と不機嫌な声が投げかけられた。
「あー…その、帰りは?何時頃になる予定だ?」
「さあ。ただ夕食は外で食べてくるから兄上はお気に入りの宅配ピザでも取ればいい。いろんな種類の…四種類までだったか?選べるタイプのピザがあったぞ。そのチラシの山の中に」
不意に齎された情報に反射的にロキの指差した先に目が行くが、今重要なのは今晩頼むピザの種類ではない。今夜弟が帰って来るか。それだけだった。
「食べ終わったら帰って来るだろ?お前の分のピザも残しておくから明日の朝食べよう。酒は?飲むなら迎えに行っても良いぞ。時間が分からないなら連絡を寄越してくれれば…」
「突然どうしたんだ?心配しなくても私は一人で電車にも乗れるしタクシーも拾える。電車が無くてタクシーもつかまらないようなら朝になって電車が動き始めてから帰るよ。迎えは必要ない」
ピザも私の分は必要ないから一人で全部食べてしまっていいよ。素っ気なくソーの申し出を拒否して、ロキは革靴につま先を滑り込ませた。手入れの行き届いた革靴はほどよくくたびれ、鈍く輝きを放っている。こなれた着こなしを鏡で確かめて、ロキは微かに微笑んだ。
「うん。よし」
「ロキ」
「兄上、ついてこようなんて考えるなよ。気配を感じたら二度とここへは戻って来ない。今日は最近知り合った教授連中が研究結果を論文にまとめると言うからそのアドバイスをしに行くだけだ。酒も多少は飲むかも。でも今日中に帰る。時間は…分からないがとりあえず電車が動いているうちに。気が向いたら連絡する」
一気に質問に答えたロキはソーの反応を待たずに立ち上がり、大股に部屋を出る。追いかけようとしたソーの目前でドアは閉まり、ドアノブに手を掛けてもぴくりとも動かなくなった。
「ロキ!」
「いってきます、兄上」
小馬鹿にしたような笑い声と共に玄関扉の開閉する音が聞こえて、家の中が静かになる。ソーは溜め息を吐いて肩を落とした。きっとこの部屋のドアはもう開く。が、今更開けようとは思えなかった。
アスガルドで容姿を持て囃されたのは専らソーだった。高貴な金の髪。アスガルドの青天を写し取ったかのように青い瞳。ソーは己の容姿が称賛に足るものと知っていて、その恩恵にもあずかった。
ロキはどうだろうか。黒い髪に森の奥深くにある湖のような潤んだ瞳はアスガルドでは珍しい色合いだった。何のことはない。そもそもロキはアスガーディアンではなかったのだ。珍しいのも道理である。珍しいものは稀少品として尊ばれることもあれば、不吉さを感じて遠ざけられることもある。どちらかといえばロキはアスガルドで後者の扱いを受けていたように思う。
問題はそこなのだ。ミッドガルドにおいて、ロキの容姿は忌避すべきものではないらしい。弟の邪神としての性質を忌み嫌うアベンジャーズの面々ですら、ロキが容姿に恵まれていることを否定しない。戦士としてはやや物足りない細身の体つきも、黒髪も、ミッドガルド人にとっては美しいものとして当たり前に受け入れられる。ソーにとってはそれが問題だった。
兄にとって弟とはかわいいものである。それはいい。遥か昔、物心がつくかつかないかの頃から、ソーにとってロキは可愛い弟だった。父や己の信頼を裏切り、身を落としてもそれは変わらなかった。けれど、それはロキの容姿によるものではない。弟だから。生意気でうそつきで、気まぐれでひねくれた弟を、弟だからというそれだけの理由で、ただただ無心にかわいがってきた。どんな姿形をしていようとも、ロキはソーにとってかわいい弟だった。
弟がかわいい。それは認めよう。ミッドガルドにおいて、弟の容姿は美しいものとして歓迎されるらしい。それも認めよう。本来この二つの事実に因果関係は全くない。ならば一体自分はどうしてしまったというのだろう。食事に怪しい薬でも混ぜられたのかもしれない。そう疑ってしまうほど、これはおかしな事態だ。とんでもない事態だ。初めてミッドガルドにやってきたあの時並の緊急事態だ。しかも、今回は原因に心当たりすらない。
ソーは大きく息を吸う。鼻腔を満たすのは花の香りだ。腹のあたりがもやもやとして、うめき声を上げながら蹲った。そうだ。問題はそこなのだ。なぜソーには弟が美しく見えるようになってしまったのだろうか。ソーにはその理由がさっぱり分からなかった。
その晩、ロキはソーとの口約束を破らない程度には早く、一般的には充分遅いといえる程度の時間になって帰ってきた。扉の前で踵を石畳に打ち付ける音が止み、鍵穴に鍵を差し込む音がしたのに扉はなかなか開かなかった。玄関先の気配に耳を澄ましていたソーがそれに焦れて内側から鍵を開けてやると、開いた扉の前でいつもは綺麗にうしろに撫でつけているはずの黒髪を乱した弟が口を半開きにしてソーを見ていた。
「…やあ。こんばんは、あにうえ」
「おかえり、ロキ」
ソーが身体を横にずらしてやると、ロキはそのスペースから玄関に踏み込んだ。左右にゆらゆらと揺れて、肩がぶつかる。大した衝撃を受けたわけでもないのに、思わずソーは息を詰めた。
「ああ…すまない、あにうえ」
ロキが乱れた髪をかき上げると、血色の良い薄桃色の頬が顕わになる。毛先からはロキの部屋に満ちていた花の香りがただよった。
リビングのローテーブルの上には、食べかけのピザがある。ロキの薦めどおり、四種類の味が選べるピザを二枚とって、ソーはそれを夕食にするつもりだった。
アスガルド人は食欲旺盛で、普段はピザ二枚など間食にもならない。テレビをつけてニュースとバスケットボールの試合を観ながらビールを飲んでいれば、あっという間にテーブルの上は空き箱と空き缶だらけになってしまう。食べることと片付けることを同時にできない兄にロキが小言を言いながらそれらを片付けるのは既に習慣となりつつある。さらにそのあとに改めて夕食を摂る生活が当たり前のソーは、自分がたかがピザ二枚を持て余している現実と、信じられないほどバスケットボールの試合運びが遅いのに首を傾げながら、ロキの帰りを待っていたのだった。
これは自身も自覚しているが、ソーにはやや子供っぽいところがある。クワトロピザ、と銘打って売り出されたピザのCMを目にして以来、ソーはずっとそれを注文する機会が訪れるのを心待ちにしていたのだ。一枚のピザで四種類が味わえる。なんと楽しいことだろう。
さして味のこだわりのないロキに意見を求めれば、ろくにメニューに目も通さぬままに指を差し、しかもそれが奇抜な、いわばチャレンジメニューとも呼ばれるようなものばかりなのだ。ロキは例え自分が選んだものでも、気に入らなければ一口齧ってそれきりである。残りはすべてソーが処理する羽目になる。そういうわけで安全を期してピザの注文には専らソーの好みばかりが優先されてきたが、これならロキの選んだ奇抜な味のピザに挑んでみてもいいだろう。齧りかけの一切れともう一切れくらいなら腹も立たない。それに、ロキが選ぶメニューは時折驚くような発見も齎すのだ。たかがピザのメニューで得意げにふんぞり返る弟の姿を見るのも、ソーにとっては楽しみだった。
ソーが選んだ計八種類のピザは、よく言えば期待を裏切らない、悪く言えば何の驚きもない、ピザらしいピザだった。毒々しい色合いのパプリカや、ピザが見えないほどルッコラの葉が盛られたピザは一枚もない。順番に食べ進め、二巡目に入る頃には、ソーはちびちびとコーラを啜りながら弟は何時に帰ってくるのだろうと、そればかり考えていた。
耳にかけた黒髪の一房は、靴紐をほどく為に屈むとすぐにまたこぼれてしまう。それをかけ直してやろうとして、ソーは自分の指が油で汚れててらてらと光っているのに気が付いた。
以前なら気にせずロキの髪に触れただろう。どうせ弟の髪は正体不明の油でねとついている。少しくらい汚れた手で触ったからなんだというのだ。嫌そうな顔をして逃れようとしても意に介さず押さえ込んで、ソーはソーのしたいように振る舞った。
今はどうだろう。弟は香油を変えたのだろうか。あの頃の弟はどんな匂いがしただろう。ソーは思い出せない。少なくともピザの油で汚れ、チーズのにおいのする指で触れても良いようには思えなかった。
「…あにうえ」
「なんだ!?水でも飲むか!?」
「うん。みずが飲みたい。わたしは部屋できがえる。もってきてくれ」
ロキが覚束ない足取りで階段を登り始める。その手が手摺を掴んでいるのを確認すると、ソーは急いでキッチンに取って返して手を洗い、ミネラルウォーターをグラスに注いだ。
ソーが小走りに駆け込んだ部屋は百合の香りにほんのりアルコールの香りが混じっていた。奥のベッドに辿り着くまでに、転々と靴やネクタイが落ちている。ベッドに身を投げ出したロキは、シャツのボタンを三つ外したところで力尽きたらしい。
「ロキ、水を持って来たぞ」
肩を揺さぶりながら声を掛ければ、うん、と返事なのか分からない声だけを発して仰向けになる。どうやら随分飲んでいる。アスガルドでの酒宴には、ソーがいくら声を掛けてもほとんど顔を出さなかったくせに。そんなに楽しい集まりだったのだろうか。
息苦しいのかもぞもぞと身じろぐと白い首筋が無防備に覗き、ソーは数秒前の苛立ちも忘れてその喉仏に釘付けになった。
改めて、どうしてだと思う。どうしてこの首に千年も平然と触れて来られたのだろう。そしてどうしてあの男は、この美しい首を平然とへし折ってしまえたのだろう。この奇跡のように美しい喉仏を親指で押し潰して、一体どんな気分だったのだろう。
努めて肌には触れぬよう注意しながら抱き起して唇にグラスを当ててやると、ロキはグラスを持つソーに自分の手を添えた。嚥下と共に喉仏が上下する。ソーは体が錆びた金属になったような心地がした。
「シャワーはどうする?」
「…浴びる」
コップの水を飲み干したロキの瞳は潤んでいるが焦点は定まっている。四つ目のボタンと五つ目のボタンが外されるのを見て、ソーは慌ててロキから離れた。
体を支える腕がなくなったのが不満らしい弟が睨みつけてくる。確かに突如触れるぬくもりを失った腕はやけに寒々しく感じられたが、それどころではない。心臓が口から飛び出しそうになって口を押さえると、弟に触れていた手は強く香った。
「ま、待ってくれ…」
「…はあ?着替えをか?シャワーを先に浴びたいのか?兄上、あんた一体どうしたんだ」
「この匂いはなんだ?お前の魔術か?」
「匂い?」
「この…花の匂いがするだろう、お前から。またいたずらか?俺に何をした?」
ロキは眉を顰めて自分の袖に鼻を近づけ、「そんなに強く香るか?」と首を傾げた。その拍子にまた花が香る。シャツの襟で隠されていた首筋からその香りがするのだと気が付いて、ソーはゴクリと喉を鳴らした。
まずい。非常にまずい。やはりこれは魔術に違いない。そうでもなければ、弟からこんな香りがするはずが無い。
魔術でないなら尚まずい。それはつまり、弟は外でもこの蠱惑的な香りを誰彼構わず撒き散らしているということなのだ。いっそ魔術の方がまだマシだ。
ソーはちらりと弟の様子を窺ってゾッとした。眉を顰めてシャツを脱ぎ落し、ベルトに手を掛けた弟の肌は、蛇の腹のようになめらかで白い。こんなものを一人で出歩かせていたのかと思うと気が遠くなりそうだった。
「ソー」
名前を呼ばれて肩が跳ねる。弟の手がソーを招くかのように持ち上がり、薄い布越しに腕に触れる。
これが魔術でなくてなんだと言うのだ!酔って涙の膜の張った目が細められ、眦からついに涙を溢しながら「ぬがせてくれ」と乞われて、ソーは完全に白旗を揚げた。揚げたというか、心象風景としては揚げるにとどまらず完全に振り回していた。振り回しながら叫び、走り回った。
認めよう。弟がかわいい。もうずっと昔から、弟だけがかわいい。
妖精のようにたおやかで控えめな女も、勇猛果敢で快活な、戦女神のような女だってソーにはかわいかった。それだけではない。彼女たちはみな美しく、柔らかい身体でソーの心を満たしてくれた。誰しも、いくつもの側面を持っている。戦場に立てば、彼女たちは鬼神のようにおそろしかった。
ロキが美しく見えるようになったのは、彼の魔術によるものではない。おそらくソーが、そしてアスガルドの民の多くが、ロキの美しさを見落としていただけなのだ。非常に癪だが、ミッドガルドの人々は正しい。弟は美しい。
裸の肩を抱き寄せて黒髪に鼻筋を埋めると、鼻腔を満たすのは花の香りではない。これは、ロキの香りなのだ。ロキはくすくすと笑い声を立てるだけで、ソーの腕を拒まなかった。
「今日はなかなか楽しかった」
「ああ」
「ミッドガルドは面白いな。二千年前の書籍は残っていなくても、二千年前の遺跡はそのまま残っている」
「そうなのか」
「あたらしい遺跡が見つかって、今回はその成果の発表会みたいなものだった。次は私もついてこないかと誘われた」
「行くなよ」
「断ったとも。約束どおり日が変わるまえにかえって来ただろう?」
「そうだな」
約束など、ロキにとって何の意味も持たないことは知っている。今日だってどうせソーとの約束を守ろうと考えて早めに切り上げたのではなく、浮かれた場の雰囲気に辟易して早々に抜け出してきたのに違いないのだ。それなのに、そうだというのに、ソーの心は浮ついてしまう。
ロキが約束を守ってみせるのは、次の悪戯に備えてこちらを油断させようとしているに過ぎない。信用すれば手酷く裏切られ、痛い目を見るのはこちらの方だ。そうだとしても、今日この時間にロキが帰ってきたことがこんなにうれしい。
酔いとそれが齎す眠気に逆らえず、次第にロキの口調は拙くなっていく。シャワーを浴びると言っていたのを思い出したが、力の抜けきった身体でシャワールームに送り込むのはかえって心配だ。ベッドに横たえてやり、身を起こそうとすると、今度はソーの首にロキの腕が巻き付いた。
「ロキ」
「ふふ、ねえ兄上、うたってあげようか」
兄の短くなった髪を楽器を奏でるように指先で弄ぶロキは、身に迫る危険に気付いていないようだった。逞しい兄の腕は、力を入れれば簡単に、ロキの首を再びへし折ってしまうことだってできるというのに。ベルトを抜いてスラックスを下ろす手付きにやましい意図はないと、無邪気に信じて、上機嫌に歌いだす。
やわらかな声が鼓膜を震わせる。
ロキが歌っているのは懐かしい故郷の歌だった。今朝着替えながら歌っていたときよりも調子はずれで、高音はところどころかすれて消えてしまう。同じ箇所を何度も繰り返してははじめに戻る。懐かしい歌だ。ソーには歌えない。
ソーはロキが歌い終えるまで、身じろぎもせず聞いていた。抱き寄せられた胸の奥で、とくとくと心臓が脈打っている。きっとその心臓も燃えるルビーのように赤く美しいに違いない。いや、もしかしたら凍てつく氷の青かもしれない。どちらにせよ同じことだ。今や軽く添えられるだけになったロキの手を、ソーは引き剥がすことができない。
どうして今まで気付かずに居られたのだろう。そちらの方が余程不可解だった。
おお、神よ!ソーはヴァルハラの父と母に祈った。
どうやら俺は、とんでもない生き物に恋をしてしまったようなのです!
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おおソー!恋愛初心者(八級スタート)の神よ!
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ピッツァ・クアトロ・フォルマッジ
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077523#1
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3時限目の終わりを告げるチャイムがなり教室へ戻る。
真子と黒木さんは既に理科室から戻ってきていた。
「生理?あんまり無理すんなよ?」
「そういうのあんまり大きい声で言わないほうがいいよ。違うけど。」
「もう大丈夫そうだね、よかった。ノートとっておいたから後で写してね?」
「ん、ありがとう。」
そういって自分の席に戻る。黒木さんはまた根元さんと話してる。
でもイヤホンは…もういらないかな。少なくとも今は。
お弁当を食べていつものコーヒー牛乳を飲んでいると
「あれ?クロは?」
「黒木さんいつもお昼食べた後どこかに行ってるよ?」
多分中庭にいるんだろうな、と思ったがここは黙っていることにする。
…負けたくないし。ささやかな抵抗だ。うん、ライバルを見送りながら飲むコーヒー牛乳は………普通だ。
ちょっとだけ意地悪だったかもしれない。根元さんがどこを探しに行ったか分からないからせめて黒木さんに伝えに行こう。
ちょっと散歩してくる、と真子に告げ中庭に行く。
黒木さんやっぱり中庭にいた。あれ、吉田さんと…知らない子。誰?
「黒木さん、根元さん探してたよ。」
「え!?あっそうなの?」
目的は果たした。横の子が気になって一瞥すると目が合ってしまった。
なんか自己紹介されたが初対面の子は苦手だ。黒木さん達と話そ。吉田さんにはさっきのお礼も改めて言いたいし。
「あー!いたーーー!!こんな所にいたの、探したよー!」
「ていうか田村さん場所知ってるなら教えてよー!」
「私に聞いてるとは思わなかったから」
「…」
「あと、決めた。負けないから。」
小さく根元さんに耳打ち。
へぇ、こっちも負ける気は無いよ?と言わんばかりの余裕に溢れた笑顔で返してくる。
「ふぅん…。ま、この間も言ったけどお互い頑張ろうね。」
「ん。」
黒木さん達はなんだ?と言う顔でこっちを見ている。
これから私なりに頑張るから覚悟しててね、
黒木さん。
次の日から私にしては積極的にアタックしていたと思う。
根元さん達と食堂に行った黒木さんに真子と吉田さんを誘ってついて行ったり。黒木さんの事いっぱい知ってるよってアピールしたり…。
ちょっとやりすぎちゃったかな?って思ったりしたけど黒木さんが改めて私の事友達って言ってくれた…。嬉しい。
感動していたらお箸が止まっていたらしい。午前中の体調不良もあって二人に心配されてしまった。
仕方ないと思う。初めてだもの、私と黒木さんの関係をちゃんと口に出してくれたの。友達…。
その日はずっとその言葉を反芻していた。
数日後の朝、登校し教室に行く途中で黒木さんの後ろ姿を見つけた。
「おは………」
「おう、おはよう。」
言葉を失ってしまった。黒木さんの顔がおかしい。
いや、語弊があるかな。お化粧をしているのだけどあまり…いや、かなり似合っていない。
「黒木さんその顔どうしたの?」
「お?これか?加藤さんにメイクしてもらったんだ。イメチェンってやつだよ。JKっぽいだろ?」
「ちょっとトイレにきて。一緒に。今すぐ。」
「私もトイレに行くところだったからいいけど…なんだ?」
「いいから。」
顔に?マークを浮かべたままの黒木さんを迅速に、他の誰かに顔を見られないようにトイレに連れていかないと。
「そのメイク、似合ってないから落とした方がいいよ」
…なんてすんなり言えるほど私は無神経じゃない。
「加藤さんのメイク、上手じゃないね。」
これもダメでしょ。加藤さん自身はすごい綺麗だから多分下手なんじゃなくて加藤さんのメイクが致命的に黒木さんに合わないだけだと思うし。
沈黙が続く。どうしよう。
「あの、ねえ、ちょっと鏡みてきてもいい?加藤さんにしてもらったメイクがどんなもんか見たい」
まずい、どうしよう。
「だ、だめ。」
とっさに黒木さんの両頬を両手で抑えてしまう。
「わ、わたしは普段の黒木さんのほうが好き…。」
「だからメイク落としてほしい…かも…」
「お、おう…。わかった、落とすからちょっと離れて…。」
「あ…、ごめん。」
ヒートアップして思わずやってしまった…。気まずい…。
メイクを落とすにも結局鏡を見なければできないことをすっかり忘れていたので
結局黒木さんは自分の顔をみてプルプル震えていた。…これは私のせいじゃないと思う。
真子が黒木さんに本を貸してもらっていた。
放課後真子から本を貸してもらったらしい吉田さんも含めての3人でその話題で持ちきりだった。
私はこの手の話題で真子と意見が一致したことが少ない。
でも黒木さんも好きな本ならもしかして誰かと気持ちを共有できるかもしれない。
黒木さんから本を貸してもらい、家に帰って熟読する。
……何度読んでも涙が出ない。
とても素敵な話だとは思うけどそこ止まり。主人公に感情移入もできないし涙も出てこない。
今まで本を読んで泣いた事なんて無いから当然の結果だけど今回は違ってほしかった。
好きな人と同じものを好きになれたら、好きという気持ちを共有出来たら素敵なんだろうな。
そう思っていた私の幻想は脆くも崩れ去った。
…でも、諦められない。もう一回読めば、この本を理解できるかもしれない。感情移入ができるかもしれない…。
そう思い何度も、何度も本を読み返した。
結果は同じだった。…夜が明けてしまった。もう学校に行かないと。
いつもより少し早めに登校して本を読むけどやっぱり涙は出てこない。
やっぱり無理なのかな。
真子が登校し、昨日の本のことをとてもうれしそうに話している。
自分で本を買うくらい良かったらしい。
南さんにも薦めているがそっちの反応はあまり良くない。というか馬鹿にしている。
これと同類…。根っこの感性が似ている…?
最近は黒木さんのこと少しずつ理解していたと思っていたけどそれは勘違いだったみたい。
この本を理解できないように私は誰も理解できないし、誰も私を理解できない。
こんなんじゃ黒木さんと恋人になんか…、理解しあえない人と結ばれるなんてできっこない。
「それ、つまらなかったでしょ?」
「えっ。」
「いや、そういうの好きじゃないかなって。だから家から違うの持ってきたんだけど。これなら好きなんじゃないかな。」
そういって本を差し出される。
黒木さんは最初からこの本が私には合わないと思っていたの…?
だからわざわざ私に合いそうな本を持ってきてくれた。
あ、ダメ。目頭が熱くなる。
「あれ、意外とよかった?」
「別に。」
「いや、涙目になってるから。」
「なってないし。」
私は黒木さんのことをまだわかってないかもしれないけど、黒木さんは私のことをわかってくれる。少しだけかもしれないけど。
今はそれだけでもうれしい。
待っててね、黒木さん。私も黒木さんのこと少しでも多く理解できるように頑張るから。
ゴールデンウィーク前日の全校集会後、黒木さんにお願いをされた。
加藤さん達に女子会に誘われたから一緒についてきて欲しいと。
黒木さんに頼られてる…。これだけでうれしい。
…でもやっぱり私と黒木さんではあの面子に混じるのは少しハードルが高いと思う。真子と吉田さんも誘おう。
結果は二人とも別の用があるからダメだった。真子からは「ゆり、みんなと話したりするの苦手でしょ?」なんて言われてしまう始末。本当のことだからぐうの音も出ないけど。
でも黒木さんを一人で行かせたくない。頼ってくれたんだし力になりたい。
戦場に向かうかの如く決意を引きしめカフェに向かう。
………。
手出そう…。花も吐きそう…。
なんで黒木さんの為に一緒に来たのにあんなに加藤さんにデレデレしてるの…。
もしかしたら私来なくてもよかったんじゃない…?
とか色々考えてるとムカムカしてくる。乗り気じゃないって言ってたのに…。
「あー、田村はなんにする?」
ずっと黙りこくってる私を気遣ってか岡田さんが話しかけてくる。
「え?あ…、じゃあこれで…。」
「飲み物だけでいいのか?」
「うん。」
「おう。…あのさ、2年の時誤解で田村を悪く言った時あったじゃん?」
「別に気にしてないけど。」
「その時田村にはちゃんと謝ってなかったから…。」
「もういいよ。」
「そっか。」
岡田さんも律儀というか真っ直ぐな人だ。そもそもあの場面を見たら絶対カツアゲだと思うしそれに首を突っ込もうとは思わない。少なくとも私は見て見ぬふりをする。
しかもカツアゲ被害者と仲がいいわけでもないのに。
でも岡田さんは2対1になるのに(別に戦うとはそういうのじゃないけど)平然と黒木さんと私たちに割って入った。
それもすごいし自分の非を認めて素直に謝れるのもなかなか勇気がいる事だと思う。
…なぜか根元さんの視線が刺さる。
見た目は満面の笑顔なんだけどなにか牽制するような影が刺すような笑顔。
今私何かしたかな…?いくら考えても頭の中の疑問符は消えないので放っておくことにする。
頼んだものが届き黒木さん達のいちゃつきがさらに加速する。
加藤さんがパンケーキを切り分けて…黒木さんにあーんして…。
やっぱり最初に一発殴るべきだったのでは?
嫉妬と同時に久しぶりに胃の奥底から感情がこみあげてくる感覚がするけど我慢する。
ゴールデンウィーク、私たちも受験生だしオープンキャンバスに行く話になった。
黒木さんは青学って冗談で言ってたけど加藤さんが本気に受け取ってしまった。
…え、黒木さん本当に青学にオープンキャンパス行くの…?
すかさず根元さんも割って入る。こういう時私は弱い。何も言えずただみんなのやり取りを見ているだけ。
私との約束は?一緒の大学に行くって言ったじゃない。
なぜ。なんで。どうして。
高校を卒業しても一緒だと思っていた。
少なくとも友達として、あの4人でいつまでもいたいと思っていたのは私だけなの?
ぐるぐるぐるぐる渦巻く嫉妬がもう喉元まで来ている。
ダメだと思い場をしらけさせるのを覚悟で席を離れトイレへ向かう。
まにあわない
お店の人、ごめんなさいと心の中でつぶやき洗面台に花弁をぶちまける。
吐いても吐いても止まらない。苦しい。涙が止まらない。生理的反応なのか悲しみのせいなのかもわからない。
とにかく全てを吐き出して空っぽになってしまい。今はそれしか考えられない。
体感では何時間も吐いていたように感じる。
スマホで時計を確認するとまだ10分も経っていなかった。
はぁ…。洗面台の惨状を見て思わずため息をついてしまう。
全部トイレに流せば平気かな…?早く片付けて戻らないと…。と思い振り向くと
「トイレ長いけど大丈夫か?」
きぃ、と戸を開けトイレに入ってきた黒木さんと目が合う。
顔は涙でぐしゃぐしゃ。手には花弁が何欠けか。洗面台は花びらでいっぱい。
花吐き病が人々に知れ渡っている現代ではこの惨状を見ればすぐその病名にたどり着く。
「あ、あの、ごめん…見ちゃって…。」
「ち、違うの。い、いや…。」
何も違わない。気が動転して何を言っていいかわからない。
「え、えへへ…私なんかに見られたくなかったよね…。でも言ってくれればよかったのに…。」
「友達なんだし…何か力になれたかもしれないし…。」
「ご、ごめん…。言えなかった。こんな病気…。」
「そ、そっか…。」
沈黙。こんなに気まずいのは初めてじゃないかな。
仲良くなるきっかけになった修学旅行の初日よりも。
「あ、あのさ…、もしかしたら私と一緒にいるのつまらない?」
沈黙を破ったのは黒木さんだった。
「そんなこと…。」
「いや…、真子さん達と一緒にいるときの方が楽しそうかなって思って…。」
そんなわけない。黒木さんと一緒にいると楽しい。自然な私でいられる。
「3年に上がってから笑わなくなったのって私が一緒だからなのかなーとか思っちゃってさ。」
違う。嫉妬していただけだ。私とは違う前に進める黒木さんに。黒木さんと同じ趣味を持ってる根元さんに。黒木さんが遠くに行っちゃうような気がして、取られてしまう気がして。子供じみたわがままを言っていただけ。
「心の中で表情筋10gしかないんじゃないの?って思ってたけど修学旅行の時とかそんなことなかったし。」
今ここで黒木さんの思い込みを止めないと私たちはダメになってしまう?
違うのに。好きなのに。
また本心を言わないで、上っ面だけの友達でいる?それとも覚悟を決める…?
どうするの田村ゆり。
………。
「黒木さん!聞いて!」
「ひゃ、ひゃい…。」
「3つ言わせて。1つ目。私は黒木さんと一緒にいてつまらないなんて思ったことない。」
「最初はよくわからなかったし急に下ネタ言うしびっくりしたけど…。今はそういうところも好き
」
「2つ目。私表情筋もっとあるよ?」
え、そこかよ…。と言いたげの黒木さんはスルーする。
こんな冗談でも言わないと次の言葉が出ないから。
「3つ目、私は黒木さんが好き。性別なんて関係ない。愛してる。」
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続きです。難産でした。今回は特にキャラ崩壊してます。すみません。<br />ここまで来るのにこんなに時間がかかるとは思いませんでした。<br /><br />次で終わります。
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黒ゆり4
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077536#1
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*とっても自己満足
*DCととうらぶのクロスオーバー
*お仕事知識は創作上のご都合主義
*主義主張も創作上のもの
*登場キャラの設定は捏造(ヘイトの意識も全くありません)
*誤字脱字あり
*作者は絹ごし豆腐より繊細
[newpage]
「粟田さん。あなたが今担いでいるのが降谷さんですよ。」
ありゃりゃ。このフレンズさんが噂の降谷さんですか、そうですか。とりあえず、仮眠室に投げ込んでおいていいんですか?風見さん。
ドアを開けるのも大変だろうと仮眠室まで着いてきてくれた風見さんはいい上司だと思う。
***
勤続3ヶ月目に突入しました、粟田のこです。あいかわらず公安の皆さんは徹夜の得意なフレンズなんだ。ついにこの間栄養失調とおぼしき症状でドクターによるスペシャル点滴コースへご案内されたフレンズさんが居たので、10時の茶菓子を軽食に切り替えました。茶菓子は基本的に、本丸のおやつ用のお菓子を多めに作って持ってお裾分けしていたのだけれど、風見さんを始めとして公安フレンズさん達が多めに材料費をくれるようになりました。博多君指導の元、きちんと材料費計算を行い、浮いた金額はいつかフレンズのみなさんに還元しようと思っていましたが・・・。いつ還元するの、今でしょということで利益還元祭~軽食の巻~始めました。
軽食には片手で食べられるサンドイッチかおにぎりをと考え、朝いつもより早く起床したら厨の番人歌仙先生とみっちゃん先生に、こんなに大きくなってと泣かれた。なんでなの、毎日自分で起きてるでしょうが。みっちゃん先生は打撃73でそんなにお玉を力一杯握るのやめてあげて!お玉さんが曲がる・・・!案の定曲がったお玉は、それでも健気に味噌を溶かすという任務を果たし、今日も美味しい味噌汁を皆に提供してくれたのでした。曲がったお玉を手入れ妖精さんのところへ連れて行けば、私のポップコーンと引き替えに治してくれた。手入れ時間3分。調理器具だけに3分お手入れでした。ちなみに妖精さんは夜な夜なフライパンを鍛冶場に持ち込んではポップコーンを弾けさせて楽しんでいるらしい。
そんな些細な事はどうでもいい。職場に軽食を持って行くと、フレンズさん達は重箱を拝んで食していた。そんなお供え物みたいな扱いをしなくても普通の軽食ですよ?ただちょっと材料がメイドイン神様で、調理by神様なだけで。多少の御利益はあるかもしれないだけで。ちょっとだけ風邪を引きにくくなったり、飲み物がもう一本当たりやすくなるくらいかな。ほら、普通、普通。お腹が満たされたフレンズさん達は今日も張り切って書類のベルツリータワーへと挑んでいる。何やら首都高速で大規模な多重事故に爆発、改装したばかりの水族館で観覧車が大回転で大騒ぎだったらしい。事件の報告書、関係者の聴取記録、始末書などなど出力するプリンターはひたすら紙をはき出し続けている。あいにくと本丸暮らしの私には現世の情報がリアルタイムで伝わることがなく、三日月のじいじと縁側で煎餅をかじり、夜戦部隊の見送りをしていた。週明けにキョンシーみたいに書類を顔面に貼り付けて寝落ちているフレンズさんがフロアのいたる所に出没してようやく事態を悟った。風見さんに情報に疎いと生き残れないぞと言われたが、おそらく皆さんの方が情報規制をくらっていますとはさすがの私でも言えなかった。のこちゃん、空気読める子なので!
そう、本来ならば私の戸籍はないのである。笑顔で刀剣にSTFをかますお母さんは純粋な人間であるけども、審神者の任についたその日から戸籍を含む個人情報全てに政府の権限で閲覧制限が掛かっている。お父さんは刀剣男士。つまり神様なので戸籍など存在するわけがない。その夫婦の間に生まれた私は半神半人。公安部に就職するに当たって政府に戸籍を作ってもらった。間違いなく違法である。まっくろなくろすけなんだけど、悪意はないから目玉えぐらないでね。
粟田のこの母親は専業主婦、父親は政府勤めの公務員。進学に悩み社会を学ぶため一年の間、一人暮らしをしながら公安部の臨時職員として勤務する。担当さんからはそういう設定だから安心してくださいと言われた。ねぇ、担当さん何を安心すればいいのかよく分からないよと聞けば、とりあえず笑えばいいと思いますと返された。なので、職場で困った時は笑顔で対応している。そうしたら何故かフレンズさんがお菓子をくれるようになった。餌付けかな?
審神者という職務も刀剣男士という存在も本丸という場所も今の私を形作った何もかも全てをフレンズさんに隠さなくてはいけない。私の半分は神だから嘘をつくことが出来ない。でも、隠すことはできる。神様は情報を隠すのも人を隠すのも得意なフレンズだよ!お母さんには、私たちが守っている国を、街を、人を、歴史を見てきなさいと言われた。ねぇ、お母さん。私、人間が好きだよ。フレンズさんを守りたい。フレンズさんが守るこの国を守りたい。最近、ちょこっとだけそう思えるようになった。本丸という狭い世界しか知らなかった私の世界がひとつ大きくなった気がする。これが大人になるってことなのかな?
***
ときどき行き倒れのように眠っているフレンズを見かける。うちのまんばちゃんのようなきらきらした髪色に倶利伽羅兄さんのような日に焼けたお肌のフレンズさん。初めて見た時は野生の刀剣男士かと思ったけど、ポケットに入るモンスターじゃないんだから地面から飛び出してくるはずもないし、顕現して公安部のソファに転がっているはずもないわけで。その日は風見さんも出払っていて、私の退勤後に風見さんの上司、噂の降谷さんが登庁される予定である。ステータスきぜつのフレンズさんを仮眠室にお届けするのは臨時職員として私がよくしている軽作業なので、ステータスがねむりでも同じ事である。そう判断した私はある時は肩に担ぎ、ある時は背負い、またある時は姫抱きにした。成人男性ひとりくらい抱えるのは軽作業である。うちの本丸の小夜先輩ですら、酔っ払った日本号さんを抱えていたのだ。先輩よりおっきい私にはおちゃのこさいさいなのである。どうだ、すごいだろう。えっへん。たまにすれ違うフレンズさんには絶滅危惧種を発見したかのような顔をされたけど、最近はお疲れ様とねぎらってもらえるようになった。臨時職員で見慣れない私に驚いていたのだろう、私も顔を覚えてもらえて嬉しい。
3ヶ月経過した今、フレンズさん図鑑にはあらかたの顔と名前が登録された。私を吃驚させようと別人の顔に変装していても気付くようになったし、先週は図鑑に登録されていない女性を見かけたので、風見さんに確認をすると何故か褒められた。分からないことをちゃんと分からないって言えたからかな?最近、風見さんは上司というよりお兄さんみたいな感じがする。いけない、いけない。親しき仲にも礼儀あり。部下として可愛がってもらえる、なんて素晴らしい職場なんだろうか。しかし残念ながら図鑑は完成していない。行き倒れフレンズと降谷さんというフレンズだけは名前と顔がそれぞれ登録できていない。行き倒れフレンズに関しては起きている姿を見たことがない。いつも眠っているのだ。あれかな、何年に1回しか目覚めない系なの?それとも刀剣男士に勝るとも劣らない美貌に嫉妬した魔女に秘孔突かれちゃった系なんだろうか。魔女が使うのは糸車だったか、神拳だったか。
そうしていつものよう眠り込んでいるフレンズを背中に担いでいる最中に発覚した名前。このステータスねむりのフレンズが降谷さんなのか。私の上司の風見さんの上司。つまり私の上司。この瞬間フレンズさん図鑑が完成した。社会人の基本その1、会社の人の名前と顔と役職を一致させましょう。ミッションじょうずにできました!
降谷さんは見た目がうちの神様みたいに綺麗なくせに中々難儀な生き方をしている人間のようだ。魂は闇に浸かっているけどねじ曲がらずまっすぐ綺麗に光り輝いている。ここまで綺麗な純度の魂の持ち主は7歳までの間に神様からおいでおいでされている。間違いない。ちょっと私の神様としての食指が動く。ちょっとだけ穢れを落としてあげよう。よく眠れるおまじないだ、違法性もない依存性もないお薬みたいなものだ。ほーら、怖くない。眠る彼の額に人差し指を触れさせ円を描く。縁の糸は弄らない。出雲方面の偉い神に怒られる。彼の身体の穢れだけ私の神気で相殺する。おっといけない。ちょっと加護を付けちゃったけど、まぁいいよね。神とは気まぐれなものだから許してね。キャラメルのおまけみたいなものだ。前髪を戻そうと触れた瞬間、うっすらと瞳が開く。ようやく起きた時間にお会いできますね、はじめまして降谷さん。
***
はじめましてのご挨拶をした降谷さんは盛大に驚いていらっしゃった。一瞬、おまけの件がばれたのかとひやひやしたが、この表情は山から降りてきて人に出会った時のくまさんだ。降谷さんは森に住むくまさんだった・・・?くまさんは目の下に二匹も子熊飼育しないし、死んだように倒れていない。くまの前で死んだふりをしようとするのは人間である。野生の動物とは目を逸らした方が負けだと山伏くんは言っていた。そのまま見つめ合うこと1分。カップラーメンが出来上がるまでにはあと2分足りないが、降谷さんを仮眠室に転がして帰ってくる予定の私を心配した風見さんが現われた。なかなか帰ってこないので心配してくれたらしい。美味しいチョコレートもくれる良い上司だ。1分間のドキドキメンチ切りはドローで終了した。次回の開催がないことを願うばかりである。
風見さんの上司さんこと降谷さんにあらためて臨時職員の粟田であると自己紹介をした。私の業務態度を風見さんから報告されているらしく、お褒めの言葉をいただけた。ただ私が毎回降谷さんを運搬していることには気付いていないらしく、素早く風見さんと視線を交わし口をつぐんだ。なにせ降谷さん、縦に長いからつま先はたまに引き摺っちゃうんだ。高そうな革靴の先が削れていたらごめんね。
降谷さんはたまにふらっと現われると、ベルツリータワーになった決裁を処理していく。風見さんには降谷さんの負担が減るように書類の整理を頼まれた。降谷さんからさらに上にあげる決裁を筆頭に決裁に優先順位を付け、整理時点で不備のあったものは該当箇所に付箋を付けてフレンズさんに差し戻した。差し戻されたフレンズさんは上司に怒られる前に戻ってきたことに喜んでいた。訂正の仕事が増えたのに喜ぶとは社会人とはかくも奥深いものなのか。仕事以外の書類、例えばどこぞの上層部からねじ込まれた見合い写真などは風見さんに確認した後、娘さんの良縁を僅かに願ってから丁寧にお返ししてあげた。縁は弄ってないので出雲方面の偉い神には怒られないと思いたい。ただし悪縁にまみれた娘さんの場合は私が願う願わないに拘わらず悪縁に引っ張られることになる。必ず因果は巡る。そもそも、職場の郵便箱に個人的なお手紙はダメだと思うの。せめて封筒に親展ぐらい記入しておいて欲しい。あと、リターンアドレス。同じ名字の職員が何人存在すると思っているんですか。いくらのこちゃんでもぷんすこしちゃいますよ。怒ったら神罰なんですからね。多分一週間に一回くらいタンスの角に小指ぶつけるくらいのだけど。そうして私やフレンズさん達の独断と偏見ついでに神様アイズで選別されたお手紙は、確実に降谷さんのベルツリータワーを普通のマンションくらいの高さに縮めたと思う。
***
私は粟田のこ。公安部の臨時職員。
私の仕事は公安部のフレンズさんたちにお茶を汲むこと。簡単な書類を片付けること。
上司の上司である降谷さんのベルツリータワー級の書類を整理整頓し、検非違使案件にお悩みの上司を癒やすべくちょっとしたおまじないを施すことである。
[newpage]
粟田のこ(仮)
とある本丸の主と刀剣男士の間に生まれた娘。半分神様、半分人間。ポップコーンはキャラメルポップコーン派。本丸の鍛冶場、手入れ場などに点在する妖精さんとはお友達感覚。残業なしで本丸に帰宅すると明日のおやつとお弁当の仕込みをしていたが、軽食の仕込みとい作業も増えた。歌仙先生とみっちゃん先生が家事を仕込んだ。本丸の短刀は極にクラスチェンジしているので、太刀より打撃値の高い子も結構な割合で暮らしている。娘も半分神様なので、普通の人間と違って打撃値が高い。おそらく車のフロントガラスはひびが入っていなくても一発で割れる。フレンズの顔と名前は魂の色と形で紐付いているので、ベテラン潜入捜査官の変装も意味を為さない。神様らしく気まぐれを起こすし、気に入った魂を優遇するくらいのことはする。本人にその意識があるかどうかは別として。
公安フレンズ
臨時職員が同僚を担いでいるのを目撃して二度見したけど、誰もが一度はお世話になってるし、別にちょっと怪力なだけだし。粟田ちゃんは美味しいお茶も茶菓子もくれるし、軽食だって作ってくれる良い子なんだぞ!ってしっかり餌付けされている。他の部署が寄越せと言った瞬間、公安的お話し合いに発展する。
上司の風見さん
粟田さんの何気ない質問から工作員の潜入に気付くが、その後に首都高速大暴走からの観覧車大事件に発展するとは想像もしていなかった。素直に慕ってくれている臨時職員が自分の上司を担いでいる場面に遭遇するが、ステータス3徹目だったため、ああまたかで勝手に脳内処理されている。
上司の上司な降谷さん
眠りの森のくまさんならぬ行き倒れフレンズ。いつも仮眠室で目覚めるので風見が搬送してくれているんだなと思っている。目が覚めたら見知らぬ人間がいるのでヒヤリ案件である。臨時職員の件は裏の管理官が選定して送り込んだと聞いているので、今のところ調査することもない。風見からも大変優秀であることは聞いているし、部下の労働環境が改善しているようなのでほっとしている。最近、やけに自分のデスクがすっきりしているので臨時職員を何とかして正職員として採用できないか裏の管理官に交渉しようと思っている。
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n番煎じとうらぶクロスオーバー2話目できました。<br />フレンズって打ち込みすぎてフレンズがゲシュタルト崩壊起こしそう。<br />ものすごく好き勝手に作った作品があんなに反応いただけるとは思ってもみなくて、正直驚いています。<br />望まれるのであればと思い2話目も好き勝手にやってみました。<br />元々はtwitterでフォロワーさんと話していた内容に端を発しています。<br />その話とは設定も流れも変わっていますが、最終的な方向性と着地点だけは決まっています。<br />なので、もう少し好き勝手にやりますがお付き合いいただけたらと思います。<br /><br />前作にたくさんのタグを付けていただいてありがとうございます。<br />反応がたくさんいただけることは、ただただ嬉しく。泣きたいくらい胸がどきどきします。<br />コメント欄にもたくさんのスタンプやコメントをありがとうございます。全てきちんと目にしています。<br />そしていいねとブックマーク、フォローをありがとうございます。<br />みなさんの言葉が私のやる気へに燃料をどばどばと注いでくれています。本当に感謝しています。
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臨時職員のフレンズ図鑑
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077787#1
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あてんしょん▷▷
歌い手さんのお名前を借りておりますが、
ご本人様とは全く関係ございません。
すべて作者の妄想です。
ご理解のほどよろしくお願いします!
それでは、どうぞ〜
[newpage]
それは あの[あほ]のひとことから始まった。
坂田side
いやー夏ですね!夏休みですね!え?もう終わる?いやいやいや!まだまだ暑いですよ!ね!みんな涼しくなりたくない!?俺はなりたい!だから今からお化け屋敷に行こうと思うんだー!しかも、あのビビりのうらさんを連れて…ね!!よし、早速うらさんに電話しよ〜っと
〜♪♪♪♪♪♪
う『…もしもし坂田?どうした?』
さ『あ、うらさん?あのさ!今からお化け屋敷行かん!?』
う『…は?お前、俺がビビりなの知ってんだろ』
さ『知ってるよ?知ってて言ってるんだよ??』
う『さすがあほだな。行くわけねえだろ』
さ『え〜でもでも、暑いじゃん!特に今年の夏は異常な暑さだって言われてるじゃん!』
う『そうだけど家でクーラーガンガンにしてたらいいだろ』
むむ…うらさんなかなか折れませんな…こうなったら…最終手段や!!
さ『え〜そうか…ならまーしぃとセンラと行ってくるわ〜』
う『…えっ俺だけ抜き…?それは…』
めちゃくちゃいい反応ww可愛ええなあww
さ『でも、うらさんビビりやから行かへんのやろ??』
う『…皆いくなら俺だって…行くし…別に?!そこまでビビりじゃねえし!??!?』
いやいや。あなたホラゲした時とかめちゃくちゃビビっててリスナーさんにめっちゃ可愛い言われてましたけど?!まあええわ!うらさん行ってくれるみたいやし!
さ『そうか!!わかった!ならまた夕方連絡するな〜!』
う『…お、おう…』
うひゃー!!楽しみやなあ〜!
ちなみに、まーしぃとセンラは今日 用事でそもそも東京に居らへんから来ないで☆
俺と2人きりやー!楽しみーー!!
そして夕方
俺達はお化け屋敷の近くの駅に待ち合わせすることにした。俺は楽しみ過ぎて、いつもなら遅刻してしまうけど、1時間も前から来てしまった!はよ うらさん来んかな〜!
う『あれ…坂田なのに早い…』
きたーーー!!てかなんかひどくない!?w
さ『俺やってやればできるんやで!!ww』
う『やれば だけどな!てか、まーしぃとセンラは?』
さ『あ、それがさー急用が出来たみたいで、これへんのやってー』
う『え、てことは俺と坂田の2人??』
さ『そやで!でもこれは しゃあないよな!行こうでうらさん!☆』
そして俺たちはお化け屋敷の列に並んだ。
だんだんと俺たちの番が近づくにつれて、うらさんの顔つきが怪しくなってきてる。
めっちゃおもろいねんけどー!www
さ「うらさん?もう怖がってんの??」
う「…は、は?!んなわけねえし!!!」
いやいや、めちゃくちゃ焦ってるのバレバレですよw
お、ようやくついに俺たちの番がきたで!!
さ「うらさん!入ろうで!」
う「…お、おう!俺がビビりじゃねえってこと証明してやるよ!!」
さ「ほぉーwなかなか強気やなあw」
う「坂田にだけは馬鹿にされたくないからな!!」
さ「えー!なにそれー!ひどくなーい!?ww」
そう言いながら俺たちは中に進んで行った。
[newpage]
中に入ると周りは薄暗くて気味が悪い。
どこからか不気味な音楽も聞こえてくるし。
すると突然、ロッカーが叩かれる音がした。
『ガンガンガンガンガン…』
う「うひゃっ!!!!」
ん?今ロッカーの不気味な音と同時にめちゃくちゃ可愛い悲鳴が聞こえたんですけど?
うらさん?可愛いすぎん?やめて?俺、理性保てへんから。
さ「うらさん?大丈夫??」
う「だ、大丈夫だし!ちょっとビックリしただけだ!!」
うん、めちゃくちゃ怖がってますね。はい。
すると今度は棚の傍から目ん玉がくり抜かれたお化けが突然出てきた。(どんなお化けだよ)
う「ひゃあああ!!!」
さ「うええええおおお!?」
それもまあ、あまりにも突然過ぎて俺もビックリしてしまったけど、お化けよりもうらさんの悲鳴のほうがビックリしたんだけどww
さ「ちょ、ww俺うらさんの悲鳴にビックリしたんだけどー!ww」
う「ししししししし仕方ないだろ!!突然でてくるんだし!!」
もーこのたぬき、いつになっても素直にならへんなあ。よーし、少しいたずらしたろ!
俺はうらさんが少しよそ見をしている隙を狙って、スっと近くのカーテンに隠れた。
う「……あれ、坂田?…坂田!?」
おおお早速うらさんが俺を探してる!!
う「さかたぁ!!ねえ、どこ!?」
やばいうらさん泣きそうw可愛いすぎんww
う「うぁぁ!!!!」
うらさん、キョロキョロしてたら目の前のマネキンに気づかずにぶつかって尻もちついちゃった。
う「…いったあ…ぐすっふぇっ…ううう…さかたぁ…どこ行ったんだよお…うっ…」
あかん。うらさんもう完全に泣いてもうたああああああでもごめんうらさん!女の子座りで顔真っ赤で泣いてるのは可愛い過ぎるからあかんよ!?
さ「うーらさん!」
俺はさすがに可哀想になり、うらさんの前に出てきた。
う「……さかたぁ!!!!」
そう言ってうらさんは俺に抱きついてきた。
やばい可愛い。さっきまでツンツンだったのに。やばい。あかん。
う「ぐすっ…さかたあ!さかたあ!ふぇっ…坂田のばかぁ!!怖かったんだぞ!?あほ!ハム!!ぐすん…うああん…」
さ「ごめんって!!うらさん!!もう俺ずっと傍におるから!な!?」
う「…うっ……………よ……」
ん?なんて???
さ「うらさん?今なんて言った??」
う「だーーーー!!!1回で聞き取れよ!!あほ!!………絶対…離れないで…よ………////」
そんなの涙目で顔真っ赤で上目遣いしながら言われたらもう死ぬしかないよね。
さ「ふふ♪当たり前やんうらさん!デレデレやなあ!!」
う「…う、うるせえ!!///怖いんだもん……くそぉ……//」
可愛い過ぎて鼻血が出そうなので帰ります。
この後 ベッドいきです。
☆おまけ☆
お化け役A「ねえ、さっきの男子2人やばくなかった?」
お化け役B「いや、ほんまそれ。赤髪の人めっちゃかっこよかったし、ちっちゃい子はもう可愛いすぎた!!」
A「ね!あの二人もうできてるんかな??」
B「できてないとしても、いずれ…」
A「まあね〜いや、和んだわ〜もっかい来て欲しいレベル。」
B「それな。こっちが鼻血出そうだわ」
[newpage]
あとがき
お久しぶりです。ごめんなさい。サボってましたというかネタが思いつきませんでした。
夏らしいこと書きたいって思いながら9月になってしまいました。。。。
それでも読んでくださり ありがとうございました!
サマパ 大阪 行きました。最前列でした。
死にました。ずっと泣いてました。めちゃくちゃファンサ貰えて幸せでした。やばかったです。とにかくやばかった。…やばかった。(語彙力)
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一時期、pixivバグってて、コメントとか頂いていたのに返信ができていなくて申し訳ないです。今更返すのもあれなので、ここで返させていただきます。次の作品を楽しみにしてくださり ありがとうございます。すごく嬉しく思っております!期待に応えれるように頑張ります!!<br /><br />サマパとたぬワンの余韻が強すぎてやばい。
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さかうら で お化け屋敷
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077891#1
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<川崎side>
朝の6時。今の時期こんな朝早くても少し寒さを感じる。
私はおぼろげになりながらも「ジリリリリリリリ」と鳴るアラームを止めて起き始める。
高校を卒業して1年が経った。
色々、大変だったが私は好きな大学に入学する事ができた。
大学に入学にするにあたって私は一人暮らしを始めた。本当は弟の大志と妹の京華が心配で一人暮らしをする予定はなかったのだが両親が高校の時に遅くまでバイトをしていることを知り早めに帰ってくるようになった。結局、その時はもう辞めた後だったが。
そして高校を卒業した後、両親が高校の時は自由がなかっただろうと言い大学では一人暮らしを進めてきた。
正直、大志や京華と純粋に離れたくなかったが二人とも大きくなったこともあるし、それに大志が「任せてよ!もう1人でも大丈夫!」と言ってくれた。あの時は本当に泣きそうになった。京華は少し寂しそうにしていたがいつでも会いに行くよと言うと「絶対に会いに来てね!約束!」と言ってくれたこともあり一人暮らしが始まった。もともと家事をしていたからか戸惑うこともなく一人暮らしをしながら大学生活を送っている。
高校とは違い少し友達と呼べる関係の人ができた。もともと自分で言うのもなんだが不愛想で人を寄せつかない雰囲気を出している事があったが友達が喋ってくれることが多く助かっている。まぁ女の友達しかいないが。いや、それでいいのだろう。友達が言うには綺麗でモデルさんみたいと言われることもあってか男が下心をもってやってくる。
正直、気持ち悪かったしあんな下心丸出しの目をされると嫌でしょうがない。
「あいつの目は濁ってたけどな・・・。」
高校の時に助けてもらった男の子のことを思いだす。
さっきも思い出したが昔は家族のために朝方まで家に帰らず学校にも遅刻することがあった。後に大志がその男の子・・・比企谷に相談して予備校のスカラシップというものを教えてくれてバイトは朝方までしなくなった。
「あいつ・・・今頃なにしてるんだろう」
そう考えながら着替えて朝ごはんを作る。
高校を卒業した後は比企谷とは関りを持つことはなかった。
進学先も連絡先も知ることなくあいつと離れてしまった。
「連絡先・・・聞いとけばよかったかな。」
後悔をしても遅いよね・・・
そう思いながら私は朝食を食べ家を出て大学に向かう。
「あ、沙希さん!こっちに席空いているよ!」
「ありがとう。小島さん。」
「も~小島じゃなくて美穂って呼んでよ!」
そう言って喋ってくるのが小島美穂さん。
大学で仲良くなった友達。最初は大人しい雰囲気の子だったが3ヵ月後には全く違う女の子だった。とてもコミュニケーションの能力が高く元気な女の子。初めてあったあの雰囲気は何だったのか・・・
「そういえばいつもより少し来るのが遅かったね!なにかあったん?」
「いや、なにもないよ。朝に少し昔のことを思い出していたら遅くなっちゃって。」
「ふ~ん。もしかして好きな男の子でも想像してたん?」ニヤニヤ
「な!/////違うよ!ただ少し遅れただけ。」
「怪しいな~。沙希さんこんなに可愛いのに好きな男の子でもいなかったの?」ニヤニヤ
「いないよ////ほらそろそろ講義始まるから!」
「は~い。」
ったく小島さんはたまに女の子なのにおじさんぽいことを聞いたりする。
けど好きな男の子か・・・確かにあいつには「あ、愛してるぜ!」って言われたけどさ///
「どしたの!?沙希さん!顔赤いよ!大丈夫?」
「大丈夫だから///ほら先生きた。」
そうして講義を受けていたが頭の中は比企谷のことでいっぱいで集中できなかった。
「ん~講義終わった~!沙希さんこの後どうするの?」
「そうだね。もうすぐお昼だしどこかに食べに行く?」
「そうやね~って言いたいんだけど私はこのあとバイトやわ~。本当は今日、行きたいお店あったんだけどな~。」
「へぇ、小島さんがそんなに言うなんてよほど美味しい所なの?」
「いや、お母さんにもらった割引きクーポンが今日までで場所は行ったことないんよ~。そうだ!沙希さん!」
「な、なに?急に・・・」
「代わりに行ってきてよ!このクーポン今日までなの!お願い!」
「え?急に言われても・・・」
「大丈夫!そこまで遠くもないしそれにこのクーポンも使われてほしいに決まってるんよ!きっとそうだよ!」
そう言ってクーポンを渡してくる。
確かに今日までだけど・・・。
「じゃ沙希さん。また今度どうだったか教えてね!バイバーイ。」
「ちょっ!?」
そう言って小島さんは走っていく。
どうしようこのクーポン・・・。
「来てしまった・・・。」
小島さんが言ってた通り遠くはなかった。
「ずいぶんと雰囲気のある店だね・・・。」
その店は温もりのある小さな木造のお店でその近くには黒板のメニュー表がありそこにはランチの名前が書いてある。他にもコーヒーや紅茶などが書いてある。
せっかく小島さんからもらったクーポンもあるし、なによりお腹がすいた私はふらふらとお店のドアを開けた。
店内は落ち着いた雰囲気が漂っていてどこか懐かしい感覚があった。
店の中は誰もいなくて私の貸し切りみたいだ。
「いらっしゃいませって・・・お前確か」
「え?比企谷?」
私は高校の時の初恋の人に出会ってしまった。
<比企谷side>
「えっと川・・・崎?だったか。」
「久しぶりだね・・・あんたが働いているから一瞬、誰かわからなかったよ。」
「あ~実は一人暮らしを大学入ってからしててな。仕送りは少ないから仕方なくこうして働いてるんだよ。」
「・・・確か専業主夫だったっけ?目指してなかった?」
「・・・仕方ないんだ。けどここで働くから俺の主夫スキルが上がってお金も手に入る。まさに一石二鳥だな。」
「なに言ってんだか」フフフ
高校時代、同級生だった川崎が入ってきときは目を疑った。
あの頃よりも数段綺麗になっていて誰だかわからなかった。だから名前が出てこなかった。うん。きっとそう。ハチマンウソツカナイ。
「でそれで何を頼むんだ?」
「え!?あ~そうだったね。えっと、何がオススメなの?」
「そうだな。どれもおいしいけど俺はこのパスタが好きだな。」
「じゃそれで」
「了解。じゃ少し待っててくれるか?すぐに作るし。」
「え!?あんたが作るの?」
そんなに心配しなくてもいいのに・・・
「・・・なんだよ。なんかまずかったか?」
「いや大丈夫。楽しみに待ってるよ。」
「・・・そうか」
じゃとりあえず作るか。
腕の袖を捲って作り始める。
川崎が頼んだのは『和風パスタ』
とりあえず俺は鍋に水を入れて火にかけてそのなかに塩を入れる。
沸騰するまでエリンギに玉ねぎ、ベーコンは食べやすいい大きさに切って大葉は千切り。
本当はにんにくなど入れたいけど匂いが気になる事が多いからうちでは入れていない。
沸騰したら一人前の麺を入れて茹で上がるのを待つ。
フライパンにバターを溶かしてベーコンを入れ焼き目が付いたらエリンギ、玉ねぎを炒める。
お玉一杯の茹で汁を入れて乳化させ少し固めの麺を投入。この時に麺が柔らかすぎるとベチャベチャになってしまう。
味は塩、胡椒、だし粉末、醤油で味付け。
後はお皿に盛り付けて大葉を散らして出来上がり。
作ってる時に視線を感じたが気のせいか・・・。
俺は作ったパスタをトレイに乗せて持っていく。
<川崎side>
「・・・そうか」
そう言って比企谷はキッチンに行った。
ここはバーみたいになっていて目の前で作ってくれるみたいだ。
しかし、まさか会うとは思っていなかった。
あいつとは久しぶりにあって猫背で目は濁っていた。
・・・少し背は伸びたのかな?昔よりも大人になったというか男らしくなったというか///。
店の中には誰もいないからかな。仕事だって分かってるのに私のためだけに作ってくれている///。
それに腕を捲ってる比企谷は少しかっこいい///。
そのまま見続けていたら料理を持ってきた比企谷がやってくる。
「・・・ん。和風パスタな。・・・大丈夫か?顔が少し赤くないか?」
「え!?そ、そんなことないよ///」
「そ、そうか。ではどうぞ。」
「・・・ん。いただきます・・・・・・!」
「どうだ?」
「うん。美味しい。ベーコンはしっかり焼けてるし麺も私好みだよ。なによりにんにくが入ってなくて気遣いも出来てる。あんた本当に料理できたんだね。」
「まぁな。料理はここの店長に一から教わったんだよ。おかげで今はひとりで店を任されてるしな」
「バイトの人に店を任してるなんてね・・・」
「それだけ信用されていると信じてるんだよ・・・多分。」
「・・・ごちそうさま」
「・・・ん。お粗末さま」
「本当に美味しかった。久しぶりに人が作ったものを食べたよ。」
「そうなのか?確かに高校の時も家事を一人でしてたな。」
「まぁそれもあるんだけど大学に入学してから一人暮らししててさ。」
「よく一人で出たな。お前なら大志とかけーちゃんが心配で出なさそうだったのにな。」
「まぁ正解だよ・・・出る気はなかったんだけどね。両親が高校では自由がなかっただろう
と言うことで一人暮らしをしてるんだよ」
「へー。そうか。良かったな。」
「あんたこそ家を出るなんて思ってなかったよ。小町が心配だとか言って。」
「あ〜俺は親が大学でたら経験だって半強制的に追い出されたよ。小町は笑顔で「いってらっしゃい。さみしくなったら帰ってきてもいいよ。あ!今の小町的にポイント高い!」だってよ。」
「フフフ。そうかい。」
「そういえば川崎はこの辺の大学なのか?」
「あぁ。そうだよ。あんたは?」
「俺も少し近いところだわ。」
「そっか。また・・・来てもいいかな///」
「・・・まぁいいんじゃないか。俺が決める訳じゃないからな。」
「フフフそうかい。相変わらず捻デレだね」
「おい・・・誰から聞いたんだよその言葉。」
「じゃご馳走さん本当に美味しかったよ。」
「・・・またのご来店をお待ちしております。」
あ、そうだ。電話番号交換しないと。また会えなくなるかもしれないしそれにもっと・・・
「あ、あとさ・・・電話番号交換しない///?」
「・・・なんでだ」
「・・・ダメかな?」
「・・・別にいいが入れ方分からないからな///」プイ
「あ、ありがとう///あたしが入れるよ。」
「んじゃまたな。」
「うん///バイバイ///」
そう言って店を出る。
本当に美味しかった。なにより好きな人が作った物が食べれるなんて幸せだ///
お昼からの予定を確認するために携帯を開く。
携帯画面に比企谷八幡と登録してある画面を見ながらこんなにもにやけてしまう自分がいる。
「また会えるかな・・・」
そう思いながら携帯を閉じ次の予定の場所まで歩いて行った。
会える日はそう遠くない未来。
私は恋の一歩を歩んでいくんだ。
おまけ
携帯画面に川崎沙希と登録してある画面を見ながらも川崎の顔を思い出していた。
本当に綺麗だった。本当に一瞬誰かわからないぐらいに見惚れていた。
「あんな笑顔見せられたら期待しちまうだろうが・・・」
そう言いながら彼は携帯を閉じて業務に戻る。
その日はあいつの笑顔がなかなか忘れることが出来なくなっていた。
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メッセージで沙希の話を書いてくれ! 沙希が好きだという意見が多かったので書いてみました。これも不定期配信です。<br /><br />まだ20になってないのですが介護の仕事をしていて結構しんどいです。<br />なかなかPCを開ける時間がないのが残念です。
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恋の一歩から。
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明日から待ちに待ったゴールデンウィーク。受験生なので、もしかしたら存分に遊べるのは最後かもしれない。友達と同じ進路に進めるかも分からないし、学校帰りに遊びに誘ったんだけど...。
「うっちー?」
放課後、一緒に帰るはずだった彼女が"また"いなくなった。
2年次はまあそれなりだったけど、3年に進級してからほぼ毎日だ。...また、黒木さんのところかな。
意識せずにため息がこぼれた。
うっちー...内笑美莉、ちゃん。この高校に入ってから初めて出来た友達。
ちょっと遠くの中学から受験した私は、ほかの友達とは違う高校となり、離ればなれになってしまった。
不安でいっぱいだった私に話し掛けてくれたのは笑美莉ちゃんだった。凄い優しくて周囲に気を配るのが上手で、自然と人が集まってグループが構成されていた。
いつからだろう、そんな笑美莉ちゃんに憧れにも似た感情が芽生えたのは。少しでも近づきたい、一緒にいたい。支えになりたいな、って。
そんな笑美莉ちゃんが少しおかしいな、と思ったのは修学旅行からだろうか。班決めで一人だけ余ることになってしまい、案の定優しい笑美莉ちゃんが別の班に行くことになった。
丁度余り者の班。...そこに黒木さんがいたわけだけど。旅行最後の日、黒木さんと同じ部屋だったって言ってたから、何かあったのならその時。
体育祭の時までは、避けてるような素振りを見せていたけど、それ以降何かと接触している。偶然見かけたけど北海道のお土産を無理矢理な感じで渡してたし、バレンタインデーもこそこそしてた。
...別に隠す必要はないと思ってるけど、笑美莉ちゃんは変なところ秘密主義だ。関係ないが、恋愛ごとは特に固い気がする。
色々と思い出してくると、3年のクラス発表で取り乱していたのは黒木さんと同じじゃなかったから?遠足の時も黒木さんと一緒にいたらしいし(実際一緒だったのは田村さんだったけど)。
黒木さん...何者なんだろう。度々見せる奇行と、一人でいることが多いから、私たちの間では『例のあの人』と呼んでいる。
確かに不思議な人だし、興味を持って関わっているのかもしれない。
でも、前ならともかくあの人の周りには田村さんや真子ちゃん、根元さんがいる。ましてやもう違うクラスだ。気にかける必要はない。
私たちにはない、笑美莉ちゃんを惹きつけるような何かを黒木さんはもっているのだろうか。
...私まで、変に黒木さんを意識しちゃってる。でもこれは憧れなんかじゃない。多分薄暗い何か。言葉では言い表せない、けど。
ふと気づくと外は暗くなり始めていた。どれだけの間考え込んでいたのだろう。周りには笑美莉ちゃんどころか人っ子一人いなくなっていた。そう言えば「帰ろう?」って声を掛けられた気がする。
...帰ろう。
幸か不幸か、ゴールデンウィーク期間に皆で大学見学に行く約束をしてる。そこで会えるから大丈夫...。
「宮崎?待っててくれたの!?」
「・・・もう、うっちー遅いよ。みんな帰っちゃったよ」
「ごめん、少し探し物してて・・・。携帯に連絡入れて帰ってても良かったのに・・・」
少し、白々しさを感じてしまった。せっかく笑美莉ちゃんに会えたのに。
でもいいんだ、彼女を縛り付けたいわけじゃない。どんなに変わろうと彼女は彼女だ。私はどんな笑美莉ちゃんでも大切にしたいと思ってる。
でも黒木さんの件だけは別かもしれない。
『友達』として、負けたくない。 ...だから。
「いいよいいよ、私も少し考え事でボーっとしちゃってた。帰ろうようっちー。遅くなっちゃう」
「そ・・・そう?ならいいんだけど・・・」
黒木さんにだけは、笑美莉ちゃんを渡さない。
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初投稿です。百合ではないです。多分。
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その先にある、内なる思い。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10078077#1
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私の好きな彼は、画面の中から出て来ない系男子だ。
彼は最近大人気でグッズが沢山出ている。
今日の新入荷なーにかな♪
あ、ドリップコーヒー。待て待て、3つしか入ってなくて1000円だと!?
でも、彼は喫茶店で働いてるキャラだし、これを飲めば彼に淹れて貰っている気分になれるに違いないよね?
そう思って、1箱購入した。
出会ったその時買わないとすぐ売り切れるしね。
私はコーヒーの香りは好きだが、飲むときはミルクたっぷりでカフェオレにしないと飲めない。
でも最初の一杯くらいはそのままのコーヒーの味でも楽しんでみるか…と、お気に入りのドリップポットでお湯を沸かし、お気に入りのマグカップに注ぐ。
すると、ふわっとコーヒーの香りが立つ。この瞬間が大好き。
そして湯気が…あれ?湯気…立ちすぎじゃない?
真っ白じゃん!
湯気をかき消そうと、思いっきり息をふーーっと吹きかけた。
「あれ、そんなにコーヒー、熱かったですか?」
不思議そうな男性の声が聞こえる。
え、私、一人暮らしなんだけど…?と思って辺りを見回すと、そこは喫茶店の中で、私はカウンターの一番隅の席に座っていた。
膝の上にはいつもお出かけに持って出るハンドバッグ。
あれれー?おっかしいなー?
「あの…?」
んんっ、なんだか聞き覚えのある声。そーっと顔を上げて店員さんを見ると、そこには。
淡い金髪、ブルーの瞳、ちょっぴり垂れ目のハニーフェイス。エプロンにはポアロの文字とマグカップのイラスト。
「えっ」
「もしかして、猫舌ですか?」
と、にっこり笑って話しかけてくる店員さん。彼はどこからどう見ても、私の最推しの安室透さんだった。
「や、あの。はい。猫舌でしゅ」
噛みました!はい、噛みました!いやだってあまりに動揺して!
なになに、イベントか何かやってるの?でも声が…あの彼の声だよ!?
照れ隠しに一口飲んでみると、すごくマイルドで美味しかった。もちろん火傷するほど熱くなんてない。
「わ…すごく美味しい!香りもいいし、飲みやすいですね。凄くマイルド…」
「お褒め頂き光栄です。豆と淹れ方には拘ってるんですよ、このお店」
「そうなんですね!これなら私、ブラックでも飲めそうなくらいです」
思わずニコニコして話す。そして我に帰る。
スン…。
いや、おかしいよね?部屋でコーヒー飲もうとしてたのに喫茶店にいるの、おかしいよね?
コーヒーに口を付けながら考えてみる。これは、夢だな。
あまりにあむぴに夢中になるあまり、こんな夢を見るとは…。わたし…GJ!!
「こんな夢が見れるなんてラッキーだなぁ」
「夢って何の事ですか?」
と、安室さんが聞いてくる。
「会えないと思ってた大好きな人に会える夢です」
と全開スマイルで答える。
まぁね?会えた所で何も起きない訳ですから。
あ、そうだハムサンドも食べておくべきでは?
お財布を確認すると、そこそこ入ってる!食べるべき!
「あ、ハムサンドもお願いします」
と言うと、はい、かしこまりましたーと安室さんが笑顔で答えてくれる。
ハムサンドを作るあむぴの姿を、頬杖付いて眺める。
幸せだなぁ〜幸せだよぉ〜。
はぁ…。ニコニコが止まんない。
側からみたら、超ニヤニヤしてるかもしれない。
ふっふっふ。夢なら覚めないで!もう起きなくていいよ…私この世界に入ったまま死んでもいい!
「サンドイッチ、お好きなんですね」
と、あむぴが話しかけてくる。
「だって凄く嬉しそうにサンドイッチを見ているから」
まぁ、サンドイッチは好きだけど!
貴方が作ってる姿が!ちゅきだからーー!!!
とは言えないので、
「はい、ちゅきなんです」
噛んだーー!
また噛んだー!!
変に昔流行った海外の俳優の真似とかするから…。
アホか私は。アホです。
ぶっは!!と笑い声が聞こえたのでびっくりして赤くなった顔を上げると、あむぴが堪えきれずといった風にお腹を抑えて笑っていた。
こんな笑い顔、テレビで見たこと無い!レア!!
「あぁ、失礼しました。ちょ…ちょっと…余りにも…あはは!!」
ツボに入っちゃったのかな?悪いことをした。
ほら、他のお客さんもびっくりして見てるよ!
「はぁっはあっ…」
「あ、あの、大丈夫?」
と声をかけて立ち上がると、コロン…と鞄が落ちて、鞄に付いていたぬいちゃんのキーホルダーが外れ、コロコロと転がって向こうへ行ってしまった。
「あっぬいちゃん!」
追いかけて行って拾う。あーあ汚れちゃったかな?ポンポン払ってやると、あむぴはまた笑っていた。
「あはっあははは!立っただけであんなに!転がるなんて…!」
えっ、今のそんなに面白かった…?
いやまぁツボに入ると、その後何が起きても面白い時あるけどさ…。
「もうっ!笑いすぎですよ!」
と、ちょっと怒ってプリプリ言うと、あむぴは自分の胸をトントンと叩いて言った。
「はぁっすみません…こんなに笑う事って無くて…止め方が…っ」
とりあえずお水でも飲んだら…?
と思い、私のお水を差し出すと、彼はそれを一気飲みした。
漢らしい!!カッコいい!!
…ちょっと笑いすぎだけどね?
「ぷはっ。ありがとうございます。今お水入れ直しますね」
と、ちょっとクールダウンしたらしいあむぴ。
私も座り直して、コーヒーに口を付けた。
サンドイッチも運んで貰って食べてみると、美味しい!これは美味しい!
家でも作れるかなぁ、この味…。私も作って見た事あるけどこんな味にならなかったなぁ。
「そんなに美味しそうに食べて貰えて、嬉しいです」
なんかこのあむぴ、めっちゃ絡んでくるな?ここはBARかなんかか?
しかし絡んでくれるのは嬉しいので良し!!
「だってすっごく美味しいですよ、これ」
「どんな風に美味しいんですか?」
は?食リポを?我に求めると言うのか…?
「えーー?あの。なんかまろやかで…アレです」
「ぶっ」
また笑ったな?そろそろ、我、怒るぞ?
私がまたプリプリしているのを感じたのか、慌てて謝るあむぴ。
「いやあのすみません」
「食リポは無理ですー美味しいものは美味しいんですよ!」
「いやぁ…貴女なら何か面白い事を言いそうだなって思ったもので」
どんなイメージだよ…。まぁいいか。食べたので帰ろ…。
そういやどうやって帰るんだ?
一瞬余計な考え事をしたせいだ。
「お会計お願いしまふ」
また噛んだ…もう嫌だ…。私普段こんなに滑舌悪く無いのに…。
ちら、とあむぴを見ると、声を出さずに体を折り曲げて笑っている。
もう怒ったぞー!
プリプリしながら千円札を2枚レジに置くと、私はカラン…と音を立てて店を出た。
「あっあれ?」
気がつくと、自室に立っていた。
テーブルのコーヒーは空っぽ。やっぱり夢かぁ。
ちょっとムッとしたけど、あむぴの笑顔が沢山見れたいい夢だったなぁ。
てか、あの人あんなに笑えたんだ。良きかな良きかな。
次の週、私は会社で嫌な事があった。
私は少々おっちょこちょいなので、ミスが多く、よく叱られる。
それで、ミスを減らそうとすると確認に時間がかかるのだ。
それを上司に叱られ、悲しくなって帰って来た。
帰宅してふと、あの時のコーヒーが目に入る。
このコーヒー飲んだら癒されるかも…。
私はお湯を注いで、大好きなコーヒーの香りを嗅ぎながら、
「安室さーん癒してー」
と呟いた。
「どうかなさったんですか?」
と、ちょっと心配そうなあむぴ。
んんんんん?んん?
あれっ?
私は辺りをキョロキョロ見回す。ここ、ポアロだ。また来ちゃった!夢じゃない…?
カウンターテーブルの上にはコーヒー。
今日はお客さん少なめだなぁ。
「あ、あの安室さん!」
「はい?」
「私いつこのお店に来ました?」
「また面白い事を言いますね?少し前にいつの間にかいらっしゃってましたよ?」
またってなんだ、またって。
「ばっかやろー!そいつがルパンだ!」
なーんてね。
あ……、口に出ちゃった。
ポカーンとした顔のあむぴ。
「…ルパンなんですか?」
「いいえちがいます気にしないで下さい…」
早口で否定する。私ってほんとバカ…。
赤くなって俯く私を見て、あむぴがクスクス笑っている。
「安室さんって、よく笑う方なんですね?」
と、ちょっと恨めしげに言うと、あむぴはびっくりした顔をして言った。
「僕、笑ってました?今」
「えぇ。前回来た時なんて、大爆笑でしたよね…?」
「あぁ、まぁ前回は」
仕方が無かったんです。と続けるあむぴ。何が仕方無かったんだ?ん?
しかし何が起こってるんだろーなぁ。
なんであのコーヒー飲むと、ここに来ちゃうんだろう?
あむぴに聞いたら分かるかな?
「あの!」
「はい、何でしょう?」
こと細かく事情を説明する。あむぴは黙って話を聞いていた。
「うーん…」
「信じられないと思うんですけど、嘘はついてません!」
「そうですか。ならこうしましょう。
僕は貴女を今日お見送りします。
で、このドアを開けた後、貴女は居なくなるんですよね?
それをまずは検証しましょう」
そう言って、あむぴは続ける。
「もしも、貴女が元の世界へ帰れたら、もう一度すぐにコーヒーを淹れて頂けませんか?お待ちしています」
「分かりました」
キリッとして言うと、あむぴは何故か笑った。
「なんかこういうの、楽しいなと思いまして。ワクワクしますね?」
と言ってウインクしてくる。
なんだこのイケメン!破壊力が凄い!
「よし。じゃあ、やってみますか?」
「ですね!また来ます!あ、お会計」
「こないだ多く貰いすぎてましたから、こちらがお返ししないと」
「あ、じゃあいいです、お釣りは!」
「そういう訳には。あ、分かりました。じゃあ次は僕がご馳走しましょう」
と、ニコッと笑ってくれるあむぴ。
うーんナイススマイル!
カラン…。と音を立てて、店を出る。
店の外の風景がゆらり…と揺れた。
気がつくと、やっぱり部屋で立っていた。
マグカップの中は空っぽ。
どうなってるんだ??あ、そうだそうだ、またコーヒー淹れる約束だった。
私はまたお湯を沸かして、カップに注ぐ。
パッケージを手に持って眺めながら、コーヒーがカップに溜まるのを待つ。ポタポタ…。琥珀色の液体がカップに溜まって行く。立ち昇る湯気…。
すると、またポアロの席に座っていた。
「安室さん!」
私が声をかけると、ハッとこちらを見るあむぴ。
「どうしてすぐに来て下さらなかったんですか!?」
「えっ、私帰ってすぐ、コーヒーを淹れたんですけど」
あむぴは考え込むように、顎に手を当てた。
「あれから時間が経過しているって事ですか?」
と聞くと、
「1週間くらいです」
と返事がある。えええーなになに、1週間!?あの数分で!?
「初めて来られてから、次来られるまで、そちらではどのくらいの時間が経っていたんですか?」
「えーーっと…3日くらいですね」
「ふむ…ちなみにこちらでは、1ヶ月ほど空いていました。こちらに来られたのはこれで3回目?」
「はい。ちなみに、箱の中には3つしかコーヒーは入ってませんでした」
あむぴの視線が、私の手元にある。
私、なんか変?
頭をこてん、と傾げる。
「ふふっ」
「えっ、なんかありました?」
「いや貴女が…余りに分かりやすく頭にハテナを浮かべるもので…」
なんであむぴそんなに笑い上戸なん?
「そうじゃなくて、その手に持ってらっしゃる箱は何ですか?」
「あ、あぁ。持って来ちゃったんですね?コーヒーの空き箱です」
「見せて頂いても?」
「えぇ、どうぞ」
あむぴは、裏の文字をじっと読んでいるようだ。
私は肘をついて、その様子を眺める。
うーん、幸せだなぁ〜。真面目に推理してるあむぴが生で見られるなんて、幸せだよぉ〜。
コーヒーを飲みながらその様子をニコニコ眺めていると、あむぴが真剣な顔でこちらを見た。
「まぁ、次は無いでしょうねぇ。これでお別れです」
「ですか。まぁ、ここに来られたのが奇跡みたいな?神様からの贈り物みたいな?そんな感じなんで、仕方ないですね!」
ものすごいレアなイベントに参加した気分だよ!
ありがとうございます、神様!
「こういう時なんて言えばいいんでしょうね。あ、心残りが無いように言っておきますね!私、貴方のファンなんです!最後に握手とかして貰ってもいいですか?」
「…嫌だ」
「え?」
どゆこと!?握手とかだめだった!?
私の手、汚い!?私の収入、少なすぎ!?…あ、収入は普通に少なかった。
「違う違う!勘違いしないで下さい!」
「???」
今、私の頭はハテナでいっぱい。何を勘違いしていた…?
「ぷはっ!何て顔してるんですか。顔にハテナが沢山書いてありますよ」
「マジですか!!!」
「嘘です」
「嘘かよ!嘘つき!!」
「君に言われたくは無いさ…」
「うわぁーお!名ゼリフきた!!!」
「言ってみたものの、君は嘘がつけなそうですね」
「よく言われます!!!」
あむぴがカウンターから、こちら側に出て来た。
あ、握手してくれるのかな?
彼が手を伸ばして来たので、私も手を出す。
あむぴはぎゅっと私の手を握って、私の目を見つめながら言った。
「帰したくないんです…」
「…え?今なんて?」
目を丸くした私に、更に目を丸くするあむぴ。可愛いね。
「あはは!なんでその返しなんですか?面白すぎるでしょう…!」
だって聞こえなかったから仕方ないでしょ!!
プンスカしていると、彼が眉を下げた。
「ごめんごめん。
帰したく無いって言ったんだ。ねぇ、帰さなくていい?」
「え、まぁ…構いませんけど」
「は?」
「え?」
こてん、と首を傾げる私に、あむぴもこてん、と首を傾げてみせる。
おいおいおい、トリプルフェイスほんと可愛いな!?
ここ、閉店何時だっけ?全然夜までいるよ!店の邪魔にならないようにしてるよ!
もう会えないから、ちょっとしたファンサー的なアレでしょ?
「いいんですか?」
「え?はい。お店の邪魔にならないなら、夜までいますよ?」
あむぴは頭を抱えつつも笑っている。
いいよー君の笑顔!素敵だよー!!
と、思っていた事もありました。
何故か私、ポアロに住み込みで働いていますなう。
ポアロから出たら居なくなっちゃうと思い込んでる彼は、私がちょっと掃除に出ようとしただけで全力で止めに入る。
おーい、こんなにポアロのシフト入ってて、本業の方は大丈夫?私心配なんだけど?
具体的には風見さんとか胃に穴が開いたりしてない?
実は、鍵になっているのは、ポアロの玄関だけで、他の場所から出れば帰らない事が判明しているんだけど、まだ言ってない。
ていうか、今更あの扉を通ったくらいで元の世界に帰れるのかすら謎!
だって、ねぇ?
あんな事やこんな事されたら、その世界に根付いて帰れなくなるって定説も聞いた事があるし?
あれ、どうしてこうなった?
[newpage]
side安室透
僕は、もう笑えない。
大切な仲間はどんどん死んでいくし、組織の中で立場を確立する為とはいえ悪事ばかり働かされるし、この街では殺人事件が毎日のように起こる。
この国を守ろうと必死に頑張って来たが、3つの顔を使い分けるうちにどれが本当の顔なんだか分からなくなる時もあるし、作り笑いばかりで笑い方なんて分からなくなった。
一緒に笑ってくれる人もいない。
そんな時、安室透がアルバイトをしている喫茶店に彼女が来店した。
彼女は最初から挙動がおかしく、言動もおかしくて…何故か自然と笑顔になっていた。
いや、笑いすぎた。
こんなに笑ったのは何年ぶりだろう。
彼女はプリプリ怒りながら出て行ったので悪い事をした。次に会ったら謝れるだろうか?
1ヶ月ほどの間を開けて、また彼女が来店した。
唐突にとても奇妙な話を切り出す彼女。
なんだ?不思議ちゃんか?
まぁ、最初からちょっと不思議ちゃんだったしな…。
作り話にしては、彼女の表情が嘘を言っていない気がして、僕は少し楽しくなった。そんな異世界転移みたいな話があり得るのか?
ドリップコーヒーを淹れたら喫茶店にトリップするだなんて。
いや、普通に考えて無いな。からかってるのか?
だとしたら、彼女の目的は何なのか。それを知る為にも話に乗ってみる。
僕は、ドアの向こうまで見送る事を提案した。そうすれば嘘を付いている事がバレる。どう言い訳するのだろう?
…予想に反して、彼女は扉を開けて一歩踏み出すと、スッと居なくなった。
隠れる場所なんてない。文字通り消えたのだ。
でも約束したし、彼女はすぐ来てくれるだろう。そう思っていた。
それなのに、彼女は待てども待てども現れなかった…。
彼女といたのはほんの少しの時間で、彼女の事を何も知らないのに、僕は彼女が恋しかった。
また笑わせて欲しい。
何だそんな事と思うかもしれないが、僕には大事な事だった。
作り笑いはもう沢山だ。
安室透になって、バーボンになって、笑った顔を作る度に心が軋んだ。
彼女が座って居たカウンターの隅の席をいつも気にしてしまう。
またいつの間にかここに座っていてくれないだろうか。
彼女が消えてから1週間経ち、もうあれは夢だったんじゃないかとすら思えていた。
それくらいこの1週間は長く感じたのだ。
そして、彼女はまた突然現れた。
どうしてすぐ来なかったのか聞いてみると、彼女の体感では、前回帰ってすぐにまた来たらしい。
初めてここに来てからも3日しか経っていないのだそうだ。
しかも、件のコーヒーはもうラストなのだとか。
これで最後。
もう会えないであろう事を話すと、彼女は普通に爽やかな笑顔で、ファンだから最後に握手してくれなどと言い出した。
最後なんて絶対嫌だ。
僕は彼女を離したくない。
「…嫌だ」
と声に出した僕に対して、彼女は自分の手を見つめている。
多分、自分の手が汚れているから握手を断られたとでも考えているのだろう。違うからな!
僕は全力で頭を巡らせ、どうすれば彼女が側にいてくれるのかを考えた。
そして、僕史上最高の格好良さと色気のある表情を演出し、彼女の手を握って
「帰したくないんです…」と、彼女の目を見つめながら潤んだ瞳で言った。声は少し震えてしまったかもしれない。
それに対する彼女の返答はぽかーんとした表情で、
「え?今なんて?」
だった。
だめだ笑いが…。これだから彼女を離したくない。
要はここから出さなきゃいいんだろ。
何か勘違いしているようだが問題無い。
絶対に逃さない。
異世界転移から帰れなくなる法則を色々調べて全部実行してやったから、あの扉を潜った所でもう帰れないかもしれない。
先日別の場所から出入りしているのを発見したので、そろそろ家に連れて帰ろうと思う。
戸籍も偽造済みだ。
笑顔の絶えない家庭を作りたい。
僕は彼女を後ろから抱きしめ、お腹の辺りを優しく撫でながらそう願った。
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ドリップコーヒーでトリップの小説、3回は書き直しました。<br />飲みやすく…いや読みやすくなってるといいんですが…。<br />ドリップコーヒーを飲んだらポアロにトリップしちゃうお話です。<br />ポアロの中のどこに…とか色々捏造あり。<br /><br />なんでも許せる方向け。
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お仕事でお疲れのヤンデ零さんは面白い彼女を離せない
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注意!
・世良さん成り代わりの小説なので原作の世良さんがいません。
・スコッチの本名を「緑川景光」、偽名を「緋色光」としています。
・5ページ目にいつもの如くIFのお話があります。「スコッチ×世良さん成り代わり」です。
・あくまで本編とは切り離してお読みください。苦手な方は6ページへ。
・コナン知識にわかなのでたぶん捏造あります。
・赤井さんがだいぶ可哀想。
・設定、口調がふわふわです。
・時系列は考えてません。
・何かしら地雷がある方はお逃げください。
[newpage]
わくわく。そわそわ。
友人や家族、或いは恋人。凄く親しい人と久しぶりに会う時って、いつになっても楽しみだっていうのは皆分かってくれると思う。
SNSで連絡が取れると言っても、顔を合わせて話すのとはやっぱり違うし、文字では伝えきれないことだってたくさんある。
何を話そうか、何から話そうか。
そんなふうに考えるとまるで子供のように心が踊る。
前世では職業柄海外へ行くことも多かったけど、実家に帰って久しぶりに家族に会うのは恥ずかしいような、でもやっぱり嬉しい。
こういう気持ちは前世でも今世でも変わらない感情だ。
いつもなら緊張とちょっとの不安でもって鳴らす工藤邸の呼び鈴を、今日は気持ちを弾ませながら鳴らす。
ドキドキしながら待っていると、聞き慣れた足音が近づいてきて玄関の扉を開けてくれた。そしてその向こう側にいた人物に、私は嬉しさのあまり抱き着いた。
『秀吉兄さん!』
「久しぶりだね、真純。」
そう言って私を受け止めてくれたのは、いつもテレビで見る真剣な表情ではなく、ふにゃりと優しげに笑う血の繋がったもう一人の兄、秀吉兄さんだ。
[chapter:兄妹三人水入らず?]
"時間ができたから、久しぶりに秀一兄さんと三人でお茶会でもしようか。真純はいつが暇?"
『本当っ?!』
数日前の夜、秀吉兄さんからそんなメッセージが来て、私は思わず横になっていたベッドから飛び起きた。
高校生の私と違って、沖矢さんは勿論、秀吉兄さんだって太閤名人なんて呼ばれるプロの棋士だからとても忙しいらしい。同じ日本にいるのに会える回数はそう多くない。
"今週末なら大丈夫だよ!"
逸る気持ちを押さえながらメッセージを送る。
"秀一兄さんの事情はいろいろ聞いてる。工藤さんの家に住んでるんだってね。今週の土曜日、そこで待ってるからいつでも来て。待ってるよ"
秀吉兄さんからそう返信がきてから、私は今日という日がずっと待ち遠しかった。
「最近どうだった?学校は楽しい?」
『うん!蘭ちゃんや園子ちゃんっていう凄く仲の良い友達もできたし、それにね、"兄さん"って呼ばせてくれる優しい人達とも仲良くなったんだよ。』
「へぇ!そっか。うんうん。真純が楽しそうで良かったよ。」
秀吉兄さんの隣で、わいわいと会話しながら廊下を進む。久しぶりに会えたことが嬉しくてあっちへこっちへといろいろな方向へ話を広げる私に秀吉兄さんは優しく耳を傾けてくれた。秀吉兄さんのそういう優しさが私は大好きだ。
「兄さん、真純も到着したよ。」
『…こんにちは、沖矢さん。』
「…あぁ。」
リビングに入るとそこには当然沖矢さんがいて。秀吉兄さんとの会話で弾んでいた声のトーンを少しだけ落として挨拶をする。
沖矢さんは特に私に目を向けるでもなく素っ気なく返事を返す。う、やっぱりこの前のこと怒ってるのかな。
落ち着け落ち着け。この前の失態(カップを割るという器物破損)を挽回しなければ。私は絶対に沖矢さんとも仲良くなるんだ。
それに今日は秀吉兄さんもいる。それだけで今日は"いつもと違う"のだ。
秀吉兄さんは私が沖矢さんに嫌われていることを知っているから、いろいろ話も聞いてくれるし、それとなくフォローもしてくれる。勿論それにはとても勇気付けられるけど、それだけじゃない。
本当に、秀吉兄さんがそこにいるというだけで、いつもと違うのだ。……私ではなく、沖矢さんの態度が。
「真純は何にする?」
『どうしよう…。いっぱいあって悩む…。』
秀吉兄さんが皆で食べようと買ってきてくれたケーキ。箱の中には定番のショートケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキに季節のタルトなんかもあって、どれもとても美味しそうだった。
どうしようかな、と悩んでいる秀吉兄さんは「僕と半分ずつにする?そうすれば二つ食べられるでしょ?」と提案してくれる。
『いいの?』
「勿論。どれにする?二つ選んでいいよ。僕は自分の食べたいやつばっかり買ってきたからどれでもいいし。」
『じゃあ、このチョコレートケーキ、……いや、チーズケーキとタルトがいい!』
ちょっと悩んだけど最終的にはチーズケーキとタルトを選んだ。
前世から甘いもの大好きなんだよね…。チョコレートケーキの甘さも好きだけど、チーズケーキの仄かな酸味のある甘さと、サクサクした生地と甘いベリーが組み合わされたタルトも大好きだ。それを秀吉兄さんと共有できるのはもっと好き。
「兄さんはどうする?」
「…どれでもいい。」
「兄さんも真純と半分こしたいって。」
『?!』
そしてこれ。秀吉兄さんは私をフォローしてくれるけど、こういう強引なフォローを結構平気でやる。
だって今沖矢さん"どれでもいい"としか言ってないんだよ?私の名前なんか一ミリも出してないし、ましてや半分こしたいなんて一言も言ってない。秀吉兄さんの勇気というか、度胸?凄いよね、うん。
でも、実は本当に吃驚するのはこれじゃない。
『……沖矢さん、いいですか?』
「……別に、好きにしろ。」
『!、はい!』
ほら!
いつもなら絶対拒絶されるところでYESの返事をしてくれる沖矢さん。
秀吉兄さんが言うと、沖矢さんはいつもと違って少しだけ私への態度が軟化するのだ。
たぶん沖矢さんは私のことは嫌いでも秀吉兄さんのことは好きだから、秀吉兄さんの言うことならと聞き入れてくれてるんだと思う。
いつもなら絶対に半分こなんてできないのに、秀吉兄さんのおかげでできている。もうそれが本当に嬉しくて嬉しくて、思わず頬が緩んだ。
そして私が沖矢さんとの関係改善を諦めきれない原因がこれだ。
沖矢さんには最初からずっとこんなふうに嫌われているわけで、もし一度も優しくされたことがなければ仲良くなるなんて無理だろうと諦めていたかもしれない。
でも、一度も優しくされたことがないわけではないのだ。こうして秀吉兄さんがいれば沖矢さんはいつもより少しだけ優しくしてくれる。
秀吉兄さんに言われたから仕方なくなんだろうけど、それが分かっていても嬉しいものは嬉しい。だからいつか本当に仲良くなれないかな、なんて希望を持っている。
…今はまだ無理そうだけど、いつかは。
一つのお皿に乗ったケーキを沖矢さんと二人で食べる。やっぱり美味しいものは誰かと一緒に食べた方が美味しい。こんなふうに兄妹でそれができるなら、尚更。
ケーキの美味しさだけではない理由で弛む私の顔を、沖矢さんは無表情で見つめながらぽつりと言った。
「……うまいか?」
『はい、凄く美味しいです!』
「……そうか。」
それに沖矢さんと半分こできるのは嬉しいです!、と言う言葉は心の中にしまっておいた。ちなみにこんなふうに普通の兄妹の会話として話しかけてくれるのも、秀吉兄さんがいる時だけだ。
それからも、秀吉兄さんのちょっと強引なフォローは続いた。
「そう言えば兄さんに聞いたけど、手の怪我大丈夫?」
『うん、大丈夫。』
秀吉兄さんはひょいと私の手を掴むと、絆創膏が貼ってある手を観察する。数日はお風呂で沁みたけどその程度だったし、今はもう治りかけていて痛みも全くない。
「……大丈夫なのか。」
すると横から伸びてきた手がぱっと私の手を掴んで引っ張った。秀吉兄さんの手ではない。沖矢さんの手だ。沖矢さんは私の手を暫く見つめてから怪我のことを案じてくれた。
『え、いや、はい、大丈夫です…。そんなに酷い怪我でもなかったので…。』
「……。」
『あ、の、えーと、この前カップを割ったこと、その、まだ怒ってますか…?あれは、あの、ごめんなさい…。』
突然のことに驚きながら返事をするが、それ以降沖矢さんは何も言わない。
手を握られたまま無言で見つめられてやっぱりまだ怒ってるから謝れとかそういう訴えをされているのかと思ってそう言ったが、沖矢さんは眉間に皺を寄せるだけだった。えぇ…?どうすればいいの…?
「兄さん謝りたいんだってさ。」
『?!』
なんで?!今沖矢さん無言だったよね?!そのフォロー無理がある気がするよ秀吉兄さん!
「……カップのことなんて最初から怒ってない。…怪我をさせて、すまなかった。」
『?!』
そして沖矢さんからの突然の謝罪。頭がパニックになりながらも大丈夫だと伝えると沖矢さんは「そうか」と言ってふいと視線を逸らした。
……この様子から見るに、たぶん本当は怒ってたんだろうな。秀吉兄さんが言うから謝ったみたいだ。でも形だけだとしてもこうなった以上、もうこの前のことは持ち出されたりしないだろう。秀吉兄さんパワー凄い。
そしてなんと言っても、今日一番の収穫は。
『秀吉兄さんは、今日はここに泊まるの?』
「うん、そのつもりだよ。」
「……。」
『沖矢さん…?』
私と秀吉兄さんが話していると突き刺さるような視線を感じた。ちょっとびくびくしながら沖矢さんを伺うと、難しい顔でこちらを見ていた。……沖矢さん、たまにこういう顔で私を見てることがあるけど、何を求められているのかいまいち分からない、というかちょっと怖い。
「沖矢さんって呼び方は他人行儀過ぎて嫌なんだって。」
『?!』
その強引な翻訳なんなの?!沖矢さんそんなこと言ってないよね?!そもそも沖矢さんって呼ぶように言ったのは本人なんだよ?!
「いいよね?兄さん。」
混乱する私を置いて秀吉兄さんが沖矢さんに問いかける。
駄目とか言われる以前に沖矢さんに話を振ったせいで最悪私が睨まれたりするんじゃないかと思っていると、沖矢さんの次の言葉に私は驚いて目を見開いた。
「……好きにしろ。」
『え。』
それってプライベートでは沖矢さんって呼ばなくていいってこと?普通に呼んでもいいってこと?
思わぬ事態に期待が湧き上がってくる。本当にいいんだろうかと思いながらも気持ちは隠しきれず、ちょっとそわそわしながら沖矢さんを伺う。
「……好きにしろと言ってるだろ。」
沖矢さんはこちらを見ずに投げやりにそう言ったけど、私はそんなこと気にならなかった。
『赤井さん…!』
私が嬉々としてそう呼んだことに対して、秀吉兄さんが苦笑いしていたことも、赤井さんが「"兄さん"じゃないのか…!」と落ち込んでいたことも、当然私は知らなかった。
更に言えば、翌日私と秀吉兄さんが二人で出掛けているうちに(ポアロに行ってきた)、赤井さんがメアリー母さんから電話で怒られているなんて、想像もしていなかったのである。
[newpage]
「真純と話せない。助けてくれ秀吉」
真純に怪我をさせてから数日。相変わらず謝ることさえできないので、俺はついにヘルプコールをすることにした。
秀吉は俺と真純がどういった状況なのか知っていて、うまくフォローも入れてくれる。
勘違いの原因は俺なので勘違いを正すことはしないし、確かに俺もそれは自分で言うべきことだと思っている……思い続けてもう十年経っている気がしないでもないが、気のせいということにしておこう。
「まだ真純に勘違いされてるの?普通に真純のことが大切なんだって言えばいいだけじゃないか。」
「それが言えたら苦労しないんだ…。」
「言わないから余計と苦労してるんでしょ。」
「……。」
通話口から聞こえる、辛辣だが的を得た言葉に言い返すことができず黙り込む。
分かっている。一言言えば全部解決することは分かっている。しかしそれが中々言えないんだ。それどころか素っ気ない態度を取って更に勘違いさせていることにも気づいている。
それでもさすがに故意ではないとしても怪我をさせておいて謝らないままというのはどうかと思うし、最近の真純とのやり取りは自分でも酷いと思っている。
「最近はどうだったの?」
「…赤井さんと呼ばれていたのが沖矢さんと呼ばれるようになって敬語をやめさせようと思ったら泣かれた。この前怪我させたのに未だ謝れてない。」
「いろいろ聞きたいことはあるけど、どうせ全部兄さんの自業自得だろうからなぁ。」
「頼む助けてくれ。真純と普通に話したい。」
自分の失態を思い返して情けなさで気分が沈み、未だほぼ他人扱いされていることを実感して携帯を耳に当てたまま膝から崩れ落ちた。
「うーん、分かった。僕も久しぶりに真純に会いたいし、真純の予定も聞いてみるよ。決まったら後で連絡する。」
「あぁ…頼む…。」
兄としての威厳なんてあってないようなもので、情けない声で返事をした。そして30分後、俺は見事に週末を真純と過ごす予定を手に入れたのである。
「僕と半分ずつにする?そうすれば二つ食べられるでしょ?」
『いいの?』
「勿論。どれにする?二つ選んでいいよ。僕は自分の食べたいやつばっかり買ってきたからどれでもいいし。」
『じゃあ、このチョコレートケーキ、……いや、チーズケーキとタルトがいい!』
……思ってない。羨ましいなんて思ってない。いや俺は誰に向けて弁解しているんだ。俺の心の声なんて誰も聞いていないのだから弁解する必要なんてないだろう。正直に言う。滅茶苦茶羨ましい。俺も真純と仲良くケーキ食べたい。……これ口に出したりしたら降谷君あたりに気持ち悪いとかなんとか言われそうだな。
「兄さんはどうする?」
「…(真純と分けて食べれるなら)どれでもいい。」
「兄さんも真純と半分こしたいって。」
いつもの如く言葉にせずとも秀吉は俺の意思を汲み取ってくれる。毎回のことだがこういう秀吉のフォローに俺は頼りきってしまっている。情けない?聞こえないな。俺だって降谷君達のように真純と話したいし仲良くしたいんだ。
『……沖矢さん、いいですか?』
「……別に、好きにしろ。」
『!、はい!』
冷たい答え方になってしまって少し焦ったが、真純は嬉しそうに返事をして二人でケーキを食べることになった。
遠慮気味に、しかし嬉しそうにしながらケーキを食べる真純。
「……うまいか?」
『はい、凄く美味しいです!』
「……そうか。」
近くで真純のこんな笑顔久しぶりに見た。嬉しすぎる。俺の妹が可愛い。……もしも、IFの話だが、真純に恋人ができたら絶対に阻止することにしよう。
そして事前に泣きつい……話していたこともあり秀吉はそれからも俺と真純のフォローに入ってくれた。
「そう言えば兄さんに聞いたけど、手の怪我大丈夫?」
『うん、大丈夫。』
「……大丈夫なのか。」
怪我の具合はずっと気になっていた。痛がる様子もないし、秀吉に聞かれた時もけろっとした様子で答えていたので大丈夫だとは思ったが、やはり出血もしていたので気にはなる。
秀吉が見ていた手を横から引っ張り、絆創膏が貼られた手を確認する。きっともう痛みも無いのだろうが、俺の本当の目的は怪我の具合を確かめることではない。
『え、いや、はい、大丈夫です…。そんなに酷い怪我でもなかったので…。』
「……。」
『あ、の、えーと、この前カップを割ったこと、その、まだ怒ってますか…?あれは、あの、ごめんなさい…。』
違う。そんなことそもそも怒ってなんかいない。というかそんな器の小さい人間だと思われて……?いや、考えると悲しくなる気がする。やめよう。
それよりも、俺は真純に言わなければならないことがある。言わなければと、思う、のだが…。
中々言葉が出てこない。言わなければ。また勘違いさせる。しかしなんて言えば。
「兄さん謝りたいんだってさ。」
ナイスだ秀吉。
「……カップのことなんて最初から怒ってない。…怪我をさせて、すまなかった。」
『?!』
やっと、やっと謝れた。
真純は謝られるとは思っていなかったのか、混乱した様子で『だ、大丈夫、です…』と言っている。
それに対して俺は途端に気恥ずかしさが込み上げてきて「そうか」とだけ言って視線を外すことしかできなかった。いや、今回は謝れたから良しとしよう。
そしてなんと言っても、今日一番の収穫は。
『秀吉兄さんは、今日はここに泊まるの?』
「うん、そのつもりだよ。」
「……。」
『沖矢さん…?』
秀吉は秀吉兄さん。
俺は沖矢さん。
本名ですらない。以前はギリギリ赤井さんと呼ばれていたのだ。本名だったんだ。それが自分の行いのせいで沖矢さんと呼ばれることになってしまった。俺だって真純の兄なんだぞ(だから兄らしいことはしてないだろっていう主張は聞こえないと言っている)
「沖矢さんって呼び方は他人行儀過ぎて嫌なんだって。」
『?!』
「いいよね?兄さん。」
「……好きにしろ。」
『え。』
いいに決まっているだろう俺だって兄と呼ばれたいんだ。
「……好きにしろと言ってるだろ。」
期待しながらこちらを見上げる真純。
そして真純だって仲良くなりたいと思っているのは分かっているのに、俺はどうしてこうも素直になれないのか。
だがそんな投げやりな俺の言葉も気にならない程真純は喜んでいるようで、嬉々としながら俺の名前を呼んだ。ついに俺も兄と呼ばれるのか…!
『赤井さん…!』
そうだそうなるのか…!
秀一兄さんとでも呼んでくれると思っていたのだがな…!
これが今まで俺が真純に冷たい態度を取ってきた代償なのか…!
「"兄さん"じゃないのか…!」
そして真純が帰ってから崩れ落ちた俺を微塵も心配することはなく、秀吉はとんでもないことを言い出した。
「あ、そういえばここ最近のことについては母さんに報告しておいたよ。明日あたり連絡が来るかな。無視したりしたらもう助けてあげないから、ちゃんと母さんからお説教されてね。」
まじでか。
[newpage]
注意!
次ページは「スコッチ×成り代わり世良さん」のIF小説です。
組織と戦わない。スコッチがセコムと戦ってるだけ。今回はラスボスの存在が明かされます。
作者の妄想の産物です。
あくまでも本編のIFとしてお読みください。
苦手な方は6ページへ!
[newpage]
「は?」
"真純が男と二人でポアロに来てるぞ"
ゼロからの連絡に、俺は一瞬自分の表情が消えたのが分かった。
真純ちゃんが?男と二人で?まさか浮気?いやいやいや、あれだけ俺を好きだと言ってくれて、あらゆるセコムを掻い潜りながらついに先日恋人にまで漕ぎ着けた真純ちゃん。彼女が浮気なんてするとは思ってないが、その相手の男が真純ちゃんのことをどう思ってるのかは分からない。
パーカーのフードを目深に被って急いでポアロへ。
もしその男が真純ちゃんに邪な思いを抱いているとしたら、一体どうしてくれようか。とりあえずゆっくり"お話"させてもらうとしよう。
ポアロへ入店するとゼロが目配せしてきた。その方向へ目線を向けるとそこには確かに男と二人でいる真純ちゃんがいた。
真純ちゃんは何やら楽しそうに笑って話している。しかも相手の男は真純ちゃんよりも俺に歳が近そうだ。……へぇ?ふうん?でもその笑顔を俺以外の男に見せるのは違うんじゃねぇの?
心の中にモヤモヤとした気持ちが湧いてきて、非常に面白くない。
「真純ちゃん、その男、誰?」
二人が座っているテーブルの横に行き、真純ちゃんの手首を掴むと、突然俺が現れたことに真純ちゃんは驚いたように俺の方へ顔を向けた。
『ひ、光さん…?どうしたの…?』
いつもとは様子の違う俺に戸惑いながら手を引こうとする真純ちゃん。しかしそんな彼女の手を離さないまま向かいに座る男を睨むと、その男は驚いたように言った。
「もしかして、真純の恋人?」
「…そうだけど。あんた誰だ?」
『う、あ、ひ、光さん…!』
こいつ真純ちゃんに恋人がいるって分かって近づいたのか?いい度胸だな。
真純ちゃんは俺の言葉に顔を赤くさせて慌てていた。そしてそれを疑問に思う前に、目の前の男が発した言葉で俺は全身の血の気が引いていくのを感じた。
「そうなんだ!どうして教えてくれなかったんだよ真純!はじめまして!僕は真純の兄の羽田秀吉!よろしくね!」
「……へ?」
あに、あに、兄?
真純ちゃんの、お兄さん?
それを理解した途端、俺は自分が何を仕出かしてしまったのか分かって綺麗に掃除された床に膝を折って頭を擦り付けた。
「ほんっっっとうにすいませんでした!!!」
彼女の兄のこと睨み付るなよ俺の馬鹿!!!
「えーと、真純ちゃんとお付き合いさせてもらってる緋色光といいます…。あの、本当にすいませんでしたお兄さん…。」
真純ちゃんの隣に座り改めて謝罪すると、お兄さんは気のいい人みたいで特に俺を責めたりはしなかった。
ほんといい人で良かった。やっぱり家族にちゃんと認知してもらうのは大事だよな。赤井?あいつはほら、兄()だから…。
「あはは、気にしなくていいよ。それにしても、真純に彼氏かぁ…!真純も成長してるんだねぇ…!」
更にお兄さんは真純ちゃんの交際には肯定的みたいで、恋をしている真純ちゃんに成長を感じているらしく、何やら喜ばしそうだった。……なんだかんだ俺と真純ちゃんのことを肯定的に認めてくれたのってお兄さんが初めてじゃないだろうか。
「あの、真純ちゃんもごめんな?ちょっと俺が勘違いしてた…。」
『大丈夫だよ。私も全然気にしてないから。……それに、あの、光さんがあんなふうに必死になってくれるの、……その、ちょっと嬉しかった…。』
そう言って恥ずかしそうにしながらもふにゃりと笑う真純ちゃん。
それ俺に嫉妬されて嬉しかったってこと?この子どれだけ俺の男心を刺激してくるの?やめて?俺の方が歳上なんだから格好よくてスマートなところ見せたいのに、そんなこと言われたら余裕無くなるだろ?
「…俺だって真純ちゃんのこと好きだから、嫉妬ぐらいする。」
『!』
俺がそう言うと、真純ちゃんは顔を赤くさせて俯いた。そして『光さん…』と小さく俺の名前を呼んだ。可愛い。
『あのね、その、凄く嬉しいんだけど……』
「ん?」
そこまで言うと真純ちゃんは両手で顔を覆って居たたまれない様子で呟いた。
『秀吉兄さんの前だから凄く恥ずかしい……!!!』
「……。」
まぁ、忘れてたよな。
「あ、そうだ。僕は真純の恋は応援したいと思ってるけど、母さんには気を付けてね。」
「へ?」
「過保護、というわけではないんだけど、一人娘で、それなりに可愛がってるから。たぶん泣かせたりしたら両目抉られるぐらいは覚悟しといた方がいいと思う。」
「……。」
「ゼロ。」
「ゼロじゃなくて安室透な。」
「お前さ、」
「あぁ。」
「お兄さんだって分かってて俺に連絡しただろ…!」
「当たり前だろ。入店してきた瞬間に関係の確認はしておいた。」
「じゃあなんであんな連絡してきたんだよ!」
「……嫉妬深い男は嫌われると思ったのに…。ちっ」
「……。」
真純ちゃんと恋人同士になったからといって、どうやら俺はまだまだ気を抜いてはいけないらしい。……俺、いつか刺されたりしないよな?
[newpage]
末っ子
散々長男に冷たくされても仲良くなろうと思えるのは次男が仲介してくれればわりと仲良く(当社比)できるから。その時のことが嬉しくて諦めずに頑張れる。
次男のフォローには長男が渋々従っていると思っている。
IFでは嫉妬されてちょっと嬉しかった。
長男
次男がフォローしてくれればいつもより妹と良好な関係が築ける。自力では無理。情けないと言わないで。
妹に勘違いされていることに切羽詰まっていても恥ずかしいとか言って本心を打ち明けないのは、心の何処かに次男がフォロー入れてくれるという甘えがあるから。ポンコツの原因。
呼び方が改善されたことに喜んだけど、改善されても尚名字呼びだという事実にちょっと泣いた。
兄()なのでIFでは出番なし。ちゃんとした兄になって出直してきてください。
次男
対長男用の高性能翻訳機。前回の件を謝らせ、赤井さん呼びを復活させた功労者。敬語をやめさせたい?それぐらい自分でやりなよ。
長男の翻訳機にはなってくれるが、勘違いを解くのは長男自身がやるべきだと思っているので、自分が末っ子に真実を伝えるつもりはない。頑張ってね兄さん。
でもやっぱり妹が可愛いので長男がやらかした事については全部[[rb:メアリー母さん > ラスボス]]に報告してる。それで長男が母親に制裁されようがそこは自業自得だと思っているので一切の慈悲はない。
妹に対する口調は原作よりも優しめ。
IFでは妹の交際に肯定的。たぶん妹との恋バナに憧れてたりする。真純の彼氏の話聞かせて!そして僕の由美タンの話も聞いて!
IFスコッチさん
セコムこえーだなんだと言っているが自分以外の男がそういう意図を持って真純ちゃんに近づけば一番にキレるのはこの人。
お兄さんに認められたと思ったらお母さんというラスボスの存在を知って戦慄している。
IF透兄さん
無理矢理別れさせるつもりはないが、真純ちゃんの方から別れたいと言わせればいいと思ってる。嫉妬深い男って嫌われるだろと思ってたら予想外に真純ちゃんの方がときめいちゃってしかも次男にも認められてて舌打ち。
メアリー母さん
ラスボス。
次回、FBI&主人公がポンコツ兄貴()を白い目で見るのとかどうでしょう。
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コメント欄で次男を望んで下さる声が多かったので今回はついに次男登場です。長男に対してどういう態度を取るのかは本編で。相変わらず成り代わり世良さんは赤井さんに嫌われていると勘違いしていますが次男は結構いい仕事してくれます。<br />そして相変わらずIFでは降谷さんがいろいろ企んでる。だがいつから降谷さんがラスボスだと錯覚していた?<br />……しかしすまない。秀吉さんの「吉」、下が長い奴が出てこないんだ。パソで環境依存の設定とか使えば出るのかな。私のスマホでは限界だったようです。コピペしても文字化けしました。くそう。<br /><br />※追記(9/7) お礼&報告<br />・9月04日付の[小説] デイリーランキング 37 位<br />・9月04日付の[小説] 女子に人気ランキング 14 位<br />・9月05日付の[小説] デイリーランキング 23 位<br />・9月05日付の[小説] 女子に人気ランキング 84 位<br /><br />評価してくださった皆様、本当にありがとうございます!<br />コメントが秀吉さんへの称賛と赤井さんへの塩対応で溢れていて思わず笑ってしまいました。私赤井さん好きなキャラクターなんですがね…。何故でしょうか…。<br />と言いつつも、次回はこれまで秀吉さんに甘えてきた赤井さんが痛い目見る話です。お楽しみに(ひどい)
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兄妹三人水入らず?
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10078269#1
| true |
何が起きた。
確か特異点を探索してて、それからジャンヌ
と口論になって、彼女を放っておいて逃げ出したのか。本当に情けない。
でももういいか。多分俺は死ぬ。
もう戦わなくていいんだ。
座に還ったサーヴァントには「頑張れ」なんて言われたけどもう頑張りたくなんてない。
目覚めた他のカルデアのマスターがきっと俺の汚名を雪いでくれるだろう。
でも結局彼女との約束は守れないのかな。凡人の俺が英霊の彼女を救うなんてこと自体が烏滸がましかったのかもしれない。
もう疲れた。
......眠い。
なんでこんな雨の中外で寝てるんだ俺。
あの酒呑童子は敵だったのか。
でもカルデアの酒呑童子と別個体だった割には確実に俺のことを知ってるようだった。霊基が違う以上記憶も基本的には引き継がれない筈。
ああもう分からない。何も分からない。
でも一つだけ。
口一杯に血の嫌な味が広がって、視界が狭まっていくあの一瞬。
「死にたくない」って、そう思った。
[newpage]
ポタリと額に雫が落ち、意識は覚醒する。
「......あれ....生きてる....?」
雷雨に体を打たれながら倒れた時には死を覚悟していたがなんとか生きていたらしい。横たわる体を起こし周りを見渡してみる。最後の記憶にある鬱蒼とした森林ではなくどこかの屋内のようだ。だが照明の一つもなく真っ暗で壁にはツタが這い、苔が生えていて湿っぽく、床はいやにぬめついており、お世辞にも手入れされた建物とは言い難い。
これは夢の中なのではないかと、ベターだが頬をつねってみる。
やはり現実だ。だんだんと頭が冴えてきて倒れる寸前の記憶が蘇り始める。
「確か酒呑童子といて、それから何かを背中に突き立てられて、腹から刃物が.......腹?」
急いで服をまくり上げる。
そこには大層に包帯が巻かれた治療痕があった。おそるおそる包帯を解き、そして絶句する。穴だ。腹に穴が空いている。生きているということは致命的外傷では無いのだろうが痛みが無いのがかえって不気味だ。
「あらようやっと起きはったん」
「........!?」
暗がりでよく見えない、が見える必要もない。その声は紛れもなく倒れる直前まで話していた少女の声。そこに立っているのは俺の腹を抉った鬼だ。
「酒呑.....童子....!」
「もう酒呑ちゃんとは呼んでくれへんの?...まぁ腹に風穴開けられた相手には心開かへんのも当然やね」
次第に目が暗闇に慣れ、ケタケタと笑う彼女を認識する。
「さて旦那はん、色々聞きたいことあるんやない?」
聞きたいことなど腐る程あるが腹部に空いた空洞が頭から離れず恐怖で冷や汗が止まらない。
「君は...俺の知ってる酒呑童子ではないんだよね」
「難しい質問やね、そうでもあるし、ないとも言えるわ。少なくともうちは旦那はんのカルデアにいる酒呑童子とはちゃうよ」
その言葉を聞きひとまず安堵する。共に過ごして死線を何度も越してきた自分のサーヴァントに背後から殺されかけるなんて笑い話にもならない。
「けどな、旦那はん」
座る俺の目の前にずいと近寄り鬼はニヤリと嗤う。
「うちはあんたはんを知っとるよ。よーく知っとる」
その妖艶で不気味な笑みに身震いする。サーヴァントは基本的に記憶を引き継がない。いくらカルデアの召喚方式が通常と異なるとはいえ、他の聖杯戦争の記憶が存在するサーヴァントがカルデアに召喚されても、その逆は有り得ない。だが今はそんなことを考えても行き詰まるだけだ、今確認しなければならないことは一つ。
「君は...俺の敵なのか?」
「敵やよ、間違いなく」
「なら...なんで俺の事を殺さないんだ...!治療なんかして....何がしたいんだよ!」
「そない躍起にならんと、はんなりしはったら?鬼が人をどう食らうかなんて人が気にすることあらへんよ。でもそやね、ただ食らうてもつまらんからうちらは少し祭り事をしよう思うんよ」
『うちら』?仲間がいるのか、それに祭り事ってなんだ?
「少し話に花を咲かせすぎなんじゃないかい?」
錆びた扉が甲高く開く音を聞き俺と酒呑童子は目線を入り口に向ける。
「堪忍堪忍、可愛らしゅうて興が乗ってしもたんよ」
「あなた、は......」
白い外套に身を包んだその人は目を凝らさなくても目視できた。
「やぁマスター君、皆大好きマーリンお兄さんだよ」
飄々と笑い花の魔術師が立っていた。
絶望で自分の顔が引きつっているのが分かる。
「そんな...あなたもなのか....?」
「ああ、確かに私達は君の敵だ。いずれ君の命を奪うことになるだろう、まぁまだその時ではないがね」
自分の知る人と同じ顔の人に同じ口調で殺すと言われると堪えるものがある。
気がふれてしまいそうで耳を塞いだ。
「もういい、殺してくれ...!もともと生きる気力なんて無くなってたんだ、これ以上君らの声を聞きたくない!」
「困ったなぁ、ここまで追い込んでしまうとは....いや君は既に追い込まれていたのか」
「ほんなら」
酒呑童子が顔を近づける。こんな状況であるにも関わらず綺麗な小顔を寄せられドキと早鐘を打つ。そして、
「こうすればよろしおす」
「っ!?!?」
彼女の手が俺の脇腹を貫いた。
「あっが......はっ.....!?」
「折角傷口塞ぎかけてたのに堪忍な。でも痛みは生きとる証やさかい、これで死ぬんは嫌になるやろ?」
「君のそれはかえって死んでしまいたくなるほど苦しそうだけどねぇ...ほどほどに頼むよ...」
腹を内側から触られる。臓物を左から右へ、右から上へかき混ぜられる。背骨を撫でられ激痛と悪寒で頭が飛びそうになる。けどここで意識を手放せば次は目を覚まさないかもしれないと恐れ懸命にしがみつく。
....恐れる?俺は死にたいはずなのになぜそんなことを....?
「はいはい痛い痛い、泣き叫んでもええよ?まだ旦那はんのサーヴァント達はこちらに気づいてへんみたいやし。一旦休憩しよか?初めての臓物を直に触られる感触は堪えるやろ」
酒呑童子が手の動きを止めこちらを窺う。
我ながらよくまだ意識を保てていられるなと感心してしまう。
誰かの手が腹の中に存在する事実が言いようもなく不快だが、手を引き抜かないことにより逆に失血せずに済んでいるようだ。
「ゲホッ......な...で、こんなこと......」
喀血しながら質問する。喋るだけでも貫かれた腹筋が痛み、頭がおかしくなりそうだ。
「旦那はんにはまだ生きてて欲しいんよ。うちらの祭り事のためにもな?」
『生きていろ』なんて、腹を弄りながら言うことかと睨みつけるがそれよりも彼女の言う祭り事が気になった。
「なん、なんだ、その祭り事って....!」
「そうだね、何も知らせないでおくのも可哀想だしネタ晴らしといこうか。端的に言うとねマスター君。私達はこれから君の所属するカルデアに聖杯大戦を仕掛けようと思うんだ」
「聖杯、大戦...?」
何かの文献で読んだ気がする。確か通常の7騎で争う聖杯戦争とは違い、二つの勢力に分かれた14騎で争う異例の聖杯戦争.....
「そう、私と酒呑童子の二人以外にもあと五人のサーヴァントが存在する。そちらのカルデアからも七人選抜してもらい、聖杯をかけて戦うのさ。といってもあちらとしては聖杯よりも君を奪還するための戦いになりそうかな?」
忘れていたがここは特異点だ。聖杯があるのは当然、だがその聖杯をかけて大戦を行うなんて異例中の異例だ。
「い、意味が分からない...!なんで、そんなことする必要がある!?」
「それはまだ言うべきではないかな...あ、今のシャーロックホームズみたいだ。どうなんだろう、君が居ない現状7騎のサーヴァントはダヴィンチやホームズが主体となって決めるのかな?」
ちょっと待て、ホームズの存在は外部には一切漏らさないようにしていたはずだ。なんなんだこの二人は、カルデアのことをどこまで知っている?
「さて、私はそろそろ戻るよ。色々と準備があるからね。じゃあ酒呑童子、あんまりやんちゃしちゃダメだよ?」
「はいはい、あんたはんもはよ取りかかってや。うちそろそろ身体が火照って治らんわぁ」
マーリンが部屋を後にし酒呑童子と二人になる。
「うふふ、不安そやね。お仲間が心配?でも今は自分の身体を気遣った方がええよ?」
再び遊ぶように腹の中を弄りはじめる。
「っぐ...あぁ.....!!」
「.....にしてもようけ堪えるんやねぇ。てっきりあっちゅう間に失禁して倒れてまうかと思たのに。初めての割には立派立派、偉いなぁ」
右手を腹に突っ込みながら左手で頭を優しく撫でてくる。
「...は、ははは。実は、初めてじゃ、ないからね」
「臓物を触られるのが?あらぁけったいな人やね、最初に言うてくれればもう少し色々と趣向を変えたのに...イケズやなぁ」
「君は、覚えていない、だろうけど、前にも君にこうして、腹を貫かれたことがある」
それは下総の国の英霊剣豪との戦いでのことだ。
「あの時の君は、正気を失いながらも、俺を助けてくれた」
腹を貫かれたのは事実だが、それを介して彼女はあの時俺の中の魔術回路を馴染ませ、通信不能だったカルデアとの連絡がつくようになった。それが意図的なものなのか偶然なのかは定かではない。だけどきっと彼女は狂気に抗い俺を助けてくれたのだと信じている。
「霊基が変わろうと、関係ない。酒呑童子は...酒呑ちゃんは、俺の大切な、サーヴァントの一人だ」
「...............へぇ」
酒呑童子の目の色が変わる。ゾワリと鳥肌が立ち、次の瞬間には内臓を掴まれギリギリと締め付けられた。
「あっぐ.....があああぁぁぁ!!」
比べ物にならない激痛が電流のように身体を駆け巡る。
耐えられず大量に喀血し、ぎりぎりしがみつけていた意識もついに手放した。
「あぁっしもた、やりすぎたなぁ.....」
[newpage]
特異点でマスターが消失したその数時間後、レイシフトしていたサーヴァント一行は事の重大性を把握し、一度カルデアに戻っていた。最悪な現状の確認、見えない敵方の実態などカルデアに残るサーヴァント全員とカルデア職員が管制室で一堂に会し報告し合う。
しかし敵影を見た者が一人もいないため話し合いは滞っていた。
「....どういう事だルーラー。汝がマスターに着いて行くと言うから我々は任せたのだぞ!」
「ごめん、なさい.........」
「やめろ姐さん、賛同したのも俺たちだ。責任があるとすれば特異点に赴いたサーヴァント全員だ」
レイシフトしていたサーヴァントの一人、アタランテは激昂し、同じくレイシフトしたアキレウスはそれを諫める。
誰も悪くない、集った人たちがそう言い聞かせ合うが当人であるジャンヌダルクはマスターが居なくなる寸前、彼と口論していたために酷く負い目を感じていた。
「とにかく今カルデアスタッフが総動員して特異点を再解析し彼の行方を追っている。だがそれもいつ終わるか分からない。君達にはその間再び特異点に行き、なんでもいい、気付いた事があれば教えてほしい」
ダヴィンチが混乱する一同を纏めるが、マスターが消えたという事実以外分からない現状、方針もあやふやになってしまっている。カルデアは焦燥に駆られ右往左往している状態だった。
「ダヴィンチちゃん、先輩は大丈夫なんでしょうか...」
「いくらカルデアの電力量があってもこの大勢のサーヴァント全員の現界を一任することはできない。彼らが現界出来ているということはつまりまだ彼は一応無事なんだろう」
心配そうに問うマシュに対しダヴィンチは冷静に努め、安心するように促す。しかし、マシュが懸念しているのは別のものであった。
「....いえ、それもそうなんですが、先輩は最近その...すごく不安定な状態でしたから」
一つ嘆息を溢しダヴィンチは自嘲気味に笑う。
「ああ、その通りだ。正直私もそこがすごく不安でならない。.....気づいてはいたさ、バイタルチェックは怠っていなかったからね。でも、何も言えなかった。彼があんなにも周りに心配をかけまいと懸命に笑顔をつくっているとね、『なぜそんなに辛そうなのか』なんてとてもじゃないが言えなかった。彼のその強がりに便乗することしかできなかった。変な優しさや発破をかけてしまえばそれこそ彼が壊れてしまう気がしたんだ。私のミスだ、彼の苦しそうにする理由さえ気付けない私のミスだよ....」
普段の自信に溢れる彼女では想像つかない程、ダヴィンチは項垂れ自らを嘲っていた。
「いえダヴィンチちゃんのせいではありません。ここにいるサーヴァント全員、先輩の辛そうな顔を救うことなどできませんでした。私は、いつも先輩の側にいたのに.....一言も、何も言えなかった.....!」
マシュが唇を噛み目に涙を浮かばせる。それを宥めるように呪腕のハサンは左手で彼女の頭を撫でた。
「マシュ殿、どうか涙を拭かれよ。己が憎いのは我々サーヴァントも同じ、今にも壊れてしまいそうな魔術師殿を見ていながら我々は彼に何もしなかった、何もする事が出来なかったのです。せめて清姫殿や静謐には魔術師殿に落ち着く時間を作れるようにと自重させはしていましたが、かえって魔術師殿を孤独に陥れてしまったのやもしれませぬ...」
仮面越しに後悔の表情を浮かべる。誰もが不安と後悔に苛まれる中、カルナは顎に手を当て冷静に問う。
「.....ルーラー、お前はマスターから何か聞かなかったのか。最後に会っていたのはお前だろう」
「わ、私は......」
ジャンヌダルクは言い淀んだ。マスターが苦悩していたおそらくの理由、それを言えばここにいるサーヴァント達の疑問も解消されるだろうがそれは今まで精一杯肩肘を張ってきたマスターの想いを無下にするのではないかと言葉を詰まらせる。
「.....いや、やはり言う必要はない。それより今はマスターの安全を確保することが最優先事項だ。ダヴィンチ、解析とやらが終わるまで俺たちに特異点に赴けと言っていたがそれは些か剣呑ではないか、敵の素性が分からぬ現状、安易に行動を起こすべきではないと思うが」
何かを察したのか、それともただ単に今話す必要はないと再考したのか定かではないがカルナは静かにダヴィンチの謀を否定する。
「はぁぁ!?テメェ馬鹿か!あいつは今生きてるだけで安全とは限らねえんだぞ!敵方に囚われてる今、何されてっか分からねえ。どんだけ楽観して考えても拷問されてんのが関の山だ!それまで指咥えて待てってのか!?」
それに噛み付くのは反逆の騎士モードレッドだ。刺すような炯眼で睨みつけるモードレッドにどこまでも冷静にカルナは応える。
「その通りだ、囚われたマスターが無傷でいることなどおそらくありはしないだろう。だがそれで周りを顧みず動き回った所でマスターを取り戻せるわけでもないだろう、却って敵に足を掬われ状況を悪化させる一途だ」
「そんな理屈は聞いてねぇんだよ.....!」
どこまでも二人の意見が交わることはない。
「俺はあいつに剣を預けた。名誉を、命を捧げると誓った!!あいつに何かあったら騎士の名折れ、いやもうそんなもんどうでもいい。きっと俺はこの先もう剣を握ることはできなくなる、あいつを守れなければモードレッドは死ぬんだよ....!」
モードレッドの語りに思うところがあるのか、カルナは何も言わなかった。
「敵に足を掬われる...?上等だ!テメェも英雄なら不意打ち食らうついでにそっ首落とす気概くらい持てよ!!なんであいつが、人理を救ったあいつが誰からも救われないんだよ!?」
普段の彼女からは窺い知れないモードレッドの熱の篭った弁に周りのサーヴァント達は魂を揺さぶられる。
「.....そこまでにしておけよ狂犬、そこなランサーの言うことに非はない。悲壮を抱えるのが貴様だけだと思うな」
「........なんだと?」
モードレッドを押し鎮めるのはキャスターとして召喚された賢王ギルガメッシュだった。
「貴様の騎士としての矜持など知ったことではない、だがあいつの数奇な天命に憤るのも分かる。今は耐えよ、貴様一人見えぬ敵に剣を振りかざしたところで空を斬って終わるのは自明だからな」
再びモードレッドは食ってかかろうとするがギルガメッシュの神妙な面持ちと悲哀に満ちた眼に思わず押し黙る。
「業腹だがな、待つしかあるまい、今は待つしか......む!?」
賢王の血相が変わる。
カルデアに突如流れ込んできた不自然な魔力にギルガメッシュだけでなく、キャスター陣全員が身構えた。
管制室の上空に集まる高度な魔力にキャスターだけでなくサーヴァント全員が目を見開いた。
「な、なんですかあれは...!?」
「サーヴァント反応.....!?」
口々に動揺を漏らす。ただごとでは無いと武装を始めその異様な光景を凝視する。
そして上空に突然現れる見知ったサーヴァントの姿に空気が凍りついた。
「ほう、懐かしい顔ぶれだ。少し感慨深いな」
「スカ...サハ...!?」
そのサーヴァントは先日カルデアから座に退去した影の国の女王、スカサハその人であった。既に居るはずのないそのサーヴァントに一同は息を呑む。
そして一番最初に口を開いたのは意外な人物だった。
「....亡霊でもない限りここにアンタが居るはずがない。どういう絡繰でここにいるかは知らないがうちのマスターを攫ったのはスカサハ、アンタか」
バーサーカーとして現界した狂王クー・フーリンは鋭い眼光で問い掛ける。
「クーフーリンか久し振りだな、その姿のお前は私の好みではないが嬉しく思うぞ。お前の推察通りだ。カルデアのマスターは私達が拿捕している」
それを聞き呆然としていた一同は再び構える。
「おい、マスターは無事なのか...!」
矢を構えアタランテが鋭く睨む。
「そうささくれだつな。命は取って置いてるさ、だが傷物になっているかは私の知る所ではない。私以外にもサーヴァントがいてな、手足の一本や二本捥いでいてもおかしくない輩も居る。そこはお前たちのマスターのツキにかかっていよう」
「......!!ふざけるな!!」
アタランテがスカサハに向けて渾身の一矢を放つ。だがその完璧な精度で放たれた矢は届くことなく、ただ風切り音を出しながら天井に突き刺さった。ギリと奥歯を噛み締め上空に浮かぶスカサハを睨みつける。
「なぜだ...!どういうことだ!」
「悪いがここにいる私はいけ好かない魔術師の幻術によるものでな。いくら攻撃を放ったところで私に届くことはない.....む?なに、巻きで?どういう意味だそれは?急げということか?」
不敵に笑うが、なにやら向こう側で話し合いをしたのちに一つ咳払いをする。
「失礼、さて本題に入ろうか、別に私はお前たちと喧嘩をしに来たわけではない。あくまで宣戦布告をしにきたまでだ」
「宣戦布告だと....!?」
「カルデアに集いしサーヴァント達よ、我々7騎のサーヴァントはお前達に聖杯大戦を仕掛ける」
「聖杯大戦!?」
その言葉に一部のサーヴァントが反応した。
「明晩、我々は捕縛したカルデアのマスターを殺す。確実にな。それを阻止したくば7騎のサーヴァントを選取した後、我々と殺し合え。場所はそこなカルデアを支える精鋭達が居れば自ずと示されるだろう」
モニター前で慄き身震いしているカルデア職員達をスカサハは見遣る。
「待ってくれスカサハ、聖杯大戦というからには聖杯はそちら側にあるという認識でいいのかな?」
ダヴィンチの問いに静かに頷く。
「ああ、聖杯は既にこちらが所有している。安心しろ、聖杯による魔力の支持は一切しない」
「うーんそうなるとおかしな話だね。それならわざわざ私達とことを構えなくても良いはずだ。聖杯の魔力が足りていないとしてもそちらに既に7騎いるなら勝手に聖杯戦争をやってくれていればいいしね。なぜそうまでしてカルデアに戦いを仕掛ける必要がある?」
「そうだな、話す必要はないが話す義理はあるか。強いて言えば我々のマスターがそれを望んでいるからだ、それに従っているに過ぎない。別に強制はしないさ、戦いたくないならばそうすればいい、未熟なカルデアのマスターが一人死ぬだけだからな」
「....随分挑発するんだね」
スカサハの冷ややかな笑みと高圧的な態度に一同は気圧される。
「なに、どの道私達は翌晩までは待つさ、好きにすればいい。ではな勇士達よ、後ろの魔術師が早くしろと急かしてくるのでここらで失礼する」
上空に浮かんでいたサーヴァントの姿は再び小さな魔力の粒子となり消えていった。
同時に張り詰めた空気もようやく弛緩していく。そしてダヴィンチはこれ以上ない程大きな溜息を吐いた。
「ややこしい事になったよ、本当にややこしい...」
「は?なんでだよ、敵さんがわざわざ姿見せにきて喧嘩振っかけに来てくれたんだぞ、最高に分かりやすい展開じゃねえか。ほらさっさと七騎選んじまおうぜ!」
「たわけ、唐突に現れた敵対者の言を鵜呑みにする阿保がいるか」
「むぅ、しかしこのままでは魔術師殿の身が危ういのも事実。ここはやはり賭けに出るべきなのではないか」
「だがああ言いはしたものの彼方のサーヴァントが七騎であるとは限らない、それに聖杯を所持されてる以上俺達の圧倒的不利には変わらないだろう」
口々に不安不満を漏らし混沌とした中、管制室の入り口が開き足音が近づく。
「諸君、お邪魔するよ」
「ホームズさん!どうして今迄姿を見せてくれなかったんですか!」
事が終わった後に呑気に管制室に現れたシャーロックホームズにマシュは息巻いた。
「すまないミス・キリエライト。なにぶん私は極秘の存在だからね、外部の者に知られる訳にはいかない。...まぁ彼女が正真正銘の外部の者でなければこの隠匿には意味が無いが.....」
「ホームズさん?」
「失礼、憶測で語るのはよしておこう。それよりダヴィンチ女史、君は何を躊躇している?時間が無い、至急七騎のサーヴァントを選抜し特異点の解析を進めるべきだ」
「おいおいホームズさっきまでの話聞いてた!?そんな単純な話じゃ...」
「いや、単純な話さ。我々は先程まで収集のつかない状態に陥っていた。ひとまずスカサハ氏の言が真実と仮定しよう、彼の命を奪われる残り一日と数刻、それまでの間に相手を出し抜き彼を奪還する手筈を整えられるかい?それは無理だ、なにせ今の今まで何も出来ていなかったからね」
煙草を吹かしながらホームズは冷静に状況を確認する。
「それはそうかもしれないが...」
「次に罠という可能性だが、まぁ大いにあり得るだろう。約束を破ろうとして罠に嵌る、なんてことにならないよう7人のサーヴァントで赴くという条件は呑んだ方がいい。ただしマスターの身への懸念はおそらくする必要はない」
どういうことだとサーヴァント達がどよめく。
「彼らの目的の話だ。仮に彼らの目的がマスターの命だった場合、囚われた今も彼が生きているのはおかしい。拷問の後に殺すという算段だとしても、敵が態々私達の元に姿を見せるのは悪手だ。次に聖杯だった場合、その件に関しては先程ダヴィンチ女史が言っていた通りだ。特異点を引き起こすほどの聖杯だ、魔力不足という線もあり得ないだろう。とするならば、考えられるのは一つ。彼らの目的は私達カルデアと戦闘を起こすこと、それ自体だと思われる。その動機は流石に窺い知れないがね、聖杯大戦とは銘打っているがその実、只の合戦だろう」
「しかしホームズ、もし彼らが魔術協会と関わっていたらどうする...!仮に正々堂々戦って彼を取り戻すことが出来たとしても、このデリケートな時期に魔術協会を敵に回すような真似をすればもはやカルデアは終わりだろう...」
「.....らしくないなダヴィンチ女史」
あいも変わらず落ち着いた様相でホームズは続ける。
「素性の知れないサーヴァント達、勿論彼らが魔術協会からの指示で動いている線は否定しきれない」
ホームズがカッと見開き真っ直ぐダヴィンチを見つめる。
「それがどうした。今考えるべきは彼の奪還、それ一つで充分だ。その時はその時で考えればいい。人理を救った彼の物語がこんな安い[[rb:悲劇> トラジック]]で終わっていい筈がない。君はそれで権力に傅き彼を見捨てる事が出来る人種でもないだろう。高圧的な者がいれば気づかれないように足を掛ける、それが君だと思っていたが?」
「なんという風評被害...!」
「...とはいえ私が何と言おうと今の責任者は君だ、君の判断に一任するがね」
ホームズが話し終わり、モニター前の椅子に腰掛ける。
ダヴィンチは再び大きな溜息を吐く。
そして何かを吹っ切ったように喜ぶでもなく悲しむでもない咆哮をした。
「だぁーもう、そこまで発破かけられちゃやるしかないじゃないか!!職員の皆は先程現れたスカサハの魔力を追って相手の本拠地の解析、そしてサーヴァント諸君。これから戦い、いや相手の言を借りるなら聖杯大戦に赴く7クラス一人ずつのサーヴァントを選定する!」
「ダヴィンチちゃん....!では私は職員の皆さんを手伝ってきます!!」
ダヴィンチの宣言にマシュは応えるように嬉しそうに笑う。
「しかしダヴィンチ、選定と言うが貴公は何を基準にするつもりだ。単に戦闘力で選べるほど此度はそう単純な戦場ではあるまい」
ヴラド三世が多くのサーヴァントの疑問を代弁する。
「ああ、それなんだが聖杯大戦は普通の聖杯戦争とは訳が違う。味方との連携が関わってくるからね。だから過去聖杯大戦を経験したことのあるサーヴァント達に依頼したい。構わないかい?」
ダヴィンチがサーヴァント達に問いかけ、全員がそれを了承する。
「ではまずセイバーだ。モードレッド、ジークフリート、君達のどちらかに任せたい」
モードレッドとジークフリートが顔を見合わせる。
「どうすんだ、[[rb:黒のセイバー> すまない]]」
「その呼び名はやめてくれ.....。俺もマスターの為に剣を振るいたいが赤のセイバー、君は俺が何と言おうと自分が行くつもりだろう」
「....ああ、よく分かってんじゃねえか」
「なら君に任せる。相手が分からない以上、君の型破りな戦法は強力な武器だ。...但し、必ず勝って来い」
「はっ、そんなんお前に言われるまでもねえ!」
ジークフリートの熱い眼差しに応えるようにモードレッドは彼の胸を小突く。
「決まりだね。セイバークラスはモードレッドに任せる。次にランサーはカルナとヴラド三世なんだが...カルデアではワラキア公はバーサーカーとして召喚されてるからカルナ、君に頼みたい」
ダヴィンチから視線を送られカルナは静かに頷く。
「承知した。必ずマスターを取り戻すと誓おう」
「よし、次はアーチャーだ。経験者はアタランテとケイローンの二人だが...」
「どうする黒のアーチャー...いや今はケイローンと呼ぶべきか」
「そうですねアタランテ。この重要な戦、私も赴きたいのは山々ですが....アタランテ、貴方にお願いしたい」
「何故だ?戦力としては...認めたくないが汝の方が幾らか上だろう」
「実はこの頃、具体的にはこの特異点が発生したあたりから私の霊基は不安定なのです。理由は分からないのですが万全とした状態ではない以上、皆の足を引っ張るわけにはいきません。お願いします、アタランテ...!」
「.....分かった、私が行こう。汝の想いを踏みにじりはしない」
「それではアーチャークラスはアタランテで。次にライダー、アストルフォ、アキレウスの二人だ」
二人のライダーが目線を交わす。
「さて、どうするアストルフォ?」
「....僕はなんとしてもマスターを助けたい。マスターは今まで弱い僕を信じて戦ってくれた。だから..」
アストルフォは困ったような笑顔を見せる。
「君が行ってきてよアキレウス!」
驚いたアキレウスは目を瞬かせた。
「いいのか?お前が助けたいんじゃないのかよ」
「助けたいよ、けどさっき言った通り僕は弱い。志だけではマスターは助けられない、だろ?だからさ君が行って必ず助けてきて!!」
アストルフォが拳を突き出し、応えるようにアキレウスは自分の拳を重ねた。
「....ああ、任された。お前の意思は俺が引き継ぐ」
「決まったね。次にアサシン、ジャックザリッパーとセミラミスなんだけど...」
「ねぇ...[[rb:マスター> お母さん]]どこ...?」
状況を飲み込めず、ジャックザリッパーは周りのサーヴァント達にマスターの居場所を聞き回っている。
「...ジャックだと少々心残りがある。だからセミラミス、君に任せたいんだけどいいかな」
「ああ、分かった」
「よし、次にキャスター、シェイクスピアとアヴィケブロンなんだがカルデアにアヴィケブロンは召喚されていない。.....つまり彼になる、んだけども.....」
目線を送られシェイクスピアは高らかに笑う。
「ハハハハ吾輩ですか!?吾輩、凄まじく弱いですぞ?」
「そうなんだよね...彼の力は戦闘に不向きすぎる、これは流石に....いや待てよ」
はたと気づきダヴィンチは目線を移す。
「そういえばもう一人いた!聖杯大戦を経験したキャスタークラスのサーヴァントが!」
「......俺か?」
目を合わせられキャスターとして現界したホムンクルスの少年、ジークは驚いた表情で応える。
「俺もマスターのために戦うのは吝かではないが、もっと適任がいるのではないだろうか」
「シェイクスピアしか他にいない現状、君の力に頼りたい。受けてくれるかな?」
「いや少し待ってほしい」
ダヴィンチとジークの間に入り、ホームズが遮る。
「確かに今回の戦い、聖杯大戦の経験の有無は重要なファクターだ。だがキャスタークラスに関しては待ってほしい。戦場は相手が用意したものだ、何が起きるか分からない」
「.....つまり?」
「キャスターには陣地作成スキルを持って、特異点に着けばまず拠点の作成に専念してほしい。そうすればいざという時のカルデアからのバックアップや魔力の供給も容易になる。生憎、ジーク氏は陣地作成スキルを保有していない。高い陣地作成スキルを持ち、なおかつ戦闘力においても申し分ないサーヴァント.....」
ホームズがあるサーヴァントに目線を送る。
「ギルガメッシュ王、貴方が赴くべきだ」
名指された賢王ギルガメッシュが鼻を鳴らし目を閉じる。
「ふん、雑種如きが我を名指すとは不遜甚だしい。...がその慧眼は見事だ。我もあいつの目を覚まさせてやろうと思っていた、請け合おう」
賢王の潔い了承に多くの人が目を丸くする。
一人ダヴィンチは仄かに微笑を浮かべた。
「.....慕われているんだね[[rb:マスター> あの子]]は。よし、最後にバーサーカーだ!意思疎通が手軽いサーヴァントに頼みたいから、ワラキア公に任せていいかな?」
「......待て」
ヴラドが頷き周囲の賛同を得た中、狂王クーフーリンが制止する。
「俺が行く」
「....なに?貴様正気か?此度は只の聖杯戦争ではない、聖杯大戦の煩雑さは貴様より余の方が熟知している筈だが」
刺すような目でヴラドがクーフーリンを睨む。
「スカサハが敵として現れるなら俺の方が適している。あの女を殺せるのは俺だけだ」
「.....ほう。大した自負心だ」
「事実だ、俺は大陸で奴と殺り合い勝利している。無論聖杯大戦の経験差も分かっている。だから判断はお前に任せるさ」
そう言いながら傍らで見守るダヴィンチを見遣る。
「げぇ...そんな怖い目で見てくれるなよ。ど、どうしようかホームズ」
「ふむ、戦力としては二人とも申し分ない。聖杯大戦経験者、もしくは相手のランサーを確実に止められる者、か。こちらのバーサーカーと相手のランサーが鉢合うとも限らない、順当に考えればワラキア公だが...」
「.....いや、此度は余が身を退こう」
ヴラドの意外な発言に一同は目を見開く。
「貴様のそれは虚勢ではないのだろう。然るに先程スカサハが現れ皆が硬直した時、貴様一人が普段と相違なく物申していた。その胆力に余は賭けてみたい」
ヴラドが不敵に笑みを浮かべ期待を告げる。
「ヴラドがそう言うのなら...いいかい?クーフーリン」
「....ああ、奴は必ず連れ戻す」
「よし、面子はこれで決定だ、あとは相手の本拠地なんだけど....皆どうだい?」
ダヴィンチがモニター前で奮闘する職員達に振り返る。
「ダヴィンチちゃん、実は....」
「そうか、流石にまだ終わらないか...」
ダヴィンチが落胆した表情を浮かべるが、それとは逆にマシュは両手をブンブンと振り訂正する。
「い、いえ!そうではなく解析はとっくのとうに終わっています。あとは座標の確定をするだけです!」
「えぇ!?い、いや確かにカルデアで働く職員達は皆優秀だけどさすがに早すぎない?」
「はい、実は先程スカサハさんが消えた時に残された魔力の残痕がそのまま本拠地に続いていたみたいで...」
それを聞き賢王が口を挟む。
「....ふん、随分こちらにとって都合の良いことをしてくれるな。ここまで分かりやすく魔力を残したのは意図的なものであろうよ」
「はい、一切の寄り道もせず途切れもなく魔力の道筋は真っ直ぐ相手の本拠地らしき所に続いていました。王様の言う通りこれは、なんだか私達が早く気付くようにわざと残された物のように思えます」
「こんな巫山戯た芸当できる魔術師など、奴以外おるまい...」
「王様...?」
ギルガメッシュは考え込むように遠くを見つめる。
「それでも相手の根城を押さえられたのは収穫だ。外観は分かる?」
「はい、これは建物...廃屋でしょうか?とても大きく蔦が張っていて古いもののようです」
「....なに?それは困る」
その言葉に反応したのはセミラミスだった。
「我のサーヴァントとしての力は我が宝具の空中庭園に大きく由来する。屋内での戦闘となるならば我は宝具を使うことが出来ぬ。常ならば建屋を破壊してでも発動することも出来るが、マスターがそこにいる以上無闇に破壊することもできまい」
「カーッ!これだからカメムシ女は使えねぇ」
「...なんだと?」
モードレッドとセミラミスが睨み合いダヴィンチがそれを仲介する。
「待った待った、この緊急事態に喧嘩はよしてくれ。それにしても困るな、宝具無しの戦闘は無理なのかいセミラミス」
「難しいだろう、口惜しいがな」
「そうか、代えるとすればジャックザリッパー....はやはり苦しいかな。望ましいのは白兵戦に長け、尚且つ誰が来ても柔軟に戦える応用力のあるサーヴァント...」
ダヴィンチが条件を口にしていく中、サーヴァント達の目線が一つに集まり始める。
「...........なんじゃ、どいてワシを見ゆう」
「岡田以蔵、君の力が必要だ」
頬杖を突きながら座り込む以蔵をダヴィンチは名指す。
「知らん。カルデアが為にそこまでやる義理はないきの、それに『せぇはいたいせん』?なんちゅうよう分からんもんもワシの肌に合わん。ワシは人斬りじゃ、他の連中と足踏み揃えるなんぞ御免被るぜよ」
「ふざけるな!!!」
以蔵の物言いに業を煮やし、胸倉を掴んだのはエミヤだった。
「一体どれだけのサーヴァントがこの戦いに参加したいと、どれだけのサーヴァントがマスターを救いに行きたがっていると思っている!?君にはその機会が与えられているんだ、なのになぜそんな事を言えるんだ....!なぜ俺ではなく君が.....!」
「な、なんじゃ急に、おまんにそがな事言われる筋合い無いぞ」
「お、落ち着きたまえエミヤ!君らしくもない」
ダヴィンチや周りのサーヴァントがエミヤを制止し二人の距離を空ける。
「.....すまない、私としたことが取り乱してしまった」
「.....少しいいですか、イゾー」
サーヴァント達に紛れていたジャンヌが慣れない日本名を呼ぶ。
少しの間逡巡した後に彼女は口を開いた。
「マスターは........あの人は死にたがっていました」
「......なんじゃと?」
ジャンヌの話を聞き、以蔵含め周りのサーヴァント達がどよめく。
「あの人は英雄ではありません、成した功績だけを見れば英雄視されるかもしれませんが元々はどこにでもいる一般人だった筈です。そんな人が何人もの犠牲を目にして擦り減りながらも世界を救った。なのに今度はその世界から要らない者として扱われている。誰よりも世界を救おうと動いた者が世界からは救われないのです」
「...........」
耳を塞ぎ込んでいるのか考え込んでいるのか、以蔵は俯いたままでいる。
「そんなこと、あって良いはずありません。あの人を救えるのはイゾー、サーヴァントである私達だけです。お願いします、カルデアの為にとは言いません。マスターの為にその刀を振ってください」
日本の礼儀に則りジャンヌが頭を下げる。
「.....阿保が。死ぬんはそがに楽なことじゃないきに」
以蔵が脇差を差し立ち上がる。
「......イゾー?」
「勘違いすな、ワシはあの阿保引っ叩きに行くだけじゃ。連携なんぞする気は毛ほども無いきの」
その言葉にダヴィンチは笑って応える。
「ああ、もうこの際君のやりたいようにやれば良いさ!よし、これで決定だ!特異点に赴くのはモードレッド、カルナ、アタランテ、アキレウス、ギルガメッシュ、岡田以蔵、クーフーリンの以上7名と.......」
「ちょっと待ってくれ」
ダヴィンチが言葉を遮られズルリと肩を落とす。
「....ジーク?どうしたんだい急に」
ジークがあるサーヴァントに目線を送る。
「ルーラー、君も行くべきだ」
「ジ、ジーク君!?」
突然の申しにダヴィンチとジャンヌが大きく狼狽える。
「ちょ、ちょっと待って下さい!行くのは7名ですし、そもそも私はルーラーで7クラスのサーヴァントにも当て嵌まらないですしああもうなんというかダメですよ私は!」
「そうだろうか、聖杯大戦という名称なのだから裁定者の君が行くのもおかしくはないと思うが」
「聖杯大戦とは言っても今回は只の七騎対七騎の戦いに過ぎませんし、裁定者とは名ばかりで私が参加するとしたらカルデアの味方になって公平さの欠片もないというか...」
「だがあちらにはフォーリナーもいるんだろう?では八騎対七騎で不公平じゃないか、君が居ても文句を言われる筋合いは無いと思うぞ」
「そ、それは確かにそうですが...」
「ハハハハハ!!いやすまない、久し振りにツボにハマってしまった!」
二人のやり取りを見て高らかに笑ったのはホームズだった。
「いいじゃないか!そうだ、ジーク氏の言う通りこれは聖杯大戦という異例の事態、ルーラーが存在しないのはおかしい!文句を言われたなら言い返せばいい、『其方にはフォーリナーがいるだろ?』とね」
「なっ、ホームズさんも先程は七騎という制約は守ろうと仰っていたではありませんか!」
「ああ、確かに言ったがそれは流して欲しい。探偵とは得てしてそういうものだ」
「どういうものですか!!」
ジャンヌは肩を上下させながらホームズ達に言い立てる。
「...それに私には彼を助けにいく権利なんてありません。私のせいで彼は追い詰められてしまって......」
「ふむ、君と彼にどんなやり取りがあったかは追求しないでおこう。だがジャンヌダルク、そもそも此処にいる我々にも彼を助けにいく権利なんてものは無いさ」
「......え?」
「当然だ、彼が折れそうになっていることを分かっていながら誰も手を差し伸べなかった。君がそうなら我々も同罪だ。だがそれでも助けに行く、何故か?『助けたいから』だよ。それ以外に理由なんてものはない、いや必要ない。救済される権利の有無は存在しても救済することに権利なんてものは鼻から存在しないと私は思っている」
「で、でも私は彼を傷つけて...」
「では君がマスターを決定的に追い詰めた要因と仮定しよう。彼は敵に囚われている、そんな自分の前に君が現れる。彼は君を帰れと突っぱねるだろうか?ノー、断じてノーだよジャンヌダルク。彼は君との会合を喜ぶ、勿論それは自分の身の安全を確信したことによる歓喜では無いよ。それは初期から彼を支えてきた君なら考えずとも出てくる答えだろう?」
「わたし、は......」
震えるジャンヌの肩をジークが支える。
「行け、ルーラー。俺は君が彼を救うべきだと考えている」
「ジーク君.....」
顔を見合わせた後、深呼吸をし彼女は強く言い放つ。
「....分かりました。裁定者とは名ばかりですが、ルーラーとしてこの聖杯大戦に参加します!!」
ホームズとジークは満足そうに彼女を見守る。
「と言いはしましたが......その、いいでしょうかダヴィンチちゃん」
語尾に覇気が無くなり、おそるおそる聞いてくるジャンヌにダヴィンチは苦笑する。
「話は終わったかい?では改めて、モードレッド、カルナ、アタランテ、アキレウス、ギルガメッシュ、岡田以蔵、クーフーリン、そして加えてジャンヌダルク。以上8名のサーヴァントを特異点に出動させる!座標の確定次第もう一度集合を掛ける、それまで各自準備!以上解散!!」
ダヴィンチの宣言にカルデアに集まるサーヴァントと職員全員が雄叫びを上げ、会議は終了した。
集まっていたサーヴァント達は散り散りになり、同時に管制室を抜け、廊下を歩いていたジークの背後から声をかけるサーヴァントがいた。
「ジーク君!!」
「....ルーラー?」
肩で息をしながら追いついたジャンヌは息を整えジークと目線を交わす。
「あの、先程はありがとうございました!」
「いや俺は思ったことを言ったまでだ。寧ろ君を戦地に送るような真似をした、すまない」
「謝らないで下さい、本当に貴方には感謝しています。あのままでは私はマスターとの確執を埋められず、もしマスターを助けられなかったらきっと後悔で身を滅ぼしていました」
「そうか。ならいいんだ」
安心したようにジークは微笑む。
「....なぁルーラー、君にとってマスターはなんだ?」
ジークの質問にジャンヌは小首を傾げる。
「.....え?」
「そこまで深く考えなくてもいい、君はマスターをどう思ってる?」
ジャンヌは顎をさすり逡巡する。
「.....彼は、今まで長い間共に戦ってきて、多くのサーヴァントに慕われていて、敵味方問わず困った人がいれば手を差し伸べてしまうお人好しで、諦めが悪くて」
ポツリポツリとマスターとの思い出を語っていく。
「頼りないようでいざとなったら驚く程の勇敢さもあって、かと思えば私の背後に隠れてくれていればそれでいいのに私を庇って余計危険な目に合う危なっかしい人で」
今までの冒険を反芻し、ジャンヌは静かに笑いながら嬉しそうに話す。
「.....私と戦うと、私を救うと言ってくれた、とても大切な人です」
「そうか」
ジークは満足するように応えた。
「ルーラー、君は変わった」
「私が、ですか?」
「ああ、気を悪くしないでくれ。勿論いい意味でだ。最初に君と出会った時の聖杯大戦では、君は何もかもを背負いこんでいて頼りにはなったが、逆に綱渡りをしているようなおぼつかなさもあった。まぁ今の俺は端末で、君もあの時の君とは正確には別人なのだろうから言われてもピンと来ないかもしれないが」
「そ、そうだったんですか....知らずに心配を掛けてしまっていたんですね私は」
「だが今の君はマスターと出会い、頼ることを知った。おそらく君と彼はどこか似ているんだろう、以前の君よりも強くなった気がする、どこかは上手く言えないが」
ジャンヌが少し照れくさそうに頬を掻く。
二人で話しながら歩き、気がつけばある一室の前に立っていた。
「ここは......」
「マスターの部屋だ」
「......なんだか懐かしい気がします。不思議ですね」
「ああ、最近は彼をこの部屋に一人孤独にさせてしまっていたから。...だから帰ってきたら皆でまたこの部屋に集まって、そうだなパーティでもしたいな」
「ふふ、いいですね」
希望に満ちた未来を想い、二人は笑い合う。
「.......あの人は必ず取り戻します」
「ああ、君たちなら出来る。カルデアにいる皆が応援している」
「はい......!」
時が満ち、ダヴィンチによる召集がかかり8名のサーヴァントが管制室に集まる。
「おお.....こう改めて見ると錚々たる面子が整ったね!コホン、では万夫不当の英霊達よ、カルデア最高責任者レオナルドダヴィンチからのオーダーを発する。
『カルデアのマスターを奪還せよ!!』」
|
「崩壊の兆し」の続き。<br /><br />今回で終わらそうと思ったのに存外長すぎてまた続いてしまった....!しかも長いばっかでぐだジャン要素が無い....!次回で終わらすし頑張ってイチャコラさせるから許せ!<br /><br />今更ながらオリジナル要素強いです。なるべく公式にほこたてしないように努めますが悪しからず。<br />続きは週内に投稿したい。
|
絆し絆され戦になる
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10078277#1
| true |
一応キャプションに目を通しておいてください。
第1話を9月4日に少し改稿しました。それ以前に読まれた方は一読どうぞ。
主な改稿点
・個性初使用時の反動を重くしました。
・4歳からのレオニダスブートキャンプによる身体作りの描写追加
キャプションの内容を理解した上で、よろしければ進んでください。
「あかん」となったらブラウザバックで。
[newpage]
春。それは芽吹きの季節であり、高校生活の始まりだ。
私も例によって例のごとく、今日から高校に通い始めるピッチピチ(死語)のJKである。
くそデカい圧倒的バリアフリーな扉に掲げられた表札には1-Aと書かれている。
本来推薦2人と一般18人の計20人で構成されるクラス。
私はその[[rb:21人目 > ・・・・]]だ。
どうやら、実は私は実技試験において、ヒーロー的、慈善的行動を審査制で判断し、加点する「レスキューポイント」というシステムによって、そのままの点数でも合格点に達してはいたらしい。
しかし、私の「個性」が不味かった。あの演習場での出来事は当然試験なのだから全て監視されている。
そこで私の状況に応じて能力、外見を変化させる個性は、教師陣から見てとても異質に映ったそうだ。
雄英が誇るハイスペックカメラですら捉えられなかった(らしい)高速移動。
0Pロボの攻撃を危なげなく受け止められる防御力。
緑谷君(筆記試験の後にその辺を歩いてたプレゼント・マイクに名前を聞いておいた)のとんでもない怪我ですら数分とかからず、ほぼ日常生活に問題ない程度にまで回復させる治癒能力もある。
しかも、リカバリーガールのように本人の体力を消耗させる訳でもない。
それらをたった一人が使うなどという異常に過ぎる「個性」に、教師陣はそれはもうてんやわんやの大騒ぎになったらしい。
そして、そんな異常な私は今回のテストにおいて他の生徒にとって公平ではなかった、という結論に落ち着いたそうな。
だからといってそれで失格にするのも外聞的にも、能力的にも惜しい。
ならば、と。
例外的な「特別枠」として私専用の合格枠を設けて、入学してもらうのはどうか、となったそうだ。
私としてはちょっと諦めムードになってたヒーロー科に入れるし、ついでに同級生も通常より多いなら、それは僥倖だった。
ただ、なーんとなく嫌ーな予感がするんだよなぁ……。2年の人理修復で培った直感は伊達じゃない。
私の嫌な予感は大体当たる。面倒なことに。
とまぁ、そんな経緯で無事私は雄英高校ヒーロー科に入学し、これから1年を過ごすクラスの前に立っているのだ。
よし、と気合を入れ扉に手をかけ──
「あれ、君は」
──聞き覚えのある声に振り向くと、その先にいたのは緑谷君だった。
いやー表情硬いね。緊張してる?
「あ、やっほー緑谷君。おはようおはよう。これから1年よろしくねぇ」
へらっと笑って手を振ると、緑谷君も振り返してくれる。うん、いい子だ。
「へ、あ、うん、よろしく。君も受かってたんだね。おめでとう。……あれ、そういえばどうして僕の名前を?」
「いやぁ、あの後大丈夫だったか気になって。一応治療はしたけど後遺症とか残ってたら嫌だなーって思ってさ。その辺歩いてたプレゼント・マイクに聞いたんだ。いやー、無事でよかったよ」
そう言って私は緑谷君の肩をバシバシ叩く。
ヘイヘイ少年、ビビらずにスキンシップしようズェ……。同級生なんだし遠慮はいらないよネ!
「う、うん、そうだね!あの、時は、本当、に、ありがとう!……君の治療が無ければ、治っても骨格の歪みとか、何かの問題が起きてた可能性もあったって、リカバリーガールが……」
私のスキンシップのせいでつっかえながらも緑谷君はそう言った。
てかそんなに酷かったんだ。あの後三日くらい動けなくなった甲斐があったってもんよ。
「へぇ、じゃあ緑谷君に貸し一つだね。そのうちサイゼにでも連れてってよ。君の奢りで」
「へ、い、いいけど、君こそそんなのでいいの?」
「いいよいいよ、むしろ私は君の治療をしたからここにいられるまであるからねー。怪我を負った君には悪いけど、私にとって君の負傷は都合がよかったとも言えるんだよ」
あの私が筋肉痛になるという以外のリスクらしいリスクのない治療。
あれが私を「特別枠」にする一押しになったのは間違いないだろう。
ただでさえ少ない治療系個性。
しかも相手へのリスクもない。そんな便利な「個性」の持ち主をわざわざ野に放っておく理由はないからね。
「まぁ、そんなことはいいじゃん。今は二人とも無事合格できて、これから頑張っていくんだからさ。さしあたって、1年を過ごす教室に入ろう?」
にっこり笑って言う。
「うん!……あ、でもその前に、君の名前を教えてくれない、かな?」
「あー、そういえば私は君の名前知ってたけど君は知らないもんね。いやー失敬失敬。──こほん。
私は藤丸立香。ちょっと変わった個性を持ってる、ごくごく平均的な凡人です!!」
言ってやった。
もちろん、藤丸さん絶対凡人じゃないよ!?という良ーいツッコミがかえって来たことはここに記しておく。
「じゃ、開けるよ」
「うん」
私と話して緊張もおさまったのか、幾分硬さの取れた表情で緑谷君の返事が返ってくる。
スィー……と滑らかに扉を引くと──
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないとおもわないか!?」
「思わねーよてめーどこ中だよ端役が!!」
朝っぱらから威勢のいい声が聞こえてくる。この音量で話してるのに廊下に聞こえなかったって防音すげーなー、と思いつつ教室に入る。
「ボ……俺は私立聡明中学出身飯田天哉だ」
聡明……あれだ、なんかすごいエリート校だ。この人見た目通り頭いいんだなー。
「聡明ィイ!?くそエリートじゃねぇかブッ殺し甲斐がありそうだなオイ!」
「君ひどいな!?本当にヒーロー志望か!?」
うん、言ってることが完全に《敵》だあの子。これだから最近の若者はキレやすいとか言われるんだ。
あ、[[rb:真面 > マジ]]メガネ君がこちらに気付いて近寄ってくる。
「俺は聡m「さっき聞いたよ。2度目なんだからもうちょっとひねりを加えて欲しいかな。30点」辛辣すぎではないかな!?」
「いやだって、ねぇ?あの距離であの音量できこえないわけないんだからさ、こう、ね?エンターテイナーな私としては面白い展開をついつい期待しちゃうっていうかね?誠に残念ながら、君は私の期待に応えられなかったようだ。次こそはしっかりとね」
ぽんぽんと肩を叩いてやる。
「大丈夫。きっとこの1年間しっかりと励めば、君も立派なエンターテイナーになれるよ!私は信じてる!」
「いや、別に飯田君はエンターテイナーになりたいわけじゃないんじゃないかな……?」
「それもそうだ。ヒーローになりに来たんだもんね」
「そうだよ藤丸さん」
「そうだね緑谷君」
「「HAHAHAHA」」
フリーズ中の飯田くんを横目に緑谷君と笑い合う。てか緑谷君何気に順応早いな。
「ハッ!い、いや、そうではなく!藤丸くん、と緑谷くん、でいいのか?……君たちはあの実技試験の構造に気付いていたのだな」
構造……レスキューPか。
「俺は気付けなかった……!!緑谷くん、君を見誤っていたよ!!悔しいが君の方が上手だったようだ!」
手をわちゃわちゃさせながらなんだか打ちひしがれている飯田君。この人動き面白いな。
「(で、緑谷君そこんところどうなの?実際。私は知らなかったけど。)」
私はそっと緑谷くんに耳打ちする。
「(気付いてなかったよ!?そもそもそんな余裕なかったし)」
「(だよね。知ってた)」
「(藤丸さん!?)」
あ、なんか、悪役少年が凄い形相でこっち見てる。手ェ振っとこ。……中指立てられた。あいつ後で泣かす。
「あ!そのモサモサ頭は!!
地味めの!!」
入口を見ると2度も緑谷君のピンチを救った浮遊少女がいた。
彼女はこちらに来て緑谷君に話しかける。
「プレゼント・マイクの言ってた通り受かってたんだね!!そりゃそうだ、!パンチ凄かったもん!!」
「いや!あのっ……!本っ当あなたの直談判のおかげで……ぼくは……その……」
なんだこれ青春かよ。いいぞもっとやれ。ただし緑谷君はもうちょっとがんばりましょう。男を見せろー?
あれ、また不良少年が凄い顔してる。よし、サムズアップ──からの親指をしたに向けてブーイングのポーズ!!
もちろん表情はこれでもかというドヤ顔をキメて!!
特に理由のない煽りが不良少年を襲う!!
さぁ、煽り耐性低そうな不良少年の反応はどうだー!!?
……うん、なんか手から火花散ってるね?
プルップル震えながら更にえげつない顔になってこっち来て──あ、飯田君に取り押さえられた。
頑張れ飯田君!君の犠牲は5分くらい忘れないよ!
さて、面白不良少年は置いといて緑谷君は、と。
「今日って式とかガイダンスだけかな?先生ってどんな人だろうね。緊張するよね」
ヘイ女子ィ、それ以上はやめてやりな。君の目の前の純情男子がチェリーの様に真っ赤に熟れちまってるぜ。
緑谷君が緊張してるのはだいたい君のせいだからもうちょっと離れてあげなさい。高血圧で死んじゃう。
……助けてやるか。
「やー、ほんとそれあるよねー。[[rb:雄英 > ここ]]の教師って全員プロヒーローらしいし余計に緊張しちゃう──
「お友達ごっこしたいなら[[rb:他所 > よそ]]へ行け。ここは、ヒーロー科だぞ」
なっ……!
(((なんか!!!いるぅぅ!!!)))
なにこの色々ボサボサ寝袋マン!?
急に何言ってんだとかゼリー飲料飲みながら話すなとかそんな寝っ転がってたら素朴っ娘のパンツ見えちゃうだろとか私が見たいそこ代われとか言いたいことはあるけど、それよりまず、第一に──
──この人、いつからここにいた!?
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
(((先生かな!!?)))
「てことは……この人もプロのヒーロー……?」
緑谷君が怪訝そうに呟いた。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
(((担任!!?)))
こんなのが!?と思ったのは私だけではないだろう。
一切手入れされていない無精髭にボサボサ頭。オマケに寝袋からコンニチハとか教師としてどうなのか。
相澤先生はゴソゴソと寝袋から体操服を取り出し、私たちに見せる。
「早速だが、[[rb:体操服 > コレ]]着てグラウンドに出ろ」
…………[[rb:Why > なにゆえ]]?
[newpage]
『個性把握テストォ!?』
場面は変わってグラウンドにて。先生の指示通りに着替えてグラウンドに来た私たちに先生が告げたのがこれだ。
曰く、雄英は"自由"な校風であり、それは"先生側"も同様である、と。
故に入学式もガイダンスも時間の無駄であり、省いていく、と。
「爆豪、中学の時ソフトボール投げ何mだった?」
相澤先生はそう語ってから爆豪君に質問すると、彼にボールを渡して「個性」を使ってやってみろと命じた。
爆豪君も素直に受け取り、しっかりと振りかぶり──
──大爆発と共にブン投げる!!!!!
「──死ねぇ!!!!!」
(((………………死ね?)))
掛け声物騒過ぎない?君ソフトボールに親でも殺されたの?
「まず自分の「最大限」を知る」
爆速でカッ飛んで行ったボールを見送ると、相澤先生は数字──恐らくはさっきのソフトボール投げの記録──の表示された端末を私たちに見せる。
記録は──705.2m。
「それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
そう、告げた。
まぁ、こんなことをして若者たちが黙っている訳もなく。
「705mってマジかよ!」
「「個性」思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」
「なんだこれ!!すげー[[rb:面白そう > ・・・・]]!」
ぞくりとした。
「面白そう……か」
そう呟いた相澤先生の雰囲気が、さっきまでとはまるで違う、私たちを心底軽蔑するようなものに変わっていたから。
「お前たち、ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?
──よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、[[rb:除籍処分としよう > ・・・・・・・・]]」
…………………………
『はああああああああ!!!?』
なんだよそれ、理不尽にも程があるぞ……!
「生徒の[[rb:如何 > いかん]]は[[rb:先生 > おれたち]]の"[[rb:自由 > ・・]]"──
──ようこそ。これが──
──「雄英高校ヒーロー科」だ──!」
"除籍処分"。
まだ高校生活は始まったばかり、いや、始まってすらいないのだ。
それなのにただの体力テストで除籍なんてされるなんてたまったもんじゃない。
「最下位除籍って……!入学初日ですよ!?いや、初日じゃなくても理不尽すぎる!!」
「自然災害、大事故、身勝手な《敵》たち。いつどこから来るかわからない厄災。今の日本は理不尽にまみれてる」
「そういう[[rb:理不尽 > ピンチ]]を覆していくのが《ヒーロー》」
「放課後マックで談笑したかったらお生憎」
「これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける」
「"[[rb:Plus Ultra > 更に向こうへ]]"さ」
「全力で乗り越えて来い」
納得し、先を見据える者。
覚悟を決める者。
何を考えているのかよくわからない者。
先生の言葉に皆それぞれの反応を示す。
──私は、私も、少々舐めてかかっていたらしい。
「まだ始まったばかり」だとか「これから頑張る」だとか、当然ではある。あるが──それでも、気を抜きすぎていた。
私は知っていたのに。
「運命」はいつだって唐突に訪れるなんてこと、私は[[rb:昔から知っていたはず > ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ]]
なのに。
覚悟は決まった。
「さて、デモンストレーションは終わり。こっからが本番だ」
しまっていこう。
「ああ、そうだ藤丸。お前は1位になれ。出来なきゃ除籍な」
なんでさ!?
「えっちょ、なんでですか!?私だけ条件酷過ぎませんか!?差別良くないですよ!?」
「差別じゃない。区別だ。お前は「特別枠」として入学したんだから、それなりの成果が無いと「わざわざ例外を設けてまで入学させる意味があったのか」となる」
「──それに何より、お前が実力を発揮すればそれくらいは問題ないという判断だ」
期待が重い!!!
いいよ、やってやりますよ!そこまで言われたらやるしかないじゃないですか!
「もうヤケクソだ!どうにでもなれ!!」
[newpage]
まぁ正直、幼児レベルからのレオニダスブートキャンプで創り上げてきたこの鋼の肉体に《英霊肖像》が加われば、割と1位も問題なく取れそうではあるよね。
第一種目、50メートル走。
《英霊肖像:アキレウス》
容赦なく最速の英雄を選択。
《エンジン》の「個性」を持つ飯田君すらぶち抜いての2.87秒。踵さえ無事ならこっちのもんよ!
他の人だとへそからのビームで5秒台をたたき出した青山君や、爆発でのブーストを行った爆豪君が目立っていた。
記録:中学6.48秒→2.87秒
第二種目、握力。
《英霊肖像:パッションリップ》
異世界の月を飲み込んだあるAIから分離した「愛憎」を司る[[rb:別人格 > アルターエゴ]]。総重量1トンの巨大な鉄腕はあらゆるものを圧潰する。
ぐしゃりと音を立てて計測器が壊れた。測定不能ですってよ!すごいね!
皆絶句してたよね。峰田君とか白目剥いてたよね。
記録:48.8kg→計測不能
第三種目、立ち幅跳び。
《英霊肖像:牛若丸》
数々の逸話を残す源義経その人。その身軽さは天狗にすら例えられ、不敗を誇った豪傑・武蔵坊弁慶を翻弄し、打ち倒した。
身軽さで言えば数いる英霊の中でもトップクラス。ついでに装備の身軽さもトップクラス!
男子には「見たら潰す」と[[rb:言って > 脅して]]おいたが、チラ見してた峰田君が梅雨ちゃん(本人にそう呼べって言われた。名前呼びとか友達っぽい。嬉しい)に舌ビンタされてた。
記録は532cm。まぁ、爆豪君みたいな後付けのブースターが使えないにしてはいい記録だろう。
記録:182cm→532cm
第四種目、反復横跳び。
《英霊肖像:柳生但馬守宗矩》
江戸柳生最強の一角にして「剣術無双」。柳生新陰流の奥義を修め、禅の境地にすら達した傑物。
彼は生前舞踊が趣味で、その技術も相当なものだったそうだ。
──そう、今からここがダンスダンスレボリューションだ。
ブヨンブヨン跳ねてえげつない記録を出した峰田君には及ばないもののなかなかの記録になった。
記録:71回→113回
第五種目、ボール投げ。
《英霊肖像:ヘラクレス》
十二の試練を突破し神の座へと到ったギリシャの大英雄。狂気に飲まれてすら喪われない技量と矜恃を持つ英雄の中の英雄。
渾身の一投。
何の小細工もなくただ投げられたボールは放物線を描いて遥か彼方に飛んでいく。
端末に表示されるのは701.6m。
やっぱり私のバーサーカーは最強なんだ……!
爆豪君すら鳩が豆鉄砲くらったような顔で驚いてたのは愉快でした。まる。
てか麗日ちゃんすげーな無限だよ無限。あんな記録ありかよ。
……問題は緑谷君だ。彼は今までの種目で、一度たりとも「個性」を使っていない。
──いや、「使えない」。
入学試験の状態を見るに、彼自身力を使いこなせていない。威力はあるが、一発しか使えない。諸刃の剣どころかダイナマイトを体に巻き付けて突撃するようなものだ。
だからこそ、彼の「個性」を使うならこのボール投げだろう。
上手くいけば腕一本の犠牲で記録を出せる。
緑谷君はサークルに立ち、少しの助走とともに振りかぶり──
──ただ、投げた。
記録は46m
「な……今確かに使おうって……!?」
「「個性」を消した」
訳がわからないといった様子の緑谷君へ、髪を後ろに撫で付け目を露にした相澤先生が冷たく告げる。
「つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」
「消した……!!あのゴーグル……そうか……!!抹消ヒーロー・イレイザーヘッド!!!」
なるほど、誰だ?
「イレイザー……?俺知らない」
「名前だけは見たことある!アングラ系ヒーローだよ!」
知っているのかクラスメイツ。アングラ系ヒーローってなんだよ。地下アイドルみたいなもん?
「見たとこ「個性」をまだ制御できないんだろ?また[[rb:行動不能 > ・・・・]]になって誰かに救けてもらうつもりだったか?」
「そっ、そんなつもりじゃ……!」
狼狽える緑谷君を謎の布で捕まえる。
「どういうつもりでも周りはそうせざるをえなくなるって話だ」
「昔暑苦しいヒーローが大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を創った」
「同じ蛮勇でもお前のは一人を救けて[[rb:木偶 > デク]]の坊になるだけ──
──緑谷出久、お前の「力」じゃヒーローにはなれないよ」
相澤先生は瞬きとともに髪を下ろした。
「「個性」は戻した。ボール投げは2回だ。とっとと済ませな」
先生はそう言って離れていった。
……キッツいこと言うなぁこの人。緑谷君の痛いところを突いて抉っていったねあれは。
ただ、実際そうだ。あんなのを実践に出せば五分と持たず、何も救けられずに終わる。
欠陥があるから早めに切り捨てる。
まさに「合理的」だ。
けど、緑谷君みたいなやつが[[rb:この程度 > ・・・・]]で終わるとは思えない。
さぁ、第二投。
さっきと同様、少しの助走をつけ、十分に振りかぶり、投げる──。
──刹那、指先が弾けるようなスパークし、ボールは砲弾のように空へ放たれた。
「あの痛み……程じゃない!!」
視認できないほどの遠くまで飛んだボールがようやく地面に着いたのだろう。。
無機質な電子音とともに相澤先生の持つ端末に表示された記録は705.3m。
爆豪君の705.2mを超える大記録。
「先生……!」
彼は赤黒く腫れ上がった人差し指を握り込む。
今も途方もない痛みが彼を襲っているのだろう。彼は涙を滲ませながら、それでも歯を食いしばる。
「まだ……動けます」
なんだよ、もう。こんなの、かっこいいに決まってんじゃん。
「やっとヒーローらしい記録出したよー!」
「指が腫れ上がっているぞ。入試の件といいおかしな「個性」だ……」
「スマートじゃないよね」
おーギャラリーも盛り上がってるなー。さて、こんな時に面白い反応をしそうな爆豪君は、と。
「………………(宇宙の真理を垣間見た猫みたいな顔)」
「………………!!!(後ろに置かれたきゅうりを発見した猫みたいな顔)」
なんだこいつ面白いな。
「どーいうことだこらワケを言えデクてめぇ!!!!」
「うわああ!!!」
数瞬わなわなと震えたと思うと「個性」すら使って緑谷君に突撃していく。
「んぐぇ!!」
と、思ったら相澤先生の謎の布で取り押さえられた。
爆破しないところを見るに「個性」も消されてるっぽい。
「ぐっ……!んだこの布固っ……!!」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ「捕縛武器」だ。ったく何度も「個性」使わすなよ……」
「俺はドライアイなんだ」
(((「個性」すごいのにもったいない!!)))
「時間がもったいない。次、準備しろ」
落ち着いた爆豪君を解放しテストに戻る。
私はふと気になって爆豪君の方を見る。
「………………!」
そこにあったのは、私が今まで見たことの無い表情だった。
[newpage]
残りの種目もそれぞれに合った英霊の力を借りてクリアした。
ちなみにこの時点で明日やばいレベルの筋肉痛に襲われることが確定している。つらい。
「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なんで一括開示する」
相澤先生は手元の端末を手早く操作する。
「ちなみに除籍はウソな」
(((!?)))
「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「「「はーーーーーーー!!!!??」」」
「あんなのウソに決まってるじゃない……。ちょっと考えればわかりますわ……」
いやいやいやいや、だからといってそりゃあないでしょう!?
てかこの先生マジでやりかねないから心臓に悪すぎるんですけど!?
相澤先生はこちらに構うことなく、後者に向かう。
「これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ェ通しとけ」
そう言って振り返り、
「緑谷、[[rb:リカバリーガール > ばあさん]]のとこ行って治してもらえ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ」
なんて言って緑谷君に何かの書類を渡す。保健室の利用書とかかな?
てか明日以降はこれより大変なことになるんですかね……?
今日は何とか1位も取れだからよかったものの、これからもこの調子となるとさすがにクるものがある。
「はぁ……、帰ったらしっかりとストレッチしとこう」
明日の筋肉痛が少しでも和らぎますように。
[newpage]
下校時間。
「だぁー、つっっっかれたぁー」
私はまるでゾンビのような足取りで帰路についていた。
「指は治ったのかい?」
「わ! 飯田くん……! うん、リカバリーガールのおかげで……」
おや、緑谷君と飯田君だ。何話してんだろ。
適当に混ざろう。
「しかし相澤先生にはやられたよ。俺は「これが最高峰!」とか思ってしまった!教師がウソで鼓舞するとは……」
確かに。普通考えられないよね。
よし。声かけよう。
「「おーい!」」
あれ、被った。
もう一人の声の主は……麗日ちゃんだ。
「ありゃ、藤丸さん?も二人に用があるの?」
「立香でいいよ麗日さん。いやまぁ、適当に話に混ざろうかな、と。入学初日から一人で帰るのも味気ないしね」
「私もお茶子でいいよ!」
「やーもうお茶子ちゃんは素直でかわいいなぁ」
「かわっ!?いやいや、そんなことないよ!」
「いやいやいや、そんなことあるって!ね、緑谷君!」
「へ、ぼ、僕!?あの、その、えっと……」
「ほら見ろ純情少年がこんなにドギマギしてるのが証拠だ!かわいいぞお茶子ちゃん!」
「えぇえっ!?」
純情二人をからかっていると呆れたように飯田君が話しかけてくる。
「何をしているんだ緑谷くん……。藤丸くんも∞女子も、何か用があるのではないか?」
((∞女子!!))
えげつないネーミングセンスしてんなこの子。
「麗日お茶子です!えっと飯田天哉くんに緑谷……デクくん!だよね!!」
「デク!!?」
「ぶふぉっ!」
流れるような蔑称に緑谷君は驚愕し私は吹き出す。
「え?だってテストの時爆豪って人が「デクてめェー!!」って」
純粋な少女に蔑称を刷り込んだ爆豪君の罪は重い……。
慌てて緑谷君も訂正する。
「あの、本名は[[rb:出久 > いずく]]で……、デクはかっちゃんがばかにして……」
「蔑称か」
「蔑称だね」
「えー、そうなんだ!!ごめん!!」
お茶子ちゃんはでも、と笑って
「「デク」って「頑張れ!!」って感じで、なんか好きだ、私」
「デクです」
「「緑谷君(くん)!?」」
それでいいのか少年!?
「浅いぞ!!蔑称なんだろ!?」
いいぞ飯田君もっと言ってやれ!!
「コペルニクス的転回……」
緑谷君テンパりすぎてわけわかんない事言ってる……お茶子ちゃんも「こぺ?」ってなっちゃってるじゃん。
うん、まぁ、こんな馬鹿なこと言えるのって、なんかいいな。
そうして、私の高校生活の初日が終わった。
後日談というか、その日の夜
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!いだいいぃぃぃいいい!!全身がああぁぁあぁ!!」
布団の上でヤバい感じで悶えてる少女が一人いたとかいなかったとか……。
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入学しました。個性把握テストです。<br /><br />・FGOとヒロアカの二次創作です。<br /><br />・ぐだ子転生+ヒロアカとのクロスオーバーです。<br /><br />・主人公の名前は藤丸立香(FGO公式名)で固定です。一応ぐだ子の方です。<br /><br />・主人公の能力はプリヤの夢幻召喚のようなもの<br /><br />・登場キャラクターの言動は作者の解釈の元に「こいつならこうするだろ」的に描かれています。そのため、読んだ時の印象が思っていたのと違ったり。原作と異なる可能性があります。<br /><br />・作者はヒロアカは原作17巻まで所持のアニメ未視聴勢です。<br />FateはFGO、Fake、ha、事件簿、アニメのsn、Zero、UBW、HF1、プリヤ、Apo、LE、カニファン履修済みです。<br /><br />・主人公の《英霊肖像》によって使える英霊はFGO1.5部及び、それまでの時系列で発生していてもおかしくない(と作者が判断した)イベントに登場したサーヴァントに限ります。<br /><br />・双方の作品に対しアンチ・ヘイトの意思はありません。<br /><br />・感想等あればお気軽に。そこのハートマークポチッとしてもいいのよ?<br /><br />以上の点を踏まえて問題ないという方のみ進んでください。<br />そうでなければブラウザバックを。<br /><br />※こちらの投稿前に第1話を少し改稿しました。<br />よろしければそちらも合わせてお読みください。
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人理の守護者は体力テストで1位を目指す
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10078723#1
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今回に限り最初からクライマックスではありませんが、ワンクッション。
BL小説ではありません。
腐女子モブが二人もいます。
下ネタも飛びます。
主人公は腐ってない婦女子です。
未来のトリプルフェイス85億の男がかっこわるい。でも今回はがんばるぞい。
未来の爆弾処理班エースのグラサン天パの方を長年拗らせて夢見てる作者の不治の病。
そういうことです。お気をつけて。
[newpage]
「っあーーーーーークソッ、かわいい…」
絞り出すように、しかしため息を漏らすように自然と出てきたみたいに言われた言葉に、思わず目が点になった。
そしてジワジワと意識を取り戻したかの如く顔色を真っ赤に染めつつもサッと青褪めてもいる目の前の男の子は、警察学校では知らない人はいないであろう成績優秀、眉目秀麗、将来有望の三拍子が揃う超有名人でお馴染みの降谷零くんその人である。
そしてわたしの隣には共通のお友達である伊達くんがいて、わたしがチラと彼の様子を窺えば大らかな性格で大抵の事は笑い飛ばす彼にしては珍しく、その体格に似合う大きな手で顔を覆って天を仰いでいるのだった。
チラリ、伊達くんを見ては降谷くんに視線を戻し、もう一度緩慢な動きで伊達くんを見る。
「どうしたの伊達くん?」
「えっ、はっ?おっ、俺か!?俺より降谷じゃないのか!?今の聞いてたよな!?」
「えっ、う、うん?聞いてたけど…。なんか、昨日と今日でかわいいってたくさん言われてて、かわいいのバーゲンセールみたいだなぁって」
「…………は?」
「……うん?」
未だに固まっている降谷くんを他所に、伊達くんと会話するがなんだか噛み合わない様子でお互いに首を傾げる。
すると、廊下を進んだ先にある自販機の前でなにかの缶ジュースらしきものを握り潰したままでいるクラスメイトの男の子が、わたしと目が合うや否や、ひどく慌てた様子でなにかを伝えようと口パクしているのが解った。
はっきりと大きく口を動かしてくれたお陰か伝わったそれは恐らく「誰に言われた?」と言っているように見える。あぁ〜。
「あのね、昨日は諸伏くんと松田くんに言われたの。今朝は萩原くんと松田くんからの二度目」
「は?」
「降谷、その顔はマズイと思うぞ」
「だから、みんなの中でかわいい週間なのかなぁって」
「かわいい週間」
「うーん、かわいいって言いまくる週間…?」
自販機前の男の子が必死な形相で親指を立てて頷いたので、彼からのメッセージはどうやらこれで合っていたらしい。
昨日たまたま遭遇して短い時間だけど一緒に行動していた諸伏くんにはちょっとはにかみながら「かわいい、とは思ってる」と言われ、釈然としてなさそうな表情なのに優しい声色で「お前かわいいな?」と松田くんに言われるだけに留まらず、今朝は今朝で教室に入ろうとしたら出ようとする人にぶつかり掛けたので咄嗟に避けようとしたのが転びそうに見えたのか、パッと肩に回された腕に引き寄せられて結局鼻先をその逞しい胸板にぶつけてしまった相手が松田くんだった。
伊達くんや降谷くんと並んでもわたしとの身長差は明らかだが、松田くん相手でもそれは変わらないのでスッポリと包まれる形に収まってしまい、男の人とそんな至近距離に近付いた事も殆どないしましてや転倒防止の為とはいえ、イケメンで人気で程よく鍛えられてる身体で実は紳士な松田くんに抱き留められた事にも驚き、微かに鼻を掠める煙草と女の子とは違う男のひとを感じる匂いに余計にその距離を意識してしまい、さすがにこれは…と恥ずかしくなってじわわ、と体温が上がるのを感じた。
しどろもどろにお礼を言うわたしがなんとかその拘束から逃れようと彼の胸元に手を添えてそっと押し返そうと試みるも、お礼を告げた言葉に反応がなくて不思議に思い自分の赤い顔を自覚しながら目線を上げると、信じられないものでも見たかのような顔でまじまじとこちらを見つめる澄んだ空色が二つ並んでいた。
そしてその疑問はすぐに解決して、「…大神でも男を意識して照れる事ってあるんだな」としみじみと零されて心外に思い「松田くんはわたしの事なんだと思ってるの…?て言うかあの、避けようと思っただけなんだけど、その、ありがとう」「……おう」という具合に、なんだかよく解らない空気になっていた。
すると、それまで黙っていた萩原くんが「うわ、なんで俺今携帯持ってないんだろ!没収されてるからか!クッソ!めっちゃ写メ撮りたかった!うわー」と頭を抱え出した所で漸く松田くんがゆっくりと手を離して解放してくれた。
その際にさり気なく、乱れたであろう前髪をササッと手櫛で直してくれるあたりがもうなんと言うか、松田くんは本当に気を付けたほうがいいと思うの。主に背後に。
「つーか、松田ズルい。俺もさくらちゃん抱きしめたかった。小さなわがままボディをこの手に感じたかった。降谷と伊達と諸伏に言ってやろ」
「おいやめろ。伊達はともかく残りの二人はマジでやめろ。あとお前段々笹塚と佐々木に似てきてんぞいっぺんシメられろ」
「だってよー、偶然とは言えこんな可愛いさくらちゃん朝から見れたんだぜ?松田に抱かれて照れるさくらちゃん可愛いすぎる。超レア。松田そこ代われ」
「萩原、言い方」
「え、あ、ちょっともう、萩原くんまでやめてよ恥ずかしいから…忘れてください…」
「うわ、照れてるかーわいー」
「か、からかわないでよぅ…」
「あーわりぃな大神。朝から面倒な奴に会わせちまって。あと不用意に触っちまって悪かった。まぁでも、危うく転ばせずに済んでよかったわ」
「まっ、松田くん…!どこまでカッコイイの君ってひとは…!」
「あ?お前の天然の方が筋金入りだろ?マジでどーなってんだお前の生態。そもそもなぁ男の前であんま無防備にすんなよ、可愛い顔もアウト」
「どんな顔…?」
「ハァァ…さっきのお前の事だよバーカ。鈍感。天然。小悪魔チビ。やるなら降谷の前だけにしてやれ」
「え、えぇぇ…?なんかすごい貶されてる…てゆーかどうして降谷くん…?」
「さぁな。本人にでも訊け」
にやり。お得意のちょっと悪そうな顔で口角を上げる松田くんに、これ以上は教えてくれない事を悟る。
そして話題は流れて明日の事に関する話になっていったので、いつの間にか合流していた汐と莉央と一緒にみんなで話を進めたのが今朝起きた事件の一連の流れ。
それを掻い摘んで今目の前にいる二人に伝えると、伊達くんは再び手のひらで顔を覆い天井を見上げて「松田…」と呟き、降谷くんは顔色は戻った筈なのに心なしか暗い表情で同じく「松田…」と呟いたが、二人とも同じ名前を言っただけなのになんだか全く違う意味合いが含まれている響きだったので、わたしは心の中で松田くんに文句を言う。ほらぁ、正直に話したのに謎が深まっただけじゃんかぁ。
「まぁそんな訳で、まさか降谷くんにも言われるなんて思ってなかったからビックリしちゃったけど、みんなに言われてるからなんだかなぁって」
「みんなに…そう、みんなにね…ハハッ」
「ふ、降谷……」
「あっ、もちろん自分が可愛いとか自惚れてるつもりはないよ?でも、諸伏くんとか松田くんとか、そう云う事をあんまり言わなさそうな人に言われて正直うれしいなって思ったし、ちょっと照れくさい気持ちもあるけど…変な意味じゃないの解ってるしこう、素直に受け止められるようになったと言いますか」
「あぁ、だから降谷に言われてもリアクションが薄かったのか…」
「うーん、でも降谷くんは汐とか莉央と比べてもちょっとわたしの事甘やかしてるとこあるでしょ?だから余計に違和感を感じないのかも」
「いや比較対象が悪いな…」
「あぁ比較対象が悪いな…」
「あと降谷も悪いな」
「…ぐうの音も出ない」
何故だか頭を抱え始めてしまった二人を横目にさっきまでそこにいた男の子の方に視線を投げると、彼は未だ手の中にあった缶をゴミ箱に突っ込んでから自販機にお金を入れて、苛立ったようにミルクティーのボタンを叩いていた。連打してもお金を入れた分しか出てこないよ?
あ、さっき飲んでたのはその隣に新しく入荷され始めていたヘパリーゼだったのね。胃もたれかな?それなのに今度はミルクティーを飲むのかしら。でもミルクティーおいしいもんね。わかります。
そしてヨタヨタと歩いて行く男の子を見てハッと当初の目的を思い出し、伊達くんに「早く許可取りに行かなきゃ!」と訴えれば我に返ったであろう二人も一緒に自主訓練に向かおうと漸く動き出したのだった。
******
ピカーンッ!と容赦なく照りつける陽射しの下、いつものメンバーで訪れる事が叶ったこの場所に誰もがソワソワとテンションが高ぶっているのが解った。
汐と莉央は別の意味でもソワソワしてるのは知ってるけど、それを抜きにしたらたぶん一番ソワソワしているのは降谷くんだ。
今日は朝から行動を共にしているのに、一向に目が合わないどころか視線が絡みそうになるともの凄い勢いで顔ごと逸らされる程度に彼はいつもの数倍挙動不審を発揮している。
なにか気に障る事でもしてしまったのかと不安に思うよりも先に、申し訳なさそうな表情で諸伏くんに「ごめんな、あいつの態度悪くて。ちょっと情緒不安定なだけだから大丈夫、気にしないでくれ」と言われて、それはそれでどうなんだろう…と思わなくもないけれど、降谷くんの親友の諸伏くんが大丈夫だと言うなら大丈夫なんだろうと思う事にした。
それに、よっぽどなにかあれば汐と莉央が、もしくは松田くんが教えてくれるんじゃないかと考えてるわたしは、最近グッと距離が縮まって(物理的にも縮まった)仲良くなれた彼に謎の信頼を抱いている。
ハッ…!昨日わたしの前髪を整えてくれた時にドサクサに紛れてあのふわふわの髪を触れるチャンスだったのでは…?
「なんてこと……魅惑のふわふわが…」
「おっと?さくらがなんか可愛い事言ってるけどそんな憂い顔も最高に可愛いね!ドチャシコ!」
「佐々木、頼むから外では控えような?頼むから」
「諸伏くん、人間誰しも己の欲望には抗えないのよ…?」
「おいコラ警察官」
「まだオフィシャルじゃないもーん」
溜息と共に米神を抑える諸伏くん。
つい先日判明したのだけれど、汐と莉央の怪しい発言について諸伏くんは元々知っていたんだとか。
他のみんなも、二人がいつも妙な発言してるなーっては知っているけど、所謂びーえる?な話題に自分たちが妄想でも多数出演させられている事の詳細までを知っているのは諸伏くんだけなんだとか。
高校時代からの縁ゆえにか、詳しい経緯までは聞いていないけど降谷くんも耳にはしている筈なのにこれっぽっちも記憶していないどころか諸伏くんの見立てでは「早い段階でこいつらの言う事を理解する事を放棄しているから、たぶん右から左に抜けてる」と。
そしてどこか遠くを見つめて「俺だって把握はしてしまったが理解する気ないし説明も求めてないのにこいつら…特に佐々木が…。大神さんはそのままでいてくれな」と締め括った。
も、諸伏くん……苦労してきたのね…。
諸伏くんの涙ぐましい過去と苦労に胸を締め付けられつつ、ならばせめて今日はそんな彼が思いっきり楽しめるように全力を尽くそうと決めて内心で「ヨシ!」と気合を入れた。
ガッサガッサと抱えていた荷物を下ろし、フゥ。と息を吐いた諸伏くんが改まったように辺りを見回す。
「……まさか、この面子揃って外泊届が受理されるとかそんなまさか」
「フゥゥゥ!つかの間の夏を満喫できるね!」
「夏のアバンチュールが待ってるね!ね!さくら!」
「ねー。みんなで沖縄旅行来れて良かったねぇ」
「それにしても、揃って外泊はともかく、よもや沖縄に来れるなんてな…」
降谷くんがどこか感動混じりの声で目を細めて煌めく水平線を眺めて言う。
そうなのだ。なにを隠そうわたし達が今いるここは日本の南部に位置する都道府県の沖縄。
ほんの短い期間だけの休みとは言え、警察学校に入校している身分のわたし達は例え休日であっても寮を離れて寝泊まりするのであれば届出を出さなければいけない決まりになっている。
なので、わたしや汐たちは正直に揃って沖縄にある汐の別荘にお邪魔する旨を学校には知らせていたのだけど、伊達くんたちは詳細を知らされていなかったらしい。
それでは外泊届は出せないんじゃ?と首を傾げたら、汐がみんなには佐々木家別邸とだけ記入すれば良いと言って出させたのだとか。え、えぇ〜?それで受理されるものなの?
しかしそこはさすが佐々木家と言うべきかもしれない。何故なら。
「しかも自家用ジェットとか……」
「さすがやんごとない家柄のお嬢様方……」
「佐々木元首相の孫に警察病院にも人員投資してる日本最高峰を誇る笹塚国際病院創立者の直系で院長の孫、大神も公安委員会と宮内庁、防衛省のお偉いさんが身内なんだっけ…?」
「権力の力ってすげーのな」
「なんでそんなトンデモ家系の娘さんたちがこぞって警察官なんかになろうとしてるんだろうな…?」
それはほんとに偶然なんです。としか言いようがない。
けれど彼らの言う通り、汐のお祖父様は日本の元首相でお父様も現役の国会議員、莉央は日本屈指の医療機関の頂点に君臨すると言われている代々受け継がれている医者一族、そしてわたしは家系図を初めて見たときには混乱を極めてしまう程に入り乱れている国家政治に関わる部署の名前とそれに連なる役名は代表取締やら管理官やらと云う仰々しいものばかりで。
それらを我が物顔で公言もしていなければ権力を振り翳すような真似も到底する気はないけれど、入校して初めて教室に入って名簿を確認しながら名前を呼ぶ佐久間教官の顔が盛大に引き攣っていたのは本当に申し訳ない気持ちになったものである。
あの、ちょっとやそっとじゃ動揺なんて見せない黒田教官ですら目頭を摘んで項垂れていたので、降谷くんたちのグループとは別の意味でこんなに扱いに困る人物が集結するなんて、すごい運命のいたずらだなぁと思った。
「……なぁ知ってるか松田、佐々木は最初バリに行くとか言ってたんだぞ…」
「は!?……いやまて、確か笹塚もマルタ島かイビザに行きたいとか言ってたな…」
「うわーさすが汐ちゃんと莉央ちゃん。規格違い」
「でもそれを聞いた大神さんが『えっ国内の海じゃないの…?』って心なしか悲しげに言った瞬間に行き先が決定したらしい」
「さすがあの奇行種の手綱握ってる大神だと言いたいが、違う、そうじゃない」
「本当かヒロ?つまり大神は僕と同じ日本贔屓だった……?は?それなんて運命」
「うん、ごめんゼロ、ちょっと黙ろうか。お前は最近墓穴を掘りすぎる」
「まぁでも、鶴の一声ってとこかね」
「海外つーのも悪かないけどなぁ。俺パスポートなんて持ってねーわ」
「つか警察学校に入ってる人間がそんな簡単に海外旅行行けるかよ。……いや、あいつらなら実行するか」
「佐々木と笹塚と一緒のグループみたいな扱いされて俺ら得なような損してるような…」
「あの二人の所為で目ぇ付けられてるけど、あの二人のお陰で目ぇ瞑っててもらえてる部分もあるのがまた」
「あとあれだ、大神の人徳」
「それだ」
「昨日の射撃の訓練の時のアレ見たかよ?さっさとクリアしたと思ったら、
『教官教官!前よりも精密さとスピードが上がりました!教官がコツを教えてくださったお陰ですね!ありがとうございます!……えへへ、うれしいなぁ』
…って」
「輝かしい曇りなき笑顔を向けられた忠野教官の心境を述べよ」
「ここが極楽浄土か……」
「浄化された……」
「警察官でよかった……」
「日本国民でよかった……」
「守りたい、この笑顔……」
男の子たちの会話が弾む一方で、いそいそと準備に取り掛かる女子二人に巻き込まれて途中までしか聞いてなかったけれど、気付いた時には何故か五人がこっちを向いて拝んでいたので慄いた。なっ、なになに!?こわいんですけど!
しかしそれを見た汐と莉央が真顔で「わかる」と頷きあっていたので、あ、これは聞かなくてもいいやつだと判断。
そうして会話をしつつも準備を終えて、それぞれに軽く準備運動もして、さていよいよ海に入るぞーとウキウキしてお気に入りのパーカーを脱ぐと、降谷くんが盛大に咳き込んでその背を叩く諸伏くん、ピュウッと口笛を吹く松田くんに「フワーォ」とテレビで聞いた事のあるような声を出す萩原くん、「大神はほんとに真っ白だな!ちゃんと日焼け止め塗ったかー?」と声を掛けてくれる伊達くんに、携帯のシャッターを連続で押す汐と一眼レフのシャッターを連続で押す莉央。
え、あの、みんなも海入ろう?
「青い空!青い海!青い水着の美少女!たわわに実ったパイオツ!生足魅惑のマーメイドーーー!!」
「佐々木、さっきおにーさんと約束したよな?なぁ?だからちょっと黙ろうか」
「はーーーうちの子がこんなにもけしからん魅惑のわがままボディで今日もセコムがうるせぇわ。
って、ちょっ、ウホッ!いい男の裸体!おにーさん達ちょっと集まって!写真撮らせて!?」
「その撮った写真をどうするつもりだ?」
「もちろん校内オクで売りさば……ゲフンゲフンッ!」
「景光」
「はいはい、没収なー」
「とっ殿ォ!そんな御無体な!」
「余はおこである」
「後生でござる!後生でござるぅ!」
「うるさい神妙にお縄に付け」
「チッ……いいのかなぁそんな事言って。こっちにはとっておきの秘策があるのだ!ババン!」
諸伏くんに携帯を取り上げられて言い合いをしていた汐が、ニタリと笑ってゴソゴソとバッグを漁って取り出したものを見て、誰よりもわたしが狼狽える事に。
「テレレッテレーン。さくらの水着コレクション~」
「えっ!?なんで!?あっあっ、それこないだお店で試着したやつ!ちょっと!汐!」
「……っ!?」
汐がバッグから出したのはタブレットで、それは先週の休みに三人で水着を買いに行った時にも持ち歩いていたのは知っているけど、写真を撮られたのは携帯の方だったしまさか画像をそっちに移している上にここで出すとは思いも寄らず。
それを目の当たりにした降谷くんは、漫画で言うところのピシャーンッ!と後ろに雷が落ちたかのような衝撃を受けた顔をして、そして何故かズリ…と半歩下がって諸伏くんの影に隠れわたしから遠のいた。
「ンッフッフ、どーよ降谷の旦那ァ、こいつが欲しくはないんですかい?」
「まさに外道」
「肖像権侵害で現行犯逮捕できるな」
「もしもしポリスメン?」
「おまわりさんこいつです」
「こいつがおまわりさんです」
「世も末だな」
「てゆーか、友達の水着姿を賄賂にするとか非道の極みだろ」
「大神さん、今からでも遅くないから佐々木とは縁を切ろう。友達は選んだ方がいい」
「諸伏くんの辛辣さに磨きかかりすぎな件」
「汐ちゃんゲスいなー」
「さすがに降谷でもそれは……あ、いや、揺れてるっぽいな?」
「ゼロ……」
自分の背後に移動した降谷くんを首だけで振り返って静かに名前を呼ぶ諸伏くんに「うっ」と罰が悪そうに顔を顰める降谷くん。それから項垂れるように彼の肩に頭を乗せてうーうー唸り始めた降谷くんに、バッと口を鼻を押さえてタブレット(恐らくカメラを起動している)を向けて鼻息を荒くする汐と、これまた無言で一眼レフを向けてピピッと一度だけ鳴った音からするにムービーモードで撮影しているであろう莉央に、ブハッ!と吹き出した松田くんと萩原くんはたぶん解釈を間違えている。
前にも見た事のある渋い表情でなにか言いたそうにしている諸伏くんだけが、彼女たちの行動の理由を正しく察しているのであろう。
やがてヒーヒーとおかしそうに笑っていた萩原くんが、お腹を抱えつつも汐に向き直る。
「っあーーー…ウケる。さしもの優等生サマもお前にとって最強なさくらちゃんと、ある意味最強コンビの女の子たちには敵わないってか」
「煩いぞ萩原ぁ……後でシメる」
「おーこわ。ところでさぁ、汐ちゃん?」
「なんですかー研二くん?」
「おっ、いいね名前呼び。今度からもそうしてよ」
「萩原……お前、馬に蹴られたくなければ余計な事は言うもんじゃないぞ…」
「は?なに言ってんの降谷?いやまぁそれよりさ、俺もその写真見たいな〜って。見せて?」
「なに言ってんのよ誰が嫁入り前のうちの娘の肌を見せるもんですか!」
「おい矛盾してんぞ」
「えー、じゃあ莉央ちゃんのは?」
「莉央?あるにはあるけど見応えないよ?主に胸囲が……ホレ」
「は???ちょっと待って聞き捨てならない汐にだけは言われたくないんだけど?さくらレベルは無理だけど汐よりはあるからね?BだよB!頑張ればCはいける!!」
「ホォー」
「ちなみに佐々木は?」
「ちょ」
「Aだよ!ほら勝った!」
「アッー!公開処刑やめーや!!」
こうかいしょけい。
頭の中で反芻してみる。
汐も莉央もスラッとしてて手足も長くて程よく締まってて、本人たちが気にしているらしい慎ましやかな胸は前開きのシャツとか体のシルエットが出る服を綺麗に着こなせるから少々羨ましくもあったのだけど、ふと自分の体を見下ろして、顔を上げたわたしと目が合った松田くんが力強く頷いたので、なるほど、松田くん的には女性の魅力がここにあるのだと察した。
紳士なわりにこういうところは年頃の男の子だなぁと思うし、素直な人だ。
「まぁ、佐々木が貧乳なのは知ってた」
「貧乳とか言うなし!シンデレラバストとお呼び!」
「ねぇねぇ見てよこれ。さくらと汐の水着ツーショ。めっちゃ盛れてない?あ、バストの話ではなく」
「やかましいわ!」
「へーどれどれ?…おぉ」
「うっわ、汐ちゃんいい身体〜。あとさくらちゃんエッロ」
「は?おいふざけるな見んな潰れろ」
「お前どの立場で言ってんだよ」
「……」
「?諸伏くん?どうかした?」
「…、あぁ、いや」
もう写真を見られる事に関しては、どうせこれから泳ぐのに別の水着とは言え眼前に晒すのでもういいやと諦めの心境で眺めていたら、ゆるく握られた握り拳を口元に当ててなにか考え込んでいる様に見えた諸伏くんが気になった。
「…なんでもないよ」と薄く微笑みを返してくれた諸伏くん。
その笑顔があまりにも完璧で、それでいて不自然な程に完璧過ぎたのでそれ以上は聞けなかった。
こんな諸伏くんを見るのは初めてだったので、戸惑いの方が大きいのだけれど。あとで降谷くんに訊いてみようかな。
「つーかよ、お前ら早く海入ろうぜ」
そう言ってわたし用にと用意されていた大きなピンクの浮き輪にいつの間にか空気を入れていた伊達くんの一声で、わたし達はやっとビーチに来た目的を思い出すのであった。
そうだよね、水着ファッションショーなんかしてる場合じゃないよね。
でもわたし別に泳げるのにどうして色とりどり形も選り取り見取りの浮き輪が用意されているんでしょうか。
「え?さくらは浮き輪に乗せるものでしょ?」
事もなげに言い放たれたセリフに思わず遠い目をした。これが莉央がよく言う「解せぬ」ってやつね……。
「まぁ、乗るって意味なら降谷くんの上にでも我々としては」
「汐さんそれ以上はいけない」
「きじょう」
「言わせないからな佐々木ィ!」
******
常夏の海は…すごかったです……。
普段の抑圧された生活の反動からか、それとも単純に夏の開放感からなのか判断は付かないけれど、とにかくみんなで遊び倒した結果、お昼時を過ぎた今は誰もかれもが死屍累々とビーチに転がっている。
かく言う、わたしもそのはしゃぎ回った一員ではあるのだけれど、頑なにわたしの浮き輪装備を譲らない汐とわたしが乗ってプカプカ海に浮いてる浮き輪の紐を掴んで離さなかった降谷くんの両名のお陰で、みんな程体力を持って行かれなかったわたしはパラソルの下で無気力に転がる汐と莉央の二人を団扇で扇いでいる真っ最中なのです。
「もー、みんな大丈夫?あんな無茶な事するからだよ」
つい先ほどまで、ビーチバレーならぬ〝浅瀬で波に足を取られながら古今東西ゲームをしながらの昼食の買い出しを掛けたバレー対決〟と云う、なんだか無駄に難易度を上げた遊びを本気でしていた警察官の卵たちです。
因みにわたしは無条件で審判に任命されていました。
まぁ、たしかにわたしは球技が苦手なので真っ先に脱落するのは目に見えていたんだけど。
そして、結果としては最後にお題係の順番が回った汐が出した「古今東西!女の子の名前!」で降谷くんが一瞬わたしに目線だけ寄越してから叫ぶように言った「……さっ、さくら!」に思わず「はい!」と返事をした瞬間にバランスを崩した彼の敗北が決まった。
それと同時に拳を高らかに空に向けて突き上げたのは汐と、対戦相手だった諸伏くん。
あの二人は言い争いが絶えないと言うか、諸伏くんが汐を叱るのが板についているがなんだかんだで息が合うと思ってる。
そういえば初めて降谷くんに名前で呼ばれたけど、それがこのタイミングでしかも古今東西のお題とは……なんだかなぁ。と可笑しくなってこっそり笑った。
「はぁ……じゃあそろそろなんか買ってくる」
「おーよろしく頼むわ」
「全員焼きそばでいいよな。めんどくさい。あ、大神はなにがいい?カレー?ラーメン?それともかき氷?」
「おい差別にも程があるぞ降谷」
「なんでこいつがモテるのか納得いかねぇ」
「ムカつくから本命にフラれちまえ。できれば今すぐ」
「よし解った。お前たちにはなにも買ってこないで大神と自分の分だけ買うことにする」
「アッ、あぁ〜〜!降谷大明神様〜!」
「お恵みを!何卒お恵みをくだされ!」
「チッ、暑苦しいぞお前ら!」
少し休んで回復したらしい降谷くんが遅めの昼食を買いに行ってくれようと腰を上げたところで、またふざけてじゃれつくみんなにクスクスと堪えきれない笑いが漏れる。元気だなぁ。
「うわ見てよ諸伏くん、うちの天使が可愛い顔で笑ってる……あたし死ぬのかな?」
「いっそ一度召されてくれた方が世界が平和になるんだけどな」
「辛辣かよ」
「もー、汐ったら変なこと言わないの。それより、降谷くん、買い出し行くならわたしも行くよ。一人で行かせるの悪いし、実質不戦勝なのでわたしが一番元気だし」
「えっ、いや、でも……負けたのは僕だしルールはルールだから…クッ」
「心底悔しそうだな」
「まぁ降谷くんだしねぇ」
「んー…じゃあ、わたしもどんな物が売ってるのか見てみたいから一緒に行きたいな。……だめ?」
「ンッッ」
「こ、これが降谷を落としたさくらちゃんテク…!つよい!」
「これは惚れる」
「こりゃ降谷の負け戦だな」
「勝てる気がしないもんな」
買い物に行く為にと半袖のシャツを羽織った降谷くんがそのシャツの胸の部分をギュウと掴んでるのと反対の手で口元を押さえて震えているので、まさか無茶な遊びで具合でも悪くなったのかと心配で声を掛けたら、暑さと陽射しにやられたのか耳まで染まった真っ赤な顔をして「……だいじょうぶ、だけど、あの、ぼくのそばから絶対にはなれないでくれ…」と言った。
それに、うん。とひとつ頷いて、彼が胸元を握り続けている方の手を取って海の家に向かおうと引いたら、一瞬だけビクリと大袈裟なぐらい反応した降谷くんが、一拍おいてからスルリと指を滑らせて、こちらが引っ張るように掴んでいたわたしの小さな手を包むように指と指と絡ませて優しく、でもしっかりと繋ぎ直した。
うんうん、これなら早々に離れ離れにはならないね!
サクサクと歩くわたしを一瞥した降谷くんが、ホッとしたような、がっかりしたような吐息を漏らした事には気付かずに。
さほど離れていない場所にあるお店に辿り着くまでに、降谷くんは漫画のごとく綺麗な女の人たちに声を掛けられたりして大変な事になるのでは…と危惧していたが全くそんな事はなく、どこからともなく視線は感じつつも話し掛けられる事なくお店に入れてしまったので、逆になんだか肩透かしを食らった気分になった。
それを正直に告白すると、未だに目尻と耳が薄っすら赤い様な顔をした降谷くんがうーん。とちょっぴり困った様に笑った。
「それはまぁ、大神とこうして手を繋いでたお陰かな」
なんと。
それじゃあ、降谷くんは人ごみで逸れてしまわない迷子防止以外にも、人に声を掛けられない手段としてこうして手を繋いでいたのかと感心する。
時折震えているような、わたしの手よりもずっと熱いような降谷くんの手はここに来るまでも、そしてお店の中でも離されずにいる。
お互いの身長差を考慮して、わたしが降谷くんの腕に抱きつくように腕を絡める方が楽なのではないかと一応尋ねてもみたが、それには逡巡した後に千切れんばかりの勢いで首を左右に振られたので、あえなく却下されていた。
恋人つなぎは良くて、腕を組むのはだめらしい。境界線がイマイチ解らないので、その都度尋ねるしかなさそうだ。
そんな訳で手を繋いだままお昼ごはんはなにがいいかなーとメニューを一緒に眺めていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「……さくら?」
「え?あれ……大和くん?」
「え…?」
わたしの名前を呼ぶ声にそちらを見れば、そこにはとても見知った顔が。
どうしてこんな所に?地元ならともかく、ここは沖縄ですよ?
驚きながらも知っている顔なのでふと疑問を抱く程度で済んだわたしとは違い、いきなりわたしを呼んだ顔も知らないであろう降谷くんは明らかに困惑と、そして少しの警戒の色を滲ませている。
「やっぱさくらじゃん!元気だったか?つーか、なんでこんなとこで……っと、そっちはもしかして、彼氏…?」
「あ、うん久しぶり。わたしは元気だよ、大和くんも元気そうでよかった。あのね、今日は友達と一緒に旅行に来ててえっと、それで、」
「初めまして、さくらの彼氏、の降谷です。さくら、この人は?」
「あっ、あぁ〜…うん、心配しなくても大丈夫だよ。彼は高校時代の先輩で西園寺大和くん。わたしがずっと弓道やってたのは知ってるよね?
大和くんは西園寺神社さんのご子息で、昔はそこの敷地内にあった弓道場を使わせてもらってた事もあるの。だから大和くんとは高校の時には先輩後輩だったけど、中学から大学生の時までは交流があったから、今わたしが警察学校に入ってる事も知ってるよ」
「ふぅん……旧知の」
「あー、ハイ。初めまして」
「大和くん、こちらは降谷零くんです。おんなじ警察学校に通ってて、他に一緒に来てる友達もみんな警察学校の人だよ」
「は!?警察学校の!?マジかよ…なんかこう、そう聞くだけで背筋伸びるっつーか、ゾッとしないな…」
「はは、なにも後ろめたい事がなければ心配する事はありませんよ。……よろしくお願いします、西園寺さん」
「あぁ……こちらこそよろしく、降谷くん」
よろしく。と言い合った二人の間にピリッとしたなにかが走った音が聞こえた気がして、二人の顔を見比べるも、降谷くんにはニコリと微笑まれ、大和くんにはなんとも言えない目を向けられるだけだった。
するとそこへ大和くんのお友達らしき人たちがやってきた事でわたし達は自然と退散しようと思いきや、降谷くんから繋ぎっぱなしの手を引かれて強制的にその場を離れる事になった。
その時に絡んだ大和くんとの視線が、なんだか頭に引っかかりを覚えさせた。
久々に顔を合わせたけど別に会おうと思えば会える場所にいるし、連絡先もお互い変えていないので、なにか言いたい事があるなら後で言ってくるだろうと踏んで放置してしまった事を、後から悔やむ事になるとこの時誰が知れただろうか。
「あ!見て見て降谷くん!かき氷のミルクティー味だって!すごい!」
「ンンッ…!……すみません、その、かき氷のミルクティー味ひとつお願いします」
「あいよっ」
「えっ、あの、降谷くん?」
「ん?他にもなにか食べたいものあった?」
「じゃなくて、まだみんなのお昼ごはんも買ってないのに…て言うか、わたしまだかき氷食べるとは…」
「でも、気になるんだろう?」
「……うん」
「だから、かき氷は僕とここで食べて行って、それからあいつらに焼きそばでもなんでも買って行こう」
「……!…うんっ」
[newpage]
「ハッ…!ラッキースケベの波動を感じる」
「佐々木……協力してくれるのはいいが、下世話な妄想も大概にしないといい加減海に放り投げるぞ?」
「現在進行形で砂浜に着々と埋められているんですがそれは」
「待ってろよ佐々木、憧れの巨乳にしてやるからな」
「残酷な優しさをありがとよ松田くんゆるさん」
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あの子は太陽の小町〜Angel〜<br /><br /> <br />※引き続き名前ありの夢主と、モブとは名ばかりの腐女子二人もいますがBL小説ではありません。<br />※今回に限り年齢制限はせずに全年齢公開しますが、やはりそこはかとなくお子様の情操教育に良くない内容が飛び交いますので、もし制限が必要だと感じたらそっとタグ付けかご連絡ください。検討します。<br />※スコッチの名前公開を受けて名前を変更しました。(11/13)<br />※作者の趣味でどうにも松田陣平がオイシイとこ取りをしている感が否めませんが、あくまで降谷氏がメインだと言い張る。<br />※神奈さんはいいぞ。<br />※単発詐欺してるけど、ネタが溜まったら気まぐれに書くぐらいのスタンスなのでやはりシリーズ化はしません。しかし既にネタが溜まりつつある。さらに原作時空の未来編(?)のネタがあるけどドシリアス過ぎてもはや別物になりそうでどうしよう。番外編ifって事にしようかなぁ。<br /><br />表紙はいらすとやさんからお借りしています。<br /><br />前作では評価やランキング入り、コメント、タグ付け、それに伴ってかフォローも頂き有難うございました。<br />コメントは後ほど返信しにいきます。<br />
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警察学校の自販機のミルクティーの種類が増えた件
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目が覚めると同時に、妙な違和感を憶えて思わず顔を顰めた。
妙に身体が重い。特に腰の辺りがずっしりとして、気だるく心地よい倦怠感を憶える。
……どうして心地よいなどと感じたのだろう? 腰の痛みなど辛いだけだというのに。
奇妙に思いながら身体を起こすと、汗ばんだ身体の内部が緩い苦痛を訴えた。
だが、不思議なことにこちらについても、どうしても不快には感じなかった。
それにしても、ここは一体何処であるのだろうか。
確か昨夜は大学の研究室に泊り込んでしまったのではなかったか。
それが何故、きちんと寝具を着た状態で寝台に横になっているのだろう。
ケイネスは不思議に思いながらのろのろと寝具を剥ぎ、ベッドから出ようとした。
動かした脚がまるで麻痺しているかのように重く、寝ている間に痺れでもしたのかと不審に思う。
「これは……?」
『サイドテーブルの上の手帳を開き、挟まれている手紙を読め』
眼前の壁に貼られたメッセージボードの文字が目に入り、何事かと首を捻る。
それは確かにケイネスの筆跡によるものだったが、彼には全く覚えがなかった。
指示通りに動くのは少々悔しかった。しかし今のところ何一つ状況を把握できていないのも事実である。
とりあえず指示されたとおり、ベッド脇に置かれた分厚い手帳を手にとってみる。
見覚えがないはずのそれは、どうしてかケイネスの掌にしっくりと馴染むような気がした。
封筒の表書きには自分自身の手による文字で、まるで他人に充てているかのように
『今日のケイネス・エルメロイ・アーチボルトへ』と記されていた。
『おはよう。今日は西暦二千××年、×月×日だ。記憶を失ってからは×年と×日になる』
書き出しは、その言葉から始まっていた。
読み勧めるたびに、自分の身体が固く強張って行くのが分かる。
それはケイネスにとって、さながら死刑宣告ともいえる内容だった。
ある大きな事故に巻き込まれ、身体と脳の両方を負傷したこと。
下半身の麻痺はリハビリによってかなり回復したが、脳については不可能だったこと。
大学を辞めたこと。研究を諦めたこと。婚約が破談されたこと。
アーチボルトの家からは勘当同然で、この屋敷だけを与えられていること。
そして、それら全ての原因となった脳の障害とは――――。
『私の記憶は1日しか持たない。眠ることで、その日の記憶がリセットされる』
その便箋に書かれた文字を全て読み終えたとき、自分が狂ってしまうのではないかと思った。
否、もしかしたらもうとっくに狂っていて、これはふざけた夢の中なのではないか。
そう考えてしまうほど、その内容は信じがたいものだった。
研究一筋に生き、時に「神童」「天才」とすら呼ばれてきたケイネスにとって、
それはまさに悪い夢以外の何物でもなかった。
「……思い出せ、昨日は何をしていた!? 教授に夕食を誘われて……、いや違う!
その日は茹で上がりそうに暑かったはずなのに、今日は真冬ではないか!
いや、待て……、大丈夫だ。冷静に、冷静になって初めから思い出せば……」
ぶつぶつと呟くケイネスの姿は、傍から見ればあまりにも狂気に満ちていたことだろう。
けれど、己の全てを失ったなど到底思いたくないケイネスにとって、それは必然だった。
「……思い、出せない?」
だが幾ら頭を掻き毟ろうとも、ケイネスの記憶野から引き出せるのはある日付までだった。
それ以降の、手紙を信じるならば五年に誓い歳月が、彼からはすっぽりと抜け落ちていた。
漸くそれを思い知ったとき、ケイネスは笑った。まるで壊れた玩具のようにけたたましい音で。
「はは、ははははははははははははははははははっっ!!!
思い出せない! この私が……ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが!!
なに、ひとつ……、……昨日の、食事ですらも……っ!!」
後から後から零れ落ちる笑声に身を任せ、腹を抱えて大笑する。
目に滲んだ涙を拭うこともせず、己のあまりの惨めさを嘲笑った。
○ ○ ○
ひとしきり当り散らした後、何とか少しだけ冷静になり頭を冷やした。
それと同時にぐうと腹がなり、どんなときでも空腹は訪れるのだなとおかしく思う。
着替えて階下に降りると、誰が作ったのか既に朝食一式が用意され湯気を立てていた。
そういえばあの手紙に、身の回りの世話をしてくれる青年が屋敷にいると書いてあった。
「彼のことをどうか信じてやって欲しい」と、何とも意味深な一文を添えて。
テーブルにつこうとしたケイネスを先回りして、誰かが椅子を引く。
腰を下ろしてからふと振り向けば、そこにいたのはあまりにも予想を超えた男だった。
美しい、などと言う単純な言葉で形容してしまってよいものなのか。
自身の語彙の少なさに苛立ちを憶えるほど、眼前の男の顔は整いすぎていた。
その貌は到底生きた人間のものとは思えず、ギリシャ彫刻が動いているのだと言われたほうがまだ納得いった。
「おはようございます、ケイネス殿」
溜息をつくほど色気のある声で、眼前の男がケイネスに話しかける。
「俺はディルムッド。ディルムッド・オディナと申します。
何か不都合がありましたら、すぐに仰ってくださいね」
笑顔でそう告げられるが、ケイネスはこの男について何一つ知っていることはない。
戸惑いながら手帳を開き、人名の一覧から彼の頭文字を探し当てた。
「…………なっ、」
ぱくぱくと口を開閉させて、そこに綴られたあまりの内容に絶句する。
それは明らかに自分の筆跡であったが、幾らなんでも本気で書いた言葉とは思えなかった。
「あの、何と書いてあったんですか?」
「う、うるさい!!」
子犬のように好奇心旺盛な目でそう問われて、外聞無く声を荒げてしまう。
だが、彼のその問いに答えることは到底出来るはずがなかった。
……全く、昨日までの自分は何を考えてこんな酔狂を書き残したのか。
確かに自分自身が取ったはずの行動が、今のケイネスにはまずもって理解不能だった。
「教えてくださいよ、ケイネス殿!」
「貴様に教える義理はない!」
そうだ、まさか言えるはずが無いだろう。
彼の名前の横に『私の愛しい恋人』と記されているだなんて。
○ ○ ○
朝食を片付けた後は、庭弄りとアトリエでの着彩で午前の時間が終った。
絵画の趣味に関してだけは、どうやらこうなった後でも続けられているらしい。
尤も描きかけの絵のモデルがディルムッドであったのは、流石にどうかと思ったが。
手帳を開いて予定を確認すれば、昼からは雁夜が訪ねに来る約束だと書いてある。
間桐家の後継者である彼とは、同じ旧家の者同士、幼い頃からの交友があった。
ケイネスの記憶の中の彼はまだ大学生だが、実際にはとうの昔に卒業を迎えているはずだ。
よく知った存在だからと気を緩めて、手帳の彼の項をわざわざ捲ることはなかった。
それが大きな間違いだったと悟ったのは、少し後になってからのことだった。
約束時間のきっちり五分前。
真面目で小心者な雁夜にまさしく相応しい時刻に、呼び鈴が音を立て来客を知らせる。
玄関の扉を開ければ、記憶にあるのとさほど変わらない地味な顔がそこにあった。
「待っていたよ、雁夜」
「やあ、ケイネス。これ、簡単なものだけどお土産」
手渡されたのは、ケイネスが贔屓にしている洋菓子店の包み紙だった。
ワイン色のリボンがかけられた箱を開ければ、中身は彼の好物のイギリス菓子だ。
「ああ、すまない雁夜。気を使わせてしまって」
言いながら皿へと移し変えると、菓子に合わせた茶葉を見繕い紅茶を淹れる。
カップを満たす黄金色の液体から立ち上る馥郁たる香りを楽しみながら、ひとしきりお喋りに興じた。
雁夜は決して話上手と言うわけではなかったが、それでもケイネスにとっては数少ない友の一人だ。
それに記憶がないのはこの数年のことだけで、それより前のことは全て頭に残されている。
まだ幼い頃、父に連れられて出向いた社交界の場で出逢った二人の日本人。
その少年達の片方で、パーティーの間中ずっとつまらなそうにしていたのが間桐雁夜であり、
合わせて付け加えるなら、当時から洗練された立ち居振る舞いを見せていたもう一人が遠坂時臣だった。
その後も三人は、それぞれの家柄の後継者候補として長い付き合いがあった。
お互いの趣味嗜好は良く知っていたので、話題につまることもない。
「……それでね、ウチの蟲ジジィときたら、最近は俺と顔を合わすたびに
『嫁を連れて来い』『孫の顔が見たい』ってそればかりさ。もう辟易するよ」
「はは、流石の臓硯翁じゃないか」
からからと笑いながらそう言うと、ケイネスは「だが」と話の先を続けた。
「お前だって、そろそろ家庭を持つことを考える年だろう」
「そうは言ってもね、こればかりは俺一人で何とかなるものでも無し」
「これだから貴様は……。禅城のお嬢さん本人は一体どう言っているんだ」
「…………っ、はは」
一瞬の沈黙の後、唐突にその空気を取り繕うかのような乾いた笑い声がした。
雁夜は仮面でもかぶっているかのように不自然な笑顔を貼り付けて、ケイネスに告げた。
「……ケイネス、葵さんは遠坂の家に嫁いだんだよ。今はお腹に二人目がいる」
「まさか」
「それが聞いてくれよ。時臣のやつ、俺に次の子の名付け親になって欲しいって言うんだ。
お前は言葉を使う仕事だから丁度いいだろう、なんてさ。
まあ、あの夫婦にお願いされちゃ、どうやっても断われないに決まってるよ」
平静な態度を崩さずにそう続ける彼の姿が、しかしケイネスには信じられない。
違う。いつも言っているではないか。年上の幼馴染である禅城家の令嬢に恋していると。
逢う度に、それこそ耳にたこが出来そうなほど何度も、彼はその想いを語っていた。
子供のままごとのような逢瀬がどれだけ楽しかったか。
自分に向けてくれる清楚な笑顔がどれだけ美しいものであるか。
ケイネスが飽きて「もういい」と言わねば止まらないほど情熱的な瞳と口振りで。
最後に逢った時の、興奮した口調と表情はありありと思い出すことが出来る。
祖父の働きかけが幸いし、家同士で婚約の話がおぼろげながら出ている。
だから後は、最早互いの気持ちを確認しあうだけなのだ、と。
――――いや、錯覚してはいけない。
いくらケイネスにとって最近の話題に思えても、現実には大きな時間の隔たりがある。
自分たちが話したその会話は最早、遥か昔に交わされたものなのだ。
実際にはあの日から五年近くの年月が経っていることを考えれば、
縁談の状況が大きく変わっている可能性など、当然考慮してしかるべきだというのに。
「女の子らしいから、花の名前なんていいんじゃないかと思うんだけど……」
「……すまない、雁夜」
雁夜の言葉を遮り、頭を下げてそう謝罪する。
そんなケイネスを前にして、当の相手はふるふると首を横にして優しく微笑した。
膝の上で組まれた指を軽く弄びながら、雁夜は至極穏やかな声音で話す。
「昔はね、あの人のことが本当に好きだった。……いや、違うな。今も好きだ。
……でも、何でかな。時臣の隣で笑う彼女を見て、自然と『これでいい』って思えたんだ」
そう口にする雁夜の姿に、時間の経過とその重みを何より強く感じた。
雁夜も時臣も、否、この世界にいる自分以外の人間は全て、確かな歳月を歩んでいる。
人はその中で学習し記憶し成長し、そうして少しずつ変化していくのだろう。
けれどケイネスだけは、その輪の内側に入ることが出来ない。
スタートを切った他のランナー達に取り残されたまま、ただずっとその場で足踏みを続けているようなものだ。
――――――――前になど、一生進むことができないまま。
○ ○ ○
雁夜を見送った後、ケイネスは一人屋敷の中で立ち竦み、ぼんやりと虚空を仰いだ。
先ほど自分の起こした失態が恥ずかしくて情けなくて、頭を抱えるほか無かった。
ケイネスが発した無遠慮な言葉に反応して雁夜が一瞬だけ見せた、僅かに引き攣ったあの表情。
無理に作られた笑顔は、彼の胸の傷が未だ十二分には癒えていないことの確かな証明だった。
「……この思考も感情も、明日には忘れているんだろう?」
一体いつの間に控えていたのか。ケイネスは自分の後ろに立つディルムッドに問いかけた。
その質問にディルムッドが答えを返すより早く、彼は自嘲気味に唇を緩めて吐息した。
「だったらむしろ、僥倖だ」
吐き捨てるようにそう口にして、皮肉げな顔で嗤う。
事実、その通りだと思った。胸を突き刺すこの苦しみは、あと半日と経たずに消え去ってしまうのだ。
本来なら、一々悩むのすら馬鹿らしいのかもしれない。
どれほど苦悩したところで、また明日には同じ絶望を繰り返し味わうのだから。
自身へのこの問いかけ自体、一体何度目のことなのか。
「どれだけ恥を掻こうが己の愚かさに嘆こうが、たった一日で無かったことになる。
今抱くこの感情と思考は……、明日の朝にはもうどこにも……っ!!」
昂ぶった感情が行き場を失って、ケイネスは身も世もなくぽろぽろと涙を零した。
ただでさえ麻痺の残っている脚は震えて力が入らず、膝からがくりと床へ崩れ落ちる。
いっそこのまま死んでしまいたかった。
記憶が無くなるのと同時に、ケイネス自身も泡のように消えてしまえばいいのに。
そう心から願いながら虚ろな瞳で涙を流すケイネスを、ディルムッドの両手が掬い上げた。
形の良い指で頬に伝った涙の痕を拭い去ると、子供をあやすような優しい口付けを目元に落とされる。
呆気にとられるケイネスに、ディルムッドは何の衒いもない真剣な瞳で告げた。
「それでも俺は覚えています。貴方が何度忘れても、代わりに俺が」
それはまるで、騎士がたった一人の主に忠誠を誓うかのような宣誓だった。
けれどケイネスにはその言葉が理解出来ない。否、出来る筈もない。
ケイネスにとって彼は、どこまで行っても「ほんの半日前に初めて会った男」なのだ。
彼と過ごしてきたであろう時間を、ケイネスは何一つ記憶していない。
ただの記憶喪失であればまだ良かった。それならば、また幾らでも新たな思い出を構築できるのだから。
けれどケイネスに未来はない。
自分の尾を追いかけて回る頭の悪い駄犬のように、延々と同じ場所を巡り続けるだけなのだ。
「……やめろ、もうやめてくれ」
悲しみにくしゃりと歪んだ顔でそう告げれば、ディルムッドがひどく心外そうに眉を顰めた。
……そんな、さも初めて言われたとばかりの表情など作らないでくれ。
自分の性格ならば誰よりも良く分かっている。きっと毎日、同じことを頼んでいるだろうに。
「そもそもお前は何なんだ。何を狙って私の傍に付き従っている」
「……貴方を愛しているんです」
慟哭の中で搾り出された問いに、ディルムッドは僅かな躊躇いも見せず返答した。
けれどそれは、今のケイネスにとって尤も聞きたくない言葉だった。
いっそ財産目的に近づいたとでも言われたほうが、よほど信じられるというものだ。
「愛、だと……?」
「ええ、俺は貴方を愛しています」
「……馬鹿な冗談はやめろ。何も持たない今の私を愛する人間などいるはずが無い!」
激昂して思わず叫んでしまい、咽喉がひりひりと痛みを訴える。
研究者としての道を閉ざされ、アーチボルトの家からは厄介者扱いされていることだろう。
他人を気遣った会話一つ出来ず、何度も何度も同じ話題ばかりを繰り返す白痴の出来損ない。
そんな自分に、彼のように美しく聡明な男がかしずく理由が何処にあるというのか。
「……何も無いだなんて、どうしてそんな風に仰るのですか」
次の瞬間、ディルムッドの唇から紡がれた言葉はケイネスを驚かせるに十分なものだった。
「俺は知っています。貴方のプライドの高さも、高潔さも、ひたむきな真面目さも。
気難しくて、けれど時折見せる笑顔が可愛らしいことも、豊富な知識も。
俺を疎ましく思いながらもお傍においてくれる甘さも、機嫌のいいときの柔らかい声も。
エスプリの利いた会話も、育てていらっしゃる薔薇への愛情も。
絵をお描きになるときの真剣な表情も、ご友人への情の深さも、実は猫にお優しいことも。
金糸のような髪の柔らかい手触りも、白皙のお顔が悲しみで歪む瞬間があることも」
ディルムッドの言葉は、まるで嵐の後の濁流のように止まることを知らなかった。
放っておけば、一時間でも二時間でもケイネスについて喋り続けられそうなほどだ。
「……もういい」
「いいえ、まだ言い足りません」
「いいと言っているだろう!」
そう怒鳴りつけると、ケイネスは微かに赤くなった頬を気づかれないよう俯いた。
ディルムッドに対して抱いていた苛立ちが何だったのか、漸く理解する。
すとんと胸に落ちてきたそれは妙にしっくりと来て、まるで初めからそこに存在していたかのようだった。
怖かったのだと今なら言える。記憶がなくなると同時に、彼との関係まで失ってしまうことが。。
(……そうか、そういうことだったのか)
そうして、気付く。起き抜けに感じた、この身体に残された痛みの理由に。
昨日の自分が一体何を考え、誰を求めていたのかというその事実にも。
ディルムッドの裾を掴んで身体を引き寄せ、その肩にそっと顔をうずめる。
彫刻のように美しい形をした耳朶に唇を寄せて、ケイネスは囁くようにねだった。
「ディルムッド、証をくれないか。
……こんな私でも愛してくれる人間がいるという、その証を」
記憶はリセットされてしまう。けれど、この身体に残る感覚までは消えない。
つけられた唇のあとも、気だるい倦怠感も、中を苛む痛みでさえ、
ケイネスにとっては、何よりも大切で、そして唯一ディルムッドと交わした愛の証だった。
「消えてしまう言葉ではなく、明日の私が確かに感じられるような。
…………そんな、激しい痕を付けてくれ」
○ ○ ○
目が覚めると同時に、妙な違和感を憶えて思わず顔を顰めた。
妙に身体が重い。特に腰の辺りがずっしりとして、気だるく心地よい倦怠感を憶える。
……どうして心地よいなどと感じたのだろう? 腰の痛みなど辛いだけだというのに。
奇妙に思いながら身体を起こすと、汗ばんだ身体の内部が緩い苦痛を訴えた。
だが、不思議なことにこちらについても、どうしても不快には感じなかった。
――――今日のケイネスはまだ知らずにいる。
身体に残されたそれが、彼と恋人の何より純粋な愛の証なのだということを。
けれど、きっとまた理解する。何度でも何度でも、彼はディルムッドに恋をするのだから。
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1日しか記憶の持たないケイネスと、彼に恋したディルの話。<br />『主の愛した数式』の続編で、ケイネス視点の話になります。<br />ディルケイですが、雁夜おじさんがかなり出張ってます。<br />■読まなくてもよい設定:ケイネス…大学院生時代、とある事故に巻き込まれて脳に障害を負う。<br />眠ることで記憶がリセットされ、目を覚ますと前日までのことは全く覚えていない。<br />かつては非常に将来を期待されていた研究者だったが、事故の直後に退学した。<br />学生時代にとったいくつもの特許が幸いし、何もしなくてもかなりの収入が入ってくる身。<br />時臣&雁夜……お互い古い家柄のため、ケイネスとは旧知の仲の友人。■<br />前作は、多数の閲覧・ブクマ・評価など本当にありがとうございました!なんでか分りませんが、今のところ自分の書いた全部の話で先生が泣いています……。私の中で一番の萌えツボが「泣く先生」らしい。
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主の愛した数式・2
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007901#1
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真姫「あなたたちが私にクリスマスイベントの出演依頼をしてくれた人達ね。私の名前は西木野真姫!将来は地元の総合病院でパパとママの後を継いで医者になる予定!志望は脳外科!こーんなに私にメロメロになってるあなたの頭の中身をさばいてあ・げ・る」
「はぁ?」
今、俺は今年ももうすぐ終わるという頃に今年1番の衝撃を受けたかもしれない。見た目と中身が全然違うっていうレベルじゃない。有名無実にも程がある。正直に言って俺は今、非常に混乱している。
いろは「へ?」
一色なんてもういつものあざとさを忘れて素で対応。あっけらかんとした顔で俺同様に動揺している。
……あれなんか寒いな。窓空いてませんよね?
自分で言って自分で寒くなる。(今回は実際には言ってない)さすが、俺。嫌われることに関しては俺が最強と自負していることは伊達ではない。ちなみに前、ことのことを雪ノ下に話したら少しは恥を知りなさい、反吐がでるわと罵倒されて睨まれたが。※絶対に許さないノート参照
というか、一色さん。こういった男子をドキドキさせるような発言は得意ではなくて?俺は西木野の見た目と中身のギャップに驚愕してドキドキするような気分ではさらさらないのではあるが。さしもの一色でもあのレベルの発言にもなると引いてしまうのだろうか。一色が素でああも驚くのは普段は滅多に見られなくてレア度が高いとちょっぴり思う。
絵里「ちょっと真姫!?あなたどうしちゃったのよ!」
真姫「…グスン。も〜!にこちゃんったら〜!」ガチャ
西木野は自分で言ったことが今更恥ずかしくなったのか、絢瀬さんに指摘されると急に涙目になり俯き、紅い顔で理事長室を飛び出して行った。にこちゃん?が何かはわからないが、俺は西木野の後ろにニヤニヤした顔で立っていた黒髪ツインテールの存在を見逃さなかった。そいつがにこちゃん?なのだろうか。
絵里「…アハハ。もうにこってばまた真姫に何かしたのね。少し面倒なことになったかも。悪いけれど私と一緒に来てもらった方が良いかも。八幡君、いろはさん、ついて来てもらえるかしら?」
八幡・いろは「あ、はい」
理事長「フフフ。微笑ましいですね。絢瀬さん、何かクリスマスイベントのことで決まったら連絡をくださいね。それと、遅くなる前に帰るようにお願いしますよ」
絵里「はい。分かりました。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。それでは失礼します」ガチャリ
絵里「ごめんなさいね。少し走るわよ」
丁寧な挨拶をした絢瀬さんに連れられて小走りで先程歩いた廊下を進んでいく。夜の学校ってなんかドキドキするよな。普段は経験しない暗い学校の景色に思わず俺の心拍数が上がる。パラレルワールドにでも来た気分。……ほんとにパラレルワールドとかはやめてね。ファンタジーは2次元だけで間に合っている。3次元にまで進出するとファンタジー自体の価値がなくなるのではないか。妄想は妄想であり現実でなく、現実で起こり得ないから価値があるのだと。ちなみに、ジョン・レノンも「友情なんて自分勝手な妄想さ」と語っている。友情なんて現実で存在しないのである。そもそも友情をどう定義づけるのかが俺には理解し難い。一体何をもって友情とするのか?この友情というものは俺が求める「本物」なのだろうか?答えはyesともnoとも言えない。何かが違うのだ。その何かが分からないのだけど……
絵里「さ、着いたわよ。多分ここにいるわ。にこ〜、真姫〜!中にいるの〜?入るわよ〜?……ってあれ?八幡君、難しい顔してどうしたの?」
いろは「ほんとですよせんぱい、悩み事ですか?らしくないですよ〜」
八幡「ばっか、お前。俺なんて悩み事ばっかだ。例えばどうすれば人とできるだけ関与せずに荒波を立てないで済むかとか、どうすれば戸塚に振り向いてもらえるかだとか」
いろは「大したことで悩んでないじゃないですか。例えばが酷すぎますよ。それに相変わらず戸塚先輩好きすぎですよ、」プク
絢瀬「…アハハ」
どうやら考え事をしているうちに目的地に着いていたらしい。この奇妙な状況下で考え事ができるまでになったとは、自身の成長に驚き。いや、成長してんのかは微妙だな。むしろ立派な人間として退化しているような気が……。
俺レベルのぼっちにもなると人と会話しない分、自分の頭の中でセルフトークすることに長けているのだ。どんどんと話の内容が膨らみ、終いには今のように何悩んでるの?キモい。と言われることもしばしば。っておい!キモいは余計だろ。
絢瀬さんが足を止めた場所にはアイドル研究部と書かれた札が貼られた扉があった。部室だろうか?中からは光が漏れていて、少なからず人の気配はある。
絵里「もう…。2人とも返事くらいしなさいよ……。じゃあ、遠慮なく2人も中に入ってどうぞ」ガチャリ
扉が開かれ中に入るとそこはやはり部室であった。壁には地方のスクールアイドルから東京で有名なA-RISE(小町に言われて少し勉強した)までのポスターが敷き詰められていて、右奥に位置する縦長の棚にはCDやらDVDやらが所狭しと並んでおり、奉仕部に比べて少し賑やかな部室といったところか。中央に位置する長机には9つの椅子。その奥では西木野と黒髪ツインテールにこちゃん(仮)が対峙していた。
にこまき「あ…………」
真姫「………もう!にこちゃん!謝って!」
にこ「アハハハハ!あの真姫が!あの真姫があんなこと!」バタバタ
謝罪をせがむ西木野とまるで他人事かのように腹を抱えて大笑いするにこちゃん。何この娘達、俺らのことは無視なんですかね……。
真姫「やっぱりおかしいわよ……。初対面の人にこんなことするなんて」
にこ「もう終わったことだしいいじゃない。実際本当にやったのは真姫だし〜」
真姫「それもそうだけど……」
いろは「あのーせんぱい、あの人たち一体何なんですか?なんか普段pvとかで見るμ'sと全然違うと思うんですけど…」ゴニョゴニョ
一色が耳元で囁く。一瞬女の子特有の良い匂いがするが、正直もう慣れた。……多分。てか、にこちゃんって娘もμ'sのメンバーだったの?それは知らんかった。
八幡「いや、普段はこんなんじゃねーの?いつもはポンコツ天然だがいざライブになると豹変するバンドのボーカルとかアイドルとか最近多いだろ。そのギャップが凄いって話題になれば注目されるし、それで有名になれば正直勝ちだろ。実際そのポンコツ天然キャラもビジネスで、名を広めようとしてる芸能人なんて腐る程いるぞ」ゴニョゴニョ
まぁ、目の前の彼女達は本当に普段からこんな感じでバカやっていそうだがな。
いろは「ヒッ。せんぱい、いきなり耳元で囁かないでくださいよ。私、耳弱いの知ってるじゃないですか〜」
何その一色の弱点。俺初耳なんだけど。後、その男女の関係を疑われるような発言を公共の場でするのは控えてね。
八幡「あのなぁ…一色」
にこまきえり「!!」
絵里「八幡君といろはさんってそんな関係だったの……?」
ほら見ろ。変な誤解が生まれちゃったじゃねーかよ。このあざとい後輩め。
* * *
絵里「そうだったのね。もうにこもこんなことは初対面の人の前でしないこと。悪ふざけもほどほどにしておいた方がいいわよ。そもそも、理事長の前で真姫にあんなことをさせるなんて。調子に乗ってると希にワシワシの刑を執行してもらうわよ」
にこ「ごめんなさい!希のそれだけは勘弁っ!」
あの後、一色との関係の誤解が解け、西木野とにこちゃんは言い合う気が無くなったのか急に黙り込んだ。絢瀬さんが事情を聞くとなんでもにこちゃんが西木野に例の自己紹介を俺たちの前でやれと命令したらしい。ゲームで負けた罰としてスクールアイドルを始めた頃に作った西木野の自己紹介文をそのまま披露。自分で昔作った挨拶もできないのかとにこちゃんの安い挑発に乗ってしまった西木野は俺たちの前であの爆弾自己紹介をかましたというのである。結果泣いて逃走しちゃってたけどね。その勇気と行動力には拍手を送りたい。ところで絢瀬さん?ワシワシの刑って何ですかね?何かシモっぽいネタな気がするので実際には聞かないことにするけれど。
にこ「じゃあ改めて自己紹介しましょうか」
そういうとにこちゃんはツインテールをほどき、俺たちに背を向ける。なんか嫌な予感がする……
にこ クルッ「にっこにっこに〜。あなたのハートににこにこに〜!笑顔届ける矢澤にこにこ〜!」キャピルン
予感的中!
真姫「……。にこちゃん、いい加減その挨拶やめたら?見てるこっちが恥ずかしいんだけど…」
にこ「ぬぁんでよぉ!にこ渾身の必殺技なのにぃ!」
にこちゃんの自己紹介もまた事故紹介だった。あなたのそれは笑顔届けるっていうより苦笑届けてますよね。
いろは「…アハハ。私は千葉の総武高校からきました、一色いろはです。1年生で生徒会長兼サッカー部マネージャーやってます〜」
またもや一色が引いていた。このメンツちょっとキャラ濃すぎやしませんかね。
真姫「私は西木野真姫です。1年生です。今回はよろしくお願いします」
八幡「俺は一色と同じく総武高校から来た。比企谷八幡だ」
今回も自己紹介イベント難なくクリア。今回はあっちの2人の自己紹介がなかなかに事故ってたから俺がもう事故るまでもない。
にこ「いろはさん、1年生なのに生徒会長は大変じゃない?」
いろは「まぁ大変ですけれど。実際生徒会長やってて良いこともありますし、それほど苦じゃないっていうか。せんぱいも手伝ってくれますし」
八幡「まぁそれは俺が一色を会長に推したからであって俺なりに責任はとってるつもりなんだが」
絵里「私も前生徒会長として生徒会の忙しさは理解しているわ。その中で手伝ってもらえる人がいるだけで心持ちも随分と楽になるわよね」
いろは「そうですね。絵里先輩も生徒会長されてたんですね〜」
八幡「なんか超似合ってますね」
絵里「そんなことないわよ。私こう見えてけっこう周りからポンコツポンコツって言われてるし…」
あ、そうでしたね亜里沙さん。
にこ「それにしても良かったじゃない、真姫。これはあなたの存在が、μ'sの存在が世間に認められ始めている証拠よ」
真姫「ちょっとにこちゃん、そんなことないわよ……」
少し顔を紅らめ、照れているのがよく分かる。西木野は意外と照れ屋さんなのかもしれん。
絵里「いや、そんなことあるわ。私たちの活動は徐々に徐々に少しずつだけれどみんなに認められ始めているわ。今回の件も自信を持っていいのじゃないかしら。大きな大会を前に良い機会だと思うけれど」
真姫「それもそうだけど。なんか、ここまで個人的に頼られるのなんて私初めてだから、正直嬉しいっていうか……なんていうか」
そんな西木野は次は嬉しそうに目線がキョロキョロ泳いでいる。なんか表情豊かだな。嬉しいなんて当事者の前で本心でなかなか言えることじゃない。アイドルがプロデューサーさんに今回はありがとうございます、嬉しいです!とよく言うようなビジネスライクな発言でなく、本心からの感謝の言葉だと見ればすぐに分かった。西木野は意外と素直な娘なのかもしれない。
いろは「では、あまり時間もないですし、本題に入りましょうか」
* * *
あれから40分くらい話しただろうか。当日の打ち合わせで今回決まったこととしては西木野のピアノの演奏曲について、当日の時間や、クリスマス合同イベントで他に何をするかなど事務的なことがほとんど。がしかし、なにより衝撃だったのがにこちゃんが3年生だったこと。矢澤先輩と呼ぶべきなのだろうが心の中ではにこちゃんって呼ぼう。矢澤先輩はなんか違和感あるし…
いろは「せんぱ〜い。私、お土産買って帰ろうと思うんですけど、先輩も一緒にどうですかぁ?」
今は、μ'sの3人と別れ学校から駅までの道を一色と2人歩いている。
八幡「いや、悪い。今日は予定があってだな。小町に勉強見てくれって頼まれてんだ」
いろは「小町?妹さんですか?本当に予定があるならいいですけど…」
八幡「妹だな。今年受験を控えてて総武目指してるんだ。そこで、現役総武生の俺が小町に直接アドバイスをと」
いろは「そうですか、妹さんですか。優しいところもあるんですね。ところでせんぱい。せんぱいってやっぱり年下好きですか?」
八幡「まぁ、苦手ではないな。年上よりかはな」
いろは「ふーん。そうでしたか…」
何?この微妙な雰囲気。何か始まっちゃうの?
いろは「ではでは、せんぱい、また明日もよろしくですっ!」
八幡「おう、気をつけろよー」
うん。何も始まらなかった。最近一色の纏うあざとさがガラッと変わる時がある気がする。俺の気のせいかもしれんが何か俺に言いたいことでもあるかのような雰囲気。いやきっと気のせいだわ。なんか俺に言いたいことあるんじゃないのとかイケメンリア充よろしくのセリフを言った日には今度こそ一色にマジでフラれてしまうだろう。落ち着けよ、俺。冷静になるんだ。よし、Calm down。
一色と別れ、冷静になった俺の手に降って来た白い物体。どうやら雪が降り始めたらしい。雪と闇とのぼんやりとした明暗の中でときより通る車のヘッドライト。俺が今歩くここは秋葉原とは言えど人通りの少ない路地。その路地に降り注ぐ雪の結晶がライトに照らされている。
しばらくぼんやり歩いていると、見覚えのある赤色の携帯を歩道の隅に発見した。もしやと思い、恐る恐る手に取る。するとそれは先程連絡先を交換した西木野の携帯だった。明るく光るロック画面に母親からだろうか、真姫〜、帰り遅くなるなら連絡しなさいよ〜との通知が浮かび上がる。連絡先を交換したはよいが、内容はクリスマス合同イベントについての事務的な連絡のみであろう。イベントが終わったら、もう一生使わないであろう連絡先である。
さて、どうしたものか…
悩む俺。落し物が大して重要なものでなければ今すぐに持ち主に届ける必要は無いと思うが…。なにせ携帯である。悩むこと数秒、近くの交番に持主の情報を伝えて届けるか、と俺は腹をくくり近くの交番を探そうとした。
「あれ?それ真姫ちゃんの携帯やない?」
後ろから声が聞こえた。これは少々まずい。西木野の知り合いにとって西木野の携帯を握る不審な男の存在はかなり危険に見えるだろう。(雪ノ下の罵倒に慣れすぎて自分で不審な男って認めちゃった!てへっ!)話しかけてきたその勇気に感謝せねばならんのだが。
恐る恐る振り返ると、そこには巫女さんの格好をした女が立っていた。紫ががった黒髪を揺らして、手にはほうき、巫女さんの格好の上からでも分かる抜群のスタイルの彼女は不審な目つきで俺を見る。
「真姫ちゃんの知り合い?」
八幡「あ、いえ、まぁ、知り合いというかなんというか、えっと先程、あの〜……」
ヤバイ。ここできょどるのはマジでヤバイ。不審者レベル180をオーバー!もう危険です!マヤさんの声が頭の中で自動再生されるくらいにはやばかった。目の前の彼女がすぐに警察を呼ばないあたり、まだ助かってはいるのだが。もうこうなれば通報される前にいっそのこと暴走モードに入って目の前の彼女を…
と、理性の化け物と称される俺が、覚悟もないことを考えて現実逃避しているともう一度彼女の声が聞こえた。
「もう一度聞くよ?君、真姫ちゃんの知り合い?」
八幡「まぁ、そうですけど」
よし今度はちゃんと言えた。
「ふーん。真姫ちゃんとはどんな関係?」
しっかりと応答した俺に対して、目の前の彼女からは先ほどの不審な視線ではなく、興味津々の悪そうな笑みを含んだ目線を向けてきている。
とりあえず、俺への不信感はなくなったのか、それは良かった。だが、今度は別の意味で危険というか。ここは冷静に、あらぬ勘違いが起こらないように注意して言葉を選ぶ。
八幡「ただの知り合いですよ。本当にただの、さっき知り合ったばっかの」
「ふーん。そっか〜。その携帯預かろか?私から真姫ちゃんに渡しておいてあげるわ〜」ニヤニヤ
大事なことだから2回言ったのだが、1週まわって逆に怪しく聞こえてしまったのは反省点。
彼女は西木野の知り合いなのだろうからここで彼女に携帯を託すのが無難だと思い、その提案に乗ろうとしたとき、ふと彼女が手をポンと叩き、悪戯小僧のような顔でこんなことを口走る。てか、本当に手をポンと叩く人がこの世にいるとは…
「いやでも〜、真姫ちゃんさっき上行ったからまだいるかもしれんな〜。ここは彼氏さんである君が届けた方がええんちゃうやろうか?」ニヤニヤ
は?彼氏?
「いや、彼氏じゃないですよ。ただの知り合いですよ…」
この人、陽乃さんに似た雰囲気がある。人をおもちゃにして遊ぶとかそういったことが得意そう。是非とももう今後は関わりたくないな。いや怖いし。魔王は陽乃さんだけで十分だ。2人もいたら世界が滅びてしまう。
「ほらほら〜、このでっかい階段登ったら神社の境内が見えてくると思うから、早よ行かんと真姫ちゃん帰っちゃうよ〜。でも、夜やから神様に失礼のないように境内の中には入らんように気をつけてな〜。せっかくもらったスピリチュアルパワーが逃げてまうで〜」
そう彼女は言うと俺の背中をバシバシ叩き階段を走って登るように促す。
はぁ。仕方ないか。会ったばかりだがこの人には逆らえる気がしない。
八幡「…分かりましたよ」
「じゃ、気をつけてな〜」
全く、なんだったんだあの人は、と思いながら階段を走って登るのだが、意外に長くてきつい。チャリ通で良かったと心底思いながら足を雪で滑らせないよう注意して登っていく。
八幡「ゼイゼイハァハァ」
時間にして3分くらいだっただろうか。まだ雪は降り続く。やけに長い階段を上った先あったのは先ほどの巫女の彼女が言った通り、神社であった。西木野の姿は見えない。
「ちょっとあなた?それ私の携帯じゃない?」
不意に横から声がかけられる。この声は西木野だ。さっき打ち合わせで少し話したが、特徴的な俺好みの声である。本人には絶対言わんが。
八幡「よぉ。さっきぶりだな。これ、お前の携帯だろ?落ちてたから届けにきた…」
真姫「比企谷…先輩?」
そう首をかしげる西木野。今は暗い神社で2人きりというシュチュエーションであるからだろうか、話しかけるだけで妙にむず痒い。それは相手も同じなようで…
真姫「その汗…大丈夫なんですか?この階段走ってきたとか?」
八幡「はぁ、まぁそうだが…」
真姫「それは…わざわざありがとうございます…」
八幡「いや、別に礼を言われるようなことじゃない」
真姫「でも、なんで私がここにいるって…?」
八幡「それはだな、巫女さんの格好をした西木野の知り合いに下で会ってな。西木野が上にいるから届けに行って欲しいって頼まれたんだ」
真姫「なるほど、希ね…」
なるほど、あの人がさっき絢瀬さんが言ってたワシワシの希さんか。ブラックリストに追加しておこう。もう会うことはないだろうが…
八幡「ほれっ」スッ
真姫「ありがとう」ヒョイッ
瞬間、互いの手が触れ合う。西木野の手がひんやりとしたのは降っている雪のせいだろうか。西木野の顔がほんのりと紅いのは西木野も階段を走って上ってきたからとかなのだろうか。
八幡・真姫「……………」
お互い気まずい空気が流れる。雪風がときよりふきつける。
八幡「……ところでだ西木野。こんな夜になんで神社なんかに?」
何を血迷ったのか柄にもなく気まずい空気を断ち切ろうとしたのはこの俺だった。
真姫「それが、私もよく分からないんです。この前、μ'sのみんなでこの神社に神頼みをしにきたんですけど、私、神頼みってちょっと意味が分からなくて。叶うか分からない願い事なんかする時間があったらその願いを達成するために努力した方が良いと思って。私がそのことをみんなに話すとみんなに困った顔でひねくれ者だねって言われて。私ってみんなと結構変わってるところあるって言うか、小さい時からこんなことが多かったし……。1人ぼっちでいることが多かったし。それで、1度1人でここに来てみたら何かみんなの気持ちがわかるのかなって思ったのかもしれません。……って、なんか重い話してしまってすみません」
八幡「…いや、続けてもらって構わんぞ。俺もその気持ちはよくわかるし。神に頼むより自分で努力した方が良いっていう考えは全くもって同意見だ。あと俺も、自慢じゃないが小さい頃から変わってるってよく言われるし、そのせいか知らんが今でもぼっちだしな」
真姫「アハハ。何それ意味わかんない。でも先輩は見た感じもう全然ぼっちじゃなさそうですけどね」
八幡「一色のことか?あれは俺をいいようにコキ使ってるだけだ。それとぼっちに見えねーのはお前もだ、西木野」
雪風が吹く夜の神社に響く俺たちの笑い声。今日会ったばかりではあるが、正直こいつとは気が合うかもしれん。俺と彼女はどこか似ている、ような気がする。また違うところは多々あるが。 今回は俺が雪ノ下に抱いていた願望の押し付けでもない。確実な感情。それならば、俺と彼女は友達になれるかもしれない。今日の俺はどこかおかしい。
八幡「なぁ、西木野。よかったら俺と友d……」
真姫「お断りしますっ!」
八幡「…」
真姫「フフフ。嘘よ。私からもお願いするわ」
八幡「それってどういう…」
真姫「だから、私と比企谷君は友達ってことよ」
八幡「…お、おう」
真姫「友達になったからには、先輩禁止。μ'sのルールの1つよ。突然だけどこれからは敬語禁止。なんだか比企谷君に敬語で話すのは違和感があるっていうかしっくりこないし」
八幡「………。俺が先輩に見えないとでも?」
真姫「ゔぇえ。いや、そうじゃなくて。比企谷君は先輩っていうより気が合う友達っていう感じだし」
八幡「まぁ…それなら俺は別に気にしないから敬語禁止でも構わんが…」
真姫「よかった!じゃあ改めてこれからよろしくね」
八幡「おう。よろしくな」
雪の舞う12月のある日、俺と彼女は出会ってしまった。眉目秀麗、才色兼備なチートキャラ。けれど変なところで素直な照れ屋さん。そしてなにより彼女もまた、本質はひねくれぼっちである。
* * *
八幡「ただいま」
小町「あー、お兄ちゃんー!おかえり。遅かったね」
八幡「おう、悪い。遅くなった」
小町「およよ?お兄ちゃんの目がいつもより随分とマシだね。何かいいことあった?」
八幡「おう、俺に人生初の友達ができた」
おわり
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駄文失礼します。
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西木野真姫もまた、本質はひねくれぼっちである。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10079186#1
| true |
私は昔から人の感情が色で見える。
嬉しい時、悲しい時、苛立っている時などその人の思っている事が全て色になってその人の周りを覆う。
いわゆるオーラなのかなと思っているが私もそれが何かは分からない。
ただこれは感情だけじゃなく、嘘をついた時などにも見える。
つまり。
その人の事が全て分かってしまうのだ。
だから私はこの男が苦手だった。
「こんにちは」
爽やかな笑みを浮かべて挨拶してくるこの男。
よく行く喫茶店でアルバイトしている安室透。
最初は苦手ではなかった。
礼儀正しいし優しいし本当にいい人だという印象だった。
しかし気付いてしまった。
この男から見た事も無い色が出ている事に。
何をしていてもその色が変わる事が無い。
それが何だか不気味に思えて以来、苦手意識を持つようになってしまい顔がまともに見られなくなってしまった。
「ご注文はいかがされます?」
「紅茶で」
「かしこまりました」
笑顔でそう言う安室さんはいつもと同じ色を纏っていた。
お世辞にも綺麗とは言えないあの色はどうにも好きになれない。
出来るだけ安室さんの姿を見ないようにするため鞄から本を出す。
数ページめくった所で「お待たせしました」と声を掛けられた。
「紅茶をお持ちしました」
「ありがとうございます」
「…最近よく本を読んでますよね」
紅茶を口に含み本のページを捲った瞬間、安室さんにそう言われドキリとする。
何となく『最近僕を避けるようになりましたよね
』と言われているような気がしたからだ。
…いやいや、流石にそれは気のせいだ。
私が意識してるからそう思うだけであってきっとそんな意味は含まれてないはず。
「最近推理小説にハマって」
「シャーロック・ホームズですか?」
「いえ、ポアロに…」
「あぁ、アガサ・クリスティですか?」
「はい」
「意外です、てっきりあなたもシャーロキアンかと」
そう話す安室さんに私は首を傾げる。
彼の前で推理小説の話をしたのは初めてのはずだし推理小説を読み始めたのだってここ数週間の話だ。
何故シャーロキアンだと思われていたのだろう。
そう思っていたのが顔に出ていたのか安室さんが「この間コナン君と話しているのを聞いたんですよ」と言ってきた。
なるほど、確かにコナン君とシャーロック・ホームズの話をしたことがある。
あの子があまりにも楽しそうな色を出すからこっちまで楽しくなって色々話したのをよく覚えている。
「シャーロック・ホームズも好きなんですけど初めて読んだ推理小説がアガサ・クリスティだったんでアガサ・クリスティの方が好きなんです」
「へえ…何を読まれたんです?」
「確か…短編集でタイトルが金持ちの未亡人だったと思うんですけど子供の頃に読んだのであまり覚えていなくて。ずっと探してるんですけど見つからないんです」
「あぁ、パーカーパイン氏ですね。それなら先日本屋で見かけましたよ」
「そうなんですか?」
「えぇ、商店街にある本屋さんに」
「ありがとうございます、買いに行きます…!」
ずっと探していた本が見つかり嬉しくて思わず安室さんの顔を見てしまう。
瞬間、冷や汗がどっと溢れ出した。
その色に纏われながら笑っている安室さんの姿に不気味さと恐怖を感じたからだ。
反射的に視線を逸らすと安室さんが「どうかしましたか?」と聞いてくる。
「…いえ………」
辛うじてそれだけ答えると紅茶を一気に飲み干し「また来ます」と代金を置いて店を出た。
何なんだあの人、何なんだあの色。
やっぱりあの人は苦手だ。
きっとあの人普通じゃない。
______________________
あれから1ヶ月。
私はポアロに行けていない。
行こうとすればあの時の安室さんの姿を思い出して足が止まってしまうのだ。
漠然とした恐怖ほど怖いものはない。
仕方ないので新しいカフェでも探すかと入ったカフェで安室さんに似たスーツを着た人が前に並んでいた。
綺麗な金色の髪に褐色の肌。
違うところといえば鋭い目付きくらいだ。
世界には似た人間が3人いるとは言うけど本当にそっくりだなぁ…なんて思っているとその人の色が安室さんと同じだと言うのに気付く。
つまりこの人は
「安室さん…?」
「え」
しまった、声に出てしまった。
慌てて手で抑えるがもう遅い。
「…俺は安室とかいう男じゃないですよ」
「いや、安室さんですよね…?」
「何で安室だって言い張るんです」
「だって貴方の」
そこまで言って止まってしまう。
纏ってる色が一緒なんて言ってどうする。
まるで変人だ。
私以外には見えない物をどうやって信じてもらう。
それにこの人が安室さんだったとしてどうする?
別にどうもしない。
なら人違いで終わらせるべきなんじゃないのか?
「…すいません、やっぱり人違いでした」
頭を下げて私は店を出る。
何だか疲れてしまった。
どこか他の店に入る気にもなれず適当に歩き始める。
あの人は本当に別人だったのだろうか。
やけに引っかかる。
顔も声も色も一緒だった。
でも彼は安室さんじゃないと言う。
でもあれは絶対安室さんだ。
仮に彼が安室さんだったとして安室じゃないと嘘をつく理由は何だろう。
尾行中とか…?
いや、でもカフェに普通に並んでいたし…。
訳が分からない。
はぁ、とため息をつくと突然、裏道から伸びた腕に手首を掴まれた。
驚いて悲鳴をあげようとすると「落ち着いてください、僕です」と頭上から聞きなれた声がする。
顔を上げると困ったように笑う安室さんが立っていた。
「すいません、驚かせてしまって」
「あ、いえ…」
「何度も声を掛けたんですが聞こえてなかったようでしたので」
「すいません…考え事をしていたもので…」
「いえ、こちらこそ普通に肩を叩いたりすれば良かったのに手首掴んじゃってすいません。痛かったですか?」
「いえ、別に痛くなかったので大丈夫です」
「良かった」
ホッとしたように笑う安室さん。
さっきはスーツだったのに今は私服だ。
私があの店から出て10分は経っている。
着替える事は出来なくないがあの人は荷物を持っていなかったし…。
じゃあ本当にそっくりさんなのかもしれない。
にしても纏ってる色まで同じのそっくりさんとかいる?
普通はいない。
双子とか…?
「あの、安室さん」
「どうしました?やっぱり痛みますか?」
「いえ、そうじゃなくて…」
そこまで言って私は止まる。
兄弟がいるか、なんて聞いてどうする。
この人の事が苦手なんだったら放っておけばいいじゃないか。
「…やっぱり……何も無い、です…」
私はこの人の事を知ってどうしたいのだろう。
「そうですか?」
「すいません」
「いえ、良いですよ」
ニコリと笑う安室さんに私は目を逸らす。
やっぱり怖い。
「…私、買い物あるのでそろそろ」
「あ、そうですか…せっかく会えたんですしお茶でもと思ったんですが」
「すいません、また誘ってください」
そうぎこちなく笑えば安室さんが「じゃあこれ渡しておきますね」と名刺を渡してくる。
「名刺、ですか」
「えぇ、もしお暇でしたら連絡ください。紅茶の美味しいお店知ってるんです。確か紅茶お好きでしたよね?」
「そうですけど…話した事ありましたか?」
「いえ、でも貴方を見ていると分かりますよ」
探偵ですから、と胸を張る安室さんに少し笑ってしまう。
安室さんの前で笑ったのは久しぶりだ。
…優しい人なのにただ色が怖いってだけで避けてちゃダメだよね。
「はい…そうですね、また連絡させてもらいます」
私がそう答えると安室さんは一瞬驚いたように目を見開き、
「はい、待ってます」
と嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て私は思わず目を見開く。
安室さんからふわりと薄く出た色はいつもとは違う綺麗な黄色だったから。
…なんだ、この人もちゃんと「人」なんだな。
「楽しみにしてますね」
そう笑えば安室さんの黄色が少し濃くなった気がした。
______________________
主人公
人の「色」が見える事以外は普通の一般人。
色が見えるのは父親譲り。
安室さんの色の意味がめちゃくちゃ気になるけど何となく怖いから無視している。
この後安室さんと出掛けるかでまた数日悩むし誘われた時、普通の綺麗な色が何故見れたのか分からなくてまた頭を悩ませる事になったりする。
安室さんのせいでいつか胃に穴があくかもしれない。
実は安室さんよりスーツの人の方がタイプだったりする。
安室さん
ポアロで働く爽やかなお兄さん。
探偵もやっている多忙な人。
よく仕事をしながらお客さんの話を盗み聞きしている。
主人公の事は面白くて楽しい常連客の人っていう認識。
主人公とは普通に接していたはずなのに突然避けられ始めて落ち込んでいたりする。
笑顔が胡散臭いと言われる事もあるので完璧な笑顔の練習中。
お茶に誘った時、避けられてるから断られるかな…と思っていたらOKを貰えて凄く喜んでいる。
この後主人公から連絡が来るか来ないかでずっとソワソワする。
好意はあるかもしれないし無いかもしれない、つまり本人も分かっていない。
安室さんそっくりのスーツの人
突然聞き覚えのある名前が聞こえ、つい反応してしまった顔にそぐわずおっちょこちょいな人。
あの後、反応したらダメだろバカバカ、とか1人反省会やってるのを部下に見られる。
ちなみにカフェにはキャラメルラテを買いに来ていた。
疲れた時には甘い物だよね!
何となくどこかの喫茶店員のテンションが抜けきれていないスーツの人である。
安室?知らない人です。
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タイトルのまんま。<br />続かない、多分。<br />本当はもうちょい続くはずだったけど思い浮かばなかったので最後に設定みたいなの書いてます。<br />こんな話が読みたいです先生。<br /><br />9/5追記→ルーキーランキング9位ありがとうございます…初めてランク入りして動揺してます…思わずスクショしました…。<br />続きが読みたいという方がいらっしゃったので頑張って書こうと思ってます。<br />色々並行して書いてるので待っていただければ嬉しいです。
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人の「色」が見える女の子と安室さんの話
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10079576#1
| true |
「あーもうっ。いくらなんでもやること多すぎだよ…。」
白石の困ったような声に顔を上げると、向かいのデスクで頭を抱えていた。
「何?そんな今大変なの?」
「あ、ごめん緋山先生、大きい声出して。」
「ううん。あんたにしては珍しいなって思っただけ。それで?今色々重なってるの?」
「そうなの……木曜日は院内会議で救命も報告書出さなきゃいけないし、フェローの育成レポートも提出しなきゃだし、来週には研修会があってそれの資料とか…あ、あの症例も論文調べないと。それから来月のシフト調整も始めなきゃだし、ううーん、、」
見れば白石のデスクにも書類が山積みで、いつもデスクをキレイに整頓している白石にしては珍しいほどの散らかり具合。…まぁ私も、秋の学会シーズンに向けて仕上げなきゃいけない論文やレポートが山積みなんだけど、今の白石ほど切羽詰まった状況ではない。
「しょーがないなぁ。とりあえずフェローの育成レポート、名取の分貸して。」
「え?」
「直接の指導医が書いた方が早いっしょ?やっといてあげるから。」
「本当?頼んでいいの?ありがとう!」
普段なら絶対に一度は遠慮する白石が、素直に書類を渡してくる。これはよっぽどなんだと、気合いを入れて私も仕事にとりかかった。
これが、3日前のこと。
[newpage]
昼前から寒気が酷い。
初めはちょっと寒いな、空調きつくない?程度だったのが、夕方5時を過ぎた今となっては、背中全体にキンキンに冷やした湿布を貼られているような、それか冷蔵庫に押し込められているような、そんなレベルでぞくぞくと気持ちの悪い寒さに襲われていた。
それから体が怠い。今日だけ重力5倍増しくらいになってませんか。と文句を言いたい程全身がずーんと重くて怠い。頭も痛い。ぼーっとする。時間が経つにつれておでこのあたりの鈍痛が波打つようになってきて、それに気を取られて何も考えられない。パソコンに向かっていてもミスが激しい。能率悪いなぁ。あと、関節も痛い。胃もムカムカして気持ち悪い。
気のせいだと思い込むには限界がある。
これは完璧に熱があるタイプの風邪の症状で、もう見過ごすことができないほどに、悪化してしまっている。
ああ、また風邪引いちゃった。今年に入って何回め?夏の間だけでももう4回めだ。それに3回めの風邪がこの間やっと治ったばかりだと言うのに。医者がこんなに虚弱でいいのかと、自分でも思うが、昔からこうなのだ。月一回は最低でも高熱を出す。鼻風邪や、微熱で済む程度の軽い風邪も含めると、自分でも嫌になるほどのペースで体調を崩している。寝込むのもとっくに飽きた。医者になってからは、ただでさえ体が弱いのに院内感染のリスクが高くて、研修医の時は本当に苦労した。状況は今でも変わらないが、現場の歯車として一人前の働きができるようになった今、少々の体調不良で休んでなんていられない。周りの負担になりたくない、という思いは、列車事故で怪我をし長期入院を強いられて以来、月日を重ねるごとに強くなっている。
少しでも体調不良の予兆を感じたら薬を飲むようにして、病気に罹る回数を減らす努力はしているが。そのせいもあってピルケースは手放せない。ピルケースに入れておけば、サプリに見せかけてこっそり解熱剤や咳止めなどを服用することができるから。たまに空きっ腹に薬を入れることがあって、そのせいで胃が荒れてしまうこともある。胃薬や吐き気止めは、解熱鎮痛剤と並んで手放せない常備薬になっていた。
これからどうしよう。こんな体調の日に限って当直で、しかも一緒に当直なのは白石と冴島という、よりにもよってなメンツ。ごまかしは効かなそうだし、今のうちに解熱剤でも飲んでおいたほうがいい気がする。しかし、昼間からどうしても食欲がなく、何も口にしていない。まわりに食料は無いし、買いに行くのも億劫で、そうこうしているうちにもどんどん悪寒が酷くなっていく。
「大丈夫ですか?」
「…名取。」
「さっきから震えてますけど。空調きついならここの部屋だけ温度上げましょうか?」
「…あ、お願いするわ。」
背後から現れた名取と、目を合わせないようにして、どうにか平静を装って答える。名取もフェローとはいえ立派な医者だ。目を合わせたり下手に動いたりすると、見抜かれてしまう。エアコンの温度を上げ、風速を遅くしてくれた名取にお礼を言って、もう無意識に震えたりしないように気をつける。正直言うともう空調の問題でもないのだが、体調に気づかれてないから、それ以上無駄なことは言わないに限る。
この時名取は、実は私の様子をじっと観察していて、エアコンのせいじゃなく悪寒で震えていたこと、体調が優れないことはあっさり見抜かれてしまっていたのだが、はあっとため息をついて医局を出て行った名取に私は気付かなかった。
結局解熱剤を飲み損ね、悪化していく頭痛のせいで、視界の上半分ほどがどんよりと暗くなり始めていた頃に、雪村と備品整理をしていた冴島が医局に戻ってきた。
「緋山先生?」
「……。」
「緋山先生?」
「……はっ。あ、何?」
「大丈夫ですか?随分とお疲れのようですが。」
「…あー、ちょっとね。学会近いから最近忙しくて。」
うっかり顔を上げたところに、冴島の心配そうな視線とかち合う。あー、やばい。冴島そこら辺の医者よりよっぽど優秀だから、、長いこと目を合わせていると体調がバレる。それなのに熱で思考が停止した頭では、ぼーっと冴島の顔を見続けることしかできなくて。体が思い通りに動かなくなってきている自覚はあった。
「そうですか。最近寒暖差も激しいですし、体調を崩される方も多いので、今日の外来も忙しかったんじゃないですか?」
「あー、確かに。」
「緋山先生は、大丈夫ですか?」
きた。核心にせまる質問。というよりこれは誘導尋問。冴島の誘導尋問は過去に何度も引っかかったことがあって、そろそろ分かってきた。さすが冴島、もう探りに入ってる。
「あたしは大丈夫。本当に、疲れと睡眠不足だから。」
「…今日の当直ですけど、できますか?藤川に代わらせましょうか。」
「ううん、大丈夫。藤川昨日も当直だったんだし、今から呼び出すのはさすがに可哀想だって。」
「ですが、今の緋山先生もかなりお疲れのようなので心配です。今日は患者さんも落ち着いてますし、少し仮眠室で休まれた方がいいのでは?」
「仮眠室かぁ…。」
正直、いまの状態で仮眠室で寝たりなんかしたら、気を張っていたのが一気に緩んで、起き上がれなくなってしまいそうだ。しかし、さっきからずっと限界を訴えているこの身体は横になって休みたがっているし、何より冴島の有無を言わせないオーラが凄まじい。ここで仮眠室行きを拒否すれば、冴島はもっと体調を追及してくるはずだ。それでバレてしまうのなら、大人しく仮眠室に行って休憩し、少しでも体調を回復させた状態で当直に臨む方がいい気もする。それに今白石は院内の会議に出ていて不在だ。ここで白石が帰ってきてしまえば、冴島以上に口うるさく追い回されるに決まってる。
「…そうだね。仮眠室で少し休む。」
「そうして下さい。顔色もあまり良くないです。」
「何かあったら起こして。PHSとスマホ手元に置いとくから。」
「わかりました。」
ふらつかないよう気をつけて立ち上がり、冴島の横をすり抜けて仮眠室に向かう。本当に体が限界のようで、視界はすでにぼんやりと霞んでいた。床がぐにゃりと歪んで見えて気持ち悪い。どうにか一歩一歩踏みしめて仮眠室に向かい、ドアを閉めた瞬間目の前のベッドに倒れこんだ。掛け布団を首まで引き上げるが、まだまだ寒くて隣のベッドの掛け布団を引きずり込む。
少しだけ寒さが和らいだと思ったら、その瞬間に意識がぷっつりと途絶えていた。
[newpage]
緋山先生が仮眠室に向かってから10分。そろそろ寝たかなと思い、体温計やタオル、名取先生が買ってきてくれたスポーツドリンクと水のペットボトルを持って、仮眠室に向かった。
きっかけは名取先生で、備品室までわざわざ伝えに来てくれた。
『緋山先生、多分熱あると思います。』
『…緋山先生が?』
『はい。悪寒が酷いみたいで、今かなり上がってるところだと。』
『それで、緋山先生の様子は?今何されてますか?』
『医局でパソコン触ってますが、ぼーっとしてる時間が長いです。ですが、体調に気づかれたくないのか、話しかけるとモロに隠して平静を装ってる感じです。全然装えてないですけど。僕が言っても聞かないと思うので、後よろしくお願いします。』
『わかりました、私が様子を見に行ってきます。』
『僕、白石先生にこのこと伝えておきますね。あと、これ。スポドリと水買ってきてます。他にも必要なものがあったら、言ってください。』
名取先生は売店のビニール袋を私に預けて、会議室の方へと向かって行った。そのあとすぐに白石先生から連絡が来て、救命の報告を先に済ませてもらうようにしたから、30分ほどで戻って来てくれるらしい。緋山先生の診察は任せて、それまでに検温だけでも済ませておこうと仮眠室のドアを開けた。
「緋山先生?」
「はぁ……っ……」
緋山先生は予想通り、浅い呼吸を繰り返しながらぐったりと寝込んでいた。寒気が止まらないのか、布団を二枚頭まで被って、カチカチと歯が鳴るほどに震えている。横になって、隠していた具合の悪さが一気に出てしまったのだろう。額に触れると、火傷しそうな熱さが体の状態の悪さを訴えている。予想通りとは言ったが、はっきり言って予想以上に具合が悪そうだった。
「緋山先生、体温測りますね。」
リアクションはなくただただ苦しそうな緋山先生のスクラブをめくり、体温計を差し込んで固定する。デジタルの数字はどんどん駆け上がり、38.9度で計測音が鳴った。この時点でほぼ39度。それでいてこれだけの寒気を訴えているのだから、まだまだ上昇期で極期には至っていない。
緋山先生は大抵、体調を崩すと高熱を出す。かといって熱に強いわけでもなく、いつもぐったりと寝込んで回復までには少し時間を要する。医局で倒れることはそう多くなく、大抵は非番の日に疲れが一気に出るらしいが、せっかくの非番を熱に浮かされて過ごす羽目になるのは可哀想で、私も時間が許す限りはお見舞いや看病で緋山先生の不安を減らせられるようにしているつもりだ。
体が弱いのは仕方ないことで、長く付き合っている同期や救命のスタッフはみんな緋山先生の体調を理解し心配しているのに、それを隠して無理をするような真似はやめてほしい。むしろ、熱が出てしまったのなら早い段階で手を打ったほうがいいと、毎回あれほど言っているにも関わらず。体調悪いですよね、との圧力を込めて尋問したのに、隠し通せてるとでも思っているところがいじらしい。ふらふらとよろけながら仮眠室へ歩いて行ったのを、自分ではちゃんとまっすぐ歩けているつもりだったのだろうか。全く、これだから緋山先生は目を離せないのだ。
けほけほと咳込む回数が増えてきた。水分補給をさせようと、緋山先生を起こし、ペットボトルに刺したストローを口元に運ぶが、朦朧とする意識の中で上手く力が入らないのか、一口分ほどしか水を吸えていない。このままでは脱水を起こしかねないので、念の為にと持ってきておいた補液を入れる。点滴の速度を速め、様子を見ていると、仮眠室のドアがノックされ、白石先生が顔を出した。
「冴島さん。緋山先生、どう?」
「熱は上昇中で、まだ震えは収まっていないように見えます。咳も出てきました。水分補給がままならないので補液を。」
「ありがとう。聴診済ませたらもう一度熱測っとこうか。」
そう言って白石先生は聴診器を取り出し、緋山先生が頭まで被っている布団をめくった。額に手を当て、あっついね…と呟き、スクラブをめくって聴診器を当てていく。
「名取先生が言いにきてくれたの。よく気づいたよね。」
「名取先生、緋山先生のことをよく見てますから。」
「本当に。……うん、今のところ呼吸に異常は無さそうだけど、緋山先生結構気管支も弱いから心配…。」
「確か春頃にも一度拗らせて、」
「気管支炎になって大変だったんだよね。」
アイシングしてあげたいけど…と白石先生が心配そうに緋山先生の額をもう一度触り、めくったスクラブや布団をかけ直してあげている。まだ上昇期の今、アイシングして体を冷やすわけにはいかない。扁桃腺のあたりを触診し、体温計貸してと差し出された手に、さっき使った体温計を渡す。二度も布団をめくられて、嫌そうに緋山先生が身をよじった。寒いよね、ごめんねと言いつつ体温計を差し込んで、結果を待つ。
「39度2分かぁ。さっき何度だった?」
「8度9分です。」
「わぁ、、」
「どうします?これから。」
「30分おきに様子見に来ることにしようか。今はまだ無理だけど、もう少し時間経ったらインフルエンザの検査しておこう。夏だけど、念の為。」
「そうですね。」
白石先生は、緋山先生のスマホを操作してアラームを解除し、緋山先生の代わりに当直引き受けてくれる人探さなきゃと出て行った。私も、緋山先生が何かあったらすぐ助けを呼べるように、枕元にPHSを置いて、一度仮眠室を出た。
[newpage]
それから30分後、様子を見に行こうとしたのだが、その時になって救急車の受け入れ要請。緋山先生の手を必要とせざるを得ない、産科の患者ではなかった事が不幸中の幸いといったところ。緊急オペから日勤後のミーティングに移り、緋山先生の様子を見に行けたのはあれから2時間以上経った後のことだった。
「緋山先生、入るよ?」
仮眠室をドアを静かにノックして入る。枕元に腰を下ろした時、異変に気付いた。
「緋山先生!?」
近寄っただけで伝わる熱さ。はぁはぁと荒い呼吸。熱が上がっているのは確実だった。慌てて額に手を当てると、燃えるように熱い。布団は胸元まではだけていたので、体温が極期に達して暑いのだろう。暗がりでもわかるほどに顔は真っ赤に染まっていた。時折咳き込むたびに、苦しそうに眉を寄せている。
「冴島さん、体温計。」
「はい。」
冴島さんの手から体温計を受け取り、スクラブをめくって脇に差し込む。寝苦しいのか、うぅっと何度か魘されていた。
計測音が鳴り、取り出した体温計のディスプレイの数字に息を飲む。
「40.3度、、」
「冴島さん、インフルエンザの検査と血液検査の用意お願い。」
「わかりました。」
「問題無かったら解熱剤入れてあげよう。今はとりあえず、寝やすい程度にアイシングで。」
「持ってきてます。どうぞ。」
「ありがとう。」
冴島さんが持って来てくれていたジェルパックの氷枕を頭の下に置き、冷やしたタオルを首筋に巻く。冷んやりとして気持ちいいのか、少し呼吸が穏やかになったように見える。
「ぅ……ん……?」
「あ、緋山先生。起こしちゃった?」
「しら……いし………なんで……あれ…?」
「緋山先生、今熱があって寝てるの。ここは仮眠室。自分で休みに来たの覚えてない?」
「あー………おぼえてる……。」
目を覚ました緋山先生は、やっぱり朦朧としているのか、ぼんやりと反応しながら何とか意識を保っているように見える。
「具合はどう?寒気は?」
「あつい………けほけほっゲホッ、、」
「ちょっと大丈夫?……そうだよね。すごい熱だもん。」
「あれ……いまなんじ…?とうちょく…は…?」
「今は夜の9時前だけど、その体で当直なんて出来るわけないでしょ?」
「……ごめん。」
「大丈夫、名取先生が代わってくれたから。」
「なとり……。」
それまで苦しそうだった緋山先生の顔が、申し訳なさそうに歪む。自分が倒れているのに、当直のことや代役を引き受けてくれた後輩のことを気にしてしまうあたりが、本当に昔から変わらない緋山先生で。
「水分補給して、もう少し寝ていよう?」
力の入らない体を支えて起こし、ストローで水を飲ませて横にすると、あっという間に意識が落ちていった。
そこに冴島さんが、血液検査とインフルエンザの検査の用意を持って戻って来た。注射嫌い、痛いことが嫌いな緋山先生が眠ってくれて助かった。冴島さんと手早く検査の準備を進めていく。
「さっき緋山先生起きたの。」
「そうなんですか?」
「うん……当直代わってもらったって言ったら、ごめんって。」
「はぁ。40度の熱で倒れておいて、真っ先に仕事のこと気にするなんて。」
「私のこと言えないくらい緋山先生ってワーホリだよね。」
「間違いないです。」
では、検査出しに行ってきますと仮眠室を出て行く冴島さんに続いて、私も一旦その場を後にした。
そのままラウンドに行き、軽く食事をとって、医局に戻ってカルテ整理や書類の仕事を終わらせようとデスクに座る。
「何これ…。」
デスクに見慣れないファイルが置いてあって、開いてみるとそこにはフェロー3人分の育成レポートの清書と、来週行われる研修会で来場者に配布するレジュメとその他の資料。本来なら研修会で講師を務めるスタッフリーダーの私の仕事だったはずなのに、要項や私のメモを見て緋山先生が作ってくれていたらしい。まさかと思いパソコンを見ると、プレゼンテーションのスライド資料までメールで添付されている。
そしてデスクの横には、私が担当していた患者さんのカルテや書類まで、整理して置かれていた。
3日前のあの会話を思い出す。
あまりにも色んなタスクが積み重なって、パンクしそうな私に、見かねた緋山先生が手を貸してくれた。緋山先生はあの時、名取先生の育成レポートをやっといてくれると言っていたが、あれから私が今日の会議に向けた資料作りに追われてバタバタとしている間に、他のフェローのレポートや研修会の資料、私のカルテ整理まで終わらせてくれていたらしい。それで、緋山先生家では論文の執筆やら学会発表の準備やらに追われていて、私はそんな彼女を忙しいなぁとぼんやり眺めていた。
それがまさか、私の仕事を肩代わりしてくれてたなんて。
「白石先生。緋山先生の検査結果です。インフルエンザは陰性でした。血液検査の結果はこちらに。」
「ありがとう…。」
「白石先生?」
「冴島さん……私…。」
緋山先生が無理してた理由が分かったと冴島さんに伝えようとした、その時だった。
バタンッ!
と大きな音がして立ち上がると、仮眠室のドアが開きっぱなしで。まさかと思い駆け寄ると、
「緋山先生!?」
ソファにしがみつくようにして、緋山先生がしゃがみこんでいた。向こうで仕事をしていた名取先生や、部長室に残っていたらしい橘先生まで、その音を聞きつけて飛んできた。
「どうしたの緋山先生?何かあった?」
「はぁ、、はぁ、、」
「緋山先生?」
今にも倒れこみそうな体を支え、緋山先生の状態を観察する。
「しら、し、、」
「ん?」
「は、、はきそ、、」
「え?……緋山先生吐きそう?気持ち悪い?」
聞こえた言葉に慌てて尋ね返すと、弱々しくわずかに頷く緋山先生。
反射的に名取先生がナースステーションに駆け込み、すぐに嘔吐用のバケツを持ってきてくれる。
背中を摩ると、吐き出されたのは大量の胃液。
落ち着いたかと思えば時間を空けずにまた胃液を戻し、力が抜けたのか今度こそぐったりと床に倒れ込んでしまった。抱え起こしても、冴島さんがバケツを処理しに行ってくれている間にまた何度も戻してしまう。意識があるのかも判断つかない状態で、吐く体力も無くなり、嘔吐くだけの熱すぎる体。脈もかなり速く、血色が悪い。
「緋山大丈夫か?インフルエンザの検査は?」
「陰性でした。」
「胃の方にも問題があるかもなぁ。急性胃腸炎…胃炎か?」
「高熱と胃炎のダブルってことっすか……きっつ…。」
「な、とり、、」
「どうしました?」
「それ、、かして、、」
「これですか?」
「うっ、、」
名取先生が新たに持って来たバケツに、緋山先生がまた嘔吐する。
「……緋山先生!?」
見ると、胃液の中に血が混じり始めていた。
「っ、、」
「まだ吐きそう?」
背中を摩ると、今度は戻したもののほとんどが血に染まっていた。
「まずいな…名取、病室確保出来るか見てこい。」
「分かりました。」
「脱水もある。冴島さん、」
「輸液用意してます。」
「内視鏡の検査は?」
「したほうがいいが、この状態じゃ苦痛なだけだ。休ませて落ち着くのを待ってからの方がいいだろう。」
緋山先生が大量に血を吐き出す様子に、一瞬パニックを起こしかけていた。冷静な橘先生がいてくれて本当に良かったと思いつつ、緋山先生のことになるとつい冷静さを欠いてしまう私。
名取先生が戻ってきて、個室に空きがあることが分かり、橘先生が抱き上げて緋山先生を運んでくれた。
病室に着くと、汗でぐっしょりの体を冴島さんが清拭し着替えさせて、解熱と補液を兼ねた点滴を打った。嘔吐によってさらに40.7度まで上がった熱をアイシングで冷まし、一時的にでも容態が落ち着くのを待つ。私の当直も、橘先生が緋山に付いててやれと言って代わってくれた。
「しら、し……。」
「緋山先生?どうしたの?眠れない?」
「、、ごめ、、やくたたず、で、、」
「そんなことない!緋山先生がどれだけ患者さんのために、救命のために、私のために、頑張ってくれてるか…!」
「、、からだ、よわい、、いしゃ、なんて、、じゃまだよなって、、おもうもん、、」
「緋山先生、、」
また緋山先生はうとうとし始め、決して穏やかとは言えない寝顔を向けている。
緋山先生、ずっと気にしてたんだね。風邪をひきやすく体調を崩しやすいこと。だったら余計に言えないよね、体調悪いだなんて。私が緋山先生の立場でも、また?って思われそうで、体調を隠して我慢してしまうと思う。そんなことないのに。緋山先生はたしかに身体が弱いけど、その分元気な時には誰よりも優しくて頼り甲斐があって仕事が出来るお医者さん。誰よりも熱心で真面目な研究者。誰よりも温かく私を支えてくれるパートナーで、恋人。完璧な人なのに、病気に罹るだけでこんなに弱ってしまうのだ。看病する人も勿論大変だけど、病気の本人が一番辛い。
病気で心も体も弱ってる緋山先生が、また元気に笑えるように、支えてあげたいし、その役目は私がいい。
[newpage]
夜中の2時ごろには、解熱剤が効いてきたのか、熱を測ると39度3分まで下がっていた。脱水と嘔吐も落ち着いているようなので、橘先生を呼んで胃の検査を行った。やはり胃の中はかなり荒れていて、出血もしていた。このまま入院し、当分絶食で治療するしかなく、あのただでさえ痩せすぎの緋山先生が、本当に皮と骨だけになってしまうのではないかと心配でならない。
「緋山のやつ、学会発表近かったろ?間に合うのか?」
と橘先生も心配そうに呟いていた。
私は、、何をしてあげられるだろう。
そう言うと、橘先生は、
「側にいてやれ。あいつには、それが一番だ。」
と言ってくれた。
早速病室に戻り、緋山先生の手を握る。解熱剤で一時的に下げていた熱が、またこれから上がってくるだろう。嘔吐や吐き気もしばらく続く。特効薬は無い。医者としてしてあげられることは多くないから、一人の人間として、白石恵として。強がりで寂しがりやの緋山先生に寄り添って、一緒に闘おうと決めた。
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捏造です。緋山先生が周産期に行っていない設定。風邪と熱で心身共に弱ってしまった緋山先生と、支えてあげる白石先生と、誰よりも二人を理解してる冴島さん。<br /><br />前回までのお話に沢山のブクマ、いいねありがとうございました(*^^*)とても励みになりますっ‼︎<br /><br />〈追記〉<br />2018年08月29日~2018年09月04日付の[小説] ルーキーランキング 14 位<br />2018年08月30日~2018年09月05日付の[小説] ルーキーランキング 27 位<br /><br />にランクインしました‼︎たくさんの閲覧、評価ありがとうございますm(_ _)m
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支えてあげたい
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「はじめまして、小鳥さん。今日から君の護衛につくアドニスです。以後お見知り置きを」
彼女との出会いは組織の上層部から命令で護衛と言う名の監視の任に就くことから始まった。
赤毛の護衛対象は僕を一瞥しただけですぐに研究へと戻る。最初彼女に抱いた印象は人形のような子だった。美しいが感情の起伏が少ない、そんな子である。
それが彼女、シェリーちゃんとの出会いである。
彼女の護衛と言う仕事は楽なものだった。シェリーちゃんが研究をしている間、僕はソファーに座り画面と向き合う人形のような美少女を眺めるだけである。
それがある時変わる事になる。
「あ…、それ」
シェリーちゃんの視線の先には、僕が先程買ってきた知る人ぞ知る所謂インスタ映え必須のケーキの入った箱がある。甘いものが好きな僕は近くを通りがかったので買いに行ってきたのだ。
「おや、シェリーちゃんこれ知ってるの?結構知る人ぞ知るところなんだけど」
「ええ…、お姉ちゃんが前に言っていたから」
「お姉ちゃん?ああ、確か明美ちゃんだったかな、優しそうな可愛い子だよね」
僕がそういうとシェリーちゃんは嬉しそうに笑った。
「ええ、自慢のお姉ちゃんよ」
その笑みを見た瞬間俺の中で心臓がキュンと動く。
(おやおや…?これは中々に…)
ちなみにだが、挨拶以外の会話はこれが初めてだったりする。
「いくつか買ってきたんだ、休憩がてらアフタヌーンティーでも一緒にどうかな?紅茶淹れるの得意なんだ。それで自慢のお姉ちゃんの事も聞かせてよ」
僕は悪戯っぽく微笑みパチリとシェリーちゃんにウインクをする。その様子にシェリーちゃんはくすりと笑い頷いた。
──────────
ポットとカップに熱湯を入れ陶器を温めていく。温まった事を確認した後お湯を捨て茶葉を投入していく。今回はミルクティーにしても美味しいアッサムを選ぶ。10ペンス硬貨よりも少し小さい位の泡をボコボコと立てているお湯を、温められたポットの中に注いでいく。急いで蓋を閉め、砂時計を逆さにした。
「これで蒸らして完成だよ。もう少し待ってね」
テーブルを挟んだ向かいにいるシェリーちゃんはティースタンドにのったマカロンなどの可愛らしい軽食達を見つめている。
「これ…、どうやって準備したの?アフタヌーンティーのセットなんて一体どこから…」
戸惑ったようにシェリーちゃんは首を傾ける。
「イギリス紳士の嗜みだと思って貰えれば。美しいレディとティータイムをすごすならこれくらいは…ね。急ごしらえだから簡易的なものになってしまったけど」
砂時計の砂が全て落ちた事を確認し、温めておいたティーカップに注いでいく。酸素をよく含むように入れればふわりと茶葉の良い香りが鼻腔に届いた。
「はい、お待たせしました」
僕はゆらゆらと白い湯気を挙げているティーカップをシェリーちゃんの前におき、自分も彼女の向かいに腰を下ろす。
「いただきます…」
おそるおそるシェリーちゃんは紅茶に口をつける。
「…おいしい」
ほっと息をはきながらシェリーちゃんは呟く。
「良かった。自信あるとはいえどもやっぱり不安は不安だからね。ケーキ達もどうぞ」
買ってきたケーキや色とりどりの可愛いスイーツを勧め、彼女は口に運ぶ。大きな瞳がキラキラと輝き始める様子は見ていて飽きない。
「そんなにジッと見られていたら食べにくいわ」
「ごめんついかわいくて魅入ちゃったよ」
目をそらしながらいうシェリーちゃんに微笑みかけながら、自分も紅茶に口をつけた。
「うん、おいしいね」
──────────
それからしばらくの間、僕は美味しくて可愛いと有名なスイーツを持参しながらシェリーちゃんの護衛任務にあたることとなる。彼女の休憩がてらアフタヌーンティーを用意し談笑をしながら一緒に紅茶を飲む。血生臭い普段の任務に比べると月とスッポン、最高の仕事である。普段はクールで感情が希薄に見える彼女もよく見てみると、とてもわかりやすい事がわかった。
じわりじわりと彼女との時間は僕の中を侵食していく。
そんなある日のこと──…
「今日のアフタヌーンティーはお気に召して貰えなかったかな?」
いつもより食の歩みが遅いシェリーちゃんに眉を下げながら聞く。
「そういうわけではないんだけど…」
シェリーちゃんは言い澱んでいる。
「どうか…したかな?」
「その…スイーツ…、毎日買ってきてくれなくて大丈夫よ…」
気まずそうに彼女は目をそらす。
「迷惑だった?」
僕はしゅんと僅かに肩を下げる。
「そんなこと…!」
僕の様子にシェリーちゃんは慌てたようにガタリと立ち上がった。
じゃあどうして?と俺は僕は問いかけた
「……〜〜!太ったの…!毎日こんなに甘いものを食べていたら当然よ…!」
むーっとシェリーちゃんは恥ずかしさからか僕を睨んできた。この表情は初めて見るなと思いながらきゅんと心臓が高鳴る。
「別にそんなに変わったようには見えないけど…。もうアフタヌーンティーはできないかな」
寂しさを感じ眉を下げる。
「そ…、そんな顔してもダメなものはダメよ」
彼女から出るNOの言葉に僕はがくりと肩を落とした。
──────────
本日の護衛任務が終わり帰路につき、セーフハウスでくつろぐ。明日から彼女とアフタヌーンティーが過ごせないことに気分が沈む。甘いスイーツを口に運ぶシェリーちゃんは年相応に見えてひどく可愛らしい。
「毎日買ってこなくていい…ね」
先程言われた言葉を復唱する。
「…ん?」
買ってこなくていい。買って、こなくていい。
「あ、作ればいいのか」
シェリーちゃんは太ったと言っていた。レディというのはそういうものを気にする性質である。多くを食べてもカロリーが高くなくそして美味しいものを作れば明日以降も彼女とアフタヌーンティーを過ごせる。
別に僕はアフタヌーンティーにこだわっているわけではない。単純に彼女と同じ時間をゆったりと過ごしたいだけなのだ。
そうと決まればと思い、エプロンを着用しキッチンへと向かった。
──────────
「随分とシェリーに入れあげてるみてえじゃねえか、アドニス」
銀色の長髪をなびかせながらジンは僕の手元を見る。
僕の手元には本日のアフタヌーンティーで残ったスイーツがあった。最初は僕がスイーツを作っていくとシェリーちゃんは微妙そうな顔をしていたがどうやら諦めたらしい。最近では美味しそうに食べてくれる。
「ジンも食べるかい?なかなかに力作なんだ」
ジンは碧眼の瞳を鋭く細めて俺を見る。
「シェリーちゃんの食べてるところ可愛いからついね」
「入れあげすぎるなよ」
どうやら鋭い視線には牽制が含まれているようだ。
「ジン、ヤキモチかい?レディには優しくしないと振り向いて貰えないよ」
「あ゛あ゛…?」
イラついたようにジンは低い声を出した。
「僕は好意的に思っているレディには意地悪じゃなくて優しくしてあげたいんだよね」
君と違って、と僕は言葉を続ける。君にも彼女を渡すつもりはないという事を言葉の裏に込めふわりと微笑んだ。
「…ッチ」
ジンはその様子を見て舌打ちをしながら立ち上がる。
そして僕の手元に手を伸ばしスコーンを一つ指先でつまみ背を向けて歩いていく。
「結局持っていくんだ。なんだかんだでジン、僕のつくるお菓子好きだよね」
以前は時々組織のネームドを集めティーパーティを開いていた。その時もなんだかんだで彼は僕のつくるお菓子達をつまんでいた。最近は皆忙しくなったため開くことができずイギリス生まれの自分としては物足りなく思っていたのだ。
そんな時に彼女、シェリーちゃんとアフタヌーンティーをするようになりじわりじわりと色々なものが満たされていったのだ。
ゆったりと彼女の護衛任務戻るのに僕も背を向けて歩いていく。明日は何をつくるか、そんな事を考えながら。
[newpage]
「僕は君達の声が聞こえないぐらいの距離にいるから、姉妹水いらずゆっくりはなしなよ」
僕はシェリーちゃんとその彼女の姉、明美ちゃんにいう。
「え…?いいんですか…?」
明美ちゃんは驚きというよりも戸惑いの色を浮かべている。
「どうやら今まで護衛についてた面々は随分と無粋だったらしい。レディ達の会話を盗み聞きするなんてイギリス紳士の名が泣くだろう?」
僕がふわりと微笑みながら言うと、明美ちゃんは戸惑っている様子だ。
「彼はこう言う人なの。考えるだけ無駄よ」
「ひどい言い草だなあ」
「だって実際そうじゃない」
僕とシェリーちゃんのいつもの軽口に明美ちゃんはパチパチと目を瞬かせくすりと笑った。
「志保がそんな風に楽しそうに喋れる相手が組織にもいるのね、少し安心したわ」
百合の花が綻ぶかのように微笑む明美ちゃんとても美しい。
「お姉ちゃん!?別に楽しそうだなんて…!」
「とても楽しそうよ、えっとアドニスさんでしたよね、これからも志保の事よろしくお願いします」
二人の並んだレディの顔は一瞬見ただけではあまり似てないように思うが、そうでもないらしい。
「よろしくされました。それにしても君達はよく似てる。花が綻ぶかのように笑う顔がそっくりだ」
二人は顔を見合わせる。
「似てる…だなんて初めて言われたわ…」
「そうかい?とてもよく似ているように僕には見えるよ。二人ともとても愛らしい所なんてそっくりじゃないか」
「あなたは…そういう…!」
僕の言葉に照れたのか頰を朱に染めるシェリーちゃんと明美ちゃんに喉をくつくつと鳴らしながらそれじゃあごゆっくり、と片手を軽くあげて少し離れた。姉妹水入らずゆっくりと会話できるように。
だから知らなかった。二人が結局僕の事を話していたことなんて、楽しそうに会話するこの姉妹を片目に【いちごたっぷり季節のぴょんぴょんフルーツをつかったウサギさんパフェ〜ぴんくのはーとをそえて〜】を食べていた僕は知らなかった。
──────────
シェリーちゃんと明美ちゃんの会合が何回か繰り返された時のことだった。
「アドニスさんも一緒にどうですか?」
明美ちゃんに誘われて、いいのかいと言う意味を込めてシェリーちゃんを見つめる。
「お姉ちゃんがこう言ってるんだし、いいんじゃない」
僕は少し考えるように顎に手を当てた。
「そうだね…、ご一緒させてもらおうかな」
彼女たちと席につく。メニューを見ながら何を注文するか考える。ここのカフェは確かチーズケーキが美味しかったと記憶していたので、それにするかと思いメニューを閉じた。
二人もどうやら決まったようなのでウエイターを呼び注文をしていく。そんなに時間がかかるものでもなかったのですぐにそれらは運ばれてきた。
たっぷりと生クリームが添えられたラズベリーソースのチーズケーキ。それを口に運べば、ソースの甘酸っぱさとチーズケーキの甘さが口いっぱいに広がりほう、と息をはく。
そんな俺の様子をジッと見ている明美ちゃんに声をかける。
「どうかしたかな?」
「あ…えっと、アドニスさんっていつも思うんですけど組織のネームドには見えないなって」
明美ちゃんから言われた言葉に虚をつかれる。
「そう…かな?最近の仕事がシェリーちゃんの護衛だから、血生臭いところから離れているせいで気が抜けているのかもね」
僕は考えるように言った。
「あなたは…、どうして組織に入ったの?」
どこか感情の読み取れない声である。
「シェリーちゃんそれ気になるの?別に構わないけど。大した理由はないよ。一言でいうとながれ…かな」
「ながれ…ですか?」
「うん、ながれ。組織に入る前はイギリスのとある貴族の所で執事をしていたんだけど、そこの公爵が真っ黒な人でねえ」
二人は少し前のめりに聞く体制になっている。
「そんなに面白いような内容じゃないよ。うん、黒いと気がついた段階で辞めれば良かったんだけど、もう遅かったんだよねえ。結構僕もヤバイことに首突っ込んでた。そんな感じで、いつのまにか公爵と親交のあったベルモットに気に入られてそのまま組織に引き抜かれて今に至る。完全にながれだね」
ここまできたら流れに身をまかせるしかないよ。僕は紅茶を口に運びながらいう。
「んー、やっぱり僕が淹れたほうが美味しいな」
シェリーちゃんが訝しげに眉を顰める。
「あなたこの空気を作っておいて、よく…。はぁー、聞いたのは私だったわね」
まあまあ、と明美ちゃんがシェリーちゃんをなだめる。
「紅茶…、美味しくありませんでしたか?」
「んー、不味くはないよ。ただ同じ茶葉でも僕が淹れた方が美味しい」
茶葉の香りが僅かのだが飛んでしまっている紅茶に口をつける。
「あなたが他の所で飲んだら、それは美味しくも感じないでしょう」
「シェリーちゃんそれは褒めてくれてるの?」
別に、とプイっと顔をそらしながらシェリーちゃんはいう。明美さんはその様子を不思議そうに見つめていたが、思い当たったのかポンと手を打つ。
「あ、そっかアドニスさんイギリスの執事さんだったからアフタヌーンティーを」
「手馴れてるっていう意味では当たり、今度明美ちゃんも一緒にどうだい?可愛らしいお菓子に芳醇な香りの紅茶を用意して3人で麗らかな午後を過ごすというのは」
「いいですね、ご迷惑でないなら是非」
嬉しそうに明美ちゃんは微笑んだ。
しかし、この約束が果たされる事はなかった。
──────────
「お前には護衛任務から外れてもらう」
それから暫くして僕はシェリーちゃんの護衛任務から外された。
理由は簡単組織に入り込んでいたネームドのNocが一人死んだため、そこに入る事となったのだ。僕の仕事は一転麗らかな時間を過ごすものから血生臭い時間を過ごすものへと戻っていく。
「あ゛〜、アフタヌーンティーしたい。仕事サボりたい…。シェリーちゃんに会いたい…」
チャカリ
「いい度胸だなアドニス」
頭に冷たくて硬いものが押し当てられる。
「ジン、その銃離してくれないかな。いたい」
頭から銃口が離れる気配がしないので立ち上がりジンから少し距離をとった。
「だってさ、血生臭いんだもん。僕は頭から血を吹き出しているジェントルを見るより、美味しいお菓子を食べて花がぽわぽわと舞っている可愛いシェリーちゃんを見ていたい」
「…ッチ、それだけか」
ジンの碧眼の瞳が鋭く細められる。そこには明らかな牽制があり僕は微笑む。
「さあ、どうだろう。人の感情は複雑だ」
ジンと僕の間でバチバチと火花が散った。
「兄貴!」
遠くでウォッカの声が聞こえる。
「ジン、ウォッカが君を探しているみたいだよ」
ジンは鋭い目をさらに細める。
「食えねえ奴だ」
「君もね」
本当に君は面倒くさい。敵に回したくない相手が敵に回りそうである。背を向けて歩いてるジンの背中を見ながら僕はひとりごちた。
[newpage]
僕は今敵に回したくなかった相手から銃口が向けられている。腹部からは生温い血がドクドクと流れている。
「入れあげすぎるなといったはずだ」
「入れあげすぎたつもりはないよ。…ジン」
腹部から流れる朱を少しでも止めようと手で抑える。内臓からは外れた位置なので応急処置をすれば動けるだろうと冷静に考える。
「君が悪いんじゃないか。明美ちゃんを殺して、シェリーちゃんを傷つけて。元々僕は君達の事は好きでも組織に自体は懐疑的だった。シェリーちゃんがいない今、僕はここにいても楽しくないんだ」
だから抜けさせてもらう。僕は拳銃を構える。殺られる前に殺る。そうしなければ僕は生きてここから出る事は出来ないだろう。ポケットに入ったデータを彼女に渡すまでは…死ねない。
そこから何があったのかは覚えていない。どうにかしてあの薄暗い倉庫、傷だらけの身体を引きずりながらジンの前から逃げ、来るのは最後となるであろうセーフハウスで簡易的に応急処置をし、米花町へと向かう。
彼女が縮んでしまっている事は知っていた。工藤新一が姿を変えて彼女と一緒にいることも知っていた。だからこそシルバーブレッドとなりうる彼、そして彼女にこのデータを渡さなければならない。
雨が降っていた。体からどんどん熱が奪われていく。血を流しすぎた、朦朧としてくる頭を働かせ僕は門の前に立つ。
彼女は今ここにいる。阿笠博士の家に。一眼だけでも彼女を見たい、しかしそれは彼女を危険に晒すことになるからできない。
「これを…、おいて…はやくいかなくては…」
ポストにUSBメモリを入れようとした時のことだった。
「あーー!だれか博士のお家の前にいますよ!」
「ほんとだー!」
子供特有の甲高い声が聞こえる。
僕は一瞬だけその方向に視線を向けた。もう目はかすみよく見えない、それでも彼女の事だけはわかった。鮮やかな赤毛をもつ彼女だけは。
「しぇりー…ちゃん…」
驚いたように彼女は目を見開いている。眼鏡をかけた少年が射抜くような視線でシェリーちゃんを背に守っているが今はどうでもよかった。
「よかった…きみがいきてて…本当に……よかった…」
ふわりと微笑むと僕の体から力が抜けていく。深い、意識の底へと僕は沈んでいった。
【コナンside】
いつもの学校の帰り道、大降りの雨が降る中少年探偵団の仲間たちと博士の家に向かう。目的地へと近付き光彦、歩美の声で俺は博士の家の門へと視線を向けた。
阿笠邸のポストの前には一人の男性が雨に濡れながら立っていた。プラチナブロンドの髪に西洋人特有の白い肌、深い青の瞳、恐らく一般的に王子様のようだと言われる容貌である。どこか虚ろな瞳は真っ直ぐに俺の横にいる灰原へと向けられていた。
「しぇりー…ちゃん…」
俺は目を見開き警戒の色を露わにしながら灰原を背に庇う。
「よかった…きみがいきてて…本当に……よかった…」
心底安心したというようなふわりとした微笑みを浮かべ男性はゆらりと倒れた。
「え!あ!お兄さん倒れちゃいましたよ!」
「腹減って動けねえのか?」
「大丈夫かなっ」
慌てている3人に声をかける。
「悪い、3人とも昴さんと博士の事呼んできてくれるか」
俺がそういうと3人は走って阿笠邸へと向かう。3人に声が届かないことを確認し俺は男性に近づき脈を図る。
「血の匂いがする。怪我をしてるのか。おい、灰原この人は…、灰原?」
灰原は唖然とした様子で男性を見つめている。
「おい!灰原!」
俺は少し大きな声で灰原を呼ぶ。すると我に帰ったのか、灰原は口を開く。
「あ…、彼は…、アドニス。組織の幹部の一人よ」
「なんで組織のやつがここに…!」
「わからないわ。…でも、彼は…大丈夫だと思う」
どこか祈るような声だった。どうか大丈夫であってほしいと祈るかのような。
そして俺は男性…、アドニス手に握られたものを見る。USBメモリだ。確か先程彼はポストの前に立っていた。
「これを入れようとしたのか…?」
俺が呟くのと博士達が走って来るのは同時だった。
[newpage]
体が重い。全身が鉛のようである。僕はゆっくりと瞼を開いた。窓から入ってくる日の光が眩しくて何度かパチパチと瞬きをする。
「ここは…」
見覚えのない部屋のベッドの上で寝かされている。痛む身体を抑えながらゆっくりと体を起こした。
ズキリズキリと蝕む痛みを抑えながらヘッドボードに体を預ける。
ゆっくりと部屋を見渡すと見覚えのないと思っていた部屋は、一度だけきたことのある場所だったことに気がついた。
「ここは…、工藤邸…?」
一度シェリーちゃんが工藤新一の調査をするため足を運んだ際、護衛としてきた場所だった。
ガチャリという音を立てながらドアが開く。
「おや、起きましたか」
「貴方は…」
「沖矢昴と申します」
糸目に眼鏡、そしてハイネックを着た男性が入ってくる。何か違和感を感じ目を細めじっと見つめる。そして違和感の正体に気がつき息を吐く。
「君は誰だい。そして何故変装なんてしている」
「なんのことでしょう」
「とぼけるないでくれるかな。君の顔は作りものにしか見えない」
以前ベルモットに教えられた変装術を考えながらジッと見つめる。ふと目に入った手に既視感を覚える。
「…?」
この手は見たことがある。でもどこで…?
ゆっくりと沖矢という男性が近づいてきてベッドの横の椅子に座る。咄嗟に距離を取ろうとしても痛む身体が悲鳴をあげ、それもできなかった。そして僕は開き直った。
「悪いけど、手借りるよ」
「は…?」
僕は沖矢という男性の手をとる。銃を握る人間特有の豆ができている。そしてじわりじわり記憶が蘇り目の前にいる人間が誰なのかを理解する。
「何をやっているんだい?…ライ。いや確か…、赤井…秀一だったかな」
彼の手を離し、糸目を見つめる。沈黙が辺りを包む。そしてその沈黙を破ったのは彼だった。
「流石だな、アドニス。何故わかった」
「手…だよ。こんな特徴的な豆なかなかないからね」
なるほど、と彼が呟きグリーンの瞳をのぞかせる。
「何故ここにきた。彼女に何の用だ」
「用なんてないよ。ただ僕は彼女、シェリーちゃんに渡したいもの………、いや…ただ彼女に会いたかっただけだよ」
──────────
秀一との話が終わり、彼女を部屋に呼んでもらう。コンコンと控え目なノックの音が響いた。
「どうぞ」
彼女はそっとドアの隙間から顔を覗かせた。僕は読んでいた資料をヘッドライトの置いてあるチェストに伏せて起きベッドの横の椅子に座るように誘う。すると彼女はどこか遠慮がちに椅子へと座った。
「久しぶりだね。元気にしてたかい?」
「ええ…、あなたは」
「うーん、僕はボチボチ…かな。あのUSB少しは役に立ったかな?」
僕は眉を下げながら聞いた。
「今、解析中よ…」
「あれは僕ができる範囲でAPTX4869のデータを移してきたものだ。ウイルスが邪魔で僕にはあれが限界だったけど。流石にあのレベルまでなると僕には専門外だ」
自嘲するように笑う。
「ねえ、シェリーちゃん。君は僕に聞きたいことがあるんじゃないのかな」
彼女は俯いていた顔を勢いよくあげた。
「やっと君と目があった」
ふわりと微笑みかけた。きゅっとどこか苦しそうな顔で彼女は口を開く。
「組織を裏切ったって聞いたわ…」
「うん、裏切ったよ」
「なんでそんなこと…!なんでそんななんでもないみたいな顔で言うのよ…!一歩間違えたら死んでいたのよ…!」
泣きそうな顔で彼女は僕を睨む。
「シェリーちゃんそんな顔をしないで?僕にとってはなんでもないことなんだよ」
僕は手を伸ばし彼女の頰を撫でる。
「なんで…」
僕は痛む身体を動かし小さくなった彼女の身体を抱き上げ自分の膝の上へと座らせる。
「貴女怪我人なのよ!?何してるの!?」
彼女は恥ずかしさと心配からか慌てて僕の膝の上から降りようとする。
「いって…、ごめんシェリーちゃん動かないで…、流石に痛いや」
僕がそう言うと降りようとしていた彼女は動きを止める。これ幸いと僕は彼女を引き寄せる。彼女は何を思っているのかされるがままだった。
「ねえシェリーちゃん」
「今は灰原哀よ…」
恐らく彼女のせめてもの抵抗なのだろう。
「そっか、じゃあ哀ちゃん。どうして僕が組織を抜けることをなんでもないことだって言ったと思う?」
膝の上にいるためとても距離の近い彼女の顔を見つめる。
「僕はね、どうやら君のいないところにはいたくないみたいなんだ。だから君のいないあの組織から抜けることなんてなんでもないことで、重要なのは君のいる所にいれるかどうかなんだ」
「僕は君のそばにいたい。君を傷付けるすべてのものから哀ちゃん、君を守りたいんだ」
ゆっくりと彼女の手を掬い小さく柔らかい手のひらに唇を落とす。そして瞼に口付けを落としそのまま滑らせるように朱に染まる彼女の頰をふわりと撫でる。
「どうか…、僕を受け入れて…。側において…」
懇願するように彼女の潤んだ瞳をまっすぐに見つめる。
「君を愛してる…」
そしてそのまま小さな唇に自分のそれを重ねる。最初は撫でるようにそして食むように。少しでも僕の気持ちが伝わればいいと、ただひたすらに甘く優しい口付けをし続ける。きゅっと彼女に握られた僕の胸元にある子供特有の丸みがある小さな手に僕の手のひらを重ねる。そしてゆっくりと唇を離した。
「愛してる。どうか僕を拒まないで…、君のそばにいさせてくれ…」
涙の膜を薄く張った彼女の瞳をジッと見つめる。彼女はその瞳をゆっくりと閉じ、小さな唇を僕の唇に重ねた。
「すき…すきよ…。あなたがすき…」
じんわりと心が暖かなものに満たされていく。彼女との距離を少しでもうめられるように僕は彼女を優しく抱きしめた。
[newpage]
とりあえず簡易設定と言う名の補足をどうぞ!
夢主(男)
コードネーム:アドニス。元執事のイギリス人、貴族に仕えていたがベルモットに気に入られて組織にヘッドハンティングされた。組織では黒い仕事もしていた。基本的に割り振られた仕事はこなすので、結果的に組織の幹部にまで上り詰める事となる。プラチナブロンドに青い瞳で女の子なら一度は憧れるような王子様のような見た目をしている(そうじゃないとあんなくさいセリフ言わせられない)。年齢は…、20代半ば…位?もしかしたら安室さんとかと同じくらいかも。どちらにせよ犯罪臭は消えない。実は作中では描かれなかったがで赤井さんとの会話でFBIの協力者になる事が決まっており身分は保障されている。本当はUSBだけおいて去るつもりだったが哀ちゃんを見て歯止めが効かなくなった。
灰原哀
シェリーちゃん。最初はアドニス(男主)の事を警戒していたが、ティータイムを重ねるうちに打ち解けていった。この後男主にデロデロに甘やかされていく予定。
沖矢昴(赤井秀一)
実は以前に男主に借りを作っていて、それ故にFBIの協力者という身分を与える事に好意的だった。
ジン
男主にシェリーちゃんの事について牽制してきた。男主のつくるお菓子は好きだが、本人は食えない奴だと思っている。
[newpage]
【おまけ】
熱い息を吐きながらゆっくりと唇を離す。ジッと潤んだ瞳を見つめる。志保ちゃん…、と名前を呼べば彼女が僕の頰へと手を伸ばし小さな手で包んだ。
「貴方の本当の名前が知りたい」
彼女の言葉に一瞬呆気にとられる。
「僕の名前…?」
「不公平だわ。貴方は私の名前を知っているのに、私は貴方の名前を知らないだなんて」
少しむぅ、としたような表情が可愛くて頰が緩んだ。
「アルバート、アルバート・ティレット。それが僕の名前だ」
「アルバート…」
ポツリと彼女が復唱するように僕の名前を呟く。
「っ…」
僕が一瞬ぴくりと体を動かしたからかどうしたの、と彼女が聞いてくる。
「ごめん…、もう一回読んで…」
彼女を引き寄せ小さな肩口に顔をうずめながら言った。
「アルバート…?」
「…うん、アルバートだよ。ごめん、名前を君に呼ばれるのが嬉しくてたまらないんだ」
彼女はくすりと笑う。
「そんなの変だわ」
「ああ…、僕もそう思うよ。でも君に、君の声でもっと呼ばれたい。もう一回よんで…」
こつりと額を合わせる。ジワリと伝わる頭の熱がひどく心地よかった。
ガチャリ
突然部屋のドアが開く。
「おーい、灰原。話終わった……か」
「君は…」
入ってきたのは眼鏡をかけた少年。小さくなった工藤新一君だった。
「なっ…、お前ら何して…!」
真っ赤な顔で慌てている彼に首を傾け、少し考えた後に納得する。あの角度から見るとキスをしているように見えるのだろう。僕は彼から視線を戻し哀ちゃんに目を向ける。すると真っ赤な顔でワナワナと震える彼女がそこにいた。
真っ赤な顔で動揺している二人を見ながら、これから過ごすであろう日常に僕は胸を弾ませた。きっと楽しいに違いない。
そんな予感を感じながら。
──────────
続くといいなあ…、これ
|
哀ちゃん夢<br />元執事で現在は組織のネームドの男主が哀ちゃんを甘やかしたくなっていく(?)お話。<br /><br />P4、6を書くのが滅茶苦茶楽しかったです←<br /><br />のんびり更新になりますが、シリーズ化…、します。多分…<br /><br />※注意※<br />ご都合主義<br />話の展開が急<br />頭の中を空っぽにして読んでくださいね!<br /><br />いつもいいねやブクマ、スタンプを含めたコメント大変励みになっております。ありがとうございます!<br /><br />アドニス(カクテル)<br />ドライ・シェリー(30ml)<br />スイート・ベルモット(15ml)<br />オレンジビターズ(1dash)<br />オレンジの果皮(香り付け)<br /><br />キスの場所別意味<br />瞼:憧憬<br />頰:親愛・厚情<br />唇:愛情<br />手のひら:懇願
|
元執事は哀ちゃんを甘やかしたい。
|
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10079707#1
| true |
[chapter:※注意※]
「赤い執事が舞い降りてきたスレ」シリーズです。一応。
なんちゃって某ちゃんねる風だよ!
たいころとかCP時空な四次にモブが赤い弓兵を呼んだよ!
大体作者が赤い弓兵にやらかしたい事だよ!
雄っぱいは正義だよ!
鶴野お兄ちゃんも憑依キャラだよ!
シモネタが酷いよ!
あくまでなんちゃってなので、生粋のねらーの方はどうかご容赦を…。
・フォントサイズは最小、種類&行間は初期状態で閲覧確認しています。
[newpage]
1:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
我が家の執事に対する同居人のセクハラが酷い
助けたい
知恵を貸してくれ
2:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
金持ちが冬ちゃんなんかやってんじゃねーよ
3:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
釣りだろ
4:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
執事とかwwwドラマの見過ぎじゃないですかwwww
5:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
実際に執事なわけじゃない
家政夫さんというか主夫
なんだけど多分執事としても食っていけるレベル
俺は別に金持ちじゃない。ルポライターやってた
このままじゃ執事が家主に掘られそう
助けたい
6:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ホモキタ――(゚∀゚)――!!
7:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
なんだホモか
なんでも聞いてくれ
8:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ご主人様×執事か…イける!
9:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
今度の新刊は決まりですねお姉さま
10:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
虎穴委託宜しくお願いしますお姉さま
11:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
ごめんホモじゃない
家主は女
12:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
えっ
13:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
えっ
14:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
リア充爆発しろ
15:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ただのリア充じゃねーかそれ
16:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
新しいプレイですね分かります
17:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
女王様とお呼び!女王様とお呼び!
18:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
違うんだ本当にヤバイんだ
あの目は確実に狙ってる
執事の尻を拡張する気満々です誰か助けて
19:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
だからそれがプレイだろ
20:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
何ならお前が身を呈して庇えよw
21:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
「俺の尻を開発してくれ!!!」
22:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
何だ解決だな
23:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
今日も俺らは人助けしたな
24:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
人助けした後のビールは美味いな
25:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
俺の尻はもう拡張済だ。家主にじゃないけど
いい人なんだよ執事
そりゃ相手が男で相思相愛でってんなら俺も止めようなんて思わないよ
でも付き合ってもなくて一方的にされるセクハラの延長でとか見てられない
26:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>俺の尻はもう拡張済だ
えっ
27:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
どういう事なの
28:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
既に開発されている…だと?
29:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
執事よりも>>1の脱処女の方が気になる件
30:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
俺の尻の話は聞いても楽しくないぞ
敢えて言うなら執事には絶対に体験させたくない程度のもんだった
31:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
Oh…
32:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>そっとしておこう
33:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
うーん、まずはどういう状況なのか教えてくれ
男が女に尻開発される、とか俺にはプレイにしか思えん
34:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
しかも同居
35:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:同棲
36:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
リア充爆発しろ
37:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
俺も女王様に開発されたい
38:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>37
ようドM
39:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>37
この卑しい雄豚め!
40:37
ああっ、もっと!もっとお願いします!!
41:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
とりあえずスペック
執事 男。20代後半~30代前半。家事万能。褐色ガチムチ男前。料理上手。お人好し。ツンデレ?
家主 女。20代。執事君の扶養主。執事君が大好き。セクハラが酷い。よく胸とか尻とか揉んでる。
1 男。20代後半。事故で半身麻痺状態。訳有って家主の家に居候中。スレ立てた。
他の同居人
兄貴 男。俺の実の兄。ワカメ。Sちゃんの戸籍上の父。渋メン爆発しろ。
Sちゃん 女。可愛い。大人しい。天使。訳有って俺の家に養子に来た。家主に懐いてて兄貴がギリギリしてる。
R 男。でかい。俺の介護士みたいなもん。不器用。イケメン爆発しろ。
42:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
……………。
43:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
いろいろと…つっこみたいです…。
44:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
とりあえず…Sちゃんのスペックをもっとkwsk
45:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
いやまずは執事のスペックを
46:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
てか>>1半身麻痺って…大丈夫か
人の心配してる場合か?
47:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ワカメが渋メンってどういう事なのww
48:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
俺ワカメに菅原文太の顔がついてるの想像しちゃったww
49:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
男前豆腐の次は男前ワカメですね分かります
50:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
やべぇwww売れるwwww
51:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ていうか男女比おかしくね?これって逆ハーレムじゃね?
52:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
男4人に女2人…血と白い液体にまみれた戦争が始まるな
53:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
なにその昼ドラ
54:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
>>46
有難う。俺は大丈夫。執事と家主のお陰で大分楽になった
家主は執事にしか興味ない
いっつも「おっぱいぺろぺろ」とか言って執事にセクハラしてる
執事は扶養主って事もあるし、お人好しだから拒否出来ない
55:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
それってパワハラじゃね?
56:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ぺろぺろすんなwwww
57:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
しかし褐色のガチムチ…俺もペロペロしたいお( ^ω^)
58:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>57
おまわりさんこいつです
59:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ふむ…>>1は家主にも恩があるのか
その所為で強く言えないとか?
60:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
まあ今も居候させて貰ってるくらいだしな
61:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ていうかこれほぼ一家全員で間借りしてる状態なんじゃねーの
62:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
あれ、ワカメの嫁は?
もしやケコ―('A`)人('A`)―ン出来ないからって養子貰ったのかこの軟弱者!
63:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>62
兄貴って言ってやれよw
64:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>62
セイラさんちーっすw
65:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
>>62
兄貴の嫁は死別した
実の息子が一人いるけど今は海外に留学中。兄貴に似た可愛いワカメだ
強く言えないっていうより、言っても聞かない
「セクハラは犯罪だぞ」って言っても「これが私の愛情表現なーのだー!」とか言って揉みに行く
どうしたらいいのこの前向きな変態…orz
66:以下、名無しに代わりまして62がお送りします
ごめん
67:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
>>66
気にするな
兄貴はその分息子と娘を大事にするって言ってる
68:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ワカメいい親父だな
69:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
息子も可愛いワカメだしな
70:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
だがワカメだ
71:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
それにしても家主は痴女なのか?
72:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
むしろストーカーの思考法
73:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ストーカーと一つ屋根の下とかなにそれ怖い
74:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
つ 警察
75:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
仮に警察に連絡したとして、同棲してる相手に動こうとは思わないんじゃないか
76:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
警察が後手なのはいつもの事
77:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
つか執事と家主はどういう関係?
78:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:ヒモ
79:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:ダメンズ
80:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
何て言ったらいいのか…
執事は家主の住み込みのSP?みたいなもんなんだ
専守防衛じゃないけど
俺とRも同じ。だからいつも一緒にいる
執事はしっかりしてるように見えて懐に入れた人間に甘すぎる
今日も尻揉まれて悲鳴上げてた
81:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
おまわりさんこっちです
82:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
SPって何ぞwwwやっぱカネモじゃねーかwww
83:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
つか>>1とRもかよw
日本どんだけ物騒だよww
84:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
違うんだって道楽とかじゃないんだって
一回手続きしたらSPを止めさせるのは相手に「死ね!」て言うのと同じようなもんなんだ
クビっていうより文字通り「首を切る」みたいな
しかも雇う側からしたらある程度選べるけど、SP側は拒否権なんて無いのと同じ
今のところ無体はしてないけど、本来の仕事とは関係ない所でセクハラされる姿を見てると…(´;ω;`)ウッ…
85:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
思いのほか家主が外道だった件
86:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
自分でSP雇っておいて「チェンジしたいから死ね!」とかねーわ
87:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
どんなブラック企業から派遣されてんだよ執事とRww
88:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
いやまだしてないだろチェンジ
ていうかする気ないだろチェンジ
89:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
Dead or セクハラ
90:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
最悪の二択だwww
91:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
契約か死か!
92:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
DODwww
93:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
結婚か死か!
94:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
アンヘルはカイムの嫁
95:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
異議なし
96:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
二人の最初の共同作業、敵兵士に入刀です!
97:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
結婚おめでとう!
98:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
この二人は爆発しなくていい
99:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
末永く爆発した結果が東京タワーだよ!
100:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
おいやめろ
101:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
てかこれ何のスレだよww
102:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
(´・ω・`)ノ…俺の相談…
103:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
この>>1可愛いぞww
104:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
悪かったってwww
105:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ごめん悪乗りしすぎたwww
106:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
許してちょんまげ☆
107:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>106
108:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>106
109:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
>>106
110:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>106
ちょっとふいたw
111:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
つか、執事も>>1が雇えばいいんじゃねーの?
そんで家主の護衛は続行させる
ほら、親父が護衛雇って息子につけるとかよく見るじゃん
金銭的に無理?
112:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
えっ
113:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
だってそうだろ
執事の直接の雇用主が>>1になったら「俺のSPにセクハラすんな!」って強く言えるじゃん
114:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
家主が「お前ら居候だろ」って言ってきたらどうすんだよ
115:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
でもSP雇えるくらいなんだから家賃入れるとか
家主の家じゃなきゃいけない理由とかあんのか?
116:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
それかいっそ執事とRを交換するとか
要はそれぞれにSPがいればいいんだろ
117:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
それだ
二人ともと契約ってのは無理でもチェンジは出来る
118:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
えっ
119:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
チェンジ=死亡宣告じゃなかったのか?
120:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
クビだとそうだけど、チェンジだとそうじゃない
全員の同意が必要だけどこれなら穏便にいきそう
ちょっと執事に提案してみる!
121:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
おいおい
122:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
全員って…家主もか?
123:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
無理じゃね?
124:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
家主が執事を手放すかなぁ…
125:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
Rもいきなり痴女と雇い主チェンジ!とか言われたら困るだろ
[newpage]
・
・
・
203:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
まだ…誰かいる?(´・ω・`)
204:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
おっ
205:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ε=ヾ( ・∀・)ノ オカエリー! ヽ(・∀・ )ノ
206:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
待ってたぞ
207:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
どうだった?
執事に特攻してきたんだよな
208:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
その様子だと…
209:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
つか遅かったな
修羅場でもあったか?
210:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
痴女「私から執事を奪おうとはキエー!!!」
211:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
痴女こええええw
212:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
いや…うん…
とりあえず報告だけする
213:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
なんだ急にテンション下がってるぞ
214:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
大丈夫か?
215:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
うん、平気
書きためたやつあるからうpしてく
まず執事に話を聞こうと思って台所に向かったんだ
買い物に出かけてない時は大抵台所か居間にいるから
そしたらRもいた
家主は仕事だったし、兄貴はSちゃんのお昼寝に付き合ってた
でもRにも関わる事だし、執事君に懐いてるから賛成してくれるかもと思って二人に話したんだ
俺 「どうかな?俺が執事の雇い主になったら家主のセクハラも減ると思うし」
執事「む…言って聞くような女ではないと思うが」
俺 「でも普段のアレコレ、見てられないよ。あっ、Rの食費が心配?」
執事「いや、それについては心配していない。Rも紳士だし彼女は君より余程健康的だ」
俺 「(´・ω・`)」
確かに俺半病人だけど…確かに家主のバイタリティすごいけど…。
216:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
何故食費?
217:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ていうか紳士なのと健康なのとどう関係があるの
218:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
Rは燃費が悪い。大筋には関係ないから気にするな
R 「しかし仮に契約を変更したとして…護衛としての職務を全うできるでしょうか」
俺 「どういう事だ?」
R 「その…相性とか」
ここで気付いた。護衛と雇い主には相性があって、相性が悪いと仕事の能率にも関わってくる
Rは元々の能力がすごく高いのもあるし、それ以前に相性がいいとか悪いとかはよく分からない
でも執事はそういうわけにはいかなかった
執事「確かに。私と彼女の相性は悪くない。
そもそも私は能力が根こそぎ低い。特に幸運とか。
誰が雇い主であろうとそれは変わらない…ならば、彼女が雇い主となったのは最大の幸運なのだろう」
俺 「えっ」
R 「えっ」
執事「む?」
219:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
えっ
220:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
えっ
221:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
…続き。
執事「だから1の提案は気持ちだけ受け取っておこう。
私の雇い主は家主だけでいい。
それとも何か?実はRに不満でもあったのかね?それでSP交換したいなどと…」
R 「!?(´;ω;`)」
俺 「ち、違う!Rに不満なんてない!
いやいいんだ。執事が家主に不満がないんだったら」
以上事の顛末でした。さっきまでR慰めてて遅くなった
222:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
…執事、家主の事嫌がってなくね?
223:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ていうか…これは…
224:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:リア充爆発しろ
225:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
おい>>1よ…
226:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
やっぱプレイだったんじゃねーか!
227:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
いや違う!違うんだ!
確かに雇い主としての家主は悪く無いんだと思うけど!
でもそれでセクハラしてもいいって事にはならないだろ!?
228:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
どんだけ酷いセクハラされてるのかは知らないけどな
執事がどんだけお人好しかも知らないけどな
普通セクハラしてくる相手に雇われて「最大の幸運」なんて言うわけねーだろ
229:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
男と女の仲は他人からは計り知れないもんさ
童貞だらけの冬ちゃん民には縁がない事だろうけどな
230:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>229
自虐乙
231:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
とんだピエロだな
232:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
でっ、でもセクハラは犯罪だもん
やっちゃいけないことだもん(´;ω;`)
233:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
泣くなww
234:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
気持ちは分かるよ
リア充爆発しろってんだろ?
235:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
認めたくないんだよな?
身近にリア充がいるなんて
236:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>235
そのリア充…同居してんだぜ…
237:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>236
想像しただけで俺が泣きそう
238:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>237
つハンケチ
239:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
つーかそもそも、執事はセクハラをセクハラと思ってないんじゃないか?
240:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ん?どゆこと?
241:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
乳揉んだり尻揉んだりするのはセクハラじゃねーのかよ
242:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
だからさ、スキンシップと思ってるとか
243:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
そんなスキンシップあってたまるかwww
245:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
でも執事はお人好しなんだろ?
しかも痴女に雇われたのをラッキーと思っちゃうくらいの
246:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
それまでどんな雇い主に当たって来たんだよって話だけどなw
247:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
もしかして:天然
248:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
執事さんマジ天使?
249:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ガチムチ天使とかwwwねえわwwww
250:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>249
てめーキースたんを馬鹿にしたな!
251:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>249
おっと俺のイーノックに謝ってもらおうか
252:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>251
大天使さんちーっす
253:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
やーい、お前のかーちゃん大天使ー!
254:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
これっ、カンタ!
255:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
あれっ、>>1は?
256:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
おーい、いるかー?
257:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
逃げた?
258:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
えー…せめて釣り宣言して逃げろよ
259:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
いるよ
執事に質問してきた
260:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
えっ何を?
261:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
無言でいなくなるなよwww
262:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
ごめん慌ててたから
執事に家主のセクハラをどう思ってるのか聞いてきた
以下返答
「確かにスキンシップが激しいな。
もう少し慎みだとか恥じらいを持って欲しいものだ。特に外では。
…そういえば君たちにしているのを見た事がないな。どうやって止めたんだ?」
違います止めたんじゃなくて元々されてないんです
263:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
うwwwwはwwwwww
264:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
これは鈍いwww
265:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
お前はどこのエロゲ主人公だってくらい鈍いなwww
266:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
そうするとあれか、痴女は何故か主人公に惚れて積極的にアタックするタイプのヒロインか
267:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
痴女はチョロインやったんやwww
268:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
しかしそのチョロイン、尻を狙っている
269:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
アッー!
270:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
アッー!
271:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
アッー!
272:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
アッー!
273:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
もう諦めろwww執事は刺されるタイプの主人公だwww
274:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
挿されるんですね分かります
275:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
ウホッ
276:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
そうならないようにしたいのにぃいいいいいヽ(`Д´)ノウワァァァン!!
277:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
こういう手合いは一回挿されないと分からないんだよ
278:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>277
お前の後ろにリア充爆発しろの文字が見える
279:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
愛の形は人それぞれ…だろ?
280:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
いい話に持っていこうとすんなwww
281:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
いいじゃねーか、もしかしたら目覚めるかもしれねーし
282:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
俺にとってはご褒美です
283:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
>>282
お前最初の方にいたどMだろwww
284:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
誰か執事を助けて。゚(゚´Д`゚)゚。
285:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
執事も男なんだから本気で嫌がってれば力づくでも逃げだすだろ
しかもSPやってるくらいだから筋力もあるだろうし
286:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
そうそう、つまり…な?
287:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
馬に蹴られる前に逃げようぜ
288:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
めでたしめでたし
289:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
♂めでたし♂めでたし♂
290:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
挿されて始まる愛もあるかもしれない事もないかもしれない可能性もあるかもしれないわけないだろ
291:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします
結局爆発しろってことなんだけどな
292:以下、名無しに代わりましてパーカー男がお送りします
(´;ω;`)
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「赤い執事が舞い降りてきたスレ」番外編。蟲おじさんが執事の為にスレを立てたようです。でも可哀想なのはおじさん。時系列は狂犬を呼び出して少し経ったくらい。アンヘルはカイムの嫁(`・ω・´)キリッ■■■【追記】閲覧&評価&ブクマ&タグ弄り有難うございます。お返事はコメント欄にて。4月27日DR15位有難うございます。
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【もう】同居人のセクハラが酷い【やめたげてよぉ!】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1007997#1
| true |
翌日
「ん……」
と、目が冷めると、花の香りがした。
むくりと起き上がって、ふとホテルのベッドからソファの方へ目を向けると、薄い金髪の男性が、スースーと寝息をたてて寝ていた。
そういや昨日、勝也君の話聞いて、お酒付き合って、そのまま寝たっけな。
と、勝也くんの寝ている方へと足を運ぶ。
横向きになって寝息をたてるその寝顔に、誰かを思い出すけど、それは違うと自分に否定する。
今ここにいるのは、他の誰でもない。本郷勝也君だ。
「ん…」
と、寝返りするその顔は、目尻が赤く染まり、泣き腫らした跡があった。
「勝也君の恋も…なかなか辛いもんね…」
と、少し空いたソファのスペースに座り、優しくクシャクシャと頭を撫でた。
「ん……?」
と、薄っすらと目を開けると、ボーッと私を見上げて来た。
「…おはよ。勝也君」
「ん……デク〜」
と、お腹に抱きついて来た
「………はは。…ちょっと泣いて、スッキリできた?」
「……うん。」
「…ごめんね、話聞いてあげる事くらいしか出来なくて」
「……ううん。俺もそうだもん。……デクには幸せになってほしいのに…」
「………大丈夫。私は幸せだよ?人々が、デクって呼んでくれるから」
「…流石、ヒーローだね。強いや。」
「……うん……でもそれは、勝也君が唯一、私の弱さ、知っててくれてるからだよ」
「…ハハ、うん。そうだね。俺もデクの前じゃ、泣き虫だ。もういい大人の男なのに」
「……いいんじゃない?……弱い部分があるからこそ、強くあろうとするんだよ。…人は」
そう言うと、「ありがとうデク。また日本帰ってきたら、連絡ちょうだい?」と言って、「うん…仕事があるから行くね」と言った私を見送ってくれた。
『最強のヒーローデク』
なんて呼ばれてるけど、そう。強くなんかないよ。
弱点だらけで、いつも必死。必死にいつも、強く生きようと虚勢を張って、生きているだけなの。
【同時刻・爆豪家】
「とーちゃん!」
「竜己」
と、勝己が実家の玄関を開けると、パタパタ〜!と勢いよく走って来て、しゃがんだ勝己に抱きついた。
「お仕事おつかれさまー」
「おー。いい子にしてたか?」
「してた!」
「よし、いい子だ」
と、ポンポンと頭を撫でると、後ろから母親が「お疲れさん」と言って寄ってくる。
「ありがとうな。これ大阪土産。」
「あれ?リナちゃんは?」
「車ん中で仕事のマネージャーと電話してる。もー来るんじゃねぇ?」
「あ、俺ね、おかーさんに見せたいものがあんだ!とーちゃんにも」
「おー。なんだ?」
「チュン太郎!」
「チュン太郎?」
「子スズメよ。来てすぐくらいに怪我してた子拾って、いる間一生懸命竜己が世話してたの」
「へぇ〜。偉いじゃねぇーか」
と、わしゃわしゃと頭を撫でる。
「うん!」
「あ、勝己。そういやあんた宛にお中元とか沢山届いてんだけど。ベストジーニストさんからとか、他にも色々。お礼出しなさいよ」
と、家を空けてた為送るなら実家へと実家の住所を送った事を思い出す。
「おー。」
と、靴を脱いで家の中へ上がる。
「とーちゃんチュン太郎見る?」
「おぉ、後で見るな。先かーちゃんに見せてこい」
「うん!」
と、竜己が家を出て行った。
「あ、そういやお中元で中華麺が届いてたんだけど勝手に使っちゃった。」
「ん?おー。」
「後ユウちゃんの実家から娘がお世話になってますってすっごい新鮮な牡蠣送られてきて勝さんと竜己と3人で牡蠣鍋パーティした」
「は!?まじか!食いてぇ!」
「腐っちゃうもん。残してないよ。ご馳走さま」
「あー。マジかよ…すっげぇ美味いやつそれ」
「美味しかった〜。流石漁師の娘ね〜ありがたやー」
「うぜ」
と、軽く母親の足をゲシッと蹴る。
「あ、そういや、昨日引子さんと出久ちゃんとお昼食べたわよ。」
と、言われて目を見開く。
「……あ!?」
「ほら、久さんがアメリカに移転が決まったから、出久ちゃんもアメリカいるし、家族3人で向こうで住むって話になったんだってって言ったでしょ?引っ越しの為に帰ってきてて、見かけたからお昼誘ったの」
「……!あ、あぁ。」
「もー引子さんもマンションにいないと思うと…寂しいなぁ〜」
そうか。もうこの場所に、デクに関わるものは何もねぇのか。
あいつがここにいたから、俺は幼馴染としてアイツに出会えた。
幼い頃の記憶を思い返せば、大半を占めるのはアイツとの思い出だ。
そういや、竜己のスズメじゃねぇけど、子猫拾ってすぐそこの公園で餌やったりして、一緒に世話してた事あったっけ。
『ボム』っつー名前つけたわ。俺が。
しばらく世話して、いつのまにかいなくなったと思ったら、通学路にある、駄菓子屋のばーさんちの猫とイチャイチャしてたの目撃して「ボム、恋人ができたんだね」って、デクがちょっと寂しそうにしながらも「良かったね。幸せそうだ」って言ってた。
俺は、そう思えなくて、勝手にいなくなったボムに少し腹を立ててたのを覚えてる。
今思えば、昔からアイツの心の広さに比べて、俺は何でも独占してねぇと気が済まない心の狭い性格で、アイツの心が広い事をいい事に何でもかんでもあいつから奪って独占してた。
遊ぶおもちゃも、出されたおやつも、アイツの意思さえ、独占してなきゃ気が済まなかった。
だからアイツの心も、独占してなきゃもちろん気が済まなかった。
でも、ちょっと嫌がりながらも、それでも最終的には何でもいいよいいよ。かっちゃんに譲るって言って俺に何でも譲ってたデクが、初めて俺に断って譲ってくれなかったのが、お前自身だった。
そんで、時が経てば経つ程、存在も物理的な距離も、ドンドン俺から遠ざかってく。
独占どころか、もうアイツの心に、俺はいないのかもしれない。
なのに、今だに俺の心には、しっかりとアイツの存在があって。
それを一時でも忘れるには、日々を忙しむしか方法がない。
「竜己がすっごい喜んでた。デクデクー!っ言って」
「…だろうな…。餓鬼人気No. 1だしなアイツ」
「出久ちゃんも子供好きよねぇ。竜己と凄い楽しそーにしてた」
「へぇ〜。」
「竜己がまた会いたいんだって。こっち帰って来た時位連絡してあげなよ。幼馴染でしょ?」
「……へいへい」
と、言う勝己の様子に軽くため息をしながら少し切なそうな顔をして笑う光己。
25年間育てて来た。息子の事は、だいたい分かってしまうから。
あんたさぁ、毎年バレンタインで女の子から何十個もチョコ貰って来ても、1番欲しい子から手渡しされないから毎年機嫌が悪くって
『勝己〜今年も出久ちゃんが持ってきてくれてたよ』
って、勝己宛にじゃなく『爆豪家』宛に毎年届けてくれる出久ちゃんのクッキー見て「まずそう」ってすっごく拗ねながら、ほとんど1人で食べてたよね。
『幼馴染としての義務』みたいに渡されるバレンタインのお菓子に複雑になりながらも、他の子のチョコは、冷蔵庫に放置しっぱなしにするくせに、出久ちゃんのだけはきちんと食べてた。
『女妊娠させた』
突然電話でその言葉聞いた時、最初は出久ちゃんの事かと思った。
だって、あんたが他の女の子に興味持つ所なんて見た事なかったから。
リナちゃんを連れて来た時、何か出久ちゃんに関して思う事があって、他の子に手出しちゃったのか。と、思った。
男の子を持つ親として、息子がやらかした責任はきちんと取らせなければと思ったけど、正直、母親としては、息子の幸せを願ってるから、『責任取る』って結婚を決めた時の辛そうなあんたの顔が忘れられなくて。
でも竜己が生まれて、しっかりと父親やってるあんたに安心しながらも、顔見りゃ分かっちゃうから。
リナちゃんが悪い子なわけじゃない。ただ、昔みたいに、自分自身に素直なあんたを、どれだけ見てないだろうね。
頑張って仮面貼り付けて過ごしてるうちに、あんたの本当の表情、見えなくなっちゃった。
勝己、あんたちゃんと幸せ?って言葉を、ずっと、聞けずにいる。
「アメリカで撮影ですか……?」
車の中で、マネージャーと電話をしていると、とんでもない良い話しの仕事を聞かされた。
「そう。綾瀬リナ、ハリウッド初主演」
「え…!本当!?わ、やばい!凄い!」
「しかもヒロインよー。ヒーローものアクション映画で、ヒーローに恋する異国のお姫様役」
「やっば…!!受けます!やりますやります!!」
「当然でしょー?日本からじゃ貴方だけなんだから」
「嘘でしょ…!凄い!夢見たい」
「急な話で申し訳ないんだけど、来週、アメリカに一回向かって打ち合わせ行きたいんだけど大丈夫?息子ちゃんの事も、爆心地さんと相談して……」
「行きます行きます。旦那に預けます!」
「大丈夫ー?爆心地さんだって忙しいでしょ?」
「大丈夫ですよ。もし旦那が無理なら旦那の実家に預けますし」
「そ?甘えられるならいいけど。」
「きゃーハリウッドとか、緊張する〜!日本人私だけって…ちょっと不安だし〜」
「あ、日本からはあなただけだけど、もう1人元、日本人いるわよ?今じゃアメリカ国籍だけど。ふふ……なんとね!あのデクも出演予定なのよ。」
………は?
「え?……デク?デクですか?」
「そ。出演はちょい役だけど、重要な役よ。主人公の殺された元・妻である、最強の女性ヒーロー役。話は、両親をヴィランに殺されて、孤児院で育った主人公とデクの役である幼馴染の女の子が、ヒーローを目指す所から始まる。最強夫婦と呼ばれパートナーでありながら夫婦でもある2人は、ある日、任務先で両親の仇であったヴィランに再び会い、主人公を庇って妻であるヒーローが殺される。それを機に、復讐と言う想いに問われたヒーローは、ヒーローでありながら闇の世界に足を踏み込み、笑顔をなくしたダークヒーローと呼ばれる様になってしまうの。あなたの役は、戦略結婚から逃げ出して来た異国のお姫様。何も知らないお嬢様が異国の土地で危険な目にあった所を救ってくれた主人公に恋をして一緒にいたいと想いを伝えても、「さっさと国へ帰れ」と言われて冷たく突き放されるんだけど、どこか闇を抱えてそうなその主人公をほっとけず、闇落ちしかけた主人公の心の支えになってあげて、最初は元奥さんを忘れられない主人公だけど、お姫様の懸命な支えに惹かれてく。そんな時、ヴィランにお姫様が捕まって、それを主人公が救い出して、もう一度復讐じゃなく、今生きる愛する者の為に戦おうと笑顔を取り戻す主人公…って話。ざっとね」
なにそれ。
なんで役者でもない人間がハリウッド映画に出れるわけ?
「…デクに、演技なんて出来るんですか?」
「本人は自信ないって断ってたみたいだけど、少しの役だからね。序盤とラストにちょっと出るだけ。それだけでもデクが出たって事実は変わらないから、広告では大きくそれが出るし、絶対アカデミー作品賞取れる作品だから、あんたの演技次第では、アメリカの主演女優賞も夢じゃないから!頑張って!!期待してるから!!」
…ちょっと、なに?
私にデクのおこぼれを貰えって事?
冗談じゃない。
「………分かりました。明々後日ですね。準備しときます」
「頼むわよー!頑張って!リナ!」
…あー、無理。本当イラつく。
デクがアメリカ行って、かつくんとも幼馴染ってだけで大人になってから関わってる様子ないし、もう別の国にいるんだから仕事取られるわけじゃないし、関わらなけりゃいいと思ってたのに。
それでも未だに4年前のCMの支持率を塗り替えせないでいて、ムカついてた。
あのCMのお陰で過去最大に商品がバカ売れしたらしい。
もう一度デクにって社長がゴネても、デク自身が、ヒーロー活動に専念したいって他の仕事はなるべく断ってるらしく、CMやバライティーにもなかなか出ない。
なのになんでハリウッド映画とか受けんのよ、ちょい役だとしても絶対演技出来ないでしょ。
しかも、役の立ち位置気に入らない。ちょい役だとしても、ヒロインと同じくらい、良い役じゃない。
イライラしながら、車のエンジンを切って、車から出た。
「あ、おかーさーん」
と、パタパタと息子である竜己が走って来た。
「竜己」
「おかえりなさい。お仕事お疲れ様」
「うん…良い子にしてたの?」
「してたよ!」
「そ。かつくんは?部屋の中?」
「うん!ね、おかーさんに見てほしいものあるんだ!こっち来て!」
「?」
と、庭の日陰にある、小さな木箱の方へと連れられた。
「何?雀?」
と、その中にいた雀を見てそう言う。
「うん!チュン太郎って言うんだ!こいつね、怪我して飛べないでいたから餌いっぱいあげたんだけど、もうちょっとで飛べそうなんだ!」
「ふーん。雀ってバイキン多いから触ったら手洗ってよ?」
「…うん!今からね、餌あげるんだ。おかーさん見てて見てて」
と、片方の手をずっと握ってたと思ったら、そこからミミズの死体が出てきた。
「………ヒッ!」
「ほら、あげると勢い良く食べるんだ!おかーさんもチュン太郎に餌あげる?」
と、ミミズを乗せた手を突き出してくる。
パンッ!!
と、手をはたき落した。
すると、目を大きくあけて、驚いた顔をした子供がいた。
「……おか…」
「汚い!そんなもの触っちゃダメでしょ?信じられない!!」
と、言うと、悲しげな顔をしながら、ダメだったんだ。とあわててミミズを地面に落とした。
「……えっと…ごめんなさい…でも、じーちゃんがスズメはミミズ食べるって…」
と、ごめんなさいと母親に手を伸ばすと、身体を後ずさりする。
「手洗うまで触らないで。そうだからってそんなもの素手で触る?お米とかあげれば良いでしょ?」
「……お米も食べるの?」
「食べるわよ。……多分。」
「そうなんだ……ごめんなさい…手洗ってくるね」
と、パタパタと部屋の中へ入って行った。
「たく…もぉ……」
私とかつ君の子だし、当然顔はいいから可愛いけど、これだから男の子はやだ。
お義母さん、セミ捕りとか教えてないでしょーね?やめてよ。絶対。
部屋の中に入ると、お母さんが「あらリナちゃん。いらっしゃっい」とスリッパを用意してくれる。
リビングでかつくんがお中元のお礼状を書いていた。お。沢山届いてる。
「この暑い中撮影大変だったね〜。お疲れ様。今お茶菓子出すね」
と、お義母さんがお茶を出してくれる。
「うし、出来た。」
と、お礼状を書き終えたかつ君が、「悪いけど郵便局行くついでに出しといてくれ」ってお義母さんに渡していた。
立ち上がって「竜己〜?」と、竜己を探すと、ここーと洗面所で手を洗っていた。
「悪ぃ悪ぃ。またせた。…チュン太郎?見せてくれよ」
と、言う勝己に笑顔になる。
「ちょっと待って!とーちゃん」
と、言うと、ババアに米を出すように頼んでいた。
片手に米を握って、こっちこっちと、庭の日陰にある小箱を指差した。
「こいつ!チュン太郎!」
「お、怪我したっつってたけど思ったより元気そうじゃねぇか。」
「うん。元気になった!」
「すげーな。竜己のお陰でもう飛べそうな感じだ。お前コイツのヒーローだな。」
と、ニッと笑うと竜己もニッ!と笑う。
「餌まだほしいみたいだからあげないと」
と、お米をつまむ竜己。
ふーん。米。と思っていると、木箱の周りに、ミミズの死骸が数匹落ちていた。
「……竜己、米よりコイツあげた方がいいかもしれねーぞ?」
と、ミミズをつまむ。
「…え…、とーちゃん。ミミズ触ったらダメなんだって…」
「……?そうなん?ムカデはダメだが、ミミズは別に害はねぇと思うけど…」
「……汚いよ?」
「んなもん手ェ洗えやいいだろ?スズメはミミズ食うんだよ」
「うん…じーちゃんがそう言ってたから、それ俺が捕まえたの。でもおかーさんが、汚いからお米にしなさいって」
あぁ、なーるほど。
「竜己がせっかく捕まえたんだろ?だったらこれあげりゃいいんだよ。男は虫触ってでっかくなんだよ。女にゃ分からん。気にすんな」
と、チュン太郎にミミズをあげる勝己にパァ、と笑顔になって、うん!と言う。
「あ、そうだ。デクもね、一緒にチュン太郎にミミズあげてくれたんだよ」
と、言うから少し固まる。
「……へ、へぇ。」
「デクは女の人だけど、ミミズ平気そうだった。なんでだろうね?」
小さい頃、散々俺の後をつけさせて、虫取りだとか、魚釣りとか、俺の家族について来て登山とか、男のロマンを知って育ったからだろうな。
「……まぁ、そういう女もいるって事だ。……だけど、基本的には女にミミズ見せたら嫌がられるのは確かだから、まぁ女の子に虫は見せない方がいいかもな」
「音ちゃんにも?」
「…ん〜……多分な?や、音ちゃんは平気そうなタイプじゃねぇかな。虫、平気?って聞いてみろ」
「…うん!平気だったら一緒にセミ取り行きたい!きのーのそのまえ、ばーちゃんと行ったんだ!」
「お、いいな。音ちゃんが虫平気なら、そのうち一緒に登山連れてってやるよ」
「うん!お山行きたい!」
と、嬉しそうに笑う竜己の笑顔に、ここ最近、溜まってたストレスが飛んで行った。
正直親バカかもしれねぇが、俺の息子はとてもいい子だ。
良く「顔はそっくりだけど…この素直で可愛い性格は誰似で?」と言われる。
言った上鳴切島辺りは徹底的にシメる。俺に似てるに決まってんだろ。俺が育ててんだから。
「あ!!チュン太郎!」
と、竜己が声を上げたと思ったら、チュン太郎がパタパタと、屋根の上へ向かって羽ばたいてった。
そこに、チュン太郎よりもう一回り大きなスズメが2匹いた。
「飛んでいったな…」
「チュン太郎……」
と、少し寂しそうな顔をする竜己に「竜己…」と言いかけると
「良かった。チュン太郎、元気になっておとーさんおかーさんに会えたんだね。幸せそうだ」
と、笑う竜己に思った。
なんで。
なんでだろうか。
コイツはあれだ。俺似でも、リナ似でもない。
アイツに似てんだ。性格が。
「………そうだな。」
と、微笑んだ。
今の俺にとって、何よりも大切で愛しい存在なのは、竜己だ。
コイツの笑顔を無くさせるような事はしたくない。
コイツが元気でいてくれりゃ、もうそれで俺は幸せだから。
「勝己!勝己!大変!」
と、パタパタと、慌てた様子で玄関から母親が走ってくる
「……?どうした」
「ヴィランだって!東京駅に巨大な怪物になる個性のヴィランが出て、パニックになってるって…!」
「!?」
ッチ、と舌打ちをして、慌てて取りあえず情報を得ようと実家のTVへと駆けつけ目を向ける。
『東京駅は、今パニックに覆われています。突如現れた怪物化をしたヴィランに、少女を人質を取られ、警察もヒーローも手足が出せない。と言う状況です』
そこには、見るにもおぞましいエイリアンのような姿をした怪物が、女の子の首を掴んで暴れている様子が中継で映し出された。
「かつくん……!」
「とーちゃん…!」
「………!!ッチ、行ってくる」
と、携帯をとりあえず取り出した。
5分前に、社長から緊急要請の電話があった。クソ、気づかんかった。
今からここから向かったとしても、状況はどうなってるか…
でも、迷ってる暇なんかねぇ。とにかく、駆けつけるしかねぇんだ。
『あ!!どういう事でしょう?ヴィランの手から、人質の姿が消えました!』
と、言う中継に、バッと、もう一度TVの方へと目を向ける。
あまりにも一瞬の出来事で、誰も気づかなかったらしい。ヴィランの手が千切られ、捕まっていた子供が消えた。
『うがぁぁぁ!!なんだ!?どういう事だ!』
と、凶暴化し、ヒーロー数人相手に優勢だったヴィランも、身体の一部が突如消えた事に驚きを隠せずにいた。
そして、トンっと、上から東京駅の建物の上に、緑色の光が見えて、人々は目を向けた。
「あ……!」
「え……!?」
「そんな……!!まさか…!」
と、恐怖に涙していた人が、驚いた表情でその姿を見た。
「大丈夫?お嬢ちゃん」
と、さっきまでヴィランに捕まり、助けておかーさーんと泣いてた少女も、目を見開いた。
「……デク…?」
と、呟いた。
「デク!?」
「デク!デクだー!」
と、ワァァァ!と、人が恐怖から安堵し、笑顔になった。
「怖かったね。もう大丈夫、私が来た」
と、人質に取られてた少女に微笑むと、少女も目を輝かせた。
「ここにいてね」
と、少女を安全な場所へと運ぶと、スタスタとヴィランに向かって歩いていく。
怪物化したヴィランも、まさか。と言う表情で近寄ってくるその女性に後ずさりした。
「大人しく逮捕されなさい。そうすれば、それ以上怪我を負わせたりしないよ」
「……ッ!ざけんなぁ!!俺は、こんな腐った世の中ブッ潰してやんだよ!最強の女だかなんだかしらねーが、調子のんじゃねぇ……!!」
「そう、残念だな…」
ワン・フォー・オール・フルカウル!
拳にバチバチっと、緑色の光を走らせると、ヴィランに向かってその拳を放った。
SMASH!
と、相手に当てたわけではない。
風圧だけで、巨大で凶悪な姿のヴィランを、伏せさせた。
『絶対に勝てない』
それを思い知ったヴィランは、その場にペタリと腰を落として、ただ、怯えて捕まるのを待つだけの哀れな姿になった。
ワー!と、人々が歓声をあげる。
「デクー!」
「平和の象徴〜!」
「なんで日本に!?」
「お帰りデクー!」
と、騒ぎになっていた。
TV越しのその様子に、竜己は目を輝かせていた。
「デク……!デクが!すげー!とーちゃん!なぁ?……」
と、振り向くと、ホッと、安心した表情の勝己がいた。
「とーちゃん?」
「…あ?あぁ。すげーな。……あっと言う間過ぎて父ちゃんが行くまでも無かったわ」
「父ちゃんもすげーよ!いつも活躍してるもん」
「…あぁ。サンキュー竜己」
「………なんでデクが日本に?」
と、リナが不機嫌に眉を歪める。
「そういや出久ちゃんだけ、今日アメリカ帰るって言ってたね」
「またまた大活躍…凄いなぁ出久ちゃん……」
と、お袋と親父が言う。
ビルボードチャートJAPANでは、去年ショートがNo.1になって、俺がNo.2。今年は俺がNo.1になって、轟がNo.2と言う、轟との競争が繰り広げられていた。
通形ミリオもアメリカで活躍する中、デクも今年通形ミリオを抜いてのUSA堂々1位を記録した。
同じ舞台には立っているはずなのに、いつも、手の届かない遠い場所に、お前はいるよな
すげー奴だよお前。
無個性のか弱いただヒーローに憧れてるってだけの女が、憧れの人に認められ、努力して得た力で、小さい頃からの夢、本当に叶えちまったんだから。
『私大きくなったらヒーローとかっちゃんのお嫁さんになるのが夢ー!』
もう一つの夢は、とっくに忘れちまったんだろうけど。
俺も、もう一つの夢は叶わなかったけど、せめてヒーローとしての夢はお前には負けれねぇから。
またここから、頑張んなきゃだな。
同日、夜
「デクちゃーん!」
「麗日さん!」
と、空港へ見送りに来ていた麗日さんが抱きついてくる。
「見たよ〜!お昼の事件!大変だったねぇ!でも、さっすがデクちゃんや!」
「はは…うん。社長から、前から情報があったんだ。でも予想された場所が外れてて、ちょっと女の子に怖い思いさせちゃったなぁ…」
「それでも!結果無事なんだから!カッコいいなデクちゃんほんと!」
「…うん。ありがとう麗日さん。お腹の子供は順調?」
と、麗日さんのお腹を見る
「触る?」
「うん!是非!」
と、触ると、トクトクトクと、脈打つ感覚が、手のひらに伝わる。
「うわー。楽しみだねぇ〜。双子なんてすごいなぁ…!麗日さん似かな?飯田くん似かな?」
「ふふ、どっちだろうね」
「ごめんね…出産後しばらく見にこれないけど」
「ううん。今、ここでデクちゃんのパワー貰ったよ。ヒーローデクから貰ったパワーだもん!元気な子、生まれる気がして来た!」
「…うん!頑張って!お茶子ママ!」
「ブフォ!お茶子ママって…可愛い!慎吾ママみたい!」
「いや、全然違うよ!?」
と、言う話で盛り上がってると、「緑谷君!」と、飯田君と轟君が、私の荷物持って来てくれた。
「ありがとう…ごめんね荷物…!」
「いや、全然構わない!飛行機の到着が少し遅れてるみたいだから、時間再確認して気をつけて帰るんだぞ!」
「うん!ありがとう飯田君。轟君も…見送ってくれてありがとう」
「おぉ。」
「じゃぁ、私達帰るね?気をつけて帰ってねデクちゃん。また連絡ちょうだいね」
「もちろん!」
と、バイバイと、手を振って、帰る麗日さんと飯田君に、手を振る。
「轟君も、ありがとうね。じゃ、私待合ロビー行くね…」
と、ゲートを潜ろうとした時、ガシッと腕を掴まれた。
「……緑谷。ちょっと、いいか。2人きりで話したい」
と、言う轟君に、「うん」と、答えて空港の一角にある、少しオシャレな場所へと移動した。
「しつこくて悪ぃな。でも、これで最後にしようと思う」
と、言う轟君に、言われる内容は分かってた。
4年前、初めてアメリカへ行く事になった時も、多分これから言われる事と、同じ事を言われた。それから、これで3回目だ。
「やっぱりどうしても、緑谷が好きだ。……結婚してほしい」
と言う轟君に、少し困った顔をする。
「………轟君、前も言ったけど、私はさぁ…女性として男性に与えてあげるべき幸せを、作ってあげれないよ?」
「………それでも…いい。……今はヒーローをしてたい。って事だろ?緑谷自身が望む時まで、別に俺も求めやしない…遠距離でも、いい。ただ、緑谷と確かな形で繋がってたい」
「………私が望む時には、もう望めなくなってるような歳かもしれないよ?」
「………。それ…でも」
「…私ね、轟君には幸せになって欲しいんだ。大事な人だから」
「………俺も……緑谷には、幸せになって欲しい。大事な人だから」
「………。」
そう言う轟君から、目線を外した。
「……悪ぃ……やっぱ、ダメだよな。俺じゃ」
と、言う轟君に、軽く目を見開く
「…お前は、その理由で爆豪を振った時から、他の男がどう言っても、曲げるわけねぇよな。」
と、切なそうに言う轟君に、胸が締め付けられた。
「………あは……もう……なんで轟君、私なんかが好きなの?…もったいないな〜本当…」
ポロっと、頑張って抑えようにも目から溢れてきたものを、手で隠す。
「………ごめんね。これからも、私は女として生きるつもりはないんだ。大事な君を、不幸にさせたくない。ごめんね」
そう言うと、轟君は、片手に持ってた小さな箱を、ポケットの中に仕舞い込んだ。
「……そうか………悪いな。3回も言わせて……」
そう言う轟君に、俯きながら首を振った。
轟君、ごめん。ごめんね。
それだけじゃないの。私が、女性として生きられない理由。
だけど、これは言えない。
口にするには、あまりも辛くて。
「ヒーローデク」の、華々しい活躍の裏には、誰にも言えない「悲劇の女性」の人生があるの。
だから、女としての人生からは、どうしても、どうしても目を背けたいの。
ごめんなさい。だから、どうか許して。
大切な人だからこそ、この悲劇に、巻き込めないの。
続きます。
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勝デク♀で、前回の続きです。<br />相変わらず勝デク結ばれてないです。<br />ちょっとしばらく謎な展開が続きますが、最後に広ってくつもりなので、よければお付き合いお願いします。<br />※良ければTwitterに登場するオリキャラのプロフィールとビジュアルが書かれた設定画像をちょこちょこ乗せてるので、興味ある方は見て下さい。
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I can not say Love Story7
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10080029#1
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高校生活初日、入学式を終えたあと明日以降の予定について簡単に説明を受けた。授業や部活に関するオリエンテーション、健康診断、体力測定などなど結構盛りだくさんで少しばかりウンザリしながらお昼休み前の終業ホームルームが終わると、私はクラスメートとちょっと雑談をしてから三年生の教室がある四階へと向かった。今日はたしか部活動も中止で全学年が午前中で下校する筈だから、お兄ちゃんと一緒に帰って、その途中で夕飯の買い物をしてお兄ちゃんに荷物を持ってもらおう。そんな算段をしながら四階に辿り着いて三年F組を目指す。
「え~と…」
三年F組の教室から人が出るのに邪魔にならない様にドアの脇に引っ込みながら首を伸ばして教室内の様子を伺うと…いない…もう!なんで早く帰れるとなると行動が早いのかな?普段からこういう風にテキパキ動ければいいのに。
「あ!小町ちゃん」
「結衣さん!あ、いえ…由比ヶ浜先輩」
「入学おめでとう。うんうん、ピカピカだね」
「からかわないで下さいよ」
「そっちこそ“由比ヶ浜先輩”なんてよそよそしい言い方しないで、いつも通り呼んでよ」
ドアの脇で項垂れてガッカリしていると、目の前に大きなオッパイが現れて、私の名前が呼ばれた。目の前のオッパイが喋ったみたいな錯覚をしつつ顔を上げると、その正体というか持ち主は由比ヶ浜結衣さん。二年の時からお兄ちゃんと同じクラスの三年生、私が総武高校に入学する前から知っていたお兄ちゃんの事が好きな女の子。
「どうしたの?ヒッキーならもう帰っちゃったよ」
「やっぱりですか。入学初日くらい待っててくれればいいのに」
「アハハ、相変わらず仲がいいね」
「お兄ちゃんが変な事をしない様に見張ってるだけです」
「そっかそっか、高校に入っても大変だね」
「結衣さんも今から帰りですか?」
「うん。ゆきのんに声を掛けてから帰る」
「だったら、私も一緒に行っていいですか」
「ウン♪」
折角、総武高校に合格出来たんだモン。結衣さんと雪乃さんとの親交は是が非でも深めておきたい。そう思いながら結衣さんの後ろを付いて行こうと歩き出したタイミングで肩をポンと叩かれる
「あ、沙希さん」
肩に鞄をしょって長い脚での大きなストライドで颯爽と歩く姿が印象的な三年生、私が総武高校に入学する前から知っていたお兄ちゃんの事が好きな女の子。長いポニーテールをたなびかせるように私の横を通り抜けつつ、肩をポンと軽く叩きながら無言の笑顔で小さくウインク…凄くサマになってる。それに私と結衣さんとの会話を邪魔しない様にさりげなく通り抜けていく、そんな気遣いがまたカッコイイ。何で姉弟でありながら、こうも違うんだろう?同じクラスになった大志君なんか周りをキョロキョロしながら浮足立ちっぱなしだったのに。
「ゆきの~ん」
「あら、お揃いなのね」
四階の端にあるJ組の前から涼やかで澄んだ声が聞こえてくる。まるで南部風鈴の音を連想させる声で結衣さんと私に声をかけてくれる黒髪ロングの美少女、各学年に一クラスずつある国際教養科の雪ノ下雪乃さん。お兄ちゃんが所属している奉仕部の部長さんにして学力学年トップ、すなわち校内トップ、まさしく才色兼備を地で行く三年生、私が総武高校に入学する前から知っていたお兄ちゃんの事が好きな女の子。
「はい、付いてきちゃいました…雪ノ下先輩」
「ゆきのん、どう思う?この比企谷後輩の私たちに対する態度」
「礼儀正しい事は悪い事じゃないわ。けど、行き過ぎると慇懃無礼になりかねないわよ」
「そんなつもりじゃ…」
「分かってるわ。いつも通り雪乃さんって呼んで貰っていいかしら」
「ハイ♪」
「ねえ、ゆきのん」
「何かしら?」
「いんぎんぶれいって何?」
「…由比ヶ浜さんの受験勉強は現国を重点的にやる必要がありそうね」
…どうやら結衣さんと雪乃さんは新学期が始まっても、変わる事なく通常運転の様だ。
「なぜ、ワザワザ四階まで?何か用が…あったのでしょうね」
「ご推察の通りです」
「全く。高校入学初日の妹を放って置いてまで早く帰って、家に引き籠りたいのかしら。あの男は」
「まあまあ、ゆきのん。それが安定のヒッキークオリティだよ」
「品質低迷にも程があるわ」
うん。二人のお兄ちゃんに対する興味も通常運転の様だ。お兄ちゃんの事を腐しながらも気に掛けてしまう雪乃さんと、それを許しちゃう結衣さん。それにさっきの沙希さんにしたって肩を叩くのはともかく、あんな笑顔でウインクなんて、お兄ちゃんの事を意識しての事に決まってる。よしよし、順調順調。私が総武高校に入学したのなんて、こういう様子を見る為みたいなモンなんだから、その調子でもっと見せつけて下さいね。
「あ~っ!雪乃先輩、結衣先輩」
雪乃さん、結衣さんの二人と一緒に一階まで降りてくるとカワイイ女子…上履きの色からして二年生が二人に声をかけて、走り寄ってきた。え~と、この人って確か生徒会長さんだよね。クリスマス会の時にちょっとお話した…
「あら、一色さん」
「いろはちゃん、やっはろー」
そうそう、一色いろはさんだ。お兄ちゃんに妙に馴れ馴れしい態度をとってきてる、小町がちょっと気になっていた人だ。なにしろ、あの面倒臭がり屋のお兄ちゃんを休日に呼び出してデートしちゃうような人だもんね。
「お二人は帰りですか…と言うか、その子、誰ですか?」
「あ!おひ…今年入学した比企谷小町と言います」
危ない危ない。相手が自分の事を忘れてて、コッチが相手を覚えている時に一方的に“お久しぶりです”なんて言ったら、相手に恥をかかせちゃうもんね。かと言ってはじめましては嘘になっちゃうから、その辺の言葉を省いて簡単な自己紹介だけをする。
「え!」
「一色さん。小町さんとはクリスマス会の時に顔を合わせているでしょ」
「小町ちゃんはヒッキーの妹だよ」
「…そ、そうでしたね。久しぶりだね、小町ちゃん。私、生徒会長とサッカー部のマネージャーをやってる一色いろは」
私の気遣いなんて、どこへやら。雪乃さんも結衣さんも一色先輩に容赦がないし、一色先輩は一色先輩で私のことを忘れてたなんて完全にスルーして自己紹介をしてくる。けど私のことを“比企谷さん”じゃなくて“小町ちゃん”と名前で呼ぶという事は少なからずお兄ちゃんの事を意識してるって事なのかな?コレはもうちょっと観察しておきたいな。
「はい、よろしくお願います」
「小町ちゃんはこれから何か予定ある?」
「いえ、特には」
「じゃあ、生徒会長である私が自ら校内を案内してあげるよ」
「ホントですか」
渡りに舟とはこと事だ。是非とも交友を深めてお兄ちゃんの事をどんな風に思っているか、じっくり観察させて貰おうっと。幸い、雪乃さんも結衣さんも一色先輩の提案を良しとして私の背中を押してくれた。
「じゃあ、明日お昼に」
「部室で待ってるよ~」
明日、奉仕部の部室で一緒にお昼を食べる約束をしてから雪乃さんと結衣さんは昇降口に向かって歩いて行ってしまった。正直、新しいクラスメートとのお昼ゴハンにも興味があったんだけど、入学二日目にして、あの二人とお兄ちゃん抜きでお話しできるなんて、こんなチャンスを逃す訳に行かない。明日はお兄ちゃんの分も含めてお弁当を作ろうなどと計画していると
「小町ちゃん、こっちだよ」
「は、はい」
私に先んじて歩き出した一色先輩について行くと、それほど歩く事なく近くの教室に案内されてしまった。
「ここって?」
「ここは生徒会室。じゃあ小町ちゃんはここに座って」
「は、はぁ」
「で、この書類なんだけど」
「この書類がなにか?」
「うん、これに書いてある意見を別な紙にまとめてくれないかな」
「私がですか?」
「うん。これって生徒会で主催した校内の設備に対するリクエストのアンケートなの。だから、これを見たら、うちの高校の事が良く解るよ」
「…」
うわ~、この人ズッコイ。私も中学では生徒会役員をしていたけど、高校の生徒会長ともなると、かなり悪賢くなるみたいだ。
「お!一色会長。早いな」
「あ、本牧先輩。お疲れ様で~す」
「ん?その子は?新入生?」
「この子は先輩の妹で小町ちゃんって言います。小町ちゃん、この人は三年の生徒会副会長の本牧先輩だよ」
「先輩って…ああ、比企谷の妹さんか」
私と一色先輩に遅れること五分と言ったとこで生徒会室に入ってきたのは一色先輩同様、クリスマス会の時に色々忙し気に動いていた人だ。お兄ちゃんとクリスマス会の進行について話をしていたから、お兄ちゃんの同級生かな?くらいにしか思ってなかったけど生徒会役員だったんだ。
「初めまして、新入生の比企谷小町と言います」
「初めまして、副会長の本牧です。お兄さんには色々、生徒会の仕事を手伝って貰ってるんだよ」
へ~、お兄ちゃんが生徒会の仕事を手伝ってるって話はお兄ちゃん自身から聞いていたけど、あれってほとんど一色先輩に対する愚痴だったから話半分に聞いていたのに、お兄ちゃんと同じ学年の副会長さんがこんな風に言ってくれるという事は、私の想像と違ってお兄ちゃんは思っていた以上に生徒会の役に立っていたのかも?
「で、比企谷さんはなんでここにいるの?」
「一色先輩が校内案内してくれるって言うので、ついてきたんですけど」
「一色が?というか、その書類って…一色」
「あ、あの副会長。こ、これはですね…新入生に我が校の設備についてより深く知って貰おうと思って…」
「先週、仕事分担した時にお前が担当するって約束したアンケートじゃないか。なに新入生に手伝わせようとしてるんだ」
「いや、だから…」
「自分の仕事は自分でやれって、いつも口が酸っぱくなるほど言ってるだろ。なんでそう人に仕事を押し付けようとするんだ。まして新入生の比企谷の妹に手伝わせるなんて、以ての外だぞ」
副会長さんが一色先輩の事を叱り始めた。どうやら一色先輩は日頃から人に仕事を押し付けている様だ。多分、生徒会の他の役員たちも迷惑しているんだろうし、お兄ちゃんもその一人なんだろうな。
「比企谷さん、ごめんね。それは当然やらなくていいから、もう帰っていいよ」
「ホントですか」
「もちろん」
「え~!少しくらい手伝って貰ってもいいじゃないですか。本牧先輩」
「…比企谷さん」
一色先輩、私という新入生の前なんだから、もうちょっと生徒会長としての威厳を見せて下さいよ。それじゃまるで駄々をこねる小学生です。本牧先輩も呆れ顔で溜息をついていたけど、何かを思い付いた様に目を輝かせると、改まった態度で私のことを呼んだ。
「はい?何でしょうか、本牧先輩」
「家に帰ったら、比企谷にこの事を詳しく話しておいてね」
「え、この事をですか?」
「…この話を聞いたら、比企谷はさぞ呆れるだろうな~」
「ちょ、ちょっと。本牧先輩」
「もう、一色の頼みなんか聞いてくれなくなるかもな~」
「…小町ちゃん、もう帰っていいよ。けど、この事は先輩には内緒ね」
ニヤニヤと横目で一色先輩を見る本牧先輩と人差し指を唇の前に立てて困り顔の一色先輩。どうやら一色先輩はお兄ちゃんの事を♪うん、これはイイ情報を手に入れたぞ。それに三年生の副会長を本牧先輩、雪乃さんと結衣さんを雪乃先輩、結衣先輩と呼ぶのに、お兄ちゃんの事だけは“先輩”なんだ♪これはかなり有望だな。うん、見た目は申し分ないし、お兄ちゃんに迷惑かけてるのは少々問題だけど、それって逆に言えばお兄ちゃんの事を振り回して、ある意味コントロールしてるって事だよね。だったら、それはそれでお兄ちゃんに相応しいのかも。
生徒会室から無事に脱出してスーパー経由で家に帰ってみると、お兄ちゃんが口を馬鹿みたいに大きく開けて何やら食べていた。ん?この匂いは…匂いに釣られるようにダイニングテーブルに近づくと、
「あ~、小町秘蔵のカニ缶を勝手に使ったでしょ」
もう!何も言わずに先に帰っちゃっただけじゃなくて、小町の可愛いカニ缶で勝手にカニチャーハンを作っちゃうなんて、ちょっと酷すぎるんじゃない!?お皿に乗ってるカニチャーハンをよく見てみると、カニ缶以外の材料は…冷ゴハン、これは今朝の朝ごはんの残りだな。卵は多分一個、それとレタスの葉を一枚か二枚…随分シンプルなカニチャーハン。そこから推測してみる。今朝、残ったゴハンの量、カニ缶の大きさ、卵とレタス、それらの合計とお皿とレンゲにあるカニチャーハンの量を比較してみる。更にお兄ちゃんの口の前まで運ばれてるレンゲの汚れ具合もよく観察してみると…まだこれが一口目に違いない。だったら断固たる対応をしなければ!
「という訳で、お兄ちゃんのカニチャーハンを根こそぎ取り上げてやりましたよ」
翌日の昼休み、お弁当を持って奉仕部の部室に行って雪乃さんと結衣さん、二人と一緒にお昼ゴハンを食べた。昨日のお兄ちゃんの暴挙について詳しく話したところ、
「情けないわね。今後はもう少し部室でエサを与えた方がいいのかしら」
「そうかも。あれでヒッキーって結構食べる方だもんね」
「まあ、その辺はやっぱり男子高校生、食べ盛りですし、我が家で一番食べますからね」
「成長期という当然の過程ですら引きこもりの理由にするなんて、なんて忌々しい男なのかしら」
「けどクラスじゃヒッキーよりモリモリ食べる男子がいっぱいいるよ。アレを見るとヒッキーのつまみ食いくらいなら可愛いモンじゃないかな」
「葉山先輩とかですか?確かに運動部に所属していればお兄ちゃんより沢山食べるんでしょうね。私の中学の同級生にだってお兄ちゃんより沢山食べる子は一杯いますし」
「けど妹が取って置いた食材を勝手に処分するというのは問題よ」
「そう!それなんですよ雪乃さん。今回の問題は小町の可愛いカニ缶をお兄ちゃんが勝手に食べようとした事なんです。むしろ冷ゴハンとかは処分して貰って助かったくらいですからね」
「なら日頃からもっとヒッキーに家事を手伝って貰ったらどうかな。そうすればどれが使っていい食材か分かるじゃん」
「う~ん、それはちょっと…」
「え~、ダメかな~。結構いいアイデアだと思うんだけど」
「由比ヶ浜さん、あれでも比企谷君は受験生なのよ。この時期に家事の負担を増やすのはどうなのかしら。それに比企谷君が冷蔵庫の残りの食材を上手にコントロールしながら料理を出来るとは思えないわ」
「お兄ちゃんって凝り性だから、これと決めた料理は上手く作れるんですけど、あり合わせのもので作るとなると途端に今回みたいに雑になるんですよね」
「雑?ヒッキーの作ったカニチャーハンは美味しくなかったの?」
「食べられない程マズい訳じゃないんですけど、昨日のカニチャーハンはちょっと塩っ気が強すぎたし、他の調味料を使ってなかったみたいでイマイチだったんですよ」
「折角の食材を生かしきれないなんて本当にしょうがないわね。カニ缶が一缶あればどれほどの料理が作れるか、あの男は分かっているのかしら」
雪乃さんの言う通りだ。カニ缶一缶あれば、どれだけ美味しい料理が作れて、それを食べる家族がどれ程に喜べるか、お兄ちゃんにはちゃんと考えて欲しい。今夜の夕飯は昨日の帰りに買ったもので作るけど、明日の晩ゴハンはお兄ちゃんの反省を促すため、そして何より私のカニ料理に対する食欲を満たすために、小町が腕をふるってトビキリ美味しいカニ料理を作っちゃおうっと。
「比企谷さん、オハヨ」
「あ、大志君。オハヨ」
次の日の朝、教室でクラスの子と雑談をしていたら大志君が登校してくるなり
「比企谷さんって、お兄さんのカニチャーハンの作り方知ってる?」
「へ?お兄ちゃんのカニチャーハン?」
「うん。昨日家に帰ったらねーちゃんが教えてくれたんだけど、塩味だけのシンプルカニチャーハンなんだってね」
「う~ん…まあシンプルって言えばシンプルなんだけど、あれはタダの手抜きって言うか、雑って言うか、そんな大した料理じゃないと思うよ」
「比企谷さんは食べた事あるの?」
「うん。昨日のお昼に食べたけど塩味がキツイし、下味もついてないから言うほど美味しいモンじゃなかったよ」
「へ~、塩味だけってなんかスゲー美味そう」
どうして男ってああいう解り易い味が好きなのかな?お兄ちゃんはモチロン酔っぱらって帰ってきたお父さんとか目の前の大志君とか、せっかく腕を振るって美味しい料理を作ってるって言うのに、あの手の料理をベタ褒めされるとちょっと腹が立つ。きっと沙希さんだってそう思ってるに違いない筈だ。
「でさ、レシピ分かる?」
「あんな塩辛いカニチャーハンのレシピなんて知らないよ」
「そっか~、やっぱ作る人を選ぶ特別な料理なんだな~」
なんか大志君ってお兄ちゃんの事を過大評価してるよね。まあ今更、それを指摘したってしょうがないから黙ってるけど…
「ナニナニ、比企谷さんって料理上手なの?」
余計な発言をしたのは誰かな?まだクラスの子の顔と名前を全部覚えてないから分からないけど、このタイミングでそういう発言は止めて貰えないかな~。
「違うって。比企谷さんのお兄さんが料理上手なんだよ」
ほら、大志君が調子に乗り始めた。そんなに調子に乗ってると沙希さんにチクっちゃうぞ。
「ねぇ、それってひょっとしてサッカー部の葉山先輩たちが美味しいって言ってたっていうカニチャーハンの事?」
「葉山先輩がそんなこと言ってたの?」
「うん。私のお兄ちゃんがサッカー部の二年なんだけど、朝練終わったお兄ちゃんにお弁当届けた時にそんなこと言ってたよ」
「葉山先輩って、あのカッコいい人でしょ♪」
「そう!同じサッカーしてるのに私のお兄ちゃんとは大違いで、凄くカッコイイの」
なんかドンドン人が集まって来ちゃったんだけど…お兄ちゃん、葉山先輩たちに何をしたの?クラスの中での小町の立場がドンドン微妙なモノになって来てるよ。
「比企谷さんのお兄さんと葉山先輩って同じクラスで友達だから多分そうだよ」
いやいや大志君。お兄ちゃんと葉山先輩は友達じゃないよ。お兄ちゃんは当然の様に友達じゃないってキッパリ否定するだろうし、葉山先輩だって実は友達だと思ってくれているのかもしれないけど、捻くれ者のお兄ちゃんに変に気を遣って友達だと明言はしてくれないと思う。当人たちがそういう状況なのに、そういう発言を軽々しくすると後悔することになるからやめた方がいいよ。
「へ~比企谷さんもこの学校にお兄ちゃんがいるんだ。どんな人?」
「そりゃ、葉山先輩の友達だモン。きっとカッコイイに決まってるじゃん」
「それに料理も上手みたいだし、ねえねえ、お兄さん紹介してよ」
「あ!私も私も」
うわ…最悪だ。いずれクラスメートにはお兄ちゃんが同じ高校に通っている事がバレるとは思っていたけど、こうやってハードルが上がってからお兄ちゃんの事を知られると後々、気まずくなるんだよね。中学の時もそうだったけど、初めてお兄ちゃんを見たクラスメート達は
“へ、へぇ…スリムなんだね”
“そ、そうだね…それになんか…え~と…渋いって言うか”
“あ~…そういう感じなのかな~?”
微妙な反応をして、それから数日間は微妙な雰囲気になっちゃうんだから、勘弁してほしいんだよね。だから先手を打って、しっかり前ふりと釘を刺しておかないと。
「あんまり期待しな方がいいよ。中学の時に散々友達をガッカリさせちゃったからさ」
「も~、そんな心配しないでよ~。大事なお兄ちゃんを取ったりしないからさ~」
「いやいや、アンタ葉山先輩絡みと聞いて完全に取るつもりだったでしょ♪」
「ダメダメ、比企谷さんのお兄さんは俺の姉ちゃんと付き合うって決まってんだから、余計な事しないでくれよ」
「え~っ!川崎君のお姉ちゃんと比企谷さんのお兄ちゃんって、つき合ってんの?」
「うそ、マジで!?」
「けど三年生なんでしょ。つき合ったりしてて受験は大丈夫なの?」
「大丈夫だって。比企谷さんのお兄さんは国語が学年三位で、俺の姉ちゃんは千葉大志望で一年の時から頑張ってるから」
「比企谷さんのお兄ちゃんって凄んだね。カッコよくて、料理が上手で、総武高校で国語の成績学年三位なんて、ちょっと信じられない♪」
「うわ~、ますます会ってみたい♪」
なんかドンドン収拾がつかなくなって来てんですけど…先生、お願いですから早く来てホームルームを始めて下さい。私にはこの行き先の見えない会話を終わらせる事ができません。
To:由比ヶ浜結衣、雪ノ下雪乃
Subject:奉仕部への入部
本文:今日の放課後に部室に行って
奉仕部への入部手続きを
させて欲しいと昼休みに
言いましたけど(*´з`)
急用ができてしまい
今日は部室に行けません。<(_ _)>
明日の放課後に部室に行きます。
よろしくお願いします。( ;∀;)
これでヨシ。クラスの中があんな状態じゃ下手に部室に行こうものなら、野次馬が付いてきかねない。ここはほとぼりを冷ます為にも明日以降に奉仕部への入部手続きをさせて貰おう。さて、部室に行かなくていいとなれば、次にやるべき事をやっちゃわないと。学校帰りにいつも行くスーパーに寄って買い物カゴを腕に掛ける。買うものは少ないし決まっているからテキパキとスーパーの店内を歩いて行く。まずは野菜売り場で長ネギを二本、続いて卵一パックを買い物かごに入れると、最後に缶詰めコーナーへ。もちろん買うのはカニ缶、お目当てのカニ缶を手に取って、しばしのイメージトレーニング。
・材料A
カニ缶 缶詰半分
卵 二個
長ネギ 三分の一本
サラダ油 大さじ一
塩 一つまみ
・材料B
水 大さじ四
中華スープの素 一つまみ
砂糖 小さじ二
お酢 小さじ二
料理酒 小さじ二
オイスターソース 小さじ一
水溶き片栗粉 大さじ三
・材料C
ゴハン 一合
ご飯が炊けたところからイメージしてみよう。卵二個を器に割り落とし、カニの身を入れてからよく溶いておく。カニの身の水っ気は仕上がりが生臭くなるので私は良く絞ってから卵に入れる様にしてる。長ネギはみじん切りにするだけ。全ての材料・調味料の準備を終えた所で調理スタート。
フライパンをコンロに掛けてからサラダ油を少々多めの大さじ一杯入れる。まずはみじん切りにした長ネギをフライパンに投入。軽くフライパンを振るとみじん切りの長ネギに火が通り始めネギの香りが立ち始めるので、その香りごと卵に閉じ込めるべくカニの身入りの生卵を投入。フライパンいっぱいに生卵が広がらない様に菜箸でかき混ぜながら少々小さめの丸い形を目指していき、半熟の状態で形が整うと
「ヨッと!」
フライパンを大袈裟に振って卵を一気にひっくり返す。着地の際、少しはみ出した生の部分の卵は菜箸で丸い形の中に押し込んでからコンロの火を弱火にしてフライパンに蓋をする。卵に完全に火が通るまでの間に材料Bの内、水溶き片栗粉以外の全てを器で混ぜ合わせて、ちょっと味見。
「…ふむ」
うん、丁度いい甘辛さだ。さて、そろそろかな…よっしゃ!食器棚から深さのあるお皿を取り出し、炊きあがったばかりのゴハンをドーム状に盛り付けて、焼き上がった円盤状の卵を乗せる。さあ、ラストスパート。混ぜておいた材料Bを空になったフライパンに注ぎ入れてクツクツと火が通り始めたら水溶き片栗粉を注いて、もう一度クツクツと煮上がってきたら…それをゴハンの上に置いた円盤卵の上にそーっと、そしてトロ~リ♪と注ぎ、仕上げにストックされてる紅ショウガが入っている小さな瓶を持って来て、パラりと少量振りかける。
台所の抽斗からレンゲを一つ取り出して、ダイニングテーブルの席に着くと出来上がった料理と対峙する。これぞ小町の、小町による、家族の為のカニ玉天津丼だ。レンゲの先でカニ玉を一口大に切ってからゴハン、タレと一緒にすくい上げる。では偉大なる一口目を。
「ヨシ!完璧♪」
イメージトレーニングを終えてカニ缶を二缶買い物カゴに入れてレジへと向かう。イメージは完璧、コレは小町の腕とお腹が鳴る料理だ。ついでにお兄ちゃんの事もノックアウトしてやる。
買い物を終えて家に帰りついた私は台所でレジ袋から鼻歌交じりに、今夜の夕飯の材料である卵やらネギやらカニ缶やらを取り出していると階下から玄関が開く音がした。こんな時間に誰が帰ってきたのかな?お父さんやお母さんはあり得ないし、お兄ちゃんにしても部活帰りと言う時間じゃない。むしろ今の時間って部活をサボったと思われる時間だ。けど、お兄ちゃんの部活動は平塚先生と雪乃さんに厳しく見張られているからサボれる筈ないし…そう思いながら少し身を構えているとリビングのドアが開いて息を切らせた手ブラのお兄ちゃんが入ってきた。
「おかえり。どうしたの?なんか早くない?」
「あ…いや、ちょっとな」
「それに鞄はどうしたの?」
「鞄は…とある事情で学校に置いてきた」
「とある事情?それって部活絡みなの」
「…まあ、そんなトコだ」
「部活絡みって…じゃあ雪乃さんや平塚先生も知ってるってコト?」
「雪ノ下は知ってるが、平塚先生は知らない…いや…今頃、知ったんじゃねえか」
「え~、それって部活サボったってこと。ダメじゃん!明日学校で怒られるよ」
「平塚先生になら問題ない。鉄拳の一・二発を我慢すればいいだけだからな」
「…お兄ちゃん」
「…なんだ?」
「正直に答えて。一体何をしたの?」
「俺は何もしてない。どうしようもない状況から逃げて来ただけだ」
息を切らせている以上に疲れ切った顔をしているお兄ちゃん。本当に学校で何があったんだろう?お兄ちゃんの話を要約すれば部活中に何かが起こって、お兄ちゃんでは対応できない状況だったので、取るモノも取り敢えずという感じで鞄を学校に置きっぱなしにして、大急ぎでうちに帰ってきた。って感じなんだけど肝心の学校で何が起こったかが分からない。お兄ちゃんの話からすると雪乃さんは事情を知っているみたいだし、ちょっと電話して聞いてみようかな。けど、部活中に何か問題が起こってお兄ちゃんが雪乃さんや結衣さんを放って逃げ出す?確かに面倒事は避けて通るどころか、見向きもしないお兄ちゃんだけど、さすがにあの二人をそんな風に放って置いたりはしない筈だ。
「本当に大丈夫なの?」
ちょっと本気で心配になったので丁寧に聞いてみると
「明日になってみないと分からん。というか考えたくない」
と言ってお兄ちゃんは自分の部屋へと引っ込んでしまった。状況がつかめない内は口出ししない方がいいのかな?それとも強引に介入した方が先々、状況回復をし易くなるのかな?けど、今の私は三月までと違って私自身も毎日、総武高校へ行かなければならない訳だし、変に気まずい空気を作っても、今までみたいに雪乃さんや結衣さんと会わない事でのクールダウンが出来ないだけに慎重に対応した方がいいと思える。
「しょうがないな~」
折角のカニ玉天津丼も悩み事があっては、そのキレも味わいも半減してしまい、夕飯時はカニチャーハンのリベンジ!という雰囲気どころか、お兄ちゃんがカニ玉天津丼を一口頬張る度に
「カニチャーハンなんか作らなきゃよかった」
と愚痴り出す始末。本当に学校で何があったんだろう。折角、総武高校に入学できたのに入学早々、トラブルは勘弁してよね。
やっぱり小町のカニ玉天津丼を褒めてくれないお兄ちゃんは間違っている。
― 完 ―
[newpage]
「間違っていると思うの」
「なにが?」
調理室で由比ヶ浜さんにフライパンの振り方を教えながら、昨日のカニチャーハン作りについて話かけてみた。
「比企谷君の料理の教え方よ」
「そうかな。私は解り易かったけど」
「あんな風に体を密着させて一緒にフライパンを振る事はないと思うのだけど」
「え~、しょうがないじゃん。私が上手にフライパンを振れないんだからさ」
「けど、それでは由比ヶ浜さんが比企谷君の痴漢行為の餌食になってしまうわ」
「べ、別にヒッキーは私の体を触ったりしてないよ」
「け、けど…手を握っていたわ」
「それはまあ…料理下手の私の特典って感じ?」
「料理下手というマイナス要素に特典が付くのは、根本的におかしくないかしら」
「けど、あれくらいの特典がないと苦手なモノを頑張れないじゃん」
「あれくらいって…やっぱり間違っていると思うわ」
「そんなことないよ。あれくらいなら許容範囲じゃん」
「けど学校の調理室であんな後ろから抱きしめるみたいな行為は許される筈がないわ」
「抱きしめてないよ。後ろから手を伸ばしてカニチャーハンを作ってただけだって」
「けど、近くから見たらそう見えたわ。それにきっと後ろから見たって抱きしめている様に見えたに違いないわ」
「そ、それってあすなろ抱きってこと?まあ、確かに後ろから見たら、そう見えちゃうかもダケド」
見えちゃうかもダケド、ではないわ。あんな状況を他の人に見られたらどうするつもりだったのかしら?確かに昨日、調理室には私、由比ヶ浜さん、そして比企谷君の三人しかいなかったのは紛れもない事実だけど、調理室はプライベート空間ではなく、あくまで市立高校の一施設という公共の場なのだから、いつ誰が入ってくるか分からない。それを考えれば比企谷君のあの料理の教え方や、それを拒むことなく受け入れてしまった由比ヶ浜さんも不注意、いえ、それどころか油断をしていたと言ってもいいだろう。
ガラッ!
ホラ見なさい。こうやって不意に調理室の戸が開いてしまう事だって…あるのだけど…開かれた調理室の入り口からレジ袋を持った海老名さんが入ってきた。
「ほら、ヒキタニ君。そろそろ観念してよ」
「そうそう、海老名の言う通りだって。アンタしかカニチャーハンの作り方は教えられないんだから」
「先輩、ちゃんと教えてくれるまで帰らせませんからね」
それどころか、海老名さんに続いて川崎さん、そして一色さんが同じ様にレジ袋を持って調理室に入ってくると、最後に凄くイヤそうな顔をした比企谷君が調理室に足を踏み入れた。
「アレ?姫菜、どうしたの?」
「ハロハロ~結衣、調理室使ってたのって結衣と雪ノ下さんだったんだ」
「そういえば職員室で平塚先生が、先客がいるって言ってましたね。川崎先輩」
「まあ、二人が使ってる以外にもガスコンロとキッチンはあるから問題ないけどね」
「海老名さん、それと川崎さんと一色さんも、調理室には何をしに来たのかしら?」
私は思ったままの疑問を入ってきた三人に問い掛けると
「ヒキタニ君に「比企谷に「先輩にカニチャーハンの作り方を教えて貰おうと思って」」」
その返事に私は由比ヶ浜さんと目を合わせてから二人一緒に比企谷君を見ると
「比企谷君、随分あなたのカニチャーハンが評判を呼んでいる様ね」
「ヒッキー、私たち以外にもカニチャーハンの作り方を教えるつもりなの」
「…いや、俺はだな…」
「昨日の様な痴漢行為をしながらの調理実習は奉仕部の部長として認められないわ」
「ああいう教え方をすると誤解される可能性があるんだよ。さっきゆきのんも、そう言ってたんだから」(・へ・)
由比ヶ浜さん、やっと事の重大さに気付いてくれたのね。流石は私が親友と思った人だわ。それに比べて比企谷君、あなたは昨日の事の重大さを全く理解していない様ね。これは少し言って聞かせないと、と思った矢先
「先輩、いくら可愛い後輩相手に料理を教えると言っても痴漢行為はナシです。あり得ません。けど、私がどうしようもなく上手にフライパンを振れなかったら、補助するくらいはしてもいいですよ」
「私はしっかり補助して欲しいな~。昨日の結衣みたいに」
「手以外に触れたら…蹴るから」///
一色さん、海老名さん、川崎さんが訳の分からない事を言い出した。三人とも何を考えているの。まるで…比企谷君に手を添えて貰って、フライパンの振り方を教えて欲しいみたいじゃない。そんな事は許されないわ…昨日は由比ヶ浜さん、そして今日は海老名さん、川崎さん、一色さんの三人に…この私を差し置いて?
「…比企谷君、あなたはどうしたいのかしら?意見を聞かせて欲しいのだけど」
「…」
比企谷君がうつむき、沈黙をし始めたと思った瞬間だった。
「「「「「あっ!」」」」」
調理室の入り口にいた比企谷君が踵を返して私たちの前から逃げ出した。なんて卑劣な男なのかしら。驚きと呆れですぐさま後は追えなかったけど、
「逃げられると思っているのかしら。比企谷君は鞄を持っていなかったわね」
「私たちの買い物につき合わせたから、ヒキタニ君は鞄を奉仕部の部室に置きっぱなしだよ」
「海老名さん、素晴らしい情報だわ。なら比企谷君は特別棟の四階を経由して昇降口に向かう筈よ。今から昇降口に行けば先回りできるわ」
「絶対逃がしません」
「五対一だし、いくら比企谷でも逃げ切れないね」
「ヒッキーったら…もう!」
私たちは手に持っていたフライパン、およびレジ袋を調理室に置いて昇降口へと向かった。あの卑怯な変態性欲の持ち主を捕まえる為に。
やはり比企谷君のカニチャーハンの作り方の教え方は間違っている。
― 完 ―
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スゲーご無沙汰してしまいました。前作『熱々カニチャーハン』を読んでからの方が解り易いです。
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やはり比企谷小町は高校に入学してもご機嫌ナナメである。
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10080285#1
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放課後。今日も今日とて意味も分からずただ眠たくなるだけの数学を乗り越え、一気に騒がしくなるクラスを後に奉仕部へと向かう。あんなうるさい所に居られるかってんだ。こちとらクラス内でぼっちだから禄に話す人もいないしな。……全然悲しくなんかないよ?べ、別に全然羨ましくなんかっ、これっぽっちもないんだからね!……やめよ、もっと悲しくなるわ、これ。そんな脳内茶番は程々に奉仕部の教室の前に着き、扉を開ける。
「うーす」
「あら、まともに挨拶もできないのかしら、ゴミ谷君」
「ちょっと?入っていきなり罵倒かよ。俺泣いちゃうよ?」
「違ったかしら?私てっきりあなたにそういう趣味があるかと思って」
そう言いながら少し微笑む彼女、雪ノ下雪乃は文武両道、容姿端麗で毎回の学力テスト一位ながらその美貌で男子生徒には大変人気がある。おそらくこの学校の男子生徒で知らない者はいないだろう。そんな彼女に恋心を抱く者はそう少なくない。しかしいくら学校一の美女だといっても本性は毒舌雪女だぜ。皆さん騙されてますよー。
「比企谷くん。なにか失礼な事考えなかったかしら?」ギロ
「い、いえ、何も」アセ
「そう。ならいいけど」
こ、怖えー。なんで考えてる事が分かる訳?もしかして超能力者?……うっ、俺の中学の頃の数ある黒歴史を思い出してしまった。なんであの頃の俺は本気で超能力者になれると思ったんだよ。馬鹿なの?死ぬの?八幡なの?…いや、八幡は悪口じゃねえし。時々小町が使うからついに俺まで使っちまったじゃねえか。
頭の中で悶えながらもいつも座る席につき、持ってきている文庫本を開く。この頃依頼という依頼が来ないのでけっこう暇なのである。こういう時間は今みたいに本を読んだり、そう遠くもない大学受験に向け勉強をしている。俺は一応私立文系と言っているがこれからの伸び代でもしかしたら変わるかもしれない。理系は相変わらず赤点ギリギリなんだけどな。
「相変わらずここに来るのが早いわね、比企谷くん」
「あたりまえだ。なんせ俺はぼっちだからな。放課後誰も話す人がいねえんだわ」
「自分に友達がいないことを誇るなんて、哀れな人ね」
「馬鹿にしてくれるな雪ノ下。俺にだって友達ぐらいいる」
戸塚とか戸塚とか小町とか戸塚とか...いや小町は妹だから違うのか?そこんとこどうなんだろ?ん?ザイモクザ?なにそれ?新しい雑草の名前?
「あなたが友達だと思っていても相手からしたら思ってない、いや存在自体分かってないんじゃないかしら?」
「相手に認識されてないとかどんだけ陰薄いんだよ、俺は」
休日に何度かティッシュ配りの前を通ったのだが全然渡してくれないんだよね。もうここまで来たら凄くない?日本の最終兵器になるんじゃないの?ステルスヒッキー恐るべし。……あり?目から汗が流れてくる...
「だいたいお前の方がいつも来るの早いじゃねえか」
「J組とここまでの距離が近いのよ。仕方のない事だわ」
「それに貴方みたいに会話をする人がいないんじゃなくてしないだけなのよ。現に他のクラスの薄汚い男子生徒達はいつも近くに寄ってくるわ」
「そうか...そりゃ悪かったな」
「あら、あなたもその中に含まれている事が分かってないのかしら?」
「なんで俺が他の奴らと一緒にされなきゃいけねえんだよ」
「だってあなたの腐った目から下卑た視線が飛んでくるだけで寒気がするもの」
「おい、俺は断じてそんな風に見てないぞ。てか俺の目は腐ってねえよ」
俺の目ってばそんなに腐ってるか?ヒキタニ半端ないって!腐り目の視線、めっちゃ気持ち悪いもん!とか言われてんの?なにそれどこの高校サッカー部員に聞いたんだよ。てかあの人若干だが戸部感があるよね。騒がしい所とか。…え?似てない?まぁ確かにベーべー言ってないもんな。
「それはそれで大変ね。こんな美少女に見とれないなんて、やっぱりあなた同性愛者?」
「それ前にも聞いたぞ。あるわけないだろ」
「そう、なら良かったわ」
何が良かったのかは知らないが雪ノ下が納得したので俺は再び本に視線を移す。まさか本が俺の視線を嫌ががってることはないよね?本にまで嫌われたら八幡には小町とマッ缶しか残りませんよ?そんな事を思いつつ昨日本屋で見繕った新作のラノベに意識を傾けた。
[newpage]
「紅茶、置いとくわよ」コト
「あぁ、サンキューな」
突然だが雪ノ下の淹れる紅茶は美味い。いやこれガチで。なんでこいつが淹れると美味くなるのん?俺も最近紅茶にハマり家で紅茶を淹れているんだが、雪ノ下が淹れる紅茶とはなんか違う。やっぱり経験の差とか言うやつか?いや、普通に茶葉が違うだけかもしれん。俺のなんかスーパーで適当に買ったやつだし。そう思うと奉仕部にある雪ノ下持参の茶葉はけっこうお高いのかもしれない。なんかいつも普通に飲んでてちょっと申し訳ない気持ちになってきた。
「…ありがとな」ボソ
「!?い、いきなりどうしたのかしら、ひ、比企谷くん」
いきなり何だ?そんなに慌てて。……まさか
「……その...声に出てたか...?」
恐る恐る雪ノ下に聞いてみる
「え、えぇ」
うおぉぉ!やべぇぇ!まさか声に出てたなんて!いつもの感謝の言葉がうっかり口から出たとか言えねえよこれ!どうしようどうしよう!
「いや、まあ、なんだ...いつも淹れてくれる紅茶が美味いからつい...」
何言ってんの俺ぇぇ!パニックでいつもじゃ絶対言わんこと言ってしまったぁ!こりゃ雪ノ下に馬鹿にされて罵倒されてしまう!早く訂正しなければ!
そう思いつつなんとか誤魔化そうと雪ノ下の方を見る
「//」カァーッ
ほら!いわんこっちゃない!めっちゃ顔赤いやん!なんとかせんと!てかなんか俺の口調もおかしくね?てか雪ノ下めっちゃこっち見てくるんだが!とりあえず何か話題を変えないとまずい!なにかあるか?えーとえーと...そうだ!
「しょ、そういえば由比ヶ浜はどうしたんだ?来てないみたいだが」
ンッンッ「ゆ、由比ヶ浜さんは今日は部活に来ないと連絡があったわ。三浦さんとカラオケに行くとの事よ」
「そ、そうか」
ふー。なんとか持ち直したぞ。危ねぇ危ねぇ。これを機にしっかりさっきのことを謝っておこう。新たな渾名と共に罵倒される前に!
「雪ノ下」「比企谷くん」
「「!!//」」
まじかよ!声をかけるタイミングが一緒なんてそうそうないぞ!とりあえず何としても先に謝る。相手に謝る時はプライドを捨て、誠意を示さないと。これ、鉄則な。
「すまなかった。雪ノ下。気分を悪くしたのなら謝る」
「今までのは忘れてくれ」
そう言い俺は頭を下げる。だってそういうのは由比ヶ浜の役目じゃん?
あいつだったら、『ゆきのん!この紅茶おいしい!』
とか言いそうだな。所詮俺が言ったところで雪ノ下は
『なに勘違いしてるのかしら。気持ち悪いわ』
とか言われそう。えーなにそれ悲しい。
さて、俺から謝罪はしたものの雪ノ下からの返事は来ない。俯いて少し震えている。そんなに怒ってるのだろうか。覚悟しておくか...
俺の謝罪から三十秒ぐらいか。いや、もっと掛かってるかもしれない。そんな長いのか短いのかも分からない中、奉仕部の教室内は静まり返っていた。
俺は雪ノ下の言葉を待つ。そしてようやく雪ノ下は俯いたまま口を動かした
「何を勘違いしたのか知らないけれど」
あっ終わったかなぁ...やっと上げた顔は少し前よりも真っ赤だ。リンゴみたい。そんな事考えてる場合じゃないのだが今から起きる出来事に耐えるべく少しでも現実逃避をしておかないと。俺の身が持たない。
「あ、あなたの為に淹れたのだから、褒められて嬉しいのは当然じゃない//」
……え?
「...え?」
いや思ってることと同じこと言っちゃたよ。
「だから!私はあなたに褒められて嬉しかったのよ//」
「ほ、本当に雪ノ下は嫌じゃないのか?」
「さっきもそう言ったでしょう!まさか目だけじゃなくて耳まで腐ってしまったのかしら?」
「いや、違うけど...てか俺の目も腐ってねえ。何回言わせんだ」
なんとゆうことだ。まさか雪ノ下が怒ってなかったなんて。
流石に俺の思い込みが激しかったか?そんなことよりさっきの雪ノ下のイレギュラーな返しに俺も戸惑ってるんだが...もうここまで来たら正直に思いを伝えるべきではなかろうか?なんかこの言い方だと告白みたいになるけど違うからね、雪ノ下に告白なんてあいつが断るし、俺も受け入れてもらえないとゆう事は分かっている。あいつと俺なんかつり合わないしな。そりゃ俺だって雪ノ下の事は嫌いじゃないしむしろ......
いや、今は関係ない、とりあえずこの思いを言うべきか...
えぇい!悩むのはめんどくせえ!限界だッ!言うねッ!どうなっても知らんぞー!
「その...雪ノ下」
「何かしら?」
「いつも美味い紅茶ありがとな。色々助かってる」
うへぇ!恥ずかしすぎる!まあいい、過ぎたことよ!んで、雪ノ下の反応は?
「そ、そう、かしら。よかったわ。なんなら毎日淹れてあげるわ」
「お、おう、こちらこそ宜しくお願いします...?」
...なんか意味によってはすごい恥ずかしいことなんだが、しっかり伝わったようでよかった。こんな緊張したの初めてかもしれん。
そういや毎日雪ノ下の紅茶が飲めるとゆう事は雪ノ下の紅茶に追いつくチャンスじゃね?雪ノ下にヒントを教えて貰おうかな。
「なぁ雪ノ下、お前の紅茶に茶葉以外になんか入れてんのか?」
「いえ、特にこれといったものは入れてないわね」
「そうか、最近自分で淹れ始めたんだが俺のと比べても全然違うからな」
「それはあたりまえでしょ、経験の差よ。もっと練習しなさい」
そういいながら先程雪ノ下に淹れてもらった紅茶を二人で飲んでいる。
うめぇ。
だがやはり経験の差なのか。だがそれだけか?何かが決定的に違うんだが...
「しかし本当か?なんか隠し味でも入れてんじゃないの?」
「隠し味...そうね、一つ心当たりがあるわ」
やっぱりな。
「ほれみろ。で、その隠し味は何なんだよ」
ここまで来たら答えを教えて欲しくなった。そう言うと雪ノ下は持っていた紅茶のカップを机に置き、誰もが見惚れる、満面の笑みで答えた。
「貴方への愛情よ。比企谷くん」
〜おわり〜[newpage]
〜あとがき〜
どうも初めましてです、綿菓子です。
ついにやっちゃいました。書いちゃったよ。
見るだけではと思い、こういった作品を出させて頂きました。
正直こんなにしんどいとは思わなかったです…
文才がない私にはなかなかきついのですが今後もなんとか頑張りたいと思います
基本不定期更新ですのであしからず
最後になりましたがここまで見てくださり本当にありがとうございました!
誤字・脱字やダメ出し、こんなの書いて!みたいな要望は
コメント欄でお書き下さい。
私のガラスのハートでなんとか受け止めます。
では、また。
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初投稿です。<br /><br />拙い部分も多々ありますが最後までお付き合い願えると幸いです。<br /><br />では、どうぞ。
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ヒミツの紅茶をあなたに
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10080313#1
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次の日の放課後、俺は言われた通りに職員室に行った。
「君が、比企谷 八幡かい?」
緑色のジャージ上下に髪を後ろに纏めた大雑把な格好をした女性がいた。おそらく、この人が小萌先生が言っていた人だろう。
「ひゃ、ひゃい、比きゅ谷 八幡でしゅ」
普通の人と話すのにも一苦労なのに大人の女性と噛まずに話せる訳ねぇーよ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫じゃん!」
「い、いや、女性と話すのが苦手なんですよ」
「でも、これから行くところには女性もいるから慣れるしかないじゃん♪」
どうやら特別補習というのを受けているのは俺だけではないらしい。とちょっと驚きの事実を知ったタイミングで
「比企谷ちゃん、上条ちゃんと比べると時間までに来た事は感心なのです〜」
と小萌先生が職員室に戻ってきたようだ。
「自己紹介が遅れた、私は黄泉川 愛穂(よみかわ あいほ)よろしく頼むじゃん」
黄泉川先生が手を伸ばしてきたので、恐る恐る俺も手を伸ばすと、がっちりと握られた。
「では、黄泉川先生これから比企谷ちゃんをよろしくお願いしますね〜」
と小萌先生は再び荷物を整理し直して職員室を出ようとしていた。え、先生は来ないんですか?と考えていると、俺の気持ちを察したのか小萌先生が溜息をついて
「先生はこれからクラスのもう1人の問題児ちゃんの補習をしなければならないのです。」
………あぁ、上条か。
[newpage]
黄泉川先生についてこいと言われたのでそれに従い後ろを歩いて行くと
『風紀委員活動一七七支部』
と表記された場所についた。
え、なに?補習って聞いてたんだけど、俺、作文のせいで捕まっちゃうのん?
「知っていると思うが風紀委員(ジャッジメント)は学生による治安維持組織じゃん、その中でもここ第一七七支部は戦闘においても、データ管理でも優れている集団じゃん」
「まさか、補習というのは風紀委員に、所属する事って言うんですか?」
「そんな訳ないじゃんよ、適正試験と合格した後に4ヶ月の研修を受けてやっと風紀委員になれるんじゃん♪そんな簡単に風紀委員になる事は出来ないよ比企谷」
「そうですか、じゃあこの建物の地下深くにある囚人更生プログラムにでもぶち込むんですか……」
「比企谷は結構面白い事を言うじゃん、でも、そんなものはないじゃんよ♪」
「比企谷にはここの活動を補佐して、性根を直してもらうんだから立派な特別補習じゃん♪」
いやいや、訳わかんねぇよ、所属するのとほとんど変わんねぇじゃねぇか。
ーーーーーーー
黄泉川先生についていき建物の中に入ると
「みんな待たせたじゃん、こいつが昨日言ってた生徒だ。ちょっとした事情で一七七支部の補佐をしてもらう事になった。高校生だから体力もあるし、事務仕事もある程度は出来るだろうからどんどんこき使ってやってほしいじゃん♪」
先生に背中を叩かれたので、まず自己紹介をする事にする。
「と、とある高校1年のひ、比企谷 八幡でです。」
簡潔で完璧に自己紹介ができたぜ。
「今ので分かると思うが、比企谷は会話能力がやや低い。君達には悪いがコイツがちゃんと人と話せるように手伝ってやってくれ」
どうやら俺の渾身の自己紹介は一般には及第点に及んでいなかったようだ。
「了解です」
「了解しました〜」
「了解ですの!」
とおそらく同級生ぐらいであろう女性と年下であろう、なぜか頭から花を咲かせた少女と、茶髪のツインテールの少女が返事をした。
よく見たら、ツインテールが着ている制服って昨日、上条を攻撃してた奴と同じじゃねぇか。
「じゃあ、後は任せるじゃん」
そう言って黄泉川先生は出ていった。
結局、先生は2人とも見てくれないんですねぇ。別にいてほしい訳ではないが。
[newpage]
「私は固法 美偉(このり みい)よ、この子達の一応上司的なものにあたるわ、よろしくね」
「初春 飾利 (ういはる かざり)です、よろしくおねがいします」
「白井 黒子(しらい くろこ)ですの、よろしくお願いしますわ」
俺はこれから主にこの人達にお世話になるらしい。
ーーーーーーーーーーー
「では、これからわたくしは巡回に行きますので、比企谷さんはついて来てください」
「お、おう」
ーーーーーーー
白井に呼ばれたので、ついていき外をしばらく歩いていると白井に話しかけられた。
「比企谷さん、失礼ですが能力は発現しおりますの?」
「あぁ、一応レベル4の火炎系能力者だ」
明らかに驚いた顔をしてやがる
「驚きましたわ、わたくしがよく取り締まる原始人らと同じ様な目をしていたのでてっきりレベル2以下かと思っていましたわ」
「目のせいで印象が悪いのは自覚してるよ、今日だって先生について行って一七七支部に来た時は取り締まられるのかと思ったからな」
「まぁ、とりあえず、レベル4ならば安心ですの。もうそろそろ________っと来ましたわね」
白井が、喋っている最中に白井の携帯が鳴る。どうやら通報のようだ。
「比企谷さん!ついて来てくださいすぐ近くに暴行犯がいるという通報を受けましたの!」
駆けつけると、屈強な体つきで明らかに髪型や服装などで不良だとわかる人間が目に見えるだけで5人、さらに奥に人型に動く熱源体が正確な数はわからないが3〜4人ほど感じ取れた。
「ジャッジメントですの!暴行未遂の現行犯で拘束しますの」
「だからなんだってんだ!お前らもやっちまえば関係ねぇなぁ!!」
男達は拳を握り襲いかかってくる。
威勢良くやってきた彼らはあっという間に身動きが取れなくなってしまった。
俺は何もしていない。白井だ。
彼女の姿が突然消えたと思ったらいつのまにか不良達の前に現れ、いつのまにか5人の不良達の服が建物の壁に金属矢でしっかりと止められておりあっという間に無力化されていた。
あぁ、だからか、彼女は空間移動の能力者なのだ。おかしいと思った。今日初めて会った男子高校生と2人っきりでの行動にもかかわらず、彼女には全く警戒している感じがしなかった。その理由がわかった。
白井 黒子は強い。
だから俺を警戒する必要がなかったんだ。
白井は暴行犯を全員捕まえたと思い、支部に連絡を始めていた。しかし、急に隠れていた不良達が大声を出しながら銃を白井に向けて撃っていた。彼らは武装無能力集団(スキルアウト)の一員だったようだ。
突然の事に焦って逃げ場を演算する事が出来なかった白井は動く事が出来なかったが、弾丸が白井の身体に届く事はなかった。
「あっぶねぇなぁ、昨日の電撃少女よりはマシだから、壁を作るまでもなく弾丸を燃やし尽くすだけで済んだが、お前らそんな物騒なもんどこで手に入れてんだ?俺の上司に怪我させるのはやめてほしいんだが……」
「うっ撃てぇぇーー‼︎」
俺が喋っている最中に今度は3人が俺に照準を合わせて銃を撃ってくる。あの、見せ場なんで喋り終わるまで待ってくれませんかねぇ。
「……はぁ、1回で諦めてくれませんかねぇ」
何発撃ち込まれたかは数えてないが火炎弾を当てて全て相殺した。だって、ほら、白井とか、民間人に当たると面倒な事になりそうだし、べ、別に守ってあげた訳じゃ無いんだからね⁉︎
とか、くだらない事を考えているうちにどうやら白井が3人を無力化してくれたらしい。
[newpage]
「比企谷さん、今回は守ってくれた事に感謝しますの」
警備員(アンチスキル)に犯人達の身柄を引き渡した後、白井が礼を言ってきた。
「まぁ、そんなに気にすることはないじゃねぇーの?隠れて後から攻撃してくるなんて滅多にないだろ」
「だいたい、結局は全員お前が拘束したんだし、俺は最低限の働きをしたかすら怪しいしな、礼なんていらねぇよ」
「それでも守ってもらった事には変わりないですの、それを気付けないほど無礼ではありませんわ」
無礼じゃないって、いや、巡回中に俺の目を貶してたような……気のせいか。気のせいだな。
ーーーーーーーーーーー
あの事件を取り締まってからも巡回を続けたが今日はそれっきり通報や事件が起こることはなかった。
時間も過ぎて夕方、つまり最終下校時刻である。風紀委員は生徒によって形成されているため最終下校時刻で仕事は終了する。
「では、今日はこれで営業終了ですわね、比企谷さんおつかれさまですの」
「お、おう、おつかれさまでした?」
「なんで疑問形なんですの?まぁ、良いですわ、明日もまたお願いしますわ」
お互い挨拶を済ませて別れようとすると、
「おーい、黒子〜〜」
どこかで聞いた事がある声が聞こえる。
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第2話です。昨日、今日でフォロワーさんが0から10人以上に増えました。ありがとうございます。<br /><br />ヒロインをどうするか……。<br /><br />pixivからのお知らせ [小説] 男子に人気ランキング<br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2018年09月04日付の[小説] 男子に人気ランキング 25 位に入りました!<br />ぜひご確認ください。<br /><br />pixivからのお知らせ [小説] ルーキーランキング<br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2018年08月29日~2018年09月04日付の[小説] ルーキーランキング 56 位に入りました!<br />ぜひご確認ください。<br /><br />これからも頑張ります
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第2話 風紀委員でお仕事
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10080399#1
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安室が目を覚ますと、そこは船の南端にある医務室であった。
頭がちっとも回転しない。ゆらゆらと揺れる意識のまま、ゆっくりと上体を起こして辺りを見渡す。
白い壁白い床が覚醒しきらない意識を刺激する。
普段あまり使われていないのか空気が少々埃っぽい。棚に並ぶ薬品から見るに、一応の常駐医師はいるらしい。家庭用の物だけでなく、有資格者でないと扱えない薬品もちらほらちらほらと見える。
そこまで見てようやく、安室は自分が気を失っていたということを自覚した。
いったい何が起きたというのか。なぜ自分はここにいる?
ざっと血液が逆流したかのような悪寒に安室は眼を見開いた。
先ほどまでの己は何をしていたというのか。
……ああ、そうだ、グラスホッパーだ。彼女が述べたという信じられないような発言の是非を問いに、己は会長室へと向かったのだ。
元々は江戸川コナンがもたらした一色光という男性の情報だ。
イージス艦ほたかの体験航海にて偶然にもグラスホッパーと再会したという彼。保護者同伴が必須である体験航海にて、彼は一色ヒカルと名乗る男性を連れ添って現れたかの暗殺者を見たと言う。
死んだはずの己の親友、緑川唯。グラスホッパーの手で手によって殺されたはずの親友。
それをよりにもよってグラスホッパー自身が連れて現れる。
そんな皮肉も行き過ぎた悪趣味な冗談に、安室は己が口封じに殺害されることも視野に入れた決意でもってグラスホッパーを問い詰めた。
安室の正体が公安警察降谷零であると知られた上で彼女に盗聴器を仕掛け、彼女を尾行し、彼女に明確に敵対する。
それが危険でないはずもない。
ましてや威嚇的に問い詰めるなど自ら死にに行くようなものだ。
それでも安室は、親友の死を侮辱する存在のことを無視できるほど薄情でもなかった。
そうして船長室に入った後の記憶が、安室には無い。
頭の冷静な部分が「倒れた己を誰かが───────高確率でグラスホッパーがここに運んでくれたのだろう」と答えを出す。しかし、何故突然倒れてしまったのかは分からないままだ。
暗殺者グラスホッパーは呪いのや魔法とも言われるような不可思議な力で暗殺を成す。倒れた理由も、それら未知数な業にようものではないか。
いや、それでもグラスホッパーの仕業ならば己が死んでいない説明がつかない。何か己が決定的な逆鱗に触れる、あるいは知ってはならない情報を知ってしまったのなら、グラスホッパーにとっては安室など殺した方がよっぽど早い。
だんだんと焦りと不安が胸の底の方でぐるぐると渦を巻き始める。
グラスホッパーはなんと言ったのだったか。なにか重要な……そう、信じられないほど衝撃的な情報をもたらしたはず
まだぼんやりとする頭を振って先程の夢ともうつつとも知れぬ会話を思い返す。
「あなたの怒りは正当だ」……「死者の冒涜悲しみと怒りがない交ぜになった感情」……「だが、どういっていいか悩ましい」
……「本当に、一色光は死んだのだろうか?」
【シャム猫の一件で死者は出なかった。】
グラグラと視界が揺れる。
はっと息が荒くなって高い高い可聴域ギリギリの音が耳の奥で呻いている。
これ以上この事について考えてはいけない。そんな立ち入り禁止マークめいた吐き気が思考にブレーキをかける。
「安室さん、起きてたんなら言ってよね。無理しちゃダメだよ?」
「ッ、!?」
脊髄反射的に飛び退いてすぐにでも反撃できるような態勢を整えたが、声の主はそんな安室の様子に驚きはすれど害そうという意思は見せなかった。
己のすぐ隣で耳を打った明瞭な声。
こてり、と可愛らしく首をかしげる幼い少年の姿を視界に入れる。
ベッドの横で心配そうにこちらを見ているのは、まだ幼くも怜悧かつ明晰な 頭脳を持つ少年、江戸川コナンだった。
はっと思考が戻ってくる。
安室はベッドの脇で肩を下ろし、頭を緩く振って苦笑いを浮かべた。
「ああ、コナンくんか。今意識を取り戻したところなんだ。心配かけてごめんね」
「安室さんが大丈夫ならそれでいいけど、本当に平気なの?」
「────さて、僕を見つけたのは、グラスホッパーかい」
「うん。会長室で倒れていた安室さんをグラスが見つけて介抱したみたい。……安室さん、もしかしてグラスのことを探ってる?」
「まあ、それが僕の仕事だからね。表でも裏でもそれは変わらないよ」
コナンの顔は何が言いたげだ。
何か言葉に出来ない淀みがあるような、もしくは霧の中をがむしゃらに走る犬を制するような、そんな不思議な色をした沈黙だった。
そんな不思議な色に押されてか、それとも安室自身の心の家でずっとくすぶっていた疑問が芽を出したのか。
安室は思わずコナンにポツリと問いかけていた。
「君は彼女をどう思う?」
「どうって何が。グラスのことなら安室さんのほうがずっと前から知ってるはずでしょ?」
「付き合いが長いからといってその人物のことをよく知っているというわけじゃないだろう?僕が聞いているのは、君から見た彼女という存在がいかなるものなのかさ。君が彼女をどう捉えている?」
「僕がグラスホッパーを、ねぇ」
コナンは困り顔で眉をへにゃりと曲げた。
「じゃあさ、逆に安室さんはグラスホッパーのことをどう思ってるの?ほら、おっかないとかお人形さんみたいとか、なにかあるんでしょ?」
「そうだね……僕にとっての彼女は、まるで刃物が人間の形を取ったような、人間とは違うもののように思えるよ」
「それは、」
「人間味が薄いと言ったらいいのかな。それとも現実感がないか。どちらにせよ、この世のものとは思えないおとぎ話とか神話とかそういう類いさ」
安室にとってまさしく、彼女は人間ではなかった。
雷が人の形を取ったように理不尽で、刃物が人の形を取ったように無機質で、深海が人の形を取ったように理解できない。
そういう無理解と断絶に満ちた存在である。
冷静に推理する頭脳は、彼女の背後にある報われない出世や出自を分かってはいた。
彼女はおそらく高い確度で古代から続く暗殺を生業とするグループに生まれ育てられてきただろうし、それは世俗から見て全くもって虐待的な育児であったと考えられる。
彼女の肌には傷ひとつないが、彼女に染み付いている動きは暴力と理不尽に慣れきっている。
日常的に大人……それも体格のいい人物に拳を振るわれてお、りしかもそれは鍛錬目的であったということが彼女の鋭い身のこなしからわかる。
その身の隠し方、気配の殺し方は野生の獣のような生来のものでないことは一目瞭然だ。裏社会への深い知識はそれを教える人間を裏付ける。
彼女は間違いなく裏社会に「そうあれ」と作られた人間である。
そこまでわかっていてなお安室はその先へ進めない。
真っ当な人間であれば同情するべきだし己の職務と照らし合わせて考えれば一刻も早く保護すべき子供ではある。
だというのに、安室にはそれが出来なかった。
「コナンくん君は大切な人の死を経験がしたことがあるかい?」
コナンは少しだけ目を細めて沈黙のままに安室を見返した。
ポロリポロリと内心だけがこぼれ落ちてゆく。
「霧の深い日だった。僕はいつも大切な時に間に合わない人間でね、その時も結局僕は間に合わなかった。駆けつけた時には一面の臓物展覧会のような有様だった。胃に肺に心臓に肝臓に……知ってるかい?腸っていうのは死んでしまうとホースのように真っ平らに伸びてしまうんだよ」
「安室さん」
「その中に立っていた彼女は、そんな有様だというのに返り血の一つも浴びてなくてね。真っ白で透明で眉ひとつ動かし来なくて。じゃあそれは人間って言えるのかな?」
「……安室さん」
「もっと別の何かだって、そう思うのは間違いかな?」
血を吐くような言葉だった。
鬱屈した思いは安室の中で淀みのように折り重なって肺の底に沈殿していた。
もっと違う結末はなかったのだろうか。自分はもっとよく振る舞えていたのではないだろうか。
いや。
そもそも、自分がどんなに努力したとしてあの結末は変えられなかったとしたら?
一色光の死を、一色光がグラスホッパーに殺害されるという結末を変えられなかったとしたら。
それはきっともう人間にはどうしようもない災いだったとは言えないか?
安室は己が優秀な人間であるということを自覚していた。
だから大抵のことは自分で何とかしてきたし、自分ならばなんとかできると思っていた。
──────あの凄惨な霧の夜までは。
「心配しないで安室さん」
「……、え?」
顔を上げると、コナンの顔はいつか見た不敵な笑みに満ち溢れていた。
あらゆる不条理を跳ね返す。あらゆる絶望を押し返す。そういう運命に抗う力を持つ笑みだ。
「グラスホッパーには僕がついてるんだから、心配する必要なんてないでしょう?」
透き通った声は安室の耳を通り過ぎ心を直接穿つように響いた。
思わずなんだか笑えてしまう。
腹の底から湧き上がるような想いを、小さな、しかも情けない笑いに変えて安室はふにゃりと笑う。
「君のそういうところを、彼女は認めたのかもしれないね」
「相変わらず安室さんは僕を買い被りすぎだよ。僕の事スーパーマンか何かだと思ってない?」
「えっ、違ったのかい?」
「もう!そんな冗談言えるくらい元気なら早く起きてよ!心配して損したじゃん!!」
「あはは、ごめんごめん。あ、そう言えばしばらく会えてなかったけど、怪我はもう治ったのかい?」
「適当なこと言って話を逸らさない!怪我なんて最近はしてないよ僕!」
「えぇ、でも飛行船のときの怪我なんか死んでもおかしくなかっただろう?まったく君は無鉄砲もここまで来ると表彰モノだよ」
「飛行船?……あ、っ安室さん思い出したの!?え、だって僕もつい最近までグラスの暗示で、」
「暗示だって?一体何の────」
【シャム猫の一件で死者は出なかった】
安室は余人なら驚くような激しい剣幕でコナンの肩を掴んだ。
腕を抱え込んで少年のシャツをめくり上げ、その柔らかな肌に傷跡がひとつもないことを確認する。透き通って白い肌は幼いきめ細やかさを保つ。
肩を掴み腕を掴み、それでもなおどこも痛む様子がないことを安堵する。
それと同時に、あの怪我がこんなに短時間で完治するはずがないということも確かだった。
飛行船で見た出血量はゆうに子供1人が命を失ってなんらおかしくないものだ。
それどころか大の大人ですらを逃れられない大怪我だったはずなのだ。
これは異常である。
「安室さん!?ちょ、ちょっと」
「な……なんで、どうして。そう、そうだ。どうして僕は忘れていたんだ!?!?」
喉の奥で堰き止められていた記憶が雪崩のごとく押し寄せてくる。
ウイルスと共に飛行する大空の牢獄において、安室はあまり派手な行動をとることはなかった。
すべての任務を全てなげうってでも対処すべき局面であったはずなのに。
それでも安室がバーボンという顔を続けられていたのは、あのウイルス事件でグラスホッパーがほとんどの容疑者を実行前に行動不能にしたからだ。
彼女としても、巻き込まれた以上それなりの行動はするつもりだったのだろう。
警察庁に身柄を引き渡され彼らは、死んでいないのが疑問なほどの有様だった。
一人は血と臓物を垂れ流し、総量の半分近くの出血をしながらもなおミイラのようにゆらゆらと助けを求めていた。
もう一人は肉と皮がごっそりと削げ落ちて骨が所々露出していた。
生きているはずのない、人を人とは思わぬ所業、
それを彼女が為したのは何故だったのか。
それを為してしまうほどの怒りとは、果たして何だったのか。
その理由がここに帰結する。
「江戸川コナン君。君はあの飛行船の一件で腹を拳銃で3発撃たれた。大量の出血をして、しかもその状態で犯人によって飛行船の外へと投げ出された」
「え、何が、安室さん何の話を」
「違うかい?答えてくれ。彼女は君の死に激怒した。犯人たちをあの見るに耐えない惨状へと導いたのは大切な者の死を初めて経験した彼女の怒りだったんだ」
「……っ」
「答えてくれ!どうして君は生きているッ!?……それに、そう、工藤新一君もそこにいた。たしか君の親戚だったね。なぜ彼があの場所にいたんだ?間違いなくアポトキシン4869を投与されて死んでいるはずの工藤新一が。っそうだ、それと何か関係があるんじゃないのか!?」
あー、ともうー、ともつかない狼狽えた声。
真実を違うことなく映し出す彼だが、実のところ隠し事をするのはとても苦手だ。
彼は間違いなく何かを隠しているし、それはどうやら彼にとってとても知られたらまずい情報であるらしい。
安室は情報を引き出すプロとして、今彼を問い詰めたところで答えは得られないだろうと理解した。
それと同時に、彼ほどの人をここまで簡単に知ることができるというのにも罪悪感のようなものを感じてしまっていた。
ここでヴェスパニアについての意見を聞くこともできるが、今は引こう。
実利と同時に心情的なものから安室は問い詰めることを先送りにした。
「……いや、いい。コナン君、自身のことについて今聞くのはやめよう」
「え、あ、その……」
「いいんだ。ごめんね、コナン君。今はグラスホッパーの話だ。つまりだ、彼女は認識の操作、あるいは記憶の操作をすることができるんじゃないかい?」
「えっと……うん、そうだと思うけど。ヴェスパニアの時も蘭姉ちゃんはあの時のこと覚えてなかったみたいだし、毛利のおじさんもそうだったよ」
「やっぱりそうか。そうか、そういうことだったのか。ならあるいは、」
あるいは。
安室は己の心臓が早鐘を打つのを自覚した。
血だまりにバラけた彼の死体を思い出す。白磁の肌に抱えられ、眠るように目を閉じる彼の生首を思い出す。
この記憶に間違いはない。間違いでないはずだった。
あるいは、それすらも認識の操作であるとしたら。
【シャム猫の一件で死者は出なかった。】
「ありがとう、コナン君」
「安室さん……一体何に気づいたの?さっきからおかしいよ。グラスは安室さんに何をしたの!?」
安室何も答えずにベッドから立ち上がった。
追いすがる彼を振り向きもせず医務室のドアを開ける。
豪華客船の扉は滑るように音もなく開いた。足音を長い絨毯が覆い隠す。
「何もしてないよ。そう、結局、グラスホッパーは最初から何もしていなかった。ただそれだけの話さ」
*****
数時間後。
「私の曾祖父は細工職人としても名を馳せていましたが。同時に錬金術にも傾倒していたという噂のある人でした」
パティシエールの香坂夏美はそう切り出した。
ロシア大使セルゲイ・オルチンニコフ。ロマノフ王朝研究家の浦思星蘭。映像作家に美術商。エッグにまつわる人物が勢揃いする鈴木家所有の豪華客船内はピリピリとした空気が漂っている。
香坂家の執事も夏美の言葉を否定しなかった。
「あのお方の傾倒具合については大旦那様も快くは思っていなかったようです。呪いがどうだとか愛がどうだとか。私はあまり良い話を聞いてはおりません」
「何でも、人を生き返らせるということを目的にしたオカルトだったそうです。私も詳しい内容までは分かりません」
「生き返らせる……そりゃあオカルトもいいところだ!」
「まあそれでも、個人の心情思想と作品とは比例するとは限りませんからなぁ」
メモリーズエッグの図面は確かに美しく装飾されており、その繊細な作りを詳細に記していた。
実在のエッグもその図面通りに作られた恐ろしく緻密な芸術品だ。
「シェリングフォード、少し」
「ん、どうしたグラス」
耳元で囁かれた声にコナンは少しだけ首をかしげて耳を寄せた。
子供の内緒話なんてたわいもないものにこの場の大人達は欠片の興味も示さない。
いつもならばそれはたいそう歯がゆい扱いであったが、今回ばかりはそれがかえってコナンにはありがたくもあった。
ただ一つ、向かいのドア横に立つ安室の目線が気がかりではあった。
「錬金術とは魂の研磨。形而上の存在の抽出が目的である。その意味がわかるだろうか?」「ヘルメス思想みたいなものか?」
「正しい。魂にて完全となることができたのなら、死者をこの世に呼び戻すこともまた不可能ではない」
「……おいおい嘘だろ!?どういう理屈だよそりゃ」
「魂とは完全なものである。完全なものであるはずの魂が劣化するのは、肉体に引きずられているからだ。それが魂だけで完璧なものになるのなら、それは永久機関に等しいだろう」
「つまり無限にエネルギーがあれば死人も生き変えるって事か」
「そう。魔力において不可能というものは概して存在しない。どこまでも無理が効く」
「それは面倒だな。ならこのエッグはマジに人が生き返る可能性があるって事か。ホント魔術って何でもありだな……」
「そういう訳でもないが」
安室は穏やかな顔で香坂夏美の話に耳を傾けている。
聞き耳を立てている素振りは無いが、まず間違いなく彼もこの話を聞いていることだろう。
コナンは何となく、これで自分もオカルトおたくだと思われたら嫌だな、と思った。
実際におたくと言われて否定できない知識をヴェスパニアの一件以降頭に詰め込んでしまっている。
しかしそれは現実にあった現象の解明のためで、別に人には無い力を求めているだとかそういう浮ついた目的では無いのだ。
内心の言い訳を知ってか知らずか、コナンの視線に気がついた安室がニッコリと笑い返してきた。
あはははは、と苦笑い。
「この機会に知っておいて欲しい。あなたの起源は『真実』。それは強くあなたと結びついた属性でもある」
「…………相性占い的な奴か?」
「それに近い。私とはあまり相性が良くないので、自重をするように」
「そりゃ無理ってもんだろ。探偵に真実の追究を自重しろなんて」
「そう言うと思った。いや、言ってみただけなので気にしなくても良い」
江戸川コナンの起源は『真実』である。
コナンはぼんやりと、それを彼女が己に伝えた意味を考えていた。
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久々にグラ子シリーズ本編を書きました。<br />1,江戸川コナンの起源は『真実』である<br />2,ザータ・ホーグラは「アザトースに理性があったころの姿である」と描写されることがある<br />3,ニャルラトホテプは嗤っている<br /><br />次回→この続きを更新の予定です。
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アサシン(英霊)なオリ主in名探偵コナン【世紀末の魔術師、中】
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10080637#1
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私には、他の人には聞こえない音が聴こえる。
え?意味がわからない?私も分からないよ。20年間生きてきて、この力?と付き合ってきたけど、今だによく分かってない。
ただ一つ、分かる事といえば…
この米花町に引っ越してきてからというもの、やたら物騒なバックミュージックが聴こえてくるってことくらいだよ。
いや、、いやいや、本当にこの町ヤバイんだって。
例えば昨日の話なんだけど、仕事帰りにお腹が減ってラーメン屋に寄ったら流れてきたんだよね……火曜サスペンスの音楽が。
うん、まあ起きたよ。起こりましたとも、殺人事件。
え?何なのこの町??ちょっとご飯食べようと思っただけで事件起きるの???ハード過ぎない?大丈夫??
他にも、仕事で遅くなった帰り道のことだ。職場を出てそんなに離れていない裏路地から聴こえてきたのは、ダース◯イダーの音楽だ。
なんでダー◯ベイダー???思わず気になって裏路地に近づいたら、腹部から血を流して倒れている男の人がいた。もう、叫ぶかと思ったよね。とりあえず救急車を呼ぼうとしたら黒い物体を向けられた。うん、それが何かは言及しないね。私の心の安寧のためにも。
かといって放っておくことも出来なかったので、近くのドラッグストアで止血道具とか適当に買ってきて応急手当てだけしといた。
銀の長髪のお兄さんは、途中バックミュージックがジョ◯ズになったけど、大人しく手当てさせてくれた。陸地なのに鮫に食われんのかと一瞬思ったけどな。
別れを告げる時にはバックミュージックがピク◯ンの愛のうたになってたんだけど、どういう事なのだろうか。
あの、ひと一人くらい殺してそうな雰囲気の人から、まさかあんなバックミュージックが聴けるとは思わなかった。案外可愛い人なのだろうか。
そういえば、この米花町に住む前にも何度かここへ来たことがある。その時は夕方くらいで、廃墟みたいなところに迷い込んで泣きそうだったんだけど、死にそうな顔で走ってきた男の人のバックミュージックが青◯だったから色々吹っ飛んだ。
いやいや、いったいどんな化け物に追われてるんだよって思ったけど、さすがにバックミュージックが◯鬼ってのは可哀想だから、その人と一緒に警察まで行ったんだよね。
ほら、敵のバックミュージックから遠ざかるように逃げればいいだけだから、逃げるの結構得意なんだわ。因みに追っ手らしき人たちの音楽は逃走◯だった。
とまあ、この町に来てから頻繁に物騒なバックミュージックを聴くようになった訳なんですが、今、私……戦慄してます。
30分ほど前、私はハムサンドとイケメン店員が評判で最近有名な、喫茶店ポアロに来ていたんだ。
噂通り美味しいハムサンドに、イケメン店員はいなかったけど、可愛らしい女性店員とカウンター席で意気投合して少しお喋りをしていたんだ。
そこへ、どうやら買い出しに行っていたらしいイケメン店員さんが戻ってきたんだけど、その人。バックミュージックがミッ◯ョンイン◯ッシブルだったんだよね。え??なんの任務してるのこの人???買い物ですか?買い物っていうミッションですか??
ここ日本のヨハネスブルクですもんね!命がけの特殊任務くらいの心持ちじゃないと買い物なんて行けないですよねー!分かります分かります!
「あれ?梓さんお知り合いの方ですか?」
「違いますよー、ここに来るの始めてのお客様なんですけど、お話ししたら馬があっちゃって」
「そうだったんですね!いらっしゃいませ、僕は安室透といいます。ここの店員兼探偵業もやってますので、何かありましたら是非御相談ください」
ニコニコと素晴らしい笑顔で名刺を差し出してくる、噂通りのイケメン店員さん。褐色の肌に金髪で、一見パリピかと思ったけど、物腰柔らかそうな雰囲気だ。そう、雰囲気だけな!
え、この人名乗った瞬間からバックミュージックが君の◯はになったんですけど??名乗ってるのに君◯名はの曲が流れるってどういう事ですかねぇ???
ひきつりながらも、何とか安室(仮)さんに笑い返す。
と、そこでカランカランと入店を報せるベルが鳴った。新しいお客さんだー…って、え、なにこの子。
入ってきたお客さんは子供だったようなのだが、問題はそこではない。その子供のバックミュージックが踊る大◯査線だったのだ。
ちょっっっっと、よく分かりませんね???何かな?事件は現場(ここ)で起こるってことかなあ???なにそれ怖いやめろ。
「コナンくん!いらっしゃい」
「今日は探偵団の皆はいないのかい?」
「こんにちは、梓さん、安室さん!うん、今日は僕一人だよ。蘭姉ちゃんは部活で、おじさんは出掛けてるからここでご飯食べようと思って」
少し早いんだけどね、と笑うコナン少年は大変可愛らしいのだが、油断ならない。なんたってバックミュージックが踊◯大捜査線だ。
「あれ?お姉さん見かけない人だね」
「え、あ、ああ、ここに来るの、始めてだからね」
「ふうん?そうなんだ!あ、お姉さんハムサンドにしたの?美味しいよね、それ!僕もそれにしよっと」
「ハムサンドだね、飲み物はどうする?」
「オレンジジュースがいいな!」
「かしこまりました。じゃあ、ちょっと待っててね」
ニコニコと安室さんとコナンくんが話しているのを聞いて、私は戦慄した。
なんでバックミュージックがワル◯ューレの騎行なの??え?今から戦うの君たち?戦争でも起きるのここ???
コロコロと代わり続ける物騒なバックミュージックにくらりと疲れ果て、食後のアイスコーヒーを口に含んだ。あ、これ美味しい。良い豆だなあ。
そっと窓の外に視線を向ければ、夕陽がかった空が美しく輝いていた。
ああ、きれいだな。
美味しいコーヒーに、綺麗な景色。そして、いつの間にかバックミュージックは、聞き慣れた火サスの曲に変わっていた。
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急に思い付いたネタ。一発書きだし、ほんとノリとテンションだけで書き殴ったから、たぶんその内消す。<br /><br />夢になりきってないけど、書き直すとしたら安室さん夢になる予定
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バックミュージックが聴こえる子の話[ネタ]
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10080691#1
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*注意事項
某動画投稿集団の皆様の口調などをお借りしたものです。
・本人様たちに一切関係は御座いません。
・むしろ現実世界の何事にも関係いたしません。無関係です。
・軍パロ的なかんじです。
・軍パロだから、まぁ、ね?暴力とかの表現あるので苦手な人は気を付けてください。
・地雷は自分で避けてください。
・誤字脱字稚拙な文章。
・関西住みくせしてガバガバな方言。
・問題あったら教えてください。
・脅威なお方の過去捏造&人によっては苦手な設定。
・ネタバレになるので詳しくは書けませんが、うわ、無理…。の場合はユーターン。
以上の事が理解できた方は次のページへどうぞ。
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「いひひ、大先生何処見てるんすか~。」
「えぇー。」
今日は、戦争がなければ内ゲバもない我々だ軍にとっては珍しい平和な日。
それでも、暇な彼はちょっとした悪戯を仕掛けるわけでして…
ほら、丁度今みたいに。
場所は談話室
ほのぼのとしていたところに現れた脅威さんは、大先生にバケツ一杯のお水をかけて笑っていた。
「大先生、後で片付けておくんだゾ。」
「えー、何で僕ー?」
「大先生の目がガバってなかったら、俺の手が滑ったのを止めれたかも知れないじゃないすか~。」
「いや、確かに僕目は悪いですけどぉ。」
「まあ、お菓子に水がかかっていないから良いじゃないか。」
僕よりお菓子の方が大事なん?!
当たり前だろう。
えぇー。
嘘だゾ。大先生も大事な仲間だ。
そんな会話を交わした後に大先生がそういえば、とゾムに問う。
「…少し疑問やねんけど、ゾムは視力良いん?どう見てもその前髪目に入ってそうやし、パーカーの影も邪魔そうやん?」
「あー、言われてみればそうっすねー。」
そんなことなど気にも止めていなかった、とでも言うようにやる気のない返事をしつつ、彼は椅子に腰かける。
「ゾムはあまり目を見せたがらないからな。」
「いやいや、別にそんなことないっすよー。」
間違ってはいない。
俺は目を見せたくない訳じゃない。
直接目で見たくないだけや。
そう頭で思いつつ、意識は過去へと向かっていった。
─俺が目を隠すようになったんはいつからやっけ─
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「はーい、皆準備は出来たかなー?」
俺が育ったのは教会のとなりにあって明るい子供たちのいる孤児院。
勿論それは表向きの話。
本当は、暗殺者となる子供を育てるための孤児院で、教会はその為の資金源として利用していたにすぎない。
でも、と思う。
自分はまだ幸運だったと。
恵まれていたと。
普通暗殺者を育てるといったら、体罰が横行し毒で死んでしまう者も多数出るような酷い施設を想像する。
けれども、自分の育った孤児院では体罰などはなく、致死量の毒を飲んでしまうことはなかった。飲まされることも、だ。
むしろ、怪我をしたらきちんと手当てをしてくれたし訓練以外の自由時間も与えてくれた。
今となればそれは、子供たちを逃がさないための策といえるかもしれない。
けれども、確かにその策のおかげで自分は今生きているし、これからも仲間のために生きれるのだと思うとどうしても憎む気にはなれない。
感謝をしてもいいと思えてしまうほどに、
それほどまでに、自分にとってあの場所は大切だったのだと思う。
「今日は、近くの森で生き残るための手段を学びましょうね。」
俺たちはよく孤児院の側にある大きな森へと入り、人目のつかない奥の方で訓練をしていた。
筋トレなどの基本的な体力作りから
木々の間を飛び回るアグレッシブなことまで
色々なことをそこで学んだ。
その日は、生存術についてだった。
その前に教えてくれた生存術は、
雨水や汚れた川の水を飲んでも問題ないように濾過する方法であったり
森を闊歩する動物から逃れるために素早く木に登る方法であったり
安全な寝床の作り方であったり
今となっても役に立つことだらけだった。
けれども、その日は先生たちの顔が暗くて不安な気持ちになったことをよく覚えている。
「今日は、食料に困ったときの対処法を学びましょうね。」
先生はそう言って、色々な植物について教えてくれた。
毒のないもの、毒のあるもの、栄養のあるもの、他にも色々と。
そんな植物を、なるべく美味しく食べる方法を教えてくれた。
毒がなくとも、所詮はただの野草なので美味しくはない。
それを、森の中にある限られた状況で少しでもマシな味になるようにする術は今でも覚えている。
一通り植物の説明が終わったあと、あからさまに先生たちの顔色が暗くなった。
「やっぱり止めた方が…」
「いや、だがこれも生き残るためには…」
「残酷すぎます!」
「だから、本当の最終手段として教えておくのではないのかい?」
自分たち子供から離れたところで、先生たちが言い争っていた。
何について話しているのか気になったけれど、聞いていては駄目な気がしてすぐに仲間のもとへと戻った。
暫く待ったと思う。
先生たちが戻ってきた。
そして、こう言ったのだ。
「本当に、ごめんなさい。けれども、私たちは貴方たちに教えておかなくてはならないの。いい?今から教えることは本当の本当に、どうしようもなくなって、周りには草もなにも生えてなくて、動物が一匹もいなくて、本当にどうしようもないときにだけ食べるもの。」
帰ってきた先生のうちの一人がそう言った。
その先生の顔はとても悲しそうで、辛そうで、苦しそうだった。
何か声をかけたかったけど、思い付かなくて、思い付かないから
俺たちはその言葉の続きを待った。
そして先生は言ったのだ。
あの言葉は、あの言葉だけは、絶対に忘れられない。
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「“人間”」
先生は重い空気を吐き出すようにそう言った。
“人間”
自分たちは今から“人間”の食べ方を教わるのだ。
“人間”
それには先生や隣にいる仲間、自分自身も含まれる。
怖い。怖かった。
けれども、学ぶしかなかった。
「髪の毛は、どうあがいても美味しくならないから捨てましょう。」
「皮膚は、汚くて食べられないので捨てましょう。」
「目玉は、調理しにくいので捨てましょう。」
「骨は、邪魔になるので取りましょう。大きな物ならそのままにして、骨付き肉にしても良いでしょう。」
「内臓は、病気になる可能性があるので捨てましょう。」
ひとつ、ひとつ、死んだ目で先生は教えてくれた。
実演している先生以外の先生も、皆顔が暗かった。
泣いている子も居た。
慰める子も居た。
見たくなくて顔を覆い隠す子は、先生が止めていた。
吐き出してしまった子は、先生に連れられて先に帰っていった。
俺は、目の前で行われる作業をただただ見ていた。
「それじゃあ、皆さん。いただきます。」
誰もいただきます。とは言わなかった、言えなかった。
先生たちと自分たちの前には簡素なお皿の上に乗ったお肉がある。
別にお肉は好きでも嫌いでもなかった。
でも、食べたくないと思ってしまう。
やっぱり泣く子は居た。
慰めていた子も泣いていた。
目を覆い隠していた子は、吐き出して先に帰った。
先生たちも泣いてしまいそうだ。
俺は、やっぱりそのお皿の上を見つめるだけだった。
最初に手をつけたのは誰だったのだろうか。仲間かもしれないし、先生かもしれない。
確かにいえることは、一人が勇気を出してそれを食べたこと。
そして、それに続いて一人、また一人と食べ出したこと。
皆死んだ目で、お肉を食べていた。
そのときの味は覚えている。
忘れられるはずがない。
そのお肉は、
すごく美味しかった。
仲間は
泣きながら食べて味がしないと言っていた
先生は
やっぱり不味いと言っていた
俺は
美味しいと思った
美味しいと思っても、
口には出さなかった。顔にも出さないようにした。
これは異常だとわかったから。
自分が可笑しいのだとわかってしまったから。
不思議なことにその日の、お肉を食べるまでのことは正確に覚えている。
けれども、その後どのように帰ったのかは覚えていない。
夜ご飯に何を食べたかも覚えていない。
もしかしたら何も食べなかったのかもしれない。
次の日の朝だ。
そうだ、そこから自分の目を隠し始めたのだ。
だって昨日まで仲間と思っていた“ソレ”が美味しそうなお肉の塊にしか見えなかったのだから。
先生たちは先生たちだった。
何故認識が変わったのかはわからない。
でも、仲間だった“ソレ”を見るたびにお腹が鳴るのだ。唾液が口内を満たすのだ。
─あの味が忘れられない─
─もう一度、もう一度食べたい─
と全身が訴えてくるのだ。
あの味を忘れたい。
そう思うほどに唾液が口内を満たす。
あの味を忘れなくてはならない。
そう思うほどに脳があの味を再現する。
それから、食べる量が増えた。
先生たちが心配してくれたけど、目の前に座る“ソレ”を見るたびに胃が言うのだ。いつでも準備は出来ているぞ、と。
そして、お肉をよく食べるようになった。
好きでこそなかっなけれど、脳が再現する“アレ”の、食感を求めてしまった。
食に対するこだわりも強くなった。
より美味しいものを、よりインパクトの強いものを。“アレ”よりも美味しいと思えるものを。
見つけたかった。
[newpage]
それから、一週間か?一ヶ月か?はたまた一年か?それとも…?
俺は堪え忍んだ。
いつからか、先生だって“ソレ”にしか見えなくなっていた。
それでも彼処は俺の帰る場所で、大切な家で。壊したくなかった。
“アレ”の味を知ってから数年が経った。
自分はそこでの暮らしを守るために、暗殺者となって人を殺すようになっていた。
その日もいつものように、先生を介して依頼を受けた。
山小屋に居座る盗賊の討伐
手段は問わない、好きにしてくれ
だいたいそんな感じだった。
いつものように、依頼を請けて、目当ての山小屋を向かった。
その日は、なんとなく。
本当に、なんとなく。
ただそれだけの理由で、山小屋に火をつけた。周りの木々に燃え移らないように気をつけて、後は逃げようとして出てくるやつらを殺すだけ。
結果だけいうと任務は成功した。
誰一人残らず殺した。
問題はその後だ。
悲鳴の途絶えた後
一応、山火事を避けるために火を消そうと思った。
水の入ったバケツを持って、小屋に近づいた。
そのときに、気付いてしまったのだ。
小屋から漂ってくる匂いに。
美味しそうな匂いに。
だから、惹かれてしまった。
数年間、必死に守ってきた何かが壊れて落ちる音がした。
気が付いた時には、手遅れだった。
自分は必死に貪りついていたのだ。
燃える小屋から持ち出した死体に。
無意識の内に、盗賊たちの中でも一番肥えていた頭領の死体を小屋から持ち出して、皮を剥いで、骨につけたまま小屋で肉を燃やしていた…らしい。
全ては憶測だ。
でも、自分の手に握られた“ソレ”と数年ぶりに感じた胃と脳の満足感がその仮定を裏付けていた。
無意識から目覚めた後、俺のした行動は、特別でも何でもない。
ただ、手元に好物あったから食べただけ。
食べれるだけ食べて、満足したあとに、残りとそもそも食べる気のない部分を燃えるゴミ箱へと放り投げた。
数年間必死に守り続けてきたちっぽけな何かと数年間ずっと食べたかったものを、小屋が燃やしていく。
その光景を最後まで見た後、俺は当時の俺にとって大切な家へと帰った。
家に帰って、俺を迎えてくれる“ソレ”たちも食べたくなったが、衝動を抑え考えた。
殺した人間は、食べることが出来る。
それはそうだ。
でも、仲間を殺したら他の人間を殺しにくくなる。
だって
仲間は、俺の苦手な書類関係の仕事を請け負ってくれる。
そのお陰で俺は、殺しの依頼の実行だけを請け負うことが出来る。
先生は、俺に殺す人間と殺す理由を与えてくれる。
それに加えて殺しても捕まらないように手を回してくれる。
そんな仲間を殺すのは良くない。
だから
─何があっても仲間は食べない─
そう誓った。
それから、
今まで以上に前髪を伸ばして目を隠した。
大切な人を、この目で見てはいけない。
きっと失ってしまうから。
何かしらを被って目の辺りに影が出来るようにした。
大切な人を、この目で見てしまったら、
きっと食べてしまうから。
自分にとってどうでもいい奴があんなに美味しかったのだ。
もし自分にとってどうでもよくない人を食べたら、もう他のものは食べられなくなるかもしれない。
そんなのは嫌だ。
あの味を忘れるために食べ始めた料理はどれもこれも美味しかったのだから。
それらの料理は、自分以外も美味しいと思うものだから。
自分の味覚は狂っていない。
そう思いたいから、皆に自分の好きなものを食べてもらう。
勿論、今まで食べた中で一番美味しかったものは食べさせないし、食べさせられないけど。
[newpage]
「おーい?ゾムー?」
「ん、なんや大先生。」
大先生の声で一気に現在へと引き戻される。
ちらりと時計を見てみると、長男が90°も移動していた。
どうやら過去に思いを馳せ過ぎたようだ。
「話してたらゾム急に黙るんやもん。そりゃ、声もかけるわ。」
「って言われてもなー。」
「時々“食べたい”と言っていたが、腹でも減ったのか?」
「いや、今は別にやな。」
「それで、大先生。何の話やっけ?」
「ゾムが目を隠してるって話。前髪とかどかした方が見やすいのに、何でそんなんしてるん?」
いつの間にか着替えている大先生が聞いてくる。
お腹が減るから、
なんて言えるわけもない。
何か良い言い訳を考えなくては…
「ゾムがそうしていたいなら、それで良いんじゃないか?」
「えー、グルちゃんは気にならんの?」
「ゾムの好きにすれば良いと思っているゾ。」
「ほら、グルッペンもこう言ってるんやし何でもええやん。それに俺、大先生と違ってガバったりせーへんから。」
グルッペンが良いことを言ってくれた。
大先生は不服そうだけど、そこは諦めてもらうしかない。
そのとき、通信機にロボロから通信が入った。
「ん、ロボロどうしたん?」
隣国との国境に住み着いた山賊を潰してきてほしい、とのことだった。
山賊か、食べたいなぁ。
先程まで思い出していた事と重ねていると、唾液が喉を潤すのがわかった。
食べてもええか。
どうせ殺すのだ。その後どうしようと文句は言われない。
「ほんなら俺、いってくるわ。」
「夕飯までには帰ってくるんだゾ。」
「いってらっしゃ~い。」
黄緑色の彼は隠す。
仲間を食べてしまわぬように。
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サーセンした!
色々と書くべきなのでしょうが、この一言に限ります。
この話を読んで頂き有り難う御座います。
気を悪くされた方には申し訳ありません。
読んで頂いた通りデリケートな感じですので、楽しめる方だけで楽しみましょう。
あ、仲間が“ソレ”に見えるとかは肉塊のモンスターに見えるとかではないです。
イメージ的には何でしょう。
食用に育てられている家畜を見る目?
見捨てなければならない仲間を見る目?
多分そんな感じです。
先生達も同様。
大切な仲間だし先生。でも、頭が食べ物と認識してしまう的な。
私はよく知らないのですが、何かあったようなのでタグは消しときます。
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一頁目必読。<br /><br />脅威「ただいまー」<br /><br />───────────────────<br />2018年08月29日~2018年09月04日付の[小説] ルーキーランキング 76 位<br />ありがとうございます!<br /><br />2018年08月30日~2018年09月05日付の[小説] ルーキーランキング 37 位<br />ありがとうございます!<br />…マジカヨ
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瞳ではなく君たちを隠すため
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10081455#1
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[chapter:はたらく細胞と名探偵コナンのクロスオーバーです!!]
・血球たちがコナンの世界に転生したよ!
・細胞が人間になったよ! 細かいことは気にするな!
・前世(?)の記憶あるよ!
・細胞たちに人間っぽい名前がついてるよ!
赤血球→[[rb:三和 > みわ]]
白血球→[[rb:珀 > はく]] など
・なんかもう本当に細かいことは気にしないでくださいお願いします
潔く整合性とか完全無視です。
雰囲気でお楽しみください。
今回は爆弾が出てきます。爆弾の解体方法とか、IT機器のこととか、完全素人の妄想と適当さでできています。やっぱり深いことは考えないのが1番! って気持ちで読んでください。
また、今回アンケートを設置致しました。詳細はキャプション、もしくは最後のページをご覧下さい。
ご協力をよろしくお願いします。
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一心不乱にサッカーボールを蹴り上げる。
[[rb:セルズ > Cells]]──その名を聞いてから、3日が経った。あの黒ずくめの組織を上回る組織など、にわかには信じられない。それでも、あの安室がそのような冗談を言う方がよっぽど信じられなかった。
「江戸川君、どうしたの? あなた、この前からおかしいわよ」
「……なんでもねーよ」
灰原哀には相談できない。黒ずくめの組織にあれほど怯えているのに、さらにその上を行く組織が存在するなど、口が裂けても言えるはずもない。
「嘘。3日前から、何をするにも上の空じゃない」
「灰原には関係ねーよ」
「はぁ……。また、馬鹿なこと考えているんじゃないでしょうね」
訝しげな視線が、チクチクと刺さる。
「お願いだから、危ないことはしないで」
「わーってるよ。オメー、俺の事なんだと思ってんだ?」
「我慢のきかない探偵さん」
「はは……おいおい……」
今回ばかりは、手を引くべきか。安室の言う通り、今自分は黒ずくめの組織から身を隠している最中だ。そんな組織と対立しているような[[rb:組織 > セルズ]]に首を突っ込めば、周りの人間も危険に晒されるかもしれない。
「あれ? これなーに?」
「誰かの忘れ物でしょうか」
「食いもんかなぁ」
反射的に声の方向に目を向ければ、少年探偵団の3人が1つの紙袋を囲んでいるところだった。
「あいつら何やってんだ」
元太が紙袋に手を伸ばしたので、思わず叫ぶ。
「バッ、触るな! 何入ってんのかわかんねーだろ!?」
「おおぅ」
咄嗟に手を引いた元太が、その勢いで尻もちをついた。
「もう、何やっているんですか、元太くん」
「こ、ここ、こっ」
紙袋を深く覗き込んだ歩美が、真っ白で涙目になって顔を上げた。
「おい、どうした!?」
「どうしたの!?」
駆け寄るコナンと哀に、掠れた声で叫ぶ。
「こっ、コナン君っ、これ……爆弾だよぅ」
「なっ。すぐに離れろ!」
指示を出し、紙袋を覗き込む。そこには、明らかに爆弾だと主張しているような色とりどりのコードと、残り9分26秒を示す電子板がついた黒い箱。
「どうするの?」
「とりあえず、警察に通報」
「それじゃあ、間に合わないわよ」
「ああ、わかってるよ!」
住宅街の中にある公園だ。今はここにいる5人しか利用者はいないが、周囲に住宅が密集している。
「とりあえず、灰原はあいつらを連れてとにかく遠くに逃げろ。通報もしといてくれ」
「あなたは」
「今考えてるっ!」
器具も、時間もない。爆発の規模も、目的もわからない。
緊迫したなか、場違いにのんびりした声が響いた。
「あれ? 皆、こんなとこに集まってどうしたの?」
思わず、固まった。
「あ、赤いお姉さん……」
「爆弾です! 爆弾がここに!」
「ばっ、爆弾!?」
「はぁ!? 嘘でしょ!?」
振り返る。3日前忠告を受けたばかりの女性と、黒髪の見たことがない女性が、5人を覗き込んでいた。
「ま、マストさん、どうしましょう!?」
「どうしようって……」
「お姉さん、安室さんの連絡先わかる!?」
「え!? う、うん!」
「なら、安室さんに状況を説明して! 時間が無いんだ、早く! 灰原たちも、さっさと行け!」
「……わかったわ。ほら、あなたたち。さっさと行くわよ」
「コナン君は……!?」
「その江戸川君がどうにかするために、私達は逃げるのよ」
何度も振り返る子供たちを追い立てるように、灰原が後ろからついて走る。
「だめ! 安室さん繋がらないよ! 私、ポアロまで走ってく!」
今から往復で、間に合うかは微妙なラインだ。そもそも、携帯に出ないということは、出られない状況にある可能性の方が高い。
──どうする……? 考えろ、考えるんだ!?
「ちょっと見せてくれない?」
「お、お姉さん?」
「うわ、嘘でしょ!? 残り8分しかないわけ!?」
黒髪の女性は、海外旅行でも行ってきたのかと思うくらい大きな黒いキャリーケースを引きずっていた。
「だから、お姉さんも早く逃げた方がいいよ」
「何言ってるの。それはこっちのセリフよ」
覗き込んでいた女性はおもむろにハサミを取り出し、紙袋を切って完全に露出させた。
「なっ、何して」
「よいしょっと」
その傍らに、黒いキャリーケースを広げる。随分と重そうな音がすると思ったら、中は小冊子がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
「えぇ、そうよ。やればできる。焦りは禁物よ。マニュアル通りにやればいいんだから」
自分に言い聞かせるように呟いた。
「えーっと、これのマニュアルはどれだったかな……」
背表紙に指を滑らせ、1冊を取り出すとおもむろに開いて読み始めた。
「お姉さん!? 何してるの!?」
「何って、解体するの。これもう7分しかないんだから、警察も間に合わないでしょ?」
「だからって」
「そっちこそ、逃げた方がいいんじゃない? ──よしっと」
キャリーケースの端の僅かなスペースに押し込まれた黒いケースを取り出すと、中からどう収納されていたのか不思議なほどの工具が揃えられていた。
「お姉さん……」
「大丈夫、マニュアルは完璧なんだから」
そして身を屈め、そばに小冊子を開き照らし合わせながら、慣れた手つきで解体していく。
「逃げないの?」
「……お姉さんだけをおいて、逃げられないよ」
「そう。なら、見てなさい、少年。私の仕事をね」
強い日差しの下、葉が揺れる音が大きく聞こえるほどの静けさの中で、コードを切断する音だけが響く。
「コナンくーん!」
「え、お姉さん!?」
「安室さん、今日休みだって!」
「もう行ってきたの!? はやっ!」
「その子の足をなめない方がいいわよ」
「え、マストさん……? 何されてるんです……?」
「解体だよ。お姉さんが解体してくれてるんだ」
ぎょっとしたように目を見開く。しかしそれも一瞬で、地面に散らばった工具と、その横に開かれた冊子を見て、1つ頷いた。
「マストさん、そんなマニュアルも持ってたんですね! さすがです!」
「プロなら、どんな無茶振りが急に飛んできても、対応できないとね。……よし」
分解された部品が、1つ、2つと取り外される。
残りは、あと5分。
「さーて、次は……」
手が止まった。
「なに、これ」
「どうしたの!?」
コナンも爆弾を覗き込む。
その視線の先には、コードが4本。
「嘘でしょ……? マニュアルには3本しかないのに……!」
「ってことは、まさか」
間違った1本を切ってしまえば、どかん。正しい3本を、一度も間違えることなく切断しなければならない。
「なんで……ここにきて……」
「お、落ち着いてください!」
「あーもう! なんで! マニュアル通りじゃ! ないのよ!」
「落ち着いて! 落ち着いてください、マストさん!」
──マズい、想定外の事態に、肝心のこの人がパニックを起こしかけてる……!
「これは何かの間違いよ」
「マストさん!」
「マニュアルは完璧だったはずなのに」
「マスト細胞さん!」
何度も呼びかけられて、ハッとしたように動きを止めた。
「……そう。マニュアルは完璧なはずよ」
「おねえ、さん?」
「つまり……マニュアルにないやつが、間違いってことよね」
「え、まぁ、うん。そうなんじゃないかな」
「私にはよくわかりませんけど、きっとそうです!」
キャリーケースに戻ると、もう一度小冊子を探し、1冊を選んでめくる。
「なるほど。やっぱり、マニュアルは間違っていなかった。この部分だけ、こっちだったってわけね」
「よ、よくわかんないですけど、すごいです!」
「私のマニュアルが完璧ってこと、証明してあげる」
残りは、3分。
数回開いたページと爆弾のコードを見比べて、迷いなく4本全てのコードを順に切断していく。
爆発は──しない。
「ほーら、見なさい」
「すごい! すごいです!」
「って、いつまでお姉さんいるつもりなの!? 早く逃げないと!」
「え? コナン君もマストさんもいるのに私だけ逃げるなんてできないし、それに……」
三和は信頼しきった穏やかな目で、その後ろ姿を見つめる。
「マストさんなら、完璧な仕事をしてくださいますから」
「……そっか」
「っと、これは……」
「なになに?」
もう1枚カバーを外した先にあったのは、アルファベット26文字と0から9の番号のみのキーボードと、小さな液晶画面。
「パスワード!?」
「……ふぅん」
「クソっ、ここまで来たってのに……!」
残りは、1分半。パスワードの手がかりを探している時間はない。
「慌てない。焦りは禁物よ」
「マストさん……」
キャリーケースに戻り、電子辞書くらいの大きさの、折りたたみの端末と新しい小冊子を引っこ抜く。
「えーっと、どんな複雑なパスワードだって、結局はセーフかアウト、1か0かなんだから」
キーボードと液晶画面のある板から、起爆装置であろう場所に繋がるコードを切る。
「つまり、パスワードを入力したことにしちゃえばいいだけ」
そのまま起爆装置へのコードと、端末から伸びるコードを繋ぐ。
「パスワードという条件を満たしたときに発生する信号を、直接流しちゃえばいいのよね」
そのおもちゃのような機械のキーを叩く。
「これで……」
ピーーーーーーーーーーーー
「止まった……?」
電子板の赤い文字は、48秒を指して停止していた。
「最後に、起爆装置と爆薬を分離させて……っと」
小さな黒い箱が、爆薬であろう茶色の包みから離される。コードに絡め取られていた包みが、完全に開放された。
「終わった……」
「すごい! さすがです、マストさん!」
「え、えっと……と、当然の仕事をしただけよ」
「まじで解体しやがった……」
「ふ、ふふん。言ったでしょ、私の仕事を見せてあげるって」
「んなこと言われたっけな……」
「うるさいわね! 細かいことはいいでしょ!?」
遠くから、大量のパトカーの音が聞こえてきた。
「こほん……。とにかく、私のマニュアルは完璧だったわ」
「うん、そうだね。色々取っかえ引っ変えしてたけど……」
「それは当然のこと。マニュアルがあっても、どれを今使うべきか判断するのは私なんだから」
パニックになりかけていたことをいっそ清々しいほどに棚に上げているが、コナンはあえて火に油を注いだりはしない。
「ま、最後はこのマニュアルとも完全に一致しなかったんだけど」
「え……じゃあ、どうしたの?」
「完全に一致しないからといって、マニュアルが間違ってるわけじゃないもん。これは絶対的な基準。ちょっと派生したところで、類似点から探し出せばすぐマニュアル通りに戻るわ」
得意げに胸を張る。棚に上げているというより、完全に忘れているようだ。
「マニュアルとちょっと違うくらいで変なアレンジを加えるのは、素人のやることだもの」
「ウン、ソウダネ……」
しかし、過程はどうあれ、残り時間が10分とないなか解体して見せたことに変わりはない。
「すごかったよ、お姉さん」
「……ありがと」
素直に認めれば、顔を赤くして俯いてしまったのであった。
▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢ ▣ ▢
警察の現場検証が始まり、それに解体した女性は立ち会うことになった。
三和と2人、少し離れたベンチに座る。
「ねぇ、お姉さん。あの黒い髪のお姉さんの名前、なんていうの?」
「[[rb:益戸 > ますど]][[rb:妃莉 > ひまり]]さんだよ」
「なんのお仕事してるか、知ってる?」
「エンジニアって言ってたけど……エンジニアって何する人なんだろうね?」
「え、知らないの?」
「あはは……ごめんね」
この様子では、本当に知らないのだろう。でも、知らないであそこまでの信頼を寄せられるものだろうか。
「三和お姉さんは、高校生?」
「ううん、高校には行ってないんだ。今はね、配達屋さん」
「すごいね、もうお仕事してるんだ」
「まだまだ、全然ちゃんとできないんだけどね」
離れたところで、開かれた益戸のキャリーケースの中身に警察官が数人驚いて凝視しているのが見えた。
「……どうして、益戸のお姉さんは爆発物処理のマニュアルなんて持ってたんだろう」
「どんなことにも対応できるようにじゃないかな」
「でも、使ったのだけで3冊もあったよ。ボク、さっきあのカバンの中チラッと見たけど、あと最低2冊はあった」
「うーん、今回みたいなことがあるから、とかかな。あれいつも持ち歩いているの、鍛えられそうでいいなぁ」
普通のエンジニアが、あんなにも豊富に爆発物処理マニュアルを揃えて持ち運ぶだろうか。
そして、マスト細胞という呼び名。
間違いない。益戸は──[[rb:セルズ > Cells]]だ。
「お話してくれてありがとー、お姉さん!」
「こちらこそ。コナン君、怖かったのに頑張ったね」
「ううん、大丈夫だったよ!」
三和から離れて、安室透の携帯に電話をかける。
『コナン君?』
「さっき、[[rb:セルズ > Cells]]の構成員らしき人に、会った」
『なに!? それは本当なのか!?』
「ああ。マスト細胞って呼んでたから、間違いないよ。もう知ってるかもしれないけど、公園で爆弾が見つかったんだ。それを、マスト細胞が解体した」
『名前は、わかる?』
「益戸妃莉って言ってた」
『わかった。こちらで調べてみるよ。教えてくれてありがとう、コナン君』
「……うん」
『くれぐれも、気をつけて』
電話を切って、1つ息を吐いた。
──さて、これからどうするか。
[newpage]
[[rb:瀬木 > せき]][[rb:三和 > みわ]]
・元AE3803
・実は、安室さんも振り切れるくらい足が速い
・しかしよく転ける
[[rb:益戸 > ますど]][[rb:妃莉 > ひまり]]
・元マスト細胞(肥満細胞)
・エンジニア
・マニュアル人間だが、数多くのマニュアルを記憶、もしくは持ち歩くことでカバーしている
・コナンの前では格好つけたけど、内心冷や汗だらだらだった
・爆発物処理マニュアルは、本当にプロ意識で持っていただけ
安室透
・言わずと知れたトリプルフェイス
・5話連続出演だったので、今回はお休み
・しかし降谷さんにお休みはなかった
風見裕也
・チートとか、降谷さんに言われたくないと思う
江戸川コナン
・3日間、[[rb:セルズ > Cells]]について思い悩んでいた
・爆弾だけでも厄介なのに、[[rb:赤血球 > 当の本人]]たちが現れてもう大変!
・改めて話してみて、瀬木三和が思った以上に平凡な人間で困惑している
・でもやっぱり爆発物処理マニュアルを揃えているのは不自然
灰原哀
・工藤君、絶対危ないこと考えてる
作者
・格好いいマスト細胞さんが書けて満足
[[rb:セルズ > Cells]]
いつの間にか、国際的犯罪シンジゲートを上回る犯罪組織にされてしまった
[newpage]
「[[rb:セルズ > Cells]]の報告だな」
「……はい」
「もういい加減、その顔を見ればわかる」
昼間の爆弾騒ぎでの立役者が[[rb:セルズ > Cells]]構成員の『マスト細胞』である可能性が高いと、江戸川コナンから連絡があったばかりだった。
相変わらずあの子は……と頭を抱えたのも記憶に新しい。
「対象は、[[rb:益戸 > ますど]][[rb:妃莉 > ひまり]]。現在はエンジニアです。ハード、ソフトともに造詣が深く、機械の修理も行うことがあります」
「それは……チートが過ぎるな」
真面目な顔で呟いた降谷に、風見はさらにしょっぱい顔になる。
「……どうやら、応用や小異を捨てて基本を突き詰め、現場では大量のマニュアルを持ち歩くことで対応しているようです。業界では、まるでマニュアルを自分の脳の一部のように扱う、と有名なようで」
「なるほど……記憶媒体を脳以外にも分担することで、広すぎる分野をカバーしているのか」
「着々と実績を積み重ね、フランスやアメリカなど外国の企業からも引き抜きが持ちかけられていますが、全て断っています。少々パニックに陥りやすいようですが、勤務態度は良好です」
「……[[rb:セルズ > Cells]]は経済的に困窮でもしているのか?」
「さぁ……? しかし、他の犯罪組織のような薬物や武器の販売を行った形跡が一切ないので、組織としての収入源が存在しない可能性はあります」
なぜ犯罪組織が生まれるかといえば、犯罪は儲かるからだ。薬や武器、詐欺に脅迫に収賄などは普通に働くよりもよっぽど稼げる。それらを効率よく行うために、犯罪者が集まるのが犯罪組織のセオリーだ。
──なら、[[rb:セルズ > Cells]]は一体なんのために……?
「あの、降谷さん……」
「……嫌な予感がするな」
「まず、益戸妃莉は爆発物にも精通しているようです。今回の件もそうですが、爆発物に関するマニュアルが9冊発見されました」
「爆発物か……厄介だな……」
「それだけでなく、防衛省の情報共有システムの構築プロジェクトに、技術者として参加しています」
「なんだと?」
日本の対外防衛を担う防衛省のシステム事情まで知られているとなると、危険どころの騒ぎではない。
「……一応聞いておくが、不正や収賄は」
「ありません。ガイドラインに則って選出され、規定通りの賃金が支払われたのみです。情報の横流しを持ちかけた輩もいましたが、全て跳ね除けています」
「どうしてこうもこいつらは清い労働に励んでいるんだ」
犯罪組織なら金儲けをしろ、と理不尽な怒りまで湧いてくる。
「風見」
「はい」
「少し体を動かしてくる。30分で戻る」
「わかりました」
なぜ、[[rb:セルズ > Cells]]のおかげで上司の健康状態が改善されているのか。
「俺も、仮眠するか……」
[newpage]
[chapter:※こちらのアンケートは、既に取り下げさせて頂きました。皆様のご協力、ありがとうございました!]
今回、『警察学校組救済について』のアンケートを設置致しました。
コメントの方で、救済についてのご意見を頂いたためです。
私としましては、正直なところどちらでも良く、ただこれ以上原作改変するのもなんだか申し訳ないし、警察学校組をきちんと書く自信がないからなぁ、くらいの考えでした。
警察学校組に関しましては、私があまり口調やキャラクターを捉えられていないため、積極的にこの作品に出てくるかというと、そうでもない可能性もあります。
もし救済が決定しても、元細胞たちが救済する話を書いたり、降谷さんの心労が減ったり、かと思えば追ってる組織の人間が同期を救済していて頭を抱えたり、それくらいの関わりで終わってしまうかもしれません。
以上のことをご了承いただいた上で、アンケートに答えてくださると嬉しいです。
ご協力、よろしくお願いします!
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『はたらく細胞』の血球たちが、『名探偵コナン』の世界に生まれ変わって大暴れ……することもなく、それぞれがわりと平穏な日常(一部を除く)を送っていたら、なぜか公安にマークされていた!? セルズ(Cells)──細胞の名前をコードネームとする、存在も、活動も、構成員も何もかも不明な秘密結社。※元細胞たちに自覚はありません。<br /><br /> あっ、ごめんなさい細胞が転生とかほんとよくわからないですよね石を投げないで! 好きなことだけを書きました。<br /><br /> コナン夢ではない。多分。オリ主は出てきません。主人公は赤血球ちゃんです。注意事項は1ページ目に。
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うっかり前世の名前で呼びあったら公安に睨まれていました~6~
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10081832#1
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火の月――
賑やかのはずの王都は、物々しい雰囲気に包まれていた。
「止まれ!」
入口を潜ろうとしたQ4の馬車を、一人の門兵が塞いだ。
急な出来事であったためか、積んでいた荷物のいくつかが崩れた。
幸いなことに、どれも割れたりはしていない。
「あ、あの……何か?」
店長が珍しく狼狽している。
門で兵士に止められ、身分証の提示求められることはよくある。
先日の一件もあり、警戒心を強めているのだろうか。
Q4の中で、身分証がないのはアイチだけだ。店長が身元引受人になってくれていることで、今の所トラブルもない。
「現在、奈落の竜のヴァンガードを捜索中につき、全ての馬車を確認している。積荷は何だ?」
「各国から買い付けた及び、お届けする予定の荷物です。我々はオラクルシンクタンク国より、オラクルマークを頂いたQ4という行商です。身の証は、オラクル国へお尋ね下さい」
振り返り手を差し出す店長に、ミサキが荷物からエンブレムを取り出す。
小さくとも、立派だった。
「確かに、オラクル国のシンボルマーク。しかし、中を改めさせてもらう」
「納得いただけないようで残念です。では、どうぞ」
許可を出した途端、乱暴に布が開けられる。
兵士は人間と、ドラゴンマンと呼ばれる種族による三人で行うようだ。
荷台に載っていた店長と櫂を除く三人には、邪魔だから降りろと命令した。
何だよ――と、怒りながら文句を言うカムイが先に。
無言ながらも、明らかに不機嫌なミサキが次に。
火がないことを祈りながら、最後にアイチが降りた。
瞬間、
「要保護者に酷似した者を発見。照合されたし!」
人間の兵士一人が、アイチの腕を掴んで叫んだ。
声を聞き、別のドラゴンマンの兵士が駆けてくる。
「青い髪、青い瞳。年の頃十五歳前後。そして――」
掴まれている手が、駆けつけた兵士の持つ水晶(あるいはガラス玉)に触れさせられた。
それは青い光がぐるぐると渦を描き、示す。
「竜の宝玉を青く輝かせられる」
「うむ。間違いない。我らが主、ドラゴニック・オーバーロード様が加護を与えし者」
「っ!」
兵士が何を言っているのか、思考が混乱するアイチには理解できなかった。
ただ一つだけ。
怒りで気を失いそうだった。
Q4一行はオーバーロードの客人として、これ以上ないと思うほど丁重なもてなしを受けた。
それぞれに宛われた部屋は、一人部屋とは思えないほど広く、居心地が悪い。
アイチは窓際の隅でシーツを被り、短剣を握り続けた。
先日、レンと呼ばれた『あかいひと』が言っていた言葉を思い出す。
――今日、僕の手を取らなかったことを後悔します。
その意味は、この事態を指してのことだったのだろうか。
何であれ、アイチは思う。
確かに後悔はある……と。
部屋は内側から鍵をかけられない。客室でありながら鍵がないとは、一体どういうことなのだろう。
閉ざして来訪者を拒絶したかったが、静かにノックの主が諦めるのを待つしかない。
それでも城に仕える侍女たちが入り込み、その度にアイチは短剣をかざし、
『近づいたら、僕は死にます』
と脅し続けた。
死ぬ気はなかったが、死ぬつもりでなければ追い払えない。
今日も何度目かのノックをやり過ごそうと沈黙していると、
「アイチくん、入りますよ」
よく知った声が入って来た。
「…………店長」
「すみません。会いに来るのが遅くなりました。アイチくんとの面会はどうしてか、身内である私たちでさえも厳しくて」
「多分、それは僕が――滅ぼした村の、生き残りだから」
普段のアイチからは考えられないほど低い声。
店長は息を呑んだ。
言葉に困っているのだろうかと見上げると、アイチの頭は店長の腕に抱かれた。
どれくらい振りかに感じる人の温もり。
父が居ればこんな風なのだろうかと、聞こえた心音にアイチは思った。
「――事情は人それぞれ。言いたくないこともあるでしょう。
ですが、教えてくれることで、私たちが協力できることもあります。
この国を出たいと言うのでしたら、Q4は行商……いつでも出立の準備はできています」
「店長……僕――僕、は」
ぐっと言葉を押さえ込んでしまったが、アイチの唇は言葉を発しようと形作っていた。
大丈夫ですと背中を撫でられ、呼吸を整える。
「……僕は、村の仇である深紅のドラゴンを探していました。それが、この国では英雄とされているドラゴニック・オーバーロドでした。
僕の村は四年前、滅ぼされました。村はユナイテッド・サンクチュアリの神、ソウルセイバー・ドラゴンに縁ある霊地でしたから、多分、霊地にある力を食らうために滅ぼしたんだと思います」
「目的のドラゴンを見つけて、どうするつもりでした?」
問われ、首を振る。
「…………分かりません。人間の僕が倒すのは不可能でしょう。もしかすると、目の前で自害する……気はありませんが、思わずしそうな自分をイメージしちゃいました」
乾いた笑い。
冗談にしようとも思ったが、明確なイメージが浮かんでしまったため、できなかった。
「…………かげろう国に入って、思い知りました。僕は仇討ちのつもりで入ったのに、逃げ場所もなく、自分を追い詰めるだけなんだと。
朝でも夜でも、世界中もそうですが、特にこの国で火のない場所はありません。僕はどこに居ても恐怖し、動けなくなります。
恐怖と怒り……だんだんと心が壊れていくような気がしています。この短剣を常に握っている状態ですから、多分もう壊れているのかもしれません」
「アイチくん」
今まで何のために旅をしてきたのか?
その疑問がアイチの中に生まれた。
櫂が言っていた『生きる糧』だったのかもしれないし、仇を追うことが正しかったのかもしれない。
しかし、現実を目の前にした今、
「帰りたい……ロイヤルパラディンに帰りたいです。今はもう誰も居ない、何もない村だけど、僕の思い出が残る、村に帰りたいです」
切に願った。
母や妹に怒られたとしても、帰りたいと思ってしまった気持ちは止められなかった。
「――では、帰りましょう?」
「……………………へ?」
「ちょうど私たちも、今回の件でかげろう国から離れたいと思っていた所です。オラクルマークも、いまいち信用してもらえていないようですし。
善は急げと言います。アイチくんの持ち込んだ荷物は、袋にまとめている分だけですか?」
「え、あ、はい。ここで出された着替えとかには手をつけていませんし」
「それじゃあ、気兼ねなく出られますね。早速」
アイチの手を引っ張り、立ち上がらせる。
店長の目はウソを言っていない。本気だった。
行きましょう――目的地へ向かうという意味の『行く』が、生きろという意味に聞こえたのは気のせいだろうか。
荷物を手にし、少し離れた部屋に入る。すでにカムイとミサキは荷物を背にし、立っている。ここは誰に宛がわれた部屋か、今は気にする時ではない。
アイチの姿を確認した二人は頷き、店長も頷き返す。
「ミサキ、距離の算出はどうですか?」
「ん。馬車を預けた所から、ここまで歩いた歩数から……そんなに離れては居ないね。ここの建物の構造は覚えているし、迷うこともない」
「脱出は可能ですね。検問もおそらく、問題はないかと思います」
「はぁ? 何でだ?」
「Q4は、オラクルマークをもらった行商――つまり、オラクルシンクタンク国が我々の身の証を示してくれている、ということです。
私は身分証程度でしか使っていませんが、今回は堂々とエンブレムを掲げて、オラクルシンクタンク国の来賓でしたよ~と、城を出ます」
「そう……エンブレムを掲げた馬車を止めるということは、その国を疑っているということ。エンブレムは絶対的に本物だからね」
各国のエンブレムには、共通して特徴がある。
それは誰が触れても、それが『本物である』と分かるようになっていた。
啓示――とでも表現すべきか。
長い歴史の中で、エンブレムを贋物だと言った者はほとんど居ない。
贋物を作り、暗示による詐欺行為を行う輩も存在するが、暗示は万人に効果があるわけでもなく、すぐにバレてしまっている。
そういったこともあり、エンブレムは絶対的に本物になっていた。
「作戦は以上です。脱出に入りましょう。ここ数日で分かったことは、兵士の巡回時間が決まっていること。人数は二人一組。
ミサキの記憶では、次の巡回時間は二時間後。夜の脱出は危険ですので、チャンスは今でしょう。では――――」
「――どこへ行くつもりだ?」
ノックもなしにドアが開け放たれた。
ハルバードを握った櫂。
店長の表情が厳しいものに変わった。
「櫂くん。キミが我々と別れ、どこへ行っていたのかは問いません。
依頼していた護衛の件ですが、たった今をもちまして契約満了です。報酬はあちらのテーブルに用意してあります。
金額ですが、提示額に色をつけられませんでした。王都に来て商売をしていないので、ご了承ください」
振り返り、櫂と向き合う店長。
その後ろにミサキが立ち、アイチを挟んで、後ろにかカムイが立つ。
相手が武器を持っているのに対し、Q4は丸腰。
大人の男性である店長が、体当たりでもするつもりなのだろう。
「俺の質問に答えていない。再度問う。どこへいくつもりだ?」
「すみませんが商売上の守秘義務、黙秘とさせていただきます。櫂くんはもう、Q4とは無関係ですよ?」
「……どうあっても出て行くと?」
「商売ができなければ、Q4は路頭をさ迷うことになります。傭兵を生業にしている櫂くんなら、仕事ができない状況がどういうことか――分かりますよね?」
「そうだな。俺もたった今、仕事にあぶれた」
ハルバードを肩に担ぎ、どこか『お前のせいだ』というニュアンスを含んだ言い回しをした。
しかし、表情は険しいものではない。
「…………一時間だけ――いや、十分ほどでいい。時間をくれ」
「理由を」
「俺はこの城の関係者……だ」
「……事情を話す、と言うことでしょうか?」
店長の問いに、苦虫を噛み潰した表情で頷く。
沈黙を破るため息が出たのは、ミサキからだった。
ベッドに座り、足を組む。
「時間がないんだ、さっさと話しな」
「………………ああ」
櫂が、口を開いた。
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かげろうの王都で、Q4は不本意な滞在をすることになった。前回(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=992832">novel/992832</a></strong>)の続きです。 ※全9話の予定になりました。
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竜ノ涙・4
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1008203#1
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目が覚めたら赤い糸が小指に結ばれているのが見えた。
これまた不思議なことに、引っ張っても抜けないし、ハサミでも切れない。そもそも指から一ミリも離れないので、そもそもハサミは通らない。なので切ろうとしたのは短くなるようにと指のすぐ横だったが、ハサミは糸を挟むどころか素通りした。
その糸は一メートル先くらいからぷつりと姿を消していて、ふよふよと浮いている。
はて、これは、いわゆる運命の赤い糸、というものなのではないだろうか。
でもなんでそんなもの見えるようになったんだろう?
昨日も一昨日も、そんな気配は微塵もなかったのだけれど。何か変わったこともしてないし…
まあ、見えてるものは仕方がないか。
何があろうが、仕事はあるのだ。
しかし、可能ならば運命の赤い糸の相手をみたいと思うのも、女性としては当然の欲求だろう。
私は少し浮き足立ちながら家を出た。
◇
結論から言おう。
私は赤い糸の相手を見つけた。
ただ、どうやら私の赤い糸は大変な浮気者であることが判明した。
まず最初に赤い糸が私と繋がっていたのは喫茶店のイケメン店員さんだった。
ちなみにこの糸は案の定と言うか私にしか見えないらしく、周りの人にそれとなく聞いてみたが誰も見えていなかった。
それから、誰にも繋がっていなくて短いと思っていた赤い糸だがどうやら赤い糸が動いている方向に運命の相手がいて、その人がある程度近くまで来るとその人の糸と結ばれているのが見える仕組みのようだ。まあ、そうでなければ一面赤い糸で覆われて私の視界は一切見えなくなるだろうからこれはよかったと言えるところだろう。
そして、普通の糸は、浮気しない。
いつ見ても、例えばそこにお付き合いがあろうとお別れがあろうと、結婚があろうと、ちゃんと『運命の人』と繋がり続けている。
なのに、どうして私の糸はこうも浮気性なんですかねぇ…!?
話が逸れそうだ。
そう、まずは喫茶店のイケメン店員さんだ。そこからいこう。
彼と出会ったのは赤い糸が見えるようになって日課となっていた散歩の途中、『喫茶店ポアロ』の外の掃き掃除をしている彼を見かけたときだった。
ふわりと浮かんだ私の糸が急にそわそわし始めたと思ったら限界まで彼のほうに糸を伸ばした。
そして、彼の糸もまた、同じ動きをして、私と彼の糸はまるで元から一本の糸だったかのように溶け合い、繋がってしまった。
なんの予兆もなくいきなりそんなことが起きたものだから私はポカンと糸を見つめてしまった。多分、とても間抜けだったと思う。
しかし、ぼけーっとしている私に対して彼は優しかった。
「あの、大丈夫ですか…?具合が悪いのでしたらよければ休んでいってください」
なんて、声をかけてくれたのだ。
私は半ば放心状態だったので彼に言われるがままポアロに入って彼に勧められるままココアを飲んだ。
放心状態から戻ったときには彼は仕事に戻っていて、別の女性店員さんにお会計をと伝えたのに
「いえいえ!放心状態のお客様を安室さんが無理矢理つれてきてしまったとお聞きしました。なので今回は安室さんのおごりだそうです。代金なんて受け取れませんよ!」
とにっこり可愛らしい笑顔言われてしまえばずこずこと引き下がるしかなかった。そして、後日必ず菓子折を持っていこうと決めた瞬間だった。
そうして菓子折を持っていったのち、私はポアロの常連となった。赤い糸で繋がってる相手が気になってしかたがないという不純すぎる動機だった。
とはいえ初めはそれが原因だったがすぐにポアロ自体のファンになった。何しろこの店の食べ物にはハズレがない。パスタもサンドイッチも大好きな私が通わないはずがなかった。赤い糸は気になるけれど、何が変わることもなかったから、少しずつ気にならなくなっていった。
しかし忘れかけていた頃、私は、もう一人の赤い糸の持ち主と出会う。
「え、」
ぱちりと目があった。
そして、赤い糸の動きは、安室さんと出会ったとき、そしてその後ポアロに通っていたときと同じだった。
しゅるりと繋がる赤い糸、しかしその糸は、安室さんとは別の人にしっかりと結ばれていた。
黒い髪に緑の瞳は日本人とは少し違う色合いで、火傷の痕はあるが安室さんとはまた違うタイプのイケメンだ。逆に言えば、イケメンということ以外、何もかも違っている。
ぽかんとしてしまった私からすぐに視線をそらして彼は行ってしまったが、見間違いなどではない。赤い糸は確かに彼と結ばれていた。
安室さんが死んだ?それで糸が切れて結び直された?それはない。糸は相手が死んでも繋がり続ける。死んだ運命を追いかけるように、その糸は天を向く。
「どういう、こと…?」
離れたことによりぷつりと切れてしまった糸は彼の背を追うようにふよふよと浮いていた。
◇
「いらっしゃいませ」
「………こんにちは」
後日ポアロに向かうといつもと同じ笑顔の安室さんがいた。ついでに赤い糸も健在だった。すぐにしっかりと結ばれたそれは、先日見た男と同じように一体化してるように見える。思わずジト目でそれを見つめてしまったが、それで変化するわけもない。
「さっぱりわからん…」
安室さんからアイスコーヒーを受け取り一口飲んで少し頭も冷静になるが、わからないものはわからない。なんで二人に赤い糸が繋がるのだろう??
「何かお悩み事ですか?」
「ええ、まあ。ちょっと」
「お困り事でしたら『探偵安室透』としてお話をお聞きしますよ。常連さんですからサービスもします」
にっこり営業してくる安室さんに苦笑する。残念ながら、この問題は探偵さんにどうにかできるものではない。何しろ、私にしか見えないのだから。
「大丈夫ですよ、物騒なお話しではないので」
「そうですか?そのわりには、困ってるようでしたが」
さすがは毛利さんの弟子だ。私が困っているのをすぐに見抜いてしまう。
「確かに米花町は物騒な町ですけど、私みたいな普通の女では痴情のもつれもありませんから」
「恋愛関係でなければ家族関係?友人関係?ああ、職場関係というのもありますね」
「残念ながら、全てハズレです」
指折り数えながら私をじいっと観察してくる安室さんに苦笑がもれる。せっかく推理してくれてるのに申し訳ないがこんな馬鹿げた理由に安室さんがたどり着くとは思えない。
「なかなか手強いですね…」
「要するに、そんなたいした悩みじゃないってことですよ」
私の言葉に嘘がないと判断できたのか悩む安室さんを励ますように言えば、途端に捨てられた子犬のような表情をされた。
「僕では、頼りになりませんか…?」
「いえ、そういうことではなく…本当に下らないことなんですよ」
この表情はズルいやつだ。女の母性本能に訴えてくるそれは、ついついこの馬鹿げた悩みを打ち明けてしまいそうになる。まあ、頭がイカれてると思われたくないので鉄壁防御だが。
「ほら、呼ばれてますよ、看板店員さん」
タイミング良く女子高生が安室さんを呼び、私は笑顔で彼を送り出した。
ふわりと揺れる彼の指の赤い糸は、当然みたいに私に繋がっている。
「わかんないなあ…」
なんで、二人と繋がっているのだろう?
◇
その後、黒髪の男の人には会わなかったが、私はモヤモヤした日々を過ごしていた。
けれど、そんな私のモヤモヤをよそにまた現れるのだ。
私の運命の赤い糸と繋がる、男の人が。
「…………マジか」
今度はイケメンでもないし普通の男性だった。
花見でもするかと神社に行って、運命の赤い糸で繋がる人と出会いました☆なんて少女漫画の謳い文句みたいだったが、身重の奥さん連れはさすがにない。少なくとも少女漫画にはなれない。するつもりもない。
今度もぱちりと一度だけ視線がぶつかって、赤い糸が嬉々として繋がりにいく。慌てて手を伸ばしたが、するりと私の手をすり抜けて男の小指に繋がった赤い糸と同化を果たした。
それを呆然と見ながらそもそも糸には触れられなかったことを思い出す。無意味になった手を然り気無く落としたが、変な動きだと思われていなければいいのだけれど。
「マジかー。もうホント何なのどうして浮気するの他の子は浮気しないじゃないですかヤダー…!」
ガッツリ繋がった糸を見ながら頭を抱えて崩れ落ちる。赤い糸に夢中だった私は私と赤い糸が繋がってしまった男の人がちらりとこちらを見たことには気が付かなかった。
「浮気…?」
私の言葉が彼に届いていることにも、気が付かなかった。
◇
今日も今日とてポアロに行くと、安室さんが迎えてくれる。
今日は彼一人の日らしく、梓さんの姿はない。
「いらっしゃいませ」
「こんにちはー」
またも安室さんへと向かう赤い糸。そして結ばれる赤い糸。引きちぎったろかこの浮気糸が!!と叫びたいしいっそ裂いてやりたいが触れないし奇声を上げた危ない人として逮捕されたくないので心で叫んだ。私はまだまだこのポアロで美味しいご飯を食べたいのである。
「はぁ…」
せっかく運命の赤い糸というものが見えるようになったのに相手がコロコロ変わる。しかもそれが私だけで普通じゃないとか本当にどうなってるのやら…。うん、わかっているよ!私の糸が悪いですね!!
機嫌良さそうに揺れる糸を睨み付けるが私の意思など関係ありませーん☆と言わんばかりに安室さんへと繋がっている。
「浮気者め…」
「浮気者?」
唸るように呟いた独り言は、安室さんの耳に届いてしまったらしい。首をかしげて説明を求める安室さんに愚痴りたいのは山々だが私はまだ安室さんに病院を紹介されたくはない。
「…………ええ、ちょっと、友人がこう…コロコロ男を取っ替え引っ替えしてて」
誤魔化しにしては中々良いところを付けたんではないかと思った。眉をひそめる安室さんを見るまでのたった数秒の話だったが。あ、これ信じてませんわー
「ふむ、確かに浮気はよくありませんね」
安室さんはまさに疑ってますと言った表情はすぐに消して真剣に頷いた。普通なら見間違いだと思うだろう。私もそう信じたいところだ。
「貴方はその人を止めたいんですか?」
「ええもちろん一人に絞れって日々思ってますとも…!」
出来ればその一人が安室さんであれば嬉しいと思ってしまうのは、私が安室さんに惹かれているからだろう。
赤い糸は赤い糸だし、運命でなくても恋人になってる人達はいたけれど、それでも、たまたま見かけたおじいさんおばあさんを思い出すと、私はやっぱり運命の赤い糸で結ばれた人と相思相愛として結ばれたいと思う気持ちを諦められない。
お互いにしわくちゃになっても一緒にいる二人の小指に繋がったあの赤い糸を、あの幸せそうな笑顔を思い出すたび、私もあんな風に結ばれたいと、思ってしまう。
「ですが浮気性は中々治るものではありませんよ。その手間をかけてでも欲しいのですか?その方の心が」
「まあ、治して欲しいですね。心は別に、いいんですけど…」
「僕なら………僕なら、浮気などしませんが」
「………はい?」
「いえ、なんでもないです」
耳を疑う言葉が聞こえてきて安室さんを二度見したが彼がその言葉を二度言うことはなかった。
「ただ、そんな人とは縁を切ってしまった方が貴女のためだと、そう思っただけですよ」
代わりに、とても優しい笑みで言うから私は、彼は私の事を好きなんじゃないか、なんて、分不相応な事を考えてしまうのだ。
「はぁー、なんで私の赤い糸は浮気性なんだろ…」
喫茶店の店員さん
黒髪で緑の瞳を持つ火傷痕のあるの男
身重の奥さんを持つ男
その全てが違って、同じ『彼』であることを、私は知らない。
end
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赤い糸「解せぬ」<br /><br />赤い糸が見えるようになったオリ主(女)とお仕事頑張る安室さんの話です。<br />コナン本編知らないとよくわからない部分あると思います。<br /><br />[追記]<br />沢山のブックマークや、いいね、タグ付け、スタンプ、コメント等本当にありがとうございます!<br />2018/9/5デイリー11位、女子人気6位<br />2018/9/6デイリー3位、女子人気6位、男子人気95位<br />も頂きました。<br />読んでいただきありがとうございました!
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皆一途なのに私の赤い糸だけ浮気性なのは何故なのか誰か教えて欲しい
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10083217#1
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*ネームレスの夢主あり
*過去捏造
*設定だけクロスオーバー的(某牧場のお話)
*かっこいい降谷さんいません
*性格崩壊している
*スコッチの名前は景光のみ
(あだ名 カミくん)
*オリ主のあだ名あり。本名からではないです
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
[newpage]
ゼロの彼女からすれば、アイツの頭の上にはアイコンがあるらしい。
ずっと小さい頃から傍にいるが見たことがない。だから、らしい。
だが嘘でもない。本人も彼女の力は正しいと受け入れている。
俺はその力が本当だと信じられる場面を何度も見てきた。信じているけどどんなアイコンか見てみたいってのが本音だ。
警察官になったし、潜入捜査官になったし、バレて殺されそうになって逆に死んでやろうとした俺は、生きている。そこは色々あった。
バレた古巣には戻れなかったが、辞めたことになっていた警察官にはもう一度なれた。ただし、前よりも上の、警察庁の幼馴染がいる部署に配属。
今は公安の連中がドタバタとして後始末に追われている。
事件の多い米花町で大規模な爆発事件が起き、その犯人が捕まったことで爆発物製造に使われた材料などの流れてきたルートを洗っている。
またそれだけじゃなく、別の事件も重なっててんやわんやになって察庁は様々な手を使いながら仕事に勤しんでいる。
そんな中、俺は軽く変装して警視庁に一番近いカフェでお茶を飲んでいる。
呑気そうに見えるがこれも仕事だ。上からの命令で警護をすることになったが、その相手が待ち合わせ場所をここにしたので待っている。
しかも警護課ではなく、警備企画課にいる俺を指名だ。何故、俺?
ゼロ...幼馴染のほうのゼロからもこれは極秘の任務な上に、潜入捜査に近いんだと言われた。
つまりは情報作業統括とされるゼロにとって重要な人物となる。
しかし、情報を見る限りだと、これって幼馴染のゼロが無理やり通した案件な気がする。
もしくは理事官が噛んでいると見て、間違いなさそうだ。
「...何やってんだか」
ため息も出るわ、さすがに。
警護する人物は、ゼロの彼女にして俺と友達なのだ。
何故彼女が狙われるかと言うと、実際は彼女自身、個人が狙われているわけじゃない。
彼女の行くところが現場になるからだ。公安警察が忙しくなると、狙ったかのように彼女がその近くにいる。巻き込まれる。困ったものだ。
今回も先ほど捕まった犯人に人質されていたというから、警護の声がかかった。
大事にされているな、と思う。けど、同課の奴らから羨ましそうに見送られる俺の身にもなってもらいたいものだ。
ちなみに余談だが黒田理事官の後押しの理由は、彼女、黒田家の養子になったからだ。
ゼロは今や公安のエース。お偉い方はこぞって見合いを推し進めて、手玉にしようとする。
上からの命令は絶対なので断れないが、ゼロには別れたくない長年の彼女がいる。
恋人申請したらしいがちゃんと受理されたかは不明だと言われた。
釣書が書類の奥で山になっているところから、見なかったことにされてるなと思う。
そこで頼ったのが黒田管理官だった。
高校のある時に知り合ったらしい彼女を黒田管理官は実の娘のように可愛がっていたので養子にしませんか?とゼロが声をかけたら、速攻で養子にしていた。本人は訳を後から聞いて、了承していたが苦笑いだった。当たり前だ。
黒田家の娘として縁談を進めて、二人は婚約者になった。目出度い!
釣書もだいぶ減ったし、めちゃくちゃ張りきるように仕事をし始めたら、彼女の巻き込まれである。二人の心労が窺える。
「...なんだかなぁ...」
再びため息が出た。巻き込まれているのは俺も同じだよ、ったく。
さて、そろそろ彼女と約束の時間だが、警察の事情聴取も終わってこちらに向かっているころ合いだろう。
ゼロと理事官は彼女の携帯に俺の背格好を伝えてくれたと思うから、その場で待機。
きぃ、と扉の開く音が響いた。
そちらに目を向ければ店内に入ってきた彼女。しばらく会わなかったが、本当大人っぽくなったな。
「ん?」
そして何故か、その後からゼロと子供が入ってきた。んん?
キョロキョロと店の中で俺を探している彼女の肩を叩き、こちらを指さすゼロ。
合流できたと笑顔で近づいてくるのに、何故お前と子供がついてくるんだ?え?
「お待たせ...、カミくん」
「よぅ...」
どうやら警護の人間が俺だと知らせておいたらしい。変装がバレたのかと思った。
おい、2人席だったのをわざわざ店員に無理言って4人掛けに変えようとするな!ゼロ!
ここんとこ2人で会える時間が少なかったのを愚痴ってきたのを思い出した。
隣でゼロと店員の話を聞いていた子供が、マジかよって顔してる。
話にはよく聞く。江戸川コナンっていう少年だったはず。
ゼロが言うには頭が良く、小学生にして黒ずくめの組織を追っかけているとか。
ライ、つまりは赤井秀一とも繋がっている謎多き少年。
ついこの間なんか風見さんに盗聴器を付けた上に、テロの犯人を見つけ、白鳥のカプセルの軌道を変えただけじゃなく、カジノタワーに変わってしまったカプセルの軌道をずらしたと聞いた。文字にすると人間って何だ?と首を傾げそうだ。俺は傾げたぞ、それは人間ですかと。
俺は4人掛けに移動し、彼女の隣に座る。
彼女の前にはゼロが座り、隣には少年と並ぶ。
ゼロと俺は偽名で自己紹介を始めれば、少年が続き雰囲気に乗っかるように彼女が最後に言う。
ちらり、とお冷に手が伸びている彼女を横目で見れば、顔色が悪そうだ。
「具合でも悪い?」
「...平気、だよ」
ちびりちびりとお冷を飲みだした彼女の目線はゼロの頭の上あたりを見ている。
それに気付いたゼロはニッコリと安室の仮面をつけて輝く笑顔を見せてくる。
さらに青ざめていく彼女。平気って顔ではない。
「大変でしたね、人質にされて。お怪我はありませんでしたか?」
「は、はい...江戸川君のおかげでなんとか...本当、ありがとうね」
「いやぁ...ははっ...!」
どうやら2人は現場にいたので彼女を助けて、同じく事情聴取を終えてここまで着いてきたらしい。
彼女からお礼を言われて照れている江戸川少年は頭に手を添えて、プラプラと浮いている足を揺らす。
微笑ましく見ていたが、ピシリと何かが割れる物理的な音と空気が壊される音が聞こえる。
音源のほうに目を向ければ、ゼロの手が添えていたお冷コップに力が加わって割れそうだ。結構厚めのガラスコップだが握力やばい。
しかも顔が怖い。殺気だっているバーボンだろ、それ。
江戸川少年に向けられるその顔は懐かしいが、彼女の前で見せるものじゃないだろう。
案の定、顔色がもっと悪くなる彼女に気を使って、メニュー表を渡す。
好きな物食べていいよ、奢るからと伝えれば、小さく頷いてメニューに視線を落とした。
バーボンの表情に気付いている江戸川少年は引きつった笑みでゼロを見ているが、怪しげな笑みを返すのでこの後八つ当たりがないことを祈る。大丈夫だ、君はまだ子供だからちゃちい当たりぐらいだ。
「ぼ、ぼくも何かたのもうっと!」
「遠慮せず頼めよ。俺が奢ってやるから」
「え!ほんとう!?やったー!」
「ではお言葉に甘えて」
「安室さんは大人でしょう?自腹ですよ」
「...心狭いですね?」
「そうですか?」
俺はお前と管理官の命令で!仕事で!彼女の傍で警護してんだよ!
彼女の傍にいられるなんてズルイ、俺だって居たくても居られないのに、みたいな顔してるんだよ。だから仕事だよ!
安室とバーボンの顔を交互に見せてくるゼロ。仮面が剥がれやすくてむしろゼロそのものだろう。
隣の少年の顔見てみろ、メニュー表を見てるフリしながらお前の素を垣間見えてうげぇっていう表情してるぞ。
全員がメニューを決め終えたので店員に頼み、来るまで間があるので少年から話しかけてきた。
「おにーさん、おねーさんとどんな関係なの?おねーさんずっと友達って言うだけで教えてくれなかったの」
興味津々とキラキラした目で言う江戸川少年。
さっきまでの表情とは違って、これは猫をかぶった時の状態かと思ってしまう。
子供らしいのに、子供らしくない違和感を感じながら、笑顔で答える。
「友達だよ、どうしてそこまで気になるのかな...?」
「彼氏なのかなって思って!」
「...」
「...」
「!?」
やめろ。俺を睨むな。
思わず黙ってしまった俺、無言でこちらを睨みつけてくるゼロ、そしてめちゃくちゃ驚いている彼女。
ニコニコしている少年はゼロの怖い顔になれたのか、俺と彼女を交互に見ている。
彼女の彼氏は君の隣で俺を睨んでいる、心狭いやつだよ。声を大にして教えてやりたい。
「俺は彼女の彼氏じゃないよ」
「そっかー!」
「江戸川君っ...私の彼氏を探らないで...!」
「えぇー!?」
なんで?と首をコテンと傾げる少年に、あわあわとしている彼女。
真っ赤になるよな、目の前のやつが本人でしかも恥ずかしそうな表情をした途端に、ちょっと嬉しそうに笑みを浮かべているんだから。少年、見るなら今、彼氏面しているから!
店員が先にお飲み物をお持ちしました、と話を割って、次々とコップを置いていく。
俺とゼロと彼女の前にホットコーヒー、少年にはアイスコーヒー。
すぐに店員が席から離れた後、彼女は照れているのを誤魔化すために備えられていたミルクを入れてぐるぐるとかき混ぜる。
それにしても少年が気になっている程だから、何を言ったのかちょっと気になるな。
「そんなに彼女の彼氏がどんな奴か気になるのか?」
「ちょっ!?カミくん!?」
「まぁまぁ、落ち着いてください」
「安室さんも気になってるみたいだよ?」
「えぇ、好きなところをあげてくださった時から、どんな方なのかと」
ニッコリ。安室としての笑顔は相変わらずゼロを知っている分、違和感満載だ。
仮面としてよく出来ているので、俺ですら何を考えているか読み取りづらい。
まだバーボンのほうが分かる。ちょっと彼女に助けてもらおうと、口元を隠して彼女に耳打ちする。
「悪いんだけどさ、アイツ今どんな感情なわけ?」
「......えぇぇ...」
嫌そうな声を上げる。どうやら読み取った上で、嫌がっている。目線がゼロの頭をチラチラと見ている。
ふとこうなる事が分かっていて神様は彼女にこの力を託したんじゃないだろうか?
多くの顔を使い分けるゼロを読み取るなんて、こっちにしたらめちゃくちゃ便利だ。
良かった、この力が味方の手で本当。
そんなことを考えていると、彼女は俺に答えてくれた。
「音符、ハート、音符。うぅ...私がこういう話で恥ずかしがってるのを見て楽しんでる」
「うわっ...歪んでるな」
変な楽しみかた覚えたらしい。
本当のことを言えない代わりに、彼氏本人の目の前で彼氏のあれこれを聞き、真っ赤になっている彼女を眺めるなんて...俺も同じ立場だったらやりそうだな。悪いがゼロの気持ち分からんでもない。諦めろ。
「ちなみに俺会ったことあるぞ」
「ホント!?」
「...もう勝手にして......」
両手で顔を隠している。ゼロの素の顔が見えてきた。その蕩け切った顔、学生の時に襲いかけて邪魔した際に見た顔じゃないか?やめろよ、ここで襲うなよ?
少年はテーブルに両手を乗せてワクワクしている。ませてんなー。
「どんな人なの?」
「狼の皮をかぶったゴリラ」
「...よくわかんない」
「分かり辛い表現ですね」
「でも的を得てるはずだぜ?」
ケラケラと笑ってコーヒーを飲めば、彼女が両手を下ろしてさっきまで赤かった頬が引いて白くなっている。白くなってる?
テーブルの下で彼女はゼロを指さして、自分の手の平に怒りのマークを書いて見せた。
彼女は青ざめていた。
困った笑みを浮かべているゼロの心の中では、怒っているらしい。
げ、目が笑っていないってことか。
「もっと外見的な特徴はないの?」
少年はアイスコーヒーにストローを挿して、コップを両手に持って吸い出す。
水かさが減り、中に入っている氷がからんと心地いい音を鳴らして、口からストローを離す。
どうやらお気に召さなかったらしく、大きな瞳が細まって半分しか見えない。
言ったら答えになるだろう。ただでさえ特徴的な部分しかないんだから。これを言ったらバラしたことに対して怒られるし、外見のコンプレックスをつついたことで怒られる。
どんな意図で彼女の彼氏を調べているか知らないが、嘘を言えばボロが出る。
良くも悪くも嘘が下手な彼女にそこまではさせられない。
「意外にもそいつ、印象が薄いんだよなー」
「おねーさん、ホント?」
「うー...ん...確かに言われてみれば、薄いかも...」
「な?」
ゼロは周りに浮くどころか、溶け込んでしまう。
高校や大学に、警察学校といろいろなところで目立ってきたのに、潜入捜査官になってから印象に残らない技術を手に入れて磨いた結果、空気になることが多くなった。
そう今みたいに、店内が騒がないのが証拠だ。
「そんな人いるんですねー」
「...」
ニコニコと聞いているが、お前のことだぞ。
「でもね、江戸川君。どんなに周りに溶け込んでしまって、別の誰かに見えたって、私はあの人のことを見つけることが出来るの。それって凄いと思わない?」
彼女は自慢げに、誇らしげに、そう語る。
誰にも持っていない特別な力は彼女の唯一のもの。
決して誰かに奪われたりしない、特定の人物にだけ見えるもの。
若かった頃は力のせいで悩んでいた時もあったが、彼女も成長し、それがどれだけ大切なものか分かったようだ。今、すっごく嬉しそうにしている。
少年も惚気にしか聞こえなかったっぽい。彼氏のこと好きすぎるだろうって顔に書いてあるぞ。
苦笑いでまたアイスコーヒーを啜っている少年の横では、両手で顔を隠してテーブルに伏せているゼロがいた。
お前は今、彼氏としてそこにいるんじゃないからさっさと顔を上げろ。
安室、安室透だ。誰にも笑顔で好青年なんだろうが!
そんな様子のゼロに彼女は戸惑いながら大丈夫ですか、と声をかけているが、大丈夫だよ、悶えているだけだから。
「んん...だ、大丈夫です...」
「そ、そうですか...」
「安室さん、もしかして本気...なの?」
なんだか少年の中で変な方向に進んでないか?
確かに俺たちはバレないように隠し、躱し、誤魔化して、ゼロと安室は別人だと話していたわけだが、まさかな...?
「ね、ねぇ...おねーさん?」
「...何かな?」
「安室さんと彼氏さんってどっちがカッコいいの?」
「んんっ!?」
「ぐふっ...ゲホッ」
「............ホォ―――...」
驚きすぎている彼女に、思わず気管に空気が入って咽た俺。
悶えていた状態から復活したゼロは、不穏な気配をまといながら顔を上げて不気味に笑う。
これは助け舟を出せない。どちらに転んでもゼロが大きく反応するだけだ。
おそらく安室さんにもワンチャンあるかも、なんて考えで聞いたかもしれない少年よ、とんでもない爆弾を彼女に投げつけたな。
あれだけ惚気ていた人物が安室を選ぶはずがないだろう。
しかし、彼氏が目の前にいるのだ。これ以上の恥ずかしい選択はやめてあげてほしい。
「えぇ...」
小さく嫌そうな声を上げている彼女はちらりとゼロに視線を向けて、上を見た。
「どうせなら、彼氏さんより僕のほうが格好いいって言われたいですね?」
「...マジで狙ってんのか...この人」
目の前に置いてあったコーヒーを江戸川少年のほうへずらし、両肘をついて手を組んで顎を乗せた。小首も傾げて、あざとさを演出している。
同い年とは思えないぐらいに似合っているその姿に引きつりながら、どう出るのか彼女へ目を向ける。
「.........も、もちろん彼氏です」
「だいぶ間があったように感じましたが、僕にちょっと傾いてました?」
「いいえ!」
強めに否定した彼女に、そうですか、とわざとらしく肩を落としたゼロ。
落ち込んでしまったと少年は安室を宥めているが、この状況を楽しんでいるだけだろうなと彼女の顔を見てれば分かる。口元がひくついて、目が細く鋭くなっている。
怒ってる彼女は、でも...、と続けて、コーヒーのカップを持ち、ゆっくりと口をつけた。
「安室さんより彼氏より、カミくんのほうが私はカッコいいって思います」
「はぁ?!」
傾けてこくこくと飲み干していく彼女は一息をついて、動揺している俺の腕を掴み席から立ち上がる。
なんでこの場面で俺の名前出す?とか、助けなかったからか?とかいろいろと考えている俺は彼女に掴まれたまま、続いて席から立ち上がる。
残された少年とゼロがこちらを見上げてくる。
「江戸川君、彼ってカッコイイんだけど、物凄く意地悪でイイ性格してるんだよ」
「お、おねーさん?」
「だから、そんな大人にはなっちゃ駄目だからね?」
珍しいぐらいの貼り付けたような笑顔を浮かべて、彼女は二人を見下している。
じゃあまたね?と手を振って店の出入り口へと近づいて、そのままドアのベルを鳴らして外へと出る。
ずんずん、と歩いていく彼女について行きながら、残された二人が追いかけてこないのを振り返って確認し、腕にある彼女の手を軽く叩く。
すると早歩きになっていた足を少し遅めて、するりと手が離れる。
頬を膨らませる怒り方ではなく、ちょっとだけ眉根を寄せて奥歯を噛みしめるような怒り方。そんな顔で彼女は怒りを鎮めるように深くため息をついた。
「どうした?」
「...面白がって聞いてきたくせに、ぐるぐるしてたの...」
「ぐるぐるって?」
「悩んでいる感じに近いけど、モヤモヤしているっていうのかな...それが見えて、そしたら言いたくないって言わんばかりに三点リーダーのアイコンが出てきたの」
「アイコンちゃんには、それ読み取れたんだよな?」
こくり、と頷いた。
足を止めて、さっきまで怒っていた表情から、泣きそうな顔をしている。
眉を下げ、でも泣きたくないと目に力が入ってて、薄い涙の膜が浮かんでいる。
「あの人、自分より安室のほうが本当はカッコイイと思ってるって...そんなことないのに......!」
「変なとこでネガティブになってるな...アイツ」
「どうせ2、3日ぐらい寝てないから変なこと考えてるの!なのに、無理して私についてくるから...」
「...」
彼女の力、マジで欲しい。
ドンピシャに今ゼロが寝てないぐらいに忙しない。
心配して泣きそうな彼女に、話題を変えてそんな顔をすぐに笑みに変えようとポケットに手を入れる。
あ、
「やべ...」
「......どうしたの?カミくん」
「頼んだ料理と勘定、ゼロに押し付けちまった...」
「あ...」
金は持っているだろうけど、外で食べ物を極力食べないようにしているゼロが目の前にくる料理を目にして思うことはまず、残してはならないという気持ち。
絶対にお残しをしないゼロが多くはないとはいえ、確実にお腹いっぱいになる量を押しつけられたとなれば...―――。
「わ、私...しばらく黒田のお父さんの家に...!」
「俺もお邪魔します!」
ニッコリと笑ったゼロが、フライパンと鍋を持ちながら次々と料理を作るだろう。
同じ苦しみを味合わせてくる光景が目に浮かぶ。
二人ですぐに向かおうと歩き出した途端、彼女と俺の携帯のバイブレーションが聞こえる。
ブーブー、といつもより低く聞こえるそれを手にすれば、さっさと出ろとばかりに震える。
恐る恐る開けば、同時送信されたメールがきている。
『覚えておけ』
ただ一文、無機質な文字を目で追った後、背筋に冷たいものが通り、震えた。
お仕事、風見さんに代わってもらえないかと相談したい。
[newpage]
喫茶店の後、カミくんと一緒に黒田のお父さんの家に帰ってきた。
降谷くんが手料理を振る舞うかもしれない、と事情を話せば、仕事の合間を縫って着替えを持っていこうとしていた黒田のお父さんは玄関先で何か考えた素振りを見せた後、心配しなくていいと頭を撫でて出ていった。
職場では厳格な立ち姿の人の優しい姿を覗いてみていたカミくんは、驚きすぎて誰アレなんて言っていた。私のもう一人のお父さんです。
とりあえずこの事は全部お任せして、カミくんと居間でお茶をして落ち着く。
「カミくんが私の護衛に就くって吃驚した」
「俺も別の仕事に就くと思っていた時に、突然だったからな...」
「お父さんと降谷くんのせい?」
「も、ある。後は今日みたいに危ない場面に遭遇する頻度のせいだろうな」
「...ここ最近からおかしいんだよね」
潜入捜査が始まった当たりはその回数はホントにごく僅かだった。
しかし、婚約者になってちょっとしてから巻き込まれることが増えた。
黒田の養子だと、警察の偉い立場の婚約者だと、情報の鍵を握る人物に近い人だとバレてはいない。むしろコイツ誰だ、と初対面で当たり前の声がかかるだけ。
誘拐、拉致、そういった個人の恨みが絡む事件に巻き込まれることはないが、口封じ、人質といったその場で偶然にも見てしまった為に捕まることが多い。
ただ遊びに来ていた近くでそんなことをしている犯人が悪いとしか、言えない。
米花町の犯人たちは迂闊すぎるだけだ。私は悪くない。
「カミくんがしばらく私の警護にあたることで、何か気をつけないといけないことってある?」
「一応俺、警視庁では死んだ人間になってるから、本名とか人物を特定させるようなことは避けることぐらいかな」
偽名の名刺を渡され、覚える。
「俺との連絡は登録せず、すぐに消す位かな…?ゼロの時とほぼ一緒だな」
「分かった。あだ名に関しては何も言われてないけど?」
「うーん...本名にも偽名にも引っかかってないから、別にいいか」
湯呑を片手で持ちながら、底に集まりだした粉をゆるゆると揺らしながら分散させ、一気に煽る。
ことり、と置かれた湯呑を引き寄せて、おかわりを注いで戻し、ありがとうと言われた。
「もうすっかり奥さんみたいな感じだな...」
しみじみと言った雰囲気でカミくんが呟く。
嬉しいような、気恥ずかしいような、胸が温かくなるような感覚で、口元が笑う。
降谷くんとはお互い仕事をしながらだと会う機会も少なく、時間が合うこともあまりない。
休みが被るなんて奇跡が起こらない限りないので、仕事が終わって少しの時間のみの逢瀬。
もう何年も続いている。連絡さえまともにしないまま、何年も。
「待つしか、私には出来ないからね...」
「...!」
「降谷くんが成そうとしていることが分からないし、どんな状態なのかも全然知らないの...」
アイコンを使って根掘り葉掘り調べることも今だったら出来るかもしれない。
しかし詮索をすれば私もこれ以上の危険が付きまとい、結果彼を困らせる。
これ以上は踏み込むべきじゃない。分かっている。
「恋人として、婚約者として、彼を支えるために必要なことって、最初は何も浮かばなかったの」
少し冷めたお茶が入った湯呑に触れて温くなった熱は、どこか似ていた。
「普通の恋人ならば愛を伝え合って触れ合い、常に傍にあるものだけど彼には支えにならないし、邪魔になる。凄い仕事をしてるんだもの...別のことをしなくちゃって」
「...アイコンちゃん」
彼から連絡があまり来なくなって無知だった私。彼に向ける熱が冷めてきた時の温さがよく似ていた。大人になっても熱いままだったと疑わなかったはずなのに、心が離れ始めていたことがあった。
でも彼は私を必死で繋ぎとめようとしてくれた。
必要だと、他の誰でも駄目なんだと泣きそうな顔で、なりふり構わずただ好きなんだと伝えてくれた。
降谷くんはその後、私が別れないと分かってもぐるぐるとしていて、私との恋愛じゃなく別のことに向いていると気づいたら、疑っていた馬鹿な私はそれに答えようと少ない知識と経験で彼から本当のことを聞き出した。
「普通の婚約者ならば愛を育み将来を語り、全てを受け入れて踏み出すものだけど、それも彼には必要じゃない。誰にも諭されないように、密かに、彼が動きやすい為には私はただ隠し続けていくだけ」
私はただ、物言わぬ聞き分けのいいものになっていた。
それが最善なのだと、それが彼と生きていく手段なのだと言い聞かせて。
たった一つの、彼が嘘から解放されて休める空間になればと。
「待つしか出来ないから...いつまでも待つ」
少し前のことを思い出して、笑っていた口元は下がり、切なくなる。
仕事を支えることは出来ない。彼を愛などで支えることは出来ない。包み込むようにすべての事柄を受け入れることは出来ない。すべてが中途半端。
ならば、待つだけ。隠して隠して周りから無かったと言われていたそれが、再び燃え上がるまで。
私を引き留めてくれただけで嬉しかった。彼がまだ私の前を歩いて、その大きな手で手招いて、優しい笑顔を見せて振り向いててくれる。
それだけでも私は彼から離れない。後ろを向いて歩くなんて、彼から目を逸らすように進まない。
「ねぇ、カミくん」
「...なんだ?」
テーブルに乗っていた両手を膝の上に置き、足の指を立てて、膝を浮かせる。
立ち上がり彼の横に移動する私に、カミくんは体を向けて胡坐をかく。
何もない畳の上に正座し、彼と向かい合い、私は畳に手をついた。
「降谷零を生きて待ち続けたいので、護衛の件、どうかよろしくお願いします」
頭を下げ額が手の甲に触れる。
息を飲む音が聞こえた。
謝罪の際頭を下げるだけならばよくしているけれど、土下座はしたことがない。しかしこれは謝罪ではなく私の決意も含んでの、お願いなのだ。
今日も人質にされて怖かったし、自分の命の脆さを改めて実感した。
これからだって起こる。前に起こった事件なんかよりも、もっと大きなことが。
降谷くんは仕事と私を天秤に乗せない。乗せないようにしてくれている。
しかし乗らないとも限らない。いつか時がくるかもしれない。
そしたら彼は躊躇ってしまうし、重荷になる。冷酷に切り捨ててくれても、後で引きずるだろう。
だから、親友である彼にそうならないように守ってもらいたい。
目を閉じて、カミくんから声がかかるまで動かない。
布の擦れる音も聞こえない。お互いの呼吸音が聞こえるだけ。
外から涼しい風が耳にさわさわとした音を伝えてくれる。
「...お姫さんらしいっていうか、奥さんらしいっていうか...」
独り言のような呟きが聞こえる。
カミくんはがしがしと頭を掻き、背中を少しだけ丸める。
私は頭を上げずに目を開け、なんと言われるだろうとドキドキとさせる。
仕事だから?友達だから?そんなの当たり前と笑うだろうか?
彼が言いそうな言葉を並べながら、再び声が聞こえるのを待つ。
そしてしばらく無言が続いたと思えば、真剣な声であだ名ではなく名前を呼ばれた。
「はい」
返事をし、聞こえないように深呼吸をする。
「誠心誠意、お守り致します」
「!」
中学、高校、大学、警察学校からの警察官になっても、これ程までに真剣な声を聴いたことがない。
しっかりと緩みのない、固く無機質に近い低い声。
発した彼の言葉に面を上げて、彼のつむじが目の前にあった。
私に頭を下げている彼はそのままの体勢で、続けた。
「降谷零の恋人として、婚約者として、私の友達として、管理官の娘として、持てる全てを使って守ってみせます」
「...っ」
「全部に命を張ってお守りをすることは出来ません。私たちが命と引き換えに守るのはこの国であり、盾になることが仕事です」
「分かっています」
「しかし―――」
彼は頭を上げて、いつものように歯を見せるように笑いながら、小指を立ててこちらに差し出す。
「しかし、友として約束したいと思います」
畳についていた手から小指を絡めて持ち上げる。釣られるように上げて、絡まった小指と笑顔の彼を交互に見ながら喉がヒュッと細まる。
今にも嗚咽が漏れて、目に涙が溜まって、うまく喋れなくなる。
我慢して、我慢して、友の言葉を聞く。
「俺は二人が幸せな家族に囲まれながら最期を迎えるまで、どんなことがあっても二人の一番の味方で、何からも守ってみせる」
「...っ...ぅ...う、ん...!うんっ...!」
「約束だから、指切りげんまんだぞ」
「げんまん...っ!」
「あぁ」
堪えていたのに涙が溢れて、頬を伝ってしまう。
ぽたぽたっと畳に滲み込むので空いている手で涙を拭う。追いつかない。
擦っても擦っても駄目で、その内に噛みしめていた嗚咽が空気と一緒に漏れてしまう。
「怖かったな?もう大丈夫だからな?」
優しく頭を撫でてくれるカミくんはそんなに泣くな、とさっきまでの声とは違い、間延びしていて柔らかい。
ヒビが入った我慢は次々と大きな亀裂を生んで、決壊させる。
少しでも声を抑えようと拭っていた手で口元を隠し、息がしづらく引きつる。
指切りだけを外さないで丸まってしまった私に、指切り指切りと上下に揺らしながら頭を撫でていてくれるカミくん。
声を上げて泣くなんて懐かしいと思い出すほどに落ち着いた時には、外はオレンジな空が広がっていた。
遠くで烏の鳴き声が聞こえてくる。
―――ピコン!
そう、そしてアイコンの音も。
「......んっ...?」
アイコン?
あ、
―――ピコン!怒りのマーク。
―――ピコン!怒りのマーク。
―――ピコン!怒りのマーク。
アイコンの表示が追いつかない。
同じマークが消えては表示しているだけなのに、ずっとそこに映っているように見える。
しかしアイコンの音がけたたましい音を立てて知らせてくる。
まずい、と顔を上げてアイコンを確認していた私の顔を、気配なく音もなく帰ってきた彼が見た瞬間、ぶわりと殺気が一か所に集中した。
「あ、まっ...!」
「ん?どうした?」
後ろの襖が開かれ、そこに立っている人物がいるとは気づかないカミくんは血の気が抜けて真っ白になっているであろう私の顔色を心配してくれる。
だがそんなことはいい。今は彼を止めなければ、と声を上げるが叫ぶように泣いてしまったせいかガラガラで出辛い。
それにも目ざとく反応して、ぎしり、と襖が軋んだ音を発した。
やっと誰かがいると気付いたカミくんは、気配を探るようにして殺気が充満していることを理解して顔を顰める。
「それでよく、公安が務まるなぁ?景光」
「...っ、ぜ、ゼロ」
昼間に会った姿とは違い、灰色のスーツを身にまとい、隠すことのない不愉快と言わんばかりの怒った顔で私たちを見下す。
カミくんは私の頭を触れていた手を素早く離し、指切りしていた手を引き抜いて両手をあげる。
心中はお互いにマズイ、と思っているだけに、青ざめる。
邪魔こそは昔ほどはなくなったにせよ、嫉妬深く束縛は程ほどにする彼が自分以外の人が私に触れていることを良しとしない。説教として私にも色々という。
出来るだけ距離を空けるカミくんに、私は流し続けていた涙を急いで拭う。
だがさっきまで勢いよく流れていたものが早々に止まるわけもなく、心配もさせたくなくて焦って感情のセーブが出来ないでよりぽろぽろと零れ続ける。
「待っ、て...降谷くんっ!カミくんは...悪くないっ...悪くないよ!」
「...知ってる。携帯に入ってる盗聴アプリで全部聴いてたから」
―――ピコン!点、点、点。
「あ...」
「俺はそこに怒ってるんじゃない」
―――ピコン!怒りのマーク。
どすどすとカミくんを通り過ぎ、私の前に跪いて両手を一纏めに片手で掴んで、引き寄せて抱き上げる。体育祭のように腕の上に乗せられ、抱き上げられた私はビショビショになった顔をスーツに触れないように背をのけ反るが彼は両手を掴んでいた手を後頭部に添えられて押し付けられる。
「ヒロに頼るんじゃなくて、俺に頼ってくれないのか?」
「え、だっ...!」
「仕事で仕方ないかもしれないが、ちょっとは我儘言ってくれないと寂しい...」
―――ピコン!ぐるぐる。
「ふ、降谷くん...」
ガラガラになった声で呼ぶのはすごく申し訳ないけど、甘えた様子の彼に流されて雰囲気を持っていかれる。
ぐりぐりともうスーツなんて知らないと顔を押しつけて、一回だけ小さく頷く。
それに気付いた彼は嬉しそうに頭を撫でてくれた後、甘ったるい空気に怯えた様子がどっかにいってしまったカミくんを見下して言う。
「ヒロ、喫茶店の礼と俺の嫁さんの礼もあるから、帰るなよ?」
「...わ、わかった...」
「それと」
ぽんぽん、と叩かれて肩から顔を上げれば、彼はフッと笑ってからねじ込むように唇を奪う。
あまりの速さに口を閉じる間もなく侵入された舌を招き入れ、逃げ出す私の舌を絡めて引っ張り出す。
唇より先に出た舌を上手い具合に引きずり出されて、力の限りに思いっきり吸われる。
可愛い音なんてしない、じゅうううっと痛みの感じるぐらいの吸引をされる。
痛いと言いたいのに舌と同時に唇までも吸われて、もごもごと口の中に消えてしまう。
っぽん、といい音して外れると、ひりひりと熱を持って痛む。
「ったい...」
艶っぽさもない、子供の微笑ましい感じもないキスに、上目で睨み上げれば彼は安室の時に使う笑顔を浮かべて、舌を出す。
「僕は物凄く意地悪で、イイ性格らしいので覚悟しろよ」
―――ピコン!怒りのマーク。
「!?」
居間にカミくんを残し、半分私の自室に宛がわれた客間の1つへと向かう。
さすがに最後まではしなかったが、キスだけで色々なレパートリーに翻弄されて泣き顔と腰が立たないせいで、黒田のお父さんが連絡で家に公安の何人かがタッパーを持ってやって来て、カミくんのお腹限界までの料理を持って帰ったのを布団の中で聞かされた。
料理地獄から逃れられたことに喜ぶべきか、布団の中であれこれされたことに嘆くべきか悩んでいる私を余所に、降谷くんはルンルンとして仕事に励んでいたという。
【黒田さん家の養子になった婚約者】
距離を置きたいと言った時、彼の気持ちを疑ってしまったり、冷めてしまいかけていた人。
もしあの場で止めないで距離を置いていたら、彼女のほうは自然消滅で別の道を進んでいたともっと先の未来で言った。めちゃくちゃ泣かれた。
けど止めてくれるってことでもう一度彼を信じて、待つ覚悟を決めた。
そして人質などで巻き込まれて生きて待つのがどれだけ難しいかを実感した。
護衛の話を聞いて、カミくんが守ってくれるならば、生きて待ちたいと伝えた。
帰って来たというより、勝手にお邪魔してきた降谷くんに部屋に連れ込まれてキスをされた。どこにとか言わないし、どんなのとか言わない。言ったら爆発しちゃう。
【恋人から婚約者になったことで嬉しいトリプルフェイス】
距離を置きたいと言われた時に、必死に止めた。なりふり構っている暇なく止めた。
彼女が冷め始めていたのはなんとなく分かっていた。恋人らしいことも出来ない自分のせいだと分かっているが、手放すことがどうしても出来ないので止めた。
もっと先の未来で止めなかったらどうしていたか、と聞いたら、自然消滅して別れていたと聞いて心臓が止まりかけた。良かったあああああああ!!!
潜入中に彼女が人質になった連絡を受けた。現場に向かうと何故かコナン君が孤軍奮闘してる!?なんで!?けど、警察に連絡しなかったおかげで助かった。
護衛の個人指名をして、管理官に許可もらった。本当ならば知り合いを当てることは許されないけど、忙しい中で手が空くのはアイツだけだと思っていたので話が通ってホッとした。
喫茶店までついて行ったら、彼女に意地悪だイイ性格だと言われてピシっと青筋が立ったら、コナン君に彼氏のいる人を狙ったら駄目だよと諭された。俺が彼氏だ。
そして腹いっぱいになるぐらいの料理を食べ終えてから、登庁して仕事を終えたら黒田に逃げ込んだ彼女と景光に仕返しをしに行った。作り過ぎたのを部下が引き取ってくれて持ってく手間が省けてうっれし!
【友として守ってみせる今は別人の親友】
彼女の護衛任務に就いた。彼女の婚約者の性癖が変な方向に進んでるのを見た。
鍛えれば彼女のようにゼロの考えていることが分かるようになるかと考え中。
友は友でも彼女も親友だと思っている。
親友に頭を下げられた時に思ったこと、
「(公安エースの)お姫さんらしいっていうか、(警察官の)奥さんらしいっていうか、もう完璧な降谷零の嫁だな」
慰めていたら婚約者に殺されかけて、結果料理地獄で死ぬ思いをした。もう何も食べたくない。
部屋から出てこなかった彼女を心配するが、るんるんのゼロを見て察した。頑張れー。
今後、彼女の借りている部屋の近くに住むことになる。
そこでもゼロから妬みの視線をもらって、俺は仕事だよ!と言い続ける。彼女持ち。
【恋愛が変な方向に進んでいる名探偵】
茶番を見せられているのにまだ気づかない。彼女が安室というより降谷に関係している人物だと思っていない。何故って安室さんのガチで狙っている視線は彼氏が持つものじゃなくて、第三者が持つものだと思っているから。実際、普段会えないからギラギラとした視線を向けているものを勘違いしているだけ。
二人がいなくなった喫茶店にて、彼女と彼女の友達と安室さんが頼んだ料理を毒見して後は任せたと自分の料理を食べていた。本気で食べきれた安室さんはすげぇーなと拍手した。
【彼女を養子にした管理官】
娘に欲しかったので、ちょうど良かった。
ちなみに結婚を許す条件に一緒に住むことと言ったら、すっごい嫌な顔を婿にされた。
断ってやろうか、と仕事を押しつける日々を迎えそうである。そして娘にバレて怒られる。
【タッパーを持ってやってきた部下たち】
白飯はさとうのごはんを温めますので、何卒家庭料理のお恵みをおおおおお!!
[newpage]
オマケ。
「降谷さん」
「あぁ、風見か」
「突然ハロさんを預かってくれと言われまして驚きましたよ」
「さすがに連れていけなかったからな。今度からは前もって連絡する」
「はい。でも、彼女に言わなくていいんでしょうか?」
「...あの子は安室で飼っている家族だ...突然接点のない彼女が知っていたら怪しむだろう」
「そうですが...潜入も終われば降谷に戻りますし、ちょくちょく顔を合わせてもいいかと思います」
「うー...む、しかし彼女が動物好きなのは知っているんだが...」
「何か問題でも?」
「ハロ、人懐っこいだろ?」
「ええ、私にも警戒心なしで接してくれます」
「風見は少し笑う練習しろ。コナン君みたいな子供のほうが稀なんだから、情報を掴んでいる子供に接する機会が増えたら大変だぞ」
「わ、分かってます!」
「説教はほどほどにして、続きだな。彼女とハロがじゃれるとする」
「はぁ...」
「双方から構ってもらえない僕がそこにいる」
「...」
「とてもつまらない」
「...」
「すっごく寂しい」
「...」
「今は僕だけが知ってればいいと考えた結果だ」
「.........一つだけ、言わせていただきます」
「いいぞ」
「しょうもないですね」
「...さ、仕事するぞ」
「...はい」
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1200人フォロワー記念作品です!!<br />これを書き上げている間にもう1400人突破しているという、追いつかない!<br />今回ももしもの未来のお話。大人になった二人に巻き込まれた親友のお話です!原作救済された平和な世界観です。<br />でも前回とは違ってシリアスっぽい雰囲気です。最後はギャグですが...ちゃんとオチになっているか不安です。<br /><br />今回の視点は、アンケ1位をとった方からスタートです!<br /><br />大変遅くなりました。<br />1200人フォロワーありがとうございます!<br />コメントにスタンプや感想が送られてきて嬉しくてニヨニヨと見返してしまいます。<br />タグも気づいたらつけてもらえて、いいね!やブックマークも増えたらタグを変更してくださる方もいらっしゃって大変うれしく思います!<br />またいいね!ブックマークを押してくださる方たちがいることで、私の作品を気に入ってもらえたと書き手として元気になります!ありがとうございます!<br />これからも本編っていうのもおこがましいですが、高校編を書いていきます。ゲストもちょこちょこいれつつ、進展させていきます。<br />もしかしたらちょっと間を置くようなこともありますが、それでもキャラを変えて似たような感じで書くかもしれません。<br />けれどしっかりと完結させるので、どうか待っててもらえると嬉しいです。<br />ここのお知らせメールが来るとランキングにお邪魔していることを知って乗せてお礼を言っていますが、皆さんがこの話を知って好きになってもらえていただけるだけで感謝の言葉しか出ません。毎日お礼です。<br />本当にありがとうございます!<br />またシリーズ希望のお言葉を貰えて一括りにしようと思っていますが、もしかしたら括ったら自分が満足して書かなくなりそうで怖いので完結してから括ろうと思っています。<br />長くなりましたが、これからもよろしくお願いします!<br /><br />ではでは、どうぞ。<br /><br />2018年09月05日付の[小説] デイリーランキング 54 位<br />2018年09月05日付の[小説] 女子に人気ランキング 23 位 ありがとうございます!<br /><br />2018年09月06日付の[小説] デイリーランキング 37 位 ありがとうございます!
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[1200人フォロワ記念]ゼロの頭には何かがある。[if]
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10083378#1
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どうしてこんなことになったのか。
思わず頭を抱える。なんてことを実際に体現することになるとは今朝まで思ってもみなかった。
それくらい私は今困っていた。
ほとほと困り果てていた。
住宅地に設けられた児童公園のベンチに座り、学校に向かう小中高校生や通勤のサラリーマンを呆然と眺め、通園中の親子を眺め、野良猫を眺め、鳩を眺め、ポケットに捩じ込まれていた自分の携帯電話と見覚えのない通帳と印鑑とカードを眺め、呼吸の度にため息を吐き散らかす。
完全に不審者である。
ここに座り込んで既に五時間は経過しただろう。
もう随分日も高くなって、公園の時計は午後1時を指していた。
しかし私はここから微動だにしない。何度も言うが完全な不審者である。
さて、なぜこんなことになったのか、それは約7時間前に遡る。
大学で写真部に所属している私は毎朝ウォーキングがてらカメラを持って自宅周辺を散策している。
最初は下宿付近の地理の把握が目的だったのだが、気がつけば習慣化してしまったものだった。
そして今日も同じように朝起き、軽く身支度し、カメラを持って家を出た。
いつもの道を歩き、写真を撮ったり、野良猫に餌をあげてみたりといつも通りの朝。
そして猫に餌をあげ終え、立ち寄った児童公園をあとにしたその時。その瞬間にそれは起こった。
一瞬目の前に靄がかかり、気がつけばそこにあるはずの光景が一変していたのだ。
どういうことだ。ここはどこだ。何が起こった。
はてなマークとビックリマークをいくつも並べ、何度も目を擦り、頬を引っ張り、それでも変わらず目の前の全く知らない光景に私の脳みそはパニックに陥った。
今出たばかりの公園に戻り、見慣れた公園に安堵し、振り返って見てもそこに広がっているのは知らない住宅地。
もう一度公園から出てみるが変わらず、何度も公園に出たり入ったりを繰り返す。
そうしているうちに公園の名前が目に入り、いよいよ私は思考を停止した。
《米花児童公園》
米花児童公園ってどこだ!!!
そう、この公園は私の家の近くの公園と全く同じ姿をした全く別の公園だったのだ!!
ってんなわけあるかい!!
いくら同じ広さ、同じ遊具、同じ門でも一歩外に出れば全く見知らぬ地である。
右見ても左見ても見覚えはない。ええありませんとも。そんなところにふらふら迷い込むなんてそんなことが...。
いや待て、落ち着け、落ち着くのだ。
この公園は近所の公園ととてもよく似ている。
つまりだ、私がパッと見てここが近所の公園と勘違いした可能性は、ある。
そうだ、いつもファインダーばかり覗いて宛もなく歩いていたから気がつけば知らないところまで来てしまったのだ。
そしてこのそっくりな公園を見て家の近所だと思い込んでしまった。きっとそういうことだ。うっかりうっかり。
今思えば、理解の及ばない状況に直面した私の脳みその情けない働きには赤面を禁じ得ないが、その時の私は本当に真剣にそう思っていた。
というか思い込もうとしていたのだ。
所謂現実逃避である。
そうして私はポケットから携帯電話を取り出し、自宅の住所を入力した後に2度目の思考停止状態に陥ることになる。
今朝まで間違いなくあった下宿先の住所がこの世から消滅していたのである。
ここで私はもう一度自分の頬を引っ張り、ついでに強めに叩いてみたが、現状は何も変わらない。
夢ではないかもしれない。
いや夢だろこれは。
落ち着け、落ち着くのだ。
そんなことが起こるわけがない。
試しにもう一回公園から外に出てみたがやはり知らない町並み。そうだ、電話だ。電話をしよう。
手に握った携帯電話からとりあえず大家さんの番号を探し、電話を掛ける。
1発目にかけた先が大家さんだというところに私の混乱具合を察してほしい。
しかし、大家さんの電話番号は現在使われていなかった。
大家さん携帯電話変えたのだろうか。
次に私は大学の友達の番号を鳴らす。
彼女は昨日の晩にレポートのことで連絡を取ったので携帯を変えたなんてことはないはずだ。
しかしどうしたことか、彼女の番号も使用されていない。
既に半泣きの私が藁にもすがる思いでかけたのは実家の番号だ。
この時間ならもう母親が起きているはずだ。
恐る恐る通話ボタンを押した私が携帯電話を滑り落としたのは2秒後だった。
無機質なガイダンスが微かに足元から聞こえてくる。ここで私はついに泣き出した。
しばらくして、奇跡的になのか不運だったのかは定かではないが、誰一人私の前を通らなかったので誰からも声をかけられることなく、私は泣き止んだ。
いったん頭の中を整理するべく公園に引き返してベンチに座る。
とりあえず所持品の確認でもするかとポケットに手を突っ込んだとき、そこに身に覚えのないものが入っていることに気がついた。
引っ張り出してみるとそれは私の名前の入った通帳で、そこにキャッシュカードと印鑑も入っていた。
いやいやいや、朝の散歩に通帳は持ち歩かんよ。それに東都銀行とか聞いたことない。
しかし間違いなく記載されているのは私の名前で、とりあえず中を開いて並んだ数字に私は言葉を失った。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、...じゅ、じゅうおくっ...!
思わず挙動不審な動きをしてしまったがこれが当然の反応である。
じゅ、じゅうおくえん....目の前に並んだ数字を分解してみるが、月に100万円使ったとしても百を越えて長生きしなければ一生働かなくていいだけのお金だ。挙動不審にもなる。
誰もいない公園でコソコソと通帳類をポケットの奥底にしまい、息をつく。
服の上から確認してみてもやはりそこには通帳が入っていて、私はまたキョロキョロと意味もなく周囲を確認した。
そしてもう一通り、公園から出てみたり、自宅、実家、大学の住所を検索したり、携帯に登録された番号に片っ端から電話を掛けたり、通帳を眺めたり、挙げ句の果てに自分の名前をインターネット検索にかけたりしたが、何一つ、解決に繋がらず、私はついには公園で頭を抱える羽目になったというわけであった。
夢なら覚めろ、今すぐにだ。と何度も念じているが、変わったのは太陽の位置と時計の針くらいで公園の外の景色はいっこうに変わる気配がない。
ここからの夢オチは絶望的である。
どうしてこんなことになったのか、考えても答えが見つかるわけもなく、半日こうして呆然と座り込んでいるというわけだった。
もうどうすればいいのか分からなかった。
「お姉さん何してるの?」
そんな私に声をかけたのは、眼鏡をかけた小学生であった。
既にこの見知らぬ米花という町に来て8時間ほどになるが今だ私に話しかけてきた人間はおらず、実は私は知らぬ間に死んでいて幽霊にでもなったんじゃないかとさえ思っていたが、そんなことはなかったらしい。
私という人間に気がついてくれた少年に思わず目頭が熱くなったがぐっと堪えて、私は少年に向き合った。
「お姉さん朝もここに座ってたよね?何かあったの?」
なんて心の優しい少年だろう。
朝登校時に見かけた女が未だに同じ場所に微動だにせず座ったいたのを見て声をかけたというのか。
この少年が将来悪い詐欺に引っ掛からないか心配になる。
しかし後ほど少年の名前を聞いてその心配は一切もって無用だったと分かるのだけれど、その時の私は、死ぬほど心細かった私は、そんな風に声をかけてくれた少年が天使か何かに見えるほど感動し、そして...
「な...!泣かないでお姉さん!!」
結局号泣してしまったのだった。
「はいハンカチ!これ使って!」
「ありがどうねぇ゛...!」
他人が見たらドン引き必須の大号泣をかまし、小学生にハンカチまで差し出された大学生(成人済み)は私です。
さらに追い打ちを掛けるように少年に、ボクでよかったら相談に乗るよ?などと言われた日には声を出して泣いた。
ちなみに泣き声はうぇぇぇぇぇぇ!である。
情けない。
私の隣に腰掛け、根気よく泣き止むのを待ってくれた少年に、私は今まで起こった一部始終を話した。
少年は黙って私の話を聞いていたし、私も明らかに小学校低学年であろう少年に何を話したところで何も変わらないと思い、ペラペラと全て話した。
そうやって到底正気とは思えないような話を終えた私に、少年は少し考え込んだあとこちらを向いた。
「...お姉さん、記憶喪失ってわけじゃないんだよね?」
何となく、最初と少し雰囲気の変わった少年に首をかしげながら、私はその問いに頷いた。
「自分の名前も、今朝どころか昨日何してたかも分かるし、自分の生い立ちもはっきり言えるよ」
私だって考えた。
記憶喪失だとか、神隠しだとか、異世界だとか。
色々考えたけどやっぱりわからないのだ。
分かるのは私が今、見知らぬ土地でたった一人になってしまったことと、引き換えに大金が手に入ったということだけだ。
もう一度考え込んだ少年に、私は向き直る。
ありがたいことに少年に話して、少しスッキリした。
結局、どうあがいても現状は変わらないし、いつまでもこうしてはいられないのだ。
ならば行動しなくては。
「少年、話聞いてくれてありがとう。ちょっとだけ元気出てきた。本当に嬉しかったよ、ありがとうね。あとハンカチも、ありがとう」
私はポケットに入れた小銭入れから500円玉を取り出して少年に握らせた。
ハンカチびちゃびちゃにしてしまったし、次に会えるかどうかさえわからないので申し訳ないがこれで弁償ということにしておいてもらうことにする。
気持ち的には諭吉数枚は献上したい気持ちであるがあいにく私は小銭入れの他には10億の通帳しか手持ちがないので勘弁願いたい。
私のせいでいたいけな少年が事件に巻き込まれるのは困る。
「お姉さんこれからどうするの?」
「うーん、とりあえず住み込みで働けるところ探してみるかな。今時見かけないけど、まぁなんとかなるでしょう。最悪海とかいけば」
よし、そうと決まれば動き出さねば。もう午後2時を回っている。
「じゃあね、少年。付き合ってくれてありがとうね」
死んだわけじゃなし、そのうちなんとかなるでしょう。
そうして私は一人、ついにあれだけ離れられなかった公園から外に踏み出した。
「待ってお姉さん!!」
「?」
決意新たに見知らぬ町に飛び出した私を引き留めたのはもちろん、さっきの少年だった。
小学生にしては随分落ち着いた少年は私の元まで駆け寄ってくる。
「お姉さん住むところも働くところもないんだよね?」
「うぐ....!そ、そうだね...」
改めてそう言われると堪えるが間違いなく少年の言う通りだった。思わず渋い声が出る。
しかしそんな私に少年はまさかの爆弾を投下した。
「ボク住み込みで働けるいいところ知ってるよ!」
「なっ!なんだって...!?」
本当か!本当なのか少年!!?あまりの発言に逆に仰け反った。
「うん!お姉さんさえよければ今から案内するよ!」
か、神がいる...!ここに神がおられるぞ!!!
私が出会った少年は天使じゃなくて神様だったんだ!!
思わずガシッと少年の肩をわし掴んでしまったが、致し方なかろう。神は私を見放してなかった!
でもこんな風に助けるんだったらそもそもこんなところに連れてくんなよって話だけど!
「是非よろしくお願いします!!」
何を思ったのか小学生の提案にコンマ一秒で即答した。
ついに私は公園から離れることとなった。
少年に連れられ、町を歩くがやはり見覚えはない。
そもそも自分の家から徒歩で行ける範囲に米花なんて名前の町はない。
本当に異世界にでも来たんじゃないかと思い始めた頃、そう言えば少年に名前も伝えてなければ少年の名前も聞いてないことに気がついた。
これから仕事を紹介していただくのに、なんという失礼なことをしたのか。
まぁ話が話だけに仕方なかった感はあるけれども。
「少年。今更だけど、私は神崎いおりっていうの。少年の名前は?」
後ろから声をかければ、歩きながら振り返った少年が私の名前を繰り返した。
そして今度は屈託のない笑顔を私に向けて、
「ボクは江戸川コナン。よろしくね、いおりお姉さん!」
無邪気にそう言った。
誰か嘘だといってくれ。
◆突然知らない土地に放り出された大学生
天使だと思ったら死神だった
◇不審な女に声をかけた見た目は子供
あれれー?あのお姉さん朝からずっとあそこにいるぞー?
[newpage]
「ボクは江戸川コナン。よろしくね、いおりお姉さん!」
神は私をいったいどうしたいのか。
絶望の淵で私は見たこともない神を呪った。
知っていた。
私はこの少年のことも米花町という町もとてもよく知っていた。
というか日本に生まれ育って彼のことを知らない人間など早々いないであろう超のつく有名人である。2次元だけども。
米花町、東京のどこかにあるとされる超絶ウルトラ治安の悪い町で、この町では毎日のように殺人事件が起き、頻繁に爆弾が爆発する。
そしてこの少年こそ、その町の事件という事件を片っ端から解決に導く見た目は子供、頭脳は大人?な小学一年生なのだ。
「いおりお姉さん?」
天使だと思ったら死神だった。
完全に足を止めた私を不思議そうに見つめるコナン少年中身は工藤新一に、私は引きつった笑みを返した。
私は知らず知らずのうちに花の男子高校生に不細工な泣き顔曝した挙げ句、主人公を目の前に異世界から来ました☆なんてメタ発言をかましたのだ。
散り消えたい。
「江戸川コナン、くん?」
「うん?そうだよ?」
言われてみれば、眼鏡、赤の蝶ネクタイ、青色のジャケットに、生足の眩しい短パンを履いて...いない。
普通の格好をしている。普通の格好してるじゃん!!!
「それはわからんわ...」
「え?」
「ううん、何でもないよ。うん、なんか今更ながら申し訳ないなぁと思ってね...」
「それなら気にしなくていいと思うよ、手が回らなくて困ってるって言ってたから」
「そ、そっか...」
ならいいか。いいのか?
まぁしかし、彼ならば怪しい場所には連れていかれないだろうし安心だ。
安心か?そもそも私関わり合いになって大丈夫なのか?
今更だけど私死なない?次のシーンで死体になったりしない?嫌だよ私。まだ生きたいよ?
「いおりお姉さん大丈夫?もうちょっとで着くからね!」
元気よくそう言ったコナン少年に、私は神妙な顔で頷いた。
着いた途端に殺されませんように。
ああああああーーーー私、死んだ!
思わず高らかに叫びそうになった私が寸でのところでその言葉を飲み込んだ。
連れてこられたのは見た目にわかる豪邸。
そして下げられているのは工藤の表札。
人があまり帰らない実家の家政婦さんでも雇いたかったのかな、なんて呑気に考えていた5秒前の私をぶん殴りたい。
コナンくんが呼び鈴を押し、父と母どっちが出てくるのか、なんて少しだけワクワクして待っていれば、ガチャリと音をたてて開いた扉の向こうにいたのはそのどちらでもない人物。
そこに立っていたのは確か沖矢とかいう名前の男。
またの名をFBI捜査官赤井秀一その人であった。
「やぁコナンくん、こんにちは。おや、そちらの方は?」
優しげな糸目の奥から剣呑な視線を感じ、私の硬直状態は氷から鋼レベルに跳ね上がった。
おい!聞いてないぞ!!おい!!!
「こんにちは沖矢さん!あのね、このお姉さん公園で困ってたんだ。お話聞いてあげてほしいな」
可愛い声でそんなことを言うコナン少年に私はこの状況をどうやって回避するか必死に頭を働かせる。いやいやいやいや無理無理無理無理!
だって彼超主要人物じゃん!?主人公に会っといて今更だけど!でも彼今あれでしよ?変装して姿隠してるんでしょ!?いやいやいやいや住み込みは無理だよ!!あ、住むのは阿笠邸かな!?
「沖矢さん、家が広くて掃除や身の回りのことに手が回らないって言ってたでしょ?このお姉さんに頼めばいいよ!お姉さんが泊まる部屋もあるし、母さ、おばさんの服もおいてるし!」
ここだったァ~~~!!!
うえええええ!?どうしよ!!これが世に言うありがた迷惑か!?迷惑だァ~~~!
私という人格が完全に崩壊したところで、私たちは詳しい話をする為に工藤邸に上がり込んだ。よ、洋風だなぁ~!
「少しお待ちくださいね、今お茶を入れてきます」
「いいいいえ!お構い無く!すみません!」
「?」
「いおりお姉さん?」
挙動不審もいいところである。
結局お茶は出していただき、自己紹介をした私は先程の話を沖矢秀一氏に再度話すことになった。
とはいえその殆どをコナン少年が少年らしからぬ口調と理解力で私よりも分かりやすく説明してくれたので、私といえば彼の確認に、あい間違いのうござる。と肯定するのみであったが。
...どうやら私はまだ混乱状態にあるようだ。
「うーん、なるほど。それは大変でしたね」
全てを聞き終えた沖矢氏は私に同情するようにそう言った。
コナン少年が話している間に何度かまた泣きそうになったがどうにかこうにか堪え、異世界なんじゃないかな、とか思ってるんです!ははっ!と笑ったときの二人のあの筆舌しがたい表情を私は一生忘れないと思う。
だよねー。
「ひとまず、気になるのはその通帳ですね。すみませんが一度見せてはもらえませんか?」
ふむ。本来であれば赤の他人にこんな大金の入った通帳を差し出すのは戸惑われるが、彼はFBI捜査官である。
その横にいるのは正義が服を着て歩いているような少年なので問題ないだろう。
それに私が眺めるよりも得られることは多そうだ。
二つ返事でポケットに納めてある通帳と印鑑を差し出せば、沖矢氏はものすごく渋い顔をした。
え、私何か間違いましたか。
「神崎さん。見せてほしいと頼んだ私がこんなことを言うのもおかしな話ですが、今日会ったばかりの人間に疑いも無く大金の入った通帳を渡すのは如何なものかと」
えっ...
「子供を使った犯罪も無いとは言えない世の中ですからね」
そう優しく笑って通帳を受け取った沖矢氏。
一瞬渡すのを躊躇して通帳を握る手に力を入れてしまったが、沖矢氏は驚かせてしまいましたね、と楽しそうに笑った。
これが所謂掌で転がされるというやつか...。
さすがFBI。見事に転げ回ってしまった。
「ふむ、ここに記載されているのはあなたの名前で間違いないのですね?」
「はい。間違いないです」
「印鑑は?」
「覚えがないです」
「カードももちろん、」
「知らないですね」
難しい顔で通帳を眺める沖矢氏。
そんな沖矢氏の持つ通帳から覗く小さなメモに気がついたのは私の隣に座っていたコナン少年だった。
「沖矢さん!その通帳、紙が挟まってるよ!」
「?」
コナン少年の言葉に沖矢氏が通帳を持ち上げれば、彼の言うとおり、通帳に紙が挟まっているではないか。全然気がつかなかった...。
コナン少年は瞬きの間に沖矢氏の隣に移動し、さっと紙を抜き取った。忍者もビックリの俊敏さである。
「何て書いてあるの?」
私の問いに答えはない。
しかし徐々に険しくなっていく二人の表情からけして素敵な内容ではないことは伺い知れた。
え、待って、二人とも見たことないくらい怖い顔してるんだけどどうしたっていうの...。
「...神崎さん、あなたは米花町という地名を知らないと言っていましたよね」
「はい、知らないです」
「自宅はおろか実家も、通っていた大学も存在しなかったと」
「ついでに言うと小中高から幼稚園まで調べましたけど...どれもダメでした、」
「電話も同じく」
「私の携帯からは誰一人繋がりませんでした...」
「.....」
だんだん情けなくなってきた私だが、目の前に並んだ二人は怖い顔のまま頷き合い、そして私にそのメモを差し出した。
「信じたくはありませんが、もしかしたら...本当に異世界ということも、可能性としてはあるかもしれません」
そしてそのメモを読んだ私は人生で初めて、鈍器で殴られたような衝撃と、意識が遠退いていくという感覚を味わうことになった。
神崎いおり様
誠に勝手ではございますが、貴女の人生を買い取らせていただきました。
今後は元の世界ではなく、別の世界で余生を送っていただきます。
さしあたって、一生暮らせるだけのお金をご用意いたしましたので、こちらでの生活を存分にお楽しみください。
暗転。
◆ぶっ倒れた子
これがFBIの入れた紅茶か……
◇連れてきた子
怪しいからFBIに見てもらおー!
◆居候の人
なんかきた
[newpage]
「お姉ちゃん知ってる?この沖矢昴って人、実は赤井秀一なんだよ!」
「うん?赤井秀一ってあれ、えーと、FBIの?」
「そうそう!よく覚えてたね!」
「何回も聞かされれば覚えるよ」
それでね、それでね.....
もー、お姉ちゃん、聞いてるの!?
ああ、妹の声がする...。聞いてる、聞いてるよ。
大好きなコナンくんでしょ、聞いてるってば。
でもこれはコナンとジェームズさんしか知らない秘密なの。
黒の組織を騙すために赤井秀一は死んだことになってるんだから。
格好いいよねー!
なんだ、ここ実家か。
なんか長い夢見てた気がする。
何だっけ、何かとてつもないことが起こったような。
お姉さん、いおりお姉さん!
.....妹、じゃない?
しっかりして!いおりお姉さん!!
「ハッ!?」
ぱちり、目を覚ました私の目の前には知らない天井と見覚えのある少年が一人。
なんだなんだ、どういう状況だ。
ていうかなんか、脳天に鈍い痛みが...。
しかし一瞬理解を拒んだ脳みそが動き出せば、私は自分の身に起こった出来事を鮮明に思い出した。
ああああああ、思い出したくなかった!
「いおりお姉さん、大丈夫?沖矢さーん!いおりお姉さんが起きたよ!!」
リビングの奥(キッチン?)に声を掛けるコナン少年に大丈夫、と答えながら、私は今までのことをガッツリ思い出していた。
そうだった、今朝近所の公園から異世界にやって来た私はコナン少年に保護されてそれから...。
「ねぇ、コナン少年?」
「なに、いおりお姉さん」
「私が見た通帳のメモは...夢かな」
「.....ううん、夢じゃないよ」
それは間違いなく、私の20年間の人生で最悪の答えだった。
「私の残りの人生、10億円だって。結構高いね」
へへっと笑えばコナン少年はまたあの言い様のない顔をする。
そんな顔しなくても大丈夫。
私今、意外と落ち着いてる。
よっこいせ、とソファーから起き上がれば、コナン少年が心配そうにこちらを見上げた。
「まぁ、お金あればなんとかなるよ。戸籍とかあるのかなぁ...お金で買えるかな」
でもせめて大学は出たかったなぁ。
「神崎さん、」
どこかふわふわした感覚のまま今後に思いを馳せる私に、奥から戻ってきた沖矢氏が声をかけてきた。
何です?と沖矢氏を見上げれば、よろしければこれを、と氷嚢を差し出される。は?
「頭にたんこぶが出来てますので、しばらくこちらで冷やしてください」
「え?」
「おぼえてませんか、これが上から落ちてきたんですよ」
そういう沖矢氏の手元を見れば、そこにあるのは見慣れた私の財布だった。
さいふ...?
「あれ。それ、私の財布です!家に置いてきたはずなのに」
沖矢氏の手に納まった財布は間違いなく私の財布で、聞けば私が気絶する直前に私の真上、天井からニョキリと生え、そして落ちてきたらしい。
おい。ちょっと待て。
まさか私が気を失ったのはメモに書かれた内容があまりにも衝撃的すぎて、ではなくて自分の財布が脳天に直撃したせいだとでもいうのか。勘弁してほしい。
「一応確認してみてください」
差し出された財布を受け取り、中を開く。
そして思わず閉じて財布を突き返した。
「私のじゃないです!たぶん!」
私のわけのわからない反応に沖矢氏は戸惑いながら財布を手に取った。
「どういうことです?」
「わわわ私、ごく普通の一般的な大学生ですので!そんな、そんな大金は財布に入っておりません!!」
必死である。
最初からおかしかったのだ。
いくら天井から落ちてきたとはいえ私の財布の重量では例え脳天を直撃しようとも卒倒するはずがない。
でも今ではどうだろう、お札一枚出すにも苦戦しそうな量のお札がびっちり納まり、ギチギチという財布の悲鳴が聞こえそうな程の厚みと重量。
見かねた沖矢氏が財布から札束を取り出してくれたが一見して全て諭吉様である。
あれ、なんか帯ついてないか?
「とりあえずお金はこちらに置いておくので他のものを確認してください」
重ね重ね申し訳ない。
すっかりしぼんで元のサイズに戻った(でもなんとなくちょっと伸びた気がする)私の財布を改めて受け取り、私は中身を確認した。
しかし、そこには入っていたレシートやポイントカードなどは一切なくなっていて、あるのは保険証、免許証それからこれは....
「ヒィ!黒くて重たい金の湧き出るカード!!」
「ブラックカードですか」
「もうなんなんですかこれ!!こんなの怖すぎて持ち歩けません!!」
こんなものはドラマの世界の話だと思っていたが正真正銘、本物だとカードを手に取ったコナン少年が言った。
おい少年、君は自分の正体を隠そうという気はあるのか。
世間一般の小学1年生はブラックカードの見分け方は知らないんだよ。
いや高校生だって大多数は知らないだろうけど。
それにしてもそんな恐ろしいものが私の財布に入っているなんて。
今や総資産十億円の私にはそれくらいのVIP待遇がお似合いってことか、1等地にタワーマンションでも建てるか…。
維持費もかかりそうだけどその分人が入れば収入も安定してるし働かなくても生きていけるしウハウハじゃんね??
最上階はワンフロア私のモノだー!
「いおりお姉さん!気をしっかり持って!」
はは、あはははと現実から目を背けて笑っていたら慌ててコナン少年に肩を揺すられた。
大丈夫、大丈夫。まだ生きてる。あはははは。
「ね、いおりお姉さん、免許証と保険証が入ってたよね?それって住所書いてあるんじゃない?」
…!
本当だ!ブラックカードのあまりの衝撃に失念してた!
この財布、中身が抜かれていたり足されていたりする中で残っていた運転免許証と保険証はそのまま身分証明書になる重要な個人情報も記載されてるんだ!
ハッとして閉じていた財布を開き、免許証を引っ張り出す。
見慣れた私の顔写真(顔が硬い)、生年月日、それから…
「東京都…米花市、米花町2丁目…?」
「えっ?」
21、番地…。
三人の間に沈黙が広がった。
地名にも一切ピンとこないが多分、この沈黙はそういうことじゃないんだと思う。
なんとなく、それは私にも理解出来た。
我が妹もさすがに彼らの自宅の住所のことは話してなかったように思うが、おそらくこの住所は…。
「これは、この家の住所ですね…」
代表して沖矢氏がそう言った。
「わ、私お隣さんに住もうかな…!」
突然、何故かわからないけど私はそう口に出していた。
お隣さん、つまり阿笠博士の邸宅である。あそこだったら哀ちゃんもいるし、沖矢氏と二人っきりの生活よりも女の子がいた方が何倍も気分が楽だしその方が精神衛生上良い気がする。
よし、そうと決まればコナン少年に頼み込んで今から連れて行ってもらおう。そのためなら土下座も辞さない所存。
そんなことを割と本気で考えて。
「っ!住所が変わった!?」
その私の思考と連動するように、コナンくんの手元にある免許証の最後の数字が21番地から22番地へと変化した。それが、証明だ。
あー、やっぱり。私に決まった戸籍や住民票は存在していないのだと思う。
今私が住みたい、そうしよう。と思っている場所、もしくは状況的に住むことになるであろう場所が反映される仕組みになっている。
ふわふわとしていて、どこにも足のついていない存在。
どこにも、私の居場所なんてなかった。
それが今、こんなにもはっきりした形で示されている。
「あは、あはは、私、顔さえ変えれば何だって、やりたい放題ですねっ…!」
精一杯の虚勢は結局涙に飲まれて上手くいかなかった。
[newpage]
人生でこんなに泣いたことないんじゃないかってくらい泣いて泣いて、泣き続けた挙句私は疲れて寝てしまったらしい。
子供か。
目の開閉にすごく違和感があるからきっとひどい顔をしてるんだろう。
そりゃあんだけ泣けば目も腫れる。
現在私は知らない部屋のベッドの上にいた。
時間は、壁の時計が正確であれば朝6時前。いつもの起床時間だった。
染み付いた習慣はこんな状況でも離れないものだと思うと少し笑えてくる。
女性物が多い部屋は多分、工藤夫人の自室だろう。
よく分からないが大女優の寝室を身勝手に使わせて頂いてお詫びのしようもないような気がしている。
いくら学生とはいえ20歳超えたいい大人がご迷惑ばかりかけて本当に申し訳ない、反省。
起き上がって窓から外を見ればここが2階だということがわかった。
1階のリビングで泣き倒して寝落ちしたのだから必然的にここへは運んでもらったんだろう。
無論あの身長のコナン少年には不可能であるからして(私が無意識の内ににここまで歩いてきて勝手に人様の部屋で爆睡こいたのでなければ)残念なことに一般平均な体重の私を持ち上げて階段を登り、ここに寝かせてくれたのはあの敏腕FBI捜査官ということになる。
お手を煩わせまくってしまい、重ね重ね申し訳ない。
いっそそのままソファに転がしておいてくれてよかったのに。
ひとまず、軽く身支度を整えて部屋から出た。
多分無意味だと思いながらもこっそりゆっくり、気配を殺して下に降りる。
リビングを探して中に入れば昨日座っていたテーブルにも目当てのものがないことが見て取れた。
昨日、財布が頭に直撃して卒倒した時に外して…どこにやったんだっけ。
「カメラ…」
「カメラならここにありますよ」
「うひッ!?」
突然背後から聞こえた声に、私は死ぬほどびびって振り返った。
当然私の背後にいたのはあの実はFBI捜査官の沖矢氏だ。
あまりにも気配が無さすぎて声かけられるまで全く気が付かなかった。
普通人間って生活する上で足音くらい立てるよね…?足音どころか布ずれやドアの音さえしなかったんだけど…。
その手に収まっているのは間違いなく私の割といい値のした一眼レフカメラだ。
差し出されたそれを受け取って、お礼を言う。
私があのまま寝てしまったから預かっていたのだと説明され、財布などの金銭類はひとまず金庫に入れてあると伝えられた。
きっと、全て彼らに検分されたのだろうと思った。
私が怪盗キッド並のマジシャンだとすれば、天井から財布を出現させたり免許証の数字を変化させることも可能なんじゃないかとか思われてそうだ。
「えと、おはようございます。あと、昨日は…今もですけど、色々ありがとうございます。ご迷惑おかけして、本当に申し訳ないです」
ひとまず言わなくちゃいけないと思ったことを全部並べたら改めてクソ恥ずかしくなってきた。
しかし既に昨日の時点でこれ以上かけないくらいには恥も迷惑もかけまくってるので今よりもマイナスになることもあるまい。
なんだか泣きすぎた影響か頭もぼんやりしてる気がするし正直ちょっと、自暴自棄になってる感じもある。
もうどうにでもなぁれ☆みたいな。
「いえ、受け入れ難い話が続きましたから仕方ありませんよ」
少し眉を下げてそれでも穏やかに笑って沖矢氏はそう言った。
疑いと、同情と、それから何だろう。マスクの下に隠れた彼氏の表情を窺い知ることは出来ないが、なんとなく相手の感情が伝わってくる気がする。
そういえばこれも昨日から急にそう感じるようになったんだっけ。
「中、なにか残ってましたか」
ほらまた、今度は勝手に口が動いた。
え?という戸惑いの返答の中に、少しの警戒が混じったのが分かる。
こんなことは、以前ならわからなかったことだ。
「写真、たくさん撮ってたんです。大学に入ってからは毎朝、カメラを持って散歩するのが日課でした。台風でもこない限りは雨の日も外に出て、ずっと、3年間、ずっと…」
そりゃあメディアの容量にも限界があるし3年分が全て詰まってるわけじゃないけど、でもこのカメラはずっと私と一緒だったものだ。
目視できる傷のどれがいつ出来たものかも全部覚えてる、それくらい愛着のある大切なもの。
特に気に入った写真は今もカメラの中に残っている。
その中身がもし消え去っていたなら、そう思うとゾッとした。
「ごめんなさい、何でもないです。えっと私、もう1回あの…べ、べいか?児童公園、に行きたいんですけど!」
地図書いてくれませんか!と何故か片手を挙手の形に高々と上げて言ったら沖矢氏はそれが可笑しかったのか笑いながら案内を申し出てくれた。
流石に申し訳ないので2度ほど断ろうとしたが笑顔という圧力で捩じ伏せられ、結局沖矢氏に案内をさせてしまう結果に落ち着いてしまったのは大変不服であるが致し方ない。
まだ彼の中での私は半分くらい不審者なのだろう。め、面目ねぇ…。
「そ、それじゃあ早速行きましょ…」
しかし、そんな私の言葉は同じく私の腹部から鳴り響いた爆音にて掻き消された。
一切の可愛さも持たない無慈悲な音がリビングに轟く。
もっ、もういっそ殺してくれー!!
「ふふふ、先に朝ごはんにしましょうか。神崎さん昨日から何も口にしてないでしょう。腹が減ってはなんとやらですしね」
僕が作っておきますから、よろしければ神崎さんはシャワーを浴びてください。少しはスッキリすると思いますよ。
なんて穏やかな笑顔で言われて、あまりの羞恥といたたまれなさについに私は逃げるようにリビングから逃げ出した!って逃げてるじゃん。
こんな状況でも己の生命維持を最優先にするのか!この!ポンコツめ!!状況を考えろ状況を!!
恨みを込めて我が締りの無い(二重の意味で)腹をぽかぽか殴ってみたが痛いのは自分だった。当然だ。
シャワーを浴びて多少スッキリした頭で改めて昨日からの失態続きに頭を抱えながら私は湯船にしっかり肩まで浸かっている。
リビングから逃げ出した私の背に向かって沖矢氏からお風呂場の所在と朝食の支度に時間がかかる旨が追いかけてきたので、ふぁいっ!と返事をした私を待っていたのは、しっかり湯の張られた完成されたお風呂場だった。
脱衣所にはご丁寧にタオルと着替え(おそらく工藤夫人の私物)が置かれ、必ず肩まで浸かって100数えなさいといった内容の手紙が添えてあった。(流石に下着はなかった。)
何なんだあのFBIは、スーパーダーリンかよふざけんなありがとうございます!!もう頭が上がらないな!!
洗面台の鏡でようやく確認した腫れぼったい顔面も治っただろうか。
ただでさえ平均的な顔面からのマイナス5億で余裕のドブスに成り下がっていたのでもう本当にあとは裸見せるくらいしか恥のかきようがないんじゃなかろうか。
さっきの言葉は撤回しよう、恥はいくらかいても恥ずかしいし下には下があった。
ただしこの最後の砦だけは何としても死守したい。
沖矢さんは昨日の沖矢さんから今日の沖矢さんへのトランスフォームは終了しているのだろうか。
昨日と着ている服が違う様子なのでおそらく私が寝落ちしたあと諸々済ませているとは思うが、お風呂のお湯抜いていいのかな?お風呂掃除した方がいいよね?そのままに出来ないよね??掃除、しとこう。うん。
そうやって驚くほど散漫な思考力が叩き出した結論を実行に移した結果、人様の家の浴室で見事にすっ転び強かに頭を打ち付け、さらに最悪なことに物音を聞きつけたFBI氏が慌てて駆け込んできて激痛に悶えてろくな静止も出来なかった私が素っ裸で悶絶しているところをバッチリ見られてしまったりするのだがもうこれ以上は何も言うまい。
人はこれをフラグ回収と言う…。
「慌てていたとはいえ確認もせずドアを開けてしまい申し訳ありません…、まさか掃除までしてくださるとは思いませんでした」
「こちらこそお見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありませんでした…、まさかあそこで転ぶとは思いませんでした…広いお風呂でした」
「あ、いえ、見苦しいなんてそんなこと…じゃなくて、僕も慌てていたのであまりはっきり覚えてるわけじゃありませんから、」
「ぐすっ、ご飯美味しいです」
「す、すまない」
私のあまりの落ち込み具合にたじたじの沖矢氏が思わず敬語も抜け落ちて謝ってくれた。
いや、どちらかと言うともう裸見られたことよりもたった1日で見せられる醜態の全てを晒し尽くしたという自分自身の情けなさとあまりの申し訳なさに落ち込んでいるので全く沖矢氏のせいじゃないから謝らないで欲しい、余計落ち込む。
「沖矢さん、敬語じゃなくていいですよ。私の方が年下ですし、ご面倒おかけしてる立場で敬ってもらうなんて私の無けなしの自尊心が悲鳴をあげています」
もくもくと用意された朝ごはんを半泣きで食べつつ鼻を啜る。
私の言葉に沖矢氏が敬語は癖だがじゃあ遠慮なく気安く話しましょう、と了承したのを見てお礼を言いつつスープをすする。
用意されていたトースト、ベーコンエッグにポテトサラダ、スープまでついた素敵な朝ごはんはここ最近私が手間と引換に失った豪勢なモーニングだった。
私がお風呂場で暴れたせいで少し冷めてしまったが、とても美味しい。
家事もできて面倒見も良くてこの身体スペック。
なんだこいつ、本当に人間かよ。ターミネーターかなんかじゃないのか?
「えと、お風呂で色々考えたんですけど、聞いてもらってもいいですか」
そんな朝食に舌鼓をうちつつ私はそう切り出した。
私とてただ醜態を晒すためにお風呂に入ったわけじゃない。
ちゃんと色々考えたのだ、今後、について。
「まず私が行方不明になった公園に行ってみて、…本当は同じ時間に行きたかったんですけど、でもそれはもう難しいのでいいんですけど…、手がかりがなかったら銀行に行ってこの通帳が本物か調べたいです」
「そうですね。それは一度確認しておいた方がいい」
「それで、警察に行くことも考えたんですけど…それは多分、あまり意味が無い気がするのでやめておこうかなと。10億円の入った通帳持った女が急に家がなくなって知らない日本に来ました、なんて言ったらすぐさま病院送りだと思うんです」
でも沖矢さんが行ったほうがいいって仰るなら行きます、と続けると沖矢氏は苦笑しながらどうでしょうね、と答えた。
異論は無さそうである。
それから最大の心配事を聞いておく必要があるだろう。
あのお金の出どころが、盗品という説。
おそらく昨日の時点でコナン少年からも沖矢氏からもなんの言及もなかったので大丈夫だとは思うけど一応、念のため確認をしておきたい。私の精神衛生のために。
「ちなみに確認なんですけど…ここ最近10億円の強盗事件とか起きてな、」
そこまで言って、ハッとした。
10億円強盗、という単語に聞き覚えがあったからだ。
妹が、コナンファンの妹が、何か言っていた気がする。
それも赤井秀一氏関係の…確か、あれは…?
「僕の知る限りでは、未解決のものはないかな」
その言葉の裏に僅かに届いた感情は、後悔と、怒り、そして悲しみだった。
次の瞬間、私は両手で挟むように自分の両頬を引っ叩いてやった。ざまあみろ!この自己中野郎!痛いだろバカ!!
ちょっと涙目になりながら私は食事を再開する。
呆気に取られる沖矢氏に謝罪とお礼を伝えつつ、私は残りの朝ごはんをかきこんだ。
しっかりはっきり、思い出した。10億円強盗事件。
灰原哀ちゃん、宮野志保ちゃんのお姉さんで赤井秀一氏の元恋人が死んだ事件だ。
妹から何度も聞かされた。
宮野明美さんの覚悟と、赤井さんの後悔。
私は自分のことばかりでこんなにお世話になっている人に言うべきでないことを言ったのだ。
もう少し考えて喋れバカ!私のバカ!!
自分への怒りと一緒に、もし今日一日頑張って何も解決しなかった時は…その時は。
という言葉も、ご飯と一緒に飲みこんだ。
◆恥の上塗り
SAN値チェック失敗続き
◇トランスフォームFBI
怪しんでたけどなんか思ってた反応と違う
[newpage]
無事に(?)朝食を終えた私達は連れ立って米花児童公園へとやってきた。
相変わらずこの公園だけは見知った風景が広がっている。
そういえば朝餌をあげていた猫ももう居ないのだろうか。
じわじわと込み上げてくる寂しさに見ないふりをして、私は公園をぐるりと歩く。
昨日の朝死ぬほど繰り返した行動だ。
「ここはいおりさんのいた場所と唯一類似する場所だったかな」
「はい、私の家の近所と全く同じ作りの公園です。遊具は勿論、木の配置から枝振り、落書きまで…全部同じ、です」
それは昨日も確認したことだった。ここは、ここだけは私のいた世界と全く、何一つ変わらない唯一の場所。
「日課の散歩の後、ここを出ようとして迷子…になった」
「そうです。公園から一歩出た瞬間に目の前が白ずん、で…っ!」
その時だ、目を向けていた公園の入口が突然白く霞んで見えたのは。
「おおお沖矢さんっ!あれ!!」
ゴシゴシと目を擦りながら沖矢さんに声をかける。
私の指差す先、私にしか見えてないのでなければそこには、さっき私たちがここに来た時とは違う«私のいた世界の»見なれた住宅地が広がっていた!帰れる!!
「な…!」
沖矢氏のその驚きは突然駆け出した私に対してなのか、それとも私と同じものが見えたことに対してなのか。
そんなことはどうだっていい今は目の前の帰る手立てが最優先である。
ここ数年こんなにも全力で足を動かしたことなんてないだろう自分が出せる最速でもって私は公園の入口、引いては私のいた場所に向かって駆け出した。
帰る、帰るんだ、私は…!元の世界に!!
しかし、幻想は淡く消えるものである。
「いおりさん!」
ガクンと後ろに引き戻され、同時に私の目の前をトラックが通り過ぎた。
私を引き止めたのは、沖矢氏だ。
「どう、して…」
トラックが過ぎ去った後、目の前に広がるのは見覚えのない住宅地だった。
「どうしてっ…!どうして止めたんですか!?沖矢さんにも見えたでしょう!今のが最後のチャンスだったかもしれない!もしかしたら帰れたかもしれないのに!!何で行かせてくれなかったんですか!!!」
気がつけば私は泣きながら叫んでいた。
掴まれた腕を振り払い、人目も気にせず、大人気なく、駄々をこねる子供のように。
私のためにここまで付いてきてくれて、優しく世話を焼いてくれた人に向かって全力で、言い募った。
「僕が引き止めていなければ、あなたは今頃トラックの下だ」
「帰れていればそれも変わったんです…!」
「だとしても、戻れない可能性だってあった」
「だから何ですか?それを決めるのはあなたじゃない。私です」
「僕にあなたを見殺しにしろと?」
「私がどうなっても沖矢さんには関係ない!」
「関係ない、ですか」
沖矢さんの声色が変わった。
ここに来てから敏感になった神経が彼の怒りを感じ取る。
それでも私は止まらなかった。止まれなかった。もう、限界だった。
「だってそうじゃないですか!あなたと私は何も知らない他人です!あなただけじゃない、ここには私を知る人間は誰もいないんです!」
「友達も、家族も、私が歩いてきた過去さえない!!そんなの、そんなのは…っ、耐えられない…!!」
「こんな場所で一生を終えるなら、帰れないならっ!!今死んだ方がよっぽど…!」
バチン、と言う衝撃と共に、私の言葉は途切れざるを得なかった。
ヒリヒリと痛み出す両頬には同時にじんわりと温かさを感じる。
ぼやける視界いっぱいに広がる沖矢さんのご尊顔。
普段は緩く閉じられている目元から、深い緑色がこちらを覗いていた。
思わず、呼吸が止まった。
「それ以上言えば本気で怒るぞ」
その言葉は、沖矢氏のものだったのか、それとも赤井氏のものだったのか。
それは私には分からなかったけれど、静かに言われたその言葉は私の心にストンと落ちた。
引っぱたいたくせに私の涙を優しく拭ってくれる指や、頬を柔らかく撫でる両手のあたたかさにひくりと喉が震えて嗚咽が漏れた。
「もう、怒ってる…!」
強引に合わせられた目は相変わらずそのままで、こんな不細工な泣き顔をこれ以上晒したくないのに逸らせない。
ぼろぼろ泣き続ける私に困ったように眉を下げた彼の指が、相変わらず目の下を緩く撫でていく。
涙と一緒に頭まで溶けそうだと思った。
「それは僕が一番聞きたくない言葉を貴女が言いかけたせいですね」
「だって、とま、らなくて…」
どうしても止められなかったのだ。
フィクションの世界に迷い込んだなんて訳の分からない体験のあと、ようやく見つけた希望を目の前で掻き消された。
地獄に叩き落とされたような、目の前が真っ暗になって、それから私を引き止めた沖矢さんへの怒りで真っ赤になった。
八つ当たりだってわかってる。
分かってても止まらなかった。
誰かにぶつけなくちゃ自分が壊れてしまいそうだった。
「ご、ごめんなさい…っ!」
感情の波形と共に私の涙腺は崩壊した。
この公園で情けなくも号泣をかますのは昨日に引き続きこれで2度目だ。
ぶっ壊れたように泣き始めた私をついに沖矢さんは引き寄せてゆるく抱きしめ、子供をあやす様に優しく頭を撫で始める。
そんな沖矢さんの肩口で、私は容赦なく泣いた。
沖矢さんの服が汚れるとか、そんなことはもう頭になかった。
10分ほど泣き続けた私の嗚咽が収まった頃、私は沖矢さんに手を引かれて公園のベンチに座らされた。
濡らしたハンカチと自動販売機からココア買ってきてくれた沖矢大菩薩様は私にそれを渡すと隣に腰を下ろす。
彼はコーヒーをお飲みになるようだ。
「何から何まですみません…。それからお洋服汚してごめんなさい…弁償します…」
10分しっかりガッツリ泣き続けた私の目から出た汁で沖矢さんのジャケットには大きな水シミが出来ていた。
鼻から出すのだけはなんとか耐えてみせたがもうあそこまで濡らしたら目だろうが鼻だろうが関係ないな。
ほんと、いっそ申し訳なさで死ねるわ。
「落ち着いたみたいでよかった。説得するためとはいえ女性を叩いたんです、代償としては安いものだ」
神か?この人も神なのか??びっくりして思わずガン見した。いい人過ぎて逆に怖い…。
既に羞恥は0地点突破乙なので今更湧いてこなくなっているのだが、ただひたすらに迷惑かけまくった申し訳なさがギリギリと胃を締め付けてくる。
もう何をしても挽回できない気さえする。
恥の上塗りどころか恥のプールに溺れて見えないのだからもう手遅れである。
「でもこれ以上沖矢さんに迷惑かけたら私申し訳なさすぎて目も合わせられません…どうかお詫びを…」
「それは困ったな。貴女にはこれからあの広い家の掃除や家事を手伝ってもらうつもりだったのに」
……?
ちょっと理解出来なくて沖矢氏の方に顔を向ければ、柔らかく笑ってこっちを見る沖矢氏とバッチリ目が合った。
言ってるそばから目を合わせてしまったがそんなことよりもちょっとよくわからない声が聞こえたな?
「…え?」
「コナンくんがあの家に貴女を連れてきたのは住み込みで働いてもらうためでしょう?なら、貴女が生きていく場所はある」
「……、」
「いおりさん。僕が下宿している家は広くて、とても1人では手が回らないんですよ」
だから是非、僕のためにここにいてはくれませんか?
そんなの、ずるい。
再び緩み始めた涙腺を引き締めて、私は、はい。と、頷いた。
つづかぬ。
その後の展開予想
多分このあと沖矢さんのトランスフォームに気を使いすぎる不自然な距離感の共同生活が始まる。
朝早くは起きない。夜はすぐ部屋に引こもる。お風呂場、書斎に近づかない。とかそんなん。
でもある日当然のように赤井フェイスのFBIが部屋に入ってきてアイエエエエ!ナンデー!?ってなる。
FBIはあまりにも態度があからさますぎてこれは変装がバレてるって気づいた。主人公の反応にやっぱりな。って感じ。
その頃には疑いも晴れてる。
トリップ特典で他人の感情に敏感になった。
赤井が徐々に距離詰めていく詰みゲー。
おそまつ
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一年くらい前に、赤井がねェ!沖矢もねェ!無いなら自分で書くしかねェ!<br />(訳:あむぴの夢は増えるのに赤井さん沖矢さんがやっぱり少ない!なら自作するしか…!)<br />ってノリと勢いだけで書きなぐってた自己満足の産物。<br />珍しくチートじゃない主人公。甘め?<br />満足した。<br /><br />メールボックスから発掘した!→どうしようかな!→もったいないのでうp!<br />という流れなので文字数がとち狂ってる(2万字超えてた)反省。<br />導入が長いト書きが長いなので読みづらい(いつも)<br />面白いこと言いたい。<br /><br />ご供養(-人-)<br /><br />1000usersタグに戦々恐々としております!ありがとうございます!!<br /><br />たくさんのタグ、評価、コメントありがとうございます!!<br />◇2018年9月5日付け女子に人気ランキング 60 位、デイリーランキング87位に入りました!<br /><br />◆09月06日付の[小説] デイリーランキング 21 位、女子に人気ランキング 43 位に入りました!<br />本当に感謝です!<br />ちょっと驚いてます……!<br /><br />つ、続きは……オチが見つかれば…!
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見覚えのある知らない公園で頭抱えてたら保護された
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10083440#1
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本社時代の同期と飲みに行った牧。
結構、酒に弱いから大丈夫か?と心配していたら案の定。同期の野郎二人に抱えられながら帰ってきた。
「はぁるたさん、たらいまぁ〜」
完全に酔ってる。泥酔している。酔うと明らかに舌が回らず、甘ったるい声になるのですぐわかる。
俺に抱きかかえられた牧は、スルスルと玄関に座り込むと壁にもたれて眠ってしまった。
「なんかすみません、俺ら気をつけてたんですけど、知らない間に勝手に飲んでて…」
同期二人のうち、俺と同じくらいの背格好の方が、申し訳なさそうにそう謝った。
牧から手を離し、立ち上がった俺は
「あぁいやいや、牧が悪いわ。わざわざ送ってもらってありがとう。世話掛けました」
とお礼を言った。
同期二人は顔を見合わせると、言いにくそうに、あのぉと声を掛けてきた。
「あ、あの俺、同期の向井って言います。はじめまして」
「あぁ、はじめまして、春田と言います」
背格好の似た方がそう名乗った。
「あの、それで…牧が酔っ払って、俺に色々言ってきて…」
「…はぁ…?」
え?何を言い出すんだ?
「どうも、春田さんと俺を間違えてたようで…」
あぁ、なるほど。確かに雰囲気が似てる。
「あぁ、それは申し訳ない、牧、酔うとかなり前後不覚になるんで」
「あ、まぁそれはいいんですけど、その内容が…なぁ」
と、もう一人に同意を求めた。
もう一人の同期は村山と名乗って
「牧の言ってることが結構切実で、みんな牧に同情っていうか、共感っていうかしちゃって。絶対、春田さんに伝えた方がいいってみんなが言うので、俺たち二人でお邪魔したんですけど」
なんだなんだ…牧は何を言ったんだ?急に不安になってきたぞ。
「あの…なんて?牧」
二人はもう一度顔を見合わせると、思い切ったように向井が口火を切った。
「春田さんが好き過ぎて怖いって泣くんですよ」
え…え?牧?
「えぇぇっと…え?なに?」
頭がかなり混乱した。牧、どしたぁ〜?
牧は壁にもたれたまま気持ちよさそうにまだ眠っている。
「あぁ、ていうか俺たち、それまで春田さんの事を存じあげなくて、その時初めて春田さんと結婚したって話を聞いたんですよ」
そう村山が続けた。
「その話もだいぶ飲んだ後に、急に酔っ払った牧が話し始めて」
「俺たちも最初は冗談みたいに聞いてたんですけど、いい加減に聞いてたら怒り出して、牧」
村山と向井が言い方を探るように、経緯を交互に話した。
「はぁ…」
向井が続ける。
「で、俺たちもちゃんと聞くようにしたら、春田さんにすごく愛されてるとか、春田さんも俺がいなきゃダメだとか、とにかく散々ノロケ出して」
俺は驚きと気の毒な気持ちで
「あぁホント面倒臭いヤツだよねぇ、悪かったね」
と謝った。
それを制するかのようにまた向井が続けた。
「そしたら、牧が俺と春田さんを間違えて、泣きながらさっきの事を言い出して」
「俺が好き過ぎて?」
「そう、それです」
なんだよ、牧、どうしちゃったんだよ。
「牧が可愛い顔して泣きじゃくるもんだから、女性陣はスッカリ牧に心持ってかれて、牧の話を真剣に聞き出したんです」
想像つくけど、シュールだなぁ…。
「なんか、申し訳なかったね、ホント」
「あ、いや、そこが言いたいんじゃなくて」
なんだよ!じれったいな、と思わず言いそうになった。
「牧、春田さんを一度フってしまったって、心にもない言葉を春田さんにぶつけてしまった、ずっと後悔してるって泣きじゃくって」
牧…お前そんなこと…
「でもずっと謝れずに来てしまって、今更どう謝ったらいいかわからないって」
「俺を春田さんと間違えてんのに、支離滅裂なんですけど」
向井は眠っている牧をしばらく見つめてから、俺に向き直った。
「その事で、いつも春田さんに負い目があって素直になれないし、春田さんに愛想尽かされたらと思ったら怖いって泣いて」
「そんなに春田さんが好きなんだって、みんな同情っていうか感動して、もらい泣きする子もいたりして」
村山も牧を見つめた。
「きっと牧はこの先も、謝ることはできないと思うんですけど、春田さんには牧の気持ち知っててもらった方がいいんじゃないかってみんなで話して」
俺は神妙な顔つきで牧と向井たちを交互に見た。
「そっか、うん、ありがとう。わかりました。っていうか薄々?感じてたとこあったんだけどねー」
すると向井が村山に目配せをして
「春田さんイケメンですよね」
村山が突拍子もなくそう聞いてきた。
「え?なに?なんで?」
突然、話の色合いが変わって俺は驚いた。
「いや、牧がカッコいい、イケメンだ、いい体だってやたら春田さんを褒めるんで、ホントは春田さんにみんな会ってみたいって言ったんですけど、夜分にそれは迷惑だって話になって、俺たちが代表で来たんですよ。まぁジャンケンで決めたんですけど」
そう言って二人は可笑しそうに笑った。
いい同期だなぁ、牧。
「そっか、まぁ実物がどうかの感想はあんま聞かないでおくわ」
と俺も笑った。
夜分にすみませんと挨拶をして、二人は帰っていった。
まだ牧はスヤスヤ子どもみたいに眠っている。
あんな事を同期の前で言ってしまうほどに思いつめてたのかと思うと、愛しいというより、もう泣けてきた。
でも、牧に自分の気持ちを素直に言える友達がいて、なんか安心したわ。
牧を抱えて立たせると、リビングまで連れていった。
目を覚ました牧は
「あぁれぇ〜、はぁるたさんら〜」
と嬉しそうにそう言った。
「はい、牧の大好き春田さんですよ」
そう言うと、牧は甘ったるい声と同じく甘ったるいフニャフニャの表情で
「はぁるたさぁん、だぁいすきぃ〜」
と虚ろな目で俺を見つめた。
エロい。酔っ払った牧はエロが過ぎる。一気にムラムラしてくる。
しかし当の本人はそれだけ言い捨てると、ソファの上で突っ伏して眠ってしまった。
牧、可愛いな。
くそ!
明日めちゃくちゃに抱いてやるからな。もうそんな後悔なんか思い出せないくらいに、頭んなか俺でいっぱいにしてやるから。
愛しい気持ちで牧の寝顔を見る。
「やっぱ、うつ伏せに寝るのダメじゃん、寝顔見にくぅ〜」
そう言って一人で笑って、眠る牧のフワフワの髪に優しくキスをした。
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春田と牧が結婚した後の日常です。
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言えない本音
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https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10083494#1
| true |
———どうしてこうなった。
イケブクロの番犬こと、山田二郎は困惑していた。隣に座る三郎もいつものすました顔はどこへやら、珍しく戸惑った様子で周りをちらちらと伺っている。目の前には湯気をたてた中華料理が並び、美味しそうな匂いが胃袋を刺激してくる。二人とも育ち盛りの食べ盛りである。普段なら間違いなくこのご馳走に一も二もなくがっついているはずだった。…普段通りの、長兄含んだ三人で囲む食卓なら。
「んだその顔はよぉ。気に入らねぇもんでも入ってんのか?嫌いな食いもんがあんなら先に言っとけや、あぁ?」
「選り好みはあまり良いとは言えないな。全ての食材に等しく感謝をして頂く、それが食事というものだろう。」
「それとも、もしかしてお二人とも遠慮なさっているのですか?あなた方は成長期なのですからどんどん食べなくては、理鶯のように大きくはなれませんよ。」
二人の気も知らず話しかけてくる三人は実に呑気なものだ。それに苛立ったのか、バン、とテーブルを叩きつつ先に口を開いたのは二郎だった。呆けていた三郎が慌てて後に続く。
「好き嫌いはねぇし遠慮もしてねぇ!!あんたらに囲まれてるから食うに食えねーんだろーが!!!」
「そ、そうだよ!こんな状況で呑気にご飯食べていられるわけがないだろっ!」
そう、山田家の次男と三男は現在、宿敵であるMAD TRIGGER CREWの3人と共にテーブルを囲んでいるのだ。それもここは相手のホームであるヨコハマ、バリバリに敵陣真っ只中である。にもかかわらず何故かご丁寧に彼ら行きつけだという店に案内され、世話を焼かれているという全くもって意味不明の状況。混乱してとりあえず噛みつきたくなるのも道理というものである。
そもそも山田兄弟が何故二人だけで———長男であり、彼らのリーダーでもある山田一郎が不在の状態でヨコハマにまで足を運んだのかと言えば、話は1日前の夜に遡る。
「39.8℃?!」
「はぁ?!ちょっと二郎毛布追加!!いち兄、大丈夫なんですか?!」
「おお、二郎、三郎...わりぃが声、落としてくれ...」
ごめんなさい、と首をすくめる二人を見て笑う一郎だが、その姿はいつもと違い弱々しい。
その日。一日の仕事を終え帰宅した一郎を待ち受けていたのは、愛する弟二人からの「顔色が悪い!」という指摘であった。毛布だ風呂だと準備に走る弟二人を横目に、言われてみれば確かに怠い気がする、と体温を測ってみればこのざまである。体調の悪さを可視化した瞬間、心なしか悪寒や喉の痛みを強く自覚するようになった気がしてソファに座り込む。5分後、二郎が持ってきた毛布を何重にもかけ、三郎が用意してくれたココアを飲む一郎の姿がリビングにあった。珍しく協力して世話を焼いてくれた弟たちに礼を言い、一郎は赤い顔でさてどうしたものか、と呟く。
「まさかこの俺が風邪引くなんてなぁ。明日も依頼があるし、それまでに回復するか...」
明日の仕事について思案する一郎に、三郎は思わず声をかける。
「あの、いち兄!明日は土曜ですし、良ければ依頼は僕に任せて頂けませんか?」
「あっおい三郎抜け駆けすんな!兄ちゃん、俺も!俺も手伝うよ!」
その申し出に対し、初めこそ渋っていた一郎だったが、すったもんだ(二郎と三郎が喧嘩をしたり、仲裁しようとした一郎がソファーから落ちたり、それに慌てた二人がマグカップをひっくり返したり)の末に「二人で仲良く」を条件に仕事を託すこととした。
「ただ、これはヨコハマに行かなきゃならねえ依頼なんだ。本当に大丈夫か?」
仕事内容自体は大したものではない。が、何しろ一般人よりも多少血の気の多い二人である。わざわざ敵陣であるヨコハマディビジョンに乗り込ませるのはあまり気乗りがしなかった一郎だが、
「おう!こんな時にわざわざバトル相手にちょっかいかけたりはしねーって!」
「依頼だけ済ませて、すぐに帰ってきますから!」
二人の自信満々の様子、さらに「兄ちゃん(いち兄)はそれより早く体調を治してください!」と言うのを聞いては緩慢に頷かざるを得なかった。
...そして、本日。心配そうに見送る一郎へ手を振り、二郎と三郎はヨコハマディビジョンへと足を踏み入れた。
「えーと、依頼はっと。へぇ、ここのお店でしか取り扱ってない商品の買い付け、ねぇ」
「もうこんな時間か。いち兄の具合も心配だし、さっさと済ませて帰ろう」
「おうっ!よし、行くぜ三郎!」
意気揚々とヨコハマの街を歩き出した二人———だったのだが。
「いたぞ、おい待て!逃げてんじゃねぇぞブクロの犬どもが!!」
「待てって言われて待つバカいねーよこのバーーカ!!!」
「話してる間に追い付かれちゃうだろバカっ!いいから走りなよ!!」
時は夕暮れ、お世辞にも綺麗とは言えない中華街の裏通りにて。二人は罵倒を返しながらチンピラ連中から逃げ回っていた。
実際、二人は悪くなかった。買い付けの交渉には少々時間を喰ったものの(主に二人の年齢的な問題で)依頼を達成し、軽食を摂るついでに家で寝込んでいる一郎へ何か土産でも買っていこうと中華街へ足を踏み入れただけだ。しかし残念なことにヨコハマの治安は決して良いとは言えず、そしてBuster Bros!!!の顔は本人達の想像以上に売れてしまっていた。一郎という絶対的リーダーのいないイケブクロ代表の呑気な散歩を、ヨコハマのチンピラ達が見逃してくれる訳もなく...あれよあれよと言う間に始まる命がけの追いかけっこ。「一郎に迷惑をかけない」為にとマイクを家に置いてきた二人は、売られた喧嘩に対してただひたすらに逃げるしかなかった。走ったり隠れたりを繰り返しながら追われ続け、埒が明かない!と三郎は追っ手を振り返りながら思考を巡らせた。
(どうする?僕達には土地勘がない...このまま逃げていてもじり貧だ!なんとかしてあいつらを、)
「おい三郎!!」
二郎の叫びにハッと前を向くと、危惧した通りたった今踏み入れた路地の先には高いフェンス。思わず足を止める二人の後ろでは、チャンス、とばかりにチンピラ達が距離を詰めてきていた。フェンス際までじりじりと二人を追いやった所で、リーダーとおぼしき男がニヤニヤしながらマイクを構え、叫ぶ。
「くそっ手間かけさせやがって!行くぞ、てめぇ」
ら、と続いたであろう声はしかし、急に響いた派手なブレーキ音にかき消された。振り返るチンピラ達の隙間から見えた車に、また追っ手が増えたか!と二郎と三郎は一瞬身構え。しかしそこからゆるりと降りてきた人影を認識した瞬間、何よりもまずは
「おい待てって?!」
「やばっ?!」
耳を塞いだ。
『てめぇら人の休日に何揉めてやがるしょっぴくぞこの、ボンクラがぁ!!!!』
...リリックですらない、ただの罵倒と音圧で半数以上の人間が倒れた光景を、二郎と三郎は耳を塞いだまま唖然と眺めていた。
「ったく、張り切りすぎだろーがよ銃兎」
「折角の休日だというのに、こうも騒ぎを起こされては当然だ。銃兎の苛立ちも頷けよう」
あーあ、というように車にもたれ掛かりながら話している二人....碧棺左馬刻と、毒島メイソン理鶯。そして先程からバッサバッサと一人でチンピラ集団を薙ぎ払っている入間銃兎。
三人をしっかりと目に入れた二郎はなんて日だ、と天を仰ぎ見た。
(何事もない1日なんてマジであり得ねーじゃん、ヨコハマ...)
「で、何故あなた方がこんなところにいるんです?」
一頻り大暴れしてスッキリしたのか、来たときとはうって変わって口許に笑みすら浮かべ、銃兎は気絶したチンピラ一人一人の身分証を勝手に検めながら二郎と三郎に問いかける。
「よーおクソイチローの弟共。ビビって震えてねーだろうなぁ?」
と、左馬刻も二人へズカズカと近寄って行く。
「なんだっていいだろーが!お前らには関係ねーよ!!」
あと兄ちゃんのことクソって言うな、と二郎が牙を剥く。三郎はその隣で全身で威嚇しています、というようにMTCの三人を睨み付けていた。返答にもならない返事にふむ、と唸った銃兎は、最後の一人を検分し終えたのか立ち上がり。
「では、お腹は空いていませんか?」
と、全く関係のない事を、満面の笑みで言ってのけた。
そして。お腹?いや、え??と戸惑う二人はまぁまぁと宥められながら車に押し込められ。何故か上機嫌になった銃兎オススメのお店とやらに連れていかれ、冒頭に戻るのである。
何故敵である自分達を助けてくれたのか、何故こんな所に連れてこられているのか。まずはこの疑問から消化したい、と息巻いていた二郎と三郎だったが。
「良いじゃないですか、どうせこちらの奢りなんですから食べておきなさい。見返りに何かしろ、なんて言いませんよ?別に。」
やれやれ、と銃兎は溜め息をつき、自らの箸を料理へとのばす。それを見た二郎と三郎も、一度顔を見合わせた後にそろそろと料理に手をつけはじめた。徐々に食べるスピードが速まっていく二人を満足げに眺めていた銃兎は、左馬刻のグラスに酒を注いでやりながら改めて尋ねる。
「で?あなた方が何故二人だけであんな場所にいたのか、教えていただきましょうか。見返りを、とは言いませんでしたがこれくらい聞く義理はあるでしょう?」
最初に答えてもらえなかった質問である。腹も満ちてきて、イラつきが若干治まった二人は今度は素直に経緯を語った。一郎の風邪の話をしたところで左馬刻が盛大に顔をしかめたが、常のように悪態はつかずむすりとしたままただ腹を満たす事に専念していた。
「ふむ、事情は分かりましたが...案外、山田一郎も甘いんですね。学生二人だけで敵地に乗り込ませるとは」
「うっせ。ガキ扱いしてんじゃねーよポリ公が」
「実際ガキなんですよ、大人からしてみると。山田一郎も19歳でしたね...後で厳重注意、というところでしょうか」
「んだよにーちゃんは関係ねーだろがよぉ!」
「...せめてマイクぐらいは持っとけ、バァカ」
銃兎に景気よく噛みつき続けていた二郎だが、左馬刻がポツリといった言葉に———否、常のような激しさのない言葉の響きに口をつぐんだ。妙な沈黙が降りたことに気付いた左馬刻はチッ、と舌打ちをし。
「いつもいつも都合よく助けが来る訳じゃねーんだよ、覚えとけ」
一言吐き捨てると皿にあったチャーハンをかき込み出す。
「なんだよそれ...」
「...つーか、何で俺らのことここまで連れてきたんだよ」
むすっとした顔で呟く三郎。同様にふくれながら問い掛ける二郎に、銃兎は肩をすくめつつ答えを返す。
「まぁ、端的に言えばお礼とお詫びですよ」
「あ?」
ぽかん、と口を開けたままの二郎に代わり三郎が聞き直す。
「お礼とお詫びって、なんの?」
「まずお詫びですが、これはまぁ完全に左馬刻の領分ですね」
「あんたかよ!」
左馬刻に矛先を向ければ、先程の静かな表情から一転、楽しそうな赤い眼が三郎と銃兎を見つめていた。
「まぁな、そうカリカリすんなよ。禿げんぞ?じゅーとみてぇに」
「禿げないよ(てません)!」
左馬刻の話を要約するとこうだ。
あのチンピラ達は以前から左馬刻にすりよろうとしていたチーマーなのだそうで。一郎を目の敵にしている左馬刻に、二郎と三郎を献上することで権力のおこぼれに与かろうとしていたらしい。当然そんな事をされても迷惑なだけである左馬刻は、とりあえず銃兎を呼びつけて現場へ急行した、と。
「とばっちりかよ...」
「つーかオメーらはも少し自分達のツラ割れてんの知っとけや。あんなトコ歩いてたオメーらが悪いんだよ。もっと人通り多いとこ歩けガキ」
ぼやいた二郎に左馬刻が釘を刺す。
(さっきも思ったけど、左馬刻さん...俺らの事、心配してんのか?)
左馬刻の様子に考え込む二郎を横に、話はどんどん進んでいく。
「なんでわざわざ入間...さんに連絡を?」
「ふふ、取って付けたような敬語をありがとうございます。一応これでも警察の端くれですしね?あいつらは改造した違法マイクを所持しているとの情報もありましたし、目をつけていたのも事実です。まぁ、賢明な判断だったとは思いますよ」
「...え、でもめっちゃ機嫌悪くなかった?」
「ああ、あれは」
一度言葉を切り、ニッコリと微笑みつつも額に青筋を立てながら銃兎は低めの早口で捲し立てる。
「どこぞのヤクザが起こした事件のせいで1週間はまともに寝られずやっとの思いで仕事を片付け久々に惰眠を貪っていたところに左馬刻からこんな騒ぎを聞かされクソ上司からは管轄違いだからお前に一任するという実に有難いお言葉を頂けたので少々取り乱してしまいまして」
「はっはぁ!でもそのお陰で違法マイク一斉に摘発できたんだろーが」
感謝しろよウサポリ、とニヤニヤしている左馬刻を睨み付け、一つ息をついてから再び二郎と三郎には柔らかい口調で話しかける。
「とまあ、そういうわけでして。結果的には今日の捕物は私の手柄、休日を潰してまで世間に貢献した警察の鑑になれた訳ですよ」
「それで感謝、つーわけね。で、今んとここの人がここにいる理由がみつからねーんだけど?」
と、二郎が指差したのは理鶯だ。当の理鶯は今の今まで静かにかつ満足げに二人がもぐもぐと食事をするのを眺めていたのだが、自分が話題に上ったのを把握してむ、と声をあげる。
「小官は銃兎の家にいた」
「「へ」」
今度は揃って口を開けた二人に銃兎が説明する。
「昨日はかなりの豪雨だったでしょう。野外生活が厳しいときにはうちを使うように鍵を渡してあるんです。事前に材料費等を渡しておけば、うまい飯も作ってもらえますしね」
「自分で捕獲するから材料費は必要ないと言っているのだが...銃兎は律儀だからな。折角なので近くのマーケットを利用させてもらっている。カードのポイントもかなり貯まったぞ」
「おい理鶯、次じゅーとんち行くときビーフシチューにしろ、ビーフシチュー。ポイントはまだ貯めとけよ、金なら払うから」
「む、シチューか?捕獲できるものを使えば高い材料費は必要ないのだが」
「いやこういうことはキッチリしねえとよ」
「そうですよ理鶯、作って頂いてるのですからその分お支払します」
いやなんでナチュラルに合鍵渡してるんだ。というかしょっちゅうこういうことしてるのか。なんでサマトキさんが勝手にメニュー決めてるんだやっぱり勝手に入るのか。思いがけずMTCの仲の良い一面を見てしまった二郎と三郎は目を白黒させていたが、突っ込みどころを探していても話が進まない、と流れをぶったぎる。
「そ、そんで?昨日も泊まってたんすか、りおー、さん」
「その通りだ。流石に朝帰って来て疲れきった銃兎を一人にするのは忍びなくて料理などしながらつい居座ってしまったのだが...左馬刻から連絡が来て、まぁそのあとは流れでくっついてきた。寝起きの銃兎には運転手も必要だったしな」
「...そういうことね」
うんうん、と頷いていた銃兎だが、はたと気が付いておそるおそる理鶯に話しかける。
「えー...と、理鶯?ちなみになんですけど、料理、というのは」
「大丈夫だ、火は消してきた」
「あーありがとうございます、いえそうではなく材料費を今回は渡していないのですが...うちに食材なんてありました?」
「ああ。ネギと卵と米を使わせてもらった。雑炊だから水を少し入れて温め直せば食べられるぞ」
「あぁ、ありがとうございます、安心しました」
と、会話が途切れるのを待っていたのか、左馬刻は立ち上がり銃兎、と一声かけて外へ出ていく。
「あぁ待ってくださいよ。すいません、私も少々失礼します」
後を追う銃兎を見送り、理鶯は二人へ気にせず食べてくれ、と皿を勧める。再び疑問を口にしたのは三郎だ。
「なに?」
「煙草だ」
「えっ。僕ら別に気にしないけど」
「非喫煙者に副流煙は毒、気にするのは当然のことだ。車でも吸わなかっただろう?」
「確かに、そうかも...」
驚きを隠せない三郎に、二郎はポツリと呟く。
「そんなことまで、俺らに気を遣ってたのかよ」
「左馬刻には妹がいる。気遣いとしては身に染み付いているのだろう。銃兎もマナーは気にするタイプだしな」
それからしばらく無言で食事をしていた三人だが、銃兎と左馬刻が戻ってきたのを合図に二郎は箸を置いた。
「おや、もう食べないのですか?」
不思議そうに銃兎が問い掛けるのには答えず、二郎は三人の顔を見て。
「今日は、ありがとう。マイクも持ってなかったし助かった。飯まで食わせてもらって、ほんとにありがとうございます」
しっかりと、頭を下げた。隣で三郎が信じられないものを見るような目で二郎を見ていたが、それは二郎が(普段は自分がバカにしている、あの二郎が)大人のような対応をしたことに対してであったようで。
「お前に先越されるなんて...。あの、ほんとに助かった。子供扱いは正直癪だけど、今日に関しては礼を言うよ。ありがとうございます」
と、いくらか慇懃にではあるがやはり頭を下げてきた。おやおや、と目を見開く銃兎にふ、と口角を上げる理鶯、そして左馬刻は二人を一瞥し、おう、とだけ答えていた。
「素直に礼を言えるのは良いことですよ。とはいえ一成人としては未成年者を保護するのは当然のことですし、あまりお気になさらず」
「いや、つっても俺ら敵だし...」
「関係ないな。子供は守られて然るべきだ」
「理鶯の言うとおりです」
「...なにそれ、僕らの事は相手にもしてないってこと?」
気色ばむ三郎に苦笑し、
「そうじゃない」
「そういうことではありませんよ」
二人は同時に否定する。
「確かにテリトリーバトルでは警戒すべき敵ですが、今はバトル中ではありません。我々は一介の市民であり、あなた方もそれは同様。ついでに言うならば私達は褒められた人間とは言えませんが、顔見知りの子供を助ける程度の思いやりは持ち合わせていますよ。ねぇ?」
「そうだな」
「ま、俺様は自分のテリトリーで勝手なことをさせたくねーだけだ」
「と、いうことです」
その言葉に嘘や取り繕いは見えず、どうにも二郎と三郎はむず痒い気持ちになる。
彼らは案外、悪い奴らではないのかも知れない。
MTCへの認識を改めながらデザートまでちゃっかりと頂き、二郎と三郎は満足げに水を飲み干した。
「うまかったー!ごちそーさま!!」
「ご馳走さまでした。いち兄にも今度食べさせてあげたいな」
来店時の警戒ぶりが嘘のように笑顔を見せる二人に、年長者三人も思わず口許が弛む。
「うん、幸せそうで何よりだ」
「気持ちのいい食べっぷりでしたねぇ。やはり若い方はこうでないと」
「はっ、年寄りくせぇ。...腹一杯になったか?」
「もうこれ以上食えねえ!」
「うん。お腹いっぱいだよ」
「ならいい」
左馬刻はそう言い、軽く目を細めた。
どうやら会計は既に済ませていたらしく、二郎と三郎が出そうとした財布は有無を言わせず制された。曰く、
「子供に出させるほど稼ぎは悪くない」
そうだ。理鶯に関してはその限りではないのだろうけれど。
「んじゃ、今日はまじでありがとうございました」
きちんと礼を言い、一歩踏み出そうとした二郎と三郎であったが、
「はいそこ、stop」
銃兎が言い、理鶯ががしりと襟を掴んで引き留める。ぐえ、と声が出た二人は首をさすりながらなんだよ!!と振り返る。
「あのねぇ。今何時だと思ってるんですか?もう19時ですよ、19時。今からイケブクロに二人だけで帰らせるわけがないでしょう」
「え?」
「おら乗れ、ガキども。なんのためにじゅーとが酒我慢したと思ってんだよ」
「ついでに銃兎の家に寄ってから行こう。風邪には雑炊が食べやすいだろうからな」
「ああ、それは良いですね。折角ですしヨコハマらしいものも何か持たせてやりますか。すいません!マンゴープリン、持ち帰りで」
「一郎のカスに理鶯の料理なんてもったいねーんだけどよ。おい、あいつが雑炊残したりしやがったらてめーらごとぶっ飛ばすかんな」
「いやだから、」
なんで自動的にこの二人もついてくんの?
その後。山田家に無事送り届けられた二人は一郎に雑炊(丁寧な調理時間のメモつき)とマンゴープリン(「お大事に」というメモつき)とのど飴(「喉壊してバトルに出れなくなったら殺す」というメモつき)を渡し、とんでもなく変な顔をされることになった。
さらにその1週間後。風邪が完治した一郎が鍋と礼を返すために弟二人と共にヨコハマへ出向き、銃兎から未成年の外出について3時間説教されることになるのだが、それはまた別の話である。
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まんまとヒプマイにはまって悔しい私です。<br />CP要素はないですがイケブクロとヨコハマがわりと仲良しなので、バチバチにかっこいい彼らを見たい方はこのままゆっくり下がることをお勧めします。そしてイケブクロと言いつつも一郎がほぼいません。さらに言うと半分くらいは入間ばっかり喋っています。色々と捏造激しいですが全て幻覚なのでお許しください。<br /><br />ところでイルマティックな警察官のハイトーン&大声を表現するにはどうしたらいいですか?<br /><br />(9月7日追記、9月16日再修正)<br />たくさんのブックマーク、いいね等ありがとうございます。100usersタグをつけてくださった方もありがとうございます、嬉しいやら驚くやらでカフェオレを溢しました。<br />さらにさらに500usersタグまで...!ありがとうございます、本当にありがとうございます。<br /><br />フォローしてくださった方も、ありがとうございます。ただ、実生活がそこそこ忙しい上に筆が遅いため新たな作品がいつ書けるのかは私も分かりません。ご了承の程をよろしくお願い致します。<br /><br />これからもヒプノシスマイクとファンの皆様に幸あれ!
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