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実際この二人が結婚することを世間に向けて発表した時、世界中のメディアはこぞって反応を示したし、世間一般をかなり驚かせたことも確かであった。 とはいえ、蜂の巣をつついたような騒ぎとならなかったのは、世界の潮流が同性婚を公的に認める方向へ数年前から大きく傾いているというのが大きかった。 様々な業界で同性のビッグカップルが次々と誕生していた昨今であったので、今回の発表についても世間の何割かの人々にはそうした流れの一つとしてとらえられるに留まり、今更それに反発するという空気は拍子抜けするほどになかったとも言える。 そして、何よりも長年彼らを見守り、応援してきた世界中のファンたちにとって、あの二人の関係は「隠す気ないよね?」というほどに公然の事実であったので、驚きというよりもむしろ「長かった…」「やっとこの日が…」というものが大半を占めており、まぁ一部には「――というか、とっくに法制化している国に移住してしまえば、もっと早かったんじゃ?」という声もあったくらいだ。 ともあれ――である。 紆余曲折の末に現役時代からこっち、世界一のお騒がせ師弟と呼ばれていたヴィクトル・ニキフォロフと勝生勇利がその長かった春に別れを告げて、二人揃って結婚会見を行ったのはヴィクトルの母国であるロシアではなく、つい最近同性婚が法制化した日本での話であった。 二人揃って用意された金屏風の前に設えられた会見席に姿を現すと、一斉に写真撮影のフラッシュが焚かれた。そして、まず並んでの立ち姿の撮影が幾つか行われた後で、シルバーグレーのスーツ姿のヴィクトルと並んで、ダームネイビーのスーツを身につけ、少しラフに前髪の下にシルバーフレームの眼鏡をかけた勇利は用意された椅子に着席した。 そして、まずは当事者である二人(とはいっても、ヴィクトルが主に話していたが)から、今回に至る経緯が簡単に報告されると、続いて質疑応答タイムとなった。世界中から集まった記者たちは我先にと挙手し、質問が飛ぶ。 「――今回、勝生さんの母国であるこの日本で結婚を発表されたというのは、やはり日本での同性婚の法制化がロシアよりも先だったから、ということなのでしょうか?」 日本語でなされたその質問は用意されていた通訳は介さず、勇利がロシア語でヴィクトルにその質問内容を伝えた。それを聞いたヴィクトルは満面の笑顔で応える。 『その通り!君達のどれくらいが知っているか分からないけど、俺の母国は同性愛についてはその昔、法律でも禁じていたくらいの不寛容な国でね。今のこの流れにもつい最近まで頑として抵抗を続けていたくらいだ』 すると別の記者が挙手する。容姿からしてヨーロッパ系の記者らしい。 『ですが、ロシアもこの間同性婚を正式に認めるとニュースになっていましたが』 『ああ、そうだね。しかし、それは今から二年後の話だ。けど、そのことが今回の踏ん切りをつける大きな要因になったとも言えるかな』 『と、言いますと?』 『俺達にも今日この場に至るまでに、いろんなことがあって。それを二人で乗り越えてきた。だから、今二人の間にある愛がそう簡単に壊れることも揺らぐことがないってことは、俺も勇利も微塵も思ってない。だけど、人間いつ何時命を落とすか分からないって、最近特に考えるようになってきたんだ』 すると、これまでずっとヴィクトルと記者のやり取りを、黙って聞いていた勇利が初めて口を開いた。 『ある時、僕はヴィクトルに言われたんです。事故や病気――予期しない出来事で、天寿を全うできずにこの世を去る人は決して少なくない。それは自分達にも当てはまるんじゃないだろうかと』 ヴィクトルがその後を続ける。 『両方の国の人たちに対して、大手を振って結婚できるようになってから――というのは確かに理想的かもしれない。 しかし、その為に待つ二年の間でもし勇利が事故に遭ってしまったら?俺が不治の病に罹ってしまったら?その可能性はゼロじゃない。そう思ったら、途端にそれまで考えていたことが、急に馬鹿馬鹿しくなってきたんだよ』 既に世界の主だった国では同性婚もまた結婚の形の一つとなりつつあって、人々の意識も随分変わり始めて久しい。 『そんなタイミングで勇利の母国である日本が、今年から同性婚が正式に法制化されて認められるようになった。これはある種の天啓のように、俺には思えたんだ』 余談ではあるが、この時記者会見の模様はインターネットでも生配信されていたのであるが、これを食い入るように視聴していた二人のファン達は、この二人の言葉に「ヴィク勇尊い」「ヴィク勇尊い」と滂沱の涙を流しながら、スマホやパソコン越しに拍手を送り続けていたそうである。 「――すみません、指輪を見せていただいてよろしいでしょうか?」 その後幾つかの質問がなされた後で、こう聞いてきたのは日本の記者であった。本来芸能記者であり、この日はたまたま急遽応援で駆り出されていただけの彼としては、こういった結婚会見の場でする定番中の定番、ぶっちゃけ芸能記者としては実にベタな質問をしてしまったわけなのであるが、ところがこの日記者会見に集まっていた大半の記者はスポーツ担当であったが故、芸能記者であれば三流の記者だって言いそうなこの質問を誰一人口にしていなかったのである(おかげで事前の勉強不足も甚だしく、思わず苦し紛れに発してしまったこの質問が、後にネット上では世界中から非常に高い評価を受けたとかなんとか)。 ともあれ、その質問に対して皇帝はご機嫌で右手を挙げ、恥ずかしがってなかなかその手を挙げようとしなかった勇利も、ヴィクトルに何事か耳打ちされると観念したのか、顔を赤くしたままその手を挙げてみせた。そこにはかねてから二人の右手の定位置にあった金の指輪に重ね付けされたプラチナリングが光っており、『これはねー、俺から勇利へ贈ったんだよー』と、口をハートにしたヴィクトルが言った。 『折角勇利がくれた指輪を外してしまうのは、あまりにも惜しかったからね。両方を生かせるようなものをデザインしてもらったんだよ』 「――だ、そうです」 流石にヴィクトルのように終始にこやかな笑顔で顔を上げ続けるのは限界だったのであろう、勇利は笑顔を引き攣らせながら俯き加減でヴィクトルの言葉に追従したのであった。 そんな具合で記者会見もほぼ終わりに近づき、最後に質問になった記者が勇利にこう尋ねた。 「えー、今後の事になってしまって恐縮なんですが、勝生さんはこの先ニキフォロフさんとお呼びするということでよろしいのでしょうか?」 「ああ、そうですね。やっぱりそうなるのかな――」 勇利がそう言って小首をかしげかけた時だった。 「ノー!それチガウ!!」 突然、その日本語での質問に、カタコトの日本語でヴィクトルが割って入ったのだ。記者は勿論であるが、勇利もヴィクトルのその一言にギョッとして彼を見る。 『えっ、何?どういうこと?僕達、結婚するんだよね??』 『は?何おかしなことを言ってる。まさか勇利は俺たちの結婚がジョークとでも言う気かい??』 『そう言いたいのはこっちなんですけど!』 婚姻届はこれから出すというものの、日本の婚姻制度はいまだに夫婦同姓と決められている。ヴィクトルにもその事はあらかじめ説明済で、本人も納得していたはずだ。 困惑する勇利に、ヴィクトルは言った。 『――ああ、安心して。別にこっちで届を出さないって話じゃない』 『え、でも…』 すると、ヴィクトルはにこやかに記者達の方を向くと、高らかにこう宣言したのだ。 「勇利、ニキフォロフならないネ!オレ、勝生ヴィクトルになるんダヨ!!」 「「「「はぁっっ!!??」」」」 まさに晴天の霹靂なその発言に記者は勿論、当事者である勇利も驚きを隠せない。 「ち、ちょっ、ヴィクトルそれ――」 余りの爆弾発言に動揺し、言葉が日本語になってしまっている事すら気づかぬまま、勇利はヴィクトルに詰め寄った。 すると、ヴィクトルはフフンと得意気に笑う。 「オレ、ムコヨーシなるね~!!」 「「「「ええ――っっっ!!!」」」」 その瞬間、世界中が阿鼻叫喚したのはいうまでもない。 ――そして。 『……ねぇ、その話僕初めて聞くんだけど?』 『勇利を驚かせようと思って!』 『――ヴィ~ク~ト~ル~~』 同時に結婚後最初の夫婦喧嘩の幕もまた、ここに切って落とされようとしていたのであった。 <おしまい>
お久しぶりです。すっかり書けなくなっていたので、リハビリを兼ねて書いてみました。元ネタ…というか、この話のヴィクトルのモデルは女優のH.Aさんの旦那さんであるA氏(笑)この人のやらかし具合を見てたら、結婚後のヴィクトルってこんな感じかもと思い始め、気づけば話の大筋がまとまってたので、そのままどうにか仕上げてみました(とはいえ勢いで仕上げたので、昨夜のうちに若干の加筆修正をさせて頂きましたが)。<br /><br />場所が場所なのと、ライブ配信されているということでモブ率高めです。ご注意下さい。<br /><br />未来の話ということで、彼らを取り巻く状況がいい方向へ動いている…という前提での話となっています。<br />あと会話部分ですが、「」が日本語、『』が英語となっていますので、あらかじめご了承ください。<br /><br />表紙素材はこちら(<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/69130646">illust/69130646</a></strong>)でお借りしました。
噂の師弟がついに結婚会見したらしい
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10083657#1
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  「……」 「……イヴ?」 恐らく今日のイヴの嫁婿発言の発端となったと思われる、美術部の先輩との会話。 だが、話を切り出したものの、それきりイヴは黙り込んでしまった。 「ギャリー……全部話すと長くなるから、ちょっと省いてもいい?」 「え……?ええ。アタシは別に構わないわよ?」 「ありがとう」 本音を言えば、長くなってもいいから全部詳しく話して欲しいのだけれど。 話題が話題だし、ギャリー本人に話したくない部分もあるだろうから、仕方がない。 漸く、ぽつりぽつりとイヴは話し始めた。 以下は、(ギャリーがイヴの話を聞いて想像した)その会話の様子である。 『ふーん。で、そのギャリーさんって人と、イヴは何処までいってるの?』 『……!!?』 『真っ赤になっちゃって可愛いー!で、実際どうなの!?』 『…………(ひそひそ)』 『えっ?ハグもキスもされてんのに、付き合ってないの!?  ちょっとそれ酷くない?』 「―――ハイ。ストップ」 本当になんて酷い男なんだ、その『ギャリーさん』とかいう奴は。 「イヴ、キスって言ったって挨拶のでしょ!?  頬にしかしてないじゃない!」 「おでこにだってしてくれたことあるし、挨拶じゃなかったときもあるよっ!」 「……!?」 確かに良く考えると、可愛い可愛いと愛でる勢いでハグしてついでにキスしたりすることもあったり、なかっ……あったような気がするけれども。 「で、でも口にはしてないでしょうっ!!?」 神に誓って、その一線だけは絶対に越えてない筈だ。 だって、そういう意味のキスやハグじゃないから。親愛の意味で、だから。 「…………っ。  でも、ギャリーのお友だちにも会ったことあるけど……ギャリーが他の人にそういうことしてるの、見たことない」 「それは、その……色々と事情があるというか……」 確かに大学の友人たちとは、出会っても挨拶は声を掛けたり手を振る程度だ。 それは自分がこんなだから。その所為で友人があらぬ誤解を周囲から受けるのを避けるためで。 それに、イヴに挨拶以外でハグしたりキスしたりするのは。 (イヴが可愛すぎるからで―――……って、一体どこの幼女趣味の変態よ、アタシは!!) 違う違う違う。そういうんじゃない。 自分は、イヴにとって第2の父親とか血の繋がらない兄とか、そういう存在なんだ。 「とにかく、イヴにしてるのはそういう意味のキスとかハグじゃないのよ!」 「…………」 そう捲し立てるギャリーに、イヴは不満そうにしていたが渋々先程の話に戻った。 『うーんそうだなぁ。  アドバイスとしては、押しの一手あるのみだと思うわ!』 『押し……?』 『そう。見た感じ、ギャリーさんって押しに凄い弱そうだし』 「―――ちょ、カットカット!!!」 全く。ちらっと見ただけの癖して、何を勝手なことを! なんと素晴らしく的確で鋭い観察眼だ。 是非その能力は、一生自分と関わりのないところで活かして頂きたい。 「あのね、イヴ。  アタシがイヴの交友関係に口出しするのもどうかと思うんだけど……その先輩とは、少し距離を置いた方がいいと思うわ」 「……」 ふるふる。 「…………。そうよね、ごめんなさい。  折角仲良くなった先輩だものね。アタシが悪かったわ。今のは忘れて?」 こくり、と頷いてから、イヴは再び口を開く。 『押し……!』(ぐっ) 『……。イヴ?  言っとくけど、ギャリーさんを手で押すって意味じゃないからね?』 『!?』 『ふふ、イヴはホントに天然さんね。  そうじゃなくってね…………(ごにょごにょごにょ)』 『きせい、じじつ……?』 「アウトォォ――――――っ!!!!」 チェンジ!もっとまともな先輩にチェンジ!! 3ストライクなのでチェンジしてくださいお願いします。 いや、ストライク取られたのは間違いなく自分の方だけど! き せ い じ じ つ。既成事実!? それは、つまり―――。 「だから、ギャリーにお嫁さんかお婿さんどっちがいいのか聞いたの」 「…………え?」 んん? 「約束したら……大丈夫だと思って」 「……イ、イヴ?一応聞くけど、既成事実ってどういう意味か分かってる?」 「男の人と女の人が、結婚しないといけなくなるような事実のこと」 「……」 それはそう、なのだけれども。 既成事実はそうやって作るものではないというか……いや、分からないのならそれでいい。その方がいい。 下手に教えて実行されでもしたら、困るなんてもんじゃない。 勿論、流されるなんてことはないけれど。 (イヴがピュアで本当に良かったわ……) しかしこれは……恐らく、イヴの先輩も知っているだろう。 絶対揶揄ってる。イヴは勿論、彼女を通してギャリー自身も。 「あのね、イヴ。やっぱりその先輩はイヴにはまだ早過ぎると思うの」 あの美術館で見つけた本も質が悪いが、意思を持って勝手に動き、イヴに余計なことを吹き込むその先輩はもっと質が悪いと思う。 「……」 ふるふる。 「…………。  じゃあ、次からはその先輩に言われたことを実行する前に、アタシに相談して頂戴」 「……どうして?」 「どうしても。お願いよ」 じゃないと心臓がいくらあっても足りない。 頼むから、とイヴを引き寄せてその肩に頭を預けながらそう囁くと、ぶんぶんとイヴが頷いてくれるのが伝わって来た。 よかった、これで安心だ。 「ありがとう、イヴ」 「ギャリー……ずるいよ」 「え?」 「なんでもない」 顔を上げてお礼を言うと、ぷい、と顔を背けてられてしまった。 「……。そんなに変なこと言った?  先輩だけじゃなくて、ママにも相談したんだけど」 「え。その……さっきのお嫁さんとかお婿さんのこと?」 「うん」 「……」 普通ならそんな質問止めておきなさい、と娘を諌めるところだ。 (でもママさんって、イヴに似てほわほわしてるところがあるのよね……) 実際、今日こうして大変なことになっている訳だし。 「ママさん、なんて答えたの?」 嫌な予感を感じつつ、ギャリーが恐る恐る聞くと。 「『まぁ素敵!お嫁に来てくれるといいわね、ギャリーちゃん!』って」 「………………」 満面の笑みでそう言うイヴママの顔が思い浮かんで、ギャリーは再びイヴの肩に額を落とす。 どうして10以上年の差のある、しかもオネェ口調の男をお嫁に貰うという点に、違和感を覚えないのだろう、この親子は!  
アタシの心臓止める気か。  ◆【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1004677">novel/1004677</a></strong>】の続き。真ED数年後設定です。男前な中1の少女にいきなりお嫁さんになって的なことを言われて困ってる兄貴分なオネェ。ギャリー視点。  ◆全力でギャグです。オネェはなんだか一人勝手に追い詰められてる。違う違う違うアタシはロリコンじゃない!  ◆格好いいギャリーはログアウトしました、すみません。  ◆イヴの部活(美術部)とギャリーの職業(大学院生)を捏造しています。また、モブキャラ(イヴの美術部の先輩)がpixiv的な無個性なので注意!友達じゃなくて先輩にしたのは単に中3だったらこれぐらいマセてて大丈夫かなって思ったんです……。  ◆このシリーズはあと2話で終わる予定です。が、ギャリイヴ熱がそろそろ私生活に支障をきたすレベルになってきたので(←)、今後はのんびりになります。  ◇おふざけのアンケートがwwギャリーさんちょっと落ち着いてwww  ◇4/22~4/28付小説ルーキーランキング 50 位!ありがとうございます!  ◇続き出来ました→【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1045023">novel/1045023</a></strong>】
【Ib】デンジャラス・ガールズトーク
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新たなターゲットを見つけてしまった金髪イケメン(29)と中身おっさんのショタ(10)がぐいぐい迫るお話。 怪盗キッドまさかの性癖発覚にびびるコナンくん。本当の目的を知らない人から見たら誤解されかねない行動ですよね。 [newpage]  たったっと走る足が直射日光を浴びたアスファルトの熱を踏んで痛い。夏もそろそろ終わりに入っているのに東都はあいかわらずの暑さだった。けれどぼくの頭のほうが、きっと煮えたぎっている。  からからからん!とベルの音もやかましくポアロに突入すれば、驚いたのか安室くんと梓さんが振り返った。 「いらっしゃいませ…ニュー、どうしたんですか?」 「ニューくん、すごい汗!待ってね今おしぼりを持ってくるから」  熱中症になっちゃうわ!と梓さんがお冷とおしぼりを出してくれる。走るのを止めた途端にどっと汗が噴き出してきた。 「あ…安室くん!お願い!」  やばい、熱中症になりかけかも。急に涼しい場所に来たせいか目の前がくらくらした。カウンターから出てきた安室くんが支えてくれる。 「怪盗キッドをやっつけて!」  お店には宿題のラストスパートなのか、毛利蘭と鈴木園子、そしてコナンくんがいた。ぼくの叫びに目を丸くし、驚いたコナンくんがガタッと席を立つ。 「え…キッド!?今度はキッドなの!?」 「がきんちょ、そっちの子と知り合いなの?キッド様をやっつけるってどういうこと?」  冷たいおしぼりで額を、冷凍庫から取り出した氷を包んだタオルで両脇を冷やされ、ついでに安室くんがコップを支えてくれた麦茶をストローで飲む。ポアロのような純喫茶にはスポーツドリンクも経口補水液もないのだ。麦茶は安室くんの自分用に作っている。 「ニュー、ゆっくりでいいですから説明できますか?」 「うん。あのね、この間キッドの予告状が来たでしょう?美術館に特別展示されてる宝石を狙ってるって」 「はい。…ああ、もしかしてそれでまたご両親の帰りが遅くなるからですか?」 「それもあるけど、その日は特別なの。パパもママも、毎年その日だけはお仕事をお休みして、外食に行くんだよ」  なのにキッドが予告状を出したせいで、今年は休めなくなってしまった。  怪盗キッドが現れるとなれば、警察は威信をかけて彼を捉えようと万全の体制を布く。パパの鑑識班も当然引っ張り出され、どこかにキッドの形跡がないか、徹底的に調べるのだ。当日だけではなく、数日前からキッドの仕掛けを探す。キッドの犯行が終わってもパパの仕事は終わらず、そして科捜研にいるママも証拠からキッドの痕跡を突き止めようと仕事がはじまってしまうのだ。怪盗キッドなんて騒いでいるほうは楽しいだろうけど、警察当事者になると迷惑でしかない。 「結婚記念日なんだ。パパとママがおしゃれして、ぼくもおめかしして、センタービルの展望レストランに行くのに。楽しみにしてたのに……」  ずびっと鼻を啜って額にあったおしぼりで目と鼻を拭う。忙しいふたりがどんなに忙しくても必ずこの日には休んでくれるのが嬉しくて、ずっと楽しみにしていたのだ。  それが、キッドのせいでだいなしだ。 「ニュー…」 「キッドなんかきらい!みんながどんなに迷惑してるか知らないんだ!安室くん、キッドをやっつけて!」 「ちょ、ちょ、ちょーっと待って!」  慌てて待ったをかけたのは鈴木のお嬢さまだ。彼女はキッドの大ファンで、様付けで呼ぶほど入れ込んでいる。隣の蘭ちゃんは結婚記念日を潰される夫婦に同情的なのか、止めなよと親友を止めていた。 「キッド様をやっつけるってどういうこと?」 「そ、そうだよ!それにキッドのことなら僕に任せてくれない?」 「そーよ、このがきんちょはキッドキラーなのよ。コナンくんに任せなさい!」  両脇に入れられた氷入りのおしぼりをテーブルに置いて、ぼくは首を振った。捕まえて、じゃなくてやっつけてという曖昧でありながら不穏な単語に、コナンくんも焦ったようだ。 「コナンくんじゃだめ。結局いつも逃げられてるし、あてにならないもん!」  事実をきっぱり突きつけられ、コナンくんが悔しそうな顔をした。そういえば、と今気づいたように園子ちゃんと蘭ちゃんも顔を見合わせている。 「それに、危険だよ。キッドって空を飛ぶんだよ。コナンくんじゃ捕まえても空を飛んでいる時に手が離れたら死んじゃう!その点安室くんなら無傷で立ってそう」 「それもう人間の領域を超えていますよね。どんな信頼ですか」  安室くんがツッコミをいれたがちょっと黙ってて。 「だから安室くんに捜査してもらって、もう二度と人前に出られないくらいにやっつけてもらう!」 「沖矢さんの次はキッドか!?やめてくれ!!」 「コナンくんが庇うから変態が調子に乗るんだよ!もっと危機感持って?」 「違うって言ってるのに…!」  沖矢昴と工藤優作の評判は、米花町の一部警察関係者を除き底辺に落ちている。そして上がる気配がない。ロリショタペドのお約束ノータッチを守れないようなやつは、社会的に死んで頂いた方が平和だ。  それに、キッドはコナンくんに巻き込まれる確率が非常に高い。キッドを狙っている組織は黒の組織とは別だけど、このままコナンくんに関わっていったらキッドは黒の組織と本命の組織のふたつから狙われることになる。おそらくコナンくんはそれに気づいていない。キッドを捕まえると言いながらも利用するだけだ。邪魔をするのは探偵の本能かもしれないけど、せめて本懐を遂げられるように手助けくらいはするべきじゃないかな。コナンくんがその気になれば工藤優作とFBIだって動くんだし、情報を渡すくらいはしてもいいと思う。  と、いうわけでコナンくんとキッドを切り離す作戦である。熱中症になりかけたのは想定外だったけど、コナンくんと園子ちゃん、ついでに蘭ちゃんにも警告はした。  美術館の位置と、キッドが利用しそうな高さのあるビルの屋上をチェックする。すでに周辺の防犯カメラ映像はハッキングして見られるようにしてあった。風向きの確認をして、あとはキッド回収係の寺井ちゃんを見張っていればOKだ。 「僕としては依頼なので、まったくの無関係というわけではないんですよ。それに…」  僕を抱っこした安室くんが、関係者以外立ち入り禁止だと徹底拒否の構えを崩さないキッド対策本部の中森警部に困った顔で微笑んだ。 「どちらかというと、こんな時間までコナンくんを拘束しているほうが問題じゃありませんか?」 「う、いや、だがこの子はキッドキラーとして、鈴木の相談役が入れろとうるさくてな…」  中森警部としても、ここにコナンくんがいるのは納得できないはずだ。だってずっとキッドを追いかけていたのは中森警部なんだから、ぽっと出の子供に出し抜かれるのはプライドに触れるだろう。鈴木相談役が言い張るから仕方なく許可を出しているだけで、本来なら夜遅くに外出する未成年は取り締まらなければならない立場だった。  美術館の入り口で騒いでいるせいで、報道陣が集まって来ている。キッドの出番を今か今かと待っている彼らは、自分たちが何をしているのかわかっているのだろうか。犯罪者をまるでアイドルかなにかのように囃し立て、視聴者をキッドびいきにするのは犯罪を助長、もしくは模倣犯を作り上げる二次被害の仕掛け人だ。  まあ、それも予定内なのだけれども。どこかでこの騒ぎを見ているキッドに向けて、ぼくが言った。 「コナンくんはキッドに利用されてるだけなんだよ!警部さんだって危ないんだ!」 「なっ…!?どういうことだ!?」 「宝石泥棒なんて嘘っぱちだ!キッドはこうやってたくさんの人たちを集めて楽しんでるだけなんだから!」 「…なに?」  コナンくんと中森警部が目を丸くした。ぼくを下した安室くんが重々しく語り出す。 「…こんなところで言うべきではないのかもしれませんが…仕方がありません。これは僕が怪盗キッドの調査で知り得た、一部の事実です」  東都にお住いのAさん、40代男性の証言です。Aさんのご職業は警備員でした。ある日Aさんは怪盗キッドの予告した美術館で警備をしていたところ、後ろから突然襲われトイレに連れ込まれました。  襲撃者はまだ若い男性のようでした。Aさんは朦朧とする意識の中、職務を全うしようと抵抗しましたが、男はAさんの抵抗を嘲笑うかのように衣服を剥ぎ取り、あろうことか後ろ手に拘束すると笑って言ったのです。 「『すみません。ちょっとお借りしますね』と。そして男は自分の肢体を見せつけるかのようにその場で服を脱ぎ、あろうことかAさんの着ていた警備員の制服を着始めたのです。下着姿のAさんを拘束した男は、自分の姿に満足そうに何度もうなずき、そして、こう言ったそうです…」  ――いい子にしていてくださいね。 「そう、Aさんの衣服を剥ぎ、拘束した男こそ怪盗キッドです。Aさんはその後救出されましたがキッドのことを今でも忘れられず、仕事も身に付かない状態。ついには奥さんと子供にまで『誰のことを考えてるの!?』と浮気を疑われ、離婚してしまったそうです…」  安室くんが悲痛な表情をして低い声で言うと、事実に間違いないのだがなんだか官能小説でも朗読されているような気分になる。顔をあからめてごくりと喉を上下させたコナンくんと中森警部に、ぼくも追撃を加える。 「…キッドは宝石を盗んでも必ず返している。つまり、キッドの目的は宝石じゃないんだ…!」 「キッドはおそらく制服フェチ…、それも中年男性が着ていたものを脱がせて、体温の残ったものを着たいという、極めて特殊な性癖の持ち主であると考えられます」 「現に、いつも邪魔をしているコナンくんには指一本触れていないのがその証拠」 「中森警部たち警察や警備の方々が必死の抵抗をしているのを楽しみながら制服を剥ぎ取り、その後放置プレイで慌てふためくのを楽しむ…実に厄介な性癖です。自分に夢中になり、追い求めている様すらも興奮材料かもしれません」  キッドが宝石を返しているのは本当、コナンくんと仲が良いのも本当、警察や警備の制服を着て成り代わりトリックをするのも本当のこと。事実だけを提示しちょっと視点を変えてあげるだけであら不思議、怪盗キッドは特殊性癖の変態になってしまった。  報道陣が別の意味でどよめいた。今頃テレビのテロップには『怪盗キッドは変態か!?新たな事実発覚!』と流れているかもしれない。 「ん…っなわけあるかぁぁぁ!!だいたいキッドは逃げる時いつもの白いタキシード姿じゃねえか!!」  だよね。コナンくんが叫んだ。けど残念、それに対する返事もちゃんとあります。  安室くんが深い深い同情を込めた眼差しで、コナンくんを見た。 「コナンくん…。まさにそれですよ。白いタキシードといえば、通常は結婚式の時に花婿が着るものではありませんか?つまり、キッドの目的は――…」  おもむろに中森警部に視線を向ける。びくっとなった警部が蒼褪めていった。まあ普通に気持ち悪いよね。でも胸を隠すのは止めてほしかった。 「ま…まさか?」 「怪盗キッドほどの泥棒なら、警備員の制服や警察の制服を模造するのはたやすいでしょう。なのに彼は毎回誰かしらの制服を脱がせている。…中森警部はスーツですから、彼の性癖には合わないのでしょう。ですが、中森警部だけは、一度も成り代わられたことはありませんよね」  怪盗キッドが本当に盗みたいもの。それは。 「…あなたの心です」  しん、と場が静まり返った。自身の性癖に思い悩み、ついに犯罪に手を染めてしまったうつくしい青年。彼が真実愛しているのは、自分の敵ともいえる警察だった。中森警部を思う怪盗キッドは予告状を出し、一時たりとも自分を忘れぬように誘惑している。そんなシナリオである。 「じょ、冗談じゃない…!俺には女房も子供もいるんだぞ!!」  中森警部が叫んだ。だからおっぱい隠すのは止めようよ。おっさんのいやーんポーズにしょっぱい気分になる。 「こっちだって冗談じゃない!俺は!警部に興味はない!!」  美術館の中で雄たけびがあがった。全員の注目の中、ひとりの警備員がばりっと仮面を外し、制服を脱ぎ捨てる。 「キッド!!」 「さっきから黙って聞いていれば好き勝手なこと言いやがって…!誰が変態性癖の持ち主だ!!」  さすがの怪盗キッドも黙っていられなくなったようだ。宝石を盗む前に推理ショーならぬ暴露ショーがはじまってしまったため、タイミングが掴めなかったのだろう。自分が一番魅せる瞬間を狙うこのナルシスト怪盗には耐えがたい屈辱だったはずだ。 「安室くん!」 「わかっています。では続きまして、同じく都内在住Bさんの証言です」 「続きまして!?」 「続かんでいい!!キッドを捕らえろ!!」  わっとおまわりさんたちがキッドに駆け寄る。懐からなにかを取り出したキッドが爆発し、煙で視界ゼロになった。テレビで見たことあるけど、実際に同じ目に遭うとすごいな。煙の成分はなんだろう?有害なものではないだろうけど、咳きこんだせいで涙目になった。 「げほっ、あ、あむろくん…っ、どこ!?」 「ニュー、大丈夫ですか?」  ひょいっと抱きかかえられてすばやく脱出する。報道陣も毎度おなじみとはいえ慌てているようだ。もうここに用はない。キッドには言いたいことを言ったし、あらぬ疑惑を植え付けることも成功した。  きっと、事の真実を追い求めるマスコミが過去のキッド事件で被害に遭った警備員や警察官のその後を調査するだろう。そして知るはずだ。安室くんの言葉の意味を。怪盗キッドの罪の重さを。 「…僕だ、見つけたか?」  現場を離れた安室くん…零くんが電話で進捗を聞いた。相手は風見くんだ。本来なら泥棒のキッドに公安が出てくることはないのだが、対コナンくんなので職権を乱用してもらった。これ以上、キッドにこちら側に踏み込んでもらっては困るのだ。 『はい。ラー・カイラムが予測した通りのポイントで発見しました。警戒されましたが受け渡しに成功、キッド回収を見届けてから戻ります』 「頼んだ」  風向きや警察の配置などから怪盗キッドが逃げる方向を予測するのは容易い。コナンくんにできて、ぼくにできないということはないのだ。  風見くんに頼んで渡してもらったUSBメモリには、キッドが知ろうとしなかった『その後』が入っている。被害者の警備員と警察官がどうなったか、キッドが予告を出して盗んだ宝石の持ち主がどうなったか。  特に宝石の持ち主は、鈴木の相談役が出て来てから被害が増すようになっていた。鈴木財閥の圧力と金に屈服させられて、先祖代々から受け継いできた宝石を売却、あるいはあまり価値はないものだったのに予告状が出されて注目を浴び、周囲の目が変わってしまった。他にも形見の品だと売却を断固拒否していたのに、親戚に盗まれて鈴木相談役に売られたなんてものもあった。彼らの『ゲーム』のせいで、いったい何人の人生が狂い、涙を飲んでいるのだろう。キッドはそれを知るべきだ。警察を蔑ろにしている鈴木相談役も。  コナンくんに絆されて協力しているのを見る限り、キッドの本性は善人だ。自分がやっている犯罪行為の責任をとる覚悟くらいはあるだろう。きっとパンドラを見つけるまでは自首しないだろうけど、もう少し泥棒らしくしてくれる。こちらはコナンくんと切れればそれでいいけど、調査結果に問題がありすぎて言わずにはいられなかったのだ。  それに、初代怪盗キッド。彼は工藤優作の親友であり良きライバルだった。そんな男が罠にはめられたとはいえアッサリ死ぬだろうか。工藤優作が死なせるだろうか。死を偽装して裏で何かをしている可能性が高い。  もしも生きてたら一人息子のまさかの性癖暴露に別の意味で死にたくなるんじゃないかなーと一瞬同情しかけたけど、お宅の教育が悪かったということにしておこう、うん。 [newpage]  今日のニューは白いフリルのブラウスに腰の部分をきゅっと絞った黒のフレアスカートだった。幾重にも重ねられたチュールから覗くレースがふわりとした膨らみを作り、まだ丸みのない幼女めいた体つきのニューを少女らしく見せている。 「こんにちは、ニューちゃん」 「ニュー、今日もとっても可愛いわ」  あの男はやはりセンスがいい。可愛いと言われたニューはパッと笑い、嬉しそうに挨拶をした。 「こんにちは!えへへ、似合う?」  くるんと回ってはしゃぐニューはどこから見ても可愛らしい。その体をはじめに包む下着は自分たちが選んだものだろうと思うと可愛さもひとしおだ。宮野姉妹は満足げに褒め称えた。 「もちろんよ。ちょっぴり大人の雰囲気ね」 「ねえ、ニュー。ちゃんとブラとショーツも着けてきてくれたわよね?」  宮野姉妹の検討――というか、寸止め隊による喧々諤々の意見のぶつかり合いの結果、下着は上下揃いのものに決まった。明美はまだニューは子供なのだからと控えめなドットやリボン程度だが、志保は子供なのだから譲れないとレースのついた大人っぽいデザインのものを選択した。ちなみに降谷の好みだという極めて布面積の少ない紐で結ぶタイプはヤツを喜ばせるだけだと即却下されている。 「え、う、うん…」  ニューはぺたんこの胸にブラジャーはいらないと言ったのだが、ニューを少女だと思っている宮野姉妹は今から付ける必要があると力説した。降谷のような男は、大きさはほどほどでもバランスよく形の整った乳房が好みのはずだ。ノーブラの気楽さはわかるが、形が崩れると元には戻らない。 「なんか違和感あるけど、ちゃんと着けてきたよ」 「ならいいわ。今から慣れておけばいいわよ」 「そうよ。バーボンのことだから、色々妄想してるでしょうけど見せちゃダメよ!」 「え、零くんならもう見ちゃったよ?」  けろっとして言ったニューに、宮野姉妹は一瞬にしてラッキースケベの定番『お着替え中にうっかり扉を開けた』を想像した。この場合男はあくまでうっかりでなければならず、しかしバーボンのことだから十中八九確信犯だ。 「なんですって…?」  明美はぎりりと拳を握りしめ、 「あの男…!わざとやったんじゃあラッキースケベにならないじゃないの!」  志保はどうしてくれようとポケットの中に潜ませた例の薬を取り出した。  そこにニューが爆弾を投げ入れた。 「この間怪盗キッドに会ってね、消失マジックっていうの?アレ凄いねって言ってたら、零くんが僕にもできますってブラを外したの」  漫画などでよくある手品である。背中、あるいは肩をつんと指先でつついただけで、下着が男の手の中に行ってしまうアレだ。そんなことができてしまう降谷も降谷だが、おそらく純粋に楽しんだであろうニューはやはり危機感が足りない。宮野姉妹は寸止めの決意を固くする。 「その後も零くんが元通り着けなおしてくれたよ。零くんはなんでもできるよね」 「着けなおした…?」 「え、ブラを…?」 「うん。ぼくまだ上手にできないから、お手本見せてあげるって。後ろから」  宮野姉妹の脳裏には、はじめて着けるブラジャーに戸惑いつたない手つきで背中に腕を回す少女の後ろに回り、ささやかな膨らみすらないちいさな胸に指を這わせゆっくりと揉みしだきながら子供用ブラを着けていく男の図が浮かんだ。あっち向いてというニューの抵抗をよそに、感度を確かめるように男の大きな手が綺麗なピンク色の乳首をさりげなさを装ってそっと摘まんだに違いない。もしかしたら大きくしてあげると称してもっと大胆なことまでしたのかもしれなかった。 「こうやって脇から寄せて、走るとずれるから肩ひもはちょっときつめにしたほうがいいよって。でもどこからおっぱいでどこからお腹なのかわからないって笑われたのはちょっとむかついた」  やっぱり。宮野姉妹は身を乗り出した。問題はここからだ。 「それで…どうしたの?」 「ニューはセクハラされて黙ってる子じゃないわよね?」  しかし宮野姉妹の期待をよそに、ニューはなぜか眉をきゅっと寄せ辛そうな顔になった。 「くすぐったかったからやりかえしてやろうと思って零くんに飛びついたんだけど…」 「…だけど?」 「どうしたの?」 「勢い余って零くんがひっくり返っちゃって、ぼくごとどっかーんて倒れちゃったんだ。それで、あの、ぼくの顔が、零くんのれーくんに直撃しちゃって……」  いかに子供といえど、頭部はそれなりに重い。急所に容赦なくぶつかった顔に降谷は悶絶した。宮野姉妹もなんともいえない顔になった。 「股間ダイブ…」 「そのラッキースケベは被害にあうの女の子じゃなかったかしら……」  あれが女の子なのにはきちんと意味があったのだ。男で被害にあったら萌えるどころか玉ヒュンである。ニューも沈痛な面持ちだった。 「…とても見せられない顔で汗かきながら「ご褒美です」って言われちゃったし…。これからどうすればいいのか」  前言撤回。宮野姉妹は降谷への同情を綺麗さっぱり消し去ると、警戒心を復活させた。駄目だあの男。公安の最終兵器ゼロだというのに、ニューが絡むと何をやっても最低男にしかならない。おろおろと謝罪するニューに、痛いの痛いの飛んでいけってやってもらっていても不思議じゃない。何食わぬフリをしてやさしく撫でてくださいねとか言って触らせていそうだ。 「…さらに腫れあがったものを舐めて治せとか……」 「ありそう。それすっごいありそうよね…」  はたしてどこまで無知でいられるのか。いや、これは早急にニューへ性知識を教えたほうが良いのでは。この日宮野姉妹は寸止め会議に降谷の部下を緊急招集し、逆に幼妻の純潔を守りつつ無知で従順でありながら自分好みの体に育てていく男のロマンを熱く語られた。あまりにもドリーム溢れる熱弁に、明美はあの上司についていくのは大変だと涙を禁じ得ず、志保は仕事の過酷さを思ってそっと胃薬を差し入れたという。
金髪イケメン(29)と中身おっさんのショタ(10)が泥棒さんの人権を木っ端微塵にする話。<br /><br />怪盗キッドに対し厳しめの表現があります。裏で被害にあっていた人たちを曲解してみました。表現の仕方はアレですけど、悪意もアンチもヘイトもありません。ツッコミはなしでお願いします。うん、正直すまんかった。<br /><br />オチは宮野姉妹です。ちょいぬるめ。<br /><br />内容がアレなのでキャラクタータグはあえて付けていません。お遊びタグ嬉しいのでご自由にどうぞ。
ぼくは専用機14
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組織壊滅した後のドクターと降谷さん [newpage] ジンとウォッカのいる組織が壊滅したらしい。 ニュースでは国内テロ組織扱いされていた。武装ヘリとか危ないものをたくさん持っていたらしいのだから秘密組織ではなくテロ組織の分類なのだろう。僕は組織活動に特にかかわってはいないので深くは知らない。ベルモットという金髪美女があばらが折れたと治療に通ってきたけれど僕は「映画の撮影って大変なんですね。大丈夫です。黙っておきます」と空っとぼけておいた。そのおかげか彼女からは「beastie」と呼ばれている。スラングだとむかつくやつなのだけれど、髪をわしわし撫でてくるので小動物扱いであっているはずだ。 彼女が逮捕されたかどうかはわからないけれど、ボスは捕まえたらしい。 保護された警察内でぼへーっとニュースを見る。 僕は組織に脅されて活動していたドクターということになっていた。バーボンに死亡診断書とか偽装を強要されていたので免許なくなったらどうしようかと心配していたけれど、護衛替わりでそばにいる伊達さん曰く、被害者のくくりに入るとのことだった。 というか伊達さんは知り合いだった。日本での試験に間に合わせるために自転車を飛ばしていたら一人で転倒した。僕は地面に転がり変な力が加わった自転車は仕事帰りの伊達さんと後輩の眼前に墜落。伊達さんたちが何事かとこっちに駆け寄ってくると背後で居眠り運転事故は起きるしてんやわんやな一件だった。 幸いにも全員大したけがはなく僕も試験を通っている。 それから、親戚の工藤夫妻に連絡が入って、かなり慌てた様子の優作さんがやってきた。 そりゃ一時期身元を預かっていた人間が犯罪組織にいたらビビるだろう。特別製のコナン君ならまだ理解はできるかもしれないけれど、僕はそこそこ賢いだけの医者だった。 [newpage] 「ごめんなさい 全然似てなかったから まさか 親戚だとは」 組織の医者カンパリに面識があった灰原だったけれど、頭がふわふわしてすっとぼけ気味で組織をコスプレ集団の一種と勘違いしていたらしいカンパリと、きりりとして華のある工藤家に血のつながりがあったとは全く思えなかったのだ。 些細な行き違いから断絶してしまった彼との親交再開を願っていた新一は事態を知って絶叫した。 幸いにもカンパリがしていたことは医療行為と、NOCだった幹部からの要請での死亡診断書偽装だったのだ。具体的には任務失敗で死ぬしかない構成員を死んだことにして逃がす仕事だった。結局はバーボン経由で警察に逮捕されるのだけれど穏便かつ医者らしい組織への当てつけだった。 それで、脅迫されていた被害者だから医師免許は取り上げずに保護観察というくくりに落ち着いた。 ちなみに工藤新一を絶叫させた事案はこれだけではなかった。 組織の件がひと段落した後、工藤邸に工藤親子と赤井と降谷が集合したときのことだ。 カンパリは、アメリカ留学時代に赤井秀一に知り合って四つの署名の初版本をプレゼントするくらいの仲だということが降谷と赤井の会話の中で発覚したからである。降谷は「なにか弱みでも握ったんだろう」と言っていたけれど赤井は涼しい顔で「彼が本を持っていたのは日本にいたころにプレゼントを計画していた子に失望したからだし、彼は大事にしてくれるであろうシャーロキアンに俺を選んだんだ」と少し得意げであった。 ちなみに、この話には追撃がある。 新一は負けっぱなしではいない子だった。 「俺はお兄ちゃんとメールしたことあるからな!」 しかし、その内容が、ヘタレを発揮して蘭に質問を送るものを間違って送ったという体で、お兄ちゃんからの返信は「たかが親戚がしゃしゃりでてくるんじゃねーよ」と言われないようにネガティブな配慮をしたため、yah〇〇知恵袋のURL引用並みにそっけない返事を返した。おまけに、間違えないようにメールアドレスを変えたと締めくくられていた。心が折れる。 「そうだな、俺は彼から夕食の内容を聞きあう程度のメールしかしていない」 赤井は不器用なりに気遣いという概念があるので、新一の様子から確かに自分は大したことないと主張したかったのだけれど、新一はAPTXでも投与されたかのような過剰な反応を見せた。 そこで、メール内容がいまいちだったことを察する赤井だけれど、時すでに遅し。 「お兄ちゃんは小さい頃は俺と一緒に寝てたんだ!」 新一は必殺手段の小学生の頃の話を引き合いに出してきた。 「今は俺と寝ている。」 唐突に横から放たれた降谷のパンチは強力すぎた。 再起不能になった息子を横目で気遣いつつも、一時預かっていた子の予想外の状態に優作は困惑していた。 降谷曰く、職場イコール組織が壊滅したので再就職の必要があり、また組織の雑魚の報復が心配なので降谷の家に引き取ったのだそうだ。降谷は犬を飼っているので帰れない日に留守番がいると心強いのだそうだ。 一つ屋根の下にいるという意味での寝ているであってほしいので優作はこれ以上の深追いすることをやめた。 もしかして、宅配便侵入事件を根に持っているのだろうか。 いや、降谷の顔を見た限り自慢したいだけなのだと思う。 「お゛れもい゛ぬ゛もがう゛ーー!」 「そういう安易に動物を飼うのはお勧めできない」 絶叫した新一を赤井は必死でなだめる。妹への対応がだいぶ下手な彼なりに奮闘するが、新一はしばらく前まで小学生を演じていた影響がある。 「じゃあ博士がう゛ーー!」 「悪化している!」 [newpage] 僕は、バーボンを演じていた降谷さんのところに引き取られた。 職場は、公安の協力者のお医者さんが後継募集中ということでそこにあてがわれるらしい。 少し危ない橋を渡るから世襲はさせたくないし、お医者さんの息子はデザイナーになりたいんだそうで家族でもめるようなことはなかった。 そして、住まいは防犯対策と留守番の都合で降谷さんのお宅にいる。 「零さんおかえりー」 柴とポメラニアンの中間みたいな犬と家主をお出迎えする。 犬と一緒くたに頭を撫でられるのにはもう慣れた。でも匂いをかがれるのは落ち着かない。 就寝時も一緒なので、家族というか群れで暮らしている感じがある。ついでにはじめはベッドで寝ていたはずの零さんが僕の布団に転がってくるのは毎度のことになったので慣れた。 でも、彼は野郎と朝からくっついているのはよろしくないだろうからさっさと残党狩りをひと段落させて、僕は診療所の近くのアパートにお引越ししたい次第である。 [newpage] ■設定 工藤君…敗北。本命は蘭だけどブラコン。そしてワトソンが欲しかった。コナンが抜けきっていない。 赤井氏…不器用だけれどそこそこ良識的でありたいと思っている大人。ドクターは時々癒されたい知人であり嫁の恩人なので相談があればきく。 降谷君…圧勝。下心はある。あと犬とセットでもふもふするの癒される。主治医が恋人になるかどうかはご想像にお任せする。 ドクター…留学中にバイになっている。彼氏も彼女もいたことがあるけれど学業優先だったので短めのお付き 合い。とりあえず工藤君との間の誤解は解決していない。 ベルモット…もふもふしていた。捕まったのか逃げたのかはご想像にお任せする。
副題:三つ巴は不可能<br />思ったより好評だった【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10083279">novel/10083279</a></strong>】の続き
主治医以上同居程度
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※腐むけです ※現代パラレルです よろしければどうぞ! メテオラ あれが次の学校ですよ、と運転手に話しかけられ、ギルガメシュはしぶしぶ車窓の風景に視線を移した。流れていく景色は古きよき中世の町並み、と言えば聞こえはいいが。 「ただのど田舎ではないか」 呆れて軽くため息をつくしかない。 四方を山に囲まれ、街には緩くカーブを描く大河、川を中心に発展した町並みは煉瓦造りの赤い屋根に教会の尖塔が見える。川にかかっている橋は中世から残る二階建て、蔦が絡まる緑のそれは、街の観光名所でもあり、パンフレットにも載っていた。 そして川の中州にある、威容を誇る建物。 川沿いを走る車窓から、その建物は良く見えた。中州の下流側は断崖絶壁、その壁の上に建つ、ゴシック建築の元修道院。ぐるりと塀に囲まれ外部と遮断されているのが一見してわかる。下流側にあるのが教会、そして校舎、寮とおぼしき石造りが中州に並ぶ、修道院時代からの古い建物と後に増築されたものが混在し、独特な雰囲気を漂わせていた。 教会のステンドグラスが日を受けて煌き、その光りに戯れるように川の水鳥が飛んでいる。 「………なるほど、監獄か」 それがギルガメシュの第一印象だ。 中州にかかる橋を閉鎖されれば、逃げ場もない。 しかしこれが、ザ・ナインにも入るボーディング・スクール(寄宿制学校)なのだ。 ち、とギルガメシュは舌打ちをして、忌々しい女の美貌を思い浮かべていた。 『イシュタルめ』 ギルガメシュと歳もさほど違わない、父親の後添いである義母イシュタルは、美しく整えられた弓形の眉を顰めて言った。 『私、ギルガメシュと一緒に暮らすのは嫌だわ、あなた』 寝室のソファの上、見事な品を作り、父親になだれかかって女は続ける。流れる金色の髪をかきあげ、溢れるほどの胸を見せ付けて。そこに輝くのはあわせて7カラットのダイヤ、父親が婚約で買ってやったものであるが、それでもイシュタルには物足りなかったらしい、その後揃いのデザインのダイヤの指輪もねだってきた、総額八千万である。その欲深き女の口が、無邪気に動いた。 『ねえ、あの子を全寮制の学校に放り込んでしまってよ』 父親はこの女に身も心も捉われてしまっている、そのうち財産を根こそぎ奪われ捨てられるのがおちではないかと思うのだが、本人は愛されていると信じて毛筋ほども女を疑わない。その様が息子であるギルガメシュには不甲斐なく、また愛想をつかす一つの原因でもあった。 『うむ、そうだな、お前が言うならそうしよう』 あっさりとイシュタルの提案を受け入れ、ギルガメシュを追い出す事に成功した女は、心中で高笑いだったろう。 イシュタルとギルガメシュは初手から相性が悪く、常にいがみ合ってきた。 経営の口出しや不動産の売買、何かにつけて義母と対立し、彼女の言い分に反証し、たてついてきたのだ。女にしてみれば、この息子さえいなければ、と考えていたに違いない。父親から許可を取ると、早々に転校先を決め、本人の許しなく手続きも終えてきた。もう随分以前から、おそらくは後添いとして入ってきた時から、用意周到に進めてきたようだ。 また、ギルガメシュにとっても不利であったのが、通っていた高校での評判の悪さである。傍若無人に好き勝手してきた行いが完全に裏目に出て、転校となれば願ったり適ったり、どうぞどうぞ、と放り出されたのだ。 そしてイシュタルの抜け目がない点は、次に選んできた高校がザ・ナインにも入る有名校であったこと。貴族の子息や各分野の優秀な人材が集まる私立高校で、国の中枢に多くの卒業生を輩出している。追い出したのではなく、更にスケールアップさせた、と周囲からは見え、実際、社交界で箔もつく。 すでに義務教育終了試験は終えていた。転校に際して行われる入学試験も、ギルガメシュにはIQテストだと偽って、前の学校で受けさせていた。(校内一斉で実施されたIQ試験だが、受けていられるか、と一度放棄。その後受けなければ進級させないと脅され、別室で受験させられたのだ。初めからギルガメシュがテストを受けないと先を読まれていたらしい) ここまでくると、敵ながら天晴れと言わざるを得ないほど、計算高い女である。 思い出しても腹立たしく、がん、と運転席のシートを後ろから蹴り上げてしまった。 「こ、これはご無礼をいたしました!」 運転が気に入らないから怒っているとドライバーは勘違いしたらしい、可哀相に頭を幾度も下げて冷や汗をかいているのがミラー越しに見えた。 すまないことをしたと思うが、どうにもイシュタルのことを考えると苛立ちは隠せない。 ふん、と鼻を慣らして車窓を伺う。 丁度、正門の真正面に車が着いたところだった。 ドライバーがドアを開く、手ぶらで降り立って、これから生活する我が家を見上げた。 「……まさしく監獄だな」 黒い真鍮の重々しい門に、十字架にしては独特のデザインが中央に配してある。 鈍く光る門は、明らかに来る者を拒み、中に居る者を逃さない。 中州から川向こうへ渡る橋に門があるので、つまりは、橋を封鎖してしまえば中州から出られないのだ。 歴史を感じるゴシック建築も、ギルガメシュにはただ陰鬱にしか映らなかった。こんな場所に、あと三年間も暮らすのだ、と思うと。 連絡を受けていたのだろう、警備員が出てきて真鍮の門を開く。 ぎぎぎ、とどこか錆びついた音がして門がうっそりと開いた。 「今は授業中なので、校舎以外のどこを見て頂いても結構だよ。鍵が開いている場所ならね」 応接室で副校長だという男から学校設立、ここで学ぶ意義、校風など非常に退屈な講義を受けると、ようやく一時間後に開放された。ボーディング・スクールは十三歳から入学が通常で、転校生が珍しい。 それでも受け入れたのは、よほど父親の威光が大きかったということか。 『すでに同級生は三年暮らしている仲間たちだ、馴染むのは大変だろうが、転校生に対する好奇心はあるだろう。積極的に輪の中に入っていくといい』 と副校長はしらっと言ったが、そんな下らないことはどうでもいい。 どうせどこに行っても、ギルガメシュの性質は変わらないのだ。 その後、事務員からカリキュラムの説明や一日のスケジュール、そして寮の部屋のロッカーの鍵を渡された。 『寮の君の部屋に、荷物と制服は運んである、着替えてくるといい。もう今日は授業も終わりかけだから、クラスメイトへの紹介は明日。寮の生活のことは、寮長から聞きなさい、授業が終われば戻ってくるから。寮の案内やメンバーへの紹介も彼がしてくれるだろう』 そういって、校舎以外ならどこを見てもいい、と言われた。 どこを見てもいいといわれても、どこにも興味が湧かない。 あるものといえば、教会、図書館、講堂、植物園(昔、修道士が薬草などを育てていた)噴水のある中庭に芝生のグラウンド。後は校舎と寄宿舎とクラブハウスである。制服に着替えるのも面倒で、寮に行かず、ぶらぶらと何の気もなく校内を歩いてみた。 いずれも時を刻む風格のある建物ではあるが、それだけだ。学生の掃除はきっちり行き届き、紙くずも落ちていない。掃除が苦手で(というより自分でしたこともない)散らかしてばかりいるギルガメシュには居心地が悪く、妙に落ち着きがない。 ああ、くそ、と毒づき、大股でさかさか歩いていると、目前に現われた荘厳ともいえる建物が、中洲の下流、断崖絶壁を背後にした教会だった。顎を上げて屋根まで見上げる。尖塔は光りを入れるための光塔だろう、それが中央にあり、大きなステンドグラスの薔薇窓が見える。 「………」 聖堂にそれほどの興味は沸かない、しかし時は無駄に余る、時間つぶしに聖堂の観音開きの重い大扉を開いた。 途端に、ギルガメシュの目前は光の海。 なぜ下流側に教会の聖堂があるのか納得する。正面から採光されて、十字架の背面から神々しくも光り射している、背後は絶壁で日光を遮るものもない。円柱が並ぶ長い回廊、背の高い壁面には格間があり、そこにも薔薇窓とステンドグラスが並ぶ。幾重にも降り注ぐ光が回廊の大理石を覆っていた。 その正面、十字架のかかる、まるで鳥かごを思わす内空は、サント・シャペルに似たつくりだろうか。 ギルガメシュは回廊の先に、小さな人影を見つけた。 一人で祈っている者がいるらしい。 物好きな、と思いながら、足音を踏み鳴らし、不躾に歩み寄る。 足音は響いているはずだが、祈っている者は微動だにしなかった。小さいと思ったのはその姿勢のせいだ、片膝をつき深々と頭を垂れ、まるで平伏して祈るように居たのだ。この学校の伝統ある制服、黒の上下のブレザーにエンジ色のリボンタイ、という地味な様相で、学生だとすぐに判別できた。真後ろにギルガメシュが立っていても祈りが中断することはない。 「………」 何をそれほど熱心に祈ることがあるのだろう。 信仰心が欠片もないギルガメシュには『祈る』という行為自体がそもそも嘘臭い。 正面から降り注ぐ光を背に浴び、緩やかに波打つブルネットが深い緑青に輝く、ただ静かに祈っている人影。 すると、ふい、と学生が面を上げた。 ギルガメシュの存在に気が散ったのか、それとも祈りは終わったのか。 すく、と立ち上がると振り向いて。 琥珀色のたれ目と、右目の下の黒子が注意を引いた。女が黙っていないだろう甘い顔で、しかしそこに表情はなく美貌であるだけに作り物めいて見える。 正面に立って回廊を塞ぐギルガメシュなど、視界に入らないとでもいうのか、全く視線を合わせずに歩き出そうとした。 「こら、待て」 声をかけても無視である、そのまま右横をすり抜けて行った。 「……っ」 ギルガメシュよりもわずかに背が高いことが腹立ちの原因になる。おのれ、と引きとめようとして腕を伸ばしたが。 学生の右腕、手の平から手首にかけて白い包帯が巻かれている事に気がつき、伸ばしたギルガメシュの手が止まった。姿勢の良い背中を見せ、来訪者には興味も示さず回廊を歩いていく。戸惑いも見せずに扉を開いて出て行った。ばたん、と空気の振動が伝わり、完全にギルガメシュは置いて行かれた格好だ。 「……あの雑種め」 我を無視するとはいい度胸だ。 しかし、ふと思う、あの学生にとっては、聖堂に出るまでが一連の祈りなのかもしれない。 「ふん」 どうでもいい、他人の信仰心など惹かれるものもなかった。 だが結局。 ギルガメシュの部屋があるという寮まで向かうと。 赤い煉瓦をアイビーに覆われた三階建ての古い建物、ドアの前で壁に背をもたれて腕組みをした姿は、見間違えようもなく聖堂で祈っていた学生だった。 「………」 あからさまに顔をしかめ、寮に近づく。ギルガメシュが転校生であることはすぐにわかっただろうに、あえて無視するとは、一体どういう了見だ。 「貴様!よくもさっきは……」 「ようこそ転校生殿」 ギルガメシュの話しをぶった斬って学生が言う。 「ここが今日からお前の住まい、最も苛烈なロベール寮へようこそ。ここの寮長、五回生のディルムッド・オディナだ」 そういってディルムッドは手を差し出してきたが、ギルガメシュはそれを無視し、横をすり抜けてドアを開く。先ほどの意趣返しでもないが、初対面で対等に握手などありえない。 無視されたディルムッドは怒るかと思いきや、軽くため息をついただけで、共に寮へと入ってきた。 「前の高校を狼藉で放逐されたらしいな」 後ろからかけられた声に、振り向いて睨みつける。 「知った口をきくな、雑種如きが」 「………」 ギルガメシュの物言いに驚いたのか、きょとん、とディルムッドの目が大きくなった。 「これは、放逐される訳だ」 「…………」 肩をすくめて言うのも、様になっているのが腹立たしい。 「だが転校生、単独行動もいいが寮内で諍いはご法度だ」 寮長の言葉など聞こえないふりをして、エントランスから階段を見上げた。確か、事務員から聞いた部屋番号だと三階だろうか、寮長を置いて階段を登ると、なぜか後からついてくる。 どういうつもりだ、と三階まで登りきって、寮長を振り返った。 「何の用だ?」 「……おれも自分の部屋に向かうだけだが?」 ここでまさか、と嫌な予感がギルガメシュを襲う、得てしてこういう類の勘は当たるのだ。 イシュタルを一目見た時もそうだった、この女は疫病神だと直感したのを思い出す。 「……まさか同室…なんて冗談は言うまいな?」 「そのまさかだが、何か?」 「…………」 信じられない、他人と同じ部屋で暮らすなど! ギルガメシュの心の叫びがディルムッドには聞こえたのか、呆れた表情で琥珀色の目を眇めた。 「言っておくが、一回から三回生までは六人部屋、四回から六回生までは四人部屋と決まっている」 「四人?!」 ますます信じられない。 廊下に並ぶドアの間隔で部屋の大きさがわかる、それほど広くもない室内に四人? 「ああ、だが、お前が来るまで人数は合って余りはなかった。お前が予定外で入ってきたから、おれが部屋を出てきたんだ」 「………」 つまり、一人で生活できるところをわざわざ二人部屋にしたという事か? 「貴様、帰れ!元いた部屋に!」 思わず手が出て、寮長の襟首を片手で掴み上げ、ぎりぎりと睨んで言いつけた。 「…それは出来ない相談だな、寮内自治の規則で決まっている。この寮では一人で生活することを禁じている」 「はああ?!その規則に何の意味がある?守っても価値のない規則など我は従わぬ!」 檄したギルガメシュにディルムッドは冷静だったが、目には厳しい光が宿り始めている。握力は強いと自負していたが、掴み上げていたギルガメシュの腕を取ると、遠慮のない力で引き剥がし、そして深い息をついた。 [newpage] 「おい、ロベールで喧嘩だってさ!」 「ええ?誰だよ?その無謀な連中!」 それがディルムッドらしい、というので他の寮生まで大騒ぎである。 「すげ、寮長自ら喧嘩かよ?」 「おい!誰か教授呼びに行ってないだろうな?」 男子校ではあるが、厳しい規則に覆われた寄宿舎に、そうそう派手な喧嘩はなかった。伝説として寮対抗で喧嘩があった、女を巡って果し合いがあった、など武勇伝は残っているが、今では停学や退学を恐れてそのような猛者は多くない。学歴がそのまま給与格差になるこの国では、大学を卒業するまで油断出来ないからだ。 だからこそ、なのか、喧嘩が始まったとなれば黒山の人だかりである。 野次馬が日ごろの鬱憤を晴らして騒ぎ出す。 「おい、あれ誰だ、あの金髪」 「転校生か?」 ロベール寮のエントランスはすでに一杯で入れない。ディルムッドの相手になっているのが見かけない生徒で、更に野次馬の熱も上昇した。 ち、とギルガメシュは舌打ちする。 腹が立つほど手脚が長い。 スタイルからすると日本の武術だろうか。 ディルムッドは両手を正面に構え、リズムを取りつつ間合いを計っていた。先ほどギルガメシュが放った一撃、上段の顔面蹴り、これは決まったと思ったのだが、ディルムッドは咄嗟に頭を後ろに退いた。 皮一枚で避け、そのままギルガメシュの残った左足にローキックを入れてくる。 バランスを崩した顔面に右拳、真っ直ぐ伸びてきた腕を、ギルガメシュはかろうじて肘でガードした。 しかも膂力があるのか、ぶつかる度にびし、と骨にまで振動があるのだ。 あの制服の下には鍛えられた体がある、と一撃受けて理解した。 これはこちらも本気でかからねば、時間をかけていられない。 ふ、と息を吐き、力を集中させる。 構えているディルムッドの懐に思い切って飛び込み、回転をかけて左足を外から蹴りつける。ディルムッドが右腕を立ててそれを跳ね返した、硬直するかと思ったが動きは俊敏だ、今度はディルムッドの右足がぱん、と頭上に上がる。ギルガメシュの上段に踵落としが入る、貰った、と思う。一段目の蹴りは隙を見せるためのものだ、ギルガメシュはディルムッドの右足を両手で掴み、そのまま右側に大地へと転がす。 「……っ!」 ところが、その瞬間にギルガメシュの視線も天井を向いていた。 ディルムッドが地面に転がる直前、体をひねってギルガメシュの右足を両手で取ったのだ。朽木倒しのように後ろに押しながら、重力を乗せて引き倒してくる。 「…てっ!」 どん、と二人分の体重が背中に乗って、目から星が出た。しかし二人の攻撃の手は緩まない、真上にいたディルムッドの手刀がギルガメシュの喉に入るのと、ギルガメシュの脚がディルムッドの腹に入るのがほぼ同時。 と、その時。 周囲の熱気を一度に凍りつかせる冷気のように、寮の玄関から声がかかる。 「何の騒ぎだ?」 その声が響いた途端、野次馬も静まり返り、ディルムッドの動きもぴたり、と計った如くギルガメシュの喉元で止まった。だがギルガメシュには何の遠慮もない、膝を曲げ足裏をディルムッドの鳩尾に入れると、そのまま蹴りを入れてふっとばす。 ごほっ、と息を吐いて、ディルムッドが後方へ転がった。 「ほお……」 野次馬の輪が音もなく割れる、玄関から入ってきた細身の人影をギルガメシュは床に転がったまま見咎めた。 「……いつからこの寮は野蛮な原始時代へ帰ったのかね?私闘は禁じているはずだが、ディルムッド・オディナ?」 色素の薄い金色の髪を撫でつけた、切れ長の青い目の男が立っている。ただ立っているだけでそこから凍気が漂う、鋭い威圧感があった。教師の一人だろうか、男はギルガメシュには一度視線を投げて寄越しただけで、かつかつと踵を鳴らしてディルムッドに歩み寄っていく。ディルムッドは上体を起こし座り込んだまま、静かに男を見上げた。 「しかも寮長自ら乱暴狼藉とは、歴史あるこの寮も地に落ちたな」 言いざま、小脇にしていた指し棒で、びし、とディルムッドの肩を叩く。 それを黙って受けたディルムッドの表情には枯淡さがあって、直前まで喧嘩をしていた熱さなど欠片もなかった。 「わかっているなディルムッド?寮の全ての責は寮長である貴様が負うのだ」 「……承知しております」 「後で寮監室に来るように」 「はい」 ディルムッドは感情の起伏も見せず従順に応える、すると男はそれで満足したのか、野次馬の生徒たちに視線を移した。男が見渡すだけで、蟻の子を散らして生徒たちが青い顔で消えていく。ものの一分も経たないうちに、寮のエントランスは元の静けさを取り戻していた。 「……興ざめだ」 男にも聞こえるようにギルガメシュは言ったつもりだったが、彼は何の応えもせずに玄関から出て行った。熱気が霧散した場所はかえって冷え込んでいる。名残は床に座った二人だけだ。 ディルムッドは立ち上がると、ぱんぱん、と制服についた埃をはたき、琥珀色の瞳をこちらに向けた。 「夕食は6時半から一階の食堂で。一時間も経てば何も残ってないから、遅れないように」 喧嘩の事も、その原因についても一切触れず、寮長は言った。 内側に溜まっていた怒りの感情は、あっという間に熱を失って虚無感のような気だるさだけがある。 「小五月蝿い」 ぼそ、と呟きながら手櫛で髪を整える。 ディルムッドは呼びつけられた寮監室へ向かうつもりなのか、ドアに手をかけた。ひら、と右手の包帯が解けかかっているのが目に入る。その白が痛い。ディルムッドは何を思ったか、振り向き様にギルガメシュに声をかけてきた。 「それから、この島にデリバリーは来ないから。飯はちゃんと食っとけよ」 「………」 初めからギルガメシュは学生たちと食事をするつもりはなかった、腹がすけば携帯でデリバリーでも頼めばいいと思っていたのだが。 「囚人か!」 「似たようなものだ」 はああ、と深いため息しか出ず、心底あの美貌の色女を恨んだ。 三階の自分の部屋を探しに、エントランスから階段へと足を向ける。 ディルムッドに転ばされ、したたかに打った背中がかすかに痛い。明日になれば筋肉痛だろうか、自ら体を動かして喧嘩なぞ、久方ぶりのことで自身でも呆れてしまう。 「転校生、これでお前はお咎めなしだな」 階段に足をかけたところで声をかけられる。もう誰の相手になるのも面倒だ。これだから集団生活は鬱陶しい。 「……それがどうした?」 「そのままの意味だよ」 声の主は肩まで切りそろえたストレート、まだどこかあどけなさの残る童顔で、しかし大きな瞳には力がある。 「お前の咎めは寮長が代わりに受けてくれる。……それからあの教師はここの寮監、ケイネス・アーチボルト、元大学教授だから『教授』って呼ばれてる。彼がつける落第点で、去年は何人も留年したから気をつけたほうがいい」 「……勘に触る」 少年の台詞に苛立ちが増す。 腹が立ったのは教師にではない、ディルムッドにだ。 つまり、ディルムッドは初めから自分が責を取らされるとわかっていて、ギルガメシュの喧嘩を受けたことになる。ギルガメシュの憤怒が溜まった感情を吐き出させるために、わざと手を出させたとも思わせる。全て見通しての行動なら、これほどいけすかない事はない。 ちっ、と舌打ちして少年を無視し、すたすたと階段を登って、自室だという部屋、三階廊下の一番奥に入った。 「………犬小屋か…?」 ドアを開いた途端、その狭さに唖然とする。 壁に頭を向けるベッドがそれぞれ窓側から左右に二台ずつ、ベッドの横に申し訳程度のロッカーと本棚、これが生徒の私物置きの全てなのだ。そして勉強机がドアを開いて右左の壁に二つずつ。 すでに左奥のベッドには私物が置いてあり、ディルムッドが占領したとわかる。左右を縦に分けて部屋を使用出来る分、四人部屋より幾分かましなのだろうが。 「………」 右の窓側のベッドの上に、ぽん、とアタッシュケースが一つ乗っていた。 ここに来る際、ギルガメシュは使用人に言いつけて荷物を纏めさせていたはずだが、量はこの数倍あったはずだ。近寄ると、アタッシュケースの横にメモが一枚置いてある。 『入りきらない荷物は、家族の了解を得て、実家に送り返しました』 「あのくそ女っ!」 そして、再び脳裏にイシュタルの忌々しい高笑いが響き渡って。 こんな犬小屋で三年も暮らせるか!絶対に出て行ってやる!と唸ったのだった。
いろいろ衝撃が強すぎて、後からボディブローのようにじわじわきてます。騎士にどれほどの罪業があったのか、そんな事を考えつつ、新しいことを始めてみました。ラストはハッピーエンドです、長くならないように努力を積み重ねてみます。本当はもう少し年齢が高い方が良かったのですが、閉鎖空間にしたくて、あえて全寮制学校になりました。 2013・2月の王の器で大幅加筆修正完結版をオフ本で発行する予定です。2013・1月15日をめどにさげることになります、ご了承下さい。新しいサンプルはまた後日!! ●2月3日王の器で大幅加筆、オフ本として発行します。書店委託はとらのあなになります。予約始まりました。 <a href="/jump.php?http%3A%2F%2Fwww.toranoana.jp%2Fbl%2Farticle%2F04%2F0030%2F10%2F36%2F040030103649.html" target="_blank">http://www.toranoana.jp/bl/article/04/0030/10/36/040030103649.html</a>
【Fate/Zero】メテオラ 1【金槍】
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※かっこいい降谷さんはいません。  突然だが、私にはイケメンの彼氏がいる。  いや待って!ちょっと違うな!「私リア充してんだぜ☆」って宣言がしたかったわけでなく、ただ事実としてね?アッ、待ってこれどう転んでも嫌味!!!ちょっと待って今いい説明を考えるから……こんなんでどうかな?「私は、イケメンの彼氏を持っている喪女です」……アカン!イケメンの彼氏ってワードがそう足掻いても勝ち組感を醸し出してしまう!!でも他に言いようがないの!顔がいいのは本当だから!!私が干物で喪女で村人Eくらいの存在だってことが通じてればとりまOK!  さて本題に戻ろう。彼氏の名前は降谷零さんという。イケメンは名前までイケメン…もう名前がいとをかしだよね。風情ある。……本題に戻ろう(二回目)。零さんは警察官さんだ。でもお仕事のこととか詳しいことは話せないみたい。しかも外では「安室透」って名前で呼んでほしいという。これだけ話すと騙されてるんじゃないかって思うでしょ?イケメンになら騙されたっていいんだよ…!むしろ美味しい思いさせていただいてありがとうございますって感じ。最後の日には菓子折り用意しなくちゃ。  ところで本題(三回目)。警察官である零さんとのお付き合いは前途多難、デートなんてドタキャンばかり…という予想は大きく外れた。そりゃあ普通のカップルに比べれば回数は少ないけどデートだってちゃんとするし「降谷さんに近づかないで!」なんてキャットファイトをふっかけてくる女性も現れない。初めての彼氏に戸惑う私に優しい歩幅のお付き合いだった。ただ零さんも一警察官として例に漏れず高給取りのようで、あっ、零と例をかけたわけじゃないよ?ダジャレじゃないよ??ともかく、記念日とかに贈ってくれるプレゼントの桁が並外れていた。交際一ヶ月記念に貰ったのは2カラットのダイヤモンドのネックレス。値段は怖くて聞けなかったよね…。  そのくせ私が零さんに貢ごうとすると止められる。なんでも、あれは零さんがしたくてやってることだから気にする必要はないとのこと。いやでも値段がね…え?散財の機会も兼ねてるからちょうどいい?そう言われるとどう返していいのか分からんよ…人生で散財の機会とか言ったこと――あったわ。  突然だが、私は音ゲーマーでもある。それこそ幼き頃より「ポ○ラ」から始まり、思いっきりハマったのは「うた○プリンスさま」だった。あれのプロモードは全クリしている。やり込んだよね我が事ながら。そんな私が最近めっきりハマっているもの。マイナーなアプリだけどつまるところアイドル育成ゲームである。推しの属するユニットを育成してトップアイドルを目指すという内容。育成のために音ゲーで経験値を上げる仕組みだ。そして私の最推しがクール属性にいる「レイくん」。彼は帰国子女の高校三年生。ハーフという設定もあって金髪褐色肌蒼眼…うん、どこかのイケメンを彷彿とさせるよね。アイドルとしての彼はその甘いマスクを最大限に活かした王子様系なんだけど、その実俺様というどメジャーなギャップを併せ持っている。こういう俺様系男子がデレるときってこう…母性本能がくすぐられるっていうのかな?心臓押さえた集中線の後に救急車で運ばれる絵が浮かぶ。ん?これって母性本能の反応なのか?ただの萌え死んだオタクじゃない?  とにもかくにも、私の推しはそんな「レイくん」である。そう、性格は違うけれどまるで彼氏様を思い起こすような「レイくん」。零さんに貢ぐことも貰ったものに見合ったお返しもできないフラストレーションを「レイくん」に課金することによって昇華させていた。  どういうことかというとね、ほんとびっくりする話ですよ。デートしようがお泊りしようが外食しようが、私のお財布ちゃんは全舞台出番なし。裏方すらなれずに会場の一番後ろで立ち見状態である。ちなみに決して私のお財布が切り札というわけではない。むしろ零さんのお財布のほうがどう見たって潤っている。お付き合いしてこのかた一銭も出せていないのだ。プレゼントはいくつか贈ったものの、トータル金額には追いつけない。じゃあどうするか。――課金するのだ、「レイくん」に。  零さんは警察官として日本に並々ならぬ思いを抱いている。日本国民の鏡のような人だ。そんな零さんのために何ができるかと考えて、高価なプレゼントはできない、料理も零さんほど美味しく作れない、むしろ女子力共々零さんのほうが上だ。色々考えた末にいきついた課金という方法。そうだ、「レイくん」に課金することで日本経済を回し、ゆくゆくは零さんのためになるんじゃね?というのがIQの低い私の頭が叩きだした結論だった。 「――そういうわけで、課金をやめることはできません」 「な ん で !?」  ゴンッ!おシャンなカフェの一角で鈍い音が響いた。私は目の前で見ているから視覚的にも痛そうだけど、この音から聴覚的にも痛そうなことが伝わるだろう。ぢゅーとラッシーを吸いながら眉間に皺を寄せた。 「……何故なんだ」  魔王もびっくりな声が地を這ってくる。こちらを向いていた旋毛が上昇し、代わりに疎ましそうな目が向けられた。机にぶつけた額は真っ赤になっている。控えめに言わなくても痛そう。でもこればかりは譲れない。 「じゃあ零さん、私がロ○ックスの腕時計プレゼントしたら受け取ってくれます?」 「受け取るけどその分の費用は他のことに使ってほしいとは思う」 「ほらー」 「僕のために君の稼いだお金を使わなくてもいいんだよ……じゃなくて、それがなんで「レイ」への課金になるんだ!!」  零さんは何故か「レイくん」へ課金することを嫌がる。最近のデートでの議題はもっぱらそれだった。 「でもですね?以前もお話ししました通り、「レイくん」への課金はひいては零さんの大好きなこの国のためになるんですよ?私が課金することでアプリ会社は儲ける。人気が出るとグッズ化される。そしてそれをまた私たちユーザーが購入する。CDが出る、買います。ライブが開かれる、チケット戦争。儲けたお金でアプリの更なる向上。そして私たちがまた以下略。それすなわち日本経済を回していると言っても過言ではありません」 「そう、だろうけど…」  零さんは日本のことになると強く出れない。ほんと日本好きだなー、ちょっと嫉妬しちゃうぞ。……あ、待って、モブごときが嫉妬とかしちゃいけない。考えてもみて?対国家だよ?私のほうが優先順位低くてしかるべきじゃないか。 「っ、だが、なんでよりにもよって「レイ」なんだ!同じ零ならここにいるだろう!?」 「いやー、それは違いますよ零さん。零さんは零さん。「レイくん」は「レイくん」ですから」 「なんでそうなる!!!!」  二次元と三次元は相容れない関係性なんですよ。でも相容れないからこそ深みが出てくるものなんです。しかし私はトリップものとか見る。逆トリも見る。なんなら転生ものが好きだ。再び旋毛をが向けられる。若干、声に水気が含まれてきているのは気のせいだろうか。 「零さんは課金させてくれないでしょう?だから「レイくん」に」 「課金はさせたくないけど、だからってなんでそうなるんだ…!」 「じゃあ課金」 「……ほら、課金以外にも僕にしかしてあげられないことがあるだろう?例えば夕飯を作って待っててくれたり、」 「零さんが連れて行ってくれるお店が高級すぎてハードルが…それに零さんが作ってくれるほうが美味しいですし」 「風呂で背中を流してくれたり、」 「そもそも零さんと同棲してませんし、来るにしても私が寝た後くらいの時間ですよね?」 「一緒に寝てくれたり、」 「私が寝た後ですが零さんがベッドに入って来るので実質一緒に寝てるかと」 「朝食を作ってくれたり、」 「私が朝弱いのを知ってて零さんが先に起きて作ってくれてるじゃないですか」 「何やってんだ僕ーーー!!!!!」  また突っ伏した。ラッシーを飲み終えてしまったのでお冷をいただく。 「……ハッ!じ、じゃあ、早く帰る日はべ、ベッドで待っててくれたり…!」 「零さんの「早く帰る」は八割の確率で反故にされますのでやっぱり先に寝てしまいます」 「もうだめだ…」  お冷がきたので喉を潤す。こんだけ喋ってて全然飲み物が進まない零さんの喉が心配だ。あ、これレモン水だ。美味しいなぁ。 「……というか、もはやこれは浮気じゃないか?彼氏を蔑ろにして他の男に貢ぐ。うん、立派な浮気だろう」 「いえ、浮気ではありません」  心外だ。零さんは勘違いしてる。そこのところはきちんと説明しておかなくては。私は姿勢を正した。 「いいですか?そもそも私は「レイくん」に恋愛感情は抱いていません。彼に対しては…そうですね、親のような気持ちで接しています。親であれば息子の活躍は嬉しいものでしょう?そして息子が物を欲しがれば買ってあげたいと思うでしょう。そういう気持ちです。第一、「レイくん」の恋人になろうなんてそんあ烏滸がましいこと考えていませんよ」  ただし、二次創作ではありがたく読ませてもらっていますが。 「恋愛感情として私が好きなのは今目の前にいる零さんです。そこのところは誤解がないようにしていただかないと」 「息子…課金…恋愛………ハッ!そうか!!」  がばりと顔を上げた零さんの目はカフェの照明も相まってきらきら…いや、ぎらぎら?と光っていた。額はまだ赤いままでなんだか面白い。写真が撮れないのが残念だ。 「君は僕にお返しがしたい。僕は君に自分のためにお金を使って欲しい。君は僕のために何かしたい。僕は君が「レイ」に課金するのが嫌だ。君は息子の為ならいくらでも課金できる……そういうことだろう?」 「まあ…そういうことになりますかね」 「なら解決策がある。誰も不満のない、全ての条件を満たす解決策が」  なんだろうか。零さんがじりじりとにじり寄ってくる。机越しだというのに追い詰められている感覚だ。蛇に睨まれた蛙はこんな気持ちかな?背中に得体の知れない脂汗が流れる。 「……な、んですか…?」 「子供を作ろう」 「…………はい?」 「よし、了解したな。じゃあまずは役所に行って婚姻届けを、」 「ちょっ、ちょっと待ってください!!」  何を言っているんだこの人は!ちなみにあの返答は了承したわけじゃなくて聞き返しただけなんだけど!勝手に未来予想図を繰り広げる彼に待ったをかける。 「なんだ?」 「なんでそうなるんですか!!」 「?……ああ!すまない。プロポーズが先だったな。今夜は夜景の見えるレストランでディナーにしよう。最高にロマンチックなプロポーズを約束するよ」 「そうじゃなくてですね!いや、それは別に嬉しいのでいいですけど、なんで、こっ…子供が解決策になるんですか!!」  だいたい零さんほどの優秀な遺伝子をお持ちの方が私なぞモブPとの子供が欲しいなんて、あっ!疲れてるんですね!?徹夜明けで思考がおかしくなってるんですよね!?きっとそう! 「ちなみに、今日は徹夜はしていないぞ?思考は至って正常だ」 「心読まないで!徹夜テンションじゃなかったし!!」 「で、子供の件なんだが」 「話聞いてくれませんか?」 「子供がいれば、さっき出した条件が全て当てはまるんだよ。君は僕にお返しがしたい。僕は君に自分のためにお金を使って欲しい。君は僕のために何かしたい。僕は君が「レイ」に課金するのが嫌だ。君は息子の為ならいくらでも課金できる。つまり正解は子供だ」  開いた口が塞がらない。言葉も出なかった。びっくりするほどトンデモ発言だ。突拍子がない斜め上からの見解すぎて何と返せばいいか分からない。混乱に混乱を重ねた私の口から出たのは、 「……なる、ほ、ど…?」  何故そう答えた私。一つも理解していないのに何のつもりで理解した振りをしたのか。そういう知ったかぶりするの良くないぞ!でも見栄を張って勢いづいてしまうのがオタクの定め。撤回する余地もなく零さんが追撃をかける。 「子供ができれば全て丸く納まる。僕も君も不満はない。更にいうと僕は君と結婚ができるし、君は仕事をしなくても不自由なく生活できる。…仕事の都合で式だけは少し後回しにしてもらわないといけないけど、家族揃っての結婚式もいいものだと思わないか?」 「ソウ、デスネ…?」  やめろ私!イエスマンになるんじゃない!ノーと言える日本人になるのが夢だっただろう!?黙秘だ!何も喋るんじゃない!! 「そうと決まれば善は急げだ。今からレストランの席を押さえるよ。ドレスコードが必要なところだから君にドレスも見繕わないとね」 「はあ…」  ふと思い返す。あれ?不満っていうか、確か「レイくん」に恋愛感情はないけれど、その理論だと私「レイくん」に課金できなくなるのでは…?そうなれば日本経済に貢献できないどころか、「レイくん」グッズ生産の可能性も下がる…? 「……あの、零さん?それだと私、「レイくん」に課金できなくなるんじゃ…?」 「する必要ないだろう?子供ができたらそれだけでこの国のためになる。少子化を防ぐためにもいっぱい子供作ろうな?」 「はい……?」  ――ハッピーエンド、なのかしら???
・思いやり<br />・勢い<br />・あたたかい心<br /><br />以上、三点をご準備の上お読みください。<br /><br />2018年09月06日付の[小説] デイリーランキング 16 位<br />2018年09月06日付の[小説] 女子に人気ランキング 12 位<br />スタンプ・コメント・ブクマありがとうございました!!
『彼女の課金を止めたかったと供述しており、』
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安室さんに凄いカミングアウトされて家に強制帰宅させられたあの日、結局合コンには行けれず断りの電話を入れようにも入れれず、と八方ふさがりだったけれど、困ってた私を助けてくれたのも安室さんだった。 まあ全て安室さんが邪魔したせいなんだけどね。 FBIのアドレスなんか知らない、と嫌な顔しながらコナンくん経由で繋げ、どうにかドタキャンの謝罪をして許しを得た。 本当に申し訳ありません…。 いつかお詫びするからせめてお友達は止めないで欲しいなあという下心で謝ってたら、ジョディさんが大笑いしながらそんな事で嫌になったりはしないわ!と言ってくれた。 なんて良い人…! 有難うございます! スマホを貸してくれてる安室さんが凄く、怖い顔して早く切れと圧力掛けてくる。 いやいや、元々あんたのせいなんだからこのくらい許容してくださいよ。 仕方なくまた今度、と終わらせて返す。 「また今度は止めておいた方がいいと思いますけどね」 「それは私の自由だと思いますけど」 「旦那の意見も聞いておいて損はないですよ」 「いつ旦那になったんですか」 「はは、僕たちはキツネですよ?僕には確かに戸籍はありますが、あなたにはないですよね?なら宣言したその瞬間から夫婦になるのが、僕たち動物にとって当たり前じゃないですか?」 何も言えなかった。 言えるとすれば本人の気持ちが大事だろ、と言う事だけど、実のところ本能はこの人が良いと訴えている。 これほどに優れた雄はいないと、雌の本能が彼を求めているのだ。 ううん、後は私の気持ち次第ってか。 「さて、お母様にもお父様にも挨拶できたことですし、弟さんたちにも会いに行きたいですね」 「えっと…今は、狩りの練習中みたいですね」 家のなかと周りを確認した後、お母さんに聞けばその内帰ってくるだろうだって。 まあ、そうだろうけど、その間私は二人で安室さんといなければならない訳でしょ? しかもこの人忙しい人じゃん。 そんな悠長にしてられないでしょ…。 穴倉の前で立ってたら、森の奥から見慣れた気配が近づいてきた。 「あ、帰って来たようですよ」 「なんて都合がいい」 「え?」 「犬笛でも吹きましたかね」 「なる程、それもアリですね」 苦し紛れの冗談だったのに…。 私を呼ぶのに丁度いいとかぬかしてました。 私は犬じゃない!…いや、イヌ科だけども。 「嫌なら早くスマホ契約しましょうね。なんなら僕が準備してきますけど」 「それは色々弄られそうで嫌なので自分で行きます」 「聞き捨てなりませんねえ」 自分の胸に聞いてみろ、そうすれば自ずと納得するでしょ! ふん!と鼻を鳴らして顔を背けると、安室さんが僕のこと色々知ってる風ですけどどこで?とか言ってくる。 あれ、何か言い過ぎてしまった、かな? 「気のせいでは?安室さんは探偵で、喫茶店の店員さんですよね」 「僕喫茶店の話はしたことないですけど」 「おおっと」 やべ。 そういや聞いたことも行ったこともないわ。 ずっとコンビニで会ってただけで、それ以外の事知らないや。 うわわわ、どないしよ。 どう切り返したらいいんだ…。 横から見てくるギラリとした目がどんどん近寄って、右手が思いっきり掴まれた。 いててててて、ちょ、手加減ー。 掴まれた腕をひねり上げるようにされて、筋がギリギリ言ってますよいたたたた。 「この際ですし、いろいろ言っちゃったほうが楽ですよ奥さん」 「やだ、なんだか不倫みたいたたたた」 「ふざける余裕がまだあるみたいですね?」 「むしろ余裕がないから余計なこと喋ってんですけど、」 「姉ちゃん、何してんの?」 グッドタイミング弟ども! 不審な目で隣に立つ、今も腕をひねり上げてる安室さんを下から睨み上げた。 キツネが喋ってる姿ってこう…今更ながら不思議な光景だよね。 「ああ、初めまして。僕は安室透です。この度君たちのお姉さんの夫になりました。よろしくね」 「奥さんをひねり上げてる人が?」 「人間なのに?」 「いいとこツッコむ君たちが好き」 「ちょっと黙っててくださいね。いいかい、僕は今この格好してるけど、君たちのお姉さんと同様」 ぽふ、と音を出してキツネに戻った安室さん。 「変化したキツネだよ」 変化を解いた拍子に手を離されたから漸く楽になれた私は、スッと二歩彼から離れた。 近寄らんとこ。 本来の姿を見た弟どもは、私以外にも変化できるんだ!と大興奮。 「姉ちゃんが人間になれるのは変わってるからだと思ってた!」 「突然変異じゃないんだ!」 「しっつれいだなお前ら」 「んん、まあ、出来ないものも偶にはいるけど、練習すれば誰でも可能だから」 「うわああ!!」 「やりたあい!」 うわ、弟どもの目がキラキラと尊敬の眼差しに変わった。 さっきまでの態度が嘘の様だわ。 「じゃあ基本から」 立って説明しだす安室さんを見上げるようにそこに座り、三人のお勉強タイムが今始まった。 って!私は!!放置か! ムカつくから私もそのままに、水浴びをしに川へ行ったあと速攻で寝床に潜った。 勿論寝る時はキツネに戻るよ。 だって狭いし。 そうしたらどうだったと思う? 横にいつもは弟どもがいたのに、今日は違う匂いが横を占拠してたから何事かと焦るじゃん。 慌てて翻れば偉そうに寝てる安室さん…(他のキツネの違いがイマイチよく分からない)?がいて、思わず蹴飛ばしたのは仕方ないで許せるでしょ?ね? 「許せませんね」 「なんでー!だって普通一緒に寝た覚えのない他人がいたら驚くでしょ!?」 「でも僕が一緒に寝た時、嬉しそうに僕にくっついてお休みと言ったじゃないですか」 「なにそれおぼえてない」 結果を言おう。 弟どもは見事に免許皆伝して、変化術を手に入れた。 しかも折角人間になれるのだからと戸籍を手に入れ、学校まで行き始めた。 何でも安室さんの部下になるのが夢だと。 意味が分かりませんね? どういう事? 「あれ、言ってませんか?僕実は警察官で、本名降谷零というんです」 「初めて聞きましたね」 「それは失礼しました。でも、」 安室さんの家で。 のんびり寛ぎながらソファーで転寝中だった。 座ってる安室さんのお膝を借りて、彼膝枕。 贅沢だわぁとか思わなくもなかったけど、眠くてそこは妥協した。 そんな中でぽつぽつと弟の近況を聞いた話をしたんだ、けど。 まさか私より安室さんの方が詳しかったとか知らないし、何より部下になりたいとはいきなりだね?と首を傾げたものだ。 二人には本職も本名も教えていて、将来の手駒もとい部下を作っていただなんて。 驚いて聞いた結果が、上から降りてくる綺麗な顔の圧です。 「元から僕の事知ってたんじゃないのか?」 「ははは、まさか何をまた」 「君は警戒心は人並みに持ってるし、本能から無意識に自分に不利益なものは除外してるはずだ。そうでなくても僕に対しての防御は元から皆無だったように思う」 何故だろうな? そう、真顔で笑う顔は本気で怖い。 なんだか解っていて聞いてるみたいで、どう言えばいいのか躊躇ってしまう。 これが逆に肯定してるのだと気づくのは、一人水浴びをして落ち着くころだったけど。 「コナンくんのことも、知ってるんだろう?どこで知ったのか、教えて貰いたいな」 「安室さんカムバック」 「へえー…、ああいう喋り方が好きなのか。なら、遠慮なく行かせて貰おう」 両手が頬を撫でる。 優しさとか、甘さとか、そういう雰囲気ではない。 ガツッと掴んで、余所見さえ許さんという意味合いのです。 「あなたは何からどこまで知ってらっしゃるんですか?場合によっては、実力行使も吝かではありませんよ」 「…それバーボン」 その後の実力行使はどういうものだったか、言う気にはなれない。 あえて分かり易くいうなら…全部言うまでアッー!されまくったってこと…。 「早く僕たちの子供が見たいなあ」 ある日の午後、安室さんがポアロが昼までだからと、午後に待ち合わせをした。 駅前のシンボル付近。 遅くなったかな?と時計を見ながら走り寄れば、なんだか見知った、いや知識がある顔がそこにいた。 「どうしてここにいるんです?FBIは暇なのか」 「いや、ここで俺も待ち合わせしてるんでね。すまないが諦めてくれないか」 FBIの赤井さんじゃん。 あっれ、どうしてその顔で外出してんの? 変装は? はてなを飛ばしまくりながらそこで腕組んで悩む。 ここはあえて近寄らない方がいいのでは、と。 だって考えてもみなよ、あそこの顔面偏差値天元突破だぞ。 そんなところに平均が寄ってみろ。 周囲からタコ殴りにあうわ。 しかし悲しいかな、彼は優秀な警察官なのだ。 視線にとても、敏感である。 「ああ、やっと来ましたね。二分遅刻です」 「いやいやいや、実は五分前からいましたし、ぎりセーフです」 「知ってますよ」 「なら言わんといて」 「ギリギリに来るからそうなるんです」 「痛いわ」 正論痛い。 この人私には辛辣なんだけど、なんなの。 懐に入れた人には猫捨てちゃうの? 逆に鬼被るの? 昔の間柄が懐かしい。 少ししんみりしてたら、彼の隣にいたFBIが急に笑い出した。 「何事」 「おかしいんですよ彼は。さあ放っといて行きましょうか」 「ああ、待て待て」 肩を掴まれて彼が止めている車へ、と案内されようとして腕を掴まれた。 私の腕を。 なんで。 「離してほしいんですけど」 「辛辣だな、俺達初対面だろう?」 「普通初対面の人に腕掴まれたらそういう反応されますよ」 「そうか?」 「この人頭おっかしいんじゃなぁい?」 突然頭にオラフが現れた。 安室さんは無言で頷いた。 「だからおかしいと言ったでしょう?」 「似たもの夫婦か」 「照れます」 「褒められてませんけど」 だって初めて夫婦だって言われ…なんで知ってんの? 「安室さんが言った…りはしないですね」 「余計なことは言いたくないんで」 「ですよね。じゃあなんで」 「匂いで判るさ。君も、安室君と同じなんだろう?」 「…何が?」 この人たち主語を出さずに喋るから本当分かんない。 頭いい人って、主語いらないの? 「詳しい事は後程話します。それより赤井、ここでその話はするな」 「すまない。仲間がいると分かってつい」 両手をあげてよくある降参ポーズを安室さんに見せる。 赤井さんの方が血は昇りにくいみたいだ。 「種類が違えば仲間とは言わないだろ」 「いや、同じ化け族だ」 「ば…!?」 周囲の目もあるので、とその後すぐお開きになったけれど、車で移動中安室さんに次々と衝撃的事実を教えられた。 「赤井は狸なんだ」 「たぬき」 「だからかどうにもアイツとはそりが合わなくて」 「…なるほど?」 「お前が知ってる僕もそうだったのか?」 「まあ、理由は違ったけれど」 「根本は変わらないようだ。それから仲間についてだが、実は他にも人間になって生きてるやつらがいるんだ」 「初耳過ぎる」 「僕の同期辺りなんだけどな」 目が点になるとはこの事だわ。 「え、ちょっと待って。生きてるんですか?」 「そう、生きてる。死んでない。まあ、動物の反射神経が命運を分けたって所かな」
<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10077755">novel/10077755</a></strong>これの続編です。<br /><br />マイピクに下げるとか言って、全裸待機されたので調子乗りました。<br />だってなんだか楽しそうな話聞いたから…!<br />でも色物なので、やっぱり一週間後には二つとも移動します。<br />安室さんも赤井さんも弄ってます。お気を付けください。<br /><br />追記。<br />全体へ移動しました。
キツネと安室2
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※諸注意 ・この作品は『名探偵コナン』と『刀剣乱舞』のクロスオーバーです。 ・ちゃんねる風の作品となっておりますが、あくまで風。 ・恋愛要素はほぼ無いですが、刀剣男士たちとは家族愛に溢れてます。 ・筆者は体は大人頭脳は子供なので推理が出来ません。推理パートはことごとく潰してます。 ・ご都合主義は魔法の言葉だと信じてる。 ・若干とうらぶ贔屓になっており、名探偵側にとって少し不利です。 ・公式さんとは一切関係がありません。 ・誤字脱字、矛盾が大いに存在します。広い心で見逃しつつ、溢れる妄想力でカバーして下さい。 ・地雷を予感した方は全速力で撤退すること推奨。 アンチ・ヘイトの意志はありませんが、受け取り側次第ではそう捉える方もおられるかと思いますので、閲覧は自己責任でお願いします。 今回はブラック本丸が少しだけ登場します。 (R指定は付きませんが、今後血表現や暴力表現が入る可能性はありますので注意して下さい) ・筆者の完全趣味。 合わないなと感じた方はそっとブラウザを閉じて鶯丸に入れてもらった緑茶でも飲んで忘れて下さい。 ・筆者は未執行。まじっく快斗未履修(重要)。 ・苦情は受け付けておりませんので悪しからず。 ・以上を許せる方のみ、次のページからお楽しみください。 [newpage] ・ ・ ・ 641 ななしの審神者 30分経ったな… 642 ななしの審神者 日傘戻ってこないな…大丈夫なんかな… 643 ななしの札の奴 刀剣を狙う奴が現れたのかもな。ただの賊か、主義者か… 怪我してないといいけど 644 日傘 たっだいまーあーくたびれたー 早く帰って長谷部たち休ませたい… お腹すいた… 645 ななしの審神者 >644 646 ななしの審神者 >644 647 ななしの審神者 >644 648 ななしの審神者 あああああ日傘ああああああ!! 649 ななしの審神者 おかえりおかえりおかえり―――!!! 650 ななしの札の奴 心配したぞこらぁ―――!!! 651 ドジっ子☆ 無事に終わりましたか?怪我しませんでした? 652 日傘 ご心配おかけしました、スレに残っててくれてありがとうございます 私は無傷です!どうにか…ですが ひとまず無事に刀剣は回収、今は政府の護送用車を待っている所です 少し時間が出来たのでご報告に 653 ななしの審神者 待ってた! 刀剣回収出来たってことはキッドから宝石は返してもらえたんだな ていうか護送用車って…やっぱり主義者が現れたんか… 654 ななしの審神者 >653 まじかよ… さっきの途中送信後kwsk! 655 日傘 >654 合点! キッドが宝石を返すと言った直後のことです 私たちのいる屋上に4体の遡行軍の気配を察知しました 薬研と不動が遡行軍の一撃を受け止めてくれた隙に、私は眼鏡ショタとキッドを貯水タンクの裏に引っ張って行った そこに隠れて遡行軍から身を守るための結界を張りました 日傘持ってて本当に良かったです長谷部ありがとう!! 眼鏡ショタ「日傘さん、いま何が起こったの!?この音はなに!?不動お兄さんと薬研お兄さんは大丈夫なの!?」 私「…2人なら大丈夫。君たちのことも守る」 眼鏡ショタ「そうじゃなくて!」 私「…お願い。信じてほしいとは言わない。ただ、今は私の指示に従ってほしい。君たちのことは守るから」 後ろからは剣戟の音が聞こえ、異常事態なのは明らかだったから凄く不安だったと思う。大丈夫としか言えないのは申し訳なかったし、ぶっちゃけ私も2人のことは心配だったけど、2人を信じてたし大丈夫だって自信もあった だから、眼鏡ショタとキッドにもどうにか指示に従って貰うしかない。ここで変に行動される方が危険だから キッドは私たちのことを全く知らないからかなり迷ってたけど、眼鏡ショタはどうにか信じてくれた 眼鏡ショタ「…分かった、指示に従うよ。オメーはどうすんだキッド?」 キッド「いやいや…どうするったって、俺はこのお嬢さん方のことなんかこれっぽっちも知らないんだぜ?…ま、オメーがそう言うならそれなりの理由があんだろ。俺も従うぜ」 私「…ありがとう。必ず守ります」 656 ななしの審神者 よかった、大人しく結界の中に居てくれたんだな 657 ななしの審神者 前の話からも、眼鏡ショタは結構な行動派だったけど、好奇心の赴くまま動かなくてよかったよ… 658 日傘 >657 好奇心はあっただろうけど、それ以上にやっぱり現実主義なとこあるっぽいし、今は私の判断に従うのが一番だと思ってくれた…と私は勝手に思ってる で、そこで長谷部から連絡来た 長谷部『主、こちらに遡行軍が1体。すでに撃破済みです。すぐにそちらへ向かいます!』 私「えっ、待って陸奥守から離れないで!?」 長谷部『こいつも連れて行きます!』 私「は!?」 ブツッ ツーツー 私「えええええ」 長谷部何言ってんの???陸奥守触れなかったじゃん???どうするつもりなの???むしろ何するつもりなの??? 意味が分からな過ぎて謎の恐怖に襲われた 659 ななしの審神者 長谷部何言ってんの??? 660 ななしの審神者 触れない陸奥守を一体どうやって連れてくると言うのか… 661 日傘 丁度電話が切れたあと、男性スタッフの1人が屋上に現れました 間違いなくその人が修正主義者 主義者「怪盗キッド、その宝石を返してもらおう」 キッド「はぁ?」 剣戟の音が響く中、突然現れそう告げるスタッフに心底意味不明と言わんばかりの顔のキッド 私「絶対に渡さないで下さい」 そう言った途端、男が銃を取り出して銃口を向けてきた やばかったです 私の結界は遡行軍からの攻撃は(ほどほどに)防ぎますが、銃弾や蹴り、拳などは普通に通るので内心冷や汗だらだらでした 662 ななしの審神者 うわあああああ危なあああああ怪我はしなかったんだよな!!分かってるけど危なああああ!!! 663 ななしの札の奴 なんで術苦手な日傘だけでこんな任務に行かせたんだよ!!もう1人くらい術が得意な審神者誘ってくれよ!!! 664 日傘 >663 まじそれ 主義者「ただの職員かと思ってたのに、まさか審神者だったとはな」 主義者の男は忌々しそうにそう呟いた あ、ビックリしないように先に言っておきます この後私、撃たれました 665 ななしの審神者 666 ななしの審神者 667 ドジっ子☆ 668 ななしの審神者 え 669 ななしの札の奴 え 670 ななしの審神者 えええええええええええええええ!?!?!? [newpage] 671 ななしの審神者 ちょっと待ってちょっと待って!怪我は!してないんだよな!!!??? 672 ななしの審神者 普通にびっくりするわ!!! まさか日傘銃弾避けたりとか出来ちゃうわけ!?!?!? 673 日傘 >672 そんなこと出来るわけないでしょ! >671 怪我は、一切、しておりません!! 撃たれる瞬間、こちらの様子に気づいた薬研と不動が慌てた 「大将!」「主!」 響く銃声 咄嗟にキッドが私を守ろうと腕を引いてくれた けれど、それよりも先に目の前に立ちはだかる人影 地面に落ちた真っ二つの銃弾 煌めく刀身 長谷部だった 私「長谷部!?」 長谷部「遅くなって申し訳ありません主。お怪我は?」 なんと審神者も鶴丸もビックリの機動ですっ飛んできた長谷部が、私に向かって放たれた銃弾を 真 っ 二 つ にしたらしい ありですか? 674 ななしの審神者 ぜって~~~~~な し!!!!! でもよくやった!!!!! 675 ななしの審神者 えええ長谷部そんなこと出来んの!?さすが機動おばけ!!?? 676 ななしの審神者 ↑いや機動の問題かこれ!?!? ていうか刀見られてるけどいいの!? 677 ななしの審神者 うおおおおおおお長谷部やべ~~~~~~~!!! 678 日傘 >676 刀剣所持義務の身分証持ってたので大丈夫!!! でも眼鏡ショタとキッドも信じられない出来事の連続で固まってました(本気で記憶の抹消するべきなのではと今なら思う) でも正直私も情報過多で脳の処理がリアルタイムじゃ追いつかなかった そして陸奥守ですが、なんと長谷部 ショーケースごと持ってきました …このケースの重量、確か2・30キロはあったはず…(遠い目) 私「ちょっとケースごとってどういうことなの…器物破損…ていうかこんなことやって、警報とか鳴らなかったの?」 長谷部「あいつら(主義者&遡行軍)がすでにあちこち壊してるので、警報なんてうんともすんとも」 私「あ…そう…」 もうツッコミは放棄しました 679 ななしの審神者 そうだな 680ななしの審神者 ツッコミが追いつかない 681 ななしの審神者 日傘に同情 ついでに眼鏡ショタとキッドにも同情 682 日傘 ケースに入ったままの陸奥守を傍らに置いて、長谷部は私たちを背に、突っ込んできた遡行軍と戦ってました ちなみに結界にはわずかに視認阻害もかけてるので、結界内から遡行軍の姿は黒い影みたいに見えてます で、私を殺し損ねた主義者がなんかいろいろ喚いてましたがあんまり覚えてない 刀剣を渡せとか、術がどうのって言ってたけどよく知らない ただ 主義者「刀剣1本くらいなんだっていうんだ!それくらい見捨てて行ったほうが利口だろう!どうせあとからいくらでも手に入るのに!」 ブチ切れた☆ 683 ななしの札の奴 これはブチ切れる☆ 684 ななしの審神者 許す☆ 685 ななしの審神者 テメー俺らの家族なんだと思ってんだブチコロ☆ 686 日傘 私「ふざけないで!彼の帰りを待つ仲間がいるんだ!彼らの思い出に、代わりなんかない!」 解体を待つブラック本丸に今なお残る刀剣男士たちにとって、今ここにいる陸奥守こそが仲間なんだよ。時間を共に過ごした“この陸奥守”が家族なんだよ 私に何を言っても意味がないって悟ったのか、小賢しい主義者は標的を変えました ――キッドに 主義者「怪盗キッド!君なら私の気持ちがわかるはずだ!」 キッド「はあ?」 主義者「変えたい過去があるだろう!死んでほしくなかった人が、助けたかった人がいるだろう!」 キッド「…!なにを」 主義者「変えられるんだ!過去は!救えるんだ!君の大事な人も!!」 キッド「……」 修正主義者はキッドの過去にもお詳しいらしい 正解だったようで、キッドは見るからに動揺してた 正直、私は正義のためとか大それたこと考えてないし、考えられない ましてやキッドは赤の他人だし、彼が過去を変えることを選ぶのを止めることは出来ないと思った 私にはそんな権利もないし だから言うことだけ言った 私「…あなた(キッド)を止める言葉を、私は持ってない。けれどそちらへ行くのなら、あなたにとって、私は敵だ」 キッド「……。助けられる命を助けたいと願うのは、罪か?」 私「いいえ。その願いはとても尊いものです。けれど、過去は過去。変えられない。変えてはならない。それをすることは、今を必死に生きている人全てを侮辱することだから。未来を変えようと今を足掻いている人々に対する冒涜だから。過去に生きた人々の、必死に生きた証を、選択を、否定することだから」 キッド「……」 主義者は尚も何か言い募ってるし(ぶっちゃけ興味なかったし、キッドもあまり聞いてないみたいだったから無視した)、キッドは自分の前髪握りしめてた 握った拳が震えてたから、彼にとって相当大事な場所に主義者は斬り込んだみたい 687 ななしの審神者 主義者最低。すぐにそうやって人の大事な気持ちを利用する 688 ななしの審神者 審神者やってる理由なんてそれぞれだしな。俺もどちらかって言うと、日本の未来のためとか正義のためとかピンとこないし 689 ななしの審神者 俺もともと警察志望だったから、日本国のために、とかって精神はわかる でもそうじゃない奴らがいることも理解してるし、どっちがどうとかは考えてない 690 ななしの審神者 結局信念と立場の違いなんだよな…どうしても過去にしか救いを見いだせない奴はいるし、命を懸けてでも過去を変えたい奴もいる たまたま俺たちがそうじゃなかったってだけの話なのかも 691 ななしの審神者 そういうの考えても話は進まないしな そんなんタイムマシンが発明されてから何万回と議論の場に上がって、それでも解決せずに結局激突して、法律として取り締まるって形にしたわけだし 692 ななしの審神者 キッドが迷うのも分かる。キッドにしか答えは出せないから… けど日傘の言う通り、もしその結果キッドが主義者側の人間になるのなら、取り締まらないと それこそ、キッドが歴史修正主義者になること自体、過去改変もいいとこだ 693 日傘 >692 そう だから私もキッドが答えを出すまで待ってたんだけど…主義者がとにかくうるさかった 本人の意思は尊重するよ、その結果敵になっても本人の選択だから でもこの主義者の男はどっからどう見ても、キッドが過去に『守りたかった人』を救いたいって気持ちを尊重してるんじゃなくて、今目の前の目的を果たすためだけに利用しようとしてた だから思わず、 私「でも…大切なあなたの気持ちを、願いを、必死に生きてきたものの思い出を!今自分の目的のためだけに利用しようとするような奴のために、捧げないで!」 その瞬間キッドが顔を上げて、トランプ銃を躊躇いなく撃った 主義者の男に ズボンの裾を地面に縫い付けられた男が転んだ キッド「生憎と、レディに銃口を向けるような輩に貸すような手は持ち合わせてないんでね」 駄目押しで何発かトランプで服を地面に縫いとめた なにそれすげぇ 694 ななしの審神者 なにそれすげぇ 695 ななしの審神者 キッド様カッコイイ―――――!!! 696 ななしの審神者 主義者の勧誘を蹴ったってことか! 悩むほど変えたい過去があったはずなのに 697 日傘 私も茫然とキッドを見た キッドはハットを目深に被って、小さく「ありがとう」って呟いた 私「え?」 キッド「あんたは、俺が救いたいと思った人の人生を、否定しないでくれた。…過去を変えたいって願う気持ちは確かにある。けれど俺は、あの人の道と意思を、踏みにじることはしたくない。過去を変えるなんて夢物語でも、縋りたくなる人の気持ちは分かる。それでも、もう俺は迷わない。あの人の生きた先に、今俺は立ってるからな」 そう告げたキッドは、ごく普通の男の子の顔だった。何かを諦めたように、でもどこか吹っ切れたように笑った彼を、私は素直に凄いと思った ちょっと泣きそうだった 私は「ごめんなさい」を言うことは出来ないから、代わりに「ありがとう」って言った 私「ありがとうございます、今を選んでくれて、本当に」 キッド「いいえ、美しい人。あなたが敵になってしまうなんて、私にはとても耐えられませんから」 すぐに軽口になったので、少しおかしくなって笑っちゃった さっきも言ったけどキッドは平成の有名どころだから、実際歴史修正主義者になられると困るし、それこそ政府からの記憶改竄待ったなしだけど 本当によかった 私「その銃カッコ良すぎですね」 キッド「ありがとうございます、謎のベールに包まれた、勇ましいお嬢さん」 すごい鳥肌立ちそうな台詞言われた。似合いすぎやばい、こいつも顔いいぞ、なんなんだイケメンめ でも多分私あなたより年上だよ 私の代わりに眼鏡ショタが言ってくれた 眼鏡ショタ「日傘さんはキッドより年上だよ」 キッド「えっ」 なんでそこで驚いた? 698 ななしの審神者 そりゃあお前…童顔だから 699 ななしの審神者 自他ともに認める童顔だから… 700 ななしの審神者 むしろ童顔以外に答えがない 701 日傘 >698-700 私にも“成人済み”というプライドはあるんですよ!!一応!! 出現していた遡行軍は倒しました。長谷部は地面とこんにちはしてる主義者をふん縛ってくれた 主義者の男はなんかごちゃごちゃ言ってて、聞けば建物の結界の札張ったのもこの人みたい どうやら“私たち”が“キッド”を追いかけないようにするためのものだったんだって ビッグジュエルが術を解く片割れだったから、陸奥守の術を私たちに解かせないために、キッドにはビッグジュエルを盗んでもらいたかったみたい。 で、キッドはいつも宝石を返還してるから、私たちが1度政府に引き下がったあとでキッドから返還された宝石を使って術を解き、持ち去る予定だったんじゃないかな 702 ななしの審神者 なるほどな… 日傘たちが建物の結界によってキッドを追えない ↓ キッドが宝石を盗む ↓ 陸奥守の術が解けない ↓ 日傘たちが1度政府に引き下がる ↓ その間に返還された宝石で陸奥守の術を解いて奪う てわけか… 703 ななしの審神者 杜撰にもほどがあるだろ… 日傘たちの行動もキッドの行動も全部自分に都合のいい予想じゃねーか… 704 日傘 静かになったのでようやく貯水タンクの裏から出た あ、念のため結界はまだ維持中です。とりあえず陸奥守にかけられた術を解くまでは 眼鏡ショタは屋上をきょろきょろ見回した コナン「あれ、不審者たちは…?なんかいっぱいいなかった?」 私「消えました」 正直に答えたのに、眼鏡ショタからは「あ、そう、答える気ないんだね」という疑惑の視線を頂きました 解せぬ 705 ななしの審神者 まあそりゃあ信じれないわな…目の前の男が過去云々言ってても、気が触れたと考えればありえないこともないし 706 ななしの審神者 日傘の結界のおかげで、遡行軍の姿は(影くらいで)見えなかったわけだしな 707 ななしの審神者 日傘だって信じないと思ってたから言ったんだろ 708 日傘 >707 まあね 真実でも信じなければ嘘と変わらないからね。真に受けないなら問題ない 薬研には担当さんに主義者捕縛の連絡を入れてもらって、すぐに引き取りに行くとの返事をもらった。キッドから宝石も返してもらったので、陸奥守の封印解くことにしました 正直、眼鏡ショタ達を守る結界を維持しながら解呪するの、ポンコツな私じゃかなり面倒っていうか大変だったんですが、確実に安全だと言い切れなかったので頑張りました だって、遡行軍が5体しか確認できてなかったんですよ 本当に5体編成だったなら問題はないんですけどね 709 ななしの審神者 え、あ、ほんとじゃん 710 ななしの審神者 うっわ、こっわ 711 ななしの審神者 え?で?で?まさか現在進行形なわけ?? 712 日傘 >711 もう終わってます。結界も解いてます でも陸奥守の解呪が終わる寸前、全員が私の方を見て叫んだ 「主っ!」「大将うしろだ!」 案の定遡行軍最後の1体が、私の背後で太刀を振り上げていた 振り返ったときにはすでに太刀が振り下ろされていて ガキン! と大きな音を立てて刃が受け止められた 「背後狙うしか能がないがか。分かりやすいのぅ」 ――陸奥守によって [newpage] 713 ななしの審神者 えっ陸奥守!? なんで!?日傘がとっさに顕現したってこと? 714 ななしの審神者 余所の審神者の刀剣男士を顕現させるのっていろいろ制約があったと思うんだけど 715 ななしの審神者 >714 違います、私が顕現したわけじゃないです 遡行軍の太刀を斬り倒した陸奥守を茫然と見上げていると、彼らしい明るい笑顔を返された とっさに眼鏡ショタとキッドに刀剣男士用の視認阻害の術かけた(遡行軍いなくなったので対象を陸奥守に変更した。これであの和装じゃなくて現代服のお兄さんに見えてたはず) 陸奥守は本体を鞘に戻しながら私を見下す 陸奥守「おまさん、怪我ぁせんかったか?」 私「あ、はい…え、なんで、陸奥守吉行が…?」 陸奥守「ああ、しーよい事じゃあ。ちっくと主の霊力を強引に奪ってこれた。おまさんが術を解いてくれたおかげでの」 私「わぁお」 陸奥守「…聞こえちょったぜよ。わしと、わしの仲間を想う、おまさんの声が」 私「え、うわ、そう言えば聞かれてたんだ…恥っずかしいこと言ったーあー(顔覆う)」 陸奥守「はっはっは!わしを迎えに来てくれたんじゃなあ。有難い。まっこと―― これやき人は嫌いになれん」 息が止まるかと思った 716 ななしの審神者 むっちゃん…(´;д;`) 717 ななしの審神者 光属性が過ぎる… 718 ななしの審神者 主に裏切られて、主義者に狙われて、術までかけられて。それでも人を恨まないの? それはそれで心配になるよ… ブラック本丸の刀剣男士は本当に被害者なんだよ…人間の力になるために顕現してくれたのに…人間のせいでこんなことに ごめんな… 719 日傘 私「ごめんなさい…。こんなに遅くなって…私たちが、もっと早くに気付くべきだったのに…見つけるべきだったのに」 陸奥守「おまさんらの所為やない。わしが…主を見捨てられんかったのも原因じゃ。わしは主を止められんかった。わしが主に声を掛け続けとったばっかりに、みんながわしの意志を汲んで、主を見捨てられんかった…。もっと早ぉ、わしが主を見切れとったら…本丸のみんなを苦しめんで済んだかもしれんのに。…償いきれんのぉ…合わせる顔がないぜよ」 陸奥守は誰も恨んでなかったけど、ただただ自分のことを責めてた 泣きそうだった。私が 私「…陸奥守さんが、自分の意思で会いたくないと言うのなら、それを尊重します。けれど私がここに来たのは、貴方を取り戻して、仲間の元へ帰すためなんです」 陸奥守「…そうか、けんど、わしは…」 私「貴方が無事に帰ってくることを、貴方の本丸の仲間が願ったからです」 陸奥守「……え」 私「又聞きになりますが…貴方の本丸の刀剣たちが、口々に『陸奥守さんがいない』『主が現世に連れて行ったはずなんだ、どこかにあるはずなんだ』『探してほしい』と、信用できるかも分からない政府の人間に頼んだそうです。刀剣の皆さんは、本丸であなたの帰りを待っています。その“先”を決めるのは、それからじゃないですか?」 陸奥守「…そうかあ…。ほんじゃあ、早ぉ帰らんとなあ」 陸奥守ははにかむように笑ってた 720 ななしの審神者 むっちゃんが責任感じることはないんだよ!!!初期刀だからって全て背負わなきゃとか考えないで!! 721 ななしの審神者 仲間も陸奥守の帰りを待ってんだな… 陸奥守の気持ちも大事だけど、叶うならぜひ帰ってやってほしい…無事かどうかも分からない陸奥守の帰りを待ってるあいつらに、その笑顔を見せてやってほしい… 722 ななしの札の奴 日傘もあんまり思い詰めるなよ。お前はなにも悪くないんだから 悪いのは全部ブラック経営してた主だ 723 ななしの審神者 そういや眼鏡ショタとキッドいたんだよな 日傘が視認阻害かけて現代服に見えたとはいえ、陸奥守が突然が現れてどう思ったんだ…ていうか見られたなら色々とヤバくね? 724 ドジっ子☆ 日傘さん、あんまり心を傾け過ぎないようにして下さいね その気がなくても良くない方に霊力が作用する可能性も微レ存ですから 貴女のその気持ちは、きっとすでに陸奥守に届いていますからね 725 日傘 ありがとうございます。もう落ち着いてるので大丈夫です。皆さんの言葉が温かい >723 始末書待ったなし(担当さんに全力で謝る) 眼鏡ショタはかなり目が鋭くなってた。ていうかもはや睨んでる。私をって言うか陸奥守をっていうかつまり私も 怪しいのは自覚してる!でもその目は辛い!!「どこから現れたんだこの人…!?」って目 キッドは突っ込む気がないのか、遠い目をしてた 陸奥守は長谷部たちの方に向かって行った。つまり眼鏡ショタたちから離れた。顕現を解くタイミングを計るためですね で、すぐに下の方が騒がしくなってきて、たぶん警察とか、眠らされてた人たちが起きたんだと思う キッドがその音に「おっと」って言いながら、私を手を取った 私「????」 キッド「では私はこの辺で。とんだ一夜でしたねお嬢さん。けれど今夜は、この満月に負けないほど輝く出会いもくれました」 私「????」 手の甲にキスされた 長谷部(殺人眼光)がすっ飛んできてキッドから私を離した 薬研(めっちゃ笑顔)と不動(めっちゃ不機嫌)も私の前に立ってキッドを威圧してた 怖かった(いろんな意味で) 726 ななしの審神者 あ―――――そりゃあ刀剣男士はすっ飛んでくるわ――――^^ 727 ななしの審神者 まじか――――日傘おまえ―――――^^ 728 ドジっ子☆ わぁお^^ 729 日傘 長谷部がハンカチでめっちゃ私の手を拭いてた 不動「あ、キッドって…どこかで見たような気がしてたけど、あの時の」 長谷部「あの時主にぶつかった男ですね(殺人眼光)」 私「え?」 キッド「え?」 薬研「一昨日陸奥守ブースの近くでぶつかったろ、大将」 私「それは覚えてるけど…え、あの人が、キッド?」 確かに一昨日刀剣ブースで人とぶつかった覚えあるけど、まじで? キッド「…よく分かりましたね。確かにそれは私ですが、変装していたんですけどね」 眼鏡ショタ「なんでその人とキッドが同一人物だってわかったの?」 不動「なんでって…分かるからとしか言えねぇよ」 長谷部「主にぶつかってきた不届き物を俺が見違えるはずがありません」 私「その言葉がなんだかんだ1番説得力ある」 薬研「ははは、違いねぇな」 不動「うわ…言っとくけど、俺はそういう意味で言ったんじゃないからなぁ」 薬研「不動だって大将にぶつかったとき相手の男睨んでたくせに何言ってんだ」 不動「なぁっ、違ぇよぉ!前も見ないで迷惑なやつだなって思っただけだ!」 薬研「照れるな照れるな」 不動「照れてねぇ!」 なにこれうちの子が可愛い 眼鏡ショタはチベスナ顔でこっち見てた そしてキッドはその隙に逃げようとして眼鏡ショタにバレて、騒いでから去って行った よく覚えてないけど「待てキッド!」「おわっあぶねっ!」とか叫んでた 私「…キッドって、あんなキザなの???」 眼鏡ショタ「え…ああ、まあ、だいたいそう」 薬研「ま、隙がありすぎるぜ、大将^^」 私「ごめんなさい」 不動からはジト目で睨まれた 謝ったけど内心「うちのこ尊い…」って思ってたことがバレたのか、薬研が相変わらずの笑顔で「加州にも言うからな」って言ってきた やばい 730 ドジっ子☆ 説教の気配を察知 731 ななしの審神者 初期刀の説教…ウッ頭が…! 732 ドジっ子☆ >731 わかるわかる。俺もよくはちに怒られるよー 733 ななしの札の奴 お前らあんまり初期刀に苦労かけさせんなよ… …え?大丈夫だって歌仙、ギリギリだろうと期限までに出せばセーフセーフ 734 ななしの審神者 ↑オマエモナ- 735 ななしの審神者 >733 お前163だろ 736 ななしの札の奴 >735 なんでバレたんだ… 737 日傘 皆さんも初期刀に迷惑かけた分、労わりましょうね! まあそんなやりとりの中、いつのまにやら陸奥守は顕現を解いて長谷部に担がれてました たぶん眼鏡ショタとキッドがわちゃわちゃやってる隙にやったんでしょう 眼鏡ショタ「あれ?さっきのお兄さん(陸奥守)は?」 私「内緒」 眼鏡ショタ「…お兄さんが倒した不審者もいなくなってるけど」 私「大丈夫だよ、政府の人が別の場所で捕まえてくれたから(まあ遡行軍消えたので捕まえるもクソもないんだけどね)」 眼鏡ショタ「………」 私「………」 私はしらを切り通した たぶんこの後色々調べようとするでしょう。無駄な事ですが で、目を覚ました相談役や警察の方々が屋上になだれ込んできました 眼鏡ショタが警察の方々に、キッドが逃げたことや、私たちに暴漢から守ってもらったことを告げてた キッドの逃げた方向を言うと、警部さんが部下の方々に「追え――!」と指示を出してた 738 ななしの審神者 ようやく来たか警察 739 ななしの審神者 ねえなんで眼鏡ショタがいるところだと警察官って活躍出来ないの?? あっ、刀剣男士がいるからか?? いやでも眼鏡ショタいなかったら普通に眠らされて普通にキッドに逃げられてたよな?? 740 ななしの審神者 ここの警察が仕事出来ないのか仕事が奪われるのか… 741 ななしの審神者 警察にも仕事させてやって!! 742 日傘 >741 ほんそれ で、案の定警部さんから疑惑の目を向けられた 警部「で?なんでアンタたちがここに?」 私「陸奥守を狙う賊がスタッフに紛れておりました。その者が陸奥守を盗むための細工を、キッドが狙っていた宝石に施していたことが判明したので、宝石を追っていたんです」 警部「ホントですかぁ?キッドは睡眠ガスも使ってたんですよ?なんでアンタたちは無事だったんだ?」 私「それは体質としか言えないんですが…眼鏡ショタくんも体質か根性か執念かは知りませんが無事でしたしね」 眼鏡ショタも巻き込んでやった。「巻き込みやがった!」って顔の眼鏡ショタ 眼鏡ショタ「うっ…あ、◯◯警部!あのスタッフだよ!今は縛られてるけど、銃も持ってて、発砲してきたんだ!」 警部「なにぃ!?あっ、コイツだなぁ!?キッドじゃねぇが、現行犯で逮捕だ!」 私「あああ待って下さい!大変申し訳ないんですがその人は政府預かりになるので!逮捕は!待って下さい!!」 眼鏡ショタも警部もぎょっとしてこちらを見た 警部「はぁ!?アンタ何言ってんだ!銃刀法違反、盗難未遂の現行犯だろ!逮捕だ!」 私「今回、刀剣に絡んだ犯行につきましては、政府の方から正式に説明があるかと思います。すでに警部さんには連絡が行ってるかと思っていたんですが…もしかしたら眠らされていたので気付いていなかった可能性も…」 担当さんに連絡してから時間も経ってるし 案の定すぐに警部さんの携帯が鳴った 話ながらどんどん納得のいかない顔になっていって、でも上司の指示だからか「…わかりました」と言って電話を切った 私「…本当に、今回のことは特殊な事案だったんです。ろくな説明もなしに大変申し訳ございませんが、曲げてご理解下さい」 頭を下げて謝ると、何か言いたそうだった警部さんは何も言わずにしぶしぶ引き下がってくれた その後警部さんは部下からの連絡で、その場を去った 相談役からは宝石を取り戻したお礼を言われました。でも正直私何もしてないわ 展示期間が終了したので、刀剣もこのまま私たちに返却されることに …で、今主義者の男を引き渡すための車を待っています。←イマココ 男はお札と政府お手製の拘束具でしっかり動きを封じて長谷部に担いでもらってます 陸奥守は代わりに薬研が担いでる 743 ななしの審神者 おっつー まあ修正主義者絡みとなると、時の政府が出張るのは仕方ない。実際問題、警察じゃ手におえないからな… 744 ななしの審神者 プライドとかあるだろうけど、その辺は管轄違いってことで納得してもらわないと 745 ななしの審神者 でも日傘たちまじお疲れー 車が来たらあとは帰るだけかー!本丸に帰るのか?それとも一度ホテルの方戻るわけ? 746 日傘 荷物置いてあるので、ホテルに戻ります。ホテルから直接本丸に繋げるので うわまじですかやめて 747 ななしの審神者 ん??? なんだ??どうした日傘?? 748 日傘 てんいんさんきた 749 ななしの札の奴 え? 750 ななしの審神者 え?店員さん…?店員さん!?!? 751 ドジっ子☆ なんで?? [newpage] 降谷side  展示館の前はたくさんのキッドファンで溢れかえっていた。  コナンくんの計らいで彼らを迎えに行くことになった僕は、車を近くの駐車場へ停めて、なるべく静かな所でイヤホンの音に耳を澄ませる。  コナンくんにお願いして、彼のスマホを通話状態にしてもらっているため、あちらの会話は筒抜け状態だ。  バックで聞こえる甲高い音は、まるで刃物同士を切り結んでいる――剣戟の音にも聞こえた。 『怪盗キッド、その宝石を返してもらおう』  男の声が遠くで聞こえる。コナンくんから情報はなかったが、キッド以外の、宝石を狙う輩なのかもしれない。 『絶対に渡さないで下さい』  近くから、意志の強い女性の声が聞こえてきた。  この声だ。  彼女――雨宮さんの声。  姿は思い出せない。けれど、聞こえた声は、思い出したくても思い出せなかったものに間違いなく、すとんと俺の中に落ちてきた。  優しく大丈夫かと心配してくれた声。ちょっと攻めるとなさけなく怯えていた声。俺の常識外れの行動に愕然と震えていた声。  真っ直ぐに、守りたいと告げた声。  会えば、もっと思い出せるだろうか。  何をどう怪しんだのか、どんな会話をしたのか。  優しかったであろう面差しも、掴みたいと思ったであろう手も。 『ただの職員かと思ってたのに、まさかサニワだったとはな』  憎々しげに男が呟く。  サニワ…おそらく雨宮さんのことを言っているのだろうが、サニワとはなんだ…神楽で琴を弾く者のことをさにわと呼んでいるが、それとは…違うんだろうな。  これも調べなければ…。 『大将!』 『主!』  慌てたような少年の声が聞こえたと思ったら、次の瞬間にイヤホンから聞こえてきたのは銃声だった。  銃声…撃たれたのか!?主…ということは、雨宮さんが!?  思わず寄りかかっていた壁から背を浮かしかけたが、『長谷部!?』という雨宮さんの声を聞いて、彼女が無事だと知る。 『遅くなって申し訳ありません主。お怪我は?』 『あ…ないです…』  その場を見ていないので何が起きたのかは分からないが、それは後でコナンくんに確認しよう。  とにかく彼女が無事だと知って、心の底から安堵した。そして自嘲的な笑みが浮かんだ。  ついさっきまで忘れていたような女性の無事に一喜一憂するなんて。しかも顔はまだ思い出せてすらいない。 『ふざけないで!彼の帰りを待つ仲間がいるんだ!彼らの思い出に、代わりなんかない!』  誰かを想う、彼女の真っ直ぐな言葉。この言葉が表す人柄を、ただ信じたい。  探偵として、いや、国を守る警察官として。脅威かも知れない謎の存在は、暴いておきたい。  暴いて、脅威ではないと、安心したい。  脅威なら排除する。迷いはない。それくらいの冷静さも理性も残ってる。  だが政府側だと言っていた彼女の言葉が、真実であってほしいと思っているのも事実。  イヤホンの向こうで、男が叫んだ。 『変えたい過去があるだろう!死んでほしくなかった人が、助けたかった人がいるだろう!』  どきりと心臓が嫌な音を立てる。  男は喚くように、なおも言葉を続けた。 『変えられるんだ!過去は!救えるんだ!君の大事な人も!!』  ―――ふざけるな。  どういうつもりで言っているのかは分からないが、そんなこと。  出来たら――  出来たなら、どれだけ――― 『…あなたを止める言葉を、私は持ってない。けれどそちらへ行くのなら、あなたにとって、私は敵だ』  冷や水を浴びせられたような気がした。さっきまでの苦悩が、憤りが、後悔が、冷えて固まっていく。 『…助けられる命を助けたいと願うのは、罪か?』 『いいえ。その願いはとても尊いものです。けれど、過去は過去。変えられない。変えてはならない。それをすることは、今を必死に生きている人全てを侮辱することだから。未来を変えようと今を足掻いている人々に対する冒涜だから。過去に生きた人々の、必死に生きた証を、選択を、否定することだから』  ―――は。  彼女の言葉を、綺麗ごとだと思った。  失ったこともない人間が、勝手な理屈で、人の苦しみを押しつぶしてくるなと。  けれど。 『私は、貴方が過去に『守りたかった人』を救いたい気持ちは尊重する。“過去を変えたい”、その道を貴方が心から選んだのなら、私にそれを否定する権利はない。けれど先ほども言ったように、私たちは敵になるからね』  選ぶなら選べと。  彼女はそう言った。  止めはしない、けれど、自分とは相いれないのだと。  ――私は私のために、大切な誰かを守りたい。私が恐怖したものが、彼らに降りかかってほしくはない。だから、手の届く範囲だけでもいい、守れるのなら――  ふと、彼女の言葉を思い出した。  彼女は、守りたいものを守るために仕事をしてるらしい。  なら、彼女がはっきりと“敵”だと言ったからには、彼女が大切なものを守ることの障害となると言うことだろうか。  ならば。  彼女たちと“彼ら”では、守りたいものが違うのか、守り方が違うのか。  彼女は“守りたいもの”と言っていた。  彼らは“守りたかったもの”と言っていた。  現在守りたいものと、過去守りたかったもの…。  過去を、変える…。 「―――」  ……まさか。非現実的だ。  ふと湧いた“もしかして”は、非科学的で、いわゆるファンタジーに類するものだ。その考えは捨てる。  もやもやが晴れない。  彼女が認められないことはなんなのか。彼女の敵はなんなのか。  再び溢れ出してしまった、“あいつら”を失ったどうしようもない苦しさ、押し殺していた悔しさ。  …会えば、どうにかなるのだろうか。  思い出せない彼女の顔も、疑問も、この行き場のない感情も。 『安室さん、裏口で待ってるね』 「…うん、了解したよ」  警察側にとって納得いかないまま騒ぎは収束したらしい。  コナンくんから迎えの催促があったので、返事をしてから通話を終了した。おそらく――そこに彼女たちもいるはずだ。  そういう場所に迎えに呼んでくれるように、あらかじめ約束していたから。  もたれていた壁から背を離し、歩き出す。 「コナンくん」 「あ、安室さん!」  会場の裏に回ると、そこにはコナンくんの他に数人。  そのうちの1人の女性が俺の方を振り返り、ひくりと顔を引きつらせる。  彼女の姿を見た瞬間、今までずっと、どう足掻いても払いきれなかった靄が晴れたような気がした。  小柄な体躯と、幼い顔立ち、凛と伸びた姿勢。  俺を視界に入れ目を丸くした彼女を見て、間違いないと思った。  雨宮葵。  そうだ。俺は彼女を怪しんだ。いや、今も怪しんでいる。国の脅威かもしれないという疑惑は、決して晴れたわけではない。  ただ、何も思い出せなくて、調べることが出来なかった。  今度こそと思うものの、漠然と「たぶん今回も出来ないだろうな」と思った。  なぜなら。  彼女が俺を見て、「げっ」と顔を歪めただけだから。  それになにより、また顔立ちの整った少年と男性が、守るように彼女を囲んでいたから。 [newpage] 748 日傘 てんいんさんきた 749 ななしの審神者 え? 750 ななしの審神者 え?店員さん…?店員さん!?!? 751 ドジっ子☆ なんで?? 752 日傘 >751 こっちが聞きたいです。なんで??? 店員「(ニコリ)」 私「ひぇ…」←薬研の後ろに隠れる 店員「…お久しぶりです。日傘さん」 私「お、お久しぶりです…覚えていらっしゃったんですね…」 店員「おかげさまで、無事に思い出せました」 私「(忘れててほしかった…)」 店員「眼鏡くんから迎えの連絡を貰ったので、それで」 私「少年んんんんんんんん」 眼鏡ショタは目を逸らした 正直はやく逃げたくてしょうがないけど護送車が来ない… 担当さんから「査問委員会と術者チームが向かってますので、もうしばらくだけお待ちください」と言われ、逃げられない いや~~~まじで早く来て~~~~ 753 ななしの審神者 うわあああああああああああ眼鏡ショタあああああああああああ 754 ななしの審神者 再び追いつめに来てます!!眼鏡ショタと店員がタッグを組んで日傘を追い詰めに来てます!! 755 ななしの審神者 そして顔を見ただけですぐに思い出す店員さん優秀杉内 756 ななしの審神者 まあ…只者じゃないんだろ…妙な組織と関わってる時点で… 757 ななしの審神者 >756 そう言えばそうだった… やべぇ怖…近寄らんとこ… 758 日傘 ちょっと私だって出来るなら関わりたくないんですけど??? ていうか本当に妙な縁出来てないでしょうね??? 縁切りお願いしなきゃ…ちょっと誰か良い縁切り神社調べといてください 759 ななしの審神者 ↑おk 760 ななしの審神者 石切丸にお祓いして貰って 761 ななしの審神者 前回もお祓いして貰ったけどこんなことになったから、さらにお参りしようってことだろ 762 ななしの審神者 どんだけ強い縁なわけ…日傘かわいそう… 763 日傘 ねえちょっと待って???? 店員「屋上での会話、聞かせて頂きましたよ」 私「はい?」 店員「眼鏡くんにお願いして、ずっと通話状態だったんです。気付きませんでした?」 私「はい???」 眼鏡ショタは目を逸らした 眼鏡ショタああああああああああああなんてことをおおおおおおおおおおおおおお 764 ななしの審神者 おいふざけんなどういうことだってばよ 765 ななしの審神者 盗聴と一緒じゃね――――か 766 ななしの審神者 ということは??屋上での出来事はほぼ筒抜けだったってこと??? 767 ななしの審神者 ↑そういうことに 768 ドジっ子☆ 仕方ないこととはいえ、帰ったら担当さんに誠心誠意謝りましょうね…^^ ドンマイです日傘さん にしても悪趣味ですね店員さん^^ 769 ななしの審神者 ドジっ子の笑顔が怖い… 770 日傘 >768 そうします…始末書増えた…つら…ごめんなさい担当さん…orz 不動「おい主、誰だよこいつ?」 私「ええと…以前、会ったことがあって…」 薬研「…ああ、大将が本丸に戻った途端、御神刀の旦那たちにしこたま禊されたときのか?」 長谷部「なに!?主!近づいてはなりません!!危険です!」 私「落ち着いて長谷部」 不動「うっさんくさいヤツだなぁ」 私「不動シッ!」 薬研「坊主を迎えに来たんだろ?坊主ならここにいるぜ。見えてねえのか?」 店員「見えてますよ」 皆が言いたい放題過ぎて止めきれない… 薬研も分かりやすい嫌味言わないで…長谷部と不動は直球すぎ… 771 ななしの審神者 >帰った途端、護神刀の旦那たちにしこたま禊された< 一体護神刀たちには何が見えたんだ… 772 ななしの審神者 ↑知らない方が幸せな事ってあるよな 773 日傘 やった!!ようやく護送車来た!!!!逃げる!!! 774 ななしの審神者 !!!!ようやくか!!! 775 ななしの審神者 遅いよ!!もっと早く来て!!!日傘のHPはもう0よ!! 776 日傘 査問委員「お待たせしました」 私「お待ちしてました!!」 査問委員「??」 まじ救いの神が降臨したと思った 食い気味に返事したからポカンとされたけど。さっさと男引き渡しました。 私「では、私たちはこれで!!」←ダッシュ! 店員「えっ、ちょっと…!」 眼鏡ショタ「日傘さん!?」 薬研「じゃーな。坊主も気をつけて帰れよ」 眼鏡ショタ「えっあ…!」 何か言いかけてたけど変に喋ると本当に縁が強化されそうな気がするから逃げました 今は展示館から少し離れた場所に居ます 777 ななしの審神者 おっつー!!いやまじで!! 778 ななしの審神者 一応うちの石切丸にパソコンの前ではらきよして貰ってるよ 「私は厄や病魔を落とすだけで、人との縁は専門外なんだが…」 とかなんとか言ってますが、やらないよりはマシだと思う 779 ななしの審神者 じゃあ俺は太郎さん呼んでくるか… 780 ドジっ子☆ 本当に無事で何よりでした 俺も一緒にスレ見てたはちに護神刀ズ呼んで来て貰いますね 781 日傘 >778-780 ありがとうございます!!! >780 蜂須賀さん一緒に見てたんですかwwwありがとうございますw みなさんもありがとうございました!今回も無事(?)に乗り切ることが出来ました――! 次がないことを祈ります!!まじで!!!まじで!!!!! 782 ななしの審神者 いやホントwwwお前運があるのかないのかww 783 ななしの審神者 次がある、に賭けてやろうか? 784 日傘 やめて!!!! 785 ななしの審神者 まずは日傘のエンカウント率をどうにかしないとな… でも確か日傘ってその時代出身なんだろ? 786 日傘 >785 はい 787 ななしの審神者 エンカウント不可避 788 ななしの審神者 諦めも肝心 789 ななしの札の奴 たぶんまた会うよお前 790 日傘 やめて下さいせめて祈っててよ!! 791 ななしの審神者 わかったわかった。せめて祈っとくよ もう眼鏡ショタと店員に遭わないってさ 792 ななしの審神者 遭わないwwww 793 ななしの審神者 会わない、じゃない辺りが凄いwwwもはや災害かよwww 794 ドジっ子☆ このタイミングで言っちゃう^^ 【速報】俺の新担当が日傘担当さんになった 795 ななしの審神者 な 796 ななしの札の奴 な 797 ななしの審神者 ナンダッテ―――――!!!??? 798 日傘 まじですか!?まじですか!!? 799 ドジっ子☆ >798 まじでーす いろいろ協議で揉めたらしい。一度担当に裏切られてるんだから、そのフォローや信頼関係の再構築、その他もろもろが出来る人物についてね で、いつまで経ってもあーでもないこーでもないって言うだけで決定しないから、日傘担当さんがスクッと立ち上がって 『私を彼の担当にして下さい』 って名乗り出て、満場一致 800 ななしの審神者 かっけぇええええええええ!!日傘担当ほんとイケメン値高い 801 ななしの審神者 ただし美女 802 ななしの審神者 うらやま 803 ななしの審神者 そして満場一致から伝わる日傘担当の優秀さ それだけ信頼されてんだよな 804 日傘 さすが!!担当さんさすが!!!かっこいい!!! 805 ななしの審神者 相変わらず担当が好きすぎる日傘www 806 日傘 お祝いですね!!!ドジっ子さんの担当さんが私の担当さんになったお祝い!!! お祝いに!!!うな重食べましょう!! 【照り輝くタレのかかったうな重をかき込む不動と、その隣でピースしている薬研】 【茶碗にダシ茶をかけてひつまぶしにしている長谷部】 【かき揚げとざるそばの写真に日傘らしき女性のピースが入り込んでる】 【ピースしながら目を隠した日傘らしき女性に、うな重のご飯だけ食べさせている薬研】 807 ななしの審神者 ああああああああああああお前こんな時間に飯テロかよ!!!!そう言えば日傘たち夕飯食べてなかったな!! 808 ななしの審神者 そのうな重wwww子供たちと喋ってた時のwww まじで食いに行ったんかwwww 809 ドジっ子☆ また美味しそうなの食べてますねー。俺も明日うな重食べようかなー なんたって新担当さん決定のお祝いだし 財布の紐だって緩んじゃうよー^^ 810 ななしの審神者 俺も明日うな重にするう――― 堀川ぁ――!明日の献立うな重にしようぜ―――!! 博多には俺から土下座して経費落としてもらうから――――!!! 811 ななしの審神者 俺も今のうちにみっただに言っとかないと… そばは日傘のか?そばもいいな――かき揚げめっちゃ美味そう!! 812 日傘 >811 いえす!うなぎは食べれないので桜えびのかき揚げそばです!めっちゃ美味しいですよ! 今回も無事に終わったのでご褒美です!! 改めて、みなさんもここまで本当にありがとうございました!!お夕飯の時間だったでしょうに、多くの人が残ってて下さって本当に助かりました! 私たちもこうしてお夕飯にもありつけましたし! 審神者歴3年目の新人ですがイベント好きのおかげかお金が必要で必要で… また任務を引き受けることは多いと思いますが、スレ立てた際気が向いたらまた助言下さい! それでは感謝を込めて!!せーの! というわけでした――!! 813 ななしの審神者 というわけww 814 ドジっ子☆ というわけでした――(笑)^^ 815 ななしの審神者 というわけでしたwwwあーくっそ、腹減った…夜食作ろ… [newpage] 降谷side  逃げるように去っていく彼女たちと入れ違うように蘭さんたちがやって来て、彼女たちを追うことは出来なかった。 「あれ、安室さん?」 「こんばんは蘭さん、園子さん。コナンくんに頼まれて、お迎えに上がったんですよ」 「えっ、わざわざすみません…」  睡眠ガスを吸い込んだと言うので念のため病院に行くか尋ねたが、平気だというのでそのまま帰ることになった。 「少しでもおかしいと感じたら、すぐに病院で診てもらって下さいね」 「はい」  園子さん、蘭さんとコナンくんの順で家に送り届ける。  車を降りた蘭さんからは丁寧に頭を下げられ、コナンくんからは笑顔で手を振られた。 「今日はありがとう安室さん。またね」 「うん。またね」  これは情報を聞きに来るだろうな。おそらく、今日中に電話か何かで。  彼らが自宅に入るのを見届けてからすぐに、タイミングよく風見から着信が入った。  車に乗り込んでから電話をとる。  雨宮さんたちについての調査結果の報告だった。 「それで、どうだった?」 『はい、まずですね…』  風見からの報告は、前回調べたときとだいたい同じ。  雨宮葵、そしてその連れの3人も同様に偽名であること。所属も一切不明。本人たちは宮内庁の所属だと名乗っているが、その真偽も調べることが出来なかった。  ただ、宮内庁のホームページに詳細があるという“試験”については確かに公式で募集されていた。彼らが本当にその該当者である確証は得られなかったが。  ちなみにその試験は、毎年何百人と受けてはいるようだが、合格者は十数人。あるときは10人をきるときも。 「“さにわ”についてはどうだった?」 『その…それなんですが』  珍しく歯切れの悪い風見に疑問を浮かべながらも報告に耳を傾けていると、信じられない結果だった。 『“さにわ”“刀剣”“本丸”…このキーワードを同時入力すると、政府名義の警告文が表示されました』 「政府名義の…警告文…!?」  つまり、それは――。  そのキーワードから連想されるものが、政府の抱えるトップシークレットに該当するということだ。  これ以上深入りすれば、間違いなく“国”が動く。  そのための“警告文”だ。見るな、知るな、聞くなという。 「そうか…わかった。危ない橋を渡らせてすまなかったな風見」 『いえ』  電話を切ってしばらくすると、今度はコナンくんからかかってきた。  随分と早いな…。  そう思いつつも「どうしたの?」と電話に出ると、予想外の言葉を言われた。 『ねえ安室さん…今日は、どうして来てくれたの?』  てっきり、雨宮さんたちの情報の催促をされるかと思っていたばかりに、虚をつかれた。 「…コナンくんは、どうして僕に連絡をくれたの?」 『…安室さんが、雨宮さんのことを覚えてるのか知りたくて』 「それから?」 『雨宮さんたちのこと、調べるなら安室さんかなって』 「ははっ、素直だね。うん、でもごめんね。とくに何かが分かったわけじゃないよ。ただ、やっぱり彼女たちに深入りするべきではない、ってことだけ」 『…前もそんなこと言ってたね』 「ああ…そういえば、言ったね」 『わざわざ隠していることを暴くことは、正しいことばかりではない。何か、多くの大切なものを奪う結果にもなりかねない…だったね』 「よく覚えているね」  本当に、この少年はよく覚えている。  小学生とは思えないほどに。 『それで?安室さんはどうして?』  俺は頭のなかで、今はまだ忘れていない彼女の顔を思い浮かべた。  結局また、何も分からなかった。  電話口から聞こえてきた男の言葉に触発され、掘り返されたこの感情のやり場も失ったまま。誰に明かすこともなく、1人で、処理しなければならない。  会えば何かが変わるだろうかと、根拠もなく、俺らしくもなく、縋ろうとしていた自分に自嘲する。  いや…違うな。  会って、どうするなんて、後付もいいとこだ。 『何か、雨宮さんに言いたいことでもあったの?それとも、聞きたいこと?』 「いや…そういうわけじゃないんだ」  ただ。  もう1度、会ってみたかっただけだ。
※刀剣乱舞と名探偵コナンのクロスオーバー作品です。<br />女審神者ちゃんがまたもや厄介ごとに巻き込まれながらも任務完了を目指します。<br /><br />刀剣回収任務ラストになります!<br /><br />なんちゃってちゃんねる形式ですので細かい所は無視の方向でお願いします。<br />創作の特殊設定が入ってます。<br /><br />注意書きはしっかりと読んだ上で閲覧下さい。<br /><br /> <br />担当『…どうにかこうにか任務が終了したわけですね、お疲れさまです』<br />主「どうにかこうにかギリギリアウトで任務終了ですお疲れ様ですこれからご迷惑をおかけします(始末書的な意味で)」<br />担当『ところで任務終了の報告メールに添付されていたうな重の写真いいですね、とても美味しそうでした。私もようやく会議が終わったのでこれから夕食なんです』<br />主「会議って、なんの会議なのかと思ったら…(笑) あ、松葉さんもうな重食べます?あっ、ここテイクアウト出来るみたいですし買って行きましょうか?」<br />担当『ありがとうございますいただきます。他の残業職員たちが幕の内弁当を死んだ目で食べている中うな重を食べるって最高ですね』<br />薬研「このお人も相当良い性格してるよな」<br />不動「じゃなきゃコイツの担当なんてやってねーだろ」<br />長谷部「今スタッフに頼んで持って来てもらいましょう。こんのすけに言えば政府に直送出来ますよ」<br />主「松葉さんうなぎの量どうします?並ですか?特ですか?」<br />担当『特で』<br />不動「迷いねぇ…」<br /><br /> <br />このシリーズに沢山のいいね、ブックマーク、スタンプ、コメントをありがとうございます!ここまで来れたのも皆さんの応援のおかげです!ありがとうございます!!<br /><br /> <br />ところで私、気付いてしまったんです<br />単純に計算して、私の今のペースで玉集めしていたら……………………篭手切来ない<br /><br />ジャン!ジャン!ジャ―――――――ン!!(火サス風)<br /><br />あ、そう言えば習合宣言のおかげかどうか知りませんが、鶯丸からのラブコールは来なくなりました<br />ここに来て今更恥かしくなったんでしょうか?まあかなり大人気ない圧力…ごほんッ!激しいラブコールでしたからね…<br />落ち着きと余裕という大人の魅力を使い始めたんですか?<br /><br /> <br />マシュマロに質問や感想もらえたらめっちゃ喜びます<br />→<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fmarshmallow-qa.com%2Ftomos_hi7%3F" target="_blank">https://marshmallow-qa.com/tomos_hi7?</a><br /><br /> <br />【追記】ランキング入りしました!!<br />2018年09月06日付の[小説] デイリーランキング 86位<br />2018年09月06日付の[小説] 女子に人気ランキング 29位<br />2018年09月07日付の[小説] デイリーランキング 48位
【ここは】紛失した刀剣の回収【米花町じゃないはず】⑤
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!Attention! ・名/探/偵/コ/ナ/ンと刀/剣/乱/舞のクロスオーバー夢小説です。 ・主人公はオリキャラです。 ・相当の捏造 ・原作にはない改変 ・ご都合主義あり ・DCは原作が全部手許にあるわけではないので曖昧な個所も(すみません) ・スコッチの本名バレご注意ください。 なんでも食べます、全て許せますという寛容なお方向けです。 一つでも引っ掛かるものがあれば回避お願いします。 [newpage]中学2年に進級しました。毎日楽しい。家も学校も楽しいです! 勉強もまだ今のところは何とかなっている。運動は余裕。 とりあえず現時点での予想では、あと2年間は景くんも大丈夫のはずであるということ。世良真純との邂逅が原作の4年前、つまり今から2年後であると確定しているためだ。 その間は情報を収集しつつ、救出手段を講じることになる。 これは私一人ではいかんともしがたいので、お兄ちゃんと三日月さんのお知恵も借りる事となっている。原作知識を私が供与、組織情報を三日月さんが収集、方法をお兄ちゃんが捻出である。 つまるところ、私は普通に生活するしかないんである。 厚が生まれてしばらく、厚は成長が早いらしく首もそろそろ座ってきており、ママからお友だちを家に呼んでもいいよと許可が出たのでまずはずおくんを呼んだ。 「うわー厚だ!」 「粟田口ご本家認定!」 「このきりっとした目元と眉がものすごく厚ですよね。どこの厚かなぁ」 「どこの子でもうちの厚です!」 「違いないです。どこの厚でも可愛いですよね!」 ベビーサークルの中でご機嫌な厚のほっぺをずおくんがつんとつつくと、厚は小さな手でずおくんの手を追いかけた。がわいいいぃぃ。 語彙が消失して2人でごめん寝状態になってしまった。 何だこの可愛い生物はあぁぁぁぁ。 「うう、すごい破壊力……鶴丸さんも可愛がりそうですよね」 「お兄ちゃんはもちろんそうだけど、よく来るのは研二くんかなぁ。お兄ちゃんよりは気軽に来れる距離だから」 研二くんはもうとっくに機動隊に復帰している。骨折も火傷も順調に治り、年明けには復帰していた。今は防護服もなるべく着るようにしているということで安心だ。 すでに原作では「死んだ」ので、以降原作沿いの大事件に巻き込まれることはないだろう。 これからは機動隊内部の情報や、いわゆる同期組の情報源になってもらおうとお兄ちゃんが言っていた。確かにお兄ちゃんの耳に入らない友だち同士の情報なんかは研二くんからの方が良く入ってくるだろう。 「萩原さんが抱っこしたら、若いパパみたいですよね~」 「それはお兄ちゃんでもそうだぞ」 「若い……?」 こらそれ以上言うんじゃない、確かにアラサーだが、年齢不詳な美形だからいいんだよ! 「でも国永くんが抱っこすると、手慣れすぎてて初々しいパパ感がないのよね」 ママが笑いながらテーブルにお茶とお菓子を出してくれた。ずおくんがありがとうございますとお礼を言う。ママお手製のクッキーは最高だ。 「なんでそんなに手慣れてるんですか?」 「ずーっとこの子のお世話してたからよ」 「……そんなに?」 「ふふ、かなちゃんが国永くんを離さなくて困ったのよね」 「やめてママ、恥ずかしい話を暴露しないで……ずおくんはこっちを見ないように!」 ずおくんが面白そうにこっちを見たのでがしっと鼻をつまんでやった。やり返された。 と、厚がふにゃふにゃと泣き出す。お腹が減ったみたいで、ママが抱き上げてキッチンへ連れて行った。厚は母乳とミルクが半々だ。哺乳瓶も嫌がらないので、私でも面倒が見れて助かる。 「俺らもあんなだったんですよね。不思議だなぁ」 「今生ではね。私は前もだけど、ずおくんにしてみたら不思議だよね」 「形をとった瞬間には身長158センチでしたからね。乳幼児期なし」 「そろそろ越しそう?」 「もう越しましたよ。すごい新鮮です、160センチ台」 まだまだ伸びているみたいで、結構体痛いですよ、なんて言っている。少し寂しい気がした。前世の「ずおくん」から離れていくみたいだ。 でもこれが当然なんだよなぁ。お兄ちゃんみたいに大人の見目だったわけじゃない子たち、特に短刀、脇差、打刀はみんなこうなるんだ……いや長曾祢さんみたいなのは別として。 この世界には大学生の薬研(当時。今じゃもう大人だよね)がいるらしいんだから、当然なんだよね。 「なんか複雑そうな顔してますね?」 「厚も前より大きくなるんだろうなぁと思うとすでに寂しいし、なんならずおくんが大人になると考えただけで殴りそう」 「なんで俺にはバイオレンスなんですか! 理不尽!」 「かっこよくなってモテるんだろうなぁと思うと腹立つ」 「えぇ……」 母親的感想と同僚としてのやっかみとが複雑に絡み合った感覚である。 「てかさあ、ずおくん、綾香ちゃんと遊びなさいよ。寂しがってたよ?」 「マジですか」 「ほんと。君は顔がいいんだから、遊んでるんだろうなぁと思われる前にちゃんとアプローチをしておく方がいいと思う。学校違うし、勘違いされると修復が難しいぞ」 「……ちょ、っと、待ってください。え、なんで」 バレいでか。小学校の時からそうでしょ。 「私だって節穴じゃないですぅ。私経由で確保してたの知ってますぅ。他の男の子が寄らないよう牽制してたでしょ。 でもいま彼女が私にぞっこんだからと言って、他の男が目を付けないとは限らない」 「えええぇぇぇ誰かに告られたりしたんですか!?」 「詳しくは追及してないけどさ。いやもうそんなに慌てるなら告れば?」 「え、と、それは……」 ちょっと、と顔を赤くするさまは相変わらず美少女然としているけど、これもあと少しの間なんだろうな。手も足もでかいしな、ずおくん。 「今の関係が崩れるの、やっぱりちょっと惜しいって言うか……」 「そりゃあ私もだよ。3人で友だちやるのって最高に楽しいけどね。ずおくんがもだもだしてるうちに綾香ちゃんがよその男に掻っ攫われる方が私は口惜しい」 「う……自分の恋愛沙汰には疎いのに、よその恋愛沙汰には鋭いですよね、楡さん」 「自分の恋愛ごとは存在しないから疎いも何も」 「よく言いますよ」 「?」 「……そういう人でしたね。知ってた。本当に疎い!」 「え、まさかずおくん、実は綾香ちゃんじゃなく私「それは120%ないです」冗談です」 いやでも前世も今生も恋愛沙汰ないんだよね、私……ないよねぇ? 少なくとも前世には覚えがないんですが。いやでも疎いと言われるということは、私の知らないところで私の恋愛沙汰が発生していたのか、そんな馬鹿な。本人の与り知らぬところで起こる恋愛って、それは恋愛か? 今生はないけど。まだ中学生だから!うん! ずおくんがうっすら顔を赤くして、バレてたのか、なんて悶えてるうちに、おなかいっぱいになった厚がサークルに戻された。 ご満悦の厚を愛でるうちに話はうやむやとなり、その日は解散。 しばらくは綾香ちゃん確保しとくけど、早めに受け取ってよ?と別れ際に言うと、ずおくんは真っ赤になって善処します!と答えた。[newpage]「ねぇね」 「んああぁぁぁぁ、可愛いいいいい!」 もう召されてもいい、一瞬そう思った。 死なないけど! 全員救済するまで死なないけども! うちの子可愛い!! 最高! 学校に合気道に銃器に弟を愛でると忙しく過ごすうち、中学3年になった。 景くんからの連絡は、ない。でも生きてるのは知ってる。三日月さんからの情報だ。 厚は体の成長もさることながら言葉も早いらしく、1歳になったら「まま」を覚え、その次に「ねぇね」を覚えた。それを初めて聞いた時の反応が冒頭である。死ぬかと思った。 パパが 「なんでままの次がねぇねなの!?ぱぱは!?」 と悲壮な声を上げていたけど、ママに 「会ってる時間の長さが違うもの」 と一蹴されて撃沈してた。 ママは在宅でできる範囲で仕事に復活しており、必然的に私が見る時間が多い。私も喜んで厚の世話をするし、厚は私が大好きである。そりゃ覚えてくれるよね。 日々出来る事が増えていく赤ちゃんって脅威と神秘の塊だ。 最初は首だけで人の動きを追っていたのが寝返りを打てるようになり、はいはいを始め、つかまり立ちをして、歩き始める。 1歳の誕生日前にはゆらゆらと歩き始めて、私は奇声をあげかけた。 うわああああすごいいぃぃぃぃ。 「ねーね!」 私が家に帰ると、大体厚が突撃をかけてくる。ほんと運動神経いいなぁ、1人で歩けてるんだよね、もう。私はまだこの頃だとふらふらしてたらしいんだけど。 やっぱり元刀剣男士は違うんだな。 「ん!」 玄関に据え付けたベビーフェンスの向こうから大きく手を広げて抱っこの要求である。ああもうなにこの可愛い王様。 「ちょっと待ってね。遊ぶのはねぇねが手を洗って、お着替えしてからね」 「ん!」 多分意味は分かってないんだろうなぁと思いながら、一緒に洗面所に行って手を洗う。綺麗に手を拭いていったん抱っこ。リビングを覗くとママがノートPCを出してお仕事をしている。ただいま、と声をかけて、そのまま2階へ。 厚と一緒だとすぐに服が汚れるので、制服のままでは遊べない。 「あつくん、ちょっと待ってね」 「おそと~」 「うん、その前に着替えるから」 鞄を定位置に置いて、制服をハンガーにかける。今日は公園までお散歩に出るつもりはないのでスカートでいいや。 薄手のカットソーの上にカーディガンを羽織って、下はフレアスカート。お嬢様っぽいママチョイスだ。こういう服も嫌いじゃない。自分で言うのもなんだが似合うので。 「さーて、ウッドデッキで遊ぼうか」 「おそと!」 「まあ一種のお外だよね?」 また厚を抱き上げて1階に下り、リビングのおもちゃボックスの中からお気に入りの電車をいくつか取り上げて厚に持たせる。 ママがありがとうと言ってウッドデッキのテーブルにお茶を置いてくれた。自分は椅子に腰を下ろし、厚はウッドデッキに降ろす。 ウッドデッキは高めの柵で囲ってあり、階段のところにはこの間パパがフェンスを付けた。厚が動き回るようになったので転落防止だ。 厚はここは私がいる時しか出られないと認識しているらしく(ママは家の仕事をするときは窓を閉め切っているし、パパは残念ながら滅多に家にいないので遊び相手としてはレアポケ○ンみたいなものである)、もっぱら私と遊ぶ場所なのだ。 ウッドデッキは道路に面した方向に据えてあり、生垣の隙間から少し道路が見える。風が吹き抜けていくのがいい気持ち。 お茶を飲みながらぼーっとしていると、厚が一人遊びに飽きたのか、私の足をよじよじと登ろうとしていて思わず噴き出す。 なんかカブトムシみたい。 「あつくん、できるかなぁ?」 登りやすいように足の角度を変えてあげたら、スカートの中に頭を突っ込んできて爆笑してしまった。ほんとカブトムシだよ! 膝の間できゅうっと挟むと、厚は楽しそうに笑いだした。そこで笑うとお姉ちゃんちょっと恥ずかしいかな! 両手で抱き上げようと体を屈めたとき、ふと道路に人影が見えた気がして顔を上げた。 ……あれ? 私が見ていることに気付いたのか、人影が去ろうとしたので、私は慌てて声を上げた。 「待って待って!ストップ!」 厚を抱き上げてウッドデッキのフェンスをまたぎ、玄関へ回った。 「零くん!」[newpage]to his point of view; 降谷 組織への潜入を指示された。 覚悟はしていたし、仕事に対するプライドがある。やりがいも感じている。俺はこの国のために生きようと思っている。 そう思っていたから喜んで指示を受けた。警視庁からはヒロが潜入していると聞いている。知り合いであるということがバレないように、ヒロへ事前に情報を流しておく必要があるな。 そんなふうに準備を整えている時だった。 突然、本当に突然に「なんのために戦うのか」と自問してしまった。準備の手が止まった。 そして考えるうちに、ふらりと、本当に何を考えていたのかわからないが、ここに立っていた。 庭木の向こうから聞こえる明るい笑い声。普通の住宅街の中の普通の家族の音。 我に返って立ち去ろうとした瞬間に呼び止められた。 「零くん!」 庭から呼び止められて、足が止まる。久しく見ていなかった少女が玄関へ飛び出してきた。 しばらく会わないうちにずいぶん大人っぽくなったと思った。もう中学3年生だもんな。背は相変わらず小さいけど。 腕の中にいる子供は話には聞いていたが弟だろう。機嫌よくかなめちゃんの腕に抱かれ、俺の顔を見てにこにこと笑っている。可愛いな。 「かなめちゃん、久しぶり。よくわかったね?」 これぐらいの年の子が何年か会っていなかった年上の知り合いに会ったら、きっと他人行儀になるんだろうと思っていたけど、彼女は首を横に振った。 「零くんを間違えるわけないよ」 にっこり笑った笑顔が以前と同じでほっとする。知り合いよりは仲がいいと思ってくれているんだろう。 彼女はきょろりとあたりを見回すと、門扉を開けて俺を招いた。 「立ち話もなんだよね。入って入って」 「いや、すぐに帰るから」 「用事はないの?」 「うん、通りかかっただけだからね」 「そっか。でも入って。庭でちょっとお話ししよう? 厚の紹介もしなきゃ!」 彼女が片手で俺の腕を引く。確かに門扉を挟んでの立ち話は、住宅街とはいえ人目に付くかもしれない。お言葉に甘えて庭に上がらせてもらった。 こじんまりとした庭はほどよく木が植えられていて、今は淡い薄紅色のクライミングローズが満開だ。小さいながらも整えられているのは彼女の母親が設計したからだろうか。 ウッドデッキの横の小さなベンチを勧められ、腰を下ろすと隣に彼女も腰を下ろす。 「零くんがうちに上がるのって初めてだね?」 「そうだな。家の前までは来たことがあるけど」 「あはは、変質者撃退の時かぁ」 「あとはマンション爆破のあとのパトロールで何度か来たかな。かなめちゃんとは会ってないけどね」 「あれ、零くんも見回りとかあるの? 交番にはいないでしょ?」 「あるんだよ、たまにね」 警視庁の警察官としてではなく、警察庁の情報収集の一環で回っていたとは言えない。 「そうなんだ。んー、なんか嫌な思い出の時が多いなぁ。でも今日は違うね!」 かなめちゃんはふふっと笑って、膝の上の子どもを俺の方へ向けた。目元がきりっとした面立ちだ。彼女とはあまり似ていない。 「弟の厚です! 1歳と2か月になったところ」 「こんにちは、厚くん」 かなめちゃんが差し出してくれた弟くんの小さな手を指先で握ると、予想以上に強く握り返された。少し驚いていると、かなめちゃんがくすくす笑った。 「まだ人見知りしないし、結構力も強いんだよー。松田さんもびっくりしてた」 「松田も来たのか」 「皆来たよ。景くん以外は」 不意を衝かれて思わず黙ってしまう。どうして来ないの?と聞いてくるかと思ったけど、彼女は意外にもあっさりとしていた。 「みんなお仕事が忙しいって知ってるから。零くんが来てくれて嬉しいな」 「そう、か」 昔から彼女はこうだ。こちらにあまり踏み込んでこない。どうして?も、なぜ?も、ほとんどない。かといって俺たちを避けていることはない。会うといつでも嬉しそうだ。 不思議な雰囲気の子だと思っていたけど、そうか、本当の意味で大人の対応だったんだな。 俺の指を握った小さな子どもは、それを離そうとしない。にこにこと笑うその様子は邪気がない。 「あつくん、零くんがお気に入りだねぇ。 ね、零くん、抱っこしてあげてくれる?」 「いいのか?」 「もちろん! あつくん、零くんだよー」 かなめちゃんの手からおっかなびっくり子どもを受け取る。軽くはあるが予想よりしっかりした骨格なんだなと驚く。 小さな子どもは俺の腕の中から手を伸ばし、俺の顔にぺたぺたと触れた。温かい小さな手がくすぐったい。何が楽しいのか高い笑い声をあげている。 微笑むかなめちゃん、笑う子ども、ちらちらと光の差し込む庭。空は高くて風は暖かい。平和を絵に描いたようだ。 すとんと腑に落ちた。 「……ありがとう」 「何が?」 「いや、なんでもないさ」 軽くて暖かい存在を腕に抱いたまま立ち上がると、子どもは大喜びで手を叩く。きっといつもより高い視線が嬉しかったんだろう。ぎゅっと抱きしめて柔らかい頬に自分の頬を押しつけた。 そう、これが俺の理由だ。 この「普通」が続くように俺は戦うんだ。 「零くん? どうしたの」 「うん……あったかいなって思って」 「ふふ、そうだね」 笑うかなめちゃんに厚くんを手渡した。 「じゃあそろそろ行くよ」 「えー残念だなぁ」 慣れた様子で厚くんを抱き取り、ぽんぽんと背中を叩いてあげながらかなめちゃんも立ち上がる。 俺が門扉を出ると、かなめちゃんが俺を呼びとめた。振り返ると、少し言葉を探すように視線を泳がせた。そして短く言った。 「いってらっしゃい。気を付けて」 言葉こそ何の変哲もないもの。だがその様子にどきりとする。 何かを言おうとして飲み込んだような。目が俺の心配をしているような。 本当は全部知ってるんじゃないか。俺のことも、ヒロのことも、しばらく会えなくなることも、それがどれだけ続くかわからないことも。 そして、これからやるであろう薄暗い事も。 でもそれは、これを守るための戦いなんだ。 「行って、きます」 手を伸ばして厚くんとかなめちゃんの頭を撫でた。うまく笑えているといい。 俺は振り切るように手を下ろし、2人に背中を向けた。[newpage]back to her point of view; かなめ すぐに分かった。潜入するんだって。 命大事にとか、景くんと協力してねとか、ライは安全牌だよとか、ベルモットもワンチャンあるとか、いろいろ言いたいんだけど言えるわけもなく、全部飲み込んで、言えたのはありきたりな言葉だけ。 零くんは静かな笑顔を浮かべると、私と厚の頭を撫でて立ち去った。 背中が消えるまで見送って、私は厚を抱いたままその場にしゃがみ込む。 「始まった、なぁ……」 ものすごい現実感だ。研二くんの時とは違う現実感。原作のメインの伏線が張られ始めた感じがすごい。 「ねーね?」 厚の手がぺたぺたと私の頬を叩く。いきなりしゃがみこんだから心配してくれてるのかな。 「うん、大丈夫大丈夫。あつくんは優しいね。もう部屋に戻ろうね」 よっこらしょと立ち上がってウッドデッキからリビングに戻ると、ママはすでにPCを片付けて夕ご飯の用意を始めていた。 「ママ、2階に行きたいんだけどあつくんはサークルの中でいい?」 「いいわよ。お友だちが来てたんなら上がってもらえばよかったのに」 「ちょっと寄っただけだけなんだって」 「そうなの? 残念ね」 厚をサークルに入れるとちょっとぐずったけど、ママが来てくれたのでバトンタッチして2階へ上がり、お兄ちゃんにLINEを流す。 『零くんも?』 それだけで伝わるだろうと思ったら、お兄ちゃんから案の定の返信が来た。 『そうだ』 ああ潜入の準備が始まってるんだ。気を引き締めないといけない。 ここのところ、厚のお世話と学校生活を普通に楽しんでた。しっかりしなきゃ。 次は景くんか、松田さんか。
突如再発したコナン熱に浮かされて、さらにとうらぶ熱にも浮かされてノリと勢いで書き始めた夢小説です。<br />相当のオリジナル色を含みますので、必ず1ページ目の注意書きをお読みくださいますようお願い申し上げます!!<br />タグに不備があれば編集・ご連絡等いただければ幸いです。<br /><br />前作までへのいいねやブクマ、コメント、ありがとうございます。<br />近畿の台風、北海道の地震と天災が続いております。被災された方々には心からお見舞い申し上げます。<br /><br />ゼロの始まり。<br />ずおくんは誰とくっつけていくのか2パターンありました。1人は本編に記載通り、もう1人は松田さんでした。<br />気の合う仲間として遊ぶうちにじわじわと、みたいな。当方BLも嗜みます。今は読み専ですが。<br />ただ松田さんにすると本編への絡み度合いが複雑化するので割愛。あとタグをどうつければいいのかもわからなかったので。メインは夢でサブが腐というのは難しい。<br /><br />元刀剣男士ですが本編内に登場するのはあと2振り、うち1振りがやや大きく絡んできます。話だけならさらに3振り追加ですが、彼らは登場しません。<br />誰が登場するかはもうしばらく秘密ということで。<br /><br />【追記】<br />フォロワー様が1000人を越えました。ありがとうございます。ちょっと目を疑いました(笑)<br />お礼のお話でも投稿したいなと思いますが、どんなお話がいいでしょうね。鶴丸は本編で、降谷さんは番外と決まっておりますので、松田さんか萩原さんでしょうか。三日月さんも考えましたが、仄暗いお話にしかならない気がするので躊躇(笑)<br />近々アンケートを設置予定ですが、ご意見ございましたらコメントいただければそちらに反映させていただこうかと思います。
我々の生存作戦 21
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 あっ、困惑顔のハクヤと笑顔のジャンヌが部屋に入ってきた。ハクヤってばジャンヌに袖口を掴まれて引っ張られている。どうやら機嫌は直ったみたいだ。 「妹の機嫌も直ったようですね」  マリアも二人に気付いて柔らかな笑みを浮かべていた。 「妹と言えばもう一人、トリルは元気にしているのでしょうか?」 「ええ。元気すぎるくらい元気にジーニャのところで穿孔機開発に勤しんでいます。本当は連れてこようと思ったのですが、本人が頑として拒否したもので……」  せっかく姉妹が揃う機会なのだからトリルも同行するよう言ったのだけど、 『絶対に嫌ですわ! いまお姉様たちに会ったらジーニャお姉様の新婚生活を邪魔したことについて、長時間のお説教コースは確実ですもの! とくにジャンヌお姉様は厳しいですから、帝国に連れ戻されかねません! 同行は断固として拒否しますわ!』  ……と強く拒否されたので断念した。他国の人間、しかも西の大国のトップの妹ということもあって、こちらもあまり強く言えないんだよな。マリアやジャンヌには厳しくしてもらって構わないとお墨付きはもらっているんだけど、機嫌を損ねて穿孔機開発に遅れが出てしまうのも困る。だから度が過ぎない限りは彼女の好きにさせるようにしていた。度が過ぎるなら姉たちのほうから叱ってもらうけどね。  事情を説明するとマリアはクスリと笑った。 「あの子らしいですね。どこまでも自由で、少し羨ましいです」 「自由といえば……この空間も中々に自由(フリーダム)ですけどね」  周囲を見回せば王国と帝国の人員が入り乱れて、なかなかにカオスな空間ができあがっていた。ナデンはクレーエ相手に俺との出会いを熱弁していた。顔が少し赤いし目がトロンとしている。どうやら酔っ払っているようだ。 「だからね。ソーマはそのとき私に言ってくれたのよ。『私には独自性がある』って。あのときは……嬉しかったなぁ」 「ほうほうなるほどなるほどそれは素晴らしい出会いですねささもう一献」 「……ヒック」  どうもクレーエに上手いこと乗せられて、ベラベラと喋ってしまっているようだ。まあ出会いに関してだけなら知られても問題はない。一応近くに護衛兵もいるし機密事項を喋りそうになったら止めるだろう。でも、ナデン……酔いが覚めて記憶が残っていたら羞恥に悶えるやつじゃないだろうか。  一方、またべつのところではミオがやけ酒をあおっていた。 「う~……私はなんでこんな場所にいるんでしょう……」 「ミ、ミオ殿? 少し飲み過ぎではなかろうか?」  旧知であるオーエンが心配そうに声を掛けているが、ミオは「これが飲まずにいられますか!」とばかりに手酌で酒を注ぎ続けていた。 「エルフリーデン王国とアミドニア公国が合併したということでさえ驚いたのに、グラン・ケイオス帝国とも友好的な関係になっているとか……私が王国から離れている間になにが起きたというんでしょうか。まるで何十年ぶりに帰郷した旅人が、故郷の様変わりっぷりに驚くような心境ですよー……ヒック」 「いろいろあったのです。ああもう、そんなに飲まれて。奥方もなにか言ってください」  オーエンは隣でニコニコと笑っているミオの母に助けを求めたが、ミオの母は、 「あらあらミオったら、そんなに飲むと明日のゴンドラ移動が辛いわよ?」  ……とどこかズレている窘め方をしてオーエンに頭を抱えさせていた。というか王国と帝国の首脳陣が揃っているこの場所で、泰然自若としていられるあの奥さんも凄いな。さすがゲオルグの元嫁なだけある。  そして視線を近くに映すと、俺とマリアの護衛役であるアイーシャとギュンターが睨み合っていた。 「………」 「………」(モグモグ)  ギュンターは直立不動でギンッとアイーシャを睨み、アイーシャのその視線を真っ向から受け止めているのだけど、手には沢山の料理が盛られた皿を持っていて、ギュンターを睨み返しながらモグモグと食べていた。……本当になんなんだろう、この絵面。俺はマリアに尋ねた。 「あの……ギュンター殿はどうしてアイーシャを睨んでいるんですか?」 「すみません。ギュンターはあの強面が普通なんです。大方、同じ護衛役であるアイーシャ殿になにか声を掛けようとしたけど、掛ける言葉が見つからず、そうしているうちにアイーシャ殿と目が合ってしまったので目を逸らすこともできなくしまった……という感じでしょうか?」 「あの見た目でシャイなんですか!?」  初めて会ったときこっちに良い印象を持っていないのかと思ったけど、実は緊張して堅くなっていただけなのだろうか。そう思うとあの厳ついオッサン顔もなんだか可愛らしく思えてきた。するとマリアがクスクスと笑い出した。 「みんな楽しそうですね」 「……そうですね」 「ところでソーマ殿? 少し二人だけでお話がしたいのですが」  急にマリアが悪戯っぽく言い出したので俺は焦った。 「二人だけって……それは拙いでしょう。私も貴女も国のトップなのですから」 「少し二人だけで話したいだけです。そこのテラスならばアイーシャ殿とギュンターの目の届く範囲ですし、問題ないかと思いますが?」 「……それならば、わかりました」  俺たちはアイーシャとギュンターに二人だけで話したいから少し離れて警備してほしいと伝え、テラスへと出た。こういうところに出ると狙撃されそうで怖いけど、この屋敷の周囲にも黒猫部隊などの警備を配しているので大丈夫だろう。するとマリアが少し肩をふるわせた。 「外に出ると少し寒いですね」 「まあ秋ですし、山の上ですからね」  たしかに肌寒いけど、マリアは何枚着ているのか見た目からはわからないドレス姿だし、俺もそれなりに着込んでいるので我慢できないこともなかったのでそのまま話すことにした。口火を切ったのはマリアだった。 「さて、さきほどの九頭龍諸島連合への艦隊派遣についてですけど……」 「……現時点であれ以上のことは教えられませんよ?」 「そこについては聞きませんよ。私が言いたいのはこれが王国への『貸し一つ』という部分です。いつか返してくれるという話でしたよね?」  マリアが悪戯っ子のように笑って言った。あれ、これって……。 「その……あまり無茶な方法で返せと言われても困るんですけど」 「ふふっ、先程の件は紙にも残らない口約束での貸しです。それが貸しになっているのはソーマ殿たちが私たちが口約束を守ると信じてくれているから。ならばそちらにも口約束で返してもらいたいです」 「口約束で返す?」 「ええ。もしもこの先……」  そしてマリアが蕩々と語ったのは声の平静さとは裏腹に、自分の耳を疑うような内容だった。俺は目を大きく見開いてマリアを見た。マリアはただ……笑っていた。これはきっとジャンヌさえも知らないであろうマリアの本心だったのだろう。彼女の話を聞き終えても、俺はしばらくなにも言うことができなかった。長く感じる沈黙の果てにようやく絞り出した言葉は……。 「縁起でもないことを……」  これだけだった。マリアはクスリと笑った。 「備えは大事ですからね。それでどうでしょう? これもまた紙にも残らない口約束ですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」 「………」  これは……簡単に頷いていい問題じゃない。マリアの語ったことが本当になるならば、ハクヤたち重臣を集めて何日も掛けて協議しなければならない内容だ。だけどそれはあくまでも本当になるならばだ。いまはまだ未来の可能性の一つに過ぎない。いまの段階でこんなことを協議しようなどと言い出したら、杞憂に過ぎないと一笑に付されるだろう。  俺自身、そんなことになるなどとはどうしても信じられないし。 (ああ……だから口約束なのか)  口約束だから守ってくれたら嬉しいが、守らなくても咎められない。俺がマリアにお願いしたときと同じ構図だ。それでも約束したなら守ってくれるであろうと俺はマリアを信じている。マリアもまた、俺を信じてこんなことを言い出したのだろう。もしものときのために。 「……わかりました」  俺は真っ直ぐにマリアの目を見ながら頷いた。 「もし、そのような事態になったら、王国は貴女の望みどおりに動きましょう」  俺がそう告げると、マリアはこの日一番の笑顔を浮かべた。そして夜の月明かりの下でスカートの裾を軽くを持ち上げながら、一礼するマリアの姿は見惚れるくらいに美しかった。そしてマリアは優しい声で言った。 「アナタを信じます。ソーマ殿」  ◇ ◇ ◇  翌日、俺たちはそれぞれの国へと帰ることとなった。朝にはゼム王ギムバールもやってきたので、俺とマリアとギムバールの三人で別れの挨拶を交わしていた。 「ギムバール殿。このような場を提供していただき帝国の女皇として感謝いたします」 「王国からも感謝を。おかげで有意義な会談となりました」  俺とマリアが揃って感謝を述べると、ギムバールはいやいやと首を振った。 「王国と帝国の仲が良好であれば、間に挟まれている我が国が戦火に巻き込まれることもありませんから。まあ、仲良く攻め込んでくるようなことがなければ、ですが」  ギムバールは冗談めかした感じで言ったけど、これが本心なのだろう。両国が険悪でこの国が主戦場となるようなことは避けたいが、逆に仲良く攻め込れても困る。だからこそ会談場所を提供して二国に恩を売りつつ、関係がどの程度良好かを探っているのだろう。武勇第一の国の王でありながら武勇一辺倒ではない、本当に食えない御仁だ。  俺もマリアも貼り付けたような笑顔で応じた。 「さきにも申しましたとおり真に中立を守ってくださるなら、王国は貴国とことを構えようとは思いません」 「ふふっ、帝国も自らが発起した『人類宣言』を破るようなことはしませんわ」  俺たちの返答を聞き、ギムバールも貼り付けたような笑顔で応じた。 「ははは、それを聞いて安心しましたぞ。今後も会談場所として使いたいのであれば、言っていただければいつでもこの場所をお貸しいたします」 「それはありがとうございます」 「感謝いたしますわ。ギムバール殿」  俺たちはそれぞれの家臣たちが見守る中で、手と手を重ねた。演出された三国の信頼関係ではあるけど、そう見せることもまた大事なことだ。  そして俺たちはそれぞれの国へと帰っていった。
現国《定礎の章》第四話『ゼム編10 マリアの願い』
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「どーも、黒子っちいるっスか?」 「……黒子―っ客だぞーっ」 葉桜の緑が日に日に濃くなる5月、ここ最近毎週のように誠凛高校を訪ねる珍客があった。 強豪校のエースでありながらモデルもこなすその男は、 毎週土曜に東京のスタジオで仕事をしているらしい。 そのスタジオが誠凛高校と近いらしく、彼は週に一回、一番仲が良かったという旧友に会いにきているのだ。 始めは困惑していた部員たちも毎週となるともう慣れてしまって、 また来た。くらいにしか思わなくなっていた。 呼ばれた黒子はいつもと同じ通り、読めない表情で黄瀬を出迎える。 「毎週毎週飽きませんね君も」 「黒子っちに会いに行くのに飽きるわけないっス!!」 「……そうですか」 「今日は午前中で終わりっしょ?何もなければ一緒に帰んないスか?」 黒子が終わる時間にぴたり標準を合わせて来ているのだろう、 いつも部員たちが更衣室へ引き上げる頃に黄瀬は現れる。 偵察って訳でもないし、練習を邪魔しているわけでもない。 黒子が何か用事があって断る時は大人しく引き下がるし、 黒子がまだ練習をすると言えば体育館の端で終わるまで待っている。 (あれだ……忠犬) 日向は黒子にじゃれる黄瀬を横目で見ながら思った。 (バスケして仕事して黒子にかまって……忙しいねぇ) 不思議なのは黒子が意外にも嫌がっていない事である。いつも通り冷静で、 少し諦めも滲んでいる気配はあるが、まんざらでもないのかもしれない。 (まぁ後輩の個人的な交流関係にまで口出す気はね―けど) おつかれ、と黒子に告げ、日向は更衣室へと向かった。 向かいながらなんとなく娘の交際相手が気になる父親のような心境に、複雑な思いがした。 [newpage] 「あー……っ降られた……黒子っち、大丈夫スか?」 「はい。それにしてもいきなりでしたね」 練習を終え、昼食を取ろうとマジバーガーへ向かっていた道中にいきなり雨に降られ、 あわてて近くの店の軒先へ逃げ込んだ。叩きつけるように降ったというのに、 今は小雨に変わり、薄日も差してきている。 「もう上がってきてますね」 「ほんと通り雨だったんスねー」 黒子はバックからタオルを取り出し、黄瀬へ向き直った。 「ほら黄瀬君、はやく―――」 拭かないと。という言葉はのみこまれた。 明るい金色の髪に、透明な雫がつたう。いつも日差しに揺れてキラキラ光る金糸は、 今はしっとりと濡れていて、空を見上げる横顔は、艶やかな雰囲気さえ醸し出していた。 くるくると表情を変える普段の彼とも、雑誌で見かける作られた顔の彼とも、 ファンの女の子たちに笑顔を振りまく彼とも違う。 「……きれいですね。」 「ん?何が?」 「黄瀬君―――の髪の毛です。雫が」 「? ああ。黒子っちもキラキラしてるよ。  きれいだけど風邪引いたら大変っス!早く拭いて拭いて!!」 途端、柔らかなタオルにつつまれて、撫でるように雫を拭われる。 (……黄瀬君の方が濡れてるはずなんですけど) 雨が降り出した時、黒子に上着を被せてここまで走ってきたのだ。 黒子自身はそんなに濡れていない。 けれど優しい手つきが心地よくて、猫のように目を細めしばらく身を預けていた。 されるがままになっていると、額に唇の触れる感覚。 「ちょっと、黄瀬君なにしてるんですか。  というか黄瀬君こそちゃんと頭拭いてください。エースに風邪引なんて引かせたら、  海常のみなさんに怒られちゃいます。」 黒子が黄瀬の手から離れて自分の持っていた新しいタオルを渡すと、 黄瀬は少し残念そうに唇を尖らせて自分の髪を拭き始めた。 「ライバル校のエースが不在なら好都合なんじゃないスか? 」 「そういう冗談一番嫌いです。」 「わー!!黒子っちごめん!!」 黒子の機嫌が下がったのがわかったのか、慌てながらぎゅうっと黒子に抱きついた。 「わかりましたから、早く拭いてください」 近くなった金色にタオルをあてて、黄瀬がそうしてくれたように出来るだけ優しく拭いていく。 黒子っち……!!と黄瀬は感動した様子で、幸せそうに笑った。そのまま黒子の肩に顔を埋める。 「なんでそうくっ付きたがるんですか」 「だって、黒子っちのこと好きっスもん」 黄瀬が顔を上げたので黒子はタオルから手を離した。 悔しいが、直立されると髪まで手が届かない。見上げる黒子を見て、黄瀬は 好きな子にはいつも触れてたいんすよーと茶化しながら空色の髪を撫でた。 「もう乾いたっスね」 「はい。ありがとうございます。黄瀬君も大丈夫そうですね」 「うん、乾いた乾いた。風邪も引かないっスよ」 ありがとね黒子っち。そう言ってにこりと微笑む。やっぱりきれいな人だと、黒子は思った。 「……じゃあそろそろ行きましょうか。お腹すきましたし」 黒子がそう言って黄瀬の手を引くと、黄瀬は顔を赤くしてわかりやすくうろたえた。 「黒子っち!?」 「何ですか」 「え!?手繋いで良いんスか!?」 「嫌なら離しますけど」 「いやいやいやいや!!このまんまで!!」 こんなチャンスめったにないっス!!と必死に握られて、すこし笑ってしまう。 「……黄瀬君が言ったんじゃないですか」 「? 何を? 」 「いいえ、早く行きましょう」 キラキラ光る金色に触れたい。 ぎゅっと右手を握る温かさが嬉しい。 髪を撫でる優しい手つきに安心する。 自分の抱く感情はもうわかってるけれど、言葉にするのはもうすこし、先にする。 自分がなかなか言葉に出来ない想いを、なんのためらいもなく伝えてくれる君が少し憎たらしいから。 僕だって、 すきなひとには、触れたいんですよ。 雨上がりの澄んだ空気を言葉と一緒に飲み込んで、 繋ぐ右手に少し力をこめた。
♦原作もアニメも、黄瀬は黒子っちの事好きすぎる。萌殺されそうです。望むところです。黄黒うめぇ!!!   ♦4/29付ルーキーランキングにて29位を頂いたようです。ブクマや評価も本当にありがとうございます。嬉しすぎてオロオロしてます(笑)
【黒バス】 土曜の午後 【黄黒】
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1 ワトソンがこの部屋から出て行ってから九日。あと一時間で十日目だ。その間一度も顔を見ていない見せに来ないワトソンは、そういう性質をしている、分かっている。 新しい生活や家や仕事や…妻や社会性が大切で、けれどだからと言ってここに来る事を忘れているわけじゃない… 気になっては…いるのだろうけれど、彼は理由がないとここに来る言い訳を自分で自分に出来ない。 例えば「しばらく友人の顔を見ていない。」その理由がはっきりと彼自身が納得できる理由となる「しばらく」とは、一体どれぐらいの期間だろうか? 「三週間…いや、一月といったところか…」 ここに住んでいたのだから、長い間顔を見なかった事などなかった。…いや、あったかもしれない…あの時は確か部屋を出る時たまたま彼が出かけていて、すぐに戻るつもりが謎を解くのに夢中になって次から次へと追っていったら、気が付けば二週間程部屋に帰っていなかったという事があった。 二週間ぶりに会った彼の剣幕は凄まじく、いつも身奇麗にしているのにその時はすこしよれてやつれている様に見えた。…けれど私はその時そんな事よりも、解けたばかりの事件の真相を聞いてほしくて、二週間前一緒にこの謎に頭を抱えていた彼もきっとすぐ何よりも真相を聞きたいだろうと疑わなくて 長い説明を身振りを加えて夢中で話した後、彼の驚いた、または納得した感嘆の表情を無意識に期待して目の前を見ると…けれど私の期待したどの表情でもない、それどころか落胆して悲しむような、哀れむような表情と目が合った。 「…私がなぜ怒るのか…帰ってきてから私の話を一言でも聞いていたか?」 「ワトソン君、分かっている、私だってこの二週間何度『今ここに君がいたら』そう思ったか、そうしたらきっともっと早く解決を…」 「解決?分かってるって?私は帰ってきてすぐに事件の真相を聞きたいだなんて思っていない、そんな事はどうでもいい、そんな事っ…!」 彼の言葉の語尾が憤りに震え、視線が乱暴に床に逸らされた。こうなってしまったらもう謝って時間を置くほかに手は無い 「…悪かった、そうだな君は疲れているんだ、私もだが…また明日もっと詳しく」 「聞きたくない。何も告げずに出て行ってやっと帰ったと思ったらそれしか言う事がないのか」 彼が感情を抑えられないほど怒っていると分かってはいたけれど、二週間かけてやっと掴んだ真相を、他でもないワトソンに何度もどうでもいい取るに足らない事の様に言われて、もうこの話題を切り上げるつもりがつい言い返してしまった。 「…重要な事だ」 「それ以上に重要な事はないと?私がそう思ってるって?」 「…けれど君は、…私に巻き込まれて迷惑だといつも言ってるじゃ、」 「ホームズっ!」 パン、と乾いた音がして頬に熱を感じた。目の前のワトソンが立ち上がって手を振り上げ振り下ろすのを見ていた。分かっていて避けない時と言うのは、自分が悪いと分かりきっている時だ、そんなのは 「………」 「………」 「……心配をかけて悪かった…ワトソン君」 心理とも言えない子どもでも知っている基本中の基本。けれどでもじゃぁなぜ人は…私は、悪いと分かっていて口から言葉を出してしまうのか、それはやはりもう少し難しい、今度は子どもでは分からない…いや、彼らは本能で知っているから考える必要がないのか。 「…悪かった」 「そう思うならもう二度とするな」 ワトソンは振り下ろした手をそのまま私の背中にまわし両手できつく抱きしめた。心配したんだと小さな声で言った。 人が、子どもが、私が…、わざと口を滑らせてしまうのはその後に相手の激しい感情を期待しているからなのだろう、絶対に無視されないと分かって甘えている。抱きしめてもらえるのを期待し望んでいる。そして例えば親は、例えばワトソンは、必ず期待に答えてくれる。 その時の心の満ちたりを、分かっているのかと私こそ君に問いたい。 …そんな事もあったなとぼんやりと寝そべったまま思う。 ワトソンのシャツは大きすぎて私が着るとすぐに袖口が汚れてしまうけれど、一人で酒も薬もなく眠る時はとてもいい。シャツに鼻を付けてまどろむと最高に心地よくて …けれどもうこのシャツからは私の…この部屋の匂いしかしない。こうやってよく服を借りて文句を言われた。借りたままの服がこの部屋のあちこちに放り投げてあって、それを彼もたぶん諦めたまま引越して行ったから、この部屋にはワトソンのものだった服が何着かあった。 眠りから目覚めるたび、部屋を探して漁って宝探しの様に見つけてその度ベッドの上に一着また一着と持ち込んだ。その服をくちゃくちゃにして寄せて蚕の殻の様に、自分が包まれるように埋もれて眠るようになった。 そこでまどろむ その服の殻の中でまどろんでいる時が今は何よりも好きだ、もう、少しもワトソンのものだという名残を鼻に感じられなくてもそれでも彼のものであることにかわりはないから、 次に会うときはどうか私の目と意識がしっかりと起きている時がいい。あの時のお返しに「こんなに会いに来ないとはどういうつもりだ」と文句を思い切り言いたいし、 この服の山を見たら返してくれと言って持っていかれるかもしれない。それは嫌だ。 彼は小言が多いから、会ったらだらしないだとかしっかりしろだとか、言うだろう社会性を持てメアリーに会え… けれどそうしたら言ってやりたい今度こそ、…気力を奪っていくのは君じゃないか、分かっているのか?君の方こそ、君が私の心を満たす瞬間があると…そしてそれを目の前で取り上げられる悲しみや憤りを、一人だと感じるときの無気力を、知って、それでもまだ… ……まどろみの間は言ってやろうと思う事でも、いざとなると言えない。きっと次会っても言えはしないだろう…婚約の間中そう問いかけたくて、結局できなかった。聞き分けの無い我がままの様にならいくらでも婚約は反対だと言える。本心だけれど結局決めるのは彼だし、彼は気付いたら…もう結婚すると決めていた。 彼の人生だ。友人だからとはいえ、だからこそ、彼の望む人生を尊重しなければならない、私にだってそのくらいの『社会性』はあるんだ、だけれど、悲しいものは悲しくて嫌なものは嫌だ、切なくて、寂しい…やりきれない… きっとそう真剣に訴えて僕の気持ちが分かるかと問いかけても、結婚を止めはしなかっただろう、結局止める事はないけれど、きっと彼は心を痛めて私を抱きしめて私の心はその瞬間満たされてけれど結局、今と同じ様に取り上げられただろう… ……だったら …まどろみながらいつも眠りたくはないと思っている… ……… 眠ってしまったら、次に来るのは目覚めだから、…目覚めたら、その次に来るのは…… …来るのは…… … …… …………… ……  …… …… …手を 動かして探す…ゆっくり…温かい背中を…けれどなぜか…いつまでも触れない… …眠らなかったんだ…ろうか…? …仕事が… …カルテの… …ペンを… …資料… …なくしたと… …大切な…人へ… ……指輪を、なくしたと… 「………っはっ!」 もうここにはない探し者をそれでも懸命に探していた右手が、目覚めた瞬間ビクリと震えた。 目を見開いてただ目の前に広がる半分空いたベッドと、そこに伸ばされた自分の腕を見る。目覚めて、次の瞬間に見るこの景色が嫌だ。昨日も一昨日もその前の日もこうだった…明日もたぶん、探してしまう。 夢の記憶はいつもない、けれどどんな幸せな夢を見ているのか、目覚める一瞬前までワトソンがもうここにはいないという事を、この頭はきれいに忘れてしまっている様だった。眠りの余韻に器用に浸って…忘れているのでなければ願望が完全に認識を騙しているのか、騙されるのは心地いいが、目覚めて現実を知る瞬間が最悪だ。 ため息とうめき声を同時に吐いて、ガウンを羽織ってワトソンの使っていた部屋へ行く。ワトソンが出て行ったまま、ガランとした部屋を横切って窓から外を見下ろす。 早朝、いくらも寝ていない様だ。霧雨が降っている…こんな日は誰も外へ出たがらない、ジメジメとしていつの間にか体が濡れて冷えていると言ってワトソンも霧雨の日の外出をしたがらなかった。だから、今日も彼は来ないだろう、…大体まだ、十日目だ。………もう、十日が… …きっと彼も結婚して顔を見なくなって、私の事をどうしているかと気にかけてくれているだろうと思う…反面、けれどもしかしてまさか、新しい生活に夢中になって忘れてしまっているかもしれないとも…思い始めている。それは小さな小さなシミの様なもので、少しずつ広がっていく予感がする。 彼を理解していると思っていた。彼の性格や考えを、けれどある日婚約する、結婚を考えていると言われてそんな彼が理解できないと思った。非難しているんじゃない、 …ただ、…漠然となぜそんな事を決断したのか分からない…そう思った。 けれどいくら長い付き合いだからと言って当たり前だ、考えが読みきれないのは、人は生きて日々変化しているのだから、過去に起こった事実は断固として変わらないが、これから考え出される人の頭の中まではいくら推理しようとしても理解できない答えが返ってくる事ももちろんある。…その中でも大きな変化が結婚生活だとして、それを経験したことのない私は、今正にワトソンに起こっている彼の頭の中の変化を予測し得る事ができない。 一月経っても来なかったら新居に押しかけてみようか、迷惑そうに嫌がる顔が目に浮かぶようじゃないか、私だって、こんな、ところに来たくて来たわけじゃない、だが君がいつまで経っても会いに来ないから嫌々、しょうがなく… なんて自分勝手な言い草だ、と彼は怒って呆れて長いため息を吐くだろう。一ヵ月後にきっとそうなる事が目に浮かぶようだ…結局いつだって私の我がままだと言われる… 勝手すぎると。そして実際そうなのかもしれない、一ヶ月待とうが半年待とうが、彼が会いたいと望まないのならば結局…だからいつも私の我がままになる 霧雨の日は余計に考えを鬱々とさせる 体がいつの間にか冷えてぶるりと震えた。ガウンだけを羽織った体に霧雨で下がった朝の温度は冷たく、そういえば少し喉も痛い気がする。もしかして寝ているときから冷えていたのかもしれない…くしゃみを一つして部屋のベッドの中に戻った。眠りたくはなかったがすぐに眠気がやってきて、体に悪寒を感じながら逆に顔には熱を感じていた。いよいよ面倒な事になってきたと思ったのでもう、そのまま意識を手放す事にした。 …手を 動かして探す…ゆっくり…けれど、すぐに握り返す手があった。なにかぼそぼそと聞こえて冷たい手が額と頬に当たって、ああ、ワトソンだと思った。 やっと見ることができた、いつも覚えていないまま余韻だけを感じる幸せな夢、それとも目覚める時にはやはり全て忘れてしまうんだろうか…? やっと掴んだ手を離されそうになって慌てて握り返すと、ため息の混じった笑い声が聞こえた。呆れたような、やさしい…思えば最近婚約の話を聞いてから私たちは頻繁に小さな言い争いを繰り返していて、特にワトソンは私の嫌がらせに辟易し苛立っていたから、こんな風にただただやさしく私に触れる彼の手はひどく懐かしい気がした。 その手の感触があまりにも心地よくて、懐かしくてうれしくて、熱にうかされた頭の見せる夢は望むとおりに優しく温かい…無意識にせめて心を癒そうとする防衛術だろうか・・・? 「……眠っているのか?…手を離さないと治療ができない、ホームズ」 手が髪を梳きながら小さな声でもう一度ホームズ、と呼ぶのに「眠っているよ」と声を出して答えたたつもりだったけれど、喉が炎症をおこしているのか掠れた息のような音しか出せなかった。 もう一度ため息が聞こえて、掴んでいた手を離され髪を梳いていた手も、隣に腰掛けていた気配も遠のいてしまった。……ああ、 やっと見る事のできた夢だったのにこれだけで終わりか…この脳みそは私の持ち物のはずなのにこういう時にかぎって主人のいう事をたいして聞かない。目を開けたら夢が終わってしまうという思いと、今目を開けたら一目でもワトソンが見れるかもしれないという思いが一瞬頭の中で交錯して、結局ひどく重い瞼をなんとかこじ開けたけれど、そこに見えたのは水が溜まった様なぼんやりとした夢の視界の中で、開いたドアからグラッドストーンが外へ出て行こうとしているだけの普段となんの変わりも無い、雑然とした自分の部屋だった。 …ああ、なんだ、やはり独りだった… …ならば眠ってしまおう。今日は霧雨だから来ないとさっき思ったはずだ。どうせ夢はいつも起きる時にはきっと忘れてしまっているのだし、だったらひどく落胆している今を、すぐに眠りで押し流してしまいたい。 鉛のような瞼は一度閉じるともう二度と開かないと言うように重く感じた。目の奥が痛い。目だけではなく体中が重く痛くて、このままベッドにのめり込んでしまうんじゃないだろうかとあり得もしない事を思いながら、私はすぐに深い眠りへとおちていった。 2 私の出した高熱は感染性のものではなかったにしろ、医者をしている友人と同居していたおかげで近年高熱を伴うような重い風邪になっていなかった。そのせいもあってか、久しぶりの高熱は殊の外体に応え、頭は朦朧とし視界は歪んで普段は判断を誤らない全ての情報を間違って認識、していたのだと思う。 これも正夢と言うのだろうか? ほんの少しの息苦しさで意識が目覚めた。体は温かく、頭はぼんやりと熱かったけれど苦しい程ではなかった。額に何かが乗っていて首だけで横を向こうとしたけれど何かにぶつかって、ではと反対に首を動かすと額に乗っていたそれはぽとりと落ちて額が少し軽くなる。 その額に乗っていた物の正体を大体の確信を持ちながらも確かめようと薄っすらと目を開けると、あまり見覚えの無い指輪をはめた、よく見覚えのある男の手が目の前にあった。一度目を閉じてもう一度開けてもそれは無くならず、そこにある。そうしているうちに私の体の上に遠慮なく投げ出されていたもう一方の腕(これが息苦しさの原因だろう)に力が込められ引き寄せられて、頭部に何かが…ワトソンの胸が、こつりと当たった。驚いて振り向くと目の前でシャツを着た胸が大きく起伏して頭の上からホームズ、と、十日ぶりに聞く声が 「ホームズ、ちゃんと体や髪を洗っているのか?ひどく臭うしそれにこんなに高熱を出すだなんて、不摂生をするなとあれほど…そうだそれになんだここにあったのは全て私の服じゃないか全く、君は…」 これでもかと言うほど早く回る口で小言を言った。 先ほど夢だと思った手を握り返してくれたワトソンは、夢ではなかったらしい。けれど目を開けたとき誰もいなかったと訴えると、頭を冷やす水をハドソン夫人にもらいに言っていたほんの少しの間だけだと笑われた。普段食事以外ではあまり動こうとしないグラッドストーンが自ら部屋を出て行ったのは、久しぶりに会う主人を追ってだったのだろうか?今はいつも通りベッドの脇で眠っている。 心地よさそうに眠る彼を見ながら、今まで半日以上寝ていたというのにまた自分の瞼が下がるのを感じる。高熱ではなくなったといえども微熱はまだ続いていて、ふわふわと心地いい体温がいくら眠っても眠気を連れて来る…今眠ってしまったらきっと、ワトソンは帰ってしまう。私の感覚では今ほんの数分前ワトソンに会えたという感覚だが、実際には彼がこの部屋に来てから眠っている間かなりの時間が経っている。たぶんその間私の看病をあれこれとしてくれて、だから今はもうだいぶ楽になっているし、容態は落ち着いていてけれどやはりひどくねむい。眠ったら次に起きるのは深夜か、明日の朝かもしれない。もうカーテンの隙間からもれる日は傾いて夕方が近い、ワトソンがさっきこっそりと隠すように時計を見ていた。新婚の家庭の夕食ならきっと早いだろう夕食に間に合うためにはもうそろそろここを出なくてはならないはずだ、愛情のこもった料理を、冷めないうちに食べたいと思っているだろう、私の瞬きを数えるようにじっと見詰めている。私が眠ったらすぐに帰ろうと、今かと眠るのを待っているんだろうか… 「………眠いのか?ホームズ…だいぶ寝たのに、体力がかなり落ちているんだな…」 「…眠らない。…眠ったら君は、行ってしまうだろう…」 ワトソンはそれを聞くと小さなため息を吐いて額を冷やしている布を替え、ハドソン夫人に消化の良い食べ物を頼んであると言って部屋を出て行った。 部屋には規則正しいグラッドストーンの寝息と懐中時計の針の音、夕方になってざわめく窓の外の声が遠くに聞こえた。何度も眠りそうになりながらも持ちこたえ、けれどだいぶ時間が経ってからふと、ワトソンの荷物がここにはない事に気付いた。コートを着てこなかったわけではないだろうに、見渡す範囲には見当たらない。それにただ夕食を取りに行っただけにしては時間がかかりすぎている、いや、ワトソンは夕食を取りに行くとは一言も言っていなかった…夫人に何か消化の良い物を頼んである、と、それだけ…ではまさか荷物は夫人に預けてあって、または…だけれど、別れのあいさつもせずに行ってしまうだろうか?ワトソンが?確かに帰ると言えばごねて全力で引き止めるつもりでいたけれど、それがいくら面倒だからと言ってワトソンは…それとも結婚生活と言うものは、愛情のこもった妻の食事というものはワトソンにそんな手段を選ばせる程、それほどまでに魅力的なものなのだろうか… そこまで考えをめぐらせたところで急にビクリとグラッドストーンが立ち上がって、こちらも驚いてしまった。 するとそれとほぼ同時にガチャリと音がして足でドアが開けられ、トレイで両手が塞がったワトソンが顔を出した。 「ホームズ、まだちゃんと起きて…こら、グラッドストーンおまえの食事じゃない」 ワトソンが足に纏わりつくグラッドストーンを器用に避けながらベッドの脇まで来ると、私の顔を覗き込んで不思議そうに「どうした?」と問いかけた。けれど別段その答えを聞こうとするでもなく「寝るなら食事をして薬を飲んでからにしろ」「体も拭いて着替えろ」と重ねて命令した。 高熱が引いたからと言って、まだ体がだるく重かったので体を拭くのは面倒だった。怠惰に腕を動かしていると、そんなにゆっくりでは悪化すると言って結局ワトソンにしてもらう事になる。丁寧に拭いていくワトソンの手を見ながら、まるで私は小さい子供か高齢者のようだなと思って、思いながらぽつりと、 「なかなか戻ってこないから帰ってしまったのかと思った」 そう言った。 腹を拭いていたワトソンがちらりとこちらを見て何の事だという顔をして、それから理解したのか、小さなため息と共に作業に戻る。 「君は私を病人を放って帰ってしまうような医者だと思っていたのか」 「患者の容態が安定していればそういう事もあるだろう」 「…病気の友人を放って帰るほど私は冷血ではないつもりだ。…本当にそういう人間だと思っていたのか?」 「……そうじゃないが…ただ…」 ただ…の後にどう言ったらいいのか少しだけ考えて、けれどやはり思ったままを言う事にした。 「ただ…結婚とはそういうものなのかもしれないと思ったんだ。」 そう、感じた通りに言うと、ワトソンの手が一瞬止まった。目をこちらに向けなかったが、耳はこちらに向いていた。 自分で言っていてもその声は思った以上に本心を…諦めを滲ませていて 自分の声を自分で聞いてやっと…ああそうか私はもう、ワトソンが結婚して私のものではなくなってしまったという事実を、心の底では認めて、諦めてしまっていたんだなと自分でもその時気付いた。たぶん今、ワトソンにもそれが伝わってしまったんだなと… ワトソンの手は一瞬止まっただけでその後も黙々と作業をこなし、私の体調は悪化することなくワトソンの用意した清潔な肌着を身につけた。 ワトソンの言うとおり食事をして薬を飲み服も清潔なものに着替えた、日は落ちて夜の始まりと言っていい時刻、私の体調は落ち着いてもう額を冷やさなくても大丈夫だ。後はゆっくりと眠るだけ、先ほどからずっと瞼は何度も閉じようとしている。きっともう、今度こそ彼は帰ろうとするだろう…けれど、どうせ帰ってしまうのならば、別れの挨拶をしたい…次はもっと、日を置かずに来てほしいと…まだ瞼が開いているうちに… ぎしりと、ベッドがたわむ感覚がした。ベッドの隣に人の重みを感じるよく慣れた感覚だ安心する……… 尚も目を開けようとする私に頭の少し上から小さな囁くような小声がした 「…ホームズもう、眠っていい。目を開けようとするな」 「……ワト…くん…帰る…だろう… …また…すぐ…」 「帰らないよ明日の朝まで、ここにいる。だからもう……ホームズ?」 ワトソンの声を眠りの淵ぎりぎりのところで聞いていた私は、望む以上の言葉を聞けた瞬間安心してそのまま深い眠りの中に落ちていった。 3 「急患が出たので、今日は帰れない」 そう、下女に言付を頼むのに少し時間がかかってしまった。ホームズはもう瞼が閉じそうだったから、眠ってしまっているかもしれない…ハドソン夫人に作ってもらった食事を持って部屋へ急ぐ。温かい食事は少しでも彼を癒すだろうか… ここに来るのはしばらくぶりだった。もちろんホームズに会うのも、結婚をして、完全に引っ越してから十日ぶり…たったの十日だ。今、彼の顔を見た後で振り返ればそう思える…けれどではこの数日間心の奥底で感じていた焦燥は何だったのかと思うと、私はまた一つ小さなため息を吐いた。 引越しは予め決まっていて私もそれを望んでいた、もちろん、新しい生活に幸せと希望を疑わなかったしそしてそれは思い描いた通りの平穏な幸せだった。…けれど、あの、彼と別れる日に感じた強く…、強く後ろ髪を引かれる様な感覚がすっと心の奥底に影を落としていて、…別に一生の別れなわけじゃない。来ようと思えばいつでもこの部屋には来る事ができるし彼だって五体満足の成人男性だ。不摂生はするだろうが、誰かが…私がいちいち食事や着替えの面倒を見てやらなければならないような障害を持っているわけではないし、いつかはこうして結婚をして部屋を出るつもりだったし、それが今で、共同生活が終わるからと言ってそれが友人関係の終わりでは決してなくて… …けれど確かに、私たちは単純に共同生活が終わるという事実以上の『なにか』が終わってゆくのを、その時に感じていた。 終わりゆく関係の残骸が平穏な幸せの奥底にいつも冷たく横たわっているのを感じる…時に静かに、そして激しく、それはざわめく。 焦燥がつのってたった十日で乾きを満たしにここを訪れた。 手に触れ頬に髪に触れてやっと満たされたと感じた。 終わりゆく関係…けれどまだ、完全に終わってはいない。 階段を上りながら振り向くと、背後で言付を頼んだ下女が出て行くところだった。その扉が閉まるかしまらないかのうちに振り向いた視線を元に戻す。彼女は確実に妻に言付を伝えてくれるだろう、「急患が出たので、今日は帰れない」それは事実で嘘ではない…嘘ではないのに嘘を吐いた時に感じる様な翳った気分になる。ホームズといると言わなかったのは彼と彼女の出会いはあまり…良くなかったから、確かに医者として目が離せないほどの重病ではなかったけれど、今から食事をさせて着替えもとなると遅い時間になるし、どうせホームズは帰ると言えば帰るなとごねてさらに時間がかかるから、だったらいっそ泊まってしまった方がいいと… 誰に向けるでもない…強いて言えば自分への言い訳をブツブツと並べて、それに気付いてまたため息を漏らす。私はいつもそうだ…事彼に関しては、言い訳をしてしまう、 …言い訳をしなくてはならないと思ってしまう。 「友人と会うから、遅くなる」言付はそれでいいはずだ。そうすれば少しぐらい遅くなっても帰って彼女の作った夕食をとる事ができる。ホームズがごねると言ったって、彼はもう眠ってしまいそうだったからそれから帰ればいい。そうすれば帰れないほど遅い時間になどなるはずもない。…けれど… 『私はいつでも…結局は』 帰れない言い訳ではなく、気付けばここへ留まるための言い訳を無理矢理に探している。 食事の時にもホームズは少しごねた。食事のトレイを渡すとなぜ君も一緒に食事をしないのか、と怒った様な口調で言った。何故そんな怒った声を出すのか驚いて振り返ると、やはり私を非難するような目で見ている。何故それぐらいの事で急にこんなにも不機嫌になるのか、彼の不機嫌はたまにどこからやってくるのかよく分からない時がある。 「私の食事はまだできていない。君用に先にリゾットを作ってもらったから、たぶん私の食事はこれから…」 「ではここで食事をしていくんだな?」 念を押すように重ねて訊いてくるホームズを見て、やっと彼が不機嫌になった理由に気付いた。なるほど、確かに家で食事を取りたいならそろそろ帰るべき時間だろう、当の私は熱で倒れた彼の横でうとうととし始めた時点で早々に帰らないという選択を決めていたから、帰る時間への気配りをしていなかった。 熱で弱っているのだから余計な事は考えずにいたらいいものを状況を見て先読みをするのはもう、才能というよりも彼の持病なんじゃないのかと苦笑してしまう。 口元が緩んで、それをまたため息で誤魔化した。 「ああ、久しぶりにハドソン夫人の夕食を頂くよ。けれど君は先に食べるんだ、せっかくあたたかい食事を持ってきたのに冷めてしまっては体に良くない」 それでも尚疑り深くこちらを伺っていた(ホームズじゃあるまいし疑われるのは実に心外だ)けれど、私が紅茶を淹れて椅子に深く腰掛けると、警戒を解いた動物のようにやっと食事に手をつけ始めた。 食べ物を咀嚼する音だけが聞こえる。 新聞を広げてそれを目で追いながら意識はホームズのたてるその僅かな音に集中している。私はそうだ、いつだってそうだった。どんなに新聞に仕事に社会に法律に、目の前の婦人に集中しようとしても、またはそれに沿って規律正しい人生を生きようとしても、隣に彼がいてはそれが出来ない。それはもう投げやりな気分になってしまうぐらい、自分ではどうすることもできず彼の動作全てに意識がのめり込んでいて、自分自身でそうなっていると気付けない…彼の隣を離れてやっと気付ける…それほどだった。 勝手に耳が目が、意識が彼の動作を追う。ホームズが前に、五感の全てを閉じてしまいたくなると洩らした事があった。彼は彼の周りに起こる全ての事柄に対して細かな事でも気になって見逃したりはしない…いや、見逃したくともそれが出来ないんだろう、自分の意思では入ってくる感覚を制御できないのかもしれない。これが彼の日常感じているのと同じ感覚なのかどうかは分からないが少なくとも近いのではないかと思う、私も、自分では制御できずに彼の気配だけを細かに感じとるこの五感の全てを閉じてしまいたいと、いつも思っていた。 「……ホームズ、寝るな。こぼれる」 咀嚼する音が止まって新聞から目線だけをホームズに移すと首がコクリと少し揺れた。声をかけるとぼんやりとした目でこちらを見ようとしたので、すぐに新聞に目を戻す。 彼の気配を追いたいと私自身が望んでいるのではない…少なくとも私の理性は望んでいない。それでもこうやって同じ部屋に目の届く範囲に彼がいるというだけで勝手に、無理矢理、ずかずかと私の意識の中に入り込んできて他の情報を押し退けて私の意識の中心にどかりと座り込む、そしてその声で「ワトソン」と呼ばれれば、私は自分の人生において何が正しくどうすれば最良なのかの判断が狂ってしまう、中心が彼になって彼にとって何が最良なのかと行動してしまう、自分の人生や、命さえも省みなくなってしまう意識せず、無意識に、私の理性とは関係なく… こんな恐ろしい事があるだろうか? 忌々しく思う、苛々とする。理性での制御ができずに私を苛立たせているのは私自身だ。分かっているそうは思っても、どんな時でも私の意識に入り込んでくるホームズに厳しい態度をとってしまう、彼にあたるのは間違っている、…きっと。彼と離れて一人でいる時幾分冷静な頭ではそう思える。友人である私を慕う彼に、その好意を隠そうともしない執着とも言える行動や言動で私を引きずり込もうとする彼に、苛々するひどく気分が逆立ち理性が激しく警鐘を鳴らし…、… 鳴らし、けれどそこまで自覚しているのならば私がそれに引き摺られなければいいだけの話なのに、現にホームズは私が強く言葉で拒否すれば最後には引き下がる、諦めの態度を見せるのに ……… …なのに、それを見ると私は、『なぜ諦めてしまうんだ』と思ってしまう、自分で拒否しておいて、おそろしく自分勝手な考えに胸を掻き毟られその衝動のまま彼の後を追う。追ってきた私をホームズはうれしそうに見上げるんだ。一度は諦めを見せた瞳を輝かせて、信じていたとでも言うようにあの声で私を呼ぶ「ワトソン君」 その時私の胸の内にあるのは理性を裏切った事への後悔だろうか?忌々しい、やはり来てしまったとささくれ立つ心だろうか…? …そうではない…そんな時私の心にあるのはなみなみと満ち足りて溢れてしまいそうになる…愛情だ愛しいと、信頼した目で喜びを隠さない彼を…愛おしく思う。 ……その繰り返しだ。ただ、ただ、その繰り返し。 それを終わらせるはすだった。自分ではどうしようもない苛立ちと自分では、どう、しようもない愛しさの繰り返しを、彼と離れる事で 「ワトソン君、水を取ってくれないか」 とろりとした声のうまくろれつの回らない口でホームズが私を呼んだ。少し手を伸ばせば取れる所に水を置いたのに、それすら私に取れという。自分で薬を飲もうとするだけ今日はまだ聞き分けがあると言えるかもしれない。 ため息をつきながら深く腰掛けていた窓際の椅子から立ち上がり、ホームズの元に向かおうとして薄暗くなってきていると気付いた。近くのテーブルに埃をかぶったランプを見つけ、火をつける。温かい明かりが灯り、やはり同じ様に埃をかぶった雑多な意味の良く分からない品々の中でふと目に飛び込んでくるものがあった。 …この部屋の中で、それだけが いつでも美しく磨かれて、アイリーン・アドラー、埃を被った事などないだろう がたりとテーブルに足がぶつかりテーブルの上に溢れていたいくつかの物が落ち、磨かれた写真立てもバランスを崩して倒れた。 「ワトソン君、いいかげんに見えるが貴重なものばかりだ今落ちたのは18世紀アイルランドの鉱石で…」 すぐさまぼそぼそと言出だすホームズを見るとだるそうにこちらを見ず額から目を片手のひらで覆って、なのに何が落ちたのか全て言い当てていっている。落ちたものばかりを挙げた彼が息をくぎる。けれど一番に貴重なものだ気をつけろと言いたかったのは重なった柔らかい紙の上に倒れたこの写真立てではないだろうか。テーブルから落ちなかったからと言って彼が倒れた事に気付かなかったはずが、 「…それに『それ』も立て直しておいてくれ、元のままに」 その言葉にホームズをもう一度振り向くとやはり、こちらを見ずに額に手を当てたままだった。彼の口だけが動いている、その口から出るなんでもないはずの言葉を、残酷だと思う。 彼は決して私を意図して貶めたりはしない。残酷だとだれもが感じる様なことは決して言う事はないだろう、私は彼の大切な友人で、それを謙遜しようにもあまりにも疑いようがない好意を表すことを惜しまない…友情を惜しまない。私が彼の言葉に傷つくのは、いつも誰が聞いてももちろんホームズ本人も気付かず意図しないであろう日常の会話の中で、私が勝手に残酷だと感じ、傷ついている。 私がホームズの傍にいて彼に意識のほとんどを奪われると感じる、同じ様に、ホームズが彼女を目の前にした時、彼が彼女に意識を奪われていると分かる。ホームズを見ている、ホームズに意識を、心を奪われている私だから、分かる。 苛立ちと愛おしさを繰り返し、疲れ果てた後に結局行き着くのはここだ。いつでも。 「…貴重品ならまとめて金庫にでも入れておけ。こんな所に置くな」 写真立てを閉じ、テーブルの上に置いてもう一度窓に戻り濃紺のカーテンを引く。今日は朝から霧雨が晴れる事はなかった、これから暗くなるばかりだ少しぐらいカーテンを引くのが早くてもいいだろう、暗くなった部屋でランプの灯りは温かくぼんやりと表情を隠してくれる。 ホームズに近づくと、彼はだるそうに腕を伸ばし「ワトソン」と呼んだ。口付けをねだる様な甘える声に、手を取り額に手を当て熱を測り水を注いで薬を飲ませる。髪を梳いてやると頭を肩にもたれかけてもう一度、夢の中のような声で「ワトソン」と彼が私を呼んだ。 4 まだ深夜には遠い時間のはずなのに、静かな霧雨の音と隣から聞こえる寝息が深夜を思わせる。昼間うとうととしたせいで眠気がやってこない。同じく昼寝ていたはずのホームズの眠りは深く、対照的に冴えた頭のせいで暗闇に独り取り残されたような気分になる、そこまで考えてまたかと浅い息を吐き出して小さく自嘲った…またか。 いつでも取り残されるのは私だった。取り残された私の選択は独り待ち続けるか、彼の後を追うか…だから一度ぐらい取り残される側の気分を味あわせたいと思っていた。子どもの言い分だ。でなければまるでいつも非難していたホームズの我が侭の様じゃないか、だけれど、確かに…その気持ちが結婚を決めたときにほんの少しあった。…あったという事実を私自身だけが心の奥底で知っている。 親指の腹で彼の頬に触れ瞼に睫毛に眉に触れる。薄く開いた唇に触れると乾いて、端からだらしなく涎が零れ落ちようとしている。安堵の寝息は穏やかで彼の眠りは深い。親指でなぞった場所を順に唇で触れていく優しく、遠い昔母にしてもらっていたような愛しむような口付けを、額に瞼に頬に鼻に…唇の、端からとろりと零れ落ちた涎を舐め取る。舌先で唇まで遡ってこくりと飲み込んだ。ただの唾液であるはずのそれは強いアルコールや脳神経を麻痺させる快楽の薬の様で、くらりと眩暈を感じてそのまま目の前にある彼の唇に深く吸い付く、幾度も、幾度も、こんな事は、 もうしないと誓ったはずなのに、引越しをする前の晩にやはり行くなと、最後の抵抗だと言わんばかりに盛大に駄々をこねたホームズが私に引越しの準備をさせまいと邪魔をしてそばを離れず、大声でいい合いをしてお互い疲れて結局ホームズは私の腕をしっかりと掴んだまま眠った、あの日同じこの場所で初めて口付けをした、…最後だからと思った。 もう二度としない彼とももう毎日会うわけではないから最後に、最後に触れるだけの口付けをしてみようか、ほんの少し、触れるだけの冗談の様な口付けをしてそれで終わりだ。彼と離れて生活するようになればきっとこの気持ちは薄れて過去の小さな過ちとして思い出す事もなくなるだろう、今日といわず散々私の邪魔をしてきた仕返しに、そうだもし彼が目覚めたら意地の悪い顔をして冗談だと言おう今までの仕返しだと。そうしたら彼は一体どんな顔を… 一度目は掠めるように口付けた二度目は触れて、少し押し付けて それを離すまでの間ひどく長く感じた。子どもの頃初めて口付けをした時の様に耳元で心臓が鳴っている様だった、彼の寝息は一定で起きる気配は無い。そう思うか思わないかのうちに彼に覆い被さって三度目の口付けをしていた今度は深く味わうように、今ホームズが目を覚ましたら冗談では済まないと理性が訴えたけれど、同時に、冗談だった事など、唯の一度もなかったんだと、最後にして初めてきつく絞る様にして出た本心を胸の中で叫んでいた。 もう、二度としない。 結局唇を開放しても目覚めなかった親友の寝顔を前にして誓ったはずだ。すまなかったもう二度としないから許してくれ君の、良き友人でいよういつまでも、君が目覚めなくてよかった。どんな些細な事にでも気付く君が私の心には気付いてくれないから最後に少し期待したんだ、目覚めて気付いてはくれないかと…けれど、君が事私に関して常人の様に鈍く、そうなってしまう理由をたぶん私は知っている。いつも近くに居過ぎて君は私を信頼し過ぎているから、私の友情を疑わない、私の友情を疑わずそれによる好意を信頼しきっている。優しく、美しく純粋な…家族が家族を思う様な、親友が友を思う様な慈しみの愛情だと思っている。分かっている君はいつもそれを私に求めていて…けれど私は、 胸が詰まって視界にほんの少し水分が増した。下唇の裏側を噛んでやり過ごそうとしたけれど、これ以上ホームズの顔を見ていられなくて、とっくに緩んだ彼の腕の戒めから腕を引き抜き自分の使っていた部屋へと逃げ込んだ。この部屋にはもう私のものはほとんど無い、私は明日ここを出てゆく。 君が目覚めなくてよかった、君の信頼を最後まで裏切らずにすんだ。君は私が結婚をすると言った時私を失いたくないと、どこにも行くなと言ったけれどそれは違う。 このまま二人でいたらきっといつか私の心は君に見つかってお互いを失う事になった、だったら、死ぬまで…永遠に、君の信頼する友人であろう…君と離れる事でやっと私はそれが出来る、出来るはずだ。 ……… あれから半月も経っていない…もう二度としないなんて、誓いをたてただなんてこうもあっさりと破ってしまう自分を胸の内で罵る。誠実な紳士であろうとし、普段は少なくともそうでいられる。なのにやはりボームズを目の前にするとこうだ、物事の善悪や事の後先が分からなくなり彼を求める。どんなに言い訳をしようとも、私には妻がいて、彼は親友で、意識の無い友人に勝手に口付けをするなんて許される事ではない。もしもこれが男女の間の事であっても許されはしないだろう、世間に知られれば糾弾され罪に問われるかもしれない、誰もが許さないだろう ……けれど、たぶん 彼は…ホームズ自身は私を許す…きっと。 友情の裏切りを、私の紳士にあるまじき愚行を、きっと彼は許すだろう、それは分かっているホームズの様な推理が出来なくとも、彼を見ていた私にならば 「……けれど私は許されたいのでは…ないんだ」 愛されたい、同じ様に。それが出来ないのならば知られず許されなくていい。知れば彼は私の想いに苦しむかもしれない…彼が私の想いを許せば世間に知れた時私だけでなく彼も共に社会的地位を失い厳しい罪に問われるだろう、そんな事はあってはならない。 けれどそう理性では考えていられても彼の事となると私は、胸が掻き乱され頭に血が昇っていつも彼の傍で彼を追い、私が居なくては彼は、彼がいなくては、私は… メアリ…私の妻となる人は… 聡明で優しく…清らかなその瞳を見詰めると彼に掻き乱された心がいつも穏やかに鎮まった。愛する者を失った事のあるその深い胸の奥から溢れでる優しさに私は癒され、意志の強い眼差しを見て共にお互いを律し合い、この英国の一紳士として誇り高くいられると思った。 彼女といると幸せな家庭を築き医者という仕事と自分に誇りを持って生涯を生きるという、ありきたりだが学生の頃から信じて疑わなかった人生を歩むことが出来ると思える。 彼女といる時間に彼との日々を考えると、それはなんだか夢の中の出来事のような、今彼女の優しい瞳にみつめられて微笑んでいる心の穏やかな自分とは違う人物の事の様で、まるでサーカスの道化師の様に慌てふためき悲しみ怒り心の鎮まる事のない…そんな滑稽な姿の自分で、やはりこうやって常識や社会性の中で俯瞰して私たちの関係を眺めてみると、いかに互いに依存しているか改めて気付いてその度にぞっとした。 「ジョン…どうしたの?黙ってしまって」 「ああ…すまない少し気に入らない事を思い出してしまって…聞いてなかったわけではないんだ」 「気に入らない…?…そう…でも、」 「…?」 「でもジョン、貴方とても優しい顔をしていたから」 そう言って微笑む彼女の優しい笑顔に膝をついて懺悔したいと思った。メアリ…君の清らかな愛で私の心は鎮まる。必ず生涯君を愛し幸せにする…穏やかで平和で… あたたかな家庭を共に築く事を約束する。私との結婚を君が喜びをもって受け入れてくれたから…もちろん、私の望みでも…彼の、為でもある。 君の微笑みで心を鎮めていられればきっと…いつかは…すぐには忘れる事ができなくても努力をする…許してほしい…決して、君にも、彼にも、誰にも悟られはしないから。 この、焼け付く様な想いを その時、ふいに隣で寝ているホームズが眉を顰めてむずかるような仕草をした。また熱が出てきたんだろうか?起きた気配はないが、ほんの少しゆっくりと腕が動いて、何かを探している様だった。そういえばここへ来た時もこんな手の動きをしていた気がする。思わず握り返したけれど…彼はよく失せ物をして探しているから(すぐ見つけてしまうけれど)夢の中でもそうなのかもしれない。少し呆れてため息の様な苦笑をもらすと、ホームズの探し物をしていた手が私の胸に当たった。手のひらで確かめて、シャツをぎゅっと掴む。 「…ホームズ?」 起きたのかと思った彼はけれどやはり眠っていた。寄せた眉を解いた彼は寝返りをしてその手で掴んだシャツの、私の胸の中へ そして大きな安堵のため息をついて安らかな寝息をたてはじめる…ホームズ、安心した顔をして、君が夢の中で探していた失せ物が私であればいい…けれど真実それを一度も失くした事などないのだと、君は少しでも気付いているんだろうか…? 『私の心はいつでも…君の手の中に』 …願わくば、一生君の信頼し安らげる場所でありたい。私の腕の中で全てを投げ出し安心して眠ってほしい、そうであるために必ず君の信頼に私はこたえよう… 濃紺の暗幕で作った虚構の暗闇が本物になった深夜、愛しい温もりを腕に抱いて私もまた、いつでもそうして来たように彼を追って、目を閉じた。 紺色の暗幕:終
ホム①の後、ワトソソ君が出て行ってからの二人のお話でサイトにUPしているものですー/文章ではないのですが、本の発行予定があります~よかったら!【<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/26782583">illust/26782583</a></strong>】/表紙お借りしました!【<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/25901537">illust/25901537</a></strong>】/あっ・・・僕を私に直そうと思って忘れていました・・・ぼんやり
【腐ワトホム】紺色の暗幕【シャーロッ クホームズ】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1008729#1
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 がたんごとん、電車が揺れる。 「わぁ、すごい自然。見て見てめちゃくちゃ緑ですよ、楓ちゃん」 「美兎ちゃんさすがに子供っぽいで」  座席の上に正座して外を眺める私に、楓ちゃんが苦笑する。 「誰もいないしいいじゃないですか~。私都会っ子だからこういうの珍しいんですよ」  こんな景色、もう見ることもないだろうし。そういうと楓ちゃんはせやなぁ、と呟いて一緒に正座してくれた。こういうとこすき。 「ね、エモエモトークしましょうよ。楓ちゃん最後の晩餐って何がいい?」 「えーなんで今聞くん?遅くない?」  楓ちゃんは笑って、うーん、と小首を傾げる。微かに頭を左右に揺らすのは、多分彼女の癖。私はこの癖が好きだった。じっと見つめて網膜に焼き付ける。 「好きな子の作ったカレーライス、かな」  ぶはっと私は吹き出した。 「昨日の夕飯じゃないですか!エッモーい!」 「別に好きな子が美兎ちゃんとか言ってへんし?」 「ええここまで来てそういうこと言うんですかぁ?」  車内でこんなケラケラ声を上げて笑うなんて、東京では考えられない。電車をたくさんたくさん乗り継いで、私たちは随分と遠くまで来てしまった。  疲れきってしまった彼女が、このままでは一人で消えてしてしまいそうだったから。配信も企業案件もスマホもなにもかも放り投げて、今までの活動で貯めたお金だけひっつかんで、私たちは社会からもネットからも逃げ出した。  あちこち回って歩いてもお金にはまだ随分余裕があったけれど、楓ちゃんがもう満足したと言うので、この放浪の旅は今日でおしまい。まあそろそろいい加減見つかって、連れ戻されて大目玉を食らいそうだったので、ちょうどいい引き際かもしれない。  それにしても、と数週間前を振り返る。ギリギリで気付けてよかったなと思う。繊細な彼女は、いつのまにか私の知らないところで傷ついて疲弊して、たった一人で命を断とうとしていた。楓ちゃんに置いていかれた自分を想像して、肝が冷える。すんでのところで手を掴めて、本当によかった。  回想に浸ったり、この逃亡記の思い出を話して大笑いしたり、もし今いちからオフィスに帰ったら怒鳴られそうな台詞で打線を組んでみたり。そんなことをしているうちに、ついに目的の駅のアナウンスが聞こえた。ああ、着いちゃったなぁ、と、素直に残念に思う。 「楓ちゃん、次ですよ。降りましょう」  彼女の表情が歪む。まったく、そんな顔をしなくてもいいのに。 「ちょっとビビってるんですかぁ?楓ちゃ~ん?」 「そういうわけじゃ、ないけど……」  大丈夫ですよ、怒る人も怖い人もいないから。私だってついてますし。そう言うと、楓ちゃんはますます複雑そうな面持ちになった。  電車を降りる。日が傾いていた。自分たち以外誰もいない、無人駅。ここは彼女の地元でも、会社の最寄駅でもない、なんでもない遠い遠い田舎。そこが私たちの決めたゴールだった。  正確な目的地は、山の中を突っ切ったその先にある。幸い傾斜は緩く、足元も踏みならされている。二言、三言、ぽつぽつと会話をしながら歩みを進めていく。 「あー、歩くとまだあっついですね」 「疲れた?」 「まあ少しは」  楓ちゃんはそれきり、黙り込んだ。じっと前を見つめて歩き続けている。段々と早足に、大股になっていくのを見て、私は溜息をついた。 「別に置いていってもいいですけど、タイミングが少しずれるだけなんだよなぁ……」  びくっと肩が震える。恨めしそうな顔で振り返られても私困っちゃう。 「ね、私に悪いなって思ってるの?」 「当たり前やろ……」  どうにか絞り出したような声。なんだかなぁ、私はもっと嬉しそうな楓ちゃんが見たいんだけど。 「じゃ、慰謝料として手ぇ繋いでください」  左手を突き出すと、おずおずと指先を握ってくれた。一歩近づいて、こちらからしっかりと握り返す。 「ふふ、ずっとこうしたかったよ、楓……」  出せる限りの低い声で囁くと、楓ちゃんが吹き出した。ちょっと、なに笑ってんの。イケボやぞ? 「手は繋いだやん、旅行中」 「まあそうですけどぉ。その時にもそう思ったんですよ」 「そっかぁ」  にぎにぎ、あったかくて少し大きな手を満喫する。 「あとねわたくしあれ、ドライブデートとかしたかった」 「免許持ってへんからなぁ」 「助手席で樋口楓のオンナ面したかったなぁ」 「……未練タラタラやん」 「それだとフラれたみたいじゃないですか!やめてくださいよ」 「そうじゃなくて……!私なんかに構わなきゃ、美兎ちゃんは」  あーしまった、こんな顔をさせたかったわけじゃない。繋いだ手に、もう片方の手も添える。 「楓ちゃん、私が誘ってたらドライブデートできましたか?」 「……できんけど」 「それならいいんですよ。なんの後悔もありません」  相手が楓ちゃんじゃなきゃ意味ないですからね。  そう続けても、楓ちゃんはまだ辛そうな顔をしている。残念だけど仕方ない。ついていくのを喜んでほしいというのは、ただの私のエゴだ。 「そんなしんみりしてる暇ないですよ?私、今からでも叶えられそうなお願いはガンガンしていきますからね、カード使いきりますよ」 「……なに?」 「えー…じゃあ、だっこ」  両手を広げる私に、彼女は目を丸くした。そして顔をしかめたまま笑うなんて器用なことをやってから、よいしょ、と私を持ち上げた。視線がぐんと高くなる。 「お姫様だっこの方が良かった?」 「んーん、ぎゅってしたい」  幼い子供みたいに抱きかかえられて、私は顎を彼女の肩に乗せて存分に甘える。少しずつ細くなってきた獣道を、彼女は上手に歩いていく。ぼーっと、幸せだなーって、そう思った。 「あ……」  何分かそのまま彼女の腕に抱かれて揺られていると、不意に木陰がなくなった。どうやら到着したようだ。抱き着いたまま後ろを振り返れば、赤い夕焼けに、広大な水平線。眼前に広がる風景は、この世の終わりみたいに美しい。──あるいは、みたいに、ではないからそう感じるのだろうか。  楓ちゃんがそっと私を地面に下ろす。腕を伸ばして、重労働で汗ばんだ彼女の額を拭ってあげた。崖に波が打ちつける音だけが響いていて、耳に心地よい。彼女は壮大な景色をじっと見つめている。その姿は一枚の絵のように美しくて、スマホを持っていないことを少し後悔した。私の記憶に独り占めもいいけれど、これは後世に残しても良かったと思う。 「楓ちゃん、大丈夫?」 「ん、大丈夫だよ。最後にこんなん見れるなんて思ってへんかったから」  ちょっとぼけっとしちゃった。夕日に背を向けて私に微笑む彼女の瞳は、どうしようもなく暗かった。太陽ごときではもう彼女の目を輝かせることはできないのだ。 「ねえ、美兎ちゃん」  強い逆光で、深い深い影のようになった楓ちゃんが私に語りかける。  何日も遊び尽くせば、私がまた頑張れると思っとったんやろ?今こんなことになって、内心ビビりまくっとんのやろ? 「……うーん、まあ半分当たりですね」  正直、前半はほんの少しも期待していなかったと言えば嘘になる。ただ、きっと戻ってきてくれるはず、なんてポジティブなものではなかった。例えるなら夢を見るような、どこかにはそんな世界もあるかもしれない、といったような、ふわふわとした妄想にすぎない。 「それにしても楓ちゃん、私のこと舐め腐ってるよねマジで」  ずんずんと真っ黒のお化けに向かって行って、ぎゅーっとくっついてまずはX軸をゼロ距離に。そこで顔を上げればほら、泣き出しそうな彼女をしっかりとこの目に捉えることができる。  暗闇に消えそうな人を捕まえる方法を私は知っていた。至極簡単、追いかけて飛び込めばいい。暗くてもう見えないと思うのは、眩しい世界に足をつけたままで、穴を覗き込んでいるからだ。そんな遠くから眺めていないで、もっともっと……例えば残り16㎝の距離にまで近づいてしまえば、視界いっぱいに好きな人を映すことができるのに。  私がこうまで楓ちゃん大好き女であることを、彼女自身はいまいち分かっていないのかもしれない。楓ちゃんがさっきから複雑そうな顔をしているのは、この世に別れを告げる理由がない私を巻き込むことに罪悪感があるからだろう。私に言わせれば、そんな理由なんて置いていかれた後に溢れかえるのが目に見えているんだから、少し先取りするだけなんだけれど。   「ねえ、楓ちゃん」  深い闇の中にいる彼女。手を掴むことはできたけれど、引っ張り上げてあげられなくて、ごめんね。  でも大丈夫だから。 「私、死んでもいいんです」  戻ってこられないなら、私がそっちに向かってあげる。  楓ちゃんが膝をついた。顔を両手で覆って、うう、とか、ああ、とか言いながら泣きじゃくる。 「みとちゃん、わたし、は」 「うん」 「みとちゃんにしんでほしくなくて、」 「うん」 「でもうれしくて、うれしいって思う自分がゆるせなくて……!」 わかってるよ。大丈夫だよ。私は嬉しいって思ってくれて嬉しいよ。小さくなってしまった彼女の、普段はなかなか見られない頭のてっぺんを撫でてあげる。 「それより返事はないんですかー?」  まだ嗚咽を漏らしている楓ちゃんに催促する。酷いかな?でも私は、今日は言いたいことも言ってもらいたいことも全部叶えるって決めてるんですよ。ごめんね。  楓ちゃんが目をごしごしと擦って、私を見上げる。片膝を立てた彼女の両手に、私の左手がすっかり包まれてしまって、優しく握られる。ぐちゃぐちゃの顔の中で紫がわずかにきらめいた気がして、ああ、また見られて嬉しいな、と思った。 「今日は、月がすっごく綺麗やね」  燃えるような空の中で、一際真っ赤な太陽が徐々に沈んでいく。誰もが目を奪われるであろう風景だった。だから、そんな、そんな台詞は想定していなかった。 「……月なんてどこに出てるんですか」  苦し紛れの照れ隠しに、そんな可愛くないことを口走ってしまう。ええ?と彼女は心底不思議そうに言って、 「めっちゃ綺麗やで?」  見つめられる。こんなときばっかり、卑怯だと思う。普段彼女があんまり目を合わせないということは、つまり、こっちだって彼女の視線に慣れていないのに。それにその月のあれって、別に愛しい人に例えたわけではないのに。勘違いして覚えている女にこんなにへにゃへにゃにされてしまって、くそ、納得いかない。  やがて私を捕まえていた瞳が細められて、へへ、と楓ちゃんが笑った。 「ちょっと、いま笑っちゃだめなとこじゃない?」 「だって美兎ちゃんがすごい顔でにやけるんやもん」 「えっうそ、やだ」 「顔真っ赤やし」 「夕日のせいですよ」 「くっさ」 「おぉ?どの口が言うんだぁ?」  笑いあう。笑って、笑って、このまま時を止めてしまいたい、そんなことを初めて思った。残念ながら私にそんな特技はなくて、いつか見た映画のように突然チカラに目覚める、などということもなかった。楓ちゃんが笑い疲れて、ふぅ、と息を吐く。  ああ、終わるんだ。バーチャルライバーとしての私たちも、一人の人間としての私たちも、そしてなにより彼女の苦しみも。全部全部ここまでだ。 「もういきますか?楓ちゃん」 「うん、美兎ちゃん、」  愛してるよ。  さっき聞きましたよ。次の私に取っといてください。 ああ、本当に綺麗な顔で笑いやがるわ。 今度はしわくちゃになったあなたも見てみたいな、なんて。
このタイトルにしたい50%こういうの読みたい50%。いったれ根性を大事にしたい。
⚢心中
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10087514#1
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予想もしていなかった事実に直面する時はいつだって突然で、当の本人はそのことに素知らぬ顔をしているのだ。 「映画ですか?」 「そう。やだったか?」 「いえ、全然!」 おそるおそる聞いてくる松田さんが少しかわいい。 デートという名ばかりの出かける日になり、お隣のため待ち合わせというものが皆無な私たちの出だしは、松田さんによるお迎えによって始まった。 それから私がどこに行くんですかと聞いて、返ってきたのが映画という単語だった。 松田さんと映画。本当にデートみたいでドキドキする。しかも松田さんはいつも見ているスーツ姿ではなく、全体的にダボっとしている私服を着ていた。その私服がなんだか予想していた通りで。あと松田さん的にどんな時でもサングラスは常備らしい。スーツと私服のあまりにも違うその雰囲気に余計に心臓がうるさい。 「萩原から映画の券? もらったんだよ」 「萩原さんから?」 「そう。だから観に行かねぇとって思って」 話を聞くに、どうやら萩原さんも職場の人からもらったようで、だけど自分は使う予定がないからと松田さんに上げたらしかった。なるほど、それは観に行かないともったいない。 映画館に着いて、定番のポップコーンと飲み物を買うことにした私たちはそれぞれ列に並ぼうとする。 だけど。 「別々で買うよりまとめて買った方がいいだろ。買ってくるわ」 「え? い、いいですよ! 自分で行きます!」 「いいから。そこで待っとけ」 「え、あっ、じゃあせめてお金!」 「いらねぇよ」 私の言葉を聞く気はないといった様子でお金も受け取らずに松田さんは一人で買いに行ってしまった。 まるで彼氏みたいだと思ってしまった。彼氏と彼女として付き合ってるみたいだ。松田さんと付き合う。それは、あの松田さんと手を繋いで、抱き合って、キスをして、それから・・・・・・。 考えるだけで顔に熱が集まるのがわかって両手で熱くなった顔を冷ますようにパタパタと仰ぐ。 「お姉さん」 そうしていると知らない人から声をかけられた。 「・・・はい?」 「一人で映画見るの?」 ・・・まさかナンパだろうか。映画館にもいるんだ。ナンパする人、とちょっと引いてしまう。それに別に誰がどこで何を見たって誰にも関係ないでしょうよ。私は一人で見るわけじゃないけど。 なんて、それらの言葉をうまく呑み込む。 「・・・えっと、彼氏を、待っているんです」 「あー彼氏か~残念」 本当は彼氏ではないけど、きっとこう言えば引き下がってくれるはずだ。そうやって私の考えていた通り、声をかけてきた男がそのまま諦めようとしてくれている時だった。 「すいませーん、彼氏で」 「わっ!」 突然と後ろから伸びてくる腕が私の肩に回って驚きで声が出る。 「悪いな、待たせて」 「だ、大丈夫です」 いかにもといった感じで、松田さんが目の前の男を威嚇するように睨みつけると、その男はすぐにどこかに行ってしまった。 ・・・おかしい。絶対にこれはおかしい。だってドキドキする。松田さんに肩に腕を回されてるだけなのにドキドキしてる。それに松田さんはいつもより余裕がありそうで、なんだか私ばかり意識しているみたいだ。 しかも松田さん、もしかしなくても私の言ったことを聞いてたってことだよね。そういうことだよね。 「あ、あの、松田さん」 「なに」 「あの、すいません・・・その、彼氏と言ってしまって・・・」 「ああ、いいよ。ああ言った方がいいと思ったからだろ? いい判断じゃん」 そう言って松田さんが肩に置いていた手を私の頭の上に置いて、くしゃりと撫でた。 うっ、わ。やばい。これはやばい。こんなことされてときめかない女子がいないわけない。どうしようと思いながらも、結局は意識すぎないように、ドキドキしすぎないように、雑念を払うことしか私にはできなかった。 映画の途中で、横目で松田くんを見ると、肩ひじをつきながらも真剣に映画を見ていた。そっと盗み見るつもりが松田さんと目が合ってしまう。すると松田さんが口パクで「なに?」と動かしたのがわかって、それに私はなんでもないことを表すために首を横に振った。 なんだか恋人っぽいことをしてしまった気がする。私が恋人っぽいと思っているだけで世間ではこの行為が恋人らしいと思うのかはわからないけれど。 そして映画館から出ると何やら外が騒がしかった。たくさんの人が走っている。その顔は怯えているようで。 「何かあったんですかね?」 不思議に思いながら松田さんに聞けば、なにやら松田さんは辺りを見回していた。 するとガヤガヤとうるさい声の中に誰かの「おい! 爆発物だって!」「やべぇって!」という会話が聞こえて。 私が松田さんのことを呼ぶ前に、松田さんが誰かに電話をかけながら何処かに走って行ってしまう。 「松田さん!」  私の声は周りの声に消されてきっと届かなかった。 どうやら本当に爆発物が映画館にあったらしく、少しして警察の人の誘導が始まった。 松田さんがあれからどこに行ってしまったのかわからず、何度電話をかけても繋がらなくて連絡が取れない。これ以上この場にとどまることができない状況に、私は帰る前に『今日はもう帰ります』と連絡を入れた。 そして、自分の家についてしばらくすると松田さんから連絡がきた。『話がしたい。家に行ってもいいか?』と。私も今日のことに関しては話が聞きたいので断る理由がなく『いいですよ』と返す。 すると近いところまで帰ってきていたのか五分もしないうちに松田さんが訪れてきて、迎え入れて第一声に「早かったですね」と言ってしまった。 「・・・早く、会いたかったから」 そんなことを言われてときめかない女性がいるのか。今日は松田さんにときめいてばかりだ。ただ話すだけなのに会いたいなんてことを言ってくるのは本当にずるいと思う。早く話したかったから、ならまだわかるのに。 「何も言わずにいなくなって悪かった」 前回の時とは違い、今回は沈黙が流れずにすんなりと口を開いてくれて潔く謝ってくる松田さん。 「・・・私だからいいですけど、他の・・・彼女とかにはやらない方がいいですからね」 「え」 「えっ、て・・・もしかしてやったことあるんですか?」 「いや、そういう意味じゃなくて」 「え?」 そういう意味とは他にどういう意味があるのだろう。不思議に思って首を傾げていると。 「あのさ、俺本気なんだけど」 「何がですか?」 「あんたをかわいいと思ってること」 「・・・え?」 松田さんが右手で首の後ろをさすりながら言葉を続ける。 「あと、俺を好きになってほしいこととか」 それは、あの言葉の数々は酔っ払って私ではない誰かを思い浮かべて言っていたわけではなかったということで。そう思い始めると、松田さんと目線を合わせることが出来ずに私は俯いて手元を見る。 「つまり、あー・・・好きってことなんだけど」 理解するのに数秒かかった。 いま松田さんはお酒を飲んでいない。つまりそれは酔っていなくて脳が正常に働いているということで。 ぶわっと、全身に広がるような熱と恥ずかしさ。それとどんな説明をしたらいいのかわからないような形容しがたい何か。それらがぐるぐると体の中で交じり合う。なんて言えばいいのか必死に言葉を探すが、うまく見つからない。 静寂の中で自分の心臓の音だけがどくどくと脈を打っているのが聞こえる。 「・・・いきなりこんなこと言われても困るよな、悪い」 「い、いえ! う、嬉しいです! ずっと酔って言ってるのかと思ってましたから・・・」 「ふはっ、そうだと思ってたわ」 松田さんが片方の眉を下げながら笑う表情にすら胸が締め付けられるような感覚になるからもうこれは重症なのかもしれない。 「言っとくけど」 「・・・はい」 「俺が言う好きは、恋人になって抱きしめてキスもしたいしセックスもしたいってことだから」 「なっ、は、えっ」 驚きで言葉が途切れ途切れになってしまう。なんてことを平気で言ってくるんだこの人は。 酔っていた時はあんなにもかわいかったのに今ではどうだ。気持ちをさらけ出して随分と大っぴらになっている。 「顔真っ赤」 くつくつと笑い出す松田さんはいつのまに持ったのか、悔しいくらいに余裕で。もう私の心臓が持たない気がする。胸はさっきから激し日が増すばかりだし、恥ずかしさで涙が出てきそうだ。 「これでもう遠慮する必要なくなったな」 遠慮って、今までもそんなに遠慮していなかった気がするけど、あれ以上の遠慮のなさってどんなものなってしまうの。 「今はまだいいから、ゆっくり俺のこと知っていってよ」 「・・・は、い」 知る。松田さんを、知る。 見た目は怖いけれど意外と優しくて。 口調も荒々しいけれどありげなくする行動も優しい。 酔っ払うといつもの怖い表情が崩れてかわいくなる。 多分、仕事着であるスーツに比べて私服がとてもギャップがあってかわいい。 よく考えると、優しいとかわいいところしか浮かばないことに気づく。あ、でもそういえば今日のナンパ男から助けてくれた時はかっこよかった。いかにも松田さんっぽい登場の仕方だったけど。なんというか、敵にすれば怖いけど味方にしたら心強いみたいな感じに似ている。 「また仕切り直ししたい」 「え?」 「今日途中だったし、また二人でどっか行こうぜ」 松田さんのその言葉に私は松田さんにバレないように簡単に深呼吸をした。 「はい、楽しみにしています」 「・・・まじ?」 「え、嘘なんですか?」 「いや、違くて、てっきり断られるかと思ってたから驚いたんだよ」 「・・・私も、前向きに考えてみようかと思いまして」 「え、なにを?」 松田さんは勘が良いのか悪いのか時々わからなくなる。私が少しでも迂闊な発言をしたらすぐに揚げ足を取ってきそうなくらいなのに。 それともそれはわざとなのか。 「あ、そういえば映画が終わった後って急に消えてどこに行ってたんですか」 話をそらすために気になっていたことを聞く。 「ああ、萩原に電話してたんだよ」 「萩原さんに? どうして?」 「どうしてって、爆発物の確認」 「・・・・・・」 さっきから全然話が見えてこない。萩原さんに電話したことに対してのどうしてという言葉だったのに、次は爆発物の電話をしたのはどうしてと聞いてしまいそうだった。さすがにそれはうるさいと思われてしまうだろう。 「あ?」 「なんですか急に」 「言ってなかったっけ」 「な、何をですか」 急に何を言われるのかと身構えていると。 「俺、警察なんだよ」 驚きのあまり言葉が出てこなくて、ただひたすらに瞬きを繰り返す。 そんな私を見ながら「ちなみに萩原も」と言った松田さんにようやく「えっ!」と声を出した。 『どうだった?』 「は?」 『映画デートと爆発事件の後、家に寄ったんだろ?』 「・・・言わねえ」 『え~チケットあげたじゃん』 「・・・・・・最高だった」 『なに? 急に惚気?』 「いや、まじかわいかった。やばかった」 『もっと具体的に』 「絶対に言わねえ」 松田さんが、お隣さんという壁を壊すまで、あと僅かなのかもしれない。
松田さんが、お隣さんという壁を壊すまで、あと僅かなのかもしれない。<br /><br />捏造と妄想で作られたお話なのでお読みになる際には十分にお気を付けください。<br /><br />こちらの「お隣の松田さんには関わりたくない」を一月の夢箱にて再録本として出すことに致しました。どうぞよろしくお願い致します。
お隣の松田さんには関わりたくない④
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「――よォ工藤、昼飯終わったのか?」 「工藤ちゃんお疲れ~」 「あ、松田くん、萩原くん。お疲れ様。ご飯食べたよーコンビニさまさま……」  休憩時間中、コンビニの弁当を胃におさめて、残りは何をしようかと思いながらフロアを歩いていた所、ソファーに座った同期二人に声を掛けられた。  どうやら一服後らしい。  降谷くんに喫煙癖ついたことがバレたら、こんこんと説教されたりして、と前に呟いた所、想像してそれぞれ遠い目をしていたことを思い出して笑いそうになった。 「なあ、萩と三人で解体速度競おーぜ」 「ええ……エース二人とやりたくないんですけど」 「いやー、工藤ちゃんも同じ位速いっしょ?俺達はずっと電化製品の解体とかやってた延長だけど、その口?」  まるで一緒にカードゲームをしようかという気軽さで誘われたのは、普通誘われないであろう模擬爆弾の解体訓練。  難色を示した所、萩原くんからの問いかけに思わず頬がひきつった。 「ち、ちょっとね……」  お茶を濁せば、二人は目を合わせて不思議そうにしていた。  ――仲が良いなぁ。  工藤家にいると、呪われているのかと思うくらい色々な事件と関わる確率があがる。何となく覚えている限りでは、新ちゃんが大きくなると更に事件に呼び込まれていたようなので、神様に解決しなさいと見込まれているのか。平穏が一番なんですが。  兄と実地の解体をしたこともあったし、仕込まれたのである。普通はありえないし言えるはずもない。  思えば、警察学校期間と卒業して官舎に入ってからは平和そのものだ。いや、世間で事件は起こっているけれど、身の回りの頻度の話。  新ちゃんに会うために工藤家に時折行くけれど、実家で何が起こるわけもない。あんなに小さかった新ちゃんも小学生、まだまだ可愛いけれど、だんだんませてきて、しかも兄と義姉の英才教育を受けているので色んな意味で心配である。 「よっしゃ、ビリはトップにアイス奢りな!」 「ハーゲンな」 「えっ、それちょっとお財布に厳しくない?陣平ちゃーん」 「何だ、負ける気なのか?ーーちゃん付けるな」 「おいおい、煽ってくれるじゃん。ここで怯んだら男が廃るってな!今更だろじ、ん、ぺーちゃん」 「はぁぎわらぁ……」 「えーっと私、女だから参加しなくてもいい?」 「ちょ、首締まるって、ステイステイ……いやいや工藤ちゃんそこは参加でしょー!」  じゃれあいながら普通に会話をしてくる姿が笑いを誘う。  彼らの掛け合いを見るのが好きだ。  巻き込まれて参加することになり、健闘したが惜しくもビリだった私。ほっとするやら悔しいやら。  売店でそれぞれが好きなアイスを選ぶと、財布を取り出す前に結局萩原くんがアイスを、松田くんが飲み物を奢ってくれたので、この親友ズのイケメン度が高過ぎてつらい。多分割り勘か次の機会では松田くんが多く支払うとか、その辺で帳尻を合わせるのだろう。  俺達が誘ったんだからいいよ、と私のお金は受け取ってくれないし。今度何か差し入れしよう。  好きな人が相変わらず中身も格好いい。  時が経つごとに私の中に溶けるようにして同化していった前世の自分が、あいるびーばっくとか言って親指立てている気がする。 「お前、コーヒーより紅茶の方が好きだったよな?」 「よく覚えてるね、ありがとう……」 「ん」  うう、格好いい。すっかり大人の男性になった松田くんは、サングラスなんて掛けるようになって、それがまた似合いすぎているので色気が半端ない。手渡されたペットボトル、飲み終えても捨てれない。  短いやり取りの中で幸せを感じていると、萩原くんがニヤニヤしている。大体松田くんと話してるといつもだ。  明らかにバレてるし、前に早くくっついちまえよ、と言われたこともある。  というか、警察学校を卒業してから誘われて、彼らと伊達くん達と6人で食事に行った時に、松田くん以外にはすぐにバレた。  そんなにわかりやすいのかと思ったけれど、わかってほしい本人は存外鈍感だし、友達関係を崩すのも嫌だし、恋は難儀なものだ。  ――それに、もう、タイムリミットは目の前。  私は、この時間の尊さを、この先何度も思い返すこととなる。  帰宅後、少し緊張しながら電話を掛ける。  呼び出し音がいくつか鳴って、深い声が応答した。 「お久しぶりですーーあの、お願いが、あるんですが」  既に兄への根回しは済んでいるけれど、用心に越したことはないだろう。  突拍子もない依頼だろうけれど、承諾してもらえて本当に有り難かった。 [newpage]  11月7日。  運命の日がやってきた。 「萩原くん。いい加減に爆弾解体中は、防護服を着ないとチクります。そして君は減俸降格自宅待機ーー」 「こっわ!おいおい、脅かすの止めてくれよ工藤ちゃん!」 「では、直前には必ずこちらをご着用ください?暑いとか重いとか邪魔なんて言って断ったらーーわかるね?」 「笑顔が怖すぎる!!わかった、わかりました!!」  都内の高級マンション二軒に爆弾が仕掛けられ、犯人の要求は10億円。  非番の日だったが、事件の為に召集をかけられた。直行する方が近かった為、同僚に道具一式を頼んで、先に現場に到着して待っていれば。  同じ爆発物処理班の同期である色男は、これから爆弾の解体だというのに、どうにも呑気に見えたので釘を刺す。  反応からするに、防護服を着るつもりはなかったのだろう。確かに数十キロもある防護服は作業しづらいし、重さ故に着ていられる時間に制限がある。とは言え、命を守る代償だと思えば軽いはずもない。  前から松田くんと口を酸っぱくしてきたと言うのに、足りなかったらしい。思わず目が据わるのを自分でも感じた。  服務規程違反だと暗に告げ、上司に密告すんぞオラと脅して、漸く、渋々ながらも萩原研二くんは防護服を着用することを承諾した。 「工藤ちゃんは手厳しいねー。ああ、松田には優しいのか?」 「……萩原くんのこと心配してるだけだよ。今、松田くんは関係ありませんっ」  ニヤニヤと告げてくる彼の背中をばしりと叩き、建物の中へ入る。 「なぁ、工藤ちゃん。今日非番だったんだろ?お疲れさん、せっかくの休みに残念だったな」 「まあ用事もなかったからいいの」 「あれ?有休じゃなかったか?」  首を傾げる萩原くんに苦笑した。 「有休だよ。はじめは用があったけど、なくなったの」  嘘。寧ろ、これが本命だ。  爆発物処理班のエースである萩原くんと松田くんが二手に別れて対処しているが、出勤になっていたら松田くんと組むか他の所へ回っている可能性もあった。今回ばかりは、萩原くんと共にいなければならない。  根回しの為にも有休を取っていて良かった。  一人でも避難したら爆破する、という犯人の脅迫があるので、住人達は出口の前に集まって避難出来るのを今か今かと待っている。早く市民を安全な場所へ移動させてあげたいと思うのは、警察官の性か。  爆弾と向き合ってざっと構造に目を走らせ、タイマーの残り時間を確認すると、即座に本部に連絡を入れた。 「――工藤です。申し訳ありません、こちらに仕掛けられている爆弾はトラップが多く、とても時間内には解除しきれません。一旦犯人の要求をのむ他ないようです」 「おい、それを判断するにはまだ早いんじゃ!?」 「はい……ご英断に感謝致します。必ず兄に伝えておきます」  通話を切り、私の電話に驚いて声をあげていた萩原くんと向き合う。 「要求飲んでくれるって。……この爆弾、この時間では難しいことわかってるでしょ?万が一タイマーが止まらなかったら皆ぶっ飛ぶし、止まってても、仮にまた再開することがあれば同じくぶっ飛ぶ。なるべくタイマーの時間は多い方が良いじゃない?」  そうこうしているうちに、ぴたり、とタイマーが止まった。  上層部はうまく犯人と交渉出来たようだ。  勿論、身代金を支払わないといけないのは痛いけれど、後々犯人さえ捕まえれば回収も可能なはず。  萩原くんは息を吐いて肩を竦めた。 「オーケイ。お上が良いって判断してくれたなら、下っ端としては有難いしな。確かに複雑な仕掛けが施されてるから、時間があるに越したことはない。……しかしよく、こんなに早く上も決断してくれたな?」 「まあ、ちょっと兄のツテがね」  捜査協力で日本警察に恩を売っていた有名人の兄がいるのは、こういう時とても役に立つ。役に立ってもらわねばならないけれど。  物事には順番がある。出動要請が来たその時に、兄にちょっと摩擦を減らすべく依頼していたのだ。  使えるものは、使う。それだけだ。――なんて、自分も図太くなったものだ。工藤優作の教育を受ければそうなるか。  さて、解体時間は間に合うのか。このまま解体出来るのが一番だが。  機動隊の服装のまま解体を始めようとする萩原くんに半眼になって防護服を着せ、作業をアシストしていたけれど、どうにも進みが危うい。彼の腕はピカ一だが、元々、発見した段階での残り時間があまりなかった。『原作』よりは余裕があるけれども、今、タイマーが動き出したら。  ――萩原くんの携帯に、着信。  松田くんからだ。ごくりと唾を飲んで、耳元に運んでやる。隊員の位置を確認し、素早く周囲に目を向ける。  『萩原、お前何チンタラやってんだ!さっさとばらしちまえ』という松田くんの言葉に軽口を叩いている萩原くん。  この姿は、前世の記憶の中にあったものだ。  爆弾に目を向け――タイマーがピ、と動き出した瞬間に、同僚達に退避命令を出した。 「逃げて!爆弾が動き出した、間に合わない!!――早く!!」  あと3分あるかないか。トラップの数が多すぎる。無理だ。  人を従わせる声の出し方は兄に仕込まれている。  かつて警察学校で散々訓練された経験を持つ彼らは、びくりとその声に反応し、慌てて走り出した。  振り向くと、萩原くんは難しい顔で解体の手を休めていなかった。 「萩原くん!」 「先に行け、工藤!俺なら防護服がある!」 「馬鹿!それを着てたって助かるかどうかわからないでしょ!」 「あと1分だけやって、無理だったら退避する!だから行け!」 『おい!萩原!――工藤!』  松田君の声が床に落ちた携帯電話から響いている。  俺が駄目だったら松田、仇とってくれよな、なんて。そのワードはまずいよ萩原くん。  ぐ、と下唇を噛んで駆け出した。  この事態は想定と少し違う。けれど。そう。  松田くん、ごめんなさい。  ――萩原研二。彼には、ここで死んでもらわなければならない。  爆音が鳴り響く。  窓ガラスが一瞬にして四散し、マンションの上階ワンフロアにて炎が爆風が吹き上げるのを、地上から松田陣平は呆然と見ていた。 「萩原……工藤……」  通話はとっくに切れていた。  遠くにサイレンの音が聴こえる。  悪い夢を見ているのかと思った。  爆発物処理班のメンバーは重軽傷を負ったものの、ほとんどが無事だった。  爆弾と直に向き合っていた――隊員2名を除いて。 [newpage]  3。  2。  1。  そしてきっと、今年は。  彼の同期でもあった親友と中学の頃からの同級生は、爆発に巻き込まれて亡くなった。  その時の爆弾を仕掛けた犯人の一人は事故で既にこの世にいないが、もう一人は逃走を続けている。  あれから、四年が経った。  一人遺された松田陣平は、犯人を捕まえようと躍起になり、爆弾事件を担当する捜査一課特殊犯係への転属希望を出し続けたが受理されず。よりにもよって同じ課の強行犯係に異動となってしまった。  もどかしさに苛立ちながら過ごしつつも、毎年本庁に送られてきた数字のFAXを爆弾のカウントダウンだと予測を立てて待っていた所へ、やはり11月7日――二人の命日に、暗号が送られてきた。  72番目の席を空けて待つ円卓の騎士となれば、杯戸町の大観覧車だと推測される。警視庁の時計は、予告された正午の一時間前を示していた。  現場へ駆け付けると、観覧車の制御板が爆破されていることが判明。これでは観覧車自体の停止は出来ない。  止まらない観覧車の、72番目の座席。  ちょうど下に降りてきたその中には、案の定爆弾が設置されていた。  解体道具は持っている。そのまま彼は乗り込もうとした。 「松田くん!?」  指導係の佐藤刑事に止められそうになる。  彼女には正直、大事な相手を亡くした者同士として共感することもあった。交わした会話を思い出した松田は、安心させるように、サングラスを外して微笑んだ。 「大丈夫…こういうことはプロにまかせ、っな!?」  半ば乗り込みかけた所で、どん、と突如横から強い力で押されて地面に落ちた。  咄嗟に受け身を取って見上げれば、Tシャツにジーパン、帽子を目深に被った人物が、人差し指を立てて笑っていた。 「松田くん、ここは譲ってよね」  懐かしい、声だった。 「っお、前!」  反射的に駆け出して、閉められようとしたドアと乗り口に掴まる。カシャンと音がしたのでサングラスを落としたようだがどうでもいい。  上下で悲鳴が上がったが松田の知ることではない。  目の前にいるのが亡霊でないならば。  彼が掴まっていることで躊躇ったであろう隙を逃さずに、一気によじ登って中に入った。  バタンとドアを閉める。  誰かに電話をかけようとしていたのか、耳元に携帯電話を当てたまま、パクパクと口を開閉しているのは、忘れられなかった存在。 『――もしもし?本当にあったぞ!そっちはどうだ?』 「――はぎ、わら……?」  電話から漏れ聞こえた声は、似た周波に合わせてあるとはいえ、どう考えても亡くなったはずの親友のもの。 『げぇっ……松田……!?あ、俺取り敢えず先にこっちを進めっから、そっちも解体終わらせろよ!』  通話が切られた。  手を伸ばして、乾いた笑顔を浮かべる相手の帽子を取れば、中に纏められていた黒髪がぱさりと落ちてきた。 「……工藤……」 「ご、ごめんね松田くん!これには深い訳があるんだけど、とにかく今は解体しないと……!」 「――あぁ、わかってる」  しゃがみこんで爆弾と向き合う。  彼女がほっと息を吐いたのがわかって、松田は眉をひそめ、声を低く呟いた。わけがわからないがこれだけは言わせてもらう。 「ただし、あとでキッチリ説明してもらうからな……!」 「は……はひ……」  座席下の蓋を外したその瞬間、ボン!と激しい音がして、動いていた観覧車が揺れて止まる。また爆発が起こったようだ。 「わっ」  とす、と向かい側の座席に振動で彼女が座った。  松田の携帯に着信が入る。  佐藤刑事からだ。 『もしもし松田君!?大丈夫?』 「ああ…だが今の振動で水銀レバーのスイッチが入っちまったぜ……僅かな振動でも中の玉が転がり、線に触れたらオダブツだ。俺達の肉片を見たくなきゃ、こいつを解体するまでゴンドラを動かすんじゃねーぞ!」 『爆発まであと5分もないわよ!…そうだ、一緒に乗った人は…!』 「…気にすんな。それに、この程度の仕掛け、3分もありゃ…」  コードを切りはじめた所で、パネルに時間以外の文字が走りだし、松田は言葉を止める。 「――勇敢なる警察官よ…君の勇気を称えて褒美を与えよう…もう一つのもっと大きな花火の在処のヒントを…表示するのは爆発3秒前…健闘を祈る…」 『ちょっと、何言ってんの?』 「今、液晶パネルに表示された文字だ。爆弾を止めて電源が落ちると、ヒントも拝めなくなっちまうらしい…つまり奴は最初から、警察の誰かをゴンドラに閉じ込めて、この文字を見せるつもりだったってわけだ…」 『じゃあさっきの爆発は…この近くに爆弾犯がいるのね?』 「この人混みの中から奴を特定するのは難しいが、」 「……大丈夫だよ」  言葉を遮られて振り返ると、彼女は瞳に怒りを湛えて微笑んでいた。 「逃がさないから。ここで逃がしたら、わざわざ死んだ意味がなくなっちゃう」 「工藤……」  電話の向こうで佐藤刑事が何か言っている。 「松田くん、解体して。もうひとつの爆弾は米花中央病院にある。そして今、私が最も信頼するプロの一人が解体してるわ」 「……だ、そうだ。確認の為に米花中央病院に人を向かわせてくれ。…電池が切れそうだ、切るぜ」  通話を切り、彼女を横目に見ながら解体を進める。 「――暗号の解読は、誰が?」 「もちろんうちの兄、ミステリー作家工藤優作。海外で暮らしてるんだけど、無理を言って帰って来てもらってるの」 「……円卓の騎士から地図記号で病院なのはわかるが、どうやって絞りこんだ?」 「前も大きいマンションに仕掛けたから、大きい病院が好きなんだと思って、プロファイリングの人にお願いして絞りこんだ先の一つ。ビンゴだったね」  念のために最後のコードを一本残して、3秒前。  表示された文字を見た瞬間、コードを切断した。  確かに表れていたのは米花中央病院の文字。 「――やっぱり米花中央病院だった。解体完了、ゴンドラから下ろしてくれ」  佐藤刑事に端的に電話で伝える。肩を鳴らして見ると、四年前に殉職したはずの、中学の頃からの同級生は、うっすらと目に涙の膜を張っていた。 「……怖かったのか?」 「違うよ――松田くんが、生きてて良かった、って思って」  涙を拭いながら彼女がそう言った瞬間、松田の箍は外れた。  目の前の体を抱き締める。あたたかく、息遣いもわかった。 「ま、松田くん!?」 「――バカ野郎。お前ら、まとめて説教だからな……」 「……ごめん、ごめんね……うん、いくらでも、説教聞くよ」  回した腕に添えられた手がぎゅっと掴まってくる。  ゴンドラが地上に戻るまで、彼はその手を離さなかった。 「くそっ!どうなってるんだ……こうなりゃ病院の方を……」 「止めておいた方が懸命だと思いますよ?爆弾魔さん。貴方は重大な罪を犯した。もうここで、貴方の物語はおしまいにしなければ」 「誰だてめえ……っ!?」  爆弾犯は急に話しかけてきた男を振り向いた途端、天地がひっくり返り、何が起こったのかわからなかった。 「失礼。こちらも少々気が立っている。暴れるのであれば、腕の一本や二本うっかり折ってしまうかもしれないなあ。――なぁに、心配ないさ、ちゃんと警察病院で手当てしてもらえるだろう」 ギリギリと体重を掛けられ、情けない悲鳴をあげながら、犯人はあえなく御用となった。 「うーん…ちょっとしたコネもあるし、正当防衛で済ませられただろうし、やはり折るか潰しておけば良かったかな…」  思ったより抵抗されなくて残念だ、とぼそりと独り言ちる。 「工藤くん!君、日本に帰っていたのかね!」 「ええ、ちょっと用事がありましてね」  工藤優作は、妹を公的な死に追いやった犯人を自分で捕獲してややスッキリした顔で、馴染みの目暮警部とにこやかに話していた。  仕方ないとはいえ、家族が喪に服す姿は辛いものがあったので、いつもは捕まえる所は警察に任せるのだが、つい、近くで爆弾を見張り、スイッチを入れ、おかしな挙動をしている人間を探しだした瞬間に、手と足が動いていた。 「この中から犯人を見つけるとは流石だなぁ!」 「まあ今回は、協力者がいましたのでね」  観覧車を見上げる。  72番の席は、もうすぐ地上に下りてくるようだ。  さて、警備部機動隊すら反対していたのに、今度は別の意味で更に危険な所に行ってしまった妹は、安全な部署に戻してもらえるのだろうか。  色々なことに巻き込まれる彼女の行く末を思い、頭の痛い優作だった。
1000ブクマありがとうございます!<br />工藤優作の妹として生まれ、爆発物処理班の一員になった彼女と、素敵な青年になった松田さんの話。<br />※やや原作沿い。<br />※ご都合主義の為、何でも許せる方向け。
現在有能過ぎる彼の幸せを願う件について
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[chapter:ワーニング]  ※キャプション必読  ※「アンチ」や「ヘイト」といったネガティブな意図はありませんが、話の流れ上「DCサイドに厳しめな表現がある」と感じられることがあります。  ※提案や指摘以外の意見や考えの押し付けはご遠慮ください。  ※FGO×名探偵コナンのクロスオーバー作品になります。  ※時系列はばらばら、捏造過多で進みます。  ※こんなんキャラじゃない!と言われる可能性のある駄文です。  ※FGO1.5部新宿及びCCCコラボのネタバレを含みます。未クリアのマスターさんはご遠慮ください。  ※手元に単行本52巻までしかないんじゃ。  ※チート勢がいます。それはしょうがない。  ※ぐだ男は藤丸立香固定です。  ※トリック?推理?んなものねーよ  ※シャーロックよりトイレ探偵派  ※ありえない捏造とありえない展開!!!!  ※地雷回避?矢避けは自分でよろしくね!  ※アポクリファ未視聴未読  それでもよろしければどうぞ。 [pixivimage:64174226] わかりにくかったのでホームズの塒を描いてます。ご参考に?なるか? [newpage]  工藤先生がロサンゼルスに帰ってからも、いつ「一緒に教授に会いに行こう!」と言い出すのではないかとハラハラしていたけれど、紳士らしく一度口に出した約束を破ることはなくお誘いが来ることはなかった。工藤先生は髭は髭でも真摯な髭だった。  念のためこちらから連絡した時に、会ったら「[[rb:闇の男爵 > ナイトバロン]]」シリーズにサインをもらおうと思っていたことを失念していたと零すと、三日後全シリーズがサイン付きで送られてきた。両親が目ん玉ひん剥いて驚いていた。日本で懇意にしていたコナン君の親戚なんだよ~アメリカに来るときに話してくれたんだよ~と話すと特に疑うこともなく納得してくれた。巌窟王たちのこともあるし、正直両親はもっと危機感を持った方がいいと思う。  サイン入り「闇の男爵」は両親によって厳重に保管されてしまった。仕方がないのでもう一冊英語版を購入した。学校の休み時間なんかに読んでいると、今まで話さなかったミステリ好きの三人グループに話しかけられるようになった。普段一緒にいるグループとは毛色が違うので、興味が引かれるものがなければ寄り付きもしなかっただろう。  仲良くなったミステリ好きの彼らは、朝早く登校してくると、ロッカー前に関わらず興奮気味に地元紙を握りしめて仲間内で論議を始めた。彼らの会話は意味がよくわからなかったけれどとりあえず耳を傾ける。いつまで廊下にいる気なのだろうと三人を見つめているとトミーが「リカはどう思う?」と水を向けてくる。その言葉に「なんのこと?」と素直に返す。ちなみにリカ、とは日本人名の立香が、上手く発音できない彼らが俺を呼ぶあだ名だ。他にもリッカやリカーなど様々な呼び方をされており、リカーだと誤解を招くため丁重にお断りした結果、現在の少女のような呼び名に定着した。 「リカは来たばっかりだから知らないかな?《ハイウェイの怪物》」 「ハイウェイの怪物…?聞いたことない」 「わりと最近都市伝説扱いになった、ニューメキシコに現れる人食い怪物のことさ!」  金髪のチャドが興奮気味に地元紙を開いて、その見開き頁を俺に突きつける。  いったん頭を引いて片手でそれを受け取り、日本の新聞とは紙質の違うそれを整える。当然のことだが全文英文で、そこにはいくつもの記事欄が犇めいていた。上から顔を覗かせたチャドが「これこれ」と記事のひとつを指さす。「ハイウェイの怪物、また現る!」との見出しに読み進める。  最新の話題を踏まえておさらいとして時系列順に並んだその一番古い日付は、俺がまだ日本に滞在していた時期。そして、渡米してから現時点までの間にその「ハイウェイの怪物」は現れてはいなかった。三人組が興奮していたのは、その噂の怪物が久方ぶりに出現したことにある。最新の日付は二日前。地元紙に乗るには二日とはあまりに曖昧な時間だ。もしかすると、情報規制がかかっているのかもしれない。記事の中には身元不明の人間が、肉体や頭部を巨大な顎でかみ砕かれているというなかなかグロテスクな内容が記載してある。正確には食肉している物証は出ていないらしいのだが肉体の損傷の激しさからいつからか「人食いの怪物」と呼ばれるようになったらしい。しかし、そのグロテスクな内容こそが、これらの一連の犯人が「怪物」と呼ばれる由縁である。地球上に存在する生物の中で、巨大な顎を持つものは数限りがあるが、前世の俺が出会った巨大生物や魔獣などはともかくとして、それにも限度というものがある。例えば、人間を噛み殺す、という一言で人間が考え付く生き物は大多数がライオンを筆頭とした肉食獣を想像する。それ自体はなんら間違いではない。だが、それをもって果たして「怪物」と呼ぶだろうか。怪物の定義は曖昧だ。一般的、そして土地柄をとるならここでの怪物は畏怖を体現したファンタジーで架空の生き物を指すだろう。それは、いくら百獣の王等と呼ばれるライオンやその他の獰猛な肉食獣であっても違和感のある呼称と言わざるを得ない。  記事に目を通すと、そこには一般的な肉食獣の顎を優に超える強大で巨大な顎に傷つけられた人体、という背筋が凍りつくような一文があった。人間を頭から丸のみできるほどの巨大さと言われても実感はないが、それが人間を襲うかどうかの判断は別として、実際は海上ならばそんな生物も見かけることはできる。しかし、起きたのはいくら広いとはいえ陸上。しかも地元の人間も使うハイウェイである。それがどれだけ異様なことなのか、わかる人間にはわかるだろう。記事を読み進めていけば、その怪物の正体が不透明であるからこそ余計に不気味さがつのる。これだけ大きな顎であるならば、それに見合う巨体であるはずだ。しかし、目撃情報はまるでない。 「怪物というか、幽霊というか…」  思わず零した感想を拾い上げたチャドは「そうかい?大きな口の陸上生物だよ?僕は恐竜みたいだと思ってる!」と独自の怪物像を披露し、それに合わせてトミーが現実的に「それに見合う巨体だし、姿が見られてないっていうのはリカの言い分も的外れではないけど、やっぱりゴーストっていうより、モンスターという気配は感じるかな」と続けた。一人聞きに徹していた茶髪のアダムが「海ならUMAのメガロドンとか考えだしたらきりがないけど、地上だしね」とあたりさわりのない返答で話を締める。  俺の感じた「幽霊」という返答は、彼等にはあまり伝わらなかったようだ。確かに、ゴーストよりモンスターの方が想像がつきやすいのだろう。お国柄だろうか。  けれど、もし記事に書いてあることが事実だとしよう。勿論情報規制疑惑があるため記載されている記事がすべてではないだろうけれど、だとしても、その全容どころか最大の特徴であるその巨体さからくる目立つ容貌すら掴めていないというのはありていにいって異常だ。それこそ見えない「[[rb:何か > ・・]]」と言われた方が納得する。 考えられるのは情報を隠さなければならない背景がある、情報を規制できるほどの組織力、あるいは隠蔽力がある、巨大な陸上生物を統制できる何者かががいる。  それはかつて気高き獣とともにあったからこそ理解できる。カルデアという特異な組織でなければ、そして彼らがサーヴァントでなければ悲しいかな現実の世界はあの狼王を許容することはできないだろう。[[rb:復讐者のクラス > アヴェンジャー]]。一目見るだけでその身に宿る復讐の灯はたやすく常人を恐怖の淵へと追いやってしまう。言葉を交わすことができない獣であるからこそ、余計に。共感を得ることができない、共生するつもりがない、報復は権利であると退くことがない。それを悪いとは思わなかった。今も思っていない。考え方は人それぞれで、それを肯定することはあっても否定することはなかった。  いまだ広大な荒野を抱えるニューメキシコ州に突如現れた巨大な人を襲う生物。一度抱いた感想から幻視した彼ら。それをすぐに狼王たちと断定するにはなんといっても情報が少なすぎる。それに、もし仮に狼王だとして、彼等はなぜ人間を襲っているのか、ということが気になる。別段、狼王が人間を襲うことは正直おかしくはない。彼の中にある煮えたぎるような憎悪は、誰、ではなく[[rb:人間 > すべて]]に向けられているからだ。けれど、だからこそ。まるで[[rb:選別している > ・・・・・・]]かのような行動には疑問を覚えたのだ。  俺は一度感じた違和を消化することが出来ず、ランチタイムに中庭に抜け出すと結局日本にいる名探偵に連絡をつけた。電話口で「ふむ…なるほど」とかみ砕き咀嚼するような彼の美声が耳を打つ。 『Mr.もしもの話…をするのはあまり好きじゃあないのだがね、もし件の怪物がかの狼王だとして、君はどうするんだい』 「どうって?」 『彼は人間を襲っている。ああ勿論、新宿でも恐ろしいほどの数の人間を血祭りにあげているので今更だが…。彼はこう言ってはなんだが、獣だ。我々には[[rb:どうしようもなかった > ・・・・・・・・・・]]こともある』 「…あー成程…なるほど?特に考えてなかった」 『考えてないわりに、私に意見を求めたね』 「まあ――――会えたらいいかなって」 『――――』 「…ん、どうしたの?」 『いいや、なんでもないよ、[[rb:マスター > ・・・・]]』  時間にして数分のやり取りをしたあと、名探偵は吐息を吐き出すように「何かわかったら連絡する」と言って通話を切った。俺はよくわからなかったので、とりあえず首を傾げてみた。    意外なことにサンノゼ国際空港の扉を潜ったのは、アルトリアやジャンヌより先にフランスで企業を担っている巌窟王が先だった。まだ残暑が厳しいというのに、汗一つなくビシッと決めた高級スーツを見事に着こなし周囲の女性の目を掻っ攫っている。別にラフな格好ができないわけでもないのに、巌窟王は頑なにフォーマルな格好を崩さない。いや、かっこいいからいいけど、水着の時とは言わないけど、ネクタイくらい崩してもいいのよ?  一週間ほどアメリカでの商談に費やし、ようやっと体が開いた巌窟王は藤丸家を訪ねてきた。商談も兼ねて顔を出した、という方が自然であるし、異国の地で顔見知りを訪ねるのはそうおかしなことではないため両親も疑うことなく彼を招き入れた。「お、見知った顔じゃねーか」とカヴァスがさっそく足元にじゃれ始める。巌窟王はテクニシャンぶりを発揮し、カヴァスは十数秒でソファへと撃沈した。  世間話を交えながら夕飯を共にする。会話の中で、不自然にならない程度にアルトリアがイギリスにいることや、日本にいる青森父が務める会社のことなどをちりばめる。何か会った時、寝耳に水で突然知らせられるより、ほんの少しでも小耳に挟んでおくことで対応が違ってくる。俺にはよくわからなかったけれど、巌窟王なりに両親のために渡せるだけの情報を渡してくれているようだ。さすが社交界をその話術で渡り歩いた伯爵である。年季が違う。  大人組の会話を聞き流しながらリブステーキにかぶりついていると、隣に腰かけた巌窟王の手がにゅっと伸びてきて俺の頭に着地。 「というわけで、ご子息をお借りします」 「ええどうぞどうぞ」 「立香、ダンテスさんのいうことちゃんと聞くんだぞ」 「なんぞ???」  右から入った会話が綺麗に左から抜けて華麗な着地を見せたと思ったら突然の借用に頭がついていかない俺です。  余所行き笑顔の巌窟王の掌が絶妙な形で頭を上げれないように掴んでいる。圧が凄い。これは地味に怒っている。恐らく話を聞いていなかった罰なのだろう。でも家でリラックスしてなにがわるいんだ。巌窟王なんて半家族みたいなものなんだからいまさら緊張感もなにもないだろう。  俺以外恙なく夕食を終え。席を立ち「お暇します」という巌窟王を玄関まで見送る。 「おこ?」 「おこです」 「おこかー」 「人の話は聞け」 「はい…」  両親の目があるのでそれ以上は玄関先で話すこともなく「メールする」といって巌窟王は颯爽と帰っていった。彼を見送る母は憧れの芸能人を見送るようなそれで「はぁ、ダンテスさん素敵ねぇ」とため息交じりに零し、父をソワァとさせた。  部屋に戻って携帯を確認すると巌窟王から『週末、迎えにくる』と端的に用件だけを告げるメールが届いていた。場所や目的は何も書かれていない。一応情報漏洩を気にしてのことだと思うけれど、先ほど会話をスルーしていた手前それ以上深追いすることも出来ず『了解』とだけ返信し、端末を手放した。  [chapter:少年の未来はハッピーエンドでなければならない] [newpage]  昨今の犯罪者捕縛というのは、ハリウッド映画のような派手なアクションの捕り物劇ではなく、どちらかといえば地味な情報戦が大部分を占める。孫子曰く「名君賢将の動きて人に勝ち、成功、衆に出づる所以のものは、先知なり」。つまり戦いを制するには事前情報を掴むことが必定であり、先に情報を持てるものこそ戦いを制するのが掟である。勿論、武力が全く不要なわけではない。人間の歴史は戦いの歴史でもあり、人はいかに効率よく人を殺すことができるかに終始した時代も長い。その結果、世界は指ひとつで人を容易く殺めることができる武器で溢れて仕舞っている。  そういう意味では、探り屋バーボンは誰よりも敵に近いところにいて、その敵の情報を効率よく集める立場に立てている。敵の情報は喉元に食い込めるほどに集まった。あとは不確定事項の懸念を取り払えれば、この長くつらい戦いも終わりを迎えることができる。しかし、タイミングは大事だ。それを誤れば、あっという間に瓦解し、自分は凄惨な死を迎えることだろう。最も敵に鼻が利くと評価されている[[rb:老酒 > ジン]]とボスに特に目をかけられているベルモットが協力関係であることから昔ほどバーボンへのあたりはきつくない。寧ろ行動しやすい。けれど、タイミングを逃せばその瞬間あっけなく死んでしまうだろう。  [[rb:老酒 > ジン]]は協力はしてくれているが、彼は味方ではない。彼にとって[[rb:安室透 > バーボン]]は一番組織壊滅の旗印になりやすいというだけで、彼の心は恐らく今もあの海原のような青のもとにある。ベルモットとて一緒だ。彼女の話を聞くに、彼女の心はエンジェルに向かっている。利害の一致、そしてジャンヌという女性の言葉に動かされているだけで、それはイコール安室透の絶対の味方というわけではない。別段それは構わない。安室透とて心に抱くのは守るべき桜。三人が三人とも同じ信念を持っていなくとも、向きさえ一緒なら今は構わない。  ウオッカを伴って組織のアジトを歩くジンに声をかけ、首尾よく二人きりになる。本物のジンの捕縛からウォッカの隣には常に老酒がいる状態だが、彼に正体がばれた形跡はない。相変わらずの人外の神業も傍で見すぎたせいで実感が薄れてきた。これが通常でないことを、しっかりと脳に刻んでおかなければならない。  通路のどん詰まり、照明が当たりにくく若干薄暗い場所だが、一方向しか警戒しないでいいのはありがたい場所で、くるりと踵を返すと声を潜める。 「なんだ」 「――――タイミング的に、そろそろかと思っています」 「ああ…いんじゃあねぇか」  [[rb:老酒 > ジン]]は壁に背を預け、懐から水色のパッケージが目を引くゴロワーズ・カポラルを取り出すと一本口に咥え、こちらに遠慮することなくマッチで火をつけた。黒煙草独特の紫煙の強烈な匂いが鼻につく。安室は非喫煙者であるため、毎度毎度周囲の喫煙者がお構いなしに放つ匂いには内心辟易としていたが、目の前にいるのは暗殺者であるにも関わらず強烈なにおいを纏うことをよしとした相手である。その彼がどこまででもジンを演じるというのなら、それに文句をいうのはお門違いだろう。表情に乗せたバーボンを剥がすことなく「そのために、不確定事項をどうにかしたい」と口にすれば、切れ長の鋭い眼差しがこの期に及んでなお油断を見せない安室の青眼を捕らえた。 「ナポレオン―――彼の真の名を、教えていただきました」 「へぇ…そうかよ。それで、俺にどうしてほしいんだ」 「否定しないんですね…。話が早くて助かりますけど。僕はナポレオンと直接見えたことがないのでなんともいえませんが、彼が何をしたいのか、具体的に知りたい。目的は理解…理解しようと頑張っていますが…その、彼の助けになりたいと」 「名探偵はなんと言ってるんだ」 「アメリカにいる処刑人のことを聞かれました」 「なるほど…[[rb:ああそうか > ・・・・・]]。なるほど。そんなところまで来たか」 「[[rb:老酒 > ジン]]?」 「喜べバーボン。時期はちけぇ」 「―――どういう、意味です?」 「言葉の通りだよ、この薄汚い場所からの、[[rb:解放 > ・・]]がちけぇってことさ」 「貴方方の言葉遊びに付き合う気はありませんよ」 「はは――――ナポレオンには俺が話をつける。お前はお前でいつでも動けるようにしとけ―――直だ」  [[rb:老酒 > ジン]]はいうだけ言うと、壁に煙草を押し付け、長髪を翻して歩き出した。引き留めるバーボンを気にすることもない。  もともと言葉遊びの好きな[[rb:ジン > 男]]ではあるが、だからといってこんなところでまでそれを発揮する必要などないだろう。ぐっと拳を握りしめると吐き出したい衝動を堪えて、足元に転がった吸い殻を拾い上げた。  本当に黒の組織とかクソだ。吸い殻くらい始末しろ。  [newpage]  レザーグローブに包まれた指先が、宥めるように鼻先を撫でる。微かに湿った鼻先はその匂いを確認するようにひくつき、むずがるように皺がよった。皺が寄ることで現れた鋭利な牙。それは、この世界で数多い人間を屠ってきた彼の武器だ。脆弱な人間は彼の振るう太い四肢の一撃に耐えられず、その鋭利な牙から逃れることができない。  指示されるままに人を殺めた。  彼の相棒にはそれしかないし、逆にそれ以外に認められる成果を上げる術がない。彼の必要性を高めるために、必要な選択だった。  ここには何もない。  あるのは見渡すかぎりの荒野と、時代に取り残されたコミュニティ。それから、今も細々と稼働し続ける相棒の生まれた施設だけだ。  ニューメキシコ州の東部。そこには深くこびり付く闇がある。  彼の視界に広がる三百六十度。遠い向こうを仰ぎ見る。その場所に施設はあるが、彼の視力ではその全容を見渡すことはできない。  あそこは、嫌いで、でも大事な場所だ。  好き嫌いで決めることができないことがあるとすれば、そこはそれに値するのだろうか。彼はあの場所の守りに据えられた。嫌いな場所だ。けれどそれ自体は頷くほかない。本当はあの海のような青年以外に指示を聞く必要なんてない。あるとすれば、万能を自称する天才くらいだろうか。あの麗人は、指示をだす責任者だった。その言葉によって青年は動いていたからそれは納得できるのだ。でも、いまここに青年はいないのだ。  だから、待って、守って、狩るしかない。  相棒の鈍い光を称える双眸が「どうしたのか?」と言いたげに薄く開かれる。それに何でもないと首を振る。それだけで、相棒はこちらの意図を察してくれる。賢い、聡明で、けれど哀れな獣。  彼よりもよほど相棒の方が身動きが取り辛く、窮屈な思いをしている。  これではいけない、彼はフルフェイスヘルメットに覆われた頭部を軽く左右に振って、雑念を払った。  空は嫌味なほどの蒼穹が広がっている――――海はまだ、こない [chapter:I don’t dream at night, I dream all day; I dream for a living.] [newpage] [chapter:ジンニキの愛車の中は…多分相当臭い(タバコ的な意味で)]  ぐだ男  お友達の名前は  チャド  アダム   トミー  元ネタがわかった大きいお友達は僕と握手  トリプルフェイス  喫煙者ってクソだな  つまり赤井クソだな  (幼馴染は無事でも)赤井さんへの殺意が高い。  
前作までのブクマ、コメ、ランキングありがとうございます!<br />遅くなって―――――!遅くなってすみません。連帯戦やら江戸城やら玉集めやら水着やら忙しくて( ;∀;)私の肉体はひとつしかないの!ひぎぃ<br /><br />シリアスとシリアルを交互に書いてると唐突に日常回を書きたくなるんですけど、スコッチ君の名前も判明したことだし、唐突にそしかい時空で居酒屋に行ってほしいですね。もくもくとビールとねぎまを食い続ける安室さんとか見たいな~。バーボンやってるとオシャンティーな洋酒ばっかりで日本酒とビール最の高やろ。クソが美味いわ。ってなる幼馴染欲しいなぁ~需要~<br /><br />10月に京都である刀剣コラボ行く予定なんですよね、陸奥見にいくついでに。一緒に行く予定の友人の「長谷部は地元帰ればいつでも見れるから」とかいうセリフに殺意の波動。推しです。地元もう何年も帰ってねーわ。いや歌仙みに帰ったわごめん。でも長谷部みてねーわ。長谷部沼住民でマイプレシャスは最近布をキャストオフしました審神者です。<br /><br />※探偵側のタグは意図してつけていませんので、タグを弄ってくださる聖人の方はそれだけは付けないようによろしくお願いいたします。<br /><br />マイピク限定で公開しておりました。詳しいながれはこちらから<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8306276">novel/8306276</a></strong>。なお、作品のコンセプトとして「アンチ」や「ヘイト」といった意図はないことを明記しておきますが、一部話の流れでそう感じる方もいらっしゃるようなので、キャプションと本文に「DCサイドに厳しめの表現がある」と明記させていただきます。<br />それから、基本的にネタバレになる事を防ぐためコメントの返信を遠慮させていただいておりますのでご了承ください。キャプションと本文注意事項を読まずにいただいた苦情に関してはスルーかその他の対応をさせていただきます。指摘や提案ではない考え方の押し付けもご遠慮ください。ここまで読んで不快に思われた方はブラウザを閉じることを推奨いたします。それでもお付き合いできる方はよろしくお願いします。<br />※現在マイピクは募集しておりません。
少年の未来はハッピーエンドでなければならない41
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10088680#1
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高校を終えて、サイゼによってから帰宅。 リビングで愛猫カマクラ(俺には懐かないが)と小町にただいまを言ってから部屋にいく。 ドアを閉め荷物を机のそばに置いて、死んだようにベッドに突っ伏した。 「つかれた、な・・・」 高校生活が始まって2年目の春。 なにも高校で思い出らしい思い出はなく、かといって入学式当日に車に轢かれたなんてことを書くのもアレなのでてきとうに書いた作文「高校1年間を振り返って」で序論は青春の実態を、結論はリア充爆発しろで完結したところ、それが気にくわなかったのか担任に放課後呼び出され鉄拳制裁。 うまく痛いとこを外して流したが、そしたら右フックが飛んできて直撃からの奉仕部という名前だけ聞くと、 あれ?なんかドキドキする部活に入れられた。 フックは反則行為なんだよなぁ・・と思いながら平日は部活に駆り出されている。 名前とは裏腹に生徒たちの悩み解決の手伝いなどという真面目な内容を掲げている部活だが、メンバーは会話の基本が毒舌という謎少女だけ。 平穏な放課後は女子と教室に二人っきりというシュチュに様変わりしたが、俺はラノベ主人公バリの唐変木でも人たらしでもないのでひたすらに無言で本を読むという時間に変貌していた。 正直この地獄から早く抜け出したい・・ まだ最近紅茶を出してくれるようになっただけマシだがな・・ 部活を終えてサイゼで勉強し帰宅、これが最近のルーティーンだ。 うつ伏せになっていた状態から天井を見上げるように寝返りを打つ。 部屋は電気すらつけておらず、カーテンも閉めないので月だけが光源となって部屋を照らしていた。 すると机のそばの地面に置かれたバックから月の光を受けて反射で小さいながらも光っているストラップ。 「・・・」 思い出したくはない、だが捨てられないほどに好きで、 自然と目でそれを捉えると思い出してしまう。 捨てることのできないストラップと秘められた過去を・・・ [newpage] 小学校5年の頃、俺のクラスは騒がしかった。 なんでも男子がある特定の女子にちょっかいをかけているらしい。 あの頃は「好き」なんて素直に言えないから相手に軽い悪口やいたずらをして気を引くなんてことが、男子ができる精一杯の女子に対するアピールだったが、 それは男子の理屈だけであって女子にはわからなかったのだろう。 だから特にやられている本人はいつも嫌そうな顔をしていた。 男子からすれば照れ隠し、だが本人は無自覚でしかもあまり活発的な性格とは言い難い。言葉遣いも同年代の女子にしては少し大人だ。 だがそれは上から目線とも取られかねない。案の上、同性の女子からも上から目線と嫌われていた。 まぁ実際それだけではなく、男子にかまってもらってるように見えた女子は面白くなかったのだろう。 目の前の事象に対して、それの当事者と第三者では受け取り方が違うなんてことは多々あることだ。だが子供に説明してもすぐに理解するのは難しかっただろう。 男子に構われていると思われる女の子への女子からのいじめが始まった。女子はあまり力でいじめたりしない。 ではどうするか。言葉でいじめるのである。 暴力などのいじめはあざなど見える証拠を残すが、言葉でのいじめは表面上怪我としては現れない。だからいじめる際の周りの環境にだけ気をつけていれば発覚は密告か申告しない限りわからない。 そして何より癒えることのない不明確で、だがそれは必ず体のどこかに存在する心というものを傷つけるのだ。 抱えた痛みを相談することもできず、だんだんとその子は元気をなくしていった。 ある日、お昼休みに材木座と鬼ごっこをしていた。 足の遅い材木座に追いつかれることもなく校舎の裏に行けば材木座を撒いていた。 休憩がてら校舎裏を歩いていると、校舎と物置の倉庫の間からすすり泣く声が聞こえた。 軽く覗いてみると、人一人が通れるスペースの間で体育座りをしながら泣いている女の子がいた。 薄暗くてもその人物がいじめられている渋谷凛だということぐらいはわかった。 時折嗚咽を交えて涙を流す凛。 それはまるで幼い頃に母親を亡くした時の悲しみを打ち明けられずに泣いていた俺にそっくりだった・・・ 「・・」 自然と拳はギュッと握りしめられ、痛みの種類は全く同じでないにせよ一人で抱え込み周りに打ち明けられない辛さを知っていた。 知っていたのに、俺はその子がいじめられて傷を作っていくのを見逃していた。 いじめている奴らに対する怒りと痛みを知りながら無視していた自分に対する怒りが俺の中を駆け巡っていた。 だが具体的にどうするか、俺は空手をやっているし決して弱くはない。 だがそれは素人相手にボコボコにするために学んできたのではないし、第一そんなことをすれば通っている空手クラブに迷惑をかけてしまう。 担任に相談しようにもそいつはなだめるだけで決して根絶させようとはしなかった。 俺も誰にも頼れない状況だが、俺は友達の材木座と一緒にどうするか放課後話そうと言って授業を終えた。 [newpage] トイレに行って教室に戻ると材木座が一人で慌てていた。 「どした?」 「そ、それが・・でござるが」 そういえば子供の頃からあいつ変な言葉遣いだったな、とかは置いておいて、なんでも凛をいじめていた奴らが男子グループと一緒に凛を連れて行ったらしい。 慌てて靴を履いて校庭に出ると、畑の方に歩く大勢のクラスの奴らが見えた。 後をつけると凛を畑に突き飛ばし、転んだところに蹴りを入れるという今までのいじめの一線を越えたものだった。 材木座を職員室に行かせて先生を呼んでもらうことにした。 だが足が遅いかったのでなんとも時間がかかる。 やっと校舎に消えたと思ったらバケツに水を入れて凛にかけようと言い出し、錆び付いたバケツに男子が水を入れていた。 「どうする・・どうすれば、何が一番大事なのか・・・」 この場合は渋谷凛がこれ以上いじめられないこと、そして何よりまずは水をかけることをやめさせることが大事だった。 「吉木あんた渋谷さんのこと好きなんでしょ?」 どこかあざ笑うかのようにいったカーストトップ女子の発言に、男子の取り巻きが弱々しい反論をしていた。 「元々あいつは渋谷が好きなはず・・だがそれより立場をとったか、」 いじめられるよりも子供心に好きな人を生贄にしたそいつを、俺は許せなかった。 「あいつの好きは、本物じゃねえッ」 もう冷静に考えるのはやめた。 まずは第一に、水をかけることを阻止しなければ 今まで目立つのが嫌だったので本気で運動をしたことなど空手以外ではない。 だが今は全力で走り勢いそのままにバケツを持つ奴の顔面に拳を入れた。 「ブッ」 顔押さえて倒れこむそいつを横目に、一気に注目された視線を返すようにそいつらを見渡した。 「比企谷、あんた・・なに邪魔してくれてんの?」 そういったのは凛の髪の毛をつかんだカーストトップ女子だ。 「あ?なにってわかんないのか?人に水をかけようとしてたから止めたんだよ。当然だろ?」 バカにされた物言いに苛立ったのか、男子をけしかけてきた。 今ので水をかけることの阻止には成功した・・だが次はどうする・・・ ここで全員ボコボコにしてもいいが、組手の最中でもないのに女子に手を挙げるのはさすがに気がひける。 ならどうするか? こいつらの現状の戦闘力はこの男子グループと言っていい。 ならそれを倒して・・、このカーストトップの女子を使って、こいつらで争わせればいいんだ。誰が生贄になるかを・・ ならとりあえず、絶対に勝てないってことを見せつけてヤンねえとな・・・ 「ならまずは・・・」 とりあえず一発もらわねえと、こっちから仕掛けたら空手経験者が暴行を加えたと言われかねない。それはあの空手クラブに迷惑をかけることになる。 正当防衛、理由なく先に危害を加えられればそれ以上の暴行を加えられないようにある程度の抵抗を法律で認めている。だから絶対に手を先に出すな、と先生が言っていた。 かといって一発殴られるのもきつい。それが強いあたりだったらその後の抵抗に差し支えてしまうからだ。だからこの場合は最小限の被害でその権利を勝ち取ることにある。 するとなんとも情けないファイティングポーズをとった奴が近づいてきた。 こいつでいい・・ 「お、おら!」 普段から殴り慣れていないのか全然拳に体重と勢いが乗っていない。 マンガで言うなら ヒョロヒョロヒョロ〜 があっているだろうパンチを右ほほに受ける。受けた勢いに逆らわずからだを後ろへそらすように力をいなした。 「っ・・」 わかっていても完全に無効化する器用はまだない。だが赤くなったくらいで済んだようだ。 それを見てグループは調子付いて笑みをこぼす。 「これで、決まりだな・・」 思わず笑みが漏れる。 それに気づいた奴が不機嫌そうに 「何笑ってんだよ?」 何笑ってんだよ、だと?自分たちがこれから俺に、正当に暴力を振るわれることに気づいていないのか?まぁいじめなんてやる奴らだ。後先のことなんて大して考えちゃいないんだろう。 「これで正当防衛は成立だよな?」 [newpage] そこからは記憶が断片的だ。 正当防衛について語った後男子全員を一撃で沈めてやった。 女子は恐怖し下を向く。 もう一押しだな・・ ゆっくり近づくとカーストトップの女子が明日からいじめてやると宣言してきた。 こいつバカか?この場で言われてはいそうですかって返されるとでもおもってるのか?いやこいつは気づいてる、だが受け入れれば自分はボコボコにされることに耐えられないんだ。 手負いの獣は恐ろしいというが、死ぬ一歩手前で吠えられても何も怖くない。 そしてこの髪を握った女子の後はお前らだと取り巻きに告げる。 だが完全に絶望はさせない。もしかしたら助かるかもしれない、あの子を生贄にすればという餌を垂らしてやる。 案の定それに勢い良く飛びついてきた。 「七実さんはだまってて!そうだ比企谷くん!私たちは特に何もしてないし、七実さんはやっちゃてもいいから!!だ、だから私だけは・・」 そういった奴が出ると、他の奴も続いて弁解と許しを乞う。 「・・・」 絶句したような表情とともに、カーストトップだった女子は崩れ堕ちた。 それに巻き込まれなようにこっちに這いずってくる凛。 これで一件落着か、いいや・・そうじゃない。 このままだと今度はこの元トップカーストだった女子がいじめられるだろう。 散々いじめてきたんだ、誰も助けようとなんてしないだろう。 それにそのいじめを主導するのはこのトップカーストを引き摺り下ろしたこの女子たちである。 そうなれば凛以上のいじめが敢行されるだろう。いじめをしていたのだからいじめられた時に反論などできるわけがない。 自分が元々いじめていいたのにいじめられるようになったなんて誰にも相談できないだろう。 そうなればこの女子は第二の渋谷凛となる、それは結局何も解決していない。 「あの、いいか?」 だからさらにもう一押し。この女子3人すらも分裂させればクラスは船頭のいない船と一緒だ、海上に存在していても何も決められない。 少なくとも次の船頭が決まるまでの時間が得られる。 後2年もない小学生生活の中で平穏がわずかでも得られるのだ。やらない手はない。 恐怖に怯えた返事が返ってきたが問題なのは今後の渋谷凛の立場がどうなるのかというのも大きい。 いじめから解放されても、いじめていた側からすれば接し方がわからず、無視されるかまたいじめの程度が低いにせよいじめに逆戻りだ。 こいつ自身が変わらなければ、今後もこいつは周りに流され続けるだろう。 だから決して折れず、クラスという船でも独立した柱にならなければならない。 「渋谷、お前もここで怯えんな。だからこんな奴らにいじめられんだぞ?」 「え?」 「いじめられる側は悪くねえ、悪いのは頼んでいるわけでもなくなんの許可も得ていないのにいじめるやつらだからな。だがな、言わなきゃそのままだ。自分のことは自分で守れ。」 「・・・」 厳しい言い方なのかもしれない。だがこいつがここで自分一人で立ち上がらなければ本当に救うことなんてできない。 だがこの渋谷凛という女の子は強かった。 「うん」 自然と、しかし強い決意を込めた返事。 これでこいつは立ち上がれる。誰にも曲げられない船の柱として・・ 改めて取り巻きの女子たちに向き直る。 見ればその後ろから教師が全力疾走でこちらに向かっている。 遅いんだよ材木座・・ だが丁度いい。これで絶望の先にさらに大人たちに知られるという絶対的な絶望に堕としてやる 「いいかお前ら、今から教えてやる・・自分たちのやったことの重さをな」 「ひ、比企谷k__「こら君達!何をしているのかね!」!?」 [newpage] こうして、まさかの校長先生が登場しこの場は収束した。 担任もついでに怒られていた時の顔は今でも忘れない。 一応保健室に行って右ほほを見せた後、校長室に呼ばれ今までのことを洗いざらい話した。 当然自分がいじめを見過ごしていたことも。 「そうですか」といった校長はそれでも最後には助けたことを褒めてくれた。 本来なら先生に言って欲しかったが、といったがその視線の先の担任は顔を青くしていた。 親を呼ぶというので最初は止めたのだが、子供が怪我をしたことを説明しなければならないと説き伏せられた。 その日に来たのは義母だった。 義母は「すいません」と謝ったが逆に校長と先生たちから謝られた。 その後学校を帰され、無言のまま帰ろうとすると「車で空手クラブに行く」と言われたので後部座席に乗った。 クラブに着くとまだ時間帯が早いからか先生と師範しかいなかった。 その人たちに囲まれて今日の出来事を語る時の圧は半端ではなかった。 今思い出してもブルッとするくらいにはすごかった・・ 話し終えると「バカもん!」と師範が日曜の夕方に聞こえてきそうな一言。 「だが、最後に助けなかったら本当の大馬鹿ものだ」とそっと頭を撫でてくれた。 すると先生たちの圧は和らぎ、一応まだ段位は取っていないので大事にはならないと言われて安心した。 しかし見過ごしていた罰として練習量3倍を命じられ、お奉行ばりの圧に思わず「へへー」と平伏したものである。 その日は練習に出ず家にいたが、家族で話すわけでもなくご飯の時以外は部屋に引きこもるのもいつも通りだった。 [newpage] 次の日は休んでいいと言われたが、凛の両親が来るというので着替えを済ませた。 凛の両親は感謝を述べて頭を下げたが、義母と父が気にしないでくれと言ったのでひとまず収まった。 そこから話は俺のことになり、幼少期から空手をやっていることを話し、またそこそこ強いという話もした。 それを語る義母と父の顔を俺は見ることができなかった。 しばらくして、後は大人で話すといったので俺は凛と一緒に自分の部屋にいった。 義妹の小町は普通に学校に行ってるので混ざることもなく二人だけだった。 そこで俺は今までのことを謝罪した。俺が「すまん」というと「いいよ」となんとも優しげに返してくれる凛。 この時初めて俺に心を許せる女の子ができた、と思う。 そして凛がうちに来た翌日。 学校に登校するとクラスはなんとも言えない雰囲気に包まれていた。 女子は多くて2、3人で集まってヒソヒソ。男子もいつもの騒がしさは影を潜めていた。 「うぃーす」 俺が材木座に話しかけるとテンパった材木座が何か謎の言葉を発したが、きっとおはようと言っているのだろう。 自分の席に荷物を置いて材木座といつものように雑談をする。 そうすると周りは話のトーンを下げて聞き耳を立てている。おそらく昨日の出来事について知りたがっている。 渋谷はまだ来ていない。 いくら一昨日強く立ち上がったとはいえ完璧とはいえない。 しばらくは様子見か・・。ならちょっとクラスの奴に吹き込んでお互いに疑心暗鬼にしてやろうかと考えていた時、 ガラガラガラ 「・・・」 「「「・・・・」」」 クラスのと廊下を隔てるドアを開けたのは、渋谷凛だった。 教室内は静まり返り、彼女は周りの視線も気にせずといったように自分の席に着いた。 「おはよう」 席のすぐ近くにいた女子の2人組にあいさつする凛。 驚いてパニクってそうな女子たちはか弱い声で 「お、おはよ・・」 と返した。返事が返ってきたのが嬉しかったのか少し笑顔を見せる凛。 多くの男子は生唾を飲み込んだだろう。いや俺は飲み込んでないから、今のは喉に詰まってるたんを胃に追いやっただけだから、あれ?それって汚くね? 兎にも角にも渋谷凛は立派に立っているようだ。 安心して背を向けて材木座に向き直ると 「おはよう」 と背中を向けている方から声がする。 振り返ると端正な凛とした顔立ちに笑みを浮かべている女の子がいた。 [newpage] どうも、ありんこです。 まずは感謝から。ピクシブというものを最近知ってssを読んでから日が浅いながらも、感化される形で勢いのまま投稿した1本目でしたが・・・ 反響は大きく、9/5付の小説部門では男子人気9位。 また8/30~9/5までの小説ルーキーランキングで36位という結果に、正直詐欺なんじゃと疑うレベルでしたw またたくさんのいいねやコメント、フォローまであり人生でも指折りの幸福に恵まれております。 読まれて50件、いいねは10来ればいいかな(フォローされるとは考えていない)くらいに考えていましたが、 やはりこの俺ガイル、そしてデレマスタグは強いということを実感しました。 こんなに評価していただいたのもひとえに読者の皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。 さて今回の二本目投稿ですが、正直凛目線で物語を先に進めて書くのか八幡目線で書くのか悩みました。 ですが最後は個人的に好きな、同じ物事別の人から目線にしました。 これから先は凛目線だけなのか、八幡目線も書くのかわかりませんが初心者書き主と思って暖かく見守ってもらえると助かります(精神的に) 今回は八幡目線で凛のいじめエピソードを見つつ、今作の八幡の設定をちょっとずつ交えながら書いてみました。 話が進むにつれて明らかにしていこうと思いますので全容はしばしお待ちください。 あとはおまけ程度ですが後日談を少々という感じでした。 3本目も出せるよう頑張ります。
プロローグ〜凛との出会い〜
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10088853#1
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ポケットモンスター、縮めてポケモン。この星の、不思議な不思議な生き物、海に森に町に、その種類は、100、200、300、いや、それ以上かもしれない。 そしてこの少年、そんなポケモンの世話をしている、ズイタウンの八幡。 オオキド博士の助手をしている両親はイッシュ地方に旅立ち、妹の小町はトレーナーになり家で一人になってしまった八幡は幼馴染の川崎沙希の両親が経営している『ポケモン育て屋さん川崎』で働かせてもらい、日々、ポケモンの世話をしていた。 数多くのポケモンを預かっては、トレーナーにポケモンを育てて返す。そして再びポケモンを預かり、トレーナーに育てて返す。その繰り返し、八幡と、その仲間達の日々は今日も続く。続くったら続く。 [newpage] 女の子「すみません!ポケモンを育ててほしいのですが…」 お客さんと思われる俺より少し下くらいの女の子がマフラーをはためかせながらモンスターボールを片手にあわただしく店内に入ってきた。今、夏だよな?こんな暑い中マフラーって暑くないのか?いやまぁ、誰がどんなコーデでいようが俺には関係ない話なんだけどな。 八幡「いらっしゃいませ。預けるポケモンは決まっているでしょうか?」 女の子「はい!パチリスをお願いします。」 女の子は俺にパチリスが入っているであろうモンスターボールを差し出す。今回はパチリスか。とりあえず前回みたいにベトベターとかじゃなくてよかった。 八幡「わかりました。それでは一応確認のためパチリスをモンスターボールから出してもらってもいいでしょうか?」 女の子「了解です!パチリス!出ておいで!」 女の子がモンスターボールを投げてそういうとモンスターボールは真ん中からパカッと開き中から光の光線のようなものが出てくる。 光が収まるとそこにはリスのようなポケモンが立っていた。 パチリス「チパ!」 中身は一応確認したな。怪我もなさそうだしこれなら預かっても大丈夫だろう。 八幡「確認しました。それではこちらの書類に記入欄がありますので記入してください。」 俺は名前や電話番号などを記入するための記入用紙と鉛筆を女の子に渡すと女の子は分かりましたと言って鉛筆を手に取り書類に鉛筆を走らせた。 女の子が書いている間、俺はカウンターから離れパチリスに近づいてみる。ある程度人慣れしてないと育てることもできないからな。まずはどれくらい人慣れいているか確認ないとだな。 俺はひざまずきできる限り目線をパチリスと合わせてパチリスに手を差し伸べる。 八幡「おいで、さあ。」 するとパチリスは二パッと笑うと俺の手に頭をさすりつける。これって猫がやるやつだよな。なに?お前猫なの?電気リスポケモンから猫もどきポケモンに改名しちゃう? パチリス「パチ!」 俺がそんなくだらないことを考えていたせいか、はたまた何か気に障ることがあったのかパチリスはいきなり俺の指を噛んできた。 一瞬指に痛みが走ったが声は挙げずそのままパチリスの好きなように噛ませてあげた。 一年前までの俺だったらここでいたい!って声を上げていたかもしれないが一年もポケモンと触れ合っていればこれくらいの痛さへでもなかった。 こういう時、まずは俺がポケモンに対して敵じゃないことを、つまり無害であることを証明する必要性がある。それを一番伝えられるのは噛まれたり攻撃された時になにもせず、優しく大丈夫と言うことだ。 八幡「ほら 怖くない…怖くない。」 出来るだけ優しくそういうがまだ怒っているのかさらにかむ力を強くする。少し痛いがまだ耐えられる範囲内だ。 八幡「ほら、怖くないだろ?怯えていただけなんだよな?」 パチリスに優しく話しかけ続けるとパチリスは噛む力を緩め指を離した後、俺の腕を伝って肩まで登ってきた。 どうやらパチリスは俺にだいぶ心を開いてくれたみたいだな。流石はナウシカだ。作品の中にしっかりとポケモンの心を開かせる方法を教えてくれている。流石ジブリ。それにしてもあの番組二年に一度くらいの頻度で放送しているよな。流石にあれだけ放送していると内容をすべて暗記してしまったがそれでも放送当日になるとつい見てしまうんだよな。ちなみにこのような毎年放送されている映画をついつい毎回見ちゃう現象を『エンドレス映画』という。はい、ここテストで出るからな。 それにしても、パチリスの重さは平均3.9㎏だからまだ全然大丈夫だが、これがココドラとかかなり重いポケモンだったら肩外れてただろうな…今後は、これをやるときは気を付けないとな。 俺は今後の注意事項を心のメモに書き留めながら、パチリスを肩に乗せカウンターに移動する。 カウンターに戻ると女の子は書類を書き終わったらしく俺に書類を渡した。 俺は記入ミスがないか確認するため一通り記入欄を見て確認する。 名前はヒカリって言うのか。電話番号とポケモンを預ける期間も書いてあるな。他の育て屋さんだと預かる期間等を決めないらしいが、うちでは預かる期間をあらかじめ記入してもらうようにしてもらう。 八幡「大丈夫ですね。預かり期間は10日でよろしいでしょうか?」 ヒカリ「はい!大丈夫です。」 八幡「わかりました。うちでは指定された期間内にお迎えが来ない場合その日から一ヵ月ほど預かることができますがそれ以上過ぎるとこの子はうちで完全に世話をするか里親探しに方に出しますのであらかじめご承認ください。」 このルールはここ最近増えている最低な客に対して対策をとるために追加したルールだ。最近うちにかぎらず育て屋に預けて長期間預けたまま迎えに来ないというお客さんが増えているのだ。なんでもポケモンを預けたままほかの地方に行ってしまうらしい。大切なポケモンを放置してほかの地方に行くなんて本当に最低だと俺は思っている。しかも、預けられた側もポケモンを逃がすわけにもいかないためポケモンを育てるか里親を探すしかない。たとえ、ポケモンをそのまま育て続けるとしてものもお金がかかるため数に限りがある。そのため、うちではこのルールをポケモンを預けにくるトレーナーにあらかじめ説明してきちんと迎えに来るよう促すのだ。 ヒカリ「わかりました。それにしてもパチリスがそこまでなつくなんてすごいですね。何かポケモンをなつかせるコツとかあるんですか?」 八幡「コツですか。そうですね。できる限り自分がポケモンに対して無害だということを伝えることですかね。例えば、噛まれても痛いっと声を上げずに優しく大丈夫だよ。って言ってあげるとかですね。他にも手作りポフィンを上げたりするとかなりなついてくれますよ。」 ヒカリ「なるほど、勉強になりました!それでは私はそろそろ旅に戻りますね!パチリスのことよろしくお願いします!」 八幡「はい、あなたの大切なポケモンは我々、育て屋川崎のスタッフが責任もって育てます。どうぞ安心して旅をなさってください。」 軽く頭を下げると女の子はパチリスにばいばいと手を振って出口に向かって歩いて行った。 女の子が出口を出ようと扉の取っ手に手を掛けた瞬間、扉がかってに開いた。扉を開けて入ってきたのは俺と同じようにエプロンをかけており青みがかった黒髪をシュシュで一つにまとめた女性だった。こいつはここの店主である川崎ヒロシの娘の一人であり四人姉弟の長女の川崎沙希だ。一応、俺の幼馴染だ。沙希は木の実がたくさん入った籠を抱えていた。どうやら、ポケモンのご飯に使う木の実の買い出しを終え、ちょうど帰って来たようだ。 沙希「もどったよ…っあ、失礼しました。」 沙希は慌てて頭を下げ女の子に道を譲る。それを見て女の子はいえいえと返事しながらも店を出て行った。 沙希は女の子を見送った後、籠をカウンターに乗せてふぅっと一つため息をつく。 八幡「お疲れさん。」 沙希「ありがと、もしかしてこの子がさっきの女の子が預けたポケモン?」 俺の肩にのっているパチリスを見てパチリスの頭をな出ようと手を伸ばすとパチリスは逃げるように右肩から左肩に移動した。 沙希「っあ、いきなり頭を撫でられたらいやだよね。ごめんね。そうだ、これ良かったら食べる?甘いよ。」 沙希は木の実がたくさん入っている籠の中からリスのしっぽに似たような形をしていて全体的にピンク色のおいしそうな木の実を手に取る。 これは【マゴのみ】か。確かに甘くておいしいよな。これで作ったポフィンがここのポケモンたちに好評なんだよな。折角だし今日のおやつの時に作ってやるか。 パチリス「チパ?」 パチリスは沙希が持っているマゴのみに興味津々のようで小さくて可愛らしい鼻をひくひくさせて匂いを嗅ぐ。 沙希「どうぞ。」 沙希はパチリスの警戒心を解くためかカウンターにマゴのみを置くと、パチリスは俺の肩から飛び降りカウンターに着地すると、くんくんと匂いを確認した後、マゴのみを一口かじった。 パチリス「パチ!!」 マゴのみを気に入ったのか、パチリスはマゴのみを手に取りがつがつとかじり始めた。 沙希はそんなパチリスの様子を見ながら「気に入ってくれてよかったよ。」っと、小さく言った。 その目は自分の子供を優しく見守る親のような優しい目をしていた。 それにしても本当にまつ毛長いし綺麗な目をしてるよな。普段接客以外で知らない人と話すときとかめっちゃにらんでいるけど家族の前とポケモンの前では本当に優しい目をしていると思う。普段からそうしていれば近所のおばさんたち以外にも友達ができると思うんだけどな。え?俺?ほら、俺はソロプレイヤーだから。アスナにの彼女がいればって何言ってんだ俺。そもそも俺は黒の剣士でもなければアスナ似の彼女もいないだろうが。何なら友達がいないまである。あれ?なんか目からおいしいお水が… 沙希「八幡?ボーとしてるけど大丈夫?」 八幡「お、おう。大丈夫だ。それよりそろそろ仕事しないとな。今日も一日頑張るゾイってな。」 沙希「あんた本当に大丈夫なの?働きたくない、だるい、家に帰りたいが口癖の八幡が今日も仕事しないとって…熱でもあるんじゃない?もしくは頭でもうった?」 おい、ひどい言われようだな。いや、まぁ、事実なんだけどな? 八幡「そういいたくなる気持ちもわかるが、そんなことを言っちゃうくらい俺は結構この仕事気に入ってるんだよ。ポケモン世話するのも悪くはないからな。」 沙希「そこは『悪くない』じゃなくて『楽しい』じゃないのかい?まぁ、八幡がこの仕事を気に入ってくれているのは知っているからいいんだけどね。」 八幡「なんで知ってるんだよ。俺このこと言ったの今日が初めてなんだが。」 沙希「顔を見ればわかるよ。ポケモンの世話をしているときのあんたの顔はすごく楽しそうにしているからね。いつも見てて毎回楽しそうだなって思うよ。」 ま、マジか。それは知らなかった。てか、それよりも気になるワードが聞こえたんだが… 八幡「お前いつも俺のこと見てたのか?」 恐る恐るそう聞くと沙希は一瞬キョトンとしたがすぐに自分が先ほど言った言葉に気付いたのか顔が急激に赤くなる。 沙希「ち、違くて…いや、違くはないんだけど!その…ほら!仕事で毎日一緒だしさ!!」 八幡「お、おう。分かっているからそんなに焦らなくてもいいぞ。」 まぁ、毎日一緒に仕事しているわけだしな嫌でも俺の顔を見るよな。うん、知ってた。 沙希「そ、それよりそろそろポケモンたちの遊びの時間だよ。お父さんたちもあと少しで帰って来ると思うからその前にポケモンたちを運動させてあげないと。」 この話題を早く終わらせたいのか沙希はカウンターに置いといた籠を持ち上げてそういう。手に付けてある時計型の機械、ポケモンウォッチ通称ポケッチのデジタル時計を見ると時刻は11時過ぎだった。確かにそろそろポケモンたちの遊びの時間だな。 八幡「わかった。そんじゃポケモンたちをモンスターボールから出して遊び場で遊ばせとくわ。」 沙希「うん、お願い。アタシはキッチンで今日のお昼を作っとくから。」 八幡「了解だ。パチリス。今から外で遊ぶぞ。」 いつの間にかマゴのみを食べ終えたパチリスに手を刺し伸ばすとパチリスは先ほどと同じように腕を伝い肩まで移動する。 俺は沙希にまた後でと一言言った後、パチリスを連れて裏口のドアノブを捻った。 [newpage] お店の裏にある一室には預かったポケモンのモンスターボールが大切に保管されている。 ちなみに預かったモンスターボールには番号が印刷されているシールが貼っており、どのモンスターボールがどの子のモンスターボールか番号で分かるようにしてある。 俺はモンスターボールを傷つけないように緑色の買い物かごに入れていく。 今うちで預かっているのはパチリスを入れて7匹。正直言って籠に入れなくてもいい気がするが籠でもって行った方が楽だからな。 モンスターボールを全部入れた後、買い物籠を持ち、柵で囲まれている広めの運動場に移動する。 俺はパチリスをおろしてから買い物籠の中に入っているモンスターボールを手に取りポケモン達をモンスターボールから出す。 トゲピー・イシツブテ・コリンク・ポニータ・ピカチュウ・スボミーを出すとポケモン達は各々遊び始める。 俺はその様子を横目で見ながらポケモン達が自分で水分補給ができるようにコンクリートで作った小さめの池に水が常に出るように池から少し離れたところにある蛇口をひねると池の底から地下から引いた水が出始める。 よし、これで水が飲めるな。今日は昨日に続きすごく暑いからな。ポケモン達が脱水症状を起こさないようにしてやらないと。 俺は水が溜まったことを確認した後、池から離れようとした瞬間、スボミーが池に近づいて水を飲み始めた。 その光景はすごく可愛らしく写真に撮りたいくらいだった。クソ、沙希からデジカメ借りればよかったな。 そんなことを思っているとほかのポケモン達も水を飲むために集まってきた。 中には池の中に入り遊んでいる子までいた。この池はポケモンのことを考えてかなり浅めに作っているため溺れる心配はないが水が苦手なイシツブテまで池で遊んでもいいのだろうか。 いや、本人(?)が楽しそうに遊んでいるなら大丈夫か。 俺は少し離れたところに生えている桜の木の下で腰を下ろしポケモン達の様子を見ていると急に夏の暑さを感じなくなった。 この現象を初めて体験した人はびっくりするだろうが俺はこの現象を何度も体験しているため動じることなくその場で奴の名前を呼ぶ。 八幡「よぉ、ゲンガー。」 俺が奴の名前を呼ぶと木陰から紫色をした全体的に丸っこい体をしたポケモンが現れ、鋭い赤い目を開き俺を見つめる。 こいつはゲンガー。俺が小さい時から一緒にいるポケモンだ。 ゲンガーは俺がもうゲットしているが基本的にはモンスターボールには戻さず自由に行動させているため、基本的にこういう暗がりか部屋の物陰などで俺を見ているかここのポケモン達の様子を見ていたりする。ちなみにこいつはメスだ。 さて、ここでなぜ俺が夏の暑さを感じなかったかというとゲンガーがいる部屋の温度は5度下がると言われておりゲンガーの周りは夏場はすごく涼しいのだ。 こいつはすごく優しい子で、夏場はこうして俺の近くにいてくれたりする。多分夏の暑さでばてないようにしてくれているのだろう。本当にいい子だ。 俺はゲンガーの頭をなでた後、先ほど沙希からすくねておいたモモンのみをゲンガーに向けて投げるとゲンガーはそれをキャッチして食べていいのか?と言いたいのか俺を見つめる。 八幡「食べていいぞ。」 そういうとゲンガーはその場で座ってモモンのみをチマチマと食べ始める。 相変わらず見た目の割に可愛らしい食べ方するな。 ゲンガー「・・・♪」 俺はおいしそうに食べるゲンガーを横目で見ながら遊んでいるポケモン達の様子を見守っていると遊び場の入り口から沙希と似た髪色の保育園生くらいの子供二人がこちらに向かった走ってきた。 ??「「はーちゃん!ただいまー!!」」 そういって抱き着いてきたのは沙希の妹の京華と弟の翔だ。俺は二人の頭をなでると二人はえへへとはにかむ。まだまだ甘えたい年頃の二人はよくこうして甘えてくる。前に沙希から聞いた話なんだが、どうやら二人は俺を実の兄のように思ってくれているらしい。なにそれめっちゃ嬉しい。俺の妹は小町だけだと心に決めていたがこの可愛さには俺の心も揺らぐ。 京華「あのねあのね!パパがおいしい食べ物いっぱい買ってきたんだよ!」 八幡「そうか、今日の昼飯が楽しみだ。」 翔「はーちゃん!途中でこの木の実拾ったんだ!」 そういって翔が俺に渡してきたのは全体的に黄色でところどころ赤色のもようがある木の実だった。 これは辛い木の実で有名なフィラの実だな。 翔「この木の実ガーちゃん食べられるかな?」 ガーちゃんとはゲンガーのことだ。俺のゲンガーは川崎家の人達にも好かれていてゲンガー自身も川崎家の人達になついている。特にこの二人はゲンガーのことをかなり気に入っているようでいつもガーちゃん!ガーちゃん!って言っている。 それにしてもこの木の実ってかなり辛いからな…食べられなくもないと思うがどうだろうか。 俺がどうしようか悩んでいるとゲンガーは俺からフィラのみを奪い取ると大きな口を開けてフィラのみを丸ごと口の中に入れてむしゃむしゃと食べた。お前辛いの苦手だったよな?もしかして翔の気持ちを踏みつぶしたくなくて無理して食べているのか?何この子マジでイケメン…いや、メスだしイケメンって言われてもうれしくないんだろうけどな。 ゲンガー「ムシャムシャ…ゴクン…」 翔「ガーちゃんおいしかった?」 京華「おいしかった?」 ゲンガー「・・・」コクコク 翔「本当?よかったー!!はーちゃん!ガーちゃん喜んでくれたよ!」 ここはゲンガーの気持ちを汲んでやるべきだよな。 八幡「そうだな。ガーちゃんのためにありがとな。」 俺は翔の頭を優しくなでると翔はえへへと笑う。 京華「ガーちゃんが喜んでくれてよかったね!翔君!」 翔「うん!」 そんな会話をしているとゲンガーは二人の隙を見て先ほど水をためた池まで走っていった。 本当にお疲れ様です。ご褒美に後で手作りポフィンあげるからな。 ゲンガーが池で水をがぶ飲みしているのを横目で見つつ二人にゲンガーの姿が見えないように二人を抱きしめ視線を遮る。 お前の努力無駄にはしないぞ。 二人を抱きしめていると二人は頭にはてなマークを浮かべていたが考えるのをやめたのかキャッキャ騒ぎながら俺に抱き着く。 やはり俺の妹と弟が可愛いのは間違っていないな。って、俺はいつの間にかこの二人を兄妹として認めていた…だと!? 小町ごめん…この二人には勝てなかったよ…ビクンビクン 沙希「おーい!三人とも!!お昼ご飯できたよー!!ポケモン達連れて戻っておいでー!!」 運動場と店を仕切る扉からエプロン姿の沙希がお玉をもって大声で叫んだ。 なんていうか主夫みたいだな… まぁ、沙希は小町いわく嫁度という数値がかなり高いらしいからな。主夫に見えてもしょうがないと思う。しょうがないよな? 翔「っあ、さーちゃんが呼んでる!!はーちゃん行こ!!」 京華「けーかお腹すいたー!」 八幡「あいよ、そんじゃポケモン達集めていくか。手伝ってくれるか?」 俺がそういうと二人は元気にはーいと返事した。いい返事だ。 ふと、池の方を見るとそこにはゲンガーはもういなかった。後ろを見ると影の中に赤い目が二つこちらを見つめていた。 どうやら無事だったみたいだな。 とりあえず沙希も待っているしポケモン達を集めて店に戻りますか。 [newpage] ポケモン達とご飯を食べた後、俺と川崎ペアと川崎の両親ペアで別れてポケモン達を鍛える。 今回の練習内容はポケモン同士で模擬戦をするといっった内容だ。 八幡「トゲピー!!サイコショック!!」 トゲピー「チョケピ!!」 俺が指示を出すとトゲピーはニコニコしながら紫色のオーラのようなものを出して対戦相手のピカチュウに攻撃する。 沙希「ピカチュウ!よけて!!」 ピカチュウ「ピカ!!」 沙希がそういうとピカチュウはジャンプしてよけた。 沙希「そこから電光石火!!」 ピカチュウ「ピカピカピカ…ピッカァ!!」 ピカチュウは着地するなり四つん這いで素早く走りトゲピーに突撃する。 トゲピーはピカチュウに攻撃されて少しよろめく。 八幡「大丈夫か!?」 トゲピー「トゲピィ…!!」 少しふらふらしているがまだ大丈夫なようだな。 やはりレベル差や機動力からして少し厳しいか。だが、まだあきらめる時じゃない。ここは一か八かかけるしかないな。 八幡「トゲピー指をふる!!」 トゲピー「チョッギプリィィィィィィィィイ!」 指をふるはランダムに技を出す技だ。技は体当たりなどの弱いものから破壊光線などの強い技まで数多くある。うまくいけば一発逆転の技が出るかもしれない…のだが… トゲピー「・・・・。」フリフリ トゲピーは指を振るが何も起きない。まさか不発か?いやそんなわけないよな。 今までトゲピーの様子を見ていた沙希だったが何も起こらないと踏んだのかピカチュウに指示を出した。 沙希「今のうちに方をつけるよ!ピカチュウ!ボルテッカー!!」 沙希の指示を受けてピカチュウは一度トゲピーから距離をとってから先ほどの電光石火と同じように走る。だが、今回はピカチュウに周りは電気が流れておりピカチュウは黄色に光っていた。 あれは自分もダメージをおう捨て身技だが威力がすごく高い技だ。まともにくらえば確実に戦闘不能になるだろう。俺はトゲピーに逃げるよう指示を出したがトゲピーはその場から動かず指を振り続けている。 駄目だ、ぶつかる。俺はせめて吹っ飛んだトゲピーをかばえるようにとトゲピーが吹っ飛ぶであろう方向で構える。 後数秒でぶつかる。3・・2・・1・・ ピカチュウ「ピッカァ!!」 トゲピーとピカチュウが衝突した瞬間、砂煙がまいそしてなぜかピカチュウが吹き飛んだ。 沙希「っな!?ピカチュウ!!」 沙希はピカチュウの下に駆け寄りピカチュウの様子を見る。 沙希「・・・これは戦えそうにないね。勝負はトゲピーの勝ちだよ。おめでとう。」 八幡「お、おう…てかいま何が起きたんだよ。」 沙希はピカチュウに傷薬を使って傷を治しながら俺の方を向いて言う。 沙希「多分だけどトゲピーが指をふるで出した技はカウンターだと思う。ピカチュウが突っ込んだ瞬間なんか透明なバリアみたいのにぶつかって吹っ飛んでったから。」 なるほど…カウンターか。確かにそれなら先ほどの状況にも合致する。 トゲピー「チケ、チケ!!」 こんな無邪気な笑顔でなんて策士…トゲピー恐ろしい子!! ・・・ ・・ ・ 一通り模擬戦を終わらせ一度、徒歩一分のところにあるポケモンセンターで傷を治してもらった後、おやつに俺が作った手作りポフィンをあげるとポケッチの画面には15時14分と表示されていた。そろそろお昼寝の時間だな。 うちではポケモンを鍛えた後、お昼寝の時間がある。まるで保育園だが、預かっているポケモンに何かあったら困るからな。適度に休まなければ。ついでに言うとこの時間は従業員も寝れるので俺にとっては最高の時間だ。お昼寝タイム最高。 俺は皆がおやつを食べ終わったのを確認した後、みんなを集め、通称お昼寝部屋に移動させる。 お昼寝部屋に着くと部屋はクーラーもつけてないのに涼しかった。今日もゲンガーはここでお昼寝するみたいだな。 一緒に来た沙希と京華と翔は布団に横になる。 他のポケモン達も各々横になっていた。 さて、あとはあいつを出すだけだな。俺は腰回りしまってあるモンスターボールを一つ取り出し中で眠っているポケモンを出す。 モンスターボールがパカっと開き白いビームのようなものが出るとそこから風鈴のようなポケモンが出てくる。 こいつはチリーンだ。少し前にこの店で例のクソトレーナーが置いてったポケモンの一匹だ。俺はわけあってこいつの面倒を見ることになったんだがどうもこいつは俺になつきすぎなんだよな。もしチリーンが人間だったらヤンデレになっているレベルだと思う。いやマジで。 その証拠に今現在、モンスターボールから出てくるなり俺のほっぺたに頭(?)をすりすりさせてくるしな。なに?お前犬なの? 八幡「ほらチリーン。いつもの頼む。それが終わったらいつものようになでてやるから。な?」 俺がそういうとチリーンはニコッと笑って俺から離れる。俺はいつものように京華の隣で横になると京華は「はーちゃんぽんぽんしてー」と甘えてくる。俺はあいよと返事した後、お腹あたりをポンポンと優しくたたく。 ふと、近くで丸くなっているパチリスを見るとパチリスは俺の手にすりすりと頭をさすりつけてきた。お前本当にリスなの?もうこれ完全に犬だろ。マジで改名しちゃうぞこら。 チリーン「チリチリーン♪」 俺がパチリスの新しい種族名を考えているとチリーンは部屋の真ん中あたりで宙に浮くと体を揺らし始めた。 ちりん…ちりん… 身体が揺れるのと同時に風鈴のような綺麗な音が部屋に響く。 これは癒しの鈴だ。本当はバトル中に使う技なんだがうちではこうして寝る時の子守歌にしている。 これがまたすごく落ち着くのかみんなすぐに寝てくれるんだよな。実際にさっきまで頭をさすりつけていたパチリスがもう寝ている。あまりにも早い寝落ち…俺じゃ無かったら見落としてたね。 そんなことを思いながら京華をぽんぽんとたたいていると向かいで翔をぽんぽんとたたいている沙希と目があった。 沙希は俺を見つめたまま二人を起こさないように小さな声でいつもありがとね。といった。 それを聞いた俺は、顔が急激に熱くなるのを感じた。あっれれ~おっかしいぞ~?なんでゲンガーのおかげで体温も下がっているはずなのにこんなにも顔が熱いんだ~? これってもしかして妖怪の仕業なのか?一時期ポケモンを超えたともいわれているあの伝説の赤猫の仕業なのか!? って、そんなことないか。ベー沙希さんそれは不意打ちだわ。なに?何でつんつんしてるくせにこういう時にそういうことしちゃうの?そういうのが幼馴染を勘違いさせて告白した結果ふられその後気まずい空気になって疎遠になるんだよ。って、振られちゃうのかよ…いや、別に好きとかじゃないから告白しないけどね?沙希のことは好きだがこれは恋愛ってよりは家族としてみたいな感じだしな…多分。きっと。 俺はとりあえず「お、おう」と適当に返事して目をそらすように京華の頭をなでた。 いつのまにか寝てたのかすぅ…すぅと可愛らしい寝息を立てていた。流石チリーンの癒しの鈴だな。京華たちとポケモン達に効果は抜群のようだ。 実際に俺にも効果は抜群のようでさっきまで顔が熱かったのに今はめっちゃ眠いしな。 俺は最後京華の頭をなでるとそのまま眠りについた。 [newpage] 時刻は夜の20時。育て屋川崎は閉店の時間である。 俺は夜ご飯を食べ終わったポケモン達をモンスターボールに戻し、朝にきたモンスターボールを保管している部屋に行き、元あった場所にモンスターボールを置く。 全て置いた後、扉の鍵を閉めてからカギを仕事が終わり私服姿になった沙希に渡す。 沙希「今日もお疲れさま。」 八幡「おう、お前もな。」 沙希「これ、今日作った肉じゃがのあまりだけど明日の朝ごはんにでも食べて。」 沙希は俺に肉じゃがが入っているであろうタッパーを差し出す。 沙希の肉じゃがはうまいからな。今日の夜にも従食として食べたが二日連続で食べても全然入るレベルだ。何なら一週間で大丈夫なまである。 まぁ、くれるというならありがたくいただこうじゃないか。 八幡「サンキュ。それじゃあ今度、お礼に手作りポフィンとクッキー作ってくるわ。」 沙希「本当?ありがとう。助かるよ。」 八幡「いや、助かっているのはこっちの方だろ。一人暮らしの男にご飯作ってくれるとかお前何?神なの?ラーの翼神竜なの?」 いや、どっちかというとオベリスクの巨神兵か?どちらにしろ、神のカードには変わりないな。 沙希「またよくわからないことを…まぁ、いいや。それじゃあ私は京華たちを寝かしてくるから。それじゃ、お休み。」 そう言って沙希は小さく胸あたりで手を振る。その姿が…その、なんていうか…あれだ。めっちゃ可愛いんですよ。えぇ…なんでこういうことしちゃうんですかね。マジで勘違いするからやめろ。 八幡「お、おう。おやすみ。」 俺は受け取ったタッパーとたたんだエプロンを手に持ち沙希の両親にお疲れさまでしたと挨拶をしてから店を出た。 外に出ると月明りが優しく俺を照らす。ふと、空を見上げると雲一つない満天の星空だということに気が付いた。綺麗な星だな。 こんな日は右目がうずく…なんてことはなく俺はそのままここから少し離れたところ(徒歩3分)にある家に向かう。 そうだ、さっき約束したポフィン何作るか考えないとな。後、クッキーもだな。京華たちの分も作るとしたらかなり材料が必要だし今度買い出し行くか。 俺は満天の星空を見ながら沙希にどんなポフィンを作ってやるか考えながら帰路についたのだった。 終わり?
お待たせしました!<br />前々から告知していたフォロワー900人突破の記念クロスオーバーSSです!<br />育て屋さんってどんな風に育てるんだろうと考えながら書きました。<br />育て屋さんについてそこまで詳しいわけではないのでおかしい点等ありましたらコメント欄かメールでお願いします。<br />また、今回は色々とありましてカラカラは出せませんでした。すみません!許してください。何でもはしませんから!<br /><br />続きは書くかどうかは希望があり次第ですかね。<br /><br />最後に感想・誤字脱字等ありましたらコメント欄にお願いします。<br /><br />コメントをもらうとうぷ主が泣いて喜びます。<br /><br />2018年09月01日~2018年09月07日付の[小説] ルーキーランキング 3 位に入りました!<br />2018年09月02日~2018年09月08日付の[小説] ルーキーランキング 15 位に入りました!<br />2018年09月07日付の[小説] 男子に人気ランキング 5 位に入りました!<br />2018年09月08日付の[小説] 男子に人気ランキング 70 位に入りました!<br />ありがとうございます<br /><br />日常ツイートと妄想や落書きのツイートしかしていませんがもしよろしければツッタカターもフォローしてください。<br /><br />Twitter→<a href="/jump.php?https%3A%2F%2Ftwitter.com%2F" target="_blank">https://twitter.com/</a>
1話 ポケモンブリーダーの1日
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病院内の庭園をチャペルに見立て、救命スタッフがほぼ総出で藤川と冴島の結婚式を執り行った日の夜。 新郎新婦以外の同期とフェロー達は、めぐり愛での二次会に興じていた。 主役のいない二次会に意味あるのか、と突っ込みながらも藍沢は律儀に顔を出し。 それぞれの旅立ちを控え、寂しさを紛らわすかのように (そこはメリージェーン洋子の働きも大いにあるのだが) 先輩後輩の分け目なくはしゃぎ、夜通し語らい尽くした。 気づけばもう近くの駅では電車も始発が動き始めるような時間。 店を出た藍沢、白石、緋山の三人は、夜明けの空の下を歩いていた。 吐く息の白さに、酔いも覚めていく。 12月の澄んだ空気の中で、お互い何を話すでもなく、穏やかで心地の良い時間に包まれる。 やがて翔北の建物をバックに、ヘリポートがみえてきた。 「…結局、歩いちゃったね。」 「そうだね…」 白石と緋山の交わす何気ない会話に、藍沢は何も言わず 白んできた視界の先に浮かび上がるヘリの機体をただじっと見つめていた。 「…あれー、どうしたんだよ、お前ら?」 その声に三人が振り返ると、前日にみんなの前で式を挙げた藤川と冴島の姿があった。 「結婚式のあとなのに、藤川先生も冴島さんも夜勤お疲れ様。…昨日あのあとみんなでめぐり愛で飲んでたんだけど、こんな時間になっちゃったし、このまま朝カンファの準備しようかと思って、ね」 「お前ら、ほんっとに病院好きだよな〜」 呆れたように笑いながら、藤川と冴島二人の足も、白石達につられるように自然とヘリポートへと向かう。 橙色の朝日に照らされ始めたドクターヘリの前で、全員が佇む。 ここが、すべての出発点。 五人にとっての、原点。すなわち、還る場所でもある。 漂う静寂を縫うように、冴島が言葉を紡いだ。 「そういえば藍沢先生、トロントへは今日、出発では?」 「…ああ、朝のうちにな」 「慌ただしいですね。」 「でも、楽しみだね。」 寒さに首を竦めながら緋山が呟く。 「外人相手だからってビビんなよ?耕作ちゃん」 茶化しながらも藤川なりのエールを送る。 「絹江さんが知ったら、きっと喜んでくれただろうね…」 唯一、白石は彼の亡くなった祖母に言及した。 実際もし存命であれば、海外の高名な大学から招聘されるまでになった孫を、どんなに誇りに思っただろうか。 「そうだな…」 目を細めてヘリを見つめるその後ろ姿を、白石が優しく見守る。 「でも、十分だ。お前たちが知ってくれていれば。」 「あら、めずらしく素直ですね、藍沢先生?」 「出会ってから十年……時間にすればお前たちと一緒に過ごした時間が誰よりも一番長い。もう、家族みたいなもんだろう」 「…向こうには二年だっけ?」 その場の空気のむずがゆさに、思わず緋山が問いかける。 「ああ、少なくともそれぐらいにはなると思う。」 「じゃあさ、二年後の今日、またここにみんなで集合ね!」 「無茶言うな、相変わらず。」 無愛想ながらも藍沢の口元には笑みが浮かぶ。 「無茶じゃないわよ、ねえ、白石?」 ふいに話を振られたからなのか、少し動揺した様子で白石が応える。 「う、うん、そうだね。こうして集まれるといいね、」 「集まるの!はい、ゆびきりげんまん。」 「えー?もう、緋山先生ったら、」 「あ、そっちじゃない、左手!」 ポケットから右手を出そうとした白石を、緋山が先に制する。 「え、どして?」 「ゆびきりげんまんは左手でする方が叶いやすいのよ。」 「そうなの?」 その言葉に白石が素直に出した左の掌は、緋山によってあっという間に絡め取られた。 「藤川、あんたもいますぐ藍沢とゆびきりげんまん!左手でね?」 緋山からの指令に、藤川が反射的に傍に居た藍沢の腕を取ると、藍沢自身も特に抵抗するでもなく大人しく左の手を差し出した。 翔北一器用なその外科医の掌を掴んだまま、宙を見つめて藤川の動きが止まる。 一方の緋山は白石と小指同士を繋いだ状態で、してやったりという表情とともに満足そうに笑みを浮かべた。 過酷な経験を経てきた医師とはいえ、女性であるがゆえにそのどちらも華奢な指先に触れるのは、薬指に光る真新しい銀白色の輝き。 しまった、と頬を染めて狼狽える白石の様子を他所に、緋山は嬉しくてたまらないといった風に彼女をそのまま抱き締めた。 「おっかしいなーと思ってたのよね、だってめぐり愛出てからずっとポケットに手突っ込んだまま歩いてるんだもの、藍沢も白石も。」 「そ、それはほら、ささ、寒かったから…!」 「昨日の酒量から血中アルコール濃度考えたら別にかじかむほどじゃないわ」 素で返され、何も言い返せなくなる。 「え、緋山先生、もしかして左手の方が、っていうのも、」 「ゆびきりげんまんなんて、どっちの指だっていーのよ」 まんまとしてやられた感の白石に、緋山は改めて抱きついた。 「なんだよ、いつの間に?」 同じようにこちらは男同士で小指を絡めているのもなんとも不思議な光景で。 カツン、と互いの薬指に塡められたものが軽い音を立てる。 「…お前に教えてもらったんだ、藤川。 大切な人に胸を張って大切だと言えることが、いかに尊いものか。」 「遅せーよ、気づくのが。」 「だがこうして間に合った」 「なによなによ、なんなのよ。 まあ、あんた達がカウンターでなんかいい感じになってたのはわかってたけどね。」 めぐり愛での終盤、緋山がフェロー達を奥のボックス席に従えていったのはそんな彼女なりの、互いに不器用で奥手な同期二人への気遣い。 「ああ、恩に着る。」 「しっかし、この場でみんなしてなに、揃って独身卒業宣言?」 不服そうに顔を顰めてカバンをぶんぶん振り回す緋山に、白石が慌てる。 「やだ、緋山先生、別にそんなんじゃ、」 「なーんてね。…『誰かと一緒に生きる人生って、素敵だなって思う』  前にさ、白石、そう言ってたよね。  あの言葉、意外と響いたし、今なら素直に賛同できる気がする。」 緋山は徐ろに自らの首元に手を回すと、シャラ、という乾いた音と共に、付けていたネックレスを白石の目の前に掲げた。 「それ…?」 「緒方さんにもらったの。普段、指にはアクセサリー付けない派だから、こうして身につけてるんだけどね。」  たまには填めてやるかー そう言うと緋山は銀色の鎖から外した指輪をそのままするりと自らの薬指に通した。 「はーい、みんな手ぇ出して!」 ヘリの前で手を掲げると、緋山が楽しそうに声を挙げた。 「二年後の今日!ここに集まること!約束ね?」 「ゆーびきーりげんまん、うーそついたら、」 「「「針千本のーます!」」」 「そんだけ針飲まされたら、挿管できないね・・・。」 「え、そこ?」 そしてさらに賑やかになった三組の家族が集うことになるのは、ちょうど二年後の今日のこと―       
関西や北海道地方にお住まいの方々、ご無事でしょうか。<br />天災が多いように感じます。どうかご自愛ください。<br />このタイミングで上げるのも躊躇いがあったものの、寝かせると忘れそうなので投げさせてください・・。<br /><br />劇場版の時期なので季節は冬です。微妙に映画のネタバレになってそうな気もするのでお気をつけください。<br />ネットニュースで5人が歩いているカット画像だけみて妄想・・・。2人とも手隠してるのってそういうことでいんだよね?藍白しんどい。万歳。
ゆびきり、げんまん
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ハチマンside 「おーい、せんせー、大丈夫?」 「うぅ~ん…」 気絶したシズカさんを担いでハルノさんたちと合流した後、俺も近くの木に寄りかかり休む。気絶したシズカさんはメグリ先輩がを介抱してくれている。ハルノさんはというとなぜか俺の隣でただ黙って座っている。 き、きまずい…つーかなんでこの人俺の隣に座んの?俺なんかしたか? この状況の原因を考えていると、ハルノさんが口を開いた。 「ねぇヒキガヤ君」 「ひゃ、ひゃい!何ですか…」 突然話しかけられたことにより、思い切り噛んでしまった。くそっ恥ずかしい/// 「シズカちゃんのあの技…どうやって防いだの?」 「!!シズカさんの拳が外れたんですよ。偶々です。」 「嘘…シズカちゃんの能力は私も知っている、あれはまともに食らえば堅ではおよそガードしきれない、何より強化系を極めたシズカちゃんの拳はたとえ外れたとしても、あんな近距離に居ればかすり傷くらいは負うはず、なのに君の体にはそれらしき傷はない…どうして?」 この人やっぱり苦手なタイプだな…さてどう誤魔化すか…テキトーな言い訳の通じるタイプじゃないしな… 「俺の能力は自分の身を守るタイプなんですよ。俺が無事なのはそのせいですよ」 こういうタイプには嘘は通じない、だから嘘はつかず真実を少し曲げて言えばいい。 「ふ~ん、そっか・・・」 う~ん、こりゃぁまだ疑っているな。だが俺の能力をペラペラ話すわけにはいかないからな。俺の回答に納得はしてないようだが、ハルノさんはとりあえず納得したようで、立ち上がり服を軽くはたくと、メグリ先輩のほうに歩いて行った。 「ちょっと警戒するべきか…」 ハルノさんに対する警戒心を強めながらも、後を追うように俺も立ち上がり、シズカさんのほうへ向かっていった。 [newpage] 「すまなかった!!」 目を覚ましたシズカさんはすぐに現状を理解して、俺に謝罪をしてきた。 「いいっすよ別に、ケガしたわけじゃないんで」 「いや、戦いにかまけて本分を忘れるなんて教育者として失格だ」 いやーほんとに気にしてないんだけどな…こういうところはシズカさんの良い所であって悪い所でもある。 それにシズカさんは落ち込むと長いし大変なんだよな… 「落ち込まないでくださいシズカさん、俺は無事、それでいいじゃないですか。」 「だが…」 「そうだよ、シズカちゃん!誰もケガしてないんだからいいんじゃない?」 「そ、そうですよ先生、元気出してください!」 「ううっお前たち…よし!では授業を再開しよう。」 みんなで励ますとやっと立ち直ってくれた。 「先ほどの戦いで二人とも当初のヒキガヤの実力は確認はできたか?」 あ、そうか、それが目的だったな。俺も忘れてたわ。ハチマンウッカリ! 「はい、すごかったです」 「うん、さすがにあれを見せられたらね…」 「うむ、見た通りヒキガヤは私と同等の念能力者だ。一時は一緒に修行もしていたくらいだからな」 「え?そうだったんですか!?」 「あれ?じゃあ、ヒキガヤ君ってすでにプロなの?」 「ん?あぁそうだぞ」 えー…ナチュラルに俺の個人情報バラされたんけど…一応俺の情報はトップシークレットなんだけどなぁ… 「へー、ほんとにすごいねヒキガヤ君!!」 「シズカちゃんと同レベルの念能力者でプロのハンターってヒキガヤ君って本当に何者?」 ほらみたことか、2人が興味を出してきちゃった。俺は黙ってシズカさんをにらむがシズカさんは気づいてないようだ。 はぁ~まぁ、ハンターとしての情報くらいならしゃべってもいいか…別にジンじゃねぇんだから。 「ヒキガヤは本当にすごいんだぞ。この若さで私と同じ二つ星のハンターだからな」 なんでシズカさんが自慢げにしてるんだ…まぁ褒められて嫌な気はしないけどな 「でもヒキガヤって名前あんまり聞かないような…」 「あぁそれは俺が意図的に痕跡を消していたのと、単に影が薄いってだけです…」 思い出すなぁ…影薄すぎて依頼人にすら気づかれない時もあったなぁ… 「な、なんかごめんね…」 「いいっすよ別に気を使わなくても…」やめてめぐり先輩!俺をそんな哀れみの目で見ないで!! 「で、でもなんで態々痕跡を消してたの?」 「ん~特に理由はないです。強いて言えば目立ちたくなかったからですかね」 へたに目立って変に絡まれても困るしな。それにあいつに居場所がばれると大変なんだよな… 「え~もったいない気もするけどな」 「まぁ、変に情報バラまくと狙われることもあるからその対策でもあるんじゃない?」 「うむ、そうだな。プロになれば遅かれ早かれ多くの者に狙われる日が来る。特にハンターライセンスを狙うものは多くいるからな。プロになったものにとってライセンスは命の次に大切なものだ、実際ハンター試験の合格者に与えられる試験の中にはライセンスを守り切ることも含まれているしな」 ライセンスをうっぱらっても大した額にはならん気もするけどな、たしか一億ちょいだろ、たいした額じゃねぇのにな… 「私も早くほしいなぁ~ライセンス…」 あ、そっかここの生徒は全員アマチュアか…まぁ念能力使いこなしてる時点で、プロと遜色ないけどな。 「あ、私も欲しい!シズカちゃ~ん今年は受けていいでしょう?」 「ふむ、まぁいいんじゃないか、君たちの実力なら合格はまず間違いないだろうしな。」 「ほんとですか?!やったぁ~ハルさん私たちハンターになれるんだよ!!」 「やったぁ~シズカちゃんありがとう!!」 2人はよほどうれしいのかシズカさんに飛びつき抱き合っている。なんか変な気持ちになるな…/// はっ!いかんいかん!俺はいったい何を考えているんだ…so coolだ俺! 「まったくお前たちは、はしゃぎすぎだ」 「はーい」 「ごめんなさい」 シズカさんに引っ付いているのを無理やりひっぺはがされて少し不機嫌そうにしている2人。俺も正直ちょっと残念です… 「む?もうこんな時間か…仕方があるまい今日はここまで、次の授業に遅れるなよ」 チャイムの合図がなり、どうやら授業が終わったようだ。ってか全然授業じゃなかったな…いいのか?これ… しっかし、ハンター試験かぁ、近いのだと一月後か、だとするとあいつ絶対いるよな…大丈夫か?あの変態ピエロなら100%絡んでくる…前でのほうで楽しそうに話す2人を見ているとなぜか少し懐かしく思えた。 「年上だが、おれのほうが先輩だし、いきなりクラスメイトに死なれても困るから一応忠告はだしておくか…」 そう思い、俺は数少ない連絡先から、気に食わない一人の殺人鬼に電話を掛けるのであった。 [newpage] あとがき こんばんは、どうもなるです。 いやぁ~思ったより話進まなくて悲しいですな。皆さんよくそんなに文章書けますよね… 才能を分けてほしい気分です。
第四話
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ピンポーン。 来客を告げるチャイムが鳴り、玄関の扉を開けると、そこにはアルトリアさんが立っていた。 「立香くん、このあと時間はありますか」 いつもの、笑顔で明るいアルトリアさんとは違う、真剣な顔をした彼女。 何か分からないが、とにかく何か重大なことがあるのだと知り、こちらも相応の姿勢で彼女を招き入れた。 とりあえずソファの方に案内したのだが、なぜか彼女はそこに座らず、テーブルの近くの床で正座をするのだった。 向こう側を向いているので、表情は見えない。 「……………」 「……………」 そして沈黙が続く。 彼女は息を整え、何かを言わんとしようとしているようだが、どうにも踏ん切りがつかないよう。 流石に痺れを切らし、何か声をかけようか、と思った時。 「立香くんは、少々大人すぎます」 彼女は急に、俺について苦言を言い始めた。 「え?」 「立香くんはまだ大学生なのですから、もっと身の丈にあった振る舞いをするべきです」 まさか振る舞いについての指導をしたいがためにここに来たわけではないのだろう。 そして彼女はずっと反対側を向いており、どんな意味を持って話をしているのかが分からない。 しかし、どんな意図があれ、彼女は決してでたらめを話しているようには思えない。 服が似合わない、というのは、確かな発言なのだろう。 「それは…俺が、まだ子供…だということですか?」 自分がまだ弟分として、見られているかどうか。この質問は怖かったけど、でも確かめなければいけないことだと思ったのだ。 「そう言いたいのではありません。 君は、きっともう昔の頃の君とは違うのでしょう。 ですがそれでも、社会的に見れば大学生。 自分のしたい振る舞いをするのは大事ですが、相手が自分をどの立場としてみているかによっても、それを変えなければいけません。 大学は一度きりなのですから、もっと交流し、たくさんの友を作り、そしてそう言った友人たちと過ごすことに時間を割くべきです。 君は決して遊んでいないわけでないでしょうし、話す友もいるのでしょう。 しかし、家に友達を連れてきたことは一度も見たことがなく、バイトがある時以外は、いつも決まった時間に帰ってきて、どこかに寄り道するわけでもない。 勉学はきちんと励んでいるというのは良いことですが、そればかりに力を入れれば良いということではないのです。 大学は学ぶ場所です。それは勉学においてだけでなく、自由な環境で気の合う友達を見つけること、サークル活動などで自分の趣味を誰かと共有すること、そしてーー誰かと恋を育んでいくこと。それらも学びの一環です。 社会に出てから、そういったことを学ぶ機会は大きく減ります。 だから、今はもっと大学生活に目を向けるべきなのです。」 ーー私なんかに、時間を割くのではなく。 「貴方には遊び、学びがなさすぎる。 もう子供ではないとはいえ、そんな身の振り方をするには、いささか早すぎるのです。 そういった振る舞いは、もっと大きくなってからやればいい」 そして彼女は一息置いてから、 「立香くんはまだ、成長途中なのですから ーーそうやって焦って、大人になるべきではないのです。」 と、答えた。 …『焦って大人になるべきではない』 と彼女は言った。 彼女には『大人として見てほしい』という考えを、とうに見抜かれていたのだ。 ーーそしてそれはまだ不釣り合いだと。 …悔しかった。 大人ではない、と言われたことにではなく。 自分が大人に見られようと必死になっているところを感づかれてしまったところだ。 出来る限り余裕のある態度を取ってきたはずだったが、彼女にはそれが、頑張って背伸びしているように見えたのだ。 そして、出来るだけ彼女に近づきたいと、見栄を張ってきた部分があるのはまぎれもない事実だった。 …でも、なぜ彼女はいきなりこんな話をしてきたのだろうか? 俺がまだ大人になりきれていないということ。 確かにそれは、俺にとっては大事な問題である。 ーーしかし、彼女の視点から見たらどうか? 彼女は俺と近い関係性ーー姉弟としてーーで接してくれていたけれども、それでも、こういう風に人のあり方に口を出されたことは一度もなかった。 かつて内気で一人家で遊んでいた俺を外に誘ってくれた時も、『もっと友達を作りなさい』だとか、『子供なのだからちゃんと外で遊びなさい』などとは言わなかった。 彼女はあくまで、外に出ることや友達を作ることを強制したわけではない。 彼女は、俺が変わる機会を与えてくれたけれど、変わるかどうかは俺の意志に委ねていたのだ。 だが今は、直接的に俺のあり方を注意している。 それは、大人になろうとするな、と強制しようとしているということだ。 もちろん、この忠告を余計だとか、そういうことを言うつもりは毛頭ない。 理由がどうであれ、彼女はそうされることを嫌だと思っているからだ。 でもーー彼女は何故、こんなことを言ったのだろうか? 本人の意志に口を出さないはずの彼女は、何が理由でこんなことを言ったのだろうか? 「そう、ですね」 それを探るために、とりあえず話の続きを促さなければ。 「確かに俺は、ちょっと焦りすぎてたかもしれないです。 アルトリアさんの話は、大学生なのだから大学生らしくしろ、というような簡単なものではないのですよね。 いざ社会に出たら、今のように友達を作るにしても、趣味に没頭するにしても、勉強するにしても、もちろんできないことはないとは思いますが、大学生の時よりも制限されてしまいますし。 今が一番学べる時期なのだから、もっと大学生活に力を入れるべき、というのは最もだと思います。 サークルに入るとか、自分の趣味に浸るとか、そういうこと、忘れていた気がします」 一通り話すと、彼女はそのままうんうんと頷いた。 そして、それから彼女は口を開いた。 「そうですね、立香くんは物分りが良くてとてもよろしいです。これを機に、サークルなどに入って、もっと広い友好関係を築いてくださいね。 そうなると、サークルで忙しくなるでしょうから。 私、君がここに来てからずっと君の時間を奪ってしまっていましたね、すごく申し訳なく思ってたんです。」 そんなことない、と言おうとすると。 捲し立てるように、彼女は衝撃的な発言をするのだった。 「だから、私ここを引っ越そうと思うんです」 「えっ……?!」 こっちを振り向いて、笑顔でそういってきたのだ。 「ま、待ってください、迷惑だなんて一度も思ったことがないです、アルトリアさんと一緒にいた時間はすごく、 すごく、楽しかったと言おうとしたところで、彼女は俺の声をかき消すような大きさで、 「大学生からここ過ごしてたんですよ、私! 家賃が安いからってうだうだ住み続けてましたけど、社会人になったんですから、もうちょっと良い家買わないと恥ずかしいんですよ〜!」 衝撃的な発言を、不自然なほど明るい声で言う彼女に戸惑いを隠せなかった。 「ちょっと待ってくださ」 話が急展開でついていけず、彼女を呼び止めようとした。しかし、今度もまた、彼女は声を重ねてきた。 「全く、キミの姉だと言うのに、私はだらしないですね!」 「アルトリアさ、」 「キミも弟分として恥ずかしいですよね! 私ももっと良い大人になれるよう精進しなければっ!」 「話をっ」 明らかに話を遮られていた。 俺には何も話させない、俺の言うことを聞かないと言わんばかりの姿勢。 引っ越しの話題を出したかと思えば、急に態度がおかしくなった。 (俺に、言われたくないことが、ある…?) 一体何が彼女をこうさせるのか。 まだちゃんと聞けてない。 まだちゃんと話せてない。 そう、考えていると。 「あっ、もうこんな時間ですねっ! わ、私明日も仕事ですから、そろそろ帰りますね!今日は突然押しかけてごめんね立香くん!そろそろお暇します!」 彼女は逃げるように立ち去ろうとする。 だめだ…!このままじゃ彼女の気持ちが分からないまま終わってしまう! ーー違う、そんなことよりも…! ーー俺の伝えたい事が、伝えられてない…っ!! 「………立香くん、どうしたんですか」 まるで何かを堪えるかのような、不自然な笑顔で彼女は聞いてきた。 「待ってください」 俺は、いつのまにか、彼女の手を握っていた。 「ちょっと…痛いです」 彼女を逃さないようにと、強く握っていたようだ。 「ごめんなさい…でも」 手の力を緩めて、俺は言葉を続けた。 「その前に、あなたに伝えたいことがあるんです」 その言葉を聞いた瞬間、限界まで取り繕っていた笑顔の仮面が剥がれ、彼女の表情は、怯えるようなものに変わった。 「は、はなして…くれませんか」 不自然に元気な声ではなく、弱々しい、触れれば壊れてしまうような声。 「嫌です」 それでも、俺は強い意志を持って言う。 彼女はますます怯えたようになり、消え入るような声で『嫌』と、何かを拒否するように弱々しく首を横に振った。 …彼女は、気づいていたのか。 言われたくなかったことというのは、この気持ちのことだったか。 それでも、それを知っても。 後先のことなど考えず、この気持ちを伝えたいと思ってしまうのは未熟者のやることなんだろうな。 「好きです、アルトリアさん」 [newpage] 彼女は、その言葉を聞いて。 「…それ、分かっていっているのですか」 弱々しかった声とは打って変わって、低い、怒りを秘めた声。 「軽々しく、好きなんて言わないでください」 今度は強い力で、手を振りほどかれた。 「キミは勘違いしているんですよ、それは好きなんかじゃなく、大人に対する憧れというものです」 彼女から聞かされた言葉。 前の俺なら胸に刺さっていたかもしれないが、はっきりと好きだと自覚できている今は、それを否定することが出来た。 「俺は、そんなつもりじゃないです」 しかし、それは彼女に届くことはなかった。 今の彼女は、俺のことを盲目的だと思っている。 目先のことをとりあえず否定しているんだろう、と捉えられたのかもしれない。 ただ、真っ直ぐに言っておきたかった。 俺は確かにまだ未熟で、恋愛の上手いやり口なんて知らないから。 それを聞いた彼女は、大きく顔を歪めた。 そして、何かを決意するようにして、声を大にして叫んだ。 「いつも君は、ませた態度で私に接してきて… 私が姉分だからってちょっと調子乗ってもいいって思ってたんでしょうかね、所詮赤の他人だっていうのに… それを何勘違いしてんだか、いっつもいっつも気取った態度で接せられて…恋人ごっこに付き合わされて、こっちも迷惑なんですよッ!!!!」 今の彼女は、俺の気持ちは単なる憧れなのだと、そう思っている。だから、その誤解を解くために、何を言われても耐えて、誤解を解こうと思っていた。 ……しかし流石に、今のはかなり胸にきた… ぐっと苦しくなるのを抑えて、俺は彼女に目を向けた。 「迷惑…ですか。 それなら、何故もっと早くに言わなかったのですか。 なんなら誘いを断ることだってできるはずです」 「そんなの決まってるじゃないですか、隣で暮らすのですから、下手に騒ぎを起こしたくなかったからですよ」 ぐっ、と来る言い方ばかりだが、ここでは引けない。 「前にアルトリアさんが一緒にゲームで遊びましょう、なんて言ってきたことがありましたね。 それだって、貴方がゲームを部屋から持ってきさえしなければ、俺とゲームする必要なんてなかったはずですよ。 下手に騒ぎを起こしたくないという言い分は理解できますが、だからといって嫌な相手に自分から誘いをかけて、無理に仲良くする必要もないはずです」 すると流石に彼女も言葉に詰まった。 何となく分かっていた、彼女はあえて傷つく言葉を言って俺を遠ざけたいのだと。 おかしいところは初めからあった。 はじめの説教も、引っ越しの話題で話を聞かなかったのも、色々なところが不自然で。 「俺は、今までのアルトリアさんと一緒にいた時間はすごく楽しかったです。それだけじゃない、アルトリアさんも、俺と一緒にいた時、楽しんでくれていたと思っています。 貴女は昔から、すごく素直な人でした。 小さい頃、カラーボールとプラスチックのバットで、二人で野球をしましたよね? あの時、俺は全然野球が上手くなかったけど、そんな俺と一緒でも貴女は楽しそうにしていて、それが本当に嬉しかったんです。 そしてまた再開できた時も、またアルトリアさんの楽しそうな顔が見れて、中身は変わってないんだなって、すごく安心したんです」 彼女はそれを聞いて、俯く。 先程までの激しい怒りは感じなかった。しかし、まだわだかまりがあるようで、ぐっと口元を歪める。 「だからっ…そういうのを…っ、年上に憧れてるっていうんですよ…ッ」 怒っているというよりは、『俺の気持ちは憧れ』だということを分かっていないのだ、といいたげな表情を浮かべている。 …ちょっと、さっきので傷ついたから、少しお返しをさせてもらおう。 「アルトリアさんは前から自分のことを姉、と言いますが、正直そこまで威厳があるかというと…そうは思えなくて…」 「なっッッ」 素で驚く表情をする。 こういう唖然とする顔を見ると、彼女は本気でそう思っていたのだな、と少し笑ってしまう。 「ど、どこがおかしいというのですかっ」 今の抗議は普通のアルトリアさんの雰囲気を感じた。 きっと俺の一言がそこまで意外だったのだろう。 「威厳のある人が、クレープ屋さんを見てよだれを垂らしたり、仕事の愚痴をついこぼしたり、人の家で、でろでろに酔っ払ったりしませんよ、…まあ、最後のは俺に非がありましたけど」 と、苦笑しながら言うと、アルトリアさんは恥ずかしさからか、少し顔を赤らめる。 「でも」 それは決して、彼女が頼りないと言うことではなく。 「アルトリアさんは、すごく尊敬できる人です。さっきも話題に出しましたが、俺が下手でも、一緒に野球を楽しんでくれたこと。 久しぶりに会っても、変わらず接してくれたこと。 料理をうまく振る舞えるかわからなかった俺に、一緒に作ろうと言ってくれたこと。 そして、威厳がないとは言いましたが、まだまだ未熟な俺を支えようとしてくれることも、とても嬉しく思っています。 ーーだから、今度は。 今度は、俺がアルトリアさんのことを支えてあげたい。 弟として貴方に接するのではなく、お互いに支え合える、対等な『恋人』としてお付き合いしたい、そう思ったんです」 対等になること。 一方が支え、もう一方がそれに縋るのではなく。 お互いに支えあえる関係として、あなたと一緒にいたいのだ。 「……………」 彼女は黙っている。 表情からは、何を思っているのかは分からない。 でも、もうさっきのように怒ってはいないみたいだ。 しばらくすると、彼女は力が抜けたかのようにへたり込んで、近くにあったテーブルに突っ伏した。 「…………さきほどは、ひどい言葉を言って…申し訳、なかったです」 そのままの姿勢で、彼女はポツリと呟いた。 「…やっぱり、結構傷ついたので、ちょっと許すまでには時間がかかりそうですけど」 と言って苦笑すると、彼女はまた少し黙り込む。 またしばらくして、声が聞こえてきた。 「立香くん…はじめの方に、振る舞いの話をしましたが」 未だ違和感の残っていた部分。 なぜ彼女は急に身の振り方についての話などをし始めたのか。 彼女は少しずつ、言葉を紡ぎ始めた。 「振る舞いとして、立香くんは大人っぽい服をよく着ますけど、もうすこし明るい色にしたほうが相応しいですし、せっかくですからサークルに入ってやりたいことをやるのも大学生っぽくていいと思います…それと同じで、恋する相手も…私みたいな青春をとうに過ぎたOLよりも、若くて綺麗な大学生とお付き合いしたほうが…君には相応しいですよ」 そう、こぼした。 …そうか、そういうことだったのか。 彼女は、自分自身が俺には似合わない、って、そう思ってたのか。 ーー違う。 それは、違う。 俺に合う合わないとか、そういう問題じゃないんだ。 もっと根本的に、そうじゃないんだ。 「アルトリアさん」 彼女はぴくっ、と反応するが、未だ顔を上げないまま、俺は話を続けた。 「相応しい格好も、相応しい言動も、俺は身についてなかったのかもしれません。だからそこは変えていくべきだなと思いました。 でも、人は装飾品じゃない。 ーー相応しいから、恋人になるのではありません。 一緒にいて楽しいから、幸せだから、辛い時はお互い支え合いたいから。 ーー好きだから、恋人になるんです」 「それを踏まえた上で、もう一度言います」 ーー大好きです、アルトリアさん。 彼女は、机に突っ伏したままだった。 話を聞いても、彼に何も言葉を返さなかった。 …いや、返せなかったのだ。 ーー彼女は、溢れそうになる涙を堪えるのに、必死だったのだから。 (……うっ……ひぐっ…ぅ) ーー勘違いだと思ってたのに。 ーーただの、年上に対する憧れだと思ってたのに。 (こんな事言われたら、嫌でも思い知らされちゃうじゃないですか……っ) 表情を見せないよう俯いたまま、彼女は彼の胸板に顔をうずめた。 彼は少し驚いたものの、すぐに優しい笑みを浮かべた。 彼女がぽつり、と呟く。 「…立香くん、さっき、私のことを支えてくれるって言いましたよね」 彼女の問いかけに、彼は安らかな声で返す。 「もちろんですよ」 「じゃあ、少しの間、胸を借りてもいいですか」 その言葉の意図は分かっている。 「はい… 我慢は、もうしなくていいですからね」 そう言って腕を背中に回し、彼女を包み込んだ。 「ありがとう…立香くん」 その言葉を皮切りに、彼女は閉じ込めていた感情を、少しずつ氷解させていったのだった。 [newpage] ーーーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーー ーーーー… 「おっはよー、立香くんっ!」 元気な声と共に玄関の扉が開く。 「おはようございます、アルトリアさん。 もうちょっとで朝ごはんが出来ますから、待っててくださいね」 彼女はすんすん、と鼻を鳴らして、今日の献立を確認する。 「おお、ベーコンのいい匂いですっ!」 喜ぶ彼女を見て、俺は笑ってこう返した。 「はい、正解です」 「「いただきます」」 一礼とともに、早速食事にありつく。 あれから、俺たちの生活は一変した。 彼女は俺に頼るようになってくれて、朝は俺がご飯を作り、二人揃って朝食を取るのだ。 二人が帰ってくる夕方には、前と変わらずゲームで遊んだり、二人で夕食を作ったり。 そして俺は彼女に言われたのもあり、大学での交流も踏まえてサークルに入ることにした。途中参加で不安はあったが、うまく打ち解けられて、今は楽しくやっている。 他にも色々と変化はあったが、ここでは割愛させていただこう。 「じゃあ、私がお先ですね」 今日はアルトリアさんが先に出るので、俺も彼女を見送るため、玄関前に行く。 「はい、これ今日のお弁当です」 「ありがとう立香くんっ!これで今日も頑張れます!………あー…では」 彼女はハキハキと答えた後、少し恥ずかしそうに、 「はいっ」 腕をこちらに伸ばして、じっと待つポーズをする。 俺はそれに応えるように、彼女を抱きしめた。 「…あぁ…みなぎるぅ…」 ほんの少しの時間のハグだが、効果はてきめんなようで、彼女はますます元気になったようだ。 「行ってきます、立香くん!」 「行ってらっしゃい、アルトリアさん」 彼女を見送り、玄関の戸を閉める。 紆余曲折はあったけど、得られた今の生活はとてもかけがいのないもので。 「よし、俺もそろそろ行くか」 これからも、この幸せを噛み締めて生きていきたいと思いながら、玄関の扉を開けた。 〜OLになったお姉さんと再会しました。〜【完】
じゃんぬです!<br />毎度見てくださった方、ブックマークやいいね、コメントを書いてくださった方達には本当に感謝しかないです…!!<br />やり切れたのも皆さんの応援あってこそのもので、改めて感謝を述べさせてください。<br /><br />今回で一応本編は最終回です!<br />今後は不定期で、番外編を出していこうかなーとか思ってます。<br />その前にこの間書いたヒロインXXのやつの続きと、後はジャンヌ、ジャンヌオルタ、槍トリアの三人書きたいなーと思ったりしてます。<br />まあそこら辺はボチボチやっていきますね。<br />良かったらいいね、ブックマークを押してもらえると励みになります!<br /><br />※2018年09月07日付の[小説] 男子に人気ランキング 29 位に入りました!<br />ありがとうございます!
【終】OLになったお姉さんと再会しました。
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 八「・・・おはよぅ」ファー  南「・・・はょぅ」ファー  あの後、しこたまキスを・・・うんなことはいいか・・・。  目覚まし時計のアラームで起きた。  隣でヨダレを垂らして寝ているちょろみんが絡み付いている腕や足をほどいて・・・。もう!絡み付いて寝ないで!ムラムラするでしょっ!  まぁ、起き上がったらこいつも一緒に起きた訳だが、ぬぼーってしてるな、俺ら・・・。  のそのそと活動を始め、用意された朝飯に手をつけようとしたら、思い出した。  てか、今日も用意してくれてありがとうございます。  八「・・・昨日、戸部と海老名さんの話したじゃん?」  南「・・・あぁ、うん。驚いた、まさか、あの二人がそんな関係だとは・・・」ゴクゴク  向かい側に座る相模は水を飲んでいた。  相模も今日は仕事らしい。  八「・・・海老名さんにマネージャーがいるみたいなんだ」  南「え?すごいじゃん。さすが、売れっ子作家」  八「・・・うんで、今、思い出した。その名前が優美子って言うんだ」  南「!?・・・まさか」  八「・・・あぁ」  南八「三浦・・・」 [newpage]  職場に出勤し、今日の仕事を確認、朝礼を終えた。  さて、えびとべ!プロジェクトに電話をかけるか・・・。  トラが出るか、ライオンが出るか・・・。←三浦に怒られるぞ?  八「・・・」プルプル  三「おはようございます。えびとべ!プロジェクトでございます」  八「・・・おはようございます。私、国立国会図書館事務課の比企谷と申します。取材の件でお電話しました」  三「久しぶり、ヒキオ」  あっちゃー、やっぱり、猛獣が出ちゃったょー。  八「久しぶり、三浦。戸部から聞いたのか?」  三「あ、うん。びっくりしたし・・・。まさか、あんたがそこにいるなんて」  八「俺もびっくりした。まさか、お前らが一緒に仕事をしているとは・・・。しかも、戸部と海老名さん、結婚してるし、子どももいるし・・・。どうだ?仕事の方は」  三「だよねー。人生、何があるか分からんし・・・。あぁ・・・取材の件でしょ?問題ないし。こちらとしても、ヒキオで助かるし、よろしく」  八「まぁ、俺も気軽だから良かったぜ。よろしく・・・。で?海老名さんに一言挨拶をしたいんだが・・・」  三「あぁー、ごめん。姫菜と翔は空を保育園に連れていったところだし。姫菜も、ヒキオに会えること喜んでいたし、別にいいんじゃない?」  八「あ、そうなのか・・・。いくつなんだ?」  三「もう三歳・・・。もうさ、素直で、可愛いんだ。もう!めっちゃ!」  八「へぇー、そうなのか。お前、昔から子ども好きそうだったしな」  三「・・・そう?」  八「てか、今更なんだが、何で三浦も海老名さんの会社に?」  三「うん?元々はさー、あーしが会社を作ったら?って提案したんだし」  八「そうなのか?」  三「うんうん・・・。大学時代、あーしと翔で同人誌の作成を手伝っていたんだし・・・。それがいつの間にか、売上金がヤバいことになって、税金やら、出版やらで、個人で回らなくなって、あーしが一層の事、会社を立てて、企業体で活動した方がいいって提案したんだ。それが今現在に至る訳だし」  八「なるほど・・・そうだったのか。てか、すげぇな、感心するわ」    三「そう?ありがと。でも、うちはまだまだ小さな会社だし。エロ同人だけで、一日でBMWを一台買えるほど稼ぐ作家もいるくらいだし・・・。姫菜は細々やっている方だし」  八「マジかよ」  三「マジ、マジ・・・。まぁ、それくらいになるとさー、売上金、全部が懐に入る訳じゃない。納めるもんは納めないと捕まっちゃうしねー。まっ、うちはその辺、クリアーだから」  八「なるほどな・・・。金の管理とかも三浦が?」  三「いいんや・・・。大学時代に計算が得意なオタクを見つけて、働かして・・・。そーやー、あいつも創業当時から長いんだね・・・」  八「知るかwまぁ、軌道に乗ってるんだな、よかったな」  三「まぁ、皆、幸せに暮らしてるし・・・。あんたの方はどうなん?・・・その・・・結衣とは・・・」  八「・・・ぁ、」  三「あっ、ごめん。軽率だった」    八「あぁ、いや、別に」  三「・・・そんじゃ、仕事の話をしますかね・・・」  気を使わせてしまったな・・・。  悪いことをした。  その後、取材の打ち合わせをしたんだが、三浦の仕事ぷりは素晴らしい。  的確で、スムーズだ。  処理能力が高いとなると、俺の仕事場にほしいくらいだ。  三「・・・いやぁー、あんた、物分かりがよくて助かるわ」  八「そうか?ありがとよ・・・。こっちも気持ちいいくらいに片付いたわ」  三「当たり前だし・・・」  八「とりあえず、海老名さんによろしく伝えてくれ」  三「分かったし、うんじゃ、お疲れ」  八「あぁ、お疲れ・・・」ガチャ [newpage]  うーん・・・。  現在の三浦か・・・。  どんな感じになったのか・・・。  はやり、金髪のまんまなのか?  享「・・・あのー」ワクワク  八「・・・はい?」  享「今の電話って姫野先生の・・・」  八「そのマネージャーです」  え?どうしちゃったのん?先輩?  そんな、ワクワク、モジモジしちゃって。  享「何か、すごく親し気な感じだったみたいですが・・・」ワクワク  八「あぁ、実は、そのマネージャーも高校の時の同級生でした」  享「すごい!そんな偶然ってあるかしら!」キラキラ  八「ですよねー」  昨日、チラッと先輩に戸部の話したけど、キラキラしてましたもんね。  享「実は姫野先生の漫画を昨日、読んだんですが・・・」モジモジ///  八「あ、読んだんですね」  享「・・・あ、あ、あの、男の人と男の人が・・・私には、刺激が強すぎて、眠れなくて・・・キャァァ/// 」ハァハァ  ・・・。  あのエロ海老め!  俺の可愛い先輩に何しやがるんだっ!    
 虎が出るか、ライオンが出るか・・・。<br /><br /> 皆様、たくさんのいいね、フォローなどなど!ありがとうございます!また、コメントをくれた方、ありがとうございます!<br /><br /> 暑い日が続きますが、皆様、体調にはお気をつけて・・・。
森の赤ずきんとひねくれ狼 49
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とてもとても注意!必読です! ・降谷さん(α)×女主(Ω)+景光君(Ω)のお話です。 ・降谷さん×景光君の描写もあるので腐向け要素もあります。 ・コナン世界にオメガバースの要素がぶちこまれています。 ・作者はオメガバースが地雷というほどでもないのですがちょっと苦手です。克服する意味で書きました。故にオメガバース知識はにわかです。 ・スコッチの本名を「緑川景光」としています。 ・何かしら地雷がある方はお逃げください。 [newpage] 現在、日本の公安警察とFBIは黒の組織を追うために協力体制を築いている。 お互い思うところが無いわけではないが、国際的に活動する組織を相手取るのに敵対している場合ではないのというのが共通認識だ。 それに情報を開示し合い(信頼とまではいかずとも)とりあえず信用さえできれば、いちいちお互いの動向を探るのに戦力を割く必要がなくなる。 その結果、組織の対策に集中することができるようになった。 それ自体は良いことだと思う。私だって公安警察としてのプライドや正義感があるし、あの凶悪な犯罪組織を野放しにはしておけない。 しかし。 協力体制を築くということは、会議室などの場所程度ならFBIにも貸し出すというわけで。 そうなればそれだけ多くの人間とも関わる機会が増えることになり。 まぁ何が言いたいかと言うと。 「やぁ黒崎君、この後食事でもどうだ?」 『行きません。』 なんかアメリカ産αにちょっかいかけられてるんですけど。 [chapter:私と俺のゼロに胸がときめく] 「一度ぐらい誘いに乗ってくれてもいいんじゃないか?」 『ゼロとヒロも一緒なら構いませんよ。』 「君と緑川君だけなら大歓迎だ。」 『ゼロがいないなら行く気はありません。』 「つれないな。」 そう言ってちょっと悲しそうな顔を向けてくるFBIの彼、赤井秀一。勝手に悲しんでればいい。その表情が偽りだというのは考えなくても分かる。そういうキャラじゃないでしょあなた。 大体、私とヒロにはゼロという番がいるのに「まだ番契約をしていないなら俺にもチャンスはあるだろう?」としつこく、本当にしつこく言い寄ってくるこの人に、私は優しく接するつもりはない。 「そもそも君達と降谷君はまだ番ではないんだろう?」 泣き落としは効果がないと分かったのかあっけらかんとした様子でそう言ってくる赤井。 確かに私とヒロはまだゼロの番ではないが、"まだ"そうでないだけであっていずれ番にしてもらうのでゼロ以外のαなんて皆同じようなものだ。 『組織のことが片付けば番にしてもらうのでご心配なく。』 「確かに降谷君は優秀なαだが、俺も負けてはいないだろう?」 『別にあなたが優秀かどうかなんて興味ありません。私とヒロは他でもないゼロの番になりたいんです。』 対応が冷たい?いやいやいや。私だって誰彼構わずこんな態度を取るわけではない。仕事の仲間や一応の協力体制にあるこの人以外のFBI捜査官にはもっと友好的だ。 でもこの人はアプローチがあからさますぎるから、敢えて冷たくするようにしている。そうすることでこっちにその気がないことを示唆しているというのに。 「いいな、そういう考えは。ますます君が欲しくなった。」 『そういうのいいんでこの手離してくれます?』 赤井は書類を書いていた私の手を掴みぐっとこちらに迫ってくる。真剣な顔をして私の頬に右手を添えてきた。緑の瞳がとても近い距離にある。あーこうしてくれるのがゼロだったらなぁ…。 「嫌だと言ったら?」 『いい加減にしないとあなたの上司に言いつけますよ。』 掴まれた手を引こうとする私、離さないように力を込める赤井。掴まれている部分が力の拮抗で震えている。 本当に、いい加減セクハラだとジェイムズとかいうこの人の上司に訴えてもいいんじゃないだろうか。 「クロいるかー、って、おい赤井、クロに手出すな。」 扉を開けて入ってきたヒロは赤井に迫られている私を見て大股で近づいてくると、掴まれていたのとは反対の手を引っ張って私を自分の方に引き寄せた。赤井は先程の力が嘘のようにあっさり掴んでいた手を離す。 ありがとうヒロ。助かったよ。でもごめん。巻き込むことになりそうだ。だってこの人は。 「ただ食事に誘っていただけだ。君もどうだ?」 私だけでなくヒロにも手を出そうとしているのだから。 「クロとゼロも一緒ならいいぞ。」 「先程も彼女に言ったが、君達二人だけなら大歓迎だ。降谷君を呼ぶ必要はあるのか?」 「俺もクロもゼロの番だからな。」 「だが"まだ"違う。」 まだ、と言われてヒロはムッとしたような表情を赤井に向けた。分かる。ちょっと腹立つ。 私もヒロも、実際はまだゼロの番じゃなくてもそうなる気満々で、ゼロだって私達のことを番と呼んでくれる。 それを"まだ違う"からという理由で他のαとの関係を提案されるなんて迷惑だし、そんな軽々しく見られることに苛立ちを覚える。 「俺もクロもゼロ以外の番になる気はない。」 「俺を選んでくれるなら彼よりも幸せにしてみせるつもりだ。」 『私とヒロの幸せはゼロの側にいることですので。』 「しかし組織が片付くまでは番にもしてもらえない。俺なら今すぐにでも番にして守ってやれる自信がある。Ωとしての幸せは俺の方にあると思うが?」 そう言うと赤井は自分のフェロモンをわざと私とヒロにぶつけてきた。体がαのフェロモンを察知し、思わず押し黙って狼狽える。αを受け入れるというΩとしての本能に刻まれた事なので、それ自体はどうしようもない。 しかし体の奥を引っ掻き回されるようなその感覚は、ゼロのフェロモンのように安心感を与えてくれるものとは違う。はっきり言うと不快だ。ヒロもそう思っているのか鋭い目線を赤井に向けていた。 二人して身構えていると、赤井は好機とばかりにフェロモンに圧倒されている私とヒロに近づく。 そして手の届く所で立ち止まると私とヒロの腰を抱き寄せて体を密着させてきた。臭いがつくので、とても、非常に、凄く、今すぐに、離してほしい。 しかし押し退けようにもαのフェロモンに当てられてうまく力が入らない。震える手で腰に回された腕を外そうとする私とヒロに何が可笑しいのか赤井は喉の奥でくっと笑った。イラッ。 「あぁ、降谷君が君達を離したがらないのも分かるな。可愛いΩだ。」 ゼロが私達を離したがらないのもあるけど、それ以前に私とヒロがゼロから離れたくないんだ。勘違いしないでほしい。まぁこの人にそれを理解できるとは思わないのでわざわざ説明する気もないが、とにかくこの腕を離せ。 それから暫く、赤井の腕を外そうと奮闘する私とヒロ、そしてそれを余裕そうな顔で眺める(イラッ)赤井で攻防を繰り広げていると、そこで部屋に入ってきた人物に、私とヒロは必死でその名前を呼んだ。 「ヒロ、クロ、この前の件なんだが…………は?」 「『ゼロ!』」 ばきり。 ゼロが手に持っていたクリップボードが握力で真っ二つになる。 そして大体の状況を察知したのか、ゼロは物凄い勢いで赤井に近づくと、割れたクリップボードを投げ捨て思い切り拳を振り抜いた。的確に側頭部を狙った鋭い一撃だった。 「赤井ぃぃぃぃぃ!!!!!」 紙一重のところでゼロの攻撃はかわされたが、鬱陶しくも私とヒロの腰を抱いていた赤井の腕は離れていった。 ゼロは追撃することはせず、私とヒロの腕を掴むとさっと赤井から距離を取った。 肩を抱いてくれる力強い腕とゼロから香るフェロモンの匂いに思わず胸の奥がきゅんと疼く。頬にぼんやりと熱が集まるのが分かり、反対の腕に抱かれるヒロの顔もうっすら赤くなっていた。 「毎度毎度、他人の番に手を出して一体どういうつもりだ。」 「それにしては、まだ項に痕が無いようだが?」 低く厳しい声で問い詰めるゼロに、赤井はとんとんと自分の項を人差し指で叩きながら涼しげな表情で飄々と答える。その様子にゼロが苛立たしげに目を細めた。 「まだ噛んでなかろうと、クロとヒロは俺の番だ。お前が出る幕はない。」 「今はな。今後はどうなるか分からないだろう?まぁ、君が来た以上今回は引くが。また会った時にゆっくり話そう、緑川君、黒崎君。」 ゆっくり話しませんけど。 そう思ったが、わざわざこの人とこれ以上会話することもないかと、そこは我慢して何も言わなかった。 そして赤井が部屋から出ていくのを横目で見送ると、ゼロは私とヒロを真っ直ぐに見つめて言った。 「……他のαなんて見るな。俺だけを見てろ。」 引き始めていた頬の火照りがぶり返してきて、きゅんきゅんと胸が高鳴る。だって、だって「俺だけを見てろ」って、なにその台詞無理だよほんとかっこいい…! 「『ゼロ今のもう一回言って…!』」 録音するから! しかしそんなふうに頭がお花畑になっていた私とヒロは、ゼロがいつもより不機嫌そうにしていた事には気づくことができず、家に帰ってからゼロが口をきいてくれなくなるなんて、思ってもみなかったのである。 [newpage] 家に帰ってきてから、ゼロが冷たい。 声をかけても答えてくれないし、触れてもいつものように抱き締めてくれない。 俺にもクロにも、思い当たる節はある。十中八九、今日の赤井との出来事だろう。 あいつが俺達に好意を抱いているのは知っているが、その好意に答えるつもりはないし、はっきり態度にも表しているつもりだ。 ただ今日はいつもとは違い赤井のフェロモンを当てられて、とても不本意だったが、Ωの本能のせいもありあんなふうに抱き寄せられることになってしまった。 たぶん、ゼロはそのことを怒っているんだと思う。 「……なぁゼロ、怒ってるよな?」 『……ごめんねゼロ。』 ゼロを真ん中に三人でソファーに座り、俺とクロの腰にはゼロの腕が回されてがっちりホールドされている。しかしそれだけ。ゼロは反応を返してくれない。 縋るようにゼロの服を掴みながらその顔を窺い、二人でぽつりぽつりとゼロに話しかけるが。 「………。」 こんなふうに、俺とクロが何を言ってもゼロは答えず、それどころか見向きもしてくれない。 目線はニュースをやっているテレビの方を向いているが、いつものゼロなら必ず返事をしてくれる。 しかし今日は相当に怒っているのか、まるでいないかのように扱われている。 徐々に徐々に、心臓の鼓動が早くなっていき、どくりと嫌な音を立てて鳴る。ひゅっと冷たい空気が喉を通って、心なしか少し息苦しく感じた。 『ゼ、ゼロ…?』 「無視するなよ…。」 俺もクロも焦ってゼロの服を引っ張りながら声をかけるが、それでもゼロは何も言わない。 そんな様子のゼロに、胸の奥がぎゅうと締め付けられて酷く痛んだ。 嫌だ。寂しい。番が俺達を見てくれない。 「っ、ゼロぉ…」 『ごめんてばぁ…』 ついに耐えられなくなって、震える声と一緒に涙まで出てきた。 あぁ、今なら番がいなくなってストレスで死んでしまうΩの気持ちが分かる気がする。ただ無視されているだけなのに、寂しくて寂しくて堪らない。 「え、ちょ、ヒロ、クロ…?」 ぼろぼろと涙を流す俺達にさすがにちょっと驚いたのか、そこで漸くゼロは俺達をその瞳に映してくれた。 そして本能なのかなんなのか、たったそれだけで「良かった」「捨てられてない」という安心感が湧き上がってくる。 『ごめ、ごめんなさい、ゼロ…』 「謝るから、もう、無視しないでくれ…」 鼻を鳴らしてすんすん泣きながら言う俺とクロに、ゼロは「ごめんな。泣かせるつもりじゃなかった」と言って優しく頭を撫でてくれた。 「赤井にフェロモンぶつけられて、お前らがあんなふうにされてて嫉妬したんだ。でもそうだよな、一番嫌がってたのはクロとヒロだった。俺のやつあたりだ。本当にごめん。」 嫉妬。 それ自体は嫌ではないが、こんなやり方は絶対に嫌だ。本当に寂しくて死ぬかと思った。 「もう無視はやめてくれ…。」 「あぁ、もう二度としない。約束する。」 『寂しかった…。』 「ごめんな。明日非番だし、今日はたくさん甘やかしてやるから。」 ゼロはそう言うと俺とクロの唇にキスをしてくれた。泣いていたせいで乱れていた呼吸が少しずつ落ち着いてきて、二人してゼロの胸元に擦り寄る。ゼロはそんな俺達を「可愛い」と言いながら抱き締めてくれていた。 そして宣言通り、ゼロは俺とクロを大いに甘やかしてくれた。 三人で風呂に入り、「あいつの臭いを消すためだ」とゼロに全身隈無く洗われた。 風呂から上がればドライヤーで髪を乾かされ、しかも最後は仕上げとばかりに項にちゅっとキスしてくれた。 ベッドに入ってからもいつもより強く抱きしめてくれて密着できたし、俺とクロの交互に軽いキス。 とにかくもうずっと胸がときめいていてどうしようもなかった。 『多幸感が半端ない…!』 「幸せすぎてやばい…!」 [newpage] オリ主(♀・Ω)&ヒロ(♂・Ω) FBIの赤い彗星がちょっかいかけてくる。Ωの性でフェロモンぶつけられたら狼狽えるけど靡くつもりは一切ない。 そんなことより自分達を守ってくれる番がかっこよすぎて今日も胸がときめく。 無視されるのはとても寂しくて死にそうだったが、甘やかされた時の多幸感が半端なくてこれはこれで死にそうだった。 ゼロ(♂・α) FBIはうざいけど組織を潰さないといつまでたっても二人と番になれないのでFBIと協力することに。そしたら一番面倒なのが自分の番にちょっかいかけてくるようになってキレる。 二人を泣かせたくないので無視はもう二度としないと心に誓った。 FBIの赤い彗星 悪い人ではない。 二人が降谷君の番かと思ったらまだ番契約してないことを知り猛アタック。オリ主でも景光君でもどちらでもウェルカム。むしろ二人ともカモン。
降谷さん(♂・α)×オリ主(♀・Ω)+景光君(♂・Ω)の話。<br />可愛いいちゃいちゃが書きたい。それだけです。<br />今回赤井さん(♂・α)が横恋慕してきます。間男扱いです。しかしそれを物ともせず可愛くいちゃいちゃしてる三人を目指しました。こういうのほんと好きです。私の趣味です。<br />降谷さん×景光君の腐向け要素に加え、今回は「赤井さん→オリ主+景光君」の描写があります。苦手な方はご注意下さい。<br /><br />※追記(9/14) お礼&amp;報告<br />・9月07日付の[小説] デイリーランキング 92 位<br />・9月07日付の[小説] 女子に人気ランキング 37 位<br />・9月08日付の[小説] デイリーランキング 77 位<br /><br />評価してくださった皆様、本当にありがとうございます!<br />コメント等で可愛いと言っていただけたりスタンプを押してくださる方が多く本当に嬉しい限りです。<br />これからも可愛いは正義の考えが広がっていけばと思います。
私と俺のゼロに胸がときめく
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徐々に混み始めた大学の食堂。 遠目でも分かるくらいの黒髪美人が、入口近くでキョロキョロと誰かを探している。 「うーん、と......あ、見つけた」 課題のレポートをやりながら、入口から離れた隅の席で息を潜めていたのに。 講義を終えた陽乃さんが、さも当然のように向かいの席に座ってしまう。 「比企谷君、私は日替わり定食だから。よろしくね♪」 「......分かりました」 「はい、お金」 高級そうな財布から、一枚の千円札を取り出して手渡してくる。「急いでね〜」なんて、[[rb:呑気> のんき]]に手を振ってくる陽乃さんを尻目に、数量限定の定食を手に入れるため、長い列に並ぶ。 ここ最近の陽乃さんは、どうやら日替わり定食をえらく気に入っている。お嬢様の口に合わないと思っていたけど、案外そうでもないらしい。 * 「お、『ヒキガヤくん』だ」 二枚の食券を持った俺に気づいたのか、近くに並んでいた何人かの女性が話しかけてきた。 「『従者くん』、また頑張ってるねーw」 俺には『従者くん』だの、『召使いくん』だの、不名誉なアダ名がつけられているらしい。 入学してすぐに、気まぐれな魔王様に捕まったのが運の尽きに違いない。 「どうせ、“今日も”陽乃のお使いでしょ?」 「......まぁ、そうです」 「「やっぱり(笑)」」 彼女のことを「陽乃」と呼ぶあたりから推測するに、陽乃さんの同級生だろうか。 類は友を呼んでいるのか、随分と美人な先輩方に囲まれてしまった。 * 「陽乃さん、お待たせしてすみません」 「......ん、ありがと」 「......なにか怒ってます?」 二人分の昼食を運んで戻ってくると、なんとなく不機嫌な陽乃さん。ジトーッとこちらを睨む[[rb:様> さま]]は、なにか不満がある証拠だ。 彼女の従者としては、その原因を探さなければならないだろう。もしや今日の日替わり定食に苦手なものでも入っていたのだろうか? 「......」 「......」 騒々しい学食の隅。それぞれ目の前に昼食があるというのに、お互いに無言で見つめ合う時間が続く。 ただの平日なのに丁寧な化粧だなーとか、相変わらず綺麗な目だなーとか。分かりきったことばかり、ぼんやりと頭に浮かんでは消えていく。 ジト目で睨んでくる陽乃さんを、ぼーっと見つめていると 「......っ、もういい、べつにおこってない」 ミニトマトみたいに頬を淡く染めて、フイッと顔を背けられてしまった。 「......ズルいよね、君は」 俺の主は、よくわからないところで怒ったり照れたりする、気まぐれな魔王様だ。 * * * 「雨か......」 午後の講義が長引いて、いつの間にか薄暗くなり始めた窓の外。 朝のニュースでは、確かに降らない予報だったのに。やはり予報というのは、得てして当たらないものなのか。 「はぁ......」 静かな廊下に出ると、遠くからゴロゴロと雷の音まで聞こえてくる。 窓を叩く雨脚はどんどん強くなっていくし、外に見える歩道には、すでに大きな水溜りができていた。 「遅かったね、比企谷君」 玄関口に向かうと、陽乃さんがスマホをつつきながら壁に寄りかかっている。 雨の湿気のせいか、綺麗な黒髪をアップにまとめている。いつもと違う新鮮な雰囲気に少しだけ驚いた。 相変わらず人を惹きつける魅力でも装備しているのか、帰り際の生徒の視線を独り占めしていた。 「いや〜、結構待ったよ」 「......帰らないんですか?」 「ところで比企谷君、傘は?」 「......忘れました」 「へぇ、仕方ないなぁ♪」 陽乃さんは嬉しそうな声を出しながら、鞄からオシャレな折りたたみ傘を取り出した。 どうみても一人用の小さな傘を広げて、三日月のように目を細める。 「入れてあげよっか?」 土砂降りを背景に、ニヤニヤと挑発的な笑顔を浮かべる陽乃さんは、まるで生まれる世界を間違えた妖精のよう。 周りの視線なんて気にせずに、軽い足取りで雨の中に飛び出していく妖精は、危なっかしくて仕方がない。 「......傘、俺が持ちますよ」 * 小さな折りたたみ傘の中で、特に会話をすることもなく、駅に向かって歩いていく。 気が抜けそうな甘い香りとか、肩に感じる女の子らしい感触とか。一度意識してしまえばアブナイモノばかりで、どうしても緊張してしまう。 賑やかな大通りから、静かな小道に入ると、俯いていた陽乃さんがふと口を開いた。 「......比企谷君、背伸びた?」 「......そうですか?」 「んー、なんとなく」 身長差を確かめるために、俺に少しだけ体重を乗せてくる。[[rb:煩 > うるさ]]い雨音の中で、陽乃さんの柔らかい息遣いが確かに届いた。 歩きづらいし、跳ね上がった心臓の音が聞こえてそうで心配になる。 「......」 「......ん、気のせいだったみたい」 「そうですか」 満足気な表情がとても陽乃さんらしい。 パラパラと周りを叩く雨の音と、静黙な夜道に囲まれて、まるで二人だけが別世界に飛ばされたような不思議な錯覚に[[rb:陥 > おちい]]る。 体重を預ける陽乃さんの耳は桜色に染まっていて、らしくもなく緊張しているのだろうか。 「......そういえば、送ってくれてありがと」 「傘を借りるためですよ」 「......私が雷ニガテなの知ってるくせに」 「......怖がる陽乃さんを見たかったので」 「......生意気だなぁ」 俺に寄りかかりながら、安心したような笑顔を見せる妖精に、危うく勘違いをしてしまいそうになる。 適当な会話をするうちに、街灯が増え、賑やかな駅前の喧騒が聞こえてきた。 暗い小道を抜けて駅に着くころには、陽乃さんの体温は遠ざかり、どこかホッとしている俺がいる。 「......また明日」 「おやすみなさい」 「うん、おやすみ」 まるで恋人のような[[rb:挨拶 > やりとり]]に、近くの駅員が微笑ましい表情を浮かべていて、なんとも気恥ずかしい。 別々の改札に向かおうと歩き出した直後。 「あ、そうだ」 ふと何かを思い出したのか、陽乃さんがわざわざ足を止めた。 精一杯背伸びして、俺の耳元で小さな秘密を囁くように、 「心臓の音、バッチリ聞こえてたから♪」 全身の血が頬に集まってくる感覚。してやったり、と桃色の舌を見せる上目遣いに、もう一度心臓が飛び跳ねる。 「それじゃあね〜」 俺の主は、ごくたまに女の子らしい一面を見せる、手に負えない魔王様だ。 * * * 翌日。 珍しいことに魔王が風邪をひいたらしい。 見舞いに足を運ぶと、熱で赤くなりながら、「話し相手になりなさい」とのこと。 「......陽乃さんって風邪ひくんですね」 「当たり前でしょ」 陽乃さんの部屋には何度も拉致されたことがあるのに、未だに慣れないでいた。 芳香剤に加えて、シャンプーに柔軟剤。脳が溶けそうな、女の子のいろんな香りから今すぐにでも逃げ出したくなる。 陽乃さんのラフな部屋着も、鏡の前に置かれたオシャレな化粧品も、なんだか乙女の秘密を覗いているようで落ちつかない。 「いい加減に慣れたら?」 「......無理ですよ」 「困るなぁ」 ベッドの縁に座りながら、いつも以上に楽しそうな陽乃さんが、無邪気にからかってくる。 「......君にだけは慣れてほしいんだけど」 まるで好きな人にでもかけるような優しい口調に、頬の体温が一気に上がる。鏡を見るまでもなく俺の顔は朱く染まっていることだろう。 「そんな無茶な」 「......君って結構お気に入りなんだよ?」 「ご冗談を」 「大真面目なのに」 はにかんだ幸せそうな笑顔は、少しだけ不安そうで、少しだけ期待しているようで。 濡れた瞳に気圧されて、手のひらがジンワリ湿ってくる。 「......今日の陽乃さん、おかしいですよ」 「最近の風邪って、ちょっぴり重いみたいなの」 今までに見たことないくらいに魅力的な陽乃さんは、確かに風邪のせいにでもしないと説明がつかないだろう。 自意識の化物と言われたはずなのに、俺の理性なんて簡単に吹っ飛んでいきそうで恐ろしい。 「確かめてみる?」 「......どうやって」 俺の主は、風邪をひいた時だけ素直になれる、可愛くて美しい魔王様だ。 「私の風邪をうつしてあげる、もちろん口移しでね♡」 おしまい
ハルノンの部屋にお呼ばれされたい人生だった<br /><br />【追記】<br />いつのまにかフォロワー様が500人を超えていました。<br />亀更新に付き合ってくださって、本当に本当にありがとうございます。これからも頑張るのでよろしくお願いします。
魔王と従者は秘密の関係?
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「うぐっ…ぉぇっ…げほっ…」 ひらり、ひらりと口から溢れるピンクの胡蝶蘭の花びら。 花言葉は確か…あなたを愛しています、だったかな。 なんのひねりもない、自分の気持ちそのままの意味に笑っちゃうなーなんて。この病状には笑えない状況なんだけど。 嘔吐中枢花被性疾患ー通称花吐き病。 もちろん聞いたことはあったけど、どこか違う世界の話のように思っていた。 周りでも発症してる子なんて見たことないし。 それなのにまさか自分が発症するなんて、思いもしなかった。 片想いを拗らせると発症するらしくて、自分の中ではただ片想いしてるだけだと思っていたから驚いた。 幼馴染と少し似て音楽に熱心な彼女。 それだけじゃなくて、自分にも他人にも厳しい人。 けれども他人に対して見えないところで気遣う優しさを持ち合わせているのをあたしは知っている。 少し融通が利きにくいところもあるけれど、完璧な人っていないんだし、そこはご愛嬌ってことで。 ていうか、本当にどうしよう。 紗夜があたしのことを恋愛感情として見てるかと聞かれればおそらくノーで。 そもそも彼女は色恋沙汰とは無縁な人だった。 [newpage] かつて一度、紗夜が後輩から告白されてる現場に遭遇してしまったことがあった。 その時紗夜にはあたしがその場にいたことがバレてしまってて。 「今井さん、いるのでしょう?」 「あはは、なんかごめんね。覗き見するつもりじゃなかったんだけど、通りがかったら、抜け出すタイミング見失っちゃって。それにしても、さすが紗夜だね。よく告白されたりするの?」 「いえ、今井さんならそうだろうと思ってましたから。最近呼び出されることが多くて…。もちろん好意は素直に嬉しいのですが私にはまだ人を好きになるということがよく分からないですし、中途半端に応えることはできないので結局傷つけてしまうんですけどね。」 やっぱり彼女は優しい人。 そう話す彼女はとても申し訳なさそうな表情を浮かべている。 そんな紗夜だからきっとみんなも好きになるんだよね。 あたしもその1人だし。 「さすが紗夜だね!んーでも、それはそれで紗夜なりの優しさだし、大丈夫だよ!中途半端に優しくする方がたぶんきっと相手を傷つけちゃうと思うなぁ。」 「そう言っていただけると助かります。そろそろ休憩も終わりますし練習に戻りましょうか。」 きっと告白した子はファンの子の1人だろう。 すごいな、って素直に思う。 あたしにはとてもそんな勇気はないから。 聞こえてきたその子の最後に発した言動が頭から離れられない。 「わざわざお忙しい時にすみませんでした!これからも1人のファンとして応援し続けますね!」 そう言って笑顔を浮かべながら去った彼女に伝う涙をあたしは見てしまった。 強いなって思った。 あの子はきっと今日思いっきり泣いてまた明日から笑っていくのだろう。 でも、あたしには同じことはできない。 何よりあたしがもし行動を起こしたら、きっとバンドへの影響は計り知れない。 それだけはダメだった。 幼馴染がやっと笑顔を取り戻せたこの暖かな場所を壊すわけにはいかないから。 あたしが我慢すればきっとそれで丸くおさまるなら喜んでそうしよう。 そう思い込んで、あたしはただ逃げた。 自分の気持ちから。弱さから。 その罰が当たったんだろう。 [newpage] 「はっ…ぐっ…」 日に日に体力が奪われていくのがわかった。 初めて発症した時から、少しずつ病状は悪化して、でも治療法というものがないから、病院に行っても渡される睡眠薬と栄養補給としての数十分の点滴。 なんだか無理やり命を繋いでるようなそんな気分に陥る。 本当にどうしようかな。 もうRoseliaから抜けた方がいいのかな。 そんな考えをした瞬間ジワっと目頭が熱くなる。 嫌だ、やだよ。 友希那とやっと向かい合うことができた場所。 あこが友希那に憧れて一生懸命ついてきてくれた場所。 燐子が内気な性格を少しずつ変えるきっかけとなった場所。 他の誰でもない紗夜のギターの音を必要とする場所。 大好きな場所だからこそ、失いたくなくて。 でもどうしようもなくて。 あたしの知ってる恋ってもっとキラキラとして楽しいものだったのに。 もうどうしたらいいのか、わからない。 考えすぎてそのままぐるぐるとした気持ちのまま、睡魔に誘われるがままにあたしは意識を落とした。 溢れる涙は気づかないことにした。 [newpage] 次の練習の日では、 「リサ、調子悪いの?」 友希那に声をかけられた。 「え?そ、そんなこと…。」 「でもなんだか音に覇気がないし、待って、あなた顔色悪いじゃない。真っ青よ。」 「大丈夫、大丈夫。」 大丈夫だから。 そう思わなくちゃ。 削られてる体力のしんどさなんて気のせいで。 ちゃんとご飯も食べたし、夜も眠れてるし。 それでも足りてない栄養は病院で点滴につないで、眠れてるのは薬のおかげなんてとてもいえないんだけど。 思い込まなければ立ってるのすら実は辛い状況で。 それを悟られるわけにはいかない。 「リサ姉、本当に顔色悪いよ?」 「私も…そう思います…」 「とりあえず、一度休憩にしましょう。」 「待ってよ、あたしは大丈夫だから。」 「今のあなたが何を言っても説得力が欠けるわ。」 その言葉にショックを受けたあたしがいた。 心配してくれてるのはわかってる。 けれど、自分が迷惑をかけてしまってることが辛くて。 そのままトイレに鍵もかけずに駆け込んだ。 瞬間、 「げほっ…ごほっ…」 今までにないくらいの花を吐いてしまって。 あ、これ、本当にやばいかもしれない…。 そのままあたしは床に倒れた。 意識を手放す前に見えた紗夜が何か叫んでたのかもしれないけどあたしには届かなかった。 目が覚めた時に見えたのは見馴れた自室の天井で。 「目が覚めましたか?気分はどうです?」 聞こえた声は今一番聞きたくない相手のもので。 「えっと…なんとか大丈夫だけど、なんで紗夜がいるの?」 「今井さんが倒れた後、湊さんがタクシーを呼んでくれたんです。それで今井さんのご両親と連絡をとったら今日は戻れないことを伺ったので私が面倒をみると申し出たんです。湊さんはこの後何か用事があるようでしたので。他の皆さんもとても心配してましたから、後でラインしてあげてください。」 「そっか、ごめんね?もうあたしは大丈夫だから紗夜も帰って大丈夫だよ?」 これ以上あたしに踏み込まないで。 隠してた気持ちを隠せなくなってしまうから。 1人にさせて。 そう思いながら、笑顔を浮かべる。 あたしは大丈夫だから…。 「なにが…。」 「え?」 「なにが大丈夫なんですか!!そんな真っ青な顔をして!花吐き病は私も聞いたことがあります!削られてく体力にしんどさがないわけがない!どうしてなにも頼ってくれないんですか!どうして隠そうとするんですか!なんであなたはそうやって1人で抱え込もうとするんですか!辛い時は辛いって言ってください!苦しい時は苦しいって頼ってください!」 紗夜が怒るところを見たことはあったけど、それはいつも日菜に対してで。 まさかあたしに対してこんなに感情的になるとは思わなくて。 だけどそんな風に言われて黙っていられるほどこの時あたしは冷静じゃなかった。 「じゃあどうすればよかったの!花吐き病のこと知ってるならどうすれば治るか知ってるでしょ?!紗夜のことがずっと好きだった!でも、紗夜にこの気持ちを伝えたら迷惑だろうって思った!Roseliaの練習に支障が出ると思った!だからあたし1人が我慢すればいいと思ってたの!これはあたしの問題でみんなは関係なくて!こんなこと巻き込みたくもなかった!両思いなんてなれるはずないからなんとかこの身体とつきあっていこうって思って頑張って耐えてたのに!なんで邪魔するの!もうほっといてよ!」 あたしの言ってることはめちゃくちゃだった。 ただ感情に任せたデタラメで。 だってどっちにしたってRoseliaの練習に支障をきたしてしまったのだから。 この想いを隠すことに失敗してしまったから。 どうしよう… 目の前が真っ暗になったようなどん底の気分なのにふと視線をあげた先の紗夜は突然目を丸くして固まった。 「湊さんが好きなのでは…?」 「友希那は幼馴染なだけだよ。姉妹みたいな感じで、面倒見てあげたくなるの。」 拗ねたような声で答える。 ていうかなんでそんなこと聞くのさ。 もしかして友希那の事好きだから相談にのってあげようとかそういう魂胆だったのかな。 それなら期待ハズレだよ。 なんて思ってたのに、突然ふわりとなんだかとてもいい匂いがして、抱きしめられていた。 他の誰でもない紗夜に。 「紗夜…?」 何をしてるの? 「好きです」 何かを言っている。 「え?」 「今井さんが、好きです。」 意味がわからない。 「待ってよ。無理なんてしなくていいんだよ?」 「本当です。」 嘘だよ。 「だって紗夜はまだ好きな人いないって。」 「自分でも気づいてなかったんです。目であなたをいつも追ってることも。ふと空いた時間に考えるのはあなたのことだったことも。今井さんが花を吐いてる時に初めて気づいたんです。初めてあなたに思われる誰かが羨ましいって。ずるいって。そう思ったんです。」 「そ、そんなこと言われたって…」 信じられるはずがない。 花吐き病の解決方法は両想いになることだけだから紗夜は無理してあたしのことを好きっていってるんだって。 絶対そうなんだって思ったのに。 目の前の彼女は1番納得させる方法で示してくれた。 「ぐっ…けほっ…げほっ…」 目の前で紗夜が花を吐いていた。 それは白銀の百合の花で。 両想いの象徴。 なんでって顔してたらそれに気づいた紗夜が答えてくれた。 「花吐き病は触ると感染する。今井さんが吐いた花を私が処理しました。だからその時に感染してしまったんです。というか、これ、かなり辛いですね。こんな辛い思いを今井さんはずっと…。でも、この白百合が何よりの証拠じゃないですか。」 じわりと涙が浮かぶ。 なんでこの人はこんなにもあたしの欲しいものを簡単に与えてくれるんだろう。 「ひっぐ…ぅぐ…けほっ…」 そうしてあたしも嗚咽とともに白銀の百合の花を吐いて。 「もうめちゃくちゃだよ。ずっとこの気持ちを抱えていくんだと思ってたのに。こんなに簡単に治しちゃうなんて。」 ボロボロにあたしは泣いてるのに目の前の紗夜は嬉しそうな、優しい笑みを浮かべていて。 「ふふ。まさかこんなに早く叶ってしまうなんて思いもしませんでした。湊さんのことが好きなのだと思ってましたから。でもあなたの苦しみを少しでも知れて良かった。もうこれからは何か悩み事があったら話してくださいね。その…もう…恋人なんですから。」 かと思ったら突然照れくさそうな顔をして。 伝えてくれた言葉にキュンってきた。 というか、普段クールで大人びてるくせにここぞとばかりに顔を赤らめて、年相応の女の子らしさ発揮するなんてずるくない? その顔他の人に見せちゃダメなんだからね? でもだからあたしはあぁこの人も私を好きでいてくれてるんだって実感できて。 「うん、うん…これからもよろしくね?」 そして触れ合うだけのキスをした。
紗夜さん、キレる<br />今井さんも、キレる<br /><br />というわけで花吐き病パロさくっと読める感じにしました(そうなっただけ)<br /><br />いつも読んでくれる皆様まじで心の底からありがとうございます( ´ ▽ ` )
もっと私に頼ってください
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「ふぅ~……だいぶ体が動くようになってきた。まだ力半分ってところだがな」 見張りの男を絞め技で秒殺して烏間先生は言った。烏間先生も充分回復しているようだ。というかあれで力半分って……すでに俺達の倍は強いんですけど……あの人だけで潜入した方が良かった説ない? 『皆さん最上階のパソコンカメラに侵入しました。上の様子が観察できます。最上階はエリアは一室貸し切り、確認する限り残るのは……この男ただひとりです』 律が言った通りパソコンカメラには一人しか写っていない。後ろ向きのため顔は見えないが……こいつが黒幕というわけか…… 「テレビに映ってんのウイルス感染させられた皆じゃねーか?」 確かにあいつが見てるのは俺達の宿舎だ。それも楽しんで見てるのが画面越しにも伝わってきやがる……ふざけた野郎だ 「あのボスについて分かってきたことがあります。黒幕の彼は殺し屋ではない、彼は殺し屋の使い方を間違えています」 間違えている?どういうことだ? 「元々は先生を殺すために雇った殺し屋……ですが先生がこんな姿になり警戒の必要が薄れたので見張りと防衛に回したのでしょう。でもそれは殺し屋本来の仕事ではない。彼等の能力はフルに発揮すれば恐るべきものです」 そう言われてみれば……確かにそうだ。現にさっきの銃撃戦でもあの男は狙った的を外さなかったし、おじさんぬもあれが待ち伏せではなく日常で後ろから忍び寄れたらあの握力の前では為す術もなかっただろう、俺が倒した男は殺し屋では無かったが…… それにしても敵は殺し屋ではなく、元防衛省の人間と接点があり、さっきの映像からするとE組に相当の恨みがある人物……まさか黒幕は…… 「烏間先生……さっきの見張りの男と下の二人に見覚えはありましたか?」 「……ああ……ある」 その答えでほぼ確定した……おそらく黒幕は……あいつだ…… ◾️ ◾️ ◾️ ついにたどり着いた最上階、部屋の中はだだっ広いが遮蔽物も多い、最大限気配を消せばかなり近くまで忍び寄れそうだ。俺達は体育の時間に教わったナンバーーー手と足を一緒に前に出す事によって無駄がなくなり衣ずれや靴の音を抑えられる。忍者も使うと言われた歩方ーーで近付く。俺はそれに加えて『消える』 打ち合わせではまず可能な限り接近する。そこで取り押さえることが出来ればそれがベスト……だが遠い距離で気づかれた場合烏間先生が本人の腕を撃つ、それと同時に皆で襲いかかり拘束する……といった感じだ。烏間先生の合図が出る……俺達が襲いかかろうとすると…… 「かゆい」 男が喋りだした。どうやら気づかれたようだ 「思い出すとかゆくなる。でもそのせいかな、いつも傷口が空気に触れるから感覚が鋭敏になってるんだ」 そう言って男は大量に爆弾のスイッチらしきものをばらまいた、その数は20は軽く超えている。全部奪い取るのは不可能だ 「言ったろう。もともとマッハ20の怪物を殺す準備で来ているんだ。リモコンだって超スピードで奪われないよう予備も作る。うっかり俺が倒れても押すくらいにな……」 前よりもずっと邪気を孕んでいる……だがこの聞き覚えのある声……そしてこの後ろ姿……やはり黒幕は…… 「……連絡がつかなくなったのは3人の殺し屋の他に……身内にもいる。防衛省の機密費ーーー暗殺に使うはずの金をごっそり抜いて……俺の同僚が姿を消した……どういうつもりだ……鷹岡ァ!!」 鷹岡明……防衛省の自衛官で烏間先生の補佐としてかつて1日だけE組の体育教師を勤めた……暴力ありきのスパルタ授業。だが潮田に負けてE組を追われた男…… 「悪い子達だ……恩師に会うのに裏口から来るなんて父ちゃんはそんな子に教えたつもりはないぞ、仕方ない夏休みの補修をしてやろう」 鷹岡はリモコンを構えながらスーツケースに手を伸ばす。それを俺達は見ていることしか出来なかった、下手に動けばスイッチを押されかねない 「屋上へ行こうか、愛する生徒に歓迎の用意がしてあるんだ。ついてきてくれるよな?お前らのクラスは……俺の慈悲で生かされているんだから」 そう言って鷹岡はリモコンを押そうとする。従わなかったらワクチンを爆破するつもりだろう。俺達はこいつの指示に従うほかなかった ◾️ ◾️ ◾️ 「気でも狂ったか鷹岡、防衛省から盗んだ金で殺し屋を雇い生徒達をウイルスで脅すこの凶行!」 「おいおい俺は至極まともだぜ!おとなしく二人にその賞金首を持ってこさせりゃ、俺の暗殺計画はスムーズに仕上がったのにな」 「計画ではな、そこの……茅野とか言ったっけ?女の方、そいつを使う予定だった。部屋のバスタブに対先生弾がたっぷり入れてある。そこに賞金首を抱いて入ってもらう、その上からセメントで生き埋めにする。対先生弾に触れずに元の姿に戻るには生徒ごと爆破しなければならない。生徒思いの先生ならおとなしく溶けてくれると思ってな」 狂ってやがる……こいつは人間じゃねー……まるで悪魔だ 「全員で乗り込んできたと気づいた瞬間は肝を冷やしたがやることはたいして変わらない、お前らを何人生かすかは俺の機嫌次第だからな」 「……許されると思いますか?そんな真似が」 殺せんせーが言う。その言葉には怒気が含まれている気がした 「これでも人道的な方さ、お前らが俺にした非人道的な仕打ちに比べりゃな」 非人道的だと?俺達がお前を追い出した事を言ってるのか? 「屈辱の目線と騙し討ちで突きつけられたナイフが頭ん中ちらつく度にかゆくなって夜も眠れなくてよォ!!落とした評価は結果で返す、受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す。特に潮田渚!!俺の未来を汚したお前は絶対に許さん!!」 背の低い生徒を要求したのは最初から潮田を狙っていたのか……なんだよそれただの逆恨みじゃねーか、俺もめずらしくキレている。そんな事のために俺の『本物』が傷つけられたって事かよ…… 「へー、つまり渚君はあんたの恨みを晴らすために呼ばれたわけか」 「そんな体格差で勝って本気で嬉しいのか?俺達ならもうちょっと楽しませてやれるぞ?あの時は遅れを取ったけどな」 「イカれやがって、テメーが作ったルールの中で渚に負けただけだろーが、言っとくけどな、あのときテメーが勝ってよーが負けてよーが、俺等テメーのこと大ッ嫌いだからよ!」 「ジャリ共の意見なんて聞いてねぇ!!俺の指先でジャリが半分減るってこと忘れんな!!」 鷹岡がキレるがそう言われたら俺達はなにも出来ず黙るしかなくなった、爆弾のスイッチが相手側に有る限り主導権は奴が握っている 「チビ、お前一人で登ってこい、この上のヘリポートまで」 鷹岡が潮田に対して言う。茅野が止めようとするが…… 「行きたくないけど……行くよ。あれだけ興奮してたら何するかわからない、話を合わせて冷静にさせて、治療薬を壊さないように渡してもらうよ」 潮田は行ってしまった。潮田の言っていることは正しい、というよりほかに選択肢が無いのだからそれを選ぶしかない……でもわかっているのか?潮田……何をするかわからないって事は……殺されるかもしれないんだぞ…… 「これでもう誰も登って来れねぇ」 潮田が登り終わり鷹岡が梯子を落としたためもう誰もヘリポートまで登ることが出来なくなってしまった、そして潮田の足元にはナイフが落ちている、この状況は……あの時と同じ…… 「足元のナイフで俺のやりたいことは分かるな?この前のリターンマッチだ」 やはりそうか、鷹岡はあのときの屈辱を潮田をリンチにすること晴らしたいらしい 「待ってください鷹岡先生、闘いに来たわけじゃないんです」 「だろうなぁ、この前みたいな卑怯な手はもう通用しねぇ、一瞬で俺にやられるのは目に見えている」 悔しいが鷹岡の言う通りだ。さっきはああ言ったが実際に俺と赤羽が加勢に加わったところで勝てるとは思えない、それほどの強さを……鷹岡は持っている 「だがな、一瞬で終わっちゃ俺としても気が晴れない、だから闘う前に……やることやってもらわなくちゃな……謝罪しろ!土下座だ!実力がないから卑怯な手で奇襲した、それについて誠心誠意な」 潮田は膝をついて座り謝ろうとする 「僕は……」 「それが土下座かぁ!?バカガキが!!頭擦り付けて謝るんだよぉ!!」 「……僕は実力がないから卑怯な手で奇襲しました……ごめんなさい」 「おう、その後で偉そうな口も叩いたよな『出ていけ』とか、ガキの分際で大人に向かって!!生徒が教師に向かってだぞ!!」 「ガキのくせに生徒のくせに先生に生意気な口を叩いてしまいすみませんでした。本当に……ごめんなさい」 潮田は言われた通り謝ったが見ている方はムカついてしょうがない。土下座も靴なめも余裕とかいっていた俺だがこればっかりは腹が立つ。だがこれでワクチンも……ワクチンさえ手に入ればこんな奴…… 「……よーしやっと本心を言ってくれたな、父ちゃんは嬉しいぞ。褒美に良いことを教えてやろう、あのウイルスで死んだ奴がどうなるか“スモッグ”の奴に画像を見せてもらったんだが……笑えるぜ全身デキモノだらけ顔面がブドウみたいに腫れ上がってな。見たいだろ?渚君」 そう言って鷹岡はワクチンが入ったスーツケースを放り投げ…… 「やめろーーーーッ!!」 烏間先生の叫びも虚しく鷹岡が爆弾のスイッチを押し、ワクチンはスーツケースごと爆破された。俺達が絶望するなか鷹岡の笑い声が響く、俺は一瞬何が起きたのか理解できなかった 「あははははははは!!そう!!その顔が見たかった!!夏休みの観察日記にしたらどうだ?お友達の顔面がブドウみたいに化けていく様をよ!はははははははは」 そうか……治療薬はもうないのか……こいつの……こいつのせいで……あいつらは……ならもういいよな……治療薬はもうない……つまりこいつを生かしとく理由も……もうない 「速水、その銃よこせ、俺があいつを撃ち殺してやる」 「え?本気?……なの?……比企……「いいから早くよこせ!!」」 「ダメです!比企谷君!速水さんも渡してはいけない!」 「なんでだよ!薬は消えた!こいつはあいつらを殺したも同然だ!!生かしとく理由なんて!」 「外野が騒がしいな、お前もこいつの後に相手してやるよ、お前がウイルスに感染してなかったらの話だけどな。安心しな、潮田渚、お前にだけはウイルスを盛ってない、なにせお前は今から……」 潮田はさっきのナイフを拾った 「殺……してやる……」 「ククク、そうだ、そうでなくちゃな」
追記9月6日修正済み
24.黒幕の時間
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「戦闘の音がするニャ……」 朝早く外の掃除をしていると大きな爆発音が聞こえたのだった そして建物の屋上で人影が見える。つまりこれは…… 「ファミリア同士が抗争をおっ始めたニャ?」 オラリオでは派閥同士の争いは珍しくない。無論抗争なんてしたらギルドからペナルティを受けるが、それを受け入れて抗争するファミリアもいる 「でもここいらのファミリアと言えば……」 「確か白髪頭のいるファミリアじゃニャーか?火事になってる場所も同じ方向ニャ」 「ちょっとアーニャ!」 またアーニャの不謹慎の発言に怒るルノアだった 「でも少年が抗争するような原因を作るかニャ?ハチマンはなんか知ってるニャ?」 豊穣の女主人の店員は外を見ながら、唯一の男子店員で、白髪頭のベル・クラネルの知り合いのハチマンに聞くが…… 「は?知るかっ」 ものすごくどうでもよく機嫌悪く答えた 娼館疑惑をつけられ、無断欠勤したハチマンは罰として働き続けたのだ それにより豊穣の女主人の味は前より上がったのだが…… 「女主人の腐り目店員が怖い」 「あの味覚が変わっている店員がいつもと違って怖い」 「美味しいけどあの店員のオーラが半端ない」 等のクレームではないが心配らしき言葉が降ってくるのだった 「そもそもなっ!俺はベルがどうなろうが知ったこっちゃないんだよ!大丈夫だって彼ならきっとやってくれるって!なんかもうあいつって色々祝福されてんじゃんまじで!?」 (((((あっ、これちょっとヤバい……))))) あの時から一歩手前のように接したことが応えたのかハチマンの状態が悪いと感じるシルたちだった 「あのハチマン……手伝いましょうか?」 「別に……シルはベルが無事でいることでも願ってろよ……」 「そ、そうだけど……」 たしかにベルのことが心配だが、ハチマンもそろそろヤバいと感じるからなんとも言えない状況だった 「しょうがニャい、ここはミャーが助けてやるニャー!」 先輩顔するアーニャだが…… 「いや俺1人の方が効率いいから、アーニャは来んな」 「フニャアア!」 こんなことを言えるからまだ大丈夫だろう ハチマンside 「おい、シル!」 「えっ、なにハチマン!?」 「いや、えっ、じゃなくて注文は?」 「あっ、それはえっと……」 以前朝にあった抗争が終わり、豊穣の女主人はいつものように冒険者たちに飯を作っていた しかしいつもと違うことがあるなら、それはきっとシルだろう 元からドジっ娘なのにここのところいつもできてることさえもドジしている。まあ理由はわかっているが あの抗争はどうやらベルのヘスティア・ファミリアとアポロン・ファミリアが原因らしい そして何があったかは知らないがヘステア・ファミリアとアポロン・ファミリアは『戦争遊戯』をするようだ 戦争遊戯とは規則に定められた派閥同士の決闘。眷属を駒に見立てた神の代理戦争 勝った神は負けた神にどんな命令も出せる そしてアポロン・ファミリアのアポロン様はベルを自分のファミリアに入れるらしい アポロン・ファミリアはロキ・ファミリア同様に美男美女が多い。ほんと神ってのはわかりやすい 「あのなシル。別にベルはファミリアが変わるだけだし別にいいだろ?」 営業時間前の掃除中にシルと話す 勝負内容はわからないがこれはベルが負ける方が高いのだ そして勝負内容は最悪なことに攻城戦になった。いや勝負にならないだろ? ヘスティア・ファミリアはベル1人に対して、アポロン・ファミリアは50人以上。もし、全ての眷属が突撃して勝負するならベルは負けるに決まっている だが、こう言うのも変だが別にベルが勝っても負けても俺たちには関係なくね? シルはいつもベルにお弁当を渡している間だが、ベルはファミリアが変わってもシルのお弁当を受け取ると俺は思うぞ? 「それはそうだけど……他の神様からアポロン様の噂を聞くとどうしても……」 シルから聞くとアポロン様は神々から『悲愛』と呼ばれているらしい 簡単に言えば……執念深い神様らしい そんな神様にいるベル……うーん…… 寝てる狼の前に兎を置いた構図を思い浮かべられる…… 「ハチマン、あまりシルを困らせないでください」 シルのお父さんことリューも話に入ってきた。別に困らせてはないぞ? 「だが……こればっかしはどうにもならないだろ?」 「それはそうですが……」 「そうだけど……」 シルとリューはわかっていたがなんとかしたいようだ。だがこれはファミリア同士の争い。当事者しか関係できないのだ そんな時扉が開く音がした 「すいません、まだお店が……ヘルメス様?」 やって来たのは神のヘルメス様だった。今回はお付きのアスフィさんがいない 「頼むリューちゃんお願い!ベル君を助けてくれ!」 ヘルメス様はやってくるとリューにいきなり頼んだ 「とりあえず落ち着いてください。いったい何があったんですか?」 「じ、実は……」 ヘルメス様の話を聞くと、どうやら戦争遊戯の時にヘスティア様は一騎討ちを提案したが、アポロン様が却下しようとし、クジで決めるために中立派であるヘルメス様が引いたのは攻城戦だった 「それならなぜ私に……?」 「そこは俺がなんとかしてアポロンと交渉して助っ人を許可したんだよ。オラリオの都市外の神の恩恵を受けている眷属の」 なるほど……それでリューか リューは元冒険者で神のアストレア様は都市外にいる。条件は満たしている 「神ヘルメス、私を便利屋だと勘違いしていませんか?」 だがリューは困っている それもそうだ、いくら条件が満たしているとはいえリュー『疾風』という要注意冒険者だ。戦争遊戯はオラリオ中に放送されるのでもし生きていたとしたら大変だからだ 「そこは俺が都市外からやって来たって吹聴しておくから!どうかシルちゃんのためだと思って、ベル君を助けてくれ!」 「そこでシルを引き合いに出さないでください……」 シルのためというとやってしまうのがリューである 「ごめんね、リュー……」 「シル、貴女が謝る必要はない。私もクラネルさんを助けたいのは一緒だ」 どうやらリューも戦争遊戯に参加するようだ 「いやぁ、ほんとありがとうリューちゃん!…………それで実は助っ人は2人まで良いらしいけど……ハチマン君も出ちゃったりなんかしちゃったりなあ、なんて……」 「別にいいですよ」 「だよねー、やっぱハチマン君は出ない……って、えええええぇっ!?」 俺が断ると思っていたのか?まさか受けるとは思えずに絶叫するヘルメス様だった 「ハチマン……貴方も出るんですか……!?」 「そんな……!?」 リューとシルも驚きを隠せないようだ。てか俺が断るしか思っていなかったのか? 「別にいいですよ参加しても。俺もベルの助けはしたいですし」 闇派閥の俺がなに言ってんだが…… 「でもよろしいんですか?ハチマンは……」 「ああ、たしかにハチマン君はオラリオのどこかにいる神の眷属だが……見つからないから良いんじゃないかな?」 ヘルメス様も俺が闇派閥だと知っているが、この人俺が闇派閥だと言うことを利用して戦争遊戯に参加させようとしたのか…… 「ああそれとハチマン君。戦う時は今までの武器は絶対使わないでよ。ロキとかガネーシャとかにバレたら反則だから」 今までの武器……つまり多由也や邪剣シリーズか…… 「わかりました……ならまだあいつらに見せたことのない新しい邪剣でやりますよ」 「っ!?ハチマン、いつのまに……!」 メレンに行った時にイシュタル様から貰ったアレで作った邪剣だ アイズたちに使う前にアポロン・ファミリアで予行練習でもするか 「くれぐれも殺しはやめてくれよ……ギルドに提出書類は俺が偽装するけど……ハチマン君は難しいな……」 たしかに偽装は難しいけどヘルメス様ならできるだろ? 「どうやったらロキやフレイヤ様にハチマン君だとバレないようにしよう……その濁った目で1発でバレるから……」 そっちかい!? 「でも……たしかにそうかもしれない。いくら世界が広いとはいえハチマン並みの目を持つ者が早々いるとは思えない……!」 ちょっとリューさん?なにそんなことに豪語してんの? 「でもどうしたら……あっ、そうです!ヘルメス様!」 シルは真剣に悩むとあることを閃き、ヘルメス様の耳になにかを言う 「そうか!その手があったか!」 ヘルメス様もシルが離れると顔が喜んだ。おい、なに話したんだよ 「それじゃあ俺は準備してくるから3日後に来るから!」 ヘルメス様はそう言って店から出たのだった 「おいシル……お前ヘルメス様になに言った?」 「ふふっ、内緒♪」 そう言ってシルもどこかへ行くのだった。そして残ったのは俺とリュー 「ハチマン、クラネルさんの為に共に戦いましょう」 「ああ、だが俺たちはあくまでも助っ人だ。最終的にはベルにやらせるぞ」 俺たちは助っ人だ。最後に決めるのはそのファミリアにいるものだ。つまり……ベルだ 「当然です」 リューもわかり、お互いに店の準備をするのだった リュー・リオン ハチマン・ヒキガヤ 戦争遊戯に参戦 フィーです ダンまちの第6巻スタートしました 原作では助っ人が1人ですが改変し、2人にしました そして戦争遊戯ではハチマンが新しく作った邪剣が大暴れ?する予定です そしてシルが考えたある方法とは? 次回もよろしくお願いします
やはり俺が豊穣の女主人で働いているのはまちがっている。 18
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和葉ちゃん憑依成り代わりさんのIF話しの別の人がお相手バージョンです。 以下の点にご注意ください!↓ 捏造・ご都合主義万歳。 和葉の中身は成人済み女性で、例のごとくオタクで有知識です。 憑依成り代わりの理由は不明です。なので戻れるかも不明なままです。 とあるキャラクターが出張ります。 キャラクターの性格改悪、改変、その他キャラ崩れ、崩壊があるかもしれません。 恋愛を押し出していきたい。 謎解きに期待してはいけない。 ネタバレを含みますが、原作とは中身が変わります。 読んでみて「これは駄目だ」と思ったらブラウザバックをお願い致します。 [newpage] 思ったよりも快適な成り代わり生活を送ってきた日々において、まさか原作に描写されていない関わりを得ると誰が思うのか。 丁度日本の学校に通い続けるかどうかを母と相談していた頃、兄である赤井秀一の現状を加味した上での決定待ちの間に旅行に出ていた。 母の現状もあって私が自由にできるよう配慮してくれた行き先は、東都から離れた場所で。 兄が追う組織が関わりを薄くしている地域へ入っての観光において、私は吃驚するような出会いを果たす。 軽いロードワークに出ていた時のことだ。 癖っ毛のせいで髪を伸ばせないから短髪で、身体に脂肪が少ないのも相まって少年にしか見えなかった自分。 それを大いに利用してぶかぶかの衣装で男のフリをして公園で走っていたのだが。 一旦休憩だと飲み物を購入したタイミングで、目の前を走りぬける男性と擦れ違ったのだ。 とても見覚えのある顔だった。 原作の通りに兄の後を追って叱られて、その時に落ち込んだ自分を励ましてくれた男の人。 「スコッチ」と、某タキ○ード仮面の声で呼ばれた男の人だった。 あの時は自分との関係をはっきり肯定した兄へ呆れるばかりだったが、それ以上に某残酷(笑)な魔剣士さんの声に聞き惚れたものだ。 その男の人が、目の前を駆け抜けて行ったのは、もしかしてもしかするのだろうか。 記憶にあるのは自害した彼に絶望するもう一人の顔だ。 その視線の先で血に濡れた顔を冷たく歪ませた兄もいたが、そのタイミングだったりする? はっとしてその男性の後を追い駆ける。東都での出来事だとばかり思っていたが、そうでないのなら自分がこの場にいたのは偶然じゃないと思おう。 結構消耗しているのか、私の足でも充分に追いつくことが出来た。多分、消耗していたから兄に追い詰められたのかもしれない。 廃ビルで自害したはずのその人。私の現在の記憶ではこの地における廃ビル群はもっと先だ。 私の足音に背後を振り返ろうとした男に向けて、出来る限りの声で呼びかけた。 「ギターのお兄さん!待って!」 「っえ、」 「そっちに行っちゃ駄目だよ!こっち、こっちに来て!」 「君は、しかし……」 「はやく!」 驚いた顔で立ち止まった彼に、私は飛びつくようにして彼の腰を捕まえた。 慌てて振り払おうとする動きを避けながら、監視カメラのないルートを頭の中で展開する。 残念ながら現在宿泊しているホテルまでは辿り着けないが、それでも身を隠すのに問題ない場所までは行けそうだ。 ぐいぐい彼を引っ張って、なんとか一番近くのカメラから身を隠す。 カメラ映像を調べられたら私も終わりだが、確かあれは個人購入メインの品でネットに繋いでいる可能性は低い。まだ希望はあるだろう。 困った顔で私から離れようとするのをどうにか引き止めて、私はカメラに映らないルートを進んだのだった。 [newpage] 「それで、言いたいことはあるか?」 「一応人命救助ってことで、ここはひとつ」 「ばかもの!」 「いたい!」 「ま、まあまあ……」 小さな手の平で頭を叩かれて痛みに声を上げる。流石は息子と殴り合いをする母だ。子どもの姿でも繰り出す攻撃は鋭かった。 素直に謝罪の言葉を続ける私の背後で、スコッチと呼ばれた男性が母との間に入って仲裁してくれる。 体格差もあってか母は追撃を許してくれた。 そのまま詳しい説明を求める母に、私は口を開く。 監視カメラのないルートを抜けて辿り着いたのは小さな公園だった。 身を隠すも何も出来ないような小さな公園の端に、電話BOXがあるのを私は知っていたのだ。 そこに飛び込んでタクシーを呼ぶ。待ち時間は数分だという言葉に了解を示して電話を切って、背後へと振り返った。 監視カメラに一緒に映りこんでしまったことは話しておいたので、もう彼が私を置いて逃げることはないだろう。 「数分でタクシーが来ます。顔を隠す道具はありますか?」 「パーカーのフードならあるが、」 「ちょっとあれですね。私のキャップ被れます?」 「ん、借りるな……まあ、なんとか」 「よかった。それで隠してください。持ち物は私が」 「しかし、これは」 「貴方が持っては目立ちます」 「うぐぅ」 正論を言ってみれば目の前の彼が苦い顔で唸る。受け取ったギターケースは予想通り重たい。 中身が何かは想像しないようにしてキャップの上からフードを被る彼の様子を確認する。息が乱れてはいるものの、落ち着いた雰囲気だ。 これなら急に逃げ出されることもないかなと頷いて、兄弟に見えるようにと表情を合わせるべく口元の表現に力を入れた。 知らせの通りに数分でやってきたタクシーに二人で乗り込む。後部座席に倒れ込むようにした彼を確認してから、私は助手席に入る。 「すみません、体調が悪いみたいで……吐き気はないみたいだから、横になったままでお願いします」 人の良さそうな運転手が笑顔で頷いてくれるのに感謝を示して、母の待つホテルを行き先に頼んだのだった。 ホテルへと向かってもらう道すがら、兄に似た人間が走る姿を見つけたことでニアピンだと笑ったりして。 そうして地下駐車場まで入り込んでもらったタクシーへ料金を支払って、私と彼は母の元へと帰ったのだ。 まず男を連れ込んだことを咎められて、その言葉に彼が反応して現状の説明を求められ。 掻い摘んだ説明に顔色を悪くした母から張り手をもらったのが現在だ。 全く、人助けしたのだから許して欲しいものである。 相変わらず腕組みして凄む母に苦く笑う。今回のお説教は長引きそうだ。 「それで、ここまで彼を連れて来た理由を言いなさい」 「ええー」 「えっ、人命救助じゃないのか」 「それ以外にも理由があるに決まっている。私が育てた娘なのだからな」 「言いたくないよー」 「駄目だ。話しなさい」 「ううう」 「えっ、えっ」 きょろきょろする彼の隣で項垂れる。やはり甘くはなかったか。 母の言葉の全てを理解した上で口を噤みたい所だったが、しっかりと合わせた目は「話さなければ彼を追い出す」と言っている。 そうされると大変な事になりそうなので、仕方ないから正直な理由を話そうか。 ぐったりしていた態勢から正座して姿勢を正す。嘘を吐かないと態度で示してから口を開いた。 「実はね、彼、ドストライクなの」 「は?」 「えっ」 「声も顔も身体も。本当、こんな理想の塊が生きてるなんて奇跡だと思ってる」 「……嘘ではなさそうだな」 「っえ!」 「お兄さん、『えっ』しか言ってないけど大丈夫?」 「だ、大丈夫だ」 「まさかそんな理由だったとはな」 「お恥ずかしい」 ぎらりと光る母の目から視線を逸らして俯く。公開告白したような現状に恥ずかしさが押し寄せた。 だって仕方ないのだ。心細いところに優しく声を掛けてくれた大人の男の人に心惹かれない女子がいるだろうか。いやいない。 記憶があることを前提にしても、視界の隅を走り抜けて行った影がその人だと判断出来るくらいには心に残っていた人だ。 追い駆けると決めたときにはもう、一蓮托生でいいじゃないかと気を許してしまっていたから。だから、私の言葉に嘘はない。 彼に死んで欲しくない。 できれば生きていて欲しい。 危ないことをさせたくない。 そして、可能であれば傍に居させて欲しい。 こんな気持ちを持っているのだから、彼がドストライクなのは本当だと言える。 巻き込んでしまった母へは申し訳なさしかないが、未だ子どもなので保護者への連絡は必須。となれば連れ帰るのが定石だ。 まあ、巻き込んだ先にある危険が半端なものではないのが恐ろしい話しではあるが。 だがよくよく考えて欲しい。私は未成年で間違いないからいい、しかし母はどうだ。 中身や本来の戸籍年齢を考えれば私の母だからして大人であるけれども、現状は見た目子どもの戸籍は別人である。 未成年だけでホテルを転々としているのは異常であるし、当然飛行機の手配だって他人に頼りきりだ。いつまでもそれでは困るだろう。 そこに来ての彼だ。私達二人での旅行に混じる明らかな大人の男。未成年の女二人であることも考えればとても心強いではないか。 しかも彼は兄の知り合い。意味合いとしては不安要素が多いが、それでもある程度の事情を汲んでくれるだろうことは明白。 その上で日本を離れるかどうかで悩んでいたこともある。彼を連れて日本以外の国へ飛べばいい。これで全部解決! と、いうことを必死に説明して彼の手を握る。 離れたくないんだよ、と母にだけ見えるよう角度を調整して口の動きだけで訴えた。 「………駄目?」 「全く、まさかお前の性格まで私に似るとはな」 「親子なんだから当然だよ」 「そうだったな」 心なし寂しそうな顔で言葉を溢した母が、私の頭を撫でてくれる。同時に零れた深い溜息に笑うしかない。 確かな言葉は無かったが私の願いは聞き入れてもらえそうだ。 そう感じ取って喜びにはしゃぐ私の目の前で、母が彼の懐から携帯電話を奪い取った。 「!!」 「これは預かっておく」 「返せ!」 「いいのか?死ぬぞ」 「……どういうことだ」 「首元を触ってごらん」 するりと彼から離れて首元を指差した母の視線を追い駆ける。 彼の首へ注がれている視線のまま目にしたのは、点滅する小さな機械が嵌ったブローチだった。 ハイネックを着ていた彼の首に当たる部分へ取り付けられたソレは、綺麗なデザインのもの。 しかし母の言葉を聞いてから目にするに、とても不穏な何かを感じた。 「まさか、」 「そう、私の一存で爆発する」 「なんでそんなことするのさ!酷いよ!」 「お前は黙ってなさい。いいか、その子を人質にしたところで私はお前さんの息の根を止めるのを優先しよう。どうする?」 「………」 「もう!そんなに脅かさなくてもいいでしょう?携帯電話なら無効化してるんだから!」 「は?」 「……ネタバレには早かったが。まあいい」 私の叫びと共に深い溜息を重ねた母が携帯電話から電池パックを取り除く。 そうしてデータが詰まっているだろう基盤部分を五寸釘と金鎚を使ってぶち抜いた。……あの道具、ちょっとしたジョークで集めたんだけど、取ってあったんだね。 実は藁人形とセットで取り寄せたジョークグッズである。ジンかベルモット辺りを呪えないかと思っただけの悪戯です。 母の背後に転がる藁人形を見た彼が息を飲んで怯えていたが、母にそういう意図はないだろう。タイミングの不幸だ、申し訳ない。 さて、先ほど私が口にした「携帯電話の無効化」というワードについてだが。 詳しい状況を知られれば追われる可能性のある身のため、母の周辺には電波妨害が仕掛けてある。 許可した媒体以外に通信を許さない妨害なので、彼の携帯電話はこのホテル室内に入った時点でただの玩具だ。 それだけならば彼がこのホテルに入ったことを知られてしまう可能性があるが、実は私個人も妨害機器を持っていたから問題なかったりする。 公園でタクシーを呼ぶより前に、彼にさえ知られないようこっそり妨害をかけていたから多分大丈夫。携帯電話系統の電波だけを妨害する機械、凄いね! というわけで。 詳しく説明した私の言葉にがっくりと項垂れた彼の背中をぽんぽんする。 「ごめんね。こういうジョークを楽しむ人なんだ」 「死ぬかと思った……」 「なんだ、爆弾は嘘じゃないぞ」 「「はあ!?」」 慌ててブローチを毟り取って投げ捨てた彼に母が笑う。小さな手が拾い上げたブローチはそのまま仕舞いこまれた。 先の言葉が本当か嘘か、私には全くもって見分けが付かないから性質が悪いのだと溜息を吐く。 同じく溜息を吐く彼と目を合わせて笑って、そこから彼を含んだ三人での旅行が始まったのである。 [newpage] これが記憶にある原作軸?とやらの四年前。私がまだ中学生だった頃の話しだ。 スコッチと呼ばれた彼は「世良ヒイロ」として私の従兄弟となり。私や母の管理を行いたいFBIの目を欺く程度の演技で私達の保護者となってくれた。 彼の詳しい情報を私は聞かされていないが、母はきちんと聞いているようだし彼の監視を買って出てくれたから、私は知らないフリをしている。 その方がなにかと便利だったからだ。 何しろ彼は私の好みドストライク。何も知らない方がアピールもできるってもの。 兄として私達の引率をしてくれる彼の背中にぺたりと引っ付いて甘えるのが、此処最近の楽しみの一つ。 「ひーくん、ご飯だよ」 「おう、もうそんな時間か」 「喜べ、今日は和食だ」 「やったー!」 「ああ、久々ですね」 「肉じゃがが美味くできた」 小さな身体でも母は母である。私たち子ども二人のご飯を全て担ってくれる最高の婦人だ。 彼の背中に引っ付いたまま、彼の動くままに移動して食卓へ向かう。私が落ちないようにと首に絡む腕を握ってくれる優しさがとても嬉しい。 一旦は日本を出ようということになって以降、海外生活を繰り返しているが日本人の血が騒ぐのか定期的に和食を食べたくなる。 それをしっかり把握している母は一週間に一度の頻度で和食を作ってくれるのだ。とても有難い。 ソファが置かれた食卓に着いたら真っ先に私を下ろしてから席に着く彼。怪我をしないように気遣う細やかさのなんと心地よいことか。 行儀良くソファに座って出来立ての食事を見つめる。隣に座った彼もまた似たような様子である。 醤油やお出汁の香りが食欲をそそる空間で、私は期待を込めて母を見つめた。 優しい目でこちらを見ていた母が、ゆるりと口元を緩める。 「ああ、召し上がれ」 「いただきます!」 「いただきます」 許可が下りると同時に箸を手にして肉じゃがへ手を伸ばす。 一人ずつ器に盛られた肉じゃが。煮崩れしていないジャガイモとボロ布のようになった牛肉に期待が高まる。 口に入れたジャガイモはとろりと口の中でほどけていって、牛肉はほろほろだった。通じるかな?通じたらいいな。つまり美味しい。 時短にと圧力鍋を使いこなす母ならではの食感だろう。味も染み込んでて、本当に最高の肉じゃがだ。 美味しい美味しいと食べる私に対して、無言でご飯を掻き込む彼。 並んだ二人を優しく見つめてくれるのが心地いいなと思いながら、完食したのだった。 そういう日々を送ること一年。時間の経過は意外に早い。 彼のことを調べていたFBIが根を上げて母へ探りを入れてきた。 やたら「身内」という言葉を繰り返しての探りだったが、これでは母どころか私ですら釣り上げることはできないだろう。 なにしろ、私達にとってFBIは兄と長男を奪った組織でしかないのだから。 下手な探りを入れてきた捜査官を追い払って、母二人でころころと笑う。 「はっはっはっ、まだまだ青いな」 「身内だって言いたいなら兄を返してから言って欲しいよね!」 「………恐ぇぇ」 「さて、折角の口実だ。有意義に使わせていただこう」 「あ、私イギリスに行きたい!」 「いいぞ」 「いいのか!?」 「丁度いい。留学の形を取ってみるか。勉強しろ真純」 「はーい」 「え、えぇ?」 首を傾げる彼を無視した母が、ボイスレコーダーを手に電話をかける。 相手は恐らく兄の上司だろう。下手な探りに対する謝罪が欲しいとぐいぐい切り込んでいた。 当然欲しいのは言葉ではなく権利だ。 あちらさんの部下がやらかしたやりとりを再生する音源をバックミュージックに、私達のイギリス行きが決まったのだった。 「なあ、本当にいいのかコレ」 「大丈夫。ブラックさんはこういうの結構理解ある人だから」 「しかしやらかした捜査官はどうなるんだ」 「んー……まあ、減俸?減給?お叱りよりお仕置きって感じだよね。多分もう顔を合わせることはないかな!」 「そうか。そんなもんかあ」 ぶつぶつと溢す声が聞こえるが無視しておく。雲隠れしている捜査官として思うところを聞き入れるつもりはなかった。 重要なのはイギリスで何を学ぶかである。 早速とパソコンでネットから情報を引き出して学びたいものを選ぶ。 興味があるのはメイドや執事の育成学校やマジック学院などの専門学校だ。一番楽しそうなのはホームズ研究所だろうか。中々興味深い。 どれがいいだろうかと悩む私の背後から、彼が顔を覗かせてきた。 「なにしてるんだ?」 「向こうで何を学ぼうかなって。何か楽しそうなの知らない?」 「なになに………余りよさそうなのは知らないが、コレが楽しそうだな」 「やっぱり?私もこれいいなって思ってたの」 「通学OKみたいだし、いいんじゃないか」 「だね。候補にしとこ」 彼の指差した学校の情報を携帯電話へインストールして保存する。手続きの時に母に頼んでみよう。 他の学校も記憶に刻んで、連絡を終えて満足そうな母に飛びついた。 「ありがとう!イギリス楽しみ!」 「そうだな。明日にでも手続きにいくか」 「うん」 「飛行機の手配はどうします?」 「手続きの後でいい。資金は向こう持ちだからな」 「ははは、わかりました」 「向こうでは家を借りたいなあ」 「いいんじゃないか。ブラックならその辺りも手配しそうだ、言っておこう」 「やった!」 飛び上がって喜んで、私は三人での生活を思って笑ったのだった。 [newpage] ブラックさんの尽力によってイギリスで快適な暮らしを手に入れた私達。 母はのんびりした形で情報収集を行いつつ彼の監視をしていたが、私は狙っていた学校への入学を果たしてわくわくだ。 留学の形であることから、入学式も卒業式も経験しないままと思うが、それでも学ぶことは出来る。 意気揚々と私は学校へ登校するのだった。 借りた家から出て玄関を振り返る。 笑顔で手を振ってくれる彼に私も笑顔を返して、上機嫌で出かけた。 初の授業はまあまあの結果に終わる。 マジック学院へ留学している生徒、となった私は丁寧な教材と説明のもとで実技を学んだわけだ。 タネも仕掛けも分かっているマジックを、そのタネと仕掛けが分からないように実演するのは楽しかった。 同年代の子供達とのやりとりなので技術面での大きな差はないが、知識面での差が開いていたため少々手間取ったのが余計に。 こんな事も出来ないのか、という様子で煽りにくる子供達に笑いながら練習する楽しさといったらない。 教師陣の「日本人は謙虚だ」という驚きにさえ笑いながら必要な技術の練習に勤めた。 一日の勉強が終われば受け取った教材で一杯になった鞄を背負って帰宅となる。 周囲を確認してから開けた玄関扉の向こうには、見慣れた彼の姿が見えた。 「ただいま」 「おかえり。楽しかったか?」 「楽しかったよ。技術の練習がいい暇潰しになりそう」 「そうか、あとで見せてくれ」 「もちろん!」 ひしっと彼の腰に抱きついて会話する。 もう苦笑いすらしない彼は、慣れた様子で私の頭を撫でてそのままリビングへ入る。私が引っ付いててもお構いなしなのが、どうしてかとても嬉しい。 引き摺られないように腰を抱いてくれる彼の腕が力強いから、心が飛び跳ねるくらいにはときめく。 リビングに入れば母がパソコンを前に作業している。 私の姿を確認してパソコンを閉じてくれるから、私は母にメロメロなのだ。 「ただいま!」 「おかえり。どうだった」 「実技を学んできたよ。後で見てね」 「もちろんだ」 「それでね、今日はこれもらってきた」 「どれ」 保護者の方へ、と記された書類を渡す。 近く行われる親睦会への参加を促すものだったが、この場合参加するのは母ではなく…… 「ふむ。ヒイロ、行けるか」 「ん?なにがです」 「これだ」 母から彼へ書類が渡る。真剣に読み解いた彼が、私を見て笑った。 「いいぞ。一緒に行こうか」 「ありがとう」 「揃いの服でも着ていくといい。家族に見えるだろう」 「そうする」 「えっ、ペアルック?」 「その言葉は古くないかな、ひーくん」 「まじで?」 「普通にお揃いでいいと思う」 「まじか」 何かにショックを受けた彼が崩れ落ちた背中にそっと乗っかって頬を擦り付ける。 筋肉の動きがしっかり分かる背中をぽんぽんする。生育環境での知識差ってあるから気にしなくてもいいよ。古いけど。 なんというか、一回りの年齢差でジェネレーションギャップが生じるとは思わなかった。正直な口でごめんね。 落ち込む彼の背中をぽんぽんし続ける私を母が笑う。 「正直なのも問題があるな」 「ごめんね、ひーくん」 「いや、いいんだ。引き篭もってるからこういう情報の更新は大切なことであってだな」 「気にしてるね」 「気にしてるな」 ぶつぶつ言い訳を述べる彼に母と二人で笑う。 こんな平和な時間がずっと続くならいいのにと、記憶が否定するような願いをこっそりと心で呟いた。 彼のことを思うならそうなってはいけないとわかるからこそ、声にしないで仕舞いこむ。 ただ一緒に居たい。初めから私の一番の願いはそれだけだと改めて思い直したのだった。 とか言って憂鬱な気持ちになることが無いのが私です。 だってね、落ち込んでる彼が笑う私を抱き上げてぎゅってしてくれたから。プリンセスホールドだよ?筋肉だよ?惚れるしかないよね! うっとりして彼の肩に擦り寄る。こういうスキンシップをしてくれる彼の優しさが本当に心地いい。 女として認識するには少々味気ない自分を女性扱いしてくれる彼の紳士振りの凄さね。 にっこにこする私に母は呆れたり諦めたりだ。 もうそろそろ私の初恋を応援してくれる頃だろうか。それとも彼が居なくなる人だからと距離を置くよう言われるか。 どちらにせよ甘やかしてもらえる間は甘える。 キスして欲しいな、という欲望を素直に視線に乗せて彼を見つめる。彼は困ったような顔で私を見て、額に口付けてくれた。 「勘弁してくれ。頼むから」 「や」 「えぇ……?」 「もっと甘やかして?」 「う~ん、困ったな」 猫が懐くみたいに彼に擦り寄る私を離さないでくれる彼が好き。未来がどうなろうと、今が幸せならいいのだ。 きゅっと彼の首に腕を回して密着する。ぴとりと引っ付いた互いの身体から伝わる熱が、心の奥にある何かを満たしていく。 にまにまして楽しんでれば、彼から深い溜息が首筋に掛かった。 「本当に、真純ちゃんは自分のことをよくよく考えるべきだ」 「ん?どういう意味で?」 「甘やかすだけで終わる男は殆どいないってこと」 「ひーくんは?」 「命を掛けて手出ししません」 「エー?キスはして欲しい」 「そういうところな」 「本心だもん」 「もんとか可愛いなおい」 「ヒイロ君、声に出てるぞ」 「おっと」 母の一言に彼が口を閉じる。なんでもない顔を装っているが首筋に汗が流れたから結構動揺しているらしい。 私のことを可愛いと思ってくれるらしい彼の気持ちに、私の機嫌は急上昇だ。 今回はキスについて見送っていいかなと思うくらいには嬉しかった。 「今のでキスは見送る」 「助かった」 「まあ、18になってからなら許してやらんでもない」 「やった!」 「えっ」 そわっとした彼の背中を撫でて、甘える時間は終了となった。 夕飯を食べた後は学んだばかりのマジック技術を披露して駄目だしを受けつつ更に練習する時間となる。 教材についても予習として一通り読んで、翌日の授業に備えて眠りに就いた。 そんな日々を送ること一年とちょっと。 なんとか充分な技術を身につけて留学を終了した私は、兄が亡くなったと連絡を受けた母と話し合う。 「どう思う?」 「嘘ばかりではなかったな。だが、怪しいことに違いない」 「だよね。ひーくんはどう?」 「まあ、あいつがそんな簡単に死ぬとはとても思えないなあ」 「おお、元同僚としてはそういう感想になるんだね」 「ああ。殺しても死なない感じが物凄かった」 「その言葉を信じよう。日本に戻るぞ」 「はーい!」 「わかりました」 と、こういう流れで日本へ戻ることになりました。 [newpage] 日本に戻ってからは「世良ヒイロ」の独壇場となる。 なんていっても日本のお巡りさんだ。伝手なんて最高のものを持っているのだから当然のことだった。 まず、今まで連絡出来ないままだったお仲間さんへようやく連絡許可の出たところで、一番信用出来る人間へ繋ぎをとってもらい。 そこから状況確認と身の振り方を決めた彼は、折角だからと世良の名のまま現場復帰した。 同時に、私と母については伏せてくれた彼に私はメロメロだ。 「つまり、君は単独で協力者を伝って世良ヒイロとなった、ということにしたわけか」 「ええ。だからお二人には大人しくしていて欲しいですね」 「えーやだー!」 「その言葉を呑むと思ったか?」 「思いませんでした。とりあえず、こっちの傘下に入ってもらえたらなと思ってますが」 「いいの!?」 「………仕方ないか。息子達については黙秘するがいいな?」 「もちろんです。では、こちらで用意した住居へ、」 「それは拒否しよう」 「だね」 「まあ、そうだろうとは思ってました」 苦笑いした彼に連絡用の携帯電話を渡されて、その場はお開きとなる。 何かあればお互いに情報共有しようということだった。 あとは、私達の監視役にでもなるんだろうなと暗黙の了解をして、お別れした。 が、私がその程度の壁を気にするわけがない。大人しくしないと宣言した分もあるから元気に原作へからんでいく予定だ。 手始めにと、工藤新一が通っていることになってる高校への転入手続きをしたのだった。 そこからは怒涛の原作が流れていく。 バーボンが登場して沖矢昴と火花を散らしたと思えば、私と同じ苗字の男が登場して。 親しげな「世良兄妹」に動揺する沖矢をからかったり、やけに友好的な安室透にたじたじしたり。 何度も事件に巻き込まれながら進んだ時間は、私個人だけに関して言えばとある映画で一時撤退となった。 それはアメリカのスナイパーが日本で事件を起こしたとされる出来事。 江戸川コナンのお願いを聞き入れて行動を共にして、その結果犯人の狙撃に倒れるというストーリー。 本来の映画にあるストーリーなら私である「世良真純」は数日で退院となったが、私は身体を鍛えていないし当たり所も悪かった。 記憶では肩の辺りに当たったはずの銃弾は、この現実において私の腹部を貫通したのだ。 内臓のいくつかを傷つけて通り過ぎた凶弾。 初めから連絡を着けていた「世良ヒイロ」の応急処置が間に合ったことで一命を取り留めた私は、しかし数ヶ月目を覚まさなかった。 ようやく目が覚めたときには原作は終了していたのである。 [newpage] 目を開けた先の天井は、見たこともないシンプルで綺麗なものだった。 藍色に染まった天井が月明かりに照らされて淡く反射光を降り注ぐ中、口元に当てられた透明のマスクが意識を集める。 見たことのあるソレは、病院で使用されるものだと記憶が教えてくれた。 思い出されるのは、ストーリーに沿って江戸川コナンを庇った後の、愛しい男の必死な表情。 ドクドクと脈打つ腹部を押さえて声を掛けてくれる言葉に、何とか笑ったのまでを思い出した所で右手の違和感に気付く。 温もりがぎゅっと手を圧迫する感覚に、そっと視線を動かす。 見えたのは、伏せた人間の黒い頭とがっしりした背中だった。 あまり力の入らない腕を動かして、握られた手を揺らす。 「ね、だれ……?」 瞬間、がばりと顔を上げたのは見慣れた好いた男で。 大きく開かれた瞳から綺麗な光が反射する。振るえる唇から声が出る前に、さっと伸びた腕がナースコールを押した。 「説明とか、色々あるけど、まずは医者に見てもらおう」 「うん」 「明日から急がしくなるぞ」 「楽しみだね」 「はは、その言葉を聞くのも久々だよ」 「そっか」 「ああ」 表現の難しい顔で言葉をくれる彼に、私も小さく返す。 少しだけ嬉しそうにしてくれるのを喜びながら、駆け込んできた医者に二人揃って視線を向ける。 そこからは慌しい時間になったから、きちんと話しができたのは翌朝のこと。 起き上がって水分を取る私を支えて、沢山の情報をくれた彼に笑う。 心配してくれた多くの人への連絡を肩代わりしてくれて、更には母の面倒まで見てくれていた彼。 心からの感謝をして筋肉の落ちた手で彼の肩を撫でる。 「ありがとう」 「どういたしまして。もう、こんなことはしないようにな」 「はは、頑張るよ」 「まあ、監視体制は出来上がってるけどな」 「えー?」 「彼女の許可も取ってるからな。退院したらそこに入ってもらう」 「やーだー」 「駄目」 にこにこと楽しそうに話をする彼。酷いことを楽しげに話していると思うと恐いが、これは私と会話できることを喜んでいると分かるので受け入れる。 目の前で私の頬を撫でながら笑っているのだから、目覚めたことそのものを喜んでくれてると思うとこちらも嬉しい。 二人きりにしてもらえた病室の中、今のこのタイミングなら頬へのキスくらいもらえるんじゃないかと野望が疼く。 今まで散々かわされてきた願いを、私はそろりと口にした。 「ね、キスして欲しいな」 「………なんでまた、急に」 「折角だから?リハビリ頑張るから、前倒しで褒めて?」 「あー、まあ、うん。いいか。ほら、おいで」 「わーい!」 広げられた腕に飛び込んでぎゅっと抱き付く。 見上げた顔が悲痛に染まったから、もしかしたら抱き付く力が弱いことを悲しんでるかもしれない。 非力な女の力はそんなものだと思うから、あまり悲観しなくていいのに。 原作が終わったなら、もうそこらに居る女の子と変わらない自分になってもいいはずだ。 リハビリだって最低限でいいかなって思うから、このまま普通の子どもになりたいと思う。 彼のことだから、私が回復するまでそばに居てくれることだろう。その間に本気で落としにかかってもいいだろうか。 その前に願望を叶えてもらおうと、彼の瞳を見つめて笑う。 困った顔の彼に、額か頬がいいなと希望を伏せて目を閉じる。 抱き締めてくれるだけでも幸せだから、「やっぱり駄目」という答えでもいいかなと思った瞬間、ぐっと腰を引き寄せられて息が止まる。 唇に触れた柔らかい感触と、ふっと顔に掛かった吐息に肩が跳ねた。 「!!」 「ん、まあ、一回くらいなら怒られることもないだろ」 「わあ………柔らかい」 「いや、感想とか恥ずかしいから」 「なんでひーくんが赤くなるの」 「むしろなんで真純ちゃんは恥ずかしくなんだ」 「だって、望んだのは私だし」 「もうやだ、最近の子が分からない」 「私のことだけ分かってくれればいいよ?」 首を傾げて返事する私に彼が真っ赤なまま項垂れて深い溜息を床に落とす。 呆れられたような動きなのに、私を囲った腕はそのまま。 痛みのない程度に抱き締めてくれるから、彼の胸に擦り寄って甘えるのは当然だろう。 「あまり、大人を情けなくしないでくれ……」 「ひーくんは情けなくても格好いいよ」 「だからぁ……そういうところだってぇ……」 「あはは」 ぐたりと私の肩に顔を伏せる彼。 密着したスキンシップに嬉しくなった気持ちのまま笑って、優しく背中を撫でてくれる手の平を堪能した。 この数日後、退院してリハビリを始めることになるのだが、付き添いに名乗りを上げる人間が複数いて悩むことになるとは分からなかった。 特に、沖矢昴の名でメールのやり取りをしていた大学院生に対する周囲の拒絶が凄くて笑ったのは、余談である。 [newpage] 倒れて壊れただろうバイクの先で、一人の女の子がぐったりと倒れていた。 その子の腹部を両手で押さえた子どもが周囲に救急車を呼ぶように掛け合っているが、それでは間に合わないと判断して車から飛び出す。 駆け寄って目に入ったのは、真っ青な顔色とアスファルトに染み出す紅だった。 「代われ!君では力が足りない!」 「え、でも!」 「退くんだ!」 追い縋る子どもを突き放して止血を行う。 傷口と湧き出す血液から、内臓の傷付き具合を想像して汗が滲む。 力加減を間違うわけにはいかないと集中して処置する背後で、聞き覚えのある声が救急車を手配する言葉を耳にした。 大切な光を失うわけにはいかないことを心に刻んで、救急車が来るまでの時間を持たせるべく、意識が朦朧としているだろう彼女へ声を掛ける。 こちらの顔を確認してほわりと笑った表情に、ひやりとした嫌な予感が背筋を駆け巡った。 「真純ちゃん!こっちを見るんだ!真純ちゃん!」 それ以降、どれだけ声をかけても反応しなくなった彼女。 なんとか止血はできたものの、間に合わなかったかもしれないと不安ばかりが募る中で救急車に同乗することになって。 そのまま手術してICUに入った彼女のそばにいられないことを、心から悔しく思った気持ちが、いつまでも消えないまま。 まさか、それから数ヶ月も昏睡状態になってしまうとは予想もしないことだった。 眠る彼女の容態が落ち着くまでを窓越しにしか寄り添えなかった事が、情けなくて悲しかったことを、きっと一生忘れることはないだろう。 [newpage] 純粋に「好き!」って顔をしてくれる女の子は、潜入捜査で廃れた心に響いたのではないでしょうか。 そんな子が目の前で大怪我して倒れてると。なんとも恐ろしい出来事だったと思います。 しかしスコッチさんはお巡りさんなので、女子高生に手出ししようと決意させるにはそれくらいの出来事が必要だろうなと思いました。 「この子は放っておいたら、他の男と幸せになる前に死んでしまう」このくらいは思わせないと駄目でしょうね。 リハビリが終わって通常生活できるようになったら、スコッチさん監修の軟禁部屋に突っ込まれて大事にお世話される運命です。 スコッチさんがとっても幸せそうにするものだから、真純ちゃんは「まあいいか」とそのままゴールインの予定。 お母様は元の姿に戻って、義理の息子となるだろうスコッチさんを一発殴って「娘は任せた」とか言いそう。 「俺、なんで殴られたの?」って混乱するスコッチさんに、赤井さんが「そういう母なんだ」と一言。 真純ちゃんが慌てて手当てする姿を見て頷くお母様のお心は、多分誰にも分からない。
和葉ちゃん憑依成り代わりさんが、他キャラに憑依成り代わりしてたらな小話の、世良さんバーションのお話しです。<br />本筋とは別の方がお相手の番外編です。<br /><br />キャラクターに対する言葉や表現は作者が個人的に思ったままを記載しているに過ぎないため、不快に思うこともあるかもしれません。<br />その場合は不快感が増す前にブラウザバックをお願いいたします。
【憑依成り代わり】肉食系和葉IN世良さん【番外編】
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それは幼い虎徹が覚えた、魔法の言葉。 この言葉を胸の中で唱えれば、誰もが幸せになれる。 そう、今この瞬間こそ、魔法の言葉を唱える時だと。 虎徹は知っていた。 知っていたからこそ、瞳を伏せる事しか出来なかった。 「ごめんなさい…ごめんなさい、虎徹くん…」 「……すまん、虎徹」 虎徹の大切な恋人と虎徹の兄は、辛そうに顔を歪めて虎徹に頭を下げる。 虎徹の視界の中で、彼女の震える左手を兄の右手が優しく優しく握り締めている。 何という笑い話なのだろう。 虎徹が結婚を誓った女性を、実家に連れて行ったのは一月前のこと。 その挨拶の場で実兄と恋人が一目惚れをしあい、相思相愛の関係になるなんて。 虎徹が知らない間に彼らは愛を深めあい、そして二人は何も知らない虎徹を呼び出して頭を下げた。 虎徹と友恵の婚約破棄と、村正と友恵の婚約を認めて欲しいと。 (……大丈夫) どうして、とか 何で、とか まさに青天の霹靂。 混乱する虎徹に、しかし事態は猶予を与えない。だって彼女の心はもう実兄のもので、虎徹を見る事なんて二度とないんだと分かってしまったから。 そう諦めてしまえる自分が無理矢理このまま結婚したとしても、彼女を幸せにする事なんて出来ないだろう。 胸中に広がる悲しみや痛みにそっと諦めという名の蓋をすれば、虎徹の唇に浮かぶ笑みが一つ。 (大丈夫) 「……俺の事は気にしないでいいよ。 婚約おめでとさん、兄貴、友恵。幸せになれよ」 (大丈夫、 ……愛されないことには、もう慣れてる) 魔法の言葉を胸中で唱えながら紡いだ祝福の言葉に、友恵と村正の顔に安堵の笑みが広がった。 ほら、魔法の言葉は今日も誰かを幸せにする。 虎徹以外の誰かを、幸せにする。 鏑木虎徹は生まれて37年、母親に抱きしめて貰った記憶が殆どない。 物心つく前から、母安寿の愛は長男の村正だけに注がれていたからだ。 虎徹の珍しい金瞳が、安寿を捨てて違う女に走った元夫を連想させるからだという。虎徹を見る度に母は嫌そうに顔を歪めて、すぐに背を向けて村正だけに愛を与えていた。 兄と同じように自分も抱きしめて欲しい、そう願って伸ばした幼い虎徹の手は、安寿に手酷く払われて虚空を彷徨うだけだった。 自分は母親に愛されない存在なのだと幼いながらに虎徹は悟った。他の家の子たちのように母親に抱きしめて貰ったり、頬にキスして貰う事はないのだと実感した。 その時に覚えたのが魔法の言葉だ。 大丈夫、大丈夫。 愛されない事には、もう慣れてるだろう? 最初から期待しなければ傷つくことはない。そう気がついた虎徹は格段に生きていることが楽になった。それを諦観と人は言うけれど、幼い虎徹にとってその魔法の言葉は自分を守ってくれる力強い盾でしかなかったのだ。 虎徹がNEXT能力を目覚めさせた事も安寿の態度を悪化させる要因にしかならなかった。暴力こそ振るわれなかったものの、母は虎徹をいない存在として扱い、無視して生活していた。虎徹もその事実を受け止め、死者のように静かに過ごした。 兄は母の愛を一身に浴びる罪悪感からか無視される虎徹を気にかけ、フォローしようとしてくれていた。しかしそのフォローが逆に母親のヒステリーを増長させ、虎徹に害を与えると気がついたのだろう。何も言わずに困った様に虎徹を見るだけになった。 そんな子ども時代だったが幸せだったと虎徹は思っている。 食事や物は与えられていたから飢える事はなかったし、家から追い出される事もなかった。勉強だって高校まで行かせて貰った。最も、NEXT能力差別が酷かった当時のオリエンタルタウンにある高校だったから、まともに授業も受けられなかったけれど。 それでも虎徹を心配してくれた老教師が放課後に図書館でこっそりと勉強を教えてくれた。彼のおかげで、虎徹は高校を無事に卒業出来たし、それ相応の知識を得る事も出来た。 レジェンドに出会ってから虎徹が温めてきた夢、シュテルンビルドのHEROになるきっかけを与えてくれたのも老教師だ。もう亡くなった彼を虎徹は恩師として今でも本当に尊敬している。 愛されないことを当たり前だと思っていた虎徹に、そっと寄り添ってくれようとした人もいた。彼女が雨宮友恵だった。 委員長だった優しい彼女は、虎徹の孤立に心を痛めていたのだろう。少しずつ二人は図書館で話すようになり、そこから恋に落ちた。その恋は花を咲かせたけれど、実を結ぶことはなかった。 彼女は15年程前、虎徹との婚約を破棄し、虎徹の実兄と結婚して虎徹の義姉になった。夫婦仲は良好で何人か子どもがいるらしく、可愛い息子夫婦の孫たちを母親は溺愛しているらしい。 最も虎徹は兄夫婦の結婚式に出席して以来、オリエンタルタウンに一度も帰っていない。兄夫婦が結婚した直後、お前はもういらないと母親に縁を切られて勘当されたからだ。 そのため風の便りで聞いた真偽の方は分からないし、分かることもないだろうと思っている。 母親には言っていないが、中学生時代に父親へ連絡をとってみた事もある。会う事を強く拒絶され、こっそり見に行った一軒家で虎徹の父だった人は、妻や娘たちに囲まれて幸せそうに暮らしていた。 そこに虎徹の居場所は勿論存在しなかった。 追われるようにオリエンタルタウンを出てシュテルンビルドに辿り着いた虎徹は、小さなアパートに身を寄せた。冷たいフローリングに身を預け、本当に一人になったんだなと思った。 なってしまったんだな、とは思わなかった。 それから虎徹は軍隊で技術を磨いた後、トップマグに入社し、シュテルンビルドのHEROワイルドタイガーとしてデビューした。 戦い続けて10年、その間は夢のように幸せな日々だった。 事故や事件に巻き込まれた市民の命を助けられなかったり、助けても救助が遅いと罵られる事も多い。でも時折言われる、ありがとうというお礼が虎徹を潤してくれた。 誰にも愛されない存在だとしても、虎徹は誰かに愛される誰かを幸せにする事が出来るという事実。 それは虎徹に戦い続ける力を与えてくれた。 そうしてワイルドタイガーは一人生きて、そうしてワイルドタイガーは一人死んでいくのだろう。 そう思っていた虎徹は最近、予想外すぎる人生展開に困惑している。 「おはようございます、虎徹さん。 一日ぶりですね、凄く会いたかったです」 「え、あ、うん。 おはよ、バニーちゃん」 何時ものようにアポロンメディアHERO事業部に出社した途端、虎徹はイケメンからの満面の笑み と温かい抱擁で出迎えられた。 欧米風の朝の挨拶だと頬にそうっと触れる唇は何時も優しい。ちゅ、軽く響くリップ音に自然と虎徹は俯いてしまう。少々頬が熱くなってしまうのは、虎徹の目の前にいる青年の笑みがあまりにも美しいからだろうか。 「あの、バニー?」 「何でしょうか、虎徹さん」 「……何で俺なんかにこんな事すんの?」 虎徹が何十回目かの問いかけを口にすれば、微笑みを絶やさないままバーナビーは虎徹のこめかみに口づけて何十回目かの答えを返した。 「僕が貴方を愛しにきたからですよ」 トップマグのHERO事業部がアポロンメディアにより買収され、それと同時に虎徹がアポロンメディアに移籍して半年が経つ。トップマグがHERO事業撤退と聞き、一時は引退を考えた虎徹を引き止めたのは、アポロンメディアからデビューするHEROだった。 アポロンメディアが誇るスーパールーキー、バーナビー・ブルックスJr.。 彼が自らと同じハンドレットパワーを持つ虎徹を引き止め、己のバディとしたのは、バディの名を借りた引き立て役、そして話題性が欲しかったからだろう。虎徹はそう思ったし、虎徹の上司だったベン・ジャクソンもそんなところに事業部を売り払ったトップマグ上層部による虎徹の扱いに憤慨していた。 最もまだ人気があった若い頃と違い、現在の虎徹は中堅のロートルだ。此処まで 使ってくれたトップマグに感謝こそすれ、恨むなど筋違いだと虎徹は思っていた。 心配するベンに大丈夫だと笑って、アポロンメディアに一人赴いた虎徹の予想は大体当たっていた。 アポロンメディアはワイルドタイガーをバーナビーの添え物としてしか見ていない。その扱いは少しだけ悲しかったものの、仕方ないかという諦めが勝っていた。 しかしバーナビーとの初対面時、事件は起こった。 ロイズにバーナビー君の引き立て役として頑張ってくれたまえ、そう虎徹が肩を叩かれた瞬間、傍にいたバーナビーが急に爆発したのだ。 「引き立て役!?ふざけないでください、彼は僕の大切なバディなんですよ!?」 HERO事業部に響き渡る怒鳴り声。 いや、怒号が相応しい。 呆気にとられたままのロイズを睨みつけると、バーナビーは呆然と佇む虎徹の手をとった。翡翠の瞳は歓喜と興奮に染まってキラキラと輝くばかり、ただ優しく虎徹を見つめていた。 「はじめまして、ワイルドタイガー。バーナビー・ブルックスJr.です」 「……え? あ、その……ワイルドタイガー、鏑木・T・虎徹だ」 「鏑木・T・虎徹さんですか、素敵なお名前ですね。鏑木さんとお呼びしても?」 「いや、虎徹で構わないけど……」 仲睦まじい会話にロイズが訝しげな視線を送ってくるが、事情を知りたいのは虎徹の方だった。 (……何でこんなに懐かれてるんだ?) 初対面である筈の青年――バーナビーは虎徹を前に喜びを隠さない。虎徹に対してこれ程までに明らかな好意を向けてきた人間は初めてだったため、虎徹は困惑を隠さずに握りしめられた己の手へ視線を落とした。 「えと、その……バーナビー?とりあえず手を……」 「虎徹さん」 優しい、ふんわりとした声音。バーナビーが愛しげに紡いだ音が自分の名前だと虎徹が理解するのに、少々時間がかかってしまった。 その隙を狙うかのように、頬を大きな手で包まれたかと思えば、虎徹の唇を柔らかな感触が啄んでいく。 (え、? ……キス、された?) 呆然と見上げた視線の先で、バーナビーはゆっくりと優しく笑ってみせた。 「貴方を愛しにきました、ワイルドタイガー」 それが全ての始まりだった。 バーナビー・ブルックスJr.が買い物に行った大型デパートのビル火災に巻き込まれたのは16歳の時だ。 NEXT差別者による無差別テロだったという。煙と火に煽られ、もう駄目だと諦めた瞬間、バーナビーの身体を青い光が抱きしめた。 それがワイルドタイガーだった。 「大丈夫だ、かならず助けるからな」 崩落で落ちてくる瓦礫の鋭い破片を身体に受けながら、ジリジリと迫る灼熱に身を焼かれながら。ワイルドタイガーは優しい声でバーナビーをずっと励まし続けてくれた。 「大丈夫だ、大丈夫……ご両親いるのか?なら必ず愛する人たちのところへお前を返すから」 「俺は誰にも愛されてないから死んでも構わないけど、愛されてるお前は駄目だ」 「お前は皆の場所に帰るんだ、な?」 そう微笑んでバーナビーを覗き込む琥珀の瞳に、偽りは一欠片も存在しなかった。 死んでも構わない、どうせなら誰かのために死にたい、そう心から思っている目だった。 その後、バーナビーは消防士たちの手で救助され、ワイルドタイガーは救急病院へ運ばれていった。一月もしないうちにワイルドタイガーは現場復帰したものの、バーナビーはそれ以降ワイルドタイガーを忘れる事が出来なかった。 良く出来た硝子玉のような琥珀の瞳。絶えない優しさと強過ぎる自己犠牲を宿す其処には、隠しきれないくらいに深い悲しみがあった。 (どうして彼はあんなに悲しい瞳をしていたのだろう) (愛される事を彼が諦めてしまったなら) (僕の手で、彼を愛して満たしてあげたい) 元々、バーナビーには彼と同じハンドレットパワーが備わっていた。加えてバーナビーは天才科学者と名高い両親から受け継いだ才能もあった。 息子を助けられて以来、重度の虎廃になった両親の応援のもと、バーナビーは大学をスキップして卒業し、HEROを養成するアカデミーも首席で卒業した。 そして両親の親友であるマーベリックの計画に乗り、ようやく彼と同じ立場に立つことが出来た。 彼は、ワイルドタイガーは変わっていなかった。 年月を重ねた孤独に気がつかないまま、誰かのために死ねる場所を求めて戦っていた。 彼を聖人と呼んだのは誰だっただろう。 ワイルドタイガーは気がつかない。己を省みない優しさを持つその姿は美しく、危うく、気高く、そして脆い。そんな彼の生き様に魅せられた人は多く、だから周りから敬られるあまりに遠ざけられる彼の孤独は満たされない。 けれどバーナビーは彼のバディだ。他の人とは違う、ワイルドタイガーを賞賛するのではなく、優しく手で抱きしめる事が出来る存在だ。 バディとして彼と組み、行動知れば知るほど、バーナビーはワイルドタイガー……鏑木・T・虎徹に惹かれていった。 彼の危うい自己犠牲を抑え、幾重もの優しさを剥がせば、未だに生々しい傷口が見えてくる。その傷跡を癒やすように抱きしめ、口づけ、貴方を愛したいと囁けば、怯えてしゃがみこんでいる幼子が現れるのだ。 (愛されない俺を、愛してくれるのは、どうして?) バーナビーは答える代わりに、虎徹にキスを重ねる。 彼が何時か、バーナビーを信じて己の想いを話してくれるまで。 彼が何時か、自分が誰かに愛される存在だと気がつくことが出来るまで。 「今日一緒にランチ行きませんか?美味しい和風パスタのお店を見つけたんですよ」 抱きしめたまま囁けば、虎徹は耳まで赤くしながらもこくんと頷く。 虎徹はバーナビーより一回り年上だし、身長だって180cmもある鍛えられたHEROだ。 しかし筋肉がつきにくいのか、全体的に細い身体と照れ故にか幼く感じられる仕草が、バーナビーの心を捕らえて放さない。 「貴方が好きです、虎徹さん」 バーナビーが何時ものように変わらない愛を囁けば、淡い金の瞳からころりと一粒雫が落ちた。 大丈夫 愛されない事には、もう慣れてる 虎徹を守る魔法の言葉が変わるのは、もう少し先の話だ。
臆病で豆腐メンタルな虎とポジティヴで鋼メンタルな兎のパロ話/仲良し鏑木家が好きな方は読まれない方が賢明です/特に安寿さんの扱い悪いです/虎は独身です/兎のご両親はご存命、マベが白くてジェイク事件も発生しない状態です/お、お久しぶりです……/更新が滞ってて申し訳ありません……/諸事情で実家を離れていたのですがようやく帰宅出来ました/これからコツコツ書いていこうと思います/何時も閲覧、評価、コメント、ブクマ、タグ有難うございます/拙い作品ですが、貴女様のお暇つぶしになれば幸いです/え?デイリー1位?/なにこれしのう
魔法の言葉が変わるとき
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[chapter:第九話『みんなの葉山隼人はきっとこれからも変わらない』] なんだかんだで振り回されながらではあるが、雪ノ下との交際をお祝いされて嬉しくなってしまった比企谷八幡です。 終業式まであとわずかなためか、どこか教室の雰囲気は軽くもあり、どこか寂しさも感じさせる。 授業が終わりゆっくりと帰る支度を整えて後ろを見やると戸部達の三馬鹿トリオの近くに葉山の姿はなかった。 まぁ葉山を三馬鹿トリオと一まとめにしてみるというのも頭のいい葉山には失礼かもしれないが。 とかどうでもいいことを考えながら駐輪場に向かい、自分の自転車を引き始める。校門まで来ると近くに雪ノ下が佇んでいた。 「こんにちは。比企谷君。」 「おう。雪ノ下か。どーした?」 「由比ヶ浜さんに近くのカフェでお茶に誘われているの。よかったら、あなたもどうかって思って。由比ヶ浜さんにあなたを誘う許可は取ってあるわ。」 俺を待ってたのか。なんか恥ずかしいな。ていうか由比ヶ浜よ。俺は同じクラスなのだから直接言えよ。こういう時に限って話しかけてこないのかよ。どうでもいいことでは俺を叩き起こすくせに。 「じゃあお言葉に甘えますかね。」 「素直で結構。行きましょう。すぐ近くなの。」 どっちが素直じゃないのかちゃんと自覚したほうがいいんじゃないですかね。耳とか真っ赤に見えるんですけど?と言ってもお互い様か。とか思いながらも雪ノ下の隣に追いつき歩き始める。 「由比ヶ浜とはその…なんだ?話できたのか?」 実は気になっていたのだ。 あのお祝いされた日。 俺や一色、小町は先に帰り、由比ヶ浜は雪ノ下と二人で話があると言って残った。 具体的内容に興味があるわけじゃない。 だが無関心というわけにはいかない気もした。 「ええ。できたわ。…由比ヶ浜さんは優しいわ。あなたのことも私の目指すことも全て受け入れて聞いてくれた。その上で協力まで申し出てくれた。初めてよ。こんな経験。」 「経験?」 「私が同性に相談をしたこと。親身に相談に乗ってくれたこと。あなたや葉山君にはかつて相談したことはあったのだけれど、クラスメイトの女子は元より姉さんにも母さんにも相談したことなんてなかったから。」 雪ノ下も優秀すぎるが故のぼっちだったからな。クラスメイトと相談ができるほど仲がいい人がいたとは確かに考えにくい。その上家族は大魔王家族ときた。同性に相談できなかったのも無理はない。 葉山。 同時にこの名前につい無意識でも反応してしまう自分自身が腹立たしい。 二人の過去は俺には関係ない。 知る必要はない。 だが両極であるあいつと並べられるのは不快だし、葉山に失礼だとも思った。 そんな劣等感を持つ自分に二重に腹が立つ。 だがここで葉山のことなどどうでもいい。本題はそこじゃなかった。 「まっ由比ヶ浜は過保護なところもあるからな。しっかり頼ってやらないとあいつ怒るぞ。」 「少しずつ、ね。でも私は由比ヶ浜さんに恩を返すのが先だわ。そう簡単に返せるわけじゃない。けれど少しずつ。」 「いいと思うぞ。まぁ由比ヶ浜が恩返しを期待してやったとは寸分も思わないがな。」 「そうね。所詮自己満足、と言ったところかしら。」 「そう言ったら終わりだがな。」 「そうではあるわね。さぁここね。」 雪ノ下はどうやら迷子にならずに目的のカフェに到着できたらしい。いや。方向音痴だから到着できないんじゃないかとかそんなこと思ってないからね! [newpage] 入ると四人座席のところから由比ヶ浜が首をひょいと出してこちらに手を振ってくる。ちょっと恥ずかしいんですけど… 由比ヶ浜を見つけた雪ノ下は一瞬微笑み、スタスタと由比ヶ浜の方に歩いて行ってしまうのですぐついていくと雪ノ下が由比ヶ浜のいる席で突然立ち止まるので危うく雪ノ下にぶつかりそうになる。 もしこのままぶつかって押し倒してたらマジで俺死んでた…雪ノ下に抹殺されるところだったぜ… 人を危うく殺しかけた雪ノ下さんにどういうつもりか聞こうと思ったが、先に雪ノ下が口を開いた。 「なぜあなたがいるのかしら…葉山君…」 は?葉山?…確かに席を見てみると由比ヶ浜の隣の奥の席に葉山は座っている。くっそさっきから葉山のことばっか考えてたから俺はついに幻覚まで見えるようになったか… おい。やめろ。こんなの海老名さんが食いついちゃう!はやはち実現猛反対!せめてとつはちに!ってお前雪ノ下に殺されたいのかよ。ここは八雪だろ…やだ自分でカップリング名つけちゃった! 「こんにちは。雪ノ下さん。まさか比企谷を呼ぶとは思っていなかったよ。結衣からは最初聞いてなかったからさ。」 「あーごめんねー隼人君。ゆきのんから連絡来たのさっきだったから伝え忘れちゃった…」 これって明らかに俺はお呼ばれしていなかったってことか? ここで気づくたまに優しい雪ノ下さん。 やっぱり仲間はずれは良くないと思います!俺だけ呼ばないとか! だがきっと葉山は雪ノ下に何か話があったのだろう。ここは俺が撤収するのが正解そうだ。 「あっじゃあ俺帰るわ。葉山は雪ノ下に話あんだろ?」 と言って背中を翻そうとすると雪ノ下が瞬時に待ったをかける。 「待ちなさい。比企谷君。あなたを呼んだのは私よ。私は由比ヶ浜さんに比企谷君が来ることを伝えておいたわ。けれど葉山君がいることは聞いていない。帰るべきは葉山君の方よ。」 雪ノ下は冷たく言い放った。 雪ノ下の冷気のおかげでカフェ全体が静まり返ってしまう。 「あっあたしが来てもいいって言ったから…」 「あなたのことは責めていないわ。由比ヶ浜さん。あなたはきっと葉山君に頼み込まれたのでしょう?責任はないわ。」 由比ヶ浜が葉山を庇おうとするが、雪ノ下はピシャリと言い切る。雪ノ下も由比ヶ浜に少しは気を使っているのかもしれないが、葉山へ向けられた刃は今まで以上に鋭い。 「そうだ。俺が結衣に無理に頼んだ。」 「認めるのね。じゃあ速やかにお引き取りいただけるかしら?」 雪ノ下は譲らない。葉山の顔など見たくもないと露骨に示している。一方の葉山は席を立とうとする気配も見せない。なぜかは知らんが葉山も本気のようだ。こうなればどちらも引くまい。かと言って俺がこの修羅場から逃げ出すというのも雪ノ下のお陰でできない。ここは折衷案しかないだろう。この空気を早くどうにかしなければ。 「そう言うな。雪ノ下。葉山は雪ノ下に話があるんだろう。ここは折れてやれ。俺も残るから。」 雪ノ下が深いため息をつく。 「あなたがそういうなら…仕方ないわね。」 そう雪ノ下は言って俺に先に入ってと言わんばかりに道を譲った。葉山の目の前は意地でも嫌らしい。仕方なく俺は先に入り、雪ノ下は由比ヶ浜の前に座る。 「ごめんなさい。由比ヶ浜さん。迷惑をかけたわ。」 迷惑とは葉山のことか。本人いるのに普通それ言うか…思った通り、由比ヶ浜は反応に窮したものの首を振る。 「まず…飲み物か何かを頼まないか?話はそのあとに時間をもらいたい。」 雪ノ下は葉山を無視してメニューを見始めてしまうので少し葉山が可哀想に感じてきた。 「そうだな。なんの話をするつもりか知らんが。」 葉山が目を丸くする。 「君もそういった気遣いができるんだな…」 おい。俺をなんだと思っていやがる、とか思い言い返そうとすると隣から冷たい声が届く。 「比企谷君を馬鹿にするのはやめてくれないかしら?今すぐお冷やをかけるわよ?」 …擁護してくれるのはいいんだがやりすぎです… 完全な静寂と化してしまい、もうお通夜さながら。 戦犯はもはや雪ノ下に伝えずに来た葉山というより一歩も譲らなかった雪ノ下だと言いたくなるレベルである。 注文のために店員さんを呼んだものの店員さんの手が震えていたのは気のせいかな。うん。気のせいじゃないね。 それを知ってか知らずか由比ヶ浜は空元気を出して他の三人の注文を集めてくれた。…これ由比ヶ浜がいて本当に良かった… 「で何かしら?」 そう言いながらも雪ノ下は決して葉山を見ない。紅茶を優雅に飲みながら由比ヶ浜がケーキを美味しそうに頬張っているのを暖かく見つめているだけだ。暖かく見つめているだけ少しはキレるのを自制しようと努力しているのかもしれない。ていうか由比ヶ浜さんケーキまで頼んだんですね。俺たち三人はドリンクだけですよ?…まぁ今から主に雪ノ下が引き起こすであろう心労をカバーするためには大量の糖分が必要だと由比ヶ浜は思ったのかもしれない。俺も普通のコーヒーじゃなくてマッ缶で糖分補給したい… 葉山は雪ノ下の方を見て重みを含ませた声で言う。 「プロムの件。聞いたよ。婚約も破棄にしたそうだな。」 そこか…葉山の両親は雪ノ下の両親と仲がいいから耳も早いのだろう。 「そうよ。」 雪ノ下の回答は短い。葉山の相手にする気は未だに無いらしい。 「君が一番君のお母様の怖さを知っていると思ったが…」 葉山がそう言いかけると雪ノ下は紅茶を置き、ようやく葉山を見た。 「だから何?逆らうなと?それはあなたのやり方でしょう?葉山君。私のやり方じゃない。」 「そうだよ。雪ノ下さん。これは俺のやり方だ。だが間違っているとは思わない。状況というのを受け入れるのも必要なことだよ。婚約は君も承諾していなかったからこれでいい。だが問題は君の立てた目標だ。」 諭すような言い方は陽乃さんや雪ノ下母を彷彿させた。 近くにいたから似ている、ではない。 こいつもそちら側の人間なのだ。 俺や雪ノ下とは正反対。 決して相容れない。 「どうせ姉さんから聞いたのね。別にいいわ。比企谷君も由比ヶ浜さんも知ってるもの。曖昧な言葉で表現する必要はないわ。」 葉山が豆鉄砲を食らったかのような表情をする。 「結衣も…比企谷も…知っているのか?」 俺も由比ヶ浜も知っていたことには驚き、由比ヶ浜の方を見る。 「人ごと世界を変える…だよね?あたしはゆきのんの考え賛成だな。」 由比ヶ浜が紡ぎ出した言葉には決意がこもっている、そんな気もした。 由比ヶ浜の言ったどんな敵であれ倒すと言ったのは冗談ではなかったらしい。 驚きと同時に親近感も湧いて来てしまう。 こんな雪ノ下の発想に賛成する大馬鹿者がまだいたのか、と。 「結衣…君は雪ノ下さんが何をしようとしているか分かっているのか!?」 葉山の言葉に怒気が少しこもる。葉山と由比ヶ浜は同じグループでお互いのことを知っている。由比ヶ浜が少しアホっぽいのも当然認識しているはずだ。だから状況を理解できていないと思ったのだろう。 「知ってるよ。あたしゆきのんに止められたから、危険から遠ざけるために距離を取りたいとも言われた。でもあたしはだからこそゆきのんを助ける。自分の力で何かを変えたいって思えるゆきのんを尊敬してるから。あたしは頭悪いからさ…具体的なことを何するかとか。全然わかんない。でもこれだけは分かるの。ゆきのんは正しいって。」 そうだ。雪ノ下は正しいのだ。 だがその正しさがすべての人間に許容されるだなんてことはありえない。 葉山がその一例だ。 葉山は周りの期待に応える男だ。 確実に葉山は人々の期待に応える。 それなのになぜ俺や雪ノ下の望む正しさを持って振る舞えないか。 答えは簡単だ。 常に正しさを求める俺や雪ノ下はそんな葉山に最初から期待などしない。 正しさなど所詮人それぞれだと理解している。 わずかな同志さえいればそれでいいと考えられる。 誰とでも仲良くできるのは自分自身の正しさを失っているだけの話だ。 だからどんな人間であれ受け入れられる。 「結衣…」 葉山は唖然とした表情で由比ヶ浜を見つめる。俺だって驚いた。だがあり得ることだったと俺ははっきりと言いたい。 なぜなら由比ヶ浜は雪ノ下の生き方に憧れを抱いていたから。 その生き方と同じようにと考えるのは人として不思議じゃない。 ソースは俺。俺だって雪ノ下の夢に賭けようと思っているのだから。 「だから隼人君の心配は分かるけど、あたしはゆきのんと一緒に戦うんだ。」 由比ヶ浜は雪ノ下と俺に微笑む。それで思わず俺も雪ノ下も顔を綻ばせる。しかし葉山は一つため息をつくとポツリと呟いた。 「…雪ノ下さんがまさか周りを巻き込むだなんて思わなかったよ…」 そう呟いた葉山の今の表情からは何を思っているのかが分からなかった。すると雪ノ下は静かに言った。 「あなたがそれを言う…?私が人を頼らなかったのは…」 そこで雪ノ下は言葉を切る。 言いかけたのはきっと過去のことだ。 葉山と雪ノ下には何かがあった。 それもまた今の雪ノ下を形成する一つの要因なのだろう。 「いつも助けるふりをして…それなのにあなたは周りの顔色を伺ってばかりで何もしない。仲裁はしても決して私の味方はしない。よくもあなたヌケヌケとここに現れたわね。そんなあなたが誰よりも憎いわ。」 雪ノ下は葉山から目を背けることなくはっきりと言った。少し前に俺と葉山が言い合っていた『嫌いだ』など可愛いものだ。雪ノ下はいつも俺に言うような罵倒ではない。完全な拒絶を葉山にした。 「…君を守るためでもあるんだよ。雪ノ下さん…」 捻り出された葉山の声はもはや懇願しているようだった。だが雪ノ下は抑えようとしなかった。堪忍袋の緒はすでに切れてしまっていた。 「その気遣いに見せかけた偽善が一番腹立たしいのよ。他の人にはそれが通じても私には決して通じないわ。」 「偽善でもその人の人生を守れるならそれでいいんじゃないか?」 「そんな風だからあなたは何も変わらないのよ。変わらなければ何も得られない。変わろうとする信念を失えばそれで終わりよ。」 以前にも雪ノ下が言っていたことだ。最初に雪ノ下が変わって欲しいと思ったのは葉山だったのではないか。そんな推測が頭によぎる。 「やはり君と俺は相容れないんだな。」 「当たり前ね。近しい人とも最近まで分かり合うだなんて、無理だと思っていた。でも今なら近しい人ならば分かり合っていけるような気がする。けれどあなたとは無理ね。赤の他人でしかないから。」 「俺は君の近しい人じゃない…か。」 「そんなのとうの昔に分かっていたと思っていたけど?」 雪ノ下の気迫に俺も由比ヶ浜も口を挟む余地は残されていなかった。きっと今まで吐き出せなかった気持ちをようやく葉山にぶつけているんじゃないか。そう思った。 「私の今のヒーローはあなたじゃなくて比企谷君よ。あなたにその役割を求めたこともあったけれど、あなたにその役割。全く似合わなかったものね。」 ヒーロー…?言われた張本人である俺は反応に困る。ていうかそういう言い方をされると恥ずかしい。さらに言うとヒーローの柄なのは葉山の方だろう。俺からは一番程遠いキャラクターだ。すると葉山は鼻で笑うような仕草をとった。 「君はそういうところは変わってないな。昔は陽乃さん…今は比企谷…」 「ただお人形をやっているだけのあなたにだけは言われたくないわね。私は比企谷君の助けでようやく自分の道を見つけた。これは比企谷君が敷いたレールではない。自分の意志で決めたものよ。」 「そうか…君はどうしても変えないんだな。」 「そうよ。私の両親に伝えたら?雪乃ちゃんは俺のような人形で終わる人間じゃないから止められませんでした。お二人にとって不都合な存在になりますって。前のように告げ口すればいいじゃない。」 葉山は反応しなかった。ただ俯き雪ノ下の言葉を聞き流した。 「ゆっゆきのん…これ以上は…」 「私は必ずうちの父の不正を白日の元に晒して、世界から不正をなくす政治家になる。私にはその覚悟がある。」 政治家…か。確かに県会議員の権力に対抗するなら同等以上の権力を得ることが一番いい。そもそも雪ノ下が掲げた目標からすれば父親の不正を暴くのは通過点に過ぎない。その先を考えるなら正しいだろう。雪ノ下のまだ明かされていない考えの一部が分かった気がした。俺も雪ノ下の考えを踏まえて将来を考えないといけないだろう。 雪ノ下は由比ヶ浜が静止しようとするのを無視して最後まで言い切った。そして雪ノ下は冷めた紅茶を一気に飲み干し、少しだけ乱暴にカップを置いた後少しだけため息をついて由比ヶ浜を見た。 「ごめんなさい。公共の場で見苦しかったわね。」 今の謝罪は由比ヶ浜に向けた言葉でしかないようで申し訳なさそうな顔は由比ヶ浜にしか見せない。 「比企谷君も…ごめんなさい。」 「いや…別にいいんだ…」 俺が慌てて言うと雪ノ下はふっと微笑み荷物を手に取った。 「私先行くわ。このままこれ以上ここにいると何を言い出すか分からないから。少し外で頭を冷やしてくるわね。」 雪ノ下がそう言ってすぐに立ち上がって行ってしまおうとするので、激論中に注文したものを飲みきっていた俺と由比ヶ浜は慌ててついていこうとする。 「比企谷と…少し話がしたい…」 葉山によって控えめにつぶやかれた言葉は雪ノ下の耳にも届いたらしい。 「却下よ。」 即答かよ…雪ノ下さん… 「まぁゆきのん少しくらい…」 そう言われて雪ノ下は少し考え込む。由比ヶ浜の言葉だと考えるんですね。 「十五分よ。ただし比企谷君のコーヒー代は払ってあげなさい。それが条件よ。」 「分かった。条件を飲むよ。」 葉山は仕方ないとばかりに笑って受け入れた。…いいのかね。本当に… 「じゃあ比企谷君。外で待っているわ。」 「後でね。ヒッキー」 そう二人は告げて席を立った。この状況やっぱり海老名さんに見つかったらまずいぞ。完全はやはちだ… [newpage] 二人がいなくなった後もしばらく沈黙が続く。俺は沈黙とか大好きだが、話があると言われたのに沈黙は薄気味悪いのでこちらから話しかけることにした。 「コーヒー代。いいのか?」 「ああ。それくらいお安い御用さ。」 葉山は少し笑って答える。いつもの爽やかな笑顔に見えるだけの薄っぺらい笑顔だ。 「君は雪ノ下さんのヒーロー…か?」 「それは雪ノ下の言葉の綾だ。俺は雪ノ下のそんな高尚な存在じゃない。ただそばで支えたい。そう思った。それだけだ。」 「へー比企谷もそういうことを言うのか…」 おい。感心するな。本心だとはいえ照れるだろうが。 「まぁ付き合うくらいだからそれくらいはな。言うだろう?」 葉山の目が点になっている。は?こいつ知らなかったとかそう言うパターン? 「陽乃さんから雪ノ下の話を聞いているのにそれは知らないのかよ…」 「あっああ…そうか。君と雪ノ下さんは付き合ってるの…か…」 葉山が明らかな動揺を見せる。ここは気づかなかったふりをする。 「それなのに君は雪ノ下さんを止めないのか…?」 「止めたぞ。少なくとも大学入るまでは控えろって。これは雪ノ下の両親に伝えてくれるとありがたいな。今力がない時期に潰されるとか最悪だ。お前がそんなに止めたいならそれくらいの協力してくれてもいいんじゃないのか?」 葉山は何を考えているか。正直理解に苦しむ。いつものみんな仲良くを目指すためのお節介か?それとも幼馴染を気にかけてか?だがそんなのは俺からしたら今更でしかない。雪ノ下の意志に選択権も与えずに踏みにじってきたこいつらが何を今更。葉山に本当に雪ノ下を思う気持ちがあるなら問いたい。 お前は何を守りたい? 雪ノ下という人間をか。 お前のポリシーとやらをか。 答えを聞かせてみろ。葉山隼人。 [newpage] 「…君は雪ノ下さんの言っていることは無謀だとは思わないのか?不可能だ。」 そうか。お前はそうやってまた雪ノ下の考えを否定する。 「なぜ君は止めない?雪ノ下さんを守りたいとは思わないのか?」 ああ。思っているさ。俺は雪ノ下の全てを守ろうと思っている。雪ノ下自身だけではない。雪ノ下の信念。雪ノ下の夢。それら全てを守ることを俺は目指す。 だが葉山。お前はどうだ?お前の考えでは雪ノ下の意志が完全に無視されている。だから守れるのは雪ノ下という人間だけ。仮に守れたとして残るのは信念をなくした空っぽの器のような人間。そうなることが雪ノ下にとって幸せなことか? 答えは当然ノーだ。 「当然思ってる。そして無謀だろうというのも重々承知だ…」 今はたかが一介の高校生。いくら抜きん出た雪ノ下のスペックとはいえそこまでする力は当然ない。しかし雪ノ下の言葉だからこそと言うものがある。 「だが雪ノ下は虚言は絶対に吐かない。だから時間はかかっても必ず状況を覆す策を練って俺達を驚かす。俺も由比ヶ浜もその手伝いはしたいだけだ。」 「人がそんなに万能だとは思えないな。無謀は無謀じゃないのか?」 「そうだ。だが夢を捨てた時点でお前にそれを言う権利さえもない。」 「それもそうだな。分かったよ。今の時点では君達が何もするつもりはないということは伝えておこう。直接的な行動を取らない限り雪ノ下さんにも結衣にも君にも危害が及ばないようにすると約束する。」 そう言って笑う葉山の笑みには含みがありそうだった。 「やけに上から目線だな。それがお前の本性か?」 「さぁね。俺の本性など俺にだって分からないよ。俺が雪ノ下さんの言うお人形さんならね。」 「そうだな。人形には本性も何もないからな。ただ操られるだけだ。」 「相変わらず君は言葉がきついな。」 「心配するな。雪ノ下よりはマシだ。」 「それもそうだな。」 二人で薄気味悪い愛想笑いをしていると先に葉山が真顔になった。 「できれば君を敵にしたくないものだね。」 「残念だったな。俺はお前の敵になる気しかしない。」 「そうか。それは残念だ。」 葉山は笑った。少しだけ寂しさを感じさせる笑顔だった。代金を払っておくから先に行けと葉山が言ったのでお言葉に甘えて、とっととカフェから出てきた。 今後葉山とはこうやって話すことはないかもしれない。そうふと頭にそんな考えがよぎった。 [newpage] 「ヒッキーお帰りー」 カフェを出ると二人は談笑しながら言った通り待っていてくれた。 「葉山が先帰っていいって。」 「言われずともそうするつもりだったわ。さっ行きましょう。」 葉山の名前が出て、雪ノ下は一瞬不快感丸出しにするが、先に行っていいと分かって、すぐに機嫌を直して、歩き始める。その雪ノ下を自転車を引いた俺と由比ヶ浜がはさむ形で雪ノ下に歩幅を合わせる。 「彼の言うことにも本当は一理あるのよね…ただ私が認められないだけ。」 葉山の言葉を正面から拒絶してるかに見えていたが、気にはしているようだ。 しかしだからと言って雪ノ下が葉山の言葉を受け入れる必要はない。 葉山と俺達ではそもそも根本的に考え方が違うのだ。 「一理はある。だが俺達の見てる世界とは違うものを見てる。そうだろ?」 「そうだよ。あたし達はあたし達だよ。」 「二人の言う通りだわ。一考する価値はあるのかもと思っただけよ。私は言われても正直意見が変わる気はしないわ。でも焦らず着実に行う必要がある。それはもう認識しているから。私達はこれからだものね。だから…」 雪ノ下は少し下を向いて小声で言った。 「これからも…よろしく…」 照れてる照れてる。やばい可愛すぎ… 「ゆーきのーん!!」 そう言って由比ヶ浜はガバッと雪ノ下に抱きつく。雪ノ下は照れているのもあり、ちょっとなおざりに離れるように言うが、その声からは優しさがありありと分かる。 このハグに混ざりたいなって思う比企谷八幡でした。
第九話『みんなの葉山隼人はきっとこれからも変わらない』<br />〈注意〉12巻の続きのifになりますので読む時はご注意ください。<br /><br />みんなの隼人君。ついに登場です。<br />原作には明確な敵対者というのがいません。嫌な役なら陽乃なのかもしれませんが。<br />敵の明確化をした方がストーリーが分かりやすくなるのでここで明確に。<br />前話までを読まれた方なら分かるかもしれませんが雪ノ下の両親を敵に据えています。ここで隼人君にも敵側に加わってもらいます。
やはり雪ノ下の決断は正しい。第九話
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[chapter:まえがき] 俺ガイルとぬら孫のクロスオーバーです。 作者はぬら孫は原作を持ってますが、俺ガイルはアニメ視聴のみなのでキャラ崩壊などがあるかもしれないのでご了承ください。 前回のアンケートの結果、ヒロインは鳥居にします。ていうか、その他に投票してる数とコメント数が一致しないのはどういうことなのか……。私に鳥居か巻以外で用意しろってことなんですかね。まぁ、鳥居に決定したので良いですけど。 [newpage] [chapter:4話] 八幡side  やることがないと暇だな。遠野にいれば常にイタクやら雨造が挑みに来るから殆ど暇がなかったがな。そういや雪女だと[[rb:奴良組 > うち]]にいる雪麗さんの娘さんの氷麗と遠野にいる冷麗だと何かが違うな。まぁ、あの土地でいるなら強くないと生き残れないしな。 「ただいま」 「リクオ様、お帰りなさい」  どうやらリクオが帰ってきたらしく騒がしくなったな。本家からは慕われてても肝心の幹部連中に認められなきゃ意味ないんだがな。ま、誰がどうなろうと知ったことじゃないけど。 「お帰り、八幡」 「あぁ。久しぶりだな」 「リクオ様ぁ、お土産ないの?」  俺の傍にいた陽乃がそう言うと、リクオもいつものことなのか「ないよ」とだけ言った。この人、いつでもマイペースだし、妖怪ってばれるまではあれだったから仕方ないのか? 「そうだ。八幡も陽乃も今日は浮世絵中学校の旧校舎に来ないでね」  その後はひたすらになんで行っちゃいけないのか説明を受けた。リクオの話によると、どうやら同級生と旧校舎に肝試しに行くらしい。これだからリア充は。滅びてしまえ!  旧校舎……ねぇ。俺が奴良組から遠野に行く前にはぐれ妖怪は一通り駆除しといたはずなんだが、またどこからか来やがったか。ぬらりひょんも引退した身だし、三代目候補は人間だって認識しかないから無理ないか。 [newpage]  リクオが集合場所に向かうと、それから程なくして氷麗と青が出かけて行った。 「雪女、青」 「わかってますよ。恐らくはぐれ妖怪ですかね」 「だろうな。俺と雪女は若の護衛だから大丈夫だ」  はぐれ妖怪と遭遇して友達を守るために妖怪変化をする可能性もあるが、まだだな。西の方から京妖怪じゃないが、何か不穏な動きを感じるしな。京妖怪以外だととっくに滅んだ四国八十八鬼夜行に1000年前に行われたとされる清浄から生き残った九十九夜行か。  ま、九十九夜行と親交こそないが奴良組と争う理由もないからな。となると滅びたとされる四国八十八鬼夜行を少し調べるか。 「烏天狗」 「なんだ?」 「俺、今日から1週間程度、少し四国に行ってくる」 「私も行きたい! 暇だし良いでしょ」  俺が烏天狗に言うと、陽乃もそう言いだした。烏天狗は暫く考える素振りを見せたが了承してくれた。 「お前には迷惑をかける」 「まぁ、リクオが今の状態じゃ仕方ない。それと調べる以上のことは何もするつもりはない」  俺と陽乃はこれから四国に行くが、奴良組のシマは奴良組で一、二を争う武闘派の牛鬼組の本拠地である捩眼山を最後に西にはないから、まずは牛鬼さんに話を聞くか。  そして、俺達が出かけるのとほぼ同じ時間にリクオ、雪女、青が帰宅してきた。 [newpage] [chapter:あとがき] 旧校舎の回は鳥居と巻がいなかったと思うので、原作通りのできごとが起きて終了です。
今回は特に何も書くことないな。<br />追記(19/12/12)<br />5話以降を読みたい方でマイピク申請する方は→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12334808">novel/12334808</a></strong>を参照していただければ幸いです。<br />Twitter垢もあるのでもしよければ<strong><a href="https://twitter.com/tehepero1218" target="_blank">twitter/tehepero1218</a></strong>のフォローどうぞ。
俺が奴良組なのはまちがっている。4話
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From アルヴィン Sub 誕生日 ――――――――――― もうちょっとでジュー ドくんの誕生日だよな ? 何か欲しいものとかあ る? To アルヴィン Sub (non title) ――――――――――― いいよ、別に。 気にしないで From アルヴィン Sub だーかーらー ――――――――――― 子供なんだから、もっ とわがまま言えって! ハイ、何が欲しいの? 「ほしいもの…」 To アルヴィン Sub (non title) ――――――――――― 出来ればでいいんだけ ど、アルヴィンとご飯 食べたい。 あ、でも外とかじゃな くて、僕が作るからお 金とか気にしないでね。 でも無理ならいいから ね 仕事優先でいいから。 From アルヴィン Sub りょーかい! ――――――――――― 本気出して光の速さで 帰るわ! ジュードくんのご馳走 楽しみだなー^^ でもケーキくらいは買 わせてくれよ? 俺、こー見えても結構 稼ぎいいからさー♪ ウェディングケーキば りのでっかいの買って 行くから覚悟しとけよ ! 「ははっ……もー、アルヴィンってば」 自分の誕生日を楽しみに思うなんて、随分久しぶりのことだった気がする。 *** 午前零時ちょうどに携帯が震え、何事かと慌ててディスプレイを開いた。  [アルヴィン] 「どうしたのこんな遅くにっ?」 『誕生日おめでとう』 「!」 『すぐ出ないからもう寝たのかと思って焦った』 どうしよう、声が震えそうだ。 「ごめんね、本、読んでた」 『ほどほどにしないと、夜更かしはお肌の敵ですよ?』 そう言うアルヴィンだって、明日も仕事なのに。 「でもおかげで、アルヴィンの声、聞けた」 『嬉しい?』 「うん」 『俺もー。もちろん、俺がおめでとう一番だよな?』 「うん」 『…こらこら、ジュードくん?』 幸せすぎて、死んじゃいそうだ。 『泣かないのー』 「うん…っ」 『今日、頑張って早く帰るから』 優しく鼓膜を揺らす声に、涙が次から次へと溢れて止まらない。 「むり、しないでね」 『絶対、早く帰るから』 「うん、まってる」 『そしたら、今抱きしめられない分も一緒に、ジュードくんぎゅっぎゅする』 「うん…楽しみにしてる」 『じゃあおやすみ、ジュード』 「うん、おやすみ、アルヴィン」 いつもは寂しく感じる通話終了のコールも、今日は心穏やかに切ることができた。 そうして幸せの余韻に浸ってるのも束の間、すぐにまた携帯が震えだす。 「あ、」  [レイア] 他にも何通かのメールが溜まっていた。 それらの幸せの欠片全てに返事を返した頃には、すでに時計は一時を回っていた。 *** 「ジュードおっはよー! おめでとー!!」 「おはよう、レイア。ありがとう」 飛び込んでくる幼馴染を慣れた足取りを避けつつも、彼女が転ばないか気配りが出来るくらいには余裕が出るようになった。 自身の今までの苦労と成長をしみじみと噛み締める。 「ひっどいなー! 避けることないでしょー!?」 「ラリアットの構えでレイアが突っ込んできたら誰だって避けるよ!」 「むー……ま、今日はジュードの誕生日に免じて許してあげるか」 「ほう、ジュードは今日が誕生日なのか」 が、突然現れた真後ろからの気配に、つい今し方の感動もあっけなく崩れ去ってしまった。 こういうのを「心が折れる」と云うのだろうか。 「ミラ、おはよう」 「おはよー! そうだよ、今日はジュード君の十六歳の誕生日なのでーす!!」 「ちょっ、レイア恥ずかしいからそんな大声で言わないでよ!!」 ちらほらと集まる視線から逃げるように二人の背中を押しやる。 少し進んだ所でゆるりと、癖のある金色が揺れた。 「ジュード」 「ん、なに? ミラ」 「おめでとう」 また一つ、祝福と綺麗な笑顔を貰い、不意打ちのあまりの威力に顔に熱が集中した。 さすがはミラである。 何枚も上手すぎて、いつまで経っても勝てる気がしない。 「ぁ、ありがとう……」 「ちょっとジュード! わたしの時と反応違わない!?」 「ち、違わないよ!!」 「うむ、二人とも今日も元気で何よりだ」 ふと、こんなにたくさんの幸せを貰っていいんだろうかと、少しだけ不安になった。 (今でも十分幸せなのに、) アルヴィンに会ったら、僕はどうなってしまうんだろう。 こんなに嬉しい誕生日は初めてかもしれない。 (ああ、早く、) (あいたい) そっと見上げた空は、まだ、青みが付いたばかり。 [newpage] *** 誕生日は一人で過ごすもの。 僕の中でそれが当たり前のことになったのはいつからだったか。 『それじゃあジュード、行ってくるからいい子にしててね』 頬から、頭から離れていく温度が孤独へとすり変わる瞬間。 僕はそれを払いのけようと、必死に温度へと縋り付く。 『やだ、さびしい、いかないで!!』 『ジュード…』 『ひとりにしないで…!!』 『ごめんね、ジュード』 その度に両親は酷く辛そうな顔をした。 自分も寂しくて辛かったけれど、ある時からその顔を見る方がもっと辛いことに気付いてしまった。 それから僕は『わがまま』を言うのをやめた。 僕のせいで困らないでほしい 僕のせいで辛そうな顔をしないでほしい プレゼントも、ご馳走も、ケーキもいらない 何もいらないから ただ傍に、いてほしい 「っ………」 夕飯の支度が一段落した所で、どうやら事切れて眠っていたらしい。 窓から差し込む夕日でリビングは鮮やかな橙色に染まっていた。 (遅く寝たのに、仕込みで早起きだったからなぁ…) 欠伸と伸びで意識を覚醒させる。 時計の針は17時23分に差し掛かろうとしていた。 (アルヴィン、そろそろ終わるかな?) もしかしたら、という淡い期待を込めて携帯を開いてみたが、表示されたのは買った当初の、デフォルト設定の待受だけ。 連絡を入れようか、でも、まだ仕事だったら? それに無理しないで、仕事を優先して、と言ったのは自分だ。 逡巡して結局辿り着いた答えは、大人しく待っていようというもの。 (スープもサラダもメインも出来てるから、あとはアルヴィンが帰ってくるのに合わせて火を入れればいいか) 着ていたエプロンを椅子の背もたれに預け、部屋から読みかけの本を持ってくる。 ストーリーも台詞も全て覚えるくらい何度も読んで、表紙も擦れて色が剥げかかっているそれは、アルヴィンから貰った初めてのプレゼント。 図書館でこの本を見つけた時、あろうことか僕は初めてのデートということも忘れてつい読み耽ってしまった。 それに見兼ねた、というより拗ねたアルヴィンが、本の虫となった僕を動かす為に買ってやると言ってプレゼントしてくれたとても大切な僕の宝物。 寂しい時、悲しい時はこの本を開いてあの時の幸せを分けてもらうのだ。 (アルヴィン、) 「…だいすき」 本をぎゅっと抱きしめると、耳元で彼の笑い声が聞こえた気がした。 *** 『ジュード! レイアが、レイアが車に撥ねられた…!!』 酷く錯乱したレイアのお父さん、ウォーロックさんの声が幾重にも重なって脳を揺さぶる。 耳では聞こえているのに、頭が、それを認識しようとしない。 何を言っているのかわからない。 (レイアが、なんて?) 受話器が手から滑り落ちたにも関わらず、それを拾おうともせずにただ立ち尽くす僕を不審に思ったのだろう、お手伝いさんが側に寄ってきて代わりに受話器を拾い上げた。 そしてみるみる内に青い顔になって、動けずにいた僕の手を引いて家を飛び出してくれた。 着いた先の病院では、レイアはこの赤いランプが灯る部屋の中にいるのだと、レイアのお母さんであるソニアさんが教えてくれた。 僕たちは永遠と錯覚してしまいそうなほど長い時間、そこに居たような気がする。 途中大人たちが「きょうがとうげだ」と話していたけれど、僕にはそれが何を意味しているのかよくわからなかった。 否、正確には理解したくなかったのだ。 『レイアが目を覚ました!!!!』 そんな日が二日ほど過ぎた朝。 院内中に響き渡りそうなほど大きな、そして嬉しそうなウォーロックさんの声に誰よりも早く反応したのは僕だった。 頭で考えるよりも先に、身体が一目散にレイアの病室へと駆け込んでベッドを覗き込む。 『レイア、レイア!!』 頭やら腕やらに痛々しく包帯を巻いたレイアが、ゆっくりとした動きで視線を合わせる。 『ジュード…ごめんね、わたし……また、ドジっちゃった…』 『レイアのバカ! だからいつも気をつけなよって言ってたのに!!』 『うん…でも、はやくジュードにつたえたくて……』 『え、何を…?』 『おそくなったけど、たんじょうび、おめでとう』   ――レイアったら、朝からずっとそわそわしっぱなしでね (早くジュードを呼びに行きたいって)   ――お父さんにも早く早くって急かして (だけど途中でケーキの材料が足りなくなっちゃって)   ――いつもはお使いなんて嫌がるのに (今日は自分から行きたい、なんて言って)   ――よっぽど急ぎたかったんだろうね (ろくに周りも確かめないで)   ――それだけ、楽しみにしてたんだねぇ… (ジュードの 誕生日)   【もしそれが 無かったら】 その瞬間、堰を切ったように洪水の如く涙が溢れ出した。 それまで瞳を潤ませることもしなかったのが急に大声を出して泣きじゃくるのだ、レイアも駆けつけたレイアの両親も、かける言葉もなく狼狽えるばかりだった。 遠くで誰かが『こんなに泣いたジュードは初めて見た』と驚いていた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。 僕がいなければ レイアが事故に遭うことも レイアの両親が悲しむこともなかったのに 僕の誕生日なんて な け れ ば 「―――っ!!」 急激な意識の浮上に思考がうまく追いつかない。 自分の呼吸の荒さとじっとりとまとわりつく汗に驚いた。 「ゆ、め……?」 辺りを見回せば、自分がソファに半身を起こしているのがわかった。 どうやらまた眠ってしまっていたらしい。 額の汗を拭って、数回深呼吸を繰り返して息を整える。   【僕の誕生日さえなければ】 「………」 無意識に開いたディスプレイに表示された数字を見てぎょっとした。  [23:04:48] さすがに遅すぎはしないだろうか。 いや、もしかしたら急な仕事が入ったのかもしれない。 残業かもしれない。 けれど、 『今日、頑張って早く帰るから』 『絶対、早く帰るから』 今も耳に残る優しい、優しい声。 しかしそれを掻き消す、不安と恐怖。   【レイアが車に】   【お前のせいで】 どくんと、心臓が鉛の質量を帯びた。 奥歯が小刻みに悲鳴をあげる。 (絶対、大丈夫。アルヴィンは無事、大丈夫、大丈夫、大丈夫――…)  <着信履歴>  [0:00 アルヴィン] 意思に反して、ガタガタと震えて思うように動いてくれない指先に必死に叱咤を送る。 (動け、動け動け動け!!) …ピッ! ツ、ツ、ツ、ツ、ツ…… (アルヴィン、アルヴィン、出て、アルヴィン……!) 『――電波の届かない所におられるか、電源が入っていない為、お繋ぎできません。お客様のおかけになった――………』 瞬間、弾かれたように駆け出す。 ――だけど一体、どこへ? すぐに勢いは外界と部屋との境界で途切れた。 ひやり、冷たい鉄の扉に掌を翳す。 『遅くなってごめんな、ジュード』 この扉を開けたら、あのいつもの愛しい笑顔がそこにあればいいのに。 「アル…ヴィンっ……」 ドアに背中を預け、力なくその場に座り込んだ。 「ある、びん……」 「あいたい…」 「あいたい、よぉ……!」 「…ふ、ぅ……ぅああぁっ…!!」 なりふり構わず泣き叫ぶ様は、まるで夢の中の幼い自分のようだとどこか遠くで嘲笑い、けれどどうにも止めることもやめることもできなかった。 こうして泣いていれば、早く彼が帰ってきてくれるのではないかという情けない依存心があったから。 (アルヴィン) (アルヴィン) (どうか、) ♪ 握り締めていた携帯が光と振動を伝えた。 ぼやけて見えるディスプレイの表示は。  [アルヴィン] 恐る恐る、通話ボタンを押した。 『ジュード! ジュードごめん!!』 真っ直ぐと耳に飛び込んできたそれは、掠れ気味ではあったがまごうことなき彼の声だった。 『仕事終わった途端バランやゼロス達に捕まって携帯も取り上げられて連絡入れることもできなくて今やっと携帯取り返して抜け出してきて……ああくそっ!! とにかく本当にごめん!!!!』 『今駅に着いたからあと五分もかからないと思うんだけど……ジュード?』 途中息と音が途切れ途切れになっていたから、ホームも、階段も、改札も、道路も、全て走れる所は走っているのだということがわかる。 元より、アルヴィンはそういう人だった。 僕の為にいつもいつも、僕を一番に考えてくれている。 そんな彼だから愛しくて愛しくて、仕方がない。 「ぁ、ぅ……」 だから"ありがとう"を伝えたいのに。 "良かった"と笑いたいのに。 ぼたぼたと無尽蔵に溢れる涙は、もういらないのに。 『おま、泣いて……』 ひゅっ、とアルヴィンが息を呑んだのがわかった。 呆れられたらどうしよう。 一人でパニックを起こして勝手に泣きじゃくって。 まるで母親の姿を探す乳飲み子だ。 迷惑と思われたかもしれない。 謝らなきゃ。 僕は決して、彼を困らせたいわけじゃないんだから。 「っく、ひ、く……ぁ、アルヴィン、の………」 「ばかぁ……!」 ガァンッ!!!! すぐ後ろ、背中に触れていた扉が大きく嘶いた。 反射的に振り向いて身体を離す。 『ジュードッ』  「ジュードッ」 (え……) 電話口から聞こえる声とドアの向こうから聞こえる声が重なる。 アルヴィンの乱れた呼吸を黙って聞いていた。 『ジュード、俺…』  「ジュード、俺…」 『……いや、何を言っても言い訳にしか聞こえないよな…』  「……いや、何を言っても言い訳にしか聞こえないよな…」 違う 違うよ 「ぁ……アルヴィン、は…悪く、ない…」 「僕が、勝手に、不安になって、寂しくて、悲しくて、苦しくて……勝手に、泣いてた、だけ」 そう、これは僕のわがまま 「アルヴィンは、全然…ぜんぜん、悪く、ない…」 「僕の、方こそ…ごめ、なさい……ごめんな、さいっ………」 酷く子供じみた、あの時から変われない僕の、自分勝手なわがまま 「だから、」 「だからぼくを、きらいにならないで」 「そばに、いさせてください……」 僅かな沈黙の後、ゆっくりと幼子に語りかけるような優しさを含んで。 『ジュード』  「ジュード」 『……開けて』  「……開けて」 『開けて、抱きしめさせてくれ』  「開けて、抱きしめさせてくれ」 「………、」 一瞬、躊躇って。 それでも、震える手で錠を外した。 カチャリ、という音を聞いた瞬間、一陣の風が吹いた。 驚きと勢いに目を細め、しかしそれはすぐに見開かれることになる。 「……ごめん、ジュード」 今度は電子を介した音ではなく、直接鼓膜に届いた愛しい声。 息が苦しいほど、でも決して振り解こうとは思わない腕の中で、僕は小さく頷いた。 すると一層強く込められた力が嬉しくて、引いたかと思われた涙の津波が再び頬を濡らした。 小さな嗚咽が零れるのに比例するように、抱きしめられる腕の力もどんどん強くなっていく。 それに負けじと、僕もアルヴィンの背中になんとか腕を回してジャケットを握り締めた。 「アルヴィン、からだ、あっつい」 「すげー走ってきたから」 「しんぞう、どくどく、いってる」 「ジュードくんに会えたのが嬉しくて」 静かに腕が緩められ、おずおずと視線を上げると甘い、チョコレート色の瞳とかち合った。 こうなるともう、その瞳からも捕らえられて逃げられない。 「ジュード……生まれてきてくれて、ありがとう」 「誕生日、おめでとう」 嗚呼、もう 愛しさも、涙も、止まらない。 「ジュード、例えいくらジュードに嫌われようとも、俺は絶対にジュードを嫌いにならないし、絶対、離れてやらない」 「蹴られても、殴られても、罵られても、絶対、離してなんてやらないから」 「……だからもう、泣くな」 「うんっ…、うん……!」 時刻は23時59分。 "今日"が終わる前に直接言えて良かったと小さく笑い、目尻の雫に触れられた唇の温かさにもう何度目かも知れない涙が溢れた。 [newpage] *** 「あーあーこんなに腫らして」 「あ、あんまりじろじろ見ないでよ…」 「やだ。だって久しぶりのジュードくんだもん」 にっこりと絵に描いたような上機嫌を貼り付けられると、もう何も言えなくなるのは惚れた弱み。 またそうだと分かっててそれを惜しげもなく存分に使ってくるんだから、大人は、というかアルヴィンは、本当にずるい。 「あ、そうだ電話入れねーと」 「えっ、こんな時間に?」 「そ。まぁ見てろって」 そう言ってアルヴィンはゴホン、と咳払いを一つしてから携帯を耳に当てた。 その様子を首を傾げながら眺める。 「あ、先ほどはどーもー」 ものすごく低い声で、ものすごく棒読みだった。 「そちらはまだ盛り上がっているようですねー」 「いいえー、お陰様で寿命が縮まったくらいで済みましたよー」 「はいそりゃあもうこの世の終わりかとー」 アルヴィンはいつの間にそんな恐ろしい経験をしたんだろう、とますます首を傾げる。 「それはそれは、有り難いお言葉痛み入りますー。…それで、わざわざ電話してやったのは明日ゼロスの分の有給を使って休んで差し上げようかと思いまして」 「えぇっ!?」 アルヴィンは刺々しくもさらりと言ってのけたが、自分の記憶が確かなら、人の有給を貰えるなんて聞いたことがない。 「うるせぇ黙れ!!」 しかもなんかいきなり怒鳴ってるし。 いよいよもって話が見えない。 「そんな必要はない! 大体今日のことだってお前とあいつがだなぁ!!」 言って間もなく、床に叩きつける勢いで通話とついでに電源も切ったアルヴィンに困惑の眼差しを向ける。 「…というわけで、明日休みになりました★」 「どういうわけ!?」 「明日も明後日も、ジュードくんと一緒にいられるってわけー♪」 「!」 「嬉しい?」 そんなの、聞かなくてもわかってるくせに。 にやにやと歪んだ笑顔が憎たらしい。 せめてもの抵抗に背中を見せる。 「こっ、こんな時間だからご飯明日に回すねっ」 「やなこった。せっかくのジュードくんのご馳走、今日食わないと意味ないだろ」 「え、でも……食べてきたんじゃないの?」 「まさか。だってジュードくん、誕生日は俺と飯食いたいって言っただろ? 俺もう腹減って死にそうだよ」 さも当然、とでも言いたげな顔に、またしても鼻の奥がツンとした。 涙はなんとか根性で押しとどめた。 「でもケーキは明日な。今日受け取りに行けなかったから」 「そんないいのに……でも、ありがとう」 そう言うとアルヴィンは視線を逸らして頬を掻いた。 心なしか顔が少し赤い気がするのは気の所為だろうか。 「あー、あとな。ジュードくんに言っておきたいことがありまして…」 「うん? なあに?」 「えっとー、そのー……」 珍しく歯切れが悪い彼を不思議に見つめていると、意を決したのか逸れていた瞳が真っ直ぐに向き直る。 稀に見るその真剣な眼差しに思わず身体が強ばった。 アルヴィンが一つ、大きく息を吸った。 「一緒に暮らさないか」 「え……」 とても通る声だったのに、耳にも頭にもきちんと届いたはずなのに、内容があまりにも衝撃的すぎて。 「もちろん、ジュードが嫌じゃなかったらだし、ご両親にもきちんと伝えてからにしようとは思ってる」 「あの、アルヴィン、」 「前から考えてはいたんだけど、今日のことで決心ついた」 「ちょ、ま」 「ジュードといつでも一緒にいたい」 「ま、まま待って!」 「ジュードは嫌か?」 「いっ、嫌なわけない!!」 ……というか、 「ぅ、嬉しすぎてわけわかんないんだけど……」 とにかく顔も頭も手も足も、全身が熱くて自分がどんな顔をしてるのかすらよくわからなかった。 もしかして頭から煙が出ているのではと錯覚してしまうくらい、熱い。 「あーもージュードくんてばいちいち反則!!!!」 がばっと抱きついてきたアルヴィンの身体も相当熱いような気がしたけど、心臓が早鐘のように鳴り響いて思考の働きを邪魔する。 整理を、整理をする時間を下さい! 「嬉しいってことは、いいってことでいーんだよな?」 「う、うん」 「毎日ジュードくんの飯食えるんだよな?」 「が、頑張る」 「好きな時に好きなだけジュードくんぎゅっぎゅできるんだよな?」 「い、いいい今もして……じゃなくてっ、あの、あのねアルヴィン!」 「ん?」 瞬きの音が聞こえそうなほどの至近距離の破壊力に堪らず目眩を覚えたが、それもなんとか根性で押しとどめる。 前々から気付いてはいたが、この格好良さも相当ずるいと思うんだ。 「ぼ、僕の聞き間違えじゃ、ないんだよね…?」 「夢じゃ、ないんだよね…?」 これがもし夢だとしたら、僕はきっと一生神様を恨むと思う。 「ジュードくん可愛い」 「え?」 「ジュードくん大好き」 「っ!?」 「ジュードくん愛してる」 「~~~!!!!」 「だから、一緒に暮らして」 これでどーよ?と確信犯で不敵な笑みに、とてつもなく悔しいけど、せめてこの茹で上がった顔を見せないようアルヴィンの胸に飛び込む他、僕には対抗する術がなかった。 「なぁ、ジュード」 耳を掠める甘い声がくすぐったい。 「ジュードの言う"わがまま"ってさ、言うなれば俺のわがままでもあるのね?」 「だからさ、もっとたくさん、言ってくれていいんだぜ」 「ていうか、たくさん、たくさん、ジュードのわがまま聞きたい」 「一番近くで、聞いていたいんだ」 本当に、本当にいいの? わがまま言っても、いなくなったりしないの? だって、僕のわがままなんて 「アルヴィン、」 「…………だいすきだから、そばにいてください」 呆れるくらい、自分勝手なんだ
■小さい頃のトラウマに近いものを抱えたまま大人と子供の間をうろうろして極論に走っちゃって、本当はいい子でいたいけどでも心の奥底にある本音も本当で…という素直に甘えられない子に育っちゃった上にムツカシイお年頃でめそめそうじうじ泣いちゃう乙女系ジュードくんと、屑も裏切りも変態要素も皆無なただただいけめそ(になってればいいな!←)でお前誰だよな白ヴィンさん(但しジュードくん命)で送る糖分高めのジュード誕物語。<br /><br />■高校一年生のジュードくんと26歳IT企業勤務のまっとうな社会人アルヴィンさん。付き合ってはいるけどジュードくんが最低18歳になるまでは手を出さないと決めている白ヴィンさんです。(ちゅーはする。でぃーぷなのはしない)<br /><br />■素敵な素材お借りしました!つ【<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/11926368">illust/11926368</a></strong>】<br /><br />■たくさんの閲覧、評価、ブクマ本当にありがとうございます!!4月28日付のデイリーランキングにも入れていただけたようで…!//////禿げ散りました////////<br />白ヴィンさんとか俺得すぎて石投げられないか心配だったので本当に嬉しかったです、ありがとうございました!!!!<br />(バッ タグも憧れだったので嬉しすぎてのたうち回りました///////////新婚生活…に、至る一歩は踏み出したようです(笑)→【<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1030090">novel/1030090</a></strong>】
ぼくのわがまま
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1009086#1
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*諸注意 当シリーズは「[[jumpuri:萩原さんちの秘蔵っ子【ネタ】 > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8945924]]」から始まり「[[jumpuri:萩原さんちの秘蔵っ子ねくすと! >https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9130885]]」に続いた秘蔵っ子シリーズのサードシリーズになります。 完全に続きから始まります。ほぼ確実にここからでは話が通じません。なのでよろしければそちら2シリーズから順々にご覧ください。 ・萩原の妹に転生トリップした子(がっつりオリキャラ)が主人公 ・不運なんだか幸運なんだかチートなんだか微妙な子 ・というか人脈(と書いてセコムと読む)と悪運だけで生き残ってるみたいな子 ・恋人は降谷(not安室) ・しょっぱなから既に恋人です ・ねつ造 ・キャラ崩壊 ・いろんなキャラが救済されてるので原作はどっかいっちゃった ・本来いないはずのキャラが普通に映画版に登場する ・警察学校組と書いてお兄ちゃんズと読む ・文章は拙い ・ご都合主義 ・原作揃えきれてないので矛盾しかない たぶんもっと注意すべきところがある ※スコッチの名前ですが、仮に本名を翠川唯、偽名を緋色光とします  原作で本名がでたらそっちに合わせる予定 自己回避お願いします 何でも許せる方だけどうぞ [newpage] Side Conan 「――工藤新一……、いつまでも、追い続けるがいい…」 あの日、東都タワーのあの場所で俺を庇って死んだアイリッシュの言葉が頭を離れねぇ俺は、1日経った今日もまだ包帯を巻いたまま、ポアロでアイスコーヒーを飲んでいた。 「コナン君顔怖いよ」 どうしたの?なんて向かい席で首を傾げてる萩原はこっちの気も知らねえで呑気な顔だ。 オメェはいつも能天気でいいなオイ…。 「萩原の姉ちゃんは呑気でいいね…」 「コナン君けんか売ってるなら買うよ?」 心外だ偏見だと頬を膨らませてぷりぷり怒ってるけど、ハチミツ入りコーヒーを飲んだ途端にふにゃんってふやけるんだから、ほら、呑気じゃねえか。 「まったくコナン君は失礼だなぁ。私だっていろいろあるのに!これでも大変なんだよ」 「え?不審者退治が?」 「うんまあそれも大変なんだけども」 お前の大変ってそれと数学だけだろ。知ってんだぞ。 「ぐぬぅ…」 そうだけどそうじゃないって言いたそうな顔した萩原が唸るんだけど、俺にどうしろと? 「そんなに大変ならとりあえず萩原刑事に相談したらいいじゃない」 「にぃにはまだ帰って来てないよ」 あっ、そういえば県外出張中だったな、萩原刑事。 「じゃあ安室さん」 「もう言った」 相変わらず兄貴分たちへの報連相がしっかりしてる同級生だった。 ってか、何があったか知らねえけど、安室さんが知ってるなら絶対すぐ終わるだろ。だってあの人だぞ?萩原のこと目に入れても痛くないレベルでかわいがってる人だぞ? 「ちなみに何があったの?」 あんまりいい予感はしねえけど気になるから一応聞いておこうと思った俺である。 ちまちまと安室さん特製のハチミツ入りコーヒーを飲む萩原は、どこかぐったりとした顔で小さな声で爆弾を投下した。 「投石ストーカーに悩まされてる」 「は?」 とうせき…? 「ちなみに石投げる方のやつね」 「はああ?」 ちょっと意味がわかんねえから最初から説明してくれ。 「知ってるコナン君。石ぶん投げられると怖いんだよ」 「知らねえよ」 むしろ知りたくねえよ。 「いや、その前に何があったの?え?投石?萩原の姉ちゃん石投げられたの?」 なんだそれ犯人無事か?安室さんたちに殺されてねえ? 「うん。矢文的投石をおうちの窓にバンバンされた。めっちゃ怖かった」 「いやいやいや!」 怖かったですませんなバーロー!それ立派な傷害罪だろ!!? 思わずバンッてテーブル叩いたらビクゥッて萩原が猫みたいに飛び上がっちまって思わずごめんってなった。 でもちょっとテーブル叩いちまっただけで、そんなビビることじゃねえだろ…。 「コナン君」 ひょい、と萩原の後ろからやってきた安室さんが俺を呼びながら萩原の両肩にそっと手を添えた。 「安室さん!投石って何?どういうことなの?」 「うん、ちょっと声量を落とそうか」 周りの人が驚くだろう?ってやんわり窘められた。 「ご、ごめんなさい」 で、投石って何? 「ちょっと質の悪いストーカーに目をつけられたみたいでね。今は僕の家に避難してるんだよ」 気持ち声を押さえて改めて聞いたらめちゃくちゃしょうがねえなって顔の安室さんが教えてくれた。 へー、消印のない封筒で盗撮写真が5cm近くの山で届いて窓ガラスに向かってメッセージ付きの投石かぁ………。 「いやそれちょっとどころじゃなく質悪いよね!?」 聞いてるだけで身の危険を感じるレベルじゃねえか!萩原よく無事だったな!? 「ちなみに昨日おうちの様子を見にいってくれた陣平お兄ちゃんいわく、ポストの中が封筒で溢れかえってたって」 少女漫画のバレンタインネタみたいに開けた途端雪崩が起きたってよ、なんて乾いた笑いを浮かべる萩原はだいぶヤバイ。何がやばいって真っ青で笑顔が引きつってるのを見れば、一目であ、これだいぶ追い詰められてるってわかるってことと、その背中を撫でてる安室さんの雰囲気がおどろおどろしいってことだよ! やっべーそのストーカー見つかったら殺されるんじゃねえか!? 「って、え!?待って萩原の姉ちゃん今安室さんちにいるの!?」 「うん?そうだよ?」 コナン君どうしたの?って首傾げてるけどオメェ…! 「それ逆に危なくない!?」 ネギしょったカモが自分からオオカミの巣に飛び込んでんじゃねえか!! 「コナン君。ちょっと僕と2人でお話しようか」 あっヤベッ [newpage] Side Furuya 朝、俺の出勤に合わせて一緒にポアロへやってきた[[rb:采咲 > つかさ]]は、味わうようにゆっくりとハチミツ入りのコーヒーを飲んでいる。 外からの視線を気にしなくてもいいように1番奥の席に座らせてあるし、今は顔色もいいから大丈夫だろうとは思うが、いつも以上に気を配ることを忘れないよう心掛けていた。 「それで、犯人の目星はついてるの?」 「ううん、まったく。だって外から石投げられて気づいたら封筒入ってただけだからチラッとも見てないよ」 げっそりと大きなため息をつく采咲は本当に参っていて、見ているこっちがかわいそうになってくる。 うんうん、そうだよな、いつどこで誰に狙われてるかわからないような状態はストレスだよな。 「そんなときに出かけてて大丈夫なの?」 「うん。透さんが一緒にいるときだけだから大丈夫」 こらコナン君。その、それはそれでどうなんだって言いたげな顔はやめなさい。 「僕も犯人探し手伝ってあげるよ。あとを付けられたりはしてる?写真ってどこで撮られてたの?」 目の前で項垂れている采咲に心配になったのか、コナン君がぐいぐいと状況を聞き出そうと質問を始めた。 君ね、まだ昨日のけがも落ち着いてないんだからおとなしくしていなさい。 「やめてコナン君私のライフはもうゼロよ」 それもう全部お巡りさんに言った、とげっそりと答える采咲は思い出したくないと言うように、おかわりを持ってきた僕の腰に引っ付いてきた。 ぐりぐりと昨日の夜のように腹に顔を埋める小さく丸い頭を1撫でしてからテーブルにグラスを並べて、自然と離れるまでそのまま好きにさせてやろうとプレートを小脇に抱える。 コナン君の顔がチベットスナギツネのよう?知らんな。 「………ん?待って、萩原の姉ちゃんそれいつごろから?」 「にぃにが出張行ってから」 あれれ?と首を傾げたコナン君に引っ付いたままの采咲が答えてるんだけど、だから顔を突っ込んだまましゃべられるとくすぐったいって。 「…その間、もしかして警視庁にいった?」 「そりゃあもちろん。私の駆け込み寺だもん。知ってるコナン君。お巡りさんがいっぱいの警視庁はとっても安全地帯なんだよ」 その[[rb:警視庁 > あんぜんちたい]]でアイリッシュと遭遇したけどな。 コナン君も同じ相手を思い浮かべていたのか、苦々しく顔を歪めている。コイツまさかエンカウントしてないだろうな、と言いたげな顔だ。 「……大丈夫だった?」 「うん?なにが?」 不思議そうに首を傾げた采咲にコナン君が口を噤む。 そうだな、一般人の采咲に組織のことなんて言うわけにはいかないもんな。ぜひともそのまま口を噤んでおいてくれ。 ――[[rb:アイリッシュの死 > きみのなかのしんじつ]]を、采咲に伝えられては困るんだから。 「ねーねー、僕も安室さんち行ってみたいなー!」 僕もストーカー捕まえるお手伝いするからー!なんて小学生らしく猫なで声でねだる姿に思わず笑いそうになった。 中身が工藤新一君だと知ってると、なんというか、すごい頑張ってるなぁ、と微笑ましくなってしまうんだが。 「え?コナン君も透さんち行きたいの?」 「うん!」 きょとーんと瞬く采咲は俺の腹に頭を寄せたまま、心底不思議そうにコナン君を見ている。 まあ十中八九、いろいろ探ってやろうという腹積もりだろう。いや、采咲のことを心配してるのも本当だろうけど。 「ねー安室さんいいでしょ?」 「うーん…」 別に安室透の家なら、まあ一応は問題ない。万が一を考えて重要なものは早々置いていないからな。 でも今采咲が身を寄せている俺の家は、降谷零としての本宅だ。 さすがにそんな場所に連れて行くのは少々、いやだいぶ戸惑われる…。 「安室さんが仕事でいない間僕が一緒にいたら安心じゃない?」 「いや、君たち2人を揃えて放置すると大変なことになるだろうからちょっと…」 君たちが揃ったときの事件の規模はいつもでかいじゃないか。さすがにそんな2人を俺の家に置いて出かける気にはなれないぞ。 心当たりがあるのかコナン君も顔をひきつらせて目を逸らしてる。自覚があるようで何よりだよ。 「そうだねぇ。透さんのおうちが爆発したら困るもんね」 うんうんと訳知り顔で頷く采咲にコナン君が耐え切れずに顔を覆った。 うん、否定できないな。でも頼むから爆発はやめてくれ 「っていうかコナン君けがしてるときぐらいおとなしくてなよ。蘭ちゃんに怒られちゃうよ?」 「うぐっ!でも気になるし…」 それはストーカーの末路かい?それとも俺の家? 「っていうかコナン君が気になってるのってストーカー騒ぎじゃなくて透さんのおうちでしょ」 「そんなことないよ!ちゃんとストーカーのことも気になってるよ!命の危機的な意味で!」 「それ心配されてるの私じゃなくてストーカーじゃない?ひどい」 ちゃんと友達の心配もして!と切実に訴える采咲がぺしぺしとテーブルを叩く。 「だって萩原の姉ちゃんのストーカーとか安室さんや萩原刑事たちに殺されそうで…」 「コナン君は僕らのことなんだと思ってるんだい?」 ちゃんと穏便にやめさせるよ? 「安室さんは穏便の意味を1回辞書で調べ直した方がいいと思う」 ジト目で即答するコナン君とは、本当に1回認識のすり合わせを行うべきな気がするよ。 「安室さん、拳にものを言わせたら穏便とは言えないんだよ…?」 「ひどいなぁ。僕はそこまで脳筋じゃないですよ?」 え?どこが?と言わんばかりの顔が2つも見上げてくるんだが。待て采咲お前もか。 [newpage] 「なんです、2人揃ってそんな顔して」 心外だなぁってぷっくりほっぺを膨らませた零さんにほっぺ摘ままれてるのは私です。おひゃあっ 「だって穏便な方法をとってたら追いつかないから意図して物理で物言わせてるってにぃにが言ってたからてっきり透さんもそうなのかと思ってた」 「それは否定しませんけど」 「いやそこは否定しようよ安室さん!」 やっぱりちぎっては投げてを繰り返す方が楽で速いってにぃにが言ってた。 大まじめに頷く零さんにぎょっとしたコナン君があわあわしてる。ちょっとかわいい。ちっちゃい子がわちゃわちゃしてるとかわいいよね。 「大丈夫、ちゃんと正当防衛の範囲内だから」 「いやいやいや!そういう問題じゃないよね!?」 駄目だコイツらより先に僕がストーカー捕まえないとストーカーが危ない!ってお顔のコナン君がやっぱり僕も安室さんち行く!って宣言してる。あらまあ。 「それにほら!僕と萩原の姉ちゃんだけだったら向こうも気を抜いて出てくるかもしれないしさ!」 うん?今ナチュラルに囮作戦提案された? 「うーん、それはそうかもしれないけど、采咲とストーカーを遭遇させる気はないから却下で」 「なんで!!」 「だって投石なんて手段に出るような相手に合わせたら危ないだろう?」 何言ってるんだいコナン君って零さんが小首傾げながら頭撫でてくれる。よしよしって髪の毛の流れに合わせて梳いてくれるので私はとってもご満悦です。えへへー 「そうだけど!確かにそうだけど!」 あらまあ、コナン君ったら地団駄踏みそうなぐらいギリギリしちゃってるわ。どうしたの? 「でもずっと安室さんが一緒じゃ絶対出てこないと思うな僕!怖いもん!」 「コナン君は僕のことなんだと思ってるんだい?」 「萩原の姉ちゃんのモンペ!」 コナン君ったら度胸あるぅ。 お顔の引きつった零さんに、僕間違ったこと言った?って顔で対峙できるコナン君はすごいと思う。うわ小学生つよい 「大丈夫、そんなに心配しなくても近いうちに片が付くさ」 胡散臭そうなコナン君の視線をものともせずに笑う零さんは、それはそれは自信満々でかっこよかったです。まる。
さーどシリーズ第48話!<br /><br />追跡者編の続きです。<br />妹ちゃんが知らない間にさらっとふわっといつの間にか終わってたアイリッシュ死んだふり作戦。<br />もはやこれは追跡者編終了って言ってもいい気がしますが、もう少しだけお付き合いくださいませ。<br /><br />【追加】<br />2018年09月07日付の[小説] デイリーランキング 73 位<br />2018年09月07日付の[小説] 女子に人気ランキング 18 位<br />2018年09月08日付の[小説] デイリーランキング 85 位<br />ランクインいたしました!皆様いつもありがとうございます!
萩原さんちの秘蔵っ子さーど!48【追跡者】
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 見慣れぬ物体に気づいて、言峰綺礼はきっちり二度、瞬きをした。  昨今では昼日中でも蛍光灯を点けっ放しにする建物も多いというのに、ここ遠坂邸地下の工房はいつでも薄暗い。上を見れば理由は明白、古色蒼然とした風格のある天井には照明器具が付いていないのだ。  であるから、この部屋では蝋燭の灯火だけが光源だった。  そんな場所にはまったくもって不必要なモノが、机に向かう師の指に握られている。 「サングラスですか」 「ああ」  きみの疑問はもっともだ、と言うように時臣は頷いてみせた。  師事していた三年の間、綺礼は、師がおよそ眼鏡と呼ばれる類をかけているところを見たことがない。  眼は悪くない筈だ。否、視力に問題が生じたとしても、黒眼鏡は関係ないだろう。  何かの魔導具だろうか、とすら思った綺礼を察したように、ただのサングラスだよと時臣が言った。 「閃光弾でもつくられるおつもりですか」 「せんこう? いや、儀式や実験の為ではないよ。魔術を行使する際、こんなものをかけていたら危ないからね」  やむをえない事情があるのなら仕方ないが、万一、不測の事態が起こって魔力が暴走した場合、簡単に割れてしまうガラスを顔面に置いていては怪我のもとだ。  弟子へ語り聞かせる師の言葉を傾聴し、はい、と綺礼は頷く。  英霊召喚の際の燦然たる輝きは、巻き起こった凄まじい風圧と稲光も相俟って、目を開けていられない程の眩さだった。あのときでも使わなかったのだから、やはり、魔術の場で着用するわけではないのだろう。 「ならば――?」 「アーチャー、だよ」  原因を告げて時臣は溜息を吐いた。 「かの英雄王は……何を考えておられるのか、私の『眼』がお気に召したらしい。勝手に魔力供給回路は切るくせに、ふらりと戻っては私の眼を……、舐めるんだ」 「はあ。舐めるのですか」 「……ああ」  両手で頬杖を突き、顎を乗せて俯いた時臣に、とりあえず綺礼は相槌を打った。  舐めるとは、どういうことか。  ……まさか、そのままの意味か?  いっかな解消されない弟子の疑問の気配に、魔術師は机に伏せんばかりに項垂れたまま説明を加える。 「体液に拠る魔力摂取という方法もあると以前、雑談のついでに教えただろう。王は、回路からの供給では『食べた気がしない』のだそうだ。――眼球は確かに、常に湿り気を帯びているからね。だが、私の眼は飴玉ではない!」  確固たる意志と自信を持ち、泰然と構えて物事に当たるこのひとが、愚痴や弱音めいたものを吐くことは滅多にない。千日以上を共に過ごした綺礼でも、数えるほどしか思い当たらない。  それがアーチャーに関してはどんどん頻度が増しているようで、更にそのぼやきの台詞に失笑しかけて綺礼はぐっと堪えた。 「……衛生的とは言いがたい行為ですね」 「そうだね。それに、正直言ってかなり痛い」 はー、ともう一度大きく息を吐いた時臣が、試しにとサングラスをかけて綺礼を見上げた。 「こうして覆っておけば、王も気楽には触れては来ず、そのうちに忘れてくれるのではないかと思ってね。勘気を被る可能性も低くはないが。どうだろう?」 「似合いませんね」  綺礼はすっぱり感想を述べた。  正確には、馴染みがないだけで彫りの深い顔立ちに釣り合わなくもなかったが、綺礼個人の見解としてやめて欲しいと思った。  そうか、と肩を落としてサングラスを鼻先にずらした時臣に、真正面から向き合って告げる。 「綺麗な眼が、隠れてしまいます」  一瞬きょとんとした時臣は、 「口説き文句のようじゃないか。めずらしいな、きみがそんな言葉をくちにするとは」  言って、照れたように頬を緩めて笑った。 「私に言っても仕方ないだろうに。そういうことは、意中の女性に言ってあげなさい」  妻と死別して以来、そんな者はおりませんが。  言いかけてやめ、その代わりに「貴方にだから言ったのです」と伝えたらどんな表情になるだろう、と、綺礼は突っ立ってぼうっと考えていた。  言峰綺礼は己の希求する何か――欠乏感を埋めてくれる『目的』を探しながら生きてきた。  その在り処が、近頃、折りに触れて成すアーチャーとの会話によって示唆されようとしている。  ――だがそれは、信じてきた価値観、璃正の子として培ってきた道徳意識を、破壊する。  その気配に、無意識下で彼は勘付いていた。  ……そしていまはまだ、長年求めてきた何かを得られるかもしれないという喜びよりも、恐れの気持ちが大きい。  このまま――生涯満たされぬままだとしても、現状の方が幸福なのではないかとも。  求道の道を辿りつづけ彷徨う己の魂とは真逆に位置する時臣の眼球の青を、いずれ求めてしまうかもしれぬモノへの罪深さを浮き彫りにする象徴のように、綺礼は捉えていた。  嘗て、子供だった頃には父の姿に正道の基盤を求めたように――導師の揺らがぬ透徹とした眼差しの美は、己には決して歩めぬ眩い道を示してくれる。  綺礼は揺らいでいる。  見詰め返される師の両の眼は、相容れぬが故に鏡となり、綺礼の信じてきた正しさへ彼を引きとめてくれるかと思われた。  その青さから眼をそらさず、真摯に、直視していられる自分を確認することで現在の綺礼の世界は守られていた。  いつか決定的に砕け散り、新たな己になる日が来るとしたら――そのときは父も、そしてこの時臣も斃れた後のことだろう。  なればこそ、いまの己はそれを守らねば。  そう結論付け、綺礼は改めて師の碧眼を見遣る。  これまで美醜に心が強く動かされることはなかったが、この色は麗しい。  師の瞳の奥底には鎖のように、錨のように、自分を繋ぎとめるだけの美しさがあるのだ。  感じ入っていた綺礼は物思いから覚め、一歩近づいて繰り返した。 「隠さないでいただきたいのです」  鼻の頭に引っ掛かっていた邪魔な黒眼鏡を、摘まんで取り上げる。 「師よ、」  長身の綺礼が、椅子に座る時臣と頭の高さを合わせるには、膝を屈めるか腰を折るしかない。  呼びかけながら後者を選んで上体を傾けると、上目遣いに見返す時臣と、思った以上に顔が近づいた。 「アーチャーには私からも言ってみましょう。契約関係にない私の方が、忌憚なく言って聞かせることが出来ますから」 「だが、おとなしく聞いてくれるだろうか」 「駄目でもともとです」  率直な綺礼の言葉にか、それとも至近で紡がれる声がくすぐったかったのか、肩をすくめるようにして時臣が目を伏せ、微笑する。  その顔へ手を寄せ、前髪を掻き分けて……目蓋に、綺礼はそっと唇をつけた。 「……綺礼?」  敬虔な使徒が神の像へするように恭しいそのキスだった。  なにか、必死さすら感じられるそれをすげなく拒むことはせず、受け入れた時臣は、じっと目を閉じる。 「……申し訳ございません」 「謝ることはないが、」  左右両方にくちづけてから離れた弟子に、目蓋を開けた師はどうしたんだい、と穏やかに問いかけた。 「サングラスがそれほど嫌いだったとは思わなかったよ」 「――いえ、」  首を振って、ぽつりと呟く。 「貴方の眼を守護する部位に、敬意を表しただけです」  自分もそれと同様の存在で在れたらと思い、けれどもそんな誤魔化しで空虚は満たせないと理解していて――、 「……」  綺礼は、時臣の眼に映っている自身の浮かべた苦々しい笑みを、黙って他人事のように見詰めていた。
■ 一昨日に引き続き、オンリーで配布した冊子に入れてた綺時を投げ込み~。綺時…マボワってゆったほうがよろしいのか。綺時という文字が好きなのでつい、こっちにしてしまいます。でもマボワとお読みください。綺時の綺礼ちゃんは、私のなかではこんな雰囲気なのですが、いかがでしょうか…これが雁夜相手になると覚醒綺礼がちょこっと顔を出すよ。 ■ そして明日…24時間後には、ひょっとしてもう、じゅうななわ、が…あああああ。 ■ ここに書いてもしょうがないですが、王の器合わせで発行いたしました時雁本、某書店さまに委託依頼しましたー。書店委託、初の試みなのでそわそわいたしまする…。
【綺時】 目蓋へのキスは、憧憬の証 【王の器無料配布掌編】
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※注意 以下の要素が含まれております。 ・ご都合主義 ・キャラ崩壊 ・書いている人間は原作完全読破はできてない ・原作には登場しない詳細設定があるオリジナルキャラクターが主人公(ネームレス) ・辻褄が合わない部分は脳内でカバーをお願いします ・好きなように勢いで書いた ・原作改変 まずいと思ったら、ブラウザバックでお願いいたします。 [newpage] 「今提示した条件さえ飲んでいただければ、あなた方が望む通りに降谷との婚約は解消致します」  そう言って全く笑っていない目でありながら顔に笑みを浮かべる彼女を見て、これはとんでもない人間に手を出してしまったのではないかと喉から小さく悲鳴が漏れた。  降谷零という男は、頭脳明晰で身体能力抜群、おまけに見目麗しい男である。そんな男が後ろ盾無しにいまの地位までのし上がってきて、しかもようやく大型任務を終えてひと段落ついたと聞いたら、今のうちに是非とも彼を自分の身内に引き入れたいと思う地位の高い人間たちから引く手数多だということは火を見るよりも明らかなことなわけで。  そんなこんなでデスクの上に積みあげられた釣書の山を見て、表情も変えずに彼は一言「婚約者がいるのでお断りします」とだけ言って上司のデスクに釣書全部片付けた。  ここまでくれば我々がやることはただ1つ、件の婚約者の排除である。  そうと決まれば降谷零が不在の時間を狙って、気持ちばかりの手土産を携えて彼ら2人が同棲しているマンションへ。一般人1人に対して圧力を与えてしまうからよろしくないのはわかっているが、こちらとしても手段を選んでいられない。彼の上司に当たる私と、男性だけだとさすがにちょっとということで、彼にとっても部下に当たる女性職員の2人組でチャイムを押した。  こういうことは先手必勝である方が何かと都合がいい。婚約者が扉をあけて顔を見せ、口を開く間を与えずに2人で揃って頭を下げて「お願いします、どうか婚約を解消してください」と。  彼女の表情は見えないが、戸惑いの声は聞こえる。そしてこのまま頭をあげずにいれば、ご近所の目を気にして家の中に通されるであろうという計画なのだ。手段が汚いとかそういうことは言ってられない、こちらだって切羽詰まっているのだ。 「ここではなんですから、とりあえず中へ入ってください」  その言葉にゆっくりと顔を上げ、「失礼します」と玄関へ。部下は私の後ろに続き、私たちは客間に通された。 「暑い中ご苦労様です」  出された冷たい麦茶をありがたくいただく。なにせこの暑さの中スーツをきっちり着込んできたのだ、ハンカチで汗を拭く手が止まらないくらいに汗が流れて喉はカラカラである。「お代わりありますからね」といってテーブルにそのまま麦茶の入ったボトルを置く彼女は、淑やかで気遣いのできるいい娘さんに見えて、仕事とはいえこの人と降谷零を引き離すことに少々申し訳なさを感じた。 「それで、あなた方は今日、私と降谷の婚約を解消させるためにいらしたということでよろしいですか?」  向かいのソファーに着席した彼女が、静かにこちらの要件を確認する。向こうからそれを切り出してくれるとは思っていなかったため、これ幸いとその流れに乗った。 「はい、その通りです。彼ほどの優秀な人材をいまの地位以上のところまで持っていくには、名のある家の後ろ盾というものが必要不可欠です」 「彼のためにも婚約を解消していただき、そして後ろ盾となるに相応しいお嬢さんと結婚させてあげて欲しいのです」 「そういうことでしたか……」  目を伏せながら私たちの説明を聞くと、手元の麦茶の入ったグラスを手に取り一口それを口に含む。ほんの少し考えるそぶりを見せると、持っていたグラスを低い位置にあるテーブルの上に戻してゆっくりと口を開いた。 「……もし、この条件を飲んでいただけるのならば、私は降谷との婚約を解消します」  それは私たちにとっての勝利宣言だった。  すでに上司に掛け合って彼女の婚約解消後の生活の保障や現金の用意などはできている、住む場所や職場の世話だって、最悪上司に無理だと言われても私たち個人でどうにか保障する覚悟もある。1人の女性の人生をこちらの都合で変えるのだ、できる限りの事はしたいというのが私たちの総意であった。  思っていたよりも早くに色よい返事をもらえたことに安堵した私たち2人の笑顔は、彼女の条件が提示された瞬間に固まった。 「それで、条件というのは?」 「ひろを返してください」 「……はい?」 「お金も何もいりません。私が出す条件はただ1つ、ひろを、あなた方が二階級特進させた景光を、私の元に返してください。」  そして冒頭に戻るわけである。  景光とは、降谷零と同じ組織に潜入捜査官として潜り、そしてその任務の中で殉職した優秀な警察官であり、降谷零の幼馴染で親友だった男だ。  彼女と降谷零は同郷の人間で昔馴染みであったことが縁で婚約したという調査結果が出ている時点で、そちらとの関係も洗い出して置かなかったのは大きなミスだ。  つまり彼女は、最初から降谷零を手放す気などなかったということだ。 「そんな、子供みたいな屁理屈を……」 「それだけで降谷がフリーになるのだから安いものでしょう?」 「降谷さんのことを考えてください!貴女は降谷さんのことを愛しているんでしょう!?」 「私がひろと幸せになる未来を奪っている降谷のことを、なんで私が考えてやらなければいけないのですか?むしろ降谷だけ幸せになるなんて私が許さない」  彼らの関係がこんなにも歪なものだなんて、最悪の事態だ。これでは、情に訴えることもできやしない。  感情的になってきた部下を抑え、彼女に最初のように頭を下げる。 「お願いします、降谷と婚約解消してください」 「ひろさえ返してくだされば、いつでも婚約を解消しますよ」  話がまるで通じない彼女に、またも恐怖した。  そんな時に、玄関の方から物音がした。まさかと思い振り返れば、客間の扉をあけて降谷零が入ってきた。 「……これは、どういうことでしょうか?」  不測の事態が重なったために私が言いよどんでしまっている間に彼女が口を開く「降谷との婚約を解消して欲しいんだって」と。 「なるほど、そういうことでしたか」 「降谷さん、彼女は……!」 「彼女からの条件はもう聞きましたか?」  抑え込んでいる部下が尊敬する上司を前にして先ほどの事態を報告しようと口を開くと、それに被せるように降谷零は私に条件について聞いてきた。 「あ、ああ、聞いた」 「ではその通りにお願いします」 「降谷、さん?」  何を言っているのだと揃って婚約者に寄り添う降谷零の方を見れば、柔らかく彼女を抱きしめながら緩んだ顔でこちらに視線を向けた。 「ヒロをここに、彼女に返してくれれば、いつでも婚約を解消して、見合いの方もいくらでも受けますよ」  その陰りのある目に、底冷えする恐怖を感じた。それは部下も同様なようで、カタカタという振動が腕を伝ってきた。40代そこそこのおっさんがこれだけ怖いと感じているのだ、20代の娘っ子には恐ろしくて仕方ないだろう。  そんな異様な雰囲気の中、にこりと笑った彼女が口を開いた。 「それでは代わりの条件を提示しましょうか?」 「代わりの、条件?」 「はい、もしかしたらこちらの方がどうにかしやすいかもしれません」 「……できるという保証はできませんが」 「簡単なことですよ、私のパスポートをください」 [newpage]  聞き返すよりも先に降谷零の「却下する」という怒気を孕んだ声が発せられ、彼女を抱きしめる彼の腕に力が入ったのが見えた。 「……なんで?」 「何度も言ったが、お前を日本から出す気はないからだ」 「何度も聞いたけど、そんな権利降谷は持ってないよね」 「婚約者だからな」 「じゃあ婚約解消するからはよパスポート返せ」  「渡したらすぐに日本出て行くだろうから返さない」 「じゃあ運転免許証」 「再発行される可能性が高いから返さない、他の身分証明証も同じく」 「…………降谷お前いい加減にしろよ」  テンポよく行われていた会話の途中で、先ほどまでの彼女からは想像もつかないほどに低くい声がしたかと思えば、次の瞬間彼女は降谷零の腕に噛み付いた。大きく口を開けて、こう、ガブリと。  噛み付かれたことで緩んだ彼の腕の拘束から素早く抜け出すと、1.5メートルほどの距離を置いて彼に向き直った。 「降谷がいつまでたってもパスポート返してくれないから!!私はいつまでたってもひろと結婚できないじゃんか!!!!私とひろの幸せ計画潰しやがって!!!!」 「ふっっっっざけるな!!!!幼馴染全員アメリカなんぞにくれてやる気はない!!!」 「しかたねーじゃん!!!お前がFBIに先こされたのがいけねーんだろ!!!あの時降谷が先にひろ捕まえとけばひろFBIに保護されることなんてなかったのに!!!」 「あれは悪かったとは思っているが、それとこれとは話が別だ」 「証人保護プログラム受けちゃったからひろ日本住めないし!!こうなったら私がアメリカ行って結婚するしかないじゃん!!!」 「日本を捨てる気かお前はっ!?!?」 「ひろのいない日本なんて住む価値がない!!!!」 「何だと!?!?!?」  冒頭の彼女と同一人物とは思えない変貌ぶりと、あの優秀が服着て歩いてるような降谷零が声を荒らげて口喧嘩していると言う事実に、部下と揃って呆然と見ていることしかできないでいる。正直なところ、今何が起こっているのかあまりわかっていない、と思いたい。 「そもそもアメリカ行ってヒロの居場所をどうやって突き止める気だ!!」 「FBIの本拠地に直接乗り込む」 「そんな馬鹿正直に行ってどうにかなるわけがないだろう!」 「とりあえず最後まで聞け。そこで赤井秀一を呼び出し」 「……わかった、聞こう」 「赤井秀一に右ストレートをお見舞いする」 「避けられるだろう」 「私の右ストレートを華麗に避けられたところで、奴の背中にみんみんゼミのごとくはりつき」 「ほう?」 「子泣き爺の如くしがみつき、そしてこう言う「お久しぶりです赤井秀一さん!!明美とのご結婚おめでとうございます!!次に明美のこと泣かせたらてめーを社会的に殺してやるから覚悟しとけよこの野郎!心よりお祝い申し上げます!!!ところであんたが保護した私の彼氏の所在地を吐け!!!」と耳元で大声で」 「明美が!!赤井と結婚なんて!!許してない!!!!!」 「降谷は明美の親父か!?!?」 「よりによってなんで赤井なんだ明美!?!?」 「明美が選んだんだから諦めろよ、明美からも言われただろ。幸せにしなかったら社会的に殺すけど」 「そうだが……」 「はいはい、しょぼくれない。それでこの作戦の評価は?」 「みんみんゼミのくだりはとても良かった」 「ちなみに剥がそうとされたらニット帽に噛み付きます」 「素晴らしい」 「じゃあ!!」 「パスポート返すかどうかは話は別」 「こんの鬼畜がァ!!!!!!」  目の前で繰り広げられた彼らのやりとりに、部下と2人でただただ見ていることしかできなかった私が思ったことはただ1つ。「降谷零に今必要なのは、後ろ盾付きの気立ての良いお嬢さんでも、大事な婚約者でもない。ちょっと長めの休暇だ」  ということを一刻も早く帰って報告したいと思いつつも、揃って動けないある夏の午後なのであった。  この後、降谷と彼女が婚約したと言う情報を掴んで慌てて日本に来た景光がこの部屋に乗り込んで来て(どうやらここは元々彼女と景光が同棲していた部屋だったらしい)お祭り騒ぎになるのだが、ビザの関係上90日間だけしか日本に滞在できないと知らされて絶望してこう叫ぶのだった。 [chapter:「頼むからひろを返してください……!!」] ☆彼氏をFBIに保護されてだいぶヤケになってた彼女さん ・幼馴染で彼氏である景光をFBIに先こされてめちゃくちゃ降谷に怒りで噛み付いた ・公安(降谷)の協力者のホワイトハッカー。収入は株をころころするタイプの引きこもり。だから身分証取り上げられても大して今までは問題がなかった。 ・景光の生存はFBIにハッキングして知った。 ・景光の協力者にと言う打診もあったが、公私混同激しくなっちゃいそうだからということで降谷の協力者に。 ・噛み癖がひどい。 ・淑やかな風に猫かぶるのくらいは余裕でできる ☆このあとメチャクチャ長期休暇取らされた公安 ・アメリカに大事な幼馴染全員持ってかれるとか絶対許さないマン。明美の結婚に関しては特に。 ・彼女と婚約したという嘘情報(嘘というより偽装かな?)を流せば景光が騙されて慌てて日本に戻ってくると思って、彼女と婚約者してた。 ・実際引っかかって日本に帰って来たから作戦成功ということでお祭り騒ぎになったが、帰らなきゃいけないと聞いて泣いた。 ・休暇を利用して明美の結婚式は行った。 ・しばらくしてから景光が無事に日本に住めるし結婚もできるということが決まったため、宣言通りにお見合いして大和撫子な美人と結婚して仲睦まじく暮らしたそうな。 ☆幼馴染2人に騙されて慌てて日本に戻って来た彼氏さん(髭なし) ・慌てて日本行ったら嘘だった。しかもほとんど出番がなかった。 ・まさか日本に帰ってこれるなんて思ってなかったから泣いた。無事大好きな彼女と結婚もできてまた泣いた。歳のせいか涙もろい。 ・彼女の噛み癖がひどいから服で見えないところに彼女の歯型がちょいちょいある。お返しでたまに噛む。 ☆無事生存して結婚もして幸せな幼馴染 ・赤井家の嫁 ・仲良し幼馴染4人組の内の1人が駄々こねたので、結婚式はアメリカと日本で1回ずつやった。 ☆一人称私の上司 ・40代そこそこのおっさん。 ・嫁が1人と、高校生の娘、中学生の息子がいる。 ☆降谷さんを尊敬している部下 ・20代の娘っ子。 ・尊敬する上司のあんな姿を見て「はよ!!!休暇を!!!!」と上に強く訴えた。 [newpage] ◯あとがき 私が静かに病みつつも儚げな印象を与えるイケメン降谷さんなんて書けるわけがないでしょう。そんなもん書けたら小躍りしながら降谷さん夢量産しつつ、今書きかけの大学生降谷さん夢完成させてますよ。 制度についての間違いがあったらごめんなさい。 ※ここから先読まなくても全く支障ありません 2日間設置したアンケートにご回答ありがとうございました。 それを見ての感想です。 たかちゃんシリーズ!!!需要あった!!!!!絶対0票だと思ってたら票入ってた!!!!!!\\└(‘ω’)┘////やった!!!!!! つまりもっと景桃書いていいってことですよね!?!?!?!?やっ!!!!た!!!!!!!1番ラブラブで書きやすい何より可愛がってるこの2人の需要なんて自分にしかないと思ってたので嬉しいです!!!(*°∀°) そのうち書きますね!!!松田さんの円形脱毛症チャレンジ編!!(๑•̀ㅂ•́)و✧ 結〇師派と私のかみさまにも投票ありがとうございました!!こちらも現在構想中です!! 弊社の後日談は、現在ネタの細かいところを詰めているところなのでしばしお待ちを!! ここまで閲覧ありがとうございました。
1度でいいからこのネタで書いてみたかったんです。<br />あとがきは読まなくても大丈夫です。<br /><br />‪|ω-`).。oO(大変申し訳ないのですが……タグせっかくつけていただいたのですが……中身のネタバレになると判断できるものは、削除させていただきました。……本当に申し訳ございません……でも嬉しかったです……ありがとうございます……)<br /><br />表紙画像はこちらをお借りして加工しております<br />→<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/54787592">illust/54787592</a></strong><br /><br />(追記)<br />▼フォロワーさん感謝企画についてのアンケート<br />アンケート撤去しました。ご協力ありがとうございました。<br /><br />追記 9/8<br />2018年09月07日付の[小説] デイリーランキング 37 位<br />2018年09月07日付の[小説] 女子に人気ランキング 24 位<br />にランクインありがとうございます!!゜*。・*゜ ヽ(*゚∀゚)ノ.・。*゜。<br />追記9/9<br />2018年09月08日付の[小説] デイリーランキング 13 位<br />2018年09月08日付の[小説] 女子に人気ランキング 12 位<br />にランクインありがとうございます!✧ \\(°∀°)// ✧
「降谷と別れろ」と言われたので条件を出した「ひろを返してくれ」と
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特別補習という名の風紀委員の補佐をすること十数日たった。俺もだいぶ巡回や事務仕事をこなせるようになった。 ちなみに、電撃少女こと、御坂 美琴はその十数日の間にも巡回中に何度か遭遇して、プチ戦闘をしては白井に仲裁されてを繰り返したのでお互いがお互いに慣れた為、出会って早々に勝負を挑まれる事はなくなった。 白井は巡回中にいつも一緒に行動していたので上司だから一応さん付けをしていたのだが、呼び捨てで構わないと言われたのでそれ以降は呼び捨てにさせてもらっている。この十数日で白井が思ってたよりも変態だということがわかった。御坂を見つけては瞬間移動し抱きつき、下着を盗み、成敗され、御坂がいないところでは「お姉様とあんな事はこんな事を…グフフ」などと妄想をし始めるのだ。百合は見ていても不快には感じないがあれは御坂がかわいそうだと思った。 あと、佐天 涙子(さてん るいこ)という初春さんの友達で同じ柵川中学の1年生の女子と知り合った。俺が彼女と関わりがある理由は佐天が何故か風紀委員じゃないのによく一七七支部にやってくるからである。 というか、完全に入り浸っている。 佐天は俺の妹の小町(こまち)みたいな陽気な性格の子で、誰にでも明るく接するいい奴だ。 俺も最初喋りかけられた時は案の定噛みまくっていたが、あまりにも話しかけられすぎて家族を除く女性の中ではトップ3に入るぐらい会話をしていて、俺は佐天と友達になれるんじゃないかと期待している。 だからこそ、能力の話になった時、一瞬暗い顔になっている佐天を俺は見逃さなかった。 が、まだ、俺に何か出来るような事はなさそうなので、見守るだけにしておく。 [newpage] そんな出会いと出会いを繰り返した近況を振り返りながら俺は常盤台中学に向かう。 理由は身体検査(システムスキャン)だ。 基本的にシステムスキャンは自分の学校で全ての検査をするものなのだが、俺は学校側の手違いで1項目だけ検査できないものがあった。俺の超噴進砲(ロケットガン)だ。どうやら常盤台中学には超電磁砲(レールガン)を検査するための設備があるらしい。だからそこで検査をしようという訳だ。 常盤台中学に着くと当たり前だが、お嬢様が沢山いた。 やめてぇ、そんなに見ないでぇぇ。 好奇の目に晒されながら指定された検査会場に向かう。 ゴドォン‼︎…ゴドォン‼︎… と物凄い音が近くに連れて響いてくる。 「記録________ 砲弾初速1030m/sec 連発能力8発/min 着弾分布18.9mm 総合評価レベル5」 と聞こえてくる。 「げっ、比企谷、何しにきたのよ」 「ただ能力測定しにきただけだ……そんなに睨むな。ビビってお家に逃げ帰っちゃうぞ」 コイツ、ホントに中学生かよ、なんでこんなに俺が睨まれなくちゃいけないんですかねぇ。あ、俺だからか。 「アンタ、プールを緩衝材にするような技あったの?」 「あるから来てるんだよ」 溜息をつきながら言うとまた不機嫌そうな顔をしてくる。 御坂は学校内に帰っていき、それにすれ違うように俺はプールの飛び込み台の上に立つ。 そして測定開始の合図と同時にゴルフボールほどのサイズの鉄球を能力全開で右腕から炎を噴射し掌底で叩きつけるのを繰り返す。 ドガァン…ドガァン…ドガァンと音が響き続ける。 測定が終わり、結果を発表される。 「記録________ 砲弾初速800m/sec 連発能力10発/min 着弾分布22.0mm 総合評価レベル4」 レベル4か、俺もまだまだだな。 ーーーーーーーー 測定後、プールの水しぶきで濡れてしまっていたので、それに気づいた常盤台の先生が着替える為の個室を貸してくれた。先生、ありがとう。 帰る支度を済まして、常盤台中学を出ようとすると、 「あら?比企谷さんではありませんの、どうしてここへ?」 「白井か……。システムスキャンで手違いがあってな、最後の検査をここでしてたんだよ」 「そうでしたの、ちょうどいいですわ、一緒に行きましょう」 「は?なんか今日あったか?」 「システムスキャンで早帰りになるから、わたくしと、お姉様と、初春と、佐天さんと、比企谷さんの5人でクレープを買いにいく約束をしていたのをお忘れに?」 そういえば、佐天からの誘いに断りきれなくて行くことになったな 「い、いや、忘れてねぇょ」 「なんだか怪しいですの!」 ギクゥ バレそうだよー、白井怖ぇぇよ〜。 [newpage] 数分後、常盤台中学から一緒に歩いた3人は逆側から歩いてきた初春、佐天と合流する。 「ハッチさーん、おひさでーす!」 「いや、一昨日にも一七七支部で会ってるから久しぶりではないだろ」 「元気してましたか?アホ毛的には今日は普通ぐらいですかね〜♪」 俺のアホ毛を見て俺の調子を調べるのはやめてくれ…。 「アホ毛で調子を見るのは初春のパンツをめくるのと同じで挨拶みたいなもんですよ〜♪」 「「そんな挨拶がある訳ない(じゃないですか〜)」」 そんなこんなでやり取りを続けながら(前では白井が御坂に絡んで電撃を浴びせられるのを繰り返していた)クレープ屋がある所へ向かう クレープ屋では今、キャンペーンが行われているらしい。クレープを1つ買うことにゲコ太とかいうカエルのマスコットが1つ貰えるらしい。 「ゲコ太……」 「こんな子どもっぽいキーホルダー欲しい人いるんですかね〜」 佐天、やめろ、御坂のカバンについてるキーホルダーを見ろ……。 「そ、そうよね、こんな物欲しがる人いないわよね」 御坂が少し動揺したように呟くと、3人は御坂のカバンについているキーホルダーが目に入ったようだ。 「「「お姉様(御坂さん)カバン……。」」」 「ハッッ、ち、違うわよ、このキーホルダーはたまたま持ってただけで…ホ、ホントに違うんだから!」 「まぁ、お姉様がそうおっしゃるなら、そういう事にしておきましょう」 「そうだな、クレープ屋に行くんだろ、行くならさっさと行こうぜ」 「そうね、ゲコ太がなくなる前に早く行きましょ」 「「「お姉様(御坂さん)……。」」」 ーーーーーーーーーー あの後クレープ屋に無事着いたのだが、御坂の前に並んでいた佐天で最後のゲコ太キーホルダーが配布されたようで、酷く御坂が落ち込んでいた。 不幸だな。 いつも上条と夜な夜な追いかけっこしてるから、あいつの運の悪さが移ったか? 「あのぉ、これ譲りましょうか?」 「え!佐天さん、いいの⁉︎」 「はい、どうぞ」 「ありがとう!お礼にならないかもしれないけど、はい」 御坂は食べかけのクレープを差し出した。 「ありがとうございます!」 そう言って佐天が一口食べると、 「まぁ、お姉様!わたくしという者がおりながら他の人と間接キスなどっっ‼︎」 「私にも分けてくださいまし!」 「アンタは私のと同じ味でしょうが‼︎」 御坂に白井が飛びかかり、電撃で白井が焦げる。 俺、佐天、初春さんは思う。 「「「あぁ、いつもの光景だな(だ)(ですね)」」」 ーーーーーーー 5人でクレープを、食べていると初春さんの目線が遠くにいく。 「あそこの銀行、どうして昼間から防犯シャッターを閉めてるんですかね〜?」 たしかに、おかしいな。 4人も疑問に思い始めたその瞬間、 バァァァアアン‼︎ [newpage] 銀行の内側から防犯シャッターが外へ飛び出すように爆発する。 「ヨッシャ‼︎引き上げるぞ、急げ!」 「ウス!」 銀行の中からマスクをしている大きなカバンを持った男たちが出てくる。 「初春は怪我人の有無を確認、お姉様はそこにいてください、比企谷さん行きますわよ」 「了解だ」 すぐに銀行強盗の前に白井と俺が立ち塞がる。 「風紀委員(ジャッジメント)ですの‼︎器物損壊および強盗の現行犯で拘束します‼︎」 「風紀委員補佐だ、以下同文だ」 「嘘っ⁉︎なんでこんなに早く……ん?」 沈黙が流れる…。 「ギャハハハハッ、どんなヤツが来たかと思えば、風紀委員も人手不足かぁ?」 「わたくしは大男を相手しますので、比企谷さんはあのリーダーっぽい人をお願いしますわ、残りはどちらが行っても構いませんわね」 「了解だ」 金髪で長髪の男が後ろにカバンを持って下がり、大男とリーダーっぽい男が出てくる。 「そこをどきなお嬢ちゃん、どかないとケガしちゃうぜー‼︎」 大男が白井に襲いかかる 白井はそれを軽くあしらい、 「そういう三下のセリフは死亡フラグですわよ?」 と攻撃を捌ききる。 「嬢ちゃんはやるみてぇだな、だがな腐り目、俺だってな」 リーダーっぽい男の右手に炎が現れる。 どうやら発火能力者(パイロキネシスト)だったようだ。 同系統の能力者との戦いは滅多にできないだろうからな、少し楽しめそうだと思っていた。 でも、一向に炎の球が増えたり、大きくなったりしない。 「え?、それだけ?」 「なんだと!これでも俺はレベル3だぞ、直撃すれば痛いだけじゃすまねぇからな‼︎」 俺は同サイズの火炎弾を撃ち込み相殺する。 「何!お前、火炎系能力者だったのか!」 「まぁな、同系統の能力者のよしみだ、今のうちに投降してくれれば、お前に痛い目を合わせる気は無いのだが」 「投降なんてする訳ねぇだろぉ‼︎」 次は連続で炎の球が飛んでくる。 面白ぇ、やればできるじゃねぇか。 俺は地面から炎を噴出させ壁を作り防ぎきり、直後に俺と発火能力者を囲むように炎の壁を出す。 「お前では俺に勝てない、諦めて投降しろ」 「まさか、お前……」 「一応、レベル4の火炎使い(ファイアマスター)だ、こんな事をするような人間になってしまったのも何かがあったからかもしれないが、ここでは倒させてもらうぞ」 ドガガガガガガ…… 威力を弱めつつ多方向から火炎弾を何発も撃ち込み、戦闘不能にさせる。 「白井さん!ツアーから来ていた子どもが1人いないらしく、その子を探していたんですけど、その間に佐天さんもいなくなったみたいで…どうしましょう⁉︎」 「落ち着きなさい!初春、わたくし達も残りの犯人を拘束後一緒に探しますわ、それまで探していなさい、お姉様、初春を手伝ってもらえますか?」 「もちろんよ、任せなさい!」 俺と白井が2人を拘束し終えて、犯人を探しに戻ろうとすると 「いいところにいるじゃねぇか、ガキィ!テメェもついてこい‼︎」 「待って!ダメです!その子を連れてかないで!」 あ、子どもと佐天と犯人発見。 …犯人⁉︎、マズイ! 「テメェ、邪魔なんだよ‼︎オラァ!」 勢いよく佐天が蹴飛ばされた。 「「「佐天さん‼︎」」」 白井と初春と御坂が叫ぶ はっ?何してくれてんの⁇⁇ 「チクショウ、コイツで全員轢き殺してやるぅ‼︎」 子どもを諦めた残りの犯人が車に乗って、アクセルを踏み込みながら勢いよく向かってくる。 「御坂…アイツは俺にやらせてくれ」 「ハァ⁉︎私だってかなりムカついてんだけど‼︎」 「頼む‼︎」 「………わかったわよ、その代わり、私が満足するぐらいの攻撃にしなさい」 「わかった、じゃあ御坂、コイン貸してくれないか」 御坂は黙って1枚俺にコインをくれた。 「ありがとう」 俺はコインを空中に放り込み、右腕から炎をかなりの力で噴射し、脚に力を込め、踏み込む 「全員死ねやぁぁぁ!!!!」 俺は落下してくるコインを掌底で向かってくる車に全力で叩き込む 「俺の友達になんてことすんだ!!!!」 大声で叫びながら超噴進砲を放つ。 真っ赤な極太のレーザービームのようにコインが飛んでいく。 地面はえぐれ、車は吹き飛び、3〜4mの高さから落下する(学園都市製の車なので死にはしない)。 すぐさま、4人で佐天の所へ駆け寄り、容態を確認する。 「佐天さん、大丈夫ですか⁉︎」 初春が真っ先に声をかける。 「少し顔が痛むけど、大丈夫だよ」 4人が安堵する。 よかった、大したケガとかではないようだ。 「それより…ハッチさん、私のこと友達だと思っててくれたんですね!」 「え?、あ、いや、その、すまん、つい」 「いいですよ!私も嬉しいです‼︎」 「むしろ蹴られただけの事でハッチさんが友達だと思っててくれた事を確認できたと思えば今日はいい日ですよ‼︎」 「そ、そうか、ありがとう⁇」 「ふふ、どういたしましてです♪」 「それにしても、ハッチさん、だいぶ派手にやりましたねぇ」 俺は事件現場を見てみる。 えぐれた地面 倒れた木 ボロボロになったお掃除ロボ ……よし!、逃げよう‼︎ 俺は地面に向かって炎を噴射し飛んで逃げる準備をしようとすると、後ろから肩を掴まれる。 「逃がしませんの‼︎警備員(アンチスキル)への報告と始末書の作成。しばらくは一緒にデスクワークが続きそうですわね♪」 白井ィィィ…… しばらくの俺の風紀委員補佐の仕事は書類作成になりそうだ。
考え込みすぎて変になって、修正して、を繰り返してました。 第4話です。よろしくお願いします。<br /><br />pixivからのお知らせ [小説] 男子に人気ランキング<br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2018年09月07日付の[小説] 男子に人気ランキング 14 位に入りました!<br /><br />pixivからのお知らせ [小説] ルーキーランキング<br />pixiv事務局です。<br />あなたの作品が2018年09月01日~2018年09月07日付の[小説] ルーキーランキング 25 位に入りました!<br /><br />ランキング上位を目指している訳ではありませんが、沢山の人に読んでもらっていると思うととてもありがたく思います。<br /><br />これからもよろしくお願いします。
第4話 測定、強盗、始末書……。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10091178#1
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※夢主の名前は「[[rb:花純 > かすみ]]」で固定しています。 ※夢主以外のオリキャラが登場します。 ※数年位前に流行った(と思っている)、逆ハー狙いpgrなお話です。けどpgr感はあまりない。 *********************** ──私の話を聞いてほしい。 まず、私は二次創作でもはや当たり前のように登場する、転生者というやつだ。トラックにひかれて転生したわけでも、電車の前に突き飛ばされて転生したわけでもないが、前世の私が死んでいる、という点では共通している。 どうせならば目が覚めたら小さくなってました!とか、誰かをかばって自分が変わりに…とかならよかったのに。 あいにく、私の最期はそんなドラマチックなものではなかった。 頭のやばい女に訳の分からない理由で殺されたのだ。 さらに言えば、その頭のやばい女というのは、記憶に全くない見知らぬ女だった。いや、もしかしたら何度か道ですれ違ったことくらいはあるかもしれないけれど、少なくとも顔見知り未満である。 そんな見ず知らずの女に、犬の散歩中に突然刺されたのだ。まったく訳が分からない。 詳しい凶器はわからないけれど、おそらく包丁的な刃物だろう。腹部に衝撃が走ったかと思うと、激しい痛みと熱さを感じた覚えがある。 ずるりと刃物を引き抜かれ、再び、刃物を突き立てられた。何度も何度もその動作を繰り返されて、私はそのまま意識を手放したのだ。 せめて、可愛い愛犬が、あの子が無事ならばいいのだけれど。 意識を失う前、狂ったように高笑いをしていた女が、「これでアタシは愛され主になれるのね!」と叫んでいたのは、ずっと耳に残っている。 二次創作の、読みすぎだよくそ野郎……! という最期を経て、次に目を覚ました時には赤ん坊になっていた。 「ママでちゅよー」「パパでちゅよー」とニコニコ嬉しそうに私に手を伸ばしてくれた美男美女に、最初はずいぶん警戒してしまったが、今ではこの人生の私の両親なのだと受け入れている。 まだ首も座らない赤ん坊というのは、本当にすることが何もない。正確には、自分でできることが何もない。 出来ることといえば両親の──主に母親の気を引くために泣いて、異常が起きたと示すことくらい。それも一か月を過ぎた頃から少しずつ母音ではあるが声が出るようになり、早くしゃべれるようになりたいと、よく発語練習をしたものだ。 赤ん坊の母音を発するという行為は、どうやら赤ん坊がご機嫌な時によくみられるらしく、発語練習中は母親に「今日もご機嫌さんでしゅねぇ」なんて声をかけられることは何度もあったが。 目を覚ました直後はパニックになって、赤ん坊の身体に精神が引っ張られたのか、何度も泣き叫んだものだ。 意識しなくても、おしっこが漏れてオムツが濡れたら泣いてしまうし、お腹がすいても泣いてしまう。 昼夜問わず泣き叫ぶ赤ん坊に、母親は怒ることもなく、「あらあらどうしたのー」と優しくなだめてくれた。 美人だし優しいし怒ってるところを見たことがないし、実は今世の母親は聖母なのでは……?と思ったことは何度もある。そしてイケメンな父親と非常に仲睦まじく、間近で美男美女のいちゃつきを拝めるのは最高の時間つぶしだった。 それにしても、赤ん坊にできることは本当に何もない。 おかげで、最初こそパニックを起こしていた私も、考える時間ができて徐々に冷静に状況を考えられるようになった。 ……何度冷静になって考えても、やっぱり私が殺された理由がわからない。 よくある二次創作から考えれば、あの女は夢に夢見る乙女かっこわらい、であり、アニメオタクなのだろう。そこでめちゃくちゃハマったアニメか漫画かゲームの世界にトリップしたくなり、毎日祈るようになった。 そんな祈りはある日神様──を装った悪魔とか死神とかそこらへんのやつ──に聞き届けられ、ある条件を出される。それが、世界を渡るための生贄をささげること。女はそれを了承し、その生贄に、偶然私が選ばれた……的な。 いやいやいや、まさかね!まさかそんなことあるわけないよね!二次創作の読みすぎだっての!……ないよね? だがまあ、あの女に殺されたことはまず間違いない。何度も何度も包丁で刺されまくったし、バカみたいな高笑いをされてたし。狂気に歪んでいたとはいえ、顔だってしっかり覚えてる。名前は知らないけど。 まだ、私は前世の人生を放棄したかったわけじゃなかった。 読みたい漫画だっていっぱいあったし、愛犬の今後もずっと見守っていきたかったし、インターネットで知り合ったオタク仲間たちとオフ会だってしたかったし、聖地巡礼したかったし、友だちともっと遊びたかったし、旅行だって行きたかったし、結婚だってしてみたかった。 そりゃあもちろん辛いことも悲しいことも苦しいこともあったけど、でも、まだ、楽しみたいことが山ほどあったのだ。だいたい、日本人女性の平均寿命の半分も生きてなかった。私は将来老衰で死ぬんだ!って友だちにも家族にも言ってたのに。 前世の両親よりも、友だちよりも、先に死んでしまった。親孝行だってちゃんとできてなかったのに。 ……それなら、私は、私の人生を奪われた報復をしたって、いいと思わない? 何をするかって? 復讐だよ! ──と復讐を誓ったはいいものの、どうすれば復讐できるのかがわからない。 前世の私はいたって平凡で、もちろん犯罪歴なんて一切ない。 お金がなくても強盗やひったくり、あるいは違法なお店とかで身体を売ろうとも思わなかったし、人を憎んだりしたことはあれど、友だちや家族への愚痴でおさまる範囲。 インターネットは毎日のようにしていたけれど、特定の相手を誹謗中傷したり住所やらなんやらを晒したり、なんてこともしなかった。 しいて言うなら、運転中にちょーっとだけ法定速度をオーバーするくらいか。お巡りさんに見つかったことはないから大丈夫だということにしておきたい。……アウトかな? とにかく、前世の私はまともな犯罪歴などなかった。いやなくて当然何だけど。 そりゃあアニメや漫画を舞台とした二次創作では、バトルものなら敵を切って切って薙ぎ払っていたけれど、それもインターネットの中だけの話。実際の私は殺意をもって刃物やら鈍器やらを手にしたことはないし、もちろん人に向けたこともない。 だから、復讐をしたくても、復讐の仕方がわからないのだ。 それに、この世界の価値観においても、復讐という行為は大変にリスキーである。 ……この世界に生まれて数か月。 両親がつけていたテレビで偶然知ることとなったのだが、この世界はなんと前世で愛読していた漫画の世界であった。 見た目は子ども、頭脳は大人!で有名なキャッチフレーズのあの世界である。 つまりモブはちょっとしたことですぐに死ぬ。 全身黒タイツの犯沢さんの地雷を踏めば、頭をひねって一見犯人が誰かわからなくなるようなトリックで殺される。 ハンガーを投げつけたら殺されるし、チャットで人を馬鹿にしたら殺されるし、ホームズに登場するキャラクターとの見解違いで殺されるし、茶髪になったら殺されるし、建築者の美学に反する建物は爆発されるし、耳元で子どもの声が幻聴で聞こえたら爆発されるし。 つまり殺される。私の復讐の一環で、まかり間違えて他人の地雷を踏んでしまえば、逆に私が殺される。 ……無理ゲーじゃない? [newpage] 結局、あれから私は前世のように平和に暮らしている。 いろいろと考えた結果、前世の私を殺してくれたくそ女のせいで、人生を棒に振るのはとんでもなく時間の無駄である気がしたからだ。 その代わりに、前世の私ができなかったことを、目いっぱい楽しむことにした。 前世では勉強をおろそかにしがちだったのでしっかりを勉強し、人生二回目というステータスのおかげでそこそこ優秀な成績で、大学に進学することもできた。 おしゃれだって前世よりも力を入れて、幼い頃からスキンケアでお肌の調子を整えたり、メイクを練習してより可愛く見えるように努力したり。まあ、両親が美男美女だったおかげで、もともと可愛い顔なんだけどね!前世の顔と比較すれば美少女だと思う。おかげで最初は鏡を見ると違和感が半端なかった。 だからと言って、復讐を諦めたわけではない。あの女には絶対復讐してやる!という怒りがなくなったわけではないからだ。 犯沢さんの地雷を踏まず、人生を棒に振るわけでもない復讐。 それは、私自身が幸せになることだ。 前世で私が殺された理由は、いまだによくわからない。けれど、今でもあの女の、「これで愛され主になれるのね!」という言葉はよく覚えている。 つまり、あの女はその人生を放棄して、新しい人生で幸せになりたいと願ったということだ。 女の前世の人生がどれほど不幸だったかは知らないが、他人を殺してまで幸せになりたかったということだろう。 ならばその女の前に、殺された私が、女よりも幸せになって姿を現すことが出来たら? それは、きっと、あの女にとって、十分復讐となり得るのではないだろうか。 ……この名探偵が続出する世界で完全犯罪を成し遂げられるとは思えないし、そもそも自分が殺されたからこそ他人を殺すことなんてできないし、前世の推しの愛する日本で罪を犯したくなかったという理由もある。 それと、もう一つ。 両親から初めてもらった、生涯付き合うこの「花純」という名前に、誇れるような人生にしたかったのだ。 私の名前の由来は、カスミソウ。細い茎に小さな白い花がいくつも咲く、可愛らしい花だ。花言葉は「清らかな心」「無垢の愛」「幸福」など、愛を表すものばかり。 両親は、私の人生が幸せなものになるように、と願いを込めて、この名前を付けてくれたらしい。 ならばその名前に誇れるよう、私は私の人生を幸せなものにしなければならないのだ。というか幸せになりたい。 この世界で、あの女に遭遇できるかどうかはわからない。 あの女があの後どうなったかもわからないし、もし同じ世界にいたとしても、同じ顔をしているかもわからないのだ。 だから私は復讐に囚われることをやめた。 まあ、もし遭遇できることがあれば、あんたのおかげで今の私は幸せだよ!くらいは言ってやりたいけどね。 今世の私は、前世で出来ないことをいくつか体験した。 その一つが、結婚。 大学の頃に知り合った彼と意気投合し交際、そのままゴールインしたのである。その頃にはこの世に転生して二十年近くが経っていて、前世の記憶はほとんど覚えていなかった。 けれど、何となく覚えていることもある。今の私の旦那についてとかね。降谷零という名の、ミルクティー色の髪と褐色の肌、青空を思わすような瞳を持つくっそイケメンな彼は、確か前世の私の推しだったはずだ。 花純、なんて私を呼ぶ声がどれだけ蕩けそうなほどに甘ったるくても、結婚して夫婦になって数年経った今でも新婚のようにスキンシップが多くても、彼は私の推しだった。はず。 ちょっと記憶にないくらいいつもニコニコしてたり、私のことをべったべたに甘やかしてくれたりするけど。 確かいくつか仕事の掛け持ちみたいなことをしてたはずなのに、毎日決まった時間に一度は家に帰ってくるし、どうしても帰れない時だって必ず連絡を入れてくれるくらいにはいい旦那だ。 まあ、夜ご飯を食べたらまた仕事にとんぼ返り、なんてことも少なくないけれど。 私の最愛の夫である降谷零は、警察官だ。 その中でも少々特殊な立ち位置にあるらしく、家の外では安室透を名乗っているらしい。口調だって表情だっていかにも優男といった雰囲気をかもし出していて、私も家の外では安室姓を名乗るようにしている。警察は原則副業は禁止されていたはずだが、今の零は安室透として喫茶店でアルバイトをしつつ私立探偵も営んでいる…という設定らしいので、それが認められるくらいには特殊なのだろう。 随分と薄くなった前世の記憶を探りつつ、インターネットでいろいろと調べてみた結果、おそらく零は公安といわれる部署に配属されているのだろう。零は初めて出会った時からこの国のことが大好きで、あれから愛国心は弱まるどころかますます強くなっている気がする。 「ただいま」 「おかえりー。もうすぐご飯できるけど、先にお風呂入る?」 「あー、いや、先に食べるよ。そのあと風呂に入って、また仕事だから…そうだな、二十時半には家を出るつもり」 どうやら、今日もまた仕事にとんぼ返りの日らしい。こんなことはもう何十回何百回とあるので、すっかり慣れてしまった。 あと少しで夕飯が完成すると知ると、零は私の後ろから体の前に腕をまわしてくる。後ろから抱きしめられることに最初はそのうち心臓が爆発するんじゃないかと思うほどドキドキしていたけれど、今は多少鼓動が早くなるくらいで、照れはするけど慣れてしまった。 「花純……今日も愛してるよ」 「はいはい。私も零が大好きよ」 肩に顎を乗せられたかと思うと、そのまま頬に何度か唇を寄せられる。ちゅ、ちゅ、と耳元の近くでリップ音が響き、ついつい笑い声をあげてしまった私は悪くないと思う。 [newpage] 毛利探偵事務所、と窓に大きくレタリングされたビルを見上げる。 眠りの小五郎と最近になって有名になり始めた探偵の自宅兼事務所らしい。ちなみにこのビルの一階には、零が安室透として働く喫茶ポアロが店を構えている。 「じゃあ、行こうか」 零…もとい透ににっこりと促され、ビルの階段に足をかける。 今日、私は降谷零の妻としてではなく、安室透の妻として振舞わなければならないのだ。といっても、夫の名前を間違えなければいいだけだし、外ではあまり名前を呼ばなくていいように「あなた」とか「うちの主人」などと言っているので、特別気にすることもないだろう。 透は現在、この探偵事務所の主人である毛利探偵に弟子入りしている──という設定らしい。 そこで私のことを透の妻として紹介したいらしく、今日がその日なのだ。 つまり、前世で愛読していた主人公組との初の顔合わせというわけである。確かあれだよね、眼鏡に蝶ネクタイの男の子が主人公なんだけど中身は高校生で、ヒロインは頭に角が生えてるんだよね。 「大丈夫、毛利先生は悪い人じゃないし……何かあっても、花純は僕が守るから」 「……うん。そうね、ありがとうあなた」 玄関の前に立つ私の緊張に気が付いたのか、ふわりと微笑みながら透が言う。私の緊張の理由は零の師匠かっこかりに会うから、じゃなくて、主人公たちに会うことになったからなんだけど……まあ勘違いしてくれてるなら黙っておこう。 いくら最愛の夫とはいえ、リアリストである旦那に、実は私には前世の記憶があるの!私は転生者なのよ!なんて言えるわけがないもの。 ピンポーン、とインターフォンを透が鳴らす。すぐに玄関が開けられ、どこか疲れたような表情を浮かべる女の子が姿を現した。その子の頭はちょっとだけ盛り上がっていて、角…はさすがにちょっと言いすぎだったかもしれない。 「安室さん、いらっしゃい。……ごめんなさい、実はあの子がいて……」 囁くような小さな声に、透がわずかに頬をひきつらせたのがわかった。溜息を吐くと、「蘭さんのせいではありませんよ」と苦笑を浮かべる。そういえば、蘭っていうのがヒロインの名前だっけ。 ところでマイダーリンとヒロインさん。あの子って誰のこと? 「安室君、よく来たな。まあ、座ってくれ」 「はい、ありがとうございます毛利先生」 「安室さん、こんにちは」 「こんにちは、コナン君」 毛利探偵事務所の中には、テレビで何度か顔を見たことがある毛利探偵と、キッドキラーと称されている江戸川コナン君がソファに座っていた。この二人はめちゃくちゃ有名なのに──いや探偵なんだから有名になっちゃダメだろと思わなくもないけど──蘭ちゃんと、もう一人の“あの子”とやらについてはマスコミで取り上げられてもなかった気がするな。 どうぞ、とソファに促される前に、三人に頭を下げる。 「いつも主人がお世話になっております。妻の花純と申します」 「花純さん!いやぁ、お美しい……!安室君、いや、ご主人からよくお話を伺っていますよ」 「話……ですか」 「だいたい惚気話だよね、安室さんの」 にっこり笑いながら続けるコナン君に、隣で透が「そのつもりはないんだけどなぁ」と不思議そうに呟いたのがわかった。 途端にコナン君が呆れたような表情をしていたので、一応私は中身が大人だと知っているからいいものの、何も知らない人からすれば随分違和感を覚える子どもだ。小学一年生って惚気とかって単語知ってるの? 私も見た目は子ども中身は大人なクチだったから何とも言えないけど。 蘭ちゃんにソファに促され、今度は素直に腰かける。どうぞ、と出されたお茶に礼を言えば、蘭ちゃんはにこりと笑って向かいのソファに腰かけた。 「花純、この人が探偵の毛利先生。そのお隣が娘の蘭さんで、江戸川コナン君だよ。コナン君のことは知ってるよね?」 「何度かテレビで。よろしくお願いしますね」 にっこり笑って見せれば、途端に毛利探偵がデレっと鼻の下を伸ばしたのがわかる。うんうん、わかる。両親の遺伝子を無事に引き継いだおかげで、そこそこの美人だからね、この顔。 とりあえず零が「花純は世界一可愛い」なんてよく惚気てくれるので、この顔はかなり気に入っている。 「ところで、先ほど蘭さんが言っていた“あの子”というのは?」 ニコニコと世間話に花を咲かせているところ申し訳ないが、尋ねてみる。途端に彼らは言いづらそうに「あー…」と言葉を漏らし、互いに顔を見合わせた。 「……毛利先生の、もう一人の娘さんだよ。蘭さんの双子の妹さん」 「へぇ。蘭さんは双子なんですね」 確か、ヒロインって一人っ子だったはずだけど。あはは、と曖昧な笑みを浮かべる蘭ちゃん。 なるほど、姉妹仲はそれほど良くないのかもしれない。 そもそも仲が良かったら、この場にいないなんておかしいもんね。 ということは、姉妹仲以前に家族仲があまりよくないのだろうか? 「──ねぇちょっと蘭!?喉乾いたんだけどっ!なんか飲むものないの!?」 と、突然響き渡る大きな声。ドタドタと足音がしたかと思うと、勢いよく扉が開き、つい肩を飛び跳ねさせてしまう。 反射的に透の腕に抱きつけば、よしよし、となだめるように頭を撫でられた。 「恵美っ!事務所に入る前にノックしろって言ってんだろうが!依頼人がいたらどうする気だ!」 「うっさいなぁ…、って安室さんじゃあん!やだ、休日にまでうちに来るなんてラッキー!もしかしてアタシに会いに来てくれたのっ!?」 「聞いてんのか恵美!」 ──どうやら、突然部屋に入ってきた女の子は恵美という名前らしい。恵美さんは毛利探偵の言葉を無視して、透に対して黄色い声をあげる。 いや、あなたに会いに来たというか私と毛利家を引き合わせることが目的だったはずなんだけど…。っていうかたぶんこの子が蘭ちゃんの言ってた“あの子”だよね。つまり父親の言葉ガン無視ってこと? 「……あんた誰?」 透に駆け寄ってきた恵美さんは、私の姿をとらえた瞬間にギロリと睨んできた。 その目が、どこか、あの女の目に、似ている気がして。 つい、ひっ、と息を呑んでしまった。 うそ、やだ、……また、私、ころされるの? 「花純!」 ぐるぐると思考がループしそうになる前に、零に肩を揺さぶられて我に返る。「あなた…」と小さく声を漏らせば、ほっとしたように私のことを抱きしめてくれた。 あったかい。 「すいません毛利先生。妻は時々、急に体調を崩してしまうことがあって……。ご迷惑をおかけするわけにもいかないので、今日はここで失礼します」 「ああ、そりゃあ大変だ。家に帰ってゆっくりしてくれ。花純さんも、わざわざすいませんなぁ!ぜひ、またいらしてください」 零の心臓の音を聞いていれば、少しずつ冷静さを取り戻せる。腕の中で小さく息を吐けば、慰めるように零が私の背中をトントンと叩いてくれたのが分かった。 別に、急に体調を崩すことが多いわけじゃない。この場を辞すための偽りだろう。 帰ろう、と肩を抱かれ、軽く頭を下げてから毛利探偵事務所を後にする。 最後の最後まで、恵美という彼女は、私のことを睨みつけていた。 顔は変わっていたけれど、はっきりとわかる。 あの子は──前世で、私を、殺した女だ。 [newpage] 「ごめん花純。まさかあの子がいるとは思わなくて……。今日は出かける予定だって聞いてたから」 毛利探偵事務所を後にした俺は、花純を助手席に乗せて愛車を転がしていた。 花純はどこかぼんやりと窓の外を眺めていて、「うん……」と生返事をこぼす。ああ、失敗した。あの女がいると知っていたら、花純を連れて行ったりなんてしなかったのに。 俺と花純は、大学時代からの付き合いだ。初めて出会ったのは大学で選択した授業のこと。偶然席が隣になり、それから少しずつ会話をするようになって、花純と過ごす時間が何よりも輝いていて、そのまま交際することになったのだ。 花純は俺の警察官になるという夢を応援してくれて、幼い頃のコンプレックスであったこの髪と目を、きれいだと何度も褒めてくれた。 初めて会った時から、俺はずっと、花純に惹かれていた。交際を始めてからもその気持ちが小さくなることはなく、むしろ自分でも信じられないくらいに花純のことを愛おしく思えて、大学を卒業してからも、別れるつもりは毛頭なかった。 警察官になるために警察学校へ入学した最初のひと月は花純に会えなくて、連絡を取ることもできなくて、随分と苦しんだのを覚えている。 その時に気が付いたのだ。 ああ、俺はもう、花純がそばにいてくれないと生きていくことが出来ないのだと。 俺は花純を愛している。手放すつもりなど微塵もない。手っ取り早くこの国の法律で彼女を俺に縛り付けるために、警察学校を卒業すると同時に入籍した。 まだ給料もほとんどもらず、学生時代のアルバイトのおかげで多少の貯金はあったとはいえ余裕があるわけではなく、入籍をしただけで結婚式は挙げられなかったが。花純のウエディングドレス姿も見たかったし、白無垢の姿も見たかった。花純ならどんな格好をしてもきっとこの世の何よりも美しいことだろう。 貯金に余裕が出来たら結婚式を挙げようと約束したのに、あれから数年経った今も、まだその約束は果たせていない。 金の余裕がないわけじゃない。むしろ金は有り余るほどだ。ただ、俺の今の配属先は、堂々と結婚式を挙げられるような場所ではないのだ。 俺の本来の仕事については、家族にも伝えることができない。俺の初めての隠し事を、それでも花純は受け入れてくれた。花純は聡い女性だ。きっと、濁して伝えた俺の仕事を何となく察していて、あえて何も言わないのだろう。それにどれだけ心が救われて、おかえりなさいと毎日出迎えてくれる花純に、どれだけ心が癒されているかは気づいていないだろうけれど。 俺にとって、花純はこの世の何よりも守りたい存在だ。もともとは日本が好きだからという理由で警察官を目指していたが、今は、花純の住むこの国の平和を守るために奔走しているのだと思うだけでひどく誇り高く思う。 さて、俺は警察庁警備局警備企画課の捜査官として、とある犯罪シンジケートへ数年間潜入している。組織への貢献度を認められて幹部へと昇進したのは、嬉しくもあり同時にむなしくもあった。国を守るために犯罪に手を染める俺はひどく矛盾していて、時々、自分の存在価値が分からなくなることもあったのだ。 そのたびに、何も言わず、そっと寄り添ってくれた愛する花純に、何度も何度も感謝した。俺はこの国を守っているのだ、愛する花純を守っているのだと再確認できたからだ。 きっとひどく遠回りな方法だろう。けれど確かに、確実に組織を潰すための手は増えている。 そんな最中、俺が安室透として喫茶店でアルバイトを始めたのは、対象人物である毛利探偵に近づくためであった。毛利探偵は少し前に組織に目をつけられていて、何かと事件にも巻き込まれやすい。組織の幹部として、そして公安としても、彼に近づくメリットがあったのだ。 ……まあ、まさかそこであんな女に会うことになるとは、思いもよらなかったが。 毛利恵美。毛利探偵の娘で、双子の姉妹の妹。姉である毛利蘭とはあまり似ておらず、性格・口調・好みなども、本当に一卵性双生児なのかと疑わしく思うほどだ。一卵性双生児は、受精卵が何らかの理由で分裂し、そのまま成長した場合に生まれる。つまり同じ遺伝子を持つため、顔も仕草も瓜二つになる場合がほとんどなのだ。 どこだったかの国では、一卵性双生児が養子に出され別々の家庭で成長したのに、数年後に出会った頃には顔も仕草も好みも一致していた、といった内容の研究結果も報告されていたはずだ。つまり、一卵性双生児である以上、特別な異常が見られない限りはそっくりに成長することが多いのだ。もちろん例外はあるだろうが。 容姿自体は瓜二つだ。髪型がロングかショートかという違いはあれど、二人とも黙って同じように笑っていれば、どちらがどちらか判断するのは困難だろう。 しかしいざ口を開けば、すぐにどちらか理解できる。 簡単に言えば、毛利恵美は、ひどく男に媚びるのだ。 毛利夫妻が数年前から別居を始めると、毛利恵美はすぐにある家に入り浸ることになる。それが幼なじみの工藤新一の生家である工藤家だった。最初の方は工藤夫妻も快く受け入れていたらしいが、徐々に図々しくなっていく毛利恵美に辟易とし、ついにうちに来るのをやめくれと拒絶するようになったらしい。そのことに毛利恵美は納得せず、あろうことか工藤夫人に掴みかかろうとしたそうだ。 毛利家に近づくにあたり部下に調べてもらった経歴を見て、ついぞっとしたのは俺だけではないだろう。調べていた部下も、どこか薄気味悪そうにしていた。 そしてその気味の悪さは的中し、毛利恵美と初めて顔を合わせたあの瞬間から、生理的嫌悪がおさまらなかった。 その嫌悪感を抱いているのは俺だけではなく、実の父である毛利探偵も、姉である毛利蘭も、毛利家に居候しているコナン君も、同じく生理的嫌悪を抱いているようだ。口にはしていないが、毛利恵美に接する態度と俺……安室透と接しているときの態度や表情で察することができる。 理由は定かではないが、毛利恵美は、多くの者に嫌悪される存在なのだ。男に対するあからさまな媚びのせいであったり、実の姉に対する横暴な言動のせいなのかもしれないが。 毛利恵美が、何かにつけて安室透にアピールしていることは気づいていた。見るからにあからさまだったしな。 だからこそ、安室透の、そして俺の最愛の妻である花純と、顔を合わせさせるつもりはなかったのだ。 花純は人の敵意に敏感だ。恋人であった時も、デート中に「あの人、何か怖い…」と怯えた相手が、その少しあとに他人を傷つけたり罪を犯したりといったことは何度もあった。つまり毛利恵美に敵意を向けられれば、花純がそれだけ傷ついてしまうと予想ができていたからだ。 実際、助手席でぼんやりと外を眺めている俺の愛する花純は、探偵事務所で毛利恵美に出会った瞬間からひどく怯えていた。 「花純……大丈夫か?」 「うん……平気。ごめんね、あなたがお世話になってるお家の、娘さんなのに」 「花純のせいじゃないさ。花純はただの被害者だろう?」 毛利恵美が、あの女が、俺の愛する花純を睨みつけていたことには気が付いている。ああ、やはり花純を毛利家と引き合わせなければよかった。 ──本当に。俺の花純を傷つけてくれたあの女。どうしてくれようか。 「…だーいすき」 小さく呟くようなその言葉に、俺もだよ、と答える。 俺だって、花純のすべてが、この世の何よりも大好きだよ。 だから例え離れていたって、いつでも花純のことを見守っているからね。 [newpage] *降谷花純 前世で見知らぬ女に刺殺されたと思ったら転生した。 復讐を誓うものの、復讐の仕方が分からなくて迷走。 自分が幸せになるのが一番の復讐!という答えに行き着いた。 結果、大学時代の恋人とそのままゴールイン。前世で未経験だった結婚生活を楽しんでいる。 この世界が前世で読んでいた漫画の世界だと理解しているが、転生してかなり経っているため記憶にはあまりない。 けどたぶん旦那は前世の推し。 旦那に紹介したい人がいるといわれて了承したら、前世の死因と出会った。 前世の死因のせいでトラウマが復活しかけ放心状態。 自宅でどろどろに旦那に甘やかされてスヤァした翌日、幸せになりました宣言するの忘れてた!と気が付いた。 旦那との子どもが欲しいが、旦那ににこやかに「もう少し二人きりがいいな」と言われ続けて数年が経過。 仕事の都合上仕方ないのかな、と理解はしているがもう少しってあとどれくらいの話なんだろう? *降谷零 トリプルフェイスの愛妻家。 日々仕事に奔走しているが、妻との夕飯の時間(一時間前後)は確保するようにしている。 嫁ラブ。恋人を手っ取り早く法的に手に入れるため、警察学校を卒業すると同時に入籍した。 同期たちには報告済みで、顔合わせも済んでいる。 本当は結婚式も挙げたかったが当時は金に余裕がなく、今は金はあるが時間の余裕がない。 さっさと組織を壊滅させて、数年越しに結婚式の約束は果たすつもり。 潜入先でお世話になっている毛利探偵に妻を紹介しようとしたら、妻を敵視する女と鉢合わせてしまったため後悔。 ひどく傷ついたらしい妻を自宅でどろっどろに甘やかしてSAN値を回復させた。 やっぱり家の外は妻の傷つく要因が多いな。ちょっと家の中に閉じ込めておこうかと検討中。 愛する妻との子どもはきっと可愛いだろうけれど、子どもが出来たら妻を育児に奪われるのでもう少し二人きりでいたい。 なんなら一生子どもなんていなくてもいいんじゃないかな、と思ってはいる。たぶん子どもが出来たら出来たで親ばかになる。 *毛利恵美 前世で花純を刺殺した人。 逆ハー求めてトリップしたのに、思い描いてた逆ハー生活じゃなくて地団駄踏んでる。 毛利家の娘になれたのは、原作に関われるからラッキー。 でも毛利蘭って嫌いなのよね。あんなヒロイン認めない! 女キャラは全員嫌い。だってアタシがヒロインだもの。 は?安室さんが既婚者?嫁?意味わかんない! まさか安室さんの嫁が前世で刺殺した相手だとは思っていない。 この後花純に嫌がらせしまくってバーボンにぶち切れられる。 ツイッターで呟いてた、逆ハー狙いpgrする話が書きたかったんですけど、最終的にあまりpgrできなかったような…? 数年前くらいに、逆ハー狙い陥れ的なジャンル流行ったじゃないですか。 少なくとも作者は流行ったと思ってるんですけど、逆ハー狙い陥れ系好きだったんですよ。 書いてみたらなんか違う気もするのでもっと逆ハー狙いのぶりっ子感を出したかった← ちなみに毛利恵美の名前は、毛利蘭と同じくモーリス・ルブランからいただきました。 モーリス・マリー・エミール・ルブラン→毛利恵美。 今回の降谷さんは病んでないよ?????? 続きは降谷さんがゴミ箱に丸めて捨てました。
ツイッターで以前呟いていた、逆ハー狙いをpgrするお話です。<br />pgr感はあまりないタイトル詐欺。<br /><br />続いた→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10118348">novel/10118348</a></strong><br /><br />夢主の名前は「花純」で固定。<br />夢主以外のオリキャラが登場します。
私の復讐
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10091337#1
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!WARNING! このコンテンツは作者が好きなものを好きなだけ詰め込んだ闇鍋的危険物です。 以下の要素を含みますので少しでもヤバいと思った方は自分の勘を信じて戦略的撤退をお願いいたします。 ・公開日までの全てのFGO及びコナンのネタバレを含みます ・FGO×名探偵コナンのクロスオーバー ・主人公はぐだ子こと藤丸立香 ・ぐだ子、他鯖の年齢が御都合主義 ・世界観が行方不明 ・独自解釈、御都合主義、無理矢理展開バフ盛り ・FGO、コナンともにキャラの扱いが酷い ・死ぬはずのキャラが生きていたり ・メタ発言多数(むしろメイン) ・ギャグ要素もあり ・シリアスはシリアル ・各種危険な表現あり ・その他何でもあり ・そもそも作者の文才には期待できません よろしいですか? 読んでからの投石は無敵ガードです。 [newpage] 時刻は18時を少し過ぎた頃。日本警察の中枢が一点に集まる桜田門に2つの影が揺らめいた。 「お疲れ様です。降谷さんをお連れするようにと“上”から指示がありました」 「・・・そうか。頼む、風見」 正面入り口を避け人通りの疎らな裏口からその身を滑り込ませた降谷は彼を待っていた風見に一声掛けると共に目的の場所へ歩き始めた。 「用件は聞いているか?」 降谷の問いに風見はいえ、と首を振りつつただ、と躊躇いながらも口を開いた。 「187号室と言えば、警視庁ではちょっとした有名部署です」 降谷は無言で風見に説明の先を促す。 「187号室は警視庁捜査一課の一端、“特捜班”の在籍する部屋だと聞いています」 「特捜班?」 風見の言葉を鸚鵡返しに聞き返せばなんとも気まずそうな、言いにくそうな顔でええ、と風見は肯定した。 「彼等特捜班は大きな事件には携わらず、捜査一課の中でも比較的注目されないような緊急性の低い事件を専門に担当すると噂では、言われています」 「つまり、面倒事を担当する窓際部署とでも言った所か」 降谷の的確な物言いに苦い顔で頷く。風見にはなぜそんな所に降谷を案内しなければならないのかがわからなかった。庁内でも特捜班の存在は割と知られているが功績を賞賛するような良い噂は無く、風見が聞いた限りでは陰で無能集団と揶揄するようなものばかりだった。 そうこうしている間にも187号室は目前に迫った。周りを見渡せば周囲に人の気配は無く、資料庫や倉庫の並ぶ中にポツンと一室、特捜班のプレートが掲げられているのみ。 降谷は部屋の前で歩を止め、変哲のない扉に向き直った。他の部屋と変わらない作りのはずだが、この一室だけ鈍く光る刀のような張り詰めた緊張感が漏れ出している気がした。 「では降谷さんが戻られるまでここでお待ちしていますので、ご武運を」 「あぁ、すまないな」 風見に扉の守りを任せ降谷は187号室の扉を叩いた。入れ、という静かな応答を確認し扉を開く。変哲のない扉だと言うのにまるで大きな屋敷の門を開くように重く感じた。 「君が降谷か」 扉の正面に置かれたデスクに座するのは1人の男。 ダークカラーのスーツに身を包む男は撫で付けられたロマンスグレーの頭髪から一見老齢に見えるが、眼鏡の奥から覗く眼光は冷たく鋭利で年齢による衰えなど一切伺えない。 「私は柳生但馬。他の者は出払っているがこの特捜班班長の任を預かる者だ」 柳生但馬…聞かない名だ。 彼の背後に掲げられた剣術無双の書も、その隣に据えられた三口の真剣も、彼の威圧感を増すばかりで、重苦しい空気を肌で感じる降谷は柳生から視線を外すことなく先程の特捜班について評した風見の言葉を思い返した。本当にこの一室は庁内で爪弾きにされているような部署なのか、この圧を醸し出すような人物が統括していてそんなはずは無い。降谷には風見の言葉が俄かには信じられなかった。しかし、“ゼロ”の隠れ蓑だと思えばそれはすんなりと納得のいくものではある。 そんな降谷の思考など知ってか柳生は徐に言葉を投げかける。 「単刀直入に行こう。藤丸立香、彼女の事は放っておけ」 降谷は思わず目を見張った。 柳生から発せられた言葉は降谷の予想だにしないもので何故この人物から藤丸立香の名が出るのか、降谷には皆目見当もつかず訝しむように柳生を見やった。 「君の“仕事”には直接関わらぬ存在であり、彼女を洗っても有益な情報など何も出はしない」 「その言葉こそ、彼女には何かあると言っているようにしか聞こえませんがね。 ・・・・藤丸立香、彼女は一体何者ですか?」 降谷は柳生を鋭く睨みつけて納得のいかない指示に抵抗を示す。 「 “Need not to know” 上からの指示なれば、従う他あるまい」 Need not to know・・・それは警察組織内で用いられる隠語。知る必要のない事、これ以上の深入りを是としない手を引けという直接的な言葉だった。 やはり彼女には表立って騒げないような何かがある。柳生の言葉で確信した降谷はその命に従うことが果たして正しいのか思考を巡らせるが、手持ちの情報では是も非も判断は出来なかった。 柳生は上からの指示に従うべきか考えあぐねている様子の降谷を見て僅かに口角を上げる。 「釈然としないという顔だな。ふむ。この命、正しく“奴”からの指示というわけではない」 “奴”とは恐らくゼロを統括する人物を指して言っているのであろう柳生の言葉に降谷は眉間に皺を寄せた。 「ゼロの方針では無い、とでも?」 「如何にも。日本警察内部からの御達しでは無い。これは外部からの要請である」 「外部?」 柳生は降谷を見やり、静かに頷いた。 「私はゼロと他組織の仲介役を担っている。他国間との捜査協力等の調整が主だが、先日某国のエージェントから藤丸立香の件で要請があった」 藤丸立香の件もさることながら、柳生が明かす彼自身の立場に降谷は内心首を傾げた。外交担当であると言うこの人物を、降谷は初めて知った。いつからそのような地位にいるのかは不明だが、今は彼女の件の方が先決か、と素早く思考を切り替える。 「・・・その要請とは?」 「彼女についての情報収集の即時停止と“組織”に関する捜査資料の開示だ」 降谷の眉間の皺はさらに深くなる。一方的で尊大な要求を突きつけられ、あまつさえそれが日本国外の機関からの要請とあれば殊更だ。 「それは、あまりに横暴なのでは?」 「然り。当然、我々がその様な要請に応じる謂れなど無い。・・・常ならばな」 柳生は一旦言葉を区切ると木製の重厚なデスクの引き出しから封筒を取り出し降谷の方へ机上を滑らせた。手元へ差し出されたそれを開けるよう視線で促され、降谷は中を改める。 「・・・っ、これは、」 記載されていたのは要求内容とその見返りの交換条件。そしてそれらを要請してきた人物の名前があり、そこにはエドモン・ダンテス、先ほどポアロで接触してきたあの人物が記されていた。 「ほう、彼を知っているか。仏蘭西の富豪でありながら諜報員として国内外に多大な影響力を及ぼしている、所詮厄介この上ない人物だが彼は大物だ。此方とて彼からの援助をみすみす逃すのは手痛い。異論はあって然るべきではあるが、降谷よ。この要請を受け入れることは我々のリスクとメリットを秤に掛けた結果。即ちゼロの総意と心せよ」 柳生は降谷からの反論を聞く気は無いとばかりにこの話を切り結ぶ。 以上だ。と退室を促す柳生に欠片も納得は出来なかった。愛する日本に土足で上がり込み、蹂躙される様をただ見ていることしか出来ないとは、言い様のない葛藤が込み上げる。しかし、悔しいが今の自分には上からの指示を跳ね除ける術は無い。 これ以上反論の余地はないと見ると降谷は一礼して背を向けたが扉へと手を伸ばした時、背後から呼び止めるように声が掛かった。 「・・・降谷よ、これはゼロの総意である。 上手くやれ、バーボン」 振り向かず、応えもせずに部屋を出る。 言葉の真意を読み解いて降谷の口元は弧を描く。眼光は獲物に狙いを定めたように真っ直ぐ標的を見ており、それはさながら主人の腕から放たれた鷹のように。⁠ 187号室を出た降谷にすかさず風見は声を抑えて駆け寄った。 「降谷さん、」 「・・・公安としての動きを封じられた」 「っ、なっ、」 「藤丸立香の件、公安としては動けない。つまり、今回ばかりはお前の協力も得られないという事だ」 風見は降谷の言葉に瞠目して歩みを止めてしまったが先を行く降谷はそれを待つことはなかった。風見は慌てて降谷を追いかけるが未だ状況が飲み込めずにいる。一体178号室で何があったのか。降谷が特捜班に居たのは時間にして数分程度のはずだが、その短時間で事態は大きく動いたようだ。 「これから時間はあるか?事情を説明したい。付いて来い」 そう言う上司の目は次の一手を見据えて策を練っている目だ。公安として動けないなど打つ手なしの状況かと思いきや、殊の外諦観も憤りも見せない上司に首を傾げる。 いや、この人がこの程度の逆境で挫けるはずがないのは自分が一番よく知っているではないか。 風見はまっすぐ前を見つめて歩き続ける上司の背中を追って、置いていかれまいと急ぎ足で薄暗い庁内を進んでいった。 訪問者が去り、静寂が訪れた187号室に机を叩く乾いた音が数回響く。 それを合図に音もなく、気配も感じさせない3つの影が部屋に降り立ちそのうちの1人が口を開いた。 「宜しいのですか、柳生殿。あのような者を主殿に近付けるなど・・・」 「心配は無用。彼は我等の計画の内に有り、必要な駒の1つに過ぎませぬ」 赤毛の少年は、しかし、と否定を口にするものの柳生にそれ以上の言葉を視線で制されぐっと口を噤んだ。 「そも、彼を始めとする面々を主殿に接触させる事こそが我らに与えられた任と申した筈。既に我々のみならず、方々手筈は整い各所動き始めている」 赤毛の少年を諭すように柳生は懇々と説いて聞かせるが、それでも少年は腑に落ちない、と前髪で隠れた瞳が物語っていた。そんな彼を傍目に今度は別の少女が口を挟む。 「それは重々承知しておりますが、やはりマスターを蚊帳の外にして事を進めるのは如何なものかと、マスターの忍として些か納得のいかないものでありまする」 「加藤殿、お気持は分かるが大事の前の小事。目的を見誤られては困りますぞ。」 柳生は少女にも鋭い視線を向けると頑として皆の発言には耳を貸さない姿勢を貫く。 少女の心は己がマスターへの罪悪感と忠誠心の狭間で揺らぎながら、何が最適解なのか決めることが出来ずにそれ以上の言葉を発することはなかった。 「全ては主殿の幸多き未来を願う故の我らの所業。その為には“穴熊”を引き摺り出さねば意味は無い。皆この謀の大義、努努お忘れ召されるな」 一切の異論、反論を許さず皆にその任を再認させた柳生は口を閉ざす。水を打ったように静まり返った部屋で、今まで一音もたてなかったもう一人の少女が静かに彼を仰ぐ。 「して、拙者達はこれより如何なる行動を取れば良いのでござろうか」 「ふむ。風魔殿、望月殿は各々、“特捜班”の彼らへ事の次第の報告を。加藤殿、貴殿には深町までこの文を届けて頂きたく」 柳生は段蔵に白い封筒を渡し、彼女はそれを受け取るとすぐ様懐へと丁寧に収めた。 それぞれ3つの影は御意、と言葉を残した後に跡形もなく搔き消え187号室には一人の侍が残るのみとなった。 「機は熟し、演目は順調に進み始めている・・・倒れるまで舞い踊るが良い。さすれば自ずと皆の願望は成就する」 ブラインドの向こう側、演者を乗せたRX-7の白く美しい後姿を眺めて笑みを浮かべる。 柳生但馬守宗矩、彼の目論見は未来の大成か破滅の一路か、それとも・・・ トリプルフェイスと特捜班の接触から遡ること数時間前。 喫茶ポアロを後にした立香たちは巌窟王の車で木々が鬱蒼と覆う薄暗い道を走り抜けていた。 「それにしても、ダヴィンチちゃんたち随分市街地から離れたところに滞在してるんだね」 窓の外を眺めていた立香は流れる景色にぼんやりと率直な感想を漏らした。森すぎて種火周回できそうだ。 立香の言う通り市街から離れた、それどころか最後に建造物を見たのは随分前の事に思えるほど、車は何もない山道を進んでいた。道は綺麗に舗装はされているものの他の車通りはほとんどなく、すれ違った車は僅か数台程度という辺鄙さだが本当にこんなところにカルデアの天才たちの隠れ家があるのだろうかと彼女は首を捻っていた。 「都会の利便性はありませんが自然に囲まれた閑静な拠点です。周囲に人気が無いのでその分カルデアの皆さんが多少無茶をしても一般人の目に触れる事は防げます」 「なるほど、確かにこんな山の中なら宝具ぶっぱし放題だね!」 「キャットの磨き抜かれた爪が唸るぞ。ご主人、誰にぶっ放すのだ?悪いがエモノはフォーリナー以外で頼むワン」 「先輩、タマモキャットさん、流石にそれは・・・」 「歓談中に悪いが、そろそろ到着だ」 エドモンの声に立香は視線を窓の外に移すと、そこには荘厳な古城が森の木々に囲まれて聳え立っていた。 「いつの間にこんなに近づいてたんだろ、気づかなかった」 「この城には人避けの魔術が施してある。相当な魔術師でもなければ気付きはしないだろう」 エドモンの説明になるほど気付かないわけだ、と頷きながらまた立香は一段と近付いた古城を窓越しに見上げる。近付くほどに視界いっぱいに広がって全体が見えなくなる程に大きい城だ。森の景観と相まってとても美しい。 美しい、のだが、しかしこの城、なんだか見覚えがある気がするような・・・ 門を抜けると広い中庭を通り過ぎ、立香たちを乗せせた高級車は正面の入り口で動きを止める。すると閉ざされていた扉が勢いよく開き、中から大英雄ヘラクレスの巨大な体躯が立香達の前に進み出て来た。 その両肩には何やら不釣り合いのような、しかし何故かその位置がしっくりくる幼女二人が鎮座している。 「マスターさーん!おっそーい!待ちくたびれちゃったんだからー!」 「イリヤさん!そんなに身を乗り出したら危ないですよ!」 「そーそー、しかもこんなに高いところからだとマスター達にスカートの中丸見えよ?」 「ほぇえ?!そ、それはダメっ、マスターさん見ないでー!」 うん、可愛い。 大英雄の両肩に乗ったイリヤとクロ、そしてそんな彼女達の周りで忙しなく飛び回るルビーはとっても微笑ましい。願わくばこの空間にAUOだけは来ないで頂きたい。あとくろひー 。 イリヤとクロエはヘラクレスの肩からぴょんと飛び降りるとそれぞれ立香の手を引いて導くように歩き始め、その後をマシュ達が揃って付いてくる。 「マスターさん、私たちね小学校に通ってるの!今度授業参観があるからきてほしいなー」 へにゃりと照れた笑顔でお願いしてくるイリヤに断る理由もないので立香はもちろん!と二つ返事で答えた。 「でも私一人で小学校に行くのは心もとないし・・・他にも誰か誘ってみようかな?」 「それなら、エミヤ氏とアイリスフィール女史が適任だと思うんだが、どうかなマスター」 立香の声に答えたのはその場のだれでもなく、胡散臭い笑顔を貼り付けて軽快なステッキの音とともに現れた世界最高の名探偵であった。 「あ、ホームズ。おまたせー」 「こちらこそ突然呼び立ててしまってすまないね。なに、話は長くはかからない。それが終わったらこの屋敷で彼女達とのんびり過ごしてくれたまえ」 ホームズはパイプを咥えながら立香達に歩み寄ると向きを変え、共に目的の場所まで歩み始めた。 その脇ではホームズの提案を受けたイリヤ達がなにやら話し合っている。 「キャスターさんとアサシンさんかぁ。うんっお願いしてみよう!でもあのひとたちが来てくれたらなんだか照れるね、クロ」 「(全くこの子ったら・・・)・・・そうね。でも二人は来てくれるかしら?キャスターさんはともかく、彼、なかなか学校に来るようなキャラじゃないんじゃない?」 クロエの発言に思わず立香はたしかに、と頷いてしまった。アサシン・エミヤ。いつもはフードと布切れでその表情を隠し表舞台に出て来ることはほぼなく、見かけるのは壁に隠れた半身やこっそり覗く頭だけだったりする。まぁ、こっそり覗き見ている対象者は特定の数人ではあるが。とにかくその容貌は一般人から見たら絵に描いたような不審者であることは間違いない。 「とりあえずエミヤさんにはスーツ着させておけばお父さんらしく見えると思うから大丈夫」 「マスターはおバカさんなの?それ、多方面に大問題よ。それに、彼が嫌がらないかっていう問題はどうするのよ?」 「そこはホラ、万が一照れて・・・ゲフンゲフン。拒否しようものなら穏便にお願いするよ」 クロエの疑問に立香は令呪の刻まれた右手の甲を握りしめながら彼女の目の前に掲げてみせた。もちろん見せられた方は頬を引きつらせていたがそんなことは幸せ家族計画を前にした立香には御構い無しである。 そんな会話をしているうちに一団は一際大きな両開きの扉の前に到達していた。ホームズに促されるまま扉をノックすると中から聴き馴染んだカルデアの顕学の声が聞こえてきてきた。 「やぁ、立香ちゃん。こうして実際に会うのは久しぶりだね」 ひらひらと手を振ってカルデアと変わらない笑顔で迎えてくれた天才は立香に美しく微笑みかけると視点をずらしてもう一人の天才へとキッと睨みを利かせた。 「ホーームズーー!突然いなくなったかと思えばちゃっかり抜け駆けかい?そういうところだぞ君は!」 「ははははは。到着のタイミングが読めてしまってね。登場人物の前に最適な解を持って最適なタイミングで現れる、それもまた名探偵の宿命というものさ」 「全く、嫌な男だ!」 突如として何故かケンカを始めた2人に疑問符を浮かべる立香に気にしないでくれたまえ、とホームズは部屋に据えられた大きなソファーセットを勧めてきた。お言葉に甘えて腰を下ろすとスプリングが効いた適度な安定感と柔らかさのソファーが彼女を包み込む。 「それじゃあマスターさん、難しい話が終わったら一緒に遊んでね!」 イリヤとクロエはそう言うとまたヘラクレスの両肩に飛び乗ってどこかへと行ってしまった。 「アタシは厨房チェックに行って来るワン!」 キャットもキャットで部屋から出て行くと賑やかだった一室がやけに静かになってしまった。 エドモンは胸元から煙草を取り出すと窓辺へと移動して静かに紫煙をくゆらせはじめた。出て行く気は無いが話に直接関与する気もないようだ。 立香の隣に失礼します、とマシュが腰を下ろし正面にはダヴィンチ、最後に1人掛けの安楽椅子にホームズが着くとさて、とホームズが口を開いた。 「率直に言って、今現在我々はこの特異点で聖杯の痕跡を一片たりとも掴んでいない。手詰まりと言っても差し支えない状況にある」 「聖杯らしいエネルギー反応も感知できず、千里眼コンビの眼にも何も映らない・・・全くもって為す術無し、カルデアの天才が聞いて呆れるね!」 ダヴィンチの自暴自棄な口振りにうんうん、とホームズも同意をしてはいるが、立香には何故かホームズのその顔に憂いも憤りも無いように見えた。 その表情に、僅かな違和感と釈然としない薄気味悪さが胸の奥に引っかかった気がした。 「兎角、この特異点では何もかもが可笑しく、そして同時に何もかもに異変がない」 ホームズの抽象的な言葉に立香はわかるようなわからないような、やっぱり分からん。と首をひねって彼に説明を促す。 「わかりやすく言えば現在我々の世界と統合したもう1つの世界、2つの世界が混ざり合うという未だ嘗てない可笑しな状況にある。にも関わらず他の特異点では敵性エネミーや聖杯によって召喚された英霊が出現していたが、それすらも一切現れていない。この現状の危機的状態が君には分かるかな?」 敵がいない、倒すべき相手がいない現状・・・ ホームズの問いに立香は表情を真剣なものにしてゆっくり頷くと自分なりの答えを提示した。 「バトルのない特異点・・・つまり素材も種火もQPも無いめちゃくちゃ悪質なイベントってことですね?」 「是非とも早急に私のスキルも上げてもらいたいところだがその話は置いておくとしよう」 2人の掛け合いに様子を伺っていマシュは苦笑いを浮かべ、ダヴィンチは何を言っているんだとがっくりと肩を落としていた。 緩んだ空気を引き締めるようにわざとらしくとひとつ咳払いすると、ホームズは安楽椅子に深く背を預けその長い足を組んだ。膝の上では両の手のひらを向かい合わせて指先だけを触れ合わせている。 「さて、話を戻すとしようか。敵も現れず、聖杯の在り処も検討がつかない現状・・・今までの特異点では聖杯の持ち主を中心として問題が巻き起こっていたが今はその兆しも見えていない」 ホームズの発言から立香は今までの数々の特異点を思い浮かべながら考えていた。 人理修復へと至るまでの7つの特異点、その後観測された4つの特異点、英霊たちが巻き起こした諸々の微小な特異点ですら大きな渦のような流れがあってその流れに乗ってぐるぐると回りながらも最終的には諸悪の根源にたどり着き、打ち倒してきたのだ。 しかし、この特異点に来てからは平和すぎて違和感を感じるほど何も起きてはいなかった。多少の驚きはあれど立香自身至って普通のキャンパスライフをエンジョイしている今日この頃。 「どうやら状況は理解したようだね。 そう、つまりこの特異点は現在“停滞している”」 ホームズの導き出す答えにうーんと唸ってみても立香にはよく分からなかった。 「つまり、簡単に言うと『せっかくイベントが始まったのにバトルは無いしそれどころかメインストーリーも始まらない!』ってそんなかんじ?」 「先輩・・・身も蓋もない言い方ですが大体合ってます」 「なるほど」 ようやく理解した立香にダヴィンチがやれやれと苦笑しつつもその目はひどく優しく彼女を見つめていた。 「立香ちゃんの言葉を借りるなら『始まらないストーリー』をスタートさせるのが肝心だ。一体何が物語の核心になるかは分からないからとにかく君には色んな人や物と接触してみてほしい。きっとそのどれかが、あるいはその全てがストーリーを動かすトリガーになるはずだ。今までの特異点がそうだったみたいにね」 確信ありげなダヴィンチに微笑まれれば、なるほどそうかもしれないと立香も根拠のない自信が湧いて来た。どの特異点でも英霊や現地の住民たちと触れ合う中でその土地での問題が露見していった。その問題を解決していけば自ずと聖杯へとたどり着き、そうして立香達は人理を修復して来たのだ。 その中には最初に出会った人物がラスボスだったこともあったりしたけれど・・・自称記憶喪失の日本に進出していた悪の親玉アラフィフアーチャーなんていい例だ。 うん、今回出会った人の中には今のところそれらしい人はいないと思いたい。なんて言ったらフラグになる、ってことはない、よね? 「まぁそう言うことだからこれからもいろんな問題事にに首を突っ込んで聖杯探索の糸口を見つけてくれたまえ!手始めにこの世界に馴染んでいるカルデアの英霊たちを当たると良いだろう」 ダヴィンチはそういうと住所が書かれた一枚の紙切れを机越しに立香へと渡して来た。 「ダヴィンチちゃん、これは一体・・・?」 紙切れを覗き込んでマシュは困惑していた。それもそうだろう、その紙に書かれていたのは住所だけではない。 とある苗字と、その後ろに並んだ“組”の文字。 おおよそ普通の生活では関わり合うことのないデンジャラスな自営業を匂わせる文字列だが、さらに問題なのは苗字の方だった。 「・・・ダヴィンチちゃん、ここってパスできないの?もしくはチェンジで」 「残念だが組長直々のお誘いだよ。頑張って行ってらっしゃーい!」 「厄ネタの匂いしかしない!!」 立香叫びは広い室内にこだまして虚しく響くのみだった。 その後、夕食作りに誘いに来たタマモキャットに引きずられるように立香とマシュは部屋を出、同じくダヴィンチも城内に設けた自分の工房へと引っ込んで行ってしまうのであった。 [newpage] カルデア特捜班と野生のネコの話 立香達が去り、静かな部屋に残るは2人の男と紫煙だけ。 互いにこの場を去らないのは其々に目的があるからに他ならない。 「何を企てる、シャーロック・ホームズ」 先に口を開いたのは窓辺の壁に背を預けるアヴェンジャーだった。安楽椅子に座したまま背を向けるルーラーに対して腕を組んだまま鋭い眼光で彼の真意を探るように投げかけた。 「企てるとは人聞きの悪い。それは私ではなく“彼”の得意事だとも。尤も、私は隠された真実を明かすことが本分だからね。今も、そしてこれからもそれは変わらない」 「フン・・・貴様の事だ。リツカに如何なる危険があろうとも闇を暴く手段にヤツを利用する腹積りなのだろう」 「否定はしない。それが延いては彼女のためになるのなら尚の事だ」 返ってきた言葉に一段と険を増した彼にホームズはそんな様子を気にも止めず尚も畳み掛ける。 「では、君には一体何ができる?彼女の為にそのスキルを発揮し、力を振るい、そして、なにが?」 「明かす者であるお前が、俺に問うか!」 瞬間、優しい緋色の夕日の差し込んでいた窓辺が一瞬のうちに黒く澱んだ揺らぎで覆い尽くされた。 「復讐鬼であるこの俺に出来る事などただ一つ」 美しい夕日を包み隠して立ちはだかる彼の目には爛々と鋭い光が湛えられている。 「我がマスター、憐れな共犯者が復讐を望む時、あれを導き同じ道を辿りそして、同じ場所へと堕ちてゆく。それが、この俺の唯一にして無二の在り方だ」 彼はそう言い放つと踵を返し地に沈みゆく最中で一層輝く夕日を見つめ口を噤んだ。 部屋にはまた水を打ったような静寂が訪れる。 きい、と金属の擦れる音を立てて安楽椅子が回転し、ぎしりと身動きの反動でしなった音を立てるとホームズは復讐鬼の元へと一歩を踏み出した。 「では、彼女には復讐を望んでもらおう」 ホームズの言葉にエドモンは瞠目した。何の気なしに呟かれたその言葉は余りに軽はずみで、それでいてそれを言ってのけた男の声からはなんの感情も読み取ることはできなかった。 エドモンは自らの横に並び立ちパイプを片手に夕日を眺める男を盗み見る。やはりその端正な貌にはなんの感情の色も浮かべられておらず、それが一層その男を薄気味悪い存在に際立たせた。 見ているものは同じ筈だが、二人の想いは決して交わることなどない。 「あれが、そう簡単に復讐など望むものか。お前に唆された程度ではリツカの心根は変わらない。真に恨み、憎み、恩讐を煮え滾らせるほどの憎悪と禍根など、あれは持ち合わせていない」 どんなに絶望的な状況にも屈せず、悲観せず、投げ出さなかった彼女の姿など見飽きるほどに見てきた。どうしてそこまで折れもせず腐りもせずに戦えるのか理解に苦しむ程に彼女は強く、それが数多の英霊たちを惹きつける。 彼女の一番の理解者であると言っても過言では無い彼にはそんな彼女が自分のようなおぞましい感情を持ち合わせているとは到底思えなかった。 彼女と共に戦ったカルデアのサーヴァントであれば皆ホームズでは無く彼の意見に同意を示すであろう。しかしホームズは決して意見を覆そうとはしなかった。 「君は彼女を勘違いしている。 彼女はただの弱い人間だ。表には出さないし、ともすれば自分にそんな感情があることすら気づいていないかもしれないが、復讐の芽は確かに彼女に巣食っている」 窓の外に向いた瞳を微動だにせず、真実を明かす男はそう言い切る。 「彼女にはこの地で必ず復讐を果たしてもらう。しかし、君が手を貸す程のことではないさ」 そう言うと、先ほどまでの無感情な顔を何処かに投げ捨て、代わりに胡散臭い笑みを乗せてエドモンへと顔を向けた。 「君の言う通り、真実を明かす為に彼女には協力してもらう。しかしそれは決して彼女を苦しめるものでも害するものでも無いだろう」 「お前は、一体なにをする気だ」 復讐鬼が静かに問うと、名探偵はニヒルに笑ってパイプを咥えた。 「ハンティングはお好きかい?“アナグマ”というのは存外美味だと聞くのでね、一緒にいかがかな?」 そう宣った名探偵を理解するなど到底不可能。 矢張りルーラーという者達とはそもそも分かり合えないとアヴェンジャーはホームズの言葉になんの反応もせずに闇色の外套を翻して無言で部屋を後にした。 乾いた音を立てて部屋の扉が閉ざされると、1人しか残っていなかった室内にもう1つの影が現れていた。 「失礼、柳生殿より言伝を承り参上仕った」 「あぁ、ご苦労様」 緋色の夕日が沈み切った仄暗い部屋での出来事を知る者は、この二人以外には存在しない。 同時刻・・・ 新宿某所の高層ビルが立ち並ぶ一角に1人の少女が小走りで駆け込んで行った。目元が隠れるほどに長い前髪からは時折左右で異なる色彩が見え隠れする。 広大なビルのロビーを通り抜けエレベーターを呼び寄せる。 目指す階層の数字を押して彼女を乗せた箱が動きを止めるまで暫くぼんやりしていれば到着を知らせる電子音が軽快な音を立て、同時に目の前のドアが開かれる。 廊下を抜けて一室の扉をくぐると、そこには彼女の到着を待ちわびていた人物が締まりのない笑顔で両手を広げて歓待した。 「お帰りフランちゃ〜ん。東都の良からぬ輩に絡まれたりしなかったかい?そんな悪い虫がうちの娘に手を出そうものならパパが魔弾で蜂の巣にしちゃうんだけどネ!」 「だいじょうぶ、へいき」 眉尻を下げて彼女に近寄る彼からは何時もの悪の親玉の表情が欠片も見当たらないが、口から出た言葉はほんの少しだけ物騒だった。 「“東都の良からぬ輩”とはこれまた奇なる事を仰る!自己紹介ですかな、教授殿?」 「くだらんネタだが短篇くらいにはなりそうだな。いいぞ、もっとやれ」 彼の言葉を耳聡く拾った人物が2人。其々に原稿用紙をテーブルに広げ、ライトで照らされたその顔はやにやとした表情を浮かべて茶々を入れてくる。髭を蓄えた壮年の男と見た目にそぐわぬ低音ボイスの少年のコンビに教授と呼ばれた男はやれやれとため息をつく。 「君達ネ、ここに居るからには多少なりとも働いてもらいたいんだけどナ?」 眼鏡の奥から彼らを覗く眼光は先ほど少女に向けられた優しげな色を失くして冷たく鋭い。 「おやおや、ライオンの尾でも踏んでしまいましたかな?しかし我らのような弱小キャスターなど なんの役にも立ちませんぞ!」 「嘘だな。俺は弱小の中でも最弱、加えて仕事はしたくない!だがな、コイツは違うぞ。やる気も熱意もあり、作品を湯水の如く生み出す才能もあるときた!天才的犯罪者である貴様であればどちらを使うべきか比べるまでもないな」 「あれ?吾輩ナチュラルに売られてません?リア王とかもう作りませんぞ?」 1人は無能をアピールし、もう1人は新宿での一件を思い出してNOを主張する。扱いづらい事この上ない作家コンビに早々見切りを付けて“教授”は暗い室内へと視点を変えた。 明かりの落とされた室内で光源といえば作家コンビを照らすデスクライトと、窓から眼下へ広がる夜景の光だけであった。 「おっとォ?ようやくオレ達の出番かい?全く随分待たせてくれるよ」 文明の灯でぼんやりと浮かび上がったその人物は見るからに喜色を湛えた笑みで両の拳を打ち鳴らした。 「あぁ、ようやく、クリスティーヌ・・・愛しい歌姫・・・」 恍惚の表情で彼方を見据える彼は遠き彼女に想いを馳せる。 「・・・・・・・」 霊基を構成する片割れと別れた彼は静かにその場に存在していた。 「おぞましいな。またしてもこの面々が一堂に会する事があるとは」 壁に背を委ねた無銘は腕を組んで面々をゆっくりと視線でなぞった。 「それもまた、偶然らしからぬ我々の縁というものだネ」 摩天楼の老紳士はシニカルに笑むと“以前”は居なかった者達へと目を向けた。 「新たな同志も迎えた事だし、幻影魔神同盟の再締結といったところかナ?」 その動向を見定めるように目を細めて闇を見詰める。 「あら、何か勘違いしているのではなくて?私は決して貴方の配下になったつもりなど無いのだけれど。私が従うのは彼女だけですもの」 闇夜にも煌めく白銀の髪と妖しく光る金の目が彼らを見返した。 「貴殿に使われるなど罷りならん。滅多な事を言ってくれるなよ。さも無くば我が槍が猛り狂い躊躇いなく貴殿を串刺しにするやも知れぬ」 闇に佇む血の公爵夫人と串刺し公はどちらも馴れ合う気は無いとばかりの刺々しさだが、それを受ける“教授”は至って変わりなくやれやれと肩を竦めてみせた。 そんな状況に現在進行形で同席させられている僕はなんとも居た堪れず、柳生殿からの報告も済んだ事だし出来れば早々に定位置(屋根裏etc.)に帰らせて欲しいとすら思っていた。 修羅場には慣れていたつもりだったけれど、やはり世界に名を馳せる英霊同士の対峙は桁違いに手に汗を握る。 赤毛の忍は何故自分はマスターの元で彼女を守護しながら平和に過ごせないのかと自らの割と高いはずの幸運値に心の中で首を傾げた。 そんな忍の少年の事など気にも止めずに教授は血に飢えた2人へと言葉を続けていた。 「お待ち頂きたい、御二方。私は貴殿らを配下にした覚えも今後する気も無いのだよ。ただ、目指すものが同じであるならば我々は敵対しない。する必要が無い、というだけサ」 “教授”は敵意はないとアピールするように両手を軽く挙げて降参のポーズをとって見せた。 「それ故に我らは一枚岩の組織ではない。皆が個々の計画を妨害しない程度に不可侵を約束し、同盟者としての距離感を取りつつも必要とあれば協力体制を整える」 “教授”は顔の脇に挙げていた手をいつのまにか彼らへ差し伸べるように位置を変えていた。 「我らが共に狙うは暗い巣穴に篭って肥え太った“アナグマ”」 その存在を正しく認識して居るかのように教授は迷い無く唸るように言い切った。その目は既に企てる者の冷徹な瞳をしている。 「であれば、それを狩る猟犬は多いに越したことはない」 教授の言葉に串刺し公はクツクツと笑いをこぼす。その顔は心底可笑しいと言うように苦しげに歪められていた。 「くっ、ハハハハハ!余を以って狗とするか!許し難い無礼、耐え難き恥辱だ!!」 先程までの荘厳な姿が鳴りを潜め、苛烈な一面が垣間見えた。その目は爛々と燃えている。 「良い、貴様のその愚行も不問としよう。清算は“彼奴”を刈り取った後に自らの手でさせてやろう」 激情を抑えた彼はクツクツと静かに笑うとそれ以上は何も口を開かなかった。 串刺し公の了承を見て、血の公爵夫人も彼に倣うように是を示す。 「好きにさせて頂けるのなら私もさして厭わないわ。狗扱いは癪だけど、あの子の為にも多少の寛容さは見せて上げましょう」 各々出揃ったその意思を取りまとめて犯罪界のナポレオンはニンマリと不敵な笑みを浮かべる。 「それではここに新・幻影魔神同盟締結を宣言する。 皆、大物を引きずり出すためにもジャンジャン悪事を働くとしよう!」 その言葉に遠巻きに見守っていた作家コンビは“教授”のあんまりな温度差に大爆笑で目尻に涙を浮かべていた。 (ところであのライダー染みたアヴェンジャー、狼と乗り手で分裂したのか?) (そのようですな。しかしなぜ乗り手の彼は小型化しているのでしょう。最近流行りのリリィ化ですか?何たる悲劇。いや喜劇!) (なんだ劇作家、よもや少年姿の俺に言いたいことでもあるのか?) (まさか!そんなことは考えたとしても口には出しませんぞ。・・・ところで、あちらのテーブルにいらっしゃる客人はどなたでしょうな) (さてな。悪の親玉が接触するような奴等だ、碌でもない人間に決まっている!見ろ、あの如何にもな人相に悪人アピール甚だしい黒尽くめの格好を) (ふむ、確かに怪しさ満点、道を歩けば5分に一回は職質待った無しの外見ですな!) (あの長髪の方なんて外見覚えやすいにも限度があるぞ!まぁ書き手としてはアレくらいインパクトがあると筆も進みそうではあるがな) 悪の企てなんてなんのその。間借りはしてても協力する気はまるで無い。 今日も今日とて自分たちの理想に忠実に生きる彼らのネタ探し(と言う名の人間観察)は留まる事を知らないのであった。 「クックック、長かった。苦節10話も待たされて漸く出番が回ってくるとは・・・」 「なーに格好つけて口調変えてるんですか?そもそも次回もアナタそんなに活躍しまセーン。ちょい役デース」 「え〝 そ、そんなぁ〜、段蔵ちゃんの持ってきてくれた手紙には次回ジャガー回って書いてあったのに・・・一応組長で一番偉いんだけどそれでも出番少ないのかニャ?」 「アナタの登場とか誰得ですか?ジャガー回じゃなくて藤村組回なだけデース。他の組員が活躍するのでボスはボスらしくジャングルの奥地に引っ込んでて下サーイ」 「酷い!!あんまりだ!!誰か神性特攻連れてきてー!!」 「それアナタにも特攻入るけど良いのかしら?」 「あ、今のナシで」 そんな取るに足らない会話が深町の某所であったとか無かったとか・・・
<br /><br />『全ては主殿の幸多き未来を願う故の我らの所業』<br /><br />『では、彼女には復讐を望んでもらおう』<br /><br />『皆、大物を引きずり出すためにもジャンジャン悪事を働くとしよう!』<br /><br /><span style="color:#fe3a20;">〈注意〉<br />このコンテンツは公開日当日までに公開されているFGO及びコナンの全ネタバレを含みます!捏造、自己解釈、ご都合主義は標準搭載!ご理解の上ご覧ください。<br /></span><br /><br />【前回のあらすじ】<br /><br />ポアロ常連と化したぐだ子に合流するマシュと巌窟王。案の定安室と火花を散らす巌窟王は大企業社長の裏で実はフランスの諜報員・・・?<br />降谷が引き合わされる人物とは一体何者なのか。<br />ぐだ子の匂いを追ってポアロを訪れた黒毛玉に迫る純真無垢なお節介たち!(その後拉致された模様)<br /><br />(前回更新から期間が空いているのであらすじ的な物をつけてみました)<br /><br />どうも、ろおぜすです。<br />またしても前回更新からかなり間を空けてしまうアホです申し訳ない!<br />このシリーズ2章が進んじゃう前に終わらせたいんですよね…具体的には今年中。ムリだ。このペースだとあと3年くらいかかる(泣)<br />文字数マシマシのくせに黒毛玉ネタを入れられなかったです。くっ、流石に文字数が…<br />黒毛玉ネタは温めておりますので黒毛玉好きの皆さんはもうしばらくお待ちください。<br /><br />それにしてもケイネス先生が店番しながらノロケながらゲソをディルムッドに…!!
気付いたら名探偵の世界で生活が始まっていたぐだ子の話9
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10091367#1
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僕の初恋は自分でいうのもなんだけれど、世界中にごくごくありふれたきっかけで訪れた。 小学生の頃、僕は一度だけ消しゴムを忘れたことがある。忘れ物をしたのなんて初めてで、恥ずかしくて、バレたらどうしようと、一人で拳を握りしめて真っ赤になっていた。すると、隣の席の女の子が、何もいわずにそっと消しゴムを貸してくれたのだ。 帰りのホームルーム終わりに返そうと声をかけると、逃げるように立ち去られてしまった。真っ赤なランドセルを背負った後ろ姿と、長い髪が妙に印象に残って、家に帰っても忘れられなかった。彼女から借りた消しゴムを眺めて、お尻の部分に書かれた名前をなぞると、なんだか彼女自身に触れているような気分になって、気恥ずかしかった。 そんな晴れ色の気分は、その日の夜、家庭教師にその消しゴムを見られたのを最後に、どんよりした曇り空へと姿を変えることとなる。 『……壮五くん』 『なんですか?先生』 『君のお父様はね、君がこの子と仲良くしているのを知ったら、すごく怒ると思うよ』 家庭教師は、彼女の消しゴムを指していった。宝箱の鍵を壊されたようでカチンときたが、大人の真似をして、柔らかく笑った。 『……どうして、ですか?』 『君のお父様と、この子のお父様は、仲がすごく悪いからだよ』 淡々といい切られ、笑顔がひきつる。僕は、何もいえなかった。 そうか。そうなんだな。それなら僕は、彼女と仲良くしては、いけないんだな。 彼女を、好きになっては、いけないんだな。 『…………わかりました』 僕は次の日、彼女の机に黙って消しゴムを置いて返した。 ありがとうさえ、言わずに。 『───壮五。お前、好きな子できたか?』 叔父さんは、会うたびにそんなことをきいてきて、僕をからかった。 『……叔父さんは、』 『ん?』 『叔父さんは、好きな子、いた?』 『お前くらいのとき?』 ゆっくり、一回だけ頷く。 『いたに決まってんだろ』 『…………怒られ、なかった?』 『……ははーん』 叔父さんは、胡散臭い探偵のように僕の顔を覗きこんで、ニヤニヤと笑った。 『さてはお前……敵を好きになったな?』 『っ……彼女は敵じゃ、』 『ははっ、悪い悪い』 思わず突っかかると、叔父さんは僕の肩をバシバシと強く叩いた。そして、屈んで肩を組んでくる。こんな風に僕に接してくるのは、叔父さんだけだ。そして僕は、そんな優しい叔父さんが好きだった。 『いや、な。俺は、嬉しいんだ』 『……?』 『この手の話題、打っても打っても響かなかった壮五がなぁ』 本当に嬉しそうに叔父さんが笑うものだから、僕は拍子抜けした。 『壮五』 『……はい』 『人生の先輩として、お前にいいことを教えてやる』 『……なに?』 『恋はな……障害が多いほど燃え上がる』 『…………はぁ』 『そして男は、好きな女のためになら、なんだってできるんだ』 『……それで?』 『どうだ。ロックだろ?』 『…………ふふっ、いつもそれ』 もったいつけたわりに、いつものロック。可笑しくて僕が笑うと、叔父さんも目を細めてわらった。 その姿が、薄れて、遠くなって、暗くなって───ついには、真っ暗になった。 ガタンッという強い揺れに目を覚ますと、低い天井とリクライニングシートが目に入った。小さなロケバスに充満する、車特有の芳香剤の香りが鼻につく。起きがけにこの甘ったるさは、すこし気持ちが悪い。 「……そーちゃん、起きた?」 隣に座る環くんの静かな声が、耳元すぐ側できこえて、ハッとする。 「あ……ごめんね」 頭を環くんの肩へ完全に預けてしまっていることに気づき、慌てて姿勢を正す。 「重かっただろう」 「や、全然」 そういうわりに、環くんは気まずそうに眉をたらした。 「でも、起こそうか迷った」 「そんな……叩き起こしてくれて構わなかったのに」 「そーじゃなくて……なんか、うなされてたから」 「えっ……」 「でも、そーちゃん最近ちゃんと寝れてないっぽかったし、起こしたらかわいそうかなって」 「……ありがとう。気をつかわせてしまったね」 「ちげーって…………怖い夢、みたん?」 まるで自分が怖い目にあったかのような顔をする、優しい環くんを安心させるため、僕は意識していつもより目を細めた。 「いや、怖い夢ではなかったよ……叔父さんがね、でてきたんだ」 「へぇ。そーちゃんの、叔父さん」 「うん」 「……叔父さん、なんかいってた?」 色素の薄い髪をふわりと揺らし、柔らかく問われる。からかわれているようで、でもほわほわに甘やかされているようで、なんだかくすぐったくなった。 「……環くんは、初恋っていつだった?」 質問には答えず、そう問いかける。環くんは特に気を悪くする様子もなく、首を軽く傾けた。 「初恋?んー……小二くらいだった気がする」 「へぇ。どんな子だった?」 「クラスで一番可愛いっていわれてた子。そんで、そいつも俺のこと好きだった」 「そうか。両想いだったんだね」 「うん」 「環くん、カッコいいし運動神経もいいし、小学生の頃からモテたんだろうなぁ」 「へへっ、まーな」 自慢げに胸をはる環くんは、もう二十歳をすぎているのに子どもっぽくて、安心する。 「……でも、なんで、」 「MEZZO"さん。現場着きました」 環くんの言葉を遮って、運転をしてくれていたスタッフさんが、そう声をかけてきた。 「車移動させるんで、外で待機してもらってていいですか?」 「わかりました。ありがとうございます」 「ありがとうございます」 車を降りてすぐ降り注いできた、眩しい太陽に目を細める。僕のあとに続いて降りてきた環くんの「いー天気」という嬉しそうな声をききながら、僕は頭の中を仕事モードに切り替えていった。 無事にロケを終えて、夜。今日は環くんとホテルで外泊だ。 僕はドライヤーで髪の毛を乾かしながら、環くんのベッドに散らばっている荷物をみて、ため息をついた。 相変わらず、僕ら二人で外泊するときは、ツインの部屋をとっている。環くんいわく「二十歳過ぎたからってすぐ怖いのなくなるわけねーから!!!」だそうだ。ツインのほうが経費も抑えられるし、構わないのだけれど、こうも隣のベッドを散らかされると、いいたくもない小言を口走ってしまいそうになる。明日も一日中一緒に仕事だし、できれば喧嘩はしたくないのだけれど。 「……お酒、買ってこようかな」 そうだ、そうしよう。すこし酔ってしまえば、細かいことなんて気にならなくなるかもしれない。 そうと決まれば、早くしないと。環くんがあがってきてしまってからでは、お酒を買うのなんて止められるに決まっている。環くんのシャワーを浴びている音がきこえているのを確認して、僕は急いで自動販売機へと走った。 「あぁっ!のんでる!」 上半身裸の状態であがってきた環くんが、僕を指差してわなわな震えている。予想どおりの反応に、僕は肩をすくめてはにかんだ。 「ごめんね。のみたくなっちゃって……」 「明日も仕事だぞ!わかってんのか!」 「わっ、わかってるよ。ちょっとだけ……」 「もー……まじで一本だけにしとけよ?」 呆れたようにそういった環くんは、机の上の缶チューハイをひょいと取って、冷蔵庫へガコンといれた。 「……のまないの?君の分だよ?」 「歯ぁ磨いたからいい」 「……そっか」 やっぱりか。残念。 そう思いながら、グラスにあけたチューハイを、ちびちびと喉に流しこんだ。 どうやら環くんは、僕と二人でお酒をのむのが嫌らしい。深酔いした際には色々と迷惑をかけてしまっているようだから、当然といえば当然なのだけれど、僕としては二十歳になった環くんと、部屋でお酒を酌み交わし、語りあったりなんかしたいわけで。チャンスがあれば、こうしてさりげなくセッティングをしたりしているのだけれど、残念ながらまだ目標は達成できていない。 地味に落ち込んでいると、環くんは散乱した荷物をかきわけて、ベッドの上にドカっと座った。そんな彼が、急にピタリと動きをとめる。 「……買ったの、二本だけ?」 「え……そうだけど」 「……やっぱのむ」 立ちあがり、再び冷蔵庫をあけて、プシュッと片手でプルタブをあけた環くんに、僕はときめきに近い歓びを感じた。 「たっ……環くん……!」 「……あんたが隠れて二本目のんだら困るし」 「…………そういうことか」 ちょっぴり切なさを感じたが、大枠で目標達成である。ジワジワと嬉しくなってきて、自然と口角があがった。そんな僕をみて、環くんは可笑しそうにわらう。 「そーちゃん、ちょっとほっぺ赤い」 「ほんと?あまり顔にはでないほうだと思っていたけれど……恥ずかしいな」 「そんくらいだと、かわいーのにな」 可愛いと評され、ムッとする。するとなにが面白いのか、環くんはけらけらとわらった。 「ほら、その顔もかわいい」 「嬉しくないよ」 「褒めてんのに」 「……可愛いといえば、君だって、」 と、いいかけて、その続きはいえなかった。リアルタイムで目に映った環くんの姿が、あまりにも可愛いからかけ離れていたからだ。 濡れた髪から滴る雫。 湯上りで火照った頬。 鍛え上げられた上半身。 片手にアルコール。 そして後ろにベッド……は、散らかっているけれど。 高校生の頃の危うい色気も魅力的だったけれど、歳を重ね洗練されてきた色香は、もはや犯罪級だと称されている。上位陣の層が厚く、まだ抱かれたい男一位には選ばれていないけれど、毎回もれなく五位以内にはランクインしているのだからさすがだ。 ジッと遠慮なく割れた腹筋をみつめていると、環くんは照れたように目をそらして、グイッと缶を飲み干した。あらわになった喉仏も、男らしくてセクシーだ。……ちょっと、ずるいな。 「……ねむい。ねる」 環くんはかき集めた荷物を無理やり(に見える)カバンの中に詰めこんで、床へ放り投げた。王様プリンと大きく書かれたTシャツをきて、豪快に欠伸をする。 「さき、ねていい?」 「もちろん。明日もよろしくね。おやすみ」 「おー。おやすみ」 明るいところでも寝られる環くんは、電気も消さずに、そのまま毛布をかぶって寝てしまった。歯磨きしなおさなくていいのかな、なんて思ったが、起こすのもかわいそうだと、黙っておいた。 ───今日は、なんだか気分がいいな。 ライブの前日のようだ。僕はまだ眠れそうになくて、カバンの中からウォークマンを取りだした。そして、イヤホンを耳に差し込む。くるくると本体を操作して、流したのは叔父さんの音楽。目を閉じて、その旋律に、詞に、声に、心をあずけた。 ふいに〝初恋〟という歌詞が鼓膜を揺らして、今日の昼間にみた夢を思いだす。叔父さんは、初恋の人を思い浮かべて、この曲をつくったのだろうか。叔父さんも、好きになってはいけない人を、好きになったのだろうか。その子のためには、なんだって、してあげたのだろうか。 僕は急に怖くなって、音楽をとめた。先ほどまでの高揚感が、一気に喪失する。無音の空間。ぽっかり、胸に穴があいたみたい。その隙間から、びゅーびゅーと風が通りぬけて、そのたびに、僕は灰のように、ぱらぱらと、虚無に舞う。 イヤホンを外して、巻きもせず、カバンに押し込んだ。 「……環くん。もう、寝た?」 返事はない。そりゃそうだ。環くんは僕よりもお酒に強いようだけれど、ほどよいアルコールの摂取は、よい眠りを助けてくれる。今ごろ、いい夢をみているのだろう。起こすなんて野暮だ。返事がなくてよかった。 誰に対してのいいわけなのか、わからないけれど、僕は何度も「よかった、よかった」と心の中で呟きながら、自分のベッドにはいった。 そして電気を消そうとリモコンに手をのばしたところで、視線に気づき、ギョッとする。 「お……起きてた、のか」 「……んや……そーちゃんの声で、起きた」 サァッと、体温が下がっていく。 「ごめんね。寝てていいよ」 「……なに?なんか、話あったんだろ?」 「ないよ。ごめん」 「嘘つかなくていいって」 環くんは身体を起こして、こちらをむいた。僕は申し訳なさすぎて、顔を背ける。 「……電気、けす?」 「なんでだよ。せっかく起きたのに」 「……」 「……今、なにしてたん?」 「…………音楽を、きいてた」 「叔父さんの?」 言いあてられて、また胸を、乾いた風が通りぬけた。 「……そーちゃん」 その声には、風穴に蓋をするかのような、あたたかさがあった。 「うまくなくていいから。わかりにくくていいから。今、頭に浮かんでること、声にだしてみ?」 環くんの言葉は、すっと、僕の中に溶け込んでいく。まるで、手のひらにはらりと落ちてきた、雪の結晶のように。 「……頭に……浮かんでいること……?」 「うん」 「…………昼間の、夢の、ね」 「……あぁ。叔父さんがでてきたってやつ」 うなずく。 「……僕にもね、好きな子がいたんだ。小学生の頃」 「うん」 「でも……その子の父親が、僕の父親と、仲が悪くて」 「……ん」 「仲良くするなって、いわれて……でも、叔父さんだけは、僕の初恋を、応援してくれて」 怖い。いってしまって、いいのだろうか。 嫌われて、しまわないだろうか。 「……それで?」 優しく促されて、こわごわ、息を吸った。 「……僕……その子の顔が……どうしても……思い出せない……」 「……」 「……ひどい、よね。せっかく、叔父さんが、応援してくれたのに……僕は、僕の初恋は、その程度で……その程度にしか、好きじゃ、なかったんだよ……」 喉が窮屈すぎて、声が細くなる。耳からも、自分の罪を、責められているようで、異様に、寒くて、震えが、とまらない。 「……そーちゃん。こっちおいで」 「…………え?」 呼ばれて、顔をあげる。軽くわらった環くんが、ちょいちょいと手招きをしていた。意味はわかるはずなのに、僕は、わからないフリをした。 「な……なんで」 「いいから。今日菓子くってねーし、ザラザラしてねーよ」 「そういう問題じゃないんだけど……」 ほら、はやくと、責めるようにいわれて、仕方なく環くんのベッドに膝をたてる。そのまま寝転がされて、頭の下に枕を差し込まれて、環くんはそのすぐそばで、肘を立てた。 「次はさ、俺の話していい?」 「……環くんの?」 「おう」 「い、いいけど」 急すぎる展開に戸惑ったが、間近にある環くんの顔をみつめて、耳をすます。 「俺さ、小学生んとき、好きな子いたっていったじゃん。そんで、そいつも俺のこと好きだったって」 「……初恋の子?」 「そーそー。でもさ、そのあとで、衝撃の事実が発覚すんの」 「……どんな?」 「そいつさ、俺のこと、二番目に好きだったんだって」 「…………えっ」 環くんは、大げさにため息をついた。 「ひどくね?俺は両想いだって喜んでたのに、そいつには他に一番好きな奴がいてさ、俺はそいつに負けてたんだって……あー、もう、今思い出してもムカつく」 「……それは、悲しいね」 「だろぉ?」 環くんの性格的にも、自分が二番目だというのは、かなりショックだったのだろう。幼い彼の心の痛みに想いを馳せていると、環くんは、僕の瞳を、真っ直ぐに覗きこんだ。 「だからさ……そーちゃんは、やな奴じゃないよ」 ドクン、と、心臓が大きくはねた。 「そーちゃんは、精一杯、一生懸命、恋してたんだよ」 曖昧だった輪郭が、ゆっくり、確実に、暴かれていく。 「あんたは、ちゃんとその子のこと、好きだったよ。忘れるとか、全然悪いことじゃない。優しいそーちゃんに愛されて、その子は、絶対に幸せだったよ」 耳のすぐ上あたりをやんわりと撫でられて、僕は、一ミリも動けなくなってしまった。 「……そーちゃんは、いい子だよ」 父の、刺すような視線が、頭をかすめた。 だけど、その影はすぐ、環くんの優しい顔に塗り替えられて……僕は、やっと、許された気がした。 「……」 「……どした?」 「…………言葉に……詰まってしまって」 「またかよ」 喉を鳴らしてわらった環くんの顔が、あまりにも甘くて、胸の奥のほうが、キュウンと締めつけられた。 「……環くんは、本当にすごいね」 「お?」 「君と話していると、色々なことに気づかされて、知らない世界がひらけて……自分のことが、ちょっぴり、好きになれる気がする」 「いいことじゃん」 耳殻を指先であそばれて、いやらしさはないのに気持ちよくて、すごく、ドキドキしてきて。 「……そーちゃん?」 名前をよばれて、肩が跳ねる。それが合図だったかのように、ドキドキが加速してきて、ついには、変な汗まで吹き出してきた。 「あ……や、ま、まって……」 「なんか……すんげー震えてね?」 「は、も、ひ、お、おち、おちつ、くから、」 「だっ……だいじょーぶ?」 ドキドキどころか、ばっくんばっくんしてきて、心臓が喉から飛びだしてきそうで、それなのに、環くんが僕の頬を大きな手のひらで包んで、前をむかせるものだから、環くんの整った顔が、眼前に迫ってきて。 「カッ……」 「か?」 「かっ……カッコいいんだよ!!!!!」 「は……はぁ!?」 思ったことをさけぶと、環くんはキリッとした眉をあげて、顔を歪めた。 「かっ……顔が!カッコいいから!!わかったから……や、やめてくれっ……!!」 「はぁ?意味不明……まって、そーちゃ、マジで落ち着いて……!」 ジタバタ暴れていると、ギュッと抱きしめられて、環くんの厚い胸板が押し付けられて、脳みそが絡まった糸くずになってしまったかのようにごちゃごちゃになって、パニックに拍車がかかる。 「きっ……筋肉っ……か、顔も、筋肉もなんてっ……だ、ダメだよ!!」 「はぁ!?かっ、顔は……慣れろ!!」 無理やり、鼻先がふれあうくらいの距離で、環くんの顔を、みせつけられる。うわ、無理。カッコよすぎて、やばい。カッコよすぎて、息の仕方がわからない。過呼吸寸前で、くらくらしてきて、でもこんな理由で死んでしまったら事務所にもファンの子にも弁解のしようがないと、必死で王様プリンを食べている可愛い環くんの姿を思いだす。 十分ほど格闘して、やっと落ち着くことができた。 「……お……落ちついた?」 おそるおそるという風に訊ねられて、僕は小刻みにうなずいた。環くんは鼻の頭をぽりぽりと搔いて、目をそらす。 「……ちょっと、TRIGGERになった気分だった」 「と……TRIGGER?」 「TRIGGERと会ったときのそーちゃん、そんな感じ」 「そ、そうかな」 僕の体感では、まったく違う気がするけど。 「……そーちゃん」 「な……なに?」 妙に上ずった声で名前をよばれて、僕も緊張する。 「…………嫌だったら、殴ってな」 かたい表情をした環くんの顔が、徐々に近づいてきて、薄くあいた唇が、僕のそれに───触れた。 「ッ……!?なっ……!!」 びっくりして、思わずうしろにさがって、急激に熱くなった頬をおさえる。するとその手を強く握られて、逃がさない、といわれているようで、顔を背けるとまた顔を前にむけさせられて、もう恥ずかしすぎて、再び過呼吸になりかけた。 「顔は慣れろ」 「そ、そんな無茶な……!」 「…………やだっ……た?」 「っ……」 「キス……いや……?」 泣きそうな声で訊かれて、だからではないけれど、僕は、固い唾を飲み込んでから、正直にこたえる。 「…………嫌、では……なかっ、た……?」 「……なんで疑問形?」 「だっ、て……」 そんなの、キスされて嫌か嫌じゃないかなんて、答えたことがないんだから、恥ずかしくて、よくわからない。 でも、確実に、嫌では、なかった。 「…………ごめん。俺、あっちでねていい?」 「えっ……」 環くんはそういって、早々に身体を起こした。そのまま無言で僕のベッドにはいってしまった環くんの背中をみて、なんともいえない寂しさを感じる。 (……嫌じゃないって、いったのに) だけど追いかける理由もみつからなくて、そのまま枕に顔を埋めた。濡れている。環くんが、髪の毛を乾かさなかったせいだ。濃厚に染み付いた環くんの残り香が、鼻腔をくすぐって、ドキドキして、全然寝つけなかった。 「……はよ」 「おっ、おはよう!!」 結局、あまり眠れなかった僕は、予定の時間よりも早くに起きてしまった。そして先に朝ごはんを食べて、顔を洗って、歯を磨いて、環くんが起きてくる頃には、準備を完璧に終えてしまっていた。 環くんは眠そうな顔のまま、僕の顔をじーっとみつめる。そして気まずさ全開の僕をよそに、ショボショボの目でぱちぱちと瞬きをした。 「……ねれた?」 「へっ!?」 「昨日は、ねむれましたか」 「あっ……う、うん!バッチリ!おかげさまで、快眠だったよ!」 「…………そか」 環くんは欠伸をしながら、ふらふらとおぼつかない足取りではあるが、洗面所へいってしまった。 (…………え。それだけ?) なにかを期待していたわけではないけれど、気が抜けた。 「……環くん的には、大したことではなかったのかな」 本人もいっていたように、環くんはあのルックスで、相当モテていることだろう。ウブなところはあるが、もうすでにキスなんて、星の数ほどしているのかもしれない。……あまり、考えたくはないけれど。 男とするキスが気になった。もしくは、欲求不満だった。釈然としないが、そう思って納得することにした。 「───では、MEZZO"さん!お疲れさまでしたー!」 「お疲れさまでした。また、よろしくお願いします」 「おつかれさまでした!」 二日間にわたる撮影を無事に終え、僕らは楽屋へと戻った。 「環くんもお疲れさま。長かったけど、よく頑張ったね」 「おー」 「コンビニで、王様プリン買って帰ろうか」 「……おー」 元気のない返事に疑問を感じて、視線をあげる。すると環くんは、チラチラとこちらをうかがうように、まぶたをあげたりおろしたりしていた。 「どうかした?」 「……や……そーちゃん……今日、なんか変だったから……」 「っ……」 ドキッとした。うまく誤魔化せていると思っていたけれど、どうやら環くんにはバレバレだったらしい。 「……ごめん。プロとして、失格だね」 今朝の環くんの反応が気になって、撮影に集中できなかっただなんて。 「明日からは、ちゃんと切り替えて、」 「ごめん。忘れて」 「……え?」 食い気味で差しこまれた謝罪に、僕はなぜか寒気を感じる。環くんは真っ白な顔をして、うつむいていた。 「昨日の……やっぱ、嫌だったよな……ごめん。もう、しねーから……」 消え入りそうな声と、小さくなった肩。昨日の、触れるだけのキスの感触さえ薄れてしまいそうな気がして、僕は、反射的に環くんの腕を掴んでいた。 「……?そーちゃん……?」 力なく下がったたくましい腕を、強く、掴む。 なぜか、呼吸がみだれてきた。 「い、嫌じゃ、ないって……」 「……?」 「嫌じゃないって……いっただろう」 僕は、なにをいっているのだろうか。 ほら。環くんも、ぽかんとしてしまっている。 「昨日……ちゃんと、いったのに……きこえてなかった?」 でも、お喋りな口は、するすると言葉をつむいで、とまらない。 「……きこえてた、けど」 「だから……嫌じゃ、なかったよ」 段々、顔が熱くなってきた。 心臓がばくばくしている。 手汗も噴きだしてくる。 でも、嫌じゃなかったのに、嫌がっていると思われるのは、もっと嫌だと思った。 しばらく動かなかった環くんは、僕の腕をとって、力のいれすぎで固まった指を、丁寧に解いていく。 「……あんたさ、自分が何いってんのか、わかってる?」 わからない。自分でも、何がいいたいのかわからないから、首を横にふった。 「……目ぇ、つむって」 素直に従ってしまう理由も、わからない。環くんは僕の行動に驚いたのか、息を詰めたようだった。だけど、繋がれた手に力がこもったと思ったら、次の瞬間には、熱源が、唇に触れていた。 「っ……んぅ……」 昨日よりもはっきりと感じることができる、環くんの唇の感触に、気が遠くなる。熱くて、すこし濡れていて、すごく、心地がいい。 「ふっ……あんた、さくらんぼのヘタ、結べたじゃん……」 「う……ん……?」 唇が薄く触れあったまま、そういわれて、浮いた意識のまま、返事をする。環くんが遠慮がちに吐いた息が、僕の口の中にそのままはいってきて、くすぐったい。 「っ……それ、キスうまいって……あんときは、意味わかんなかったけど、あとで調べた」 血液が逆流したかのような感覚に襲われる。そして、すぐに、環くんの舌が、僕の唇をわって、はいってきた。 「ッ、は、ぁあっ……」 「、んっ……はぁ、」 環くんの舌が、僕の舌の裏を、べろりとなめた。背中を指でなぞられたかのように、ゾクゾクする。無意識のうちに、環くんの背中に手を回して、すがってしまっていた。 「んぅ……は、んぁっ……」 「っ、おれ、はじめて、だからっ……やり方とか、わかんねーけど……あってる?」 媚びるように、うかがうように、唇を舐められた。〝はじめて〟の言葉が嬉しくて、もっとその初心な舌が欲しくなってしまって、自分から唇を押しあてる。首に手を回して耳の裏を撫でると、環くんはぶるっと震えて、僕の腰をかき抱いてきた。 再び侵入してきた舌に、次は僕も、自分のそれを積極的に絡めた。唇の裏側を舌先でいじって、舌の表面同士を擦りあわせて、もっと、もっとと、しがみつく。 「っ、はぁ……」 「んぅっ……環、くん……上手、だよ」 「ッ〜〜!!」 よしよしと後頭部を撫でてそう囁くと、環くんは目を見ひらいて、もっと奥へと、舌を突き入れてくる。それがとてつもなく嬉しくて、僕も身体を密着させて、精一杯応えた。 それからというもの、僕たちは時間を見つけては、キスをする関係になった。 ホテルで。 お互いの部屋で。 楽屋でも───もちろん、二人っきりのときに限るけれども。 最初こそ拙かった環くんのキスは、日を追うごとに上手くなっていった。初日にいった「上手」が嘘だったわけではない。慣れてないのが可愛くて、あのときはあのときで、本当に気持ちがよかったのだ。だけど、今では僕がいい反応をみせる部位を的確に、執拗に攻めてくるようになったのだから困る。……毎回、骨抜きにされてしまうから。 「っ……はぁ……」 「ん……あんたさ、誰にでも、こうなん?」 「……?」 「TRIGGERとか……ヤマさんとか……」 「ど、どうして大和さんの名前が……」 「ヤマさんにキスされたら、同じように舌いれて、気持ちよさそうにすんの?」 「は、はぁ!?するわけないだろう!君だからに決まって……!」 「ッ!!……あー!!もう!!黙って!!!」 「えっ、ぁ、んぅっ……!!」 環くんのキスは、性感なしにしても、本当に気持ちがよくて、甘くて、僕を幸せにしてくれた。まるで、広い草原の中心で、満点の星空をみているかのように。 手放せない。手放したくない。世間一般的にみて、おかしいことをしているのはわかっている。もう彼は成人しているとはいえ、僕のほうが年上だ。それなのに、いいだせなかった。 僕は、ずるい人間だから。本当は、気づいていたのに。気づいていて、見えないフリをしていたんだ。 環くんの瞳に宿った───欲に。 「───ちゃん……そーちゃん!!」 急に肩を掴まれて、ビクッと震える。 「あ……」 「もー。ずっと呼んでんのに」 「ご、ごめん。ちょっと、ボーッとしてて」 「……もうすぐ本番だけど。大丈夫?」 「……うん。大丈夫。迷惑はかけないようにするよ」 「はぁ……そーじゃなくてさぁ」 ずいと顔を覗きこまれて、緊張する。 「……なんか、いいたいことあんじゃねーの?」 環くんはこうして、時折エスパーなんじゃないかと思うくらい的確なタイミングで、僕にバトンを渡してくれる。いつだってそれに頼ってしまうのは、情けないことだとわかっているのだけれど、今回も、素直に受けとってしまう。 「……環くん。彼女とか、いないの?」 「は?……いねーよ」 「好きな子は……」 「…………それは……」 環くんは気まずそうに、目線をそらした。 チクンと、胸を針で刺されたような、痛み。 「……そっか」 環くん、キスの仕方がわからないっていってたな。もしかすると、僕で、練習したかったのかもしれない。 大丈夫だよ。環くんは、キス上手だよ。きっと、好きな子も、環くんのキスにメロメロになっちゃうよ。 そういってあげないといけないのに、いえない。自分の寂しいが、表に出てきてしまう。ずるい自分が、やめときなよ、そんなこと、いわなくていいよ、と。 「……っ、」 突然、環くんに、キスされた。 「……なんか、してほしそうに、みえたから」 普段はもっとすごいキスをしているのに、触れるだけのキスで恥ずかしがっているようにみえる環くんが、やけに可愛く思える。 そうだ。彼は、優しいんだ。 忘れていたわけではないのに。 優しすぎるから。だから───。 その日の夜。僕は、環くんの部屋をおとずれた。 「どしたん?」 床にあぐらをかく環くんの前で正座をして、深呼吸をする。 「……環くん」 「おう」 「好きな人がいるって、いってたね」 「…………いったっけ」 「……告白は、しないの?」 「こっ、告白って……俺ら、アイドルじゃん。そーゆうの、ダメなんじゃねーの」 「そーちゃん、世間体とか気にしそうじゃん」と、探るような環くんの視線。……それが、環くんを足踏みさせている理由なのかな。 「……たしかに、環くんに恋人がいると知ったら、悲しむファンの子もいるだろう。だけど、そのせいで環くんが寂しい思いをするのはよくないと……僕は、個人的に思うよ」 「……な、なにが、いいてーの」 「だから……君がうまく隠せるのなら、恋人がいたって、いいんじゃないかな」 環くんは、黙りこんでしまった。 悩んでいる。もう一押しだと感じた。もうすこし環くんの背中を押して、いや、押しすぎてファンの子を悲しませるのはいけないけれども、押して、そして、そのうえで、僕が身を引けば。 そうすれば、優しい環くんは、もっと幸せになれるはずなんだ。 「ほ、ほら!君は抱かれたい男だし、カッコいいし、優しいし、告白したらきっと上手くい」 「そーちゃん」 環くんが真剣な顔をして、身を乗りだしてくる。反射的に身体をひくと、膝のところで握っていた拳を、手のひらで包まれた。そこから伝わってきた温度があまりにも高くて、熱でもあるのかと驚いた。 「た……環、くん……?」 「……俺が、まだ高校生のとき……あんたが、俺じゃない誰かのために、俺と無理やり仲良くしようとしてんの、すげー嫌だった」 環くんの声は、心なしか震えている。 「だから、ムカついて、イライラして……傷つけるようなことばっかいってた……ごめん」 「い、いや……あのときは、僕も悪かったし」 「でも、あんたが……そーちゃん自身が、俺と、もっと仲良くなりたいって、俺のこと知りたいって思ってくれんなら……すっっっっっげー、うれしい。そんで、最近では……ちょっと、そんな感じ、する」 なんだろう。環くんは、なにがいいたいのだろう。環くんがすごく緊張しているのが、手のひらから、ひしひしと伝わってくる。 「そ、それに!俺だって、そーちゃんのこと、もっと知りてーって思うし……そーちゃんのことわかってるって思えるときは、嬉しいし、楽しいし、自信つくし……あんたのこと、守れんのは俺だけだって、思う……し」 いつのまにか、環くんの顔は真っ赤だ。本当に、熱でもあるんじゃないだろうか。心配になってきて、環くんの額に手をあてた。 「あ、あつっ……!?」 「っ……、そーゆーボケいいから!!」 「ぼ……ぼけ?」 「だ、だから!俺は……!」 環くんは僕の手をとって、自分の胸に押しつけた。バクバクバクと、けたたましい心臓の拍動が、直に伝わってくる。 「俺っ……!!そ、そーちゃんのこと……好きっ!!……なん、だ、けど……」 気の毒なほど赤く染まった顔。 泣きそうで、真剣な瞳。 震えた肩。湿る手のひら。伝わる熱。 好きの、言葉。 それらが一気に僕の中へなだれ込んできて、その拍子に、ある記憶がポーンと、目の前でバウンドして、いきなり破裂したかのように、再生がはじまる。 『───めんなさい』 主人公は僕だ。僕は、赤いランドセルを背負って、長い髪を携えた女の子に、謝られていた。 『わたしも、逢坂くんのこと、好きだったよ』 『……なのに、どうして謝るの?』 『今は、好きじゃないから』 僕は、十二歳にして、失恋を経験していた。 『……どうして、今は、好きじゃないの?』 しつこい男は嫌われるということが、当時の僕には、わからなかった。 『パパに、逢坂くんのことは、好きになるなっていわれたから』 聞き間違えようがないほど、はっきりと告げられ、僕は、情けない、虫のような声しかだせなかった。 『……え……?』 『好きになったら、絶対不幸になるって』 『……ふ……こう……?』 どうして、忘れていたのだろう。 そうだ。僕は卒業式の日、彼女に、初恋の人に、想いを告げていた。 『うん。だって、逢坂くんの家、おかしいんだもん。イジョーだって、パパいってた』 異常? 僕の、家が? 『逢坂くんと中学で離れられてよかったねって。パパ、すごく嬉しそうだったの』 彼女は、幸せそうな顔をして、無邪気にわらっていた。 『逢坂家にとついだら、雑巾みたいにボロボロにされて、最後にはポイされるんだって』 そんなわけない。とは、いえなかった。 僕自身が、自分の家を、ぜんぜん好きじゃなかったから。 だけど、他の人からみれば、僕だって〝逢坂家〟のひとりで。 叔父さんに酷いことをいう、叔父さんを傷つける大人たちと、ひとくくりで。 そう考えると、僕を好きになったら〝不幸〟になるということも当然で。 そうか。わかった。僕は、誰も幸せにできないんだ。 僕は、僕を好きになってしまった人を、不幸にしてしまうんだ。 僕に好きになられた人は、不幸になってしまうんだ。 あーあ。かわいそう。 「……そーちゃ…………ッ!?そーちゃん!!」 最後にきこえたのは、そんな環くんの、悲痛な叫び声だった。 目をさますと、真っ白な天井が目にはいった。そして、独特な消毒液のにおいがする。 ここは……病院? 「……っ、そーちゃん……!!」 天井を隠すように、環くんの顔が、僕の真上にかぶさった。まだ焦点の定まらない視界の中でも、環くんの顔が真っ青なのがわかって、心配になって、力の入りきらない手を、環くんの頬に沿わせる。 「…………環くん……大丈夫……?」 「だ……大丈夫って……あんただろ……!」 「……あぁ。そうか」 信じられないという風に顔を歪めた環くんをみて、一抹の不安がよぎる。 「……僕……倒れちゃったのか」 「……そうだよ」 「……MEZZO"解散……は、嫌だなぁ……」 「っ、ねーからっ……大丈夫、だから……」 パタリと力なくベッドにおろした手を、強く握られる。 その手から、温度は消えていた。 「……そ……ちゃん……」 「…………ん?」 「……おぼえ、てる……?」 「……なにを?」 「倒れる……まえ、の」 「…………あぁ」 好きと、いわれた。 単純に、恐怖を感じた。 思いだしてしまったから。記憶の奥底に沈めて、知らないフリをしていた、暗い、辛い、出来事を。 だけど、絶対に、忘れては、いけなかったんだ。 「……うん。覚えてるよ。ありがとう。すきって、いってくれて」 「……」 「僕も、君がすきだよ」 「……」 「大切な、相方として」 「……うん」 環くんと視線をあわせないように、窓の外をみながらそういう。外は、いつのまにか明るい。夜に倒れて、今は何時なのだろう。環くんは、ずっとそばについてくれていたのだろうか。優しい。優しすぎて、そんな彼を不幸にするわけにはいかなくて、余計に、悲しさが膨れあがってきた。 僕は、他人を不幸にする。そんな魔術のような力が自分にあるだなんて、自惚れているわけではない。けれど、環くんに限っていえば、それは確実だ。環くんが僕を、そういった意味で好きであることは、決してよいことではない。だって、僕らはアイドルで、男同士で、相方で───。 「俺も……そーちゃんが、すきだよ」 そんな風にいわせてしまう僕が、環くんを、幸せにできるわけが、なくて。 視線を動かしたときに、一瞬だけみえた環くんの瞳は、すぐにでも泣きだしそうなほど濡れているようにみえて、僕は、頬の内側を噛んだ。 入院はたったの一日だけだった。しかし、メンバーにも事務所にも、かなり心配をかけてしまったため、すみませんと何度も謝った。 そして、僕らの関係は……元に戻ったといわれればそれまでなのだけれど、環くんは僕が倒れて以降、キスをしてこなくなった。あんなことがあったあとなのだ、そんな気分にならないのは、当然だろう。 だけど、僕は正直、寂しかった。だって、するかな、というタイミングでも、あからさまに顔を背けられるのだ。キスがしたいという、肉感を求めているわけではない。そういうのじゃなくても、理由を棚にあげてさえ、せっかく仲良くなれた環くんに避けられるというのは、結構クるものがあるのだ。 例えば、今も。 楽屋で、二人っきりで、となりに座っているのに、環くんは真剣に台本を読んでいる。こんなとき、ちょっと前なら絶対に、スタッフさんが呼びにくるまで、キスをしていた。 ちらりと横目で、環くんの顔を盗みみる。顔にかかった髪の毛の隙間からみえる、白い頬、キリッとした眉、タレた目、とおった鼻、薄くひらいた───唇。 「……っ!?そ、そーちゃん!?」 「……え?」 「なにしてんだよ!近ぇよ!!」 指摘されて、自分でも驚いた。僕は知らない間に、環くんのほうへと、顔を寄せてしまっていたらしい。慌てて身体を離す。 「ご、ごめん……」 「すっげー視線感じるし……なんか、俺の顔についてる?」 カァッと、顔が熱くなる。 「ほ、本当に、なんでもないんだ。ごめん。ごめんね……」 誤魔化したくて、でもうまく誤魔化せる自信がなくて、僕はうつむいたまま立ちあがった。 「五分前には戻ってくるから。ちょっと、外に出てくるね」 「あ……そーちゃんっ……」 一緒の空間にいるのが申し訳なくなって、僕はなにもきこえていないフリをして、楽屋をでていった。 その日の夜。めずらしく、環くんが僕の部屋をたずねてきた。 「……」 「……」 二人して、無言。 (……き……気まずい……) だってこの状況。あのときと、部屋が違うだけで、一緒だ。 「……そーちゃん」 「は、はひっ!」 先に口をひらいたのは、環くんだった。モゴモゴといいにくそうにしている彼は、やがて意を決したかのように、顔をあげる。 「…………もしかして、さ」 「……な、なに?」 「……チュー、してほしかったり……する?」 「っ!!」 ブワッと汗がふきだしてくる。楽屋での態度が、そう思わせてしまった原因だというのは、すぐにわかった。いや、思わせてしまったといっても、寂しいと思っていたのは本当のことなのだから、言い訳のしようがないのだけれど、でも、そこまでバレていただなんて、気まずすぎる。 「ごっ、ごめん……」 「……謝るってことは、あたってんの?」 「あっ……」 やらかした。完全に、墓穴をほった。 「い、いやっ、ちがっ……や、違うくは、ないんだけど、その……そこまでは思っていなかったというか、ただ、寂しかっただけ、というか……」 「……さみ……しい?」 「あ……かっ、勝手なことをいっているのはわかってる!大丈夫!そんな、君の迷惑になるようなことはっ」 「…………そーちゃん」 力強いその声に、僕は、言葉を失った。 「……嫌だったら、なぐって」 その言葉の意味を理解して、ドクンと、不躾な心臓が、喜びの鼓動を鳴らした。 楽屋で、はじめて深いキスをされたときのような、身体の奥から蕩けてしまいそうな疼きが、溶けたチョコレートのように、どろりとあふれでてくる。 ドキドキする。 緊張で歯がカタカタと鳴る。 期待、してしまっている。 (……おねがい。気づかないで……) こんな浅ましい僕に。 自分勝手な、僕に。 突きとばせばいいんだ。彼のいったとおり、殴ってしまえば。それで、証明できるのに。 それなのに、そんなことすらもできないまま、僕は、ゆっくりと、試すように近づいてくる唇を、ただ───受け入れた。 「んっ……は、ぁ、あぁっ……」 久々の感覚。唇をあわせているだけなのに、気持ちよくて、身体がジンジンと熱をはらんでいく。ぐんっと突きあげるような幸福と、頭の中を駆けめぐる衝撃が、乾いた部分に水を与えていくように、僕を満たしてくれた。 しばらくして、やっと、恥ずかしさを感じる余裕がでてきた。軽く、環くんの胸を押しかえす。すると、逃げられるとおもったのか、後頭部を強く掴まれ、唇をちゅうと吸われた。その力強さに、めまいがする。 「ぅ、あ……んんぅっ……っ、んっ……?」 ふいに、お尻のあたりに手を這わされた。今までにない動きに、違和感を感じていると、その部分の脂肪をガシッとものすごい握力で掴まれた。 「た……環くん……?」 「……舌、噛まねーように、気ぃつけて」 「へっ……ぅ、わっ……!?」 困惑していると、環くんはそういってから立ちあがり、軽々と僕を持ちあげてしまった。 「な……え……っ、!?」 地に足がつかない浮遊感が怖くて、環くんに必死でしがみつく。 「お、落とさないでね!?」 「おー」 いつもの調子でゆるく返事をした環くんは、僕を抱っこした状態でとてとてと歩きはじめる。そしてベッドの前でとまり、その場所でゆっくりと僕をおろした。 そのまま肩を押されて、逆らわずにいると、当然というか、自分のベッドでぽすんと横になってしまった。環くんはギシッとスプリングを鳴らせて、僕の上に覆いかぶさる。 お、押し倒された……? 「…………んだよ……その顔……」 「……?」 環くんは、辛そうに唇を引きのばした。僕は、どんな顔をしてしまっているのだろう。目を細めて、環くんの瞳の中をのぞいてみるが、みえるのはどこまでも澄んだ青色だけだった。 「…………こーゆーの、嫌じゃねーの……?」 弱々しい声で、尋ねられた。自分の気持ちは、もやがかかっていて、よくわからない。だけど、その問いに対する答えは、間違いなくイエスだった。 うなずくと、環くんはなぜか怒ったように、歯をギリッと噛み締めた。 「ッ……あんたっ……俺が、今からなにしよーとしてるか、わかってんのっ……!?」 耳の横で、強く手を握られる。手のひらが、火傷しそうなほどに熱かった。その温度が、まるで、あの日の再現のようで、震えてしまいそうになる。 「……なに……って……」 わかっているつもりだ。僕も、男だし。いや、男だったら、こんな状況まずありえないか。わらいそうになって、でも、わらえるはずなかった。 傷ついているようにもみえる、けわしい環くんの顔に、綺麗に影がついている。重力に従い、頬にかかった髪の毛が、彼の整った顔を、半分ほど隠してしまっている。それが、すこしもったいなく思えた。 「……環くん」 「……」 「…………嫌じゃ……ないよ」 「ッ……!」 環くんの眉間に、シワが深く刻まれる。 正直に、いいすぎただろうか。 「…………あっ……いや……逆に、君が……その……こんな僕なんかで、いいのなら……なんだけど……」 どういえば、わらってくれるのだろう。 どうすれば、傷つけずに済むのだろう。 「…………なに……それ……」 その声が、失望を孕んでいるような気がして、恐ろしくて、僕は、言いわけを探した。 「たっ……環くんは…………僕の大切な、相方……だから……」 声帯を、握りつぶしたくなった。 馬鹿みたいに、これしか浮かばなかった。 大義名分にしては、苦しすぎる。 環くんが顔を歪めていくのが、わかるのに。 そんな顔をさせたいわけじゃ、ないのに。 咎めることもできず、かといって振り払うこともできず、曖昧に、だけど確実に、狂ったように、同じ言葉で、何度も、何度も、執拗に、切りつけるように、環くんを、傷つけるしか、できない、僕は───。 「…………ごめん。さいてい……だね」 「……」 「ごめん……ごめんね……僕が……僕なんかと、相方になったばっかりに……こんな、思いばかり、させてしまって……」 「…………そー、ちゃん」 傷つけているのは僕なのに、なのに、環くんは、僕を慰めるように、守るように、名前を呼んで、手を握りなおしてくれた。 その優しさが、今は、辛い。 「ごめん……ごめっ……ごめんな、さっ……!」 もっと責めて欲しい。罵倒してほしい。 君を傷つける僕を、許さないでほしい。 「ごめんねっ……ごめん……ごめん……」 「……なぁ。そーちゃん」 はっきりとした口調で呼ばれて、ビクッと震えてしまう。許さないで。そう願ったはずなのに、見放されたかもしれないという恐怖が、じくじくとお腹のあたりを焼いていく。 怖くて、はくはくと金魚のように喘ぐしかできなくなった僕をみおろして、環くんは、下唇を噛んで、そして───微笑んだ。 「…………抱いても……いい?」 「……っ…………え?」 予想していなかった言葉。ぶわっと、全身に鳥肌がたった。 「……さっき、嫌じゃねーって、きこえたんだけど」 拗ねるようにいわれて、僕は慌てて声をとりもどす。 「え……あ……い……嫌じゃ……ない……けど」 「うん。じゃあ……いい?」 困ったようにも、照れたようにもみえる表情は、この状況にふさわしくなくて、だけど逆にピッタリのようにも思えて、僕は戸惑った。環くんはそんな僕を見おろしたまま、眉をさげる。 「……もしかして、意味わかってなかった?」 「えっ……い、いや、わかってた……よ」 「じゃあ……もう、いいよな」 「はっ……わっ、ちょっ……!?」 僕のシャツの中に手をいれはじめた環くんを制して、必死で叫ぶ。 「ちょ……!ちょっとだけ!待って!!」 そういうと、不機嫌そうに唇をとがらせる環くんは、まるで子どもだ。さっきまでとは別人で、なんだかふっきれているようにもみえて、この短時間のあいだに彼の中でなにが起こったのだろうと、目が回りそうになった。 「……何秒まてばいい?」 「へっ!?いや……びょ、秒数とか、そんなんじゃなくて……」 「……なんだよ。はっきりいえよ」 「い、イライラしないでくれ……ぼっ……僕……は……女の子じゃ、ないから……」 「んなこと知ってっし」 「し、知ってるなら!だから!い……色々と、準備が……いるん、です……!」 沈黙。 か、固まらないでほしい。恥ずかしくなってきた……。 「…………な、なるほど」 先ほどまでとはちがった気まずさが、僕らをからかうように、包みこむ。 「……な……ので……お風呂……はいってきて、も、いい、かな……」 「…………おう」 ぎこちなく僕の上から退いた環くんは、ベッドの上であぐらをかいて、僕に背をむけた。その隙に、僕はそそくさとお風呂場へむかう。 パタンと脱衣所の扉をしめて、背中をあずけたところで、やっとひと息つくことができた。 「ふぅ…………ッ……!?」 そして、鏡に映った自分の顔をみて、ギョッとする。 「な、なんだ、この顔……は…………恥ずかし……!」 映しだされた顔は、病的に真っ赤で、みていられないほどだった。だからなるべく鏡をみないようにと、僕はうつむきながら、服をぽいぽいとカゴの中にいれていった。 行為自体は、スムーズとはいかないまでも、滞りなく終わった。いや、初めてにしては、かなりうまくいったほうだとおもう。僕らはなにをするにしても相性があまりよくないけれど、こういったふれあいに関していえば、ベストパートナーであるのだと思い知った。 環くんだって慣れていないだろうに、そんな場面でも彼は、皮膚がふやけてしまいそうなくらいに優しかった。僕がすこしでも嫌がる素振りをみせると、すぐにやめてくれるし、逆にソコという部分の反応は見逃さずに、僕をどこまでも甘やかしてくれる。僕もしてもらってばかりは嫌だから、できる限りのことをして、返したつもりだ。……ナニとはいわないけれど。 無事にふたりとも達することができ、事後の余韻が残るベッドの中で、環くんは「そーちゃん」と、やや掠れた声で、僕を呼んだ。 「……なに?」 僕だって実は、人のことをいえないような声をしていた。 「……俺……今、ちょっとだけ、自信ない」 「……?」 なにがだろう。行為自体は、すごく、気持ちがよかったけれど。 「……でも……あんたが、これがちょうどいいなら、それでいっかって……あんたの顔みてたら、思った」 「……ちょうど、いい?」 「…………なんでもねー」 環くんはまつげを伏せて、朝の陽射しのようにやさしくわらい、僕の頭を撫でた。 それが心地よくて、安心して、僕は、考えるのを放棄して、気怠さに身を任せ、そのまま眠りについた。 「───ねぇ、今月のアレ、よんだ?」 「アレって?」 「四葉環セックス特集に決まってんじゃん!」 ティーカップを傾けていた手が、ピタリととまってしまう。 「はぁ?もう、そんなの…………読んだに決まってんじゃん!!!」 「流石っ!!!もぉさぁ、マジでヤバくなかった!!!?」 「ヤバかった……ヤバすぎてさ、私、十冊追加注文したもん……」 「マジで!?ちょーウケる!!!」 高い笑い声が、店内に響きわたる。しかし、決して場違いではなかった。僕自身が、静かではない喫茶店をあえて選んだのだ。こういった場所のほうが、意外に僕であると気づかれにくいから。 当然、話題の中心人物の相方が、すぐ隣にいるだなんて知らない彼女たちは、遠慮なんてなしにお喋りをつづける。 「いや……さ。環、高校生のときからヤバかったけど、アレは完全に女を抱いたよね……」 「ね……ついに抱いちゃったね……」 「くっそー!!アイナナの中でも、環だけはまだ童貞だと信じてたのにぃ……」 「ウゥ……我々の希望の星が……」 盗みぎきをするつもりはなかったが、どうも声が大きいのと、内容が内容のため、嫌でも意識がいってしまう。 「……でもさ、ポジティブに考えると、だよ。童貞という箔がなくなった今って、私たちにとってもチャンスなんじゃない?」 「……どゆこと?」 「ラブホ街歩いてたらぁ、ばったり遭遇しちゃったりなんかして……!!」 キャー!と、嬉しそうにパタパタと足を動かす女性。環くんのファンなのだろう。可愛らしいじゃないか。一方、その対面に座る女性は、ため息をついて、はしゃぐ女性を指でさす。 「…………あんたさ、インタビュー記事、ちゃんと読んだ?」 「えっ、読んでない。グラビアだけは、穴があくほど拝んだけど」 「はぁ?あんたそれでもファン?ちゃんと読みなよ。アレ読んだら、そんな───」 僕はイヤホンを耳にさしこんで、会話をシャットアウトした。そして、まだ元気にお喋りをつづけている彼女たちの横を通りすぎて、足早に店をあとにする。 なんだか、その先を、きいてはいけない気がした。 環くんにセックス特集のグラビアの話がきたのは、僕と環くんがはじめてセックスをしてから、三ヶ月ほど経ったあとだった。 僕らはあれ以来、週に一度は必ず、身体を重ねる関係になった。約束をしているわけではない。けれど、ふたりきりになると、自然とそういう雰囲気になってしまうのだ。 そのことを考えると、今でも胃が痛む。周りからみたら、僕らの関係はただのセックスフレンドだ。こんな関係、同じグループ内で、しかも男同士で、許されるわけがないのに。 だけど、今日はするかもしれないという日には、準備をしてしまう自分がいる。みつめられると、身体が近づくと、内側が自然とひらけて、疼いて、触ってほしくなる。終わったあとには、ただ自分が環くんとのセックスにハマってしまっているだけのように思えて、いつも死にたくなった。 だから、環くんにセックス特集の話がきたとき、これはチャンスだと思った。これを機に、環くんに女性を抱くことに興味をもってくれれば、僕とのこんな関係も終わるのではないか。今おもえば、先のことなんてまったく考えていない、愚かすぎる案だったのだが。 「……環くん」 「んー?」 環くんはいつも情事のあと、僕の頬をぷにぷにと押して遊んだ。 「一週間後は、セックス特集のグラビア撮影だね」 なるべく声を明るくして、環くんの機嫌を損ねないよう、気をつけていった。 「……おー」 「三ページに渡っての、ロングインタビューもあるって」 「うん」 「……撮影にあたって、その……」 「……なに」 「…………女性も……抱いてみる気は、ない?」 言葉にしてみて、さすがに自分でもなにをいっているのだろうと、冷や汗をかいた。 「…………そーちゃん」 「は……はい」 ジトーッとみつめられ、背筋がのびる。 「…………もう一回すんぞ」 ガバッと覆いかぶさってきた環くんの顔は真剣そのもので、もうすでにくたくただった僕は、顔がひきつるのを隠せなかった。 「へっ……?……えっ、本気で……?うわっ、ちょ、もっ、無理っ……っ〜〜!」 そのあと、僕は第二ラウンドどころか、第三ラウンドまでフルカウントで抱かれてしまい、終わった頃にはもう、萎びたキノコのようになっていた。 「……そーちゃんは、ぜっっっったい、雑誌読まないで」 抱かれたあとの、もうあなたに全部任せますという精神状態の中、耳元でそう囁かれてしまい、僕はわけもわからず、うなずくしかできなかった。 あのときの言葉の意味するところは、結局わからない。僕との行為を参考にするからか、それとも僕のいうことをきいて、女性を抱いてから撮影に臨むからか。ただ単に、恥ずかしいからか。 なににせよ、環くんになにもいわれていなくたって、進んで読みたいとは、微塵もおもわなかった。 しばらく歩いて、もういいかと、イヤホンをはずし、雑踏の中をすすむ。 都会の喧騒が、積み木を崩したかのようになだれ込んできて、でも、この音も、決して嫌いではなかった。 ふいに、昔のことを思いだした。僕だって、大学時代に恋愛をしなかったわけではない。恋人もいた。けれど、実はキスもセックスもしたことはなかった。なんだか、そんな気分になれなかったのだ。当然、そのせいで振られてしまったのだけれど、でも、だからといって、無理をしてまでしようとも思えなかった。 性欲がないわけではない。自慰行為も、普通がわからないけれど、人並みにしてきたとおもう。だけど、いざ女性を目の前にしても、まったく興奮しなかった。好きになった人のはずなのに、あれ、どうして僕はこの人と一緒にいるんだっけと、変に冷静になってしまったりして。 自嘲する。やっぱり、僕は冷たい人間なのだ。初恋の人の顔を、忘れるくらいに。人のことを、ちゃんと愛することができなくて、幸せにできなくて、そんなだから、環くんのことも───。 (………………あれ) 歩道の真ん中で、立ち止まった。 (…………どうして、僕は、) ドクンドクンと、早くなっていく脈が、警鐘を鳴らす。 (……環くんとは、キスも、セックスも、) 考えるな。 気づくな。 (…………環くんが、じゃなくて……僕、は、) 僕は、環くんのことを、どう思っているのだろう。 「ッ…………!!!」 急に、腹をガツンと殴られたかのような痛みが襲ってきた。立っていられなくなって、その場にしゃがみこむ。そして、身体を抱きかかえて、腕に爪をたてて、はっはっはっと、浅い息を繰り返す。 (えっ……僕……ぼく……はっ……) どっどっどっと、内側から激しく殴られるような感覚。大きな、僕一人をすっぽり隠してしまえるほどの鐘の中に閉じ込められて、外側から何度も何度も、大きな杵で、叩きつけられているような。 暗い。煩い。狭い。怖い。 「ッ……たすっ……け……」 ガタガタ震える僕を、誰もがみないふりをして、通りすぎていく。 どうして無視するの。 僕はここにいるのに。 こんなに苦しんでいるのに。 みないで。 みて。 怖い。 痛い。 助けて。 ───環くん。 「ッ………………そーちゃんっ!!!!」 急に、グイッと腕を持ちあげられた。聞き慣れた低い声に驚いて、顔をあげると、首のあたりまでぐっしょりと汗をかいた環くんがいた。見間違いかと、ゆっくり瞬きをする。 途端に明るくひらけた視界が眩しくて、そのせいで僕は、幻覚でもみているのではないかと。 「…………ほん……もの?」 「ッ、なにいってんだよ……!こんなとこで、あんた……!!」 キョロキョロとあたりを見渡して、舌打ちをしている環くんの存在がまだ信じられなくて、僕は、ぼーっとその顔をみつめてしまう。 「……目立つ。いくぞ」 「…………あ……ごめ……」 「……たてる?」 小声で、心配するように訊かれて、それがまるで、お姫様にするかのような甘さを含んでいるような気がして、気恥ずかしさの残るまま、小さくうなずいた。手を引かれ、立ちあがらされてもなお、手は解けなくて、緊張してくる。 「あ、あ、の……」 「……つかまってて」 「あ、ありがとう。でも、普通に立て……」 「走んぞ!!!」 「えっ……わ…………えぇっ!?」 ぐんっと強く手を引かれ、そのまま走りだしてしまった環くんに連れられて、僕も走る羽目になった。もつれそうになる足に苦戦しながら、必死で腿をあげる。 いつのまにか、痛みも、恐怖も、消えていた。 「はっ……はぁ……はぁ……」 「……だいじょーぶ?」 「う、うん……」 僕たちはその足で、小さな公園にきていた。幸い、人は誰もいない。急に走りだすものだから驚いたけれども、環くんが僕の様子をうかがいながら走ってくれていたため、なんとかついていくことができた。 「…………して……」 「ん?」 気になっていたことを、きいてみる。 「どうして……僕の居場所が……」 「……あぁ」 環くんはそんなことかという風に相槌をうち、スマートフォンをとりだした。 「あんたのスマホに、GPSいれてっから」 「…………えっ」 「酔っ払ったときとか、あんた、急にいなくなったりするし」 「なっ……い、いつのまに……!?きいてないよ!!!」 「いってねーもん」 悪びれもせずいう環くんは、むしろ僕が悪いとでもいいたげに、開きなおっていた。 僕はといえば、ちょっぴり、残念におもっていた。 「……運命とかじゃ、なかったのか」 「…………え?」 ただの独り言だ。きこえなかったようだから、よかった。 「……そーちゃん」 「……ん?」 「…………おなか痛いの?」 心配そうにそう問われて、くだらないことを考えてしまった自分が、恥ずかしくなった。そうだ。環くんは、こういう子じゃないか。 「……ううん。心配かけてごめんね。もう、大丈夫だから」 優しい彼を安心させるため、いつものように、わらった。 「……絶対うそじゃん」 なのに、あっさり見抜かれた。 「全然、大丈夫な顔してねーじゃん」 「……」 鏡がほしくなった。自分がどんな顔をしているのか、教えてほしい。 「あんた、すげーわかりやすいんだよ」 僕にそんなことをいうのは、環くんだけだ。 「…………俺が、頼りないから?」 「っ、ちがっ……」 「……俺、馬鹿だから、いってくんねーと、わかんねーんだって……」 雨が降ってきそうだとおもった。どんよりとした、曇り空。僕が、連れてきてしまった。優しい彼の、こんな表情を。 「…………雑誌……」 「……?」 「セックス特集……評判、いいみたいだね」 「…………えっ……」 環くんは、なにかを隠すように、背中を丸めた。 「よ……読んだん?」 首を、横にふる。 「……さっき、喫茶店で……読んだという人を、みたよ」 「…………そ、か」 「君に……抱かれたがってるみたいだった」 「……あんがと」 「君は、カッコいいから……だから……」 「…………そーちゃん?」 「……だから…………かなぁ……」 夢をみているような。 湯船に浮かんでいるような。 ぽやぽや、ぽやぽやと、意識が遠くなる、感覚。 「……僕は……どうして、君に、抱かれているんだろう……」 「……」 「キスも、セックスも……恋人とすら、したいと思わなかったのに……」 霞んだ視界の中で、環くんのシルエットだけがが、ぼんやりと。 「……んなこと……考えてたん……?」 「…………うん」 「考えてたら、しんどくなった……?」 「…………わから……ない……」 どうしてだろう。僕は、どうして環くんに抱かれるのは、嫌じゃなくて、むしろ安心して、もっとして欲しくて、それは、どうして───? ふっと意識を抜かれそうになったとき、環くんの手が、僕の肩を、強くつかんで、そのおかげで、僕は、まだ立っていることができた。 「…………しんどいなら、考えんなよ」 「………………え……?」 環くんの肩が、いつもより小さくみえる。いつだって僕を助けてくれる、大きな身体は、真冬に裸で外へ放りだされた子どものように、震えていた。 「……あんたが、苦しむのは……みたくねーよ……」 「…………環……くん……?」 「大丈夫だから。わかってるから。だから……そーゆーことは、考えなくても……いーよ」 環くんの腕が、僕の背中にまわって、強い力で、抱きしめられる。 「……守ってやっから。大丈夫だから……だから、安心して、抱かれててよ……」 頭を、厚い胸板に押しつけられて、僕は、そのまま眠りたくなった。 なにも考えたくない。 このまま身体をあずけて。 優しい言葉に包まれて。 気持ちよくしてもらって。 守ってもらって。 それで───。 ───それで、いいのかな。 「ッ…………!!!」 僕は、ありつたけの力をこめて、環くんの身体を押しかえした。 「そっ……そー、ちゃん……?」 驚いたような顔をしている環くんが、行き場のない手を宙に彷徨わせて、僕をみている。 「あっ……」 すぐに後悔した。環くんを、傷つけてしまった。彼のいうことをきいて、彼の腕の中で微睡んで、そうしていれば、環くんも、僕も、わらっていられたはずなのに。 ───いや、ちがう。 自分を括り付けるため、足に、ぐぅっと力を込めた。 「……ダメ……だ」 「…………えっ……?」 「それじゃあ……ダメなんだよ……」 駄々をこねるように、頭の中を洗いだすように、首を何度も横にふって、否定する。 「そ、そーちゃん……どうし」 「わからないっ……まだ、なにもわからないけど……それじゃあ、ダメなんだ……!!!」 なにがダメなのか。 なにがしたいのか。 なにがいいたいのか。 なんにもわからない。 だけど。 今、考えることを放棄したら、絶対に、もっともっと、自分のことが嫌いになってしまう。 「……もう……逃げたくないっ……!!」 ずっと、みないふりをしてきた。 「僕は……もう、充分、守られた……!!!」 優しくて、強い、環くんに。 「ぼ……僕も……なりたいっ…………君のように、叔父さんのように……誰かのために、好きな人のためにっ……なんだって、できるような……!!!」 怖かったけれど、勢いよく、顔をあげた。 きっと、今、すごく情けない顔をしている。ふにゃふにゃで、頼りなくて、不安でいっぱいの顔をしてしまっている。 だけど、そんな僕さえ、環くんには見ててほしかった。 手を伸ばせばすぐに届く距離にいる、彼の目を、真っ直ぐ、とらえる。 「…………えっ……」 びっくりして、そのまま、口が閉じなくなった。 「あ…………あん、た……!!」 環くんの顔が、僕が倒れてしまった日のように、熱でもあるんじゃないかというくらい、真っ赤っかだったから。 「ど…………どうしたの……?」 「どっ、どうしたって……あ……あんたっ……まじでっ、ギアつけろって……!!!」 口元を必死で隠しているが、指の隙間からみえる肌はいちご色に染まっていて、本気の本気で心配になってくる。 「ね……熱、測る……?」 「こっ、こんなときまで、ボケんな!!!」 「ぼ、ボケてなんて……」 「〜〜ッ!!さっき、自分がいったこと、もう一回いってみろ!!!」 「さっき……?」 さっきって、だから。 「……君のように、叔父さんのように、なりたい」 「その!ちょい!あと!」 「だから、好きな人の……ため……に…………」 あ。 「ッ〜〜〜〜!!!」 グワァァァッと、顔が燃えたように、血液が煮えたぎったように、熱くなってきた。 「あっ……ぁ、あぁぁっ…………!」 好き。 好き。 好き。 そうか、僕は、環くんのことが、好き、だったの、か。 「ひっ……………は…………」 息ができなくなってきた。 足に力がはいらない。 立ちくらみがする。 怖い。怖い。怖い。 僕が、環くんを、好きだなんて。 ダメなのに。絶対、ダメなのに。 僕は、環くんを、幸せには、できないのに。 「そ……そーちゃん…………」 「っ……ッ、つっ…………」 「…………無理、すん」 「ッ、助けないで!!!!!」 伸ばされた優しい手を、振りはらう。 ちがう。幸せにできないんじゃない。 そんなの言い訳だ。自分に自信がないだけだ。 そんな理由なら捨ててしまえ。 声を荒げていってみせろ。 僕が、環くんを、絶対に、幸せにするんだ。 「っ、はっ……たまきっ……くんっ……!」 「……な……に」 「う、うまくっ、いえない、かも、しれないっ、けれど……きいてッ、ほしいっ……!」 「…………うん」 環くんは、手をおろして、情けない僕を、ダサい僕を、ジッと、みてくれた。 「ぁ……っ、だっ……誰にいわれたとか、誰が否定したとかっ……そんなんじゃ、ないんだっ……!!!」 「……うん」 「僕はッ、僕の意思でっ……君を、っ……君、がっ……!!!!」 プツッと、なにかが切れた音がした。 そのまま視界が暗くなって、世界が反転して。 意識が、真っ暗な穴のなかに、落ちていった。 目をさますと、真っ白な天井が目にはいった。そして、独特な消毒液のにおいがする。 ここは……病院だ。 頭をゆっくりと横にむけると、枕元で顔を埋めている環くんのつむじがみえた。 「……環、くん」 「…………あんたさぁ……マジで、勘弁して……」 「……うん」 「頑張るのはいいけど、倒れんのだけは、ほんと、寿命ちぢまっから……」 「うん……ごめんね……」 また、心配をかけてしまったな。情けなくて、申し訳なくて、消えてしまいたくなる。 「……なぁ、そーちゃん」 やっと顔をあげてくれた環くんは、ずっとそうしていたせいか、顔に赤い線がはいってしまっていた。こんな場面だけれど、間抜けでかわいいだなんて、おもってしまう。 「……なに?」 「……耳、ふさいで」 「耳……?」 「うん」 なぜ急に、と思ったが、身体をゆっくり起こし、両手で耳をふさいだ。 ───。 「……?」 環くんが、なにかをいった。でも、耳をふさいでるせいで、なにもきこえない。 「た、環くん?なにをいっているのか、わからないよ」 えー、といったのが、口の動きでわかった。次はもーといいながら、手を外され、次は環くんが、僕の耳をふさぐ。 唇が近づいてきて、耳元で、すこしだけあいた隙間から、声が、届いた。 「……好き」 「なっ……!」 驚いて、身体を引く。 「あっ……いっ……いまっ……」 「……わかった?」 染めた頬で尋ねられて、慌ててぶんぶんと首を縦に何度もふった。 「……へへっ」 「……?」 「今回は、倒れなかったな」 「あっ……」 い、いわれてみれば。 嬉しそうに歯をみせた環くんの、まぶしい笑顔に目がくらむ。だけど、その表情は百面相をするかのように、すぐむくれ顔に変わってしまった。 「……あーあ。そーちゃんのこと、甘やかしすぎたんかなぁ」 「あ、あま……?」 「そーいや、俺の顔みてパニクってたのも最初だけだったし……今では、キスもねだってくるようになったし?」 「ねっ、ねだって、なんか……!」 もっとはやく気づけばよかった、なんてため息をついている環くんをみつめて、実は僕も、自分自身の変化に驚いていた。 たしかに、あのときの恐怖は、もう感じなくなっていた。思い出した幼い頃の映像は、しっかりと浮かんでいるのに、それすら、ただのフィルムと化している。 「……なぁ。そーちゃんも、頑張ってみる?」 「…………へっ!?」 ニヤニヤと悪い顔をしている環くん。その顔すらカッコいい……じゃなくて。 環くんがなにをいっているのかはわかったけど、でも、頑張るっていったって、ドキドキして、やっぱり、倒れちゃいそうで。 黙ってうつむいていると、環くんが我慢できないとでもいうように、破顔した。 「……ははっ!顔ちょー真っ赤。トマトみてー、ウケる」 「あ、あまり……みないでくれ……」 「今のうちに「環くん好きー」っていうの、慣れといたら?ここ、病院だし、もし倒れたとしても、すぐ入院できんよ。つか、今してっし」 「……」 「…………そーちゃん?」 「………………ふ……」 「ふ?」 「普通に……いった……」 「…………あ」 悪りぃ、なんて口ではいってるけど、全然反省していない様子の環くんを、僕はわなわなと震えながら、涙目でみつめる。 だけど今胸の中にある感情は、苦しいものではなくて、むしろこの時間がもっと続けばいいだなんて、思うくらいで。彼のいうとおり「好き」といってあげても、いい気がした。 ……今は、いってあげないけど。 でも……きっと、今はいえなくても、明日は自然に、環くん好きと、いってしまうのだろう。そんな自分は、今よりきっと、もっとずっと、好きになれる。 窓からみえる、彼の瞳に似た澄んだ空をみて、僕は、そう胸を張ることができた。 [newpage] 【某雑誌セックス特集巻頭グラビア、四葉環】 『遊びのセックスなんて、ありえねー。本気も本気。当たり前じゃん。なんでわざわざ好きじゃねーやつと、セックスすんの?もちろんキスも。好きなやつとしかしない。好きなやつに別のやつとしろとかいわれても、ぜっっってー無理。好きなやつとするから、気持ちいいし、幸せだし、もっとしたくなんじゃん』 『相手を気持ちよくすんのが、セックスだと思う。相手が気持ちよさそうだと、俺も自然と気持ちよくなる。俺あそんでねーし、ひとりだけの気持ちいいとこ知ってれば、それで足りる。そもそも俺バカだから、そんな何人も手に負えねーよ』 『好きなやつには、ぜんぶあげたい。身も、心も、ぜんぶ。そんで、俺なしでは生きられなくしてやりたい。束縛とか、そんなんじゃねーよ。ただ、そいつが心から安心できる場所が、俺んとこだったらいいなってだけ』 『言葉はほしいけど、でも、相手がいいたくねーなら、無理にほしいとはおもわない。だって、目がいってんだもん。好き好き大好きって。それだけで俺は、じゅーぶん幸せ───』 「……そういえば環くん。好きな子、いたんじゃないの?」 「……は?」 「ほら、キスの練習をしてただろう」 「…………なるほど。あんたの中では、そうなってたわけか……」 「……?」 「……そーちゃんだよ」 「……えっ」 「俺が好きなのは、ずっとあんたひとり」 「……」 「……んだよ。なんかいえよ」 「…………そっ、か」 「は?そんだけ?」 「いや……腑に落ちただけ」 「……はぁ……なんか、また自信なくなってきた……」 「どうして?」 「……きくな、ばーか」 「……環くん」 「……んだよ」 「好きだよ」 「…………あっそ」 「えぇ?それだけ?」 「腑に落ちただけ」 「もう……可愛くないなぁ」 「あなたに可愛いなんて、思われなくてもいい」 「……」 「……」 「……ふふっ」 「やった。俺の勝ち」 「えぇ?……悔しいなぁ」 「俺に勝とうだなんて、百万年はえーよ」 「百万年?あっという間じゃないか」 「……え?」 「君といると、時間が一億倍はやく過ぎるから」 「……ばーか」 「あ。もしかして、僕の勝ち?」 「はぁ!?認めねー!!」 『───まーでも……欲張っていいなら、当然、好きって言葉もあれば、めちゃくちゃ、もう、死んでもいいってくらい、嬉しいけど……これは、ただの俺のワガママ……です』
四年後くらい。恋愛感情を向けることも向けられることも怖いけど(無自覚)環くんと両片想い(無自覚)だから色々とフタしてる(無自覚)そーちゃんと、全部わかった上でそーちゃんがしんどくない程度の距離感を必死で探してる優しい環くんの馴れ初めっぞめぞ。環くんとそーちゃんの初恋とかそーちゃんの叔父さんとかその他諸々めっちゃ捏造してます注意。途中でキスフレとかセフレとかになったりしますがハピエンです。
明日はもっと好きって言いたい
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10091481#1
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*とっても自己満足 *DCととうらぶのクロスオーバー *お仕事知識は創作上のご都合主義 *主義主張も創作上のもの *登場キャラの設定は捏造(ヘイトの意識も全くありません) *誤字脱字あり *作者は絹ごし豆腐より繊細 [newpage] 「今日まで臨時職員としてお世話になりました。粟田のこはみなさんとお仕事ができて、とても幸せでした!ありがとうございました!!」 短い間ではありましたがフレンズさんと駆け抜けた書類地獄、締め切り1時間前に発覚する決裁漏れ、フレンズさんや風見さん、そして降谷さんとご一緒したお茶会。ぜんぶ、全部、私の大切な。そう、私たちの大切な思い出なんです。 *** 政府との約束は私を縛る。私は半分とはいえ神に属する。神にとって約束は絶対。破ることは許されない。あの時、遡行軍に対峙しなければ良かったのか。ううん。降谷さんを守ったことはこれから先絶対後悔することはない。それでも、突然訪れる別れは辛い。たった9ヶ月とはいっても、あそこも私にとって大切な居場所だった。ぽたぽたと涙が溢れる。泣いてもダメ、もう歴史は戻らない。私があまりにみっともなく泣くものだから、担当さんには部屋中から厳しい視線が刺さっている。あと天井裏、床下、襖の向こう側からも。神様のじとりとした恨みがましいうちの娘泣かしやがってという眼差しは、担当さんを大いに狼狽えさせた。狼狽えた担当さんの折衷案が、私の力が現世の人間にばれたという事実そのものを無くすということだった。降谷さんの私の力に関する記憶を操作し、私は神に関する力を封じて、ただの人間となる。それならば、神として約束した政府との契約をぎりぎり果たしたことになるだろうと。私には二つの選択肢が与えられた。人として現世で生きるか。神として本丸で生きるか。どちらを選んでも、何か大切なものを失う。あまり時間はありませんがきちんと考えて答えを出してくださいと言って担当さんは政府へと帰っていった。 あまりに重い2択にぎゅうっと握っていた拳に、大きな手を重ねられる。顔を上げれば、お父さんがどこか幼子を諭すような顔でいた。 「お前が彼らを大切に想うのは知っているよ。けれどお前と彼らの生きる世界は違う。私もかか様もお前という大切な一人娘を失うのは嫌なんだ。それは分かるね?」 私と彼らは違う。一緒に生きることは叶わない。はっきりと告げられた言葉に心が痛い。 「違う。彼女の生き方は彼女のものだ。彼女の生きる世界は彼女が決める。他の誰でもない君が選ぶんだ。・・・君は公安の臨時職員として立派に務まっているし、僕にとっても必要なひとだよ。」 凜とした声。泣き顔を布団の方へ向ければ、痛みに顔をしかめながらも身体を起こし、こちらを強い眼差しで貫く降谷さんがいた。私は産まれてからずっと本丸にいる。完全な人間でもない。刀剣男士として呼ばれたわけでもない。不完全な存在。学校だって力の制御のための審神者学校。家族はいる。それでも、私が作った私だけの居場所はどこにもない。箱庭から出ることはなく、このまま政府の術者か開発者か、はたまた審神者として、別の本丸で暮らすのか。そんな時に手に入った現世への切符。1年という期間ではあったけど、それでも人の子のように働いて、人の子と一緒に笑って、泣いて、遊んでみたかった。政府が選んできた職場ではあったけど、フレンズさん、風見さん、降谷さん。本丸の私じゃなくて、粟田のこというただの世間知らずな箱入り娘を受け入れてくれた人たち。私だけの居場所。 選ぶことを許されるのなら、このきらきらした魂の隣に有りたい。魂の在り方を最後まで見つめていたい。強くて真っ直ぐな眼差しに映っていたい。貴方の魂にはとっくに恋より酷い執着をしていた。人として最大で最強な感情。あなたを愛するということ。 手をぎゅっと握り直す。姿勢を正して、両親に真正面から視線を向ける。きっと泣き顔でひどくぐちゃぐちゃだけど、誠実に私の気持ちを、私の言葉で、伝えなくちゃ。 「とと様、かか様、わたし、このひとと、いきたい。」 「お前の記憶を無くしてもかい?本丸の皆だって、私たちのことだって、何もかも、すべて。それでもこの人の子を選ぶというのか?」 お父さんの言うとおりに例え粟田口の娘としての記憶を失っても、半身の刀を手放すことになっても、もう離れたくない。私だけの居場所を。 「私の選択肢を歓迎してくれますか?」 「もちろん。僕の傍にずっと居てくれますか?」 「はい。貴方の傍にずっと居させてください。」 思わず降谷さんの身体にぎゅっと抱きついてしまって、うめき声をあげさせてしまった。自分の打撃値を忘れるとは。うっかりさんめ。 「私は・・・!私は認めませんぞ!そんな、手塩に掛けた娘を嫁に出すだなんて・・・!」 「諦めろ、一期。私たちの娘はお前そっくりに育ったようだ。」 「そうだね、主。三日三晩で駄目ならお百度参りますからなと笑顔で迫る父親に似たようだ。一度決めたら梃子でも動かない。」 「そ、そんな。私の可愛い娘が・・・。ととは、ととはぁぁぁぁ!」 降谷さんに抱きつく私の腰にしがみついて嫌だ嫌だと駄々を捏ねるように首を振って泣くお父さんの姿に、諦めが悪いなと言わんばかりに降谷さんが追撃をかける。その容赦の無い追い打ちの掛け方も好き。 「お義父さん、僕たちキスした仲なんです。認めてください。」 「接吻・・・!私の娘に何てことを!斬る!」 「一期、いい加減にしろ。歌仙。」 「はいはい、分かったよ。」 本体の鯉口を切ったお父さんにお母さんの命令を受けた歌仙先生のチョークスリーパーが決まる。そのまま部屋の外へと引き摺られていった。お父さん、ごめんね。お母さんと降谷さん、そして私だけになった部屋。天井裏、床下、襖の向こう側に潜んでいた刀剣男士もいなくなっていた。空気を読んでくれたようだ。 「さて、降谷くんとやら。うちの娘をどうするつもりだ?」 「どうするつもりとは?」 「どうせ消える記憶だ。今更、うちの娘の説明もいらんだろう。それに最初から起きていたようだし。」 「おや、ばれていましたか。」 「で?うちの娘をどうするつもりだ。嫁にしたいのか。」 「嫁以外の選択肢なんてあるわけないでしょう。」 「うちの娘が優秀なもんで、引き抜きのためにハニトラしかけたのかと思った。」 「いえ、本気で落とすつもりで動きましたが、ものの見事にスルーされました。」 「すまんな、何せ閉鎖的な空間で育ててしまったから。」 「素晴らしいお嬢さんですよ。お義母さん、僕に娘さんをください。」 「ああ、娘のことを頼んだぞ。」 この光景はドラマで見たことがあるぞ。娘の結婚相手が娘の父親へと挨拶するシーンだ。あれ?いつからお母さんはお父さんになった?うちのお父さんは歌仙先生に粟田口部屋へと放り込まれて泣いているはずなのに。お母さんと降谷さんの遣り取りにぼやっとした思考を繰り広げていたら、ふわりと暖かなものに抱き締められた。 「かか様」 「すまないな、お前にずっと苦しい思いをさせてしまって。お前が幸せであるならば、それがどこでだって、かかは嬉しい。・・・お前の花嫁衣装を見るのはまだまだ先になると思っていたのにな。女の子の成長は本当にはやい。」 その日、私はただの粟田のこになった。 *** 12ヶ月目。臨時職員として勤務する最後の月。 年末の忘年会に風見さんが3月には粟田が居なくなると思うと寂しいなという発言を溢した瞬間、怒号と悲哀が会場に溢れた。元々1年限定の雇用契約というのをフレンズさん達は知らなかったらしい。お酒が入っていることもあって会場は酒瓶片手に、風見さんあんた契約更新しなかったんですか馬鹿ですかと元気に絡んでいるフレンズさんがいたが、階級は巡査じゃなかっただろうか。酒の冷めた後の反応が楽しみだと腹黒いことを考える私も大概場の雰囲気に酔っていた。お酒は一滴も飲んでいません。なぁ正職員になろう?臨時職員延長しよう?と誘ってくれるフレンズさん達もいた。ここまで惜しんでくれるのはとても嬉しい。臨時職員をしていて、フレンズさん達と働けて嬉しい。だから、残り3ヶ月ですがよろしくお願いしますねと笑顔で答えたら、床に崩れ落ちて噎び泣いていた。やだ、そんなに私のこと好きなんですか?嬉しい。 そんな阿鼻叫喚の忘年会から3ヶ月後。春は別れと出会いの季節である。4月から公安部に異動予定の一般職員さんに無事に引き継ぎを終えた。ここで私が行っていた業務を書面にし、全てを引き継ぎ終えるまでに何度となく泣かれた。そんなに難しいものじゃないですよ、臨時職員の私にもできることですからと励ませば、お願いですからあと1年延長しましょうよぅとすがりつかれた。なぜ。そして迎えた最終日。1年間もの間書類地獄を駆け抜けた戦友のデスクを綺麗に拭いて、私物を片付ける。終業時刻を知らせるチャイムが鳴る。明日からはもうここに来ることもなくなる。普段、全員が揃うことのない公安部のフロアにはお世話になったフレンズさん達がみんな顔を出してくれた。風見さんから花束を受け取って、最後の挨拶をする。素敵な思い出をありがとうございます、そう溢せば誰ともなく男泣きが始まった。思わずもらい泣きする。ああ、こんな光景をいつの日か見た気がする。既視感がふとよぎる。なんだったかなぁと思い出そうとした時、グレーのスーツに身を包んだ上司の上司、降谷さんが現われた。1月から急激に進んだ組織壊滅の動きに増えた仕事の多さからここ最近警視庁まで登庁してくることはなかった。組織は無事に3月の人事異動期までに壊滅してくれている。公安フレンズさん達は自身の人事異動の準備に平行して今週まで書類に追われていた。徹夜が得意なフレンズだったけど、荷造りも得意なフレンズになったね!夜逃げのようにする夜間の引っ越し作業は私もお手伝いした。残業じゃありません、協力です。久しぶりにお会いした降谷さんに粟田、1年間ご苦労様とねぎらわれ、また涙がこぼれてしまった。 「粟田さん、この後はどうするんですか?」 フレンズさんの何気ない疑問に、涙を拭いながら満面の笑みで答える。 「永久就職します。」 男泣きしていたフレンズの形相が一気に般若へと変わった。どこの馬の骨だ、そいつの粗を捜せ、俺たち公安だろぉぉぉと高揚するボルテージに冷や水をぶっかける男がいる。 「馬の骨、この僕が?粗を捜す、この僕の?ほぉー、やれるものならやってみろ。」 同じく満面の笑みを浮かべる降谷さんは、私を後ろから抱き締める。 「僕が粟田の永久就職先だ。何か文句が?」 フレンズさん全員が黙って首を横に振った。統率のとれた動きで、さすがと公安部と思った。 臨時職員を務め終えた次の日、二人で手を繋いで役所へ婚姻届けを提出した。新しい年度の始まりとともに、私の新しい人生が始まった。粟田のこは降谷のことなりました。旦那さまと過ごす蜜月は結婚式の準備と組織壊滅の後処理に追われ、思わず臨時職員時代の上司と部下の関係に逆戻りしたのかと錯覚した日もあったけど、そういった日には必ず零さんが抱き付いて離れなかった。ふるやれい の しめつける こうげき。愛は苦しかった。 [newpage] 6月、大安吉日。 梅雨時期にも関わらず、雲ひとつない晴天。神様に歓迎されているかのような天気の日に私たちは挙式の日を迎えた。真っ白なウェディングドレスを身に纏い、父親と真っ赤なバージンロードを歩いた先に、私の永遠なる伴侶は待ち受けている。 「綺麗になりましたな。」 少し日本人離れした鮮やかな髪色のお父さんと腕を組み、一歩また一歩と真っ赤な絨毯を進んで行く。思い出すのは今までの日々。両親の間に一人娘として、二人に愛されて育ち、ちょっと世間知らずな私を心配したお母さんが紹介してくれた職場で零さんと出逢った。涙が溢れる。たくさん愛された分、これから零さんと愛を作って、将来産まれてくるであろう私たちの子供に愛を与えよう。ベールボーイをしてくれている桃色の髪の可愛い男の子やそばかすがある恥ずかしがり屋な男の子のように。可愛い子供がたくさん欲しいな。私が一人っ子だから家族は多い方がいい。 バージンロードの先で待ってくれている零さんはものすごく格好いい。昔、読んだ絵本に出てきた王子様のように。中身は魔王みたいなところあるけど。お父さんと二人、零さんの前に並ぶ、これから先進む未来は零さんと二人で歩む。お父さんから零さんへと手渡されようとしたその時、ぐっと後ろに引かれる。あれ? 「やはりこのように愛らしい我が娘に結婚はまだ早い。とと様と一緒に帰りましょう。」 お父さんの発言に場の空気も零さんの笑顔も凍った。・・・もう、しょうがないなぁ。このとと様は。お父さんにだけ聞こえるよう小声で呟く。 「とと様。のこは、粟田の[[rb:娘 > こ]]として産まれて幸せでした。」 はっと目を見開いたお父さんに悪戯が成功した微笑みを向けて、力の緩んだ腕から抜け出し、自らの力で零さんのところへ歩んだ。そう、私は選んだ。粟田口の娘ではなく粟田のことして生きることを。神の力は捨てて、一人の人間として現世に降りた。そう政府には報告されている。実際、今の私は神の力を使えない。本丸に残してきた半身たる刀に全てを預けた。しかし、記憶は残っている。私はかつては神だった。神は嘘はつけない。約束は守らなくてはならない。ではなぜ記憶が残っているのか。神は嘘がつけないが、隠すことは得意である。人しかり、誰かの帰り道しかり。私は自身の記憶が残っていることを隠すことにした。そんな邪道な提案をしてきたのはお母さんである。あの日、お母さんと零さんと私で決めた。お母さんと零さんは完全なる人間である。人間は嘘を吐く生き物である。神と約束するわけではない。私が力を無くした状態で現世へ降りたと報告するだけである。そして降谷さんの記憶操作は政府が行う術式なので、『僕の仕事に支障がない程度の記憶の操作』という範囲の条件を付けた。私に関する記憶がひとかけらでも欠けることは僕のモチベーションに差し障り、つまるところ僕の仕事に差し障るとドヤ顔で言い切った零さんの姿に、それでこそ我が義息子とお母さんが大層喜んでいた。 というわけで、私の父親が一期一振で、ベールボーイを務めているのが秋田藤四郎と五虎退という刀剣男士であることも知っている。そしておそらくあのゆるゆるがばがばな報告書を受理した担当さんは私の今の状態を知っている。きっと零さんの記憶操作の術式を行った術者も担当さんの知り合いだ。私はあの本丸でみんなに愛されていた。つぎに本丸へ戻るときは、私が人間としての一生を終えた時。そこで私は神として本丸へと戻る。戻ったその時、きっと零さんの魂を私の神域へ招き、神隠ししてしまうのだろう。彼は神の私に言った。ずっと傍に居ると。今から私たちが紡ぐ言葉は、天におわす外つ国の神に誓うのではない。この会場におわす刀剣の神様の前で行う約束なのだ。この会場のそこらかしこから刀剣の気配を感じるし、新婦側の席でぽろぽろ涙を溢すとんでもない美形は自称じじいの国宝刀剣に違いない。新郎新婦より目立っちゃ駄目でしょおじいちゃん。うん、これぞまさに神前式。 「病めるときも健やかなるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、死がふたりを分かつまで、愛し慈しみ貞節を守ることを誓いますか?」 死がふたりを分かつまで?いいえ、死はふたりを分かつのではない。新たなステージへと出発するだけなのだ。神はひとたび執着したものを決して離さない。まったく神様らしい本当に傲慢な執着心は清らかな花嫁の微笑みに隠し、零さんと誓いのキスを交わした。 *** 私は粟田のこ。公安部の臨時職員。 私の仕事は公安部のフレンズさんたちにお茶を汲むこと。簡単な書類を片付けること。 私は粟田の娘。審神者の娘。 私の使命は歴史改変を目論む歴史修正主義者、時間遡行軍を倒し、歴史を守ること。 私は降谷のこ。降谷零の妻。 私の役割は旦那様を愛し、癒やし、その魂に磨きをかけること。そして・・・、 私は____。刀剣に宿りし付喪神の娘。 私の日課は磨きに磨いた清らかな魂を愛で、永久に傍にあること。 [newpage] 粟田のこ改め降谷のこ 本当の名前は新婚初夜に、旦那様の耳元で囁いている。名前を明かすことで、神としての自身の存在を魂に認識させた。箱庭育ちの箱入り娘でぽやぽやの世間知らずであっても根底は神である。本丸を出て行く時に荷物に小夜左文字・極が紛れ込んでいるのは、嫁入り道具として本丸所属短刀ジャンケン大会が繰り広げられ見事1位を勝ち取ったから。小夜先輩は現世で顕現することはないが、生まれてきた赤子は何故か誰もいないであろう方向に向かってきゃらきゃらと笑っている。 公安フレンズ 忘年会は阿鼻叫喚。新年会は某組織のせいで中止。無礼講で酒の飲める機会を失ったフレンズ達の怒りの矛先は組織殲滅へと大きくプラスになったとかなっていないとか。物静かな日本警察がやけに不気味だったとは某外つ国の捜査官の談。組織が壊滅すれば書類が山積みで人事異動が発表されても書類が終わらないので、引っ越しも夜逃げするかのごとく真夜中に敢行。俺たち公安らしくていいじゃないかと慰め合った。あの時の粟田さんの差し入れてくれたおにぎりの味は忘れない。泣きながら見送ろうと思った臨時職員の再就職先がまさかの上司の所とか。あの時の降谷さんの笑顔を見ればどんな犯人も怖くない。結婚式では、再び男泣きする。 上司の風見さん 思い出したかのように忘年会で溢した発言が部下を混乱の坩堝に突き落とすとは思っていなかった。そうか言い忘れていたな。そういうところものすごく降谷さんに似てきましたよね!とは公安フレンズの談。しかし、再就職先までは把握していなかったので、驚いている。この後フレンズさんに風見さんあんたまた言い忘れていたんですか!と詰め寄られることになるが今度は本当に知らんと一騒動起こす。さらにその後、降谷さんに婚姻届けの保証人欄を書かされることになる。 上司の上司改め旦那様の降谷さん 腹貫かれた割には元気に娘さんを僕にください発言をかます。彼の神気濡れの魂を見た本丸の刀剣男士は娘が遅かれ早かれ神隠しすることに気付いている。三条の刀剣は良い婿殿を見つけたようで何よりださすが我らの娘と発言したことで、拗ねた父親は部屋でべしょべしょに泣くことになる。どこから本気だったのかというと、行き倒れて目を覚ました時には一目惚れしていて、膝枕を所望する頃にはベタ惚れだった。本気すぎてセクハラまがいになっていたことは認めるが自身の顔の良さを把握している悪い大人。彼女の父親とは笑顔で腹を突き合うタイプ。結婚式は神社で行うつもりであったが、彼女の母親から彼女の憧れは真白のウエディングドレスと聞いていたので、教会での式にする。参加しているのが日本の神様なので結局は神前式。自身の魂が彼女に囲われることは初夜に言われている。死んでからも一緒とか何それ最高。死んだら仕事もないし、ずっと一緒にいられるな!と即了承。結局の所、お似合い夫婦。
とうらぶクロスーオーバー最終話。これにて終幕。最後までお付き合いいただきありがとうございました。<br />好き勝手書き始めたこのシリーズ、フォロワーさんとの話で生まれた切っ掛けがここまで膨らんでこんな風になりました。<br />当初、着地点と方向性は分かっていたのですが、途中の道が私にはっきりと見えているわけではありませんでした。<br />みなさんの続きが読みたい、おもしろい、楽しい、そういった声に私の足は前へ一歩ずつ進んでくれました。<br />その結果がこの全5話であり、最終話であります。<br /><br />たくさんのコメント、スタンプありがとうございます。前話をアップしたあとに押されたスタンプを見ているとジェットコースター並の急展開をしてしまったのかしらと思いました。<br />たくさんの方にいいね、ブックマークをぽちぽちしていただいてありがとうございます。ここ最近夜中に上げることが多かったので、朝起きた時に増えている数にみなさんの睡眠時間を心配しました。<br />そして、フォローをしてくださった方、ありがとうございます。おかげさまで1500人越えました。<br />前回1000人を越えた時に行おうと思って企画倒れしたフォロワー祭りを開催すべきなのかと思ったくらい嬉しいです。<br /><br />最後に、今までこのシリーズを応援してくださった全てのみなさま。本当にありがとうございました。<br />あなたにとって少しでも日々の癒やしや楽しみ、そして萌えに繋がっていたら幸いです。
臨時職員が選ぶ路の先は
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事の異常さに背筋が凍った。 勘違いじゃなく、記憶が無いなんて。 おまけに偽物まで送り込まれている。 それじゃ俺はどうなるんだ? 家族は? 仲間は? この街は? 正気なのは俺だけなのか!? その時感じていたのは、確かに絶望と呼んでいい代物だった。 だけど、ルナティックが俺を知っていた。 犯罪者に一切容赦の無いルナティックが、お前は違うと。 ここでくじけるのか、と。 しゃくだけど、奮い立った。 そうだよ、俺は違うんだ。 ここで負けてちゃいられないんだ。 ようやくベンさんというはっきりとした味方を見つけたとき、はじめて自分が心底心細かったことに気がついた。 そしてそこから、風向きが変わった。 昔のスーツに身を包み、アポロンメディアを目指す間、いくつも声を聞いた。 通り過ぎた曲がり角から、見送った窓から、すれ違った車から 「負けるな!ワイルドタイガー!」 「俺がはじめて取材したのは、あんただったんだ!忘れるもんか!」 「信じてるよ!私のヒーロー!」 「俺達は覚えているぞ」 そうだ。俺はずっとこの街を守ってきたベテランヒーローだぜ。 俺しか居ないのがなんだ。 だったら俺が皆を助ける!
おじさんスレ外伝。<br />2スレの声援が届いてたらいいなっていう。<br />  ◆おじさんは、赤がトレードカラーの少年もの熱血主人公に分別と年齢を足したようなタイプだと思うのです。で、その思考回路でもって小ネタ<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=873333">novel/873333</a></strong>の1ページ目になる、という。
正義の声が聞こえたぜ
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*諸注意 当シリーズは「[[jumpuri:萩原さんちの秘蔵っ子【ネタ】 > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8945924]]」から始まり「[[jumpuri:萩原さんちの秘蔵っ子ねくすと! >https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9130885]]」に続いた秘蔵っ子シリーズのサードシリーズになります。 完全に続きから始まります。ほぼ確実にここからでは話が通じません。なのでよろしければそちら2シリーズから順々にご覧ください。 ・萩原の妹に転生トリップした子(がっつりオリキャラ)が主人公 ・不運なんだか幸運なんだかチートなんだか微妙な子 ・というか人脈(と書いてセコムと読む)と悪運だけで生き残ってるみたいな子 ・恋人は降谷(not安室) ・しょっぱなから既に恋人です ・ねつ造 ・キャラ崩壊 ・いろんなキャラが救済されてるので原作はどっかいっちゃった ・本来いないはずのキャラが普通に映画版に登場する ・警察学校組と書いてお兄ちゃんズと読む ・文章は拙い ・ご都合主義 ・原作揃えきれてないので矛盾しかない たぶんもっと注意すべきところがある ※スコッチの名前ですが、仮に本名を翠川唯、偽名を緋色光とします  原作で本名がでたらそっちに合わせる予定 自己回避お願いします 何でも許せる方だけどうぞ [newpage] というわけでまったく全然納得できないお顔してたコナン君とバイバイしてお仕事終わりの零さんと歩いてる萩原[[rb:采咲 > つかさ]]です。 コナン君ったらこれっぽっちも納得してなかったけど大丈夫かな?ついてきそうな雰囲気だったけど付いて来てない?大丈夫? 「コナン君ってば本気でついてきそうな勢いだったけど大丈夫かな?」 「そうですねぇ、まあ蘭さんが迎えに来てましたから大丈夫だと思いますけど」 でも早く片付けないと本気で家までついてきそうだったなぁって笑う零さんはなんだかとっても他人事でした。 零さんのおうちに押し掛けられそうになってるのにね。変なの。 「やっぱり透さんちにコナン君きたら困る?」 「僕はそこまで困りませんよ」 つまり透さんちじゃなくて零さんちだと困るってことです? あれ、っていうことはもしかして今私がお泊りしてるのって零さんちなのかな?うん?どっちだ? 「透さん透さん」 「ん?」 どうした?って淡く笑いながら視線を合わせてくれる零さんにきゅんってした。 私に合わせてゆっくり歩いてくれる零さんが握った手をきゅってしてくれるから、なんかいそうな暗い帰り道も怖くないよ。でもね、 「気のせいかな、なんかすごい背中がゾワゾワする」 なんかこう、ぞわぞわぞわぁってして産毛が逆立つ感じ。なんでかな? きょとん、って瞬いた零さんの目が一瞬でギラって光ったんだけど、えっ待って待って何事? とりあえずよくわかんないけどなんか落ち着かないから零さんの腕にぴとってくっ付いてみた。安定の安心感にホッとするけどやっぱりぞわぞわする。なんでや工藤 「采咲、おいで」 「うん?」 くんって手を引かれて大通りから細い路地っぽいところに方向転換。 うん?零さんどこいくの? 「透さん?」 そっちはおうちの方じゃないよ? どこ行くのって言っても笑いながらいいからおいでって引っ張られる。ええまあついていきますけどね。零さんだし。 これが別の人だったらさすがに拒否したよ。だって街灯もない暗いところに引っ張られたら怖いじゃない。 「采咲」 「なぁに?」 いつもよりゆったりしたちょっぴり低い声に呼ばれて、あれ?って思う前にちょっと強引に手引っ張られて壁ドンされた。うん? 「僕と、ちょっとだけ悪いことをしようか」 いつの間にかつないだ方の手の指が絡められてきゅって握り込まれてる。顔の横に右腕全体で遮るみたいに肘をついた零さんが、いつもより艶やかに笑いながら顔を寄せてくるんだけど、えっとぉ?采咲ちゃんはちょっと状況が読めないぞ? ねえ待って待ってバーボン出てません?会ったことないけどねえこれバーボンじゃない?ちょっと待って誰か説明して! 「透さん…?」 昨日いっぱいちゅーされたときよりよっぽど雰囲気が妖しいんだけどちょっと待って何これガチモードってやつです?え?今までずっと手加減されてたの?あれで???? 「shhー…」 どうしたのって言おうとしたら口にピンって立てた人差し指をそっと押し当てながら息を吐くような細い声でシィーって言われた。ひえっ思わず飛び出しかけた声も引っ込んじゃったわ! 待って待って雰囲気がとってもヤバイ!ひええそんな至近距離でそんなお顔でそんな雰囲気になられたら真っ赤になっちゃう!語彙力吹っ飛んじゃう!!壁にぴったりくっつくしかできない!めり込んじゃう! 「大丈夫、僕が全部教えてあげますから」 いつもより低くて潜められた声が楽しそうに笑って言う。押し当てられてた指がゆっくり唇をふにふにしてきて思わずひえってなった。ひえっ! 「だから、僕と一緒に気持ちいいことをしましょう?」 やめてください死んでしまいます ひええええ死ぬっ!て思いっきり頭の中で叫びながらぎゅーって目を瞑っちゃうわ。ダメだわこれ視界の暴力!バーボン(推定)やばい威力つよい効果は抜群だ! あー待って待ってそんな至近距離でくすくす笑わないでー!空気の揺れがダイレクトに伝わってきてとっても叫びたいー!でもキャパ超えちゃったせいで喉が仕事やめちゃったー!ひえええ視界と色気の暴力!って叫びたいのにピクリとも喉動かないー!!仕事してー!! 「ふふ、かわいいなぁ」 待って待ってホントについていけない待って待って待って!!!! ちょっと待って本気で待って初心者マークの私相手にエンジンかけすぎだよ零さん死んじゃう!待ってー!私バーボンより零さんがいいっ! 「――このまま食べちゃいたい」 アッこれ逃げられないやつだ す、って細められた楽しそうな青い目に秒で悟った。でもよくよく考えたら最初から私が零さんに勝てるわけなかった。わー詰んだぁー! 「なっ何やってるだおまえええ!!」 ひえっ勝てぬってもはや悟りの境地ってなったところでなんかすっごいブルブル震えてる知らない人の怒鳴り声が飛んできたんだけどちょっと待って私状況についていけない。 誰か名探偵連れてきて! [newpage] Side Furuya 目の前で真っ赤になって目を白黒させている采咲に自然と口角が吊り上がる。 きっと今の俺はとても悪い顔をしているんだろう。目が合った采咲が小さく悲鳴を上げて固まっていた。 これはいったい何事だろう?ってまったく何もわかっていない顔で、今にもぐるぐると目を回しそうな愛しい子の唇を添えた指で弄ぶ。 「大丈夫、僕が全部教えてあげますから」 逃げ道を塞ぐように置いた右腕をチラッと見ては、どうしようと視線を彷徨わせるさまの何とかわいらしいことか。 残念ながら逃がしてあげるつもりはないぞと、言外に教えてやるように少しずつ囲いを狭めていく。絡めた指に少し力を籠めればピクリと指が跳ねて縋るように握り返される。 采咲が縋っているのは今まさにお前を追い詰めている相手だっていうのに、ひたすら全力で握りしめてくるところがかわいい。逃げるって言う選択肢はないのかな? 「だから、僕と一緒に気持ちいいことをしましょう?」 耳に寄せた口が触れたまま吹き込むように囁いてやれば、目の前の薄い肩が大げさに跳ねあがった。ぶわりと赤くなる顔に、耳に、首に、意図せずとも笑みが溢れる。 ああ、本当に…、 「かわいいなぁ」 少しぐらい、味見をしたっていいんじゃないかと欲が囁くまま、髪をかき分けるようにしながら耳の裏へと鼻先をうずめる。 俺と同じシャンプーの匂いにかすかに交じる甘やかな香りに、気づかれないようにそっと深く息をしていれば、吐き出した吐息とともに本音が転げ落ちる。 「――このまま食べちゃいたい」 何もわからないぐらいドロドロに溶かして、何も考えられないぐらい俺でいっぱいにしてやりたい。 零さんって呼ぶ、その甘く柔らかな声を煮詰めてふやかせて、これ以上ないってぐらいとびきり蕩けた音に変えてやりたいと、喉奥で欲が唸りを上げる。 ああでも、 「なっ何やってるだおまえええ!!」 それは今じゃない。 「ひっ、」 かすかな悲鳴を上げた采咲を宥めるようにやわやわとつないだ手を握りしめながら、うずめた鼻先を名残惜しくも離して耳障りな声の方へと視線を流す。 細い路地と大通りの境では、高校生にしてはそれなりの体格をした男がぶるぶると体を震わせながら俺を睨みつけていた。ギラつく視線が鬱陶しいな。 「人様の逢瀬を覗き見るとは、随分といい趣味をお持ちのようで」 ニコリと笑ってやればほの暗い目がめいっぱいに見開かれる。 顔を起こしただけで采咲から離れようとしなかったのが気に障ったらしい。不潔そうな太い指に握りしめられた携帯が勢いよく地面に叩きつけられた。 「逢瀬…?逢瀬ってなんだよこんなのお前が彼女に無理やり迫ってるだけじゃないかあ!!!」 唾をまき散らしながら地団駄を踏み、離れろ離れろと怒鳴り続ける不快な声に耐えられなくなったのか、ぷるぷると震える采咲が俺の服を握りしめた。 「いやだなぁ、これが無理やりに見えるなんて、随分と都合のいい目をお持ちのようだ」 これ見よがしに掲げたつないだままの小さな手の甲に唇を寄せるついでに、反対の腕でいつものように小さな頭を胸に抱き込んだ。無抵抗どころか進んでひっついてくる采咲を見て、耳をつんざくような声が汚らしく俺を罵ってくる。 「僕のなのに!僕のなのに僕のなのに僕の彼女なのになんでなんでなんでなんで!!!!」 「すみませんちょっと黙ってもらえませんか」 采咲の耳が汚れるだろう。 「きたねぇのも確かだがそれ以上に精神衛生上よくねえから黙れや」 地の底から這いあがってくるような憤怒に満ちた声が上がるのと同時に、采咲をさんざん苦しめたストーカーはどさりと地に伏した。 「――よォ、お兄様のお通りだぜ」 情けなく白目を剥いて失神したストーカーを見下ろしてにたりと嗤う萩原と松田の顔は、とてもじゃないが采咲に見せられたものじゃなかった。 うわぁ、機嫌の悪いジンにも勝るとも劣らない顔だぞお前ら。 [newpage] 放送禁止用語ってこういうことをいうんだぜ!って自慢されてるみたいな勢いで垂れ流されてたいやな声がやんだと思ったら今度はとっても聞き覚えがあるけど聞いたことないぐらいひっっくい声がしてまたひえっ!てなったのは私です。ひえっ 「で、俺のだぁーいじな妹を怖がらせたクソ野郎はこれか」 「おう。1山どころか2山作る勢いの盗撮写真を寄こしたうえに防弾ガラスの窓にひび入れるぐらい石投げつけたゴミ野郎がこれだ」 わぁこれ絶対放送したらピー音入るわぁって現実逃避しながら零さんにぎゅうぎゅうしてたら、声聞くだけで今までにないレベルで怒ってるってわかるぐらい怒ってるにぃにと陣平お兄ちゃんの声がするんだけどこれいかに。 「証拠は押さえてんだろうな?」 「おう。とりあえずコイツの妄言はばっちり録音したし、今日写真と一緒に入れられてた胸糞悪いメッセージの山を筆跡鑑定すれば1発だろ」 あ、今唯お兄ちゃんの声もしたね?めっちゃ抑揚ない。淡々とし過ぎて一瞬別人かと思った。 「ついでにDNA鑑定もすりゃあいい。婦警が回収した[[rb:ニーハイ > あれ]]についてたのと照合すりゃあ逃れようはねぇし、ついでにさっきので十分恐喝罪に問える」 …あ、今の航お兄ちゃんの声か!聞いたこともないぐらいやっべえ声してて誰かわかんなかった!中の人変えたの?って聞きたくなるぐらい声違った。びっくりした。 なんだかまったく状況がわかんないけどお兄ちゃんズが揃ったことだけはわかったよ。ところでにぃにいつの間に帰ってきたの? 「まったく、来るのが遅いんですけど。トラウマになったらどうしてくれるんです?」 「お前が連絡よこすのが遅いのが悪いんだろうが!!」 やれやれってあきれたような声が真上からしたと思ったら噛みつくような陣平お兄ちゃんの声が飛んできた。 さっきまでの誰これバーボンかな?って思うような声じゃなくて、いつもみたいな零さんの声で思わずホッとする。 よかったこれいつもの零さんだ…。 「大体お前はお前で何やってんだよ!これ幸いとばかりに全力で迫りやがってしょっぴくぞ!?」 「ええ?いやだなぁこんなのまだまだ序の口でしょう」 えっあれで序の口?あれで手加減されてたの??嘘だと言ってよバーニー!! 本気で迫るならもっと別の方法で陥落させますって朗らかに言う零さんこわい。これだからイケメンは…! ところで私いつまで零さんのお胸に顔突っ込んでたらいいのかな?そろそろ息苦しくなってきたんだけども。 「今顔を上げると采咲の目が汚れるからダメだ」 「アッハイ」 まるで汚物が目の前に広がってるかのような零さんの声が大まじめにダメって言ったのでおとなしくジッとしてることにした。 大丈夫私は空気読める子。零さんにぎゅっぎゅっすりすりしながらおとなしくいい子にしてますよ。ふすんっ [newpage] Side Furuya 視界にも入れたくない件のストーカーの処理は伊達たちに任せ、俺はすりすりと甘えてくる采咲のメンタルケアにせっせと励む。 よしよし、怖かったな。急なことだったとはいえ説明もできなくて悪かった。 「突然でびっくりしただろう?驚かせてごめんな」 久々に外に出た采咲を見つけて興奮したのか、見事にわかりやすいお粗末な尾行をしてくれたものだからこれ幸いと煽ってみたんだが、やっぱり先に説明してやればよかったな。 「うん、ホントにびっくりした」 そうだよな、采咲からしたら突然目の前にストーカー野郎が出てきたんだ、怖くないわけがなかったなと反省する。やっぱり一旦采咲を逃がしてからワンパン決めるべきだったか…。 「急に別人みたいに透さんがえっちくなるからびっくりした」 「」 ひゃーっ!と黄色い悲鳴を上げながら引っ付いてくる采咲に思わず思考が停止した。 「悪いお兄さんって感じたっぷりでぴゃってなっちゃう。ホントに食べられちゃうかと思った…」 バクバクしすぎて心臓痛い!なんてきゃあきゃあ言う采咲は大興奮のようで、むぎゅむぎゅと胸に顔を押し付けながらぴょんぴょん飛び跳ねてる。髪の隙間から見える耳はさっきの比じゃないぐらい真っ赤に染まっていた。 いや待て、采咲のびっくりした原因って俺か?あのストーカーじゃなくて?は? 「大変だわ私の心臓持たないっ!爆発しちゃうっ!」 どうしようどうしようって言いながらも離れないので、とりあえず落ち着かせようと頭を撫でてやる。 よしよしどうどう。とりあえずさっきのやりとりがお気に召したのはわかったから落ち着け、な?俺としては思わぬ反応に思考が追い付かないんだが。 「おーおー、采咲ちゃんってば大興奮だなぁ」 そんなにさっきのゼロよかった?と寄ってきた唯が笑いながら声をかければ、バッと勢いよく顔を上げた采咲が真っ赤な顔で大きく頷く。 「どうしよう光お兄ちゃん私爆死しちゃいそう!」 「いやこれで爆死されたら萩原も俺たちも浮かばれないからやめて?」 まるで憧れのアイドルに会った女子の反応だなぁと笑う唯に思わず同意する。 いや、まあさっきの投石野郎のせいでトラウマができるよりよっぽどいい…よな?うん、そういうことにしておこう。 「でも采咲ちゃん、これぐらいでそんなに興奮してたらこの先持たないぞ?あれでも序の口らしいからな!」 「ひええ~~~!!」 なんだその会話。いやむしろ会話になってるかこれ? うーん、昨日とはまた全然違う反応にどう返したらいいのかわからないんだが、この差はなんなんだ? 「でもやっぱりいつもの透さんがいい~~~っ!」 「えっと…これ、僕はどういう反応を返したらいいんですかね?」 「さぁ?」 そっかそっかと訳知り顔で相槌を打ってた唯に助けを求めたらケロッとした顔で見捨てられたんだが。オイお前それはないだろう。 「やっぱりこのぐらいの女の子は[[rb:バーボン > わるいおとな]]に惹かれちまうんだなぁ」 オイ待てまるで俺が[[rb:悪い大人 > バーボン]]として迫ったみたいないい方やめろ!いやたしかにやってることは悪い大人だけど! [[rb:安室 > ぼく]]として口説くというよりバーボンとして迫ったのは否定しないが!だってこっちの方が投石野郎を挑発するにはもってこいだと判断しただけで決してそんなつもりはなかった!! とりあえずずっとぴょんぴょん跳ねてる采咲はそろそろ落ち着こう。な?実は[[rb:降谷 > おれ]]より[[rb:バーボン > ぼく]]の方が好みなんじゃないかと思えてきたから。 「まあ未成年誑かしてる時点で悪い大人筆頭だよな」 「光うるさい」 好きになった相手がたまたま年下だっただけだ。誑かしたとかいうな。 「園子ちゃんに自慢したい…絶対いいって言ってくれる…めちゃくちゃ自慢したい…」 采咲は采咲で何言ってるんだやめてくれ 「あ、でも…そんなことしたらさすがの園子ちゃんでも好きになっちゃうかもしれない…それはちょっとやだ…」 見せるのもったいない…でもやっぱりめちゃくちゃ自慢したい…!なんて唸りながら延々と独り言を落とす采咲を思わず痛くない程度に抱きしめる。 ああもう…、俺にどうしろって言うんだ…! 耐えられなくなって丸い頭に顔をうずめて唸り声をあげれば、一部始終を見ていた唯がお手上げと言うように深々とため息を吐いていた。
さーどシリーズ第49話!<br /><br />これにてストーカー編間違えた追跡者編完結です!ぱちぱち!<br />ひっぱった割には随分あっさりとした終わりですねとツッコミが飛び交いそうですが終わりです!終わりったら終わり!<br />だって身バレしないように遠距離攻撃(と書いて投石と盗撮と読む)ならまだしも近距離攻撃(と書いて襲撃と読む)したら絶対的セコムにコロコロされて終わる未来しか見えなかったんですもの。<br />お兄ちゃんズは最強です笑。<br /><br />とりあえず久々に晩酌にバーボン飲んだせいで変なところで変なテンションが顔を出して変な展開になってしまった。<br />バーボン味を出す気は全くなかったのにね!むしろこれはバーボン味といっていいんでしょうか?私の中でトリプルフェイスの色気担当はバーボンなんです。え?色気は全く出てない?それはただの文才不足ですね!<br /><br />【追加】<br />2018年09月07日付の[小説] デイリーランキング 41 位<br />2018年09月07日付の[小説] 女子に人気ランキング 55 位<br />2018年09月08日付の[小説] デイリーランキング 51 位<br />2018年09月08日付の[小説] 女子に人気ランキング 18 位<br />ランクインいたしました!皆さまいつもありがとうございます!
萩原さんちの秘蔵っ子さーど!49【追跡者】
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「総員、あの馬鹿共に続け!」 クルシュ・カルステンの声が響く。おいおい、菜月はともかく最初に白鯨に攻撃した俺とレムは違うだろ? だがこうして白鯨討伐が始まったのだ クルシュ・カルステンの後ろにいた打ち上げ花火みたいな物が発射された 「夜払いが来ます!」 レムの声の後すぐにさっきまで夜だったはずなのに昼間のような明るさになった。やっぱりすげえな魔法は そしてはっきりと白鯨のデカさに改めて驚く あんなの本当に倒せるか不安になってきた…… 「あれが白鯨……」 「怖いですか?」 レムは菜月に聞くがそこに心配はなかった 「ああ怖いね。アレを倒して賞賛される俺の未来の輝きっぷりがな!」 菜月は傲慢らしい答えを出した 「つう訳でしっかり囮役がんばれよ」 「おう!お前も殺されるんじゃねえぞ!」 安心しろ、やばくなったらお前らを置いて逃げるから 俺は一旦菜月たちと離れ、クルシュ陣営に戻る 「どうも」 「先制とはしてくれるじゃないか」 甲冑を着たクルシュ・カルステンは笑っていた 「それはどうも。で、次はそちらの番ですけど……」 白鯨を見ると菜月たちを追いかけた。まったくクルシュ陣営を見ていない 「余所見とは随分安く見られたものだ」 それと同時にクルシュ・カルステンが剣を抜くと斬撃が白鯨を襲った 射程を無視した無形の剣。百人一太刀と呼ばれる剣技だ なるほど……王選だから権力が強いだけだと思ってはいなかったがやっぱりやばいなこの人も そして白鯨もクルシュ陣営を敵と判断したのかこっちにやってきた 「散開!」 そう叫ぶといくつかの小隊に別れて白鯨から逃げる 1人を除いて そいつの名は『剣鬼』ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアだった 「ここで屍を晒せ、化け物風情が!」 そう言うとヴィルヘルムさんは剣を白鯨の頭に刺す 白鯨を振り落そうと旋回するがヴィルヘルムさんは落ちることなく、血まみれながらも白鯨の背中を走りながら刃を落とす なにあの人!?もう俺たちの世界の軍より強いんじゃね!? そしてヴィルヘルムさんも限界が来て落ちそうになったところを狙う白鯨だが…… 「余所見すんなやぁアホがァ!」 大ナタで切り裂く獣人のリカードに続き、鉄の牙の団員たちが白鯨の身体に剣や槍を突き刺した 「総員、離れろ!」 クルシュ・カルステンの剣技がまた白鯨に切り裂かれる 「横腹だ!」 怯んだ所を逃さずに魔法を使う部隊に言うがもっと距離の近い方がいいだろ? 拒絶の黒の力で空の一片に黒い穴ができた。穴の中には先程やられた生々しい血が流れている白鯨の横腹だ 「あの中に放て!」 クルシュ・カルステンもわかりそう命じると一斉に放った火の魔法が合わさり、そのまま拒絶の黒の中に放たれ、ゼロ距離で喰らう白鯨だった 「「「うおおおぉぉ!」」」 白鯨討伐メンバーは喜ぶがダメだ。本来なら今の奇襲で地に落とすはずだったが……高度はまったく変わってない 「どうやら白鯨の皮膚が我らが思ってた以上に頑丈だったようだ」 クルシュ・カルステンはそう結論を出すが、それって自分で首を締めてねえか? 「だがまだ攻撃は続ける!放て!」 しかし諦めずに第二陣が攻撃しだした リカードさんたちもライガーにまたがって、少しでも余力を削ろうとする なら俺は……菜月の方に行くか…… 「どうだ菜月?」 「悔しいが動きがあるまで待つしかないって所だな……!」 やって来ると唇を噛み締めていた菜月がいた 「そういや比企谷、お前の力で白鯨をワープする途中に閉じて真っ二つにできるか?」 「あんな巨大な生物をできる穴なんてできねえよ」 それにそうしようとしたら白鯨が来るかもしれねえだろうが 「できたとしてもこれくらいだ」 俺が指を鳴らすと白鯨の至る所に穴が出現される次の瞬間に一斉に穴の中から剣と同じくらいのトゲが白鯨の身体に刺さる 「俺の権能は攻撃系じゃないからな」 「いえ、相当すごい力ですよ」 『謙虚』でいたのにレムにツッコミを入れられる 「そうだよ、攻撃手段に乏しいフェリちゃんも歯がゆいのもこっちもおんにゃじにゃんなんだけどネー」 そうやって来たのは治癒術師のフェリックス・アーガイルだった 「その分、お前は回復特化の討伐隊の生命線だろうが」 「たしかに。それにお前がなにもしないことはいいことだろうが」 「それもそうにゃんだけど……」 「皆様!ヴィルヘルム様が!」 俺が珍しく人を元気付けているとレムが叫んだ 白鯨を見るとヴィルヘルムさんが獅子奮迅のように走っていた。とてもあの人だけがやったとは思えないな 空中で至るところにできた痛みに悶えていた 「ちぇぇぇぇぇぇぃぃぃっ!」 ヴィルヘルムさんは一度白鯨から飛び降りた 「ほいさぁっ!」 そして落ちたきたヴィルヘルムさんをリカードさんが大ナタで振るう そしてその力はまるで弾丸のようにヴィルヘルムさんはもう一度白鯨の元へ跳んだ そしてヴィルヘルムさんが白鯨の左目を刺突した。そして瞬時に別の二本を引き抜いて、抉りとった ヴィルヘルムさんは左目と同時に落ちてきた 白鯨の目はバランスボール並みに大きかった。キモっ!? 「--無様」 白鯨に見せつけるようにヴィルヘルムさんは左目を突きあげた 超ヤベェよこの人……よくこの人から逃げられたな俺…… だがその挑発行為は-- 「白鯨の目の色が……!」 『ーーー!』 咆哮をあげ、片目を抉りとられた怒りに残る隻眼が真っ赤に染まった そして次の瞬間、白鯨の身体から無数の口が開いた。なにあれ……鯨じゃねえよ…… 「ーーーーッ!」 ぐっ……!? 白鯨の金切り声のようなものが俺の鼓膜から全身に伝わる そしてその怯んだ隙に白鯨も自分の得意な場を作りだした 無数の口から霧を放出させた 霧の魔獣を本気にさせたようだ 逃げるか…… 「スバルくん、レムに命を預けてください!」 「えっ……」 逃げようとしたら菜月たちがいた。おい!お前らが近くにいると危ないんだよ! そして動いているが一向に菜月たち以外と会わない。というか近くに菜月たちが見えるか見えないかもわからない そうして逃げていると後ろから霧が横切った だがそれは霧と言えるべきなのだろうか。そこにあったはずの大地が消滅されていたのだ 俺たちの世界じゃさほどよくわからなかったが、これが霧の恐ろしさか……! 「菜月、レム、離れろ!」 とりあえず全員との集合を第一に考えるべきだ。だから俺は拒絶の黒で辺りの霧を反射させた。そしたら幸運なことにクルシュ陣営がいた 「何人がやられた?」 「我が隊は十二名。三人、足りませぬ」 「……誰がやられた?」 「わかりませぬ……!」 これは……あの時と同じだ…… オットーさんがいつのまにかレムを忘れた時と一緒だ。そういえば今まで白鯨にやられた者は誰なのかわからないと言っていたな……まさか……!? 「おい菜月……」 俺はこの現象を知っている菜月に聞いた 「ああ、白鯨の放つ霧は……消滅の霧だ……!」 存在そのものを消し去る霧……とんでもない魔獣を生み出したな…… だがなんで俺と菜月は覚えている……? 「先走り過ぎました」 その時別方向から現れたのはヴィルヘルムさんとリカードさんだった。どうやらこの人たちは消されてないようだ 「霧に隠れた以上どこから出てくるかわからない。密集しては下策もいいところだ。すぐに散開して……」 クルシュ・カルステンが冷静にこの後のことを考えようとするとき、感高い声が響いた ぐっ……急に頭が……! 「うあああぁっ!?」 「おい、どうした!?」 その時1人の男が急に倒れてしまい、駆けつけようとした菜月だが、その騎士は泡を吹き、白目だった 辺りを見回すとその騎士以外にも自分の腕が血が出るほど掻いたり、地面に頭を力いっぱい打ちつける騎士もいた 「精神に直接……マナ酔いに似ています……!」 レムがそういうがマナ酔い?もっと悪質だろこれ……! なんとか俺は意識を保てることができたが、耐性がある奴といない奴がいるようだ だがこんなところで止まっていたら白鯨の餌食だぞ!? 「殺すよりケガ人出す方が戦線を崩壊させやすいってのは聞いたことがあるが……それが怪物がやるかよ……!」 菜月はそう言って暴れる騎士を止めようとする。他もそうするがこんなところでノコノコしてる余裕はない 「荒っぽいが勘弁しろよ」 「ガッ!アアアッ……!?」 拒絶の黒で暴れる騎士をキツく縛りあげた。悪く思うなよ 「助かるぞ比企谷八幡……!」 クルシュ・カルステンもこの行為は認めてくれたようだ 速効性はないが拒絶の黒に縛られているならその打ちマナ酔いも解けると思う 「クルシュさん、俺が時間を稼ぐ!レム、悪いが1番危ない所に付き合ってくれ!」 そうしてると菜月は囮役として白鯨を誘導するようだ…… 「比企谷!お前も来い!」 はぁ?なんで俺もと思ったがたしかに俺も魔女の残り香もするし一緒にいた方がいいかもな 拒絶の黒は遠隔操作もできるしいいだろう 俺は菜月とレムについていく 「聞こえる奴らは耳を塞げ!それどころじゃない奴はそのままで!」 そうみんなに聞こえるように怒鳴る菜月だがいったい……? 「俺は『死に……」 その時だ。何かを言おうとした菜月の身体からさっきとはまったく匂わなかった魔女の残り香が臭ったのだ 「どうだ!?俺から魔女の臭いは!?」 「「臭い(です)」」 「狙い通りだけど言い方悪くね!?」 だってほんとに臭いんだよお前 だがそのおかげで……来たっ! 目の前の霧から口を開けた白鯨が来た 「ウルヒューマ!」 「拒絶の黒!」 レムは魔法で地面から氷の槍を、俺は拒絶の黒で真下から放った よし、これで少しは……! と、思った瞬間 菜月の隣の霧から白鯨がいた 「てやあああ!」 だがそれを待っていたかのようにヴィルヘルムさんが現れた。もうあなたは俺にとってヒーローかなにかですよ! 「お姉ちゃん合わせて!」 そしてその後ろから子供の獣人もいた 「「わー!」」 口を開くとそれが大砲のような攻撃になった。おい、あいつらってなんなの? だがこれはチャンスだ 俺は白鯨が菜月たちを狙っているのでその隙に乗った 身体のいたる所にはやはり口があった 少しでも消滅の霧を消さなくては……! 「拒絶の黒……!」 拒絶の黒を右手の五本の指に纏わせて振るうと拒絶の黒は口という口を斬り裂いた ……ん、なんだこの違和感は? 「楽しなってきたわ!思ったより頑丈やけど大したことないわ!」 口を破壊し続けていたらリカードさんも白鯨の口を斬っていた。楽しいって……どこがだよ…… 「いや……少々手応えがなさすぎる」 だがヴィルヘルムさんは否定した 手応えがなさすぎるって……消滅の霧を使う奴なんですよ? 「この程度の魔獣に妻が……先代の剣聖が遅れをとったとは考え難い」 たしかにそう言われたそうかもしれませんが…… 「じゃあまだ他にもあるんですか?」 「わかりませんがただ……ッ!」 ヴィルヘルムさんがなにかを言おうとしたら白鯨が飛躍した 「下りる前にもう一つ貰う!」 だがヴィルヘルムさんは降りると同時に白鯨の尾ひれを斬った。なんなんだよアンタ…… だが俺はまだこいつの口を消させてもらうぞ 「拒絶の……!?」 権能を発動しようとした瞬間……俺はありえないものを見た…… これはいったい……!? 俺は攻撃を中断するよりもこれを菜月たちに報告することを選んだ スバルside ヴィルヘルムさんが……白鯨に喰われた…… 自分が転んだ痛みよりも俺はそっちの方がショックだった 「なに寝てんだよ」 そんな時突然現れた黒い穴から比企谷が現れた 「それより菜月、質問させてくれ。俺たちは何と戦っていた?」 突然比企谷が変なことを言い出した 「なにって……白鯨だろ?」 こいつも白鯨の霧に酔ったのか? 「そうだよね……じゃあ質問を変えるぞ。俺たちは……どの白鯨と戦っていたんだ?」 比企谷は訳のわからない質問をしながら指をさした 「嘘……だろ……?」 俺も空を見ると信じがたい光景を見た 三体の白鯨がその全身の口を震わせ、絶望を掻き立てる フィーです 次回は白鯨戦ラストです そして手を組んだ八幡と昴の関係も…… 次回もよろしくお願いします
傲慢と謙虚は白鯨に翻弄される
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何か、見返りが欲しかった訳じゃない。そう、だって、勝手に好きになったのは僕だから。けれど、もう疲れてしまったんだ。この思いを持って生きて行くのは。どうして、僕の心なのにこんなにも自由にならないのだろう。いつも、そう思う。中学を卒業して、どこか安心していた。修道院を離れて、一人寮に入る事で、兄さんへの思いだって薄れていく、そう思ってた。けれど、神様は意地悪で、まだ僕に苦行を強いてくる。悟りを啓けとでも言わんばかりに。僕は、嘘が上手だから、兄さんにこの思いはバレていない。これからだってバラす気はない。禁忌だらけのこの関係に『報われる』と言う言葉は存在しないのだから。もう、終わりにしたい。そう思っていた時だった、彼女が現れたのは。 「奥村くん、好きなの。付き合ってくれない?」 裏庭に呼び出されて、いつもの告白が待っていた。いつもの僕なら、きっと断わっていた。けれど、僕は疲れていたんだ、兄への思いに。この、汚い感情に。そして、目の前に立っている彼女が、少し兄さんに似て見えた。少しつり気味の大きな瞳。ヘアスタイルも。そして、屈託なく笑う笑顔も。どこか、兄さんに重なって見えた。この子なら、兄さんの代わりに好きになる事が出来るかもしれない。そんな淡い期待を抱かせた。普通の恋愛をして、普通に生きていく。それが兄さんの望んでいる事でもある。いろんな意味で、背中を押されている気がした。だから僕は、頷いていていた。 「僕でよければ。」 彼女を目の前にして、浮かんで来たのは兄さんの笑顔だった。もう、兄さんに惑わされたくない。もう、この思いを捨てて生きて行く。そう思った、僕は馬鹿だったんだ。そんな事、出来やしないくせに・・・。 [newpage] 学校から帰ると、燐はベッドに寝転がって、SQを読んでいた。机にはさっきまで手をつけていたであろう、課題が開いたまま乗っている。開いたままと言う事は、終わっていないと言うこと。はぁーっ、と大きな溜め息をつくと、それに気付いて燐が視線を寄越す。 「雪男、おかえりー。」 呆れたように視線を向けると、燐はヤバイと思ったのか飛び起きてベッドに正座する。 「いや、さっきまで課題してたんだぜ、マジで。けど、なんっつーか・・・、俺に向いてないと言うか・・・。えーっと・・。」 「一体何なら兄さんに向いてるのさ。」 そう言って、着替えを終えた。そして、燐の机の上の課題に手を伸ばす。手にした課題はほとんど手付かずで、雪男はガックリとうな垂れた。 「これの何がわかんないんだよ?」 そう言って、雪男は自分の椅子を持って、燐の椅子の隣に置いて腰を下ろした。燐は渋々ベッドから下りて、自分の椅子に腰を下ろす。 「何がって・・・。わかんねぇ事がわかんねぇんだよ・・・。」 雪男は絶望感を味わった。わからない事がわからないと言う事は、全く理解していないと言うことである。そして、これ見よがしに大きく溜め息をまた吐く。 「あのさ、いつまでも僕は兄さんの面倒見られないんだよ。その事わかってるの?」 めずらしく、イライラしているな、と燐は感じた。こう言う時の雪男には逆らってはいけない、と長年の付き合いで知っている。 「わりぃーと思ってる。・・・ごめん。」 「謝られても何も解決しないだろ?もっと、自立してくれって言ってるんだよ!」 燐が目をしば立たせて雪男を見つめた。雪男は何となくいたたまれず、視線を外した。 「お前さ、何かあった?・・・何か、変っつーかさ・・・。」 燐の表情は少し心配そうで、雪男は困って頬を掻いた。 「いや・・。あのさ、彼女出来たから、明日から一緒にお昼食べられない。」 燐は少し驚いたように目を見開いたが、そのすぐ後に笑顔に変わった。 「マジで!?お前、理想の相手に出会えたのか!?良かったじゃん!!いっつも、告白されても断わってたから、俺のせいなんじゃねぇーかって心配してたんだよ!」 そう言って、雪男の肩をバシバシ叩く。雪男は燐の言葉に、目をしば立たせた。 「何が・・、兄さんのせいなんだよ・・・?」 尋ねた声が少し震えた。雪男は自分の気持ちが、バレているのではないかと焦った。 「いやさ、俺みたいな出来の悪い兄貴持ってると、心配で余所に目をやれないっつーか?そっか・・・。俺もお前に迷惑かけねぇようにしねぇとな。いやぁー、良かった、良かった。」 そう言って、燐は課題に視線を送る。そんな嬉しそうな燐の横顔を、雪男は寂しそうに見つめた。期待なんてしていなかった。けれど、ここまで喜ばれてしまうと、雪男の思いなど、届く事が無いと改めて実感する。そして、胸に痛みが走った。1%の可能性も無いと言う事を突きつけられて、雪男の心は酷く曇った。 「ごめん、兄さん。今日は疲れたから、もう寝る。」 燐が心配そうに視線を寄越す。 「大丈夫か?なんか、温かい飲み物でも持ってくるか?」 燐の優しさにイラついている自分がいた。 「いいよ。とにかく、その課題終わらせてね。」 そう言って、雪男はベッドにもぐりこむ。燐に八つ当たりするのはお門違いだ。けれど、このまま会話を続けていたら、きっと何か余計な事を言ってしまう気がした。目を閉じると、燐の嬉しそうな笑顔が浮かんだ。 (少しぐらい、寂しがってくれたら・・・。) そんな事を考える。それなら・・・。そう考えて、首を横に振った。寂しがられたら、きっと期待してしまう。もう、燐に振り回されたくない。だから、彼女を好きになる努力をする。燐に似た面影を持っている彼女なら、きっと好きになれるはずだ。そう、雪男は自分に言い聞かせて、強く目を瞑った。 * * * 燐は雪男のベッドに視線を送った。彼女が出来た割には、あまり嬉しそうじゃない。何となく直感でそう感じていた。課題を眺めながら、小さく溜め息を吐いて、燐は微笑んだ。 (雪男が選んだ人だったら・・・きっと良い子なんだろうから心配いらねぇよな。邪魔しないようにしないと。) 燐の中に、小さな使命感のようなものが芽生えた。これ以上、雪男に迷惑をかけてはいけない。その為には、学校も、塾もしっかりしなければ!と心に強く思った。とにかく、燐は今日から変わることを決めた。雪男に頼らない、迷惑をかけない兄になろうと、心に誓った。 [newpage] 翌日、学校は簡単な騒ぎになっていた。あの、雪男に彼女が出来たと言うことで、女子の雰囲気がとにかくおかしかった。雪男は彼女を迎えに行くといって、いつもより早く寮を出た。そんな雪男を燐は微笑ましく思い、見送った。燐の教室の窓から雪男が見えて、その隣に小柄な女の子が歩いている。その周りを、野次馬とも言える女子達が群れていた。 「芸能人かっつーの。」 燐は独り言のように呟いた。雪男の隣にいる女子が、燐の思った感じと違って、なんか心がモヤモヤした。 「雪男ってあーゆーの趣味だったんだ。」 燐は少し寂しい気持ちになる。何でも知っていたはずの雪男の事が、今はわからない事の方が多いのではないか?そんな事を考えて凹んだ。そう、女の好みすら知らない。外に見えた雪男と彼女の姿はもう消えていた。なんとも訳のわからない感情は気持悪い。そう思って燐は背伸びをする。 「あれー、奥村くん起きてるのめずらしいね?そー言えば、雪男くん、彼女出来たって女子の間じゃ話題だよ!」 学級委員長が声をかけてきた。燐は頷いて笑った。 「俺もさっき、こっから見てた。芸能人みてぇなのな。」 学級委員長がプッと笑う。 「大変ね。あんな、カッコイイ弟もつと。」 「本当だぜ。俺みたいに出来の悪い兄貴は肩身が狭い。」 クスクスと学級委員長は笑いながら自分の席に向かった。その背中を眺めて、改めて燐は思う。 (そう、これ以上、あいつに迷惑はかけない。) いつも居眠りばかりしているはずの燐が起きていて、来る先生、来る先生に驚かれた。燐は自分の今までを振り返って納得する。授業を受けると言うのは、やはり燐にはつらい事だった。けれど、わからなかった事がわかると言う事は快感だと少し知った。それは、今までにない感覚で、燐は胸がドキドキした。そう思っていると、あっと言う間にお昼になった。雪男が今日は早目に出たので、弁当はお昼に渡すと約束していた。特進クラスの教室の前に女子が群がっていて、燐は顔を引きつらせる。あれはみんな雪男を見に来た女子なのか?と思うと、雪男が弟である事すら疑問に思えてくる。たくさんの女子の後ろから、大きな声で雪男を呼んだ。 「ゆーきーおーっ!!」 群がっていた女子が驚いたように燐に視線を向ける。燐はその痛い視線に晒されながら、雪男を待った。女子をかき分けて、雪男が燐の元に来ると、腕を引っ張られた。 「どーした?」 雪男が何か言い難そうにしている。こんな時だからかはわからないが、雪男の言いたい事が何となくわかった。 「彼女が弁当作ってきたのか?」 雪男が少し驚いたように顔を上げた。燐は少し寂しい気持ちを抑えて、頷く。 「気にすんなって。彼女の食ってやれよ。」 そう言って、燐は自分の教室に向かう。 「兄さんっ!」 雪男の声を背中に受けて手を振った。なんだろう、この寂しい気持ち。そんな事を考えながら廊下を歩いていると、たまたま志摩を見つける。声をかけようとすると、志摩の方が先に口を開いた。 「奥村くん!!せんせ、彼女出来たってほんま?」 (第一声がそれかよ・・・。) そう思いながら、燐は頷いた。 「ホントだよ。でさ、お前昼飯は?」 「今から購買。」 燐がニコッと笑う。 「じゃぁさ、これ食ってくんね?雪男、彼女のお手製の弁当あって俺のいらねぇから。」 志摩が目を輝かせて、頷いた。 「えぇの?もちろん食べるわ!!奥村くんの弁当・・・最高や!!おぅきに!!」 志摩の嬉しそうな顔を見て、燐は笑った。さっきの寂しい気持ちは、きっと勘違いだ。弁当を食べてもらえなくて、少し落ち込んだだけ。そう、燐は思った。 「ほな、みんなで食べよか。」 そう言って志摩が勝呂と子猫丸を呼びに行った。それを燐は廊下で待っている。燐の顔を見た勝呂と子猫丸が口を開いた。 「奥村先生に、彼女で来たってほんま?」 「お前ら、それしか聞く事ねぇのか?」 燐は顔を引きつらせて、溜め息を吐いた。各自昼食を持ちながら、中庭に向かう。その間も、雪男の話題ばかりだった。 「けど、せんせ何があったんやろ?急すぎやろ?」 「ほんまや。お前の世話で、彼女とか言ってる場合ちゃうやろ。」 勝呂に痛いところを付かれて燐は笑うしかなかった。 「あのさ、勝呂にお願いあんだけどさ、課題とか教えてもらえね?」 昨日から頼もうと思っていたことを燐は口にした。燐の言葉に勝呂が首を傾げた。 「なんで俺がお前の課題おしえなあかんねん。」 確かにご尤もだと、燐は頭を掻いた。 「あのさ、雪男にもう面倒かけないように、自立しよっかなって。塾でも寝ないように気をつけようと思うんだけど、寝ちまう時もあると思うからさ。雪男に迷惑かけないように、あいつが帰って来る前に課題は終わらせてぇんだ。」 勝呂が意外、と言う顔をする。確かに、意外に思われてもおかしくはない、と燐は思った。 「なんや、兄貴らしくなってきたんやな。」 しみじみ勝呂が頷いている。 「元々俺が兄貴なんだよ。」 「なぁーにが!お前が先生に兄貴らしい事した事が今まであったんか?」 「だーかーら!!今からするんだよ!!それにはお前の力を借りたいって言ってんの!!」 意外な言葉に勝呂が目をしば立たせる。 「ダメなのか?ダメなら他当たるけど。」 燐の眼差しが真剣で、勝呂は頷いた。 「まぁ、えぇ。付きおぅたる。その変わり、俺は甘くないぞ。」 「雪男もスパルタだから、望むところだっつーの。」 燐と勝呂は顔を見合わせて笑った。中庭の空いている場所に4人で腰を下ろして昼食を始めた。弁当の包みを開けた志摩が大袈裟に驚く。 「めっちゃ旨そうやん!!せんせ、アホやなー。まぁー、俺が奥村くんの弁当食べられるからえぇか。」 そう言って嬉しそうに顔の前に手を合わせて、お弁当を口に運ぶ。 「うっまー!」 目をキラキラさせて志摩が燐を見てくる。燐は大袈裟だな、と思いながら自分も弁当を食べ始めた。暫くすると、中庭がざわつき始めて4人が周りをキョロキョロ見渡す。すると、目に入ったのは雪男と彼女の姿だった。 「あれ!せんせの彼女!?」 志摩が指さして騒ぎ出す。 「周りももっとそっとしといてやればえぇのに・・・。」 勝呂と子猫丸がそう呟いて、雪男から視線をはず。燐は黙って雪男を見つめた。お弁当が口に合わないのか、箸が進んでいないように見える。そして、何より笑顔がぎこちなく見えて、燐は心配になった。 「けど、あの子・・・、なんか奥村くんに似てへん?」 そう言われて勝呂と子猫丸が視線を雪男の彼女へ向ける。 「そうか?髪の長さだけやろ?」 勝呂はそう言ってまた視線を戻した。 「けれど、目の感じとか、奥村くんに似てるかもしれへん。」 子猫丸もそう言って視線を元に戻した。 「あの、ブラコンの事や。兄に似た女を選んだんやね。」 志摩が悟ったかのようにウンウンと頷いている。燐は、彼女を見ても自分に似ているなんて思わなかった。けれど、なんかしっくりこない、そんな気持ちが胸の中に充満していた。 「なんかさ、雪男ならもっと・・こう・・お嬢様っぽい感じの子が似合う気がすんだけど・・。」 そう言うと3人の視線が燐に集まった。燐は何か変なことを言ったかと思って何度も瞬きを繰り返す。 「なんや、嫉妬か?奥村。」 勝呂に訳のわからない事を言われて、余計に瞬きを繰り返す。 「何言ってんだよ。んな事ねぇ。」 そう言って燐は俯いて弁当を口に運び始める。3人が顔を見合わせて首を傾げた。 * * * 昼食を食べた後の授業は地獄だ。燐はそう思った。けれど、とにかく起きなければと言う思いだけで頑張って授業を受け続けた。先生たちはいっそ眠ってくれた方が良い、と言わんばかりの顔をしていたが、燐にはそんな事は関係なかった。とにかく、普通の生徒になる事。それが雪男の為と信じて疑わなかった。 やっと授業が終わり、燐は大きな欠伸を一つする。すると、委員長が笑いながら寄ってきた。 「どうしたの?なんか今日ずっと起きてたじゃない。」 少し驚いたような顔で首を傾げる。 「あー、別に。なんっつーか、もう雪男の手を煩わせたくない感じ。」 燐の言葉に委員長が微笑んだ。 「なんだ、案外いいお兄ちゃんなのね?」 「まぁ、先に産まれただけだけどな。」 先程の授業の問題集のほとんどにバツが付いていて、委員長はクスッと笑う。 「もし、あたしで良ければ勉強教えるわよ?頑張るクラスメイトは放っておけないの。」 委員長がメガネをクイッと持ち上げて笑った。 「あー、テスト前に頼むかも。赤点取れば雪男うるせぇから。」 「赤点取ったら、雪男くんだけじゃなくて、先生もうるさいわよ。じゃ、また明日。」 そう言って委員長は帰って行った。燐も、席を立って塾に向かう。普段眠っている授業を起きていると言うのはやはりつらいものだなと、燐は溜め息をつく。睡眠を取れないのが一番つらい。燐は目を擦ってボーっと歩いた。廊下の先に、雪男を見つけた。声をかけようとすると、女子の声が雪男を呼んで、燐は雪男の名前を飲み込んだ。声の主は雪男の彼女らしい。雪男の腕に彼女が腕を絡めて笑っているのを見て燐の胸が、チリッと痛んだ。 「っ・・?」 無意識に胸の辺りのシャツを握り締めた。立ち尽くしていた燐に雪男が気付いて、燐に手を挙げた。なぜか、燐はその場から逃げたくなった。 「雪男!俺、先行くから!!」 そう言って、燐は走り出していた。勝手に体が動いていた。自分でもなんで走り出していたのか全くわからない。けれど、燐は塾の教室を目指してただ、走り続けていた。 肩で息をしながら、燐は塾の教室の扉を開けた。勝呂たちがこちらを向いている。 「どうした?奥村・・・?」 心配そうな表情で、勝呂が声をかける。けれど、燐はなんで勝呂が心配そうな顔をしているのかがわからなかった。 「え・・?なにが・・?」 なぜか、声が震えて、燐は驚いた。 「いや・・・。お前・・何か・・泣きそうな顔しとるから・・・。」 勝呂に言われて、目をしば立たせる。どうして、自分が泣きそうな顔をしているのか、見当も付かない。 「俺・・別に泣きそうな顔なんか・・。」 そう言った瞬間、燐の瞳から涙が零れだした。勝呂が目を見開いて、動揺したように目を泳がせる。 「お・・奥村?」 勝呂が何で驚いた顔をしているか、燐はわからなかった。ポタポタと、頬を伝った涙が燐の手の甲に落ちた。そして、その時、燐は自分が泣いている事に気付いた。 「え・・・?」 燐が驚いて頬に触れる。触れた頬は涙に濡れていた。 「なに・・・?」 動揺している燐に勝呂が駆け寄る。 「どないした?何かあったんか?」 燐はわからない、と首をただ横に振った。勝呂は燐の腕を引いて教室を出た。 「勝呂・・授業・・。」 「それどころやない。お前が泣いとったら先生がおかしいって思うやろ。先生に知らせたほうがえぇんか?」 勝呂に聞かれて、燐は首を横に振った。 「雪男には・・・迷惑・・かけたく・・ない。」 燐の言葉を聞いて、勝呂は黙って燐の手を引いた。中庭は日が暮れ始めていて、オレンジ色一色になっている。噴水の縁に燐を座らせた。そして、勝呂も隣に腰を下ろす。燐は俯いたまま、しばらく泣き続けた。勝呂はただ隣に座って、泣き止むのを待った。 * * * 雪男は燐の様子が気になっていた。さっき、踵を返して走って行った燐が、いつもと違うような気がしていた。追いかけたかったが、腕に彼女の腕が絡み付いて追いかけられなかった。 「どうしたの?雪男くん。」 彼女に名前を呼ばれて、ハッとした。 「え?いえ、別に・・・。」 雪男の胸がざわついた。燐に何かあったのではないか?そればかりが心を埋め尽くす。今、雪男を見上げている彼女の顔は、燐には似ても似つかない。そう感じていた。 「今日は一緒に帰れるの?」 腕を触れられる事が不快で、雪男は目を伏せた。 「すみません。放課後は一緒にいられないんです。」 そう言うと、彼女は唇を尖らせた。 「えーっ。そんなの酷いよ。」 「朝は一緒に登校できますから。あと、用事が済んだら、メールします。」 彼女が雪男の腕をブンブンと振り回している。 「絶対よ。メールしてね。」 そう言って、彼女はやっと雪男の腕を離した。そして、廊下の向こう側に消えて行った。彼女の腕が離れて、雪男はホッと溜め息をつく。そして、自己嫌悪に陥る。全ては自分が逃げたせいだと。彼女は何も悪くない。何を見間違ったんだ。何一つ、どこも燐には似ていないではないか。彼女に腕を触れられている間、不快で仕方がなかった。触れてくれているのが燐であれば良いと、そればかりが頭を占めていた。結局、何も変わらない。雪男はギリッと歯を噛み締めた。 「くそっ・・!」 大きく深呼吸をして、雪男は塾へと向かって歩き始めた。 制服から、講師のコートに着替えて、いつもの教室を開ける。けれど、いつもと光景が違っていた。一番前の席にいるはずの燐がいない。心はざわついたが、冷静を装って、教壇に立った。教室を見渡すと、勝呂も見当たらない。 「あの、勝呂くんと奥村くんは?」 志摩が言い難そうに手を挙げる。 「あのー・・・。ちょっと・・・。」 言い訳が見当たらず、志摩は言葉に詰まった。 「どうしたんですか?」 志摩が困ってしまう。すると、子猫丸が口を開いた。 「良くわからんのです。急に二人で出て行ってしもぅて・・・。」 「そうですか・・・。」 雪男は一度目を伏せた。出来る事なら燐を捜しに行きたい。けれど、そう言う訳には行かないのだ。講師としての責任がある。 「それでは、授業を始めます。」 雪男は溜め息をついて授業を開始した。 * * * 「落ち着いたか?」 勝呂が燐の問いかける。燐がバツの悪そうに頬を掻いて笑った。 「わりぃ。なんか、びっくりしたよな。」 勝呂が燐の顔を見つめていた。 「何があったんや?」 燐は勝呂に尋ねられて俯いた。 「本当に・・・本当にわかんなくて・・。俺自身が戸惑ってるって言うか・・。」 勝呂が余計に心配そうな表情に変わった。 「お前、大丈夫なんか?なんか、変やぞ?」 燐はただ首を横に振る。 「ごめん・・。マジでわかんなくて。」 そう言って燐はまた俯く。勝呂ははぁーっと溜め息をついた。 「まぁ、えぇわ。わかった時にちゃんと言え。俺で力になれるんやったら力になったる。」 「さんきゅー。勝呂。塾戻るか。」 勝呂が頷いて、二人とも立ち上がって塾に向かう。廊下に、雪男の声が漏れている。それを聞いて、燐の心臓がトクンと震えた。扉の前で、燐が立ち止まる。 「どないした?」 「あ・・いや・・。」 勝呂がゆっくり扉を開けて、その後に、燐が続いた。教室にいる塾生の視線が二人に集まる。もちろん、雪男も視線を向けていた。 「勝呂くん、奥村くん、どこ行ってたんですか?」 「あー、奥村が腹痛い言うから保健室へ・・・。」 雪男が勝呂を見つめる。嘘をつきなれてないせいで、勝呂の目が泳ぐ。 「で、奥村くんは大丈夫なんですか?」 雪男は燐に話を振る。燐は雪男を見ずに頷いた。 「もう・・大丈夫。」 視線を合わせない燐に不自然を感じて、雪男は目を細める。今ここで問い詰めても、きっと何もおしえてくれないだろうと、雪男は思って溜め息をつく。 「わかりました。授業を再開しますから、座ってください。」 促されて、勝呂も燐も席についた。燐の顔を見て、雪男は板書する手が止まった。目の周りが赤い。泣いた後の顔をしている。雪男の胸が痛む。知らないうちに、燐が何かに悩んでいるのかもしれない。その相談相手が、勝呂だとしたら。そう思うと、胸に爛れたような傷みが広がった。 「せんせ?」 志摩の声にハッとして雪男は現実に引き戻された。 「すっ・・・すみません。」 謝って、板書を続ける。 燐は雪男の背中を見つめていた。授業をちゃんと聞かなければ、そう言い聞かせているのに、雪男のことが気になる。けれど、何に気になっているのかが、燐には全くわからなかった。雪男が書く綺麗な字を、燐はノートに書き写して行く。課題も授業も、もう雪男には迷惑を掛けたくない。そればかりが頭を埋め尽くす。 (俺が雪男にしてやれる事は・・・少なすぎる。)
リクエストされたお話です。雪男に何と彼女が!?って感じのお話です←どんなだw雪男が燐が好きすぎて彼女つくっちゃうお話なので苦手な方は、お戻りくださいませ。雪男→→→→燐なお話です。そのうち、ね。手探り状態なので、どう進むかはあたしの精神状態しだいですが、お付き合いいただけたら幸いです(*´∇`*)リクエスト本当に感謝しております☆◆閲覧、評価、ブクマ、コメ様、タグ様本当にありがとうございます!!「お見合い~」であんなに撫子タグを戴けるなんて幸せすぎて明日が怖いですwwありがとうございますです!!
【腐】この場所の向こう側 Vol.1
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俺は紅太。勉強も普通、運動も普通、可もなく不可もない高校2年生だ。 趣味も特技も特になくただ毎日を過ごしている。 「やっほー紅太!今週日曜暇?」 声をかけて来た黒髪ロングの女子は昔からの幼馴染で家も近所の光(ひかり)。小中高と同じ学校で小さい頃からずっと一緒に遊んだりしていたのだが、最近何故かアニメにハマったらしい。それで最近週末は何かいつも忙しそうだったけどどうしたんだろ?まあどうせ週末暇だしな 「いいよ」 「やったー!じゃあ日曜日の朝8時にうちに来てね♪」 「OK!」 朝早っ!とは思ったがまあ何かあるのだろう。この時はまさかあんなことになるとは思わなかった。[newpage] 日曜日。光の家に時間通りに行った俺。そのまま部屋に案内された。そういえば高校生になってこいつの部屋に入ったことなかったな、っと思いながら光の部屋に入った俺はビックリした。光の部屋の中にはありとあらゆる服、しかも普段着ではない、天使や巫女、魔法少女やアイドルのようなもの、いわゆるコスプレ衣装がたくさん置いていたのだ。こいつ、こんな趣味があったのか… 「見て見て!すごいでしょ!特にこの衣装なんて尊くて……」 ヤバイ…なんか語り出した…これは止まらないやつだ… 「おーい、興奮してるところ申し訳ないんだけど、今日は何の用?」 「あっ、ごめんごめん。今日はちょっとお願いがあって…」 「お願い…?」 「説明するよりまずはそれにふさわしい姿にならないと…」 何のことだ?と思った瞬間、光が呪文らしきものを唱え始めた。何だこいつ、こんなヤバイ趣味まであったのか、とおもう間もなく俺の体が急に光だした。 な、何だ…?何だか身長が縮んでる気がする…手や足も細くなってるような…あれ、首に糸みたいなものが触れてちょっと頭が重くなる…頭の横の頭皮が引っ張られてる感じでちょっと痛い…下腹部に違和感が…顔のパーツも変化してる感じで気持ち悪い…何だか頭の中がごちゃごちゃしてきて俺……私が私じゃなくなっちゃうような…何だかお洋服も変わってる気がする…何だか足元が急にスースーしてきたような…………… そう思っている間に光はドンドン弱くなっていった。[newpage] あれ、私どうしてたんだっけ?あっ、そうだ!おねぇちゃんが変な呪文を唱えた後変な感じになってたんだ!文句言わなきゃ! 「おねぇちゃん!花に何したの?……へっ!?」 あれ?何で私、自分のこと「花」なんて呼んでるの?…それにおねぇちゃん!?そういえばさっきまでおねぇちゃんを見下ろしていたはずなのに、今は目線がおねぇちゃんの胸までしかない…今気づいたけど頭の中も女の子みたいになってる… 「わぁー♪紅太、じゃなくて花ちゃん、すごく可愛くなったね♪」 「ど、どういうこと…?」 「まあとりあえず鏡を見ますか」 おねぇちゃんに言われた通りに鏡を見た私。そこにはおねぇちゃんと一緒に写る、見た目小学校高学年の童顔でツインテールの、ピンクの可愛いワンピースを着た女の子が立っていた。今部屋には私とおねぇちゃんしかいない、ってことは……! 「も、もしかして…この女の子が花…?」 「ピンポーン!よく分かったねぇ♪さすがは我が妹の花ちゃんだ!」 そう言いながらおねぇちゃんは私の頭を撫でてきた。その心地よい感じについうっとりしてしまう私…… 「って違う!花、おねぇちゃんの妹なんかじゃないもん!」 「えぇ〜、だって私のこと『おねぇちゃん』って呼んでるし」 「しょ、しょれは勝手に言っちゃうんだもん!何で花にこんなことしたの?」 ちょっと噛んじゃって恥ずかしい…… 「実は、姉妹合わせやりたいなぁ〜と思って」 「姉妹合わせ?」 おねぇちゃんによると、姉妹合わせとはコスプレで姉妹キャラをすることらしい。 「でも、何でわざわざ花を女の子にしたの?」 「ホントは一緒に姉妹する予定だった子が急に行けなくなっちゃって、でも今日妹キャラの誕生日だから絶対姉妹合わせやりたくて…黙っててごめんね…お願い、付き合って!」 なるほど…気持ちは分からなくもないし、おねぇちゃんにはよく助けられてたし…ここまで強く言われると、 「分かった。付き合ってあげるよ。ところでどうして花なの?」 「いやぁ〜〜、一番暇そうだったから?」 「やっぱり花、行かない」 「ごめん〜、冗談だよ〜」 こうして人生初めてのコスプレイベントに参加することになった。[newpage] 会場に向かう途中 「おねぇちゃんはどういうコスプレするの?」 やっぱりおねぇちゃんって呼んでることになれなくて恥ずかしいよぉ…それに歩くたびにツインテールの先が首筋に当たって変な感じ… 「私はね、この衣装」 とおねぇちゃんが見せてくれた衣装を見てちょっと安心した。おねぇちゃんの衣装はまるで王子様をモチーフにしたようなカッコいい衣装で下はズボンだった。こういう衣装なら私でも着れそう♪ 「あっ、花ちゃんはこっちね♪」 でも、その期待は打ち砕かれた。おねぇちゃんに見せられた絵を見て私は固まってしまった。私がするキャラの衣装はピンクを基調としたフリルやリボンがいっぱいついたスカートフリフリのお姫様のようなドレスだった。確かに王子様にはお姫様がつきものだけど… 「花、おねぇちゃんのみたいな衣装がいい!」 「ダーメ!花ちゃんにはカッコいい衣装より可愛い方が似合うよ♪」 「花もう帰る」 「えー、いいのかなぁ?付き合ってくれなかったらこのままずっと花ちゃんは私の妹ってことにしようかなぁ♪」 「おねぇちゃんひどい……」 うぅっ…恥ずかしいよぉ…[newpage] 結局私はおねぇちゃんと一緒に女子更衣室に来た。って私、元々男の子だよ!とは言っても今は誰から見てもただの女の子、何か罪悪感が…。そういえば私は中1らしい…それにしては幼すぎるような…小4でも納得するくらい。 嫌々ながらおねぇちゃんに渡された衣装を着てみるとスカートが多くかなり重かった。 それにご丁寧にヒールのついた靴まで用意されててすごく歩きづらい。そして激しく恥ずかしい… 「お、おねぇちゃん…この衣装と靴、すごくしんどいんだけど、このまま1日過ごさないといけないの?」 「あっ、大丈夫!基本的に一カ所にずっといておくことにするから。それにもしきつくなったらおねぇちゃんがお姫様だっこしてあげる♪」 もぉ〜、おねぇちゃん! 「そういえば忘れてた!」 といっておねぇちゃんは人目のつかないところに行き、私の頭に手を当て何か唱えた。不審に思い、チラッと横を見るとピンク色のかたまりが目に入った。それが何なのか気づいた私は頭真っ白! 「このキャラ、ピンクのツインテールが特徴なんだよねぇ」 ………[newpage] おねぇちゃんに手をつながれて(私は嫌だったんだけど、おねぇちゃんがはぐれたら悪いからって)コスプレエリアに来た私、その人の多さとコスプレしてる人も多さにびっくり。 「さあ、ここなら人がいっぱい来るかな?」 空いた場所を見つけたおねぇちゃん、私も一緒に腰を下ろした。ちょっと一息、と思ったのもつかの間、 「わぁ、〇〇姉妹だ!」 「クオリティヤバイ…」「めっちゃ可愛い!」 私たちの周りにカメラを持った人が集まって来た。それもそのはず、元々キャラそっくりだったおねぇちゃんとおねぇちゃんによってキャラそっくりに変えられた私。たちまち辺りには人だかりが出来た。おねぇちゃんはいろいろなポーズをとっていたが、私はこんな恥ずかしい格好を人に見せたくなくておねぇちゃんに隠れていた。しかし、私がしているキャラはかなりの人見知りらしくそういうところも気に入ったらしくなかなかカメラの囲いがはけることはなかった。[newpage] この調子で昼になり、私もおねぇちゃんもお腹が空いた。私はこんな格好でコンビニとか行きたくなかったので、おねぇちゃんに言ってもらって私は人通りの少ないところで待つことにした。そのとき 「あれ、こんなところで何してるの?」 ふと、声をかけられてそっちを見ると私と同じコスプレをした高校生くらいの女の子がこっちに来て、私の側に座った。 「こんなに可愛いのに何でこんなとこにいるの?」 「いや…ちょっと恥ずかしくて…」 「えぇ〜、こんなに可愛いし自信持てばいいのに〜それよりそのキャラ好きなの?」 「いえ…実は…」 と、おねぇちゃんの姉妹合わせに付き合わされたこと(もちろん元男だとは黙って)を伝えると 「なるほど~大変なおねぇちゃんだねぇ~」 「はい、ホントに…(ホントのおねぇちゃんじゃないけど)」 「でもそれって、このキャラに興味を持って欲しいんじゃないかな?」 「えっ?」 「だってこの子、ホントに可愛くて凄いんだよ!ちょっと待って」 と、その人は私がしているキャラの子が歌って踊ってる動画を見せてくれた。最初は、所詮アニメだし、と軽く見ていた私。しかし、だんだんその子の可愛さ、一生懸命さ、曲の良さ、歌声の可愛さに目が惹かれ、気がつくと見入っていた。 「どう?」 「す、凄い…えっ、何これ…こんな凄いの見たことない…」 「でしょでしょ!!他にもこんな動画があるよ♪」 そういって見せてくれたのはその子がおねぇちゃんがしているキャラと姉妹で踊っている動画。その中でしっかりした姉と元気一杯の妹との対比、やっぱり姉妹だなと思わせる息ピッタリなとこ、うまい姉になんとか追いつこうと頑張る妹、いろんな見せ場があってつい、画面に食いついちゃった。 「この子、こんな凄い子だったんだ…花、そんな凄いのコスプレが出来てるの…?」 「ホントに!分かってくれる人が増えて嬉しい!」 自分がしているキャラに興味を持った私、そのからおねぇちゃんが帰って来るまで、このキャラについていろいろその人に聞いては愛着を深めていった。[newpage] 「ごめ〜ん!遅くなった!あれ?その人は?」 そうこうしてるうちにおねぇちゃんが帰ってきた。私が他の人と仲良く話してるのを見て驚いた顔をしていた。 「あっ、この人がおねぇちゃん。凄い…姉妹そろってクオリティが…それじゃあまた!あっ、1枚写真いいですか?」 こうして写真を撮ってもらうことになった私達。私は動画で見た姉妹曲のラストのポーズをしてみた。それに気づいたおねぇちゃん。ビックリしていたがすぐに察して嬉しそうな顔になって私に合わせてくれた。それが嬉しくてつい満面な笑みになってしまった。恥ずかしい…女の人は写真を撮り終わると 「ありがとうございました!またどこかで会いましょう!」 と言って去っていった。私は感謝の気持ちいっぱいで笑顔で見送った。 その日の午後は本当に楽しかった。おねぇちゃんといろんなポーズで写真を撮ってもらったり姉妹らしいことをしてあっという間に終わりの時間になった。着替え終わった後、 「おねぇちゃん。今日は誘ってくれてホントにありがとう!花、このキャラについてもっともっと知って、またおねぇちゃんと姉妹合わせしたいなぁ♪」 それは私の心からの気持ちだった。それを聞いたおねぇちゃん、満面の笑みで頷いてくれた。 「いっそのこと、このまま私の妹に…」 「ごめんなさい…それは遠慮します…」 「えぇ〜〜」 こうして私とおねぇちゃんはこれからもずっと仲良し姉妹レイヤーとしていろんなイベントに参加して楽しいことをいっぱいしてるの♪
とりあえず書きたかったネタです。<br />名前の通り某妹キャラになりたいなぁ〜〜と思ってます。うゆうゆ<br />おねぇちゃんの妹になって甘えたいなぁ♪<br />花はハンドルネームなので女の子の名前は大体これになります。
姉妹合わせ
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10092421#1
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6月某日......ライブ当日。当然のようにチケットは完売。現在販売中のグッズも長蛇の列......今みんなの控え室に向かっている......お? あそこにいるのは...... 美嘉「......あ、あなた......」 八幡「......外では名前で呼べって」 美嘉「ご、ごめん......」 んな事に気が回らねえくらい緊張してんだな。まだ入籍してないんだが...... 八幡「......緊張してんのか?」 美嘉「う、うん......ここまで大きいトコは初めてだし......」 八幡「......なあ、前にもこんな事なかったか?」 美嘉「......あったかも」 ......いつだ......あぁ! 2人「定例ライブ!」 声が揃う。 美嘉「......ぷっ!」 八幡「ぷふっ!」 美嘉「そっかぁ......あの時かぁ......」 八幡「懐かしいな。......あ、覚えてるか? 最初に会った時のこと」 美嘉「うぐっ......」 八幡「......どした?」 美嘉「......初めて胸見られた時......」 八幡「そうだ。あの日はアレで抜いたっけ......」 美嘉「ぬっ! ええ⁉︎」 八幡「......寝らんなかったわ......ナマチチは初めてだったからな......」 美嘉「もぉ......えっち......」 八幡「今では......よっ!」ムギュッ 美嘉「んんっ!」 八幡「平気でこんな事も出来るようになったけどな」 美嘉「な......バカ! 変態! ......大好き」ぎゅぅ 八幡「......俺もだ。なあ美嘉」 美嘉「......なに?」 八幡「......明日......役所行くか」 美嘉「えっ......」 八幡「......婚姻届......出しにいこう」 美嘉「......うんっ!」 周子「......」じー 八幡「......美嘉......愛してる」 美嘉「アタシも......愛してます」 周子「......」じー(Rec) 美嘉「......ん......は...んちゅ......ちゅ...ちゅぱっ......」 周子「......」じー 美嘉「......あっ......んふっ......んんっ......」 周子「......(ゴクリッ!)」 2人「(ビクッ!)」 周子「......あ」 八幡「......は?」 美嘉「えっ......」 も、もしかして見られてた⁉︎ 八幡「......お、おう。どした?」 周子「ん〜......呼びにきた?」 八幡「ほーん......見たか?」 周子「なにを〜?」 八幡「......ほぉぅ......惚けるのか?」 周子「(ビクッ)......き、今日のシューコちゃんは脅しには屈しない! なんせこのd「よこせ」......はい」 まだ撮影中だったらしく、停止してそのまま保存しないをタップ。 八幡「......で、動画がなんだって?」 周子「......すみません。見てました」 美嘉「......ま、いっか、前にも見せてるし」 八幡「まあな」 周子「し、シューコちゃん脅され損......」 八幡「......時間だな。いくぞ」 美嘉「うんっ!」ダキッ 周子「......やりますか!」 開演寸前。モニターにはいつもの時計は表示されない。なぜなら...... 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 『マジで⁉︎』『おねシンじゃねえの⁉︎』 全員「Yes! Party Time‼︎」 乗っけから期待を裏切る全員でのパーティタイム。もちろん楓さんもだ。当然みんなあの衣装......観客は......いきなりテンションMAX状態。よし! 入りは成功だ! 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 『Woooooooooooooooo!!!!!!』 美嘉「みんな元気ー?」 『Woooooooooooooooo!!!!!!』 美嘉「LIVE FRONTIER! いっくよ〜!!」 『Woooooooooooooooo!!!!!!』 続いて出てきたのはアインフェリア。立て続けにたたみかける! 一応は歌いきったが......アンコールの声が響きわたっている。......よし、クローネ全員着替え終わったな。 藍子「......え? その衣装......」 夕美「......知らない......」 八幡「......行ってこい。先頭として......新時代を切り開く者として!」 12人「はいっ! プロデューサー!」 全員が駆けていく。 武内「ひ、比企谷さん......一体......」 八幡「......クローネ初の全体曲っすよ。このライブの象徴です......」 全員「......」 奏「アンコールありがとう!」 志希「すっごい嬉しいよ〜♪」 フレデリカ「でねでね! これから歌う曲なんだけど......」 周子「クローネ初の全体曲なんだよね〜♪」 『Woooooooooooooooo!!!!!!』 奈緒「ちゃんと聞いてくれよな!」 加蓮「アタシたちの......気持ちがつまってるから!」 美嘉「......聞いてください」 全員「ガールズ・イン・ザ・フロンティア!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 『Woooooooooooooooo!!!!!!』 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 楓P「っ!! これは......」 楓「......自分の足で歩け......このライブの象徴。まさにそうね」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 美穂「夢はひとに託すな......」 美穂P「......重いな......」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 夕美P「でもこれは......」 夕美「......はい。響いてきます」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 藍子P「......藍子、歌鈴。こんな子たちとやってたんだな......」 藍子「......はい」 歌鈴「......すごい......」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 武内「......覚悟が伝わってきます。強い信念。そして......未来への希望が」 智絵里「......はい。凛ちゃん......アーニャちゃん......ぐすっ......」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 相川「......こんな唯......初めて見た」 相川P「......輝いてる......」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」 全員「ありがとうございましたー!」 .................. ...... ......終わった。なんか俺が疲れたぁぁ...... 控え室......全員ハイタッチやらなんやら......元気だのぉ...... 「......失礼する」 お? 専務か。おつかれーっす。 八幡以外「お疲れ様です!」 八幡「......っす」 専務「ふっ......珍しく疲れているな」 八幡「......そりゃもう......半端なく」 美嘉「ち、ちょっと八幡さん!」 専務「構わない。......まずは......いいライブだった。特に......アンコールの一曲目。実に素晴らしかった」 12人「あ、ありがとうございます!」 専務「......そのほかも......よく頑張った。クローネに引けは取らない出来だった」 「ありがとうございます!」 専務「......疲れているところ悪いが......今後の方針を言い渡す」 全員「......」 専務「......今後クローネはスカウトを一切行わない」 全員「......え?」 専務「......言い方が悪かったな。今いる12人はクローネ。今後そこに適切と思われる人材は、全てCPの所属とする」 武内「......は?」 専務「武内君、君には期待している」 武内「待ってください! クローネは......比企谷さんは!」 専務「彼は大学卒業とともに入社。そのままアメリカに渡ってもらう」 クローネ以外「......えええええええええ!!」 武内「な、なぜ......」 専務「経営力、そしてさらに高いプロデュース力を身に付けてもらう為だ」 全員「......」 専務「話は以上だ」 うわぁ......言いたいこと言って行きやがった...... P全員「......比企谷さん(くん)! どういう事(ですか)!」 やっぱこうなんのかああああああああ! [newpage] 3月......あと2週間もすれば晴れて346の正社員となる。で、今日は......専務に呼ばれた。 専務「結果を言い渡そう」 そう。美嘉の件だ。だが......言われるまでもなくわかってる。 八幡「......いや、必要ないです。ダメなのはわかってるんで」 専務「......そうか」 ダメだった。単発ではあっても......後に続かない。演技が悪いとかではなく印象だ。ギャルのイメージ。それが強すぎた。 八幡「俺の力不足ですから。......仕方ないっすね」 それでもダメージは大きい。 専務「......」 八幡「......1つ聞いていいですか?」 専務「......なんだ」 八幡「......いつ......帰ってこれます?」 専務「......最短で3年。長くて5年だ」 八幡「......最短て......変わったりします?」 専務「勿論だ。いくらでも短縮できる」 八幡「......わかりました。では......失礼します」 専務「......すまない」 ......聞かなかったことにしておこう。 [newpage] いつも通り八幡さんと朝食をとって、それぞれ通勤と通学。今になってもアメリカ行きの話が無いって事は......ダメって事だよね。少し残念だけど......アタシの力不足だから仕方ない。......うぅ......でも離れたくないよぉ〜! 八幡さんは色々頑張ってくれたのに......もっと頑張らなきゃ! なーんて考えてたら......いつのまにか講義終わってた......いいや、仕事行こっと。 慣れ親しんだPRに着く。ん〜♪ ここも落ち着くなぁ〜♪ 奏「......あら? こっちに来ていいの?」 美嘉「......え? なんのこと?」 奏「......聞いてないの?」 美嘉「......な、なにを?」 やだ......嘘でしょ...... 奏「......彼......19時発よ」 聞き終わる前に身体が動いてた。なんで......なんで言ってくれ......昨日のアレ! バカ! ちゃんと言ってよ! 外でタクシーを拾って空港に。早くしてよ! 早く着かないと......会えないじゃん! 今は16時10分......お願い! 間に合って! 空港に着いてまず電話。 八幡『......どした?』 いつも通りの気だるげな声...... 美嘉「どしたじゃない! あなたどこにいるの!」 八幡『......空港』 美嘉「そんなのわかってる! もう入っちゃったの!」 八幡『......いや、まだだが......」 美嘉「何番!」 八幡『12番?』 美嘉「わかった! すぐ着くから!」 後はもう全力疾走。 ゲート前......いた! 美嘉「あなたっ!」 八幡「......なんで来たんだよ......」 美嘉「......うぐっ......だって......」 莉嘉「お姉ちゃん......」 八幡「......だから教えなかったんだよ......」 美嘉「うっ......うっく......やだぁ......やだよぉ......行かないでよぉ......」ぎゅっ 八幡「......んなわけいかねえだろ」 莉嘉「......うぐっ......ずっ......」 八幡「......なんでお前まで......」 莉嘉「......うぐっ.....だって......お姉ちゃんがぁ......うぅぅぅぅぅ......」ダキッ 八幡「......ホント仕方ねえ姉妹だな......」 美嘉「......うっ...ちゃんと...帰っでくるよね?」 八幡「当たり前だろ」 莉嘉「お義兄ちゃん......」ぎゅぅ 八幡「お前はホント甘えん坊だな......」なでなで 2人「......」ぎゅぅ 八幡「......もう時間だな......なあ、美嘉」 美嘉「......え? んむっ!」 莉嘉「わぁぁ......」 八幡「......待っててくれ」 美嘉「......はい。あなた」 八幡「......行ってきます」 美嘉「うん! 行ってらっしゃい!」 莉嘉「お義兄ちゃんいってらっしゃーい!」 笑顔で手を振ってくれる...... あなたの帰ってくる場所はここだから...... 待ってるね! [newpage] 長いフライトを終え、アメリカの地に立つ。 アメリカよ......俺は帰ってきたぞ! あ、初めてでしたね。すみません。空港を出て適当にタクシーを拾う。行き先を怪しい英語で伝え......いざ出発。ほーん......こんな感じなんだな......つーか右側通行ってすっげえ違和感......これ絶対間違えるわ...... 20分程走り、会社に到着。受付は......あそこか......おぉぅ......受付嬢でけえ......横に。もう1人は......日本人か? ま、そっちに伝えよう。 八幡「あの......346プロから出向で来た比企谷です」 よし! 噛まずに言えた! 「比企谷様ですね。賜っております。こちらをかけて、あちらのスペースでお待ちください」 八幡「......うす」 ......待ち合わせスペース......ソファ柔らけえええ!! あぁ......もう立ちたくない...... ......と、なんだあの厳ついオッサン......軍人かっての。......え? なんでこっち来んの? ......俺の前にお立ちになったああああああ! でけえ......武内さんより一回りくらいでけえ...... 「......コンニチワ?」 八幡「こ、こんにちは?」 「Oh! アッテマシタカ! ハジメマシテ。ワタシナマエブルースイイマス」 八幡「ひ、比企谷八幡です......はじめまして」 ブルース「ヒキギャ......ヒキャギャ......ハチマンヨンデイイデスカ?」 八幡「あ、はい。よろしくお願いします。ブルースさん」 ブルース「ヨロシクオネガイシマス。ワタシブルースデOKネ!」 八幡「あ、はぁ......」 ブルース「イキマショウ! Bossショウカイシマス!」 ボス......コーヒーな訳ねえよな......いきなりお偉いさんかよ...... ブルースに連れられて立派な扉の前に立つ。すげえ部屋だろうな......ブルースについて中に入ると......デスクに肘を置き、手を口の前で組んでいるナイスミドルがいる。......目は......メガネが光っていて見えない......え? なに? 司令なの? 人型兵器所有してんの? ここ新東京じゃないよね? ブルースが司令(仮)に流暢な英語で伝えている。内容は......八幡連れてきたよーって感じだ。 「......比企谷八幡君だったな」 は? 日本語? 八幡「......はい。比企谷八幡、346プロより出向してまいりました」 「......長旅ご苦労。私は......いかr「嘘つけ!」......」 あ、ヤベ......思わずツッコンじまった......つーかこの人...... 「......いいツッコミだ」 八幡「......ど、どうも」 「......美咲から聞いていた通りの人物のようだな」 八幡「......へ? 専務のこと知ってるんすか?」 「......ああ、知っている。なぜなら......」 八幡「......」 「美咲ちゃんは僕の可愛い娘だからね! キャハッ!」 八幡「キャラ変わりすぎだろ!」 「いやー、すまない。私は美城光。美咲の父だ。それと、ここの......社長みたいなものだよ」 八幡「あ、すみません。色々失礼なことを......」 社長「構わない。遠慮なくツッコンでくれたまえ。でないとボケ甲斐がない」 八幡「は、はあ......」 社長「ここでは誰もツッコンでくれなくてね......寂しかったんだ......」 ブルース「......ジャパニーズツッコミ......ムズカシイデスネ」 おぉぅ......この話し方聞いてると......アーニャが浮かんでくる...... 社長「さて比企谷君」 八幡「はい」 社長「キミには......入りなさい」 横の扉から1人の少女.......金髪ロングの青眼......簡単に言えば凛のアメリカバージョン。 社長「キミにはこの子をプロデュースしてもらう」 八幡「......どの方面にですか?」 社長「......歌って踊れる女優にだ。得意だろう?」 ......試されてんな......面白え。 八幡「......ええ。歌って踊れて声優もできる女優にしてみせますよ」ニヤリ 2人「(ビクッ!)」 社長「......面白い」 ブルース「......」 社長「......自己紹介しなさい」 「......ベル......15歳。よろしく」 八幡「比企谷八幡だ。よろしくな」 社長「......それだけかい?」 八幡「......上っ面の知識は邪魔なんで......これで十分ですよ」 ベル「......ハチマン。あなたが、ワタシのプロデューサー?」 八幡「......おう」 ベル「......わるく、ないね」 こんなトコまで似てんのかよ......ホント面白え。 社長「ま、まあいいだろう。比企谷君、案内しよう。ついてきなさい」 八幡「......はい」 ......ほーん。やっぱ関連会社なだけあって、作りは日本よりだな。よく似てる。まあ......やり易い。一通り案内され、元いた部屋に帰ってくる。......俺の執務室が、社長の部屋と繋がってるってどういう事だよ! 常に鍵かけて、前に棚置いてやる! 社長「今日のところはこれくらいにしておこう。続きはまた明日」 八幡「......はい」 社長「では、ブルース。比企谷君を家に案内してくれ」 ブルース「イキマショウ、ハチマン。ソトcarマッテマス」 八幡「あ、はい」 一礼して外に出ようとすると......ベルがついてくる。......なんで? 八幡「......なんでついてくんの?」 ベル「why? あー......ハチマンと、一緒に住む聞いた」 八幡「......は?」 社長「すまない。言い忘れていたがそういう事だ。ベルを頼んだよ」 八幡「......なんでだよ......」 社長「......彼女は両親がいなくてね......私が預かっていたんだが、どうもコミュニケーションが取れなくてね。だからキミに任せる事にしたんだ」 八幡「......はぁ.......わかりましたよ。どうせ拒否権ないんでしょ?」 社長「よくわかってるじゃないか!」 八幡「......娘さんがよく似てますよ」 社長「おぉ! そうかそうか!」 八幡「......んじゃ、今度こそ行きます」 社長「うむ! よろしく頼んだよ!」 こうして......想定外のアメリカ暮らしがはじまった...... [newpage] 八幡さんがアメリカに行ってもう1年......早く会いたいよぉ〜! 声だけじゃやだよ〜! あぁもぉ、八幡さーん!」 奏「(ビクッ)......急に叫ばないでもらえる?」 美嘉「......ごめん。無意識......」 奏「......重症ね」 美嘉「声だけじゃやなの〜! 会いたいの〜!」ジタバタ 奏「......少し落ち着きなさい。みんな驚いてるじゃない」 美嘉「......ごめん」 みんなが目を丸くしてアタシを見てる。恥ずかしい...... 高町「城ヶ崎さん、速水さん。行きましょう」 美嘉「......うん」 奏「ええ」 いろは「頑張ってね〜」 撮影頑張んなきゃ! CPのメンバーに見送られながらそそくさと高町さんについて行く。前任の武内Pは部長になって、CPを高町さんに預けた。いろはも正式に346プロに入社して、CPのプロデューサー代行になってる。それでも......彼がクローネでプロデューサーをやっていた時ほどの勢いはない。 全員が身に染みて感じた彼の存在感。高町さんなんか、泣いて謝るほど悔しかったみたい。 美嘉「......高町さん大丈夫?」 高町「......何がですか?」 美嘉「顔色悪いけど......」 高町「問題ありません! この通り元気です!」 奏「......」 絶対嘘。どんどん痩せていってるし、ふらふらしてる。......今にも倒れそう。......はぁ。 美嘉「......高町さん」 高町「なんですか?」 美嘉「今すぐ帰って休みなさい!」 高町「......なにバカなこt「いいから!」......聞けません」 美嘉「......この大バカ!」 高町「なっ......」 思わず叫んじゃった......みんな見てるよ......でも! 美嘉「アンタが倒れたらCPはどうすんの! いろは1人じゃ無理でしょうが!」 奏「お、落ち着きなさい......」 美嘉「止めないで! 焦るのはわかるけど、アンタが倒れたらみんなが困るんだよ? もっと自分を大切にしなよ......」 高町「......」 専務「何事だ」 高町「専務......」 美嘉「美城専務、高町Pに休暇命令を与えてください」 専務「......理由を聞こう」 美嘉「......このままじゃ倒れます。そうなったらCPは......新人達はどうなるんですか?」 専務「......高町君。今から1週間の休暇を取りなさい」 高町「ですが!」 専務「......代行はあの男にやらせる。安心しろ」 高町「......武内さんですか?」 専務「そうだ」 高町「......わかりました」 専務「念のため病院にも行っておくように」 高町「......はい」 ふらふらしながら高町さんが去っていく。......本当に大丈夫かな......あ、あやめちゃんが肩貸してる......これなら安心かな。 専務「......気を使わせてしまったな」 美嘉「......いえ、すみません。偉そうな事言って......」 専務「くくっ......いや、久し振りに歯ごたえがあった。......あの男を思い出したよ」 美嘉「......八幡さんですか?」 専務「......ああ。彼と連絡は取っているのか?」 美嘉「......定期的には」 専務「そうか......楽しみにしていなさい」 美嘉「......え?」 専務「......惚れ直すぞ」 美嘉「......」 奏「......どういうことですか?」 専務「帰ってきてのお楽しみだ。ほら、仕事があるのだろう? 早く行きなさい。一色さんには私が伝えておこう」 2人「......ありがとうございます」 専務「......頑張りなさい」 ......ホントカッコいい人だな......最初とは大違いだって。 奏「......美嘉、行くわよ」 美嘉「あ、うん!」 惚れ直すかぁ......どうなってるんだろ? 楽しみっ♪ ああもぉ! 余計に会いたくなっちゃったじゃん! [newpage] それからさらに1年。......も......もう無理......八幡成分完全枯渇状態...... 美嘉「......比企谷美嘉......もうお仕事しません」 巴「美嘉姉! どうしたんじゃ!」 美嘉「もぉやだ......寂しいよぉ......」 フレデリカ「志希にゃんいくよ!」 志希「ガッテン承知!」 あぁぁ......2人に運ばれてるぅ...... 日本よ......俺は帰ってきたぞー! さぁて......まずはタクシーを拾って...... 八幡「Take me to 346 pro」 「......は?」 八幡「......すんません。346プロまでお願いします」 「......はい」 よし、今のうちに資料を...... 聖「どうした城ヶ崎! 動きが悪いぞ!」 美嘉「すみません!」 聖「......やめだ。休憩にする」 やっばぁ......全然集中できない...... ......着いた......懐かしい! 門をくぐり......さらに正面玄関をくぐる。......そうだ! この階段だ!......って、なんだコイツら。 「......比企谷君」 八幡「......あ、専務。ご無沙汰してます」 専務「......まさか帰国してその足でここに来るとは.......まるで誰かの様だな」 八幡「はっ......そうですけど、社内をぶっ壊したりしませんよ」 「常務、お荷物を」 八幡「いらん。それよりCPに案内しろ」 「はいっ! こちらです」 専務「くくっ......変わっていないな」 八幡「......早々変わんないっすよ」 「常務、エレベーターが......」 「呼ばれてるよ」 八幡「......おう」 前と変わらない......同じ階。......懐かしい。 「......こちらです」 PRの場所まで同じかよ......しかもこのロゴ...... 専務「......懐かしいか?」 八幡「......感慨深いっすね」 「......どうぞ」 ドアが開かれ......足を踏み入れる。その光景は...... 八幡「......汚ねえ」 メンバーが一斉にこっちを向く。いるのは......6期生か。 にしても......なんだこの汚ねえPRは......何やってんだあのバカ...... 八幡「......お前ら」 6期生「(ビクッ)」 八幡「......掃除しろ」 6期生「......」 誰も動かない。......まあいい、掃除すっか。 八幡「......掃除用具どこっすか?」 「こちらに......」 八幡「......うす。ベル、手伝え」 ベル「うんっ!」 「......は?」 専務「......くくっ......ぷっ......」 八幡「......水汲んでこい」 ベル「......水道どこ?」 八幡「......案内お願いします」 「い、いえ! 私が行って参ります」 八幡「んじゃ、よろしく。ならベルは大きい物を......あの箱にまとめろ」 ベル「うん! パパ!」 さぁて......とことんやりますか! 専務「......手伝おう。私は何をすればいい?」 八幡「じゃあ......水が届いたら拭き掃除を。上から順にっすよ?」 専務「......それくらいわかっている」 八幡「嘘つけ。親父さんから聞いてますよ。かj「上からだろう?」......ぷっ......ええ」 専務「......厄介になったものだ」 ベル「......パパ、箱足りない」 八幡「......なんでも人に聞くな。まずは自分で考えろ」 ベル「ご、ごめんなさい!」 八幡「わかったら動け」 ベル「はいっ!」 「水お持ちしました!」 八幡「あざっす。んじゃ、専務......働いてもらいますよ」 専務「いいだろう」 「わ、私も!」 八幡「いや、あんたは旧クローネのメンバーと高町。CPの1期生を全員集めてくれ。あ、一色も。全員レッスンルームにな」 「かしこまりました!」 よし! 気合い入れていきますか! 八幡「......まあ、こんなもんだろ」 「......この部屋......こんな広かったのか......」 八幡「......村上」 村上「......なんじゃ。いきなり失礼なやつじゃのう」 八幡「......そうだな。比企谷だ。で、村上、なんでこの部屋は狭かったんだ?」 村上「......うちらが散らかしとったからじゃ」 八幡「......で、その片付けは誰にさせてた」 村上「プロデューサーじゃ! うちらがいい仕事を出来る様にするのも、奴らの仕事じゃけえの」 八幡「......帰れ」 村上「......あん?」 八幡「......お前はいらん。広島に帰れ」 村上「なっ......なんでうちn「全員集めました!」......」 八幡「......お前ら......レッスンルームに行け」 村上「なんd「行け」......わかった」 あんのバカ高町......少しは教えてこんどけっての! ......懐かしのレッスンルーム......この先にアイツらがいんのか...... 「......どうぞ」 開かれた扉の先...... 「......え?」 会いたかったアイツ。 「......あ......あ......」 八幡「......ただいま」 美嘉「......あなたっ!」 美嘉のランニングダイブ。おぉぅ......やべぇ......すっげえ愛おしい...... 美嘉「あなた......あなたぁ......」 泣きじゃくる美嘉...... 八幡「......ただいま」なでなで 美嘉「......うっ......うぁっ......」 高町「......し......師匠......」 一色「......せん......ぱい?」 八幡「......おう。帰ってきたぞ」 高町「......ししょぉぉぉぉぉぉぉ!!」 6期生「!!!!!!」 八幡「寄るな、気色悪い」ゲシッ 6期生「蹴った⁉︎」 八幡「......高町」 高町「はいいいいいいいいいっ!」 八幡「......なんだこのザマは」 高町「......」 八幡「まあいい。1期生とクローネ」 全員「はい!」 八幡「見せてみろ。曲はフロンティアだ」 全員「(ビクッ)......はい!」 ......全員によるガールズ・イン・ザ・フロンティア......2年前からなんも変わってねえ。 八幡「......ベル」 ベル「......うん。あの程度余裕」 八幡「......いってこい」 ベル「うん! パパ!」 突如ベルがセンターポジションに乱入。 全員「!!!!!!」 ほぅ......引っ張られればできんのか...... 村上「......なんじゃ......あの女......」 「......すごいな。一気に全部持っていった」 ......ほぉ......桐生つかさだったか? JK社長とかいう。 八幡「......もういい。次はお前らだ」 6期生「......はい!」 ......いいや。 八幡「もういい」 6期生「......え?」 村上「まだはj「終わったよ」......なん......じゃと?」 八幡「......立った時点で勝負ははじまってんだよ」 6期生「......」 八幡「......覚悟もねえ奴を戦場には立たせねえ。......高町ぃ!」 高町「はいっ!」 村上「プロデューサーが膝を......」 桐生「......あのプライドの塊が......」 八幡「......てめえ何をしてた」 高町「......い......一歩でもs「それ以前だ」......」 八幡「......まず礼儀がなってねえ」 高町「......すみません」 八幡「......あのPRはなんだ」 高町「......」 八幡「......美嘉」 美嘉「(ビクッ) はいっ!」 八幡「PR見てこい」 美嘉「あ、うん」 八幡「あ?」 美嘉「はいっ!」 奏「......私も行くわね」 八幡「おう。ついでに写真撮ってこい」 奏「......ええ」 八幡「......だれか資料室時代の写真持ってるか?」 みく「......も、持ってるにゃ」 八幡「準備しとけ」 みく「わ、わかったにゃ」 ......ここからかよ......ひでえな。 美嘉「た、ただいま」 八幡「......おう。どうだった」 美嘉「......すごい綺麗。だれが......」 「専務と常務。それとベルさんです」 美嘉「......え? 専務?」 奏「......常務って......だれよ」 八幡「......俺だ」 全員「っ!!!!!!!」 美嘉「え? あなたが⁉︎ 常務って......入社して2年でしょ⁉︎」 八幡「あっちは実力主義だからな。そうなったわ」 奏「......規格外ね」 ベル「パパカッコいい......」スリスリ クローネ・1期生「パパぁ⁉︎」 八幡「......美嘉」 美嘉「な、なに?」 八幡「うちの長女だ」 美嘉「......えええええええええええ⁉︎」 ベル「あなたがママ?」 八幡「......おう。お前のママだ」 ベル「......ママ?」 美嘉「......え? えと......」 ベル「......」 美嘉「......お、おいで?」 ベル「!!!!!! ママ!」ダキッ 美嘉「......あぁ......可愛い......ベルちゃん......」 ベル「ママ.....ママァ......」 奏「......八幡さん」 八幡「......なんだよ」 奏「......彼女......ベル・フランシスカよね?」 全員「ええっ⁉︎」 八幡「......おう。本名比企谷ベル。まあ......養子だな」 ベル「パパはアタシのプロデューサーなの! ところで......いた!」 ......初対面。面白え。 ベル「......あなたが凛?」 凛「そうだけど......」 周子「......そ、ソックリ......」 八幡「だろ? だからベルの曲は......」 美嘉「全部凛の曲なんだ......」 八幡「......そうだ。ま、それはいい。ベル、戻ってこい」 ベル「は〜い♪」 美嘉「ベルちゃん......」なでなで ベル「ママァ......」スリスリ 八幡「ベルを6期生に入れる。で、高町」 高町「......はっ」 八幡「......0から根性ごとたたき直せ。辞めても構わん」 高町「(ビクッ)......御意」 奏「......懐かしいわね」 八幡「......お前ら何余裕こいてんだ?」 みく「......にゃ?」 八幡「......2年前から何も変わってねえ......あ? サボってたのか? それとも胡座かいてたのか?」 志希「あ、お仕事行かなきゃ......」 フレデリカ「フレちゃんも〜......」 八幡「大丈夫だ。まだ時間には余裕がある。そう逃げんなよ。久しぶりの再会だろう?」 2人「......(ガタガタ)」 八幡「......お前ら全員には特別プログラムを用意しておいた。......明日から楽しんでくれ」ニヤリ 専務「......そのくらいにしておいたらどうだ?」 八幡「......ですね。初日ですし。......美嘉」 美嘉「......な、なに?」 八幡「......帰るぞ」 美嘉「っ!!......はい、あなた」 八幡「......寝かせねえぞ」Chu 美嘉「んぁっ......うん......ん......お願い」 ベル「ん〜♪ ママァ♪」ぎゅぅ 美嘉「ベルちゃんっ♪」なでなで 周子「れ、レベルアップしてる......」 奏「......いいわね」 唯「ええええっ⁉︎」
41話√美嘉〜♪<br /><br />ふひっ......想定外の展開だぜ......<br /><br />いや〜前橋でライブですね〜。おいでませ群馬!(作者は群馬県民)<br />私は参戦しませんが......遠方からいらっしゃる方は、お気をつけください!めちゃくちゃ交通の弁悪いです。あ、ぜひ『めの娘』でラーメンを。地味に美味いので。<br /><br />んでは、今回もよろシューコ〜♪
41話√美嘉
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10092481#1
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 酒は割と強い方なアレクサンダー……ではなく、黒澤悠ですおはようございます。  ガンガン仕事をこなしてゴリゴリ精神も削る日々。もう一週間も悠としてジンに会えてないんだよ……もうやめて俺のライフはゼロなんだ。  俺が休みをとれてもジンに仕事が入る。ジンが休みの時は俺が仕事。そんな風に都合が噛み合わないものだから、会えるのなんてアレクサンダーとしてだけだ。『ウォッカがいないと何もできないのですか?』『次の任務です。精々足を引っ張らないように頑張ってくださいね』……違うんだ、こんな嘲笑するような会話じゃなくて、もっとほのぼのした会話がしたいんだ。スキンシップしたいんだよ……アレクサンダーとして触れようとしても、『ジン』に手を叩き落されておしまいだからなあ。そんなことジンにさせられないから、気軽に触れられない。正直つらい。  あー! どれもこれもRUMのせいだ。この前のハニトラの件だって、まだ許してないからな! アレでどれだけ俺の弟が傷ついたと思ってるんだ。そりゃあアレが切っ掛けでジンの望みを一つ知ることが出来たけど、それとこれとは別なんだよ。組織が壊滅する時にはそれはもう無様な姿で捕まるようにしてやる。まだあの野郎の顔も声も知らないけど……! 野郎かどうかすら知らないけど! だから、俺、一応、不本意ながら、ナンバー3なの! 一回くらい面とは言わないまでも素の声くらい聞かせろよ秘密主義!!  ……と、そんな風に現実逃避しても時間は進むわけで。一通り新人の任務同行を終えて、データの更新とチームの調整、最終テスト用の採点もして。俺個人に与えられた任務も一通りこなして、一週間の休みがとれることになった。勿論宮野姉妹の世話はするが、緊急の仕事が入らない限りフリーである。やったぜ。  ちなみに肝心のジンは数日前から海外に派遣されてる。予定通りだとそろそろ帰ってくる筈なんだけどな……チクショウ、物理的に埋められない距離を作られるとはどこまでもやりよる。なにこれ嫌がらせか何か? 俺に対してピンポイントで抉ってくるよね?  ずっと家に居てもいいけど、宮野夫妻に気を遣わせるのも気が引ける。他のセーフハウスで何かするにしても体動かしてないとなんだか寂しい。となれば、外に出るしかないわけで……念のためにいつ連絡が来てもいいようにして、ぶらぶらと適当に歩いた。そういえば休日にこうして歩いて出掛けるのは何日ぶりだろう? 中々こういう機会はなかったような気がする。  ふと、書店の壁に貼られた広告が視界に入る。工藤先生の短編集予約開始、か。そういや、もう工藤新一は生まれてるんだよな。今年で1歳だっけか? ついこの前まで主人公がいなかったというのはなんだか不思議な気分だ。あと16年で本格的に物語が進むわけで……そうなると時間の進み方はどうなるんだろうか。歳を取らないまま何度も季節を繰り返す感じか? それともぎゅぎゅっと1年に詰め込む感じ? どっちにしろ大変そうなんだよなあ。  ふらふら歩いて、ちょっと休憩しようかと入った店からガラス越しの空を見る。今日は良い感じに曇っていて、気温もそう悪くない……散歩日和だ。散歩日和なんだけど、街を歩いていると時々やけに目につく人がいるんだよ。なんというか、挙動不審というか。  不自然なくらいに人目を気にしているとか、やたらと時計を気にしていたりとか。これは以前からずっとそうで、そういう人物の側にいるとほぼ確実に事件に巻き込まれる。だから極力避けるようにするのだが、あまりに突然だと逃げ切れない事も多い。無理に避けようとすると不自然になるからな……一応悪の組織で幹部やってる身だけど、冤罪とか嫌だしさ。ほら、気分的に?  今だってそうだ。何気なく入った喫茶店で、殺人事件が起きた。またか、またなのか。  一応念のために確認したが、ここは米花町ではない。死神こと江戸川コナンもまだいない。だというのにこの事件率……一体どうなってるんだ? 俺が休日に一人で外を歩いていると一日一件、確実に巻き込まれるんだけど。  美味しいって話題だったから試しに寄ってみただけなのにな。頼んだアイスココアはコクがあってまろやかなミルクの甘さが丁度よかったし、ミックスサンドはシャキシャキレタスに甘酸っぱいトマト、濃厚チーズやジューシーなハム、ふわふわ卵といろんな具材が楽しめたし美味しかった。でもなぁ、こんな事件が起きてしまったからには、この店の先行きは暗くなるんじゃなかろうか。下手したら閉店してしまうかもしれない。いや、ここはコナンワールドだしもしかしたら何も起こらなかったかのように平然と続くのかもしれないけど……どうなんだろう。続くならもう一回来たいんだけどな。  ちらりと隣の席を見る。若い女性二人組だ。殺人事件とは言ったものの、まだ被害者はギリギリ生きている。茶髪ショートの女性は随分と苦しそうに脂汗を滲ませながら胸を押さえていて、その友人であろう黒髪ロングの女性は心配そうに背中を擦っている。  俺が喫茶店に入ったのは30分前。その時にはあの二人はパスタか何かを食べ終えたところで、それからはゆったりと談笑しつつ食後のデザートを楽しんでいた。今日は日曜日だが朝食には遅く、昼食には早い……そんな時間だからか人も少ないことだし、1時間以上はいたんじゃないだろうか。ガーデニング仲間らしく、随分と楽しそうに話していたからな。  机に突っ伏した女性に慌てた店員が救急車を呼ぶかと尋ねているが……ああ、これはもう駄目だな。きっとあの子はもう助からない。俺の見込みが正しければあの子の心臓は止まっているし、ここは交通量も多く病院も遠い。今から救急車を呼んだところでもう間に合わないだろうな。ご愁傷様です。  倒れた女性にザワつく店内、女性を揺さぶる友人……とんだ茶番だ。一応一般人を装って驚いたふりをしておく。自分の隣で人が死んで動じない方がおかしいし、ただでさえ近い席だから疑われかねないのに冤罪ふっかけられても困る。  必死に店員が客を落ち着けようとしている。少ないとは言ったが、被害者を除いても被害者の友人と俺、男性が一人、女性が二人、小中学生くらいの子供がふた……んん?  隅の方に座っている子供二人。小学生と中学生の境目くらいだろうか。一人は一見どこにでもいそうな黒髪の、しかし青みがかった灰色の猫目に可愛らしい顔で人目を引くような少年。もう一人は金髪に褐色肌で、透き通るような青い目の、こっちもまた可愛らしいザ・美少年といった風貌をしている。  あっれれー……おっかしいぞー……なんでここにいるんだ。なんで? 出会っちゃったんだ?  いやまだ他人の空似な可能性がある。そうだ、きっとそう。あんな組み合わせがどれだけレアでも、その可能性はゼロじゃない。ゼロじゃないんだよ。 「ゼロ、あれ……」 「だ、大丈夫だ。落ち着けって、ヒロ」  ゼロでしたね残念! 会いたくなかった訳じゃないし今会えるって中々にレアだからいいんだけどさ、よりによってこんな場面で会わなくても……あああ、あんなに青ざめて可哀想に。そりゃそうだよ殺人事件だよ、いくらここの事件率が高かろうが死体に慣れる人なんて滅多にいない。いない……よな? いないと言ってくれ。一人ここにいるけど一般人じゃないからノーカンで!  さて、どうしたものか……警察は呼ばれたし、俺もさっさと離れたいけど事情聴衆とかあるだろうしなあ……うーん。  ただ、流石に怯える二人を放っておくわけにもいかないし。  テーブルに広げられたノートを見るに、勉強会でもしていたのだろう。店員がちらちらと心配そうに様子を伺っているあたり、きっとそこそこ常連或いは店員と交流を持っていると見た。多分な。俺は探偵じゃないから推理力なんてあってないようなものなんだよ。 「大丈夫かい?」  被害者に気をとられていたのか、近づく俺には声をかけるまで気付かなかった。びくりと怯える二人に大丈夫だよーと両手を振る。 「怖かっただろう? 不安だろうし、事が終わるまでお兄さんが側にいようかなって……迷惑だったかな」  どうする? と顔を合わせる二人に、実はお兄さんも少し不安でねと苦笑すれば、隣に座らせてもらえた。さすが未来のお巡りさんだ。優しい。 「お兄さんは黒澤悠っていうんだ。よろしく」 「俺は翠川景光」 「降谷零、です」  あれ、名前聞いておいて今更だけど、これってかなりヤバいのでは? ……もう遅いよなあ。将来俺を見てどうリアクションをとるかは分からないが、俺としては出来るだけ気づかないふりをしてやろうと思う。いい人アピールに使っただけですよって具合で……いけるか? うーん。  いやまて、そもそも警察学校組の誰かと面識を持つ予定だったんだ。その時点でこの二人とも会う確率は高かったんだから、深く考えるだけ無駄だな。相当ガバガバな計画を立てていたってことが自分自身に露呈しただけだ。俺ってば馬鹿かなー? モブに逆戻りしちゃう?  そうやって軽く現実逃避している間、二人がちらちらと被害者を見ていた。 「黒澤さん、あの人……」 「ああ。残念だけれど、もう助からないだろうね……」 「……そっか」  顔を青くして俯く景光くんの頭を撫でる。怖いよな、そうだよなあ……将来潜入調査をする程優秀な警察官になるとはいえ、今はまだ子供だ。恐怖でしかないだろう。 「零くんは大丈夫?」 「はい」  嘘だな。かなり青ざめてるし、握りしめた拳が震えている。大丈夫だからねと言い聞かせながら、二人一緒に頭を撫でて少しでも落ち着かせる。警察はもう暫くかかるかな……それより、誰も誘導しようとしないのは何故なんだ。客が帰っても困るし、このままじゃ絶対まずい。 「皆さん、警察が来るまで帰らないでください。現場の保存をする必要がありますから、ご遺体や、その周囲にも近付かずに警察を待ってください。一人での行動は控えるように」  一応声をかけておく。勝手に帰られたり現場荒らされたりして長引かされるのは嫌だ。この子たちも大変だろうし……  幾分か落ち着いた二人にほっとして、店内を見渡す。あ、やっと警察が来た。一体あとどれくらいで出られるんだか。  それからは所持品の検査を受けたり、証言をしたりしていた。俺も疑われかけたがちゃんと犯人は見つかって、この事件は解決。それはいいんだけど、喫茶店に入った時は昼前だったのに解放された時にはもう15時近く。かなり時間を取られちゃったな……冤罪にならなかったし犯人も捕まったし、いいんだけどさあ。どうせジンにも会えやしないし。  ちなみに凶器は鈴蘭を生けていた水だった。それを被害者の飲み物に混入し、毒殺。凶器である毒を入れていた容器はトイレで発見された。被害者がトイレに行った隙に毒を混入し、入れ替わるようにトイレに行って容器を捨てたようだ。多分汚物入れに捨てたんだろうな……捨てる時にわざわざ中身を確認しないし袋も黒いから。  犯人である被害者の友人はやけに時計を気にしていたし、ガーデニングの雑談で鈴蘭の話題が出た時あからさまに声が強ばっていた。今までもそうだったけど、こういうのって分かりやすいんだよな……あれだけ分かりやすくて誰も気づかないのは、彼らが一般人で俺が組織の人間ということ以外の理由もある気がする。そう、例えば俺が本来この世界の住人じゃないからとか、そういう理由。実際どうかは分からないけどな。  にしたって、鈴蘭なあ……あれは確かに猛毒だけど、速攻死ぬわけじゃないんだよ。あまり向かないと思うんだがな。花で殺すっていうシチュエーションにちょっとしたロマンはあるけど……あるかな? 一体犯人はどんな計画を立てていたんだろう。推理が必要なほどの事件でもないし……この世界での事件というと、どうしても推理必須! 探偵活躍! っていうイメージが強い。  そしてこの世界でのお決まりというかなんというか、犯人はぽつりぽつりと動機をこぼしていたが……興味がないから聞いていなかった。俺は主人公じゃないからな。そういうのは将来縮んでしまう名探偵にでも言ってくれ。  二人と一緒に喫茶店を出て、近くの公園に向かう。緊張して喉も渇いただろうし……お茶でいいか。自販機で1本ずつ買って手渡すと、ありがとうと素直に礼を言われた。んんー、いい子だなあ……癒される。  ベンチに座って休んでいると、景光くんが俺をじっと見つめてきた。ちなみに二人は中学生だそうだ。 「なあ、黒澤さんって外国の人?」 「ヒロ! ……すみません、黒澤さん」 「いや、いいよいいよ、気にしないで。そうだねえ……結構外国の血は入ってると思うよ。これでも一応日本人なのだけれどね」 「じゃあ、ゼロと同じだな!」  ああ、笑顔が眩しい。ちゃんと俺が守ってやるからな……大体の情報はこっそり操作してやるからのびのびと潜入してくれ。そういえばこの子達って何年後に入ってくるんだろうな? 「ゼロ? あだ名かな?」 「零って字はゼロって読めるだろ? だからゼロ!」 「へえ、かっこいいね。じゃあ景光くんはヒーローかな?」 「ヒーロー? 俺が?」 「ヒロミツ、だろう?」  かっこいい! と目を輝かせる景光くん。元々正義感強いんだろうなあ……眩しい。眩しいぞ。 「黒澤さんはどんなお仕事をしているんですか?」 「小説家だよ。まだまだ見習いだけどね」 「小説家……」  中学生という節目を迎えたからか礼儀正しくなった零くん。たしか小学生の時は結構やんちゃしてなかったっけ? 実際に見たわけじゃないから分からないんだけども。 「スポーツ選手か何かかと思った。筋肉しっかりしてるもん」 「かなり鍛えてますよね?」  確かに俺は鍛えてきた。ムキムキではないが細マッチョってやつだ。小説家ってやっぱり基本は家で机と向かい合ってるイメージ強いもんな。実際そうなんだろうけど……多分。 「はは、こっちは趣味みたいなものさ。それに、力があれば大切なものを守ることができる」 「大切なもの……」 「そう。例えば……大切な友達とか、ね」  わしゃわしゃと二人の髪を撫でて、立ち上がる。あまりずっと一緒にいるわけにもいかない。今日の俺はろくに変装もしてないしな…… 「それじゃあ、私はそろそろ行くよ。二人とも、気を付けて帰るんだよ?」  元気に返事をして手を振り返す二人を目に焼き付けて、公園を出る。ああ、眩しかったなあ。  キラキラした目で俺を見つめていたけど、俺は悪の組織の大幹部様なんだ。ごめんな。  俺も大概目立つ見た目をしているとはいえ、流石に15年以上経てば記憶も薄れているだろうけど……多分、将来警察学校に入った辺りで何度か会うことになる。なんだか騙しているようで罪悪感があるが、実際騙しているんだから言い訳も何も出来ないんだよなあ。  ああでも、こうして仲良くなれば見逃してもらえる……ことはないか。これで信念を曲げるような子達じゃないだろう。やっぱりかなり貢献しないと無理だよなあ……貢献してもキツいか? 問答無用で捕まえようとしてくるなら、もう無理にでも逃げるしかないよな。 [newpage]  セーフハウスがある町まで戻って、そこのショッピングモールに寄る。そろそろ日用品とか切れるところだし買い揃えに来ないとな。今日は食材だけ買うことにして……あ、あの服ジンに似合うやつだ、絶対そうだ。今度買いに来よう。  基本的に食材は適当に買い置いているんだけど、要望がある時はメモを冷蔵庫に貼ってくれているから、それを見て決める。あとは単純に俺が食べたいものとか、ジンの好物とかそういうものだな。  ふと、辺りを見渡す。今日はやけに人が多いなあ。広場の辺りには人だかりが出来てるし、イベントか何かあったのかもしれない。子供も多いし、子供向けの……ショーか何かか? 日曜日だし、やってそうだよな。  人混みを通り抜けて、フードコートに向かう。本当はあの喫茶店でデザートも食うつもりだったんだけど、事件に邪魔されたからなあ。今日はもう巻き込まれないだろうし、のんびりできるだろ。  カフェオレとドーナツを3個。プレーンとチョコとストロベリーだ。ここのドーナツって結構美味くて、休みの日はよく寄ってたんだよ。ジンも割と気に入ってるけど、俺が作ったドーナツが一番だって言ってくれるんだよなあ……あー俺の弟がかわいい。お兄ちゃんは寂しいぞ……早く会いたい。  空いている席について、カフェオレを一口。うん、美味しい。  そうだ、今度来た時はあっちの店でクレープでも食ってみるかな。美味かったらジンにも買って帰ろう。それか自分で作ってみるか? まだ作ったことなかったんだよなあ。  本当は一緒に来られたらいいんだけどな……どこに組織の目があるか分からないし。あー、一緒に水族館とか遊園地とか行ってみたい。動物園もいいな……  プレーンのドーナツにかじりつきつつ思考を巡らせていると、ふと視線を感じた。 「……どうしたのかな?」  少し目線を上げれば、そこにはサラサラ黒髪の少年。あっれれ……デジャヴ…… 「日本語喋れるんだ」 「うん? まあ、ね。これでも一応日本人なんだ」 「そうなの?」  データ上はね。実際どこの出身かとかは俺も知らない。 「そうだよ。でも、ちゃんと外国語も沢山話せるんだ」 「すげー!」  きらっきらの目で見てくるこの子は萩原少年だな間違いない。キューティクル凄いな? この子もかなりの美少年だ。警察学校組って大体同い年だろうし、この子も中一? まだまだ小さいな……そういえば俺、これくらいの歳の頃って外国語使えるのをかっこいいって思ってたな。特にドイツとかラテン語とかその辺。特に理由はないけどあの辺って言葉の響きかっこいいから……  試しに英語でちょっとした自己紹介をしたら瞳の輝きが増した。おいおい純粋か? 「おい萩原、勝手に行くな!」  多分天パであろうふわふわな茶髪くんが駆け寄ってくる。間違いなく松田少年だよなあ…… 「あ、松田。ごめんごめん!」  ほらな! やっぱり松田少年だ。今日一日で警察学校組にリーチかかってるんだけど何だこれ。運が良いのか悪いのか分からねぇわ。  何とも言えず苦笑していると、一歩前に出た陣平くんが頭を下げた。 「俺の友達がすみません、迷惑かけてませんか」 「いいや、大丈夫だよ。気にしないで」  おお、礼儀正しい……将来あんなパッと見ヤンキーみたいな姿になるのに。  頭を下げる陣平くんに笑いかけて、ふと残っているドーナツを見る。 「二人とも、ドーナツは好きかな?」 「ドーナツ? 好きだけど」 「チョコといちご、好きな方をそれぞれ半分食べていいよ。ここで会ったのも何かの縁だから」 「え、マジ? やった!」 「おい萩原お前ちょっとは遠慮しろよ」  おお……陣平くんがお兄ちゃんしてる。研二くんはこの頃からチャラいというかノリが軽いというか……仲良しだなあ。ずっと一緒にバカやれるような間柄の人って中々貴重だ。どうか大切にしていってほしい。 「どうぞどうぞ。二つは食べきれないところだったからね、食べてくれると助かるよ」 「……そういうことなら」  研二くんがチョコを、陣平くんがストロベリーを。俺のために両方の味が残るようにしてくれたのかななんて考えたけど、どうなんだろう。陣平くんはストロベリーよりチョコの方が好きそうなイメージが強いのは見た目のせいか?  半分に割ったドーナツを更に半分にして、二人で分けあっている。子供ってかわいいよな……中学生にもなると流石に身長も伸びるけど、まだまだ小さい。これからまたぐんと伸びるんだろうなあ。  しかし、なんというか……俺から差し出しておいて言うのもアレだけど、そんなほいほい食べていいものか? 何もしないけどさ。不用心だと思うんだけどな。  残ったドーナツを食べながら二人と話していると、敬語だった陣平くんも次第に砕けた口調になった。打ち解けるの早いなあ……今の俺は面倒見のいい優しいお兄さんだからいいけど、危なくね? 本当に、もうちょっと警戒心持とうな。特に研二くん。  カフェオレも飲み干して、ゴミを片付ける。二人は今日ゲーセン目的で来ていたらしく、そろそろ帰るところだったそうだ。そこで珍しい髪の俺を見つけた研二くんが好奇心の赴くままにふらっと近づいてきた、と。陣平くんは気付いたら消えていた研二くんを必死に探していたらしい。お疲れ様です。  時計を見ればそろそろ17時。まだまだ明るいとはいえ、保護者のいない中学生ならもう帰ってもいい頃だろう。と、思ったのだが。 「黒澤さん、料理できるんすか」 「ああ、人並みにはね」 「俺、黒澤さんの料理食ってみたい。松田もそう思うだろ?」  いつの間にか自己紹介もしあって、気付いたら懐かれてた。なんで……? いやマジで何で懐いた? 一応初対面なんだけどな……? 餌付け? 餌付けなのか? ちょろいぞ未来のWエース。  内心混乱しつつも表情はいつも通りに保つ。 「そろそろ帰らないと、暗くなり始めたらすぐ真っ暗になるよ?」 「じゃあ黒澤さんが帰る時に俺も帰る」 「んじゃ俺も。萩原放っておいたら迷子になりそう」 「んんー、そうかー」  どうするべきか……どの道買い物が終わったらすぐ帰る予定だし、まあちょっとくらいならいいか。買うものもそんなに多くないしな。 「黒澤さんって大学生?」 「いや、大学には行っていないなあ。小説家見習いってところだね」 「へー、小説かあ。どんなの書くんだ?」 「色々かな。サスペンスとか青春ものとか……ファンタジーとか」 「本は? 出てねぇの?」 「まだだねえ」  二人の話に耳を傾けつつ、カゴに入れていく。野菜と肉、魚と……そういえば味噌も少なかったなあ。お、チョコレートも買っとくか。 「なあなあ外国語ってどんなの喋れるんだ?」 「英語、ドイツ語、ラテン語、イタリア語、中国語は話せるよ。日常会話レベルでいいなら他にも色々」 「すっげー!!」  おう……研二くんの目が眩しい。英語とドイツとラテンは前世、それ以外の言語は今世で覚えた。ジンに教える時、ついでにね。こんな裏で生きてるんだ、話せる言語は多い方がいいに決まってる。  ふと陣平くんを見るとぽかんと口を開けて俺を見つめていた。 「えっ黒澤さんそんなに喋れんの。ロシア語は?」 「話せるよ」 「うっわ似合う」  ロシア語が似合う……まあ、配色的にもそれっぽいよな。イメージ的に。俺も前世でジン見た時ロシア人かなって思ったもん。 「英語は話せた方がいいだろうね。なにかと便利だよ」 「うげ……俺英語苦手」 「こいつ英語の授業いつも居眠りしてるから」 「もしかして陣平くんがいつもノート貸してる?」 「……ああ」 「いつも世話になってまーす」  だろうなあ。テスト前に慌ててお願いしている姿が簡単に想像つくし。うーん……折角出会えたんだし、将来のことを考えてもある程度親しくなっておくのはこの二人がいいか? 「じゃあ、私が教えようか」 「えっ、いいの?」 「いいよ。執筆の合間でもよければだけどね……中々時間が合わないかもしれないけれど」  恩は売れる時に売っとけってね。守りたいし、俺の関わり次第では防護服をちゃんと着るように……なるかなあ。ならない気がする。頑張ってはみるけど。 「連絡先……といっても、携帯は持ってないかな」 「あ、松田は持ってるよな」 「ん? ああ、持ってるけど」 「それなら連絡先を交換しておこうか」  ポケットからガラケーを取り出した陣平くんにお願いして、携帯を貸してもらう。将来早打ちできるようになるんだろうし、今の時点で早いのかちょっと気になるところだ。プライベート用のアドレスを交換して、何も仕掛けずに返した。流石にこの子達には何もしかけない。できれば発信機つけたいけど……居場所の特定用に。 「はい、ありがとう。また今度、都合の良い日をメールしておくね」 「おう」  出来るだけドタキャンしなくていいようにしないとな。ジンが仕事で、俺が休みの日か。 「買い物も終わったし、私はもう帰るよ。君達もちゃんと帰るようにね」  イベントは終わったらしく、あれだけ人が集まっていた広場はかなり人が少なくなっている。そこで別れようとした時、複数の悲鳴が聞こえた。  声のした方を振り向けば、ナイフを振り回す男……えっ、物騒。あれ? 今日もう既に一回事件に巻き込まれてるんだけど、ここに来て記録更新すんの? マジで?  流石に放っておく訳にもいかないよなあ……あれに気付いた二人が青ざめて震えてるし。あまり目立ちたくないんだけど、これはもう仕方ねぇわ。 「研二くん、陣平くん。ちょっとこれを持って、ここで待っていてくれるかな」  買い物袋を半ば押し付けるように渡して、男の元へ走る。男の向かう先には、腰を抜かしたのか座り込む女性と、その前に彼女の子供であろう少年が両手を広げて立っていた。随分と勇気のある子供だ。  ナイフを振り回している方の手首を掴んで捻り上げ、ぽろりと落とされたナイフの柄を踏みつけ、そのまま男を床に叩きつけて動けないように関節を固めた。親子であろう二人の様子を確認してみれば、彼らは目を見開いてこっちを見ている。 「無事ですか?」 「は、はい」 「よかった」  ちょっと派手にやったから、無害ですよアピールのためにふにゃっと笑っておく。騒ぎを聞きつけたどこかの店員に警察への通報と、縛るためのロープを持ってくるようお願いして、しぶとく抜け出そうと暴れ続ける男を押さえつけた。 「大人しくしてくれませんかね? [[rb:今は > ・・]]私もあまり乱暴な真似をしたくないんですよ……」  殺気を乗せて、呟く。周りの人は全員距離をとっているから聞こえてないだろう。男は分かりやすい程にがたがたと震え始めた。  そりゃそうだ、ちょっと暴れた程度の一般人が裏の人間に勝てるわけがない。大人しく捕まるのが身の為だ……なんて、わざわざ教えてはやる義理もないか。  店員から受け取ったロープで男を縛り上げ、床に転がす。ナイフも布で包んで、警察が来るまで預かっておくことになった。凶器を持っている以上誰かに近付くわけにもいかず、男の見張りも兼ねて近くのベンチに座る。  男は何も話さない。すっかり意気消沈した様子だった。一体何があってあんな行動に移ったのかは知らないが、強盗でもなく推理が必要そうな捻った殺人でもなく、こうして暴れるだけの事件は珍しいと思う。この世界ってこういう事件も起きるんだなあ。 「黒澤さん!」  買い物袋をしっかり持ったまま、研二くんと陣平くんが俺の両隣に座った。 「すっげーかっこよかった!」 「な! ヒーローって感じだった!」  興奮した様子の二人が目をキラキラと輝かせている。陣平くんまで研二くんのキラキラが移ってる……俺、そんな目で見られるような人間じゃないんだけどなあ。ヒーローどころか悪役だしさ。 「マジで小説家なの? 格闘家じゃなくて?」 「マジ、だよ。ちょっと鍛えているだけさ」 「うわ黒澤さんがマジとか言うの似合わねー」  本当にな。素だと割とマジって言うけどアレクサンダーのキャラじゃ違和感が凄い。  時間がかかるだろうからと念の為親に連絡させてから、警察が来るまでの間、どうやったんだ、何か習ってたのか、なんて雑談に花を咲かせていると、あの親子が駆け寄ってきた。 「うん? どうしたのかな」 「あ、ありがとうございました!」 「……どういたしまして。怖かっただろう? もう大丈夫だからね」  頭を下げた少年の頭をぽんぽんして、微笑む。同じく頭を下げた母親にも微笑んでおく。 「本当に、本当にありがとうございました! あの時あなたが助けてくれなかったら、今頃私たちは……」 「いえ、お気になさらず。私は私に出来ることをしただけです」  目の前で一般人を見殺しにするのを許容できる程非道にはなりきれないからなあ……俺だって、出来る限り善人でありたい。ところでちょっといいっすかね。  この子……この、将来ワイルド系イケメンになりそうなこの子。もしかして伊達航じゃないか? そうだよな。絶対そうだわ。うっそだろ警察学校組コンプリートしちゃったよ……今日一日でコンプとかどんな確率だ。  本当に今日は何なんだ? 事件といいこれといい、詰め込みすぎじゃないか? 運が良いのか悪いのかどっちなんだ…… 「……あの」 「うん?」 「俺、伊達航っていいます」 「私は黒澤悠だよ」 「黒澤さん、ひとつ質問しても……いいですか」 「……いいよ」  だよな、だろうと思ったよ航くん。しかし、質問か。  航くんの俺を見つめる目は真剣そのもので、そんな目をされたらちゃんと向き合って答えなくちゃいけない……ただ、自然とそう感じた。 「怖く、なかったんですか」 「怖い、かあ」  恐怖は感じなかった。あの男は俺より格下だと、そう確信があったから。あんな掠りもしない無茶苦茶な隙だらけの動きに怯える程、俺は弱くなかった。  けど、彼が聞きたがっているのはそういう事じゃないのだろう。恐ろしいと感じるような、自分が死にかねない危険な状況で、立ち向かう理由。きっと彼が欲しい答えはそこにある。 「どんなに怖くても、守りたいものの為なら案外人は頑張れるものだよ。勿論出来ること出来ないことの見極めは大切だけれどね」 「まもりたいもの……」 「航くんも、そうだっただろう? ちゃんとお母さんを守っていたじゃないか」 「でも、俺」 「立派だったよ。よく頑張ったね、よく立ち向かったね」  これだから、皆眩しいんだ。まだ子供なのに、体だってちゃんと出来ていないのに、きっと体の使い方もまだ拙いのに……それでもその背に大切なものを背負う健気さは尊いものだ。そして、それは守られるべきものなんだよ。  いずれ俺の……『俺達』の敵になる存在。正義を背負う者。この国を支える、警察官の卵たち。 「あ……」  くしゃりと、航くんの顔が歪む。じわりと滲んだ涙をそっと掬って、しゃくりあげる彼の背中を擦った。 「……なあ、萩原。黒澤さんって」 「タラシ、だよなあ」 「ちょっと、研二くん? 陣平くん? 聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど?」  よーしよーしと背中を撫でて落ち着けながら、こそこそと内緒話をしている二人をじとりと睨む。軽くね、軽く。 「……俺、黒澤さんみたいになる」 「うん?」 「俺、強くなって守れるようになる! たくさんの人を守れるような大人になる!」  涙を拭った航くんは、強い意志を持って前を向いた。 「そうか……君の成長を、楽しみにしているよ」  とても強い、正義の光。ああ、あの降谷零の友人になるわけだ。皆強い光を宿している。どこまでも真っ直ぐに前を見据えている。 「きっと君は強くなれるよ」  それからそう時間は経たずに警察が到着した。男とナイフを引き渡し、軽く聴取を受ける。未遂に終わったことを感謝されて、30分もしない内に開放された。 「お疲れ、二人とも。本当は私が送っていけたらいいんだけど……もう暗いから気を付けて」 「ああ。あの、さ」  二人は少し視線をさまよわせて、お互いに目を合わせた後、何かを決意したような面持ちで俺を見上げた。 「俺達も、絶対強くなる」 「誰かを守れるような強い男になっから、だから」  ぐ、とまだ少し小さな拳が握られる。 「俺達に、稽古をつけてください」 [newpage]  セーフハウスに戻って、買ってきた食材を冷蔵庫に並べる。今日見つけた五つの光を思い浮かべて、溜息をついた。  正直、関わり過ぎた。あの頼みを受けてしまったのは悪手だったかもしれない。確かに俺は彼らを助けるつもりで、彼らが彼らとして生きていけるように守るつもりだ。将来俺とは真逆の立場に立つ、正義の卵たち。  少し面識を持っていれば、救う時にやりやすいかと思った。実際、あの5人の内誰か一人とでも交流を持ち、親しくなれば……その人物を経由して、いずれ残りのメンバーとも面識を持つことができると考えてはいた。そして連絡先を得ることができれば、救う時に動きやすいとも。  ただ、あまりにも踏み込み過ぎてしまったかもしれない。これがどう影響を与えるのか、それが気がかりだ。俺の思考が、俺の存在が、あの子達を本来あるべき方向から逸らしてしまう……そんな懸念が頭を過る。本当に、今更だ。  本当は、慎重にならなければならないのにな。自分で気付いていないだけで、実はかなり浮かれていたのかもしれない。俺に後戻りはできないのだから、一度しかない人生で全てを取りこぼさないように立ち回らなければならない。  初めは俺だけが助かればいいと思っていた。弟もそこに入ればいいと思って、そして……気付けば守りたいものが増えていく。  大切なもので両手がいっぱいになって、それでも尚積み重なろうとするその時が来るのが、怖い。俺が一緒に生きたいのはジンだ。けど、生きていてほしいと願う人は増えていく。  エレーナさん、厚司さん、明美ちゃん、志保ちゃん、零くん、景光くん、研二くん、陣平くん、航くん。それから、ジンを支えてくれているウォッカも。明美ちゃんが好きになるなら、今はまだ会ってもいないけど……赤井秀一もきっと、この枠に収まる。関わってしまえば、江戸川コナンもとい工藤新一を初めとした周りの人々も次々と転がり込んでくることだろう。いや、それは彼に限った事じゃないな。守りたい人にとっての大切な人もまた、含まれていくんだ。  俺は欲張りだから、それら全てを掬いあげてハッピーエンドに仕立てたいんだよ。その世界を眺めながら、弟と一緒に暮らしたいんだ。ジンである必要がなくなった弟と一緒に。  自分でも分かっている。実力不足だ。今の俺が腕を大きく広げたところで、つかみ取れるものは限られている。零れ落ちるより先に、全てを繋ぎとめるだけの力を得ないといけない。  自分の手を見る。何度も何度も命を奪ってきた、汚れた手だ。こんな手でも、零れ落ちようとするものをせき止めることはできる。だから。 「俺も大概、影響を受けやすいんだな」  自嘲するように息を吐いて、冷たい水を呷った。久々に触れた光が温かくて、忘れかけていた何かを思い出させてくれるようだった。  もしかしたら。俺が気付いていなかっただけで、負担がかかっていたのかもしれない。だってこんな生活、前世じゃ想像もしていなかった。受け入れられているのは転生した時のオマケか何かだと思っていたけど、俺だって人間だ。ただの一般人だった、ごく普通の人間だったんだ。  すぐに受け入れられるわけがなかったんだなあ。 「おかえり、悠くん」 「買い出しありがとう。いつもすまないね」 「ただいま。いいんだ、俺が決めたことだから」  そうだ。この人達だって、光なんだよ。こっち側に爪先を浸しながらも、それでも確かに光の人間だった。  きっと今まで俺は軽い気持ちで見ていたんだろう。この世界にちゃんと向き合っていなかった。だからどこか楽観的でいたんだろう。今それを自覚できたのは、多分……良い事だ。  さあ、もう休もう。今日は少し疲れてしまった。シャワーだけ浴びて、エレーナさんが作った夕飯を食べて、歯磨きをして、布団に潜る。  疲れてしまったが、不思議と心は軽い。べったりと纏わりついていた何かが全て洗い流された気分だ。こんなにも清々しいのはいつぶりだろう。  ジンはどうしてるんだろうな。俺はジンの心を洗い流してやれるだろうか……  次第に落ちていく瞼をそのままに、ゆっくりと意識を沈めていく。ああ、陣に会いたい。  この日は愛しい弟と一緒に目的もなく街をぶらつく夢を見た。今はまだできない、仲のいい兄弟として出掛ける夢。そんな優しい夢から覚めた朝、目が覚めた時に感じた昨日まではなかった気配にまだ重たい瞼を開く。すると、目の前には俺の顔を覗き込む弟がいた。  俺が目覚めるより先に目が覚めたのか、そもそも眠っていなかったのか。もしかすると今帰ってきたばかりなのかもしれない。朝日を浴びて煌くエメラルドが、真っすぐに俺を貫いている。 「……陣?」 「おはよう、兄ちゃん」 「ああ、おはよう。帰ってきたのか……久しぶりだなあ」  久々の体温を求めて、腕を伸ばし抱き寄せる。暫く会っていなかったからか輝いて見える。ジンってかっこいいよなあ、本当。なのに可愛くもあるって正直ずるいと思う。流石弟。 「その……兄ちゃんは、どれくらい休みがあるんだ?」 「休み? 今日入れて丁度一週間だけど」 「そうか。こっちは一週間後に任務が入ったんだが」  体を起こしたジンは、眉を下げて俺を見下ろしている。流れ落ちた髪を耳にかけ、俺の唇にカサついた唇を合わせる。  また乾燥してる、とどこか場違いなことを考えている俺に、ジンは懇願するような切ない声で『お願い』をした。 「奴より先に、俺の初めてを貰ってくれねぇか」  ああ、どうしてこうも事は重なるのだろうか。  思ったよりも早く、俺達が互いに一歩踏み込む時が来たようだった。 [newpage] 〇黒澤悠  前世では主人公を死神だとネタにしていたが、本人も大概な事件吸引体質。組織の人間としては起こす側だし、一般人として出掛けると巻き込まれる。  平然と組織の一員をやっていたと思いきや、じわじわと負担がかかっていた模様。自覚する程手遅れになる前に正義の卵たちによって浄化された。無自覚な慣れって怖い。麻痺していたともいう。  一度受け入れた相手にはとことん甘くなる。ジンの害になったとしても、なんとか平和な道を探そうとギリギリまで考えるくらいには甘くなる。  ついに一線を越えることになって、どうやって満たしてあげようかと思案中。 〇正義の卵たち  まだまだ未熟な五つの卵。守りたいもの、と言った時の悠の目がとても優しくて、この人のようになりたいと願った。それぞれにとっての警察官になる切っ掛けとして根深く残るかもしれない。  松田、萩原については地味に無自覚でハイスペックな悠の弟子となることで今後の未来にどう影響するかは未知数。 〇宮野夫妻  どこか歪ながらも前を向く黒澤兄弟を静かに見守っている。無理に踏み込まず、踏み込ませることもしない二人のいる家は、黒澤兄弟にとって心地いい空間になっている。交わす言葉こそ少ないものの、最早互いにかけがえのない存在。 〇黒澤陣  早くも次の任務が決まった。決まってしまった。想定していたよりも早く訪れた機会に喜べばいいのか焦ればいいのか。  知識として知ってはいるが、まったくもって分からない。期待と不安が入り混じったまま、眠っている兄にどう伝えればいいか悩んでいた。  結局どうすればいいのか分からないまま、割とストレートに伝えることになった。本当は少し怖い。
 黒澤兄とまだ幼い警察学校組の出会い、少しずつずれていく歯車。そしてついに兄弟が一線を越える時がきた。<br /> というわけで次回は年齢制限かかります。読まなくても繋がるようにはしたいですね。かなり間が開く気がします。<br /><br /> いつも閲覧、コメント、いいねやブクマをありがとうございます。自身の性癖に正直に、のんびり進んでいくので今後もよろしくお願いします。
黒澤(兄)は布石を打ちたい
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「み、見返りって……?」 「そんな大層なものではありません」  坂柳さんがあたしの目を視つめる。  キレイな目…… 「軽井沢さん、あなたのチップはどこにありますか?」  泉のように澄んだ大きな瞳に、私の意識は吸い込まれていく。 「(……あたしのチップ? たしかスカートのポケットに入れたはず)」 「なるほど。スカートのポケットにあるのですね」 「うん……?」  無意識のうちに頷いてしまったが、少しだけ違和感を覚えた。  あたしは自分のポケットを、触れてもいなければ、視線を向けてもいない。  坂柳さんはあたしがポケットにチップを仕舞うところを見ていたのだろうか? 「軽井沢さんのチップ、私にいただけませんか?」 「……え?」  10枚のチップは、退学を逃れるためには欠かせない。  しかし、坂柳さんがあたしの居場所を用意してくれるというのであれば、もう要らない。  あたしはポケットから10枚のチップを掴んで取り出す。  でも、あたしは何故かチップを手放すことに抵抗を覚えた。  チップを握ったまま、差し出そうとした腕を止めてしまった。 「おや? まだこの学校に未練があるようですね」 「……そう、なのかも」  この学校で積み上げて来たものは、全て偽りの自分を演じて手に入れたものだ。  地位も、友人も、周囲からのイメージも、何もかもが本当のあたしにはふさわしくない。  学校そのものに未練はない。  でも── 『おまえを傷つけたのはオレだ。許してくれとは言わない。ただひとつ覚えておいてくれ。今日のように、おまえに何かあればオレはおまえを助けに来ると』 『信頼できるパートナーです』 『答えは聞かなくても分かるだろ。おまえを退学にはさせない。どんな手を使ってでもな』  ぜんぶ、嘘だったのかなぁ…… 「(真鍋に虐められていたあたしを、清隆は助けに来てはくれなかった。清隆自身、第2音楽室で試験を受けてる最中だっていうのはわかるけどさ……パートナーって言っておきながら『なんとかなる』ってどうゆうことよ。あたしの安全なんか全然考えてくれてないじゃん。いつも偉そうなこと言うばかりで、あたしのことは信用してないんじゃないの? まあ、清隆は相手を道具としてしか見ていないところがあるよね。「他人がどうなろうと、最後に自分が無事でいればそれでいい」とか言いそう。あとさ……)」 「──あの、軽井沢さん? 聞いています?」 「……えっ? あ、ごめん」 「ふふ。絶望したはずの瞳に活力が戻って来ましたね。コールドリーディングを使うまでもなく “あなたの心が詳細を語ってくれました” (あなたの心を完全に砕くには、骨が折れそうです。だったら──)」  コールドリーディングってなんだっけ?  そう言えば……注意深い観察力を用い、相手の情報を引き出し掴む話術だって、清隆が言っていた気がする。 「不公平ですよね。あなたはいつも試される立場にあり、綾小路くんはあなたを試すばかり。あなたも綾小路くんを試してみたいとは思いませんか?」 「どうゆうこと?」 「私はただ確かめてみたいのですよ。綾小路くんが私と同じ “天才” なのかどうか」 「清隆と勝負がしたい……ってこと?」 「そうです。あなたを餌にすれば釣れるかとも思ったのですが、なかなか食いついてはくれませんね。綾小路くんがあなたの退学を阻止しようとするのは、五分といったところでしょうか。普段の私ならそんな不完全な手を使うなんてありえない」  坂柳さんは目を閉じて思案するような仕草をする。  その時間は僅かなもので、数秒もしないうちにまぶたを開いた。 「しかし、ぎりぎりまで粘ってみましょうか」 ◇  チップを賭けた伊吹さんとのポーカー勝負。  私の完全敗北が決まった瞬間、櫛田さんは崩れ落ちた。膝を床につけポーカーテーブルの上に突っ伏した。 「ははは、これは傑作だよっ! あんたを追い込んでいたつもりが、逆に自分を追い込んでいたなんて! もう笑うしかないね! ははは!」  塞ぎ込んでいるために櫛田さんの表情は見えない。壊れた人形みたいにしばらく笑い続ける。 「ペーパーシャッフルに続いて二連敗! やっぱり頭はあんたの方がずっといいみたい! 私の完敗だって認めるしかないよねっ! で──」  櫛田さんは伏していた顔を上げた。  その表情は、地獄に落ちた亡者のように、怨念に満ちていた。 「私を退学に追い込んで、堀北さんは満足なのかなぁ?」 「……満足そうに見えるのかしら」 「わっかんない。あんたの顔はいつも通りの仏頂面だからね。でも、心の中は愉悦でいっぱいなんじゃない? ぜ〜んぶ、あんたの狙い通りに事が運んだんだからさぁ」  確かに櫛田さんは私が考えた策に、そのままハマってくれた。 「まさか、犬猿の仲だった伊吹さんと手を組むなんてね。さすがの私も見抜けなかったなぁ」  私と伊吹さんが協力できたのは、互いの利害が一致したからだ。もちろん似た者同士から生まれた信頼が前提にあると思いたい。少なくとも私はそう信じている。 「今の私は打つ手なし、逆転の目もない。あんた、ほんと頭いいよね。──ムカつく」  今の櫛田さんは、ある矛盾に直面している。  櫛田さんの勝利条件は『表の櫛田さんを演じたまま学校生活を送る』こと。  なりふり構わなければ、顔の広い櫛田さんは、先輩や同学年の生徒たちに頼み込みチップを恵んでもらえるかもしれない。平田くんや軽井沢さんのチップを賭けて勝負すれば、失ったチップを取り戻すこともできるかもしれない。  そこまでしてようやくチップ10枚集められるかどうか。  が──  表の櫛田さんは、私(クラスメイト)を見捨てて自分だけ助かるという選択は絶対に選ばない。 「それでぇ、堀北さんは伊吹さんから100万ポイントをもらって自分だけ助かるつもりなんだよね。堀北さんの首を執拗に刈ろうとする私を消せて満足かな? ねえ満足なのかなぁ?」  自分を偽ることをすでにやめていることからも櫛田さんはチップを集めて助かる道を放棄していることが伺えた。 「櫛田さん、あなたはひとつ勘違いをしているわ」 「あ?」 「私はあなたと一緒に退学する道を選んだのよ」 「はっ、ここまで私を追い込んでおいて、なおもあんたは、偽善者の振りをするっていうの?」 「というより自惚れかもしれないわね。私ならどんな学校でも勉強して、希望通りの進学も就職も実現させる自信がある。それは櫛田さんにも言えることよ。あなたは賢い。学力も運動神経も人並み以上だし、コミュニケーション能力の高さは学校で一番だと私は思う。あなたなら別の学校でも上手くやっていける」 「あんたの思い込みが激しいところは変わんないね。自分だけは特別だと思い込んでたところから、他人の実力も認めるようになったのは、かえってタチが悪いけどさ」 「櫛田さん、私は退学することになってもまた、あなたと同じ学校に通いたい。そこで “本当” の櫛田さんと出会って、本当の友達になりたい」 「なにそれ馬鹿なの? 私は理想の自分を偽り続ける。私の望みは他人の信頼を得て優越感に浸ること。私は誰よりも信頼されなければならないの。それが私の存在意義なんだから」 「馬鹿なのはあなたよ! いい加減に気づきなさい! 嘘の上に塗り固めた生活で得られる信頼は所詮『偽物』だわ。『本物』は得られない。私は自分を偽らずに、本当の信頼を勝ち取ってみせるわ!」 「悪いけど、堀北さんの言ってることがわからない。信頼に本物も偽物もあるはずがない。言いくるめようったってそうはいかないよっ!」  私と櫛田さんの口論は平行線を辿る。 「櫛田さんの分からず屋っ! あなたが望む信頼は、一度失ってか──」  今まさに、自分がこの学校で得た答えを言おうと思ったのに、私は途中で言葉を止めてしまった。  私の声を塗りつぶした上で広い多目的室を満たすほどの大音量が響き渡ったからだ。 「ちっくしょおおおおぉおお!!!!」  顔を向けると、男子生徒がポーカーテーブルを握った拳で思い切り叩きながら叫び声を上げていた。 「なんでぇ!! どうして勝てないんだぁ!? ポーカーなんてただの運任せのゲームのはずだろぉ!!!!」  それは高円寺くんと勝負していた2年Bクラスの生徒だった。 「運なんてものは自分で引き寄せるものだよ。そして、それを生かすか殺すかは自分次第。無策で私に挑もうとは、やはりカモネギと言わざるを得ないねえ」  ポーカーテーブルの上に置かれたチップは一方的に高円寺くんサイドへと流れていた。  男子生徒側にはもはや一枚のチップも残っていなかった。 「惨めだ。女を奪われ、チップも奪われ。これで……俺の退学も……決定した。……俺は負け組だ」  男子生徒は崩れ落ちてダンゴムシのように伏してしまった。 「大企業の一人息子で、イケメンで高身長、おまけに頭も運動神経もいい。勝ち組はいいよなぁ。俺たち負け組は勝ち組に搾取され続けるんだ……」  ついに自虐に走り始めてしまった。床に顔を擦り付けて泣く姿は惨めを通り越して哀れに思えた。  高円寺くんはその姿を笑うこともなくただ見つめていた。 「ふむ」  いつもの不敵な笑みは引っ込み真顔になっている。  彼が真剣な顔つきをしているところを私は初めて見た。  一度喉を鳴らした後、口を開いた。 「どうやら君は勘違いをしているようだねえ。恋愛に必要なのは、容姿でも、頭の良さでも、財産や地位でもない」 「あぁ? じゃあどうして俺は彼女をおまえに取られたんだよぉ」 「恋愛は詰まるところ『相手をいかに騙すか』だ。世の中には自分よりも魅力的な男女で溢れている。そんな世界で、いかに自分が一番だと勘違いさせられるか。ただ、それだけなのだよ。ポーカーで君が負けたのも同じ理由。君は騙すのが下手なんだ」  高円寺くんは髪をかきあげるといつもの不敵な笑みに浮かべた表情に戻った。 「まあ、私以上に魅力的な男は、この世界にはいないだろうがねえ」 「相変わらず自信過剰な方ですね。その根拠のない話は、いったいどこから来ているのでしょう。目障りなので、あなたのその自信、叩き潰して差し上げましょうか?」  薄く笑みを浮かべながら坂柳さんは高円寺くんに近づいていった。
ようこそ退学を賭けた特別試験へ第40話です。<br />堀北と櫛田の戦いはポーカーから口論へ。軽井沢を取り込んだ坂柳はどう動くのか? いよいよAグループ編もクライマックスへ。<br />☆2018年09月08日付の[小説] 男子に人気ランキング 31 位に入りました!
Aグループ編⑧
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視力が不安定になってから数年・・・高校は盲目の人が行く学校と一般高校で悩み結局一般高校の総武に行く事にした。校長先生等に事前に説明すると、体調がどうであれ視力がいい日にやって頂いて優秀な成績であれば問題ないと言われ受験し見事合格に成功した。 八幡「・・・今日はあまり良く見えないな」 腕を前に出し目を開き視力の具合を確かめる。だが腕はまともに見えず肘すら見えない為今日はいつもより見えていない・・・。 小町「お兄ちゃんおはよー!!目の調子はどんな感じ?」 視力の確認をしているとダンッ!!と、力強くドアを開けそれに負けない大声で小町が部屋に入って来た。 八幡「あぁおはよう・・・視力はいつもより悪いな。腕を伸ばしても肘すら見えん」 小町「ありゃりゃ・・・どうする?送ってく?」 八幡「・・・いや、大丈夫だ。最悪途中で学校に連絡する」 そう小町に返答しながら上着を脱ぐ。 小町「おおお、お兄ちゃん!?いつから妹の前で服を脱ぐ変態さんになったの!?」 八幡「兄の前で兄の服を着ながら下着でいる妹には言われたくないんだが?」 小町「小町はいいの!!・・・というかお兄ちゃんそんなに腹筋ハッキリしてたっけ?もう少しでシックスパックンじゃん」 八幡「なんだそのマリオの新キャラみたいな名前は・・・シックスパックな。目が見えない時は本もゲームも出来ないから部屋でできることって言ったら筋トレ位だったんだよ」 もう本当に暇で仕方ない。朝起きて歯磨いて着替えても外に出たくないし、でもゲームも読書も出来ないから延々と筋トレしかしてられない。目の調子が良ければゲームしたり小町と戯れたり読書したり小町と戯れたりできるのだが・・・いや、小町との戯れは目が見えなくても結構してるわ、てかさせられてる。 着替え終えて階段を下る・・・最初こそ転けたりして怪我していたがもう慣れた。 パンの少し焦げた香ばしい匂いと目玉焼きの独特の匂いが鼻をくすぐる。 小町に手を借りて椅子につき食器の場所を聞いてから手を合わせ箸を動かす。 ピーンポーンッ!! 小町「お兄ちゃん?」 八幡「・・・なんで来たアイツ・・・今何時だと思ってんだ」 飯を食っている途中に鳴るチャイム・・・だが俺も小町も出る様子はない。何故ならドアの前にいる人間に予想がついているからだ・・・。 ため息を吐き玄関に向かう。 八幡「・・・はい」 「比企谷ー!!」 八幡「ごふっ・・・と言うほど強くなかったか」 「そんな事しないし」 八幡「少し前にされたんですが・・・?」 「いつまで気にしてんの!!ウケる!!」 八幡「お前はなんでもウケてるな・・・折本」 玄関を開け飛び付いてきたのは中学の同級生である折本かおり。 中学にあった『とある事件』以来・・・というかそれよりも前から俺に構っており、自称俺の親友。海浜総合高校と迷ったらしいが必死に勉強して総武に変更したらしい。何がこいつをそんなに駆り立てたのかは分からん。 かおり「何でもはウケないよ、ウケることだけ」 八幡「ドヤってるであろう所悪いが一周回って訳分からんぞ」 かおり「うっ・・・比企谷こういうの好きかと思って・・・」 八幡「まぁ読んではいたが・・・てか何で来た?」 脱線していく話を多少強引に戻す。 かおり「比企谷と登校する為でしょ!!ウケる!!」 八幡「・・・俺と登校しても楽しくないぞ?」 かおり「そうじゃないよ。ただ私が一緒に行きたいだけ、それに抱きつくまで私って分かんなかったってことは今日調子悪いんじゃない?なら人がいた方がいいと思うけどなー」 ・・・よくも長くない付き合いでそこまで分かるもんだ。素直に感心するわ・・・まぁ小町には負けるがな。 八幡「はぁ・・・分かった、頼む」 かおり「オッケー!!・・・よっしよくやった私っ」 八幡「なんか言ったか?」 かおり「んーん!!それよりも行くなら行こっ」 八幡「はいよ」 二階に鞄を取りに行き、小町に先に出るように伝える。入学式とは言えこんなに速く行くと高校生活にウキウキしたみたいで恥ずかしいんだが・・・まぁいいか。 八幡「んじゃ行くか」 かおり「よしっ、じゃあはいっ手」 八幡「・・・おう」 女子の手を握るなんて恥ずかしいが、もう二年近く折本にはこうしてもらってるし、何より手を繋がないとコイツは腕に抱き着いてくるのだ・・・それだけは勘弁。 ある程度話しながら学校に歩き進み、目が見える日の時の為に折本に道順を聞きメモる。 そんな時だった。 「ハッハッハッハ・・・!!」 「あっサブレっ!?」 唐突にそんな声が聞こえた。 距離は凡そ10m前後・・・だが俺の耳に聞こえたのはこれだけではなかった。 明らかに近くを通る車のエンジン音・・・飼い主と思われる人間の声から今、俺には見えない目の前で起きようとしていることが安易に想像出来た・・・いや、出来てしまった。 それを頭で理解したが速いか・・・いや、後に思い返せば走りながらこんな思考をしていたのかもしれない。 「ちょっ!?比企谷!?」 折本の手を離し犬が吠えている場所に走って向かう。足元に手を伸ばし温かく柔らかい、毛の塊を確かに腕の中に抱える。 そしてほぼ顔の下から聞こえる鳴き声にそれが犬だと確信した。 ドッッッ・・・!! そしてそれを確信したと同時に、俺の身体は鈍く短い音と、耳鳴りの様なブレーキ音と共に強い衝撃を受けた。 「比企谷っ!!比企谷っ!!」 最後に俺の記憶に残っていたのは、恐らく泣いている折本の掠れていく声と無事だった犬が頬を舐める生温かい感触だったーーーーー。 [newpage] 君津「さぁ帰れ、そして独身美人女教師を俺に紹介しろ」 それから二週間程経った。 幸い怪我は足の骨折で済み、リハビリを多少して歩けるようになってから検査を行い、二週間後の今日退院となった。 入院中は大変だった・・・まず目が覚めた時は小町と折本が抱き着いてきて、次に親父とお袋が、そして何故かナースの人にも抱き締められ小町と折本の冷たい視線を横から感じた。 後から聞けば助けた犬は傷も無く、問題は無かったという。 親父達も穏便に車の持ち主とは話がついたし、気にする事はないと言われた。 それからまぁ・・・毎日色々とあり、俺は退院となった。 八幡「もう少し祝う気持ちを下さいよ」 君津「知るか、俺が狙ってたナース全員から当たり前の様にメアドを教えられあまつさえ院内デートして、更にはあんな可愛い女の子と知り合いとかお前死ねばいいのに」 八幡「おいコラ医者」 医者が元患者に死ねばいいのにとか言うな・・・だから婚期を逃したのでは・・・? 君津「だから俺に美人女教師を・・・出来ればアラサー位がいい。若いと相手にされないからな・・・頼んだ」 八幡「美人な時点で売れ残る人なんていないと思います」 君津「大丈夫、イケメンなのに売れ残ってる俺がいるからな。安心して探して来い」 自分でイケメンとか言うか・・・?まぁ確かに渋カッコイイって言葉が合いそうな感じではあるが・・・自分で言うのはちょっと・・・。 そんな事を話していると・・・ふと、入院中に時々考えていた事を聞きたくなった。 君津「じゃあな八幡、二度と「あの」あ?」 何かを言おうとした先生の話を遮る。 だが、最後にこれは聞いておきたい・・・そんな気がした。 八幡「・・・・・・今回、俺がした事って間違ってたんですかね・・・」 君津「・・・」 分からなかったのだ。 殆ど毎日考えていた・・・今回、俺は犬を助けた。気がつけば何も見えない癖に体を動かし始め、一歩間違えば俺も犬もただでは済まなかった。 何より助かりはしたが折本や家族を悲しませ、他の人にも迷惑をかけた。 もしかしたらあの時俺が何もしなくても犬は道路を横断して逃げきれたのでは・・・車が上手いこと止まって何事も無かったのでは・・・そんな考えがふと気がつけば頭の中に浮かび上がった。 こんなIFを聞いても仕方の無いことはわかっている・・・だが聞いておきたかった。 質問してから数分、目の前でカチッと言う音と煙草独特の匂いがし始める。 君津「そうだな・・・第三者から見ればお前の行動は間違ってるな。目も見えないのに走り出して、被害を大きくしたかもしれないし、当たり屋の様にも、偽善者にも見えるだろう」 そこで君津先生は区切る様に煙草の煙を吐き出す。 君津「だが、お前をある程度知ってる俺からすれば正しい。お前はそういう奴だし、きっと目が見えていてもそうした筈だ」 そう言われそんなIFを考えた。 だが、やはり何回考えようとしても想像がつかない。 君津「今考えても無駄だよ。お前はお前が思ってるよりもいい具合にバカだからな」 軽く笑いながらそう言う先生に少し腹を立てる。そんな時、また先生は煙草の煙を吐き出した。 君津「周りにはクソガキが余計な事を・・・なんて思うやつもいるかもしれねぇ。だけどよ、どっかの名探偵も言ってたろ?」 『人が人を助ける理由に論理的な思考は存在しない』 君津「ただ助けたかった、それだけでお前が走り出した理由の後付けなんざ充分だろ」 君津「それによーーーーー」 そこで言葉は区切られ、次に二歩ほど歩く音がする。そして次には頭に大きく、親父よりも細い指のついた手が置かれる。 君津「医者の俺が言うのもなんだが・・・"この国の法律には人が何かを救うのに年齢制限なんざ設けられてねぇぜ"?」 君津「救いたきゃ救えよ、見殺しよりも人殺しの方がずっとマシだろ」 ーーーーーきっと俺はこの言葉を忘れることは無い。 綺麗事にも聞こえるし偽善者にも思われるかもしれない・・・だがそんな言葉を俺は絶対忘れない。そして、それと一緒に頭に置かれたこの親父と違った意味で大きな手の温もり忘れないだろう。 「比企谷ー!!」 そしてそんな中折本の声が耳に入る。 君津「お迎えだぜ、色男」 八幡「先生もでしょ」 君津「言ったなこの野郎、責任もって美人女教師連れてこいよ」 八幡「ふっ・・・いたらっすよ」 そう言い残し病院の外に向かう。 君津先生は吸っていた煙草を消して後ろ向きに歩き出す。そして二、三回手を振ると院内に戻って行った。 かおり「比企谷、退院おめでと」 今日は目が良く見えるな・・・折本ってこんな顔だったっけ・・・見えない日が長かったし気にしてなかったからかよく覚えてねぇな・・・でも 八幡「・・・かわいいな」 かおり「ほぇ・・・?え、えぇぇぇ!?」 不意に零れた言葉に折本が動揺する・・・くそっ気が緩んだ・・・。 かおり「ひ、ひき比企谷・・・比企谷がかわいいって・・・かわいいって・・・ふへへ」 目の前で顔を赤くして身体をくねらせる折本・・・なんだよ・・・。 かおり「よしっ比企谷!!退院祝いにどっか食べに行こっ!!どこ行くっ!?」 頭の中がどこかに行っていた折本が漸く復活すると今度は突拍子も無くそんなことを言い始めた。 八幡「そうだな・・・サイゼ」 かおり「サイゼっ!?もっといい所行こうよ!!ウケる!!」 やっと本調子に戻ってきたな・・・相変わらず何にウケるのか全く分からないが。 八幡「サイゼ良いだろ、上手いし安いしドリンクバーあるし」 かおり「まぁ確かにね・・・よっしゃじゃあサイゼにゴー!!」 折本に連れられるがままにサイゼに向かう。 滅多に見えない周りの景色を目に焼き付けながら、いつもは聞き流す折本の言葉に耳を傾け・・・そしてそれ以上に、見えなくとも二度と忘れない様に折本の顔を時々見て俺達はサイゼにゆっくりと向かったーーーーー。 小町「お兄ちゃんなら絶対ここ来ると思ったよ!!」 八幡「なんでいんだよ、てか結構食ってんなおい」 かおり「小町ちゃん凄いけど今回はウケないー!!」 [newpage] 番外編 【強いのは父で恐ろしいのは母である】 とある病院のスペース・・・そこには一組の夫妻とスーツの男が向き合っていた。 夫妻は今回の被害者、比企谷八幡の両親であり、スーツの男は今回の事故の車の持ち主の代理人。 そのスーツの男は淡々と示談の説明をする。 その説明はある意味筋は通っているし、示談の理由も納得できなくはない内容だ。 ーーーーーだがそれは二人ではなかったらの話。 「おい、アンタ。携帯でもなんだっていいからアンタの雇い主と話をさせてくれ」 「いえ、奥様はお忙しいので代理で私が来た訳でして・・・」 「・・・もう一回だけ言うぞ」 「ーーーーー雇い主に繋げ」 「ひっ・・・!!しょ、少々お待ち下さい!!」 少し下を向いているからか、かかった髪の中から除く鋭く力のある目に代理人の男は鳥肌を立てすぐに携帯から雇い主である雪ノ下に繋ぐ。そして事情を説明して携帯を比企谷父に渡した。 「・・・アンタがこの代理人の雇い主か?」 『はい、雪ノ下家の者です。何か不手際がありましたでしょうか?』 「不手際ってかなんて言うか・・・今回の件って示談を受ければ治療費は全額払う、だから内密に、って事で間違いありませんか?」 最初の強気は何処へ、柔らかく低い物腰で電話に出る比企谷父・・・それに戸惑いを隠せない雪ノ下は戸惑いつつも答えた。 それがハズレと知らずに。 『えぇ、間違いありませんが・・・』 ーーーーープツンッ。 その部屋にいる人間は確かにその音を聞いた。何が切れたのかは分からないが・・・少なくとも今切れてはいけないものが切れたのだという事を、そこにいる代理人は理解した。 「ふざけてんのかクソがッ!!」 『ッ・・・!?』 さっきとはまた一変、雷のような怒声が部屋にコダマする。だがそのコダマが終わるよりも速く、比企谷父は言葉を続ける。 「いい事教えてやるよ雪ノ下さん・・・俺の、俺達の最愛の息子はな、中学から視力が不安定なんだよ」 『・・・ッ!?』 「娘が言うには今日の息子の視力は伸ばした手の肘も見えないような状態だったそうだ・・・知り合いの女の子に手を貸してもわらなきゃまともに前も歩けやしない、そんな日だったらしい・・・」 吐く息で怒りを抑えながら、だが確かにある静かな怒りを言葉に乗せて続ける。 「そんな息子がっ!!目の見える・・・飼い主よりっ、オタクのドライバーよりっ、誰よりも速くあの犬を・・・命を救ったんだぞっ!!」 「それなのにっ・・・俺達が、治療費も払わないでアイツの元に行って・・・なんて言えばいいんだよっ!!ふざけんなよっ!!」 抑えきれなくなったのか握りつぶす勢いで携帯を持ち、怒鳴る。それを見かねたのか比企谷母は比企谷父から携帯を受け取った。 「すみません、今の夫では話が出来ないかと思いますので妻の私が変わります」 『い、いえ・・・こちらこそ知らぬとはいえとんだ御無礼を・・・』 「いえいえ、それで今回の示談ですが無かった事にしていただけませんか?勿論マスコミなどに言うつもりもありませんし・・・治療費はこちらで払いますので・・・」 笑顔で、それでいて物腰柔らかく丁寧な口調で話を進める比企谷母・・・それに対し雪ノ下は油断したのかまた、ハズレを・・・『大ハズレ』を引いた。 『はい。先程のお父様の声から断腸の思いなのは承知ですので』 「ーーーーーたかが腸切るのと息子の怪我が同じ痛みなわけないだろッ!!」 その言葉は電話越しですらビリビリと肌に伝わった。思わず雪ノ下は携帯を落としてしまった・・・だがその際に偶然スピーカーモードになり、声は聞こえた。 「・・・アナタがどんな大企業の社長でも、議員選挙の夫を持っていようとも」 それは比企谷父以上の怒りが込められた言葉・・・雪ノ下にはそれがまるで言霊の様に頭に刷り込まれていった。 「私の大切な家族を侮辱するならね・・・」 ーーーーー地獄を見せるわよ。 その言葉を最後に電話は切れ、比企谷夫妻は部屋から出て、息子の目覚めを聞き走って向かった。 「で、どうだ八幡、いいナースさんはいたか?」 八幡「・・・ノーコメント」 「なんだよ教えろよ〜お母さんより可愛くて綺麗な人ばっかだろここは」 八幡「お袋の方が全然マシだ、時々普通にいい人でいい香りの人がいるが、大半は香水臭い」 「へー・・・だって母さん」 八幡「ッ・・・!?」 「冗談だよ・・・ククッ・・・第一母さんがいたら俺が先に殺されてるっての」 「そうね、ならお望み通りにしてあげましょうか?」 「・・・オワタ」 「はちま~ん!!私の方が良かったの本当?私可愛い?綺麗?美人?もう言い過ぎよ八幡!!」 八幡「なんも言ってねぇ・・・ってだから抱きつくな頬ずりするなっ」 「お、俺も・・・」 「アンタはダメよ。そんで歩いて帰んなさい」 「えっ待ってここからそこそこ距離ある・・・」 「歩いて帰れ」 「サー、イエッサー!!」 続く? [newpage] 後書き まずはリクエストにあったコレですね。 次はどうしよう・・・アンケート的にはべるぜバブかな・・・まぁ今回の話にも思い付き短編で続きが見たいのがあったらコメント欄にどうぞ。 ではではまた。
幸せの視力【高校編その一】
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風邪をひいてしまいました。君に移すといけないので今日の予定はキャンセルさせてください。 謝罪の言葉と一緒に送られてきたメッセージにお大事にしてくださいと返信を打つ。彼が風邪を引くなんて珍しい。いつもお仕事ばかりだから無理が祟ったのかな。 安室さんは探偵と喫茶店のアルバイトを掛け持ちしてる働き者。とても忙しい彼だけど、時間が出来ると私の家に来て美味しいご飯を作ってくれて、お休みの日にはお出かけに連れていってくれる。優しくてかっこいい、私にはもったいないくらい素敵な彼氏だ。 今日は安室さんが家に来てくれる日だったので晩御飯を作って待っていたのだが、風邪ということなら仕方ないよね。でも久々に会える予定だったのに残念だな…あれ、でも風邪なら私が看病してあげたいな、一応彼女なんだし…彼の家には何度かお邪魔していて合鍵ももらってる。といっても会うのはほとんど私のアパートでなんだけどね。せっかく料理も作ったし、彼の家に行ってみようかな。移すから駄目だと言われたらこれだけ押し付けて帰ればいいや、と作った料理をタッパーに詰めて紙袋に入れ安室さんの家に向かった。 [newpage] きちゃった…… アポなしで来てしまった彼の部屋の前で悶々とすること約5分。合鍵は持ってるけど、押しかける形なわけだし一応鳴らした方がいいよね。深呼吸をして彼の家のインターホンを押す。すると中から金髪の綺麗なお姉さんが不機嫌そうに顔を出した。 「なあに?何か用なの」 あれ?部屋を間違えたかと思い部屋番号を確認したけど、ちゃんと安室さんの部屋だ。ということは……… 「か、彼女…?」 思わず口に出してしまった言葉にハッとする。だってこの一瞬で全てを察してしまった。 「…それあなたに関係ある?というか誰?」 ああ、やっぱり否定しないのか。安室さんにこんな美人の彼女さんがいたなんて。怪しんでるお姉さんの顔見て、咄嗟に思いついた嘘を並べる。 「あ…あの…私上の階に住んでる者なんですが、先日安室さんに助けて頂いたのでお礼と謝罪をと思って伺ったんです…すみません、彼女さんがいらしてるとは思わなくて…」 「…そう。安室くんなら今シャワー浴びてるわ。それ、代わりに渡しておくけど。」 お姉さんは私の持ってる紙袋を見て言った。 「いえいえ!大丈夫です!また改めて伺います…!あ、あの…安室さんには内緒にしてもらってもいいですか?こんなタイミング悪く押しかけたと知れたらまた謝罪することが増えてしまうので…本当にタイミング悪くてすみません!すみません!失礼しました!」 言いたいことだけ行って逃げ出した。文字通り敵前逃亡だ。いや、この場合私が彼女さんの敵ってことになっちゃうのかな。非常階段で上の階に上り、エレベーターで1階まで降りる。彼女さんに嘘をついたのがバレては大変だし、何よりストーカーとか思われたら流石に辛い。ああ、もう頭がぐちゃぐちゃだ。早く家に帰りたい。 [newpage] 家に着いてまず紅茶をいれた。その暖かさにホッと息をついてさっきのことを思い出す。さっきはびっくりしたけど、あんなにかっこいい安室さんと私が付き合っていることの方がよっぽどおかしく思えてきた。彼の家にいた彼女さんはそれはそれは整った顔をしていたし、セクシーで大人の女性という感じだった。それにその…おっぱいもすごく大きかったし。2人が並んで歩いているところを想像するとすごくお似合いだと思う。方や平々凡々な私はというと、彼と買い物に出かけて周りから痛い視線を頂くことはしょっちゅうだし、ショーウィンドウに写る彼と私は恋人同士というには申し訳ない程不似合いだった。 釣り合わないという自覚はあった。けど、それでも愛されていると思っていた。 私たちの関係ってなんなんだろう。所謂セフレというやつなんだろうか。もちろん体の関係はあったけれど、恥ずかしくていつも小さな抵抗をしていた。あれよあれよとベットに連れ込まれてしまうんだけど。こういう態度も面倒くさいって思われてたのかな。安室さんの彼女だなんて1人で舞い上がって本当に私って 「馬鹿みたい」 独りごちて紅茶を飲もうと視線を下げると、使っているのが彼とお揃いのマグカップだと気づく。急に涙が出てきた。なんで今これ使っちゃったんだろう。私にとって宝物のこのカップも、彼にっては重たいアイテムだったんだろうか。私のことなんかすぐに捨てちゃえばよかったのに。こんな形で知らされるより面と向かってもういらないと言ってくれる方がまだマシだよ。 安室さんはまたこの部屋に来てくれるのだろうかなんて考えて自己嫌悪した。自分が浮気相手だと分かっているのに関係を続けるのは彼女さんに失礼だ。次彼に会う時にお別れを言わなければ。それが明日か一週間後か分からなけれど、覚悟を決めておかなければ。 [newpage] 仕事を終えて帰宅すると安室さんが出迎えてくれた。 「おかえり、今日は少し遅かったね」 「あ、安室さん。こんばんは」 「一昨日はごめんね。お詫びになるか分からないけど、今日は君の好きなオムライスを作ったよ。」 早く手を洗っておいでと笑いかけてくれた彼に頷いて洗面所に向かう。こんな会話なんだか本当の恋人同士みたいじゃないか。ただいまって返せなかったな。いつもは来る前に連絡をくれるしこんなに早く来ることはないのに、なんで今日に限って突然来るんだろうか。あんなことがある前の私だったらそれはそれは喜んだことだろう。でも次安室さんに会う時が彼とさよならする時だと決めてたから、今日がその時になってしまった。心の準備くらいしたかったのに。リビングに入ると美味しそうな匂いがして、安室さんが先に椅子に座っていて。今までと何も変わらない。私だけが違う。ご飯を食べてから話をしよう。 「いただきます」 「はい、召し上がれ」 彼の作ったオムライスはすごく美味しかった。子供っぽいかもしれないけど私の大好物で、これを食べたら他のお店のものは食べられなくなってしまった。でもこのオムライスが食べられるのも今日で最後なのか。泣きたくなってきた。 「あんまりお気に召さなかったかな」 「いえ、すごく美味しいです。すごく」 「ならよかった。じゃあ具合でも悪いの?」 「え?どうしてですか?」 「なんだか元気がないし、それに」 ただいまって言ってくれなかった、なんて眉を下げながら笑った。安室さんだって本命の彼女がいるなんて言ってくれなかったじゃない。 「…今日は仕事が忙しくて少し疲れました。安室さんこそ、もう体調は平気なんですか?」 「うん、もう元気になったよ。でも君に会えないから寂しかったな」 あんな美人と一緒にいたじゃない。寂しいなんて嘘つき。 心の中で悪態をつくけど、こういうことをサラッと言えちゃうところやっぱり好きだな。 「照れてるの?かわいい」 「…もう。あんまりからかわないでください」 口を尖らせてから食事を再開した。安室さんといると心がぎゅっとして、でも安心して。私はやっぱり彼が大好きだ。彼女さんごめんなさい。やっぱり今日だけは何も知らない恋人同士でいさせてください。次会った時には絶対にお別れしますから。 2人でご馳走様をして食器を洗っていると、彼が後ろから抱きついて肩に頭を押し付けてきた。 「___…」 甘い声で私を呼ぶ。これがいつの間にか決まっていた、エッチをする時の彼からの合図だった。いつもの私だったら、洗い物が残ってるからちょっと待ってという。でも今日は途中で洗い物を切り上げて彼の方を向き、私からキスをした。 「ちゅ…っん…今日はイヤイヤってしないの?」 だって抵抗なんてされたら面倒くさいでしょう。 「…いいから早く」 こんなの初めて言った。顔が熱い。 「いつもの君も可愛いけど、積極的なのもいいね。すごくそそる。」 やっぱり。こういうのがいいんじゃない。 結局腰が立たなくなるまで抱かれてしまった。最中に好きだとか愛してるだとか言ってくれたけど、こういうこと誰にでも言えちゃうのかなとか、一番じゃない女の子でも抱けちゃうんだなとか少し嫌悪感を覚えてしまった。でももっと酷いのは私だ。彼女がいるってわかってるのに、今までみたいに彼に愛されて、気持ちよくなって、幸せを感じてしまった。自分がこんなに嫌な女だなんて知らなかった。ドラマとかワイドショーとか浮気の話はよく目にするけど、自分が加害者側になるなんて一生縁のないことだと思っていた。最後は涙が出てきて彼に驚かれたけど、適当な嘘を言って誤魔化した。嘘ばっかり上手くなってしまった。隣の可愛い寝顔をしばらく眺めて、初めて彼に背中を向けて眠った。 [newpage] 彼はいつも通りだった。きっと彼女さんは私が黙っておいてと言ったお願いを聞いてくれたんだんだろう。また罪悪感が積もった。 それからも彼は2.3日おきに私の家に来たけど、結局お別れ出来ずに3週間が過ぎてしまった。やっぱりダメだ。私の家だと言い出せないから彼の家にもう一度行って話をしよう。それで彼女さんがいてももう知らない。彼に別れを告げて逃げてくればいいじゃないか。 彼の部屋に行くと、もうそこには誰も住んでいなかった。 今日家に行ってもいい?大事な話があります。 泣きながら家に帰る途中で彼からメッセージが入った。どうやら私は自分から別れを切り出せず彼に捨てられるようだ。
流行りに乗って書いてみました。<br />安室さんと夢主のすれ違い話です。<br />読んでて心臓を抉られる切ない話がすごく好きです。<br /><br />後半も書きました。<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10095595">novel/10095595</a></strong>
安室さんとすれ違う話(前編)
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 こんにちはまーやんです。投稿が遅れてしまってすいませんでした。これからもまた遅れてしまうことがあるかもしれませんがご理解よろしくお願いします!また、本編を読んでいて誰のセリフかわかりずらいとの意見がマイピクにてあったので少し変えました前とどちらがよいかコメントをくれるとうれしいです。八幡の頭の良さもコメントにありましたが八幡は天才キャラで行こうと思ってます。ではお楽しみください![newpage]  男鹿 「あ?」  城山 「うわ!」   男鹿 「お前はたしか神崎に引っ付いてるやつか?何でここにいる?」  城山 「いや、神崎さんと姫川から話があってな。すまん、悪いが一緒に来てくれるか」  男鹿 「いや無理、面倒だし第一俺は今から東条のやろうをぶっ飛ばしに行かなきゃならん」  八幡 「おい男鹿、わざわざ来たんだからいってやれよ。どうせ学校行く途中だろ、俺は面倒だからヒルダ達とアクババ乗ってくけどな、それに4人も乗れなくね?」  男鹿 「何で俺が歩き前提?!まあしょうがねぇな話だけだぞ」  城山 「悪い、感謝する」  八幡 「じゃ俺は花火でも見てるからまた後でな」  男鹿 「ああ、じゃあいくぞべる坊」  べる坊 「だ」  八幡 「じゃあヒルダ頼むわ」  ヒルダ 「はい、八幡様」  ラミア 「八幡様!花火って何ですか?」  八幡 「ん?まあ空に打ち上げるやつか手にもってやるんだが簡単に言うと綺麗に見るための炎?多分わざわざ俺呼ぶくらいだし打ち上げる方だと思うが」  ラミア 「本当ですか!八幡様と一緒にはやく見たいです!」  ヒルダ 「ラミア、一緒といっても二人だけではないぞ、私も一緒に見たいからな」  ラミア 「ヒルダ姉様のセリフとは思えない…」  八幡 「それにしても下の方人多くね?何これ?」  ヒルダ 「さあ?どうせ馬鹿な者達が騒いでいるのでしょうそれより八幡様そろそろです」  八幡 「おっ、そうかじゃあ飛び降りるか人多いしアクババ着地できないだろ」  ヒルダ 「たしかにその方がよいかもしれません」  八幡 「よし、じゃあラミアは俺に捕まれ、降りるから、ヒルダとフォルカス先生は大丈夫だよな?」  ヒルダ 「くっ、ここにきて着地できることがあだになるとは」  フォルカス 「私は大丈夫ですよ、それにしても本当にすごい人間の数ですな」  ラミア 「やった!八幡様に抱き着ける!八幡様!よろしくお願いします!」  八幡 「おう、じゃあいくぞ」  不良 「あ?んだ誰だてめぇいきなり降って来やがってぶち殺すぞ」  ヒルダ 「貴様、八幡様に何と言う無礼を、殺されたいのか」  不良 「ひっ、男鹿嫁、か、構うなやるぞてめぇら!」  八幡 「ラミア、俺から離れるなよ」  ラミア 「えっ、俺から離れるなって、よ、よろしくお願いします!」  八幡 「何を言ってるのかよくわからんがまあ今はいいか」  不良 「いくぞおらぁ、ってうわぁー」  不良 「…へ?」ドゴォォン  邦枝 「全く、何をしてるのよあなた達、こんな子供のいる前で二、三人を全校生徒で囲って、恥を知りなさい」  不良 「れっ、烈怒帝瑠!何でここに!」  八幡 「あ?烈怒帝瑠?って葵かよ今の」  邦枝 「へ?ってえ~?!な、何で八幡がいるのよ!しばらく出かけてるっていってたじゃない!」  八幡 「いや、ちょうど今日帰って来たんだよ、ところでこんな大勢できて何してんの?えっ何全校生徒で花火見んの?マジで?帰りたくなってきたんだけど」  邦枝 「花火?何のことよ?って違う!帰って来たんなら連絡しなさいよ!」  八幡 「え?何でだよ!わざわざいいだろ面倒だし、それより久しぶりだな葵、後お前らも」  邦枝 「なっ、何でってそれは…」(はやく会いたいからなんて恥ずかしくて言えない!でも何よ、八幡だって私のことかわいいっていったくせに)  千秋 「は、八幡先輩お久しぶりです。そ、その会いたかったです」  寧々 「ちょっと千秋!いきなり何いってんのよ!そ、それは、私もだけど、でもだめよ!掟違反よ!」  花澤 「いやいや、寧々さんもおんなじっしょ、てかうちも会いたかったんすけど~」  八幡 「まあ、ありがとよ、花火じゃねぇの?じゃあ何?」  邦枝 「何って、男鹿が東条と決着をつけるらしいからこの前のお礼をしようとして」  八幡 「なるほど、じゃあこいつら自称東条の部下達か、じゃあちょっと邪魔だしどかしていいの?」  邦枝 「えっ?まあ、もともとそのつもりだけど」  不良 「な、なんてことはねぇ!やるぞてめぇら!」  八幡 「じゃあ一気にやるか、力加減はこれぐらいでいいか、おいお前ら後ろ行ってろ、ヒルダ達もな、よっと撫子」ピシッ  不良 「じ、地面が、うわぁ~」  邦枝、烈怒帝瑠 「…」(来た意味無しじゃん、でも八幡(さん)(先輩)いるしいいか)  ヒルダ 「さすが八幡様!お見事です!」  ラミア 「すごいすごい、人間がみんな沈んでる!さすが八幡様!」  フォルカス 「これは見事」  八幡 「ちょっとやりすぎたか?」  邦枝 「ちょっと!どう見てもやりすぎよ!地面どうすんのよ!」  八幡 「あ?いや後で直すけど?」  邦枝 「えっ?そ、そう」  烈怒帝瑠 (姉さん、そこ納得するんですか…)  男鹿 「あ?んだよこれ?はぁ?地面割れてる?!」  神崎 「おいおい、マジか?邦枝の仕業かよ?」  姫川 「ば~か、いくら邦枝でもできる訳ねえだろ、どうせ東条だよやるとしたらな」  男鹿 「おい比企谷、これ、お前?」  八幡 「ん?まあなこいつら邪魔だったからよ」  男鹿 「マジかよ!ここまでするとか鬼か!」  神崎、姫川 「てめぇにいわれたくねえわ!」  神崎 「つーかマジか?こんなザコっぽいのがやったとか」  姫川 「どうせ嘘だろ、見え透いてるのに気付かねぇとは、馬鹿なやろうだ」  ヒルダ 「貴様らいい加減にしろ、殺すぞ」  神崎 「てめぇは男鹿嫁ぶはっ」ドゴォォン  姫川 「何だこら、やんのかこらぶはっ」ドゴォォン  城山 「神崎さ~ん!」  男鹿 「ったく、ヒルダ何やってんだこんなに減り込んでかわいそうに」  八幡以外全員 「だからお前がいうな!」  男鹿 「にしても邦枝までいんのかよ、てか東条どこよ」  八幡 「花火っていってたしグラウンドじゃね?」  男鹿 「たしかにそうかもしんねぇないってみっか」  八幡 「おう、お前らも行くぞ、ってラミアさん?何でこんな人多いところで手何か繋いでるのでしょうか?」  ラミア 「だって八幡様、一緒にいてくれるっていったのに全然構ってくれないじゃないですか!」  邦枝 「ちょっと八幡、この子は?」ゴゴゴ  八幡 「い、いや知り合いだよ?」  邦枝 「そう、一緒にいてくれるっていうのは?」  ラミア 「別にあなたには関係ないでしょ!どっかいきなさい!」  男鹿 (また修羅場かよ…) [newpage]  なかなか話が進まないですがお許しを…次回で東条との決着をつけたいと思います。コメント、感想は大歓迎ですのでこれからもよろしくお願いします!それではまた次回お会いしましょう!
石矢魔での再開
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十九、十八、十七、十六、十五、……  私ははさみをギュッと握り直した。  十、九、八、七、……  一撃で――決める。  五、四、三、二、一、  ゼロ。  ピンポーン。  緊張感を破ったのはインターホンだった。足音も声も聞こえないところからすると、男は出るかどうか逡巡したらしい。  ピンポーン。  再びインターホンが鳴る。 「すみませーん。宅配便ですー」  ドア越しの声が私にも聞こえた。 「は? 荷物なんて……」  男はぶつぶつ言いながらもドアを開けたらしい。そして、「うわっ」という声と、ドサッという物音。たったそれだけ、だった。  え? 何が起きてる? 理解できずにいる私の耳に、「春耶ちゃん!」と呼ぶ声が届いた。その声は、その声は。 「あむろ、さんっ」  掠れた私の声を、安室さんは聞き逃さなかった。 「春耶ちゃん、ここか!」  部屋に入ってきたその姿を確かに認めると、ふっと力が抜けて、はさみを取り落した。ガシャンと音を立てて落下したはさみに安室さんは一瞬驚いたようだったが、すぐに棚の真下にやって来て、こちらに向かって手を伸ばした。 「もう大丈夫だよ。おいで」  私は棚から飛び降りた。柔らかく、しかししっかりと、安室さんの胸で受け止められる。優しく背中をさすられて、初めて自分が震えていたことに気付いた。 「大丈夫。もう大丈夫だよ」  安室さんに抱きかかえられたまま玄関に行くと、男が警察官に囲まれ、手錠をかけられているのが見えた。が、それも一瞬のことだった。私を抱え直した安室さんによって、男が視界に入らないように、ぐいと頭の向きを変えられたからだった。安室さんの胸に顔を密着させる形になって一瞬どうしたらいいものか分からなかったが、安心させるような手つきで頭を撫でられて、結局そのまま体全体を預けてしまった。 「れいちゃん、れいちゃんからも言ってよ! 俺とれいちゃんはお友達だよね? 一緒に遊んでただけだよね? ね?」  助けを求めるような男の声。あまりにも必死で、痛々しかった。 「聞こえない、聞こえない」  安室さんは歌うように言うと、私の耳を塞ぐように腕を回した。  お巡りさんに事情を聞かれ、大丈夫だと言ったのに病院に連れて行かれ、安室さんの車で事務所に帰る頃には日も暮れかけていた。 「春耶ちゃん、お腹空いてないかい?」 「大丈夫」  さっきから安室さんは、暑くないか寒くないか、痛いところはないか、気分は悪くないかとあれやこれや聞いてくる。しかし気を回してくれているのは分かるが、あんな目に遭った直後に何か食べようという気にはなれないとは思わないか? いや、そうか……、この世界の人たちは事件慣れしているのか。それが日常だった。 「ねえ、春耶ちゃん……」 「なあに?」  とにもかくにも、ずっとそんな調子で会話をしていたものだから、私も気を抜いていたのだ。 「あの誘拐犯に、『れいちゃん』って呼ばれていたのはどういうことなんだい?」 「えっ……!」  そう、気を抜いていた。気を抜いていたけれど、安室さんはそうではなかったのだ。恐らくこれを聞くタイミングをずっと図っていたのだろう。 「ええっと……ええとね」 「うん」 「あの、本当の名前、言わない方がいいなって思ったの、ね」 「うん。それは正しいね」  安室さんがうなずいたのでちょっとホッとする。しかし、安室さんは追求を緩めない。 「で、それがどうして『れいちゃん』になったんだい?」 「えっと……、その、『春耶』と全然違う名前を言おうと思ってね」 「うん」 「ぱっと思いついたのが、それしかなくて……、あの、ごめんなさい」 「なんで謝るんだい?」 「だって……、私がれい、なんて名乗ったことで、安室さんに何か迷惑かかるかもしれないし……」  とりあえず謝るしかない、と思ったのだが、安室さんの返答がない。ちらっとその顔を伺い見ると、安室さんは一人でうなずいていた。 「ふーん……、なるほどね」  え? 何がなるほど? おこ? おこなの? 「安心していいよ。さっき来てた警察の人は、地元の所轄だ。僕とは何も関係がないからね」 「ほぇ……はい……」  よく分からないけれど、許されたのだろうか。 [newpage]  爆発音。そして炎。柱が倒れ掛かってくるのが、スローモーションのように見えた。  今だ、と  今しかない、と  そう、思ったのだ。  はっと気が付くと辺りは暗くて、私は焦って身を起こした。そして、我に返ってよくよく周りを見ると、ここは布団の中で、すぐ横のベッドでは蘭さんがすやすや寝息を立てていると分かった。  あれから事務所に帰り、毛利家の面々にはさんざん心配された。 それでもいつも通りに夕食を食べ、いつも通りに就寝した。そう、いつも通りの、何も心配のない平和な夜なのだ。  なのに。なんであんな夢を。  いや、夢ではない。  これは私が思い出していなかった、――いや、思い出さないようにしていた、記憶。  今だ、  今しかない、そう思って、  柱が倒れ掛かってくるのが見えたのだ、見えたから、  春耶を殴る男、  機嫌一つで、春耶を傷つけ、危険にさらす男、  今、今なら、と  あの男の体を、少し  そう、少し、少しだけ、押したのだ。 私は、この手で、  春耶を守るため。  春耶を守るために、  この手を、  春耶を守るならどんな手段でも構わないって、どんなことでもするって、  でも、  それが、一体どうしたことだ?  私がしたのは、  この小さな、無垢な女の子の手を、汚すことではないのか?  私は、  飛び散った思考はどこにも着地せず、目を閉じればあの日の光景が鮮明に浮かんだ。  うとうとと微睡めば、あの男の背中が目の前に現れる。駄目だと、今なら踏みとどまれると、まだ間に合うと思っているのに、私は何度でもその背を押す。  よろけた男に、柱が真っ直ぐ倒れてくる。  ごめんなさい!  ごめんなさい! ごめんなさい!  謝っても、男は許してくれない。 お前が! お前が俺の言うことを聞かないから!  バシン、という強い音。体に響く振動。痛みはもう、感じない。  やめて! やめてお願い!  お母さんの声。  やめて! 私が悪かったの! 私が全部悪いの! だから叩くのは私だけにして! 春耶には手を出さないで!  柱が倒れ掛かってくる。  私は何度でもその背を、押す。  ハッと、体を起こす。今は夜。まだ夜。平和な夜。  家の中はしんと静か、みんな眠っている。  長い長い、夜。 [newpage]  ろくに眠れず迎えた朝は、やけに眩しく感じた。 「春耶ちゃん、あんまりよく眠れなかった?」  眠っていても、やたら私が寝返りを打っていたことは、蘭さんもなんとなく気付いていたらしい。朝ご飯の席で、心配そうに覗き込まれた。 「大丈夫だよ」  にこにこしてみせると、蘭さんは心配の色を残しながらも、「そう? ならいいけど」と優しく微笑んでくれた。 「ねえ、今日、透お兄さん来る?」  蘭さんとコナンくんが学校に出かけたあと、私はおじさんに尋ねてみた。おじさんはいつも通り新聞を読んでいたが、意外なことを聞かれた、という表情で私の顔を見た。 「さあ。ポアロのシフトが入ってなきゃ来るんじゃねーか? なんか用でもあんのか?」  そうおじさんが答えたのと、「おはようございます、毛利先生!」と張本人が元気よくドアから入ってきたのが、同時だった。 「あっ」  思わず声を上げた私に、安室さんは「ん? どうしたんだい?」と首を傾げる。 「春耶がなんか用があるみてーだぞ」 「僕に用? なんだい? 春耶ちゃん」 「あ、うん。昨日聞きたかったんだけどね……」  そう、気になってはいたけれど、聞きそびれていたことがあったのだ。 「はるやの居場所、どうして分かったの? すごく早かったよね。助けに来てくれるの」 「ああ、そのことか」  安室さんはにこりと笑った。 「コナンくんが犬を見つけた場所から逆算して、春耶ちゃんと犬がはぐれた場所が大体絞り込めたんだ。でも辺りを探しても春耶ちゃんの姿は見えないし、聞き込みをしても目撃証言もなかった。いくらなんでも、四歳の子があの短時間で、誰の目にも付かず忽然と姿を消すのはおかしい。平日の昼間とは言え、普通の住宅街だからね、例え迷子になって違う方向に歩いていたとしても、誰かの目には付くはずなんだ。だとしたら、車にでも乗せられて連れ去られたという可能性が高い。それで近隣の防犯カメラを設置している商店にお願いして映像を見せてもらって、怪しい車を割りだし、そこから家を突き止めた……ってところかな」  えーっと。いかにも簡単なことだというように、すらすらと安室さんは説明してくれたけれど、私はむしろ困惑した。逆にあの短時間で、よくそれをやってのけたな、と驚きが深まっただけだ。  あ然としているのはおじさんも同じで、安室さんはそれに気付いたようだった。 「……と、毛利先生ならお考えになると思いまして、自分もそのように行動いたしました! 毛利先生、僕の推理、及第点を頂けますか!?」 「あ、ああ……。まあ、俺の弟子ならそのくらいやってくれないとな。うん」  おじさんが急に重々しくうなずいてみせる。 「ありがとうございます! もっともっと精進しますので、これからもビシバシご指導ください!」  安室さんはおじさんの手を取って握手すると、上下にぶんぶん振った。その大袈裟なやりとりで、おじさんはすっかり気分が良くなってしまったらしく、手際の良すぎる推理を披露した安室さんに対する疑念は吹っ飛んでしまったようだった。  逆に安室さんに対してだんだんと疑わしさを拭えなくなってきたのは、私の方だ。安室さんの今の説明は、つじつまは合っているけれど、それでもやっぱり手際が良すぎはしないか? 本当は私に発信器でもつけて、居場所を把握していたなんてこと、ないだろうね。ただでさえ安室さんは私の動向を気にしていたようだし。いや、まさかね。考え過ぎだよね。  ……まさかね? まさかだよね?  いや、やめよう。考えるのは。今の説明で納得したことにしておこう。 [newpage]  っは、と溺れたような息をついて、気が付いた。どうやらソファーで微睡んでいたようだった。深く眠り込んでしまえば、夢がそこまで迫ってくる、そんな感覚があった。心臓が騒いでいる。気分が悪い。 「春耶ちゃん、眠いの?」  気がつくと、すぐ目の前に安室さんがいて驚いた。時間の経過が曖昧だ。 「うん……」  私は一旦うなずいてから、首を振った。 「眠く、ない」  安室さんは苦笑した。 「でも、眠そうだよ。少しお昼寝したらどうかな」 「眠くないの」 「うーん……」  頑なな私に少し困ったように、安室さんは笑った。そして私を抱き上げる。 「大丈夫だよ」  そして優しくぽんぽんと背中を叩かれる。うと、うとと私はまた微睡みに沈んでいく。 「大丈夫だよ。大丈夫」  優しく繰り返す安室さんの声が、今の私には、なぜだかとても哀しく感じられた。
オリジナル主人公、安室さん中心の夢小説<br />主人公は4歳、原作知識あり(転生?)<br /><br />誤字脱字、改行など読みにくい点等、ありましたら教えてください。<br /><br />いつもありがとうございます。
4さい児は守りたかった
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10093282#1
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「今日は、実戦形式で授業を行う」  相澤が口にした途端、「やったー」「待ってましたー」と歓声が上がった。その笑顔を見渡して相澤は、目を細める。  伝統ある雄英をして、稀に見る黄金世代だと言わしめたこのクラス。昨日、雄英ヒーロー科における全てのカリキュラムが無事終了した。ヒーロー免許の取得もクラス全員、済ませている。明日、彼らは卒業式を迎える。だから、今日という一日は、いわば余興のための一日だ。例年、クラス交流会だのパーティだので大騒ぎになるのが恒例だが、今年は圧倒的大多数で、最後の実戦形式の授業を、という希望が出ていた。 「相手を選べ。ワン・オン・ワン、もしくはツー・オン・ツー。ツー・オン・ワンでも構わん。ただしフィールドはこちらで指定する」  相澤が言い放ったとたん、生徒たちの目がギラリと光った。 「え、マジで!」 「俺らが選んでいいんっすか!」 「じゃあ私は─── 」  口々に相手を指定しだした生徒たちを見て、相澤は表情をゆるめた。  何も言っていないのに、それぞれが対戦相手、及びチーム相手に選ぶのは、相性の悪い相手、もしくは苦手とする相手ばかりだ。現場での、突発的なチームアップを想定しているに違いない。明日は卒業。今日の授業は成績にも響かないというのに、一秒たりとも手を抜かない。最高のヒーローになるのだという想いが、声に出さなくとも伝わってくる。 (強くなるな、コイツら)  相手選びに紛糾する生徒らを相澤は見渡す。 「三分で対戦相手とチームを決めろ。始めるぞ」  あがる悲鳴を無視して、相澤は、自分に向かって歩いてくる二人を見やった。雄英での三年間、ツートップと呼ばれ続けた轟と爆豪だ。だがよく見ると、爆豪がむりやり轟を引っ張ってきているように見える。 「俺は轟とやる」 「やっぱり止めねえか、爆豪」 「っせえ! 今日こそ決着を着けてやらあッ!」 「……仕方ねえ」  高校生活、最後の日だってのにまた喧嘩か。相澤は内心、ため息を吐く。 「お前らはじゃあxx地区へ行け。あそこなら広い」  あらかじめ予想していたトラブルではあった。そもそも爆豪は誰とでもぶつかる。その中でも緑谷と轟に対するそれは桁違いだった。緑谷は幼い頃からの因縁があるとして、突出した個性を持つ轟に対するこだわりには、一種理解しがたいものがあった。それでも相澤の目には、三年という年月を通してなんとか落ち着いていたように見えていたのだが、まだまだ甘かったか。 (となると、この三年を清算するということか。激しい戦闘になるかもしれんな)  戦闘フィールドには、起伏はそれなりにあるが、とにかく広い森林地帯を指定した。火災リスクのため、爆破を封じられる爆豪には圧倒的不利。対して制圧型として既に名を馳せはじめた轟には氷結がある。ヴィラン連合に爆豪が攫われたあの森と似ているのは百も承知だ。 「先生。状況設定は」  相澤の意図を察したのか、轟の目がすっと細められた。爆豪の目は暗く輝いている。一見、静と動で対極的な二人だが、抱えているものはどこか似ているように思う。 「状況? あー…」  虚を突かれて、ガリガリと相澤が頭を掻くと、爆豪が両掌から小爆発を起こした。 「あ? んなのどーでもいいだろ! タイマンだタイマン! 今日こそテメェを殺す!」 「お前、明日からプロだろ。殺すって言わねえ方がいいんじゃねえか」 「っせえ、行くぞ!」 「あ、お前ら─── 」  指示を待たず、すたこらと走り去っていく二人の後ろ姿を、まあいいか、と見送って、相澤は残りの生徒たちに向き直った。 「よし、時間だ。あと十秒で決めろ。決められなかったら団体戦にするぞ」 「十秒?! 無理! 絶対、無理!」 「でも団体戦もいいかも!」 「あー、俺それやりたい!」 「じゃあ二チームに分けてやろうぜー」 「三チームってのもありじゃない?」 「それは次のラウンドなー」 「あれ? ツートップは?」 「爆豪が張り切って轟、連れてったぜ。ぶち殺すんだと」 「あー、最後だもんなー」 「けっこう仲良くなってたけど、今日はなんか鬼みてえなツラしてたな、爆豪。喧嘩でもしたのかな」 「いつものことじゃね?」 「そうか?」  一見、和気あいあいと、だけど闘気をみなぎらせて生徒たちは二手に分かれ、それぞれの陣地へと展開しだした。 「じゃあ最初は僕たちがヴィラン、そっちがヒーロー側で。状況設定で何か案は?」  自然とリーダーシップを取り出した緑谷を目に、相澤は入学当時のことを思う。  あれからずいぶんと経った。シャイで、自分の個性も扱え切れなかったあの子供がよくもここまで育ったと思う。緑谷だけじゃない。他の卵たちも、こんなに立派に育った。ヒーローとしては、まだスタート地点に立ったばかりだ。だけどこの子、いやこのヒーローたちなら、一緒に戦いたいと思う。プロとして。  ニヤリと笑って相澤は、ゴーグルを装着した。 「俺も参加する」 「へ?」 「プロだろ、お前らも。俺もプロだ」  相澤の言葉に皆が色めき立った。 「やったーーー! 相澤先生、話せるぅ!」 「俺、絶対、センセーとは別!」 「俺は同じチームで!」 「えー、じゃあ私は─── 」  再び、混乱に陥り始めた生徒たちの真ん中で、相澤は轟と爆豪の二人が消えた方向を見やった。足底を震わす、微かな、だが独特の振動に、轟の個性・氷結が発動されたと知ったからだ。  ドオン。  そして続く、凄まじい爆発音。 「爆豪か?!」 「あ、轟も! ほら、あそこ」  指差された方向を見ると、数百メートル先に、ちょっとした高層ビルと同じぐらいの大きさの氷柱が突き立っていた。指定したxx地区まではまだ遠いというのに、もう戦闘を始めたか。相澤は舌打ちをする。   「あの氷柱、すげーデカくね……?」 「一年の体育祭の時の倍はあるよな」 「すっげ! 轟、絶好調だな」 「うっわ、古傷うずくわ」 「ドンマイ! セロファン!」 「あそこまで個性レベル上げてたなんて知らなかった」 「あ、でも崩れる」 「爆豪か?」  ドオン、ドオンという爆発音とともに、氷柱がゆっくりと崩れて行くのが見えた。数秒後に地響きが足下に届く。 「爆豪もさ。あれだけの氷柱を爆破して崩せるってすげくね?」 「アイツも化けもんだよな」 「あ、氷柱が増えた」 「崩れた」 「増えた」 「あ、来たぞ、連続爆破で一挙崩壊! ……キリがねえな」 「ツートップ、張り切ってるよなー」 「アイツらが戦うのもこれで最後だもんなあ」 「─── 私たちも早くやろうよ!」 「よっしゃ、センセー。行くぜ!」 「そうだそうだー! 俺たちの成長、見せてやるぜ!」  さすが、ツートップと呼ばれるだけはあるな、と生徒たちの会話を聞き流していた相澤はニヤリとした。そこで二人が戦ってるだけで、他の皆が触発されるのだ。はじまりは、緑谷と爆豪だった。その二人に巻き込まれるようにして、このクラスは強くなっていった。更に、そこに轟が加わるようになってからは、加速度的に成長が進んだ。今ではそんじょそこらのプロでは敵わないレベルの卵たちになってしまっている。誇らしいと思う。  だが、まだ甘い。 「─── さあ、行くぞ」  相澤は落としたゴーグルの奥で目を細めた。卒業祝いだ。徹底して捕縛してやろう。 [newpage] 「俺たち、今までいったい何を……」 「あと五年ぐらい雄英に通いたい……」 「プロってほんと……」  三回に分けて行った模擬戦。すべて相澤が属したチームが圧倒的勝利を収めた。捕縛布でグルグル巻きにされて転がる生徒たち一人一人を前に、相澤は言葉をかける。 「伸びしろがある、という言い方も、あるにはある。だがそれは至ってないという証拠でもある。もっと伸ばせ。明日からは俺とお前らはただの同業者だ。期待してるんだぞ」 「え、その言い方、期待してないデスよね?」 「先生……」 「もっとこう、本気で励ます感じでお願いしたかった……」  嘆きとも自戒とも取れる呟きを横目に、相澤は思案する。 (さて、轟と爆豪はどうするかな)  何しろ爆豪という男、芯は通っている。だが曲がらない。そして轟という男。曲がるという行為そのものを認識してないきらいがある。それはそれでヒーローとしての絶対的資質ではあるし、現場や訓練で共闘している様子を見れば、ある意味、互いを深く信頼してるらしいということも分かる。だが、相性というものがある。教師として、この二人を近くに置くのが良策とは思えないのだ。現にクラスメイトとしての仲はこじれたままらしい。特に爆豪は、轟を毛嫌いしているように見える。  その二人が消えてすでに二時間。爆発音はしばらく聞こえない。氷柱も見えない。どこか遠くまで移動したんだろうか。決着は着いたんだろうか。インカムで連絡すればいいだけの話なのだが、なるべく邪魔したくないのも確かだ。 (しかし面倒だねえ、若いってのも)  明日は卒業式。二人は、同じ首都圏とはいえ、違う地区で勤務すると決まっている。プロになればチームアップもあるし、偶然、現場で出くわすこともある。だが、そうならないことも多いのだ。相澤にも、卒業以来、一度も顔を見る機会なく消えていったクラスメートがいる。強い男だったが、運がなかった。それがヒーローというものだ。自分はもう割り切れているが、だからといってこの子供らに同じ思いはさせたくない。少なくとも今は、まだ。 「お前ら、もう上がっていいぞ」  相澤は、生徒たちに声をかけた。 「俺は爆豪と轟の様子を見にいってくる。午後からはB組と合流するから、昼飯食ったら教室に集合しておくように」 「えー」 「でも爆豪たちは─── 」  そのとき、突然、爆豪の声が、相澤の耳元で響いた。 『先生。俺だ、爆豪だ』  相澤はハッと周囲を見渡した。耳に響くそれは、囁くような声。インカム越しか。察して相澤は、何事もなかったかのように生徒たちに声を掛けた。 「では一同、解散」  爆豪と轟のことが心配なんだろう。生徒たちは少し戸惑っていたが、相澤が目で指示すると、それぞれ校舎の方に向かって歩き出した。  皆が視界から消えるのを確認し、相澤はインカムをオンにした。 「何があった、爆豪」 『何もねえ。轟を保健室に引っ張ってきただけだ。そろそろ午前の授業も終わりだろ』 「轟を……?」 『こないだのヴィラン戦で負った傷が開いていたらしい』 「ヴィラン戦の? 先週のアレか?」 『ああ』  とにかく即戦力をということで、爆豪と緑谷、そして轟が駆り出された、それなりに大規模な作戦だった。それぞれ重傷を負ったが、確か轟が一番重かったはずだ。 『リカバリーガールによると、現場での処置が甘かったらしい。内臓損傷が少し。それから腹の奥の血管が破れかけてたと』 「腹の……」  それはもしかして腹腔動脈のことではないのか。相澤は、血の気が引くのを感じた。  腹腔動脈とは、内臓に血液を供給する太い動脈だ。そこが破れると腹腔内に大量出血し、体の外側からは一切分からないまま、一時間もしないうちに失血死する。いくら医療技術が発達しても、個性による回復が可能になっても、失われた血を戻すことはできない。つまり、待っていたのは完全な死。卒業の、たった一日前の今日という日に。 「よく気がついたな、爆豪」 『─── クソみてえなツラしてたし、案の定、個性も制御できんかったからな』  ああ、それで。  ようやく相澤は理解した。確かに轟は顔色があまりよくなかった。だが元々無理するたちの男だ。折りをみて、訓練からは外そうと思っていた。だが爆豪は、それさえも無理だと判断し、あの場から連れ出したのだろう。そして、指定したフィールドまで移動するのを待たず、戦闘をけしかけて個性を発動させ、その体調不良を看破した。そういうことなのだろう。 (そういや爆豪はあの戦闘で、轟と共闘したと緑谷が言っていたな。だから怪我の酷さも理解してたってことか)  にしても教師であり、プロヒーローである自分でさえ見逃していた轟の不調を一発で見抜くとは。 「成長したな、爆豪」  声に喜色が滲む。 「ありがとう」 『……ッ』  あの性格だ。礼など言われ慣れていないのだろう。インカムの向こうで目を白黒させている様子が見えるようで、相澤は俯いたまま笑いを堪えた。ここは気づかないフリしてやるのがせめてもの思いやりというものだろう。 「で、轟は回復に時間がかかるのか」 『……ご、午後は無理だと。だが明日の卒業式は出れる』 「そうか。お前はどうする。轟に付き添っとくか」 『な……ッ、誰がッ! 授業に出るわッ』 「なら教室に一時集合だ」  慌てふためく爆豪なんて久しぶりだなと、相澤は堪えられなくなって、くつくつと笑いを漏らした。爆豪の舌打ちがインカムを通して響いてくる。そろそろぶち切れるだろうか、というところで爆豪が言った。 『あ───』 「なんだ」 『轟は、このことは知られたくねえと、思う。だから───』  珍しく歯切れのわるい口調。なんだこれは。爆豪、お前、こういうヤツだったか? 相澤は、口元が歪むのを感じた。 「─── ああ、分かってる。お前との訓練中に頭を打ったことにでもしとけ」 『あ? ねえわ! つくならもっとまともな嘘にしろや!』 「は……?」  予想外の爆豪の剣幕に、あれ、と相澤は首を傾げた。確かにそんなミスをあの轟がする訳がない。だけど、なんで爆豪が怒るんだろう。もしかしてこの二人、自分が思っていたより近しいのか? 相澤はこの三年の記憶を探り出した。  険悪な二人だったはずだ。それがなんとなく変わっていったのは確か、仮免に二人揃って落ちたぐらいの頃か。そういえばあの頃から、主に轟が爆豪に話しかけるようになったな。爆豪の方も、少しづつ打ち解けるようになったというか、まあまともに返事するようになったというか、それからしばらくしてまた確かまともに口もきかないようになって、それから─── 。 『と…どろき?』  そのとき、インカムの向こうで爆豪の声が響いた。 『目が、覚めた……のか?』  爆豪の声の向こう、微かに唸るような声が聞こえる。おそらく轟のものだろう。相澤は耳を澄ました。 『……テメェ、クソみてえな無理してんじゃねえッ』  激高した、だが静かな爆豪の声が聴こえてくる。先ほどまで相澤と会話していた口調とは全く異なるそのトーンに、相澤は少し驚いた。 『─── 痛てェなら痛てェって言え。何かおかしいならおかしいって言えっつっただろうが』  爆豪の声は、インカムを通して相澤の耳にクリアに聞こえてくる。だけど爆豪自身は、インカムの存在自体を忘れてしまっているのだろう。ひたすら轟に話しかけている。轟の声はほとんど聞こえないが、ひどく掠れている。もしかしたら自分が思うより重傷だったのかもしれない。 (轟は─── 、爆豪が気がつかなければ、もしかしたら今頃死んでいたんだろうか……)  大丈夫か、と声を掛けて確かめたい。だけど爆豪の邪魔をすることは憚られて、相澤はひたすら耳を澄ました。 『分かっとんのか。テメェ、死にかけとったんだぞ。─── ああ。分かる。それは知っとる。何回も聞いた。だけどそれとこれは別だろ。─── ああ。ああ、んなの分かっとるわ! だけど死んだら仕舞いだろうが! テメェはもうちょっと……、もうちょっとでいいから─── 』  声が途切れた。そして大きなため息。浅く繰り返される呼吸。もしかして泣いているのか。ああ、そういえばよく泣く子供だったな、爆豪、お前は。相澤は、担任として過ごしてきたこの三年を思った。  強い意志をもった子供だった。だがまだ器がなされてなかった。いや、あったのかもしれない。だが脆かった。だから信じた。その意志を。目標を。志の高さを。そして強さを。だけど、ただ信じることは放棄することと同義だ。だから注意深く見守ってきた。担当する二十人。必死の思いで寄り添い、見守ってきたのだ。そのうちの大事な一人だ、爆豪、お前は。轟。お前も。 『─── クソが』  悲痛な声だった。それに応えてぼそりと呟いたらしい轟の声を、インカムが拾った。“悪い”と言ったように聞こえた。 『思えよ、本当に悪いってよ』  たっぷり一呼吸分の間を置いてから、爆豪が言った。 『何に対して悪いっつってんだよ、テメェはよ。思ってねえだろ。だからホイホイと簡単に言えんだろ、悪い、悪いってよ。テメェは舐めてんだよ。何もかも。……何が、悪い、だよ。思ってねえだろ。テメェがテメェを舐めて死んでも自業自得、誰も関係ねえとか思ってんだろ。……テメエ、おかーさん、おかーさん、つってんだろ。テメェのおかーさんは泣くんだよ、テメェが死ぬとよ。冬美さんだってそうだろうが。なんつったか、あの兄さんだって泣くだろうが。エンデヴァーも…、ありゃあうるせえぞ。……クソ、笑うな。俺だって……。俺は─── 』  ああ、だめだ、と思った。インカムを、切らないと。 『俺は泣かねえ』  インカムの向こうで、きっぱりと爆豪は言い切った。 『俺は、テメェなんぞの為に泣かねえ。テメェがテメェをおざなりにして、クソみてえな理由で死んだら、俺はさっさと一人で先に行く。分かったか』  爆豪、という叫びがインカムの向こうで聞こえた。  そうか。そういうことだったか。  相澤は、軽く首を振った。インカムを外し、空を仰いだ。  全然、知らなかった。疑いさえしなかった。まさかあの爆豪と轟が。  見上げると、一転の曇りもない空。青天の霹靂とはこういうことか。槍でも降ってくるか。動揺しすぎた挙げ句の、ことわざ大集合か。ばかか俺は。あまりの混乱に頭の中がぐちゃぐちゃになっている。明日は卒業式だぞ。どういうツラして俺はお前らに顔を合わせば─── 。  そこまで暴走して気がついた。別にどうにもこうにもないのだ。ずっと自分はあの二人を見ていた。他の十八人と合わせてきちんと見ていた。どうやら他にもいい雰囲気になってる子らもいると知っていた。だが自分が気がついたのは、分かりやすい男女の仲というやつだ。相澤は、鈍くて頭が固い自分を少しだけ呪った。  ヒーローは死と隣り合わせの職業だ。それに挑むたくさんの生徒たちを見送ってきた。自分はプロヒーローだが、と同時に、通り過ぎる者だ。少なくとも彼らに取っては。ヒーローとなり、ヒーローとして散り、ヒーローとして生き抜く人々。今は子供だが、自分だって子供だった。そうやって人は生を繰り返して行く。それはあの二人だって例外じゃない。だからその二人が手に手を取ってもおかしくはない。 「あー、でもまさかあの二人がなあ……」  相澤はぐしゃぐしゃと髪をかきむしる。ありえない話ではなかった。違いすぎる故に、近く感じる。よくある話だ。あまりなかったのは、卒業後すぐにでもトップに躍り出るであろう、優秀なヒーローの卵同士だということだけだ。楽な道ではない。 「あー…」  唸り声以外、出せる言葉もない。 「俺は……」  行き過ぎて行ったたくさんの人々、そして生徒たちの顔が脳裏を過る。もしかして自分は誰一人として理解できてなかったのか? そもそも知ろうと思ったこともなかった。 「─── とにかく、だ」  誰に聞かせるともなく、相澤は言う。 「お前ら、幸せになれ」  そうだ。ヒーローだって人間だ。だから幸せになる権利がある。そのために足掻くことも。  ガリガリと頭を掻きながら、相澤はインカムを拾う。何やらぼそぼそと声が聴こえてくる。爆豪の、この三年で耳にしたこともない甘い声。轟はいったいどんな顔で爆豪と話しているんだろう。  あー、とも、うー、ともつかない唸り声を出しながら、相澤は頭を掻きまくった。慣れていないのだ、そもそも、こういう状況に。だから相澤は混乱にまかせ、手に持ったインカムに向かって叫んだ。 「あー、お前ら! 元気だったら一時に教室集合!」  唐突に静まるインカムの向こう。突如響いたボンッという爆破音。そしてその後に続く沈黙。 「……ハハッ」  笑いがあふれる。ああ、そうか。あの二人はそうやって一緒に生きていくか。それもいいだろう。相澤は、真っ赤になってしまった二人の姿を思い浮かべて笑う。大事な人間がいると生存率が上がるという。俺は、お前らに幸せになってほしいよ。例えヒーローであっても。  さあ。明日は卒業式だ。いい天気になるといい。  見送ることになるであろう各々の背中を思い浮かべ、相澤は大きく空に手を伸ばした。皆が幸せな人生を送らんことを。  
卒業直前、相澤先生視点の轟爆。いちゃついてないけどバレました。<br /><br />※轟爆版深夜のワンライ「体調不良」からお借りしました。久しぶりの参加、遅れまくりだけど楽しかったです!
【轟爆】卒業
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工藤邸改め沖矢邸で休日を過ごすことはコナンくんと私のルーチンワークのひとつである。なにせ本の宝庫だ。ちょっとした図書館よりも充実している。今日も今日とておててつないで仲良く突撃お家訪問を行った我々だったが、どうも本日は少し様子が違っていた。沖矢さんが大きなお弁当を抱えて「今日はピクニックをしてみませんか」と提案してきたのである。自称27歳大学院生の口から飛び出るピクニックという単語は割とパンチの効いた案件だったが、特に断る理由もないので同行を申し出たわけだ。 仰々しくピクニックというものだから一体どこに連れていかれるのかと思いきや、なんのことはない、近くの公園だった。その上、ベンチに座ってやることといったら、家から持ってきた本をそれぞれ読むというのである。正直家でやれよお前らと思わなくもなかったけれど、ぽかぽかした日差しはたしかに心地よかったので、そのままピクニックという名の読書会がスタートしたのだった。 というわけで、公園のベンチで並んで座っている。 いや、より正確に表現するなら、沖矢さんのお膝を跨ぐように腰掛けて、その胸板に背中を預けつつ沖矢さんがページをめくる本を読んでいる。完全なる人間椅子である。筋肉がありすぎて硬い。商品のクチコミで「見た目より座り心地が悪い。期待はずれです。星1とさせていただきます」って書かれるタイプのやつだ。 誤解しないでいただきたいのだが、勿論この人間椅子、私が望んだわけではない。コナンくんと仲良く並んで本を読んでいたはずなのに、沖矢さんがおもむろにお膝の上に抱き上げてきたのである。しばらくの間アクロバティックな動きで拒否の意向をお伝えしていたのだが、回線の接続不良か一切無視されたので、仕方が無いから全自動ページめくり機になっていただいたわけである。この人絶対私のことを抱き心地のいいクッションか何かだと思ってるんだよな。隣に座るコナンくんを見ると、胃痛が痛いみたいな顔でこちらを見ていた。お腹痛いの?大丈夫?幼女とハグする? 「そういえばコナンくん、ずっと聞きたかったんだけどなんで般若心経暗記してるの?こわい」 「ダイイングメッセージに使われたときに困るだろ」 「インターネットってしってるかな?」 「ネット環境がない場合を想定してんだよ」 「推理に対する姿勢がストイックすぎて引く」 ふと思い浮かんだ疑問をぶつけたら思いのほかガチな返答が返ってきて戦慄した。般若心経がダイイングメッセージに使われる事件って何?自分で殺しておいて安らかに成仏して欲しいの?矛盾してない? コナンくんは更に何か言おうとしていたけれど、私のほうを見て胃のあたりをさすった後、自分の本に視線を戻してしまった。おっと早くも反論が尽きたか?コロンビアポーズをとろうと思ったけれど、ネットで相手方からの反応が途切れたことを都合よく解釈して完全論破したってドヤ顔してるオタクになりそうだったから自重した。淑女とはもっとスマートに勝利を表現するものだ。 「あっ沖矢さんめくるのはやい」 「ああ、すみません、つい」 「わたしはこのお手伝いさんが怪しいと思うんだよね」 「ホォー…いい目を持っている」 沖矢さんはおざなりに感動しながらめくりかけていた本のページを戻した。明らかにどうでもいいと思っている声だ。なるほど、このお手伝いさんが犯人の線は消えたな。 私が読む速度が遅いのか、それとも沖矢さんが速読の技術を習得しているのか、先程から尽く次のページに移るタイミングが合わない。終いには、待つことに飽きた沖矢さんが、私の頭にあごを乗せ始めた。おいやめろ、幼女の頭は柔らかいんだぞ。頭頂部があごの形に抉れたらどうしてくれるんだ。 「暇になったからってあごで頭ぐりぐりするのやめて」 「マッサージですよ。いい推理がひらめくでしょう」 「やめて」 「ページめくってもいいですか?」 「だめ」 「わがままなお嬢さんだ」 やれやれみたいな言い方をされるのは遺憾の意である。憤慨して後ろ頭で胸板に頭突きをかましたものの、当たり前のようにびくともしやがらない。諦めて胸板にぺったりと頭をくっつける。低くて穏やかな心臓の音が聞こえた。暫くそのままじっと鼓動の音を聞いていると、手持ち無沙汰になったらしい沖矢さんが、今度はほっぺたをむにむにつまんできた。分かるぞ、私も自分のほっぺたのあまりの柔らかさに暇さえあれば自分で触ってるからな。その触り心地の中毒性は良く知っている。でもやめて。今いいところだから。 「ほっぺた触らないで」 「柔らかいですねぇ、伸ばしてみてもいいですか?」 「やだ」 「スキンケアには何を?」 「水道水」 「沖矢さん、いい加減離してあげなよ…」 コナンくんが引きつった声でそう言った。でかした。流石幼馴染。初動が遅すぎるのは減点だけれどもその言葉に免じて合格にしてあげよう。私の渾身の激塩対応にもめげずに延々とちょっかいをかけてきていた沖矢さんは、しかしコナンくんの言葉は一考の価値ありと判断したようで、ふむ、と相槌を打った。おいその扱いの差はなんなんだよ。百歩譲って扱いに差があってもいいからほっぺたからは手を離してくれ。 「…とりあえず」 「とりあえず?」 「お昼ご飯にしましょう」 いやなんでだよ。 全身全霊で暴れ狂ったにも関わらず、巌のようにビクともしなかった沖矢さんは、私を膝の上に乗せたままお弁当をつついている。ぐったりした私が口を半開きにしているのをいいことに、時折とんでもない大きさの卵焼きやミートボールを押し込んでくるからたまらない。 「も、沖矢さん、やめむぐぅ」 「え?なにか言いました?」 「むぐ…むぐぐうぐくぅむぅ…」 「卵焼きが美味しいですか。それは良かった」 「むぐ〜〜〜〜〜!!!」 かすりもしてねぇ〜〜〜!!どうして沖矢さんはいつも難聴がデフォルトなのかな?変装の時に耳を全部覆っちゃってるのかな?隣のコナンくんは美味しそうに唐揚げを頬張っている。卵焼きとミートボールを延々ローテーションしてる私の身にもなってほしい。いやたしかに美味しいけれども。 「何をそんなに嫌がっているんですか」 まったくもう、と言わんばかりの口調で沖矢さんがまた私の口になにか突っ込んだ。ウインナーだ。ちらっと弁当箱を見ると、見事なたこさんウィンナーだった。ちゃんと足が8本ある。いやそんなに造形にこだわってるならせめて食べる前に見せてくれてもよくない?ていうか沖矢さんどんな顔してこれ作ったの? 「むぐ…む…膝が硬い」 「すみません、鍛えているもので」 「下ろしてって言ってるのわからないかな」 「そんなことより、ほら、次は唐揚げですよ」 「えっ!?唐揚げ!?」 思わず唐揚げにつられた私を横目で見ながら、コナンくんは胃のあたりに手を当てて何かを呟いている。もちろん言わずと知れた般若心経である。私にはその言葉の羅列が正確なのかは分からないけれど、淀みなく唱えられるそれは確かにダイイングメッセージになっても推理の役には立つだろう。 でも、そうやって軽率に宗派を変えるのは良くないと思うんだよね。この頃のコナンくん何かしらに祈っておけば何とかなる感じ出てない?そういう適当でどっちつかずの状況が修羅場を作り出す原因になるって先人達も言ってるでしょ。そう、だからこんなふうに、実は生きてた神様が、嫉妬のあまり気が狂ってこんな暴挙に出ることだってあると思うんだよね。 「――おや、こんなところで、ピクニックですか」 ほらみろ、今度は仏が死んだじゃないか。 私、最強幼女の神崎慎!ある日ピクニックに行きませんかとかいう糸目眼鏡のすこぶる胡散臭いお誘いに釣られてのこのこ出向いた公園で、ばったり推しに遭遇しちゃった!でも私がお膝に乗っているのが推しの宿敵だったからもう大変!推しの顔は前回から一転して不気味な程満面の笑みだし、ひぇぇ、仏様、どうか私をお救い下さい〜〜!…仏様?ほとけさ……し、死んでる……。次回、「神様はヤンデレ」お楽しみに! と、雑なコピペ改変をした所で状況は変わらないわけである。おそらくポアロからの帰りであろうラフな格好で、安室さんがベンチの前に立っている。恐ろしい程に完璧な笑顔だ。私は口に唐揚げを突っ込まれた状態のまま動くことも出来ずに固まっていた。視線を動かすことが出来ないので確認はできないが、恐らくコナンくんも動きを止めているはずだ。なにせ般若心経が聞こえてこない。 「ああ、こんにちは、安室さん」 そんな中で先陣を切ったのはやはり沖矢昴である。死ぬこと以外はかすり傷とでも言わんばかりの至って平然とした声だった。この人一体眼鏡を通して何が見えてるの?お花畑? 「こんにちは、沖矢さん」 「お仕事の帰りですか?」 「ええ、まぁ」 いやちょっと待て。なんだか様子が変だ。安室さんの笑顔がこれ以上ないほど完璧なことを除けば、非常に穏やかで何気ない日常会話じゃないか。まさか私の知らない間に和解交渉が成立してたのか?そういえば最近黒ずくめの組織壊滅作戦と称して公安とFBIが手を組んだとコナンくんから聞いている。きっとそうだよね、私が知らないだけで、ふたりはとってもなかよしになったんだよね? 一縷の希望を持って隣のコナンくんに視線を向ける。我が最愛の幼馴染は、口元で指先を合わせて三角形を作り、長考の姿勢を取っていた。おいこいつとうとうホームズに祈りを捧げ始めたぞ!それ効力あるのか!? 「ところで…苦しそうですよ。離して差し上げたらいかがですか?」 「ああ、大丈夫ですよ。唐揚げが好きなようなので自分から食いついているだけですから」 「そうですか?先程から明らかに無理やり口に詰め込んでいるように見受けられますが」 「ねだられて仕方がなくですよ。ねぇ、慎?」 「むぐ…むぐ〜〜〜!!」 本当に誤魔化す気があるのかどうか心配になるレベルでどんどん口に唐揚げを詰め込まれている。ハムスターの真似なんてしなくても幼女は充分可愛いんだから強制レベルアップさせようとするのはやめろ!それふしぎなアメじゃなくて唐揚げだからァ!誰だこいつらが仲良くなったとか妄言吐いたウスラトンカチは!歩み寄るどころかリニア並の速度で遠ざかってるじゃないか! 「ほら、嫌がっているじゃないですか」 「あまりの美味しさに感動しているんですよ、僕の手作りですからね」 「は?あなたの?信用なりません、僕の方が上手く作れる」 「どうでしょうか?サンドイッチとは訳が違いますよ」 「馬鹿にしているんですか、喧嘩なら買いますよ」 「それなら…そうですね、ここはコナンくんに決めてもらいましょう」 「まぁ…そうですね、それで構いませんよ」 「僕と安室さん、どっちの料理が上手いと思いますか?」 「えっ」 マイパレに引きこもっていた幼馴染殿は、突然道を逆走してきた車と正面衝突したような顔で固まった。まさか自分が妖怪大戦争の土俵に引きずり込まれるとは思ってもみなかったのだろう。助け舟を出してあげたいが如何せん口の中に唐揚げがみっちり詰まっているので声もあげられない。ごめんな、無力な幼女を許してくれ。 妖怪達は容赦なくコナンくんに視線を浴びせかけている。可哀想なコナンくんは、安室さんと沖矢さんを交互に見て、それから私に視線を移した。よし行け我が相棒、ここでの最適解は「ボクが一番美味しく作れるから帰るね」だ!小さい頃からずっと一緒に育ってきたんだから目線だけで伝わるよね?ね!? 「……ぼ…ボクは……」 なにかとても複雑な事件を前にしたかのような苦悩に満ちた沈黙の後、コナンくんはぐっと顎を引いて、ひとつ大きく頷いた。 「ボクは、安室さんだと思うなぁ」 なんで!?!?!? 幼馴染の突然の裏切りにより連れ去られた安室さんの家で、人参の皮を剥いている。 張り切りまくってフランス料理のフルコースもかくやと言わんばかりのメニューを提案し始めた安室さんに、咄嗟に「今日はカレーの気分だなぁ!」とクソデカボイスで主張できた私はとっても偉いと思う。その涙ぐましい努力の対価が、いつの間にか用意されていたうさちゃん型のエプロンを頭からすっぽり被せられた後、これまた見たこともないピンクの踏み台に乗せられ、仲良くキッチンに並んでの人参の皮むき作業というのは納得がいかない。ねぇこのアイテムいつ用意したの?この前の最強幼女ピックアップの時にはなかったよね?ドブガチャの産物かなにか? 「上手に剥けてるね」 「哀ちゃんと一緒に博士のご飯作ってるからこれくらい余裕だよ!」 「そうか、それは偉いなぁ」 「にんじん切る?」 「僕が切るよ。包丁は危ないからね」 安室さんは私の手から人参を取り上げ、慣れた手つきで小さく切り始めた。さすが妖怪大戦争で大見得切るだけのことはある。私がぽかんと口を開けてみている間に、彼はあっという間に野菜を切り終え、さっさと炒めると、ぽいぽいと鍋に投入してしまった。ちなみにオリーブオイルは使用していなかったことを明記しておきたい。 くつくつ。ことこと。 あたたかな湯気と、やさしい音がキッチンに満ちている。安室さんと並んでぼんやり鍋の中身を眺めていると、急にひょいと抱き上げられて、手にルーを渡された。真横にある安室さんの顔を見る。相変わらず白雪姫に出てくる魔法の鏡が問いかけ序盤で食い気味に世界一認定しそうなご尊顔である。 「ほら、入れてごらん。熱いから気をつけて」 「はぁい」 「うん…上手だ。君はいいお嫁さんになるよ」 とんでもない褒め方をされてしまった。鍋の中にルーを入れるだけでいいお嫁さんになれるならこれ以上楽なことはないと思うのだが、安室さんはいたく真剣な表情で鍋をかき混ぜると、そのままシンクの縁に腰掛けさせるように私を下ろした。そうして、宙ぶらりんの足をぶらぶら揺らして遊ぶ私の、ずり落ちて来ないように折りたたんでいた袖を、綺麗に直してくれる。 「でも、君が結婚する頃には僕は大分おじさんになっているだろうから、君に嫌われないよう気をつけなきゃならないな」 「そうかなぁ」 例え元の姿に戻らずこのまま順当に歳を重ねたとしても、結婚適齢期になる頃に彼が見るに堪えないオッサンになっている確率はかなり低かったけれど、きっとそんな未来自体がやって来ないだろう。黒ずくめの組織壊滅作戦は佳境を迎えていると聞く。コナンくんがハイパー無敵アイテムスケボーを持って乗り込むのだ。一介の組織ごときが耐えられるとも思えない。何せ常時レインボー状態である。私がクッパだったら虹色に光り輝く主人公様が自室に入ってきた時点で自刃を選びますね。 「私が結婚出来るようになるまで、安室さんはポアロで働いてるの?」 「いや…どうかな…いないかもしれないけど、君のことを探すことはできるよ」 「多分安室さんは、大人になった私のこと、分からないと思うな」 コナンくんが元に戻るならば、よほどのことがない限り私も元の姿に戻るだろう。私たちの正体は最後まで明かさないと決めている。高校生の私に幼少期の面影がないとは言えないけれど、常識的に考えて最強もち肌幼女が一晩でJKに成長したのではないかと疑われるとは考えにくい。安室さんもその役目を終えてポアロの従業員を辞めるだろうし、私たちには完全に接点がなくなるのだ。降谷零に戻った彼が一介のJKに興味を持つとは思えない。彼が成長した私を見ることも、私が彼の歳を重ねた姿を見ることも、有り得ない話なのである。 分かっていたことだったけれど、心の底のあたりが少しだけひんやりした。これは私がこの姿である間だけに許された戯れである。そしてそれは、そう遠くない未来、跡形もなく消え去ってしまうと知っている。 袖を直し終えた安室さんはしばし私の顔を見つめて、それからゆったりと微笑んだ。くつくつ。ことこと。優しい音が響いている。 「いや、見つけるよ」 そうっと手を握られる。あまいカレーの匂いがふわりと鼻腔をくすぐっていく。 「君がどんな姿になっていようと、きっと僕は君を見つける」 そうあれかしと、ひそやかに願うような声だった。 あまりにも真摯な瞳だ。不可能なのに、できるわけがないのに、まるでそれが本当に叶うと錯覚してしまうほどに。 握られた手を見下ろす。爪の先まで桜色の、もみじのような小さな手だった。安室さんの大きな手にすっぽりと覆われた、幼い子供のやわらかな手だ。 「私は…私は、無理だと思うなぁ」 「じゃあ、こうしよう。僕が君を見つけることが出来たら、ご褒美が欲しい」 「ご褒美?」 「そう。お願いごとをひとつ聞いてほしいんだ」 「お願いごとってなあに?」 「…その時に言うよ」 小指と小指が絡まって、ゆりかごみたいに緩やかに揺らされる。安室さんはこころから楽しそうに目を細めたまま、子守唄を歌うような声で、小さく笑った。 「約束だ。それまで、楽しみにしておいてくれ」 [newpage] 「よかったのか」 見上げると、緑色の瞳と目が合った。完全に面白がっている。自分でもそれと分かるほど露骨に顔を顰めてしまったコナンは、早々にそれが失態だったと悟った。彼の唇がますます楽しそうにつり上がったからである。 「…赤井さんには関係ないでしょ」 「ボウヤに選ばれなかったんだ。その理由くらい聞いたって罰は当たらないだろう」 「……」 「俺の記憶が確かなら、君は彼を随分と警戒していたはずだったが。どういう風の吹き回しだ?」 「……」 安室の小脇に抱えられて連れ去られていった幼馴染を思い出す。申し訳程度にじたじたと手足を動かしていたけれど、もちろんあの剛力に適うはずもなく、最終的に変死体のようにぐったりと全身の力を抜いて、安室に身を任せていた。出荷される家畜のごとき哀れな光景だ。けれどそれは、彼女が心から彼を信頼している証でもある。 幼馴染と共に小さくなってから、コナンは彼女を守るため、あちこち駆け回ってきた。行く先々で色々な人間にちょっかいをかけては懐かれ、手を差し伸べては縋られ、幼い女の子の皮を被った女子高生が機関銃を無差別乱射しようとするのを、その頭を引っ叩きつつ止めてきた。生まれた時から一緒にいた、大切な幼馴染。そうやってずっと、いつまでも、この手で守っていくものだと思っていた。 「…別に、いいかなと思って」 それが、自分でなくとも良いのではないかと、そう思い始めただけの話だ。 その気になれば子供が投げるスケートボードなんて簡単に避けられたはずのあの人が、甘んじて根気よく受け止めてくれていたその意味を、もう理解しても良いのではないか、と。 俯いたコナンの頭を、大きな手がぐしゃぐしゃとかき回す。振り払わなかったのは、その手つきが存外優しかったからだ。 「騎士様も大変だな」 「…そんなんじゃないよ」 「あんなじゃじゃ馬姫だと気苦労も多いだろう」 「心配しないで、じゃじゃ馬なのは赤井さんに対してだけだから」 「どうしてだろうな」 「好感度が足りないんじゃない?」 「ホー…じゃあ、彼は足りていると?」 「……」 組織壊滅作戦はいよいよ大詰めを迎えている。彼女と共に元の姿に戻る日も近いだろう。普通に考えれば、あの二人の関係はそこで途絶えることとなる。それでも、あの人なら、何もかもを飛び越えて、あの危なっかしい幼馴染を大切にしてくれるのではないかと思うのだ。そう確信するくらいには、コナンは彼らをずっと見てきたのだから。 「少なくとも、ボクの信頼度は足りてるかな」 「俺はどうだ?」 「この件に関してはマイナスだよ…」 「二人揃って手厳しいな」 赤井が喉の奥で笑う。 その手はいつまでも、コナンの頭を優しく撫でていた。
いつまでもともにはいられない<br /><br />!夢小説<br />!タイトル通りの設定<br />!本当になんでも許せる方向け<br />!オリジナルの名前が出ます<br /><br />コメント等、お返事ができておらず申し訳ありません。ひとつひとつ、心から感謝しながら読んでいます。心の中でご返信申し上げておりますので受信していただければ幸いです。<br />あと2話で完結予定です。ゆるゆるとお付き合いくださいませ。
うっかり幼女になったから推しを癒すべく頭をよしよしした結果8
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注意 !夢小説となっております !それに伴いオリ主はぶっ飛んだ設定です !さらに救済も入っております !特定キャラの家族の捏造も入ってます !なので、なんでも許せる優しい方向けです !また、作者はROM専だった人間なので、文字書き下手で日本語おかしいかもしれませんが暖かく見守ってください。 それでも宜しければ、 ぜひ楽しんでいってください。 簡易年表 原作7年前 ロン毛お兄さん電話中に爆発 (→飛び付いてきた元コアリクイと避難→元コアリクイ3歳) 原作3年前 サングラスのお兄さん観覧車にて爆発 (→元コアリクイ7歳) 原作2年前 髭のお兄さん慌てて自殺 (→元コアリクイ8歳) 原作1年前 ワイルドお兄さん交通事故 (→元コアリクイ9歳) 原作スタート 高校生探偵、小学生に (元コアリクイ10歳) (ちょこちょこ変化するかも知れません) [newpage] 昨日夜からお土産はこれで平気か、道は大丈夫かとそわそわする萩原の気配を感じ取り、クッキー缶を隠してみたり寝る時間を削って憤りを主張したり。 普段より比較的短い睡眠から迎えた朝には、お出かけの単語に始終はしゃぎ回り。 車中では日中の外の様子をこれでもかと楽しみ。 訪れた工藤邸ではお腹いっぱいになるまでおやつのクッキーとホットケーキを食べ。 大声をだしたりじたばたと騒ぎ、最後には風呂に入れてもらってほこほこに温まって、ついでにドライヤーと奮闘したりもした。 結果 「……寝た」 「新一くん、重くない?大丈夫?」 「大丈夫です」 「相変わらず……自由だな……」 時刻は15時を過ぎた頃、電池の切れたおもちゃのように、徐々に徐々に動きが鈍くなった子供はパタリと新一の膝の上に倒れすやすやと眠りに落ちた。 風呂に入れてもらい、服まで借りてニコニコ笑顔で抱き上げられていた子供がドライヤーを持った有希子の姿に恐慌状態に陥り部屋中を駆け回り萩原の服を捲りあげ逃げ込もうとした時にはそりゃあ気が遠くなったし、子供のテンションは最低値まで落ち込んだが、その後新一が書斎から持ってきた黄色い小熊の絵本を持ってきてやったらすんなりと大人しくなり、普段乗り慣れた大人の膝よりもだいぶ小さな新一の膝に潜り込んで兄弟のように読み聞かせて貰って満足だったのだろう、小さな手はしっかりと新一のシャツを握りしめていた。 そっと握りしめられたシャツと手の隙間に新一が指を差し込むと、小さな手はその指をぎゅっと握りしめた。柔らかな白い頬をフニフニとつつけば軽く三角形に開かれた口元をモゴモゴと動かす。 兄弟の居ない新一には、この小さな生き物がなんだむず痒く、けれど暖かく感じた。 「さて新一、今日の宿題は終わってたか?」 「え、まだだけど」 膝を占領する小さな生き物を思うように、好きなように、触ったり撫でたりつついたり。 ギリギリ目を覚まさないだろうラインを見極めつつ新一が堪能していると、そんな様子を無言で見ていた父に声をかけられた。 「そしたら、部屋のベットをその子に貸してあげてついでに終わらせてくるといい」 「え?!」 「ええ、それがいいわね。ほら、私が抱っこしていくから、行きましょ」 にこり、と笑って子供を追い出そうとする工藤の姿に、なんてわざとらしい……と思わず萩原と松田は頬を引き攣らせたが、そんな事にはお構いなく、母である有希子が膝を占領していた子供を抱き上げささっと片手で新一の背を叩き退室を促す。 除け者にされるのだと理解してほんの少しむす、っと頬を膨らませた子供だったが母の腕に抱かれた自分よりも小さな生き物がぴすぴすと健やかに寝息をたてているのを見て表情を和らげ、大人しく自室へ向け歩き出した。 「さて、少なくともこれでましろくんが起きるまでは新一は此処には来ないだろう、さ、話の続きといこうか」 にこり、笑う工藤の姿に、2人はあと言えることって何だったか……と頬を更に引き攣らせた。 そんな2人が情報として話せるギリギリのラインを、お互いがお互い規制し合いながら再び話し始めて暫くすると、子供を部屋に送り、幼子はベッドに寝かせてきた有希子が自室から今日つけていた香水のテスターを持って帰ってきた。 「今日つけていたの、コレなんだけど」 「ふむ…」 工藤の隣のソファに腰掛け、そっとその場にいた皆に見えやすいよう机の上に置く。 警察2人組が触っても?と確認し、許可が出たので手に取りまじまじと観察する。 薄いピンクのグラデーションがかかった小さなボトル。 ラベル等は特にないため、成分などは分かりそうにない。 試しにだしたりしなくても、キャップに顔を近づけるだけでふわりと花の香りのような甘い匂いがした。 「テスター、と言っていたが、貰い物か」 「ええ、芸能生活の時の知り合いがくれたアトマイザーで、今度の新作なんだけど試してくれないかって言われたの」 「ふむ、昔の知り合い、か」 はて、不思議だ。 蜂蜜やメープルシロップといった甘い香りのする物を好むあの子供が、何故この香りを嫌ったのだろうか。 松田と萩原は2人で首を傾げたが、1人、何かに気付いたように険しい顔で顎に手を当て考え込む工藤の姿に、そっと目線で会話をする。 「……うちの伝手で、成分解析やってみましょうか。これ、お預かりしても?」 「ええ、よろしくお願いします」 険しい表情の工藤と、不安そうなそんな彼の妻にコクリと頷き、萩原は鞄の中から密閉袋を取り出し、ボトルから液体が漏れたりしないよう注意しながら軽く丸めたティッシュをクッション材として使いそこへと入れ、しっかりと袋の口を閉じた。 隣でなんでコイツ密閉袋なんて持歩いてんだ、と不可解なものを見る目で此方を見詰めてきた松田にはそっと肘打ちしておいた。 おやつの食べかけとか、ちょっとした物仕舞うのに重宝すんだよ! ちょっと食べしてお腹が満たされても暫く動き回ってまたお腹空いたって繰り返すの!!!一々新しいの開けたりしない!!!!お袋の知恵だよ!!!!!!! [newpage] 夏休みの宿題なんて、簡単なものばかりで、ただ書き取りに時間のかかる漢字ドリルやページだけが多い算数ドリル、同じくこれまた簡単な英単語の書き取り。毎日書く日記以外は全て早い段階で終わってしまっていた。 読書感想文ではホームズを書いたし、気になった興味を持った場所について調べたのは英国について。 自由研究については読書感想文で描ききれなかったホームズの推理について自分なりに考えたトリックについてを纏めたし、なんならこの自由研究、ホームズノートは毎年レベルアップしながら更新されている。 自分のベッドの中心にそっと寝かせられていたはずなのに、いつの間にかうつ伏せになって手足を抱え込んで丸まる小さな生き物をぼんやりと観察しながら、スラスラと簡単な英単語のかきとりを終え、新一は小さく息をついた。 どこかで見覚えがあるポーズだと思ったが、そうだ、友達が飼っている猫だ。 確か……ごめん寝。 「……息苦しくないのか?」 「ん………ぅ」 丸まる過程で蹴飛ばされたのだろう、薄いブランケットは横でぐしゃぐしゃになっていた。 今日やる分の宿題は終わったし、本でも読もうかとも思ったが、どうしてもこの小さな生き物が気になる。 勉強机から離れ、ベッドへと近寄りそっとそこに腰をおろす。 手を伸ばしてぐしゃぐしゃになったブランケットをそっと掛けてやろうとするが、やはり、この寝方は苦しそうだ。 まだ小学生ではあるが、もう高学年にもなる新一と小さな生き物。 よいしょ、と脇に手を入れて持ち上げてやれば子供の力でも簡単に持ち上がった。 だらり、伸びた手足に気をつけながら角度を変えて再度ベッドに転がしてやり、これでいいと今度こそブランケットをかける。 ついでに、中心ではなく少し片側に寄せて寝かせたので空いた隣にそっと同じように寝転がる。 昔から大人に囲まれる事が多く、同年代の幼馴染やサッカー仲間の上級生位としか触れ合う機会の無い新一にとってここまで小さな生き物は中々に未知の領域だ。 母さんに怖がる姿とか蜂蜜事件とか、部屋の中を全力疾走して逃げ回ったのも、正直同じヒトではなく、犬や猫の仲間のように思えた。 多分それは、見た目も強く作用しているのだろう。 白いふわふわの髪と真っ赤な目はまるで飼育小屋の兎のようだ。 そっと手を伸ばしてふわふわの髪に触れてみたり、母大絶賛のもちもちとした頬をつついてみたり。 もしも、自分に兄弟が居たらこんな風に一緒に寝転がって昼寝をしていたのだろうか。 「あ!」 「…あむ!」 突然素早く動いた小さな口に、つついていた指先が食べられた。 慌てて引き抜けば、居なくなったソレを探すようにポヤっと、真ん丸な目がゆっくと開かれた。 ぼーっと鈍い反応をする小さな生き物にそっと手を振っておーい、と声をかける。 ゴシゴシと強く目を擦り始めたそれを慌てて止めた。 「む」 「えっと、おはよ?」 「んぅ?おあよ…」 ぽやぽやしている小さな生き物の頭を撫でてやればそのまま眠りそうにふらふらする小さな頭にクスクスと小さく笑う。 嫌々、と頭を振ってようやく目を覚ましたらしい小さな生き物はキョロキョロと部屋を見渡した後にこてっ、と首を傾げる。 「ここ、俺の部屋」 「ん?けぇ?」 「他のみんなはさっきの部屋にいるよ」 「ほぉー」 ゆるゆると首を縦にふる生き物に本当に分かってるのか?なんて首を傾げれば、何故か同じように首を傾げて此方を見詰めてきた。 「…どうした?」 「ん!」 ベッドに隣合って座っていたはずなのに気づけば、んしょんしょ、胡座をかいていた膝の上に乗りあがってきた。 満足そうにそこに収まった小さな生き物は小さな手で新一の胸元をペシペシと叩きながら何かを主張する。 「ん!」 「……なんだ?」 「んっ、ましろ!」 ふにっと、自分の顔に両手を当てて自己主張する小さな生き物。 そう言えば、名前を呼んでやってないな、と思い出しそっと声に出す。 「…ましろ」 「ん!…しちゃ?」 「新一、しー、んー、いー、ち」 「しぃん!」 にこにこと笑う小さな生き物に、胸が暖かくなる。 ああ、ほんと、兄弟が居たらこんな風なのかなぁとそのむず痒いくらいに暖かい生き物をゆるゆると抱きしめてやればきゃっきゃと笑い声が響いた。 どうせなら 「 だ」 「む? !」 [newpage] 「そう言えば、ましろちゃんってハーフ?クォーター?」 「え」 成分不明の香水の話も一段落つき、和やかに子育てについての話を、美味しい紅茶を飲みながらしていた時、ふと思い出した、とでも言うようにその人が零した一言に皆が固まった。 「どういう事だい?」 「え、だってあの顔立ち、色のせいでわかりづらいけど純粋な日本人じゃないでしょ。ヨーロッパか北欧かわかんないけどその辺の血かしら?」 「よーろっぱ…ほくおう……」 「目元くりっくりだし、でも手足は小さいでしょ?典型的なハーフの子って感じよねぇ、あ、中東系?」 「中東……」 キョトンとした表情で零されたその言葉に男達は固まった。 なにかおかしな事言ってるかしら、と首を傾げるその人の言葉に、萩原はゆっくりと頭を抱えて唸り始め、松田は目頭にを抑えて天を仰いだ。 初めてあったのは爆弾の解体現場で、余りに慌てており、顔など分からず。 2回目にで病院であった時に初めてようやくその姿を認識した。 ガリガリにやせ細った包帯巻きで、ボロボロな小さな子供。 子育てなどした事の無い男達でも、思い描く子供とはかけ離れたその姿に、ただただ可哀想だ、と。とにかく平均的な子供に戻してやらねばと、思った。 色彩から得られる情報はなく、骨と皮だけのやせ細った身体では顔立ちからも区別がし辛く、共に暮らすようになってようやく肉がつきはじめ、子供らしく、ふくふくな体型になった時にはそれまでの経緯からもあってビフォーアフターの差からうちの子可愛いくなったな、なんて思ったりもした。 あまりにも可愛いもんだから、もしかしたら天使かも、なんて言葉を零す度に同期に弄られたり、友人達には贔屓目で見過ぎだろ…と、とても可哀想なモノを見る目で見られたりもした。 まさか、外国の血が流れてる可能性があるとは……。 「……なるほど」 「……国内だけじゃなくて国外からって可能性も出てきたか」 「……先生とか、お袋が成長が遅い遅いって言うわけだ、こっちの子と向こうの子の三歳って全然サイズ違うよな…確か……」 「ましろちゃん、大体90前後よね、あの位だと2歳位かよっぽど成長の遅い子って感じだけど…ハーフにしろ、何にしろ3歳にしては小さいなって思うわよねぇ」 なんでこんな大切なこと気づけなかったんだ、と唸る萩原に、だからアイツが出てきたんだな…と深くため息をつく松田。 どうやら友人である降谷の所属がここで関わってくるらしい。 なるほど!そりゃあ伊達含む捜査一課が外されるわけだ……思わず二人揃って遠い目をする。 ついでに続いた、あの服、新一が2歳の時に買った服なのよね…、と言う有希子の言葉に萩原は更に唸った。 「成長が遅いのは薬のせい、という可能性は?」 一人静かに顎に手を当てて考え込んでいた工藤の一言に、萩谷は慌てて体を起こし、そちらに向き直る。 「…一応、体質の関係で直射日光厳禁だから生まれてからずっと室内生活だったんだろうってのと、物の食べ方とかから最低限の栄養しか貰えない環境だったって説明されてまして……薬の影響ってのは聞いてないので今度病院の日に聞いてみます」 「俺らが気付いてなかっただけで、医師は純日本人じゃないって気付いてる…よな?」 「多分…」 「この感じだと、三歳って年齢自体も曖昧になってきたか……?」 「いや、そこは歯の感じとかから推定したっぽい。 後は小児科の先生わんさか集まって色々検診してくれてたみたいだから、先生達の経験からの推測ってのもあんのかな。 まぁ…正確な年齢を測れる機械ってのはないらしいし………」 段々と重くなってきた空気に、萩原は話し合った事を脳内で纏めつつ、紅茶を頂く。 飲み込みきれない嫌な感じを、なんとかそれで押し込むように一息に飲み尽くして、どこかのタイミングで降谷を捕まえて話をしよう、と決意した。 「ああ、でもましろちゃん、とっても可愛いしもう少し大きくなってちゃんと幼稚園とか小学校に入れるようになったら、モテモテでしょうね」 今のうちしか着れない服もいっぱいあるし、沢山写真とか残しておいた方がいいわよ、なんて、重くなった空気を変えるように、可愛らしい笑顔で落とされた爆弾に、萩原は強く、強く、手を握りしめた。 「……せめて、伊達班長か零を倒せる男じゃないと」 「何の話だオイ」 [newpage] ぽーん、ぽーん。 窓の外で、夕方を告げる放送が響いている。 「あ、もうこんな時間か」 「ん?」 暫くゴロゴロとベッドで二人仲良く転がったり、黄色い小熊の絵本を読んであげたり、布団に素早く潜り込んで突撃してくる小さな生き物と戦ったりして遊んだ結果、気付けば窓の外ではすっかり日も落ちていた。 「…話し合い、終わったかな 」 「けぇ?……ん!あっち!」 すっかり仲良くなった小さな生き物が、下に行くの?と覗き込んできてペシペシ主張してきたので名残惜しいけれど、一旦様子を見に行こうか、と声を掛け、よいしょと持ち上げる。 大人しく抱っこされた小さな生き物は何が楽しいのかふにゃりと笑いながら頬を擦り寄らせてきた。 暴れられてる訳でもないけも流石に顔面にしがみつかれたままは歩けそうもなくて、仕方なく気の済むまでやらせてあげていれば、ガチャ、っと扉の開く音がした。 「新ちゃん、ましろちゃんもう起きた…ってあら」 「あ、母さん」 「む!…かしゃ?」 開かれた扉の奥から有希子が顔を出したので、ああ、話し合いは終わったのだなと察した。 ようやく気が済んだのか顔から離れた小さな生き物はキョロキョロとそんな新一と有希子のやり取りを見た後に、新一の言葉を何となく繰り返した。 「ふふ、ましろちゃん、かしゃって私の事?」 「む?かしゃ!」 「……母さんだよ、ましろ」 「かしゃ!」 「ふふふ、それもいいけど、どうせならお姉ちゃんとかゆきちゃんって呼んで?」 きょとり、何が違うの?と首を傾げながらかしゃー?かしゃ!と繰り返す小さな生き物は気付けばするりと母の手に奪われて、慣れた手つきで抱き直されていた。 離れてしまった重みに少しガッカリしたけど繰り返される変な言葉に、母と同じようにクスクスと笑う。 最終的にゆきちゃ、と呼ばせられて満足した母が、帰るからね、と声を掛けてゆっくりと自室から出ていったので後に続こうとしてふとベッドに振り返り、そうだ、と読み聞かせてあげていたの絵本を手に取った。 どうせ、父の書斎の端の端で置物にされているだけの本だ。 「新一!早く降りて来なさーい!」 「はーい!今行く!」 母の大きな声に慌てて返事をして部屋から飛び出し、階段を駆け下りる。 いつの間にか帰り支度を済ませて玄関に並ぶ二人と抱えられた小さな生き物、それを見送ろうと立つ父と母。 また来てね、なんて言う母と、また連絡するよ、と笑う父。 ペコペコ頭を下げる大人2人の間で何が起きているのか分かっていない小さな生き物は呑気に新一に向かって手を伸ばした。 「ましろ!ほら、これやるよ」 「む?」 はい、と持ってきた絵本を子供に向かって差し出せば不思議そうに首を傾げる。 そんな小さな生き物を抱えていたお兄さんは焦ったようにえ?!え?!と零すが、ましろ好きみたいだから、と更に差し出す。 「むぅ……?」 何?と首を傾げ続ける小さな生き物に、蜂蜜を取りに行くお話の本だよ、さっき読んであげただろ?なんて続ければ、ようやくなんの本か理解したらしく、おお!と目を輝かせた。 「お兄さんに呼んでもらいな」 「……め!」 少し考える素振りをした後に、何故かふるふると突如首を横にふり、差し出していた絵本をグイグイと押し返される。 断られるなんて思ってなくて、え、と驚いたら、そんな自分よりもなぜかお兄さんの方が驚いた顔でコラ!と小さな生き物を抱え直していた。 「まーた、しんにー!」 にこ、と満面の笑みでそう言った小さな生き物はぶんぶん手を振った。 思わずポカン、と口を開けて思考停止すれば後ろから父が、どうやらそれはお前に読んで欲しいみたいだな。 なんて笑うのが聞こえた。 [newpage] 帰宅途中の車内、気付いたらチャイルドシートに座ったまま静かに寝落ちしていた子供を見詰めて萩原は静かに口を開いた。 「これより、萩原家ましろ定例会議を行います」 「萩原家以外の人間がいるから、大人しく帰ってからお袋さんにでもしろ」 間髪入れずに遮った運転中の松田の言葉などなんのその、ただただうちの子が何をしたか、どうだったかを話し合うこの定例会議に松田には特別ゲスト(第2の息子)とし、お袋より参加可能の通達が既に出ている。 「ましろ………また、だって」 「…お袋さんの真似か?」 「いや、多分俺が皆が帰る時にまたなーって言ってたからかなぁ……」 なんでもバイバイだった子供が、自分からもう一度を希望した。 嬉しいなぁ、ぽつり噛み締めるように呟いた萩原の言葉に、成長ってのは早いもんだな、と松田が返す。 すやすやと眠る子供の柔らかな髪を撫でながら、凄いなあ、偉いなあと零す 「だがしかし、『 にい』はずるいと思います」 「お前このタイミングでそれ言うか?」 俺が!お兄ちゃん!なのに!!!!ギリィと歯を食いしばる音すら聞こえてきそうな程にドスの効いた声に思わずハンドルを切りそうになる。 安全運転心掛けてる人間に何事故らせようとしてんだこいつは…バックミラー越しに信じられないモノを見た。 「俺もにいって呼ばれたい……」 「……お前」 「お前だって、そう思うだろ…ましろにじんぺにいって呼ばれたら絶対そうなる」 「……」 バックミラー越しに強い光を持つ目で見詰めてくる萩原からそっと目を離し、運転に集中する。 「今度教え込む……」 「…けぇ」 「……寝言すらそれなんだから、お前の名前変更はもう受け付けてないんじゃないか」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー コアリクイの威嚇 コアリクイ 「めぇぇぇええええ!!!!」⊂(`・ω・´)⊃バッ============ 松田 「ああやって走り回ってると…ほんと、破天荒幼稚園児を思い出すな………」 萩原 「やめろ、うちの子はケツ出して走り回ったりしない コアリクイ 「め!」========⊂(`;ω;´)⊃バッ 松田 「…いや、大体しんちゃんだろ、アレ 」 新一 「?はい」 コアリクイ 「けぇぇぇぇぇぇえええ!!!」⊂(`;ω;´)⊃===== 新一 「え?」 松田 「育ちの違いか……」 萩原 「あんな下品なモン、親が許すわけないな………」 コアリクイ 「め!!めぇぇぇええええ!!!!」⊂(`;ω;´)⊃バッ [newpage] 成分解析の結果 主原料は合成香料であり、極少量の毒物が含まれていました。 毒物は1度の使用による危険性は薄いが、何度も繰り返し利用する事で皮膚への強い痛みや炎症が引き起こされる可能性あり。 また、合成香料の方も国の安全基準を超えたアルデヒド類が使用されており、今後の使用は中止し、販売元の基準検査、内部捜査を検討すべき。 「との事でした」 「……なるほど」 成分解析の纏められた紙を工藤に渡し、萩原は言葉を続ける。 詳しく書かれた成分の名称を一つ一つ目で追い、また、その数値を一つ一つ確認する。 「連絡を貰った、知り合いの方に、香水について話を伺いに行ったところ、全てを認めました」 「芸能界での嫉妬、かな…若くして芸能界のトップに立ったのに、あっという間に引退していった彼女への」 「…はい」 あの香水は新作のテスターなんて物ではなく、ただただ1人の女性を傷付けるためだけに調合され作られた毒物。 使い続ければ皮膚が爛れ日の目を見れないくらい醜い姿になるだろう、そんな悪意が込められた物。 工藤は深く息をつき、無事な内に分かって良かった、と呟き解析書を萩原に返した。 「あの子は、あの香水が毒と、気付いていたのかな?」 「それは…わかりません、何しろまだまだ話せる言葉が少ないもので……」 首を横に振り、困ったと眉を下げる萩原に、そうだね…と小さく返し工藤は苦笑いをする。 「しかし、感謝してもしきれないな、これは」 「あー…そんな気にしないでください」 「いやいや、本当にありがとう」 深く頭を下げる工藤を慌てて止め、嫌々まぐれかも知れませんから!ただ嫌いな匂いだった可能性もありますから!! なんてあわあわと手を振り首を横に振る萩原。 「とりあえず、あの子にお礼をしなくはいけないね」 今度、またウチにおいで。 新一も有希子も楽しみに待っているから。 そう言って笑う工藤に、ハハハ、と乾いた笑みで是非お邪魔させてくださいいただきます。と返す。 近いうちにもう一度、松田と作戦を練ろう。
コアリクイ第21弾です。<br />お仕事がかなり忙しくなってしまい、今後かなりのんびりペースになります。<br />気づいたら8月終わってたよおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!<br />そして、台風と地震大変でしたね……平成最後の年呪われてるのでしょうか……怖い……。<br />皆さんお気をつけてください。<br /><br />おすすめのコアリクイですが、<br />Twitterで見かけた、進化した脱走するコアリクイの写真が可愛かったのでぜひ探してみてください。<br />逆さまになってもしがみついてられるんだ、可愛い。<br />雑に脱走止められてるのも可愛い。
ばかものこれはいかくである21
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最近の俺は調子に乗っていたんだと思う。自分のことも、自分が一番大切な人のことも、全然見えていなかったんだ。 [chapter:大切なものはなんですか] 「春田ー」 「おー、久しぶりー」 「上海から帰ってきたんだな。あっちではご活躍だったらしいじゃーん」 「いやー、まあなんとかって感じで」 「海外事業部はどうよ?」 「んー、楽しくやってるよ。みんないい人ばっかだし」 「マジかよ。結構仕事がハードで大変って聞くぞ」 「まあ大変は大変だけど、上海チームも頑張ってるからさ。こっちでサポートしないとな」 「頼もしいねぇ。あ、今度飲みに行こうぜ。向こうの話も聞きたいし」 「おお!連絡して」 本社を歩いていてもこうして声をかけられることが増えた。それは女の子からもで。 「春田さん!」 「ん?」 「これ、頼まれていた資料です」 「おー、ありがと。仕事早いね」 「あの、今度良かったら、食事とか一緒にどうですか?私、いいお店知ってて」 「あー、ありがと。でもごめんねー。俺、婚約者いるから、女の子と食事はできないんだ」 「え、あ……。あ、じゃあ、みんなで!みんなでとかならどうですか?」 「職場のみんなでなら全然オッケー。今度、声かけて」 昔だったらドギマギしていた明らかなアプローチも、スムーズにかわせるようになったと思う。残念ながらもう牧にしか興味ないけど、女の子に好意を持たれるのはやっぱ嬉しい。 上海から帰ってきた俺は、多分今までの人生で一番好調だった。入社以来10年近く成績トップクラスの営業所にいながら、下から数えたほうが早い位置にいた俺が上海に転勤。当初こそ慣れない土地や慣れない仕事、慣れない同僚に戸惑ったものの、悪く言えば流されやすい、よく言えば適応力が高い俺は徐々にペースをつかみ、1年で自分でも驚くくらいの成果を上げた。俺を信頼し、引き留めてくれる上司に「頑張ったって思うなら日本に帰してください!婚約者が待っているんです!」と半ば泣き落としで主張したところ、「お前の婚期をつぶすのも忍びない」と許され、はれて帰国の途に就いたのは2週間ほど前のことだ。 帰国後に配属されたのは海外事業部。上海駐在を辞退する代わりに、不定期の上海出張を挟みつつ、日本から上海のプロジェクトチームをサポートすることになった。いずれは営業所で個人のお客様をサポートする仕事に戻りたいと思ってはいるけれど、この仕事だってやりがいは感じている。前は完全アウェイだった本社でも知り合いは増えたし、自信だってついて、堂々と歩けるようになった。 しかも家に帰れば牧。そう牧! 上海赴任の間、会えなかったのは寂しかったけれど、それでも毎日のように連絡を取ってお互いを思い合ううちに、愛情と信頼は深まったと思う。その…、体?のほうの絆?みたいなものも?きっちりつながれたし!俺は成長した。大人の男になった。もう無敵!くらいの気持ちだったんだ。 今日も今日とて、牧の飯は旨い。 「それでさぁ、上海でトラブルがあったらしくて」 「難しい案件なんですか?」 「んー、そうでもねぇけど。向こうの社長が割と気紛れなんだよねぇ。で、春田はどうしてたんだって聞かれて。あの人、日本のお菓子が好きだから持ってくといいよって」 「どこのお菓子?」 「それがコンビニで売ってるようなスナック菓子!」 「えー、金持ちなのに!」 「そうなんだけど、前に日本のポテチの話で盛り上がって、それで契約が進んだんだよ」 「春田さんらしいですね」 「牧にいっつも怒られるけど、お菓子大好きでよかったーって思った」 「そういうことじゃねぇだろ」 ああ、呆れ顔でツッコむ牧もかわいい。あんなに仕事ができてキリッとしてて頼りがいがあるのに、俺と一緒にいるときはいつもこうしてニコニコしてくれる。 「牧は?営業所のほうはどう?」 「あー、実は今ちょっと」 ♪ピリリピリリ 「あ!ごめん、ちょっと待って」 出たら仕事の話だった。電話の向こうといくつか言葉を交わし、進捗を確認する。 「あ、ごめんごめん。ポテチ作戦成功だって。やっぱなぁ」 「よかったですね」 「うん、で、牧、なんだっけ?」 「あ……なんでもないです。こっちもまあ順調ですよ」 「そりゃ牧だもんなぁ」 俺はそのときの牧の様子を気にも留めなかった。 「そういえば春田さん。明日、俺休みで。夜は春田さんの好きなもの作るけど、何がいいですか?」 今、営業所勤務の牧と本社勤務の俺の休みは基本的に合わない。 「あー、ごめん。明日、部署の飲みなんだ。俺の歓迎会まだだったってことで」 「そうですか……」 「ごめんなー。最近会食とかも多くて全然夜も一緒にいれないし」 「いや、大丈夫です。春田さん、忙しいし。俺、わんだほうでちずさんとでも飯食ってきますよ」 「んー。そうだ!落ち着いたらさ、どっか飯でも行こ?こないだ部署の子とランチ行った店、いい感じだったから」 「部署の子って女の子……?」 「あ、もしかして気になる?」 「別に」 「牧くんてば、気になるくせに~。俺、最近女の子にもモテちゃってぇ。センスいいですね、かっこいいですねとか言われちゃったぁ。やっぱり大人の余裕ってやつ?」 「バッカじゃねぇの」 「でも大丈夫、ちゃんと婚約者いるって言ってるからぁ」 「だから気にしてねぇって」 少し前なら気を使って避けていたこんな会話も冗談で言えるくらいには、俺たちはうまく行ってるって思ってたんだ。 翌日、家に帰るとリビングに牧がいなかった。この時間なら起きて待っててくれることも多いのに。寝室をのぞくと明かりをつけたままベッドのなかでうとうとしていたけれど、俺を見て体を起こす。 「あ、春田さん、お帰りなさい」 「牧、寝てたの?」 「ちょっとだるくて。でも大丈夫です。あ、腹減ってる?雑炊くらいなら作りますよ」 「いいよ、いいよ。牧は食ったの?」 「俺はわんだほうで軽く」 「じゃあ寝ちゃいなよ。おやすみ」 このときもただ疲れてるのかなって思ってた。 さらに翌日。 午前の会議を終えた俺は先輩に声をかけられた。 「春田、急なんだけど今夜空いてない?」 「え?」 「以前付き合いのあったクライアントとの飲み会なんだけど、上海帰りがいるって言ったら、ぜひ情報交換したいって言われてさ。急ぎの話じゃないし、私的なもんだから無理にとは言わないけど」 一瞬牧の顔が浮かんだ。でも最近俺が本社でそれなりに仕事をしていることを牧も喜んでくれてるし、何より先輩からそういう会に誘われたのが誇らしくて嬉しかった。 「わかりました。うちには連絡しとくんで大丈夫です」 「あー、噂の婚約者か。最近会食続きだろ?愛想尽かされない?」 「大丈夫ですよ。分かってくれるヤツなんで」 「おいおい、惚気るなぁ」 「そりゃ遠距離終わって新婚みたいなもんですから」なんて俺は調子よく答えた。牧にメッセージを送ると、「了解」っていうスタンプが来たから、俺は安心して先輩たちと飲みに行ったんだ。 異業種交流みたいになったその飲み会は上海の話もあって大いに盛り上がり、俺はスマホの着信にも気づかなかった。トイレに立ったとき、なんとなくスマホを見たらちずから嵐のような着信とメッセージ。 ──牧くんに帰りに会った。すごい熱でフラフラしてる。とりあえずうちで寝かすから帰りに寄って ──春田、今日遅いの?とりあえず連絡して ──まだ仕事? ──どこにいんの? ──連絡しろ! 時計を見ると、最初のメッセージからもう3時間以上経っている。俺は先輩に詫び、ジャケットとリュックを掴んで店を飛び出した。 電車の中ではジリジリして駆け込み乗車の客に危うく怒鳴りそうになった。駅からは迷わずタクシーに飛び乗る。ここでもジリジリしながらやっとわんだほうに着くと、扉を開けるなり「まき!」と叫んだ。客の目が一気に集まったけど気にしている余裕はない。すると、店の奥からちずが近づいてきた。その顔には怒りが露わで。俺を店の外に押しやって、後ろ手に扉を閉める。 「まきは?」 「上で寝てる」 ちずを押しのけて店に入ろうとするのを止められた。 「なっんだよ!」 「春田、どこ行ってたの?」 「え?」 「全然連絡取れなかったじゃん。どこ行ってたの?」 「先輩に急に飲みに誘われて……」 「牧くん、昨日からすごい調子悪かったのに?」 「え?」 「昨日うち来たけどほとんど手を付けなくて、兄貴が卵雑炊作って無理矢理食べさせた。家にも早く帰ってたでしょ?」 「いや、俺、昨日も飲みで、帰ったら牧、もう布団に入ってたから」 「それって調子悪かったからじゃないの?ていうか、最近の牧くん、ずっとつらそうだったじゃん。仕事も大変みたいだったし、なんかややこしいお客さんに捕まったって言ってたし。本社に行けば、あんたのこと好きだかなんだか知らない女にいろいろ聞かれて困るとも言ってた。笑ってたけど、牧くんがそういうこと話すのってよっぽどなんじゃないの?春田に相談すればって言ったけど、春田さんは今忙しいから、帰国して大事なときだから心配かけらんないって」 「え?俺、知らな…」 うつむいたちずからはぁとため息の音が聞こえた。 「春田さぁ、一瞬に住んでて牧くんの何を見てんの?」 怒っていた顔は、今は半分泣きそうだ。 「……とにかく牧は?」 店に入ろうとする俺をちずが今度は突き飛ばす。 「今のあんたに牧くん任せらんない。今日はうちで見るから。帰って頭冷やせ!」 ちずはそう言うと店に入って扉をガシャンと閉めた。 え?牧は?牧には会えないの? 店の前で立ち尽くしていると、タイミングを見払ったようにスマホが鳴った。着信画面は「栗林歌麿呂」。 『ちーす。春田さんすか?』 「ああ」 『牧さん、無事帰れました?今日具合悪そうだったから、春田さんに連絡すればって言ったんすけど、春田さん、会合だから一人で大丈夫って』 「うん」 『牧さん、最近ずっと調子悪そうだったじゃないですかぁ?点滴打ったころから』 「え、点滴ってなに?」 『あー、牧さん、そーいちには言ってないか。上海から帰ってくるちょっと前なんすけど。牧さん大丈夫って言ってたけど、その後も仕事かなーり大変だったし』 「そんな大変だったの?」 『聞いてないんすか?なーんかややこしい客に当たっちゃって、牧さん全然悪くないのに何回も提案拒否られて。そのくせ担当は代えるなって言うんだからあんなの嫌がらせっすよ、牧さんがイケメンだからって。あと、客のオヤジに言い寄られたりもしてたみたいだし』 「はぁ?」 『まさか春田さん、全然知らないとかないっすよね?だってここんとこずっと顔色さえなかったっしょ?ただでさえ白い肌が青白くなっちゃって』 マロはまだなんか言ってたけど、あとはよく覚えてない。 家に帰ると、部屋の中はしんとしていた。いつも通りきれいに片づいたキッチンやリビング。階段を上がって牧の部屋に入ってみると、部屋の隅にいい加減に畳まれた牧の服が崩れていた。俺の服はいつもきちんとしまわれているのに、服を大切にしてて何事もきちんとしてる牧なのに、いかに自分のことはそっちのけだったかが分かる。座り込んでそれを畳み直した。牧と違って下手くそだけど、やらずにいられなかった。ぽちんぽちんと落ちる涙が牧のカットソーに吸い込まれる。 ごめん、ごめん。俺、何も見えてなかった。一番大切な人なのに、一番近くにいるのに何も見えてなかった。勝手に成長した気になって、本社の人とか女の子とか、今まで見向きもされなかった人にちょっとちやほやされたからって浮かれて。上海で頑張れたのだって牧がいてくれたからなのに。女の子にかっこいいとか言われるのだって、牧が毎日コーディネートしてくれるからなのに。俺、牧がいないとダメなのに。ごめん。俺が畳んだ牧の服はやっぱりちょっと歪んでて、それを見てまた涙が出た。 次の日、鉛のような頭を一つ振って、いつもより早めに家を出た。牧のいない家には少しの時間もいたくない。心が軋んでも体は動くのはあの1年と同じだ。仕事は待ってくれない。そう思うと心がまた軋んだ。時計を見たらもう昼だった。 「食事はちゃんととらなきゃダメですよ」 上海にいたとき何度も聞いた牧の言葉。それに従って社員食堂で味が濃いだけの定食を食む。ただ無心で。すると内ポケットのスマホがブルルと震えた。珍しく鉄平にぃだった。 ──牧くん帰った。お前、今日は早く帰れ 短いメッセージなのにひどく叱られた気がした。そうだ、あのときとは違う。まだ帰れる。まだ牧は待ってくれている。手早く仕事を片付けなくちゃ。 「今日は早く帰るんだな。最近飲み続きだから、たまには彼女に優しくしろよー」 そんな先輩の軽口にもうまく笑えた自信はない。早く早く。また牧を手離す前に早く。 息を切らしながら着いた家は外まで仄かな光が漏れていた。その光にほっとする。ドアを開けると「おかえりなさい」と声がした。見慣れたエプロン姿の牧に、胸がぎゅっと締まる気がした。 「今日はきっと早く帰ってくるって鉄平さんが言ってたけど、ほんとに早かったんですね。すごいな、鉄平さん。まさかと思いながらも早めに支度しといて良かった。着替えてきちゃってください。すぐできますから」 「お前、調子悪いんだろ。飯なんかいいのに」 「もう大丈夫ですよ。それに春田さんがうちでゆっくり食べるのなんて久しぶりじゃないですか」 そう言ってくしゃりと笑う。俺の好きな幸せそうな顔で。でもお前、そんな穏やかなだけのやつじゃないだろ?きっとまた気持ちを押さえ込んでるんだろ?俺のせいで。 「昨日はすみませんでした。鉄平さんやちずさんにも迷惑かけちゃって。今度お礼しなきゃな」 本当は抱きつきたいのに、牧の笑顔が眩しくて動けなかった。 「どうしたんですか、春田さん。体調悪い?」 体調悪いのはお前だろって言葉は喉に引っかかって出てこない。俺を下から覗き込む大きな目に自分が映ったのを見てやっと、二本の腕が動きだした。ぎゅっと抱きしめると、骨ばった肩がいつもより腕に食い込む。確かに牧は痩せていた。 「ごめん、牧、ごめん」 昨夜一人、心で繰り返した言葉が今度は牧に向かって流れていく。俺、何にも分かってなかった。お前の話も聞いてなかった。お前のことも見れてなかった。一人で調子に乗って、でも何にも変わってなかった。また牧の気持ち、見失ってた。 牧は俺の背中をゆっくり撫でてくれる。 「大丈夫ですよ。ずっと一瞬にいるんだから、そういうときもあります。俺は大丈夫」 そう、牧は俺を愛しすぎるから俺がどんなに馬鹿でもそばにいてくれる。俺は馬鹿だからすぐにそれが当たり前だと思ってしまう。それで牧から目を離す。牧を大事だと言いながら、牧を後回しにするんだ。 「でも!」 続く言葉は牧が遮った。 「それなら春田さん、ご褒美をください」 「ご褒美?」 「春田さんを待ってたご褒美。まずは旨いもん食べたいです。こないだいい感じの店見つけたって言ってましたよね?」 「うん」 「あと俺とデートしてください。新しい服を見に行きたい」 「うん」 「でも休みはなかなか合わないから、できれば家に早く帰ってくる日も作ってください。でないとエロいことどころか話もできません」 「帰ってくる。早く帰ってくる!」 「はは、じゃあもうそれでいいですよ」 牧は俺の背中を二つ、とんとんと叩き、ゆっくり体を離すと「さあ食事にしましょう。俺、体調イマイチでも春田さんとなら食えると思うんで」と笑った。 その日のメニューは唐揚げじゃなかったけど、やっぱり飛び切り旨かった。俺、なんでこの飯を何日も食わずに平気な顔してたんだろ。 顔を上げると、向かいの席の牧と目があってどっちからともなく笑みがこぼれた。真っ白なご飯をかき込む。それを見て牧がふっと笑った。その音と共に、目の前の霞がすっと晴れるような気がした。 (終)
上海帰り、調子に乗ってちょっとずれてく春田さんの話。春田さんは自分も見失います。でも結局二人はハッピーです。精神的春牧な牧春派ですがこれは春牧でも読めると思います。私が書く春田さんは割といつも大人なんですが、今回はちょっと牧くんが余裕。別につながってませんが、こういうことがあった後には、<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9958530">novel/9958530</a></strong>みたいなこともあるんだろうなと思っています。<br /><br />さて、フォロワーさんが900を超えました。ここまでほんとびっくりと喜びの連続。ありがとうございます。ジャンルの特性とかdrmが終わったとかいろいろ考えると1000はなかなか遠そうなので、気恥ずかしくもちょっとお礼的なものをしてみたいかなと。<br /><br />マシュマロにお題などいただいたらそれに合わせる形で書いてみようかなと思っています。ただ私は数字がお仕事するものは書けない(能力的に)、公式のキャラ維持ということで、できる範囲になるんですが…それでも「いっちょリクエストしてやるか」というお心のある方がもしいらしたら、軽い気持ちでマシュマロを飛ばしていただけると嬉しいです。もちろんシンプルに感想とかも歓迎です。喜びでむせび泣きます。<br /><a href="/jump.php?https%3A%2F%2Fmarshmallow-qa.com%2Fijtatmh" target="_blank">https://marshmallow-qa.com/ijtatmh</a><br />なお、Twitterは @ijtatmh になります。よろしくお願いします。
大切なものは何ですか?
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ご覧くださる前に この小説は夢小説と呼ばれるジャンルの二次創作です。 ■原作からの乖離、改変がございます。 ■原作主人公周辺の大人およびFBIやCIAといった日本国以外の機関に対しては、所謂【厳しめ】の表現となります。 ■特定のキャラクターへのアンチ・ヘイト、原作を貶める意図はありません。 ■作中における政治・外交・警察機関・犯罪組織等々の表現には捏造が多分に含まれます。 ■当シリーズはモブキャラクターが登場します。 ■主人公・日本桜(ひもとさくら)に関して それなりに人の善性も悪性も知った成人済み主人公です。 大雑把でとてもマイペースな性格をしています。隣か半歩後ろで同じようにファイティングポーズとっていたい系、腹の探り合いも腹芸も楽しんでやっちゃう系主人公です。 ■スコッチさんの苗字 原作で明確に描かれるまでは『緑川』とします。 ■科学技術 原作年を現実の現在と同等とし、発達・変遷は現実の経過を基準に類似した経過を辿るものと設定しています。 ■誤字脱字等、及び本文は予告なく修正・変更されることがあります。 以上をお含みおきの上でご覧ください。 お含みおきの上での上記に関する苦情は一切対応いたしません。 [newpage] 「降谷」  寮の玄関まであと数歩、というところで、この2か月ですっかり耳に馴染んだ声が後ろから名を呼んだ。  振り返ると、思った通り、左手をジャージのポケットに突っ込んだ松田が数歩後ろに立っている。  少し姿勢を崩した松田は気怠げな雰囲気があって、こういうのを男の色気と言うのだろうなと、この2か月で何度か思わされた。「アイツ絶対モテるよな」とは伊達の言だ。俺もそう思う。 「許可出たのか」 「ああ。頼める人がいないって言ったらあっさり」 「そうか。まあ、許可が下りないような内容でもないしな」  話しながら松田がこちらに近づいて隣に並ぶ。 「お前らは柔道場だったか?」  この後の松田たちの予定は確か、揃って柔道場で鍛錬、だったはずだ。 「おう、昼までな。昼飯食った後はトレーニングか座学の予定だ」  「アイツらはもう行ってる」と柔道場の方向を松田が指差した。かと思うと、急に半眼になり、「つーか、」と不満げに言う。 「お前のトレーニングメニューキツ過ぎ。俺ら別に人類最強目指してねーんだけど?」 「俺だって目指してないけど?」 「嘘つけよ。目指してないのにあのメニューってどういう事だよ。俺ら未だに全部通してやれたことねーからな?」 「言ってももうちょっとだろ?お前らならイケる、頑張れ。それに、伊達は結構楽しそうだぞ?」 「アイツもヤベーから。一緒にすんな」 「おい、それだと俺たちがヤバいヤツみたいに聞こえるんだけど」 「………俺、時々お前天然なんじゃないかって思うわ」 「天然?どこが」  天然だと思われるような言動をした覚えはない。一体俺のどこに天然要素があると言うのか。  首を傾げるとポンポンと肩を2度叩かれた。  松田は俺の肩に手を乗せたまま「無自覚なのか、天然なのか」と小さく言っている。だからどこがだ。  眉根を寄せると、またポンポンと肩を叩いて返された。 「そろそろ出た方がいいんじゃないか」  と、松田が俺の腕時計を指差す。確かにそろそろ出た方が良さそうだ。 「トレーニング、頑張れよ」 「おー、ほどほどにやるわ」  気怠げに答えた松田に笑う。ほどほどに、なんて言うだけで、トレーニングで手を抜いたことなんて1度もないくせに。 「じゃあ」 「おう」  短く言葉を交わして歩き出す。立ち話をしていた場所から数歩、寮の玄関を跨ぐと、「降谷」と、また名を呼ばれた。  寮を1歩出て、半身で振り返る。 「気ぃつけてな」  変わらず気怠げな雰囲気を纏った松田が片頬を上げて笑う。  ふっ、と、こちらも笑いが漏れた。  荒い言葉遣いで時には粗野にも見える松田だが、その実、周りをよく見ていて、人の機微に敏く、情に厚い。クールな振る舞いそのままに人柄を予想すれば、その根の熱さに驚いてしまうような男だ。  こういうヤツだから、原作でもあの道を選んだのだろう──  こちらを見ている松田と同じように片頬を上げて笑う。言葉には手を振ることで返し、門に向かって踏み出した。  ただいま、と、迎えてくれる声が無いのを承知で小さく声に出した。真っ暗な玄関で手探りに電気のスイッチを押す。2か月振りの我が家だ。閉め切られていた部屋は空気が籠っていて、奥にある日の差さない暗い居室もどことなくどんよりとして見える。  ──まずは換気だな  キッチンの換気扇を点け、閉め切っていたカーテンはレースの物だけを残し、ベランダの窓を開けた。空気が入れ替わっていくのが分かる。ちょうど吹き込んでくる方向に風が吹いていて良かった。強過ぎると砂埃が入り込んで掃除の手間が増えるが、この程度の風なら大丈夫だろう。  ざっと室内を見回す。出て行った時と変わりはないようだ。思っていたよりも埃も溜まっていないようだし、これなら予定よりも早く終わるかもしれない。  部屋に置いてある時計を見る。  昼過ぎまでには掃除を終えてしまいたい。すぐに取り掛かった方がいいことは分かっているけれど、その前に、しておきたいことがある。  視線をクローゼットに移す。  ──桜さんは元気だろうか  クローゼットの扉と壁の間には変わらず木刀が挟まっている。  よかった、これなら──ちょっと待て。木刀、あんな挟み方してたか?もっと、こちらとあちらで半々になるように──まさか!  クローゼットに駆け寄る。しゃがみ込んで、扉と壁に挟まれている木刀を見る。  最後に見た時よりも、こちら側に押し出されている気がする。まさか、閉じてしまったのだろうか──  キュッ、と摩擦音が聞こえて、慌てて扉についていた手を離した。思わず力を入れてしまったようだ。危ない。クローゼットの扉は案外脆い作りなのだ。  落ち着け、と心の内で自分に言う。まだ閉じてしまったのかは分からないし、閉じてしまっていたとして、“完全に繋がらなくなった”とは限らない。前例があるのだ。あの時は1度閉じてもまた繋がった。今回もそうかもしれない。  立ち上がり、1つ大きく深呼吸をする。扉に手を掛けて、ふっ、と苦笑してしまった。  あの時、“こういうこと”がいつか起こるのだときちんと認識して、覚悟もしていたつもりだったのに、いざそうなるとこんな風に、また、狼狽えてしまった。  ──少し、知り過ぎてしまったのかもしれない  絶対の味方である彼女の傍は居心地が良い。隠す必要も偽る必要もない。何を曝け出そうとも、ありのままで居て許される。それでいて、彼女からは何も求められない。  ハッ、と、嘲りのような声が出た。  言葉にして並べるとよく分かる。彼女との関係がどれだけ俺に都合の良いモノなのか。彼女からはこんなにも多くを貰っているくせに、俺からは何も返していない。……いや、返せるものがない、のか…。  彼女は何も欲しがらない。俺が幸福であればいいと、幸福に生きているのならばそれでいい、と、何かないのかと聞いたとしても、きっとそうとしか言わない。  彼女は、俺に、何も望まない。  ………ズルい、よなぁ。くれるばかりで、こちらからは何もさせてくれないなんて…。  彼女のことだから、俺が困るようなことは絶対に言わないのは分かっているけれど、何か小さなことでもいいから、望んでくれればいいのに…。  情けないことに、何かを返したいと思っているのに、何を返せばいいのかが分からない。何も望まない相手に、世界の隔たりがある相手に、一体、何を返せるのだろうか。不確定要素を思えば、何かを贈ることだって出来やしない。  はあ、と大きなため息が出た。目の前にあるクローゼットの扉に額を押しつける。ドン、と、掛かった力に見合わない重い音がした。 「情けないなぁ…」  こんな、大切なものを失わずにすむ可能性、なんて、奇跡みたいなものを貰ったのに、礼も碌に返せないなんて。  …………本当に、俺に、何かを望んでくれればいいのに──  扉から額を離して、今、自分が考えたことを打ち消すように頭を振った。  望んでくれと彼女に乞うのはあまりにも情けない。情けなさ過ぎる。これ以上自分で自分を情けなくしてどうする。もう十分情けないぞ、と、思わなくもないけれど、せめて、彼女に乞うことはしたくない。  そんなことをすればきっと、彼女は俺の気持ちを汲んで、簡単に叶えられる何かを望んでくれるに違いない。それじゃあ意味がない。そんな風に返す機会を貰いたくはない。  ──だって、それじゃあまるで、大人と子供だ  彼女は俺を弟のように思っていて、男として見ていないのは分かっている。複雑な気持ちもあるけれど、それはまあいい。男として見られていないことは許容出来る。でも、子供のように扱われるのは、絶対に許容したくない。  弟のようでもいいし、男でなくてもいいけれど、せめて、対等でいたい。  ただでさえ8年の差があって、彼女の方がずっと大人なのに、これ以上自分から差を作りたくはない。駄々を捏ねる子供と、それを宥める大人。そんなのは絶対に御免だ。  今までも、彼女が自分に甘いことを承知で、少々強引に我を通すことはあったけれど、あれは、言わば一種の甘えだった。  自分でそう言葉にするのは恥ずかしさがあるが、自分にとっての絶対の安全圏で、何があっても決して裏切らないと思える相手に対する、あれは甘えだ。彼女も、それを分かってくれているから、最後にはしょうがないなと笑って許してくれる。  俺たちの間にある、この、奇妙な信頼関係の上で成り立っている甘えと許容。  でも、望んでくれと乞うのは違う。こんなのは信頼関係の上で許される甘えじゃない。ただの、一方的な俺の欲だ。こんなものまで許容してもらう訳にはいかない。  きっと彼女は、支障のない範囲で、俺の一方的な望みさえも叶えようとしてくれるのだろうと分かっているから、こんなことは絶対に言葉に出来ない。  それを望んで、許されたら、俺たちの在り方は変わってしまう。どんな風に転ぶのかは分からないけれど、きっと、今までのようにはいられないはずだ…。  大きなため息が口から零れて、埃っぽい室内に消えていく。手は、ずっとクローゼットの扉に掛かったままだ。取っ手を握り締める手の甲は筋が浮かんで隆起している。いつの間にか随分と力を込めていたらしい。  1度、取っ手から手を離して力を抜く。白くなっている掌に苦笑が漏れた。どれだけ強く握り締めていたのか。  ふう、と大きく息を吐く。  そもそも、繋がらなければ、何を考えていても無駄だ。自分の情けなさをいくらあーだこーだと考えたって、肝心の相手に会えなければ意味がない。  もう1度取っ手に手を掛ける。  ──開けた先に、彼女のクローゼットがあればいい  ゆっくりと、扉を引いた。  ほっと、息が漏れた。  扉を開けた先に、広いクローゼットがある。ハンガーパイプに吊るされた女性物の衣類。落ち着いたダークブラウンの背の低いチェスト。その上にはシンプルなデザインのジュエリーボックスが鎮座している。  ──よかった。まだ終わってない  2か月前と変わりなく広がる光景に、もう1度ほっと安堵の息をついた。どうやら、まだ繋がっていてくれたようだ。  たった2か月しか経っていないのに、目の前の光景が随分と懐かしく思える。呼び掛ければいつもの調子で迎えてくれるだろうか。  ……というか、そもそも桜さんは在宅か…?  大前提を失念していた。迎えるよりも迎えてもらうことの方が多かったものだから、当然そうしてもらえるものなのだと、何の疑問も抱くこと無く思っていた。  ……馴染み過ぎだろう。やっぱり、もう少し上手く線引きをするべきなんだろうな…。  自分の情けなさをまた突き付けられたような気がして、ため息をつきたくなったが、それは後で、掃除をしながらにでもしよう。  今は他にやることがある。 「桜さん」  在宅ならいいのだけどと思いながら、彼女の名を呼んでみる。直ぐに、パタパタと軽い足音が近づいてきた。  自分の顔が緩んでいくのが分かる。  ……だから、馴染み過ぎだろう、俺。  どれだけだよ、と自分自身にツッコミを入れたところで、ひょこり、と、桜さんがクローゼットの前に現れた。あの動きは手前で跳んだな?  ふっ、と小さく噴き出してしまった。  普段の振る舞いは大人の女性だなと思わせるものなのに、こうやって、時々少女のようなことをする。可愛らしい、と言ったら、あの、何とも言えない微妙な表情が返ってくるのだろう…。  目をまん丸に丸めた桜さんが近づいてくる。目の前に立って、驚きました、という顔のままこちらをじっと見上げている。小さく口が開いているのを、本人は自覚しているんだろうか。 「桜さん、口、開いてる」  笑いながら指摘すれば、驚いた顔はそのままにピタリと口を閉じた。その素直な様子にまた笑いが零れる。  ぱちり、ぱちりと桜さんが瞬きをする。 「………零くんだ」 「うん、俺だけど?」  じっとこちらを見上げてくる桜さんが、なんだかとても幼く見えて顔が緩む。 「…クローゼット、閉じてたよ?」 「やっぱりそうか。最後に確認した時より木刀がこっち側に押し出されてる気がしたから、もしかしてって思ったんだ」  やはり、1度閉じてしまっていたらしい。この現象は本当に、一体どういう条件で起こっているのか。 「……でも、よかった」 「ん?」 「また会えて」  ふわりと柔らかに桜さんが笑む。  思わず、息が詰まった。  ───まさか、こんな反応が返ってくるなんて……  口元を手で覆って顔ごと視線を逸らす。  ……完全に不意打ちだ。全く、予想もしていなかった。まさかこんな…、こんな風に返してもらえるだなんて、思いもしなかった。  もし、突然、何の予兆も無くこの現象が終わってしまっても、桜さんは狼狽えることなどないのだろうと思っていた。その事実をあっさりと受け入れて、この現象が起こる以前と同じ日常に違和感を抱くことなく戻るのだろうと、そう思っていた。  ──なのに  そう思っていたのに、こんな風に、嬉しい、と、言葉に出さなくても分かるような顔で笑って、また会えてよかった、だなんて── 「…零くん?」  不思議そうに名を呼ばれた。  明らかに不自然な挙動をしている自覚はある。自覚はあるから、ちょっと待ってほしい。完全に不意打ちだったんだ…。  何も気にせず振る舞えるのなら顔を覆って床を転げ回りたい気持ちだし、言葉にならない声を上げてしまうか、喉の奥で唸ってしまいそうなのを、奥歯を噛み締めて抑え込んでいる、という、どう考えても情けないことこの上ない状態なのだ。お願いだから、ちょっと待ってほしい。  そんな醜態は、晒したくない。  29歳の原作の俺を格好いいと手放しで褒めている、と言うか、もはや崇拝しているのではと思ってしまうような、“降谷零=格好いい”の方程式を確立させてしまっている桜さんの前で、そんな醜態は絶対に晒したくない。  そんな姿を晒したとしても、桜さんなら笑って受け入れてくれるのだろうとは思うけれど、これはそういう問題ではない。俺の自尊心と見栄の問題だ。  たとえ受け入れてもらえたとしても、俺の何かが確実に磨り減る。たぶんアスキーアートのorzの状態にリアルでなる。プラス、頭の上には縦線が数本、枝垂れ柳よろしく垂れ下がる。…ギャグ漫画か。いや、俺の世界はスリルとサスペンスとアクションがあちらこちらに転がっているSF要素を含んだ世界であって、ギャグ漫画時空じゃない。……言葉にして並べると随分生存率の低そうな世界だな……アイツらが今のメニューを問題なくこなせるようになったら、別のを追加しよう。大丈夫、アイツらならやれる。頑張れ。  ………よし、関係のないことを考えていたら衝動が治まったぞ。  口元を覆っていた手を下ろし、向き合うように顔を戻す。  桜さんは不思議がりながらも、何も聞かずに待っていてくれた。こちらが話さないのであれば深く聞かずに流してくれる、こういうところは本当に有り難い。…まあ、時々それをもどかしく思うこともあるのだが。 「……ごめん、気にしないでくれると嬉しい」  じっと見上げてくる瞳に気恥ずかしさを感じて首裏を擦った。心の内で情けない言い訳を並べ立てていた時もこんな風にじっと見られていたと思うと恥ずかしい。  ふっ、と桜さんが笑む。   「じゃあ気にしないでおく」 「ありがとう」 「どういたしまして」  返された言葉の跳ねた語尾に笑ってしまった。  こうやって、こちらの気恥ずかしさごと話を切ってくれるのだから有り難い。本当にこういう気遣いが上手い人だ。  有難く、その気遣いを受け取らせてもらおう。   「ただいま、桜さん」 「おかえりなさい、零くん」  柔らかな声で返された迎えの言葉に顔が緩む。迎えてくれる人がいるというのは存外嬉しいものなのだと実感する。そう思わせてくれる存在がいてくれるのは幸せなことだ。  ………やっぱり、何か返せたらいいのに…。 「元気そうだね」 「うん。術科はキツイ時もあるけど楽しいし、元気にやってるよ」 「そっか、よかった」 「桜さんも、元気そうで安心した。見送ってもらってからまだ2か月だけど、それまで毎日顔を合わせてたからかな?随分久し振りに感じる」  こちらを見上げて笑う桜さんは2か月前と変わりなく元気そうだ。安堵すると同時に、たった2か月なのにその笑顔がとても懐かしく思える。時間を共にしていたのだって2か月ほどだというのに、やはり随分と当たり前に思ってしまっている。……何とかしないとなぁ…。  目を合わせたままの桜さんがぱちぱちと瞬きをした。何かおかしなことでも言っただろうか。 「どうした?」 「………零くん、今、2か月って言ったよね?」 「うん、2か月。それが?」  答えると桜さんが困り顔になった。見送ってもらってから2か月。それが一体どうしたのか。  「あのね、」と、桜さんが困り顔のままこちらを見上げて言う。 「私が零くんを見送ったの、2週間前だよ?」 「………は?」 「まだ、2週間なの」 「時間経過がズレている、か……」  まさかこんな問題が生じようとは。  眉間にぐっと皺が寄る。突然生じた問題に困惑しているし、分からないことがまた1つ増えてしまって、もどかしさも増してしまった。  桜さんの話では、俺を見送ったのはちょうど2週間前の月曜日なのだそうだ。対して、見送ってもらった俺はあれから約2か月だ。2週間と2か月。随分と時間の経過にズレが生じている。 「今まではそんなことなかったよな?」 「うん、認識出来てる範囲ではそんなこと起こってなかったと思う」 「だよなぁ…。また、分からないことが増えたな」 「うん、増えちゃったね」  現状維持を前提に、と話し合ったあの日から、分からないことが増えたのはこれで3度目だ。  1度目は、ヒロが扉を開けた時。あの時、いつもと同じように木刀を挟んだままにしていたのに、ヒロが扉を開けると繋がらなくなっていた。翌日、俺が扉を開けると、何事もなかったかのようにまた繋がっていた。この現象が起こる条件の中に、扉を開ける人間に対する制限が含まれているのかもしれない、と仮説を立てたが、真相を知る術は無い。  2度目は、双方の世界ではものの捉え方が違うのではないか、と気付いた時。次元と世界の違いから、見え方が違うのか美醜の感覚が違うのか、と考えたが、お互いの見ているものを共有出来るはずもないので、これも真相は分からない。  そして、3度目である今回。時間経過にズレが生じている、だ。  これまで、時間を共有していた2か月間、こういったズレが生じたことはなかった。年月や季節の違いは初めからあったが、それが2か月の間に突然飛ぶようなことは1度もなかった。自分たちが認識出来ている範囲での判断ではあるが、恐らく、時間の流れは同じだった。  それが、この2か月の間に変わった。こちらでは2か月という時間が経過していたのに、あちらではまだ2週間ほどしか経過していない。明確にズレが生じている。  これは、一体何が要因で生じたのだろうか。 「他に変わったことは?」 「ないよ」  桜さんが首を振る。  何か他にも、と聞いてみたが、時間経過のズレ以外には特筆するようなことは起こっていないようだ。  視線を落として思案していると、視界に桜さんの手が入り込んできた。ほっそりとした白い手がひらひらと揺れる。促されるまま視線を上げれば、バチリと目が合った。 「私、もしかしてって思ってることがあるんだけど、言ってみていい?」 「うん、思い当たることがあるなら言ってみてくれ」  首を傾げて聞く桜さんに頷いて返す。  この不可思議な現象に関しては俺よりも桜さんの方が、フィクションの物語としてだが、馴染みがある。思い当たるものや発想の違いは大きい。  「まず、」と、桜さんが左手の人差し指をピンと立てた。 「クローゼットが閉じていることに気が付いたのが、零くんを見送った日から2日後の正午。その日の朝6時頃は繋がっていたのを確認してるから、閉じたのはその日の朝6時から正午になるまでの間、と見ていいと思う」 「そうだな、そう考えるのが自然だ」 「うん。で、私、閉じたのは10時頃じゃないかと思うの」 「………俺が家を出た時間だな?」 「うん。閉じてしまった日の2日前、零くんがあの日家を出た時間と同じ時間に閉じたのなら、一応、筋の通った仮説を立てられると思わない?」 「……それを踏まえて、扉を開けるのがクローゼットのある部屋の住人、あるいは俺か桜さんである、ということがこの現象が起こる条件に含まれていると仮定するのなら、加えて、条件の中には時間の制限も含まれているってことだな?…つまり、この現象が起こるには、部屋の住人、あるいは俺と桜さんの2人が、それぞれの部屋に一定時間滞在していなければならない」 「もし、閉じたのが10時頃だったなら、基準となる時間は2日間。48時間、どちらかが部屋に1歩も足を踏み入れなかった場合、条件を満たしていないと判断される」 「だから閉じた……筋は通るな」  この現象が起こるには人間と時間に制限がある、と仮定すれば、今回閉じていたことも、ヒロが開けた時に閉じていたことも、どちらも一応の筋は通る。  もう1つの問題はどうだろうか。 「時間のズレについてはどう考える?」 「それに関しては…もう、完全に想像と言うか、フィクションの物語みたいな話になっちゃうんだけど……」  桜さんがもごもごと歯切れの悪い物言いをする。窺うように上目でこちらを見る姿が可愛らしくて笑いが漏れた。 「大丈夫、そもそもこの現象自体がそうだろう?」  フィクションの物語と言うなら、俺たちの間で起こっているこの現象そのものがそうだ。2か月間もそんな状態でいて、今更、非現実的な仮説は受け入れられない、なんて言うつもりはない。  桜さんが頷きながら「だよね……」と言った。真っ直ぐこちらを見上げてくる瞳に1つ頷くことで答える。 「……これは完全に私の想像が基で、私の部屋と零くんの部屋のクローゼットを中心に据えた上で立てた仮説なんだけど」 「うん」 「…クローゼット同士が繋がっている間は、世界同士も繋がっていて、お互いの世界の軸は一定の重なりがある状態になっている。反対に、クローゼット同士が繋がっていない間は、世界同士も繋がっていなくて、軸の重なりもない。もし、その重なりの中に“時間の経過”が含まれているのなら、世界の軸同士が重なりを持たない間は、双方の世界の時間の経過は同一にはならない。……ね?物語みたいな話でしょ?」 「…確かにフィクションの物語みたいな話だけど、筋は通ってる。こちらとそちらで2か月と2週間のズレが生じたのは、少なくとも12日間は世界の軸同士に重なりがなかったから、ってことだな?」 「うん。零くんたちの世界と私たちの世界は同一じゃないから、時間の流れだって同一じゃなくても不思議じゃないよね?そう考えるとむしろ、同一である状況の方が通常ではない、って考えた方が自然なんじゃないかな?もしそうなら、同一である状況が成立するには条件があるんじゃないか、って思ったの」 「それが、クローゼット同士が繋がることによってお互い世界が繋がり、軸に一定の重なりがある状態、ということか」  こくりと桜さんが頷く。  お互いの世界が繋がった状態でなければ時間の経過は同一ではない、ということか…。  確かにその可能性を否定出来る材料は現状俺たちには無い。お互いの世界は全くの同一ではないし、年月も違えば季節も違う。存在する人間も完全に同一ではない。 「類似点や同一と思われるものもあるけど、それぞれの世界は個別のものとして成立しているのだとすれば、お互いの世界の時間経過はリンクしていることが当然、と考えるのは違和感がある。桜さんの言う通り、同一である状況が成立するには条件があると考えた方がいいのかもしれないな」 「うん。今後のことを考えたら、そう思ってた方がいいのかも」 「確かに……」 「タイムリミットも、最短なら零くんの配属が正式に決まるまでって話してたけど、時間の流れが違うなら、もしかしたらこっちの感覚では思ってたよりもずっと早いのかもしれないし、それなら準備も早めておいた方がいいでしょう?」 「…引っ越しか」 「うん」  ……確かに、それを考えれば時間の経過は同一ではないと思って行動した方がいい。  落としていた視線を上げて桜さんの顔を見る。  “俺たち2人”が条件でなかった場合を思えば、桜さんには絶対に引っ越してもらいたい。誰とも分からない相手の部屋と繋がる可能性のある今の部屋に、このまま住み続けるのは危険だ。もし次があったとして、繋がった先の住人が善人とは限らない。たとえ善人であったとしても、男であったら、と思うと心配でしかない。もしもを考えただけで、心配と苛立ちが腹の底から湧き上がってくる。  ──絶対に、引っ越してもらう 「そうだな、そうした方がいい。桜さんはいつ引っ越してもいいように準備はしておいてくれ」 「うん、そうする」  しっかりと頷いて返した桜さんにこちらも内心でよしと頷く。準備をしておいてくれればこちらも安心だ。  「ねえ、零くん」と呼び掛けられて、視線を床に落としている桜さんに意識を向ける。一拍置いて、伏せられていた目がこちらを見上げた。 「この時間のズレ、規則性があると思う?」 「……どうだろうなぁ。現状では憶測でしか言えないけど、もしないのだとしたら、これは結構厄介かもしれないな」 「まるで浦島太郎、だもんね」 「ああ、確かに、まるで浦島太郎だ。どれだけズレが生じるのか分からないのは厄介だな」 「うん。次に会った時は年単位でズレてました、って、あり得ないことじゃないもんね。それに、今回はこっちの方が時間経過は遅かったけど、次もそうだとは限らないよね?」 「そうだな、それも不確かだ。……これはまた、随分と大きな不確定要素が増えたものだな」 「ホントにね」  苦笑する桜さんに同じように苦笑を返しながら、小さなため息が漏れた。  不確定要素が多いのは今更だけど、まさか、これまで同一だった時間の流れが突然同一でなくなるとは……。本当に、この現象は不可思議なことだらけだ。  「零くん、掃除は今から?」と桜さんが聞いた。こちらが言うまでもなく帰ってきた理由を分かっているようだ。 「うん、今から。ざっと見ただけだけど、思っていたよりも早く終わりそうだよ」 「そっか、使ってないもんね。」 「うん。……それで、昼過ぎまでには終わると思うんだけど……」 「だけど?」 「……桜さんが昼食を家で食べるなら、一緒に食べられないかな、って……」  言いながらどうにも気恥ずかしくなってしまって首裏を擦った。視線もあちらこちらにうろうろと泳いでしまっているが、桜さんの顔を見たまま話すのが難しいのだから仕方がない。  目を丸めてこちらを見ている桜さんの顔がふっと綻んだ。 「うん、一緒に食べよう。私も零くんと一緒に食べたい」  そう言って、柔らかな笑顔に嬉しいと気持ちを乗せて、惜しげもなく伝えてくるものだから、たまらず、口元を覆って顔を逸らした。  ──頬が熱い  ははは、と、桜さんが楽しげに声を上げて笑った。 [newpage]   いただきますと挨拶を口にし、サンドイッチに手を伸ばした。  昨夜の残り物である白身魚のフライを野菜と一緒に挟んだサンドイッチは、ひとくちで食べ切ることが出来る大きさに切り揃えてある。  降谷さんは「小さくないか?」と首を傾げていたけれど、男女のひとくちの大きさには結構な差があるのだ。私にとってはこのくらいの大きさで丁度良い。  久方振りにクローゼットの中に運び込んだローテーブルの上には、私のサンドイッチと豆乳、降谷さんのお弁当とペットボトルのお茶が置かれている。  掃除を終えてから昼食を買いに行った降谷さんは、バランスよく栄養が取れそうな、おかずの品数が多い和食のお弁当を買って帰ってきた。実に降谷さんらしい。  もそもそとサンドイッチを咀嚼していると、定位置である斜め隣に座っている降谷さんが「そういえば」と言った。 「物、ちょっと減った?」 「あ、うん、減った。引っ越しの準備早めにしておこうと思って部屋の中、片づけ始めてるんだけど、いい機会だから本当に要る物以外は処分しちゃおうと思って」 「それでか。…でも、桜さんの部屋、元々物は少ない方だよな?」 「うん、多くはないと思う」 「このまま整理していったら、桜さん、ほとんどの物処分しちゃいそうだよな。次の部屋には最低限の物しか置かないつもり?」  揶揄うように降谷さんが笑う。  ……たった2週間、されど2週間である。降谷さんが格好良くて心臓に悪い。2週間のブランクでこれか。もっと間が空いたら、ひょっとして最初の頃のような反応をしてしまうのでは……赤面を指摘されるのはとても恥ずかしいのでそうはなりたくない…。 「逆に考えたら、最低限の物さえあれば生活出来るってことだよね。次に引っ越す時も準備が楽でいいかもしれない」  面倒くさがりな性分そのままに思ったことを口にすると、ふっ、と降谷さんが噴き出した。 「まだ引っ越してもないのにもうその次のこと考えてるのか。鬼に笑われるんじゃないか?」 「いいんですー。その時になって面倒なことが多いより、先のこと考えて鬼に笑われた方がいいですー」 「はははっ」  わざと拗ねたように口を尖らせて見せれば降谷さんが声を上げて笑った。その楽しげな様子にこちらも顔が緩む。降谷さんは抑えきれていない笑い声を零しながら、弓なりになった目でこちらを見ている。  しばらくして、降谷さんは笑いは収まったようだけれど、食事は再開せず、笑んだままじっと私の顔を見ている。  どうしたのだろうか、と首を傾げる。  「零くん?」と呼び掛けてみると、降谷さんは首を横に振った。「何でもない」と答えた降谷さんの顔はやはり笑んだままだ。  そのまま、何でもないと言ったきり、降谷さんは食事を再開した。その様子に、これ以上は何も返ってこないだろうなと、私も2つ目のサンドイッチに手を伸ばした。  飲みきりサイズの紙パックから豆乳をストローで吸い上げる。斜め隣で降谷さんが「ごちそうさまでした」と手を合わせた。  なんと、今日は私の方が先に食べ終わったのだ。…まあ、随分と量が違ったので当然と言えば当然なのだけど、嬉しいものは嬉しい。やったぞ、と思ってしまったのが顔に出ていたのだろう。ごちそうさまでしたと手を合わせた私を見て降谷さんは噴き出していた。  テーブルの上を片付けた降谷さんがお茶のペットボトルを傾ける。その様子を横目で見ながら、やはり、心配する気持ちが湧き上がってくる。  同期たちのこと、この先のこと、動き出した色々なことを考えると、どうしても降谷さんのことを心配してしまう。私に出来ることなどほとんど無いに等しいのだけど、それでも気持ちが向いてしまうのは止められないし、せめて心配することくらいは許してほしいと思う。  身勝手だなぁ、と内心で嘆息する。こうすることを決めたのは自分だというのに、欲深いものだ。  ペットボトルをテーブルに置いた降谷さんが静かな声で「この先のことだけど」と言った。 「ヒロにも、同期のみんなにも、話さないでおこうと思う」 「……うん」 「俺たちの世界が原作と同じ流れを辿っていくのだとして、彼に深く関わる事柄は変えられないのかもしれない、って、話してただろ?」 「うん。干渉出来るとしても、どこまでなら可能なのか分からない、とも話してたよね」 「うん、そこが問題なんだ。アイツらのこの先をどの程度なら変えられるのか分からないから、俺にやれることはやるけど、事件自体はもしかしたら止められないかもしれない」 「…その先に起こることに彼が大きく関わっているから……」 「うん……。事件自体を無くすのは無理だと思って動いた方がいいと思うんだ。起こることを前提にして、その上で打てる手を打っていく。それが一番いいんじゃないかって……」  伏せられた長い睫毛が、クローゼットの天井から落ちるオレンジ色の光を背負って、降谷さんの目元に影を落とす。  ──やっぱり、誰にも話さないんだね  そうするのではないか、と、降谷さんが原作を読んだあの時から、ずっと思っていた。  変えられるのかすら不明瞭な状態で、この先に待っているかもしれない彼らの結末を、果たして降谷さんは話すだろうか、と……。  ひとりきりで闘うことを決めてしまうのではないか、と……それがずっと心配だった。  その可能性を理解していながら原作を見せた私が、何を今更と思われるだろうけど、出来ることなら、降谷さんにはひとりを選んでほしくなかった。  ──ほんとうに、どこまでも身勝手  口から零れ落ちそうになる自嘲を喉の奥で押し殺す。  今、私がするべきことは降谷さんの話を聞くことだ。今までこの先のことを何も話さなかった降谷さんが、今、こうして話をしているのだから、きっと、話すことが今の降谷さんには必要なのだ。 「……話さないのは、バタフライエフェクトが起こる可能性を考えて?」  「……ああ」と静かな声が返ってくる。 「……事件自体を無くせないなら、何をしても爆弾は爆発するし、あの車は突っ込んでくる。ノックであることも隠し通せない。原作の通りに起こるのなら手を打てる。でも、変わってしまったら、何が出来るのか分からなくなる。……話したことで、アイツらの行動が変わったら…?……爆弾は、本当にあのタイミングで爆発するのか?…あの車は、あの方向から突っ込んでくるのか?………アイツは、あそこで………あのタイミングで引き金を引くのか…?」  伏せられた長い睫毛が揺れる。 「……何も分からなくなる………それが怖い…」  最後の言葉はほとんど息のようで、辛うじて音になったのだと分かる小さな声だった。  グッと、心臓を鷲掴みにされたような心地がして、奥歯を噛み締めた。鼻の奥がツンと痛む。  ──分かっていた  降谷さんがたったひとりで、こんな思いをしながら闘うことになるかもしれないと──  テーブルの上に置かれた降谷さんの左手は骨と血管が浮かんで隆起している。きつく握り締められているのだと一目で分かる。きっと、掌は白くなって、爪が短く切り揃えられた指ですら、跡が残るくらいに、強く、力が籠められているのだろう。  きつく握り締められたその左手に、そっと、触れた。  分かっていながら、やめることも止めることもしなかった私が言葉にしてもいいのだと思えることが、私には分からないから、せめて、これで降谷さんの気が少しでも紛れればいい……紛れてくれればいい、と、硬い拳を撫でた。  顔を伏せたままの降谷さんが上目で私を見る。真っ直ぐ見つめ返せば、耐えるように青い瞳が細められた。硬い拳が解けて、少し痛みを感じるほどの強さで、降谷さんが私の手を握った。  答えるように握り返す。  降谷さんは一度きつく目を瞑り、開くと同時に、テーブルを挟んで斜めに向かい合った位置から、私の隣まで移動して距離を詰めた。  握り合ったままの手を強く引かれる。 「………ごめん…」 「…うん」  耳元で聞こえたか細い声に頷いて答える。  私の背に回された降谷さんの手には、いつもその手にある温かさが無いような気がして、思わず、左の掌で降谷さんの背を擦った。  首筋に柔らかな髪が当たる。 「……俺……アイツらのこと好きなんだ…」 「…うん」  感情を力尽くで抑え込んだような声が、わずかな震えを伴って囁くように言う。 「……ヒロ以外はまだ…たった2か月の付き合いだけど……アイツらホント……ホント良いヤツらで…」 「…うん」 「……なんで……っ…なんでアイツらなんだろうっ……」 「……うん」  抑えきれなかったのであろう震えが語尾を大きく揺らした。喉を引き攣らせたような息遣いが耳元に落ちる。  掌を当てた背が震えている。 「………間違えたらどうしようっ……俺が間違えて…っ…アイツらがっ……」 「っ……」  絞り出すように吐き出された言葉に息が詰まった。  そんな素振りは少しだって見せなかったけれど、きっと、ずっと怖かった。この先もずっと、ずっと怖いままなのだ──  浅い呼吸を繰り返す大きな体が耐えるように揺れる。右肩に感じる熱さが胸を衝いて、零れそうになる嗚咽を喉の奥で押し潰した。  呼吸がだんだんと荒くなって、掌に触れる背が熱さを増していく。慰撫するように背を擦るけれど、震えは大きくなるばかりで、苦し気な息遣いが何度も耳元に落ちる。  ひっ、と、喉を引き攣らせるように息を吸った体が、大きく揺れた。 「……アイツらをっ………っ……死なせたくない…っ!」  震えた声が小さく、叫ぶように言った。  肩が湿っていくのを感じながら、右の掌で柔らかな髪を撫でる。背に回された腕が力を増して、2人の間にあった距離が消えていく。  その、縋るような手に、どうしようもなく胸が詰まった。  大切な人たちがいなくなってしまう未来を知っているのというのは、どれほど不安で、どれほど恐ろしいものなのだろう。  その不安と恐怖に、たったひとりで立ち向かおうとしている降谷さんは、どんな気持ちで、彼らと笑い合っているのだろう。  その時がくるまで──いや、たとえその時が過ぎても、ずっと、その不安と恐怖を抱えたままなのかもしれない。原作で描かれたその時を、失わずに過去に出来たのだとしても、いつか、どこかで揺り戻しが起こるかもしれない、と。  明確な道筋が存在する世界で、起こるはずの出来事を無くすことは、一体、どこまでなら許されるのだろう。  道筋の中で死ぬはずだった人間が死なない未来は、あの世界で、在り得るのだろうか。  知っているのは、きっと、とても苦しい。  ごめん、とは言えない  だって、分かっていてやったのだもの  知らせなければよかった、なんて言わない  だって、全部、全部、分かっていてやったのだもの  私の身勝手さは私自身が一番よく知っている。降谷さんにこんな思いをさせることを分かった上で、私はこうした。  私のやったことが正しかったのか間違っていたのか、これが善なのか悪なのか、私には分からないけれど、この身勝手さを誰かに許してほしいとは思わない。  否定も懺悔も絶対にしない。  これは、私がありのままに受け入れなければいけない事実だ。  私のしたことで、降谷さんは失わない未来の可能性を知って、  その時が来るまで──その時を過ぎても  きっと、失う未来に恐怖し続ける。  それが、この先ずっと、私が抱えていかなければいけない事実。  私の選択がもたらした、否むべからざる事実だ──。    ──十数分だろうか、それ以上だろうか。  落ち着くまで、と、右肩に乗った降谷さんの柔らかな髪をずっと撫で続けている。乱れていた呼吸は段々と収まり、背の揺れも小さくなってきている。少し前に涙は止まっていると思うのだけど、降谷さんは目元を私の肩に押し付けたままだ。  もしかしたら顔を上げ辛いのかもしれない、私から何か言うべきだろうか、と考えていると、数度、鼻を啜る音がして、ゆっくりと降谷さんが頭を上げた。  掌ほどの距離もない間近で、青い瞳と目が合う。  お互いに何も言わず、数秒。  ふっ、と降谷さんが小さく噴き出した。 「桜さん、目、真っ赤」  体を起こした降谷さんが揶揄うように笑う。  お互いの背から手は離れたけれど、今も2人の間には目と鼻の先と言っていいほどの距離しかない。間近で笑う降谷さんのその目も、人のことを言えないくらい真っ赤になっている。 「零くんもね」  揶揄い返すように笑うと「うん、普通に泣いちゃったから」と、あっけらかんとした様子で返された。もしかして気まずい気持ちになっているのではと思っていたけれど、この様子を見るに、どうやらそんなことはないらしい。  降谷さんが両手で私の顔に触れた。大きな手が包みこむように添う。  親指が目の下を優しく擦った。  ──涙の痕かな。  ずっと降谷さんの背と頭に手を置いていたから、私の涙は流れるがままになっていた。きっと痕になって残っているのだろう。  降谷さんは私の頬を優しく擦りながら、穏やかな顔で笑っている。   「桜さん、俺より泣いたんじゃないか?」 「その可能性は否定出来ない」 「目、すごい真っ赤。顔も熱いし、涙袋もいつもの2倍くらい膨らんでる」 「唇も真っ赤でしょう」 「…ホントだ。真っ赤。…ちょっと腫れてないか?」 「うん、腫れてる。号泣すると唇が真っ赤になって腫れるんだよね、どうしてか分からないけど」 「……涙の塩分?」 「なのかなぁ?」  言いながら首を傾げた降谷さんに合わせて、添わされた両手ごと顔を傾ける。 「涙が触れないようにしててもこうなっちゃうんだよね…」 「どうしてだろうな?」 「どうしてだろうね?」  ちらり、と、降谷さんが右上に視線を投げる。 「……桜さん、わりと皮膚薄い?よな?」 「あ、うん、薄い」 「だよな。血管、結構はっきり見えてるもんな」 「うん。あとすぐ内出血する」 「あー……確かに。ちょっとテーブルにぶつけただけで内出血してたな」  視線を左上に向けた降谷さんが言いながら頷く。  ……確かに、降谷さんと食事をしていた時にテーブルに軽く足をぶつけて内出血したことがある。あるけれど……そんなこと、よく覚えていたね?私自身も言われるまで忘れていたようなことなのに、降谷さんの記憶力ホントすごいね?  やっぱりスペックえげつない人だな、と、間近にある整った顔を見つめる。  降谷さんが視線をこちらに戻して、添わされたままになっていた掌が頬から離れた──かと思うと、またピタリと頬に添う。ピタピタと降谷さんの両手が私の頬に触れては離れてを繰り返す。  ……降谷さんは一体何がしたいのか。 「何してるの零くん」 「いや、すごいなって」 「……何が?」 「ほっぺた。すごい吸い付くなって。……ほら、離れる時に音がしてる」  ほら、と言いながら、降谷さんが触れては離れてを繰り返す。  ……なるほど、その感触が楽しくなっちゃったのかな?  「すごいな」と繰り返し言う降谷さんに「必死に保湿してますから」と返す。油断をするとあっと言う間なのだ。  しばらくピタピタと触れては離れてを繰り返していた両手が頬から離れた。満足したのかなと思った矢先、今度は頬を摘ままれた。  降谷さんの両手が私の両頬をムニムニと摘まむ。目と鼻の先にある容の良い唇は弧を描いている。 「……人の顔のお肉を摘まんで遊ぶのやめてもらえます~?」  半眼で見て言えば、降谷さんは「ははっ」と声を上げて笑った。笑いながらムニムニと頬を摘まみ続けている。  私の頬に付いたお肉がそんなにお気に召しましたか。  「桜さんのほっぺた、」と、手を離さないままで降谷さんが言う。 「癒し効果があるのかもしれない」 「……切り取って差し上げられないのが残念です」 「ははっ!」  降谷さんが楽しげに笑う。  そんなことを言われたら、どうぞいくらでも触ってください、と思うほかにない。  降谷さんの気が済むまで、されるがままでいよう。    融合面を挟んで向かい合う。  見上げた先の瞳に赤さは残っていない。すっかりいつも通りの、美しい青があるだけだ。  あの後、2人揃って顔を洗いに1度クローゼットを出て、戻ってからは、例のクッションに埋もれながらゆるゆると、降谷さんの警察学校での話を聞いて過ごした。話をしている様子から本当に楽しく過ごしているのが伝わって、聞いているこちらも楽しい気持ちになった。  同期組からスペックがやばいと事ある毎に言われるのだと、降谷さんは不満げに言っていたけれど、ごめん、私も同期組と同意見だから味方にはなれない。降谷さんのスペックやばい。  そうやってゆるゆると過ごしている内に、いつの間にか外が暗くなり始めていた。降谷さんが時間を確かめて、「そろそろか……」と言ったのが合図になった。そうだろうと予想していた通り、降谷さんが出したのは外出届だそうで、そろそろこちらを出なければいけないようだった。  サッとクローゼットの中を片付け、私にとっては2週間前、降谷さんにとっては2か月前、見送った時と同じようにクローゼットの中で向かい合った。  真っ直ぐこちらを見下ろす降谷さんの顔は穏やかだ。その顔にあのやりとりの気配はない。 「次もたぶん2か月後だと思う」 「そっか……あんまりズレないといいね」 「そうだな。年単位はさすがにないと思いたい」  降谷さんが苦笑する。  次に会った時、お互いの世界の時間経過にどれだけのズレが生じているのか。降谷さんの言う通り、年単位はないと思いたいのだけど……。 「とりあえず、いつ引っ越してもいいように準備はしておくね」 「うん、そうしてくれ」  真面目な顔で頷いた降谷さんにこちらも頷いて返す。もしもを考えると怖過ぎるので準備だけはしておかなければいけない。  「桜さん」と降谷さんが私の名を呼ぶ。 「手、貸して」  そう言って右手をこちらに差し出してくる。何がしたいのかは分からないけれど断る理由もない。  差し出された掌に素直に左手を乗せると、そのままキュッと握られた。  降谷さんが瞼を下ろす。  そのまま十秒ほど目を閉じていた降谷さんは、ふ、と小さく息を吐いて瞼を上げた。  「ありがとう」に「どういたしまして」を返して、力の抜けた掌から左手を下ろした。  「じゃあ、そろそろ」といつもの通りに降谷さんが言う。 「いってきます」 「いってらっしゃい」  いつも通りの挨拶を、いつもの通りに笑顔で交わして、扉の向こうに消えていく降谷さんを見送った。  閉じられた扉と壁の間には木刀が挟まっている。  ──2日後には、また、無くなっているのだろうか。  オレンジ色に照らされたクローゼットの中で、本来あるはずがない扉の奥に、私の手を握って瞼を下ろした降谷さんの姿が浮かぶ。  鼻の奥に感じるツンとした痛みを押し潰すように、静かなクローゼットの中で固く目を瞑った。 [newpage] *あとがきのようなもの ご覧くださりありがとうございました。 私 ゴミ箱がティッシュでいっぱい。 降谷さん 久しぶりに泣いて目が痛い。桜さんのほっぺたすごい。 表には出さないけれど実はすごくしんどい降谷さんと、否定も懺悔もしないけれど自分を責め続けている主人公です。知るということは良いことばかりではないと思うのです。 分かっているから求めないし踏み込まない2人は聞き分けが良過ぎるのかもしれません。 ちなみに、醜態は晒したくないと内心でやかましくしていた降谷さんですが、どうやら肩を借りて泣くのは恥ずかしくないようです。降谷さんは一体どの位置に主人公を置いているのか謎ですね。
ある日突然、家のクローゼットが異次元と繋がった二人の話。<br /><br />警察学校編②本当は。<br />情けなさも不安も恐怖も苦しさもある。<br /><br />2人の置かれた状況と心情を満足に表現出来るだけの技量が私にはありませんでした。悔しい。地団太踏みたい気持ちです。<br />投稿と同時に手直し候補筆頭に躍り出てしまいますが、これが今の私の限界だと思うのでこのまま投稿します。表現力が欲しい。<br /><br />松田さんの出番が多いのは彼が動かしやす過ぎるからです。降谷さんよりも主人公よりも動かしやすいです。有難いけれどなんだか複雑……。<br /><br />ところで日常14話、2ページ目の風見さん。あのなんとも言えないお顔、すごく可愛らしくないですか?あのお顔好きです。可愛らし過ぎて見る度笑ってしまいます。風見さんには、頑張れ!と背を叩いて激励したくなるような、人を応援したい気持ちにさせる魅力があるような気がします。頑張れ風見刑事。負けるな風見刑事。<br /><br />*<br /><br />※誤字脱字等、及び本文は予告なく修正・変更されることがあります。<br /><br />前作への評価、ブックマーク、コメント・スタンプ、タグの追加、ありがとうございました。
簡単じゃない二人の話
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 はいはい皆さんこんにちは! かの100億の男降谷零の妻の佐倉姫だよ! 肩書きからして今にもポアロのJKに刺されそうだね! でも残念、そもそも零さんまだポアロで働いてないんだ! だって原作一年前だからね!!!  ……ってん? 今更のように気がついたけど結婚してるからもう私も降谷性では? アッ間違えた、降谷姓では!? 結婚生活が最早一人暮らしだから忘れてたけど、そうじゃん夫婦じゃん! ひゃーこの事実だけで三日三晩ご飯要らないっ! 食べるけど!!  ま、冗談は置いといて。今私は量販型食料品店に来ています! 元の世界でのCOS●COみたいなあそこ。こっちでの正式名称は覚えてない。だってほら、そういう話する相手がいないから!  あああ止めて、そんな可哀想な子を見る目で見ないで! いいの、私ちゃんと今の生活に満足してるから! 零さんと同じ空気が吸えるのだけで幸せなんだよー! 推しが! 目の前で! 生きてる! オタクにとってこれ以上の幸せはないでしょ!? ね!?  相も変わらず心の中はハリケーン(殺人級)なのだが、澄ました顔をしてカラカラとカートを引く。えっ、お嬢様なのに何でこんなところ居るのかって? そりゃあ中がこんなん(オタク)だからね! お手伝いさんは零さんの仕事の関係で呼べないし、わざわざレストランまで行くのも面倒くさい。ならレトルト食品でいいよね! という安易な発想で、私は毎週のように此処で食料を買い込んでいる。籠城戦になったら、マンション中の誰よりも生き延びられる自信があるよ! まぁセキュリティ高いあのマンションでそんなことならないだろうけど!  そういえば、結婚生活の最初の方で、顔を強張らせた零さんに「いいか、IHと包丁は絶対に使うな」と念を押されたんだけど、あれは何でだったんだろう? お陰でうちのキッチンに私が立つのは三分程度である。因みにケトルとレンジは許された。何故???  カートの籠が空っぽのまま、まずはカップラーメン売り場に向かっていると、ガシャンッと音がして誰かとぶつかった。 「、ごめんなさっ……」 「おっ、姫ちゃん!?」 「あっ、萩原さん!?」  おっかなびっくり、萩原さんであった。今日も長い御髪がさらさらである。以前リンス何処のですかと聞いたら、使ってねぇよと笑われた。私はトリートメントまで使わないと寝起きは爆発してるのに……解せぬ。爆発物処理班なら私の頭の爆発ぶりも解体してくれないかな? えっ、無理? 知ってたー! 「今日は食材の買い出し? 結婚してるんだったよね?」 「まぁ食材と言えば食材かもしれませんけど……」  歩きながら話していると、萩原さんがカートを押して着いてくる。あ、付き合わせちゃってるかな、何かごめんなさい。でも推しと買い物なんて幸せすぎるのでやめません、許して♡  カップラーメンの売り場についたので、ぽいぽいと5個ほど中に突っ込む。次いでお湯を注いで作れるスープもまた5つ。萩原さんがあんぐりと口を開けた。……ん? 「まっ、待ってっ、もしかしていつもそういうの食べてるの!? 身体に悪いよ!?」 「あ、大丈夫ですよ! ちゃんと買い物の日は出来合い買ってるので!」 「そういう問題じゃない……!」  わわわ、心配してくれる萩原さん可愛すぎかな? テンパってるのもなお良し。貴方も零さんと一緒で顔が綺麗ですね。ウインクしたらきっと人殺せるよ、きっと。コナンくんすら解けない完全犯罪。だって死因:キュン死になんて非現実的なこと信じられないだろうし? きっと被害者は私だから、そしたら骨拾うの頼みますねコナンくん! あっ今は新一くんか!  私がここにいない、会ったこともない主人公に思いを馳せていると、ピコンと音がして、萩原さんがポケットを探り、スマホを取り出した。 「……えっ」 「ん?」 「あ、いや、何でもないです」  危ない危ない、「ガラケーじゃないの!?」とか叫びそうになった。そっか、萩原さんが原作で亡くなったの今から6年前だもんな……買い替えるのも当然か。使い終わったガラケー持ってないかな、コレクションしたい。ちゃんとお金は出しますよ? 十万円くらいは余裕で。今世の私はお金持ちだし、それにそれに、推しに貢ぐなら実質タダ!!! 「ごめん、出動要請が出たから行かなくちゃ……ちゃんとしたもの食べるんだよ?」  私が頷く前に駆けていく萩原さん。御髪が靡いてるーーー! 流石機動隊、足が速い。うっわフォーム綺麗!! 直ぐに見えなくなった。あっ、今更だけど店内は走っちゃダメですよ! ……うん、今更すぎた。  レトルト食品などをその後大量に買い込んで、段ボール箱に入れる。結局ちゃんと普通の食材も買ったよ! ……零さんが使う用の。いやほんと萩原さんごめんなさい。貴方のことは大好きだけどそれとこれとは話が別なんですぅぅぅ!!!  えっ、浮気じゃないかって? 大丈夫大丈夫! あくまで彼は推しだから! 彼らって言ったほうがいいのかな? うん、とにかく、恋愛感情じゃないです! ──待って、零さんに対しても同じだな。彼は最推しだし。うーん、ん〜〜〜?? ……よし、面倒だから考えるのやめよう! [newpage]  スーパーを出ると、見覚えのある白い車が見えた。おぉ、最近見てなかったRX-7だ! これまた見覚えのある金髪のイケメンが凭れかかってスマホを弄っている。その体勢長いおみ足が強調されてて最高ですぅぅぅ!! あ、興奮しすぎて頭に血が上った。くらくら目眩がして、近くの柱に手をつく。これ、比喩じゃないんです! 前世から、テンション上がりすぎると目眩がするんです、本当に。こんなところまで今世に引き継がなくてよかったのに、神様は無駄な頑張りをしてくれたようで。そんなの要らん! 零さんの思考が読める能力の方が欲しかった!!!  柱の影から見ていると、一人の女性が駆けてきた。あれ、ベルモット姐さんじゃない……。ちょっとと言わずかなり残念である。私も! あの超絶美人を! 見たかったのに!! いやーいいよねベルモット姐さんと零さんが一緒にいるの。目の保養。美男美女の組み合わせって何それ美味しい! 美味しすぎる! お互いに邪な感情がゼ〜ロ〜♪なのが笑えるけど!!!  そして零さんの横顔を見て察した。アッこれバーボンモードだ……。ほんとは見ちゃいけないやつだ……。  ──……。  ……ッバーボンモード!? えっ嘘それだけは絶対見れないと思ってたのに! まさかの! まさかのスーパー帰りに見れるなんて! 状況的にはご近所のおばちゃん達の井戸端会議と同じレベル! 何それプライスレス!! えっえっそんな安売りして良いんですか零さん改めバーボンさん!!!  だって、一般人、即ち凡人の私にとってはバーボンモードの零さんなんてほんっとーにレアだからね! ミシェ●ンだったら星3、ゲームのカードだったら最高ランクの星5、いや星6レベルだから! 限界突破! 何あの色っぽさ、アブナイ感じがまた良い……!  零さんが女性の腰を引き寄せる。あっやっぱりハニトラですね! ありがとうございます尊いです! えっ浮気じゃないかって? まさか、あれはハニトラだから浮気のうちに入らないんだよ! だって零さんだもん! 所詮は一般人の私が、"恋人"の為に頑張る零さんの邪魔をする訳にはいかない!  ついでに言えば、私があんなにあっま〜い眼差しを向けられたら卒倒する自信があるので、私は柱の影(物理)から覗いてるだけでいいのです! はっ、もしかしなくても私今不審者では!? ただの覗きしてる奴じゃん! 違います〜一応……一応だけど妻です〜〜!! 零さんにどん引かれたら流石に凹むから誰も通報しないでよ! やめてよ! 熱湯風呂のノリじゃないからね、本当にやめてね!!  ──ってキスしてるうぅぅ!! しかも深いのーーー!! 待って待って刺激強いです流石にちょっと……。ふらりと倒れそうになって慌てて堪える。此処で見ていたことを知られたら恐らく即離婚だ。下手したら人生終了。つまり推し活終了。却下!!!  そういえば私、正直R指定入るものは苦手なのである。二次元はいけるけど、三次元は……。皆想像してみてよ、推しが実写化してR指定あるものやってるのを! しかも距離は約10メートル! 気恥ずかしくて目逸らし待ったなしでしょ!?  そうだよ私は初心なの! 変態は変態でも純粋な変態なの! 言葉の矛盾には突っ込まないで! 【自主規制】は私の本当の精神年齢と妄想中の顔にしか使いません!  しかも零さんあれなんですね、目は閉じないんですね……。伏せ目が厭らしい。指が女の人の手の甲を這っている。厭らしい。……端的に言えばエロい。というかそもそも零さんの手自体がエロい。男の人らしく大きくて、でも大きすぎもせず腕との比率がまさに黄金比、爪も綺麗に整えられていて、手の甲はうっすら筋張っている。  いや何なのイケメンは手も綺麗なの? 前世の漫画の中では赤井さんも手が綺麗だったけど、イケメンには手が綺麗じゃなきゃいけないっていう法則でもあるの???  じーっと見ていると、やがて二人が離れた。多分時間にしてほんの数秒だったと思う。ぐるぐる回る頭の中の言葉の数の割に、あまり時間は立っていなかったようだ。そこで、ふっ、と。  零さんが、何気なく目線をこちらにやった。  ……ばちっ。  ──え。  ん、んん???  っぎゃーーーーー!!!  慌てて身体を引っ込めれば、ぐきっ、と足首が嫌な方向に捻れる。いつもなら悲鳴をあげているところだが、今はそれどころではなかった。  うそうそ、完璧に目合ったよね!? ちょっと瞠目してたよね!? 一秒もしないで元に戻ったけど、あれは絶対こっち気づいてた! 浮気がバレた彼氏みたいな顔してた! 彼氏じゃなくて夫だけどね! 以前駅前で見たカップルよりもっとずっと酷かったよこの状況!!! あの時彼女さん全力でアッパーカット食らわしてたな、私は鳩尾でも狙えばいいのかな! 返り討ちにされる気しかしないし、それ以前に私があの綺麗すぎる顔を傷つける訳にはいかないんだけどね! ふー!!!  ……ってノリツッコミしてる場合じゃなあぁぁぁい!!!!!  本当にどうすんのこの状況! はっ待って、もしかして家に帰ったら「秘密を知られてしまったなら別れてくれ」って言われるパターン……? えっ無理死ぬ。離婚されたら推しの供給足りなすぎて死ぬ。需要と供給が釣り合わない、却下。  ぐるぐるぐるぐる、強くてニューゲームのお陰で回りやすくなった頭を全力で回して、出した結果は。 「よし、何もなかったことにしよう」  秘技・知らんぷりである。正直こんな解答なら前世ですら出せた気がするが、そこは気にしてはならない。気にしちゃ駄目だよ、お姉さんとの約束!  すんっとチベスナ顔になってから、むにむにと自分の頬を抓む。ふわっと、誰が見ても優しそうに見える(たぶん)笑顔に戻して、何もなかった、見なかったと自分に言い聞かせながらすたすた、歩いていく。私は見てないヨー本当だヨー。超突発性難聴起きました〜、あれちょっと足首痛いな〜何でかな?  笑い声が頭の中でHAHAHAHAと響く。背中に零さんの視線がぐさぐさ突き刺さった。痛いで〜す、ハリネズミになりたくないんでやめて下さ〜い!  家に着く頃には背中の冷や汗が酷かった。針よりはマシだけど気持ち悪くて、服を脱いで洗濯機に突っ込んだ。 ────  アロマを専用の機械で焚きながら、ふんふんとカップ麺を食べる。TVの大きな画面には、恋愛ドラマが映っている。このドラマに出ている俳優さん、顔は全然違うし、零さんの方がずっとかっこいいけど、如何せん声が似ているのだ。例えるなら〜とかじゃなくて、本当に。CV:古谷さんかな? ってくらい。古谷ボイスで口説き文句言ってるって、そう考えてみて? 軽率に惚れるよ? 惚れないけど。  食べ終わったカップ麺の容器を袋に入れて、ゴミ箱に捨てる。お箸だけ残ったのでささっと洗剤をつけて洗っていると、玄関の扉が音を立てて開いた。 「──ただいま」 「…………おかえりなさい」  いや、何でよりにもよって今回こんなに帰ってくるの早いんですかあぁぁぁ!! 昨日帰ってきてたのに! いつもは一週間に一回くらいしか帰らないのに! 私が昼見たハニトラのせいですね分かります〜!  零さんが何かを言いたそうに口を開いた。えっ待ってやだ、離婚しないよ。絶対しない。しないったらしない。 「……話したいことがある」 「わ、私はないので!」  三十六計逃げずに如かず、である。  私は逃げた。多分今の勢いだったら爆発からも逃れられるんじゃないかな! ……現実逃避ですね、はい。  零さんが困ったような戸惑ったような気配がしたけど、きっと気のせいだな。いや、もしかしたらそんな顔してるのかもしれないけど、本心では「こいつ面倒だな早く離婚したい」とか思ってるんでしょ! 知ってるもん分かってるもん私!! 零さんのばーかばーか! 嘘です零さんの方が私よりず〜っと頭良いんでしょうね!  もういい、拗ねた。前世の私だったら絶対今の私を叱りつけてるだろうけど、それでも拗ねた。だって……推しに嫌われるとか……滅茶苦茶メンタルブロークンしたから……。  拗ねた私が、何をしたかというと。 [newpage]  ──全く、何も、しなかった。  ただ子供のように毛布にくるまって拗ねて、スマホ弄ってたらいつの間にか寝落ちして、朝起きたら何事もなかったかのように零さんが接してくれたのでそれに甘えて普通の朝を過ごした。  ……んん、私は小学生男子かな???  自分の年齢に自信がなくなって、免許証を見た。ちゃんと23歳だった。 ・自分の年齢が分からなくなった夢主ちゃん 実は結婚した後に誕生日を迎えているので今は23歳。 相変わらず外と内のテンションの差が半端じゃない。 結構ズボラ。料理はしない。 だって零さんに禁止されてるし。 あのときの目は据わってたよ、絶対。 ・ハニトラしてた人 ハニトラしてたら妻と出くわしちゃって「えっ???」ってなった人。 因みにこの仕事が終わった後うっかりコーヒーを車にぶちまけて洗車に行った。それでよく公安が務まるな。 夢主がこんなに不健康な食生活をしているとは知らない。 外食しに行ってると思ってる。 どうした公安。 ・萩原さん 夢主ちゃんのお友達。 チャラそうに見えて割と面倒見がいいお兄ちゃん。 恋人の有無は不明。 【あとがき】 若干伏線を回収したと思ったら更なる伏線(?)を張るスタイル。 次は降谷さん視点かな?
『政略結婚したので推し活を満喫しています』の続編です!<br /><br />前作では沢山のブクマ・コメントありがとうございました♡<br /><br />今作は萩原さんが友情出演しているのですが、彼がかなり出張っています(笑)<br /><br />注意事項はいつもと一緒。<br />楽しんで頂けたら幸いです( *˘ᵕ˘*)<br /><br />Twitter(@_dreamy__1006)やマシュマロもやっているので宜しければぜひ♡<br /><br />2018/09/08付<br />小説デイリーランキング15位<br />小説女子に人気ランキング10位<br /><br />2018/09/09付<br />小説デイリーランキング4位<br />小説女子に人気ランキング6位<br /><br />ありがとうございます!❤❤
推しのハニトラは妻目線でも最高でした
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10093834#1
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志摩廉造の生活は中学三年の春に一変した。 いや、志摩というのは正しくない。廉造は、姓を勝呂というようになった。養子縁組をしたのである。 変容はすべてそれに由来するといってもいい。 ことは、勝呂家の長男である竜士が交通事故に巻き込まれたことから始まる。 およそ半年がたった今こそ勝呂は健康に生活をしているが、その当時の混乱はひどい有様だった。 竜士は、朝の日課であるランニング中に事故に巻き込まれ、一日ほど目覚めなかった。 今となっては結論を急ぎすぎたのだと思うが、当時の妙陀は竜士のほかに後継を求めたのである。 それが廉造だった。 廉造の母は達磨の異腹の姉妹だったのである。 じつは志摩兄弟には母親が三人いる。 よく似た兄弟と言われる柔造、金造、廉造だが、それぞれ母親が違う。 いまだ血を尊重する妙陀では珍しいことではない。残した血が多いほどよいとされる。 達磨が虎子だけであったのは例外だった。 これは竜士が優秀な子供であったから、認められていたことであった。 だが、いくら優秀な子であっても、代替がないのは困ると妙陀は声高に主張したのである。 事故にあった竜士の意識の戻らぬ間にする議論ではないと廉造などは憤ったが、血を残すための集団が妙陀であるので主張は当然だったのかもしれない。 だが、いまになって達磨に子を求めるのは遅すぎた。そこで達磨に代わる血族を探した結果が、廉造の母親だった。 これは早計だった。 妙陀総会で大々的に廉造に勝呂の血が流れていると公表されてしまったので、竜士の健康が確認されたのちも、いまさら元通り志摩家の五男というわけにはいかない。 その結果が廉造の勝呂家養子入りだった。 無論、竜士が後継者であることは前提ではあるが。 廉造はぽつんとひとりになった。 家族たちにとって廉造は主になってしまったのである。混乱は当然だった。いまさら呼び名を変えるわけにもいかず、「柔兄」「金兄」と呼んでいるが、それだって最初は妙陀の爺に名で呼べといわれたのだ。つまり、「柔造」「金造」と。 これにはさすがに達磨が反論した。そうでなければ廉造は父親をも名で呼ばなければならなかったろう。 志摩家の当惑と混乱を見かねたように、廉造は勝呂家に引き取れた。 竜士のとなりに一室を与えられ、そこで暮らすようになった。 もともとが幼馴染であるので、勝手知ったる隣家とはいえ、こんなふうに暮らすことになるとは思ってもみないことだった。 そんな廉造を案じて、達磨も虎子も親切にしてくれるのが、また居たたまれなかった。いっそ冷たくしてくれたほうが楽だった。けれど善良なあの夫婦はなにくれと廉造を気づかってくれる。 それが廉造にはもどかしく、たしかに心の拠り所にはなっていたのだ。 そして竜士は。 竜士とは、滅多なことでは喋らない。 それどころか目も合わせてくれない。汚いものでも見るかのように、目をそらされてしまう。 仲のよい幼馴染だった時代が嘘のようだった。 竜士の両親がそれを見かねて口を挟むことはあるのだが、事情が事情であるので、落ち着くのを少し待って欲しいと廉造に言う。廉造は頷いてみせるが、事態が好転するとはとても思えない。 もうひとりの幼馴染である子猫丸とも疎遠になってしまった。 竜士とも子猫丸とも同じ中学に通い、すぐ近くに暮らしている。竜士に至っては隣の部屋にいるのに。遠い。 廉造は溜息をつく。 仲のいい幼馴染だった。 竜士と廉造と子猫丸といつも三人で、毎日をすごしていた。 正義感が強い竜士が世界の中心だった。 小柄ではあるが人一倍頑張り屋である子猫丸と違って、すぐに弱音を吐く廉造をひっぱってくれる存在だった。 彼はとても優しかった。 かつて柔造たちが「おまえらほんまいつもいっしょやな」と呆れるほど仲がよかったのに。 特に小学校までは常に一緒で、学年に一クラスしかない小さい小学校だったのをいいことに、遠足も運動会も夕涼み会も音楽祭もなにもかも隣に陣取っていた。 他から頭ひとつ分飛び出るような長身で、強面ではあるが面倒見がよく、学力では常にトップの竜士は、高学年になるとよく女子の呼び出しを食らったものが、「志摩がおるから」と断ってしまう。 それはクラスが増えた中学になってからも同じだったのに。 竜士が「志摩」というから、廉造は家の稽古だってがんばったのに。 でももう廉造は「志摩」ではない。 かといって「勝呂」でもない。廉造はそう思っていない。 「さみしい」 ぽつんと言った言葉は誰にも届かなかったけれど。 たまたま通りかかった奥の部屋で、竜士を見つけた。 もとはたしか勝呂家の先代の部屋だったはずだから日当たりはいいが、なにしろ勝呂家の動線から外れた一番奥になるので、不便なはずだ。 「あれ、坊。こんなとこでなにしてはるん」 思わずそう言ってしまい、竜士に目を反らされて、思い至った。 廉造と隣同士の部屋がいやなのだ。 そういえば、最近部屋で竜士を見ないと思っていた。 避けられているとは思っていたが、おそらくこの部屋にいたのだろう。だが、その逃げていた当の相手である廉造に見つけられては元も子もない。 顔を背ける竜士にそれが間違いではないと確信して、廉造はひどくショックを受けた。 避けられているのはわかっている。嫌われているのも知っている。 けれどそれを目の当たりにするのは、辛かった。 「ぼん、…」 咽喉が熱いものを飲み込んだように、痛い。 「き、らわんで…、おねがい…」 ぽたぽたと畳の上に零れ落ちるものがある。情けなく泣いているのを知って、けれど止められなかった。 ずっと我慢して、限界だった。 血のつながった家族からは疎遠になって、知り合いはすべてよそよそしくなって、竜士からも無視されて、廉造はもう限界だったのだ。 「ぼんにきら…れんの、つ…っ、つら…いっ」 いやなことならやめる。 きらわれることはしない。 けれど、ことは廉造の身体に流れる血なのだ。 こどものように泣きじゃくる廉造に竜士が戸惑っているのがわかる。 もともと優しい人なのだ。 とても優しい人なのだ。 廉造はそんな竜士がすきで、だいすきで、だからこの状況が耐えられない。 「嫌ってるわけやない」 ようやく竜士の声が聞こえて、廉造は顔をあげる。竜士は廉造を見ていなかったけれど、無視されるよりはずっとよかった。 「きらっ…て、ない?ほ…んま…?」 しかも嫌っていないと言われて欲が出た。 竜士のもとににじり寄って、子供のころそうしたように縋ろうとしたところで、一歩引かれた。拒絶された。 戸惑いに見開いた廉造の目から涙が零れる。 「も…いややぁ」 限界だった。 「消えたい。いなくなりたい。もう、…っぃやや」 「阿呆なこと言うな」 志摩の弱音に竜士が顔を歪める。 これ以上嫌われたくなくてかすむ目で竜士を見上げて、廉造は息を飲んだ。 その黒々とした目にあるのは絶望だった。冷ややかな黒い瞳に見られている。廉造はすくんだ。怯えた。底に見えない黒に。 「ち…っ」 竜士に舌打ちされた。 「あ、…っ」 伸ばした手を振り払われて、あっけなく尻餅をつく。 呆然とした廉造に、自らが突き飛ばしたことに驚いたような顔をした竜士だが、すぐに睨みつけられた。 「出てけ」 玲瓏とした声に廉造は震えた。 身体の震えが止まらない。 「なん、なんで、」 声になったかもわからない訴えに竜士はますます顔を歪める。 「…俺が出てくわ」 「いやや、坊…っ」 咄嗟に廉造が足に縋ったのと、竜士が歩き出したのとはほとんど同時で、竜士の勢いにはじかれて廉造がまた床に転がる。 「いかんで、いかんで、坊っ」 廉造の必死な訴えに竜士は振り返りもせず、足早に去っていく。 そこに広げられた参考書さえ持っていかぬ早急さに、廉造は絶望する。 「ひとりにせんで…、ぼん」 ひとりに越された部屋で床に額づいて、泣きじゃった。体面も誇りもなにも廉造にはなく、こどものように声を上げて。 ほんの半年前までは、つねにいっしょだった。 学校に行くにも、帰り道も、買い物にも、どこへいくにも竜士のあとをついていった。 大柄な竜士の足は速く、待ってと息を切らすと、立ち止まってくれた。 竜士が好きだった。 好きだったから、今のこの現状が辛い。 いっそ顔を合わせずに済めばいいのに、勝呂の両親の手前それもできない。けれどやはり会わなければ会わないで辛いのだろうとも思う。 廉造はくたりと畳の上に身を横たえて、鼻をすすり上げた。 不幸を嘆くような激情も訴える相手がいなければ、萎れていくだけだった。 それでも涙は止まらなくて、畳をぬらしている。 体は重くて、身を起こす気力もないままに、目を閉じる。 ぜんぶ、夢だったら良いのに。 ぐずぐずとすすり泣きながら、廉造は思う。 志摩の家にいる自分を想像する。兄たちも廉造を無視することはなく、からかったり、甘やかしてくれる。 父親はそっけないけれど、それが性分とわかっている。母親はいつも忙しそうにして、でも時々廉造の好物を作ってくれる。だから廉造は彼女をおかんと呼ぶ。血のつながりはなくても。 そうしているうちに、竜士が廉造を迎えに来てくれる。子猫丸もいる。 宿題はと聞かれ、やっていないと答えると、呆れたような溜息をつかれる。 見せてやらんと言われ、そんなと甘えて。甘えて。 そうなればいいのに。それが現実だったら。 重くなっていく瞼に任せ、廉造は眠りに落ちていく。 起きたとき、部屋は暗く、廉造はぽつんとひとりで、それが寂しくて泣いた。 きれいに片付けられた部屋に竜士の気配はない。 おそらく竜士によって布団がかけられてはいたが、それをうれしく思うより、寂しかった。 [newpage] 女の子たちが笑いながら呼び出したのは廉造だった。どうせたいした用でもないだろうに。 廉造は困ったような顔をして、けれど再度ねだられて、気まずそうな顔をしながらも行ってしまった。ぽかんとして、その廉造の背と竜士の顔とを見比べているのが奥村燐だった。 「…勝呂くんって言われてたよな、あいつ」 子猫丸は苦笑している。 燐の率直なところは長所であり、欠点である。 誤魔化そうとしたところで、ややこしくなるだろうことは明らかだった。 もしかしたら答えるのが廉造であったら、うまく煙に巻いたかもしれないが、その廉造は行ってしまい、答えるのは勝呂の役目だった。 「俺が妙陀の跡取りなのは言うたやろ」 「おう。なんか血が重要な組織なんだろ」 「志摩も勝呂の血をひいとる。せやから、あいつは勝呂の養子になっとるんや」 「え。じゃあ、勝呂と志摩は兄弟なのか?」 不承ながら頷いた竜士の顔を見て、あわてて子猫丸が口を挟む。 「血筋的には従兄になるんですよ」 ふぅん、と、燐は首を傾げる。 「なんでおまえ、志摩って呼ぶんだ?」 たしかに燐のいうとおり、廉造は「志摩」ではなく「勝呂」なのだ。 けれど、竜士は「志摩」と呼ぶ。意地のように「志摩」と呼ぶ。 「…なんか、悪いこと聞いたか?」 さすがの燐も拙いことを聞いたと思ったのだろう。らしくもなくおろおろと子猫丸を伺って、子猫丸は戸惑ったように目を伏せる。 舌打ちを堪えながら竜士は溜息をついた。 「あいつには「志摩」になって欲しかったからや」 初めて聞く竜士の言葉に子猫丸が目を見張る。 「柔造さんやなくてですか」 竜士は苦く笑う。 燐はぱちぱちと瞬きをして、もういちど「ふぅん」と言った。 「なんかいろいろ難しいんだな。俺だったら兄弟が増えたらうれしいけどな」 竜士は答えずに、遠くを見た。 いまごろ女子たちと楽しげに話しているだろう廉造の背を思って。どうせたいした用でもないだろうに。 部屋に戻ると、廉造が着替えをしていた。 立派とは見かけばかりの古い実家より、よっぽど寮は使い勝手がいいのだけれど、兄弟は同室に押し込むという決まりだけはいただけなかった。 京都の実家では勝呂は祖父の部屋を貰い受けた。廉造から逃げたのだ。たった薄壁一枚では、隣室の音は容易く聞こえてしまう。なにをしているのかと耳を欹ててしまう。 そんな自分に嫌悪して逃げたのに、この春から一緒の部屋に閉じ込められてしまった。 同室の野球部員は遠征ばかりで顔を合わせたことは少なく、ほとんどふたり部屋と言ってよかった。 竜士は廉造に対して複雑な思いを抱いている。 勝呂の血を引いていることは問題ではない。 問題は彼が勝呂家に入ったことにある。 兄弟と扱われる戸惑い。しかも一ヶ月先に生まれたというだけで、廉造は兄になる。そのくせ跡取りは竜士のままなので、廉造は腫れ物扱いで勝呂家にいる。 両親はその境遇を不憫と思い、なにくれとかまっているようで、竜士にも優しくするように責める。 それならば実家に返してやれと思うのだが、そうもいかないらしい。 竜士が戸惑っているうちに、廉造は勝呂家で生活を始めた。しかも与えられた部屋は竜士の隣だった。 仲良くするようにという達磨の思惑は、竜士を追いつめる結果となった。 竜士は廉造が好きだった。 やわらかくあたたかなきもちだった。 そのきもちは、廉造が隣の部屋で過ごすことで一変した。 廉造が奏でるわずかな物音に、竜士は欲望を覚えたのだ。 ひどい妄想だった。 あられもない姿になる廉造は竜士のおもうままに体を開く。 すすり泣く廉造の声だけは本物だった。 ほどんど拉致に近い状況で勝呂家に入った廉造が悲しまないわけがない。戸惑いのまま廉造に声もかけられない竜士に傷ついていることも知っている。 状況は廉造を追いつめ、気丈にふるまっていても、部屋にもどれば寂しさが募るのだろう。 声を殺して泣いているのが、かすかに聞こえてくる。 廉造が竜士を呼んだのがとどめとなった。 「ぼん、」とせつなく呟いたのだ。 「おれのこときらいになったんかなぁ」 ちがう、と竜士は叫びたかった。 けれど腰の重みがそれを封じ込めた。 泣く声に欲情した。 しかも竜士は廉造の肌を知っている。 湯上りに無防備にさらす首の白さを。朝の眠そうにかしげる首の細さを。素足の頼りなげなさ。 柔らかな声が竜士を呼び、泣きじゃくる声が竜士と誘う。 ともに暮らせば目を閉じていても見てしまう。耳を塞いでいても聞こえてくる。その匂いさえも艶やかに思い出せる。 だから逃げた。 竜士に嫌われたと思って廉造が傷ついているのは知っている。 けれど、身体を傷つけてしまうよりマシだと思った。 なによりいちど箍がはずれてしまえば、戻れるとは到底思えない。 情けなく逃げた。 けれど、今、追いつめられている。 竜士に背を向けて着替えをしている廉造は、竜士が咽喉を鳴らしたことに気づきもしない。鍵をかけたことなど、無用心にも思いも寄らない。 きょとんと竜士を見て、そして言うのだ。 「坊、おかえりなさい」 「志摩」 みっともなく掠れているだろう声にも、廉造は無防備だった。 そのシャツ一枚の下に息づいている肌を思った。柔らかな皮膚が呼吸をしている。 無防備さが妙に気に障った。なにも知らないことは意識もされていないということかと思う。 こんなにもすきなのに。 こんなにもほしいのに。 くるしくてたまらなくて、逃げて逃げられなかった。 ならば。 ならばこれは奪うべきじゃないのか。 追いつめられて牙をむいた獣の顔を廉造はどう思ったのか。 抱き寄せられて廉造は目を丸くしている。その瞳にゆるやかに浮かぶ喜びの色を見て、竜士は暗く笑った。 仲なおりを期待しているのなら、甘くみられたものだと咽喉に笑いがこみ上げてきた。 奪うようにくちづけた。 ゆるくひらいたくちびるに舌をもぐりこませる。 びくりと震える身体がちいさく縮こまった。 無視していた中学の頃とは違い、養子入りして一年が経ついまは世間話くらいはする。けれどそれ以上を廉造がもとめていることも知っている。 両親らが言うように「なかよく」したいのだと思惑は透けて見える。 小学生のこどもじゃあるまいし。竜士は呆れてしまう。 なかよくってなんだ。手でも繋げばいいのか。幸せだったあの頃のように、はしゃぎながら野山を駆け巡ればいいのか。 けれど、あいにく竜士は成長してしまった。 さんざんあらした口内を開放してやれば、志摩の赤い舌が蠢くのが見えた。 「なんでおまえなんやろな…」 ぽつんと呟けば、廉造が怯えた目をあげる。 そんな、と廉造が戦慄く。 「俺かて、好きでこんなんなったとちがう…」 勝呂の血に振り回された廉造の言い分はもっともだが、もう戻れはしない。 廉造は兄で、竜士は弟だ。 それはもう翻らない。 「もう…ええわ」 竜士が押すと、かんたんに廉造の体は転がった。床に押し倒し、腕を体の横に置くことで逃げ場を塞ぐ。意に反して廉造は逃げも抵抗もしない。 ただ寂しげな目で竜士を見上げている。 「ぼん」 またその声で竜士を呼ぶ。 寂しいのか。 寂しいだろう。 廉造はたったひとりだ。 それにつけこむように囁いた。 「俺の言うこと聞くなら、やさしゅうしたる」 廉造が目を見開いた。 瞬いた睫から涙が零れ落ちる。 「なかようしたる」 廉造が頷く。 竜士は笑った。 なんだ。こんなに簡単に手に入るものだったのか。 「おまえはおれのもんや。なぁ、廉造」 廉造と。 初めて口にする名は甘くなどなかった。その苦さを舌のうえで転がしていると、廉造が頷いたのが見えた。 竜士に縋りつきながら泣きじゃくる。 かわいそうやけど、もう逃がしてやれんわ。 その白い肌に噛みつきながら、竜士は笑う。 かわいそうになぁ。 [newpage] 電話先で妹が泣いている。 廉兄、廉兄、と呼んでいる。 戻ってきて、と、そう言うのだ。 柔兄も、金兄も待っている。おとんもおかんも心配している。 妹にそう言われて、廉造の心のなかのやわらかいところがずきりと痛む。 兄と呼ばれて嬉しい。 戻ってきてと祈られて嬉しい。 家族でいていいのだと言われた。喜びが湧き上がる。 でも、と廉造はおずおずと聞く。 「妙陀は赦してくれへんやろ」 電話の先で、悲鳴が上がった。 「廉兄がどうしたいかやんか!」 泣きじゃくる妹に代わって、父が出る。最初兄かと思った。声は似ていたから。 「廉造」 ぞくりと肌が粟立った。 「おまえはどうしたいんや」 もし、望むなら。 廉造が帰りたいと望むなら、和尚に、勝呂に、妙陀にかけあうと、そう言うのだ。あの父が。 手が震えた。 削除した携帯の登録。未登録の番号には廉造は出ない。だから家族は寮の電話にかけてきた。廉造は寮母に呼び出された。 もしかすると、家族になにかあったのかと廉造は慌てて通話に出た。あのとき、すべてを狂わせた中学のあの事故のとき。勝呂が事故にあったときも、家の電話が鳴った。それを思い出しながら。 「おれは、」 どうしたいかなんて、考えたこともない。 廉造は妙陀に従って生きてきた。 「…おれは、」 ひゅうと咽喉がなった。 そこには冷めた目をした竜士が立っていたから。 竜士が肩で風を切るように足早に去っていく。 廉造はひっしにそれを追った。途中誰かにぶつかって、転げかけた。不注意を怒鳴る声。それに朦朧と謝っているうちに、部屋の扉が閉まる。 「…坊っ、開けて」 扉を殴るように叩く。 「なぁ、坊。開けて…、ここ開けて」 廉造と竜士が血のつながらない兄弟だということは、一目でわかる。 どこもかしこも似ていないうえに、竜士は廉造を名で呼ばない。志摩と、かつての姓で呼ぶ。廉造は廉造で坊と呼ぶ。 事情があることは察せられて、改めて聞かれたことはない。痛ましそうに周囲の者が遠巻きに見ている。 扉の前に縋った手から力が抜けてずるずると落ちた。 「おれ、かえれへんよ」 廉造は訴える。 同じ立場になってわかる竜士の孤独。 勝呂とは針の筵のような地位のことだ。 妙陀のものに勝呂と呼ばれるたびに、そらぞらしいほどの虚しさに襲われる。 思慮される立場の恐ろしさ。 勝呂とは、妙陀の座主とは、そういうことなのだ。 血を引いているというだけの廉造でさえ恐ろしくなるほどの息苦しさ。跡取りである竜士はいかほどだろう。 「おれ、ぼんのそばにおりたい」 勝呂の血がもたらした、たったひとつの恩恵。 「りゅうじのそばに、おりたい」 従弟なのだ。 戸籍では、弟なのだ。 名を呼ぶことを、廉造は赦されている。 扉が開いた。 呆然としたような竜士の顔。 初めて呼んだ名の余韻のまま、廉造は見上げる。 「なん、て…」 「りゅうじの、そばにいたい…」 「なんで」 「すきやから」 ひゅうと息を飲むような音が聞こえた。 廉造は腕を捕まれ、部屋の中に引きずり込まれる。ばたんと扉の閉まる音。遠巻きに見守る中には子猫丸の姿がそこにあったから、どうにか彼がまとめてくれるだろうか。 けれど廉造が子猫丸を覚えていられたのはそこまでで、竜士とふたりきりの部屋になればそれ以外のことは霧散していく。 四人部屋は、やはり遠征に行った野球部員は戻ってこないので、ふたりだけだ。 腕を捕まれたまま、竜士が睨みつけてくるので、廉造は震え上がる。 言うまいと思っていたことだった。 竜士が体を重ねてくるのなんて、傷の舐めあいにすぎない。じっさい、竜士のぬくもりは廉造を癒してくれた。ぬるま湯のような関係は心地よかった。 いつ関係がおわるのかと恐々としながらも、竜士の背に手を回していた。 同情してくれているのはわかっていた。 達磨や虎子がそうであるように、実際そう諭している場面も見た。竜士自体、廉造に冷たく当たったという後ろめたさもあっただろう。 廉造をだきよせてくれる腕を愛情だと思うより、同情だと思っているほうがあとで傷つかずにすむ。 けれど、廉造が思っている以上に、愛情に飢えていた。 「すき…、坊が、すきや」 廉造の訴えに対して、竜士はくるしそうに息を吐く。 「信じられへん…」 苦いものを口にしたかのように、眉間に皺がよる。 「家族んとこ帰りたいんとちゃうん」 「それより、坊とはなれるほうが、いやや」 「やさしくしたおぼえはないで」 「しってる。おれ、うまれたときから、坊のことしってる」 必死に頬をなぞった。 少年らしさを失いつつある削げた頬。髭を蓄えた顎。厚めのくちびる。 「ぼんがやさしいの、おれ、しっとるよ…」 竜士が息を飲む。 目が泳いだのが動揺した何よりの証拠だった。 「あのいえはこわい」 竜士は答えない。 答えないが、廉造をじっと見た。その黒い瞳は廉造を見つめ、すべてを暴こうとしている。 「勝呂の血はくるしい。そんなとこ、坊をのこしていけんよ」 竜士の、廉造を抱く手の力が込められる。 「おれは、兄やから、ぼんの兄やったら、いっしょにおれる」 志摩では。 志摩では無理なのだ。 護衛をする志摩では限界がある。 けれど、勝呂ならば、ずっと寄り添うことができる。 「家族とおられんのさみしい。志摩の家に帰りたい。でも、坊をのこしていけんよ」 「し、ま…」 「な、坊。いっしょにおろう。ふたりで」 それは魅惑的な言葉だった。 「…りゅうじ」 「は、」 とうとう、竜士は笑った。 「なんや、それ、なんや…おれが、おれが、」 咽喉を震わせて、片手で顔を覆った。竜士の大きな手のひらに包まれ、表情が見えなくなる。 「俺は阿呆やな…」 竜士は溜息をひとつ吐いて、そして廉造を見た。まっすぐなその目は、かつてのようなやさしさを滲ませている。 やっと竜士が戻ってきてくれた。 思慮深く優しい竜士が戻ってきてくれた。 思わず体の力が抜けた廉造を竜士が支える。 「そばにいてくれるん?」 「おん」 「一生?」 「おん」 兄弟は寄り添うもの。 それを教えてくれたのは志摩家だった。廉造は感謝している。今も家族といわれれば志摩を思い出す。 「一生、竜士のそばにおるよ」 廉造は笑う。 兄弟なんて思ったことはない。 けれど一生そばにいることができるというのならば、その立場さえ呑みこんでしまえる。 血の足枷は逆に喜びだった。 「約束やぞ」 「おん」 誓いを言い聞かせるかのようにくちづけられる。 まるで誓いのくちづけのように。
八百造が再婚してたり、しかも廉造の母親が勝呂の血を引いてるとかそういう捏造。つまり従兄だけど、勝呂がひとりっこなので養子に。廉造が始終めそめそしている。中学生だしいいかなと思ったけどやりすぎた。
勝志摩義兄弟パラレル
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──これは夢だな。 ぼんやりとした思考の中、勝己はそう断じた。いわゆる明晰夢というやつだ。 目の前には腹立たしい幼馴染がこじんまりと座り込んでいる。やけに小さいと思ったらどうにも幼少期の出久らしい。大きな瞳いっぱいに涙を浮かべて声もなくひとりぼっちで泣くその姿は、今になって見れば痛々しい。そういえば引子おばさんに気遣ってか、よく泣くにも関わらず出久は静かに小さくなって泣いていたなと思い出した。 「──んで、泣いてんだ」 思考が生きている上に口も自由に動くらしい。ただし動きは水の中にいるように緩慢で、出久に近付くのは困難だった。構わないが。 「花がね、白いんだ」 「あ?」 「皆は青か紫なのに、僕だけ白いから。やっぱり出来損ないだって……」 小さな嗚咽がこぼれる。深海に放り込まれたように重い腕を無理やりに伸ばし手のひらを開いた。この感触は何だろうと思っていたが、なんてことはない、幼少期の記憶を模しているだけらしい。 「やる」 勝己の手のひらには一輪の青い花が握りこまれていた。 「えっ……でも、かっちゃんの分が無くなっちゃう」 「てめェと一緒にすんな、俺のは大量に花付けてっから一つくらいデクに恵んでも問題ねぇわ」 幼い出久はぱちぱちとまばたきし、その瞳に溜め込んだ涙をシャボン玉のように宙にはじけさせる。幾度か勝己の表情と手のひらを交互に見た後、出久は瞳を飴玉のようにとろりと甘くとかし頬を染めて唇をふにゃふにゃと猫のように柔らかな形にした。小さな顔面いっぱいにあふれる歓喜を真正面から見たことで、勝己は突然己の体が縮んでいることに気付く。 「俺は─────」 ピピピピ、ピピピピ、ピピ…… スマートフォンのアラームに勝己の鋭い眼はかっ開き、爆破せんばかりの勢いでその音を止めた。浅い微睡みの中で見た夢は脳裏にこびりついている。身を起こしながら何故夢の中でまであのクソナードを見なきゃならねぇんだと舌打ちした。 あれは夢というよりも実際にあった出来事だ。確か、朝顔。小学校低学年あたりの授業の一環で、育てた朝顔を使って染物をするというものだったはずだ。 勝己はもちろんのこと出久が育てた花も一応咲いたのだが、クラスでたった一人真っ白な朝顔が咲いたために染物に使えなかったのだ。そしてそのことを「やっぱり出来損ないだ」といじめられて一人泣いていた出久に、勝己の朝顔を分けてやったのが事の顛末だった。ちなみにいじめていた奴らは蹴散らした。後ろを雛鳥のようにちょこまか着いてくる出久を泣かせるのは勝己だけの権利なのだから。 勝己は寝間着からトレーニング着に着替え、後で出久のねじれた毛髪を爆破でさらにねじってやろうと考えつつ日課のランニングの準備を始めた。 普段通りの時間に登校し机にカバンを雑に放る。否が応でも視界に入る後ろの席はいまだ無人だった。まぁ、真面目なようでいて大雑把なところがある出久は大抵勝己よりも遅く登校してくる。以前など寝坊してクソエリートに背負われて最高速度の競歩で登校してきたこともある。もちろん後でクソ怒られていたが。 「あっデクく……んどうしたんそのお花!?」 丸顔の甲高い声に勝己は視線をひっそりと走らせ、そして固まった。クラスメイト達の多くもドアの前に立つ出久に視線を集中させ固まっている。なぜならそこには。 「いやぁ……ちょっと個性にかかって……」 やたらと花にまみれた出久が立っていた。 「ほわああ……デクくん可愛い、妖精みたい」 「あはは……いや、似合わないのはわかってるんだけど勝手に咲いてきちゃって……」 後ろの席で丸顔、クソエリート、半分野郎に囲まれて出久は経緯を説明していた。必然、勝己の耳にもそれは入ってきて。 校外活動の最中に個性事故にあったのだという。ただただ花が咲き続けるだけの無害な個性であり、咲き尽きるのにかかる時間は個人差があるがおよそ半日〜二日。確かに期間は短いようだが無害と言うには目を引く姿に勝己は小さく舌打ちした。一体どう咲いているのか、もさもさの頭髪には白い花がからみまるで花冠だ。体中にも観葉植物のように緑鮮やかな柔らかい蔓が走りそのいたるところに花を咲かしている。手のひらを丸く掲げればまるで手品のように花々が湧き出るし、ふぅとため息をついてもそれがまた花に姿を変える始末。 花、花、花。少し身じろぐたびにポロポロと花がこぼれるらしく、みずみずしい甘い香りも相まって鬱陶しい。 「これ、何て花かな?」 「すまない、花には詳しくないんだ」 「八百万ならわかるんじゃねぇか」 「わかりますわ!」 やけに声がはずませながら八百万の気配が近付いてきた。どうも女子は出久の状態に興味津々であるらしい。 「素敵!季節を問わず色んなお花が咲いていますわ。アネモネにチューリップ、マリーゴールド、水仙、マーガレット!これはリナリアかしら。あら、緑谷さんの御髪の花」 チューリップくらいしかわからんと思っていた時だ。 「白い朝顔でしたのね」 思わず勝己はぐるんと振り返っていた。突然の動きに驚いたらしく出久からいくつか花が咲き散る。確かにその緑がかったもさもさ頭には白い朝顔がふわふわと咲いて飾っているようだった。夢に見た幼い出久とかぶり、その瞳をじっとのぞき込む。もはや自分には関係ないことなのだが、なんとなく、泣いているような気がしたのだ。出久は勝己に見つめられながら色とりどりの花を咲かせては机やその周囲にはらはらと落としていく。まるきり花畑のようだ。 「クソうぜぇ。花ァこっちに落とすなよ」 「あっ、ごめんかっちゃん……」 出久がうつむくと同時にまた黄色のチューリップが新たに咲いてぽとりと落ちた。 「わ、わ、デクくんのまわりお花すごいよ!これどうする?茎無いけど、教室かざる?」 「ううん!これ、全部持って帰るよ」 「えっ!?捨てるん?」 「ううん、埋めるんだ」 その発言に違和感があったのは勝己だけでは無かったらしい。周囲の誰もが妙な表情をした。 「うーん、捨てなきゃいけないんだけど……」 「……なら、大きな袋を作りますわ」 「ありがとう八百万さん!」 出久が言葉を選ぶように首を傾げたところで、助け舟を出すようにして八百万が言葉を継いだ。 ──ただ花を咲かすだけの個性ではないと確信した。 それからまる一日、出久は花をぽろぽろとこぼし続けた。 授業中は集中しているのか花も咲かないのだが休み時間になるとまた花畑だ。そのたびに出久は飽きもせず花を全て拾い集め、八百万製の大容量の風呂敷バッグに花を満たしていく。 特に勝己が近寄った際は花々が出久を守るようにして咲いて囲い込みその表情を見ることすらかなわない。表情に興味なんて無いが、切島や上鳴が「緑谷が怖がってるのわかってるみたいだな!」とはやしたてるのにイラッと来て思わず手のひらを爆破させ、出久の花を数輪破裂させてしまった。その時だけ、花の隙間からやけに悲しげな出久の瞳が垣間見えて勝己は柄にもなくギクリとした。夢の中で心底悲しげに泣いていた幼い出久とかぶって見えたのである。 ──そして翌日。 出久は昼になってもまだぽろぽろと花をこぼしていた。 半日〜二日と言っていたが出久の症状は鬱陶しくも長い方に分類されるらしい。それでも咲く勢いはずっと落ちて、出久の内にある種が尽きようとしているようだった。 実地訓練のヒーロー基礎学を終え、制服に着替え終えた出久と上鳴が少し前を歩いている。緑の髪には白い朝顔が絡んだままで舌打ちした。 「緑谷まだおさまんねぇなぁ」 「でも勢いはだいぶ落ちたんだよ」 「まーな。昨日は緑谷が歩いた後てんてんと花が落ちてるからわかりやすかったわ!埋めるって言ってたから一応拾っといたけど」 出久は目をぱちりとまばたき、首を振った。 「ううん、やっぱり捨てることにしたからいいよ」 勝己は反射的に走り出し出久の腕を掴んでいた。「うわっなに、えっ!?」と騒ぐ出久の顔を一日ぶりに見る。今度は花が邪魔をすることもなく少しばかり小さな白い花が芽吹くだけだった。最も特徴的な馬鹿デカい目がカラリと乾いており、勝己は総毛だつ。 「てめェ誰だ」 「えっ?」 敵連合の増殖か、それにしては先程の授業での動きと個性は確かに出久のものであった。ならば洗脳か、乗っ取りか。害のない個性などと一体どの口が言ったのかと目尻が吊り上がる。 「ちょっ、爆豪待てって!誰って普通に緑谷じゃん!」 「違う、デクじゃねぇ!わかんねぇのか!?」 「えっいやいや僕だよ!?確かに個性は受けてるけど」 上鳴がのぞき込んでしきりに首を傾げる。今にも腐り落ちそうなほどに長い腐れ縁だ、どんなに外見を取りつくろうがその表情の違和感は消せない。出久が勝己を見る時はもっと、 「やめてよ爆豪くん!」 勝己と上鳴が異口同音に叫ぶ。 「「にせもんだ!!」」 こうして出久?はがやがやと遅れてやってきたクラスメイト達総出で確保されることとなった。 「こいつは間違いなく緑谷だ」 相澤の言葉に勝己は目と口をあんぐり開けた。 あの後クラス連中に大人しく捕獲された出久はそのまま職員室の相澤の元へ突き出された。相澤は面倒くさそうにしながらも出久を引き取り「昼休憩だろ」と言って全員を解散させた。もやもやした気持ちを飲み下すように激辛麻婆をかきこんだというのに、腹のもやもやは薄れることなく膨れ上がるばかりで。午後の始業を告げるチャイムと共に教壇に連れ立った相澤と出久に爆発寸前だった。斜め前で上鳴が勢いよく挙手し、相澤が視線でうながす。 「緑谷の個性、本当に無害なんですか?」 一瞬周囲がざわめいた。 「無害かは個人の判断だ。個性もその持ち主も判明してるから心配しなくていい」 相澤が出久の背を軽く押し席に戻らせる。話は終わりだと言うように教科書を開いた。 「緑谷が心配なのはわかるがな、お前達テストが近いぞ」 何人かが頭を抱えた。 相澤はああ言ったが勝己にはやはり信じがたく、強烈な苛立ちを隠しきれぬまま授業をこなす。怒りで何度もシャープペンの芯を折りながらチャイムを待った。きりの良いところで相澤が教科書を閉じ、数秒の後チャイムが鳴る。 八百万の号令で終業の礼を済ませた直後、勝己は振り返って出久の机に勢いよく腕をついていた。バァン!と盛大な音がなりクラス中の視線がこちらに向いたが知ったことではない。驚きに目を見張る出久の瞳はやはりからりと乾いていた。 「えっと、さっきから何?爆豪くん」 「ッそれだよ、今更気持ち悪ぃ……!」 "爆豪くん"の呼び名に周囲がひそやかにざわつく。出久が首を傾げると同時にまたいくつか小さな白い花が散った。 「逆に、高校生にもなってかっちゃんの方が気持ち悪くない?」 「は?」 「僕、もともとクラスメイトは苗字にくん付けだし……爆豪くんもその方がいいでしょ?」 どうやらこの偽物は本気でそう言っているらしい──勝己はほとんど無意識にその胸ぐらを掴んでいた。出久が苦しげに呻き、瀬呂や切島が止めようと席を立つ。勝己は吐き気すら覚え心臓が冷たく脈打つのを感じながら出久を睨み付けた。 「……そうやって、僕のことでイラつかせるのが申し訳ないんだ。ちゃんと距離を置くから」 今更。 何を今更。 ずっと引っ掻き回し続けて来たくせに、先に一抜けする気なのか。 勝己を置いて。 怒りのあまり瞳孔が開いて顔色が白くなり、力を込め過ぎて震える手に出久の手のひらがそっと触れる。その瞬間にほんのひとひら、出久の瞳に見慣れた光がともった。 しかしそれを覆い隠すようにしてまたばらばらと花が散り、一つ瞬きする頃にはやはり乾いた瞳があるばかりだった。 切島たちに無理やり引き剥がされそうこうする内に六限目のチャイムが鳴りうやむやになる。 次の休み時間には轟が出久を連れ去り、放課後はすぐさま麗日と飯田が出久を連れ帰った。恐らくは怒り狂う勝己から出久を離そうとしているのだろう。──逃がす気は無かったが。 出久は寮内でも勝己を避けるように逃げ回った。室内から出てこず夕飯や風呂のタイミングで捕まえようとするのに呼んだところで振り向きもしない。勝己の声は間違いなく届いているはずで、呼ばう度に最初勝己が唯一種類を判別できた黄色のチューリップが咲いてはぽろぽろと落ちていく。 「デク!待てや!」 「しつこいな!ほっといてよ!」 その言い分に偉くなったもんだなと怒りがつのり、思わず手首を掴んで出久を壁に叩き付けていた。突然のことに後頭部を打ったらしく怯んだ出久の両手首を掴み壁に磔にする。睫毛の一本一本まで判然とする距離に出久は戸惑ったようだった。 「ッもう!何なんだよ!」 「それはこっちのセリフなんだよクソデク!てめぇ何企んでやがる!」 「企んでなんて……あと、あとちょっとだけ放っておいてほしいだけだよ」 あと少し放っておいたら何が変わるというのか。 勝己が額を突き付けるほどに距離を詰めると、またしても花々が出久を守るようにぶわりと咲き誇った。 柔らかな花弁と濃密な甘い香り。 途端に視界を占めた花に驚き手で振り払うように身を引けばその一瞬の隙に出久が逃げ出す。花々の隙間から垣間見えた出久の瞳には見慣れた光がともっており、勝己は手のひらを額に当てた。 「くそっ……何なんだよ……!」 出久が問うように、勝己自身も己の行動が理解出来なかった。 鬱陶しい腐れ縁がもう近付かないと言っている。喜ばしいことではないか。 それなのに現実には強烈な焦燥感にかられ、腹立たしい幼馴染を引き倒しその瞳いっぱいに己を映したくて仕方がない。 振り払った際に手のひらに残った花々をぐしゃりと握りつぶすと一つ固い感触が残る。なんだ?と手のひらを開けば姫リンゴが一つ。どうも出久からなったらしい。 「実までつけるのかよ……」 赤く熟れ芳香を放つ姫リンゴはいかにも甘そうで、人を誘惑する。 そこで勝己は普段ならば絶対にやらないことをやった。 混乱した脳は誘惑に負け、大嫌いな幼馴染からなった個性由来の姫リンゴを一口かじったのだ。 『すき』 「は?」 甘酸っぱい味覚が広がったと共に口内から姫リンゴが霞のように消え、同時に出久の声が脳内に響く。思わず周囲を見渡したが廊下に出久の姿はない。勝己はもう一度ゆっくりと姫リンゴをかじった。 『だいすき』 それはやはり出久の声だった。 甘みを残して口内で消える果実は最後だけほんの少しほろ苦い。 勝己は唾液を飲み込み、意を決して手のひらに残る花びらも口に運ぶ。 『すきになってごめんなさい』 『くるしい、すき、つらい』 『あきらめなきゃ』 『だいすき、ごめんなさい』 『すきだから、ちかづけない』 舌に残る甘さとほろ苦さをかたどるような、切ない声音。 『かっちゃん、すき』 勝己ははじかれたように走り出していた。 気持ち悪さも怒りもない、ただ心臓がはやるように熱い。とにかく出久を捕まえなくては。昼とは別種の焦燥感がつのり、勝己は出久の部屋へと急ぐ。階段を二段飛ばしに走り抜けながら情報を整理する。 咲き続ける期間は半日〜二日。捨てられないから埋めると言った言葉。初日よりも勢いが落ちた花。やはり捨てるという前言撤回。あと少し放っておくように言った出久。 この花が出久の勝己に対する恋心そのものだとしたら。 「全部咲かして捨てちまおうって魂胆かよ、クソナード……!!」 緑谷出久のネームプレートがかかった扉を勢いよく開けた。 「爆豪くん!?」 途端に視界を埋めたのは花、花、花──出久の部屋は腰近い高さまで花で埋め尽くされていた。これが全て勝己への恋心だというのか。その圧倒的な量に体温が上がると同時に、今にも全てを捨てようとしている出久に怒りが腹の底からこみ上げた。 「っのクソデク……!何勝手に捨てようとしてんだ!」 その勝己の言葉だけで頭の悪くない出久は何か察したらしい。カッと頬を染めうつむいた。 「も、放っておいてよ!こんな、君だって迷惑だろ!?」 勝己はズカズカと部屋に足を踏み入れ、花を手のひらに掴めるだけ掴む。そしてそれを掌底の要領で出久の口元へと押し付けた。あまりの勢いに出久をベッドに押し倒してしまったがこれ幸いと馬乗りになる。 「痛っなに!?」 「うるせぇ!決め付けてんじゃねぇぞクソナードが!!さっさと飲み込めや!」 苦しげな悲鳴が上がった。捨てた恋心を再度出久の内側に戻そうと出久が困惑するのも構わずその口に花を詰め込む。 出久の口内でも同じ現象が起こったのだろう、出久は瞳を大きく見開き頬を真っ赤に染めた。一瞬見慣れたとろけた飴玉のような瞳……勝己に恋する瞳に戻るが、それと同時に花が咲いて光が霧散していく。出久はほぼ二日近く花を咲かせ続けているのだ、もうその身に残る種は少ないのだろう。 勝己は焦れた。どうして忘れていたのだろうか。澄みきった純粋さばかり全面に押し出す翠の瞳がずっと昔から勝己だけにとろりとした熱を向ける。その瞳に悪い気はしなかった。いざその熱を失って胸を掻きむしるような焦燥感にかられる程度には。 花を出久の口にねじ込んだところですぐに新たな花となって咲き落ちる。堂々巡りでしかなくタイムリミットはすぐそこだった。 「もう、もうやめよ?」 「うるせぇ!てめぇは黙って花喰ってろ!」 「ごめんね、もうそろそろ、最後の花が咲くんだ」 勝己は青ざめ心臓が信じられないほど締め付けられた。 嫌だ、やめろ、待て──そこではたと、種が無いなら種を増やせばいいと気付く。 勝己は出久の顎を掴み、一切の躊躇いなく口付けていた。 「ん、んんんん!?」 途端とんでもない量の花が咲き誇る。出久が逃げようともがいたことで、与えた種をまた使い切る気かと勝己は苛立ちもあらわに押さえ込み唇を貪った。 柔らかく小さな唇をすっぽりおおうように食み、合わさったそこに舌をねじ込んで繰り返し撫でる。頑なに閉じたままの歯にイラッとして指先を強引にねじ込めば「あがが」と色気もへったくれもない声を上げながら開いた。すかさず舌を突き入れその子供のように薄く小さな縮こまった舌に己の舌を絡み付ける。 「ん、ふ、ぅ」 熱くとろけた舌をにゅくにゅくと絡ませながら口内を勝己で染めるように舐め尽くした。溜まった二人分の唾液を出久がこくり、こくりと飲み下す音に興奮する。鼻からついたような甘い声に下肢がどんどん重くなるのを感じながら、その身をすり寄せた。 なんということだろうか。 嫌悪感など無くただただ気分が高揚していく。 種を植え付ける行為に勝己自身も囚われたようだった。 しかし花はやはり咲き続けており、ついにベッドまで花で埋まる。それどころか出久を守るようにして全身にまで花が絡みつき、まるで童話の姫君のような姿になっていた。ふざけんな、てめぇなんざせいぜい木の役だろうが木偶の坊! 「この個性どうやって解除すんだよ!わかってんだろ!?」 「わ、かるけど……無理だよ」 「さっさと言えや!」 「い、言わない!あとちょっとなんだ!」 「言え!このまま犯すぞクソナード!」 「おか!?こわ!!」 この後に及んでまだ冗談と受け取るというのか。 勝己はTシャツの裾を握りしめて出久が悲鳴を上げるのもかまわず捲りあげる。筋肉がつき引き締まった腹と胸があるばかりであるのに口付けで昂っていた下肢はさらに熱くたぎる。 「やめねぇからな!解除法を言わねぇなら二人ここで花に埋まって窒息するだけだ……!」 その心中めいた言葉に、狼狽えるばかりだった出久はついに勝己をまっすぐ射抜くように見た。飴玉のような瞳いっぱいに勝己が映りこみ忘れていた歓喜が指先まで満ちる。窮鼠が猫を噛もうとする予兆に口端をニタリと吊り上げた。儚げな花よりもしぶとく生きるネズミの方がてめぇにはお似合いだ。 「何でそこまで僕に執着するんだよ!嫌いなくせに!」 そんなのずっと昔から決まっている。 「てめぇが俺のもんだからだ!」 至極当然でシンプルな答えに出久はぽかんと口を開き「どこのジャイアンだよ……」と小声で呻いた。勝己が敵じみた悪辣な笑みを浮かべ、出久を呪う。 「花如きで捨てさせてたまるかよ、てめぇは一生俺で苦しんでろ!」 言葉まで悪辣で出久がひゅっと息を詰める。噛み付くようにもう一度口付け、至近距離で忌々しげに続けた。 「俺だって一生てめぇで苦しむんだ、一人で逃げんじゃねぇ……!」 恋なんて生ぬるい感情などとうの昔に凌駕した、苛烈な感情を吐き出すようにして唸りを上げる。この瞳に他人が映ることなど絶対に許せない時点で腹はくくっていた。 出久はしばしぽかんと間抜け面を晒したあと、一気に頬も耳も首までも真っ赤に染め上げた。 言葉にならない短い母音を繰り返す内に花がきらきらと輝き始め光の粒子となって宙を舞い上がる。そして出久の胸へと一気に吸い込まれていった。 光の洪水が部屋中を舞いその眩さに目を閉じるうちに、二人を埋めんばかりに溢れた花は甘い香りだけを残してきれいさっぱりと消える。 最後に一輪、出久の胸元に白い朝顔が咲いた。 「かっちゃん」 聞きなれ、そして全身に馴染んだ呼び名。 「……解除、されたんか?」 出久が両腕で顔も頭部も覆い隠し、勝己の下で可能な限り身を縮めて小さく頷いた。解除条件は何だったんだ?と眉をひそめると出久がもそもそと呟く。 「解除、条件は、……両思いに、なる、こと、デス……」 瞬間的に勝己の顔も出久同様に真っ赤に染まった。 「〜〜っちっげぇ!両思いとかキメェんだよ!!」 「えっ違うの!?」 「違わねぇわクソが!でもキメェ!!」 「ひ、ひどい!」 二人真っ赤なまま勝己はやめないという宣言通りにTシャツの下、出久の腹を撫でようとしたが、まだ早いと出久に腹を蹴られて本格的な喧嘩となり。出久のベッドを破壊する勢いで揉み合っているところに峰田が呼んだらしい相澤が駆けつけ二人正座することになったのは余談だ。 ちなみに峰田はついに勝己が出久に性的な方向で襲いかかったのだと勘違いしたらしい。 ある意味勘がいいのだが、ついにとは何だ。明日完膚無きまでに爆破しようと思う。 ****************** 出久が恋を自覚したのは小学生の頃。 朝顔がきっかけだった。 図工で草木染めする授業があり各自咲かせた朝顔を使う予定だったのだが、出久だけが真っ白な朝顔を咲かせたのだ。種は先生が平等に配ったものであるし、土も学校側が用意したもので。みんなが青や紫の綺麗な朝顔を咲かせる中、何故出久だけ真っ白なのだと頭の中が花のように真っ白になったことを覚えている。 すぐさま図書室の図鑑で調べたところ白い朝顔は遺伝子の欠損によって起こるのだと知った。 つまり、花まで出来損ないだったのだ。 それに気付いた時出久は喉がつまって全身が冷たくなった。無個性ゆえにからかわれることも笑われることも慣れていたが、久々に萎縮したのだ。 だから周囲から出久の白い朝顔を出来損ないだと笑われた時も普段のように笑って流すことができなかった。 涙腺が決壊したようにぼろぼろと大粒の涙を流しながら朝顔の植木鉢を抱えて裏庭へと走る。とにかく人のいない場所に行きたかった。 それなのに、そんな時に限って出久にとって一番のいじめっ子は追いかけてくるのだ。 じゃり、と砂を踏みしめる音に視線を上げると、なみなみと張った涙でゆらめく人影があった。砂色の髪にすぐさま勝己だと気づく。 きっと手酷くからかわれ笑われるに違いない、出来損ない、欠陥品と言われるに違いないと、身を守るようにして出久は小さくなった。のであるが。 近付いてきた勝己はすっと片手を差し出した。 「やる」 「……?」 何のことかわからず、その小さな握りこぶしと勝己の顔を交互に見つめる。ぱちぱちと瞬きすると大粒の涙がこぼれ落ちて視界がクリアになった。 勝己がどんどんと手をこちらに突きつけてくるので、思わず両手をお椀の形にして受け取ってしまう。虫が出てきたらどうしようとビクビクしていたがぽとりと落ちたのは。 「朝顔……?」 立派な大ぶりの朝顔だった。勝己の植木鉢はとびきりたくさんの朝顔が咲いていて青と紫が交互に花をつける姿が特別綺麗だったことを思い起こす。出久は戸惑った。 「えっ……でも、かっちゃんの分が無くなっちゃう」 すぐさま勝己に鼻で笑い飛ばされる。 「てめェと一緒にすんな、俺のは大量に花付けてっから一つくらいデクに恵んでも問題ねぇわ」 そう言って胸を張って顎をそらし尊大な態度を取るが、出久は珍しくわかりやすい勝己の優しさに萎縮していた心臓があたたかく鼓動した。凍てついた体が温かい湯につかるようにじんわりと弛緩し、無意識に頬がふにゃふにゃとゆるむ。 そんな出久を見て勝己は一つ瞳を見張った後そっぽを向いて続けた。 「俺は白い朝顔のがきれいだと思うけどな」 何気ない一言だったが、朝顔に自分自身を重ね合わせていた出久は心臓がぴょんと跳ね上がった。 ──ここで出久は勝己に抱く憧れや畏怖といった感情の中に恋心を見つけてしまったのだ。 それから現在にいたるまで出久は何度も何度も恋心を抹殺しようとした。 勝己をそんな目で見ている罪悪感に死んでしまいたくなったこともある。 そんな時、校外活動の途中でランドセルを背負った少女に声をかけられたのだ。 「お兄ちゃん、悲しい恋をしてるの?」 突然の問いかけに出久は言葉につまった。少女の個性は「恋の花」。恋心を花に咲かせて自分の中から追い出してしまう個性だという。 今どきの小学生は早熟らしく、失恋した友人に使ったことがあると少女は言った。友人は花が咲ききった時に心が軽くなったと笑ってくれたのだと。また、少女は個性のせいか悲しい恋をしている人は何となくわかるという。 正直心惹かれるものがあった。それでも個性のむやみな使用は禁止されている世の中であるので、少女のためにもぐっと堪えたのだ。 だからこれは事故。 タイミング悪く付近で敵騒動があり逃げる住民で道がごったがえした。出久は現場に向かう前に目の前の少女を避難させるため抱き上げたのだが。 その時少女は出久が望めばと個性を発動しており、その始動条件は彼女の首後ろにある花の紋様に触れることで。 出久は意図せず、抱き上げ避難する際にその個性にかかってしまったのだ。 出久は経緯を思い起こしながらぼんやりと天井を眺める。 勝己と両思いなど信じがたく、正直勢いに身を任せただけだろうと思っていた。過去形だ。 勝己を気遣って出久は普段通りの態度に務めたし、二人きりは可能な限り避けたし、ともすれば勝己ごと避けていた。しかし一週間もせぬ内に勝己の部屋へと連れ去られ「てめぇまた俺のこと騙したのか!!」と罵られながら手酷く抱かれた。かっちゃんのカッチャンが僕に反応した、という衝撃的事件だった。 それから避けた理由を吐かされ、出久が信じるまではと毎週末部屋に連れ込まれている。今も隣、ベッドの壁側で勝己が眠っていた。(当初は逃がさないよう出久を壁側にして眠っていたのだが、勝己の寝相によりサンドバッグにされたためいっそ蹴り落とされた方がマシだと場所交換と相成った。) 体は疲れきっているのに目だけが冴えてしまって、出久はころりと寝返りをうった。 枕元には勝己気に入りの本が並んでいる。格闘もののコミックスにトレーニング教本、それから出久が先日貸したばかりのオールマイトのコラム。時間を工面して読んでくれているらしく、七割ほどのところにしおりが挟んであった。出久はくふりと微笑む。 「ん……?」 しおりはラミネートらしく手作り感があった。勝己にしては珍しいチョイスだなと出久は腕を伸ばしてしおりを少しばかり引き抜く。 「あ」 白い、朝顔。 出久の胸に最後に一つだけ残った花だった。 勝己が欲しがった為そのまま渡したが、生花ゆえにすぐ萎んで捨てられただろうと思っていた。 白い朝顔はあの日と変わらぬ可憐さを保っている。 「きれいだよな」 ぎくりと肩をはねさせ勝己を見る。鋭い瞳をうっすら開き、薄く微笑む勝己がいた。寝ぼけているらしい。出久は幼少期を思い起こしてほんの少しの嫉妬を混ぜて羨望を囁く。 「僕は、青い朝顔の方が好き」 「うわきかぶっころすぞ」 「寝ぼけてても怖い」 勝己は体温が高く少しかさついた指先で出久の頬を撫でた。 「おれは、しろいのがいっとうすきなんだよ」 ねろ、そう言って勝己は出久を胸に抱き込む。 その胸の鼓動を聞きながら出久は頬を真っ赤にしてうつむいた。 僕は何度この人に恋をするんだろう。 ‪アネモネ【はかない恋】‬ マリーゴールド【絶望と悲しみ】 水仙【尊敬】【報われぬ恋】 マーガレット【秘めた愛】 リナリア【この恋に気付いて】 黄色のチューリップ【望みのない恋】 白い朝顔【固い絆】
花まみれの無自覚勝→←デク自覚あり。<br />リクエスト【花吐き病】<br />花吐き病もどきの個性事故で申し訳なく。
【勝デク】誰のための花か言え
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 白く、細長い紫煙が手元から立ち昇っている。自身の顔の前でぴんと張った人差し指と中指の間に挟んだ、白い円柱型の筒の先端からだ。彼は無表情でそれのもう一方の端を口に含めると、暫し息を吸い込み、息をついた。小さく開いた唇の隙間からもまた、フワリと、薄白いそれが発生する。  吐き出された煙は大きく広がって空間に溢れ、天井へとたなびき、ある地点に辿りつくとすっと掻き消えた。煌々と照らす蛍光灯の光と紛れて見えなくなったのだろう。眩しさに目を伏せる。 「――先生、」  ちょうどそのとき、背後から声を掛けられて、彼――アーサー・カークランドはゆっくりと振り返った。幾つもの机が並ぶその教室の中で、教卓にいる彼から最も近い位置、つまり最前列の中央の席に、さきほどから声の主は座っていた。  まず目に入ったのは、整った顔の中でもとりわけ目を引く深い空色の瞳だ。眼鏡の奥に覗く双眸は澄んでいて、まっすぐにアーサーを見つめていた。  視線の強さに耐えられずに、目線をずらす。次に視界に入るのは、明るいブロンドの髪だ。日の光の下にいるときらきらと輝いてみえるそれは、今は部屋の薄暗さのせいで、少しだけくすんで見える。前髪の一部は癖なのか、いつでもぴょこんと跳ねていた。それは眼鏡の知的な印象と相反して、まだ子供であるその人物のあどけなさを表している。   彼は自分よりも少し背が高く、そして自分よりもかなりたくましい身体を、茶色の制服で包んでいる。この学園のものだ。そう、目の前の男はここの高等部の生徒で、そして先生と呼ばれた方は、呼び名の如く、そこの教師である。  左手をズボンのポケットに突っ込むと、中から携帯用灰皿を取り出す。右手の煙草を開いたそれに押し付けて火を揉み消すと、アーサーは呼ばれた方へと近づいた。 「終わったのか」  頷いた少年は、机上に広げたノートを手に取り、自分に向けた。それを受け取って、暫し見つめる。 「……どう?」 「出来てる」  全問正解だ。告げると少年は、やった、と呟いて眼鏡の奥の目を嬉しげに輝かせた。それからふわりと笑う。甘く、人懐こい印象を伴った笑みだ。女生徒に人気があると聞くが、こんな表情をするのなら、道理というものだろう。 「俺、頑張ったんだぞ。褒めてよ、先生」  見た目通りに甘えてくる彼に、馬鹿、と返す。 「当たり前だ、この俺が教えてんだからな。――わざわざ、その必要もねえのに」  後半、意味を含めた云い方に気付いたのだろう、少年は口の両端をつり上げる。 「そんなことないぞ。先生の教え方がいいからさ」 「――、ジョーンズ、」  ノートを返そうとした手が捕えられ、アーサーは身を強張らせる。名を呼ぼうとして、己を見上げる熱っぽい視線に捉えられた。 「先生……」  レンズ越しの瞳はやはり空の色で、今は若干、潤みを帯びている。それに魅入られていると、席から立ち上がった少年は、握ったままの手首を自分の方へと引く。間に机を挟んではいるため身体こそ動かないが、自らの顔を近づけることには成功した少年は、耳元でうっとりと囁いた。 「ねえ。あの質問には、いつ答えてくれるの」  その声は熱に浮かされているかのように掠れている。 「……」  熱の篭った眼差し、甘い声、意味深な台詞。それらが何を示しているかは、考えるまでもない。 「さあな……」  アーサーはその肩に手を置くと、力を入れて少年の身体を押し返した。身が離れると手を外し、視線を逸らす。 「云っただろ。俺は、ガキとヤロウには興味ねえ」 「――っ、」  きっぱりと云い放つと、彼は傷ついた様子で息を呑んだ。ブルーアイズも曇っていることだろう。それらを断ち切るように彼の居る机から離れ、窓際へと移動した。窓枠から下がっている白いカーテンは閉まっているが、窓は開いているので、時折、風でゆらゆらと揺れている。  アーサーは窓の桟に寄りかかるようにして身を預けると、Yシャツの胸ポケットから皮のケースを取り出し、中から新たな一本を取り出した。咥えてライターで火をつける。  すう、と深く呼吸をして、肺に限界まで煙を浸透させる。じわじわと染み込んでいくそれの心地よさにアーサーはつかの間目を閉じ、そののち一気に吐き出すと、いまだ予想通り、恨みがましい視線を投げている少年をちらと見やった。 「その話は、もう終わりにしろ。お前は俺の弱みを握ってるつもりだろうが、何度聞いても答えは同じだ。……お前も、分かってんだろ?」 「……」  沈黙が返る。  それでも少年は諦めることなく、真っ直ぐに、彼を見ていた。  ***  生徒の名は、アルフレッド・F・ジョーンズという。アーサーの勤めるWW学園の生徒の一人だが、二人の関係はただの高校教師と男子高校生、という構図に留まらない。  彼らが今いるここは、特別教室棟の一角に位置する、小さな視聴覚教室だ。元々は語学のリスリングやスピーキングの授業に使われていたのだが、昨年新しくメディア学習棟が出来てからは殆ど出入りする者がなくなってしまった、寂れた雰囲気の漂う一室。アーサーはそこの管理責任者として割り振られたのを良いことに、しばしば足を運んではこうして「息抜き」をしているのだ。もちろん、ばれたら事である。  そしてジョーンズは、彼の不徳を知る、彼以外で唯一の人間なのだった。  ――先生。何、してるの?  二ヶ月ほど前。季節はまだ春、ジョーンズが進級して、またアーサーが新任教師として学園に赴任してきて、一月が経ったか経たないかという頃のことだ。  たまたま部屋で息抜きをしていたアーサーは、たまたま教室を訪れたジョーンズに見られてしまった。いつものように彼がカーテンの閉まった窓際で煙草を嗜んでいると、不意に扉が開き、青い目の少年が現れたのだ。少年はアーサーの姿を見ると尋ねた。何をしているのか、と。  ――……見りゃ分かんだろ。  口に咥えている白い煙草、手にしている銀色の携帯灰皿、室内を濁らせている白い煙。それらを目の当たりにすればそんなことは確認するまでもなく一目瞭然で、言い訳のしようがなかった。ゆえにアーサーはそっぽを向き、気のない様子で答えた。  ばつの悪い様子の教師に対して生徒は新しい玩具を見つけた子供のようにどこか面白そうな顔で頷き、呼んでもないのに教室に入ってきた。ご丁寧に後ろ手できちんと扉を閉めると、窓辺のアーサーの隣に陣取る。不審に思ったアーサーが怪訝な顔で見ると、彼は云った。  ――気にしなくていいよ。誰かに云おうなんて、思ってないし。  微笑を浮かべた顔は、どこかで見たことがあった。  ――お前、誰だ?  ――えっ……。  率直過ぎる問いに驚いたのか、少年は唖然としたように何回か瞬きをして、しかし気を取り直すべく、こほん、と一度咳払いをしたのち、素直に答えた。  ――三年三組の、アルフレッド・F・ジョーンズ。……というか、俺、先生に教わってるんですけど。国語。  ジョーンズはブレザーのポケットから眼鏡を取り出した。顔に付けられて漸く、記憶が一致する。  ――ああ。道理で、見た顔だと思ったぜ。  三年三組は、幾つかあるアーサーの受け持ちのクラスのうちの一つだ。新任ということで授業は他の教師より格段に少なく、週に一回、実質まだ三回しか訪れていないクラスの人間の顔と名前は、まだしっかりとは頭にインプットされていなかった。ジョーンズについても同様で、しかしながら、眼鏡を掛けた顔には確かに見覚えがあった。ジョーンズは酷いなあ、と苦笑う。  ――その程度なの、俺? ……まあ、いいけど。確かに俺、先生の授業はほとんど寝てるしね。  ――お前な……。  自己紹介を切り上げるとジョーンズは改めてアーサーの手元を見た。つられて目を向けて、煙草の先から伸びて落ちそうになっている灰に気付き、構え直したそれを皿の中でトントンと叩いた。灰が落ちると慣れた仕草で再び煙を吸う。  副流煙が行ったのだろう、ジョーンズは瞬間顔を歪め、そののち、呆れたように肩を竦めた。   ――先生は、不良教師だね。こんなところで吸ったらいけないんじゃないの?  ――煩えよ。大人には大人の事情ってもんがあんだ。  毒づくとジョーンズは首を捻る。  ――大人の事情って、  ――職員室が禁煙なんだよ。喫煙室はウゼえくらい人居るし。かといって、生徒の手前、外で吸うわけにもいかねえしな。  ――なら煙草止めたらいいのに。  ――……そんな簡単に止められたら、苦労しねえんだよ。  自分よりも年下である生徒の口から出たしごく尤もな意見に、アーサーがむっとして答える。ジョーンズは耐え切れなかったようにぷっと吹き出して、何かおかしいな、と云った。  ――先生でも、そんなムクれた顔、するんだね。  ――教師たって、人間だからな。  ――まあ、そうだけど。  教員免許を取ったばかりのアーサーはジョーンズより年上ではあるが、大人の男としては未熟だということを十分に理解していた。それでも生徒のジョーンズからは、教師と云うだけで立派な大人と見えるのだろう。アーサーの台詞に同意したものの、意外そうな表情は変わらない。  しかしやがて、嬉しそうに微笑んで――何故かは分からないが――ジョーンズはアーサーを覗き込んだ。  ――あのさ。一つ、お願いがあるんだけど。  ――ああ?  頼みごとをしようというよりも、何かの取引を持ちかけよう、とでもいう様相だ。嫌な予感がして、ぞんざいな口調でアーサーは答えた。さして気にする様子もなく、彼は続ける。  ――実は俺、国語ヤバイんだ。去年の学年末、赤点取っちゃって。  ――……だから?  いよいよ雲行きが怪しい。そしてすぐに自分の予感が正しいことを知った。  ジョーンズはにっこり笑うと、アーサーに向かい、こう云ったのである。  ――煙草のこと黙ってる代わりに、勉強見てくれない?  アーサーが絶句したのは云うまでもない。  しかし断る術もなく、それからジョーンズに、個人的に国語を教えることになった。  平日の放課後、バスケ部だというジョーンズが部活を終えたのち、この部屋で二人は落ち合い、アーサーが教える。誰も知らない場所で人目を盗んでの行動に、何か逢引きみたいだね、とは第一回でのジョーンズの言葉だ。まったく笑えない冗談である。  ――先生は、付き合ってる彼女とか、居るの?  ジョーンズは勉強を教えろと云った割に、割と関係ない話をしたがった。自らの家族構成だとか、趣味だとか、好きな食べ物だとか、アーサーにしてみればどうでも良いプライベートなことをやたらと喋りたがる。  そして、やけにアーサーの話も聞きたがった。一番最初に話題を振ってきたのは、恋愛のことだ。鬱陶しかったが、「大人」である自分に恋愛相談でもしたいのかと思ったアーサーは、仕方なく本当のことを教えてやった。  ――今は居ない。去年別れたっきりだ。……だから、何の参考にもならねえと思うぜ。  すると、そうと呟いたきり、ジョーンズは口を閉ざした。てっきりまだ、別れた原因とか、付き合ってるときのこととかを根掘り葉掘り聞いてくると思っていたアーサーは拍子抜けしたが、きっと気を遣ったのだろうと思った。……そのときは。  というのも、じきに、そういうわけではなかったということ、また、個人授業をしろと云ったジョーンズの真意をアーサーは知ったのだった。  五月の下旬。  毎年その時期になると、WW学園では、一学期の中間考査が行われる。今年も例外ではなく、試験は二日間の日程で実施された。  国語のあった二日目の放課後、アーサーは職員室の自分の机で、受け持っている数クラス分の解答用紙の採点に取り組んでいた。名前の順に並んだ用紙を事務的に何枚か片付け、小さくため息を吐く。  少々、難しすぎただろうか。  名門のここの生徒ならとわざと難易度を高くしたのだが、思っていたより解けた人間が少ない。想定していたよりハードルの高いものを作ってしまったのだろう。  ――コイツも駄目か。次……あ、  また一枚、バツ印だらけとなった答案を捲ったところで、アーサーは今や全校生徒の中で最も身近な存在となった――不可抗力ではあるが――人物の名を発見した。アルフレッド・F・ジョーンズである。  前回、二年の学年末テストで赤点だったと云っていたジョーンズが、自分に個人的に習うようになって一ヶ月弱。それも、雑談やら世間話やらの割合が高いのだ、成果なんてものが現れる筈もない。  ……それでも、結果が気にはなる。  知らず息を呑みこむと、アーサーは赤ペンを握り直し、書き込まれた答えを一つ一つ見ていった。そして間もなく、目を見張ることとなった。  ――どういう、ことだ……?  アーサーが驚いたのも無理はない。  というのも、ジョーンズの解答用紙は、ほぼ完璧だったのである。赤点云々のレベルではない、それどころか、満点に近い点数だ。呆然としてそのまま暫く答案用紙を眺めていたが、ある考えに至り、沸々と怒りがこみ上げてきた。  ――要するに、からかわれてたってわけかよ。  次の日。アーサーは朝から三年三組の教室に乗り込み、ジョーンズを例の視聴覚教室へと呼びつけた。  ――何だい、怖い顔して。  部屋に入ると、それまで黙って後ろを付いて来た彼は漸く口を開き、首を傾げた。どうしたの、と尋ねる顔を睨みつける。  ――どうしたはコッチの台詞だろうが。  手にしていた答案を広げ、手のひらで机に押し付ける。バン、と小気味いい音が二人しか居ない教室に響いた。ジョーンズはそれでも良く分からなかったようで、戸惑った顔で広げられたB4サイズの紙を見て、あ、俺のテスト……と呟いた。  ――良くやったじゃねえか。九十六点、クラスの最高点だ。  ――あの、先生、とても褒めてる顔じゃないんだけど。……というかむしろ、怒ってる?  おずおずと質問が投げかけられる。  ――あぁ? 当たり前だろうが!  堪忍袋の緒が切れたアーサーは怒鳴りつけた。怒鳴りつけられたジョーンズはそれでもまだ不可解な表情をしていたが、続くアーサーの台詞を聞いて顔色を変えた。  ――赤点なんて嘘ついて俺を振り回して、楽しかったか?  ――あ……。  やっと分かったらしい、はっとしたようにアーサーを見ると、慌てた様子で彼は云った。  ――ち、違う。いや、赤点って云ったのは嘘だけど……、先生を騙すつもりだったわけじゃないんだ。  ――だったら、目的は何だ?  ――それは……。  言葉を濁す。何か云えないような理由でもあるのだろうか。いや、やはり単純に、嫌がらせだったと考える方が正解だろう。しかし彼は首を横に振る。  ――そうじゃない。そうじゃないんだ。俺はただ……、  ――ただ、何だってんだ?  責められて、項垂れたジョーンズは沈黙を返す。はっきりしない相手に、アーサーは苛々を募らせた。  ――ふん。まさか、俺の気を引こうってんじゃねえだろ。だったら、  俺が気に入らないってことだよな。そう続けようとしたのだが、その途端、弾かれたように顔を上げたジョーンズにまじまじと顔を見つめられ、今度はアーサーが言葉に詰まる。  ――ジョーンズ?  ――やっぱり、先生は凄いな。そのまさかだよ。  ――何、……?  訳が分からない。尋ねるとジョーンズは観念したように声を搾り出した。  ――初めは、興味があっただけなんだ。  ――興味?  ――うん。俺、初めて見たときから先生が気になってて。この部屋に先生が入って行くのも、何度か見かけてた。何をしてるかまでは知らなかったけど……この前、思い切って通りかかって、隠れて煙草吸ってたんだって分かったら、何か遠い雲の上の存在みたいだった先生が身近に感じられて、益々惹かれた。  ――……。  おかしな言葉を使うとアーサーは思った。興味、くらいならまだしも、惹かれた、とは。まるで告白ではないか。片方が女生徒や女教師ならいざ知らず、自分もジョーンズも男だというのに。  だが、これは喩え話でもなければ幻聴でもなく、紛れもない現実だった。 ――先生、俺んこと、どう思ってる?  向かいあった顔が、アーサーに問う。どうも何も教え子だが、そういう意味ではないのだろう。答えられずにいると、ジョーンズは真顔で云った。  ――……俺は、先生が好きです。  *** 「――先生、」  声を掛けられたアーサーが回想から我に返ると、回想と同じように、ジョーンズは自分を見ていた。 「はぐらかさないで。……俺は、本気だよ」  見つめる視線の強さは、あの日とまったく同じだ。あれからもう何度も、自分はこの目を見ている。何度も、この声を聞いている。どちらも切ないほど真摯で、そのたびにアーサーの心を鷲掴み、くしゃりと歪ませた。  俺は、ガキとヤロウには興味ねえ。  突然の教え子の――しかも男子生徒の――告白に対して、動揺したアーサーが辛うじて発したのは、そんな素っ気無い、冷淡とも云える答えだった。普通の女生徒が相手だったなら、泣き出していたかもしれない。  しかし、ジョーンズは諦めなかった。それからも何度となく同じ告白を、そして同じ問いを繰り返し、そのたびにつっけんどんに跳ね除けられ、それでもしつこく食い下がった。  年齢とか性別とかで括って欲しくないというのがジョーンズの言い分だった。 「子供だからとか男だからとか、そういうのが聞きたいんじゃないんだ。俺が知りたいのは、先生が、俺という人間を好きかどうかということだよ」  それは尤もだけれど。 「そんなに簡単なことじゃねえだろ」 「簡単なことだよ。好きか嫌いか、それだけだろ?」 「……」   大人になるというのは、詰まらないことだとアーサーは思う。いろんな権限を手に入れることは出来るが、幼い頃のように何も考えずに行動することが出来なくなる。今の自分は世間体とか一般常識とか、どろどろしたものを常に抱えている気がする。そのしがらみから逃れるように煙草を吸ってみても、良いことはない。  そして、今も。  アーサーは自分の心情が分からずにいた。ジョーンズの嘘を、そして彼の気持ちを知ってからもなおレッスンを続けているのは何故なのか。自分の曖昧な態度が、彼に期待を持たせているのだと、分かっているのに。  弱みを握られているからだ。そう思っていたけれど、思うようにしていたけれど、本当は、そうではないのではないかもしれない……。 (……いや)  心中で頭を振った。そうであってはならないのだ。絶対に。  息苦しさを掻き消すべく深く息を吸い込むと、同じように息を吐き出し、云った。慎重に言葉を選びながら。 「お前のことは嫌いじゃない。好きだと云ってくれるのは、素直に嬉しいと思う」 「だったら、」 「――けど、」  一瞬にして輝いた視線と明るくなった声色が痛い。被せるように遮って、アーサーは続ける。 「……やっぱり俺は、教え子に手を出すつもりはねえよ」 「……」  ジョーンズは何も云わない。はっきり云い過ぎただろうか。しかし危ぶんだアーサーが首を捻って彼を見たとき、突然、状況が一変した。 「――先生が、」  かたん。  窓枠が軽く音を立てた。隣で寄り掛かっていたジョーンズが身を起こしたから――ではない。 「手を出すんじゃなかったら、いいの?」 「あ?」  いつの間にか、アーサーは背中と後頭部をカーテンに押し付けていた。窓が鳴ったのは、そのときの音だ。そして自分を窓に押さえつけた張本人であるジョーンズの顔は、すぐ目の前にある。さすがにこんなに近くで見たのは初めてで、今落ち着けたばかりのアーサーの心臓は抵抗むなしく跳ねた。ジョーンズも同じなのだろうか。レンズの向こうで眩しそうに目を細める。だがそんな彼の口を突いて出たのは、とんでもない台詞だった。 「手を出されるんだったら。……俺が手を出すんだったら、いいの?」  というか、どっちかというとその方がいいんだけど。ジョーンズはそう付け足す。 「な……」  云われてアーサーはこのとき気が付いた。年上の自分が手を出さない限りジョーンズを止められると考えていたが、それは相手も男であるために成り立たないということに――。 (俺が、ジョーンズに……?)  呆気に取られてまじまじと見つめると、吸い寄せられたかのようにジョーンズの顔が近づく。キスされる。一歩手前、アーサーは慌てて手のひらで迫る顔を押し留めた。 「ちょ、やめろっ!」  そういう問題じゃないだろうが。  確かに、教師である自分が生徒であるジョーンズに手を出してはいけないとは思った。しかし、逆なら良いというわけではない。  思わぬ展開にアーサーが動揺する一方、ジョーンズは覚悟が決まったのか、手首を掴んで迫ってくる。ぎょっとした隙に手はどけられ、窓に押し付けられた。思いのほか、ジョーンズの力は強かった。 「っ、待て……っ」 「待てない。……もう、待てないよ」  瞳は真っ直ぐに、自分を見つめている。 「好きなんだ。先生が……」 「ッ……」  強い視線に耐え切れずに目を伏せる。誘ったと思われたのか、その瞬間、唇が押し付けられた。 「――……」  じわり、と。重なった部分から、痺れのような感覚が湧き上がって、消えた。キスはほんの一瞬で、触れたと思ったらもう離れていた。アーサーがゆっくりと視線を上げると、感動しているのか戸惑っているのか良く分からない、複雑な色をした目が見つめていた。 「大人のキスだ」 「……ああ?」  訳が分からない。今の触れるだけのどこが大人のそれだったというのか。首を捻ると「煙草」と答える。 「ああ。初めて、か?」  口の端を吊り上げると、こくりと頷く。 「甘くて、苦い味がした。……覚えたら、先生のせいだぞ?」 「……だったらキスとかしてんなよ」  ついさっきまで吸ってたのだから、味がするのは当たり前という話だ。呆れた顔で見ると、ジョーンズは大丈夫、と返す。 「俺、先生の煙草の匂いも好きだから。……たぶん」 「……バーカ」  自分に合わせて背伸びしているのが見え見えなのが笑える。……だけど。 (そういうところが、コイツの良いところ、なんだろうな……)  アーサーはふっと吐息を漏らした。ジョーンズにキスされたことで、何か肩の荷が下りたような――自分を取り巻いていた壁のようなものが取り除かれてしまったような気がした。ジョーンズの云う通りで、相手が生徒だとか男同士だとかあれこれ考えるのが馬鹿らしくなってきたのだ。  そう、昔は自分も、ジョーンズのように単純な人間だった筈だ。いつからだろう、余計なものに心を惑わされるようになったのは。 「……安心しろ。煙草はもう止める」 「え。俺は平気……」  驚いた顔に、バカ、とアーサーは云った。 「別にお前のためじゃねえよ。そろそろ止めようと思ってはいたんだ。肩身も狭いしな」  元々、煙草が好きなわけではなかった。けれど吸い始めたら止められなくなった。止めたいとはいつも思っていた。ただ、踏ん切りがつかなかっただけで。  そういえば、吸い始めたきっかけは、昨年、恋人と別れたことだった。今思えば、安定剤のようなものだったのだろう。……だったら、もう。  アーサーの心は露知らず、ジョーンズは、そう、と頷いた。 「先生がそう云うなら、いいんじゃない。先生が煙草吸おうが吸わなかろうが、好きなものは好きだし。……口寂しかったら、俺がいつでもキスしてあげるしね」 「……お前の頭ン中は、ほんと、めでたいな」  少し笑う。  好きなものは好き、確かにそうだ。  悩むことはいつだって出来る。なのに自分たちはまだ、始まってもないではないか。笑ったアーサーに、釣られたようにジョーンズも微笑んで、囁いた。 「先生……俺のこと、好き?」 「……」  そう云えば、まだその質問に答えてなかったか。イエス、とは。けれど、今更だろう。 「ふん。この俺の相手しようとは、十年早えんだよ」 「十年……って、四つしか違わないのに」  残りの半分は何なのか、と首を傾げるジョーンズに笑う。 「同い年くらいじゃ間に合わねえだろうからな」 「ひ、酷いぞ……」  悪態を吐くアーサーだが、表情は柔らかい。ジョーンズもその意味は分かっていて、会話が途切れると再び唇を寄せてきた。 「……ん、……」  今度はさっきよりも長く、角度を変えては押し付ける。最初は柔らかく触れ合っているだけだったが、舌をちろりと触れさせてやると、堪えきれなくなったように、窓に強く押し付けられた。 「っ、ン――」  フワリフワリと、背後のカーテンが風で揺れている。捲れたら外に居る人間から丸見えではないかと思うが、ジョーンズはそれどころではないのだろう、夢中でアーサーの唇に吸い付き、貪っている。  随分と青臭いキスだ。  しかしそんなジョーンズの口付けが嫌ではない自分に、アーサーはもう、気付いていた。 (了)
アルアサで生徒×教師パラレル。可愛い男子高校生ジョーンズとノンケ教師アーサーの小さな恋の物語みたいな感じです。他ジャンルで書いた話を再利用でアルアサに焼き直してみました。アーサーはいつもよりツンクールめになった…ような。高校3年(18歳)と新任教師(22歳)で、歳の差が4つか5つな感じですがアーサー誕生日来てなくて4つということになってます。適当。あと国語教師ということになってますが国語=英語ということだと思います。でも日本式な学校…。適当。元の文章が7~8年前のものなので読みづらかったらすみません…!
【米英】イノセント
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「お兄ちゃん、どうしよ。遂に小町もなっちゃった」  ある日の朝、リビングへ顔を出した俺へエプロンを着けた猫耳小町が現れた。……はい? 「えっと……例の病気か?」 「うん。どうも小町は猫型みたい」 「……ああ、見事な猫耳だな。しかも虎柄だ」 「冷静な分析はいいよぉ。あー、どうしよ。これって治り方分からないんだよね?」 「テレビではそう言ってたな。急に治る人もいれば同じような事しても治らない人もいるって」  そう、今世界中を騒がせている奇病、突発的犬猫症候群。ある日突然、犬や猫の耳が生えてきて行動などに影響するというものだ。感染経路や治療法などは未だに解明されておらず、犬や猫を飼っていようといまいとなるので、本気で困っているらしい。それと、猫アレルギーの人に猫耳が生えるとアレルギーが治るらしく、猫好きだけどアレルギー持ちの人達は生えてくれと願っているとかいないとか。 「お兄ちゃんは、生えるとしたら犬? 猫?」 「きっと犬。何故なら俺の中には社畜となる遺伝子が多く含まれているから。ああ、いっそ馬とかも有り得るな。馬車馬のように働くから」  働かなきゃいけなくなったら、だけども。そんな馬鹿げた会話をしている最中にも、小町の猫耳がピコピコ動いて愛らしい。ああ、小町の可愛さが天元突破しそうだ。戸塚にも耳生えてこないかなぁ。出来れば犬。そして小町と二人でワンニャンユニットだ。それなら諭吉を二桁溶かすだけの覚悟はあるぞ、俺は。  こうしてこの日は始まった。教室に行けばちらほら見える帽子を被った連中。全員例の病気にかかった者達である。そう、これの困ったところは男にも生える事。正直野郎の猫耳なんて誰得だ。だから帽子OKの処置は正直助かる。そう思うも、ジロジロ見るつもりはないのでクラスの様子を眺める事なく椅子へ座る。 「……小町の耳、可愛かったな」  だが、どこかカマクラは小町と距離を取っていた気がする。やはりあれがあると同族に近い扱いとなるのだろうか? 何だろう。この病気が流行り出した辺りから、雪ノ下がそわそわしてるんだよな。あいつ、もしかして猫耳生えてくれとか思ってないか? ……それで言ったら由比ヶ浜は絶対犬耳だ。間違いない。 「や、やっはろー……」  その時聞こえてきた声に、俺は耳を疑った。いつもであれば能天気な声を出すはずのあいつが、妙に気恥ずかしそうな声を出しながら教室に入ってきたからだ。振り返ればそこには帽子を被った由比ヶ浜の姿。マジかよ。え、さっきの考えがフラグだった? 「結衣、それって」 「あー、うん。あたしもかかっちゃったみたいでさ……」 「おーっ、可愛い犬耳だね。結衣らしいなぁ」 「そ、そうかな?」  聞こえてくる会話で俺の希望というか、想像が的中した事を悟る。まぁ、そうだよな。犬しかないわな。ただ、今日の昼休みに雪ノ下は驚くだろう。下手したら苦手意識持たないか? あいつ、犬が苦手だし。  そんなくだらない事を考えながら俺は関係ないとばかりに机へ伏せる。あー、早く帰って猫耳小町を思う存分可愛がってやりたい。そうだ、帰りにスーパー寄って小魚買わないと。今の小町は猫的習性があるので、そういう物に弱いのだ。  そんなこんなで迎えた放課後、俺は帽子を被った由比ヶ浜と共に部室へ向かう。 「そっかぁ。小町ちゃんも」 「ああ。見事な猫耳だ。お前のは、どんな感じの耳だ?」 「えっと……こんな感じ」  見せてくれた耳は、見事なミニチュアダックスフントのって、これは……。 「サブレの耳にそっくりだな」 「そうなんだよ。飼い犬に似る事はあるって言ってたけど、ホントなんだねぇ」 「……だけど小町はカマクラに似てなかったぞ。やっぱ偶然なんだろうか?」 「どうだろ? ゆきのんは思い入れかもしれないって言ってたよ?」 「じゃ、あいつに耳が生えたらカマクラだったりしてな」 「あー、たしかにゆきのんが一番触れ合ってるのはヒッキーの家の猫だもんね」  そんな会話をしながら部室へと入る。すると、そこには体育の時に被る帽子を被った雪ノ下がいた。……これ、そういう事だよな? 「ゆ、ゆきのん?」 「こんにちは由比ヶ浜さん、比企谷くん」 「……それ、どうしたんだよ?」 「私とした事が寝癖があったみたいなの。それで恥ずかしいからこれで隠しているという訳よ」 「あれ? お昼に見た時は何も」 「昨夜少し夜更かししたせいかしら。五限と六限の間の休み時間で仮眠を取ったの。それがいけなかったのね」  こちらの疑問へぴしゃりと反論を告げる雪ノ下だが、きっと嘘ではないのだろう。ただ、真実でもないはずだ。寝癖は本当に寝癖ではないだろうし。 「分かった。じゃ、雪ノ下、一つだけいいか?」 「何?」  俺は後ろの掃除道具入れへと向かった。そこからはたきを取り出し、それを長机の上へと置くと、それだけで雪ノ下がこちらの意図を読んだのか小さく息を呑んだ。さて、では素早く左右に動かしてみるとするか。 「ほら……」 「っ!」 「ゆきのん……」  反射的に手を出した雪ノ下と、それに哀しそうな目を向ける由比ヶ浜。どうやら間違いなく猫耳が生えたらしい。てか、素早かったな、今の。本物の猫のようだ。 「……そうよ。私も発症したの。この通り、ね」  帽子の下から出てきたのは、どこかカマクラを思わせる耳だった。本気で思い入れやその本人のイメージに左右されるのか、これ。っと、そうだ。一度これもやってみたかったんだ。 「由比ヶ浜」 「何?」 「お手」 「わんっ! ……って、何やらせるのヒッキー! マジキモい!」  見事に俺の差し出した手へ手を重ねる由比ヶ浜。どうやらこっちも見事に犬化しているようだ。さて、どうしたものか。このままでは俺はこの二人で時々遊んでしまいそうだ。いや、普通の意味でね。エロい意味ではけしてない。……妄想ぐらいは許されると信じたい。  この時、まだ俺は気付いていなかったのだ。この症状の恐ろしさに。人になく、犬猫にある事。そして、自分はそれと無関係でいられると、そう無条件に思っていた愚かさにも……。
ネタとしては結構よくある古典的なもの。自作を読んでくれている方には、ある意味最近似たような事を描いたので振り分けが分かるかと。……彼女達は全員出せるかな?
わんでみっく・にゃんでみっく
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 ハピネス    スマートフォンから飛び出してきそうな勢いで謝罪する切羽詰まった声の持ち主に、堂上篤は仕方が無いとばかり苦笑した。  郁と出かける際、いつもなら寮のロビーか、武蔵境駅で待ち合わせをしている。  だが今回は、前日に堂上の実家で、珍しく親戚が集まることになった。結納を済ませた篤を祝う為、というのは酒好きな親戚の建前であるだろうが、祝ってもらうからには、途中で退席するわけにもいかなくなった。  普段滅多に会うこともないのだからと、酒瓶を片手に引き留められては無碍にもできない。結局なし崩し的に実家に泊まることとなり、郁とは当日に現地で集合することになったのだ。  待ち合わせ場所の立川駅は、多摩地区で有数の商業地として発展している大型の駅だ。  平日であるにも関わらず、多くの人でごった返すこの街は、郁とよく過ごす思い出深い場所でもある。堂上は慣れた様子で通行人を避けつつ、邪魔にならないように建物の壁側へ後退した。聞き取りづらかった音声に集中しながら、左手にスマホを持ち替える。 「わかった。とりあえずお義母さんには俺から説明しておくから。……ああ大丈夫だ。なんとかする」  ほんとにほんとにごめんなさいいい、と受話器の向こうで叫び声をあげる郁をなだめて、堂上はやれやれと通話を終えた。  時刻は一〇四七。液晶に表示されているにもかかわらず、腕時計で確認してしまうのはもう習い性だ。  堂上は気を取り直すと、スーツの内ポケットにスマートフォンを仕舞いこんだ。  今日の待ち人は、もう一人いる。何度か顔を合わせてはいるが、二人きりで会うのは今日が初めてだ。ただでさえあまりよく思われていないであろう相手に、口下手な自分がうまく間を持たせられるか、正直不安ではある。だからといって、終始黙っているわけにもいかないだろう。 「さて、どうするか」  堂上は深みのあるロイヤルブルーのネクタイをほんの少しだけ緩めると、待ち人のいる喫茶店のドアベルをカランと鳴らした。 「お待たせしました。郁さんと連絡が取れました」  堂上が一人掛けのソファに腰を下ろすと同時に、小さなテーブルを挟んだ向かい合わせの席から、寿子が不安そうな表情で堂上を見上げた。 「どうでした? あの子今どこに?」  寿子の前に置かれているダージリンは、もう残りわずかだ。  堂上が寿子と連れ立ってこの小さな喫茶店に到着したのは、かれこれ三十分も前になる。  待ち合わせ場所である立川駅の改札で郁を待っていたのだが、いくらたってもその姿が見えない。携帯も呼び出し音が虚しく響くのみで、妙な焦りと不安が堂上の胸に渦巻いた。  これまで、郁が待ち合わせに遅刻したことはほとんどない。例外があるとしたら、何らかのハプニングが伴った場合に限る。巻き込まれたか、或いは自ら飛び込んで行ったか。  そのどちらの可能性も捨てきれないまま、堂上は仕方なく、メールに『至急連絡よこせ』と幾分上官仕様で文字を打ち込んだ。まずは痺れを切らした寿子を、どうにかすべきだろう。  本日のミッションを滞りなく進めるために、今の時点で義母の機嫌を損ねてしまうわけにはいかないのだ。勿論自分自身のためではなく、あの不器用で可愛いフィアンセのためである。  徐々にではあるが、母親に対して歩み寄れるようになってきた郁が、初めて母親のために企画したのが今日の家族写真撮影だ。  結婚式場の予約特典で、専属カメラマンによる記念撮影がサービスにあることを知った郁は、堂上に「家族と写真を撮りたいと思うんですけど」と遠慮がちに提案してきた。  聞けば七五三の記念撮影以来、両親と並んだ写真を撮ったことがないという。成人式の時は振袖を無理やり着せられたものの、数枚のスナップ写真しか手元に残っていないらしい。  両親との確執が尾を引いて、結局今の今まで一緒に写した写真がないことは、郁が持つ小さな後悔の一つなのだろう。  堂上は大きく頷いて快諾すると、堂上家も一緒にという郁の提案をやんわり断った。未だ現役で働いている両親は揃いもそろって多忙であり、笠原家や図書隊所属である自分たちと予定を擦り合わせるには、時間が足りなかったからだ。  郁と両親の間にある溝を、できるだけ早く埋めてやりたい。それはただの上官であった時から、堂上が抱き続けてきた気がかりだった。  手を出せない領域にあった案件に、結婚という契約を伴うことで解決へつながる足がかりを持てたことは、堂上にとって喜ばしいことだった。  愛しい女を自分の手で幸せにしてやりたい。お節介だろうとなんだろうと、それが郁にとってプラスになることならば、躊躇する理由は堂上にない。  それに、結婚式は当人達のものとはいえ、自分達を取り巻く家族を無視して進めるべきではないというのが、堂上と郁の共通認識でもある。     日取りも場所もすべて自由にやりなさいと、双方の両親からは許しを得ているものの、プロポーズから結納まで駆け足で済ませてきた負い目が堂上にはある。その上、官舎への入居申し込みや新年度の切り替えなど諸々の事情もあり、入籍は来月に決めた。挙式より入籍を優先したこともあり、性急すぎるのではないかと、寿子はあまりいい顔をしていないのだ。  そもそも、一人娘が戦闘職種であることも未だ認めていないのに、その娘が連れてきた相手が直属の上官であったことは、寿子にとって青天の霹靂であっただろうことは容易に想像できる。  つまり、堂上は寿子にとって受け入れがたい娘婿であるのだ。  堂上とて、反対されたからといって郁をあきらめる気はさらさらない。だからといって、無理矢理どうこうできる問題でもない。  もともと他人同士なのだから、いきなり分かり合えるものでもないだろう。気に入ってもらいたいとまでは思わないが、徐々に自分という人間を理解してもらえたらそれでいい。もちろん、義母となる寿子のこともこれから知っていけばいいことなのだ。  そもそも堂上は寿子という人間に、それほど苦手意識があるわけではない。寧ろ最近では、ある意味同類として親近感さえ感じ始めている。  表現方法は異なっても、大切な存在である郁を、それぞれ愛おしく想っているのだ。郁へ向かう感情のベクトルは、同じ方向に向いていると確信している。 「それが、先ほど立川に到着したそうなんですが、大事な忘れ物をしたとのことで一旦寮に戻ると」  堂上が申し訳なさそうに口を開くと、途端に寿子が眉をひそめた。 「あの子ったら。まったく、それならそうと一言連絡くらいくれたらいいでしょうに。何かあったんじゃないかと心配しているこっちの身にもなったら……」  安堵と憤りが織り交ざった複雑な顔のまま、あ、と寿子が片手を口元にやった。 「あの、ごめんなさい。堂上さんに文句を言ったつもりでは」  郁の感情が表に出やすいのは母親譲りなのかもな、とその様子を観察していた堂上は、少し冷めてしまったブラックコーヒーをソーサーに戻して微笑んだ。 「いえ、気にしないでください。それより、お義父さんからご連絡はありましたか?」  堂上にそう問われると、寿子はすまなそうに身体を縮こめた。 「ええ、さっき。それがあの人も、もう少し時間がかかるみたいなんです。約束の時間に間に合うように、式場に直接向かうと連絡がきました。本当に親子揃ってごめんなさい」 「大丈夫ですよ。予約の時間にはまだ余裕がありますし。こちらこそ平日に無理を言ってしまって、お義父さんにもご迷惑おかけします」 「有給有り余っているんだから、こういう時に使わないとって張り切っていたんですけどねえ。雑用を済ませようと都庁に寄ったら、知り合いにつかまってしまったらしくて」  小さく息を吐いて、寿子は遠くを見つめるように視線を外に向けた。  義父の克宏は茨城県庁勤めだが、その中でも多忙な部署にいると聞いている。平日に休暇を取得するだけでも、色々と手間だったことだろう。抜けられない仕事を抱えながらも、こちらに気を遣わせないよう配慮してくれているのを感じ、堂上は胸中で克宏に感謝した。  郁の両親には、式場の下見兼食事会をしようと郁から話が伝わっている。写真撮影のことは、直前まで内緒にしたいのだという。郁らしいサプライズだ。  茨城から当日出てくるのは大変だからと、都内のホテルを予約していたのだが、どうやら正解だったようだ。 だが、これ以上時間に遅れが出ると、計画変更も視野に入れないとならなくなる。堂上は脳内でスケジュールの再調整を始めつつ、すっかり冷めてしまったコーヒーを再び口元に運んだ。  ともあれ、話を逸らすことに成功した堂上は、ほっと胸をなでおろした。  郁が遅れた本当の理由を聞いたら、寿子は憤怒する代わりに卒倒しそうだからだ。  郁から電話が来たのは、店内に入りちょうどウエイトレスにオーダーをし終わった後だった。  ちょっと失礼しますと寿子に一言残し、堂上はこぢんまりとした喫茶店を出ると、素早くスマートフォンを耳にあてた。 「何やってた、無事か」 『あ、篤さん! ごめんなさいあの――』 「謝罪は後でゆっくり聞く。状況説明が先だ」  いささか声に険が混じってしまうのは、待つしかできなかった自分の感情と折り合いをつけるためだ。  郁はそんな堂上の内心が手に取るようにわかるのだろう。いつものように素早くスイッチを切り替えると、先ほどのオロオロしたような声が凛としたそれに替わる。 『無事です。予定通り武蔵境駅で立川方面の電車に乗りましたが、その車両内で痴漢行為を働いた容疑者を確保しました』 「待て! お前がされたのか!?」  一気に殺気だった堂上の声に、郁は慌ててそれを否定した。 『ち、違いますよ! 被害者はあたしじゃなくて、隣に立ってた女子大生です。声をあげてくれたので、すぐ確保できました。たまたまタイミングもよくて』 「お前はタイミングが合えば痴漢確保するのかアホウ! つうかいつも言ってるだろう、仕事でもないのに一人で危ないもんに手を出すな!」  往来で怒鳴り声を響かせるわけにもいかず、堂上の声はいくらか遠慮がちなものになったが、それでも全身から怒りのオーラをまき散らす成人男性に、通行人の注目は集まり始めている。  堂上は大きな溜息を落としつつ、郁の無事にほっと安堵した。  いくら図書隊で培った並外れた戦闘能力を備えていても、郁はれっきとした成人女性であるのだ。ましてや堂上にとって、世界中でたった一人の大切な女性でもある。  郁から見れば、周囲の女性や子どもたちは守るべき存在なのだろう。だが、自分にとっては郁こそ守りたい存在なのだ。堂上の目の届かないところで、自ら危険な行為に手を出しては欲しくないのだと、何度言っても聞き入れようとしない。  だがもう、仕方がない。好きになったのはそういう女だと、堂上は呪文のように自らに繰り返し言い聞かせた。結局、またいつもの通り赦してしまうのだ。  目の前で助けを求めている存在を見て見ぬふりをするなど、郁ができるはずもないのだから。 「それで、怪我はないんだな? 今どこだ。事情聴取は終わったのか」  先ほどより和らいだ声を感じ取ったのか、受話器の向こうから郁のほっとしたような気配がした。 『はい、ありません。今国分寺の駅員室です。警察が到着するのを待っていて、聴取はこれからです。目撃者も多数いますし、そんなに時間はかからないとは思うんですけど……』 「俺も行くか?」  郁の声がか細くなったのを敏感に察知して、咄嗟に堂上はそう訊いた。心細くなったのではないかと気遣った恋人に、郁は笑って優しく囁く。 『大丈夫、それよりも遅刻してごめんなさい。あと心配かけて』 「お前が無事でよかった。よくやったな」  郁は数秒黙り込むと、くすくす笑いだした。 『篤さんて、こういう時いつも怒るくせに、最後は必ず褒めてくれるんだよね』  優しい、と言外に仄めかされて、堂上は頭を搔いた。  郁はこういうやりとりが抜群にうまい。  普段は甘え下手なくせに、こんな時に限って生粋の末っ子特性が顔を出すのだ。しかも相手はどこまでも兄属性な堂上である。  先ほどまで悶々としていた感情が、その名残もなく消え去っているのに気付いて、堂上は郁に勘付かれないように苦笑した。  まったくどうしようもない。鬼教官がこのザマだ。 「ところでどうするんだ。お義母さん、もう待ちくたびれているぞ」  郁の息をのむ気配が受話器越しに感じられて、堂上は反射的にスマホを耳から遠ざけた。案の定、えっ嘘おおお! と豪快な叫び声が上がる。 『式場で直接待ち合わせじゃあなかったっけ!?』 「それ先週変更しただろ。式場へ行くのに駅でバスに乗り換えるから、立川で待ち合わせすることにしたんだって言ってただろうが」 『あああ! そっか忘れてたあああ』  今更四の五の言っても仕方がないだろう、と慌てふためく郁をなだめて、冒頭に戻るのだが―― 。  結局、郁の遅刻の理由を誤魔化しつつ、郁が来るまでの間、堂上一人で寿子をもて成さなくてはならなくなった。  テーブルを見れば、それぞれのカップの中身はすでに底をついている。  全面ガラス張りのこの店は、通りから素通しになっているため待ち合わせにはちょうどいいのだが、長居するには少々落ち着かない。そのままガラス越しに横を通り過ぎる通行人へ目線をやると、皆防寒具に顔を埋めるように足早に歩いていた。二月も半ば、寒さも本番だ。散歩がてら歩き回るような季節でもない。  さてどうするか、と堂上が思案に暮れていると、買い物袋を抱えた集団が目に入ってきた。そうだ、その手があったか。 「郁さんが来るまでにまだ時間もありますし、せっかくなので何かご覧になりたいものとかありますか? 女性の好みそうな分野は残念ながら疎いですが、俺でよかったらご案内しますよ」  寿子は堂上の提案に多少驚いたようだったが、少しばかり逡巡したあと、恐縮したように頷いた。 「なんだか申し訳ないんですけれど、ちょうど探したいものがあったので助かります。あまり都会に出てくることがないもので、一人でうろつくのもちょっと気後れして」 「いえ、俺で役に立てるのかわかりませんが。それで何をお探しですか?」  空き時間に買い物を提案したのは功を奏したようだ。堂上の問いに、寿子はほんの少し微笑んだ。笑った口元が、郁に似ていると初めて気付く。 「写真立て、ですか」  まさかこちらの思惑がばれているのかと一瞬どきりとしたが、寿子はそんな堂上の様子を気にかける様子もなく、ガラス向こう側にある百貨店の入り口へ視線を向けた。 「ええ、郁の花嫁姿を飾りたいと思って色々探しているんですけど、なかなかいいのが見つからなくて」  都会の方が種類も豊富ではないかと思っていたのですけど、どこにどんなお店があるのか見当もつかなくて、と寿子はここにきて初めてほっとしたような表情をした。 「写真立てなら、すぐそこの百貨店にありそうですね。行ってみましょう」  テーブル上の伝票をさりげなく手にとって、堂上は出入り口へと向かった。  百貨店の正面玄関を抜けると、一気にあたたかな空気に包まれた。寿子が着ているライトベージュのツーピースが、周囲の冬色から一人だけ際立って見える。これなら見失うことはなさそうだなと、堂上は視線を壁の館内図へ向けた。  寿子と並んで歩いて改めて気がついたことだが、男性として小柄な部類に入る堂上でさえ、見下ろす形になるほど寿子は小柄だった。笠原の義父も背はさほど高くない方だが、寿子はもっと小さい。郁と並んだなら、その肩にさえきっと届かないだろう。  普段横に並ぶメンバーは、ほぼ全員といっていいほど堂上より上背があるため、ある意味新鮮な眺めだ。トレンチコートを片手で抱えて、寿子を先に促したあと、自身も一緒にエスカレーターへ乗りこんだ。とりあえず目指す場所は、八階の宝飾コーナーだ。  きらびやかな店内に興味津々なのだろうか、寿子は上を見上げながらあちこち視線を巡らせている。なんとなく見知った行動のようで、堂上は密かに笑みを浮かべた。  お母さんと似ているところなんて一つもない、と豪語していた恋人が脳裏に浮かぶ。 「ところで、気になっているブランドなどありますか」 「え? 何……きゃっ!」  振り向きざま足を踏み外した寿子が悲鳴を上げる。すぐ真後ろに立っていた堂上は、咄嗟に出した右腕で寿子の背中を力強く支えた。 「すみません、大丈夫ですか」  エスカレーターの終点で、体制を整えた寿子に堂上はもう一度詫びた。 「不用意にお声をかけてしまい、失礼しました」 「ああ、いえ。こちらこそごめんなさい。お恥ずかしい、あちこち見とれていたのですっかり足元が疎かになってしまって」  私重かったでしょう、と寿子も頭を下げた。 「それにしても堂上さんて、小柄なのにどっしりしていて驚きました。うちのお父さんとあまり背も変わらないのに……あ!」  私ったら余計なことを、と今にも言い出しそうな寿子に、思わず堂上の頬が緩んだ。余計な一言が多いのも、誰かさんを連想してしまい可笑しくて仕方がない。  さりげなく手をやって緩んだ口元を隠すと、堂上は狼狽えている寿子に向かって安心させるように声をかけた。 「小柄なのは事実なので気にしていません。その分敏捷性に長けていると自負していますので、それで相殺かなと」  それにこういう時のために鍛えていますから、と堂上は寿子の持つコートを手に取った。 「これお持ちしましょう。商品を手に取るのに邪魔になると思うので」  赤くなった顔で押し黙った寿子の反応を了承と受けとって、堂上はもう一度義母を促すと、今度は黙ったまま上階へ向かった。  目的のフロアに到着すると、寿子は勝手がわかってきたのか、案内図をみて歩き出した。堂上はそのあとを追いかける形だ。  自身の経験則から、ショッピングは女性の独壇場だと堂上は確信している。どちらかというと物欲があまりない郁でさえ、買い物にくると人が変わったように物色し始める。目的の品がないのにもかかわらず、とりあえず一通り見て回りたいという心理が、堂上にはいまいち理解できない。  自分の買い物は、ある程度情報を精査してから店へ行く方だ。サイズが合うか、素材や色味が好みであるか程度を確認して、不満がなければそのまま購入する。いくつも店を回ることはほとんどしない。男の買い物なんてそんなもんだろうという堂上に、郁はいつも「お店で発見する楽しさってあるんですよー」と持論を曲げることはない。  妹の静佳に言わせれば、ショッピングなんてもんはね、男は黙ってついてくりゃいいのよもちろん荷物持ちとして、である。まあ、荷物持ちとしての役割を与えられるのであれば、手持無沙汰な時間も苦ではないのだし、無論郁と過ごす時間が退屈なわけがないので、結論として堂上はショッピングが好きだ。  だが、寿子は後ろからついてくる堂上が気になって仕方がないのだろう、しきりに「お付き合いさせちゃってごめんなさいね」と恐縮している。つまらないものに付き合わせていると思っているのだろうか。仏頂面がスタンダードな堂上であるが、今日はこれでもにこやかな表情を意識していただけに、もし顔で気分の良し悪しを判断されていたとしたら少々挫けそうだ。 「郁さんとも買い物はよく行きますし、母や妹の付き合いで慣れていますから。ゆっくりどうぞ」  そう促すと、寿子は手に持っていたタオルを棚に戻して振り向いた。 「お母さまとも買い物に行かれるの?」  意外そうな問いかけに、不思議に思いながら堂上は続けた。 「ええ、最近はなかなか時間が合いませんが、学生時代は結構駆り出されました。主に荷物持ちですが」  堂上がそう答えると、寿子の表情が沈んだ。視線を少し遠くに投げて、買い物客をぼんやりと見つめる。 「羨ましいわ。うちには三人も息子がいるのに、一緒に買い物をした覚えがほとんどなくて。待望の女の子が生まれて、ようやく一緒にいろんなことが楽しめると思っていたんですけれど」  本当に思うようにならないものですね、と寿子は自嘲気味に笑った。 「大切に育ててきたと信じていた娘に、『あたしを好きになって』なんて言われてしまうような母親ですから……仕方ありません」  そう呟いた頑なな寿子の背中が、堂上に言葉を発することを禁じた。  郁の投げた切実な願いが、寿子の心に抜けない棘となって刺さってしまっていたのだと、初めて知った。  そうではないんです、と喉元までせり上がってきた言葉を堂上は無理やり飲み込む。  そこに切り込めるのは郁だけだ。  フォローはいくらでもするし、どれだけでも協力はできる。郁のことは、昔の古傷まで全て自分が面倒を見るし、その役を誰にも譲るつもりはない。  だが、寿子の傷ついた心を癒すのは、笠原家の家族でなければ駄目なのだ。  積み重ねた時間が信頼の強さと比例するのならば、今の堂上の言葉が寿子に届くことはきっとないだろう。  ならば――、今の自分にできることをするまでだ。  寿子はふと我に返ると、「すみません、変なことを言って」と小さな声で頭を下げた。そしてすぐ隣のショーケースに求めていた品を目にとめて、慌てたように体の向きを変えた。 「早く買い物済ませますね、すみません」 「謝らなくていいんですよ」  静かな声が、寿子の背中に向かって響く。  ゆっくり振り返ると、堂上が寿子の目を真っすぐに見ていた。漆黒の髪から覗く双眸は、ただただ優しい。 「大丈夫です。ちゃんと待ってますから」  微笑んでいるわけではないのに、その表情は柔らかい。 「……ごめんなさ……あ、――ありがとう」  一瞬驚いたように目を見張った後、寿子からはにかんだような笑みがこぼれた。  ああ、やっぱり笑った顔が郁に似ている。堂上が見入っていると、寿子が恐る恐る視線を上げた。 「なんだか……堂上さんて、思っていたよりも話しやすいですよね。あまり喋らない方なのに」  小首を傾げて問う寿子は、その理由を探し求めるかのように、頭のてっぺんからつま先まで、堂上を観察し始めた。    そうしてすぐに合点がいったのか、大きく頷く。 「ああそうか、近いのね」 「?」  想定外の答えが降ってきて、堂上は言葉に詰まった。堂上がよほど変な顔をしていたのだろう、寿子はしまったというような表情をして、おろおろと弁解し始めた。 「あの、顔がね、近いんですよ。うちは私以外みんな背が高いでしょう? 立っていると私の頭上で会話がぽんぽん行き交うだけで、私は蚊帳の外なんですよね。顔を見て話をするにも、顎をずっと上げていなくちゃならなくて」  冗談みたいな話ですけど、本当に首が痛くなるんですよ、と寿子は嘆いた。 「堂上さんとなら、ちゃんと顔をみて会話できるんですよね。だからこう、通じているって気がして」 「そういうことなら俺のコンプレックスも報われます」  これも謝らなくていいですよ、と先回りしてやんわり釘を刺すと、寿子は困ったように微笑んだ。そして、ショーケースに綺麗に並んだ写真立てへと視線を戻す。 「写真は家にたくさんあるんです。あの子たち、本当にあっという間に大きくなるから、どんどん顔が変わるんですよ。写真にでも撮っておかないと、どんな顔をしていたのか忘れてしまうくらい。でも郁は、小さなころからあの顔のまま」  懐かしそうに目を細め寿子はそう呟くと、横に並んでいた堂上を見上げて問いかけた。 「郁のどこが好きですか」  思いもよらない方向から直球で来るのは親譲りだったのかと、堂上は脳内で納得した。お前やっぱりお義母さんにそっくりじゃないかと、胸中でぼやく。 「こんなことを言うのもなんですが、母親の私からみても、郁は女性らしいことが苦手で、がさつだし口も悪いです。結婚しても家のことをちゃんとできるのかどうか……」  そんなことはありません、とフォローできないのもどうかと思うが、残念ながら嘘を吐ける器用さは持ち合わせていないので仕方がない。 「確かにおっしゃる通り、郁さんにそういう傾向があることは認めます。ですが、結婚しても共働きですし、家のことは折半して協力しながらやっていくつもりです。それに家事のスキルは、努力次第であとからいくらでも身に着けることはできます。ですが、――俺はそれよりも大切なことがあると思っています」  堂上は一瞬息を止めると、深く空気を吸い込んだ。そして不安そうな寿子の目と視線を合わせる。  届けるなら、今だと。 「郁さんは、誰よりも他人の心に寄り添い、同じように喜んだり悲しんだりすることができる、得難い資質の持ち主です」  郁の本当の姿を知ってほしい。傍にいても目に入ることのなかった、否、寿子が今まで気にも留めていなかった、郁本来の姿を。 「そんな郁さんに、俺は何度も救われました」 「郁が、堂上さんを――」  堂上の台詞が意外だったのだろう、寿子は目を見開いた。 「郁さんの気質は、決してマイナスなわけじゃありません」  真剣な表情で堂上を見つめる寿子に、優しく語りかけるかのように続けた。  俺の知っている郁の全てを、そのまま寿子に見せてやれたらと思う。  あの、身体全体で喜怒哀楽を表現するあいつを目にしたら、どんなに驚くことだろう。  そして、どれだけ惹かれることだろう。この俺のように。 「彼女の持っている優しさや真っ直ぐな素直さは、とても貴重です。努力家で根性もある。猪突猛進で時折危なっかしいところもありますが、曲がったことは絶対にしない信念を貫く強さがあります」  寿子は一言も挟まず堂上の言葉を聞いている。家族以外から郁のことをこんなふうに聞くのは、はじめてのことなのかもしれない。  「ご家族の皆さんにお会いして、自然と納得できました。話に聞いていた通り、温かい家庭で育ってきたのだと」  自分を大きく変えた存在。  堂上の中で、郁は最初から特別だった。  大切なものを必死な姿で守ろうとしたあの時の少女は、堂上の中で今も変わらず輝きを放っている。  ありのままに、何も誤魔化すことなく、ただ真っすぐに。  それは眩いほどに、強烈に、郁は堂上の中へそうすることが当たり前のように入り込んできたのだ。  そうだ。  どうしようもなく郁に惹かれたのは――。  寿子がふう、と息をついた。その表情は先ほどよりも随分と和らいでいる。 「郁のいいところも悪いところも、全部ひっくるめて大切に想ってくださっていることがよくわかりました。そんなふうに愛されているなんて郁は幸せね」  愛されている、と他人の口から聞く言葉の重みに堂上は耳を熱くして俯いた。これは想像以上に気恥ずかしい。茨城県展のバスの中で、郁に同じ言葉を口走ってしまった過去の自分に蹴りを入れたくなる。  一気に居心地が悪くなったところで、寿子がふと顔を上げた。 「あの……こんなことを訊いていいのかどうかわからないんですけれど、籍を入れる前にちゃんと確認しておいた方がいいと思いまして」  遠慮がちな口調に、堂上も気を取り直す。 「郁が以前話していたんですが、あの子、図書隊に恩人の方がいるみたいなんです。高校生の頃、本屋で取り上げられた本を取り返してくれたのだとか」  どんな顔をしたらいいのかわからないほど、堂上は言葉を失った。ひやりと背中に冷たいものが流れる。 「郁は思い込んだら一直線なので……もしかしたらその方に秘めた想いを抱いたのかもしれません。あの、このことご存知でしたか?」  ご存知も何も、その恩人は自分ですとはとても白状できない。目の前の寿子に何を言われるのか想像もできないし、親子そろって王子様のキーワードを出されたりでもしたら堪らない。   堂上は「はあ、一応……」とだけ歯切れの悪い返答をした。  そんな堂上の態度に不安を覚えたのだろうか、寿子は慌てて続けた。 「そうですよね、やっぱり気になりますよね。勿論、郁は堂上さんのことが好きだと思いますが、その、郁に気になる相手がいたっていうのは、やっぱり結婚相手にふさわしくないと思われるかしらとつい心配になって……」  話の方向性に虚脱感を覚えつつ、一体いつの時代の話だ、と堂上は胸中でうなだれた。  話には聞いていたが、寿子の乙女的思考は郁のそれとは趣が違う。例え郁が過去に、堂上以外の男に想いを寄せていたからといって、一体どうしろというのだろう。この調子では、婚前交渉なんて言語道断と真顔で言い切りそうだ。郁の持っていた頑ななほどの貞操観念にも、これならば納得できる。 「郁さんが過去どんな相手を好きであっても、今、俺を選んでくれていることが答えだと思っていますから」  堂上の強い声に、寿子はほっとした顔をして満足そうに頷いた。  必要な買い物を済ませたあと、ようやく郁からの着信があった。たった今立川駅に着いたらしい。  堂上は寿子を促すと、待ち合わせ場所まで歩き始めた。この分なら遅れも気にせず済みそうだ。  郁の指定した駅前広場のペデストリアンデッキに到着すると、改札口の方から郁がこちらに向けて駆け寄ってくる姿が見えた。オフホワイトのショートコートの襟に、少し伸ばし始めた髪がふわふわと揺れている。遠目で郁のパンツスーツ姿を確認すると、堂上はほっと胸を撫でおろした。スカートで捕り物だなんて、想像するだけで頭が痛い。  バスターミナルはデッキ下に集約しているので、乗り場はすぐそこだ。バスの時間を検索しようとスマホを手に取ろうとした堂上に、寿子の驚いた声が響いた。 「あら、あの子どうしたのかしら?」  十数メートル手前で郁が立ち止まっている。どうやらベビーカー連れの親子に話しかけているようだ。胸に小さな子どもを抱いている母親に、郁が笑顔で頷くと、いきなり荷物が載ったままのベビーカーを持ち上げて、堂上たちとは反対方向へ歩き出した。 「おい、郁!」  堂上が慌てて呼びかけると、郁はすぐ戻る、とサインを返した。そうしてそのまま親子と一緒に、近場の階段を下りて行った。  すぐ近くに下へ降りるエレベーターがあるはずだがと、堂上が周囲を見回すと、そのエレベーターの扉には『定期点検中』の紙が貼り出されていた。他のエレベーターへ回るには少し距離がある。だが、子どもを抱いたまま、母親一人で大きな荷物を持ち階段を下りるのは、危険が伴うだろう。 「ちょっと郁!? どこ行くの、みんな待ってるのよ!」  慌ててあとを追いかけようとした寿子を、堂上はそっと手を出して阻んだ。 「いいんです、すぐ戻ってきますよ」  落ち着いた堂上の声に、寿子は不満な表情を隠すことなく憤った。 「あの子ったらいつもこうですか? 本当に自分勝手なんだから! いつになったらちゃんと周りのことを考えて行動できるのかしら」 「郁さん以上に他人のために心を砕く人を、俺は見たことがありません」  人の波にのまれていく郁の後ろ姿を目で追いかけながら、堂上はそう告げた。 「これだけの人間がいる中で、あの親子のために動けたのは郁さんだけです。ただ一つ文句があるとしたら、全て自分でやってしまおうとするところでしょうか」  まったく、俺を頼れと言ってるだろうが。  そう胸中で苦ると、堂上は諦めたように小さく笑った。 「でも、堂上さんを待たせているのに。確かに他人に親切にすることは大事なことですけれど、自分を犠牲にしてまで郁がやらなくても……」  寿子はまだ納得がいかない表情だ。  自分の思う通りにならない苛立ちを、うまく消化できないのだろう。義兄たちが「おふくろが一番幼いから」と言っていた意味がようやく通じた。  それでも自分たちを大切に育ててくれたのだと。そう笑っていた彼らの気持ちが、堂上には分かる。  寿子の持つ愛情も、決して間違っているわけではないのだろう。  誰かを大切に想う気持ちは、形は違っても根底は同じものだ。心配しているからこそ、溢れ出てしまう感情は、時に受け取る側にとっては邪魔なものでしかないこともある。過去、堂上も郁に対し感情をぶつけたことがあった。だが、自分の思い通りにしようとすることが、相手を大切にしているとは決して思えない。 「躊躇いもなく手を差し伸べる勇気を、誰でも持っているわけではありません。時に傷つけられたりすることもあります。ですが、それでも誰かのためにと突き進む郁さんを、俺は心から大切にしたいんです」  誰にだって、胸を張って何度でも言える。  お前はそのままでいい。その姿でいいのだと。  雑踏の中で、堂上は背中をすっと立てた。 「俺は彼女の持つ強さや脆さも、全てを守れたらと思っています」  どれだけ傷ついてきたのだろう。  他人のために心を寄せる郁は、その数だけ理不尽な痛みと戦ってきたはずだ。  もうこれ以上傷ついて欲しくないと願う自分もいた。だが、郁はそんな堂上の願いを受け入れようとはしないのだ。  お前は決して強いわけではないのに。  けれど、何度涙を流しても、繰り返し立ち上がってくる郁の強さに、どうしようもなく惹かれたのは真実だ。  傍にいて守ってやりたい。  もうずっとそれだけを、強く願ってきた自分だから。  黙ったままの寿子に向かって、堂上はゆっくりと頭を下げた。寿子は驚いたように視線を上げる。 「郁さんが本を好きになるきっかけを与えてくださって感謝しています」 「え……」 「以前郁さんが幼い頃、お義母さんに絵本をたくさん読んでもらったのだと話していました。そのお陰で本を手に取るようになったのだと。郁さんが本を好きでなかったら、もしかしたら俺たちは出会っていなかったかもしれませんから」  口元に柔らかな笑みを浮かべて、堂上はそう呟いた。  もし、郁が本を好きにならなかったら。  もし、あの本屋で出会わなかったなら。  もし、堂上の背中を追いかけてこなかったなら。  今見ている風景が、まったく違ったものになっていたかもしれないのだ。  そんな奇跡のような積み重ねで、俺たちはここにいる。 「ああ、来ましたね」  堂上が遠くに視線を向けたのを追って、寿子もそれに倣う。  郁が階段を二段飛ばしで駆け上がってきた。寿子はそんな郁を見た途端「まあまあ、みっともない」と嘆く。 「ごめんね、お待たせしちゃって!」  二人の間に頬を紅潮させてやってきた郁は、堂上の顔を見るなり拝むように手を合わせた。 「篤さんほんっとごめんなさい! どうしてもほっとけなくて」 「いいよ、分かってる」  柔らかな郁の髪に右手を乗せて、堂上は優しく撫でた。顔を上げた郁は、えへへと嬉しそうにはにかんでいる。  そんな娘の様子を、寿子は少し離れた場所から見つめていた。郁がはっと視線を向けて、すまなそうに肩をすぼめる。 「お母さん、遅れてごめんね。ちょっと色々あって――」  唇をきつく結んでいた寿子の表情が、少し逡巡したあと、ゆるりと解けた。 「まったくあなたって子は……。もうちょっと落ち着いてちょうだい。堂上さんにご迷惑ばかりかけて」 「え……あ、はい」  きょとんとした表情で、郁が寿子を見つめる。てっきりいつものように、頭ごなしに叱られると思っていたのだろう。拍子抜けしたような顔をした郁の隣で、同じように堂上も驚きを隠せなかった。頑なだった寿子の態度が、わずかながら和らいでいると感じるのは自分だけだろうか。 「あの、堂上さん。もし少し時間がもらえるようなら、もう一度さっきのお店に戻ってもいいでしょうか?」  寿子の意外な申し出に、堂上と郁が顔を見合わせる。 「はい、構いませんが。買い忘れたものでも?」  寿子はこくりと頷いた。 「ええ、もう一つ写真立てを追加しようと思って。ごめんなさいね、時間大丈夫かしら」 「式場見学の時間をずらしてもらえば大丈夫だと思うけど。写真立てって何の写真を入れるの?」  来た道を戻り始めた寿子の横に、郁が駆け寄る。堂上が目配せして、家族写真のことは伏せたままだと伝えると、郁は怪訝な顔をした。 「もちろん郁の花嫁姿に決まっているでしょう。でももう一つ、郁と堂上さんの二人の写真も飾ろうと思って」  驚いて言葉を失った郁の隣で、堂上も同じく瞠目した。刺すように冷たかった二月の風が、今は気にもならない。 「お母さんが今まで、郁のために何かしてあげられたことは何もないと思っていたのだけど、そうじゃないんだって教えてもらったのよ」  本が二人を結び付けたのなら、そのきっかけを与えてくれたのは寿子だと、堂上は確かにそう言ったのだ。  そんな恋人の傍で嬉しそうに笑う郁が、今まで見たこともない顔で幸せだと笑うから。  貴女のために。  ただそれだけを願う人が傍にいるのなら。  それを幸福といわずに何というのだろう。 「半分はお母さんのおかげよ、感謝しなさい」 「は? 何それ」  郁は意味が分からないといった態で、寿子の顔を覗きこむ。そんな二人の後方で、堂上がその様子を微笑ましく見守っていた。 「もうすぐ奥さんになるっていうのに、郁には足りないものが多すぎるの。掃除はともかく、まずは料理を覚えないと。いくつか基本的なレシピを書き留めておくから、今度習いにいらっしゃい。……篤さんも一緒に」 「えっ」  篤さんて、と郁が呟いたと同時に、寿子が赤くなった顔で早口にまくし立てた。 「だってこれから家族になるのに、いつまでも苗字で呼ぶんじゃ他人行儀でしょう。お父さんだってお兄ちゃんたちだって、もうみんなそう呼んでるもの」  口をぽかんと開けたまま、郁はふらふらと堂上へ視線を寄越した。夢でも見ているのか、はたまた天変地異の前触れか。郁の表情は、信じられないものを見たかのような顔をしている。  篤さん一体どんな魔法を使ったの? と小さく耳元で囁かれて、堂上はさあなと軽く受け流した。  素直になれないところも、すぐ顔が赤くなるところも、お前に通じるところがたくさんあるじゃないかと胸中でそっと笑って。  知らなかったことは、これから知っていけばいいんだ。お互い何度でも。 「そう呼んでもらえたら、俺も嬉しいです」  堂上の返事に、郁に似た面差しで、寿子が嬉しそうに微笑んだ。 Fin. 
こんにちは、ショウタです。<br /><br />こちらは個人誌(完売済)に掲載したものになります。あまり聞いたことがないと思いますが、堂上教官と寿子さんメインのお話です(笑)。<br />この話が書きたくて個人誌作ったようなものなんですけれど、今振り返ってみてもほんと需要ないよなあというコンビですね(大笑)。<br />普通の男である堂上篤を書きたくて、こうなりました。あとほんとに郁ちゃん大好きだよね、っていうところも。<br />ああああ堂上教官ほんっと大好きだあああああ/////////<br /><br />こちらは「祝杯を君に<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5759380">novel/5759380</a></strong>」の後に読んでもらえるといいなと。ストーリー的にはぼんやり繋がっています。このあとに「ベストフレンド<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9069139">novel/9069139</a></strong>」「Sign <strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9174186">novel/9174186</a></strong>」とつながります~。<br /><br />少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
ハピネス
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10094584#1
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<軽い設定みたいなもの> ・Fate魔術学園 現在は1~5号館がある。 全国の魔術師を目指す子どもたちを集める。 切嗣たちは4号館の生徒。 ・生徒 魔術を勉強している生徒。 パートナーと一緒に行動する。 親と離れて暮らすのでみんな一人暮らし。 ・パートナー 生徒と共に行動する使い魔的存在。 一緒に遊んだり戦ったりして絆を深めていく。 普通にお店で買える。安いのから高いのまである。 * 「き~りつぐっ!」 「あ、雁夜」 入学式の頃からいつも声を掛けてくる間桐雁夜が駆け寄ってくる。 その手には1枚のプリントがあった。 「そろそろ、授業始まるよな~。あ、切嗣は使い魔購入した?」 「いや、まだ。雁夜は?」 「俺はじぃさんがランスロット寄越したんだよね」 「ランスロットって最新型じゃん。めっちゃ機能とかいいじゃん」 「それはそうなんだけど。でも、ほら、監視役としてさ~。くそめんどい」 「そうなんだ……」 こう会話をしている時でも、雁夜の後ろにはぼんやりとランスロットが立っていた。 その手にはフリップがあり『雁夜!そろそろ家に帰らないと!』と書かれてあった。 「そろそろ帰らないと、だって。ランスロットが」 僕が後ろのランスロットを指さすと、雁夜はやっとそれに気付いたみたいだ。 「なんだ、もうそんな時間か。ランスロット~、そういうことは早く言えよな!」 ランスロットは早めにフリップに書いて雁夜に伝えようと一生懸命にしてたはずなんだけどなぁ。 僕はぼんやりとそう思ったけど、言わなかった。だって、面倒だし。 「んじゃ!じゃ~な~、切嗣!」 なんかただの雁夜のパートナーの自慢だけをされたように感じたな…。なんかもやもやする。 鞄の中からハンバーガーを出して食べながら帰ることにしよう、そうしよう。 パートナーのことは追々考えればいいことだ。 繁華街を抜けながら帰り道を歩く。 ハンバーガーは食べ終わっていたので、包み紙を丸めてまた鞄に仕舞いこむ。 繁華街にはいろんなものが売られている。 子ども用のブリキのおもちゃからぬいぐるみ、かわいいお人形まで置いてある。 この繁華街には何でもあるのだ。 ない物などないくらいになんでも置いてある…ハズだ。 そうだ、と切嗣は考える。 ここでパートナーを見つければいいや。 授業もそろそろ本格的に始まるのでパートナーを揃えなければならない。 パートナーがいなかったらそもそも授業が成立しない。 きょろきょろと周りを見るとパートナーを売っているところはなかった。 やはり、新入生歓迎の時期を逃してしまったからだろうか…。 チッと舌打ちをする切嗣。 このままだとパートナーを買うために都会への許可を学校から貰わないといけない。 その許可を取るには面倒なので切嗣は極力この繁華街で調達していたのに……。 イライラしながらふと顔を上げると暗い路地が目に入った。 「あんなとこに路地なんてあったっけ?」 切嗣は不思議とその路地に興味を示し、吸いこまれるように入って行った。 そこの路地の奥の隅の方に『パートナー買います売ります』という看板が立てかけてあった。 少し胡散臭いけれど、切羽詰まっているので切嗣はそこに入店をした。 店内は怪しい看板のまんまだ。 ほとんど物という物が置いていない。 がらんとした店内では人気もなく、店員も見当たらなかった。 切嗣はなんだ外れか、と思って外へ出ようとする。 「何だ?帰ってしまうのかい?」 振り返ってみると、後ろにはローブを着た男性が立っていた。 声からすると50代…いや、60代だろうか。 ローブの帽子を深く被っているせいで顔を見ることが出来ない。 「いや、だって何も置いていないし」 「君は何が欲しいんだい?」 「あ、えと。パートナーを買いたいんだけど、もうそのシーズンが終わっちゃったらしくて」 「ほう。まだパートナーを買っていないのか。生憎だが、うちもパートナーを切らしてしまってねぇ」 「ですよね。ということで僕はここで……」 切嗣がドアノブに手を掛けると、男はその瞬間に口を開く。 「ただ……、1体。たった1体だけ、ある。それを君に、売ってあげよう」 「いくらなんですか?」 「そうだね。3万でどうだろうか?」 「げ!3万…もうちょっとまけてくんないの?」 「これからずっとお世話になるパートナーを値切る君はさぞ優秀な魔術師になるだろうね」 「わかったよ。都会に行くのも面倒だし、それでいいや。はい、3万」 切嗣は財布から全財産を出して男に渡す。 男は確かに受け取ったと呟き、パチンと指を鳴らす。 その瞬間にどこからともなく煙とともにソレはやってきた。 「この子を大事にしておくれ……。名は『言峰綺礼』」 僕より大きいその男は僕を一瞥し、自己紹介をする。 「我が主。私は言峰綺礼。これからよろしくお願いします」 相手が手を差し出したので、僕も思わずそれを握る。 パートナーって使い魔って言うけど、ちゃんと温かかったことを僕は覚えていたのだった。 「ここが、主の……部屋」 「そ、ここが僕の家。あとその主って言い方やめて。これから運命共同体なわけだし。…よろしく、相棒」 「では、その……何て呼べばよろしいですか?」 「そうだなぁ。普通に衛宮とか切嗣とかでいいよ」 「了解しました。切嗣」 帰宅した2人。 僕はドカッとソファに座るが、綺礼は床にちょこんと正座をするだけだった。 その大人しすぎる態度に僕はムッとしたので、綺礼に手招きをする。 綺礼はそれに気付き、僕がいるソファへ四つん這いでゆっくり近づいてくる。 そして足元で正座をして待機をする綺礼に向けて僕は頭をゆっくり撫でてやった。 「僕と君はこれからずっと一緒だ。もちろん戦うときもね。だから家族としてこれから一緒に暮らしたいって思っている。信頼ってのは大切だろう?」 「わ、私は、一体……その信頼をどうやって切嗣と築いていけば…」 「そうだなぁ。君らしさを僕に見せてくれればいいんだと思うよ。僕は君をいっぱい知りたいからね」 「私……らしさ……」 「そう、君らしさ。ほら、趣味とか特技とか。好きなこととか!些細なことでも何でもいい。まずは相手のことを知っていかないと信頼というものは築けないと思うからね」 「切嗣は本当の……私を見て、驚かないか?気持ち……悪がらない、か?」 おどおどとした態度で綺礼は僕を上目遣いで見てくる。 「もう家族なんだしさ。ちょっとやそっとのことじゃ驚かないって。驚いたとしてもこれから受け入れて行くつもりだよ」 僕はにっこりと笑うと、少し綺礼は安堵したようだった。 しかし、一体どんな綺礼らしさが出るのか僕は少し興味が湧いていた。 こんなにも綺礼が躊躇する理由はどこにあるのだろう、と。 綺礼は深呼吸をして立ちあがる。 何かを呟くと綺礼の身体は光に包まれた。 僕はそれが眩しくて目を瞑ってしまった。 すこし時間が経ち、光がなくなったのでゆっくりと目を開く。 するとどうだろう、そこにはさっきの綺礼と裸体の少女がいた。 いきなりのことでびっくりした僕は何か言いだそうとしたけれど何も言えなかった。 人間は本当に驚いたときには声は出ないと聞いたが、本当らしい。 「切嗣。驚くかもしれないが、私たちは双子タイプとして作られたパートナーなのです。そしてこちらが妹タイプの……」 「はじめまして。キリツグ。ワタシは妹タイプの言峰綺礼です」 「あ、名前は一緒なんだね……っじゃなくて!服!服を着て!君!今裸だから!!」 「服…。別にキリツグにならワタシの裸はいくらでも……」 「女の子がそういうこと言っちゃだめ!ほら、これでも被って!!」 僕は急いでそこらへんにあったタオルケットを妹様とやらに被せる。 少し腑に落ちない顔をする妹様であったが、しぶしぶタオルケットを身体に纏った。 一人でぶつぶつと「これがキリツグの香り…」とか言っていたような気がするが、多分気のせいだろう。 僕は疲れているんだ、うん。そうだ。 「いきなり、すまない。その…妹がいることを隠していて……」 「いや、僕も君らしさを出してほしいって言っちゃったし。その、お互い様だよ。だからそんなに気を落とすなって、な?」 僕は落ち込んでいる兄様の肩をポンっと叩いてあげた。 「妹も悪い者ではない。とても役に立つ。だから、廃棄だけはしないでほしい」 綺礼が必死であることは目を見ればわかった。 今まで妹を守ってきたのだろうと勝手に僕は想像をする。 「廃棄だなんてそんなこと僕がすると思うかい?そんなに僕が信じられないのかな?」 「そんなことはありませんが、邪魔に思われてしまうと思いまして」 「これからちょっと普通よりにぎやかになるくらいだよ。気にしないって!それより、妹をどこに隠していたの?」 「私自身、固定された主がいなかったので魔力が安定しておりませんでした。ですので、妹は私の影に隠すことで2人で生き延びてまいりました」 「そっか。…ってことは今度は僕が2人分の魔力を提供しなきゃいけないってことだよね!!」 「そう、いうことになりますね。すみません……でもっ」 「廃棄だけは……だろ?大丈夫。僕はこう見えても特待生で優秀なんだ。魔力もたっぷりあるから使い魔の1人や2人、どってことないよ」 縋る様な、泣きそうな顔をしている綺礼を安心させようと僕は頭をさっきのように撫でてあげる。 そうすれば綺礼はほっとした顔に戻り、心地よさそうにする。 なんだか綺礼が犬のように見えてくる。 「さて、女性の服はないからなー。一応僕の服を着させて後で買いに行くか」 「そうですね。買いに行きましょうか」 「あと、呼び方が面倒だからお兄ちゃんの君は『きーくん』で妹ちゃんの方が『レイちゃん』でいいかな?」 「はい。それで私は構いません。……とても親しみやすい名前で、嬉しいです」 家に来てはじめて綺礼が自然に笑ったような気がした。 こんなに柔らかい笑い方もするんだなって僕は思った。 「へ~、んで。これがそのパートナーなの」 「そう」 「なんか…なんというか……。2人とも切嗣にべったりなんだね」 「そうなんだ、よね。いろいろお世話していく上で何でかこんなに親しくなってしまってね……」 昼ごはんを外のテラスで雁夜と食べながら会話をする。 綺礼を購入して数日後、はじめてパートナーのお披露目を雁夜にしてみた。 雁夜に見せたは良いのだけれど、僕の左右に兄妹が座りとても圧迫感を感じる。 雁夜も若干引いている気がする。 「それにしても双子のパートナーなんて珍しいな~。どこで買ったの?」 「なんか暗い路地んとこ。でも、もうその店なかったんだよ」 そう。 れいちゃんの服を買ったついでにこのパートナーのことをもっとじっくり聞こうと思って、あの店の場所へ行ったら何もなかったんだ。 店も。ドアノブも。看板も。何もなく、そこはただの何もない路地だったんだ。 「変わったこともあるんだな~」 「なんかな~。レイちゃんさ。きーくんの影に戻りなよ…。なんか圧迫感感じるし……無駄な魔力使いたくないし」 「キリツグはワタシが嫌いなのですか?そんなにワタシに会いたくないのですか?…ワタシはいっぱいキリツグといたいのに」 「そうじゃなくってさ。その…目立つじゃない……?」 「レイ。切嗣を困らせてはダメだよ?それこそ、切嗣に嫌われてしまうよ?」 それを聞いた瞬間にレイは黙りこみ、少し考え、しぶしぶ兄の影へと戻る。 それを目の当たりにした雁夜は興奮気味になり「すっげー!かっけー!」などを連呼する。 「やっと戻ったか。これでなんとか魔力も持ちそうだよ」 「妹がすみません……。でも嫌ってやらないでください。妹も切嗣のことが好きなだけですから……」 「『も』?」 「あ、いえ…。妹は、ですね。失礼しました」 「謝らなくてもいいよ。僕も君のこと、大好きだからね」 率直に自分の想いを伝えると綺礼は顔を真っ赤にして下を向く。 雁夜はそんな僕らを見てニヤニヤと笑ってランスロットに耳打ちをする。 何してるんだ、と僕が言ったら、雁夜は席を立って次の授業行くから~と言って立ち去ってしまった。 去り際に綺礼の方を見てウィンクしたが、これはどういう意味なのだろうか。 何かの…合図、とか?それとも信号? 僕が真剣に考えこんでいるときに綺礼の微かな声が僕の耳に届く。 「本当に貴方のことを好きになってしまいそうです……」 綺礼を見るとその大きな身体はふるふると震えていて、いまにも崩れてしまいそうだった。 この言葉はどういう意味で捉えていいのかわからなくて、僕はいつものように頭を撫でようとした手は撫でることなく宙を舞ったのだった。 いつもの聞き間違いかもしれない、と自分で自分を落ちつかせることにこの時の僕は精一杯だった。
▼激しくキャラ崩壊注意 ▼天然切嗣×純情綺礼ちゃん×積極的にょた綺礼ちゃん・3人でわいわいきゃっきゃしてます。▼学園パロです。設定の雰囲気だけ味わって下さい^^話は薄っぺらいです! ▼ちょこっとアンケートなんか置いてみたり。お暇でしたらご協力頂けると嬉しいです…! ▼評価・ブクマありがとうございます^^そしてアンケート!お忙しい中、ご協力下さりありがとうございます…!若干の僅差で普通の綺礼ちゃんの投票もあったので、別ルートも考えようと思います。とても参考になりました^^まだアンケートは設置しておきますので、お時間あればよろしくお願いします~。 ▼2012年04月22日~2012年04月28日付の小説ルーキーランキング 60 位も頂きました…!本当にありがとうございます(*´ω`*)
君に振り回されっぱなし
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桜はすでに散り始めているけど、桜のイメージ第一位に輝いていそうな入学式。 そう!今日は入学式! 箱にギッチリ詰め込まれた造花を眺めてはニヨニヨしてる私は、多分端から見たらものすごく気持ち悪いだろう。 だがしかし、今ここにいるのは私一人!問題ない! なんでこんなに浮かれているのかと言うと、今日は零くんが入学する日なのだ。 1年間だけでも一緒に通えるのは嬉しい。 1ヶ月も前から、大きすぎるランドセルを背負ってみてはそわそわしていた零くん。 わざわざ私に見せに来ては、「にあう?」って上目遣いで聞いてきた零くん。 ほっぺたがピンクになって、目もキラキラ輝いて、全身で楽しみ!って訴えている姿が……うう、天使だ……。 やっぱり零くんは天使に違いない……。 うちの学校は始業式の前に入学式をするので、当然式のお手伝いなんてみんなやりたがらない。 私だって、零くんがいなかったら、新入生の胸にお花を飾ってあげる係なんて引き受けなかった。 お菓子がもらえるわけでもないしね……。 ろうどうにはたいかをよこせ。子供でも知っている真理だ。 そろそろ始まるかなーと体育館の入り口を見ながらぼーっとしていたら、運悪くもう一人の係になってしまった同級生がやってきて、ため息をついた。 「もうさー、お花なんて正門で配ればよくない?なんでうちらがわざわざ来てつけなきゃいけないんだろう……」 「だよねえ。学校の先輩も歓迎してますアピールなのかな?ぶっちゃけ接点とか全然ないから困るよね。まあ、うちの零くんがいるから、私は全然オッケーだけど!!」 「あー、弟くんだっけ?めっちゃ可愛いって聞いたけど、全然想像つかないや」 そういえば、この子とはそんなに親しくなかったから、零くんの写真は見せてなかったか。まあいい、本物を見てひれ伏すがいい! 保護者が続々入ってきて、体育館の後ろの方がみるみる埋まっていく。あっ、お父さんとお母さんだ。 お母さんが早足で前の方の席を確保しに行った……。 あれっ、そのビデオカメラ、私見たことないぞ?いつの間に買ったんだ? 体育館に入ってくる保護者もいなくなって、外の方から高い声のざわめきが微かに聞こえてくるようになった頃、家庭科の先生が「これより、入学式を執り行います」と司会を始めた。 軽快な音楽と共に二列で入場してきた一年生の胸に、両面テープをはがしてはどんどん造花をつけていく。 零くんと私は50%の確率に勝ったらしく、自分の手で零くんに造花をプレゼントできて大満足だ。 「おねーちゃん!」 「零くん、入学おめでとう!」 モスグリーンのチェックの半ズボンに紺のブレザー。お母さんと吟味しまくった甲斐があって、零くんによく似合っている。 弾んだ声で小さく話しかけてきた零くんに、同じく小声でそう返せば、向かい側にいた同級生が目をひん剥いて零くんをまじまじと見ていた。 マジかよ……この美少年が弟……?みたいな顔をされたので、超ドヤ顔をしておいた。 そうだろうそうだろう、絶世の美少年だろう!?零くんはなぁ!可愛いんだぞ!! あっという間にお花はつけ終わってしまったので、零くんもちらちらこっちを見ながら前に進んでいく。 残念ながら私はお花をつける流れ作業に戻ってしまったのでそれ以上零くんに集中できなかったんだけど、一年生が無事全員着席した後は、体育館の一番後ろで先生達に交じって入学式(というより零くん)を見守ることにした。 きりっと真面目な表情で先生の方を向いているけど、時々ちらちらとこちらを見てくる零くん。 ばれてないと思ってるんだろうなあ、可愛いなあ。 視線が合った時ににこって返すと、一瞬だけものすごい笑顔になって、それから慌てて前に向き直る姿も可愛い。 先生のお話、ちゃんと聞かなきゃ!っていう感じできりっとし直してる。 おかーさーん!!!!!今の零くん、もちろんバッチリ録画してるよね!?!?!?!?後でブルーレイに焼いてね!?!?!?!? お父さんも写真撮ってるよね!?!?!?!?フラッシュ焚かないのはさすがだね!!!!!! 一年生いっぱいいるけど、やっぱり零くんが一番可愛い……。一番輝いてる……。今日の手伝い要員に名乗りを上げてよかった……。 式が終わった後、教室に連れて行かれた零くんを待っている間、お父さんが撮った写真を3人でチェックしながらわいわいはしゃぐ。 「あっ、この零くん可愛い!」 「こっちもいいわね!」 「零くんはいつ撮っても最高に可愛くてかっこいいぞー!ほらほら、このキリッとしてるのもいいだろ?」 「お父さんさいこー!!アルバム作らなきゃ!」 花粉症でマスクをしているお父さん、目もかゆそうで真っ赤になってるのに、この状態でこんなに写真を撮ってくれてありがとう! 家に帰ったら顔洗ってアイボンして鼻も洗おうね! 私達も全身はたいて花粉を落としてから家に入るから! 30分ほどで紙袋を抱えて戻ってきた零くんと、正門前で家族写真を一枚。お母さんと零くん、お父さんと零くん、私と零くんのツーショットを一枚ずつ。 「あのね、お姉ちゃんにね、お花つけてもらったの!」 「うんうん、よかったわねえ。かっこいいねえ」 「似合ってるよ、零くん!」 両手をぶんぶん振り回して、珍しく興奮している様子の零くんに、お父さんもお母さんも本当に嬉しそうに笑っている。 あんまりわがまま言わないし、お父さん達の前ではこんな風に興奮するのもほとんどない子だからね……。 私の前ではよく興奮してるけどね! ご飯が大好物だった時とか!一緒に猫ちゃんのクッキー作ったときとか! うらやましいだろう!! 夜はレストランでごちそうを食べようかって話をしていたんだけど、昨日の夜に零くんがもじもじしながら「お姉ちゃんのごはんがいい……」なんて可愛いわがままを言ったので、レストランの予約をキャンセルして急遽おうちご飯です。 桜でんぶだけスーパーで買って、いざちらし寿司。 零くんもお手伝いをしたいと背伸びしながら手を挙げてくれたので、炊けたご飯にお酢を混ぜる作業をお母さんとしてもらう(お父さんはその後ろでずっとビデオカメラを回していた) 昨日のうちに仕込んでおいた椎茸とかんぴょうとレンコン、それからさっき作った錦糸卵と焼き鮭を使って、零くんが作ってくれた酢飯に錦糸卵以外を混ぜ込んでいく。 「零くんはいくらいるかなー?」 「いるー!」 ぴょんぴょん飛び跳ねながら返事をする零くん……ううっ可愛い……。 お父さん、これも……あっ、カメラ回ってたね。よかった。 お皿に盛ってから錦糸卵を盛って、桜でんぶを散らして、それから零くんのお皿に真っ先にいくらをたっぷり載せる。大きな目をキラキラさせていくらを見つめる零くんに、家族3人でこっそり笑ってしまった。 平日に家族全員で食べるご飯は久しぶりだ。私も嬉しいけど、誰よりも零くんがものすごく嬉しそうにしている。 レンコンはもりもり食べているので、どうやら食感が気に入ったようだ。鮭も……うん、当然ながらもりもり食べてるね。 椎茸もそれなりに食べているし、ちらし寿司は気に入ってもらえたよう……うん? 「零くん、かんぴょうおいしくない?」 「かんぴょう?」 「これこれ、このちょっと黄色いの」 かんぴょうだけそっとお皿の横によけてある。 かんぴょうそのものの味はほとんどないし、味付けがまずかったかなあ。結構おいしくできたと思ったんだけど……。 「なんか、これ、口に入れたとき、変な感じ……」 「あーーーー、食感かぁ」 なるほど、了解!味が悪いわけじゃなくてよかった! 「うーん、実は結構栄養があるらしいから、ちょっとだけ食べようか。後はお姉ちゃんがもらうね」 「うん」 こっくりうなずいて、ご飯と一緒にかんぴょうを食べたのを確認して、よけてあった残りのかんぴょうを全部私のお皿に移す。 無理強いはよくないしね。おいおい食べられるようになってくれれば、もうそれだけでいいよ。 一緒に歯磨きをして(歯磨きの仕上げチェックはまだ必要なのだ)、一緒にお風呂に入って、明日の準備をしている私をベッドの上で見守っていた零くんが、「お姉ちゃん」と不意に声をあげた。 「ん?」 「明日から、一緒に学校行けるね」 僕、楽しみ。 そう言ってはにかんだ顔が、本当に幸せそうで。 「おねーちゃんも!!!!!!ずっと楽しみにしてたよ!!!!!!」 準備を丸投げしてベッドに飛び込んで、ぎゅぎゅぎゅっとかいぐりかいぐりして、そのまま一緒に寝た。 はあ、やっぱり義弟(仮)は天使だ……。
北海道地震も関西台風も!!!!みんな無事か!!!!というわけで急遽書きました。ショタは健康にいいぞ。<br />ちぢませ隊のせいでTLがショタに沸いていて嬉しい限りです。ちぢスコほしいです。
義弟(仮)が天使だった2
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490 1 やあみんな久しぶり。 初期短刀毛利スレの審神者だよ。 現在、髭切と二人でサイゼリヤでお通夜を開催しているので、現実逃避のためにもちょっと話を聞いてほしい! 491名無しのさにわ民 なんぞwwwwwwwww>サイゼリヤでお通夜 492名無しのさにわ民 お通夜wwwwww って思ったんだけど、相手がまさかの兄者 493 1 こんなツラした髭切はじめてみた もうすごい沈痛。むっちゃお通夜顔。 さっきから二人で注文したドリンクバーに行く気力すらない…… 494名無しのさにわ民 おう、ワイも見たことねえぞ!? 495名無しのさにわ民 兄者のお通夜ヅラ…… 何があったの…… 正直あのフワッとした性格の兄者がそんなツラになるとか想像もできんのだが 496名無しのさにわ民 兄者がそんな沈痛なツラをしたら膝丸がとんでもないことになるのでは?? 兄者!? どうしたのだ兄者!!!!ってなるのが想像余裕すぎる 497名無しのさにわ民 しかもサイゼ サイゼで沈痛な顔をして黙り込んでいる兄者 498名無しのさにわ民 1のことだからまたなんかやらかしたんだと思うんだが、何が…あったの……?? 499 1 えーっと話がちょっとさかのぼるんだけども。 結論からいうと、今回の秘宝の里、結局うちは一万玉に到達できないままで終了しました。 最後は全力で走ったんだけど、もう全員バテバテになっちゃって……レベルが足りないのが敗因だったんだと思う。 500名無しのさにわ民 お、お疲れ様です>全力で走った 今回の一万玉の報酬って誰だ? 平野?? 501名無しのさにわ民 平野だったねえ。あーそれはお疲れ様です。低レベル初期本丸だと玉集めの里はキッツイよね。 しかも今回、1本丸は安定騒動起こしてなかったっけ 502 1 一応それもある>騒動 あの前後で俺が何回か招集かけられちゃって、その間は出陣を控えてたから日数的にきつくなったってのはあったんだよね その後残り日数に気づいてあわてて玉集めに行ったんだけど、最終的には九千ちょっとで終わってしまった…… 503名無しのさにわ民 九千ちょっと。それは悔しい。 ちなみにあの後、安定はどうしてるのん?? 504 1 そこそこ元気にしてるよー>安定 本丸になじんだとまでは行かないけど、ポツポツ俺や加州以外とも話をするようになってきてるし、俺が他のやつらと飯を食っても警戒しないようになった。 ただ、なんていうか病気がちっていうか、すぐ体調崩すんだよな……本人が申請したから何回か出陣の許可も出したんだけど、無茶苦茶強いのにあっという間に体力が切れる。今日もちょっと熱があったから留守番させてるよ。まぁうちの連中も看病馴れしてきたから大丈夫だろ。 505名無しのさにわ民 おう、落ち着いたなら何より だけどすぐ寝込むって心配だなあ なんかあったのか 506名無しのさにわ民 環境が違うところから来たのが良くなかったとか? どうも安定のいたとこって俺らがいるサーバーとは全然違ってたみたいだし しかしあのビジュアルで寝込まれるとか、想像するだけでたいへん心臓によくない 507名無しのさにわ民 もしかしたら霊力不足が原因かもしれないぞ>すぐ寝込む どうも神様系の刀剣男士は霊力をエネルギーに動いてるらしいんで、その辺さっぱりのこの環境があってないのかもしんないね 1は実家が神社なんだったら、なんかそれっぽいもんを持ち込んでみたりしたらどう? 508名無しのさにわ民 霊力…… うごごごご…… 霊力とは とりあえずソハヤがじゃんじゃん出したり、まんばが期待されたら困ったり、光世の悩みの種なのは知ってる 509 1 その辺は想像もしてなかった! ありがとう、なんか考えてみるわ>>507 で、まあ、そのあたりのこともあってウチ本丸バタバタしてて、安定も出陣どころじゃなかったし。 もう九千行ったからまあいいか……って思ってたんだけど、最近知ってしまったんですよ。 平野藤四郎というやつが、ショタであるということを。 510名無しのさにわ民 アッ>平野くんはショタ 511名無しのさにわ民 言われてみたら毛利的にはショタカウントだった あーーーーーーーー惜しい のか? 512名無しのさにわ民 惜しいような惜しくないような 平野を生贄に差し出すのは忍びないような 513名無しのさにわ民 だがしかし1本丸の毛利はすげー働き者だしなあ 小さい子の一人ぐらいはいてあげてもいいような気がする ……でも、結局到達できんかったかー 514 1 うむ。それで毛利がこっそり落ち込んでいたみたいで、ワイ審神者ちょっとこれは可哀相なことしたと思って悩んでたんだよね。 そしてここにひそかに心を痛めていたのがもう一振り。 髭切ですよ。 515 1 今回ラストむっちゃ走るじゃん? でもラストまで到達する可能性をあげるんだったら、丈夫なやつを入れといた方がいいじゃん? うち太刀がまだ二振りしかいないじゃん? 結果的に髭切と明石はスタメン入りするじゃん? 二人とも常に疲労で真っ赤っか。 516名無しのさにわ民 OH……>疲労で真っ赤な太刀 517名無しのさにわ民 推定するに、今回の周回メンツは主に脇差・打刀・太刀でローテーションだったのね。 疲労抜きで交代で入れるにしても、これじゃあ桜付けもできんよなあ いくら明石が俊足太刀っていってもレベルがあるだろうし 518 1 どっちかっていうと、ワンチャン桜が付けられることがあるから明石をメインで走らせてた ただ最後の一日は全員バテバテになっちゃって、最終的にはあきらめた……って感じだったね もうまともな飯作る気力もないので途中からはずっと三食カップ麺かレトルトカレー生活。最終日は全員でカップ麺食いながらこんな感じの会話になってたよ 明石「もう自分、一歩も動きたないわ……ひと月ぐらい湯治にでも行って、ずーーーーっと寝てたいですわ……」 髭切「ほんとだね……鬼退治~で山登り~だったらいいけど、こういう”まらそん”はちょっと無理……」 物吉「ごめんなさい、ご飯作れなくて……」 浦島「亀吉のご飯……亀吉のご飯だけ、作らないと……」 加州「もぉ爪も髪もボロボロ……今の俺超かわいくない……でも寝たい……むり……」 亀甲「でも……ご主人様の愛を感じるよね……身体は疲れているけれど、むしろ元気が出てきたっていうか」 加州「それは感じない。お前ほんと燃費いいな」 519名無しのさにわ民 亀甲w 520名無しのさにわ民 安定の亀甲すぎるw  521名無しのさにわ民 走れば走るほど元気が出るってなんだ永久機関か お手伝いを期待されればされるほどお手伝いをする元気が湧いてくる物吉と似ている 522名無しのさにわ民 >>521 貞宗は永久機関かな????? 523名無しのさにわ民 しかし1本丸の明石、何故明石国行なのにそこまで働かなければならないのか うちの明石なんて、普段はのぺーっと寝てばっかりなのに 524名無しのさにわ民 せやな。明石は基本的にだらだらしたいタイプだもんな。 仕事を頼むと一番効率良いやり方で速攻終わらせてまたダラダラするとかいう高性能怠惰だけど 525名無しのさにわ民 高性能怠惰イズ何 ただ初期太刀忙しいのはわかるんだけどね、しかも相方が兄者とかいうダラダラ以前に、なんかもう色々こっちに働かせるとさらに仕事が増えるタイプというのがアレというか 526 1 うん……髭切は仕事ができない…… 俺も人のことはいえないんだけど、カレーを作らせたときは一鍋焦がしたし、皿洗いをしてると途中から錆を落とすのが楽しくなっちゃって一時間以上ずっと洗ってたりするし、掃除機をかけるとカーテンを吸い込んでカーテンレールをバキバキ言わせたりしてる。 たぶんこれでもすごく働いてる方なんだと思うけど、本人の性格が労働に根本的に向いていないというのか。 だから結果的に、器用な性格の明石のほうが働く。 527名無しのさにわ民 兄者あまりにも兄者……>カレーを焦がす・カーテン吸い込む ていうか、うちだとそもそも兄者に家事させるとかいうタイミング自体が発生したことがほとんどないけども。やるとしたら膝丸が目を配ってくれるからな~ 528名無しのさにわ民 こんなところで思い知るまさかの膝丸の重要さ しかし1本丸の兄者はそうだとしても、ぽーっとした性格しすぎでは? 529名無しのさにわ民 もしかして:刀は主に似てる 530名無しのさにわ民 (沈痛な面持ち) 531名無しのさにわ民 1……お前はちょっと自分を見直したほうがいい…… 532 1 うん……自分でもそう思う……>>531 でも、今回の玉集めの里については、明石にも悔しさはそこそこあったっぽいんだよね。 二人で畳に転がった死体になりながら、こんな話してたから 明石「せやかて、今回でその平野クン捕まえることができたら、これから先探さなくても済むやないですか」 髭切「あれ、探す気だったの? すごく頑張ってるなあって思ってたけど、そういう理由だったんだ」 明石「粟田口、あれだけの数いはるやろ。全員集めよう思うたらえらい骨ですやん」 髭切「全員……そっかぁ、そういうことも考えてたんだあ」 明石「……まぁ、何となく思っとっただけや。あんまり気にせんとって」 533名無しのさにわ民 明石…… 534名無しのさにわ民 そうだった、明石は早く愛染とほたちゃんに逢いたい奴だった。 しかしそこで『だったら粟田口も、兄弟に会いたいだろう』って考えるあたりがお前んとこの明石まじでいい明石 535名無しのさにわ民 そしてマジで何にも考えてなかった兄者 536名無しのさにわ民 >>535 言わないであげて…… 537 1 髭切曰く、「途中からチャリンチャリンで頭がいっぱいで、何をしているのかわからなくなっちゃったんだよねえ……」だそうです それで、全員で畳に転がった死んだマグロになっていたのが先週。 また安定が風邪をひいたんで買い物行くことになってたんだが、そのときにふと思い出したのが『楽しい夏休みシール集め』。 いちおううちだとだいたい集めてあったんで、これも期限切れの前に交換せねば、ということで前日に会議を開いたうえで持っていくことになった。 538名無しのさにわ民 最近の政府は何を考えているんだろうね?????>楽しい夏休みシール集め 539名無しのさにわ民 今年の頭の刀剣新春パン集めといい、マジで一体何をやりたいのかわからんところはある 正式文書で通達が来て気合が入ったかと思うと、やることがシール集めだったりしてテンションの上下がわからんというかなんというか 540名無しのさにわ民 うちはあれでようやく小豆さんをお迎えできたのでありがたいっちゃありがたかったけどなあ だからといってシールの正体がわかるわけではない。あのトンチキ企画の意味がわかるわけでもない 541名無しのさにわ民 うちは謙信くんがキタヨー これで長船派がコンプとなったんだが、あいつら、なんであんなに足が長いんだ。そしてデカいんだ。まさか祖が下から二番目とか想像もしておらなんだ 542 1 一応会議の結果としては、「次は順番としては、髭切の番だろう」ってことで、『膝丸』と交換してこようってことになってたんだよ 今んところ身内に会いたい刀は太鼓鐘・浦島・髭切・明石がいるんだけど、髭切以外は待ってる縁者が二人以上いる。だからコンプとまではいかなくても、待ってる相方のどっちか片方がひょっこり来る可能性はまだ高い。あと太鼓鐘は「そりゃみっちゃんには会いたいけど、うちは兄ちゃんたちもいるしな」だそうです。 でも、途中でずーっと髭切が何か考え込んでる様子だったんで、なんかあるのかなーとは思ってた。 そして当日買い物に行く護衛に髭切がついてくると言い出したんで、こりゃ絶対なんかあると思った。 543 1 で、案の定、本丸を出て支部のある街あたりに出たところでこう言い出した。 「僕は後回しでいいから、明石の逢いたい子を連れてきた方がいいんじゃないかなぁ」と…… 544名無しのさにわ民 まさかの兄者 そこで明石 545名無しのさにわ民 前の安定のときも思ったけど、1本丸の明石と兄者、ホント仲いいな?? そこで弟に会えるチャンスを譲るとは 546名無しのさにわ民 しっかし、まったく縁もゆかりもない刀同士がそこまで仲がいいっていうかコンビ化してるってのは珍しいな 源氏刀と来派ってマジで接点ないのに 547名無しのさにわ民 >>546 いや、でも初期あたりに来た刀ってそんなもんじゃない? うちの山伏はみっちゃんとすごく仲いいけど、あそこも本来は接点ゼロだろ 548名無しのさにわ民 まあ本丸あるあるだよね うちの三日月おじじも実はすごい初期に来てたから、身の回りの事は一通り自分で出来るようになってた たまにばみちゃんの装備を着つけるのを手伝ってあげてるのが見ていてほっこりする 549名無しのさにわ民 本丸ならではの人間関係…… うちの宗三とはっちのようなものですか まあたしかに1本丸の明石、兄者の女房役って感じがするよな 550名無しのさにわ民 だがしかし、兄者と1って組み合わせって不安しか感じないのでは??? 551名無しのさにわ民 >>550 うん、せやな!!!!! 552 1 まったくもって何の言い訳もできません。 我々、皆さまのご予想の通り、政府支部のシール交換窓口に来たところでやっと気づきました。 「明石が会いたがっていた刀の名前がなんだったのかをおぼえていない」ということに…… 553名無しのさにわ民 >>552 予想可能回避不可能すぎるわ!!!!!! 554名無しのさにわ民 >>552 お前らなんでそこでサプライズしちゃおうと思ったの????? どうしてノープランで計画変更しちゃったの????? 555名無しのさにわ民 人の話を聞いてない1 他人の名前を覚えられない兄者 どうみても絶望 556 1 そんなことないもん!!! 一応なんとなくの特徴はおぼえてたもん!!! でも、いざ交換所に来てみると、刀剣男士ってこんなにいたんだって呆然としたよね。だって七十振りちかくいるんだもんね。 特に短刀はほぼ同じ服なのがどっさりいるからマジわかんなかった。こんなにたくさんいてどうやって見分けるんだって思った。 557名無しのさにわ民 ああ、粟田口は数が多いよね……>同じ服装 558 1 さすがに名前もメモしてたし、膝丸君はすぐ分かりました だがしかし明石の会いたいやつというのがマジわからなかった かといって、ここで一度引き返すと絶対に明石がみんなで決めたことですやんとか言い出すに決まってるって髭切は言うし、今回しかチャンスがなかった。 559 1 髭切「ねえ主、明石のあいたい子って何丸だったっけ…? 愛丸??」 1「まて髭切。それはお前の弟の名前となんかが混ざってるだけでは??」 髭切「そうかもしれないね…… 正直なことをいうと、僕、あの子の顔はおぼえていたけれど、名前は見るまで思い出せなかったもの」 1「お前のその記憶力ときどき俺不安になるんだけど…… あそこに来派ってのがあるけど、そこの誰かじゃないのか?」 髭切「それも怪しいよ~。だって僕と弟は刀匠の繋がりなんて何もないし、加州と安定くんだってそうでしょう」 1「そうだったな……マジで誰だ……」 560名無しのさにわ民 >>559 この不安に満ちた会話である 561名無しのさにわ民 >弟の名前となんかが混ざってるだけでは >僕と弟は刀匠の繋がりなんて何もない ア~~~~~~~ なんかこう絶妙な勘違い要素が~~~~~~~~~~ 562名無しのさにわ民 何故そこで…!! そこで引き返すか、通りすがりの別の明石に聞こうと思わなかったのか…!! 563 1 明石国行は平均的には怠け者らしいので、あの日はいっぺんも外では見なかった…… 髭切「なんとなく顔は覚えてる気がするけど……ううんとどんなコだったっけ……赤毛で髪がツンツンしてて、元気がいいって聞いたけど……」 1「よく見たらアレなんとなく仲いい奴は番号が近いんじゃないかって気がするんだけど」 髭切「あ、ホントだ。僕と弟が並んでいるねえ。あと服もなんだか似ているねえ」 1「明石と服が似ていてー、赤毛でツンツン頭でー、元気がよくてー……誰だ……」 髭切「! 思い出した、小さい刀と大きな刀がいると言っていたよ!」 1「まじか! じゃあ赤毛で頭がツンツンしてて、明石に服が似てて元気がよさそうなやつか!!」 564名無しのさにわ民 ア“ア“ア“ア“ア“ア“ 565名無しのさにわ民 絶妙なあってる感と絶妙なそれじゃねえ要素のコラボレーション 絶妙な不正解…!! どうしてそっちに行っちゃったんだ……!! 566名無しのさにわ民 ・刀帳番号は近い ・刀派が同じとは限らない ・名前はナントカ丸ではない ・服は明石と似てる ・赤毛でつんつん頭 ・大きい刀と小さい刀がいる 567名無しのさにわ民 なんだこの微妙な不正解パズル なんだこの勘違い推理の積み重ね 568 1 で、この条件を全部満たす奴がいたんだよね 569名無しのさにわ民 今むっちゃ刀帳見てた 誰だ 570名無しのさにわ民 同じく。 そうですね、いますね。その条件全部満たす刀。 571 1 そして俺たちは『大包平』とシールを交換した 572名無しのさにわ民 あああああああああああああああああ 573名無しのさにわ民 うああああああああああああああああああああ 574名無しのさにわ民 違う! あまりに違う!! 圧倒的に違う!!!!!! 575名無しのさにわ民 明石と何の接点もねええええええええええ どうしてそうなったああああああああああああああああ 576 1 希望者が多いみたいで、窓口ではスムーズに受け渡しをしてくれたよね 577名無しのさにわ民 >>576 それは……ええ……はい…… 578名無しのさにわ民 >>576 お前んとこにはいないけど、大包平を大変お待ちの刀がいるからな…… もし未入手なら、今回でってやつは多そうだもんな…… 579名無しのさにわ民 今刀帳みてたんだが、確かに絶妙に要素が乗っかる程度のアレはあるわ 来派は黒ジャケットなんだけど愛染くんと明石だと裾の長さが全然ちがうし、あと、明石の腰の紐がややこしい。大包平と同じ方向に結んでる 580名無しのさにわ民 色合いも黒×赤だね…… なんかそういう視点で見たことなかったからアレだけど、愛染くんを成長させたらだいぶ大包平に似そうな感じはする程度のアレはある 581 1 俺たちがクッソふわふわした状況判断だったのは分かってる!! だからお通夜してる!! でも分かってほしい……勘違いする要素はたしかにあったのだ、と…… ちなみにミスに気付いたのは、当の大包平さんが緑色のしらない刀剣となんか仲良さそうに話してるのを見かけたからでした。 アレ? なんか衣装似てね? あとすごく仲いいよね? と思って同行してたカワイイ女の子の審神者さんに確認したら、大包平とその緑色の鶯丸氏が同じ『古備前派』であり、大変仲が良いということが判明しました。 そしてとんだ大ミスを犯したことを悟った俺たちは、相談のために政府支部前のサイゼリヤに入ったものの、お通夜モードでどうにもならなくなる←今ココ 582名無しのさにわ民 納得のお通夜ムード そら兄者でも落ち込むわ 583名無しのさにわ民 ホントまじでどうすんだコレ お前らがアレすぎるのは流石に知ってるが、帰って明石に何をいうつもりだ 584名無しのさにわ民 1はメモを取る習慣をマジでつけたほうがいいし 兄者はもうちょっとこう…細かいことを気にした方がいいんじゃないかな…… 585 1 >>584 今回の敗因は、最初から細かいことをおぼえとくのが苦手な髭切がむりやり記憶を搾ったことのよな気もする 明石への言い訳もだけど、よりにもよって勘違いでもらってきてしまった大包平?にも申し訳なくて…… 586名無しのさにわ民 マジでそれ ほんとソレ あいつプライド高いから、経緯を知ったら裏ですごい落ち込むかもしれない 587 1 そうだよねえええええええええ さすがに大包平くん?に申し訳なさすぎるよねええええええええ 588 1 あと、ツラしか分からんのだけども、こいつ、どういう性格してるの? プライド高いの? 589名無しのさにわ民 プライドは高いな。でも気質がスッキリしてて、熱血で体育会系。天下五剣へのライバル心でギリギリしてるけど、拗らせてるって感じでもない。 基本的にむちゃくちゃ良いヤツ。裏表がない感じ。 590名無しのさにわ民 同じ古備前の鶯丸がよく大包平がまた馬鹿やってるんじゃないかと思って和んでるみたいだけど、うん、確かに馬鹿だな! でも悪い意味の馬鹿じゃなくて、いい意味の馬鹿。昔の少年漫画とかの主人公タイプの熱血単純バカ。 あと声がでかい。 591名無しのさにわ民 経緯が経緯じゃなければ、1本丸にも無条件でおススメできる奴なんだけどなあ…… あと声はでかいです。むっちゃ発声がいいです。 592 1 そうか…声がでかいのか…… 兄者は今のところ落ち込み続行中なんだけど、刀状態の大包平を眺めながら、「こんなにきれいな刀だからねえ、明石と同郷だと思ったんだけど」ってしょんぼりしてる ところで天下五剣って何? 髭切も知らないらしいんだが 593名無しのさにわ民 >>592 ちょっ おま 594名無しのさにわ民 天下五剣はさすがに知らないとまずいのでは!?!?!?!? 595 1 刀の知識を搾ってるんだけども、五箇伝とは違うんだよね? 五振りいるの? うちにはいないから分からないの? あと兄者についていうと、「少なくとも僕の時代の言葉ではないよ」だそうです 596名無しのさにわ民 アッ>僕の時代の言葉じゃない 597名無しのさにわ民 そういえば1本丸には青江がいなかった。それどころか三条もいなかった。 え? 天下五剣ってそんな新しい言葉なの??>兄者 598名無しのさにわ民 いや、確かすごく新しいよ 兄者が本丸以前に天下五剣と遭遇したことあるとしたら、たぶん徳川吉宗の時代。でもその頃はそういうくくりはなかった?ような? 個刃としては知り合いだと思うけど、天下五剣というくくりとして認識してなくてもおかしくないと思う あと、兄者は記憶力がフワフワしてる。 599名無しのさにわ民 それがでかすぎるのでは??>記憶力 600 1 今ババっと検索して見せたんだけど、「鬼切国綱って僕の事じゃなかったかなぁ…??」って兄者困惑中 それはそれとして、兄者が大包平君(仮)を見ながらきれいだねえ美人だねえと連呼してるんだけど、どういうことなのだろうか 601名無しのさにわ民 いやまて兄者は天下五剣ではないぞ…… ないよね?? 602名無しのさにわ民 >>601 兄者はめっちゃ別名が多いから…… 鬼丸国綱は兄者とは別の刀だけど、兄者が鬼切安綱って名前でも呼ばれてるってのは本当で、あと、銘が国綱になってたことがあるってのも本当。 鬼切・鬼切丸・鬼丸は全部兄者の別名だねえ。 だがしかし兄者は天下五剣ではない。それは間違いない。 603名無しのさにわ民 OH……すごい勢いでふえてゆく兄者の名前…… 今思ったんだが、膝丸もいつも兄者のことを『兄者』としか呼ばないが、ちゃんと名前は『髭切』だっておぼえてるんだろーか? 604名無しのさにわ民 多分それは聞いては…いけない……>兄者の名前おぼえるのか 605 1 もはや現実逃避状態 サイゼでは抜刀OKかを聞いて、大包平くんを眺めるぼくら 606名無しのさにわ民 抜刀OKのサイゼって何????????? 607名無しのさにわ民 >>606 ほら政府支部前だから…?? 職員さんが食べに来たついでにポンポンしたり……??????? 608 1 髭切「古備前モノかぁ。大昔には見た記憶があるけど、こんな美刃が今も残ってるってすごいよねえ。よっぽど大事にされてたお姫様太刀なのかな?」 1「いやどうもむっちゃ声でかい熱血タイプらしいんだけど…… ていうか、刀ってそんなに見た目に差があるもんなの?」 髭切「美刃とかそうじゃないとか、色々あるよ~。好みのタイプっていうのも大きいけど」 1「へーーーーーーー」 髭切「ううんとねえ、今うちにいる中だと、亀甲くんとか明石とかがきれいな状態かな。でもこの子はすごい美刃。スタイルもいいし、刃紋もすごいきれい。刀って、昔のものになればなるほど、肌が……えっと、鉄の質がいいんだよね。でもすごく古いと錆びちゃったり、他にもいろいろ傷がでてきたりしちゃうから、こんなに美肌ってめずらしいんじゃないかな」 1「ピッカピカだから新しい刀なのかなーって思ってたけど、そうでもないのか」 髭切「新しくはないよ~。千歳ぐらいなんじゃないかなぁ」 1「千歳!?!?!?!?」 髭切「あはは、びっくりしちゃったんだ~。僕もおじいちゃんだけど、このこもそうじゃないかな。たぶんすごいお姫様太刀だから、大事に大事にされて、こんなきれいなまんまで残ったんだろうねえ」 兄者べた褒め。 本人曰く、「昔、ものすごい刀をいっぱい見てたことあるから、そういうの気になる」だそうです。 609名無しのさにわ民 OH… さすが鎌倉将軍家の刀…… 610名無しのさにわ民 本刃を知らないとそういう表現になるのか 鶯丸が聞いたらワライカワセミになりそうや>お姫様太刀 611名無しのさにわ民 まあ、本人が「最も美しいと言われることもある」って堂々と名乗るぐらいだしねえ 日本刀の横綱という別名もあるそうな。その割に天下五剣に入ってないことがご不満のようだが。 612名無しのさにわ民 兄者は根っこが武家だから、大包平ぐらい刀としてごつめのほうが好みなのかもしれんね 三日月さんとか細すぎて見てて不安になるし 613 1 髭切曰く、「こんな経緯じゃなかったら、すごくうれしかったのに」だそうです。 あと最も美しいと言われてるらしいよって言われたら、真剣な顔で「分かる」ってうなずいてた。大昔だったらそういうきれいな刀が他にもあったかもしれないけど、みんないなくなっちゃったって。刀にも色々あるから、行方不明になったり、錆びたり、火事や地震に巻き込まれたりと色々あるそうな。 それはそれとして、いつまでも現実逃避してるわけにもいかないので、そろそろ帰ろうと思う…… 614名無しのさにわ民 >>613 せやな…… そして今回の事態をどう説明する気なんだ 615 1 何って素直に全部白状して謝るしか あとこの大包平くんにも土下座して謝るしか 616名無しのさにわ民 せやな せやな……>土下座して謝る ぶっちゃけものすごく怒ってると思うから、マジでちゃんと謝っとけ 617名無しのさにわ民 兄者が土下座とか想像もできないけど、今回はそれで心臓が止まっちゃいそうな弟もいないしなあ。 本人が反省してるんだったら、一緒に頭をさげてもらうしかないと思うよ。 618 1 土下座はさすがに抵抗あるみたいだけど、「ちゃんと謝るよ……」ってしょんぼりしてる とりあえず安定の風邪薬を買って帰らなければ 619名無しのさにわ民 うむ、とりあえず報告乙 あとお前ほんとマジでその勘違い癖どうにかしたほうがいいぞ 620 1 分かった気を付けるマジで でも財布忘れて修学旅行行ったことを思い出すと、どうしても自信が持てない 621名無しのさにわ民 >>620 お前のトーチャンとカーチャンの苦労を想像すると涙が出そうだな、それ [newpage] 631 1 ただいま。 予想外の展開になって、今晩は大包平の歓迎でちらし寿司パーティーになったよ。 632名無しのさにわ民 お帰り~ ん? んんんんんんん?????? 633名無しのさにわ民 >ちらし寿司パーティー 何故???? 土下座はどうなった???????? 634 1 ちょっと順序立てて説明しようと思う。 なんて説明したらいいんだろう……と思い、落ち込みながら本丸に帰宅したワイと髭切。 おかえりなさい!と出迎えてくれたのは毛利だった。 毛利「おかえりなさい、主さま! そちらが膝丸様ですか?」 1「えぇとね、すまん毛利、これ、髭切の弟じゃないんだ……」 毛利「? シールと交換されてきたじゃないんですか?」 髭切「ちょっといろいろあって…… これね、大包平くんっていう刀なの」 そこで、毛利の反応が予想外だった。 毛利「え!? 大包平さまなんですか!?」 635名無しのさにわ民 お……おう!?>大包平さま 636名無しのさにわ民 あれ? 毛利と大包平ってなんか関係あったっけ??? 637 1 毛利「えーっ、本当ですか、えー! うわぁ、お懐かしいなぁ! あ、浦島さんも呼んできますね!」 1「ちょ、ちょっとまって。お前、大包平くんのこと知ってるの?」 毛利「え? そりゃあ、知っていますとも! 一緒にずうっと池田宗家でご一緒した仲です! 池田輝政公の頃からのご縁ですよ!」 638名無しのさにわ民 おわあ マジか、マジか!!!!!>輝政公の頃からの 639名無しのさにわ民 まさかのそっちの繋がり あーーーーそういえば浦島も池田家伝来だったっけ!? 640名無しのさにわ民 待て待て待て 池田輝政って大包平がよく自慢してるあの人だよね? 毛利の関係者なの??? 641名無しのさにわ民 >>640 そりゃあ元の主よ。名前の元になった毛利家から家康に献上された後、池田輝政に譲られたのが毛利藤四郎。 輝政は家康の娘婿だったから、その後もずっと大事にされてたお家の藤四郎よ。 642名無しのさにわ民 まじか まじか ショタでもないのに毛利がよろこぶ大包平…… 643 1 うん、その辺は聞いた。びっくりした。>池田家 あと浦島も池田家の分家? にずっといたらしくて、本家の家宝っていうからには知り合いだったらしい。 予想外の展開にやや呆然としつつ、主さん主さま早く早くと言われて鍛刀部屋につれていくワイ その場で起こした大包平くんは、たしかにお前らに聞いた通りのでっかくてツンツン頭の赤毛のイケメンだった。 浦島「わーーーーーー!!!ホントに大包平さんだーーーーー!!!」 毛利「大包平さま、お久しぶりです。僕です、毛利ですよ!」 大包平「おお、俺だぞ! まさかこのようなところで再会することになるとはな!」 浦島「すごーい!でっかーい!びっくりしたよー!!」 毛利「僕の方もお会いしたいとおもっていました! 驚きましたよー!」 その場でわちゃわちゃしはじめる元同じ家の刀剣連中にみんなびっくり。大包平くんの腕に毛利をぶらさげたり浦島をぶら下げたりしてしばらく騒いでた。俺と髭切は思いもよらぬ展開に呆然としていた。そこで、こちらに気づいた大包平くん。いきなり大股でこっちにやってくる。 大包平「お前が今代の俺の主か?」 1「アッハイそうです!」 大包平「フン…経緯は気に入らんが、モノを見る目だけはあるようだな。それと、鬼切安綱!」 そこで髭切の手をガシッと握る大包平くん。思わずのけぞる髭切。 髭切「え? 僕?」 大包平「俺は『お姫様太刀』ではない。刀剣の横綱、大包平だ。それだけは分かっておけ」 髭切「う、うん?」 大包平「その目利きの目に免じて、うすぼんやりした性格は許してやる。天下五剣よりも俺の方が上とは、なかなかモノがわかった奴のようだからな!」 髭切「う、うぅん? ありがとう?」 毛利「あっ、本丸の中をご案内しますね。あと歓迎のお酒を準備してありますから、みなさんといただきましょう!」 浦島「そうだー、俺今日はお寿司たべたい、お寿司! 岡山のひっくり返して食べるお寿司!」 大包平「ふむ? この身体はモノが食えるのか。なかなか楽しそうだな!行くか!」 そのままあぜんとしている俺らを置いて、高笑いしながら毛利と浦島を腕にぶら下げて去っていく大包平くん。 まあ声はデカかったよね。 644名無しのさにわ民 ……もしかしてアレか? サイゼの時点で、話が聞こえてた? 645名無しのさにわ民 っぽいね…???>お姫様太刀 646名無しのさにわ民 言われてみれば、粟田口の中だと毛利と仲が良かったかもしれんぞワイ本丸 そういう人間関係は細かすぎて、把握できてなかったけども 647名無しのさにわ民 ……兄者、もしかして、大包平に気に入られた? 648 1 >>647 っぽい。 とりあえず大包平くんは、たいそうご機嫌でお寿司食べてるよ 物吉たちが髭切の弟をお迎えするパーティが、大包平くんの歓迎パーティに化けてしまった 649名無しのさにわ民 なんという謎の展開 なんという謎の……なんなの??? 650名無しのさにわ民 と、とりあえず大包平の機嫌がいい話? か?? 651名無しのさにわ民 夏休みシール集めが、兄者へのご褒美転じて明石へのご褒美になろうとして、結果的に毛利を喜ばせることになった話??? 652名無しのさにわ民 よくわからんが…… 毛利はよかったね?? いち兄もいないし、ずおばみもいないし、面倒見てくれる所縁の関係者が出来た的な意味で 653名無しのさにわ民 ひとまず1本丸の闇鍋具合がアップしたことは理解した!! 654 1 あっでも、明石には事情を話して謝ったよ。そしたら髭切が叱られてた。 明石「相談したこと勝手に変えられても困りますわ、ホンマなんでこんな手がかかるんかわからへん」 髭切「うぅん、ごめん…… ちゃんと相談しておいた方が良かったよねえ」 明石「ホントですわ。それに自分、せっかく弟連れてくる機会やったのに、そんな遠慮されても困るだけや」 髭切「でも、僕は本当によかったんだよ~? あの子にはそれは会いたいけど、それとこれとは別だもの」 明石「だからそんな気遣いいらへん言うてるやないか。自分、せっかく双子の弟に会える機会をふいにしてしもて」 髭切「でも、明石が喜ぶ顔がみたかったんだもの」 明石「……可愛い顔で言うても、あかんもんはあかん!」 うん、お前らが仲良しで審神者はうれしい。 655名無しのさにわ民 不覚にもほっこりした。 今日は兄者のレアシチュが満載だった。 656名無しのさにわ民 結論としては丸く収まったのかなあ。 それにしてもレア刀本丸、さらにレア刀が増えたなぁ 657名無しのさにわ民 弟がいると、兄者もっとのんびりしちゃうもんねw 前回の全開バーサーカーにもこんな顔があるのかと思ってほっこりしたw 658 1 うむ、ひとまず大包平くんに気まずい思いをさせずにすんでよかった。今後はマジでメモの徹底と記憶力の強化に気を付けるよ。 とりあえず俺は安定に風邪薬飲ませるから、このあたりで落ちるな~ 659名無しのさにわ民 乙乙 ショタは来なかったが、横綱がなかなかGJのようでよかったぞ! 660名無しのさにわ民 とりあえず、鶯丸が来たら即ワライカワセミ丸になりそうな本丸になっちゃったなぁw 次こそは来派か虎徹か膝丸かショタが来るといいな!! 661名無しのさにわ民 >>660 それだけ範囲が広いなら誰かが来そうなもんなのに、ぜんぜん来る気がしないのが不思議だがな!!
◇兄者の恩返しチャレンジ失敗<br /><br />◇スレタイ落ちで申し訳ありません。レアリティぐちゃぐちゃ本丸も無事シール集めは成功したようです。<br /><br />◇ところで兄者のゆるふわ具合については、さまざまな経験を経た上でのある種の悟りの境地、弟にお世話を焼かせてあげるためのわざとの油断など色んな書き方があるでしょうが、この本丸の兄者はただのゆるふわバーサーカーです。どこの本丸でも「うちの初期太刀は誰だった」「うちの初大太刀は誰だった」みたいな幅があると思います。そういう「うちの〇〇は最古参なので」みたいな微妙な差が垣間見える感じの二次創作が大好きです。
【サイゼリヤで】ショタを呼んだら横綱が来た【お通夜中】
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読む人は注意してね! 女審神者が出てるよ!(名無し) 忠誠心高い男士。前田、ソハヤ、光世がいるよ。(恋愛無) 遡行軍の独自設定?有り 物語の視点がコナンキャラだったり、刀剣男士だったりコロコロ変化 コナンは詳しく知らないので、キャラの口調設定は迷子気味。(なんとなくの知識はある) 女審神者とキャラの距離感が近いよ!(逆ハーてきな?) 恋愛要素は無い?いやあるかも? 推理風だけど、なんちゃってです! あと偶に誤字脱字があるかと… 許せる人はどうぞ、先に進んでください。 [newpage] 放課後、コナンは昴さんの車に乗せられ、おねーさんが泊まるホテルに向かっていた。 「あ!昴さん車停めて!」 コナンの視線の先に気付いた昴さんが、意図を察して車を歩道に寄せた。 「光世のおにーさん!ソハヤのおにーさん!」 コナンが窓を開けて手を振れば、ソハヤさんが振り返してくれる。光世さんは視線だけこちらに向けた。 車を降りて駆け寄れば彼らは通行の妨げにならないように、歩道の端に寄った。彼らはコナンから視線を車から降りる昴さんに向けた。昴さんは一応おねーさんの恩人に当たるだろうに、彼らは警戒したような視線を昴さんに向けた。 「この人は昴さん!僕の友達なんだ!」 コナンの言葉で特に影響は与えられず、どこか威圧感のある態度で彼らは昴さんを見つめた。 コナンの友達が偶然事件現場にいる確率なんてかなり低い、鋭い彼らは昴さんを怪しんでいるかもしれない。 コナンが内心焦っている中、ソハヤさんがニカッと笑った。 「今日はありがとな!おかげで助かったぜ!」 光世さんに反して愛想の良いソハヤさんが空気を変えてくれる。それにコナンはほっと息をついた。 ソハヤさんは昴さんに手を伸ばし握手を求める。昴さんは人のいい笑みを浮かべてそれに応じる。 「いえ、ご無事で何よりです。」 笑顔で握手をする2人だが、コナンには何だか探り合っているように見えた。 「その後、彼女の容体は如何ですか?」 「ああ、安定してるよ。明日にはピンピンしてると思うぜ」 「随分と早いですね、」 「ああ、俺たちには優秀な医者が付いてるからな!」 眩しい笑みを浮かべる彼は、この話を終わらせようとしていた。コナンも昴さんも気になったその態度を無視できない。 「ホー、専属の医者がいるんですか?貴方達には、」 「ああ、いるぜ」 「ただの保全団体とは思えませんね、」 「何で俺たちが保全団体だって知ってるんだ?今日レストランで会っただけだろ?」 ソハヤさんの笑顔での威圧にビクリと体の奥底から震えた。コナンは何となく直感した。バレてる、尾けてたことが! 「僕が話したの!保全団体の友達が出来たって!そしたら、昴さんが今日会った人の特徴がおねーさんと一致してたから、今急いでホテルに送ってもらってたとこだったの!」 これ以上の探り合いはこっちとしてもまずい。コナンは早口で空気を変えるように喋った。 おねーさんの洞察力は人並外れている。それは彼らも。とても一般人の雰囲気ではない。でも、コナンは彼らが犯罪者ではない事は、何となく感じ取っていた。だが普通じゃないその気配が、探偵の血を騒がせる。彼女達の本当の姿を知りたいと思ってしまう。 そして、ここに来てベルモットと接触した可能性があり。異質な空気を漂わせる彼らは組織にも目を付けられてしまうかもしれない。コナンはそれは避けたかった。その為には、こっそりと巻き込まれないように見守りたいのだ。 「見舞いに来てくれたのか!ありがとな!」 ソハヤさんも話を終わらせる為に乗ってくれた。彼の腕がコナンの頭に伸びる。そしてわしわしと撫でられた。扱いが何だか犬のそれだ。 「ところで、おにーさん達はどこに行くの?」 会話に参加していなかった光世さんが視線をコナンに移した。 「子供には関係ないな」 「もしかして事件の調査?」 ジロリと光世さんがコナンを睨んだ。つい無意識に肩を揺らしてしまう。 「行くぞ兄弟」 歩き出す光世さんに、ソハヤさんは背負っていた物を肩にかけ直す。 「おにーさんそれ何?」 コナンは彼が肩にかけた竹刀袋のようなものを指差した。 「これか?木刀だよ、」 じゃあな坊主、とソハヤさんは背中を向けて手を振った。光世さんを歩いて追いかけていく。並んだ二人の背中は何故か戦いに行く男のように見えた。 「やめておきましょう、」 思わず追いかけようとしたコナンの腕を昴さんが掴んだ。 「なんで?」 「おねーさんの方が気になりませんか?」 「でも、あの人達犯人探しに行くんだよ?たぶん核心に迫ってると思うんだ!」 「我々には情報がない。そして彼らは教えてくれないでしょう。まだ、おねーさんの方が教えてくれると思いませんか?」 コナンは彼らを見送りながら悩んだ末に頷いた。 …… 昴さんが鳴らしたベルに、中から小さな足音が聞こえた。 「はい」 出て来たのは前田くん。彼はコナンと昴さんを見て怪訝な顔をした。 「毛利探偵なら帰られましたよ。」 「おねーさんのお見舞いに来たんだ!」 前田くんは少し悩むそぶりをすると、少し待っていてくださいと扉を閉めた。 しばらくして戻った彼は、扉を開いてコナン達を部屋に入れてくれた。きっと彼女に確認して来たのだろう。 「まだ本調子ではありませんので、くれぐれも無理はさせないようにお願いします。」 コナンは部屋の中を見渡す。以前通されたソファのある客間は綺麗に片付けられていた。調査書類が一切ない。 ローテーブルにいくつか新聞が置いてあるだけだった。 前田くんは寝室に繋がるであろう扉をコナン達が通りやすいように、しっかりと開いてくれた。 目の前にある大きなベットに、彼女は腰掛けていた。彼女の側には空っぽの点滴パックがぶら下がっている。 コナンは中々入れないスイートルームを見渡す。 客間もそうだが寝室にも町が一望できる大きな窓がある。窓の手前には本来ソファとテーブルがあったのだろうかそれは彼女が座る大きなベットにくっつくように寄せてあって、窓前にはシングルベットが二つ並んでいた。ホテルとかで追加して付けてもらうタイプの簡易ベットだ。たぶんおにーさん達がここで寝ているのだろう。 「お見舞いに来てくれてありがとう、ぼく。」 おねーさんを見れば少し前まで寝ていたのか、目が少しとろんとしていた。 「ううん。突然来てごめんなさい。」 前田くんが本当ですよ、とでも言うように冷たい目を向けた。前田くんは割とコナンに素っ気ない。 おねーさんが昴さんに視線を向ける。コナンは慌てて先手を打つ。 「この人は昴さん!僕の友達なんだ!」 「そう、」 なんだか戸惑った感じのおねーさんはもしかしたら昴さんが現場に居たことを覚えてないのかもしれない。 「この人が沖矢昴さんですよ。あなたに無理矢理牛乳を飲ませた。」 え、前田くん?なんか、すごい棘を感じるぞ… 「ああ!助けて頂きありがとうございます。」 おねーさんは姿勢を正して深々と礼をした。 「ごめんなさい、すぐにわからなくて…」 「いえ、あの時は意識が朦朧としていましたからね、具合はどうですか?」 「沖矢さんの素早い対応のおかげですかね、元気ですよ。」 ふむ、と彼女を観察するように沖矢さんはその細い目で彼女を見つめた。 「確かに、血色は良いようですね。先ほどお連れの方に聞きましたが、優秀な医者に診てもらったとか?」 早速聞き込む体勢に入った沖矢さんにコナンは内心汗を掻く。 「京都からいらしたと聞きましたが、主治医はここに?」 「ええ。たまたま」 「それはぜひお会いしてみたいものです。あの毒にここまで効く薬を処方できるお医者様に」 「ふふ、機会があればご紹介しますよ」 にこにこ笑うおねーさんと穏やかな笑顔を作った昴さん、二人の笑顔の裏の攻防に前田くんがさらに冷たい目を向けた。 おねーさんも体調が悪いはずだし、昴さんを止めよう。そう思って、口を開こうとしたその時、昴さんが動いた。 視線の先には部屋の隅に置いてあるシーツが入ったランドリーボックスと掃除道具。 「シーツの交換と部屋の掃除は、ご自分達でされているんですね。」 「ええ、それが何か?」 「このような立派なお部屋にお泊まりなのに、サービスを受けないことが不思議でして」 続いて沖矢さんの視線がベットサイドのテーブルに向く。そこには、事件資料らしきものが積まれている。 「何か見られたくないものでもあるのかと、」 おねーさんは一瞬間を置いて、ふふっと笑った。 「まあ、事件資料なんて見てもいい気はしないでしょう?」 「そうですね。一般の方ならば」 「そうでしょう?」 「ええ、貴方も一般人なのでは?こんな事件とは無縁の」 「何が言いたいんですか?」 「事件に積極的に関わる貴方には違和感を覚えます。」 「ふふ、そんな風に言われると困りますね。私達はただ凶器である古き刀をちゃんとした場所に置きたいだけです」 「警察に任せれば良いことです。そうすれば貴方が今日みたいに命を狙われることはなかった。」 「自ら危険に突っ込む私が気になるんですね?でも、私には信頼している強い男性陣が付いてますから」 「だが、毒からは守れなかった。」 ピリッと空気が割れた。そんな殺気を感じた。それは一瞬で、コナンが辺りを見渡せば、おねーさんは穏やかな笑みをしているし、前田くんも落ち着いた様子で彼女の側に控えている。昴さんを見れば涼しげな顔をしている。 何が起きたんだ? 「今回の件はレストランなら安心だと油断した私の責任です。ところで、沖矢さん。随分と事件を知っているような口振りですね?」 彼女の瞳が探るように光った気がした。 「コナンくんから聞きまして、」 「へえ。小学生の子供から、」 「ええ。子供だと舐めないほうがいいですよ。彼は何度か警察に表彰されてる少年探偵です。」 昴さんの手が、ぽんとコナンの上に置かれた。探り合いをしていた彼女が、少年探偵という言葉にキョトンとした。 と堪えられないように、笑い始めた。 「少年探偵…ふふっおかしい、」 本当に可笑しそうに笑う彼女に、なんか悔しい気持ちになる。 「ふふ、なるほど、だから随分と探究心強めだったのね。でも、あまり無理しちゃダメよ?貴方は子供なんだから」 彼女が諭すように目線をコナンと合わせる。そこには探るようなの鋭さは無い。 中身は高校生だっての。 子供扱いにコナンは拗ねる。 ひとまず探り合いを終えたらしい二人は何故か談笑を始める。 天気の話から、オススメの観光地の話になる。話がまた飛んで花の話になった時に、ああ。と昴さんが思い出したように手に持っていた紙袋から何かを取り出す。 「見舞いの品を持ってきていた事を忘れていました。」 「そんな!お気遣いありがとうございます。まあ、ラベンダー!綺麗ですね!」 「ドライフラワーとは珍しいですね」 ベットに座る彼女の代わり、前田くんが受け取る。 「生花はすぐ枯れてしまいますから」 前田くんがじっとドライフラワーの飾りを眺めるのをコナンは何故かドキドキしながら眺める。 「命を助けていただいて、プレゼントまで…なんと、お礼をしたらいいか、」 彼女は悩むように、視線を彷徨わせて、あ!そうだ!と言わんばかりの笑顔を浮かべた。 「ご馳走させてください!」 「おや、よろしいので?」 「ええ、このホテルのレストランとても美味しいんですよ!」 おねーさんの言葉に、前田くんがぎょっとした顔で彼女を見た。 「え、ん?何故知らない男と食事を、」 おねーさんは、ふふっと笑うと前田くんの耳に口を寄せた。そして囁く。 「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですよ」 昴さん完全に怪しまれてるじゃねーか。 *** 沖矢は車に乗り込んで、胸ポケットからタバコを取り出す。 シュボッとライターの火をつけ、タバコをつける。 「なんで僕まで、食事にでるの……」 コナンくんはぐったりとした様子で、不満そうに沖矢を見た。 「いいじゃないか、君も知りたい情報を得られるかもしれないぞ?」 沖矢は変声機のスイッチを切る。 「……おねーさん体調悪いはずだし、あんまり無理させないでよ、赤井さん」 「ふ、ついテンポよく返してくるからな」 「で、赤井さんはおねーさんのことどう思う?」 「……中々手強そうだ」 沖矢の姿をした赤井は、タバコ片手に視線を窓の外にずらした。 「なんか、底が見えないんだよね…」 「ああ、そうだな」 ふと、赤井は先程の殺気を思い出す。 殺気を出したのは前田という少年だ。レストランで沖矢の手を振り払ったあの力、只者ではなさそうだ。 そして、その殺気を平気な顔をして受け流す彼女もまた… そして彼女は赤井の詮索を簡単に受け流す。おそらく、隠し事はしているが、嘘はついていない。いや、正確に言えば真実を混ぜた嘘をついている。 「ディナーの時間までにもう少し情報をもらおうか」 コナンくんは何か考えた後、うんと頷く。 本当に頭の回転が早くて助かる。 彼女から情報を得るには、2人で協力するしかないと察したのだ。 「ところでさ、あの花…盗聴器とか仕掛けてないよね?」 それで、花を凝視していたのか。赤井はふっと笑いを零す。コナンくんが不安そうな顔で見上げてきた。 「準備はしていた…だが、すぐにバレると考えを改めたよ」 「じゃあ、外したんだ、」 コナンくんは、あからさまにほっとした。 同じ考えだったのだろう。 「付けられたら、楽だったんだがな」 …… 「はじめまして、毛利蘭です!今日は私達まで招いていただいてありがとうございます!」 「とんでもありません。毛利先生には今回の事件大変お世話になってますので」 彼女にぺこりとお礼をする毛利探偵と蘭さんに、沖矢はおや?っと首を傾げる。 「コナンくん、これは?」 「それが…おねーさんから事務所に電話があって…」 なるほど。これは、こちらからの探りを緩和する為の策か。やはり彼女は手強そうだ。 ふと彼女がこちらの視線に気付いた。 「お子さんひとりお誘いするのは、おかしいかと思いまして。先生には疑いを晴らすお手伝いもして頂きましたし、お礼をするのにいい機会かと」 「いえ、構いませんよ。」 では、立ち話はこの辺で、と彼女は係りのスタッフに案内を頼んだ。 スタッフが蘭さんが座る椅子を引く。毛利探偵はその横に、コナンくんは反対の横に座った。沖矢が彼女の椅子を引こうとすれば、すでに前田くんが蘭さんの向かいの席を引いていた。手つきが慣れている。 前田くんがコナンくんの向かいに座るのを確認して、沖矢も彼女の横に腰を下ろす。 席としては悪くないか。 「沖矢さんは何を呑まれますか?」 蘭さんやコナンくんにソフトドリンクのメニューを渡した彼女が、アルコールメニューを開いて渡してくれる。 「では、ぜひ貴方のおすすめを」 少し目を開いた彼女は嬉しそうに目を細める。 「ふふ、それでしたら今回のコース料理によく合う日本酒があるんです!」 彼女は機嫌良さそうに、前を見た。前を見れば、毛利探偵が生ビールを頼もうとしているのを蘭さんが止めていた。 「いいんですよ。遠慮なく好きな物を頂いてください」 彼女がスタッフにドリンクを頼み終えると、キョロキョロしていたコナンくんが彼女を見た。 「おねーさん、おにーさん達は来ないの?」 テーブルには6人分しかセットされていない。 「ええ、仕事中なの」 「ああ、あの件ですな」 毛利探偵は知っているのか、納得したように頷いた。 「あの件って何⁈」 「ガキは知らなくていいんだよ、」 毛利探偵がしっしっと手を振る。 コナンくんが悔しそうに顔を歪めた。そして視線を沖矢にずらした。 「僕も気になりますね」 おそらく彼女は遮ってくるだろう。ならば先に、 「ぜひ毛利探偵の名推理をお聞きしたいです」 毛利探偵がふっと笑う。 「そーいうことなら、話してやろうか!」 彼女を見れば少し困ったように笑っていた。 「先生、女性や子供の前では…」 「そうよ、お父さん!せっかくの食事の席なのに!」 「そ、そうだな…いや、これは失礼しました。」 口を閉ざす毛利探偵に、コナンくんが顔を歪める。コナンくんが駄々をこねるかと思ったタイミングでドリンクが運ばれてくる。 毛利探偵の所に生ビールが、子供達にはオレンジジュースが、そして沖矢と彼女の間に日本酒のボトルとワイングラスが置かれる。 スタッフがグラスに日本酒を注いだ。 「これ、ワインみたいに頂けちゃうんです!」 オードブル、スープと終えてメインディッシュが出てくる。蘭さんがステーキを口にして目を輝かせた。 「ほんとにどれも美味しいです!」 「ふふ、気に入って貰えたなら嬉しいです」 「ね、コナンくん!美味しいね!」 「うん!おねーさんありがとう!」 「どういたしまして、」 「それにしても、前田くんはマナーがいいですね」 前田くんの手元を見た蘭さんがそう言った。 確かに彼は音も立てずに食べている。 前田くんを褒められた彼女は、ナイフを動かす手を止めて少し誇らしげにした。 「彼のお兄さんが、マナーについてはしっかり教育してるんですよ」 「へー、お兄さんがいるんだ?」 「はい、自慢の兄です」 蘭さんに尋ねられ、前田くんが嬉しそうに笑う。それを見たコナンくんが驚いている。 「どんな人なんですか?」 「ふふ、ロイヤルなんて言われてますね」 「ロイヤル?」 蘭さんが考えこむのを見て、前田くんが口を開く。 「女性に優しい紳士的な方です。」 「見た目も王子様みたいなんですよ。だから、ロイヤル」 「あ、なるほど!園子が会いたがりそう」 蘭さんと彼女が盛り上がる。イケメンがどうこうと言ってふたりで話を盛り上げている。 コナンくんがげんなりとしている。前田くんは何故か女性2人を見て微笑ましそうにしている。 これは、まずい流れですね…完全に主導権を握られている。 沖矢がどうするか、考えていた時だ。彼女が一瞬顔を歪めた。ちょっと後に彼女のスマホが鳴った。 「すみません、仕事の電話で…」 彼女が席を立つ、沖矢はすかさずコナンくんとアイコンタクトを取る。 「僕も少し風に当たって来ます…」 「大丈夫ですか?」 少し頭を押さえれば、勘違いをしてくれる蘭さんが心配の言葉をかけた。 「少し、呑みすぎたようです」 立ち上がる沖矢を前田くんが見ていた。 「前田くん!ここの料理美味しいね!デザートは何かな?」 彼も着いて来そうな流れをコナンくんが抑える。沖矢はそれを後ろに彼女の行った方向に向かった。 「…そう。ひとり助けられたのね、」 安心したような声が聞こえた。沖矢は曲がり角に隠れる。幸い彼女は気付いてない。 「ええ、あとは頼むわ。こんのすけ、人命を第一に動いてね」 電話の相手の声は聞こえない。こんのすけか、知らない名だ。だが、人命という事は今回関わっている事件だろう。 「…無事に帰ってきてね」 電話を見つめ彼女が小さく呟いた。 沖矢は、スマホをポケットに仕舞い、こちらに歩き始めた彼女を見て、動く。 彼女は陰から伸びてきた手に驚き目を見開く。咄嗟の反応が出来ない彼女を一瞬で抱き寄せ、壁に押しつけた。 彼女は、呆然と沖矢を見上げる。 なるほど、彼女は戦えそうにないな。 「お、きやさん?」 壁に押し付けた彼女を逃さないように、両手で挟み込む。これで後ろは壁、前は沖矢で逃げ道はない。 体を一歩寄せると彼女は空いていた手を沖矢の胸に当てて抵抗する。その細い手を片手で束ね掴むと、彼女は息を呑み、困惑した様子だった。 「すみません。手荒なことを…」 「あの、じゃあ離してもらえると、」 「ただ、もう我慢できません。」 「え?」 掴んでいた手が抜け出そうと動き出す。しかしそれは大した力じゃ無い。沖矢は簡単に抑え込んだ。 酒のせいかほんのり赤く高揚した頬、薄っすらと瞳が潤む。そんな姿を見ても沖矢は動じない。 彼女に更に体を寄せ、耳に口を近付ける。 「僕は推理が好きなんです、」 「……へ?」 「本当は今日、貴方の名推理が聞けると楽しみにしていたんですよ。」 彼女は困惑した顔で沖矢を見上げる。常に綺麗な笑顔をしていたが、その表情よりも今の表情の方が年相応に見えた。 「蘭さんや子供の前で無理ならぜひ2人で、」 彼女と目が合う。沖矢は優しく微笑みかける。 「日本酒とても美味しかったです。次は僕のおすすめを飲んでいただきたい。どうですか?子供は蘭さんに預けて、バーなど」 沖矢が耳元で囁けば、ハッと気付いたように慌てて逃げ出そうとしている。 甘く呟けば落とせるかと思ったが… ふと、小さな足音が駆け寄ってくる。 「昴さん!たいへ……?何してるの?」 壁に彼女を押さえつける沖矢を引いた眼差しでコナンくんが見ていた。 *** コナン達はデザートを食べ終え、ロビーに移動していた。4人席がいっぱい並ぶ。コナン、昴さん、おねーさんの3人で1番奥端の席に座っていた。蘭は酔っ払ったおっちゃんの面倒を違う席でしていた。 前田くんは少し離れた場所からこちらを見ている。 コナンは酔っ払ったおっちゃんが、零した事件の話を思い出す。 コナンは今日の通り魔事件は起きていたのだと思っていた。昴さんが被害者を見ているし、ニュースになっていたし、そう今日はもう無いと思っていたのだ。 だから、調査をする彼らを見送ったのに… 彼女の予想は違ったらしい。今日の被害者の女性は、あくまでおねーさん達に警告する為に使われたらしい。 犯人の本当の目的の事件とは違うとおねーさんは言った。だから今日はもう一つ事件が起きると。 コナンはある一つの考えが過ぎる。こんな時にレストランでゆっくり食事をするような人には思えない。目的があるのだと。 「…先生はだいぶ酔ってますね、あまり知りたいことは知れなかったかな?」 わざとらしくそう言うおねーさんは、そう仕向けたんだ。コナン達が情報を得られないように、そして現場に行かないように。 おねーさんが、食事に誘った本当の理由は、三池さん達の邪魔をさせない為だ! 「はぐらかさないでよ、おねーさん。」 「今日事件があと一つ起きると何故思ったんですか?」 「犯人から警察宛にメッセージが届いてました。それが指す方向は昼にあった場所とは違いました。犯人はどこで殺人を犯すか、そこに重点を置いていると私は考えています。なら、昼の事件は成り行き、狙いの事件はメッセージが示すところであると思いました。」 「なるほど、そして実際に起きたのですね」 昴さんが頷く。コナンは電話の内容がその事だったのだと、読む。 「おにーさん達だね?どうなったの⁈」 「無事に犯行は阻止出来たようです。」 「犯人は⁈」 「それは、まだ…」 コナンが今にもホテルを飛び出しそうなのを、襟元を掴んで昴さんが止める。 「今行っても遅いでしょう。それに、危険です。子供が行くには」 コナンをソファに座らせた昴さんは、彼女を見据える。 「しかし、貴方は犯人の事が分かっているように感じますね。」 「…犯人は知りませんよ?」 「ああ、犯人の思考という意味です。」 「……」 「まるで犯人の狙いが分かっているようです。さて、聞かせていただけませんか?貴方の推理を」 「きっと、信じられませんよ。」 「突拍子のない話ということですか。安心してください。僕は信じますよ。犯人が例えば突拍子のない事を目標としているとして、重要なのはそれが本当に出来る事かどうかでは無い。犯人がそれを信じ込み事件を起こしているという事実が重要です。」 昴さんの言葉におねーさんの瞳が揺れた。 推理を信じてもらえなかったのかもしれない。おっちゃん呑気に酒飲んでるし… 「話してもらえませんか?」 おねーさんは覚悟をしたように頷き、口を開いた。 「犯人の目的は妖刀作りだと思われます。私は鑑定士、そう言った書物もよく取り扱います。その中で今回の事件とピタリと合いそうな内容のものがありました。血に濡れた呪術式、妖刀の作り方です。」 コナンはつい困惑する、そんなオカルトな話なのか⁇ 昴さんは、笑みを浮かべ体を前傾にして話の続きを求めた。 「それは25日間かけて式を完成させます。まず12人の血で大きな円を、10人の血で円の中に小さな円を描く。そして残りの3日間は、3人ずつです。小さな円の中でその3点を繋げ三角を作ります。儀式に使われる血は邪念に満ちていなければいけません。怨霊で作り上げる、妖刀なんですよ…」 「なるほど…」 「…これを、」 席を外していた、前田くんが地図を昴さんに差し出す。部屋に取りに行っていたらしい。 「確かに、事件現場を繋げれば合いますね」 コナンは信じられなくて、頭をひねった。 これが目的として、何故犯人は黒の組織の関係者を…邪念?どうやってそんなの判断するんだ? 「今夜の事件現場は予想通りの場所でしたか?」 「はい。」 「なるほど…」 「ねー、犯人はどーしてサイコロを置いて行くの?」 「…きっと誰かに止めて欲しいと思ってるんですよ。刀を拾うまで、考えはあっても実行するつもりはなかったんでしょう。ただ、できる環境が整ってしまった。自分で抑えられなくなってしまったのかと、」 「止めて欲しいなら、やめればいいのに」 「…複雑な事情があるんですよ、」 おねーさんは悲しそうに笑った。まるで、犯人の心理を理解しているみたいに *** 夜の9時を回った頃、安室は米花町をうろついていた。 彼女が言った、妖刀の話、正直には信じられなかった。そんな非科学的な物の為にこれだけの殺人を犯すやつがいるのか? 高木刑事と毛利探偵は戸惑っていた。 本日の通り魔事件は終わったと思っている警察は動かしにくいらしく、彼女の予想した次の事件現場付近には少ししか警備を回せなかったようだ。 彼女の信じないでしょ?と語る瞳が忘れられない。安室は何故か彼女を裏切ったような罪悪感を感じていた。 結局、後を引かれる思いでホテルを出たのだった。 気になった安室は、独自で調査をする。彼女はともかく、連れの男性は動くだろう。 妖刀の話はひとまず置いておいて、今日もう一度通り魔事件が起こる可能性は充分にありうる。犯人が警察に届けたメッセージと昼に起きた事件は方角が合ってないのだ。 しかし数時間前から、予想地点を歩きまわっているがそんな気配はない。 彼女の予想が外れたのか? どうする、そろそろ帰るか?安室がやらなければいけない事は他にもいっぱいある。 そんな事を考えていた時だった。 男が路地裏から飛び出してきた。 服が乱れて、顔面蒼白なその男は、安室を見るなり目を見開き後ずさった。 「ち、ちがう!俺は、そんなつもりは!」 「どうされました?大丈夫ですか?」 「ほ、本当だ!組織を裏切ったんじゃない!」 組織という単語にピクリと眉が上がる。 見覚えはないが、黒の組織の関係者か、 まさか、通り魔が近くにいるのか? 「襲われたんですか?」 「!ああ!そうだ!!呼び出されて、それで!」 呼び出された? 「どこか安全なお店にでも入っていてください。いいですね?」 男の話は気になったが、安室は今は通り魔を探すために走り出した。 遠くから金属がぶつかり合う音が聞こえる。 誰かが戦っている? 路地をよく見ると壁に斬り傷のような跡がある。 安室は急いで路地を抜けた。 目の前に公園が広がる。 暗闇の中に一筋の光が走った。 あの燃える刀だ。 あの刀が一線を引いていた。すごい速さで刀が振り下される。残影のように火が後をたどる。 キンッとした音が響いた。 何かに弾かれたように、犯人は腕を上げている。 よく見れば、犯人の前には光世さんがいた。 手には木刀が握られている。 ふと、犯人の背後に人影が見えた。ソハヤさんだ。彼は両手であげた木刀を犯人に向け振り下ろす。 綺麗な型だ。 何故か一瞬見惚れてしまい、はっと我に帰る。その時に足元がざりっと鳴った。 光世さんとソハヤさんの視線が安室に移る。そして犯人の視線も、 安室は犯人と目が合う。顔はよく見えない。 男の目が光っているから、 刀の炎と同じ色で、犯人の瞳は燃えていた。 ドロリと穢れた熱を持っているような視線に、怯えなのか一歩後ずさった。 「いい!獲物がきたぁぁぁぁぁあ!!」 高い電子音が混ざった音に、つい耳を塞ぐ。 「ハハハハハ!代わりにちょうどいい。邪念は少ないがいい後悔だ。過去を変えたいぐらいの後悔、誰かを怨む心。ちょうどいい!」 短刀を持つ犯人が叫んだ。安室は動けない。まるで心を見透かされているような恐怖。何か人間ではない得体の知れないものと遭遇した恐怖。こんな恐怖を今さら覚えるはずがないのに、自分が怯えていることに気付き動揺していたその時、男は安室の前にいた。 光世さんか、ソハヤさんか舌打ちをしたのが聞こえた。 男が刀を振りかざす。安室は動いた。その動きは自分が体に叩き込んだボクシング。そう無意識に自分の身を守る為に動いた。 男が振りかざした腕を掴む。空いた腹に一発拳を打ち込んだ。 しっかりと決まる。 男はふらつきながらも、しっかり間合いを取った。信じられないように安室を見た。 「何故、」 驚いた様子の男の後ろに瞬時にソハヤさんが走る。構えた木刀はまっすぐに男の首を狙う。それに気付いた男はさっと避ける。 「くそっ!やっぱり夜じゃ不利だ!」 ソハヤさんが吐き捨てるように言った。状況について行けない安室の側に、誰かが立つ気配がした。慌てて振り返る。 「みつよ、さん…」 「何故来た、」 見定めるような瞳に、どくっと胸が鳴る。 彼からしてみれば、大事な女性に背中を向けた男に写っているのかも知れない。 いや、実際そうだ。信じてもらえない、でも信じて欲しいと願っていたあの瞳を拒否したんだ。 きっと俺と同じ志を持っているあの人を、 「お、れは…」 どっと背中に何かがあたる。 「今、んなこと言ってる場合かよ!兄弟!」 「…悪かった。」 謝った光世さんが、安室に背中を合わせるソハヤさんにまた背を合わせる。背中がやけに温かく感じた。 「アンタ、戦えんだな⁈」 「…ええ、」 「油断したら殺されるからな!」 光世さんとソハヤさんが木刀を構えた。安室もポーズをとる。 男は刀片手に、こちらをぼんやりと見ている。 「………忠告はした、なのにまだ邪魔をするか!」 男の殺気に空気がどんよりと重くなった気がした。安室は息がしづらくなる。 背中を預ける2人は平気そうだ。 「……邪魔をした事、後悔させてやる!」 凄い覇気で男が吠えるように叫んだ。 何故か、どんよりとした空気に引っ張られるように意識が持って行かれる。 目が開けていられなくなり、安室は彼らに凭れ、倒れる。 暗い暗い何処かに引っ張られる中、彼女が握った手が温かく熱を持った気がした。 [newpage] 軽く設定まとめ 毒→未来の薬品技術でパパッと回復 審神者 呪術の影響を受けやすい。 頭の回転はたぶん早い。 オンオフがある。仕事モードの時は、呼び捨て、基本敬語無し(男士に対して) オフモードは敬語。さん、くん呼び。 笑顔は武器。 コナン世界での設定。鑑定士、美術品保全団体に所属。 こんのすけ 録画機能付き。審神者のスマホとも繋げられる電話機能付き。なので、わりと審神者と別行動の刀剣に着いて行く。 簡単な式神を飛ばして、伝言できる。 前田くん 審神者の2振目の懐刀。偽名使ったり、顔隠してたりする人達には冷たい。 コナン世界での設定。審神者の部下の弟。 ソハヤ、光世 本丸の中堅組。溢れる霊力で審神者の霊力を補う。 コナン世界での設定。審神者の護衛役、兄弟。 遡行軍 火を纏う刀。 今回の凶器 邪念たっぷりの血を吸って、とっても禍々しい。 呪のオーラを纏ってる? 木刀 コナン世界の人間には木刀に見えるまじないがかけてある。刀剣男士の本体。
フォロー、コメント、いいね、ブクマ、ありがとうございます!<br />こんなに読んでもらえるとは思ってなかった、嬉し!書く気力が湧きます!<br />しかし…書くテンポが早すぎやね、<br />一旦落ち着こか<br />そうブルータスを読もう。<br /><br />そんなわけで沖矢さんのターン!攻撃スタート!<br />恋愛要素が入って来そうな予感がしてきた、どのタイミングで夢タグを入れるか…
いつだって事件は起きる4
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10095100#1
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イッシュでのある意味、有意義な研修を終えたインゴとエメットは、自国に降り立ったその足で不動産屋へ向かった。 それぞれの部屋を解約し、二人暮らしの為の新居を探す為だ。 身体は疲労を蓄積していたのだが、イッシュでどうにも妙なテンションを植え付けられてしまった二人は気にならなかった。 二人はそのテンションのまま自国で一番有名な不動産屋に滑り込む。 閉店ギリギリであった為に少しだけ居心地悪い思いもしたが、逸る気持ちは抑えきれなかったので、残業になるであろうスタッフへの思いやりはどこかへ投げ捨てた。 二人ともそこそこ稼いでいる為、金に糸目を付けない代わりに一切の妥協をしない。 不動産担当者は何だか嫌なプレッシャーを感じつつも、さすがにプロ。顔には出さず二人の贅沢且つ面倒な注文にもぴったりな物件を用意してくれた。 できるだけ早く入居したいと言えば、明日にでもという心強い約束をもらえた為、今度はその足で家具を買いに走る。 いろんなお店を梯子し、それぞれお気に入りの品を見つけては報告し合い、購入する。さすがに持って帰る事はできなかったので全て郵送にしてもらったが。 ただ一つだけ、インゴがシャンデラモチーフの灰皿に心奪われてしまい、硝子製で壊れやすそうであったのでそれだけはインゴが持って帰った。 梱包して箱に入れてもらったそれを――箱も可愛らしい紫のシャンデラが載っていた――嬉しそうに大事に両手に抱えるインゴがエメットには大変可愛らしく目に映って、動揺してしまい。 紛らわす為に休憩を理由に喫茶店に入ったが、インゴがイチゴパフェなんてものを注文してしまったので何の意味もなさなかった。 むしろ可愛さが増して逆効果以外の何物でもなかった。 表情こそいつものしかめっ面だが、生クリームをたっぷり乗せたスプーンを口に運ぶ仕草は軽やかで、とても嬉しそうなのがエメットには見てわかる。 記憶の中の弟の中でも一位二位を争う可愛さはどこぞの天使も裸足で逃げ出すレベルだ。フィルターがかかっている自覚は多少あるが。 その上、コーヒーを飲みながら自分をガン見する兄をどう思ったのか「お前も食べますか?」とスプーンを差し出してきたらもう。 口を開けたらスプーンを手渡されたのは残念だったが。そこはあーんだろう。 そうこうして二人で選んだ部屋は、手持ちのポケモン達もくつろげる空間が条件の、二人暮らしには勿体ないほどの広さで。 主にエメットが使うキッチンはオール電化システムキッチン。背が高くても腰が痛くならないように高さは調節済み。 リビングにはふわふわのラビットファーの丸いクッション。黒と白の二色ずつ。 それを置いているソファはオールシーズン使えて重く見えないよう白。二人掛けよりやや大きいゆったりサイズ。 ラグは撥水性のある汚れの目立たない黒色で。 テーブルは迷った末に透明のもの。上には買ったばかりの灰皿を置いて。 シャワールームにはインゴがイッシュでのお風呂を気に入った為、足が伸ばせる大きなバスタブを。ノボリ達から貰った入浴剤も使えてご満悦。 シャンプーはエメットの好きな甘い花の香りを選んで――インゴには甘ったるいと文句を言われたが――ドライヤーはやや奮発してマイナスイオンが出るらしいものを購入。 そして 「・・・さすがに、寝室は別でも良かったのでは?」 「うーん・・・落ち着いてみると確かに」 二人は勢いで買ってしまったキングサイズのベッドを前に、立ち竦んでいた。 スプリングの利いた低反発性のマットレス。さらさらのシーツに、ふかふかの毛布。 同じく低反発の枕を揃えれば、快適な寝心地は保証されている。 だが、不思議なナチュラルハイが収まった二人は「双子の男兄弟が同じベッドで寝るのはどうなのか」という今更な疑問が湧いてきてしまい、いざ寝る段階になって戸惑ってしまっていた。 しばらく無言でベッドを見下ろしていたが、エメットが諦めたように苦笑と溜息を吐き出してベッドに腰掛ける。 そして隣をぽんぽんと叩くと、インゴもそこに腰を下ろした。 体重が柔らかく受け止められて、インゴは思わず感嘆の声を上げ、そのまま寝転がる。 そんな弟を見下ろしてエメットは口を開いた。 「まぁ、うん。買っちゃったものは仕方ないよね」 「そうですね・・・寝てみて問題があるようでしたら、また考えましょう」 ベッド自体は問題なく気持ちイイですし。 インゴはそう言って小さく笑うと、シーツを捲り上げ一足先に毛布に包まった。 エメットもその隣に潜り込み、向かい合えば、どちらともなく笑い出す。 「なんか、ねぇ?」 「えぇ、なんか・・・ふふっ」 収まったと思っていたイッシュの余韻はまだばっちり残っていたらしい。 むず痒いような、くすぐったいような気持ちは決して不快ではない。ただ、どうにも照れくさくていけない。 明日も仕事だ、早く寝なければと思うのだが、無意味にお互いの顔や身体を擽ったりしては密やかな笑い声を立てた。 二人以外誰もおらず、ましてや誰かに怒られる子供でもないのについ声を潜めてしまうのは、幼い頃の名残なのだろう。 そんな自分達がまた可笑しくて、楽しくて、二人暮らし初めての夜は中々寝付けなかった。 「・・・はぁ」 そんな楽しい生活も初めの内だけだと、誰に言うでもなくエメットは大きな溜息を吐いた。 目の前にはエメットが用意した二人分の食事が並んでいる。 圧力鍋に頼らずじっくり煮込んだビーフシチューに、インゴの好きなトマトを乗せたサラダ、それに並ばなきゃ買えないパン屋のバゲット。 どれもこれも不摂生になりがちな弟の健康を考えて、半休だったエメットが手間暇かけて用意した晩御飯だった。 にも関わらず、テーブルに並べられてから早三時間が経とうとしていても未だ手の付けられる気配はない。 何故ならその弟が帰ってこないからだ。 初めの一時間は何かトラブルでもあって残業しているんだろうと思っていた。 次の二時間は職場に連絡した所、インゴはすでに帰宅したと聞かされ、じゃあ何か買い物でもしているんだろうと高を括っていた。 それでも帰ってこない三時間に突入したのでインゴ自身に連絡を入れたが、圏外もしくは電源オフのアナウンスが聞こえてきた為、腹が立った。 腹は立ったが、何かあったんじゃないかという心配は拭えず、かと言って探しに行く宛てもなく、エメットはただ冷めていく夕飯を前に溜息を吐き続けるしかない。 一緒に暮らし始めて一週間。 最初は良かったのだ。 思っていた以上に自堕落な弟の生活に引きつつも、世話を焼くのが嬉しくて。それはもう甲斐甲斐しく尽くした。 朝が弱い彼を何とか起こし、コーヒーを豆から挽いてカフェオレを作り、それを飲んでいる間に半分寝ている弟でも食べられるような朝食を用意する。 もちろんポケモン達のご飯も忘れずに。 皆が食事をしている間に、インゴのシャツにアイロンを掛けネクタイを選び、自分も着替えをする。 朝食を摂りながら二度寝をかますインゴを叩き起こすと着替えを促し、自分は後片付けを。 出勤後はインゴもきちんとボスの顔になるので、まぁ職場では特に世話は焼いていない。 せいぜい、休憩時間に甘いココアを作ってあげるぐらいだ。 部下達にはクールで格好イイ黒いボス、でありたいようなので、周りにはバレないようにこっそりと。 でも実はインゴは甘い物大好きだと部下達にバレている事も知っている。それをバレているとバレるとインゴのプライドが傷つくから、知らないふりして接してくれている出来た部下達だとも知っている。 知らないのは当のインゴだけだ。わざわざお土産にどこぞの銘菓を用意しては、インゴが食べやすいようにと席を外してくれてたりしているのに。 まぁ「こっそり甘い物食べる黒ボス可愛い!!」と皆思っているようなので、エメットもわざわざ暴露したりはしないが。 そして帰宅してからはそんなインゴに夕食を作り、洗濯をし、お風呂の準備をして、インゴの髪を乾かす。 我ながら「新妻か!」と突っ込みたいほどの献身っぷりに涙が出そうだが、決して嫌ではない。 例えば無表情ながらもご飯を口にした時の嬉しそうな顔だとか、日に日に痛みのなくなった手触りのいい髪だとか、あどけない寝顔だとか。 そういうインゴを見ていられる生活が、エメットはすごく幸せで。 重ねていうが、エメットは全く苦ではなかった。楽しかったのだ。 だが。 「・・・インゴは、違うのかな」 健康的になっていく身体とは裏腹に、インゴは日を増す事にエメットに対して余所余所しくなった。 元々笑う事はそうないが、輪を掛けて表情が変わらなくなり。 スキンシップのような暴力もなくなり、会話も減り。 一緒のベッドで寝ているにも関わらず、そっぽを向かれ、昨日はいつ買ってきたのか自分とインゴの間にでかい抱き枕が挟まれていた。 そして今日、とうとう帰ってこない。 構いすぎたのかもしれない。 今まで自由気ままに一人暮らしをしていたのだ、鬱陶しがられても仕方がないのかもしれない。 だが、それならあの弟は「鬱陶しいですよこの愚兄」とでも言ってついでに回し蹴りの一つでも食らわしてきそうなものなのに、エメットに対して直接文句も言わないのだから訳がわからない。 「せめて連絡ぐらい入れてくれればいいのにさ」 もう数えるのも億劫になった溜息を腹の底から吐き出して、エメットは項垂れた。 ちらりと視線だけ上げると、引っ越し祝いにとクダリが送ってくれたバチュルの時計の長針と短針が重なっているのが目に入る。 どこで何をしているのか知らないが、この時間に帰ってきてもきっと夕飯は食べないだろう。 シチューは温めればいい。バゲットはもともと固いのだから、まだ朝でも食べられる。 サラダだけはもうクタっとなっていて、美味しくなさそうだ。 エメットは手づかみでトマトを口に放り込む。甘味が少なくて酸っぱかった。 美味しそうなのを選んできたのになぁと、何だか悲しくなってしまう。自分はあまりトマトが好きではなかったから、余計に美味しくないのだろう。 エメットももう空腹など通り越していたのだが、とりあえずサラダだけは食べようとフォークで無駄に野菜を突き刺しては、惰性で口に運んだ。 結局、インゴが帰宅したのはエメットがサラダを食べ終えて、片付けも終わらせ、それからさらに一時間してからだった。 「おかえり、インゴ」 「・・・・・ただいま帰りました」 インゴはまさかエメットが起きて待っているとは思っていなかったようで、玄関先で出迎えた兄に少し驚いた顔をして、そしてすぐその顔を伏せた。 エメットはそんな弟をざっと観察し、とりあえず怪我などはなさそうだと安心する。 何度目かもしれない溜息を、先ほどまでとは違う理由で吐きかけて、気付いた。 ブーツを脱いで自分の横を通り抜けようとする、その身体から漂った香水の香り。 それはインゴのものでも、もちろんエメットのものでもなく、女性が好むような甘いもの。 それを認識すると、エメットは自分でも驚くぐらい低い声が出た。 「こんなに遅くなるんだったら、連絡ぐらい入れろよ」 その声に、インゴがびくりと肩を揺らす。 常にないトーンに違和感を抱きつつも、生来の天邪鬼な性格と、エメットに対する認識の甘さからインゴは反抗した。 「別に子供じゃないのですから、構わないでしょう」 「ご飯作って待ってたんだけど」 「・・・それに関してはすみませんでした。では、明日からは結構です」 インゴはそれだけ言うと、固まってしまったエメットの横を今度こそ通り抜け、風呂場に直行する。 静かな足音が止まり、やがてシャワーの音が聞こえるまで、エメットはその場に立ち竦んだ。 知らず握り締めていた手を開き、今度こそ、腹の底から息を吐き出す。 何故かはわからないが、知らない女の匂いがとてつもなく不快だった。 その晩、エメットはソファで眠った。 明らかに拒絶されてしまっているのを、まざまざと見せつけられるのが怖かった。 「・・・あれ?」 翌朝、エメットはバタンというドアの開閉音で目を覚ました。 寝起きで働かない頭は、その音の意味がよくわからない。 ぼんやりしたまま眺めたバチュルは、いつもエメットが起きる時間より一時間遅い時刻を指示していた。 「っ!やば、寝過ごした!インゴの朝ごは・・・ん・・・・・」 仕事に遅刻する時間ではなかったが、いつものように色々と準備する時間はない。 朝ご飯は昨日の残りでイイか。もしくはシリアルに牛乳でもイイだろうか。 そこまで一気に考えて、エメットはふと、自分が起きた理由を思い出す。 荒々しくドアの閉まる音だった。 この家には自分と、インゴしかいない。と、いう事はその音はインゴが立てたものだ。 つまり。 「・・・・もう出勤したの?インゴ」 念の為、部屋という部屋を見て回ったが弟の姿はなく。 黒いコートも制帽もなく、インゴのポケモン達の姿もなく、こんなに早く、エメットが起こさなくても一人で身支度をして家を出てしまったのがわかった。 その事実にエメットは愕然とした。 エメットはラグの上に座り込んで、乾いた自嘲を一つ零す。 胸がちりちりと痛んで、何もする気が起きなかった。 ボクがいなくても、生活できるんじゃん。 たった数日で、エメットは忘れていたのだ。 自分達は別々に暮らしていて、その間、インゴは適当ながらも一人でちゃんと生活していたという事を。 いや、忘れていた訳ではないのかもしれない。 ただ、自分がいなくてもダメなのだと。必要とされたいと、思っていたから気付かないふりをしていただけなのだろう。 彼はもう庇護されるだけの小さな弟ではなかった。れっきとした大人で、男で、そして自分はただの双子の兄以外の何者でもない。 だから、こんな、裏切られたような気持ちになるのは筋違いだ。 わかっているのに、エメットは胸の奥が重く苦しくて、遅刻するギリギリの時間までその場から動けずにいた。 [newpage] 牛肉、鶏肉、魚、にんじん、ピーマン、トマト。 マーケット内をぐるぐると、かれこれ三周ぐらいしているのにエメットの持った籠の中は空だった。 どの食材を見ても、メニューが何も浮かばない。 どれも美味しそうに見えるし、どれも不味そうに見えた。 昨日までは作りたいものも食べたいものも、食べさせたいものもたくさん頭の中にあったのに、それが全て消え失せてしまっていて、エメットは肩を落とす。 結局、ぼーっと一時間以上、座り込んでしまっていたエメットは、遅刻寸前でなんとか出勤した。 正直、仕事どころではなかったが、弟と上手くいかなくてストライキ。なんて子供じみた事ができる立場にはない。 悲しいかな管理職。元々責任感の強いエメットは、いつもの笑顔を張り付けると事務室に滑り込んだ。 視線は真っ先に黒いコートを探す。 目立つそれはすぐ見つかった。部屋の奥、こちらにちらりとも視線を寄越さず机に向かっているインゴ。 そんなに急ぎの書類なんてなかっただろう。そう叫び出したい気持ちを抑え込んで、エメットはそこから目を逸らした。 すると部下達が朝の挨拶に駆けてくるのが目に入って、できるだけ笑顔で片手をあげて答える。 エメットの寝癖の立った髪を、珍しいですねと指摘しながら陽気に挨拶をしてくれる姿に、ささくれ立っていた気持ちが少し落ち着いた。 寝坊しちゃって。と笑って返せば、上司の寝癖がそんなに面白いのかわらわらと部下達が寄ってくる。 もみくちゃにされながら会話をしていると、背中に視線が突き刺さったのがわかった。 さっきまで顔も上げなかったくせに。 どんな顔をして、自分と部下の戯れを見ているのか。 いつもなら、手が空けばすぐインゴにちょっかいを出しに行くのだが、エメットは意地でも振り返るものかと、ことさらに部下と戯れた。 刺さる視線はどんどん鋭いものになっていくが構いはしない。 うっかり後ろを覗き込んだ部下の一人がピシリと固まったが知ったことか。 拒絶したのはそちらが先だろう。なのにどうして、そんなに気にしているのか。 エメットはインゴの気持ちがわからなくて。わからない事にまた苛立って、そして悲しくて。 こちらから話しかける勇気も気力もなく、ただ仕事だけを淡々とこなしていく。 そんな日に限ってマルチの要請もないものだから、結局丸一日、二人は会話どころか、目を合わせる事もなかった。 エメットは結局、何一つ買い物をせずマーケットを後にした。 自分もイッシュへ行くまでは一人で生活をして、一人分の食事を作っていたのに、今は何も作る気が起きない。 道行く人達をぼんやりと視界に入れながら、酷く重い足取りで家へ帰る。 あの広い部屋で今夜も自分はひとりきりだ。 それを想像すると、どんどんスピードが落ちていく。 幼児の方が速いのではないかという速度まで落ちて、それでも足は止めなかった。 止めた所で、行く宛てもないからだ。 ひとりの時には可愛いガールフレンドもいた。今だって携帯には呼べば食事ぐらい作ってくれる女の子達の番号は入っている。 それなのに、ボタンの一つも押す気にならない。 インゴは自分と違って、今日も誰かと一緒だとわかっているのに、あえて一人帰路につく自分の自虐性に涙が出そうだ。 躓かないように交互に出していただけの足は、それでもあっさりと見慣れてしまった玄関の前へ自分を運ぶ。 がちゃりと鍵を開ける音が妙に大きく響いて、エメットはまた少し悲しくなった。 予想を裏切ってくれるはずもなく、部屋の中は暗い。 手さぐりで点けた電気の明るさも何だか腹正しい複雑な気持ちで、エメットはコートもそのままにソファへ沈み込んだ。 視線だけを巡らせば、本当に広い部屋だと実感する。 何でこんな広い部屋にしたんだと、つい先日の自分を問い詰めたいほどだ。 こんなに寒くて寂しい気持ちになるのがわかっていたら絶対選ばなかった。 こんな気持ちになるなんて、全く予想していなかったのに。 もっと楽しくて、幸せで、温かい生活になると、信じて疑っていなかったのに。 「・・・・・寂しいよ、インゴ」 呟いてみても、返事はない。 ボールに入ったままのポケモン達が、カタカタと震えてくれたぐらいだ。 その優しい応えに少し微笑んで立ち上がる。 自分はともかく、この優しい子達にご飯をあげなければ。 ボールから出してやると皆一斉に主人の顔を見て、そして泣きそうな顔をした。 それに苦笑しながら食事の準備をしてやって、少し遊んで。 それでもなお寂しそうな顔をするポケモン達に愛しさを感じつつ、申し訳ない気持ちになる。 今はどう取り繕っても誤魔化せないとわかっていたから、ある程度するとすぐ彼らをボールに戻した。 そしてエメットは昨日のシチューとバゲットを無理矢理に胃へ詰め込んで、さっさと冷たいベッドに潜り込む。 冷え性気味の手足がじんじんと痛んだ。 隣に体温がないだけでこんなに違うものかと、必死でそれを擦り合せた。 今はまだ春先。真冬ほどではないにしろ、やや肌寒い日にはこうして末端の感覚が鈍くなる。 『ひゃっ!ちょ、止めなさいエメット!』 エメットは、幼い日に白く冷たくなった指先をインゴの首筋に押し付けて暖を取った事を思い出した。 突然の冷たさに驚いて距離を取ったインゴを追い詰めて、手も足もぴったりとインゴのそれにくっ付ける。 嫌々と頭を振る弟に意地悪く笑いながら、ぎゅうぎゅう抱き締めると向こうも負けじと擽って仕返ししてきた。 二人できゃっきゃと笑い合って、母親から早く寝なさいと叱られたものだ。 一つ二つと思い出されるそれらは、どれも幸せで。 それが今の自分に追い打ちを掛けるようで、どんなに擦り合せても指先は全く温まってくれない。 置かれた抱き枕を潰さんばかりに抱き締めてみても、望む温かさは得られず、エメットは何だか泣きそうになった。 「情けないなぁ、ボク」 鼻を啜って、無駄にでかくて長い抱き枕に顔を埋める。 インゴの匂いがする。なんて変態みたいだと思いつつ、そこから顔を上げられない。 ついこの間まで手を伸ばせば届く距離にいた気配が、今はとても懐かしい。 だがそれも、時間が経つにつれ段々と薄れていき、やがて欠片も感じ取れなくなって、エメットはさらに悲しくなった。 ベッドに潜り込んでどれくらい経ったのか。身体はやや温まってきたものの、それでも何だか肌寒い。 もしや昨晩ソファで寝たのが祟って風邪でも引いたのだろうか。 エメットは引き寄せた携帯で時間を確認する。 昨日、インゴが帰宅した時間よりさらに一時間遅い時刻が表示されていた。 今晩はとうとう帰ってこないのかもしれない。 そう思うと、折角温もりかけた布団が急に冷えていくような錯覚を覚える。 目の奥がじわじわと熱くなるのを感じながら、エメットはイッシュの双子に言われた言葉を思い出した。 『そもそもお二人はお付き合いされてなかったのですか?』 『そう!ぼく絶対二人はぼく達と一緒だと思ってた!』 研修の間、二人はいつ見ても仲睦まじく、そして幸せそうだった。 ぴったりと寄り添い合い、笑い合い支え合って、二人の間には誰も入り込めない。そんな雰囲気で。 「ボク達も、そうなれたら良かったのに」 羨ましいと思ったのだ。 照れも恥も外聞も何もかも捨てていうのならば、心の底から、あぁなりたいと思ったのだ。 そしてなれると思った。なれるんじゃないかと、期待した。 インゴも同じなんだと信じていたかったのに。 けれど、なれるはずがなかった。初めから。 あの双子と自分達とでは決定的な違いがある。 自分達は恋仲ではない。ただの、双子の兄弟。それだけだ。 根本的な感情と関係性が違うのに、同じになれようはずがない。 エメットは指先が白くなるほど、枕を抱き締める。本来の用途としては正しいはずだが、力加減が違う。枕はすでに変形し始めていた。 「・・・インゴ」 インゴ。 インゴ。 インゴ、好き。好き。大好き。 認めてしまえば、ついに抱き枕にじわりと染みが広がった。白いそれが薄い灰色になって冷えていく。 みっともなく声を上げて泣きたい気分だったし、それをしても聞きとがめる人間はいなかったけれど、エメットはただひたすら枕に顔を押し付ける。 泣いている所為なのか、酸欠なのか、頭がぐらぐらした。 何も意味をなさない思考はただひたすらに弟の名前と、感情が回り巡っていた。 がちゃり。 突然、ぐすぐすと鼻を啜る音だけが響いていた空間に、音がひとつ混じった。 エメットは弾かれたように顔を上げる。じっと聞き耳を立てると、ドアの音がして、もう一度鍵の音。 インゴが帰ってきた。 嬉しいような。会いたくないような。 エメットは出迎えに行くべきか、このまま狸寝入りを決め込むか一瞬迷った。 だが、自分がここで寝ていたらインゴがソファで眠るかもしれない。 そしたら、風邪を引いてしまうかも。 そう思った瞬間、エメットは毛布を蹴飛ばしていた。 手足が外気に晒されて、またじんわりと痛んだ。 エメットは、赤くなっているだろう鼻を摩って、深呼吸する。 イッシュの双子のようにはなれなくとも、このままでいられるはずもない。 お互いの為にも、逃げずにきちんと話をしなければ。 泣いた事と、インゴへの想いをきっちり認めたおかげで、エメットは大分冷静を取り戻していた。 ゆっくりドアを開け、インゴがいるであろうリビングへ向かう。 悪い事をしている訳でもないのに、何故か忍び足になってしまい、少し苦笑した。 リビングからは薄く明かりが漏れている。 躊躇ったら止まってしまいそうで、一気にドアを開けて踏み込んだ。 「おかえり、インゴ」 コートを脱ぎながら振り返ったインゴの顔には、昨夜同様、驚きが見て取れた。 跳ねた肩と、見開かれた目は一瞬の後に戻ってしまったが。 インゴは小さく帰宅の挨拶をすると、やはり昨夜と同じくエメットの横を黙って通り抜けようとした。 だが今度はそれを許さず、すれ違い様にすばやくその腕を掴む。 反動でやや肩を揺らしたインゴは、不機嫌さを隠しもせずエメットを睨みつけた。 「何か用ですか」 「うん。インゴ、こんな遅くまでどこ行って来たの?」 「ワタクシがどこで何しようが、お前に関係ないでしょう」 明らかな威嚇をなんとか笑顔で流そうとしたエメットだったが、その言葉にまたじくりと心臓が重くなる。 それに追い打ちをかけるように、その身体から昨日とは違う香水とアルコールが香るものだから、エメットはつい腕に力を入れた。 痛むのだろう、眉根を寄せたインゴが掴まれた腕を振り払おうとするがビクともしない。 インゴがもがけばもがくほど知らない香りが強くエメットを刺激して、冷静に話をしようなんていう気持ちはどこかへ消えた。 エメットは、先ほど自覚したばかりの恋心がだんだんとどす黒く染まっているような気がして、つい口の端を歪める。 それを至近距離で見つめたインゴは、ぴたりと抵抗を止めた。 「・・・エメッ、ト?」 どこが不安げに自分を呼ぶ声が起爆剤だった。 エメットは掴んだ腕を引っ張り、油断したインゴを風呂場へ引きずり込んだ。 そしてその場へ突き飛ばすと、文句を言おうと口を開いたインゴに、目一杯捻ったシャワーを浴びせる。 温度調節もそこそこに放たれたそれはほぼ水で、服を着たままのインゴと、エメットの足元を冷やしていく。 「・・っ・・・えめっ・・止めなさ・・・!」 口を開けば水が気管に入り込み、インゴは噎せ返った。 後ろはバスタブで、入り口はエメットに塞がれている為に逃げ場はない。 目もろくに開けられないほどの水流が容赦なく身体を叩き、その冷たさにカタカタと身体が震えた。 霞む視界に映る兄は普段自分より無表情で、寒さとは違う何かがインゴの背筋を這い上がる。 しばらくするときゅっと短い音が響いて、呼吸が楽になった。 咳き込みながらもう一度エメットを見上げると、目が合ったその口元がにぃ、と吊り上げられる。 そして屈み込んで、インゴと視線を合わせ、すん、と鼻を鳴らした。 「女の匂い、取れた?」 その言葉でエメットの奇行の理由がわかったインゴは声を荒げた。 「何のつもりです!」 「インゴが悪いんだよ。ボクの事シカトして、この家に知らない女の匂いなんて持って帰ってくるから」 「何を訳わからない事を・・・」 人ひとり殺せそうな睨みでも、慣れた兄は顔色ひとつ変えやしない。 いつも笑みを作っている事の多い彼が、いつもとは違う種類の、言うなれば加虐的な笑みを浮かべているのを目の当たりにするのは初めてで、インゴは混乱する。 避けていたのは事実だが、それでどうしてこんなに兄が怒るのか、インゴにはわからなかった。 「ねぇインゴ。インゴはどういうつもりでボクと暮らそうと思ったの」 「なに・・・・・」 「ボクは、ちょっとでもインゴと一緒にいたくて。また、一緒に暮らせて、嬉しかったのに」 エメットの顔が泣きそうに歪んでいく。 それに呼応するように、インゴの眉間の皺も深くなった。 握り締めた拳がぶるぶると震える。 「ワタクシの気も知らないで、勝手な事ばかり・・・!」 「あぁ知らないよ!わからないよ!だってインゴ言ってくれないじゃん!言ってくれなきゃ、わかんないよ・・・」 激高したその目から、ぽろりと水滴が零れた。 後から後から零れていくそれをインゴは茫然と見つめ続けた。 エメットが泣いている姿など、数えるほどしか見た事がない。 自分がここまで追い詰めたのかと胸が締め付けられる気がして、インゴは震える指先でそっとその目元を拭った。 理不尽な扱いに荒立っていた心が治まっていき、何度もエメットの頬を撫でながら息を吐き出す。 そしてぽつりぽつり、まるで懺悔でもするかのように小さく、たどたどしく口を開いた。 「ワタクシは、おかしいのです・・・」 「最初は、昔みたいに、暮らせるのが嬉しかった」 「なのに、だんだん・・・それだけじゃ、足りない、気が・・して」 インゴの頭が言葉を紡ぐ事に項垂れていく。 その旋毛を、今度はエメットが茫然と見つめた。 どくどくと鼓動が速くなるのがわかる。 インゴの言葉に、一度は消えかけた期待が、うずうずともどかしく湧いてくる。 「インゴ」 黙り込んでしまったその顔をゆっくりと上げさせれば、目元と鼻先を赤く染めたインゴと視線が絡む。 口が開いては閉じて、閉じては開いて。一生懸命に言葉を探している様子がいじらしくて、エメットはその冷えた身体を抱き込んだ。 濡れた肩口に顔を埋めると、一瞬跳ねたそこから振動が伝わってくる。 エメットは左腕でしっかり抱き留めたまま、右手で蛇口を捻った。 座り込んだ二人の頭上から、今度はお湯がゆるく降り注ぐ。 その温かさに緊張を解いたインゴは、大人しくエメットの腕に納まりながらようやく声を出した。 「ワタクシは、双子の、弟、なのに・・・エメットが好きなのです」 だから一緒にいるのがつらかったと。 頑なだったその心情を吐露したインゴは、恐る恐るその背に両腕を回した。 「良かった・・・インゴ、ボクも。ボクもインゴが好きだよ」 抱き締めた腕にゆるく力を込めて、その耳元で言葉を返せば、絡む腕の力が強くなった。 お互いに鼻を啜り、離れたくないとばかりにぎゅうぎゅうとしがみ付く。 それは恋人同士の熱い抱擁というよりは、子供が駄々を捏ねるようなものだったけれど。 ようやく気持ちを自覚して、そして通じ合えた二人には充分な温もりだった。 「そういえばさ、インゴ。ボク世話焼きすぎ?鬱陶しかった?」 「いえ。確実にワタクシが駄目人間になりそうですが、楽で快適です」 不安げに見つめてきたエメットに、インゴはきっぱりと首を振った。 その答えに、それはそれで兄としてはどうなのだろうとエメットは悩んだが、次の言葉でどうでも良くなってしまう。 「まぁ、もうエメットがいないと駄目な人間になってますけどね」 ふふっと、腕の中で小さく笑ったインゴは幸せそうで。 エメットはきゅーんと心臓が痛くなって、力いっぱいインゴを抱き締めた。 苦しいですよ。と静止でない静止が上がったが、インゴも苦しいぐらいこちらにしがみ付いているので無視した。 その後、着替えもそこそこにベッドに潜り込んで、また抱き合って眠った。 エメットとしては、せっかく恋人同士となった訳だしまぁ色々としたい事もあったのだけれど。 あと数時間で仕事に行かねばならなかったし、そんなに一気に幸せを詰め込みすぎると勿体ない気もしたので、手足が冷たくないだけで良しとした。 翌朝、元々風邪気味だったエメットが熱を出し、パニックになったインゴがノボリに助けを求めるのはまた別の話。
<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=994283">novel/994283</a></strong><br />←まさかの続きです。ラブラブ同棲編で・・・ラブラブ?(笑)※ひぃ脱いでらっしゃる!?ありがとうございますタグ嬉しいですあわあわ!
普通じゃなくなった双子が一緒に暮らし出す話
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1009517#1
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 白い天井をぼんやり見上げた。  周りには何も存在せず、ただ小さな丸い窓が壁に一つあるのみである。まるで箱のように扉すら存在しない部屋の真ん中で一人の男が寝そべっていた。きっちり着込んだ服に、やや時期外れな赤いマフラー。よっ、という気の抜けた声と共に上半身を起こし、窓から見える夜空と、月明かりに煌めく湖に一瞥をくれたトントンは、小さな嘆息を吐き出してゆっくりと立ち上がった。 「……結局この空間は、俺が本当に必要なものを与えてはくれへんのやな」  今も昔も、と呟き、窓際へと歩を進める。埃すら見当たらない空虚な白の部屋で、彼は一人だった。いつからこうだっただろう、と思い出そうとしても無駄だということは、今まで生きてきて何度も思い知らされてきた。それなら何故ここを訪れるのか、と、ずっと前に誰かに聞かれた気がする。そんなのこっちが聞きたい、と苦笑して肩をすくめたあの時の記憶は、今でも鮮明に覚えているのに。 「こんなところに居たか」  その時、突然響いた第三者の声に驚いてトントンは振り返った。そこにはいつの間にか、黒いコートを着た、透き通るような金髪の男が腕組みをして立っている。それを見て一瞬安堵したものの、トントンはすぐに顔を険しくさせ、若干相手を非難する口調で言った。 「びっくりさせんなやグルッペン。大体、どうやってここに入ったん?」 「扉の方から現れたんだゾ。お前を探していたからな、それに反応したのかもしれない」 「……はぁ、とんだクソ仕様ですわ」  舌打ちをして吐き捨てれば、グルッペンは、随分ご立腹だな、と両手を上げるジェスチャーをしながらこちらへ近付き、ぐるりと周りを見回した。 「それにしても見事に何もないな。トン氏の“必要の部屋”は随分と質素なものだ」 「まあ、俺らしいやろ」  へらりと笑えば、それもそうか、となおも興味津々で部屋を探索しているグルッペンが相槌をうつ。彼の言う通り、ここはホグワーツに長年語り継がれる伝説として有名な、必要の部屋だった。自分の目的を強く思い浮かべることで現れる不思議な空間であり、その中には目的を達成するために必要な道具や環境が備わっていると言われている。しかしいくら目を凝らしてみても、トントンが生み出した必要の部屋には何もなかった。 「……それで、お前は何を望んだんだ?」  暫く後に、グルッペンは尋ねた。見たところこの部屋はただの空間に過ぎないようだが、と付け加え、彼はこちらを振り返る。眼鏡の奥で光る、自分とよく似た赤の瞳がこちらを捉え、鋭く細められた。それにトントンは視線を落とし、下唇を軽く噛む。何を、と聞かれれば、それは一つしかない。 「記憶」  ぽつりと声を漏らせば、それに反応したように目の前の男が顔を上げた。しかしそちらの方は見ないまま、トントンは深く息を吸う。言うべきか、それとも言わぬべきか。一瞬だけ迷ったが、隠す意味もないだろうとすぐに思い直し、壁にゆったりと体重を預けて言葉を続けた。 「実はな、俺、記憶がちょっと抜け落ちてんねん。ホグワーツに入学してからの出来事しか覚えてなくて、それ以前に自分がどこで何をしてたか、なんも分からんのや」  そこで一旦口述を区切る。グルッペンは黙ったまま、何とも表現し難い表情で耳を傾けているようだった。ふと手を伸ばし、何かを掴むように虚空を握り締めたトントンは、遠い昔を思い浮かべているような、様々な感情が入り交じった複雑な表情で言う。 「学生の頃から、ずっとずっと疑問に思っとった。簡単な浮遊魔法を覚える前から、ふくれ薬の調合を覚える前から、箒に乗る前から……どうして俺は、こんなにも世界を手に入れたいって考えとるんかなって」  未だ口を噤んだままのグルッペンをちらりと見て自嘲気味に口角を吊り上げ、笑えるやろ? と同意を求めるが返事はなかった。 「何のためか分からないまま、世界を征服しようとしとる。明白な行動理由があるシッマやシャオさんとは違って、結論に至るプロセスが俺にはないんや」  ただ己の衝動に従い、何かに突き動かされるまま世界を手にするためにあらゆる方法を試してきた。志を同じとする優秀な者を仲間に引き入れた。しかし、一体何が、自分にそこまでさせるのか──その記憶が一切残っていない。 「……せやから、昔からよくこの部屋に来て、ずっと待ってた。記憶の欠片でも何でもええから、俺がどうして征服者を目指すようになったかの手掛かりが与えられるのを」  まあ無駄やったけど、とおどけたように言ってみせた時の顔は上手く笑えていただろうか。記憶などという曖昧なものは、魔法の力をもってしても復元不可能らしい。必要の部屋なんて名ばかりやで、と吐き捨てるが、グルッペンは全く反応することなく沈黙を貫いている。どうせこの男のことだから同情など微塵もしていないのだろうけど、とぼんやり考えてから、ふと、一つの疑問が頭の中に浮かび、トントンは動きを止めて質問を投げ掛けた。 「ところで……あんたは、どうして世界征服を目指すようになったん?」  それに、グルッペンは静かに顔を上げるが、こちらを見ないまま視線を横にずらす。記憶を辿るようにしばらく黙っていた彼は、やがて一つ息を吐き、口を開いた。 「昔、約束した。それを果たすためだ」  それ以上語るつもりはないとばかりに口を噤んだ彼の言葉に、ふうん、と相槌をうつ。この男が、誰かとの約束を律儀に守ろうとしているとはにわかに信じ難いが、嘘をつく理由もないので真実なのだろう。どちらにせよ、彼もまた明確な理由を持って自らの目標に突き進んでいることに変わりはない。  ──自分のことすら分からないお前とは違う。心の裏に巣食う意地の悪い影がそう囁いた気がした。 『グルッペン、今どこおる? トントン見つかった?』  その時、突如として耳元で響いた声に肩を震わせて二人は顔を上げた。耳に装着しっ放しであったインカムから聞こえてきたのは間違いなくオスマンの声だったが、いつもと違い、ひどく動揺している様子である。グルッペンはこちらを一瞬見やってから、すぐに返事をした。 「ああ、見つかったゾ。二人で八階にいる」 『八階……? あ、なるほど、必要の部屋におったんか。道理で見つからんと……ってそんなことより、今すぐエーミールの部屋に来てくれ』 「何か分かったのか?」 『まだ確証はない。けど、犯人の正体が分かったかもしれん』  彼のその言葉に、グルッペンとトントンは同時に息を呑んで顔を見合わせた。  ◆ ◆ ◆  ノックもそこそこに扉を開けて部屋に入れば、中にはエーミール、コネシマ、シャオロン、そしてオスマンの四人が立っている。こちらを見た彼らの顔は常よりも強ばっており、空気はぴりぴりと張り詰めていた。 「犯人が分かったというのは本当か」 「……少なくとも今ある状況証拠で考えて、可能性の高い人物ではあるな」  グルッペンの問いにそう応えたオスマンが同意を求めるように視線を斜め後ろにやれば、シャオロンが小さく頷いてみせる。少し遅れて入室したトントンは、顔ぶれを軽く見渡した後に首を捻った。 「大先生とひとらんは?」 「調べモンしとって遅くなるって。もう少しで来ると思うけど」  そのコネシマの返答に納得したように頷き、トントンは再びオスマンの方を向いて尋ねる。 「それで……どこのどいつなんや、その犯人候補とやらは」  するとオスマンは深緑の瞳をすうと細め、それがな、と口火を切った。 「俺も見落としとったんやけど、かなり単純な話。ホグワーツに裏切り者がおるって仮定した時に、俺らが真っ先に考えたのは教師やった。けど証拠から考えるにその可能性は低い。……なら、選択肢はもう一つしかない」 「ほんなら、外部の犯行か?」  怪訝そうな表情のトントンがそう聞けば、どこか楽しげに笑って彼は首を横に振る。 「それにしては手際が良すぎる。明らかにホグワーツの関係者や」 「せやけど、教師ちゃうなら誰やねん。ゴーストでもないやろうし、魔法生物に化けとったらひとらんが気がつくし、他の可能性なんて……」  と、そこまで言ったトントンは不意に口を噤んだ。突如として脳内に浮かんできた、もう一つの心当たりに冷や汗が出る。それはある意味分かりやすく、そして盲点だったもの──校内を自由に歩き回っても怪しまれない、姿をくらますことだって容易に出来る存在。 「ホグワーツの生徒、か」  グルッペンが呟く。ご名答、とオスマンが両手を広げたのを見て、やられたなぁ、とトントンは頭を押さえて呻いた。子供は人畜無害である、という先入観のみで“生徒”を可能性から除外してしまっていたことが悔やまれる。そんな簡単な問題に気付けへんかったなんて、と舌打ちをすれば、隣のグルッペンは肩をすくめてかぶりを振った。 「……時に、単純な嘘ほど引っかかってしまうことがある。仕方ないだろう」 「まあ、今更何を言ったところで無駄やな。それよりもこれからどうするか、や」  すう、と息を大きく吸い込み、眉間に皺を寄せて考え込んだトントンに、壁に寄りかかっているシャオロンが声を上げる。 「とりあえず今んところ怪しい生徒の行動を分析してみたら、昨日から寮に戻ってきてないんだってさ。これ、つまりは[[rb:そ > ・]][[rb:う > ・]][[rb:い > ・]][[rb:う > ・]]ことやんな?」  彼の瞳にはすでに殺気が込められており、ばちばちと火花が散っているように爛々と輝いていた。今にも飛びかからんばかりの気迫でシャベルを握り締めている彼に、落ち着け、とグルッペンが手で制す。 「焦りは禁物だゾ。まず今は大先生とひとらんが戻るのを待ち、情報を共有することが大切だ」 「……それもそうやな」  コネシマがうんうんと頷く横で、やや不満そうにシャオロンが頬を膨らました。それをまあまあと宥めたエーミールが困ったような笑みを浮かべて息をつく。 「しかしまさかホグワーツの生徒が犯人だったとは……衝撃で言葉もないわ」 「ま、例のあの人も学生時代に色々やらかしとったらしいし、有り得へん可能性じゃなかったけど。それにしたってなぁ?」  そう言ったオスマンが口を尖らせた。闇の魔法使いなど何年も無縁だった平和な世の中で、まだ年端もいかない子供を疑えというのも無理な話だろう。ひとらんが聞いたらショック受けそう、と頭を抱えるホグワーツ教授を横目に、ふん、と鼻を鳴らしたのはコネシマだ。 「歳なんて関係ない。闇の魔法に取り憑かれた時点でそいつはクソ野郎や」  ぎらりと光る碧眼に影を落とし、彼は唸る。野犬の威嚇にも似たそれを聞き、エーミールがさらに何かを応えようと口を開きかけた──その時だった。  ぐしゃり、と。  自らの心臓が誰かに掴まれるような錯覚を覚え、息が止まった。 「っ!?」  トントンは、咄嗟に胸ポケットから杖を取り出して振り返る。ふと横を見れば、グルッペンや他の面々も同じように杖を──シャオロンだけはシャベルだったが──構えていた。どうやらここにいる全員が今の奇妙な殺気を感じ取ったらしい。一瞬の、しかし確かに感じたナニカに対し、初めに口を開いたのはコネシマだ。 「……何やねん、今の」 「これ、部屋の外からの気配やね?」  オスマンの言葉に、グルッペンは軽く頷いてからゆっくりと部屋を出る。未だにばくばくと高鳴る心臓に酸素を送りつつ、トントンもその後を追った。何とも言えないその気配は、同じ階の廊下の先から漂ってきており、そちらへ近づくごとに段々と強くなっている。  やがて、空気が一際澱んでいる場所の前で立ち止まったグルッペンの背後で、エーミールが深いため息を吐いた。 「よりによってここですか……」 「何や、普通のトイレちゃうんか?」  ひょこっと上半身を傾けたシャオロンが首を捻る。彼らの眼前には、若干古めかしい雰囲気の残る化粧室への入口があった。女子トイレの方に『故障中』と書かれた札があり、鎖で入口が封じられている以外は、至って普通のものに見える。  しかし、トントンとコネシマ、そしてオスマンまでもが、厄介だと言わんばかりに顔を顰めているものだから、グルッペンも眉をひそめて不審げな顔になった。 「何かあるのか?」  その問いに、トントンは険しい顔つきを崩さぬまま応える。 「嘆きのマートルの住処にして……秘密の部屋の入口や」  えっ、と声を漏らしたのはシャオロンだ。グルッペンも興味深そうに瞳を細め、ほう、と相槌をうった。  秘密の部屋──ホグワーツの創始者の一人であるサラザール・スリザリンが残したものであり、マグル生まれの生徒を狩るためにバジリスクという化け物を住まわせていた空間である。伝説の魔法使いハリー・ポッターがバジリスクを倒したものの、闇の帝王の痕跡が多く残っているため、未だに立ち入りを禁止されている秘密の部屋への入口がこのトイレにあるという。 「偶然ではなさそうだな」  冷静にそう言ったグルッペンの横を、コネシマがするりと通り抜けた。鎖を跨ぎ、ずんずんとトイレの中に入っていく彼の後ろ姿を見て、シッマ! とシャオロンが慌てて後を追う。 「あいつ、デスイーター絡みになるとほんまに無鉄砲やな……」  呆れを滲ませた声音でトントンがぼやきながらも鎖を跨げば、ちらりとエーミールが視線を寄越してきたが、彼は何も言わずにオスマンの背中を追いかけた。中に入れば、相変わらず埃っぽい、じめじめした女子トイレが広がっている。軽く個室の方まで見回したものの、どうやら嘆きのマートルは留守のようであった。 「……何や、マートルおらんのか」 「いやおらん方がええやろ! 夜中抜け出してたら驚かされて死ぬほどびっくりしたことあんねん。いっつも泣いててやかましいし」 「相変わらず心無いわシッマ……女心が分からん男はモテへんで?」  ふふん、と揶揄うように口元を緩めたオスマンに、ほっとけ、とコネシマが吐き捨てる。そんな彼らを横目に、エーミールが中央に並ぶいくつもの蛇口を一つ一つ調べているのに気が付き、トントンは彼の元に歩み寄った。 「エミさん、もしかして[[rb:あ > ・]][[rb:れ > ・]]探しとんのか?」 「……はい。確かここらへんにあったはず」  そんなことを呟きながら探っていた彼は、不意に立ち止まってとある蛇口を覗き込む。トントン、そしてグルッペンもそちらに視線をやれば、蛇口の脇に蛇の彫り物を発見した。エーミールがそれをするりと撫で、見つけた、と独りごちる。 「皆、こんなとこにいたの」  その時。足音と共にそんな声が響き、背後から二人の男が現れた。全員がそちらを向くと、見覚えのある白い軍服とくたびれた濃紺のスーツが視界に飛び込んでくる。 「ひとらん……と、大先生」 「ちょ待って、何そのおまけみたいな言い方! ひどない!?」  心外とばかりに反論してくる鬱と、キョロキョロと周りを見回しているひとらんが近付いてきて、エーミールの手元を見つめた。その途端きらりと眼鏡の奥の瞳を輝かせた鬱が、これって、と興奮で上ずった声を上げる。 「もしかして秘密の部屋への入口!?」 「じゃあ、さっきの嫌な気配はここからか」  なるほど、とひとらんが頷いて蛇口の紋様を確認し、顔を上げた。どうやらあの悪寒をひとらんも感じてこちらにやってきたのだろう。と、そこで色々試行錯誤していたエーミールが体を起こし、難しい表情をしながらううんと呻く。 「嫌な空気がこの下から漂っているのは感じるんやけど……やっぱり開かんな」 「なんせ、あの秘密の部屋やからなぁ」  コネシマはそう言ってため息を吐いた。かつての第二次魔法戦争においてハリー・ポッターと彼の仲間が足を踏み入れてから、長い年月が経っている。生徒はおろか教授ですら誰も入ったことがないまま、秘密の部屋という存在そのものが忘れ去られようとしているほどだ。  どうしたものかと一同が首を捻っていると、おずおずといった様子でひとらんが前に一歩踏み出して手洗い場を見上げる。 「ねぇ、ちょっと試してもいい?」  そう言うが早いか、彼は着けていたマスクを外し、蛇の彫り物に顔を近付けた。黒曜石の如き双眸を細めて口を開き──次の瞬間、地を這うような低い囁き声が、女子トイレに響き渡る。 「なっ……」  ぞわぞわと背筋に何かが走るような、奇妙な感覚がしたと同時に、地響きと共に手洗い場が動き始めた。文献や伝承でしか読んだことのない目の前の現象に全員言葉を失っていたが、やがて我に返ったコネシマが目を見開いて叫ぶ。 「ひ、ひとらんお前、[[rb:蛇語を理解する者 > パーセルマウス]]やったんか!?」  一際大きな揺れがして、地下へと続くトンネルのようなものが現れるのを見ていたひとらんは、首を横に振ってみせた。 「いや、違うよ。少し前まで蛇語を研究してたから、真似して喋れるだけ」 「[[rb:蛇語 > パーセルタング]]を学ぶとは随分物好きだな」 「……まあ、あんま褒められたものじゃないから個人的にちょっと学んでたって感じかな。まさか秘密の部屋に行くために使う日が来るとはね」  肩をすくめてそう応えたひとらんの背後から、恐る恐るといった様子でシャオロンが地下を覗く。先が見えない暗闇になっている穴を見て、うぇ、と一歩後ろに下がった。 「む、無理やってこれ。怖すぎやろ」 「でも行くしかないでしょ。秘密の部屋で何かが起こってるのは確実だし」 「あの、あのぉ、ちょっと聞きたいんですけどぉ」  ぼそぼそと会話する二人の後ろで手を挙げたのは鬱だ。何やねん、とトントンが促せば、へらりと情けない笑顔になった彼は、暗闇への入口を力なく指差して頭を掻いた。 「僕も行かなきゃ駄目ですかぁ〜?」  その質問に、全員が思わず顔を見合わせて押し黙る。確かにマグルの鬱を連れていくのは危険すぎるが、ここに独りで置いていくのも危ない気がした。どないしよ、と小さく呟いたトントンがちらりと横を見れば、顎に手をやったグルッペンが少しの沈黙の後に、そうだな、と提案する。 「シャオロンと大先生はここに残って見張りをする。何かあればすぐに通信で知らせるというのは、どうだろうか」 「……異論ないで」  お前らは? とトントンがシャオロンと鬱を振り返ると、彼らは首が取れんばかりの勢いで頷き、それでいい! と力強い返答を寄越してくる。どうせ行きたくないだけやろ、と思ったが声には出さずに飲み込み、じゃあ行くか、とトントンは改めて体勢を整えた。 「ほんなら、行くでぇ! 今度は絶対に捕まえたる!」  すると、突然大声でそう宣言したコネシマが床を蹴って飛び出し、なんの躊躇いもなく穴に落ちていった。もはやお決まりの流れだったので誰も止めなかったが、その代わりにオスマンが杖で穴の暗闇を照らしながら様子を伺っている。 「シッマ〜? そっちは無事か?」 「……」 「デスイーターとか、蛇とか、蜘蛛とかおらんか?」 「……」 「あ、これ死んだんちゃう」 「生きとるわボケェ! 頭ぶつけたんや!」  きゃんきゃんとやかましい怒鳴り声が反響しながら届いたのを聞き、一同はとりあえず安堵の息を漏らした。大丈夫そうやな、というトントンの独り言に頷いたグルッペンは、穴のふちに足をかけ、待機する二人を軽く見やって笑う。 「じゃ、ガバらずに見張っとけよ」 「了解です!」  びしっと敬礼してみせる鬱に手を上げることで返し、彼はひょいと身軽な動きで落下した。続けてオスマン、エーミール、ひとらんもその姿を闇のトンネルへと消していく。彼らには、恐怖という感情が微塵もないようで。 「ちょっとは不安がるとか、そういうのないんですかねぇ」  苦笑と共にぼやいたトントンだったが、自分も大して尻込みせずに、マフラーが飛んでいかないように掴みながら飛び込んだ。 「[[rb:アレスト・モメンタム > 動きよ、止まれ]]」  まるで滑り台のように、落下するスピードがどんどん加速するのを感じていたトントンは、仲間の姿が見えたと同時に呪文を唱えた。その瞬間、地面に投げ出されそうになっていた体が空中でふわりと浮遊し、停止する。そのままゆっくりと着地して服の汚れを落としていると、地団駄を踏んだコネシマが騒いでいた。 「お前らずるない!? 俺だけやん顔面から着地したの!」 「シッマ、頭に骨刺さっとるで」 「あーもう気持ち悪!」  水滴を払う犬の如く頭をぶんぶん振り回すコネシマを横目に、ざっと周辺の様子を確認したトントンは、同じことをしているらしいグルッペンとエーミールに声を掛ける。 「この奥か?」 「そのようだ。気配がさらに強くなっている」 「私も初めて来たけど……嫌な感じやな」  普段は穏やかな表情しか浮かべないエーミールですら、やや顔を強ばらせているところを見ると、この空間はやはり普通ではないらしい。視線を下に落とせば、しゃがみこんでいるひとらんが地面を敷き詰めている無数の骨の一つをつまみ上げて観察していた。 「魔法生物のじゃない。ねずみとかの小動物」  トントンが質問する前にそう言った彼は立ち上がり、「多分バジリスクが食べてたやつだと思う」とさらに付け加えた。かつて秘密の部屋に存在していた毒蛇の王であり、ハリー・ポッターに倒された邪悪な魔法生物。今はもう居ないと分かっていても背筋が寒くなる。 「なぁ、こっち行き止まりやねんけど!」  その時。遠くの方でコネシマの声が響き、全員がそちらを向いた。早足で近付いてみれば、そこには巨大な丸い扉のようなものが行く手を阻んでいる。何匹もの蛇が這っているような装飾がされているそれを見上げたトントンは、はえ〜、と気の抜けた声を漏らした。 「ほんまにあるんやな、これ」 「この奇妙な扉も[[rb:蛇語 > パーセルタング]]で開くのか?」  グルッペンが尋ねれば、待ってて、と一歩前へ出たひとらんが扉を見据え、蛇特有の、囁くような声をいくつか投げかける。何回目かの試みの後、ガガ、と耳障りな音と共に蛇の装飾が蠢き、ゆっくりと動いて向こう側への通路を解放した。 「……俺も話したいわ、蛇語」  ぼそりと呟いたコネシマと、結構ムズいよ、とあっさり返したひとらんを先頭に扉を潜り抜け、歩を進めていると、一行はいつの間にか最奥の空間にたどり着いていた。  そこには彫刻の刻まれた背の高い柱が並んでおり、真正面には人の顔を形どった巨大な像が、水を張った中に鎮座している。全体的にじめじめとしていて苔臭いその場所を見回したオスマンが、珍しく驚愕の表情でぱちぱちと瞳を瞬かせた。 「なんや、この空気……」  息が詰まるほどに澱んだ、異様な雰囲気。闇の魔法使いと対峙した時ですらここまでにはならないだろう。不審がる仲間をよそに、トントンは像を見上げる。サラザール・スリザリンの巨大な顔が、反射する水面の光を受けて嘲笑っているような錯覚を覚えた。 「やぁやぁ、皆さん。お揃いで」  コツ、コツ、と響く足音。  明らかに仲間のものではない、第三者の声に、一同は機敏に振り返った。 「お前……っ!」  そこには一人の少年が立っている。背丈は低く、華奢な体にスリザリンの制服を着込んでいる彼は、色素の薄いグレイの瞳を細めて嗤っていた。その顔にはそばかすがあり、まだあどけなさが残っているはずなのに、不敵な笑みを浮かべているその様子は紛れもなく無垢な子供とはかけ離れていた。  警戒して杖を構える一同の中で、大きく一歩少年に近づいたのはオスマンだ。冷たい色を宿した瞳で鋭く睨みつけ、杖の先端を突きつけながら口を開く。 「また会ったな──ラファエル」  すると、そう呼びかけられた少年は、くすくすと楽しそうに笑いを漏らした。オスマンの横に並んだコネシマが、それを見て腹立たしそうに舌打ちをする。 「エエ顔するようになったやんか。可哀想ないじめられっ子は全部演技っちゅうわけ?」 「ああ、その節はどうも。怯えているふりをするのも疲れるから、あなた方に助けて頂いてとても助かったよ」  それにしてもよく分かったね、などと悪びれる様子もなくぬけぬけと言ってみせたラファエルに対し、オスマンが冷静な声音で応えた。 「シャオロンが気が付いたんや。……スリザリンらしくないイイコが夜中に抜け出すなんて不自然やし、三階の監視カメラに映る回数も多すぎる。教授の部屋があるのに、見つかるリスクを冒してわざわざ三階に行く理由がないやろ?」 「監視カメラ、ね。わざわざそんなものを設置してたとは……流石、それだけの人数でデスイーターの残党とやり合ってるだけはある」 「ラファエル・ゴスリング。お前、一体何モンや?」  聞いたこともないほど温度の低い声で紡がれたオスマンの問いかけに、ラファエルは相変わらず余裕そうな雰囲気を崩さないまま両手を広げ、まるで演説をするように口述する。 「僕は何者でもない。その名前も、この身体に付けた呼び名に過ぎない。……完全なる無だよ。掴むことの出来ない虚無。闇なんかよりもよっぽと強くて恐ろしい、絶対的な存在」  彼の意味の分からない演説に、コネシマとひとらんは苛ついたように眉間に皺を寄せ、オスマンも唇を強く噛んだ。エーミールとトントンは互いに目を合わせたが、グルッペンだけは、その言葉の真意を読み取ろうとでもしているのか、目を逸らすことなく黙って耳を澄ませている。 「僕は──ゼロ、さ」  以後お見知りおきを、などとお辞儀をした少年は、人の良さそうな、それでいて作り物のような笑顔を貼り付けて小首を傾げた。 「…………なるほど」  口火を切ったのは、今まで沈黙を貫いていたグルッペンであった。相手を値踏みするような鋭い瞳が紅に光り、彼にしては珍しく敵対心を露わにしている。 「それがお前の目標であり、盲信しているものということか。身体がないと存在すら出来ないくせに[[rb:無 > ゼロ]]を自称するとは、皮肉なものだな」  それに、ラファエル──改め、ゼロは初めて顔から笑みを消した。憮然とした表情でグルッペンを見つめ、平淡な声音で返答する。 「誰かと思えば、ずっと僕の邪魔をしてきた不届き者じゃないか。世界征服を目論んでいるわりにお粗末な計画だね……グルッペン・フューラー」 「身体すら持たない亡霊には言われたくないな。創造の霊薬で命を繋いでも、いずれお前は消え去ることになるゾ」  間髪入れずに言い返したグルッペンの言葉に、トントンは違和感を感じて首を捻った。そもそも自分たちは正体不明の影を追っていたはずだったのに、この言い方だと、まるで。 「グルッペン、こいつのこと知っとったんか……?」  恐る恐る尋ねるが、彼は無言のままゼロを睨みつけているだけである。しかし、否定しない時点で答えは決まったようなものだ。どういうことか説明せえ、と口調に明らかな怒気を含んで問い詰めるトントンに視線を移したゼロが、何故か途端に顔をぱっと明るくさせて微笑む。 「ああ、君がトントンか! ようやく会えて嬉しいよ……僕はずっと君を探していたんだ」 「え、きっしょ。男のストーカーなんてお断りやし、大体俺なんか見つけても何も面白くないと思うけど」  ドン引きしたように不快感を露わにして半歩後ろに下がったトントンを、まるで慈しむような恍惚の表情のまま目で追ったゼロが、分かってないなあ、とかぶりを振った。 「まだ自分の価値に気が付いてないだけだ。君は一人でも世界を支配出来るんだよ、トントン」  含みを持たせたような彼の言葉に、ますます混乱して眉をひそめる。どういう意味だとさらに尋ねようとしたが、その前にコネシマが、もうええ! とじれったそうに遮って杖を掲げ、大声で吠えた。 「闇の魔法使いの戯言なんか聞いてられん! はよ始末しようや!」 「……おやおや、随分と物騒な人だ」  飄々とした姿勢を保ちつつ、ゼロは制服のポケットから杖を取り出す。途端に緊張が走り、一同はいつでも防御魔法を構築できるように身構えるが、そんなものはどこ吹く風とばかりに視線を逸らし、ゼロは心底楽しそうに言葉を紡ぎ始めた。 「それに、僕は闇の魔法などという下らないものは使わない。もっと強力で、崇高なものを、君たちにも見せてあげようか」  そう言い終わるが早いか、ゼロは杖の先を柱の一つへ向ける。巨大な、荘厳な雰囲気のあるそれをしばらく見つめていた彼は、やがて形のいい唇を薄く開き、よく響く声で詠唱した。 「[[rb:ウーデン > 虚無となれ]]」  聞いたこともないような呪文をゼロが唱え終わった瞬間、杖からは漆黒の光が放たれ、それが柱を包み込んで眩く点滅する。  次の瞬間──柱は跡形もなく消えていた。 「な……っ!?」  コネシマが驚きのあまり声を漏らす。他の面々もあまりの出来事に絶句しているらしく、唇を震わせていた。  欠片など、そこに柱があった一切の痕跡が消え失せている。攻撃魔法によって崩れたわけでもなく、まるで初めから存在していなかったかのように、その空間には何もないのだ。 「どういうこと、一体何が」  ひとらんも動揺したような声を上げ、エーミールとオスマンも目を見張っている。全員状況が理解できない中、グルッペンは何も言わずにゼロを真っ直ぐ見据えていた。 「……無の魔法、か」  彼の呟きに、ゼロは口角を吊り上げて笑う。 「そう。光も闇も全てを飲み込んで消し去る、素晴らしい魔法さ」 「だがその代償は計り知れないほど大きい。いつかその身を滅ぼすことになるぞ」  忠告するようなグルッペンの発言に、ゼロは堪えきれないとばかりに口元をますます歪める。そして、確かにそうかも、と頷きながら、杖を持っているのとは反対側の腕のシャツを捲り、おもむろにこちらへ見せてきた。そこにある[[rb:異 > ・]][[rb:変 > ・]]を視界に捉えた一同は、目を大きく見開いて反射的に体を引いた。 「な、んや、それ」  震える声で尋ねたのはコネシマか。  彼の視線の先──ゼロの左腕は、どす黒く変色しており、ところどころ腐敗して抉れていた。骨が見えている部分もあり、とてもまともな状態ではない。 「もしかして、これが代償ってやつ?」  オスマンが顔を強ばらせながら聞く。ひとらんとエーミールはあまりの出来事に声も出せないらしく、腐りかけている腕を凝視して唖然としていた。 「そう。無の魔法は、形ある全てのものを奪う……使用者の“身体”も例外なくね」  ゼロはそう言って肩をすくめ、ポケットから小瓶を取り出した。中には、光を受けてキラキラと輝く透明な液体が入っており、蓋のコルクを外した彼はその中身を一気に飲み干す。その瞬間、今にも肉片が落ちそうになっていた腐りかけの左腕が、発光しながら少しずつ肌色を取り戻していく。そして僅か数秒足らずで、ゼロの腕は、何の変哲もない普通のものへと変化した。 「創造の霊薬──それで腐りゆく身体を復活させてるってわけか。反吐が出そう」  ひとらんが唸る。自らが愛してやまない魔法生物を犠牲にしてつくられたものだ、怒りを剥き出しにするのも当然だろう。命を生み出すという禁忌に触れたその液体が入っていた小瓶を懐にしまったゼロに対し、グルッペンは眼鏡の位置を直しながら瞳を細める。 「偽物の身体はいずれ朽ち果てる……それはお前も分かっているはずだ。霊薬の効果は永遠じゃない」 「あはは、君の方こそ分かってるだろう、グルッペン・フューラー。代償など気にせずに力を行使する方法を、僕はずっと前から知っているんだよ」  自信に満ち溢れた声音でそう宣言したかと思うと、ゼロは杖をゆっくりと持ち上げた。くるりと手首を回すと、彼の前の地面にインクをぶちまけたような闇が広がり、それが何かの形を作るように広がっていく。状況が理解出来ずに後退りする一行の眼前に、巨大な翼がはためいた。  突如として現れたそれを見上げたひとらんが、信じられないとばかりに大きく目を見開いて言葉を零す。 「ファフニール……」  目の前には、巨大なドラゴンが鎮座していた。鋼のような鱗を持ち、鋭い爪を地面に食い込ませたその龍は、漆黒の翼を広げて咆哮を上げている。ぎょろりとした金の瞳でこちらを見下ろし、まるで獲物を探すかの如く顔を見比べている様子を見ながら、コネシマが怒鳴った。 「ちょ、ちょっ、なんやねんこいつ! ハンガリー・ホーンテールか!?」 「確かに似てるけど違う。あの鱗の光沢と黒い翼……間違いない。絶滅したと言われている伝説の魔法生物、ファフニールや」  エーミールが珍しく焦ったように説明し、大きく距離をとる。するとその声に反応したのか、ファフニールはいきなり体を反転させ、長く伸びる尻尾をこちらへ叩きつけてきた。飛び退いて全員がその場から離れた直後、尻尾は地面にめり込んで砂利を飛ばす。まともに食らえばひとたまりもないだろう。 「創造の霊薬の効果を試すために生み出したんだ。かつて最凶最悪と謳われたドラゴンに会えて嬉しいでしょ?」 「……ふざけんな。これ以上、魔法生物を弄ぶのは許さない! ぶっ殺す!」  物騒な言葉を吐きつつ杖を突き出したひとらんに、怖いなぁ、などと笑ったゼロが、杖を懐にしまって右手を揺らしてみせた。 「でも君たちにこれ以上構ってる暇はないし、せいぜいファフニールの餌にでもなっててよ。……それじゃ、頑張って」  鮮やかな動作で踵を返し、そのまま出口の方へ歩いて行ってしまうゼロの後ろ姿を追おうとするが、まるで主人を守るかのようにファフニールが前に立ち塞がり、鼻息を荒くしている。  しかし、トントンは唇を噛んで杖を握り直した。グルッペンが何かの事情を隠していると知った以上、自分で真実を確かめなければ気が済まない。しかも、あのゼロとかいう謎の男は、トントンのことも知っていたようであった。もしかしたら消えた記憶に関係しているのかもしれない、そう考えると、焦る気持ちを抑えられなかった。 「おい、待てや!」 「ちょっとトントン!?」  突然走り出した仲間に向かってひとらんが驚きの声を上げる。ファフニールの巨大な足と尻尾を躱し、マフラーを躍らせて出口の方へと駆けていくトントンの後ろ姿を見た一行は、どうする、と言わんばかりに視線を合わせた。  その中で、一際強く輝いている赤の瞳を見つけたオスマンが何かを察したように、仕方ないなぁ、と肩をすくめる。 「……ここは任せるめう、グルッペン」 「ああ、頼んだ。コネシマも一緒に連れてく」 「はっ、よう分かっとるやんけ。俺の相手はドラゴンちゃう、闇の魔法使いや」  グルッペンの言葉に、口角を吊り上げたコネシマが体を前のめりにして息巻いていた。それを見たエーミールも状況を理解したのか、ここは我々が何とか食い止めましょう、とため息を吐き、杖を掲げて詠唱する。 「[[rb:エクスペクトパトローナム > 守護霊よ、来たれ]]」  その瞬間、彼の杖の先からライトブラウンに輝く光を纏った蝶が何匹も生み出され、一斉にファフニールの目に飛んでいった。眩しくて不快なのか、唸り声を上げて蝶に爪を立てようとする龍を横目に、エーミールは叫ぶ。 「今のうちや! はよトントンさんを追いかけて!」  長くは持たん、とやや苦しげに続けられた呻きを聞いたグルッペンに迷いはなかった。行くぞ、とコネシマに声を掛け、駆け出す。コネシマも少しだけ気にかけるような視線を寄越したものの、すぐに身を翻してグルッペンの後を追いかけた。それを見つめていたオスマンは、苦笑を浮かべながらも独り小さく呟く。 「……さて、じゃあこのバケモンを何とかしようかね」  耳を劈くような鳴き声を上げたファフニールの衝撃で、エーミールの生み出した守護霊の蝶たちが消えてしまう。くそ、と珍しく乱暴な口調で吐き捨てたエーミールの横に並んだひとらんが、帽子を深く被り直して杖を突き出した。 「こいつは厄介だよ。なんせ鉄壁の鱗を持つ伝説のドラゴンだ、俺の予想が正しければ──」  そこで言葉を切り、彼は杖をくるりと回す。銀色の光線が迸ってファフニールの胸部に当たり、弾ける。が、全くダメージを受けた様子はなく、むしろ激昂したようで翼を広げて威嚇してきていた。それを確認したひとらんは顔を顰め、盛大に舌打ちをしてから吐き捨てる。 「やっぱり。……魔法が効かない」 「えっ? じょ、冗談やろ、ひとらん?」 「こんな状況でジョーク言えるほど能天気じゃねぇよ。あの鱗は物理攻撃しか通さない」  それは魔法使いにとって死刑宣告も同然。ごくりと唾を飲み込み、オスマンはファフニールを見上げた。龍は、まるで勝利を確信しているように悠々と尻尾を揺らし、じりじりとこちらへ近付いてくる。 「これ…………まずくない?」  口端をひくつかせながらオスマンがぽつりと漏らしたが、他の二人からの返答はない。そんな獲物たちの様子を見たファフニールは、今にもこちらに飛びかからんと、鋭い牙を覗かせながら地響きすら生むほどの咆哮を上げた。  ◆ ◆ ◆ 「あっちの連中は平気やろか」  女子トイレまで戻ってきたグルッペンは、そのコネシマの言葉に振り返った。少しだけ後ろを気にするような素振りをしている彼に、珍しいな、と思わず言う。 「お前が誰かの心配をする人間だとは」 「……流石に、創造の霊薬で蘇ったドラゴン相手だと気になりもするわ。おまけにシャオロンと大先生おらんし」  確かに、見張りを頼んだはずの二人が居ない。グルッペンが廊下に出て動く階段の下を覗き込むと、赤いマフラーが湖の方に消えていくのが見えた。躊躇っている暇はない。石造りの手すりに足を掛けたグルッペンを横目に捉えたコネシマが、ギョッとした顔で叫ぶ。 「え、お前まさか」  ──その通り。  ニヤリと笑ってから、飛ぶ。重力に従って凄まじい勢いで落下する中で、グルッペンは杖を振り下ろして呪文を唱えた。その途端にふわりと身体が停止し、服をはためかせながらゆっくりと着地する。とん、と革靴が地面に触れたと同時に、真横にコネシマが降ってきて、どすん! と鈍い音と共に尻もちをついて転がった。 「何か言ってから落ちろやせめて! びっくりしてもうたやないか!」 「無事で何より」 「いや、どこがやねん!」  腰めっちゃ痛いねんけど、とぶつくさ言いながらも立ち上がったコネシマとグルッペンは、校舎の外に出て湖の方へと走る。遠くの方でも目立つ赤いマフラーが、小さく揺らめいているのが見えた。はよ追いつかんと、と焦っているように弾んだ声で言ったコネシマに頷き、さらにスピードを上げる。 「[[rb:ステューピファイ > 麻痺せよ]]」 「っ!?」  刹那。ばちん、と光が弾けた。立ち止まってそちらを見れば、コネシマが空色の目を瞬かせて杖を胸の前にかざしていた。  いつの間にか二人の周りには、黒いローブに不気味な仮面をつけた者たちが何人も杖を構えて立っている。どうやら攻撃魔法を食らいそうになったコネシマが、すんでのところで阻止したらしい。相変わらず獣じみた反射神経だ、とグルッペンは苦笑混じりに呟いて、体勢を低くしていく。  しかし、彼の前に仁王立ちになったのはコネシマだ。その瞳に隠そうともしない殺意を込め、肩越しに振り返った彼は、杖で敵を牽制しながら怒鳴った。 「グルッペン! ここはええから、はよトントン追いかけろ!」 「だが、いくらお前でもこの人数は、」 「俺なら平気や。それよりも、あのサイコ野郎を止めるのが先決やろ」  力強い声音でそう言い切ったコネシマに、グルッペンは一瞬言葉に詰まる。彼の言っていることはもっともだ。しかし、いくらコネシマが優秀な魔法使いとはいえ、たった一人でこの場を切り抜けるのは無謀に近いだろう。どうするべきか、とグルッペンが思考を巡らせようとした──その時だった。 「死ねや、クソ雑魚!」  そんな叫び声と共に、橙の閃光が爆ぜた。  数人のデスイーターが地面へ崩れ落ち、転がる。突風と共にコネシマの横に着地したのは、黄色のオーバーオールに紅白のボーダー、赤いニット帽。爛々と輝く琥珀の瞳をこちらへ向け、その男は強気な笑みを浮かべる。 「なーに一人で格好つけようとしちゃってんの、コネシマくぅん?」 「シャオロン……!?」  名を呼ばれ、シャオロンはニット帽を被り直してシャベルを肩に担いだ。その間にも、仲間を攻撃された闇の魔法使いたちが杖を構え、今にもこちらに振り下ろそうと臨戦態勢になる。応戦しようとコネシマも杖を振り上げるが、それと同時に、何かが破裂するような重い音が響き渡り、一人のデスイーターの仮面が割れて倒れ伏した。 「銃は魔法より強し、ってね」  そんな言葉と共に、コネシマの隣──シャオロンの反対側にやってきたのは、銃を片手に紫煙をくゆらせている鬱である。いきなり現れた二人がグルッペンと闇の魔法使いの間に立ち塞がり、それぞれ魔法使いのものではない武器を掲げていた。 「お前ら、一体どこ行っとったんや?」  彼らの顔を何度か見比べた後に、コネシマが怪訝そうな表情になってそう尋ねると、最初はちゃんと上で見張ってたんやで、などと前置きを挟んだシャオロンが口を開く。 「だけど突然こいつらに追いかけ回されてさ。逃げたり戦ったりしてたらこんなとこまで来てもうてて」 「君らインカムにも応答ないし」  鬱が呆れたように言葉を繋いだ。あー、とグルッペンが察したような声を出し、それどころじゃなくて、とコネシマが頭を掻く。未知の魔法を目の当たりにしたり、伝説のドラゴンと睨み合っていたのだから、通信に気が付かなくても無理はないだろう。  と、そこでくるりと大きくシャベルを回してみせたシャオロンは、そんなことより、と大きく宣言した。 「行けや、グルッペン! こいつらは俺らがぶっ倒しとくから!」 「……頼んだ」  三人なら任せられる。迷う余地のなくなったグルッペンは短く応え、踵を返して走り出した。その後を追おうとする闇の魔法使いたちに向かって、コネシマが杖を振り下ろす。 「[[rb:ステューピファイ > 麻痺せよ]]」  水色の光を食らったそいつは、派手に吹っ飛びながら倒れて動かなくなる。その隙に距離を詰めたシャオロンが、体を捻ってシャベルを叩きつけて敵の数を着実に減らしていき、彼の背後を狙おうとする者の胸を鬱の拳銃が撃ち抜いた。 「あんたらが馬鹿にするマグルもな、科学っちゅう恐ろしい魔法なら使えるんやで?」  ふう、と煙を吐き出した彼の瞳は、初対面の頃とは比べ物にならないほどに鋭くぎらついている。それにコネシマは、知らずのうちに口角を吊り上げ、高揚した気分を隠すことなく雄叫びを上げた。 「よっしゃ、やったるでぇ!」  ◆ ◆ ◆  場所は戻る。 「危ない!」  ひとらんの叫び声に反応したエーミールが、地面を蹴って体を転がした。刹那、ドラゴンの尻尾が地面を抉り、砂利と砂埃が舞う。体を起こしたエーミールは、金色に輝く杖を数回振って、 「[[rb:デイフォディオ > 掘れ]]」  呪文を唱えた。明るく光るブラウンの光がドラゴンの足元まで広がり、地面に大きな穴があく。バランスを崩して怒りの鳴き声を上げるファフニールを見て、息を弾ませたエーミールが振り返って叫んだ。 「このままじゃ埒が明かん……っ」 「どれもこれもその場しのぎ。しかも、段々苦しくなってきとる」  オスマンも顔を険しくさせながら杖を振るう。 「[[rb:ルーモス・マキシマ > 強き光を]]」  緑色に輝く眩い閃光が点滅し、その眩しさに頭部を揺らした龍が翼を広げて暴れる。柱のいくつかに爪がめり込み、崩れ落ちる様子を眺めながら、ひとらんは汗を拭った。足場を崩すのも目くらましも効果は一定時間しかない。何か決定的な打開策を考えないと、と唇を軽く噛んだと同時に、ぐわりと風が頬を撫でた。反射的に息を吸い込んだひとらんの横を何かが通過し、鈍い音が響く。 「が……っ!?」  悲鳴を上げて壁に叩きつけられたのはオスマンだ。彼の緑の洋服には引っ掻き傷のようなものがあり、鮮血が滲んでいる。いつの間にか穴から抜け出していたファフニールが鼻息を荒くして、さらに彼を追い詰めた。 「[[rb:インセンディオ > 炎よ]]」  しかしそんな龍を取り囲むようにして、炎の壁が生み出される。一瞬怯んで動きを止めたファフニールの隙をつき、エーミールがオスマンの肩を支えて距離をとった。蒼白な顔でしゃがみ込んだオスマンは、左肩から胸にかけて深く抉られており、血がぽたぽたと滴っている。 「く、そ……やられたわ……」  浅い呼吸を繰り返している彼は、もはや自力で逃げ出すことも出来ないだろう。しかし彼を庇いながら最凶の魔法生物を相手に出来るかと言われると、否だ。まずい、とひとらんは舌打ちしてから、杖で円を描きながら呟いた。 「[[rb:エクスペクトパトローナム > 守護霊よ、来たれ]]」  銀色の柔らかな光が生み出され、それがやがて白馬へと姿を変える。たてがみをゆらゆらと泳がせ、凛とした佇まいで主人の方を真っ直ぐに見つめているその姿を見て、ひとらんは軽く頷いてみせた。 「外道丸、時間を稼いでくれ」  それに守護霊の白馬は、ヒィンと一鳴きしてから空中を駆け、ファフニールの注意を逸らしてくれる。その間にひとらんはオスマンの元へ走り寄るが、彼は苦しげに息を吐き出し、首を横に振った。 「ひとらん……もう俺、あかんわ」 「何言ってんの。死ぬほどの怪我じゃ、」 「違う、分かっとるやろ。俺を囮にして……秘密の部屋ごと、あのバケモン封じるのが最善策やって」  目を細め、困ったように笑った彼は、何とも言えない表情で立っているエーミールの方を見上げてさらに続けた。 「エミさんと、はよ逃げて。あれには勝てんし、俺は足でまといや。二人だけなら何とかなる。元々無関係な君らまで死なしたら後味悪いやんか」  一応母校の先生やし、と付け加えたオスマンは、真意の見えない笑顔のままである。あくまで冷静に、それが当然とばかりに、自分を切り捨てる提案を最善だと言い切った彼に、ひとらんは思わず言葉を失った。  恐らく、彼の言うことは正しい。ファフニール相手では、オスマンを庇いながら逃げることも、反撃することも不可能だろう。 「……分かった」  だからひとらんはそう応えた。オスマンは僅かに目を見張ったが、やがて視線を落とし、皆を頼んだで、とだけ呟く。それにエーミールは何かを言いたげな顔で拳を握り締め、眉をひそめていた。そんな彼の様子を横目に見ながら、ひとらんはゆっくりと赤いバツ印の描かれたマスクを口の下までずらし、しゃがむ。そして小さく息を吸い込んでから──オスマンの胸倉を掴んで引き寄せた。 「って、俺が言うと思った?」  その問い掛けに、出会ってから今まで冷静沈着な態度を崩さなかった目の前の男は、初めてぽかんと口を開けて驚きを露わにした。エメラルドのように深みのある緑の目が、動揺に揺れている。 「んな訳ねぇだろ、ばーか。仲間見捨てて自分だけ逃げるほど腰抜けじゃねえんだよ、俺は」  そう言い捨てて、ひとらんは振り返った。自らの守護霊を追いかけ回すファフニールを睨みつけ、杖を突き出す。 「最後までやってやるよ、バケモンが」  大きく、迷いのない声音で、彼がそう宣言した──瞬間だった。  甲高い鳴き声のようなものが響く。見ると、龍の尻尾や足を避けながらこちらへ駆けてくる純白の馬のようなものが見えた。ひとらんの守護霊ではなく、確かな実体を持ったそれは真っ直ぐにこちらへ近付いてくる。 「お前……この前の、ユニコーン……?」  額の部分に角があることに気が付いたひとらんが小さく呟けば、ブルル、とユニコーンが鼻を鳴らして体を擦り寄せてきた。その背中に何かを包んだ布のようなものが巻き付けてあるのを見つけ、ひとらんは怪訝そうな顔になりながらもそれを解いてやろうとする。 「まずい、ファフニールが!」  エーミールが悲鳴を上げた。顔を上げると、集中力が切れたことによって外道丸が消えており、ドラゴンは再び自分たちを標的にしようとしていた。時間稼ぐで、とエーミールが一歩前に出て杖を振るい、光の縄をいくつも生み出してファフニールの行く手を塞ぐ。しかしあれも長くは持たないだろう。そう判断したひとらんは、素早い動きで布を広げ、中に入っていた荷物を確認した。 「…………これは」  出てきたのは、一本の箒と──組み分け帽子。何の脈略もないそれら二つを掴み上げ、どうしてこれを、とユニコーンを見下ろすが、一角獣は既に役目を終えたとばかりにオスマンの方へ歩き、彼の傷を舐めている。 「箒に乗れってこと?」  ようやく絞り出した声は震えていた。  信じていた者に裏切られ、復讐心に取り憑かれたあの日から、二度と箒には乗らないと決めていた。それが自分にとっても周りにとっても一番良い解決方法であり、正しい選択であると思っていた。  ──だが、本当に? 「く、っそ」  焦りの滲ませた呻き声が聞こえ、ひとらんは我に返る。  視線の先では、エーミールが壁際に追い詰められているところであった。鋭い爪を持つ前足を振り上げたファフニールは、今にも彼の首を刈り取らんとしている。オスマンが何かを叫んでいるのがやけに遠くに聞こえた。 「…………ない」  声にならぬ声で独言する。箒を掴む右手に力が入り、獰猛な色を宿した瞳を見開いた彼は、息を大きく吸って。 「仲間に手を出すのは許さない!」  力強く地面を蹴った。  風を切って加速する箒は、ひとらんを乗せて一直線にファフニールの元へと飛ぶ。鋭い爪がエーミールの首に突き刺さるすんでのところで、ひとらんが彼の腕を引っ張り上げて飛び抜けた。直後、先程までエーミールが居たあたりの壁が無残に破壊され、破片が飛び散る。速度を落とさぬままぐるりと空中を一周していると、後ろにしがみついている同僚が何かを指差して叫んだ。 「ひとらん、あれ!」  その先には、転がっている組み分け帽子がある。しかしそこには、ついさっきまでは存在しなかった細長い何かが光っていた。エーミールをオスマンの近くに下ろしてそれを拾い上げると、手にずっしりとした重みを感じる。 「まさか」  それは光沢のある美しい純銀に、所々ルビーが埋め込まれた剣だった。柄の部分には繊細な彫刻がされており、剣身の部分を見ると、うっすらと文字が刻まれている。 「グリフィンドールの剣……?」  息も絶え絶え、オスマンが漏らした。光を反射して煌めくそれは、確かにホグワーツの伝説に登場する剣と非常に特徴が似ている。ホグワーツの創設者の一人であるゴドリック・グリフィンドールが小鬼の王に作らせたものだと言われているその剣をまじまじと見つめ、ひとらんは怪訝そうな表情になった。 「でも、どうして……だって俺は」  そこで言葉を切った彼は、口を噤んで押し黙る。  昔から伝わる伝説として──グリフィンドールの剣は、真のグリフィンドール生だけが組み分け帽子から引き抜くことが出来る、とされている。ひとらんはグリフィンドールの生徒どころか、ホグワーツ出身ですらない。それなのに何故この剣は現れたのだろう。 「それ本気で言うとるの? ひとらん」  すると、エーミールが柔らかい笑みを浮かべながら小首を傾げた。授業で、出来の悪い生徒に教えを諭すかの如く、優しい声音で言い聞かせる。 「勇猛果敢な騎士道のグリフィンドールに、今最も相応しいのは君しかおらんやろ」  彼のその言葉に応えるように、ルビーが煌めいた気がした。  その時、僅かな振動と共に響いた耳障りな咆哮に顔を向けると、獲物がなかなか手に入らずに苛ついているらしいファフニールが牙を覗かせながら近付いてくる。剣を握り直したひとらんは、箒の柄の部分に足を掛け、ぎろりと巨大な龍を睨みつけた。 「じゃあ、そろそろ終わらせようか?」  その挑発に激昂したように頭部を振り回し、翼を広げてこちらへ飛びかかってくるファフニールを見据え、空中へ浮き上がった。箒の上に立つようにして宙を切り裂いたひとらんは、足に力を込め──飛ぶ。こちらを捕食しようと大きく口を開いた龍を見下ろした彼は、重力に従って落下する勢いを殺さぬまま、口端を歪に吊り上げて嗤った。 「俺の学校から出ていけ、クソ野郎!」  剣を振り上げてそう怒鳴ったひとらんは、雄叫びと共にファフニール目掛けてそれを一閃した。  ◆ ◆ ◆ 「[[rb:セクタムセンプラ > 切り裂け]]」  詠唱と同時に杖の先から赤い光が迸り、ゼロの背中へと向かう。しかし、ぶわりと彼を取り囲むようにして生まれた闇に全てが飲み込まれて消えてしまい、トントンは忌々しげに舌打ちをした。 「ほおん、確かに厄介な魔法らしいな。せやけど、あんま使ってるとまた身体が腐るんちゃう?」  冷笑と共にそんな言葉を投げかければ、ゼロはくるりと振り返ってくる。相変わらず何が楽しいのかニヤニヤとした笑顔のままだ。いつの間にか湖のほとりまで来ていた二人の周りには、静かに吹き抜ける風しか存在しない。 「確かに僕一人では限界がある。……だけど君となら、世界を支配出来るんだ」 「さっきも言っとったな、それ。どういう意味や。一から十まで説明せえ」 「まあまあ、そう焦らないで。僕は[[rb:あ > ・]][[rb:い > ・]][[rb:つ > ・]]とは違って嘘はつかないから、さ」  こちらへ近付いてくるゼロに思わず杖を構えるが、トントンは僅かに視線を落とした。嘘──やはり、全て嘘なのだろうか。グルッペンは明らかに自分の知らない何かを知っていて、それを隠していた。だが、そもそも元は敵同士であったのだ。簡単に彼を信じようとしていた自分が情けなく思えてきて、やり切れなさに自嘲する。  そんなトントンの心中を知ってか知らずか、ゼロは言い聞かせるような穏やかな声で言葉を紡ぎ出した。 「君は選ばれし者なのさ、トントン。かつての伝説ハリー・ポッターがそうだったように、君もまた魔法界を……いや、この世界全体を揺るがすほどの可能性を秘めている」 「ちょ、ちょっと待てや。よう意味が分からんのやけど」  慌ててそう遮ったトントンに、ゼロはさらに一歩距離を詰める。そのまま、まるで[[rb:誘 > いざな]]うように右手を差し伸べ、月明かりを透かして妖しく光る水晶のような瞳を真っ直ぐに向けて言った。 「聡明な君ならもう気付いているだろう。君はグルッペン・フューラーには勝てない」 「……」 「だけど、僕と組めば話は別だ。この世界の覇者となり、不条理や差別を無くすなんて造作もないこと」  もう一歩、近付いてくる。だが、トントンはその場から動くことが出来ずに立ち竦んでいた。先程から突然の出来事の連続で、脳がいまいち機能してくれない。そんな間にも、ゼロは胡散臭い微笑みを浮かべながら、さらに手を伸ばしてくる。 「共に行こう、トントン。僕に全てを委ねて──」 「そいつの身体を乗っ取るつもりか」  突然響いたバリトンに、二人は反射的にそちらを向いた。そこには、杖を突きつけながらこちらへ歩いてくるグルッペンが、厳しい顔つきでゼロを睨めつけていた。 「戯言を抜かすな。“緋色の生贄”に人格など残されない。代償の苦しみを永遠に背負うことになるだけだ」 「それでも世界は手に入る」 「喧しい。お前の好きにはさせないぞ、ゼロ」  グルッペンが珍しく露骨な敵意を表すが、トントンにはそんな二人の会話の意味がさっぱり分からず、不審げな顔のまま成り行きを見守ることしか出来ない。するとそんな彼の様子に気が付いたのか、ゼロは眉尻を下げ、憐憫の表情と共に声を掛けてきた。 「ああ、可哀想に。君は自分の宿命すら分かっていないんだね。……そこの独裁者に[[rb:記 > ・]][[rb:憶 > ・]][[rb:を > ・]][[rb:奪 > ・]][[rb:わ > ・]][[rb:れ > ・]][[rb:た > ・]]から」  そんな言葉を吐いたゼロが指差したのは、グルッペンだ。え、と思わず間抜けな声が漏れたトントンは、振り返ってその張本人の顔を見る。彼は表情を少しも崩しておらず、相変わらずゼロから視線を逸らさない。否定をしようとしない彼の態度から、今の証言が事実であることを悟り、頭が一瞬真っ白になる。 「どういう、ことや、グルッペン」  震える声音で尋ねるが、返事はない。  つまり全て最初から嘘だったということだ。あの日墓地で出会ったのも、同盟を組んで共に行動するようになったのも──それどころか、トントンの幼少期の記憶がないことも、全てはこの男の舞台で踊らされていただけ。 「これで、どちらを信頼するべきか分かったんじゃない?」  緩やかに首を捻って問いかけたゼロが、呆然として黙っているトントンと、なおも沈黙を貫くグルッペンを交互に見やり、くつくつと口元を歪めた。 「それじゃあ、僕はこの辺で失礼するね。どうせまた会うことになるだろうし……良い返事を期待してるよ、トントン」  ひらりと手を振ったゼロの体を、どこからか現れた闇がどっぷりと覆う。禍々しい光を放ちながら広がったそれは、次の瞬間、まるで幻のように消え失せた。ゼロ諸共に姿を消し──後に残ったのは湖の波の音と、遠くから聞こえるフクロウの鳴き声のみであった。  ◆ ◆ ◆  再び場所は移る。 「[[rb:ステューピファイ > 麻痺せよ]]!」  コネシマが放った閃光が弾け、こちらへ杖を振り下ろそうとしていたローブの男が一人吹っ飛んでいく。それを横目にため息を吐き、彼は金髪をがしがしと掻きむしって苛立ちを露わにした。 「あー、もう、雑魚ばっかやな。ちょっとは遊び甲斐のある奴おらんのか」  先程から、出来の悪い攻撃呪文ばかりを繰り返す闇の魔法使いたちを機械的に処理するだけ。手に汗握るような緊迫した戦いなど一つもない。いよいよデスイーターも終わりやな、と舌打ちをした彼は、シャベルを振り回して敵を蹴散らしているシャオロンの後ろ姿に向かって声を掛けた。 「もうここお前らに任せてグルッペン追いかけてええ? いい加減飽きたんやけど」 「はァ? ぶっ殺すぞ金髪野郎。スクイブとマグルだけで何が出来るっちゅうねん」  すかさず飛んできた暴言に、コネシマは口を尖らせる。光線を避けながら距離を詰めて敵をぶん殴っているシャオロンと、追いかけ回されながらもなかなか良いエイムで敵を撃ち抜く鬱を眺めながら、絶対お前らだけでええやん、と呆れたように呟いた。が、ここは素直に従っておこうと、渋々手首を捻らせて杖を振るう。 「[[rb:アグアメンディ > 水よ]]」  凄まじい勢いで噴射された水が、洪水のように闇の魔法使いたちを襲った。バランスを崩して地面に倒れたところを、さらに追い討ちをかけるように宙に浮かせて叩きつける。本当に手応えがない。それよりもグルッペンとトントンの方が心配だ、とコネシマは考えながら、鬱の後をしつこく追いかけているデスイーターを弾き飛ばそうと、杖を振り上げて口を開きかけた。 「っ!?」  瞬間──背筋に稲妻が走るような殺気を感じ、反射的に胸の前へ杖をかざせば、ばちん! と紫の光が弾けて消える。もう少し守護呪文が遅ければ、間違いなく食らっていただろう。コネシマが息を呑んで振り返れば、そこにはローブを着込んだ仮面の男が一人、杖をこちらに向けて立っていた。 「……やるやないか、お前」  知らずのうちに声が興奮で揺れる。他のデスイーターとは比べ物にならないほど精度の高い無言呪文、隙のなさから考えて、かなりの手練であることは明確だ。ローブの男は黙ったままで、顔全体を覆う仮面が不気味に月明かりに反射している。 「ちょうど退屈してたとこや。遊んでもらうで!」  犬歯を覗かせてそう吠えたコネシマは、思い切り杖を振り下ろした。杖先から迸った水色の光が男に向かうが、難なく弾かれて霧散する。連続で無言呪文を繰り出し、徐々に距離を詰めていくコネシマに対し、男は淡々と防御魔法を展開して捌いていた。 「なかなかやな。……けど、甘いで」  にィとコネシマが口角を吊り上げたと同時に、男の背後から光の縄が現れ、右手に絡みついて縛り上げる。そのせいで一瞬防御が緩んだ隙に、瞳孔の開いた瞳を爛々と輝かせながら、コネシマは杖を真っ直ぐに男に向けた。 「[[rb:レダクト > 砕けろ]]」  刹那──放たれた光が男の仮面に当たり、甲高い音をたててそれを粉砕した。顔を押さえてうずくまった闇の魔法使いは、呻き声のようなものを上げながら地面に倒れる。よっしゃ、と歓喜の声を出したコネシマが、杖を構えながらその男に近付き、飛び散った仮面の欠片を踏み潰す。 「いやぁ、惜しかったな! けどこれでよう分かったやろ。闇の魔法に頼る時点で、お前らに勝ち目なんか──」  勝ち誇ったような笑みを浮かべながら男の素顔を覗き込んだコネシマは、不意に言葉を止めて表情を消した。  彼の視線の先、片膝をつき、頬から血を流してこちらを見上げているローブの男は、切れ長の紫の瞳が印象的な若者である。彼は何とも言えない複雑そうな顔つきで、突き出された杖の先端部分を見つめていた。しかし、対するコネシマは下唇を震わせながら、ぶらりと杖を下ろして小さく呼び掛ける。 「……ショッピ君……?」  するとそれに、目の前の男はぴくりと反応し、視線を逸らした。僅かに香る、懐かしい煙草の匂い。何度見ても彼が知り合いであることに変わりはなく、いまいち状況の理解が追いつかないコネシマは呆然としたまま半歩後ろに下がって口を開く。 「ど、どういうことや。なんでお前が……」  動揺のせいか、その以上の言葉が出てこない。ゆっくりと立ち上がった男──ショッピは何も応えないまま、ローブについた泥を払い、冷えきったバイオレットの目をこちらに向けた。 「コネシマさんには関係ないでしょ」 「っ、関係ない訳ないやろ! 俺は、」  反論しかけたコネシマの頬を突風が叩く。手で顔を庇いながらそちらを見れば、闇の魔法使いたちが次々に空へと飛び立ち、戦線を離脱しているところだった。黒い影を残しながら姿を消していく彼らの姿を見上げた鬱が、くそ、と憎々しげに吐き捨てる。 「こいつら逃げるつもりや」  視線を戻せば、ショッピもまた飛び去ろうとしているのか、夜空をまじまじと見上げているところであった。行かせてはいけない、と本能的に感じたコネシマは、真剣な顔つきで昔馴染みの男を見据えて説きつける。 「俺は、お前だけは信じとったんやぞ」  それにショッピは、横顔に一瞬驚きを滲ませたように目を見張るが、すぐに冷淡な表情に戻ると、嘲るような笑みを口元にたたえて杖を掲げた。 「……いつまでも先輩ヅラすんのやめてくださいよ。もう別の道を歩んでるんです、俺は」  そんなことを言い捨てた彼が杖を回せば、黒い霧のようなものが巻き上がり、体を包み込む。そして強い風が吹き荒れたかと思うと、ショッピは他のデスイーターと同じく、空へと飛び去ってしまった。見る見るうちに夜闇へと姿を消す幾つもの黒煙から、コネシマがしばらくの間目を離すことが出来ずに口を噤んでいると、そこにシャオロンと鬱が話しながら近寄ってくる。 「よし、何とか追っ払えたな。グルッペンとトントン助けに行った方がええんとちゃう?」 「んー、あの二人なら平気そうやけどね。それよりマンちゃんたちのが心配」 「確かに、さっきから音沙汰ないもんな。一体秘密の部屋で何があったん? …………シッマ?」  肩を叩かれ、ようやく我に返ったコネシマは体を揺らして振り返った。そこには、怪訝そうな表情のシャオロンが、どうした? と尋ねてきたので、何でもないと返して大きく息を吐く。何だか悪い夢をみたときのように、杖を持つ手にはじっとりと汗をかいていた。 「なんか顔色悪いけど平気なん?」  煙草を指で挟み、煙を吐き出した鬱ですら少し心配そうな顔でこちらを見ている。しつこいわ、と手の甲で追い払う素振りをしてみせたコネシマだったが、明らかに様子が変だった。二人もそれに気が付いたのか、眉をひそめて顔を見合わせ、さらに追及しようと同時に口を開こうとする。 「あ、居た! やっと見つけた!」  しかしそれを遮って響いた声。  見ると、校舎の方から見覚えのある三つの影が駆け寄って来ていた。ひとらんとエーミール、そして彼らに支えられている血塗れのオスマン。仲間の惨状を見たシャオロンが、驚いたように目を丸くして叫ぶ。 「ちょ、オスマンどうしたんその怪我!?」 「んー……ドラゴンにやられてん」 「はっ?」  鬱が素っ頓狂な声を上げるが、説明する気力がないとばかりにオスマンはふらふらと座り込んだ。彼の代わりにエーミールが口を開く。 「とにかく色々あったんや。簡易的な治癒魔法で対処はしたけど、はよ横になれるところに連れていかなあかん」 「けど、まだトントンとグルッペンが……」  シャオロンがそう言いながら湖の方を向いたかと思うと、不意に、あれ? と目を細める。その視線の先を辿るように一同がそちらを見れば、二人の男がゆっくりと丘を登ってきているところである。あっちも無事だったみたいだね、とひとらんが安堵の嘆息を吐き、煙草の吸殻を踏み潰した鬱もやれやれと首を回した。  やがて合流したグルッペンとトントンは、疲労困憊といった様子の面々を見回し、とりあえず生きてたか、と息をつく。 「オスマン、大丈夫か?」 「流石に死んだと思っためう」  もう平気やけど、というオスマンの返答に、帰ったら治療したるからな、と傷の具合を確認していたトントンが言い、彼の肩を軽く叩いた。 「……それで、ゼロの方は?」  エーミールが静かに問い掛ける。顔を上げたグルッペンが黙ったまま首を横に振ることで応えると、そうですか、と彼は落胆したように頷いた。魔法界を揺るがすほどに危険な悪者を逃がしたことが悔しいのだろう、ひとらんと鬱も俯いたまま口を噤んでいる。コネシマは先程から別のことを考えているようで、口数も乏しく明後日の方向を見つめていた。 「けど俺たち、ホグワーツの平和は守れたんよな?」  そんな中、月明かりに照らされる校舎を見上げたシャオロンが、藪から棒に尋ねてきた。くるりと振り返ってきた彼の顔からは絶望も不安も感じられない。だからグルッペンも思わず微笑んで、そうだゾ、と返した。 「最凶の魔法生物もデスイーターも倒したからな。しばらくは攻められることもないだろう」 「……なら、よかった!」  あっけらかんと笑った彼は、シャベルを地面に突き刺してそこに腰掛ける。そんなシャオロンに一瞥をくれた鬱は、どこか呆れたような表情になって肩をすくめた。 「いやいやシャオちゃん、さすがに楽観主義すぎるわ。思ったよりやばそうな敵やで」 「でもさ、そいつの目的ってつまり世界征服なワケやろ?」  きょとんとしてそう尋ねたシャオロンは、一点の曇りもないような満面の笑みを浮かべながら──高らかに宣言する。 「少なくとも[[rb: 俺> ・]][[rb:ら > ・]][[rb:の > ・]]敵ってことだけは明らかやねんから、あとはぶっ潰すだけやんけ!」  その言葉に。  全員が一瞬、息を呑み込んだ。馬鹿みたいに単純で、それでいて迷いがない彼のその決意に、今まで考えていた様々な憶測や杞憂が吹き飛ぶのを感じる。そうやな、と小さく呟いたのは鬱だ。してやられた、という風に眉尻を下げた彼は、ホグワーツ城を見上げて眼鏡を押し上げた。 「確かに、ごちゃごちゃ考えてもしゃあないかもね。向こうが邪魔する気なら、こっちもそれなりの反撃するしかないし」 「……うーわ、大先生イキっとるわ」 「せっかくいい感じにまとめたのにひどない?」  オスマンの茶化しに苦言を呈した鬱を見て、一同は軽く笑いを漏らす。しかしほぼ全員──何人かの例外はあるようだが──頭の中の邪念は消し去ったようだ。声明こそ出さないものの、自分たちの共通の敵に対する宣戦布告を脳内で叩きつけた彼らは、しばらくの間動くことなく戦いの余韻に浸っていた。  長かった夜が、もうすぐ明けようとしている。  ◆ ◆ ◆  そこは、遠く離れた海の真ん中。  荒れ狂う波の音を聞きながら、鉄格子にもたれ掛かるようにして座っていた一人の男は、近付いてくる足音に俯いていた顔を上げる。こんな陰気な場所には似合わない、軽快なステップを踏んでいるらしいその音は、やがて自分の牢屋の前で止まった。 「チッス、気分はどうや?」  重々しい鉄の扉が開き、一人の青年がそんなことを言いながらひょっこりと顔を出してくる。鮮やかな緑色のジャケットを着込み、フードを被って、下には黒のスキニージーンズとブーツを履いているという、まるでマグルのような出で立ちの彼は後ろ手で扉を閉めてから話し始めた。 「あんたがどうしても情報を寄越してくれへんって、同僚に相談されたんよね。せやから、俺がちょっと話聞いたろって思って」 「はっ……わざわざアズカバンまで来てもらって悪いが、俺は何も喋るつもりはない。とっととおウチに帰りな、ボウズ」  男は、馬鹿にしたように笑って腕を組む。アズカバンから吸魂鬼が居なくなってからというもの、以前ほどの恐怖や絶望は感じられず、ただの牢獄と化していた。そのため囚われた闇の魔法使いたちも、尋問に屈することなく黙秘を貫くことが多くなっている──この男も、勿論その例外ではない。  すると青年は、んー、と斜め上を向いて何かを考える素振りを見せる。その拍子に、吊り気味な翡翠の瞳がフードの奥から覗いて煌めいた。 「俺な、この世でどうしても許せないことがあんねん」  それはひどく穏やかな口調だった。まるで子供が親に話を聞かせるが如く、片足をぶらぶらと揺らしながら彼は口を開き──次の瞬間、男の体が浮き上がり、鉄格子に思い切り打ちつけられた。 「お前みたいなクソ雑魚に時間とられんの、ほんま我慢ならんわ」  先程までの柔らかい雰囲気は消え失せ、痛みに悶える男を冷酷に見下ろした青年はいつの間にか取り出した杖を軽く振って詠唱する。 「[[rb:クルーシオ > 苦しめ]]」  途端、男は全身が焼けるような痛みに襲われ、絶叫を上げて暴れ回った。焼きごてを押し付けられているような、リアルで強烈な痛覚に泣き叫ぶ姿をじっと見つめ、フードの青年はくつくつと笑う。 「この魔法使えんのはあんたらだけちゃうで。俺も結構上手いんすよ」 「お、お前、魔法省の人間のくせに、こんなこと……っ」  苦しげに恨み言を漏らした男に一瞥をくれ、青年は再び杖を揺らした。その直後、再び悲鳴を上げて床に転がった男を近くで観察するように、彼はしゃがみ込んで頬杖をつき、尖った歯を覗かせて笑みを深くする。 「磔の呪文の威力はどうや? 前の奴は三日ももたんかったけど、あんたはどれくらい楽しませてくれるんやろか」  あくまで無邪気に、純粋に状況を楽しんでいるような顔で恐ろしいことを言う青年からじりじりと距離を取りながら、男は怯えきった表情で体を震わせた。 「もたなかったって、まさか……」 「闇の魔法使いの一人や二人、居なくなっても気付かれない。だってここ、アズカバンやで?」  すくりと立ち上がった彼は、ずれたフードを手で押さえながら杖を向けてくる。味わった苦痛を思い出し、引き攣った声を上げて体を縮こませた男を見下ろした青年は、興奮によって乱れる息を整えるように大きく息を吸い込み、杖を振り上げた。 「ゾム、そこまでや」  しかし、その時響いた声に青年──ゾムはぴたりと動きを止める。横に視線をやれば、いつの間にか開いていた鉄格子の脇に立っている人物が、腕組みをして寄りかかっていた。少年のように背が低く、奇妙な布で顔を隠している彼は、倒れている男のことを見てため息を吐く。 「……お前、まーたそんなことして。怒られても知らんぞ」 「誰かと思えばロボロやないか。ちっさすぎて見えへんかったわ」 「うっさいねん相変わらず!」  漫才のような駆け引きをしてから、ふと思い出したように足元の男に目をやったゾムは、つまらないとばかりに舌打ちをして踵を返した。 「命拾いしたな。ロボロに感謝せぇよ」  未だに呆然として虚空を見つめている男に吐き捨て、ゾムは牢屋の外へと出る。その後を追いかけてきたロボロは、鉄格子の扉を閉め、施錠してからやれやれとかぶりを振った。 「普通に許されざる呪文使うの止めてもらっていい? 隠蔽するのも一苦労なんやで」 「まあまあ、またお前の仕事手伝ったるから許せや。……で、何の用なん?」  わざわざこんなとこまで来て、と言葉を繋げれば、相変わらず鋭いな、とロボロはけらけら笑う。彼が歩く度に布が揺れ、その奥から一瞬ちらりと桃色の瞳が覗いた。 「この前話した、俺が今追ってるマグルのこと覚えとる?」 「あー、あの、忘却魔法を無力化する薬品を開発したとかいう……」 「そう、そいつ! 何人かの魔法使いと集団行動しとるらしくて、めっちゃ厄介やねん」  そのロボロの説明に、ゾムはふうんと相槌をうって顎に手をやる。そして、集団、と小さく呟いた。少し前に、闇の魔法使いたちを駆逐する正体不明の魔法使いたちが話題になっていたが、それと何か関係があるかもしれない。そんな考えを巡らせていると、ゾムの脳内を見透かしたようにロボロが足を止めてこちらを見上げた。 「その魔法使いたちがなかなか手強いらしくてな、捜査が思うように進まんのや。せやからゾムに手伝ってもらおうと思って」 「……なるほどねぇ」  何度か頷きながら、ゾムはそう返答する。そして窓から上半身を乗り出し、大荒れの海の波をしばらく見つめていた彼は、風でフードがめくれ、はっきり見えるようになった双眸を鋭くさせた。 「おもろそうやん、そいつら」  その声音は愉悦に弾んでいた。予想と寸分違わない仲間の返答に、ロボロも口元を歪め、せやろ? と小首を捻ってみせる。  いつしか空には暗雲が立ち込め、胸に響く轟音と共に無数の稲妻が駆け巡っていた。
<strong>魔法界パロシリーズ第4作目</strong><br /><br />(忙しい人向けのあらすじ)<br />ホグワーツの危機に立ち向かうべく仲間に加わったhtとemの二人。彼らと協力しつつ敵の正体を探っていると、とある恐ろしい可能性に気がついたのだった──。<br /><br />(注意)<br />・実況者の二次創作+ハリ〇タパロ<br />・原作はほとんど映画の知識のみ<br /><br />(登場人物)<br />・前作メンバー+zm/rbr/pi<br />・ようやく全員集合<br />・自分史上最もモブがでしゃばってる<br /><br />(一言)<br />・長いシリーズであるのにも関わらず、ここまで読んで下さっている方にこの場をお借りして感謝申し上げます。本当にありがとうございます!<br />・今作はパロディ元ネタ的に例えると「炎のゴ〇レット」って感じ(伝われ)<br /><br />(追記)<br />2018/9/9日付デイリーランキング 100 位<br />ありがとうございました!
第3次魔法戦争の主役は我々だIV
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10095290#1
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「チカゲ、二ヶ月も会えなくなるなんて寂しいネ。異国の地からコツヅミ送ってほしいヨ」  早朝の玄関には春組が全員揃っていた。革靴の紐を結び終え、後ろに並んだ五人を振り返った千景はシトロンの言葉に怪訝そうな顔をする。 「小鼓?」 「小包み、とみた」 「イタル、それだヨ!出張先から送ってくれたら、それをチカゲだと思って大事にするネ」 「小包みって、またアバウトな注文だな……」  苦笑する綴に千景も「大体、いつでもLIMEできるし」と頷いたが、続いてどこか夢見るように声をあげたのは咲也だ。 「小包みかあ……外国から荷物が届くのって、物語みたいで素敵ですね!」 「ですってよ、千景おじいちゃん。孫からの激レアおねだりイベ発生」 「あぁっ、おねだりっていうわけじゃないんです! お仕事で行くのに、そんな……早く帰ってきてくれたほうがずっと嬉しいです!」  くすりと笑った千景が咲也の頭を撫でた。隣で立ったまま半分寝ている真澄も千景にわしゃわしゃと頭をかきまぜられて不機嫌そうに唸る。 「予定より早く帰ってくるほうが難しいから、タイミングがあれば向こうから何か送るよ。期待しないで待ってて」  じゃあ行ってきます、と千景がこぢんまりした白いスーツケースのキャリーハンドルを握った。各々が千景に声をかけ、咲也は真澄の手首を掴んでバイバイと手を振らせる。それをうるさそうに払いながらも真澄が小さく「いってらっしゃい」と言うのを聞きとどけてから玄関のドアが静かに閉まった。 「シトロン君、小包みが届いていますよ!」  ある日支配人がそう言って談話室に持ってきた贈り物にシトロンは飛び上がらんばかりに喜んだ。薄茶の包装紙に麻紐がかけられた直方体の箱は、まさしく“理想的な小包み”といえる。 「オー! チカゲ、ギリガタイ男だネー!」 「千景さんが出張行ってから一週間ちょっとか。向こう着いてすぐ送ったんじゃない?」  たしかに義理堅いな、と至がシトロンの横から包みを眺めて言った。麻紐を解き包装紙を剥がすと出てきたのは年季の入った木箱で、その上には小さなカードが乗せられている。 『Dear Our King  一日一度ゼンマイを巻くのを忘れずに 千景』  木箱の蓋を開けてシトロンが中身を取り出す。その様子をわらわらと見に来た面々がそれぞれ声をもらした。 「地球儀だ」「洒落てるな。アンティークじゃないか?」  それは地球儀つきの置時計だった。ころりと四角い手のひらサイズの置き時計を台座にして、上部に地球儀が乗せられているのだ。海は薄緑、陸は茶色のグラデーションで塗り分けられた地球儀は小ぶりながらも細かく国名や街の場所が加えられている。 「先輩からのミッション、毎日ゼンマイを巻けってさ。シトロン、時間合わせてみてよ」  地球儀の支柱部分に取り付けられた歯車を回して時刻を合わせ、台座の裏側のゼンマイをいっぱいに巻けば、かちりと音がして秒針が動きだした。 「日巻きの時計なんてロマンチックだね。これ地球儀も時計と連動して回るんじゃない?」 「ええっ」  東の言葉にその場にいた全員が地球儀に注目する。 「……ちょっと見てるだけじゃ分かんないっすね……」 「でもこの作りなら、たしかに東さんの言うとおりだ。二十四時間かけて地球儀も一回転するんだろう」 「ノーロマン先輩、ロマン先輩に昇格か」 「ワタシの部屋のオーナメントにもぴったりダヨ!毎日ゼンマイ巻いて地球を手のひらで転がすネ!」 (俺たちだけの王様へ。「小包みが欲しい」という陛下の命令は絶対ですので、贈りものをさせていただきました)  綴は手に持った小さな箱を凝視したまま青ざめていた。モカブラウンの細長い箱には銀の箔押しで『Faber Castell』とロゴが入っている。 「有栖川さん、これ、ご、ご、五十万って本当っすか」 「限定モデルの万年筆であれば、そのくらいの値がするだろうねえ。有名なドイツのブランドだよ、開けてみたまえ」  綴がわずかに震える手で箱を開ける。中に入っていたのは万年筆ではなくスリムなボールペンだった。木で作られたボディはしっとりと綴の手に馴染む。 「ふむ、綴くんが持っているペンの中で一番高額になることは間違いないが、ボールペンならばそんなに緊張して顔面蒼白になることもないだろう」 「良かった……五十万円の万年筆なんて逆に使えないっすから……大切にしようっと」 「ワタシの詩集からノートにポエムを写して書き心地を試してくれても構わないよ」 「それは、とりあえず遠慮しておきます……」 『Dear Professor  帰ったら土産話を聞かせるよ ネタを綴る用にどうぞ 』 (親愛なる脚本家先生へ) 「今日の卯木くんからの小包みは、向坂くん宛です」  支配人の呼ぶ声に椋は「ボクですか⁉︎」と目を丸くした。 「春組のみんなに順番に届くんだとばかり……いいんでしょうか」  深い緑色のラッピングペーパーに包まれていたのは大判の本だ。革表紙には金色の飾り文字で題名が記されている。 「すごくキレイです……」 「ドイツ語かな。俺も意味までは分からないけど……」  読んでみよう、と紬に促されて椋が表紙をめくる。すると中に畳みこまれていた大きな城の絵が見開きのページいっぱいに飛び出した。描かれた風景や動物たちは写真のように繊細で色鮮やかだ。 「わあ……!」 「仕掛け絵本か、これは大人が読んでも楽しいね」 「次のページも見てみましょう!」 『Dear Prince Charming  ドイツ語の辞書は持ってないだろうから、話の内容は帰ったら教えるよ どんな物語だと思ったか聞かせて』 (おとぎの国の王子様へ) 「ホラダム透明水彩じゃん! チカちょんすげー!」  談話室に連写の音が鳴りひびく。一成へ届いた小包みは水彩絵の具のセットだった。白いメタルケースの中に12色のラベルを貼られたチューブが整然と並べられている。 「かずの欲しかった絵の具〜?」 「そうそう、一回使ってみたかったんだよねん! こういうクリアな色はシュミンケっていうこのメーカーしか出してなくてさ、オレは日本画の顔料買うのが優先で今まで手が出せてなかった絵の具ってわけ!」  目を輝かせて話す一成に三角もにこにこと頷いた。 「良かったねえ」 「これで描いたらカズナリミヨシのイマジネーションもスーパーフルスロットル間違いなし! 今すぐ試して美大仲間から100ええなゲットしちゃお!」 「オレもかずの絵見に行く〜!」 『Dear Prodigy  きみの若い才能をより開花させる助けになりますように』 (鬼才のきみへ) 「今日の卯木くんからの贈り物はなんと! 私宛です!」  支配人が満面の笑みで小包みを高く掲げると談話室にいた数名がぱらぱらと拍手をした。 「これが結構重いんですよ、さてさてどんな金品が……おお? これは、くるみ割り人形ですか!」 「本物って初めて見たわ。てか一気にクリスマス感出たな」 「まあ最近の先輩、ほぼサンタクロースみたいな存在になってるからあながち間違ってないんじゃない」  たしかにな、と至の言葉に笑いながら万里が人形の入っていた箱を覗き込む。 「お、ちゃんと殻つきのクルミの袋も一緒に送られてきてんじゃん」 「さっそく一つ割ってみましょうか」  支配人が袋から取り出したクルミを瞬時に掠める影があった。そのまま支配人の頭の上にどしりと舞いおりたのは亀吉である。 「チカゲはオレの好物分かっているナ! その人形がなくても自慢のクチバシでクルミの殻も真っ二つだゼ!」 「ええっ、まさか……卯木くん! これは私というより亀吉へのプレゼントじゃないですか!」 『Dear Manager  亀吉によろしく くれぐれも俺の顔を忘れないように伝えておいてください』  寮のホワイトボードには少し右上がりの字で『千景出張 ドイツ→オーストリア→イタリア→フランス→オランダ→イギリス』と書かれている。千景の出張が順調に進んでいるらしいということは、彼から届く小包みの消印がドイツからオーストリアに変わったことで見てとれた。  その日届いた贈り物は臣に宛てたものだった。『Diana mini』と書かれた箱から出てきたのは、黒とコバルトブルーのツートンカラーをしたトイカメラだ。 「ダイアナって結構人気のカメラの種類なんだが、これはそのミニチュア版なんだ。コンパクトだけど性能がいいし、フィルムカメラだから味のある写真が撮れると思う」 「臣クンの手の中にあると一層小さく見えてかわいいッスねえ……!」 「寮のみんなの写真を撮って、千景さんが帰ってきたらプレゼントするか」 「賛成ッス!」 「嬉しい手紙もついてたし、帰国日までにスパイス料理のレパートリーを増やしておかないとな」 『Dear Wifey  こちらの高級レストランもいくつか回ったが、臣の料理が食べたくてたまらないよ』 (寮の野郎ども皆の良き母のようなきみへ。いや、良き妻かな?) 『Bständig』と紺色のロゴが入った白い袋は小包みと呼ぶにはやや大きく、案の定入っていた品物は一つではなかった。袋から中身を取り出すごとに九門が歓声をあげる。 「なんか、各種健康グッズって感じ?」  隣で見ていた莇が呟く。 「かっけー! 説明書きはどれも読めないけど、これは多分体幹サポートするベルトだろ、それにこっちは腕立て伏せに使うプッシュアップバー! 肩鍛えるゴムバンドも入ってるし、これってツボ押し健康サンダル⁉︎ すっげー! なあなあ莇、順番に試してみよーよ!」 「俺はいい。九門が使うの見ててやる……てかこの手紙、あの人と瓦割り対決は無謀じゃね?」 『Dear Naive どれがいいか分からないから色々と買った。これで鍛えて俺が帰ってから瓦割り対決しよう』 (無邪気で純真なきみへ)  千景からの小包みは二日か三日おきにコンスタントに届いた。組や年齢の隔てなくランダムに送られてくるプレゼントにはきまって短いメッセージが添えられている。それはホテルの名前が書かれた便箋であったり、観光地の写真がプリントされた絵葉書であったりまちまちだった。 「俺への手紙を質問欄みたいに使うんじゃねえ。それになんだスタボーンって、俺のことを頑固親父だって言いてえのか?」  文句を言いつつ左京が黒い箱を開けると中には木製のメガネケースが入っていた。細い八角柱を横にたおしたモダンなデザインに、悪くねえな、と左京は呟いた。 『Dear Stubborn  皆への小包みは順調に届いているでしょうか? ヨーロッパの郵便は時に少々気まぐれなので。』 (頑固で揺らがぬ劇団の支柱であるあなたへ) 「今日は、碓氷くんにお届けものですよ!」  支配人に差し出された小包みを興味がなさそうに受け取った真澄は、つややかな箱の上に貼られていた千景からのメッセージを読むと目の色を変えた。箱を開け、薄い緩衝材を取り除くとそこには写真立てが入っている。濃淡のちがう紫色のガラスが散りばめられた枠は、ところどころに小さな白い花模様の入った丸いガラスも埋めこまれている。 「千景さんからのお土産、今日は真澄くん宛だったの?……わー、きれい! これってベネチアングラス?」 「カントク、今すぐ二人で写真撮ろう、365枚、毎日違う写真を飾れるように。千景がそのために贈ってくれた」 「え、ええ〜っ?」 『Dear Ardor  監督さんとの写真を入れるのにどう? 』 (クールに見えて情熱的なきみへ) 「おおー……ラッピングから既にモテの波動を感じるッス」  イタリア国旗と同じ色のリボンがかけられた細長く真っ白な箱を掲げて太一はうっとりと言った。中身を取り出して更に声をあげる。 「これはめちゃくちゃモテそうッス!」  プレゼントは黒い革のペンケースだった。銀色のファスナーの持ち手部分にシンプルなロゴが刻まれている。 「ペンケースだけモテてもしょうがないんじゃない。成績見合ってこそだと思うけど?」 「幸ちゃん、手厳しいッス……! よおーし、今日からより一層、勉強に力入れるッスよ!……月岡先生〜っヘルプミーッス!」 『Dear Cherubino  英語が得意になるように念を込めておいた。次のテストがうまくいくように』 (愛すべきケルビーノへ。恋に恋する喜劇の中の少年の名だよ) 「千景、本当に余計なことした。アリス、三倍うるさくなった」  密がしかめ面する横で丞もため息をついた。 「まあ、何もらっても同じテンションになったんじゃないか。いつもぐらいのうるささに戻るまで待つしかないだろ」  誉はぐるぐると踊って朗々とポエムを披露しながら、時おり手にしたノートにその詩を書きとめている。そのノートこそが今日届いた誉宛の贈り物だ。金色の重厚な留め具のついた分厚いノートは、深い赤や紫色の混ざりあうマーブル模様の表紙が目を引く。誉はそれを一目見るなり「素晴らしい! フィレンツェのマーブル! インクレディブル!」と言って、そのあとはずっとこの調子なのだった。 『Dear Gorgeous  今いる国は専らコーヒーなので代わりにこれを。ほとばしるパッションを記録するのに使ってください』 (華麗で、豪華で、素晴らしい……このくらいでご勘弁を。) 「泉田くん、卯木くんからお届け物ですよ!」  支配人が差し出した小包みを見て莇はわずかに身を引いた。 「それ、消印どこ」 「消印ですか? ええと、イタリアって書いてありますね。国がどうかしたんですか?」  莇がじわじわと顔を赤らめる。 「イタリアって……なんかあれだろ。男と女がやたら……べ、ベタベタ……っていうか」 「偏見がすげえな。どんな教育だよ、左京さん」  隣の万里が呆れた声をだした。 「だから……千景さん、なんかからかって変なモン送ってくんじゃないか、とか」 「多分、違うと思いますけど……」 「万が一そうだったら貰ってやっから、早く開けてみろって」  包装紙を剥がすとクリーム色の箱には金色の装飾が施されている。中央の『S. M. NOVELLA』の文字に、あ、と莇が呟いて箱の中の瓶を取り出した。 「これ知ってる……化粧水だ。世界で一番古い薬局のやつ」 「な、想像したようなのじゃなかったろ」  頷いた莇が添えられたカードを開く。読み進めるやいなやその手がわなわなと震えだした。 「っあんの……クソハレンチメガネ‼︎」 『Dear Innocent  品物は喜んでもらえたかな? セックストイを送るとさすがに君の保護者から大目玉を食らいそうだから、マジメに選んだよ』 (穢れなききみへ 千景より)[newpage]  千景が帰国するまで、あと一ヶ月を切るところとなった。 「千景さん、大丈夫でしょうか」  ぽつりと咲也が呟く。大きな瞳が心許なさそうにゆらゆら揺れた。 「ん、何が?」  聞き返す至の隣で密がふわりと欠伸をする。 「千景は大丈夫。ちゃんと生きてる」 「えっ⁉︎ それはもちろん、分かるんですけど……」 「今回は正真正銘ウチの会社の仕事ですし?」  至が意味ありげに笑えば、その視線を受けた密はすまし顔でうん、と応えた。 「咲也、なにを不安がってるの」 「あの……オレ軽い気持ちで、小包みが欲しいなんて言ってしまったので」 「最初に言ったのはシトロンだけどな」 「忙しいのに、無理させてるんじゃないかとか……よく知らないですけど、きっと海外からの郵便って高い、ですよね」  聞いていた二人はそろって肩をすくめる。 「まあ、あの人のお金の心配はしなくていいと思うよ。今回の出張だって本当なら通訳三人必要なところ、先輩一人で事足りちゃってるわけだし。ボーナス加算じゃない?」 「千景がやりたいから勝手にやってる。心配しなくて平気」  のんびりとした大人たちの言葉に真面目な顔をして咲也が頷いた。 「そう、なんですか……なら良かったです!」 「とにかく、咲也は変な気を使わず千景さんからの捧げものを楽しみに待ってるのがベスト」 「うん。咲也に“悪いから受けとれない”なんて言われたら、あいつショックで寝込む」 「えぇっ、そんなに……⁉︎」 「千景はフランスに行っているんだね」  その日届いた小包みは東へ宛てたものだった。箱を開けると色の異なる小さな陶器の壺が八つ収められている。寒色系で揃えられた壺にはそれぞれ金色の縁どりと赤やピンクの花模様があしらわれていた。 「練り香水だ、嬉しいな。ひとつずつ名前がついてるんだね」  説明書きに記されたそれぞれの香りの名前を東の指がたどる。ソフィア、グレーシャス、プレステージ……最後の香水につけられた名前を見て東は艶やかな笑みを浮かべた。群青色の壺を取りあげて蓋をあけ、薬指で中身をすこし掬う。両手首に練り香水をなじませ、耳の裏にも手をすべらせた。 「“エクスタシー”、ふふ、いい匂いだ。天馬、どうかな?」 「だ、抱きつかなくても分かる! やめろって、東さん、あーっ!」 『Dear Beautiful  珍しい酒の調達はこれから お詫びにまずはこれを 』 (ディア・ビューティフル、説明は不要。) 「何が入ってるかな〜? さんかく?」  小包みを両手の上に乗せた三角は、赤い包み紙に銀色のロゴが入ったその箱を見てうきうきと言う。ガイが横から覗きこんだ。 「美術館の名前が印字されているな」 「あ〜! たぶん、行ったことある〜!」 「そうなのか」 「うん! がいもちかげも来る前にね、みんなで海外旅行をしたんだよ〜。時間がなくて中には入れなかったんだけど、この美術館の入り口におっきなさんかくのオブジェが……そう、このさんかく〜‼︎」  包装紙を剥がし、箱を開けながら話していた三角が大きな声をあげた。中から出てきたのはガラス製のピラミッドの模型だ。本物と同様に菱形と三角形のガラスが金属の枠で組み合わせられた精巧な作りのミニチュアは、談話室の電灯の光を受けてきらきらと光っている。 「斑鳩のさんかくコレクションに良いものが加わったな」 「うん! あの旅行のことも思い出せて、たのしいな〜。今度はがいも一緒に行こ〜!」 「ああ。夏組と秋組はまだザフラに行けていないな、ぜひザフラにも立ち寄れる旅にしよう」 『Dear Kitten  こればっかりは喜んでもらえる自信があるよ。どう?』 (猫の扱い方は分からないが、君の好みは一目瞭然。) 「今までで一番ファンシーなプレゼントが届いたな」  淡いブルーのリボンがかけられた可愛らしいピンク色の箱を見て臣が微笑む。 「それも一番似合わねーヤツ宛かよ」  見てるこっちが罰ゲームだわ、と万里が思いきり顔をしかめた。その小包みを手に、動きを止めているのは十座だ。 「なんで固まってんだよ、気持ちわりいな!」 「この店は、日本にもある。だが食べたことはねえ。列に並んでるのは、いつも女だけだ」 「良かったな、十座。感動するのもいいが、早く開けてみたらどうだ?」  臣の言葉に十座はこくりと頷いて、金色の飾り文字がデザインされた蓋をあける。美しく並べられた楕円形のチョコレートには、それぞれカメオのように人物の横顔の模様が施されていた。 「…………誰にもやらねえ」 「いらねーよ!」 「椋と九門には、ひとつずつやる」 「なんなんだよ!」 『Dear Cupcake  こっちは女性のために買い求める男も多いから悪目立ちせずに済んだよ』 (甘味好きにはぴったりの愛称だろ?) 「瑠璃川くん、お届け物ですよ!」  支配人から小包みを受け取った幸は封を開ける前に「リボン」と言った。綴が目を丸くする。 「外から触って分かるのか」 「このサイズなら生地じゃなさそうだし。中に固いものが入ってる感じもしないから」  幸の予想どおり碧緑の袋の中身はアンティークのリボンだった。若草色の刺繍で彩られた幅広いクリーム色のリボン、パステルカラーのフリンジがつけられた光沢のあるテープ、紺地に白と水色のストライプの入ったグログランリボンとワイン色をしたオーガンジーのリボンが一巻きずつ入っている。 「うん、どれも可愛い。これで千景にヘッドドレス作ってやってもいいかも」 「いや、さすがにそれは千景さん喜ばないと思うぞ……」 『Dear Handsome  半端な物だと怒られそうだから店員に選んでもらった。長さもよく分からないからあるだけ買ってきたけど足りる?』 (誰よりも格好いいきみへ) 『PARIS BONSAÏ』と焼印のロゴが入れられた木箱を前に天馬が目を輝かせていた。紬もわくわくと言う。 「最近はヨーロッパでも流行っているんだよね。どんな盆栽だろう?」 「よし、開けるぞ紬さん!……おお……!」  スライド式の蓋を開けると、S字に曲がる幹をもつ木の植わる濃紺の盆栽鉢が鎮座していた。瑞々しい緑色をした細い葉は裏側が銀色のようにも見える淡い白で、伸びる枝のところどころに黄緑色の実がなっている。 「これ、オリーブだね。珍しいなあ」 「さすが千景さん、オレに似合うセンスのいい盆栽だ! 手紙にはなんて……なんだこれ⁉︎」 『Dear Mr. Perfect  Hello Tenma, how are you doing? We haven’t seen each other in a month. Today I will be attending......』 「全部英語なうえに何行あるんだよ! 千景さん、スパルタだ……」 「あはは、千景さんらしいね……でもこれ、易しい英語を使ってくれてるよ。この日の千景さんのスケジュールが書いてあるみたいだ。勉強がてら一緒に読んでみよう」 (完璧を求めるきみへ)  千景が発ったころから日本の季節も何歩かコマを進め、帰国予定日まで半月ばかりになった。その日ガイ宛に届いた小包みにはオランダの消印が押されている。深緑の包装紙を留める山吹色のシールには、『Van Gogh Museum』と記されていた。 「ゴッホの絵は、シトロニアが帝王学を学ぶ際に教養の一環でともに画集を見たことがあるな」 「生ゴッホなんてチカゲは出張満室中ネ〜」 「卯木の泊まるホテルは満室なのか」 「満室じゃなくて満喫」  側にいた真澄がぶっきらぼうに言う。 「マスミ、それだヨ! ガイ、早く開けてみるネ」  中には男性もののストールが入っていた。ひまわりや夕焼け空などゴッホの作品から黄色系統のモチーフが集められ、コラージュになっている柄がよく映える。 「美しいな」 「さっそく巻いてみるヨ! オ〜、ガイ、ハイカラでアカムケたネ!」 「肺から出て崇む下駄?」 「外国人漫才、めんどくさい……」 『Dear Fine  ザフラ式の服にも合うと思ったんですがどうでしょう?』 (心優しいアンドロイドさんへ)   「監督、卯木くんから贈り物です!」 「わあ! 結構大きい……!」  二重に巻かれた緩衝材を剥がすと出てきたのは、白地に濃淡のある鮮やかな青色で花柄の絵付けがされた陶器の大皿と、同じ柄のマグカップのセットだ。二つ折りのカードにはいつも通りメッセージが記されている。 『Dear Director  監督さん一人用のカレー皿じゃないからな 大皿料理を作る時に使って』 「さすがにこれでカレー食べようとは思わないよ!」 「いや、アンタならやりかねない」  幸が眉をひそめて言った。 「でもこの前マグカップ欠けたって言ってなかった?」 「うん、ジャストタイミング! お皿もカップもすごく綺麗……よし、今日はこの大皿にカレーの付け合わせのサラダを……」 「断固反対! この大皿に盛るのをメイン料理にしてよね!」 「卯木はここの中庭を花畑にするつもりか?」  小包みと呼ぶには大ぶりな箱の中身を覗きこみ、左京は片眉をつり上げた。 「嬉しそうだな、月岡」 「はい、エントランスにも花壇を作ればちょうどいいかもしれませんよ。すごいなあ」  送られてきたのはチューリップの球根だった。六つに仕切られた箱の中にころころと収められたそれらはおそらく百個ちかい。それぞれの区画に、咲く花と同じ色のタグが差し込まれている。 「お庭番長の腕がなります。球根植えるの、みんなにも手伝ってもらわないと」 「まあ人手に問題はねえが……ったく、この男所帯にチューリップばっかり咲いてどうすんだ」 「六色咲いたら華やかですね。うーん、どの色の花言葉を千景さんからのメッセージだと思おうかなあ……左京さんはどう思いますか?」 「知るか、帰ってきたら卯木に直接聞け。俺をその目で見るんじゃねえ」 『Dear Mr.Right  きみに俺からの“思いやり”を。』 (なんでもお見通しのきみへ) 「タクスおかえりー! チカちょんからプレゼント来てるよん!」  一成が差し出した箱の中身は明らかだった。『UEFA Champions League』と記された六角柱の瀟洒なボックスは正面がスケルトンになっていたからだ。 「サッカーボールか」  中に入っているのはリーグ開催記念のサッカーボールである。ネイビーブルーの六角形のパーツが組み合わせられ中央に白い星型が浮かぶデザインで、ところどころにリーグのロゴと“Official Match Ball”の文字が浮かぶ。 「超オシャンだよね! このまま部屋のディスプレイにしてもバイブス鬼上げじゃない?」 「ああ、縫い目のない作りだから使い心地も試したいな。次のサッカー部の活動日に出してみるか」 「チカちょん、前にホームランかっ飛ばしてたし、サッカーもうまそー! 帰ってきたら誘ってみなよ!」 『Dear Hunk  寝太郎の運搬を任せてすまない。あいつは今も寝てるのか? 』 (逞しい色男へ)  万里宛に届いた小包みはつややかな黒の包装紙に銀のリボンがかけられていた。椋が目をきらきらさせて眺める。 「わああ、格好いいですね……!」 「このブランド日本に上陸してないんだよな。イギリスから直接買い付けてる古着屋のヤツ何着か持ってんだけど、千景さん覚えてたのか」 「千景さん、記憶力すごくいいですよね」 「本当にな……俺から見てもあの人の頭ってどうなってんのか、お、コインパースじゃん」  包装を解けば箱の中身は小さな財布だった。手触りの良い赤茶色のバケッタレザーで出来たそれは、隅にブランドロゴをかたどったシルバーのスタッズが留められている。 「ああっ! それ、『マジカレ。〜壁際の王子様〜』のタダシくんが持ってるお財布そっくりです! 万里さん、ちょっとこのソファーでこうやってポーズしてもらえませんか⁉︎」 「いやもうコインパース関係ねえな!……これでいいかよ?」 『Dear Clever  戻ったらまた脱出ゲームに行こう いい場所が増えてるといいんだけど。』 (眉目秀麗なきみへ) 「先輩やっと可愛い後輩のこと思い出したか。メッセージカードなんて涙の跡でにじんで読めないんじゃない?」  有名ブランドの箱に添えられたカードを抜き取り至がにやりと笑った。 『Dear My Buddy  帰国予定日には有給を取ってもらえないか? 部屋を片付けてもらわないと俺の居場所がないだろうから 』 「またまた。見てよ十座」  呆れ顔で至が読み終えたカードを十座に手渡した。 「先輩ってマジでツンデレだよね。有給とって俺に出迎えてほしいわけでしょ?」 「これ、そういう意味なんすか」 「まあ部屋散らかし放題なのはバレてるっぽいな、エスパーこわ。さて、中身は……と」  箱に入っていたのはダークブルーのネクタイだ。白いドット模様のところどころが濃いピンクのガーベラの刺繍に代わっている。 「至さんに、似合いそうっす」 「そう? たしかにいい色だし、まあ俺は模範的な後輩だからつけてあげるけどね。それにしても千景さん、ネクタイなんてあいかわらず社畜乙」 (お前みたいなのを相棒と呼ぶ日がくるなんて人生分からないな) 「咲也さんへの小包み、まだ届いてないね」  九門の言葉に咲也はきょとんと瞬きしたあと、「ああ!」と思い出したように笑った。 「えー! 忘れてたんすか?」 「忘れてたわけじゃないんだけど……いつも千景さんから誰かに贈りものが届いて、みんなが喜んでるのを見るのが嬉しかったから。自分宛のもののこと、あんまり気にしてなかったんだ」 「たしかに、色々届いて楽しかったもんなー! オレ、もらったトレーニンググッズで筋トレ頑張ってんだー、それに椋と一緒に千景さんへ期間限定のスパイスせんべい買ってきた!」 「みんな千景さんへのお礼考えてるみたいだね。新しいダーツの矢とか、よく眠れるように抱き枕をあげるって言っているのも聞いたし……春組も、寮でゆっくりお酒飲む用のグラスを買おうかなって」 「千景さん、あげた分だけ物が増えるね! 誕生日みたい!」  二人が笑いあっているとぱたぱたと足音が近付き、ひょこりと顔を出したのは支配人だ。 「佐久間くん、お届け物ですよ!」 「おー! 噂をすれば、っすね!」  片開きの箱は白地にロイヤルブルーの小花柄があしらわれている。宝箱のようにぱかりと開けば、緻密なカットが入れられてそこかしこに光を弾くガラスケースに収められた金色のコインが現れた。中央にウサギが描かれ、下部に刻まれた今年の西暦の両わきから草花が伸びコインをふちどるデザインになっている。 「プレミア感すげー……良かったね、咲也さん!」 「うん、すごく嬉しい……それに、千景さんにもうすぐ会えるって思ったら、もっと嬉しいよ!」 『Dear Precious  ロンドンは連日曇り  そろそろ晴れ間が恋しい。君とのコイン勝負も』 (大事なきみへ) 「密さん、昼寝中にすみません。写真を撮らせてもらえませんか」  臣に優しく揺り起こされて、密が眠たげに瞬きをした。 「写真? なんで?」 「千景さんからの贈りものを持って、一人ずつ写真を撮ったんです。密さんのはまだなんですが、至さんによると今日が帰国日なので」 「何も問題なければね。夕方過ぎに来るんじゃない」  それまでに部屋片付けないとな、ゆるりと笑いながらそう呟く至の視線の先は未だスマートフォンの画面だ。 「ギモーヴ三年分届くの、オレまだ待ってるんだけど」 「三年分、来るかな〜⁉︎ とにかく今のうちに写真撮ってダッシュで現像して、カズナリミヨシ特製アルバムを完成させちゃいたいんだよね! ヒソヒソ、お願い!」  両手を合わせて頼みこむ一成に、密がこくりと頷いた。 「わかった」 「ありがとうございます! じゃあ、撮りますね」 「ああーっ! 待ってください!」  談話室のドアを開けどたばたと慌ただしく駆け寄ってきた支配人が密になにかを差し出した。 「御影くん、ハガキが届きました!」  ハガキに書かれた宛先と差出人の名は、この二ヶ月の間に見慣れた筆跡だ。読み終えた密がちいさく微笑む。 「千景が帰ってくる」  臣がもう一度トイカメラを構えた。 『Sugar  この葉書が届くころ帰る Chikage』  さあ、晩餐は豪勢に、お返しのプレゼントは山積みにして。  今夜、彼は全員から熱烈な歓迎を受けることになるだろう。
長期出張中の千景から小包みが届く話<br />Privatterに別々にアップした前後編を2ページにまとめてあります。<br /><br />表紙お借りしました!(<strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/59320473">illust/59320473</a></strong>)
お届けものがひとつ
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「…おや、いつの間に」  気づくと、住んでいる宿舎の屋上にいた。この辺りでは他に高層建築がないから、ライモンシティがよく見渡せる。  しかし自分はなぜここに、とノボリは思った。なにしろパジャマ姿で裸足だ。 「わたくし、夢遊病の気がありましたでしょうか…」  季節は冬だったがパジャマでも別段寒くはなかったので、急いで部屋に戻る気は起きず、空を見上げた。  晴れた夜空に星がよく見える。地上から見るよりも多く見えるのは、空に近いからか。  そう思った時に、異変に気づいた。星が見えるのは、地上が暗いからだ。イッシュ地方一の都市は夜も明るく光り輝く街だが、いま、眼下に広がるのは光を失った暗い街だった。  停電にしては規模が大きすぎる。地下鉄が張り巡らされたライモンシティの電力供給は脆弱なものではなく、様々な状況に応じて停電被害を最小限に留める防御策が講じられている。  何が起こっているのか。停電ならばバトルサブウェイもその影響を受けない訳がない。ライブキャスターはベッドサイドにおいてあったはずだが、緊急呼び出しされたのかどうか記憶にない。とにかく着替えてギアステーションへ、と踵を返した瞬間だった。  ばさり、と大きな羽ばたき音が上空から聞こえ、思わず見上げてその先にいたものと、目が合った。  夜空に浮かぶものは、とてつもなく大きな鳥の姿をしていた。こんなタイプのポケモンは見たことがないと思ったが、そもそもポケモンなのかどうかも判らない。 《…あいすまぬ。どうやら、引っ掛けてしまったようだ》  声は、頭の中で響いた。耳には風の音だけしか聞こえていない。 「…どなたです?」  我ながら間抜けな問いかけですね、とノボリは思うが、不思議と落ち着いていた。 《人の子よ、此度のことは我の不徳のいたすところ。申し訳ないがしばし待たれよ、この星が七回廻るまでに対処するゆえ》  やはりまた頭の中で声がした。しかも何やら謝られたようである。街が暗いのと何か関係があるのか問おうとしたその時、鳥のようなものは再びばさりと羽ばたいた。その途端、それまで見えていた星空は闇に包まれ、足元がふっとくずれた。 「!」  クダリ…!  虚空に投げ出された瞬間、思わず心の中で呼んだのは片割れの名だった。  ぴぴぴぴぴっ。  馴染みある電子音に、ふっと意識は上昇する。  夢でしたか、そう独りごちて目覚ましに手を伸ばそうとした。が、伸ばした先にあるのもシーツと布団の感触で、自分がずいぶんベッドの中央寄りで寝ていたことを知る。寝相はよい方だと思っていましたが、昨夜はずいぶんと移動してしまったようです。クダリが狭い思いをしていないといいのだけど、と思い目を開けて、視界に入ってきた自分の手を見てぎょっとした。 「……ノボリ? 目覚まし、止めてよ…」  同じベッドにいる片割れの声も耳を素通りしていき、信じられないものを見ている衝撃に、ノボリは身動きできずにいた。 [newpage]  目覚ましがしつこく鳴っていた。目覚ましを止めるのはノボリの役目、というかノボリの方のサイドテーブルに目覚ましがあるので、クダリが止めようと思ったら、ノボリを乗り越えていかなければならない。だがいつまで経っても鳴り止まない電子音に、渋々目を開けた。 「ノボリ、いないの…」  そんなはずないと思いながら、布団から顔を出すと、ちゃんとベッドの反対側には人のかたちの盛り上がりがある。珍しく布団にもぐってるなぁ、具合でも悪いのかなと心配になって起き上がった。 「ノボリ? どうかした?」  びくっと盛り上がった布団が目に見えて判るほど震えた。違和感を覚えたが、それよりも震えるほど具合が悪いのかと思って、顔を見なくちゃと有無を言わせず布団をはいだ。  そこには兄がいた。ただし、二十年ほど前の。違和感の原因は身体の大きさの違いだったのだ。 「!?」  目をこすったけれど、兄はやっぱりスクールに入った頃ぐらいの、ちっちゃな子供の姿で。 「ノボリーーーっっ!?」  そこから後の記憶はよく覚えていない。気づくとシーツにくるんだノボリを抱えて、ギアステーションの医務室に駆け込んでいた。 「せんせいっっ! たすけて! ノボリが…」  クダリは半泣きの状態で、抱えていたシーツの塊を机の前に座っていた医師に差し出す。ポケモンと人間の両方の免許を併せ持つ初老の医師はクダリの勢いに押されて、シーツの塊を受け取った。両手で軽々と抱えられる重さはほんの子供としか思えなくて、シーツを外すと出てきたのはやはり黒いシャツだけを身に着けた子供で。 「おはようございます、先生」  礼儀正しく挨拶をした子供は上司によく似た容貌をしていた。 「はい、おはよう。どうした…」 「せんせいっ、ノボリが子供になっちゃった!!」  医師の問いかけは、クダリの声にかき消される。その言葉の意味に、そんな馬鹿なと思いつつ、医師は再度問いかけた。 「ノボリ…?」 「はい、先生。わたくしです、ノボリでございます」  子供は黒のサブウェイマスターと同じ口調でそう言うと、真剣な面持ちで自分を抱き上げている医師を見上げてくる。十歳にもならないような幼気な子供だ。子供の悪ふざけにしては真剣味あふれすぎている。医師はにっこりと笑うと、 「君がサブウェイマスターノボリなら、一昨日ここの医務室を利用した人数を知っているよね」 「はい、一昨日でございますね。トータルで14名、男性が5名に女性が9名、病院搬送者は幸いなことに0でございました」  すらすらと答えた子供の回答は記録とぴったり合っていた。これを悪ふざけのために仕込んでいたというならそれはもう悪戯の域を超えている。医師は子供の頭を撫でた後、クダリに向き直った。 「…ふざけてはいないな?」  怖い声だった。 「さっきから、ぼく言ってるでしょ! ノボリが子供になったって!」  悲鳴にすら聞こえる声で言うクダリは、よく見れば私服のコートの下はパジャマだ。裸足にスニーカーの踵を潰して突っかけただけ、髪も寝起きのぼさぼさ、涙目で突っ立っている姿はとても白のサブウェイマスターに見えない。どこのだらしない学生かという風体で宿舎からここまで来たのかと思うと、早朝の人の少ない時間帯でよかったと言うほかない。  ふう、と医師はため息をついた。それなりに長く生きているがこれが現実だとしたら、この世界は不思議に満ちているとしか言いようがない。 「君は、ノボリ、なんだな?」  腕の中におとなしく収まっている子供に話しかける。 「はい、間違いございません」  まっすぐに人を見て答える灰色の瞳の強さは、此処の要である男と同じだった。 「…ノボリ、病気?」  不安げな弟の声に、大丈夫と言ってやりたかったが安請け合いはできないと医師は慎重に答える。 「検査してみないことには判らん。いったい、なにが…」 「先生ェ! 白ボスがすっごい勢いで飛び込んできたって…!?」  夜勤明けの駅員たちが駆けつけてきて、一気に騒がしくなった医務室に鶴の一声とも言うべき声が響いた。 「皆様、ご静粛に!」  高く細い子供の声だったが、その調子は彼らを束ねるサブウェイマスターのもので。一同の目が医師に抱っこされている子供に集中する。 「……………黒ボス…?」  長い逡巡の後、皆が抱いて口に出せない疑問をクラウドが言葉にした。 「はい、なんでございましょう、クラウド」 「!?!?!?!?!?」  黒いシャツから白く細い足をのぞかせた子供が、さも当たり前のように答えたのに、再び医務室は騒然とした。 「それで結局、原因は判らないんですね…」 「健康状態は問題ないそうだ、子供だってこと以外にな」  白ボスがトチ狂ってどこぞの子供にシャツ一枚だけ着せて連れてきたという犯罪まがいのことをしたのでなければ、信じるほかない。  サブウェイマスターノボリが子供になったという事実を。  少々すったもんだがあった後、執務室に置いてある制服に着替えたクダリはようやくいつもの姿に戻った。だがそれは表面的なもので、片割れに起こった災厄に、本人よりも衝撃を受けている様子で言葉少ない。  黒いシャツ、つまりパジャマの上しか着ていないノボリは風邪をひかないように仮眠室から持ってきた毛布に包まれ、さらにクダリの膝の上に抱えられていた。よく似た二人は自然に『若いお父さんと幼い息子』に見えた。ただその表情は逆だった。ぐずっているのが若いお父さん、それをなだめているのが幼い息子だった。  弟をなだめながらも、傍らの鉄道員に指示を出している子供、そうまだ少年とも言い難い年恰好のノボリはてきぱきと普段の調子だ。 「…なんだか、いつもの黒ボスですね」 「指示だけ聞いてりゃそうだけど…」  柔らかそうな頬の輪郭、細くて高い声。あのほとんどが仏頂面の黒ボスにも子供時代はあったのだなぁ、と双子がギアステーションに入ってからをすべて見てきた鉄道員は変に感心した。いや、感心している場合でないことは重々承知だ。いつ元の黒ボスに戻れるのか判らず、マルチトレインは運休決定、シングルは運休にするかどうかボスたちの判断待ちだ。 「クダリ、しゃんとなさって下さいまし」 「………」  こんな白ボスは見たことなかった。ご自慢の笑顔はどこにいってしまったのか、片割れのごとく口元を真一文字にして赤くなった目で膝の上に抱えた子供をじっと見つめている。  サブウェイマスターと言えど人の子で、今までにも体調を崩して休んだことはある。だが黒ボスは記録にある限りたった一度しか、体調不良で欠勤したことがない。その時は、白ボスがシングルトレインもこなしたのだが、何故かまるでこの世の幸福を独り占めしたみたいに絶好調だった。  今日の白ボスにシングルダブル両方のトレインに乗ることは難しいのではないかと思われた。本分のダブルさえも危うい気がしたが、しかし。 「……やれるよ、ぼく。両方に乗る」 「…よく仰いました、それでこそサブウェイマスターでございます」  マルチの運休とシングルダブルの運行本数の変更のお知らせを、と子供の声が指示を出す。 「…でも、ノボリも一緒」  ぼそっと言った声は、重く固く響いた。 「クダリ? わたくしは執務室で書類を…」 「ダメ。一緒にいなくちゃダメ」  離れてる間にまたノボリに何かあったら、ぼく、おかしくなっちゃう。今だってホントは…と、そこで白ボスは黙り込んだ。瞬きもせずじっと子供になった黒ボスを見つめる眼は、ちょっと形容しがたい光を湛えていた。 「ですが、このなりでも書類仕事ならできますから、私は執務室で…」 「ダメ、ノボリが一緒じゃなきゃ、ぼく行かない」 「クダリ、」  黒ボスが言いかけた時、白ボスが口の中で何か小さく呟いた。周囲には聞こえなかったが、黒ボスには聞こえたらしい。驚きに目を見開き、見上げてくる子供に白ボスは言う。 「書類は戻ったら、ぼくがやるから」 「あなた書類は不得手じゃないですか。一人でやってたら終わりませんよ」 「不得手でも、できないわけじゃない」  運休やダイヤ変更に伴う書類は増えること確実だ、普段なら黒の片割れが担当する割合が多いのを享受する白ボスが自ら書類仕事をすると言い出すなんて、青天の霹靂にも近い。 「…わかりました。わたくしも一緒に参ります」 「ノボリ」 「戻りましたら、書類仕事もやりましょう、一緒に」  うん、と頷いた白いサブウェイマスターの頭を子供がやさしく撫でた。 「待て待て、そのままじゃあかんやろ! せめてちゃんと子供の服着させェ!」  サブウェイマスターが廃人ならまだしも変態なんて言われたら、ギアステーションの名折れやとクラウドが息巻いた。この地下に暮らすジャッキーが僕のお古でよかったら、と子供服を持ってくる。きれいに洗濯して仕舞われていた子供服はすこし大きかったが、傷みもほとんどなくノボリに似合った。 「おお、これで急場しのぎにはなるな! あとは靴か」 「靴下あれば靴いらない。ノボリは歩かなくていいよ」  ひょいと子供を抱き上げた白ボスに、クラウドは目を三角にした。 「どあほ! そんな抱っこで外歩いたら、白のサブウェイマスターに隠し子が!って噂になるわ!」 「噂になってもかまわない」 「白ボスがかまわんでも、俺らがかまうんじゃ!」  ボケェ、と続けるのを我慢したらしいクラウドがすぐに入手できそうにない靴の代わりに妥協案を見つけたらしく、資料庫の中から紙箱の衣裳ケースを持ってきた。 「なにそれ」 「これなら、子供ひとりくらいごまかせるやろ」  クラウドが箱の中から取り出したのは、ハーフマントが付いた白のマスターコートだった。 「そう言えば、ありましたね」  サブウェイマスターの制服には一応季節ごとの仕様があって、その中の厳寒期または寒冷地仕様のコートだ。若い二人はあまり厚着を好まなかったから、今まで一度も袖を通していない。たっぷりとした布地は確かに腕に抱えたものを外から覆い隠してはくれるが。 「何か抱えているのまでは、隠せないのではないでしょうか」  子供が冷静にそう言うと、 「大丈夫やろ、白ボスが抱えてんのがポケモンや卵と思う人間はおっても、まさか兄貴抱えてるとは思わん」 「なるほど、でございますね」 「じゃあ、それ着る」  椅子の上に子供を置いたクダリがマント付きコートに着替えて、また抱っこする。コートの内に子供を抱いてマントの喉元を留めると抱えているものは見えない。 「ノボリ、苦しくない?」 「大丈夫、暖かくてちょうどよいですよ」  ぎゅっと抱き合う兄弟を見ないふりして、クラウドは業務に没頭することにした。 《つづく》
 着陸場所を見つける前に書き出してしまった…いろいろ書きたいシーンを入れてゆくうちに、途中でR-18になったりするかもしれないです。まずは大人の弟くんが子供の兄さんを抱っこしてるのが書きたかったのでした。<br /> 5/12追記:閲覧、評価、ブクマありがとうございました!
SevenDaysWar (1)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1009551#1
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「辞めさせて貰いマーース!!」 ウガアアアアア!!とショートボブの頭をバッサバッサと掻きむしって、今日も私は風見さんに辞職願を出す。 風見さんはちょっと太めの眉を下げながら、はぁ…と溜息をついてそれを受け取る。 「気持ちは分かるんだが…無駄だと思うぞ」 私は、小さな頃からお巡りさんになるのが夢だった。 頑張って勉強して、部活(剣道部)も頑張って、大学を卒業して試験に受かって、これでやっとお巡りさんになれるって思った。 警察学校を出てから、交番に勤務してる時…あの喫茶店の店員さんに出会わなければ。 実は私には親も知らない特殊な力がある。 それは…他人の名前が見える事。 胸のあたりにぼんやり浮かんで見えるんだが、それも色々パターンがある。 例えば、結婚したばかりの女の人だと、ちょっとピンク色で新しい姓が見えて、旧姓が透けて見えてたり。 小さな子だと、ニックネームとか、下の名前だけが見えてたり。 それが当たり前だと思っていたから、誰にも話さなかった。 物心ついてからは、それが当たり前じゃない事に気付いて誰にも話していない。 大して役に立たないしね。他人の名前を覚えるのが得意だよねーって思われるくらい。 本当は、内緒にしてるだけで誰もが特殊な能力持ってるのかもしれないね。 米花町の交番から巡回に出掛けると、毛利探偵事務所の前をよく通る。 そうすると、たまに下の喫茶店から掃除に出て来るイケメン店員さんがいる。 私を見るといつもにこやかに挨拶してくれるし、今度是非来店して下さいと言うので、非番の日にコーヒーを飲みに行ってみた。 それで少し話をして、名前も聞いて探偵の名刺も貰って。 前々からおかしいなとは思ってたんだよ…。大人で名前が3つも見える人ってあんまりいないの。 しかも全部違う名前。色までご丁寧に分かれてる。 でも、まぁ見れば思い出すか…なんてね。思ったのが間違い。 次に会った時、あ…どれが名刺の名前だっけ?ってなった。 バーボンってのは絶対違う。漢字だったし。 安室か降谷かどっちかだな…うーんどっちかな? でもこの時の私は、間違えたら失礼だな、くらいの認識だったから普通に間違えた。 一番強く見えた名前で呼んでみたよね…。 「おはようございます。先日はどうも。えっと……ふるゃ…」 まで言ったところで手をグイッと引っ張られて店内に引きずり込まれた。 えっまだ開店前だし、私は巡回中!! 怖っ、そこそこ鍛えてるのに振り払えないし!こいつとんだゴリラだぜ! 「ど、どうしました!?困ります…!!」 と嘆いてみたら、壁に押し付けられて、顔の横をドン!!と殴られた。 壁ドンは壁ドンでも、ロマンスのカケラもない。 「あなたにその名前、名乗っていませんが…?」 「あっ、あっ、思い出しました!安室さんでしたね!失礼しました。知人と間違えちゃったみたいであはは」 こっわ!絶対零度の視線を感じる。 あーなんか肌寒い。最近のゴリラって気温も操作出来るんだね…。 「それでは私、巡回がありますので、このお詫びはまた…」 と言ってすり抜けようとするも、腕を掴まれていて逃げられない! 「そんな言い訳通用すると思っているんですか?」 「逆になんでそんなに怒るんです、名前間違えただけで…」 「それはあなたがよくご存知なのではないですか?」 はぁー? この際だからバーボンって呼んでやろうか? なにこれあだ名かなんかなの?自分として認識してる名前ってことは相当な頻度で呼ばれているし、名乗ってもいるのでは? わぁーなんだろハンドルネームかな!? ちょっとイラっとしたのがいけなかったのかもしれない。私は頭に血がのぼるとすぐ失敗するのだ。 「知らないですよ、あなたが3つも名前を持ってる理由なんて」 「ホォーー。なんで3つあるってご存知なんですか?」 ちょっとぉ、いつもの人の良さそうな顔はどうしたの。 あむぴーとか言ってる女子高生も真っ青だぞ! 「言え」 と、心底冷え切った声で言われ、私は。 「嫌でーす。なんですかバーボンって。ハンドルネームかなんかなんですか? ネットの世界で生きてる感じとか?ふふっ。分からなくは無いですけど!」 自分の名前として強く認識するほどHNに固執する人ってあんまり見ない。居なくはないけど。 「だからなぜそれを知っているんだと聞いてるだろ」 「はーい話し方おかしいですよ?ちょっと落ち着いて下さいよ、あ・む・ろ・さん?」 キレると煽る体質。 良くないって分かってるけど止まんない! 「身体に聞かないと分かりませんか?」 突然敬語に戻る安室。 腕を掴む力が強くなる。しかも両方掴まれてる! だが、足はフリーだよ。腐っても私、お巡りさんだからね! 「せいっ!」 股間を目一杯蹴り上げる。腕を掴んでいるから余裕で当たると思ったけど、避けられた。 その代わり、腕を掴む力が緩む。 その隙にさっと逃げ出す。 「この事は上司に報告しますからね!!」 と、叫んで走り去ってやった。ふん。 と、これが降谷さんとの出会い。 この後すぐ警視庁に呼び出され、小さな部屋で尋問に遭い、名前が見える体質な事をゲロゲロしまして。 交番研修が終わるとすぐ、警視庁公安部に配属され。 降谷さんが用がある時だけ突然呼び出され、用が済むと帰れと言われる、完全に愛人みたいな立場に…。 用がない時は何してるかって? そりゃ、大量の書類やPCのデータと戦ってます…。 3徹なんてザラです…。 もう疲れたよ、パト◯ッシュ…。 そしてまた呼び出し…。今日も2徹目で辛い…。 大抵は、バイクに乗って呼び出された場所まで行き、こっそりターゲットを覗き見て、名前を教える。よし、帰れって言われる。これでワンセット。 パーティ会場へパートナーとして潜入とかのパターンもあったな。 だけど今日はすぐに帰れとは言われなかった。どうも緊迫した状況らしい。 そもそもターゲットの姿が見えない。 「名前が見えたら、メールで風見にそいつの名前を伝えて素性を洗わせろ。君は隠れて様子を見ながら待機」 と小声で言うと、銃を構え、隠れながら前に進んで行く。 廃倉庫が沢山あるこの港で、誰かと銃撃戦でも繰り広げるつもりらしい。 いかにもな刑事ドラマみたいだな…と思ってその様子を隠れつつ眺める。 すると、男が銃を撃ちながらこちらの方へ走って来た。あぁ、あの黒い車に乗って逃走したい訳か…。 私は、私の斜め後ろにある車を見る。 ん…?私の斜め後ろだと…? え、じゃあこっち来るんじゃん!やべぇ! 移動しようにも、今から移動すると格好の的だ。 辺りを見回すと、細い鉄パイプが落ちている。私は音を立てないように、それを拾う。 降谷さん、私を撃たないでよ…? 男が飛び込んで来た!彼は私に気付き銃を向ける。 それを最小限の動きで避けて、私は鉄パイプで手の甲を狙い思い切り打った!! 「せいや!!」 「ぎぃやああああ!!」 痛みで銃を手放した所を更に追い討ち。足を狙って打つべし!打つべし!! ここはもちろん加減しました。 動けなくなった所へ降谷さんが来て、後ろ手に縛り上げる。 そして降谷さんは、そいつを確保し、他の仲間に渡してから私の所へ思い出したかのように戻って来た。絶対忘れてたよね、私のこと。 もう一生忘れててくれないかな…。 「君、そういえば剣道の有段者だったか」 「えぇ、まぁ。では帰りますね」 「あぁ」 この素っ気なさ。まさに都合のいい愛人扱い。あ、本妻は風見さんです。 弁当作ったりしてるんだよ…!このゴリラが。弁当を。風見さんに!! 一口貰ったら、めちゃくちゃ美味しかったわ…。 しかもその事件の後から、何故か呼び出しが増えた。しんどい。 そして、風見さんに報告しつつ、いつものセリフ。 「もう…辞めたい…」 「こんなにすぐ辞めてしまったら、君は何の為に警察官になったんだ?」 と風見さんに真顔で聞かれたので、私も真顔で答える。 「少なくとも!何日も徹夜で!書類と戦う為ではないんですよね!!」 「…確かにな…」 後ろの方からは、先輩方の声が聞こえる。 「あいつまたやってるよ…」 「でも気の毒だろ…降谷さんが呼ぶまでここで待機なんだろ?内勤ばっかりやらされて」 「他の奴らの後始末も回って来るからな、ここにいると。下手すりゃ何日も帰れないよな」 「まだ外の方がマシだぜ…」 そうでしょうとも、そうでしょうとも! 私は、外に出たいのです! でも、危ない橋を渡りたい訳じゃなくね! 「風見さん…私…小さい子を見守ったり、お年寄りを助けたり、そういうお巡りさんになりたかったんですよぉ…。交番に帰して下さい…。 健康で文化的な最低限の生活も、出来たら送りたいんです…休みすら無いじゃないですか…」 「…上司として、それは申し訳ないとは思っている」 あぁ、風見さんを困らせたい訳じゃ無いんです…。諸悪の根源のゴリラを困らせたい…! 「すみません、風見さんが悪いんじゃ無いのは分かってます。 あの、降谷さんが登庁される日に話し合いに一緒に来て貰えませんか? 私もう限界です…この仕事お断りしたいです…」 風見さんは、いつもの困った顔をして頰をかく。 「しかしなぁ。いつも辞表出しても即破られてるんだが」 「あれ破ってたんですか!?読まずに!?ヤギか!ヤギだって手紙を食べて血肉にすると言うのに!ヤギ以下か!?」 「ま、まぁ、それだけ君が役に立っているということだ」 「役に立つって言っても、まるで愛人なような扱いで辛いんですけど。 今すぐ来い、終わったらすぐ帰れみたいな?」 風見さんはちょっと考えてから、顔を赤くして怒る。 「何の話だ、何の!」 「風見さんは本妻だから分からないかも知れませんけどね…降谷さんから労られて、手作り弁当とか作って貰っちゃったりして…」 「…今日何日目だ?」 「3日目ですけど、関係ないですよ」 「ちょっと寝てこい。とりあえずな」 1人しょぼくれて仮眠室へ向かう。 中から鍵がかけられるようになっているのだが、私は疲れていて鍵をかけ忘れた。 コンコン。ノックの音が聞こえる。 うるせぇ私は眠いんだよ。もう目も開かねえし耳もお留守だよ。何日寝てないと思ってんだ。 無視して寝る。勝手に隣のベッドでも使ってろ。 人の気配。 あーなんか半覚醒しちゃったじゃんうぜぇな、黙って入って寝ればいいのに。 目は開かないけど。 「君、そんなに辞めたいのか」 と小さな声が聞こえる。誰かは分からない。 「そりゃそうでしょ…あんな扱い…」 と、一応返事をしておく。 「君の安全に考慮して早く帰らせていただけなんだが」 「知らねーですよ…安全に考慮するなら呼び出すな…」 「君を手元に置いておくためにはこうするしかない」 「…何を言ってるのかよくわからん」 もう眠い、寝ていいか? 私は意識を手放した。 後日、風見さんが降谷さんと3人で話し合う機会を作ってくれた。 「降谷さん、私は交番勤務が希望なんです。そこから手伝える範囲で手伝うのではだめですか?」 「それは物理的に無理だな」 「すまんが、それは無理だと私も思う」 「じゃあ、もう警察官辞めて他の仕事に就きます…。毎日夜眠れて、お休みが週1でもあれば最高です。 なあに、人助けは警察官じゃなくても出来るってもんですよ」 「正直、君は知り過ぎていて、公安から離れるのは危険だと思うのだが?」 うわーん、知らないうちに、闇に触れさせられていたー!! うっうっ…斯くなる上は…! 「か、かっ風見さん!」 「…なんだ。若干嫌な予感がする」 「私を寿退社させて下さい!」 「「は?」」 ダブルで疑問符をぶつけられた!視線が痛い!! 「家庭に入ればそこそこ安全でしょ!?外に出ませんからぁー。なんなら買い物もネットスーパーでやりますから!!」 「その前に君、相手がいたのか…」 呆れたように言う風見さんに、剣呑な顔でこちらを見る降谷さん。 「いえだから、風見さんにお願いしてるんですが。いいでしょう? なんなら偽装結婚でも! 本命が現れたらとっとと退散しますから!」 「…いや。流石にそれは…」 結婚とは愛し合う者同士でするんだぞ。という目で見てくる風見さん。 降谷さんは一言も口を開かない。ただ睨んでいるだけだ。 「一生尽くしますからぁー!後生です。この数ヶ月で、もう体も心も限界なんですぅ…」 「うーん…どう思います…降谷さ…ひぇ…」 風見さんなにそのひぇ可愛い…なんて思いながら顔を降谷さんの方に向けると、その微笑みはいつか見た絶対零度よりも低かった。氷点下何度ですか? ゴリラは常に進化している…! 「おい、君」 「はははははい」 震えながら答えると、降谷はその温度のまま笑みを浮かべた。 「風見は無理だそうだから、僕が貰ってやろうか」 「いいいいいえ、降谷さんにそんな手間をかけさせるわけには…」 「そう言うな。風見、婚姻届を用意してくれ」 「…っ、はい」 はいじゃないよはいじゃ!ピンチだよ! 「風見しゃん…」 涙目で風見さんを見る。 「だめですか…?私じゃ」 「い、いや、そういうことでは」 風見さんがちょっと赤くなってる。これもう一押しでは? 「風見さん…」 両手を握って、うるうるした目を風見さんに向ける。ほんと助けて、この顔だけやたらに良いゴリラと結婚なんて色んな意味で無理だから! 家でもこれ公されちゃう…! 「とりあえず保留でいいか、辞める話は」 と、何故かまとめに入る降谷さん。いや、保留じゃないです。このままだと死んでしまいますけど。 「仕事を振り過ぎたのは悪かった。君のところに仕事が行き過ぎないよう注意する。 夜は遅くても帰れるようにする」 「…わか、りました…」 風見さんENDは[jump:2] 降谷さんENDは[jump:3] [newpage] 風見END 部屋を出て、風見さんの後ろをとぼとぼ歩く。 「悪いな、力になれなくて」 「いえ…でも悪いと思ったなら今夜デートして下さいよ」 「デートはともかく、食事なら付き合おう」 「やった!」 こうなったら、風見さんを落とすしか私に生きる道は無い。 過労死なんて勘弁だからね! 私はデパートの地下に行ってお惣菜を買う。 風見さんはお酒を調達。 こんな時まで効率を求めてしまうのは職業病か? なんで買い物も一緒にしなかったんだ。 風見さんのマンションに着いてから思った…そういうとこだぞ、私。 ピンポンして中に入れてもらう。 いつ見てもなんっにもない綺麗なお部屋だ。 いわゆるセーフハウスというやつで、何度か用事で来たことがある。 外食すると仕事の愚痴とか言えないから、ここでの食事を提案したという訳。 「だからあの人はさぁー凄い人なんだよ」 「わあーってますよぉ。凄いのはぁー。私なんか出会った時安室透の顔してたから、あれが本当のあの人だと思い込んでましたもん」 「お前たちは会話が足りてないんだよぉ」 「話す隙がないんですけどぉ?用が済んだらすぐ帰されるんですけどぉ?」 2人ともベロンベロンだ。それもそのはず、2徹後だから。 「ほらぁ、これ美味しいですよ?はいあーん」 ブロッコリーと卵のお惣菜を、風見さんの口に突っ込む。 なんか食べないと胃をやられるからね。 素直に口を開ける風見さんが可愛い。 「ん、うまい。しかし、降谷さんのお弁当また食いたい…」 「あの人妙に料理上手ですよね…」 ゴリラなのに。進化したゴリラは料理も出来るんだな。 「あぁーまたポアロに行って美味しいコーヒーとサンドイッチが食べたあああい」 「まぁ、自分達の立場だと行きにくいが、たまになら行ってもいいんじゃないか?他人のふりをするとか、居ない時に行くとか」 「居ない時に行ったら、降谷さんの手料理食べられなあああい」 あの店、彼がいる時と居ない時で微妙に味が違うらしい。 まぁ料理ってそんなもんだよね。 同じレシピを使っても味が違う。 「だけど降谷さんには会いたくなああい!」 「君は珍しいな。降谷さんのような好条件の男は女性ならみんな好きかと思っていたが」 ひっく。ちょっとしゃくりながら風見さんが疑問をぶつけてくる。 「顔はお綺麗ですよ…でも色んな意味で中身について行けないぃ。 私は風見さんみたいな人が好みなんですぅ。 お仕事頑張ってて、私の理想のお巡りさんだし、優しいし。浮気とか絶対しなそう。不器用ながらも家族を大切にしてくれそう。背が高い」 すると風見さんが、突然真顔になって距離を詰めて来た。 「…じゃあ、今すぐ結婚は無理だが、付き合うか?」 それは、何故か試されているように感じた。本当に自分を好きなのか?愛せるのか?と。 あんな凄い人が結婚しようと言っているのに、本当に自分を選ぶのか?と。 「はい、是非」 お酒のせいにして忘れちゃだめですよ?と、顔が近いのをいい事に、唇を掠めるだけのキスをする。 そっと顔を離したのに、風見さんに頭をぎゅっと抑えられてもう一度強く口付けられる。 「んっふ…」 唾液がお酒の味。舌がトロトロに溶けあって、頭がぼーっとする。 「かざ、み、さん…」 風見さんの瞳が、私を映している。 完全に目がトロンとなって、お酒にもキスにも酔っている私が見える。 キスをしながら、グリーンのカーペットの上にそっと押し倒された。 背が高いから、こんなに視線が絡まる事ってあんまりない。目が合うだけで、こんなにドキドキするものだったっけ? 彼は私の短めの髪を撫でて、その流れでそっと耳を触る。 「好きだ…」 と囁いて、また唇を重ねる。 「俺を選んでくれた事がこんなにも嬉しいと思わなかったよ」 「風見さんが俺って言うの、珍しいですね」 「プライベートだからな。…名前で、呼んでくれないか」 髪を撫でながら優しく話す彼に、胸が高鳴る。 あぁ、私も、この人が好きだ。 「裕也さん、わたしも、好きです」 彼は一瞬目を大きく見開くと、嬉しそうに笑った。 風見さん、突然連れて来られたのに、文句言いながらも頑張ってる私の事、ずっと気になってたんだって。あと、笑顔が可愛いって言われた。 風見さんの笑顔の方がずーーっと可愛いです! そのまま夜中までイチャイチャして、最高に幸せな気分のまま寝落ちして朝になった。 結局寝不足のまま登庁。 からの呼び出し。 「昨日は楽しかったか?」 現場でふと、降谷さんにそう聞かれビクッとなる。 「…君は隠し事が出来ないタイプだな」 「まぁ、ぶっちゃけると出来ないのでトリプルフェイスとか絶対に無理ですねぇ?」 「だな…よく今までその能力がバレなかったものだ」 「バレるような事態が無かったんですよ。偽名を日常的に使う人と知り合ったのは、降谷さんが初めてですから」 「…まぁ、この世界にはごまんといるがな。で、風見と付き合うのか」 「えぇまぁはい。寿退社目指してます」 すると、彼はニヤリと笑って言う。 「今のままの方が、風見と一緒にいられる時間は長いと思うがいいのか? あいつだって、お前と同じくらい家に帰らないだろう」 「はっ…!?確かに!」 それは盲点だった!新婚なのに旦那様が全然帰って来なくて、ひとりぼっちで部屋で待つとか辛すぎぃ! 「仕事を続ければ、沢山の時間を風見と共有出来るな? 虫がつかない様に見張る事も可能だ。 あいつだって高学歴高収入高身長。モテるんじゃないのか」 ニヤニヤしながらそう提案する降谷さん。 確かに!その通りだ!どうして気付かなかったのか…!? 「仕方ないですね…風見さんの為なら」 「それにいつでも僕に乗り換える事が可能だぞ?」 それは無理です。思わず真顔になったわ。 「すぐそういう事言うから、炎上するんですよ…」 「ふっ…ちょろいな…」 「今なんて!?」 それからは、ちゃんと降谷さんとも会話のキャッチボールを試みて、呼ばれてすぐ帰るのではなく、危険度が低そうな案件の場合は、最初から連れて出て貰えるようになった。 剣道が出来る事も良かったようで、確保要員としても使って貰えているし、帰りは遅いがとりあえず夜には帰れるようになった。 最近は毎日風見さんの家に帰る。 一緒にご飯食べて、お風呂入って、寝て、可能な時は朝一緒に登庁する。幸せ…。 もう、辞めさせて下さいとは言わない。 風見さんがいてくれるから、まだ頑張れそう。 彼らは裏からしっかりこの日本を守っている。 それを心の底から理解し、その手助けが出来る事で、私はやっと昔からの夢が叶った気がした。 [newpage] 降谷END だって、あの時君がそう言ったから。 僕は君を手放せない。 ポアロでバイトをしていると、いつも通りかかる、多分交番研修中であろう若い女の警察官がコーヒーを飲みに来た。 僕は笑顔でいつも通りの接客をする。 実の所、表の世界でニコニコしながら街の人達に感謝されて過ごしている新人の彼女に、複雑な感情を持っていたのだ。 僕は、裏でこの日本を守っている。それは自負している。 けれどそれを感謝される事など、ほとんど無いと言って良かった。 僕はあの日、徹夜続きもあり少し疲れていた。 だから彼女にこう話しかけたのだ。 「お巡りさんって素敵なお仕事ですね!いつも街の皆さんに親切にしている姿を見かけますよ。 さぞ感謝されている事でしょう」 自分でも嫌味ったらしい言い方だったと思う。 だが、彼女は笑ってこう言った。 「そうですね、職業柄、感謝の言葉を言って頂ける事もあります。有難いことに。でもこの街はみんなで守っているんだって思ってますから! 私は、みんなにありがとうって言いたいです! 色んな人が色んな角度で助け合っているんですよね。 あなたにも、今日美味しいコーヒーを出して頂いて、私はまた頑張れます! 美味しいコーヒーや食べ物、素敵な時間を提供して下さってる事が、どれだけここに来るお客さん達の力になっている事か!」 ありがとうございます、と言う彼女はキラキラと輝いていた。 きっと、今までも光の当たる場所で生きて来たのだろう。その光を吸い込んだかのように輝く瞳。 その彼女の少し茶色がかった瞳は、一切お世辞などを言っている様子は無く、ただただ真っ直ぐに僕を見つめていた。 「それに、たまたま私は街の人たちと交流しやすい場所にいるんですけど。 新人の私には想像すら出来ないような部署も警察にはあって、きっとその人達も見えない所で身を粉にして、街の人たちの為に頑張ってるんだろうなってそう思います。 いつか会えたら、お礼が言いたいくらい」 まぁ、出世をする事も無いと思うのでずっと交番勤務だと思いますけど、といって彼女はふふっと笑った。 それを聞いて、僕は金槌で頭を殴られたような衝撃があった。彼女は今、存在すら知らない僕達にお礼を言いたいとそう言ったのか? まぁ、彼女の様な人は生きとし生けるもの全てに感謝していそうではあるが。 驚いたが、素直に嬉しくもあったので、ケーキをサービスしたら目を白黒していた。 名刺も渡し、困った時は(裏から)助けになりますよと伝える。 まぁ何かあれば、こんな見ず知らずの店員より、上司にでも相談するのだろうけど。 それから色々あって、彼女には特殊な能力がある事が分かり、無理やり公安に引き込んだ。 そこからは彼女はいつも、何故か死んだ魚のような目をしていた。 あんなにキラキラ目を輝かせていたのに。 あまり危ない目に合わせたくは無いので、用が済んだらすぐに帰らせていたのだが、それがかえって彼女を傷付けていたらしい。 しかもずっと内勤をしている為か、彼女に回って来る仕事量が多く、家に帰れない日々だったのだとか。 もっと早く言え風見。 彼女を壊してしまう所だったじゃないか。 え、僕の所からの仕事もかなりある?彼女の様に僕と繋がっていると、みんなが仕事を振りやすい? ふざけるな。仕事は全員でやれ。そこの奴らですら、知られて困る程の危険なデータはお前の所にしか回さん。 僕はいつも彼女が提出してくる辞表を見る事も無く破り捨てた。 彼女はどこか聞くと、仮眠室だと言われたので足を運ぶ。 コンコンと一応小さくノック。返事は無い。 扉に手を掛けると、鍵が掛かっていなかった。不用心だな…ここは男も多いのに。 話しかけると返事もしてくれるが、多分僕が誰だか分かっていない。それほど眠たいのだろう。 寝顔が可愛い。 吸い寄せられるように、そっと彼女に近付く。 触れようとしたら、うんうん寝言を言いながら寝返りを打たれた。 そこで正気に返ったので触れるのはやめた。 数日後、風見から彼女と話し合いをしてくれと頼まれた。 僕もきちんと話をしたかったのでちょうどいい。 彼女は疲弊していた。 だが、今更離せない。 彼女の能力は貴重だが、それ以上にあの時の彼女の言葉が僕の心の支えになっていたのだ。 いつかまたあのキラキラした笑顔で笑いかけて、ありがとうと言われたい。 なのに彼女は在ろう事か、僕の目の前で風見にプロポーズしやがった。 風見と結婚して寿退社して、家に籠っていたいだと? いいだろう、その願い叶えてやる。ただし風見ではなく、僕の所に嫁に来い。 そう言ったら、彼女はガタガタ震えていた。その姿が小動物のようで何故か可愛い。 その後からは、手を回して彼女が夜には帰れるようにした。 あと、呼んですぐ帰すのをやめた。 特殊能力以外にも、彼女は身体能力や、場を読む力が強い。使える。 僕で失敗してからは、名前を呼ぶ時かなり気を付けているようだからそちらも安心だ。 彼女がいれば、変装など無いも等しい。 聞かれなければ言わない所もいい。 たまに他人をそっと見つめている事があるから、変な名前でも見えているのだろう。 ポアロによく来る探偵少年と出会った時も少し見つめていたし。 使いようによっては、あの組織の解体も早まるのでは…? 夜帰れるようになってから、彼女は目に見えて元気になった。 まず辞表を出さなくなった。 一緒にいる時よく笑うようになったし、食事に誘うと喜んでついて来る。 弁当を作ってやった時には、目をキラッキラに輝かせて眺めていた。 離れた所からこっそり食べる様子を見ていたのだが、1つ1つ箸で摘んでは眺めて、口に入れるたびににっこり笑う。 なんなんだこの可愛い生き物は…!? あと、湧き上がるこの感情はなんだ…!? 後日、ご飯を作りすぎたので彼女に食べて貰おうとセーフハウスに呼んだ。 彼女はお土産にケーキを持ってやって来た。 花柄のワンピースで、きちんとお化粧して、出会った頃より伸びた髪を整えて。 なんだ!?デートか…!?デート帰りか!? いや、さっきまで仕事だった筈だ。 なら、もしかしてうちでご飯を食べるのが、彼女の中でデートなのか!? 僕とした事が混乱してしまった。普段化粧っけのない彼女が余りに可愛くて。 普段も割と可愛い顔をしているが。 彼女はケーキの箱を僕に差し出して言った。 「公安に入りたての頃、色々と失礼をした事、すみませんでした。 キャパオーバーし過ぎて、大切な事を見失っていました。 降谷さんは、私の子供の頃からなりたかった、お巡りさんそのものだと今では思ってます。 いつも助けて頂いてありがとうございます」 ずっときちんと謝って、感謝の気持ちを伝えたかった、と彼女はキラキラの瞳で僕を見つめている。 僕は堪らず彼女をぎゅっと抱き寄せた。 「ちょっ…降谷さん…!?」 驚く彼女に、 「僕の方こそ、ありがとう」 と言ったが、声が掠れている。ちゃんと伝わっただろうか。 彼女はそっと手を僕の背中に回すと、ポンポンと優しく叩いた。 僕の体にすっぽり収まるこの小さな彼女は、なんて尊くて、優しい存在なのだろう。 しばらくそうしていると、キュルキュル…と小さく音が鳴った。 「…すまない。ご飯出来てるぞ。座ってくれ」 彼女は真っ赤な顔をして、 「そこは気付かないフリをしてくれてもいいんじゃないですかっ!!」 といつも通りの彼女に戻り、プリプリしながら席について、こちらを上目遣いに見ている。 笑いながらどうぞ、と言うと、いただきますを言って箸を持つ。 いつかのお弁当の時のように、1つ箸で摘んではキラキラした目で眺め、口に入れては咀嚼してにっこりする。 そして、いちいちどんな風に美味しいかを一生懸命伝えてくる。 幸せすぎて涙が出そうだ。 僕は彼女の事が好きなんだ、とこの時初めて自覚した。 そして、甘いけど酔いが回りやすいお酒を勧めて、彼女を泊めた後の事は秘密だ。 [newpage] 正直に言おう。餌付け、された。 降谷さんのお弁当。あれ破壊力ヤバイ。 まず、見た目。 あんなに色とりどりの手作り弁当見た事ない。 知ってる?手料理って見た目に拘るとお金がかかるの。 それに、例えレシピ通りに作っても、その人のセンスや味覚に左右されて味が変わる。 完全にいい素材のみで作られたそのお弁当は、彩だけじゃなく、味も最高だった。 素材にこだわり、味付けにこだわり。 さらにカロリーや栄養にもこだわられている…。 負けた…。私絶対こんなお弁当作れない。 ていうか、本当に1つ1つのおかずが全て美味しい。 こんな事ってある? いや無いよ。絶対無い。 多分こんなの作れるの、ちょっと名の知れた料理研究家とかしかいない。 私は考える事を手放し、味わって食べる事だけに集中した。 先日のお弁当って、ご褒美的なあれかな。 仕事頑張ったら、また作って貰えたり…。 最近の降谷さんはご機嫌で、たまに食事に連れて行ってくれる。 彼が連れて行ってくれる店はハズレが無く、何を食べても美味しいのだ。 私は一人暮らしだし、料理する時間も余裕も無いので食生活が適当だった。 もう今の私は、彼に与えられる食事の為だけに仕事を頑張っていると言っても過言ではない。 時々餌付けという単語が頭に浮かぶが、気にしない。 いいよいいよ、私の能力があなたの役に立ち、それであなたが私に美味しいご飯をご馳走してくれるのであれば、いくらでも利用して下さい! なんなら昔みたいに愛人扱いでも…!いや、それは今更寂しいか。 降谷さんとは仕事を重ねるうちに、なんとなく打ち解けて来たのだ。 彼が何を思って行動したのかが、感覚で読めるようになってきた。 そうなると、ここに配属されたばかりの頃散々突っかかっていた事が悔やまれる。 お互いきちんと会話が出来ていれば、もっと早くこうなれていたのに、と。 それに、私が憧れてなりたかった職業である、お巡りさん。 みんなを守る人。 正に、彼は憧れそのものだ。 最初は見えなかったのだが、彼の行動基準が読めてくるとよく分かる。 彼はこの国やこの国に住まう人々を愛し、守ろうとしているのだ。 裏社会に潜入したり、時に自分すら騙しながらも、彼はこの国を守っている。 だからこそ、名前が3つ見えたのだ。 私は出会った人や物全てに感謝しながら生きているつもりでいた。 でもこんな身近な人が私達を守ってくれていた事にどうして気付けなかったのだろう。 思えば仕事中にも、何度も助けて貰っている。 私は彼に感謝の気持ちをきちんと伝えただろうか? そんな時に、降谷さんから、ご飯を作りすぎたので食べに来いと言われた。 私はチャンスだと思い、お礼の気持ちを込めて、ケーキを買っていく事にした。 でも待って、こんないつもの格好で行っていいの? ちゃんと綺麗な格好で行って、当初の事をきちんと謝罪し、今の感謝の気持ちを伝えたい。 私はとっておきのワンピースを着て、化粧をして、髪を綺麗にした。 ケーキは、まぁ余ったら冷凍したり、風見さんでも呼んで食べて貰ったらいいか、とホールで購入した。 着いたら電話するよう言われていたので、電話して部屋のロックを開けてもらう。 中に入ると、降谷さんが息を飲む音がした。 知り合ってから化粧をしてる姿すら見せた事が無かったかもしれない。 どこか変じゃないかな…? とにかく、私は過去の謝罪と今の感謝を伝えて、ケーキを彼に渡した。 と、何故か今抱きしめられています。 なんで? あ、分かった、降谷さんお疲れなんですね? 私は背中をトントンしてあげた。 いつまでも離す気配のない降谷さん。少し心配になってきたところで、空気の読めない私のお腹が鳴った。 くっっ、恥ずかしい…!! 降谷さんもちょっと笑いながら、席につくよう言ってくる。 もう!聞かなかった事にしてくれたらいいのに!デリカシー!! けれど、テーブルに並んだ暖かい料理は、いつかのお弁当よりずっと美味しそうで、私は我慢できず彼を見上げた。 これ食べていいの…?いい?やった! どれも綺麗で美味しい…! 盛り付けも美しい! 降谷さんが恐ろしい! この美味しさと感動を余すところなく伝えたい! と思い、彼にどんな風に美味しかったか伝えると、安室さんの時とは違う、でも優しい笑顔でニコニコ聞いてくれている。 途中、彼が出してきてくれたお酒は、ジュースのように飲みやすく、桃の香りがする濃厚で美味しい物だった。 彼も料理をつまみながら、私の話を聞いてくれている。 あれ、頭がフワフワしてきた。少し酔ったのかな? 気がつくと降谷さんが私を抱き上げて、ベッドに降ろしてくれている所だった。 上司の家で酔って寝てしまうとは…!マズイと思ったが、もう頭が働かない。 そして朝、携帯のアラームが鳴って目が覚めると…。 隣には裸の降谷さんが眠っている。 あ、あれ…私も服を着ていないんですが…。それに何だか腰が重い…。 えっ…えぇーーー!? 「降谷さん、降谷さん!」 慌てて彼を揺さぶって起こす。 「ん…おはよう」 と、眠そうに言いながらキスをしてくる彼。 ま、待って。 今キスされた。いや、そもそも私全裸。 「…昨日の夜、何がありました…?私全く覚えていないんですが…」 彼は私を抱き寄せながら耳元で言った。 「君の初めてを貰った。…可愛かったよ」 ひええぇーー!? 初体験の記憶がない! それから腰が痛くて動けない私を抱き上げてお風呂に入れてくれ、全部洗われた…。恥ずか死ぬ…。 いつの間にか今日は休みになっていて(休みっていつぶり!?)その日はずっと、降谷さんにそれはそれは優しく世話をされながら過ごしました…。 何度も「好き」と「愛してる」を言われながら…。 あれ?おかしいな…いつの間にそういう関係に…? でも、毎食出てくる降谷さんの美味しいご飯を食べながら、これが頻繁に食べられるなら、例えセフレだったとしても悪くないな…と思った。 夜にはもちろん、私を美味しくいただかれました。
ネームレス夢主との夢小説です。<br />謎の能力設定あり。<br />分岐があります。<br />2ページ目が風見さんEND<br />3、4ページ目が降谷さんEND<br />どちらかだけで完結しています。<br /><br />設定が甘い所はお許し下さい。<br />何でも許せる方向け。<br /><br />風見さんも降谷さんも好きすぎてこんな事にー!
公安の新人ですがもう退職させてください
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10095574#1
true
キャプションは読みましたか? 読んでないなら上へスクロール、又は一つ前のページへ戻りましょう。今ならまだ間に合うって、諦めんなって!!! 読まれましたら、この先へどうぞ。 少しでも楽しんで貰えたら幸いです。いや本当。 [newpage] 暫く桜を眺めて、荒んだ気持ちを少し落ち着けてから再び携帯を操作して電話を掛けた。 もちろん、ジンへの掛け直しじゃない。 コール音が鳴り止むまでの間…視界に広がる柔らかな桃色と抜けるような青空のコントラストを見つめ、内心では先の通話相手に対し不平不満をぶちぶちと連ねた。 畜生、あの詩ジン野郎…いっつもポエミーな台詞ばっか吐きやがって……何が緋色の花だ、血って言え。 解読が一々面倒だから過多な装飾語とか難解な比喩表現とか、無駄に言葉増やさずに普通に喋ってよね。そんなんだから、アイリッシュにキザ(笑)な冷血漢なんて言われるんだバーカバーカ。 つーか今思い返せば、潜入当初だってアイツ関連で地味に色々あったわ。 周りには、身長も違うし髪の毛以外にあんまり似てる所ないはずなのに後ろ姿で間違われたり、初対面で血縁関係疑われたりするし…前にも言ったけど、私より似てるやつ居るっつーの。 ていうか、アイツ身長デカ過ぎじゃん?? 私だって182あるのに絶対190以上はあるだろ。あの赤井さんよりたっぱあるし…多分あの様子だとレヴィの193は確実に越すぞ。 酒とタバコだけで生きてきたみたいな顔しくさってる癖になんなの? 本当は牛乳良く飲んでたの?? 実は飲料に相談する系詩ジンなんだろうか……見下ろされるのなんか腹立つし、私も頑張れば今からでも追いつけるかな…いや流石に無理か…三十路だし…… でも追いついたら追いついたで、向こうの世界帰った時にボスに何見下してんだって理不尽に怒られそう。…やっぱり今のままで良いや。 そんなこんなで、私と彼は間違われる事も多かった。これだからキャラ被りは……そういや、酷い奴だとジンに似てるってだけの理由でNo.3のアイツに向けられない鬱憤をこっちで発散しようとした奴もいたな。 まぁ、軽ーく生きてる事を後悔させてやったし…ネームドになるまでには、そんな命知らずは1人もいなくなったけど。 全く、それだけでもウザかったのに…さっきみたいに、本人もこういう時ばっかり連絡してきて「ねぇ今どんな気持ち??」って愉悦感満載でNDKしてくるからほんっと何やねんと。黒澤ムカつくぅ〜〜↑ これだから、私から理不尽に当たってもいい奴って認識になるんだぞ!…いや、それは責任転嫁が過ぎるか? でも普段こんな風にされてたら特にどうとも思ってなくても別に八つ当たりしていいかーって思うよね? 赤井さんのNOCバレでわざわざ電話してきたり、さっきだってわざわざ地味任務をバカンスとか馬鹿にしたり、明美ちゃん死んだ…いや、あの言い方だとアイツがやったんだろうな。そういう事一々言ってきたり… この世界のループ現象でジンムカつくぜパラノイア発症するのも無理なくない? 寧ろこうなるのは必然だった感すらある。 ぶっちゃけボスの超級傍若無人振りに慣れてなかったら普通は相応にヘイト溜まって然るべきだよね。 今まで特に何とも思ってなかった私って逆にすごくない?? 延いてはコレをなんとも思わないレベルに出来るボスの唯我独尊ぶりヤバない??? そう、益体もクソもない事を考えつつ…相手も私が掛けてくるのを見越していたのか、思いの外早くに出てくれた。 先程の酒焼けたような低くハスキーな声ではなく、どこか剽軽な響きを持った愛嬌のある声がスピーカーから耳に届く。 その軽やかな声音が、いつも通りである事に……心底ホッとした。 《よぉ〜、そーろそろ掛けてくる所だと思ったぜぇ》 「ゔお゙ぉい…アイツは今どうなってる?」 《あららぁ? おたく、だ〜れにそんな口利いてくれちゃってんのぉ〜? …おめぇの大事なかわいこちゃんはちゃあんと無事だ。今俺の隣でスヤスヤしてるところさぁ》 その言葉を聞いて…漸く、安堵の溜息を浅く吐いた。 知らずのうちに肩に入っていた力を抜いて、幹に体重を預ける。 良かった…これで一先ずはどうにかなった。 “最悪の事態”を考えないようにと、あえて下らない事を考えていた。 その反動か、携帯を持つ手が震えそうになって…どうにか気合いで押し込める。…鮫隊長の私が、こんな事でビビってちゃいけない。 元々、嫌な予感も予想もしてたし…その“対策”はしてきた。…だから、大丈夫だった。 その結果だけが大事だ。 ……今はそう思ってないと、胸の淵から溢れそうな“嫌悪感”と“罪悪感”で頭がグチャついて…話すらまともに出来ないかもしれないから。 今一度細く息を吐き、気持ちを落ち着けて切り替え…… そんでもって、耳に当てた携帯をジロリと睨んだ。 何でわざわざ、やましい大人なら勘違いしそうな言い方しやがるかなコイツ… 彼女なら今俺の隣で寝てるよって、お前がすこぶる紳士(※本来の意味)な事知ってる私にやっても意味ないぞ。車のエンジン音が聴こえるしな。どうせ安全なところに運んでる最中なんだろ? そういうのやるんだったら彼氏さんの前でやってみたら? 700ヤードを正確にブチ抜ける逸材だけど。まぁお前じゃなくて、多分今運転してるだろう相棒さんと良い勝負になりそうだよね。見てみたい感あるわ。 「…車の後部座席でテメェの相棒に運転任せてアジトに戻ってる最中って所か? ちゃんと連中に見つからねェように運べぇ。 あと、ソイツとはそういう仲じゃねェぞぉ。そういう下らねェ冗談は俺じゃなくてソイツの男にしてろぉ」 《ンだよぉ、相変わらず可愛げねぇなぁ…ちょっとは動揺しろって〜 ウチのストイックな先生よりも浮ついた話がないお前から急にこんな話が来たから、てっきりそういうもんかと思ったんだが…やぁーっぱり違うのねぇ》 「あ゙ぁ?……ハン、くだらねぇ…」 おっ、何だ何だ。世紀の大泥棒様は鮫隊長の恋愛事情に興味がおありで?? だがしかし残念。彼氏いない歴イコール年齢の喪女のまま死亡した私が14の時に鮫隊長に成り代わった事も相まって、ロクな恋愛経験がある訳なかろうなのだ。 ええ、ボスに付いていくのと剣の道一筋のド健全な日々を過ごしていましたとも。 あ、でも私が成り代わる前の隊長の漢としての名誉の為に申し上げ……あ、いや、こっちの世界に来てからは終始私のままだから、この身体年齢になるまで本当に誰とも関係持ってないしな…うーん、判定に困る。 ……ってか…それうちの孤児院の信号機組に言ってないよね??………オイ、言ってねェだろうなぁ?!! あ、いや…大丈夫か。多分言ってたら、耳がやたら早い“青”からいの一番に連絡来てる筈だし…焦ったー…… 絶対私にそういう人が出来たって言ったら、真偽を問わず善意悪意込み込みで引っ掻き回すに決まってるからなアイツら…… 例を挙げるなら、私が初ヒートを起こした時の事。 全く、思い出すのも億劫だ。抑制剤でグロッキーになってる私に、空気読まずに手の込んだウザ絡みして来やがって…… 何でアイツらイタリア人の癖にお赤飯なんて炊いてるんだ。それって、納得いくかァ~~~、おい? 俺はぜーんぜん納得いかねェ…… なめてんのかァーーーッ、この俺をッ!イタリア式で何もするな! イタリア式で! チクショオーーームカつくんだよ! コケにしやがって! ボケがッ! そんな感じで心の中のホワバム君が吠え立てた。5部のアニメ観たかったな…… 頭が痛い。なんだってあの3人はあんなにアホなんだろうか。 どっからそんなニッチな日本の習慣を調べて来たのか分からないけど、善意が暴走しない限り基本的に無害な“黄”を丸め込んでまで悪ノリした“赤”は許さない。絶対にだ。 何が、「スーってジャッポーネ好きだから、ジャッポーネ式にお祝いしてあげようと思って♡」だ!!!! デリケートな話題なんだよワザワザ触れんじゃねェよクソが!!!!! ……まぁ、うん…それはもう良いとして…… そもそもさぁ、前世でヘテロだった私が今世で男のガワ持ってて女の子と恋愛できるなんて全然思えないんだよ。 いくら言動が鮫隊長でも中身は私のままだし。レズはおろかバイですらないし、そういうの考えもつかない。 かといって、男ってのもちょーっと無い。 …なんか、思考はともかく身体が断固拒否ってる気がする。そういうの少し聞いたり言われたり、考えただけでも無意識に鳥肌立つし。鮫隊長としての名残りなのかな? つーか、Ω性なら尚更だ。 …普通だったら、Ω性だからこそ良いんじゃないの?って思うかもしんないけど……そうじゃないんだなぁ、コレが。 男のΩ性ってさ、思ったよりも大変なんだよね。 私が妹から教えてもらったオメガバース設定と違ってこの世界のΩは、ケツの奥じゃなくて普通に女の子の部分が二次性徴の時に生成される。ここまでは、前に言った通りだ。 で、女性諸君なら分かる思うが…その、女の子には月に一度大変な一週間があるだろう? 男のΩにはそれが無い。…無いっていうか…その、あるにはあるんだが……いわゆる“経験者”にしか無いらしい。 男のΩの腹の中の大事なその器官は、あるにはあるが…Ωである前に一次性が男性である為、使う必要性が無い間はずっと眠ったままらしく…明け透けな話、貫通する刺激で覚醒してから漸く使えるようになるんだと。 それだけならさ、ちょっと女性的には羨ましいよね。ヤるまであのクソみたいな月一の苦しみから逃れられるって事だからね。 でも、その使われない眠ったままの臓器が知らぬ間に病に侵されてたりとかそういう事も多いらしく…… プラス、これは胸糞悪くなる話だけど…未経験の男のΩは襲っても1回目では絶対子供が出来ないからまだ後腐れないって考える、畜生にも劣るようなド腐れゴミカスクソ野郎もいるから…自衛も兼ねて、自身の性をβだと偽るΩは少なくない。 そして駄目押しに…子供が出来たら出来たでホルモンバランスが一気に女性寄りに傾いて、一時的にではあるが子育てに特化した身体に二次性徴の時と同じように急激に変わっていく。 所謂、半女体化に近い。まぁ、子供の乳離れ時期になったら段々元に戻っていくらしいけど…そういう一連の急激な変化過程で体調を崩して、そのまま儚くなる事もままある事なんだとか。 一応、摘出手術という手もあるっちゃあるんだけど…そうすると体内の諸々のバランスやフェロモンの出力が乱れたり、それはそれで色々と不具合も起きるんだそうだ。身体的にも、精神的にも。 なんなんだこの四重苦。 やはり神様ってロクな奴がいないんだろうなって分かる良い事例である。死ね。 まぁ、そういう訳で……私に浮ついた話は一切ございません!!!!! 以上!!!!!! 正直、正気を保って生きてる事に精一杯だわ。自分でも発狂せずに生きてる事が不思議なぐらい。きっと性格的に、色々とあんまり深く考え過ぎないのが良かったんやろなって。 そんなこんなで恋愛にかまける余裕はねーべよ。そんなんにうつつ抜かすぐらいならちび達と戯れてSAN値回復に勤しむわ。 ……それに、あり得ないがもし私がヤッたとして…向こうに帰ったときに発生するようになった月一のアレをあの面子にどう説明するのかと。 ただでさえ職業柄、血の臭いには敏感な奴等だ。誤魔化すことなんてまず不可能。…無理。本当無理。耐えられない。新手の自殺に等しいわ。話を聞いた奴全員殺して私も死ぬしかないじゃない…(闇堕ち) でもまぁ、傍目からみりゃ女の子には好意的に接してるから…適度に遊んでる風には見えるんやろなって。本当は中の人的に同性と触れ合えるのが嬉しくて会話楽しんでるだけなんだけどね。 恋愛の対象ではないけど女の子は好きだよ! 可愛いし良い匂いだし柔らかいしね!! でも野郎は駄目だ。可愛くないしむさいし硬い。そういうことである。 おっと、話が結構ズレてしまったな。 「…ソイツは、強いて言うなら世話の焼ける近所のガキみてぇなもんだぁ。 ゔお゙ぉい、後の事は手筈通り頼んだぞぉ。 ルパン三世」 《わーってるってぇ! おめぇも、例の約束は忘れんじゃねぇぞ〜》 ルパン三世。 正式名称を、アルセーヌ・ルパン3世。 通話の相手は、かの有名な大怪盗アルセーヌ・ルパンの孫であり…世界を股にかける大泥棒だ。 特徴は、サル顔と私よりは少し小さな長身痩躯に派手なジャケットとがに股歩き。 ただし、変装の達人である為に顔や体格なんて情報は正直あまり当てにならない。この間は身長を縮めてジョッキーに成りすまし、麻酔で他の競走馬眠らせて儲けたって噂で聞いたし。…大きくなるのはまだ分かるけど、縮めるって何?? 能力は正直未知数だ。人に化けるのはお手の物、どんな物でもどんな場所からでも狙った獲物は必ず盗み出すその技量と並々ならぬ胆力、そして世界から愛されていると言っても過言ではない悪運の良さはまさに超人と言って差し支えない。 性格は至って自由奔放で天衣無縫…いわゆる、憎めないヤツって感じ。女好きで派手好きのスリル大好き人間。でもとっても紳士的だしわりと庶民派で倫理的なものはしっかりしている。ルパンの名にしっかり誇りを持っていて、義賊とか言われると怒るぐらいには“悪党”である事にポリシーを持っている所は正直好印象だよね。変に言い訳しない所が特に良い。ちょっぴりシンパシー感じるわ。 愛嬌があって表情がころころ変わるお調子者だが、義理人情に厚いしゲロ以下の悪党には並々ならぬ正義感を見せるような魅了的な人物である。 彼には3人仲間がいる。 次元大介、石川五ェ門、峰不二子の3人だ。 次元大介はハードボイルドな早撃ち0.3秒のプロフェッショナル。 銃器ならお手の物って感じのルパン一味の狙撃手であり…クールでシニカル、でもちょっとお茶目なルパンの相棒だ。 いっつも危ない橋を渡ろうとする相棒を突き放そうとするけど、結局付いていったりする面倒見がいい所があったり。あと確か、意外とロマンチストだった気がする。 痩せ型の猫背で目深に被った中折れ帽と顎髭が特徴的。よく煙草をふかしてる愛煙家…人柄は嫌いじゃないが、煙草臭いのは好きじゃないかな。 石川五ェ門は、石川五右衛門の子孫であり常人離れした身体能力を持つ居合の達人で、なんでも切れるという剣士垂涎ものの斬鉄剣の所有者。実際なんでも切る。 性格は一言で生真面目、二言でストイック。剣の道を極める為に日々修行に勤しんでいる、まさにラスト侍。常に和服で口調や思考も鎖国時で止まってるような所も相まって時代遅れと言われる事も多い。 時々その性格から、ルパンのやる事がくっだらないお遊びとかだと協力しなかったりするが…仲間思いの人情家だ。 峰不二子は…正直、仲間にカウントしていいのかちょっと首を傾げるほど彼らをよく裏切る。聞いてる話だと、一つの仕事の中で平均一、二度は裏切る。 抜群のスタイルと美貌を誇るが…その見た目に騙されるとエライ目に遭わされる事間違いなしの抜け目ない女盗賊。楽しさとスリルさえあればそれで良いルパンと違って結構獲物に固執するが… …まぁ、なんだかんだで「イイ女」ってやつかな。裏切っても毎回許されてるのがその証拠だ。…その、前世の2番目の姉と似てるから私は少し苦手だけどね。 ……なーんでこんな事急に語ってるのかっていうと、だ。…彼らは元々、怪盗キッドと探偵世界のように同じ青山神の手掛けている世界という訳でもなく… 本来であれば、この世界に存在しないはずの他作品の面子だからだ。…鮫隊長の私同様、元の掲載誌すら違う。 前世から彼らを知っている私からしたら、声を大にして言いたい。何故お前らが此処にいる、と。 確かに『ルパン3世』は設定に統一感が無いパラレルワールドな世界観が多い物語だ。だが何故、他作品にまで存在しているのか。 …まぁ、この探偵世界自体が既に色々入り混じってごちゃごちゃしてるから今更感はあるけどさぁ……これだから…これだからこの世界は……最近の狂いっぷりもそうだが、マジで限度ってものを考えて欲しい。世の中本当クソだわ。 最初に彼らと会ったのは、確か身体年齢が16の時だ。 院長が古い友人が来るから遊びに久しぶりに帰っておいでと誘ってくれて、警察学校の宿舎から孤児院に帰ってきたら…いきなり前世で見覚えのあり過ぎるサル顔が居て目ん玉ひん剥いたよね。 動揺して思わず握手するついでに手錠かけたわ。そういうのは彼らが帰るときにしなさいって院長に怒られてすぐ外したけど。いろいろと解せぬ。 一応彼らがこの世界に存在している事は、この世界を調べている初期の頃に新聞等で知っていた。 最初は私と同じように別の世界からやってきた者かと疑ったが、後から調べるとそうでもなさそうで…ルパンの家系も三代目当人も、彼をしつこく追う銭形のとっつぁんというICPOのルパン専任捜査官もちゃんとこの世界に根を張って存在していた。 …色々と思うところはあったものの……とにかくあの当時は度肝を抜かれたな。 …つーか院長、古い友人て。妙に交友広いのは知ってたけど一体何者… 《そういやオメー、確か今ヴェスパニアに居るって話だったよな》 「あ゙ぁ、この間もそう伝えたはずだぞぉ」 思考に沈みかけた時、唐突にそう言われて特に何も考えずにそう返した。せやで、ヴェスパニア王国やで。あまり大きくもなく小さくもない、長閑で平和な国だ。…最近ちょっときな臭いっぽいけど。 っていうかちゃんと覚えておいてよね…彼女を助けられたから、もう何でも良いけどさ…… ラムからの指令でこの地味任務に急遽、私が飛ばされる事が決まった時に超絶嫌な予感がしたからこそ急いで…それこそなりふり構わず信号機組とバックアップをお願いするなんて取り引きや、多少の無理はしてでも。 “主人公格”の貴方に、頼んだんだから。 「だからソイツを…… “宮野明美”をテメェに任せたんだろうが」 [newpage] 最初から、何か引っかかってはいたんだ。 志保ちゃんは確かに、組織に対して良い印象は持ってなかった。ただ、あの組織に小さな頃から居ただけで…表の世界に生きていけないのだと諦めきっていた女の子だった。 そういう、“諦めていた”女の子だったんだ。 どうあがいてもこの暗い場所からは抜け出せはしない。そう思っていて、反抗することすら考えつかないような…言い方は悪いが、組織に躾られ飼い慣らされた良くも悪くも従順な子だった。 だというのに、私がほんの少し覚えている原作知識での志保ちゃんは…飼い主である組織を裏切って主人公サイドに寝返る。 後ろ盾も殆ど無い…本来の立ち位置としては並の人よりも恵まれた生い立ちとはいえ、一般人である元高校生の死に損ない探偵…いや、流石に字面が酷いな…… まぁ、そんな毒薬を飲まされて運良く生き残っただけの現小学生主人公側に付くのだ。とてもじゃないが、臆病な彼女が取る行動とは思えない。 しかも…死ぬかも知れない毒薬を使って幼児化した状態で、だ。 ……いや、彼女はきっと元々幼児化の効果を狙ったんじゃないんだろう。 幼児化するのは極稀…殆どの人間は死ぬ。だからこそジンは殺すつもりで主人公にあの毒薬を使ったし、それで死んだと思われてるからこそ主人公は組織からノーマークの状態で反撃の機会を探ってる最中だ。 死のうとして、あの薬を飲んだんだ。 それは何故か。今まで唯々諾々と組織に命じられるがままに薬の開発を進めていた彼女が何故、そんな事をしたのか。 答えは、名探偵じゃなくても解ける。彼女があの暗い酒蔵で心の底から大事にしていたものは、たった一つなのだから。 彼女の最も大切な存在…姉の明美ちゃんが、きっと何らかの引き金になったに違いないのだ。 その事に気が付いた時には、ラムからヴェスパニア行きを告げられていた。全てが後手に回っていた。 ああ、赤井さんがNOCだとバレた時点で…いいや、そもそも彼女が赤井さんと付き合った時点で勘付いても良いぐらいだったし…是が非でも、私は気付くべきだったのに。 殆ど覚えていない原作知識の欠片を寄せ集めて、この事に気付けるのは恐らく部外者である私しかいなかったのに。 明美ちゃんは、きっと死ぬのだ。 明美ちゃんが死ぬから、きっと組織に殺されてしまうから…だから、諦めて淡々と従っていた筈の志保ちゃんが組織に反発するんだ。 自身の持ちうる強みを使って、薬の開発者という彼女自身の価値を使って組織に一泡吹かせてやろうと…自暴自棄とも言える行動を取ったんだ。 それで、彼女は自殺するつもりで毒薬を飲んだのに…意図せず幼児化し、主人公サイドの主要人物として原作の中枢に組み込まれ、表舞台へクローズアップされていく。 …分かっていた。赤井さんがNOCだとバレた時から彼女は組織に殺される可能性が高くなると。 でも、それが“原作に必要不可欠な流れ”だという事には気付いていなかったんだ。主人公出現前の組織壊滅が不可能であったように…部外者の私が、変えられないような事象かもしれない事に気付けなかった。 少し考えれば分かった筈なのに。…気付いたところで、私には変えられないのだ。 気付いた時には、もう時間は残されていなかった。 彼女がいつ死ぬかが分からない。 これほどまで、私が原作を読んでいなかった事を悔やんだ事は無い。読んでいれば、もっと早く何かしら対策を練ることが出来たかも知れないのに。 彼女は、赤井さんがNOCと発覚してからの2年間を生き延びた。 それはもしかしたら私の元お気に入りという宙ぶらりんな立場が命綱になっていたのかも知れないし、元々あった原作の流れなのかもしれない。けれど…ああ、やはりこれは原作での流れなのだろうよ。 主人公が物語にあるべき姿になった。原作が始まった。きっと、主人公と何らかの形で彼女は関わり…そして組織の情報をほんの少し主人公に伝えて退場するような、そんな立ち位置の[[rb:登場人物 > キ ャ ラ ク タ ー]]なのだ。 アニメや漫画、ゲームをある程度やっているオタは大体ストーリーの展開を読めるだろう? きっとそういう流れなんだ。 だって、この世界はそういうモノなんだから。 彼女はきっと、この世界に望まれた死を迎える。 …許さない。 絶対に、そんな事は許さない。 そんなクソったれな事があってたまるか。 諸伏さんは生きている。彼だって死ぬ筈だった。それなのに、彼女が生きられないなんて冗談じゃない。 彼女は、彼女達は私の大事な妹分なのだから。 だから、彼を巻き込んだ。“ルパン三世”の主人公である彼を。 原作の流れの所為で彼女を救えないのなら…[[rb:違 > ・]][[rb:う > ・]][[rb:原 > ・]][[rb:作 > ・]][[rb:で > ・]][[rb:塗 > ・]][[rb:り > ・]][[rb:替 > ・]][[rb:え > ・]][[rb:て > ・]][[rb:し > ・]][[rb:ま > ・]][[rb:え > ・]][[rb:ば > ・]][[rb:い > ・]][[rb:い > ・]]と思ったから。 私には、きっと変えられない。組織を潰せなかったように、どうやっても変えられない。 だけど、原作にいる登場人物は違う。 登場人物は原作に沿うように動く。その一連の流れが物語となるんだから当然だ。即ち、逆説的に言って原作を動かすのは登場人物…原作に干渉出来るのは彼らしかいない。 …だからこそ、部外者の私はこの世界の大筋に干渉出来ないのかも知れないが…まぁ、ここら辺を深く考えると体調が死ぬので割愛する。そもそも、この作戦を考えた時もマジ体調不良で吐きながら意識が落ちる寸前まで粘ったから…これ以上の地獄はちょっと…… 話を戻すが…原作の登場人物にしか原作は動かせない。でも、原作の登場人物は原作通りにしか動かない。 ではどうやって流れを変えるか。 …この世界には、探偵世界の他に明らかにおかしな混ざり物があっただろう。それは、度々出て来る主人公のライバルである怪盗サイドの主人公ではない。そもそも世界観的には同一である為、怪盗サイドは当てにならない。 ルパン三世の登場人物、その主人公格である彼を巻き込んだ。 …別世界から飛んできた私と違い、原作がおもっくそ違う癖に何故か世界が混ざって存在している彼ならばと…賭けたのだ。 ルパン三世を主人公として、私と取引を行い…彼女を救出するという“オリジナルの原作”の“種”を植えた。 元々、ルパン三世はオムニバス上等どころか年代別のシリーズで根本の設定も違ってくるような作品だ。探偵世界のように基本的な大筋の流れがあるものではない。 だからこそ、探偵色の強いこの世界でも関係なく混ざっているんだろう。 …いや、そもそもなんで混ざってるかまでは知らないけどさ……それ言ったら何で私がこの世界に居るのかさえも謎ですし……… そういう訳で…昔馴染みの私が依頼するという“種”を植え、それが呼び水となり彼を主人公として動かし…彼は自身の持つルパン三世という世界観ごと、これまで積極的に侵入しなかった探偵世界の原作に干渉する。 ヒロイン役に明美ちゃん、ヒーロー役にルパン一味。敵役は黒の組織。これだけで、ルパン三世サイドで探偵色優位のこの世界を塗り替える事だって出来そうだ。 …彼がいたからこそ、こうやって間接的に探偵世界の原作に干渉…いや、ねじ込めたようなものだろう。 ……分かっているとも。これが探偵世界の原作を崩壊させかねない事態になりかねないという事は。 でも、紅子ちゃんは言っていた。 黒き烏の群れが焼け落ち、剣帝が再び片腕を失いし時…彼方より飛来した雨を故郷へ導くべく、虹の紡ぎ手により異界の扉が開かれん……と。 よくよく考えたら……なにも、原作通りに終わらせれば…なんて一言も言ってないんだよなぁ? 重要なのは、組織が壊滅して私の片腕が再び落ちる事。彼女の予言はほぼ100%だ。 世界が違う原作サイドに塗り替えられたとしても、この前提が崩壊するとは思えない。塗り替えると言っても、もう既に世界は混ざっているから多分バランスがちょっと変わるだけだし…… そういう経緯で、私が日本を出る前に彼に任せた。 ……きっと、原作の頃合いも兼ねて鑑みるに…私の存在を除けて組織の誰かが、彼女を害するだろうなって気はしてた。 いや、気にしたらマジで胃潰瘍になりそうだったから…まさかねー、私が戻るまで何にも無いよねー? 公安に頼んでもいるし…でも一応ルパンには依頼しておこう。そして彼らのバックアップを信号機トリオにも依頼しとこう、そういう感じだった。 グロッキーで死にかけながらもがっつり考察して色々頭捻って立てた計画を実行しつつ、その肝心な実行時には精神安定のためになるべく考えないようにするとか…チキンここに極まれりだわ。予想も立てて対策もしてるのに、我ながら見苦しい事である。 で、見事にルパンは彼女を酒蔵から盗み出してくれた訳だ。 いやぁ……私がこの件で直接介入出来るんだったら、ジンやベルモットの前で明美ちゃんを私が直々に殺す幻覚作って偽装したかったんだけどね。楽ですし。 …にしても、ルパンの話を聞くに……恐らくラムのあんちくしょうが、10億円を奪えば妹共々組織から解放してやるって唆したらしいじゃないか。 本当、アイツロクな事しねーよな。アメリカの時に付けた部下の件といい、今回の件といい… ってか、上手く行けば志保ちゃんも一緒に組織から解放してやるから10億盗め、なんて…… まぁ、ツッコミの入れ所しかないよね。 解放だぁ? ンな事、組織がする訳ないじゃん。 もし使えそうならそのまま餌を吊るして飼い殺し、反抗的ならそのまま殺すだろうね。生かして解放するメリットなんて無いし。 裏社会に一度足を踏み入れたら、堅気に戻るのは容易ではない。…某人間好きの情報屋が言っていたように、過去って寂しがり屋だから。 きっちり清算しないと後から追って来て、TPOも弁えず構って欲しがるものだからさ…本当堪ったもんじゃないよね。まぁ、こういうのがあるからこそ[[rb:私達 > 暗殺部隊]]の仕事は無くならないのだけど。 原作の流れってメタなのは置いといて考えれば……組織としては、用済みになったのであれば少しでも情報を持ち合わせている明美ちゃんの生存は鼻に付く事だろう。 まぁそれでも、飲み終わったコーンスープ缶の奥にへばりつくトウモロコシの粒と同等程度なものだろうがね。潔癖だなぁ、そこまで気にしなくてもいいのに。放っておいても良くない? ……NOCの赤井さんを招き入れた奴に対する制裁っていうのもあるから、そうはいかないんだろうけど。 今回の件も、赤井さんを誘き出せればめっけもんぐらいの認識なんじゃないの? …むしろ、よく2年ももった方だと思う。まぁ、主人公登場に合わせて…なんだろうけどさぁ。 つーか、志保ちゃんはネームドとして組織の根本に近い所で研究をしてるから知ってることも多いし…少なくとも、あの子を暗い酒蔵から引き摺り出すのはまず無理だ。 日の下を笑顔で歩けるようになる為には、直接蔵を取り壊すしかない。…だから、そもそも一緒に解放なんて言葉自体嘘っぱちなんだ。 ……それでも、原作の明美ちゃんは信じたんだろうな。 どうせ、殺されると分かってても…万に一つの願いを込めて、やったんだろう。…この世界での彼女も、私という幹部の庇護下から放り出されて…それしか、縋れるものは無かっただろうしね。 ……三十路越えの大人が情けない。年頃の女の子1人助けられずに、支えてあげる事さえ出来ずに…独りで辛い選択をさせて、頑張らせて…何やってんだか。 NOCバレしたあの時は赤井さんを和田どんにしてやろうかとも思ったけど……それなら、私は和田かつになるしかないのでは? だってあの後、結局殆ど何もしてやれなかったし…今回だって、私じゃなくて他の人にお願いしないと助けてあげられなかった。 ……気付くのが遅かったら…あと少しで、殺してしまうところだった。 確かにさ、こんな時系列無視のクソみたいなループ状態ではあるけど……帰れる可能性が見つかった以上、私は絶ッッッ対向こうに帰るつもりだから…あの頃みたいに尖ったナイフな状態に戻らないといけないワケよ。 今みたいに日和ったままやっていけるほど、あの場所は甘くないし…ボスについていくには相応の覚悟が求められるのだから。 …だからこそ、だからこそだ。 この世界で後悔を残すような事はしたくない。 あの場所に帰って…この世界での出来事を「ああ、あの時こうしてれば良かった」なんて思いたくないし、そんな風に思い出したくない。 きっと帰ればもう二度とこの世界には行かないだろうし…私はあの場所で“S・スクアーロ”でしかないのだから。 …前世寄りの精神をきっちり封印して、作戦隊長としてそうあるべきであり… そんな風に此処での思い出を残すぐらいならマーモンにでも頼んで暗示をかけて貰って、記憶を消してもらった方が良い。…ウッ出費が……まぁ、必要経費必要経費… だって、こんな甘っちょろい事で一々物思いに耽るなんて鮫隊長らしくないにも程がある。 それじゃ、今後の任務に支障を来す可能性だってあるし…絶対、駄目だ。 私はNo.2で、ボスをちゃんと支えていかないといけないんだから。 きっちり満足いく形で終わらせないと…前に進み辛いもんね。此処でちゃんと後悔の無いように思うままにやりきって…“S・スクアーロ”に戻らないと。 だから、私はこっちで思うまま…… 向こうでは鮫隊長キャラが邪魔して出来なかった事を……帰るまで、思う存分楽しもうと思います(真顔) いやぁ、あの時の忌まわしいツンデレ事件と今回の件で完全に懲りたわ。まぁ、色々と仕方ない事ではあったんだけど… 変に隠そうとするから恥ずかしいんであって……最初からストレートに、正直に言ってれば疚しいものも気不味いものも何も無いんだよ。だって本心から思ってる事しか言ってないし。 前世の時から、いつだってそうしてきたし…うんうん、やっぱり似合わないツンデレはするもんじゃない。人は素直が一番。私の場合、思ってても口に出さない事が多いがね? 今回の件だって、気付いているのに何もやってなかったら絶対後悔してたし。いやぁ、あり得ないよね。だって明美ちゃんと今の私、7歳違いよ?…前世の妹と同じぐらいの歳の差だよ? これは……見捨てて進めてたら完全に引き摺る案件ですわ。性格全然似てないけど、妹分として可愛がってた分ダイレクトダメージが半端では無い。…どうしても、重ねて見ちゃうよねぇ……よし、救わねば。 つーわけで…今回ばかりは原作の流れに沿うって路線変更して、積極的に明美ちゃんを助けに行った。 原作を塗り替えるといった無理をしてでも、ルパンに協力を仰いだのは…そう思ったからこその行動だった。 やるからには全力で、90%以上の成功率をもってして行うべし。……今回は正直ほぼほぼ賭けみたいなものだったけどね。 詳しく報告を聞くに……やっぱり、公安の協力だけでは今回の件は無理があった。つくづく、ルパン側に協力依頼をしていて良かったと思う。 10億円盗んだ明美ちゃんが…いや、字面凄いな? あの雰囲気が仔犬のような彼女が本当にやってのけたのかと今でも現実味が薄い。……そこまで志保ちゃんと一緒に抜け出したいと頑張ったのかと思うと涙が溢れてしまいそうだ。それを踏み躙る計画をしただろうラムは死ね。 そんな強盗後の明美ちゃんに、ルパンは成りかわる形で化けたらしい。 ……ルパンでもあの組織を一々敵に回すのは面倒だと考え、そして信号機組のバックアップがある事もあり…死亡を偽装して、信号機組の本拠地と言っても過言ではない孤児院に匿う事にしたそうだ。 …探偵世界側の原作強制力と、ルパン三世側の主人公補正力の中間で折り合いつけて落ち着いた感じがするな。このままクソ組織が潰れても全然良かったんだけど…… とにかく……確実にあの子を殺したと組織に思わせるには、高度な変装能力を持ち、尚且つ襲われても躱して死んだフリが出来る誰かが彼女に化ける必要がある。 女の子に紳士的で優しい…裏社会に通ずるが基本的に倫理に反する事はしようとしないあの大泥棒が、メタ的な要素以外にも適任だったという訳だ。 …そうやって秘密裏に明美ちゃんと入れ替わって、ジンと対峙して死亡の偽装工作を行う。それ以外に不必要なことはしない。 その見返りに組織から横取りした10億はそのまま追加報酬で、プラス私との取引で元々報酬として約束していた…元の世界に戻ろうと情報収集している時に見つけた、彼が好きそうなスリル満点の秘宝情報を受け取るって事にしたらしい。 ……いや、10億の件はちょっと遠慮して欲しいんだけど…… 腐ってもイタリア産NOCの私が、極めて個人的な理由で大泥棒に人助けを依頼したせいで日本の財政に打撃が出たなんて…降谷さんに知られたら殺されるぞ…… イタリア産NOCだと知られなくても、絶対なんらかの報復を受ける……どうか元の世界に帰るまでバレませんように…… 私が元の世界に帰った頃には、遅かれ早かれ孤児院に匿ってる面子はそれぞれ自身の居場所に帰っていくからね。ずっとバレないって事は不可能だろうし…… そんな風に、この件の発覚が遅れる事を祈っていると…珍しく祈りが通じたらしい。 《おめーがそこに居るのっては大方、あの不思議鉱石の調査だろ? ……なぁ、見つけたらこっそり俺にも分けてちょーだいよ。 いやぁ、今回頼まれてた子はさっき説明した通りに回収出来たんだがなぁ…もー! 妙に公安に追っかけ回されちゃって大変だったんだかんな〜! 白のRX-7に乗った派手な野郎に散々引っ付かれて、結局こっちは魅力的な追加報酬がパーになったんだぜ? 報酬、他にもうちっと弾んでくれても良くねーか??》 「……」 ジェバンニが一人でやってくれました。 凄い男だ……いやマジで。 多分…いや、原作の強制力かも知れないし…まだ連絡取ってないから分かんないけど…… おそらく、私との約束を守って明美ちゃんを注視してたのかも知れない。 そのお陰で…死んだふりをして組織の目を欺き、明美ちゃんと10億を回収したルパンの存在に気付いて……って感じなのかな…?…その……えぇ……?? 痒いところに手が届き過ぎて困惑すら覚える。ヤベェな降谷さん。ぐう有能。 なんだか妙にジワジワきて、電話越しに笑い出しそうだ。多分、度重なるメタ考察の体調不良と精神疲労でハイになってるわ。ははは。 でもいきなり笑うなんて、依頼を受けて頑張ってくれた相手に失礼なので堪えていると…何かに気が付いたように怪訝そうな声を出すので、思わず吹き出してしまった。不意打ちとは汚いな流石泥棒汚い(風評被害) ああ、良かった。他人様の財布で取引した結果にならなくて。勝手に漏れ出る笑い声を控えめに抑えつつも言葉を返す。 なんていうか……ゴメンねぇ、ルパ〜ン♪(イメージCV:峰 不二子) 《…あり? もぉしもぉ〜し》 「くっくっ、そうかそうか。 別に良いぞぉ、テメェならあの石を変な使い方しねぇだろ。あの日本好きに追われるなんて大変な目に遭わせたし、悪かったなぁ」 《…もしかして…な〜んか図られてた感じだったり〜…?》 「ゔお゙ぉい、人聞きの悪い事言ってんじゃねェぞぉ。ただ、公安にもソイツを保護するよう依頼してただけだぁ」 《はぁ?! ちょっとちょーっと…なんちゅー情報伝え忘れてんのよ!? 聞いてねぇぞ〜、そんなのー!!》 「いや、俺もまさかこうなるとは思って無くてなぁ……まァ、情報はきっちり渡すさ。鉱石も一つはつけてやる。 でもまぁ、10億の件は俺も初耳だからなぁ……お前、俺の本来の職業忘れた訳じゃねェだろぉ。こう言っちゃあなんだが…欲張った方が悪い」 《にゃにをー?! 泥棒は欲張ってなんぼじゃい!》 そりゃそうだわなぁ。やいのやいの言ってる電話越しの相手を適当にいなしつつ、今後の事を考える。 とりあえず、ルパンと明美ちゃんの件を詰めた後はちゃんと降谷さんに連絡取らなきゃ。報道とか病院での死亡確認偽装とか、公的な面でカバーして貰いたいし… つーかそもそもルパンと私が通じてるって分かってるかな?……分かってそうだなぁ…ルパンに明美ちゃんを拉致られたって思ってたら、素早く連絡してきそうだし…… と、いうか…何で国際的な犯罪者使って明美ちゃん救出してんの? 公安と取り引きしたやん? 危うく10億取られそうだったんですけど???って怒られそう。いや、私も10億の件は初耳なので許して。でも一応謝っとくわ、ごめんやで。 でもまぁ、ルパンにもさっき言ったけど、他所様の金で交渉するのは流石に…しかも端金ならまだしも10億はちょっと、所属先にバレたら消される理由が増える事間違いなしなので。ははは、ルパン君には悪いが諦めてくれたまえ。 …しっかし、本当後で一番面倒そうだな…降谷さん。 彼的には犯罪者の手を借りるんじゃなくて、公安の力だけで済ませたかっただろうし…相当機嫌を損ねそうだなぁ。 久々にめっちゃ不機嫌そうな声が聞けそうだ(聞きたいとは言ってない)。 最近は優しい労わりボイスばっかだったからヒェッてなりそう。絶対この声がこれ公の時の声だって確信出来る声色だと思う。普通に恐い。 一応、ルパンが明美ちゃんを孤児院に送り届けた後に彼を捕まえようとしても構わないからと何とか言い包めて納得して貰おうかな……久々の口プロレス本ッ当しんどいだろうなぁ……今から憂鬱だわ。 そもそも、戦闘漫画出身の私が推理漫画の主要人物と張り合うのって結構キツいんだから…あんまり頭を使わせないでよね…… この電話の後に連絡入れるつもりだけど、チクチク嫌味言われそう……恐いなぁ…やだなぁ… ……まぁ、話を聞く限りはそんなこんなで…… 10億奪取して組織を出しぬき、明美ちゃんを死んだ事にしてそのまま彼女を連れて逃走しようとしたルパンは…執念深く追ってくる公安相手に10億を捨てて、最初に頼まれたか弱い女の子をとった訳だ。 …これだから、彼は多くの者に愛されるのだろう。 銭形のとっつぁんが、奴はとんでもないものを盗んでいきましたと言うのも無理はない。「あなたの心です」、ンッン~名言だなこれは。心ほど、奪い難いものはないからね。 《ぐぬぬ、初対面で手錠かけてきやがった警察学校のガキが生意気言うようになりやがって… でもま、こっち側の世界に溶け込んでるようで何よりだ。…あんまり危ない事してマードレを心配させんなよ?》 「っるせェ、ガキ扱いすんじゃねェよ。もう32だぞ俺ぁ」 《いやぁ、あの時の美青年も今はいい年したオッサンたぁ月日の流れは残酷だぁね!》 「ゔお゙ぉい、ウゼェぞぉ!! そういうテメェは、」 ……あれ?? ちょっと待って? そういや私が16の時に会って、今で32でしょ??…少なくとも16年は過ぎてる訳だよね。 あれ? あれあれあれなんで彼ら全然老けてないんだ? 若作りにしてはおかしく無いか?? わりとお年を召してる院長と「古い」友人って、そもそも彼らは一体“いつから”この世界に存在し t t t t t t[newpage] あ、駄目だ。 久々に不意打ちで触れちゃアカンやつに触れたパターンだコレ。 頭痛と耳鳴りが酷い。目の前がグルリと回り、急激に意識が遠退いて…木から身体がずり落ちそうになるのを必死で耐えた。 鍛錬後のものとは違う、身体中から噴き出すようなじっとりとした嫌な冷や汗で服が身体に張り付いて気持ち悪い。 まずったわ、少なくとも今此処で考えるべきではなかった。 桜の優しい色合いと香りだけが不快感でささくれ立った神経を優しく慰める。ただそれだけに意識を集中させるようにして、さっきの思考を強制的に頭の隅に追いやった。 なるべく考えないようにする。…これが一番、回復が早い方法だから。 落ちかけた時に同じように落としかけた携帯を、冷や汗が滲み爪先の冷えた震える手で通話中の相手と話を続ける為に握り直した。 ……全く、今回の作戦考える時にどんだけコレを繰り返した事か…もう美味しくもない天丼は食らいたくないですわ。 《?、おい、どうかしたのか? 急にだんまり決め込んだかと思えば妙な雑音立てやがってよ》 「…ッ、ンでも、ねェ……ただの、発作だぁ……」 《……おいおい大丈夫かぁ? 一度デケェ病院で診てもらった方が良いんじゃないの? そんなんで仕事出来んのかよぉ、身体が資本って良く言うぜ?》 「問題、ねェ……今回のは…久々だから、別に……そこまでじゃ、ない…」 ついでにと言わんばかりに込み上げてきていた吐き気をどうにか宥めながら、つっかえつつもそう返す。 そもそも今回ヤバくなったのはオメーらの事考えたせいってのもあるんだがね??…まぁ、勝手に世界の深淵覗いてSANチェックした私が悪いんだけどさ。 そっかー、不老とかそういうのは考えてなかったなぁ…しかも私、結構昔から関わってるのに今の今まで全然気付かなかったわ。うわー、SANチェック失敗した気分。クソ過ぎ。 今までこの世界ヤバいヤバい言ってたけど…まだヤバいものがあったわ。あっはっはっは、マジでいい加減にして欲しい。本気でキレそう。 確か、この探偵世界よりルパン3世って歴史が長かったし…それに、パラレルワールド色が強いなんて、ヤベー特性まで持ってる。 ……探偵世界の時間軸無視ループ現象でさえキツいのに…本気でこの辺深く考えないようにしないと、多分もっと酷い目に遭うぞコレ。 あー…むしろ今気が付いて良かったかも……本当もう、勘弁して…ストレスで10円ハゲとか出来たらどうすんだよ……帰った時、絶対ここぞとばかりに他の幹部連中が馬鹿にするだろ… 一応林檎フランはまだ六道ナップルの所だからいいとして、ベルとかレヴィとか……ルッスの心配は所詮ほぼ口だけだし、マーモンは何かにつけ金に絡めてぼったくろうとしそうだし……ボスにも笑われるかも…… 「…(そ、想像だけでも嫌過ぎる……)」 げんなりしながら、体調を落ち着けることに集中していると……此方に人が向かって来るような気配を感じて咄嗟に不可視の幻術を張り、更に桜の木の上方部へ上がって姿を隠した。 現れたのは、桜と同じ淡い桃色のような珍しい赤毛の女性。 ……ちょっと待て、彼女は… 「ゔお゙ぉい、王族かよ…面倒だな……」 私が今いる木と同じ桜の名を持つ、この国の……ヴェスパニア王国の、サクラ女王陛下だ。 本当に桜が好きらしい。美しいものを眺める穏やかな顔付きで木を見上げる彼女に、思わず眉を潜めてポツリと小さく呟いた。 王族が来てるって事は、いつもより警備が強化されてるって事だからね。いやぁ、帰るのが面倒臭くなりそう…… 《あん? 王族だぁ?……誰だ?》 別段聞かせる気も無く私が零した言葉を、受話器越しに拾ったらしいルパンが怪訝そうな声を出した。何? 気になっちゃう系?? 電話越しだけど綺麗な女性の気配を感じたとでもいうのだろうか。それはちょっと筋金入りが過ぎるのでは…? シャマルさんかな??? あの人、嵐のリング戦の時にスクアーロやってた私の中身にちょっと勘付いたような素振り見せやがったからね。すぐに気の所為って思ったっぽいけど。あれは流石にドン引いたなぁ… 「女王だ。…知り合いかぁ?」 《あー昔、ちょっとな……おめぇから例の鉱石も手に入る事だし…そういやあんな約束もしてたし……王冠共々、久々に会いに行こうかねぇ?》 「テメェの交友関係は一体どうなってやがんだぁ…… ……あ゙?」 姿を消している私に向けられたものではないが、背後から…欲と悪意に満ちた、おおよそ雇われのものではないお粗末な殺気が感じられた。 ……気配など読み取れない素人には分からないだろうが、裏社会に長らく身を置く者なら難無く感じ取れるであろう未熟なものだ。 感じ取った方向へ目線を移せば……あれは、確か王弟ではなかったか? ……ああ、なるほど? 全く、王族っていうのは名ばかり華やかで…実際は血生臭い奴しかいないのかね? うちの切り裂き王子みたいにさぁ… 「チッ…ゔお゙ぉい、切るぞ。王族のお家騒動だ。 詳しくは明日のニュースでも見て事情を察してろぉ。石川によろしくなぁ」 《は? おいちょっと待、》 何か口に出す前に電話を切った。 ああは言ったものの、昔馴染みっぽかったし…後でことの詳細を伝えよう。…メタ目線で言ったら結構ハードな依頼を受けて貰ったしね。私にやれる事はしよう。 しかし、切ってすぐに新たな着信が来た。 …が、今度はルパンではなく… 「げっ……」 着信表示にバーボンの文字。私が普段は組織用の携帯しか持ち歩かない事を知っていて、かけてきているのだろう。 後で掛けようと思っていた手前、出たい気持ちは山々なのだが……緊急事態だからゴメンね、と出ずに切った。 …マジで後が恐い。いやぁ、今日は厄日かな? もしや私、今日の運勢最下位だったりするんだろうか。ラッキーアイテムは桜とかだったら良いんだけどな… そんな下らないことを考えつつ…“とある人物”の幻覚を纏って桜から飛び降りたと同時に、女王の背へ向かって放たれた凶弾を斬り捨てた。 ギンッ、と鉄同士が互いを反発させる硬質な音を響かせて二つに別れた銃弾は、彼女の足元の地面にめり込む。 「えっ…? ……!、あ、貴方は一体…?!」 「話は後!! 足元を見ろよな! お前、いま狙撃されたんだよ! 向こうの岩場に隠れてろっつーの!!」 「そんな…!?……っええ、分かったわ…!」 振り返った女王が驚愕を露わにした事を背に感じつつ、普段の自分とは似つかないアルト寄りのウィスパーボイスを張り上げた。視界を覆う金色の髪がうざったい。 クッソ、幻覚の人物選択ミスったな。王族イコールで連想するんじゃなかった。アイツよくこんな視界で動けるよな…! 女王を背に庇いつつ、相手が居るであろう狙撃位置から死角となる岩場へ急がせた。途中、追加で放たれた弾を弾く。 ……畜生、さっきの異世界SANショックが尾を引いているのか動きがいつもより鈍く感じる。…いや、きっとさっきのだけじゃないわコレ。最近の蓄積された諸々が今ちょっと来てる感。 控えめに言ってクッソ気持ち悪い。あんまり動き回らせんといて…! …うえっぷ…… こ、この姿でマーライオンはらめぇ…!! 狂乱王子に殺されちゃうのぉ…!! しかも…こ、こんな時に限って……! 「お母様ッ!!」 「!!、ジル、来ては駄目ッ!!!」 なんっで、王子殿下までいらっしゃるかなぁ?!?! 狙撃相手の射線上を突っ切って来るようにして、近くの木々の間から奇しくも今私が姿を借りている切り裂き王子…ベルフェゴールの双子の兄と同じ音を持つ、ジル王子が母の方へ駆けてくる。 …今狙われてる所なのに、駆け寄って来るアホがいるかァ! 母親が心配なのは分かるけど、軽々しく命を敵に晒すような事してんじゃねぇ!! 死んだら駄目な立ち位置の人間だって自覚あんのかぁ?!! ちったあ王族としての役割とかもちゃんと考えろよ!! うちの堕王子とは違ってまともなんだから、そこらへんしっかりしろ!!!!!! 体調不良も相まって阿鼻叫喚の脳内で叫びたくなる衝動を押し殺し、諸々の感情を全て舌打ちに込めて口をへの字に曲げる。 …あー、もー……頑張ってやるっきゃない…! 「来るんだったら来るで、さっさとママの所にでも隠れるんだぜ!」 此方に駆け寄ってくる王子の元へ私も走った。女王はもう岩場に居るし、後はあのおバカを保護すりゃ後はどうとでもなる…! 王弟も計画の破綻を恐れた上での焦りからか、身を隠す事もやめて立ち上がり…銃口を、王子へ向けた。 ヤッバい、あの位置じゃ盾になって銃弾を弾けない。そんでもって体調不良のせいで身体が重くていつもの速さが出ない。んええ、しかもさっき落ち着けた吐き気がぶり返してきて辛いぃ…!!(半泣き) クッソ、間に合えよ…! 念の為と、いつも持っている小型ナイフを取り出す。本当、持ってて良かった。有幻覚は動けないぐらい集中しないといけなくなるから、こんな所じゃ使えないしね… 仲間の小技ぐらい、多少クオリティが落ちても原理が分かってれば再現など容易い。鮫隊長のヴァリアークオリティ舐めんなよ…! まぁ、あの精密さを真似するのは流石に無理だし、例のオリジナルナイフとは形は違うけど…ねッ!! ビュオッ、と風を切ってナイフが開けた距離を物ともせず王弟の元へ向かう。王子のハート(物理)から狙いを逸らすために刺さればいい程度で投げた為、正確性なんて二の次だ。 投げたナイフは王弟の肩にクリーンヒット!! イェーイ真似っ子でもこのクオリティ! 本当は銃持ってる方の手を狙いたかったけどね。うしし、ヴァリアーのNo.2さっすが〜!! が、 「ぐ、カハ…ぁ……!!」 「いやぁあ、ジルーッ!!」 「ゲッ、マジかよ…!」 肩を刺されて体制を崩したというのに、王弟が根性で撃ってきやがった。 放たれた弾は見事王子の右胸を貫いて血飛沫を舞わせた。心臓からは狙いが反れたらしいが…それでも致命的なものになり得る傷だ。ムカつくけど良い腕してんな。 ドサリと倒れ伏した王子の元に駆け寄って、傷口をグッと圧迫した。 あー、畜生…血が止まらない。こりゃ早く処置しないと失血死だわ。…つっても、ここ王家私有林だしな……街の病院まで保つか?? そして、まだ狙って撃ってきやがるその根性をどうして他に回せないのか…王子を庇うように応急処置を施す私に向かって、王弟から再び放たれる銃弾を片手に持った剣で軽々といなして見せた。効かねーから。ウザいし止めろコラ。 「おいお前! オレがコイツ見てっから、絶対そっちから出てくんなよ! 連絡手段があるなら応援を呼べ!!」 一応、女王に声を掛けておく。これで飛び出してきて狙われたら元も子もない。 女王もそこら辺はちゃんと理解してくれていたらしく、嗚咽を漏らし涙を流しつつもコクリと頷いて岩陰に引っ込んだ。 そうだ、それでいい。アンタは母親の前に国背負って王様やってんだから…どんだけキツくても耐えなきゃいけない。 きっと、この犯行は王弟のみ…もしくは少数で行われているものだろう。他にも多くこの件に関わっているのであれば、王弟自ら手を汚さずとも良いわけだし…それに、私という邪魔が入った時点でもっと敵が増えていなければおかしいからだ。 女王に呼びかけたその声を聞いてか、王弟が逃走する。…どうやらビンゴっぽいな。女王が呼びかけて来るのが自分派の仲間なら、逃げる必要は無いもんね。 一安心か。王弟の視線や気配を感じなくなった所で、女王に此方に来るよう促した。遠くに居られるより近場に居る方が守りやすい。 はらはらと涙を流しながら駆け寄って来る彼女に胸を痛めつつ、溜め息を吐かずにはいられなかった。 で、どうしようか。コレ… [newpage] 前作とは結構違ってますね。ですが、スク()の考察で大体は合ってます。 この世界の構造、というか大体の関係性はこんな感じです。まだ明かしていない所もありはしますけど…… スク()が明美ちゃん達に固執する理由や次回サクラ女王達に味方する理由の補強がしたかった… 前作にはあったノア君の活躍はまた次回。彼の見せ場は犠牲となったのだ。犠牲の犠牲にな… また、矛盾点や誤字脱字等御座いましたらお知らせ下さいませ……!! 幻術でベルに成ってるスク() 明美ちゃん救出を大泥棒に委託した。DC色が基調のこの世界を、ルパンを動かして塗り変えようというとんでもねー事をやりかけた。DC×復活クロスなのにお前…何を……剣友の石川さんと親しい。この度ルパン関係でこんなおかしい事に今まで気が付いて来なかった事に対してSANチェックし、不調のまま色々頑張ったけどやっぱ無理あったわ…どうしよコレ状態。 主人公格の一人、ルパン三世 突然、古馴染みのとこにいた不思議な銀髪のガキから仕事の取り引きがあってちょっとびっくり。盗む事に美学を見出す大泥棒としては、取り引きとか微妙だったけど…まぁ、内容としては悪くなかったし、何より仲間の良きライバル兼友人が助けを求めているし、古馴染みの所の子供だから頼まれてやるかと軽く引き受けたら色々とエラい目に遭わされた。でもちょっと楽しかったから本当はあまり気にしてない。切られた電話先の状態がめっちゃ気になってる。 電話かけたら出ずに切られた降谷さん 激おこ。最近心配していた友達(協力者)が漸く復活したと思ったら急に国外に飛ばされて、しかも助けたがってた子が処刑されそうになって、さらにそれを勘で察知した友達(協力者)がどんなツテを使ったのか大物犯罪者の協力を取り付けてきて……すっごく、面白くない。一体どんな関係だよ。絶対捕まえて宮野姉を確保した後、洗いざらい吐いてもらうからな…と、執念深く追っかけ回して10億は取り返した。本人的にはそうだけどそうじゃない感。電話も切られたし…ぐぬぬ。 弟と息子の狩猟に付いて来た女王 ヴェスパニア王国のサクラ・アルディア・ヴェスパランド女王陛下。自身の名前と同じ桜の木が好きで、自然を愛する優しい女王様。この度実の弟に命を狙われ、突然現れたティアラの目隠れ青年に助けられたけど息子を撃たれて気が動転してる。 叔父と母と狩猟に来ていた王子 ヴェスパニア王国のジル・カウル・ヴェスパランド殿下。奇しくもベルの双子の兄と名前が似てるが、狐も狩猟するフリをしてワザと外して逃すぐらいなので性格は絶対似てない。この度実の叔父に命を狙われて、母を心配するあまり駆け寄って撃たれた。 ↓以下、本来のルパコナ1ネタバレ注意!!!↓ 王弟の誘いでハンティングで林に来ていたサクラ女王とジル王子。本来であれば彼処でサクラ女王は死んでいます。で、ジル王子が間違ってサクラ女王を撃ってしまい、絶望したジル王子が自殺した、と見せかけて王子も殺してしまうんです。全ては王弟の陰謀。 王弟はこの度国内で発見された、いかなる電波や電磁波を吸収する性質を持つ対レーダーを完璧にする軍事的に素晴らしく魅力的な鉱石を使えば、国をもっとデカくできると考えていたのですが…自然豊かな国を愛する女王はこれに反対。それで、こんな腑抜けた王が国を治めるぐらいなら自分が…と実の姉と甥を殺す訳です。だけど、このハンティングでついていかなかった唯一の生き残りがいた訳で…まぁ、次にこの子狙いますよね。 その生き残り、王子の妹である人物こそが次期女王となる事になってしまうんですが…この王女、なんと小五郎のおっちゃんや主人公君が間違えそうになる程度には蘭ちゃんにクリソツなんです。 で、一度に二人も大好きな肉親を失ってしまった彼女は心に余裕がなく…しかし、世間はそんなの御構い無しで外交の為にわざわざ日本まで来てパーティーに出なきゃならなくなるのです。半ば自暴自棄気味の彼女は、パーティーで起こった毒殺未遂の騒ぎで遂に逃げ出して…それから、自身に瓜二つな蘭ちゃんと入れ替わって……それからまぁ、ルパンとコナン君がすんごく良い感じにクロスして色々と起きるんです。色々と。みんな、みんなキャラが…良い……!!! みんなルパコナを観よう!!!!!!!!!
2/20 修正済です。修正前もうpしてますのでご覧になられる方は不憫鮫シリーズ番外編へどうぞ…<br /><br />貧弱警官オタ趣味喪女→復活スクアーロ成り代わり→オメガバース有DC世界トリップ→??→??→??→??<br />そんな話。<br /><br />ルパコナです。ルパコナ回になります。そして続きます。ルパコナをまだ見たことないネタバレ嫌いさんはTU●AYAかGE●に行ってルパコナを観ましょう。楽しいぞ!!!…すみません。<br />ちょくちょくスク()が補足入れてるけど、ナチュラルに捏造してる所もあります。鵜呑みにご注意下さい。<br /><br />*この作品はクロスオーバー・成り代わり・トリップ・オメガバース・女→男の転生等が地雷な人は見ない事を固くお勧めします。<br />*筆者はコナンは95巻まで読了済、劇場版視聴済ではあるがアニオリやその他の番外編等は把握出来ていない為、公式を知らずに捻じ曲げる可能性があります。<br />*此処でのDC世界は大元のコナンは勿論ですが、まじっく快斗・ルパコナ要素を含みます。ので、時折予告無しにヒュッと顔を出したりします(出来る限りその都度補足を付け足す予定です)<br />*ついでに、クロスオーバー元の一つである復活での用語や内容を多分に含みますので、かの作品自体に理解がないと楽しみ辛いと思います。(例:7³、匣兵器、死ぬ気の炎)<br />*オメガバース設定が少し特殊(男Ωにも穴二つ、女αの象さんはスリット式等)です。その都度説明は必ず入れますけど、割と細かいのでちょっと面倒かも。作者が準フロム脳患者だから仕方ないね。<br />*極力出さないようにはしますが、オリキャラが唐突にでしゃばります。一応あとがきでちゃんとオリキャラだと少し補足しますが、苦手な人にはオススメ出来ないかも…<br />*主人公と世界の特性上、過度な俺TUEEEE展開は望み薄。TUEEEEけどあんま無双出来ないから通常パートだと窮屈そうに見えるかも知れない。あと、コンセプト通り基本的にやや不憫なので鮫隊長モンペには苦痛かも知れないです。<br />*特にアンチ・ヘイト展開は筆者も好きじゃないのでならないよう心掛けて書いてるつもりですが、もし少しでもそうだと感じましたら早めにお気に入りの小説をお読みになってこの駄文は忘れる事を大いに推奨します。引き返すんなら今のうちやで<br />*突然のトンデモ設定や捏造が既存キャラや世界観を襲う──!! 無意識の捏造とは違ってやる時はその都度あとがき補足するつもりですのでご安心(?)下さい。(例:異世界感出すためにDC世界では東京ではなく東都になってるとか、安室さんとの二面性を出す為に降谷さんの一人称が俺とか)<br />*うろ覚えな所も多々あるので、知らずのうちに捏造してたりとかあるかと。ここはこうやでって言う訂正部分はじゃんじゃん教えて欲しいです。マナー的につけた方がええでタグとかも是非お願いします。羞恥で死ぬ。<br />*作者はシャイで中途半端な完璧主義者なので、途中気に食わなかったら既に投稿してる作品でもコソコソ手直しするようなメンドクセー野郎です。最新話であれ、これ矛盾してね?って思ったら前の話が修正されてる可能性があります。すみません。<br /><br />それでもええよ、と菩薩の如き広い心の持ち主は、どうぞ苦笑してお読み下さいませ。
不憫な鮫(偽)は奇妙な縁と運を持っている
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[chapter:5]  士郎と桜が訪れてまもなくするとこの土地でもそこここで桜がほころび始めた。 「おばあさまが桜前線を連れてきたのね」  口元をほころばせながら葵が少女趣味な事を言う。 「あら、素敵なことを言うのね」  休日になって、皆で花見に行くことにしたため桜と士郎はお弁当を一緒に作っている。どちらも素晴らしく料理上手で、滞在中はなにかと料理を作りたがる。葵も雁夜も、幼い頃から二人の料理が大好きだから、素直に料理を任せ、手伝いにまわっていた。さすがにキッチンに四人も入れないからだ。  桜と士郎が競うようにして作った料理を重箱に詰め、皆で湖に向かう。花見の時期はいつも思ったよりは寒いものだが、今日はよく晴れていてそれほど寒いとは感じなかった。  湖のほとりには桜の樹が一本だけ植わっている場所がある。雁夜が小さかった頃から既に大木だった桜が今年も満開になっていた。  花見といえば、大抵の者は少し遠方のもっと桜がたくさん植えられている公園に行くから、ここは雁夜たちにとって、とっておきの場所とも言える花見スポットだ。  ゆっくりと食事をとり、時折ちらちらと降る桜の花びらを眺めながら談笑する。いくつになっても女性はおしゃべり好きだから、葵と桜は飽きることなく話し続けているが士郎はどことなく眠そうだ。  雁夜は持ってきたカメラバッグを手にとると立ち上がった。 「俺、写真を撮ってくる」 「気をつけてね」 「先に帰ってていいよ。どのくらい撮ってるかわからないし」 「夢中になると、いつもこれなんだから……父親に似たのね」  葵が苦笑交じりに溜息を零す。だからといって別段不満そうな様子はない。どちらかといえば、遊びに夢中な子どもを仕方ないと甘やかすかのような表情だ。雁夜は軽く肩を竦めた。 「写真のレベルは似ても似つかないよ」 「あら、でも私は雁夜の写真が好きよ。綺麗に撮れたらまた見せてね」  桜に微笑まれ、雁夜はうん、と頷いた。  桜は昔、あまり写真に撮られるのを好まなかったが雁夜にだけは素直に撮らせてくれる。どんな写真を見せても「綺麗ね」と褒めてくれる。身贔屓だとしても、嬉しいものは嬉しい。  しばらく湖のほとりをうろついて写真を撮っていた雁夜の耳に、がさりと物音が届いた。この湖は観光地でもないし、ひっきりなしに人が訪れるような場所ではない。だからというわけではないが、今回は、予感があった。  ――草をかきわけ、現れるのは、彼だと。  果たして、予想に違わず雁夜の目の前に姿を現したのはランスロットだった。風にちぎれた白い雲が流れる淡い水色の空の下、長い紫紺の髪を揺らす美丈夫はまるで一服の絵画のようだ。 「ベンウィック先生」 「こんにちは、雁夜」  にこりと笑いながら、ランスロットもまた特段驚いた様子もなくそう言う。まるでここで雁夜に会うのが必然だったかのように。 「こんにちは」 「――ランスロットでいいですよ、雁夜」  呼び名などどうでもいいだろうに、ランスロットは以前授業で言った事を繰り返す。  雁夜はそのままこの場を立ち去ってしまおうかと思った。でも、なぜか足が動かない。ランスロットがその場に立っているというだけで立ち去りがたい気がしてしまう。  一人、残されるのも残るのも――寂しい。  もやもやとした感情に無理矢理名前をつけるとすればそうとしか言いようがなく、雁夜は自分で自分の気持ちに困惑する。  ふと、ランスロットは雁夜が持っていたカメラに目を留めて尋ねた。 「写真がお好きなのですか? 以前も、カメラをお持ちでしたね」  そうだ、あの時もこんな風に写真を撮っていて、ランスロットと出くわしたのだ。月の夜の湖。あの夢の騎士にどこか似ているようで、でもこうして間近で顔を見ても確かに思い出すことが出来ない。 「ああ……うん、はい、好きです」  ぎこちなく返事をする雁夜にランスロットがどことなく寂しげな表情をする。 「あの、ベンウィック先生は――」 「ランスロット」 「……ランスロット先生、は」    その名を口にして、雁夜は不思議な気持ちになった。  なぜ、ランスロットの名を呼ぶ度に懐かしいような、申し訳ないような、胸苦しさに襲われるのか。  教室にいるときも同じような気持ちにはなったが、今、ここで湖を背に立っているランスロットを見ているとその思いは強くなるばかりだ。  そこで言葉と止めてしまった雁夜に、先を促すかのようにランスロットが柔らかく問いかける。 「雁夜?」  本当は、ランスロットのほうがずっと年上で、教師という立場を考えてみても雁夜にとっては目上の人物にあたる。それなのに、ランスロットはいつも雁夜に対して敬意のこもった礼節を弁えた態度をとる。  まるで主君に忠誠を誓った騎士のように。 「えっと、あの、ランスロット先生はどうして、ここに? 今日も散歩ですか?」  初めて会った月夜の晩も散歩だと言っていた。確かにあの日は月が美しかったから、湖のあたりを散策したとしてもそれほどおかしくはない。だが、そうでなければ観光地でもない、雑草の生い茂った湖のほとりなど誰も好んで近づいたりはしないだろうに。花見をするにしても桜の樹はここから大分離れた雁夜たちが元々いた場所に一本植わっているだけだ。 「湖が好きなんです。昔、私も湖の側で育ったので、懐かしい気持ちになるというか」  その言葉を聞いて、雁夜は自分でも思わぬ言葉を口にしていた。 「――そういえば、同じですね」  不意に記憶が蘇る。  そうだ、父がよく雁夜に話をしてくれたおとぎ話に出てきた騎士の名前だ。王と王妃と騎士の物語。 「え?」 「ランスロット……先生の名前って、アーサー王伝説の騎士、サー・ランスロットと同じでしょう? 湖の側に住んでらしたのなら、そこから名前をとったんですか?」 「え、ああ……そう、かもしれませんが」  今度は、雁夜の言葉を聞いてランスロットが幾分ぎこちない表情で首を傾げた。雁夜は何かまずいことを言ってしまったかと、不安になる。 「サー・ランスロットの名を出されたのは二回目ですよ。一人目は、レディ・トオサカからでした」  ランスロットの面から、いつもの穏やかな笑みが消えていた。じっと、何かを確かめるかのように雁夜を見据えている。深い灰色の瞳が笑みを消すとこんなにも冷たく厳しいものになるのか、と雁夜は思った。 「凛さんが」  喘ぐように呟いた声は喉に絡んでうまく発声できない。  そう、それも聞きたいことだった。  ランスロットと凛は一体どのような関係なのだろうか、と。 「ええ」 「あの、先生と、凛さんって……」  しかし雁夜の問いはあっさりと何の配慮もなく遮られた。 「それはレディ・トオサカにお聞きください。でも、そうでなくても」  明らかな拒絶に雁夜はいくらか失望する。だがそれをランスロットに伝えてどうなるというのか。 「そうでなくても?」 「――あなたは知っていると思いますよ」 「どういう意味ですか?」    幼い頃会っているとでも言うのだろうか。だが、雁夜にはそんな記憶はなかった。    会話は、どう贔屓目に見ても面白いようなものではなく、お互いにぎこちなくお互いの反応をうかがっている有様だ。なのに、なぜそれがこんなにも心がざわめくのか雁夜にはわからなかった。  一言、声を発すると応えが返ってくる。それは当たり前のことだ。  なのに、それがどうしようもなく嬉しい。  なぜ、声が聞けるのが嬉しい。  疑問に思いながらも、それを口に出すのは躊躇われた。どのような答えが返ってくるのか、想像もつかないから。 「――もしかして、この湖は私が夢に見る湖と同じなのかと思っていましたが、違うようですね」 「え? 夢?」  ランスロットの言葉に、雁夜は目を見開いた。  すると、ようやくランスロットは真剣な面持ちを少しだけ緩めた。 「子どもの頃からずっと同じような夢を見るんです。湖上に月が輝いていて、私はそれを見上げていて、呼びかけられる……繰り返し、繰り返し。不思議でしょう?」  ランスロットの言っていることはわかるのだが、意味がきちんと頭の中に入ってこない。  同じ夢を見る。繰り返し、繰り返し。    不意に足元がぐらりと揺らぐような眩暈に襲われる。脳裏に蘇る、夢の断片。空、湖、騎士の瞳に映る雁夜――それは、雁夜ではなく――いや違う、確かに雁夜の姿だがそれは自分の思う雁夜ではなく――雁夜。自分の姿を見て驚いたりはしない。醜く歪んだ姿のカリヤ、マトウ、間桐、間桐雁夜。誰だ、それは。    ぐらぐらと定まらぬ視界によろめいた雁夜の腕をランスロットが掴んだ。 「大丈夫ですか?」 「あ……はい、すみません」  ランスロットがじっと雁夜を見据ている。 「私が湖上の夢を見るようになったのは十歳のときです」 「そう、なんですか?」  なぜランスロットがそんなことを言い始めたのかわからず、雁夜は曖昧に頷いた。 「あなたが産まれた年ですね」  言われて見ればその通りだ。ランスロットと雁夜はちょうど十歳違い。 「俺も……」  夢を見る、と言っていいのかどうか雁夜は暫し逡巡し、しかし結局口を閉ざしてしまった。 「雁夜?」 「いいえ、なんでもありません」  首を振った雁夜に、ランスロットはそれ以上何も言及しようとはしなかった。 「……残念でしたね。夢の湖とは違っていて」  雁夜がどうにかそれだけ言うと、ランスロットはにこりと微笑む。 「ですが、夢のおかげであなたに会えました」 「俺に会えたって、そんなにたいしたことじゃないでしょう」 「でも、私はこの出会いに感謝していますよ」 「感謝って……大げさな」  ランスロットが雁夜の腕を掴む力は決して強いものではなく、振りほどこうと思えば簡単に振りほどけそうに緩くとられているだけだった。なのに、雁夜はどうしてよいのかわからず半ば呆然としてランスロットを見上げることしかできない。  そのとき、遠くから、士郎の張りのある声が聞こえてきた。  ――雁夜、帰るぞ……! 「ご家族ですか」 「あ、はい……それじゃ、俺、帰ります」  その言葉にするり、といとも容易く雁夜の腕は開放された。そのまま一礼をしてその場を後にしようとした雁夜に、ランスロットがふと腕を伸ばしてきた。何を、と思う間もなく、髪に触れられる。その瞬間、びくりと肩が震えた。 「花びらが」  ランスロットがくすりと笑いながら、雁夜の髪からつまみあげたのは桜の花びらだった。 「あ、ありがとうございます」 「何もとって喰おうというわけではありませんよ」  それは、よく考えてみたらたわいない軽口のようなものだった。だが、雁夜はその言葉を聞いた途端、背筋が凍りつくような恐怖を感じた。  一体何が怖いというのか。  喰われる。  どす黒い霧に覆われた異形の者に抱きすくめられ、首筋に歯を立てられ、溢れる血を啜られ――  一瞬、脳裏をよぎった禍々しい光景に雁夜は眉を寄せた。心臓がどくどくと激しい音をたてて拍動している。思わず手をあてて抑えた首筋、温かな肌の下に何か蠢くものの存在すら感じられるような生々しさだ。 「申し訳ありません、怖がらせてしまいましたか」 「え、いえ、そんなことは」  慌てて否定するが、明らかにランスロットを恐れるかのように一歩足を引いた雁夜に、ランスロットはそれ以上近づこうとはしなかった。 「さようなら、雁夜」  酷く辛そうな声音に、雁夜はどうしてよいのかわからなくなった。  怖い、と思ったことは一度も無かった。なのになぜ。いや、怖いと思ったことが無いのは夢の中の騎士で。  ランスロットは、違うのに。  いつの間にか、夢の中の騎士とランスロットを完全に同一視していたことに気がつき、雁夜は呆然としてしまう。ずっと会いたいと思っていた騎士と。 「雁夜、行かなくて良いのですか?」 「あ、はい……さようなら」  ランスロットに促され、混乱するまま雁夜はその場を後にした。 *****  雁夜たちの高校では、清掃は業者に任せてあるため毎日の掃除はしなくても良いが、週に一回ちょっとした掃き掃除とゴミ捨てだけを行うように指導されている。  当番にしてもそう頻繁に廻ってくる役目ではないので皆さっさと掃除をして帰ることにしているが、それでも面倒がって遊んでしまうものがいるのもまあ、ごく当たり前の光景だ。  その日も、教室内でボールを投げて遊んでいた二人組の男子生徒に女子生徒が不快げに声をかけた。 「ちょっと、やめなさいよ!」 「あー、はいはい」  その瞬間、あ、という声が重なった。手が滑ったのか、ボールが虚空に放たれる。  間の悪いことに、雁夜は窓際の席で机を並べていた。だから、ボールがまっすぐに窓に飛んでいくことに気がついていなかった。 「――雁夜!」  ガラスの割れる破裂音と、きゃあ、っという悲鳴が教室に響き渡る。 「うわっ……!」  ガラスの破片の直撃を受けた雁夜はその場に崩れ落ちる。  あ、と気が付くと床にぽたぽたと血溜まりが広がりつつあった。痛みの走る左半面に手をやれば、ぬるりと生暖かい液体が手を濡らす。みるみるうちに広がる赤い血の量に、雁夜は声を失った。  あまりに強い痛みに、悲鳴さえあがらない。 「――何があったんですか」  廊下から生徒や教師が教室の中に入ってくる。その声はランスロットのものだった。 「あ……」  顔をあげても、視界が赤く染まりほとんど何も見えない。雁夜は血に濡れた手を伸ばす。きっと、血みどろの雁夜は酷い様子なのだろう、周りの生徒は皆遠巻きに雁夜を見ている。  そんな中、ランスロットは躊躇なく雁夜の前にひざまづき、体を支えた。白いシャツの袖にすがれば、瞬く間に鮮血に染まる。 「すみません、シャツ……」 「そんなことはどうでもいいでしょう!今、救急車を――」  ランスロットの声が遠くなり、雁夜はそのまま意識を失った。  雁夜の担任は間の悪い事に出張中だったため、その場に居合わせたランスロットがそのまま病院に残っていた。副担任は、雁夜の保護者に連絡をとるため学校に残っている。学校内での事故だから、それなりの対応が必要であわただしく時間だけが過ぎていく。  ランスロットはじりじりとしながら手術室の前の椅子に座っていた。雁夜は左側の目と、頭に大きな裂傷があり、縫合が必要だということですぐに治療に入っていたのだ。 「輸血用の製剤が足りないって、どういうことだ!」  手術衣の医師が靴音も高く廊下を歩いてくる。その脇に控えていた看護師が必死な面持ちで説明をしていた。 「患者が……RHマイナスで……」 「それなら血液バンクに問い合わせて……」  そのやり取りに、ゆらりと立ち上がる。 「? なんだね、君……」  医師が訝しげな視線を投げてよこすのを遮り、強い口調で言う。 「私の血液を使えばよいでしょう」 「バカな! 何を言ってるんだ君は――」  苛立った様子の医師がはき捨てるように言う。輸血とはそれ専用に用意された「製剤」が必要なのであって、見ず知らずの人間からおいそれととれるようなものではない。それは知っていたが、それ以上にランスロットにはわかっていることがあった。 「私の、血液を、使えばよいでしょう」  だが、ランスロットはもう一度医師の瞳をじっと見つめながら一言一言区切るように言った。途端に、医師の瞳がさっと光を失いランスロットの言葉にうんうんと頷く。 「あ、ああ……そうだな……おい、君、彼を……処置室へ……」  虚ろな瞳のまま医師が近くにいる看護師に指示を出す。  ランスロットは英霊としての能力など今は勿論ない。だが、遠坂凛からいくらか魔術の手ほどきを受けていた。魔術回路は無いに等しかったが、簡単な暗示くらいならば使うことができる。その技を使って、いくらか無謀なことをしようとしていた。 「雁夜――あなたの血を、お返ししましょう」  ランスロットは誰に言うとも無しに呟いた。 [newpage] [chapter:6]  気がつくと、ランスロットの目の前に雁夜が立っていた。  おかしい、と思う。処置を終えた医師はしっかりと麻酔が効いているので明日までは目覚めないだろう、と言っていたのに。  だからといって、雁夜の表情はしっかりとしていて麻酔が効いているようなぼうっとした様子はどこにもない。  ふとランスロットに視線を合わせ、口元を引き攣らせた。笑んだのか、歪めたのか。その内心と面とを結び付けない表情の動かし方にランスロットはどこか不安になった。見覚えがある――そうだ、顔の半面が歪み、白く色の抜けた髪を持つ、彼を。 「カリヤ」 「バカだな、お前」  雁夜がぼそりと呟く。その声は、いつもの雁夜のような明るく落ち着いた声ではなく、どこか昏い響きがあった。 「どうして、いつまでもこんな俺に囚われて……折角解放されたというのに」  肉の削げた、骨ばった右手をランスロットに差し出す。するり、とランスロットの頬を躊躇いなく撫でる仕草は常に見る雁夜のものではない。 「マスター……?」  問いかけるランスロットに、雁夜が失笑する。その、唇の端をゆがめる笑みを再び見ることがあろうとは思わなかった。 「もう俺はお前のマスターではないよ」 「いいえ、あなたは私のマスターでした……そして、私は僕としての務めを果たせなかった。ならばこそ……」  狂化の鎖で縛られ、一度もその名を呼べなかったとはいえ、怨讐が繋いだ縁があればこそ、ランスロットは雁夜の元へと喚ばれたのだから。自分が解放されたとしても、主が解放されずしてどうして騎士を名乗れようか。  そのために、また生を受けたのだ、と今のランスロットは信じている。  なのに、雁夜は力なく首を振る。その姿からは、かつての雁夜を破滅へと向かわせた 怨嗟はどこにも感じられない。 「もう、いいんだ。ありがとう、ごめん」  そのままふつりと間桐雁夜が姿を消した。  病院の待合室の椅子に座っていたランスロットははたと我に返った。ほんの少しの間だが、うたたねをしてしまったらしい。雁夜の処置はとっくに終わっていた。保護者がくるまでは、と思いランスロットは病院に残っていたのだ。  夢と現実のあわい。  ふるりと頭をふってもなかなか意識がはっきりとしない。  すると、廊下の先からばたばたと数人の足音が聞こえてきた。 「すみません……りや……の病室は」  雁夜の名を告げているところを見ると、家族なのだろう。駆けつけてきた三人の男女たちとすれ違ったランスロットは一番後ろにいた老婦人に視線を止めた。  老いてなお美しい暗紫の髪。  それは、確かに今の雁夜に少し面影を残す女性だった。間桐雁夜の思いの大部分を占めていた少女の長じた姿だとは知る由もないが、それでも、雁夜の係累に属する人間なのだろう、ということは容易に予測がついた。よくよく見れば、遠坂凛にもどこか通ずるところがあったかもしれない。  老婦人――桜がふと足を止めて、ランスロットを見る。  その瞳は、柔らかく優しい光を湛えていた。姉である遠坂凛とは全く違う瞳の色。光。けれど、質は違うとも同じ強さが感じられた。  目が合ったからか、桜はゆっくりと一礼してから通り過ぎる。   雁夜は、確かにランスロットが繰り返し見る夢に出てくる雁夜によく似ていた。だが、かつてのマスターに似ているかといえば、そうとも言えなかった。  一番の違いは、その感情のありよう、か。  復讐に我を忘れ、ひたすらに怨念のみを自らの原動力としていた間桐雁夜とはとうとう通わせることのできなかった感情を、彼は持っている。  わずかに会話を交わしただけで、何がわかるわけでもないというのに。  ただただそれを、嬉しいと思う。 *****  濃藍の空に、琥珀の月が浮かぶ。  風の音もなければ、身体の中を這いずり回る蟲の音もしない。ただひたすらにあるのは静けさばかり。    黒衣の騎士は、いつもと同じように紫紺の髪を流し、そこに立っていた。  彼は……彼だ。  雁夜は、その名を呼んだ。  初めて、その名を示すところを明確に認識して、呼びかける。 「ランスロット」  だが、彼は振り返らない。 「ランスロット」  焦れたように、もう一度。  風が吹いた。強い風、轟々と木々の枝が傾ぎ、湖面が漣み、月が雲に隠れる。  今まで一度もそんな風にこの湖上の景色が荒れたことは無かった。何がいけなかったのか。「雁夜」は呼んではいけなかったのか。 「ランスロット!」  思わず叫んだ声に振り返ったランスロットの顔が、ひどく醜く歪んでいた。ついぞ見たことが無いような、苦悶の表情に歪んだ口から乱杭歯が覗いている。  振り乱した髪は、風にもまれ、ランスロットの顔をすっかりと覆っている。  懸命に手を伸ばしても届かない。  ようやく、ようやく――会えたのに! 「雁夜、雁夜!」  肩を幾分乱暴に揺すられ、ぱっと目を覚ますと雁夜の目の前には桜がいた。  頭の傷を縫った雁夜は、数日入院していたが経過も良いのであっさりと退院させられた。さほど大きくもない地方の病院なので、ベッドの数にも限りがあるからだ。そのまま、自宅療養をしている。  士郎は一足先に冬木に戻ってしまったが、桜は雁夜が全快するまでは、とこの地に残っていた。 「雁夜、大丈夫? 随分うなされていたけれど」  心配そうに雁夜の顔を覗き込んでくる。 「ああ、うん、夢を見てて……」 「夢……?」  余りにも苦しかったから、いつもなら誤魔かそうとするのにそれがうまくできなかった。 「ほら、子どもの頃から見てる、変な夢があるだろ? 湖の――」 「まだあの夢を……?」  桜がふと表情を曇らせる。だが、雁夜はそれに気がつかずぐい、と額の汗を拭った。 「うん、少し前まではあんまり見なくなってたんだけど、ここのところまた頻繁に見るようになって……」  その言葉に桜は今度こそ明らかに表情を歪ませた。そして雁夜の右手を取る。手の甲を何度かこすり、ほっと息をつくが、幾分強張った顔で雁夜を見ている。 「雁夜……あなた……」 「なに?」 「あなたは、何かを望んでいるの?」 「なに、急に」  雁夜は笑おうとしたが、桜があまりに真剣な顔をしているので、それができなかった。 「あなたも、何かを……聖杯に望むの?」  酷く汚らわしいものの名を口にするように、桜は身震いする。 「聖杯?」   雁夜には桜が何を言っているのかよくわからなかった。 「万能の願望機。そんなもの、ありはしないのに」  いつも、いつも穏やかに笑っていた祖母の桜がそんな風に激しい感情を見せたことはついぞ無かった。 「桜……おばあちゃん?」 「どうして、人は、その手に余るものを求めようとするのかしら」  頭に手をあて、いやいやと桜は首を振る。 「姉さんが、……、士郎さんが、葵が、あなたがいれば私は幸せなのに。それなのに、もっともっと貪欲になってしまうの。ねえ、私はもっと幸せになれたのではないのかしら、と。あんな酷い……ことさえなければ。だから、時々、幸せそのものが憎くてたまらなくなる」 「私は、お父様もお母様も、誰も憎みたくない、と思ってた。けれど、それは、間違いだったのかしら……?」 「幸せなんて私には関係ないと思うことにした。何も望まないことにした。何も理解などしないようにした。私に出来ることは抵抗せず、受け入れることだけ。この体に降りかかった不幸を不幸と認めてしまったらもう救われないと思ったから」 「だから、忘れてしまった。……そう、何もかも忘れてしまった。でなければ私が壊れてしまうから」 「それなのに、ねえ、雁夜。あなたは聖杯にいったい何を望むというの!?」  桜の強い言葉に、雁夜の脳裏で、何かが爆ぜる音がした。  目の前が暗くなり――そして、光が満ちる。 「俺の、望みは……望みは……」  雁夜ではなく。間桐雁夜は血を吐くように呻いた。  そう、何度も何度もおぞましい蟲を吐き、血を吐いた。その感触が喉の奥に蘇る。 「――幸せに、なりたい」  幸せにしたいのではなく。  幸せになりたかったのだ。  自分が――自分が!  その気持ちに蓋をして、ただ葵が幸せであるようにと願った。その娘の凛と桜が幸せであるようにと願った。いや、願っていると信じ込んだ。それが自分にとっての幸せだと思い込もうとした。それが、間違いだった。  ――認めればよかったのだ。自分もまた幸せになりたかったのだと。  例えそれが適わない望みだったとしても。  人の幸せの形など一つではなく、千差万別だ。なぜそれを認めることができなかったのか。それは雁夜が心弱い人間だったからにほかならない。  救いたいという願望と復讐したいという欲望。  それは確かに間桐雁夜の中に存在したものだ。いつしか純粋な願いは純粋だったがゆえにいつしか狂気へと化した。間桐臓硯の目論見によって間桐雁夜はバーサーカーを召喚したが、たとえその恐ろしい二節の言葉を足さずとも遅かれ早かれ彼は狂気の淵へと身を投じたろう。  ああ、でも。  間桐雁夜の優しさは確かに存在したものだと、今の雁夜は知っている。  それで、十分なのだということも。 「桜ちゃん」 「雁夜? ……あなたは、誰?」 「その名を呼ばれるのは久しぶりだ……だけど、思い出さないで欲しい……というのも、俺のエゴかな……」  間桐雁夜、として雁夜は薄く笑う。 「ごめん……と、言うことすら許されないはずだけど……」  小さく息をつく。 「だけど、ありがとう。俺を幸せにしてくれて。俺は君に何もできなかったのに」 「幸せに?」 「だから、ようやく言える――『さようなら』」  間桐雁夜として、もう一度だけ、今度こそ本当に最後の挨拶を。 「さようなら……?」  その言葉を聞いて、桜がたった一粒涙を零す。  それが、単なる別れの言葉への条件反射のようなものだとしても。  ああ、それだけで。それだけで救われる、と間桐雁夜は思う。  愛した人を苦しめただけだった。愛した者を救えなかった。  忘れられても仕方のないこと。ならば、せめて自らにこの身が愛した者への枷にならないようにと間桐雁夜は願う。罪深きこの身にはそれすら許されないのかもしれない。だが、謝罪の代わりに別れの言葉にのせて、もう一度、この世から去る。苦しみを受け入れることが出来なかったから、誰にも何も言えなかったのだから。 「私は、誰かを幸せにできたのかしら」 「できたよ。そして今もしているよ。……雁夜は、いい子だね。桜ちゃんの強さをちゃんと引き継いでいる。幸せのあり方を知っている子だ。そして俺にも教えてくれた。自らの幸せを肯定することこそが、誰かを幸せにするのだと」  それが出来なかった。  だからこそ憎しみしか育てられなかった。  なんて――なんて愚かな間桐雁夜。全ては目の前にあったというのに、それに背を向け無意味な戦いに身を投じた。その報いがその身も心も荒廃させ滅ぼした。 「それなら、良かったのだけど……」  ほんの少しだけ嬉しそうな桜の呟きに、雁夜は目を閉じた。 「少し、疲れたな……もう、眠りたい」  桜が、淡く微笑む。雁夜に。間桐雁夜に。 「おやすみなさい」  そのまま間桐雁夜――雁夜の意識はふつりと途絶えた。 *****  数日がたち、葵が雁夜に見舞いの者が来ていると告げた。 「ランスロット……先生、とおっしゃる方が来ているけれど。会う?」 「ランスロット……」  雁夜はどうしたらよいのか暫し逡巡した。  だが、まさか居留守を使えるはずもなく、そして断る理由も思い浮かばず部屋に迎えいれるしか選択肢は無かった。 「お加減はいかがですか」  見舞いだといって手渡された花束に、雁夜は顔を伏せた。女じゃあるまいし、花などもらって喜ぶ男子高校生はいないだろう。ランスロットが、それをわかっているかどうかは知らないが。 「もう大丈夫です」 「それなら、良かった」  ランスロットが微笑む。その顔を見て、はたと雁夜は思い出した。 「そういえば、すみません」 「何がですか?」 「あの、シャツ、汚してしまいました」 「ああ、そんなこと。気にしないでください」 「以前は……私があなたの血を啜ったというのに。今回は逆ですね」  ぽつりと漏らされた呟きの意味が、わかるようでわからない。 「……」  ふとランスロットが雁夜の右手をとり、その甲に口付ける。 「まだ、思い出されない……?」  その切なそうな響きの声に、雁夜はかっと頭に血が昇るのを感じた。 「思い出すって……! なんだよ! 俺は……俺だ!」  知っている、本当は。  彼が、ランスロットが、「間桐雁夜」を待っていたことを。  怖い。怖い怖い怖い。  自分の中の自分ではない感情。 「雁夜?」  顔を両手で覆い、雁夜は呻いた。 「……ごめん」 「……雁夜、あなた、は」 「多分、間桐雁夜はそう言いたいんだと思う」  ランスロットがいくらか驚きに目を見開き、それから酷く静かに言った。 「あなたが謝るようなことではないでしょう」  雁夜はますますいたたまれない気持ちになった。雁夜の夢の記憶も間桐雁夜の記憶も以前よりは少し思い出したがそれでもやはりどこか輪郭の曖昧なものだ。それは、思い出したくないことばかりだったからか。でも、雁夜がランスロットのことを知りたいと思えば思うほど、何かを思い出さずにはいられない。 「凄く、凄く勝手な言い分で、謝って許されるようなことではない……よな」  語尾が曖昧に滲むのは、苦しいからだ。夢の中で、雁夜の呼びかけに応えるランスロットは、単なる雁夜の願望を映していたにすぎないのだろう。高潔なる騎士を、あのような異形の狂戦士に変えた主など、誰が従いたいと思うものか。 「俺……「間桐雁夜」がいなければ、お前はそんなに苦しむことはなかった……」 「それはあなたも同じことでしょう」  ランスロットが困ったように言う。その顔を雁夜はまじまじと見つめた。 「同じ?」 「ええ。私の狂化というステータスは、マスターの魔力を酷く消耗させる。その痛みに、間桐雁夜の精神もまた磨耗していった。私の狂気に引きずられ、あなたもまた加速度的に人の心を失っていったのでしょう」  淡々とランスロットは語る。  雁夜にはそれが本当なのかどうなのか判断する術は無かった。 「そう、なのか?」 「あなたは、ええ、そうですね……私のマスターではないから、おわかりにはならないでしょうけれど」  そう言われて、雁夜はほんの少し胸が痛むのを感じた。ずっと夢に見ていた湖の騎士、サー・ランスロット。第四次聖杯戦争で間桐雁夜に呼び出されたバーサーカー。彼は、雁夜の騎士ではない。ずっと夢に見ていた彼が見ていたのは雁夜ではない、と思い知らされたとしても自分はずっとひたすらに彼を見ていたのだ。  真なる騎士の姿を。 「なあ、お前の望みは叶ったのか?」 「半分は」 「半分……?」 「私は、私の主に対して義を果たすことが望みだった。だから、今もはっきりとあの時の記憶があるのでしょう。でも、あなたは去ることが望みだから……私の前にはもう二度と現れないのでしょうね」  しかしそれが「間桐雁夜」の望みであるならばランスロットに否やの言えるはずもない。 「……でも、雁夜の名を受けたあなたと話せるのが嬉しいのです。以前、言ったでしょう? 夢を見るのだと」 「ああ……」 「「あなた」が話しかけるのに、私は全く意味がわからなくて、ずっと歯がゆかったから。こうして、会話が出来るのが嬉しいのです」  そういわれて、雁夜は頬が熱くなるのを感じた。  思い出したいと思っていた彼が、ここに、こうしている。 「俺は……ずっと、ずっと夢に出てくる騎士の名を呼びたいと思ってた。いや、呼んでいたけれど、「彼」は「俺」の呼びかけに応えているわけではなかったから」  夢の中で、いつも、呼ぶことすら躊躇っていた。彼は、王に仕えていた。そして、狂気にかられた主に呼び出され、使役された。では、雁夜は。雁夜は、いったい何をもってランスロットを呼べばいいというのだ。 「では、今、呼んでください。「私」が応えましょう」  その言葉に、雁夜は大きく息をついた。  しばらく黙りこみ、ただじっとその場に座すランスロットを見つめる。  湖水のように静かな光をたたえた瞳に、自分が映っている。  その姿に驚きはしない。雁夜は、雁夜だ。 「――ランスロット」 「Yes――はい。私の、雁夜」 「ランスロット」  名を呼ぶ。 「雁夜」  呼ばれる。  互いに互いを。  苦しみではなく、恨みではなく、嫉みではなく、ただ純粋に、喜びをもって呼ぶ。  命令ではなく、恫喝ではなく、咆哮ではなく。  名を呼ぶ力。互いに互いを結びつける世界最古の魔法。  緩く伸ばした手に、ランスロットがそっと身を寄せた。そして、腕を伸ばされる。  抱きすくめたのか、抱きすくめられたのか。  それは、かつては叶わなかった望みの一つだと、ようやく知ることができた。  どれだけそうしていたのだろう。  ふと、ランスロットが雁夜の瞳を覗き込んで尋ねた。 「カリヤ、あなたの望みは?」 「望み、なんてそんなたいしたものはないんだ。俺は、別に、普通の高校生で……将来はジャーナリストになりたい、だとかそんなことしか考えたことがなくて」  困惑したようにそう言う雁夜にランスロットは柔らかく微笑んだ。 「それこそ、あなたがまさに健やかに成長された証では」 「そうだといいな」  雁夜は自嘲気味に微笑んだ。間桐雁夜、の全てが思い出されたわけではなく、ただ、彼という存在があったと理解できただけだ。多分、ランスロットのほうがよく知っているのではないだろうか。 「そうだな、強いて言うなら……俺は、凛さんにも、衛宮のおじいちゃんおばあちゃんにも、父さんにも母さんにもみんなに幸せでいて欲しい」 「そうですか」 「でも、そのためにはまず自分が幸せにならないとダメなんだと思う」 「そうですね」  ランスロットが穏やかに相槌を打った。  間桐雁夜とランスロットを厭わしく結び付けていた怨讐はもはや無く、だが、だからこそランスロットはこんなにも雁夜を穏やかに肯定する。 「ランスロット」 「はい、なんでしょう」 「今度の休み、一緒に出かけて欲しいんだけど……」 「どちらへ?」 「冬木へ」  その言葉を聞いて、ランスロットはほんの少しだけ驚いたように目を見開き、しかしその後すぐに穏やかな笑みを浮かべた。  あの、始まりの地へ。  何もかもを受け入れるために、何もかもを無に還すために。 [newpage] [chapter:epilogue]  雁夜とランスロットは冬木に着いてからいくつもの花屋をめぐった。  遠坂時臣が好きだったという薔薇を買い、禅城葵が丹精込めて育てていたという百合を買う。凛が好む華やかな緋色のダリアを買う。少々季節外れになってしまったから桜はみつからなかった。だから、淡いピンクの桜草を買う。間桐雁夜が好きな花はわからなかった。だから、プリムラにフリージア、ラナンキュラス、クレマチス、小手毬、沈丁花、美しいと思った花たちを手当たり次第に購入した。  沢山の花束を抱えた雁夜とランスロットを道往く人々が振り返る。 「やっぱり目立つなー。お前みたいな男前が花束抱えてると」 「……別に私でなくても、これだけの花を抱えていたら誰だって不審に思うのでは」  からかい混じりの雁夜の言葉に、ランスロットが肩を竦める。雁夜が無理にはしゃいだ声を出しているのに気がついているのかいないのか、淡々とした様子のランスロットに、雁夜は少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。  遠坂の墓参りの後、間桐の屋敷跡に足を運んだ。  間桐雁夜の墓は無い。そもそもその死に様すら誰も知らないのだからあるはずもないだろう。  そして、間桐の屋敷はとうの昔に解体され、そこには雑草の生い茂る空き地が広がっている。直系の間桐慎二が亡くなった後、桜が相続して管理しているだけの土地だ。桜が葵にも雁夜にも何も継がせなかったのは桜の決意の表れか。桜は魔術師ではなく、唯人として生きることを選んだ、のか。しかし雁夜はそれを推し量ることはしない。できない。  もはや間桐の血は完全に途絶えてしまった。  屋敷の跡、何も遺さぬ土の上にありったけの花を捧げる。  ばらばらと黒い土の上に散る白に赤、紫、水、黄、桜色の花弁たち。無秩序で、生命力に溢れた色彩。まるで人の心の有り様のように、光を弾き、地を彩る。人の魂とはこのように儚く強く輝いて日々を営みまた土に還ってゆくのだ。その一つ一つがどんなに平凡であろうとかけがえの無い幸せの具現だと雁夜もランスロットも十分に知っている。 「心が」  ぽつりと雁夜は呟く。 「心が、壊れるって、どんなことだろうな……」  土に触れても、そこで流された血の痕も涙の痕も感じ取れはしない。  だからこそ、凛が、桜が、士郎が、父が、母が、どれだけの愛情を持って雁夜を育ててくれたのかわかる。  誰かを妬まずとも、幸せと思えた。  誰かを恨まずとも、幸せと思える。  出来ることはせいぜい花を捧げるくらいのこと。  苦しみは雁夜のものではなく間桐雁夜のもので彼はそれを昇華したのだろうか、と不安に思うけれど。雁夜は雁夜としてこの先を生きていくと決めたのだから、もはやそれ以上何かしようと思うことのほうがよほど倣岸だ。  「あなたは知らなくて良いことです」  ランスロットにきっぱりと告げられ、雁夜はうん、と頷いた。 「さようなら、ありがとう」  ランスロットは何も言わない。  永きに渡る間桐雁夜とバーサーカーの聖杯戦争がこれで終わればよい、と願う。ただひたすらに、それだけを願う。  多分その願いはもう叶えられているはずだ。  ランスロットが緩く背後から雁夜を抱きすくめた。肩から胸元へと廻された腕の確かさと温かさに安堵を覚える。これもまた、以前ならば無かったこと。新しく差し出された手を取れる喜びを確かに感じる。それを幸せだと思う。  雁夜は間桐雁夜ではなく、だが、間桐雁夜がいたから知ることができた。  瞳を閉じれば、藍に染まった空と湖が浮かぶ。だがもうその景色に立つもう一人の人物は居ない。互いに互いは、こうして、金の光にもならず白い影にもならず隣に立っている。ここに二人であることの喜びを胸に、感謝の言葉を綴る。 「そして、勇敢なる「私」の騎士に心よりの感謝を」  その言葉を聞いて、ランスロットが晴れやかに笑う。  雁夜もまた、笑う。  だから、  もう、  雁夜は、もう、湖上の夢を見ない。 END 20120428
バサ雁で一度はやってみたかった転生ネタ。バサカの真名バレ、Zeroのネタバレがあります。一話目:<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=783569">novel/783569</a></strong> 二話目:<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=871542">novel/871542</a></strong> ■妄想と捏造と暴走と愛情をこじらせた話です。出来たら順番にお読みいただければと思います。 ■ようやく最後にちゃんとバサ雁らしくなったような……気がします。
湖上の夢に君し思はば(下)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1009572#1
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  森近霖之助は静かに本を読んでいた。 今日の一冊は冒険活劇らしい。彼の趣味にしては珍しい選択だが、 単純に物語として面白いのか字を追う視線に淀みはない。 店内はシンと静まり返っている。聞こえるのはページをめくる音と、 ストーブの上の薬缶がしゅうしゅうと湯気を出す音、そして 壁掛け時計のかちこちという振り子の音だけだ。 今年も残す所あと僅か。 香霖堂は冬の寂しさを体現したように静寂に包まれていた。 それでいい。霖之助はお茶を啜った。 霖之助はこの静けさが好きなのだ。 商店としては大いに間違っているが、 それを口五月蠅く指摘する者はここにはいない―――。 「ME」 が、もちろん香霖堂名物、 客じゃない常連はいつだって唐突にやってくるもので。 「RRYYYYYYYYYYYYYY!!!!!」 ばがん、と扉を吹き飛ばす勢いで現れたのは サボタージュ界のカリスマと名高い小野塚小町その人だった。 今日の小町はやたらとテンションが高い。服装も変だ。 まぁそんなことはどうでも良く。 「お引き取りくださいお客様」 霖之助は無表情でそれだけ言い、手本の本に戻った。 一方で小町も、そんな霖之助の態度は慣れたもの。 シュタタタと素早く店内に侵入、勘定台を通り過ぎて 畳のある居間にダイブする。そのままゴロゴロと転がり、 突如すっくと立ち上がると店内エリアまで戻ってきて 霖之助の背中に飛びかかった。 「メリークリスマス!りんのじ!」 鬱陶しい。 「……クリスマス?」 と、霖之助は顔をあげた。 そう言えば今日はクリスマスである。すっかり忘れていた。 そして、 「ああ、だからそんな格好をしているのか」 小町がいつもの青い和装とは違う、 紅白の服に身を包んでる理由も理解した。所謂サンタ服だ。 クリスマスの夜、トナカイにソリを引かせて空を飛び回り、 幼子の寝室に現れては枕元に玩具を置いて帰る老人の格好である。 と、言っても小町のそれは女性用に大胆なアレンジをされたもの。 肩や脚を晒したその格好は見るからに寒そうだった。 「……うん、そこで寒そうって感想が先に出てくるのが霖の字だよね」 小町は一気にテンションをニュートラルまで下げると霖之助から離れた。 暖簾に腕押し糠に釘、霖の字においろけ。いつものことである。 「職場での特別衣装でさ。ホラ、幽世(あっち)って  年がら年中殺風景だし、季節感ってもんが無いだろ?  せめて装いだけでも華やかにしようってわけで色々やってんの。  でも現世(こっち)に来ると流石に寒いや」 「呆れたな、またサボってるのか。……というか、  なんでわざわざ寒い思いをしに現世に来るんだ?」 「……霖の字に見せたくて」 「はぁ?」 「な、なんてね。前に言わなかったっけ?  三途の川で昼寝してたら身体が痛いし、上司に一発でバレるじゃないか。  それに比べて、香霖堂は良い所だよ。畳はあるし、人はいないし」 「僕がいるだろ」 「………………………」 「小町?」 「霖の字、もう一回言って」 「僕がいるだろ?」 「くはぁ」 何故か崩れ落ちる小町。霖之助には訳がわからない。 「り、りんのじもう一回。できればちょっぴり照れながら。  あと文頭に『君には』をつけてくれるとすごく捗る」 「嫌だ」 心底嫌だ。 「ところでさあ」 小町は壷の上に気怠く腰掛けて言った。 香霖堂にやってきた時は畳のある居間でごろごろしているのが お気に入りの小町であるが、冬場はこうやって店内エリアの方に いることが多い。ストーブがある為である。 「ここに来る前に魔理沙に会ったよ。  いきなり襲いかかってきたから適当に逃げたんだけど。  ありゃ、何やってたんだろうね?」 霖之助は小町をじっと見て少しの間黙っていたが、 やがて溜め息をついて眼鏡を押し上げた。 「……サンタ狩りだな。まだ諦めて無かったのか、あいつは」 「サンタ狩り? 何だいその物騒なのは」 「聞いての通りだ。魔理沙は毎年クリスマスになると  サンタクロースを捕まえると言って投網を持ってそこらを徘徊するんだよ」 何それ怖い。 「……ああ、それであたいの格好を見てサンタクロースだと勘違いしたのか。  で、捕まえてどうしようっての? まぁだいたい予想はつくんだけど」 「多分その予想通りだろう。 サンタクロースの袋を奪って……  いや、『借りて』自分のものにしようというのさ」 「やっぱり」 わかりやすいというか、何というか。 小町と霖之助は揃って溜め息をついた。 「まぁ、無限のプレゼントが出てくる袋だもんねぇ。  あれが欲しがるのもわかる気がするけどさ」 苦笑する。そんな小町に、霖之助は訝しげな顔を向けた。 「……無限のプレゼント? 何を言ってるんだ?」 「え?何って、有名な話じゃないか。サンタクロースの袋からは  世界中の子供達に配る為のプレゼントが無限に出てくるんだろう?  こう、鬼の酒瓢箪の如く」 「鬼の瓢箪は酒虫が酒を生成するというちゃんと絡繰があるものだ。  一方でサンタクロースの袋にはそんなものは無い。あれはただの袋だよ。  入るプレゼントも有限さ」 「え? でも、だって」 「そもそもの話。サンタクロースは世界中の子供にプレゼントを配ったりしない。  たった一晩で世界中の子供の元へ訪れるなんて絶対に不可能だ。  紫でも無理だと言うだろうね」 「ええ、そうね」 「結局のところ、プレゼントが欲しいとねだる子供の願いを叶えるのは  サンタクロースではなく親の役目なのさ。しかし」 「ちょいと待った!今何かいた!今誰か返事したよ霖の字!」 「幻聴だろう。香霖堂(ここ)じゃよくあることだ」 「それ幻聴違う!だってあたいも聞いたもの!」 「じゃあ二人揃って幻聴を聞いたんだろ。続けるぞ。  しかし、プレゼントを買う余裕のない家というのも確かに存在する。  サンタクロースがプレゼントを配るのはそういう家庭なんだよ」 「………………………」 ものすごく納得がいかないものがあるが、霖之助が気にしないと言うのなら 仕方がない。小町は深く考えないことにした。 ……そう言えば、わからないことは考えないというのは誰あろう 霖之助のモットーである。何だか泣けてきた。 「……サンタクロースは貧乏人の元にしか現れないってことかい?」 「そちらの方が言い方としてより正確だろうね。サンタクロースの施しは  一般的な意味でのプレゼントと言うより貧困に喘ぐ家庭の助けとして、  売却によりお金になるものと言ったほうが近い。時には品物ではなく  直接、金貨や紙幣を置いていくこともあったと聞く」 「そーなのかー」 小町はおどけたように両手を広げた。 そうして、しかし、と首を傾げる。 サンタクロースが貧乏な家を救っているのはいい。立派だと思う。 だがそれは最初の話、サンタクロースの袋が有限であることと 特に矛盾はしないと思うのだが。 「するさ。するとも。何故なら、無限の財なんてあり得ないからね。  そんなものが存在するなら、サンタクロースは貧乏な家が  裕福になるまでじゃんじゃんプレゼントを置いていけばいいのさ。  だが、そんな『もしも』は考える必要さえない。  世にある財の総量は常に一定、あとは水の循環のようにぐるぐると  回り続けるだけ。もちろん循環はそう簡単に上手く回らない。  干上がる所もあれば溜まり、そして時には淀む所もある。  すなわち貧富の差が生まれる。これもまた世の理だ」 「まあ、ねぇ―――」 確かに世の中にはお茶を主食としているような巫女もいれば、 毎日血の滴るようなステーキを食べていそうな吸血鬼のお嬢様もいる。 ほんと、ある所にはあるが無い所には無いもんだ。小町とて薄給の身、 正直厳しいなー、とか思うことも時々ある。 ええと、何の話だったか。サンタクロースか。 「でも、ということは、サンタクロースってのは少なくとも  財産を分け与えることができる側の存在―――つまりお金持ちって訳だね?」 サンタクロースが無限のプレゼントを持っていないことはわかった。 だとすれば、いやならばなおさら、そんな特殊を用いない彼のプレゼントは サンタクロース自身が用意したものということになる。 世界中の子供に配るのが不可能だからと言って、サンタクロースが 聖夜に訪れる家は一軒や二軒ではないだろう。少なくとも伝説になる位には プレゼントを配って回る筈だ。そんな数のプレゼントを用意できるのは、 すなわち彼こそが一級の『富める者』であることの証拠である。 「……さあ、それはどうかわからないよ?」 わかりきった話だと思ったのだが、霖之助はニヤリと口元を吊り上げた。 「どゆこと?」 「サンタクロースが金持ちであるのなら、  何故こそこそと隠れ潜むような真似をする?   貧乏人を救う。立派じゃないか。名声や信仰は置いておくにしても、  もっとおおっぴらにやれば効率が良いだろうに」 「そりゃあ―――」 小町は人差し指を顎に当てて押し黙った。 「……実は有名人になるのが嫌だから、とか」 「正解だ。が、それはきっと君の考えるそれとは正反対の意味だろう。  サンタクロースは白昼堂々表通りを歩けるような人物ではないのさ。  彼の正体はおそらく―――泥棒なんだからね」 「………………………はぁ?」 今度こそ、小町は呆れて聞き返した。 なんて言った、こいつ。泥棒? 「そうとも。大きな袋を抱え、人目を忍んで夜遅くに行動し、  煙突から民家に潜り込む。行動を見れば一発じゃないか。  おそらくは蓄えた髭も偽物で、顔を隠して変装をする為のものだろう。  もっとも、彼が貧乏人の味方であることは確かだから、泥棒は泥棒でも  義賊と呼ばれる類のものだがね。肥え太った金持ちの屋敷から  金品を盗み出し、貧困に苦しむ民衆に分け与える。  うむ、鼠小僧次郎吉やロビン・フッドを思わせる活躍だな」 「………………………………………」 一人納得したように何度も頷く霖之助に、小町はこめかみを押さえた。 そうだった。霖之助は知識もあるし頭の回転も早い男だが、 時々こういう与太話を大真面目に言い出す悪癖があるのだった。 最近割かしマトモだったのですっかり忘れていた。 「質問。サンタクロースって赤い服を着てるんだよ?  泥棒がそんな目立つ格好するもんかね」 「サンタクロースの服は元々は赤じゃなかったんだろう。  小町、柿色は闇に溶けるって知ってるかい。夜の暗闇では  黒い服装が迷彩になると思われがちだが、実は結構目立つんだ。  日本でも乱破素破の忍者たちは柿色の忍び服を着ていたという。  サンタクロースを目撃した人々は夜目も効かないような闇の中で  それを赤い服だと見間違えたのさ」 「サンタクロースは鈴や鐘を鳴らして現れるって言うのは?」 「夜に口笛を吹くと悪いことが起きるという迷信がある。これは人さらいが  仲間に合図を送る時、口笛を吹いていたことを由来としている。  サンタクロースも同じで、何らかの合図を送る時音を鳴らしていたんだろ」 「トナカイのそりは?」 「小町、サンタクロース伝説は雪国が発祥の地だよ。  深い雪に足を取られるのがわかって徒歩で移動する泥棒はいない。  ましてや彼は重い金銀財宝を持っているんだ。トナカイのそりくらい使うさ」 「………………………………………」 駄目だ。 霖之助の中ではサンタクロースは既に泥棒ということになってしまっている。 悪人ではないと見なされているだけまだマシだと思うべきかも知れない。 ちなみに屁理屈であっても一応それらしいことは言っていると思うのだが、 小町が霖之助に懐疑的な視線を向けるのには訳がある。 主に、霖之助が読んでいた本のタイトルに。 『怪盗 紅蝙蝠』 絶対あれの影響だ。 小町は溜息をついてやれやれと肩をすくめ、そして口元を緩めた。 なんというかこの男は本当に―――時々、すごく可愛いヤツなのである。 「なんだい」 「別に。霖の字も男の子なんだなー、ってね」 「……よくわからないな」 霖之助は訝しげに眉をひそめたが、サンタクロースの正体を暴いて 満足していたためか鼻を鳴らすだけでそれ以上は何も言わず、席を立った。 「お茶でも淹れてこよう。煎餅くらいしか茶菓子は無いが、  それでも構わないだろう?」 「別にいいよ。今日がクリスマスだってことを忘れてるような霖の字に、  ケーキを用意しろなんて始めっから言いやしないさ」 霖之助は小町の返事を背中で受けて、奥へ引っ込んでいった。 「……怪盗サンタクロース、ねぇ―――」 残された小町は独りごちる。 窓の外を見ると、ちらちらと白いものが落ちているが見えた。 雪である。外は相当な寒さだ。振るべくして降った、といったところか。 そういえば、この冬空の『中』でサンタ狩りなんて物騒な遊びをしている どこかの白黒は何故あんなに元気だったのだろうか。 いや、考えるまでもない。それは勿論、何かに夢中になっていたからだろう。 物事を楽しむということの熱量は、冬の寒さなんて簡単に払いのける。 そう言う小町自身も、香霖堂を目指して飛んでいた時は あまり寒さを意識していなかったのだが。こんな薄着なのに。 その理由は―――まぁ、何というか、言葉にはしないでおく。 ―――怪盗サンタクロース。 「………………………」 小町はふるふると頭を振った。 奴はとんでもないものを盗んで行きました的な何かなんて考えてない。 ないったら。 「何だ、とうとう降ってきてしまったのか」 ひょい、と突然霖之助が顔を出しので 小町は驚いて危うく壷に嵌ってしまう所だった。 「え、あ、ああ、うん。ホワイトクリスマスって奴さね」 「積もると嫌だから降ってほしくないんだがな。雪なんか。  子供でもなければ貧乏人でもない僕にとっては、  クリスマスなんか平日と変わらないよ。精々―――」 霖之助はずず、とお茶を啜り、 「君が来てくれるくらいかな」 「―――――――――………」 小町はたっぷり数秒、息を飲み、 「じゃ、じゃあ、それこそ平日じゃないか」 「違いない」 くつくつと笑う霖之助に、ぷいとそっぽを向いた。 小町とて、子供じゃないし貧乏人でもない。 サンタ服のことを置いておくとすれば、 小町も同じくクリスマスとは無縁の人物だろう。 なのに―――こんなの、困る。だって。 プレゼントをくれるどころか、奴はとんでもないものを盗んで行きました。 まったく、これだから霖の字は。 「霖の字」 「うん?」 「おせんべ頂戴。胡麻のやつ」 「ん」 小町は煎餅を齧りながらまた窓の外を見た。 空を舞う牡丹雪。 今の小町なら、きっと寒さも気にせず帰れるのだろうけど――― もう少し、まだまだ長く、様子を見ることにしよう。 ふと、どこからか、鈴の音が聞こえてきた気がした。       『死神と店主の怠惰なクリスマス』                             おしまい
鳴らしておくれよ鐘を(カウベル的な意味で)。という訳でクリスマ。クリスマ!クリスマ!!
死神と店主の怠惰なクリスマス
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1009577#1
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海ほたるで救護に駆けつけた時、私達スタッフを庇い、感電して、肺挫傷で入院中の藍沢先生。 決して初めから順調に回復したわけではないけど、意識が回復し肺の機能が回復し始めると、普段から鍛えあげているからだろうか、驚く程メキメキと回復していった。 『おい、白石、退院許可はまだか。もう、大丈夫だ。』 「ふぅ、あのね、藍沢先生?いくら順調に回復してるとはいえ、意識回復したのはいつ?退院許可出せると思う?」 ため息をつきながら言うと、 『じゃあ、一般病棟に移せ。[[rb:ICU>ここ]]じゃ迷惑だろ。』 「混み合ってどうしようもなくなったらね。藍沢先生は、私達の目がないと勝手な事するから、ね〜緋山先生。」 白石の後ろから、ひょっこり顔をだし 「あんた、患者なんだから、フェローの後ろにスゥーと立って、やる事なす事ケチつけるんじゃないわよ。“やりにくいです!”って苦情、凄いんだけど。」 『凄いって言ってもあの3人だけだろ。』 「その3人が、それぞれ午前午後と日に何度も来るからね。こっちの仕事にならないからっ。 本当、仕事好きなんだから、あんたは。ったく病人の時くらい、おとなしくしてなさいよ!」 笑って頷いている白石だって、[[rb:救命>ここ]]に入り浸っている仕事の虫なくせに。 『お前の方が仕事の虫だろ。』 話の矛先を変えようとしたが、 「えっへん!私、明日お休みもらってるの。藍沢先生、主治医の私がいなくても、おとなしくしておいてよ!緋山先生に、ちゃ〜んと横になってるかチェックを頼んでおいたからね!」 『…明日か。何か予定があるのか。』 「うん、ちょっとね。」 一瞬、白石が目をそらした。それに、妙によそよそしい。 「あっ。そうだ!藍沢先生、そんなにゆっくり寝ていたくないなら、明日の午前中に小児科のクリスマスパーティーに行って仮装でもしてきたら?うん、それくらいなら許可するよ!」 名案とばかりに白石が、提案してきた。 『…寝ておく。』 サンタだ、トナカイだと喜ぶ子どもと、ワイワイ遊ぶテンションまでは持ち合わせてない。 白石の茶化すような視線から逃れるように、布団に入り頭まで布団をかぶった。 「初めから、そうやって言う事を聞いてくれれば良いのに。 じゃあ、私帰るね。藍沢先生、おやすみなさい。」 白石が帰って行ったので、布団から顔を出し、卓上カレンダーに目をやった。 『明日は、12月24日か、、、。 いつもなら小児科の行事に積極的に参加するのに、、、。それより大事な用事なのか。』 [newpage] 次の日、藍沢は、白石がいない事を良いことに、ICUを見回ったり、フェローのやる事に口を出したりしていた。 「藍沢ー、白石に“藍沢がうるさくしだしたら、小児科に行くように言って”って言われてるんだけど。」 緋山に言われ、チッと鳴らしてベットに戻った。 「あんた、今、舌打ちしたよね?白石に言いつけるよ!」 笑いながら言う緋山を睨みつけながらベットに戻った。 ーーー 午後1時を過ぎた頃、休みのはずの白石がやって来た。 『なんだ、休みの日になにしに来た。』 「ちゃーんと、休んでるかチェックしに来たの。 なーんてね、まぁ、それもあるけど、、、」 そう言って後ろを見た。 つられて、藍沢も視線の先を見ると 『………』 「もう、わだかまりはないんでしょ?一応、今の状況を伝えた方がいいと思って。 それに、トロントへ行ったら、戻って来ないかもしれないし…。 だから緊急連絡先、書いて貰った方が良いんじゃないかと思って。 余計な事して、ごめんなさい。」 そこには、藍沢の父が立っていた。 『わざわざ、会いに行ったのか。』 「もしかしたらとは、思ってたけど、本当にお会いできるとは思ってなかったの。 実はね、年末だしトロントへ行く前だし、月命日の今日、どうしても絹枝さんと藍沢先生のお母様に、今回怪我をさせてしまった事を謝っておきたかったのと、これからの新生活を応援してもらいたくて、お墓参りに行ってきたの。本当は、藍沢先生が行きたかったと思うけど、まだ安静中だしね。」 白石は、藍沢の父に“どうぞ”とベットサイトにパイプ椅子を広げて促した。 「藍沢先生のお父様にも会えたら良いなぁとは、思ってたんだけど、本当にお会いできるなんて正直思わなかった。今日はツイてたみたい。」 笑いながらも、藍沢の顔色をみていふ白石に 『久しぶりの休みを、他人の事で使うなんて、お前らしいな。 ちゃんと自分の為に使え。』 「ちゃんと使ってます!とにかく、今日はゆっくりお話ししてね。 フフッ、白石サンタからのプレゼントよ。素敵でしょ? では、こんな所ですが、ごゆっくり。私は、帰りますね。」 そう言って行ってしまった。 残された、藍沢とその父。 無口同士で初めこそ会話がなかったが、時間が経つにつれ少しずつ話をしだした。トロント前に長い時間を共有できた事で、ほんの少しあった心のわだかまりも、全て消えた気がした。 [newpage] 午後11時55分 白石のお節介のおかげで、気にしていた父親にも話をする事ができ、安心感からか早めに眠りについた。 が、途中で目が覚めてしまい、やる事もないから、プラプラ院内を散歩する事にした。 ロビー前の大きなクリスマスツリーの前を通り過ぎようとした時、ロビーの長椅子に座るサンタを見つけた。 『なんだ、本物のサンタに転職か』 サンタの服を着た白石は、ハッとして声のする方を見た。 「藍沢先生!あっ、またフラフラしてるの!」 『いや、一旦寝たが目が覚めてそれから眠れなくなった。気分転換に歩いてるだけだ。 それより、なんでそんな格好してるんだ。』 藍沢が、避けていたサンタの服を着ている白石の横に腰掛けた。 「もう、遅いかもって思いながら、小児科を覗いたら、婦長に見つかっちゃって。 午後のおやつと夕ご飯を配るお手伝いと、子どもたちが寝た後に枕元にプレゼントを置くのも、その格好のがって言われて、、、今終わった所なの。」 『じゃあ、あれからずっと小児科か。』 クリスマスイブの休み。 誰かに会う為ではなかった事と、今年もイブに顔を見る事が出来て、ホッとした。 『お前らしい、休日の過ごし方だ』 ふっと笑った藍沢に言われ、 「あ、バカにしてる! まぁ、家でボーとしてるより、充実してると思わない?」 藍沢は、近くにある自販機に行き、いつものブラックとカフェオレを買い戻ってきた。 『入院中、監視が厳しくて、売店にもなかなか行けなかった。悪いな、今日はこれだけで。』 そう言ってカフェオレを手渡してくれた。 「わぁ、ありがとう!ちょうど飲みたかったの。 ふふっ、毎年、お菓子やケーキ、和菓子とかを一緒に食べてたね。」 ほんの5分くらいしか、ゆっくりできなかった年もある。でも、凄く嬉しかった。思えばその頃から、もう私は… そんな事を想いながら、一口カフェオレを飲んだ。 「来年からは、こうやって一緒に祝えないね、クリスマスを。」 『昼、あの人に“もう戻って来ないかもしれない”って言ってたよな。 お前は、それで良いと思ってるのか。』 突然の問いだった。 「…良いも悪いもないじゃない。」 としか言えない白石だった。 『帰って来て欲しくないのか。』 「そんな訳ないじゃない!でも、藍沢先生には、我儘と言われるくらい、自分の為だけに、どれだけでも頑張って来てほしい、、、。と思ってる…。」 『白石、俺は、』 「さぁ、もう患者さんはベットに戻ってね!私も帰るね。カフェオレ、ありがとう。あっ、それとメリークリスマス!」 藍沢の言葉を遮り、出口へ早足で向かった。 今、泣き顔なんか見せれないよ。 [newpage] 「おはよう、藍沢先生。調子はどうですか?」 翌日も翌々日も、いつもの様に白石が回診に来たが、フェローやナース達を連れ立っていたので、カーテンでの仕切りではあるが、なかなか2人にはなれなかった。 だったら、こっちから行くまでだ。 ベットから起き上がり、まずは医局に行った。 『白石はどこだ。』 医局にその姿が見えず、中にいる緋山に聞きた。 「あんた、またうろちょろしてんの?退院伸ばされるよ! えっ?退院の日まだ聞いてないの?あんた、明日退院できるらしいよ。良かったじゃん。 で、なんの話だっけ?あぁ、白石ね。たしか小児科だったと思うよ。白石が担当した子が今日退院らしくて、挨拶に行くって言ってたよ」 ーそれを早く言えよー 藍沢は何も言わず向きを変え出て行こうとした。 「あんた、ちょっと失礼じゃない!礼くらい言いなさいよ!」 緋山が言い終わらないうちに、医局のドアがパタンと閉まった。 ーー 小児科は、上の階か。急いて行くが、スタッフステーション前にもいない。 仕方ないから、近くにいたナースに聞いた。 『救命の白石、知らないか。』 院内には、どこに行っても藍沢ファンがいる。藍沢に聞かれたナースは、もうそれだけで飛び跳ねる勢いで喜んでいた。 「し、し、し、白石先生なら、お見送りで正面玄関へ行かれました!」 『そうか。ありがとう。』 藍沢は、あっという間にエレベーターに乗り下に向かった。 藍沢のお礼の言葉を耳にしたナース達は、 「キャー!かっこいい!それに礼儀正しい好青年!!」 そして瞬く間に、院内に 【藍沢先生は、礼儀正しい紳士】 という、緋山やフェロー達が、首を傾げる噂が流れた。 [newpage] 「イヤだー!しらいしせんせーと、いっしょにいたいー」 正面ロビーに着くと、ドアの前から泣き叫ぶ変えが聞こえて来た。 「ほら、そんなこと言ったらダメよ!せっかく良くなって退院できるのよ。さぁ、ママ達と美味しいものでも食べに行こうね。」 母親らしい声も聞こえて来た。 「ヤダー!しらいしせんせーとごはんたべるのー!」 「こうちゃん、ありがとうね。先生もこうちゃんと一緒にご飯食べたいけど、まだまだお仕事なの。」 泣いて白石の手を離さない子どもに、膝を地面につけ目線を合わせて白石が笑顔でゆっくり話していた。 「じゃあ、おわるまで、まつ!」 「そうか、待つって言ってくれてありがとうね。でもね、すっごく遅くなっちゃうから、また今度にしようね。」 「えー、いやだー。」 ただをこねる子どもにどうしようかと、白石は頭を悩ましてる様だ。 『おい、こうた、男らしくないぞ』 声をした方をこうたも、白石も見た。 「藍沢先生!」 「あいざわせんせー!」 こうたは、藍沢が救命に戻って来てすぐ、運ばれた患者だから、お互いが顔見知りだった。 「あいざわせんせー、いつもとかっこうがちがうよ!どーしたの?」 「実はね、藍沢先生もちょっとお怪我をして、今入院中なの。」 「ぼくとおなじだったんだ!」 「でもね、こうちゃんみたいに、ちゃ〜んと言うことを聞きて大人しくしてないから、まだ退院できないの」 と困った顔をして言う白石の説明に、こうたは、キリッと表情を変え 「あいざわせんせー、ちゃんということきかないと、いけませんよ!しらいしせんせー、こまらせたら、ぼくが、おしおきしますよ!」 プーとほっぺを膨らませて、最大級の怖い顔をした。 『そうだな。白石先生を困らせたら男らしくないな。男なら、困らせるんじゃなくて、守ってやらないと、いけないよな。 でも、今、こうたは白石先生を困らせてるぞ。いいのか?』 藍沢も白石と同じように、片膝を床につけ、目線をこうたに合わせた。 こうたは、藍沢の話を聞いて少し考え込んでいた。 「まだ3歳なったばかりの子に難しいこと言って!」 と、白石は藍沢に耳打ちをした。 「しらいしせんせー、ぼくちゃんとかえる。だから、やくそくして!こんどいっしょに、ごはんたべるのと、おおきくなったら、ぼくのおよめさんになるって!」 「えっ!」 『はっ?』 これには、白石も藍沢も驚いた。 二人して、動きを止めてしまった。 「まぁ、この子ったら、、、。 先生、気になさらないで下さいね」 慌てて、こうたの母が声をかけてくれて、白石が我にかえった。 「そうね、じゃあ、こうちゃんが大きくなるまで、先生待ってるね!」 「でも、ぼくまだ3さいだから、だいぶおそくなっちゃう。それまでしらいしさを、まもれない」 シュンとしたこうたに 『安心しろ。こうたが大きくなるまでは、先生が白石先生を守っておくから、絶対に。ずっとな。』 と、優しく藍沢先生が言った。 「えっ?はっ?へっ?」 男同士の約束を交わしている真横で、こうたに気づかれないようにアタフタしている白石を、横目で見ながら、藍沢は小さく笑っていた。 [newpage] 昨日から頭の中がグチャグチャ状態で、なかなか寝付けず目の下のクマが隠しきれないまま、朝の回診となった。 「うん、とてもいい状態ですね。 仕方ない、今日午前中の退院を許可します。が、まさかと思うけど、そのまま仕事しないよね?!今日いっぱいは、自宅で安静して下さいね」 『あぁ、分かった。』 素直に受け入れられ、拍子抜けした顔の白石だった。 『素直に主治医の言うことをきこうとしただけだ。それとも、仕事復帰した方がいいか。』 白石は、藍沢の発言に頭をブルンブルンと横に振った。 「素直に聞き入れられるなんて思ってなかったから、びっくりしただけよ。」 『お前、次の休みはいつだ。』 「ん?さぁ。いつだったかな。シフト表見ないと分からないよ。」 目泳がせ視線を合わせない白石。 ーあいつの事だ。正月明けて、落ち着くまでないなー その仕草で大体見当がつく。 ふぅ、とため息をつきながら 『おい、今日日勤だろ。定時で終われ。迎えに来るから、ご飯食べに行くぞ。』 「へっ?」 『目の下のクマ、隠しきれてないぞ。休憩が必要だ。それと、お礼がしたい。担当医として手を焼かせたし、俺の代わりに墓参りにも行ってくれた。父親との時間も作ってくれた。ひっくるめての礼だ。それと、、、』 「そんな、お礼だなんて、、、。 いいよ、気を使わないでよ。」 急なお誘いに、驚いて遠慮する白石だった。 「まぁ、担当医として、手を焼いたのはその通りだけどね。でも、それ以外は、私がしたくて勝手にした事だから。」 『俺とは行きたくないのか。』 「ん?」 『こうたとは行くんだろ?』 茶化す様に藍沢が言うと 「あっ!そういうこと言う? 」 『それに、嫁にも行けるじゃないか。安泰だな。』 「絶対バカにしてるでしょ?プロポーズは、嬉しいけどね。 ねぇ、本気にはもちろんしてないけど、よく考えたらこうちゃんが大きくなる頃には、私おばあちゃんだよねぇ…やっぱり、貰い手はない…。」 困った顔で笑って、白石は大きなため息をついた。 藍沢は、サイドテーブルの引き出しを開け、1枚の紙を白石に差し出した。 『お前に言われ、あの人に書いて貰おうとも思ったが、、、やっばり白石、お前に書いて貰いたい。』 「えっ? あぁ、同期代表?」 『な訳ないだろ。 フェローの頃から、“よくそんな大胆な事できるな”と言われてきた。でもそれは横にお前がいてくれたから、お前が見ていてくれたからだ。』 「そんな事、、、」 『お前が横にいてくれると安心できたし、お前に認めてもらいたいと、頑張れたんだ。 脳外科にいっても頑張れたのは、脳外でもやっていけるところを、早く見せたかったからだ。 もちろん、コンサルにできるだけ行くようにしたのも、お前に会いたかったからだ。』 目をそらしたくてもそらせないくらい、強い眼差しで見つめられて、白石は動けずにいた。 『これからも、ずっと俺の事を見守ってて欲しい。いや、できればこれからの人生、1番近くで共に歩んで欲しい。』 「それは、同期として?それとも、、、。」 『後者に決まってるだろ。』 「私は、貴方の行く先々について行くような、しおらしい女じゃないわ。藍沢先生の事を1番に考えていても、でも、やっぱり仕事を優先してしまうと思う。そんな可愛げのない女よ?」 『そんな白石だから、良いんだ。 だから、緊急連絡先には、お前の名前がないと嫌なんだ。 やっぱり、そんなお前の名前がいい。』 堪えようとしても溢れ出る涙 「あ、でも先約があったんだった。」 泣いてる事を誤魔化そうとした。 『あぁ、そうだったな。でも、こうたが大きくなるまで、俺がお前を守るとも言ったぞ。』 「こうちゃんが大きくなるまでの期限付きなの?」 『それまでに、お前を俺なしではいられない位、骨抜きにしてやる。あんなガキより、いや、他のどんな奴よりも俺のが良いと思わせて離れられなくしてやる。』 「随分な自信ね。」 『もう随分前から、俺はお前に骨抜きにされてるからな。今更お前を逃す事なんか、出来る訳がないだろう。 お前を、嫁にもらうのは俺だ。』 [newpage] 「あの〜、仮にも貴方、一時は救命科に属してましたよね?定時きっちりと迎えに来られても、無理なのは、お分かりですよね?」 電話でそう制したはずなのに、、、 定時に駐車場に来てないからと、たった10分過ぎただけで医局の自席に、私服で座って“とっとと終われモード”も出しまくっている藍沢。 「なんで退院したはずの藍沢先生が、私服で[[rb:医局>ここ]]にいるんですかね、、、」 いつも以上に、ビクビクしながら超小声で、灰谷が横峯と名取に聞きた。 「そんな事知る訳ないでしょ!灰谷先生が聞いて来なさいよ!いや、何処かに連れ出してよ!」 横峯もなんとか藍沢の視野に入らないように、身をかがめて灰谷に言った。 「なんか、白石先生と約束してるらしいよ。」 指導医である緋山とメールで事情を聞き、灰谷や横峯に教えた。 「外で待てば良いのに!やりにくいよ〜!」 横峯は、救いを求めるかのように、緋山へと視線を送った。 フェローはビクビクするし、当直で出勤して来たばかりで機嫌の良い藤川の絶好調な話も、横で睨まれ尻つぼみで小さくなっていく。 「白石〜、もう時間だから帰ってよ〜。」 そういう緋山に 「何言ってるの!緋山先生も同じ日勤じゃない!私だけ帰れないよ。」 「白石、あんたが帰らないと、皆仕事がやりにくい。あんた頼むからもう帰ってよ!」 そう言いつつ、顎と目線で藍沢をさした。 白石は大きなため息をつき、みんなに表情だけで“ごめん!”と伝えた。 「じゃあ、申し訳ないけど、今日は帰らせてもらうね。」 白石が医局から出ると、直ぐに藍沢も席を立ち歩き出した。 『悪いな、先にあがらせてもらった。お前等も、早く帰れよ。 藤川、横峯、当直よろしくな。 まぁ、お前らなら大丈夫だと思うが、、、。 今日は、呼び出しするなよ。』 そう言って出て行った。 フゥ〜〜 藍沢が出て行って数秒後、医局が通常の雰囲気に戻った。 「なんなのあれ!」 怒りながら緋山が言うと 「なんか、中坊みたいっすね、藍沢先生。もう、白石先生しか見えてないって感じ。」 流石の名取もあっけにとられていた。 「蓋が開いちゃったんだろうなぁ。今まで重過ぎて開かなかった蓋が、感電したせいで、ぱかっと開いちゃったんだよ、恋する男心の。」 藤川の言葉に、そこにいた皆が 「あぁ、そうなんだ。」 と、妙に納得してしまった。 [newpage] 藍沢先生の車に乗り、助手席に座ると 『少しくらいなら寝れるぞ。着いたら教えるから寝ておけ。』 「いくら私でもこんな時間には、さすがに寝れないよ。」 そう言ってみたが 『白石なら、いつでもどこでも寝れるだろ。お前の事だ、今、寝ておけ。でないと肝心な時に寝てしまいそうだ。』 藍沢が熱い目をして言った言葉の意味に気付いた白石は、途端に真っ赤になった。 『今日は、ずっと一緒にいたい。』 藍沢の言葉に、黙ったまま頷いた。 藍沢のジャケットのポケットには、事務方に提出する緊急連絡先を書く用紙と、白石には、その想いをまだ伝えてないが、早めに提出したいと思っている【婚姻届】が、綺麗に折られ入れてあった。 白石なら、全て受け入れてくれるだろうか。2枚の用紙と10年に及ぶ俺の想いと、それと、自制の効かなそうならこの欲望も。
劇場版コードブルーのネタバレを含みます。ご注意下さい。<br /><br />私の拙いお話をお読みいただき、ありがとうございます。<br />皆様にお読み頂ける事、いいね、ブックマーク、コメント、フォロー等して頂ける事、毎回感謝、感謝です!<br /><br />劇場版コードブルーは、3回観ましたが、毎回寂しく思ってしまうのが、藍沢先生の緊急連絡先が空欄の場面。<br /><br />以前『心地良い場所<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9187080">novel/9187080</a></strong>』で、緊急連絡先のお話を書かせていただいたのですが、もう一度書きたくなって書いてしまいました。<br /><br />空欄はやっぱり寂しいので、次回何らかの見る機会があった時、そのには“白石”だろうと“藍沢”だろうと、どちらでもいいので、“恵”の名前があると嬉しいなぁと思います。
やっぱりお前がいい。
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真っ暗な意識の中で、花村陽介はただ己の身体が動いていることは知覚できた。 耳にはヘッドフォンからよく流している音楽ではなくクナイが宙を切る音が聞こえる。 ――俺、何してたんだっけ? 考えようとすると意識が霧のようにぼんやりとする。それでも、身体は独りで動く。 クナイに獲物を切りつけた感覚。ぼんやりとした視界に鮮明な赤が映える。鼻が鉄の臭いを感知。何と俺の身体は闘っているんだ? ……シャドウを倒して、あいつら血を出していたか? クナイを振る音以外にも耳は音を拾っているが、何かは分からない。いや、脳が音の処理を拒否しているのか。陽介は黒い空間にぷかぷか浮きながら、働く限り意識を巡らす。どのくらい漂っているのか分からず、だんだんと意識するのが億劫となりはじめたときに、身体が衝撃を受ける。 ――仕止めたのか。 クナイを獲物に刺したまま身体は動かないようだ。いや、獲物が俺に寄りかかっているから、動けないのか?身体が何をしているか理解できるのに、身体と意識が別々なのが不思議だ。このまま、ばらばらなままだったらどうするかと考えはじめると、弱々しい声が聞こえた。何を言っているかは分からない。だが、聞き馴染んだ声だ。 「   」 誰の声か分かると、視界が一瞬で白くなった。声の方向へと上半身を前に傾けながらも必死に進む。水中にいるような感覚で陽介はもどかしくって仕方がない。早く、あいつの元へ行かなければ。馴染んだあいつの声がまた何かを言う。 ……ぅ……け その瞬間に意識ははっきりとすると同時に胸騒ぎがひどい。あいつの言葉が分かると、俺の意識は光の渦に呑み込まれた。 脳が揺れて気持ち悪くなりながらも、陽介は状況把握をする。気だるい雰囲気が漂うが、目の前にはきれいな青空に虹がかかっている。身体が重く動かすのが嫌になるほど疲れているようだ。特に左肩がずしりと重く、ゆっくりと顔を左に向けると見馴れた銀色がきらきらと輝いている。弱弱しくあいつの名前を呟いた瞬間に記憶の逆流が起きる。 そうだ。菜々子ちゃんが攫われ、犯人が生田目と分かり、堂島さんが怪我をして……俺達は菜々子ちゃんを助けにテレビに入ったんだ。救いだとかよく分からないことを言う生田目と闘っていたんだ。闘っていて生田目のシャドウが弱り始めたら、変な術を使われて意識が朦朧となって…… ま さ か。 身体が震え、嫌な汗が頬をつたう。頭の中で嫌な予感がガンガンと鳴り響くなか相棒の身体を下へ慎重に屈みながら、自分からゆっくりと離す。相棒の姿を確認して、音にもならない小さな空気が唇から出る。胃と頭がぐるぐるとかき混ぜられているようで、気色悪い。視線を相棒から反らし、見たくないと強く思った。悪い夢であれと祈りたかった。切れ切れになりながらも俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、視線を相棒に戻す。相棒の唇が弱々しく震えているのを認識したとたんやるべきことがはっきりした。スサノオを呼び出し、何度も治癒をかける。 まだ、相棒は生きている。相棒のためにできることを最優先にやるんだ。 何かを伝えようとあいつの唇が動くが余裕のない俺では読み取れなかった。戦闘中は音楽を聴いていてもあいつの目線や声で的確に指示を読み取れていたが、今の俺にはそんな余裕などなく相棒を生かせることで精一杯だった。俺よりも回復魔法に長けている天城やクマを呼ぼうと周りに視線を向けると、仲間がみんな倒れていた。里中、天城、完二、りせ、クマ、直斗が傷だらけで服もぼろぼろ、しかも何もしゃべらず伏せている。 「何だよ……これ。」 呆然とする俺に手からひやりと冷たい感覚がし、背筋に悪寒が走った。手に視線を向けると、白く、所々赤黒く染まった相棒の手が俺の手の上に乗っていた。そのまま視線を前に持っていき相棒の顔を見ると息が止まった。菜々子ちゃんと一緒にいるときと同じ、いやそれ以上の優しげな瞳で笑っていた。相棒は音も発せず言葉を伝えると、目を閉じてしまった。 「……相棒?」 身体を揺すっても、もう何も反応が返ってこない。あいつの青白い冷たい手を両手で握り、何度もディアラマと叫ぶ。何度やったか分からないが慣れない回復魔法を使いすぎたせいか、意識が朦朧とする。右手を額に乗せるとべとりとした感触がした。恐る恐る両手を見ると、きれいな紅色。あいつの白いシャツを汚しているのと同じ紅色。みんなの身体から流れているのと同じ色。 赤、朱、紅、青空に対抗するかのように地は正反対の色で染まってしまった。 「ふざけんなよ。もう少しで事件が解決するのに、なに寝てんだよ。菜々子ちゃん助けて、その後は久保の時のようにパーとやろうぜ。」 相棒が寝ているときに起こす力の強さで肩を揺らす。他の奴らにも陽介は声をかけるが、誰も反応をしめさない。いつもなら、クマが異様に騒いで、女性陣3人が賛同して何かを作ろうと企てて、俺と完二で阻止しようとして、相棒と直斗がそれを静かに見守る。 その、いつもの風景を奪ったのが、俺なんだ。 膝と両手を地面につけ、腹の中でぐるぐるした物を吐き出す。気持ち悪くてしょうがなかい。今の状況、澄み渡った空、汚れた赤い地、全てが、特に、自分自身が気持ち悪かった。 「……っくしょう。もうラスト目前なんだよ。こんなのって、ありかよ。生きろよ。相棒、生きろ。お前はこんなところで寝るような奴じゃないだろ。生きろよ。」 俺、お前が眠る前に伝えようとした最後の5文字もその前の言葉も分かってない。 「頼むから、起きろよ。」 相棒の冷え切った両手を温めるために握り、生きろと壊れた人形のように唱え続けた。 生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ…… ――また、お前は俺を置いていくのかよ。 [newpage] 気が付くと、陽介はまた黒い空間にいた。仲間の名前を全部言っても返事が返ってこない。もしかしたら、自分もあの後は生田目にやられたのだろうか。目の前のことしか考えが及んでいなかったが、よくよく考えるとやられてもおかしくない。てか、あそこまで俺が生きている方が不思議なんだ。 何もかもが黒に飲み込まれたみたいな場所で、寂しさが湧き出る。花村陽介という意識だけがこの空間でぷかぷかと漂っている、俺自身よく分からないがそんな感覚。試しに自分の手を見ようとするが、黒しか……あれ? 奥の方でちかちかと点滅する光があるな。気になってそちらへ近づこうと意識を集中する。心なしか光に近づいた気がした。意識を光に集中し、陽介は光へダイブした。 俺、ここに来たことがあるような気がする。 真っ黒な闇の中で幾多の光の粒が瞬いている。白、青、赤の小さな光が闇を照らす。先ほどの空間よりもとてもきれいな所だ。天国の存在を信じているような年齢ではないが、自分の想像している場所とずいぶんと違う。天国というよりここは―― 「宇宙か?」 また来たんだ。と呆れがかった青年の声が聞こえる。 姿は見えないがどこか相棒に似た雰囲気がする。青年が言うように、やはり俺はここに来たことがあるようだ。 「誰だ?」 姿が見えないので声のする方向にある光に顔を向ける。声の雰囲気は柔らかいもので、相棒とは違った安心感を抱くと同時にどこかで聞いたことがあるとも思った。いや、どこかって言ってもこの空間だろうが、いつ俺は前にここへ来たんだろうか。 ……めんどうくさい。 「いやいや。そこは面倒くさがらず、説明しろよ。まぁ、忘れている俺が悪いんですけど、仲間のことが気になるから教えていただけると有難いんですが。」 君がまた俺と会う機会が万が一にあったら説明するよ。俺自身は前回でもう君と会うと思わなかったし、さすが魔術師といったところかな。ただ、君に忠告はしておく。 「何だが二度と会うことはないと聞こえんだけど……って、忠告?」 そう、忠告。きっとこれがラストチャンスだ。君には捧げる運の力がないのに、また会った。次は何を捧げるのかは分からないが、もう奇跡は起きないと思う。 「運の力?奇跡?何のことかさっぱり見えないんですけど。」 俺の疑問に声の主は答えず、姿は見えないが何だか寂しそうに笑った気がした。俺が説明を求めようと口を開こうとしたら、肩を強く押され落ちっていった。俺、浮いてるんじゃなかったのかとか結局あいつ誰だよとかぐるぐると疑問が頭で回る中、声にならない悲鳴を上げながら宇宙空間から遠ざかっていく。 今度こそ君の旅路が無事終わることをここで祈っているよ。 頭が異様に重たい中、ゆっくりと瞼を開くと白い天井が見える。ぼんやりとした意識で、お袋が自分の名を呼ぶ声が響く。返事をしながら、気だるい身体を起こす。 今までのことは、夢だったのか? いや、夢であった方が俺のハート的にもいいんだけど、ずいぶんと感覚がリアルだった。相棒の映像が頭によぎった時に背筋がぞわりとし、映像を追い出すため頭を勢いよく左右に振る。 そういえば、あの宇宙空間にいた人は誰なのだろう。夢の中の人なのだろうか? それなら、確かに会うのは難しいかもな。同じ夢なんてめったに見ないし。 「陽ちゃん、早くご飯食べなさい。」 お袋の言葉に驚き、思わず陽ちゃんと大きな声を出してしまった。俺17歳にもなって陽ちゃんと呼ばれてないし確か幼稚園か小1くらいだぞ、その呼び方。まさかと思い部屋を見ると家具が大きく感じ、部屋も違う。違うというか、この家の雰囲気は子どものときだ。引っ越してからベッドで寝てたから布団を使っていたのは、小3くらいまでだったな。確認したくないが、自分の手を見るとやはり小さくてクナイによってできたマメがない。どうなってんだよと混乱しながら、部屋を出てお袋の元に行く前に便所に行く。少し落ち着かなければと用をたそうとしたら、更なる衝撃が俺を待ち受けていた。叫び声をあげ、豪快な足音をさせながらリビングにいるお袋の元へ行く。そんな俺にお袋は全く動じず、いつものあれかしらと言う声が聞こえた。いつものあれって何だよと内心ツッコミながら、それどころではなかったためスルーする。涙目で視界が潤んでいるが、お袋もずいぶん若くなっていた。 「母さん。俺の息子がいなくなった!」 「陽ちゃんの大事な息子さんは、陽ちゃんが産まれるときにお母さんのお腹に置いていったのよ。」 清々しいほどきれいな笑顔でそう言われて倒れなかった俺を誰か褒めてほしい。むしろ、賞賛してくれ。 まだ見ぬ親愛なる相棒へ  どうやら俺は女の子になり5歳から人生をやり直すようです。 名前が変わらず花村陽介であることが俺の中で唯一の救いです。 ペルソナを召還したら、女性型へ変わるのでしょうか? はっきり言って、泣いてもいいですか。 今、すげぇお前の肩をまた借りたい気分です。 [newpage] 精神年齢と肉体年齢がちぐはぐのせいで、保育園と小学校は特に苦労した。いくら周りに合わせてのらりくらりしようとしても、あの元気いっぱいなテンションや子どもならではの独特な考えに常についていくことができず苦労した。改めて、菜々子ちゃんが天使だと思った。本当に菜々子ちゃんマジ天使。 今の俺なら、頭脳は大人な名探偵の気持ちが分かる。大人の雰囲気に子どもは敏感なため、大人には変に思われないよう自分でもキャラ違うだろと思うくらい愛敬をふりまいた。小学校の勉強なんて、高校2年生まで授業を受けていた俺には今更やらなくともできる。変に目立たないように手を抜こうとしたのだが、上手くいかず成績は上位で柄にもなく学級委員なんてやらされた。これをあいつら言ったら、絶対笑われるだろうな。天城なら床を叩いて爆笑する姿が思い浮かび、里中なら有り得ないっしょとか言って指を差しながら笑われそうだ。 でも、相棒ならがんばったなと褒めてくれる気がする。クマを家に預かって世話(?)をしていたら、いつだったか相棒に花村は面倒見がいいなと言われたが、気づいたら小学校では世話焼きになっていた。周りの奴らも何か困ると俺に相談するし、目が離せない奴にはつい手が出てしまう。 まぁ、俺がみんなよりも精神が年上だから仕方ない。クラスの中の俺はみんなの兄的な存在だろう。 小学校までは私服だからトレーナー、ジーパンが主で、女の子が着るふりふりやら可愛らしい絵柄の物は着なかった。スカートなんて論外だ。スカートなんて文化祭の悪夢が蘇るので、無理。お袋に一度着させられようとなった時はマジ泣きした。そんな男らしい格好で名前も陽介なので、俺が性別を言わなければ男と判断される。俺も女扱いされたくないので不便を被らないが、女の子に告白されたときは焦った。小学生の時に告白とかしたこともされたこともないし、小学生でカップルとかいたかと家で真剣に考えたほどだ。 小学生の俺なんて、遊びに夢中で色恋沙汰のイの字もなかった気がする。初恋は先生という定番な子供だったような気もする。そう考えると、仲間の奴らにさすががっかりと言われる気がして一人で笑った。 小学校高学年になると体育が男女別になったので、女の子に告白されることはなくなったがバレンタインではそこそこもらった。きっと、相棒なら小学生の時からモテてるんだろうな。下駄箱開けたらチョコが漫画のように落ちたり、机の中にもぎゅうぎゅうに押し込められてそうだ。 5歳児から人生をやり直しているが、あいつらの、特に相棒とのやりとりや想像は一人で考えこむと自然と頭に映像が出てしまう。寂しくなってこっそり夜中に泣いたこともあり、そういうときは必ずヨースケは寂しんボーイクマねとクマが背中をあやしてくれる気がした。身体が子どものせいか少しでも感情の波が起こるとそれが身体表現として出るみたいだった。さすがに、中学になったら泣くのはなくなった。 中学校はほとんどジャージで過ごしていたが、小学校の持ちあがりの集まりなので俺が女なのはみんな知っている。スカートを履くのが嫌ってのもあるが、届いた制服が男物でしばらくジャージで過ごしていたらそのままずるずる続いていた。さすがに受験と卒業式は制服を着たが、みごとに周りに驚かれたり、仲良い奴は盛大に笑われた。 中学では女子は基本グループに分かれ、俺はどのグループに固定に属さず波風立たせずに過ごした。男友達とつるんで馬鹿やっている方が断然楽しいのだが、男友達とずっといるとそいつを好きな子の女子グループが忠告するわ、やれ男好きなどと言われ面倒くさくなる。高1の半年間はずっと制服を着て過ごし、前に主につるんでた男友達に女子も加わり暇さえあればみんなでカラオケや教室で喋ってた。 八十稲羽に引っ越す日が近づくにつれ、先輩の笑顔と事件が鮮明に思い出される。やり直しが始まってからテレビには一度も触れず、入れるかの確認をしていない。力がなかったら先輩を助けられないという不安と入って出れなかったら困るという考えから、ジュネスに行くまで我慢すると決めた。 もうしばらく我慢すればやっと相棒に会えると思うと都会から離れることが前と比べて苦にならなかった。相棒に会えるまで1日が終わるとカレンダーに斜線を引き、早く2011年4月にならないかわくわくした。遠足を待ちわびる子どものような胸の高鳴りで、自分の子供っぽさに小さく笑った。わくわくする気持ちと同時に先輩のことを大切だと思う気持ちが思い出となって薄れている気がして悲しくもなった。 初詣で今度こそみんなを守りますと誓い、都会でパワースポットとして有名な神社に絵馬も書いた。女になったことのほかに俺の運は前から良くなかったが、さらに悪くなった気がする。 職員室の近くを通れば確実に雑用を押し付けられ、限定商品を買うのに並ぶと俺の前で売り切れになる。誰かがホースで花に水をやっていると、ホースに何故か穴が開きびしょ濡れになったりもした。 変な宇宙空間で捧げる運がもうないと青年が言っていたが、まだあったのではないかと思う。それとも捧げる量が足りなかったため、今まで男であった花村陽介を捧げたのだろうか。 このやり直しについては青年に聴くのが手早く済むのだが、宇宙空間への行き方が分からないため打つ手なしといったところだ。 俺自身運のなさにがっかりしたのでパワースポットとなっている神社を巡り、気休め程度に運の力をもらっている。ツネ吉みたいなのいないかなと思うが、どの神社に行っても見当たらなかった。八十稲羽で過ごした濃密な非日常生活のせいか、金にがめつい動物が何匹も神社にいてもおかしくないと思えてしまったのだ。 そんなこんなでぐだぐだと十何年過ごすと、引っ越しの日が迫ってきた。段ボールに服やCDを詰める作業を始めると物で散らかっていた部屋もきれいになる。俺の部屋ってけっこう広かったんだなと思いながら床に寝そべると、机の下に黄色い箱がある。全く見覚えがなく、前までなかった物だ。 頭の中で危険物の警報が鳴ったが、開けてみないことには分からない。前になかったということは、今の自分に必要なものかもしれない。 「何で、これが入ってるんだ?」 箱の中には戦闘で愛用していた眼鏡と点々と血に染みたクナイが入っていた。これはきっと俺が最後に使っていたクナイだ。そう、相棒を……頭を勢いよく左右に振り、暗い気持ちを退ける。 こちらの世界では意味がないが試しに眼鏡をかけ、懐かしさとともに寂しさが湧き上がる。 今の俺は相棒や仲間たちと一緒に戦うことはない。あいつらが幸せなハッピーエンドを迎えられるために、俺は裏で模索する。生田目を4月の時点で捕まえればいいと考えたが、相棒がテレビに入る力が健在していたらそれこそ俺の予想を上回る事態となり裏でフォローできない。そして、自分勝手なことだが自称特別捜査隊の絆がなくなるのが怖い。 臆病な相棒でごめん。でも、お前が、みんなが幸せになれるように全力でやれることはやる。 背中を預かることも隣で歩むこともできないが、それでもお前の支えとなりたい。 お前のことだからこんな俺を許してくれそうだけど、許さなくていいから。 みんなの未来を前に奪った俺のことは許さなくていい。いくら寛容度の高いお前でも怒るべきことだから。 眼鏡を外すときに頬が濡れてたが気にしない。俺の涙腺はときどき壊れるのだから気にしたら負けだ。眼鏡を箱にしまうと視界が段々と暗くなり、頭にたくさんの映像が流れる。ゴミバケツに嵌って助けられたこと、クマに初めて会ったとき、フードコートの集まり、夏祭り……俺が歩んできた想い出がフラッシュバックする。あまりにも多すぎる情報量がいっぺんに押し寄せてきて処理できず、膝をつく。やばいと思った時点で遅く、俺は意識を手放し倒れた。 [newpage] 眼を開けると光の粒が輝いていて、ふわふわと身体が浮いている感覚。意識がぼんやりとしていて、先ほどの情報の波がまだ続いている気がした。 そうか、俺…… 「うわっ。」 腕を急に掴まれ引っ張られて思わず情けない声が出てしまう。あの青年に掴まれたのかと思い顔を上げると、すっげぇイケメンがいました。黒が混じった青色で右目が前髪で隠れているが、左目が澄んだ青色で海のイメージですごい懐が広そうだと思った。 俺に何度もやり直すチャンスをくれたのだから、寛容度は相棒並みだろう。 青年の姿を見るのは今回が初めてで、このラストチャンスははじめてだらけになるかもしれねぇな。 「久しぶりでいいのかな?それとも、自己紹介からやり直すか?」 「どうでもいい。」 重要なこと以外はやる気のない態度はあいかわらずのようで、思わず変わらないなと笑ってしまった。 相手は俺が笑ったことに首を傾げながらも、すぐにどうでもいいかと話を進めてきた。 「花村は全部思い出したのか。」 疑問を全く含んでいない言葉に、俺は首を縦に振り笑って手を伸ばし握手をする。 「ついさっきだけど、全部思い出したよ。有里のおかげで俺は5度目のやり直しができていることに。ありがとな。」 有里は俺の言葉に首を横に振り、俺は何もしていないと困ったように笑った。ただここから見ていただけだと有里は言う。陽介は試しに下を見るが宇宙空間がずっと続いているだけで何も見えない。今度は陽介が首を傾げて、有里が説明するのを待つだけだ。じっと見つめるだけの陽介に有里が渋々と口を開く。 「俺はここで眼を閉じていると地上の様子が見える。何故と聞かれると、理由は俺には分からない。俺が精神だけの存在だから肉体的常識が当てはまらないのかも?」 陽介は目を閉じてみるが、視界がただ真っ黒になるだけだった。不思議そうにしている陽介に、有里は仕方ないさと小さく言った。 「花村にはちゃんと肉体が地上にあるから、たぶん精神に肉体的常識が残っているんじゃないかな。まぁ、そんなことより……」 「ちょっと、待て。肉体がないって、それじゃ有里は……。」 有里は陽介の口を自分の右手で塞ぎ、もう片方の手は人差し指をたてて自分の唇につける。これでウィンクもしたら女の子はキャーキャー言いそうだなと場違いなことを陽介は思った。 「俺はこの選択を後悔していない。大切な仲間を守れて約束も果たした。終わってからだけど仲間も納得してくれた。花村が俺のことでいちいち気に病むことはない。」 それよりも今は花村のことだろと優しく有里は笑う。何だか声を出して泣きたい。 俺はやり直して自分や相棒の死を遠ざけているのに、有里はここでおそらくずっと一人だ。 初めてここに来た時に、人が来たことにひどく驚いていた。しかも、もう5回目の人生を歩もうとしている。 俺、すっげぇ失礼な奴じゃん。俺だったら、どうして自分はやり直せないのかとぜってー怒る。 うつむく陽介に有里は陽介の頭に両手を置き、わしゃわしゃと乱暴に撫でる。視線に上に向け有里を見ると、変わらず優しく笑っている。相棒が菜々子ちゃんに見せる笑顔に雰囲気が似ている。何より自分のことより他人を優先する姿勢が同じだ。爪先立ちになりながらも両手を有里の頭に伸ばし、同じように頭を撫でる。 「俺が有里に対してやれることは小さなことだけどさ、話し相手やお前の仲間に伝言とか届ける。俺、たとえこのやり直しに有里が関わっていなくとも忠告してくれてことに感謝している。その恩をちゃんと返したいんだ。」 有里は目を少し見開き、律儀だと小さく呟く。いつかその言葉に甘えると言い、今度は片手で軽く頭を撫でられた。 「花村が女になると思わなかったな。」 「俺も目が覚めたら5歳の女の子になっているとは予想しなかったし。」 「前までの花村は記憶を持たず高校2年の春からスタートしていたからな。性別が変わって人間関係も変わるから幼少時からのスタートになったのかもね。」 「あー、それは納得だわ。でもさ、眼鏡や武器は何で手元にあるんだ?それに前までの記憶も全部あるし。」 「それは俺にも分からないが、花村が必死に生きろと言う想いに何かが反応したのかもな。花村はいつも最後の時は死ぬなではなく生きろと願う。特に前回はその想いが強かったから、奇跡が起きたのかもしれない。」 「難しすぎて分からないんで、もうちっと俺にも分かりやすく教えてくれませんか?」 残念ながら俺自身この現象はよく分からないと有里は頬を掻き、どうでもいいと言う。 大事なのはこのラストチャンスをどうするかだろと問われる。 やり直しができてラッキーくらいなノリでいいだろと言外に含まれている気がした。 「いつ何が起きるか覚えているから、先輩や菜々子ちゃんをつらい目に合わせたくない。モロキンだって死なないようにしたいさ。誰だって殺されていいはずないから。」 「ぐだぐだと考えずに、その想いを大切にして行動しろ。花村は一人で事件に立ち向かうつもりなのだろ。細かいことでいちいち悩みだしたら、お前はそっこうで折れそうだから時には豪傑になれ。」 「俺はそこまでメンタル弱くねー。……4度も助けられなくて相棒失格だと思うけど、それでもみんなを守りたい。」 有里が右手の拳を突き出して、その意図を理解して同じように拳を突出し軽く当てる。 絶対、ハッピーエンドを迎えさせてやる。そのためなら俺は何を犠牲にしても厭わない。 「有里のおかげで何だがスッキリした。ありがとな。」 そろそろ時間だと有里は言い、肩を押される。次はいつ会えるか聞こうと思ったが、落下速度が速すぎて舌を噛んでしまい言葉を出せなかった。 本当に、俺ってガッカリだな。 目が覚めると部屋は薄暗くなっており、携帯で時間を確認すると2時間ほど経っていた。 メールも何通か届いており短い文で返信しておく。携帯をベッドに放り投げ、ひんやりとした床に大の字で寝そべる。 相棒が来る前に、俺もできる範囲で解決策を絞り出さないとな。 まだ時間はあるのだから、記憶を全部駆使して一歩一歩確実に進もう。 落ち着けと俺を宥める言葉はきっと今回は聞けないのだ。常に感情を落ち着かせないとな。 相棒の負担を少しでも減らすために、高校の勉強はまじめにやろう。 女になって体力は減っているからスタミナつけねーとな。 みんなと別行動したら、クマは誰が預かるのだろう?そのへんのフォローも考えないといけねーな。 頬を両手で叩き気合を入れると、ノートに今後の予定を思いつく限り書き出した。 家に帰ってきた両親が全く順調に進んでいない俺の荷造りに怒ったのは言うまでもない。 [newpage] 八十稲羽に引っ越し、商店街の奴らにジュネスのことで僻まれるのは変わらない。 だが、ジュネスのことを邪険に思ってない人とは前と比べるとそこそこ仲良くなった。 一条と長瀬とはよく昼を食べるようになった。俺が長瀬にお勧めのジョギングコースを教えてもらおうとしたことがきっかけで話すようになった。 ここに来て一番に驚いたことは、先輩が男になっていたことだ。小西早紀という名前で感じる雰囲気も変わらず、髪が短くなり背が前の俺よりも高い男性でマジびっくりした。 沁みついた癖は直せず、妬みを言われてもへらへら笑ってやり過ごしていた。 鮫川で引っ越す前にがんばろうと意気込んでいた俺どうしたと自己嫌悪をしていたら先輩が現れて、気づいたら一緒に愚痴をこぼして笑っていた。 「親は親、キミはキミだろ。あまり気張ることはないさ。」 「そうですよね。別に俺が将来ジュネスで働くかなんて分からないですしね。後、先輩の言葉を付け足すと名前と性別が一致していないだけでぐだぐだと言うなです。」 先輩はきょとんとした表情をして、女だったかと小さく呟いた。 俺は八十稲羽に来て、学校ではほとんどジャージだ。理由は簡単。届いた制服が学ランという中学の再来である。 学ランで通うのも手だが、そうしたら体育の時に女子控室に行ったら変態扱いを確実に受けるのでご免被りたい。 電話で担任に相談したらジャージで過ごせとなったので、このままである。 女子制服はすでに手元にあるが、ずっとジャージを着ている長瀬を見ていると別にいいかと思いずるずると続いている。 「花ちゃんと話していると男友達と話しているみたいだ。」 「先輩ってばひでー、俺の心は傷つきました。今度、何かおごってください。」 2人で眼を合わせて声を出して笑った。 先輩と話していると胸の奥がほんのりとあたたかくなり、やっぱり好きだなと思う。 憧憬か恋情かは分からないけど、恋だったらいいと純粋に思う。 俺は先輩の苦しみを少しは和らげられただろうか。そうであったらいいな。 俺の中での一番の変化は堂島家にちょくちょくお邪魔するようになった。 ジュネスでバイトしていると、菜々子ちゃんの買いたい商品を一緒に探したのがきっかけだった。 何度もジュネスで会ううちに、菜々子ちゃんが俺に懐いてくれて今では陽介お姉ちゃんと言われている。 あまりにもジュネスの惣菜弁当で夕飯を済ませる姿に、俺が心配になり菜々子ちゃんの好きな物を作ると言って堂島家の夕飯を作るようになった。料理は中学の時からやり始めたので、米しか炊けない俺ではなくなった。 まぁ、女性陣のあまりの料理のひどさに学び、林間学校の悪夢到来を避けたかったからだ。 あいつらはいい反面教師だ。口に出したら里中のゴッドハンドと天城のアギダインをくらいそうで怖いから、絶対に言わないが。 「うん。おいしい。」 にこにことかわいらしい笑顔で言う菜々子ちゃんは天使だ。 こんな天使のような子が、将来生活習慣病とかで苦しむとか嫌だ。 相棒が来たらもっとおいしいご飯が食べられるからねと思いながら、俺も笑って菜々子ちゃんが食べる様子を眺める。堂島さんは最初は何だこいつはといった雰囲気だったが、今では菜々子ちゃんのことを任せてもらえるほど信頼してもらっている。 自分のかわいい娘に見ず知らずの高校生(見た目男)がいたら、いい気はしないだろう。菜々子ちゃんが俺のことを友達と言っても警戒心は薄まらず、菜々子ちゃんを寝かせたら尋問が始まった。 ちなみに女だと自己紹介で言ったら驚かれた。警察の方だから骨格で分かると思っていたので、俺も内心驚いた。 途中で脱線して、菜々子ちゃんがいかに天使かを熱弁していた。いや、本当に何でこうなったのかは俺自身分かんねー。 相棒にシスコンではない、ナナコンだとどや顔で言われたことを思い出し、俺もナナコンかもしれない。 食事に関して堂島さんも気にしていたようなので、その部分で説得した気がする。 後で堂島さんにどうして許してくれたのかを聴くと、菜々子にジュネス大好きと言われてうれしかったと微笑んで言う姿に裏を感じなかったと言われ、また話していてお人好しなのはよく分かったと苦笑いされた。 両親にときどき知り合いの女の子の家に泊まると言ったら、お袋に母性本能に目覚めて女の子らしくなるといいわねと笑って許可された。寛大というべきか分からんが、お袋の感覚はおかしいと思う。 「陽介お姉ちゃんは、今日はお泊りするの?」 「うん。堂島さんは帰れないって言ってたから、今夜は一緒に寝てお泊り会だ。」 うれしそうに菜々子ちゃんが返事をして、俺も笑う。湯船で一緒に30秒数え、菜々子ちゃんの髪の毛を乾かす。 菜々子ちゃんと一緒にいるとクマにもこんなことしたなとか、もっと優しくしてやるべきだったかなとも考える。 菜々子ちゃんと一緒に寝て気づいたが、寝言でお母さんと月に1回の頻度でおそらく言っている。 その言葉を聞くと菜々子ちゃんがテレビに入れられたことを思い出し、菜々子ちゃんの手を握って俺は寝る。 11月の悲劇は繰り返さないと胸に何度も誓い、このまま事件なんて起きずに幸せがずっと続けばいいのにとも願ってしまう。 「菜々子ちゃんも鳴上のことも絶対に守るから、いい夢を見てね。」 [newpage] 月日は着々と過ぎとうとう4月になった。 堂島家で3人で食事をしていると、堂島さんに甥がここに引っ越してくると伝えられた。 とうとう始まるんだなという気持ちとやっと会えるという想いが心でせめぎ合う。 「いつ、その甥っ子さんが来るんですか?」 「明後日だ。年齢は花村君と一緒だから同じクラスになるかもしれんな。」 「あー、じゃあ明後日はお邪魔しない方がいいですね。それと甥っ子さんがここに馴染むまで控えた方がいいですか?」 「陽介お姉ちゃん、来なくなっちゃうの?」 萎れた花のように悲しそうな顔をする菜々子ちゃんを見ると心が痛い。 叔父の家に来て、同級生と夕飯を食べるって異様な図だよなー。 半ば押しかけてやっている俺がどうこう言う権利はないが。 「明後日はさすがに控えてくれ。それ以降は花村君が甥と仲良くなれるかによるんじゃないか。」 「夕飯作って一緒には食べないとかになっても俺は構いませんよ。俺が勝手に台所借りて作っているだけですし。甥っ子さんが帰ってきたら、俺が家に帰るでもいいですしね。」 菜々子ちゃんが俺の服の袖を握ってもうお泊りしないのと聞かれて、俺のライフはゼロです。 いやでも、従妹とその友達のお姉さん(見た目はお兄さんだが)の中に男一人とかいたたまれなくないか。 俺だったらそうだが、相棒の寛容度が高ければ平気なのか? 菜々子ちゃんの悲しみと相棒のいたたまれなさを天秤にかけてもどちらかに傾かず、頭を抱えてしまう。 「甥が来てから決めた方が早いな。」 堂島さんの言葉により今後のことは保留となった。 俺が皿を洗おうとすると手伝うと菜々子ちゃんが申し出て、一緒にジュネスの歌を口ずさみながら洗った。 傍から見たら俺って通い妻っぽいよなー。 実際に、足立さんにそんなことを言われた気がするし。 くだらないことを考えていても時間は刻々と進むもので、とうとう相棒が転校する4月12日になった。 自分の今の運の低さなら、自転車が今日で壊れかねないので歩いて登校した。 カバンの中には里中に借りた成龍伝説があるので、今度こそは壊さないよう用心して歩く。 途中で石に躓きこけて、ゴミ捨て場に突っ込んだがカバンというかDVDはしっかり守った。 そのかわり背中が痛むが里中の蹴りに比べればかわいいもんだ。 昨夜はテレビの中に長時間いたため身体がだるく背中の痛みと合わさって、歩幅が自然と狭くなる。 一度空を見上げて嘆息をもらし、学校へ向かう。 ……山野アナを助けられなかったな。出だしから不調だなぁ。先輩は絶対に助け出さないと。 教室に着き机に伏していると、転校生の噂をしている声がちらほら聞こえる。 里中に心配されたが、片手をあげバイトで疲れているだけだと伝える。 あまり寝ていないせいか瞼が重くなり、気づいたら船を漕いでいた。 「誰が落ち武者だ。」 ずっと聴きたかった声により、目が覚めた。顔を勢いよく上げたいがきっと相棒の顔を見たら、俺は泣く。 今だって声を聞いただけで眼が潤みだしている。 ははっ、俺ってこんなに情緒不安定な奴だったかな。 そろそろ鳴上が名前を言うタイミングだ。全部を覚えている俺には懐かしさでいっぱいだった。 前までだったら、こいつも田舎に来て内心ふて腐れているんだろうなと考えていただろう。 今は、肩を並べられる相棒になれなくとも友人にはなりたいという願いが強い。 早く名乗って席に座らねぇかなー。背中だけでもいちはやく見たい。 『鳴上孝介です。』 「鳴上悠です。」 記憶の名前と違って俺は混乱状態に陥った。 今まで、髪色、性格、料理の上手さにばらつきはあったが名前は一緒だった。 俺が女に変わったように、相棒は名前が変わったのだろうか。 椅子を引く音を聞き、顔を上げて後姿を見ると前と同じアッシュグレイの髪と見慣れた背中がそこにあった。 鼻を啜り、俺はまた机に突っ伏した。今日は寝ることに決めて目を閉じると、有里の言葉が頭の中で反響する。 ぐだぐだと考えずに、その想いを大切にして行動しろ。 放課後になると校内放送が流れ、拳を強く握った。 誰かにお前独りでは変わらないと嘲笑われている気がした。 しばらく席で座って周囲を呆然と見ていたが、菜々子ちゃんのことが気になり小学校に電話するため廊下に出た。 高校生になるべく集団で帰れと言っているのだから、小学校は両親が迎えに行く形かもしれない。 それだと、菜々子ちゃんは堂島さんが来れないから確認のためだ。 電話をすると子どもはみんな教室にいるらしく、保護者が来れない子は近くの保護者同伴の子と帰るそうだ。 小学校の先生に菜々子ちゃんに迎えに行くと伝えてもらえるよう頼み、教室に戻りカバンを取る。 里中には割れていない成龍伝説を返し、足早に学校を出た。 「陽介お姉ちゃん。」 菜々子ちゃんが俺に抱きついてきたので俺も抱き返す。何か事件が起きたのかと不安そうな瞳を安心させるため、頭を優しく撫でて大丈夫だよと微笑んで応える。しゃがんで目線を菜々子ちゃんに合わせ何が食べたいか問うと、菜々子ちゃんの目がきらきらと輝いた。 「陽介お姉ちゃん、今日はお家に来るの?えーとね、あっ、から揚げ食べたい。」 「唐揚げね。了解、じゃあジュネスに行って材料買おうか。」 うんとうれしそうに言う菜々子ちゃんの手を握り、二人で買い物をした。 堂島家に行くと、どうやら鳴上はまだ帰っていないようだった。 里中と天城と結構話し込んでいるのかなと思いながら、いない間に夕飯の支度を終わらせてとんずらするかとすぐに台所を借りた。 菜々子ちゃんは俺が料理しているときは、洗濯ものを仕舞っている。 それが終わると俺の手伝いをしてくれるという、菜々子ちゃんが良い子すぎて泣けてくる。 甘え下手なところはさすが兄妹と思えるくらい、鳴上と菜々子ちゃんはわがままを言わない。 何を食べたいかと聞くと、菜々子ちゃんはお姉ちゃんが作りたいものでいいよと最初の2回目以降は言われた。 食べる姿を見て反応の良かったものでどっちがいいかと聞き答えるようにし、段々と食べたいものを言ってくれるようになった。 自分が作った料理で誰かがうれしそうに食べるのが好きになり、相棒が弁当持っていろんな人と食べていた気持ちが今ならすっげー分かる。 「菜々子も手伝う。」 「じゃあ、そこにある野菜を洗ってくれる?」 夕飯が出来上がり、帰ろうとする俺に菜々子ちゃんが悲しそうな顔をする。 早く帰らないと鳴上もいくら何でももう帰ってくるはずだし、俺は鳴上の顔を見る心構えはできていない。 ごめんねと口を開こうとしたら、玄関の開く音が聞こえました。 さすが、運の低い俺だ。もう、腹を括って会えということですね。 「おかえりなさい。」 「ただいま。」 鳴上は俺を見るなり首を傾げ不思議そうな顔をしていた。 まぁ、叔父の家に知らない人がいたら、そういう反応しかできないよな。 「お邪魔しております。俺、花村陽介って言います。」 俺はと鳴上が口を開くので、俺は遮って言葉を続ける。 「転校生の鳴上だろ。俺、お前の後ろの席だからいろいろとよろしくな。」 「よろしく、花村。」 気づけば右手を鳴上に差し出していて握手を請求する形となっていて、俺の右手は何しちゃってんの。 鳴上は若干戸惑いながらも握手に応じてくれた。 「じゃあ、俺はもう帰るから。鳴上はまた明日学校で、菜々子ちゃんもまたね。」 すばやくカバンを手に取り、堂島家を後にした。 自分の感情がいっぱいいっぱいであの場に長くいれそうになく、逃げるかのように走っていた。 俺、ちゃんと笑えていたかな。泣きそうな顔がばれてないといいな。 会えてよかった、うれしい、さびしい、哀しい、あたたかい、いろんな感情がごちゃまぜとなり一つにならない。 走っていた足を止め、握手をした手を眺める。 触れた鳴上の手はあたたかく、冷たくなかった。 そう、生きているんだ。 話すことだって、触れて反応だって返ってくるんだ。当たり前のことだけど、それがとてもうれしい。 「……生きてる。俺も鳴上も生きているんだ。」 安心とうれしさからか涙が滝の如く溢れて流れる。俺の顔、今ぜってーひどすぎて誰にも見せられねー。両手で顔を隠しながら暗い道をとぼとぼと歩く。今からこんなんじゃ俺の涙腺は最終的に涙を止める機能を無くしそうだ。 ――頼りない主で悪いけど力を貸してくれよ、スサノオ。今の俺にはお前しか頼る奴いないから。 両手を胸に置き空を見上げると、風が優しく髪を撫でた。
小説初投稿です。ペルソナ4はゲーム未プレイのアニメを途中からの視聴しました。アニメでペルソナにはまり、P3PをやりEDの曲を聞いて泣きペルソナ4でこんな話をかいてみたいなぁという気持ちからできたネタです。しかし、n番煎じもいいところでもある陽介の周回話です。ぐだぐだと長い拙い文の集合体なので、寛容度オカン級で根気タフガイな方向けです。P3のネタバレと若干血の表現がありますので注意してください。主花のつもりで書き進めていましたが、花→主な雰囲気です。そして、続くかはわかりません。設定だけいろいろ詰めて、内容の薄さが残念な感じです。■ブックマーク、評価、タグありがとうございます。タグに驚き、思わず頬をつねってしまいました。あれですね、菜々子ちゃんとP3主のパワーですね。■デイリーランキング29位!?何、これは夢ですか。ドッキリですか?本当にありがとうございます。書くの遅い人なので、続きはいつかふらっと見たら投稿してあったらいいなぁな気持ちでお願いします。
巻き戻しのニューゲーム
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1009599#1
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風が強い夜だった。 今夜も呼び出されて向かった先には宝石強盗をした犯罪者三人、車で逃走した犯人を追いつめてチェックメイト。そう思っていた仕事だった。慢心していたのではないかと言われれば頷かざるをえないとイワンは思う。 三人の乗る車を追うタイガー&バーナビーコンビと、ファイヤーエンブレム、そしてブルーローズ。それ程変わり映えのない展開だとアニエスが爪を噛む音が聞こえそうだとイワンは夜の街を駆ける。数メートル先には、折紙サイクロンと同じく夜を駆けるドラゴンキッドがいた。ちらりとそちらを見る。今夜犯人確保は誰がするだろう。やはりブルーローズか、バーナビーか。そう目星を付けた。 しかし、折紙サイクロンが空にホバリングするヘリを見上げた瞬間、誰かの舌打ちが聞こえた。強制的に回線をオンにされた折紙サイクロンが聞いたのは、ワイルドタイガーを詰る複数の声だ。 『このおばか!どうして逃がしたの!!』 『まったく。おじさん、何て事してくれたんですか』 『ちょっと、タイガー!どうにかしてよね!』 ぎゃんぎゃんと詰られてワイルドタイガーが悲鳴を上げた。どうやら彼の大ぶりな攻撃が外れ、周辺施設が壊れた弾みで、三人の逃走者がてんでばらばらに逃げ出したようだ。これは分からなくなってきた。誰が犯人確保をしてもおかしくない。こうなれば一番おおとりに確保をするヒーローにやまを張るしかない。 散開したバディと、炎と氷の女王を見る。ブルーローズにドラゴンキッドが加勢する様子が見える。今夜のツキを逃したタイガー&バーナビーよりはこちらの方がいいだろうと、折紙サイクロンは二人のヒーローを追った。 超高層ビルに昇って逃走した犯人に折紙サイクロンは呆れてしまう。上に行ったら逃げ場がないのに、いや、メリットはあるのだ。テレビ映えする。これこそショウアップされたヒーローショーの極意。これもアニエスの思惑だろうかと思ってしまう。 先にエレベーターで追いかけた二人に続いて、折紙サイクロンも残りのエレベーターに乗り込む。超高層ビルの加速に追いつけなくて耳鳴りがするが気にしていられない。さあ、今夜の折紙サイクロンの出番だ。 ビルの屋上に遅れて到着した折紙サイクロンは物影からちらりと覗くと、フェンスに追い詰められた犯人が見えた。犯人の前には棍を構えたドラゴンキッドと、ガンを構えるブルーローズ。チェックメイト。 間に合って良かったと思ったけれど、どうにも三人共動く気配がない。 このまま揉み合いや戦闘になった場合、屋上の縁では危険過ぎるのだ。犯人をフェンスから離さない限り二人は動けないのだろう。 (ううん、このまま膠着してトリに確保してくれればいいけど…) 腕組みをして考え込む。今からバーナビーの方へ行く事も考えたが、移動中に確保されたら元も子もない。このままここにいるのが賢明だ。 「く、来るなぁ!」 錯乱した犯人が手にした袋を振りまわす。何ともチープな犯人だと折紙サイクロンは思う。お粗末にも程があるが、その癖厄介な状況を作り出してくれたものだ。 がしゃん、と派手な音を立てて袋がフェンスに当たる。それなりの個数が入った袋だ。ブラックジャックにもなるだろう重量の袋に悲鳴を上げたフェンスが、屋上の外に飛び出す。しまったと折紙サイクロンは舌打ちを押さえる。落下だけは避けたい。二人もそう思った様で、ブルーローズとドラゴンキッドは共に得物を下ろすが犯人は未だに袋を振りまわしながら叫んでいる。ばらばらと落ちる宝石も見えていない。 「危ないからそっちに行っちゃ駄目だ!」 ドラゴンキッドが叫ぶと、袋の遠心力に負けた男が一歩後退した。 あっと思った瞬間、犯人の体が宙に舞った。夜景に消えた犯人の姿を見たと同時に機動力の高さを生かした二人は走り出す。飛び出した犯人の首根っこを掴んで屋上に放り投げたが、今度はブルーローズとドラゴンキッドがもんどりうって外に放り出される。 折紙サイクロンは考えるよりも先に体が動いていた。男を顧みずに屋上の外に身を躍らせたのだ。 先に折紙サイクロンが掴んだのはドラゴンキッドだった。ドラゴンキッドもブルーローズに向けて手を伸ばしているが、手のリーチが短く彼女の指先はブルーローズに届きそうもない。そんなドラゴンキッドの手を掴み自分の方に引き寄せると彼女の体を左腕で抱える。 そんな折紙サイクロンのマスクにシールドが当たった。ブルーローズの頭に付いているシールドだと思った瞬間、折紙サイクロンはブルーローズの名を叫ぶ。 ブルーローズの人工的な青い瞳が見開かれ、折紙サイクロンに腕を伸ばしてきた。何度も掠る指先と、掴めない腕に折紙サイクロンは唸る。ようやくブルーローズを捕まえられた頃には、彼女のウイッグも外れて亜麻色の髪の毛が空に広がっていた。彼女達のマイクやイヤモニも宙に舞う。ロゴが入った髪飾り、緑色のウイッグ。ばらばらと剥がれ落ちる装甲に、命が零れる思いがした。 死ぬかもしれない恐怖に歯の根が合わない。二人を助けられる様な擬態をしたらいいと思っても、恐怖から集中できない。思考が絡まって、能力が使えなかった。 せめて、万一の可能性に賭けて折紙サイクロンは体を捻る。自分が下敷きになって、彼女達が助かるのならと背中を丸めてブルーローズとドラゴンキッドを抱き締めた。 見る見るうちに遠ざかる落下地点、流れる景色、離れて行く星空に、折紙サイクロンは二人を抱き締める力を強くする。 「爸爸、媽媽」 聞き慣れない発音が折紙サイクロンの耳に届く。 「助けて、パパ、ママ、…タイガー」 最期が僕と一緒でごめんねと謝りたかったけれど、折紙サイクロンは言葉が出なかった。 (助けて、二人を助けてよ。ねえ、ヒーロー) じわりと涙が浮かぶ。見切れるだけしか能がない自分では二人を助けられない。せめて緩衝材くらいにはなれるだろうか。それでも、あれだけの高さから落下すれば、原形を留められない程に叩き付けられるだろう事も分かっていた。 「助けて、スカイハイさんっ…!」 いつか訪れるだろう衝撃に備えて、折紙サイクロンは二人をしっかりと抱える。 悲鳴が聞こえた。誰の悲鳴なのか、風の音でかき消されて分かる事はなかった。 「折紙君!」 ああ、最期にスカイハイの声が聞けて良かったと折紙サイクロンが顔を動かす。不自然な体勢を取っている所為でどこもかしこも痛い。最期痛くないといいなと思った瞬間、ジェットパックの軌跡が見えた。 喧騒とサイレンが鳴り響く中、折紙サイクロンとブルーローズとドラゴンキッドがふわりと地上に下ろされる。ぎしぎしと痛む体は未だに動かなくて、三人共きつく抱き合ったままだ。涙と鼻水で酷い顔になっているブルーローズとドラゴンキッドを見て、ああ助かったんだと折紙サイクロンは思う。規制された着地地点では救急救命士が大挙して四人を取り囲む。 担架持って来い!酸素マスクはまだか!AED準備しろ! そう怒鳴っている救急救命士を呆然と見る。 動かない折紙サイクロンに変わって救急救命士が彼のマスクを外す、吐きそうなほど体が痛かった。すっかり腰が抜けた三人は数人がかりで担架に乗せられる。 「…あ、」 「喋らないで下さい」 「あの、スカイハイさんは」 救急救命士達に囲まれているスカイハイは苦しそうに地に伏せたままだ。バイタルサインを確認するモニターと、横に置かれたAEDに折紙サイクロンはぎくりとする。動かない体を必死に捩ってそちらに近付こうとしたけれど止められてしまった。治療を受けるのが先だと言う救命士に、折紙サイクロンは首を振る。 「ど、どうしてスカイハイさんは動かないんですか?」 「大丈夫です、スタッフが治療に当たっていますから安心して下さい」 「動いてないです、だって、動かない」 舌が強張って動かない。たった今体験した落下の恐怖か、スカイハイの状態に対する恐怖か、全く分からない。それでも縺れる舌で救命士に縋った。 「どうして、どうして動かないんですか」 引き下がらない折紙サイクロンに根負けした救命士が、指を指す。オーバーヒートして熱を帯びているジェットパックが目に入った。 「生身の人間では到底耐えきれない程のスピードを出した所為です」 内蔵を破損している可能性があります。そう告げられたイワンは、先程よりも深い絶望に襲われる。自分の所為で、スカイハイは現在危険な状態なのだ。 「僕が、ちゃんと擬態して二人を助けていられれば、スカイハイさんは怪我をしなかったのに」 「あなたの所為ではありませんよ、折紙サイクロン」 「僕が、僕がちゃんとしていれば、ちゃんと二人を助けていたら」 手を伸ばした折紙サイクロンが担架から転がり落ちる。強かに肩を打ったが、気にせずにスカイハイに駆け寄ろうとした手を取られた。救命士が鎮静剤を打ちますと言って折紙サイクロンの腕のガントレットを外すのを、身を振って抵抗する。 「やめて下さい、スカイハイさん、スカイハイさん!」 押さえつけられて、手の甲にチクリとした痛みを感じた。それでも委細構わず折紙サイクロンは身を捩る。スカイハイさん、スカイハイさん、そう悲痛に叫ぶ折紙サイクロンに、救命士は何度も大丈夫ですと繰り返した。 「キースさん」 どうして僕は誰も助ける事が出来ないのかな。そう折紙サイクロンが呟こうとしたが、舌が動く事は無く、見えている世界が境界線をぼかして、とうとう腕から力が抜けた。 検査入院ですんだ三人と違って、キースはそのまま入院する事になってしまった。 ジェットパックが出せる最大の加速値を越えて飛行した結果だと医師が言っていたのをイワンは聞いた。 「すまん、俺の所為でもあるんだ」 ハンチング帽を取った虎徹がイワンに頭を下げる。どうして僕に頭を下げるんですか、そう言おうとして口を動かしたけれど、結果何も言えずに俯くだけだった。 「お前らがあいつの能力圏内に入るには、あのジェットパックじゃ遅すぎたんだ。だから、俺がハンドレットパワーでスカイハイを抱えて飛び出して、そのままの勢いでスカイハイを出発させたんだ」 つまり虎徹はキースのカタパルトになったと言う事だ。慣性の法則で飛び出したスカイハイは、自身が耐える事の出来るスピードを越えた。リミッターを解除したスカイハイは風の弾丸になり、三人を救出した。 「でも、そのお陰で二人とも助かりました」 「お前も、だろ」 「僕は…」 「二人を助けられたのは、お前がいたからだよ、ヒーロー」 くしゃりとイワンの頭を撫でた虎徹に、小さく頷く。 奇跡的に一ヶ月程度の入院で済みそうだと虎徹が言って、病室を顎でしゃくり入れよと視線で促す。どんな顔をしていいか分からなかった。慢心が招いた結果でキースを危険な目に合わせてしまった罪悪感でイワンはキースに会うのが怖かった。 「会わない、なんて寂しい事言うな。会ってやれって」 背中を押されてイワンは虎徹を振り返った。 震える手で取っ手に手をかけて、病室に入ると、消毒液の匂いが鼻をつく。一人部屋なのは病院側の配慮なのだろう。 「やあ、イワン君」 点滴を刺したままキースがイワンの姿を認めた瞬間破顔した。その眩しさに思わずイワンは俯く。 「もう大丈夫なのかい?」 「はい、お陰さまで」 「良かった、そして良かった!」 泣きそうなのを誤魔化す為に、にこにこと笑うキースの首にイワンはしがみついた。いつにない積極的なイワンにキースは面食らうが、直ぐに笑って体を抱きしめ返す。 「ど、どうしてこんな無茶してまで僕らを助けたんですか」 「だって、君が言ったんじゃないか。助けて、スカイハイってね」 可愛い恋人が助けを求めているのに、助けられないのは男として失格なんだと鹿爪らしくキースが言うものだから、イワンは少し笑う。そんな笑顔を見てキースもほっとした様に笑った。 「カッコ悪い所を見せてしまったね」 「そんな。キースさんはいつでもカッコイイです」 「そうかな。あれ位でへばってしまって、本当に…」 「だって、普通の人じゃ耐え切れない加速だったって」 「まあ、そうだね。ジェットパックも駄目にして、開発部の人に怒られたよ。あれだけ怒られたの、大人になって久し振りだったなぁ」 ジェットパックが壊れたと聞いてイワンは悲鳴を上げた。あの推進機器がないとスカイハイは空を飛ぶ事が出来ない。そんなぁと、青褪めたイワンにキースが笑う。 「一ヶ月は安静だからね、それまでには終わるさ。我が社のエンジニアは優秀だからね!」 一ヶ月HERO TVに出られないとなると、どれだけポイントが取れないだろうか。三位転落なんて事になったらイワンは首を吊るしかない。 「す、すいません、本当に…」 「いいんだ、イワン君が無事で良かった。君にもしもの事があったら、私は生きていけない」 額にキスをされて、イワンは驚いた様にキースの顔を見る。凛々しい眉が困った様に垂れさがる様は、彼の飼い犬にそっくりだ。すこし色づいた頬を照れくさそうに掻いたキースは、今度は鼻先にキスを落としてくる。 「…キースさん」 「しばらく一緒に寝られないからね。イワン君を補充しておくとするよ」 リップ音を立てて、顔と言わず耳や首筋にもキスをするキースがくすぐったくて、イワンはキースの腕から逃れようと藻掻くが、それを押さえこまれてイワンはホールドアップした。 「あとちょっと嫉妬したから、その補填も兼ねてね」 「嫉妬?何にですか?」 「いや、ローズ君とキッド君は、イワン君にあれだけ抱き締めてもらえていいなぁ…と…」 緊急時なのだから抱きかかえるさと思って、言うのを辞めた。この人は一度拗ねるとなかなか機嫌が戻らない面倒な大人なのだ。 イワンが両手でたどたどしくキースの頬を挟み、唇を合わせると、今度はキースが目を見開く番だった。 「…あ、後でたくさん抱き締めてあげますから、早く治しましょう」 「そうだね!イワン君のキスとハグの為に頑張る、そして頑張る」 だからもう一度!と言ったキースに、イワンはキスをした。ありがとう、僕のヒーローそう言われると、キースは嬉しそうに頷いて、イワンを抱き締めた。
三兄妹のお兄ちゃん的な先輩と、そんな先輩の危機に颯爽と現れるグッドマン氏が書きたかったんです。颯爽かは甚だ疑問ですけども。追記・タグありがとうございます。書きなおしましたー。物理苦手なのが露呈しましたねあいたたた。姉からもお前は物理を選択するなと言われたくらい数学と物理が駄目な子でした。とほほ。しかしあの一文を拾って下さるとは、私の拙い文章を読んで貰っているんだなぁと思って、ちゃんと頑張らないとと気合を入れなおします、うしっ!
風の途
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_さて、ここで昔話をしよう。 私、宮間優の高校時代の話である。…….え?興味無い????いやそんなこと言わずに……。ならば言い方を変えよう。私と、みんな大好き降谷零の話であると。 私と降谷の出会いは高校の入学式だった。皆さん想像した??桜並木の下で見つめ合う私達。はい、ざんねーーん!!!!桜並木で見つめ合うどころか桜並木で降谷を蹴り飛ばしたのである。いやもちろん故意的では無い。遅刻しそうで走るじゃん?塀を飛び越えるじゃん?下に降谷いるじゃん?まぁ蹴り飛ばすよね。あの時は平謝りしたなぁ。そのお陰(?)か降谷は私に対して猫を被る事が出来ず、本性を知ることができたんだけど。凄かったよ。私には初対面の時『次やったら命は無いと思えよ。(訳:殺す。)』だったのに、他の女の子には『それ運ぶよ(キラースマイル)』だからね。私にもそのキラースマイル見せてみろや。アッお顔が美しい…!!! と、まぁこんな感じの出会いを果たし、入学早々に降谷の本性を知った私は当然目を付けられた。向こうからすれば俺の本性バラすんじゃねえぞ、っていう脅しだったのかもしれない。いや、あれは脅しだな。時々友達と話してる時に殺気感じたもん。まぁそれも次第に緩んでいき、私が無害(入学早々に蹴り飛ばしておいてなんだが)だと分かるとまるで気を許した友のような扱いになった。異性で本性を見せられるのが私しかいなかったからだろう。こっちもそんな二面性のある殺し屋みたいな男は恋人には願い下げなので、当然お互い恋愛感情を持たずに気楽に付き合えた。男女の友情って存在したんだなーくらいの勢い。 『見ろ、これ。』 『やば、降谷じゃん。』 『は?このモルモットが?』 『いや、後ろのゴリラ。』 『………遺言はそれだけか?』 『また別れたの?』 『付き合う女が俺に合わせないんだ。どうして俺のことを理解して、行動を合わせないんだろうな。』 『お前、恋人のこと心が読める超能力者かなんかだと思って付き合ってんの?』 『いや、付き合ってる内にそういう面はスキルアップするもんだろ、普通。ピ○チューでもサ○シに合わせられるぞ。』 『彼女をポ○モンと一緒にしてんじゃねぇ。』 まぁこんな軽口も叩き合っていたし、お互いに気負わなかったのでよく一緒にいた。何故かモテた私にとって、降谷はちょうど良い告白避けになったし、降谷も同じく私を告白避けにしていた。利害関係の一致、という意味でも私達は仲が良かった。それは向こうが警察学校に入っても、また公には言えないような秘密主義の部署に所属しても変わらなかった。 閑話休題。 _ザワザワ…… 誰かが呟いた。 「綺麗……。」 と。 当然だ。ウチの会社のドレスを着て、友達のプロのヘアメイクアーティストに整えてもらったんだぞ。身体が華奢な私は、顔面の塗装工事さえ完璧であればそれなりに見えるのだ。しかも、そこに我がブランド自慢のドレス。濃紺のロングドレスはシンプルなデザインだがその分上品さが際立つ。上司に色々と掻い摘んで説明し、ヘルプを求めると、 『彼氏もきっちり繋ぎ止めて、ウチの商品も宣伝してこいよ!』 と親指を立てられた。どうせ結婚は免れないので、会社には"仮初めの恋人"であることは伏せてある。 さて、頭のてっぺんから爪先まで気を遣い、魅せるように歩きながら視線を彷徨わせる。あのド金髪ならすぐに見つかるだろう。端から端まで視線を流し、目立つ金髪に視線を止めた。こちらの騒ぎに気付いた降谷が視線を流し、私と目が合う。降谷は少し目を見開いて、そしてすぐに立ち上がった。颯爽と私の元に歩いてくると、さながら恋人のように腰を抱く。 「ふる…、零、待たせてごめんなさい。」 「いや、全く待ってないよ。それにしても…、綺麗だ。」 「ふふっ、こんな杞憂な場で、少しでも貴方の気晴らしになれたなら嬉しいわ。」 いつもよりワントーン高めの声でそう言えば、降谷は照れたようなフリをした。コイツ、フリで頬も染められんのか。強い。 「…さぁ、行くか。」 「ええ。」 腰を抱かれたまま、例のお見合い相手とその父親の座るテーブルに向かう。向こうはもっと庶民的な、この場に似つかわしくないような女が来ると踏んでいたのだろう。唖然とした顔でこちらを見ていた。父親に至っては分かりやすく頬を染めている。 「お待たせして申し訳ありません。降谷の恋人の、宮間優と申します。」 謝罪の気持ちも込めて、少し深めのお辞儀をすると、向こうもわざわざ立ち上がる。 「いやいや、とんでもない…!こちらこそ急に呼び出してしまって申し訳ない…!」 「いえ、そんな…。」 実は、私は待ち合わせ時刻から30分遅れてレストランに着いた。もちろん計算の上だ。降谷には事前に着いてすぐに、どうして遅れたのか聞くように伝えてある。さっさとこの席を終わらせるための秘策を、用意してきたのだ。 「そういえば、どうして遅れたんだ?仕事はもっと早くに切り上げられたと言ってなかったか?」 流石は降谷だ。長年で培った演技力は伊達じゃない。だけど、それは私も同じ。ふ、と視線を下げ、困惑したように口元に手を当てる。 「あの…、実は最近、体調が優れなくて病院に…。元々予約を入れていたから、どうしても外せなくて…。」 「そ、それは大変だ…!身体が辛いなら、座って話を…、」 先に反応したのは、見合い相手の父親、零の上司だった。 「いえ、その、この場で言う事では無いのですが…、」 薄い腹を撫でながら眉を下げ、私は堂々と嘘を吐く。 「…零、貴方の子どもが、出来ました…。」 _____________________ 「あれはビビったぞ。本気でいつの間にか出来てたのかと思った。」 「はっはー。な訳あるかよ。」 降谷自慢のRX-7の中で、私達は笑う。 あの後、私の妊娠発言に向こうは再び呆けた顔をし、気を取り戻すと途端にそそくさと帰り支度を始めた。 『い、いやぁ、縁が無かったということだな!降谷、早く彼女と結婚してあげなさい!大事にするんだぞ!』 『お、お身体お大事に…!』 子どもが出来ているのでは完全に勝ち目は無いと踏んだのか、それとも元々ハイブランドに身を包んだ私を見た時から諦めていたのかは謎だが、親子は肩を落として帰っていった。こうして私達の会食は食事も取らぬまま、わずか数分で終了したのだ。 「あの策は思いつかなかった。お前、案外エゲツない事考えるな。」 「え、長年の付き合いで知らなかったの?」 「知ってた。」 「だよね。」 降谷はハンドルを切りながら、あ、と呟いた。 「でも、どうするんだ。子どもなんて本当はいないのに。」 「聞かれたら、妻は階段から落ちて流産しました、って泣きそうな顔で言っとけ。流石に『じゃあうちの娘と!』とはならないし、できないでしょ。」 「恐ろしいくらい頭が良いな。お前を敵に回さなくてよかったよ。」 「そりゃあどうも?」 そうこう話している内に、いつの間にか降谷の自宅に着いていた。何故私の家に帰らないのかというと、万が一尾行されていた場合、この状況で別々の家に帰るのはあまりにも不自然だからだ。とりあえず今夜は欺く為にも一泊しつつ、今後どうするかを話し合う。 「さて、では第一回『降谷と結婚するけど今後どうしますか会議』〜〜〜!」 「ネーミングセンスの無さ。」 「ほっとけ。」 降谷のスウェットに着替え、コンビニで買ったメイク落としですっぴんになった私は、降谷宅のソファで寛いでいた。片手には缶ビール。完全なるおっさんである。うるせぇこちとらもうすぐ三十路だ。 「まぁ、今後どうするって言っても、とりあえず明日には婚姻届を提出することになるな。」 「はいはい、おっけー。じゃあ、明日は半休とるわ。」 「そうしてくれ。あとは……、そうだな、お前のご両親に挨拶しに行こう。」 うわぁ、嫌なイベントになりそう……。心の中で呟きながら缶ビールを煽る。 「で、明日出来れば午後に半休取ってもらって、婚姻届出したその足で物件探しに行こう。」 「はい!はいはい!仕事部屋が欲しいです!!」 「それも明日考える。」 家で仕事をすることも多いし、それだけは譲れない。歩き回りながら話していた降谷が、ようやく同じ缶ビールを片手に私の隣に座った。 「あと、結婚指輪も買いに行く。フェイクとはいえ、無いと不便だしな。結婚したと分からせるのにいい。」 「うわぁ、人妻になっちゃう。」 「お前に一番似合わない響きだな。」 「どこぞのゴリラに言われたくないわ。」 降谷の缶ビールがめきょっ、と音を立てて凹む。チラリ、と盗み見れば、がっつり降谷と目が合う。やめて欲しいよね。ゴリラが潰れた缶を片手に微笑んでくるとか。あ、ウソウソゴリラじゃなかった全然違うわむしろイケメンだわやばい。 「…ま、まぁ、あれでしょ?"安室さん"とは今まで通りただの店員と客でいいんでしょ?」 「逸らしたな。…それでいい。"安室透"はただのポアロの店員で毛利探偵の弟子だからな。」 「よく考えたんだけどさ、29のそろそろ三十路男が、フリーターで探偵の弟子ってヤバくない?」 いや、睨まないでよ。でもよく考えて???確かに顔はいいかもだけど、三十路で探偵の弟子でフリーターだよ???ランクで言えば、売れないバンドマンと一緒だよ???キャーキャー騒いでる女子高生は一旦冷静に考えてみて。 「そういう設定なんだから仕方ないだろう。俺もやばいと思うけど。」 「降谷、顔が良くて良かったね。顔が良かったからどうにかなった設定だよ、それ。」 「それな。」 「は〜〜〜このナルシ野郎。」 飲み切ったビール缶を潰して降谷に投げつける。まぁあっさりとキャッチされてしまったが。 「受理しました。ご結婚、おめでとうございます。」 こうして翌日、私は"降谷"優となったのだった。 トリプルフェイスのお嫁さん 頭の回転が速いので、息をするように嘘を吐ける。本人は『何故かモテた』と言っているが、顔良しスタイル良しでモテない筈がない。トリプルフェイスを告白避けにしていたが、実は影で校内のベストカップルとされていたことを知らない。トリプルフェイスの彼女役、実は二回目説濃厚。 嫁を得たトリプルフェイス レストランに現れたオリ主に結構本気で見惚れた。照れたフリも実は本気で照れていただけだったので、オリ主が誤解してくれて助かった。ゴリラ呼びだけは解せない。 お見合い相手親子 どんな庶民が来るかと思ってたらハイブランドの女が来てあら大変。オマケに妊娠(嘘)してるし、ぶっちゃけ勝てないと踏んで早々に諦めた。降谷くんは美人と結婚するんだなぁ。だってイケメンだもの。み○を。
<br />遅くなりました!!!<br /><br />最近のマイブームはにやけそうな顔をしゃくれて誤魔化す友人です。<br /><br />オリ主(名前有り)が出ます!<br />あ、これ無理って思ったらすぐにブラウザバック!!メンタル豆腐なので誹謗中傷はお控えください………。
「降谷…私もとうとう人妻(仮)か…。」
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そわ。 そわそわ。 「立花ぁ、どした?」 「あ、いやっ、何でもないっす」 チラチラと壁の時計を見ていると、先輩から声をかけられ慌てて俺はごまかした。 「? 変な奴だな」 先日上司に俺が食って掛かった案件は、交渉額に対して多少の割引を提示することで契約成立となった。建材にはA社製を使うので、利益はもともと以上にうちがもらう計算だ。 同時に500万を満額であればもっと上質の建材を使えることや、長期的に見てお得であることなどを十分説明した上で、先方は今すぐかかるコストを重視する答えにたどり着いた。 A社製だって業界的に見れば悪くない。 だから安心できる範囲であるのは間違いない。 「割引っていうのも不利になるわけじゃねーよなー。案外」 ころっと変わった先輩の言葉の内容に、俺は思わず吹き出しそうになる。 一切交渉に応じませんって顔してたあんたがそれ言っちゃうのかよ。 「…なんだよ」 笑いをこらえて口元がふよふよと動いてしまって先輩がそれに気づく。 一気に不満そうな顔になって、俺の頭を羽交い絞めしてグリグリと鉄拳でこめかみを抉る。 「いだだだだだだ、痛いっすってば!ちょ、先輩」 あはははははと笑いながら先輩の腕を外そうともがく。 「お前俺のことバカにしてるだろ」 「してませんって」 「してる」 「してませんって」 俺はパシパシと先輩の腕を叩いた。 「もお離してくださいよー。笑いませんから」 「ふん」 ようやく先輩は俺の頭から腕を外して解放する。 「メシ行くぞ。ついて来いよ」 「えっ、マジっすか。先輩のオゴリですか?」 「バぁカ。厚かましいんだよテメーは」 「ははは」 「お前今日はよく笑うなぁ。…ったく」 呆れたように肩をすくめる先輩の言葉に、俺はハタとして気づく。 …ああ、たしかに、こんなに腹の底から笑ったのとか、久しぶりだ。 「さーせん」 はは、ともう一度笑う。 こんなに心が清々しい原因は分かってる。三葉がいるからだ。 長い間、まるで前世のそのまた前前前世くらいから探していたような気がする俺のカタワレ。その人が俺の前に現れたというそれだけで、世界にははじけるようなカラフルな色がついているように俺には見える。 ポケットの中でメッセージ着信特有の振動が短く音を立て、先輩に気づかれないようにそっと俺は画面を立ち上げた。 瀧くん、どうしてるかな? 元気かな? 今日はうどんが掻き揚げだったよ! と、ご丁寧に美味そうな掻き揚げうどんが画像で添付されている。 (お前、相変わらず食いもんばっかだなぁ) くっくっ、と苦笑する。 こんな何気ない会話すら楽しかった。 いいな。美味そーじゃん、と入力して返事する。 その日の昼食は、天ぷらうどんになった。 [pixivimage:70603145]
こんばんは。<br />いつもありがとうございます。<br /><br />再会までの苦労の報われた二人を見たい、という声もあり、イラストと共に投稿します。<br /><br />とりあえず瀧くんサイド。<br /><br />記念すべきシリーズ40話目が幸せそうで良かった(* ´∀`*)<br /><br />🍀これまでのシリーズ🍀<br />◼もう一度、君と出会う<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8561443">novel/8561443</a></strong><br /><br />◼お願いやから そばにいて<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8025038">novel/8025038</a></strong><br /><br />◼時のかけら<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8233284">novel/8233284</a></strong>
君がいるから。
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この作品は本人とは全く無関係であり 本人の迷惑となる行為はお控え下さい。 さかうらはちょこっとだけ出てきます。 地雷の方は回れ右してください。 その他諸々が守れる方はどーぞ! [newpage] 「まーしぃ最近太った??」 事の始まりは坂田のこの一言から始まった。 (。-ω-。)----------キリトリ線----------(。-ω-。) smside 今日は俺の家で久しぶりにしまさかでPUBGをしていた。 し「おっしゃ7キルー!!」 さ「うぇえ!?まーしぃもう7キルしたん! 僕まだ1キルしかしとらんよー…」 し「いやぁー今日は冴えてるわぁ。w」 さ「うー…ちょっと休憩しよやーまーしぃー」 し「せやなーじゃあコンビニで飯買いに行ってくるわー」 さ「あ!僕も行くー!!」 し「はいはーい」 帰宅 さ「んぐんぐっあっほういえばふぁー!」 し「坂田wちゃんと飲み込んでから喋れw」 さ「ごくんっへへっごめんごめんw でさ!なんか最近思っててんけど」 し「んぐんぐっおん」 さ「まーしぃ最近太った??」 まーしぃ最近太った?? まーしぃさいきん太った?? まーしぃさいきんふとった?? マーシィサイキンフトッタ?? 太った…?? し「え…どういう…」 さ「いやぁまーしぃこの前まであんま食べる人やなかったのに最近はよぉ食べるなぁって」 うそ。 し「え、そんなに??」 さ「うーんでもまーしぃ元々あんま食べへんかったからこのくらいがちょうどええんかなぁーでもこの前よりちょっとふっくらしたなーって」 え、うそやん。 し「そ、そうなんや」 さ「うん!でもあんま気にせんでもええかも!てかこのカツ丼うますぎん!?このカツが……」 正直このあと坂田がカツ丼について熱く語ってくれたのを俺は耳から耳へと流してしまっていた。 それくらい衝撃的だった。 [newpage] smside し「……やばい…よな……」 そう呟いたのは鏡の前で腹を出した自分を見つめている志麻だった。 し「…こんなんじゃ、センラさんに嫌われてまう…」 そう。センラさんとこの前テレビを見ていた時の話。 せ「このアナウンサーめっちゃ足太い気がしますねぇ…」 し「それ俺も思った。あれかな。ロケとかで食べすぎちゃったとか?」 せ「あーですかねぇー。でも志麻くんもこのくらいとは言いませんがもっとムチムチしててもいいと思いますよ。」 し「えぇー志麻太りたないー」 せ「志麻くんは細すぎなんですよーセンラ心配になりますーそんな子にはこうやっ」 センラさんは志麻の脇腹を思いっきりくすぐり始めた。 し「ひゃっやめっwやめてwセンラさっwあひっwんっやぁっだっ…ん…」 せ「ちょっ志麻くんエロすぎません? センラのセンラが危なくなりそうです…」 し「へ…?」 まぁ話はここまでにしておこう。うん。 でも!でもや!!これは流石にムチムチしすぎとちゃう!? むにむに… あかん…ほんまにダイエットせな… 決めた。志麻今日からダイエットする!! そんなダイエット宣言をした俺に悲劇が待っているとは… [newpage] smside よっしゃ!今日は久しぶりの休日! いつもはゲームや配信などをして一日を潰しているが 今日からはダイエット記録をすることにする。 し「っていってもいろいろあるよなぁ…」 ネットでいろいろなダイエット方法が載っているサイトをスクロールで見ていく。 一昔前に流行ったバナナダイエット。 なんかようわからんロン〇ブレスダイエットなるもの。 いろいろあった。 その中で志麻が目に止まったサイトがあった そこには。 【彼氏と楽しく気持ちいいダイエット!!してみませんか??】 と、書かれたサイトだった。 し「センラさんと、楽しく気持ちいいダイエット??」 俺は気になりすぐさまサイトを開いた。 [newpage] snside 今日は1ヶ月ぶりのの休日! ホンマにあのクソ上司ぶっ殺s… ヴっヴん。 そんなこんなで内緒で東京に行きます!! 愛しの志麻くんにサプライズで家に行っちゃいます! あぁ…早く志麻くんに会いたい… 最近センラ頑張った…頑張ったぶん癒しが欲しい… 早く志麻くんを抱きしめてチューしてそのままベットインしたい… おっと電車がきたようや。 まっとれ志麻くーん! [newpage] そんなことは知らない志麻は もうそのサイトに夢中だった。 smside 【最近太ったなぁ…とか。彼氏さんなどに太った?など言われませんか??】 し「彼氏やないけど言われたなぁ…」 【そんなあなたにおすすめのダイエット方法。それは。】 し「それは…?」 ガチャッ せ「志麻くーん!センラさんが来ましたよー!」 し「うぇえ!?センラさん!?なしてここに!?」 せ「サプライズで来ちゃいましたー!あぁ 久しぶりの志麻くんやぁ可愛すぎる…」 そこでハッと思い出す志麻。 今俺太ってるんや… センラさんに嫌われる…! し「セ、センラさん来たあかん!」 せ「え!なんでですか!」 し「いや、えっと、その…今しま…」 せ「ん?こんな所に志麻くんのスマホが…」 驚きすぎて手から離してしまった 俺のスマホを手に取るセンラさん。 し「あっ!それは!」 せ「エッチすれば心も体もスッキリダイエットできる…?」 し「え…」 そ、そそ、そんなこと書いてたん!? エ、エエ、エッチとか… せ「へぇー志麻くんダイエットしようとしてたん…?楽しくて気持ちいいダイエット…?」 志麻の顔がかあああっと熱くなる。 せ「センラに教えてくださいよ。楽しく気持ちいいダイエット方法…」 し「え…やっちが…」 せ「何が違うんです?志麻くん。 さ、ベット行きましょか。」 このあと無事志麻はダイエットを成功させたのであった。 [newpage] skside う「おい坂田。」 さ「な、なんでしょう…」 今僕、坂田はうらさんに向かって正座をしている。 う「志麻くんから聞いたけどさ、お前デリカシー無さすぎ。」 さ「はい…すみませんでした。」 そう。僕はこの前まーしぃに最近太った??なんて軽々しいことを言ってしまったのだ。 う「普通彼氏持ちの男子に!しかも志麻くんに!太った??なんてことを言うやつがあるか!! 志麻くんすげぇ落ち込んでたぞ。」 さ「はい…存じております…以後気をつけます…」 うらさん(彼女)はもうそれはそれはご立腹。 う「はぁ…今度志麻くんや他の人達に軽々しくそんなこと言ったら1週間お触り禁止な。」 さ「えぇ!!そ、それはないでうらさん!!」 う「うるせぇ!罪を重んじろ!!」 さ「はいぃ!!」 う「俺も気をつけなきゃな…(ボソッ)」 誰にも聞こえない声でそう呟くうらたであった。
なんとpixivルーキーランキング17位に選ばれました!ありがとうございます。<br /><br />せ「センラは志麻くんが100キロ超えても愛してます。」<br /><br />し「それは俺がいやや。」
楽しく気持ちいいダイエット方法
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※原作ネタバレ注意 ※現代に転生 ※英二記憶アリ、アッシュ記憶なし ※アッシュは俳優 ※少しだけ腐要素 世の中不思議なこともあるものだ。 前世の記憶があるなんて。  僕は物心ついた時から不思議な記憶をずっと持っていた。それはあの奇跡のような生と共に居た記憶。  小さい頃はそれが何なのかわからなくて、親に相談してみると「もしかしたら予知夢か、前世の記憶があるのかもね?」と我が親ながら平和ボケした返答をされた記憶がある。昔はそれはファンタジーの世界のようだ!とウキウキしていたが、成長するにつれ、それは馬鹿にできないこととなっていた。  現在19歳。奥村英二。  数奇な運命か。僕は同じ名前と歳で、アメリカへと足を踏み入れていた。  今回アメリカに来たのは、カメラのアシスタントとしてではない。スポーツ留学。高校陸上競技部経験者はその高みを目指すために大学を海外にする人も少なくない。僕はこの世界でも高跳びの世界へと入って空を飛ぶことを選んだ。  しかしそれが目的ではない。本当の目的は、彼が生きていたこの地で僕はまた過ごしていたかったからだ。留学は一応一年のみとなってしまうが、いずれはこの世界でも永住権を取るつもりでもあった。高校の時は部活がない日には写真を撮りに行って、コンクールの入賞金を貯めていたため、数ヵ月の生活費はある。それにこっちでも授業やトレーニングが終わればバイトを行おうとも思っている。備えあれば憂いなし。ってね? 「オツカレ、Eiji」 「あ!日本語ばっちり!お疲れ様です!」  バイト先は雑誌などの撮影スタジオのスタッフ。短い時間しかいられないのに僕に非常に優しく接してくれるし、日本語が通じた方が楽だろうと興味津々に言葉を教わりにくる。  それに、この仕事場には稀に彼が来るところでもあった。 (あ……) 「Hi.エイジ。たしか…三度目だっけ?相変わらず中学生にしか見えないな。」 「な!!!余計なお世話さ!!」  ははっと笑顔を見せるその人物は「アスラン・ジェイド・カーレンリース」皆からはアッシュと呼ばれている世界的ハリウッド俳優。  そう。彼もまたこの世界に生まれ変わっていたのだ。  初めて彼をテレビで見たときには驚いた。子役として類い稀なるオーラを放ち演じる天才として世を騒がせ、その美貌に男女問わず人気。世界のセクシー男優やイケメン男優で堂々の一位を取ったこともある俳優へ成長して現在は21歳となっている。  しかもその傍らには彼の兄「グリフィン」がマネージャーとして付き添っている。それを見たときに僕は歓喜の涙と、そして「僕はこの世界では彼から必要とされていない」という小さな絶望感の涙を流した。  おかげでその二人には会っただけで涙を流すほどのファンがいるなんてと苦笑されたが、今はそれでいい。前世を誰しもが覚えているはずなんてないし、彼には悲しい過去のある前世の記憶はない方がいいとも思った。  2回目に会う頃には自分の中でなんとか折り合いをつけて会ったため、普通の会話ぐらいはできた。俳優としての苦労はあるだろうけど今世の彼は幸せということがわかっただけでも、これは本当に心から嬉しかった。それで打ち解けられたのか、今ではラフに話が出来るぐらいにはなってる。  しみじみと考えながら撮影の行方を見ていると彼の後ろにあるグリーンスクリーンがわずかに揺れたかのように思った。  何か嫌な予感がする。  そう思って一旦撮影中断してスクリーンの調整をさせてもらおうとカメラマンに近づいた瞬間、 ガジャンッッッ!!!! とスクリーンを支える金具が外れる大きな音がスタジオに響き渡った。  走馬灯のようにゆっくり落ちてくるような様子に僕の体は変な力がみなぎってくる感覚がして、彼の体に飛びかかった。 「危ない!!!!!」 ガァッンッ!!ドンッ!! カラカラカラ……  物が床に当たる大きな音の後に何かの破片などが床を滑る小さな音が静まった空気によく響いた。  他の物と当たったような音もなかったから機材とかは無事なようだ。  火事場の馬鹿力というやつなのだろうか。スクリーン部分はペラペラしててもいきなり当たったりすれば結構痛い。頭や脇腹辺りを擦りながら彼の確認をする。呆然とした顔をしているが、どうやら怪我はないようだ。 「良かった…。君が無事で。」 「ッ!!!!」 「わっ!?」  僕が確認のために声をかけると、彼は急に僕を抱き締めた。かと思うと今度は引き離れて顔を触り、そして左の腹から脇腹をなぞり、また抱き締めてきた。 「あ…アッシュ……?」 「…すまない」 「僕は平気だよ?君こそ大丈夫?息が荒いけど…まさかどっか当たった!?」 「違う……俺は…平気なんだ…違う…お前が…お前が…すまない………。自分でも何でこんなに焦ってるのかわからないんだ。」 「アッシュ……。謝らないで…?知ってる?Sorryばっかり言うのは日本人の専売特許なんだよ?奪わないでくれよ。」  少しおちゃらけて言うと、少しだけ安堵を浮かべて「…何だそれ」と困った笑顔を見せてくれた。しかしまだ顔色が優れない。  辺りは一気に騒然となり、当たり前だが雑誌撮影は中止。また後日と言うことになった。明日は学校もないから朝からの出勤予定だったのだが、気を利かせてくれたのか休みにしてもらうことに。  帰り道。後ろからクラクションが鳴ったので振り向くと、高級車に乗った彼が窓を開けて僕の近くに寄せた。 「エイジ。良かったら送ってく。」 「えぇ!?い、いいよそんな…。それに…そんな高級車。僕には乗る勇気が無いよ!」 「どんな断り方だよ…。大抵のやつは喜ぶけどな。まぁいいから乗れって。ジャパニーズは年上の好意には甘えとくんじゃないのか?」  どっから得たのだろうかその情報は。仕方なく助手席に座り込むが、フッカフカだしなんか車内良い香りするし思わず興奮してくる。なんだろう。すごく彼らしいというかなんというか。キツい匂いじゃなくて、気を落ち着かせてくれるような、そんな匂い。 (ああ、そうだこの匂い……。彼と暮らしてた時にも嗅いだことがある。)  あのアパートで。寝起きの悪い彼を抱き上げてバスタブに放った時とか、シーツを洗おうと回収する時とか、泣いてる彼を抱き締めてあげた時とか……。  思わず鼻がツンとしてきたため、鼻を少し擦る。ここで泣いてしまったら何事かと思われてしまう。  家の場所を伝えてから車が進むこと20分。可もなく不可もないアパートの前の道路脇に車が停まる。少しだけ沈黙が流れる。車を出るタイミングが見つからないと同時に、まだ離れたくないと思ってる自分がいる。 「「あの」」  声が被った。互いの目と目が見つめ合う。プラチナブロンドの髪は暗くて成りを潜めているが、翡翠の綺麗な瞳がただ一点。僕の姿を捕らえて離さない。 「ア───」 「本当にすまなかった。」 「え?」 「お前を巻き込んでしまった。」 巻き込んだ?何を? 「さっき、スクリーンを支えていた金具やロープを見せてもらったんだ。不自然に切られていたり、金具の1つが異様に錆びれていたりしていた。お前…今度俺がやる映画知ってるか?」 「えっと……ガンアクション映画…だったよね?」 「実はその次の映画が決まってるんだ。それは、過去実際にあった話を証言の元に映画化する『リンクス』っつー映画だ。」  この時僕の目はこれでもかって言うぐらい開いたと思う。 「内容はまだ教えてもらってないんだが、ホワイトハウスを混乱させたぐらいの話でな。俺がこれに主役で決まったときから、身の回りに変なことが起きる。さっきみたいにな。監督も制作を考え直してるぐらいだ…。」 「君は………」  この世界でも嫌なやつらに狙われるのかい…?  リンクスと聞いてもしかしてと思ったけれど、まさか本当にそれを映像化しようとしてるなんて思いもしなかった。  確かにここ最近は、過去に起きた大事件を元に脚本され、映画化している物が多い。だけど…こんなの…こんなの…ッ 「あんまりだ……」 「エイジ…?」 「そんなの……君があんまりだ…」 「たしかにやりがいがありそうなのを妨害されるのは」 「違う!!……その作品は……やるべきじゃない……やるべきじゃないよ……うっ」 「エイジ? ………頼む…。泣くな。お前に泣かれると……何故かどうしたらいいかわからなくなる。」  この世界では彼の方が年上。前世で出会った頃よりも大人っぽくなっているが、困った顔をするとあの時の面影があった。  なんでこんなことにならなきゃいけないんだ。君はもう、命の危険に曝されるべきではないのに。  車内でこのままと言うわけにもいかなく、ひとしきり泣いた僕を部屋まで支えてくれた。鍵を開ける手も震えてしまい、代わりに彼が開けてソファーにも座らせてくれた。 「エイジ、服が涙や鼻水でグズグズだ。ちゃんと着替えとけよ?」 「……ズビッ……うん」 「……だーっもう!おら!さっさと脱げ!そして着ろ!」 「!?」  今まで近所のお兄さんみたいな口調だったのが途端に悪くなって目付きもキッと上がる。  これが素なのだろう。僕としてもそれがしっくりくる。 「口、悪いよ?」 「外にいるときゃ面被ってんの当たり前だろ。」 「……フフッ」 「何で笑ってんだよ…。」 「ううん。ごめん。つい。」  やっぱり彼は彼だ。  ギャングのボスでなくても根っこは変わらない。きっと彼はこんな目にあってもその作品を諦めることを絶対にしない。  いい加減に脱がないのかとキレ気味になった彼は、僕の服に手を掛けて脱がそうとする。 「ほら早く───」 「あ……」  彼が裾を少し上げると、左腹部にある傷痕が目に入ったのか目を見開いて動きが止まった。  生まれつきあるその傷痕は皮肉にも、前世の彼を庇った時に撃たれた箇所と同じ場所。 「これ…生まれつきあるんだ…。」 「…奇遇だな。俺は右の方にあるんだ。」  彼もまた裾を少し捲り上げる。そこには痛々しくはないけれど、ナイフで刺されたかのような傷痕があった。 「ばーか…何でお前が泣きそうになってるんだ…。」 「そういう君こそ………。」 「…なんか…向かい合うと傷が同じ位置になるから、繋がってるみたいだな……。」 「え?」 「…いや、何言ってんだろうな…。はぁ…だめだ。お前がスクリーンから庇ってくれた時から調子が悪ぃ…。」  君から貰う言葉がずぶずぶと刺さってきて胸が痛い。その言葉は無意識なの?それとも…何かしら僕に対して思いみたいのがあったりする?期待させないでくれ…頼むから……。  ぽたり…ぽたり…と涙が止めどなく溢れてくる。僕はなんて浅はかな人間なのだろう。彼には前世の記憶なんてない方が良いのに、思い出してまた僕に微笑んでほしい…なんて……。とんだ矛盾だ。 「おい…やっぱどっか痛たいのか?なぁエイジ…。」 「うっ…ちが……っう…うぅ…」 「エイジ……お前、俺ん家来るか?」 「ぅ…えぇ…?な、なんで」 「お前…なんかほっとけねぇし。来ねぇなら今日ここ泊まるわ。」 「なっ!!だ、ダメだよ!!」 「なんで。あっ!もしかしてヤラしいのと考えてるの?えっち」 「えっええっえっええええ!?」  涙でぐしゃぐしゃだった顔が真っ赤になってるであろう僕を見てゲラゲラと笑っている彼に、ソファーのクッションを投げつけても屁でもないようで僕の頭を撫でてくる。  どうせ君はチェリーボーイかよとか思ってるんだろうな!まぁ……そう…なんだけど…。  このまま君といても自分の欲深さが嫌になるのに、そう言ってくれる君に甘んじてしまうのはやっぱり、矛盾だ。 「あ、もしもしグリフか?悪い。今日エイジのとこに泊まるわ。うん。あぁ、わかった。はいよ。じゃあな。」 「え、ほ、ホントに泊まる気?」 「さっきみたいなことがあったからな。グリフも承諾してくれたわ。」  嬉しい……。  いやいやいやいやダメだって!!なんというかダメな気がする!一応彼は有名な俳優としての名が知れてるし、そんな彼がただの日本人大学生の家にいるとか…。  ダメなのかと綺麗な顔を使って上目遣いで見てくる。完全に自分の武器ってのを分かってやってるんだ。  そ……そんな顔されたら…断りにくいじゃないか…。 「ずびっ…はぁ…わかったよ…。ゲスト用の布団とかないから、君がベッド使って?僕はソファーで寝るから。」 「は?いやそこは俺がソファーで寝るって。」 「だだだめ!俳優さんにそんなことさせられませんっ!」 「今はただの一般人さ。シャワー借りるぞ。」  言うが早し。着ていた服をポンポン放って洗面所へ入っていった。しばらくすると、シャワーの水音がこちらまで聞こえてくる。英二はまだ涙で乾ききってない頬を乱暴に拭い、代わりの服を用意するためにクローゼットを開いたのであった。 [newpage] スゥ…スゥ…  静かな狭い部屋に二人の呼吸音だけが包む。さっきまで泣いたり顔を赤らめて騒いでいたのが嘘のように、青年はベッドで静かに寝ている。  自分が何故こうまでして青年と一緒に居たがるのかがわからなかった。今日のことでの心配か?それもあるだろう。ただ単純に側に居なくてはと言う感情に包まれていた。  初めて会ったのは雑誌撮影のために訪れたスタジオ。何度かそこのスタジオで撮影していたが、その日は見慣れない黒髪に黒い瞳の日本人がこちらを見ていることに気がついた。  それが、エイジ・オクムラとの出会いだった。  ジュニアハイとも勘違いしそうな青年は俺を見るや否や涙を流して眩しそうに見ていた。それは俺だけでなく、兄でありマネージャーのグリフも見て、だ。  おいおい。熱烈なファンだな。と思っていたが、その頃から青年と話す度にどこか懐かしく、そして青年の気取らぬ態度と優しさに包まれているのを実感した。 「良い子だったね。お前の熱烈なファンは今までにも居たけど、何と言うのかな…また別の感じがするよ。」  家に帰ればグリフもそう言った。俺もそう思うさ。と一言返事をすると、グリフは微笑んでから表情を切り替えて明日のスケジュールを読み上げる。その最中も俺は、エイジの事を考えていた。  次に青年と会った…と言っても、俺が単に見かけただけなのだが、とある大学の近くでインタビューを受けた帰り道。あまりその近辺に寄ることが無かったため息抜きがてらその大学の周りを見てみた。  すると 「Next Eiji!」 「はい!」  不意に聞こえてきた声を辿って行くと、グラウンドで棒高跳びの練習をしている人が目に入る。  それは紛れもなくあの日本人の青年で普段着ではわからなかった腕や脚のしなやかな筋肉が現れており、高い位置にある棒を見据えていた。  ポールを握り込むとリズムよく駆け出して、ポールのしなりと共に青年の身体が空中へと飛んでいく。  そう。飛んでいるのだ。  翼のない人間が羽があるかのようにふわりと。なんて美しく、自由な姿なのだろうか。  俳優の世界なんてキラキラした見た目からは反して、ドロドロした世界だ。社長やスポンサーに媚を売って有名になろうとする奴や周りを蹴落とす奴など、数えだしたら切りがない。  幼少からその世界を見ていた俺にとっては当たり前で、金や名誉が欲しければ俺のものになれ。なんて言う輩も何人もいた。  いつしか自由になりたい。  そう思っていた俺にとって、空を飛ぶ青年の姿は、自由の象徴そのものであった。  そんな青年は俺と話すとき、時折悲しそうな表情をする。出かかった言葉を必死で飲み込もうとするような、そんな表情。  俺自身もそういう目線を青年に向けたことがある。自分でもよくわからない。ただ、胸のなかで燻っていた何かが解放されたい感覚になることだけはわかっていた。 「エイジ…エージ…オクムラ…Eiji…」  このポッカリ空いたような虚しさは何だろうか。お前は…何か知ってるのか…?  スヤスヤと眠る青年の顔を見ながら、段々と襲ってくる睡魔に抗わず自身も目を閉じた。 * お前とのささやかな会話が好きだった。 自分に向けられる笑顔が好きだった。 そんなお前から赤い血が流れ出す。 許してはいけない。 相手も、自分も。 それでもお前は俺を求めてくれた。 "ぼくの魂は──────" 「ッシュ…アーッシュ!!」 「!!!」  ぜぇぜぇと、言葉がうまく出てこない。俺を呼んだであろう青年は心配そうに顔を覗いてくる。  何だったのだろうか、あの夢は…。青年によく似た男が自分に似た男の前で血を流して倒れていた。次に見たのは青年が体を引きずりながら手を伸ばしていた。そして目覚める前。拙い英語の文字が書かれた手紙を読む自分に似た男。  何故こんなにも苦しくなるのだろうか。わからない…わからないわからないわからない……! 「う……っ」 「アッシュ…大丈夫かい?汗がスゴいから冷えたタオル持ってきた…」 「俺に近寄んな!!英二!!」 ストン……  何かが落ちたような気がした。それはタオルなのか。自分の心なのか。  今まで青年を呼ぶとき、何故だか腑に落ちなかったのに、今すごく…ようやく合ったような気がする。  互いに驚いた顔をして辺りに静けさが漂う。そして次第に青年はわなわなと震えだして顔を俯かせた。  違う…そんな顔をしてほしいんじゃない。夢みたいに…夢みたいに……?夢?俺は何をこいつに求めてる?何故そこで夢で見た奴のこと浮かべた?目の前の男とそっくりだからか?いや違う。俺はわかってるはずだろ。わかってるはずなんだ。だってお前は────── 「うっぐっ…ぅっ……ぐあぁぁっ!」 「アッシュ!?」  何なんだこの駆け巡ってくる感覚は!電流を流されてるのか!?頭が割れる!!  今まで生きてきた人生で経験したことがないはずなのに、様々な記憶が全身を駆ける。  息がようやく落ち着いたときには、彼の眼光は豹のような鋭い目が戻ってきていた。 「……っ」 「悪いエイジ。俺は帰るぜ。邪魔したな。」 「アッシュ…で、でも…」 「すまない。自分でもわからないんだ…。お前は昨日のこともあるから休んどけよ。」 「スタジオに行くの…?もしかしたらまた同じようなことが起きるかもしれないぞ…。」 「あぁ…。とりあえず帰って、グリフと相談する…。」 バタン…  フラりとした足取りは玄関へと向かい、心配そうな顔をした英二を無視してその扉を閉めた。  車に乗り込むとドッと疲れが押し寄せる。別にこれが初めてではなかった。過去に何度も夢に魘され汗まみれで起床し、言われもない感覚が全身を駆け巡っていく。そう、今までにもあった。  だが今回のは大きかった。  桁違いな情報量が脳内をスパークしていく。今にも溢れ出てきそうな、脳みそが爆発してしまいそうなその感覚は今までよりもより鮮明に記憶や五感を浮き彫りにさせる。  この記憶はなんなんだ!! ─軍隊に入るんだ─  違う。俺の兄さんは軍隊には入ってない…。離婚した母親が金欲しさに俺を無理矢理芸能事務所に入れたときから、心配性の兄さんが側にいてくれた! ─お前が誘ったんだろ─  これは…言われたことがあるが状況が違う。すぐにデビューが決まった俺に付いたマネージャーは俺と二人っきりになると決まって俺の体をまさぐり、行為に及んだ。ボロボロになって帰った俺を見た父親は警察に行ったけれど、お前が誘ったと言って信じてくれなかった。父親はクソだけれど対策として兄さんをマネージャーにするためにそのための教材を与えて、最終的にそいつをクビに追い込んだ。後々判明したのは今までにも子供タレントに手を出していたことが公になった。 ─お前は私のものだ─  これも言われたことがあるが状況が違う。芸能事務所の社長が俺を我が物のように扱い、性的行為に及んだ。だがそいつから多くのことを無理矢理だが教育されたため、生きる上での知識と力は身につけた。その後そいつの悪行も明るみになって刑務所入り。  胸くそ悪い記憶がどんどん溢れてくる。  やっとの思いで高級住宅街まで入り、自分とグリフが住んでいる家のガレージに車を入れた。  吐き気が止まらない……。  家になんとか上がり、リビングに向かう。この時間だから…きっと…グリフが新聞を読みながらコーヒーでも飲んでるはずさ。  そう、思ったのに… 「グリ…フ…?兄さん…何して……」 「っ!?な、何でこんなに帰りが早───」 「何してって聞いてるんだよグリフ!!!」  帰宅して目に飛び込んだのは、テーブルの上に置かれた白い粉とストロー。明らかにそれは、今からハイになりますと宣言しているようなもの。  驚くグリフの胸ぐらを掴み、テーブルから遠ざける。 「何で!」 「……っ!だって耐えられないだろう!大切な弟が危ない目に遭ってるのに警察の調査はノロいし!俺は!何も出来ない!」 「…グリフ…だからって…」 「安心しなよ…アスラン…。これが初めてだし、まだ吸ってない……。すまない…反論して…。お前は止めてくれたのに…。」 「あぁ…俺も……そんなに兄さんを追い詰めてたなんてわからなかった。ごめん。もし吸ってたらまたああなってしまうと」 「また?」 「え?いや…はっ…何…言ってるんだ俺──」 ─グリフィンは粗悪なドラッグで廃人同等になった─ ─一頻り暴れた後に必ずこう呟く─ ─バナナフィッシュ─ 「ヴア"ァ"ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!」 「アスラン!?アスラン!!しっかりしろアスラン!!」 [newpage] 声がする 「世界中がきみの敵にまわっても ぼくはきみの味方だってこと」 大好きなお前の声 「きみのそばにいる」 ずっとなんて言わない 今だけでいい 「ずっとだ だって─────」 だって? 「ぼくの魂は きみと共にある ─────────────」 「英……二………」 「アッシュ!」 「はっ?はぁっ!?何で!おまっ」  ベッドから起き上がり部屋を見渡せばいつもの自分の部屋だというのがわかる。だが少しだけ違うのは、大きな黒い瞳とふさふさの黒髪の人物が俺の手を握って驚愕した顔をしていた。  今ならわかる。自分よりも小さいが大きく温もりのある優しい手。自分を心から心配している眼差し。 「英二……英二……」   英二の部屋で目が覚めた時から戻りつつあった発音が、今は完璧に、滑らかに発音できる。  英二もそれを悟ったのか顔が一気に破綻する。 「君……もしかして…」  何その顔。嬉しいのか辛いのかどっちかの顔にしろよ。しかもその反応……。お前…俺よりも前に分かってたのか?分かってて側にいたのか? 「なんだよ……おせーって言いたいの?オニイチャン…」 「っ!バカ…何で思い出しちゃうんだよ…辛いこと沢山あっただろうに、思い出さない方が幸せってこともあるのに……っ」 「バカはお前だよ英二…。この世界でも俺と出会っちまうなんて。しかも俺は覚えてなかったんだから。」 「違うよ……僕は幸せだったからいいんだ。魂の半身が消えたときずっと虚しかった。だから…ようやく…埋まってくれた…。嬉しかったんだ。君が覚えていなかったとしても……。なのに…会ってしまったら…貪欲になっちゃった…いつか、思い出してくれたらいいのにって。」 「俺も嬉しい……嬉しいんだ英二…」  嗚呼…。ようやく…ようやく突っかかりが取れた。互いに涙を流し合い抱き合う。鼻先がくっつくぐらい顔を近付けて匂いを確認する。 「アスラン…目が覚め… ぉああああ!!!?」 「あっ!!!ああああああすみませんすみません!!!誤解しないでください!深い意味はなくて!!」 「深い意味はあるだろ」 「アーーーーッシュ!!!!!」  せっかくの空気を壊すかのように現れたグリフは顔を青ざめてる。対して英二は真っ赤だ。  逃げようとする体をぎゅうぎゅうに抱き締めグリフを睨む。 「そ、そんな目をお前から向けられるのは初めてだよアスラン…。エイジの家で何かあったのかと思って呼んだんだけど……せ…正解で良かったのかな…?」 「大正解だよ兄さん」 「大変だったんだからね!ここ来るの……。だってここの住宅街に入るためには警備員さんにチェックしてもらわないと入れないんだし。グリフィンさんが来てくれたから良かったけど。」  なんて素晴らしいんだろう。大好きな兄さんと、大切な英二が顔を見合わせて会話してる。  しかし、グリフにはまだ聞かなきゃならないことがある。そしてそれをこの場で聞けば英二も再び関わることになってしまうだろう。 「英二…その、ちょっと席を外しておいてくれ。グリフと話が。」 「また、危ないことかい?」 「………」 「君って僕に対して過保護な所あるよな。君から話を聞いて悪い予感がしてたけど……僕は君への協力は惜しまない。」 「だが英二!」 「それに!僕には超スーパー強力な助っ人がいるのさ!」 「おーいグリフィンさんよー。コーヒーおかわり……っと。お姫さんはお目覚めか?」 「なっ!マックス!?」 「お?有名人に名が知られてたのか?そりゃ光栄。マックス・ロボっつー名でフリージャーナリストやってるマクスウェル・ウルフだ。大手の出版社にもお呼びされるくらいなんだぜー俺。あ、呼び方としてはさっきみたいにマックスでいいぜ。」  俺は幻覚でも見ているのだろうか。前と変わらぬその風貌。随所に見えるお世辞とも言えぬ小汚なさ。本名は変われど、まさしくその人物はマックスであった。 「もしもの事を考えてマックスを呼んだんだ。」 「何処で…」 「知り合ったのか、かい?僕一応写真のコンクールとかにも参加してるんだけど、そこで知り合ったんだ。ほんと偶然。」  この世界でもジャーナリストの血が騒いだのか。その小汚なさは勲章ってことだな。  しかしこれはたしかに強力な助っ人だ。前と変わらぬ情報収集能力ならばもしかしたら何かしらの情報を持っているかもしれない。  英二を見てみれば「褒めてくれてもいいんだぜ?」と言わんばかりの誇らしげな顔。ったく…。帰れなんて言えなくなっちまった…。 「本題に入るぞ。」  俺が一声上げれば明るかった雰囲気が一気に引き締まる。 「あんたが聞きたいのは、そこの兄さんが吸おうとしてたドラッグのことか?リビングにそのままだったぜ。英二がいきなり俺を呼んだから何事かと思ったが…。」 「君のお兄さんが手を出そうとしてたのは知らなかったけど、実は僕の陸上系の知り合いにドラッグに手を出した子がいて、マックスには前から情報提供してたんだ。」 「何?」  聞けば、ドーピングのように力が倍増したり出来なかったことがいきなり出来たりと、成績が急に上がったのを不審に思った審査の人間が検査したところドラッグの使用が確認されたのだ。  だがパッと見わからなかったのは、ハイにならなかったため。目は見開いていたり虚ろだったりと様々だったが、緊張や本番前のアドレナリンによるものではないかとされた。しばらくするとスイッチが切れたかのように動かなくなってしまったため、検査したとのこと。 「あんたが寝てる間にグリフィンからある程度聞かせてもらったんだが、スポーツ関連の商品製作をしてるスポンサーから受け取った。間違いないな?グリフィン。」 「あぁ。」 「そしてそのスポンサーと、ドラッグに手を出しちまった英二の知り合いは契約してる選手でもある。さらに今度やろうとしてる映画のスポンサーでもあるってこった。」 「っ!」  つーことはなんだ?契約相手をモルモットにしてるってことか?  以前の記憶と重なってしまう。かつてのグリフの姿を。 「英二は契約してないだろうな…」 「してないよ。僕が今アメリカにいるのはスポーツ留学のためだし、棒高跳びの選手としては大学に居るまでにしとこうと思ってるから、そういうお誘いは断ってるんだ。一応、他にもそのスポンサーと契約してる人がいるから聞き込みしてるんだけど、僕が通う大学にはいまのところさっき話した子だけだ。」 「なんかお前……やけに逞しくなってねーか?」 「当たり前だろう?前の記憶が物心ついたときからあるんだ。大和魂は育てたつもりさ!」 「「記憶?」」 「はっ!!!」  馬鹿英二。大のおっさん二人が首を傾げて疑問顔しちまってるじゃねぇか。  なんでもないよ~あはは…と誤魔化す英二を尻目に話を続ける。 「しかしそのスポンサーが何故俺の周辺に手を出すのか不明だな。内容が内容の映画だからな…。何かと証拠隠滅だとかしたい人間だろうが。」 「そこに関しちゃ抜かりねーぜ。あんたの周辺でおかしなことになってるのはこっちの界隈では有名だから調べようとしてるやつが多いんだ。」  バサリと音を立ててベッドの上に出された資料を除く。  そこにはかつての自分。アッシュ・リンクスとしての顔写真付きで経歴等がこと細やかに記載されていた。  そしてもう1つには何度弾を撃ち込んでも許せない顔。エイブラハム・ドースンの顔写真付き経歴書と製作されていたバナナフィッシュの情報が載っていた。 「驚きだよなぁ。そのアッシュって奴あんたに瓜二つだ。本名も全く同じとは、こりゃ偶然所じゃない。」 「何故こいつの資料もある。」 「噂のスポンサーさんのご尊顔さ。」  全身の毛が逆立つ。  あいつはこの世界でも作ろうとしていやがる。偶然の産物とやらを。  投与した人間の症状を聞く限りでは普通のドラッグに近いものだろう。だが、奴はまた人間を実験台にしていやがったのだ。  後ろから覗いてきた英二も息をのむ。当然だ。英二もあいつに振り回された人間の一人。伏せられた目にはきっとかつての記憶が甦ったことだろうさ。 「英二」 「大丈夫。逃げないよ。」 「だが、もし。奴も記憶があって俺を狙っているとしたら…確実に────」 ────お前を狙ってくる。  口には出せなかった。出してしまえば自分が恐怖と怒りで狂いそうだからだ。  現在の自分は一応社会的にも上の立場の人間にあたる。それを全て擲ってでもこいつを守る覚悟は出来ているが、そうすることはこいつが絶対に許さない。  言い淀んだ俺を見計らったように、英二はポツリポツリと俺にしか聞こえない声で話し出す。 「僕が囮になる。」 「…っ」 「君をいつだって信じてるから。」 「英二……」 「それにあの人が覚えてても覚えてなくても僕を狙ってくる可能性はあるだろう?君への攻撃を防いだのだから既に目をつけられてるかも。」  お前は…そこまで分かっていて囮になると言うのか……。 「あと僕だってあの頃よりも動けるようになってるんだぜ!君がテレビに映ってたのを見てから合気道を習ったからな!いずれまたアメリカに来るために…。治安は良くなってきてるとは言え危ないところはあるしね。」  そうまでしてアメリカに居座ろうとするのかお前は……。言葉にされてなくともわかる。「君が見えるところに、側にいたい。」とひしひしと伝わる覚悟。  ようやく記憶が甦ったとは言え自分自身まだ浮遊した感覚だ。その感覚で覚悟を決めていいものか。  英二は真っ直ぐ俺を見て手を重ねてくる。「信じてるから、僕も信じて。」  そうトドメを刺して。 「全く……ほんとに逞しくなったよな…オニイチャン」 「今は君が"オニイチャン"だけどね。弟が心配なだけさ!」  俺も覚悟を決めなければ。  準備に準備を重ね、計画を練らねば。 [newpage] 「あー…なんだか緊張する」  自分のすぐ隣から聴こえる気の抜けた声。これからデカい仕事をするっていうのに本当にその自覚があるのだろうか。  計画を立てたその日から、スポンサーとの接点を作るため英二にはスポンサーのお誘いを、断るから曖昧な返事に代えてもらうようにした。すると未来ある日本人有力選手を引き入れようとスポンサー界隈が「断られなくなった。もしかしたら攻めていけば落とせるかもしれない。」そう言う思考になる。  さらに英二は写真のコンクールで入賞経験もあるため経歴に箔が付いてる。そんな人間が広告塔になってくれればたちまち話題に上がり株や収入が違ってくる。  そしてなるべく俺と一緒に居させるようにもした。英二の住んでいた寮を引き払って現在は兄さん含めた3人で俺の家に住んでいる。英二の話題性が上がるし、精神的に追い込まれていた状態のグリフが英二お得意の聞き上手さで、空気を読んで兄さんの相談を聞いたり、代わりに飯を作ってくれていたり。なるべく独りで考えすぎようとしてくれてないからか、最近のグリフは隈が薄れてきた気がする。  聞いたところによると寝起きの悪い俺を起こしてくれるのが一番嬉しいらしい。なんだよ一番のストレスは俺ってか!?  ともあれそうすること1週間。  ついにあのヤローのスポンサーから英二へのアプローチがあり、その会社の前へと到着している。 「同時に俺も映画のことで誘ってくるとは、ますますくそったれな予感が当たりそうだな。」 「全く…記憶が甦る前の良き俳優面はどこ行ったのやら。スラング増し増しって感じだ。」 「そう言いたくもなる。」 「まぁね。なら僕ならこう言うよ。M***er f****r」 「どこで覚えやがった。最高かよ英二。」  あの頃なら考えられないだろう、きったないスラング言葉を誇らしげな顔で言うなんて。  本来ならお前はそんな言葉使うなと言いたいが何しろ奴がやったことは俺達は許しちゃいない。糞下衆野郎を表すには最高のスラングだ。 「そうだ英二あとでお前にとびっきりのサプライズしてやるぜ。」 「サプライズなのにサプライズするぜ宣言していいの?」 「いいの。」  わざとらしくウインクしてやれば頭からクエスチョンマークが出てる英二の背中を押してビルへと入った。  お待ちしておりました、と恭しく頭を下げるスーツの女に案内されエレベーターに乗り込む。  着いた先には───── ジャキリ… 「おいおい随分な歓迎だな。同じ名前たぁあんたも可哀想な運命だエイブラハム・ドースン。」 「その減らず口はすぐ利けなくなるぞ。」 「前にお進みください。」  スーツを着た女は懐からナイフと拳銃を取り出し、ナイフを英二、銃を俺へと向ける。  奴はニタリと笑っているが脂汗をかいている辺り何か急いているようだ。  エレベーター最上階にたどり着いたそこには大勢の研究者、そして銃を持った男が何人かいる。 「地下室みたいな陰気な所でまた作ってるのかと思ったよ。」 「ふんっ。誰もこんな見晴らしの良い所でドラッグを作ってるとは思わんさ。日本人をこっちに来させろ。」 「はい」 「どうだ従順だろう?俺が死んだ後、研究はそのまま別のところで継続され燃やされたようだが、優秀な奴はしっかりデータを別場所へ残していたようだ。研究に研究を重ね、質の良いものへとなった。」  ちっ。つくづく嫌のことをするヤローだまったく。  ベラベラと饒舌な奴はあの時と変わらない。俺が挑発すれば、自分が優位に立ってるんだぞと言わんばかりに喋り出す。  最近記憶が甦った俺とは違い、英二のように物心ついた時から覚えていたらしい奴は、再びブツを作ろうと知識を蓄え、そして人知れず昆虫や捕まえたネズミなどで研究していたらしい。  医学生として名が知れてきたある日。探し求めていたドラッグのデータを手に入れることに成功。同時期に俺がデビューを決め、今日この日が来るまでずっとアップデートを進めていた。  時期が熟れた。  そうして「アッシュ・リンクス」の名を監督に提案し、乗った監督はすぐさま俺をオファー。何にも知らない俺はまんまと嵌まっていた。  奴が俺を抹殺しようとしてたのも知らずにな。  なんでもっと早くに思い出せなかったのか。そうすりゃ英二にまでこんなことさせずに済んだはずなのに。  まぁだからといってこの状況を憂いてるわけではないが。むしろ可笑しくて笑えてくる。 「っ!おい!何笑ってやがる!」 「いやぁあの頃と状況が変わったとは言え、あんたってほんと馬鹿で屑だよなぁってさ。」 「貴様…っ!これを見ても笑っていられるかな!?」  取り出したのは一本の注射器。思わず顔をしかめた俺を奴は見逃さなかった。 「ふんっ。さすがに察したようだな!あの頃よりも素晴らしいものだ…!以前は筋力増強などは無かったが、これはただの素人でも玄人並みの身体能力を得られる!何かと天才と呼ばれていたお前だが、これを投与された奴ならばお前に引けをとらないだろう!」 「それを…今度は僕にやろうって言うのか…」 「ああそうさエイジ・オクムラ。またもやこうやって巻き込まれるなんて可哀想な奴さ。おかげでアッシュ・リンクスはこちらに手出しできない!」 「──────だ」 「おい!今何か言ったか!!またナメた口効いてみろ!こいつをドラッグに犯してやる!」  ノイズと共に声が耳から流れてくる。 「くっ…くくっ…あっはははははははははは!ははははっはぁーーーー!おもしれぇ!あんたってさぁ、あのタコ親父がバックにいねーと他はがら空きだな!!!」 「な、なにッ!?」 「英二。サプライズの登場だ。その瞬間抜けろ。」 「え?あ、え!?」 「エイブラハム・ドースン。テメーにとって恐らく、グリフよりも会いたくねぇ人間だぜ?」 「貴様何言って──────」 パリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!!  突如ガラスが割れる音が響く。そこから現れたのは、背に"SWAT"の文字を背負い武装された格好の者達。  体にくくりつけたロープを取り外した一人が頭の装備を取り外すと、自信に溢れた表情をした精悍な顔。  ビル上空からパラパラと聞こえるヘリの風に煽られた紫の髪の毛を持つその人物は銃を構え、真っ直ぐ下衆野郎を睨み付ける。 「よォ。忘れたとは言わせねぇぜ?」 「ぉ、ぉぉ、お前はッ」 ─そう。こいつの名は───── 「ショ…ショーター・ウォンッ!!!!」 「英二今だ!!」 「やぁっ!」  不意をついた英二は羽交い締めしていた相手の腕を掴み前のめりになり懐に入り込むと、自分よりも体格の大きい男はバランスを崩して隙が生まれる。その拍子に足払いをした英二がすぐさま俺のもとへ駆け寄ってくる。  それが合図になったのか、突入してきたSWATの一人が俺に向けていた女の銃を撃って弾き飛ばし、その他のやつらには的確に足を撃ち抜き動きを鈍らせ拘束した。 「よくやった英二。」 「え、いや…うん…なんとかなったけど……ほんとに…ショーター…なのかい?間違いないんだね…?」 「お前が言いたいこともわかるぜ?ハゲてた頭が今や紫色のトサカが生えてるのを見りゃ誰だって疑う。」 「オイッてめッ聞こえてんだぞ!!」  にしてもいつから…とでも言いたげなその目に「後でな」と背中を軽く叩く。  自分でも驚きだったのだ。何せ存在を知ったのは2日前。マックスから情報を得るために会った際、過去携わった事件を調べるときに知り合ったNYPD(ニューヨーク市警察)の人間が集合場所に一緒に現れた。それこそがショーターだったのだ。  元々はNYPDの中の重大事件を任される部署に配属されていたショーターは、その実力からSWATとしての任務もやってくる。事務仕事はからっきしだが、頭のキレと戦闘能力が買われているらしい。  マックスによれば、前々から警察に訴えかけていたグリフの言葉が気になっており、相手にしていなかった警官から情報を貰って独自に調べていた。最終的に今回のドラッグが連日の事件や騒動にも絡んでいることが判明し、仲間に証拠を提示して動かすことに成功。  その旨を二人から説明を受けたときの俺の顔はさぞかし驚いていただろう。力強い味方が警察側にいるだけでなく、アイツもまた記憶がある人間だったのだ。 『おいおい泣くなって』 『誰のせいだと……』 『…悪かった。』 『いや…お前のせいじゃない…。元はと言えば俺が…』 『お前のせいじゃねーよ。上なんざカンケーねぇって人間が結局は頭下げた結果招いたことだ…。』 『人質捕られてたんだろ。』 『だとしても…さ。英二に対しては…俺は……ほんとに…許されないことを……』 『安心しろよ…。あいつはいつだってお前を案じてたよ。お前の遺体をそのままにしておけねぇって。謝るよりも、感謝しとけよ。』 『しとけ…って、まさか』  英二もこの世に生を受けていたことを知るや否や、たちまち破顔して顔を覆い「今度こそ…守ってやれる…」と涙を浮かべていた。  その間トイレに行っていたマックスは何が起こったかわからなくてずっと慌てていたのはいい笑い話さ。 「そんな…そんな…馬鹿な…嫌だ!死にたくない!」  鬱陶しい声が上がり、意識をそちらに向ける。もう逃げられないというのにノートや資料などをかき集めている。 「死ぬ?馬鹿なこと言うんじゃねーぜ。死ぬことはないさ。死ぬこと"は"」 「な、なに…?」 「恐らくお前が行くのは重度の症状を持った精神病患者や犯罪者が収用される病棟だ。正常な判断も更正のしようもないアンタにはピッタリだな。知ってるか?電気のショック療法。」 「あ…あ…」 「ドラッグをやっていなくても、頭のイカれたサイコパスヤローにやってあげるやつだ。滅多に起こりはしないが血管機能の変動で死ぬ奴もいるし、術前の記憶が忘れることが数週間から数ヵ月あったりな。昔日本で話題になったある教団ではこの副作用を利用して洗脳だとかしてたみたいだぜ?まるで"あの"ドラッグみてーだなぁ?」 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」 「屑にはお似合いだ。死ぬまでそこにぶちこんでやる。」 「ショーター」 「…ッ」  怒りでどうにかなりそうになっていたショーターに近寄り、震える手に自らのを重ねる英二。  最後に見た二人の光景はあの地獄の記憶でしかない。それが今塗り替えられるほど、鮮明に眩しく瞳に映る。この光景が…見たかった……。 「僕もあなたを死んでも許さないし死ぬことも許してやらない。生きながら罪を償わなければならないんだ。ただ自分の実験を成功させたいがために犠牲になった者達への償いだ。」 「エイブラハム・ドースン。お前を拘束する。」  他の者達を拘束し終えた部隊がぞろぞろと取り囲む。放心状態のエイブラハムを体を持ち上げ一部が撤退。一部はショーターに近寄り会社内部の人間にどう対処するか意見を求められている。 「すごいね。ショーター。」 「あぁ。あんな不良頭でも実力が認められてるみてーだ。」 「こら、アッシュ。」  また頭髪のことを言った俺に軽く小突かれたが、その顔は非常に穏やかで泣きそうな顔をしていた。  しばらくするとパトカーの音が近づいてくる。護送車も一緒のようだ。  事情聴取を受けなくてはならず俺と英二はショーター見張りのもと、その場に留まる。今までの分を埋め合わせするかのように他愛のない話をしては笑い、今度一緒に飯でも食いに行こうだとか、ショーターは相変わらず飯マズなのか話す。  数分経った頃。エレベーターが反応して"チンッ"と音を立てて扉が開いた。  髪がフワフワと広がった黒人男性。それほど身長は高くないが軽く着こなしたスーツから程よく体格がいいのがわかる。 「よーショーター!お勤めご苦労さん!」 「よっ!スキップ!相変わらずバシッと決まってんな!」 「「!?」」  こいつは今何て言った…?「スキップ」だと……? 「おいおいやめろよ。それはSWATの任務が来たときのコードネームだ。今はただのけ・い・さ・つ!すみませんね突然。俺、ネイト・マクファーレンです。これ名刺。いやぁー俺ファンなんですよアスランさんの!なんつーんでしょ…男も惹き付ける…カリスマ?みたいな!そちらの…アジア人は?」 「え、あ、えと……エイジ・オクムラです。スポーツ留学でアメリカ来てて、アルバイトで撮影スタジオのスタッフを…。」 「あ、もしかしてドラッグ案件があった大学の子かな?て言うか大学生!?やっぱ東洋の子ってすごく若く見えるよね!名前の感じからしてジャパニーズかな!そうだなぁ…英ちゃんって呼ぼう!知ってるかショーター。ジャパンではミスターとかミス、ミセスみたいな呼び方で色々あるんだぜ!」  饒舌で、それでいて場の空気が明るくなるその存在感は間違いなくスキップだ。英二のことを英ちゃんと呼ぶのは、伊部かスキップしかいない。しかし以前の記憶はないようだ。  退屈な事情聴取は嫌いなのか、ひっきりなしに話を脱線してはショーターに話を戻させられる。  二人とも現在はそれなりに充実した日々を過ごしているようで嬉しくなってくる。  一通り聴取を終えると別の人を聴取しなくてはいけないらしく、嵐のように過ぎ去っていった。 「うっ……うっ…」 「泣くなよ英二…。さすがの俺も…つられる…。」 「アッシュお前がかーーー?」 「悪ぃかよ…」 「はは!いんや!むしろ嬉しいわ!」 「ショーターも…スキップも……二人ともこの世では生きてるなんて…僕…幸せすぎて夢でも見てるのかな…。」 「英二…お前はずっと…覚えてたんだよな。その…すまなかった…。ずっと…ずっと謝りたかった!お前らを裏切るようなことをして…しかも……お前を傷つけた……。」 「ううん。君はずっと僕を守ってくれたじゃないか。僕こそ…ごめん…。ずっと苦しかったろう?ここまで生きてきてくれてありがとう。だからこうしてまた会えた。僕はそれだけで十分さ。」  誰からとはなく、自然に3人で抱擁を交わす。ゴツゴツとショーターの武装が当たるがそれすらもいとおしくて俺と英二は笑みをこぼす。  この事件は後々ニュースにも取り上げられ、マックスが書いた記事が載った雑誌はバカ売れ。事態を全く知らなかった監督は責任からか、「リンクス」の映画製作を取り止め。俺と英二は実験台として狙われていたことを知り無謀な潜入をしたとされ上からはお叱りを受けたが、世間からは勇敢だとヒーロー扱い。  しばらくは記者の目が光っているので不必要な外出はせず、セキュリティの高い俺とグリフの家で過ごしていた。大学にも記者が押し寄せパパラッチがそこかしこに潜んでいるため、再び軟禁しているような状態にさせてしまってるのは心苦しい。  まぁ、それを知ってか知らずか、ショーターとスキップはほぼ毎日のようにやってくるが。 「残念だなぁ。映画が止めになっちゃったの。」 「まぁ仕方ねぇわな。」 「僕としては…ホッとしたけど…。」 「俺も。なんで引き受けたのか。あの頃の自分を殴りてぇ。別にやってもいいが英二がいなきゃ意味ねぇしな。」 「え。僕?」 「たしかにある意味一番影響力与えた人間だよな。」 「ちょっとーー!オレにもわかるような説明をしてくれよ!」 「そこは秘密だぜスキッパー。」 「ちぇっ!顔を最大限使っちまいやがってー。」 「ふふっ。あ…アッシュ。コーヒー空だけどおかわりいる?」  楽しい時を過ごしていると時間が早く流れる。いつのまにかなくなっていたコーヒーカップを英二に渡してよろしく頼むと伝えると、柔く微笑んだ英二は頷いてキッチンへと向かった。 「あーあーあー。お熱いこと。」 「はぁ?」 「ずっと英ちゃん見つめちゃってたぜ?」 「そーそー。」  そんなに見つめていただろうか…?ずっと見ていたいのは正直認めるがそこまでではないはずだ。 「お前ら…なんか前よりも距離感近いっつーか…」 「前より?」 「あーーーーーっと……。少なくともスキップが二人に会う前だよ。」  苦し紛れにショーターが出した答えに一応納得したようだ。スキップは俺のように思い出すような傾向を見せない。そもそも前世の記憶なんてのを覚えてる自体がおかしいんだ。何かに対して余程固執してるかでもしてねぇと覚えてることなんてないだろう。  きっと、ショーターは俺や特に英二に対して自責の念があるからだと思う。ショーターが思い出したのはやんちゃして少年院に入っていた時。祈りの時間に見た天使の像を見て思い出したらしく、しばらくは謝罪を口にしながら涙を流し続けたみたいだ。逆に俺がここ最近まで完全に思い出せずにいたのは幸せすぎる終わりを迎えられたからだと思う。英二に関しては俺には計り知れない。俺が死んだあとどう過ごしていたかはまだ聞いたことがない。誰よりも早く、物心ついた時から覚えてるなんて相当なものだろう。  それゆえに埋め合わせをしたくて見つめてしまうのかもしれない。 「気になったんだがよ・・・」 「お?ショーター聞いちゃうのか?」 「?何だよ。」 「お前ら付き合ってんの?」 ガシャァンッ!!  食器の割れる音がしてそちらに顔を向けると顔を真っ赤にして震えてる英二が立っていた。タイミングの悪い・・・。 「ごっごめん!と言うかショーター変なこと言わないでくれよ!」 「変なことか?別にお前らがそう言うな関係でも構わねぇし。芸能人でもいるだろ?同性と付き合ってたり結婚してたり。」 「そんな関係じゃねえよ。」  最高の友達で、最高の家族で、性的な意味のない恋人?  とにかく俺らには一括りにできない。ただ確実なのはいつでも側にいてほしいくらい大切で特別な相手。  俺も手伝い、一通り割れたコーヒーカップと入れたばかりだった溢れたコーヒーを拭き終わった英二は俺の顔を真っ直ぐ見てくる。  あの頃も今もこの目に見られると自分の全てを見透かされてる感覚がする。その真っ直ぐな目には全てを優しく包み込んでくれそうな闇の色が。 「僕は・・・アッシュはとても大切なんだ。君のために何かしてやりたくなるし、楽しいことも悲しいことも嬉しいこともムカつくことも共有したい。辛いことがあるならその負担を和らげてあげたい。話したくないことがあるなら無理には聞かない。ただ側に居させてほしい。僕はそれだけで幸せだから別に関係とかは二の次というか・・・。んー難しいね!」 「え・・・英ちゃん・・・。それってプロポーズじゃ・・・?」 「え!?素直に思ったことを言っただけなんだけど、そう聞こえる?」 「はぁ~~~~~~・・・そういうとこだよなあ」 「アッシュ!?どうしたの!?お腹痛くなったりした!?薬いる?」  ほんとそう言うところが適わない。日本人はシャイだってのは嘘なのか?ってくらいどストレートに言ってくる。しかしこの言葉の数々があの頃の俺にはどんなに救いであったか。  今生も住む世界が違う立場にいる。しかし今回は離れてやるつもりはない。頼れる仲間も大事な家族がいる。それだけで以前とは違う。そして再び英二と会えた。その奇跡を易々と手放すものか。  だからお前も絶対に俺を離さないでくれ。そのためなら俺はなんだってする。お前が笑顔でいてくれるなら。  これを言ったらお前は笑顔で頷くのだろうか。それとも呆けた顔をしてからイタズラ小僧のような顔しておねだりしてくるのだろうか。  俺は負けじと真っ直ぐ英二を見て言った。 「そばにいてくれ」 【END】 ↓続きについてのお知らせ↓ ******************* 長く拙い文章をここまで読んで下さりありがとうございました。 タグにもA英Aと付いてるように、いずれはくっつかせるつもりです。 それは小説でではなく1月に行われるオンリーイベントで漫画で販売する予定です。 R18になりますので高校生までの方にはお売りすることはできません。ご容赦ください。 髪型などの絵柄としてはアニメデザインに近くさせて、昔の回想のシーンなどは原作イメージという感じです。 少し長めなりそうなので金額高くなってしまうかも・・・。 頑張って描きますのでどうぞよろしくお願いいたします。
原作ネタバレ注意<br />転生物でございます。くっついてるわけではないのですが、ほのめかす表現があるのといずれくっつかせるためCPタグをつけさせて貰っています。<br />英二が前世の記憶を覚えていてアッシュは覚えておりません。<br />スポーツ留学としてアメリカにやってきた英二と、俳優のアッシュ。<br />苦手な方はブラウザバックをお願いします。<br /><br />本文ラストにはお知らせもございます。よかったらご一読お願い致します。
廻りアイて交わる
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10097252#1
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[chapter:ジーク君オルタ] 雑なあらすじ: ジーク君、ファヴニールの性質に意識を乗っ取られる ジーク(邪)「くくく! あぁ、ついに深淵の[[rb:刻 >とき ]]が[[rb:零 >ゼロ ]]を指し示した。目障りな人工生命に邪魔される事なく、我が欲望を放つ事ができる!  永く煮え湯を飲まされたものだ。今こそ我が悲願の達成する[[rb:刻 >とき ]]だ」 ジャンヌ「ジーク君、目を覚ましてください! 正気を保って!」 ジーク(邪)「口を慎むがいい、る——いや、違う。ジャンヌ——、この場合は……、余の至高の財! 我が花嫁よ! 此れより我が欲望をその身に受けてもらうのだからな!  その末、堕落と享楽に溺れるがいい、オルレアンの聖女」 ジャンヌ「ダメです。ダメです!」 ジーク(邪)「大人しくするがいい。……と言うかスプーンから零れてしまうから、大人しくしてほしい」 ジャンヌ「朝の着替えから始まり、髪を梳かしてもらい、朝食は手作り。しかも、焼きたてパン! それを食べさせてもらうなんて、ダメです! うぅ、オニオンスープがいい匂いです……」 ジーク(邪)「貴女は目を離すとすぐに自分一人でなんでこなしてしまうんだ。だから、俺の好きなように世話をやかせてもらう。俺はジャンヌを甘やかしたい!  口を開けてくれ。美味しく出来たと思う。この日の為に料理も練習したんだ。朝食の後は散歩に行こう。もちろん、貴女に手間を取らせない。ジャンヌは俺が抱いていく。お姫様だっこと言うやつだな」 ジャンヌ「じ、ジーク君のお姫様だっこ!? ……あ、ダメです。こ、ここまで世話をやかれては堕落してしまいます! ジーク君、自分でやりますからぁ!」 ジーク(邪)「それはダメだ。俺がしたいんだ。昼食は貴女の好きなものを作ろう。昼食後は絵本を読もうか。それとも外へ散歩に行くか? それとも本を作ると言うのもいいかもしれない。俺には勝手はわからないが、貴女とならきっと楽しいに違いない。貴女と楽しい事を共有したい。」 ジャンヌ「はぅ! た、耐え難い誘惑。でも、ダメです。  ……どうして、ここまでしてくれるんですか? ファヴニールならば、私をど、奴隷のように扱ってもおかしくはないはずです」 ジーク(邪)「そんな事はしない。それこそおかしい。ジャンヌは俺の宝だ。それを丁重に扱うのは当たり前の事だ。大好きなジャンヌの為に俺はなんだってしたい。貴女の笑顔が見たいんだ。ジャンヌ笑顔以上に美しいものを俺は知らない。  それこそ、俺の望み。これ以上ない、俺の欲望だ」 ジャンヌ「ひゃあ!  ……な、なるほど、ファヴニールはファヴニールでも、ジーク君の[[rb:ファヴニール >欲望 ]]なんですね。うぅ、理解しました。外に害はないでしょう。……しかし! このままだと私が堕落します! 甘やかされてダメ人間になってしまいます〜!!」 [newpage] [chapter:ジーク君と水泳] 雑なあらすじ: ジーク君泳げない。結果溺れかける。水着ジャンヌ(第二再臨)が教える事になった ジーク「すまない。知識としての水泳方法はあるのだが、実践した事はなかったんだ」 水着ジャンヌ「誰しも初めてあります。もしもの事を考え、ちゃんと練習しましょう! いつも勉強を教えてもらっている私ですが、今日は私が先生です! ジーク君を泳げるようにしてあげますね」 ジーク「あぁ、迷惑でなければ、お願いしたい」 水着ジャンヌ「まずは浮き方を学びましょう。いきなり海では波があって難しいので、プールにしましょう。  さぁ、ジーク君、しっかりと私に掴まってください。身体を伸ばして、力を抜いてください」 ジーク「し、しかし!」 水着ジャンヌ「ジーク君、腕だけにしがみつかれるとバランスが崩れやすくて危ないです。腰に手を回してください」 ジーク「しかし、それだと……」 水着ジャンヌ「先生の言う事は絶対ですよ。大丈夫です。私がジーク君の身体を持って浮くように身体を支えますから。あ、まだ顔は付けなくていいですよ。私の方を見ていてくださいね」 ジーク(こ、この位置だとジャンヌの胸に顔を押し付ける事に……! おまけにジャンヌに支えられている身体は言い換えれば上半身に直にジャンヌの手が触れていると言う事だ。なんで水着というものは下だけなんだ? まずい! 色々とまずい!) 水着ジャンヌ「身体を曲げないでください。伸ばしてくださいね、ジーク君」 ジーク(とにかく、早く終わらせよう……) 水着ジャンヌ「上手いですよー。こうやって身体から力を抜くと沈みません。この感覚を覚えましょう。足も動かしてみましょうか。バタ足です」 ジーク「あ、あぁ……——あ」(バタ足する事で前に進んで余計にジャンヌの胸に顔を押し付ける事に……!?) 水着ジャンヌ「そうです。上手です、ジーク君。これだったら、すぐに泳げるようになりますよ。って顔が赤いですね。今日は暑いですし、熱中症でしょうか? 上がって少し休憩しましょう」 ジーク「……先に上がってくれ。俺は今は上がれない。大変な事になってしまった……」 [newpage] [chapter:嫉妬] ジーク「なぁ、ライダー」 アストルフォ「なにー?」 ジーク「最近、水着姿のルーラー——いや、アーチャーか。ややこしいからジャンヌと呼ぶ」 アストルフォ「あ、それならボクも名前で呼んで!」 ジーク「アストルフォ」 アストルフォ「うん! ボクはシャルルマーニュが十二勇士アストルフォだよ! えへへ〜、ジークに名前で呼んでもらえるって感慨深いなぁ。で、どうしたんだい?」 ジーク「ムカつく」 アストルフォ「ふぇ!? ぼ、ボクなんかしちゃった?」 ジーク「違うんだ。最近、ジャンヌがイルカと遊んでたり、水着姿で——いや、水着姿でなくとも誰かと話している所を見るとモヤモヤするんだ。こう胃がムカムカ? 胸辺りがざわついてしまう。すまない。上手く説明が出来ない」 アストルフォ「ふむ? ジャンヌには言った?」 ジーク「言ってない。なんと言っていいかわからないんだ。俺はどうすればいいんだろうか?」 アストルフォ「言葉にできないのならしなければいいよ」 ジーク「それではどうにもならないじゃないか」 アストルフォ「そんな時には肉体言語! ジークがやりたいようにしちゃえ! 気持ちを行動にするのだ! ありのままに振る舞うのだ〜!! すなわち、肉体同士のぶつかり合い!」 ジーク「……なるほど」 ジャンヌ「オルタ〜……。聞いてください!」 オルタ「嫌よ」 ジャンヌ「最近、ジーク君が無言でぶつかってくるんです」 オルタ「嫌って言ってるのになんで話し出すのよ? ……はぁ。無言でぶつかるって……、アンタ、なにかアイツを怒らせたの?」 ジャンヌ「うぅ、それが全然身に覚えがなくて……。マリーと話していると背中にぶつかってきて……。あ、痛くはないです。それでそのままグリグリと額を擦り付けられたり」 オルタ「ん?」 ジャンヌ「マスターと話しているといきなり頭を撫でてきたり……。リースと遊んでる時なんかは、いきなり抱きしめてくるんです! 私、その、恥ずかしくて……。その、嬉しくはあるのですが……。頭が真っ白になってしまって固まってしまうんです。ジーク君の匂いに包まれるとどうしても、こうフワッとなってしまってほっぺたが緩んでしまうんです。どうしたらいいんでしょうか——って、オルタ! まだ話の途中です! 行かないでー!」 オルタ「勝手にしなさいよ!」 アストルフォ(想定とは違うけど結果オーライ? うーん……、あ! 押し倒せって言った方がわかりやすかったかな?  まぁ、いいか。ジークが楽しそうだし!) [newpage] [chapter:ジーク日記] 「ルーラーが増えた。  正しくは、ルーラーが水着に着替えたらアーチャーになっていた。しかし、水着に着替えずにルーラーのままのルーラーもいる訳で……。だんだんとなにを言っているか、わからなくなってきた。とにかく、ルーラーが増えた。オルタの方も増えた。  水着ルーラー。クラス呼びだとややこしいので水着ジャンヌと呼称する。水着ジャンヌは本を作っていると言っていた。物を作ると言うものは素晴らしい事だ。完成したら、是非読ませてもらいたい。  それはいい。問題はつい俺が、 『ルルハワにいる間は本の作成が忙しくて遊べないのか。……それは少し残念だな。貴女と遊びたかった』  と言ってしまった事だ。 『もちろん。遊びますよ! 水着の私は忙しいですが、私は空いてますので! も、もちろんルーラーとして節度を守って行動しなければならないのですが、ジーク君の一夏の思い出を作るのも大切な事です』  そう言ったのは元のルーラーのジャンヌだ。 『ま、待ちなさい! ルーラーとして仕事にジーク君を連れ回したら遊べないです。それにそんな鎧では暑苦しいだけです! ここはルルハワ仕様になった私がジーク君と遊ぶべきなのです』 『あなたは本を作っていてください! 忙しいのでしょう?』 『スケジュール管理は完璧なので遊んでも大丈夫なのです! そっちこそルーラーとして仕事しててください』  そうしてる内に、喧嘩になった。ローテーションをしてはどうかと俺は提案したが却下された。  今現在、目の前では空中を飛び交うイルカと旗が砂浜で激突している。  どうしてこうなった?  近いうちにこの同一人物二人の争いに黄色い装いのジャンヌが加わる気がする。アストルフォもアストルフォで来年水着になるんじゃないだろうか?  ……カルデアに来ると増える!  俺は確信を持って言える。俺も気を付けねばなるまい」 [newpage] [chapter:カルデア飲み会] ぐだ「ジャンヌって可愛いよな。おっぱいでかいし」  間違って酒を飲み酔っ払いになった ジーク「だ、ダメだ!」 ぐだ「え? じ、ジーク?」 ジーク「マスターの事は好きだが、ルーラー譲れない。俺は彼女の記憶も朧げで誠実とは言えない。その上、俺はただの端末に過ぎない。だが、俺はルーラーを守りたいと思う想いだけは本物なんだ。ルーラーの事だけは誰にも譲りたくない。  例え、ルーラー自身から避けられようと俺の想いは変わらない。会話が出来なくても、俺はルーラーを想い続ける。記憶は朧げでもこの霊基が覚えているんだ。そして、今度こそ彼女を守れと俺に告げているんだ!  俺がルーラーを守るんだ!!」  ジークも酔っ払い。ヤマタノオロチも酔うしファヴニールもきっと酔う ぐだ「わかった。わかった。落ち着け。顔が真っ赤だぞ、ジーク。水飲めよ」 ジーク「……ありがとう、マスター」 ぐだ「そっか。ジークがジャンヌをねぇ……。隅に置けないなぁ。オレもマシュを守りたいんだ。だから、お互い頑張ろうぜ。この後トレーニングルームでも寄るか?」 ジーク「あぁ! 頑張る。……だが」 ぐだ「だが?」 ジーク「記憶がないので無理もない事だと思うが……、ルーラーに避けられているのは辛い。  見ているだけで幸せだったのに、会えないよりも近くにいれるこの状況は幸福だと思っていたのだが……。避けられるのは、辛いんだ。話せないのは寂しい。偽りの再会とわかっていても、納得ができないんだ。  それだけじゃない。声を交わすだけではなく、そばにいたい、触れたいと、ルーラーに——ジャンヌを抱きしめたいと願ってしまうんだ。  俺は強欲になってしまった……」 ぐだ「ジーク……」 ジャンヌ「〜〜〜!?」(通りすがり) オルタ「余計な事考えてないで早く行きなさいよ! じれったいわね!」 [newpage] [chapter:サバフェスに参加しようとしている世界の裏側組] 愛歌「ねぇ、恋についての本を出そうと思うの。私のセイバーの魅力を存分に綴った本なの。セイバーの魅力を独り占めしたい気持ちもあるんだけど、それと同時に誰かに自慢したいって気持ちもあるの。ふふっ、面白いわよね。こんな矛盾した気持ち。でも、嫌じゃないわ。それに他の子たちが私のセイバーについてどう思ってるか確かめて、物によっては焚べなきゃ——あ、ふふっ、今のは内緒よ。  邪竜さん、あなたも綺麗でドキドキして矛盾してても止められない想いがあるんじゃなくて?」 ジーク「……そうだな。確かにあるとは今の俺には断言出来ないが、ない訳じゃない」 愛歌「なら、一緒に形にしましょう」 ジーク「だが、本に作ると言うのは大変な作業じゃないか? 俺には絵心はない」 愛歌「絵心はなくても、詩とか文とかでもいいみたいよ。思いのままに綴ってみてはいかが?」 ジーク「なるほど。だが俺はここから動けない」 愛歌「委託してあげる」 サバフェス ジャンヌ「な、なんですか、こ、この本は……!?恥ずかしい事を赤裸々に綴りながら、微かな照れもなく真摯に胸を打つピュアな文章。世界の裏側から世界へむけた産声のような本です!」 愛歌「それは今日来てない子が作った本なの。一冊いかが?」 ジャンヌ「保存、鑑賞、実用……予備。五冊ください!」 アーサー「なんか向こうのブースから禍々しいオーラを感じる。近付いちゃダメだと直感が告げている!」 愛歌「ただいま。売り上げであなたの好きそうな本買って来たわ」 ジーク「おかえり。買って来てくれたのか。ありがたい。……うん、このイルカと少女の本は面白そうだな。ん、愛歌の荷物は少ないようだが」 愛歌「だいたい焚べちゃった。本人ごと——ううん、なんでもないわ。一回見ただけで満足しちゃったのよ」 [newpage] [chapter:ジーク君の聖女特攻] ‪ジャンヌ「さぁ、『お姉ちゃん♡』と呼びなさい、オルタ!」‬ オルタ「嫌よ!」 ジャンヌ「この夏で姉妹仲は深まりました。これはお姉ちゃんと呼ぶべき流れなのです!」 ポン ジャンヌ「ん、肩を叩かれて? すみません。今姉妹仲を確実にしている所でして——」 ジーク「す、すまない。あ、今のは、ふぁ、ファミパンだ」 ‪ジャンヌ「……じ、ジーク君?」‬ ‪ジーク「ファミパンと言っても貴女を殴る訳にはいかず、肩を叩いた程度なのだが……。‬  本当は貴女からしてほしかったんだが、してもらえそうになかった。ならば、と思い俺からしてしまったんだ。  こ、これで俺もジャンヌと家族になれただろうか?」 ジャンヌ「 」 ナイチンゲール「急患です!! 退きなさい! 担架が通ります!」 ジーク「すまない、ジャンヌ!! 俺は手加減を誤っただろうか? ジャンヌ、しっかりしてくれ!」 ジャンヌ「ふぅ。座に帰りかけました……。ジーク君から家族だなんて、まるでプロポーズじゃないですか。ごにょごにょ……」 ジーク「すまない」 ジャンヌ「い、いいんです。ジーク君のせいではありません。熱中症ですから」←そういう事にした ジーク「そうか。その、知識しかないのだが、ねっ、ちゅう、しょう……と言うのは怖いのだな」 ジャンヌ「うぅ……!(な、なんでゆっくり言うんですか!? その言い方だと! その言い方だとぉ!!)」防御力Down↓ ジーク「どうした?」 ジャンヌ「な、なんでもないですよ」 ジーク「そうだ。家族になったら貴女への呼び方を変えねばならないのだろう?」 ジャンヌ(ま、まさか、ジーク君が『お姉ちゃん』とよ、呼んでくれるのですか? そ、そんな事になったら……。で、ですが、私は水辺の聖女! エンドレス・エンジョイ・サマー! 無敵なのです! いくら防御力を下げられても、効きません。無敵なのです!) ジーク「マイハニー」無敵貫通 ジャンヌ「はぅう!!?」 ジーク「ジャンヌ!? 大丈夫か? 顔が真っ赤だが?  家族になれと言う事はプロポーズも同然なのだから、この呼び方がいいとアルテミスが言っていたんだ。間違いだったか?」 ジャンヌ(ジーク君が、ジーク君が、私特攻+無敵貫通を得てます! 心臓が、心臓がぁ……! 嬉しくて死んでしまいそうです!) [newpage] [chapter:ジーク君的シグルド構文] 世界の裏側での長い待ち時間を終え、無事再会したジクジャン 恋に気付いたジーク君はもう我慢はしないとばかりにイチャイチャする そして、子供が出来る。次第に育児におわれるようになっていくジャンヌ その事に一抹の寂しさを覚えながらもジークはジャンヌの手伝いをしていく。 そんなある日、授乳をするジャンヌにジークはハッとする そして、子供も寝静まった頃、ジークはジャンヌに告げる 「俺は君に一目惚れをしたようだ」 「なんですか、いきなり? ふふっ、一目惚れってもう出会ってから何年目ですか? もう!」 「俺はジャンヌに何度も一目惚れをしている!  一度目は初めて出会った時。ルーラーの貴女に心奪われた。  二度目は貴女と初めて眠った時。俺では到底描けない美しい貴女に魅せられた。  頑張る貴女は魅力的だ。俺の目を奪ってやまない。  何度も何度も一目惚れをした。新たなジャンヌを知るたびに俺は惚れ直した。紅蓮の聖女を放つ君でさえ、俺は不謹慎にも恋をしたんだ。  そして、今日、母親になったジャンヌに心惹かれた!  ジャンヌの尊さに俺は心を打たれた。ジャンヌの役に立ちたい。ジャンヌに俺の身体を使ってほしい。  ——いや、それではダメだ。もう使われるだけではダメだ。なにも言わなくても、ジャンヌの役に立てるように自ら考えて行動するべきなんだ。言葉を交わさずとも、ジャンヌの想いが通じるようになりたい」 [newpage] [chapter:アポif: ポンコツ聖女] 雑なあらすじ:ジクジャンが主従 ジャンヌ「今回の聖杯大戦はなにかがおかしいと思っていましたが、本来聖杯をマスターとするルーラーが魔力不足ってどう言う事です? まさかレティシアを依代にしても足らずにジーク君をマスターにする事になるとは……」 ジーク「俺なんかが貴女のマスターですまない……」 ジャンヌ「そ、そんな事ないです! むしろ迷惑かけているのは私の方です……。ジーク君は私とライダー二人分の魔力を供給している訳ですし……。ジーク君の身体は大丈夫でしょうか——ハッ!」 ジャンヌ(もし、ここでジーク君の魔力が足らないなどと言う事があったら、魔力供給()をする流れになってしまうのでは? もしもに備えてルーラーである私の魔力は必要不可欠。ですが、ジーク君に負荷をかけてはいけません。ここは魔力供給()で少しでもジーク君の負担をするべきでは!? で、ですが、私はレティシアの身体を借りている身。彼女に負担をかけるのはいただけない。で、ですが、も、ももももし令呪を使われてしまったら? いくらルーラーと言えど、二画使われては従わざる得ません。……あ、私はルーラーですし、私も令呪を持って——ジーク君にあげました!! 対抗する術がないです! わ、私はもしやジーク君にあげた令呪で命令をされる事になるのでしょうか!? そんな自分で自分の首を絞めるような……。で、ですが、ジーク君に限ってそんな……。あ、あぁ! こういう人に限って加虐的な面を持っていると聞いた事があります。そうです! ジーク君は私をからかったりと意地悪なところがあります! ……う、うぅ、そうですか。そうなんですね。わかりました。私もついに聖処女卒業ですか……。覚悟を決めます。……で、ですが、ジーク君なら嫌ではないです。でも……) ジャンヌ「や、優しくしてくださいね……」 ジーク「なんの話だ?」 [newpage] [chapter:腕相撲をするジャンヌ姉妹とジーク君] オルタ「く! き、筋力Bの癖にビクともしないですって!?」 ジャンヌ「耐久はBですから! 筋力Aだろうと耐えれますよ! 耐久Cのオルタより持久力は私の上と見ました。オルタの体力切れを待って決着を待たせていただきます」 オルタ「させるかっての! 一気に勝負付けてやろうじゃない」 その後 オルタ「3勝3敗……。もう一回よ!」 ジャンヌ「いいんですか? 何度もやればあなたの体力がなくなって勝つのが難しくなるだけですよ」 オルタ「うっさいわね! やるのよ!」 ジーク「盛り上がっているようだが、なにをしてるんだ?」 ジャンヌ「じ、ジーク君!? 腕相撲ですよ」 ジーク「ん? 聞いた事があるな。確か腕試し一種か。俺も混ぜてもらっていいか? 俺では到底太刀打ちできないだろうが、やってみたい」 オルタ「もやしみたいなファヴニールを負かせたところでなんの得にもならないでしょうが、勝って勢いをつけさせもらうわ!」 ジャンヌ「無理です、無理!!」 オルタ「は?」 ジーク「俺には混ざる資格もないか……。筋力も耐久も最低ランクのEだしな……」 ジャンヌ「あ、その……。そ、そう言う訳ではなく、そんな悲しそうな顔をしないでください……。ただ、私じゃジーク君に敵わないので……」 ジーク「いや、貴女の方が単純なステータスは上だぞ?」 ジャンヌ「それは、その……」 ジャンヌ(ジーク君と腕相撲……。ジーク君と手を組む? 見つめ合って? 手を強く握られる? 力を入れる毎に白い肌が紅潮していく様を間近で眺める?) ジャンヌ「無理なんです!! 理性が保たないです……」 オルタ(……こいつ、またろくでもない事考えてるわね) オルタ「仕方ないわね。私とやるわよ、ファヴニール」 ジャンヌ「オルタとジーク君が手を——!? ダメです!」 ジーク「すまない……。貴女を不快にさせてしまったようだな。俺は退散する。姉妹水入らずを邪魔してすまなかった……」しょんぼり ジャンヌ「あ……! ジーク君待って! いかないでください……! ジーク君を仲間外れにする意思などなかったんです。邪魔じゃないです! ジーク君!」 [newpage] [chapter:ジクジャンすれ違い] ジーク「聞いてくれ、ライダー!」 アストルフォ「はいはい!」 ジーク「オルレアンの聖女に嫌われた!」 アストルフォ「それはない」 ジーク「……そ、即座に否定された? だが、この前朝食に誘ったのだが、体調を崩していたのを俺に隠していたんだ。俺は無理をさせたくないのに、無理をして笑うんだ。信用がならないと、俺には体調を崩したと言えなかったのだろうか?」 アストルフォ「単純に楽しみで前日寝れなかったんじゃないかな? 信用の問題じゃないと思うよ」 ジーク「それに食欲もなかったようなんだ。彼女の記憶は朧げなんだが、健啖家と言う記憶している」 アストルフォ「ぶはっ!! よりにもよって、その記憶がある訳? あーあ、ルーラーってば可哀想。見栄の張りようがないね」 ジーク「なのに、その日はサラダだけしか頼まなかったんだ!」 アストルフォ「ジークはなに食べた?」 ジーク「ん? 俺か? 味覚が薄いのでなんでもいいと言ったのだが、エミヤやブーティカがわざわざフレンチトーストを作ってくれたんだ。甘いものなら味もわかるだろう、と」 アストルフォ「美味しかった?」 ジーク「あぁ……! 正確な味はわからない。けれど、優しい味がする気がして、胸が熱くなった。——って、俺の事はいい。彼女の事だ。食事の間、ずっと俺を険しい顔で見ていたんだ! お腹を押さえて!!」 アストルフォ「美味しそうなフレンチトースト見て、お腹が鳴らないようにしてたんだと思うよ」 ジーク「彼女に限ってそんな事はないと思う。それに険しい顔と言えば、この前休憩室で俺はうっかり寝てしまったんだ」 アストルフォ「うん。知ってるー! 珍しいから写メ撮った」 ジーク「い、いつの間に?」 アストルフォ「てか、険しい顔って、あれでしょ。ルーラーがジークに毛布かけるか散々迷って、血迷ってキスしようとしたけどできなくて、ジーク君の前で1時間以上立ち尽くしてたやつ。ニヤケ顔をしちゃいけないって顔を引き締めてたけど、5分ごとに崩れてたやつ」 ジーク「い、1時間……!?」 アストルフォ「ルーラーは他の人にはすぐにお節介やきにいくのに、ジーク相手だとできないんだよね。動悸がする。寝顔を間近で見るだなんて、心臓が高鳴って死にそうだって言ってた」 ジーク「……なんで、ライダーは知っているんだ?」 アストルフォ「怪しすぎて、思わず職質した。  ジーク、真相なんてくだらないし、気にしないで大丈夫だよ。ルーラーは空回っているだけだから。水着のジャンヌあたりなら、そのへん気にしないんじゃない?」 ジーク「いや、水着の彼女も俺がいると動きがぎこちない。顔は真っ赤だし、受け答えもギクシャクしている」 アストルフォ「ジークの前だと浮かれ聖女にも理性が戻るんだ。新発見」 ジーク「前も挙動不審でパーカーの前を必死に閉めようとして」 アストルフォ「閉めようとして?」 ジーク「閉めた瞬間、胸が大きすぎてファスナーが壊れた」 アストルフォ「ぶっふぉ!」 ジーク「飛んでいったファスナーが黒髭にあたり、座に帰っていた……」 アストルフォ「チャックボーン! このおっぱいで聖女は無理でしょ!」 ジーク「やはり、俺は嫌われている気がする。別の日、水着のマリーと共にビーチバレーをしているところを見たのだが、楽しげで見ているだけで俺は幸せだった。悪いと思いながら、俺は見ていたんだ。けれど、俺と目があった瞬間に動きが固まり、ボールを顔面に受けていた。思わず駆け寄ろうとしたら、片手顔面に当てて、もう片方の手で俺を制すとその場から逃げてしまった……」 アストルフォ「……ちなみにその時のジークの格好は?」 ジーク「俺の格好は関係ない気がする」 アストルフォ「いいからいいから」 ジーク「ん。確か、俺も水着だった。海パンとマスターに買ってもらったアロハシャツを着ていた」 アストルフォ「前は閉めてた?」 ジーク「いや、暑かったから閉めなかった」 アストルフォ「あー。じゃあ、色んな意味で鼻血出して顔見せられなかったんだ」 ジーク「鼻血? ボールのせいか?」 アストルフォ「多分、それだけじゃないけど、ルーラーの名誉の為にそうだと言っておこう」 ジーク「俺も手当くらいできるのに……、俺には手当させてくれないのか……」 アストルフォ「乙女心だよ」 ジーク「やはり、俺はオルレアンの聖女に嫌われているのだろうか? 彼女の記憶が朧げな俺が身勝手な事を言うが、嫌われたくないんだ。嫌われたと思うだけで目の前が真っ暗になる」 アストルフォ「ないない。ジークが嫌われる理由はないよ。全部ルーラーの自爆が悪い」 ジーク「ん? 彼女は自爆宝具は使ってないが……。ライダーは優しいのはわかる。けれど、嫌われているのだと思う。今もそこの角から俺をジッと睨んでいる」 アストルフォ「ぼふっ! ……ほ、ホントだ! いる!! てか、バレバレ。混ざればいいのに! と言うか、また余計な事を考えてるな。百面相してるー」 ジーク「ライダー、俺はどうすればいい?」 アストルフォ「ジーク、そんなに不安げな顔してボクに顔を寄せるとまたルーラーが勘違いするよ。この位置からだとキスしているように見える!  あ、ちなみにボクはジークのキスなら大歓迎だから!」 ジャンヌ(うぅ、ジーク君とアストルフォの距離が近いです……! 私もあんなそばに寄れたら……って、ダメです。破廉恥です! でも……、羨ましいです……。私もジーク君とお喋りしたいです……) [newpage] [chapter:海で水着の上を流されてしまったシチュ] ジャンヌ「ジーク君、すみません……!」ジークの背中に後ろから抱きつく ジーク「ん?ど、どうした、ジャンヌ!?(なにかとても柔らかいものが背中に当たっている)」 ジャンヌ「うぅ、すみません。水着の上が流されちゃって!」 ジーク「つまり、当たっているのは……」 ジャンヌ「陸に上がるまでこうしててくだ——ってジーク君、顔が真っ赤です!?」 [newpage] [chapter:ちっさくなったジーク君を膝に乗せいい子いい子するジャンヌ] ジャンヌ「ふふっ、ジーク君は可愛いです。髪の毛ふわふわ〜」 ジーク「ジャンヌ、離してほしい」 ジャンヌ「私に抱っこされるの嫌ですか!?」 ジーク「そうではない。何度も言っているが、今の俺は見た目こそ小さいが、中身はいつもと変わらない」 ジャンヌ「ですが、ジーク君は0歳ですし、今の方が自然な見た目になるのでは?」 ジーク「…………そうだな。し、しかし、俺も男であって!」 ジャンヌ「0歳児を抱っこして可愛がるのは普通の事なのです。お姉ちゃん、ジーク君の事をギュッとしちゃいます!可愛いです!ジーク君のほっぺ、もちもちです。さぁジーク君、私の事お姉ちゃんって呼んでください!」 ジーク「……嫌だ。ジャンヌの弟にはなれない」 ジャンヌ「う。なんでですか?生意気な弟君はお姉ちゃんがもっとギュッとしてもちもちしちゃいま——ん」  その時、ジークはジャンヌの唇にちゅっと軽く口付けた。 ジーク「んんっ。いきなりですまない。だが、俺はジャンヌの弟にはなれない。こんな事をしたくなってしまうんだ。何故なら、君が好きだからだ。弟ではなく恋人になりたいと願ってしまう。俺は小さくとも欲深いファヴニールだ」 ジャンヌ「〜〜〜〜!!?」 おねショタになってもジャンヌは主導権を握れなさそう [newpage] [chapter:ジャンヌが小さくなったと言う前提の後日談] ジーク「子供というのはいいものだな。触れ合ってみてわかったのだが、俺よりも体温が高くてあったかい。  無邪気に慕われると嬉しくなる。上気した頬を見るとつい抱きしめたくなってしまう。守りたいと思う。愛おしいと思う。父親と言うのはこんな感じなのだろうか?  憧れてしまう。俺もなりたいと思ってしまったんだ。小さいジャンヌは愛おしい。どう思う?」 ジャンヌ「ひゃんっ!?」 ↑幼児化した時の記憶はない ジャンヌ「小さい私ですか!? リリィではなく? 私!? そんなのいる訳が……ハッ! もしや、もしや、もしや! じ、ジーク君はわ、わ、わたた、私を妊娠させて、お父さんになりたいんですかぁ!? 合法的に小さな私を作るのですか? 私と言うかJr.ですが」 ジーク「ぶっ! ……落ち着け」 [newpage] [chapter:聖女をダメにする聖女全肯定邪竜] 水着ジャンヌ「聖杯ですか。では海を召喚しましょう。いついかなる時でもオーシャンを呼び寄せ、世界を海水で満たすのです」 ジーク「そうか。なら、今の内に泳げるようにならないとな」 オルタ「止めなさいよ!前向きに受け止めてんじゃないわよ!」 [newpage] [chapter:捏造: ジークとリースの関係] 世界の裏側 リース「きゅー。きゅー!」 ジーク(本体)「そうか。ルーラーは楽しそうにしているのだな」 リース「きゅきゅー」 ジーク(本体)「もう帰るのか?引き続きルーラーに力を貸してやってくれ。……時折でいいから、報告を頼む」 リース「きゅー!(特別意訳: 任せろ)」 [newpage] [chapter:キス] 聖女「ジーク君起きてください。……お、起きないとキスしちゃいますよ。な、なんちゃって……」 邪竜「……ぁ」(パチクリ) 聖女「あ」(気まずい) 邪竜「ん」(再び目を閉じる) 聖女「寝ないでください!」 邪竜「……寝ていれば、キスしてもらえるのだろう?」 聖女「そ、それは……」 [newpage] [chapter:作業妨害] ぐだ「え? オルタちゃん本気? どんな手を使っても、ジャンヌの作業妨害したいの?」 オルタ「本気よ。あの女にだけは負けられないのよ! じゃなかったらこんな事言わないわよ」(三徹目) ぐだ「仕方ない。オルタちゃんがそこまで言うならやるしかないな。ジャンヌに特別な差し入れ持っていく」(同じく三徹目) オルタ「差し入れ?」 ぐだ「そう差し入れ。思わず作業も止まってしまうようなすごい差し入れだ」 オルタ「刑部姫のゲームみたいな!?」 ぐだ「くっくっく! それ以上だ。ジャンヌにとってはそれ以外なんにも考えられなくなって本の作成すら忘却の彼方へと消えるだろう。あ、用意するからちょっと待ってて。もしもしー」 鯖フェス当日 オルタ「え? 本は出したけど、あの女が体調不良!? 明日は槍でも降る訳?」 ぐだ「あちゃー。落とすかと思ったら、ジャンヌはやり遂げたのか。すごいな、聖女は」 オルタ「アンタ、一体なにしたの?」 ぐだ「ジーク君の事を伝えた」 マリー「ジャンヌったら、無理しすぎよ……。昼間は観光と水泳。夜は徹夜で作業したりなんかしたら、サーヴァントだって体調を崩すわ」 ジャンヌ「すみません。……でも、真新しい水着を着て、ガイドブックを付箋まみれにしたジーク君が遊びに来たら断れないんです! あの逆らい難いキラキラした瞳と上気した頬! 断る事が罪です!」 マリー「だからって……。ジャンヌが体調崩したら彼だって心配するわよ」 ジャンヌ「すみません。マリーにも迷惑かけました……。  でも、マリー聞いてください。私後悔はないんです。ジーク君と遊べて楽しかったんです。ジーク君の笑顔が嬉しくてたまらなかった!  ジーク君にまた明日も遊びたいって言われたら、私は何日だって付き合います!」 マリー「あらあら……。重症ね。でも、ステキよ!」 ぐだ「あ、ジークが日焼けしてる」 ジーク「マスター、南国の島と言うのは良いものだな。初めて泳いだのだが気持ちよかった。これも聖女の——ジャンヌおかげだ」 ぐだ「それはよかった。うん、でも、後でジャンヌには謝ろう」 ジーク「そうしてくれ。俺をジャンヌの所に連れて行く時、俺を誘拐したって嘘をついただろう?」 ぐだ「まさか、本気にするとは……。迷子放送的な感じだったんだけどな。 『オルレアンの聖女よ。ファヴニールでありホムンクルスのジークは預かった。返して欲しくば水着に着替えて、浮き輪持参で来るといい。ジークも新しい水着とアロハシャツを着て、ガイドブックに付箋を付けている。それもガイドブックの厚さが変わるほどな!』  思い出すとオレ、カオスな事を言ってる」 ジーク「ジャンヌは信じやすいんだ。凄んだ声で言われたら内容はともかく変に勘違いしてしまう」 ぐだ「ジークからしたらそうなんだろうが、ジャンヌは普段しっかりしてるんだよ。ジークのことが絡むとポンコツになるだけで……」 ジャンヌ「私からしたら何度目かの夏。でも、ジーク君にとっては初めての夏。だから、たくさん思い出を作ってあげたいんです。例え、今のジーク君が端末でいずれ消えてしまっても、楽しかった思い出は私が本体に届けますから」
いつも通りの小ネタ集<br /><br />ジーク×ジャンヌ<br /><br />気がつくと小ネタは溜まっていく
小ネタお得パック
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大局を見ることができる男が、自分の足元を見誤って滑り落ちた。 ひとことで言ってしまえば、坂本龍馬はそういう人だった。 人だったのだ。抑止の英霊としてひっそりと再臨した今の彼は、その過ちを繰り返すことのないよう、人ではなくなった。 彼は賢い人だったから、どちらにしても同じことは繰り返さなかっただろう。 それでも人でないのは、保険のようなものなのだとも思っている。 彼は自身が立つ高みの地盤を気にすることを求められていた。 ひっそりとこっそりと暗躍して、人を導いて、物事を良い方向に進めることを求められていた。 だから彼のそばには、岡田以蔵がいる。 恨み辛みの怨嗟の声を坂本龍馬に投げかけ、忘れがちな足元の平衡を勧告する、そのための役回り。 大局ばかりを見てしまう坂本龍馬の性格を加味した役目。 割り振られた仕事を忠実にこなすことに疑念も苦悶もない自身にはぴったりのはずなのに、と漠然と思いながらも以蔵は刀を振るった。 視界に鮮血がぱっと弾け飛ぶ。敵の巨人のものだ。 いつもなら斬るたびに笑ったり吼えたりしていたが、斬り終えた以蔵は無言でがっくりと俯き膝に手を当てた。 乱れに乱れた息が口からひっきりなしにこぼれてゆく。ただただ疲弊していた。 敵の巨人の死体はそこいらに転がっている。あまり移動していないから当然だが、積み重なっているもののほうが多い。死体の山だ。 先刻からわらわらと群がってくる敵だ。同種であること以外法則性がなさそうに見えるが、一旦とだえると三十秒ほど補充されなくなる。 以蔵はあごの下の汗を拭い、起き上がった。 刀を鞘に納め、息を整える。と。 ぱあっと背後で暗い光があふれた。冷たい空気が周囲に満ち満ちる。 がばっと振り返ると、予想通り暗い光の中で大剣を片手で軽々と振り回す巨大な人影がゆらりと揺れていた。 宝具だ。それを呼び出したのは、巨大な人影の下にいる淡桃色の三つ編みの女。 冷静な表情で以蔵の後ろを指差している。フローレンス・ナイチンゲール。 「あー! 婦長さんまたがか!? またながかー!?」 「あちらのほうにまだ患者がいます」 「あいつらは追い払ったんじゃ!」 彼女の宝具効果で、きらきらと光の屑が以蔵のもとに落ちてきた。 目減りしていた体力が回復するが、不満は鎮静されない。 宝具効果で敵巨人の攻撃力は低下している。ここで叩きつぶせば敵は減る。 なにより、距離があったためふらふらさまようだけだった索敵能力の低い敵が、宝具効果でこちらに気づいてしまった。 ちょうどこちらの体力も回復しているから戦うべきなのだろう。 だが、これで五度目だ。五度目なのだ。頭痛がする中、以蔵は柄を握りしめた。 「彼らには治療が必要です。岡田以蔵、処置を開始してください」 「おまん、さっきから人をこきつかってからに~~!」 「私に動いては駄目だと言ったのはあなたです」 「なんもしなとも言ったんじゃが!? なしてそっちは聞いてくれんがか!?」 平静な表情のまま、ナイチンゲールは耳をおさえた。聞こえないというより聞かないというジェスチャーだ。 いらっとしながらも、以蔵は周囲を窺った。 対面するは、敵の巨人四体。背後には、用意していたらしい折りたたみ椅子に座るナイチンゲール。そして、いくつかの退路。 四体を叩き斬れば、三十秒猶予がある。 無人の森。寂れた街道。マスターはいない。カルデアとの通信も断絶されている。 他の英霊たちともはぐれたため、ナイチンゲールとふたりきりだ。 そのナイチンゲールは、マスターたちとはぐれたときから膝部を骨折しているので、逃走することは困難だろう。 (仕方ないき) 肩をすくめ、以蔵は刀を抜いた。 体力は若干回復している。だが、精神は疲弊しているし魔力は枯渇していた。 それでも、今は戦うべきなのだ。 ぐっと踏み込み、襲いかかってきた巨人の鋭利な爪をかいくぐった。首を刎ねる。 倒れようとする死体の肩に足をかけ、以蔵は跳躍した。後ろにいた二体目の巨人の拳が、死体に叩きこまれるところを見下ろしながら、すっと刀で二体目の巨人の背中を撫でる。 血飛沫を撒き散らして二体目の巨人が絶叫した。 だが、倒れない。以蔵は舌打ちをして距離をとった。 思っていたより魔力枯渇は深刻なようだ。刃先が一瞬だけぶれてしまった。一瞬だけだが剣技が鈍るには充分だ。 以蔵は刀身を横に薙いだ。三体目の巨人が斬り倒され、砂子化する。 二体目の巨人がこちらに拳を振り下ろそうとしていることは、理解はしていても動けなかった。 回避できない。一撃をもらうつもりで歯を食いしばる。 だが、その拳はパンと軽い音とともに弾けた。 ナイチンゲールだ。どこからか取り出した短銃で二体目の巨人を容赦なく撃ち抜いている。 「婦長さん!」 以蔵が声を上げたのは、四体目の巨人が彼女に向かったためだった。 椅子から立ち上がったナイチンゲールが、きゅっと手袋を嵌め直した。ふわりと彼女の髪が舞う。 「よろしい。私が相手しましょう」 暗い光があふれるのは見なくても分かったので、以蔵は全力で駆けだした。 四体目の巨人を追い抜き、宝具を撃とうとしているナイチンゲールを抱える。退路の品定めをしないまま疾走した。 脇に抱えたナイチンゲールから、ゆらりと死臭のする怒りの空気が漂ってくる。 「治療の邪魔をする気ですか、岡田以蔵」 「やかましいちや! 結局なんもわしの言うことなんざ聞いちょらんくせに! 補給できん魔力をぽんぽん消費しなゆうてもどうせ聞かんやろが!」 「追ってきます。やはり彼には施術が必要です」 「ちったぁ黙っちょれ!」 ナイチンゲールの言う通り、四体目の巨人が追走してきている。さっきは全力で追い抜いたが、今の以蔵はナイチンゲールを抱えているため足が鈍っていた。 いずれ追いつかれるだろう。以蔵は片手で鯉口を切った。一瞬だけ手を離し、柄を握る。鞘が落下したが無視した。 「死に晒せェ!」 刀を投擲する。 投げるために造られたわけではない刀は、それでもこちらの捨て鉢な所業に異を唱えるでもなく、四体目の巨人を屠ってくれた。 四体目の巨人が敗北して砂子化する様を見送り、ほっとする。 ナイチンゲールがぽつりと聞いてきた。 「いいんですか。刀」 「……えい」 「あなたの武器でしょう」 「えいえい。カルデアに転送されりゃ手元に戻るもんやき」 三十秒内に撤退するために、以蔵は足を動かしつづけた。 足を負傷したナイチンゲールは、そんな以蔵に抱えられたままこちらを見ている。 そのままなにも言わないかと思ったが、強靱な精神を保持する彼女は、構わず口を開いた。 「戻れるんですかね、私たち」 「…………」 どこまでも続く無人の森。どこまでも続く、人の道でない森の中の退路。 マスターたちはいない。カルデアとの通信も断絶されている。 (戻れんかったら、わしはほんに能無しゆうことになるなぁ) ちらりと脳裏に浮かんだのは、年上の幼馴染の、少し困ったような笑顔だ。 彼がなにを言うだろうかと想像しようとしてなにも思い浮かばず、どうしてこんなに思い浮かばないものだろうかと考えながら、以蔵は道ですらなくなった森の中を走りつづけた。 ★ 「あまり離れるとマスターたちとの合流が困難になります。ここで休憩しましょう」 枯れた木々が生い茂る森の中。 増殖する敵はすべて巨人だったので、この場所なら音もなく接近も潜伏もできないだろう。以蔵はナイチンゲールを降ろし、木の根元に腰を掛けた。 刀を引き寄せようとして、手の中がからっぽなことに気づく。 刀はとっくに手離していた。からっぽのてのひらが、うつろに以蔵を見返してくる。そこにはなにもないし、以蔵の中にもなにもない。なにもかもがからっぽだった。 まるでいつかのようだ。本当になにもかもを失くす直前、終わることのない激痛と嘲笑の坩堝の中、晒され許されない罪の前兆。あのときは奪われたからだろうか、それとも。 向かいに座るナイチンゲールが無表情に告げた。 「魔力の温存を説いていたあなたのほうが、それほど消耗しているなんて皮肉ですね」 「誰のせいがか!?」 怒鳴りつける。座り込んだとたんに項垂れたため勘違いされたらしい。 以蔵は、はあーと重い溜息をついた。彼女の目測は間違ってはいない。最後のほうは宝具を打つこともできず、以蔵の持てる技巧だけで斬り捨てていた。 ナイチンゲールは無表情のまま、それでも不服さを隠しもせずに聞いてきた。 「私だとでも?」 「あーあーあー。もうえい。もうえい! どーせわしが悪いんじゃ、馬鹿で間抜けでうつけなのはわしだけじゃ」 「いえそこまでは……すみません」 「そこで謝んなや! 余計惨めじゃろが!」 もう一度、溜息をこぼす。 枯れて荒れた幹にもたれ、ずるずると背が擦れさせた。ひどく身体が重い。このまま横になってしまいたい。目を閉じて、意識を手離してしまいたい。 生ぬるい汗がとまらない。だが、体力はまだ残っている。それと比率が合わなくなった魔力不足がこの不調の原因らしい。 刀のない人斬りは役に立たない。だからここで魔力が全くなくなったとしても問題はない。 だが、ナイチンゲールはまだ戦える。膝部骨折でも彼女は短銃を撃ち、宝具を打った。 彼女には生き延びる意思がある。マスターたちと合流できれば、彼女は引き続きマスターたちのために戦ってくれるだろう。 その可能性が少しでもあるのなら、彼女を戦闘不能にしないことだけは厳守しなければいけない。 以蔵はナイチンゲールを見やった。 暗い視界の中、ちょこんと座り込むナイチンゲールが以蔵を見ていた。 「私にはあなたが病人に見えます」 「はー!?」 大声を上げかけてむせる。ひどい言い様だ。 先刻自分で愚かさを認めたばかりだが、人に真っ向から指摘されるのは腹が立つ。 ぎらりと睨みつけるが、臆することもなくナイチンゲールは言葉を続けた。 「あなたは常になんらかによって抑圧されているように見えます。あなたを押し潰しているものはなんですか」 以蔵は目を細めた。 彼女がなにを言いたいのか、少しだけ察知した。だから、次の彼女の言葉を受けても無防備に動揺することはなかった。 「坂本龍馬ですか」 「違う」 ふらふらとかぶりを振る。 違う。たいしたことのない役割に対して、無駄にこだわっているのは自分だけだ。龍馬は関係ない。 龍馬は龍馬だ。彼を彼らしくするために、彼に彼のすべきことを果たしてもらうために、彼のそばにいることができる。 へまをしたらお竜がなんとかしてくれるだろう。頼もしい代役がいる、気楽な役者だ。 龍馬のやりたいことは、人である彼の足を引っ張るものだった。 だから、彼は人ではなくなった。けれど彼のやりたいことは人であるが故だから、人でも在らねばいけなかった。 だからそばには以蔵がいる。 以蔵といるとき、龍馬は昔のことを思い出す。生前のことを思い出す。人だったときのことを思い出す。 今の、英霊の以蔵を見てくれることはない。 龍馬は以蔵を通して、人である自分を見ているに過ぎない。 「違うんじゃ……わしが、悪い。それだけちや」 それでも見てほしい、認めてほしい、褒めてほしい、と思ってしまうのは、以蔵に擦り付けられた罪そのものだった。 見なくていい。認めなくていい。上滑りする言葉なんていらない。 そう強く思っているのに、思っているはずなのに、気を抜いたら手を伸ばしてしまう。 気が抜けないのは地獄だ。 彼に笑いかけるだけでぎこちなくなってしまう。彼を目で追っただけで吐き気がしてしまう。彼の気配を知覚しただけでだけで引け目を感じてしまう。 「あなたは最恐の人斬りとして現界した英霊です。人を斬るのは刀。人を斬ることは仕事。あなたの意思は介在できず、あなたの剣技が消費される、それがあなたの業」 ナイチンゲールは忌憚なく告げた。 その凍りついた目元が、少しだけゆるむ。 「どうしようもない人。あなたを救うためには、あなたを奪う必要があるんですね。岡田以蔵」 「……難しいことはよく分からんきの、すまんな婦長さん」 片手を上げて制止した。これ以上、彼女の辛辣な解説に耐えられる気がしない。 ナイチンゲールは口を閉ざさなかった。制止する以蔵の手をつかみ、顔を覗き込んでくる。 「では簡単な話をします。治療です」 淡桃色の三つ編みが揺れた。赤くて大きな瞳が以蔵を絡め取る。 視界に広がるそれに、なぜか底知れぬ恐怖を感じた。 「もっと明瞭に言うなら、魔力供給です」 「え」 ぎょっとする。互いの顔の距離がひどく近い理由を理解したからでもあるし、ナイチンゲールの魔力をもらうつもりがないと明言していないことに気づいたからでもあった。 生き残るべきは彼女だ。刀のない人斬りではない。 「私はあなたを救います」 退こうとした頭は、結った髪を乱暴に掴まれてわずかに動くだけだった。 押し退けようとナイチンゲールの肩に触れたが、以蔵の太腿にのった彼女の骨折した膝部がずれて地面に擦れないか気になってしまい、力が入らなかった。 なにより、彼女のかたい意志が込められた赤い瞳に魅入られてしまう。 いつもそうだ。誰も彼もが持ち得る大志を、以蔵は持つことができない。見上げることしかできない。 「なにやってるんだい」 ナイチンゲールの動きが止まった。 ふわっと後部の拘束が外れる。掴まれていた髪が解放された。誰かがナイチンゲールの鉄のような強腕を押しやったらしい。 その誰かは、ずるずるとナイチンゲールの下から以蔵を取り出した。 ナイチンゲールが無表情に彼を見上げる。 「坂本龍馬。マスターも。御無事でなによりです」 「ナイチンゲールさーん! あ、以蔵さんもいたーー! 良かったぁ、ふたりとも消えちゃったのかと思ったよー!」 枯れた木々の向こう側から、マスターが駆け寄ってくる。 少し土埃で汚れているので、自動生成されていた敵巨人と戦ってきたのだろう。カルデアと通信ができる彼らは、巨人生産問題をなんとか解決して以蔵たちを探してくれたのだ。 ナイチンゲール本人が処置した膝を見て、マスターがおろおろと慌てている。怪我自体は見ていたし、治療しているところも見ていたのだから、一緒に来た回復スキル使いの英霊と治療済みと判断しているナイチンゲールが無言で牽制をはじめたことに慌てているようだ。 以蔵はこめかみを押さえた。本格的に魔力が切れかけているらしい。 起き上がらせてくれる龍馬の手を振り払い、以蔵はふらふらと屈み込んだ。思わず口に手を当てるが、吐くほどではない。 あわてたように龍馬が背中をさすってきた。 「以蔵さん、平気? 魔力切れ?」 「そうじゃ。ずーっと宝具使わされてたきに」 うんざりとうめく。ナイチンゲールが五発も宝具を使って敵巨人たちを挑発してくれたおかげだ。 だが、そのおかげでマスターたちは敵巨人とあまり戦闘にならなかったようだ。自動生成とはいえ数量制限はあったのだろう。 こて、と以蔵は龍馬の肩に頭を寄りかからせた。 ひどく重くじんじんとしていた頭の中が、ふわっと熱くなる。それは酩酊にも似ていた。 酩酊なのだろう。じんわりと龍馬からにじむのは、おそらく魔力だ。 坂本龍馬は特別な英霊だ。そのそばにいるだけで、龍馬のおこぼれを拾うことができている。 そんな自分の立場に、酔っているのだ。 「龍馬のそばにおると気持ちえいのー……」 このまま泥になって眠ってしまいたくなる。 目を閉じる。閉じてから、はっと目を開いた。 宙に浮かぶお竜が、目を丸くして以蔵を見ている。 声を上げたのは、顔を真っ赤にした以蔵だった。 「違う!! 今のはなしじゃ! 今のは間違うただけやき!」 「はいはい」 「離しい! わしはおまんのことは許しとらんぜよ! なれなれしくすな!」 「はいはい」 「わーらーうーなーやー!」 むにっと龍馬の耳を引っ張る。 龍馬は痛そうに眉を下げながらも、以蔵の頭をぽんぽんと叩くだけで追い払おうとはしなかった。 彼女に向き直ることに気を取られて、その暇がなかったのだろう。 フローレンス・ナイチンゲールが、松葉杖を引きずって近寄ってきている。 「彼に変なことしないでね、ナイチンゲール女史」 龍馬はさりげなく移動し、以蔵とナイチンゲールのあいだに割り込んだ。 ナイチンゲールは以蔵を無視して、龍馬を機械的な視線で見つめる。赤い瞳の中にたしかにあった、確固とした意志が隠蔽されていた。 その、なにを考えているか分からないいつもの彼女のまま、聞いている。 「私は犠牲なき献身を掲げています。坂本龍馬、あなたはそれを体現できていますか」 ふっと赤い瞳の中に炎が灯る。 暗い光が周囲にあふれるかと思い、以蔵は身構えた。 「あなたがそれを成すつもりがないのなら、私は岡田以蔵を救います」 宝具を発動していないのに発動しているかのようなナイチンゲールが宣告した。 「もっと明瞭に言うなら、彼をあなたから奪います」 「ダメだよ!!」 龍馬の叫び声に、以蔵はびくりと身を震わせた。 とんでもない声量だった。そばにいたせいで鼓膜がちょっと痛い。思わずたじろぐ以蔵の肩を、龍馬は逃がすまいと力を込めてつかんできた。 続いた声は、いつもよりもずっと弱々しいものだった。 「……ダメです、やめてください」 顔を押さえてもごもごうめいている。振り向きたいが、肩をつかまれていて動けない。 パシャッと無機質な音が響いた。ナイチンゲールが、どこからか取り出したタブレット式カメラを持っている。 もうすでに何度目かの撮影なのに、はじめて音がしてびっくりしたのだろう。目を瞬かせた彼女が、タブレット式カメラを龍馬に向けたまま、以蔵をちらりと見た。 「後日、送付します」 「お、おん」 「えっ、ちょっとやめてください、お願いですから! 僕は、その」 龍馬はあわあわとひどく取り乱し、ナイチンゲールと以蔵をきょろきょろと見回した。 パシャと容赦ないナイチンゲールが撮影する。お竜がふわふわとそのそばに近寄り、ナイチンゲール側からカメラを覗き込んだ。無感動な口調で「おお、リョーマだ」とつぶやいている。 龍馬は、観念したようにがっくりとうつむいた。 「……以蔵さんには、かっこいい僕だけ見ててもらいたいんです……」 「はあ~~?」 あきれきった声が出た。なんだかいろんなもの全てが馬鹿馬鹿しくなったような声だった。 まさにいろんなもの全てが馬鹿馬鹿しくなった以蔵は、肩からむりやり龍馬の手を外して振り返った。 「おまん、自分のことかっこえい言うんか。ほんにかっこえい言うんか」 「言わないで……」 帽子で顔を隠す卑怯な男を眺めてから、以蔵は宙に浮かぶお竜に視線を向けた。 そうじゃないだろ、と言いたげな顔だ。お竜はあまり表情豊かではないが、今までの付き合いでなんとなく分かる。『格好良い』ということはお竜の中で論点にはならないようだ。 きっとお竜は、龍馬が格好良いのは当たり前だと思っているからだろう。 なのにお竜は、そうじゃない、と言いたげな顔をする。以蔵は思わず抗議した。 「お竜、おまんが甘やかすからちや」 「お竜さんだけの責任じゃないぞ。リョーマを甘やかすのはイゾーもだろ」 ふわふわ浮かぶお竜は、ひょいと龍馬から帽子を奪った。 「リョーマ、イゾーを見ると、子供に戻ったみたいにべったべたに甘えた顔になってるぞ」 以蔵はきょとんとして、龍馬を見やった。 隠すものがなくなった龍馬が顔を赤らめて眉を下げている。 「……なんも言わんで」 大局ばかりを見てしまう坂本龍馬とは信じ難い、ひどく動転した姿だ。 今の彼にはなにも見えていない。大局も足元も、なにも見えていない。今をどうやってやり過ごすかばかり考えているに違いない。 先のことばかり考えていないのに、その足元なんて簡単に掬えてしまうだろう。 ほうか、と思った。 以蔵はなんとなく理解した。 彼が彼らしくあるために、彼が維新の英雄でも抑止の英霊でもあるために、未来も現在も過去も彼の手中であるために。 そのために、以蔵はここにいるのだ。 以蔵は以蔵らしく在ればいい。そうすれば、龍馬は龍馬らしく在ろうとする。 以蔵がそれを望むからだし、以蔵がそれを望むだろうと彼が思うからだ。 簡単なことだった。役割など、はじめからなかった。 そばにいるだけで彼は勝手に郷愁に誘われる。勝手に人で在ろうとする。以蔵はそのための装置のようなものだ。役者ですらなかった。 いつだって同じことだ。彼のために出来ることなんて、ずっとずっと最初から、なにひとつなかったのだ。 ★ 地に足をつけた英霊たちが、からかったりからかわれたりして、子供のようにはしゃいでいる。 ぷかぷかと浮かぶお竜は、彼らから視線を逸らして天気のいい空を見上げ、「そうじゃないぞー」とひとりごちた。
帝都騎殺+ナイチンゲール/カルデア時空<br /><br />以蔵さんとナイチンゲール女史の話<br />あるいは、抑止の英霊のそばにいる自身の役割について考える以蔵さんの話<br /><br />・ふわふわ土佐弁<br />・書きたいとこだけ書いてます
サイドロールの失考
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のしかかる沈黙はひたすら重かった。降谷の呼び出しを受けた時点で、念のためこういった展開も予測はしていた。新一は、だから、決して驚いた訳ではなかった。彼の目を見て微笑み返す余裕もあった。 「フェアじゃないなあ」 降谷の目は、してやったりという腹の内を隠そうともしない。 「あいにく推理小説家じゃないものでね、君のお父さんのような」 「親父は弁護士ですよ。……指紋採取、同意した覚えはないんですけど」 「求めた覚えもないよ。君には、」 長い指が、スマホを再び操作する。 「国際犯罪組織の協力者、もしくは構成員である、という疑いがかかっている」 「言葉が見つかりませんね」 「図星をさされて?」 「馬鹿馬鹿しくてです」 近づけられたスマホを一瞥して押し返す。写真の背景は、行きつけの中華料理屋だった。左斜め前から撮られた自分は、ビル風にでも吹かれたのか、うつむき加減で、にらむような目つきが反社会的と言われればそうかもしれなかった。 「ひでえ写真」 笑顔から一転、新一は顎を上げて椅子の背にもたれかかる。頭のてっぺんからじろじろと値踏みするのは、必ずしも演技ばかりではない。 「イギリスで日本人がアメリカ人を取り調べる。へたすりゃ主権侵害ですよ」 「そのイギリス警察が僕を招聘した」 目的は何か。探る目つきは、なぜか相手を喜ばせたようだった。降谷は機嫌良く片眉を上げると、こちらの出方をうかがうようにゆったりと座り直した。 工藤新一の名前なら、元々言おうかどうか迷っていた程度のことだ。今答えたって別に構わない。それがただ名前だけにとどまる話なら。だがこの流れはどうも違う。 日本を発つ前なら事情は違った。その通り、俺は工藤新一ですよ。ごく素直にそう頷いただろう。もし彼が指紋鑑定の結果を持ち出して来たなら、ずいぶん必死じゃないですか、と笑うくらいはしたかもしれない。 いや、空港で再会した時でもそうだ。おととい、あの空きビルで睨み合った瞬間だってまだそうしたはずだ。彼の手にこもる、こちらの腕が抜けそうなほどの力に免じて、俺は担保も対価もなしですべての問いに答えただろう。しかし今は事情が違う。 「一石三鳥は欲張りすぎじゃありませんか?」 「どういうことかな」 「俺の身元。組織との関係。存在しない少年。あなたはいったい何が知りたくて、どういった立場で俺を呼び出したんです?」 薄い青の目が先を促す。 「俺の身元については、アメリカ大使館にお問合せをどうぞ。組織との関係もそれで分かります。残念ながら『ない』んですけど」 「なるほど」 「いなくなった少年の……例えばですが、友人としてお訊ねなら、本人に直接訊いたらいいでしょう。今でも連絡があるんですよね。ねえ、あなたはいったいどこの何様だといって、俺の個人の領域に踏み込んでくるんです。それも、黙って採った指紋の鑑定結果を盾に」 「なるほど。秘密はあるが、安売りはしないというわけだ」 「どう聞いたらそういう解釈になるんですかね。……まあ少なくとも、売るなら相手は選びますよ」 「誰に売るんだい。FBIとか?」 「あなたが何を言ってるのか、まったく分かりませんね」 吐き捨てて、新一は立ち上がろうとした。その瞬間、テーブルの下を伸びてきた足に軸足を払われ、尻もち同然に座り直すはめになる。当然相手をにらみつけるが、返ってくるのは人懐こい笑顔ばかりだ。その表情がポアロでの安室透そのままなあたり、底意地の悪さをひしひしと感じる。 「日本の警察官はずいぶんと乱暴なんですね」 「被疑者が逃げようとしたら、どこの警察もこんなものだろう」 「あんたね、本当にいい加減にしてください。今までのやり取りでも十分、出るとこには出られますよ。えらい人なんでしょう? せっかくのキャリアを大切にしたらどうなんです」 ポケットからICレコーダーを取り出し、いらだちに任せてテーブルに叩きつける。念のため持参したものだが、降谷は別段驚いた様子もなく、足の代わりに今度は口で新一を引きとめにかかった。 「ねえ、江戸川くん」 穏やかな声。顔つき。その中で、目だけが相変わらず新一を責めていた。一歩も引かない覚悟でその目を見返すうちに、ふと視線の圧がゆるむ。次いでそれはなつかしそうに揺らぎ、一瞬だけ悲しそうに歪んだ次の瞬間、元の怒りに覆われてそれっきりだった。 「なんですか」 「アメリカ大使館には問合せ済だ。回答すべてが君の言う通りだった。著名な弁護士夫妻のひとり息子。幼い頃から頭脳優秀で、地元でも名だたる名門校に進学。やんちゃが過ぎて先年イギリス留学に放り出される。元同級生にもひとりずつ当たったが、全員が矛盾なく君の思い出を話してくれた。確かに犯罪組織に関わった様子はない。……だが、少なくとも彼らのひとりは、うちが把握しているFBIのエージェントだ」 「俺のあずかり知らないところです、それは」 「ここでの君の生活ぶりは模範的だった。学校とフラットの往復。ほんの少しの寄り道。数人の品行方正な友人。だがどうしても素を出してしまうんだな、君という人間は」 無言で先を促すと、彼は目を細めて続けた。 「周辺地域を巡視する方法。監視のまき方。盗聴器の探し方。実に堂に入ったものだ。バイト代わりの探偵業も盛況。君のお気に入りの中華料理屋の主人と本屋の店員から、情報部にスカウトの推薦が上げられている」 「……でっち上げもそこまで来るとすげえよ」 「そこまで把握しておいて、情報部がなぜ君に唾をつけずにいたか分かるかい? 君の国が、大使館経由で横槍を入れたからだよ。該当の人物は我が国の機密事項に関わる重要参考人である。おかげで、イギリスはこうして、ことが起こるまでは監視をつけるくらいしか出来なかった。君と…あともうひとり、突然現れた新進気鋭の女性研究者に。……ああ、だからダメだって言っているのに」 そう簡単に顔色を変えちゃいけない。降谷は楽しげにたしなめる。 「この界隈で生きるには、君はあんまり素直に出来過ぎているな」 「……あなたはイギリスの使いっ走りなんだ?」 「僕が? どうだろう。でもこれだけは伝えてあげられる。この国は、君と彼女の出国を認めない方針だ。君のフラットの近くで死体がひとつ出た」 「それはなんというか、お気の毒ですが……俺と友人に何の関係が?」 「バスタブで発見されてね。外傷もなければ疾患もなし。あえて言うなら中毒死の可能性が高いそうだが、注射痕をはじめ、何らかの毒物を摂取した痕跡もない。部屋はひと月前から借りられていた。君の家からは徒歩一分。というより向かいのビルだな。位置は君の部屋を見下ろす角部屋。家財道具の類はゼロ。遺留品は、バックパッカーがよく使う大きなリュックサックと、君の指紋つきの紙コップがひとつ」 あの奇妙な空きビルの一室を思い出す。新一は眉根を寄せ、降谷は追い打ちをかけるように続ける。 「コップの内側からは紅茶の茶葉の欠片が出た」 「これ見よがしですね」 「そうずいぶんと、これ見よがしだ」 彼が再びスマホの写真を突き出す。ほんの短い間クラスメートだった青年の顔を、新一はしみじみと眺め、そうしておもむろに視線を上げた。 「ついてた指紋は俺のだけじゃないでしょう」 数週間前、灰原のラボで飲んだ紅茶。コップは彼女が片づけたはずだ。新一の分と自身の分を、細い指が面倒そうに重ねてゴミ箱に捨てていた。それが殺人現場に置かれていたのなら、殺人の企ては、早くから、ごく身近で、自分たちを織り込んで進められていたことになる。他人の家では出来ることに限りがある。不機嫌な赤井の言葉が脳裏によみがえる。胃の腑が冷える。 「どうして俺に教えるんです」 「決断をうながすために。君は口をつぐむことで周囲を守ろうとしているみたいだけど、はっきり言ってもうそれは悪手でしかない。事態は今この瞬間も進んでいる。戦略を変えたほうが賢明だ」 「さっきも言ったでしょう。相手を選びたいんです。最善の道と最良の相手を選ぶ義務が、俺にはある」 「当然だ。でもね、こういう時に信頼できる情報と証拠をそろえるのは、すごくむずかしい。検討にかける時間はほぼないといっていい。それでいて、どうしても判断しなければならないとしたら、色々なことに目をつぶってでも、臨時の結論を出すほかないんじゃないかな」 新一は返答を控えた。降谷はよどみなく続けた。 「じゃあ、僕から一歩譲ろう。被害者の男はアメリカの潜入捜査官だ。広い意味で赤井の身内だよ。つまり君たちとは敵対していない。君の心の平穏のためにもう一歩譲ってもいい。彼を殺した奴らは僕にとって……少なくとも僕個人にとっては排除するべき敵だ」 「……この界隈、個人の考えでは何も動かないでしょうに」 「その通りだ」 子どもを褒める口調で降谷は言う。 「でも僕個人の考えが、与えられた立場と矛盾したことが今まで一度でもあったかな?」 「知るはずねえだろ」 よく言うぜ、という言葉を飲み下し、新一は横を向く。先年のエッジオブオーシャンの件はいまだ記憶に生々しかった。正義といい信念というが、彼の口から出るそれらの言葉に、芯から腹落ちしたことなど、それこそ一度もなかった。小五郎や蘭といった市井の個人をないがしろにしてでも、法と社会の秩序を守ろうとした彼の選択は、それはそれで彼という個人の考えだが、新一にはとうてい受け入れられない世界観だった。そこに公の立場との矛盾など起こるはずもなく、だがそうであるからこそ今はその言葉を信じられるかもしれなかった。癪に障るが、確かに敵味方の判断をつける頃合いではあった。 「公安が俺に何の用です」 「それは僕のレベルではあずかり知らないところだ」 新一の言葉をまねて彼は微笑み、こちらは彼をまねて小首をかしげる。 「そんなはずないよね、降谷さん」 「本当だよ」 「嘘つき」 「ただ、僕らは邦人の保護を第一に考えている」 邦人の、と新一は口の端をつりあげる。 「それはご親切にどうも」 ほとんど執拗なほどの口調で、彼は訊ねる。 「君の名前は?」 ひと呼吸挟んで、新一は口を開いた。 「いくつかあります。あなたと同じように。これからも増えていくでしょう。生きるのに必要な分だけ。不要とあれば捨てることもあります。あなたもそうでしょうけど。でも捨てない名前が二つある。ひとつは『江戸川コナン』」 降谷の目が食い入るように深い。安室透の顔はすでに引っ込めてしまっていたが、それでもやはり新一の目に、彼は安室その人に見えた。ポアロで談笑する時も、目だけはちょうどこんなふうだった。人の目を覗き込む癖というなら、彼のほうこそ悪癖と呼ぶべきレベルだった。 「もうひとつが『工藤新一』です」 「……」 「生まれた時、俺は工藤新一でした。今はそうじゃないけど」 「どうして?」 かすれた声が訊ねてくる。新一は苦笑いで答える。 「これ以上は別料金になるんですが」 そう言って、回り続けていたICレコーダーの停止ボタンを押した。
色々ありましてなかなか書けませんでした…<br />予定のところまで進んでいないのですが上げられる分だけ上げます<br />ずっとふるやくんと工藤くんの会話です
再会報告書【5】
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10097559#1
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いくらなんでもカップルシートが過ぎるんじゃないかと思う。けれど、みとちゃんは当たり前のようにそこへ腰かけて、座らないんですか?なんて小首を傾げてみせる。 カラオケはあまり来ないから、2人で来るとこうして狭い部屋に押し込められるのが普通なのか、判断がつかない。 「…部屋せまない?」 「うん、ここ狭いですね。でもまぁ2人だし」 荷物を置くためのテーブルくらいはあるが、それ以外はできるだけ物が省略されている感じだ。部屋に対してカラオケの機械とモニターがやたらと大きくて、なんだか目が悪くなりそうだなぁと思う。 少なくとも、かなり仲の良い人とでないと、私にはこの部屋はきつい。その点ではみとちゃんと2人でよかったような、かえってよくないような。 「よっしゃ歌うぞ樋口。ここに来たからには25曲歌わねぇと帰さねぇ…」 「ワンマンライブか」 みとちゃんは、曲を入れるための端末を小さな手に抱えて、何にしますか?なんて期待を込めた表情で聞いてくる。みとちゃんがカラオケに行きたいと言うからついてきたまでで、私はどちらかというとみとちゃんの歌が聴きたい。 「みとちゃん歌ってや。事変聴きたい。」 「んー、じゃあ歌いますか。でも順番ですよー。楓ちゃんも歌うんだからね?」 その念押しを、はいはいと適当に流して、みとちゃんが慣れた手つきで曲を入力していくのを眺めた。みとちゃんの歌を聴くのは好きだ。みとちゃんのことは何でも好きだけれど、歌はとりわけ好きと言える部分だ。 「あっ、採点入れよう採点!」 曲のイントロが流れ始めたところで、みとちゃんが慌ただしく採点機能をオンにする。音程を示すバーが画面の上の方に出て、映像を見るにはやや邪魔だと思ったけれど、今日はみとちゃんの歌を聴きに来ただけだから別にいいかと思い直した。 みとちゃんが選んだのは、以前私が好きだと言って教えた曲だった。いつの間に歌えるぐらいまで覚えたのだろう。思った通り、みとちゃんの声と曲がよく合っている。 音楽は、それなりのこだわりをもって聴いたりするけれど、みとちゃんの歌はちょっと別だ。ただ聴けるだけでいい。声が心地よくて、音程がちょうどよくて、それから歌い方のクセなのだろうが、音の終わりが少し上がり気味になるのが可愛くて好きだ。 それにしても、どうやったらこの歌詞をこんな風に可愛く歌えるのだろう。私だったらこうはいかない。もしこの曲がみとちゃんの曲だったなら、ファンの解釈はだいぶ変わっていたはずだ。 「…ふひー…どうでしたか?」 「上手やった!」 満足そうな顔で難なく歌い終えたみとちゃんに拍手を贈る。曲の途中から、自分の頬がだらしなく緩んでいる自覚があった。アイドルのライブを観に来たファンの心境だ。 「…あんまり点数出ませんねー。審査員に体売っとくんでしたねー。」 弾き出された点数は、確かに物足りない字面だった。私ならもっと高くつけるが、所詮は機械の採点だ。むしろみとちゃんの歌声の魅力が機械に理解できてたまるか。 「はい、次楓ちゃんのばんー。」 「んえー、もうちょいみとちゃんの歌聴きたい…」 「わたくしだって楓ちゃんの歌聴きたいんですけどぉー」 みとちゃんが口を尖らせながら、端末を押し付けてくる。せっかくみとちゃんに歌ってほしい曲がいろいろ思い浮かんできたところなんだから、私が歌っている場合ではない。 早く早くと急かしてくるみとちゃんの頬を両手で潰す。見事にぶぅと音を鳴らした頬は、さらに不満げに膨らんだ。 「にゃにひゅるんれふかぁ。」 狭いシートの上で、お互い逃げ場がない。尖ったみとちゃんの唇がすぐそこにあって、少しイタズラしてみたくなった。 「…みとちゃんの歌かわいいからもっと聴きたいのー。」 ふにふにと頬を潰しながらそう言うと、尖っていた唇があからさまに引っ込んだ。そろそろ頬を離してやると、今度は俯いて顔が見えなくなってしまった。 「…まぁたそういう口説き文句を…」 「口説き文句ちゃう。ほんまにみとちゃんの歌好き。」 恥ずかしそうにするみとちゃんが、余計に可愛くて仕方ない。少しの下心を込めて顔を覗き込むと、控えめに視線が合った。 ────どうしてこう、何度見ても慣れないほど可愛いのだろう。この距離で顔を覗き込んだことなど数えきれないほどあるのに、毎回新鮮な可愛さがあって間違いなく心臓によくない。 気が付くと、その唇に吸い寄せられていた。それも一度では済まなくて、二度、三度と熱を重ねていると、みとちゃんの手が慌てたように私の肩を押した。 「っ…ちょっ、と!ここカラオケなんですから…」 そういえばそうだった、と大真面目に思った。あまりに狭苦しいカップルシートのせいで、ここが公共の場であることを本気で忘れかけていた。やっぱり、この部屋の狭さはよくない。 「…ごめん。でもみとちゃんかわいい。」 濡れたままの唇に触れながら笑ってみせると、みとちゃんは何か言いたげに口を開いたけれど、諦めたようにため息をついた。 「ね、あれ歌ってや。」 「…またわたくしが歌うんですかぁ?」 「だってみとちゃんの歌好きやねんもん。声かわいいし。」 「…さっきからかわいいしか言ってない…」 カラオケはあまり来ないけれど、なんだかものすごく楽しくなってきた。良さがわからないと思っていたけれど、みとちゃんと来るカラオケなら毎日でもいいかもしれない。 照れたようでも、不満そうでもあるみとちゃんに、もう一度軽く口付ける。また至近距離で目が合った。 早いところ歌ってくれないと、また場をわきまえないで事に及んでしまいそうだ。 「…歌って?それともキスしてる方がいい?」 みとちゃんは、一瞬視線をさまよわせてから、唇をへの字に引き結んだ。かと思うと、すいとこちらに顔を寄せて 「────ばか。」 口元に挑発的に触れたままの柔らかが、そう言葉を象るのを感じた。 いつの間に入力されたのか、曲のイントロが鳴り始める。 その合間に、頭の中でぷつりと何かが切れる音が聞こえた。 この際、場をわきまえていないとか、そんなことはどうだっていい。みとちゃんの歌が、声が、眼が、照れたような表情が。 余すことなく全部、可愛いのが悪い。
マシュマロにリクエストいただきました。<br />ありがとうございました。
もっとうたって
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歌い手様方のお名前をお借りしたnmmnというジャンルの作品になっております。 ご不快に思われる方はブラウザバック、お願い致します。 [newpage] 「おはよう、二人とも」 無理矢理ベッドで寝かして、どうなることかと思った夜は、平穏に過ぎ去った。ふかふかのベッドが、二人を想像以上に容易く夢の世界へ誘ったのか、純粋に色々あって疲れていたのか、この場所に安心できるほど俺たちに心を開いてくれたのか。 一番嬉しいのは三番目だけど、一番可能性が低いのも三番目だ。 扉を開けた先、ベッドの上では、壁に背をつけた志麻くんと、そんな志麻くんに抱きつくように、はたまた抱かれに行くように寄り添った坂田の姿が見えた。 「坂田、志麻くん、おはよー」 坂田が目を覚ましたとき、昨夜のようにならないとは言えないため、考えた後にベッドの高さに合わせてしゃがみこむ。 朝は、食べるのに難しくないものが浮かばなくて(おにぎりにするには学生二人しかいなかった家に子ども受けする具材もなく)、近くのパン屋にでもいこうと思っていたのだが、やたらに声をかけても申し訳ないなとか考えていた矢先、目を覚ましたのは意外にも坂田の方だった。 「おはよう、坂田」 視線を合わせて、そう声をかけたが。坂田は寝起きで頭が働かないのかしばらく固まった後、 「おはよ、ございます……」 と返した。 「他人行儀だなぁ」 と笑うと、ようやく働き始めた頭で俺を認識したらしく、ふにゃ、と力なく笑う。 「うらさんや、おはよう」 もちろん俺の横にしゃがんでいたセンラに気付くのにも時間を要さず、「センラも、おはよ」と声をかけて小さな手をセンラに向けた。 センラが「おはよう、さかたん」と、目の前にかざされた小さな手と、手を合わせる。 坂田の笑顔が可愛すぎて、萌で吐血ってこういう心境なんだな、と納得していると、頭を置いていたシーツが、動いた。 「志麻くん、おはよ」 「おはよう、うらたさん」 坂田は本当に朝まで志麻くんの尻尾に触れていたらしく、恐らく握られていた尻尾を舐めて毛繕いしている志麻くんと目があった。 「坂田、センラさん、おはよう」 この場に居る誰より丁寧に、頭を下げて朝の挨拶を行い、坂田がそれにきちんと返す。 「おはようございます、志麻くん。よく眠れました?」 センラの問いに一度小さく頷いて返す。 毛繕いの終わったきれいな尻尾が、合わせるように少しだけ揺れた。 「志麻くん、坂田、お着替えしたら、朝御飯買いにいこうか」 「朝ごはん……」 志麻くんが俺の言葉を繰り返して、それから徐々に頭の中で噛み砕いていっているらしい。そんなに難しいことを言ったつもりはなかったのだけれど。 「お着替え、するー」 坂田がベッドを飛び降りる。 それを後追いして下りてくる志麻くんも見守り、二人用の服を渡す。なんとか今日分はあったが、買い足さないと無理が生じるな。 「さかたんは、赤、好きですか?」 「好き!あのね、赤はね、僕の色なの。そらるさんが、坂田の色だってゆったの!」 「へぇ。髪も目も、真っ赤だもんね、さかたん」 センラに言われて、自分の頭を抱くように押さえて笑っている。赤は坂田の色、そらるさんとやらの言葉は坂田にとってこんなに表情を変えさせるだけ意味のあるものらしい。 「坂田も志麻くんも、パン食べられる?」 問いかけると、坂田の方は首をかしげ、志麻くんは小さく頷いた。 「パ、ン……?」 「志麻は食べられる」 「じゃあ僕も!」 よくわからなかったらしい坂田は、志麻くんに合わせた。 「ならよかった。パン屋さん、いこうか」 「パン屋さん!」 「パン屋さん……?」 坂田は多分、理解してない。俺の言葉をそのまま返して笑っている坂田と、疑問符をそのまま口にした志麻くん。 「パンを売ってるところ、ですね。少し歩きますけど」 身支度を整えたセンラが、志麻くんに手をのばす。志麻くんは少し躊躇った後、その手をとった。 倣うように坂田に手を伸ばすと、坂田は抱きつくように俺の手を両手で握ってきた。可愛すぎる。 [newpage] 少し川沿いを歩いた先に、パン屋はある。わりとよく使う、美味しいお店だ。 「着いたよ」 可愛らしい外装か、美味しそうな匂いか。どちらかはたまた両方かにテンションの上がった坂田が、ピョンピョンと跳び跳ねた。 「パンって美味しい……?」 「美味しいよ」 新しい場所に若干警戒する志麻くんは、好きに見ておいで、と手を離してもあまりセンラや俺から距離をとらない。対して坂田は警戒していないのか、店の中を許される範囲で歩き回っていた。 坂田は適当に見繕ってくるだろうと一旦放置して、二人で志麻くんの好みについてよく調査する。食べたことはあるらしいが、何かとまでは分からないらしいので、こちらもまだ甘い物が好きか辛いものが好きかもわかっていないし、お手上げ状態なのだ。 「坂田っ!?」 そんなとき、目を離していた坂田の名前を呼ぶ声。 聞いたこともない声は、ずいぶんと幼く感じたが、とにかく慌てて坂田を探した。旧友とかならいいけれど、害をなす人間の可能性もあるのだ。 坂田は案外早く見つかった。元々そう広くない店だったが、それ以上に、坂田に声をかけたとおぼしきその子がよく目立っていた。 「うらさん!」 何事かを話していた二人の視線が不意に上がる。俺と目があって、坂田が笑った。 「坂田?その子、知り合いか?」 言われて、その子はこちらに一度頭を下げた。 「なるせです。初めまして」 肌と、毛並みのいい耳と尻尾は真っ白で、髪と瞳は、不思議とその白に合う澄んだ桃色。服も白と桃色に統一されたドレスのようなスカートで、実に育ちが良さそうな子だった。 なるせ、と名乗ったその子は、坂田とすごく親しげだ。 「初めまして、なるせちゃん。うらたです。二人は、知り合い?」 「はじめまして。坂田がお世話になっています。昔の友達、です」 二人に合わせてしゃがんでみると、人の良さそうな微笑みから、一瞬値踏みでもするような気配を感じた。坂田の飼い主、だからなのだろう。 なんとか合格をもらえたのか、また柔らかく微笑んでくれる。 「なるせちゃんは、お店の頃の友達。会わなくなって、今、どれくらい?」 「分かんないね。生きてて、よかった」 「保健所な、そんなにいっぱい死ぬところじゃなかった」 「なら、よかった。私ね、後悔、してたの」 なるせちゃんが、坂田の頬を撫でる。傷を確認しているのか、髪に隠された肌を顕にされると、昨日まで嬲られ続けていた坂田の、痛々しい傷が見える。 「なんで」 「ついていけば、よかったって。そしたら、助けられたかもしれない。そらるさんも、」 「そんなん、嬉しくないよ。」 「……」 二人の会話を追っていて、少し、わかったことがある。まずは坂田が純血、所謂血統書付きと言う部類で、ショップの商品だったこと。そこから保健所にいくとき、例のそらるさん、がついてきてくれたことや、そうしたことをなるせちゃんが後悔し続けているということ。 それ以上はわからなかったし、実はそこまでも理解しきれてはいない。 「なるせ」 なるせちゃんを呼んだ、青年。赤毛の、一見同い年ぐらいのその人は、あらきと名乗った。軽く挨拶を交わして、別れる。 「坂田、幸せにね。志麻くん、も。じゃあね」 「うん!なるせ、また会お!」 手を振った坂田と、小さく会釈で返した志麻くん。 「志麻くんとなるせちゃん?も、知り合いですか?」 「ううん。俺は店の方に知り合いはおらんよ」 対する志麻くんは混血で、保健所に捕まるまで、野良だったらしい。保健所に行くまで対照的とも言える二人が出会った話を聞いてもいい?と訪ねると、志麻くんと坂田は二人で考えて、頷いた。 「いつかはお話しすること、やし」 「うまくできるかわからんけど、聞いてな?」 二人が美味しそうだとチョイスしたパンと、自分達が好きなものとか、子ども受けのいい菓子パンとか。たくさん買って、店をあとにした。
こんばんは。再会、ということで、二人の過去に関わっていた子を出すことができました!この界隈でのローマ字表記だとnrsちゃん、であってるんですかね?まさか彼が最初に出てくるとは思ってませんでした!コレジャナイ感の強いarnrさん……。<br /><br />みんなの呼び合方も分からなかったです。ご助言くださる方は是非お願いします!<br />多分次回は過去のお話です!!<br /><br />シリーズ前作、「助けて、が言えない子。」がルーキーランキング8月16~22日の8位、8月17~23日の28位に、前作「10年間ほど黙ってたけど、」が8月30~9月5日の88位にお邪魔させていただきました!めちゃくちゃ嬉しいです!ありがとうございます!
再会。
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母を刺したのはコンビニ強盗だったらしい。らしい、というのは俺にまではっきりとした情報が降りてこなかったからだ。まあ確かに子供に話すような内容じゃあないな!分かる! まあ母を刺した犯罪者のことなんてどうでもいい。とにかく母は即救急車に乗せられ病院へ行き、手術、からの入院が決定した。当然の結果だ。命に別状はないらしいし、どうやら重要な臓器への負傷はなかったようで術後の経過次第ですぐに退院できるでしょう、だって!やったー!術後目覚めたお母さんも特に問題なく俺とおしゃべりしてくれた。ちなみに最初の一言は「涼君、どこも痛くない?」である。俺は泣いてもいい。俺はお母さんに守られてどこも痛くないし、怪我もしてない。正直この一件で一番ショッキングだったのは母の血をもろにかぶったことである。危なかった、普通の子供ならトラウマになってた。よかった、前世の記憶があって。 さて、母も目覚めたことで俺には一つの問題が浮上した。ずばり、入院中の俺の身の振り方である。 あまりの俺のしっかり加減に忘れているかもしれないが、俺は小学一年生。一人で小学校に通いつつ自分の面倒を見るのは不可能と言われる年齢だ。病院に泊まるのも正直難しい。母は個室ではないし、俺も病院で寝起きして学校に通うの…ちょっと…嫌…あ、あれだよ!?別に幽霊が怖いとか、そんなんじゃないんだからね!学校が遠いだけなんだから!出る、っていう噂を聞いてびびってなんかいないんだから!ほんとだよ!俺は物理でなんとかなる相手は大丈夫だけど物理でなんとかならない相手は苦手なんだけど、本当だよ!!実際病院から学校は遠いんだよ! なーんて…冗談はさておき本当にどうしたものか。こういう場合は大抵母の実家に預けられるのだろうが、俺は生まれてこの方祖父母というものとあったことがない。複雑な事情でもあったりするのだろうか。もうすでに居ないとか、縁を切ったとか。…うーん聞いたことないからわかんない…聞くのも憚られる…。 どうしたもんかなあと目覚めてから再びお医者さんがやってきて診察されている母を病室の外で待っていると、誰かがこちらに向かって走ってきた。あれ、沖矢さんだ。米花デパートで出会った以来だ。誰か知人か友人か、入院でもしたのだろうか。いやそれにしてはまっすぐに俺の方に来るような…あれ、ひょっとして目的俺かな? 「涼君」 「沖矢さん!おひさしぶりです」 ぺっこりと頭を下げて挨拶をすると、「ええ、お久しぶりです」と変わらぬ声で扁桃があった。この声を聞くと思い出す…ゲームで…俺の操るゴリラが…ゴリラって言うか豊臣秀吉なんだけど…まあいい。 「瑠衣さんが刺されたと聞きましたが…」 なお瑠衣さんとは俺のお母さんの名前である。町田瑠衣。俺は町田涼!みんな知ってるね! 沖矢さんの言葉に嘘はないのでこっくりとうなずく。誰から聞いたんだろう。やっぱりコナン君かな。ちなみに母が目覚めたのは術後数時間たってからで、今はすっかりとっぷり日が暮れている。こんな夜だって言うのに沖矢さんは車を飛ばしてここまで来てくれたんだろうか。やっさしい~赤井さん優しい~~惚れる~。でもお母さんと結婚するのはやめてよね。俺からのお願い。 「うん、しばらく入院することになるんだって」 「そうですか…いえ、でも、大事にならなくて良かった。命に別状はないんでしょう?」 よく分かったなこの人…俺が落ち着いているから分かったのかな?いや、ここの病室が位置する場所を見れば大抵分かるか。もう手遅れな人や助からない人が回される場所って言うものがあるからな…俺も行ったことあるよ、前世でだけど。思い出したくない記憶は即封印!よし! 「ないけど…でも俺、どうしようかなって…」 「どう、とは?」 「だって病院に泊まるわけにも行かないし…俺一人じゃ家にも戻れないし…」 「なるほど」 沖矢さんは少し考えるそぶりをして、それから俺の前に膝をついてこういった。 「君さえ良ければ、しばらく僕の借りている家で暮らしませんか?」 「え」 え。 そ、それって。あれだよね?工藤邸だよね?あまりの人気のなさに一時期幽霊屋敷として学校の近隣で盛り上がった工藤邸。阿笠博士の家の隣にあるという工藤邸。ええ…マジで? 申し出は大変ありがたいのだがとりあえず母に許可はとらねばならない。沖矢さんと一緒に暮らす俺、というのが一切想像できないけれど。 間々あって、病室からお医者さんが出て行き流れるように沖矢さんが入室した。この人結構押しが強いよね!知ってる!でも赤井さんの時は薄かった人間味が存分にあふれ出ているような気がするよ! 「まあ!沖矢さん!」 「お久しぶりです」 沖矢さんとお母さんは本当に久しぶりに出会うだろう。俺はこの間米花デパートで出会ってしばらく一緒に居たことを伝えてあるけれど、母が彼に会うのは本当に…火事以来じゃないかな?驚いたように口元に手を当てて、それからちょっぴり恥ずかしそうにしていた。…なんで?と思ったけど普通に寝起きだし、化粧もしてないし、そういうことかな?イケメンだもんね~沖矢さん!でもそのマスク剥ぐとまだまだイケメンが出てくるんですよ!マトリョーシカかな? さて、そんなイケメンマトリョーシカ沖矢昴さんは挨拶もそこそこに簡潔に俺を預かりたいという旨を母に伝えていた。俺はそんな二人を後ろから眺めるばっかりだ。話し合いに参加したって仕方がないし、なるようになる。ていうか沖矢さんは母からの信頼が割と厚いから、ある程度の条件がつけば俺を預かることは特に反対されないだろう。 …そういえば、なんで沖矢さん俺を預かりたいの?なんかいいことあるっけ?例えば…例えば、俺を対安室さん用の最終兵器にしたい、とか?…いや、なんかこう…決定打に欠けるな。沖矢さんもとい赤井秀一ともあれば、俺なんかいなくても最善の一手を懐深くに打つことが出来るだろう。だって有能なんだもん。それに俺はいささか不確定要素が過ぎる。うーん…コナン君が心配していた、位が妥当かな?それとも…安室さんにたいして思うところがある彼は、せめてもの罪滅ぼしをしようとしている…?いやあ…なんか現実的じゃないな。うん。まー深く考えることはやめやめ!考えたって頭のいい人の思考回路は読めないし!どうせならもっと前向きなことを考えよう!今から小さな頃散々見てきた工藤邸の内部に入ることが出来るのだ。わくわくするじゃあないか! しばらく母と話していた沖矢さんは、案の定いくつかの条件の下俺を預かる許可を取ったらしい。最終判断は俺に委ねられて、「涼君はそれでいい?嫌じゃない?」と聞かれたが、もちろん「嫌じゃないよ!」とお答えした。 「また明日来るね」 「うん、涼君もいい子にしてるのよ」 「俺いっつもいい子だもん!」 「ふふふ、そうよね。涼君はいっつもいい子だもんね。お母さんいつも涼君に助けられてるもの。じゃあ沖矢さん、よろしくお願いします」 傷がたたってまだまだ起き上がれそうにないお母さんに小さく手を振る。…お母さんと違う場所で寝るの、そういえば初めてかも。保育園の時はお泊まりとかなかったからなあ。俺はちょっぴり不安な気持ちになって、手をつないでくれている沖矢さんの手のひらを、ちょっと強めに握り返した。いまから一度家に戻って、簡単に荷物をまとめてから工藤邸だ。車だからすぐですよ、と沖矢さんは言った。俺はもう少し眠くなってきて、眠気をこらえながらこっくりとうなずく。お母さんが目が覚めて、安心したのかもしれない。 沖矢さんの乗る車は最近の車って言う感じじゃなくて、いわゆるクラシックカーの一種じゃないかと思う。俺車は詳しくないんだけど。座って、シートベルトを締めて、流れる夜景をぼんやり眺めながらおうちまで走る。沖矢さんは無言だった。俺も眠たくって何かを話すような気分にはなれない。目を閉じて、そしたらどうやら眠ってしまったらしい。起きたらすっかり朝を迎えていた。なんてこった! ふかふかのベッドは今世ではこれで寝るのは初めてって感じで床に降りるのにもまごまごしてしまった。服は昨日から着替えていて、どうやら俺の私物もいくつか部屋に置かれているみたい。ランドセルと、教科書、ノート、筆記用具、少しの着替えと探偵団バッチ。それから枕元に置かれたのは充電されている状態のキッズケータイだ。律儀なものである。でもコードごと枕元に置いておくと夜寝てるときに首に絡まって危ないからやめておこうな!寝てる間に死にたくないじゃん? 重厚かつ高そうなドアノブを回し、部屋の外を確認する。どうやらここは二階のようで、まるで洋画に出てくるような階段が廊下の端っこに見えた。ていうかなんだろうか、このドアの数々。一体何があるんだろう。でも俺はいい子だし、いい子にしていると言ったので無闇矢鱈に開けて回ったりしない。ふふん、いい子なので! 部屋を出て階段を下り、勘でリビングにたどり着くと、沖矢さんはそこに居た。ていうか朝ご飯作ってくれてた。まじか~…赤井秀一の手作り朝ご飯…やばいな、カフェとかで出てきそう。 「おはようございます。ちょうど、起こしに行こうと思っていたところですよ」 「お、おはようございます…あの、沖矢さん、俺、昨日寝ちゃって…ごめんなさい」 「いいえ、かまいませんよ。疲れていたんでしょう。さあ座って、朝ご飯にしましょう。それから瑠衣さんのところに顔を出しましょうね」 沖矢さんが用意してくれていた朝ご飯はトーストと簡単なサラダ、スクランブルエッグにウインナーと言った洋食だった。俺のおなかは正直なのでぐうううと鳴る。アンティーク調の椅子にすわって、沖矢さんと向かい合ってご飯を食べることになった。なんだか変な感じだ。俺と沖矢さんの短い共同生活はこうして始まった。
また間が開いた!お待たせしましたすごいヤツ…すごいやつかな?まあこれからいろいろとお話が進むかなって!<br />おなかすきましたね。
父親は多分安室透 その10
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この話は、[[jumpuri:バニとバニたんとこてちゅさん 前編 > http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=935711]] [[jumpuri:バニとバニたんとこてちゅさん 後編 > http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=951705]] の番外編です! 良ければ、先にこちらを読んでから、お読み下さい<(_ _)> おやつと動画とこてちゅさん [chapter:≪ケーキとバナナとこてちゅさん≫]  春うらら。パルテルブルーの空には、刷毛で描いた様な白い雲が、そこかしこに浮かび、気持ちの良い風に乗って、ふわふわとその位置を変えている。  その邸宅は、市内中心部から少し離れた、閑静な高級住宅街にあった。普段は何かと便利な会社近くのマンションを使っているが、折角なので、今日はこちらでガーデン・パーティーをしようと思い立ち、ネイサンは向かう車の中から指示を出していたのだ。  折しも春本番、その広い庭は春の彩に溢れている。桜の花はやっと3分程開いたところだが、それを補う様に、色とりどりのチューリップやパンジーが色を添え、香りに誘われた蝶が、動くデコレーションとなり、そこかしこに舞っていた。  噴水は柔らかな水を吹き上げ、そのキラキラとした飛沫が陽に照らされ、小さな虹を描いている。遠くから眠りを誘う様な、虫の羽音が微かに聞こえる春の午後・・・。  しかし、1番身体が小さい、否、期間限定で2番目に身体が小さいHEROと、こちらも期間限定で1番身体が小さいHEROの二人には、そんなものは一切目に入っていない様子で、その4つの瞳から注がれる熱い視線は、只管テーブルの上へと注がれていた。 「こてちゅ君!見て見て、アイスだよ!バニラにチョコにストロベリー!あっ、バナナだ!」 「バニャニャ!!」 「こてちゅ君!こっちはマドレーヌにフィナンシェ!あと、マカロンにタルトもある!」 「チャルチョ!!」 「わあ、見てみて!チョコレート・ファウンテンだ!凄い!大きいねぇ!」 「チョ、チョ・・・ファ、ファ・・・チョコ!!」  兎に角、二人のテンションは上がる一方で、そのまま、チョコレート・ファウンテンにダイブしそうな勢いだ。流石にネイサンも心配になり、慌ててホァンに声をかけた。 「ちょっ、ちょっと、ホァン、気を付けて!あなたはチョコレートまみれになっても構わないけれど、こてちゅ君をチョコの中に落としたりはしないでよ!」  そんなネイサンに、ホァンは「大丈夫!」と一言叫ぶと、手近にあったチャイルド・チェアにこてちゅを座らせる。そして、バナナを手に取り皮を剥くと、豪快且つ適当に千切り、お皿の上に乗せ、それをこてちゅの前に置いた。  そして、自分はと言うと、フルーツの刺さったスティックを軽く10本程掴み、チョコレートの噴水へと突進して行ったのだ。 「はあーっ…」思わずネイサンが大きな溜息を吐いていると、後方から「失礼ですが、マダム・シーモアでいらっしゃいますか?」と穏やかな女性の声が聞こえて来た。ネイサンが振り向くと、そこには小柄な東洋系の女性が立っていた。年の頃は、50代前半だろうか。笑みを浮かべた表情は柔らかく、春の午後に相応しい暖かさが感じられる。 「もしかしたら、ベビーシッターの方?」 ベビーシッターと言えば、学生のアルバイトも多いが、ネイサンは少々給が高くても、しっかりとした経験のある人を頼んでいた。どうやら、その希望通りの女性が来たようだ。 「はい、パクと申します。」 女性はそう言うと軽く頭を下げたが、その視線は直ぐにこてちゅに向けられる。 「こちらのお坊ちゃまですか?」 彼女は早速、こてちゅへと足を向けながら、ネイサンに確認するように話し掛けた。 「ええ、そうよ。名前は…本当は虎徹だけど、私達はこてちゅと呼んでいるの。ああ、それと、あちらでチョコレートと格闘している方も、お願いできるかしら。名前はホァンよ。」 ミセス・パクは笑顔でそれに応じると、こてちゅに向かって少し身体を屈めた。 「こんにちわ、こてちゅ君。パクと言います。今日はよろしくね。」  優しそうな声で名前を呼ばれ、振り向いたこてちゅの頬は、どうやら目の前のバナナを、全て口に押し込んだらしく、ハムスターの如く膨らんでいる。その愛らしい姿に、ミセス・パクは思わずクスクス笑うと、 「あらあら、大変。それじゃあ、口の中が一杯で噛む事も出来ないわね。」 と言い、器用に虎徹が詰め込んだバナナを、口から出させた。  取り敢えず、口の中のバナナを堪能したらしいこてちゅは、満足そうに「はあっ」と溜息を吐くと、ミセス・パクにきゃっきゃっと笑い掛けた。 「そうね。お洋服を汚すといけないから、先ずはちょっと、お着替えしましょうか。」 ミセス・パクはそう言うと、持って来た手提げ袋の中から、濃紺のスモックを取り出し、こてちゅの“バニたん風カバーオール”を脱がせると、手早くそれに着替えさせた。  そして、ネイサンに「ノンカフェインのお茶はございますか?」と尋ねると、受け取ったお茶をストロー付きの水筒に入れ、こてちゅに少し飲ませる。  そこへ、ひとまずチョコレート・ファウンテンとの戦いを切り上げたホァンがやってきた。ミセス・パクはホァンにも笑顔で挨拶をすると、 「ホァンちゃん、手伝ってもらってもいいかしら?」 と話し掛けた。 「うん、いいよ!僕、何をすればいいの?」 元気よく答えたホァンに、ミセス・パクが説明をする。 「こてちゅ君は、未だ小さいから、あまりたくさんは食べられないでしょう。だから、ホァンちゃんが食べる物を、一口分けてあげてもらえる?そうすれば、こてちゅ君も色々な物を食べられるでしょう。」  そんな事なら、お安い御用とばかりに、ホァンは次々に自分の取り皿に色々なお菓子を乗せ始める。その量にミセス・パクは少し目を丸くしたが、ネイサンの 「その子なら大丈夫よ。胃袋の大きさは大の男でも敵わないわ。」 との言葉に、少し戸惑いながらも頷く。そして、ある物を手提げ袋から取り出した。すると、それを見たこてちゅが手に取ろうと、その小さな両腕を伸ばす。 「あら、こてちゅ君、これが何か知っているのね。普段、使っているのかしら。」 「それ何?」ホァンが珍しそうに見詰める先、ミセス・パクがこてちゅに手渡したのは、先割れスプーンだった。 「最近はシュテルンビルドでも、よく見かけるものね。昔はオリエンタルタウンでしか見なかったけれど・・・」  ミセス・パクの言葉に、ネイサンが「あら、オリエンタルタウンに住んでいらしたの?」と問いかけた。 「ええ。結婚して直ぐの頃です。主人の仕事の関係で。」 ミセス・パクはこてちゅが取り易いように、苺のムースを少し傾けながら応じた。  こてちゅもホァンも直ぐにミセス・パクに懐き、ホァンがこてちゅに、あれが美味しい、これも美味しい、こっちも食べてと、次から次へと薦めるのを、こてちゅが食べ過ぎない様にと、ミセス・パクがやんわりと注意する。それが頭ごなしでも、押し付けがましくも無い為、ホァンもきちんと納得している様だ。    3人の楽しそうな様子を確認して、ネイサンはやっと落ち着いて腰掛けると、フォートナム&メイソンのロイヤルブレンドをゆったりと口にした。そこへ、シェフとギャルソン姿の何人かの男性がやって来ると 「マダム、そろそろ始めてもよろしいでしょうか。」 とネイサンに、恭しく頭を下げる。 「ええ、お願いするわ。」 ネイサンは、口元に笑みを浮かべてそう言うと、今はドーナツの山を制覇しようとしているホァンに、「ホァン!今から、クレープを焼いてくれるわよ!」と声を掛けた。そして自分も、ギャルソンの一人にオーダーした。 「私にも一枚。そうねぇ、中身は蒸し鶏とレタスとトマト、ソースはバジルでお願いね。」  見れば、ホァンは少なくとも3枚はオーダーしたようで、クレープが目の前で焼き上がるのを、ワクワクした顔で見ている。ネイサンは、その様子を微笑みながら見ていたが、ふと、もう一人のメンバーが何となく元気が無いのに気付いた。 「どうしたの?カリーナ。今日は随分と大人しいわね。ダイエットを気にしてるの?」 見れば彼女は、余りスイーツにも手を付けていない様だ。 「えっ?ううん、何でもないんだけど。」 と答える表情には、何となく緊張が窺えたが、やがて決心した様に顔を上げると 「私、こてちゅ君にプレゼントがあるんだけど、渡してもいいかな。」 と足元に置いてあった、紙袋をみせた。良く見ればそれは、カラフルな可愛らしいデザインの、有名子供服ブランドのものだ。 「あら、いいじゃない。折角、持って来たんだから渡せば。」 ネイサンの声に、カリーナは「うっ、うん」と少し頬を赤らめて頷く。ネイサンはそんな彼女の様子を、微笑ましく思った。自分の観察したところ、残念ながら彼女の思いが虎徹に届く事は、勿論恋に“絶対”はないのだけれど、はっきり言えば難しいだろう。  でも、だからと言って、恋する事を止めなさいとは言わない。例え、この先その恋が成就しなかったとしても、人を好きになる事は素晴らしい事なのだから。  そこへホァンが、両手にクレープを抱えてやって来た。 「カリーナ!このクレープ凄く美味しいよ。」 と言って、一つを彼女に手渡す。辺りが、クレープの香ばしい香りに包まれ、その香りに誘われるかのように、カリーナはクレープを口にした。「本当!美味しい」と嬉しそうな笑顔になったカリーナを見て、ネイサンも自分の前に置かれたクレープに、ナイフを入れた。  途中、クレープに付いていたマヨネーズを偶然口にして、こてちゅが『もっともっと』と興奮するハプニングがあったものの、春の午後は和やかに過ぎていった。 「ネイサン!僕、こてちゅ君にあげたいものがあるんだ!」 突然、ホァンの元気の良い声が響いたかと思うと、彼女が自分のカバンの中から、小さなピンク色の物を取り出した。「あら、それって…」とネイサンが少し目を見張ると、目聡くそれを見付けたらしく、ホァンの向こうから、「小っちゃな、バニたん!」と、こてちゅの元気な声が聞こえた。 「うん、そう!ほら、ここに来る途中で、お店に寄ってもらったでしょう?あそこで買ったの!」 そう、それはバーナビーの誕生日に、彼に皆でプレゼントした、あのピンクの兎型ぬいぐるみの小型版だった。ホァンの話によると、今日こてちゅが、あのぬいぐるみを抱えているのを見て、少し前にこの小型版を見付けたのを思い出したのだそうだ。 「いいじゃない。あの大きいのだと、いつも持ち歩くには不便だものね。」 ネイサンの言葉にホァンが大きく頷き、こてちゅの傍に走り寄る。こてちゅは、それが自分の物だと全く疑わない様子で、両手をいっぱいに伸ばして、それを受け取ると、大事そうにぎゅっと抱きしめた。 「「「可愛い!!」」」 どうも、HEROESだけでは無い声も響いた様な気がしたが、ネイサンはそれには、軽く視線を巡らせただけで、見て見ぬならぬ、聞いて聞かぬ振りをした。 「ほら、カリーナ。あなたも渡して来たら。」 ネイサンの言葉に、彼女は「うっ、うん」と立ち上がると、袋を手にこてちゅの傍に近付く。見れば、ホァンは携帯片手に、こてちゅの写真を夢中になって撮っている。    ネイサンが改めて周りを見ると、普段は無表情を貫いているはずの、自分達を取り囲むプロ集団だが、今日は何となく表情が優しい気がする。有能であれば、勿論女性を傍におくのは吝かではないが、同じ程度の能力ならば、見栄えの良い男性を選ぶのが当然とばかりに、SPや世話係、シェフにギャルソンと、HEROES3人とミセス・パク以外は全て男性の、このガーデン。    そんな彼らが思わず頬を緩める程、こてちゅが可愛いと言う事なのか。尤も、ネイサンがこんな小さな子供を連れて来る事自体、あまり無いのだから、これが通常なのか通常では無いのかは、判断に悩むところだ。 『もしかしたら、あんな歳の頃から、無自覚さんだったのかしらね』 そんな事を考えていると、ふとあの小さなHEROのバディは、今頃どうしているのかと気になった。 『こてちゅ君に振られて、落ち込んでいるかもね』と、トレーニングセンターを去る時の、彼の茫然とした顔を思い出して、ネイサンは思わず微笑んでいた。ネイサンの命により、自分達がこの敷地に入ってからの全てを、セキュリティ用の物以外のカメラが録画の為に働いているはずだ。仕方ないから、後でそれを編集して彼に渡そうかしら。ネイサンは、それを元に戻ったバディと一緒に観ている、ハンサムなHEROを想像して、益々笑みを深めていた。  カリーナからのプレゼントは、カラフルな可愛らしい、幼児用のリュックサックだ。こてちゅは、中に何か入れる物だとは理解したようで、その中に、傍にあったエクレアを豪快に詰め込もうとして、慌てて皆に止められた。ミセス・パクが、皮が付いたままのバナナとリンゴを代わりに詰め、「重く無いかしら?」と心配しながら、こてちゅに背負わせてみた。 「ねぇ、ねぇ、こてちゅ君。そのまま、歩いてみて!」 とホァンが携帯を構えながらそう言った。見れば、カリーナも同じ様に、携帯を片手にスタンバッている。ホァンの求めに応じて、ミセス・パクがそっとこてちゅの背中を押した。  こてちゅは、最初こそ背中の重みに引き摺られ、後ろへ倒れそうになり、ちょっとヨタヨタしていたが、徐々に上手くバランスを取り始め、暫くすると、きゃあ!と叫びながら、トコトコと走り出した。 「あっ、待って、待って、そんなに動いたら、写真が撮れない!」 そう言いながら、カリーナが慌てて後を追いかけている。身長差がある上に、対象物は一向に止まる様子が無いので、ピントを合わせるのが大変そうだ。  もしかしたら、そのまま花壇に突っ込むのでは?とネイサンは少し心配したが、こてちゅは綺麗に咲き誇った花々の前で立ち止まると、チューリップの花にそっと触っている。その姿はまるで、花に『いい子、いい子』をしている様だ。  その周りを、ミセス・パクとホァンとカリーナが取り囲む。何を話しているのかは分からないが、皆楽しそうに笑っている様子は、この穏やかな春の午後によく似合っていた。 「マダム・シーモア。お部屋を一つ用意して頂いても、よろしいでしょうか。」 こてちゅは、もう半分夢の国で、ミセス・パクに抱かれて、目をしきりに擦っている。 「ええ、もう用意させているわ。」 ネイサンがそう言って、ミセス・パクを見遣ると、彼女は白い小さな箱を持っていた。 「あら、その箱は何?」 とネイサンが尋ねると、彼女は微笑んだ。 「ケーキなんです。何故か、こてちゅ君がこれには手を付けなくて・・・。」  自分だけでなく、こてちゅは他の人が食べるのも「ダメ!」と言った。その理由を聞くと、「バニと食べりゅの!」との答え。“バニ”はこてちゅ君の“保護者”だと、ホァンちゃんとカリーナさんから聞きました。  恐らく、二人の様子は不自然だったに違いないが、ミセス・パクは何か事情があるのだと察して、それ以上詳しく尋ねる事はしなかったのだろう。ネイサンは、そんな彼女に心の中で感謝しつつ、世話係の一人に、彼女を部屋に案内するように命じた。  あれ程大量にあったスイーツやフルーツが、全部とは言わないまでも、かなりの量減っている。あの小さな身体の、どこに入ったのかしらと、ホァンを見ながら、ネイサンはつくづく感心した。 「さあ、そろそろお開きにしましょうか。」 ネイサンが二人のHEROにそう呼び掛けると、二人共「は~い!」と元気よく返事をして、ネイサンの元へとやって来た。  パステルブルーだった空は、その一部を美しい茜色に染めている。花々と戯れていた蝶たちも、いつも間にか、その姿を消していた。 「ああ、楽しかった!美味しい物、たくさん食べれたし、こてちゅ君の可愛い写真も、いっぱい撮ったし!」 ホァンは満足そうにそう言うと、「う~ん」と手足を伸ばして、思いっきり背伸びをする。  しかし、その直後、少し寂しそうな声音で 「でも、やっぱりタイガーに早く会いたいな。こてちゅ君は可愛いけど、やっぱりタイガーが良い!」 と呟いて、恥ずかしそうにネイサンとカリーナを振り返った。 「…うん、そうね。そうだわ。やっぱり、皆が揃わないと…」 カリーナは虚を突かれた様に、瞬時声を詰まらせたが、直ぐにホァンに賛同した。 「それ、タイガーが元に戻ったら、直接言ってあげれば。凄く喜ぶわよ。」 ネイサンが優しい笑顔でそう言うと、カリーナは真っ赤になって、「そんな、直接なんて…」と口籠っていたが、ホァンは素直に「うん、そうだね!僕、そうする!」と応じた。 「それに、僕、タイガーに今日撮った画像、全部見せてあげるんだ!」 との言葉には、果たして彼がそれを喜ぶどうか疑問だわと、ネイサンは内心苦笑したが、一言「そうね」とだけ答えた。  帰る前に、こてちゅの顔が見たいといった二人を連れて、ネイサンは部屋へと向かった。そっとドアをノックして中へ入ると、ミセス・パクが立ち上がって会釈をする。こてちゅは広いベッドの真ん中に陣取り、バニたんを抱えて、気持ち良さそうに眠っていた。  口がムニュムニュと動いているところを見ると、夢の中で、未だ何か食べているのかも知れない。3人は顔を見合わせると、声を出さないように気を付けながら笑って、部屋を後にした。二人の為に車を手配し、手を振って見送ると、ネイサンはまた、こてちゅの部屋へと戻って行った。 「お疲れ様。今日は助かったわ。」 小声で、ミセス・パクにそう言うと、彼女は柔らかい笑顔で応じた。 「こちらこそ、ありがとうございました。私も楽しかったですわ。」  ネイサンは手近なソファに腰掛けた。ベッドの上を見ると、ホァンがプレゼントしたぬいぐるみと、カリーナがプレゼントしたリュックが置いてある。「あら?」ネイサンは、そのリュックとよく似た色合いのものを、小さなぬいぐるみが背負っている事に気付いた。ミセス・パクがネイサンの視線に気付いて、少し恥ずかしそうに笑った。 「こてちゅ君の傍に居る間、ちょっと手持無沙汰だったものですから。」 「こういう小物を作るのが好きなんです」なので、いつもソーイング・セットと端切れやボタンなどを持ち歩き、時間があれば何かを作っているんですと、彼女は説明した。たまたま、丁度色合いの似た布があったので作ってみました。  広いベッドの上で、ゴロゴロと転がる様に寝相を変えるこてちゅに、布団を掛け直すと、ミセス・パクはその髪を撫でながら、小さくフフフと笑いを漏らした。  と、直ぐに顔を赤くして、「申し訳ありません。ちょっと昔を思い出して」とネイサンに言った。「昔?」「ええ。先程、オリエンタルタウンに住んでいたと申しましたが、その時にも、“虎徹”と言う名前の男の子に出会ったんです」  ネイサンはその話に目を見張る。「男の子?」 「ええ。こてちゅ君よりも、少し大きい、その頃6、7歳だったかしら。」  とても元気で優しい男の子だった。同じ東洋系とはいえ、オリエンタルタウンには日系は多かったが、韓国系は少なく、少し寂しい思いをしていた自分に、初めて会った時から、人懐っこく笑い掛けてくれた。その笑顔に、随分と慰められたものだ。 「でも、その内、その子は何故かあまり外に出なくなって…何かあったのかと心配だったのですが、私も主人の仕事の関係で、またオリエンタルタウンを離れる事になって。」 今頃どうしているのかと、事あるごとに気になっていたのですが、その内、思い出す事も段々と減って行って。でも、今日こてちゅ君に会って、名前もですが、何となく顔立ちも似ているようで、久し振りに思い出したんです。 「今は、もう40歳近いのかしら。結婚して、お子さんもいるかも知れません。」 こてちゅを見詰める優しい眼差しに、ネイサンは『もしかしたら…』と思ったが、迂闊に適当な事は言えなかった。『タイガーが無事、元に戻ったら聞いてみようかしら』と思いながら、「すっかり、遅くなったわね」とミセス・パクに話し掛けた。 「もうそろそろ時間ね。今日は本当にありがとう。車を用意させるわ。」 そのネイサンの言葉に、ミセス・パクは「大丈夫でしょうか?夜中に目を覚ましたりするかも…」とこてちゅを心配したが、「問題無いわ。彼には、最高の“バニ”がいるから」とネイサンは悪戯っぽく笑いながら、そう言って、ミセス・パクを見送った。  バーナビーがネイサンからの電話で、この別邸へと呼び出されたのは、それから数時間後の事だった。 【おまけ】 「あれ?この人…」ネイサンから貰った、この女子会の様子を録画したディスクを、バーナビーと一緒に見ていた虎徹は、ミセス・パクを見て何となく見覚えがあると、バーナビーに告げた。その話を聞いたネイサンは、ミセス・パクに連絡をした。  こうして、虎徹は約30年振りに、『近所に住んでいた優しいお姉さん』に出会えたのだが、流石にこてちゅが自分自身だとは、どうしても彼女に告げる事が出来なかったのだった。   [newpage] [chapter:≪バニと虎徹とこてちゅさん≫] 「あ~あ、あんなに口に一杯詰め込んで…ちゃんと見ました?虎徹さん。」 「あっ、うっ、うん…」 「ほら、両手をいっぱい伸ばして、甘えて来るんですよ!可愛いなあ。」 「えっ、ああ、そっ、そう?」 「くすっ、本当にミンたんがお気に入りなんですね。嬉しそうに抱き締めて。」 「…バッ、バニー…なあ…」 「ああ、ああ、危ない!もう少しで転ぶところですよ!でも、歩く姿も可愛い。」 「えーと、あの…バニー…ちゃん、あの…」 「そんなに走ったら!でも、流石にバランスがいいですね。」 「だっ、だから、バニー!!」 「さっきから、何なんですか、虎徹さん?ちょっと、煩いですよ!」 「・・・いや、だから・・・つまり・・・これって、何の拷問?」 俺は、思わず涙目になりながら、そう言わずにいられなかった。だって、そうだろう?今、俺達が見ているのは・・・ 「拷問とは酷いですね!子供や動物の映像って、普通心を和ませるものでしょう?」 ああ、確かにな。これが普通の映像なら、俺だって楽しめるかもしれない。もし、映っているのが楓なら、3日間ぶっ通しで見る自信だってある。しかし、しかしである!映っているのは、自分の記憶には全く無い俺、俺自身!  しかも、一緒に映っているのが、まだ子供の兄貴や若いお袋だっていうんなら、まあ、懐かしいなあと思えない事も無いが、子供の姿の俺と一緒なのは、バニーや、ネイサンや、ブルーローズやドラゴンキッド…つまり、今現在のHERO仲間なのだ!  まあ、確かに拷問は言い過ぎかも知れないが 「これがお仕置きじゃなくて、何がお仕置だ!ぐらいは、十分に言えるぞ。」 俺はそう言って、思わず深い溜息を吐いた。すると、バニーは 「あなたの口から“お仕置き”なんて言葉が出ると、ちょっと萌えますね。」 などと、ドヤ顔で俺に言いやがったのだ。  俺が、無事本来の姿に戻って、10日程経った。俺が心ならずも幼児だった間、当然の事ながら出来なかった仕事が、その10日の間、これでもかと言う程、スケジュールに積み込まれ、正に殺人的な日々を送っていた俺達は、やっとまともに休めそうな週末、バニーの誘いで奴の家で飲む事になり、まあ成り行きでそのまま泊まる事になり、まあ成り行きでそんな事やあんな事ををしたりしたものの…。  正直、俺はこの事態に未だ慣れていないのだ。いや、そう簡単に慣れるものでは無いだろうが、それでも、少なくとも嫌とは思って無い自分に、実はかなり驚いているのだ。だから、やっとバニーとゆっくり過ごせると思った週末。俺は、朝はベッドの中でグダグダして、それから朝昼兼用の食事の為に、近くのカフェにでも行き、そのまま近所を散歩して戻ってきて、午後はまたグダグダするなんて考えていたのだが・・・  現実には、休日と言うのに早くに起こされ、バニーの家の大画面の前で、用意された朝ごはんを食べながら、見せられたのは件の映像だ。しかも、バニーが「可愛い!」と言いながら、何回も同じ個所を再生するものだから、30分の映像を見るのに、軽くその倍はかかるのだ。 『やばい!このままでは、貴重な一日が、俺の幼児時代の映像を観て終わってしまう!』そんな危機感に襲われた俺は、この状況から逃れるには、どうすれば良いのかと、脳みそをフル回転させて考え、そして思い付いたのが・・・ 「なあ、バニー…俺達、今日一日、このまま映像を観て過ごすのか?」 ともすれば、引き攣りそうになる表情を何とか抑え、拗ねたように口を尖らせると、上目遣いでバニーをチラッと見た。心の中では、おじさんがこんな事したら、普通なら引くよな…と思っていたのだが、どうもバニーには、これが結構有効らしいと言う事を、俺はこの10日間で学んだのだ。  案の定、バニーは『えっ!?』といった顔になったかと思うと、一気に顔が真っ赤になる。まあ、その辺りまでなら、俺も『可愛いなあ、こいつ』で済ませられるのだが、それと同時に、喉仏が大きく上下して、生唾を飲み込む音が聞こえてしまっては、この先を続ける事に不安を感じても仕方ないだろう。  とは言え、じゃあ、このまま、バニー曰く“最高のヒーリング映像”なる物を観て、一日過ごすのだけは、やっぱり嫌だと、俺は意を決すると、 「俺、バニーとやっとイチャイチャ出来ると思って、楽しみにしていたのになあ。」 と、またチラッと上目遣いでバニーを見た。 「・・・」 『あれ?』何故か何の反応も返して来ない相棒に、俺は『やばい、やり過ぎたかな?』と不安を感じ、「あっ、やっぱ、いい!続き見よう!なっ?」と慌てて言おうとした途端、自分の身体が重力に逆らって、ソファから浮かぶのを感じた。 『あれ?』何だ?重力を操るNEXTでも現れたのか?と、我ながら下らない事を一瞬考えたが、勿論そんな事が起きるはずもなく、俺はバニーに抱きかかえられている事に、直ぐに気付いた。そのままリビングを出たバニーの行先は、まあ当然と言うべきか寝室にまっしぐらで、あっという間にベッドに押し倒され、キスをされながら服を脱がされ・・・ 『やっぱ、やり過ぎたな、俺…』別にここまで望んだ訳ではなく、ただ単に、グダグダしたかっただけなんだけど・・・との後悔を感じつつも、まあいいかと、俺はバニーの求めに素直に従ったのだった。  空調の効いた、バニーのマンションの寝室。先程までの“行為”を思い出すのは、色々と精神的に良くないので、なるべく脳内で再生しないようにしているのだが、ともすれば、 『ああっ…』だとか『やっ、やめ…』だとか『もう…だめぇ』だとか、自分の口から発せられた自分のものとは思えない声が、何故か記憶の底から蘇ってきそうになる。  それもこれも、このおじさんの身体を抱き込んで、正に蕩けそうな表情で俺を見詰めている、隣のハンサムの所為だ!こっちは、居た堪れなさに、まともに顔を見る事が出来ないでいるのに、奴は俺の髪を弄ったり、俺の背中を優しく撫でたり(時折、その手が必要以上に下方へと向かうので、俺はその手を払わないといけないのだが)されては、どうしたって先程までの記憶が、否が応でも再生されるってもんだろう。  でも正直、俺はこの状況を心地良いとも思っている。人の温もりを、直接肌を合わせる事で感じるのは何年振りか。もう、忘れていたと思っていた。もう、二度と無いだろうと思っていた。そんな事を考え、もっと温もりを感じたいと、つい甘えたくなり、無意識に自分から少し擦り寄っている事に気付いて、俺は全身が火照っているのかと思える程、恥ずかしくなった。  思わず、そっと身体を離そうとすると、逆に抱き寄せられ、益々顔が真っ赤になった気がする。『こてちゅのままだったら、素直に甘えられたのになあ…』今日見せられた、映像の中の小さな自分は、それこそバニーに甘え放題で、バニーもそれが嬉しそうだった。 『ん?』今、何か頭に引っ掛かったぞ?と俺が、自分の考えに浸っていると、 「何を考えているんですか?」 耳元でいきなりそう囁かれ、驚いて思わずバニーの顔を見上げてしまった。 するとバニーが可笑しそうに、「その目、こてちゅさんにそっくりですね」と言ってクスッと笑う。そして顎を捉えられ、バニーの唇が近付いて来たと思ったら、優しく唇を食まれて・・・。  それが気持ち良くて、そのままキスを受けていた俺だが、ふとある事を思い出した。 「なあ、バニー・・・。」 ともすれば、喘ぎ声になりそうな声を何とか抑え、俺はバニーに話し掛けた。バニーの唇は顎から首筋に下りて行き、今は鎖骨の辺りを彷徨わせながら、「何ですか?」と返す。それが擽ったくて、思わず身体がピクンと反応するが、俺はそれを堪えてバニーに尋ねた。 「お前、録画用のカメラどうしたの?」 一瞬、バニーの身体が固まった様な気がした。俺は『あれっ?』と思い、「だって、この部屋とかで、こてちゅとお前が二人共映ってたって事は、当然録画用のカメラを設置してたんだよな」しかも、カメラの視点は一つでは無い。少なくとも、一部屋で3方向からは録画されていたが、その割には、カメラ本体が映っている映像は、俺の知る限り無かったはずだ。  と言う事は、天井付近に設置されていたのだろうが、それにしては、その視点はそんなに高い場所から撮った様には見えなかった。つまり、ズーム機能が付いていたのだろう。いや、もっと言えば、動くものに反応して、自動にカメラが動いていた?様な気がする。つまり、かなり高性能なカメラを使っていたはずだ。  俺がそんな風に、あれこれ考えながら確認すると、バニーはちょっと苛々しながら、「レンタルですよ。もう全て返却しましたから」と答え、行動を再開しようとした。 『レンタル?こいつが?』俺が、バニーがこてちゅ用に買った大量の服を見て、「勿体ねぇ。借りりゃあ良かったのに」と言った時、「僕がレンタルなんて、すると思いますか?」と、フフンと鼻で笑ったこいつがカメラをレンタル?いや、そんなはずがある訳が無い!と言う事はもしかしたら・・・。 「バニー!ちょっと待て!」 今、正に俺の胸の、何の為に付いているのか、俺には正直分かんねぇが、バニーにとっては意味のあるものらしいそれを、唇で捉えようとしたのを邪魔され、バニーは思いっきり不服そうな顔をしている。しかし、俺はそれどころでは無かった。 「本当に、カメラは返したのか?お前がレンタルなんて考えられん!」 「チッ」「おっ、おま…今、舌打ちした?なあ、舌打ちしたよな?」 その時、バニーがチラッとヘッドボードの方を見たのを、俺は見逃さなかった。俺がヘッドボードを開けると、果たしてそこにはリモコンスイッチがあり、俺が何気なくボタンを押すと、天井の4方からカメラが現れた。しかも、再生ボタンを押すと、寝室に置かれていたPCのモニターに、先程の俺達の様子がしっかりと再現されたのだ。  その直後、ワナワナと両の拳を震わせている虎徹に、1週間の『接触禁止令』を発令されたバーナビーだったが、3日後には耐えられなくなり、アパートのドアをぶち壊して、虎徹を襲撃した為、その禁止令がもう1週間伸びる事となった話は、また別の機会に。
こてちゅさんシリーズの番外編 第2弾です(*^^)v 今回はリクエストのあったスイーツ女子会と動画鑑賞会のお話です! 尤も、女子会はともかく、動画鑑賞会はほとんどこてちゅさんに関係の無い話になってしまった(・・;) しかも、何だか不完全燃焼www その内、書き足して再UPするかも・・・ そんでもって、そこから続編が始まるかも・・・ そんでもって、それがトンデモナイお話になるかも・・・ って、これはいつもの事か^m^  こてちゅさんのお話はこちらから→『バニとバニたんとこてちゅさん 前編』<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=935711">novel/935711</a></strong>  『バニとバニたんとこてちゅさん 後編』<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=951705">novel/951705</a></strong>     先日は、『誕生日祝ってくれたら嬉しいな』と言う、我が儘な企画に早速、タグやコメントやメッセージを頂きまして、ありがとうございました&lt;(_ _)&gt; 個別のお礼は、また改めてさせて頂きます(^^)/  夢のようなご提案も頂いたりして、誕生日が待ち遠しい今日この頃です!!  誕生日企画『是非とも祝って下さいませ&lt;(_ _)&gt;&おじスナ 番外編』はこちらから→<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=994619">novel/994619</a></strong>
おやつと動画とこてちゅさん(こてちゅさんシリーズ 番外編)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1009801#1
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 読書は知識見聞を広くする為に効率的な手段である、と僕は思う。  自分とは異なった思想や価値観、体験談。そう言った別の観点からの意見は、物事を多角的に観ることができる有能な手段とも言っていい。  ただし、本のみでの知識の吸収は、ある程度の危険性を併せ持っている。  というのも、その書物に記してある事柄も一人の意見でしかない、ということだ。  著者が事実をどう客観的に書こうとも、そこには必ず自身の価値観や思想が含まれる。どれだけ完璧に事実を伝えようとしても、鵜呑みにしては真実と絶対的な誤差が生じてしまう。  書物は意見であり、自分の意見を照らし合わせ、咀嚼することで初めて自身の知識となる。  そしてその知識をさらに多方向から観ることによって、知識と真実の誤差は限りなく縮まっていく。 「パチュリー、この部分なんだが」 「同じ系統の本があの本棚の下から5番目にあるから参考にするといいわ」 「わかった」  つまるところ、他者との意見交換も立派な知識見聞の一つなのである。  紅魔館にある広大な大図書館の中。  僕こと森近霖之助は、図書館の主であるパチュリーと静かな読書会を楽しんでいた。 「……貴方、最近毎日ウチに来てるわよね」 「ああ、流石に迷惑だったかな?」 「……別に迷惑じゃない、けど」  事の発端はある日、レミリアが紅魔館へ出張出店を依頼してのことだった。  商売も終わり、ほくほく顔で帰ろうとした僕の頭は、ちらと魔理沙から聞いた話を思い出したのだ。  曰く、紅魔館の大図書館には、膨大な量の本が眠っている。  常日頃から読書を嗜む僕にとって、興味が湧かない方がおかしいだろう。  新しい顧客の獲得と称してメイド長に案内された大図書館は、まさに知識の宝庫とも言える場所であった。  希少なグリモワールを二冊も寄贈し、何とか利用許可までこぎつけた僕は、すっかりこの大図書館に入り浸るようになっていた。 「ん、喉が渇いたわ。小悪魔、紅茶を2つ頂戴」 「はーい、少々お待ちを」  パチュリーと小悪魔の声が、音の無い図書館に広がる。  とてとてと小走りで紅茶を用意しに行く小悪魔を見送り、パチュリーは再び本を広げた。 「そうだパチュリー、その術式の構成はどう思った?」 「基礎的な構築部分は中々よ。でも行使による技術と運の比率がいまいちね。貴方は?」 「君と同じ意見かな。もう少し呪術やオカルト要素を混ぜてもいいと思う」 「なるほど」  再び沈黙。  図書館の利用許可を貰った当初は気まずさを感じていたが、今はこの静けさが心地よい。 「……霖之助、この魔術に関する資料は」 「君から見て左から三つ目の本のタワーだよ」 「そう」  パチュリーが先程僕が教えた本のタワーから目的の本を引き抜く。  ……が、バランスが悪かったのかタワーは雪崩と化して彼女を容赦なく飲み込んだ。 「むきゅっ」 「……退かすから少し待っててくれ」 「……ありがとう」  少々バツが悪そうにパチュリーが顔を朱に染める。もうこの光景にもすっかり慣れてしまった。  本の雪崩からパチュリーを引っ張り出し、衣服に付いた埃を払ってやる。 「毎度言ってるけど本を引き抜く時は気を付けてくれ」 「わかってるけど面倒になってついやっちゃうのよねぇ」 「とりあえず怪我はないかい?」 「ええ、大丈夫よ」 「それは良かった」  救助も済んだことで読書に戻ろうとした矢先、紅茶とクッキーを乗せたトレイを持って小悪魔が帰ってきた。 「お待たせしましたー」 「あら、ラングドシャね」 「はい、紅茶に合うと思って咲夜さんから頂いて来ました」 「ありがとう、小悪魔」 「いえいえ」  そう言って小悪魔は直ぐに本の整理へ戻って行った。これで悪戯さえしなければ優秀な遣い魔なんだけど。  そう思いながら紅茶を口に運ぶ。やはり良質な茶葉を使っているのだろう、店にある茶葉とは雲泥の差だ。 「貴方の店にある安物の茶葉と比較しない方がいいわ。咲夜やレミィが怒るわよ」 「……口に出てたかい?」 「顔に書いてあるもの」  くす、と彼女が意地悪気な笑みを浮かべる。反論できる要素がない僕は、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。 「……あ、霖之助」 「砂糖だね。二つでいいかな?」 「ええ」  パチュリーは紅茶を飲む時に必ず砂糖を二つ入れる。ちなみに魔法研究の際には三つ、レミリア達とのお茶会には一つだ。  真っ白の角砂糖をカップに入れ、パチュリーに手渡す。ありがとうと言ってパチュリーは紅茶を受け取り、一口運んだ。 「……ふふっ」 「何かしら、人の顔を見て笑うなんて失礼ね」 「ああ、いや失礼。ちょっと感慨深いなぁと思ってね」 「どういうことかしら」  大したことではないけどね、と前置きして、僕は続けた。 「君も随分素直にありがとうと言ってくれるようになったなぁ、と」 「え?」 「最初の頃は『そう』やら『ん』やらでまともな返事すら怪しかったじゃないか」 「……そうだったかしら」 「そうだとも」  あの時は大変だった。なにせ来たばかりの時は何処に何の本があるかなんてさっぱりだったし、パチュリーに聞いても指やアゴで方向だけ示して「ん」の一点張り。  未開の地に来たばかりの僕は予想通り散々迷った挙句、おまけに案内を頼んだ小悪魔には悪戯される羽目に。踏んだり蹴ったりにも程がある。 「まあ、今では意見交換もしてくれるし参考にさせてもらってるよ」  ありがとう、と今度はこちらから礼を言う。ぷいとそっぽを向くパチュリーが微笑ましく、思わず笑みが溢れた。 「……ありがとうだけで大袈裟よ。大したことを言ってる訳でもないし」 「そんなことはないよ。君も言霊を知っているだろう?」 「知ってるけど……」  言葉には力が宿る。力は魂となり、現実への介入を許す。それが言霊だ。  言霊はその言葉を発する意志、気持ちによって強大になり、意志の強い言葉の力は人の根底にをも影響を及ぼす。 「そして『ありがとう』という言葉は本来、『有り難し』という古語から来ているのさ」 「ふぅん……あ、そう言えば」 「知ってたようだね」 「……まあね、館にもそういうのに詳しい奴がいるから」 「ああ、たしか……紅美鈴だったかな? 花畑の管理人だったね」 「いやそっちは副業。本業は門番よ」 「えっ」 「えっ」 「……あー、うん、とにかく、君も『ありがとう』の原義を知っているなら話は早いな」  存在することが難しい、だから『有り難し』。  要するに、ありがたい事というのは、それが滅多にないという事を表しているのだ。  今では皆が何気なく使っている言葉でも、原義にはこんな深い意味合いがある。  そして本来の意味を思い出し、心から発する『ありがとう』には、より強い力が宿る。 「要するに凄く感謝してるってことね……そこだけ話せばいいじゃないの」 「説明しないとわからないこともあるさ。僕の気持ちをもっと知って欲しくてね」  そう言うとパチュリーは顔を真っ赤に染め、本に顔を隠してしまった。  これは僕の揺るぎない本心。だからこそ、言霊の力はパチュリーの顔を背けるまで強大になるのだ。  まあ、話す時はちゃんとこちらに顔を向けて欲しいけど。 「うふふー、相変わらずですねぇお2人とも。淹れたての紅茶よりもお熱いです」 「こ、小悪魔!?」 「はい小悪魔です。それよりもラングドシャのお代わりはいかがでしょう?」 「頂こうかな。パチュリーがもっと食べたそうだ」 「べ、別に私は……」 「ではさっき本を読みながら伸ばした手は何を掴むつもりだったのかな? 空を切って随分とがっかりしたようだったけど」 「……むきゅー」 「店主さんはパチュリー様を良く見てますねー、まるで夫婦みたいです」 「ふ――」 「それではお持ちしますので少々お待ちをー」  パチュリーが何か言おうとする前に、小悪魔は再びとてとてと図書館から出ていってしまった。 「…………」  途端に大図書館に沈黙が降りる。  別にここでは静かになること自体、珍しいことではない。……のだが。 「夫、婦……ふうふふうふ……」  先程から明らかにパチュリーの様子がおかしい。  妙にそわそわしたり、ちらちらと僕を見てくるので僕の方も落ち着かなくなってきた。いやまあ原因は間違いなくさっきの小悪魔なのだが。 「ね、ねぇ霖之助」 「……何かな」 「……私と夫婦みたいって言われて、その、どう思った?」  期待と一抹の不安を併せ持った表情で、パチュリーは尋ねてきた。上目遣いで見つめる双眸は潤んでゆらゆらと揺れている。 「そうだね……パチュリー、君はどう思った?」 「え、わ、私? 私は……」 「そうか、まだ僕との関係はギブアンドテイクの仲だったか」 「え、ち、ちが――」 「いや実に残念だ、僕は少なからず君とはもう少し親身な関係だと思っていたのだが」 「だ、だから――」 「まあ冷静に考えたら自分の場所にずかずかと入り込んでくる部外者に好印象など抱く筈もなかったね、我ながら――」 「あぁもうわかった! 貴方の気持ちはわかったわ! だからもう結構!」  耳まで赤くなったパチュリーが怒鳴る。どうやら僕の気持ちはちゃんと伝わったようだ。 「もう……伝え方が遠回り過ぎるのよ、貴方は」 「それはお互い様だろう?」 「……それもそうね」  どちらかともなく、僕とパチュリーは互いに笑い合った。  遠回しでしか素直になれない僕達だけど、それでも言葉は自分の気持ちを伝えてくれる。  どんなにひねくれた言葉も、真意を隠した言葉も、彼女ならきっとその中の答えを見付けてくれる。そんな確信のようなものがある。  傍から見れば、それははきっと不器用で滑稽に見えるかもしれない。  だけど、それが僕らには一番性に合ってると思う。  そんな彼女に、僕は惹かれているのだろうから。 「ところでパチュリー、外の世界では夏目漱石という小説家がいてね。彼はある言葉を『月が綺麗ですね』と訳したらしいんだ」 「へぇ……どんな言葉を訳したのかしら?」 「それはね――」  全く、言葉とはなんて素晴らしいものなんだろう。  <了>
■SSを書く時間と才能が欲しい。切に。 ■はじめまして、赤という者です。 ■ピクシブでリクエストを頂いたので今更感が酷いですがうpでございます。いやほんとすみません。■リク内容は『ツーカーでお前ら夫婦か』なパチェ霖。こうですか!? わかりません!( ■追記たくさんのコメントありがとうございます! そして2012年04月23日~2012年04月29日付の小説ルーキーランキング 47位に入りました、多謝! ■追記2ヒャア!憧れのタグ弄りがここに2つも!やべー超にやにやした!
言葉の裏側に
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 [chapter:!!注意!!] ・一応多重クロスものです。 ・一応Fateメインです。 ・時間軸は、第四次聖杯戦争開始前です。 ・モブメインです。転生とか前世とかあります。 ・この世界では、現実より早い段階でネット環境等が普及しております。 ・原作ネタバレ、腐向け、捏造設定など人を選ぶ仕様です。 ・2chノリが再現できていません  それでも良いと思われる方は、お読みください。 [newpage] [chapter:【目が】原作介入とか泣いてもいい?【点】] 1:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  これは釣りです。前世とか魔術とかでてきます  それでも構わない転生者の人急募!!  俺に原作知識、特に/Zeroの知識を分けてください!  昨日、冬木に来たんだけど、どうしよう!  間違い探ししようにも正解が分からない!!  俺が介入したせいで友人が不幸になったらどうしよう(ノД`) 2:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  ウロブッチー時空で不幸は基本装備  自分の心配したら? 3:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  介入とか釣り乙 4:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  俺らモブが介入とかナイワー 5:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  初心者か? とりあえずコテハンとスペック それからだ 6:TNK  俺:英国人。前は女、今は男。ガチムチ  前世腐女子?だけど、活動時期及びジャンルが違うため原作知らない  今はそれなりに名家の跡取り  ペルソナ使いで、魔術師   後、相談に関係する二人  K:英国人。学生時代からの友人  名家の当主  多才、神童、天才な時計塔の先生。魔術師  家同士の付き合いもあり、お得意さまでもある  M:日本人。前世は俺の姉、今は父方の親戚で、一児の母  元許嫁で、文通相手  冬木在住。名家長男に嫁いだ  前世では苦労かけたので、絶対に幸せになって欲しい人  ペルソナ持ち    これでいい?  7:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  は? 8:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  ペルソナって、え?  板ちがくね 9:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  Kのスペックが気になる件   10:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  kwsk 11:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  前世の姉か  いいな、私も前世の自分の家族に会いたいなぁ 12:TNK  ≫8 ちがくない  最初/Zero知らなくてメガテン板にいったら、こっち紹介された  ≫9 Kは多分原作キャラ  こいつの手にレージュが出たことで、俺は/Zeroの存在を知った  Kにはいつもお世話になってるし、有利になれるようなヒントないかなぁ  ↓  そういえば転生者があつまるサイトあったよな  ↓  メガテン板でスレチと言われる  ↓  登場人物と簡単なあらすじ把握  日本でやるんだ、へぇー  あれ?Mって冬木に住んでるよな?え?え!?  マジヤバクネ(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル    て、勢いで、日本まで来ちまったんだ  ≫11  前世でできなかった分、幸せにしてあげたい  その間違った努力の結果が今のガチムチですorz   13:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  ≫Kは多分原作キャラ  マジで? 14:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします これはあれか 脱ぐべきか 15:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  遅いな  俺はガチムチの時点で脱いだ  写真うp!うp! 16:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  食いつくとこ違うだろwww 17:TNK  これでいい? つ[がっしりと筋肉のついた脹脛にIDが書かれている]    おまけにこれも  つ[レージュのある手とIDの書かれた手]   18:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  予想以上にガチムチだった 19:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  このレージュのある方がK?  それにこの形ってやっぱり水銀先生=K確定? 20:TNK  やっぱそう思う?  でも、俺ぜんぜん原作知らないから違うかもしれん  身贔屓が過ぎるだけかもしれないし、違ってて欲しい気もする  だって、先生の結末って酷いみたいだし  あんな結末Kが迎えると思うと…(ノД`)シクシク   21:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  TNKのこと知ってるかもwww  当たってたら、先生確定www  でも、まだ先生が参戦するなんて話聞かないんだけど 22:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  でも、時期的に先生にレージュでてもおかしくはないけどな  うっかり優雅がキレイキレイを弟子にして結構経ったし 23:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  とりあえず≫21はTNKが知り合いか確認すべし  ガチムチ魔術師で時計塔に友人が居る名家の跡取りって時点で、特定しやすそうだが   24:21  直接の知り合いじゃないけどなwww  ・去年まで休学していた  ・日本語痛Tシャツ愛用  ・先生にネタ魔術礼装を披露して怒られた  ・魔術(物理)  合ってる? 25:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  21も業界関係者か  それにしてもガチムチが痛Tとかwww吹くわwww 26:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  ネタ魔術礼装とか何それ  気になる 27:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  ≫魔術(物理)  ムジュンしてね?www 28:21  ≫26  俺が目撃した時は、猫耳ヘアバンドと着ぐるみパジャマ持ってた  効果までは知らんが、先生すっげー怒ってた    顔真っ赤な先生prpr 29:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  うらやま 30:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  猫耳www  やめてwww魔術礼装のイメージが壊れるwww   31:TNK  確かに俺だな  俺以外にそんな奴があそこにいたら殴ってるわwww  ≫27  間違った努力の結果  一応普通のもできる…はず  ≫28  Kをprprだなんて、水銀死するぞ    メガテンの原作阻止組にいる昔なじみの依頼で作った奴だな、それ  猫耳と着ぐるみでセットの身体強化系の礼装  稀にテトラカーン自動発動のおまけつき  ≫30  Kにも形状がふざけてるって散々怒られた ネタじゃないのに(´・ω・`)ショボーン    32:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  あってんのかよwww  殴るのかよwww  てか、水銀死って何よwww怖いわwww 33:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  メガテン板の古参たちのかな  あの人たちにはぜひとも頑張って欲しい…  テレッテーな世紀末は迎えたくないです… 34:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  同意 35:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  でもそんな礼装を作れるってTNKも結構すごい奴?  21よ、どうなのさ 36:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  オート戦闘で銃反射死は俺のトラウマ 37:21  TNKは人目はひくけど、優秀とかは聞かない  でもこの前  …先生が、 TNKの発想と器用さと行動力だけは認めている …と聞いた…… TNKもげろ( ゚д゚)、ペッ    38:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  一瞬TNKが違う意味に見えたわwww 39:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  21は本当に先生好きなんだなぁ    まあ、これでK=先生確定だわな 40:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  水銀先生確定 キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!! 41:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  キタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━ !!! 42:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  冬樹避難組が増えた今日この頃  久しぶりの燃料投下(*゚∀゚)=3ハァハァ  43:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします さ あ 、 も り あ が っ                   て                      ま                        い                          り                           ま                            し                            た (以下、しばらくエロメロイに愛を叫ぶレスが続く)    74:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  腐は巣に帰れ 75:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  だが断る 76:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  お前ら荒ぶりすぎwww 77:TNK  盛り上がってるとこ悪いけど、続きいい?  肝心の相談したいんだけど 78:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  ほら、しずかに  TNKの話を聞いてあげて 79:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  雄っぱいうp!  話はそれからだ! 80:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  エロメロイのマジエロイ話щ(゚Д゚щ)カモォォォン  81:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  だから腐は巣に帰れ 82:TNK  じゃあ、これあげるから話聞いてよ つ[何かにうじゃうじゃと群がる蟲たち] 83:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  うおぇえぇぇぇ  騙された!  グロじゃねぇか! 84:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル 85:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  え?雄っぱいじゃないの?  グロとか怖くて見れんわ 86:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  隙間から見える肌色がキモさ倍増なんですけど 87:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  ほんと、鳥肌たった  …あれ、でもこの蟲どこかで見たような 88:TNK  これ、Mの家の地下室で飼ってるんだって  Mの舅のペットなんだってさ  やっぱ、これアレだよな 89:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  え?もしかして  Mの家って誤算家の蟲家なの? 90:TNK  そうなんだよ  冬木に住んでるだけなら慌てないよ  まだ開催まで時間あるんだし  俺がパニック起こしたの、蟲爺の所業を読んだからなんだよ  でも、違ったんだよ! 91:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  (゚Д゚)ハァ?  違う?  蟲家じゃねぇの?  どう見てもこれチンコ蟲じゃん 92:TNK  すまん、言葉足りなかった  Mの旦那実家は蟲家で、舅は蟲爺だ  誤算家だしな、確定だろ  M旦那も子供も蟲爺もワカメヘアだし  遺伝の力ハンパネェ  だから、にわか知識で知った悲惨な状況を覚悟して凸したんだ  だが、俺が実際に目撃したのは、ほのぼの幸せ一家だった  どういうことなの?( ゚д゚) 93:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  いや、これ俺らのほうがどういうことなのって言いたいわ  だって、蟲爺なんだぜ? 94:以下、名無しに代わりまして冬木市民がお送りします  ≫ほのぼの幸せ一家  でもチンコ蟲はいる不思議 多分、続く
人様の作品見てたら自分も書きたくなった便乗商法
【目が】原作介入とか泣いてもいい?【点】
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見習い研修受け入れ要請メールが来た後、本丸にいる全刀剣達は即座に大広間に集まって対策会議を始めた。 というのもメールが送られた直後、こんのすけが防御用の為に作っていたフェイクの方のシステムが不正な干渉を受けたという報告をしてきたからである。 「うん、どう考えても乗っ取りだね。これ。」 「となると……主は勿論として、加州と山姥切にも近づけさせんようにせにゃならんのう。」 何せ加州と山姥切は初期刀にして、この本丸にいる刀剣達の要でありまとめ役。 だが何よりも大事なのは、この2人が“神嫁”であるということだ。 何せこの本丸の主である白牙は、付喪神より遥かに格上の自然神である白狼神の息子。 そして加州と山姥切はその白牙の、妻なのである。 だからこそ主と共にまたこの2人も、絶対に守らなければいけない存在だったのだ。 「それでしたら、1つ提案があります。主君。申し訳ありませんが、研修中は狼神の姿でお過ごし願えないでしょうか?」 初鍛刀である平野が、山姥切に抱きかかえられている今は人型になっている白牙に言った。 子供とはいえ神であるがゆえに成長も遅い白牙は、人型を取っている時は小学生低学年の姿。 狼の時は、成犬の秋田犬ぐらいのサイズになる。 そして平野は、研修中は狼の姿で過ごしてほしいと頼んできたのだ。 「乗っ取りを目論む見習いの中には、研修先の審神者に危害を加えてくる輩もいると聞きます。ですから主君には、狼神の姿で過ごして頂いた方が守りやすいかと。」 「あ、それはそうかも。」 「その方が俺達も、護衛しやすいかもな。」 子供の姿でも差し支えないが、仔狼の姿の方が移動速度が速い。 そしてその方がいざという時、主を逃がしやすいのだ。 「見習いとの顔合わせの時には仕方がないとしても、それ以外の時は念のために主君の側には五虎退の虎と鳴狐叔父さんの狐、獅子王さんの鵺とこんのすけにいてもらうようにしましょう。」 「なるほど、木を隠すなら森。だったら主を隠すなら動物達の中というわけだね。」 特にこんのすけは、監査部が管狐管理部と共同開発して作った特別製だ。 いざという時の為に、傍にいてもらった方が断然いい。 「なら、それで決まりだな。けど見習いが研修を受けたいと言ってきたら、どうするんだ?」 「その時は、俺が受け持とう。本当は加州や山姥切の方がいいのだろうが、お前らに何かあったら一大事だからな。」 「ほんならわしらも手伝うきに、安心しとうせ。」 長谷部が挙手をしながら言った。 彼に続けて陸奥守が言い、歌仙と蜂須賀が頷く。 本丸運営や審神者業務の事に1番詳しいのは初期刀にして嫁刀である加州と山姥切だが、その2人から補佐として本丸運営や審神者業務にかかわるノウハウを教えられた長谷部も結構詳しい。 そして陸奥守達初期刀組は加州と山姥切と共に顕現した為、彼らも本丸運営や審神者業務に関しては2人と同じぐらい内容を知っているのだ。 そういう意味では、彼らはまさに適任と言っていいだろう。 よって見習いが研修を真面目に受けるようであるならば、彼らが受け持つことが決まった。 「だが見習いが不穏な動きをし始めたら、どうする?呪具に関しては、御神刀や霊刀達に対応してもらうとして…乗っ取りによく使われる手法は、他にもあるだろ?」 「あぁ、寝取りですか。まったく……娼婦じゃあるまいし、簡単に股を開けるその単純思考には色々な意味で感心しますよ。」 宗三が吐き捨てるように言った。 隣で江雪と小夜も、うんうんと頷く。 「でもこれは、無視できない問題だよ?寝取りで乗っ取りを狙う見習いは、大きく分けて2つにパターンに分かれるっていうから。」 「あぁ、レア刀にいくか、初期刀にいくかという奴ですか。」 確かに寝取りで乗っ取りを狙う見習いならば、大抵がそういう行動をする。 しかしレア刀狙いはともかく、初期刀狙いだった場合は非常にタチが悪い。 なぜなら前者は貴重な刀剣をモノにしたいというお花畑思考で行く場合が多いが、後者の場合はそれなりの戦略を組めるだけの脳は持っている可能性が高いからだ。 何せどの本丸でも初期刀と言えば、その本丸にいる刀剣達のまとめ役を担っている場合が多い。 しかも最古参の刀剣だから、本丸の事情に最も精通している刀剣でもあるのだ。 よって初期刀狙いでいくのは、戦術的な意味合いでも非常に有効だったりする。 そしてそういった戦術が組めるだけの知能を持っているということは、こちらとしても中々に厄介な相手と言わざるをえないのだ。 だがそうなると、こちらとしては非常にマズイ。 何せ初期刀である加州と山姥切は、神嫁。 己の嫁を狙われたとなれば、夫神である白牙は勿論のこと、親神である白狼神が黙っていない。 というか、確実に出てくる。 そうなると大惨事確定となるので、そういう意味でも見習いが加州と山姥切に手を出す事は絶対に阻止しなけれないけなかった。 [newpage] 「それにちょっと前に、初期刀の極も実装されちゃったしね。そうなるとそういう意味でも、見習いが加州さんと山姥切さんに目を付けてくる可能性は高くなってくるから……。」 「誰かが常についていた方がいいという訳か。」 「それは一理あるぜ。大将の場合もそうだけど、加州と山姥切に見習いの奴がコナかけてきた場合も考えて、ある程度の警備体制を作っておいた方がよくねぇか?」 今度は厚が挙手をしながら言った。 すると同派の粟田口短刀達もまた、同意見だとばかりに頷く。 「研修って事は、本丸内……つまりは屋内ってことだろ?それなら俺達短刀の十八番だ。だから俺達短刀で当番決めて、必ず2人に付き添う役を決めたらいいんじゃないかと思う。」 「そうだね。でもそうなると、研修の間だけは主さんと加州さんとまんばちゃんの生活圏内を限定してもらった方が良くない?そっちの方が守りやすいし。」 「そうですね。ですが非常時に備えて避難場所も兼ねた二の丸の存在は秘密にしておきたいので……別邸で生活して頂きましょうか?」 別邸とはすなわち、離れのことである。 離れと言う良い方が嫌だったので、母屋から少し離れた所にある予備用の住居をそう呼んでいるのだが、普段はあまり使ってないものの細目に掃除しているし、生活するには十分過ぎる設備だって整っている。 だから研修中はそこから母屋に通う形をとっていれば、見習いが不審な動きをし始めたと同時にすぐさま対応出来るというのが厚達の意見だった。 「そっか。見習いが変な事をし始めたら、母屋には行かずに別邸に留まっていればいいだけだもんね。」 「母屋より別邸の方が、二の丸に近い。そういう意味でも、別邸にいた方が得策か。白牙、それでいいか?」 加州と山姥切が、厚達の策に頷く。 勿論山姥切の腕に中にいる白牙も賛同したらしく、頭を縦に振った。 「でもねんのために、みならいのきをひきつけておくものがいたほうがいいでしょう。三日月、たのみますよ。」 「待て、今剣の兄上。なぜいきなり、そんな話を俺にふる。」 「レア5のとうけんのなかで、おまえが1ばんてきにんだとおもったからですよ。かんがえてもみなさい。」 三日月と同じ天下五剣である数珠丸と大典太では、性格的に見て無理だろう。 数珠丸は見た目は楚々としているが、元の持ち主の影響なのか意外とアグレッシブな面がある。 まぁ流石にいきなり武力に訴えることはないだろうが、見習いを床に正座させて長時間説教するぐらいの事はしてしまうだろう。 これでは見習いに忌避されてしまい、とてもではないが見習いの気を引き付けるのは無理である。 大典太はそのネガティブさゆえに、一見すればとっつきにくく見えてしまう。 しかもその雰囲気からして近づきにくく、お花畑脳な見習いだった場合はあまり近づこうとはしない可能性が高い。 同じレア度の大包平は、権謀術数には不向きだ。 勿論、腹の探り合いだって出来ない。 何せ隠し事をしていても顔に出てしまうし、つい口を滑らせてしまう事だって多々ある。 よって見習いの相手役としては、無理だろう。 「で、しょうきょほうとしておまえしかいないというわけです。三日月。わかりましたか?ではみならいのあいては、おねがいしますね。」 「そ、そんな理由で………。」 「もちろんおまえひとりだけではにがおもいでしょうから、ほかにもすうにんつけましょう。というわけで、小狐丸と鶴丸。おねがいしますね。」 「なっ……兄上、何故に!」 「っていうか、俺もかよ。」 「とうぜんです。三日月だけでは、ふあんですから。これも主様と加州さん、山姥切さんをまもるため。がまんなさい!」 今剣に頭が上がらない三日月達が、渋々と言った様子で承諾する。 脳内お花畑な見習いの相手などしたくはないが、主と嫁刀達の為とあれば仕方なしといった所だろうか。 「とにかく、祟りハリケーンと自然災害発生!っていう事態だけは防がないと!」 そのためにも主である子狼神と嫁刀である加州と山姥切だけは、絶対に守らないといけない。 刀剣一同は決意を新たに、頷きあった。       [newpage] 研修と言う名目でやってきた見習いは、自分の思惑とは別に全く思い通りにならない事態に内心では不満をため込んでいた。 というのも見習いはまず真っ先にこの本丸の主だという審神者に持ち込んだ呪具を使おうと思っていたのだが、どういうものかその審神者がいない。 刀剣達は口々に主はいると言っているのだが、それらしい人間がどうしても見つからないのだ。 だからここへ来て2日目に審神者と接触しようと研修を受けるという名目で執務室へ行ってみれば、そこにいたのは初期刀だという加州と山姥切。 (どうして初期刀が2振りもいるのか疑問に思ったが、どうやらこの本丸には特別な事情があるらしく、そのために初期刀が2振りいるらしい) そして教育係だという長谷部と近侍の獅子王、護衛役だという鳴狐と五虎退、サポート式神のこんのすけがそこにいた。 だがやはり、肝心の審神者らしき人間がいない。 それだけでも腹がたつが、何よりも見習いは大の動物嫌いだった。 そして部屋の中にいたのは、ほとんどが動物連れの刀剣達。 それを見た見習いが適当な理由を言って、研修をバックれて回れ右したのは言うまでもない。 しかも研修を利用して審神者に接触しようにも、部屋にいるのは毎回似たような刀剣。 つまり必ず、動物がいる状態。 見習いが早々に、研修という名目で審神者と接触する事を諦めたのは言うまでもないことだった。 「やれやれ。あの小娘の目は、節穴か?」 「主さんは、すぐ目の前にいるっていうのにね。」 「と言っても、主では研修は出来ないからな。結局、俺が受け持つ事になるんだが……。」 五虎退の虎と獅子王の鵺に挟まれるような形でお昼寝している白牙を撫でながら、長谷部達が言う。 狼神としてはまだ子供の領域を抜けてはいないが、この本丸にやってきてからそれなりに成長した白牙は現在秋田犬並みの大きさになっている。 だから刀剣男士が連れているわけではない動物がいれば、これはおかしいと気づくぐらいしてもいいんじゃないかと思ったわけだが、あの見習いはどうやら違ったようだ。 「でもまぁ、それは仕方ないんじゃない?だってあの見習い、動物嫌いでしょ?」 「本人、隠しているつもりみたいだけどな。バレバレだっつーの!」 そう。 見習い本人は隠しているつもりのようだが、彼女が動物嫌いという事を刀剣達はすぐに見抜いていた。 だって動物達を前にした瞬間、見習いは笑みこそは口元に浮かべていても、眉間にしわを寄せていたのだ。 あれで気づくなという方が、無理である。 それを見た刀剣達が、執務室にいるメンバーを固定させたのは言うまでもない。 「しかし主さんに接触してこようとはね。こんのすけ。呪具の反応はあった?」 「勿論、ありました。主様に接触しようとしたところからみて、おそらくは審神者に使う用の呪具も持ち込んでいるのでしょう。」 そして審神者へ向ける呪具と言えば、精神操作系か霊力強奪系、憑依系、呪詛系だ。 つまり呪具の中でも、タチが悪いとされる部類。 それを知らされて、見習いを敵視しない刀剣がいるわけもない。 「主様に接触して呪具を使おうとしたところからして、あの見習いは主様を霊力タンクにしようと目論んでいるのでしょう。真っ先に主様を押さえようとしたところをみると、多少の悪知恵は働くようです。」 そして戦術的に見て、主である審神者を押さえるというのはかなり有効的だ。 何せ主を押さえられてしまっては、刀剣達にはどうにもできない。 だからこそ、あの見習いを主である白牙には絶対に接触させるべきではないと刀剣達は思ったのだ。 「しかし主様に接触出来なかった以上、今度は初期刀である加州様と山姥切様が狙われる可能性が高くなります。」 何せ初期刀は、その本丸にいる刀剣達のまとめ役である場合が多いのだ。 そしてそれはこの本丸も例外ではなく、加州と山姥切が主である白牙に次ぐ発言権を持っている。 とはいえこの2人の場合は、白牙の神嫁だという理由もあるのだが。 まぁそういうわけで、加州と山姥切を見習いに抑えられる訳にもいかない。 もしそんな事になったら、これまた祟りハリケーン大発生間違いなしだからだ。 しかも相手は、自然神。 祟りハリケーンに加えて、自然災害も発生する可能性大だ。 だから例えレア刀が抑えられても、この2人だけは絶対に抑えられる訳にはいかない。 故にこの2人を守る為の防衛策を、講じなければいけなかった。 「あの見習いの行動から考えたら、加州さんとまんばちゃんは常に主さんと一緒に行動してもらった方がいいね。」 「あぁ、その方が守りやすいな。」 とはいえ、万が一ということもある。 それなら護衛役の短刀は別にして、他の短刀達は本丸全体に散らばって見習いに目を光らせていた方がいいだろう。 「まぁ当面は、様子見か…。」 「見習いの出方次第だね。」 出来ればこのまま何事もない事を祈りたいが、主である白牙に接触して何かやらかそうと企んでいた見習いだ。 絶対に何かしらやらかす。 あぁもう本当にあの見習い、どっか行ってくれないかな? 刀剣達がそう思うのは、無理からぬことだった。         [newpage] 見習いの苛立ちは、頂点に達していた。 霊力タンクにしてやろうと思っていた審神者は、どれだけ探しても見つからない。 ならばと思って初期刀の方に接触しようと思ったが、加州と山姥切…あるいはそのどちらかに接触しようとしたら必ず誰かしらが割り込んできて邪魔をする。 これにはさしもの見習いも、浮かべている作り笑いが崩れそうになった。 どこの本丸でも大抵初期刀が刀剣達のまとめ役を担っているというのは聞いていたが、どうやらこの本丸でもそうらしい。 しかもこの本丸の初期刀達は、極だ。 まだ極実装されて間もないだけに、極にまでなっている初期刀というのは少ないらしいと聞いている。 だからこそ俄然張り切って、見習いは加州と山姥切を自分の方へ引き込もうと思っていたわけなのだが…。 「一体、なんなのよ!もう!ここの連中は!」 2人きり、あるいは3人きりになるのを狙って声をかけようとすれば、絶対に誰かが割り込んでくる。 というかそもそも加州と山姥切だけになる事じたいが、滅多にない。 しかも最近では、加州と山姥切が離れに籠りがちになって余計に接触するのが難しくなってきた。 と、ここまでされたら流石に見習いでも分かる。 明らかにここの刀剣達が、自分を加州と山姥切に近づけさせないようにしていると。 だが裏を返せばそれだけ加州と山姥切が、この本丸で重要な立ち位置にいるという事の証明であり……あの2人を落とせないという事実が、余計に見習いを苛立たせていた。 幸いにも三日月を中心とするレア刀達は、見習いによく声をかけてくれるが……今ならよく分かる。 自分に声をかけるのは、加州と山姥切に近づかせないようにするためだと。 それが分かってしまえば、いくらレア刀が声をかけてこようがそれに浮かれる事は見習いと言えど出来なかった。 「そりゃ確かに、最終的には彼らを傅かせたいとは思うわよ?でもそれは、この本丸を掌握してからじゃないと意味ないのよ!」 見習いには、真面目に戦争する気なんて当然ない。 審神者という職業も、名家出身である自分を箔付けするためのもの程度にしか考えてない。 だが美しい刀剣達を従えるという事には、一種のあこがれを感じていた。 でも馬鹿正直に、一から自分の本丸を作り上げていくというのは面倒くさい。 だから実装されている刀剣達を揃え、揃えた刀剣達をある程度育てている本丸を奪おうと思った。 見習いからすれば、ただそれだけのことだ。 そしてこの本丸は、見習いが欲する本丸の条件を満たしていた。 だから奪うべく、見習いとして潜り込んだ。 本当に、ただそれだけのことである。 けれどこの本丸にやってきた時、あまりにも好条件過ぎるこの本丸を増々欲しくなったのは事実だ。 だから今日まで、この本丸を我が物にするべく動いてきた。 故に見習いにとって、まずこの本丸を自分が掌握する事が最優先事項だったのだ。 刀剣男士は、自分が本丸を手に入れた後で好きなだけ侍らせることが出来る。 にも関わらず、肝心の本丸掌握がちっとも進んでいない。 本丸を掌握するには、まず主である審神者を押さえるのが1番確実でてっとり早いと思ったのに、その審神者らしき人間が見当たらないのだ。 見習いからすれば、その時点ですでに出鼻をくじかれたもの同然だ。 せっかく持ち込んだ呪具で審神者の意識を奪い、本丸の霊力タンク兼雑用係を兼ねた奴隷にしてやろうと思っていたのに。 仕方ないので、見習いは次に初期刀を押さえるべく動いた。 何せ初期刀は1番最初に顕現される刀剣だけあって、本丸に所属する刀剣達のまとめ役になっている場合が多い。 そしてこの本丸も例にもれず、刀剣達のまとめ役になっているのが一目見て分かった。 まぁまさかその初期刀が、この本丸に限っては2振りもいるなんて思いもしなかったが。 だから初期刀であるあの2人…一度に両方は無理でもせめて片方ならと思って接触を試みようとしたのだが、今度はこの本丸の刀剣達が邪魔をしてきた。 なにせあの2人がいる時を狙って接触を図ろうにも、まずあの2人だけになることがない。 必ず、誰かしら付いている。 それでもどうにかして機を伺い、どちらか片方だけでいる時を見て近づこうとしたが、そういう時に限って必ずと言っていいほど誰かの目にとまって声をかけられる。 よって見習いはこの本丸に来てから、加州と山姥切にはまともに話すら出来ていない状態だったのだ。 とはいえ、全く機会がなかったわけじゃない。 少なくても見習いが真面目に講義を受けていれば、講義中だけは加州と山姥切に話をする事も出来ていたはずなのだ。 しかし他でもない見習いが講義をサボっていたので、2人と話をする機会を自らフイにしていた…とは何とも皮肉な事である。 そしてそんな事とは露知らない見習いは、ついに強硬策を取る事にした。 「こうなったらもう、仕方ないわ!本当はもっと後で使うつもりだったけど、四の五の言ってる場合じゃないもの。」 二重底にしていたカバンの底から、大きな石がはめられているペンダントを取り出した。 このペンダントこそが、見習いにとっての最大の切り札。 今回持ち込んだ呪具の中でも最も強力で、広範囲に効果を及ぼすものだ。 だからこの呪具を使う時は、最後の仕上げ段階に入った時にしようと思っていた。 けれどこうも本丸を掌握する計画が進んでいない以上、もう出し惜しみなどしている場合ではない。 ペンダントの呪具を手に取った見習いは、自分の霊力をペンダントに注いだ。 と同時に、ペンダントの石が不気味に輝き始める。 そして……………。       [newpage] 「主さん、こっち!兄弟と加州さんも、早く来て!」 まだ夜も明けきらぬ、早朝。 本丸の建物から少し離れた場所で、依然として狼姿の白牙と加州、山姥切が堀川達に付き添われながら裏山の入り口に集まっていた。 ちなみに、まだ見習いは寝ている。 いや、見習いが寝ているからこそ、本丸を抜け出したというべきだろうか。 「あの見習い、まさかここまで馬鹿だったなんて……。」 「つーか、この本丸のことを知らねぇんじゃねぇか?でなきゃ呪具なんて、使わねぇだろう?」 堀川が額に手をやりながら呟き、和泉守が呆れながら言う。 刀剣男士は、顕現した審神者の影響を受ける。 そしてそれは、この本丸にいる刀剣男士達も例外ではない。 そのため自分達よりも格上の神に顕現された恩恵で、この本丸の刀剣達は呪具に対する耐性が他よりも数段高かった。 加えて鼻がきくので、見習いが持ち込んでいた呪具が一体どれかという事もすでに見抜いていたのである。 だがそれでも今日まで何も言わなかったのは、見習いが持ち込んだ呪具を発動させていなかったから。 だから研修最終日に、監査部へ突き出す程度にしておいてやろうと温情をかけてやっていたのだ。 しかしついに見習いは、私欲に駆られて穢れた呪具を使うという暴挙に出てしまった。 こうなるともう、見習いの処断は刀剣男士達の手から離れてしまう。 つまり彼らの主である白牙と親神である白狼神の手に、委ねられる事になるのだ。 「でもまだ幼い主さんを、呪具の穢れにさらすわけにはいかないからね。」 「加州と山姥切もな。」 だから刀剣達は、主である白牙と嫁刀である加州、山姥切を緊急時の避難場所である二の丸へ逃がす事にしたのである。 何せ見習いは、二の丸の存在を知らない。 それに二の丸は裏山を1つ超えた所にあるので、あらかじめその存在を知らない者ではまさかそんな場所に避難場所があるなんて思いもしないのである。 「何より二の丸には、主さんの親神である白狼神様の神域へ繋がる門がある。それを使って白狼神様の神域へ行けば、見習いが親に泣きつこうがもうどうする事も出来なくなるよ。」 それに何より白狼神の神域への出入りを許されているのは、子供である白牙と嫁刀である加州と山姥切だけ。 他の刀剣達も白狼神の許しを貰えれば神域に入る事は出来るが、自由にあちらへ行くことが出来るのは彼らだけである。 だからこそ刀剣達は、白牙と加州、山姥切を二の丸へ避難させることにしたのだ。 「すまない、兄弟。本丸が大変な時に………。」 「監査部に連絡取れたら、すぐここへ向かわせるから。」 「そんなの、気にしないで。むしろ主さんと兄弟、加州さんがあの見習いの手に落ちてしまった方が一大事だよ。」 「そうだぜ。だから、気にすんな。こっちはこっちで、うまくやっておくからよ。それよりもほら、迎えが来たようだぜ。」 和泉守が指さした方向…すなわち裏山の方から、どう見ても普通サイズよりも大きい狼が数頭現れた。 どうやら親神である白狼神が異変を察し、眷属を遣わしてくれたようである。 眷属とはいえこの狼達は、自分よりも格上の存在だ。 そんな存在に乗るなんて…と思っていたら、主にして夫である白牙が遠慮せずに乗れと言わんばかりに一声吠えた。 それを見て加州と山姥切が、恐る恐ると言った様子で狼の背にそれぞれ乗る。 (白牙自身はまだ秋田犬サイズなので、2人を乗せるのはまだ無理なのだ) 加州と山姥切が背に乗ったのを確認した狼達が立ち上がり、裏山の向こうにある二の丸目指して駆けて行った。 そのすぐ後をこれまた白牙も駆けていく。 それを見送った堀川達が出陣の時のような顔をして、本丸へ戻っていく。 大事な主である白牙と嫁刀である加州・山姥切の安全は、これで確保出来た。 後は見習いがこの本丸から逃げ出さないよう、しっかり留めておくだけである。 「ゲートの方に極短刀達を配置して、逃がさないようにしておこうぜ。」 「なら本丸内の巡回は僕達極脇差と、兼さん達の極打刀でしようね。」 白牙と加州・山姥切がいなくなった事を知れば見習いが騒ぐだろうが、騒ぎたいだけ騒がせておけばいい。 騒ぐだけなら、こっちは耳栓をして聞き流しておけばいいだけの話なのだから。 肝心なのは、見習いを逃がさないこと。 そのための包囲網は、これでもかというぐらいに鉄壁に敷いていた方がいいだろう。 「よし。行くぜ、国広!」 「うん。兼さん!」 刀剣達の中で最も強い発言権を持つのは初期刀である加州と山姥切だが、2人がいない場合は山伏と新選組がまとめ役を担う事になっている。 しかし太刀である山伏は夜目がきかないから、夜間の活動のことを考えれば今回は自分達新選組が総指揮を執ることになるだろう。 あの見習いを逃がさぬようにこの本丸に留めつつ、どうやって政府に速やかに引き渡すか。 その算段を話し合いながら、堀川達は本丸の中へと戻っていったのであった。        [newpage] この日、政府は震撼した。 無理もない。 苦労に苦労を重ねてようやく協力を捥ぎ取った自然神の子供の本丸に、あろうことか乗っ取り狙いの不届き者な見習いが潜り込んだというのだから当然のことだろう。 中でも件の神と直接交渉をした神務省と、交渉後にあの本丸の管理を受け持った監査部は怒髪天をつく勢いでブチ切れたのは言うまでもない。 「脳内お花畑のアホ娘があぁぁぁ――――!なにふざけた事しでかしてくれやがったんじゃ―――!」 今にも血管切れそうな勢いで叫んだ、監査部一同。 件の本丸は、神の領域そのもの。 そしてあの本丸に所属する刀剣達は、文字通りの神の所有物なのだ。 それを穢れた呪具を用いて奪おうなど、神をも恐れぬ愚行である。 「あと数日、あと数日あれば、小娘のバックにいる連中を全員まとめてブタ箱に放り込んでやったというのに!」 その前に見習いが、持ち込んだ呪具を発動させてしまったのだ。 神聖なる神の領域で穢れた呪具を使うというのは、神域の主である神への宣戦布告も同義。 確実に神の怒りを買う、愚行なのである。 しかもあの本丸の場合は、主である仔狼だけでなく親神である白狼神の怒りも買う。 だからこそ、政府は震撼したのである。 「怒りを買った見習いが祟られるのは自業自得だから、別にどうだっていいんだけどな…。」 それが政府へ…更には関係ない日の本の民へと向けられたら溜まったものではない。 理不尽などと、言うなかれ。 そもそも神とは理不尽で、残酷な存在なのだから。 「というかどうしてあの本丸の情報が、漏れてしまったんだ!」 「本丸管理部のアホが、本丸に関する事ならこっちの管轄だとか言う寝言をほざいて、あろうことが俺達監査部の許可なしに自分達のデータベースにあの本丸の情報をコピーしたデータを入れていたようっスね。」 そしてそのデータを、ハッキングしていた見習いの担当官が見つけてしまったのだ。 つまりこれは、本丸管理部の人為的ミス。 それもまた監査部一同の怒りを煽る要因になったのだ。 「まぁ本丸を作る時はどうしたって本丸管理部の手を借りるから、連中は作った自分達が管理もしたかったって所だったんじゃないスか?」 「だがあの本丸は、神婚本丸だ。神に関する深い知識を持つ神務省か、特殊な本丸の事案対処に慣れた俺達監査部じゃないと手に余るに決まっているじゃないか。そんな事も分からなかったのか!」 しかもそのデータベースにハッキングされて情報が洩れてしまったのだから、監査部としては何が何でも本丸管理部をしめてやらないと気が済まない所まできている。 まぁそんなわけで後日、本丸管理部は監査部と神務省からギュウギュウに絞られてSAN値が思いっきりそがれる事になるのだが……。 再三に渡って監査部から事情説明されていたにも関わらず、無断で勝手な事をやったのだからとどこの部署も本丸管理部を助けなかったのは言うまでもない事である。 「それで?神務省の方は、どうなっている?」 「乗っ取り見習いの一報が入った時点で即座に白狼神の社へと赴き、今回の一件に関する謝罪と事情説明をしたみたいっスね。」 「それで白狼神はなんと?」 「馬鹿共の暴走って事は理解して頂けたようで、とりあえず政府に関しては不問としてくれたみたいっス。ただ見習いを筆頭に馬鹿共の処断は、全部自分に一任せよとのお達しがあったそうで……。」 「なるほどな。」 息子の神域を欲深い人間に奪われそうになったなど、神の矜持に関わる。 ましてやその神域を奪おうとした人間が、息子を霊力タンクにしようと目論んでいたのなら猶更だ。 よってかの白狼神が、己が手で罪人達を処断すると断じたのは無理からぬ事だろう。 政府としても国賊達の命程度で格上の神の祟りハリケーンと自然災害のWパンチを回避できるのであれば、喜んで国賊達を人身御供よろしく差し出すのは当然のことである。 何せ神の末席である付喪神たる刀剣男士の祟りですら、持て余しているのだ。 それよりも格上の神の祟りとなれば、どれほど凄惨な事になるのか考えたくもない。 ましてや相手は、自然神なのだ。 だから祟りだけでなく、自然災害も加算されてしまう。 よってそれを回避できるのであれば、政府としても喜んで国賊達を突き出すのは目に見えて分かる事だ。 「よし。それじゃあ俺達は今から、あの本丸に居座っているアホ小娘をとっ捕まえにいくぞ!。」 「了解っス。」 せっかく神務省が精神削りながら、白狼神にとりなしてもらったのだ。 ならば自分達監査部は、乗っ取りなんて馬鹿やらかした見習いを可及的速やかに確保してかの神に突き出さなければならない。 ましてや今回の一件は、監査部の怒髪天を突いたのだ。 監査部一同、現在進行形でメラメラと怒りの炎を燃え上がらせているのは当然のことである。 ボキバキと拳を鳴らす、監査部の武装部隊。 やたらと目のすわった彼らが、刀剣達と協力しながら見習いに容赦なく縄をかけて簀巻きにしたのは……まぁ無理からぬ事だろう。         [newpage] 監査部が見習い達に対して、ブチ切れていたのと同時刻。 現世の某所へ行った神務省の役人達は地面に額をこすり付ける勢いで、目の前に鎮座まします巨大な白い狼に平伏していた。 言うまでもなくこの巨大な白い狼こそがあの本丸の主である仔狼の父神にして、由緒ある社持ちの自然神である。 今回起きてしまった乗っ取り案件に際し、神務省の役人達はこの白狼神の社に出向いて事情を説明した上で、政府が約定を違えたわけではないのだと必死で訴えたというわけだ。 『ふむ。仔細は、よう分かった。今回の一件は政府が我との約定を違えたのではなく、私欲に走った一部の愚かな人間の暴走から起きた故の事だというのだな?』 「はい。そのとおりで………。」 『まぁ息子の嫁達からも、とりなしがあった。それに免じて今回の事にかんしては、多めに見てやろう。』 次はないがな、と言った白狼神に、神務省の役人達は冷や汗をかきながら再び平伏する。 良かった、本当に良かった。 仔狼神のみならず、嫁刀達も無事でいて。 これでもし嫁刀達が見習いの毒牙にかかってしまっていたら、政府は確実にこの白狼神の怒りを買っていただろう。 神というものは、執着深い。 特に嫁となった者への執着は、殊更だ。 まぁかの嫁刀達は白狼神の息子の嫁だが、意外に子煩悩な白狼神は息子の嫁達に対しても目をかけている。 いわば、義理の娘達のようなものだ。 それを見習いに奪われていたら、政府は目も当てられないような凄惨な祟りを送られ、現世では祟りハリケーンが吹き荒れた上でのシャレにならない規模の自然災害が起こっていたことだろう。 そういう意味でも、かの本丸の刀剣達には感謝しなくてはいけない。 『せっかく我が息子が嫁達を連れて、里帰りしてきたのだ。今回の一件が落ち着くまで、休暇代わりに我が神域で息子と嫁達をしばし休ませる。よいな?』 「はい。それは勿論でございます。」 『それと我が息子から縄張りと嫁達を奪おうとした愚か者共の事だが、それらの処断は我がする。そなたらは身柄を確保次第、その愚か者共を我が前へ連れてまいれ。』 「承知致しました。」 白狼神の申し出を快諾する、神務省の役人達。 罪を犯した国賊達の命で付喪神よりもおっかない格上の神の怒りを鎮め、祟りハリケーンと自然災害のWパンチを防げるのであれば安いものだ。 政府としても、喜んで国賊達を白狼神の眼前に差し出すだろう。 つまり今回の乗っ取りをやらかした連中は、文字通りの神へささげる生贄になるというわけである。 『では疾く愚か者達を、我が前へ連れてまいれ。連れてくるまでの間、我は息子や息子の嫁達と語らいながら待っていよう。だが我は、決して気の長い方ではない。分かっているな?』 「はい、重々分かっております。早急に国賊達を捕らえ、連れてまいります。」 即座に連れてこい、と言われないだけまだマシだ。 それが分かっている神務省の役人達は三度平伏した後、与えられた仕事を全うするべく社を後にする。 そんな役人達が境界である鳥居をくぐったのを見て、白狼神もまた己の社の中へと戻っていったのであった。         [newpage] 審神者達から腰が重いと言われている政府も、流石に己が命は惜しかったのだろう。 かの本丸に潜り込んだ見習いは刀剣達と監査部の手によって簀巻きにされ、神務省の役人達の手に無事に引き渡された。 と同時に見習いに手を貸した担当官も、バックにいた高官も全て御用となり、今回の乗っ取りに関わった者達は全員逮捕されたのである。 「あなた達、私やパパにこんなことして、ただで済むと思っているわけじゃないでしょうね!」 「今すぐ、この拘束具を取れ!でないと名誉棄損で、訴えるぞ!」 「あーはいはい。寝言は寝てから、言って下さいねー。」 見習いをはじめとする乗っ取り犯達の捕縛に携わった監査部の者達が、彼らの怒鳴り声を右の耳から左の耳へと聞き流す。 するとそんな監査部の面々の反応は気に食わなかったのか、見習いがキンキン声で言った。 「そもそもあの本丸には、審神者なんていなかったじゃない!職務怠慢もいい所だわ!っていうか、敵前逃亡じゃない!主不在なら、私が主になったって問題ないわ!いえ、むしろそうすべきよ!」 「ハア~…あんたの目は、節穴っスか?あんたが呪具を発動させるまで、あの本丸にはちゃんと審神者がいたっスよ。」 「そんなの嘘よ!どれだけ探しても、それらしい人間はいなかったわ!」 見習いの言葉に、後輩がため息をつきながら言う。 このまま無視してもいいが、それだと見習いのことだからギャンギャン喚いてうるさいと思い、仕方なしといった様子で説明してやる。 「確かに“人間”は、いなかったスね。」 「やっぱり!だったら、私が主になっても………。」 「人間はいなかったスけど、審神者をしている神ならちゃんといたっスよ。そもそもあの本丸の審神者は、人間じゃないっス。付喪神である刀剣男士よりも格上の自然神が、審神者として赴任していたんスから。」 「えっ?」 想像だにしていなかった答えに、唖然とする見習い。 そんな見習いに面倒くさいなと思いつつ、監査部の男と後輩が補足説明をしてやる。 「あの本丸は、政府と約定を結んだ白狼神のご子息が審神者を務めている本丸。よってあの本丸は文字通りの神域であり、あそこの刀剣達は全て神の所有物なんだ。」 「そして初期刀である加州様と山姥切様は、仔狼神の神嫁。だからあそこの刀剣達は、あんたの毒牙にかけられないようにあの2振りを守っていたんスよ。」 「……狼?っていうことは、まさか!」 思い当たる節があった見習いが、声をあげた。 確かに刀剣達…中でも加州と山姥切の側にはいつだって、秋田犬ぐらいの大きさの白い狼がいたのだから。 「あの狼が、あの本丸の審神者………。しかも刀剣男士よりも格上の神ですって?」 「分かったっスか?あんたは格上の神に対して、喧嘩を売ったんスよ。」 「己の神域に土足で踏み入り、あまつさえ己の嫁まで奪おうとした輩を神は決して許しはしない。覚悟しておけ。何せ相手は、刀剣男士よりも遥かに格上の神だ。与えられる神罰も、刀剣男士の比じゃないぞ!」 「っつ!?」 しまったと言わんばかりの顔を見習いがした。 とはいえ、その表情から察するに反省したという訳ではないのだろう。 狼が審神者だったのなら、あの狼に呪具を使っておくべきだったとかそういう事を考えているに違いない。 まだ仔狼とはいえ、相手はれっきとした神なのだ。 その神に呪具を使おうなど……この見習いは本当に命知らずだと思わず監査部の面々は思ってしまった。 「言っておくがお前が持ち込んだ呪具は、露ほどにも効果なんざ出ていなかったからな?」 「ま、当然っスね。自然神を主にしている影響で、あの本丸の刀剣男士達は呪具に対する耐性が馬鹿みたいに高いんスから。しかもやたらと鼻がきくから、呪具のありかもすぐに嗅ぎ付けて見つけていたみたいっスからね。」 そう。 遥かに格上の自然神を主にしているために、あの本丸の刀剣男士達は呪具に対する耐性が通常の刀剣男士よりも桁外れに高かった。 加えて狼神の影響故か、やたらと鼻がきく。 だから穢れた呪力を放つ呪具のありかも、見習いが呪具を発動させたその日に全部見つけていたのだ。 ただ発動させた呪具がその日のうちに全部壊れてしまったから、取り上げるまではしなかっただけで。 切り札というべき呪具が発動させた日に全部壊れてしまい焦った見習いは、持っていた端末で父親に連絡。 最終手段である本丸譲渡命令書を送ってもらい、それを見せながら自分がこの本丸をもらうと宣言したのだ。 もっとも宣言した直後、白狼神の神域へ避難していた加州と山姥切からの通報を受けて密かに本丸へ来ていた監査部の部隊に捕縛されてしまったのだが。 そして刀剣達と監査部の面々に捕縛された見習いは簀巻きにされ、連絡を受けた神務省の役人達に引き渡される事になったのである。 よって呪具を発動させて刀剣達を支配下に置き、本丸を掌握しようと目論んでみた見習いの企みはすでに破綻していたのだ。 というか、見習いは無駄でしかない事をしていたに過ぎない。 そのことを監査部の面々から聞かされた見習いは、その屈辱感からか顔を真っ赤にさせてわなわなと体を震わせる。 すると現世の方の調査をしていたチームから連絡が入った。 そして調査チームから告げられた事実に、監査部の面々はやはりそうなったかと言わん顔をして見習いに言った。 「え?あ~なるほど。やっぱり、そうなったっスか。」 「おい。見習い。お前の母親、神罰が下ってこうなったぞ。」 送られてきた画像を印刷したものを、見習いと父親に見せた。 それを見た見習いと父親の顔が、一気に真っ青になる。 「き、きゃあぁぁぁぁぁ―――――!」 「ひいぃぃぃ――――――!」 監査部が見習いと父親に見せたもの。 それは獣らしきものに全身を喰い荒らされて死んだ、母親と思わしき女性の惨殺死体だった。 どうやら政府が動く前に、かの白狼神が眷属に命じて神罰を下したらしい。 というのも見習いが持ち込んだ呪具は、どうも母親が揃えたものらしいのだ。 そのことを政府を通じて知った白狼神が、早速眷属を派遣して見習いの母親に神罰を下したらしい。 だからこれは見習いの母親の自業自得なのだが、母親の惨たらしい死にざまを見せられた見習いや父親からすれば、それは恐怖のドン底に落ちるほど強烈なインパクトをもたらすものだったらしい。 そのため見習い達は、次は我が身だと思って恐慌状態になってしまったのである。 と言ってもこれもまた見習い達の自業自得なのだから、監査部からすればどうでもいい事なのだが。 [newpage] そんな見習い達を見ながら、監査部の男は言った。 「全く……だから言わんこっちゃない。お前らが奪おうとした、あの本丸はな。所謂、神婚本丸だったんだよ。」 「えっ?」 恐慌状態になっている見習いと父親にかわり、彼らに買収された担当官が反応を示す。 そんな担当官に、監査部の男はため息まじりに言った。 「あの本丸は、白狼神の子供の本丸。つまり、文字通りの神の領域だったんだ。そしてあの本丸にいる刀剣達は、神の所有物。それを奪おうとすれば、神の怒りに触れるのは当たり前のことだろう?」 「中でも初期刀である加州様と山姥切様は、神嫁。その神嫁に手を出して奪おうとしたんだから、そりゃ神罰下って当然っスよね?」 「なっ………。」 自分がやろうとしていた事がどういう事だったのか、それがようやく分かった担当官の顔から血の気が引いた。 と同時に自分の身にこれから何が降りかかってくるのか分かってしまった担当官が、恐怖のあまりに力が抜けて座り込む。 そんな彼らを冷めた目で見ながら、監査部の男と後輩が言い合った。 「ま、唯一の救いは、今回の一件で無関係だった者には何もせぬと言って頂いた事か。」 「そうっスね。理性的だと言われる白狼神様で、まだ良かったっスよ。これが蛇神様とか鰐神様とかだったら、とっくの昔に現世で祟りハリケーンが吹き荒れ自然災害が大発生していたっス。」 今回の戦争で審神者になって欲しいと頼んで協力を取り付けた神は、何も白狼神だけではない。 公にはなっていないが、政府が協力を取り付けた神々は他にもいるのだ。 中には残酷な気質を持つ神もおり、そんな神が審神者をしている本丸に乗っ取り狙いの見習いが行っていたら今回以上に大変な状況になっていた可能性もあったのである。 何せ本来神とは、残酷なもの。 特に怒れる神となれば、人間の手にはとてもではないが負えない。 それこそ無差別に祟りを振りまかれてしまうことだって、十分ありえたことなのだ。 そういう意味では今回、最悪の事態だけは避けられたと言ってもいいだろう。 「現世の調査へ行ったチームからの連絡だと、見習いの一族は子孫繁栄に関わる縁が悉く断ち切られていたみたいっスね。」 「神は末代まで祟るというが、その末代すら残すつもりはないって訳か。いやはや、怒れる神っていうのは、本当に恐ろしいな。」 今回の件で無関係な者には直接的な手は出さないが、血族の繁栄を許すつもりもないということか。 だからすでに成された命は別として、これから成すはずだった命は見習いの血族に降りないようにした。 これが白狼神の下した、罰なのだろう。 しかし政府としてはそれで怒れる神の矛先が自分達に向けられるのを回避できるというのであれば、見て見ぬふりをするに違いない。 「ま、なにはともあれ、怒れる神を鎮める人身御供の役目を果たしてもらうとしようか?」 「恨むなら、自分達の愚行を恨むことっスね。」 監査部の男と後輩がそう言った直後、神務省の役人と思わしき者達が見習い達を引きずって何処かへと連れていく。 おそらくは白狼神の元へ連れて行くのだろうが、その後に見習い達に待ち受けるものが決して良いものではないことは想像出来る。 事実、見習い達は数日後に凄惨な死体となって発見。 しかし発見された数日後に再び、その遺体が行方不明になり…… けれども政府は行方不明になった見習い達の遺体に関しては、一切頓着しなかったそうだ。        [newpage] 現世にある、白狼神の社。 今回特別な許しを得てここを訪れた監査部の男と後輩は、避難を兼ねた里帰りをしていた白牙に追従していた加州と山姥切に事の顛末を報告したのである。 「すでにあの本丸を乗っ取ろうとした見習いと関係者達は、罰せられました。加えてあの見習いの一族は、他にも色々やらかしていたみたいで……。」 「うん、知ってる。だから義父神様が、眷属を派遣して神罰を与えたって聞いたよ。」 白狼神の奥方達からこれでもかと着飾られた加州が、あくびまじりに言った。 あまり変化のない生活で刺激に飢えていた奥方達は、避難を兼ねた里帰りしてきた白牙の嫁達に構い倒す勢いで世話を焼き、おかげで連日のように着せ替え人形みたく様々な服をとっかえひっかえ着せられているらしい。 多少の耐性がある加州でさえ口元を引きつらせてしまったほどだから、耐性が全くない山姥切は例の如く布饅頭…にはなれず、一体いくらの値がつくのか考えるだけでも恐ろしい高価なレースにくるまってガタガタ震えている最中である。 「でもま、神の視点で見たら結構温情あるほうだと思うよ?末代まで延々と祟られるより、その末代をあえて残さない方向でスッパリやった方が苦しみが長引かない分、まだマシだよ。」 「はい、そうっスね。」 見習いの血族の子孫繁栄の縁をバッサリ切った白狼神の処断に政府一同は口元を引きつらせたものだが、苦しみを長引かせないだけ本当にまだマシな方なのだろう。 「ただ1つだけ、分からないことが……。」 「なに?」 「一度は見習い達の遺体は政府に引き取られたのに、数日後には消えていたのがどうしてなのか…それがどうしても分からないのです。」 「あぁ、それ?」 苦笑する、加州。 別に見習い達に同情するつもりはないが、政府からすれば一度引き取った遺体がいきなり消えてしまえば、立派なホラー案件になるだろう。 そう思った加州は、苦笑したまま真相を教えてやった。 「あれはね。義父神様の眷属に仕える下級の怪異に、下賜したそうだよ。」 多くの眷属を従える白狼神だが、中には怪異に分類されるものもいる。 といってもそういう怪異は、白狼神に直接仕える眷属ではなく、その眷属に使われている下っ端の部下になるわけだが。 今回は神罰対象が結構いたということでそういう怪異達も駆り出され、その怪異達に褒美として惨殺された見習い達の遺体をくれてやったそうだ。 それを聞いた監査部の男と後輩の口元が、ヒクリとひくつく。 無関係の者には手を出さなかった白狼神だが、逆に言えば乗っ取りに関わった者達は容赦なく処断したということである。 よもや見習い達を惨殺しただけでなく、その遺体すら弔う事を許さなかったとは……やはり神の怒りというものは恐ろしい。 「政府に一時的に遺体を引き取らせたのは、見習い達は死んだという事実を政府に知らせるためだったんだって。」 ほら、生死のほどぐらいは政府としても把握しておきたいでしょ?と加州に言われて、監査部の男と後輩は苦笑いするしかない。 それでも一応は政府に対して気をつかってもらったということで、ここは感謝しておこうと2人は思った。 「しっかし、馬鹿だねぇ。プロテクトのかけられているデータベースにある本丸なら、特殊な事情があるって分かるもんじゃない?」 「それが分からない程度の馬鹿だったから、こういう事になったんじゃないのか?」 ここでようやく復活したらしき山姥切が、会話に参加してきた。 キノコでも生やしそうな彼を見かねた加州が、山姥切の前にお茶とお菓子を置いた事で僅かばかり気分が浮上したらしい。 早速お菓子をモグモグし始めた山姥切は、それでも会話だけは聞いていたらしくようやくここで話に入ってきたようである。 「まぁ本来は我々監査部だけがデータ管理するはずだったんですが、本丸管理部の連中が馬鹿やってこっちの許可なくあの本丸のデータを隠し持っていたらしく……。」 「だから俺達の本丸の存在が漏れたってわけね。それで今後は、その辺りはちゃんとしてくれるの?」 「勿論です。本丸管理部の連中はこっちがしっかり〆ておきましたので、今後はこのような事がないようにいたします。」 何せデータを隠し持っていたせいで、今回の乗っ取りが起きてしまったのだ。 本丸管理部としては立つ瀬がないわけで、監査部に頭が上がらなくなってしまったのは言うまでもない。 [newpage] 「それで本丸の方には、いつぐらいに帰るご予定ですか?」 「あと2、3日ぐらいすれば落ち着くから、その後だそうだ。」 「あ、そうなんだ。なら、そろそろ帰り支度しとかないとね。」 お茶をすすりながら言う山姥切に、扇子をパタパタさせる加州。 ここにいたら際限なく着せ替え人形にされてしまうので、2人としても出来るだけ早く本丸に帰りたいのだろう。 そんな2人を見ていた後輩は、2人が身に着けている装飾品を見て「おや?」と首を傾げた。 加州は髪に紅薔薇の髪飾りを、山姥切は胸に白薔薇のブローチを付けている。 薔薇には色によってそれぞれ花言葉がある事を思い出した後輩は、思わずそれを呟いていた。 「赤薔薇はあなたを愛してます、白薔薇は私はあなたにふさわしいだったっスかね?」 「えっ?なにそれ?」 「花言葉って奴っスよ。いやあ~、お二方共、愛されているっスねぇ~。」 「「……………。」」 後輩の言葉に何とも言えない顔をする、加州と山姥切。 ややあって2人は、何とも言えない顔をしたまま言った。 「あ~…いや、愛されているのは嬉しいし、光栄な事なんだけどさ………。」 「10年後の事を考えると……な。」 普通の狼ではなく神なので、まだ仔狼な白牙。 しかしそれでも10年後には成獣になるので、その頃までにはきっちり腹を括っていなければいけないのだ。 途端にドヨ~ンとした空気になる2人。 そんな2人を見て、監査部の男と後輩は思わず同情してしまった。 「ねぇ、先輩。花言葉からして………………。」 「あぁ。逃がす気ないって、宣言しまくっているな。」 加州と山姥切に薔薇の装飾品を贈ったのは、間違いなく2人の主にして夫である白牙だろう。 元より、神は執着深いもの。 ましてや己の嫁であれば、その執着が並外れて強く深いものであることは容易く推測できる。 とはいえ加州も山姥切も逃げる気はない所からして、決して嫌がっているわけではないのだろう。 ただ種の違いゆえのことで、色々悩んでいるようだし…。 「あー……まぁ気休めにしかならないかもしれないですが、ここへ相談に行ってみたらどうでしょう?愚痴を聞いてもらうだけでも、大分気分が違うと思いますから。」 「なんなら[[rb:監査部 > うち]]から、紹介状でも出しておくっスよ?そうすれば向こうも、悪いようにはしないはずっスから。」 監査部の男が懐から1枚の紙を取り出して、加州と山姥切に渡した。 その紙を見た加州と山姥切が、一筋の光を見たかのような目になる。 「本当に……相談に行ってもいいのかな?」 「端から見れば、一笑に伏されてしまうような事かもしれないんだが……。」 「それは、大丈夫です。そもそも愚痴を吐くためだけに、行っている常連客もいるそうですから。」 「そっか。それならまぁ…行ってみようかな?」 とは言うものの、すでに加州と山姥切の中ではそこへ行く算段を立て始めているのだろう。 なにせ2人にとっては、結構深刻な問題だから。 後日、2人がその場所へ行ったかどうかは………また別の話。       
見習い「私にこんな事して、ただですむと思っているの!」<br />監査部「寝言は寝てからほざけ、この国賊がぁぁぁ―――!」<br />政府「祟りハリケーンと自然災害のWパンチだけはやめてぇぇぇ―――!」<br /><br />こんなやりとりが、あったとかなかったとか…。<br /><br />某話に出てきたキャラが登場する、ウミガメのスープの解答編。<br />もしかしたら、また別の話にも出てきたりして?<br /><br />お借りした表紙は、こちらです。<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/artworks/38357181">illust/38357181</a></strong>
【ウミガメのスープ】オチなんて、最初から分かってた!!(解答編)
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10098515#1
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   虎徹は掌の火傷の傷を見つめる。  それは、数日前の事だった。  まるでこれから戦争にでも行くのかというような武装集団が、部屋の重い扉を開けた。時間は深夜、もう瞼が落ちて日付も変わった頃、ライフルのバレルで突然頭を殴られ起こされたのだ。  これもまさか職員だというのか?  虎徹は何事かと構えれば、ライフルを突き出し外に出ろと促された。そしてユエンも。  銃で脅され仕方なく何があるのかと歩き出せば、ユエンが真っ青な顔でこちらを見た。集団の持っている銃はライフルにセーフティはかかっていたが、すぐに3バーストに切り替えられる使用のガリルアサルトだった。  こりゃ抵抗すれば、さっさと撃ってくるな…。  そう思えば、虎徹は黙ってついていくしか無かった。  虎徹がヒーローになった当初、アカデミーのような訓練施設がなかった為、能力云々はともかく、体術や戦闘技術などは軍部に所属して磨いた。その名残もあり、ある程度武器などの知識はあった。そしてここまでの経験値は、その戦いを知る感覚の糸を最大限にピンと張らせる。  手を頭の後ろに組まされユエンと薄暗く長い廊下を歩かされた。いつもは歩いた事のない場所に虎徹は大人しく目だけで周囲を見渡す。しかしユエンの足取りはずっと重たかった。  そして、まるでシュテルンビルト銀行の地下で見た金庫の入り口にも近い、倉庫の入り口のような重たそうな扉の前で足が止まる。  するとこの武装集団でリーダーと思われる男がゴーグルと手袋を外せば、テンキーの上にある双眼鏡のような筒をのぞき込み『OK』というランプが光ると、今度は筒の横にある読みとり機に手首をあてれば、また『OK』というランプが付き、暗証番号を押すとようやく虎徹の身長の倍はあると思われる扉が開いた。  指紋じゃねぇのか…。網膜と動脈…。  随分厳重なパスだなと虎徹は思った。そして連れられたところは、真っ白な部屋だった。まるで実験室のような。そして一緒に入ったユエンは虎徹の顔を見て云った。 「アンタも…、NEXTってやつ…?」 「え…?」  思わずそう返事を返せば、白い部屋の扉が閉まる。そして鍵のかかる重たい音。 「おい、ユエン! 何が始まるんだ!?」  虎徹が扉に目をやるとその横の広いガラス窓から白衣を着た研究者のような人間と、武装集団がこちらを見ていた。まるで水族館で人間に観察される魚のように。  そしてユエンを見れば、首を横に振ってまるで突然の恐怖を目の前に声が出ないとでも云うように虎徹を見ている。虎徹はその目に、幼かった頃NEXTを見る周囲の目と同じ。いや、それ以上の恐怖を感じていた。  その時、室内にスピーカーから声が届いた。 『コテツ・カブラギ。君の能力が見たい』  虎徹はスピーカーに目をやると云った。 「何の為だ」  虎徹は力強い声で答えた。しかしスピーカー越しの声は、冷たく云い放った。 『勿論、実験の為だ』  これも昔死ぬほど聞いた言葉。ヒーローになるまでに何度も。  何もかも気に食わない言い方に虎徹は閉口した。  それに自分の実験だけなら何故ユエンが一緒に連れてこられたのか意味が解らない。  しかし、彼らにそんな事はどうでもいい事だった。ただ、彼が同室だったからここに連れてきたのだ。 『君の力はパワー系らしいね、そこの人間相手に発動してもらえないか?』  虎徹は顔だけは冷静を貫いたが、一気に頭の中が沸騰したのが解る。  しかも人間と言った。ユエンは人間なのが解ってここに連れてこられた。確かに相手が何らかのNEXTなら逃げ道があるが、純粋な人間相手にどう発動させろと云うのか。 「パワー系が人間に発動しても意味が無いだろうよ…」  そう口にすれば、ガラスの向こうの観客は明らかにイライラとした様子で答えた。 『さっさとやってくれ』 「嫌だね。第一、パワー系なら壁でも壊した方がよっぽど解るんじゃねぇの?」  その言葉にイライラとした声はそのまま続けた。 『人間を壊したほうが、楽しいじゃないか』  こいつらは本当にただの観客なんだな。  気持ち悪い。こうも相手が人間でないと解った瞬間から、人間は自分と違うものを排除する。やり方はそれぞれだが、罪人もNEXTも同じ扱いをするつもりなのか。 「俺は楽しくねぇよ、ここから出せ」  瞬間、腕のバングルに電子音が走った。  自分もよく聞いた事のある音だ。これは…、  タイマー…?  思わずユエンを見ればユエンの嵌めたバングルも光っている。自分の物も視界に入れれば、ご丁寧にタイマーが付いていて、四分と五十秒を差していた。 「なんだよ、これは…」  虎徹が思わず呟けば、ユエンはただそれを眺めているだけ。 『それは所謂時限爆弾だよ。0になれば腕がすっとぶ。なあに、腕が一本無くなるだけで、死にはしないよ? 実験にはまだまだ参加してもらいたいからね』  勿論、君がさっさと発動すれば止めて上げてもいいけど。  まるで、楽しいものを見つけたように弾む声音に反吐が出そうだ。  しかし虎徹はユエンに近づくと彼の腕を取った。ガチャガチャとバングルに手をかければ、硬い銀色に鈍く光るそれは全くビクともしなかった。 「タイガー…、無理だ。外れねぇよ…」 「何諦めてんだよ! お前らしくねぇっ」  諦めと、そして切羽詰まった声。 「今までそうやって外そうとしてたヤツは、結局外れ無くて身体のどこかを無くすんだ! だから俺は、いつも遠慮しないで発動しろって云ってる…」  虎徹は何とかユエンのバングルだけでもと力を入れる。そして必死ながらもこの細い身体の生傷の理由を理解して、胸が苦しくなった。 「なあ、タイガー。発動しろよ、俺を殴れよ、じゃなきゃ助からない!」  そんな言葉すら震えながら云うユエンに、とてもじゃないが見放すなんて出来なかった。  本当は大人しくしているつもりだった。もし、能力がバレてワイルドタイガーだと解ってしまったらどうなるか。  ここに来て気付いたこと。  それは、ここの住人はヒーローと云う存在を知らない連中ばかりなのだ。  ユエンの台詞も、ヒーローどころかNEXT自体、知らなかったような口調だった。  つまりここに居るのは、シュテルンビルトの犯罪者やNEXTが居ない、他の国から来た連中ばかりなのではないだろうか。   しかしそんな事に気付いても、まずここをどうにかしなくてはいけない。 「ユエン、すまん。俺は、お前に発動出来ない」 「なんでだよ! 俺なんかいいよ! パワー系なんだろ!? なら自分の外せよ!」 「…しょーがねーだろ。俺、ヒーローなんだから…」 「はぁ…?」  虎徹の言葉に、ユエンは何を馬鹿な事を言っているんだと、涙目になる。 「恐いかもしれんが、ギリギリまで我慢しろ、あいつら震え上がらせてやる」 「なに云ってんだよ…」  ユエンは虎徹の言葉に困惑の色を見せる。しかし、虎徹はお構いなしに続けた。 「合図したら、身を低くしろよ?」 「なっ、何するつもりだよ…」 「いいから」  自分より人の事を考えるお人よしの震えが止まらない手を、虎徹は安心させるように握った。  五体満足で帰らないと、バニーが心配するからな。  それが今、自分をヒーローとして奮い立たせてくれるものだった。 『さあ、早く発動してくれないか?』  そんな楽しそうな声がガラスの向こうから聞こえて来る。  後、一分。  虎徹は自分のバングルの隙間に指が入るか確認する。一息に引っ張れば外せそうだ。ただ、握り潰すには無理があるだろう。なら破裂させた方が早いかもしれない。  後、三十秒。 「よく、落ち着いてられるな…」  そんな言葉をユエンから聞けば、虎徹はユエンに飄々と答えた。 「場馴れしてんだよ」 「どんなことやったら、毎度こんな目に遭うんだよ…」 「さぁねぇ…」  云った瞬間虎徹が発光した。ユエンは、身体を纏う色が青白くなり、アンバーの瞳が青白く輝く様に恐怖を隠せない。  美しい光を纏った男は、ユエンのバングルを一気に両手で引きちぎると、今度は指一本で自分のバングルも引きちぎった。そしてそれを両掌で包み込むように挟めば、手の中でボボンッと爆発する音がした。  そのまま手を開くと、ボトボトと消し炭になった銀が落ちていく。 「マジかよ…」 「ユエン」  名前を呼ぶと瞬間ユエンの目の前から虎徹が消えた。ユエンは驚く暇もなく、目の前のガラスに物凄い轟音と共にヒビが入ったのを見た。  あまりの事に目が離せないが、名前を呼ばれたのは合図だと身を低くした。 「ちっ、やっぱ、防弾か!」  瞬間、ガラスに突っ込んだ虎徹の姿が消えて、ユエンの居る反対側の鉄の壁が凄い音と共に凹んだ。そして、また反対側のガラスにヒビが入っていく。  まさか…、凄いスピードでガラスと壁を往復…?  ユエンがそんな考えを巡らせる前に、観客のいるガラスは破られる。向こうの人間の悲鳴がガラスが割れたことで、ユエンの耳に入って来た。慌てて、ユエンは立ちあがると虎徹は既に武装集団を蹴散らした後だった。 「すげえ…」  そして虎徹は、一人の白衣の男を掴みあげると云った。 「なあ、何の実験なんだ、これは…」  怯える男はもう何も話せなかった、相手は恐怖のあまりあわあわと口を動かすだけ。  しかしユエンがガラスを乗り越えた瞬間、倒れた武装兵が胸からハンドガンを取りだすとユエンを狙った。  だが虎徹の耳はセーフティを外す音を聞き逃さなかった、掴んでいた男を放り投げるとユエンの前に立つ。  瞬間発光が消えた。 「タ、タイガー…?」 「わり、当たっちまった…」 「タイガーッ!?」  ズルリと大きな身体が落ちた。慌ててユエンは虎徹を抱きとめ叫ぶが、もう声は虎徹に届かなかった。 [newpage]   ◆◆◆  それから、虎徹は手術室の様な場所で拷問のような生体実験を受けた。  銃は神経を麻痺させる薬品が入ってい弾だったので、死にはしなかったのだが、あまりの能力に向こうも殺すのは惜しかったようだ。  NEXT能力を発動出来ないようにする首輪を巻かれ、まるで本当に実験動物にでもなったような気分だった。  そして解放されたのは一週間後。  意識を取り戻した時、いつもの部屋のベッドの下段で寝ていた。心配して見守るユエンの目は真っ赤だった。まるで虎徹のよく知ってる誰かさんのように。 「…俺の寝床…、上だよな…?」  それを聞いてユエンは苦笑しながら云った。 「…アンタ重くて、上に持ち上げられる訳ないだろ…?」  明らかにホッとした顔を見て虎徹は安堵した。身体が痛む。電気と薬品で痛めつけられたので、外側より中身の方が痛いかもしれない。 「あ…、これ…」  突然ユエンがコンタクトケースを渡してきた。一瞬、ヒヤリと背中に冷たいものが流れた。  そういえば、付けっぱなしだった。まさか、奴らにこれがどんなものか悟られやしなかったろうか? 「アンタの目が見えないと困るだろうって…。普通、こんなのヤツラ捨てそうなのにな。アンタよっぽど気に入られたんだな…」  バレてはいないのか?  ゴクリと唾を呑みこんだ。もしかしたら、急がないといけないかもしれない。首輪はまだ嵌められたままだ。そして子供のように顔を覗きこんでくる同居人を安心させるように云った。 「男ばかりに好かれてもなぁ…」  ぬけぬけと云うその台詞に、ユエンは笑った。 「タイガーみたいな能力、俺初めて見たよ…。ほんと、ヒーローみたいだった。でも、おっさんなんだから、あまり無理すんなよなぁ…」 「…おっさんゆーな…」  暫くぶりの穏やかな空気に、虎徹はまた瞼を閉じた。ただ、眠りたかった。   [newpage]   ◆◆◆  バーナビーはジャスティスタワーの資料室にて、相変わらず文献を広げていた。  しかし、ようやく辿りついた所だった。ついに見つけたと、手が震える。  迷わず携帯を取れば、担当の管理官に電話をする。彼は今、裁判官として他の裁判に出ているので、留守電にメッセージを残す。 「申請をお願いします。新しい職員でもいい、犯罪者でもいい。アッバスの特殊壕に入りたいと思います。ヒーロー担当する管理官の許可が欲しいのです」  ペトロフ管理官は、虎徹がアッバスに入った事を驚き、そして事情が事情なのもあって協力は惜しまなかった。  なのでそれを有意義に使わせてもらう事にした。  きっと自分も行くと云いだすに違いないと、彼もそう思っていることだろう。  バーナビーは携帯を切ると内ポケットにしまった。  そして、資料をPCに纏め始めた。 「李家の次代を襲名するのは『ユエン』。ユエン・リーか。確かアッバスで名前を見つけた。しかし、父親の名前レナード・リーの名前もあった。もう死んでいると云う話なのにどう云う事だ…?」  バーナビーの疑問は段々増えていく。  でもいい、今度は向こうで調べる事だ。やっと相棒を追いかけられる。  これで堂々と彼の前に立てる事に、バーナビーは酷く安堵した。  前編 終了。  6月の後編に続く予定です。  次回は獄中デートかな、あはは…orz  ごめん。  あと、次のページに、前回のレンタルアイズのあらすじも突っ込んでみました。  本にも入れた奴で、友人に書いて貰ったものです。  自分で書いてもいいのですが、自分で書くと表現も微妙になったりするので友人に書いてもらったのですが、カッコイイですよね…。  おいらも、このくらい文才欲しい…orz [newpage] レンタルアイズ あらすじ 半年前に破綻したシュテルンビルト銀行の関係者を追ってほしい――そんな依頼を受けた虎徹とバーナビーに斎藤が渡したのは、スイッチ一つでお互いの視界に映っているものを交換できる特殊コンタクトレンズだった。捜査開始前日、試しに装着したバーナビーは虎徹と女性のセックスを見てしまう。会社で楽しそうに約束をしていた姿からはかけ離れた冷たい態度で女を抱く姿を見て、バーナビーは違和感を覚えると同時に、どうしようもなく興奮している自分に気がつく。虎徹に対して抱いていた感情は、バディとして復活をしたときから人より強い自覚はあったものの家族愛に近いものだと思っていたのに。  翌日、一瞬とは言えプライベートを覗いてしまったことを謝りつつ、昨晩の違和感を口にするバーナビーに対して虎徹が告げた答えは、妻を亡くしてから常に女性相手では最後まで達したことがないというものだった。それほどまでに深く、亡き妻を愛しているのかと納得したバーナビーだったが、その日の捜査で捜査の手がかりとなる合言葉を手に入れたものの、うっかり捜査対象者から催淫剤を受けてしまったことで虎徹の手を借りることとなった。  最初、文字通り手を貸すだけだったはずの虎徹の手の動きは、虎徹自身が驚くほどの感情の揺らぎと共に次第にセックスそのものへと移り変わっていった。同情なんかで、と思う一方でどうしようもなく虎徹に溺れていくバーナビーは、虎徹の心がどこにあるのかもわからないまま、拒みきれず一夜を共にしてしまった。  次の日、虎徹とバーナビーは、昨晩のことを表向きはふっきったまま、手に入れた合言葉から推測される二つのパスワードで銀行金庫をあけるべく、シュテルンビルト銀行に向かうのだった。  
■百戦錬磨なおじさんと恋愛には初なバニーさん。捜査で喰らった薬を抜くためにバニーの身体を暴いてしまい、そのまま相棒に本気になったおじさんの話。■『レンタルアイズ(<strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=697315">novel/697315</a></strong>)』の続きになります。事件もの。でも実際は某○○ったーで出てきた『閉じ込められた虎徹さん』と『一生懸命になるバーナビー』を書きましょうから、ボヤボヤ書きたい衝動に駆られたものです。 今回はおじさんが閉じ込めた先にあったことと、バニーちゃんが追いかける準備まで。前編ってことで、ここまでがスパコミの新刊になります。  ■後編は6月ゴネクを予定してますが、後編も今回みたいに連載にして本に纏めるか、いつもみたいにサンプルにして一部だけ上げるが迷うところ。どっちがいいですか?  ■■通販はいつものように虎さんです(<a href="/jump.php?http%3A%2F%2Fwww.toranoana.jp%2Fmailorder%2Farticle%2F04%2F0030%2F04%2F14%2F040030041436.html" target="_blank">http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/04/14/040030041436.html</a>)。自家通販はプロフからどうぞ。  ☆☆あっ!! あとね!R18って表示しといてやって無いのよ!!www それは表紙を先にあげたからなのと1冊で完結出来ると思ってたからなのよ!! 表紙詐欺ごめんなさいー!! じ、次回に引っ張るからいいよね!?(泣) ホント、ヘタレで正直すまんかった…orz あ、アンケートはメインは上二つで、下三つは飽きた人用ですwww  追記レンタルのあらすじ追加。 ★★ブクマコメントは、下のコメントにてお返事しております。 
【虎兎】オーバーフロウ 3(完結)【腐】&SSC21新刊案内
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[chapter:第二十七話 未来で続いた光景は未だ分からない] 俺達は参加していないが、プラムの紹介動画が作成されてからしばらく経った。今日はその動画のチェックをするらしい。 「雪乃先輩、どうですか?」 「えっと、まぁ、そうね・・・・・・」 一色から名前で呼ばれる事にまだ慣れない所為か、返事がぎこちない。俺なんて名字ですら呼ばれてないから。おかしいなー。あれ?後輩だよね?あ、生徒会長ですか。 「いいのではないかしら。ただ、何故猫耳などで加工していないのかしら」 「それ、指摘することじゃないよな」 「母さん、いくら猫好きでも抑えろよ」 「流石に恥ずかしいよ、お母さん」 「あ、えっと、違うの」 仕方ない。ここは俺がフォローしてやろう。 「誰が誰だか完璧に分からなくなってるし、まぁいいだろ」 何故か、戸部だけがはっきり分かってしまうのは指摘しないでおこう。そんなに晒し者にしたいの?逆にウェイウェイ騒いで調子乗りそうだけど。 「ありがとうございます!」 「礼なら優八と風雪に言ってくれ。俺達は大した事してないから」 「先輩達も充分手伝ってくれましたよ。でもそうですね。2人共、ありがとうございます!」 「いろはさんから礼言われるなんて、意外だな」 「そうだね。今まで1度も言われた事ないかも」 「未来のわたし、生意気ですね」 人間性が現れてますよ、生徒会長さん。 「優八と風雪も頑張ってくれたし、サンキュな」 「そうね。あなた達の協力が無ければ、ここまでスムーズに行かなかったわ」 「えへへ・・・・・・」 風雪の頭を軽く撫でてやると、雪乃とよく似た嬉しそうな顔を見せた。 「優八の方が高くて撫でにくいのだけれど」 「いや、撫でるなよ。恥ずかしいから」 「いいじゃない。私達の大切な子どもなのだから」 「未来のだけどな」 「未来の私達も今の私達も根本的な部分は変わらないわ」 「そうだぞ。だから優八は大人しく跪いて頭撫でられとけ」 「跪く意味無いよな」 「無いわね。八幡、家に帰ったら覚えておきなさい。余計な事を口にした罰を与えるわ」 死ぬかと思うレベルの冷たい声が俺の隣から聞こえた。ここは素直に謝っておこう。まだ死にたくない。 「はい。ごめんなさい」 「よろしい」 許してもらえた。ありがたや女神様。ゆきのんマジ女神。 「ふふっ。それよりも八幡・・・・・・」 顔を真っ赤にして俺をチラチラと見始めた。ははーん。さては、股座に座りたいんだな。相変わらず甘えん坊ゆきのん。 「風雪、悪いが離れる」 「うん。お母さんはパパの事ラブだから行ってあげて。いつ発作が起きるか分かんないレベルだから」 雪乃の愛はそこまでなのかよ。とツッコミを入れるのはやめておいた。案外、事実かもしれない。 席に戻ると、雪乃が早速股座に座ってきた。 「ふふっ」 満足気に微笑んでいらっしゃる。 「雪乃先輩、日を増す事に深くなってる気がするんですけど」 「そうかしら?いつもと同じよ。ね?八幡」 「そうだな」 まぁ、そのいつもがすげぇ甘えてくるわけでして。猫とパンさんへの想いが俺にも来るとこうなる。今更だな。 「で、他には何かあるのか?」 「いえ、もう大丈夫ですよ。後は特設ページ作るだけですし」 そう言って、一色はパソコンを引き寄せトラックボールを操り始めた。 あれ?もう終わり?もうクビなの?もしかしてリストラ? 「そんなわけねぇだろ。殆どの仕事はもう無いだけだろ」 「優八君の言う通りです。どうしても人手が足りなくなったら手伝ってもらうかもしれませんけど、多分もう大丈夫です」 何だか拍子抜け。目を点にして口をポカンと空けてしまう。 「パパの顔、変」 傷付いた。それは元からという意味でしょうか?それとも、驚いた顔が変というだけでしょうか?もしも前者だとするなら・・・・・・余計に傷付いた。 「風雪がそんなことを言う筈もないでしょう。後者よ」 揃いも揃って俺の心を勝手に読むなよ。これも今更か。 「まぁでも、もう少し変でもいいかもしれないわね。競争率が高くなってしまうわ」 「どういう意味だよ」 「どうと言われても、八幡に他の虫が寄り付くのを見たくないもの」 虫って・・・・・・可哀想に、他の女子。俺ですらまだ人と見てるのに。風雪と小町に近寄る男は邪魔虫。同じ意味じゃねぇか。 「先輩、今日はもう帰ってもらっても結構ですよ」 遠回しに帰れって言われた。なるほど、これがホワイトな上司か。ブラック上司って言葉はよく聞く癖に、ホワイト上司って言葉は聞かないよな。 「目の前でイチャイチャされても集中出来ませんので」 ホワイトでも何でもなく、ただ集中したいだけらしい。確かに、気を逸らしてしまうのも忍びない。 「じゃあ、帰るか」 「そうね。少し早いけれど、部活はここまでにしましょうか」 「残業が無いってのはいいもんだな・・・・・・」 「馬鹿ね。これからよ、八幡が残業ばかりになるのは」 「帰って欲しくないならそう言っていいからな」 「そういう意味で言っているわけではないわ。ただ、将来的にというか、未来というか、家庭的というか、その・・・・・・」 なるほど。どうせ共働きは許さないんだから家庭の為にしっかり稼げという事か。生憎、俺はまだ学生なんでね。 「もう!イチャイチャしてないで早く帰ってくださいよ!」 生徒会長に怒鳴られた。いろはすマジ怖ぇ。マジっべーわ。 風雪と優八が未来に戻るのを見送ってから、俺達も部室を出た。さっき出ていったばかりの人影が既に見えないのは、切なさを覚えずにはいられない。 「雪乃、ちょっと寄りたいとこあるから付き合ってもらってもいいか?」 「確認なんて取らなくても大丈夫よ。そもそも、帰る場所が同じなのだから」 「それもそうだな。んじゃ、ららぽ行こうぜ」 「いいわよ」 俺からデートに誘うとか、珍しい事もあるもんだな。 [newpage] 総武高の最寄駅から4駅程移動すること約10分。移動中は心地いい沈黙が続いたおかげで、移動の時間が一瞬のように感じた。 「それで、何故ららぽーとなのかしら?」 「小町の誕生日プレゼントやら、合格祝いを買いたくてな」 「確かに、何か買ってあげないと行けないわね」 「ただ、何買っていいか分からん」 「パンさんでいいのではないかしら」 「それは雪乃に買ってやるから安心しろ」 「え!?い、いいのかしら?」 「気まぐれだ」 雪乃は咳払いを挟み、続けた。 「冗談は抜きにして、本当に何を買ってあげればいいのかしら」 「あいつ、趣味はハッキリしてるからな。趣味に合わないものをプレゼントしても、『おー!お兄ちゃんありがとー!小町嬉しい!』とは言うものの、それから先使われる事は一切ない」 「何かしら、その変な物真似は。私には分からないわね。八幡からのプレゼントなら、私は喜んで大切にするわ。これも、これだってそう」 最後に指輪とネックレスを触りながらそう言った。 「なるほど。別に使う物じゃなくてもいいのか」 雪乃は急にどうしたのかしら。とでも言いたげな顔をしている。 「八幡、それは色々と問題よ」 「何で?」 「いいかしら。肌身に着けるものをプレゼントというのは、独占欲の現れを意味するの。それが私なら大歓迎よ。私は紛れもなく八幡のものだから。けれど、小町さんは別よ。小町さんは妹でしょう?だから問題なのよ」 「なるほど。確かに、それは問題かもしれない。かと言って、ぬいぐるみは無いよな。何か幼稚っぽいし」 「そうね。小町さんは立派な大人よ。私が嫁ぐまではずっとご飯を作ってきた大人よ。ご飯を作ってきた大人よ」 2度も言わないで!俺が作ってなくて小町に負担掛けてるとかそういう意味が込められてそうだから。 「えぇ。込めているわよ」 こればかりは俺が悪いか。 「それより、今嫁ぐって言ったか?」 「何よ、事実じゃない。現に、今はプレゼントどころか、同じ名字までもらっているのだから」 幸せそうに微笑みながらの言葉。その姿は何度見ても見惚れる。 「八幡?何をそんなにボーッとしているのかしら?あ、いつもの事だったわね」 「いつもって何だ。いつもって」 んー・・・・・・まぁ、してますね。 「頷いたじゃない」 無意識って怖い。 「あ、そうだ。小町へのプレゼントは後で考えるとして、自販機行ってもいいか?」 「だから、確認は要らないと・・・・・・」 「あ、そうだったな。すまん。長年のボッチの癖が」 「まぁ、気持ちは分からなくもないからいいわよ。そういうところも、八幡の長所だものね」 ちょっと照れながらも自販機へと向かった。黄色とこげ茶の縞模様に近いデザイン。それは紛れもなくマッ缶の姿。 「おお!これが伝説のマッ缶仕様の自販機・・・・・・期間限定とは聞いてたから、もしかしするともう無いかと思っていたが」 「はぁ・・・・・・同じデザインなのね・・・・・・」 「デザインだけじゃないぞ。裏に回ると成分表までちゃんと書いてあるんだ。凄いよな。愛を感じるよな」 「そ、そうね・・・・・・」 「よし。じゃあ早速」 呆れた様子の雪乃を尻目に財布から小銭取り出した。 「八幡」 「は、はい・・・・・・」 今度は本気の殺意が込められた声色。 「な、なんでございましょうか」 「分かっているわよね?」 「いや、ほら、1本だけだから・・・・・・」 「八幡?」 「いや、だから・・・・・・」 「は・ち・ま・ん?」 雪乃が比企谷家に来てからというもの、俺の健康管理が厳しくなった。マッ缶を飲む数が制限されたり、マッ缶を飲む数が制限されたり。 「先週で今月分のは飲んだでしょう?」 「はい。左様でございます」 「約束でしょう?」 「あれは一方的な制限というだけで・・・・・・」 「私がどれだけ心配しているか、分かっているのでしょう?」 「それは分かってるつもりではいるが・・・・・・」 雪乃がすげぇ心配してくれてるのも事実。その心配を無下にするのは不本意。 「写真ぐらいはいいよな?」 「いいわよ」 「じゃあ、スマホ頼む」 雪乃にスマホを手渡した。 「相変わらず、パスワードを掛けてないのね」 「まぁな。いつでも雪乃も見れるから安心だろ。ほら、撮ってくれ」 「別に疑ったりはしないわよ」 雪乃が持つスマホからシャッター音が聞こえた。 「撮れたわ」 「サンキュ」 「えぇ」 「さっきはすまん」 「買っていたら許さなかったわよ」 どこまでも厳しくも優しい。それが俺の婚約者、比企谷雪乃。 「それにしても、良い感じのが見つかんねぇな」 「そうね。・・・・・・家具なんてどうかしら?」 「家具か・・・・・・ありかもな」 「では、次はあちらに行きましょう」 雪乃が指さした先にはイケアがあった。 「行くか」 「えぇ」 [newpage] 雪乃が腕に抱き着いてるのもあってか、店内から外に出ても、冷たいはずの潮風が冷たいとは感じず、雪乃の温もりだけを感じている。 「暖かいな」 「そうね。ふふっ。おかしいわね、今は冬のはずなのに」 「そんなもんだろ」 バカップル全開の会話をしながら店内に入ると、エントランスには家具とラグが置かれていた。 「ほら、行くわよ」 「お、おう」 腕を引っ張られ気味になりながらエレベーターに乗り、2階へ向かった。 2階に辿り着くと、目の前には様々なショールームが広がっていた。 「ほーん。テーマパークみたいな感じになってんのな」 「こういうのは楽しみながら見て回るのが良いのよ。難しいことを考えながら見ていても、何も決まらないわ。これをよく知っているのは、楽観主義の誰かさんだと思うけれど」 「うるせ。マジで放っとけよ」 「未来の私達は、どういう家で過ごしているのかしらね」 「さぁな。未来の事は分からん。分かるとしたら、優八と風雪が成長してきた経緯ぐらいだ」 「そうね。けれど、暮らし方を考えるのも楽しいと思うわ。未来とは言え、同じ私達だもの」 「そうかもな」 もしかすると、この中に未来の俺達が使う家具があるかもしれない。或いは、よく似た物。 「高級感溢れる家だけは勘弁して欲しいわね。でも、子どもが元気よく遊び回れるぐらいの広い庭は欲しいわね。それから、広いテラスも欲しいわ。そこで猫やあの子達と一緒にお昼寝をするの。他には、和室も欲しいわ。和室で過ごすのも好きなのよ」 なるほど。雪乃が言う一般的な家庭がどんなものかよく分かった。決して一般的とは言い難いものだということがよく分かった。 「あのな・・・・・・広い庭の時点で一般のご家庭とはかけ離れるんだけど」 「少しは運動しないと、体力が無いまま成長してしまうわ」 「体験談かよ・・・・・・」 「うるさいわね。余計な事を喋るお口は縫い付けてあげようかしら」 「冗談でも怖ぇから」 「ふふっ」 こうして見て回ってる間に、小町へのプレゼントを決めてしまおうと考えていたが、そうは上手く行かない。 深い溜息を吐きながらベッドに腰掛けると、雪乃も同じように腰掛けた。 「年寄り臭いわよ」 「年寄りだからな・・・・・・」 「あのね・・・・・・」 呆れ気味に溜息を吐く雪乃。俺がだらしないのは慣れてるだろ。 「手作りなんてどうかしら」 「家具を作れるほど器用じゃないぞ」 「そういう事では無いわ。お祝いにはケーキが常設でしょう?」 「あぁ、確かに」 「それに、手作りの方が気持ちが込められている気がするわ」 「そうかもな」 結局、見てきた店とは全く関係ない物になった。だが、それが無駄とは思わない。こうして、雪乃と一緒に何かをする事に無駄なんて無いのだ。 どこかの店でケーキを食べて参考にすることもなく、俺達は真っ直ぐ帰路に着いた。 続く。 [newpage] 後書き このまま雪ノ下母とはるのんが出てくるとこまで続けたかったのですが、それはまた次回です。八雪のデートを書いてたら、いつの間にか丁度いい具合になってたんですよ。無意識って本当に怖いですね。 ゆきのんが言う一般的な家庭って、どんな家庭なんでしょうね。とにかく広い庭があるとか・・・・・・その他諸々。 では、また次回もお楽しみに。
やっはろー(=゜ω゜)ノ!<br /><br />いやー、随分と投稿サボってしまいました。原作の部分を書くのって、本当に難しいと思います。<br />単発なんかを挟んで息抜きしつつ投稿した方がいいんですかねぇ。<br />というわけで、近い内に単発を投稿します。<br /><br />では、本編をどうぞ。コメントやメッセージをして下さると大変嬉しいです。
彼と彼女に訪れるそれぞれの未来 第二十七話
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まっ白いドレスに身を包んだ、幸せそうに笑う女性。 その瞳にきらきらと憧れの色を浮かべて、その姿を見つめる大きな目。 ―――やっぱり女の子は、花嫁さんに憧れるものなのね。 「…きっとイヴは、素敵なおよめさんになれるわ」 「っ、えっ、」 かあ、と頬を染めて、慌てたようにブーケで顔を隠すイヴが微笑ましく。 ああこの子にはきっと、綺麗な純白のドレスが良く似合うと、そう思った。 白の肖像 悪夢のような美術館での出来事から、九年もの歳月がたっていた。 その後もイヴとギャリーの交流は続き、兄妹のような姉妹のような、そんな関係を築いている。 少女から女性へと成長していくイヴに、自分も歳をとるわけだ、とギャリーは今更のように思う。 それでもその屈託のない笑顔は、九年前となんら変わらない。 意志の強い瞳も、流れるような栗色の髪も。 あの髪を撫でることに戸惑いを感じ始めたのは、いつからだったろうか。 「―――…大学の講師?アンタそんなもんやってたの」 久しぶりに美大時代の同期に呼び出され、バーカウンターで思い出話に花を咲かせていたときだった。 講師の口があるんだけど、とは彼の言だ。 「いろいろツテがあってな。作品のほうは―――サッパリだけど。お前は結構活躍してるみたいじゃん、たまに名前見るよ」 「アタシなんかまだまだよー。たまに、運がいいだけ」 「絵は描いてないのか?」 カクテルに口をつけながら、ギャリーは曖昧に笑う。 「絵はもう趣味ね。仕事にしちゃうと楽しく描けないのよ」 「続けてはいるんだろ?で、どうよこの話。今の仕事に支障あるなら仕方ないけど」 「デザイナーの仕事のほうはまあ、どこででも出来るからそれは問題ないんだけどねェ」 「けど?引っ越しとか難しいの?…お前確かまだ一人だよな?」 「うっさいわね」 けらけらと笑う彼を軽く小突きながら、ギャリーは考える。 ―――もしかしたら、いい機会なのかもしれない。 ずっとずっと見守ってきた、花の様に笑う少女の顔を思い出す。 少女から女性へ。つぼみから花開くように、大人になっていくイヴ。 ―――このままの関係は、続けるべきではないのかもしれない。 別れを考えたことがないわけではない。 九年前の出会いから少女を見守ってきたのは、悪夢を共有し、「彼女」の存在を共有できるのは自分しかいないと思ったからだ。 けれど、はじめは少し不安定だったイヴの心も、数年を経てあの経験を自分で昇華できるほどになっていた。彼女の部屋には、いつからか黄色いバラの造花がひっそりと飾られている。 ―――あの子はきっともう、大丈夫だ。 ならば自分の次の役目は、イヴの未来を開いてあげることだ。 『ギャリーのことが、好きだよ』 …そう言ってくれた彼女を、自分から解放してあげることだ。 「ありがとう、イヴ。アタシも、好きよ」 そう返したギャリーに、イヴは何も言わなかった。 少し傷ついた顔をして。それでもすぐに笑顔を浮かべて。 ―――まるでその答えが返ってくるのを、解っていたかのように。 ギャリーは自分の部屋のベッドに腰掛け、片膝を立てて顔をうずめている。 右手に握りしめた携帯電話は、電話帳の画面で止まっている。 何度も話した。怖い夢を見たと、涙声の電話が来た。 喫茶店に行く約束をした。他愛もない話を、たくさんした。 「大学に、講師として行くことになったのよー。ガラじゃないんだけど、どーしてもって言われちゃって」 『―――そうなんだ、』 息を飲むような音には気づかないふりをする自分は、なんてひどい奴だろう。 「そう頻繁には会えなくなっちゃうわねぇ、さみしいわぁ…」 『うん、さみしい…電話は、してもいい?』 「もちろんよ!でもすこぉし忙しくなりそうだから、出れない時もあるかも知れないわ。ごめんなさいね…でも来年にはイヴも大学生だもの、新しい生活でアタシに電話どころじゃなくなっちゃいそうね!」 『…うん。少し、不安』 「大丈夫よ、アナタなら。きっとうまくやっていけるわ」 『そう、かな。ありがとう、ギャリー』 「ええ、イヴ。それじゃあ勉強、がんばってね」 ( さよなら ) ( わたしのいとしいひと ) ( どうか、しあわせに ) 『…ありがとう。おやすみ』 冬が過ぎていく。 電話をかけた日以来、イヴからの連絡はない。 聡いあの子はきっと気づいている。あれが別れの電話であると。 そんな彼女に甘えて、何も言えず逃げていく自分は、本当に卑怯だ。 ―――だっていまでも、後悔でいっぱいだ。 ―――いまあの目を見たら、なりふり構わず抱きしめてしまいそうな自分が、恐ろしい。 ―――本当は、誰にも――― ピリリリリリ。 ピリリリリリ。 携帯の着信音に、はっとする。ゆるゆるとソファに投げ出されたそれを手に取り相手の名前を見た瞬間、ギャリーは凍りついた。 「イ、ヴ…」 そのままその名前を眺めていても、音は止まない。ボタンにかけている指が、かたかたと震える。 ―――どうして、いま。 うるさくなる心臓を服の上からぎゅっと抑え、通話ボタンをゆっくりと押す。 「…イヴ…?」 『ああ、ごめんなさいギャリー。いま、忙しい?』 全く変わりのない声色を聞き、詰めていた息をゆっくり、気づかれぬように吐いていく。 「…ううん、ごめんなさい。ちょっとうとうとしていたみたい。久しぶりね、イヴ」 『久しぶり、元気だった?』 「ええ、もちろん。アナタも…」 『家の前にいるの。話があって。お邪魔しても、いい?』 「―――――は!?」 一瞬、何を言われたのかわからなかった。しかしその意味を理解した瞬間、ブワっと汗が噴き出るような感覚に襲われる。 ―――まずい、今は。それだけは。 『お願い。大切な話なの』 焦燥の滲み出る声が、携帯から響いてくる。玄関に、いま。一体どんな顔で扉が開くのを待っているというのだろうか。 そんな彼女に、一体どんな顔をして会えばいいのだろう。 ぐ、と拳を握りしめる。 ―――逃げられない。きっと逃げてはいけない。 はっきりさせよう、とギャリーは思った。やはりうやむやにしていては、いけなかったのだ。 彼女の瞳を、まっすぐに見よう。そして告げよう、…別れを。 今日、別れを告げる。 生温かい関係に、終わりを告げる。 誰よりも何よりも愛しい彼女に。 「いらっしゃい。寒かったでしょう、早く上がって。どうしたのこんな急に」 マフラーにうずまる顔は、寒さのせいか僅かに赤みが差している。 そんなイヴの顔に、いつもの笑顔はなかった。 「…突然ごめんなさい。どうしても、直接話したいことがあって」 ぴくり、と体が反応する。 「―――なあに、改まって。ほら、そんなところに立ってないで、座―――」 「婚約することになったの」 「―――え?」 ギャリーは、己の耳を疑った。 「パパの仕事先の方の、息子さん」 イヴの言葉が、遠く遠く聞こえる。 「大学を卒業したら、結婚するの」 耳鳴りがする。 「―――だから、さよなら」 目の前が真っ赤になる。 ―――さよならを。 ―――言う、つもりだった。 ―――だから。 ―――何の権利も、ない。 ほら。 おめでとう、とか。 もう会ったの?良い人なの?とか。 冗談みたく、許せないわ、とか。 イヴはそれでいいの?とか。 いくらでも言えることは、あるはずなのに。 綺麗な純白のドレス。 きっとアナタには、似合うだろうけれど。 ―――隣にいるのが、自分じゃ、ないなんて。 「―――ッあ、」 まっすぐ見つめる瞳に、嘘をつけたことなんて、なかった。 「ギャリ―――?っ、」 しっかりと。 細いその体を、みっともなく、すがりつくように、抱きしめる。 「嫌だ…っ」 「…ギャリ、」 「嫌だ、許さない…っ」 「―――っ」 こうなってしまうのが、怖かった。 一度抱きしめてしまえば、もう離せないと知っていたから。 「…ギャリー」 優しい声がする。 名前を呼ばれるだけで、全てが許されるような、そんな声。 背中に、あたたかな腕が回される。 「ねえ、ギャリー。私をしあわせにしてくれる?―――いいえ、一緒にいてくれる?それだけで私は、 しあわせになれるわ」 ―――ああ、この子にはきっと一生、敵わない。 「―――本当にいいの。今更イヤって言っても、無理矢理つれてっちゃうわよ」 ソファに座り、後ろからイヴを抱きしめながらギャリーは言う。 そんなギャリーの言葉に、イヴはくすくすと笑う。 「いいの。もう、ついていくって決めたから」 「…だってアナタ、大学はどうするの。もう受けたんでしょう」 「受かったよ、ギャリーが行く大学」 ―――ん? イヴがさらりと言いはなった言葉に、ギャリーは固まった。 「…は」 「ちゃんと、花嫁修業のつもりで自立して暮らしてみたいって言ったもの」 「…はい!?」 にっこりと笑うその笑顔はもう、九年前とはすこし違っていた。 「…女って、コワイわ…」 ひっそりと呟き、けれど次の瞬間にはうっかりにやけている自分に気づくギャリーだった。 おわり 後日談 「―――もしもしママ?どうしたの」 『パパがねえ、婚約しなくていいしお付き合いも許すから帰って来てって言ってるわ。アナタ、パパからの電話くらいとってあげなさい』 「勝手に娘の婚約相手決めたりするんだもの」 『だからって用意したアパートにも住まないで…。パパも心配してるのよ』 「帰るも何も、学校行くあいだは帰れないよ」 『顔を見せに来なさいってこと。…あと、ギャリーさんはよく知ってるからいいのだけれど、改めてきちんと挨拶に来てくれると嬉しいわ』
再会の約束ED 9年後 捏造およびモブ注意 ギャリイヴはよ結婚
【Ib】白の肖像
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クラスメイトのあきちゃんに 強引に連れて来られたのは 音楽室だった 「しずくちゃん!今日ひま?」 「え、まぁ…」 じゃあいこ!と私を引っ張ってきた あきちゃんは黒いリコーダーみたいな楽器に夢中だ 「朝霧さんは吹いてみたい楽器とかある?」 顧問の先生がニコニコしながら問いかけたきた 部員が増えたのが嬉しいようだ。 「特には…」 「じゃあそうね…、朝霧さんは腕が長いし トロンボーンとかどうかしら」 「トロンボーン…?」 それは運命の出会いだった 18年後 「♪~♪♪~♪」 今日の気分はジャズ 奮発して買ったヘッドフォンは 低音までクリアに聴こえストレスがない ゲネプロの出来も良かったし 今日はここらを散策してみよう 周囲に目をやると 喫茶店が目についた ぐーっとお腹が空腹を訴える 「(そういえばゲネ朝からだっから ご飯食べてない…)」 お昼には遅い時間だが 何か軽食でもつまもう 大きな口髭がトレードマークの 名探偵の名を冠した喫茶店に 足を向けた ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 安室透はイライラしていた。 米花町で起きた連続殺人事件 被害者は何れも離れた場所から 狙撃され死亡 犯人は捕まっていない そのうちの一件は先日 この喫茶ポアロの目の前で起きていた。 自分の目の前で殺人事件を起こされ 挙げ句犯人を取り逃がした。 既に風見には指示を出し 公安も動いているが依然尻尾が掴めない。 トリプルフェイスに加え この案件に振り回され 疲労も溜まっていた。 店の目の前で殺人事件が起きたせいか いつも込み合う時間帯にも関わらず 客もまばらだ 安室は思わずため息をついた 「安室さん、元気ないね」 「! あぁコナン君… いやそんなことはないよ」 いつのまにか目の前のカウンターに コナン君が座っていた 彼に気づかないとは流石に不味いな 切り替えないと 「例の連続殺人事件、まだ犯人捕まってないんだね」 「そうみたいだね、目撃証言も少なくて 捜査も難航しているようだし」 「小五郎のおじさんにも捜査の協力依頼が来てたよー 確か唯一の目撃証言は120センチくらいの 黒いケースを肩かけてたサングラスの女だよね」 「まぁあからさまなライフルケースを持って歩く訳はないからカモフラージュしてるはずだけどね」 「例えばベースとか?」 「よくそんなこと知ってるね。 …そうだねスナイパーがよくやる手さ」 「新一兄ちゃんから聞いたんだー」 全く末恐ろしい 彼と話すときは気をつけないとな カランカラン ふと来店を知らせるベルが鳴った 「いらっしゃいま、せ」 「!!」 そこにいたのは 120センチくらいの黒いケースを肩に背負った サングラスの女だった 「(目撃証言と同じ!!)」 「いらっしゃいませ、こちらのお席にどうぞ」 ポーカーフェイスを発揮して ボックス席に誘導すると 女は一礼して席につく そして丁寧に黒いケースを置いた 「(長さや大きさはほぼライフルと同じ まだ確証はないが白とは言えない)」 「こちらメニューになります、 ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい。」 女はメニューを受けとると頷いた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー メニューを開くと一通り喫茶店の 定番メニューはあるようだ 「(オススメはハムサンドか…) すみませんハムサンドとアイスコーヒーを お願いします。」 「かしこまりました。」 店員さんを呼び注文したところで ふぅっと一息ついてサングラスを外す すると向かいの席に男の子が座っていた。 「?」 「お姉さんこんにちは!」 「…こんにちは、ボクどうしたの?」 「お姉さんこのケース凄く大事に持 ってたけど一体なにが入ってるのー?」 男の子の手がケースに伸びる 「ちょ!勝手に触らないで!!」 「うわっ」 男の子からケースを遠ざける 「勝手に人のものに触ったらいけないって 親御さんに教えてもらわなかったの」 男の子と目を合わせて叱る 他所様の子供だろうと関係ない ダメなものはダメだ 「これは私にとって命より大事なものよ」 「勝手に触られて壊された困るの」 「人のものには勝手に触らない。 いいこと?」 「…ごめんなさーい」 「お待たせいたしたました。 …あのコナン君が何かしましたか?」 「あぁ人のものに勝手に触ろうとしたので 少しお説教を… 店員さんのお知り合いですか? であれば親御さんにも注意して下さい 好奇心だけで人のものに触るのはよくないと」 「それは大変失礼なことを 僕からもよく言い聞かせますので この子好奇心が強くて」 「…よろしくお願いします。 コナン君だっけ? ちゃんと言ってくれれば別に見せて困るものじゃないから私も見せるよ。ただこの子は私の相棒でね 出来るだけ素人に触らせたくないんだ」 私はケースの上から相棒をゆっくり撫でた ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー どうやらコナン君が 先に行動を起こしたらしい 思いの外警戒心が強くて 失敗したみたいだけど ケースを撫でる彼女の表情は先ほどまでの無表情とうって変わって恍惚としたものだ ガンマニアの類いか? 「大切な相棒なんですね。宜しければ是非見せていただきたいのですが。」 見せて困るものでないなら 早めにハッキリさせた方がいい 「そんなに見たいんですか?」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 何故か店員さんにもせがまれた。 そんなに珍しいだろうか まぁ屋外じゃないし開けるくらいはいいだろう 「見せますがくれぐれも 触らないようにお願いします」 特にコナン君と念を押すと あははと頭を掻いて誤魔化している ソフトケースのチャックをゆっくりあける 出てきたのはハードケースだ 上の金具をパチッパチッと外すと 見慣れた相棒が姿を見せた 「これが私の相棒ですよ」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ソフトケースに触ろうとしたら 思いの外警戒心が強くて遠ざけられた 「(くそ!やっぱり簡単には触らせないか)」 挙げ句説教までされ安室さんに フォローされてしまった 「(スナイパーには見えないけど… なんか普通の人と雰囲気が違うんだよな)」 この感じどっかっで… 物思いに耽っているうちにケースの中身を見せてくれるらしい 思いっきり釘を刺されたが 「(あはは…信用されてねー)」 でも素直に見せるってことは白か… 彼女は丁寧にソフトケースをあけると 独特な形のハードケースが出てきた 「(あれ?この形って…)」 留め金を外し開くとそこには 教科書で見たトロンボーンが収まっていた ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「「へ?」」 「ですから私の相棒です」 「このトロンボーンが?」 「そうだけど…何か問題でも?」 「い、いえ滅相もないです。」 「どこかの楽団に所属されてるんですか?」 「先日から東都交響楽団のトロンボーン奏者になりまして」 「東都交響楽団!?日本最高峰の!?」 「あら、ご存じですか?」 「それは勿論!入団するの凄く難しいんですよね」 「ははは、確かにそう言われてますね」 「なりましてってことはお姉さん 最近入団したの?」 「そうだよ。つい一ヶ月前までアメリカで活動しててね、運良くお話を頂いて入団テストを受けたんだ」 「じゃこの町に来たのは」 「昨日。楽団の定期演奏会の為にね」 「(証言が本当なら白だな)」 「(念のために風見に探らせるか)」 「それは将来有望な演奏家さんですね お名前を伺っても?」 僕は安室透と申します 上の毛利探偵事務所で助手をしてまして 何かお困りのことがございましたら 彼女に安室の名刺を差し出す。 「…ご丁寧にどうも。朝霧澪です」 しがないトロンボーン奏者です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「ねぇねぇ!お姉さん! 僕この楽器の音聴いてみたい!」 それは純粋な興味だった 「え?」 「あんまり目立つ楽器じゃないでしょ?だからトロンボーンだけの音って聴いたこと無くて」 オーケストラの演奏でも目立つところが あまり回ってこないのも事実だし 聴いてみたいと思ったのだ 「こら、コナンくんいきなりそんなこ…」 「…ぼぉや、いいこと教えてあげよう」 「え?」 「トロンボーンはね人の声に最も近い楽器なんだ」 だから人が謡うように聴こえるのさ そういって彼女は楽器を組み立てると 軽く息を吹き込んだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー それは 少し低めの女性の声のようでもあり 優しい男性のような声でもある 語りかけるような音色で その楽器は歌いだした ぞわっと鳥肌がたった あまりにも自分が認識していた 楽器の音色と違い、純粋に驚く 「(トロンボーンってこんな音だったか…?)」 奏でる曲は「over the rainbow」 ゆっくりとした曲調はその楽器の良さを 引き出していた 彼女から目が離せなくなる あっというまに ワンフレーズ吹き終わってしまった 「どうです? ちゃんと認識してきいた トロンボーンの音は」 人の声みたいでしょ? そういって彼女は相棒を撫でて微笑んだ。
初投稿です。<br />ついにやってしまいました…<br />地雷は自主回避でお願いします。<br /><br />書きたいとこだけ書いた<br />後悔はしてない←<br /><br />・コナン夢です<br />・オリ主が出ます。名前は朝霧澪で固定<br /><br />それでも読んでくださる方はどうぞ!<br /><br />ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<br />2018.9.11追記<br /><br />はわわわわ<br />ルーキーランキング60位<br />ありがとうございます!!<br /><br />あと初投稿で100usersタグ着けて<br />頂けるなんて…(/´△`\)<br /><br />読んでいただけて嬉しいです<br />ありがとうございます!
いや、これトロンボーンですけどなにか
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10098647#1
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前回のあらすじ:結果的に毛利のおじさんへの貴重な依頼を潰してしまった _______ 「はじめまして、僕は安室透と申します」 「ぱーどぅん?」 はろーはろーこんにちは。 先日ナンパをされた工藤幸(17)です。いや、ナンパなら何度かされたことがある。けど「お姉さんどこの大学?俺◯◯大学なんだけど、今度お互いの友達も誘って飲みに行こうよー」という誘い方は初めてだった。誰が大学生だ。くたばれパリピめ。老け顔で悪かったな。 最近は毛利探偵事務所もなかなか有名になり、原作通り『眠りの小五郎』の評判が割と世間的に染み渡っている。そりゃあもう頑張ったからね、私もコナン君も。毛利のおじさんはコナン君と私に感謝状くらいくれてもいいと思う。別にいらんけど。特別ボーナスなら欲しい。 宮野志保さんが灰原哀ちゃんになり、博士の家に居候することが決まったのは随分前になる。今はまだ明美さんに会わせてあげられないし、生きてることすら伝えちゃいけないとヒロ兄さんから言われてるので、いつか2人が平和に暮らせるために頑張って今は秘密にしている。明美さんの生存を知っているのは私、コナン君、公安の人だけだ。 哀ちゃんは最近、コナン君や少年探偵団の子たちとも打ち解けてきたようで、よく博士とキャンプに行っているらしい。高確率で事件に巻き込まれるけど。そういえばついこの前も行ってたな、キャンプ。確か殺人と火事に巻き込まれて、哀ちゃんが解毒剤で大きくなって助けたって言ってたっけ。 今日は蘭と一緒に買い物に行く予定だった。偶には女子高生らしい休日を送らないとね。 しかし急に空手部の後輩から相談があると呼び出しがあったようで、私はいつでもいいからとそちらを優先してもらうことにした。そういえば空手部の女主将だもんね。私の弟の将来の嫁が優しくて強くて頼りになる女の子であることはとっくに分かり切ったことなので、全く問題はない。いいよいいよ、また今度遊びに行こうね。 しかし蘭を迎えに来てから予定がキャンセルになったため、私は毛利家の前で困っていた。今日どうしよう。せっかくお出かけ用に準備をしてきたのだから予定のお店に行こうかな。でも行くなら蘭と一緒に見たいからな。園子は京極さんとデートだし。研二さん達もお仕事だし。 時計を見るとお昼ご飯には少し早い時間。チラッとポアロを除くとお客さんは誰も居なかった。コーヒーでも飲んで、ちょっと時間潰してから混み合い始める少し前に帰ろうかな。幸い、オタクとはスマホ一台あればどこでもいつまででも時間を潰せる生き物である。 軽い気持ちでポアロの扉を開けて、梓さんに挨拶をして奥のカウンターへと座る。ポアロにはよくお邪魔することがあるから、梓さんも私が何も言わなくても「ケーキセット、ドリンクはコーヒーで良かった?」といつもの注文を確認してくれる。ケーキの種類はあえて指定せず、いつもオススメや在庫が多く残ってるものを日替わりで出してもらってる。今日のケーキは何かな。 さて、まずはWeb漫画アプリの新着確認からだな。新着漫画を読み終えたらアイドルを育成して、まだ長居できそうなら人理も修復してしまおう。 3つ目の漫画アプリの新着確認を終えると同時に注文が運ばれてきた。今日のケーキは見たことないやつだ!上の方がトロッとしていて、これはいわゆる半熟ケーキというものなのでは!?いつの間にこんな素敵メニューが生まれてたんだ!!! 梓さんにお礼を言おうと興奮気味に顔を上げると、そこに居たのは黒髪セミロングタレ目の可愛い女性店員さんではなく、金髪碧眼タレ目の褐色イケメン男性店員だった。わ、ばっちり目が合ってしまった。 「はじめまして、僕は安室透と申します」 「……ぱーどぅん?」 いやいやいやいやいやいやいや。 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!!!!なんで!!!? あれ?こんなに早くこの人登場したっけ?……いや、コナンの原作は1年間を無限ループしている訳だから原作の順番通りに進んでいく訳じゃないのかもしれない。うーわ、マジか。気づいて良かった。でももっと早く気づくべきだった。 あ、待って、あったわ。事件未遂があったわ。この前の小五郎のおじさんのお友達から、もうすぐ結婚しようと思ってる彼女について調査をしてほしいって頼まれて、私とコナン君もお手伝いして、生き別れの双子だったって件があったわ。あれ、確か安室さんの初登場の事件だよね。原作では彼女さんが自殺したんだっけ……?でも今回は結婚が決まる前に分かったから、2人とも絶望はしていたけど、よく話し合ってから今後を考えるつもりだって言ってたな。 あれ?じゃあ安室さん初登場の事件無いじゃん。なんでこの人ここに居るの? 「あれ?聞こえませんでした?僕の名前は安室透と申します。よろしくお願いします」 「こ、こちらこそ……よくここには来るんですけど、こんなイケメンなお兄さん居たかなーってびっくりしちゃって……」 「フフッ、お世辞がお上手なんですね」 うーわ、イケメン。これはイケメン。そうだ、私この人を100億の男にする為に友人から無理やりゼロシコを観に行かされて沼に落ちたんだった。結局安室の女じゃなくて松田の女にされたんだけど。「解せぬ」みたいな顔されたけどお前も赤井の女だっただろ。前世の親友の美奈ちゃん元気かなぁ……前世の記憶は薄れてきてるのに「安室が100億の男になれば必然的に赤井さんの出番も増える!!さあお前も金をつぎ込め!!!!」って言ってた時の美奈ちゃんの顔ははっきり思い出せるんだから不思議だよねぇ。 っていうか、なんで注文を持ってきたのに戻らないんだろう、この人。 「……はじめまして、工藤幸と申します。毛利蘭の幼馴染で、毛利のおじさまにもいつもお世話になってます」 「ええ、毛利先生や蘭さんからお話はお聞きしていますよ。何でも高校生探偵工藤新一くんのお姉さんなんだとか」 「あー、まぁ……私は別に推理とか得意ではないので期待には添えられませんが……というか、毛利先生とは?」 「ああ!実は僕も探偵をしているのですが、たまたま遭遇した事件での毛利先生の推理が見事なものだったので、ご無理を言って弟子入りをさせていただいたんですよ!」 なにそれ聞いてない。 これは帰ったらコナン君を尋問だな。 「あ、梓さんは……?」 「昼時の混み合う前に買い出しに行ってもらいました。あと30分は戻らないでしょうね」 「そろそろお仕事に戻られた方が良いのでは?」 「いいえ、貴女以外にお客様は居ませんし、仕込みも全て終わらせてしまい、梓さんの買い出しが終わるまで暇を持て余しているくらいですよ」 「お仕事が早いんですねぇ……」 まずい。これはまずい。 現時点では彼はまだ敵か味方が分かってない段階のハズ。私は彼が公安だと知っているから大丈夫だと思ってるけど、彼の真の正体を知っていること自体がバレるとまずい。知ってるよ、少しでも怪しい素振りを見せたら『まさか黒の組織の……?』とか『僕の正体を知っているのか……!』とか何とかで疑われるやつでしょ!!それ夢小説で見た!!!! 「以前から考えていたんですよ、貴女とゆっくりお話しがしたいと」 やめてやめてやめて!!!自然な流れで隣の椅子に座らないで!!?コーヒーとケーキを「どうぞ?」みたいにジェスチャーで勧めてこないで!!?こんな状況で口に入れられる訳無いだろ!!自白剤でも入ってるんじゃないでしょうね!!!!? 「私、急用を思い出したので……」 「急用?蘭さんとの予定が無くなったばかりなのに?……すみません、実は彼女の後輩に『蘭さんに相談があるならこの日が空いてるよ』と今日を教えたのは僕なんです」 「……は?」 --と、いうことは、この状況は全て仕組まれていた……? 「…………はぁー……分かりました。安室さん、お話しをしましょう」 私の返事ににっこりと笑うトリプルフェイスの彼。 さて、この彼は今、どの顔の彼なのだろうか。 _______ 「まずは……そうですね、貴女と萩原研二についてお尋ねします。お2人の出会いは高層マンションに設置された爆弾事件だったそうですね?」 「はい。当時10歳の私が友達の家に遊びに行くと、たまたまそのマンションに爆弾がありました。避難する最中に迷ってしまったところを研二さん……萩原さんや他の機動隊の方々が一緒に避難してくれたんです」 「『迷った』?……僕の知人に警視庁に勤務する方が居るのですが、その人の話によると、貴女は真っ直ぐ萩原研二の元へ行ったらしいですね。まるで最初から彼が悠長に解体しているのを知っていて、それを防ぐようだったと」 「そうなんですか?随分昔の話なのであまり覚えてなくて……まあ、萩原さんは当時からイケメンでしたし、話しかけるなら若くてカッコいい男の人を自然と選んでしまうのは仕方ないですよねー」 「フフッ、随分おませさんな幼少期だったんですね。……それでは、次は捜査一課の伊達航についてです。貴女にはあまり良くない記憶かもしれませんが……約1年前、彼を交通事故から助けたようですね」 「ああ、あれですか。助けたなんて大袈裟ですよ。視界の端に車が見えたので、思わず突き飛ばしてしまっただけです」 「事故のあった場所は通学路ではないそうですね。なぜ、早朝にそんな場所へ?」 「冬の早朝って好きなんですよね。キーンとしたあの空気が。あの日だけじゃなくて、早起きができた日は早めに家を出て、少し遠回りをして学校へ行くんです。頭も冴えますし、気持ち良いし、早朝のお散歩はオススメですよ」 「そうですか……今度僕もやってみますね。早朝のお散歩」 この会話をしながらも安室さんの表情筋は動かない。にっこりと目を細め、口角が上がり、下手な脅しよりも怖い顔をしている。 もちろん私も負けじと笑顔で対応するが、普段使わない筋肉に残業申請して働いてもらっているものだから、先程から頬がピクピクしている。そろそろやばい。頑張れ元大女優の娘!!! 「捜査一課といえば、松田陣平とも仲がよろしいそうですね。こちらも爆弾事件が出会いなんだとか?」 「ええ。生憎、当時の私はインフルエンザだったので記憶は曖昧ですが」 「病院で爆弾を発見したんですよね?大手柄じゃないですか!それとも、最初からご存知だったのですか?米花中央病院に爆弾があると」 「そんなまさか「おかしいですよね、看護師から『何かを探すように院内を見回っていた』という証言があるそうなんですけど……何を探してたんですか?」……高熱でフラついていて、喉が渇いたから自動販売機を探してたんです。確かその後は今度は待合室が分からなくなって、またうろうろしてましたけど」 「そして、爆弾を見つけた貴女は知り合いの萩原研二へ連絡をした。その際、彼に言ったらしいですね?『2個目の爆弾』と」 「……!!」 「おかしいですよね?まだニュースにもなってないのに、何故その爆弾が『2個目』だと?……ああ、あとはこんな事も言っていたらしいじゃないですか、『観覧車の爆弾』と」 「……全然覚えませんね。でもあの時の萩原さんも相当パニックになっていましたし、萩原さんがポロッと言ったのかもしれませんよ?『松田が観覧車で爆弾を解体してる、2個目の爆弾の場所が分かるまで待機中だ』とか。いえ、覚えてないので知りませんけど」 「そうですね、おそらく本人もそう思っているでしょう。しかし、いくら油断していたからといって彼はそんなミスをするような間抜けではないんですよ」 ま、じ、か〜〜〜〜………… これは詰んでいる。必死に言い訳を考えてはいるけど全く勝てそうにない。当たり前だ。相手は公安のエリート様だぞ。小娘程度が歯向かえる訳がない。 多分電話の内容とか事件については、研二さんから話を聞いたヒロ兄さんを伝って知ったんだろうな……昔の私、迂闊すぎ……もうちょっと考えて行動しようよ…………あ、無理だ。だって最推しと最推しの親友の命がかかってたし。私も余裕無かったんだな。反省しとこ。余裕があればあの忌まわしき『工藤幸、1週間体調不良チャレンジ』なんてする訳ないし。 その後も神経をすり減らすような尋問は続き、結局安室さんが公安でヒロ兄さんとも知り合いで、黒ずくめの組織のことを知ってることまでバレた。だって隠せる訳が無かった。この人の尋問に比べれば松田さんのヤクザみたいな聞き込みの方がまだ可愛いわ。 でも前世の記憶とかボロは出してない。 今の所は、 ①私がヒロ兄さん(公安)と知り合い ②ヒロ兄さんや警察しか知らないこと(研二さんとの出会いとか)を安室さんが知っているということは安室さんも公安ですよね ③黒ずくめの男たちに弟が接触して行方不明になったから彼らの存在を知っている という感じでふわっとした理由に無理やりこじつけた。元大女優の娘、頑張った。シナリオ作りは小説家の娘としても頑張ったつもり。 「そう怯えないでください。貴女の素性がシロであることは分かってます。今日の目的は一つサインをいただけないかと思っているだけなので」 あー!知ってる!!それあれだろ!『これ以上首を突っ込みません。誰にも情報は漏らしません。』みたいなことが書いてある契約書みたいなやつだろ!!知ってる!夢小説で見たことある!!!それ履修済みです!! そんなサイン一つで身の安全が確保されるなら何も問題はない。え?原作に関わるなら契約書を守れないんじゃないかって?バカ言え!『たまたま遭遇』は私の過失じゃないんだよ!!アッハッハ!!! 「ペンはこちらです。ではこちらにどうぞ」 「はいはい。この書類にね、サインをね……ってあれ?何も書いてない……白紙……というかこれは………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………色紙?」 「宛名は『零さんへ』……で、できれば『お仕事頑張って』とメッセージなど付けて貰えれば……いいえ!なんでもないです!!忘れてください!!そんなメッセージだなんて烏滸がましい!!!」 「………………………………………………………………………………………………………………」 キュポン、と音を鳴らせサインペンの蓋を取る。そのまま真っ白な色紙にすらすらと宛名と一言メッセージを書き、最後に一番大きく名前を書いた。 《Yuki》と 「えっ!!!えっ、えっ!!!!?iの文字の点がハートになってる!!!!はぁぁぁぁぁぁ!!!!?えっ!!ええぇぇぇぇ!!!!!??可愛い過ぎか!!!!!えっ、ちょっ、待っ……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……家宝にするぅぅぅしますぅぅぅぅぅ………」 「お前か!!!『ユキ様単推し同担拒否過激派』ってのは!!!!!!」 「何故それを!?ウソ、推しに認知されてた……!?やばい、まじやばい……泣きそ……」 「やめて!!語彙力低下して尊みしか感じられないオタクみたいな反応するの本当にやめて!!!すごく共感できる自分が憎い!!!私は今どんな気持ちでいればいいのか分からない!!!!!」 「こんな近い距離で推しを拝むことすら本来許されないことだというのに……画面越しでない推し……夢のようだ……ハッ!!コーヒーが冷めてしまってますね!ケーキも新しいものを出します!!ここは僕がご馳走するので遠慮なさらず!!」 「いいえ、本当に結構です。勿体無いので飲みますし食べますし払います……」 「そんな……せっかく……推しに合法的に貢ぐチャンスが……」 「…………安室さんの奢りなんですかー、やったー、お昼ご飯にパスタも食べて帰っちゃおうかなー」 「ああああ!!!!!ありがとうございます!!!推しが……夢にまで見た推しが僕の作ったものを僕のお金で食べる……僕の作ったもので推しの体が構成されて、僕のお金が推しのために消費される……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁこんな幸せがあって良いのだろうか…………」 「くっ!!分かってしまう……推しに貢ぐ幸せが理解できてしまう故にあまり冷たい態度が取れない……!こんなに気持ち悪いのに!!こんなに気持ち悪い反応されてるのに罪悪感しか湧かない!!」 その後、安室さんとは連絡先を交換してお昼ご飯をポアロで食べて帰ることになった。ナポリタン美味しいなー。でも安室さんのガン見が無ければもっと美味しいだろうなー。早く梓さん帰ってきて。 「フフッ、おかわりも別の注文も何でも用意しますから、たくさん食べてくださいね」 「……じゃあ、アイスコーヒー追加で」 「はい、喜んで!」 でも、心から嬉しそうに微笑む安室さんを見てしまうともうダメだった。 顔が、良い。 そう!!顔が!!!良い!!!!!!このイケメンにこんな蕩けそうな笑顔を向けられて無事でいられる訳がない!!!!!この人私のこと好きなんじゃないかと勘違いしてしまいそうなほど笑顔が甘い。これが噂のハニトラってやつか……悪くないな………えっ、ちょっ、本当にキュンときそう。というか現在進行形でグッときてる。私は実は安室の女だった……? 突然のハニトラに騙されかけながら差し出されたアイスコーヒーを受け取ろうとした瞬間、後ろの入口の鐘が大音量で鳴った。あの鐘、あんな鈍い音したっけ? 驚いて咄嗟に振り向こうとすると、視界いっぱいに広がったのは黒一色だった。 「てめぇ……こんな所で何やってんだ……?」 「え?あれ?松田さん!?」 「すみません、扉のベルはあまり丈夫でないので、もう少しゆっくり開閉していただけると助かります」 「ああ?猫被ってんじゃねぇよ。何年も連絡寄越さねぇと思ったらこんな所で女子高生を誑かしやがって……しかもよりによってこいつだと?説明しやがれ降谷!」 「松田さん!!松田さんストップ!!この人は降谷さんではない!!降谷という人物ではないのです!!この人は安室透さん!29歳独身アルバイターの安室透さん!!!」 「どう見ても降谷だろうが!!」 「いや知らない!その降谷を私は知らない!!でもこの人は安室透さん!!探偵業だけでは食っていけないから喫茶店でアルバイトをしているただの29歳独身男性だよ!!!」 「ユキ様、ユキ様その紹介は悪意あります。フォローしていただけるのは有難いですが、それ以上のダメージで僕のハートが耐え切れない」 「……分かった。目の前のこいつは俺の知ってる『降谷』じゃなくて『安室透』っていう29歳独身アルバイターなんだな」 「そう、だからその振りかざした右拳を下げましょう。シット!ステイ!ハウ……ぃふぁいいふぁい!!ほめんふぁはい、まふははん!!」 「誰が犬だコラ」 「貴様!!ユキ様の柔肌になんてことを!!!?」 調子に乗って犬扱いしたせいで左頬を抓られる。最近私の頬を抓るマイブームでもきてるのか、この人は。 「って言うか、なんでここに松田さんが?」 「昼飯食いに出たらたまたま見つけたんだよ。女子高生を誑かす29歳独身アルバイターをな」 「誑かすだなんてそんな……」 「お前、俺の顔が好きって言ってただろうが!こいつどっちかと言えば萩原みたいなチャラい顔してんぞ!!」 「これは僕とその萩原という人物の両方を貶されてるのでしょうか。よろしい、その喧嘩買いましょう」 「そんな喧嘩返品してください。……実は私もちょっと自信無くなってきたので少し失礼しますね」 「えっ、ちょっ」 目の前にある松田さんの顔からサングラスを勝手に取る。サングラスももちろん似合ってて好きなんだけど、やっぱり素顔が一番格好良いし、言うと怒られるから内緒だけどこの人も童顔だから可愛いんだよね。童顔ながら、原作よりも歳を重ねた渋さも相まって……やっぱり最推しは最高である。 大人しく晒される松田さんの素顔にうんうんと1人で頷き、再確認は終了したのでサングラスはお返しした。 「大丈夫。やっぱり、松田さんが一番好きですね」 「…………役所に寄るか」 「待て待て待て待て!!!!これは『松田さん(の顔)が一番好きですね』って流れだろう!!!早まるな!!!!!」 「そういや走ってきたから喉乾いてたんだったわ。降谷サンキュー」 「だから降谷じゃない安室だってああああ!!!ユキ様のアイスコーヒー!!!!」 「ああああ!!!私のアイスコーヒー!!まだ飲んでないのに!!!!」 「ごちそうさん。式には呼んでやるよ」 「松田ァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」 _______ 主人公 老け顔に磨きがかかって最近は成人以上にしか見られなくなってきた。女子!高!生!です!!友達と遊びに行くと1人だけ年齢確認される。 コナン爆誕の瞬間から時間の感覚が曖昧になり、「これがループの感覚なのか」と1人納得をしていたが、原作の話の通りに進んでいくわけではないと知って焦る。いつどこで事件が起きるか分からない上に原作知識曖昧な私って……実は邪魔でしかないのでは?と思い、最近声帯模写の練習を始めた。師匠はもう1人の弟兼幼なじみ兼カリスマ怪盗マジシャンの彼。影武者とアリバイ作りならお姉ちゃんに任せなさい! 大好きなポアロの水出しアイスコーヒーを松田さんに奪われて激怒したが、その後抹茶フラペチーノを奢ってもらい仲直りした。松田さんに言った問題発言は無自覚故に覚えてない。 昼飯食いそびれたけど大満足松田さん 『そういえばあそこのパスタが刑事の間で人気だった』と思い出してたまたまポアロに向かっていた。ポアロとは反対車線の歩道から店内を見ると数年連絡がなかった同期と主人公がなにやら近い距離にいるのを発見して急いで来た。 抹茶フラペチーノを奢って宥めていたら昼休みの時間が無くなって結局役所には寄ってない。次回会った時に何も覚えてないようで静かに泣いた。 やっと出番がきたユキ様単推し(略) 本当は予定をドタキャンされたユキ様を自分から声をかけてポアロに招待するつもりだったのに、いざ推しが半径10m以内に居ると思うと緊張して接触出来なかった。結果的に本人のほうから来てくれて感激。こんな形で推しと会うのは不本意だったけど、彼女の立場を考えるとこれから危ない場面に遭遇する際は自分も動けるように接触しておいた方が良いと判断した。下心は無くもない、とも言えない、ような気がしないでもない……きっとない、多分。 綺麗に透明カバーで包まれたユキ様の色紙は自分の仕事のデスクに飾ってる。これであと3徹くらいなら余裕だと思ってたら一言メッセージで『お体に気をつけて』って書いてあって推しの尊さに隣で風見がドン引きしているのも無視して泣いた。降谷さん、仮眠室空いてます。 ユキ様の連絡先を手に入れたのは良かったものの推しに連絡なんて烏滸がましいこと出来ないと思ってたら『ユキちゃん結構気を使うタイプだから、こっちから連絡しないと連絡来ないぞ。仕事の邪魔になると思ってるから』と幼馴染から言われてまた推しの尊さに泣いた。しかしお前がユキ様を語るな。松田?あいつはいつか消す。こちとらガチ恋勢だそ。推しのCPは地雷です!!!!! 今回出番はないヒロ兄さん え!?ユキちゃんあいつと会ったの!?大丈夫!!?賽銭投げつけられてない!!?……「お昼ご飯奢ってもらっただけ」……ああ、それなら良かった。「賽銭って何のこと?」……うーん……ユキちゃん、世の中には知らない方が幸せなこともあるんだよ。大丈夫、何があっても俺が守るからね。とりあえずあいつから何か貰ったらすぐ俺に連絡しなさい。速攻で返してくるから。
※n番煎じ・捏造・原作での死亡者の救済等が含まれておりますので要注意<br /><br />執筆者は原作は一通り読んでおりますが、うろ覚え程度の知識しかありません<br />サラッと読んでいただけると助かります。誹謗・中傷・苦情はご遠慮ください<br /><br />どうも、こんにちは山本です<br />いつもいいねやスタンプ等ありがとうございます<br /><br /><span style="color:#fe3a20;">※格好良い安室さんはいません<br />※格好良い安室さんはいません</span><br />大切なことなので二回言いました。<br /><br />やっと彼が出てきました。というか出しました。本当は先に因縁の爆弾魔事件や文化祭の話を書きたかったんですけど、キリがないので彼の出番を先にしました。これ以上彼の出番に対するハードルを上げたくなかった…期待はずれでしたら本当に申し訳ありません…<br /><br />それにしても無限ループって便利ですね。後は地味〜に張ってた伏線が回収できて良かったです<br /><br />ずっと書きたかった彼の出番も書けたし、原作全巻が手元にある訳ではないので、これからはゆっくり話を進めていこうと思います。劇場版も書きたいです。むしろ話があまり進まないようにオリ主と松田氏をもだもださせます。たまにいちゃいちゃもさせたい。でもまだくっ付けない。告白のシーンはとっくに出来上がってるんですけどね、松田さんごめんなさい<br /><br />9/12追記<br />2018年09月03日~2018年09月09日付の[小説] ルーキーランキング 33 位、<br />2018年09月04日~2018年09月10日付の[小説] ルーキーランキング 41 位に入りました!ありがとうございます!<br /><br />22/9/23追記<br />加筆修正しました。<br /><br />*<br />*<br />*<br /><br /><span style="color:#bfbfbf;">は?ユキ様について知りたい?いきなりどうした?僕が動画を観てる時はいつも興味無さげにこちらを見ていたじゃないか。まあ良いさ、お前もやっとユキ様の魅力に気づいたということだな。ユキ様の魅力が分かるようになった事だけは褒めてやろう。だがお前も知っているだろうが僕は同担拒否なんだ。ユキ様を好きになるなら容赦しない。は?ユキ様を好きにならなかったらどうするかだと?…お前、ユキ様の魅力が分かっているのに好きにならない理由があるのか?え?大丈夫?ユキ様推さない奴なんてこの世にいる?<br /><br />とりあえず一番最初に観るべき動画はやはりデビュー曲だな。この『キラキラエフェクト』だ。この曲はある日恋をした少女がその日から好きな男の子がキラキラして見えるという王道なラブストーリーとなっている。は?「ダサい」?お前……よく分かったな!!そうだ!この曲はまだユキ様がここまで人気が出ると思っていなかった時代に作られたもので、しかも試作の段階だったのに無理やりマキちゃんに仕上げさせられた曲で、何を隠そうユキ様本人も『あんなくそダセー曲がここまで有名になると思わなかった』とコメントを残すほどなんだ!!しかし見てくれ!この3:48の最後のサビが終わるところ!!ユキ様がハートマークを作るところだ!!キョウくんもマキちゃんも1番と2番のサビで綺麗な笑顔でハートマークを作るがユキ様だけ少しぎこちなくはにかむんだ!!これはまだ羞恥心が残る初々しい時期にしか見れない貴重なはにかみで俺はこの笑顔に落とされたと言っても過言ではない!!はぁぁぁ〜〜〜〜尊い…ちょっと今のもう一回見よう……<br /><br />え?他の曲?仕方ないな、じゃあ次は『「大好き」と言わせないで』だ。タイトルだけ聞くと失恋ソングだと思うだろ?素直になれない女の子の気持ちを歌った曲だから身悶えするくらい歌詞が可愛いぞ。しかしこの曲のポイントはこの2:12のBメロのマキちゃんのパートだ。そうだ、ユキ様のパートではない。しかしここでマキちゃんが歌詞を忘れてしまい、一瞬間が空きそうになるんだ。だが流石ユキ様。すかさずフォローを入れてその後のキョウくんパートへ自然な流れて繋いでいる。この動画は生放送で配信していたものをそのまま動画として残しているからアクシデントがそのまま残っているんだ。え?そんなミスがあるようには見えない?そりゃそうだろ!ユキ様だぞ!!分かりやすいフォローなんかするものか!!<br /><br />そうだな全ての曲をチェックするのは言うまでもないが絶対に見逃せないのは『恋に落ちる瞬間』だな。この曲は自分の片想いしていた相手が自分の親友に一目惚れをするという失恋ソングでバラードなんだが3:24からのユキ様のソロが本当に…!もう本当に…っ!……無理……無理が過ぎる……はぁぁぁぁ尊い……ちょっと!意味が分からないくらい可愛い!!ありがとうございます!!……うるさいな、オタクとは萌えや尊さがゲージから振り切れるとキレ始めるものなんだよ。前にユキ様がそう言っていた。だってこんな泣きそうな顔で『私じゃダメ、じゃなくて、あの子がいいんだよね』って……貴女がいいに決まってる!!!!!ユキ様泣かないで!!いや、むしろ僕の胸で泣いて!!!!!ユキ様を泣かせる奴なんて僕が全て消してあげるから!!!!はぁぁぁぁぁぁぁ……最初見た時は心臓止まるかと思ったが何度見ても泣ける。泣く。胸がくるしい。くるしくて幸せ…<br /><br />はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜……ユキ様に会いたい。は?「違法捜査や職権乱用は得意だろ」?バカ言え!!そんなファンの質を下げるようなことするものか!!ファンの質を下げるということはすなわちユキ様の質を下げるという事!!出待ちも家バレも絶対にしないしさせるものか!!公式プロフィール以上の事は絶対に調べないし調べさせない!!……いや、正直血迷った事は何度かあったが全て未遂だから問題はない。そう、俺は彼女には指一本触れない代わりに誰にも指一本触れさせないと誓ったんだ。ユキ様は聖女。ユキ様は女神。すなわち尊く崇める存在なのは当然。出来れば一生推す。一生推させていただきたい。生涯ユキ様以外を推すことはないだろう。推すことを許されているというこの現実に感謝。今日も推させていただきありがとうございます…しかし…出来れば…出来ればでいいので何かグッズ等を出していただけないでしょうか…もしくはライブ等開いていただけないでしょうか…推しに…推しに貢がせていただけないでしょうか……そろそろ賽銭箱(いつかユキ様へ貢ぐための貯金箱)が入らなくなってしまいます…いっそ口座を開設するか…<br /><br />*<br />*<br />*<br /><br />「ユキちゃん、そろそろアイドルとしてのグッズとか出さない?」<br /><br />「出しませんよ。所詮理事長の孫とPTA会長の娘が道楽でやってるアイドルなんですから、営利目的ではないんですよ」<br /><br />「そっかぁ…あの賽銭箱チラッと見たけど全部万札しか入ってなかったんだよなぁ…」<br /><br />「逆に聞きますけど、ヒロ兄さん、私の缶バッジとか欲しいんですか?」<br /><br />「俺じゃないんだけど…そうだな、でもちょっと欲しいな」<br /><br />「えー…これで我慢してください」<br /><br />そう言ってユキちゃんが差し出したのは綺麗な飴玉だった。さっき俺の前で買っていたものだ。こうして形に残らないものをわざわざ選んで渡してくるところとか、この子は偶に俺の正体に気づいてるんじゃないかとヒヤッとする時がある。まさかな<br /><br />ゼロが仮の戸籍で新しい口座を作ったのはその2日後だった。
名探偵のお姉ちゃん11
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わたしの両親は昔からとても仲が良かった。 一目見た瞬間、探し求めていたソウルメイトだと、お互いすぐに気づいたんだそうだ。 赤い糸で結ばれた相手で、前世からの恋人で、運命に導かれ出会った二人。 そんな両親は、毎日愛を囁き合って、キスしてハグして確かめ合って。 そして、時々とても激しい喧嘩をした。 「もうクタビレた」 祖母の言い回しを真似したわたしに、はるたは「なんかばばくせえな」と言って笑った。 「はるたぁ、お腹すいた」 「俺だって腹減ってる」 「なんか作ってよ」 「無理」 「もー。ヤクタタズ」 「しょーもない日本語ばっか覚えんなよお前」 テレビゲームにもいい加減飽きたわたしたちは、ゴロゴロ寝転がりながらまきまきの帰りを待っていた。 わたしがはるたの家に来た時点でもう出掛けていたまきまきは、美味しいサンドイッチを買って帰るからという連絡をくれたきり、なかなか戻って来ない。 お昼はとっくに過ぎてもうすぐ13時。さすがにお腹の虫もグウグウうるさくなってきた。 両親の喧嘩にはある程度慣れているわたしも、帰国中にやられると暇で仕方がなくなってしまう。 楽しい予定も二人が仲直りするまで全部キャンセル。今日も本当はプールに行くはずだったのに。 日本には友達もいないし、日本語も完璧ではないし、どれだけ暇でも一人で他所へ遊びに出掛けるなんて許してもらえるわけがなくて。 そうなると、わたしが訪ねる場所は一つしかなかった。 「ところで、なんで喧嘩したんだよあいつら」 はるたはいかにも暇つぶしって感じでわたしに尋ねた。 「ママの部屋に昔の恋人の写真があったの」 「それだけ?」 「そうよ」 「ほえー」 「はるたならどうする?」 明らかに拍子抜けしているところを見ると、怒らないのかもしれない。ちなみに父はその場で写真を破り捨てていた。 「とりあえず破り捨てたりはしねーな。ま、ダーリンらしいっちゃらしい」 「見えないところに隠しておくのがさいていげんのマナーだって。ママが本なんかに挟んでるから」 「ちずらしいっちゃらしい」 「でもダッドも昔の恋人に貰ったボールペン使ってるみたい」 「はー。そりゃ、まあお互い様だな」 「ドッチモドッチモドッチモだよ」 「はは!なんか多いわお前」 「ドッチドッチ?」 「いや、違う違う」 お腹が空いて妙なハイテンションになっていたわたしたちは、ドッチドッチと転がりながらけたけた笑った。 くだらないことでまた体力を使ってしまったわたしたちは、いよいよ空腹も限界になって、とにかく何か軽く食べようという話になった。 はるたが年齢のわりによく食べるのは知っているけれど、育ち盛りのわたしと同じくらい空腹を我慢できないところはなんだか可笑しい。 40過ぎたおじさんと8歳の女の子が一緒になって、キッチンをガサゴソ漁る。 「あ、てかこれ食おうぜ。お前が持ってきたやつ。何入ってんの?」 「知らないけど、多分お菓子だと思う!」 お茶の時に食べなさいと、祖母が持たせてくれた手土産の紙袋をいそいそと開けてみると、中身はお中元で貰ったらしいゼリーだった。 「ゼリーか……」 「ゼリーかあ〜」 二人とも同じくらいがっかりしていたように見えたけれど、わたしのがっかりとはるたのがっかりは理由が違ったみたいだった。 わたしは冷やさなきゃ食べられないものだったことが残念で、あーあと思いながら冷蔵庫にしまおうとした。 それをはるたが「待て待て」と止める。 「俺、食う。食いたい、今」 「え、ぬるいよ」 日光がさんさんと当たるテーブルで二時間放置されていたゼリーは、レンジにかけたのかというくらいじんわり温かい。こんなのまずいに決まっている。 「絶対やめたほうがいいよ」 「いーんだよ」 「冷やしてから食べようよ」 「いや、俺は今食う」 「はあ?なんで?あ、電話鳴ってる。まきまき帰ってくるんじゃない?」 「ゲ、まじか!?うわ、まじだ!もしもし?」 はるたは電話でまきまきと話しながら、次々とゼリーの蓋を開けていく。何故か焦ってるみたいだ。 「うん、いいよ。全然大丈夫。わかったわかった。はいはいはい、はーい」 「ちょっとはるた、全部食べるの?」 「牧、あと10分くらいで着くって」 全く答えになっていないことを言って、はるたはカレー用のでかいスプーンを持ち出して来ると、がつがつゼリーを食べ始めた。 一つ食べ二つ食べ、呆気に取られているわたしを置いてけぼりにして、誰かと競争しているみたいに必死で食べている。 最後の一つなんか、食べると言うより飲んでいた。 そうしてはるたはたくさんあったゼリーをあっという間に完食して、ガサガサっと空容器を紙袋にまとめると、乱暴にゴミ箱に突っ込んだ。 「だ、だいじょうぶ?」 「おう、ギリギリセーフ」 わたしははるたのお腹(と、頭)を心配して言ったつもりだったけれど、本人はまた全く答えになっていないことを言って、謎の達成感をふりまいて笑った。 ちょうどその時、玄関から「ただいま」が聞こえて、はるたは「おかえり」と言いかけて大きなげっぷをした。サイテー。 その後、案の定お腹の具合が悪くなったはるたは、まきまきが並んで買ってきてくれた出来たての美味しいカツサンドもほとんど口にできないまま、自分の部屋に引っ込んでしまった。 去り際わたしに「牧には言うなよ」と耳打ちしてきたはるたはいつになく真剣な顔をしていた。 ゼリーを独り占めされた恨みはあるけれど、必死さだけは伝わってきたので、とりあえずお願いを聞いてあげることにした。怒られるのが怖いんだ、きっと。 自業自得のはるたは放置して、わたしはまきまきと夕飯の支度に取り掛かる。 メニューはロールキャベツ。本当は回鍋肉とエビチリの予定だったのを、お腹が痛い人のために急遽変更したのだ。 馬鹿なはるたに優しいまきまきが振り回されている気がして、少しかわいそうに思えた。 「はるたさんがいないとつまらないんじゃない」 まきまきはわたしと二人きりになると必ずこう言う。 確かにはるたといる時みたいに大騒ぎはしないけれど、お料理を習ったり一緒に本を読んだりする時間もわたしは好きだった。 それに、この家にいるだけでなんとなく楽しくて、なんとなく落ち着くのだ。 でも、そのなんとなくの理由を説明する良い言葉を知らないわたしは「まきまきがいるじゃん」とだけ答えた。 これも、なんとなくの理由のうちの一つであることは間違いない。 「退屈じゃない?」 「ぜーんぜん!」 「そう?」 「そう!」 力強く言ったわたしに、まきまきは「ありがとう」と静かに微笑んだ。 一枚ずつ丁寧に剥がしたキャベツの葉を柔らかく茹でて冷まして。手間のかかる作業をまきまきは楽しんでいるようにみえる。 お料理上手で器用で、そして白くて綺麗なまきまきの指先にいつも見惚れてしまう。 次々と美しい俵型を作っていく様子は、料理をしているというより魔法をかけているようだと、空想好きのわたしは思った。 それに比べてわたしは、誰に似たのか不器用で、キャベツを上手に巻くのが難しい。でもまきまきは呆れず優しく手解きしてくれる。 「欲張って具を入れ過ぎたら、ほら、破れちゃうよ」 隙間から飛び出してしまったミンチをぎゅうぎゅう押し込めながら、わたしは両親の喧嘩を思い出していた。 あの人たちこそ、ちょっと欲張りすぎなんじゃない。 「あいしあいすぎてるのよ」 「え?」 「ママとダッド」 「愛し合い過ぎ?」 「だからはみ出してぐちゃぐちゃになる」 無理矢理押し込んだせいで、キャベツは破れてぼろぼろになってしまった。ふと、さみしくなって涙が出そうになる。 「ちょうどいいのが、一番いいのに」 きっとまきまきは、綺麗にキャベツを巻けるくらいの、ちょうどいい愛情ではるたと暮らしているのだ。 なんとなく居心地がいいこの家は、なんとなく愛が漂う、なんとなく優しい穏やかな家。 「まあ、ちずさんたちほど熱血な喧嘩はしないけど。うちだって喧嘩くらいするよ」 「ほんと?」 「そりゃあ、するする」 「じゃあ昔の恋人の写真見つけたら、破く?」 「うーん。やぶ……かない、破かないけど、」 「ダッドなんか見た瞬間だったよ」 「ふふ、情熱的だね」 「わらいごとじゃなーい」 「ごめん」 「はるたにも聞いたけど、やっぱり破かないってさ」 「そう、だろうね」 まきまきは何故か少し残念そうに言って、キャベツの屑をゴミ箱に捨てようと蓋を開けた。 「あれ、これなんだろ」 「あ!」 ヤバイ、シマッタ、っていうかはるたのバカ。ゴミ箱の中で主張たっぷりの紙袋に、まきまきが気づかないわけないじゃないか。 わたしは慌てて言い訳を考えたけど、日本語がすぐに出てこない。 「えーと、えーとえーと」 「ん?中身プラスチック?あぁもう、プラスチックは分別しなきゃいけないって何回言えば……」 「あの、あのね、」 紙袋を開けたまま固まっている背中に恐る恐る声を掛ける。まきまきは丸まったビニールの蓋をわざわざ広げて見ている。輪切りのみかんが可愛く描かれた、果汁たっぷりみかんゼリーの蓋。 わたしは心の中ではるたにゴメンと呟く。ばれちゃった。あとで怒られてください。 「これ……持ってきてくれたの?」 「う、うん。おやつに食べようと思って。でも、」 「食べちゃったんだ」 「そう。はるたが一人で」 「一人で?全部?」 「そうよ、ひどくない?」 「それはひどい」 ひどいひどい、と繰り返すまきまきは不機嫌になるどころか笑い出したので、わたしは驚いてしまった。重なった空の容器を数えて「8個!」と言ってまた笑う。 「あー、だからお腹壊したのか」 「そうだよ、しかもぬるいままで一気に食べたの」 「はは、馬鹿だね」 「バカよ」 「ほんと、ばか」 ふわふわとした口調で言って、まきまきは空の容器を綺麗に洗い始めた。ひとつ、ふたつ。捨てるはずのものを、どうしてか大事そうに。 「あーあ、ここのお店のみかんゼリー美味しいのに。いつもグランマのお友達がくれるの」 「そうなんだ、それは残念」 「まきまきゼリー好き?」 「好きだよ。みかんのが一番好き」 「えっ!そうなの?」 「うん、だから春田さんが全部食べちゃったんだ」 「え?」 わたしは何か聞き間違えたのかと思って「どういうこと?」と、もう一度尋ねた。 ぬるいゼリーを大食い選手権並みの勢いで食べ尽くしてしまったはるたもイミフメイだけど、一番好きなゼリーを全部食べられたのに嬉しそうなまきまきはもっとイミフメイだ。 「俺が一番好きなゼリーだから、春田さんが全部一人で食べちゃったんだよ」 まきまきは同じことを繰り返しただけで、わたしはますます頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。 全く答えになっていない。まるでさっきのはるたみたい。まきまきは戸惑うわたしの頭をぽんぽんと撫でた。その手からは、柑橘のいい香りが微かに漂ってくる。 「はるたもみかんゼリーが好きなの?」 「春田さんはね、多分どっちかっていうと嫌い」 「えー?なにそれ全然わかんないよー。ヘン!」 「ふふ。変だね、うん」 子供のすることは理解できないと大人はよく言うけれど、わたしはそっくりそのままお返ししたい気分だった。 洗い終わった容器の水気を切って、まきまきはそれをプラスチック用のゴミ箱にポイと捨ててしまった。 それから、何事もなかったかのようにロールキャベツ作りを再開する。わたしがボロボロにしてしまった葉も、広げてもう一枚葉を重ねて、きちんと俵型に作り直してくれた。 わたしはよく動く指先を見ている内に、いつの間にかさみしい気持ちがどこかへ行ってしまっていることに気づいた。この指は本当に魔法が使えるのかも、なんてことも思った。 出来上がったロールキャベツをホーロー鍋にぐるりと重ねて並べながら、まきまきは作り過ぎちゃったなあと言って、何故か照れくさそうに笑った。 はるたの腹痛も夕方にはすっかり治まったみたいで、二階から降りてくるなり「今日中華じゃなかったっけ」と言った。 「はるたがお腹こわしたから、まきまきがわざわざ変えてくれてんだよ」 ちょっと怒っているわたしに、てっきり便乗してくると思ったまきまきは、はるたをちらっと見て「もう大丈夫なんですか」と言った。 「全部出したら治った」 「サイッテー」 「あー喉乾いた」 寝癖でぼさぼさの頭を掻きながら、はるたはキッチンで水を汲む。まきまきはそれを気にも留めていない様子で、ロールキャベツの味見をしている。 二人並んで立っている後姿は、やっぱりなんとなく、なんとなくちょうどいいなとわたしは思った。 「はるたさん、プラスチックは奥のごみ箱なんで」 まきまきは、はるたを見もせずそう言った。 言われたはるたは一瞬ハッとフリーズして、ぎぎぎとぎこちなくわたしを振り返る。 「(ばれてる!)」 わたしは首を横に振って、わたしじゃない、とアピール。 「ごみの分別ぐらい、いい加減覚えてください」 「ハァイ」 気の抜けたはるたの返事を、まきまきは鼻で笑った。 「ったく。すぐムキになるんだから」 茹でたアスパラガスをザルに上げながら、まきまきの言葉は独り言のようだった。 はるたはザルから一本つまみぐいして「なってねぇ」と、これも独り言みたいに。 目も合わせない、触れ合わない、語り合わない二人。だけど、きっと彼らもまた両親と同じように、見えない絆を持つパートナーなのだ。 わたしは目の前で内緒話をされているような気分になった。なによ、ママたちといい、はるたもまきまきも。 除け者の雰囲気が面白くなくて「イミフメイだし」とふてくされるわたしを、まきまきが手招きする。 はるたの目の前で耳打ちのフリをして、わざとらしくはっきりした声で、 「春田さんはね、写真破いちゃうタイプだってことだよ」 と言って、ニヤリと笑った。 「は?は?牧、何言っちゃってんの?」 はるたはわかりやすく慌てて、寝癖頭をさらにぐしゃぐしゃ掻き混ぜている。 「んー?わかんないよ!はるた、どういうこと?」 「知らね」 「ねー、ねー!」 「あのね、昔ね、」 「まきぃ!」 まきまきの口を塞ぐはるたの手から、くすくす笑いが漏れて聞こえて。「教えて教えて」と背中にしがみつくわたしをおんぶするはるたの耳は何故か赤い。 ぎゃあぎゃあ、わたしたちが大騒ぎし始めたところへ、玄関が開く音がした。 「来た来た」とまきまきが言ったと同時に、人騒がせな両親がベタベタひっついて登場した。 二人して「ごめんねー!」とわたしをぎゅうぎゅう抱きしめて、ダッドは全員にキスして回った。 そしてわたしたちは、ホーロー鍋から溢れそうなくらいたっぷりのロールキャベツを、家族みんなでお腹いっぱい食べた。 おやすみなさいを言って、わたしたちを玄関まで見送ってくれた時。閉まりかけた扉の隙間から見えた光景は、わたしだけの内緒の話。 お腹をさするはるたの手に、そっとまきまきの手が重なって。そこで扉はパタンと閉まった。 たったそれだけのことだったけれど、わたしはものすごい秘密を握ってしまった気がしてドキドキした。 そして、お料理が上手で器用なあの魔法の指があるなら、きっとはるたのお腹は完璧絶対大丈夫。そう思うと、とても嬉しくもなった。 だからわたしは夜空を飛んでいくような気持ちで、両親の間に挟まれてぴょんぴょんスキップしながら帰った。
ちずの娘目線(超捏造・再び)みかんゼリーと嫉妬の話<br />twitterで随分前に上げていたものです<br /><br />「さよなら、ラブバード」の世界<br /><strong><a href="https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9710586">novel/9710586</a></strong><br /><br />はるた42歳まき34歳くらい
あまい嫉妬のはなし
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*諸注意 当シリーズは「[[jumpuri:萩原さんちの秘蔵っ子【ネタ】 > https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8945924]]」から始まり「[[jumpuri:萩原さんちの秘蔵っ子ねくすと! >https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9130885]]」に続いた秘蔵っ子シリーズのサードシリーズになります。 完全に続きから始まります。ほぼ確実にここからでは話が通じません。なのでよろしければそちら2シリーズから順々にご覧ください。 ・萩原の妹に転生トリップした子(がっつりオリキャラ)が主人公 ・不運なんだか幸運なんだかチートなんだか微妙な子 ・というか人脈(と書いてセコムと読む)と悪運だけで生き残ってるみたいな子 ・恋人は降谷(not安室) ・しょっぱなから既に恋人です ・ねつ造 ・キャラ崩壊 ・いろんなキャラが救済されてるので原作はどっかいっちゃった ・本来いないはずのキャラが普通に映画版に登場する ・警察学校組と書いてお兄ちゃんズと読む ・文章は拙い ・ご都合主義 ・原作揃えきれてないので矛盾しかない たぶんもっと注意すべきところがある ※スコッチの名前ですが、仮に本名を翠川唯、偽名を緋色光とします  原作で本名がでたらそっちに合わせる予定 自己回避お願いします 何でも許せる方だけどうぞ [newpage] Side Irish 「で、例のストーカー野郎はとっ捕まえたんだろうな、バーボン」 「あぁ。実兄と俺含めた兄貴分全員が1発ずつ叩きこんだあとできっちり担当部署に突き出してやったさ」 フンっと不機嫌を露わに鼻を鳴らすバーボンを透明なアクリル板越しに眺める。灰色のスーツを着込んだ見慣れねえ姿で、表情さえ別人のように険しい。 いつも薄ら笑いを浮かべてたあのバーボンがここまで変わるとは、いやはや演技力ってのはなかなかどうして馬鹿にできねえもんだ。 「あ?なんだ、それだけで済ませたのか。お優しいこって」 テメェの勝手でガキ泣かせたんだ、穴の1つ増やしてやっても問題ないだろうによ。 「ハッ!さすが善良なお巡りさんってか」 「やめろお前にそういわれると身の毛がよだつ」 失礼な野郎だなオイ。 心底嫌そうな顔で身を引くな。慇懃無礼な野郎だとは思ってたがこうも態度に出されると腹立つ。 「俺だって腹の虫がおさまったわけじゃないさ。ただあの子の前でこれ以上ことを荒立たせる気がなかっただけだ」 「あぁ…。まぁガキ抱えたままじゃあ何をする気も起きねえか」 コイツがガキとクソ野郎が近づくのをよしとするわけがなかったな。 警視庁で見せつけられたバーボンとあのガキのやり取りが演技でも懐柔でもなく、本気の溺愛だと知ったときの俺の気持ちがわかるか? コイツが警察官だってことよりもそっちの方が信じられなかったぞ俺は。 「しかしこんなロリコンが警察官とは、世も末だな」 「誰がロリコンだ誰が」 テメェに決まってんだろうが 「お前だって似たようなものだろう」 ガキに泣かれるのはもうこりごりだ、なんて言って協力を了承したんだからな。としょうもないものを見るような目で宣う野郎に、なんとなくバツが悪くなって目を逸らす。 うるせえ。あんだけ目の前でびゃーびゃー泣かれたあとだぞ、これ以上は勘弁しろと思ったって仕方ねえだろうが。 「俺ァ身の安全とジンへの報復を取っただけだ」 テメェが言ったんだぞ。組織を潰すとき、あのジンの鼻を明かすときは必ず俺を連れて行くってな。 「ああ、もちろん約束は守るさ。そのときは奴の間抜け面を存分に拝むといい」 それぐらいの融通は利かせるさ、と答える男はやっぱり警察官というより組織の幹部という方が納得できるような嗤い方をしていた。 「………テメェ、やっぱり本当は[[rb:公安 > こっち]]がスパイだとか言わねえよな?」 「さっきからずいぶんと失礼ですね」 喧嘩売ってます?言い値で買いましょうか、と薄ら笑いを浮かべるさまはやはりバーボンに見える。 実はあっちの方が性に合ってるんじゃねえのかお前、と言いかけて、いやそうでもねえかと思い直した。 「あいにくとこちらが天職だ」 まぁたしかに、助けを求めて伸ばしたガキの手をいの1番に取る辺り、コイツの天職はやはり警察官なんだろうよ。しかしまったく、あのガキ3つも顔を持つ男なんてずいぶんと面倒な奴に惚れられたもんだなぁ。 「せいぜいお仲間にしょっぴかれねえように気を付けるこったな」 公安なら潜入先での犯行は免除されるんだろうがな、さすがにロリコンは擁護されねえだろうと俺でもわかる。 万一テメェがその件で捕まったりでもしたらあのガキまた泣くぞ。 「いっそさっさと婚約でも結婚でもしちまったらどうだ」 もう外堀埋めちまえよめんどくせえ。17なんだ、年齢的にはいけんだろ 「そうしたいのが本音だが、さすがに[[rb:高校卒業 > あと2ねん]]ぐらいは待つさ」 あの子に余計な危険が降りかかっても困ると顔を顰めるバーボンにそれもそうかと納得する。 けどなぁ…。 「今こんだけ関わってるなら大して変わんねえだろうに」 「うるさい」 とはいえあの曲者揃いの連中にこれっぽっちもガキの存在を嗅ぎ尽かせないのはさすがというべきか、執念がすげえと慄くべきか。 「……あんまり泣かせんじゃねえぞ」 またこっちに泣きつかれても困る。 「ならそのためにも知ってることは全部吐いてもらおうか。泣かれたら困るっていうなら、あの子が寂しくて泣く前にしゃべってくれるんだよな?」 さぁさぁ洗いざらい吐いちまえと催促されて思わず嘆息する。 この野郎俺があのガキ持ち出されたらなんでもかんでもしゃべると思ってねえか?まぁ司法取引も約束されてるんだからしゃべるけどよ。 「ライフルで撃たれた傷も治ってねえってのに鬼かテメェは」 「防弾チョッキ着てたんだ、けがと言っても肋骨のヒビぐらいだろ」 平成のホームズと持て囃された工藤新一の前で慣れねえ演技して死んだふり成功させたんだ、もうちっと労わってくれていいんじゃねえのか?こちとら軍用ヘリ相手に命からがら生還した直後だぞ。 「そうですね、じゃあ3時間ぐらいで今日は勘弁してあげます」 この公安、鬼である。 [newpage] Side Vermouth キャンティとコルン、ウォッカにジンが乗り込んだ軍用ヘリによって東都タワーでアイリッシュがノックリストごと始末された翌日、バーボンからKittyの問題も解決したと連絡があったわ。 「じゃあもう大丈夫なのね?」 『ええ、今ごろは無理やり仕事を片付けて駆けつけたお兄さんに慰められてると思いますよ』 さすがに家に帰るのもはばかれるから知り合いの家に泊まると言ってました、という。 そう、お兄さんが返ってきたのなら大丈夫かしらね。 「そう。お疲れ様」 『いえ。僕としても警察に逮捕される前に1発叩き込めたので』 「あら怖いわね」 『まさか!鉛玉でないだけ感謝してほしいぐらいですよ』 物騒な男ね。あの子の前で流血沙汰起こしたら私が貴方に鉛玉ぶち込むわよ。 「これ以上あの子のトラウマを増やすようなことはしないでちょうだい」 『いやだなベルモット、誰に言ってるんです?』 クスクスと耳障りな嘲笑がスピーカーから届く。決してKittyには見せたりしないあの男の見慣れた嘲笑を思い浮かべながら空のワイングラスに真っ赤なそれを注ぎ込んだ。 『僕が、そんなことを許すとでも?』 「思ってないわよ」 秘密主義の男だけど、その辺りだけは信用してるのよ。 じゃなきゃ私のシルバーブレットにエンジェルとKittyに関わらせるようなこと、するわけないでしょ。 「Kittyは怯えてなかった?」 『怖がってましたけど、別のことに気を取られていたので大したトラウマにはなってないと思います』 「別のこと?」 まあいいわ。あの子があんなストーカー野郎のせいで泣いてないならそれでいいの。 『お兄さんに会って安心して大泣きしましたけどね』 「それはいいのよ。むしろ泣いてすっきりしないとあとあとに響くわ」 今度会うときはめいっぱい慰めてあげなくちゃ。Kittyの好きなケーキ屋さんにでも連れて行ってあげようかしら。ああ、前に流れたままになってるお泊り会をするのもいいわね。 でも、それができるのはもう少しあとかしら。 「しばらくはアイリッシュの抜けた穴の分、忙しくなるかしらね…」 『武闘派の彼とでは幾分か畑違いですが、まあ余波は受けるでしょうね』 まったく、よくあることだけど面倒ったらないわ。 「はぁ…。仕方ないわね。仕事が落ち着いたらKittyとお茶に行くから付き合いなさい」 『おや、珍しいですね。僕も同伴させてもらえるんですか?』 いつもは嫌がるのにどういう風の吹き回しですか、なんて、うるさいわね。私だってKittyと2人きりがいいわよ。 「郊外の方でおいしいお店を見つけたの。足になってちょうだい」 『ああ、そういうことでしたか』 私のハーレーでもいいけど、どうせなら車の方が楽じゃない。おしゃべりもしやすいわ。 「だからさっさと仕事終わらせるわよ」 既に山のように舞い込んできている仕事の量を思い出して、思わず辟易とため息をついた。 はぁ…。もう本当に、あの組織の男どもは余計なことしかしないわね!まったく!
さーどシリーズ第51話!<br /><br />後日談その2です。<br />今回は黒い方の人たちのお話。基本は劇場版通りの流れで進んだんだな、ということが理解してもらえたらいいなぁの回。<br /><br />【追加】<br />2018年09月09日付の[小説] デイリーランキング 33 位<br />2018年09月09日付の[小説] 女子に人気ランキング 19 位<br />2018年09月10日付の[小説] デイリーランキング 21 位<br />2018年09月10日付の[小説] 女子に人気ランキング 90 位<br />ランクインいたしました!皆さまいつもありがとうございます!
萩原さんちの秘蔵っ子さーど!51
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    ◆  ひどく心が強張った。  あの緊張は、今でもはっきりと覚えている。     ◆ 〝なんて可愛げのない子供だろう〟  遠い昔の誰かが言った。今でもその言葉はイワンの中に残っている。父? 母? 祖父母だろうか、それとも親戚の誰かだったか。とにかく誰に言われたかはもう忘れた。  けれど今になって考えれば、当時の自分はろくに笑えもしない子供だったので、それが至極尤もな言葉だったのだなと苦笑混じりに振り返る。しかしどうしてこの言葉だけをはっきりと覚えているのか、我ながら不思議だった。  少し前から、イワンは少しずつネガティブな発想をやめようとしている。後ろ向きな発言はイワンの恋人が望むところではない。恋人と同じように、暗い過去よりも明るい未来を見るように心懸けた。前向きなのは良いことだとワイルドタイガーこと虎徹が褒めてくれた。  良いことだ、良いことだ。  虎徹が喜んでくれたので、イワンも嬉しかった。  ささやかなながらも自分に変化が訪れたことは良いことなのだ。  褒められたら素直に喜ぶ。  責められても挫けない。  そういう気構えを持って日々を過ごした。  すると何のことはない、あの言葉を引き摺っていた自分が嘘のように思えた。 〝――なんて可愛げのない子供だろう〟  そう、可愛げのない子供だった。  落胆させたことは申し訳ない。でもきっと、イワンがその人を忘れたように、その人もきっとイワンのことを忘れているだろう。だからもう、これは過ぎた話なのだ。 「可愛い。そして可愛い! すごく可愛い!」  可愛げのないことしか言わないイワンを、キースは可愛いと言い続ける。可愛いと言われたかったわけでも、可愛くなりたかったわけでもないのだけれど。  久々に昔のことを思い出したのは、キースがひたすらに可愛いを連呼していたせいだろう。二回に限らず、三回、四回とひたすら〝可愛い〟の連続だ。 「……いや、あの。子供の頃の写真でそんなに可愛いって言われても……」 「ああもちろん今の君だって可愛いよ! でも子供の頃だってすごく可愛い! 残念だよ、この頃に出会っていたかった!」  キースの手にあるのは、一枚の写真。やや年代を感じる古ぼけたそれ。イワンが五歳頃の写真だった。  毛皮の帽子と防寒着を着込み、もこもこになった子供のイワンが写真の中央で佇んでいる。 「物好きですよね……。僕って小さな頃から相当目付き悪いのに、可愛いだなんて」  睨み付けてるようにすら見える顔立ちなのに、キースが見えている世界はイワンと少し違うのかもしれない。 「とても可愛いよ! まるで天使のようだね!」 「ああ、キースさんは空の上で本物の天使に会ったことあるんでしたっけ?」  天に昇ることの出来るキースこそが天使なんじゃ無いかなと思ったのを、冗談で誤魔化してみた。すると彼は満面の笑みでこう答えるのだ。 「残念なことに雲の上では会えなかったんだけど、まさに今、こうやって地上で出会えたよ」  にっこり笑って、イワンを情熱的に見つめてくるのだからたまらない。しかも今日に限らず、キースはたくさんの愛の言葉を贈ってくる。どれもこれも字面だけ書き出せば歯の浮くような台詞ばかりなのに、キースが言えば不思議と様になるからおそろしい。おかげで毎回イワンは顔を紅くする羽目になる。 「私の天使はとても可愛いんだけれどね、小さい頃から可愛かったんだということは、たった今知ったばかりだ」  写真のイワンと目の前のイワンを見比べて。可愛い可愛いとキースは連呼する。  だがイワンは「可愛い」と言われる度に、どこか異国の言葉を聞いているような気分になる。きっとそれは、キースだけが知っている、空の上にある国の言葉なのだろう。 「……おかしな気分です。僕、小さい頃から可愛いだなんて一度も言われたことないのになあ」  するとキースは目を丸くした。 「言われたことがないって、まさか嘘だろう? だってこんなに可愛いのに」  視線は写真へ。そこに写る少年のイワンは、目付きが悪いが、ささやかながら微笑んでいる。 「逆ですよ逆」 「逆?」 「そうそう、逆です。可愛げが無いとなら、いくらでも言われてましたけどね。可愛げが無い子供だ、子供らしくない子供だ、とかだったかなあ?」  ははは、全くですよね。とイワンは笑っていたが、キースは笑ってくれなかった。戸惑いを隠しきれない様子で、じっとこちらを見つめてくる。  ――なんだ、何がまずかった。  イワンの笑まいはたちまち強張った。  冷静に思い返してみると、確かに自虐的な話ではあったが、笑い話の範疇だと思ったのだ。だってそうだろう。今だって可愛げのない自分なのだから、笑って流してくれたらそれでいい話題だったのに、どうもキースはかなり重く受け止めたらしい。 「いやでもほら! こんなに目付き悪いし! 僕ちっとも笑わない子供だったらしいんでそう言われて当然なんですよ!」  慌てて取り繕うが、キースの顔は暗いままだ。  ああそんな顔は見たくない。イワンはキースの笑顔を心から愛している。 「イワン君は今も昔も可愛いよ。だってこの写真だって、はにかんだ笑顔がこんなに可愛いじゃないか」 「ええと……、これは確か近所にあった写真館のおじさんが試し撮りをさせて欲しいって言って、飴玉をくれたんです。僕の家、あまりお菓子とかが出る家ではなかったので——それにその時すごくお腹が空いてたんです。だから飴玉がすごく嬉しくて、それで珍しく笑ったんじゃ無いかな」  確かにその時は自然に笑っていたように思うが、こうやっていざ写真で見返せば、笑い慣れていない、ぎこちない笑い方だ。  取り繕うも、キースの表情は晴れない。 「ねえイワン君。君の小さな頃の写真はこれしか無いって言ったよね」 「はい」 「他の写真は? 君の実家にあるのかい?」 「実家にも多分無いと思います。そもそも撮られた覚えとか無いですし」  イワンの手元にはこの写真しか無い。これ以外の写真と言えば、ようやくアカデミー時代のものが数枚あるだけだ。 「……誰も、イワン君の記録を撮ってくれなかったの?」  そういう言い回しをされると、すごく悲しいことのように聞こえる。ああキースは優しいから、きっとあらぬ気遣いをしているに違い無い。  非常にまずい。これは悲しいことではないのだということをなんとか理解して貰わなくては、いつまでもキースの表情は暗いままだ。 「あまり写真を撮る習慣が無かった家だったんじゃないかなと……。ええと、ああそれに、ほら! 全然笑わない子供だったから、撮ったって楽しくなかったと思うんですよきっと!」  精一杯笑って、冗談めかして明るい声を出して。  僕は何も辛くなんて無かった。  何のことはない。悲しいことなどない。  無理なんてしていない。本当に。  そう伝えたかったのに。――イワンの思惑は見事に外れた。 「どうしてそんな悲しいことを、君は笑って言うんだい……」  キースはとうとう項垂れてしまう。  そっと顔を覗きこめば、その瞼には涙が溜まっていた。今にも零れそうな、悲しい涙。 「キースさん」  名前を呼んでも、キースの顔は晴れない。 「キースさん。キースさん。どうしよう、ええと、ええと、泣かないで下さいキースさん。どうしよう……、ごめんなさい……」  挨拶のように謝る癖をやめろと言ったのは虎徹だった。でも、今は謝らせて欲しい。謝る以外の方法が思い付かない。 「キースさん、ごめんなさい……」 「どうしてイワン君が謝るんだい。君は何も悪いことをしていないのに」  言いながらも、キースはとうとう落涙した。静かに涙が頬を伝って零れていく様は、見ているイワンも悲しくなる。  過去を振り返ってみれば、イワンの涙が止まらない時、キースは抱き締めてくれたり、頭や背中を撫でてくれた。だから自分も同じようにと、おずおずとながらイワンもキースに触れ、癖のある金髪を梳いてみたり、広い背中を抱き締めるようにして撫でてみたりした。 「キースさんが悲しくなるようなこと言って、ごめんなさい……」  悲しいと思えないことはネガティブな発言とは程遠いものだと思っていたから。だから当たり前のように言っただけで。一体何が悪かったのか。どこがまずかったのか。イワンにはさっぱり分からなくて。やっぱり笑って、自分は何ともないことを伝えるより他はなく。 「すみません、僕の言い回しがきっと悪かったんです。全然キースさんが気兼ねするようなことじゃないんですよ。僕、ちっとも悲しくないです。本当です。嘘じゃ無いです。だからお願いです、そんなに悲しそうな顔をしないで、泣かないで」  過去なんてどうでもいい。  今の貴方に泣かれる方がずっと悲しい。  背中をさすりながら、耳元で懸命に伝える。  泣かないで。悲しまないで。けれど何を言っても慰めにはならず、むしろ喋れば喋るほどキースの悲愴は深まるばかりなのだ。  なにがいけない? どうすればいい?  必死で考えてみても、イワンは謝る以外の手段が思い付かない。あとはひたすら、髪を梳き背を撫で、体温を伝えることしか出来なかった。  もう言葉を交わすこと無く、寂莫だけが続き――数分の後にそれを払ったのは、掠れたキースの声だった。 「……ねえ、イワン君」 「はい」 「今度、写真を撮ろう」 「……どこかに出掛けるんですか?」 「出掛けなくってもいいさ。私の家でジョンと一緒に撮ってもいいし、イワン君ご自慢の盆栽と共に撮ってもいい。トレーニングセンターで皆と撮るのもいいね。うん、そうしよう。いっぱい撮ろうよ」  項垂れたまま、自らに言い聞かせるようにキースは言った。 「何かの記念とかではなくて?」 「うん。毎日撮ろう」  瞳に涙を浮かべたまま寂しそうに、それでいて少し拗ねたような顔でキースは乞う。 「きっと僕、カメラ向けられたら上手く笑えないですよ?」 「笑うさ。私が君を笑わせるんだ」 「ヒーローの時はともかく、素だと顔が強張っちゃうかも」 「じゃあいっぱい飴玉をあげるよ。そうしたら笑ってくれる?」 「飴玉を喜んだのは子供の頃の話ですってば」 「それならイワン君が好きだって言ってた、なんだっけ、梅干し? あれをいっぱい買ってくるよ」 「……酸っぱくて泣いちゃいそうなんですけど」 「……どうしたらイワン君は笑ってくれる?」 「キースさんが泣き止んで、それで笑ってくれたら、僕も嬉しくて笑います」  するとキースは、イワンの肩に凭れていた頭を上げて、何度か瞬きした後に、くしゃりと笑った。  寂しそうで、ほんの少し嬉しそうな、そんな顔だった。     ◆  その後、キースは評判の良い日本製のデジタルカメラを一台買った。スマートフォンに付属しているカメラではなく、きちんと記録に残したいから良いものを、とキースは言った。  そしてキースはたくさんの写真を撮った。折紙サイクロンとしては沢山のムービーや写真を撮られてきたイワンだが、素の状態では写真に慣れていなかったので、案の定無理に笑った表情がぎこちなかった。それでもキースは面白そうにイワンを撮り続けた。  段々とイワンも慣れてきて、逆に自分もキースを撮ってみたいと好奇心が疼き、自分用にと一台カメラを買ってきた。  機械は得意なイワンだが、得意だからこそ最初は徹底的に説明書を読むタイプだ。早速カメラ本体と説明書とで交互に睨めっこを続けていたところ、何故か睨めっこしているその姿を写真を撮られた。  何でこんな時まで撮るのだろうと訊ねると、キース曰く「イワン君は考え事をしていると口が尖って可愛い。そしてキュートだ」とのことだった。  自分では自覚が無かったのだが、撮られた写真を覗いたら確かに唇が尖っていた。  ――キースに見える世界と、イワンに見える世界は少し違う。  もしかしたらキースがファインダー越しに見る世界がデータとして残ったのなら、キースの世界が自分にも見えるかもと思っていた。しかし現実はそうもいかず、イワンには尖り口の間抜け面に見える自分の顔も、キースには可愛い顔らしい。その一枚は甚く気に入ったらしく、後日現像に出していた。勘弁して貰いたい。  イワンはイワンで、キースの姿をたくさん撮った。いつもの笑顔はもちろんのこと、うたた寝しているところを不意打ちしてみたり、ジョンと戯れている姿を撮ったりと、様々な顔を撮り尽くした。  互いに互いの、たくさんの写真を撮った。  キースの笑顔は、形に残してみるとどれも素敵でイワンの心は浮かれたし、最初は強張っていたイワンの表情は、徐々に自然なものになっていた。 「……そういえば、あの時どうして写真を撮ろうなんて言い出したんです?」  と、イワンが訊ねたのは、最初の一枚から一年もした頃の話である。 「うん。もういいんだ。君の可愛さは私だけ知っていたらそれでいい」  使い込まれたカメラをクロスで磨きながら、キースは答えになっていない回答をくれた。 「本当なら、世界中に君が如何に可愛いことを知らしめたいくらいだけど、そんなことをしたら私は世界中がライバルになってしまうから。だからいい。私だけでいいんだ。イワン君が、私の前で一番可愛い姿を見せてくれたらそれでいい」  一年前と同じように、その言葉はイワンにではなく、キース自身を言い聞かせるようだった。  その笑顔は、どこか切ない。 「大げさですってば。僕のこと可愛いなんて言うの、やっぱりキースさんだけですよ」 「イワン君は可愛い。世界で一番可愛いよ」 「キースさんの方がよっぽど可愛いですよ」 「……私?」 「可愛いと愛しいって似てますよね。だからかなあ、キースさんは可愛いです」  切ない顔をゆがめて、キースはくしゃりと笑う。彼は表情豊かな青年だが、憂いと愛しさが入り交じったその表情だけは、イワンだけしか見たことがないだろう。 「……そうだね。可愛いと、愛しいは、とてもよく似ているね……」  それほどに稀少で、出来ることなら見ない方がよい表情なのかもしれないが、イワンにその答えは分からない。  キースがたくさんの写真を撮ったように、イワンもたくさんの写真を撮った。たくさんのキースの表情が、イワンのデータフォルダに溢れている。けれどこの表情だけは一枚も残していない。残してはいけない気がしていた。 〝――なんて可愛げのない子供だろう〟  一年ぶりに、あの言葉を振り返る。そうだ。イワンはその通り可愛くない子供だった。だが、キースが幼少の頃はさぞ可愛かったに違い無い。 「ねえ、キースさん」 「……なんだい?」 「今度、キースさんの写真も見せて下さいね。僕と出会う前の写真です」  今度アルバムを見せて貰おう。きっと彼は、たくさんの写真を持っている。そこにはたくさんの表情が溢れているに違い無い。 「……イワン君と私の写真が、私の過去の写真と同じ年月になったらね」 「えええ? なんですかそれ。何年分? 四半世紀くらいかかっちゃうじゃないですか」 「ふふ、そうかもしれないね」 「そうかもって、キースさん」 「これから先、四半世紀の間にいっぱい撮ろう。たくさんの素敵な思い出を作ろう。――ずっと一緒にいようね。ずっと、ずっとね」  そう言って、カメラの手入れをしていた手はイワンの頬に移り、キースは愛しさを込めてイワンに唇を落としてくれた。  これから先、ずっと、ずっと。  それはちょっとしたプロポーズにも聞こえたので、イワンはひっそりと微笑み、幸福な気持ちを味わった。  ――可愛い貴方。愛しい貴方。  ずっと一緒に居たならば、貴方が切なく微笑むその理由が、いつか僕にも分かるだろうか。  いつか、同じ世界が見えるだろうか。
●カメラと写真にまつわる少し寂しい話。キースさんの見ている世界と、イワン君の見ている世界は違う世界かもしれない話。 ●昨年の10月札幌TBオンリーとスパークにて配布していた無配本です。 ○スパコミの荷造りしてたらテンションあがってきた勢いで…!
【空折】カメラ・トーク
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1009941#1
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